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【TRPG】ブレイブ&モンスターズ!第二章
1
:
◆POYO/UwNZg
:2019/01/22(火) 11:12:57
――「ブレイブ&モンスターズ!」とは?
遡ること二年前、某大手ゲーム会社からリリースされたスマートフォン向けソーシャルゲーム。
リリース直後から国内外で絶大な支持を集め、その人気は社会現象にまで発展した。
ゲーム内容は、位置情報によって現れる様々なモンスターを捕まえ、育成し、広大な世界を冒険する本格RPGの体を成しながら、
対人戦の要素も取り入れており、その駆け引きの奥深さなどは、まるで戦略ゲームのようだとも言われている。
プレイヤーは「スペルカード」や「ユニットカード」から構成される、20枚のデッキを互いに用意。
それらを自在に駆使して、パートナーモンスターをサポートしながら、熱いアクティブタイムバトルを制するのだ!
世界中に存在する、数多のライバル達と出会い、闘い、進化する――
それこそが、ブレイブ&モンスターズ! 通称「ブレモン」なのである!!
そして、あの日――それは虚構(ゲーム)から、真実(リアル)へと姿を変えた。
========================
ジャンル:スマホゲーム×異世界ファンタジー
コンセプト:スマホゲームの世界に転移して大冒険!
期間(目安):特になし
GM:なし
決定リール:マナーを守った上で可
○日ルール:一週間
版権・越境:なし
敵役参加:あり
避難所の有無:なし
========================
110
:
赤城真一 ◇jTxzZlBhXo
:2019/01/29(火) 21:25:32
――まるで魔獣が唸り声を上げるように、鈍い金属音が鳴り響いたのは、その直後だった。
次いで聞こえたのは、巨人が地を踏みしめる足音。
そして、その一歩による地鳴りで、洞窟内に響き渡る反響。
いきなり叩き起こされたかのように、真一が視線を音源の方へ向けた時、そこには信じられない姿があった。
それは、ゲーム内には存在しない筈のモンスター。
古の時代に力を使い果たし、現在はただの背景として、ダンジョンに横たわっているだけのオブジェ。
全長30メートルを越える巨体が立ち上がり、一歩進むごとに歯車の軋む音を上げながら、大地を揺らす。
その瞬間、真一は思い出した。かつてガンダラのドワーフたちが作り上げた、ロストテクノロジーの結晶、超大型のアイアンゴーレム。
あいつの名前は、確か――
「――――“タイラント”」
巨人が洞窟を闊歩する光景を眺めながら、真一はその名前を吐き捨てるように呟いた。
「……ッ……!?」
そして、同時に“あるイメージ”が脳裏に浮かび、真一は強烈な目眩と頭痛を覚える。
それは白昼夢というには、あまりにもリアルな既視感(デジャヴ)だった。
――俺は、あいつの姿を見たことがある。
ゲームの中で見たという話ではなく、現実の光景として、どこかで見た記憶がある。
ならば、一体どこであいつを目撃したのだろうか?
込み上げてくる吐き気を堪えながら、更に自身の記憶の奥深くを探ると、瞼の裏側にその光景がフラッシュバックした。
街々に並ぶ高層ビル群。そして、中央に聳え立つ全長300メートル以上の電波塔。
――場所は恐らく、東京だ。
ビルを薙ぎ倒しながら、東京の街を進軍する数多の超大型ゴーレム――タイラントの横隊。
更に、上空ではF-15の編隊が飛び交いながら、無数のドラゴンや、虫の姿の化物と銃撃戦を繰り広げている。
そんな地獄のような光景から逃げ惑う人々によって、パニックが連鎖する交通網。
そして、魔都と化した東京を焼き払うため、高々度から降り注いだ幾数発の――
111
:
赤城真一 ◇jTxzZlBhXo
:2019/01/29(火) 21:25:48
「ハァ……ハァ……何だ、今のイメージは……?」
そこで不意に記憶は途切れ、真一は我に返る。
額から噴き出る汗を拭い、肩で息をしながら視線を上げると、タイラントは真一たちを嘲笑うように見下ろしていた。
繰り返すがゲーム内のタイラントは、ただの力尽きたオブジェであり、モンスターとしてのデータは存在しない筈だ。
――だが、そんなことはどうでもいい。
あれを放っておいたらヤバいと、自身の直感が全力で警鐘を鳴らしているのに従い、真一はグラドの背に飛び乗った。
「あいつが何だかは知らねーが、とにかくヤバい相手なのは間違いねえ! ここで絶対に叩き潰すぞ!!」
そして、グラドは咆哮を上げながら、タイラントへと一直線に飛翔した。
敵の戦闘能力は全く不明だが、あの巨体から考えれば、流石に身のこなしは重いだろう。
圧倒的なスピードの差を活かし、瞬く間に彼我の距離を詰めたグラドは、タイラントの胴体部のコアを目掛けドラゴンブレスを噴射する。
こいつが以前倒したアイアンゴーレムの親玉ならば、その弱点も同じ筈だ。
しかし、タイラントは至近距離から放たれたドラゴンブレスを、まるで蚊でも叩くかの如く、容易に片腕で払い除けた。
それと同時にタイラントの胸部の装甲が開いて、そこから二門の砲塔がせり出す。
そして、砲口が光を吸い込んだかのように見えた直後、二筋の極大な光条が吐き出された。
先程ゴッドポヨリンが見せた一撃に匹敵するか、或いはそれ以上の規模の光線が虚空を切り裂き、真一とグラドに襲い掛かる。
グラドはそれを持ち前の反射神経と運動能力だけで何とか回避するが、その一秒後には、光線を追うようにして振り抜かれたタイラントの鉄拳が眼前にあった。
――躱せない。
真一は直感でそう判断を下すものの、既に打つ手はない。
明確な死のイメージがこちらに肉薄する中、ただ体を動かしたのはグラドだった。
「……がはっ……!」
タイラントの拳が炸裂する直前、グラドは身を反転させ、真一だけを振り落としたのだ。
真一は空中から地面に叩き付けられた痛みに身悶えするも、すぐに上体を起こし、再び敵の方を見据える。
そこには右拳を掲げるタイラントと、その拳をまともに喰らい、洞窟の岩壁に叩き付けられたグラドの姿があった。
「畜生ッ……グラド!!」
真一は声を張り上げてグラドの名を呼ぶ。しかし、相棒からの返答はない。
そして、タイラントは最早グラドには目もくれず、残った敵を打ち倒すため右足を踏み出した。
【ローウェルの指輪ゲット。
そして、復活した超大型ゴーレムとの第二ラウンド開始!】
112
:
明神 ◇9EasXbvg42
:2019/01/29(火) 21:26:15
>「うふふ、そないに情熱的に抱きしめてくれるやなんて、こちらも応えな女が廃るわねえ」
膝を折り、スペルによる重圧で地面に手を付いたバルログ。
その右手へ――石油王のカカシの一本足がぶっ刺さった!
うひょー超いたそーぅ(歓喜)
「……殺すなよ?マジで殺さないでね?」
タゲを奪い取るために石油王の敢行した強引なヘイトテクニックに俺は股間の縮み上がった。
この戦いは、全員一律ゼロの状態からよーいスタートで始まる通常のレイドバトルと違う。
先客として先んじて戦いを始めていたマルグリットが、相当ヘイトを稼ぎまくってる状態からの戦闘開始だ。
いかにヘイト獲得手段に優れたタンク型のスケアクロウと言えど、普通のやり方じゃタゲは奪えない。
この無理難題に対して今回石油王が講じた工夫は、俗に「ST方式」と呼ばれるヘイト分散テクニックだった。
ブレモンにおけるヘイト値(敵視量)とは絶対評価ではなく相対評価。ヘイト量には「集中力」という上限がある。
例えばマルグリット単独相手に100%の敵視を向けていたところに、横から別の誰かに殴られたら、
その相手にも集中力を差し向けねばならず、その分マルグリットに対するヘイトは下がるって寸法だ。
石油王はこの仕様を利用し、まず真ちゃんに突撃させてバルログからヘイトをとらせた。
マルグリットが100持っていたヘイトが、マルグリット70、真ちゃん30くらいに分散したのだ。
本来スケアクロウが稼がなければならない100のヘイトを70に抑える。
節約できた30のヘイトを稼ぐのに、本来費やすはずだった時間とリソースを、バルログの拘束に使える。
結果は見ての通り、右手を磔にされ、拘束スペルで攻撃を封じられたバルログはタコ殴り状態である。
一口にタンクと言っても、ただ敵にスキルをぶっ放してヘイトを稼ぐだけが能じゃない。
攻撃をしのぐためにバフを焚かなきゃならないし、拘束やデバフで敵の行動を制御するのもタンクの仕事だ。
だから"上手いタンク"と呼ばれる連中は、こうした『必要以上にヘイトを稼がない』判断も要求されるのだ。
ブレモンの高難易度レイドだと、タンク役を二人置くことが結構ある。
片方がST(サブタンク)としてヘイトを分散させたり、累積デバフの溜まったメインタンクに代わって攻撃を受ける、
いわゆるスイッチを行ったりと攻略法としてはわりとポピュラーな方式だ。
石油王は言わば、真ちゃんを一時的な仮のSTとして扱うことで、自身のヘイト補助に活用したってわけだ。
突発的に始まったこの戦闘の中で、一つ間違えば真ちゃんにタゲが飛びかねない綱渡りを、渡りきりやがった。
……いやマジで、なんでこのレベルのタンクが今まで野良専だったんだよ。
絶対どっかの攻略チームからお呼びがかかるだろ。エンドコンテンツじゃ引く手数多だぞ。
>「さ、今回は属性的に大ダメージを与えるのは女衆の役目という事になりますし。
ウィズリィちゃん、シメジちゃん、なゆちゃん、勢い余って殺さんように注意ですえ〜」
ウルトラCのヘイトテクニックをこともなげに披露した石油王は、浮かせた時間でもう一つスペルを使った。
『雨乞いの儀式(ライテイライライ)』。大雨を降らせてフィールド属性を水に変えるカードだ。
戦況のコンダクト(指揮)。アタッカー達が十分に火力を発揮できるよう場を整えるのも、タンクの役割の一つである。
しかしバルログも流石はレイド級と言ったところか、デバフ盛り盛りでも戦意の衰える気配がない。
メインウェポンである剣と鞭を石油王に封じられてなお、口から放つ凶悪な熱線は健在だ。
マルグリットの放った巨大な氷柱を、属性不利さえ覆して溶かし尽くした炎のブレス。
いかにフィールド属性の恩恵があれども、植物性のカカシなんか一発で燃やし尽くされるだろう。
あれマジでやばない?石油王バフ残ってる?タンク用の軽減スキルなんか持ってねーぞ俺。
>「……。スペルカード『愚鈍な指揮官(ジェネラルフール)』を発動します」
その時、隅っこで石投げ士にジョブチェンジしていたしめじちゃんが、スマホを手繰ってカードを切った。
スペル効果で出現したおっさんのスタンドみたいなヤツが、バルログのでけー口を両手でふさぐ。
こいつホントに産廃カードしか持ってねーのな!ありゃコスパ最悪のクソコモンカードだ。
溜め系ブレスの発射を数秒遅らせたところで、数秒分たっぷり溜めて威力の上がったブレスが放たれるだけという。
防御バフをスカらせた上で敵の攻撃威力を引き上げるから、むしろMPK向けとして邪悪な使い方しかされないスペルである。
今どきこんなもんデッキに入れてるだけで晒し案件だ。俺もやらかしたことあるからよくわかる。
113
:
明神 ◇9EasXbvg42
:2019/01/29(火) 21:26:38
>「ゾウショク、石を投げてください」
俺のクソイキリ薀蓄をよそに、しめじちゃんは性懲りもなく石を投げるお仕事にお戻りになられた。
あーあー俺しーらね。今のうちに逃げる準備だけしとこ。あばよしめじちゃん、次は晒しスレで会おうぜ!
しかし果たせるかな、予期されていた事態は起こらなかった。
クソザコレトロスケルトン君の火の玉ストレートがバルログのほっぺたにぶち当たる。
膨らんだ頬を押せば当然中身が吐き出されるが、肝心の出口はおっさん型スタンドに塞がれていた。
結果――バルログはむせた。盛大にむせた。
逆流した炎が喉を焼いたのか、むせるなんてもんじゃない「暴発」がバルログの体内に発生する。
なんか聞いたこともないような悲鳴というか爆発音が口から発せられて、肉の焼ける匂いと黒煙が鼻から立ち上った。
「狙ってやったのか、こいつを……!」
今彼女が為し得たのは、「スペルの効果には物理現象が伴う」というこの世界独自の仕様を逆手に取った、裏技。
コンボの下敷きになってるのは、ウィズリィちゃんが試掘洞の入り口で見せた、「石壁」による進路の遮断だろう。
しめじちゃんがスペルの仕様やバグの悪用に詳しいのは分かっていた。
この土壇場で、しめじちゃんは世界とゲームの二つの法則を組み合わせて、独自のコンボを作り上げたのだ。
まっとうなプレイヤーが一朝一夕で思いつくやり方なんかじゃない。
まともなプレイヤーなら、クソカードを有効活用するんじゃなく、そもそも強いカードをデッキに入れる。
こいつは邪道をそれでもまっすぐ進まんとする、執念と機転の為せる技だ。
>「あ……あの、私は攻撃手段が無いので、なゆたさん。攻撃をお願いします」
ほんとかー?ほんとに攻撃手段ないのかー?
バルログ並に口をあんぐり開けている俺の隣で、しめじちゃんはしずしずと後ろに下がった。
同様にぼけっと何事か思案していたなゆたちゃんが、考えを振り払うように頭を振る。
>「あ、ゴメンゴメン! すぐにやるわね!」
一部始終を俺とともに見守っていたなゆたちゃんであるが、なにもせず棒立ちしてたってわけじゃないらしい。
「すぐやる」ってのは……つまり、「すぐ殺る」って意味だった。
既に彼女のスマホには、先行入力されたスペルが山のように積まれている。
>「『形態変化・硬化(メタモルフォシス・ハード』……プレイ」
>「『限界突破(オーバードライブ)』……プレイ」
「ATB温存による多重スペルか……出し惜しみする気はねえようだな」
>「『分裂(ディヴィジョン・セル)』……プレイ」
「……んん?」
>「『分裂(ディヴィジョン・セル)』……もう一枚プレイ」
「マジで?」
>「『分裂(ディヴィジョン・セル)』……さらに、もう一枚プレイ」
「まだ積むのか!?」
一気に5枚のカードが切られ、効果を受けたぽよりん達がどんどん分裂し、ゾウショク(骨じゃない方)していく。
倍化のスペルで3乗したぽよりんの数は実に32匹。ぽよりんABCD……Zから先は何になるんだ!?ぽよりん「あ」とかか!?
114
:
明神 ◇9EasXbvg42
:2019/01/29(火) 21:26:53
>「『民族大移動(エクソダス)』……プレイ」
「ウソだろおい……っ!」
ポヨリンA〜えに加え、大小さまざまなスライムたちが次々と出現し、バルログさん家を埋め尽くさんばかりの光景が広がった。
これがゲームだったら間違いなく処理落ちしてクライアントが動作を停止してるだろう。CPUが悲鳴を上げる幻聴が聞こえる。
どんぶり勘定でも数百匹がゆうに超えるスライムの大群が、なゆたちゃんの号令に従って積み重なっていった。
俺は気付いてしまった。なゆたちゃんがこれから何をしようとしているのか。
>「みのりさん、明神さん、ウィズ、しめちゃん! あとマルグリットも――みんな後退して! できるだけ後ろに!
でないと……『踏み潰されちゃうから』!」
「まさか、アレをやる気か?あの伝説のコンボを……!」
>「『融合(フュージョン)』――プレイ! ウルティメイト召喚……光纏い、降臨せよ! 天上に唯一なるスライムの神――」
「石油王っ!カカシを戻せっ!拘束スペルで俺たちをつなぎ止めろっ!下手すりゃふっとばされてマグマに落ちるぞ!」
俺が喉を振り絞るかいなや、積み上がったスライム達が金色の稲光に包まれる。
32匹のポヨリンたちを核として、寄り集まったスライムの集合体は、融合スペルにより一個の生命体として完成するッ!
かくも神々しいその姿は全長18メートルの超巨大スライム。神の名に恥じない圧倒的質量の暴力ッッ!!
その名も――
>「G.O.D.スライム!!」
冗談みたいな大きさのスライムが、突風を巻き起こしながら跳躍する。
試掘洞10階層の高い高い天井に届かんばかりに飛び上がったゴッドポヨリンが、身体を拳へと変じて流星のごとく落下する!
その先には、もはや処刑を待つばかりの哀れなバルログ君の困惑気味な顔があった。
「衝撃にっ!備えろーーーっ!!」
>「『黙示録の鎚(アポカリプス・ハンマー)』!!!」
爆心地もかくやの轟音と暴風に身を揉まれながら、さながら走馬灯染みた記憶が俺の脳裏を横切っていく。
なゆたちゃんの生み出したこの破壊の化身を、俺は知っている。
――G.O.Dスライム召喚コンボ。
本来レイド級に数えられるスライムの最強種を、複数のスペルの組み合わせで強引に再現する究極のコンボだ。
スライムというモンスターの持つ個体識別性の無さと、無数のスライムを生み出す専用ユニット『民族大移動(エクソダス)』。
この二つをヒントとして闇鍋のような試行錯誤の果てにたどり着いた、プレイヤーの一つの到達点である。
馬鹿みたいに手数がかかりすぎるのが難点だが、自前でレイド級を作り出せるという浪漫に魅せられたプレイヤーは多い。
攻略Wikiにもデッキビルドの専用ページがあるし、実際に使ってみた動画がYoutubeにいくつも上がってる。
戦術のフォロワーは多いものの、そいつらは一様に口を揃えて言うのだった。『このコンボ、使いづらい』と。
そりゃそーだ、コンボ成立までの間クソザコスライムが死なないようにひたすら守り続けなきゃならないもんな。
一方で、例外的にこのコンボを実用レベルで使いこなしているプレイヤーがいる。
G.O.Dスライム召喚コンボの発見者にして提唱者のハイエンドプレイヤー、『モンデンキント』。
エンド勢の間じゃ『スライムマスター』とか『月子先生』とか呼ばれてる有名スライム使いだ。
俺がフォーラムで悪名を馳せているのに対し、モンデンキントは正しく良い意味で注目を集めている。
たまにフォーラムにふらっと現れては、レイド勢と攻略論を熱く語り合ったり、新規ちゃんにアドバイスをして去っていく。
その影響力は強く、半端なスライム使いがモンデンチルドレンとか揶揄されてスレが荒れまくったのを覚えてる。
かくいう俺も、モンデンキントの野郎とは浅からぬ縁がないこともない。
というか俺がクソコテとして有名になっちまったのは、奴の影響によるところが大きいと言えよう。
俺の立てた荒らしスレでの出口の見えない不毛な議論に、一人また一人とスルーを決め込む中、
モンデンキントは、モンデンキントだけは俺の説得を諦めようとせず、粘り強く反論を返し続けた。
115
:
明神 ◇9EasXbvg42
:2019/01/29(火) 21:27:10
俺たちクソコテにとって、荒らしレスをスルーされることほど堪えることはない。
反応がなければモチベーションは下がるし、独り相撲を続けられるほど強靭なメンタルは育ってない。
誰にもかまって貰えなければ、俺というクソコテはネットの片隅で寂しく消えていたことだろう。
だがモンデンキントはときに丁寧に、ときに苛烈な切り口で反論を重ね、俺も負けじと煽りを混ぜて反論を返す。
そのレスバトルの応酬はそのうちフォーラムの風物詩となり、『うんちぶりぶり大明神』の名は広く知れ渡るようになった。
愛すべきモンデンキント先生にいつまでも噛み付く愚かな荒らしクソ野郎として。その通りである。
ゲーム内でも奴の弟子を名乗るプレイヤーに闇討ちされかけたことは一度や二度じゃねーしな。
閑話休題。つまるところなゆたちゃんは、モンデン野郎のフォロワーなんだろう。
いっとき絶滅したかに思われたモンデンチルドレン、こんなところに生き残ってやがったのか。
モンデンキント、見ているか……お前の遺した種は今たしかにここで芽吹いているぞ……。
>「ゲームでは見たことあったけど、半端ねーな……ゴッドポヨリン。ここまで来ると、相手に同情すら覚えるぜ」
あ、終わったみたいっすね。空中にいた真ちゃんがドン引きしながら降りてきた。
バルログ死んでねーよなこれ……スマホのターゲットリストを見る。生きてたわ。HPミリの虫の息だけど。
ゴッドポヨリンが拳をどけると、そこには萎びたカエルみたいになったバルログ君がいた。
「捕獲ビーム、発射!」
俺はスマホを手繰り、キャプチャーコマンドを発動した。
洗脳光線が迸り、もはや指一本動いてないバルログに巻き付いていく。
だがさすがにレイド級、捕獲ビームは途中で千切れ、弾け飛んでしまった。
バルログのATBゲージはとっくに溜まっているはずだが、奴が起き上がる様子はない。
ゲーム上はHPがミリでも遜色なく動き回るモンスターも、この世界じゃシステム通りはいかないんだろう。
そりゃおめえ、全身の骨がバキバキに折れてたらもうなんもできねーよ。
「捕獲」
というわけでこちらもATBが溜まり次第もう一度ビームを放った。
失敗した。
「捕獲」
失敗。
「捕獲」
失敗。
「捕獲」
――成功。
洗脳光線がバルログをぐるぐる巻きにして、光の粒へと分解し、スマホの中へと巻き取っていく。
リザルト画面には、確かに『焔魔バルログ』の捕獲完了が表示されていた。
「うおっ……!うおおおおおおおお……!!!」
あんまテンション上げすぎるとカッコ悪いので俺は静かに拳を握って歓喜を圧し殺した。
やっとだ……!やっと……!俺のケツを犠牲(未遂)に捧げた甲斐が、あった……!!
