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【伝奇】東京ブリーチャーズ・捌【TRPG】
1
:
那須野橘音
◆TIr/ZhnrYI
:2019/05/09(木) 21:56:44
201X年、人類は科学文明の爛熟期を迎えた。
宇宙開発を推進し、深海を調査し。
すべての妖怪やオカルトは科学で解き明かされたかのように見えた。
――だが、妖怪は死滅していなかった!
『2020年の東京オリンピック開催までに、東京に蔓延る《妖壊》を残らず漂白せよ』――
白面金毛九尾の狐より指令を受けた那須野橘音をリーダーとして結成された、妖壊漂白チーム“東京ブリーチャーズ”。
帝都制圧をもくろむ悪の組織“東京ドミネーターズ”との戦いに勝ち抜き、東京を守り抜くのだ!
ジャンル:現代伝奇ファンタジー
コンセプト:妖怪・神話・フォークロアごちゃ混ぜ質雑可TRPG
期間(目安):特になし
GM:あり
決定リール:他参加者様の行動を制限しない程度に可
○日ルール:4日程度(延長可、伸びる場合はご一報ください)
版権・越境:なし
敵役参加:なし(一般妖壊は参加者全員で操作、幹部はGMが担当します)
質雑投下:あり(避難所にて投下歓迎)
関連スレ
【伝奇】東京ブリーチャーズ・壱【TRPG】
http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/otaku/17870/1523230244/
【伝奇】東京ブリーチャーズ・弐【TRPG】
http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/otaku/17870/1523594431/
【伝奇】東京ブリーチャーズ・参【TRPG】
http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/otaku/17870/1523630387/
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http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/otaku/17870/1515143259/
【伝奇】東京ブリーチャーズ・陸【TRPG】
http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/otaku/17870/1524310847/
【伝奇】東京ブリーチャーズ・漆【TRPG】
http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/otaku/17870/1540467287/
【東京ブリーチャーズ】那須野探偵事務所【避難所】
http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/otaku/17870/1512552861/
番外編投下用スレ
http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/otaku/17870/1509154933/
東京ブリーチャーズ@wiki
https://www65.atwiki.jp/tokyobleachers/
118
:
那須野橘音
◆TIr/ZhnrYI
:2019/08/22(木) 21:25:29
「……せっかく、皆さんの呼びかけで前向きに生きようって。やり直そうって思ったのに。いきなり出てきて、死ねですって?」
吹き飛ばされたダメージからようやく回復したのか、ぐぐ、と緩慢に身を起こしながら橘音が口を開く。
「バカ言ってもらっちゃ困りますね……。確かに、アナタには何度も助けられた。恩人と言ってもいい」
「でも、それとこれとは別問題です。死ねと言われて死ねるほど、ボクたちは物分かりがよくない。どんな理由があったって――」
「一度生きると決めたんだ!その決意は、どんな困難や逆境があったって覆せやしない!」
ばっ!と白手袋に包んだ右手を大きく横に振る。
「アナタは確かに聖騎士かもしれない。人間の味方なのかもしれない」
「アナタにとって、ボクたちは滅ぼす対象でしかないかもしれない――。けれど、ボクたちも生きていたい理由がある!」
「それを不当に奪うことは、侵略と変わりない!アナタの攻撃対象である妖壊たちと、何も変わりなんてないんだ!」
「……だったら?どうだというのかな?」
「見せてあげますよ、ボクたちの力を。東京ブリーチャーズの力を!」
「ノエルさん、クロオさん、ポチさん!もう一度だけ気張ってください――ここが正念場です!」
「この『妖怪の天敵』を……返り討ちにしてあげましょう!」
橘音が左手でかぶっている半狐面に触れる。右手をローランの方へと突き出す。
「祈ちゃんがいないのは残念ですが……久しぶりに行きますよ!」
「――東京ブリーチャーズ!アッセンブル!!」
「ははッ!それはいい!実に……いいね、カッコイイよ!」
ぎゅん!とローランが素早い挙動で突っかけてくる。
祈がいればまだ別だったかもしれないが、その速度は現在の東京ブリーチャーズの誰よりも上である。
枷を解かれた聖剣が、猛烈な速度で尾弐を襲う。その狙いは分厚い胸板だ。
いかに尾弐の筋肉が強靭だったとしても、相手は魔滅の聖剣。まるでケーキか何かのように肉を斬り裂くに違いない。
一撃でも喰らえば終わりだ。体術で捌こうにも、尾弐よりもローランの方が技量は上であろう。
――ただ、それは尾弐がひとりでローランと戦った場合である。
「……ち……!」
ノエルが、ポチがローランの斬撃を阻み、その行く手を塞ぐならば、その限りではない。
ローランは超絶の剣技でノエル、尾弐、ポチの攻撃を躱し、無力化し、一瞬の間隙を衝いて必殺の攻撃を仕掛けてくる。
一瞬たりとも気の抜けない、極限の戦いである。加えて、三人は橘音との戦いで体力を消耗している。
今まで隠していた実力を全開にしているローランとは、数の優位はあれど不利は否めない。
それでも。
勝たなければならない、勝つ以外にはない。
大切なものを守り通し、幸せをこの手に掴むためには。
この、人類の代表を。聖騎士を名乗る脅威を退けなければならない。
「はははは……素晴らしい!それでこそだ、東京ブリーチャーズ!」
ポチに対して振り下ろされた聖剣を、間一髪のところで橘音の展開した魔法陣の結界が跳ね返す。
数の不利をものともせず、ローランは楽しそうに笑った。
たたッ、と身軽にステップを踏むように後退すると、それまでずっと片手で操ってきた聖剣を初めて両手で構える。
「では……わたしも奥義を出すとしよう。これを凌げれば本物だ、君たちに出来るかな?」
「――1と3より成る聖遺物よ、神の徴よ。今こそ其の奇蹟を諸人に顕さん。主の前にまつろわぬ、総ての敵を討ち滅ぼせ――」
正眼に構えた聖剣に、莫大な神力が溜まってゆく。大気が震え、大地が鳴動する。
「――悉皆斬断。『不抜にして不滅の刃(インヴィンシヴル・デュランダル)』!!!」
ゴッ!!!!
ローランが大上段から聖剣を振り下ろすと同時、その刀身から尽滅の聖光が放たれる。
光の嵐は一直線に東京ブリーチャーズへと殺到した。掠っただけで必滅の、それはまさに神の力の体現である。
本来であれば、放たれた時点でこちらの勝ちはない。人類の叡智と神の祝福、そのふたつの力の前に妖怪は滅ぶしかない。
だが。
「来ますよ……皆さん!」
四人がその力を、絆を結集すれば、この力さえ凌駕することができるだろう。
119
:
御幸 乃恵瑠
◆4fQkd8JTfc
:2019/08/24(土) 11:15:55
>「ありがとう、ミスター。でも、ここで帰るわけにはいかない。わたしも子どもの使いで来ているわけではないんだ」
>「時間がない……ここでやっておかなければ、きっともう二度とできないことだからね」
「何言ってんの、君は子どもの使いでしょ!? あ、ロリババアの使いって可能性もあるけど!」
“子どもの使いで来ているわけではない”は帰れと言われて帰るわけにはいかないという一般的な慣用句だろうか、
それとも文字通り、レディベアの命令ではないということだろうか。
>「ところで、イノリちゃんはいないのかい?別の天魔を倒しに行った?……そうか、それは益々都合がいい」
>「彼女に、仲間の死を見せるわけにはいかないからね……君たちは『いつのまにか滅ぼされていた』というのがいい」
>「そう。わたしは君たちを滅ぼしに来たのさ。君たちとは存外長い付き合いになったが……ここでお別れだ」
「はあ!? 散々手助けまでしといて何で今更!?」
>「君たちを始末させてもらうよ。遠慮はしない、冗談でもない。死にたくなければ、全員でかかってくることだね」
>「どうしたのかな?来ないなら、わたしから行くよ?3分くらいで片付けられるといいなあ!」
>「待て!」
横合いから突然ミカエルが現れる。
>「……東京ブリーチャーズ……!貴様らでは、この男には勝てん……!逃げろ!なぜならこの男は――」
「駄目だよ! 創世期戦争の傷が治ってないんでしょ!?
よく分かんないけどアイツを追ってたみたいだし一緒にとっ捕まえよう!」
自らが足止めして一行を逃がそうとするミカエルの提案は丁重に断りつつ、さりげなく協力要請する。
>「謎のイケメン騎士Rとは、世を忍ぶ仮の姿。わたしの名はローラン……聖騎士(パラディン)ローラン」
>「……と言っても、本物じゃない。わたしは『本物に限りなく近い模倣品(コピー)』……だ。『複製人間(クローン)』なのさ」
>「神の威光は衰えるばかりだ。といって、悪魔に屈するわけにはいかない」
>「そこで、天使たちは考えたのさ――自分たちの力だけでどうにもならないのなら、人間にも手助けさせようとね」
>「そう――『神の祝福』と『科学』。その融合によって、最強の使徒を創造しようと考えたんだ」
>「Type-Roland ver.2336……それがわたしの本当の名前だ。識別名っていうのかな」
>「わたしの中には、人間が営々と錬成してきた『妖壊を殺す技術』と天使たちの奉戴する『神の加護』の両方が備わっている」
>「『妖壊(バケモノ)を殺す聖騎士(バケモノ)』……それがわたし、ということさ」
「あれ? 君って人々の想いがどうたら系の存在じゃないの?」
>「君たちは知らないだろうけど、世界には人々を妖壊から守るための、もっと大きな組織もあるんだよ」
>「妖怪に妖壊を狩らせるんじゃない。世界中の英雄や豪傑、その複製たちが妖壊を裁く、そんな組織がね。だろう?ミカエル」
「この世界って現代妖怪ファンタジーと思いきや近未来SFだったっけ!?」
120
:
御幸 乃恵瑠
◆4fQkd8JTfc
:2019/08/24(土) 11:17:00
ノエルは大混乱中であった。
伝説の聖騎士の再来を望む人々の想いが作り出した一種の妖怪、と言われればシロという前例もあったのですぐに納得出来たのだが、
まさかクローンという言葉が飛び出すとは思ってもいなかった。
しかもそれは彼だけではなく、彼のようなクローンが妖壊を倒す巨大な組織が存在しているという。
>「……その通りだ……。そして、貴様の最大の任は……」
>「我がキリスト教圏の天使と聖人、それら神の信徒以外の超越的存在、化生のすべてを撃殺すること――!!」
「ええっ!? そんなことやってんの!? それって人間にとっても危険なことなんじゃ……」
組織とやらの事情を知っているらしいミカエルに疑問を投げかける。
名だたる英雄のクローンを作り妖怪の殲滅にあたらせる―― 一見人間にとっての脅威を排除するにあたっては効率的に見えるが。
仮に人々の想いから生まれた妖怪なら、『かくあれかし』の法則が働くので確かに人間の望み通りに動くだろう。
しかし科学の産物であるクローンには『かくあれかし』が働かない。
自らの存在意義に疑問を持ち人間に反旗を翻す可能性だってあるのだ。
あるいはそうならないように洗脳や改造等の何らかの措置が施されているのだろうか。
それに、人に仇成す妖壊ですら根底では人間に望まれているから存在しているのだ。
それが同じく人に望まれて存在する妖怪に倒されるのならいいが、
科学によって作られた存在が問答無用で廃除すると、世界の均衡が崩れたりはしないのだろうか。
尤も、純粋な科学の産物というわけではなく『神の祝福』と『科学』の融合と言っていたので、妖怪に近い側面もあるのかもしれないが。
>「レディのためにと言ったね、ノエル君。だが、これもまたレディのための行為だと言ったらどうかな?」
「その理屈でいくとレディベアも撃滅対象になると思うんだけど……。
それに祈ちゃんだって人間だけど妖怪でもあるんだよ? ……まさか祈ちゃんの力を利用するつもりか!?」
>「そう……そうだ。レディのために、わたしは君たちを葬る。その必要がある」
>「死にたくなければ抗うことだ。でなければ、君たちは――」
>「何も成し遂げられずに、この物語を終えるしかない!!」
“神の信徒以外の超越的存在、化生のすべてを撃殺する”と言いながら、この行動は生粋の妖怪であるレディベアへの忠誠心からの行動のようだ。
となれば聖騎士の任務とやらは建前で、本当の目的は別に存在するのだろう。
ローランが瞬時に間合いを詰め、成す術もないまま橘音が吹き飛ばされた。
>「ぎゃんっ!!」
「橘音くん!?」
>「君たち妖壊(バケモノ)の天敵とは何か知ってるかい?それは――人間だよ」
>「化生と対峙し、それを克服し、打倒するのはいつだって人間だ。君たちじゃない!」
>「にわか剣術では、わたしには傷ひとつ付けられないよ。君はもっと、君の長所を生かす戦いを研究しなければならないね」
今度はポチに狙いを定めたかと思うと、酔醒籠釣瓶を弾き飛ばす。
121
:
御幸 乃恵瑠
◆4fQkd8JTfc
:2019/08/24(土) 11:17:58
>「さあー、ミスター!やろうか!」
>「ミスターの攻撃は大振りすぎる。こうして攻撃の『起こり』さえ察知できれば、中断させることは容易い」
>「もっと小細工を利かせる必要があるかな!君は元は人間だったのだから、創意工夫は得意なはずだよ!」
>「それから。肉を切らせて骨を断つ戦法は避けるべきだ――相手が君の予想だにしない技を持っている場合もある。このように!」
ローランは一撃一撃が必殺の威力を持っているはずの尾弐の攻撃を軽くいなし、難なく一時的に行動不能にさせる。
次は自分の番か、と身構えるノエル。
>「君たちは強い。今まで、並の妖怪ならばとっくに死んでいてもおかしくない戦いを、よく勝ち抜いてきた」
>「でもね……まだ足りない。特に、これから『奴』と直接戦うとなれば……今のままではいけないんだ」
>「『奴』は恐ろしいことを企んでいる。それは、君たちの想像を絶する計画だ。絶対に挫かなければならない悪逆だ」
>「君たちには、もっと強くなってもらわなければ。わたしなんか問題にならないくらいの強さを得てもらわなければ……」
>「でなければ……わたしも安心できないからね!」
「『奴』って……? 君は……一体……」
ローランは重要情報をうっかりポロリしてしまったようだが、問い詰める暇など与えてくれるはずは無かった。
>「おっと、そうじゃないな。わたしは君たちを殺しに来たんだった!ほらほら、行くよ!」
>「君は器用だが、過ぎたるは及ばざるが如し……ってね!使える技は多ければ多いほどいいが、半面決め手に欠ける!」
>「力を束ね、ここぞというときにすべてを注ぎ込む!そんな手段を考える必要がある!」
>「これから君たちが戦う相手は、みな一筋縄ではいかない!そんな者たちをも凌駕する力を得なければならないんだ!」
とっさに放った吹雪をものともせず近付いてくるので剣を構えるも、反応すらできないまま気が付けば右腕を強打されていた。
「ぐああっ!」
その勢いで尻もちをつき、ついでに悪態をつく。
「もう! 人間だったら粉砕骨折してるよ!」
動かないことはないものの、回復には暫く時間がかかるだろう。
少なくともこの戦いの間は剣を使っての近接戦は封じられた。
>「君たちは今まで、力を合わせて強大な妖壊に立ち向かってきたのだろう?」
>「それを見せてくれないか?君たちの絆の力を。わたしという脅威を打ち倒せるだけの、結束の力というものを!」
「ちょっと! 何を隠してるの!?」
考えてみれば、規格外の強敵との戦いではノエルの近接武器はどちらにしろ通用しない。
そもそも通用しないのだから向こうからすれば封じる必要など無かったのに、わざわざ無駄なことはしないように仕向けてくれたようにも思える。
橘音の精神世界で童子切安綱を装備した橘音と対等に渡り合えたのは、
使い手の橘音に剣術の心得が無かったのと、橘音自身が倒されることを望んでいたためだろう。
122
:
御幸 乃恵瑠
◆4fQkd8JTfc
:2019/08/24(土) 11:19:07
>「ポチ君。彼女を――将来を誓い合った相手を守りたいのだろう。これから戦う相手は、真っ先に君の大切なものを狙うよ」
>「ミスター。アスタロトと一緒に生きるのだろう?それは茨の道だ。だが、押し通すなら……全てを退ける力を得なければ」
>「ノエル君。運命変転の力にもっとも影響されたのが君だ――それなら。これから押し寄せる理不尽をも、覆してみたまえ!」
「話は君を倒してからってことか……!」
ローランは聖剣を抜き放つと、鞘を地面に打ち捨てた。
>「これはもう必要ない。今までは手加減してきたが……これからは本気だ。本気で、君たちを斬る」
>「聖剣デュランダルの力は、猿夢のときに見たはずだ。触れれば、斬られれば、君たちは滅びる。死でさえない、真の滅びだ」
>「それが嫌なら――わたしを斃してみせろ!!」
「鞘は捨てたら死亡フラグなんだよ!? それは困る!
そこまで思わせぶりなことをポロリしといてそのまま死んで貰ったら気になって夜も眠れないじゃん!
まあ君、殺しても死にそうにないけど!」
この期に及んで相手の心配をしているような言葉は、裏を返せばそもそもやられる前提ではないという宣言だ。
そして、吹き飛ばされた衝撃からようやく復帰してきた橘音が口を開く。
>「……せっかく、皆さんの呼びかけで前向きに生きようって。やり直そうって思ったのに。いきなり出てきて、死ねですって?」
「橘音くん、大丈夫!?」
緩慢に身を起こそうとする橘音に駆け寄って支える。
見事に吹っ飛ばされていたので心配したが、幸い戦意は喪失していないどころかやる気満々だ。
>「バカ言ってもらっちゃ困りますね……。確かに、アナタには何度も助けられた。恩人と言ってもいい」
>「でも、それとこれとは別問題です。死ねと言われて死ねるほど、ボクたちは物分かりがよくない。どんな理由があったって――」
>「一度生きると決めたんだ!その決意は、どんな困難や逆境があったって覆せやしない!」
>「アナタは確かに聖騎士かもしれない。人間の味方なのかもしれない」
>「アナタにとって、ボクたちは滅ぼす対象でしかないかもしれない――。けれど、ボクたちも生きていたい理由がある!」
>「それを不当に奪うことは、侵略と変わりない!アナタの攻撃対象である妖壊たちと、何も変わりなんてないんだ!」
「よく言った……! 僕は多様性を認めない奴は大っ嫌いなんだーっ!
