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【伝奇】東京ブリーチャーズ・漆【TRPG】

1那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI:2018/10/25(木) 20:34:47
201X年、人類は科学文明の爛熟期を迎えた。
宇宙開発を推進し、深海を調査し。
すべての妖怪やオカルトは科学で解き明かされたかのように見えた。

――だが、妖怪は死滅していなかった!

『2020年の東京オリンピック開催までに、東京に蔓延る《妖壊》を残らず漂白せよ』――
白面金毛九尾の狐より指令を受けた那須野橘音をリーダーとして結成された、妖壊漂白チーム“東京ブリーチャーズ”。
帝都制圧をもくろむ悪の組織“東京ドミネーターズ”との戦いに勝ち抜き、東京を守り抜くのだ!



ジャンル:現代伝奇ファンタジー
コンセプト:妖怪・神話・フォークロアごちゃ混ぜ質雑可TRPG
期間(目安):特になし
GM:あり
決定リール:他参加者様の行動を制限しない程度に可
○日ルール:4日程度(延長可、伸びる場合はご一報ください)
版権・越境:なし
敵役参加:なし(一般妖壊は参加者全員で操作、幹部はGMが担当します)
質雑投下:あり(避難所にて投下歓迎)

関連スレ

【伝奇】東京ブリーチャーズ・壱【TRPG】
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http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/otaku/17870/1524310847/

【東京ブリーチャーズ】那須野探偵事務所【避難所】
http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/otaku/17870/1512552861/

番外編投下用スレ
http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/otaku/17870/1509154933/

東京ブリーチャーズ@wiki
https://www65.atwiki.jp/tokyobleachers/

2那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI:2018/10/25(木) 20:35:41
――空が、狭い。


コンクリートの高層ビル群と、縦横に張り巡らされた電線によって雁字搦めになった空。
薄灰色の雲に閉ざされたそれは、まるで檻に閉じ込められているかのような息苦しさを覚える。
わたしがかつて縄張りにしていた奥秩父や、最近の塒としていた遠野の山奥とは、まるで違う景色だ。
空気も悪い。スモッグ、というものだろうか。富嶽老が教えてくれた。人間の、悪しき文化の残滓だと。

わたしはこの街が好きではない。
それは自然がほとんど感じられないというのもあるし、この陰鬱な空模様のせいでもある。
鼻が曲がるような悪臭や、うんざりするほどの人の数もわたしを辟易させる。
そして何より――この街には、ろくな思い出がない。
わたしは人間の手によって理不尽にも捕えられ、見世物か実験体として扱われるところだった。
実際、あのまま捕われていたならば、わたしは今頃死んでいただろう。
いや、好きではないどころじゃない。わたしは――

ああ、そう、わたしは……きっと。そうなのだ。

けれども、“彼”はそんなこの街を、人間の手垢によって汚れ切り、もはや往古の原型さえ留めないこの土地を護りたいらしい。
彼のことは好きだ。愛している……かどうかはまだわからないけれど、わたしは彼に好意を抱いている。
彼はわたしの同族であり、同胞であり、かけがえのない……仲間、だから。
でも、彼のその気持ちだけはわからない。
こんな場所を、我が身を擲ってまで護りたいと思うのは、いったいなぜなのだろう?

――やめよう。そんなこと、考えたところで意味がない。
彼には彼の考えがあり、彼の信念があるのだろう。
であるなら、わたしはそれに共感し、理解し、後押しをするだけだ。
彼が彼自身の誇りを全うできるように。その意思を貫き通せるように。
仲間たちとの絆を、繋ぎ続けられるように――。

…………。
…………。



……仲間、か。



さて。
彼の残り香が強くなってきた。この街を漂う悪臭に幾度もにおいを見失いかけたけれど、これでもう安心だ。
古びたビルの一階。冬だというのに氷菓を売っている店から、彼のにおいを感じる。
雲外鏡越しに彼の姿を見ることはあっても、実際に会うのは久しぶりだ。少しだけ緊張する。
わたしが前触れもなく会いに来たと知ったら、彼は驚くだろうか。喜んでくれるだろうか。

迎え入れて、くれるだろうか。

わたしは右手を伸ばすと、そっと自動ドアのタッチスイッチに触れた。

3那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI:2018/10/25(木) 20:38:38
「皆さん、初めまして。祈の母です」

SnowWhiteにて、無事正式に退院した颯はブリーチャーズの面々を前にそう自己紹介し、深々と頭を下げた。
祈をそのまま大人に成長させて、菊乃(本気バージョン)の体型にしたような女性である。
颯はノエルににっこり微笑みかけると、両手でその右手を取って懇ろに握手した。

「あなたがノエル君ね?祈がいつもお世話になってるみたいで……。ごめんなさいね、でも本当にありがとう」
「これからも、祈のことをよろしくお願いしますね。今度、うちに遊びにきて?いっぱいご馳走を作って待ってるから!」

そんなことを言う。ノエルの危惧していたような警戒は颯にはまったくないらしい。
右手をぱたぱたと振って、颯は笑う。

「やーね、橘音と黒雄君のスカウトした仲間だもの。全然心配なんてしてないわ?」
「橘音はあの通り隠しごとばっかりだし、黒雄君は不愛想だけど、人を見る目は確かだって。そう思うから」

うん、と頷くと、もう一度颯はノエルの手を握った。

「何より、祈があなたのことを信じてる。あなたのことを仲間って、友人だって思ってる――」
「――それだけで。あなたを信じるには充分すぎるもの」

心からノエルのことを信用する、真摯な瞳。
それから颯はポチの方に向き直り、軽く腰を負って彼に目線を合わせた。

「ポチ君!あなたもブリーチャーズの仲間なのね。嬉しいわあ!いつの間にか、こんなに仲間が増えちゃってて!」
「橘音も黒雄君もあんなでしょー?わたしが現役のときも、どうにも仲間を作りづらくってねぇ……困ってたのよぉ」

あたかも世間話をするように、ポチにそんなことを言ってはケラケラ笑う。
ノエルのときと同じく、颯はポチに対しても何の疑念も警戒も抱かない。ただただ親昵そうに話しかける。

「ちょ、颯さーん!?変なこと言わないで下さいよ!?」

白狐姿の橘音が思わず悲鳴を上げる。
橘音は颯を覚醒させるため、ふたたび御前に直談判に行こうとしていたところを直前でハクトらに止められた。
御前に頼みごとをしていれば、きっとまた高い代償を払わされていたことだろう。

「あなたは黙ってなさい橘音。うんうん、ポチ君みたいなコがいてくれるなら東京ブリーチャーズも安泰ね!」

橘音の横槍をぴしゃりと往なし、颯は笑ってポチを見る。
橘音は思わず黙った。目覚めた颯と最初に会ったとき、橘音はおいおい泣いて颯にかつての罪を謝罪した。
颯はそんなの橘音の責任じゃない、自分が望んでしたことだ、と言ったが、橘音はまだ割り切れていないらしい。
負い目のある相手には強く出られないということらしく、橘音は大人しく口を噤んだ。

「……わたしは戦えないから。もう、みんなの力になってあげられないから――」
「でも、わたしなんかがいなくたって。あなたたちがいるなら、東京は安心ね!姦姦蛇螺を倒すくらいだもの」
「これからも祈と仲良くしてやってね。ポチ君」

それまで陽気に話していた颯が、ほんの僅かに寂しげな表情を覗かせる。
そう。河原医院で、颯は医師に『もう戦える身体ではない』と宣告されていた。
一見して元気そうな颯ではあるが、姦姦蛇螺の中で十数年もの間生贄として囚われていた肉体のダメージは計り知れない。
こうして今、生きて行動しているということ自体が奇跡に使い。
妖力も著しく減少しており、現在の颯の肉体はせいぜい普通の人間レベルの強さしか持ち合わせていない。
日常生活を送るなら問題はないが、戦うなどもってのほかだった。

「いいんですよ、颯さん。元々、あなたには無理をさせ過ぎました」

白狐姿の橘音が傍に寄って口を開く。

「それにね……戦闘に参加するだけが力になるってことじゃない。あなたがいてくれるだけで、ボクたちは力が湧いてくる」
「ね。そうでしょう?祈ちゃん」

「……ありがとう。そう言ってもらえれば、気持ちが楽になるわ」

颯は嬉しそうに微笑んだ。
そんな颯の顔や表情を見て、橘音がうんうんと頷く。

「さて、それじゃ無事に戦いも終わりましたし、慰労ってことで。みんなで久々に迷い家の温泉へ行きましょうか!」
「ノエルさん、今こそ積み立て金をすべて放出するときですよ!ボクはビタ一文出しません!」

前回は仕事をする代わりに富嶽に宿泊費をタダにしてもらったが、今回は有料である。
ノエルが湯治に前向きなことに便乗し、経費は全部出させるつもりであった。妙なところで吝嗇である。

4那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI:2018/10/25(木) 20:42:56
話はとんとん拍子に進み、今度の連休に二泊三日でみんなで迷い家に行こう――という運びになった。
メンバーは祈、ノエル、ポチ、尾弐、橘音、颯の六名である。
宿の主人である富嶽も言っていた通り、迷い家の温泉は怪我や病気に覿面な効能がある。
最近の天魔たちとの戦いによる東京ブリーチャーズの面々の負傷も、ずいぶん良くなることだろう。

「祈、忘れ物はない?お泊まりセット持った?それから、富嶽さまにはちゃんとご挨拶するのよ?できる?」

颯が何度も念押しするのを、橘音が笑って眺めている。
新幹線とレンタカーを乗り継いで、岩手県の人里離れた山中へ。やがて大きな日本建築が姿を見せると、一行は中に入った。

が。

「なんぢゃ、お主ら。本当に来おったのか」

東京ブリーチャーズ一行の顔を見た富嶽は、開口一番意外そうにそう言った。
温泉は傷にいい、とは言ったものの、まさか一行がそれを真に受けて訪れるとは思っていなかったらしい。

「あらぁー……それはちょっとタイミングが悪かったわねぇ……」

颯との14年ぶりの再会を手を取り合って喜んでから、笑が僅かに困ったようにいつもの笑み顔を曇らせる。
一行が訝しむと、笑はすぐに両手を胸の前でぱたぱたと振った。

「ええ、いえ、皆さんがお見えになられたのはとても嬉しいのですけれど……」

そう言って、笑は軽く視線を逸らす。
そこで、ポチを始めとした一行は気付くだろう。
この迷い家に本来いるべき者がひとり、姿を見せないことに。

「ちょうど昨日の昼に、シロを帝都へ向かわせたところぢゃ。ホレ、前に言うたぢゃろう。日本明王連合と合議しとると」
「一昨日結論が出ての……お主ら東京ブリーチャーズを改めて帝都鎮護の役に就かせることが決定したのぢゃ」
「決め手は先日の姦姦蛇螺討伐よ。妖怪にとっても人間にとっても、あの祟り神は共通の脅威。それを討伐したのが大きかった」
「日明連も儂らも、その功績は大いに評価すると。そう意見が纏まってな……」
「裁判だの何だの色々あったが、これでお主らは晴れて無罪放免。大手を振って活動できるというワケぢゃな」

富嶽が腕組みし、うんうんと長い頭を揺らして頷く。
日明連と妖怪たちの話し合いとは、とどのつまり『今後誰に帝都鎮護の要職を任せるか』ということだったらしい。
富嶽は祈たちの功績を認めたと言っているが、実際は決してそればかりではないだろう。
姦姦蛇螺討伐に失敗し、日本妖怪は同胞数万匹を一気に戦死させる大打撃を受けた。
また、日明連も天魔オセらの策謀によってトップの陰陽寮が壊滅的なダメージを受けた。
現時点では妖怪側も人間側も戦力の減退が著しく、天魔らの攻勢に抗えない。
今は互いに体勢の立て直しを図るべきで、矢面に立つのは賢明ではない――という判断であった。
となれば、任務をこなすのはかつてより帝都鎮護の役目を持ち、妖怪側にも人間側にも名の知れている者たちがいい――。
東京ブリーチャーズの復権は、妖怪にとっても人間にとっても都合がよかったのである。
つまり、政治的配慮というやつだ。むろん、富嶽はそんなことは決して言わないが。

「それでぢゃな。儂の名代として帝都鎮護の正式な辞令を持たせ、シロをお主らの元へ遣わしたのぢゃ」

「まさか行き違いになってしまうなんて……。タイミングが悪いわねえ」

白狼シロのことだから、走って岩手から東京まで向かったことだろう。かつてポチも辿った道だ。
今頃、シロは東京入りして橘音の事務所やSnowWhiteのある雑居ビルに辿り着いているだろう。
迷い家にはテレビやネット回線のような文明の利器は一切ない。
雲外鏡も富嶽から一方的に送信されるだけなので、基本的に迷い家とコンタクトする方法は直接行くしかない。
よって、今回も事前に連絡したり予約を入れたりしないで来てしまったのだが――それが悪かった。

「じゃ、戻りましょうか」

話を聞いていた颯が、さも当然といった面持ちであっけらかんと告げる。

「ポチ君はそのシロちゃんに会いに来たんでしょう?会えなかったのにここにいたって、心から楽しめるわけないもの」
「だったら、手間でも一旦戻って、シロちゃんと合流して。それから改めて旅行を楽しんだ方がずっといいわ」

ね?と颯は茶目っ気たっぷりにウインクし、ブリーチャーズの面々を見回した。

5那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI:2018/10/25(木) 20:45:24
「まぁ、ボクはいいですけど。どうせお金払うのはノエルさんですし」

はぁ、と溜息をつき、橘音が言う。やっぱり財布の紐を緩める気はないらしい。
ただ問題は『今回は前回のときと違い、天神細道を持ってきていない』という点である。
天神細道があれば一瞬で迷い家の前から雑居ビルまで移動できるが、今回はまたレンタカーと新幹線で戻るしかない。
どんなに急いでも一日はかかるだろう。

「差し押さえていた三尾の事務所と道具も、もう従来通り自由に使って構わんぞ」
「シロと合流したら、天神細道でこっちに戻ってくればいいぢゃろ」

さっさと行け、と富嶽が促す。
そんなこんなで温泉に浸かりもせず、東京ブリーチャーズはとんぼ返りで東京に引き返した。

しかし。

慌てて戻ってきたSnowWhiteに、シロの姿はなかった。
カイとゲルダの話によれば、ポチによく似た妖気を持つ妖怪がポチはいるかと訊ねてきたが、いないと答えた。
2、3日は戻ってこないと告げると、そのまま出ていってしまった――という。
その妖怪がどこへ行ったのかは、杳として知れない。

「その妖怪がシロさんということで、恐らく間違いはないと思います。微かな妖気の残滓がありますから」
「じき戻ってくるでしょう、ポチさんに会いに来たというのなら、遠くへは行っていないはずですし……」

鼻をひくつかせながら、橘音が言う。
ポチには確かにSnowWhiteの店内にシロの香りが僅かに漂っていることがわかるだろう。
シロは岩手からここまでやってきた。そして、不在と知って別の場所へ行った。
問題は、それがどこかということだ。

「ゴハンでも食べに行ったのかしら。うちに来ればご馳走するのに……」

颯が頬に右手を添えて小首を傾げる。

「ポチさん、どうしますか?待っていますか?それとも探しに行きますか?」
「もし探しに行くのでしたら、慎重に慎重を重ねてください。決して単独で突出しないこと。いいですね」

東京ブリーチャーズのリーダーとして、橘音はそんなことを命じる。
妖怪と人間の協議によって大手を振って活動ができるようになったからこそ、気をつけなければいけないことがある。
何事にも反対勢力というものは存在するし、きっと今回の決定が不服な妖怪も人間もいるだろう。
そういった者たちに命を狙われでもしたら堪らない。
橘音は大きく欠伸をすると、ノエルの部屋に引っ込んでしまった。自分は待つ姿勢でいるらしい。
颯も待機側だ。カイやゲルダとも瞬く間に打ち解けて、何かお店で手伝えることはない?なんて言っている。
もしここでシロの再訪を待つつもりなら、待てど暮らせどシロはやってこない。
探しに行くなら、ポチはシロのにおいと妖気を辿ることができる。

かつて狼王ロボと戦った、上野の国立科学博物館。
それから、ポチの塒。それらの場所にシロのにおいが残っている。
シロは最近ここへ来た。きっと、ポチのにおいを頼りに彼を探しに来たのだろう。
だが、今はいない。ポチが不在だということを確かめて、他の場所へと向かったのだ。

夜になっても、シロの姿は見つからない。
午後7時ほどになると、祈の携帯に颯から一旦帰ってきなさいと連絡が入る。

「無理は禁物よ。今日はこれで切り上げて、また明日探しなさい」

颯の言葉で、今日のところは解散となった。
ポチは捜索を続行することができるが、やはりシロを見つけることはできなかった。

6那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI:2018/10/25(木) 20:51:35
深夜。尾弐は不意に、懐かしい妖気を感じた。
とはいえ、尾弐自身はそれを懐かしいとは思わない。胸の奥底に潜むもうひとりが、その妖気を懐かしいと言っている。
その妖気を辿って行くと、そこには街灯の明かりに照らされた、身長2メートルほどの魁偉な容貌の男が佇んでいた。
腰まである長いざんばらの黒髪をオールバックにし、サングラスをかけ、茶色のスーツにファー付きのコートを着込んでいる。
マフィアかヤクザか、といった出で立ちだが、男のもっとも目を引く特徴はそんな姿にはなかった。
額に角が生えている。

「よお……。会いたかったぜ。久しぶりだなア……相棒……」

男――茨木童子は5メートルほどの距離を置いて尾弐と対峙すると、そう低い声で告げた。

「ずいぶん姿が変わっちまったな。見違えたぜ……しかも、妖気も巧妙に隠してやがる」
「なんせ、相棒のオレでも気付かなかったくらいだからな。おまけに東京ブリーチャーズなんぞに入って帝都の鎮護たぁな!」
「でも、分かるぜ。いっそ敵の懐に入っちまった方が、逆に見つかりづれぇってモンだからな。さすがは酒呑だぜ」
「おまえが復活したことがバレりゃ、またぞろ頼光みてえな連中がたかってきやがるからな――」

ク、ク、と茨木が嗤う。邪悪だが、親しみのこもった声だ。まるで、昔の悪い友人と久しぶりに再会したときのような――。

「御苑でおまえが妖力を解放したとき、オレは見たんだ。確かに、おまえの姿を。その力を!」
「よく帰ってきてくれたよなア……。嬉しいぜ。あのときの、おまえの妖気を感じたときのオレの喜び!魂の震え……!」
「なあ。またやろうぜ。一緒に面白可笑しく暮らそうぜ、人間どもをブッ千切って、八つ裂きにしてよう!」
「欲しいものは何だって奪ってきた。悪名を轟かせた。あの平安の頃に戻ろうぜ、酒呑!」

大きな手を尾弐へと差し伸べ、茨木は尾弐を誘った。

「今な……手勢を集めてんだ。おまえのための王国の兵隊どもさ」
「見ろよ。今はまだまだ少ねぇが、すぐに五大妖にも負けねぇ大軍団を作り上げてみせるぜ」

茨木の背後の暗闇に、無数の光点が灯る。――妖怪たちの眼だ。
しかし、その妖気の質は正直に言って悪い。妖壊くずれのタチの悪い、チンピラ妖怪連中だというのは明白だった。

「近いうち、おまえに相応しい塒も用意してやる。前もそうだったろ?オレが大江山に、おまえに相応しい館を建てたんだ」
「今度は、あの頃よりももっと攻められ辛い、おまえに似合いの塔を献上してやる。いいだろ?楽しみにしててくれよ」
「ああ――ワクワクしてくるぜ!妖怪も人間も、どいつもこいつも!おまえの前にひれ伏させてやる!」
「オレとおまえが組めば、怖いものなんてありゃしねえんだ!五大妖も、日明連も、目にもの見せてやる!」

両手を大きく広げ、茨木は陶酔したような様子で高らかにそう言った。
まるで『目の前の男が酒呑童子そのものであるかのように』。
尾弐は茨木の手を取るだろうか。跳ね除けるだろうか。
手を取るということは、東京ブリーチャーズとの決別を意味する。
しかし、拒絶を選ぶなら――。

「な……、何言ってる?おまえは酒呑だろ?オレは見た、確かに見たんだ、新宿御苑で!」
「団三郎を、袈裟坊を、オレの手下どもを啖った忌々しいクソ蛇野郎をブチのめす、懐かしいおまえの姿を――!」
「なあ、もうそんなカモフラージュは必要ねえよ。元の姿に戻ってくれよ。オレに本当のおまえの姿を見せてくれよ……」
「あの、輝く美しさ。オレじゃ絶対敵わねえって、そう思った。この世に並ぶ者はねえって心から思えた、おまえの姿をよ!」
「なあ……酒呑!なあって……!」

茨木は巨体の腰を折り、哀れなほど懇願した。
伝承によれば、それまで軍団を率い暴威を揮っていた茨木童子は、酒呑童子と会うや否や首領の座を酒呑に明け渡したという。
そして、自らは酒呑を引き立て、気ままな享楽に浸る酒呑の補佐に徹したのだ。
酒呑が源頼光と四天王の襲撃を受け、首を獲られるその直前まで。

7那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI:2018/10/25(木) 20:52:21
「やっぱり、あのときのことを怒ってるのか……?」
「あのとき、オレはおまえを護れなかった。おまえが首を獲られるのを見て、遁げ出した――」
「怒ってるよなア……わかるよ、わかる……ゴメンなあ……。でも、もうそんなことは絶対しねえ。過ちは繰り返さねえ」
「頼むよ、酒呑……帰ってきてくれよ、オレと一緒にいてくれよ……。オレは、おまえがいなくちゃダメなんだ……」

茨木の言葉からは、酒呑への崇拝にも似た信頼がほの見える。
やがて問答の末、背後に控えていた妖怪の一匹が何事かを茨木に耳打ちする。茨木はチッ、と苛立たしげに舌打ちした。

「もう時間か……野郎、時間にはうるせえからな……。遅刻しちゃマズイことになる」
「酒呑、今夜はここまでだ。でも忘れないでくれよ……オレの行動はぜんぶおまえのためだってことをな」
「おまえがいつ戻ってきてもいいように。王国を作っておくからよ……前よりもっともっと荘厳華麗なやつをな!」
「……また迎えに来る」

そう告げると、茨木童子とその配下たちは闇に融けるように消えていった。

8尾弐 黒雄 ◆pNqNUIlvYE:2018/10/28(日) 00:39:29
その日、SnowWhiteに一人の女が訪れていた。
東京ブリーチャーズの一員である祈に良く似た……けれど、祈よりも成熟しており、大人としての落ち着きが感じられる女性。
興味深そうに店内を見渡していた彼女は、尾弐達の前で丁寧に頭を下げると、笑顔と共に口を開いた。

>「皆さん、初めまして。祈の母です」

――――多甫 颯。
かつての東京ブリーチャーズの構成員であり、長らく姦姦蛇螺に囚われていた、祈の母。
彼女は暫くの間意識不明の状態であったが、病院から脱走した日を機にみるみるその体調を回復させ、
本日、こうして現在の東京ブリーチャーズと顔合わせが出来る程なったのである。

>「あなたがノエル君ね?祈がいつもお世話になってるみたいで……。ごめんなさいね、でも本当にありがとう」
>「ポチ君!あなたもブリーチャーズの仲間なのね。嬉しいわあ!いつの間にか、こんなに仲間が増えちゃってて!」
>「橘音も黒雄君もあんなでしょー?わたしが現役のときも、どうにも仲間を作りづらくってねぇ……困ってたのよぉ」
>「ちょ、颯さーん!?変なこと言わないで下さいよ!?」

「おいおい。オジサンも悪ぃが、妙な所で頑固なお前さんの性格も、仲間が増えなかった原因の一つだからな」

からからと笑い鈴の鳴る様な声で話す颯の姿。
あまりに懐かしいその姿を前にした尾弐は、手に持っていた酒の入ったグラスを机に置くと、苦笑しつつ軽口を返す。
居るだけで周囲を明るくする、颯という女性の人徳。
それはどんな魔法や妖術よりも尊いもので……その人格が有ったからこそ、当時の颯は尾弐や那須野と行動を共にできたのだろう。
仮に、颯以外の人間が当時の尾弐達へと近づいて来ても馴れ合う事は無かっただろうと、尾弐は今でもそう断言できる。

そんな和やかな空気のSnowWhiteであるが……ふと、颯の声が沈む。

>「……わたしは戦えないから。もう、みんなの力になってあげられないから――」
>「でも、わたしなんかがいなくたって。あなたたちがいるなら、東京は安心ね!姦姦蛇螺を倒すくらいだもの」
>「これからも祈と仲良くしてやってね。ポチ君」

颯の口から吐き出されたのは、ほんの少しの悔恨が混じった言葉。
かつて見なかった暗い表情は、姦姦蛇螺へ囚われていた永き時が颯に与えた、傷痕なのだろう。
その出来事について今でも責任を感じている尾弐は、目を瞑り首元に手を当てると、何か言葉を掛けようとしたが

>「いいんですよ、颯さん。元々、あなたには無理をさせ過ぎました」
>「それにね……戦闘に参加するだけが力になるってことじゃない。あなたがいてくれるだけで、ボクたちは力が湧いてくる」
>「ね。そうでしょう?祈ちゃん」

尾弐が口を開くよりも早く、狐の姿をした那須野が労わりの言葉を颯へと掛ける。
その那須野の態度……きっと、かつての那須野では見られなかったであろう光景に、尾弐は時の流れと小さな喜びをを感じつつ、負けじと重ねるように言葉を乗せる。

「ま、そういう訳だ。お前さんは親らしく、祈の嬢ちゃんに美味いモンでも食わせてやんな。
 ……言っとくが、あれから年月も立って俺の料理の腕も上達したからな。生半可な食事じゃ満足させられねぇかもしれねぇぞ?」

尾弐自身は気づいていないだろうが、くつくつと笑いながらふざけてそう言う彼の態度もまた――――当時の尾弐を知る者であればかつてでは考え付かないモノであった。

9尾弐 黒雄 ◆pNqNUIlvYE:2018/10/28(日) 00:41:20
>「さて、それじゃ無事に戦いも終わりましたし、慰労ってことで。みんなで久々に迷い家の温泉へ行きましょうか!」
>「ノエルさん、今こそ積み立て金をすべて放出するときですよ!ボクはビタ一文出しません!」

「そういや今の那須野は無収入だったか……ま、レンタカー代くらいは俺が出すから後は頼むぜ、色男」

かくして暫しの団欒の後にオチも付き、一行は迷い家へと向かう事となる。

――――

……時は巡り、各々の仕事の休みと、祈の学校の連休が重なったタイミングで慰安旅行じみた迷い家訪問は行われた。
いつぞやの様に電車を乗り次ぎ、レンタカーに乗り云時間。
一行は、久方ぶりに富嶽が営む宿へと辿り着いたのだが

>「なんぢゃ、お主ら。本当に来おったのか」
>「あらぁー……それはちょっとタイミングが悪かったわねぇ……」

「いや……お前さん方、そのファーストコンタクトは接客業的にどうなんだ?」

尾弐達を向かえたのは、意外そうな富嶽と気まずそうな笑。
あまりにあまりなお出迎えに、一応接客業に勤める尾弐は微妙な表情を見せるが――――

>「ええ、いえ、皆さんがお見えになられたのはとても嬉しいのですけれど……」

話を聞いてみれば、どうにも本当に『間』が悪かったらしい。
帝都鎮護の任務について、東京ブリーチャーズへの報告を依頼された、白狼……シロ。
迷い家へと向かった尾弐達と、帝都へ向かったシロが、まさかの入れ違いになってしまったのである。

「あー……成程、そういう事か。そいつぁオジサンも予想できなかったわ。どうしたモンかね……」

ポチとシロを合わせてやりたい気持ちは、尾弐にも勿論有る。
だが、祈と颯、二人の初めての旅行をフイにしたくないという考えもまた有るのだ。
それぞれを大切に想っているからこそ答えを出せなくなってしまった尾弐だが、

>「じゃ、戻りましょうか」
>「ポチ君はそのシロちゃんに会いに来たんでしょう?会えなかったのにここにいたって、心から楽しめるわけないもの」
>「だったら、手間でも一旦戻って、シロちゃんと合流して。それから改めて旅行を楽しんだ方がずっといいわ」

そんな尾弐の悩みは、颯本人のあっけらかんとした答えにより解消されてしまった。
後悔も戸惑いも無いその言葉を受け、尾弐は困った様に自身の首の後ろを手で押さえてから、暫くして大きく息を吐く。

>「まぁ、ボクはいいですけど。どうせお金払うのはノエルさんですし」
「俺も構わねぇが……オジサンとしちゃあ、もうちっと我儘言っても良いと思うがね。別に二人は温泉で療養してても良いんだぜ?」

頑なに財布の紐を緩めない白狐状態の那須野の頭を、乱暴にグリグリと撫でつつそう言う尾弐だが……恐らく、その提言に颯が乗る事は無いだろう事も、経験から理解している。
そうしてシロに会う為に来た道を戻り、コンクリに彩られた帝都へと戻ってきた一行であるが……

10尾弐 黒雄 ◆pNqNUIlvYE:2018/10/28(日) 00:42:18
戻った先でシロに会う事は出来なかった。

ノエルの従者達の話から、一度SnowWhiteへと立ち寄ったのは確かな様だが、その後、彼女は忽然とその姿を消してしまったのである。

>「ポチさん、どうしますか?待っていますか?それとも探しに行きますか?」
>「もし探しに行くのでしたら、慎重に慎重を重ねてください。決して単独で突出しないこと。いいですね」

「全員が適当に動き回ったらシロ嬢が戻って来た時に気付かねぇかもしれねぇな。
 ポチ助。一応、俺の仕事用携帯を貸しておくから、何かあったらノエルの所か俺に電話して来い。俺はこの店の近所を探してみるからよ」

尾弐は、唐草模様の巾着袋に仕事用に持っていたガラパゴス携帯を入れて、紐をポチの首へと掛けようとする。
どうやら、SnowWhiteを起点として周囲の調査に重点を置くつもりらしい。
その後、各自が最良と思う判断で行動を行ったが……それでも、その日シロは見つからなかった。

11尾弐 黒雄 ◆pNqNUIlvYE:2018/10/28(日) 00:57:30
――――深夜

「シロ嬢ー。居るなら出て来ーい。今ならお高い肉も有るぞー」

妖怪であるが故、睡眠が必須では無い尾弐は、未だシロの捜索を続けていた。
明確な根拠がある訳ではないので、思いつくまま流される様にして周囲を調べまわっていた尾弐だが
……ふと、自身が何かに引き寄せられるように歩いている事に気付き、その足を止めた。

「……あン?……この、妖気は……鬼族か?」

そして、引き寄せられていた対象が鬼の妖気である事に思い至ると、同時に怪訝な表情を浮かべる。
基本的に、尾弐黒雄という悪鬼は妖怪を憎悪している。敵意を元に妖壊の元に向かう事はあるが……惹かれる事はあろう筈が無い。

(それに、悪鬼にしては、敵意がねぇのも妙だな……)

既に曲がり角の先まで訪れているであろう悪鬼からは、不思議な事に敵意が微塵も感じられない。
その不自然さに、逆に警戒を強める尾弐。

そして――――曲がり角の先から現れたその『鬼』の姿を見た直後、尾弐は自身の警戒が正しいものであった事に気付く。

12尾弐 黒雄 ◆pNqNUIlvYE:2018/10/28(日) 01:11:35

>「よお……。会いたかったぜ。久しぶりだなア……相棒……」

尾弐の思考が赤く染まる。
親しげに、友人に挨拶するかの様に言葉を向けてくる男。
人の姿を模してしているが……間違えようがない

尾弐は……そして、尾弐に巣食う存在は、知っている。
眼前の妖怪の名を、確かにその記憶に刻んでいる。



「『茨木童子』――――!」

13尾弐 黒雄 ◆pNqNUIlvYE:2018/10/28(日) 01:31:54
茨木童子は名を呼ばれた事が嬉しいのか、友人に語る様に楽しげに言葉を紡ぐ。

>「おまえが復活したことがバレりゃ、またぞろ頼光みてえな連中がたかってきやがるからな――」
「……てめぇ」

その言い様に、怒りの感情を見せる尾弐。
妖気は黒く染まり、視線は敵意に染まる。だが――――

>「欲しいものは何だって奪ってきた。悪名を轟かせた。あの平安の頃に戻ろうぜ、酒呑!」

茨木はその尾弐の敵意を意にも返さない。
それは当然だろう。鬼として見た場合、尾弐と茨木では、後者が遥かに格上であり――更に、茨木が見ているのは、尾弐の中にある酒呑童子なのだから。


>「近いうち、おまえに相応しい塒も用意してやる。前もそうだったろ?オレが大江山に、おまえに相応しい館を建てたんだ」
>「今度は、あの頃よりももっと攻められ辛い、おまえに似合いの塔を献上してやる。いいだろ?楽しみにしててくれよ」
>「ああ――ワクワクしてくるぜ!妖怪も人間も、どいつもこいつも!おまえの前にひれ伏させてやる!」
>「オレとおまえが組めば、怖いものなんてありゃしねえんだ!五大妖も、日明連も、目にもの見せてやる!」

だから、平気で尾弐の記憶へと土足で踏み込む。
仲間を集め、気ままに悪意を振りまこうと、尾弐にとって忌むべき過去を振りかざし、手を伸ばしてくる。
……恐らく、酒呑童子として茨木童子の手を取れば、力を得る事は出来るのだろう。
それこそ、天災の如き悪鬼として帝都を恐怖の坩堝へと叩き落す事など易々とやってのけるに違いない。
仮にそうでなくとも、酒呑童子のフリを続ける事で、質は悪いが巨大な戦力を手にする事も出来ただろう。
それら全ての事を理解したうえで、

14尾弐 黒雄 ◆pNqNUIlvYE:2018/10/28(日) 01:36:33
「――――」

尾弐黒雄は、無言で茨木童子が伸ばした腕を打ち払った。
言葉が無いのは冷静であったからでも、策謀を巡らしていたからでもない。ただただ、溢れ出る憤怒の感情を御しきれないが故。
眼球の毛細血管が破れ、その目を赤く染めながら尾弐は、ゆっくりと……憎悪で我を失わないようにゆっくりと感情を言葉にしていく。

「俺が酒呑童子だと?……ふざけるなよ。何があの頃みてぇにだ……確かに、ただの賢しいガキだったあいつを化物に仕立て上げたのは人間だがな……!
 あいつを化物に育て上げて殺させたのはテメェ等だろうが……!そんな奴の手を取れだと!? 俺は、俺が……っ!!」

感情を抑えようとして、それでも溢れる怒りのあまりに言葉を言い切る事すら出来ない。
そんな尾弐の剣幕で、ようやっと茨木童子は拒絶された事に気付いたのだろう。

>「な……、何言ってる?おまえは酒呑だろ?オレは見た、確かに見たんだ、新宿御苑で!」
>「団三郎を、袈裟坊を、オレの手下どもを啖った忌々しいクソ蛇野郎をブチのめす、懐かしいおまえの姿を――!」
>「なあ、もうそんなカモフラージュは必要ねえよ。元の姿に戻ってくれよ。オレに本当のおまえの姿を見せてくれよ……」
>「あの、輝く美しさ。オレじゃ絶対敵わねえって、そう思った。この世に並ぶ者はねえって心から思えた、おまえの姿をよ!」
>「なあ……酒呑!なあって……!」

「テメェの為に振るった力じゃねぇ! テメェの為なんぞに力を振るったりする筈がねぇだろうが!!」

茨木童子は、いっそ憐れみすら感じさせる懇願。忠誠心のようなモノを以って尾弐の中の酒呑童子へと語りかける。
けれど尾弐は、酒呑童子へと向けられたその言葉に一切の理解や共感を示す事無く徹底的に拒絶する。

15尾弐 黒雄 ◆pNqNUIlvYE:2018/10/28(日) 01:55:53
>「やっぱり、あのときのことを怒ってるのか……?」
>「頼むよ、酒呑……帰ってきてくれよ、オレと一緒にいてくれよ……。オレは、おまえがいなくちゃダメなんだ……」

「うるせぇ……お前の願いは叶えさせねぇ。どんな手段を使ってもな……!」

……結局、相互理解の無いこの問答は、茨木童子の部下の横槍が入るまで続いた。

>「おまえがいつ戻ってきてもいいように。王国を作っておくからよ……前よりもっともっと荘厳華麗なやつをな!」
>「……また迎えに来る」

「させるか……っ!?」

部下の言葉を受けて立ち去ろうとする茨木童子を妨害しようとする尾弐であったが……その不意に動きが止まる。
それは、己の身体を己でない者が律してしまったかの様な不自然な静止。
……そうして尾弐が体の自由を取り戻した頃には、茨木童子達はその身を再び夜の闇へと紛れさせているのであった。

「……畜生ッ!!!!」

尾弐は、壁に拳を叩き込みコンクリに罅を入れつつ激昂する。
そして、暫くその場に蹲ってから……それでも立ち上がると、シロの捜索に戻るのであった。

16多甫 祈 ◆MJjxToab/g:2018/10/29(月) 21:53:52
上二本与半卉亠十士廿卞广下广卞廿士十亠卉半与本二上旦上二本与半卉亠十

 夕暮れ。夕陽の赤が街並みを染め上げていた。
それよりももっと赤いのが、アスファルトだった。
赤い絵の具でもまき散らしたかのように、
辺りのアスファルトは一面赤一色に染まっていた。
 通りには逃げ惑う人々の姿が見える。
それを追うのは、屈強な体躯をした、頭部に角を生やした黒い影のような集団。
 その中心にいるのは、小さな影だった。
背丈は祈と同じぐらいか、あるいは祈より低いかというような、どこか見覚えのある背中。
“真っ黒く脈打つ何か”を右手に持った、少年のようにも少女のようにも見えるシルエット。
そのシルエットは祈の視線に気付いたのか、ゆっくりと祈の方を振り返った。
 目が合う。喜色を浮かべた表情。
その顔は姦姦蛇螺討伐の際に見た、酒呑――。


下广卞廿士十亠卉半与本二上旦上二本与半卉亠十士廿卞广下上二本与半卉亠

「うわあ!?」

 祈は目を開け、跳ね起きた。
そこが自分の部屋だったことで、さっきまで見ていた光景が夢だと分かる。
 ほっと息を吐く祈だが、鼓動が少し早いのを感じていた。
 しかし、今の夢は何だったのだろう。どうしてそんな夢を見たのだろうと、祈は思う。
 姦姦蛇螺討伐の際に見せた、尾弐の酒呑童子の姿。
あれは御前が処置しなければ、尾弐は東京を脅かす存在になっていたかもしれないと言う。
それは、尾弐にとって酒呑童子とは制御不能の存在ということを示しているのだろうか。
 祈はてっきり、尾弐が酒呑童子そのものだと思っていたが、
そうではないのだろうか。
 酒呑童子とは、尾弐の中にいる誰かなのだろうか――。
 カーテン越しに見る空は未だ薄暗い。
祈は考え事をするうちにまたうとうとし始めて、眠りについてしまい。
そんな夢を見ていたことすらも忘れてしまった。

17多甫 祈 ◆MJjxToab/g:2018/10/29(月) 21:55:12
>「皆さん、初めまして。祈の母です」

 『SnowWhite』――ノエルが経営するかき氷店に、
祈は母・颯を伴ってやってきていた。
 自分を姦姦蛇螺から助けてくれた恩人であり、
祈の仲間でもある東京ブリーチャーズの面々に挨拶をしたい。
そう颯が望んだからであった。
 颯は集まったブリーチャーズ達に対し、深々と頭を下げ、そう言った。

「電話でも言ったけど、母さん無事に退院できてさ。今はあたしとばーちゃんと三人で暮らしてんだ。
それもこれもみんなのお陰だよ。ほんとありがとね!」

 颯の横に立っている祈もまた深々と頭を下げた。
姦姦蛇螺討伐のことや、その後御前から助けて貰ったことも含め、
祈が生きて母と再会できたのは、仲間達のお陰だ。
きさらぎ駅でも陰陽寮でも、思えば仲間たちにはいつも助けられてばかりで、
いつかこの大きな恩は返さなければならないのだろうと祈は思う。
 颯は一人一人に挨拶するつもりらしく、一番手近な場所にいるノエルへと近づいていき、
にっこりと微笑んで両手でノエルの右手を取った。
その様を、祈は頭の後ろで手を組んで見守っている。

>「あなたがノエル君ね?祈がいつもお世話になってるみたいで……。ごめんなさいね、でも本当にありがとう」
>「これからも、祈のことをよろしくお願いしますね。今度、うちに遊びにきて?いっぱいご馳走を作って待ってるから!」

 嬉しそうに話す母とノエルを見ながら、
祈はなんだか気恥ずかしい気持ちになり始めていた。

>「やーね、橘音と黒雄君のスカウトした仲間だもの。全然心配なんてしてないわ?」
>「橘音はあの通り隠しごとばっかりだし、黒雄君は不愛想だけど、人を見る目は確かだって。そう思うから」

