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【伝奇】東京ブリーチャーズ・伍【TRPG】
1
:
那須野橘音
◆TIr/ZhnrYI
:2018/01/05(金) 18:07:39
201X年、人類は科学文明の爛熟期を迎えた。
宇宙開発を推進し、深海を調査し。
すべての妖怪やオカルトは科学で解き明かされたかのように見えた。
――だが、妖怪は死滅していなかった!
『2020年の東京オリンピック開催までに、東京に蔓延る《妖壊》を残らず漂白せよ』――
白面金毛九尾の狐より指令を受けた那須野橘音をリーダーとして結成された、妖壊漂白チーム“東京ブリーチャーズ”。
帝都制圧をもくろむ悪の組織“東京ドミネーターズ”との戦いに勝ち抜き、東京を守り抜くのだ!
ジャンル:現代伝奇ファンタジー
コンセプト:妖怪・神話・フォークロアごちゃ混ぜ質雑可TRPG
期間(目安):特になし
GM:あり
決定リール:他参加者様の行動を制限しない程度に可
○日ルール:4日程度(延長可、伸びる場合はご一報ください)
版権・越境:なし
敵役参加:なし(一般妖壊は参加者全員で操作、幹部はGMが担当します)
質雑投下:あり(避難所にて投下歓迎)
関連スレ
【伝奇】東京ブリーチャーズ【TRPG】
http://hayabusa6.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1480066401/
【伝奇】東京ブリーチャーズ・弐【TRPG】
http://hayabusa6.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1487419069/
【伝奇】東京ブリーチャーズ・参【TRPG】
http://mao.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1496836696/
【伝奇】東京ブリーチャーズ・肆【TRPG】
http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/otaku/17870/1508536097/
【東京ブリーチャーズ】那須野探偵事務所【避難所】
http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/otaku/17870/1512552861/
番外編投下用スレ
http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/otaku/17870/1509154933/
東京ブリーチャーズ@wiki
https://www65.atwiki.jp/tokyobleachers/
172
:
御幸 乃恵瑠
◆4fQkd8JTfc
:2018/03/28(水) 01:50:33
地下室での顛末を知らない深雪にはその経緯は分からないが、芦屋易子の参戦をきっかけに戦況は一気に有利に転じる。
手に持っていたミカエルの剣を牽制にオセに向かってダーツのように投げつけながら、ポチに言う。
「《獣(ベート)》よ――そやつは任せた!」
更に、ポチに氷雪の妖力を付与する。
これは通常は武器に対してするものだが、本体に直接付与というのは雪山の神にルーツを持つ深雪と山神の使いであるポチだからこそ出来る芸当だ。
そして、ヴァサゴ&シャクスの方に向き直り、尾弐に向かってこんなことを言い出す。
「こやつらをまとめて一刀両断にできる方法を思い付いた。こちらも奴らと同じ手法で対抗しようではないか」
そう言うや否や深雪は姿を消し、氷雪の風が尾弐の周囲で渦巻く。そして声だけが聞こえてくる。
《喜べ! 我を好きなようにする権利をやろう! 太刀でも錫杖でも――汝が望む姿になろうぞ》
深雪の思い付きとはシャクスがヴァサゴの武器と化しているのと同じように、自らが武器になることだった。
東京を氷漬けに出来るほどの大災害が凝縮された武器を、圧倒的な膂力を誇る鬼が振るえばいかほどのものか。
《このような試みは初めてだが優しくしなくて良いぞ! 壊れはせぬからな!》
……ただ一つ問題があるとすれば、尾弐にとってはとんだ罰ゲームであることだけだ。
173
:
ポチ
◆CDuTShoToA
:2018/03/29(木) 16:52:11
膨大な妖力が新たに一つ膨れ上がるのを感じて、ポチは地を蹴る脚に一層の力を込めた。
護摩の香りに紛れないほど濃い血のにおいもする。
勘違いであって欲しいとどれほど祈っても、そのにおいには嗅ぎ覚えがあった。祈の血のにおい。
ブリーチャーズの皆が、例えこの屋敷の結界の中でも苦戦するとは思っていなかった。
少なくとも祈がこれほど濃いにおいがするほど、出血させられるとは。
ミカエルだっていたはずなのにどうなっているのか。
絶え間なく湧いてくる疑問を首を振って、払い退ける。
そんな事をしている暇があるなら、一秒でも早く駆けつけなくては。
「みんな!大丈夫……」
戦場に辿り着いたポチが目にしたのは――
>「しかと御覧じろ――天魔七十一将が一翼、地獄の大総統たるこのオセの『権能』!」
邪悪な妖気に当てられて、獣の姿へと変貌させられていく陰陽師達。
ノエルによく似たにおいをした、しかし恐ろしいほどの妖力を振り撒く少女。
そして――全身を切り刻まれて、立つのもやっと、といった体の祈の姿。
全身の毛が、尾が逆立つのをポチは感じた。
>「ファファファファファファファファファ!!」
>「脆い!儚い!弱くて――小そうございますなァ!まったく!まったく!まったくまったくまったく!お話にもなりませぬ!」
>「いかがです?祈お嬢さま。いかに貴方がたが人間の善性に賭け、希望を拠り所にしてみたところで、所詮はこの程度!」
>「日本最強の呼び名も高い退魔府をしてこの有様!やはり、愛などというものは信ずるに足らぬ!妄想に等しきものなのですよ!」
>「やめろって……」
祈はまだ、諦めていないように見えた。
それこそが一番良くない事だと、ポチは即座に気づいた。
彼女があれほどの傷を負わされる相手。
腕にも、腹にも、大腿にも、首にも。
あらゆる急所に傷を受けているのに祈が死んでいないのは――彼女が善戦したが故ではない。
止めなくてはならない。祈が無謀な突貫に臨む前に。
あのオセと名乗った悪魔の不意を突くのだ。例え読まれていても自分が手傷を受ければ祈も冷静さを取り戻してくれるかもしれない。
ポチは地を蹴り飛びかかろうとして――しかし元陰陽師の獣達が、その行く手を阻んだ。
「っ、どけ!」
所詮はただの獣。ポチの敵にはなり得ない。
だが――彼らは元は人間だ。オセは元に戻す術はないと言っていたが、それが本当である確証はない。
確証がないからこそ――ポチは彼らを殺めてしまうのを躊躇った。躊躇わされた。
彼らを殴り、叩き伏せ――
>「絶望!破滅!絶望!破滅!絶望!破滅!」
>「これでお分かりになられたでしょう?お嬢さま――我ら天魔には、いかなる手段を以てしても勝てぬということが!」
>「どんなに努力しようとも!勇気を振り絞ろうとも!幽かな希望に縋りつこうとも――」
>「貴方さまがたは、絶望の真闇へと歩いてゆく他にないのです!何も……何も何も何も!ファファファファファファファ!」
>「言ってんだろーがぁあああああ!!」
そうして時間を浪費したが故に、ポチは祈に先んじる事が出来なかった。
祈の渾身の一撃は容易く躱され、逆に彼女が足蹴にされる。
>「さて……レクチャーはおしまいです。最後に両脚を断ち切って差し上げましょう、二度と反抗する気など起こさぬように!」
オセがサーベルを大上段に構える。
止めなくては。体ごと飛び込んで盾になってでも祈を助けなくては。
だがポチの前には続々と獣達が群がってくる。
今更彼らを殺してどけても、もう間に合わない。
「クソ……クソ!誰か!誰でもいいから!祈ちゃんを……」
最早叫ぶ事しか出来ないポチの目の前で、サーベルが振り下ろされる。
そして――
>「……な……、なに……?か、身体が……動かぬ……?」
「こ、これは……いったい……?」
オセの動きが、不意に止まった。
振り下ろしたサーベルも、その軌跡の半ばで止まっていた。
一体何が――その疑問の答えに、ポチはオセよりも早く辿り着いた。
もしかしたら。いや、きっと――
>「陰陽寮に施された結界は、日本妖怪に効果を発揮しても西洋妖怪には効きにくい――。ならば」
「西洋妖怪には西洋魔術を。簡単な話でしょう?尾瀬甚内」
彼女に違いない、と。
174
:
ポチ
◆CDuTShoToA
:2018/03/29(木) 16:52:52
>「芦屋……易子ォォ……!!」
ポチが振り返る。血にまみれた巫女装束を身に纏ったままの芦屋易子が、そこにいた。
>「わたくしに救われて欲しいと……そう言いましたね、豺狼の化生よ」
「ああ、ああ、言ったよ。結局僕らが救われちゃったみたいだけどね」
祈が助かった。芦屋易子もあの地下室から出てきてくれた――諦めずにいてくれた。
二重の安堵に、ポチの声が思わず弾んだ。
>「わたくしの心はいまだ暗中にあり、光の在処さえ見えませぬ。――けれど――」
「貴方たちの言葉を信ずることで、もしも救いが齎されるのならば。生き恥を晒す我が身に、何らかの意味を見出すことができるのなら――」
「力をお貸ししましょう。わたくしの罪の償いは、その後に」
「……ありがとう。本当に、ありがとう……約束は守るよ」
ポチが安倍晴陽と出会った場所――彼女ならば、きっと辿り着けるだろう。
無論、その生を手放さないままで。
ポチには彼女の術士としての実力は分からない。超一流である事は分かっても、具体的なところは何も分からない。
だがその執念――もう少し良い言い方をすれば熱意、それなら分かる。
場所さえ分かれば、彼女は絶対にそこに辿り着く。
だから後は――自分達が、仕事を果たすだけだ。
>「ぬ……ぐォ……!この程度の縛鎖結界ごとき……!」
「ゴォォォォォッ!!グルルガァァァァァッ!!!」
オセとヴァサゴが結界に抗おうとしている。
見る間に結界が色褪せていく。
入れられるのは精々、一撃。しかも陰陽寮を包む結界の中では万全の攻撃は繰り出せない。
仕留め切る事は出来ないだろう。
ならばせめて――全力をもって転ばせる。
西洋の悪魔は送り狼の性質など知らないだろう。
一度転ばせてしまえば、この結界の中でもマシな勝負が出来るはず。
ポチはそう考えつつ深く腰を落とす。渾身の力で飛びかかり、オセの足を刈る為に。
>「誰か忘れておるのではないかと……言っておるであろうが、愚か者……!」
しかし直後、オセを戒める結界が再び鮮やかに光り出した。
ミカエルが援護に加わったのだ。
>「……邸内の結界を解き、今生き残っている者全員で攻撃せい。破魔呪法の用意じゃ」
「お……陰陽頭代行、い、いずれを攻撃すれば……?」
「戯け!悪魔の方に決まっておる!妖物に手を貸すなど業腹だが、陰陽寮が西洋妖怪に負けたとあっては伯父御に顔向けできぬわ!」
「おっと……そりゃヤバい。巻き添えはごめんだ」
身動きの取れないオセに破魔術の嵐が押し寄せる。
巻き上がる土煙の向こう側で――オセがまだ立っているのがポチには感じ取れた。
だが確かに効いている。
>「《獣(ベート)》よ――そやつは任せた!」
「……こりゃどうも。ええと……なんて呼べばいいか分かんないけど」
ノエル――だった何者かから、氷雪の妖力がポチへと流れ込む。
「さて……もういいかい?待て、されるのもそろそろ限界なんだ」
瞬間、ポチが少年から、人狼の姿へと変化して――消えた。
激しい吹雪が渦となってオセを包む。
それを目眩ましとして――直後、彼の両足を強烈な足払いが叩き付けた。
オセがもんどりを打って倒れ込む。
その様を、ポチはすぐそばで見下ろしていた。
175
:
ポチ
◆CDuTShoToA
:2018/03/29(木) 16:56:14
「立てよ。よくも祈ちゃんを傷つけてくれたな」
氷雪の妖力が宿った両手で、額の毛並みを掻き上げる。
薄い氷を帯びた銀毛が王冠のように光った。
「同じ目に遭わせてやるよ」
その声音には冷酷な響きが、オセを見下す眼光には殺意が宿っていた。
「どうした?もしかしてまだ立てないのか?……だとしたら、実は大した事ないんだな、お前」
瞬間、オセが猛然たる勢いで跳ね起きた。
一人で三柱の悪魔に術を仕掛けている芦屋易子と、手負いのミカエル。
結界が張られてからもう大分時間が経っている。
既に拘束を解ける状態になっていたのだろう。そしてその上でそれを隠していた。
必殺の、逆転の一撃を叩き込めるその時まで。
全身の力で跳ね起きる勢いを乗せたサーベルの切っ先が、ポチの喉元へ迫る。
「……げははは。どうした?それだけかよ、猫面野郎」
その切っ先を、ポチの牙が受け止めていた。
転ばせた者を殺める送り狼の力、『獣(ベート)』の力と共に、ポチの肉体が膨張する。
敬愛する狼王の姿へと変貌していく。
ポチは突き出されたオセの右腕を掴み、引き寄せると――今度はその腕そのものに噛み付いた。
肉は容易く切り裂かれ、骨が砕ける音が響く。
「そう言えば……さっき、聞き捨てならない事を言っていたよな。
愛なんてただの妄想だって?……馬鹿言え。
本当にそう思ってるなら、わざわざお前達が踏みにじろうとするものかよ」
オセの足を踏みつけ、氷雪の妖力をもってその場に縫い付ける。
今度は左腕を掴んだ。
「愛はここにある。どこにでもある。どこにでもありすぎて……
たまにそれを忘れる事はあるかもしれないけど。決して妄想なんかじゃない」
ポチの生には、常に愛が付き纏ってきた。
同族への、自己への、偉大な王への、仲間への愛が。
この姿も怒りも、全て愛から生じたものだ。
だからこそオセの、戯言を否定せずにはいられなかった。
「なーにが、絶望、破滅だ。こんなものの……」
掴み上げたオセの左腕を万力のごとき咬筋力をもって噛み砕く。
それでも祈が受けた傷に比べればまだまだ全然足りない。
同じ目に遭わせてやろうと思えば、次は脚か。
だが――ポチはオセの左手を、打ち捨てるように手放した。
「……何が楽しいんだよ」
そして最早、抵抗の余力があるようには見えないオセに自らの爪と牙を見せつける。
「ここの人達にかけた術を解け。そうすれば……楽に殺してやる」
オセの変身がいかなる性質のものかポチには完璧には分からない。
だが推察する事は出来る。それは解除可能なものであるはずだと。
そうでなければオセは自分自身に変身を使う事が出来ない。
オセ自身の素性もポチには分からないが、態度から察するに高名な悪魔なのだろう。
変化の一つも出来ない事はないはずだ。
「断ったり、舐めた真似をしてみろよ。絶望、破滅……お前が嫌って言うまで、思い知らせてやる」
176
:
尾弐 黒雄
◆pNqNUIlvYE
:2018/04/01(日) 23:36:19
(当たる――――当たれっ!!!!)