バルログさえ手に入りゃ、ソロプレイでどこまでだって行ける。パーティプレイを強いられることもない!
「バルログ、確かに受け取った。ガンダラでの取引はこれで完遂、貸し借りはチャラだ」
なゆたちゃんへ向けて俺はニヤリと笑って見せた。
ククク……バルログの試し斬りはてめーでやってやるぜなゆたちゃん……ゴッドポヨリンが帰ったらね。
あっポヨリンさんこっち見ないで?ブルブルぼく悪いクソコテじゃないよ。
116
:
明神 ◇9EasXbvg42
:2019/01/29(火) 21:27:27
>「おいおい……これってまさか、アンタのお師匠様の指輪か!?
いや、俺らも実はそいつが欲しくてここまで来たんだけど、こんなにあっさりと貰っちゃっていいのかな」
マル公となにやら話していた真ちゃんが、素っ頓狂な声を上げる。
イケメンから手渡され、真ちゃんの手の上にあるのはまさしく――ローウェルの指環。
指環だ!やっぱ実在したのか……!マルグリットてめえなに勝手に真ちゃんに渡してんだ!
こういう一つ限りのドロップアイテムは公平にじゃんけんか殺し合いで獲得権を決めるもんだろうがよ!
>「何つーか、終わってみれば意外と簡単なクエストだったな。
まぁ、このダンジョンを潜ってくるのは骨が折れたけど、指輪を探すのはもっと大変かと思ってたぜ」
ああーっ!クソてめえ真ちゃんこの野郎!インベントリにしまうんじゃねえよ!
そこにしまわれたら引ったくって奪えねえだろうが!
>「さ、報酬のクリスタルを分けるのは後にして、とにかく俺たちも地上へ戻ろうぜ。
こんなところで三日三晩も過ごしたから、いい加減みんなも疲れただろ」
「……そうだな。今後のことは、ガンダラに戻ってから話そう」
俺はどうにかクソコテの発作を抑えて、務めて冷静にそう返した。
マルグリットは何かやり遂げたようなツラでニコニコしている。覚えとけよクソイケメン野郎。
――そのとき、バルログの咆哮なんかよりずっと禍々しい音が響き渡った。
「!?……なんだ今の音は?」
咄嗟に音のした方向を見ると、フロアの背景に同化していた馬鹿でかいゴーレムが動き出していた。
おいおいおいおい!試掘洞のフレーバー建築じゃなかったのかアレ!?
ゴッドポヨリンさんを遥かに凌駕する巨体が、軋みを上げながら一歩を踏み出す。
足元でマグマが波立ち、ゴーレムから剥がれ落ちた瓦礫で埋まっていく。
プレイヤーの世界観に関する知識として、俺も、真ちゃんもまた、あいつの名前を知っていた。
>「――――“タイラント”」
「まだ実装されてないボスだろアレは――!」
タイラントは、試掘洞のクエストでほんの少しだけ触れられた程度の伏線の一つだ。
アルフヘイムの超古代文明が作り出し、古の大戦でその役目を終えた、アイアンゴーレムの親玉。
ボスモンスターとしては未実装で、規格外の巨大さから大規模レイドバトル実装の布石じゃないかと噂されていた。
ゲームですら見たことのない、『生きたタイラント』が、今俺たちの眼の前にいる。
>「ハァ……ハァ……何だ、今のイメージは……?」
「おい、真一君!……真ちゃん!ぼっ立ちしてんな!マグマの津波がこっちまで来るぞ!」
俺が肩を掴んで揺さぶると、呆けていた真ちゃんははっとしたように顔を上げた。
>「あいつが何だかは知らねーが、とにかくヤバい相手なのは間違いねえ! ここで絶対に叩き潰すぞ!!」
「はあああ!?おめー図体の差見てみろよアリンコが人間様に敵うと思ってんのか!!」
真ちゃんは俺の制止を振り切って、レッドラに跨って離陸していってしまう。
いや流石に無理ゲーだろ!?あんなん100人くらいレイド級揃えねーと太刀打ちできねーって!
「……付き合ってられっか!そこの脱出ポータルから地上に戻ればそれで封じ込め完了だろ。
いくら馬鹿でけえゴーレムだからって、試掘洞10階分を突き抜けて地上に収容違反するなんてことがあるかよ」
ガンダラ鉱山には誰も入れなくなるだろうが、それこそ俺の知ったこっちゃねえ。
どうせクリスタルもロクに出ねえ枯れた鉱山なんだ、このままタイラントの墓標にでもすりゃあ良い。
俺は踵を返して、ついでになゆたちゃん以下四名に吐き捨てた。
117
:
明神 ◇9EasXbvg42
:2019/01/29(火) 21:28:07
「あのドラゴン馬鹿と心中したけりゃ好きにしろよ、悪いが俺ぁここで降りさせてもらうぜ。
俺の分のクリスタルも欲しけりゃくれてやる。あいつのスマホがあいつと一緒にぶっ壊れなけりゃな」
言いたいだけ言って、俺は脱出ポータルへ向けて走り出した。
その頭上を駆け抜けていくなにかがある。見れば、ふっとばされたレッドラが壁に叩きつけられていた。
>「畜生ッ……グラド!!」
地上に落下して耳障りな鎧のひしゃげる音と共に、真ちゃんが悲痛な叫びを上げる。
レッドラは応えない。息をしてるのかどうかも怪しい。
馬鹿が。ざまぁねえな。勝てもしねえ相手にぶつかって、パートナーに庇われてりゃ世話もない。
俺は賢いからよ。賢いから戦う相手は選ぶぜ。おめーとは違う。ここは逃げの一手が正解なんだよ。
君子危うきに近寄らずってな。俺は臆病なんじゃねえ。無駄に命を散らすのが合理的じゃねえってだけだ。
タイラントの二つの砲門が真ちゃんたちを捉え、破壊の光が砲塔の中に宿る。
ありゃ防御できねーだろうな。まあ半端に生き残るよりここで全部消し飛んじまった方が楽だろう。
俺は死にたくないんでお先に脱出しますね。あでゅー。
……………………。
「ああああああ!!!クソ!クソがっ!!バルログ!!!」
なけなしのクリスタルを消費して、捕まえたばかりのバルログが再出現する。
全身に裂傷を刻み、鞭は途中で千切れ、特徴的な牙も半ばで折れている。
傷ついたパートナーは非召喚時に少しずつ回復するが、さっきの捕獲からわずかにしか時間が経っていない。
ミリからほんのちょっとだけ回復した程度のHPで、健気にもバルログは大剣を掲げた。
「座標転換(テレトレード)――プレイ!」
二つの物体の位置を入れ替えるスペルを発動、バルログの姿が俺の目の前から消えた。
代わりに出現したのはバルログと同じ大きさの岩――このフロアの天井を構成する、落盤寸前だった巨岩だ。
位置を入れ替えたバルログは、タイラントの丁度頭上に出現した。
発射寸前にまで光を溜め込んだ砲塔を、頭上から自由落下するバルログが剣で殴り付ける。
重力加速度とバルログ本来の膂力による衝撃力は、タイラントの巨砲を弾き、光線の軌道を逸らすことに成功した。
真ちゃんの鼻先三寸の位置を破壊の光が擦過していく。
バルログはそのままマグマの海に着水。
炎属性なのでダメージを受けることはないが、自慢の剣はたった一撃打ち込んだだけで砕け散ってしまった。
レイド級を凌駕する――超レイド級。純粋なステータスにおいて、天と地ほどの差があった。
「真一君を連れて走れ!ポータルを踏めば地上へ脱出できる!とにかくそこから離れろ!急げ!!」
他の連中へ向けて怒鳴り散らし、俺はスマホを見た。
表示される残り僅かなバルログのHP。レッドラを一撃で行動不能にしたタイラントの攻撃力。
……たぶん、レイド級でも二発と耐えられないだろう。口の中に苦虫の味がした。
マグマの海から起き上がったバルログが、タイラントの腰のあたりにしがみつく。
もはや炎のブレスを吐くこともできず、折れた牙で噛み付くぐらいしか攻撃手段は残っていない。
それでも。時間は稼げる。……稼げてしまう。
合理的な判断を選ぶ猶予が、俺にはあった。
【バルログを捕獲!出現したタイラントに対し、捕まえたばかりの瀕死のバルログで時間稼ぎを敢行】
118
:
五穀 みのり ◇2zOJYh/vk6
:2019/01/29(火) 21:28:36
灼熱のマグマの海にかかる橋
手を縫い付けられはいつくばる巨大な悪魔バルログ
飛び交う魔法、炎、閃光
あらゆるものが五穀みのりを高揚させる
農業に携わる者は百姓と呼ばれていた
百の仕事があるという意味であるが、それは現代において尚健在である
中でも五穀ファームの跡取り娘としてある種の英才教育を受けてきたみのりに大きくのしかかっていた。
農作業は勿論、農協への顔つなぎ、事務仕事、出荷、天候に左右され予定の立たない作業
そんな生活の中でブレモンは唯一の支えではあるが、やはりリアルの生活が優先
ブレモン内でそれなりに声がかかる事はあってもそれらをすべて断ってきた
出来ない約束はしない……できないのだから
しかし今、ブレモンの世界に入り、日々の生活に追われることなくどこまでもブレモンを楽しめる
それが五穀みのりを高揚させるのだ
イシュタルを杭としてバルログを橋に縫い付ける。
それはタンクとしてこの場での最適解
バルログは行動不能状態になるが、それはイシュタルもまた同じ
口内に光が収束するのを見ながら、みのりはそれでもイシュタルを下げようとはしない
至近距離でこの攻撃を受ければ大ダメージは必至、ともすればイシュタルが死ぬ可能性もあるにもかかわらず
しかし、固定という役割を果たせるのならば死ぬ事すらタンクの仕事の一部であると思っているからだ。
だが、もう発射されてもいいといいうタイミングを過ぎてもいまだに発射されない。
不思議に思いバルログをよく見ればその口を太った軍人の形をした黒い霧が塞いでいるのだ。
『愚鈍な指揮官(ジェネラルフール)』のエフェクトであることを思い出したが、その効果は行動遅延
イシュタルを回避させるつもりがない以上、早いか遅いかだけの違いであり、意味がない事のように思えたのだが、それはシメジのとった次なる行動で激変する。
溜まりに溜まり膨れ上がった頬に投石する事で暴発を引き起こしたのだ
爆風を頬に感じながら、そこに小さな笑みを浮かべそれは大きな歓声へと繋がる。
「ひゃーシメジちゃん凄いわー!ゲームであんな効果あらへんよねえ。
機転の利く頭のええ子ややわ〜おかげでうちのイシュタル助かったえ〜」
なゆたに追撃を任せ、後ろに下がろうとするシメジに抱き着き頭をわしゃわしゃと撫でまわすのであった。
ゲームでは石を投げれば石の命中ダメージしか表示されない
だがここでは石を投げるタイミング、場所、状態により様々な効果が表れる
それを的確に利用したシメジに素直に喜び、歓喜する。
その手がシメジの隠している傷にもかかろうとしたところでなゆたの退避の声が響いた。
そこから始まるなゆたのコンボ
以前共闘した際にも発動したぽよぽよ☆カーニバル!
綿密に組み立てられた見事なコンボは一度見れば忘れられるものではない
「あ、あれをやるのね〜、あ、いや、それだと……」
その威力を知っているみのりは逡巡した
バルログの残りHPが読めていないからだ。
これから繰り出される黙示録の鎚(アポカリプス・ハンマー)は強力無比な攻撃であり、マルグリットとの戦闘でバルログがどれほど消耗していたのか
更には、単純な攻撃力と防御力によるダメージ計算ではなく、バルログの這いつくばった体勢だとダメージ計算が変わってくるのではないか?
それによっては一撃で殺しかねない
ここで愚鈍な指揮官(ジェネラルフール)をバルログの熱線に使ったように、みのりが来春の種籾(リボーンシード)をバルログに使えばたとえオーバーキルになってもHPを1残すことができる。
しかしそれは手札の開示をも意味する事になるのだ。
みのりは列車内で自分のデッキを一堂に見せている。
それは手に内を晒すよう身思われるだろうが、むしろ逆
一度見せたことによりデッキ内容に対する認識は固定され、それ以外の想定を消す効果もあるのだから。
見せたデッキと実際のデッキの差、それはみのりの切り札ともいえるものなのだ。
それをここで明かすべきか。
明かせばなぜ入っていないはずのカードが入っていたのか、他にもカードがあるのではないのか、という想定を生むことになってしまうのだから。
勿論「あれからこんな事もあろうかとまたデッキ構築変えましてん」と言えばそれまでだが……
明神の為にバルログを確保する事はそれに値する事か?
>「石油王っ!カカシを戻せっ!拘束スペルで俺たちをつなぎ止めろっ!下手すりゃふっとばされてマグマに落ちるぞ!」
しかしその逡巡も当の明神の声によってかき消される。
そうなのだ、今自分はブレモンの世界にいる
ゲームであればどれだけ強力な攻撃であっても派手なエフェクトとダメージの数字が跳ね出るだけであり、あくまで視覚情報
だが、今、現実としてその戦いの場に立っているのだ。
当たり前のその事実であるが、いまだに認識が追い付いていなかったことに気付き、みのりの思考は走り出す
119
:
五穀 みのり ◇2zOJYh/vk6
:2019/01/29(火) 21:28:57
「イシュタル、お戻りやす!」
後光を纏ったGODスライムが巨大な拳に形を変え、バルログが影に覆われたところでイシュタルを呼び戻す
左手を縫い付けていた杭が抜けてももはや回避は不可能であろう。
指示は戻れ、だけであったが、イシュタルはみのりの意思を忠実に再現して見せた。
大きく宙を跳ね着地、そこから低空に跳ね加速してウィズリィとしめじに向かい突進、そのまま激突。
二人には多少の衝撃はあったであろうが、ダメージはないであろう。
なぜならば所詮は藁の体。
激突しても胴体部分に突き刺さるのみだが、小柄な女の子とはいえ二人分。
藁の体に引っかかり、手足が4本突き出た状態で、みのりを腕に引っ掛けてさらに跳躍してなゆたの脇に着地。
案山子の身体では抱きかかえる事は出来ないが、激突する事で胴体部分に二人を咥えこみ固定したのだ
また藁の体は衝撃吸収材の役割を果たしてくれるであろう。
「地脈同化(レイライアクセス)!ほれからぁ明神のお兄さんに愛染赤糸(イクタマヨリヒメ)!あとはおきばりやす〜」
地脈同化(レイライアクセス)は本来地脈と繋がり継続回復効果をもたらすが、その代償としてその場に繋ぎ止められ動けなくなる。
今回は代償を利用し吹き飛ばされないように繋ぎとめたのだ。
そして少し離れた場所にいた明神に愛染赤糸(イクタマヨリヒメ)で繋ぎとめ、後はなゆたの腰とイシュタルの胴体を抱えて衝撃に備え……
そして黙示録の鎚(アポカリプス・ハンマー)は炸裂する!
18メートル40トンの質量だけでも凄まじいものがあるのだが、それに落下エネルギーを加え振り下ろされた一撃は想像を絶する攻撃力を発揮した
潰されたバルログは言うに及ばず、橋全体を揺るがし衝撃波が駆け抜ける
#########################
「はふぅ〜ん、ゲームでは派手なエフェクトやったけど、実際に体験しはるとそれ所やあらへんねえ
真ちゃんは飛んではったし、マルグリットさんは云うても高位のNPCやから大丈夫やろうけど、みんなは大丈夫おすか〜?」
閃光と爆風が落ち着き、ようやく抱きついていた腕をはなしてあたりを見回した。
全員が揃っており一安心、というところであったが、懐に忍ばせておいた囮の藁人形(スケープゴートルーレット)の残骸が消えていくのを見て改めてその威力の高さに戦慄するのであった。
おそらく真一以外に持たせていた5体の藁人形は同じ状態であろう。
秘密裏に情報収集できなくなったが、ここは素直にダメージを身代りしてくれたことを喜ぶことにした。
さて、戦い終わり驚いたのはあれだけの攻撃でもバルログが死んでいなかったこと、
確かにダメージ計算上は殺しきれない数値であったのであろうが、それでも現実に目の当たりにした質量と衝撃を前に直撃を食らってもまだ死なない事に驚きが隠せない。
とはいえ、流石にもう動けないようで。
これもまたゲームとの違いと言えよう
機能的な損傷と同様に、ダメージと共に動きが鈍っていき、瀕死では動けなくなるという当たり前の道理が適用されているという事なのだから。
やはり無事であったマルグリットと真一が何か話している
明神はバルログの捕獲に成功
それぞれが行動する中、みのりはイシュタルの胴体部分に突き刺さった二人を引っ張り出す作業をしていた
まず引きずり出せたのがウィズリィ
そして続いてシメジなのだが、何やら引っかかってなかなか引っ張りだせない。
「かんにんな〜イシュタルの体に色々に持つ突っ込んでしまってたから引っかかってもうて
ああ、御髪が乱れてもうて……」
イシュタルの胴から頭と右腕を出して咥えこまれているシメジの髪が乱れているのを手櫛で整えようとしたところ、前髪に隠されていた大きな傷を見つけてしまう
一瞬の躊躇の後、優しい笑みを浮かべ静かに傷が見えないように髪を整えた
何か言葉を駆けようと口を開くが、そこから出た言葉は大きく鈍い金属音と、巨大な足音でかき消されてしまった。
振り返ってみれば洞窟奥にオプジェのように設置されていた巨大アイアンゴーレムが動き出しているのだ。
6メートルクラスならば巨人とまだ認識できるが、30メートルクラスともなるともはや巨大建造物が迫ってくるように感じる
圧倒的な質量と圧迫感に言葉を失う。
「え、えええ……あないのブレモンにいはったかしらぁ〜?って、真ちゃん?あれ敵なん〜?」
>「あいつが何だかは知らねーが、とにかくヤバい相手なのは間違いねえ! ここで絶対に叩き潰すぞ!!」
120
:
五穀 みのり ◇2zOJYh/vk6
:2019/01/29(火) 21:29:10
突如動き出したタイラントに真一は突如としてグラドに乗り攻撃を加える
だが、あまりにサイズが違い過ぎる
真一の攻撃などまるで蚊でも払うかのように片手で防ぎ、そして放たれる閃光
辛くもそれを躱したグラドであったが、追い打ちのように繰り出された拳を前に、真一を振り落とし守るのが精一杯だった。
落下する真一と明神の頭上を追い越し対岸の壁に叩きつけられたグラド。
「あ〜これ、あかへんねぇ」
みのりの口からぽつりと零れる言葉
この一連のやり取りで、戦えばどうあっても負けるしかないと悟ってしまったのだ
いち早く逃げ出した明神は正しい選択をしたと言えるだろう
「はい、ほならうちらも逃げましょか〜
とはいえ、逃げるんにしても大変そうやけどねえ。
シメジちゃんはちょうどええし、そのままイシュタルに対岸まで運んでもらってぇな」
そういいながら見据える脱出ゲートは橋の対岸の奥
既に明神と壁に叩きつけられがグラドがいる。
大きな橋ではあるが、30メートル級のタイラントが渡ろうとすれば、やり過ごせるような隙間はない。
橋の下はマグマであり、飛行できるのはウィズリィ位なもので全員が飛んで逃げるわけにもいかないだろうし、すんなり通してもらえるとも思えない
その股下をくぐらなければならないのだから
>「これは……やはりこれは運命か?
> これがあればタイラントの動きを僅かならがら止められるであろう
> 時は短い、行かれよ!」
逃げようにもどう逃げるか迷っていたところにマルグリッドが手を差し伸べる。
その手の先はイシュタル
シメジの体に押し出されたドワーフの通行手形があった。
「あ……ちょ、それぇ〜はふん〜しゃぁあらへんかぁ
真ちゃん、走れる?