 14年の空白を埋めるように、祈と颯は多くのことを語った。
 祈の学校生活、父との出会いがどんなものだったか。
颯の思い出。昔の祖母、祖父のこと。祈の苦手な教科。好きな食べ物。
 そして話したことの中には、仲間に対する本音もあった。

>「何より、祈があなたのことを信じてる。あなたのことを仲間って、友人だって思ってる――」
>「――それだけで。あなたを信じるには充分すぎるもの」

 ノエルにはよく助けられている。変なやつなんだけど頼れる仲間で、
面白い友達で、よくわかんないけどこんな綺麗な櫛も貰ったんだ。とかなんとか。色々言ったものである。
 常々思っているけれどなかなか口には出せない本音が母の口から飛び出しているようで、
祈は顔を赤くして、

「か、母さん! もういいでしょ! 次! 次はポチね!」

 声を荒げてノエルから颯を引き剥がす。
丁度ノエルの隣にいるポチを指差し、そちらへの挨拶を促した。
 颯はポチに向き直ると、中腰になってポチと視線を合わせた。

18多甫 祈 ◆MJjxToab/g:2018/10/29(月) 21:55:55
>「ポチ君!あなたもブリーチャーズの仲間なのね。嬉しいわあ!いつの間にか、こんなに仲間が増えちゃってて!」
>「橘音も黒雄君もあんなでしょー?わたしが現役のときも、どうにも仲間を作りづらくってねぇ……困ってたのよぉ」

 橘音も尾弐も長らく二人だけでやってきたし、それぞれ事情を抱えていた。
故に、仲間となれる者は少なかった、らしい。
積極的な付き合いがあったのは颯と晴陽の2人ぐらいだったようだと、颯は祈に語っていた。
 その仲良くなった2人が姦姦蛇螺を食い止める為に犠牲になってしまったのだから、
塞ぎこんで二度と仲間など持つまいと思っても仕方なかっただろう、とも。
 それが今となっては。主要なメンバーにノエル、ポチ、祈がいる。
そして補欠メンバーや妖怪召板に登録されている妖怪、
そしてノエルの従者やら事務所の居候やらを含めれば、多くの者に囲まれていると言える。
御前の指示があって東京ブリーチャーズを結成したとはいえ、橘音達はいい方向に向かったと言えるのだろう。
それを颯は喜んでいるようだった。

>「ちょ、颯さーん!?変なこと言わないで下さいよ!?」

 ポチに親し気に話しかける颯に、白狐のままの橘音からツッコミが入った。
橘音がツッコむ気持ちがよくわかる気がする祈である。

>「あなたは黙ってなさい橘音。うんうん、ポチ君みたいなコがいてくれるなら東京ブリーチャーズも安泰ね!」

 しかし、颯はぴしゃりと橘音を叱りつけて、再びポチに向き直るばかりだった。
叱られた橘音は大人しくなってしまった。
 ちなみに祈はポチについて、
『ポチは狼犬なんだ。送り狼とすねこすりのハーフ。6歳だからあたしにとっては弟分みたいなもんなんだけど、
ロボって言う獣《ベート》を倒しちゃうくらい強くって、こっちも頼りになるんだ。
あ、獣《ベート》ってわかる? 獣《ベート》っていうのは――』
とかなんとか、母に語っている。シロと言うお嫁さんがいるということなども、色々。
 
>「……わたしは戦えないから。もう、みんなの力になってあげられないから――」
>「でも、わたしなんかがいなくたって。あなたたちがいるなら、東京は安心ね!姦姦蛇螺を倒すくらいだもの」
>「これからも祈と仲良くしてやってね。ポチ君」

 颯は僅かに寂しそうな顔を見せた。
 そう。もう颯は戦えない。
祖母が危惧していたような事態――『精神を姦姦蛇螺の憎悪に汚染されている』、
ということはなかったものの、ずっと姦姦蛇螺の中に囚われていた肉体的なダメージから颯は完全に立ち直っていない。
普通の人間として暮らすなら問題はないが、数十年の時を経たとしても、
その体が戦えるレベルにまで回復するかどうかは怪しいものであるらしい。

19多甫 祈 ◆MJjxToab/g:2018/10/29(月) 21:58:29
>「いいんですよ、颯さん。元々、あなたには無理をさせ過ぎました」
>「それにね……戦闘に参加するだけが力になるってことじゃない。あなたがいてくれるだけで、ボクたちは力が湧いてくる」
>「ね。そうでしょう?祈ちゃん」

 橘音が颯の傍に寄って、そんな颯を慰めた。

「うん。母さんがいるって思うだけであたし、百人力だよ。みんなもいるし。母さんは安心して休んでて」

 橘音に同意を求められた祈は力強く頷いて、そう答える。

>「ま、そういう訳だ。お前さんは親らしく、祈の嬢ちゃんに美味いモンでも食わせてやんな。
>……言っとくが、あれから年月も立って俺の料理の腕も上達したからな。生半可な食事じゃ満足させられねぇかもしれねぇぞ?」

 くつくつと暖かい笑みを浮かべながら、尾弐が颯への言葉を重ねた。

>「……ありがとう。そう言ってもらえれば、気持ちが楽になるわ」

 それを聞いて、安心したように颯は微笑んだ。
かつては人を遠ざけていた二人が暖かな言葉を掛けてくれたこと、
いや、誰かを思いやるようになってくれたことが嬉しいのかもしれなかった。
 ちなみに祈は颯と尾弐、どちらの料理もおいしいしどちらも祈は好きであり、
甲乙つけがたいと思っている。
もしかしたら家庭料理ではやや颯が、ツマミ的な一品料理では尾弐の方が上手かもしれない、とは思うものの。

>「さて、それじゃ無事に戦いも終わりましたし、慰労ってことで。みんなで久々に迷い家の温泉へ行きましょうか!」
>「ノエルさん、今こそ積み立て金をすべて放出するときですよ!ボクはビタ一文出しません!」

 と、急に元気になった橘音が言う。

「積立金って、こないだ御幸が言ってたやつ? あたしのコーヒー代とかかき氷代とか、なんか色々なの貯金してたっていう?」

 祈はそれを聞いて『迷い家に行けるだけの金額が貯まっているのだろうか?』という目でノエルを見た。
おそらく、橘音がSnowWhiteに居候している間になんやかんややって貯めた金もあるのだろうし、
もしかしたら、行ける額になっているのかもしれず。
あるいは、ノエルがほぼ自腹を切っているだけなのかもしれないのだが、とりあえず。
後日に控えた連休に、ブリーチャーズは迷い家に行くことになったのであった。

20多甫 祈 ◆MJjxToab/g:2018/10/29(月) 22:02:08
 祈達が住むボロアパートの二階。多甫家の玄関にて。

>「祈、忘れ物はない?お泊まりセット持った?それから、富嶽さまにはちゃんとご挨拶するのよ?できる?」

 迎えに来てくれたブリーチャーズの面々。その前で、颯は祈に諸々の最終確認をした。
颯は心配性らしく、このような確認が何度行われたことか分からない。

「もぉー、心配性だな母さんはっ!」

 口うるさい母親に辟易する娘、という口振りの割に、口元が緩んでいる祈。
当たり前である。ずっとしてみたかったやり取りが何度もリピートされているのだから。
ぶっちゃけ楽しいのだ。

「大丈夫だって母さん。昨日だって一緒に荷物確認したし、挨拶もちゃんと覚えてるから。
それに何かあった時のためにバットも持ってるし、完璧でしょ。ほら」

 いつもより荷物が詰まってギチギチなったスポーツバッグを開けて、祈がバットを取り出して見せる。
いついかなる時戦いになっても大丈夫なようにと他にも物騒な物を色々持っていたのだが、
そのほとんどを置いて行くように颯に指示される祈であった。

「ちぇー……じゃー、悪いけどヘビ助とハルとマルのお世話よろしくねばーちゃん。行ってきまーす」

 不要な荷物を置いて、振り向きながら祈は菊乃にそう言った。
対し、軽く手を挙げて「気を付けて行っといで」と二人を見送る菊乃。
 そうして新幹線に乗って、レンタカーに乗って。
一行は再び迷い家に辿り着いた……のだが、
再会したぬらりひょん富嶽と倩兮女の笑の様子がどうにもおかしい。
 話を聞いてみると、東京ブリーチャーズの活動が日本明王連合と妖怪側との間で正式に許可され、
再び東京を護って良いということになったという。ここまでは良いが、
その正式な辞令をシロに持たせて東京に送り出してしまったというのである。
 つまり、シロと行き違いになってしまったのである。

>「まさか行き違いになってしまうなんて……。タイミングが悪いわねえ」

 頬に手を当てて、困ったような笑みを浮かべる笑と、

>「あー……成程、そういう事か。そいつぁオジサンも予想できなかったわ。どうしたモンかね……」

 首の後ろに手を当ててやや困った表情の尾弐。
とはいえ。

>「じゃ、戻りましょうか」
「そうだね。戻ろっか」

 颯の言葉に同調する祈。
ポチは湯治だけでなくお嫁さんであるシロと会うのを楽しみにしていた筈である。
ということはポチはこの旅行を心から楽しめないと言うことになるし、
東京で待ちぼうけを喰らうシロも可哀想だ、と祈は思ったのだった。

>「ポチ君はそのシロちゃんに会いに来たんでしょう?会えなかったのにここにいたって、心から楽しめるわけないもの」
>「だったら、手間でも一旦戻って、シロちゃんと合流して。それから改めて旅行を楽しんだ方がずっといいわ」

 お茶目にウィンクして見せる颯。祈は、母とはどうやら気が合うようだと少し嬉しくなった。

>「まぁ、ボクはいいですけど。どうせお金払うのはノエルさんですし」
>「俺も構わねぇが……オジサンとしちゃあ、もうちっと我儘言っても良いと思うがね。別に二人は温泉で療養してても良いんだぜ?」

 頑としてびた一文払おうとしないケチ芸を見せる付ける橘音と、
その頭をぐりぐりと撫でながら、祈と颯を気遣ってそういう尾弐。祈は首を横に振って、
 
「いいんだ。新幹線でお弁当食べたり、みんなと景色見たりなんやかんや楽しかったしさ!」

 そう答えてにっと笑う。今回の連休で楽しめなくても、機会はまたある。
この先いくらだって楽しいことはある。なんせ生きてるのだから。
だからいまはポチとシロ、二人が優先だ。
 そうして来て早々に帰ろうとする一行に、
富嶽がさっさと行ってさっさと戻って来いといような言葉をかけるので、
祈はそれに手を挙げて応じた。

21多甫 祈 ◆MJjxToab/g:2018/10/29(月) 22:06:45
 ということで東京までとんぼ返りしたものの、
シロは事務所におらず、SnowWhiteにもいなかった。
 SnowWhiteでノエルの従者が、それらしき妖怪を見かけたという話を聞かせてくれたので、
東京の、この付近にいるのは確かなようではある。
 ということはポチを探して色んな所を走り回っているのだろう。
またしても、行き違いになってしまった。
 なかなかシロが戻ってこないので、一行はシロを捜索することになった。
シロが戻ってきた時に備えて待機する側と、シロを捜索する側に分かれて。
橘音と颯はSnowWhiteで待つことになり、祈は捜索する側に回った。
 シロがいそうなところはポチが行くとして、
祈が探すのは、シロが迷ってしまいそうなところだった。
 迷い家のある大自然と比べるとやはり都会はニオイがきつい。
それによって鼻がマヒしたか惑わされて、戻ってこれないのではないかと考えたのだった。
事務所を中心として、ニオイがきつくて方向感覚を失ってしまいそうな、
裏路地やごみが集まっているような場所などを捜索する祈。
しかしどこにもシロの姿を見つけることはできず、7時頃になると祈のスマホが鳴った。

>「無理は禁物よ。今日はこれで切り上げて、また明日探しなさい」

 出てみると颯の声がそう言った。
祈はそれに渋々ながらも了承し、通話を切る。
 切上げてまた明日、と颯は言った。
ということはこの時間になっても、ポチの鼻を使ってもシロを辿り切れなかったということになる。
 シロはどこに行ってしまったのだろう、と、祈は心配になる。
人に捕まったり、ドミネーターズの引き起こす事件か何かに巻き込まれていなければ良いが、と。

22多甫 祈 ◆MJjxToab/g:2018/10/29(月) 22:24:52
 結局自宅に戻ることになった祈と颯。
旅行の途中で帰って来るのは前にもあったことなので、今更菊乃は驚きもしなかった。
 祈は夕飯を食べて、小さな家族たちに餌をやり、風呂を浴びて寝間着に着替えた。
そして犠牲になった人やコトリバコ達に祈りを捧げて、いざ就寝と言う頃のこと。

「どうやったらシロを探せるんだろーなー……」

 祈はそう呟きながら電気を消して、布団にもぞもぞと潜り込んだ。
そしてうとうとしながら、考え始めた。
どうすればシロを探せるのか、と。
 思い浮かぶのは、満月の夜に見たシロの姿である。
連想ゲームのように、ロボとの戦いが思い出された。

(ポチでも見つけられないんじゃお手上げだよな。これじゃもうどうしようも……あ)

 と、そこまで考えた時。
満月の夜の戦いに欠かせなかったあるアイテムがフラッシュバックし、
脳裏にある言葉が蘇った。

>『差し押さえていた三尾の事務所と道具も、もう従来通り自由に使って構わんぞ』
>『シロと合流したら、天神細道でこっちに戻ってくればいいぢゃろ』

 ブリーチャーズが帰る前に、富嶽が言っていたこの言葉。

「なんで思いつかなかったんだろ! 『天神細道が使える』んじゃん!」

 天神細道とは、一方通行だがどんな場所にだって行けるという、
どこでもド○みたいなものすごいアイテムである。
使い方は簡単で、どこに行きたいかを思い浮かべて天神細道の鳥居を潜ればいい。
つまりシロがいる場所へ行きたいと願いながら天神細道の鳥居を潜れば、
行方不明のシロの元へだって労せず確実に辿り着けるはずなのだ。
 事務所に天神細道が置きっぱなしであれば、それを使ってシロを探せる――。
 そう考えた祈は、ばっと布団を跳ね除けて起き上がると、
机の上で充電中のスマホを取って起動させ、
電話帳から御幸乃恵瑠の名前を選んで電話を掛けた。
 もしその電話にノエルが出たのなら、祈はこう言うだろう。

「もしもし御幸? 遅い時間にごめん、あたしだけど。今お店にいる?
もしお店にいるんだったら、悪いんだけどちょっと事務所に行って確認してくんないかな。
天神細道があるかどうか。天神細道だったら、多分シロのところに行けると思うんだ」

 出なかったのならば、祈のことだから
こっそり家を抜け出して一人で直接事務所に確認しに行くかもしれない。
ノエルが天神細道があると答えて、使用に前向きだ答えても、
恐らくは天神細道を潜る為にこっそり家を抜け出すであろう。
 だがしかし。シロが消えたのがドミネーターズの仕業や罠だったとき、
シロを追って天神細道を潜るのは危険である。
 そこは敵の本拠地か、あるいは死地か。
それとも何者も生きていられぬような地獄かもしれない。
もしくは、ドミネーターズに奇襲を仕掛け、悪しき企みをくじく絶好の機会であるかもしれないし、
ドミネーターズなど関係なくただ迷子になっているシロを見つけられる可能性もある。
 進むか止まるかはノエル次第。
ノエルが止めたのならば祈はそれを素直に聞くだろう。

23御幸 乃恵瑠 ◆4fQkd8JTfc:2018/10/30(火) 21:56:58
ここはノエルの夢の中――毎度お馴染み脳内会議が開かれていた。今日の議題は……

ノエル「最近さ、前よりも祈ちゃんを守ってあげなきゃって思うんだ。なんでだろう」
みゆき「えっ、それって……」(ガタッ
乃恵瑠「つまりそういうことだよな!?」(ガタッ
深雪「期待しているところ悪いが勘違いせぬように教えておいてやろう。
運命を変えてもらったことを対価に我はあやつと契約を結んだのだ。
苦しい時も、死の淵に瀕した時も、いついかなる時も我は祈殿の味方だと――」
ノエル「ファッ!? 何勝手なことしちゃってんの!?」
深雪「なんだ、不服か?」
乃恵瑠「それがどんなに重大な契約か分かっているのか?
例え世界を敵に回しても味方でいつづけるということだぞ――」
深雪「問題ない。祈殿の力が悪い方向に行かないように見ておくのはノエルの役目だからな」
ノエル「そんな事言ったって同一存在なんですけど!? ――まあいっか」
みゆき「まあいっかで流した!?」
ノエル「それよりさっき言ってた勘違いって何のこと?」
深雪「いや、分からぬならよい」
ノエル「???」

゚+。*゚+。。+゚*。+゚ ゚+。*゚+。。+゚*。+゚ ゚+。*゚+。。+゚*。゚+。*゚+。。+゚*゚+。。+゚*。+゚

そんなこんなでいよいよ颯が正式に退院し、一行との対面の日がやってきた。
ノエルはもし素性を聞かれたら自分のツッコミどころ満載のそれをどう説明しようかと気が気ではない。

>「皆さん、初めまして。祈の母です」
>「電話でも言ったけど、母さん無事に退院できてさ。今はあたしとばーちゃんと三人で暮らしてんだ。
それもこれもみんなのお陰だよ。ほんとありがとね!」

「マジで母!? 姉でもいけるじゃん……!」

颯と祈が並んでいるのを見て、思わずこんな感想が飛び出す。
橘音達と颯は今から三十年ほど前に出会い、その時は颯は14歳だったという。
つまり実年齢は44歳ぐらいということになるのだが、姦姦蛇螺に囚われている時は30代前半ぐらいという印象だった。
しかしこうして元気になって喋っているのを見ると、更に若く見える。
まあそもそも妖怪の血が入っている者に見た目と実年齢を対応させようとする前提が間違いなのだが
颯の場合種族名ターボ”ババア”の上に祈より更にその要素が強い。
BBA(年齢設定自由)ということだろう、多分。

「あの……」

>「あなたがノエル君ね?祈がいつもお世話になってるみたいで……。ごめんなさいね、でも本当にありがとう」
>「これからも、祈のことをよろしくお願いしますね。今度、うちに遊びにきて?いっぱいご馳走を作って待ってるから!」

ノエルが何か言おうとして言葉に詰まっている間に、
颯はまるで娘の親友の同級生にでも接するかのように、初対面のノエルの手を取って懇ろに握手した。
いや、学校にみゆきとして潜入しているので実際に同級生でもあるのだが、
ノエルは数百年を生きる妖怪なので、当然祈はおろか颯よりも遥かに年上である。
それなのに颯に何故か母性のようなものを感じてしまい、不思議な気分になる。
“ババア”は外見ではなくこっちに影響しているのかもしれない。

24御幸 乃恵瑠 ◆4fQkd8JTfc:2018/10/30(火) 21:58:49
「素性とか聞かなくていいの!? 娘の交友関係もっと心配しなきゃ!
僕……変態だしノエルだし四重人格だし雪の女王の後継者で災厄の魔物だよ!?」

閉鎖的社会で数百年箱入り娘として自分を育てた雪の女王とのあまりの違いに、
思わず自分からツッコミどころしかない属性盛り過ぎの素性を暴露するノエル。
しかし颯は気にも留めない。

>「やーね、橘音と黒雄君のスカウトした仲間だもの。全然心配なんてしてないわ?」
>「橘音はあの通り隠しごとばっかりだし、黒雄君は不愛想だけど、人を見る目は確かだって。そう思うから」
>「何より、祈があなたのことを信じてる。あなたのことを仲間って、友人だって思ってる――」
>「――それだけで。あなたを信じるには充分すぎるもの」

心から自分のことを信用する真摯な瞳を受けたノエルは、今度は厚意を素直に受け取るのだった。

「ありがとう……今度遊びにいくから! 颯さんの手料理楽しみにしてるからね!」

ところで颯は祈が物心つく前に別れて、つい先日に再会したばかりである。
それなのに祈のことをここまで信頼している。
この親子が特別なのか、それともこれが雪女の世界にはない血の繋がりというものなのか――
そんなことを考えていると、照れたのであろう祈が見かねたように制止する。

>「か、母さん! もういいでしょ! 次! 次はポチね!」

>「ポチ君!あなたもブリーチャーズの仲間なのね。嬉しいわあ!いつの間にか、こんなに仲間が増えちゃってて!」
>「橘音も黒雄君もあんなでしょー?わたしが現役のときも、どうにも仲間を作りづらくってねぇ……困ってたのよぉ」
>「ちょ、颯さーん!?変なこと言わないで下さいよ!?」
>「あなたは黙ってなさい橘音。うんうん、ポチ君みたいなコがいてくれるなら東京ブリーチャーズも安泰ね!」
>「おいおい。オジサンも悪ぃが、妙な所で頑固なお前さんの性格も、仲間が増えなかった原因の一つだからな」

ポチへの挨拶から話が広がり、愉快な会話が繰り広げられる。
仲間を作りづらい以前に、昔の橘音と尾弐は二人はプ〇キュア!状態で
基本仲間は増やさない方針で颯だけは特別だったのではないだろうか。

>「……わたしは戦えないから。もう、みんなの力になってあげられないから――」
>「でも、わたしなんかがいなくたって。あなたたちがいるなら、東京は安心ね!姦姦蛇螺を倒すくらいだもの」
>「これからも祈と仲良くしてやってね。ポチ君」

少し寂しそうに、自分は戦いには参加できない事を告白する颯を、皆が口々に励ます。

>「いいんですよ、颯さん。元々、あなたには無理をさせ過ぎました」
>「それにね……戦闘に参加するだけが力になるってことじゃない。あなたがいてくれるだけで、ボクたちは力が湧いてくる」
>「ね。そうでしょう?祈ちゃん」
>「うん。母さんがいるって思うだけであたし、百人力だよ。みんなもいるし。母さんは安心して休んでて」
>「ま、そういう訳だ。お前さんは親らしく、祈の嬢ちゃんに美味いモンでも食わせてやんな。
>……言っとくが、あれから年月も立って俺の料理の腕も上達したからな。生半可な食事じゃ満足させられねぇかもしれねぇぞ?」
>「……ありがとう。そう言ってもらえれば、気持ちが楽になるわ」

25御幸 乃恵瑠 ◆4fQkd8JTfc:2018/10/30(火) 22:00:33
戦わなくても大丈夫、いてくれるだけでいい、という意味合いの事は皆が十分言ったので、ノエルは少し別の方向から励ますことにした。
半妖とはいえ、外見年齢と実年齢の差から推測して相当寿命は長いだろうと踏んだのだ。
(姦姦蛇螺に囚われていた間は外見年齢が止まっていたという可能性もあるが)

「大丈夫だって、すぐ元気になるよ! 人間の尺度で言えばちょーっと時間かかるかもしれないけどさ。
あ、でも迷い家の温泉につかれば案外すぐ治ったりして!」

>「さて、それじゃ無事に戦いも終わりましたし、慰労ってことで。みんなで久々に迷い家の温泉へ行きましょうか!」
>「ノエルさん、今こそ積み立て金をすべて放出するときですよ!ボクはビタ一文出しません!」

「出さない以前にその姿じゃ出せないでしょ!」

>「そういや今の那須野は無収入だったか……ま、レンタカー代くらいは俺が出すから後は頼むぜ、色男」

橘音はSnowWhiteのファンの一人であり、ノエルがいいと言っても毎回律儀にお金を払っていた。
特に積立金として売上と別にしていたわけではないのだが、合計すればかなりの金額になっているに違いない。

>「積立金って、こないだ御幸が言ってたやつ? あたしのコーヒー代とかかき氷代とか、なんか色々なの貯金してたっていう?」

「そうそう、そんな感じ!」

祈がそんなに積立金があるのだろうか、と心配そうな目で見てくるが
個人事業者なんて店のお金と自分のお金の区別があって無いようなものなので、あまり気にしていないノエルであった。

゚+。*゚+。。+゚*。+゚ ゚+。*゚+。。+゚*。+゚ ゚+。*゚+。。+゚*。゚+。*゚+。。+゚*゚+。。+゚*。+゚

こうして迷い家にやってきた一行だったが――

>「なんぢゃ、お主ら。本当に来おったのか」

「えっ、あれガチの営業っぽかったよ!?」

>「あらぁー……それはちょっとタイミングが悪かったわねぇ……」
>「いや……お前さん方、そのファーストコンタクトは接客業的にどうなんだ?」
>「ええ、いえ、皆さんがお見えになられたのはとても嬉しいのですけれど……」

>「ちょうど昨日の昼に、シロを帝都へ向かわせたところぢゃ。ホレ、前に言うたぢゃろう。日本明王連合と合議しとると」

どうやらシロと入れ違いになってしまったらしい。

「行かせる前に鏡で予告してくれれば良かったじゃん!」

と文句を言うノエルだったが、今更言っても仕方のないことである。

26御幸 乃恵瑠 ◆4fQkd8JTfc:2018/10/30(火) 22:00:43
戦わなくても大丈夫、いてくれるだけでいい、という意味合いの事は皆が十分言ったので、ノエルは少し別の方向から励ますことにした。
半妖とはいえ、外見年齢と実年齢の差から推測して相当寿命は長いだろうと踏んだのだ。
(姦姦蛇螺に囚われていた間は外見年齢が止まっていたという可能性もあるが)

「大丈夫だって、すぐ元気になるよ! 人間の尺度で言えばちょーっと時間かかるかもしれないけどさ。
あ、でも迷い家の温泉につかれば案外すぐ治ったりして!」

>「さて、それじゃ無事に戦いも終わりましたし、慰労ってことで。みんなで久々に迷い家の温泉へ行きましょうか!」
>「ノエルさん、今こそ積み立て金をすべて放出するときですよ!ボクはビタ一文出しません!」

「出さない以前にその姿じゃ出せないでしょ!」

>「そういや今の那須野は無収入だったか……ま、レンタカー代くらいは俺が出すから後は頼むぜ、色男」

橘音はSnowWhiteのファンの一人であり、ノエルがいいと言っても毎回律儀にお金を払っていた。
特に積立金として売上と別にしていたわけではないのだが、合計すればかなりの金額になっているに違いない。

>「積立金って、こないだ御幸が言ってたやつ? あたしのコーヒー代とかかき氷代とか、なんか色々なの貯金してたっていう?」

「そうそう、そんな感じ!」

祈がそんなに積立金があるのだろうか、と心配そうな目で見てくるが
個人事業者なんて店のお金と自分のお金の区別があって無いようなものなので、あまり気にしていないノエルであった。

゚+。*゚+。。+゚*。+゚ ゚+。*゚+。。+゚*。+゚ ゚+。*゚+。。+゚*。゚+。*゚+。。+゚*゚+。。+゚*。+゚

こうして迷い家にやってきた一行だったが――

>「なんぢゃ、お主ら。本当に来おったのか」

「えっ、あれガチの営業っぽかったよ!?」

>「あらぁー……それはちょっとタイミングが悪かったわねぇ……」
>「いや……お前さん方、そのファーストコンタクトは接客業的にどうなんだ?」
>「ええ、いえ、皆さんがお見えになられたのはとても嬉しいのですけれど……」

>「ちょうど昨日の昼に、シロを帝都へ向かわせたところぢゃ。ホレ、前に言うたぢゃろう。日本明王連合と合議しとると」

どうやらシロと入れ違いになってしまったらしい。

「行かせる前に鏡で予告してくれれば良かったじゃん!」

と文句を言うノエルだったが、今更言っても仕方のないことである。

27御幸 乃恵瑠 ◆4fQkd8JTfc:2018/10/30(火) 22:02:04
>「一昨日結論が出ての……お主ら東京ブリーチャーズを改めて帝都鎮護の役に就かせることが決定したのぢゃ」
>「決め手は先日の姦姦蛇螺討伐よ。妖怪にとっても人間にとっても、あの祟り神は共通の脅威。それを討伐したのが大きかった」
>「日明連も儂らも、その功績は大いに評価すると。そう意見が纏まってな……」
>「裁判だの何だの色々あったが、これでお主らは晴れて無罪放免。大手を振って活動できるというワケぢゃな」

東京ブリーチャーズ活動再開の許可が出たとの嬉しい知らせだが
それよりも今はシロとすれ違いになってしまった件に頭を悩ませる一行。

>「あー……成程、そういう事か。そいつぁオジサンも予想できなかったわ。どうしたモンかね……」

「颯さんは療養が必要だし祈ちゃんとここに残ってもらって僕達で連れて来よう?」

そう提案するノエルだったが、颯はあっさりと戻るという。

>「じゃ、戻りましょうか」
>「ポチ君はそのシロちゃんに会いに来たんでしょう?会えなかったのにここにいたって、心から楽しめるわけないもの」
>「だったら、手間でも一旦戻って、シロちゃんと合流して。それから改めて旅行を楽しんだ方がずっといいわ」

>「まぁ、ボクはいいですけど。どうせお金払うのはノエルさんですし」
>「俺も構わねぇが……オジサンとしちゃあ、もうちっと我儘言っても良いと思うがね。別に二人は温泉で療養してても良いんだぜ?」

「そうだよ、本当にいいの?」

>「いいんだ。新幹線でお弁当食べたり、みんなと景色見たりなんやかんや楽しかったしさ!」

祈がこう言うからにはもう何を言っても無駄なことは分かっている。
おそらく母親の颯も似たようなものだろう。

「それならいいけど……。
……それはそうとして橘音くん最近特に僕の扱い雑じゃない!? 別にお金出すのはいいけど!」

尾弐も財布の紐の緩めない橘音を見かねて頭をぐりぐりしている。
それにしても橘音は尾弐に対しては好き好きオーラ全開のくせにこの差は何だろうか。
しかし好き好きオーラ全開なのはいつか遠くに行ってしまうかもしれない不安があるからかもしれず、
逆に扱いが雑なのは何があっても揺らがない盤石の友情が根底にあるからという解釈も出来るのである。

゚+。*゚+。。+゚*。+゚ ゚+。*゚+。。+゚*。+゚ ゚+。*゚+。。+゚*。゚+。*゚+。。+゚*゚+。。+゚*。+゚

28御幸 乃恵瑠 ◆4fQkd8JTfc:2018/10/30(火) 22:07:33
こうして東京に戻ってきた一行だったが、そこにシロの姿は無かった。
2,3日は戻らないと言い残して出て行ってしまったという。

「えーっ、行き先ぐらい聞いといてよ〜!」

>「その妖怪がシロさんということで、恐らく間違いはないと思います。微かな妖気の残滓がありますから」
>「じき戻ってくるでしょう、ポチさんに会いに来たというのなら、遠くへは行っていないはずですし……」
>「ゴハンでも食べに行ったのかしら。うちに来ればご馳走するのに……」
>「ポチさん、どうしますか?待っていますか?それとも探しに行きますか?」
>「もし探しに行くのでしたら、慎重に慎重を重ねてください。決して単独で突出しないこと。いいですね」

橘音と颯はいつシロが帰ってきてもいいようにSnowWhiteに残って待機。
祈はシロが迷いそうなところを探すという。
ポチはおそらく匂いを辿ってシロを探すことになるのだろう。
橘音が決して単独で突出しないこと、とポチに念押ししているが、
ポチを一人にしておくと突っ走りかねないため、ノエルはポチと一緒に行くことにした。
ついでに、つい先日橘音を連れ戻した実績のあるハクトを頭の上に乗せていくことにする。
(ところでハクトによると、あれ程御前のところにだけは行ってはいけないと言ったのに
結局橘音は御前のところに行こうとしていたそうだ。怪しからん話である)
そうして、上野の国立科学博物館をはじめとして方々を探し回るが、夜になっても見つからない。
今回ばかりはハクトの霊的聴力が反応することもなかった。
そして夜の7時ごろ、シロ行方不明事件捜索本部を取り仕切る(?)颯から、今日は一旦切り上げるように連絡が入った。

「今日は切り上げてまた明日探すようにだって。
みんなで集まって情報共有してみれば何か分かることがあるかもしれないし一旦帰ろう?」

特にポチが反対しなければ一緒にSnowWhiteに帰るだろうし、もしもポチが強硬に捜索を続行すると主張すれば、
何かあったら事を起こす前に必ず連絡するように言い聞かせ、捜索続行を許すだろう。
SnowWhiteに帰って情報を交換するが、特に目ぼしい情報はなく解散となり、祈と颯は自宅に帰ることになった。
橘音は事務所の閉鎖が解除されたとはいえ、白狐の姿の間はこのままSnowWhiteに滞在だろうか。
ちなみに当然、ノエルは橘音にずっとここにいてくれていいからね、と言ってある。

「本人が2,3日は戻らない、と言っていたんだし2,3日落ち着いて待ってみたらいいんじゃないかな?」
「そうですよ、果報は寝て待て、です!」

どうやったらシロを探せるか頭を抱えるノエルを見かね、尤もな正論のアドバイスをする従者達。

「それもそうなんだけど……ポチ君や祈ちゃんがじっとしてられないだろうし」

丁度その時、スマホの着信音があった。祈からのようだ。噂をすれば――である。

29御幸 乃恵瑠 ◆4fQkd8JTfc:2018/10/30(火) 22:08:34
>「もしもし御幸? 遅い時間にごめん、あたしだけど。今お店にいる?
もしお店にいるんだったら、悪いんだけどちょっと事務所に行って確認してくんないかな。
天神細道があるかどうか。天神細道だったら、多分シロのところに行けると思うんだ」

「祈ちゃん、天才じゃない!? すぐに探してみるよ!」

ちなみにこの発想、ロボ戦のときにノエルが考案した作戦と大体似たような発想なのだが
そんなことは忘れているのだった。
すぐに階下の事務所に行って天神細道の捜索を始めるノエル。
(橘音が起きているなら橘音も一緒に行くかもしれない)
捜索しながら、ふと思う。他の狐面探偵七つ道具はどうしたのだろうかと。
迷い家外套は、黒橘音=アスタロトがマントの内側から刀を出していた記憶があるので
あっちに持っていかれてしまったということだろう。
ならば召怪銘板はどうだろうか。
黒橘音はマルファスやハルファスを召喚していたが、特にタブレットのようなものを操作していた記憶はない。
悪魔の基礎能力として簡単に配下を召喚する力があるのだとすれば、
使用に膨大な妖力を消費する召怪銘板は特に要らないとして捨て置かれた可能性もある。
そうしているうちに、こっそり家を抜け出した祈がやってきた。

「大丈夫!? こんな時間に抜け出したら颯さんに怒られちゃうよ!?
よし! こんな時間に夜道を帰したら僕が颯さんに怒られちゃうから一緒に探そう!」

と、待ってましたとばかりに一緒に捜索を始める。
そしてニタリと邪悪な笑みを浮かべ、先程思い付いた良からぬ(?)企みを披露するのであった。

「あのさ、天神細道ももちろんいいんだけど……召怪銘板がもしあったら一発だと思うんだよね。
あっちの橘音くんがハル君やマル君を召喚したときそれらしきものを使ってなかったでしょ?」

もちろんあちらの橘音が持っていたけど使わなかっただけとも考えられるし、
現在借り受けている橘音にしか使えない等の制約があるのかもしれないが
もし運よく見つかって消費妖力の面さえクリアすれば誰にでも使用が可能であれば、ノエルは迷わず使ってシロを召喚するだろう。

一方、召怪銘板が使用不可能で天神細道が見つかったパターンならば――祈に向かってこう言う。

「いきなり飛び込むなんて駄目だよ。一方通行でどこに繋がるか分からないなんて危険過ぎる」

そしてどこからか双眼鏡を持ち出してくる。

「まずは偵察だ――! シロちゃんがいるとこって一緒に念じて!」

そう言って双眼鏡の先だけ天神細道に突っ込んで覗いてみるのであった。
もちろんそう都合よく向こう側が見えるかどうかは分からない。

30ポチ ◆CDuTShoToA:2018/11/04(日) 02:14:56
姦姦蛇螺との戦いから暫く経ったある日。
ポチはSnowWhiteのテーブル席の下でうとうとと微睡んでいた。
右眼の痛みのせいで夜によく眠れず、最近はここに集まってから昼間に寝る事が増えていた。
浅い眠りの中で、電話の着信音と、それに続いてノエルの声が聞こえる。
誰かと通話をしているのだろう。
だがポチにはその内容にまでは、意識を向ける事は出来なかった。

そうしてポチは眠りについて――暫くすると、ふと慣れ親しんだにおいを感じて、目を覚ました。
祈のにおいだ。それと、もう一人――祈とそっくりのにおいがする。
そのにおいが誰のものかは既に知っていた。
毎日欠かさずに見舞いに行く橘音に、ポチも付き添っていたのだから。
ポチは体を起こすとテーブルの下から出て、二人を見上げた。

>「皆さん、初めまして。祈の母です」
>「電話でも言ったけど、母さん無事に退院できてさ。今はあたしとばーちゃんと三人で暮らしてんだ。
  それもこれもみんなのお陰だよ。ほんとありがとね!」

「……良かったね、祈ちゃん。僕らも頑張った甲斐があったよ」

ポチは微笑みながらそう言った。
心の底から嬉しそうに笑う祈を見て感じた羨ましさは、口には出さなかった。
祈に余計な気を使わせてしまうだろうと考えたからだ。

>「あなたがノエル君ね?祈がいつもお世話になってるみたいで……。ごめんなさいね、でも本当にありがとう」
 「これからも、祈のことをよろしくお願いしますね。今度、うちに遊びにきて?いっぱいご馳走を作って待ってるから!」

ポチが覚えている母との記憶はそんなに多くない。
山での暮らしは、生きる為に必要な行為の繰り返しだ。思い出作りには向かない。
だが――楓を見ていると、もう殆ど忘れかけていたそれらの記憶が、蘇ってくるのをポチは感じていた。
すねこすりの小さな体で、なんとか自分に狩りを教えようとしてくれた事。毛づくろいをしてくれた事。

(……羨ましいなんて言わなくて、正解だったな)

ポチは心の中でそう呟いた。
種族は違うが――祈もきっとこれから、同じ事をしてもらえるのだろう。
やっと、だ。これからやっと彼女は、あの温かな記憶を積み上げていけるのだ。
それは祝福されるべきではあっても、羨むような事ではないはずだ。

>「素性とか聞かなくていいの!? 娘の交友関係もっと心配しなきゃ!
  僕……変態だしノエルだし四重人格だし雪の女王の後継者で災厄の魔物だよ!?」
>「やーね、橘音と黒雄君のスカウトした仲間だもの。全然心配なんてしてないわ?」
 「橘音はあの通り隠しごとばっかりだし、黒雄君は不愛想だけど、人を見る目は確かだって。そう思うから」

それにしても楓は、流石親子と言うべきか、祈とそっくりの気質をしていた。
出会ったばかりのノエルがその胡散臭い素性を明かしても、まるで気にしていない。

>「ポチ君!あなたもブリーチャーズの仲間なのね。嬉しいわあ!いつの間にか、こんなに仲間が増えちゃってて!」
「橘音も黒雄君もあんなでしょー?わたしが現役のときも、どうにも仲間を作りづらくってねぇ……困ってたのよぉ」

楓はノエルからポチへと向き直ると、彼に視線を合わせて笑った。
ノエルの時と変わらず何の壁も感じさせない親しげな雰囲気。

「あはは、確かに橘音ちゃんはすぐ無茶振りするし、尾弐っちは妖壊退治の時おっかないもんね。
 直してくれた方が嬉しいなってたまに思ったりもしてたんだけど、やっぱり僕だけじゃなかったんだ」

思わず、ポチも自然に、ブリーチャーズの皆にそうするかのように受け答えをしていた。

>「ちょ、颯さーん!?変なこと言わないで下さいよ!?」
 「あなたは黙ってなさい橘音。うんうん、ポチ君みたいなコがいてくれるなら東京ブリーチャーズも安泰ね!」

「……もちろん。自分で言うのもなんだけど、僕はすごく強いからね。
 それにこれからも……もっともっと強くなるよ」

数日前の夜、ねぐらとしているビルの屋上で深雪に投げかけられた問い。
良き王の条件とは何か――ポチは当然、こう答えた。
強い事。自分が守りたいものを間違いなく守れる強さがある事。
だが深雪は言った。お前ではロボのようにはなれない。
むしろ根本から異なる存在だからこそ、ロボはポチを選んだのではないか、と。
それでも――ポチは強さへの拘りを捨てる事は出来なかった。

31ポチ ◆CDuTShoToA:2018/11/04(日) 02:15:25
>「……わたしは戦えないから。もう、みんなの力になってあげられないから――」
「でも、わたしなんかがいなくたって。あなたたちがいるなら、東京は安心ね!姦姦蛇螺を倒すくらいだもの」
「これからも祈と仲良くしてやってね。ポチ君」

弱いという事は、自分の大切なものの運命を、他の誰かに委ねなければならないという事だ。
シロがその喉笛を、腸をロボに食い千切られた時のように。
ポチとノエルが御前の言霊によって、祈を殺すよう命じられた時のように。

「……もちろんだよ!僕の方こそ、これからも仲良くしてね、祈ちゃん」

楓がまさに今、そうしているように。

>「いいんですよ、颯さん。元々、あなたには無理をさせ過ぎました」
 「それにね……戦闘に参加するだけが力になるってことじゃない。あなたがいてくれるだけで、ボクたちは力が湧いてくる」
 「ね。そうでしょう?祈ちゃん」
>「うん。母さんがいるって思うだけであたし、百人力だよ。みんなもいるし。母さんは安心して休んでて」