この局面でヴァサゴを屠る事が叶わなければ、敗北する。尾弐はそう確信していた。
それは、環境に戦力、経験値。これら全ての要素の総合値で、現状の尾弐達は悪魔達に劣ってしまっているからだ。
勿論、能力の相性などにより短期的な場面でならば相手を上回れる事もあるだろう。
だが、強力な敵が複数居る場面においてソレではダメなのだ。
一瞬の勝利は、数多の敗北に塗りつぶされる。そんな勝利には意味が無い。
必要なのは刹那の必殺。
勝利では無い。絶命を成し、総合値での敗北を塗り替える行動結果。
故に、尾弐は機会を待った。
奇襲により敵の一角を崩す事を企てた。
そして……その機会は訪れる。
深雪。災厄の魔物――――ノエルが変じたであろう魔性。
説明を受けずとも、纏う肌に突き刺さるような妖気で判る。
あれは敵だ。尾弐の敵だ。人に仇名し命を奪う妖壊の類なのだと。
だが、それでも……今は、見逃した。
見知らぬ妖怪だと、傷付けぬ様に自分で自分を騙した。
それは、深雪の力が、この現状を打開する為に必要であると理解しているから。
情にほだされている訳では無いと自身に言い聞かせつつ、尾弐は深雪が作り出した隙を縫い、変化した指を振るう。
タイミングは完璧であった。
油断を突いた。慢心も作り出した。勝利を確信させた。
威力も、ヴァサゴを抉り切るに十分な威力を有していた……だが
>「…………!!!」
「ぐっ……」
いつだって願った事こそ叶わない。
尾弐の願いは……ヴァサゴの積み重ねた2000年に及ぶ戦闘経験により捻じ伏せられた。
武器たる尾を一つ。捨て身の策が生み出せた成果は上々で――――しかし、捻じ伏せられる運命である一瞬の勝利でしかなかった。
>「なんと……!日本妖怪の力を削ぐ陰陽寮の結界の中で、束ねた鋼よりも強靭なヴァサゴの尾を斬り飛ばすとは……!」
「……うるせぇよ。次は首だ」
オセは尾弐の攻撃に驚き警戒をしている様だが、もはやその驚きは無用のものと言えるだろう。
虚勢を張っているが……尾弐には今の攻撃をもう一度行う事は出来ない。
先にも述べた通り、尾弐が出したのは切り札なのだ。
気安く使用できるのであれば、これまでの強敵達との戦いの中で使用している。
日本妖怪の力を奪う結界の中で必殺に足る一撃を放つには、自身が結界の霊的な『格』を上回る必要が有った。
そして、それには日本の霊能者の天敵たる『世を乱す悪鬼』としての力を示す事が最も効率的であったから、尾弐はこの戦術を選んだのだ。
だが……その選択は、僅かに残されている指一本分の自身を、更に削る事を意味している。
反動により喉の奥から込み上げる血を無理矢理に飲み込み、溶けた鉛でも飲まされたかの様な臓腑の苦痛を味わいながらも、
尾弐は自身の弱体化を悟られぬよう、まさしく悪鬼の形相で迫り繰るヴァサゴの刃の如き爪を睨みつける。
身体は痺れ、回避は出来ない。それでも、隙あらば首を動かしヴァサゴを噛み殺してやろうと思念を燃やす。
177
:
尾弐 黒雄
◆pNqNUIlvYE
:2018/04/01(日) 23:36:53
>「何事じゃ!?……ヒッ、け、けけ化生!」
>「曲者!曲者じゃ!さては、こ奴らが陰陽頭さまを呪うておった下手人か!」
故に、次に響いてきた声は、ある意味では惨禍を招く絶望であり、ある意味では災禍を免れる福音であった。
驚愕の声と共に現れたのは明王連の術者達。
彼等は、呑気にもオセ達を見て驚き戸惑っている
……そう、呑気にもだ
結界に守られ、組織に守られ、派閥に守られ。
そんな環境の中で、自身が敵の標的になる可能性など考えてもいなかったのだろう。
>「邪魔だ! 死にたくなければ離れておれ――!」
「っ――――馬鹿野郎共!さっさとここから散れっ!!」
>「おお……、何たること!日ノ本鎮護の要たる陰陽寮に忌まわしき化生どもが……!」
>「あっ!あれ、お孫ちゃんじゃん!?え、え、ヤバくない?」
>「あのバケモノどもはなんだ!?あんな化生は日本にはおらぬぞ!?」
故に害意の矛先を向けられても、抵抗する事が出来なかった
深雪の忠告も尾弐の警告も聞き入れず、戦場の直中で戦闘を傍観していた彼らは、自身達の選択の結果をその身で味わう事となる。
>「しかと御覧じろ――天魔七十一将が一翼、地獄の大総統たるこのオセの『権能』!」
>「ファファファ……御気に召して頂けましたかな?変身こそ我が能力、我が特性なれば――」
オセが放った妖気の風を身に受けた明王連の者達は変容した。
牙が生え、体毛が全身を覆い、瞳は血走り――――成り果てたその姿は、紛う事無き獣であった。
物語に在る詩人になるという妄執に憑かれて虎へ変じた青年とも、目覚めと共に毒虫と化していた男とも違う。
理性なく肉を喰らうただの獣(ケダモノ)と化した彼らは、変貌を終えると即座に周囲の、同僚であった者達へと襲い掛かる。
>「元に戻そうなどとは思わぬ方が御宜しい。その者たちにとっては、変質した今の姿こそがまこと――戻す法はございませぬゆえ」
「……くっ」
血と骨の舞う地獄の中で、尾弐はオセを睨みつけながら痺れの残る腕を何とか動かし、飛びかかって来た虎を叩き付け昏倒させる。
深雪が一部の獣を冷気で仮死状態にさせるも、尚、獣による惨劇は止む事は無い。更に
>「ヒ……ヒィィッ!助けてくれえッ!」
>「いやああああああ!死にたくない!!」
ヴァサゴがシャクスを武器として、獣と化していない人々を、破砕する。
巨大な質量を叩き付け衝撃を操作し、まるで粘土細工を分解する様に、次々と人間を壊していく。
哄笑と共に行われるオセ達の行為は、それを見た者達に厭がおうにも理解させる。
つまるところ、奴らは……遊んでいるのだと。
>「小僧よ、我が相手を引き付けようぞ――そなたが隙を見て食らわせるのだ」
「……悪ぃ。期待してくれてる所すまねぇが、そいつぁちと無理だそうだ」
>「絶望!破滅!絶望!破滅!絶望!破滅!」
>「これでお分かりになられたでしょう?お嬢さま――我ら天魔には、いかなる手段を以てしても勝てぬということが!」
>「どんなに努力しようとも!勇気を振り絞ろうとも!幽かな希望に縋りつこうとも――」
>「貴方さまがたは、絶望の真闇へと歩いてゆく他にないのです!何も……何も何も何も!ファファファファファファファ!」
状況を打破しようにも、今の自身にはその力が無い。暴虐を前にして、尾弐は何もする事が出来なかった。
目の前で化生の手によって殺人が行われているというのに。
守ると言った少女が傷つけられているというのに、尾弐は何もする事が出来ない。
身体は未だ痺れが残り、歩みを進めようとしても、獣に阻まれ……それを振り払うだけで直ぐに膝を着いてしまう始末だ。
178
:
尾弐 黒雄
◆pNqNUIlvYE
:2018/04/01(日) 23:37:16
>「くそ、くそ、くそっ……!」
>「さて……レクチャーはおしまいです。最後に両脚を断ち切って差し上げましょう、二度と反抗する気など起こさぬように!」
>「クソ……クソ!誰か!誰でもいいから!祈ちゃんを……」
>「やめろおおおおおおおおおおおおお!!」
「逃げろ嬢ちゃん!這いつくばってでも、逃げろ!……ちいっ!デカい猫風情が纏わりつくんじゃねぇっ!!」
オセが祈へ向けて歩を進める。その歩を止めようにも、オセと尾弐の距離は余りに遠い。
人を殺める妖壊を滅殺するという己が信念も。少女の親と交わした誓いも。尾弐は守る事が出来ない。
遠い昔――――祈の両親が悪意の犠牲になる事を許容してしまった様に。
尾弐の力は、ここまで限界であった。
故に。
起死回生の一手は、尾弐以外の者によって行われる事となる。
>「陰陽寮に施された結界は、日本妖怪に効果を発揮しても西洋妖怪には効きにくい――。ならば」
>「西洋妖怪には西洋魔術を。簡単な話でしょう?尾瀬甚内」
悪魔達の動きを阻むように現れたのは、日の本で見られる術式とは様相の異なる六芒の結界。
そして、それを生み出した声の主は
>「芦屋……易子ォォ……!!」
芦屋易子。今回の事件の容疑者として尾弐が疑っていた人物が、其処に立っていた。
返り血であろうか。彼女の服は赤茶色に染まり、その顔には少なくない疲労の色が見て取れる。だが
>「貴方たちの言葉を信ずることで、もしも救いが齎されるのならば。生き恥を晒す我が身に、何らかの意味を見出すことができるのなら――」
>「力をお貸ししましょう。わたくしの罪の償いは、その後に」
ポチに向けて語られるその言葉には、決意の色が有った。
尾弐が以前に廊下で見た時に何とはなしに感じた、張りつめた様な空気は成りを潜め……言うなれば、毒気の抜けた様に見える。
芦屋易子の居場所へはポチと祈が向かい、その邂逅がどういう結末を迎えたのかを尾弐は知らない。
だが。例えどのような経緯を経たのであろうと、今、この場面で彼女が現れてくれたのは間違いなく救いであった。
>「誰か忘れておるのではないかと……言っておるであろうが、愚か者……!」
そして、小さな希望の灯は周囲を巻き込み、やがて明星の如く眩い光となる。
>「お……陰陽頭代行、い、いずれを攻撃すれば……?」
>「戯け!悪魔の方に決まっておる!妖物に手を貸すなど業腹だが、陰陽寮が西洋妖怪に負けたとあっては伯父御に顔向けできぬわ!」
ミカエルが。晴空が。芦屋易子の行動に引き摺られるようにして本領を見せる。
噛み合っていなかった歯車が、錆を落としながら動き出す。
晴空の指示により尾弐達の力を減衰する結界は解かれ、逆にオセ達には無数の術が降り注ぐ。
そして、そんな中でも尾弐は……彼等の奮戦を眺め見る事しか出来ないでいた。
>「立てよ。よくも祈ちゃんを傷つけてくれたな」
ポチは、怒気も露わにオセへと攻撃を仕掛けている
ならば、祈が立ち上がれない今、尾弐は暴れ回るヴァサゴ達を仕留めるべきなのであろうが。
(……ダメだ、結界が晴れても力が戻らねぇ……!)
未だその力は戻らず。身を削り放った一撃の代価は、尾弐の体を今尚蝕んでいた。
歩く事は出来る。腕を振るう事も叶うだろう。だが、単純な腕力だけでいえば、今の尾弐の力は常の1割にも満たない。
それでも、せめて倒れている祈の元へ向かおうとし――――その時であった。
179
:
尾弐 黒雄
◆pNqNUIlvYE
:2018/04/01(日) 23:37:49
>「こやつらをまとめて一刀両断にできる方法を思い付いた。こちらも奴らと同じ手法で対抗しようではないか」
「は……?おい、ノエ……じゃねぇ。別嬪さん、何を」
掛けられた深雪からの言葉。
突然の事に尾弐が疑問を述べかけ……だが言い切る前に、骨まで凍る様な冷たい風が吹き、深雪の姿が掻き消えた。
同時に、風の中から尾弐の耳に声が届く。
>《喜べ! 我を好きなようにする権利をやろう! 太刀でも錫杖でも――汝が望む姿になろうぞ》
>《このような試みは初めてだが優しくしなくて良いぞ! 壊れはせぬからな!》
尾弐の背中が冷気とは別の寒気でゾワリと粟立つ。
……が、現状が現状である。いつまでもそうしている訳にもいかない。
これはノエルじゃない。別人だ。知らない女妖怪だ。と自分に言い聞かせつつ尾弐は深呼吸してから口を開く。
「おいおい……なんつー無茶苦茶な力だよ。下手な祟り神より荒れ狂ってやがんじゃねぇか。
オジサンにこんな力使わせて、どうなっても知らねぇぞ」
そうして尾弐は、ヴァサゴの槍により肩を貫かれた事で血まみれになった腕を、深雪が変化した雪風に右腕を突き入れた。
刺すような冷気を感じつつイメージするのは、流れ込んで来る災厄の魔物の膨大な妖気に溶ける自身の血肉。
造形するのは尾弐が知る強さの具現。最も信頼し、最も慣れ親しんだ武器の造形。
「――――かしこみかしこみ申す。荒ぶりし雪妖よ。汝が力を我が身に降ろし、力を形と成さん事を、
我が『右腕』として顕現したまえと白す事を、聞こし食せと恐み恐みも白す」
本人の協力が有るとはいえ、深雪の災禍を成す程に膨大な力を、神に行う祝詞を真似た言葉を唱える事で鎮めながら
尾弐が手を雪風から引き抜くと、そこには――――巨大な『腕』が現出していた。
太さは二尺。長さは九尺もあろうかという、おどろおどろしい形をした巨大な腕。
血液が混じった様な薄赤色の氷によって出来たその腕は、災禍としての深雪の膨大な妖気と、尾弐の瘴気に近い邪悪な妖気が混ざり合い、
異様な存在感を放っている。
そして、その巨大な腕を引き摺るようにして、陰陽師たちの術式により足止めされているヴァサゴ達の元へ辿り着いた尾弐は、
一度大きく息を吐くと――――巨大な氷腕でシャクスを掴み、まるでクルミを割るかの様に地面へと叩き付けた。
「女の手ェ借りてイキがるのが恥ずかしいのは判ってんだが、それでも今回は手加減なしでやらせて貰うぜ」
語り口は淡々としていて、まるで日常の尾弐の様であるが……悪魔達を見るその瞳は底すら見えない憎悪に染まっていた。
信念として持つ妖壊への敵意と、身内に手を出された事による憤怒。
簡単に言えば――――今の尾弐はキレていた。
「テメェらは祈の嬢ちゃんを泣かそうとしやがったんだ……愛だ正義だなんて、キレェなモンを相手にして終われると思うんじゃねぇぞ」
頑強な妖怪である尾弐の血が混ざった深雪の呪氷は、例えシャクスと言えど容易く砕ける物では無い。
更に、自身の妖気ではなく深雪の妖力を流用する事で、普段と同じレベルの腕力を行使する事が可能となっている。
尾弐は、シャクスが擦り潰れるまで地面に叩き付け、それを終えればヴァサゴの二つの頭を握り潰すつもりでいる。
一度氷腕で拘束してしまえば、物理的に抜け出す事は困難だ。
それこそ、力を貸している深雪が干渉するか、別の要素が現れ出ない限り、怒りのままに処刑は決行される事であろう。
180
:
那須野橘音
◆TIr/ZhnrYI
:2018/04/05(木) 18:26:03
「撃て撃てーい!西洋悪魔めら、生かしてこの屋敷うちから逃がすな!」
安倍晴空の号令一下、生き残った陰陽師たちが獣に変化した同胞たちを拘束術で縛り上げると同時、悪魔に雨霰と破魔術を叩き込む。
芦屋易子とミカエルの西洋結界で身動きの取れないオセたち三柱は、なすすべもなく陰陽師たちの術の洗礼を受けた。
日本妖怪をたちまち撃滅するだけの威力を持った渾身の術が炸裂し、濛々と土煙が上がる。
が。
「……フ……、ファファファ、ファファファファファ……!」
絶え間ない法術の嵐に晒されながら、オセは嗤った。
祈がほうほうのていでオセの足元から這い出したあとも、それは変わらない。
陰陽師たちが千数百年もの間練磨研鑚してきた法術も、紀元前から闘争を続けてきた悪魔にはほとんど効果がないということらしい。
「快楽(けらく)!まさに快楽……人間どもが蟲の如く足掻き、絶望と共に死んでゆく……これを至福と言わず、何と申しましょうや!」
「人の生とは泡沫の如きもの。愛もまた然り――無価値無意味なものでしかない!そんなものに縋るなど、溺水にて藁を得るが如し!」
「さあ、謹んで絶望されよ。貴公らの信ずるものの一切を、我ら天魔三柱が合切否定して進ぜよう程に!」
「ファファファ!さあ――阿鼻と叫喚の支度は宜しいか?」
ずしん、とオセが一歩を踏み出す。シャクスを構えたヴァサゴも、その巨体をゆっくりと前進させようとする。
だが、圧倒的な力を持つ悪魔たちの進行は、それで終わりだった。
>さて……もういいかい?待て、されるのもそろそろ限界なんだ
氷雪の能力を付与されたポチが、瞬時にオセへと肉薄する。
西洋の妖怪に、すねこすりのような妖怪はいない。
オセは『転ばせることでアドバンテージを得る』存在のことを知らなかった。よって、容易く足を取られた。
「ぬ……ぐ!?」
どう、とオセは転倒した。とはいえ、転倒そのものはダメージのうちにも入らない。
なぜ自分が転倒したのか驚きつつ、オセは自分を転ばせた相手――ポチを見上げた。
>立てよ。よくも祈ちゃんを傷つけてくれたな
>同じ目に遭わせてやるよ
>どうした?もしかしてまだ立てないのか?……だとしたら、実は大した事ないんだな、お前
「これは異なことを。ならば――斯様な手は如何ですか、な!」
ギリ、と豹頭の鋭い牙を噛みしめる。と、次の瞬間には散々に祈を嬲ったサーベルを横薙ぎにポチの首めがけて繰り出す。
転倒から復帰する勢いを利しての、凄まじいと言うしかない斬撃。人間はもとより、妖怪にも見切ることの困難な一撃がポチを襲う。
……しかし、効かない。
恐るべき一打を事もなげに受けとめたポチの肉体が、みるみる変容してゆく。
それはかつて欧州を、新大陸を震撼させた【獣(ベート)】。
ポチの妖気が爆発的な勢いで増幅されてゆく。
その驚異的な変化に、さすがのオセも目を見開いた。
ポチがオセのサーベルを持つ腕に噛みつき、まるで飴細工のように噛み砕く。
「ぎ……、ぎィィィヤアアアアアアア!!!」
鮮血を噴き出し、サーベルを取り落とした前腕がだらりと下がる。オセは絶叫した。
さすがに尋常でない気配を察知し、すぐにポチから離れようとするも、ポチはそれを許さない。
ポチがオセのブーツを踏みつけると、そこから地面にまで瞬く間に薄氷が出現し、パキパキと音を立てて二人を縫い留める。
>愛はここにある。どこにでもある。どこにでもありすぎて……
たまにそれを忘れる事はあるかもしれないけど。決して妄想なんかじゃない
「よ……、世迷言を……!」
オセの左手の先に、禍々しい妖気が宿る。――けれど、ポチは一切の反撃を許さない。
左腕が噛み砕かれる。両腕を封じられたオセは再度悶絶しながら、どっと倒れ込んだ。
そして――
「シャクス!ヴァサゴ!何をしている!こちらへ来い!この狗(いぬ)を殺せ!叩き潰せ――貴公らの力で!」
自分だけでは手に余ると判断したのか、引き攣った声で仲間を呼んだ。
181
:
那須野橘音
◆TIr/ZhnrYI
:2018/04/05(木) 18:30:54
「グロロロロロロォォォォォ―――――――――――――ン!!!」
ヴァサゴが吼える。
シャクスを打撃武器として装備したヴァサゴは巨体を使い、無差別に陰陽師たちを攻撃している。
オセが悲鳴のような声で呼ばわると、ヴァサゴは鎧を纏った兵士の顔をそちらへ向け、やがてワニの体躯をゆっくり転回させた。
三柱が合流すれば、それはきっと大きな脅威となることだろう――が。
>《喜べ! 我を好きなようにする権利をやろう! 太刀でも錫杖でも――汝が望む姿になろうぞ》
《このような試みは初めてだが優しくしなくて良いぞ! 壊れはせぬからな!》
>おいおい……なんつー無茶苦茶な力だよ。下手な祟り神より荒れ狂ってやがんじゃねぇか。
オジサンにこんな力使わせて、どうなっても知らねぇぞ
深雪が転じた凍気の渦の中へ、尾弐が右腕を突き入れる。
災厄の魔物たる雪の女王と、荒ぶる鬼神のコラボレーション――その果てに出現したのは、巨大な腕。
尾弐の身体に比べてアンバランスすぎるほどに巨大な右腕が、莫大な妖気を放つ。
「キョオオオオオオオオオオッ!!!」
シャクスが甲高い声をあげ、深雪の切断を免れた首から口々に超音波を放つ。
目標を定めることなどしない、当たるを幸いの盲撃ちだ。
地響きをたてながら、ヴァサゴは邪魔だとばかりに進路上にいる尾弐へ向けてシャクスを振り上げ――それを渾身の力で叩きつけた。
きっとヴァサゴとシャクスは遠い過去、オセの言う創世記戦争において、数多の天使をこの攻撃で屠ってきたのだろう。
当たれば一撃必殺、いかなる化生とて死を免れ得ない、まさに必滅の打撃。
その攻撃を、尾弐の巨腕はこともなげに受け止めると、無造作に地面へと受け流した。
「ケ……、ケカ……」
みしり。地面に激突したシャクスの本体である銀色の球体から、軋んだ音が鳴る。
>女の手ェ借りてイキがるのが恥ずかしいのは判ってんだが、それでも今回は手加減なしでやらせて貰うぜ
決して声を荒らげることのない、尾弐の怒り。
しかし、その憤怒の度合いはこの場にいる他の誰よりも深く、大きく、そして烈しい。
>テメェらは祈の嬢ちゃんを泣かそうとしやがったんだ……愛だ正義だなんて、キレェなモンを相手にして終われると思うんじゃねぇぞ
「カ、カカッ……キ、キ……ケケ……」
シャクスは首を伸び縮みさせ、羽根をバタバタと羽搏かせてもがいたが、尾弐の腕力が脱出を許さない。
シャクスを掴んでいるヴァサゴの力をも上回る、尾弐の筋力。それが幾度も幾度も機械的に、無慈悲にシャクスを地面に叩きつける。
ビッ!ビキッ!ビキキッ――
シャクスの本体に亀裂が入る。尾弐によって地面に激突させられるたび、ヒビが大きくなってゆく。
「ギ……ギャアアアアアアアアアア――――――――ッ!!!」
バギィンッ!