マルグリッドさんがなんとかしはるみたいやし、みんな逃げるえ〜」
マルグリッドがドワーフの通行手形を掲げると目映く光だし、タイラントの動きが止まる。
ロストテクノロジーの結晶とはいえ、ドワーフの作品であり、この地の守護者なのだ
マルグリッドの魔術を加えればドワーフの通行手形の効果が及ぶのは不思議ではないが、それも長く持ちそうにないのはだれの目に見ても明らかであった。
大きな音をたて、手形が崩れ始めているのだから
だがそれに引き換えにするのは、切り札となりうる通行手形とマルグリッドの喪失である。
通行手形の方は今使わずして、という状態なので構わないのだが……こういったシュチュエーションでは重要なNPCが身を挺して主人公PTを逃がしそのままフェイドアウトするのがゲームのセオリー
だがここでマルグリッドを失うのは辛い
真一がどれほどマルグリッドと話情報を集めたかわかっていないのだから
辛いが、背に腹は代えられぬ
動きを止めたタイラントの股下をくぐり、対岸に走ったところでマルグリッドの持つ通行手形が砕け散る。
それと同時にタイラントは動き出し、胸部砲塔が光りだす。
当たれば確実にオーバーキル、身代わりになってくれる囮の藁人形(スケープゴートルーレット)は既になく、あったとしてもとても代わりキレるダメージではない。
しかしその閃光は僅かに逸れて通り過ぎていく。
狙いは性格であったが、明神が繰り出し送り出したバルログがタイラントに大被さるように飛びかかっていたのだ。
>「真一君を連れて走れ!ポータルを踏めば地上へ脱出できる!とにかくそこから離れろ!急げ!!」
対岸側から明神の声が響く
そして壁に叩きつけられたドラゴも横たわっていた
橋の上ではバルログがタイラントの腰のあたりにしがみついているが、その姿はあまりにも痛々しい。
先ほど瀕死の重傷を受けて捕獲されたばかりで傷も癒えていないであろうに。
だが、30メートルと6メートルとではあまりにも差がありすぎる。
たとえ万全の状態のバルログであってもタイラントを相手にどれだけ戦えたかは疑問ではあるが
121
:
五穀 みのり ◇2zOJYh/vk6
:2019/01/29(火) 21:29:25
橋を渡りきったところで背後から大きな音が響き、見れば橋が崩壊していた。
考えてみれば当然と言えば当然。
黙示録の鎚(アポカリプス・ハンマー)の衝撃は橋全体に及んでいたのだ
そこに30Mと6Mの巨体が暴れれば橋自体が持たない。
二体は瓦礫とマグマにつかるがそれでも動きを止めるには至っていない。
「明神のお兄さんの男気は無駄にしたらあかへんよねえ
ここは諸共で花道飾らせてあげるわ〜肥沃なる氾濫(ポロロッカ)」
瀕死の状態でタイラントに向かわせた以上、ここで死なせることは覚悟の上だろう。
本来のブレモンプレイヤーであればなかなか取れる行動ではない
パートナーモンスターという程に共に冒険をし、育て、強くなっていく、プレイヤーとモンスターの絆は深いのだ
だがみのりに至っては課金キャンペーンに湯水のようにお金をつぎ込み、懸賞として【完成されたイシュタル】を受け取っており、育成、やり込み要素がないので、そういった絆の要素が少ない
だからこそ、パートナーモンスターを死なせることもタンクの仕事の一部だと割り切れる
そして今ここに明神が強いモンスターを渇望し、交換条件を呑んだ末に手にしたバルログも諸共に沈める事に躊躇はない
みのりはスペルを発動させる、
効果によりフィールドに洪水が発生
元々雨乞いの儀式(ライテイライライ)の雨の効果で表面温度が下がっていたところに、大量の水がこればマグマは冷えて固まり岩となる
瓦礫とマグマに浸かっていたタイラントとバルログを銜え込んだままに
「ガッチリ岩で固められているしこれでええとは思うけどねえ、まあ、脱出するまで持ってくれればええわ〜」
溶岩に周囲を固められたタイラントを見てようやく安心し、シメジをイシュタルから引き出して脱出ポータルへと目を向けた
【生き生きとレイドバトルを楽しむ】
【ウィズリィ、しめじをイシュタルに収納+なゆた、明神、みのりでかたまり衝撃波を耐える】
【ウィズリィ自由、しめじ案山子の胴体部分に収納のまま】
【マルグリッドがタイラントの動きを止めている間に対岸に】
【橋が崩落しタイラントとバルログがマグマのなかでもみ合い】
【肥沃なる氾濫(ポロロッカ)でマグマを冷やし溶岩にして固めて拘束】
122
:
ウィズリィ ◇gIC/Su.kzg
:2019/01/29(火) 21:29:45
石と透明な水晶で無骨に構成された建造物を、さらに無骨な鉄巨人がなぎ倒していく。
竜が飛び、怪物が謡う。鉄の鳥が周囲を飛び回り、鋼の礫と炎の吐息が交錯する。
人々は追われ、叫喚し、軍勢に蹂躙されていく。
……それをわたしは、どこからか眺めている。
思考は靄がかかったようではっきりしないが、それでもこの光景を形容する言葉だけは分かっていた。
地獄。滅び。世界の最期(おわり)。
その様は、ああ。なんて……。
「……なんて、愉快」
……え?
123
:
ウィズリィ ◇gIC/Su.kzg
:2019/01/29(火) 21:29:58
>「あいつが何だかは知らねーが、とにかくヤバい相手なのは間違いねえ! ここで絶対に叩き潰すぞ!!」
シンイチの声が響いた。意識が急速に現実に引き戻される。
そう、わたしはシンイチ達『異邦の魔物使い(ブレイブ)』と共に坑道の奥深くまで降りてきていたのだ。
目的は、魔法機関車の燃料となるクリスタルを手に入れるため。……に、賢者ローウェルの指輪を手に入れるため。
……そして、その最大の手がかりである聖灰のマルグリッドに出会うため。
冷静に考えるとそこそこ迂遠な道程だ。急がば回れ、と言ったところか。
いや、今はそんな事を考察している場合ではない。
わたしがこの溶岩洞……第十九試掘洞第十階層にたどり着いた時、真っ先に目に入ってきた物があった。
タイラント……かつてガンダラのドワーフと魔術師が作り出した、超大型アイアンゴーレム。
その作成には当時の魔導工芸、魔法技術の粋が詰め込まれていたらしく、忘却の森でもその存在は噂になっていた。
わたしの魔法の師の一人が作成にかかわった……などという話まであったほどだ。
いくら忘却の森の民が長命とはいえ、どこまで本当かはうかがい知れないが。本人ははぐらかすばかりだったし。
閑話休題。
ともかく、そんな物とこんなところで出会うとは思わず、少々気もそぞろになったことは否めない。
シンイチ達が焔魔バルログとの戦いに全力を投じる中、わたしはといえばスペルを使う事なくほぼ無言で戦いを切り抜けた。
ブックに指示をだし魔法で攻撃こそしたものの、シンイチ達からはさぞ異様に映ったに違いない。この娘、楽をしているのか? と。
事実は逆だ。
わたしの中では強迫観念にも似た予感が警鐘を鳴らしつづけており、楽などとんでもなかった。
予感が叫ぶ。バルログに気を取られていては、恐ろしい事になると。
わたし達を見下ろすあのまなざしを忘れた瞬間、恐ろしい事になると。
……悲しい事に、予感は的中した。
バルログとの戦いが終わり、空気が一瞬弛緩した一刹那。
タイラントが、動き出したのだ。
124
:
ウィズリィ ◇gIC/Su.kzg
:2019/01/29(火) 21:30:11
私を夢から現実に引き戻した叫びと共に、シンイチはレッドドラゴンに乗ってタイラントに突貫する。
無謀だ、と直感する。そう感じたのはわたしだけではないようで、ミョウジンは口汚く吐き捨てて踵を返し、
ミノリは口から諦めの言葉を吐く。
正直わたしも同感だ。あれは魔導工芸の最高傑作の一つ。少々腕の立つドラゴンと剣士程度では一太刀も与えられまい。
その証拠に、シンイチの僕のドラゴンのブレスはいとも簡単に片手で防がれ、反撃の光線と鉄拳で一撃で払われてしまう。
やはり強い。単純な膂力一つとってみてもわたし達とはけた違いだ。
仮にまともに戦えば、攻撃を防ぐこと1つできず、わたし達は敗れるだろう。
……?
自分自身の思考した言葉に、何か引っかかった。
なんだろう……何か違和感を感じる。
些細な食い違い。だが、どこか致命的な色を含んでいるような……。
……!!
まさか……でも、もしそのとおりならば。
確かめなければならない。結果によっては逆転の一手にも致命傷にもなりうる……!
マルグリッドが何かを掲げると、タイラントの動きが止まる。
短いが確実な隙。好都合だ。
私はブックに合図を送り、スペルカードを引き出す。
スペルカードを手にしたまま橋を全力で走り切り、渡りきったところでスペルを起動する。
「『知彼知己(ウォッチユーイフミーキャン)』……プレイ!」
125
:
ウィズリィ ◇gIC/Su.kzg
:2019/01/29(火) 21:30:29
【モンスター】
モンスター名:“古の鉄巨神”タイラント
HP:132517/10000000
特技・能力:
◎古の鉄巨神(アイアンタイラント):攻撃力防御力に多大な上方修正。ただし、コア部分の防御力はその限りではない。
◎魔導兵器(マジカル・アーティフィシャル):デメリット:動作自体に一定量の魔力を要する。魔力供給源を断たれると一定時間で機能を停止する。
◎三位一体魔法式(システム・トリニティ):保有するカードの魔力回復速度が通常の2倍。
【使用デッキ】(10枚)
・スペルカード
二連破壊光線砲(デュアルキャノン)×1:高威力の光線を放つ。1枚使用済。
自己修復(オートリペアラー)×3:徐々に自身のHPを回復する。重複可。3枚使用済。
魔力供給(マナサプライ)×2:ゴーレム系専用スペル。一定時間自身に魔力供給を行う。
重複可だが意味は解除対策以外薄い。2枚使用済。
破滅災厄砲×1:超広範囲、超絶高威力の破壊光線を放つ。直撃すれば小規模な街程度なら全滅可能。
魔力回復速度上昇系の恩恵を受けない。1枚使用済。
・ユニットカード
無尽の鉱山(インフィニティマイン)×1:保有するカードの魔力回復速度が通常の2倍。鉱山、塔、魔力炉が揃うとさらに倍。
このカード自体は魔力回復速度上昇系の恩恵を受けない。1枚使用済。
無限の塔(インフィニティタワー)×1:保有するカードの魔力回復速度が通常の2倍。鉱山、塔、魔力炉が揃うとさらに倍。
このカード自体は魔力回復速度上昇系の恩恵を受けない。1枚使用済。
無涯の魔力炉(インフィニティパワープラント)×1:保有するカードの魔力回復速度が通常の2倍。
鉱山、塔、魔力炉が揃うとさらに倍。このカード自体は魔力回復速度上昇系の恩恵を受けない。1枚使用済。
【持続中バフ】
自己修復×6、魔力供給×4、無尽の鉱山×1、無限の塔×1、無涯の魔力炉×1
【魔力回復速度補正】
×128
126
:
ウィズリィ ◇gIC/Su.kzg
:2019/01/29(火) 21:30:43
流れ込む情報の奔流にくらくらしそうだ。
だが、必要な事実は知れた。後は皆に伝え、対策を行うだけだ。
おりしも、ミノリのスペルの効果でタイラント(とバルログ)は岩に閉じ込められた。
いいタイミングだろう。脱出ポータルに目を向けるミノリ、それにシメジやナユタに向け、声をかける。
「脱出じゃだめね。するにしても、こいつは何とかしないと。
……そんな顔しないでちょうだい。別に自棄になった訳でも無謀なわけでもないわ。勝算はあるし、理由もある。
説明はしたいけど、その前に……『忘却殺しの杖(ハードメモラライズ):不動如山(コマンド・マウンテン)』、プレイ」
先端にスペルカードが埋め込まれた杖を生成する。
これは、振うだけで連続してスペルカードの効果が発動できる強力な魔法具(ユニット)だ。
もっとも、その反面、持続時間はさほど長くない。
「簡単に言うと、これを放置したらまずガンダラが滅びるでしょうね。そういうスペルを持っているわ、これ。
今は魔力充填期間が終わっていないだけ。だから、その前に倒さないといけない」
説明しながら杖を振るう。
不動如山(コマンド・マウンテン)は持続する魔力付与を解除する効果を持つスペルカードだ。
まず解除するのは、タイラントに無法な魔力充填速度を与えている三枚のカードの一角、『無尽の鉱山』。
「倒す算段もあるわ。こいつの弱点は胸の部分のコア。それはアイアンゴーレムと変わらないみたいね。
こいつは、シンイチの攻撃を『手で防いだ』。防御魔法が不完全なのよ。でなければ、無視したはずだから」
杖を振るう。『無限の塔』解除。さらに魔力回復の速度が落ちる。
「だから、皆でコアを集中攻撃すればほどなく倒せるはず。防御魔法は再構築しているようだけど、
それは私が解除するわ。大丈夫、バルログをなんとかできたあなた達なら、きっとできる」
杖を振るう。『無涯の魔力炉』解除。魔力回復の根源はほぼ断った。後は持続回復魔法を解除すればいい。
……油断がなかったと言えば嘘になるだろう。杖を振るう事と説明に集中するあまり、わたしは一つの事を見落としていた。
『二連破壊光線砲(デュアルキャノン)』の魔力再充填。それが間に合う可能性。
その見落としが現実のものとなるまで、もうあとわずか。
【ウィズリィ:対スペル・ユニット型デッキの本領発揮】
【タイラント:情報丸裸。二連破壊光線砲発射数秒前】
127
:
佐藤メルト ◇tUpvQvGPo
:2019/01/29(火) 21:31:06
>「ひゃーシメジちゃん凄いわー!ゲームであんな効果あらへんよねえ。
>機転の利く頭のええ子ややわ〜おかげでうちのイシュタル助かったえ〜」
「わっ、わっ、なっ、何をするんです―――!?」
自身のスペルが思った通りの結果を齎した事に安堵の息を吐くメルトであったが、
結果を確認した直後にみのりに揉みくちゃにされ、慌てて前髪を抑える事となった。
追撃をなゆたへと任せた以上、メルトにはこれ以上出来る事も無いので、暫くの間
構われるのを嫌がる犬の如く、手をピンと伸ばし必死の抵抗を見せていたのだが
>「『融合(フュージョン)』――プレイ! ウルティメイト召喚……光纏い、降臨せよ! 天上に唯一なるスライムの神――
G.O.D.スライム!!」
(うなっ!!?)
次いでなゆたが宣言したスペルカード群を耳にして、先程安堵の為に吐いた息を再び飲む事となる
……それも当然と言えるだろう。それ程までになゆたが使用したコンボは面倒臭く
そして、それ以上に強力なものであるのだから。
>「あ、あれをやるのね〜、あ、いや、それだと……」
>「ウソだろおい……っ!」
>「石油王っ!カカシを戻せっ!拘束スペルで俺たちをつなぎ止めろっ!下手すりゃふっとばされてマグマに落ちるぞ!」
(下手をしなくても吹き飛ばされます!あのコンボを実践出来る人がなんでこんな間近にいるんですか!?)
慌てふためき周囲を見渡し、戦闘の余波から逃れられそうな場所を探すメルト。
勿論、彼女がこれほど狼狽するのには理由がある。
――――簡潔に言えば、メルトは彼のコンボを喰らった事があるのだ。
128
:
佐藤メルト ◇tUpvQvGPo
:2019/01/29(火) 21:31:21
新カード、新モンスター、新戦略
目まぐるしく移り変わるブレイブ&モンスターズの流行の中で一時、最弱級のモンスターであるスライムが注目された事があった。
とある上位プレイヤーが生み出したと噂される『レイドボス級を疑似的に生み出す』コンボ。
圧倒的な破壊力と画面上のインパクトにより多くのプレイヤーを魅了したそのコンボは、多くのスライム使いを生み出す事となった。
そして、ブームが産まれればそれを悪用する者も現れる。
当然……悪質なプレイヤーであるメルトは悪用する側であった。
チルドレンと呼ばれた、スライムコンボのビギナー達。
彼等に目を付けたメルトは、地形上『民族大移動(エクソダス)』が有効に発揮し辛い複数のエリアで網を張り、
パートナーとしてスライムを連れたプレイヤーをMPKによって狩り続けたのである。
G.O.D.スライム召喚はシビアなコンボだ。
スライムの絶対数の不足、或いはスライム達の距離が離れすぎていればコンボ不成立となる。
環境に恵まれず、更に愚鈍な指揮官(ジェネラルフール)の様な妨害系のスペルを受ければ、
腕の良いプレイヤーでも早々コンボを成立させる事は出来ない。
そうなれば、相手はただの雑魚モンスターであるスライムを連れただけのカモとなってしまうのである。
そうして、淡々とプレイヤーを借り、G.O.D.スライムコンボへの悪評の一因を産み出していた時の事。
その日もメルト……当時はゴールデンしいたけというプレイヤーネームであった彼女は、日課としてスライムを連れたカモを狩ろうとしていたのだが、
運悪く――――その日相手にしたプレイヤーは『本物』であったのだ。
環境の不利を巧みな戦術で乗り越え、メルトが用いた十重二十重の妨害も、まるでスライムの行動ルーチンを完全に記憶しているような操作で捌き切り、
とうとうG.O.D.スライムコンボを成立させ……メルトがトレイン行為で集めたモンスター達を、岩陰に隠れ安全マージンを取っていたメルトごと吹き飛ばしたのである
幸いモンスター達が肉盾の役割を果たしHP全損はしなかったものの、この一件はメルトにスライム使いを狩る危険性を感じさせるには十分であった
連れているのがただのスライムである以上、モンスターからプレイヤーの強さを測る事が出来ない
カモだと思って襲った相手が、その実人食いの怪物であるという可能性に思い至ったメルトは、以降スライム使いを狩る事を辞めていたのである。
……という訳で、G.O.D.スライムに多大なる警戒心を抱いていたメルトであったが
危惧された絶大な衝撃波による転落は、みのりの機転により防がれる事となった。
「わっ!ひゃっ!!?」
外見に見合わぬ機敏さを見せたイシュタルの突進を受け、絡め取られる様に回収されたメルト。
彼女はイシュタルに荷物の様に抱えられつつ、次いで無事に……と言って良いかは判らないが、訪れた衝撃をその身を持って味わう事となった。
129
:
佐藤メルト ◇tUpvQvGPo
:2019/01/29(火) 21:31:38
>「はふぅ〜ん、ゲームでは派手なエフェクトやったけど、実際に体験しはるとそれ所やあらへんねえ
>真ちゃんは飛んではったし、マルグリットさんは云うても高位のNPCやから大丈夫やろうけど、みんなは大丈夫おすか〜?」
「……は、はい。大丈夫、です……少し気持ち悪いですが……うぅ」
這う這うの体でイシュタルの腕から抜け出そうともがくメルトであったが、どうやらローブの一部が藁に絡まってしまったらしい。
何故か動けば動く程に変に絡まって行き、若干の焦りを見せるが……そこで、みのりによる救いの手が入った。
先の衝撃によりまだ思考が定かではないメルトは、普段であれば裏がないか警戒するであろうその手を迷いなく取り
……そして、次の瞬間それを後悔する事となった
> 「かんにんな〜イシュタルの体に色々に持つ突っ込んでしまってたから引っかかってもうて
>ああ、御髪が乱れてもうて……」
「―――――っ!!!? やめてくださいっ!!!!!」
みのりの手がメルトの前髪に掛かり、その下に隠されていた傷を露わにした事を感じた瞬間、
彼女はバネ仕掛けの玩具の様に、服の端が千切れるのも構わずイシュタルから身を離し、前髪を手で押さえつけながら
露わになっている傷の無い眼でみのりへと視線を向けた。
そこに浮かぶのは、焦燥、恐怖、羞恥、後悔……例えるのであれば、虐待を受けて育った動物が見せるような感情。
これまでの短い旅路の中では見せる事の無かった、むき出しの感情。
そのメルトを見てみのりが口を開きかけるが
突如として鳴り響いた地響き。
岩石が砕け、巨大な『何か』が動き出した気配が、有ったかもしれない会話を押し潰す。
>「――――“タイラント”」
>「まだ実装されてないボスだろアレは――!」
「っ……なんですか、アレ……オブジェクトじゃないんですか!?なんで動くんですか!!?」
タイラント。
ブレイブ&モンスターズのストーリーモードでは、ただ背景としてのみ存在していたオブジェクト。
半端なビルよりも遥かに巨大なその怪物が、機械的な駆動音と共に動き出したのである。
そして、そのアイセンサーは間違いなくメルト達を捕えていた。
130
:
佐藤メルト ◇tUpvQvGPo
:2019/01/29(火) 21:31:52
>「あいつが何だかは知らねーが、とにかくヤバい相手なのは間違いねえ! ここで絶対に叩き潰すぞ!!」
タイラントに対して、真っ先に反応を見せたのは真一であった。
どこか焦りの色すら見える様子で果敢に突撃をしていったが……
>「畜生ッ……グラド!!」
>「あ〜これ、あかへんねぇ」
「あ……当たり前です。攻撃パターンも特性も知らないボスに挑んで勝てる訳ありません。ましてあのサイズですよ……!」
閃光と、拳。
それだけの単純な攻撃で、彼とグラドは撃墜されてしまった。
こと戦闘に関して高いセンスを見せる真一が堕ちる姿は、彼我の戦力差をくみ取るには十分であった。
>「……付き合ってられっか!そこの脱出ポータルから地上に戻ればそれで封じ込め完了だろ。
>いくら馬鹿でけえゴーレムだからって、試掘洞10階分を突き抜けて地上に収容違反するなんてことがあるかよ」
>「あのドラゴン馬鹿と心中したけりゃ好きにしろよ、悪いが俺ぁここで降りさせてもらうぜ。
>俺の分のクリスタルも欲しけりゃくれてやる。あいつのスマホがあいつと一緒にぶっ壊れなけりゃな」
そして、それは明神も同じであったのだろう。彼が取ったのは、逃げの一手
それは限りなく正しい選択といえるだろう。何故ならば、この場には命懸けで勝ち目のない相手と戦う理由など存在しないからだ。
石は手に入れた。バルログも入手出来た。目的は果たした。ならば、これ以上ここに留まる理由などない。
>「はい、ほならうちらも逃げましょか〜
>とはいえ、逃げるんにしても大変そうやけどねえ。
>シメジちゃんはちょうどええし、そのままイシュタルに対岸まで運んでもらってぇな」
「……分かりました。といっても、逃げ道は見当たりませんが」
そして、この場に用が無いのはメルトも同じだ。
しかし――――残念な事に、明神とメルト達では条件が違う。
何せ、目指す出口との間にこそ、目下の難敵であるタイラントが君臨しているのだから。
普通に考えれば、逃げられる可能性は1割も無い事であろう。
だが、そんな最中で奇跡的な偶然が起こる。
131
:
佐藤メルト ◇tUpvQvGPo
:2019/01/29(火) 21:32:10
>「これは……やはりこれは運命か?