無論ポチに、彼女の願いが弱者の懇願だなどとは思ってもいない。
むしろその願いは尊くて、叶えられるべきもの。
橘音の言う通りだと心からそう思っている。

>「ま、そういう訳だ。お前さんは親らしく、祈の嬢ちゃんに美味いモンでも食わせてやんな。
>……言っとくが、あれから年月も立って俺の料理の腕も上達したからな。生半可な食事じゃ満足させられねぇかもしれねぇぞ?」
>「……ありがとう。そう言ってもらえれば、気持ちが楽になるわ」

だが現実的な問題として、彼女は弱くなってしまったが故に、自分の娘を守れないのだ。
ポチが今までの経験から得てきた価値観は、感傷よりも確かな、そして慢性的な危機感と警戒心をポチに植え付けていた。

>「さて、それじゃ無事に戦いも終わりましたし、慰労ってことで。みんなで久々に迷い家の温泉へ行きましょうか!」
 「ノエルさん、今こそ積み立て金をすべて放出するときですよ!ボクはビタ一文出しません!」
>「そういや今の那須野は無収入だったか……ま、レンタカー代くらいは俺が出すから後は頼むぜ、色男」
>「積立金って、こないだ御幸が言ってたやつ? あたしのコーヒー代とかかき氷代とか、なんか色々なの貯金してたっていう?」
>「そうそう、そんな感じ!」

「……ねえ尾弐っち。女の子に隠し事が見つかるのは怖いって言ってたよね。
 でも……正直に全部話しても怖い事になりそうな時はどうすればいいのかって、分かる?」

32ポチ ◆CDuTShoToA:2018/11/04(日) 02:15:56



尾弐の口から起死回生のアドバイスが得られたかどうかはともかく。
東京ブリーチャーズは二泊三日で迷い家に行く事になった。
新幹線とバスを乗り継ぎ、山奥の旅館へと辿り着くと――

>「なんぢゃ、お主ら。本当に来おったのか」
>「えっ、あれガチの営業っぽかったよ!?」

「お爺ちゃん……それはいくらなんでも、ひねくれすぎじゃない?」

想像もしていなかった邪険な反応にポチは呆れたように目を細めるが、

>「あらぁー……それはちょっとタイミングが悪かったわねぇ……」

富嶽だけならまだしも、笑の反応もなにやらおかしい。

>「いや……お前さん方、そのファーストコンタクトは接客業的にどうなんだ?」
「ええ、いえ、皆さんがお見えになられたのはとても嬉しいのですけれど……」

そう言うと笑は周りを見回すように視線を逸らす。
そこでポチも、本来ならここにいてくれるはずの者がいない事に、
そのにおいさえもが残り香しか感じ取れない事に気がついた。
ポチは富嶽を見つめた。

「……お爺ちゃん?」

>「ちょうど昨日の昼に、シロを帝都へ向かわせたところぢゃ。ホレ、前に言うたぢゃろう。日本明王連合と合議しとると」

「なんで、そんな……」

ポチは思わず富嶽の言葉を遮るように声を発して、しかしすぐに思い留まって口を噤む。

>「一昨日結論が出ての……お主ら東京ブリーチャーズを改めて帝都鎮護の役に就かせることが決定したのぢゃ」
 「決め手は先日の姦姦蛇螺討伐よ。妖怪にとっても人間にとっても、あの祟り神は共通の脅威。それを討伐したのが大きかった」
 「日明連も儂らも、その功績は大いに評価すると。そう意見が纏まってな……」
 「裁判だの何だの色々あったが、これでお主らは晴れて無罪放免。大手を振って活動できるというワケぢゃな」

ブリーチャーズにとっては朗報――だがポチの尻尾はだらりと力なく垂れ落ちていた。
会えば彼女を不安がらせたり、悲しませてしまうかもしれない。それが不安だった。
だがいざ会えないと分かると――その失望は、それまで感じていた不安よりもずっと大きかった。

>「それでぢゃな。儂の名代として帝都鎮護の正式な辞令を持たせ、シロをお主らの元へ遣わしたのぢゃ」
>「まさか行き違いになってしまうなんて……。タイミングが悪いわねえ」
>「あー……成程、そういう事か。そいつぁオジサンも予想できなかったわ。どうしたモンかね……」

どうしたものか。
その命題に対して、ポチは既に回答を持っていた。
自分だけが東京に戻ればいいのだ。
ポチの脚と体力なら、休み無しに走れば半日で東京に帰る事が出来る。
どうせ右眼の傷は、河童の薬物もまるで効果がなかったのだ。
湯治で治る可能性も低いだろう。
シロに会う事さえ出来れば、それで自分は十分休養になる。

>「じゃ、戻りましょうか」
>「そうだね。戻ろっか」

などといった事をポチが口にするよりも早く、楓はさも当然といった口調でそう言った。
祈もすぐさまそれに同調する。

「……へっ?い、いや、戻るのは僕だけでいいよ。僕は大した怪我もしてないし。
 みんなはゆっくり休んでてくれれば、そんな僕だけに気を使わなくても……」

>「ポチ君はそのシロちゃんに会いに来たんでしょう?会えなかったのにここにいたって、心から楽しめるわけないもの」
 「だったら、手間でも一旦戻って、シロちゃんと合流して。それから改めて旅行を楽しんだ方がずっといいわ」

ポチは慌ててそう言ったが、楓はまるで聞く耳を持たない。

33ポチ ◆CDuTShoToA:2018/11/04(日) 02:16:40
>「まぁ、ボクはいいですけど。どうせお金払うのはノエルさんですし」
>「俺も構わねぇが……オジサンとしちゃあ、もうちっと我儘言っても良いと思うがね。別に二人は温泉で療養してても良いんだぜ?」
>「いいんだ。新幹線でお弁当食べたり、みんなと景色見たりなんやかんや楽しかったしさ!」
>「それならいいけど……。
  ……それはそうとして橘音くん最近特に僕の扱い雑じゃない!? 別にお金出すのはいいけど!」

気づけば他の皆も既に東京に戻る気になっている。
爆発的な牽引力に、改めて彼女が祈の母である事を認識しつつ――ポチはそれ以上の意見を諦めた。



そうして東京に戻った一行だが――しかしSnowWhiteにシロはいなかった。
ノエルの従者曰く、ポチが不在である事を伝えるとどこかへ行ってしまったという。

>「その妖怪がシロさんということで、恐らく間違いはないと思います。微かな妖気の残滓がありますから」
 「じき戻ってくるでしょう、ポチさんに会いに来たというのなら、遠くへは行っていないはずですし……」
>「ゴハンでも食べに行ったのかしら。うちに来ればご馳走するのに……」
>「ポチさん、どうしますか?待っていますか?それとも探しに行きますか?」
>「もし探しに行くのでしたら、慎重に慎重を重ねてください。決して単独で突出しないこと。いいですね」

ポチのそわついた様子に気づいたのだろう、橘音がそう問いかけた。

「探しに行ってくるよ」

対するポチの返事は即答だった。
シロは富嶽の使いとして東京へやってきた。
橘音が警告した通りだ。単独で突出すれば危険なのはシロも同じだ。

>「全員が適当に動き回ったらシロ嬢が戻って来た時に気付かねぇかもしれねぇな。
  ポチ助。一応、俺の仕事用携帯を貸しておくから、何かあったらノエルの所か俺に電話して来い。俺はこの店の近所を探してみるからよ」

「ありがとう、尾弐っち。これは……あの平ぺったい奴とは違うの?悪いけど、使い方だけ教えてくれない?」

そうしてポチはシロを探しに東京の街へ出た。
ノエルがどうしても付いてくると言うので、彼と共にシロを探す。
店に残っていた彼女のにおいを辿って国立博物館に向かった。だが彼女はいなかった。
自分のねぐらにもシロのにおいは続いていた。。しかしそこにも彼女はいなかった。
富嶽の使いとして東京に来たのならと陰陽寮にも向かった。
それでも彼女の足取りが掴めず、最後にはにおいを頼りに街中を歩き回った。
にもかかわらず――やはり、シロを見つける事は出来なかった。
そうしている内に日が暮れて――不意に、ノエルの携帯から着信音がした。
誰かがシロを見つけてくれたのかと、ポチは弾かれたようにノエルを見上げる。

>「今日は切り上げてまた明日探すようにだって。
 みんなで集まって情報共有してみれば何か分かることがあるかもしれないし一旦帰ろう?」

だが楓から告げられたのは、ポチの期待したような話ではなかったようだった。

「……いや。僕は……もう一度しっかり辺りを探してみるよ」

そう言ってポチはノエルと分かれた。
自分の鼻でもシロの足取りを追い切れないなんて、絶対に何かが起きているに違いない。
一刻も早く彼女を見つけなくては。
そう思いがむしゃらに辺りを探すが――どうしても、シロを見つける事は出来なかった。
そうして時間だけが過ぎていく。
ポチの焦燥が徐々に徐々に加速していく中――ふと、既知のにおいがポチの鼻孔に触れた。
祈のにおいだ。それも残り香ではなく、すぐ傍にいるようなにおい。

34ポチ ◆CDuTShoToA:2018/11/04(日) 02:17:05
「祈ちゃん……?祈ちゃん!」

ポチは慌てて祈の名前を呼んだ。彼女を呼び止める為だ。

「祈ちゃん……もしかして、シロちゃんが見つかったの?」

希望に縋るようにポチはそう尋ねるが――しかし望む答えは返ってこなかった。
ポチは隠し切れないほどに落胆した様子を見せて――
だが一呼吸ほどの間を置いた後、再び、勢いよく祈を見上げた。

「僕も……僕も一緒に付いていくよ」

そうしてSnowWhiteに辿り着くと、ノエルが祈を出迎えた。
あらかじめ連絡を受けていたのだろう。

>「大丈夫!? こんな時間に抜け出したら颯さんに怒られちゃうよ!?
 よし! こんな時間に夜道を帰したら僕が颯さんに怒られちゃうから一緒に探そう!」

「実はね、僕もいるんだよ。ノエっち」

祈の後ろから、ポチがひょいと顔を出した。

「僕も一緒に探すよ。いいでしょ?」

例え断られても無理にでもここに居座る。
そう言いたげな声音だった。
ともあれポチは皆と一緒に事務所の捜索を始めた。

>「あのさ、天神細道ももちろんいいんだけど……召怪銘板がもしあったら一発だと思うんだよね。
  あっちの橘音くんがハル君やマル君を召喚したときそれらしきものを使ってなかったでしょ?」

召怪銘板が見つかるかどうかはともかく――天神細道に関しては富嶽が使っていいと言ったのだ。
恐らくは既に事務所に返されているはずだ。

>「いきなり飛び込むなんて駄目だよ。一方通行でどこに繋がるか分からないなんて危険過ぎる」
>「まずは偵察だ――! シロちゃんがいるとこって一緒に念じて!」

そしてもし天神細道が見つかったのならば。
ノエルの偵察の成否にかかわらず、ポチは二人の背後でそっと立ち上がるだろう。
そうして気配を潜めたまま天神細道へと歩み寄る。

祈に天神細道の話を聞いた時から、ポチは、自分がそれに飛び込むと決めていた。
シロがどこにいるにしても――彼女の安否を確かめられるのに、そうしない。
そんな事はポチには出来なかった。
故にポチは――

35ポチ ◆CDuTShoToA:2018/11/04(日) 02:21:02
「違うよ、ノエっち。逆なんだ」

人狼の姿を取って、ノエルの肩を軽く叩いた。
ノエルと祈が振り返るとポチは二人をまっすぐに見つめる。

「飛び込んだ先が危険過ぎるなら……僕は今すぐ、行かなきゃいけない。そんなところにシロちゃんを置いておけない。
 もし危険じゃないなら……今すぐ飛び込んだって、何も問題ない。どっちにしたって、僕は行かなきゃいけないんだ」

シロの安否を確かめずに、待っている事など出来ない。
だが――ポチは彼女の言葉を、今まで皆と共に戦ってきて得た経験を忘れてしまった訳ではない。

『くれぐれも、ご無理はなさいませんよう。皆さんの仰ることをよく聞き、決して独断で行動してはなりません』

(……大丈夫。ちゃんと覚えてる)

もしシロが本当に危険な場所にいるのなら、相応の準備が必要だ。
その為には皆の助けが欠かせない。
それに――皆なら、どうしても行かなきゃいけないと言えば、きっと力を貸してくれる。
ポチはそう考えていた。

「何か……遠くからでも分かる道標になるものとか、ないかな。
 尾弐っちに借りたこれは持っていくけど……これは、どこでも使える訳じゃないんだよね?」

首にかけられた巾着袋を指で軽く叩いて示す。

「……橘音ちゃんを起こしてくるよ。ちゃんと話をしておかなきゃ。それに何か、使える物を持ってるかも」

36那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI:2018/11/09(金) 20:06:37
「三尾ィ!どういうことだ!?話が違うじゃねエか!」

暗闇に閉ざされた空間に、茨木童子の怒声が響く。
茨木は怒りのまま、壁に身を凭れかけさせて佇立している三尾――天魔アスタロトの顔のすぐ右横の壁を殴りつけた。
壁ドンなどというロマンチックなものではない。びぎぃっ、と茨木の拳によって壁に亀裂が走る。

「話?」

だが、アスタロトはまるで動じない。壁に背を預け、緩く腕組みして余裕の表情を浮かべている。

「旧知のオレが迎えに行けば、酒呑はふたつ返事でついてくるって!また昔みてエに遊べるって!そう言っただろうが!」
「もし空言だったなんぞと抜かしてみやがれ……素っ首叩き潰す!」

酒呑と違い、茨木は直情的で短絡的という典型的な鬼である。
もちろんこの言葉も脅しなどではない。騙されていると判断した瞬間、茨木はその膂力でアスタロトの首を叩き潰すだろう。
アスタロトは腕組みを解くと、やれやれと肩を竦めた。

「ボクがそう言ったのを覚えているのなら、その後に言ったことも覚えていてほしいものですがねぇ……茨木さん」
「確かにそう言いました。けど、それは『条件を満たせば』の話――そうも言いましたよ?お忘れですか?」

黒い半狐面の奥から、上目遣いに茨木を見遣る。

「条件……」

「そう。クロオさ――酒呑童子さんはいまだ半睡の状態にある。もちろん、記憶も完全じゃない。だからアナタを拒絶した」
「以前の酒呑さんを取り戻すには、その眠りを醒まさせる必要がある――ってね。なのに、話を聞き終わらずに飛んでいくから」

どちらが悪いですか?とばかりにアスタロトが微笑んで茨木を見返すと、茨木はばつが悪そうに視線を逸らした。

「ボクはアナタと酒呑さんを会わせると約束した。それは守りましょう。だからこそ――色々用意もしましたし」
「ねえ……皆さんも。久しぶりに現世に復活できて、嬉しいでしょう?虎熊童子さん」

不意にアスタロトが視線を空間の隅に向ける。
そこには虎皮の腰巻を巻いた、茨木童子に迫るほどの筋骨隆々とした巨躯をした白い鬼が立っていた。
額の中央、眉間からまるで犀のように太い一本の角が生えている。

「バハハハハ――ッ!!まったくだぜ!やっぱり娑婆の空気はうめェなァ!現世に蘇ったからにゃ、また大暴れさせてもらうぜ!」

爛々と輝く双眸に、太い顎。下唇から勢いよく伸びた天を衝く牙など、典型的な鬼のイメージに忠実な鬼である。
アスタロトに虎熊童子と呼ばれた鬼はざんばらの髪を振り乱し、身の丈以上の棘つき金棒を振り回して吼えた。

「オ……、オデも、暴れだい……。首塚で、ね、寝るのも、飽ぎ飽ぎじでだ、ドゴだ……」

虎熊童子とは反対側の空間でそう言ったのは、虎熊や茨木よりもさらに巨きな赤鬼だった。身長はヴァサゴ程度はあろうか。
でっぷりと肥えた、大兵肥満と形容するのがぴったりの大鬼である。側頭部には水牛のように湾曲した角が一対生えている。
持っている得物は鎖付きの巨大な鉄球だ。振り回されるだけでも脅威となるだろう。
アスタロトはニタリと笑った。

「もちろん。金熊童子さんにもたっぷり暴れて頂きますよ……それから星熊童子さん。アナタにもね」

アスタロトが順に空間を見渡す。
赤鬼――金熊童子のやや右には墨色の着流しを纏った痩せぎすの鬼がおり、スツールに腰掛けて日本刀の手入れをしていた。
耳かきの梵天のようなもので、打粉を刀身に散らしている。肌の色は普通で、身長も人並みだが、額には三本の角が生えていた。

「心得違いを致すな、狐。我ら四天王、あくまで動くはお屋形さまが為。うぬ如き奸物のためではない……」

着流しの鬼――星熊童子はさも忌々しいといった風情で告げた。
アスタロトがニヤニヤと笑いながら、芝居がかった様子で額に右手を添える。

「アナタたちの麗しい友情に感動して、こんなにも骨を折っているボクをまだ信用してくれないなんて!」
「源頼光と四天王に討伐され、首塚に封印されていたアナタたちを復活させたのはボクだ。多少は恩を感じてほしいものです!」

「だから、テメェの望み通り暴れてやろうってんじゃねぇか!バハハハハハ!」

「お、恩……っで、なんだぁ……?食い物がぁ……?オ、オデ、もう腹ぁペゴペゴだぁ……」

「……フン」

虎熊、金熊、星熊の三童子がそれぞれ三者三様の反応を見せる。

37那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI:2018/11/09(金) 20:09:12
「……そうだったな。テメェが何を企んでるのかは知らねエが、虎熊たちを蘇らせてくれたのは事実だ」
「オレは酒呑に会えさえすりゃ、それでいい。それ以外はどうでもいい……後はテメェの好きにすりゃいいさ」

「そりゃ、どうも」

茨木が告げる。アスタロトは頷いた。

「アイツを迎えるための場所も確保した。ここは帝都が一望できる、何もかもがアイツの足許に拝跪するってワケだ」
「アイツにゃお誂えの場所だろう、これからこの東京の王として君臨する酒呑にゃあな!」

そう言って高らかに嗤うと、茨木は両腕を大きく広げて背後を振り仰いだ。
その視界の先には、帝都東京の煌めくばかりの夜景が広がっている。
地上450メートルの高みから睥睨する、東京の眺望。
日本の建造物としては、他を大きく引き離す第一位。人類の創造物としてはブルジュ・ハリーファに次ぐ世界第二位。
帝都では並ぶ者のない高みへ聳える、東京タワーに代わる新たなシンボル――『東京スカイツリー』。
その天望回廊で、茨木童子は旧友との再会に歓喜する。

「後は、酒呑をこの塔に招くだけだ。派手好き珍しもの好きのアイツのことだ、きっと喜ぶぜ――カハハハハッ!」

「バハハハハハハハハ!」

「だ、だのじみ、だ……。ブ、ブヒヒ……!」

「……クク」

「ウフフフ……」

かつての、自分たちの頭領。絶対的なカリスマ性で自分たちを従えていた、平安時代最凶の鬼神。
その再臨を前に、参集したかつての配下たちがそれぞれ笑みを浮かべる。アスタロトもまた、小さくほくそ笑む。
天望回廊にいる皆がそれぞれに笑みを浮かべる中――

「…………」

ただひとり、笑っていない者がいる。
女だ。年の頃は19歳くらいだろうか。大きな三日月の刺繍が施された、銀色のロングチャイナドレスを身に纏っている。
タイトな縫製のチャイナドレスによって、豊かな胸やくびれた腰、モデルと見紛うばかりのプロポーションが強調されている。
ノースリーブのドレスから伸びた腕も、大きくスリットの開いたスカート部分から伸びたハイヒールの脚も、しなやかで美しい。
脹脛辺りまで伸びた銀髪をウルフカットにした、野性味漂う鋭い視線が印象的な美女だった。
しかし、彼女の最も目を引く特徴はなんと言っても頭頂部から生えた大きな獣耳と、腰後ろのふさふさした尻尾だろう。
美女は嗤っている鬼たちを一瞥すると、小さく息をついた。
それを目ざとく見つけ、アスタロトが口を開く。

「あ、別にアナタは酒呑童子さんの復活とか関係ないんでしたっけ。これは失礼しました――」
「でも、アナタにも働いてもらいますからね。それが約束でしょう?」
「――ね?皓月(こうげつ)童子さん」

皓月童子という名らしい女の顔を見遣り、アスタロトがくふ、と笑みを漏らす。
どこか挑発的なアスタロトの言葉に、皓月童子はもう一度吐息する。

「わかっています。わたしの知りたい答えを、あなたたちが用意してくれるのなら――あなたたちの悲願のために戦いましょう」

「“彼”とぶつかることになっても?」

「ぶつからなければ、分からないことがある。そう言ったのはあなたですよ……三尾」

「そうでした、そうでした!いやぁ〜、茨木さんに忘れるなと言っといてこの体たらく!いけませんねぇホント、ウフフ!」

わざとらしく笑うアスタロトを一瞥すると、皓月童子は踵を返して非常階段の方へ歩いていった。

「どこへ行く?」

茨木童子が声をかける。しかし皓月童子は振り返りもせず、

「……風に当たりに」

と言うと、天望回廊を出ていった。

38那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI:2018/11/09(金) 20:12:43
東京ブリーチャーズ全員の捜索にも拘らず、シロの足取りは杳として掴めなかった。
しかし。

>なんで思いつかなかったんだろ! 『天神細道が使える』んじゃん!

祈の閃きによって、ノエルたちは狐面探偵七つ道具のひとつ・天神細道を利用してシロを追跡することを思い立った。
天神細道は使用者が念じた場所への道を繋げる。それは地上のみならず、天界や冥府にまで及ぶという。
尤も、その道行きは片道切符。天神様の細道という名の通り、行きはよいよい帰りはこわい――を体現している。
このアイテムを使えば、きっとすぐにシロの行方を追うことが出来るだろう。

>祈ちゃん、天才じゃない!? すぐに探してみるよ!

橘音はノエルの部屋のベッドを占領し、相変わらず一日のほとんどを眠りに費やしている。
魂が三分の一しかない上に、先日の姦姦蛇螺戦で莫大な妖力を使ってしまった。今は少しでも心身の回復に充てたいのだろう。
ノエルが事務所の中を探すと言っても、丸まったまま一度尻尾を振っただけだった。
きっと、それが『ボクは寝てますからお好きに探してください』というサインなのだろう。

>僕も一緒に探すよ。いいでしょ?

まずSnowWhiteにこっそり家を抜け出してきた祈が到着し、次いでポチがひょっこり姿を現す。
晴れて差し押さえから解放された事務所に戻り、物置を漁ってみると、果たして天神細道は元の場所に置いてあった。
富嶽や五大妖の決定を受け、妖怪警察の天狗たちが押収品を返却したのだろう。

>あのさ、天神細道ももちろんいいんだけど……召怪銘板がもしあったら一発だと思うんだよね。
>あっちの橘音くんがハル君やマル君を召喚したときそれらしきものを使ってなかったでしょ?

召怪銘板も雑多なガラクタ類と一緒にダンボールに入って物置の隅に置いてある。
使い方は簡単だ。市販されているタブレットのアプリと何ら変わらない。文明社会に慣れたノエルならすぐに使えるだろう。
……が、アプリを起動し床に陣図が描かれ眩い光を放っても、その中にシロは現れなかった。

妖怪召喚アプリのライブラリには、ちゃんと五十音順に妖怪の名前が書かれており、その中にはシロの名もあった。
よって、彼女が召喚されない――ということは通常ないはずなのだ。

>……橘音ちゃんを起こしてくるよ。ちゃんと話をしておかなきゃ。それに何か、使える物を持ってるかも

ポチがノエルの部屋に行くと、橘音は相変わらず眠っていたが、根気強く起こしているとやがて目を覚ました。

「ふぁぁ……。なんですか、ポチさん……?まだ朝には早いですよ、ボクは眠いんです……」
「シロさんが召怪銘板で召喚されない?ふむ……」
丸まったまま、橘音はゆらゆらと尻尾を振って考える。

「シロさんが召喚されない理由で、考えられる原因はふたつ」
「ひとつ。シロさん自身が召喚を拒んでいる。ひとつ、召怪銘板の効力の及ばないところにシロさんがいる。このいずれかです」
「シロさんをこちらに連れてくる、という方策が取れない以上、こちらから出向く以外にはないでしょう」
「それで――ポチさんは天神細道の行き先がどこか予想がつかないので、GPS的なものが欲しい……ということですね」

ふむ……と橘音は小さく鼻を鳴らすと、ベッドを下りて外へ出て行った。行き先は那須野探偵事務所である。

「え〜っと、どこだ……?妖怪警察の皆さん、何でもよくわかりもせずに押収するから!せっかく整理してたのに滅茶苦茶だ!」

文句を言いつつ物置を漁ると、やがて橘音は一見してなんの変哲もない小さな木の枝を一本銜えてきた。

「ポチさんにこれをお貸しします。これぞ狐面探偵七つ道具のひとつ『姥捨の枝』〜!」

昔話の姥捨て山では、息子が帰りで道に迷わぬよう老婆が所々で枝を折り、山からの帰り道を示したのだという。
『姥捨ての枝』はその逸話にもとづき、所有者が正しく家に帰れるように道標を示すアイテムだった。

「姥捨ての枝を持っていると、一定時間で所有者の現在地に妖気のマーカーが設置されます」
「マーカーの妖気は召怪銘板に登録してありますので、召怪銘板でその足取りを追うことが出来ます」
「ボクはこちらで皆さんをバックアップすることにします。今のボクじゃ、どんな現場に行ったところで足手纏いにしかならない」
「しばらくは、安楽椅子探偵ならぬ寝台探偵をさせて頂きますよ……」

そう言うと、橘音はその場でまた丸くなってしまった。本当にバックアップする気があるのか怪しいところである。

39那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI:2018/11/09(金) 20:15:19
東京都墨田区押上一丁目1番1号他。旧業平橋駅からすぐ。
そんな場所に祈、ノエル、ポチの三人はいた。
深夜のため周囲はすっかり静まり返り、人の姿もないが、日中はさぞかし観光客でごった返しているのだろうということは分かる。
そう、ここは――東京スカイツリータウン。
帝都の新たなるシンボル、東京スカイツリーを軸として造成された、一大複合商業施設である。
そして、三人の前方には当然といえば当然か――その中心にして核である、東京スカイツリーがその威容を見せつけていた。

あたかも、現代のバベルの塔のように天へ向けて聳える塔。
そこから尋常ならざる妖気が漂っているのが、ノエルとポチにはわかるだろう。
ポチたちがシロのいる場所を念じて天神細道をくぐった結果、三人はここへ辿り着いた。
ということは、ここに間違いなくシロがいるということだ。
それに、ポチの嗅覚ならばきっと嗅ぎ分けられるに違いない。スカイツリーの中へと続く、シロの微かな残り香を。
しかし、いざ東京スカイツリーの中に入ろうとしても、三人はその寸前でバチン!と電流のようなものに弾き返されてしまう。
スカイツリーに施錠がしてあるとか、セキュリティの問題、などではない。
『スカイツリー一帯に強固な結界が張り巡らされている』のだった。
まるで、侵入者の来訪を拒むように。

「おやおやぁ〜?も〜う嗅ぎ付けてきたんですか?イヤハヤ、早い!早いですねぇ〜さすがは皆さん!」

不意に、前方でそんな声がする。
スカイツリーに張られた結界の内側、メインストリートの中央に陣取って腕組みする、黒い半狐面に白ランの人影。
黒い那須野橘音――天魔アスタロト。

「まぁ、いいですけどね。こちらも先刻準備が整って、皆さんをご招待しようと思ってたところです」
「……って、クロオさんはどうしたんです?」

アスタロトは右手で額に庇を作り、芝居がかった様子で祈たちを見回した。

「あ〜ダメダメ!残念ですけど皆さん、お引き取り下さい!今回の主賓はクロオさんなので、皆さんだけじゃダメなんです」

そう言って、両手をクロスさせて胸の前で大きくバツを描いてみせる。

「この東京スカイツリー……いや『酔余酒重塔(すいよしゅじゅうのとう)』は、クロオさんのために誂えたもの」
「王たるクロオさんと、クロオさんの許可した客人以外を入れるわけにはいかないんですよ。そのように設定したんです」
「このボクの結界でね……ってことですから、クロオさんを連れてまた改めてお越しください!」

たとえ結界を攻撃し、無理矢理通ろうとしても、結界はビクともしない。
本当に、尾弐と尾弐が許可した者しか立ち入ることはできないのだろう。

「クロオさんにお伝えください、懐かしいお友達がアナタを待ってるってね……もちろん、歓迎の用意もできてます」
「もちろん、来る来ないはクロオさんの自由ですが。来た方がいい、と忠告しておきますよ」
「なぜなら――おや」

ぺらぺらと饒舌に喋り続けるアスタロトの背後に、不意に巨大な人影が現れる。
それは長い黒髪をオールバックにし、茶色のスーツにファーのついたコートを纏った巨躯の鬼だった。
東京ブリーチャーズの皆には見覚えがあるだろう。橘音の妖怪裁判の折、法廷で橘音をなじった鬼――茨木童子。

「茨木さん。来ちゃったんですか?アナタは天望回廊でクロオさんを待っていればよかったのに」

「酒呑のニオイがしたんでな……。なんだ、こいつらは?」

「彼らはクロオさん……酒呑童子さんの仲間ですよ」

すん、と尾弐の残り香を探る鬼、茨木童子に対して、アスタロトが軽く肩を竦めて答える。
茨木の片眉が不快に跳ね上がる。

「仲間だァ……?こんな、鬼でもねえ連中がか?ハ!笑わせるんじゃねえ――」
「酒呑の仲間はオレたち鬼だけよ。酒呑こそは鬼の頂点に立つ者、漂白なんぞしてんのは所詮お遊びってこった」
「アイツぁ昔っからそうなんだ。まったく意味のねえ遊びにばっかり凝りやがる。しょうがねえヤツだぜ」

クク、と茨木が笑う。言葉は貶す類ではあるものの、その響きに悪意は籠っていない。
むしろ、そこには親愛の情がたっぷりと含まれているのが、ブリーチャーズの面々にもわかるだろう。

40那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI:2018/11/09(金) 20:19:56
「ボクは鬼じゃないですが、クロオさんの相棒ですけど?」

鬼本位主義の茨木に異論を唱えるように、傍らのアスタロトが不満を漏らす。

「ああ、お遊びの相棒だったっけな。だが、もうじゃれ合うのは仕舞いだ。ヤツは鬼の王になる、この帝都の王にな」
「すべてが元に戻る――あの平安の世に。もうこの世に頼光はいねえ、オレたち鬼の邪魔をする者はいねえ」
「今度こそ築き上げてやるぜ……オレたち鬼の千年王国を。この『酔余酒重塔』はその第一歩よ!」

大きな右手を突き出し、ぐ、と握り込んで宣言する。
茨木は東京スカイツリーを中心として東京を占拠し、鬼の一大帝国を建設するつもりでいるらしい。
夢物語にも似た妄言だが、といって捨て置くこともできない。
ここ数百年はなりを潜め、団三郎狸の取り巻きに甘んじていたが、茨木童子は元々恐るべき力を持つ妖怪である。
それは大江山に煌びやかな御殿を建てて絢爛豪奢の限りを尽くし、悪逆を窮めたという逸話からも明らかだ。
加えて、茨木の隣には権謀術数に長けた那須野橘音――地獄の大公アスタロトがいる。
単純な攻撃力では他に比肩する者のない姦姦蛇螺を撃破され、その上でまた姿を現したのだから、きっと新たな策があるのだろう。
それを放置することはできない。

「雑魚どもに用はねえ。テメエらが酒呑の仮の仲間だってんなら、酒呑を連れてこい」
「オレの相棒をよ……オレはもう待ちきれねえ!またアイツと暴れ回りたくて、ウズウズしてんだ!」

「御覧の通り茨木さんはクロオさんに会いたがっています。早めに連れてきた方がいいですよ」
「そうですね、リミットは――今が23時ですから、今からきっかり一時間後。0時ちょうどということにしておきましょうか?」

マントの内側から懐中時計を取り出し、時間を確認すると、アスタロトはそう告げた。

「もし、1分でも遅れたら。ちょっとヒドイことになっちゃうかもしれませんよ、ウフフ!」
「この『酔余酒重塔』は電波塔です。この東京全体にくまなく電波を飛ばすことができる。この電波塔を使って――」
「電波じゃなく、妖気を発信したとしたら――さて。どうなっちゃうでしょうね?」

半狐面の奥の双眸を細め、くふふ……と笑う。
東京スカイツリーは東京タワーとは比較にならないほどの量の電波を広範囲に送信することのできる機能を持っている。
都内全域を易々とカバーするその能力で強力な妖気を振り撒けば、いったいどうなるか。
抵抗力の弱い老人や子どもから衰弱してゆき、やがては死に至る。むろん、それを避ける方法はない。
人間は根こそぎ息絶え、鬼をはじめとする妖怪たちだけが生き残る。茨木の言う鬼の千年王国の完成というわけだ。
死ぬのは人間だけではない。力の弱い妖怪も耐えられまい。
いまだ復調には程遠い颯も、……きっと。

「姦姦蛇螺は神とはいえ、肉身を持つ実体だった。だから、より強い力には敗れるしかなかった」
「でも今度は違いますよ、妖怪でもなければ実体もない。そしてスイッチひとつですべてを終わらせられる!実に楽チンですね!」

「フン……東京ブリーチャーズなんぞと粋がったところで、所詮は雑魚の集まりだぜ」
「五大妖のボンクラどもは誤魔化されたようだがな……オレは騙されねえ」
「姦姦蛇螺を斃したのだって、今までの功績だって、酒呑の力があったからこそだろうが?ああ?」

アスタロトが挑発的に告げた後で、茨木が忌々しげに祈たちのことを見遣る。

「テメエらは結局、酒呑のお遊びの駒に過ぎねえのさ。テメエらは仲間と思ってたかもだが、酒呑はそうは思っちゃいねえ」
「だからな……テメエら。もういいぜ、死んでいい。後は酒呑の“本当の仲間”である、このオレたちが引き継ぐ」
「まだ寝ぼけていやがるアイツを、無理矢理にでも叩き起こしてな……!」

東京スカイツリー、否、今や鬼族の新たなる拠点と化した酔余酒重塔へ向け、茨木が右手を掲げる。
と同時、塔の遥か上方に一瞬、四人の人影が見えた。
虎皮の腰巻をつけ、身の丈ほどもある金棒を抱えた白鬼。
鎖付きの鉄球を持つ、巨大な肥満した赤鬼。
人間とさして変わらない背格好の、墨色の着流しを纏った鬼。
そして――ボディラインも露なロングチャイナドレスに身を包む、獣耳獣尻尾を持った銀髪の女。

「カハハハハハッ!このオレ茨木童子と!酒呑直属の四天王が!東京を鬼の楽園に変えてくれるぜ……酒呑の望む王国になァ!」

「ウフフ……皆さん、早めにクロオさんを連れて来て下さいね。遅刻はダメですよ」

鬼たちとアスタロトはそう東京ブリーチャーズに告げると、塔の中へと姿を消した。

41那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI:2018/11/09(金) 20:23:41
尾弐の携帯電話に着信が入る。
連絡をしてきたのは、御前だった。

『オニクローぉ……どゆこと?わらわちゃん、聞いてないんですけどーォ?』

電話越しに苛立ちと怒りの波動が伝わってくる。

『そなたちゃんの“中身”の仲間が、スカイツリーに立てこもって悪さしてるんですケド?なに?なんなの?叛逆?』
『まさかと思うけどーォ……そなたちゃん、一枚噛んでたりしないよねー……?』

先日華陽宮での遣り取りで、尾弐は祈を救うためにこう言った。

>姦姦蛇螺との戦闘の際、参加した連中に俺の酒呑童子としての姿は目撃されちまってますからね……茨木、金熊辺りは正体を明かせば逆らわねぇでしょう
>酒呑童子として鬼の勢力を土産にし、アスタロトを説得して口説き落とせば……それ、内も外も泥沼の殺し合いだ。

と。
図らずも、尾弐がそのとき名を挙げた者たちが東京スカイツリーで何やら策謀を巡らせている。
御前としては、当然尾弐の関与を疑いたくなるだろう。

『オニクロ……もしかわらわちゃんをたばかったり、裏切ったりしたら……どうなるかわかってるよねェ?』
『身の潔白を証明してよ。あの鬼どもを始末して、自分は無関係って。できるよね?』
『もし、それが出来ないって言うんなら――』

電話口から漂う御前の気配には、有無を言わせぬものがある。
尾弐が早急に茨木に対処しなければ、御前は最悪、契約不履行と見做して尾弐を処断するだろう。
それは、尾弐の願いが永遠に叶わなくなることを意味する。
華陽宮でも感じた殺気が電話越しにも伝わってくるほどだったが、尾弐が釈明すると御前は一旦矛を収めた。

『やるんなら早くして。温羅が動いてるから』

御前は苛立ちを押し殺しながら、尾弐に情報を伝える。
五大妖、鬼神王温羅。桃太郎伝説によって言い伝えられる鬼神であり、現在の鬼族の頭領である。
風雅な貴族式統治の妖狐一族やヤクザ式縦社会の狸一族と違い、温羅は圧倒的な力による恐怖で一族を統べている。
温羅は茨木が自らの支配を離れ、東京でよからぬことを企んでいると知り、制裁のため配下を差し向けたのだという。
もし、尾弐よりも先に温羅の配下が東京スカイツリーに到着し、事態を収束してしまえば、御前の面目は丸潰れだ。
従って、御前は何としても温羅の配下が東京に現れる前に決着をつけろ、と言っている。

『わらわちゃんとの約束、間違っても破らないでよね。いい?念のため言っとくけど――』





『次 は な い ぞ』





祈を助命したような再度の恩赦はない、と告げる。最後に大妖怪の面目躍如といった妖気を放つと、御前は電話を切った。

42尾弐 黒雄 ◆pNqNUIlvYE:2018/11/13(火) 22:24:29
茨木童子との邂逅の後。
シロの手掛かりすら見つける事は出来なかった尾弐は、一人自宅であるアパートに戻っていた。

「……」

暗い部屋へ電気も付けずに上がり込み、冷蔵庫からジン――洋酒を取り出すと、床にどかりと座り込み、瓶から直接酒を呷る。
度数の強い酒特有の喉を焼く様な感覚は、温感に異常が生じている尾弐の体をほんの少し温める。
人間であれば急性のアルコール中毒にでもなるのであろうが……しかし、尾弐の体は人の物ではない。
どれだけ酒を呷ろうと、酩酊する事は無いのだ。
酔って我を忘れたいにも関わらず、酔い潰れる事が出来ないとはなんたる皮肉か。

「……やっちまったな。我ながら、感情的になり過ぎた」

思い返すのは、先の茨木童子との会話。
感情を露わにし、茨木童子の勧誘を拒絶するという短絡な行動を取ってしまった事に、尾弐は自己嫌悪する。
茨木童子が尾弐を酒呑童子であると認識しているのであれば――――それに乗るべきであった。

妖怪は嘘を付けない。だが、その原則への抜け穴は多数あるのだ。
言葉を脚色する。事実の一部を隠す。意図的に異なる解釈の言葉を用いる。
他にも様々に『汚い手段』は有り、そして尾弐はそれらの存在を認識している。
故に、尾弐にとって茨木童子の仲間になったフリをする事はそれ程に難しい事では無かった。
敵がどれだけの策を練り、どれ程の悪意を持っていようと、その懐にさえ入り込んでしまえば食い破る事は容易い。
仲間になったフリをしたうえで、背中から心臓を刺してしまえば、それで事は済む。
にも関わらず、尾弐は感情に振り回され……それを実行する機会を逃したのである。

「俺も焼きが回ったか……」

あらゆる手段を用いて目的を果たすと誓ったのに。
何を犠牲にしてでも、地を這い、泥に塗れてでも願いを叶えると魂に刻み込んだにも関わらず。
自身がかつての酒呑童子であり、悪鬼達の仲間であると……たったそれだけの事が言えなかった。

43尾弐 黒雄 ◆pNqNUIlvYE:2018/11/13(火) 22:25:08
あの邂逅の瞬間、尾弐の脳裏に浮かんだ光景は弐つ。

一つは、人々の願いにより化物に成り果てた一人の子供の姿。
かつて救う事が出来ず、それでも今尚救おうと足掻き続けている、尾弐の願いそのもの。

そして、もう一つは……那須野、祈、ノエル、ポチ。
東京ブリーチャーズとして共に生き、共に戦ってきた者達の姿。

……或いは、一つ目の願いだけであれば尾弐は耐えられたのかもしれない。
千年に及ぶ妄執だ。悪名も誹りも甘んじて受け入れる覚悟は有している。これまでも、ずっとそうしてきた。
だが、二つ目。祈達の仲間では無いと、彼女達の仲間では無いと、そう言い切る事が尾弐には出来なかった。
そんな『弱くなった』自身に苛立ちを覚えつつ、残りの酒を一気に飲み干そうとしたその瞬間――――尾弐の携帯が鳴った。

画面に目を向けて、思わず眉間に皺を寄せる。
表示されていた名前は、尾弐の良く知ったもので……厄介事の気配を覚えつつも、その呼び出しを無視するという選択肢は尾弐には存在しない為、息を吐いてから通話ボタンを押す。

「……御前、こんな刻限に何用で?」

>『オニクローぉ……どゆこと?わらわちゃん、聞いてないんですけどーォ?』
>『そなたちゃんの“中身”の仲間が、スカイツリーに立てこもって悪さしてるんですケド?なに?なんなの?叛逆?』
>『まさかと思うけどーォ……そなたちゃん、一枚噛んでたりしないよねー……?』

開口一番。繰り広げられたのは、怒りの感情が多分に混ざった非難の言葉。
大妖怪の異様と齎された情報の不穏さに、尾弐は思わず口端を引き攣らせる。

(さしずめ、悪鬼共が酒呑童子の家を作ったって所かね。連中が酒呑童子を御旗に群れようとするってのは、俺自身が御前に吐いた事もある文句だ。予測できない事じゃねぇが……しかし、ちっとばかし行動が早すぎる。鬼の連中、そんなに知恵が回ったか?)