何十回地面に叩きつけられただろうか。やがて球体が粉々に砕け散ると、シャクスは断末魔の絶叫を上げ、ぴくりとも動かなくなった。
「グルルォォォォォォォォォォ!!!」
シャクスが沈黙すると同時に、ヴァサゴがワニの大顎を開いて尾弐を噛み殺そうとする。
しかし、同胞の仇討ちとばかりに繰り出されたその攻撃も、尾弐を傷つけるには至らない。
尾弐を噛み殺すために低くかがんだ姿勢が仇となり、ヴァサゴはあべこべに尾弐にワニの口を掴まれた。
そして――
「ギオオオオオォオォオォオォォオオォォォ!!!!」
グシャリ、と音を立て、ワニの長い吻部が握り潰される。鋼をも上回るはずの鱗に覆われた肉体が熟柿のように抉られ、血が噴き出る。
縫いつけられた双眸から涙のような血を流し、ヴァサゴは絶叫した。
それでもなお闘志は失われていないのか、前脚の爪を振り下ろそうとしたヴァサゴだったが、そんな最後の抵抗さえ尾弐には通じない。
鎧部分が慌てて手許に投擲槍を出現させるも、遅きに失している。
怒りと共に放たれる、尾弐の巨腕。
それに兜ごと頭部を圧壊させられると、巨躯の悪魔ヴァサゴは悲鳴を上げることさえできず、轟音を立てて横ざまに倒れた。
182
:
那須野橘音
◆TIr/ZhnrYI
:2018/04/05(木) 18:35:40
「……な……に……?」
深雪と尾弐の力を合わせた攻撃がシャクスとヴァサゴを葬り去るのを、オセは呆然とした面持ちで目撃した。
天魔七十一将は地獄を本拠とする魔物のエリート。比肩し得る者と言ったら、天上に巣食う天使くらいのもの。
そう、思っていた――なのに。
「こ……この凍気……!ス、『雪の女王(スニドロニンゲン)』……!?莫迦な、なぜこんな極東の島国に……」
「それに、あの男の妖気……我ら『悪魔(デヴィル)』とは似て非なる地獄に棲む……『鬼神(デモン)』ではないか……!」
オセは蒼褪めた顔で呟くと、恐る恐るポチの顔を見た。
そしてその漂わせる妖気の正体が何なのかを理解し、思わず悲鳴を上げる。
「ひ……ヒィィィッ!き、きき、貴公はもしや……『獣(ベート)』……!?ば、莫迦な……莫迦な、莫迦な、莫迦な!」
「『雪の女王』!『鬼神』!『獣』!」
「一体いれば、人間の大都市を跡形もなく滅ぼすことさえ造作ない『大妖怪(レジェンダリー・クラス)』が三体!」
「それがなぜ、こんな東アジアの一都市にいる!?い、いや、それよりも……なぜ!」
「なぜ、あんな非力な半妖の小娘の式神などやっているのだ!?理解できぬ……理解できぬ!」
「貴公らのような者がいるなど、参謀どのは一言も――!」
恐怖からか、オセが早口でまくし立てる。
「貴公らとて、我らと祖を同じくする西洋妖怪のはず――!なにゆえ我らの邪魔をする!?」
「『雪の女王』にとって、人間などは塵芥に等しきもの!嗤いながらすべてを氷雪に閉ざすがその権能!」
「人間どもを地獄で責め苛むが『鬼神』の本分!『獣』は人間を啖い、貪るための餌としか思っておらぬであろうに……」
「なにゆえ!そんな貴公らが人間を守ろうとする!?愛を肯定する!?貴公らは――」
「――いったい!何者なのだ……!?」
>ここの人達にかけた術を解け。そうすれば……楽に殺してやる
>断ったり、舐めた真似をしてみろよ。絶望、破滅……お前が嫌って言うまで、思い知らせてやる
「ヒッ!ヒ、ヒィィッ……」
人狼となったポチが爪と牙をちらつかせて凄むと、オセは地獄の大総統の肩書きに似つかわしくない声を上げ、尻餅をついた。
圧倒的力量差によって祈の心を折ったオセは、今度は同じ圧倒的力量差によってポチにその心をへし折られることになった。
ポチの脅しが本気だと理解すると、オセは噛み砕かれた右腕をやっとのことで持ち上げ、震えながら空中に印を描く。
それが、獣に変えられた人々を元に戻す術なのだろう。
しかし。
「おっ!ギリギリ間に合った感じかな?宴もたけなわってところですね、アハハ!」
不意に、横合いからそんな声が聞こえてきた。
そして発生する妖気。その妖気の特徴を、ノエル、ポチ、尾弐の三人はよく知っている。
それは紛れもなく見知ったもの。長い時間慣れ親しんだもの。
つい最近、彼らが喪ったもの――。
虚空に不気味な極彩色の穴が出現し、緩やかに渦を巻いている。
場違いなほどに陽気な声音と共にそこから現れたのは、ひとりの小柄な人影だった。
大正時代の学徒のような、古いデザインの学帽と学ラン。
肩に羽織ったマントに、切り揃えられた長い黒髪。
顔の上半分を覆い隠す狐面。
それは紛れもなく、東京ブリーチャーズのメンバーの一人。発起人にしてリーダー、作戦立案担当者。
那須野橘音。
「ふふ……お久しぶりです、皆さん。お元気そうで何より!と言っても10日くらいですか?あんまり離れてた気はしませんねえ!」
橘音はそう言うと、小首を傾げてにっこりと人懐っこい笑みを浮かべてみせた。
声も物腰も祈たちが知る橘音以外の何者でもないが、明らかに違う部分がある。
黒かった学帽と学ラン、マントは白くなっており、あべこべに白かった半狐面が真っ黒なものに変わっている。
総体、かつての橘音を反転させたかのような色味だった。
183
:
那須野橘音
◆TIr/ZhnrYI
:2018/04/05(木) 18:39:12
「参謀どの!」
そんな橘音の姿を見て、オセが蒼褪めていた顔色を一変させ喜色を湛える。
「まさか、参謀どのに直接お出まし頂けるとは!盟主どのの差配でございますな……?」
「オセさんたちが上手くやっているかどうか確認にね……。まずは目標達成ってところですか、さすがオセさん。すばらしい!」
「は、ははっ!御褒めに与り恐悦至極、さ、さりながら、この者ども……半妖を除いては全員大妖怪クラスの大物にて、不覚をば……」
「ま、それはしょうがないでしょ」
橘音は肩をすくめた。にべもない。
縋るように、オセが橘音へと這ってゆこうとする。
「参謀どの!わ、わたしに何卒御力を!参謀どのの御智慧にて、この者どもを皆殺しにする方途を御授け下さい!」
「……ふむ。彼らを皆殺しにする智慧、ですか」
「然り!この者どもら、我らが朋輩たるシャクスとヴァサゴを……!是が非でも我が手で仇討ちを!」
「ふむふむ。智慧……」
「――御智慧を!」
「智慧……」
「御知恵を!参謀どの!」
橘音はしばらく腕組みして考えるそぶりを見せていたが、ややあってオセを見下ろすと、
「そんなもの、あっりませぇ〜〜〜〜〜ん!」
と言って、おどけてベロベロバーをしてみせた。
「……な……、ぁ……!?」
オセは唖然とした。
「お忘れですか?ボクがお三方にお願いしたことはたったひとつ。『祈ちゃんを絶望させること』――つまり」
戦いに勝て、とは言っていない――。
「そして、その計は成った。お見事ですオセさん、地獄の大総統の名は伊達じゃない!彼も喜ぶでしょう、だから――」
「どうか安心してお帰り下さい!愛しの住処、地獄へね……彼へはボクが責任もって報告しておきますから!」
「そっ!そんな……!」
無情な退去通告にオセは絶望的な表情を浮かべ、救いを求めて橘音に折れた腕を伸ばした。
そんなオセの姿を、笑みを消した橘音が冷淡に見下ろす。
「みっともないですよ?オセさん。地獄の大総統なら、笑って死んだらどうです。シャクスさんとヴァサゴさんも待ってますよ」
「い、嫌だ……!地獄になど還りたくない!わたしはまだ現世にいたい、わたしは……わたしはァァァァ!」
「やれやれ……」
オセの懇願を無視して、橘音はマントの内側をまさぐると何かを取り出した。
それは、今にも尾を一打ちして泳ぎ出しそうな躍動感を持った、魚のオブジェ。
橘音がオブジェをほんの少し弄ると、それはたちまち巨大な洋式の門の形になった。
両開きの扉が大きく開け放たれ、中から無数の手が伸びてきてオセの身体を捕える。
「ヒ、ヒィィィッ!放せ!嫌だ!地獄になんて戻りたくない!御、御慈悲を!参謀どの!御慈悲をオオオ!!」
両腕を砕かれて抵抗できないオセを、幾多の手が門の内側へと引きずってゆく。
橘音は助けない。にこっと人懐っこい笑みを零し、黒い手袋に包んだ右手の指をヒラヒラと振って、
「お疲れさまでしたー♪」
と、言った。
「たす……、助けて……!わたしはこんなことのために……!お、おのれ『盟主』!やはり、あの男を奉じるなど間違って――!」
「嫌だ!嫌だいやだイヤダ……嫌だアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」
身分も矜持も、何もかもかなぐり捨てた、命乞いの絶叫。
地獄の大総統オセは門の内側に吸い込まれ、それきり二度と戻ってくることはなかった。
184
:
那須野橘音
◆TIr/ZhnrYI
:2018/04/05(木) 18:43:32
門の扉が閉まると、橘音はいつかのように手早くそれを魚のオブジェに戻し、マントの内側に仕舞った。
そして、木に凭れ掛かって眠っている祈を一瞥する。
「さて、皆さんもお疲れさまでした。今回の戦いも大変だったみたいですね?」
「ま……アナタたちが戦った三柱は天魔七十一将でも下の上あたり。あの程度の連中に負けることはないと思っていましたが……」
「でも。腐っても天魔、首尾よく目的だけは遂げてくれたようです」
そう言うと、橘音は口許に禍々しい笑みを浮かべた。
「400年の封印刑を喰らったはずなのに、ボクがどうしてここにいるのか分からない……といったお顔ですね」
「簡単な話です。ボクは助けてもらったんですよ……『彼』に。そして妖怪大統領に」
祈から視線を外し、橘音はノエル、ポチ、尾弐を順に見遣る。
「いや、レディベアに……と言った方がいいでしょうか?あちらの指揮を執っているのは彼女ですからね、アハハ!」
「封印刑を受けたボクは妖怪銀行の封印指定呪具保管庫に仕舞われていたのですが……それを『彼』が奪還してくれましてね」
「ボクを封印から解き放ったうえで、こう言ったのです」
「『昔のように、また一緒にやろう』ってね……!」
ゆる、と橘音は右手を胸元に添えて嗤う。
「ああ。皆さんには黙っていたんですが、実はボクは元々『こちら側』……西洋妖怪側の化生なんです」
「大昔、『彼』に一度喪った命を助けてもらった。そして……また。400年の封印刑から解放してもらった」
「受けた恩は、返さなければいけないでしょう?」
漆黒の半狐面の額に右手を添え、一度頷く。
「袂を分かってから数百年。二度と『こちら側』に戻ることはないと思っていましたが……いざ戻ってみると、存外心地いい」
「ということで、これから皆さんの敵に回らせて頂きますね。でも、こっちに来ると仰るなら大歓迎ですよ!どうですノエルさん?」
あくまで、橘音の口調は以前のまま。どこかおどけた、茶化すような話し方のままだ。
しかし、その根底には限りのない邪悪さがほの見える。
「今日のところはそのご報告、って感じでお邪魔してみました。あ、自己紹介がまだでしたね。こういうことはちゃんとしておかなくちゃ」
マントをバサリと翻すと、橘音は慇懃に会釈をした。
「ボクの名前はアスタロト。序列第29位、10の大軍団を統率する魔界の大公――」
「でも、皆さんは今まで通りの呼び方で呼んでくださって結構ですよ。『橘音ちゃん』……って」
黒い手袋に包んだ右手を口許に持ってゆき、クスクス嗤う。
「それにしても、皆さんの『愛』の力はすばらしい!さすが、今まで幾多の強敵を退けてきただけのことはありますね!」
「その、素敵な想い。慈しみ、尊び、共に歩んでゆこうとする気持ち――」
「……踏みにじって差し上げましょう。このアスタロト……いいえ。狐面探偵・那須野橘音の知略で」
橘音の全身から妖気が噴き出る。それは紛れもない橘音自身のものでありながら、仲間たちの感じたことのない真っ黒なもの。
出現したときと同じように、橘音の背後の空間に極彩色の穴が現れる。
「じゃ、今日はこのへんで!皆さんを陥れる、新しい策を考えなくちゃいけませんから!」
「あ、祈ちゃんにも伝えておいてください。ボクが『面白いのはこれからですよ』って言ってたって。チャオ!」
陽気にひらひら右手を振ると、橘音は穴の中に入っていった。と同時、穴が萎むように消えてゆく。
陰陽寮の人間たちと、何より祈の心に癒しがたい大きな傷痕を残し、戦闘は終了した。
185
:
那須野橘音
◆TIr/ZhnrYI
:2018/04/05(木) 18:51:06
日本明王連合の頂点、陰陽寮陰陽頭安倍晴朧を呪殺しようと目論んだ犯人は、陰陽寮内に潜伏していた尾瀬ら三名と判明した。
ミカエルの解呪の甲斐あって、一時危篤状態に陥った晴朧は順調に回復しつつある。
元々頑健な肉体と精神を持っていた晴朧である。戦いから数日が経った現在、自力で食事を取ることもできるようになったという。
戦いではシャクスとヴァサゴによって多数の死傷者が出たが、それでも陰陽寮としての機能はほぼ通常通りにまで復旧された。
オセの権能で獣に変身させられた者たちも、オセが地獄に引き込まれるとほどなくして元に戻った。
獣であったときの記憶は曖昧だというのが、せめてもの救いだろうか。
ミカエルは解呪が終わると、役目は果たしたとばかりにさっさと帰ってしまった。
『また、近く相まみえることもあろう』という言葉を残して。
陰陽寮の機能が回復すると、元東京ブリーチャーズの四名は再度安倍家の召喚を受けた。
SnowWhite前にやってきたリムジンに乗り込み、安倍邸に行くと、四人は山里宗玄の控えの間ではなく、大広間に通された。
賓客をもてなすための、豪奢な広間だ。下座には百名を超える陰陽寮の名だたる陰陽師たちが既に控えており、安倍晴空の姿もある。
四人が促されて上座に座ると、安倍晴空が苦虫を噛み潰したような表情で口を開いた。
「此度のことは、大儀であった」
「よもや、あの尾瀬らが伯父御の呪殺を企んでおったとは……。それに10数年も気付かなんだとは、いい恥さらしよ」
「そして何より……それをうぬら化生どもが看破し、あまつさえ撃破し。我らは指を銜えて見ておるしかなかったとは――!」
晴空は忌々しげに吐き捨てると、晴空はひとりの陰陽師に目配せした。
陰陽師が四人の前にそれぞれ一枚の小切手とペンを置いてゆく。
「好きな金額を書くがいい。そして、その金を持って帰れ。それで貸し借りは無しにして貰おう。無論、他言もまかりならん」
命を助けてもらったことの礼と、今回の戦いに関する一切の口止め料――ということらしい。
あくまで銭勘定でものを考えるのは、いかにも政治家向きの晴空という態度だったが、そんなとき廊下の方で声がした。
「晴空。我ら陰陽寮の崩壊を食い止めた恩人に対し、駄賃のみで手打ちにしようてか」
「……伯父御……!」
芦屋易子の押す車椅子に座った安倍晴朧が、ゆっくり大広間に入ってくる。
晴空以下、大広間にいる陰陽師たちが一斉に平伏する。
晴朧はノエルたち四人に正対すると、順繰りにその顔を見た。そして、険しかった目許を僅かに緩めて微笑む。
「……みな、善い顔をしておる。絶えて久しいと思うておったが……まだ、化生にもおぬしらのような面魂の者がおるのだな」
「我が手の者どもでは、敵わぬはずよ。陰陽寮も一から出直しの機会か……。この儂も含めてな」
しみじみとした様子で言うと、晴朧は易子に介添えされて車椅子から立ち上がり、その場に端坐した。
それから畳に両拳をつき、四人に向けて深々と頭を下げる。
安倍晴明の血を引く陰陽寮の頂点、日本のあらゆる退魔師たちの長が、妖怪にこうべを垂れたのだ。陰陽師たちは色めき立った。
「世話をかけた。おぬしらの働きに対しては、この安倍晴朧――どれほど感謝の言葉を尽くそうとも足らぬ」
「儂の命のことを申しておるのではない。この陰陽寮に巣食っておった病巣を、お主らは取り除いてくれた」
「尾瀬たちのことはむろん、退魔組織の頂に胡坐をかく我らの驕り。権力に、妄執に取り憑かれることの醜さ――」
晴朧の言葉に、後ろに控える晴空と易子がぴくり、と身を震わせる。
「それら、我らの宿痾をおぬしらは取り去ってくれたのだ。……この安倍晴朧、陰陽寮のすべての者に成り代わり礼を申す」
「この大恩、むろん金銭などでどうにかなる問題とは思ってなどおらぬ……が」
「おぬしらが何か行動したいと言うのであれば、今後。陰陽寮は最大限の協力をさせて貰う。何をするにも、後ろ盾は必要であろう」
そこまで言って、晴朧は顔を上げた。もう一度鋭い眼差しでポチたちを見据える。
「それから。無礼ながら我が陰陽寮の情報網を用い、おぬしらのことを調べさせてもらった。それで耳にしたのだが――」
「聞けば、おぬしらは妖怪裁判所の判決を受け、徒党を組むことを禁じられているとか。東京ブリーチャーズ……であったか」
「もし、おぬしらさえ善ければだが……おぬしらが従来通り活動できるよう、儂から五大妖に掛け合ってみようと思うが……」
「陰陽寮の要請とあらば、五大妖とて無碍にはできまい。いや、必ずおぬしらの望みに沿って見せよう」
「……それが、おぬしらより受けた恩に対する我らのせめてもの礼。何卒、受け取って頂きたい」
晴朧が再度、深く頭を下げる。易子が粛々と、晴空が仕方なさそうにそれに倣うと、他の百名余の陰陽師たちもノエルたちへ頭を下げた。
186
:
那須野橘音
◆TIr/ZhnrYI
:2018/04/05(木) 18:56:35
「……済まなんだな」
大広間での公式な面会が終わると、安倍晴朧は個人的な用事で祈を私室に招き、開口一番そう謝罪した。
「この世の名残に、そなたに会えと尾瀬に言われたのだ。言われるがまま、そなたに会ったが……酷いことを言ったな」
「呪詛に蝕まれていたとはいえ、年端もゆかぬそなたに祖父としてあるまじきことを申した」
「……いや。そなたが生まれて、一度たりと会おうともせなんだ儂が……今更祖父だなどと、どの面でも言えたものではないか」
車椅子に座った晴朧は太く真っ白な眉を下げ、困ったように笑った。
大柄で厳つい老人だが、笑った顔は意外にも優しい。
「怖かったのだ……晴陽の忘れ形見と顔を合わせるのが。そなたと顔を合わせることで、晴陽を思い出すのが」
「晴陽が儂の元を去ったときの悲しみを、晴陽が死んだと聞いたときの絶望を、もう一度味わうことになるかもしれぬと――」
「……儂は、それを恐れたのだ」
車椅子の肘掛けに置いていた手を伸ばすと、晴朧は祈の頬に触れようとした。
陰陽師として戦ってきた、その戦歴の凄まじさを物語る、傷痕だらけでごつごつした大きな手。
「だが……それは杞憂であったな。病の床で言った言葉は忘れてくれ、ああ……そなたは晴陽に生き写しだ。むろん颯どのにも」
「尾瀬には色々、思うところもあるが……ただひとつ。そなたと儂とを引き合わせてくれたという点だけは、感謝してもいいかもしれぬ」
「そなたと祖母どのには、長年苦労をかけた。しかし、もし。もしも……儂の身勝手が許されるのならば……」
「気が向いたら、また顔を見せに来てはくれぬか。儂の時間は、晴陽が死したあのときからずっと止まっておった」
「その時間を。儂は、これから……また動かしたいと思うのだ」
文字通り、憑きものが落ちたという様子の晴朧は、そう言って目を細めた。
「本来、巫女頭という地位にありながら西洋魔術に手を染めたわたくしは、追放処分が妥当なのですが――」
祈と晴朧が話している部屋の外で、芦屋易子がポチへ語りかける。ノエルと尾弐もきっとこの場にいるだろう。
「陰陽頭さまの格別のお計らいによって、西洋魔術から手を引くことを条件にお咎めはなしとなりました」
「あの部屋も、埋めます。もう二度と、誰も立ち入らぬよう――浅はかなわたくしの、十数年の妄執と共に」
ポチが約束通り晴陽と会った黄泉比良坂のことを教えようとすると、易子は微笑んで一度首を横に振る。
「もう、よいのです。古来よりどの神話を紐解いても、一度死した者とまみえようとして成功した試しはありませぬ」
「伊邪那岐男神をして成し遂げられなかったことを、只の人の身であるわたくしが成そうとした。それがそもそも誤りだったのです」
10年以上もの間、一心にそれだけを願っていたものが不可能だとわかったにも拘らず、易子の表情に絶望はない。
それどころか、晴れやかであるようにさえ見える。