> これがあればタイラントの動きを僅かならがら止められるであろう
> 時は短い、行かれよ!」
みのりが所有していたドワーフの通行手形。
マルグリットがそれを利用し、何らかの術式を用いる事でタイラントの動きを縛ったのである。
恐らくタイラントは、防衛機能と安全装置の同時稼働の自己矛盾によるエラーを引き起こしているのだろう。
嬉しい誤算であるが……徐々に崩壊していく手形を見る限り、作り出された逃走時間はそう長くない事が伝わってくる。
やがて、タイラントの股下を抜け、対岸への道を半分ほど進んだところで手形は砕け散り、
タイラントはまるでウサでも晴らすかの様に胸部の砲塔をメルト達へと向ける
(っ!?スペルカードは間に合いません、ゾウショクでは盾にもなりません。対策は、対策は、対策は――――!)
(――――な、い? え……私は、ここで……死ぬ?)
イシュタルの腕の中で、タイラントの胸に収束していく極光を眺め見ながら、あまりにも唐突に降りかかった死の運命を呆然と眺め見るメルト。
防御手段も退避手段も無い中、呆然とした表情のまま眺め見る彼女は
> 「座標転換(テレトレード)――プレイ!」
>「真一君を連れて走れ!ポータルを踏めば地上へ脱出できる!とにかくそこから離れろ!急げ!!」
「……あっ。明神さん、何で……?」
助からないと思ったが故に、満身創痍のバルログによる急襲によって外れたタイラントの砲撃と、掛けられた声に大きく目を見開く事となった。
声の主は明神、彼は……己だけであれば余裕を持って逃亡できたであろうに、皆を助ける為に戻ってきたのだ。
メルト自身が同じ立場であれば迷いなく一人逃げ去るであろう場面。
その場面でまるでヒーローの様に表れた明神に、意識せず尋ねる様な言葉を吐いてしまうメルト。
そんな呆然としているメルトとは対照的に、みのりが冷静に、明神からのバトンを上手く繋げる。
>「明神のお兄さんの男気は無駄にしたらあかへんよねえ
>ここは諸共で花道飾らせてあげるわ〜肥沃なる氾濫(ポロロッカ)」
>「ガッチリ岩で固められているしこれでええとは思うけどねえ、まあ、脱出するまで持ってくれればええわ〜」
肥沃なる氾濫(ポロロッカ)を用いた溶岩による拘束。
バルログの抵抗も合わせれば、タイラント相手とはいえ、脱出ポータルへ辿り着く事は容易だろう。
眼前に現れた生存への希望の光。
誘蛾灯に惹かれる様にポータルを目指し始めるメルトであったが――――そんな彼女を引き留める声が一つ。
132
:
佐藤メルト ◇tUpvQvGPo
:2019/01/29(火) 21:32:33
>「脱出じゃだめね。するにしても、こいつは何とかしないと。
>……そんな顔しないでちょうだい。別に自棄になった訳でも無謀なわけでもないわ。勝算はあるし、理由もある。
>説明はしたいけど、その前に……『忘却殺しの杖(ハードメモラライズ):不動如山(コマンド・マウンテン)』、プレイ」
>「簡単に言うと、これを放置したらまずガンダラが滅びるでしょうね。そういうスペルを持っているわ、これ。
>今は魔力充填期間が終わっていないだけ。だから、その前に倒さないといけない」
>「倒す算段もあるわ。こいつの弱点は胸の部分のコア。それはアイアンゴーレムと変わらないみたいね。
>こいつは、シンイチの攻撃を『手で防いだ』。防御魔法が不完全なのよ。でなければ、無視したはずだから」
>「だから、皆でコアを集中攻撃すればほどなく倒せるはず。防御魔法は再構築しているようだけど、
>それは私が解除するわ。大丈夫、バルログをなんとかできたあなた達なら、きっとできる」
ウィズリィ。この世界の住民。この世界の当事者。
彼女は冷静に語る。タイラントを倒さずに放置する事で訪れる被害を。
この場に居る者達だけでタイラントを倒せる可能性を。
――――ふざけないでください。
メルトの口から思わずそんな声が漏れかけた。
ガンダラを滅ぼすスペル。成程、確かに危険だ。多くの人の命が失われる未来は、実に悲劇的なのだろう。
だが……メルトにとって、そんなことはどうでもいい事だった。
ガンダラが滅びようが、人が大勢死のうが、心底どうでもいい。
自身の命は、ガンダラに住む無数の命よりも遥かに重要なのである。
助かりたければ、現地の人間が自分の命を賭けて抵抗すればいい。
この世界に迷い込んだ自分達に、この世界の人間の為に命を賭けて戦えなど、馬鹿げている。
自分に救い手は居なかった。ならこの世界の人間達にも救い手など必要ない。メルトはそんな事を次々に考え……
「――――ユニットカード「血色塔」を使用します」
だが、結局その心中のどれをも語る事は無く、彼女が語ったのは一枚のユニットカードの名前であった。
ユニットカード「血色塔」……それは、赤色に光る塔を産み出し、一定範囲のプレイヤーの操作画面を赤黒のみの色表記とする
対プレーヤー仕様とも言える嫌がらせ向きのカードだ。
フレーム単位で自身のモンスターの動きを把握している廃人勢には効果が薄いが、初心者や中級者に対しては絶大な効果を
発揮するそのカードは、真っ当なプレイヤーには無用の長物であるが……メルトの様なプレイヤーが逃げの手を打つ際に重宝するカードであった。
……と言っても、今回メルトは本来の効果を期待してカードを発動させた訳では無い。
彼女が期待したのは、スペルの発生時に大地より生み出される全長10m程の『塔そのもの』に対してであった。
メルトの宣言と共に固まったマグマと言う地面の表層から出現する塔は、急速にその頂上の位置を上昇させる。
――――タイラントの胸部にうち当たる軌道で。
結果として、『二連破壊光線砲(デュアルキャノン)』の発射直前に発射口への打撃を受けたタイラントは、
体勢を崩し……なんとか立て直したものの、砲撃は誰もいない固まったマグマへと向けて放つ事となってしまっていた。
「……すみません。私は弱いカードしか持っていないので、援護だけをさせていただきます」
ポータルの近くで岩に身を隠しながらそう言うメルトであるが、どうも逃げ出すつもりは無いらしい。
その視線の先には、先ほど自身を救ってくれた明神の姿
(こんな事で危険な目に遭うのは嫌ですが……それでも、借りは――――返さないといけませんよね)
震える脚を意志の力で押さえつけるその様子は、ギリギリのところまでは逃げないであろう事を言葉に出さずとも周囲に伝えていた。
133
:
崇月院なゆた ◇uymDMygpKE
:2019/01/29(火) 21:32:59
今思えば、バルログ相手にG.O.D.スライムを召喚したのは完全にオーバーキルだった。
しかし、そんな手を使ったのも無理からぬことである。
三日に及ぶ、試掘洞での探索行。蒸し暑く薄暗い洞窟内。
陰気なモンスター、まずい食事。休息だってゴツゴツした地面に毛布を敷いて横になるだけで、ろくろく眠れもしない。
お風呂なんて以ての外だ。綺麗好きななゆたにとって、いかにもファンタジーといったクエストは苦行に等しかった。
それでもウィズリィやメルトの手前、自分がしっかりしなければと気を張り詰めていたが、それがストレスとなって蓄積している。
早く地上に戻って、お風呂に入りたい。ベッドでぐっすり眠りたい。マスターの作ったゴハンが食べたい。
無事マルグリットを発見し、ボスであるバルログとの戦闘に突入した今――決着を急ぐのは当たり前の思考だろう。
そう。
まさか『バルログが前座に過ぎず、その後に真打の超レイド級ボスが控えている』などと――
いったい、誰が予想し得ただろうか?
>「――――“タイラント”」
「……タイラント……! そんな、あれは……」
軋んだ音を立てながら、緩慢に起動したその巨体を見上げ、なゆたは呆然と呟いた。
“古の鉄巨神”タイラント。
魔導工芸の最高傑作。今はその製作方法さえ絶えてしまったロスト・テクノロジーの産物。
しかし、そんなフレーバーテキストは大して役に立たない。大切なのは――
>「まだ実装されてないボスだろアレは――!」
明神の叫びが、すべてを言い表している。
タイラントは『未知の敵』だった。
今まで、ウィズリィを除く現実世界からアルフヘイムに召喚されたメンバーは全員、ゲームのブレイブ&モンスターズの知識に従ってきた。
魔物の攻略法も、戦い方のセオリーも、向かった先の街にあるイベントさえも、ゲームで培った情報と経験によってこなしてきたのだ。
しかし――タイラントは違う。
プレイヤーの知るタイラントはあくまで『古の兵器という設定を持つ背景』に過ぎず、ゆえに敵として認識されることもなかった。
次のアップデートで大型討伐イベントとして実装されるのでは?という噂は常にあったが、現時点での動きはなかったのだ。
いつか戦うこともあるだろう、とは思っていた。
そのときには万全のメンバーで挑み、討伐一番乗りを果たしてやろうと意気込んでもいた。
だが。
それがまさか今になろうとは、夢にも思わなかった。
「ぽよっ!」
レイド級のG.O.D.スライムからただのスライムに戻ったポヨリンが、なゆたの傍に跳ねてくる。
G.O.D.スライム召喚はあくまで1バトル限定。バルログ戦が終わった今、スペルの効果も切れたということだろう。
>「あいつが何だかは知らねーが、とにかくヤバい相手なのは間違いねえ! ここで絶対に叩き潰すぞ!!」
「!? 真ちゃん、待っ――!」
止めるいとまもあらばこそ、真一がグラドに騎乗して一気にタイラントへと間合いを詰めてゆく。
グラドは果敢に攻撃を仕掛けたが、タイラントにはまるで通じない。まるで蚊を払うように、グラドは容易に撃墜されてしまった。
>「……がはっ……!」
「真ちゃん!!!」
叫ぶ。真一が目の前で死ぬなど、そんなこと。絶対にあってはならないこと。
しかし、真一はグラドの最後の機転によって振り落とされ、間一髪でタイラントの拳から逃れていた。
生来の頑丈さと竜騎士の鎧によって幸い真一は軽傷のようだが、グラドはわからない。
なゆたはすぐさまスペルカードを切った。
「『高回復(ハイヒーリング)』……プレイ!間に合って!」
回復を飛ばしたのは、グラドに対してだ。グラドは壁面にめり込んだまま、ピクリとも動かない。
ここでグラドを喪うわけにはいかない。自分たちのパーティーのためにも、そして何より――真一のためにも。
134
:
崇月院なゆた ◇uymDMygpKE
:2019/01/29(火) 21:33:12
>「……付き合ってられっか!そこの脱出ポータルから地上に戻ればそれで封じ込め完了だろ。
いくら馬鹿でけえゴーレムだからって、試掘洞10階分を突き抜けて地上に収容違反するなんてことがあるかよ」
>「あのドラゴン馬鹿と心中したけりゃ好きにしろよ、悪いが俺ぁここで降りさせてもらうぜ。
俺の分のクリスタルも欲しけりゃくれてやる。あいつのスマホがあいつと一緒にぶっ壊れなけりゃな」
真っ先に白旗を上げたのは明神だった。吐き捨てるように言うと、一目散に白い光を放つポータルまで走ってゆく。
>「はい、ほならうちらも逃げましょか〜
とはいえ、逃げるんにしても大変そうやけどねえ。
シメジちゃんはちょうどええし、そのままイシュタルに対岸まで運んでもらってぇな」
みのりは相変わらず呑気な口調だったが、取る行動にはそつがない。勝てないと判断するや否や、逃げの一手だ。
>「これは……やはりこれは運命か?
これがあればタイラントの動きを僅かならがら止められるであろう
時は短い、行かれよ!」
マルグリットも逃走に手を貸す。ドワーフの通行手形があれば、ドワーフの創造物であるタイラントを束の間止められる。
その間にタイラントの股下を潜り抜け、ポータルに辿り着けというのだろう。
「橋が崩れる――! 真ちゃん、早く! グズグズしないで!
グラちゃんは回復させたわ、あの子は死なない! だから……あとは、わたしたちが死なないようにするだけ!」
ぐいっと真一の右手首を掴むと、なゆたは無理矢理引きずってでも真一を連れて行こうとその腕を引っ張った。
ゴッドポヨリン渾身の一撃によって、橋には亀裂が入っている。やりすぎた、と自分でも思ったが後の祭りだ。
と、タイラントの胸部の砲塔、その筒先が自分たちに向けられた。
チャージが早い。……退避が間に合わない。
砲門が輝く。防ぐ方法は、――ない。
「――――――ッ!!」
なゆたはポヨリンを左腕でぎゅっと胸に抱き、きつく目を瞑った。
しかし。
>「ああああああ!!!クソ!クソがっ!!バルログ!!!」
明神の悲鳴のような叫び声が、遠くで聞こえた……気がした。
タイラントの砲塔から放たれる、破壊の閃光。しかしそれはなゆたたちを灼き消すことはなく、ギリギリ逸れて後方の壁に穴を穿った。
>「真一君を連れて走れ!ポータルを踏めば地上へ脱出できる!とにかくそこから離れろ!急げ!!」
「明神さん!!」
なゆたは思わず叫んだ。
絶対絶命の危機の中で、自分だけ助かりたいと思うのは無理からぬことだ。
だから、なゆたは明神が最初に吐き捨てた言葉を否定しなかった。
勝ち目のない戦いに挑むのは勇気ではない、無謀だ。それは否定しようがない。この場では真一の蛮勇こそ非難されるべきだろう。
自分が助かるために、他を切り捨てる。それは正しい。間違っていない。なんら誤ってはいない――
しかし、明神はそれをしなかった。
ああ、そうだ。
彼は『魔銀の兎娘(ミスリルバニー)亭』でも、人身御供に等しいなゆたの提案を受け容れてくれた。
仮に、そこに打算や目論見があったとしても。
それを行動に移せる人間は、ごく僅かだ。
ボロボロのバルログが必死のていでタイラントにしがみつき、時間を稼いでいる。――なゆたや真一たちのために。
自分だけでも逃げようと思えば、いくらだって逃げられるはずなのに。
「行こう……、真ちゃん!」
そう言うと、なゆたは全力でポータル目指して走り出した。
135
:
崇月院なゆた ◇uymDMygpKE
:2019/01/29(火) 21:33:29
>「明神のお兄さんの男気は無駄にしたらあかへんよねえ
ここは諸共で花道飾らせてあげるわ〜肥沃なる氾濫(ポロロッカ)」
なんとか崩壊前に橋を渡り切り、肩で息をする。
と、みのりのスペルによって、どこからともなく膨大な水が押し寄せる。
眼下に広がっていたマグマの海はくろぐろとした岩石の大地に変わり、バルログとタイラントは下肢の身動きがとれなくなった。
とはいえ、タイラントの上半身はまだ自由に動く。胸の砲塔も健在だ。もう一度例の閃光を撃たれれば、今度こそ後がない。
「早くポータルへ!」
ゲーム的な思考をするなら、これはこういうイベントだ。いわゆる負けイベントというものだろうか。
強大すぎるエネミーから無事逃げおおせられれば、クエストクリア。最初から勝てる可能性などない。
であれば、目の前にあるポータルへ飛び込み、地上への生還を果たせばそれで何もかも終わる。
今後またタイラントとぶつかる機会もあろうが、その際はこちらもタイラント討伐用に対策を練ることができる。
とにかく今は、全員が無事に地上に戻ることさえできれば――
>「脱出じゃだめね。するにしても、こいつは何とかしないと。
……そんな顔しないでちょうだい。別に自棄になった訳でも無謀なわけでもないわ。勝算はあるし、理由もある。
説明はしたいけど、その前に……『忘却殺しの杖(ハードメモラライズ):不動如山(コマンド・マウンテン)』、プレイ」
そんななゆたの考えをあっさりと否定したのは、ウィズリィだった。
「……ぅ……、ぅぇぇ?」
思わず頓狂な声を出してしまった。
今まで現実世界でのデュエルで幾多の強敵を屠ってきたなゆたをして、耳を疑う発言である。
呆気にとられるなゆたをよそに、ウィズリィは淡々と言葉を紡ぐ。
>「簡単に言うと、これを放置したらまずガンダラが滅びるでしょうね。そういうスペルを持っているわ、これ。
今は魔力充填期間が終わっていないだけ。だから、その前に倒さないといけない」
>「倒す算段もあるわ。こいつの弱点は胸の部分のコア。それはアイアンゴーレムと変わらないみたいね。
こいつは、シンイチの攻撃を『手で防いだ』。防御魔法が不完全なのよ。でなければ、無視したはずだから」
>「だから、皆でコアを集中攻撃すればほどなく倒せるはず。防御魔法は再構築しているようだけど、
それは私が解除するわ。大丈夫、バルログをなんとかできたあなた達なら、きっとできる」
30メートルもある超巨大な敵を相手に、勝ち目があるとウィズリィは言う。
「……そんな無茶な……」
もし、対タイラント戦がバルログ戦の続きであったなら、ゴッドポヨリンが使えた。
ゴッドポヨリンの攻撃力をもってすれば、きっとタイラントの撃破も不可能ではなかったに違いない。
しかし、もうゴッドポヨリンは使えない。そして、なゆたはゴッドポヨリン召喚のためにスペルカードもほとんど使ってしまった。
ウィズリィは『皆でコアを集中攻撃すれば倒せる』と言っているが――
グラドは壁にめり込んだまま、依然としてぴくりとも動かない。
ポヨリンはバフが何もかかっていない、素のポヨリンに戻ってしまった。
ヤマシタの射撃であの巨大なタイラントの核を破壊しようと思ったら、果たして何発の弓を射かけなければならないのか。
イシュタルはそもそもタンクだ。殴られた殴り返すスキルは持っているが、殴り返すまでにこちらが死ぬ。
ブックは見てくれ通り戦闘向きではないし、ウィズリィの補佐で手一杯だろう。
ゾウショクはメルト自身が言う通り、援護するのが関の山だ。
こんなパーティーで、いったいどんな攻撃ができるというのか? タイラントどころか、その辺の野良モンスターさえ倒せるか怪しい。
「マルグリットさん、何かないの!?」
苦し紛れにマルグリットに打開策を訊ねてみる。
マルグリットは端正な面貌を苦渋に歪め、恐らくかっこいいのであろう(なゆたは全然そうは思わないが)ポーズを決めながら、
「おお……偉大なる我が賢師よ、どうかこの不肖の弟子に福音をお授け下さい――!」
などと言っている。はっきり言って役に立たない。
柔軟なものの考え方ができるウィズリィと違って、あくまでNPCということだろうか。
こちらには、タイラントを倒せるだけの火力を持つ駒の手持ちがない。
といって、ここでタイラントを仕留められなければ、ガンダラが滅ぶ。
究極の二者択一だ。なゆたは懊悩した。
136
:
崇月院なゆた ◇uymDMygpKE
:2019/01/29(火) 21:33:44
今回パーティーが受けたクエストは『ローウェルの指環を手に入れろ!』だった。
『タイラントを討伐せよ』でもなければ『ガンダラを防衛しろ』でもない。
従って、危険を冒してまで未知のボスであるタイラントを倒す義理などないし、ガンダラも見捨ててしまえばいい。
それによって後々の進行に多少の支障は出るかもしれないが、所詮フラグが立つか立たないか程度の違いである。
ゲーム内のすべてのイベントを網羅する!と息巻く廃人プレイヤーでもなければ、さして気にすることもない問題なのだ。
そう。ローウェルの指環は手に入れた。クリスタルも9999個手に入った。
であるなら、自分たちは当初の予定通り速やかに魔法列車に戻り、ボノに燃料のクリスタルを渡して王都へ向かうべきだ。
それが、この世界から現実の世界へ戻る唯一の方法に違いないのだから。
そうするのが正しいのだ、本当は――。
でも。
これを放って逃げては、もう自分たちはウィズリィの言う『異邦の魔物使い(ブレイブ)』ではない――
そんな、気がした。
>「――――ユニットカード「血色塔」を使用します」
メルトが発動させたスペルカードの効果によって砲塔に打撃を受けたタイラントは大きく仰け反ると、明後日の方に閃光を発射した。
これにより、ウィズリィのスペルカードによって頼みの綱のユニットカードを封じられたタイラントは砲の発射が不可能になった。
電池切れだ。しかし、殴打による直接攻撃はできる。冗談のような大きさの巨拳が振るわれるのを、間一髪で転がって避ける。
>「……すみません。私は弱いカードしか持っていないので、援護だけをさせていただきます」
「全然オッケー! ナイスアシスト、しめちゃん!」
ぐっと右手の親指を立て、笑ってサムズアップする。そして間髪入れずスマホをタップし、タイラントへ向けスペルカードを手繰る。
「いつまでも好き勝手絶頂してんじゃないわよ、このガラクタ! 『鈍化(スロウモーション)』――プレイ!」
たちまち魔力の輝きが放たれ、タイラントの動きがみるみる緩慢になってゆく。
『鈍化(スロウモーション)』のスペルカードは、敵の敏捷力や回避力をダウンさせるものではない。
『相手のATBゲージを溜まりづらくする』スペルだった。
本来はぽよぽよカーニバルコンボ発動のために初手でかけるものだが、今回は仲間のアシストによって使用していなかったものだ。
これで、少しは時間も稼げることだろう。
ウィズリィが自己修復を封じれば、タイラントは拳での物理攻撃しかできないでくの坊になるが、問題はこの後だ。
ここは戦力をバラけさせるより、誰かひとりにバフを集中させ一点突破をした方がいい。
と、なれば。
「『形態変化・硬化(メタモルフォシス・ハード)』――プレイ!」
なゆたは次のスペルカードを使用した。対象の肉体に鋼の効果を与える、攻撃力と防御力の増加スペルだ。
しかし、その掛けた相手はポヨリンではない。
かけた相手は、真一だった。
137
:
崇月院なゆた ◇uymDMygpKE
:2019/01/29(火) 21:34:01
なゆたは真一の目を真っ直ぐに見つめると、決然と口を開いた。
「グラちゃんの仇。取りたいでしょ? ……いやグラちゃん死んでないけど。
真ちゃん、まだ『限界突破(オーバードライブ)温存してたわよね? 今すぐ自分に使って。
みんなももし使えるスペルカードがあるなら、真ちゃんのバフに使ってあげて! お願い!」
振り返り、仲間たちに向かって言う。
とはいえ、皆疲れているだろうし、スペルも少なからず使ってしまっているだろう。
そもそも他人にかけられるようなスペルを持っていないかもしれない。
けれども、今は真一にすべてを賭けるしかタイラントを倒す方法はない……と、思う。
「ウィズ、『多算勝(コマンド・リピート)』をわたしに! 『限界突破(オーバードライブ)』を回復させて!