幸いだったのが、情報の不穏さと御前の怒りを向けられた事で、一周して尾弐の思考が冷静になった事だろう。
それにより茨木童子が口走った情報と御前から齎された凶報を元に、予測を立てる事が叶った。

44尾弐 黒雄 ◆pNqNUIlvYE:2018/11/13(火) 22:25:59
>『オニクロ……もしかわらわちゃんをたばかったり、裏切ったりしたら……どうなるかわかってるよねェ?』
>『身の潔白を証明してよ。あの鬼どもを始末して、自分は無関係って。できるよね?』
>『もし、それが出来ないって言うんなら――』

「……御人が悪い。御前、俺ごとき小物にそんなに凄まないでくだせぇや。貴女だって、今更俺が裏切る理由がねぇ事は知っているんでしょう?」

胡坐をかき、首元を手で抑えつつ、尾弐は御前に対して言葉を続ける。

「確かに茨木童子の馬鹿に勧誘は受けやした。取り入って内から食い破る事も考えやしたがね……まあ、色々考えた結果、勧誘の手は真正面から跳ね除けましたよ」
「だから俺は、スカイツリーじゃなく手前の部屋に居るんでさぁ。行き当たりばったりであの連中に頼る程、耄碌したつもりはありやせんぜ」

それに―――

「別の道を探すには、俺は手を黒く染めすぎてる。貴女に願いを叶えて貰うのが最良の選択である以上、積み重ねてきた全部を壊してまで道を違える意味は無い」
「貴女が俺との契約を履行してくださる限りは、俺は何だってやりやすぜ。なんなら靴でも舐めやすかい?」

理を重んずる御前に対して、理をもって無実を訴える。
情報過多により感情が麻痺しているからこそ可能な芸当であったと言えるだろう。

>『やるんなら早くして。温羅が動いてるから』

そんな尾弐の様子をどう捕えたのか、御前は不機嫌そうに新たな情報を与えると尾弐に命ずる。

>『わらわちゃんとの約束、間違っても破らないでよね。いい?念のため言っとくけど――』
>『次 は な い ぞ』

契約を履行せよ、と。
背筋を氷柱で貫かれた様な寒気を覚えつつも、尾弐は息を吸い、はっきりと言葉を返す。

「――――御意に。此の身は魂魄の欠片までも貴女の道具」
「那須野橘音が漂白の命を果たせない今、貴女の弐本目の尾として、立ちはだかる妖壊共を悉く黒く塗り潰してご覧に上げましょう」

そんな尾弐の言葉を最後に、御前との通話は終わる。
部屋には沈黙が訪れたが……

「ポチ助には悪ぃが……シロを探してやれる状況じゃなくなっちまったな」
「悪鬼共を殲滅し、鬼神王温羅を出し抜く……全く、腰痛のオジサンが背負える荷物じゃねぇだろ」

不意に、尾弐が手に握りしめた酒瓶が罅割れ、床に酒の雫が滴る。
酒瓶を握りしめる尾弐の表情には確かに苦渋が浮かんでおり、それは、今回の命令がどれだけ困難なモノであるかを示していた。
だが

45尾弐 黒雄 ◆pNqNUIlvYE:2018/11/13(火) 22:26:23
だが、それでも尾弐は折れない。折れる事は出来ない。

「……出来る、やれる」

自身に言い聞かせるように呟き……表情を、無理矢理に獰猛な笑みへと作り変える。

「利用できるモノは全て利用しろ。これまで通りだ。削って捨てて、外法を用いて邪道を進め」
「思い出せ。躊躇うな。それこそが俺の望む道であり……アイツと、那須野達の未来の為だろうが」

そして、歪な表情のまま立ち上がると、尾弐は部屋の箪笥を開け、其処に置いてある金庫の鍵を開いた。
その金庫の中には、それなりの金額の現金と、幾つかの呪具。それから、大き目の桐箱が入っている。
尾弐は、暫しの躊躇いを見せてからその中の桐箱に手を伸ばし――――その中身を取り出した。

「テメェより格上の鬼に対処するには、鬼の力だけじゃあ足りねぇ……仏なんぞに敬意はねぇし、もう弐度と着るつもりはなかったんだがな」

箱の中に入っていたのは、黒と白の袈裟―――僧服、そして独鈷と呼ばれる仏具であった。



「もしもし……おう、ポチ助か? 悪ぃんだが、ちとシロの捜索班から抜ける事になっちまった。
 馬鹿鬼共がスカイツリーを占拠したって聞いてな、そいつらを殲滅しなきゃならねぇんだ……あ?もう連中と会った?ひょっとして現場に居んのか?」

―――何の因果か。喪服を脱ぎ、仏道に帰依する者の衣装を身に纏った尾弐は、携帯を片手に帝都に聳え立つ巨大な建造物と向けて歩を進める。
同じ目的地へ向かっている以上、何事も無ければそう遠くない内に尾弐と東京ブリーチャーズは合流出来るだろう。

無事に合流出来れば、尾弐は一行に自身が知り得た情報と……鬼神王温羅が帝都へと手を伸ばしている事を語るであろう。

46多甫 祈 ◆MJjxToab/g:2018/11/17(土) 22:55:21
>「祈ちゃん、天才じゃない!? すぐに探してみるよ!」

 天神細道を使うことを祈が提案すると、電話の先でノエルがそう答えた。

「えへへ。ロボと戦う時に御幸が言ってた作戦を思い出しただけだけどね」

 などと言いつつ、天才と言われて満更でもない祈である。
本当にロボとの戦いに欠かせなかったアイテムを思い出しただけなので、
天才なのはノエルの方なのではあるが。
 程よい所で電話を切り、ノエルからの捜索完了の連絡を待つ祈。
しかしなかなか連絡が来ない。
もしや荷物に押しつぶされているのでは、
一人で天神細道を潜って惨事になっているのでは、と心配になってきた祈は、
家をこっそりと抜け出し、――事務所の前までやってきた。

 事務所の中からはごそごそと何かを漁る音がする。
事務所のドアに鍵がかかっておらず、ドアノブを回せばすんなりと開いた。
 祈がドアを少し開けて事務所の中を窺うと、ノエルが捜索作業をしているところであった。
どうやら惨事になっている訳ではないようだと、祈はほっと胸をなでおろす。
 祈は事務所のドアを開け、ドアをコンコンとノックする。

「よっ、御幸。天神細道見つかった?」

 そして捜索作業に没頭するノエルにそう問うと、ノエルは驚いた様子で
 
>「大丈夫!? こんな時間に抜け出したら颯さんに怒られちゃうよ!?

 と言って、一度は帰るのを促したかに思えたものの、

>よし! こんな時間に夜道を帰したら僕が颯さんに怒られちゃうから一緒に探そう!」

 一秒も経たない内に意見を切り替えた。
そのスピードには祈もやや驚くところである。脳内で別の人格が、
祈の心配とノエルの心配、両方を同時にした結果だろうか。

「探すのを手伝うのははもちろん、そのつもりで来たからいいんだけど。捜索要員ならもう一人いるんだよ」

 と祈が言うと、祈の後ろから、

>「実はね、僕もいるんだよ。ノエっち」
>「僕も一緒に探すよ。いいでしょ?」

 ひょっこりポチが姿を現した。事務所に向かう途中で合流したのだ。
 道中偶然会ったのだが、シロを探す有効手段を思いついているのが匂いでばれてしまったらしく、
付いてくることになってしまった。
 実のところ祈は、ポチを誘うのに消極的だった。
何故なら、ポチには思い詰めると自身のことを顧みない悪癖があるからだ。
たとえば、シロが囚われていると聞けば、迷い家から夜通し走って東京まで帰ってしまうぐらいに。
祈を殺せと言う御前の命令に背く為に、自分の首の動脈を傷付けるくらいに。
 そんなポチだから、『天神細道を潜ればもしかしたらシロが見つかるかも』と言えば、
その先にどんな危険が待ち構えているかわからないと説明したところで、構わず突撃しかねない。
 祈は意外と、自分の首に爪を突き立てたポチの姿がショックだったこともあり、
今の段階では話すべきではないと考えたのだが、
なにせポチのお嫁さんの話であるから、
会ってしまった以上伝えない訳にもいかなかったのである。
 閑話休題。
 ノエルは二人の新たな作業員を迎えると、ニヤリと悪役のように笑って見せた。
そして、こう提案する。

>「あのさ、天神細道ももちろんいいんだけど……召怪銘板がもしあったら一発だと思うんだよね。
>あっちの橘音くんがハル君やマル君を召喚したときそれらしきものを使ってなかったでしょ?」

 悪魔的発想である。祈はこちらからシロを探すと言う手順でしか物を見ていなかったが、
ノエルは逆にシロをこちらに呼ぶという逆転の発想を見せたのである。
もし召怪銘板が使えるなら、天神細道を潜った先にリスクが待ち構えていてもそれを回避できる。
 ポチが敢えて危険に飛び込むこともない。

「御幸冴えてるじゃねーか! 天才じゃん!!」

 祈は嬉しそうにそう言った。
 さすがはノエリスト。目の付け所が斜め上である。
そして、そういうことなら捜索に時間がかかったのも納得がいく、と思う祈。
天神細道は平均的な身長の大人が屈まず潜れるほどのサイズであるため、
捜索には時間はかからない筈なのだ。
だがノエルは召怪銘板を探していたから時間がかかっていたのである。
 ややあって、ノエル、ポチ、祈の三人は事務所のガラクタの中から召怪銘板を探し出すことに成功する。
しかし、召怪銘板を起動して登録されているシロの名前をタップしても、シロが現れることはなかった。

47多甫 祈 ◆MJjxToab/g:2018/11/17(土) 22:58:34
「っかしいな……名前は登録してあるんだから呼べるんだよな。壊れてる? これ」

 壊れているのか、それとも別の理由でシロを呼べないのかは分からないが、
なんらかの理由で使えないのなら、残されている手段は。
 祈は天神細道を見た。
天神細道は大きなものなので、召怪銘板を探す途中ですぐに見つかったのだ。
 残された手段は、天神細道を使って、
危険かどうかまるっきりわからないどこかへ突っ込むことだけ、なのだろう。

>「いきなり飛び込むなんて駄目だよ。一方通行でどこに繋がるか分からないなんて危険過ぎる」
>「まずは偵察だ――! シロちゃんがいるとこって一緒に念じて!」

 だが祈の危惧を察したのかノエルはそう提案し、
双眼鏡を天神細道の先に差し込んで(できるのかどうかは分からないが)、
シロがいるであろう天神細道の向こう側の景色を覗こうとした。
 祈もそれに倣おうとするが、

>「違うよ、ノエっち。逆なんだ」
 
 そう言ってノエルの肩を叩いて止めるのは、
人狼の姿になって直立するポチであった。
振り返ってその姿を確認した祈は、あちゃあ、とばかりに額を押さえた。
不安が的中したようである。

>「飛び込んだ先が危険過ぎるなら……僕は今すぐ、行かなきゃいけない。そんなところにシロちゃんを置いておけない。
>もし危険じゃないなら……今すぐ飛び込んだって、何も問題ない。どっちにしたって、僕は行かなきゃいけないんだ」

 自分を顧みないときの、思い詰めたような声であった。

「あのさ、ポチ……」

 祈はポチが突っ走ろうとするのなら止めるべきだと考え、声を掛けようとするが、
ポチは逡巡した後、

>「何か……遠くからでも分かる道標になるものとか、ないかな。
>尾弐っちに借りたこれは持っていくけど……これは、どこでも使える訳じゃないんだよね?」
>「……橘音ちゃんを起こしてくるよ。ちゃんと話をしておかなきゃ。それに何か、使える物を持ってるかも」

 ポチは祈が思っていたよりも冷静であったらしく、
そう言って橘音の元へ行き、話を通したうえで使える物を借りに行くのだった。

「……ポチ、冷静だったな。良かった」

 祈は呟く。どうやら祈の心配しすぎだったらしい。
 ポチはやがて橘音から道具を借りて戻ってきた。
どこにでも落ちていそうな小さな木の枝のようなものを持ってきたポチ。
騙されているのではと疑いたくなるような代物だが、
それは『姥捨の枝』という正しい帰り道を示すアイテムで、
れっきとした狐面探偵七つ道具であるらしかった。

48多甫 祈 ◆MJjxToab/g:2018/11/17(土) 23:03:10
 祈とノエル、ポチの三人は天神細道を潜ってシロを追うことになった。
潜った先は戦場か罠かと身構えながら天神細道を潜る祈だが、
しかしそこに敵の姿も罠もなく。天神細道の先に広がっているのは。

「――東京スカイツリータウン? 人いないから一瞬分かんなかったけど、スカイツリー見えるし、やっぱそうだよね?」

 東京スカイツリータウン。
 東京の新たなシンボルとして建設された東京スカイツリーと、
その周辺にある施設群のことだ。
水族館やプラネタリウムなど遊びに適した施設だけでなく
東京ソラマチという312以上の店舗が入った商業施設も備えている。
また、つい撮影したくなるオブジェクトやおいしいお店などもあり、一日や二日では到底遊びきれない魅力がある場所だ。
 日中は観光客と都民で溢れているのだが、いまは人の姿が全く見当たらなかったため、
別の場所であるかのように祈は錯覚したのだった。
 敵の姿がないのは幸いとして、シロの姿も見えないのはどういうことか、と祈は思う。
天神細道が繋がったからにはこの周辺に居るのは間違いないなのであるが、
三人で同時に願ったから、多少場所がずれたのかもしれない、などと祈は考えた。
そしてポチの反応を見るに、どうやらスカイツリーの方にシロがいるようなので、
そちらに向かうことにするのだった。
 妖気をそこまで感じ取れない祈はのんきに、

「しっかし、どこにいんのかなーシロ。観光でもしに来たのかな。あっ――」

 などと言いながら歩いていき、スカイツリーの手前で何かにぶつかった。
透明な壁がそこにあるようで、そこに額をぶつけてしまったようである。

「――がっ!?」

 更に次の瞬間、ぶつけた箇所にバチンと電気のような衝撃が走り、祈は弾き飛ばされた。
体勢を崩し、地面に転がる祈。

「いった! マジいってぇ!? なにこれ!? あ”ぁん!?」

 祈は額を押さえて地面をゴロゴロと転がるも、
次の瞬間には勢いよく飛び起きて、前方の何もない空間を睨みつける。
ダメージを受けたことで臨戦態勢に入ったのか、
もしくはそこに透明人間でもいるのかと思っているようであった。
 祈そのままじっと睨んで神経を研ぎ澄まして自力で、
あるいは仲間に教えて貰ったことで、
ようやくそこに結界らしきものが存在していることを理解する。
しかもそれがどうやら非常に強固であるらしいことも。
 何故こんなところに結界が貼られているのか、と祈が思っていると。
その答えを持っていそうな人物が現れる。

>「おやおやぁ〜?も〜う嗅ぎ付けてきたんですか?イヤハヤ、早い!早いですねぇ〜さすがは皆さん!」

 結界の向こうに、白い学ランを着た影があった。
メインストリートの中央に陣取っているのは、アスタロトであった。

「アスタロト!」

 どうやらアスタロトがこの結界で通行止めにしているらしい、と祈は理解する。
この先にシロがいるらしいことを考えると、アスタロトとこの結界、そしてシロの不在は無関係ではなさそうであった。

>「まぁ、いいですけどね。こちらも先刻準備が整って、皆さんをご招待しようと思ってたところです」
>「……って、クロオさんはどうしたんです?」

 と、アスタロトはこちらのメンバーに尾弐がいないことに気付くと

「あ〜ダメダメ!残念ですけど皆さん、お引き取り下さい!今回の主賓はクロオさんなので、皆さんだけじゃダメなんです」

 胸の前に腕でバッテンを作ってそんなことを宣った。

「あ?」

>「この東京スカイツリー……いや『酔余酒重塔(すいよしゅじゅうのとう)』は、クロオさんのために誂えたもの」
>「王たるクロオさんと、クロオさんの許可した客人以外を入れるわけにはいかないんですよ。そのように設定したんです」
>「このボクの結界でね……ってことですから、クロオさんを連れてまた改めてお越しください!」

(また、ろくでもないこと企んでそうだな。つーか『すいよしゅじゅうのとう』って噛みそうな名前……)

 尾弐が許可した者しか入れないと言う、アスタロトが作った結界。
それはアスタロトが作ったからには並の結界でないことは間違いないだろう。
無理矢理に入ろうとすれば、先程の祈のように弾き飛ばされるだけで終わるに違いない。
 だがシロがこの先にいる以上、そしてアスタロトがまた何か企んでいる以上、中への侵入を諦める訳にはいかない。
言葉通り、尾弐を連れてくるしかないのだろうと祈には思えた。

49多甫 祈 ◆MJjxToab/g:2018/11/17(土) 23:08:32
>「クロオさんにお伝えください、懐かしいお友達がアナタを待ってるってね……もちろん、歓迎の用意もできてます」
>「もちろん、来る来ないはクロオさんの自由ですが。来た方がいい、と忠告しておきますよ」
>「なぜなら――おや」

 と、語り続けるアスタロトの背後に、ぬっと、巨大な影が落ちた。
 アスタロトの背後に見える影。
それはオールバック(どこか山里を彷彿とさせる)に茶色のスーツを纏った、大柄なヤクザのような鬼だった。
以前、法廷で橘音をなじったり、姦姦蛇螺戦では狸の妖怪と一緒に妖怪達を率いていた鬼だと
祈は記憶している。姦姦蛇螺との戦いを生き伸びていたのは祈的には喜ばしいことではあるが、
何故ここにいるのだろう。

>「茨木さん。来ちゃったんですか?アナタは天望回廊でクロオさんを待っていればよかったのに」

 アスタロトがその鬼へ振り向き、そう言うと、

>「酒呑のニオイがしたんでな……。なんだ、こいつらは?」

 茨木と呼ばれた鬼は、祈達を見て不快そうに問うた。
 茨木。つまりこの鬼は茨木童子だ。酒呑童子のかつての右腕、あるいは相棒だった鬼。
アスタロトの言う懐かしい友達とは即ち、この茨木童子のことだろうと祈は察する。

>「彼らはクロオさん……酒呑童子さんの仲間ですよ」

 『仲間』という単語を聞いた茨木の片眉がピクリと動く。

>「仲間だァ……?こんな、鬼でもねえ連中がか?ハ!笑わせるんじゃねえ――」
>「酒呑の仲間はオレたち鬼だけよ。酒呑こそは鬼の頂点に立つ者、漂白なんぞしてんのは所詮お遊びってこった」
>「アイツぁ昔っからそうなんだ。まったく意味のねえ遊びにばっかり凝りやがる。しょうがねえヤツだぜ」

 茨木童子の言葉からは、酒呑童子の仲間は自分達であり、最低限鬼でなければ認めないという、
ある種の選民意識のようなものがあることが窺えた。
そして、酒呑童子の本当の理解者は自分だけというような、驕りめいたものがあることも。
 相変らず嫌な奴と思ったので、自分も尾弐の仲間だと反論を口にしようと思った祈だが、

>「ボクは鬼じゃないですが、クロオさんの相棒ですけど?」

 アスタロトの方が先に反論する。対し、茨木童子は

>「ああ、お遊びの相棒だったっけな。

 と言い捨てた。尾弐と数百年の付き合いがあるらしい橘音(アスタロト)であろうと、
自分以外の相棒はいないとでも言うかのように。
 ここまでくるといっそ清々しい。
嫌な奴ではあるが、アイツの理解者や相棒は自分だけという独占欲めいた気持ちや競争心があるようで、
なんというか人間味があるように祈には思えなくもなかった。

>だが、もうじゃれ合うのは仕舞いだ。ヤツは鬼の王になる、この帝都の王にな」
>「すべてが元に戻る――あの平安の世に。もうこの世に頼光はいねえ、オレたち鬼の邪魔をする者はいねえ」
>「今度こそ築き上げてやるぜ……オレたち鬼の千年王国を。この『酔余酒重塔』はその第一歩よ!」

 しかし、その目には酒呑童子との輝かしい未来しか映っていないようであるし、
アスタロトと組んで、どうやら尾弐を頂点に据えた鬼たちの王国か何かを作り出そうとしているようであり、
それを見過ごす訳にはいかない。
 ただ、二人の会話を聞くに、アスタロトと茨木童子は完全に同調しているのではないようだった。
アスタロトは茨木童子を、茨木童子はアスタロトを利用し合う関係のようであり、両者の目論見は別にありそうである。
 茨木童子の目的はおそらく酒呑童子(尾弐)を仲間に引き入れて
昔のように大規模に暴れ回りたいということなのだろうが、アスタロトの方は何が目的なのか全く祈には読めない。
 だがなんであれ。

「んなこと、あたしらがさせねぇよ。すいよしゅづうのとうだかなんだか知らないし何企んでんのか知らないけど、
ろくでもないこと考えてんのなら、あたしら東京ブリーチャーズが止めてやる!」

 祈は茨木童子に対してそう吠えかかるように言った。
シロだってそっちにいるなら返してもらう、と、付け加える。しかし。

>「雑魚どもに用はねえ。テメエらが酒呑の仮の仲間だってんなら、酒呑を連れてこい」
>「オレの相棒をよ……オレはもう待ちきれねえ!またアイツと暴れ回りたくて、ウズウズしてんだ!」

 と、茨木童子も吠え返す。

>「御覧の通り茨木さんはクロオさんに会いたがっています。早めに連れてきた方がいいですよ」
>「そうですね、リミットは――今が23時ですから、今からきっかり一時間後。0時ちょうどということにしておきましょうか?」

 取り出した懐中時計を見ながら、アスタロトが言う。

50多甫 祈 ◆MJjxToab/g:2018/11/17(土) 23:14:59
>「もし、1分でも遅れたら。ちょっとヒドイことになっちゃうかもしれませんよ、ウフフ!」
>「この『酔余酒重塔』は電波塔です。この東京全体にくまなく電波を飛ばすことができる。この電波塔を使って――」
>「電波じゃなく、妖気を発信したとしたら――さて。どうなっちゃうでしょうね?」
 
 そして、楽し気に続けるのだった。
電波代わりに妖気を発信するとどうなるだろうかと。
 そんなことが本当に可能かどうかはさておき、
もしできるのならと仮定し、祈は顎に手を当てて想像してみた。
姦姦蛇螺の体内で、心臓が放ってきた強大な妖気の波動。
それによって祈は蝕まれ、死ぬような思いをしたのだ。半妖でさえこれであるから
電波塔から発信された妖気を人間が受けたならどうなるか。

「人がたくさん死ぬって言いたいのか? や、でもそんなのでき、なくはない……のか?」

 祈は困惑しながら、答えを求めるようにノエルを見た。
 確かにスカイツリーならば妖力を広大な範囲に届けられるかもしれない。
だが360度、下手したら数十キロという広範囲に妖気をばら撒くのだ。
しかもそれを人々が衰弱死するまで継続するなど、妖気がいくらあっても足りない。
並の妖怪では数秒と持たずにケ枯れを起こしてしまうに違いなかった。
 果たして可能なのかと祈は疑問に思ったのだが、ノエルクラスならば違う。
ノエルやポチのような、妖怪の中でも桁外れの力を持った存在は
膨大な妖力をその身に秘める。
それと同等の力を持った妖怪があちら側にいるのだとすれば、
そんなことも可能なのかもしれない。
 実際にノエルの力の一時的な器となっていたクリスは、
数年前に東京を豪雪で閉ざし、機能を一時マヒさせるに至っていたし、
ロボの咆哮は数キロに渡って響き、人々を恐慌状態に陥れていたのだから。

>「姦姦蛇螺は神とはいえ、肉身を持つ実体だった。だから、より強い力には敗れるしかなかった」
>「でも今度は違いますよ、妖怪でもなければ実体もない。そしてスイッチひとつですべてを終わらせられる!実に楽チンですね!」

 確かに楽チンだ。しかも――、
もしあちら側にそれだけ強力な妖怪が付いたのだとすれば、
そもそもスカイツリーを使って妖気を放たなくとも大虐殺は可能だろう。
つまり、仮に祈達が指示に従ったのを理由に『妖力をスカイツリーからばら撒くのを辞めろ』と迫ったところで
アスタロトにとっては別の虐殺手段にシフトすればいいだけであり、痛くもかゆくもないのだ。
 こちら側は確実に阻止しなくてはならないが、
あちら側にとって阻止されたところで痛くも痒くもないなど。効果的な脅迫もあったものだ。
 何を目的とする大虐殺なのかは知らないが。
 祈は、くっ、と歯噛みする。

>「フン……東京ブリーチャーズなんぞと粋がったところで、所詮は雑魚の集まりだぜ」
>「五大妖のボンクラどもは誤魔化されたようだがな……オレは騙されねえ」
>「姦姦蛇螺を斃したのだって、今までの功績だって、酒呑の力があったからこそだろうが?ああ?」

 嘲笑するように、あるいは忌々し気に茨木童子。

51多甫 祈 ◆MJjxToab/g:2018/11/17(土) 23:25:40
>「テメエらは結局、酒呑のお遊びの駒に過ぎねえのさ。テメエらは仲間と思ってたかもだが、酒呑はそうは思っちゃいねえ」
>「だからな……テメエら。もういいぜ、死んでいい。後は酒呑の“本当の仲間”である、このオレたちが引き継ぐ」
>「まだ寝ぼけていやがるアイツを、無理矢理にでも叩き起こしてな……!」

 オレたち。と茨木童子は確かにそう言った。
そう言えば酒呑童子は、源頼光とその四天王に討たれたとされるが、
その側近に茨木だけでなくあちらも鬼の四天王を従えていたとされていることを祈は思い出す。
 茨木が掲げた右手の先を視線で追うと、
スカイツリーの遥か上に4つの影があり、こちらの様子を窺っているのが見えた。
 あれが、虎熊童子、熊童子、星熊童子、金熊童子の4人だろうか。
 三人は男だった。筋骨隆々な巨漢で、金棒を携えた白鬼。
それを上回る巨体と肥満体を持つ、鉄球を抱えた赤鬼。
そして日本刀を持った細身の、自身もまた抜き身の刀を思わせる何某かの鬼。
 だが、一人。女性が混じっているのが見える。
銀色の髪と、身に纏う銀色のチャイナドレスが特徴的な美女だが、
鬼の四天王の誰かが女性だったという話は聞いたことがない。
というより、あの頭部に生えた獣の耳の形。ふさふさの尻尾。雰囲気。

(あれ、シロじゃないか……!?)

 敵陣に、ポチの嫁らしき人影があることに祈は度肝を抜かれる。
ポチの様子をちらりと窺うが、真偽はは分からない。
 4人の影が姿を消し、

>「カハハハハハッ!このオレ茨木童子と!酒呑直属の四天王が!東京を鬼の楽園に変えてくれるぜ……酒呑の望む王国になァ!」
>「ウフフ……皆さん、早めにクロオさんを連れて来て下さいね。遅刻はダメですよ」

 そう言ってアスタロトと茨木童子の二人もまた踵を返し、
スカイツリー、否、『酔余酒重塔』へと帰って行く。

「くっそ、あいつら好き勝手言うだけ言って帰りやがった! とにかく尾弐のおっさんに連絡しないと」

 と、言っていると、ポチが首から下げている巾着袋から着信音が響く。
尾弐から電話がかかってきたのだ。
 ポチと尾弐との会話から、
どうやら尾弐も、どこからかこの鬼達が引き起こす騒動について聞いたらしく、
スカイツリーに向かおうとしているらしいことがわかった。
 とりあえずこれで、尾弐0時前までにこちらにくるであろうことが確定した。
あちらにとって尾弐はキーパーソンらしいので、
ここにくるのを敢えて邪魔をする理由もないだろう。

「あっ、じゃあさポチ、尾弐のおっさんに『良かったら事務所の天神細道通ってきたら?』って伝えてくれない?
尾弐のおっさんの家どこかわかんないけど、そっちのが近いかもだし。橘音とも情報交換できるかもしれないし」

 と祈はポチに言った。単にここまで来るのが大変だろうという気遣いもあるが、
橘音との情報共有は大事だし、もしかしたら尾弐に何か策を授けてくれるかもしれないという期待があるのだった。
 シロを探しに来ただけのつもりが、大変なことになってしまったな、
深夜だけど新幹線や車の中で少し寝たし、まだ保ちそうだ、などと祈は思いながら、自らの頬を叩いて気合を入れた。

52御幸 乃恵瑠 ◆4fQkd8JTfc:2018/11/18(日) 20:33:04
>「探すのを手伝うのははもちろん、そのつもりで来たからいいんだけど。捜索要員ならもう一人いるんだよ」
>「実はね、僕もいるんだよ。ノエっち」
>「僕も一緒に探すよ。いいでしょ?」

「え、あ……うん!」

思わぬ追加人員に、一瞬戸惑いの色を見せてから承諾する。
断ったところで勝手に一緒に探しそうな勢いなので、肯定するしかない。
もはや天神細道を見た途端に後先考えずに飛び込む光景しか思い浮かばないが、
自分はスピードではポチに叶わないので、いざとなったら取り押さえるようにと祈に目配せする。
しかし、召怪銘板による召喚が成功すればそのような心配も無用だ。
人手が増えたこともあり、ついに召怪銘板を探し出すことに成功する。

「ふっはははははは! 散々手間かけさせやがって! 良い子は帰る時間だ!」

とても良い笑顔を浮かべながら”シロ”をタップするノエル。しかし何も起こらなかった!

>「っかしいな……名前は登録してあるんだから呼べるんだよな。壊れてる? これ」

「えーと……不思議なちからによってかきけされた!ってやつ?
それとも何か呪文を唱えないといけないのかな? あらえっさっさだったっけ?」

試しに”髪さま”という欄をタップしてみると、よく分からない毛玉のような妖怪が召喚された。
というか元から事務所の隅にいたよういないような気もするが、とりあえず放置しておくこととする。
とにかく以前橘音が唱えていた呪文はただの演出だったらしく、シロが召喚出来ないのは
手順の問題とか召怪銘板が壊れているというわけでもないらしい。
仕方なく天神細道を使い、双眼鏡で偵察を始める。

「うーん……良く見えないな……」

この時にはまだ知る由はないが、よく見えないのはシロがいる場所に結界が張られているからなのかもしれない。

>「違うよ、ノエっち。逆なんだ」
>「飛び込んだ先が危険過ぎるなら……僕は今すぐ、行かなきゃいけない。そんなところにシロちゃんを置いておけない。
>もし危険じゃないなら……今すぐ飛び込んだって、何も問題ない。どっちにしたって、僕は行かなきゃいけないんだ」

>「あのさ、ポチ……」

思いつめたような顔で今すぐ行くことを主張するポチと、それを止めようとする祈。
しかし、本気で今すぐ行く気なら、こうやってわざわざ対話などせずに問答無用で飛び込んではいないだろうか。

「落ち着いて。うまく助け出すためには向こう側の状況を知ることが重要なのさ。
でも残念ながらよく見えないから……クロちゃんが手伝えそうなら来てもらったほうがいいかも」

>「何か……遠くからでも分かる道標になるものとか、ないかな。
>尾弐っちに借りたこれは持っていくけど……これは、どこでも使える訳じゃないんだよね?」
>「……橘音ちゃんを起こしてくるよ。ちゃんと話をしておかなきゃ。それに何か、使える物を持ってるかも」

そう言ってトコトコと上の階への階段を上っていくポチ。

53御幸 乃恵瑠 ◆4fQkd8JTfc:2018/11/18(日) 20:35:04
>「……ポチ、冷静だったな。良かった」

「うん……深雪が言うには”死にたがり”らしいからさ。よく見とかないとね」

程なくして、ポチが橘音と共に事務所に戻ってくる。
シロが召喚されないのは、シロ自身が召喚を拒んでいるか、召怪銘板の効力の及ばないところにいるということらしい。

「それって……前者はまずあり得ないだろうし結界か何かに閉じ込められてるってこと……? 大変だ!」

>「ポチさんにこれをお貸しします。これぞ狐面探偵七つ道具のひとつ『姥捨の枝』〜!」
>「姥捨ての枝を持っていると、一定時間で所有者の現在地に妖気のマーカーが設置されます」
>「マーカーの妖気は召怪銘板に登録してありますので、召怪銘板でその足取りを追うことが出来ます」
>「ボクはこちらで皆さんをバックアップすることにします。今のボクじゃ、どんな現場に行ったところで足手纏いにしかならない」
>「しばらくは、安楽椅子探偵ならぬ寝台探偵をさせて頂きますよ……」

あわよくば召怪銘板を持って行ってやろうと思っていたノエルだったが、橘音がこちらの足取りを追うのに必要らしく、お預けとなった。
世の中そんなに甘くないのだ。
そしていよいよ天神細道を潜り、辿り着いた場所は――

>「――東京スカイツリータウン? 人いないから一瞬分かんなかったけど、スカイツリー見えるし、やっぱそうだよね?」
>「しっかし、どこにいんのかなーシロ。観光でもしに来たのかな」

そう――人がいないのも尋常ならざる妖気がただよっているのも異様だが、
何よりおかしいのは、シロの姿が見えないことだ。
“シロのいる場所”を目的地に天神細道を潜ったのだから、普通はシロの目の前に出るはず。
と、いうことは――

「待って、迂闊に動いたら危ないかもしれない」

注意を促すノエルだったが、一足遅かったようだ。

>「あっ――」
>「――がっ!?」

祈が結界にぶち当たり弾き飛ばされた。

「言わんこっちゃない!」

>「いった! マジいってぇ!? なにこれ!? あ”ぁん!?」

「結界だ……。シロちゃんが召喚できなかったのも天神細道で目の前に出られなかったのもきっとこのせいだ」

そんな中、頃合いを見計らったかのようにメインストリートの中央に現れるアスタロト。

>「おやおやぁ〜?も〜う嗅ぎ付けてきたんですか?イヤハヤ、早い!早いですねぇ〜さすがは皆さん!」

「出たなぁ! 黒い橘音くん!」

54御幸 乃恵瑠 ◆4fQkd8JTfc:2018/11/18(日) 20:37:00
>「まぁ、いいですけどね。こちらも先刻準備が整って、皆さんをご招待しようと思ってたところです」
>「……って、クロオさんはどうしたんです?」
>「あ〜ダメダメ!残念ですけど皆さん、お引き取り下さい!今回の主賓はクロオさんなので、皆さんだけじゃダメなんです」
>「この東京スカイツリー……いや『酔余酒重塔(すいよしゅじゅうのとう)』は、クロオさんのために誂えたもの」
>「王たるクロオさんと、クロオさんの許可した客人以外を入れるわけにはいかないんですよ。そのように設定したんです」
>「このボクの結界でね……ってことですから、クロオさんを連れてまた改めてお越しください!」

「はぁ!? じゃあシロちゃんは関係ないじゃん! 解放しろよ!」

>「クロオさんにお伝えください、懐かしいお友達がアナタを待ってるってね……もちろん、歓迎の用意もできてます」
>「もちろん、来る来ないはクロオさんの自由ですが。来た方がいい、と忠告しておきますよ」
>「なぜなら――おや」
>「茨木さん。来ちゃったんですか?アナタは天望回廊でクロオさんを待っていればよかったのに」
>「酒呑のニオイがしたんでな……。なんだ、こいつらは?」
>「彼らはクロオさん……酒呑童子さんの仲間ですよ」

その後茨木童子とアスタロトの間で仲間だ仲間じゃないだの小競り合いがあった後に、
とにかく尾弐を連れてこいということで話がまとまる。

>「御覧の通り茨木さんはクロオさんに会いたがっています。早めに連れてきた方がいいですよ」
>「そうですね、リミットは――今が23時ですから、今からきっかり一時間後。0時ちょうどということにしておきましょうか?」
>「もし、1分でも遅れたら。ちょっとヒドイことになっちゃうかもしれませんよ、ウフフ!」
>「この『酔余酒重塔』は電波塔です。この東京全体にくまなく電波を飛ばすことができる。この電波塔を使って――」
>「電波じゃなく、妖気を発信したとしたら――さて。どうなっちゃうでしょうね?」

>「人がたくさん死ぬって言いたいのか? や、でもそんなのでき、なくはない……のか?」

答えを求めるような祈の目線を受けて、ノエル不敵な笑みを作って見せた。

「そんなこと、させないさ――」

いざとなったら自分の氷雪の妖力による超低温でもってスカイツリーの機能を停止させてしまえば――ノエルはそう考えていた。
そんなことをすれば東京の都市機能には膨大な被害が出るだろうが、妖力がばらまかれて人間が全員死ぬよりはずっといい。
もちろん、それは本当にどうしようもなくなった時の最終手段だ。

55御幸 乃恵瑠 ◆4fQkd8JTfc:2018/11/18(日) 20:37:10
>「まぁ、いいですけどね。こちらも先刻準備が整って、皆さんをご招待しようと思ってたところです」
>「……って、クロオさんはどうしたんです?」
>「あ〜ダメダメ!残念ですけど皆さん、お引き取り下さい!今回の主賓はクロオさんなので、皆さんだけじゃダメなんです」
>「この東京スカイツリー……いや『酔余酒重塔(すいよしゅじゅうのとう)』は、クロオさんのために誂えたもの」
>「王たるクロオさんと、クロオさんの許可した客人以外を入れるわけにはいかないんですよ。そのように設定したんです」
>「このボクの結界でね……ってことですから、クロオさんを連れてまた改めてお越しください!」

「はぁ!? じゃあシロちゃんは関係ないじゃん! 解放しろよ!」

>「クロオさんにお伝えください、懐かしいお友達がアナタを待ってるってね……もちろん、歓迎の用意もできてます」
>「もちろん、来る来ないはクロオさんの自由ですが。来た方がいい、と忠告しておきますよ」
>「なぜなら――おや」
>「茨木さん。来ちゃったんですか?アナタは天望回廊でクロオさんを待っていればよかったのに」
>「酒呑のニオイがしたんでな……。なんだ、こいつらは?」
>「彼らはクロオさん……酒呑童子さんの仲間ですよ」

その後茨木童子とアスタロトの間で仲間だ仲間じゃないだの小競り合いがあった後に、
とにかく尾弐を連れてこいということで話がまとまる。

>「御覧の通り茨木さんはクロオさんに会いたがっています。早めに連れてきた方がいいですよ」
>「そうですね、リミットは――今が23時ですから、今からきっかり一時間後。0時ちょうどということにしておきましょうか?」
>「もし、1分でも遅れたら。ちょっとヒドイことになっちゃうかもしれませんよ、ウフフ!」
>「この『酔余酒重塔』は電波塔です。この東京全体にくまなく電波を飛ばすことができる。この電波塔を使って――」
>「電波じゃなく、妖気を発信したとしたら――さて。どうなっちゃうでしょうね?」

>「人がたくさん死ぬって言いたいのか? や、でもそんなのでき、なくはない……のか?」

答えを求めるような祈の目線を受けて、ノエル不敵な笑みを作って見せた。

「そんなこと、させないさ――」

いざとなったら自分の氷雪の妖力による超低温でもってスカイツリーの機能を停止させてしまえば――ノエルはそう考えていた。
そんなことをすれば東京の都市機能には膨大な被害が出るだろうが、妖力がばらまかれて人間が全員死ぬよりはずっといい。
もちろん、それは本当にどうしようもなくなった時の最終手段だ。

56御幸 乃恵瑠 ◆4fQkd8JTfc:2018/11/18(日) 20:39:32
>「テメエらは結局、酒呑のお遊びの駒に過ぎねえのさ。テメエらは仲間と思ってたかもだが、酒呑はそうは思っちゃいねえ」
>「だからな……テメエら。もういいぜ、死んでいい。後は酒呑の“本当の仲間”である、このオレたちが引き継ぐ」
>「まだ寝ぼけていやがるアイツを、無理矢理にでも叩き起こしてな……!」