「仲間を信じよと、晴陽さまは仰せになった……そうですね、豺狼の化生。いいえ、ポチどの」
「わたくしには、仲間などいないと思っていました。わたくしに理解者はおらず、また賛同者もおらず……常に孤独だと」
「……けれど。どうやら、それは間違いだったようです」
易子がそうポチに告げると、後方からドタドタと賑やかな足音が聞こえてくる。
ノエルが厨房で親しくなった、年若い巫女たちの足音だ。
「易子さま!」
「巫女頭さまーぁ!」
「あ!ワンちゃんとイケメン雪男!あとなんかヤクザっぽい鬼!」
「お孫さまの式神と、なに話してるんですかー?」
巫女たちがすぐに易子の周りを取り巻く。易子は微笑んだ。
「ふふ……、なんでもありませんよ。ただ、今後ともどうぞよしなに……と。そうご挨拶申し上げていただけです」
「陰陽頭さまとお孫さま、いい雰囲気でしたよ!」
「あたしたち陰陽寮と化生の者とがいい雰囲気なんて、なんかヘンな感じ」
「いやいや、でも、これからはそういう時代なのかもよ?そのためには、わたしたちも率先して化生と仲良くしなくっちゃ!」
「ってことでぇ!ノエルちゃん合コンしよ、合コン!イケメンの妖怪いっぱい紹介して〜!」
きゃいきゃいと騒ぐ巫女たち。こほん、と易子が咳払いをする。
怒られるとばかりに静かになった巫女たちを一度眺めると、易子はポチに顔を向けた。
「今になって、やっと。晴陽さまの仰ったことが分かりかけてきました」
「……仲間は、大切ですね」
易子はそう告げると、穏やかに笑った。
187
:
那須野橘音
◆TIr/ZhnrYI
:2018/04/05(木) 18:59:24
「……おや、お帰り。早かったネ」
「ええ、まあ。ちょっとした挨拶だけですからね、すぐですよ」
「連中、相当ビックリしてたんじゃないのかネ?クカカ……吾輩も見たかったなぁ、さぞかし滑稽だったろう!」
「うーん、そうでもなかったかな……。だって、一番リアクションが見たかった相手が眠っちゃってたんですもん」
「おや。それは残念」
「でもいいんです。言ったでしょ?今回は単なる挨拶。面白いのはこれからですよ」
「わかっているとも。こちらも今、それに向けて着々と準備を進めているところサ」
「『アレ』を目覚めさせれば、瞬く間に東京は滅ぶ。チマチマと帝都鎮護の要所を潰したり、祭神簿を焼くなんてまだるっこしいんですよ」
「クカカ!そこはそれ、ゲーム性っていうかネ!他人の苦しむ姿を見るのが、吾輩の楽しみなものだから!」
「ボクはそんな悪趣味じゃないんで、さっさとやっちゃいますよ。いいでしょ?」
「……まぁ、いいサ。キミをこっちに引き込んだ時点で、こうなることも織り込み済みだヨ」
「ならばよしです。じゃ、アナタは下準備の続きを。こんなところで油売ってるヒマなんてないですよね?」
「ハイハイ、わかったわかった!まったく、どっちが上でどっちが下か、わかったもんじゃないネ!」
「ふふ……。今はゆっくりお休みなさい、祈ちゃん……優しい仲間たちの愛に抱かれて」
「折れた心も、癒しなさい。けれど……一度折れてしまったものは、もう二度と元に戻ることはない」
「一見元通りになったように思えても、見えないヒビは残り続ける。細かな傷が消えることは決してない――!」
「……そして。あなたが再び立ち上がった、そのときに。もう一度心を折ってあげましょう、そして教えてあげます」
「『愛』など!大いなる絶望の前には、なんの価値さえもないということを!」
「フフフ……アハハハハハハッ!アッハハハハハハハハハハハッ!!!」
188
:
多甫 祈
◆MJjxToab/g
:2018/04/07(土) 22:59:20
悪魔三柱との激しい戦いから数日が経過した。
途中で戦線を離脱して意識を失っていた祈は、
その戦いの結末を病院のベッドの上で聞いた。
ポチが獣《ベート》の力でオセを、
ノエルと尾弐が協力し、巨大な鬼の手でシャクスとヴァサゴを倒し、
戦いは東京ブリーチャーズ側の勝利で終わったこと。
獣に変えられた人間達は元に戻り、
幸か不幸かその間の記憶は曖昧であること。
ミカエルは安倍晴朧に掛けられた呪いを解いたらすぐさま帰ってしまったが、
近い内また会うだろうと言っていたこと。
そして、呪殺を免れた安倍晴朧は――回復に向かいつつあること。
それら安倍邸での顛末を聞いた祈は、ほっとした様子で深く息を吐いた。
例の河童が院長を務める病院に入院している祈。
その体には腕やら首やら各所に包帯がグルグルに巻かれており、
折れていた右腕はギプスを嵌められ、首に回された布に吊られている。
上体を起こした祈は、
「ありがと。皆のお陰でなんとかなったみたいだね」
と、安倍邸での顛末を聞かせてくれた仲間にまず礼を言って、
左手で頬を掻きつつ、笑って見せた。
「やっぱ皆強いよなー。あたしなんて、全然尾瀬さんに敵わなかったもん。
つーか戦いの途中で寝ちゃってるし! ほんとごめんね!」
などと、明るく言う。
分かるものには、それが作られた笑みだと分かるだろう。
感覚の鋭い者や、祈と付き合いが深いものならば、
“仲間に心配掛けまいと努めて明るく振る舞っている”ということまで分かるかもしれない。
だが、「大丈夫か」、「無理していないか」など
心配するような言葉を掛けたとしても、
「え? 大丈夫だよ! 河童の軟膏で傷はもう治ってんだし。
これはばーちゃんが、一応女の子だから傷跡一つ残らないようにって、なんか大袈裟に包帯巻いたりしててさ。
ギプスだって、骨が変な治り方しないようにって念の為付けてるだけだから。心配しないで。へーきへーき!」
などと言って、今の祈は取り合わないだろう。
そして橘音が敵に回ったことに関しても、笑いながらこうコメントした。
「どーせそのアスタロトってのが、橘音に化けてんだって。
橘音が戻ってきてないのを良いことに、あたしらを騙して引っ掻き回そうとしてんだろ。
きさらぎ駅であたしら一回赤マントに騙されてんだから、気を付けなくちゃね」
笑って言うその言葉は、どこか、自分に言い聞かせているようでもあった。
仲間達が帰ろうとすると、「わざわざお見舞いきてくれてありがと。またね」等と言って、
ベッドの上からだが明るく見送ってくれることだろう。
189
:
多甫 祈
◆MJjxToab/g
:2018/04/07(土) 23:04:55
ギプスを嵌めた右腕を首から下げた布で吊った状態ではあるが、
傷が完全に塞がり包帯も取れた祈は、程なくして退院した。
そして陰陽寮が機能を取り戻した頃になると、
ブリーチャーズは再度、安倍邸へと向かうことになった。
SnowWhite前や自宅前などで待ち受けていたリムジンに乗せられて、
再び安倍邸へと連れていかれることになったのである。
どのような理由で呼んだのかは運転している陰陽師も詳しく知らないらしいが、
心なしかその陰陽師も、門を開けてくれた陰陽師達も、
前回屋敷を訪れた時ほど刺々しくも余所余所しくもなかった。
通された部屋もまた前回とは異なっており、
山里が使っていたような小さな部屋ではなく、宴会でも開けそうな大広間へと通された。
大広間には陰陽師達が多数控えていて、安倍晴空の姿もある。
祈達はどういうことか、大広間の上座の方へと案内された。
一応友好的なムードであるし、上座とはお客が座らされる席。それらから察するに、
少なくとも荒事で呼び付けられた訳ではなさそうだと、今更ながらに祈は安堵する。
かしこまった席のようなのでとりあえず正座する祈。
祈達が全員座り終えると、
揃った陰陽師達を代表してか、苦虫を噛み潰したような顔の安倍晴空が口を開いた。
>「此度のことは、大儀であった」
>「よもや、あの尾瀬らが伯父御の呪殺を企んでおったとは……。それに10数年も気付かなんだとは、いい恥さらしよ」
>「そして何より……それをうぬら化生どもが看破し、あまつさえ撃破し。我らは指を銜えて見ておるしかなかったとは――!」
その言葉で、少々意外なことだが、
どうやら今回のことを褒める為に呼んでくれたらしいことを祈は知った。
祈は「そんな事ないって。皆、攻撃したり頑張ってくれてたじゃん」と口を挟もうと思ったが、
安倍晴空はどうやら会話を求めていないらしく、こちらが言葉を挟む間もなく
他の陰陽師に目配せして、何かを持って来させた。
目配せされた陰陽師がブリーチャーズの各々の前に運んできたのは、一枚の紙きれとペンであり、
見慣れないその紙を目にした祈は
(領収書……?)
とか思っていた。見た目は似ている。だが左手で紙を拾い上げてよく見てみると、
上側には領収書ではなく小切手と書かれており、
>「好きな金額を書くがいい。そして、その金を持って帰れ。それで貸し借りは無しにして貰おう。無論、他言もまかりならん」
安倍晴空がそう言ったことでようやく祈もピンと来て、
(あっ。映画で見た事あるやつだ……。イヤミなお金持ちが渡したりするんだよな、こういうの)
などと、気が付いた。
そして同時に、明王連合の者達にとって妖怪とは、やはり受け入れ難い存在なのだろう、とも思った。
少々寂しいことではあるが、それも仕方のないことなのだろう。
彼らは退魔師。妖怪とは即ち彼らにとっての宿敵に他ならず、
先日にも悪魔と言う妖怪の亜種のようなものに仲間を何人も殺されているのだ。
一時的に共闘関係になったからと言って、心情的に祈達を受け入れられるかと言えば、そうでもないのだろう。
だからこそ、望み通りの金を渡すから二度と関わるなと、関わったことも言うなと、そんな言葉になるのだろう。
しかしそれは、彼らなりの精一杯の感謝の印なのかもしれず、
金の為にやったことではないからと無碍に突っぱねるのも、かといって受け取るのも心苦しい。
どうしたものかと祈が悩んでいると。
>「晴空。我ら陰陽寮の崩壊を食い止めた恩人に対し、駄賃のみで手打ちにしようてか」
と、廊下から老人の声が聞こえてきて、祈はそちらを向いた。
キィ、と、車輪が回る音がし、障子が開かれる。
入ってきたのは、芦屋易子が押す車椅子に乗った、安倍晴朧。
>「……伯父御……!」
「じーちゃん! 芦屋さんも!」
安倍晴空を始め、その姿を見た陰陽師の全てが平伏する。
安倍晴朧の乗った車椅子は芦屋易子に押されて、祈達の前にまでやってきた。
回復に向かってると聞いた通り、安倍晴朧の血色は良い。
それに芦屋易子の姿がここにあるということは、
西洋魔術で晴陽を蘇らせようとした罪などは軽く済んだということだ。
その表情も暗くはなく、祈は少しほっとする。
安倍晴朧はブリーチャーズを順に眺めていき、ふと、笑った。
190
:
多甫 祈
◆MJjxToab/g
:2018/04/07(土) 23:28:58
>「……みな、善い顔をしておる。絶えて久しいと思うておったが……まだ、化生にもおぬしらのような面魂の者がおるのだな」
>「我が手の者どもでは、敵わぬはずよ。陰陽寮も一から出直しの機会か……。この儂も含めてな」
そう言って、芦屋易子の手を借りて車椅子から降りると、安倍晴朧は畳の上に正座し、
そして両拳を畳につけると――深々と頭を下げてみせた。退魔師の宿敵たる、妖怪達に向けて。
「……じーちゃん……?」
>「世話をかけた。おぬしらの働きに対しては、この安倍晴朧――どれほど感謝の言葉を尽くそうとも足らぬ」
>「儂の命のことを申しておるのではない。この陰陽寮に巣食っておった病巣を、お主らは取り除いてくれた」
>「尾瀬たちのことはむろん、退魔組織の頂に胡坐をかく我らの驕り。権力に、妄執に取り憑かれることの醜さ――」
>「それら、我らの宿痾をおぬしらは取り去ってくれたのだ。……この安倍晴朧、陰陽寮のすべての者に成り代わり礼を申す」
それは日本明王連合のトップが見せる、奉謝にも似た感謝の姿勢だった。
立場ある人がやって良いものかと祈は心配になるが、
晴朧の言葉通り、今回の一件は悪魔を退治しただけに留まらず、実は組織内部に様々な影響を与えており、
それを実感する者もいるらしかった。
どよめく陰陽師達の声には動揺や否定だけでなく、その行動に納得するようなものも混じっている。
>「この大恩、むろん金銭などでどうにかなる問題とは思ってなどおらぬ……が」
>「おぬしらが何か行動したいと言うのであれば、今後。陰陽寮は最大限の協力をさせて貰う。何をするにも、後ろ盾は必要であろう」
そして今度提案されたものは、小切手などよりずっと良いものに祈には思えた。
何らかの行動を起こす際に大組織がバックについてくれているのは助かるが、それだけでない。
陰陽寮の協力が得られるということは、今後の戦いの支援も期待できるかもしれないのだ。
悪魔勢力が加わって激化が予想される『妖怪大統領』やドミネーターズとの戦い。
そこに明王連合が加わるのは非常に大きい。
芦屋易子の西洋魔術の知識もあるのだから、悪魔対策を得て、日本の守りはより強固にもなっていくだろう。
安倍晴朧が顔を上げ、
>「それから。無礼ながら我が陰陽寮の情報網を用い、おぬしらのことを調べさせてもらった。それで耳にしたのだが――」
>「聞けば、おぬしらは妖怪裁判所の判決を受け、徒党を組むことを禁じられているとか。東京ブリーチャーズ……であったか」
>「もし、おぬしらさえ善ければだが……おぬしらが従来通り活動できるよう、儂から五大妖に掛け合ってみようと思うが……」
>「陰陽寮の要請とあらば、五大妖とて無碍にはできまい。いや、必ずおぬしらの望みに沿って見せよう」
>「……それが、おぬしらより受けた恩に対する我らのせめてもの礼。何卒、受け取って頂きたい」
更に繰り出してきたのは、願ってもない提案だった。
従来通り活動できるようになり、東京ブリーチャーズの再結成が可能になれば。
監視がいなくなり、また皆で力を合わせて脅威に立ち向かうことができるようになる。
東京を練り歩いて騒動の元となっている鬼やら河童やら狸やらもいなくなり、
事務所や便利な道具の数々も――そして橘音も、戻ってくるかもしれない。
封印刑を解いて貰えるかはともかく、少なくともこれを機に、橘音の安否を確認できる可能性があった。
橘音がまだ封印されていることが確認できれば、
橘音は裏切っていないという祈の推測を裏付ける、確固たる証拠になり得る。
言い終えて再度、深々と頭を下げる安倍晴朧。
それに安倍晴空、芦屋易子と、広間にいる百名余りの――すべての陰陽師がそれに続いた。
組織の長の意思を皆が認め、決定に従うと言うことだ。
「すごくありがたい話だけど、いいのかな? そんなに色々して貰って……」
それに圧倒された祈は、遠慮がちにひそひそと仲間達に問うしかできなかった。
それに祈は今回特に何もできていないのだから、決定権は仲間達にあるような、
そんな気もしたのだった。
191
:
多甫 祈
◆MJjxToab/g
:2018/04/07(土) 23:40:44
祈はその後、一人だけ安倍晴朧の私室に呼ばれることになった。
>「……済まなんだな」
祈が襖を閉めて晴朧と二人きりになると、
車椅子に腰かけたままの安倍晴朧が開口一番、祈にそう謝罪した。
何か謝られることなどあっただろうか、と祈は小首を傾げた。
>「この世の名残に、そなたに会えと尾瀬に言われたのだ。言われるがまま、そなたに会ったが……酷いことを言ったな」
>「呪詛に蝕まれていたとはいえ、年端もゆかぬそなたに祖父としてあるまじきことを申した」
それを聞いて祈は、ああ、と謝られた意味を理解した。
確かにむかついたことではあったが、
死を間際にした老人の寂しさからくる八つ当たりみたいなものだと思って、
あまり気にしていなかった、――“つもりの言葉”だ。
>「……いや。そなたが生まれて、一度たりと会おうともせなんだ儂が……今更祖父だなどと、どの面でも言えたものではないか」
言われて初めて、自分が存外に祖父の拒絶に傷付いていたのだと知った。
白く太い眉を下げて、困ったように晴朧は笑う。
胸の奥が温かくなり、祖父の言葉で、心についた小さな傷が癒えるのを感じた。
ややあって、祈は晴朧の近くにまで寄っていき、
「……どうして会いに来てくれなかったのか、聞いてもいい? 『晴朧じいちゃん』」
そして、ずっと気になっていたことを問うた。
小さな子どもの時から、ずっと聞いてみたかったことを。
晴朧はその問いに、祈の目を見てまっすぐ答えた。
>「怖かったのだ……晴陽の忘れ形見と顔を合わせるのが。そなたと顔を合わせることで、晴陽を思い出すのが」
>「晴陽が儂の元を去ったときの悲しみを、晴陽が死んだと聞いたときの絶望を、もう一度味わうことになるかもしれぬと――」
>「……儂は、それを恐れたのだ」
祈には、その気持ちが理解できる気がした。
幸か不幸か、祈には両親との思い出がほとんどない。だが、もし思い出があった上で両親の死を迎えたなら、
ショックは今以上に大きかったのだろう。
当時のことを思い出したくないと、そんな風に思ったりもするのかもしれない。
晴朧の右手が祈の頬へと躊躇いがちに伸ばされた。
ごつごつとして大きく、見るからに硬い指先。その厳つい手とは裏腹に、
安倍晴朧の心は繊細だったのかもしれなかった。
祈はその手を左手で掴んで、自身の頬へと当てる。
晴朧の手は、芦屋易子の時とは違って、祈の頬を切り裂くことはなく。温かかった。
>「だが……それは杞憂であったな。病の床で言った言葉は忘れてくれ、ああ……そなたは晴陽に生き写しだ。むろん颯どのにも」
>「尾瀬には色々、思うところもあるが……ただひとつ。そなたと儂とを引き合わせてくれたという点だけは、感謝してもいいかもしれぬ」
>「そなたと祖母どのには、長年苦労をかけた。しかし、もし。もしも……儂の身勝手が許されるのならば……」
>「気が向いたら、また顔を見せに来てはくれぬか。儂の時間は、晴陽が死したあのときからずっと止まっておった」
>「その時間を。儂は、これから……また動かしたいと思うのだ」
それは、再び人生を歩き出そうとする者の前向きな言葉で。
「じーちゃん、それ……――すげぇ嬉しい」
祈は掴んでいた晴朧の右手を離すと、今度は左腕を晴朧の背に回して、抱き付いた。
思えば祈は、この言葉が聞きたくてずっと頑張ってきたような。そんな気がした。
晴朧と初めて会い、全てを諦めたような表情を見た時から。
尾瀬に渡された多額の金など突っ返し、取り憑いてる妖怪を祓えば。
たとえ気に喰わない孫でも、自分のことを想って行動してくれる誰かがいると知ったなら。
(ちょっとぐらいは生きててよかったって、もっと生きようと思ってくれるかもしれないって。思ってたから――)
抱き付いた晴朧の体は温かく、そこに確かに晴朧が生きていることが感じられた。
自分の所為で多くの陰陽師達が死んだのに、こんな風に報われたようになってしまっていいのかと思うのだが、
それでも今は晴朧が生きていたことが、前を向いてくれたことがただ嬉しかった。
その歩んでいく景色に、自分を含めてくれたことも。
「――生きててくれてありがとう、じーちゃん。あたし、あたし……絶対また遊びに来るから」
その声は少しだけ涙声になってしまっていた。
192
:
多甫 祈
◆MJjxToab/g
:2018/04/07(土) 23:51:14
上二本与半卉亠十士廿卞广下广卞廿士十亠卉半与本二上旦上二本与半卉亠十士廿卞广下广卞廿士十亠卉半与本二
祈は他人の痛みや不幸に敏感だった。
両親がいないという、ありふれた不幸な境遇が祈をそうしたのかもしれない。
なんであれ祈はそれらを、他人の痛みや不幸を極端に嫌った。
特に死は駄目で、死にゆく人の人生や、その人が死ぬ直前に感じる恐怖や痛み、
あるいはその人を失った家族や友人がどのような思いを抱えるか。
そんなことを考えるだけで気が滅入って、悲しい気持ちになるのだった。
そんな理由から祈は、ブリーチャーズに所属する以前から妖怪と戦ったり、人助けをやっていた。
特別優しい、ということではない。
ただ、自分が誰かの痛みを見ることが嫌いなだけ。
そして祈は“半妖”とかいうそこそこ力がある生き物だったから、
木っ端妖怪や人間の不良など相手にならなかったし、足が速いから車に轢かれそうな子供を助けるなど朝飯前だった。
できるからやってきた。ただそれだけのことなのだった。