真ちゃんが自分で掛ける分にプラスして、わたしがさらに『限界突破(オーバードライブ)』を掛ける――!」
ブレイブ&モンスターズのルールでは、スペルカードは重ね掛けが可能である。
なゆたがポヨリンに『分裂(ディヴィジョン・セル)』を三回使ったのがいい例だ。スペルは重ねれば重ねるほど相乗効果を生む。
ただし、『限界突破(オーバードライブ)』の重ね掛けというのは今まで試したことがない。
加えて、そのスペルを掛ける相手はモンスターではないのだ。となれば、もはや何が起こるかまるでわからない。
ウィズリィがスペルカードの回復を行ってくれれば、なゆたは迷いなくそれを実行する。
現状のパーティーの総戦力を真一に注ぎ込む、一か八かの大博打だ。
ただ、それでも恐らくタイラントを撃破するには足りない。さらに一段階、真一を強化する必要がある。
仲間たちのスペルでは、これ以上の強化は望めない。――ならば。
「真ちゃん、チャンスは一度だけよ。タイラントのコアを一撃で破壊するだけの攻撃――きゃああああッ!」
ぶおん、と烈風を撒いてタイラントが拳を振り下ろす。
直撃こそ避けたものの、なゆたは拳風に煽られて紙切れのように吹き飛ばされ、真一から引き離された。
ポヨリンがいち早く落下地点に先回りし、クッションのように柔らかな身体でなゆたをキャッチする。
「ッぐ……ゥッ!」
間一髪怪我はしなかったものの、衝撃が大きく息が詰まる。
だが、倒れている暇などない。なゆたは気力を奮い立たせてうつ伏せから上体を起こすと、力の限りに叫んだ。
「――指環を使って! 真ちゃん!」
今しがたマルグリットから受け取ったばかりの、ローウェルの指環。
アルフヘイムで比肩し得る者のない大賢者が、その持てる叡智を結集させて創造したという魔導具。
「その指環が! きっと、わたしたちの道を切り拓く! 闇を払う光になる、はず――!!」
声が嗄れるほどの叫びは、果たして真一に届いただろうか。
超絶レアアイテム、ローウェルの指環――その効果は、誰も知らない。誰にもわからない。
戦いに使えるアイテムなのかどうかさえ、定かでない。
ひょっとしたらインベントリ容量が無限に増えるようなアイテムかもしれないし、単なるトロフィー的なアイテムなのかもしれない。
しかし――なゆたはその小さな指環がタイラント攻略の鍵になると、そう信じた。
【真一へスペルカード『形態変化・硬化(メタモルフォシス・ハード)』
およびウィズリィが回復してくれれば『限界突破(オーバードライブ)』を付与。
真一にすべてを託し、ローウェルの指環の発動を促す】
138
:
赤城真一 ◇jTxzZlBhXo
:2019/01/29(火) 21:34:25
タイラントが一歩足を踏み出す度に、洞窟内は激しく揺り動き、地鳴りの音が岩壁を叩いて反響する。
そんなことは気にも留めず、遥か高みから矮小な人間たちを睥睨するタイラントの姿は――その名の通り、まさしく“暴君”に他ならなかった。
「〈高回復(ハイヒーリング)〉……頼む、目を覚ましてくれ……!!」
>「『高回復(ハイヒーリング)』……プレイ!間に合って!」
真一は自分の身代わりとなり、タイラントの拳をまともに受けてしまった相棒を救うため、直ぐ様回復のスペルを行使する。
画面上に表示されたHPバーを見る限り、幸いにもグラドが絶命したわけではないようだが、やはりそのダメージは甚大だったようだ。
なゆたと二人で回復を重ね掛けしているにも拘わらず、グラドは壁面に埋もれたまま、身体を起こすことはできなかった。
>「あ……ちょ、それぇ〜はふん〜しゃぁあらへんかぁ
真ちゃん、走れる?
マルグリッドさんがなんとかしはるみたいやし、みんな逃げるえ〜」
>「橋が崩れる――! 真ちゃん、早く! グズグズしないで!
グラちゃんは回復させたわ、あの子は死なない! だから……あとは、わたしたちが死なないようにするだけ!」
タイラントに勝てないと判断するや否や、仲間たちは真一の手を引いて脱出の算段を立てる。
――真一は後悔していた。
先程脳裏に浮かんだ“記憶”によって我を忘れ、そのせいで相棒を失いかけた挙げ句、こうして他の仲間まで危機に晒されている。
やはりタイラントは放っておけないと自分の直感は警鐘を鳴らし続けているが、こうなってしまっては最早他に選ぶ手もない。
真一は〈召喚解除(アンサモン)〉のボタンに指を添え、グラドを回収して洞窟から逃げ出す覚悟を決めた。
しかし、そんな彼らを嘲笑うかの如く、タイラントは再び眼前に立ちはだかった。
その胸甲は既に開かれ、二門の砲塔が急激に光を吸い込む様子が見て取れる。
――あいつは、先程撃ち放った極大の光線を、もう一度解き放とうとしているのだ。
それは分かっているのに、今からではあの攻撃を防ぐことも躱すこともままならない。
「畜生……」と、真一は奥歯を強く噛み締め、口の奥に血の味が滲むのを感じた。
>「ああああああ!!!クソ!クソがっ!!バルログ!!!」
だが、突如として響き渡った叫び声が、バルログとの間に割り込んで真一たちの窮地を救う。
――声の主は、明神だった。
彼は今しがた捕まえたばかりのバルログを召喚し、更に〈座標転換(テレトレード)〉のスペルをプレイ。
直上に出現したバルログがタイラントに襲い掛かることで、間一髪、真一たちを狙った光線の軌道は横に逸れていった。
「明神、アンタ……」
>「真一君を連れて走れ!ポータルを踏めば地上へ脱出できる!とにかくそこから離れろ!急げ!!」
明神は自分の身を挺してでも、仲間たちを外に逃がす選択肢を選んだのだ。
右手に握った剣も叩き折られ、尚も懸命にタイラントへと食い下がるバルログの姿を見て、真一は息を呑んだ。
>「明神のお兄さんの男気は無駄にしたらあかへんよねえ
ここは諸共で花道飾らせてあげるわ〜肥沃なる氾濫(ポロロッカ)」
>「行こう……、真ちゃん!」
更にみのりがプレイしたスペルによってマグマが固まり、組み付いたバルログごとタイラントを拘束する。
あの程度の呪縛など、タイラントならすぐに解いてしまうだろうが、それでもパーティが逃げ出す時間には充分だ。
なゆたに手を引かれ、真一は共に脱出ポータルへと駆け出した。
……だが「本当にこのままあいつを放置していいのか?」という疑問が、真一の後ろ足を引く。
仲間が必死の思いで稼いだ時間を、無駄にするわけにはいかない。――しかし
139
:
赤城真一 ◇jTxzZlBhXo
:2019/01/29(火) 21:34:40
>「脱出じゃだめね。するにしても、こいつは何とかしないと。
……そんな顔しないでちょうだい。別に自棄になった訳でも無謀なわけでもないわ。勝算はあるし、理由もある。
説明はしたいけど、その前に……『忘却殺しの杖(ハードメモラライズ):不動如山(コマンド・マウンテン)』、プレイ」
>「簡単に言うと、これを放置したらまずガンダラが滅びるでしょうね。そういうスペルを持っているわ、これ。
今は魔力充填期間が終わっていないだけ。だから、その前に倒さないといけない」
そして、今まさに脱出ポータルへ飛び込む直前、それを一蹴したのはウィズリィだった。
先程から戦闘行為も最小に、彼女は黙々と一人で敵の能力を分析していたのだ。
ウィズリィ曰く、やはりタイラントは一体で街を壊滅させてしまうような力を持っているらしいが、今はまだ魔力を蓄えている段階であり、完全な状態に戻るためにはもう少し時間を要するらしい。
そのウィズリィの言葉を聞いて真一は立ち止まり、握られたなゆたの手を振り解く。
「……すまねえ、皆。迷惑を掛けちまった。
だけど、ウィズの言う通りだ。タイラントがこんな洞窟内でくたばってたってことは、きっと外に転送する方法もあるんだろう。
あいつが力を取り戻してから外に出たら、ガンダラの街だけじゃなくて、恐らくもっと――」
真一は先程脳裏に浮かんだイメージをもう一度思い出し、何度か首を横に振る。
「どうせゲームの世界だって、知らねえ顔して逃げ出すことはできる。
でも、俺たちに飯を作ってくれたオカマのマスターとか、一緒に酒飲んだドワーフのおっさんたちとか……あいつらが命の無い、ただのデータだとは思えないんだ。
だから、タイラントを絶対ここから出すわけにはいかない。……そして、今あの野郎を仕留められるのは、俺たちしかいない。
――頼む、皆。少しだけ俺に力を貸してくれ」
そして、真一が選んだ答えは、やはりウィズリィと同じだった。
合理的に判断するならば、賢い選択ではないのだろう。
ガンダラの街がどうなろうと――更に言えば、このアルフヘイムさえも、異世界の住人である真一たちにとっては関係の話なのだ。
さっさと元の世界に帰る方法を探し、何もかも見捨てて逃げ出してしまえばいい。
――だが、真一はもう一度タイラントと戦う道を選んだ。
理屈ではない、自分の腹の底に宿っている何かが、そうすべきだと判断したのだ。
140
:
赤城真一 ◇jTxzZlBhXo
:2019/01/29(火) 21:35:11
>「しゃぁあらへんわぁねえ。これで一撃位は耐えられるやろうし、おきばりやすえ」
>「太陽の恵み(テルテルツルシ)、いるなら使いますえ?」
そんな真一の言葉に対し、みのりはやれやれと言った具合に返答し、スマホの画面に指を当てる。
プレイしたのは、ダメージ軽減のための〈囮の藁人形(スケープゴートルーレット)〉と、炎属性の攻撃力を底上げする〈太陽の恵み(テルテルツルシ)〉だ。
真一の身体に何体かの藁人形が纏わり付き、洞窟内には燦々と輝く太陽が浮かぶ。
>「――――ユニットカード「血色塔」を使用します」
>「……すみません。私は弱いカードしか持っていないので、援護だけをさせていただきます」
メルトはユニットカードで生成した赤黒い塔をタイラントの胸部にブチ当て、今まさに再発射されようとしていた光線の軌道を逸らした。
これで砲が再発射されるまで、幾ばくかの時間を稼ぐことができる。
>「グラちゃんの仇。取りたいでしょ? ……いやグラちゃん死んでないけど。
真ちゃん、まだ『限界突破(オーバードライブ)温存してたわよね? 今すぐ自分に使って。
みんなももし使えるスペルカードがあるなら、真ちゃんのバフに使ってあげて! お願い!」
「――サンキュー、皆。もう一度、行ってくる」
そして、なゆたからのバフも受け取り、真一は再び走り出した。
同時にスマホを操作して〈炎精王の剣(ソード・オブ・サラマンダー)〉と〈限界突破(オーバードライブ)〉のカードをプレイ。
刀身に炎を纏った魔剣を携え、風のような速度で洞窟内を疾駆する。
>「――指環を使って! 真ちゃん!」
「……指輪? そうか、ローウェルがこの場所で俺たちに指輪を渡したことに、何か意味があるんだとしたら……!」
タイラントが振るった拳を潜り抜けた直後、後方で叫ぶなゆたの声を聞いて、真一はある閃きに至る。
マルグリットから指輪を受け取った際、確か彼は「貴公らと此処で遭逢することは、我が賢師より告げられていた」というようなことを言っていた。
つまりローウェルは、真一たちが今日、この場所に訪れることを知っていたのだ。
その上で指輪を託したのだとすれば、或いは――
「勿体付けて渡したんだから、頼むぜ! 役に立ってくれよ……激レアアイテム!」
真一はインベントリから取り出した指輪を左手に嵌め、上空へと掲げる。
――瞬間、指輪の中央部に位置する赤い宝玉が輝き、その効力を発揮した。
ローウェルの指輪と呼ばれる、伝説のレアアイテム。その効果の一つは、装備者の魔法効果を、大幅に増幅させるというものだった。
無論、大賢者の指輪に秘められた魔力は、それだけが全てではないのだが――ともあれ今は、真一が使用中のスペル全ての性能が、一時的に急上昇する。
例えば、グラドの治療のために使っていた〈高回復(ハイヒーリング)〉のスペルも〈完全回復(コンプリート・ヒーリング)〉に匹敵する能力を持つ程に。
「グラド……!? 良かった、目を覚ましたのか!」
すると、強化された回復スペルによって一気に復活したグラドが目覚め、埋もれていた壁面から身を乗り出した。
そんなグラドの元へ真一が駆け寄ると、グラドは嬉しそうに鼻先を擦り付けて来たあと、すぐに首を上げて頭上のタイラントを睨(ね)めつける。
――言うまでもない。グラドの想いもまた、真一と同じであるということだ。
「……ハッ、やられっ放しで引き下がるなんて、俺たちの性分じゃねーよな。
行くぜ、相棒。俺とお前で、今度こそあいつを叩き潰すぞ」
真一の言葉に、グラドは唸り声を一つ返した。
141
:
赤城真一 ◇jTxzZlBhXo
:2019/01/29(火) 21:35:26
真一を背に乗せたグラドは、タイラントの背後を通り抜け、一気に洞窟の天井付近まで飛翔する。
――タイラントの直上まで飛び上がった理由は、二つある。
一つ目は、あの厄介な光線の死角に入るためだ。
タイラントの〈二連破壊光線砲(デュアルキャノン)〉は非常に強力で、高水準な命中精度を誇るが、胸部に砲塔を備えているという性質上、その射角には限界がある。
例えば自身の真後ろだったり、頭上方向を狙うことは、物理的に不可能である筈だ。
そして、もう一つはただ単純に――――落下速度さえ加速に利用し、何よりも速く空を駆けるため。
「……バルログ、すまねえ。だけど無駄にはしないぜ」
眼下ではようやくマグマの拘束から逃れたタイラントが、尚も懸命に喰らい下がるバルログと格闘戦を繰り広げていた。
しかし、力の差は歴然。間も無くタイラントの両手に捕らえられたバルログは、力任せに胴体を引き千切られ、無残にも溶岩の中に叩き付けられる。
バルログのHPが尽きたであろうことは、スマホで確認するまでもなかった。
そして、タイラントが次なる獲物を狙うため、上空へ視線を上げた直後、真一はグラドの背を叩いて合図を出した。
「――今だ、〈火炎推進(アフターバーナー)〉!!」
その瞬間、真一はスペルカードを発動し、グラドは後方へ炎を噴射しながら、流星の如く空中を滑り落ちた。
〈火炎推進(アフターバーナー)〉は元々高速移動のために用いるスペルだが、当然その効果も指輪の力で増幅されている。
真一はそれを追加でもう二枚使用し、グラドの移動速度は多段式ロケットのように順を追って加速していく。
上空からの落下速度プラスアルファ。更にプラスアルファ。
『パンッ――』と、音速を超え、空気の壁を破る音が鳴り響いた。
同時に真一の身体に纏わり付いていた藁人形は、全て細切れになって弾け飛ぶ。
音速を突破した際の反動を、人形が肩代わりしてくれたのだ。
――まさしく、人竜一体。
紅蓮の飛矢と化した真一とグラドは、タイラントの反応速度さえも遥かに凌駕するスピードで、一直線に虚空を斬り拓く。
「ブチ抜けぇぇぇぇ――――――――――ッ!!!!」
〈炎精王の剣(ソード・オブ・サラマンダー)〉を用いた両手突きと、グラドの〈ドラゴンクロー〉。
二つの刺突は一点で交錯し、ただ正確無比にタイラントのコアを穿つ。
紅蓮の矢は炎の軌跡を描きながら、タイラントの胴体を貫通し、その背中を破って空中に飛び出した。
一撃で急所を撃ち抜かれたタイラントは、力なく膝を折って倒れ伏せる。
そして、タイラントが崩れ落ちた際の衝撃によって、地下十階層の天井が崩落を始めたのは、それと同じ時であった――
【タイラント撃破&洞窟が崩壊する5秒前。
ちなみに、次のレスで今章を締めようと思っているので、このターン中に洞窟からの脱出をお願いします!】
142
:
明神 ◇9EasXbvg42
:2019/01/29(火) 21:35:49
バルログが命がけの特攻で生み出した僅かな時間を使っての、撤退戦。
俺の意図を誰よりも早く察した石油王が、スマホを手繰ってスペルを起動した。
>「明神のお兄さんの男気は無駄にしたらあかへんよねえ
ここは諸共で花道飾らせてあげるわ〜肥沃なる氾濫(ポロロッカ)」
召喚された大量の水が波濤のごとくタイラントの足元に押し寄せ、マグマを冷やし固めていく
バルログごとタイラントを足止めし、他の連中がポータルへ駆け込む隙を作り出した。
>「ガッチリ岩で固められているしこれでええとは思うけどねえ、まあ、脱出するまで持ってくれればええわ〜」
「よし……!とっととこっちに渡ってこい!全員だ!」
足元が固まった溶岩で固定されてるとは言え、タイラントから攻撃手段が失われたわけじゃない。
バカでけえガタイに任せて腕の一つも振るえば拳は試掘洞10階層のどこにだって届くだろう。
またぞろあのオーバーキルな破壊光線を撃ってこねえとも限らねえ。
逃げ道は確保できたが、安心安全には全然程遠い。
>「脱出じゃだめね。するにしても、こいつは何とかしないと。
崩落した橋のこっち側に全員が集結したその時、ウィズリィちゃんが唐突にそう言った。
何らかのスペルでタイラントを分析してたらしいが、この土壇場で何を言い出しやがる。
「ああっ?んな悠長なこと言ってる場合じゃ――」
>「簡単に言うと、これを放置したらまずガンダラが滅びるでしょうね。そういうスペルを持っているわ、これ。
今は魔力充填期間が終わっていないだけ。だから、その前に倒さないといけない」
「……マジかよ」
レイド級に位置するボス達が、通常のスキルとは別にスペルを使うことはWikiにも載ってる周知の事実だ。
わかりやすい所じゃベルゼブブの「闇の波動」がそうだし、バルログの収束熱線もスペルの一種。
ボスのスペルは内部的に独自のりキャストタイマーを持っていて、プレイヤーの対カードスペルの影響も受ける。
だからレイド戦では、ボスのスペルを如何に遅延させたり防御するかも重要になってくるわけだが――
「お前には何が見えてんだ」
原則として、ボスの所持スペルがデータとして公開されることはない。
どんな効果をもったスペルで、何属性で、何の対カードスペルで防げるのか。
Wikiに載ってるスペル情報はあくまで、プレイヤーが試行錯誤を重ね、ドロップするカードから類推した結果に過ぎない。
だが、ウィズリィちゃんは初見の、しかも実装されてすらいなかったタイラントからスペル情報を読み取った。
マスクデータを解析したってのか?どこのスーパーハカーだよおめーはよ。
>「倒す算段もあるわ。こいつの弱点は胸の部分のコア。それはアイアンゴーレムと変わらないみたいね。
こいつは、シンイチの攻撃を『手で防いだ』。防御魔法が不完全なのよ。でなければ、無視したはずだから」
「根拠を確かめてる時間は……ねぇな」
スマホを手繰る手が震える。歯の根が合わなくなる。
ベルゼブブ戦でも、ガンダラでも、試掘洞でも、俺達は常に最適解を選んで先手を取り続けてきた。
しかし、未実装のタイラントにはゲーム知識という俺達独自のアドバンテージが通用しない。
ウィズリィちゃんが解析したデータを、それだけを信頼して……覚悟を決めなきゃならない。
それが、たまらなく怖くて――悔しい。
どんだけ斜に構えていたって、結局のところ俺はどうしようもなく、ゲーマーなんだろう。
ざけんじゃねえぞ。何がタイラントだよ、ツラと名前覚えたからな。
てめえがどれだけ穴蔵の底でイキってようが、実装から一月も経てば素材目的で廃人共に討伐周回されんだ。
高いステータスだけが特徴のクソコンテンツだって、俺がフォーラムで証明してやる。
143
:
明神 ◇9EasXbvg42
:2019/01/29(火) 21:36:35
>「だから、皆でコアを集中攻撃すればほどなく倒せるはず。防御魔法は再構築しているようだけど、
それは私が解除するわ。大丈夫、バルログをなんとかできたあなた達なら、きっとできる」
ウィズリィちゃんが杖を振るい、スペルの発動を示す燐光が幾度となく灯る。
スマホの画面越しにタイラントを見れば、いくつかのバフが解除されていくのがわかった。
「倒せるのか?マジで?バルログは死にかけ、ゴッドポヨリンさんもログアウトしてるこの状況で――」
>「……そんな無茶な……」
突拍子もないウィズリィちゃんの提案に、なゆたちゃんが困惑の声を零す。俺も同感だった。
弱点をぶち抜きゃ倒せるっつうのはまぁそうなんだろう。
だがそいつは、弱点補正のかかった状態でタイラントのHPを削りきれる、そもそもの火力が足りてることが大前提だ。
パーティの火力担当であるレッドラは床ペロ状態、なゆたちゃんのコンボも丸一日使えない。
バルログ戦でほとんどの手札を使い切った俺達に、それだけの火力を確保できるだろうか。
いやそれ以前に、タイラントさんなんか光線の発射準備に入ってません?