そう言って茨木童子が掲げた右手の先――塔の遥か上方に、4つの人影が見える。
それを見て違和感を覚えるノエル。
4人のうちの3人は鬼のようだが、1人は人型に変化した動物系妖怪のようだ。
それも耳と尻尾から推測して、狼のような――
年の頃(外見)は20前後というところか。少女の瑞々しさと大人の女性の色気を兼ね備えた実に怪しからん変化である。
ノエルは何やら深刻な顔をして語り始めた。

「チャイナドレスだと――!? パンツが見えそうで見えないじゃないか!
いや、原型が動物だったらそもそもパンツをはいているのか分かったもんじゃない!
つまりどちらか確かめようがない以上パンツをはいている状態とはいていない状態が50%ずつ重なって存在しているのだ!
ちなみにこの深淵なる哲学的命題をシュレーディンガーのパンツという!」

敢えての突拍子もない発言であれがシロではないかという疑念をどこかに吹っ飛ばそうとしているのか
それとも単に趣味が出てしまっただけなのか、真意は不明である。

>「カハハハハハッ!このオレ茨木童子と!酒呑直属の四天王が!東京を鬼の楽園に変えてくれるぜ……酒呑の望む王国になァ!」
>「ウフフ……皆さん、早めにクロオさんを連れて来て下さいね。遅刻はダメですよ」

>「くっそ、あいつら好き勝手言うだけ言って帰りやがった! とにかく尾弐のおっさんに連絡しないと」

その時丁度、尾弐から電話がかかってきた。
尾弐も別ルートでこの騒動についての情報を知り、ここに向かっているらしい。

>「あっ、じゃあさポチ、尾弐のおっさんに『良かったら事務所の天神細道通ってきたら?』って伝えてくれない?
尾弐のおっさんの家どこかわかんないけど、そっちのが近いかもだし。橘音とも情報交換できるかもしれないし」

そして程なくして尾弐がやってきた――のはいいのだが、その服装はいつもの喪服ではなかった。
僧服を身にまとい、短い棒型の鈍器を持っている。
ツッコむべきかスルーするべきか迷うところだが、ここで迷わずツッコむのがノエリストである。

「ここにきてイメチェン!? なんとか神殿に行って神官系にクラスチェンジしちゃった!?
いいよ、すっごく似合ってる!
でさ、なんか結界が張ってあってクロちゃんとクロちゃんが許可した人しか入れないらしいからちゃちゃっと許可しちゃって!」

57ポチ ◆CDuTShoToA:2018/11/21(水) 22:00:39
ノエルの部屋で、橘音は体を丸めて眠っていた。

「……橘音ちゃん、起きて。頼みがあるんだ」

しかしポチは構わず彼女に歩み寄ると、その体を揺さぶって声をかけた。
魂を分割してしまって以来、橘音は長い睡眠を要するようになった。
その事はポチも知っている。だが今ばかりは、どうしても起きてもらわなくては困る。
ポチは何度も繰り返し、橘音に起きるよう呼びかける。

>「ふぁぁ……。なんですか、ポチさん……?まだ朝には早いですよ、ボクは眠いんです……」

「ごめんね、橘音ちゃん。でも何かがおかしいんだ。
 シロちゃんのにおいが、僕の鼻でも辿れない。それに、召怪銘板も使えなかった」

>「シロさんが召怪銘板で召喚されない?ふむ……」

話を聞くと、橘音はほんの一瞬考え込む素振りを見せると、すぐにポチへと顔を上げた。

>「シロさんが召喚されない理由で、考えられる原因はふたつ」
 「ひとつ。シロさん自身が召喚を拒んでいる。ひとつ、召怪銘板の効力の及ばないところにシロさんがいる。このいずれかです」

その答えに、ポチは何も言葉を発しなかった。
代わりに彼の尻尾がゆらりと立ち上がり、揺れる。
その仕草が示すのは当然喜びではない。
狼の尾が逆立つのは、強い危機意識を抱いた時だ。
シロが自分から召喚を拒んでいるにせよ、召怪銘板の力が届かない場所にいるにせよ、それは紛れもない異常事態だ。

>「シロさんをこちらに連れてくる、という方策が取れない以上、こちらから出向く以外にはないでしょう」

「うん、だから……」

>「それで――ポチさんは天神細道の行き先がどこか予想がつかないので、GPS的なものが欲しい……ということですね」

「……うん、お願い」

橘音はベッドから飛び降りて、どこかへと歩き出した。
後ろをついていくと向かう先は事務所のようだった。
ポチがドアを開けると、橘音はまっすぐに物置へと向かう。
そしてその中に雑然と積み上げられた、様々な物品の山へと飛び込んだ。

>「え〜っと、どこだ……?妖怪警察の皆さん、何でもよくわかりもせずに押収するから!せっかく整理してたのに滅茶苦茶だ!」

橘音は愚痴を零しつつも、程なくして小さな木の枝を咥えて物置から出てきた。

>「ポチさんにこれをお貸しします。これぞ狐面探偵七つ道具のひとつ『姥捨の枝』〜!」
>「姥捨ての枝を持っていると、一定時間で所有者の現在地に妖気のマーカーが設置されます」
 「マーカーの妖気は召怪銘板に登録してありますので、召怪銘板でその足取りを追うことが出来ます」
 「ボクはこちらで皆さんをバックアップすることにします。今のボクじゃ、どんな現場に行ったところで足手纏いにしかならない」
 「しばらくは、安楽椅子探偵ならぬ寝台探偵をさせて頂きますよ……」

「……ありがとう、橘音ちゃん。行ってくるよ」

ポチはそう言うと、すぐにSnowWhiteへと戻った。
待っていた祈とノエルに姥捨の枝の事を説明し、いよいよ天神細道の前に立つ。
だが――行く先の見えない門を潜る前に、一度後ろを振り返った。

「……別に、みんなで行く必要はないんだよ?
 僕なら危ない場所に出ちゃっても逃げ隠れするのは簡単だから。
 自分で言うのもなんだけど……もしもの事を考えると、この先に行くのは危なすぎる」

二人にそう警告するも――それが聞き入れられる事はなかった。
そもそも自分がわがままを言い出したのが発端である為、あまり強くものを言う事も出来ない。
そうして行先の見えない門を潜り抜けると――ポチは、どこかの街中にいた。
ポチにはそれがどこかは分からなかったが、空気のにおいが殆ど変わっていない。
恐らくは東京都のどこかなのだろうとすぐに分かった。

58ポチ ◆CDuTShoToA:2018/11/21(水) 22:01:18
(……あの子のにおいは、する)

ポチは周囲を見回し――すぐに、奇妙な事に気づいた。
彼の視線の先、やや遠くに見える鉄塔。
シロのにおいはそちらへと続いているが――鉄塔のすぐ傍で急に途切れている。
彼女のにおいだけではない。空気の流れそのものさえもが途切れている。
まるでそこに、見えない壁でもあるかのように。

>「――東京スカイツリータウン? 人いないから一瞬分かんなかったけど、スカイツリー見えるし、やっぱそうだよね?」
>「しっかし、どこにいんのかなーシロ。観光でもしに来たのかな。あっ――」

祈はどうやらこの場所を知っているようだった。
そして、見知った場所であるという事による安心感からだろうか。
ポチの視線が鉄塔――スカイツリーへ向けられているのを見ると、祈はそちらへと歩き出した。

>「待って、迂闊に動いたら危ないかもしれない」
>「――がっ!?」

ノエルが警告するが、遅かった。
祈は何かに弾かれたように、もんどり打って倒れ込んだ。

「祈ちゃん!」

ポチが咄嗟に駆け寄って祈の肩を掴み、顔を覗き込む。

>「いった! マジいってぇ!? なにこれ!? あ”ぁん!?」

祈は突然の事に混乱してはいたが、傷を負ったようには見えなかった。
異変と言えば額がやや赤くなっているくらいだ。
ポチが安堵の溜息を零す。

>「結界だ……。シロちゃんが召喚できなかったのも天神細道で目の前に出られなかったのもきっとこのせいだ」

「……やっぱり、何かが起きてるんだ」

ポチはそう言うと立ち上がり、結界に歩み寄って――そこに渾身の力で爪を振り下ろした。
だが通じない。祈が弾かれた時同様の紫電が生じ、ポチの一撃は跳ね除けられた。
ポチの喉から苛立ちを帯びた唸り声が漏れる。
そして今度は『獣(ベート)』の力を解放して、結界を殴りつける。
結果は――変わらなかった。

「クソ……!誰がこんなもの……」

ポチは言いかけていた言葉を止めた。
結界の内側に、見知った顔が見えたからだ。

>「おやおやぁ〜?も〜う嗅ぎ付けてきたんですか?イヤハヤ、早い!早いですねぇ〜さすがは皆さん!」

「……お前の仕業か」

東京ドミネータズの参謀、アスタロト。
那須野橘音と記憶と容姿、においを同じくするアスタロトならば、シロを騙して連れ去る事が出来たかもしれない。
その可能性に思い至った瞬間、ポチの全身の毛が逆立った。

>「まぁ、いいですけどね。こちらも先刻準備が整って、皆さんをご招待しようと思ってたところです」
>「……って、クロオさんはどうしたんです?」

「尾弐っちは来てない。お前にとっては好都合だろ。分かったらさっさとこの結界を……」

>「あ〜ダメダメ!残念ですけど皆さん、お引き取り下さい!今回の主賓はクロオさんなので、皆さんだけじゃダメなんです」

「……なんだって?」

59ポチ ◆CDuTShoToA:2018/11/21(水) 22:02:17
>「この東京スカイツリー……いや『酔余酒重塔(すいよしゅじゅうのとう)』は、クロオさんのために誂えたもの」
 「王たるクロオさんと、クロオさんの許可した客人以外を入れるわけにはいかないんですよ。そのように設定したんです」
 「このボクの結界でね……ってことですから、クロオさんを連れてまた改めてお越しください!」

>「クロオさんにお伝えください、懐かしいお友達がアナタを待ってるってね……もちろん、歓迎の用意もできてます」
 「もちろん、来る来ないはクロオさんの自由ですが。来た方がいい、と忠告しておきますよ」
 「なぜなら――おや」

不意に、アスタロトが背後を振り返った。
そこには――鬼がいた。
黒の長髪をオールバックに纏め上げ、コートを纏った巨躯の鬼。
見覚えのある顔だった。妖怪裁判所で橘音をなじっていた鬼だ。
あの時は富嶽に制止されてしまったが――抱いた敵愾心ならば、ポチは今でも覚えている。

>「茨木さん。来ちゃったんですか?アナタは天望回廊でクロオさんを待っていればよかったのに」
>「酒呑のニオイがしたんでな……。なんだ、こいつらは?」
>「彼らはクロオさん……酒呑童子さんの仲間ですよ」

アスタロトの返答を聞くと、茨木童子は嫌悪感を露に表情を歪めた。

>「仲間だァ……?こんな、鬼でもねえ連中がか?ハ!笑わせるんじゃねえ――」
 「酒呑の仲間はオレたち鬼だけよ。酒呑こそは鬼の頂点に立つ者、漂白なんぞしてんのは所詮お遊びってこった」
 「アイツぁ昔っからそうなんだ。まったく意味のねえ遊びにばっかり凝りやがる。しょうがねえヤツだぜ」

ポチの喉の奥で唸り声が響く。
茨木童子の言葉など、ポチにとってはどうでもいい事だった。

>「ボクは鬼じゃないですが、クロオさんの相棒ですけど?」
「ああ、お遊びの相棒だったっけな。だが、もうじゃれ合うのは仕舞いだ。ヤツは鬼の王になる、この帝都の王にな」
「すべてが元に戻る――あの平安の世に。もうこの世に頼光はいねえ、オレたち鬼の邪魔をする者はいねえ」
「今度こそ築き上げてやるぜ……オレたち鬼の千年王国を。この『酔余酒重塔』はその第一歩よ!」

茨木童子だけではない。
橘音と同じ、アスタロトの声でさえ、今のポチには苛立ちの原因にしかならなかった。
彼らが何を望んでいるかなど今はどうでもよかった。

>「御覧の通り茨木さんはクロオさんに会いたがっています。早めに連れてきた方がいいですよ」
 「そうですね、リミットは――今が23時ですから、今からきっかり一時間後。0時ちょうどということにしておきましょうか?」
 「もし、1分でも遅れたら。ちょっとヒドイことになっちゃうかもしれませんよ、ウフフ!」
 「この『酔余酒重塔』は電波塔です。この東京全体にくまなく電波を飛ばすことができる。この電波塔を使って――」
 「電波じゃなく、妖気を発信したとしたら――さて。どうなっちゃうでしょうね?」

そしてアスタロトがもったいぶるような問いかけを発したその時。
ポチは再び『獣(ベート)』の力を解き放った。

>「人がたくさん死ぬって言いたいのか? や、でもそんなのでき、なくはない……のか?」
 「そんなこと、させないさ――」

瞬間、ポチは両手の爪を目の前の結界に叩きつけた。
結界から紫電を伴う反発力が迸る。だがそれでもポチは結界から手を離さない。

「そんな事はどうでもいいんだ。お前達が何をしたいかなんて興味ない」

見えない壁に爪を突き立てたまま、牙を向いてアスタロトを睨みつける。

「分かっているはずだ。僕がなんでここに来たのか。
 お前の仕業なんだろ?なのになんで何も言わない……!」

アスタロトがシロを連れ去ったのなら、何故、彼女は何も言ってこないのか。
交換材料や、人質として使うつもりがないのか。
だとしたら――それはつまり、彼女の無事は保証されていないという事だ。
ポチは――焦っていた。その焦りが、彼に苛立ちを、怒りを与えていた。

60ポチ ◆CDuTShoToA:2018/11/21(水) 22:02:47
>「姦姦蛇螺は神とはいえ、肉身を持つ実体だった。だから、より強い力には敗れるしかなかった」
 「でも今度は違いますよ、妖怪でもなければ実体もない。そしてスイッチひとつですべてを終わらせられる!実に楽チンですね!」

射殺さんばかりの眼光で睨めつけても、しかしアスタロトが問いに答える事はなかった。
ポチは悪態をついて、結界をもう一度強く殴りつけると、その場から一歩退いた。

>「フン……東京ブリーチャーズなんぞと粋がったところで、所詮は雑魚の集まりだぜ」
 「五大妖のボンクラどもは誤魔化されたようだがな……オレは騙されねえ」
 「姦姦蛇螺を斃したのだって、今までの功績だって、酒呑の力があったからこそだろうが?ああ?」

「大した目利きじゃないか。姦姦蛇螺に挑んでボロ負けして帰ってきただけの事はあるよ」

吐き捨てるような皮肉。
それがあの戦いで命を落とした死者への冒涜で、祈やノエルの嫌うであろう言動だとは考えもしなかった。
焦りから生じる怒り、そこから湧き起こる憎悪。
ポチはもう冷静さを保ててはいなかった。

>「テメエらは結局、酒呑のお遊びの駒に過ぎねえのさ。テメエらは仲間と思ってたかもだが、酒呑はそうは思っちゃいねえ」
 「だからな……テメエら。もういいぜ、死んでいい。後は酒呑の“本当の仲間”である、このオレたちが引き継ぐ」
 「まだ寝ぼけていやがるアイツを、無理矢理にでも叩き起こしてな……!」

茨木童子が酔余酒重塔へと右手を掲げた。
まだ仲間がいるのか、とポチはその右手が示す先を睨み上げる。
そこにいたのは三人の鬼と――獣の耳と尾を持つ、チャイナドレスを身に纏った、銀髪の女。

「……シロちゃん?」

結界に妨げられていて、においは分からない。
だが――あの、瞼の裏に焼き付くような、美しい毛並み。
色は――違うように見えるが、光の加減ではないのかとも思えてしまう。

>「カハハハハハッ!このオレ茨木童子と!酒呑直属の四天王が!東京を鬼の楽園に変えてくれるぜ……酒呑の望む王国になァ!」
>「ウフフ……皆さん、早めにクロオさんを連れて来て下さいね。遅刻はダメですよ」

「ま……待て!お前、あの子に何を……」

茨木童子とアスタロトが塔の中へと戻っていく。
ポチは慌てて呼び止めるが――アスタロトは聞く耳持たない。

>「くっそ、あいつら好き勝手言うだけ言って帰りやがった! とにかく尾弐のおっさんに連絡しないと」

「……うん、そうだね」

ポチは巾着袋から携帯電話を取り出した。
自分が操作するよりも早いだろうと、ポチはそれを祈へ手渡そうとする。
だがそうするよりも早く、携帯は場違いに軽快な着信音を奏でた。

「えっと……ここを押せばいいんだよね?」

二人に確認を取ってから通話開始のボタンを押す。

>「もしもし……おう、ポチ助か? 悪ぃんだが、ちとシロの捜索班から抜ける事になっちまった。
  
「捜索は……」

もう終わった。助けに来て欲しい。
ポチはそう言おうとしたが、尾弐の話にはまだ続きがあった。

>馬鹿鬼共がスカイツリーを占拠したって聞いてな、そいつらを殲滅しなきゃならねぇんだ

「……それならもう知ってる。アスタロトも奴らと一緒にいたよ」

>……あ?もう連中と会った?ひょっとして現場に居んのか?」

「そうだよ。だから尾弐っちも早く……」

>「あっ、じゃあさポチ、尾弐のおっさんに『良かったら事務所の天神細道通ってきたら?』って伝えてくれない?
 尾弐のおっさんの家どこかわかんないけど、そっちのが近いかもだし。橘音とも情報交換できるかもしれないし」

祈が横から口を入れる。
ポチはそんな事は考えもしなかった。
自分が冷静さを失っている事を、ポチはようやく自覚した。

61ポチ ◆CDuTShoToA:2018/11/21(水) 22:03:09
「……尾弐っち。事務所に天神細道があるから、もしよければそれを使いなよ。
 あと、橘音ちゃんにも色々と説明しといて。
 僕らがここにいる事はもう知ってるはずだけど、他の事はまだ伝えられてないんだ」

一度深呼吸をしてから、ポチはそう言った。
塔の上に、シロかもしれない獣の妖怪が見えた事は黙っていた。
確証がない――なんて言うのは、ただの言い訳だ。
その可能性を言葉にして、形にしたくなかっただけだ。

それから暫くして、尾弐が一行に合流した。
しかしその身に纏うのはいつもの喪服ではなく――黒と白の袈裟だ。
人間の衣服に詳しくないポチでも、それがどういうものなのかは理解出来た。

>「ここにきてイメチェン!? なんとか神殿に行って神官系にクラスチェンジしちゃった!?
 いいよ、すっごく似合ってる!
 でさ、なんか結界が張ってあってクロちゃんとクロちゃんが許可した人しか入れないらしいからちゃちゃっと許可しちゃって!」

「……シロちゃんも、もしかしたらこの先にいるかもしれないんだ」

だが何故そんなものを着ているのか、追求はしない。
シロ以外の事に興味を示す余裕がなかったからだ。
何故かは分からないが、尾弐ならば無意味な事はしない。
と、それだけで考えを切り上げた。

「……あのさ」

だが結界の中に踏み入る直前になると、ポチは一度皆を呼び止めた。

「中に入る前に、言っておかなきゃいけない事があるんだ」

ポチには、今の自分が冷静さを欠いている自覚があった。

「……もし、あの子が見つかったなら……僕は、みんなよりも、そっちを優先するかもしれない。
 あの子が怪我していたり……自分で逃げられそうになかったら。
 もしそうだったら……僕は多分、冷静でいる事が、出来ないと思う……」

そして――自覚していてもなお、それを正す事は出来ないだろうという事も。

「そうなった時は、ごめん……行こう」

62那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI:2018/11/27(火) 22:40:19
「クロオさん。どうしたんです?その格好は」

尾弐が那須野探偵事務所へ行くと、白狐姿の橘音はぱちぱちと目を瞬かせた。
しかし、尾弐の纏う尋常でない気配。悲壮なほどの決意を察すると、そっと目を伏せた。

「……情けないですね。こんなとき、ボクも一緒に行きます!って。そう言えればいいのに」
「アナタの力になりたいのに。こんな、残りカスみたいな妖力しか持たないボクじゃ、なんの役にも立てない……」
「それでも。力がなくても。ついていきたいって、アナタと一緒にいたいって――そう言えたなら――」

そこまで言って、かぶりを振る。
そんなセンチメンタルな感情が不要だということは、橘音自身が一番よく知っている。
今は、自分は留守番をして東京スカイツリーにいる皆をバックアップする、それが一番の策なのだ。
好きだから一緒にいたい、とか。共にあることに理由はいらないとか。
プリミティブな感情だけで動くには、尾弐と橘音はいささか長い年月を過ごしすぎた。
けれど。だからこそ。
ふたりの間には、確かな信頼がある。その出会いが、そもそも御前の策謀のうちに過ぎなかったとしても。

「……祈ちゃんとノエルさん、ポチさんのことはよろしくお願いします、クロオさん。ボクはここで見ています」
「三人とも、こうと思えば後先考えず突っ走ってしまう人たちばかりだ。押さえに回る人が要る――アナタがそれをするんですよ」
「アナタにもしものことがあったら、あの三人も生きては帰れないでしょう。それを忘れないで下さい」

尾弐の決意を前に、そう釘を刺す。
命を粗末にするなとか。生きて帰ってこいとか。尾弐自身の心配をしたところで、尾弐はそれを聞かないだろう。
けれども、他の年若い妖怪たち。祈たちの安全を挙げたなら、少しは抑止力になるのではないか――と思う。
こんなときさえ、駆け引きをせずにはいられない。そんな自分に、小さく皮肉げに笑みを漏らす。
尾弐から東京スカイツリーの状況を聞くと、橘音は頷いて尾弐を送り出した。

「……ぁ……」

天神細道へと歩いてゆく尾弐の背中を見て、橘音は小さく声を漏らした。

「クロオ、さん……っ」

幾度か逡巡し、躊躇い、口を開きかけては噤み――それを幾度か繰り返してから。
尾弐が天神細道を潜りかけたところで、意を決して名前を呼ぶ。
なけなしの妖力を振り絞ると、橘音は人間の姿に変化し、尾弐に後ろから抱き付いた。
長く黒い髪が、ふわり――。ひんやりとした事務所の空気の中に躍る。
頭から学帽が落ち、ぱさりと床に落ちる。
橘音は縋りつくように尾弐の大きな背中に身を預け、右の頬を触れさせると、

「……ご無事、で」

たどたどと、それだけを消え入りそうに小さな声で告げた。
尾弐が破滅への道を辿っていることなど、とっくに勘付いている。
けれど、それを止めることなんてできなかった。それが尾弐の望みであると知っていたから。
彼の望みとはきっと、彼自身の終焉を意味するものなのだろう。
橘音はそれに共感した。わかる、と思った。だからこそ、パートナーとして長くやってこられた。

けれど――

それでもなお、橘音は尾弐にそう言った。
彼の望む結末と、自分の望む結末。
それが決して混ざり合わない、並び立つものでないと理解しているのに。
いつか別れはやってくると、そう。ずっと前から覚悟していたはずなのに――。
仮面の隙間から頬を伝って、一粒の雫がぽたり、と落ちる。
それがどんな想いによって生まれ、零れたものなのか――それは橘音自身にも分からなかった。

63那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI:2018/11/27(火) 22:40:59
尾弐、祈、ノエル、ポチの四人が東京スカイツリーこと酔余酒重塔の前に集合すると、程なく午前零時を告げる鐘の音が鳴った。
尾弐が結界の前に立ち、塔の中に入れろと一言命じれば、結界は音もなく開いて四人を迎え入れるだろう。
遮るものは何もない。あとは塔の中に踏み込み、そこを占拠した鬼たちを漂白してやるだけだ。

と、思ったが。

「やっと頭数が揃ったか。まったく、この寒空の下どれだけ待たせるのだ?些かくたびれたぞ」

そんな声が不意に響いた。
見れば、四人からやや離れた場所にあるペットボトルの自販機の上に見慣れない人影が胡坐をかいて座っている。
生成りの小袖に袴姿で、右手に大きく長い杖を持っている、小柄な姿の人物であった。祈に近い年の頃であろうか。
黒い頭巾で目許以外をすっぽりと隠しており、素顔は定かではない。また、声もどこか合成音声のような響きがある。
睫毛の長い、切れ長の美しい双眸は、素顔はさぞかし美少年(か美少女)であろうと思わせるには充分だった。
いつの間にその場にいたのか、その人物は大きく伸びをすると東京ブリーチャーズに杖の先端を突き出した。

「そう警戒するな、何も取って啖いやせん。私は敵ではない――それどころか貴様らと目的を同じくする者だ」

頭巾の下でくぐもった声を出し、そう告げる。

「これから塔の中に入るのであろう?ならば、私も同道させてもらおう」
「旅は道連れ、世は情けと言う。袖振り合うも他生の縁、とも言うな――よろしく頼む」

勝手な言い分だ。しかし、当人はもうすっかりブリーチャーズと一緒に塔の中に入る気でいるらしい。
ブリーチャーズが訝しむと、さすがに懐疑的な空気を察したらしく、杖で自らの右肩をトントンと叩いた。

「胡散臭いと顔に書いてあるぞ、腹芸のできん連中だな。まあいい……とある年寄りの命でな、此の場へ狩り出されてきた」
「塔の中にいる連中を何とかせねばならん。しかし、私は生憎荒事が嫌いでな」
「貴様らが私の代わりを務めてくれるなら手間が省ける。ふん、それでは自分たちに旨味がまるでないと思っているな?」
「私は連中のことをよく知っている。連中の性格、特徴、戦い方も何もかもだ。それを貴様らに教えてやろう」
「彼を知り己を知れば、百戦して殆うからずと言う。損のない取引だと思うがな?」

くくっ、と頭巾の下で目を細める。

「おい、そこのクソ坊主。決意だけで事を成せると思うなよ、連中はそれほど甘くはない」

僧衣姿の尾弐へと視線を流し、正体不明の人物が言う。

「相手は百戦錬磨の鬼どもだ。帝の討伐軍を幾度となく跳ね除け、屍山血河を築いた猛者どもだ。……頼光が現れるまでは」
「連中に勝つには、それこそ頼光と四天王ほどの武勇を持たねばなるまい。貴様らにそれがあると言えるか?言えまいな」
「このまま行けば、結果は必敗。だが、私が知恵を授ければ――そうよな。九分九厘には持ち込めよう」
「私の人品骨柄など、些末な問題よ。勝利を手にしたいと思うなら、何を迷う必要がある?」

ひょいと自販機から飛び降りると、その人物はすたすたと塔へ歩いてゆく。

「ということで決まりだな。よし、愚図愚図してはいられん。さっさと行くぞ、遅れるな」

ブリーチャーズがそれでもなお訝しむと、ふむ。と左手を顎先に添えて思案する。

「そういえば、まだ自己紹介をしておらなんだか」
「まぁ、事を成さねば塒にも戻れん高神崩れ。名も何もあったものでは無いが、さて――」
「短い付き合いとはいえ、呼び方もわからぬでは遣り辛かろう。では……私のことは“天邪鬼”と」
「瓜子姫を殺して生皮を剥ぎ、爺婆を騙して娘の肉を啖わせた外道の名よ。ハハハ……」

天邪鬼は小気味よさそうに笑った。
伝承にある天邪鬼本人かどうかは定かではなかったが、こんな名前をわざわざ名乗る辺り根性が捻じ曲がっている。

「貴様らの自己紹介はいらん、もう知っている。……半妖に、災厄の魔物が二匹。それに鬼のなり損ないがひとり」
「よくもこんな寄せ集めの連中が今まで首府を守れたものよ。ま、それでも今は貴様らに期待するより他ない。発奮してもらおう」
「精々死なんことだ。私の仕事が増えるからな――」

そう一方的に告げると、天邪鬼は塔の中に入って行った。

64那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI:2018/11/27(火) 22:41:18
「来たか!バハハハハハハハーァ!」

かつての東京スカイツリー、今は酒呑童子の居城となった酔余酒重塔のエントランスで待ち構えていた巨大な白鬼が嗤う。
先程、塔の上方に姿を現していた鬼の一角に間違いない。間近で見ると一層迫力がある。
着ているものと言えば、膝丈ほどの虎側の腰巻一枚きりで、あとは腕輪や足輪といった装飾品しか身につけていない。
しかしその剥き出しの筋肉は頑健そのもの。きっと生中な攻撃などすべて弾き返してしまうだろうというのは想像に易かった。
そして――どうやら、この鬼を倒さないと塔の上には行けないという仕組みらしい。

「やつの名は虎熊童子。酒呑童子直属の四天王の中でも、最も凶暴で好戦的な鬼だ」

いつの間にか一行の最後尾に位置取りした天邪鬼が、ブリーチャーズに囁くように言う。

「その肉体は頑強、膂力は屈強。かつて京で暴れ回り、討伐軍を一番多く撃滅したのがやつだ。四天王最強と言ってもよい」
「理由は簡単。『やつが金棒を持っているから』に他ならぬ」
「頭の悪い貴様らでも知っていよう。鬼に金棒という言葉――それは単なる諺やものの例えではない。『実際にそう』なのだ」
「金棒を武具とした鬼は無敵。そう決まっている。『かくあれかし』と、この世が決めたのだ」

かくあれかしと人が望んだがゆえ、金棒を持つ鬼は無敵。そう天邪鬼は告げる。

「何をグダグダ喋ってやがるゥ!はやく闘ろうぜ……己(おれ)にてめえらを殺させろォ!」
「茨の副頭が言ったんだ、てめえらを殺せばカシラが戻ってくるってな!そうすりゃ、己たちの天下!鬼の世の再来よ!」

ガァン!と身の丈程度もある金棒の先端を床に打ち付け、虎熊童子は吼えた。
下唇から突き出た一対の長大な牙が、凶暴に輝いている。巨躯から発する殺気も闘気も相当のものだ。
しかし、天邪鬼はそんな戦う気満々の虎熊童子を見ても眉ひとつ動かさず、軽く顎をしゃくった。

「真正面から戦えば、負けは必定。しかし手の施しようがないわけではない――私に策がある」

「あぁ?策だとォ?猪口才な小細工なんぞで、酒呑童子が四天王!この虎熊童子さまを斃せるものかよ!」
「さあ、来な!鬼の力ってもんを存分に味わわせてやるぜ!バハハハハハーッ!」

虎熊童子はそう言って金棒を両手で構えた。
そしてブリーチャーズの面々を見回し、尾弐のところで視線を止める。

「……茨の副頭が言った通りだ。カシラのニオイがする……間違いねえ。姿はずいぶん変わっちまったが――」

尾弐を酒呑童子と認識すると、虎熊童子は厳つい顔を束の間緩めた。

「カシラぁ!やっぱり蘇ったんだな、嬉しいぜ!このときを、あの暗くて狭い首塚の中でどれだけ夢見たか……」
「戻ってきてくれよ、カシラ!そしてまた面白おかしくやろうぜ!茨の副頭も、金熊も、星熊も待ってる!」
「カシラが戻ってきてくれりゃ、怖いものなんてねえんだ!己達ゃ、京の都でもそうしてきたじゃねえか!」

両手を広げ、尾弐へとそう懇願する。
その様子は現在四天王を纏め上げている茨木童子のそれとまるで変わらない。
信頼と、ある種の愛情。親密さ。それだけ、酒呑童子という妖怪に心酔しているのだろう。
酒呑童子のカリスマ性がいかに高かったかが如実に伝わってくる。

「カシラの言うことはいつも間違いなかった。人間どもが己たちを討伐に来たときだって、カシラの指示があれば負けなかった」
「カシラさえいてくれりゃ、何も怖いものはねえ!なあ、カシラ!みんな待ってるぜ――!」

平安の時代、大江山に居を構えていた酒呑童子は幾度となく帝の討伐軍を退けた。
それは鬼個人個人の力もあるが、なんといっても一党を束ねていた酒呑童子の采配が大きい。
鬼たちの一種崇拝とも取れる頭目への服従に目をつけた源頼光は、軍を率いての討伐でなく少数精鋭での暗殺を計画。
鬼の宮殿へと恭順を装って潜入し、真っ先に首魁である酒呑童子の首を挙げたのであった。

「酒呑童子は天才だった。かつては麒麟児とも呼ばれていたか。やつは絶対的な支配力で鬼どもを束ねていた」
「ゆえに。酒呑童子を喪った鬼の一党は僅か一日で壊滅したのだ」

天邪鬼が告げる。
頼光によって酒呑童子が討ち取られると、鬼たちはあっという間に意気阻喪してしまった。
戦いでは頼光四天王にも決して引けを取らぬはずだった酒呑四天王は瞬く間に全滅し、副頭の茨木童子は敗走。
そうして、平安の世にあって最恐無敵の名をほしいままにした酒呑の王国は崩れ去ったのである。
もし、酒呑童子が現在の鬼軍団に復帰したなら、それは恐るべき脅威となるだろう。

65那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI:2018/11/27(火) 22:41:37
「先程も言った通り、虎熊を正攻法で仕留めるのは難しい」
「やつの無敵の力の源は金棒だ。『鬼に金棒』――まずは、その『かくあれかし』を崩す必要がある」

天邪鬼がブリーチャーズに囁く。
金棒を持つ鬼は無敵。であるなら、金棒を奪ってしまえばいいということらしい。

「雪女。貴様が冷気で隙を作れ。獣がその後に転ばせ、小娘が金棒を奪う……という段取りがよかろう」

まるで、橘音のいないブリーチャーズでリーダーを代務しているような言い草である。
自分は知恵を貸すだけで、実行するのはあくまで他の妖怪たち、というのもいかにも橘音っぽい。

「生き物は、持って生まれた身体の強さで振り分けられる役割が決まっておる。指示を出す者、戦う者――という具合にな」

天邪鬼は頭巾の奥で目を細めた。
自らの役割は、後方でブリーチャーズに知恵を授けること。そう決めているらしい。

「往け。でなくば、茨木たちが首府に妖気を撒くのであろう?一刻の猶予もないはずだ」

「バハハハハハハハーァ!そうよ、その通りよ!己を斃さずして、副頭のところへは行けると思うな!」

金棒を頭上でぐるんと一回転させると、虎熊童子は雄叫びを上げてブリーチャーズに突進してきた。
強い。べらぼうに強い。
頼光四天王に討ち取られた鬼の四天王という不名誉な名が霞んでしまうほど、その力は神がかっている。
祈の素早い動きを予測して先回りし、その攻撃のことごとくを跳ね返しては反撃し。
ノエルの放つ冷気を、口から強烈な毒気を吐くことによって掻き消し。
ポチの鋭利な爪と牙を、彼のそれよりも長く太い爪と牙とで迎撃する。
そして、滅茶苦茶に振り回す金棒の一撃が何よりも恐ろしい。暴風のように荒れ狂う打撃は、一撃貰えば致命は免れまい。

「バハハハハハハ……バッハハハハハーァ!この程度かよ、今時の化生は!?不甲斐ないわァ!」

意思を持つ竜巻さながらに暴れ狂う虎熊童子は、そう哄笑した。

「貴様は動くな、クソ坊主」

繰り広げられる戦闘を腕組みして眺めながら、天邪鬼は傍らの尾弐にそう言った。

「貴様は対茨木の核だ。やつと対峙するときまで温存しておかねばならん。四天王は他の連中に任せておけばよい」

そう。ブリーチャーズの目的は、酔余酒重塔で都内全域に妖気を撒き散らすというアスタロトの計画を阻止すること。
尾弐は現時点で鬼を束ねている茨木童子に対しても、そして裏で糸を引くアスタロトにとっても切り札となる。
となれば、前座である四天王との戦いで投入してしまうわけにはいかない。

「これからの戦いで、貴様の仲間たちは傷つくだろう。だが、貴様はそれを座して見ていなければならん。見殺しにせねばならん」
「貴様の願いとは、そういうことだ。たったひとつの宿願のために、その他の一切を蔑ろにするということだ」
「あれもこれも、などと強欲なことは考えるな。何が一番大切なのかを思い出せ――」
「貴様は。『いざとなれば仲間を捨て石とすることも厭わない』覚悟で、此の場へ来たのであろう……?」

天邪鬼が尾弐を切れ長の眼差しで見遣る。
伝承によれば、天邪鬼は人の心を読み、その秘された胸中を詳らかにしては嘲笑うという。
この天邪鬼を名乗る化生が本物なのかどうかは定かではなかったが、少なくとも本物と同じ能力を持っているのだろう。

「バーッハハハハッハハハハハァ!おのれら、全員カシラの供物としてくれるわ!覚悟せィ!」

ブリーチャーズ三人を同時に相手取りながら、虎熊童子が喜悦の咆哮を上げる。
虎熊童子は恐るべき相手だ。一瞬たりとも油断できない。
しかし、それでも。今まで幾多の死闘を潜り抜けてきた三人ならば、きっと打倒できるだろう。


酔余酒重塔での闘いは、まだ始まったばかり。

66尾弐 黒雄 ◆pNqNUIlvYE:2018/12/01(土) 23:57:30

祈達からのアドバイスを受け、天神細道を利用すべく勝手知ったる那須野探偵事務所の玄関を潜った尾弐。
ポチからは那須野に状況を説明するよう言われているのだが、気配を殺して歩いている様子を見るに、どうやらその命を果たすつもりはないらしい。
事実、尾弐は不調である那須野を気遣い書置きを残して直ぐにこの場を去ろうなどと考えていた。が

>「クロオさん。どうしたんです?その格好は」

「那須野……悪い、起こしちまったか」


どうやらそんな小細工は探偵の直感力の前には無意味だったようだ。
バツが悪そうに自身の首を手で押さえ、弁解する様に口を開く。

――――茨木童子と邂逅した事。
――――悪鬼達がスカイツリーにて策謀を巡らせている事。

淡々と情報を語る尾弐と、それを確認する那須野。
この事務所で幾度も繰り広げられてきたやり取り。

>「……情けないですね。こんなとき、ボクも一緒に行きます!って。そう言えればいいのに」
>「アナタの力になりたいのに。こんな、残りカスみたいな妖力しか持たないボクじゃ、なんの役にも立てない……」
>「それでも。力がなくても。ついていきたいって、アナタと一緒にいたいって――そう言えたなら――」

「……。俺には、その気持ちだけで十分だ。あんがとよ、大将」

けれど、これまでのやり取りと今回のやり取りには明確な違いがある。
一つは、那須野橘音はその身に受けたダメージが回復しておらず、共に戦いの場へは赴けないという事。
そしてもう一つは……尾弐黒雄が、自身がこの事務所に戻って来る事はもう出来ないであろうと、そう思っている事。

>「……祈ちゃんとノエルさん、ポチさんのことはよろしくお願いします、クロオさん。ボクはここで見ています」
>「三人とも、こうと思えば後先考えず突っ走ってしまう人たちばかりだ。押さえに回る人が要る――アナタがそれをするんですよ」
>「アナタにもしものことがあったら、あの三人も生きては帰れないでしょう。それを忘れないで下さい」

「安心しろ。大人として、最後まできっちり見届けるさ……最も、あいつらも成長したからな。俺が抑えに回る必要なんてねぇとは思うが」
「ああ、そうだ……祈の嬢ちゃんはちっとばかし大人になった。ポチ助は地に足を付けた。色男は前を向いた」
「だから、きっと大丈夫だ。那須野、お前さん達はこれからも上手くやっていけるさ」

だからこそ、辿る結末を察してしまっているからこそ。
迂遠な那須野の気遣いの言葉に。そこに込められた想いに気づかないふりをして、尾弐は何時も通りに気だるげな言葉を返す。
まるで、これからも『これまで』が続くとでもいうかの様に。
いつも通りに別れられるように、素っ気ない態度を取る。

67尾弐 黒雄 ◆pNqNUIlvYE:2018/12/01(土) 23:58:48
「さて、それじゃあオジサンはそろそろ行かねぇとな……温かくしてしっかり休んどけよ、大将」
>「……ぁ……」

尾弐も那須野も長い付き合いだ。互いに互いの考えている事は、ある程度察する事が出来る。
故に尾弐は、那須野橘音であれば尾弐の考えを察し、何時もの不敵な笑みで見送ってくれるだろうと。
そう思い、ひらひらと手を振りながら天神細道を潜ろうとした。


>「クロオ、さん……っ」


そして
言葉と、そして背中に感じた小さな衝撃に、尾弐はその歩を止めた。


>「……ご無事、で」


背後から尾弐を抱きしめる那須野。その口が紡いだのは短い言葉。
探偵らしい論理的な説得でもなければ、駆け引きを含んだ交渉でもない。
単純で素直な、ただの言葉。
けれど……どんな交渉や論理を前にしても願いを諦める事をしなかった男は、そのただの言葉を耳にした瞬間に、動けなくなってしまった。

「……っ」

視線を天井へと向け、拳を握り、歯を食いしばる。
――――叶う事なら、直ぐにでも振り返り、抱き締め返してしまいたい。
器用な様でいて不器用で、計算高いようでいてお人よしで、不敵な様で臆病なこの狐面の妖怪を……傷つける全てのものから守ってやりたいと、男はそう願ってしまう。

……けれども、それは叶わない。積み重ねてきた罪と原初の願いが、自身が犠牲にして来た全てがそれを許さない。
大切なものに大切だと、そう告げる事すら男には許されない。
これまでも。これからも。尾弐黒雄という存在は、ただ一つの願いを叶える為に在る。