妖怪と戦ったり、不良にカツアゲを止めるよう注意をしたり、
困っている人の話を聞いたり、喉が渇いている妖怪に血をやったり。
その結果として――、深夜徘徊する少女、傷だらけの少女。
不良と喧嘩をする少女。酔っぱらいを担いで歩き回る少女。
それを注意しても辞めない、大人を恐れない反抗的な――“路地裏の悪童”。そんな風に呼ばれるようになり、
不良のレッテルを張られて孤立していくのだが、
誰かが笑っている姿を守るのは、そうするだけの価値があるものだと思った。
ただ、寂しくない訳ではなかった。
孤独な戦いの中、祈は那須野橘音と名乗る怪しげな探偵と出会う。
顔に半狐面を被り、学ランにマントを羽織るという甚だ時代錯誤な姿の、
男女どちらともつかぬその探偵は、
路地裏に大木のような蛇妖怪が倒れて気を失っていることも、
その上に傷だらけの祈が座っていることにも、口調とは裏腹にさして驚いていない様子だった。
そして――。
那須野橘音は祈へと手を差し伸べ、東京ブリーチャーズへと誘った。
祖母の反対などややあったものの、祈はそれを承諾。
事務所の助手から始まり、程なく助手を兼ねた正式なメンバーとして迎え入れられることとなった。
――初めて得た仲間。
相対する妖怪からは半妖ごときがと罵られ、人間からは疎まれる。そんな祈を、
東京ブリーチャーズの妖怪達はあっさりと受け入れた。
はみ出し者で孤独な祈にとって彼らは同じ組織の仲間と言うだけでなく、
それ以上の存在となっていった。友人や親友、あるいは家族のようにすら感じられていた。
――そして、初めて目にする本物の戦士。
これまでの祈の戦いがおままごとに思えるくらいに血みどろで危険な戦いと、
それに命懸けで臨む者達。
我欲を超えて、己の命を危険に晒してでも誰かを救う。そんな気高い姿は、見ていて胸が熱くなった。
まるで本物のヒーローや正義の味方のようだと、そんな風に祈は思い、
自分もその一員でありたいと、いつからか思うようになっていた。
193
:
多甫 祈
◆MJjxToab/g
:2018/04/07(土) 23:52:34
だが。
だが。だが。だが――、しかし。事は起こった。
それは悪魔達の謀略だった。
明王連合の破壊を目論んだ悪魔達は、
十数年もの間陰陽寮に潜み、やがて芦屋易子に目を付けた。
安倍晴朧の呪殺を試み、その罪を芦屋易子に擦り付けることで、
安倍晴朧に呪殺への抵抗を放棄させるという策を用いた。
そして。何故であろうか。如何なる目的あってのことか、
その様を祈に見せつけることで絶望させようなどと画策したのである。
日に日に弱り死に向かう安倍晴朧。
権力争いに躍起になる安倍晴空。揺れる陰陽寮。
死んだ元婚約者・安倍晴陽を蘇らせようと、昏い感情に支配された芦屋易子。
ドロドロとした人物たちの闇と、舞台が祈を追い詰めた。
そして悪魔の一柱・オセとの戦い。
焦りの中、格の違いを見せつけられ、完全な敗北を味わわされた後、迎えた人の死。
それが祈の心をへし折ったのだった。
――“自分には誰かを守ることなどできはしない”。
――“むしろ標的となった自分がいればもっと人が死んでしまう”。
そんな言葉が心の奥底から湧いてきた。
それを否定する言葉を、祈は持っていなかった。
自身が無力だと痛感した祈は、自分を信じられなくなり、もはや自分では誰も助けることはできないと思い込んだ。
それは今後永遠に、“自分の力では誰かの痛みや不幸を取り除けず、黙って受け入れるしかないこと”を意味し、
一つ目の絶望となった。
そして、アスタロトの話が確かなら、悪魔の狙いは変わらず祈だ。
祈が推測するに、悪魔達が祈を絶望させたがる理由とは、
“東京ブリーチャーズの完全な破壊”にあると思われた。
例えば祈が戦闘の最中に絶望し戦えなくなれば、優しい仲間達は祈を庇おうとするだろう。
それは“決定的な隙”となり得る。
ノエルや尾弐やポチが強大な力を持った《大妖怪》であったとしても、確実に殺すことができてしまうだけの。
その展開に持ち込む為に大勢の人が犠牲になることも、
祈を庇う為に仲間達が傷付いたり死んでしまうことも、祈には耐えられない。
そして、無力な祈には――それを止めることもできない。
であればその事態を防ぐために、祈が東京ブリーチャーズからいなくなるしかないと、祈は考えてしまった。
それは“家族のように想い、憧れる仲間達と一緒にいられないこと”を意味しており、二つ目の絶望となった。
安倍邸を最後に訪れた日から祈は、
徐々に仲間達のいる場所に顔を出さないようになっていった。
まだ右腕が少し痛むからと、そんな風に言い訳を作って。右腕はとっくに治っているというのに。
風火輪にも暫く足を通していない。
祈がオセとの戦いを放棄してからというもの、妖力を流しても全く反応しなくなってしまい、
それがなんだか申し訳なくて、見ていられなくて。押し入れに仕舞ってしまったのだった。
祈はただ鬱屈とした毎日を送っていた。
それはまるで、明けない夜を、真闇の中をただ歩いているような日々。
たとえ仲間を信じられたとしても。己を信じられない者に、明日はやってこない。
194
:
御幸 乃恵瑠
◆4fQkd8JTfc
:2018/04/09(月) 01:30:42
>「テメェらは祈の嬢ちゃんを泣かそうとしやがったんだ……愛だ正義だなんて、キレェなモンを相手にして終われると思うんじゃねぇぞ」
《ふはははははっ! 良いぞ、その調子だ!》
怒りのままにシャクスを地面に叩きつける尾弐とは対照的に、深雪は久々に存分に力を発揮し悦楽の極みといった様子。
>「ギ……ギャアアアアアアアアアア――――――――ッ!!!」
シャクスが粉々に砕け散ると、ヴァサゴの口を封じにかかる。
《残念――オヤツはくれてやらん》
>「ギオオオオオォオォオォオォォオオォォォ!!!!」
巨腕の一撃の前にヴァサゴが倒れると、深雪は合体を解除した。
再び妖艶な女怪の姿として顕現すると、恍惚とした笑みを浮かべてこんなことを言う。
「ふふふ、なかなか良かったぞ」
――いちいち尾弐に対する嫌がらせが抜かりないのであった。
>「こ……この凍気……!ス、『雪の女王(スニドロニンゲン)』……!?莫迦な、なぜこんな極東の島国に……」
「スケベ人間だと!? 無礼者! 確かにスケベかもしれぬが人間ではないぞ! え、違う?
『雪の女王』? それなら雪山に引きこもっておるが。 ああ、乃恵瑠のことか――あやつはまだまだ女王の器ではない姫様よ!」
何故かご丁寧に思考をだだ漏れにしてくれるオセに対し、律儀にツッコミを返す深雪。もちろん誰も聞いていない。
>「貴公らとて、我らと祖を同じくする西洋妖怪のはず――!なにゆえ我らの邪魔をする!?」
>「『雪の女王』にとって、人間などは塵芥に等しきもの!嗤いながらすべてを氷雪に閉ざすがその権能!」
「ん? 確かにカイがピ○チ姫でゲルダをマ○オとするとあれはク○パのポジションだがあれはそこまで悪い奴ではないぞ。
強いて言うなら年端もいかぬ少年を誘拐してハマり過ぎるパズルを与えて帰れなくしたぐらいだな――」
雪の女王はその昔、カイを誘拐して連れ帰ったはいいが手を出すわけでも監禁するわけでもなく、
やり始めたらハマるパズルを与えて出かけてしまったという元祖変態淑女なのである。
それはそうと、本人は気付いていないが例えの傾向がノエル的である。
着実に思考がノエルに浸食されつつあるのかもしれなかった。
>「なにゆえ!そんな貴公らが人間を守ろうとする!?愛を肯定する!?貴公らは――」
>「――いったい!何者なのだ……!?」
「か、勘違いするな! 今回はたまたまよ! 愛など――」
195
:
御幸 乃恵瑠
◆4fQkd8JTfc
:2018/04/09(月) 01:32:34
そう、愛なんてあるから人間どもは目先のものしか見えずに大局的に物事を考えられなくなるのだ。
自分の親しい者が良ければそれでいい。今を生きる者が幸せならそれでいい。自分の種族さえ――人間さえ良ければそれでいい。
そんなことだから、妖壊やら果ては悪魔やらが湧いてくることになったのではないか。
愛などくだらぬ――そう言おうとして、しかしそこで言葉を止める。
「……」
>『――――かしこみかしこみ申す。荒ぶりし雪妖よ。汝が力を我が身に降ろし、力を形と成さん事を、
我が『右腕』として顕現したまえと白す事を、聞こし食せと恐み恐みも白す』
尾弐が自らの力を借りる時に唱えた言葉を思い起こす。あれは、神に行う祝詞だった。
本当は彼にとって自分は憎むべき敵で、必要に迫られて仕方なくというのも分かっている。
それでも――”遥か昔の愛されていた頃”を思い出したような、不思議な気持ちになった。
災厄の魔物たる自分にそんな時代はあったはずはないのに。
思えば、自分とは全く関係のない小さな動物に手を差し伸べることも、遥かな未来にほんの少し想いを馳せることもまた愛なのではないか。
深雪は、対局とも言える概念を同じ言葉で括ってしまう日本語のガバガバさに今更ながら愕然とした。
>「おっ!ギリギリ間に合った感じかな?宴もたけなわってところですね、アハハ!」
横合いから聞こえてきた場違いな陽気な声に、思考は中断される。
>「ふふ……お久しぶりです、皆さん。お元気そうで何より!と言っても10日くらいですか?あんまり離れてた気はしませんねえ!」
「なんだ貴様――もう出てきたのか。残念ながらノエルの奴はすっこんでおるわ!
そのカラーリングは2Pバージョンか? しかし色が反転しただけでナルシスト感が半端ないな――」
黒橘音に向かってソコジャナイ感が半端ないツッコミを入れる深雪。
>「御知恵を!参謀どの!」
>「そんなもの、あっりませぇ〜〜〜〜〜ん!」
「――ないのか!?」
>「どうか安心してお帰り下さい!愛しの住処、地獄へね……彼へはボクが責任もって報告しておきますから!」
「こやつ、マジ外道――」
深雪は意外にも、黒橘音の外道っぷりにドン引きしていた。
分かりやすく本能のままに暴れるタイプの悪い奴の深雪は、味方を嵌めたり敵に敗れた同じ組織の者を始末するとかいう粋な発想は持ち合わせていないのである。
「貴様……こちらにおった時より生き生きしておるぞ!
ちょっと待て、それは段階を踏んでパズルを解かなければ発動しないやつではないか!?
何ちゃっかりショートカットしておるのだ!?」
>「ヒ、ヒィィィッ!放せ!嫌だ!地獄になんて戻りたくない!御、御慈悲を!参謀どの!御慈悲をオオオ!!」
>「お疲れさまでしたー♪」
196
:
御幸 乃恵瑠
◆4fQkd8JTfc
:2018/04/09(月) 01:35:50
>「たす……、助けて……!わたしはこんなことのために……!お、おのれ『盟主』!やはり、あの男を奉じるなど間違って――!」
>「嫌だ!嫌だいやだイヤダ……嫌だアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」
門の内側へと引きずられていくオセを、深雪はほんの少し憐れむような目で見ていた。
そして、オセの姿が完全に消えた頃、いつの間にか姿がノエルに戻っていた。
三体の悪魔との戦いが終わったことで、もう戻ってもいいと無意識のうちに思ったからかもしれなかった。
急に戻って状況が分からない――などということは無かった。今までとは違い、深雪になっていた時の記憶が残っているのであった。
>「さて、皆さんもお疲れさまでした。今回の戦いも大変だったみたいですね?」
>「ま……アナタたちが戦った三柱は天魔七十一将でも下の上あたり。あの程度の連中に負けることはないと思っていましたが……」
>「でも。腐っても天魔、首尾よく目的だけは遂げてくれたようです」
「橘音くん、どうして……」
>「400年の封印刑を喰らったはずなのに、ボクがどうしてここにいるのか分からない……といったお顔ですね」
>「簡単な話です。ボクは助けてもらったんですよ……『彼』に。そして妖怪大統領に」
ノエルは橘音と目を合わせない。下を向いて、泣くのを必死に我慢しているかのように震えている。
>「袂を分かってから数百年。二度と『こちら側』に戻ることはないと思っていましたが……いざ戻ってみると、存外心地いい」
>「ということで、これから皆さんの敵に回らせて頂きますね。でも、こっちに来ると仰るなら大歓迎ですよ!どうですノエルさん?」
本当は橘音が封印刑になった時のように、恥も外聞もなく大声で泣き喚きたい。
でも何故だか、今回ばかりは泣いたり喚いたりしてしまったら負けで、橘音が永遠に戻ってこなくなるような気がした。
この局面はヘタレのノエルや箱入り姫様の乃恵瑠では駄目だ。ならば――深雪ならどう答える?
今まで大人しくしておいてもらわねばとばかり思っていた災厄の力に心の中で問う。
確かに深雪は人類の敵で不遜で滅茶苦茶で乱暴者で悪い奴だけど―― 一つだけいい所があるとすれば、ノエルよりずっと強い。
顔を上げて真っ直ぐに橘音を見たノエルは深雪のような傲岸な笑みを浮かべていた。
頭の中に響く深雪の言葉をそのまま口に出す。
「《そうだな。人間など刹那の寿命に縛られた実に小さき愚かな存在。吹けば飛ぶ塵芥に等しい――
我々のような力のある者が支配してやるのも良いかもしれぬ》」
そこで全力のドヤ顔である。
「《――だが断る!》」
誘いに乗る流れに見せかけておいて断る――だが断るの本来の用法であった。
197
:
御幸 乃恵瑠
◆4fQkd8JTfc
:2018/04/09(月) 01:36:57
《何、ほんの気まぐれだ。そこの娘に興味を持った――真に悪魔どもが脅威とみなすに足る存在なのか見極めてやろうぞ》
どうやら深雪は祈のことを気に入った、もとい興味を持ったようであった。
>「今日のところはそのご報告、って感じでお邪魔してみました。あ、自己紹介がまだでしたね。こういうことはちゃんとしておかなくちゃ」
>「ボクの名前はアスタロト。序列第29位、10の大軍団を統率する魔界の大公――」
>「でも、皆さんは今まで通りの呼び方で呼んでくださって結構ですよ。『橘音ちゃん』……って」
何故かオセと同じようなサービス精神溢れる自己紹介をする橘音。この自己紹介は悪魔の組織の様式美らしい。
>「それにしても、皆さんの『愛』の力はすばらしい!さすが、今まで幾多の強敵を退けてきただけのことはありますね!」
>「その、素敵な想い。慈しみ、尊び、共に歩んでゆこうとする気持ち――」
>「……踏みにじって差し上げましょう。このアスタロト……いいえ。狐面探偵・那須野橘音の知略で」
「誰が呼んでやるか! お前なんか橘音くんじゃない!」
>「じゃ、今日はこのへんで!皆さんを陥れる、新しい策を考えなくちゃいけませんから!」
>「あ、祈ちゃんにも伝えておいてください。ボクが『面白いのはこれからですよ』って言ってたって。チャオ!」
橘音の姿が見えなくなった後、暫し茫然と立ち尽くしていたノエルだったが、
人々が我に返ると現場はすぐに騒然となり、茫然としているわけにもいかなくなった。
祈は幸い致命傷は無いようだが、傷だらけで気絶している。それに晴朧の解呪という当初の目的もまだ達成されていない。
「とりあえず救急車! 黄色い救急車! ミカエルさん起きて! おじいちゃんの解呪しなきゃ!」
それからあれこれ考える間もなく事情聴取を受けたりして、仲間達と今後について話す間もなく
大混乱のうちにその日はとりあえず帰されたのであった。
゚+。*゚+。。+゚*。+゚ ゚+。*゚+。。+゚*。+゚ ゚+。*゚+。。+゚*。゚+。*゚+。。+゚*゚+。。+゚*。+゚
198
:
御幸 乃恵瑠
◆4fQkd8JTfc
:2018/04/09(月) 01:38:53
数日後、ノエルはペットを連れて祈のお見舞いに来ていた。
お土産にもってきた箱の雪見だんごを渡し、ハクトを祈の膝の上に乗せる。
何て声をかけていいのか分からないのでアニマルセラピーのつもりである。
ハクトが下手糞とはいえ一応人間形態にもなれることを考えてしまうと微妙な気分がしないでもないが、そこは考えないことにしておく。
>「ありがと。皆のお陰でなんとかなったみたいだね」
>「やっぱ皆強いよなー。あたしなんて、全然尾瀬さんに敵わなかったもん。
つーか戦いの途中で寝ちゃってるし! ほんとごめんね!」
その祈は包帯やギプスでぐるぐる巻きになっているが、妖怪が怪我をして数日経っても包帯ぐるぐる巻きというのは通常あまり見ない光景である。
祈はやはり半妖であり、普通の人間よりは桁違いに回復力が強いとはいえ、生粋の妖怪のように都合よくすぐに治ったりしないのかな、等と思うノエル。
「大丈夫? その……痛くない?」
>「え? 大丈夫だよ! 河童の軟膏で傷はもう治ってんだし。
これはばーちゃんが、一応女の子だから傷跡一つ残らないようにって、なんか大袈裟に包帯巻いたりしててさ。
ギプスだって、骨が変な治り方しないようにって念の為付けてるだけだから。心配しないで。へーきへーき!」
もちろん体の傷も心配だが、それ以上に心の傷が重傷と思われるのだが、踏み込めないのであった。
>「どーせそのアスタロトってのが、橘音に化けてんだって。
橘音が戻ってきてないのを良いことに、あたしらを騙して引っ掻き回そうとしてんだろ。
きさらぎ駅であたしら一回赤マントに騙されてんだから、気を付けなくちゃね」
「そうに決まってるって! 黒い仮面かぶって”10の大軍団を統率する魔界の大公”ってwww
邪気眼度エターナルフォースブリザード級だわwwwwww」
大草原を生やしながら祈の推測を肯定してみせる。
もちろん普通にその可能性もあるし、そうでなくても今の祈にはそう思わせておかないといけない。
結局深い話に踏み込むことなくお見舞いは終了。
>「わざわざお見舞いきてくれてありがと。またね」
祈は表面上はいつも通りに明るく見送ってくれたのであった。
゚+。*゚+。。+゚*。+゚ ゚+。*゚+。。+゚*。+゚ ゚+。*゚+。。+゚*。゚+。*゚+。。+゚*゚+。。+゚*。+゚
199
:
御幸 乃恵瑠
◆4fQkd8JTfc
:2018/04/09(月) 01:39:43
そして事態は進展しないまま時は流れ、陰陽寮の機能が回復したころ、4人は再度安部家に召喚されたのだった。
祈は怪我はすっかり治って、少なくとも表面上はいつも通りに見える。
全体的に歓迎ムードではあるが、安倍晴空がそれにそぐわぬ苦虫を噛み潰したような表情で口を開く。
>「此度のことは、大儀であった」
>「よもや、あの尾瀬らが伯父御の呪殺を企んでおったとは……。それに10数年も気付かなんだとは、いい恥さらしよ」
>「そして何より……それをうぬら化生どもが看破し、あまつさえ撃破し。我らは指を銜えて見ておるしかなかったとは――!」
>「好きな金額を書くがいい。そして、その金を持って帰れ。それで貸し借りは無しにして貰おう。無論、他言もまかりならん」
要するに口止め料ということらしい。
寂しいけど世の中そんなものか―― 長年敵としてきた妖怪に一度助けられたからといってすぐに仲良くなれるわけないよね、等と思い、
貰えるものは貰っておこうと気持ちを切り替え、さて幾らにしようかな、と考え始めるノエルだったが、
いざ好きな金額を書けと言われると困るものである。こういう時の相場なんて見当もつかず、固まっていたところ――
>「晴空。我ら陰陽寮の崩壊を食い止めた恩人に対し、駄賃のみで手打ちにしようてか」
芦屋易子に車椅子を押され、一人の老人が大広間に入ってきた。
「晴朧さん……!?」
>「……みな、善い顔をしておる。絶えて久しいと思うておったが……まだ、化生にもおぬしらのような面魂の者がおるのだな」
>「我が手の者どもでは、敵わぬはずよ。陰陽寮も一から出直しの機会か……。この儂も含めてな」
「え、何!? 無理しないで車椅子のままでいいよ!?」
晴朧は何を思ったか車椅子から降りると、両手を畳につき深々と頭を下げる。
>「世話をかけた。おぬしらの働きに対しては、この安倍晴朧――どれほど感謝の言葉を尽くそうとも足らぬ」
「わーっ! お礼ならミカエルさんに言ってあげて! といってもどこにいるのか分かんないけど!