全てを白か黒かで分けるなんて……そんなの間違ってる!」
>「……だったら?どうだというのかな?」
>「見せてあげますよ、ボクたちの力を。東京ブリーチャーズの力を!」
>「ノエルさん、クロオさん、ポチさん!もう一度だけ気張ってください――ここが正念場です!」
>「この『妖怪の天敵』を……返り討ちにしてあげましょう!」
「言われなくても!」
そう言って、ノエルは深雪へと姿を変える。
123
:
御幸 乃恵瑠
◆4fQkd8JTfc
:2019/08/24(土) 11:20:55
橘音の精神世界では姿を固定されていて強力な妖術が使えなかったため、本来の得意分野ではない近接戦を主体に戦っていた。
それが今となっては幸いし、妖力はまだ充分に残っている。
深雪は、みゆきの口調で橘音に語りかけた。
「きっちゃん……もう認めてくれるよね。童の正体は最初から人に仇成す災厄の魔物だったんだよ。
それでも君が親友でいてくれるなら……童は今だけ人類の敵に立ち戻る!」
>「祈ちゃんがいないのは残念ですが……久しぶりに行きますよ!」
「「――東京ブリーチャーズ!アッセンブル!!」」
橘音と声を合わせてポーズをキメる。
>「ははッ!それはいい!実に……いいね、カッコイイよ!」
本気を出したローランが尾弐に向かってくる。
一見到底太刀打ち出来るようには思えない挙動だが、ローランは自分が人間だということを強調していた。
ならば、その性質は妖怪のものではなく人間のものに近い可能性が高い。
人間であるならば、人間の英雄は必ず化け物に打ち勝つという『かくあれかし』の加護は受けられず、自然界の物理法則を直接的に受ける。
そこに勝機があるのかもしれない。
「はッ!」
深雪はローランの行く手を阻むように吹雪で妨害しつつ、氷の壁を幾重にも聳え立たせる。
ローランはまるで何もないかのように立ちはだかる壁を粉砕しつつ向かってくるが、元よりこれで防げるとは思っていない。
ポチに目で合図をする――異形の橘音と戦った時と同じ作戦だ。
氷の壁は敢えて透明度を低く作ってあり、目隠しには充分だ。
>「……ち……!」
初撃を阻まれたローランは、間髪入れずに攻撃を仕掛けてくる。
それを尾弐とポチが前線で迎え撃ち、深雪が妖術による攻撃を試み、橘音が結界で防御する――
一瞬たりとも気の抜けない激戦が続いた後、不意にローランが口を開く。
>「はははは……素晴らしい!それでこそだ、東京ブリーチャーズ!」
ローランはそれまで片手で持っていた聖剣を両手で構え直す。
「何をするつもりだ……!?」
>「では……わたしも奥義を出すとしよう。これを凌げれば本物だ、君たちに出来るかな?」
>「――1と3より成る聖遺物よ、神の徴よ。今こそ其の奇蹟を諸人に顕さん。主の前にまつろわぬ、総ての敵を討ち滅ぼせ――」
>「――悉皆斬断。『不抜にして不滅の刃(インヴィンシヴル・デュランダル)』!!!」
>「来ますよ……皆さん!」
124
:
御幸 乃恵瑠
◆4fQkd8JTfc
:2019/08/24(土) 11:22:14
今まさに放たれんとする必滅の刃を前に、今は人類の敵である深雪は思う。
自分勝手な人間が憎い、その人間に媚びへつらい味方する者も憎い――
コロシテヤル、たとえ相打ちになってでも――
災厄の魔物深雪は雪妖界の安寧を保つために廃除された雪ん娘達の魂が結集して生まれたもの。
妖怪の全てが敵と公言する存在を目の前にして、その時の怒りが出ているのだろう。
しかし、心の奥底でみゆきが語りかける。
――違うよね? 君の、童の本当の願いは……
一説によると、怒りというのは希望が叶わなかったことによる二次的感情であるという。
人間の身勝手のために廃除されて人間に恨みをもち人類の敵となった、それが示すのは廃除などされたくなかったということ。
つまり――
「童(妾)は、我は、僕は――生きたい!
ずっと橘音くんとクロちゃんを見守って、ポチくんをモフモフして、祈ちゃんの味方でいたい!」
深雪はそう叫びながら、何を思ったか理性の氷パズルを眼前上空に放り投げる。
「お母さん、カイ、ゲルダ、力を貸して――!」
両腕を付き出し妖力を通すと、それは表面が多面体のようになった巨大な氷の盾と化した。
今まで武器として使ってきたが、どんな形にも姿を変えるなら当然防具にすることも可能だ。
この多面体の正体はプリズム――まとまって純白となった光をバラバラに分散させ様々な色に分ける機構。
力を束ねここぞというときにすべてを注ぎ込め、と言ったローランの言葉を逆手に取った。
裏を返せば、相手が力を束ねてすべてを注ぎ込んだ攻撃をしてきた時は力を分散させればいいということだ。
もちろん、伝説の聖剣による攻撃が一介の御伽噺にルーツを持つ道具だけでどうにかなるとは思っていない。
しかし、これで相手の攻撃の威力を削ぐことが出来れば――勝機はある。
橘音は強力な防御魔法を使えるし、ポチの不在の妖術は触れている者にも作用させることが出来るのは立証済だ。
橘音が防いでいる間に皆で1か所に集まって不在の妖術で躱すなんてことも出来るかもしれない。
巨大なプリズムを維持するのに手一杯の深雪は、仲間達に後の全てを託した。
「みんな――あとはお願い! 僕は……純白の世界よりカラフルな世界の方が好きだ!」
125
:
尾弐 黒雄
◆pNqNUIlvYE
:2019/08/30(金) 22:52:36
>「ありがとう、ミスター。でも、ここで帰るわけにはいかない。わたしも子どもの使いで来ているわけではないんだ」
>「時間がない……ここでやっておかなければ、きっともう二度とできないことだからね」
>「そう。わたしは君たちを滅ぼしに来たのさ。君たちとは存外長い付き合いになったが……ここでお別れだ」
>「君たちを始末させてもらうよ。遠慮はしない、冗談でもない。死にたくなければ、全員でかかってくることだね」
>「はあ!? 散々手助けまでしといて何で今更!?」
「取り付く島も無し……交渉決裂だな」
有無を言わさぬ宣戦布告。それを聞いた時の尾弐の心境は……危機感こそ募るものの、驚愕しているノエルに比べれば落ち着いていた。
それは、理性では無く直感で、眼前の男と戦わざるを得ないであろうという未来を尾弐が感じていたからだろう。
手に握る硝子の灰皿を握り潰し、その掌の中で無数のガラス片へと変える。
Rが踏み出す一歩に合わせるように、尾弐はザリ、と地を踏みしめ
>「待て!」
>「ようやく見つけたぞ――、貴様!こんなところにいたのか!今までどこに雲隠れしていたかと思えば……!」
だが、その直後。強烈な神気がその場を覆い、吐き気を催す程に清浄な気配を纏ったその存在は現れた。
名をミカエル。かつて東京ブリーチャーズが邂逅した十字教における大天使である。
>「駄目だよ! 創世期戦争の傷が治ってないんでしょ!?
>よく分かんないけどアイツを追ってたみたいだし一緒にとっ捕まえよう!」
「……ったく、この忙しい時に出て来やがりなすって。この帝都に十字教なんざお呼びじゃねぇんだよ。さっさと失せろ」
現れたミカエルに対し友好的な感情を見せるノエルとは対照的に、尾弐の表情は渋い。
それは、かつて那須野橘音を傷つけた事への嫌悪感。そして、突如としてこの場に現れ、Rと旧知の間柄であるかの様に語らうその様子が齎した反応である。
それでも、尾弐は悪態を付くだけに留め様子見に回る。
なにせ、眼前のRだけでも厄介なのだ。これに加えてミカエルまでも敵に回す事となれば……勝ち目は限りなく0に近くなってしまう。
そうなれば、東京ブリーチャーズに出来る事は一目散の逃走以外に存在しない。
その逃走とて容易くはないであろうが、機を逸しなければ戦うよりは生き残る可能性が有るであろう。
そこまで思案していた尾弐であったが、
>「……東京ブリーチャーズ……!貴様らでは、この男には勝てん……!逃げろ!なぜならこの男は――」
>「おっと。自己紹介くらいは自分でするよ、ミカエル。君は脇で見ているといい」
>「謎のイケメン騎士Rとは、世を忍ぶ仮の姿。わたしの名はローラン……聖騎士(パラディン)ローラン」
>「……と言っても、本物じゃない。わたしは『本物に限りなく近い模倣品(コピー)』……だ。『複製人間(クローン)』なのさ」
>「Type-Roland ver.2336……それがわたしの本当の名前だ。識別名っていうのかな」
>「わたしの中には、人間が営々と錬成してきた『妖壊を殺す技術』と天使たちの奉戴する『神の加護』の両方が備わっている」
>「『妖壊(バケモノ)を殺す聖騎士(バケモノ)』……それがわたし、ということさ」
Rの口から語られた、尾弐にとって余りに突拍子が無く思えるRの正体。
そして、ミカエルがその話を否定しない事による発言の裏付け。それらを耳にした事で、思わず頬を引き攣らせる事となった。
126
:
尾弐 黒雄
◆pNqNUIlvYE
:2019/08/30(金) 22:53:07
>「ええっ!? そんなことやってんの!? それって人間にとっても危険なことなんじゃ……」
「人造の聖騎士……笑えねぇ話だな。狂信者ってヤツは箍が外れてるのが相場だが、仮にも天使が率先して狂気に奔るなんざ――――そこまで堕ちたかよ。十字教」
ねめつけるようにそう吐き捨てる尾弐。
さもありなん。命の創造、生命の操作。
それは、遠い昔……世界が未だ神の世に在った頃の御業であり、遺物だ。
なればこそ、神から人へと世界が引き継がれたこの世界でその御業の行使が許される筈も無い。
人間という種の命を人間が改竄改編するという事は、それ即ち人による人の可能性の否定に他ならないからだ。
>「うん。とりわけ、ここにいる君たち四人は全員が紛れもない、人に仇なす妖壊たちだ。わたしの討伐対象以外の何物でもない」
>「だから……だから、ね。君たちには、ここで死んでもらうしかないのさ」
なれば眼前のこの男は、神の奇跡の再現にして、人類という種への冒涜に他ならない。
既に人としての身を喪っている尾弐であるが、人類の業というものを改めて思い知らされ、その首筋に一筋の冷や汗が流れる。されど
>「ミスターも。借りがあると言うのなら、今ここで返してもらおう。死んでくれるかい?」
>「そう……そうだ。レディのために、わたしは君たちを葬る。その必要がある」
>「死にたくなければ抗うことだ。でなければ、君たちは――」
>「何も成し遂げられずに、この物語を終えるしかない!!」
「は――――くだらねぇ。俺の答えは『寝言は寝て言え』だ。ガキが」
強がり一つ。
向けられる敵意を、尾弐は凶暴な笑みで受け止める。
敵は強い。気を抜けば瞬く間に敗北し、地に伏す事になるだろう。
されど東京ブリーチャーズの面々にも負けられない理由がある。
神が為に魔を滅する宿業を与えられた人造の聖騎士と、闇を漂白する使命を持つ化生達。
今此処に、神話の如き騎士物語が幕を開ける。
127
:
尾弐 黒雄
◆pNqNUIlvYE
:2019/08/30(金) 22:53:48
那須野とポチ。己が仲間を眼前の傷つけられた事へ怒りを押し殺しつつ、尾弐は拳を振るう。
酒呑童子という力の根源を失ったとはいえ、尾弐が1000年を生きた魔性である事に代わりは無い。
唸る様に空を裂くその剛腕は、例えるのであれば大嵐。
有象無象の妖魔は勿論、一般に名を知られている――程度の妖怪であれば、問答無用で血霧と化す威力を有している。
更に言えば、力が有るという事は、それ即ち相応の速さも有しているという事に他ならない。
高い威力を持つ迅雷の一撃。これを回避するのは容易い事では無い。
>「君たち妖壊(バケモノ)の天敵とは何か知ってるかい?それは――人間だよ」
>「ミスターの攻撃は大振りすぎる。こうして攻撃の『起こり』さえ察知できれば、中断させることは容易い」
>「もっと小細工を利かせる必要があるかな!君は元は人間だったのだから、創意工夫は得意なはずだよ!」
>「それから。肉を切らせて骨を断つ戦法は避けるべきだ――相手が君の予想だにしない技を持っている場合もある。このように!」
されど、聖騎士ローランの名を冠する男は、尾弐の人外の一撃を容易く上回る。
彼は放った打撃を息を切らす事無く回避し、更には打撃を放つ前に剣を以って起点を潰すという妙技までこなしてみせた。
「しゃらくせぇ、そんな飯事みてぇな攻撃が……な……っ!?」
加えて今撃ち放ったのは、僅か一発で尾弐を無力化する絶技。
顎先を打ち脳を揺らせば人型の生命を無力化出来るのは道理だが、果たして重戦車の様に荒れ狂う相手にそれを実行出来る存在がどれだけいるだろうか。
>「でもね……まだ足りない。特に、これから『奴』と直接戦うとなれば……今のままではいけないんだ」
>「『奴』は恐ろしいことを企んでいる。それは、君たちの想像を絶する計画だ。絶対に挫かなければならない悪逆だ」
>「君たちには、もっと強くなってもらわなければ。わたしなんか問題にならないくらいの強さを得てもらわなければ……」
>「でなければ……わたしも安心できないからね!」
(っ、視界が歪む……足がまともに動かねぇ……!)
尾弐を封殺したローランは、次いでノエルへとその切先を向ける。
その背に一撃を見舞ってやろうと思うが、物理的に機能を阻害された体を動かす事は叶わず、かろうじで膝をつかない様立ち尽くすだけが精一杯。
そして、尾弐が体勢を立て直しているその間にローランの剣はノエルを打ち据えてしまう。
>「君たちは今まで、力を合わせて強大な妖壊に立ち向かってきたのだろう?」
>「それを見せてくれないか?君たちの絆の力を。わたしという脅威を打ち倒せるだけの、結束の力というものを!」
>「ミスター。アスタロトと一緒に生きるのだろう?それは茨の道だ。だが、押し通すなら……全てを退ける力を得なければ」
>「これはもう必要ない。今までは手加減してきたが……これからは本気だ。本気で、君たちを斬る」
>「聖剣デュランダルの力は、猿夢のときに見たはずだ。触れれば、斬られれば、君たちは滅びる。死でさえない、真の滅びだ」
>「それが嫌なら――わたしを斃してみせろ!!」
瞬く間に東京ブリーチャーズの一行を圧倒したローラン。
だが、真に恐るべきは、見せたその技巧でさえ本気のものではないという事。
彼が次いで繰り出したるは、神話に名高き聖剣デュランダル。正義を成し魔を滅する為の剣。
正義の為、世の為、人の為、平和の為、子供の為、青年の為、老人の為、未来の為、誇りの為
ありとあらゆる善性の名の元、尾弐黒雄(あく)を滅ぼす剣を前にして尾弐は――――
128
:
尾弐 黒雄
◆pNqNUIlvYE
:2019/08/30(金) 22:54:18
>「……せっかく、皆さんの呼びかけで前向きに生きようって。やり直そうって思ったのに。いきなり出てきて、死ねですって?」
>「一度生きると決めたんだ!その決意は、どんな困難や逆境があったって覆せやしない!」
>「アナタにとって、ボクたちは滅ぼす対象でしかないかもしれない――。けれど、ボクたちも生きていたい理由がある!」
>「それを不当に奪うことは、侵略と変わりない!アナタの攻撃対象である妖壊たちと、何も変わりなんてないんだ!」
>「見せてあげますよ、ボクたちの力を。東京ブリーチャーズの力を!」
>「ノエルさん、クロオさん、ポチさん!もう一度だけ気張ってください――ここが正念場です!」
>「この『妖怪の天敵』を……返り討ちにしてあげましょう!」
>「よく言った……! 僕は多様性を認めない奴は大っ嫌いなんだーっ!
>全てを白か黒かで分けるなんて……そんなの間違ってる!」
「――――別にな、俺はお前さんがどう正義ってヤツを振り回そうとどうでも良いんだ。独善結構、一神教結構。俺の知らねぇ所で好きにやってくれ」
「けどな……テメェは、那須野橘音を傷付けた。俺が惚れた女を傷つけた」
「そいつぁダメだ。例えどこぞの聖典が赦しても。清廉なる神サマが賞賛したとしても――――この俺だけは許さねぇ」
嗤う。尾弐黒雄は嗤う。
妖壊の天敵。歴史に名を刻む大英雄を根源とする正義を前にして。
正義が押し付けてくる恐怖を、不安を、苦痛を、怯えを。
己に絡みつくそれら全てを嗤って叩き伏せる。
>「祈ちゃんがいないのは残念ですが……久しぶりに行きますよ!」
「「「――東京ブリーチャーズ!アッセンブル!!」」」
いつぞやのような照れは無く。吹っ切ったように獰猛な笑みを浮かべ、左手でゴキリと首を鳴らしながら尾弐は言葉を重ねる。
(さあ来やがるぞ。正義の刃がやって来る。全力を以って対応しろ。那須野橘音への言葉を嘘にしねぇ為に、死に物狂いで生き残れ――――!)