「リキャ明けてんじゃねーか!削り切る前にこっちが蒸発すんぞ!」
腐れタイラント野郎の破壊光線が再び俺達を射程に捉える。
あ、これマジでやべーやつだ。俺達自体もやべーけどポータルまでぶち抜かれるぞ。
防御バフなんか残ってねえし、そもそも壁張れるのがカカシ一匹じゃ俺達全員はカバーできない。
ワンチャン今からでも全員黙らせてポータル踏むか――?駄目だ、転送にどんだけ時間がかかるか分からねえ。
>「――――ユニットカード「血色塔」を使用します」
「……しめじちゃん!」
降って湧いた危機に誰もが硬直する中――しめじちゃんだけが、最善手となるカードを切っていた。
ユニットカード「血色塔」。周囲の画面表示を赤く染めるネタカードの域を出ない嫌がらせユニットだ。
どす黒い赤の巨塔がタイラントの足元から隆起。巨体がバランスを崩し、破壊光線は明後日の方向へ飛んでいった。
>「……すみません。私は弱いカードしか持っていないので、援護だけをさせていただきます」
「今さらだぜ――!」
しめじちゃんはこともなげに言ってのけるが、俺は内心で舌を巻いた。
タイラントの攻撃を見てからじゃユニットの発動なんて間に合うわけもない。
初めから彼女は、破壊光線の発射挙動を読んで、タイラントの足元を掬えるユニットを予め切っていた。
強力なカードを持ってない……なんてのは、しめじちゃん自身が弱い理由にはならない。
現に今俺達の命を救ったのは、大正義の強カードなんかじゃなく、クソカードを使いこなす彼女の判断力だ。
しめじちゃんがこっちを見ている。涙の出るような好アシストに、俺は頷きを返した。
なんかわかってる感じを出す為に――!
>「いつまでも好き勝手絶頂してんじゃないわよ、このガラクタ! 『鈍化(スロウモーション)』――プレイ!」
しめじちゃんの拓いた活路を皮切りに、なゆたちゃんが気炎を吐く。
未知の強敵と遭遇して、その途方もない巨大さに畏怖し、完全に逃げの姿勢にあったパーティが、再び戦意を得る。
>「……すまねえ、皆。迷惑を掛けちまった。
レッドラを撃墜されて茫然自失だった真ちゃんも、ここでようやく元の勢いを取り戻したようだった。
>だから、タイラントを絶対ここから出すわけにはいかない。……そして、今あの野郎を仕留められるのは、俺たちしかいない。
――頼む、皆。少しだけ俺に力を貸してくれ」
「クソ、マジでやるんだな?あのバカみてーにクソでけえボスを、まともなカードも残ってない、俺達で。
陰気な穴蔵の底で、得られるものがあるかも分からねえ戦いを、この世界の顔も知らねえ他人の為に――」
144
:
明神 ◇9EasXbvg42
:2019/01/29(火) 21:36:50
くだらねえ。幼稚なヒロイズムだ。命まで賭けてやることだとは思えねえ。
ガンダラ?ほっとけよ、どうせすぐに過疎って死ぬ街じゃねえか。所詮はNPC共だろうがよ。
あのクソ田舎にまともな報酬が用意できるとも限らねえし、そもそもこの戦いは誰にも知られることはないだろう。
ああ、マジで不合理だ。非生産的だ。こんなところでてめーらと心中なんか御免だぜ俺は。
……だけど。
ガンダラって街を、俺は嫌いになれない。
気のいい鉱夫連中。賑やかな街の光景。ぬるいけど旨いビール。――俺の帰りを待ってる酒場のマスター。
あそこにある全てが失われるのは、きっと、多分、おそらく……俺は嫌だ。
顔も知らない他人の為に命を賭ける?
倒せるかも分からない、強大な敵と命がけで戦う?
「そんなもん、いつものことじゃねえか。俺達は――ゲーマーなんだから」
これから始まる戦いは、気負うことなんか一つもない、ただの日常だ。
世界を救うなんてことは、全世界1000万人のアクティブプレイヤー達が、毎日やってることなんだからよ。
>真ちゃん、まだ『限界突破(オーバードライブ)温存してたわよね? 今すぐ自分に使って。
みんなももし使えるスペルカードがあるなら、真ちゃんのバフに使ってあげて! お願い!」
なゆたちゃんの指示を軸として、俺達の動きはまとまり始める。
方針だけはとっくに決まっていた。真ちゃんにバフを集中させて、一撃に全てを賭ける。
不確定要素の多い、とても戦術と言えるようなもんじゃないが、こいつが今ある手札でできる最大限だ。
「黎明の剣(トワイライトエッジ)、プレイ。キツイの一発、ぶちかましてこい!」
真ちゃんの召喚した剣に、俺のスペルが燐光を灯す。短時間のみ攻撃力を倍加させるバフだ。
石油王のフィールド魔法、なゆたちゃんと真ちゃんの強化バフとシナジーして、一撃の威力に特化させる。
>「――サンキュー、皆。もう一度、行ってくる」
「えっ歩いて行くの……?」
タイラント目掛けて身体強化ダッシュで弾丸の如く疾走する真ちゃん。
コアってあの巨体の中心部だよな……どうやってあそこまで登るつもりなのあいつ。
>「――指環を使って! 真ちゃん!」
そこへ名将なゆた監督から新たな指示が飛んだ。
ローウェルの指環、効果も分かってないレアアイテムを、ぶっつけ本番で発動。
俺の後ろでぐったりしていたレッドラが起き上がって、真ちゃんを背に空へと舞い上がった。
「スペルの強化効果か――そりゃレアアイテムになるわあんなもん」
スペルの効果を向上させる装備アイテムはそれなりにあるが、ローウェルの指輪が他と異なるのはその強化幅だった。
倍どころの話じゃない。死にかけだったレッドラが強化されたヒールで即刻飛び起きたのだ。
そして指輪の効果は回復だけじゃなく――真ちゃんにかけられたバフにも影響していた。
剣に灯った光はもはやそれそのものが巨大な刀身になって、真ちゃんは文字通り一つの矢と変貌する。
>「ブチ抜けぇぇぇぇ――――――――――ッ!!!!」
145
:
明神 ◇9EasXbvg42
:2019/01/29(火) 21:37:07
竜の翼を持った光の矢は、タイラントのコアを狙い過たず穿ち抜いた。
多分、多重バフに弱点特攻が乗っても、タイラントの膨大なHPを削り切ることは出来なかっただろう。
だが、この戦いはシステムによって縛られたゲームのバトルとは違う。
どんなに小さなアリでも、象を殺す可能性はゼロじゃない。
脳味噌の血管の一本でも噛み切れば、わずか一寸でも穴を開けただけで、巨象は容易く地に伏せる。
『弱点を破壊される』というのは、どんな生き物でも必ず死に至る傷だ。
バルログがHPミリで動けなくなったように……機能的な損失は、ステータスと関係がない。
つまり、タイラントは弱点を撃ち抜かれて――即死した。
バカみたいに長いHPバーが一瞬で消滅し、鋼の巨人が機能を停止する。
30メートルの巨体が力を失って倒れ込み、その衝撃が試掘洞10階を崩壊させ始めた。
「倒せたのか……!リザルトを確認してる場合じゃねえな、今度こそポータルから脱出するぞ!」
崩壊していく試掘洞の天井、割れた瓦礫が雨のごとく固まったマグマに落ちていく。
ポータルが瓦礫に埋もれちゃ元も子もないが、脱出口の確保はとっくに終わっていた。
『工業油脂(クラフターズワックス)』。硬質化するワックスによって、ポータル直上の天井は補強済みだ。
真ちゃんにバフかけたあとはわりと暇だったから時間を退路の確保に使えた。
あとは――
「バルログ、戻れ……!」
俺はスマホの召喚画面からアンサモンをタップする。
タイラントの足元で倒れ伏したバルログに、反応はなかった。
「戻れ……!クソッ、戻れ!」
祈るような気持ちで何度も召喚解除を行うが、祈りが届くことはない。
分かりきっていたことだった。スマホの召喚画面に、「DEAD」の文字が虚しく表示されている。
何より、冷えた溶岩に埋もれたバルログは、胴から下がなかった。
タイラントとの戦いでバルログが引きちぎられた瞬間を、俺はこの目で見ていた。
奥歯が砕けそうになるくらい食いしばって、俺は踵を返してポータルを踏む。
眼の前が青く染まり、胃袋が反転するような重力加速度を感じたかと思えば、すぐに視界が拓けた。
「ここは……鉱山の麓か。山を降りる手間は省けたな、はは」
おそらくポータルは、試掘洞10階から最も近い地上へと俺達を転送したんだろう。
実に三日ぶりに再会した太陽は、嫌になるくらいの晴天となって俺を照らしていた。
見回せば、マルグリットもまた、俺達にひっついて如才なく脱出を果たしていたようだった。
「戻ろう、ガンダラに。そこのイケメンには聞かなきゃならないことが沢山ある。
三日ぶりにまともな寝床と食事にありつけるぜ。……マスターも、待ってるだろうしな」
【タイラント撃破後、試掘洞を脱出して鉱山の麓に出る。バルログ死亡】
146
:
五穀 みのり ◇2zOJYh/vk6
:2019/01/29(火) 21:37:47
タイラントの動きを封じ、後は脱出ポータルで鉱山から出るだけ。
もうそこまで来ている段階で待ったがかかる
それはウィズリィの言葉
確かにこの世界の住人であり、王の使いであるウィズリィの立場からすればタイラントは看過できない存在なのであろう
読み取られたデータから、現在タイラントはHPが本来の1%程度
だが1%と言えども分母が莫大過ぎるのが問題だ
正面から戦いHPを削っていくのではとても勝ち目がない……が、それはあくまでゲームでの話
機能破壊や急所への一撃は数字では計れないダメージをもたらす
ウィズリィの言葉は実現可能なのかもしれない
なのかもしれないが、それをする理由がみのりにはないのだ。
ブレモンの世界に入り、実生活に縛られることなく冒険を満喫していた
それはあくまで【楽しみ】であり、【命をかける】程のものではない
だがここから先は文字通り命をかけることになる
画面の外から眺め操作するゲームではないという事は何度も実感したが、現実の死がすぐ隣に居合わせる戦いに足を踏み入れる覚悟などできはしない
そしてそれ以上に……スペルを次々とプレイしタイラントのバフを解除していくウィズリィの横顔を眺めるみのりの目は酷く冷めたものになっていた
そんなみのりを余所に話は進んでいく
なゆたの号令により真一にバフを載せ、一点集中突破を計るという
やる気みなぎる高校生二人に、少し呆れを含んだ笑みと共に小さく息を吐きスマホを取り出した
「しゃぁあらへんわぁねえ。これで一撃位は耐えられるやろうし、おきばりやすえ」
そういいながら二枚目の囮の藁人形(スケープゴートルーレット)をプレイ
現れた5体の藁人形を真一の体に張り付けていく。
この藁人形は対象の身代わりとなって攻撃を受け、内一体は累積ダメージを反射する
とはいえ、タイラントの攻撃力を見れば明らかに許容量を超えており、身代わり5体合わせても真一への致命ダメージは避けられないだろう
文字通り焼け石に水、気休め、ではあるが、みのりにとってはそれでもかまわないのだ
真一に藁人形を張り付ける事で、ひそかに「来春の種籾(リボーンシード)をかける目晦ましなのだから
致命ダメージを負ってもHP1残して復活できる
デッキに複数入れられない貴重なスペルであるが、「即死さえしなければ」回復スペルを飛ばし回収する事もできるのだから
「太陽の恵み(テルテルツルシ)、いるなら使いますえ?」
準備の終えた真一に声をかけるみのり
真一の言葉に応じ、それを実行した
タイラントの顔近くに眩い光球が出現し、目晦ましになり、そしてフィールドは火属性に変化する
それと共に真一がグラドを回復させ宙を舞う
後は真一に全てを託し、乾坤一擲の攻撃を見守るのみ……などというつもりはさらさらありはしない。
真一を送り出した直後、タイラントの拳圧に吹き飛ばされたなゆた
そしてタイラントを打つべくバフ解除をしたウィズリと距離を取り、明神とシメジの近くに場所を移すのであった
######################
最初に声をかけたのはシメジに
「シメジちゃんさっきは嫌なところ触れてしもうてカンニンな〜
お詫びにこれ、受け取ったってえな」
シメジのスマホにカードトレードで送られたのは「慈悲の糸(カンタダスリング)」
それはダンジョンから脱出するためのカードであり、どの階層に居てもダンジョン入口へと戻る事ができる
ただし使用者本人のみのに適用される
「真ちゃんが失敗したらそれで一足先に出るとええよ
うちも拾えるだけ拾って逃げるつもりやけど、シメジちゃんまで拾えるかわからひんからねえ」
そう、みのりは真一の成功に全てを賭けるつもりなどありはしない
最初見たベルゼブブ戦で受けた最低評価からは随分と上昇しているものの、この死と隣り合わせの戦いにあっては当然失敗した時の策を張り巡らしておくもの
「色々お薬仕入れてたみたいやけど、この状況やとそっちの方が使い勝手がええやろうから」
そう小さなささやきを付け加えるみのりの手に握られるスマホは、いつも使っているスマホと同じ機種ではあるが赤色と、色違いになっている事に気づくだろうか?
147
:
五穀 みのり ◇2zOJYh/vk6
:2019/01/29(火) 21:38:13
シメジにカードを渡した後、明神側により今度こそ真一の戦いに目を……向けてはいるが意識は向いていない
隣の明神に聞こえる程度の声でつぶやくのだ
「ほれにしても、どうしてタイラントがこのタイミングで蘇って、何をもってうちらを敵として認識したんやろうかねえ
光の世界アルフヘイムと、闇の世界ニヴルヘイムという対立軸で、アルフヘイム側で守護神的なタイラントがさっきまで居たニヴルヘイムのバルログには反応せぇへんかったのに
ゲームの強制イベントならともかく、ここの【世界】での敵と味方の基準が謎やねぇ」
そもそも、みのりはタイラントを敵として認識するのに疑問を抱いていた。
なぜ、今、このタイミングでタイラントが起動したのか?
ガンダラのドワーフと魔術師が作り出した、超大型アイアンゴーレムであり、アルフヘイムの戦力である
ドワーフの通行手形で動きを止めたことからもそれは間違いないだろう
二ヴヘイムのバルログと戦っていた自分たちと敵対する理由がないのだ、本来は
唐突に攻撃を加えた真一から戦闘を始めたと言えばそれまでだが、起動のタイミング、攻撃、どれも附に落ちない
タイラントがガンダラを壊滅させる理由も見当たらない
そして脱出できるタイミングで留まらせタイラントを倒すように促したウィズリィにも不信感を抱いているのだ
ウィズリィ自身は単純にガンダラを守るため、という動機かもしれない
だが、その後ろに繋がるアルフヘイムの王の思惑は?
そもそも自分たちを召喚した理由……なし崩しになっていた疑念が一気にみのりの中で芽吹いていた。
#############################
幸いなことに真一の攻撃はタイラントのコアを貫く事に成功
崩れ落ちる巨体に見合う大きな振動
だがその振動は更に大きくなりやがて10階層全体が崩れ落ちんとし始めた
明神に促され脱出ポータルを踏み、視界は暗転
次に視界が開けた時には太陽が降り注ぐ鉱山の麓であった
「あ〜〜お日様が気持ちええわ〜
真ちゃんお疲れ様〜なゆちゃんもよう頑張ったねえ、吹き飛ばされたみたいやったけど怪我はあらへんようでよかったわ〜
真ちゃん信じて全部託すとか、女っぷりが良かったよー」
今回の戦いでシメジやウィズリィをイシュタルの身体に咥えこみ守ったこと
そしてなゆたがぽよりんをクッションにしたことはのちにみのりの戦闘に変化をもたらすのだがそれはまた後日のお話し
二人を労うみのりの手に握られているスマホは元の緑になっていた。
皆が喜び合う中、その背中に哀愁を漂わせるのは明神であった
それもそうだろう、渇望しようやく手に入れた強力モンスターを回復もできぬまま繰り出し死なせてしまったのだから
ところで、この世界でパートナーモンスターが死んだらそうなるのだろうか?