あの時ミカエルさんがオセを止めてくれなかったら正直危なかったしそもそも解呪してくれたのもミカエルさんだし!」
>「儂の命のことを申しておるのではない。この陰陽寮に巣食っておった病巣を、お主らは取り除いてくれた」
>「尾瀬たちのことはむろん、退魔組織の頂に胡坐をかく我らの驕り。権力に、妄執に取り憑かれることの醜さ――」
後ろで反応する晴空と易子に声を気まずそうに掛ける。
「なんか結果オーライみたいに解釈されちゃってるけど見当違いの推理で疑って嗅ぎまわっちゃってごめんね……」
晴朧は構わずに粛々と話を続ける。
200
:
御幸 乃恵瑠
◆4fQkd8JTfc
:2018/04/09(月) 01:41:49
>「それら、我らの宿痾をおぬしらは取り去ってくれたのだ。……この安倍晴朧、陰陽寮のすべての者に成り代わり礼を申す」
>「この大恩、むろん金銭などでどうにかなる問題とは思ってなどおらぬ……が」
>「おぬしらが何か行動したいと言うのであれば、今後。陰陽寮は最大限の協力をさせて貰う。何をするにも、後ろ盾は必要であろう」
金銭以外の最大限の協力――その意味するところを測りかね、頭の中に疑問符を浮かべるノエルだったが、その疑問はすぐに解消された。
>「それから。無礼ながら我が陰陽寮の情報網を用い、おぬしらのことを調べさせてもらった。それで耳にしたのだが――」
>「聞けば、おぬしらは妖怪裁判所の判決を受け、徒党を組むことを禁じられているとか。東京ブリーチャーズ……であったか」
>「もし、おぬしらさえ善ければだが……おぬしらが従来通り活動できるよう、儂から五大妖に掛け合ってみようと思うが……」
>「陰陽寮の要請とあらば、五大妖とて無碍にはできまい。いや、必ずおぬしらの望みに沿って見せよう」
>「……それが、おぬしらより受けた恩に対する我らのせめてもの礼。何卒、受け取って頂きたい」
晴朧を筆頭して百人あまりの陰陽師に一斉に頭を下げられ、数秒間圧倒されていたノエルだったが、祈に小声で話しかけられ我に返る。
>「すごくありがたい話だけど、いいのかな? そんなに色々して貰って……」
はて、祈はこんなになんというか礼儀正しかっただろうか――と思うノエル。
普段の彼女ならあれこれ考える間もなくすぐに二つ返事しそうなものだが……等と思ったが
その時はさして気に留めることもなく、祈の代わりに返事をするのであった。
改まって姿勢を正し、深々と頭を下げる。
「身に余るご厚情、雪妖界の次期女王御幸乃恵瑠の名において――ありがたくお受けします」
一応深雪を暴走させないために男の振りをしているのに女王とか自分で言っちゃっていいのかという気もするが、
先日の戦いで深雪が大暴れしているところを思いっきり目撃されているので開き直っているのであった。
その後、祈一人が個人的に晴朧の私室に呼ばれていった。祖父と孫の水入らずの話をするということであろう。
芦屋易子がポチに近づいてきて話しかける。
>「本来、巫女頭という地位にありながら西洋魔術に手を染めたわたくしは、追放処分が妥当なのですが――」
彼女は祈の父である晴陽を西洋魔術で復活させようとして失敗したらしい。
ノエルはその場にはいなかったが、地下室であったことの概要はポチから聞いている。
201
:
御幸 乃恵瑠
◆4fQkd8JTfc
:2018/04/09(月) 01:43:46
>「陰陽頭さまの格別のお計らいによって、西洋魔術から手を引くことを条件にお咎めはなしとなりました」
>「あの部屋も、埋めます。もう二度と、誰も立ち入らぬよう――浅はかなわたくしの、十数年の妄執と共に」
>「もう、よいのです。古来よりどの神話を紐解いても、一度死した者とまみえようとして成功した試しはありませぬ」
>「伊邪那岐男神をして成し遂げられなかったことを、只の人の身であるわたくしが成そうとした。それがそもそも誤りだったのです」
「そっか……。だけど、僕達があの世界で会ったってことは死にはしたけど”滅び”てはいない。
だから――ずっとずっと先の未来でまた会えるかもよ? お互いそうとは気付かないかもしれないけど、ね」
死は終わりではない――妖怪にとっては自明の理だが、人間にはなかなか受け入れられるものではない。
しかし、日本屈指の陰陽師である彼女なら理解できるかもしれない。そう思ったのだった。
あるいはノエルが教えるまでもなく、そう確信した故の晴れやかな態度なのかもしれなかった。
>「仲間を信じよと、晴陽さまは仰せになった……そうですね、豺狼の化生。いいえ、ポチどの」
>「わたくしには、仲間などいないと思っていました。わたくしに理解者はおらず、また賛同者もおらず……常に孤独だと」
>「……けれど。どうやら、それは間違いだったようです」
年若い巫女達が駆け寄ってくる。
>「あ!ワンちゃんとイケメン雪男!あとなんかヤクザっぽい鬼!」
「雪男言うな! でもイケメンが付いてるから許す!」
>「陰陽頭さまとお孫さま、いい雰囲気でしたよ!」
>「あたしたち陰陽寮と化生の者とがいい雰囲気なんて、なんかヘンな感じ」
>「いやいや、でも、これからはそういう時代なのかもよ?そのためには、わたしたちも率先して化生と仲良くしなくっちゃ!」
>「ってことでぇ!ノエルちゃん合コンしよ、合コン!イケメンの妖怪いっぱい紹介して〜!」
“イケメンの妖怪”と言われても、妖怪の中で容姿に恵まれた種族というのが実はレアな部類の気がする。
例えば狸や河童が人間形態になったところであまりイケメンになる気がしないだろう。
天狗や鬼は作品の傾向によるが―― 狐? それは美少女に決まっている。
「合コン!? 雪女だから美女の知り合いならたくさんいるけどイケメンはなぁ……。
ブリーチャーズのメンバーは……ほら、まあ妖怪だから……。
あ、従者に男になれるのが一人いるからそれでよければ! そこそこイケメンだと思う!」
そんな他愛もない話をしているうちに、祈が晴朧の部屋から出て来る。
その表情から、祖父とうまく和解できたことが分かった。
こうしてブリーチャーズは存続できることになり、祈も祖父と和解できた。
問題は山積みだがそのことに関しては一安心していたのだが――
゚+。*゚+。。+゚*。+゚ ゚+。*゚+。。+゚*。+゚ ゚+。*゚+。。+゚*。゚+。*゚+。。+゚*゚+。。+゚*。+゚
202
:
御幸 乃恵瑠
◆4fQkd8JTfc
:2018/04/09(月) 01:45:08
その日を境に、祈は次第に店に顔を出さなくなっていった。
晴朧がブリーチャーズを存続できるように計らってくれることに対して祈が遠慮を示したことに対する違和感は、当たっていたのだ。
“まだ右腕が少し痛むから”ということだが、もうとっくに治っているはずだ。
「最近あの子来ませんね……」
「うん……」
別に戦ってくれなんて言わないからかき氷だけでも食べにきてくれればいいのに、と思うがそれは酷なことだろう。
寂しいが本人の決断なら無理強いできない、もともと彼女がブリーチャーズに入ったのは一人で戦っていて危なっかしかったかららしい。
元より彼女は基礎能力で生粋の妖怪に劣るクオーター。
危険な戦いに身を晒さなくなったのならむしろこれで良かったのかもしれない、等と自分に言い聞かせるノエル。
《――良くないぞ、全然良くない!》
と、深雪の一声で唐突に脳内会議が開幕する。もちろん議題は祈が姿を見せなくなったことについてだ。
ノエル「良くないって言っても……本人が嫌がってるなら仕方ないじゃん」
乃恵瑠「所詮半端者だ――戦いの激化にともない遅かれ早かれ付いてこられなくなるだろう。これで良かったのだ……」
深雪「貴様ら――我が何故こちら側についたか忘れたか! あの娘が気に入……じゃなくて気になったからだ!
あやつがこのまま来ないならあちらに寝返って黒橘音殿と共に暴れるぞ! ありのままの姿で暴れるぞ!」
ノエル「ゲームオーバーになるからやめて!?」
乃恵瑠「やばいやばいやばい……! それはスレ終了のお知らせではないか!」
ノエル「まさか――奴らが祈ちゃんを絶望させるのはこれが狙いか……!」
乃恵瑠「なんだって――!? 橘音殿マジ策士!」
ノエルと乃恵瑠が焦りのあまり変な電波を受信して意味不明な台詞を垂れ流す。
そんな中、みゆきが確信に満ちた顔で立ち上がる。
みゆき「大丈夫――童に策がある!」
゚+。*゚+。。+゚*。+゚ ゚+。*゚+。。+゚*。+゚ ゚+。*゚+。。+゚*。゚+。*゚+。。+゚*゚+。。+゚*。+゚
203
:
御幸 乃恵瑠
◆4fQkd8JTfc
:2018/04/09(月) 01:48:11
「ちこくちこくーっ!」
古より伝わる様式美に乗っ取りパンをくわえてダッシュする美少女。彼女が向かう先は中学校――
それはある種の人種にとって決して足を踏み入れる事が許されない禁じられた楽園――
花の美少女達が集う秘密の園!
そのとあるクラスに、転校生がやってきた! 学級担任らしい空気読まない古文教師に促され、自己紹介をする。
「童は雪野みゆきです。えーっと、雪国のあたりから家族の都合で一瞬だけ東京に来ました! 短い間だけどよろしくおねがいします!」
別に放送事故で公式スピンオフの『東京都立!漂白中学校!』が始まってしまったわけではない。
うっかり番外編を見てしまったのではないかと思ったそこのあなた、安心してください、本編です。
――むしろ逆に安心できないかもしれないが。
決して単に美少女として中学校に潜入したかった等というふざけた理由ではなく、これには真面目な理由がある。
あの祈が来なくなったということは、きっとブリーチャーズを抜ける意思は固い。
普通に会いに行っても表面上は普通に接してくれるだろうが、相手がノエルだと思った時点で身構えて心を閉ざしどんな言葉も届かないだろう。
そこでみゆきが考えた奇策――それはバレないように謎の転校生として接触しつつ、サブリミナル効果でそれとなく洗脳もとい説得するというものであった!
ちなみにサブリミナル効果でそれとなく洗脳とは、カイとゲルダが編集会議でよくやっていた手法である。
――色白でありながら不健康ではない血色に、艶やかな黒髪。
フォトショ加工(変化)も完璧! バレてナーイ☆ などと勝手に思っているみゆき。 実際にバレてないかどうかは知らない。
別人の振りをする気なら名前もどうにかしろよと思うが、最初は御幸みゆきにしようとして流石に従者達に却下されたので、それよりはマシというべきだろう。
席についてクラスを観察しつつ、”あれぇ、レディベアにそっくりな留学生がいるや! たまげたなあ!” 等と呑気に思うみゆき。
まさか本人とは思わないのであった。
こうして、祈のクラスに潜入したみゆきだが、次期女王としての教育を受けているので実はそれなりに学はあるものの、集団生活は経験した事はない。
よってそれなりに騒動を巻き起こしつつ、祈に近づく機会を伺う日々が始まったのだが――ここで一つの大問題が発生する。それは――
「そっくりさんと仲が良すぎて近付けね―――――ッ!!」
潜入から帰ると、そう叫びながらSnowWhiteの床をごろごろ転がるみゆき。
そう、レディベアのそっくりさんとあまりにも仲が良すぎて割り込む隙がないのだ!
「どうしよう、このままじゃあ単に美少女になって中学校に潜入したかっただけの人になってしまう!」
こうして、このままでは埒があかないと思ったみゆきは、イチかバチかの大勝負に出ることにしたのだった。
204
:
御幸 乃恵瑠
◆4fQkd8JTfc
:2018/04/09(月) 01:50:09
「姫様、最近部屋にこもって何やってるんでしょう……」「さあ……」
そんなある日、祈がいつも通りに登校すると、靴箱に無駄に大きい下手糞な字の手紙が置いてあるのだった。
『放課後、音楽室に一人で来るべし! みゆき』
果たし状か何かと間違えているような文面だが、こんなんで祈は呼び出せるのだろうか。
来ればそれで良し、来なかったとしても、帰ろうとする祈の前にシュタッと現れて強制的に連れて行くのである。
とにかく祈が音楽室に来ると、みゆきはピアノの前に座っていて。
「突然呼び出してごめんね。祈ちゃんに聞いてほしいと思って。
みんな気付いてないけど妖怪がいる世界でー、人知れず悪い奴をやっつけるヒーロー達の歌だよ!」
そう言うとピアノで伴奏を奏で始める。なんで弾けるかというと次期女王教育の一環として昔習っていたのだ。
(なんで雪女の御殿に西洋の楽器が置いてあるのか疑問に思うべきところだが、あまりにも普通に置いてあるから疑問に思わなかったのだ。)
「煌めく都の夜の闇に生きる者よ 人の想いより生まれし者達よ」
それは普通に聞けば現代舞台の伝奇もの設定の歌かな?程度にしか思わないが、分かる者には分かる、東京ブリーチャーズのテーマ曲。
みゆきが祈を元気付けるために頑張って作ったのである。
「全ては信じたままになると気付けたから――もう何も怖いものはないかくあれかし」
歌い終わり、ふと我にかえるみゆき。そこで大変なことに気付いてしまったのだった。
――あれ? 歌で告白とかってする側が大体一人で盛り上がってて10中8、9盛大にスベってフラれるパターンだよね!?
その重大な事実にもっと早く気付けよと思うが、今まで気付かなったのだから仕方がない。
「う、うわぁああああああああああああああああ!!」
いたたまれなくなったみゆきは、祈の反応も見ずに叫びながら部屋を飛び出すのだった。
そして勝手に自爆しただけなのに何故か送りバントポジションになったつもりのみゆきは、心の中で仲間達に希望を託すのだった。
――ポチくん、クロちゃん、童に構わず行け!