振り返ろうとする体と、抱き締めようと動きかけた腕を意志の力で押さえつけ、男は那須野の肩に手を置き、優しく押して距離を取る。
そうして少し寂しそうな笑みを浮かべると、那須野の頭を慈しむかの様に一度撫で、静かに告げる

「……ありがとな、那須野。俺は、お前さんに出会えて良かった」
「齢千余年。何の価値もねぇ俺の生の中で、それでもお前さんと過ごせた日々は――――俺にとって救いだった」

「だけど、俺はお前に何も返してやれねぇダメな男だから……だから、俺の事なんて忘れてくれ」
「忘れて、幸せに――――誰よりも幸せになってくれ」

那須野が男の願いに思い至っている様に、男とて那須野の願いに薄々気が付いている。
気が付いていて……自身の言葉が呪いであると知りつつ、男は那須野に言葉を残す。

そうして、薄い酒の香りを残して男はいなくなった。



・・・・・・

68尾弐 黒雄 ◆pNqNUIlvYE:2018/12/02(日) 00:01:09
>「ここにきてイメチェン!? なんとか神殿に行って神官系にクラスチェンジしちゃった!?いいよ、すっごく似合ってる!
>でさ、なんか結界が張ってあってクロちゃんとクロちゃんが許可した人しか入れないらしいからちゃちゃっと許可しちゃって!」
>「……シロちゃんも、もしかしたらこの先にいるかもしれないんだ」

「人払いの結界に細かい指向性を付与するなんて真似を、あの鬼共が考え付くとは思えねぇ……しかもシロ嬢まで巻き込んでるかもしれねぇとなると、今回も黒い那須野が裏で糸引いてると見ていいだろうよ」
「となりゃあ、罠の一つや二つあるんだろうが……けどまあ、それでも行くしかねぇか。虎穴に入らずんばってやつだ」

辿り着いたスカイツリー、もとい酔余酒重塔の前でノエルじゃら結界について、ポチからシロについての推測を聞いた尾弐は、状況の厄介さに頭をガシガシと掻いて溜息を吐く。
だが、既に先に進む事を決めていたらしく、さして迷う事無く結界へと手を当て、言葉を紡ぐ

「酒呑童子が命ず――――我等の為に門を開け」

妖気を流し込みつつ尾弐がそう告げれば、あれ程に堅牢であった結界はいとも容易く開かれた。
それこそ、まるで主を迎え入れるかの様に。

「……ちっとばかし拒絶してくれてもバチはあたらねぇと思うんだがな」

そのあまりの呆気なさに自嘲交じりの笑みを浮かべつつも、尾弐は結界の中へと一歩を踏み入れ

>「やっと頭数が揃ったか。まったく、この寒空の下どれだけ待たせるのだ?些かくたびれたぞ」

不意に聞こえて来た声に足を止める。
即座に反応して視線を動かすと、そこには自販機の上に腰掛ける人影が有った。
大人としては背丈は低い。恐らくは祈と同程度であろうか。
最も、妖怪の見た目と中身は一致しない為、一概に判断する事は出来ないのだが……

「……坊主。お前さんが何処の誰だかは知らねぇが、こんな所で夜遊びたぁ感心しねぇぜ。悪い連中に絡まれる前にとっとと家に帰んな」
「ただし、お前さんがその悪い連中の仲間だっていうなら……無事に返してやる訳にはいかねぇが」

そんな突如現れた正体不明の人影に対し、尾弐は敵意交じりの妖気を飛ばす。
尾弐の妖気は木端の妖怪であれば震え上がる邪悪なものであったが

>「そう警戒するな、何も取って啖いやせん。私は敵ではない――それどころか貴様らと目的を同じくする者だ」
「……は?」

暖簾に腕押し柳に風。
まるで尾弐程度の悪意など日常の一部であるとでもいうように人影には動じる様子は全く無く、尚且つその上で味方であると名乗って来た。
正体不明の人物が、実は東京ブリーチャーズの非常勤メンバーである……という事は無いだろう。
少なくとも、尾弐は那須野と漂白の活動を始めてからこれまで、眼前の人影の様な妖怪を目にした事は無い。
となれば、悪鬼達の先兵であると考えるのが自然だが、しかし

>「貴様らが私の代わりを務めてくれるなら手間が省ける。ふん、それでは自分たちに旨味がまるでないと思っているな?」
>「私は連中のことをよく知っている。連中の性格、特徴、戦い方も何もかもだ。それを貴様らに教えてやろう」
>「彼を知り己を知れば、百戦して殆うからずと言う。損のない取引だと思うがな?」
>「おい、そこのクソ坊主。決意だけで事を成せると思うなよ、連中はそれほど甘くはない」

それにしては、妙に距離感が近い。
そして、尾弐が見る限り……騙してやろうだとか、罠に嵌めようと言う、そういった敵意が感じられないのだ。
敵か味方か判断しかねている尾弐の様子を、訝しんでいると判断したのだろう。

>「そういえば、まだ自己紹介をしておらなんだか」
>「まぁ、事を成さねば塒にも戻れん高神崩れ。名も何もあったものでは無いが、さて――」
>「短い付き合いとはいえ、呼び方もわからぬでは遣り辛かろう。では……私のことは“天邪鬼”と」
>「瓜子姫を殺して生皮を剥ぎ、爺婆を騙して娘の肉を啖わせた外道の名よ。ハハハ……」

人影は、己の事を語りだす。寓話に残る悪鬼、天邪鬼であると。
そうやって満足げに語り……天邪鬼は先頭に立ち、堂々と塔の中へと入って行ったのであった。
残された尾弐は唖然としていたが、やがて困った様に首に手を当てつつ、東京ブリーチャーズの面々へと語りかける。

「祈の嬢ちゃん、ポチ、ノエル。良く判らねぇが、あの天邪鬼とかいう奴に関してはとりあえず様子を見る方向で行こうと思うんだが、どうだ?」

打ち倒すにせよ、仲間に引き入れるにせよ、判断するには情報が不足し過ぎている。
だからこそ、尾弐は様子見の選択肢を提示する。
有用な協力者であれば良し――――そうでなければ、悪鬼共々滅すればいいと。
どちらにせよ、天邪鬼は先に進んでしまった。なれば、自分たちはその後を追うしかない。考えるのはそれからだ

69尾弐 黒雄 ◆pNqNUIlvYE:2018/12/02(日) 00:26:09

>「来たか!バハハハハハハハーァ!」
>「やつの名は虎熊童子。酒呑童子直属の四天王の中でも、最も凶暴で好戦的な鬼だ」
「……ああ、知ってるさ。嫌になる程な」

入口から入ってすぐ、スカイツリーのエントランスに当たる場所だったフロアには、一匹の鬼が待ち構えていた。
天邪鬼が告げたその名は、虎熊童子。酒呑童子が四天王の一。
その姿を目撃した尾弐は、先に茨木童子と遭遇した時の様に憎悪の炎を胸の内に燃やすが、しかし東京ブリーチャーズの前であるからか、或いは先の遣り取りで学習した為か、闇雲に拒絶の言葉をぶつけたりはしなかった。
そして、そんな尾弐の反応を好意的なものとして捕えたのだろう。
虎熊童子はまるで親を見つけた子供の様に、その凶悪な容貌に相応しからぬ親愛の念を尾弐へと……尾弐の中の酒呑童子へと向ける。

>「カシラぁ!やっぱり蘇ったんだな、嬉しいぜ!このときを、あの暗くて狭い首塚の中でどれだけ夢見たか……」
>「戻ってきてくれよ、カシラ!そしてまた面白おかしくやろうぜ!茨の副頭も、金熊も、星熊も待ってる!」
>「カシラが戻ってきてくれりゃ、怖いものなんてねえんだ!己達ゃ、京の都でもそうしてきたじゃねえか!」

「……図体のデケェ鬼が、何時までもガキに縋り付いてんじゃねぇよ」

吐き捨てる尾弐の言葉は、狂喜に震える虎熊童子には届かない。
虎熊童子は、その頭の中に有る来るべき未来の為に金棒を構えており、その姿を見て尾弐は目を細める。

>「酒呑童子は天才だった。かつては麒麟児とも呼ばれていたか。やつは絶対的な支配力で鬼どもを束ねていた」
>「ゆえに。酒呑童子を喪った鬼の一党は僅か一日で壊滅したのだ」

「良く調べてるじゃねぇか坊主……頼光も悪鬼共も、たった一人のガキに縋り付いたゴミ共だ」

そんな尾弐の前で、虎熊童子と酒呑童子に付いて捕捉を述べる天邪鬼。
その講釈に悪意を持って言葉を付け加えると、尾弐は静かに拳を構え――――

>「生き物は、持って生まれた身体の強さで振り分けられる役割が決まっておる。指示を出す者、戦う者――という具合にな」
>「貴様は動くな、クソ坊主」

「……あ?」

しかし、その戦意は天邪鬼によって早々に挫かれてしまった。
天邪鬼は、それこそ那須野橘音の様に矢継ぎ早に作戦を組み立てると、東京ブリーチャーズの面々に指示を出していく。
それは那須野と異なり上からの目線であり、しかも部外者の命令だ。
従う必要などない。無いのだが……残念な事にその指示は的確であった。

>「貴様の願いとは、そういうことだ。たったひとつの宿願のために、その他の一切を蔑ろにするということだ」
>「あれもこれも、などと強欲なことは考えるな。何が一番大切なのかを思い出せ――」
>「貴様は。『いざとなれば仲間を捨て石とすることも厭わない』覚悟で、此の場へ来たのであろう……?」

「……坊主。お前さん何を知ってやがる……いや、『どうやって』知った?」

そして、拳を止めた尾弐に、更に重ねて投げかけられる天邪鬼の言葉。それを聞いた尾弐は眉を潜める。
……尾弐の願いについて知っている者は数少ない。
だというのに眼前の天邪鬼がそれを知っている様な素振りを見せた。
尾弐はその情報源について尋ねるが……恐らくその答えが返ってくる事は無いだろう。
無言の拒否に対し、尾弐は一度舌打ちしてから再度口を開く。

「はぁ……あいよ。お前さんに従う訳じゃねぇが、手は出さねぇよ。頭冷やして考えてみりゃ、ここで俺が手を出すのは愚策だ」
「下手すりゃ、残りの悪鬼共に纏めて襲い掛かられかねねぇ。そいつは、ちっとばかし不味いからな」

だがな、と尾弐は続ける

「俺は別にあいつらを捨て石にするつもりはねぇよ。そんな事をしなくても、あいつらなら負けねぇと判ってるから手を出さねぇんだ」

自分に言い聞かせる様な言葉。
けれど、深層心理では天邪鬼の言葉が正しい事も理解してしまっているのだろう。
視線を合わせて文句を言うことが出来ず、尾弐はどかりとその場に座り込むと戦局を眺め見る事を決め込んだ。



……そこでふと、尾弐の脳裏に霞がかった記憶が過る。それは、先程天邪鬼が告げた言葉の内の一つ。

(そういえば……昔、どっかで似たような言葉を聞いた事があった様な気がすんな)

浮かんだ疑問。しかしそれは、激化する戦闘の激しさへの心配から直ぐに脳裏から消え去ってしまった。

70御幸 乃恵瑠 ◆4fQkd8JTfc:2018/12/03(月) 00:55:50
>「酒呑童子が命ず――――我等の為に門を開け」

酒呑童子と名乗り尾弐が命じると、拍子抜けするほどあっさりと結界は開いた。
酒呑童子と尾弐の明確な関係性は未だ定かではないが、尾弐の中に宿る何かであることは間違いないだろう。
ノエルは激戦に備えて気持ちを切り替えるかのように、乃恵瑠の姿になる。
いざ結界の中に踏み込まんとした時、ポチが深刻げな声音で皆を呼び止めた。

>「……あのさ」
>「中に入る前に、言っておかなきゃいけない事があるんだ」
>「……もし、あの子が見つかったなら……僕は、みんなよりも、そっちを優先するかもしれない。
 あの子が怪我していたり……自分で逃げられそうになかったら。
 もしそうだったら……僕は多分、冷静でいる事が、出来ないと思う……」
>「そうなった時は、ごめん……行こう」

「それじゃあ、連れていけないな――」

こんなことを言い出した乃恵瑠はポチの前に回り込み、目線を合わせる。

「人間界の病院では医者に身内の手術はさせないらしい。冷静でいられなくて失敗しやすいから。
かの狼王がシートンの姦計に嵌ったのもブランカを捕らえられ冷静さを欠いたのが原因だった――
形振り構ってられないほど助けたいんでしょ?
だったら、こういう時は”ごめん”じゃない、お願い助けてって、力を貸してって言えばいいんだ」

それはノエルならば意識せずとも出て来る程容易く、ポチにとってはおそらくとてつもなくハードルが高い言葉。
そのことを知ってか知らずか、乃恵瑠はとてもいい笑みを浮かべながら一緒に行く条件を突きつける。
その時だった。

>「やっと頭数が揃ったか。まったく、この寒空の下どれだけ待たせるのだ?些かくたびれたぞ」

自販機の上に見慣れない人影が腰かけていた。

「もしかして橘音くんに派遣されてきた幽霊部員? 橘音くんそんなこと言ってなかったけど……」

その説の可能性を確かめるかのように、ブリーチャーズ歴の長い尾弐に視線を向ける。

>「……坊主。お前さんが何処の誰だかは知らねぇが、こんな所で夜遊びたぁ感心しねぇぜ。悪い連中に絡まれる前にとっとと家に帰んな」
>「ただし、お前さんがその悪い連中の仲間だっていうなら……無事に返してやる訳にはいかねぇが」

>「そう警戒するな、何も取って啖いやせん。私は敵ではない――それどころか貴様らと目的を同じくする者だ」
>「これから塔の中に入るのであろう?ならば、私も同道させてもらおう」
>「旅は道連れ、世は情けと言う。袖振り合うも他生の縁、とも言うな――よろしく頼む」

尾弐によりブリーチャーズの幽霊部員説は完全否定されたが、それでも尚敵ではないと言い、勝手に同行する気満々になっている。

>「胡散臭いと顔に書いてあるぞ、腹芸のできん連中だな。まあいい……とある年寄りの命でな、此の場へ狩り出されてきた」

71御幸 乃恵瑠 ◆4fQkd8JTfc:2018/12/03(月) 00:57:18
「とある年寄りって……? もしかして富嶽さんとか?」

得体の知れない助っ人(?)を派遣してきそうな年寄りと聞いて思いつくのといえば、
本命富嶽、対抗御前、大穴で雪の女王やターボババアという説も考えるが、相手は答える気は無いらしい。

>「塔の中にいる連中を何とかせねばならん。しかし、私は生憎荒事が嫌いでな」
>「貴様らが私の代わりを務めてくれるなら手間が省ける。ふん、それでは自分たちに旨味がまるでないと思っているな?」
>「私は連中のことをよく知っている。連中の性格、特徴、戦い方も何もかもだ。それを貴様らに教えてやろう」
>「彼を知り己を知れば、百戦して殆うからずと言う。損のない取引だと思うがな?」
>「おい、そこのクソ坊主。決意だけで事を成せると思うなよ、連中はそれほど甘くはない」
>「相手は百戦錬磨の鬼どもだ。帝の討伐軍を幾度となく跳ね除け、屍山血河を築いた猛者どもだ。……頼光が現れるまでは」
>「連中に勝つには、それこそ頼光と四天王ほどの武勇を持たねばなるまい。貴様らにそれがあると言えるか?言えまいな」
>「このまま行けば、結果は必敗。だが、私が知恵を授ければ――そうよな。九分九厘には持ち込めよう」
>「私の人品骨柄など、些末な問題よ。勝利を手にしたいと思うなら、何を迷う必要がある?」

謎の人物は一人でぺらぺら喋ったあげくに先に塔の方に歩き始めた。

>「ということで決まりだな。よし、愚図愚図してはいられん。さっさと行くぞ、遅れるな」

「いやいや、何も決まってないよ!?」

とはいえ、愚図愚図していられないのは確かなので、先に行かれてしまった以上追う形になるのは仕方がない。
なし崩し的に後を追う形で塔に向かう一行。

>「そういえば、まだ自己紹介をしておらなんだか」
>「まぁ、事を成さねば塒にも戻れん高神崩れ。名も何もあったものでは無いが、さて――」
>「短い付き合いとはいえ、呼び方もわからぬでは遣り辛かろう。では……私のことは“天邪鬼”と」
>「瓜子姫を殺して生皮を剥ぎ、爺婆を騙して娘の肉を啖わせた外道の名よ。ハハハ……」

「ちょ! それ思いっきり悪い奴じゃん!」

>「貴様らの自己紹介はいらん、もう知っている。……半妖に、災厄の魔物が二匹。それに鬼のなり損ないがひとり」
>「よくもこんな寄せ集めの連中が今まで首府を守れたものよ。ま、それでも今は貴様らに期待するより他ない。発奮してもらおう」
>「精々死なんことだ。私の仕事が増えるからな――」

>「祈の嬢ちゃん、ポチ、ノエル。良く判らねぇが、あの天邪鬼とかいう奴に関してはとりあえず様子を見る方向で行こうと思うんだが、どうだ?」

「それしかなさそうだね……」

塔の中に入るなり一行を出迎えたのは――

72御幸 乃恵瑠 ◆4fQkd8JTfc:2018/12/03(月) 00:59:14
>「来たか!バハハハハハハハーァ!」
>「やつの名は虎熊童子。酒呑童子直属の四天王の中でも、最も凶暴で好戦的な鬼だ」
>「その肉体は頑強、膂力は屈強。かつて京で暴れ回り、討伐軍を一番多く撃滅したのがやつだ。四天王最強と言ってもよい」
>「理由は簡単。『やつが金棒を持っているから』に他ならぬ」
>「頭の悪い貴様らでも知っていよう。鬼に金棒という言葉――それは単なる諺やものの例えではない。『実際にそう』なのだ」
>「金棒を武具とした鬼は無敵。そう決まっている。『かくあれかし』と、この世が決めたのだ」
>「真正面から戦えば、負けは必定。しかし手の施しようがないわけではない――私に策がある」

>「何をグダグダ喋ってやがるゥ!はやく闘ろうぜ……己(おれ)にてめえらを殺させろォ!」
>「茨の副頭が言ったんだ、てめえらを殺せばカシラが戻ってくるってな!そうすりゃ、己たちの天下!鬼の世の再来よ!」

すぐにでも襲い掛かってきそうな勢いの虎熊童子だったが、
尾弐に目を止めるとカシラと仰ぎつつ一人で興奮してヨイショし始めた。
こちらとしては作戦を聞く時間が出来て好都合だ。

>「先程も言った通り、虎熊を正攻法で仕留めるのは難しい」
>「やつの無敵の力の源は金棒だ。『鬼に金棒』――まずは、その『かくあれかし』を崩す必要がある」
>「雪女。貴様が冷気で隙を作れ。獣がその後に転ばせ、小娘が金棒を奪う……という段取りがよかろう」
>「生き物は、持って生まれた身体の強さで振り分けられる役割が決まっておる。指示を出す者、戦う者――という具合にな」

「なるほど、確かに……ん?」

一瞬的確な指示だと納得しかけた乃恵瑠だが、ある事に気付く。

「それじゃあクロちゃんの出番なくない!? ……あっ、クロちゃんが出るほどでもないってことか!
おい虎熊童子――長生きし過ぎてここ数十年のトレンドは知らないだろうから教えといてやる。
四天王で一番最初に出て来るでかいマッチョは噛ませって相場が決まってるんだ!
僕達の手にかかれば凍らせて転ばせて金棒奪って終わりよ! パパッとね、パパッと!
つーかお前アレだろ! どーせ金棒奪われたら恥ずかしくて動けなくなる系だろ!」

一見ふざけた発言だが、“かくあれかし”――そういう概念が浸透していればそうなってしまうのが妖怪バトルである。
その上でかいマッチョは脳筋、という偏見もそれなりに世に蔓延っており、
尾弐という例外もあるので一概には言えないのだが、虎熊童子は今までの言動を見る限り少なくとも知性派には見えない。
故に――駄目で元々の精神で敢えて挑発を仕掛けたのだ。
もしも首尾よく”金棒を奪えたらそっちの勝ちにしてやる”という言質を取れたらしめたもの。
その分戦いを早く終わらせられるし、何より――殺さずに済む。
祈は敵味方関係なく、誰かが死ぬのを何より嫌うのだ。
ノエルも元からその傾向はあるにはあったが、深雪として祈と契約を結んだことで
もはや”傾向がある”程度では無くなったことに、本人は気付いているのかいないのか――

73御幸 乃恵瑠 ◆4fQkd8JTfc:2018/12/03(月) 01:01:04
>「往け。でなくば、茨木たちが首府に妖気を撒くのであろう?一刻の猶予もないはずだ」
>「バハハハハハハハーァ!そうよ、その通りよ!己を斃さずして、副頭のところへは行けると思うな!」

天邪鬼の指示を合図に、戦闘は始まった。
作戦通りにいくなら、乃恵瑠は最初に冷気で隙を作る役だ。
まずはセオリー通りに遠距離から氷弾入りブリザードをお見舞いする。
並みの妖壊ならこれでひとたまりもないのだが――当然のごとく一筋縄ではいかない。
普通に冷気の攻撃を仕掛けてもことごとく毒の吐息で掻き消されるのだ。
そこで乃恵瑠は一計を案じることとした。久々に祈に”任せて”のウィンクを送る。

>「バハハハハハハ……バッハハハハハーァ!この程度かよ、今時の化生は!?不甲斐ないわァ!」

「そなた、なかなかやりおるな――だがお遊びはここまでだ。この雪の王女御幸乃恵瑠が直々にお相手しよう!」

いかにも今から本気出しますとでもいう体で口調を乃恵瑠仕様に変え、理性の氷パズルでそれっぽい刀を作り、前衛に躍り出る。
しかし乃恵瑠は飽くまでも後衛妖術系キャラ。
まだメンバーが出揃ってない頃の第壱話のボスとキャットファイトが出来る程度には接近戦技能があるとはいえ、
流石にこのレベルの鬼相手では、普通に考えて自殺行為だ。
つまり少し知性が高い敵なら”罠かもしれない”と疑うところだが、虎熊童子は容赦なく金棒を叩きつけてきた。

「がァっ――」

いかにもダメージ受けました、という風に片膝を付く乃恵瑠だが、実際に金棒が直撃していたらこの程度で済むはずはない。
そう、金棒は乃恵瑠の体をすり抜け、空を切ったのだ。乃恵瑠はニタリと笑ってポチに視線を送った。

「――なーんてね。今だポチ君!」

なんのことはない、金棒が当たる瞬間に不在の妖術を発動したのだった。
以前はそのまま消えてしまうのが怖くて深雪の時にしか出来なかったが、これも祈との契約の賜物だろう。
ずっと味方でいると約束したから、消えるわけにはいかない――祈を置いて決して消えたりしない。
そして、使ったのは不在の術だけではない。
当たるはずだった金棒がすり抜けてたたらを踏んだ相手の足の着地点に、凍結の術を仕掛けた。
今この瞬間なら、ポチが足払いでもすれば容易く転ばせることが出来るだろう。

74ポチ ◆CDuTShoToA:2018/12/09(日) 17:16:43
東京ブリーチャーズに所属したばかりの頃と比べると、ポチは随分と成長した。
単純に力が強くなったし、もう仲間を通して「狼ごっこ」をするような事もない。
以前よりもずっと皆の事を大切に思っているし、皆を守る為に色々な事を考えるようになった。

それでも――あるいは、色々な事を考えるようになったからこそ。
ポチは今でも、自分の感情を制御するという事が上手く出来ない。
先日、御前の言霊に操られた時もそうだった。
抗う術はこれしかないと思った時には、ポチは自分の首に爪を突き立てていた。
今まではそれでもよかった。祈やノエルにとっては十分によくなかったかもしれないが。
少なくともポチの悪癖は仲間を守る為に発露していた。

だが――今回はそうならないかもしれない。
この塔を登った先に本当にシロがいて、彼女が窮地に陥っていたとしたら。
ポチは自分が衝動的にならずにいられる自信がなかった。
だからせめて、その事を皆に伝えておかなくては。

>「それじゃあ、連れていけないな――」

そう考えたポチの言葉は、しかしノエルによって却下された。
だが――ポチは結界へと向き直り、そのまま振り返らない。
この先にはアスタロトと四人の鬼が待ち構えているのだ。
自分を置いてこのまま塔へ登っていく事など、出来るはずがないと思っているからだ。

>「人間界の病院では医者に身内の手術はさせないらしい。冷静でいられなくて失敗しやすいから。
 かの狼王がシートンの姦計に嵌ったのもブランカを捕らえられ冷静さを欠いたのが原因だった――

ノエルは更に言葉を続ける。
狼王――その名が彼の口から紡がれた事で、ポチの耳がぴくりと揺れる。

ノエルがポチの前へと回り込み、その場にしゃがみ込んで目線を合わせる。
ポチもまた彼をまっすぐに見上げた。
もう一度、はっきりと説明をする為だ。

――そうだよノエっち。あのロボですら自分を抑えられなかったんだ。
きっと僕も我慢出来ない。お願い、分かってよ。

>形振り構ってられないほど助けたいんでしょ?
 だったら、こういう時は”ごめん”じゃない、お願い助けてって、力を貸してって言えばいいんだ」

だがその言葉がポチの口から紡がれる事はなかった。
ポチはただ唖然とした表情でノエルを見上げていた。
分かってよ、などと言うまでもなかった。
ノエルはポチの言わんとする事などとっくに理解していた。
そしてその上で、謝るのではなく、頼ってくれればそれでいいと――そう言っていたのだ。
ポチはいたたまれない気持ちになって、項垂れてノエルから視線を逸らす。

「……ごめん、やっぱり言えないよ。ノエっち。
 僕は……あの子が見つかったら、絶対にあの子を助けようとする。
 みんな置いてでも……なのにそんな事、言えないよ」

それから視線を伏せたままノエルの足元へと歩み寄り――そのすねに頬をこすりつけた。

「でも、ありがとう……これで、今は勘弁してよ」

ノエルにとっては満点の返答ではなかったかもしれない。

「行こっか、尾弐っち。ごめんね、呼び止めちゃって」

だがこれ以上、ここで足を止めている訳にもいかないだろう。
一行は結界を潜り抜けた先へと歩みを進める。

>「やっと頭数が揃ったか。まったく、この寒空の下どれだけ待たせるのだ?些かくたびれたぞ」

その時、不意に声が聞こえた。
振り向いてみれば、やや離れた場所にある自販機の上に、見慣れない人影があった。
古めかしい服装に、黒い頭巾で顔を隠した、何者か。
少なくともポチにはその者のにおいに覚えがなかった。
夜色の尻尾がゆらりと揺れて、その毛先が上へと向く。

75ポチ ◆CDuTShoToA:2018/12/09(日) 17:17:11
>「……坊主。お前さんが何処の誰だかは知らねぇが、こんな所で夜遊びたぁ感心しねぇぜ。悪い連中に絡まれる前にとっとと家に帰んな」
 「ただし、お前さんがその悪い連中の仲間だっていうなら……無事に返してやる訳にはいかねぇが」

尾弐の口ぶりから、味方ではない事は分かった。
それだけ分かればポチにとっては十分だった。
全身の毛先から夜色の妖気を溢れさせながら、正体不明の闖入者を睨みあげる。

「放っておこうよ、尾弐っち。時間の無駄だよ。追ってくるなら、その時……」

>「そう警戒するな、何も取って啖いやせん。私は敵ではない――それどころか貴様らと目的を同じくする者だ」
>「……は?」

しかし鬼と『獣(ベート)』の妖気を浴びせられても、その何者かはまるで怯まなかった。
大きく伸びをしてみせたかと思うと、平然とした態度でブリーチャーズに杖先を突きつける。

>「これから塔の中に入るのであろう?ならば、私も同道させてもらおう」
>「旅は道連れ、世は情けと言う。袖振り合うも他生の縁、とも言うな――よろしく頼む」

毒気を抜かれた――という訳ではないが、これにはポチも困惑を禁じ得なかった。
尾弐とノエルも同様のようだった。
すん、とポチは鼻を鳴らすが――嘘や敵意、悪意のにおいはしない。
しかし――今この状況で、この場にいるのだ。
まともな妖怪であるはずがない。疑念は晴れない。

>「胡散臭いと顔に書いてあるぞ、腹芸のできん連中だな。まあいい……とある年寄りの命でな、此の場へ狩り出されてきた」
「塔の中にいる連中を何とかせねばならん。しかし、私は生憎荒事が嫌いでな」
「貴様らが私の代わりを務めてくれるなら手間が省ける。ふん、それでは自分たちに旨味がまるでないと思っているな?」
「私は連中のことをよく知っている。連中の性格、特徴、戦い方も何もかもだ。それを貴様らに教えてやろう」
「彼を知り己を知れば、百戦して殆うからずと言う。損のない取引だと思うがな?」

やはり、嘘のにおいはしない。
であれば――確かに、この何者かを連れて行く事に損はない。

>「ということで決まりだな。よし、愚図愚図してはいられん。さっさと行くぞ、遅れるな」

そうして戸惑っている内に、何者かは自販機から飛び降り、塔へと歩き出してしまった。

>「そういえば、まだ自己紹介をしておらなんだか」
「まぁ、事を成さねば塒にも戻れん高神崩れ。名も何もあったものでは無いが、さて――」
「短い付き合いとはいえ、呼び方もわからぬでは遣り辛かろう。では……私のことは“天邪鬼”と」
「瓜子姫を殺して生皮を剥ぎ、爺婆を騙して娘の肉を啖わせた外道の名よ。ハハハ……」

>「ちょ! それ思いっきり悪い奴じゃん!」
「祈の嬢ちゃん、ポチ、ノエル。良く判らねぇが、あの天邪鬼とかいう奴に関してはとりあえず様子を見る方向で行こうと思うんだが、どうだ?」
>「それしかなさそうだね……」

「……それでいいよ。もし僕らを騙してたなら……自分が生皮を剥がされても、笑っていられるかな、アイツは」

喉の奥から、ぐるる、と唸り声を漏らしながら、ポチはそう言った。
少なくとも敵意や悪意のにおいはなく、実益を伴う協力が得られると分かったにもかかわらずだ。
祈やノエルはこのような発言を好まないだろうと分かっていても、口にせずにはいられなかった。

元々はただシロを探していたはずが、アスタロトが現れ、茨木童子が現れ、そこに天邪鬼も加わって。
状況は急速に、多段的に、複雑化していく。
それはつまり終わりが見えないという事だ。
シロを見つけて、久々の再会を果たす。少し長い話をする。そして迷家に戻って暫しの休息を得る。
その目的を果たす為に、あといくつ厄介事に出くわせばいい。
そう考えると――ポチの焦燥は更に加速していった。

>「貴様らの自己紹介はいらん、もう知っている。……半妖に、災厄の魔物が二匹。それに鬼のなり損ないがひとり」
「よくもこんな寄せ集めの連中が今まで首府を守れたものよ。ま、それでも今は貴様らに期待するより他ない。発奮してもらおう」
「精々死なんことだ。私の仕事が増えるからな――」

そうして先行した天邪鬼の後を追って、一行は塔の中へと踏み込んだ。
毛を僅かに逆立たせ、尾の毛先を上向きにして歩くポチの姿は、気が立った獣そのものだった。

76ポチ ◆CDuTShoToA:2018/12/09(日) 17:18:07
>「来たか!バハハハハハハハーァ!」

待ち受けていたのは、巨大な鬼だった。
虎柄の腰布に僅かな装飾品のみを身に纏った――そして身の丈ほどもある金棒を担いだ、筋骨隆々の白鬼。

>「やつの名は虎熊童子。酒呑童子直属の四天王の中でも、最も凶暴で好戦的な鬼だ」
>「その肉体は頑強、膂力は屈強。かつて京で暴れ回り、討伐軍を一番多く撃滅したのがやつだ。四天王最強と言ってもよい」
「理由は簡単。『やつが金棒を持っているから』に他ならぬ」
「頭の悪い貴様らでも知っていよう。鬼に金棒という言葉――それは単なる諺やものの例えではない。『実際にそう』なのだ」
「金棒を武具とした鬼は無敵。そう決まっている。『かくあれかし』と、この世が決めたのだ」

「……それで話が終わりなら、お前を連れて行く理由はないって、分かってるんだろうな」

喉から唸り声が漏れる。姿勢を低くして、牙を剥く。
全身から宵闇色の妖気が溢れる。
全て無意識の行動だった。苛立ちが、ポチの行動を支配しつつあった。

>「何をグダグダ喋ってやがるゥ!はやく闘ろうぜ……己(おれ)にてめえらを殺させろォ!」
 「茨の副頭が言ったんだ、てめえらを殺せばカシラが戻ってくるってな!そうすりゃ、己たちの天下!鬼の世の再来よ!」

虎熊童子の我鳴り声がいやに耳に響く。
苛立ちが加速して、唸り声と溢れる妖気が大きくなる。

>「真正面から戦えば、負けは必定。しかし手の施しようがないわけではない――私に策がある」

「だったらさっさと、それを言えよ……!」

>「あぁ?策だとォ?猪口才な小細工なんぞで、酒呑童子が四天王!この虎熊童子さまを斃せるものかよ!」
 「さあ、来な!鬼の力ってもんを存分に味わわせてやるぜ!バハハハハハーッ!」

「……お前は黙ってろ!お前の事なんかどうでもいいんだ!」

今すぐにでも虎熊童子に飛びかかり、その首筋を食い破ってやりたい。
その衝動を怒鳴り声に乗せて吐き出し、なんとか抑え込む。

これでは駄目だと分かっている。
相手は鬼だ。尾弐と同じ種族、その中でも選りすぐりの精鋭。
感情任せの戦いが通じる相手ではない。

>「カシラぁ!やっぱり蘇ったんだな、嬉しいぜ!このときを、あの暗くて狭い首塚の中でどれだけ夢見たか……」
「戻ってきてくれよ、カシラ!そしてまた面白おかしくやろうぜ!茨の副頭も、金熊も、星熊も待ってる!」
「カシラが戻ってきてくれりゃ、怖いものなんてねえんだ!己達ゃ、京の都でもそうしてきたじゃねえか!」

虎熊童子が尾弐へと、縋るように語りかける。
ポチはその言葉を意図して耳に入れまいと、深く息を吸って、吐く。それを何度も繰り返した。
冷静さを少しでも取り戻さなくてはならない。息を吸って、吐く。それだけに深く集中する。

>「先程も言った通り、虎熊を正攻法で仕留めるのは難しい」
「やつの無敵の力の源は金棒だ。『鬼に金棒』――まずは、その『かくあれかし』を崩す必要がある」
「雪女。貴様が冷気で隙を作れ。獣がその後に転ばせ、小娘が金棒を奪う……という段取りがよかろう」

「……なら、ノエっち、足元をお願い。祈ちゃん、転ばせる時にちょっと暗くするかも。気をつけてね。
 あと……アイツの代わりに誰か、今のは転んだ訳じゃないって言う役も必要かもね」

虎熊童子を転ばせてしまえば、ポチはそのまま相手の命を奪おうとしてしまうだろう。
ポチはそれでも構わなかったが、ノエルや祈がそれを嫌がるであろう事は、流石に分かっていた。

77ポチ ◆CDuTShoToA:2018/12/09(日) 17:21:02
>「往け。でなくば、茨木たちが首府に妖気を撒くのであろう?一刻の猶予もないはずだ」
>「バハハハハハハハーァ!そうよ、その通りよ!己を斃さずして、副頭のところへは行けると思うな!」

「言われなくても、さっさと終わらせてやる」

瞬間、雄叫びと共に突撃してくる虎熊童子を迎え撃つように、ポチも前へと飛び出す。
作戦が提示されているとは言え、それを通す為には、きっかけとなる隙が必要だ。
振り下ろされた金棒を不在の妖術ですり抜け、懐へ――狼の牙をもって首筋へと食いかかる。
そして――その一撃は、虎熊童子の肉体をすり抜けた。
不在の妖術。当然、虎熊童子が用いたのではない。ポチが発動させたのだ。

右腕一本で金棒を振り下ろし、空いた左手。
そこに生えた刀剣のごとき鋭い爪。
その先端が、ほんの一瞬前にポチがいた場所にあった。

赤い雫がポチの胸部を覆う被毛を伝い、床へと落ちる。
出血はほんの僅か。
だが傷を負ったという事はつまり、虎熊童子の爪はポチの毛皮を容易く切り裂くほどに鋭いという事。

牙による――つまり食らいつき、食いちぎる、隙の生じる攻撃は下策。
ポチはそう判断して、戦術を変えた。
まずは人狼の姿のまま、しかし四足獣のように姿勢を低く取った。
敵の得物である金棒と、爪からも距離を取った状態で懐に飛び込む。
そして狙いも乱雑に、爪を用いて斬りつける。
小さな手傷でも幾つも重ねれば疲弊を誘える――だがその考えも甘かった。

>「バハハハハハハ……バッハハハハハーァ!この程度かよ、今時の化生は!?不甲斐ないわァ!」

虎熊童子の強靭な肉体に、爪が通らないのだ。
ほんの僅かな出血をさせる事すら叶わない。
まだ『獣』の力を完全に解き放ってはいないとは言え――驚異的なまでの頑丈さだった。

>「バーッハハハハッハハハハハァ!おのれら、全員カシラの供物としてくれるわ!覚悟せィ!」
>「そなた、なかなかやりおるな――だがお遊びはここまでだ。この雪の王女御幸乃恵瑠が直々にお相手しよう!」

ポチとて虎熊童子を甘く見ていた訳ではない。
だがポチの予想を上回って、虎熊童子は「無敵」だった。
策を通す為にまず隙を――などとはもう言っていられない。

>「――なーんてね。今だポチ君!」

ノエルが虎熊童子に金棒を空振らせ、更にその足元を凍結させた。
凍りついた床を踏みつけた虎熊童子の体勢が崩れ――だがまだ、踏み留まっている。
馬鹿げた筋力で強引に体勢を保っているのだ。

ポチの胴体ほどもある太い脚が、力みによって更に隆起している。
ただ体当たりを食らわせただけで転ばせられるのかは怪しい。
狼の感性が、考えるよりも早く状況を掴む。

そして――ポチは床を蹴り出し、虎熊童子へと飛びかかった。
拳を握らないまま右手を振りかぶり、狙いは虎熊童子の目。
いかに屈強な鬼と言えど、眼球を突かれれば無傷ではいられまい。

効果は望めるかもしれないが、安直な一撃だ。
攻撃の軌道が見え透いている。虎熊童子は空いた左手でそれを掴むだけでいい。
つまり――転倒しないよう力む事から、ポチを掴む事へと意識が逸れる。
そしてその瞬間を、ポチは狼の嗅覚によって感じ取る事が出来た。

虎熊童子の意識が、己の足元からポチへと逸れたその瞬間。
ポチの全身から夜色の妖気が溢れた。
妖気は瞬時に周囲へと広がって、虎熊童子を包み込むように宵闇を作り出す。

そのままポチは不在を用いて虎熊童子の体をすり抜け、その背後へと着地。
そして振り返りざま、目の前にある右足へと、掬い上げるように体をぶつける。
意識の外側から叩き込まれた体当たりが、虎熊童子の体勢を完全に崩した。

「……転んだな?」

宵闇が晴れる。
ポチは既に巨大な人狼へと変貌し、虎熊童子を見下ろしていた。

「ゲハハ……ゲハハハ、ゲァ――――ッハッハッハ!!
 転んだな?転びやがったな?散々好き放題言ってくれた礼をしてやる……。
 暗くて狭い場所が嫌いなんだって?だったらその首捩じ切って、この腹ん中に収めてやるよ!」

送り狼の特性はもう発現している。
ポチは体躯に伴い大鉈のように変化した爪を大きく振り上げ、今にも振り下ろそうとしていた。

78多甫 祈 ◆MJjxToab/g:2018/12/15(土) 22:57:12
 尾弐が東京スカイツリーの前にやってくるまで、暫くの間があった。
気合を入れ直した祈だったが、やがて待ちくたびれてしまったらしく、
周囲に誰もいないのをいいことにその場にあぐらをかいて目を閉じ、こっくりこっくりと眠ってしまっていた。

「Zzz……んぁ?」

 誰かが現れた気配に祈が目を覚まして周囲を見渡すと、
どうやら天神細道を潜ってこの場に現れたらしい尾弐の姿があった。

>「ここにきてイメチェン!? なんとか神殿に行って神官系にクラスチェンジしちゃった!?
>いいよ、すっごく似合ってる!
>でさ、なんか結界が張ってあってクロちゃんとクロちゃんが許可した人しか入れないらしいからちゃちゃっと許可しちゃって!」
>「……シロちゃんも、もしかしたらこの先にいるかもしれないんだ」

 尾弐にノエルやポチが口々に声を掛ける。
 ノエルが言うように、尾弐の服装は僧衣というのか、法衣というのか。それとも袈裟と言うのだったか。
祈の寝ぼけ眼に映る尾弐の服装は、いつもの喪服ではなかった。

(尾弐のおっさんが葬儀屋さんだって話は聞いてたけど……お坊さんもやってるんだっけ?)