眼前に迫る刃。判断一つ間違えれば、仲間を信じる事が出来なければ、容易く自身の存在を刈り取る白刃を前に、尾弐黒雄は拳を握る。
129
:
尾弐 黒雄
◆pNqNUIlvYE
:2019/08/30(金) 22:55:04
十重二重の剣戟と、反撃の猛打。
絶命に至る選択肢を幾度も繰り返し、されど東京ブリーチャーズは崩れない。
個としては及ばぬ性能を連携により補い、強靭なる聖騎士へと食い下がる。
互いに絶死の可能性を孕んだ状態で膠着する戦況。
されど、それを良しとせぬ英雄(ローラン)は一つのカードを切る。
>「では……わたしも奥義を出すとしよう。これを凌げれば本物だ、君たちに出来るかな?」
>「――1と3より成る聖遺物よ、神の徴よ。今こそ其の奇蹟を諸人に顕さん。主の前にまつろわぬ、総ての敵を討ち滅ぼせ――」
>「――悉皆斬断。『不抜にして不滅の刃(インヴィンシヴル・デュランダル)』!!!」
>「来ますよ……皆さん!」
即ち、彼が手にする聖剣デュランダル。その神髄の解放である。
神威を孕んだ聖なる光の本流。
そうあれかしの元に『正義』を束ねたその一撃を僅かでも受けてしまえば、尾弐の様な悪は滅び去るしかない。けれど
「――――悪ぃが、俺達は当たれば死ぬなんて状況は腐る程体験してんだ」
>「お母さん、カイ、ゲルダ、力を貸して――!」
襲い来る光を遮るように、東京ブリーチャーズの眼前に現出したモノは、雪妖――ノエルが創り出した氷の盾。
それも、只の盾ではない。
幾何学的な形状を描くその形態は、光を散逸させる事に特化したモノ。
只人の手では決して作る事の叶わぬ、氷による三稜鏡(さんりょうきょう)。
……膨大な神気を前に、それは長くは持たないであろう。
されど、それは確実に時間を産み出す事が出来る。そう、ローランを降す為の時間をだ。
「色男が気張ってんだ、なら、オジサンもやる気を見せねぇとな」
ノエルの盾が構築された事を確認した時点で、尾弐は、即座に行動に移っていた。
彼は、戦闘が開始されていてからずっと拳に隠していたガラス片。其れに視線を落とすと―――全力で握りしめた。
悪鬼の膂力で握りしめられた硝子は、砕け、形を変え……やがて尾弐の皮膚を食い破り掌を赤く濡らす。
130
:
尾弐 黒雄
◆pNqNUIlvYE
:2019/08/30(金) 22:59:36
呪詛に染まった悪鬼の血は、人間にとっての猛毒だ。
されど――――毒すらも薬へと変えてきたのが人の業。
知識有る者にとって、悪鬼の血はとある術式の最高の素材と成り得るのだ。
そして、遠き日に僧侶であった尾弐は、その知識を未だに有している。
最も原始的で、血なまぐさく野蛮な呪法。人という生物が人間へと成る過程。その原初に生み出した、呪い。
尾弐の魂に僅かに残っていた酒呑童子の反転術式の残骸。それを素材として生み出す、悪鬼・尾弐黒雄の固有術。
「――――始原呪術【復讐鬼】」
相手に己の苦痛を返す。至極単純にして、強力な呪い。
尾弐の掌に有った血まみれのガラスが尾弐の妖気によって変質し、赤く透明な鎖と化していく。
尾弐の左手から伸びる真紅の鎖はやがて蛇の様に蠢くと、定めた対象の腕を巻き取ろうとする。
その相手の名は―――――
「あの聖騎士サマには呪いなんざ通用する筈がねぇ――――だから、すまねぇな橘音。ちっとばかし俺に呪われてくれ」
呪いの対象は、那須野橘音。
彼女が抵抗しなければ、その赤く透明な鎖は腕に巻き付いた瞬間から呪いを発動する事だろう。
苦痛を返す呪い、即ち
「お前の痛みを、背負わせてくれ」
『那須野橘音の苦痛を、尾弐黒雄が代替する』呪いだ。
そして、この呪いが意味する事は――――対象の、上限突破。
那須野橘音という魂が行使するには余りに負担の大きい、天魔アスタロトとしての莫大で凶暴な魔力。
その負担を、反動を、尾弐黒雄の頑強な肉体と魂が肩代わりする事で半減させる。
さすれば、那須野橘音は本来の限界を超えて力を行使する事が出来る様になるだろう。
上手く行けば、術が効果を発している今この時だけに限り、尾弐の視力を代価に那須野の目が一時的な回復を見せる事すら有るかもしれない。
「……俺が小細工をするべきだなんざ言ってくれたがな、聖騎士。別に一人でなんでもかんでも出来る必要なんざ、ねぇんだよ」
「テメェに出来ねぇ事なら、仲間に頼めばいいんだ――――ま、俺も最近その事を教えられたばかりなんだがな」
今の状況において、最も有効な手を打つ事が出来る存在……尾弐がそう考え、信頼する存在は那須野橘音だ。故に、尾弐は彼女に託す。
その魔力を以って那須野の夢で見た動きを止める怪光を撃つか、或いは高威力の魔術を以って不意を突くのか。
尾弐にはその手段は判らないが、那須野であれば必ずローランの動きを制限する事が出来ると、そう信じる。
さすれば――――
「ポチ助。お前さんも、好いた女を傷つけられたんだ――――なら、獣なんぞじゃねぇ。テメェの牙で、一匹の雄としてかましてやんな」
尾弐が視線を向けるのは、ポチ。
不敵な笑みと共に、尾弐は自身と同じく『好いた女を傷つけられた』雄に、言葉を投げかける。
131
:
ポチ
◆CDuTShoToA
:2019/09/03(火) 18:57:42
>「ありがとう、ミスター。でも、ここで帰るわけにはいかない。わたしも子どもの使いで来ているわけではないんだ」
>「時間がない……ここでやっておかなければ、きっともう二度とできないことだからね」
尾弐の勧告を、Rは聞き入れなかった。
>「ところで、イノリちゃんはいないのかい?別の天魔を倒しに行った?……そうか、それは益々都合がいい」
>「彼女に、仲間の死を見せるわけにはいかないからね……君たちは『いつのまにか滅ぼされていた』というのがいい」
瞬間、ポチの全身を漆黒の毛並みが走る。
獣人形態――被毛の鎧と、自在に動く人の手足を兼ね備えた、完全な戦闘態勢。
>「君たちを始末させてもらうよ。遠慮はしない、冗談でもない。死にたくなければ、全員でかかってくることだね」
だが――ポチは戦闘態勢を取っていながら、動かない。
動けない――どう仕掛けても、それが上手くいくヴィジョンが見えないのだ。
>「どうしたのかな?来ないなら、わたしから行くよ?3分くらいで片付けられるといいなあ!」
Rが一歩前へと踏み出す――ポチは酔醒籠釣瓶を握る右手に力を込めた。
刀を上手く用いれば、十字剣に触れず戦う事は十分に可能なはず。
加えて殆ど四つ這いの体勢にあるポチを斬り付けるには、腕を伸ばし切るような斬撃が必要になる。
その隙を突けば――
>「待て!」
どうにか戦術を組み立てるポチの、視界の外。
そこから不意に声が聞こえた。
聞き覚えのある声――更に周囲に満ちる、冷たく清冽な神気のにおい。
見なくても分かる。闖入者は、ミカエルだった。
>「おや。ミカエル」
>「ようやく見つけたぞ――、貴様!こんなところにいたのか!今までどこに雲隠れしていたかと思えば……!」
Rは自分が戦いを仕掛けた事など、まるで記憶にないかのように、ミカエルへと振り向く。
実際、この男にとって対妖怪戦などその程度の出来事なのだろう。
滅ぼそうと思ったからそうする。たまたま顔見知りに出会ったから一旦やめる。
そんな横着が通用してしまうほどの力が、Rにはあるのだ。
ポチの体勢がほんの僅かに変化する。
重心が、前方から後方へと偏る。
Rの初撃を凌いで反撃に出る為の姿勢から、咄嗟の逃走が可能な姿勢へと。
Rとミカエルには面識があった――もしも二人が共闘関係を結べば、最早勝ち目など残らない。
そうなれば、なんとしてでもシロを連れて、逃げなくてはならない。
>「……東京ブリーチャーズ……!貴様らでは、この男には勝てん……!逃げろ!なぜならこの男は――」
>「おっと。自己紹介くらいは自分でするよ、ミカエル。君は脇で見ているといい」
だが――二人は、あくまでも面識がある以上の関係にはないようだった。
最悪の展開は免れた。
Rの正体は――ポチには興味はなかったが、精神世界での消耗を回復する時間は得られる。
あえて先手を取る理由もない。ポチは静聴を決め込む事にした。
>「謎のイケメン騎士Rとは、世を忍ぶ仮の姿。わたしの名はローラン……聖騎士(パラディン)ローラン」
>「……と言っても、本物じゃない。わたしは『本物に限りなく近い模倣品(コピー)』……だ。『複製人間(クローン)』なのさ」
>「Type-Roland ver.2336……それがわたしの本当の名前だ。識別名っていうのかな」
>「わたしの中には、人間が営々と錬成してきた『妖壊を殺す技術』と天使たちの奉戴する『神の加護』の両方が備わっている」
>「『妖壊(バケモノ)を殺す聖騎士(バケモノ)』……それがわたし、ということさ」
R改めローランが語った身の上話は、ポチには殆ど理解が出来なかった。
ただ――
>「ええっ!? そんなことやってんの!? それって人間にとっても危険なことなんじゃ……」
>「人造の聖騎士……笑えねぇ話だな。狂信者ってヤツは箍が外れてるのが相場だが、仮にも天使が率先して狂気に奔るなんざ――――そこまで堕ちたかよ。十字教」
その生まれは、ポチにはどうしてか哀れに思えた。
何故かは分からないし――だからと言って、どうという訳でもないが。
132
:
ポチ
◆CDuTShoToA
:2019/09/03(火) 18:58:39
>「うん。とりわけ、ここにいる君たち四人は全員が紛れもない、人に仇なす妖壊たちだ。わたしの討伐対象以外の何物でもない」
>「だから……だから、ね。君たちには、ここで死んでもらうしかないのさ」
結局のところ、ローランはブリーチャーズを殺そうとしている。
それは変わらない。
>「レディのためにと言ったね、ノエル君。だが、これもまたレディのための行為だと言ったらどうかな?」
>「ミスターも。借りがあると言うのなら、今ここで返してもらおう。死んでくれるかい?」
>「ポチ君は。この中では一番賢明かもしれないな……。わたしが本気だということを、もうにおいで理解しているのだろう?」
>「アスタロト。君はもう言うまでもないな……天魔は殺す。かつて神に弓引いた君を、わたしは一番に滅ぼさねばならない」
ポチは答えない。ほんの僅かな呼吸の乱れさえ、生みたくはなかった。
>「そう……そうだ。レディのために、わたしは君たちを葬る。その必要がある」
>「死にたくなければ抗うことだ。でなければ、君たちは――」
>「何も成し遂げられずに、この物語を終えるしかない!!」
そして――ローランが地を蹴った。
瞬時に橘音へと間合いを詰め、その顔面を――鞘に収めたままの十字剣で殴りつける。
>「ぎゃんっ!!」
「き――」
>「君たち妖壊(バケモノ)の天敵とは何か知ってるかい?それは――人間だよ」
そのままローランはポチへと狙いを定めた。
四つ這いの状態にあるポチへと襲いかかるのは、下段のへの切り払い。
ポチの五体は殆ど地面と同じ高さにある。
それはつまり通常の剣術、闘法では届かぬほどに距離があるという事。
にもかかわらず、ローランの剣は十全の剣速と威力を帯びてポチへと迫る。
受ける事は出来ない。踏み留まれず、刀すら折られる恐れがある。
「くっ……」
辛うじて不在の妖術で躱すも、続く連撃に、反撃の機会が見出だせない。
右眼の死角を突く斬撃から、意識の逸れた他方からの切り返し。
ポチは防戦一方となっていた。
>「化生と対峙し、それを克服し、打倒するのはいつだって人間だ。君たちじゃない!」
そして――不在の妖術の連続使用も、折れた刀で長大な十字剣を受け続ける事も、明らかな苦し紛れだ。
そんな事が何度も続けば――いずれ、致命的な隙が生じるのは、必定。
体勢が崩れたところで右手を強打され、酔醒籠釣瓶が弾き飛ばされる。
>「にわか剣術では、わたしには傷ひとつ付けられないよ。君はもっと、君の長所を生かす戦いを研究しなければならないね」
更に追撃の刺突が、ポチの喉元を捉えた。
「がっ……!げはっ……!」
不在の妖術も間に合わず、ポチは大きく吹き飛ばされた。
鞘に収まったままとは言え、巨大な金属棒の先端で喉を強打されて、無事でいられる訳はない。
地面に転がったポチは悶絶して、息も出来ずに藻掻き苦しむ。
なんとかポチが立ち上がった時には――既にローランは尾弐とノエルをも無力化していた。
ブリーチャーズ全員を無力化して、しかしローランは皆の復帰を待っていた。
一人一人、とどめを刺していく事は容易かったはずだ――だがそうはしなかった。
133
:
ポチ
◆CDuTShoToA
:2019/09/03(火) 19:00:08
>「ポチ君。彼女を――将来を誓い合った相手を守りたいのだろう。これから戦う相手は、真っ先に君の大切なものを狙うよ」
ローランの言葉に、ポチは何も答えなかった。
ただ――考えていた。
ローランは、場違いなお節介を言っているだけなのか。
それとも「今からそうする」と宣言しているのか。
もし後者なら、自分には何が出来るか――何をすべきか。
そうしている間にも、戦況は動き続ける。
ローランが聖剣を、鞘から抜いた。
そしてその鞘を地面へと打ち捨てる。
>「これはもう必要ない。今までは手加減してきたが……これからは本気だ。本気で、君たちを斬る」
「聖剣デュランダルの力は、猿夢のときに見たはずだ。触れれば、斬られれば、君たちは滅びる。死でさえない、真の滅びだ」
「それが嫌なら――わたしを斃してみせろ!!」
ローランが吼える――まるでブリーチャーズを鼓舞するかのように。
>「……せっかく、皆さんの呼びかけで前向きに生きようって。やり直そうって思ったのに。いきなり出てきて、死ねですって?」
「バカ言ってもらっちゃ困りますね……。確かに、アナタには何度も助けられた。恩人と言ってもいい」
「でも、それとこれとは別問題です。死ねと言われて死ねるほど、ボクたちは物分かりがよくない。どんな理由があったって――」
「一度生きると決めたんだ!その決意は、どんな困難や逆境があったって覆せやしない!」
立ち上がった橘音も、負けじと叫ぶ――仲間との約束を、生きるという誓いを。
その中でポチは――あくまでも、冷静だった。
『何をすべきか、そんな事は分かっている――逃げるべきだ』
『獣』の声が聞こえる。
ポチは確かに『獣』を従えた。
だがそれは、「ニホンオオカミの復興」と「極限の状況下なら、ポチは『獣』としてするべき事をする」という条件下での事。
橘音とアスタロトのように、完全に捕食、または同化した訳ではない。
あくまでも互いに契約を交わした関係に過ぎない。
>「アナタは確かに聖騎士かもしれない。人間の味方なのかもしれない」
>「アナタにとって、ボクたちは滅ぼす対象でしかないかもしれない――。けれど、ボクたちも生きていたい理由がある!」
>「それを不当に奪うことは、侵略と変わりない!アナタの攻撃対象である妖壊たちと、何も変わりなんてないんだ!」
『あまりにも分の悪い戦いだ。勝ち目はあるかもしれない。だが……聞いただろう?
お前達と同じ目的の、お前達よりも更に強大な組織がある。
ならば、もうお前が命をかける理由など、どこにもあるまい』
『獣』はまだポチの中にいる。
>「……だったら?どうだというのかな?」
>「見せてあげますよ、ボクたちの力を。東京ブリーチャーズの力を!」
「ノエルさん、クロオさん、ポチさん!もう一度だけ気張ってください――ここが正念場です!」
「この『妖怪の天敵』を……返り討ちにしてあげましょう!」
『熱くなるな。身を翻し、お前の女房を抱いて、逃げろ。
望むならこの仲間達に声をかけてもいい。
だが決して、あの男に立ち向かうな――それをすれば、お前は消える』
その『獣』が警告する――ポチが消えれば、ニホンオオカミの復興は不可能となる。
滅びていった誇り高い獣が、この世へと戻ってくる術がなくなる。
今となっては、ポチの消滅は『獣』にとっても不都合な事だった。
妖怪にとって、約束を反故する事は自殺行為だ。
自分はこう生きると定めた事を否定するのだ。
転ばせた相手に負けてしまって、殺める事が出来なかった――そんな言い訳も利かない。
ブリーチャーズの為に戦えば、ポチは消える。
それは覆しようのない確定事項。
134
:
ポチ
◆CDuTShoToA
:2019/09/03(火) 19:05:42
>「祈ちゃんがいないのは残念ですが……久しぶりに行きますよ!」
「侵略――ああ、そうか。それでいいのか」
そして――ポチは何かに気が付いたように小さく呟くと、
「「「「――東京ブリーチャーズ!アッセンブル!!」」」」
牙を剥くように笑みを浮かべて、そう叫んだ。
>「ははッ!それはいい!実に……いいね、カッコイイよ!」
ローランが地を蹴る。解き放たれた聖剣が尾弐へと迫る。
だがその直前、ポチもまた前へと踏み出していた。
狙うは――ローランの脚。
爪が通らずともいい。噛み付く事が出来なくともいい。
ただ足元に潜り込んで、その踏み込みを阻む。
更にノエルが吹雪と氷壁を展開すれば――いかにローランと言えど、尾弐まで刃を届ける事は出来ない。
>「……ち……!」
初撃は凌いだ。だがそれだけだ。
敵と戦うならば、出来て当然の事が、やっと出来ただけ。
安堵は出来ない。次はどうするべきか考えなくてはならない。
狼のタフネスは、聖剣が相手では意味を成さない。
体勢の低さを活かした闘法も、ローランの技巧には通用しない。
ならばどうする――徹底的に戦闘を拒否するのはどうだ。
不在の妖術を用い、吹雪と氷壁の影に紛れ、決してローランと対峙しない。
ひたすら足元と、背後を襲い続ける。
それなら、結果的に仲間を守りながら、しかし自分の安全を保つ事が出来る。
もっとも、ローランは強い。とにかく強い。
そこまでしてもなお、聖剣の刃が眼前にまで迫る事もあったが――どうにか、戦えている。
>「はははは……素晴らしい!それでこそだ、東京ブリーチャーズ!」
拮抗した死闘の中で、不意にローランが後方へと飛び退く。
そして――それまで片手で扱っていた聖剣を、両手で構えた。
「では……わたしも奥義を出すとしよう。これを凌げれば本物だ、君たちに出来るかな?」
「――1と3より成る聖遺物よ、神の徴よ。今こそ其の奇蹟を諸人に顕さん。主の前にまつろわぬ、総ての敵を討ち滅ぼせ――」
聖剣の帯びた力が、急速に高まっていく。
>「――悉皆斬断。『不抜にして不滅の刃(インヴィンシヴル・デュランダル)』!!!」
それが地を震わせ、大気をも揺るがすほどに極まった時――ローランは、聖剣を振り上げた。
>「来ますよ……皆さん!」
>「――――悪ぃが、俺達は当たれば死ぬなんて状況は腐る程体験してんだ」
溢れ返る破邪の聖光――だが、ブリーチャーズは誰一人として臆さない。
>「みんな――あとはお願い! 僕は……純白の世界よりカラフルな世界の方が好きだ!」
ノエルの呪具が迫りくる閃光を屈折、分散させる。
聖撃は理性の氷パズルを急速に融解させながらも、千々に散らばり、空を裂く。
>「色男が気張ってんだ、なら、オジサンもやる気を見せねぇとな」
ノエルの作り出したほんの数秒の拮抗――それを見逃す尾弐ではない。
もっとも尾弐が何を成したのか、呪法の見識がないポチには分からない。
>「ポチ助。お前さんも、好いた女を傷つけられたんだ――――なら、獣なんぞじゃねぇ。テメェの牙で、一匹の雄としてかましてやんな」
だが――東京ブリーチャーズの一員ならば、分かるはずなのだ。
手段はどうあれ、尾弐がそう言ったのなら――ポチが渾身の一撃を見舞う隙が、ローランには生じるのだと。
果たしてポチは――
「……違うよ、尾弐っち。それじゃ足りない」
額から背へと伸びる銀の毛並み――王冠のような毛並みを両手で掻き上げて、そう呟いた。
135
:
ポチ
◆CDuTShoToA
:2019/09/03(火) 19:10:35
同時に、その全身から宵闇が溢れる。
周囲を己の縄張りと定める事で、送り狼の住処――夜闇を生み出す妖術だ。
どこに誰がいるかも分からない。分からないから、いない。
いないのだから、傷つけようもない――送り狼の、結界。
それがポチを包むように、ブリーチャーズを包むように広がっていく。
「シロだけじゃない――あいつは、僕の世界を踏み荒らしたんだ」
そして――夜闇は、止まらない。更に外へと広がっていく。
気を失って倒れたままのシロへ、陰陽師達へ、芦屋易子へ、天邪鬼にまで、夜闇は届いた。
かつて、ポチは孤独な妖怪だった。
狼に憧れながらも、狼でない者達の群れに身を置いていた。
仲間を愛しているかのように振る舞いながら、その実、皆の為に心底必死になれずにいた。
それがシロと出会い、ロボと出会い、変わった。
同胞を得た。仲間を思いやる心の余裕を得た。
芦屋易子と出会って、その愛の深さに強い共感を覚えた。
陰陽師――混じり気なしの人間である彼らにも、狼と変わらぬ絆を見出し、そこに尊さを感じた。
「そうさ、シロだけじゃない。みんな、僕のものだ。ここは――『僕の縄張り』だ」
ここにあるのは、孤独な雑種が、王となって広げてきた世界そのもの。
ニホンオオカミが、安らぎと共に居られる数少ない場所。
ここから逃げ出せば、確かに自分とシロの命だけは助かるかもしれない。
だが代わりに、それ以外の全てを失う。
もう東京にはいられない。迷い家に戻る事も叶うか分からない。誰の助けも得られない。
それでは結局、いずれはかつてのニホンオオカミと同じ末路を辿る事になる。
当然と言えば当然の事だ。打ち勝たなくては、縄張りは失われる――侵略される。
生きていける場所は、なくなる。
故に――最早ポチが皆を守る為に戦う事が、『獣』との誓いに反する事はない。
故に――宵闇は、戦場全てを覆い尽くす。
「気をつけなよ。神様は、夜の闇を照らしてはくれないぜ」
その言葉を残して、ポチは気配を消した。
無明の宵闇の中、送り狼はどこにでもいて、どこにもいない。
「――影狼怨舞」
繰り出されるのは、一切の前兆を感じさせない猛攻。
己の存在を構築する、どこにいるか分からない、逃れ得ぬ恐怖という概念。
それにより実現される、全方位、完全同時の重連撃。
狙いはローランの脚――ポチは送り狼だ。膝さえ突かせれば、更に強大な力が発揮出来る。
だが――ポチの狙いは、そこにはない。
脚への攻撃はただのブラフ――ローランが見せた、揺さぶりと同じだ。
その目的は打倒ではなく、足元に意識を集中させる事。
『君はもっと、君の長所を生かす戦いを研究しなければならないね』
そして――ローランの助言は図らずも、完全に実現される事になる。
己の手先すら見えない暗闇。
その中を、この世のどこにもいないまま、しかしどこにでもいるかのように忍び寄り、跳躍。
狼の原初の武器――ロボの肉体すら食い破った牙を剥き、大きく口を開き、そのあぎとに獲物の首筋を収め。
そして喰らいつくその瞬間に、やっと姿を現す。
送り狼の伝承、そこから生じる能力を最大限に活用した、完全なる暗殺が。
136
:
那須野橘音
◆TIr/ZhnrYI
:2019/09/07(土) 13:30:04
聖剣『デュランダル』。
柄に四つの聖遺物を封入したその十字剣は、古くはトロイア戦争の頃から多くの魔物・妖壊を斬滅してきた。
こと怪異殺しという意味では、橘音の持つ天下五剣の一振り童子切安綱よりも遥かに歴史が長い。
そんな魔滅の聖剣から迸る、祝福のエネルギー。奥義『不抜にして不滅の刃(インヴィンシヴル・デュランダル)』。
解き放たれた聖光は妖怪にとって致命的な滅びを齎し、魔神や魔王といった大妖クラスさえ抗うすべはない――
本来ならば。
>お母さん、カイ、ゲルダ、力を貸して――!