205
:
ポチ
◆CDuTShoToA
:2018/04/11(水) 22:12:57
オセの体から立ち昇る濃密な恐怖のにおいを、ポチは感じていた。
反抗心や敵愾心は最早まるで感じられない。
オセは噛み砕かれた右腕を弱々しく持ち上げて、空中に印を描こうとしていた。
ポチはその様をただ黙して見下ろしていた。
周囲に感じられる怯えた獣達の気配。それらが人のそれに戻った瞬間――オセの首を食い千切ると心に決めながら。
だが――
「おっ!ギリギリ間に合った感じかな?宴もたけなわってところですね、アハハ!」
不意に視界の外から声が聞こえた。
聞き慣れた声だった。嗅ぎ慣れたにおいがした。
ここにあるはずのない声とにおい――だがポチは気づけばそちらへ振り返っていた。
>「ふふ……お久しぶりです、皆さん。お元気そうで何より!と言っても10日くらいですか?あんまり離れてた気はしませんねえ!」
果たしてそこには――那須野橘音がいた。
身に纏う学ランとマント、狐面の色こそ反転しているが、確かに。
400年の封印刑を受けたはずの橘音が、極彩色の穴を背に立っていた。
>「参謀どの!」
「……あん?」
オセが喜色を帯びた声を上げた。
ポチは双眸を細めて彼を見下ろした。
那須野橘音は東京ブリーチャーズのリーダーだ。西洋妖怪、それも悪魔の参謀であるはずがない。
下らない戯言。だがそう切り捨ててしまうには――何故か、オセからは嘘のにおいがしなかった。
>「まさか、参謀どのに直接お出まし頂けるとは!盟主どのの差配でございますな……?」
>「オセさんたちが上手くやっているかどうか確認にね……。まずは目標達成ってところですか、さすがオセさん。すばらしい!」
そして橘音もオセの言葉に、自然に言葉を返している。
ポチは――暫し呆然としていた。
目の前に広がる光景が意味する事は、極めて単純であるにも関わらず。
>「は、ははっ!御褒めに与り恐悦至極、さ、さりながら、この者ども……半妖を除いては全員大妖怪クラスの大物にて、不覚をば……」
「ま、それはしょうがないでしょ」
「参謀どの!わ、わたしに何卒御力を!参謀どのの御智慧にて、この者どもを皆殺しにする方途を御授け下さい!」
「……ふむ。彼らを皆殺しにする智慧、ですか」
ポチを蚊帳の外にしたままで、橘音とオセの会話は続いていく。
ポチにはいつでもオセの首を掴み上げ、噛み砕く事が出来た。
しかしそれをしなかったのは――心の何処かで期待していたからだ。
オセに参謀と呼ばれ助力を乞われているこの状況さえ、橘音の策によるものなのではないかと。
>「お忘れですか?ボクがお三方にお願いしたことはたったひとつ。『祈ちゃんを絶望させること』――つまり」
だが――その期待はすぐに裏切られる事になった。
>「そして、その計は成った。お見事ですオセさん、地獄の大総統の名は伊達じゃない!彼も喜ぶでしょう、だから――」
「どうか安心してお帰り下さい!愛しの住処、地獄へね……彼へはボクが責任もって報告しておきますから!」
橘音が懐から魚のオブジェを取り出して、それを巨大な洋式の門へと変化させる。
瞬間、門から無数の手がオセへと伸びた。
迎え撃つにはあまりにも悍ましい気配を感じて、ポチは咄嗟にその場を飛び退く。
だが手足の自由が利かないオセは――逃れられない。
無数の手はオセの四肢を掴むと、手繰り寄せるようにその体を門の内側へと引きずり込んでいく。
オセが絶叫する。けれどもその声も、門の扉が閉ざされると聞こえなくなった。
206
:
ポチ
◆CDuTShoToA
:2018/04/11(水) 22:13:27
>「さて、皆さんもお疲れさまでした。今回の戦いも大変だったみたいですね?」
「……そうでもないさ。探偵ごっこ、なかなか楽しかったよ」
>「ま……アナタたちが戦った三柱は天魔七十一将でも下の上あたり。あの程度の連中に負けることはないと思っていましたが……」
>「でも。腐っても天魔、首尾よく目的だけは遂げてくれたようです」
>「橘音くん、どうして……」
ノエルが震えを帯びた声で呟く。
一方でポチは――何も言葉を発しないままでいた。思考がまとまらなかった。
目の前にいる橘音は本物なのか。猿夢の時のように偽者ではないのか。
だがにおいは――自分の嗅覚は、確かにそこにいるのが橘音だと告げている。
しかし夢の中ではその嗅覚さえ騙された。あれは夢の中だったからだろうか。
それとも赤マントほどの強力な妖怪ならば、狼の鼻でさえその変化を看破出来ないものなのか。
>「400年の封印刑を喰らったはずなのに、ボクがどうしてここにいるのか分からない……といったお顔ですね」
>「簡単な話です。ボクは助けてもらったんですよ……『彼』に。そして妖怪大統領に」
>「袂を分かってから数百年。二度と『こちら側』に戻ることはないと思っていましたが……いざ戻ってみると、存外心地いい」
>「ということで、これから皆さんの敵に回らせて頂きますね。でも、こっちに来ると仰るなら大歓迎ですよ!どうですノエルさん?」
だがどれだけ考えても、ポチには拭えなかった。
この橘音は――偽者などではない。本物であるという感覚を。
妖気にも、においにも――何よりその親しげな語り口に、どうしようもなく懐かしさを感じてしまう。
>「今日のところはそのご報告、って感じでお邪魔してみました。あ、自己紹介がまだでしたね。こういうことはちゃんとしておかなくちゃ」
>「ボクの名前はアスタロト。序列第29位、10の大軍団を統率する魔界の大公――」
>「でも、皆さんは今まで通りの呼び方で呼んでくださって結構ですよ。『橘音ちゃん』……って」
そしてなおも、ポチは口を開かない。
言いたい事は幾らでもあった。
どうして裏切ったの、祈ちゃんがあんな目に遭わされて何も思わないの――それでも、帰ってきて欲しい。
だが何一つとしてそれらを言葉にする事は出来なかった。
口を開けば――――すぐにでも橘音に飛びかかり、その首筋に食らいついてしまいそうだったから。
胸の内で『獣(ベート)』がポチに囁いていた。
そら見たことか、と。
どれほどお前が仲間を愛しても、いつかはこうなる。お前の手から零れ落ちて二度と取り戻せなくなる。
だがまだ遅くない。今この場であの白い首を食い千切れば、お前の仲間は永劫、お前のもの。
満身創痍の鬼も、悲しみで心を埋め尽くされた雪妖も、満身創痍の少女も、皆喰らってしまえ。
>「それにしても、皆さんの『愛』の力はすばらしい!さすが、今まで幾多の強敵を退けてきただけのことはありますね!」
>「その、素敵な想い。慈しみ、尊び、共に歩んでゆこうとする気持ち――」
>「……踏みにじって差し上げましょう。このアスタロト……いいえ。狐面探偵・那須野橘音の知略で」
ポチは両手の拳を、爪が手のひらに食い込むほど強く握り締めていた。
渦巻く衝動を必死で否定する。
>「じゃ、今日はこのへんで!皆さんを陥れる、新しい策を考えなくちゃいけませんから!」
>「あ、祈ちゃんにも伝えておいてください。ボクが『面白いのはこれからですよ』って言ってたって。チャオ!」
結局――橘音のその姿が見えなくなるまで、ポチは何も喋れず、動けなかった。
ただ乱れた呼吸を整えてる事だけを一心に考えている内に、次第に『獣(ベート)』の衝動は収まっていった。
「……橘音ちゃん」
ノエルが慌ただしく祈やミカエルに声を掛ける中、ポチは小さくそう呟く事しか出来なかった。
207
:
ポチ
◆CDuTShoToA
:2018/04/11(水) 22:14:27
それから数日後。ポチは祈に会う為に病院を尋ねていた。
事の顛末を、安倍晴朧の容態をノエルが語る最中、祈からは怯えのにおいがした。
いつもの彼女からは決して感じる事のないにおい。
>「ありがと。皆のお陰でなんとかなったみたいだね」
「やっぱ皆強いよなー。あたしなんて、全然尾瀬さんに敵わなかったもん。
つーか戦いの途中で寝ちゃってるし! ほんとごめんね!」
そう言って笑う表情の中にも僅かな陰りが見えるのは、決して気のせいではないとポチは確信していた。
>「大丈夫? その……痛くない?」
>「え? 大丈夫だよ! 河童の軟膏で傷はもう治ってんだし。
これはばーちゃんが、一応女の子だから傷跡一つ残らないようにって、なんか大袈裟に包帯巻いたりしててさ。
ギプスだって、骨が変な治り方しないようにって念の為付けてるだけだから。心配しないで。へーきへーき!」
だが、それが分かったところで何を言えばいいのか。
強がりを言う事くらいポチにだってある。
下手に話を聞こうとして彼女に負担をかけてしまっては本末転倒だ。
「……ねえ、祈ちゃん。さっきもノエっちが言ってたけど……あの日、僕らは橘音ちゃんを見たんだ。
もしも、もしもあれが本物の橘音ちゃんだったら……僕らはどうすればいいんだろう」
結果、ポチが取った選択は――探りを入れる事だった。
祈からは今もストレスのにおいがする。無理をしているのだ。
それがただ仲間に心配をかけまいという微笑ましい強がりから来るものなのか。
>「どーせそのアスタロトってのが、橘音に化けてんだって。
橘音が戻ってきてないのを良いことに、あたしらを騙して引っ掻き回そうとしてんだろ。
きさらぎ駅であたしら一回赤マントに騙されてんだから、気を付けなくちゃね」
それとも――これ以上辛い思いをしたくないという、逃避から来るものなのか。
病室の空気を一度、すんと鼻を鳴らして吸い込むと――
「……そっか。そうだね。僕の鼻も、アイツ相手じゃ信用出来ないからなぁ」
そう言ったきり、もう何も、皆の会話に口を挟まなくなった。
>「わざわざお見舞いきてくれてありがと。またね」
「……うん。また来るよ。早く元気になるといいね」
自分から一瞬漂った、嘘のにおい。
ポチはそのにおいに目を細めると、去り際に祈の方を振り返る事もなく、病室から出ていった。
208
:
ポチ
◆CDuTShoToA
:2018/04/11(水) 22:15:02
それから更に数日が過ぎて、ポチ達は再び安倍邸を訪れていた。
今度は陰陽寮から招かれて――それでも一応、人の姿には化けているが。
運転手は招く理由は教えてくれなかったが、向こうから招き入れてくれるのはいい事だ。
なにせポチはまだ芦屋易子との約束を果たしていない。
彼女が今どうしているのか気になった。
陰陽寮の巫女頭が西洋魔術に手を染めていた事は、処罰の対象になっているかもしれない。
一度は吹っ切れてくれたはずだが、安倍晴陽の顔をしていたあの死体を見れば、また薄暗い気持ちが胸の内に湧いてこないとも限らない。
どうあれ、屋敷に行けばもう一度彼女の力になれるとポチは思っていた。
そうして屋敷の門を潜って大広間に通され、席に座ると――心底嫌そうな顔をした髭面が正面にあった。
>「此度のことは、大儀であった」
>「よもや、あの尾瀬らが伯父御の呪殺を企んでおったとは……。それに10数年も気付かなんだとは、いい恥さらしよ」
>「そして何より……それをうぬら化生どもが看破し、あまつさえ撃破し。我らは指を銜えて見ておるしかなかったとは――!」
「あのオッサン、顔に似合わず器用だねえ。あんな嫌そうな顔しながら相手を褒める人、初めて見たよ」
ポチがぽつりと呟いて――ふと、その目の前に何やら紙切れとペンが置かれた。
>「好きな金額を書くがいい。そして、その金を持って帰れ。それで貸し借りは無しにして貰おう。無論、他言もまかりならん」
「え?なにこれ尾弐っち、お金がもらえる感じなの?じゃあ僕いいや。尾弐っちにあげるよ」
生の大半を野良犬として暮らしてきたポチには金銭の価値が分からない。
人の姿を取るようになった今では確かに持っていると便利な気もしたが、
それでも金の価値が分かる尾弐に書いてもらった方がいいに決まっている。
「じゃ、僕はちょっと用事があるから……」
そう言ってポチはその場から姿を消そうとして――
>「晴空。我ら陰陽寮の崩壊を食い止めた恩人に対し、駄賃のみで手打ちにしようてか」
廊下から聞こえた嗄れた声に、動きを止めた。
「この声って、まさか……」
>「……伯父御……!」
「じーちゃん! 芦屋さんも!」
廊下から大広間に入ってきたのは、芦屋易子。
そして彼女に車椅子を押された安倍晴朧だった。
晴朧はそのままブリーチャーズの前にまでやってくると――皆の顔をじっと、順番に見つめた。
鋭い目つきが、ふと緩むのが、ポチには見えた。
>「……みな、善い顔をしておる。絶えて久しいと思うておったが……まだ、化生にもおぬしらのような面魂の者がおるのだな」
「我が手の者どもでは、敵わぬはずよ。陰陽寮も一から出直しの機会か……。この儂も含めてな」
晴朧が畳に両手をついて頭を下げる。
陰陽寮の長が妖怪の前に頭を垂れた――陰陽師達がにわかにざわめく。
権力や権威にいまいち理解の浅いポチでも、こんな事をさせてもいいのかと不安になった。
ノエルが慌てて各方面へのフォローに回っている。
これ以上口を挟むとそれはそれで失礼かと思って、ポチはそのまま奇妙な据わりの悪さを感じながら黙っていた。
>「この大恩、むろん金銭などでどうにかなる問題とは思ってなどおらぬ……が」
>「おぬしらが何か行動したいと言うのであれば、今後。陰陽寮は最大限の協力をさせて貰う。何をするにも、後ろ盾は必要であろう」
そうして続いた晴朧の言葉に、ポチの耳がぴくりと動いた。
陰陽寮の後ろ盾――それが報酬だとすれば、金銭よりもずっといい。
ドミネーターズの活動は今もなお続いている。
橘音が彼らに加わったのならその攻勢は今までよりも一層激しく、巧妙になるに違いない。
喧嘩っ早いだけの河童や狸には任せておけない。
多少無理な動きをしても陰陽寮の力なら、妖怪警察の目を瞑らせるくらいは出来るはず。
209
:
ポチ
◆CDuTShoToA
:2018/04/11(水) 22:15:26
>「それから。無礼ながら我が陰陽寮の情報網を用い、おぬしらのことを調べさせてもらった。それで耳にしたのだが――」
>「聞けば、おぬしらは妖怪裁判所の判決を受け、徒党を組むことを禁じられているとか。東京ブリーチャーズ……であったか」
>「もし、おぬしらさえ善ければだが……おぬしらが従来通り活動できるよう、儂から五大妖に掛け合ってみようと思うが……」
>「陰陽寮の要請とあらば、五大妖とて無碍にはできまい。いや、必ずおぬしらの望みに沿って見せよう」
>「……それが、おぬしらより受けた恩に対する我らのせめてもの礼。何卒、受け取って頂きたい」
だが晴朧からの提案は、ポチの予想を更に上回っていた。
東京ブリーチャーズの再結成。
妖怪警察の目も、内輪揉めばかりの河童や狸を気にしなくてもいい。
特訓代わりに、喧嘩している彼らをぶん殴れなくなったのは少し残念だが――
>「身に余るご厚情、雪妖界の次期女王御幸乃恵瑠の名において――ありがたくお受けします」
「っと……」
なんて事をぼんやり考えていたら、ノエルがいつになく真面目に受け答えをしていた。
慌てて、ポチも姿勢を正す。
人の姿を取っている今、この正座という座り方は極めて窮屈だが、その違和感は無理矢理意識の隅に追いやった。
「えっと……なんて言えばいいのか、分かんないけど……ありがとう、じ……晴朧さん。
また困った事があったらいつでも呼んでよ。助けに来るからさ」
後ろ盾がなくなったら困る、などという理由ではない。
初めこそ祈が助けたいと言ったから付き合っただけだったが――ポチはもう、この陰陽寮の人間達が気に入った。
彼らが欠けてしまうのは、嫌な事だった。
我ながら単純――すねこすりの血が混じっているからだろうかと、ぼんやり思案する。
――と、話が終わると晴朧は祈だけを暫し借して欲しいと言って私室に呼んだ。
祖父と孫――その間柄は、狼であるポチには今ひとつ、感覚的には理解出来ないものだ。
だがそれでも、何か特別に言葉を交わしたいのだろうとは察する事が出来た。
「……いってらっしゃい、祈ちゃん」
晴朧の私室の前まで移動して祈を見送ると、自分も約束を果たすべく――一緒に付いてきていた芦屋易子を見る。目があった。
>「本来、巫女頭という地位にありながら西洋魔術に手を染めたわたくしは、追放処分が妥当なのですが――」
最初に言葉を切り出したのは易子の方だった。
妥当なのですが――では、その通りにはならなかったという事か。
ポチは若干の緊張を感じつつ次の言葉を待った。
>「陰陽頭さまの格別のお計らいによって、西洋魔術から手を引くことを条件にお咎めはなしとなりました」
「……そっか。お咎め無し……うん、良かった。あんたが無事でぼくも嬉しいよ」
>「あの部屋も、埋めます。もう二度と、誰も立ち入らぬよう――浅はかなわたくしの、十数年の妄執と共に」
「そうしなよ、もう必要ないからね。……約束通り、僕らが安倍晴陽と出会った場所。教えるよ」
ポチはそう言って――だが芦屋易子は首を横に振った。
>「もう、よいのです。
「……なんだって?」
>古来よりどの神話を紐解いても、一度死した者とまみえようとして成功した試しはありませぬ」
「伊邪那岐男神をして成し遂げられなかったことを、只の人の身であるわたくしが成そうとした。それがそもそも誤りだったのです」
「でも……あんたは」
報われてもいいはずだ。いや、報われて欲しい。
そう言おうとして、ポチはしかし結局、口を噤んだ。
芦屋易子の表情は晴れやかだった。彼女はもう、乗り越えたのだろう。
ならば今更自分がその話を蒸し返すのはかえって彼女に悪い――そう考えた。
>「仲間を信じよと、晴陽さまは仰せになった……そうですね、豺狼の化生。いいえ、ポチどの」
「わたくしには、仲間などいないと思っていました。わたくしに理解者はおらず、また賛同者もおらず……常に孤独だと」
「……けれど。どうやら、それは間違いだったようです」
正直なところ――ポチはただ彼女の中にそうなっていたかもしれない自分を見て、だから救われて欲しいと思った。
ただ感情的に、形振り構わず動き、思いを口走っただけだ。
だからこうして改めて、かしこまった話をされるとややむず痒い気持ちにもなったが――ふとそこに巫女達が集まってきた。
210
:
ポチ
◆CDuTShoToA
:2018/04/11(水) 22:16:07
>「易子さま!」
「巫女頭さまーぁ!」
「あ!ワンちゃんとイケメン雪男!あとなんかヤクザっぽい鬼!」
「お孫さまの式神と、なに話してるんですかー?」
>「ふふ……、なんでもありませんよ。ただ、今後ともどうぞよしなに……と。そうご挨拶申し上げていただけです」
「……ワンちゃん。まぁそれでもいいけど。僕、犬じゃなくて狼なんだよね。一応覚えといてよ」
>「陰陽頭さまとお孫さま、いい雰囲気でしたよ!」
晴朧と祈の会話は上手い事いったらしい。それで祈の精神状態が良くなれば――
>「あたしたち陰陽寮と化生の者とがいい雰囲気なんて、なんかヘンな感じ」
「いやいや、でも、これからはそういう時代なのかもよ?そのためには、わたしたちも率先して化生と仲良くしなくっちゃ!」
「ってことでぇ!ノエルちゃん合コンしよ、合コン!イケメンの妖怪いっぱい紹介して〜!」
周りにきゃいきゃいと響く巫女達の声に、ポチの思考が寸断される。
芦屋易子がこほんと咳払いを一つして、彼女達を制した。