一定時間使えないだけで復活する?
復活させる手段がある?
デスペナルティがあれども復活させられる?
それとも……
それを今の明神に聞くのは酷というものだろう
「明神のお兄さん、バルログは残念やったねえ、でもおかげで助かったわぁ〜
ポータルが崩れへんかっのもお兄さんのおかげやろしねえ
そういえば前ベルゼバブ捕獲しようとしてたやろ?
これはうちからのお見舞いやし、どうぞやえ〜」
カードトレードによって明神に転送されたカード
それは【負界の腐肉喰らい】
かつて一度だけガチャの特賞として出されたある意味幻のカード
育てればそれはベルゼバブに進化する!
しかしそれ自体は戦闘力を一切持たず腐肉を与え続けなければならない
腐肉は一度に1個ずつしか与えられず、アンチマクロコードが仕込まれており自動餌やりもできず、膨大な量の腐肉を一つずつタップしては移動なりしてアンチマクロを解除しなければいけない
もはやベルゼバブに進化させる前にプレイヤーが廃人(物理)になるとまで言われたカードであった
嫌がらせかずれたお見舞いか
みのり本人は実に良い事をしたという風情で晴れ晴れとした表情を浮かべているのであった。
【タイラント撃破もウィズリィに不信感
殊勲の明神にベルゼバブ(幼生)をプレゼント】
148
:
佐藤メルト ◇tUpvQvGPo
:2019/01/29(火) 21:39:08
>「『形態変化・硬化(メタモルフォシス・ハード)』――プレイ!」
震える脚で立っているメルトが、かろうじでタイラントの砲撃を逸らした直後。
なゆたが取った戦略は――――『支援強化(バフ)』であった。
当然、と言えば当然だろう。
タイラントの様な強大な敵に対して、素のステータスだけで挑むという事はありえない。
ボス級エネミー攻略の基本は、バフを絶やさず、どれだけ重ねられるかと言うのが重要な要素であるのだから。
(けれど、ここで真一さんに強化を掛けるなんて……奇策にしても博打が過ぎるのではないでしょうか。先程、手痛く敗北したばかりだというのに)
ただ一つ、メルトにとって意外であったのは……その相手がパートナーモンスターではなく、真一だった事。
勿論、これまでの事から、真一にバフを掛ける選択肢自体はメルトも想定していた。
だが、ポヨリンを軸として高度な戦術を使いこなす……恐らくは熟練者であろうなゆたが、今ここでその選択肢を選ぶとは想定していなかったのである。
それは何故かといえば……メルトにとって真一の評価は左程高く無いからだ。
攻撃力が高いのは認める。グラドと連携した時の制圧力に目を見張るモノがあるのも事実だ。度胸や精神力も並はずれているのだろう。
けれど、彼は先に戦力の詳細が不明であるタイラントに特攻を掛け、その結果としてグラドと言う強力な戦力を失っているのである。
『パーティによる戦闘は、連携が命』
メルトは、集団戦というものを寄生を行っていた時のくらいでしか体験していないが、それでも集団戦に重要な物を知識では理解している。
盾役が崩れれば、戦線は一気に崩壊する。
支援、回復役がヘイト管理と優先順位を間違えれば、全滅はまぬがれない。
攻撃役にプレイヤースキルが無ければ、相手を倒す事は叶わない。
数人の集団が、一つの生命体であるかの様に緻密な連携を取る事で、初めて自身達より強大な敵と対峙出来るようになるのが集団戦だ。
であるというのに、独断で先走り戦力を潰してしまった真一。
彼に対して、メルトの評価が下がってしまったのはある意味仕方ないと言えよう。
――――けれどそれは、あくまでメルトの視点での話だ。
僅か数日の付き合いと、マニュアルに基づいた偏見によって下された評価でしかない。
>「グラちゃんの仇。取りたいでしょ? ……いやグラちゃん死んでないけど。
>真ちゃん、まだ『限界突破(オーバードライブ)温存してたわよね? 今すぐ自分に使って。
>みんなももし使えるスペルカードがあるなら、真ちゃんのバフに使ってあげて! お願い!」
長年の時を共に過ごしてきたなゆたという少女には、メルトの様な暗い思いは無いようである。
……いや、仮にあったとしても、それを上回る感情を持っているのだろう。
それは即ち――信頼。生きる中で積み重ねてきた、欺瞞などを凌駕する感情。
「……何ですか、ソレ」
なゆたの迷いのない態度。自分では決して持ち得ぬ者を持つ少女に対し、メルトは自分でも驚く程に冷たい声を出していた。
そんなメルトと対照的に、真一を信頼している彼女の言葉に感化されるように、メルト以外の者達が真一へとバフを重ねていく。
>「黎明の剣(トワイライトエッジ)、プレイ。キツイの一発、ぶちかましてこい!」
>「しゃぁあらへんわぁねえ。これで一撃位は耐えられるやろうし、おきばりやすえ」
明神のスペルが真一の攻撃力を倍増させ、みのりのスキルが真一に命綱を張る。
レイドボスとの戦闘におけるセオリーとは違う。だが、確かな連携の元に場が整えられていく。
「私は……」
その流れに飲まれる様に、メルトはとあるスペルカードを使用しようとし……しかし、ハッと我に返ったように別のカードの起動を宣言する。
149
:
佐藤メルト ◇tUpvQvGPo
:2019/01/29(火) 21:39:47
「……ユニットカード【戦場跡地】を使用します」
先にゴーレム相手に使用した、産廃カード。
起動したカードにより、タイラントの足元の大地から炎属性のオールドスケルトンが沸き、タイラントの巨体へと纏わりつき始める。
無論、脆弱なオールドスケルトン達はタイラントに何らダメージを与える事は出来ない。
だが、人間とて足元から虫が這いあがってくれば不快に思うものだ。真一が攻撃を成功させる為の一瞬の隙を作るくらいには役に立つだろう。
(危なかったです。私は何を考えていたんでしょうか……他のカードはまだしも、『このスペル』だけは見せてはいけないというのに)
メルトが握るスマートフォンの画面に写るのは、「勇者の軌跡」のスペルカード。
この世界において……いや、元の世界においても、開発陣を除いて、恐らくメルトだけが持っているカード。
産廃カードで揃えられたメルトの手札における、唯一の切り札にして――致命のアキレス腱。
>「シメジちゃんさっきは嫌なところ触れてしもうてカンニンな〜お詫びにこれ、受け取ったってえな」
そんなカードを使用しなかった事に煩悶しているメルトに話しかけ来たのは、みのり。
「……気にしてません。……ですが、先ほどの事を笑うなら私のいない所でしてくださると助かります」
彼女は、先程メルトの顔の疵を見てしまった事への謝罪をし、お詫びにと脱出の為に有意なカードを差し出してきた。
そんな彼女に対して、メルトは気にしていないと言うが……視線がみのりから逸らされており、カードを受け取るてが震えている事から
言葉が虚勢であり、警戒を解いていない事は容易く見抜かれてしまうであろう。
そして、その状況のうえでみのりは言葉を続ける。
>「色々お薬仕入れてたみたいやけど、この状況やとそっちの方が使い勝手がええやろうから」
「っ!?」
メルトがガンダラで行った悪質行為を見抜いたかの様な―――いや、行った事を確信している言葉。
それは、メルトにとって言葉に詰まる程の驚愕であった。
無意識に、みのりが指摘した『ゲーム上でプレイヤーが使用できない、名前だけが存在するイベントアイテム』である【狂化狂集剤(スタンピート・ドラッグ)】が収納されているスマートフォンを強く握りしめる程に。
反射的にみのりから二歩分距離を取ったメルトは、しかし刃向う事も出来ず
「……あなたの事、嫌いです」
そう言って明神の背中に隠れてみのりの視線から逃れる事しかできなかった。
>「――サンキュー、皆。もう一度、行ってくる」
そんな中。眼前では、なゆたと明神、みのりの支援強化を受けた真一が、覚悟を決めた表情……少年ではない、男の表情でタイラントへと向かって行く。
――――――
150
:
佐藤メルト ◇tUpvQvGPo
:2019/01/29(火) 21:40:14
>「その指環が! きっと、わたしたちの道を切り拓く! 闇を払う光になる、はず――!!」
>「――今だ、〈火炎推進(アフターバーナー)〉!!」
>「ブチ抜けぇぇぇぇ――――――――――ッ!!!!」
そして、指輪が輝き、一陣の光の矢と化した真一は――――タイラントの心臓部(コア)を穿ち抜いた。
数秒の後に、地鳴りと共に倒れ込んでいくタイラントのアイセンサーからは光が失われ、確かに機能停止した事を伝えている。
>「スペルの強化効果か――そりゃレアアイテムになるわあんなもん」
「す……ごいです!やりました!本当にやりました!」
倒れて動かないタイラントの巨体。
真一の成し遂げた偉業を目にしたメルトは、語彙も少なく、珍しく上気した顔で勝利を喜んでいる。
予想以上であったローウェルの指輪の効果への驚愕と、成功率が低いと思っていなかった、タイラントへの即死攻撃の成功。
それらへの思考が混じり合い、思わず子供の様に感情が漏れてしまったのであろう。
……だが、喜んでいる時間は無い。ただでさえ、タイラントとの戦闘で脆くなっていた岩盤が崩れ始めたのである。
>「倒せたのか……!リザルトを確認してる場合じゃねえな、今度こそポータルから脱出するぞ!」
「え、あ……ですが、ドロップアイテムとか素材の回収……」
悪質プレイヤーらしく素材への執着を見せたメルトであるが、流石に素材よりは命の方が大事であったのだろう。
未練がましくタイラントとポータルの間で何度か視線を往復させた後、出口へと向けて走り出した。
>「バルログ、戻れ……!」
>「戻れ……!クソッ、戻れ!」
「あのっ……明神さん。新しいのを捕獲するなら、出来る限りお手伝いしますし、もしもお墓を作るならお手伝いしますから」
その道中、スマートフォンでアンサモンによるバルログの回収を行おうとしていた明神の背中に、メルトは申し訳なさそうにそう声をかける。
強大な敵を前にして、自身の脱出をふいにしてまで、メルト達を助ける為に戻ってきた心優しい明神の事だ。
捕獲したばかりであるとはいえ、パートナーであるバルログをロストしてしまった事に心を痛めているのだろう。
そう考えたメルトは、命を助けられたと言う思いも有り、珍しくも彼女なりに明神へと気遣いを見せたのである。
そして、そんなやりとりの果てに彼女はポータルへと辿り着き……試掘洞を抜け出したのであった。
―――――
151
:
佐藤メルト ◇tUpvQvGPo
:2019/01/29(火) 21:40:33
―――――
>「ここは……鉱山の麓か。山を降りる手間は省けたな、はは」
>「あ〜〜お日様が気持ちええわ〜
>真ちゃんお疲れ様〜なゆちゃんもよう頑張ったねえ、吹き飛ばされたみたいやったけど怪我はあらへんようでよかったわ〜
>真ちゃん信じて全部託すとか、女っぷりが良かったよー」
「眩しっ……うう、太陽の光が久しぶり過ぎて、溶けそうな感じがします」
脱出した試作坑の空は、入った時とは違い突き抜けるような蒼天であった。
数日ぶりに見た、どこまでも透き通る空の青さと太陽の光に、坑道探索で疲れ切っていたメルトはめまいを覚えて地面に座り込んでしまう。
マルグリットが、なにやら良い声で詩的な言葉を紡いでいるが、それを聞き取る余裕も無い。
取り出したカロリーブロックを口にして体力の回復に努め、暫くの間呆けた様にしていたが……
>「戻ろう、ガンダラに。そこのイケメンには聞かなきゃならないことが沢山ある。
>三日ぶりにまともな寝床と食事にありつけるぜ。……マスターも、待ってるだろうしな」
「泥だらけなので水浴びくらいはしたい所ですが……鉱山の井戸って凄く危険な予感がします。
道中で浄化(クリア)系のコモンスペルが売ってたら良いんですが」
明神の言葉に反応する様に、フラフラと立ち上がると、ガンダラへと向けて歩き始めようとし、
>「明神のお兄さん、バルログは残念やったねえ、でもおかげで助かったわぁ〜
>ポータルが崩れへんかっのもお兄さんのおかげやろしねえ
>そういえば前ベルゼバブ捕獲しようとしてたやろ?
>これはうちからのお見舞いやし、どうぞやえ〜」
(……あれ?みのりさんのスマートフォンは、あの機種だったでしょうか)
だが、ふと小さな疑問を覚えて立ち止まる。
明神に話しかけるみのりが手に持つスマートフォンが、タイラントとの戦闘の最中で見た物と違う気がしたメルトは、彼女の手元に視線を向けかけ……やめた。
どうにも、坑道内でのやりとりの結果、みのりに苦手意識を抱いてしまったらしい。
その代わりに、真一となゆたの方へとスマートフォンを向けて口を開く
「あの……良ければ、スペルカード【生存戦略(タクティクス)】を使いますが。
お二人とも、戦闘中一番危険なところに居ましたので……あ、良ければですので、勿論、お嫌でしたら使いませんが」
それは、今回、最前線に立ち続けた――――即ち借りを作り過ぎた二人に、多少なり利益を還元しようという気遣いと、
ここで気を使っておけば、いざという時に見捨てられる可能性が減るかもしれないという打算が交じったの言葉。
何にせよ、二人の回答いかんでメルトはスペルを使用し、今度こそ本当にガンダラへと向かう事だろう。
152
:
崇月院なゆた ◇uymDMygpKE
:2019/01/29(火) 21:40:59
緋色の閃光となって空を翔ける、真一とグラド。
人竜一体の突撃が、あたかも神の如き暴威を振り撒くタイラントの弱点を狙い過たず穿つ瞬間を、なゆたは見た。
それまで炯々と光を放っていたタイラントのアイセンサーが消え、巨体がぐらり……と傾ぐ。
比肩する者など存在せぬとばかりに振舞っていた暴君は、自らの指先にも満たない大きさの存在に心臓を打ち砕かれ、撃破された。
>「す……ごいです!やりました!本当にやりました!」
メルトが快哉を叫ぶ。
ゆっくり身を起こしながら、なゆたもまた右手をぐっと握りしめて勝利に笑みを浮かべた。
「おお……、おお……! あれなる真紅の姿、あれはまさしく古より語り継がれし伝説の『紅玉の竜騎兵(ルビードラグーン)』……!
まさに我が賢師の予言は真実であった! 事ここに至り、わが痴愚なる脳髄も漸う憑信の階梯に至った!
御身らこそ、まことの神の御手! まことの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』に他なりますまい――!」
マルグリットがいつもの難解な言い回しで熱っぽく告げる。
ドワーフの創造した巨大破壊兵器を、豆粒のような人間とモンスターのパーティーが打ち破ったのだ。
それは、この世界の住人からしてみれば到底信じがたい、驚天動地の光景に違いない。
確証なんて、何もなかった。これをこうすれば勝てる、なんて戦術は存在しなかった。
理論も、戦略も、保障も、なにひとつなかった。
あるのはただ、甚だ効果の不確かな指環がひとつきり――
けれど。
絶対に、勝つと思っていた。
メルトの考える、信頼。長年傍にいた者だけが持ち得る確信。
それがなゆたの心を突き動かした。
真一はなゆたの期待を裏切るような男ではない。
幼稚園の発表会のときも。小学校の運動会のときも。剣道の全国大会のときも。
彼はいつだって、どんなときだって、なゆたや周囲の期待に応え続けてきたのだ。
彼がやると言った。力を貸せと言った。
……ならば。
自分はそれをするだけ。真一の願いを叶えるために、自分の期待と信頼を知らしめるために、全力を尽くすだけだ。
戦闘は終わった。パーティーは賭けに勝った。
だが、それは同時にこのダンジョンの崩壊を意味してもいた。
むろん、こんなイベントはなゆたの記憶にはない。
タイラントの再起動といい、自分たちの知らないブレイブ&モンスターズが進行しつつある――という認識を新たにする。
>「倒せたのか……!リザルトを確認してる場合じゃねえな、今度こそポータルから脱出するぞ!」
明神が叫ぶ。なゆたはポヨリンを伴い、慌ててパーティーに合流した。
タイラントが倒れた衝撃で天井が崩落し、地鳴りと共に大小の岩が降ってくる。
せっかく戦闘に勝利したというのに、落石で死んだとあっては元も子もない。幸い、ポータルはまだ生きている。
この中に飛び込めば、正真正銘クエストクリアというわけだ。
真一とグラドが落石を身軽に避けながら飛翔しているのが見える。
一刻の猶予もないというのに中々こちらに戻ってこないのは、タイラントを撃破した余韻をふたりで味わっているからだろうか。
真一とグラドの間にある、確かな絆。それを感じて、なゆたは微かに笑った。
彼らは放っておいても戻ってくるだろう。ならば、こちらは自分の身の安全の確保に専念すべきだ。
「いくよ、ポヨリン!」
『ぽよっ!』
すぐ傍でポヨリンが嬉しそうに跳ねる。ポヨリンも今回は奥の手のゴッドポヨリンになり、活躍の場を得た。
宿に戻ったら、その身を労わって一緒にお風呂に入り、綺麗に洗ってあげよう――そんなことを考える。
しかし、そんなとき。
>「バルログ、戻れ……!」
明神の悲痛な声が聞こえた。
153
:
崇月院なゆた ◇uymDMygpKE
:2019/01/29(火) 21:41:15
>「戻れ……!クソッ、戻れ!」
明神が何度も何度もスマホの液晶をタップする様子を、なゆたは眉を下げて見遣った。
誰が見ても、バルログは死亡している。あのタイラントに上半身と下半身を真っ二つにされたのだ、当然と言えるだろう。
ゲームのブレモンでは、パートナーは例え死んだとしても教会などで復活させることができる。
しかし、自分たちの今いるアルフヘイムは、ゲームのそれとは似て非なる世界。
ならば――
――死ぬと、復活できないんだ。
当たり前といえば、あまりに当たり前の事実に、なゆたは今更ながらに戦慄した。
今までは、何となくゲームの延長線上のノリで行動している部分が多かった。例え負傷したり、最悪死んでも何とかなるだろうと。
だが、そうではなかった。この世界での死、それはゲームの死なんかではない。
現実世界と何も変わらない、本当の死――。
バルログはそれを教えてくれた。今後は慎重の上に慎重を重ね、安全を確保することを第一に考えて行動しなければならない。
>「あのっ……明神さん。新しいのを捕獲するなら、出来る限りお手伝いしますし、もしもお墓を作るならお手伝いしますから」
メルトが傷心しているであろう明神に気遣わしげに声をかけている。
不謹慎な話だが、今回のクエストにおいてMVPは誰かといえば、それは紛れもなく明神だろう。
もし、明神が自分の保身だけを考え、パーティーに手を貸すことを考えなかったら。バルログを捨て駒にして時間を稼がなかったら。
自分たちは今頃、全員タイラントに葬り去られていたに違いない。
せっかくゲットしたレイドモンスター、バルログを捕獲直後に喪った明神の落胆は、察するに余りある。
となれば、メルトのように明神のため新しいモンスターを捕獲するというのは至極当然のなりゆきであろう。
明神はバルログを捕獲した際、『これで貸し借りはナシ』と言った。
よって、本来は今現在パーティーが明神のために骨を折る義理も義務もない。
とはいえパーティーの強化は図りたいし、何より明神がバルログを喪ったのは仲間たちを助けるためだ。
借りを返すためにも、自分たちは積極的に新たなレイドモンスター狩りを明神に提案しなければならない。
……はず、だったが。
「…………」
なゆたは、バルログの代わりに新しいモンスターを捕まえよう――という言葉を、明神に告げることができなかった。
なゆたが明神に対して言えたのは、
「……ありがとう、明神さん」
という、短い感謝の言葉だけだった。
明神とバルログがマスターとパートナーの関係にあったのは、ごくごく短い時間でしかなかったけれど。
それでも、ふたりの間には絆めいたものがあったのだろうと、なゆたは思う。
真一とグラドのように。自分とポヨリンのように。
『……ぽよ……?』
ポヨリンが不思議そうになゆたを見上げる。
プレイヤーの中には、パートナーモンスターを純粋な戦力、持ち駒としか見做さない者もいる。
いや、そう考える者の方が多いだろう。実際、真一やなゆたのように一体のモンスターに執着する方が少数派に違いない。
従って、なゆたのそんな考えも明神にとっては見当違いの、余計な気遣いでしかないのかもしれない。
けれども、やはり。
なゆたにはどうしても、明神にかける言葉が見つけられなかった。
万が一、自分が明神の立場だったとして。ポヨリンにもしものことがあったとしても。
『死んだから、じゃあ次を見つけよう』なんて。そんな気分には、とてもなれそうになかったから――。
「……なんでもないよ、ポヨリン。……なんでもない」
踵を返すと、なゆたは迷いなくポータルを踏んだ。
154
:
崇月院なゆた ◇uymDMygpKE
:2019/01/29(火) 21:41:33
「ぅ……」
三日ぶりの、燦々と輝く太陽。その光の眩しさに、右手で額に庇を作って目を眇める。
次に気が付いたとき、一行はクエストに潜った試掘洞がある鉱山の麓にいた。
ポータルはきちんと仕事をしたということだ。しかし、崩落が起こってしまった今となってはもう二度と行けまい。
あの場所は古の暴君の墓所として、岩と瓦礫に埋もれてしまった。
ガチ勢としてはタイラントのドロップアイテムなどを微細に調査したいところだったが、已むを得まい。
命あっての物種、というやつだ。
>「ここは……鉱山の麓か。山を降りる手間は省けたな、はは」
>「あ〜〜お日様が気持ちええわ〜
>真ちゃんお疲れ様〜なゆちゃんもよう頑張ったねえ、吹き飛ばされたみたいやったけど怪我はあらへんようでよかったわ〜
>真ちゃん信じて全部託すとか、女っぷりが良かったよー」
>「眩しっ……うう、太陽の光が久しぶり過ぎて、溶けそうな感じがします」
「あはは……ありがとうございます、みのりさん。でも……わたしは何もしてないです、むしろ失敗しちゃったくらいで。
バルログでイベントは終わりだろうって、頭から信じ込んで。その後が控えてる可能性を全然考えなかった。
だからバルログで奥の手を見せて、みんなを危険にさらしてしまった……。
奥の手を見せるときは、さらなる奥の手を用意しておく――なんて。戦術の初歩の初歩なのに」
眉を下げ、ぱたぱたと両手を振って謙遜する。
実際にそうだ。なゆたの見通しの甘さが、パーティーの危機を招いてしまった。
今回のクエストは反省することばかりである。今後はもっと周到に策を巡らせなければ、先へ進めまい。
真一と一緒に、五体満足で元の世界へ戻るためにも。
>「明神のお兄さん、バルログは残念やったねえ、でもおかげで助かったわぁ〜
>ポータルが崩れへんかっのもお兄さんのおかげやろしねえ
>そういえば前ベルゼバブ捕獲しようとしてたやろ?