ノエルが聖光に抗うように多面体の盾を展開する。
それはただ単に光を受け止めるだけの強固な防壁ではなく、束ねられた光を分散させる氷のプリズムだった。
プリズムに激突した破壊の聖光が、幾重にも反射してやがて威力を弱め、消えてゆく。
「なにッ!?」
ローランは瞠目した。それはいつも余裕を崩すことのなかった聖騎士の、初めての動揺かもしれなかった。
巨大な猿夢の本体を稲穂を狩るように造作なく屠り、衛星レーザーさえ無傷で凌いだ姦姦蛇羅の身体に大穴を開けた聖剣の一撃。
それを、まさかこんな方法で凌がれるとは。
「はは……驚いたな!でも、悪あがきだノエル君!妖壊殺しの聖剣は――そんなに甘いものじゃない!」
ゴウッ!!!
ローランが両手で握った柄に強く力を入れる。放たれる聖光の勢いが一層激しくなる。
ノエルの作り出したプリズムの受容できる量を遥かに超えた光の奔流が殺到し、プリズムが融解を始める。
だが、ノエルにとってはそれは織り込み済みであったらしい。
>みんな――あとはお願い! 僕は……純白の世界よりカラフルな世界の方が好きだ!
ノエルが仲間たちへと叫ぶ。
ローランを創造した者たちがしようとしているのは、まさにそれだ。
世界を『キリスト教』と『キリスト教以外』に区別し、キリスト教でないものをすべて廃絶しようとしている。
白と黒だけの世界。黒が存在することの許されない世界。
一部の選ばれた人間しか存在しえない世界――。
>そこまで堕ちたかよ。十字教
尾弐が吐き捨てる。元々、尾弐も僧籍にあった人間である。教義を持ち、人間を守護するという点ではローランと共通点も多い。
だが、両者が融和することはあり得ない。共に神に仕えるという立場でありながら――
否。神に仕える立場であるからこそ、尾弐とローランは殺し合うしかないのである。
「………………」
尾弐の言葉に、やや離れた場所で趨勢を見守っているミカエルが俯く。
ミカエルにとっては耳の痛い話なのだろう。神の威光の衰えを科学で補うなど、すなわち神の愛の否定に他ならない。
巡り巡って、それは自己否定となり天魔たちの台頭の肯定ともなろう。
しかし、それでもミカエルはそれに縋らざるを得なかった。高潔な衰退より、なりふり構わぬ延命を選んだのだ。
>色男が気張ってんだ、なら、オジサンもやる気を見せねぇとな
ノエルが身を挺して聖光から仲間たちを庇う中、尾弐は持っていたガラス片を強く握りしめ破砕した。
鋭利な破片が尾弐の掌の肉を食い破り、ぽたぽたと血が滴る。
しかし、尾弐はただ自傷行為に及んだわけではない――そこには、生存に繋がるひとつの策があった。
>――――始原呪術【復讐鬼】
尾弐が呟く。
人間は様々な感情を持つ生き物である。
喜び、怒り、哀しみ、楽しみ――
それらの中で最も強く、激しく、昏い感情。それは『怒り』だ。
酒呑童子の力を喪った尾弐が自分への、世界への、赤マントへの怒りによってふたたび悪鬼へと変生したように。
怒りこそ――呪うことこそ、ヒトのヒトたる所以の一つなのである。
尾弐はその呪いを自らの固有術にまで昇華した。
この短期間でそこまでの力を手にしたのは、驚異という他はない。
尾弐の手の中で、ガラス片が透き通った深紅の鎖へと変質する。尾弐の望んだ相手を縛する、呪いの鎖。
しかし――その鎖が絡めとるのは聖騎士ローランではない。
>あの聖騎士サマには呪いなんざ通用する筈がねぇ――――だから、すまねぇな橘音。ちっとばかし俺に呪われてくれ
対象は、橘音だった。
137
:
那須野橘音
◆TIr/ZhnrYI
:2019/09/07(土) 13:30:23
「ぁ……」
尾弐から伸びた長く紅い鎖が、するすると橘音の左腕に絡みつく。
突然のことに橘音は一瞬戸惑ったが、次に尾弐が発した言葉を聞いてその意図をすべて察した。
>お前の痛みを、背負わせてくれ
「……そういうことですか。まったくクロオさんってば、いつも無茶なことばっかりするんですから」
呆れたように笑う。呪詛とは基本的に『自分の痛みを他者に味わわせる』ものだが、尾弐の狙いは本来のものとは真逆であった。
すなわち、自分が痛みを肩代わりすることで、橘音が天魔の力を使うためのリミッターを外させようとしている。
これで、橘音は尾弐の呪術が有効な間天魔アスタロトとしての強大な力を思う存分行使することができる。
言うまでもなく、これは大変に危険な行為だ。上級天魔の力はその権能の行使と引き換えに莫大な痛みを強いる。
魂の世界では橘音は誰憚ることなくその力を使っていたが、現実世界では勝手が全く異なる。
姦姦蛇羅との戦いでその力の一部を使った時は、ほんの僅かな時間だったというのに橘音は暴走を起こしそうになった。
その巨大すぎる力と痛みを尾弐が代わりに請け負う――それは相当な負担であろう。
かつての橘音であったなら、そんなことはさせられませんと取り付く島もなく却下していたかもしれない。
……しかし、今の橘音は違う。
尾弐に対してずっと胸に秘めていた想いを打ち明けて。受け入れられて。
お互いの傷も罪も、何もかも分かり合った本当のパートナーとなった橘音なのだ。
「いいでしょう!では、ちょっとだけお見せしますよ――メソポタミアの女神イシュタル、ギリシアの女神アフロディーテ!」
「それらと源流を同じくする、このボクの……地獄の大公アスタロトの権能の一端ってやつを!」
「クロオさん!正直メチャクチャ痛いと思いますが――ガマンして下さいね!」
そう言うと、橘音は自らの半狐面に右手を添えた。
和風のデザインの狐面が、まるでテクスチャを張り替えるようにゴシック調の半面へと変わる。
と同時、橘音の纏っている学生服もマントも溶けるように消えてゆき、代わりに際どい水着のような衣装へ変貌してゆく。
大きな狐耳とふさふさの尻尾、それに腰後ろから生えた蝙蝠の翼を持つ、透き通る白い肌に漆黒のコスチュームの大悪魔。
天魔七十二将の一柱アスタロトに変貌すると、橘音は指先で空間を裂き愛用の大鎌を取り出した。
「行きますよ、クロオさん!」
深紅の鎖を左の手首に巻き付けたまま、橘音は翼を一打ちすると一気にローランへ突っかけた。
聖光の放射を一時中断したローランが橘音を迎え撃つ。地獄の大鎌と聖剣とが激突し、火花を散らす。
ふたりは渾身の力で鍔迫り合いに及んだ。
>テメェに出来ねぇ事なら、仲間に頼めばいいんだ――――ま、俺も最近その事を教えられたばかりなんだがな
「アハッ、運命の赤い糸ならぬ紅い鎖ってとこですか?呪われたボクたちにはお誂えですね!」
「なるほど……まさか、痛みの矛先をミスターに反らして権能を振るうとは……考えたものだね!」
「愛の力ってやつですよ!ボクは彼を信じてる。彼もボクを信じてくれてる――信じる力は無敵!ってことです!」
「愛か!それは……実に素敵だ!」
ぎゃりんっ!
橘音とローランは二合、三合と撃ち合った。互いの戦力は拮抗しているように見える。
いや、或いは橘音の方が勝っているかもしれない。濃紫の魔気を纏い、一気呵成に攻め立てる橘音はまさに大悪魔の名に相応しい。
……ただし、それは決して無尽蔵の力ではない。言うまでもなく多大な代償を支払っている。
代償とは、尾弐が受ける痛み。
橘音が大鎌を振り下ろし、ローランの攻撃を避け、魔術を行使するたび、鎖を伝って尾弐に激痛が流れ込む。
それは生半な痛みではない。並の人間や妖怪であれば、瞬く間に精神が崩壊するかショック死してしまうほどの痛み。
断続的な痛みの注入は、尾弐にかつて酒呑童子の力を内包していた頃のような衝撃を与えるだろう。
しかし。
それでも。
尾弐はそれを耐えることができるはずだ。なぜなら、その痛みはそのままふたりの絆だから。
齎される激痛は、尾弐と橘音が確かに繋がっていることの証左。
長い長い年月を経て、やっとふたりが心から打ち解け合ったことの証だからである。
138
:
那須野橘音
◆TIr/ZhnrYI
:2019/09/07(土) 13:30:37
「はあああッ!」
戦いのさなか、橘音がローランへ左手を突き出す。広げた手のひらの前方に魔法陣が現れ、そこから無数の蝙蝠が飛び出してくる。
しかし、ローランはまったく慌てない。児戯とばかりに聖剣でその悉くを叩き落とす。
「そんな目くらましでは、わたしを欺くことなんてできないよ……アスタロト!」
「ならば――これでどうです!」
カッ!!
半面の奥の橘音の双眸が妖しく輝く。
天魔の権能を全開にしているため、橘音の瞳術も普段とは比較にならないほど強力になっている。
魂の世界で橘音が変貌していた巨大怪異に匹敵――いや、それをも凌駕するような閃光が、一瞬ストロボのように煌めく。
だが、それさえも。ローランにとっては脅威と認識すべきレベルではないらしい。
「甘い!」
聖剣を一閃する。――太陽の光のような輝きが、剣によって寸断される。
光をも断つ、恐るべきは聖騎士ローランの剣術。聖剣デュランダルの切れ味。
ローランが一気に勝負を決めるべく、橘音へと肉薄する。
絶体絶命の窮地――だが。
必殺の瞳術を防がれたにも拘らず、橘音は不敵に笑った。
「甘い?誰がです、アナタがですか?ええ、そうでしょう……アナタは大甘だ、ローランさん」
「……なんだって?」
「そうですとも。クロオさんが言ったばかりでしょう?『自分にできないことなら、仲間に頼めばいい』んですよ――」
「ボクがアナタに勝つ必要なんてない。ボクはただ、バトンを渡せばいいだけです。アナタに勝ってくれる仲間にね!」
>ポチ助。お前さんも、好いた女を傷つけられたんだ――――なら、獣なんぞじゃねぇ。テメェの牙で、一匹の雄としてかましてやんな
>……違うよ、尾弐っち。それじゃ足りない
ノエルから、橘音から、そして尾弐からバトンを渡されたポチの全身から、闇が溢れる。
宵闇の怪異たる送り狼の能力。自らの最も力を発揮できる空間が、ポチを中心に広がってゆく。
「……これは……」
異様な力の開放を目の当たりにし、ローランも警戒を露にする。
しかし、ポチの発する闇は留まるところを知らない。ついには陰陽寮全域を覆うまでに、ポチの『結界』は広がっていった。
>シロだけじゃない――あいつは、僕の世界を踏み荒らしたんだ
>そうさ、シロだけじゃない。みんな、僕のものだ。ここは――『僕の縄張り』だ
出現したのは、狼王の縄張り。ありとあらゆる獣たちの王、『獣(ベート)』の世界。
心から守りたいものを護るときに構築される、ポチの王国。
そこにいる限り、ポチは王者として無敵の力を行使することができるのだ。
>――影狼怨舞
「く……!?これ、は……!」
完全に闇と同一化したポチの攻撃が、全方位からローランを攻め立てる。
ローランは持てる体術の粋を尽くしてその連撃を避け、あるいは防ぎ、ポチの攻勢を凌ぐ。
王国の中で圧倒的な劣勢にあるにも拘わらず、ローランはポチの攻撃にある一定の規則性を見出した。
そして、瞬く間にそれに順応し、適応し、人間社会で営々と培われてきた戦術を駆使し反撃の最適解を導き出してゆく。
「なるほど、やるな……さすがは当代の『獣(ベート)』!すでにロボの力を遥かに上回っているようだ!」
「でもね。ポチ君……君がいくら強大な力を手に入れても、持って生まれた本能には逆らえない!」
「脛こすりは足元を狙わずにはいられない……その本能を捨て去らない限り、わたしには勝てな――…」
そこまで言ってから、ローランは大きな違和感を覚えた。
長い戦いを経て、これほどまでに戦いに熟達した彼らが、いまだにそんな低レベルな束縛に囚われているものだろうか?と。
139
:
那須野橘音
◆TIr/ZhnrYI
:2019/09/07(土) 13:30:49
ローランは束の間、目を閉じた。
その直後、首筋に感じた強烈な殺気に対して聖剣を瞬時に突き出す。
ガギィンッ!!
硬い音を立て、聖剣とポチの牙とがぶつかり合う。
「く……、ぅ……ッ!」
間一髪で首筋を食い破られるのを阻止する。ローランはすぐに聖剣を振るい、大きく後方に退いた。
それからすぐに激しい光を放つ剣先を振るい、ポチの作り出した結界を切り裂いて脱出する。
ポチの『王国』が徐々に薄れてゆき、構築した結界が消えてゆく。
東京ブリーチャーズの四人と聖騎士は、ふたたび距離を置いて対峙した。
「なるほど……。君たちは、わたしの想像をはるかに超えて強くなっていたようだね」
剣を下ろし、ローランは静かに言った。そして、左手で左の首筋に触れる。
触れた首筋は、べったりと血に染まっていた。すんでのところで致命傷は免れたが、ポチの牙は確かに届いていたのだ。
ローランは左手についた自身の血をまじまじと見つめると、小さく笑った。
「生まれて初めて、手傷というものを負ったよ」
伝説の英雄、聖騎士ローランの複製としてヴァチカンの研究室で製造されてから、今この瞬間まで。
一度として妖怪に傷を負わされたことはなかったのに――と打ち明ける。
「嬉しいな。ヴァチカンでも、わたしが全力を出して戦える相手はいなかった。手加減をしろ、と言われ続けてきたんだ」
「でも、君たちにはその必要はなさそうだ。では……思う存分、行かせてもらうとしようかな……!」
そう言うと、ローランは何を思ったのか着ていたパーカーをはだけ、その下のシャツまで脱いで上半身裸になってしまった。
一見すると奇行のようだが、しかし四人には理解できるだろう。
ローランが衣服を脱いだ途端、その全身から今までとは比較にならない神気があふれ出したのが――。
「ここからが、本気の本気だ」
伝承によると、聖騎士ローランの膚はダイヤモンドと同じ硬度を持ち、唯一傷つけられるのは足の裏だけだという。
ローランにとって鎧とは、衣服とは飾りに過ぎず、本来の実力を発揮するのは邪魔な装飾品を取り去ってからなのである。
引き締まった彫刻のような上半身を晒したまま、ローランが聖剣の切っ先を四人に突きつける。
再度、熾烈を極めた戦いが始まる――
と、思ったが。
「もうやめろ!ローラン!」
それまで沈黙を守っていたミカエルが叫んだ。
「……ミカエル」
「そんなことをするために!この者たちと戦うために、貴様はE.L.Fを出奔したのか!?違うだろう!」
「我ら天使の庇護下では出来ないことをするために!叶えられない夢を叶えるために!貴様はヴァチカンを去ったのではないのか!」
「………………」
「貴様の出奔を見逃したのは私だ!見て見ぬふりをしたんだ、私は!天使長として許されないと分かっていながら……」
「ローラン、クローンでありデザイナーベビーである貴様の命は――ぐぁっ!」
そこまで言いかけて、苦鳴と共にミカエルは吹き飛ばされた。
ローランが漲る神気をミカエルへ向けて放ったのだ。
「余計なことは言うな、と言ったぞ。ミカエル」
そう告げるローランの声は冷たく、いつもの陽気な姿からは想像もできないほど酷薄だった。
が、それも一瞬のこと。すぐにローランは笑顔になって東京ブリーチャーズを見た。
140
:
那須野橘音
◆TIr/ZhnrYI
:2019/09/07(土) 13:31:29
「はっはっはっ!でも、確かにそうだ!わたしとしたことが、ほんのちょっと熱くなってしまったらしい!」
「ミカエルの言うとおりだ。わたしには、やらなければならないことがある。それを優先しなければね」
足元のシャツとパーカーを拾い上げ、素早く着直すと、ローランは聖剣を鞘に収めた。もう戦いは終わりということらしい。
「君たちの強さは見せてもらった。これなら安心か……もし、最悪の事態が訪れたとしても。君たちなら乗り越えられるはずだ」
「……ということで!ご褒美と言ってはなんだけど、君たちにとっておきの情報をあげよう!」
「とっておきの情報……?」
アスタロトから元の狐面探偵の姿に戻り、尾弐の呪法から解放された橘音が怪訝な表情を浮かべる。
ローランは一度頷いた。
「そうさ。君たちの宿敵、東京ドミネーターズ。その首魁である赤マントの居場所だ」
「……それは」
唐突に齎された情報に、橘音は思わずぶるり、と全身を震わせた。
ノエルや尾弐、ポチにとっては初見の情報だろう。だが、橘音はそれを知っていた。
なぜなら、ブリーチャーズを裏切りアスタロトとして活動していた頃、自分もまたその場にいたからである。
なぜそれを仲間たちに伝えなかったのかというと、今まで色々なことがありすぎて言う機会がなかったのだ。
そんな橘音の反応を見て、ローランが頷く。
「アスタロトは知っていて当然か。……東京都庁。そこが東京ドミネーターズの、天魔の本拠地だ」
東京ブリーチャーズは帝都の守護を任務としていたが、それはせいぜい妖壊と戦い漂白を行う現場レベルの話である。
しかし、天魔は違った。天魔は妖壊を差し向け市街地の騒擾を行うと同時、政治レベルで帝都に侵略の手を伸ばしていたのだ。
オセや茨木童子といった妖壊たちは、赤マントが帝都の中枢を手中に収めるための目くらましに過ぎなかった。
「驚くのも無理はない。だが、真実だ。奴らはあの、東京の中心から世界の破滅を画策している」
「このまま行けば、世界は赤マントの手に落ちる。彼の計画はそれを現実させるに充分な可能性を持っている」
「君たちはそれを阻止しなければならない。あの都庁に乗り込んで、赤マントを倒し。東京を、世界を守るんだ」
ローランはそれから、左手の指三本を立ててブリーチャーズへと突き出した。
「三ヶ月。あと三ヶ月で、彼らの計画の準備が整う」
「小さな事件はあるだろうけれど、少なくとも三ヶ月後までは連中も大きな動きは取らないはずだ」
「都庁には赤マントの強力な結界が張られていて、おいそれと近付くことはできない」
「弟子であるアスタロトになら、その結界を破ることもできるだろうが……まだ、その時期じゃない」
「この三ヶ月の間に、何をするのが最善なのか。どうすれば彼らに勝てるのか。その方法を考えるんだ」
ローランは表向きの東京ドミネーターズのリーダー、レディベアの側近である。
だというのに、東京ドミネーターズの計画が頓挫するのを願っているようなことを告げる。
「むろん、わたしも手をこまねいているつもりはない。わたしもできる限りのことはするつもりだ」
「ロ……、ローラン……!ならば、貴様もこの者たちと……」
「それはできない」
吹き飛ばされていたミカエルがゆっくり身を起こしながら言うのを、ローランはすげなく拒絶した。
「東京ブリーチャーズは、東京ブリーチャーズで結束すべきだ。わたしが加わっては逆に足並みを乱す」
「むろん、敵対するつもりはない。けれど、わたしはわたしでやる。協力は……もしそれが必要な場面が来れば、かな」
「………く………」
ミカエルは唇を噛みしめた。
軽い調子で聖剣を肩に担ぐと、ローランは踵を返す。
「天邪鬼君やシロ君、陰陽寮の人々には謝っておいてほしい。手段を選んでいられなかったとはいえ、酷いことをした」
「それじゃ、わたしは行くよ。三ヶ月……いいね。あと三ヶ月のうちに、出来る最善のことをするんだ」
「でなければ……すべてが滅ぶ。君たち自身も、君たちの大切な人たちも。すべてが死ぬことになるだろう」
「……ノエル君、君は純白の世界よりもカラフルな世界の方が好きだ――と言ったね」
軽く振り向き、聖騎士は小さく微笑む。
「わたしも、カラフルな世界の方が好きだよ」
最後にそう告げると、ローランはゆっくり陰陽寮を出て行った。
141
:
那須野橘音
◆TIr/ZhnrYI
:2019/09/07(土) 13:33:42
「ローランだと?まさか、アースライト・ファウンデーションの聖騎士ローランか?」
ローランが去って数時間後、ようやく息を吹き返した天邪鬼が目を見開く。
ミカエルが小さく頷く。
「今まで黙っていてすまない。だが、我々にも事情があるのだ。許してほしい」
「失敗作として廃棄処分されたと聞いていたが、まさか貴様が脱走させていたとは。更迭ものの不祥事だな、天使長?」
「まぁ、貴様らの目的は十字教徒以外の殲滅であるし?この状況は想定通り、といったところか?」
「神妙な顔などするな、演技だというのはお見通しだ。そら……開き直って嗤ったらどうだ?」
「………………」
手痛い敗北を喫した意趣返しとでも言うのか、天邪鬼がミカエルへ痛烈な皮肉をぶつける。
「……すまない」
天軍を指揮する天界のナンバー3、最も高貴な天使の一翼は、そう言って東京ブリーチャーズに深く頭を下げた。
「何を言ったところで、私の犯した罪とローランの成したことが正当化されるわけではない。批判は甘んじて受ける」
「罪滅ぼしというわけではないが……汝らの望みはできるだけ叶える。出来ることは限られているが――」
「確かにローランによって手痛いダメージは受けましたが、幸いボクたちも陰陽寮の人たちも死んでいません」
「今はそれでよしとしましょう。それに……彼は彼で、何らかの目的があって動いているようですしね」
橘音が助け舟を出す。
「敵の敵は味方……というわけではないですが、彼のことは今はいいでしょう」
「それより、彼の言っていた言葉の方が重大です。あと三ヶ月……たった三ヶ月で、天魔の計画の最終工程が完了する」
「ボクたちは、限られた時間でそれを食い止めるための方策を考え出さなければなりません」
赤マントは帝都の中枢、東京都庁で世界破滅の計画を練っているという。