 と祈は一瞬思ったものの、そういう類の物でないであろうことを雰囲気で察した。
その服を着てきたのは、きっと何かを覚悟した証だろうと。立ちあがった祈もまた、尾弐を迎えた。
 それから、僅かな間で情報を交換する。
祈達にとっては、鬼神王温羅が帝都へ向かっているというのが新たな情報だったであろうし、
尾弐にとっては、このスカイツリーの現状――人払いの結界が張られているだとか、
スカイツリーから電波代わりに妖力を飛ばして人々を死に至らしめようとしているようであるとか、
シロと思しき者が向こう側にいるだとか、その辺りの事情が目新しい情報となるだろうか。

>「人払いの結界に細かい指向性を付与するなんて真似を、あの鬼共が考え付くとは思えねぇ……しかもシロ嬢まで巻き込んでるかもしれねぇとなると、今回も黒い那須野が裏で糸引いてると見ていいだろうよ」
>「となりゃあ、罠の一つや二つあるんだろうが……けどまあ、それでも行くしかねぇか。虎穴に入らずんばってやつだ」

 情報交換が終わると、尾弐はそう纏めた。
そして呆れたように、あるいは困ったようにガシガシと頭を掻いて。

>「酒呑童子が命ず――――我等の為に門を開け」

 そう続ける。すると、先程祈が頭をぶつけた透明な壁の周辺で、空気が動く気配がしたの祈は感じた。
人払いの結界に空洞ができたようである。

「お、開いた!」

>「……ちっとばかし拒絶してくれてもバチはあたらねぇと思うんだがな」

 そう呟く尾弐はやや皮肉めいた笑みを浮かべたように祈は思う。
結界内に足を踏み入れようとする尾弐に続く祈だが、

>「やっと頭数が揃ったか。まったく、この寒空の下どれだけ待たせるのだ?些かくたびれたぞ」

 と、どこからかそんな言葉が聞こえてきて、足を止める。
そして声の方へ振り向き、少し離れたところにある自販機の上に腰掛けている何者かに気付いた。

「……いつの間にか増えてんな」

 祈が寝ている間に来ていたらしいその何者かは、袴姿に長い杖を携えた小柄な人物だった。
ただし黒いずきんで目元以外を隠してしまっているので
素顔は分からず、男女どちらともつかない。
せいぜい、その切れ長の目に宿る輝きから同年代であろうかと思えたぐらいである。
親し気に話しかけてくるところを見るに誰かの、たとえばノエルの知り合いであろうか、などと祈は思う。

>「もしかして橘音くんに派遣されてきた幽霊部員? 橘音くんそんなこと言ってなかったけど……」

 しかしノエルの知り合いではないらしい。
ノエルは橘音と会ってきた尾弐が何かを知っていると思ったのか、確かめるように尾弐を見た。

79多甫 祈 ◆MJjxToab/g:2018/12/15(土) 23:02:03
 祈もそれにつられて尾弐の表情を見遣るが、

>「……坊主。お前さんが何処の誰だかは知らねぇが、こんな所で夜遊びたぁ感心しねぇぜ。悪い連中に絡まれる前にとっとと家に帰んな」
>「ただし、お前さんがその悪い連中の仲間だっていうなら……無事に返してやる訳にはいかねぇが」
>「放っておこうよ、尾弐っち。時間の無駄だよ。追ってくるなら、その時……」

 尾弐は警戒を露わにして、黒頭巾の人物にそんな風に声を掛けた。
ポチも同じく警戒態勢に入り、全身から妖気を溢れさせて黒頭巾を睨む。
 どうやら敵とも味方とも付かない相手のようだと判断した祈も警戒して構えるが、
複数の妖怪に妖気を向けられているにも関わらず黒頭巾はのんきにも大きく伸びをして、

>「そう警戒するな、何も取って啖いやせん。私は敵ではない――それどころか貴様らと目的を同じくする者だ」

 などと言った。
よくよく聞くとその黒頭巾が発する声は合成音声か何かのように妙に機械じみていて、
何を考えてるか声音から察することはできない。

>「……は?」

 対し、尾弐そんな言葉を発した。
敵でないと言ってはいるが得体が知れず、声音からは心情も察せないので、
それも致し方ないのだろう。あまりにも不審者が過ぎるのだ。
信頼できる要素が皆無なのだが、しかし黒頭巾は

>「これから塔の中に入るのであろう?ならば、私も同道させてもらおう」
>「旅は道連れ、世は情けと言う。袖振り合うも他生の縁、とも言うな――よろしく頼む」

 などと言って、すっかり同行するつもりでいるらしい。

「よろしくって言われてもなぁー……?」

 祈は構えを解かぬまま、黒頭巾を疑いの眼差しでじろっと見た。
何せ、信頼に値する情報が何一つ開示されていないのだ。
これから敵が待ち構える居城に突入という時に、
信頼に値するかどうかも分からない同行者が増えると言うのは
歓迎すべきことではないと祈には思えた。
 敵でないならいい。戦力が増えるのだから。
だが敵であったなら、がら空きの背中を狙われる危険がある。
そうでなくとも敵か味方か判別がつかない限り、
常に背後を警戒しながら戦わなければならなくなり、神経をすり減らすことになるのだ。
あまりにリスクが大きいといえた。

>「胡散臭いと顔に書いてあるぞ、腹芸のできん連中だな。まあいい……とある年寄りの命でな、此の場へ狩り出されてきた」

 祈の視線を痛いほど感じたのか、黒頭巾はそう言った。

>「とある年寄りって……? もしかして富嶽さんとか?」

 ノエルがそう問うが、しかし黒頭巾はノエルの問いに答えることはない。
だが代わりに、

>「塔の中にいる連中を何とかせねばならん。しかし、私は生憎荒事が嫌いでな」
>「貴様らが私の代わりを務めてくれるなら手間が省ける。ふん、それでは自分たちに旨味がまるでないと思っているな?」
>「私は連中のことをよく知っている。連中の性格、特徴、戦い方も何もかもだ。それを貴様らに教えてやろう」
>「彼を知り己を知れば、百戦して殆うからずと言う。損のない取引だと思うがな?」

 そんなことを宣う。
 取引自体は、尾弐が酒呑童子そのものか、酒呑童子と一体化した何者かであるようだから、
尾弐が既に茨木童子達の情報は持っていると予想できるため、旨みは少ない。
 だが、雇い主についての情報と比べて、こちらは確認できるという点で判断基準にはなる。
たとえば黒頭巾に『富嶽から命じられた』と答えられても確かめるのは難しいが、
“鬼に関する情報“なら、尾弐に聞けばその場で正誤を確認できる。
つまり鬼に関する情報が齎された時点で、黒頭巾を信頼できるかどうかある程度判断できるということだ。
 そして、茨木童子達について詳しく知っているなら、正体は限られる。
 同じく鬼。鬼神王温羅が帝都に迫っているという話が尾弐から聞かされているから、
本人やその部下。もしくは酒呑童子の部下だった者。
あるいは酒呑童子を討った側の誰かや、鬼を討伐した経験のある誰か。
というように、かなり大雑把にだが正体を予想できるのだ。
 即ち、僅かながら情報を開示したと見ることができるのだった。

80多甫 祈 ◆MJjxToab/g:2018/12/15(土) 23:04:17
 黒頭巾は、それ以上のことは明かすつもりがないとでも言いたげに、

>「おい、そこのクソ坊主。決意だけで事を成せると思うなよ、連中はそれほど甘くはない」

 こう話を切り替えた。

>「相手は百戦錬磨の鬼どもだ。帝の討伐軍を幾度となく跳ね除け、屍山血河を築いた猛者どもだ。……頼光が現れるまでは」
>「連中に勝つには、それこそ頼光と四天王ほどの武勇を持たねばなるまい。貴様らにそれがあると言えるか?言えまいな」
>「このまま行けば、結果は必敗。だが、私が知恵を授ければ――そうよな。九分九厘勝ちには持ち込めよう」
>「私の人品骨柄など、些末な問題よ。勝利を手にしたいと思うなら、何を迷う必要がある?」
>「ということで決まりだな。よし、愚図愚図してはいられん。さっさと行くぞ、遅れるな」

 そして強引にこう纏めて、ひょいと自販機から飛び降りると、
すたすたと結界の中へと入って行ってしまう。

>「いやいや、何も決まってないよ!?」

 ノエルのツッコミもなんのそのである。
しかし思うことがあったのか一度歩みを止め、

>「そういえば、まだ自己紹介をしておらなんだか」
>「まぁ、事を成さねば塒にも戻れん高神崩れ。名も何もあったものでは無いが、さて――」
>「短い付き合いとはいえ、呼び方もわからぬでは遣り辛かろう。では……私のことは“天邪鬼”と」
>「瓜子姫を殺して生皮を剥ぎ、爺婆を騙して娘の肉を啖わせた外道の名よ。ハハハ……」

 そんなことを、けらけらと嗤って宣う黒頭巾、いや、天邪鬼。

>「ちょ! それ思いっきり悪い奴じゃん!」

 ノエルも再度ツッコミを入れた。
 警戒を解きたいのか警戒させたいのか、全く窺えず、祈は頭を抱えるばかりである。
結界の外にいたと言うことで酒呑童子の部下ではないとも考えられるが、
それが罠とも限らない。判断に困ってしまっていた。
 とは言え、天邪鬼はもう結界の中に入ってしまっているし、
数人から妖気を向けられても動じない様子からするに、恐らくそれなりに強い妖怪だと考えられる。
追い出すのは難しいかもしれなかった。
この時間が惜しい状況で争うのも得策ではないことも確かだった。

>「祈の嬢ちゃん、ポチ、ノエル。良く判らねぇが、あの天邪鬼とかいう奴に関してはとりあえず様子を見る方向で行こうと思うんだが、どうだ?」
「追い出そうにも、もう結界の中入っちゃってるしなー……」
>「それしかなさそうだね……」
>「……それでいいよ。もし僕らを騙してたなら……自分が生皮を剥がされても、笑っていられるかな、アイツは」

 そういった諸々の事情を考慮したからであろう。
4人によって急遽開かれたブリーチャーズ会議では、天邪鬼に関しては様子を見ることが決定された。

>「貴様らの自己紹介はいらん、もう知っている。……半妖に、災厄の魔物が二匹。それに鬼のなり損ないがひとり」
>「よくもこんな寄せ集めの連中が今まで首府を守れたものよ。ま、それでも今は貴様らに期待するより他ない。発奮してもらおう」
>「精々死なんことだ。私の仕事が増えるからな――」

 そして天邪鬼は、慣れ合うつもりはないとでもいうようにそんなことを言って、結界内を先んじて歩いて行く。
 そんな天邪鬼に対するブリーチャーズの反応は様々で、
中には快くない感情を向けている者もいる。
天邪鬼本人もそれに気付いているであろうに、ただ飄々と祈達の前を歩いていた。

(悪いやつじゃないって思いたいけど、警戒はしとかなきゃな……)

 祈はその背を追いながら、そんなことを考えていた。

81多甫 祈 ◆MJjxToab/g:2018/12/15(土) 23:07:35
>「来たか!バハハハハハハハーァ!」

 スカイツリーの入口から、入ってすぐのエントランスに当たるフロアに、男の笑い声が響く。
そこには一人の鬼が待ち構えていた。
 茨木童子ではない。遠目に見た影の中にいた一人であった。
好戦的な笑みを浮かべてブリーチャーズを迎えるその鬼。
白い肌に、筋肉の鎧を纏ったかのような巨躯。下唇から飛び出した牙のような歯。
腕輪や足輪などの装飾。金棒を携え、虎柄のパンツ(腰布?)を履いたその姿は
祈が想像する鬼らしい鬼そのものだった。
 
>「やつの名は虎熊童子。酒呑童子直属の四天王の中でも、最も凶暴で好戦的な鬼だ」

 天邪鬼が祈達の後方で囁くように言う。
先導していた筈の天邪鬼だが、ブリーチャーズの何名かが虎熊童子に意識を向けた隙に
一行の最後尾に回っていたのである。いつの間に、と祈は思う。

>「……ああ、知ってるさ。嫌になる程な」

 そんな天邪鬼に、尾弐は冷静に返す。
どうやら祈と違って尾弐は天邪鬼から目を離していなかったらしい。
 天邪鬼は続ける。

>「その肉体は頑強、膂力は屈強。かつて京で暴れ回り、討伐軍を一番多く撃滅したのがやつだ。四天王最強と言ってもよい」
>「理由は簡単。『やつが金棒を持っているから』に他ならぬ」
>「頭の悪い貴様らでも知っていよう。鬼に金棒という言葉――それは単なる諺やものの例えではない。『実際にそう』なのだ」
>「金棒を武具とした鬼は無敵。そう決まっている。『かくあれかし』と、この世が決めたのだ」
 
>「……それで話が終わりなら、お前を連れて行く理由はないって、分かってるんだろうな」

 ポチが天邪鬼にすごんで見せた。その表情には怒りだけでなく焦燥が滲んでいる。
祈は手を突き出し、ジェスチャーで待てとポチをなだめた。

>「何をグダグダ喋ってやがるゥ!はやく闘ろうぜ……己(おれ)にてめえらを殺させろォ!」
>「茨の副頭が言ったんだ、てめえらを殺せばカシラが戻ってくるってな!そうすりゃ、己たちの天下!鬼の世の再来よ!」

 そのやりとりを聞いて、金棒を床に打ち付け、威嚇するように吠える虎熊童子。
巨体から放たれる殺気や闘気は並大抵の物ではない。
無敵と称されるにふさわしい、そんな荒々しい気を放っている。それに呼応するようにポチも殺気立つ。
 なんであれ、これではっきりした。

「だからあたしらも入れる結界にしたってワケか」

 結界に入れる人物を設定できるなら、最初から鬼達とアスタロト、尾弐だけが入れるようにすれば良かった筈だ。
この“尾弐が招いたものだけが入れる”という設定では、尾弐に招かれれば祈達も結界内に入れてしまう。
つまり、邪魔者が入って来る可能性があるのだ。
なのにわざわざこう設定したのは選別の意味があったのだろう。
 尾弐がスカイツリーに一人で登ろうとするなら、それはブリーチャーズを仲間でないと思い、捨てた証。
だがブリーチャーズを伴って入ろうとするなら、ブリーチャーズに未練がある証だと選別できる。
 そしてブリーチャーズを伴って入ってきても、
ここでブリーチャーズを抹殺してしまえば未練は消え、尾弐は――酒呑童子は自分達の仲間に戻る。
だから虎熊童子はここで待ち構えていた、と。そういうロジックであるらしい。

(酒呑童子のこと、好きだったんだなー……)

 よほど酒呑童子を取り戻したいのだろうと思われた。
だからと言って、彼らのために負けてやるつもりも、死ぬつもりも祈にはなかった。
彼らを解き放てば東京に住む多くの人々が死ぬのだ。ここで止める必要がある。

>「真正面から戦えば、負けは必定。しかし手の施しようがないわけではない――私に策がある」

 闘志を見せる祈やブリーチャーズに、再び天邪鬼は口を開き、そう囁いた。
虎熊童子への挑発の意味もあったのだろう。やや大きな声で放たれたその言葉は虎熊童子にも届いたらしく
反応があった。

>「あぁ?策だとォ?猪口才な小細工なんぞで、酒呑童子が四天王!この虎熊童子さまを斃せるものかよ!」
>「さあ、来な!鬼の力ってもんを存分に味わわせてやるぜ!バハハハハハーッ!」

 などと嗤う。挑発を受けて怒るのではなく、嘲笑する。それは強者故の余裕なのだろうと祈には思えた。

82多甫 祈 ◆MJjxToab/g:2018/12/15(土) 23:22:52
 そして余裕からか饒舌になったらしく、
虎熊童子は鼻をひくつかせると、顔をほころばせて話し始めた。

>「……茨の副頭が言った通りだ。カシラのニオイがする……間違いねえ。姿はずいぶん変わっちまったが――」
>「カシラぁ!やっぱり蘇ったんだな、嬉しいぜ!このときを、あの暗くて狭い首塚の中でどれだけ夢見たか……」
>「戻ってきてくれよ、カシラ!そしてまた面白おかしくやろうぜ!茨の副頭も、金熊も、星熊も待ってる!」
>「カシラが戻ってきてくれりゃ、怖いものなんてねえんだ!己達ゃ、京の都でもそうしてきたじゃねえか!」
>「カシラの言うことはいつも間違いなかった。人間どもが己たちを討伐に来たときだって、カシラの指示があれば負けなかった」
>「カシラさえいてくれりゃ、何も怖いものはねえ!なあ、カシラ!みんな待ってるぜ――!」

 それを尾弐は、

>「……図体のデケェ鬼が、何時までもガキに縋り付いてんじゃねぇよ」

 そう吐き捨てた。
明確な拒絶の意志を示したのだ。しかし、虎熊童子にはその言葉は届いていないらしかった。
というより、『ならばやはりブリーチャーズを殺すしかない』という思いを益々強くしたようで、
殺気と闘気を更に滲ませ、じりと一歩近づいてくる。
 ブリーチャーズと虎熊童子の間で圧力が高まる。

>「酒呑童子は天才だった。かつては麒麟児とも呼ばれていたか。やつは絶対的な支配力で鬼どもを束ねていた」
>「ゆえに。酒呑童子を喪った鬼の一党は僅か一日で壊滅したのだ」
>「良く調べてるじゃねぇか坊主……頼光も悪鬼共も、たった一人のガキに縋り付いたゴミ共だ」

 補足する天邪鬼の言葉を受けて、なお忌々し気に呟き、拳を構える尾弐だったが、それを天邪鬼は手で制した。
そして祈達に向けて、

>「先程も言った通り、虎熊を正攻法で仕留めるのは難しい」
>「やつの無敵の力の源は金棒だ。『鬼に金棒』――まずは、その『かくあれかし』を崩す必要がある」
>「雪女。貴様が冷気で隙を作れ。獣がその後に転ばせ、小娘が金棒を奪う……という段取りがよかろう」

 先程言っていた策とやらを、今度は虎熊童子に伝わらない声量で囁いて伝えてくる。
言っていることは間違っていないように祈には思えた。
『かくあれかし』によって『鬼が無敵』なら、
確かにそのような策で『かくあれかし』を崩さない限り虎熊童子には勝てないことになる。
 祈は頷いて見せた。苛立っている様子のポチも、この策戦に一応の納得を見せ、

>「……なら、ノエっち、足元をお願い。祈ちゃん、転ばせる時にちょっと暗くするかも。気をつけてね。
>あと……アイツの代わりに誰か、今のは転んだ訳じゃないって言う役も必要かもね」

 と言った。ポチに対し、「わかった」と小さく返す祈。
 ノエルもどうやらこの策戦で異論はないようだった。

83多甫 祈 ◆MJjxToab/g:2018/12/15(土) 23:26:03
>「生き物は、持って生まれた身体の強さで振り分けられる役割が決まっておる。指示を出す者、戦う者――という具合にな」

 天邪鬼はブリーチャーズに策への理解が得られたことを受けて、そう呟く。
先程の作戦には天邪鬼自身を含んでおらず、
また動く気配がないことから、自分は指示を出す側、と言外に言っているようであった。
 また、なんとなく天邪鬼のその言葉が、どこかで聞いたような言葉だと思った祈だったが、

>「なるほど、確かに……ん?」
>「それじゃあクロちゃんの出番なくない!? ……あっ、クロちゃんが出るほどでもないってことか!

 このノエルの言葉で、それを一旦忘却する。
そして、戦うつもりのない天邪鬼はともかく、如何なる理由で尾弐を省いたのかを考えた。
『どの道、敵か味方かはっきりしない天邪鬼を見張る役が必要なのでそれはそれで良いのだろう』
などと思い、祈は一人納得した。
 ノエルもまた一人納得すると、

>おい虎熊童子――長生きし過ぎてここ数十年のトレンドは知らないだろうから教えといてやる。
>四天王で一番最初に出て来るでかいマッチョは噛ませって相場が決まってるんだ!
>僕達の手にかかれば凍らせて転ばせて金棒奪って終わりよ! パパッとね、パパッと!
>つーかお前アレだろ! どーせ金棒奪われたら恥ずかしくて動けなくなる系だろ!」

 こんな言葉をビシっと虎熊童子に突き付けた。
祈にはよく分からなかったが、どうやら金棒を奪った後に戦意を喪失するよう、
一部の業界の『かくあれかし』を使って虎熊童子の認識を歪める作戦に出たようであった。
祈はその言葉から、どこか祈と似た、相手を殺すことなく倒そうとする意思を感じた。
 しかし虎熊童子はその言葉を理解できなかったのかそれとも聞こえていなかったのか、
無言で一歩、また一歩と距離を詰めてくる。
そして戦闘になる距離まであと数歩というところまで虎熊童子が接近すると、天邪鬼がこう言った。

>「往け。でなくば、茨木たちが首府に妖気を撒くのであろう?一刻の猶予もないはずだ」

 これが戦いの始まりの合図となった。

>「バハハハハハハハーァ!そうよ、その通りよ!己を斃さずして、副頭のところへは行けると思うな!」

 虎熊童子は頭上で金棒を一回転させると、雄叫びを上げながら猛然と突撃してくる。
易々と、戦闘になる距離を越えて。

>「言われなくても、さっさと終わらせてやる」と言って、虎熊童子を迎え撃たんと飛び出すポチ。
それに続きながら祈は、後方で

>「貴様は動くな、クソ坊主」

 などと言って天邪鬼が尾弐を止め、なんらかの会話を始めるのを微かに聞いた。
会話の内容までは聞こえないが、尾弐が祈達の後に続く気配がないことから、
尾弐は天邪鬼が提案した作戦通りに、手を出すつもりはないらしいことがわかる。
 祈は心の中で尾弐に、任せておけと言っておいた。

84多甫 祈 ◆MJjxToab/g:2018/12/15(土) 23:35:11
 任せておけと心の中で呼びかけておきながら、
しかし――虎熊童子はまさに『無敵の鬼』であった。
 いの一番に飛び出したポチは、
虎熊童子の金棒を不在の術で掻い潜り首筋に噛み付こうとしたが、
再度不在の妖術を使って虎熊童子の体をすり抜けなければ、もう片方の左手で胸を貫かれているところだった。
 ノエルが行った冷気による攻撃も、虎熊童子の強烈な毒息によって打ち消されてしまった。
 そして。

――ガキン!

 ノエルとポチが攻撃している間に祈は虎熊童子の死角へと回り、
スピードの乗った跳び蹴りを放ったつもりだったのだが、それをいとも簡単に金棒で受けられてしまったのである。
まるで先読みしていたかのようであった。

「へぇ、やるじゃん」

 祈を吹き飛ばそうと金棒が振るわれるが、
充分にスピードが乗る前に、祈は自ら飛んで宙に舞い、逃れた。一回転し、着地。

>「バハハハハハハ……バッハハハハハーァ!この程度かよ、今時の化生は!?不甲斐ないわァ!」
>「バーッハハハハッハハハハハァ!おのれら、全員カシラの供物としてくれるわ!覚悟せィ!」

 ブリーチャーズの攻撃を軽々と凌いだ虎熊童子は、そう哄笑する。
見せつけるように振り回す金棒の速度たるや、まるで嵐のようであった。
それは見る者に、まともに当たれば即死というような死を予感させる。
 祈は、自分でなければ簡単には避けられない速度だと感じた。

「じゃあそんな不甲斐ないあたしら程度の妖怪に負けたら、二度と悪さはしないって約束しろよな!」

 故に祈は、こう吠えながら虎熊童子の気を引き、
せめてノエルが冷気を放つための時間だけでも稼ごうと一歩踏み出す。
しかし、ノエルが祈の前に出て、祈にウインクを送ってきた。
ノエルが時々やる“任せて”という合図である。祈はそれを見て足を止め、“任せた”と頷いてノエルに道を譲る。

>「そなた、なかなかやりおるな――だがお遊びはここまでだ。この雪の王女御幸乃恵瑠が直々にお相手しよう!」

 ノエルは、口調を次代の雪の女王らしい乃恵瑠のそれに合わせ、
複雑な形状の氷から刀を生み出すと、虎熊童子の前に躍り出た。
 そんなノエルに対し、虎熊童子は容赦なく金棒を振るい、叩きつける。
それをノエルは刀で受けるのかと思わせて――、

>「がァっ――」

 受けきれず身体に直撃した、――と思わせて。金棒はノエルの体を通過した。
ノエルもまた不在の妖術を使えるのであった。
 一騎打ちを仕掛けてきたノエルの言葉を受け、
虎熊童子は純粋に力量比べをすると誤解し全力で金棒を振るった。
彼にとってこの一騎打ちで不在の妖術を使われるような事態は想定外だったのだろう。
虎熊童子は当たると思っていた一撃が空ぶったことで僅かに体勢を崩した。
 そこへすかさずノエルが凍結の術を仕掛け、

>「――なーんてね。今だポチ君!」

 ポチへと合図を送る。ポチはそれを受けて、再び虎熊童子へと飛び掛かった。
体勢を崩し、足元に凍結の術を仕掛けられながらも、まだ強引に踏みとどまる虎熊童子の、
その顔面に向けて。
 眼球を狙うかのような軌道で飛び掛かるポチを掴もうと、虎熊童子が左手を伸ばすが、
その手が到達すると思った瞬間。ポチの体から黒い妖気が噴き出して煙のように広がり、
虎熊童子を包んだ。
 ポチは不在の術で再度虎熊童子の体を通り抜けて背後に降り立つと、
虎熊童子の右脚へと振り向きざまに体をぶつけ、そのまま上へと掬い上げた。
 虎熊童子の右足が地面を離れる。そして左足も凍結の術によって滑り、
踏ん張りが効かなくなった虎熊童子はついに、仰向けに転倒することになった。
 派手な音を立てて盛大に転んだ虎熊童子。
その拍子に、ポチの作った妖気の暗闇が晴れる。

85多甫 祈 ◆MJjxToab/g:2018/12/15(土) 23:50:01
>「……転んだな?」
>「ゲハハ……ゲハハハ、ゲァ――――ッハッハッハ!!
>転んだな?転びやがったな?散々好き放題言ってくれた礼をしてやる……。
>暗くて狭い場所が嫌いなんだって?だったらその首捩じ切って、この腹ん中に収めてやるよ!」

 完全に転んだ虎熊童子を視認したことで送り狼の本能を刺激され、
人狼形態に変貌したポチは、荒々しく言って爪を振り上げた。
 そこへ、

「“どっこいしょ”。落ち着けよポチ。もう――終わってる」

 いつの間にやらポチの傍らに立っていた祈が、
ポチの本能を鎮めるべく言って、次いで虎熊童子を指差した。
金棒を手放し、仰向けに寝っ転がったまま動かない虎熊童子を。
 虎熊童子はなんらかの攻撃を受けたのだろう。
その額には大きなたんこぶができており、白目を剥いて――完全に意識を失っている。
 祈が言う通りに、既に勝負はついているのであった。
 
――ポチが妖気によって宵闇を作り出すその数秒前。
 祈は考えた。
このままポチが虎熊童子を転ばせられたとして、
祈に、鬼の力で握られた金棒を奪い取れるのか、ということを。
 なにせ『無敵の鬼』だ。
尾弐は指一本で悪魔の体を切り裂ける。
仮に虎熊童子がそれと同等の力を持っていて、それが金棒により強化されているのだとすれば、
いくら転倒する隙を突いたとしても、
祈では指一本剥がすことすら難しいのではないか、と。
 そしてその想像は当たっていた。
 宵闇に包まれて混乱する虎熊童子の側面に迫り、
金棒を持った右手の指に組み付いた時に、祈はそれを確信する。
 『いかに力を込めたところで虎熊童子の指はびくともしない』、と。
むしろ混乱に抗うための武器を手放すまいとする意志すら感じたものである。
 そこで祈は咄嗟に考えた。
『金棒を動かせないなら自分で動いて貰えばいい』と。
 ポチが右脚を掬い上げたことで完全に体勢を崩した虎熊童子。
その顔面に祈は飛びかかる。
 虎熊童子は、それを顔面への攻撃だとすぐさま察したに違いない。
何度も不在の術を使って作り上げた隙であるから、『この一撃こそが本命だ』と思っただろう。
そして同時にこうも思ったであろう。『今度は避ける間もないほど素早く討たなくては』と。
 故に虎熊童子は、転倒する間際であるにもかかわらず、
顔面に飛び掛かってきた祈を振り払わんと、攻撃に移った。
渾身の力で金棒を振るい――そして、祈がすぐに虎熊童子の顔面から飛び退いたため、
結果として自らの顔面を強打するに至った。
 つまり、『無敵の鬼』の力で自分自身を攻撃してしまい、
それに耐えきれずに自滅したのである。
 横たわり、開けた大口からよだれをだらしなく垂らした虎熊童子。
深刻なたんこぶはできているが、呼吸はしているから生きてはいるのだろう。
 祈は虎熊童子を見下ろしながら、

「約束通りあたしらに倒されたんだ、もう悪さなんてすんなよ」

 と呟いた。祈が掛けた言葉が虎熊童子に認識されていたか、
そして約束が有効であるかどうかなんて分からないが。
 なんであれ、まずは無傷での勝利というこの結果に満足しておくべきであろう。
それなりに有効な情報をもたらしたことから、一応天邪鬼は信頼できそうだとも分かったことだ。

「さーって、次もこの調子で行こーぜ!」

 と、祈は元気よく皆に呼びかけた。長い夜はまだ始まったばかりである。

87那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI:2018/12/22(土) 23:59:31
>……坊主。お前さん何を知ってやがる……いや、『どうやって』知った?

尾弐の問いに、ただ天邪鬼は頭巾によって唯一露出した切れ長の眼で尾弐を一瞥するだけに留めた。
そして、静かに告げる。

「知っているさ、何でも。知っているからこそ、私はここへ来た。天邪鬼はすべての秘密を暴き、詳らかにする者……だからな」

尾弐が命令を聞くそぶりを見せると、天邪鬼はふふ、と愉快げに笑った。
祈の機転によって、強敵虎熊童子は完全に失神した。勝負あり、というやつだ。
無敵を誇る鬼の逸話が本物ならば、同じく鬼の力で打ち破ってやるしかない。

「ほお。一人くらいは死ぬかと思っていたが、無傷で切り抜けるとは。首府鎮護の精鋭妖怪という肩書は伊達ではないと見える」
「温羅が警戒するもむべなるかな。まったく、因果な仕事を押し付けてくれるものだ」

腕組みしたまま、傍観に徹していた天邪鬼がぽつりと呟く。
ごくごく小さなその呟きは、果たして尾弐の耳に届いただろうか。

「見事だ、東京ブリーチャーズ。褒めてやろう。しかし、これはまだ鬼帝国のほんのとば口。試練はこれからよ」
「今夜中にあと四鬼。いや五鬼か?残らず仕留めて帰らねばならん。襟元を正せよ」

今度はブリーチャーズの面々にも聞こえるように尊大に言い放つと、天邪鬼はふたたび率先して歩き始めた。
酔余酒重塔の内部は構造が東京スカイツリーだったときとは違って異界化している。
どうやら大きく分けて5つのブロックに分かれているようで、ブリーチャーズはその最下層、基底ブロックを制圧した。
エレベーターのボタンを押しても反応はない。楽をして一気に最上階へと到達することはできないらしい。
天空に向かってどこまでも続いている非常階段をのぼっていくと、一行は大きな観音開きの扉に突き当たった。
その中が酒重塔の第二階層、ということらしい。

「開けろ」

天邪鬼が命令する。先行して非常階段をのぼっていたはずなのに、いつの間にかまた最後列に移動している。
ブリーチャーズが扉を開けると、そこは体育館ほどもある広大な空間だった。
もちろん、本来電波塔であるスカイツリーにそんな空間などありえない。茨木かアスタロトが空間を捻じ曲げたのだろう。
そして、そんな広々とした空間の真ん中に、巨大な赤鬼が胡坐をかいて座っていた。

酒呑四天王の一鬼、金熊童子。

金熊童子の周囲には牛の丸焼き、祈の頭よりも大きな饅頭、大鍋に入った汁物などの料理が山と積まれている。
そんな視界いっぱいの食べ物に片っ端から手を伸ばし、金熊童子はグチャグチャと咀嚼を繰り返していた。
大兵肥満の大鬼だ。ぱんぱんに膨れ上がったその腹に、料理が瞬く間に消えてゆく。
しかし、料理の方も何らかの妖術の産物であるらしく、金熊童子がどれほど鯨飲馬食してもまったく減る様子がなかった。

「……ぅ?」

ブリーチャーズが入ってきても構わず食事を続けていた金熊童子だったが、やっと侵入者の気配に気付くと視線を向けた。
食べ滓と涎まみれの顔を一行に向け、眉を顰める。

「なぁんだぁ、おめえらぁ。オ、オデ、まだメシの最中だぞォ」

やる気がないという様子である。しかし、だからといってスルーを決め込むわけにもいかない。

「鬼の掟とはただ二つ。自らの望むことを成す、そして弱い者は強い者に従う――これだけだ」
「鬼の手で作り上げられたこの塔を制覇しようと思うなら、力を示さねばならん。戦いは不可避だ、しっかりやれ」

天邪鬼がブリーチャーズに囁く。
金熊童子は相変わらずグチャグチャと耳障りな音を立てながら料理を貪っているが、その横をすり抜けることは不可能だった。
一見ただ暴食しているだけの金熊童子だが、その手許には巨大な鎖付きの鉄球が置いてある。
今は距離があるため何もしてこないが、もしブリーチャーズが攻撃可能範囲に踏み入れば、容赦なく攻撃してくるだろう。
尾弐でも抱えきれないくらいの大きさの鉄球だ。妖怪であっても直撃は即死に繋がる。
やがて金熊童子は尾弐の存在に気が付くと、たるんだ頬をニィーッと歪ませて笑った。

「おぉ……おがじらぁ!やっば、おがじらだぁ……。戻ってぎでぐれだんだな、おがじらぁ……!」
「おがじら、オ、オデ、おがじらに会いだがっだ……!首塚の中で、ずっどオデ、寂じがっだ……!」
「で、でも、おがじらは戻っでぎでぐれだ……。ぜ、1000年前の約束どおりだぁ……」

金熊童子が嬉しそうに何度も頷く。
それは、恐怖や単なる力によって従属や服従を強いられていた配下、というような姿ではなく。
心から酒呑童子を慕い、敬い、心酔しているような――。

88那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI:2018/12/23(日) 00:00:23
「……ま……、待てェェ……!」

不意に、一行の背後で声がする。
見れば額に大きな瘤をこしらえ、階下で気絶していたはずの虎熊童子がいつのまにか追いすがってきている。

「まだ……まだ、己は負けてねェ……!負けるワケにゃ……いかねェんだ……!カシラの……ために……!」
「どっちかが死にもしねェ戦いが……戦いと言えるかよ……!勝負しろォォ……東京ブリーチャーズ……!」

虎熊童子の気迫には、まさに文字通り鬼気迫るものがあった。
しかし、もう戦える状態ではないだろうことは誰の目にも明らかだった。第一、無敵の象徴である金棒を持ってきていない。
自分の敗北を認められず、執念のみでこのフロアまでブリーチャーズを追いかけてきたのであろう。
天邪鬼は眉を顰めた。

「……虎」

「カシラは……言ってくれたんだ……。乱暴者で誰とも分かり合えなかった己に……誰も彼もに邪魔者扱いされた己に……」
「『おまえもこの世に在っていい』って……!己の居場所を作ってくれたんだ、仲間と……巡り合わせてくれたんだ……!」
「そのカシラの恩に……己は……報いなくちゃいけねェんだ……!例え……死んでも……!」

ずし、ずしん、と足音を響かせながら、虎熊童子がブリーチャーズにゆっくりと歩み寄ってゆく。
しかし。

「虎熊ぁ……おめえ、負げぢまっだのがぁ。日頃、自分が一番だぁなんで言っでだのに、不甲斐ねぇなぁ」

豚の丸焼きに頭からかぶり付きながら、金熊童子が呆れたように言う。
とはいえ、その言葉に侮蔑や嘲弄の響きはない。あくまで、仲間同士の軽口といった様子である。

「戦いでぇぎもぢは分がるげんど、おめの出番はもうねぇぞぉ。ここはオデの塒だぁ、オデが戦う番だからなぁ」

「……そうかよ……そうだったなぁ……。じゃあ、手はず通りに頼む……。副頭の指示通りに――」

「おぉ」

金熊童子は一度大きく頷き、豚の丸焼きを一口で嚥下すると、傍らの大鉄球を手に取った。
そして。
金熊童子の手許にあり、少なくとも50メートルほどの距離があった大鉄球は次の瞬間虎熊童子に炸裂し、その上半身を粉砕していた。

ドパァンッ!!!