>これはうちからのお見舞いやし、どうぞやえ〜」
みのりが明神に何やらモンスターを渡している。
バルログを喪った明神は、いったいどんな反応をするだろうか。
やはり、なゆたは何も言わなかった。否、言えなかった。
ただ、よく馴れた犬のように足許にすりすりと身を擦り寄せるポヨリンを抱き上げ、ぎゅっと胸に抱擁するだけである。
>「あの……良ければ、スペルカード【生存戦略(タクティクス)】を使いますが。
>お二人とも、戦闘中一番危険なところに居ましたので……あ、良ければですので、勿論、お嫌でしたら使いませんが」
不意に、メルトがそんなことを提案してくる。
突撃隊長として徹頭徹尾戦い続けたのは真一であって、なゆた自身は大したことをした覚えはなかったのだが。
それでも、肉体は思いのほか疲労していたらしい。安全が確保されたと思うや否や、どっと身体が重くなってきた。
「う、うん……。お言葉に甘えちゃおうかな……。
ごめんね、しめちゃん。あなたを守ろうと思ってたのに、わたしも結局突っ走っちゃって……」
スペルを使ってもらい、疲労回復しながら、困ったように笑う。
今回のクエスト、MVPは明神だと思うが、時点はこの少女であろう。
産廃カードをよくもあそこまで有効に使うものだ。その発想力には脱帽としか言いようがない。
このまま成長したのなら、きっと凄腕のプレイヤーになる――そう確信する。
……彼女が垢BAN上等の悪質プレイヤーだとは、やはり露とも気付いていないなゆたであった。
155
:
崇月院なゆた ◇uymDMygpKE
:2019/01/29(火) 21:41:50
「♪太古の眠りより目覚めし赤鋼(あかがね)の巨人 神の似姿より放たれるは 万象を灼き穿つ憤怒の雷光――
其を撃ち斃せしは異界よりの使者 その名も猛き五人の『異邦の魔物使い(ブレイブ)』――
闇の暴威に慄える者よ 今ぞ蒼穹を視よ 紅き光輝放ち翔くる『紅玉の竜騎兵(ルビードラグーン)』の雄姿其処に在り
御名を讃えよ 彼等の御名を その名も猛き五人の『異邦の魔物使い(ブレイブ)』――」
マルグリットが何やら妙な節をつけ、即興で作った恥ずかしい歌を歌っている。やたら声がいいのが逆にイラっと来る。
>「戻ろう、ガンダラに。そこのイケメンには聞かなきゃならないことが沢山ある。
>三日ぶりにまともな寝床と食事にありつけるぜ。……マスターも、待ってるだろうしな」
そんなマルグリットになゆたと同じくイラッとしたのか定かではないが、明神がそんなことを言う。
マルグリットは歌を中断すると、しっかり頷いた。
「無論。『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の申し出とあらば、このマルグリットに否やはない。
この脳髄に納められし智慧の幾許かでも、御身らのお役に立てるのであれば喜んで。我が賢師もそれをお望みのはず」
今後の方針は決まった。
宿に戻り、お風呂に入って汗を流し、美味しいごはんを食べ、ベッドで思うさま寝た後で、マルグリットの話を聞く。
ただ、その前に。やらなければならないことがある。
「さて。大切なことは沢山あるけれど、みんな。その前に――何よりも先にすることがある。でしょ?」
全員を呼び止めると、なゆたは徐に一度咳払いをした。
「試掘洞の地下10階に到達して、レイドボスを倒した。
マルグリットと合流して、ローウェルの指環も手に入れた。石も魔法列車の燃料に使ってお釣りがくるくらい貰えた。
その上出てきたタイラントまでやっつけられたし、何より――全員無事で帰ってこられた!
ってことで……クエスト、クリアー! みんな、お疲れさまーっ!!」
元気よくそう宣言すると、なゆたは両腕を大きく上げてバンザイしてみせた。
と同時、ウィズリィを除く全員のスマホから同時にやたら豪華なファンファーレが鳴り響く。
難易度SS級のクエストをクリアしたときにのみ聴くことができる、専用のファンファーレだ。
これで、本当にガンダラのミッションはおしまいということなのだろう。
「……真ちゃん、お疲れさま。
ちゃんと、勝てたね。勝てるって信じてた。真ちゃんならやれるって。
……かっこよかったよ」
すす、と真一の隣に寄り添うと、なゆたは真一の顔を見てそう告げた。
呟くように言って、真一の着ている竜騎士の鎧の端を軽くつまむ。
「絶対に、一緒に元の世界に戻ろう。
わたしと真ちゃんなら、絶対帰れる。例え、ニヴルヘイムの魔王が立ち塞がったって。ゲームに登場しないボスが立ち塞がったって。
必ずやっつけられるって――わたし、信じてる……から」
なゆたは照れ臭そうに、仄かに笑う。
それからぱっと手を離すと、たった三日だけの不在だったのに早くも懐かしく感じる『魔銀の兎娘(ミスリルバニー)亭』へ駆けていった。
【MISSION CLEAR!】
156
:
赤城真一 ◇jTxzZlBhXo
:2019/01/29(火) 21:43:21
タイラントのコアを撃ち抜いた音は、真一とグラドの背を追って、後方から聞こえてきた。
人と竜が一体となって敢行した、音の速度さえも超えた突撃。
剣を握る両手に残った衝撃が、その威力の程と、それが齎した結果を雄弁に語っている。
>「バルログ、戻れ……!」
>「戻れ……!クソッ、戻れ!」
次いで真一の耳に届いたのは、地面に倒れ伏せるバルログに対し、尚も懸命に呼びかける明神の悲痛な叫びだった。
スマホでステータスを見る余裕は無かったが、あのバルログがタイラントによって胴体を引き裂かれるシーンは、真一も確かに目撃していた。
確認するまでもなく――バルログの命は既に喪われてしまったのだろう。
もしも、自分が同様にグラドを喪ったら、一体どんな心境になるのだろうか。
明神とバルログには、ほんの一時の繋がりしかなかったが、あの二人は間違いなくパートナーだった。
自分たちを救ってくれた仲間の死を弔い、真一は両眼を閉じて、僅かばかりの黙祷を捧げた。
「――っと、あんまりモタモタしてる時間はないみたいだな。
洞窟が崩れるぞ。脱出だ、グラド!!」
そして、すぐに再び瞳を開いた真一は、グラドの背を叩いて指示を出す。
見ればタイラントが倒れた際の衝撃によって、地下十階層の天井が崩落を始めており、この場所も長くは保ちそうにない。
真一は仲間たちが全員脱出したのを見届けた後、もう一度だけ洞窟の中に眠るバルログとタイラントを一瞥し、グラドと共に脱出ポータルへ飛び込んだ。
* * *
洞窟の外に出て、三日ぶりに浴びる太陽の光。
燦々と降り注ぐ日差しの眩しさに、真一は目を眇めつつ、左手で顔を覆う。
『キュウー……』
真一の隣に寄り添っていたグラドも、同様に目を伏せながら、か細い鳴き声をあげていた。
スペルの効果で体力を回復したとはいえ、やはりタイラントとの死闘は、流石のレッドドラゴンにも応えたのだろう。
グラドの姿は、心なしかいつもより弱っているように感じられた。
「……ああ、本当にありがとうな、相棒。
この世界に来てから、お前には何度も助けられてばっかだ。今日はゆっくり休んでくれ」
真一はグラドを抱き締めて感謝の言葉を告げた後、〈召喚解除(アンサモン)〉のボタンをタップし、今度こそグラドをスマホの中に戻す。
グラドはレッドドラゴン――韻竜と呼ばれる希少な古代種の末裔ではあるものの、今はまだ幼生なのだ。
人間で例えたら小学生くらいの年齢だろうし、そんな幼い体でありながら、我が身を呈して真一を救い、あのタイラントに対してさえ一歩も臆することなく戦ってくれた。
相棒が奮い起こした勇気には、あらためて感謝してもしきれないような思いだった。
157
:
赤城真一 ◇jTxzZlBhXo
:2019/01/29(火) 21:43:56
>「ここは……鉱山の麓か。山を降りる手間は省けたな、はは」
そして、真一は力なく笑う明神の元へ歩み寄り、バツが悪そうに頬を掻きながら頭を下げる。
「今回ばかりは、アンタとバルログに助けられたよ。
バルログは……俺の無茶のせいで死なせちまったようなもんだ。
俺たちを助けてくれてありがとう。……あと、ごめん!」
何とも不器用で、目上に対する礼儀を知らない真一らしい言葉ではあるが、その想いは明神に伝わっただろうか。
恐る恐る目を上げてみるものの、明神の横顔からは、彼の真意を読み取ることはできなかった。
>「あ〜〜お日様が気持ちええわ〜
真ちゃんお疲れ様〜なゆちゃんもよう頑張ったねえ、吹き飛ばされたみたいやったけど怪我はあらへんようでよかったわ〜
真ちゃん信じて全部託すとか、女っぷりが良かったよー」
「みのりも、力を貸してくれてありがとうな。
最後に付けて貰った藁人形がなかったら、タイラントに突っ込んだ時の反動で死んでたかもしれねえ」
あんな戦いを終えた後だというのに、相変わらずふわふわした調子のみのりにも、真一は感謝の言葉を述べる。
タンクという縁の下の力持ち的な立ち位置ではあるが、彼女の的確なサポートがなければ、恐らく今回のクエストも成功することはできなかっただろう。
>「あの……良ければ、スペルカード【生存戦略(タクティクス)】を使いますが。
お二人とも、戦闘中一番危険なところに居ましたので……あ、良ければですので、勿論、お嫌でしたら使いませんが」
「ん、サンキュー……貰っとくよ
しめ子も、あんなデカブツ相手によく頑張ったな。お前の機転のおかげで助かったぜ」
すると、戦闘で疲労していた真一となゆたの元にメルトが現れ、回復スペルの使用を提案してくれる。
彼女の気遣いは遠慮なく貰っておくことにして、生存戦略の魔法効果を受けると、疲れ切っていた肉体に力が戻ってくるのを感じられた。
>「……真ちゃん、お疲れさま。
ちゃんと、勝てたね。勝てるって信じてた。真ちゃんならやれるって。
……かっこよかったよ」
>「絶対に、一緒に元の世界に戻ろう。
わたしと真ちゃんなら、絶対帰れる。例え、ニヴルヘイムの魔王が立ち塞がったって。ゲームに登場しないボスが立ち塞がったって。
必ずやっつけられるって――わたし、信じてる……から」
先程までクエストクリアを大いに喜んでいたなゆたは、真一に寄り添ってそんなことを囁く。
「バーカ、俺を誰だと思ってるんだ?
俺が今まで、お前との約束を一度でも破ったことがあったかよ。
だから……今回も約束するぜ。俺とお前だけじゃない。明神も、みのりも、しめ子も――全員揃って、必ず元の世界に帰ろう」
真一はなゆたの頭を軽く叩きながら、ニッと笑ってそう答えた。
心と体が疲労しきっている中、無理矢理浮かべた作り笑いのような笑顔であったかもしれないが、彼女にちゃんと勇気を与えることはできただろうか。
「さあ、とにかく街に戻ろうぜ!
マルグリットから色々と話も聞かなきゃいけねーし、今日は『魔銀の兎娘(ミスリルバニー)亭』で二次会だ。
あのオカマのマスターも、きっとまた美味い飯と酒を用意してくれるだろうさ」
そして、真一はポンと手を打って全員に呼びかける。
その提案に異議があるわけもなく、仲間たちは軽い足取りで山道を駆け下り、街への帰路を急ぐのであった。
――と、そこで不意に、どこか遠くを見据えているようなウィズリィの姿が目に入った。
真一たちのような異世界の住人とは違い、ただ一人の現地人。魔女術の少女族。
如何にも大団円的な雰囲気の中で、彼女だけが何か別のことに思いを馳せているような様子が目に留まり、真一も先程まで忘れかけていた感覚を思い出す。
……実を言うと、真一も何故か、心の底からクエストクリアを喜べていなかった。
その原因は、恐らくタイラントと戦っている時にフラッシュバックした、奇妙な“記憶”なのだろう
他の仲間たちには黙っていたが、あの光景は決して夢でも幻でもなく、確かに自分の脳裏に刻み込まれている。
困難なクエストを達成し、強敵も倒すことができ、素直に喜んで良い筈のムードの中。
何かが、誰かが――自分の心の片隅を引っ張っているような気がして、真一はもう一度振り返り、遠くの空に視線を向けた。
158
:
??? ◇jTxzZlBhXo
:2019/01/29(火) 21:44:36
アルメリア王国領内、とある廃墟にて。
――遥か古の時代。
人と魔が誇りと名誉と、一つの聖地をかけて争った“天門戦争”と呼ばれる戦いに於いて、その廃墟は最前線を守護する要害として機能していた。
城を取り囲む高い城壁は、数え切れないほどの傷を受けて尚健在であり、跳ね橋へと続く荘厳な城門を見れば、兵士たちの活気で賑わうかつての姿が目に浮かぶようであった。
――しかし、そんな砦も今は昔。
すっかり朽ち果て、民衆からも忘れ去られたこの場所は、現在では人ならざる者たちが根城とする魔窟と化していた。
そして、その廃墟の中庭で一人、夜空を見上げながら立ち尽くす少年の姿があった。
年の頃は十代後半くらいだろうか。肩ほどまで伸びたブロンドの髪は絹のように美しく、前髪の隙間から覗く青い瞳は、切れ長で意志の強さを感じさせる。
一見すると性別が分からないほど中性的でありながら、されど彼の容貌は、世の女性が思わず振り返らずにはいられないくらい整っていた。
そんな少年が黒いローブを纏い、月明かりの下でワーグナーを口ずさむ姿は、まるで童話の一節を切り取ったかのように幻想的であった。
「また、ここに居たのか。ミハエル・シュヴァルツァー」
ふと、少年の背後から一人の男が現れて声を掛ける。
その男は、魔族だった。
体格は3メートルを優に越えるほど大柄であり、鍛え抜かれた全身には漆黒の甲冑を身に着け、同色の外套を肩から羽織っている。
彼の屈強な肉体や、そこから醸し出される威厳を見れば、男が尋常な存在でないことは一目で分かるだろう。
「ノスタルジー……とでも言えばいいのかな。この場所から空を見てると、遠い故郷を思い出すんだよ」
魔族の男からミハエルと呼ばれた少年は、口元に微笑を携えながらそう答える。
「〈悪魔の種子(デーモンシード)〉で目覚めさせたタイラントが、件の連中に討ち取られたようだ。まだ完全体ではなかったといえど……どうやら貴様の言う通り、奴らに対する認識を改める必要があるらしいな」
男が発した言葉に対し、ミハエルは特に驚いた様子もなく、ただ軽く肩をすくめて見せた。
「まあ、秘密兵器の実験は上手くいったみたいで良かったじゃないか。……彼らのところには、次は僕が行くよ。君たちもそのために、僕をこんな場所まで呼んだのだろう?」
ミハエルは人差し指でくるくると前髪を弄びながら、相変わらず子供のように邪気のない笑顔を浮かべて返答する。
そんな彼の答えに満足したのか、魔族の男は無言でミハエルの姿を一瞥すると、そのまま踵を返して立ち去ってしまった。
男の後ろ姿が消えていったのを見送り、ミハエルはわざとらしくもう一度肩をすくめた後、懐から何かを取り出す。
ミハエルの右手には“ブレイブ”と呼ばれる少年たちと同じく――“魔法の板”が握られていた。
この廃墟から望む夜空には、二つの天体が浮かんでいる。
一つは、まるで鮮血で染まったかのように、紅い燐光を放つ月。
そしてもう一つは、蒼い輝きで空を満たす――水の惑星。
第二章「古の守護者」
完
【第二章完結!
このまま次章の冒頭文を投下しますので、もう少々お待ちください】
159
:
第二章「古の守護者」ダイジェスト
:2019/01/29(火) 22:20:27
王都に向けて発進した魔動機関車だったが、途中で燃料(クリスタル)切れとなってしまった。
そこで一行は、クリスタル9999個が報酬となるローウェルの指輪入手のクエストに乗り出すこととなる。
クエストの舞台である鉱山都市ガンダラに赴いた一行は、明神の尽力により、
魔銀の兎娘(ミスリルバニー)亭のマスターである雄々しき兎耳の漢女(マッシブバニーガイ)から情報を入手することに成功。
ローウェルの弟子、『聖灰のマルグリット』がガンダラ鉱山奥『第十九試掘洞』に篭っているとのことだった。
洞窟に突入した一行は、門番のアイアンゴーレム達の猛攻を切り抜け、ついに地下10階に到達。
そこでは上級魔族のバルログと聖灰のマルグリットが戦闘を繰り広げているところだった。
激戦の末にバルログを倒し、明神がそれを捕獲することに成功。
それを見て一行を異邦の勇者と認めたマルグリットは、あっさりとローウェルの指輪をくれたのだった。
帰ろうとしたその時、ゲーム中では背景でしかなかった超大型ゴーレム”タイラント”が起動し、一行に襲い掛かってきた。
捕獲したばかりのバルログの尊い犠牲により辛くも勝利。
こうしてクエストをクリアーし街に戻った一行は、マルグリットから情報を聞き出す。
それによると――
(以下本スレより抜粋)
現在アルフヘイムは“侵食”と呼ばれる未知の現象に見舞われ、以前までは確認されたこともなかったモンスターが多数現れたり、有り得ない規模の災害が街を襲ったり、或いは使い方も分からないような機械や武器が海岸に流れ着いたり――など、世界各地で様々な異変が発生しているらしい。
そして、マルグリットの師である大賢者ローウェルは、数年前から侵食の発生を予知していて、それに備えて密かに準備を進めていたということ。
また、時を同じくして“ブレイブ”と呼ばれる来訪者が現れることも前々から予言しており、マルグリットはガンダラで彼らに指輪を手渡すよう指示を受け、あの場所までやって来ていたようであった。
更にマルグリットはローウェルからブレイブたちに対する言伝を、もう一つ授かっていた。
その内容は、水の都と称される大都市リバティウムを訪れ『人魚の泪』というレアアイテムを手に入れよ、との指令だった。
また、マルグリットから話を聞くのがフラグとなったのか、そのタイミングで真一たちのスマホにも、同じ内容のクエストが届く。
報酬はクリアするまで不明――というタイプのクエストだったので、すぐには飛びつかなかったものの、真一たちは協議の結果、このクエストを進めることを選択した。
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