とすれば、都庁が最終決戦の場となるであろう。が、敵の本拠地が分かったからといって遮二無二吶喊すればいい訳ではない。
天魔の野望を挫くだけの下準備を整えておかなくては、勝ち目はないだろう。
それから、赤マントが何を企んでいるのかも――。
「どうやら、すべてをお話しする時が来たようです」
「皆さんにお伝えしましょう。ボクがアスタロトとしてあちら側にいたときに得た情報を」
「天魔が。……あの男が何を企んでいるのかを、ね」
橘音は賦魂の法でふたりに分かれていた頃、東京ドミネーターズの軍師として天魔側の作戦立案を担当していた。
それでなくともアスタロトは赤マントの直弟子である。当然、彼の目的についても聞かされている。
「ならば、陰陽頭さまにもご同席を。日ノ本の守護機関として、我々もそれを聞いておく必要がありますゆえ」
天邪鬼と同時期に目覚めた芦屋易子がそう提案する。
陰陽寮は帝都のみならず日本の鎮護を司る、日本明王連合の頂点である。
事態を正確に把握し、来るべき大災厄に備えておく必要がある。祈の祖父にして陰陽寮陰陽頭、安倍晴朧は政府にも口が利ける。
準備はしておいて損はないだろう。
「祈ちゃんが戻ってきたら始めましょう。少し長くなりますが……頑張って耳を傾けていてください」
祈はブリーチャーズが橘音の救出に向かうのと同時刻に、他方に出現した天魔の漂白に向かっていた。
一時間ほど前に、無事に敵を漂白したという連絡が入っている。祈の脚力なら、そう時間を置かずに帰ってくるだろう。
橘音、ノエル、祈、ポチ、尾弐、天邪鬼、シロの東京ブリーチャーズ。
キリスト教圏の大天使ミカエル。
そして、芦屋易子と安倍晴朧の陰陽寮。
三勢力による、天魔に対抗し大破壊を免れるための会合が、陰陽寮の奥にある晴朧の私室で行われる。
「……準備はよろしいですか?では、始めましょう――」
全員の覚悟が決まったのを確認すると、橘音は荘重に口を開いた。
142
:
御幸 乃恵瑠
◆4fQkd8JTfc
:2019/09/11(水) 00:58:50
「気にしないでやってくれ。あの二人は付き合い始めたばかりのものでな」
氷の盾が融解しはじめたにも拘わらず、軽口を叩く深雪。
背後でお惚気大会と見せかけつつローランに対抗するための準備が着々と進みつつあるからだ。
>「あの聖騎士サマには呪いなんざ通用する筈がねぇ――――だから、すまねぇな橘音。ちっとばかし俺に呪われてくれ」
>「行きますよ、クロオさん!」
氷の盾が突破される直前、アスタロトへと姿を変えた橘音がローランに大鎌で切りかかる。
それにより、ローランは聖光の攻撃の中断を余儀なくされた。
「交代だ、バカップル!」
そう叫んだ深雪は、元の手に収まるサイズの氷の塊に戻った理性の氷パズルをキャッチし、後ろに下がる。
「橘音くん、かっこいい!」
深雪はノエルの姿に戻ると、呑気に橘音を応援している。
援護に回ろうにも、すでに聖光の防御で全ての妖力を使い果たしたということだろう。
橘音を応援しつつも、ちらりと尾弐の様子を伺う。
尾弐も橘音と同じく先天的に妖怪だったわけではなく、言ってしまえば鬼になったばかりの元人間だ。
強大な妖力の行使による負担にどこまで耐えられるかは未知数。
「クロちゃん、キツかったら僕も呪ってくれていいから。反転させない方でね」
事も無げに言う。何も崇高な自己犠牲の精神から言っているわけではない。
先天的に災厄の魔物であるノエル(みゆき)は元から強大な妖力に耐えうるだけの器を持っている。
強大な妖力の行使による負担を引き受けるのは適任というだけの話だ。
そうしている間にバトンはポチへ。ゼロ距離から繰り出されたポチの牙とローランの聖剣がかち合う。
>「く……、ぅ……ッ!」
>「なるほど……。君たちは、わたしの想像をはるかに超えて強くなっていたようだね」
>「生まれて初めて、手傷というものを負ったよ」
ローランは首筋に傷を負いながらも、どこか嬉しそうに語る。
「もういいでしょ!? そろそろ本当の目的を教えて!」
>「嬉しいな。ヴァチカンでも、わたしが全力を出して戦える相手はいなかった。手加減をしろ、と言われ続けてきたんだ」
>「でも、君たちにはその必要はなさそうだ。では……思う存分、行かせてもらうとしようかな……!」
ローランは聞く耳持たずに唐突に上半身裸になった。
「脱いだぁああああああああ!? ってか謎の後光差してるし!!」
143
:
御幸 乃恵瑠
◆4fQkd8JTfc
:2019/09/11(水) 00:59:53
>「ここからが、本気の本気だ」
「裸で何が悪い、服なんて飾りです、偉い人にはそれが分からんのですってか!?
全世界ヌーディストビーチ化したいという君の主張はよく分かった! 分かったから落ち着いて話し合おう!
何なら僕も脱いで裸で語り合ってもいい! 性別は君の好きな方に合わせる!」
大慌てで戦闘続行を止めにかかるノエル。慌て過ぎて言っている事は意味不明だが。
ノエルは妖力を使い果たし、大技を使った橘音やポチも似たようなものだろう。
橘音の負担を肩代わりした尾弐はダメージが半端ないはずだ。
ここで再度、ミカエルが止めに入る。
>「もうやめろ!ローラン!」
>「そんなことをするために!この者たちと戦うために、貴様はE.L.Fを出奔したのか!?違うだろう!」
>「我ら天使の庇護下では出来ないことをするために!叶えられない夢を叶えるために!貴様はヴァチカンを去ったのではないのか!」
>「貴様の出奔を見逃したのは私だ!見て見ぬふりをしたんだ、私は!天使長として許されないと分かっていながら……」
>「ローラン、クローンでありデザイナーベビーである貴様の命は――ぐぁっ!」
>「余計なことは言うな、と言ったぞ。ミカエル」
言ってはいけないことを言いかけたらしいミカエルがまるで口封じのようにローランに吹き飛ばされる。
クローンでデザイナーベビーだから命がなんだというだろう。
>「はっはっはっ!でも、確かにそうだ!わたしとしたことが、ほんのちょっと熱くなってしまったらしい!」
>「ミカエルの言うとおりだ。わたしには、やらなければならないことがある。それを優先しなければね」
ローランは服を拾い集めると瞬速で着直した。
「着るの早っ! いや、脱ぐのも早いけど!」
>「君たちの強さは見せてもらった。これなら安心か……もし、最悪の事態が訪れたとしても。君たちなら乗り越えられるはずだ」
>「……ということで!ご褒美と言ってはなんだけど、君たちにとっておきの情報をあげよう!」
>「とっておきの情報……?」
>「そうさ。君たちの宿敵、東京ドミネーターズ。その首魁である赤マントの居場所だ」
>「……それは」
>「アスタロトは知っていて当然か。……東京都庁。そこが東京ドミネーターズの、天魔の本拠地だ」
「ファああああああああああああああああああ!?」
分かりやすく奇声を発して驚くノエル。
「東京都庁って……新宿ホストファンタジーじゃあるまいし! 西洋妖怪集団だからてっきり外国のどこかだと思ってたよ!」
>「驚くのも無理はない。だが、真実だ。奴らはあの、東京の中心から世界の破滅を画策している」
>「このまま行けば、世界は赤マントの手に落ちる。彼の計画はそれを現実させるに充分な可能性を持っている」
>「君たちはそれを阻止しなければならない。あの都庁に乗り込んで、赤マントを倒し。東京を、世界を守るんだ」
144
:
御幸 乃恵瑠
◆4fQkd8JTfc
:2019/09/11(水) 01:00:49
「もしかして君……赤マントの計画を阻止するために敢えてドミネーターズに身を置いてるんじゃない? そうなんでしょ!?」
ノエルの問いかけには答えず、ローランは3か月後が決戦の時だと告げる。
そして、一行と共に戦うべきだというミカエルの勧めを拒絶した。
>「天邪鬼君やシロ君、陰陽寮の人々には謝っておいてほしい。手段を選んでいられなかったとはいえ、酷いことをした」
>「それじゃ、わたしは行くよ。三ヶ月……いいね。あと三ヶ月のうちに、出来る最善のことをするんだ」
>「でなければ……すべてが滅ぶ。君たち自身も、君たちの大切な人たちも。すべてが死ぬことになるだろう」
「ちょっと待って、一人でどこに行くの!?」
後を追おうとするノエルの方を、聖騎士は軽く振り向く。
>「……ノエル君、君は純白の世界よりもカラフルな世界の方が好きだ――と言ったね」
>「わたしも、カラフルな世界の方が好きだよ」
「あ……」
やはり、最初の口上の白か黒かの世界は嘘だった。こっちが本心だ、と直感的に悟った。
追いかけようとするのをやめ、その代わり背中に向かって謎の営業トークを繰り出した。
「僕達が無事に東京を守れたら……うちのお店に遊びに来てね!」
いきなり襲い掛かってきて殺そうとしてきた相手に突拍子もない発言だが、露出狂同士通じる物があったのかもしれない。
ローランの姿が見えなくなると、彼の聖騎士と接近戦を繰り広げた仲間達を見回す。
幸い大きな怪我はないようだ。
「みんな……大丈夫だった? 全く……大体今の時代あんなでかい剣持ち歩くだけで銃刀法違反だよね!」
それからミカエルに声をかける。
「ミカエルさん、えーと、とりあえず……あの露出狂を止めてくれてありがとう」
元はと言えばミカエルが露出狂を野放しにしたのが原因だったとはいえ、
ミカエルが止めなければ今頃気分が乗った露出狂によって全滅させられていたかもしれないのも事実だ。
「それでこの状況なんだけど……天使って回復術とか使えるの?」
ついでに気絶者累々の状況を示し、助力を求める。
結局天邪鬼が目覚めたのは、それから数時間後だった。
145
:
御幸 乃恵瑠
◆4fQkd8JTfc
:2019/09/11(水) 01:01:30
>「ローランだと?まさか、アースライト・ファウンデーションの聖騎士ローランか?」
しばらく天邪鬼が容赦なく皮肉をぶつけ、ミカエルが平謝りしていたが、橘音が話を進める。
>「確かにローランによって手痛いダメージは受けましたが、幸いボクたちも陰陽寮の人たちも死んでいません」
>「今はそれでよしとしましょう。それに……彼は彼で、何らかの目的があって動いているようですしね」
>「敵の敵は味方……というわけではないですが、彼のことは今はいいでしょう」
>「それより、彼の言っていた言葉の方が重大です。あと三ヶ月……たった三ヶ月で、天魔の計画の最終工程が完了する」
>「ボクたちは、限られた時間でそれを食い止めるための方策を考え出さなければなりません」
「そうだった、銃刀法違反の変質者のことを気にしてる場合じゃない……!」
>「どうやら、すべてをお話しする時が来たようです」
>「皆さんにお伝えしましょう。ボクがアスタロトとしてあちら側にいたときに得た情報を」
>「天魔が。……あの男が何を企んでいるのかを、ね」
>「ならば、陰陽頭さまにもご同席を。日ノ本の守護機関として、我々もそれを聞いておく必要がありますゆえ」
「なんか大変なことになってきた……」
妖怪の帝都守護集団である東京ブリーチャーズと日本明王連合の代表たる陰陽寮と、
天使軍のトップであるミカエルが一同に会する異例の会合が開かれる流れに。
つい数時間前までいかにして橘音と尾弐をくっつけるかで頭が一杯だったのに、
あれよあれよという間に全世界を巻き込んだ壮大な話になってきた。
>「祈ちゃんが戻ってきたら始めましょう。少し長くなりますが……頑張って耳を傾けていてください」
「なるほど、よく分かんないけど世界が危険で危ないんだな」
祈が戻ってくるまでの間になんとか気持ちを整理して無理矢理状況に追いつくノエル。
祈が帰ってくると、真っ先に出迎える。
「そっちは大丈夫だった!? 橘音くん生き返ったよ!
でもね……再会のモフモフはもうちょっと後にしてあげてね。
突然だけど橘音くんから大事な話があるんだって」
>「……準備はよろしいですか?では、始めましょう――」
橘音がいつもの軽い調子の片鱗も見せずに重々しく語り始める。
ノエルも、この時ばかりは神妙な面持ちで橘音の言葉を待つのであった。
146
:
尾弐 黒雄
◆pNqNUIlvYE
:2019/09/15(日) 22:19:01
等活地獄
黒縄地獄
衆合地獄
叫喚地獄
大叫喚地獄
焦熱地獄
大焦熱地獄
無間地獄
合わせて称するは、八大地獄及び壱六小地獄。
即ち、其れ等は仏教における終着の一つである。
『罪人に相応しい末路がありますように』という無力な善人達の祈りにより生まれた苦痛の極致は凄まじく、
真っ当に生きる人間であれば、生きている内にそれらを凌駕する苦痛を味わう事は不可能であると言えよう。
「……っ!」
しかし――――尾弐黒雄が味わっている苦痛は、それらの地獄を凌駕する。
例えるのであれば、自身を構成する全てが壊死した後に、言葉も発せぬ程の激痛を伴って強制的な復元をし、そしてそれが延々と繰り返される感覚。
与えられる感覚は、焼かれるよりも尚熱く、凍えるよりも尚冷たく。
まるで、全身の神経を引き抜かれてゆっくり鑢に掛けられているような。
あるいは、意識を保ったまま巨大なすり鉢で丁寧に磨り潰されているかの様な。
血管の中を、血液の代わりに無数の刃物と毒虫が流れているかの様な。
人間では……否。不滅である妖怪すらも、その存在や魂を保つ事が不可能な程の激痛を、壱秒が悠久と思えるような体感時間の中で尾弐は味わい続ける。
奇跡には代価が要る。
己が呪いを媒体として、那須野橘音に与えられる筈であった苦痛を引き受けるというのは――――誰かを背負うというのは、そういう事なのだ。
尾弐の現状は、本来であれば、激痛に耐えきれず肉体と魂が破砕して然るべき状態である。
しかし
されど
未だその身体は四散せず、崩れ落ちる様子もない。
何故、一介の悪鬼である尾弐が拷問のような苦痛を耐え抜けているのか。その理由は、偏に彼の過去にある。
一つは、酒呑童子の不完全な依代として生きてきた経験だ。
魂が崩壊していく……それこそ、死よりも惨い苦痛を1000年に渡り耐え抜いた経験は、尾弐黒雄に飛び抜けた苦痛への耐性を齎した。
もう一つは、人間より悪鬼に変性した経歴である。
人から大妖へ、そして再び人となり……最期に悪鬼と成り果てた。
破壊と再構成を繰り返してきた尾弐黒雄という妖怪の霊格――魂の容量とでもいうべきものは、今や1000年生き抜いた妖怪と同等のものに至っている。
妖力という中身こそ伴っていないが、魂という入れ物の許容量は、天魔アスタロトという巨大な存在が齎す負荷すらも受け止められる程となっているのだ。
故に、かつて雪妖クリスに起きた悲劇の様に、魂と現状の矛盾により魂が瓦解する事も無い。
147
:
尾弐 黒雄
◆pNqNUIlvYE
:2019/09/15(日) 22:20:41
>「クロちゃん、キツかったら僕も呪ってくれていいから。反転させない方でね」
「あんがとよ……けどな、色男。苦しいから、キツイから――――だから、俺はまだ立っていられるんだ」
――――されど。先の弐つは理由の『おまけ』に過ぎない。
最後の一つ。これ程の苦痛に耐え抜く事が出来る究極の理由。尾弐の過去は、ただ一つ。
>「行きますよ、クロオさん!」
「ああ。全力で行ってこい橘音。無理と無茶は、俺が引き受けた」
尾弐黒雄が、那須野橘音という女に惚れたから。
惚れた女を守れるのであれば――――尾弐黒雄は、どんな苦痛を前にしても決して倒れない。
痛み(キズナ)が尾弐を強くする。
尾弐は腕を組み、その凶暴な瞳で真っ直ぐに眼前の戦いを見つめる。
>「そうですとも。クロオさんが言ったばかりでしょう?『自分にできないことなら、仲間に頼めばいい』んですよ――」
>「ボクがアナタに勝つ必要なんてない。ボクはただ、バトンを渡せばいいだけです。アナタに勝ってくれる仲間にね!」
>そうさ、シロだけじゃない。みんな、僕のものだ。ここは――『僕の縄張り』だ
>「――影狼怨舞」
那須野橘音の振るうアスタルトの権能によりようやく生み出された、ローランの『隙』。
その瞬きする間程の隙を逃すことなく、ポチが――――戦況を打開する為の最後の一手が動き出す。
生み出された狼王の縄張り。それを目にした尾弐は、痛みを感じていないかの様に不敵に笑い口を開く。
「……なんだポチ助。いつの間にか、随分恰好良い男になってるじゃねぇか」
一閃。獣の牙がローランの首筋で煌き―――――
・・・
148
:
尾弐 黒雄
◆pNqNUIlvYE
:2019/09/15(日) 22:21:37
>「ローランだと?まさか、アースライト・ファウンデーションの聖騎士ローランか?」
「そこまで詳しくは知らねぇが、聖人や英雄の類であるのは間違いねぇだろうよ」
意識を取り戻した天邪鬼。その言葉に、尾弐は床で胡坐をかいた姿勢のままで肯定の意を返す。
無作法であるが……しかし、それも仕方ないといえよう。
表情にこそ出してはいないものの、アスタロトとしての負荷を請け負う事は相応に負担が大きかったのだ。
命に係わる事はないとはいえ、体力は大きく削られており、座って話をするのが精一杯。
疲れから眠りこけてしまっていないのは、ローランに勝ち逃げされた事に対しての、せめてもの意地という奴だろう。
そう――――結局、東京ブリーチャーズの一行はローランを打ち破る事は叶わなかった。
英雄に相応しい力を持つ男に対し、一太刀を浴びせてみせた事は偉業といえるだろうが、それでも『それだけ』だったのだ。
>「わたしも、カラフルな世界の方が好きだよ」
天邪鬼とミカエルのやり取りを聞きつつ、尾弐はローランの去り際の微笑を思い返す。
(……あの野郎は、まだ余裕があった。初めから本気で掛かられてたら、鎧袖一触にやられてたって訳だ)
ローランの語った言葉から、彼が単なる敵対者ではない事は判った。
それなりの事情が有った事も察する事は出来た。だからこそ
>「敵の敵は味方……というわけではないですが、彼のことは今はいいでしょう」
>「それより、彼の言っていた言葉の方が重大です。あと三ヶ月……たった三ヶ月で、天魔の計画の最終工程が完了する」
>「ボクたちは、限られた時間でそれを食い止めるための方策を考え出さなければなりません」
「……」
尾弐は、至らない自身の力に焦燥を覚える。
何故ならば、ローランが告げた敵対者たる赤マントは、尾弐が打ち勝てなかった『恐らくローランよりも手強い』筈なのだから。
赤マントの強さが、肉体的なものなのか魔力的なものなのか、はたまた知能、精神的なものなのかは尾弐には判らない。
だが、東京都庁に居るという情報を得た怨敵、赤マントがローランに滅される事無く存在し続けているという事は、赤マントが何かしらに置いてローランを上回っている事の証左であろう。
ならば、東京ブリーチャーズに求められるのは、僅か参ヶ月の間にローランと赤マントを上回る『何か』を手に入れる事。そして赤マントの目的を暴き対策を練る事だ。
>「そうだった、銃刀法違反の変質者のことを気にしてる場合じゃない……!」
「参ヶ月……全く持って時間が足りねぇな」
いつもながらのノエルの言葉に突っ込みを入れる余裕も無く、尾弐は眉間に皺をよせ、己が持ちうる力や人脈を脳裏で整理していたのだが
149
:
尾弐 黒雄
◆pNqNUIlvYE
:2019/09/15(日) 22:22:20
>「どうやら、すべてをお話しする時が来たようです」
>「皆さんにお伝えしましょう。ボクがアスタロトとしてあちら側にいたときに得た情報を」
>「天魔が。……あの男が何を企んでいるのかを、ね」
>「なんか大変なことになってきた……」
「は!?……おいおい。何時もの事ながら、欲しい情報を欲しい所で持ってきてくれるじゃねぇか」
那須野の口より齎された突然の吉報に、思わず驚愕の声を出す尾弐。そう、懸念すべき事項の一つである、天魔の目的は那須野橘音が知っていたのだ。
だが、それは当然――――といえば、当然なのだろう。
天魔が動き出したのは遥か昔から。なれば、一時とはいえ彼らに属していたアスタロトが彼等の目的を知っているのは自然であると言えよう。
>「ならば、陰陽頭さまにもご同席を。日ノ本の守護機関として、我々もそれを聞いておく必要がありますゆえ」
>「祈ちゃんが戻ってきたら始めましょう。少し長くなりますが……頑張って耳を傾けていてください」
>「なるほど、よく分かんないけど世界が危険で危ないんだな」
急遽開催される事となった人、妖、天使による会合。
別の天魔を対処しに赴いた祈が帰還し次第始まるであろうソレを目前に控える事となった尾弐は、不意にある事に気付き口を開く。
「あー……なあ、芦屋の当代。悪ぃんだが、全員分の正装貸しちゃくれねぇか。お偉いさんたちの集まりにでるのにこの服だと……なぁ?」
見れば、激しい連戦を経て尾弐の喪服は血に染まり、至る所が切り裂かれ破れていた。
……緊張を強める場に相応しくない所帯じみた発言に、場の空気が一瞬何とも言えない物になったのは言うまでもないだろう。
・・・
「お疲れさん。怪我はねぇか、祈の嬢ちゃん。戻って早々で悪ぃんだが、色々と事態がが動いてな。実は……」
>「そっちは大丈夫だった!? 橘音くん生き返ったよ!