爆発音めいた炸裂の音と衝撃。空気がビリビリと震動するのが、間近にいたブリーチャーズにも伝わっただろう。
鋼よりも強靭な虎熊童子の上半身は大鉄球の直撃を受けて木っ端微塵に砕け散り、肉片がブリーチャーズの許まで飛んでくる。
上半身、臍から上をまるまる失った虎熊童子は、ずしん……と両膝を折ると、そのまま倒れて動かなくなった。
いくら金棒を携行していなかったとはいえ、頑強そのものであった虎熊童子の肉体を一撃で粉砕するとは莫迦げた攻撃力である。
だが、金熊童子の真の恐ろしさはその攻撃力の高さにあるのではない。

「見たな。奴の攻撃を」

惨事を目の当たりにしても眉ひとつ動かさず、天邪鬼が口を開く。

「奴を単なるウドの大木と思うな。速度においては、奴に比肩する四天王はいない」
「巨体から繰り出される一撃必殺の攻撃と、不可視の速度が同居している。力押しでは勝てまい」
「だが、同時にそれが奴の弱点でもある。その堆く積まれた食い物を見てもわかる通り――奴は『燃費が悪い』のだ」

天邪鬼が淡々と金熊童子の攻略法を告げる。

「ブ、ブヒ……!虎熊のぶんまで、オデ、が……がんばるどぉ……!どうぎょうブリーヂャーズ!」
「おめらは、ここでおっ死ね……!オデたぢのおがじらのだめに!」

金熊童子はそう吼えると、大鉄球をぶぅん!と旋回させてポチへと投擲した。
その攻撃はほぼノーモーション。来る、と思ったらすでに接触している。不在の能力を使わなければ避けられるまい。
また、ブリーチャーズが攻撃を加えようとしても、まるで陽炎のようにすり抜けてしまう。
巨体をものともしない挙動は、祈にも匹敵するほどだ。
ただし、毒息を吐いてノエルの冷気を相殺した虎熊のような技は使えないらしい。
ノエルの攻撃に対しては、距離を取ろうとするだろう。

89那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI:2018/12/23(日) 00:02:43
「言うまでもないことだが、貴様は今回も動くなよ。クソ坊主」

ブリーチャーズ三名と金熊童子の戦いを眺めながら、天邪鬼がまたしても尾弐に命ずる。

「戦うよりも、考えろ。――なぜ、貴様は奴らを。鬼どもを忌避する?憎悪する?その理由を」
「酒呑童子はなぜ鬼に変じた?なぜ奴らを従えた?なぜ、徒党を組んで大江山に居を構えたと思う?そもそも……」
「『奴らは真に、一片の酌量さえ赦されない外道の集まりなのか』――?」

合成音声のように加工された天邪鬼の声音からは、なんの感情も読み取れない。
しかし、その無感情な声は逆に何かを押し殺しているように、尾弐には聞こえたかもしれない。

「梁山泊にも、山塞を構えた理由がある。物事とは万事、善と悪。陰と陽……などと気軽に分けられるものではない」
「貴様の主はそうやって万象を区別したがっているようだがな。しかし、彼奴はともかく……だ」
「もし貴様までもがそんな偏見に凝り固まっているのなら……貴様は当分、その身に宿した業から逃れられまいよ」

天邪鬼がふん、と鼻を鳴らす。
金熊童子が桁外れの剛力で鎖を振り回し、鉄球がぶぅん、と唸りを上げる。
祈やノエル、ポチを狙う巨大な鋼の流星が目標を逸れるたび、ガゴォンッ!バギィンッ!と轟音を立てながら壁や床に減り込む。
しかし、それによる隙は一切ない。金熊童子はまるで水ヨーヨーでも手繰るように恐るべき速度で鉄球を回収する。
そして、再度の発射。目まぐるしく動き回りながら、バズーカ砲なみの威力で鉄球を投擲する。

「ブッフゥゥ……あぁ、めんどうぐぜぇ……!」

フロア内の広い面積を最大限に活用して戦う金熊童子は、易々とブリーチャーズに接近を許さない。
また、仮に接近が叶い、攻撃を繰り出したとしても、身体に纏った分厚い脂肪が衝撃を吸収してしまう。
今の状況では、転ばせることも難しいだろう。そもそも脚が短く、また幹のように太いので多少のアプローチではビクともしない。
撃ち放たれる鉄球を掻い潜っても、本体の腕や牙が待っている。それによる攻撃力も脅威だった。
だが――

「ブフゥ……ブフフゥ……。ハラぁ……減っだぞぉ……!もっどぉ……喰いもん、持っでごぉぉい……!」

金熊童子は息を荒らげながらフロア中央の料理の山に近付くと、空いている手を突き出して料理をむんずと掴み、器ごと啖った。
バリッ、ボリッ、と料理を咀嚼し、嚥下すると、山から離れ再度凄まじい速度で鉄球を撃ち出してくる。
そう。しばらく戦っていれば、やがてブリーチャーズの面々にも見えてくるだろう。
確かに金熊童子は攻撃力と機動力に優れ、フロアの中を縦横無尽に移動して攻撃と回避を繰り返している――が。
定期的に、必ず行っている行動がある。

『何度かの鉄球投擲の後、必ず料理の山に近付いて食物を貪っている』――。

金熊童子の剛力と速度は、当然なんの消費もなしに発動しているものではない。
桁外れの攻撃力と瞬発力を生み出すには、もちろん膨大なカロリーが必要になるのだ。
そして、そのカロリーを金熊童子は耐えず食物を摂取することによって確保している。
と、いうことは――。

「いつまで戯れているつもりだ?攻略法と助言は呉れてやったぞ、さっさと勝負を決めろ!」

天邪鬼が祈たちへ向けてそう発破をかける。
いつアスタロトと茨木童子がこの酔余酒重塔を使い、妖気を東京中に振り撒くかわからないのだ。そうなればこちらの負けである。
四天王の二番手ごときに余計な時間は使っていられない、ということなのだろう。
けれど。

天邪鬼の傍らにいる尾弐には、あるいはこうも聞こえたかもしれない。

『早く金熊童子を楽にしてやれ』

と――。

90那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI:2018/12/23(日) 00:04:11
「……まさか、仲間を殺すなんて……」

天望回廊の中にある大きなモニターで階下の様子を眺めながら、皓月童子が愕然とした様子で呟く。
金熊童子が虎熊童子を平然と手に掛けた、そのことに驚いている。
……が、それを指示したであろう茨木童子は凝然とモニターの中のブリーチャーズと金熊童子の戦いを見守っているだけだ。

「おやおや、皓月童子さんにはちょぉ〜っと刺激の強すぎる映像でしたか?」

アスタロトが半狐面の下でニヤニヤと厭な笑みを浮かべる。

「貴方がたは、酒呑童子を蘇らせるために戦っているのではなかったのですか。千年の時を経て、ふたたび皆が集うために」
「それなのに。仲間うちで殺し合ってしまっては、なんの意味もない……!同胞が同胞を殺すなどと!」

「同胞だから殺すのよ」

「……はっ?」

静かに口を開いた茨木の言葉に、皓月童子が気色ばむ。

「同族だから、仲間だから殺す。目的のために。酒呑復活の礎に、虎熊には死んでもらわなくちゃならなかった」

「ホントは祈ちゃんたちが虎熊さんを仕留めてくれればよかったんですけどねえ!ま、それは難しいって分かってましたし!」

「……どうして……そんな……」

虎熊童子が死ぬのは計画のうち。そう茨木童子が告げ、アスタロトが茶化すように補足する。皓月童子は目を見開いた。

「虎熊だけじゃねえ。金熊にも、星熊にも死んでもらう。そうすることで、やっと酒呑復活の下地が整う」
「そして――金熊も星熊もそれを望んでる。願いのために犠牲になることを。くたばる覚悟なんざ、とっくにできてるのさ」

「あ、でも皓月さんはご心配なく!アナタは鬼じゃないですから、別に死ななくてもいいですよ!お仕事さえしてくれればね!」

「なぜ……、なぜです!茨木童子……!」

「あぁ?」

「仲間とは、苦楽を共にするもの。互いに助け合い、信じ合い、守り合うもの……!そうではないのですか!?」

「苦楽を共にしてるから。助け合い、信じ合い、守り合うからこそ――オレは奴らに死ねと言った」

「……!!」

皓月童子には、茨木童子の言っていることが理解できない。
なぜなら、皓月童子にとって仲間とは自らの一命を擲ってでも守り抜くべきものであり、手に掛けるものではないからである。
まして、助け合い信じ合っているからこそ殺すなどと、彼女の常識の範疇にはない。まさに狂気の沙汰であろう。
だが、茨木は動揺する皓月童子を一瞥すると、淡々と言葉を紡ぐ。

「わからねえのか。まぁいい、鬼の道理を鬼以外に理解してもらう必要はねえ。ともかく、これがオレ達のやり方だ」

「そのようなこと、断じて――」

「認めねえか?いいぜ。なら出ていけばいい、ブリーチャーズどもにつけばいい。オレは止めねえ」

腕組みし、茨城童子はモニターから目を離さぬままに言った。

91那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI:2018/12/23(日) 00:05:48
「まっ、ボクとしても計画の根幹に皓月さんは入ってませんから、寝返られてもそんな痛手ではないんですけど……」
「でも――それじゃ、アナタが手に入れたいと思っている『答え』も。きっと手に入りませんよ?皓月さん」

くくっ、とアスタロトが目を細めて嗤う。

「……三尾……」

「アナタは今の自分の境遇に納得ができなくて、こっちに来たのでしょう?」
「彼らの言う『仲間』の定義と、自分の考える『仲間』の定義――それにどうしようもない齟齬を見つけてしまったから」
「だからこそ、彼らと袂を別った……ボクのようにね。そうじゃないんですか?」

「……く……」

皓月童子は俯き、唇を噛みしめた。

「アナタはやはり王。猛々しい女王なのです。決して誰かの後塵を拝するような存在じゃない」
「そして――ひとつの部族に、王は二人いらない。今現在王を名乗る者が不甲斐ないのなら……喰い殺してしまえばいい」
「彼が先代の王の喉笛に喰らいつき、その力を奪ったときのようにね……ウフフ!」

アスタロトが煽るように、饒舌に告げる。
その言葉に対し、皓月童子は何も言わない。ただ、拳を強く握るだけだ。

「たったひとりで熊童子さんを手もなく斃した皓月童子さんです。彼など敵ではないでしょう」
「さあ……ご自身の血に従いなさい。弱肉強食!それが獣の掟……ってヤツでしょ?アナタはそのためにここにいるのだから」

「わたし……は……」

「いつまで無駄話をしてやがる、出ていくなら出ていけ。オレたちにゃ、いやオレには――無駄話に付き合う余裕なんてねえんだ」

揺さぶりをかけるアスタロトと、それに心を動かされる皓月童子。
そんなふたりのやりとりに苛立ったように、茨木童子が口を開く。
茨木童子の鋭い視線に晒された皓月童子はしばらく無言でいたが、右手を胸元に添え、こく、と一度息を呑むと、

「……ここにいます」

そう、決意を湛えた眼差しで答えた。
ほんの僅かに、茨木童子が口角を歪めて嗤う。

「そうかい。なら働いてもらうぜ……テメエは今や酒呑の四天王。酒呑のために働くのが筋ってもんだ」

「……ええ」

皓月童子は頷いた。

「じゃ、金熊さんの次は皓月さんが行きます?」

「いや。金熊の次は星熊だ、そういう手筈だったろう。それは変えねえ……それに」

「それに?」

アスタロトが聞き返す。茨木童子は益々笑みを深くし、

「真打ってヤツはよ。大トリに控えてるもんだろう?ええ?」

そんなことを言った。

92尾弐 黒雄 ◆pNqNUIlvYE:2018/12/30(日) 20:14:09

>「――なーんてね。今だポチ君!」
>「ゲハハ……ゲハハハ、ゲァ――――ッハッハッハ!!
>転んだな?転びやがったな?散々好き放題言ってくれた礼をしてやる……。
>暗くて狭い場所が嫌いなんだって?だったらその首捩じ切って、この腹ん中に収めてやるよ!」
>「“どっこいしょ”。落ち着けよポチ。もう――終わってる」

ノエルが油断を誘い、ポチが隙を作り、祈が沈める。
別々の力を持ち、別々の種族であり、別々の思想を持つ者達……そうであるというのに、三人の連携は鮮やかなものであった。
まるで一個の妖怪であるかの様な戦術は、無敵と言える力を手にする虎熊童子の戦力を確実に刈り取る。
偶然では無く、積み重ねてきた戦歴と潜り抜けた修羅場が成し得た業。
その戦闘を観た尾弐は、小さく安堵の息を吐く。
勝利するであろう事は信じていたが、それでも仲間が危険に晒される光景は緊張を強いられる様だ。

>「ほお。一人くらいは死ぬかと思っていたが、無傷で切り抜けるとは。首府鎮護の精鋭妖怪という肩書は伊達ではないと見える」
>「温羅が警戒するもむべなるかな。まったく、因果な仕事を押し付けてくれるものだ」

「――――。」

だが……安堵をしたからといって、天邪鬼を名乗る者の呟きを聞き逃す程の油断はしていない。
わざと聞かせたのか、或いは思わず零れ落ちたのかは与り知らないが、彼の者の言葉は確かに尾弐の耳に届いていた。

(仮にこのボウズが温羅の手の者だとしたら……迂闊に殺して終わりに出来ねェって訳か)

尾弐は内心で舌打ちをする。
天邪鬼がその言葉の通り、温羅の手の者かどうかは判らない。
だが、その可能性があるという事自体が問題だった。
もしも天邪鬼が温羅の手の者であった場合、其れを仕留めてしまえば……温羅が状況に介入する大義名分を与えてしまう。
そうなれば、尾弐の計画も含めて全ての状況が破綻してしまう。
かといって、現状では真実を確認するすべも無い。相手は天邪鬼を名乗る者。直接聞きだす――――など論外だ。

>「見事だ、東京ブリーチャーズ。褒めてやろう。しかし、これはまだ鬼帝国のほんのとば口。試練はこれからよ」
>「今夜中にあと四鬼。いや五鬼か?残らず仕留めて帰らねばならん。襟元を正せよ」

複雑さを増す状況に若干の頭痛を感じつつ、尾弐は一度息を吐くと東京ブリーチャーズの面々に声を掛ける。

「良くやってくれた、手ぇ貸せなくて悪かったな。ノエルは……いや、今は乃恵瑠か? 無茶してたみてぇだが怪我してねぇか?」
「ポチ助は良く隙を作ってくれた。あんがとな。相変わらず見事な戦闘勘だったがな……ちっとばかし鬼気迫り過ぎだぜ。女を迎えに行くんだ。男なら、無理にでも笑いながら助けに行ってやんな」
「祈の嬢ちゃんは、見事な戦術だったな。トドメを刺さない辺りは相変わらず甘いが――ま、それが嬢ちゃんのポリシーだ。オジサンは目ぇ瞑っとくさ」

噛みしめるように、それぞれに言葉を掛けていく尾弐。
その言葉に、戦闘や戦術に関する苦言は殆どない。それは、一同が尾弐の言葉など不用な程に強くなった事の証明。
故に尾弐は、感想を言葉として残す。役に立たなくても、記憶に残らなくても……それが彼らのこれからに少しでも役立つようにと、そう願って。

「……今回、首謀者をとっちめる為に俺は力を温存しておきてぇ。だから、ここから暫くはお前さん達に頼りきりになっちまうと思う。
 代わりに、この事件は必ず解決する。そう約束するから……どうか、この後も力を貸してくれ」

柄じゃないと思いつつも、最後にそう言って頭を下げると、尾弐は非常階段へと歩を進める。

93尾弐 黒雄 ◆pNqNUIlvYE:2018/12/30(日) 20:14:38
>「なぁんだぁ、おめえらぁ。オ、オデ、まだメシの最中だぞォ」

観音開きの扉が開くと、先ず先に鼻孔に食い物の臭いが流れ込む。
肉、油、香辛料、果物
流れ込む臭いは多岐に渡る節操のないもので、訪れた尾弐は僅かに眉を潜める。
そして、その臭いの根源を目で追えば、そこには一匹の鬼の姿。

(――――金熊童子、か)

赤銅色の肌を持つ、巨漢。粗雑に詰まれた食料を無尽蔵に胃へと流し込むその鬼は、名を金熊童子。
酒呑童子が配下にして、最速の鬼。
来訪者の存在に気が付いたのだろう、金熊童子は食事の手を止め――――その視線はやはり尾弐を捕えた。

>「おぉ……おがじらぁ!やっば、おがじらだぁ……。戻ってぎでぐれだんだな、おがじらぁ……!」
>「おがじら、オ、オデ、おがじらに会いだがっだ……!首塚の中で、ずっどオデ、寂じがっだ……!」
>「で、でも、おがじらは戻っでぎでぐれだ……。ぜ、1000年前の約束どおりだぁ……」

「……約束だと?」

そこでも向けられる、無条件の親愛の感情。
向けられるソレに虎熊童子の時と同様に不快さを露わにする尾弐であったが……その言葉の中に有った『約束』という言葉に疑問符を抱く。
尾弐黒雄は……酒呑童子と悪鬼達の関係は知っている。彼らの顔も、性格も、知識として記録している。
だが……交わされた約束とやらについては、知識がなかった。
それは、酒呑童子と尾弐が、同一存在ではあるが、同一人物ではない事による齟齬。
故に、問いただす為に口を開こうとするが

>「……ま……、待てェェ……!」

背後から聞こえてきた声――――先程倒した筈の、虎熊童子の声によって質問は中断される。

>「まだ……まだ、己は負けてねェ……!負けるワケにゃ……いかねェんだ……!カシラの……ために……!」
>「どっちかが死にもしねェ戦いが……戦いと言えるかよ……!勝負しろォォ……東京ブリーチャーズ……!」

「チッ、あのダメージで動くかよ……これだから鬼って奴は」

警戒の色を見せる尾弐。
前門の金熊童子、後門の虎熊童子。
虎熊童子はダメージが大きいとはいえ、如何な東京ブリーチャーズとて2体の鬼を相手にするのは分が悪い。
故に、自身が手を出すかどうか逡巡していたが

>「戦いでぇぎもぢは分がるげんど、おめの出番はもうねぇぞぉ。ここはオデの塒だぁ、オデが戦う番だからなぁ」
>「……そうかよ……そうだったなぁ……。じゃあ、手はず通りに頼む……。副頭の指示通りに――」
>「おぉ」

結局、尾弐の出番が訪れる事は無かった。
何故ならば――――金熊童子が、その鉄球で虎熊童子を殴殺したからである。
とっさに祈とノエル、ポチの前に立ち塞がり、飛散した血と肉片をその身で受ける尾弐。
行動こそ冷静であったが、その内心は動揺を隠せない。

「鬼と人間は思考の基本が違うが……負けたら死ぬなんて潔い主義じゃねぇだろうが。連中、何を考えてやがる」

昔話に聞く様に、鬼は力を至上とする傾向がある。
だが、人の知恵に敗れた鬼が逃げる物語も数多く、戦いに負ければ死ぬような種族では無い筈だ。
口元に付いた血を拭いつつ、その目的を思考するが考えが纏まらない――――頭痛がする。
そんな尾弐の混乱を尻目に、天邪鬼が口を開く。

94尾弐 黒雄 ◆pNqNUIlvYE:2018/12/30(日) 20:22:27
>「奴を単なるウドの大木と思うな。速度においては、奴に比肩する四天王はいない」
>「巨体から繰り出される一撃必殺の攻撃と、不可視の速度が同居している。力押しでは勝てまい」
>「だが、同時にそれが奴の弱点でもある。その堆く積まれた食い物を見てもわかる通り――奴は『燃費が悪い』のだ」
>「言うまでもないことだが、貴様は今回も動くなよ。クソ坊主」

「……うるせぇぞ。指の二、三本噛み千切ってやろうか」

その余りに淡々とした態度を前にして、尾弐は悪態を吐きつつも平静さを取り戻す。
――――そして、再び戦闘が始まる。

激戦と言っても良い、戦い。
それに参加できない苛立ちに歯噛みしつつ、立ち尽くす尾弐。
……と、そんな彼に天邪鬼が声を掛ける。

>「戦うよりも、考えろ。――なぜ、貴様は奴らを。鬼どもを忌避する?憎悪する?その理由を」
>「酒呑童子はなぜ鬼に変じた?なぜ奴らを従えた?なぜ、徒党を組んで大江山に居を構えたと思う?そもそも……」
>「『奴らは真に、一片の酌量さえ赦されない外道の集まりなのか』――?」
>「梁山泊にも、山塞を構えた理由がある。物事とは万事、善と悪。陰と陽……などと気軽に分けられるものではない」
>「貴様の主はそうやって万象を区別したがっているようだがな。しかし、彼奴はともかく……だ」
>「もし貴様までもがそんな偏見に凝り固まっているのなら……貴様は当分、その身に宿した業から逃れられまいよ」

その問いは、尾弐黒雄という悪鬼の根幹に迫る物であった。
何故、妖壊を……悪鬼を憎むのか。
何故、酒呑童子は鬼にならなくてはならなかったのか。
何故、悪鬼を従え、大江山に居を構えたのか。
何故、何故――――酌量さえもゆるされぬと断ずるのか。

一つ一つ。まるで否定して欲しいとでも言うかの様な数多の問いを受けた尾弐。
そして、天邪鬼がフンと鼻を鳴らし言葉を言い切った直後であった。

「おい――――戯言はそれだけか、木端」

風を纏い放たれた尾弐の拳が、天邪鬼の顔の横を通り過ぎる。
悪鬼に相応しい力が込められた拳は、天邪鬼の背後の壁を大きく揺らした。

「悪鬼共が神輿として担ぎ上げなけりゃあ、酒呑童子は殺されずに済んだ。妖壊なんてモンがそもそもいなけりゃあ、どこか遠くで生きていけた」
「そも、世界を紡ぐ人間を殺すなんぞ、自身の存在それ自体を否定する忌むべき行為だ。言葉も表現も、全てが誰にも届かなくなる程の救われない罪業だ」
「そんな世界と相容れない悪行を成した存在は、どんな理由があろうと滅して然るべきだ。他人の幸福を永劫に奪っておいて、のうのうと生きようなど、許されようなど、まして救われようなど、烏滸がましいにも程がある」
「だから殺す。故に殺す。殺して殺して殺して、ただ一つの例外すらなく殺し尽くす。地獄の様な死を以って断罪とする」

尾弐が吐くその言葉は、如何にも過激な正義の代弁者然としている。
だが……東京ブリーチャーズに背を向け、天邪鬼に見せたその表情は正義とは程遠い。
憎悪だ。黒色としか表現できない、深く暗く燃えたぎる負の感情が其処には在った。

早い話、天邪鬼は尾弐の逆鱗に触れたのである。
東京ブリーチャーズの面々が相手であれば、尾弐もここまで負の感情を見せる事はなかっただろう。
理性と感情を緩衝剤として、苦笑しつつも言葉を返していたに違いない。
だが、『尾弐と関係のない天邪鬼という妖怪』に対してはその優しさは適用されない。

祈達と過ごした日々によって、以前と比べれば丸くなった尾弐ではあるが
……忘れてはいけない。彼は悪鬼なのだ。理性と感情によって蓋をしているが、その内に秘める本性は祟り神や妖壊に等しい。
理性の仮面を被り、かろうじで人間性を獲得している悪性の存在なのである。

そして、そんなむき出しの感情を向けられた天邪鬼であるが故に、気付く事が出来るものもある。
憎悪の言葉を吐きつつも……尾弐は、真実を言っていない。
尾弐が妖壊を憎んでいる事、酒呑童子を仲間に引き込んだ悪鬼達を嫌悪している事。それらは事実である。
だが、そもそも全ての発端である、『人間』に向ける感情を、尾弐は語っていない。
まるで、努めて考えない様にしてるかの様に――――。

「……この事件が解決すりゃあ、一事が万事解決する算段なんだ。余計な事を言って煽るんじゃねぇ」
「殺せなくとも、死んだ方がマシって苦痛を与える手段なんぞ幾らでもあるんだ。蟲みてぇに穴倉を這い蹲りたくなけりゃあ、言葉には気ぃ遣え」

やがて壁から拳を離すと、尾弐は大きくため息をついて、まるで実体験であるかの様に言葉を述べてから戦況の確認に戻るのであった。

95多甫 祈 ◆MJjxToab/g:2019/01/03(木) 20:05:14
>「見事だ、東京ブリーチャーズ。褒めてやろう。しかし、これはまだ鬼帝国のほんのとば口。試練はこれからよ」
>「今夜中にあと四鬼。いや五鬼か?残らず仕留めて帰らねばならん。襟元を正せよ」

 虎熊童子が倒れて戦闘が終了すると、天邪鬼はブリーチャーズの面々に聞こえるよう
そんな風に言い放って、また一人で勝手に歩き始めてしまった。

「……言われなくても分かってるっての」

 祈が不満げに呟く。天邪鬼自身は口を出すだけ、ということもそうだが、
天邪鬼がいつの間にかリーダーポジション(橘音のポジション)に収まっているっぽいことがなんとなく不満なのであった。
 とはいえ、四天王を一人倒しただけで浮かれていられないのは確かだろう。
四天王には虎熊童子の他に、星熊童子、金熊童子、熊童子がいる(そのうち一人は姿を見せていないが)。
茨木童子とアスタロトも控えていて、更にシロが敵側にいるという厄介な状況でもある。試練はこれからなのだ。
 やや不機嫌な祈や、ノエルとポチの前に尾弐がやってきて、

>「良くやってくれた、手ぇ貸せなくて悪かったな。ノエルは……いや、今は乃恵瑠か? 無茶してたみてぇだが怪我してねぇか?」
>「ポチ助は良く隙を作ってくれた。あんがとな。相変わらず見事な戦闘勘だったがな……ちっとばかし鬼気迫り過ぎだぜ。女を迎えに行くんだ。男なら、無理にでも笑いながら助けに行ってやんな」
>「祈の嬢ちゃんは、見事な戦術だったな。トドメを刺さない辺りは相変わらず甘いが――ま、それが嬢ちゃんのポリシーだ。オジサンは目ぇ瞑っとくさ」

 それぞれにこんな風に声を掛ける。

「? ……珍しーじゃん。褒めてくれるのなんて。でもありがと。やるようになったでしょ、あたしも」

 八尺様戦やそれ以前の戦いは、
どちらかと言えば尾弐のパワーやノエルの技に頼りっぱなしだったように祈は記憶している。
だが今となっては、ちゃんと仲間と連携して、決め手だってこなせる。
 戦いを見てそう褒めて貰えたのは、一人前と認めて貰えたようで素直に嬉しい祈だった。
尾弐の言葉に僅かな違和感を覚えつつも、先程まで不機嫌だったくせにもう笑って、得意げにそう話すのだった。

>「……今回、首謀者をとっちめる為に俺は力を温存しておきてぇ。だから、ここから暫くはお前さん達に頼りきりになっちまうと思う。
>代わりに、この事件は必ず解決する。そう約束するから……どうか、この後も力を貸してくれ」

 仲間たちの実力を認め、頼ることを決めて頭を下げる尾弐。
それに対して祈は自分の薄い胸をどんと叩いて、

「任せとけって尾弐のおっさん! あたしの力だったらいくらでも貸すぜ!」

 そんな風に請け負うのだった。


 先行する天邪鬼に一行が続き、置いて行かれないように祈も続く。
 歩きながら、スカイツリーの内部が通常とは違うことに祈は気付いた。
どうやらかつての姦姦蛇螺の体内のように異界化しており、内部構造は酔余酒重塔として作り変えられているようだった。
あちこちが変になっているだけでなく、エレベーターの反応もない。唯一の道は非常階段のみのようだった。

「階段上ってこいってか……」

 移動で地味に体力を奪おうとは、なかなかにセコイやり方だと祈は思った。
とはいえ時間もないし道がここしかないので、祈は黙って階段を上って行く。
 長い階段の終着点には、観音開きの大きな扉があった。
大男でも潜れそうなサイズの扉を見て、やはりここは鬼用に作り変えられた場所なのだろう、という感想を抱く祈。

>「開けろ」

 先行していた筈が、またしてもいつの間にか背後に回っている天邪鬼が命じてくる。
 仕方がないので祈が扉を開けると、
扉の奥には本来のスカイツリーにはない筈の、体育館ほどもある空間が広がっていた。

96多甫 祈 ◆MJjxToab/g:2019/01/03(木) 20:08:29
 空間の中央には、牛の丸焼きや人の頭ほどもある大きな饅頭、
相撲取りが使っていそうな大鍋に入った汁物など、料理が山のように積まれている。

「なにあれおいしそ……う?」

 祈がそう言って牛の丸焼きを指差すが、
それがひょいと赤い手に掴まれて料理の山の中心に消え、ぐちゃぐちゃという咀嚼音が響いた。
誰かが食べたのだ。
 更にその手はどんどん料理を引っ掴んでは、料理の山に潜む何者かの元へ運んでいく。
料理は不思議と次々に追加されて、なくなることはない。
 しかし、大鍋が退かされたことで、中央に居座る赤い手の持ち主の姿は見えた。
それは大木を思わせる太い足と、ぱんぱんに張った丸い腹が印象的な、肥満体の巨大な赤鬼だった。
傍らに大鉄球を置き、料理の山の中央で胡座をかいて、必死に料理を貪っている。

>「……ぅ?」
>「なぁんだぁ、おめえらぁ。オ、オデ、まだメシの最中だぞォ」

 そこでようやくブリーチャーズに気付いたらしいその赤鬼は、
眉をひそめてそんな風に抗議めいた声を上げた。
 この鬼は祈が記憶する限り、塔の頂上付近に見えた4つの影の内の1つであり、
茨木童子に従う四天王の一人である可能性が高い。
即ちここで戦う敵であるはず、なのだが。
その赤鬼は食事の最中だから邪魔するなと言いたげに料理の山に向き直り、
追加されていくひたすら料理を口に運んで咀嚼し、飲み込むことを繰り返すのみだった。

>「鬼の掟とはただ二つ。自らの望むことを成す、そして弱い者は強い者に従う――これだけだ」
>「鬼の手で作り上げられたこの塔を制覇しようと思うなら、力を示さねばならん。戦いは不可避だ、しっかりやれ」

 やる気を見せない赤鬼だが、天邪鬼はそんな風に祈達に囁く。
戦いは避けられないのだから、倒せと。

(つっても、食事の邪魔すんのもちょっと気が引けるよなー……)

 食事は大事だ。邪魔されるのは誰だって嫌だろう、と。
 嫌だのなんだのと言う前に、そもそも赤鬼はこちらをブリーチャーズ、
つまり敵だと認識していないまである。
そんな赤鬼が立ち上がるのも待たずに仕掛けるのは不意打ちであるし、
かといって時間は惜しい。このままでは東京の人々が危ないし、声でも掛けるべきかと祈が悩んでいると。
 赤鬼がはた、と。何かに気付いたように食事をやめてこちらを向いた。
そして、ニィーと人懐っこそうに笑って、

>「おぉ……おがじらぁ!やっば、おがじらだぁ……。戻ってぎでぐれだんだな、おがじらぁ……!」
>「おがじら、オ、オデ、おがじらに会いだがっだ……!首塚の中で、ずっどオデ、寂じがっだ……!」
>「で、でも、おがじらは戻っでぎでぐれだ……。ぜ、1000年前の約束どおりだぁ……」

 1000年前の約束の通りに頭が戻ってきたと喜ぶのだが、

>「……約束だと?」

 当の尾弐にはその約束に心当たりがないらしく、そんな風に問うた。
単純に忘れているのか、何らかの事故で記憶を失ったのか。
それとも酒呑童子と合体している(?)ために一部記憶がないのかだとか、詳しい事情は祈にはわからない。
 が、どちらかを考える間も、確かめる間もなく。

97多甫 祈 ◆MJjxToab/g:2019/01/03(木) 20:12:41
>「……ま……、待てェェ……!」

 ブリーチャーズが入ってきた扉。一行の背後からそんな声が響いてきた。
 祈が振り返ると、気絶していたはずの虎熊童子の姿がある。
扉を潜り、空間に侵入して来る虎熊童子。その額には金棒で自身を殴ってできた大きなたんこぶがあった。

>「まだ……まだ、己は負けてねェ……!負けるワケにゃ……いかねェんだ……!カシラの……ために……!」
>「どっちかが死にもしねェ戦いが……戦いと言えるかよ……!勝負しろォォ……東京ブリーチャーズ……!」

>「チッ、あのダメージで動くかよ……これだから鬼って奴は」

 尾弐が舌打ちする。祈も同様に苦い気持ちになった。
これで挟み撃ちの形になってしまった。
気絶していることに安心せず、せめて縛り上げておくべきだったのだろうという後悔が押し寄せてくる。
 しかし、よくよく観察すると虎熊童子は苦しげだ。
見た目には額にたんこぶしかないが、息も絶え絶え、そのダメージは深刻なようである。
 何故なら、虎熊童子はただ単に自身の頭を殴って気絶したのではない。
『金棒を持って無敵となった鬼が自分自身を攻撃したらどうなるか?』というある種の矛盾、
『そうあれかし』のエラーによって倒れたのだ。
そのダメージは恐らく全身に及んでいて、戦える状態にはないだろう。
武器である金棒を持ってくることすら忘れる程であるから、意識も朦朧としているかもしれない。
 なのに執念でここまで駆け上がってきた。
余程、酒呑童子のことが大事なのだろう、と祈には思えた。

>「……虎」

 そんな虎熊童子を見て何を想ったのか、天邪鬼がまるで愛称のような呼び方で
虎熊童子をそう呼んだのを、祈は聞いた。

>「カシラは……言ってくれたんだ……。乱暴者で誰とも分かり合えなかった己に……誰も彼もに邪魔者扱いされた己に……」
>「『おまえもこの世に在っていい』って……!己の居場所を作ってくれたんだ、仲間と……巡り合わせてくれたんだ……!」
>「そのカシラの恩に……己は……報いなくちゃいけねェんだ……!例え……死んでも……!」

 重たいであろう体を引きずるように、地響きに似た足音を響かせながら一歩また一歩と近づいてくる虎熊童子。
 祈には、その独白に滲む気持ちが分かる気がした。
 虎熊童子はきっと、祈に似ているのだ。
人を助けても妖怪を助けても、そのどちらにも疎まれて、どこにも居場所がなかった祈に。
手を差し伸べてくれた橘音や、仲間たちに恩を感じる祈に。

「虎熊童子……」

 酒呑童子の恩に報いる為に、酔余酒重塔の頂に酒呑童子を据えて、鬼の王国を再建する。
その目的の為に虎熊童子は、まさしく命を賭けるつもりでいるのだろう。
簡単には止まらないことは、仲間に似た気持ちを抱く祈だから分かる。
祈だって、仲間の為だと思ったら簡単には止まれない。
 だが茨木童子達の計画は、仲間達以外のことを見ていない。東京の生きる人々を蔑ろにする。
仲間を想う気持ちは痛いほど分かるが、だからといって通す訳にはいかなかった。
 祈もまた命を賭してでも虎熊童子を止める覚悟を決めた――、その時。

>「虎熊ぁ……おめえ、負げぢまっだのがぁ。日頃、自分が一番だぁなんで言っでだのに、不甲斐ねぇなぁ」
>「戦いでぇぎもぢは分がるげんど、おめの出番はもうねぇぞぉ。ここはオデの塒だぁ、オデが戦う番だからなぁ」

 豚の丸焼きにかじりつきながら、赤鬼が軽口を叩いた。
仲間に対する、イヤミのない言葉。それを聞いた虎熊童子は急に先程までの気迫を引っ込めて、

>「……そうかよ……そうだったなぁ……。じゃあ、手はず通りに頼む……。副頭の指示通りに――」

 そう言ってあっさりと、立ち止まってしまう。

>「おぉ」

 頷く赤鬼。そして、齧りかけの豚の丸焼きを一口で飲み込むと、大鉄球をむんずと掴み上げて。
瞬間。

――ドパァンッ!!!

 音が響いた。水の入った風船を勢いよく割ったような、大きな音。それは爆発音にも似ていた。
そして、飛び散る赤い肉片。血液。それを祈達の前に立ちふさがった尾弐が受け、防いだ。
 しかし祈は僅かに見た。あの赤鬼が、50メートルは離れたあの位置から放った大鉄球が恐ろしい速度で飛び、
虎熊童子の上半身に激突し、その全てを砕いて飛び散らせる様を。
 残された虎熊童子の下半身が、静かに両ひざから崩れ落ち、倒れた。

98多甫 祈 ◆MJjxToab/g:2019/01/03(木) 20:15:12
「なん、で……?」

 呆然と呟く祈の頭には無数の疑問が浮かぶ。
 何故、赤鬼は仲間を殺したのか?
何故、虎熊童子はあっさり殺されたのか?
 鬼とは負けたら死ななければならないという決まりがあるのか? 
瞬間的に殺したのは、せめて苦しまないようにという慈悲、介錯のようなものなのか?

>「鬼と人間は思考の基本が違うが……負けたら死ぬなんて潔い主義じゃねぇだろうが。連中、何を考えてやがる」

 だが、尾弐が言うにはこの行動は普通の鬼とは異なるものであるらしく、
これは彼ら特有の、特殊な事情によって引き起こされた行動のようである。
 手筈とは、副頭の指示とは何か。酒呑童子の復活につながる儀式めいた何かか。
だが、殺すほどのことか。祈には完全に理解できない。
 死んでしまえば終わりの筈で、いや、妖怪だから死はないのだろうか。
しかし儀式めいた何かならその魂や血肉を使う可能性だって――。
 いや、なんであれ、と。祈は別の事柄を考える。
今なら、もしかしたら祈と繋がる龍脈の力で助けられるのではないか、と。
姦姦蛇螺のように、別の存在として復活させられるのではないか。
だが、そんな風にぽんぽん誰かの生き死にを左右していいのか。運命や理を捻じ曲げていいのか。
この死は虎熊童子が望んだことだとすれば、祈がやろうとしていることはただのお節介でしかなく――。

>「見たな。奴の攻撃を」

 混乱する祈に、冷や水を浴びせるような冷静な声で、天邪鬼がそう言った。
祈は混乱する思考から引き戻される。

>「奴を単なるウドの大木と思うな。速度においては、奴に比肩する四天王はいない」
>「巨体から繰り出される一撃必殺の攻撃と、不可視の速度が同居している。力押しでは勝てまい」
>「だが、同時にそれが奴の弱点でもある。その堆く積まれた食い物を見てもわかる通り――奴は『燃費が悪い』のだ」

 続けて、あの赤鬼の攻略ヒントを、虎熊童子の時と同じように示す。
合成音声のような声は極めて冷静に祈には聞こえた。
 そして。

>「ブ、ブヒ……!虎熊のぶんまで、オデ、が……がんばるどぉ……!どうぎょうブリーヂャーズ!」
>「おめらは、ここでおっ死ね……!オデたぢのおがじらのだめに!」

 赤鬼が、猛然と向かってくる。
 ポチに向かって、ほぼノーモーションで放たれる大鉄球。
二度目であると言うのに、その攻撃は祈の動体視力をもってしてもほとんど不可視としか言えない速度であり、
攻撃の予兆を感じ、「来る」と思った時には大鉄球が既に放たれ、眼前に到達しているというレベルのものであった。
攻撃の予兆を敏感に察知して避けなければ、
先程の虎熊童子の上半身のように、粉みじんになってしまうのだろう。
 ポチは大鉄球をどうにか回避したようで、祈は胸をなでおろす。
なんであれ、全ては戦いを終えてからだ。理解できない戸惑いも、怒りも悲しみも。

(どうすればいいかは、後で考える――)

 祈は思考を切り替える。
赤鬼とブリーチャーズの戦いが始まった。

99多甫 祈 ◆MJjxToab/g:2019/01/03(木) 20:46:35
――ヒュボッ。

 隕石か流星かといった大鉄球が、祈の横を通り過ぎる度、そんな音を響かせた。
そして赤鬼が大鉄球に繋がる鎖を引くと、
数十メートル先に放った筈の大鉄球でさえすぐさま赤鬼の元へと戻って行く。
大鉄球を放った隙を狙う、なんてことはできそうになかった。
 そして。

「っく……!」

 赤鬼自体のスピードが速いことが厄介だった。
 どうにか接近した祈の蹴りを、赤鬼は易々と躱す。残像がまるで幻影の如く残った。
大木の幹のような足と肥満な体からは信じられない速度で赤鬼は動き、攻撃を避けた。
祈に匹敵するか上回る速度で動き回りながら、大鉄球の射出を繰り返すその様は、まるで移動砲台だった。
 再び射出された大鉄球を間一髪で祈が避けると、外れた大鉄球が床にめり込み、床材を吹き飛ばす。
大鉄球を回収し、

>「ブッフゥゥ……あぁ、めんどうぐぜぇ……!」

 と苛立つ赤鬼。
大鉄球の射出。移動速度。こちらの攻撃を容易く跳ね返す耐久力。
赤鬼はどれをとっても恐るべき敵であることは確かだ。
 まだブリーチャーズに致命的な被害は出ていないが、このままではジリ貧だろう。

>「ブフゥ……ブフフゥ……。ハラぁ……減っだぞぉ……!もっどぉ……喰いもん、持っでごぉぉい……!」

 しかし、『これ』だ。
 赤鬼はフロア中央の料理の山に近付き、
手で料理を乱暴に掴むと口の中に器ごと突っ込んでバリボリと咀嚼する。
 赤鬼はこのように、幾度か大鉄球を投擲した後には必ず食事を摂取していた。
『燃費が悪い』と天邪鬼が言っていた通り、
大鉄球をあの速度で投擲するには、食事によってカロリーを摂取する必要があるのだろう。
恐るべき敵ではあるが、そこには付け入る隙があった。

 きっとそれは『妖怪としての能力』の問題だ。
 ターボババアは『時速140キロ以上で走る能力がある』とされている妖怪であるから、
その孫である祈も妖力が続く限りその能力を発揮できる。
だが、あの赤鬼には『大鉄球を発射する能力がある』とされていないから、妖力はそこに使えない。
 しかし、赤鬼は五蓋でいうところの『貪欲』を司り、
もっともっと、と欲するものをいくらでも望む特性がある。
それが赤鬼のあの大食――『食べた物を瞬時にカロリーに変える消化力』として発現しているのだろう。
そして赤鬼はその能力と食事によって得たカロリーを、大鉄球を投擲するという攻撃手段に変えたのだ。
 己の特性を理解し、一撃必殺の攻撃手段にまで昇華させたことは驚嘆に値するが。
大鉄球を発射するにはカロリーを摂取しなければいけないということは、つまり――。

100多甫 祈 ◆MJjxToab/g:2019/01/03(木) 21:26:06
>「いつまで戯れているつもりだ?攻略法と助言は呉れてやったぞ、さっさと勝負を決めろ!」

 天邪鬼の声が響く。

「言われなくても……わかってらッ!!」

 赤鬼の目が他のブリーチャーズに向いた瞬間、
祈は片足を後方へ向け、フロア中央に向かってサッカー選手がシュートを放つような動作に入った。
風火輪のウィールが回転、炎を宿す。
祈が後方から前方へと足を伸ばし、前蹴りを放つと。
風火輪が纏った炎が祈の足から離れ、飛び。そして料理の山を燃やした。
 赤鬼が驚愕したような表情で脚を止める。
――つまり。エネルギー源となる料理を食べさせないようにすれば、赤鬼は自滅する。

「おらっ、あたしが相手だ! 来いよ赤鬼!」

 祈が赤鬼を挑発し、
料理を燃やされて憤慨する赤鬼はそれに乗り、祈へと次々に大鉄球を射出する。
祈はそれを死に物狂いで躱し続けた。
 赤鬼は、祈を相手にしていれば料理にありつけない。
そして、フロア中央に次々追加される料理の山に火は移り、尚燃え盛る。
中には汁物のように水分量が多く、燃えにくい料理も出てくるが、
祈を無視してその料理にありつこうとすれば、それすらも祈はより高温の炎で焼いて台無しにしようとする。
つまり、祈を排除しない限り、赤鬼はまともに食事にはありつけない。
 やがて、赤鬼の肥満体が少しずつ、痩せ始める。
移動速度も落ち、投げる大鉄球も最初と比べて威力がなくなっていった。

「御幸! あいつに攻撃頼んだ!」

 燃え盛る料理の山と金熊童子との間に立ちながら、祈は言った。
 こうして祈がエネルギー源の料理を押さえている以上、
金熊童子は弱っていくことこそあれ、強くなることはない。
だがより確実に勝つためには、金熊童子の攻撃を誘発して更にカロリーを消費させる必要があった。
 適任なのがノエルだった。
 ノエルの冷気による攻撃を警戒していたことから、金熊童子は寒さには弱いと考えられた。
移動速度がガタ落ちした金熊童子は、ノエルが攻撃を仕掛けようとすれば、十中八九それを迎え撃とうとするだろう。
つまり、更に消耗し、弱る。
ノエルは歴戦の強者であるから金熊童子の攻撃も上手くさばくであろうし、
当たりそうになっても不在の術が使えるようだからそれで避けられる。安心なのである。
 祈が料理を押さえ、ノエルが金熊童子を削り、ポチが倒す。
それが祈の、天邪鬼の出したヒントを元に考えた金熊童子攻略法であった。


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