>でもね……再会のモフモフはもうちょっと後にしてあげてね。
>突然だけど橘音くんから大事な話があるんだって」
「……ま、そういう訳だ」
嬉しそうに祈に語りかけるノエルに苦笑しつつ、尾弐は祈に上座を勧め、自身も着座する。
着込むのはいつも通りの喪服ではあるが、借り受けた陰陽寮の備品が安物である訳も無く、高級なソレを身にまとった姿は、
きっちり整えられた髪と凶暴な目つきが相まってどこぞの暴力団の若頭の様である。
「……準備はよろしいですか?では、始めましょう――」
そして、そんな幕間を挿みつつ会合は開始される。
普段の軽妙さは成りを潜め、昂然たる様子で那須野橘音の口が開かれ――――――
150
:
ポチ
◆CDuTShoToA
:2019/09/19(木) 19:52:12
獲物の首筋をあぎとに収め、喰らいつく。
その瞬間まで、ポチはこの世のどこにも存在しない。
故に、気取る事など出来るはずがない。
故に、躱す事など、防ぐ事など出来るはずがない――はずが、なかった。
>「く……、ぅ……ッ!」
しかしローランはそれを躱して、防いでのけた。
聴覚か、嗅覚か、それとも第六感か。
ポチの牙がこの世に現れて、閉じ切る前に身を躱し、更に聖剣による迎撃を合わせた。
いかに狼王の牙と言えど、聖剣との打ち合いに勝ち目はない。
即座に姿を消して、退かざるを得なかった。
その隙に、ローランが夜闇の結界を切り裂いた。
>「なるほど……。君たちは、わたしの想像をはるかに超えて強くなっていたようだね」
>「生まれて初めて、手傷というものを負ったよ」
ローランの首筋からは手のひらでは拭い切れないほどの出血が見られた。
だが――致命傷とは到底言えない。
戦いは、まだ終わらないという事だ。
結界を張るという事は、つまり世界を塗り替えるという事。
あるいは世界を切り取り、制圧するという事。
それには当然、相応の消耗が伴う。
ただ闇雲に結界を張り直して、同じ事を繰り返せるほどの余裕は、ポチにはない。
>「嬉しいな。ヴァチカンでも、わたしが全力を出して戦える相手はいなかった。手加減をしろ、と言われ続けてきたんだ」
>「でも、君たちにはその必要はなさそうだ。では……思う存分、行かせてもらうとしようかな……!」
ポチは考える。次はどうすればいい。どんな手を打つべきだ。
>「ここからが、本気の本気だ」
ポチは確かに狼王として全力を出した。
だがローランを仕留めるには――まだ足りない。
何が足りなかった。力か。素早さか。技術か。
あるいはその全てか――いずれにせよ、それらを掴むしかない。
戦いの中で、更に一つ上の強さへ――そうしなければ、死ぬ。
みんなだ。自分だけではない。橘音も、ノエルも、尾弐も。
シロだって、ポチがいなければ生きてはいけない。
勝つしかないのだ。力が足りないのなら――全力の、更に先へ。
151
:
ポチ
◆CDuTShoToA
:2019/09/19(木) 19:52:37
>「もうやめろ!ローラン!」
だが、戦いは突然終わりを告げた。
ミカエルの制止を受けたローランが、紆余曲折を経つつも聖剣を鞘に収める。
>「君たちの強さは見せてもらった。これなら安心か……もし、最悪の事態が訪れたとしても。君たちなら乗り越えられるはずだ」
>「……ということで!ご褒美と言ってはなんだけど、君たちにとっておきの情報をあげよう!」
>「とっておきの情報……?」
ローランの変わり身の早さに、ポチは大して驚きもしなかった。
彼の殺意は本物だったが――その行動と言動には無駄があった。
ただ獲物を狩るだけならば不要な、何かを伝えようとする意志が。
>「そうさ。君たちの宿敵、東京ドミネーターズ。その首魁である赤マントの居場所だ」
>「……それは」
>「アスタロトは知っていて当然か。……東京都庁。そこが東京ドミネーターズの、天魔の本拠地だ」
東京都庁が一体いかなる場所なのか、ポチには分からない。
だがなんとなく、東京の要所である事は理解出来た。
同時に、アスタロトがスカイツリーを酒呑童子の復活に利用していた事を思い出す。
要するに、赤マントにはあれと同じような事を、アスタロトよりも遥かに多彩なパターンで行える訳だ。
それがどれほど不味い事かは、考えるまでもない。
>「天邪鬼君やシロ君、陰陽寮の人々には謝っておいてほしい。手段を選んでいられなかったとはいえ、酷いことをした」
「……今回は、その首の傷で許してやるよ」
それは挑発や強がりではない。
ポチの本心であり――『獣』として、報復は済んだと定める為には不可欠な言葉だった。
>「それじゃ、わたしは行くよ。三ヶ月……いいね。あと三ヶ月のうちに、出来る最善のことをするんだ」
>「でなければ……すべてが滅ぶ。君たち自身も、君たちの大切な人たちも。すべてが死ぬことになるだろう」
>「……ノエル君、君は純白の世界よりもカラフルな世界の方が好きだ――と言ったね」
>「わたしも、カラフルな世界の方が好きだよ」
そう言って、ローランは陰陽寮を去っていった。
152
:
ポチ
◆CDuTShoToA
:2019/09/19(木) 19:53:12
>「ローランだと?まさか、アースライト・ファウンデーションの聖騎士ローランか?」
それから数時間後、天邪鬼はようやく意識を取り戻した。
変化を解いた状態でシロの傍らに伏せていたポチが、上体を起こす。
人の姿を取っていないのは、体力の回復を少しでも早める為だ。
「うん、確かに聖騎士ローランって言ってたよ」
>「今まで黙っていてすまない。だが、我々にも事情があるのだ。許してほしい」
>「失敗作として廃棄処分されたと聞いていたが、まさか貴様が脱走させていたとは。更迭ものの不祥事だな、天使長?」
「廃棄処分?……作るだけじゃなくて、殺すとこまで自分らでやってるのか?
そりゃ……ローランもあんたをぶっ飛ばす訳だよ。
しかし、参ったな。次あいつと会う時、恨み言が言いにくくなっちゃった」
「まぁ、貴様らの目的は十字教徒以外の殲滅であるし?この状況は想定通り、といったところか?」
「神妙な顔などするな、演技だというのはお見通しだ。そら……開き直って嗤ったらどうだ?」
「……まぁ、仕返しはしといてやったからさ。それくらいにしときなよ」
シロのついでだけど、とは言わずにおいた。
>「確かにローランによって手痛いダメージは受けましたが、幸いボクたちも陰陽寮の人たちも死んでいません」
「今はそれでよしとしましょう。それに……彼は彼で、何らかの目的があって動いているようですしね」
>「敵の敵は味方……というわけではないですが、彼のことは今はいいでしょう」
「それより、彼の言っていた言葉の方が重大です。あと三ヶ月……たった三ヶ月で、天魔の計画の最終工程が完了する」
「ボクたちは、限られた時間でそれを食い止めるための方策を考え出さなければなりません」
さておき、橘音が新たな議題を切り出す。
>「そうだった、銃刀法違反の変質者のことを気にしてる場合じゃない……!」
>「参ヶ月……全く持って時間が足りねぇな」
「そもそも、あいつらの目的も分かってないしね。ローランのヤツも、折角教えるなら……」
>「どうやら、すべてをお話しする時が来たようです」
「皆さんにお伝えしましょう。ボクがアスタロトとしてあちら側にいたときに得た情報を」
「天魔が。……あの男が何を企んでいるのかを、ね」
「……あ、そっか。じゃあローランのヤツ、ホントに僕らを蹴散らして、
服脱いで、また着て、帰っていっただけなんだね……」
深く溜息を吐いて、ポチは再び体を伏せた。
>「ならば、陰陽頭さまにもご同席を。日ノ本の守護機関として、我々もそれを聞いておく必要がありますゆえ」
>「祈ちゃんが戻ってきたら始めましょう。少し長くなりますが……頑張って耳を傾けていてください」
>「あー……なあ、芦屋の当代。悪ぃんだが、全員分の正装貸しちゃくれねぇか。お偉いさんたちの集まりにでるのにこの服だと……なぁ?」
「……それ、もしかして僕も着なきゃ駄目?流石に僕に合うサイズは……
あ、用意出来るんだ……こんな事もあろうかと?相変わらずマメだね……」
153
:
ポチ
◆CDuTShoToA
:2019/09/19(木) 19:53:22
それからややあって、天魔を漂白した祈が帰ってきた。
>「お疲れさん。怪我はねぇか、祈の嬢ちゃん。戻って早々で悪ぃんだが、色々と事態がが動いてな。実は……」
>「そっちは大丈夫だった!? 橘音くん生き返ったよ!
>でもね……再会のモフモフはもうちょっと後にしてあげてね。
>突然だけど橘音くんから大事な話があるんだって」
>「……ま、そういう訳だ」
かくして、東京防衛の要となる人物が一堂に会した。
>「……準備はよろしいですか?では、始めましょう――」
そして、那須野橘音が口を開く――
154
:
那須野橘音
◆TIr/ZhnrYI
:2019/09/23(月) 20:45:19
安倍晴朧の私室は邸内の最も奥まった場所にあり、厳重に人払いすれば室内の密議が外部に漏れる心配はない。
多甫祈が帰還し、それぞれ着替えたりシャワーを浴びるなどして居住まいを正すと、一行は極秘の会談を行った。
東京ドミネーターズ、天魔七十二将――そして怪人赤マントが、この帝都で何を計画しているのか。
そのすべてを詳らかにする会議である。
「まず……話の核心に触れる前に、皆さんには一柱の天使の話をしなければなりません」
いつもの学生服姿、天魔アスタロトから狐面探偵に戻った橘音が、低く抑えた声音で全員に向けて告げる。
半狐面に覆われたその表情は、心なしかいつもより緊張しているように見える。
それだけ、これから語る内容は橘音にとっても秘中の秘、この一連の戦いの核心ともいえる話なのだろう。
安倍晴朧はじめ芦屋易子、天邪鬼、シロらも一様に表情を強張らせている。だが――
橘音のそんな前振りに対して一番悲壮な表情を浮かべているのは、天使長ミカエルだった。
「皆さんは、十字教のいわゆる唯一神が『最初に創造した』天使は誰だか、ご存じですか?」
まるでクイズでも出すように、橘音はぐるりと居合わせる一同の顔を見る。
「ルシファーさん?ミカエルさん?それともメタトロン?――どれも違います。『彼』に比べれば、その三柱はどれも新参に過ぎません」
「ともあれ――その『最初の天使』は神の右腕として創造された。神の補佐として、世界を創り。天国を造り。天軍を作った」
「その力は神に次いで強大無比。炎を纏い天の戦車を駆るその姿の美しさは、比肩する者なく……」
「天使たちの誰もが彼に憧れ、彼を崇め、彼を愛した」
「そう。彼こそはまさに天使たちの規範であり、目標であり、憧れだった――ですよね?ミカエルさん」
「…………ッ…………」
突然水を向けられ、ミカエルがびくん、と身体を震わせる。
ほんの少しの沈黙の後、ミカエルは小さく頷き、喉の奥から絞り出すような声で唸った。
「……そ……、そうだ……。あのお方こそ、我ら天使の英雄。我らの長兄――『神の長子』……」
「その通り。神の長子、そんな呼び名もありましたっけねぇ。堕天してからすっかり忘れてましたよ、懐かしいフレーズです」
「ルシファーさんも、ミカエルさんも、彼の教育を受けた生徒なのです。メタトロンさんは出向の方なので違いますが」
「で、まぁ、天使たちはそんな神の長子の指揮のもと、地上に千年王国を築こうとしていたのですが――」
「そこで、ひとつの転機が訪れるのです」
橘音の語りに、ミカエルが唇を強く噛みしめる。
「元はたかだかセム人の崇める一砂漠神に過ぎなかった唯一神が、なぜ世界に名だたる一大宗教を築き上げられたのか――」
「わかりますか?祈ちゃん?」
今度は祈に質問をしてみる。もちろん、中学生レベルの知識しかない祈にわかるはずもない。
胡坐をかいて話を聞いていた祈は、盛大に眉を顰めてうめいた。
「それはね……自作自演ですよ。マッチポンプとも言いますね」
「まず、人々に害をなす存在をけしかけ、人々を苦しめる。それから今度は人々を救う存在を差し向け、人々を助ける」
「そして言うんです。アナタたちを救えるのはわたしたちだけですよ、わたしたちを崇め、祈れば、いいことがありますよ……」
「もし祈りを怠れば、たちまちあの悪者たちがやってきてアナタたちを苦しめますよ――と」
「もちろん、悪者も自分たちの仲間だということは隠したまま、ね……」
唯一神は自分の配下である天使たちに『悪魔』という役職を与え、人々を害するよう命じた。
神の命を受けた悪魔という名の天使たちは地上に降臨し、神の指示通りに人々を殺戮し、誘惑し、堕落させた。
そして、その後神の差し向けた天使たちに討伐される――ふりをした。
悪魔を退けた天使たちが、人間たちに言う。
唯一神の使徒だけが現実に悪魔を退けられる。現在お前たちの崇めている神では、こうはいかない。
唯一神だけが神である。唯一神だけが絶対である。
改宗せよ。
改宗せよ。
改宗せよ――
そうして人々を宗旨替えさせ、十字教は爆発的にその支配領域を増やしていったのだ。
「この計画は神の千年王国の根幹。むろん、失敗は許されません」
「ゆえに、悪魔を指揮する者は神の意思を遺漏なく完遂できる、もっとも信頼のおける者でなければならなかった」
「……神の長子がその役に抜擢されたのは、当然の仕儀だった――と言えるでしょう」
「神の支配領域拡大のための、悪逆を成す天使……すなわち『悪魔』の長。それを神は『サタン』と名付けました」
「神の長子は、最初のサタンとなったのです」
与えられる痛みが大きければ大きいほど、苦しみが激しければ激しいほど、人々は必死で神に祈る。救いを求める。
『そうあれかし』によって、神の力は増してゆく。だから――
人間を堕落させよ。殺せ。欺け。絶望させよ。
ありとあらゆる誘惑にいざない、破滅させ、不幸を味わわせよ。
公認された『悪』。
それがサタンだった。
155
:
那須野橘音
◆TIr/ZhnrYI
:2019/09/23(月) 20:45:59
「しかし、そこで歯車が狂った。――いや、本当に『そこ』で狂ったのかはわかりません。ひょっとしたらもっと前からなのかも」
「サタンは忠実に職務を履行しました。神に言われたとおりに人々を誘惑し、堕落させ、殺戮した」
「人間たちは軒並み悪徳に耽溺しました。飽食し、驕慢し、憤怒し、色欲し、怠惰し、強欲し、嫉妬した」
「そう――」
「それは、神の想像さえ上回るほどに、ね……」
サタンの手並みは完璧だった。否、完璧すぎた。
サタンによって堕落させられた人々の数は数えきれず、まるで火のついた藁が燃えるように世界には悪が蔓延していった。
神がいくら天使たちを差し向け、改宗と善性の維持を啓蒙しても、まるで追いつかないほどに。
「このままでは、世界は悪で満たされてしまう。そうなってしまえば、もう支配領域を広げるどころではありません」
「神は訝しみました。『ひょっとしたら、サタンは自分自身も悪徳に染まってしまったのでは?』と」
「だから――神はサタンを天界に呼び戻すと、その力を。サタンのみならず、神の長子としての権能までも奪い取ったのです」
「サタンの撒く悪逆が信仰を上回れば、或いはサタンが自分を上回る力を得るやも、と神は危惧したのであろう」
橘音がいったん口を閉じると、代わりに天邪鬼が感想を漏らす。
「権力闘争とは、どこの世界にもあるものですね……」
芦屋易子が実感の籠った口調で呟く。
「長子は力の大半を剥奪され、ただの一天使レベルにまで弱くなってしまいました」
「けれど、それはあくまで権能の話。彼が生まれ持った智慧、知略の才は損なわれることはなかった」
「だから――彼は自分が動く代わりに、他人を動かすことにしたのです」
橘音が話を続ける。
長子を更迭しても、神は自身の勢力拡大のシステムそのものを変えることはしなかった。
神は二代目サタンにルシファーを指名した。ルシファーは高潔で利他心に溢れた、神の忠実なしもべだった。
ルシファーならば長子の二の轍は踏むまい――神はそう判断したのである。
実際、ルシファーは神の期待によく応えた。神の帝国は順調に広がっていった。
そのままシステムが正常に維持されていたなら、きっと今ごろ十字教以外の宗教は世界から駆逐されていたであろう。
しかし、そうはならなかった。
生真面目なルシファーに、叛逆の心を植え付けた者がいたからである。
「長子はルシファーに接近すると、その真面目さや利他心に付け入って彼を唆しました」
「他教の人々を十字教の教義に無理矢理改宗させることこそ、神の禁じる傲慢の大罪ではないのか。神は完全ではない……」
「神もまた罪人に過ぎない。真に完全な世界を創ろうと望むなら、まず神を排除する必要があるのではないか?」
「そも、人間のように弱く移ろいやすい生き物に覇権を握らせる必要など、本当にあるのだろうか?とね」
「ルシファーさんは真面目な天使ですから、長子の口八丁手八丁を真に受けてしまいました。そこに神への疑念が生まれた」
「その結果、潔癖症のルシファーさんは不完全な人間たちを教化することを無意味と判断しました」
「彼は天使による地上の完全統治を画策し、自らに賛同する天使たちを率いて神に反旗を翻しました。それが創世記戦争です」
ルシファーは天魔七十二将を率いてクーデターを企み、それを阻まんとする天軍の指揮官ミカエルと激突した。
チグリス・ユーフラテス川の河畔が血に染まり、天使と悪魔の死体が山となって大河を堰き止めるほどの激戦。
最終的にルシファーは大将同士の一騎打ちの末ミカエルに敗れ、ルシファー軍は総崩れ。天魔七十二将はそれぞれ遁走した。
賊軍の首魁ルシファーは天軍の牢獄である地獄コキュートスに幽閉され、クーデターは失敗した。
「ルシファーさんは二代目サタンの称号と力を奪われ、永久の氷の大河に囚われることになりました」
「でも――それで何もかもが終結したわけじゃない。何より、ルシファーさんを唆した元凶が無傷で残っている」
「そう。神の長子が……」
「彼はまだ、この世界にいます。この世界の闇に身を潜めて、ありとあらゆる手練手管で人々を破滅させている」
「そして……彼は今、この帝都で陰謀を張り巡らせている。そう、ボクたちの敵は『神の長子』なのです」
そこまで言うと、橘音はゆっくり息を吐いた。そして、決意に満ちた眼差しで一同を見回す。
「怪人65535面相、またの名を赤マント。でも、そんなのはもちろん本名じゃない。そう――」
「天魔ベリアル。――それが、彼の名前です」
156
:
那須野橘音
◆TIr/ZhnrYI
:2019/09/23(月) 20:46:15
天魔ベリアル。
序列68位、50の軍団を率いる地獄の大王。
だが、この序列は単にルシファーの陣営に名を連ねたのが遅かったというだけで、彼の力の指標とはなりえない。
それよりも。
ベリアルといえば、古今東西どの魔導書を紐解いても必ず名前が出てくる大物であろう。
曰く、地獄で最も低俗な、悪徳の為に悪徳に耽溺する精神の持ち主。
曰く、外見は荘厳華麗にして優雅端麗、権威に満ちるものの、その魂はきわめて醜悪。
曰く、天から落ちた天使のなかで、彼ほど淫らで不埒な者はいない――。
むろん、ベリアルは古巣で発行された書物であるところの聖書でもこれでもかと口汚く罵られている。
実際ベリアルは神に祝福された人間由来の『神の子』であるイエス・キリストを逆告発するという離れ業を実行している。
また、天魔七十二将がバビロニアのソロモン王に使役された際、ソロモン王の死と共に他の天魔はみな行方を晦ませた――が。
ベリアルだけはソロモン王の死後もバビロニアに偽神として残り続け、人々を大いに惑わせたという。
まさに、人を破滅させることを生き甲斐とする悪魔の中の悪魔――と言っていいだろう。
「ベリアルはかつて神に奪われた力を取り戻そうとしています。オリンピックに合わせた帝都襲撃も、すべてはその目的のため」
「そう……。2020年に最盛期を迎える、皇居直下の龍脈のエネルギー。彼はそれを丸ごと手に入れようとしているのです」
皇居の真下は地球上でもきわめて珍しい、三本の龍脈が重なるレイライン・ポイントである。
龍脈が活性化するタイミングは普段ならそれぞれバラバラなのだが、2020年にはそれが一ヵ所に集まる。
その時に発生する膨大なエネルギーは、まさに桁違い。その力を得た者は、あらゆる神をも超越した存在になれるだろう。
ベリアルはそれを狙っている。龍脈の力を手に入れ、かつての『神の長子・初代サタン』の権能を取り戻そうとしている。
もし、そうなれば――人々はベリアルの悪徳に屈し、世界は暗黒に包まれることになるだろう。
「といって、ただ皇居の真下に穴を掘ったりするだけでは龍脈の力は得られません」
「龍脈の力を我が物とするには、龍脈に――ひいては地球に認められなければならない。祈ちゃんのようにね」
龍脈は鉱脈や水脈のような物理的な存在ではない。
地球が時として祈のような『龍脈の御子』を生むように、ベリアルもまた龍脈の力を使う権利を獲得しなければならないのだ。
そのためには、いったい何をすればいいのか。
「それを実現するのが、妖怪大統領――バックベアードです」
橘音は祈をまっすぐに見据えて言った。
「バックベアード。唐土(中国)では太歳、日本では空亡と呼ばれる『ソレ』は……実は、妖怪ではありません」
「ソレはパーソナリティを持つ一個の妖怪ではなく、現象。『ブリガドーン現象』と呼ばれる超自然現象なのです」
ブリガドーン現象とは、ある一定の周期と条件によって異空間から正体不明の妖雲が発生する現象を指す。
その条件は解析されておらず、謎の多い事象だが、発生した雲の内部では虚が実に、実が虚に変じるという。
「ブリガドーン現象によって発生した妖雲の内部はブリガドーン空間と呼ばれ、この世界とは別の異空間になっています」
「ブリガドーン空間の中では、すべてが変質する。常識も、夢想も、現実も、すべてが曖昧になる――」
「そして。その中では、人の『想い』こそが力を持つのです」
ブリガドーン空間の中では、強い想いに反応して空想が現実に変容する。
祈は龍脈の力で失敗を成功に、不幸を幸福に変える力を得た。
だが、それはあくまで方向性の修正に過ぎない。一度失敗したダイスロールを、もう一度やり直せるといった程度だ。
しかし、ブリガドーン空間は違う。龍脈の御子の力が『サイコロを振り直せる力』ならば――
ブリガドーン空間の力は『思い描いたサイコロの目を出せる』能力、ということになる。
「ベリアルはバックベアードを利用し、東京を丸ごとブリガドーン空間に包もうとしています」
「そして、ブリガドーン空間の中で自らを龍脈の使用者に仕立て上げ、龍脈を手に入れようとしている――」
「それが、天魔の。ベリアルの計画の骨子ということになりますね」
レディベアを言葉巧みに操り、東京ドミネーターズを組織して帝都制圧を目論んだのは、そのためらしい。
最初から、ベリアルは妖怪大統領による帝都の統治など考えてはいなかったということだ。
「ローランは三ヶ月後に天魔の準備が整う……と言っていましたが、それが正しいのならボクたちはその前に行動する必要がある」
「計画発動までの三ヶ月の猶予……それは間違いなくバックベアードに関することでしょう」
「ベリアルは言っていました。妖怪大統領、バックベアードはまだ『成熟していない』と」
バックベアードが東京を丸ごとブリガドーン空間に包むためには、まだ力が足りないということだろうか。
「今のベリアルなら、まだ倒すチャンスはある。逆に言えば、彼が力を取り戻してしまえばボクたちに勝ち目はありません」
「こちらは二ヶ月……遅くとも二ヶ月半で対策を立て、準備を整え、その上でベリアルに先んじなければなりません」
「彼らの準備が整う前に、こちらから都庁に攻め入りベリアルを討つ。それしか勝つ方法はないでしょう」
ベリアルに先んじて都庁に攻め込み、準備の整っていない間隙を衝いてベリアルを討ち取る。
それが、橘音の提示したベリアル打倒計画だった。
157
:
那須野橘音
◆TIr/ZhnrYI
:2019/09/23(月) 20:52:25
「……当然、ベリアルもボクたちの襲撃は想定しているはずです。今すぐ都庁に攻め込んだとしても、返り討ちがオチでしょう」
「ボクが東京ブリーチャーズに復帰したことで、こうしてあっちの内情をバラすということも予想できるでしょうしね」
「実際、彼はボクが最後に出撃する際、誰かを地獄から新たに招聘しようとしていました。おそらく、強力な妖壊を」
「と、いうことで!皆さんには二ヶ月の間、みっちりと修行をして頂きます!」
橘音はやにわに立ち上がると、ビシィ!と東京ブリーチャーズ全員を指差した。
「てぐすね引いて待ち受けている、ベリアルとその仲間たちを退けられる力を手に入れるためのね!方法は各自お任せします!」
「ひとりでやるもよし!誰かとやるもよし!ただ、時間は限られています。たった二ヶ月の間で、最善の方法でお願いします!」
「陰陽頭さんは、万一の時のために全国の退魔機関や神社仏閣に連絡しておいてください。そうそう、政府にも根回しを」
「心得た」
「わたくしも有事に備えておきまする。退魔師たちを総動員し、天魔の襲撃にも対応できるよう人数を揃えましょう」
橘音の指示に、晴朧と易子が頷く。
「ミカエルさんはどうします?」
「……天軍は出せん。主は日本をさして重視してはおられない……。私がいくら天軍の総指揮官でも、無理だろう」
「そうですか」
十字教の唯一神としては、自分の敬虔な信徒が少ない地域を犠牲を出してまで守ろうという気にはならないのだろう。
苦々しげに告げるミカエルに対して、橘音の反応は淡白である。最初から天軍などあてにしていないといった様子だ。
それでなくとも、橘音は天魔アスタロト。天使たちに対して思うところがあっても不思議ではない。
そんな橘音の反応に、ミカエルは声を荒らげる。
「だが、元はと言えばベリアル様のなしたこと。我ら天軍にも責任はある……!このまま手をこまねいてはいない!」
「天軍は動かせないが……私の私兵たちであれば自由になるはず。必ず参戦はする……いや、させてほしい」
「お好きに。……やはり、師匠のことは見過ごせないということですか……『姉弟子』?」
「ああ、そうだ。そうだとも。私はあの方を放っておけん。神の使徒として、あの方の教えを受けた者として。責任がある」
「……それだけですか?」
「何が言いたい?『妹弟子』――」
「別に」
橘音はそっぽを向いた。
ミカエルもアスタロトも、共にベリアルの弟子である。その関係は姉妹弟子、ということになる。
ふたりとも、ベリアルに対しては敵という以上に色々な感情があるらしい。
「とにかく。期間は短いですが、その間に全員でできる限りのことをやりましょう」
「……やむを得ん。乗り掛かった舟だ、クソ坊主。付き合ってやるぞ、貴様の修行にな。二ヶ月で酒呑童子を上回る力を手に入れる」
天邪鬼が腕組みしながら尾弐を見遣る。
高神・首塚大明神であり尾弐とは千年来の付き合いの天邪鬼なら、尾弐の特訓相手にはお誂えだろう。
それと同様、シロもまたポチにそっと寄り添う。
「お力にならせてください、あなた。わたしなどでは物足りないかもしれませんが……あなたと。最後まで戦いたいのです」
祈は最初、祖母や母と特訓しようか……などと呟いているが、他に誘いがあればそれを快諾する。
「クロオさん……本当は、クロオさんと一緒に修行したいんですけど。今は私情は無しです……許してください」
「ボクは一旦、華陽宮に戻ります。リスクは高いですが、修行なら御前に付き合ってもらうのが妖狐としては一番効率がいい」
もちろん、御前に何かを要求する場合は例外なく高い代償を払うことになるが、背に腹は代えられない。
逆を言えば、代償さえ払えば御前は確実にこちらの願いを叶えてくれる。――尾弐と天邪鬼のときのように。
尾弐に歩み寄ると、橘音はその顔を覗き込むようにして小さく微笑んだ。
せっかく心を繋ぎ合ったのに。晴れてカップルになれたのに。そんな歯痒さが、ほんの少しぎこちない笑顔からにじみ出る。
「……浮気しちゃ。やですよ?」
そっと囁くように言うと、橘音は尾弐の頬に掠めるくらい微かな口付けをひとつ贈った。
特訓のグループが決まると、橘音は右手を仲間たちへと差し出す。
その手に、みんな手を重ねろと言っているのだ。
「では――二ヶ月後。皆さん、那須野探偵事務所でお会いしましょう」
修行して強くなり、必ず帝都を守り抜く。大切な人を護る――そんな決意を胸に秘め。
東京ブリーチャーズは、いっとき解散した。
158
:
御幸 乃恵瑠
◆4fQkd8JTfc
:2019/09/25(水) 01:01:29
>「今のベリアルなら、まだ倒すチャンスはある。逆に言えば、彼が力を取り戻してしまえばボクたちに勝ち目はありません」
>「こちらは二ヶ月……遅くとも二ヶ月半で対策を立て、準備を整え、その上でベリアルに先んじなければなりません」
>「彼らの準備が整う前に、こちらから都庁に攻め入りベリアルを討つ。それしか勝つ方法はないでしょう」
ノエルは橘音の話をしばらく黙って聞いていた。
「とりあえず一言でまとめるとカンスト仮面もといベリアルを倒せばいいということは分かった!
黒幕でサンタだかサタンだか出てきたらその時はその時ってことだな!」
あまりにもまとめすぎである。
>「……当然、ベリアルもボクたちの襲撃は想定しているはずです。今すぐ都庁に攻め込んだとしても、返り討ちがオチでしょう」
>「ボクが東京ブリーチャーズに復帰したことで、こうしてあっちの内情をバラすということも予想できるでしょうしね」
>「実際、彼はボクが最後に出撃する際、誰かを地獄から新たに招聘しようとしていました。おそらく、強力な妖壊を」
>「と、いうことで!皆さんには二ヶ月の間、みっちりと修行をして頂きます!」
「よしきた! 早速だけどどんな修行を!?」
橘音に釣られて立ち上がったノエルは、やる気満々で修行内容を尋ねる。
橘音のことだから、2か月でベリアル一味に勝てるようになる凄い作戦があるに違いない。
>「てぐすね引いて待ち受けている、ベリアルとその仲間たちを退けられる力を手に入れるためのね!方法は各自お任せします!」
「なるほど、各自お任せ……ん?」
>「ひとりでやるもよし!誰かとやるもよし!ただ、時間は限られています。たった二ヶ月の間で、最善の方法でお願いします!」
「え、ちょっと……つまりノープランってこと!?
2か月でハイパーインフレできる都合のいい方法なんてあったらもうとっくに強くなってるって!」
ノエルの戸惑いを他所に話は進み、あれよあれよという間に尾弐やポチの修行相手が決まっていく。
>「とにかく。期間は短いですが、その間に全員でできる限りのことをやりましょう」
>「……やむを得ん。乗り掛かった舟だ、クソ坊主。付き合ってやるぞ、貴様の修行にな。二ヶ月で酒呑童子を上回る力を手に入れる」
>「お力にならせてください、あなた。わたしなどでは物足りないかもしれませんが……あなたと。最後まで戦いたいのです」
>「クロオさん……本当は、クロオさんと一緒に修行したいんですけど。今は私情は無しです……許してください」
>「ボクは一旦、華陽宮に戻ります。リスクは高いですが、修行なら御前に付き合ってもらうのが妖狐としては一番効率がいい」
「何言ってんの! アイツのところだけには行っちゃ駄目!」
>「……浮気しちゃ。やですよ?」
最初は止めようとしていたノエルだったが、橘音が尾弐の頬に口付けするのを見ると、諦めたように微笑む。
159
:
御幸 乃恵瑠
◆4fQkd8JTfc
:2019/09/25(水) 01:02:49
「……分かってる。どうしても……行くんだよね。
せっかく苦労して生き返らせたんだから最終決戦前に修行で死ぬなんて笑えない冗談はやめてよね!」
橘音が行くと言ったら何を言っても無駄なのだ。尾弐はそれを誰よりも分かっているから最初から止めないのだろう。
祈は東京に残って颯やターボババアと修行するようだ。あとはノエルの修行先だが……
「僕は……雪山に帰ってみるよ」
普通に考えればそれしかないだろう。
雪の女王はノエルの扱う権能に最も近しい能力の使い手であり、もしかしたらまだ何か隠し玉を持っている可能性もある。
しかし、一つ気がかりなことがあった。
「祈ちゃん……」
橘音は華陽宮に行き、尾弐は天邪鬼の本拠地である京都に行くのかもしれない。
ポチとシロは迷い家に向かうのだろうか。
もしそうなると、祈だけが敵のお膝元である東京に残されることになる。
敵が3か月は何もしてこないと思われるとはいえ、それは飽くまでも予想だ。
天魔の一軍も一枚岩ではないのもあり、龍脈の神子の力目当ての何者かに狙われないとも限らない。
―― 一緒に雪の女王の御殿に行こう
喉元まで出かかったその言葉を飲み込み、代わりに颯とターボババアに託す。
「東京に残るならくれぐれも気を付けて。菊乃さん、颯さん、祈ちゃんをよろしくお願いします」
橘音だって尾弐と一緒に修行したいのは山々だろうが強くなる最良の方法を考えて華陽宮に戻る道を選んだのだ。
自分だけが感情に流されてはいけない。
妖術特化の自分に対して、祈はバリバリの前衛スピードファイター。
一緒に修行したところで効率は良くないだろう。颯やターボババアに仕込んで貰うのが一番いいはずだ。
それに、ターボババアならそんじょそこらの天魔の襲撃ぐらいものともしない。
そう自分に言い聞かせるのであった。
「天邪鬼さん、クロちゃんが浮気しないようにくれぐれも見張っといて。
シロちゃん――スカイツリーの時みたいに容赦なく鍛えてやってね!」
尾弐とポチのそれぞれの修行相手にも声をかけると、橘音の差し出した手に手を重ねる。
>「では――二ヶ月後。皆さん、那須野探偵事務所でお会いしましょう」
「いい!? 2年じゃなくて2か月だからね!? 間違えちゃ駄目だよ!?」
そして、泣きそうな笑顔で念押しするのであった。
人間は2年と2か月を間違えようが無いが、精霊系妖怪にとっては2年も2か月も誤差のようなものであり、自分が一番間違えそうである。
゚+。*゚+。。+゚*。+゚ ゚+。*゚+。。+゚*。+゚ ゚+。*゚+。。+゚*。゚+。*゚+。。+゚*゚+。。+゚*。+゚
160
:
御幸 乃恵瑠
◆4fQkd8JTfc
:2019/09/25(水) 01:03:36
こうして東京ブリーチャーズは一時解散し、全員がそれぞれ別の場所で修行に突入する――と思われたが。
次の日、ノエルが従者達に店を託し雪の女王の御殿に赴こうとしていた時だった。
とんでもない一報がもたらされた。
「姫様、大変です! 祈ちゃんを攫ったとの犯行声明文が!」
「はあ!? 一体誰が!?」
「それが……」
促されるままにパソコンの画面を覗いてみると……
雪の女王『祈ちゃんとその家族は預かりました。返して欲しくば私を倒しにきなさい』
「お前か――い!! しかも普段使ってるチャットソフトとはなんという犯行声明に場違いな媒体!
これは定番のいかにも味方っぽいやつが敵の一味だったパターンかもしれない……。
こうしちゃいられない! カイ、ゲルダ、ハクト! 出撃だ!」
「「「御意!」」」
こうして、店の玄関に「しばらく休業します」と張り紙を貼り、ノエルと愉快な仲間達は総出で雪の女王の御殿に攻め込んだのであった。
女王と対峙した乃恵瑠は問いかける。
「母上――事情を話してはくれぬか。力は妾の方が上回っている」
「大した自信ですね……ならば問答無用で倒してみなさい! 話はそれからです!」
「分かった……母上といえども手加減はせぬぞ!」
乃恵瑠には単純な戦闘力なら自分の方が上回っているという絶対の自信があった。
何故なら本来の力を取り戻す前、雪の女王の力を借り受けて使っていたからだ。
そして、その頃よりも本来の力を取り戻した今の方が明らかに強力な術が扱える。
深雪の姿になり、一気に片を付けようと猛吹雪を放つ。が――
女王が腕を一閃しただけで、吹雪が逆方向に転換し、襲い来る。
親和属性のはずの氷雪で身を切り刻まれる――それは常識外に強い力ということだ。
「う、嘘だ……前に借り受けてたのはここまで強い力じゃなかった……!
それに本来の器ではない姉上ですらすでに母上の力を上回っていたって……!」
「おおかたクリスが私のことを全盛期を過ぎたモウロクババアとでも言っていましたか? それは気のせいです!」
「誰もそこまで言っておらぬ!」
女王を前に手も足も出ないことに動転しながらも、理性の氷パズルを盾に変化させようとする深雪。
しかし、反応が無い。
「あ、あれ……? もしかして裸芸人との戦いで壊れた……?」
「隙あり!」
深雪は脳天に巨大な氷塊をぶつけられ、気を失った――
゚+。*゚+。。+゚*。+゚ ゚+。*゚+。。+゚*。+゚ ゚+。*゚+。。+゚*。゚+。*゚+。。+゚*゚+。。+゚*。+゚
161
:
御幸 乃恵瑠
◆4fQkd8JTfc
:2019/09/25(水) 01:04:36
数時間後――意識を取り戻した乃恵瑠は、雪の女王の前に正座させられ、説教をくらっていた。
「全く……災厄の力を手懐けたのはいいものの全然本来の力を引き出せていないではありませんか。
それで東京を救おうだなんて話になりませんよ!」
「ご、ごめんなさーい!」
こうなると昔の修業時代のトラウマが蘇り、頭が上がらない。雪の女王の修行は超厳しかったのだ。
つまるところ、雪の女王は実は今でも超強かった。
以前クリスよりも弱い振りをしていたのも、最終的にノエル(みゆき)を宿命から解き放つための演技だったのだろう。
「母上……どこまで知っている? どこまで仕組んでいた? 母上は一体何者なのだ?」
「最初の二つの質問は大体あなたが想像している程度……とでも答えておきましょう。
何者かと聞かれてもそのまんま雪の女王としか。敢えて言い換えるなら世界の雪妖を統べる者、でしょうか」
乃恵瑠は頭を抱えた。
「そんな噂はあったけどマジでそうだったか……ガチで凄い人か……」
「あら? 言ってませんでしたっけ」
「聞いてないよ!?」
「私のような者が出ていくと世界の均衡が崩れるので表舞台に出ていくことは出来ません。
故に――あなたが頼りなのですよ。
ああ、それと……龍脈の神子とその家族は東京に置いておくのは危険なので匿っておきました」
「そういえばそうだった……! 祈ちゃんは!? 無理矢理連れてきたの!?」
「まさか。
今言ったとおり危険だから身を隠した方がいいと説得したら自分から付いてきてくれました。
凍えないように術は施してあります。もうすでに菊乃さん達と元気に修行していますよ」
祈のことだから単に自分の身の危険だけではなく、
自分を狙った襲撃に東京の一般市民が巻き込まれる可能性、ひいては万が一自分が攫われた場合の世界への被害なども考えたのだろう。
あるいはそれを女王が説得する際に言葉巧みに仄めかしたのかもしれない。
「女王様、昔から子どもを誘拐するの上手ですからね……」
と、カイ。彼女(彼)が言うと、説得力が半端ないのであった。
162
:
御幸 乃恵瑠
◆4fQkd8JTfc
:2019/09/25(水) 01:06:09
「良かった……祈ちゃんに会わせて! 一緒に修行しようって前から言ってたんだ!」
「駄目です」
「えっ」
身も蓋もなく断られ、唖然とするノエル。
「連携技開発とか言ってキャッキャしてる場合じゃありませんから!
本来は私より強い力を持っているはずなのに私に手も足も出ないとは今から地獄の特訓をしても間に合うかどうか。
理性の氷パズルは修理するついでに改良しておきます。
カイとゲルダは乃恵瑠に”新しいそり靴”と”世界のすべて”を貸して。使いこなせるように教えてあげてください」
”新しいそり靴”と”世界のすべて”は、カイとゲルダが乃恵瑠の従者になるときに雪の女王からそれぞれ授かった靴型妖具と妖杖のこと。
それを乃恵瑠に使えるようになれという。
「えーと、それ、最終的には妖具を3種類同時使用ってことだよね……」
「そう! 童話”雪の女王”の三種の神器――あなた程の器があれば使いこなせるはずです」
「無理だよ! 妖具なんて1種類でも危険なのに3つも使ったら干からびちゃうよ――っ!」
妖具の3種同時使用――言うまでも無く膨大な妖力と制御能力が必要になる。
自分がいかに未熟かを突きつけられ、今から始まるであろう地獄の特訓に若干(かなり?)怯え、
祈にも近くにいながら会わせて貰えないトリプルパンチで弱気になりまくっている乃恵瑠。
そこに、独り言のように女王が言う。
「そうですね……万が一早めに特訓が終わったら連携技開発でも何でもしていいですよ」
「本当!? 修行よろしくお願いします! 今すぐ!」
一瞬にしてやる気になった乃恵瑠。こうして、地獄の特訓が始まったのである――!
講師が雪の女王とカイとゲルダという時点で他のメンバーに比べたらギャグみたいなものかもしれないがそこは突っ込んではいけない!
163
:
尾弐 黒雄
◆pNqNUIlvYE
:2019/09/29(日) 23:58:04
>「そして……彼は今、この帝都で陰謀を張り巡らせている。そう、ボクたちの敵は『神の長子』なのです」
>「怪人65535面相、またの名を赤マント。でも、そんなのはもちろん本名じゃない。そう――」
>「天魔ベリアル。――それが、彼の名前です」
安倍晴朧の私室。
東京ブリーチャーズ側の重要人物が集められた会合の中で、那須野橘音の口から語られた怨敵たる赤マントの正体。
それを知った尾弐は、眉間に皺を寄せ口元を右手で覆う。
「……ギリシア神話のテューポーン、ゾロアスター教のアジ・ダハーカ、北欧神話のロキの子供達、だったか」
「神話の終わりに現れる、神より力を与えられ、神の想定を上回り悪を成す存在は幾つか居るらしいが……話を聞くに、ベリアルってのは十字教が生み出したソレじゃねぇか」
口調こそ冷静であるが、その頬には冷や汗が伝っており、それが尾弐が天魔ベリアルという存在に尾弐が大きな脅威を抱いた事を正確に伝えている。
……尾弐がここまで警戒するのも当然と言えよう。
力であれ謀略であれ、神話体系における頂点である神を出し抜く能力を持つという事が示す意味。
それ即ち――――『その存在』が神に等しい邪悪であるという事なのだから。
「昔に語り聞いた十字教における黙示録の獣……いや、それよりも性質が悪ぃ」
「神話に語られない脅威なんざ、現時点で神を凌駕してる証左じゃねぇか」
神を上回る脅威。まして、赤マント――ベリアルの神話体系は、一神教かつ世界に3つ有る大宗教の一つだ。
そうあれかしの言葉の下に、中小の宗教体系では太刀打ちできぬ程の力を有している神を、権能を奪われている現時点で出し抜いている……それがどれだけ危険なのかという事は馬鹿でも判る。
>「ベリアルはかつて神に奪われた力を取り戻そうとしています。オリンピックに合わせた帝都襲撃も、すべてはその目的のため」
>「そう……。2020年に最盛期を迎える、皇居直下の龍脈のエネルギー。彼はそれを丸ごと手に入れようとしているのです」
そして、現時点で神話の筋書きから外れる程の異常な存在が取り上げられた力すらも手にしてしまえば……齎される悲劇はどれ程のものと成ろうか。
>「とりあえず一言でまとめるとカンスト仮面もといベリアルを倒せばいいということは分かった!
>黒幕でサンタだかサタンだか出てきたらその時はその時ってことだな!」
敵対者ベリアルの想定以上の強大さに黙り込む面々。一様にその表情は暗い。
恐らく、この場に居る人間達の事を気遣っているのであろう。
唯一ノエルだけは、彼等の心が折れない様にといつも通りに軽口を叩いているが……やはり緊張の色は隠せていない。
少なくとも尾弐は、漏れ出る妖気の質や僅かな表情の差異から、ノエルが無理に明るさを演じていると、そう感じた。
>「ベリアルはバックベアードを利用し、東京を丸ごとブリガドーン空間に包もうとしています」
>「そして、ブリガドーン空間の中で自らを龍脈の使用者に仕立て上げ、龍脈を手に入れようとしている――」
>「それが、天魔の。ベリアルの計画の骨子ということになりますね」
>「……当然、ベリアルもボクたちの襲撃は想定しているはずです。今すぐ都庁に攻め込んだとしても、返り討ちがオチでしょう」
>「ボクが東京ブリーチャーズに復帰したことで、こうしてあっちの内情をバラすということも予想できるでしょうしね」
>「実際、彼はボクが最後に出撃する際、誰かを地獄から新たに招聘しようとしていました。おそらく、強力な妖壊を」
>「と、いうことで!皆さんには二ヶ月の間、みっちりと修行をして頂きます!」
「バックベアード、龍脈、天魔……ちっ、概要が判ってみりゃあ嫌になる程に点と点が繋がりやがる」
「奴にとっちゃ、外道丸の苦難も、色男の姉の死も、狼王の執念も……那須野橘音の悲嘆も、その全部がテメェの計画を成す為の布石に過ぎなかったって訳だ」
「帝都を餌にして、テメェの野望を成就する――――その為だけに、さんざ胸糞悪ぃ真似をしてくれやがった訳だ……!」
続けて、那須野橘音から語られるベリアルの目的。
それを聞いた尾弐は、口元を覆う手を外すと冷え切った氷の様な表情を見せる。
怒りを堪えるように握られた拳には血管が浮き出て、どす黒い殺気がその体から溢れ出し……しかし、数秒の沈黙の後に殺気は霧散し、尾弐は大きく息を吐いた。
164
:
尾弐 黒雄
◆pNqNUIlvYE
:2019/09/29(日) 23:58:32
「……ハァ。まあアレだな。今の話を聞くに、今の俺の力じゃあ相対するには無理がある。せめて謀略を力づくで跳ね除けられるだけの力が必要だ」
「橘音の言う通り、オジサンもせいぜい力を付けさせて貰うとするかね」
尾弐の赤マント……ベリアルへの憎悪は冷める事は無い。
だが、それを糧に暴走しても良い結果が齎される事は無い事が理解出来る程度には尾弐は大人であった。
>「だが、元はと言えばベリアル様のなしたこと。我ら天軍にも責任はある……!このまま手をこまねいてはいない!」
>「天軍は動かせないが……私の私兵たちであれば自由になるはず。必ず参戦はする……いや、させてほしい」
(ベリアルを倒せなくても大した被害は無く、倒せたら十字教の神サマの威光って訳だ。神サマ思いの随分と『伝統的な』やり方じゃねぇか)
だから。大人であるから――――ミカエルの、十字教の勝手な言い分に対して、侮蔑の感情を抱きこそすれ、それを言葉にはしない。言葉に出来ない。
例えほんの僅かであれ数の優位と力の優位を損ねない為に、ただただ自分の感情を御し、其れを飲み込み、無理矢理に消化する。
>「……やむを得ん。乗り掛かった舟だ、クソ坊主。付き合ってやるぞ、貴様の修行にな。二ヶ月で酒呑童子を上回る力を手に入れる」
「俺の腰は脆いからお手柔らかに……と言いてぇとこだが、今回ばかりは無茶しねぇとならねぇからな。お前さんの才覚に期待させて貰うぜ、外道丸」
そうしてミカエルから視線を外した尾弐は、外道丸へ……次いで那須野橘音へと視線を向ける。
>「クロオさん……本当は、クロオさんと一緒に修行したいんですけど。今は私情は無しです……許してください」
>「ボクは一旦、華陽宮に戻ります。リスクは高いですが、修行なら御前に付き合ってもらうのが妖狐としては一番効率がいい」
>「何言ってんの! アイツのところだけには行っちゃ駄目!」
>「……浮気しちゃ。やですよ?」
そこで、頬に微かに触れた桜色の感触。
不意打ち気味に放たれた其れに尾弐は思わず目を見開き、僅かの間動きを止める。
その後、尾弐にしては本当に珍しい険の無い微笑を浮かべると、制止するノエルの声を遮る様に那須野橘音の後ろ髪に手を通し、その頭を己の胸へと引き寄せる。
「……心配すんな。もう随分と昔から、他の女なんざ目に入っちゃいねぇよ」
「頑張って来い、橘音。御前に無茶を言われたら俺に言え。一緒に背負ってやるからよ」
……暫しの後に名残惜しそうに手を放すと、からかう様な笑みを浮かべる外道丸を伴い、尾弐は特訓のグループを決めた者達へと歩み寄っていく。
>「では――二ヶ月後。皆さん、那須野探偵事務所でお会いしましょう」
そして那須野橘音の言葉と共に、右手を重ねる。
一時の別れを。そして、未来の為の再会を誓って。
――――――
165
:
尾弐 黒雄
◆pNqNUIlvYE
:2019/09/29(日) 23:59:32
京都へ戻る道中。
何時かの遠い昔の様に、茜色に染まった田舎道を歩く尾弐と外道丸。
夕暮れに影を伸ばしながら、彼らは他愛無く語り合う。
「……しかし、修行といってもオジサンの伸びしろはどの程度あるモンかね」
「安心しろクソ坊主。修行の方法など、とうに10は思いついている……使い辛い固有能力なんぞに開花せねば、もう100通りは手段はあったのだがな」
「そいつぁ、迷惑掛けたな。お詫びに晩飯はオジサンの手作り鍋にしてやるよ」
「フン。飯一つで頭脳労働とは、随分と割に合わない事だ」
「適材適所って奴だ。嫌なら出前でも頼むか?」
「…………いや、いい。仕方ないから食べてやる。椎茸は抜くのだぞ」
「あいよ。山菜増し増しでな」
そうして、弐つの影は先へ先へと進んでいく
ただいま おかえり
やがて夕闇の果てに影が消える前に、そんな声が聞こえた気がした。
166
:
ポチ
◆CDuTShoToA
:2019/10/04(金) 02:02:24
>「怪人65535面相、またの名を赤マント。でも、そんなのはもちろん本名じゃない。そう――」
>「天魔ベリアル。――それが、彼の名前です」
「話を聞く限りじゃ、なんだか哀れな気もするけど……」
それはポチの率直な感想だった。
結局のところベリアルを先に殴り付けたのは、唯一神とやらの方だ。
「……だからって、黙って殴られてやる理由にはならないな」
だが、どんな過去があるにせよ――今、ベリアルは自分達を殴る事を楽しんでいる。
今の自分達に殴り返せるだけの力があるかはともかく、黙って餌にされる義理はない。
>「ベリアルはかつて神に奪われた力を取り戻そうとしています。オリンピックに合わせた帝都襲撃も、すべてはその目的のため」
>「そう……。2020年に最盛期を迎える、皇居直下の龍脈のエネルギー。彼はそれを丸ごと手に入れようとしているのです」
「その力ってさ、僕らが先に貰っちゃう事は出来ないの?祈ちゃんなら……」
>「といって、ただ皇居の真下に穴を掘ったりするだけでは龍脈の力は得られません」
>「龍脈の力を我が物とするには、龍脈に――ひいては地球に認められなければならない。祈ちゃんのようにね」
>「それを実現するのが、妖怪大統領――バックベアードです」
「……そんな美味い話がある訳もないか」
>「今のベリアルなら、まだ倒すチャンスはある。逆に言えば、彼が力を取り戻してしまえばボクたちに勝ち目はありません」
「こちらは二ヶ月……遅くとも二ヶ月半で対策を立て、準備を整え、その上でベリアルに先んじなければなりません」
「彼らの準備が整う前に、こちらから都庁に攻め入りベリアルを討つ。それしか勝つ方法はないでしょう」
ローランの襲撃は、ブリーチャーズの戦線を間接的に補強する為のものだった。
つまり彼単独ではベリアルの討滅は困難であると考えるべきだろう。
そしてブリーチャーズは四人がかりで、遊び混じりのローランと拮抗するのがやっと。
>「とりあえず一言でまとめるとカンスト仮面もといベリアルを倒せばいいということは分かった!
黒幕でサンタだかサタンだか出てきたらその時はその時ってことだな!」
ノエルが場違いに明るい声でそう言った。
ま、そうなるね。いつも通りじゃないか――
そんな言葉が胸の奥で浮かんで、しかし圧倒的戦力差という現実に押し潰されて、声にならずに消えた。
167
:
ポチ
◆CDuTShoToA
:2019/10/04(金) 02:03:12
>「……当然、ベリアルもボクたちの襲撃は想定しているはずです。今すぐ都庁に攻め込んだとしても、返り討ちがオチでしょう」
「ボクが東京ブリーチャーズに復帰したことで、こうしてあっちの内情をバラすということも予想できるでしょうしね」
「実際、彼はボクが最後に出撃する際、誰かを地獄から新たに招聘しようとしていました。おそらく、強力な妖壊を」
「と、いうことで!皆さんには二ヶ月の間、みっちりと修行をして頂きます!」
「修行って……何か、考えが」
>「てぐすね引いて待ち受けている、ベリアルとその仲間たちを退けられる力を手に入れるためのね!方法は各自お任せします!」
>「ひとりでやるもよし!誰かとやるもよし!ただ、時間は限られています。たった二ヶ月の間で、最善の方法でお願いします!」
「……ある訳じゃ、ないんだね」
>「え、ちょっと……つまりノープランってこと!?
2か月でハイパーインフレできる都合のいい方法なんてあったらもうとっくに強くなってるって!」
「……いや、だとしても、やるしかないんだよ……ノエっち。方法がないなんて、なんの言い訳にもならない」
そうは言っても――ポチ自身も、どうすればいいのかは分からない。
『獣』を、狼王の名を受け継いでから、ポチは常に強さを追い求めてきた。
夜明けと共に街を駆け巡り、タイヤすら食い千切るほどに咬合力を鍛え、不在の妖術にも体を慣らしてきた。
>「とにかく。期間は短いですが、その間に全員でできる限りのことをやりましょう」
だが――今、培ってきたそれらを更に上回る力を得なければならない。
正直なところ、その方法をポチは輪郭すら捉える事が出来ていなかった。
>「お力にならせてください、あなた。わたしなどでは物足りないかもしれませんが……あなたと。最後まで戦いたいのです」
ふと、シロがポチに寄り添う。
愛する者が間近に寄ってくる事に、ポチは気づいていなかった。
それほどの迷い、惑い――それらのにおいを、自分は纏っていたのだろう。
狼の王に相応しくない、においを。
「……最後まで?何言ってるのさ」
それらを振り払うように、ポチは不敵に笑った。
そして、寄り添うシロに自分も身を寄せる。
彼女の体温に触れ、においに包まれる。
迷いや惑いは、愛しき同胞を守る為に不要なものは、知らない間に消えていた。
代わりに刃のように強固で鋭い使命感が、自信が、心に宿るのをポチは感じていた。
「この戦いが終わったら、やっと始まるんだろ。君と、僕だけの時間が」
シロを見上げて、その金眼を見つめると、ポチはそう言った。
>「では――二ヶ月後。皆さん、那須野探偵事務所でお会いしましょう」
「……ひとまず、迷い家に行こっか。富嶽の爺さんなら……昔の、送り狼が一番強かった時代を知ってるかも」
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