>「今になって、やっと。晴陽さまの仰ったことが分かりかけてきました」
「……仲間は、大切ですね」
「……ああ。賑やかで、良い群れだね」
かしこまった話にはいまいちどう答えていいか分かっていなかったポチだが、今度は素直にそう呟いた。
芦屋易子は穏やかな笑みを浮かべている。
彼女があれからどういう風に未練を完全に断ち切ったのか、ポチは知らない。
だが――西洋魔術に手を染め、ずっと皆に背き続けてきた彼女を、安倍晴朧は許した。巫女達もそんな事は気にもしていないようだった。
その温情と、憧憬、親愛が、彼女から未練を取り除いたのだとすれば――それは掛け値なしに、素晴らしい事だ。
「僕はさ、ここの人達と……いつも一緒にいる仲間にはなれないけど。
だけど……味方になら、もうなってるつもりだから。
さっきも言ったけど、困った事があればいつでも呼んでね」
211
:
ポチ
◆CDuTShoToA
:2018/04/11(水) 22:18:34
そして――その翌日から、ポチには殆どいつも通りの日常が帰ってきた。
朝は東京の人混みを、最近は車道にも挑戦しつつ、潜り抜ける。
昼は、牙はタイヤすら食い千切れるようになってしまったので、
今度は筋力を鍛えようとひたすら走り込みをする。
今までとの違いは――皆で集まる場所が事務所からノエルの喫茶店になった事。
そこに橘音がいない事。そして――祈もまた、その場を訪ねてこない事だった。
>「そっくりさんと仲が良すぎて近付けね―――――ッ!!」
「そういやノエっちも最近よく留守にしてるよね。なーにやってんの?」
>「どうしよう、このままじゃあ単に美少女になって中学校に潜入したかっただけの人になってしまう!」
「え、なに。そんな事してたの……祈ちゃんに会いに?」
ポチはカウンター席で、尾弐からお金を借りて買ってきた本を読んでいたが、それを一旦閉じるとそう尋ねた。
祈が自分達を避けつつある事には気づいている。だがそれでもいいのではないかと考えていた。
今回彼女はオセに手ひどく痛めつけられた。それでも運が良かった。
後から振り返ってみれば、オセは祈を絶望させろと命じられていた。
だから命までは奪われなかっただろうが――あの時、芦屋易子の到着がほんの数秒遅れていたら、彼女の足は切り落とされていた。
「右腕、まだ痛むって言ってたんでしょ?ゆっくり治るの待ってあげてもいいと思うけどね」
自分から漂う嘘のにおい。眉をひそめて鼻を鳴らし、鼻孔から追い出した。
とは言え、今のままで本当に良いのかは――正直なところポチにも分かっていなかった。
祈がいないのは当然だが寂しい。
けれども彼女が来たがっていないのなら、その気持ちを無理に曲げさせるのも良くない気がした。
無理に戦いに連れ出して怪我をさせてしまう事も避けたい。
自分達にそんなつもりはなくても、普段から一緒に過ごしていれば、戦いの時にだけ置いていかれる事に負い目を感じさせてしまうかもしれない。
ポチが悶々と悩んでいる内に、更に数日が過ぎて――
「今度は何をやらかしてきたのさ、ノエっち」
制服姿で走って帰ってきたかと思えば、それからずっと落ち込んでいるノエルに声を掛ける。
ノエルは顔を上げると何やら清々しい態度で視線を送ってきた。
本人は絶好の送りバントを決めたつもりらしいが、ポチにはさっぱり理解出来なかった。
「……そりゃ僕もさ、祈ちゃんが来てくんないのは寂しいよ。
でも仕方なくない?やめたげようよ、祈ちゃんが来たがらないのに無理強いするのは」
自分だって祈が来てくれないのは寂しい。
だから何度も考えた。
「いいじゃないか。祈ちゃんが来れない分まで、僕らが強くなろうよ。
それでドミネーターズをやっつけよう。
ヤバい戦いがなくなれば、祈ちゃんもまた来てくれるようになるかもよ」
それでも結局――祈がそれを望んでくれないのなら、全てはただの自己満足。
結局、悩みの答えは最後にはそこに辿り着いた。
「それまでは、僕らが祈ちゃんを守ってあげる。そういう気持ちでいれば……」
だが不意に、ポチは言葉を途切れさせた。
何かが胸の奥で引っかかった。
根拠はないが言葉を続ける事に抵抗を感じた。読んでいた本を閉じる。
なんとなく右手を頭に添えようとして――ポチの視線がカウンターの上に落ちる。
ぴかぴかに磨かれたカウンターに映った自分と目が合った。銀毛の王冠を被った自分と。
瞬間、ポチは自分が感じた抵抗の正体を理解した。
「……ごめん。今のやっぱなし」
仲間はただ、守ってやればいい。
それは――かつてロボが陥った間違いだ。
無意識に『獣(ベート)』の誘導を受けていたのか。それとも自分も同じ答えに迷い込んでしまったのか。
どちらにせよ――そこで足を止める訳にはいかなかった。
212
:
ポチ
◆CDuTShoToA
:2018/04/11(水) 22:20:03
「ちょっと祈ちゃんちに遊びに行ってくるよ」
そう言い残すとポチは次の瞬間には、その場から姿を消していた。
祈の家の場所は分かる。送り狼の足ならすぐに辿り着けた。
玄関からお邪魔しても良かったが、拒否されても困る。
ポチは人型に変化すると、祈の部屋の窓めがけ跳躍。
窓枠に指をかけて体を引き上げ――不在の妖術を使用。
「やっほー、祈ちゃん。腕の調子はどう?」
窓をすり抜け、祈の部屋の中へ。
「いや、やっぱいいや。答えなくても。聞かなくたって分かるもん。僕の鼻の良さは知ってるでしょ?」
狼犬の姿に戻ると、ポチは祈を見上げて、じっと見つめた。
「……そう、聞かなくたって分かっちゃうんだ。祈ちゃんが怖がってる事も、不安がってる事も」
数日前、病室で祈と会話した時、ポチは彼女の胸中を暴いても良い事など何もないと考えていた。
だが今は、それが間違っていたと思う。
「まっ、何もかも手に取るように……とはいかないけどね。
何が怖くて、何が不安なのか……そこまでは分かんないんだ」
あの時、彼女から目を逸らさずに話をするべきだった。
「……でも多分、聞いても教えてくんないでしょ。
だから……代わりに僕が話をするよ」
本当ならみんなで話をして、祈がその心にどんな傷を負っているのか知ってあげるべきだった。
それが出来なかったから、きっと、傷はかえって膿んでしまった。
もう普通に話をしようとしても、きっと祈は応じてくれないだろう。
だからポチは――少し強引なやり方で、話を始めようとしていた。
「あ、でも勘違いしないでね。僕は別に、無理に祈ちゃんを引っ張り出すつもりはないんだ。
本当に心から「そうだ」と思っちゃったら、もう誰かの言葉なんて響かないんだって、知ってるからね。
あの子が……シロちゃんがロボに食われた時、僕もそうだったから」
あの時、裏切りを吐露したポチをノエルと尾弐は許してくれた。励ましてくれた。
そしてそれでもなお、ポチは心無いモノになりたいと望んだ。
「だけど……うん、そうだ。あの夜の話をしよっか。
あの時、僕は……もうポチでいたくないって思ったんだ。
こんな事になるならもう、誰かを守りたいとも、覚えていて欲しいとも思いたくないって」
久しぶりに会った祈は少しやつれたようにも見えた。
ポチは喋りながら、祈の足元に擦り寄る。
「でも戻ってこれた。君が、シロちゃんを連れて行ってくれたから。
ああ、そうだよ。君のおかげなんだ。
君がシロちゃんを助けてくれたから、今の僕がいるんだ」
衝動的にここまで訪ねてきたポチは、何を言えばいいのか今も確信を持てずにいた。
考えている心の余裕もなかった。
「君があの時、銀の弾丸を使わず待ってくれたから、僕はロボを王様として終わらせられた。
こないだの、陰陽寮の事だってそうさ。僕は……別に陰陽寮なんて初めはどうでも良かった。
君が助けたいって言ったから、助けに行ったんだ」
だからただ自分の中にある気持ちを、一つ一つ言葉にする。それだけを考えていた。
そして――ポチは数秒黙り込んだ。
ここから何を言うべきか。何を言えばいいのか。一度落ち着いて考える。
そして――
213
:
ポチ
◆CDuTShoToA
:2018/04/11(水) 22:23:20
「……僕らが陰陽寮で見た橘音ちゃん。アレはきっと本物だったよ」
そう、話を切り出した。
「僕の鼻と耳と……『獣(ベート)』がそう言ってるんだ。
だけど……橘音ちゃんが本心から裏切ったとも、思わない」
ポチは一度祈から離れると、改めて彼女と目を合わせた。
「……妖怪にはね。良い面と悪い面があるんだ。
ほら、この僕もさ。今の僕は良い送り狼」
そう言った直後、不意にポチの体が膨れ上がる。
獲物を転ばせた時のような、天井に頭が擦れるほどの禍々しい巨体。
無論これは妖気の高まりを伴わない。ただの張子の虎ならぬ、張子の狼同然だが。
「そんでもってこれが、悪い送り狼さ。こうなるきっかけは知ってるよね。
僕が誰かを転ばせる事……もし間違って祈ちゃんやノエっちを転ばせたら。
どんなに嫌がっても僕はこうなっちゃうだろうね」
もっとも「今のは座っただけだよね」と聞けばそれだけで回避出来る事だ。
なので普段、皆に擦り寄る時はさほど気にしていないが――そうなる可能性はある。
「橘音ちゃんにも、何かきっかけがあったのかもしれない。
赤マントの奴はそれを知っていたのかもしれない。
だとすれば……やっぱり橘音ちゃんは僕らを裏切ってなんかなかったのかも」
ポチの体が縮んで狼犬の姿に戻る。
一度、ポチは祈の表情を確認した。
少しは希望を感じてくれているだろうか。
「……だけど、そこで手詰まりなんだ。だって僕らにはそのきっかけが分からないから。
どうすれば橘音ちゃんを元に戻せるのか分からない。だから……」
だが、ポチは祈に希望を与える為にこの話をしている訳ではなかった。
ただ――
「だからやっぱり、橘音ちゃんが僕らの敵に回るなら……
僕らも橘音ちゃんを殺すしか、道はないのかもね」
選ばせたかった。一緒に戦うのか。
それともただ守ってあげればいいのか。
「昔の僕には、こんな事絶対言えなかった。でも今は違う。
今の僕にはシロちゃんがいる。芦屋さんや、祈ちゃんのお爺ちゃんも、なんだか気に入っちゃった。
それに君が戦えないなら、僕が守らなきゃいけない。君の住む、この東京を」
それを祈自身に選ばせる為に、ポチはこの話を始めた。
ロボは守るだけでは駄目だと言った。だから選んでもらうのだ。
祈が戦たくないと心底思っているのなら、無理に頼ろうとする事はかえって彼女を苦しめるだけだ。
本音を言えば彼女に立ち直って欲しいが――それを強いる事は、ポチはしたくなかった。
狼に襲われれば、獲物は逃げ回る。だがそれは正しい反応だ。
傷ついた心が、これ以上傷つかないように逃げる事は、何も悪い事じゃない。
「今の僕なら。みんなを守る為に、橘音ちゃんを漂白出来る」
ポチはそう言うと、祈に背を向けて窓に近づいた。
言うべき事は言った。後は彼女がどちらの道を選ぶかだ。
「……君の口から、もう誰かを助けに行こうって言葉が聞けないのは寂しいよ」
最後にそう呟いて、ポチは窓をすり抜けて飛び出し――姿を消した。
214
:
尾弐 黒雄
◆pNqNUIlvYE
:2018/04/16(月) 23:50:08
>「一体いれば、人間の大都市を跡形もなく滅ぼすことさえ造作ない『大妖怪(レジェンダリー・クラス)』が三体!」
>「それがなぜ、こんな東アジアの一都市にいる!?い、いや、それよりも……なぜ!」
>「なぜ、あんな非力な半妖の小娘の式神などやっているのだ!?理解できぬ……理解できぬ!」
>「貴公らのような者がいるなど、参謀どのは一言も――!」
>「なにゆえ!そんな貴公らが人間を守ろうとする!?愛を肯定する!?貴公らは――」
>「――いったい!何者なのだ……!?」
「さてな……まあ、これからテメェを殺すんだ。なら、テメェにとっての悪魔なんじゃねぇか?」
ポチの威圧により精神の支柱をを折られたオセが人々の姿を戻す中、
シャクスとヴァサゴを文字通り惨殺し合流した尾弐は怯えるオセに対し吐き捨てるようにそう言葉を掛ける。
二体の悪魔の返り血と、自身の血液。
赤銅色に塗れながら、口の端から妖気を霧の様に垂れ流すその様子は、ある意味では悪魔よりも悪魔じみており、
このままであればそう遠からぬ未来に、オセを殺害するであろう事は誰の目で見ても明らかであった。だが。
>「おっ!ギリギリ間に合った感じかな?宴もたけなわってところですね、アハハ!」
そんな緊迫した状況の中で聞こえてきた声。
聞きなれた呑気なその声こそが、尾弐に悪意の引金を引く事を止めさせた。
>「ふふ……お久しぶりです、皆さん。お元気そうで何より!と言っても10日くらいですか?あんまり離れてた気はしませんねえ!」
>「なんだ貴様――もう出てきたのか。残念ながらノエルの奴はすっこんでおるわ!
>そのカラーリングは2Pバージョンか? しかし色が反転しただけでナルシスト感が半端ないな――」
「……那須野、か? お前さん何で……いや、どうやって此処に来たんだ?」
那須野橘音。東京ブリーチャーズの頭目。
罪を問われ、地獄へ捕えられた尾弐の戦友。
もはや永劫会えない可能性も有った人物とのあまりに唐突な再会に、尾弐は戸惑いの色を隠せない。
だが……再会出来た事に喜びの感情を覚えない訳も無い。尾弐は、深雪の言葉に乗る様に挨拶がてらにに軽口でも叩こうとし
>「参謀どの!」
>「オセさんたちが上手くやっているかどうか確認にね……。まずは目標達成ってところですか、さすがオセさん。すばらしい!」
そこで、覚えた違和感に開きかけた口を閉じる。
――――何故、那須野橘音は眼前の悪魔に親しげに話しかけている?
――――何故、悪魔は那須野橘音に縋る様な言葉を吐いている?
215
:
尾弐 黒雄
◆pNqNUIlvYE
:2018/04/16(月) 23:50:35
眼前で織りなされる会話。
続けられるそれから尾弐の思考は解を導き出しつつある。
だが、尾弐の感情は必死にそれを否定する。
これまでに積み重ねてきた日々を根拠として、『そう』である筈が無いと理性の声を覆い隠そうとする。
けれど……現実は抜身の刃のように尾弐の感情を切り伏せる。
>「400年の封印刑を喰らったはずなのに、ボクがどうしてここにいるのか分からない……といったお顔ですね」
>「簡単な話です。ボクは助けてもらったんですよ……『彼』に。そして妖怪大統領に」
「……やめろ」
>「ああ。皆さんには黙っていたんですが、実はボクは元々『こちら側』……西洋妖怪側の化生なんです」
>「大昔、『彼』に一度喪った命を助けてもらった。そして……また。400年の封印刑から解放してもらった」
>「受けた恩は、返さなければいけないでしょう?」
「……頼む。やめてくれ、まだ間に合う」
尾弐の願いは叶わない。いつだって望む物ほど指の間をすり抜けていく。
血が滲む程に強く拳を握りしめる尾弐を前に、今回の策略を練り、祈に絶望と言う刃を突き刺した黒い狐面の妖怪は宣告する。
>「ボクの名前はアスタロト。序列第29位、10の大軍団を統率する魔界の大公――」
>「でも、皆さんは今まで通りの呼び方で呼んでくださって結構ですよ。『橘音ちゃん』……って」
「……っ!」
――――そうして、尾弐の言葉に耳を貸すことも。声を掛ける事も無く。
那須野橘音は。妖壊は。尾弐の敵は。
現れた時と同じように立ち去って行った。
>「とりあえず救急車! 黄色い救急車! ミカエルさん起きて! おじいちゃんの解呪しなきゃ!」
「……ああ、そうか……そうだな。とりあえず、例の病院に電話入れとかねぇとな」
暫くの間呆然と佇んでいた尾弐は、己の胸に去来する赤黒い感情を持て余し、
やがて、それを誤魔化す為に負傷者の救助の手伝いを始めるのであった……
216
:
尾弐 黒雄
◆pNqNUIlvYE
:2018/04/16(月) 23:51:13
――――そして、事件から暫く立って後。
祈の怪我が、少なくとも表面上は完治した頃。
尾弐は他の東京ブリーチャーズの面々と共に安部家へと呼び出された。
以前とは違い、来客として通された屋敷の大広間は、先の事件の被害を受けなかったのであろう。
空間自体が厳かな空気を纏っており……
>「此度のことは、大儀であった」
……そして、その厳かな空気は尾弐達の眼前に座る晴空の渋面により台無しになっていた。
>「よもや、あの尾瀬らが伯父御の呪殺を企んでおったとは……。それに10数年も気付かなんだとは、いい恥さらしよ」
>「そして何より……それをうぬら化生どもが看破し、あまつさえ撃破し。我らは指を銜えて見ておるしかなかったとは――!」
>「あのオッサン、顔に似合わず器用だねえ。あんな嫌そうな顔しながら相手を褒める人、初めて見たよ」
「そう言いなさんな。功績を認めて反省出来る分、そこらの人間と比べちゃ随分と上等だぜ」
ポチの呆れ交じりの言葉に対して、尾弐は淡々とした小声で返事を返す。
元より、人間に対して大きな期待をしていない尾弐だ。
今回の事件の責任を押し付けられる可能性すらも視野に入れていた為、晴空の対応は許容範囲内であった。
>「好きな金額を書くがいい。そして、その金を持って帰れ。それで貸し借りは無しにして貰おう。無論、他言もまかりならん」
>「え?なにこれ尾弐っち、お金がもらえる感じなの?じゃあ僕いいや。尾弐っちにあげるよ」
「……そんじゃあ、とりあえず4億くらいふっかけとくか」
故に、次に差し出された小切手とペンを見ても思う事は無い。
強いて言うのであれば、友好的でない相手に白紙の切手を出す金銭感覚の欠如に呆れている程度だ。
明王連に何の経緯も無い尾弐は、恩賞として出すには多すぎる、
されど事件が明るみに出た場合の工作費用と比べれば安すぎる金額に辺りを付け、ペンを手に取ろうとし
>「晴空。我ら陰陽寮の崩壊を食い止めた恩人に対し、駄賃のみで手打ちにしようてか」
>「……伯父御……!」
>「じーちゃん! 芦屋さんも!」
そこで現れた人物達に驚き、手を止めた。
芦屋易子、安部晴朧
今回の事件の中核に居た二人は、車椅子を伴い尾弐達へ近づき、晴空が金で手打ちにしようとする事を諌めた。
そして、未だ体調が芳しくない様に見える老人、晴朧は畳に手を付き――――尾弐達へ、頭を下げたのである。
>「世話をかけた。おぬしらの働きに対しては、この安倍晴朧――どれほど感謝の言葉を尽くそうとも足らぬ」
>「わーっ! お礼ならミカエルさんに言ってあげて! といってもどこにいるのか分かんないけど!
>あの時ミカエルさんがオセを止めてくれなかったら正直危なかったしそもそも解呪してくれたのもミカエルさんだし!」
止める間も無いその態度、ノエルが慌てる程の事態に、明王連の者達はざわめき出す。
それも当然と言えるだろう。
実情はどうあれ、妖怪を滅する者達が妖怪へと頭を下げるという事は、警察が暴力団に頭を下げるに等しい事なのだ。
普段であれば皮肉の一言でも吐くであろう尾弐も、予想だにしなかった事態に閉口する事しか出来ない。
そんな尾弐達に対し、晴朧は言葉を続ける。
217
:
尾弐 黒雄
◆pNqNUIlvYE
:2018/04/16(月) 23:51:56
>「この大恩、むろん金銭などでどうにかなる問題とは思ってなどおらぬ……が」
>「おぬしらが何か行動したいと言うのであれば、今後。陰陽寮は最大限の協力をさせて貰う。何をするにも、後ろ盾は必要であろう」
>「もし、おぬしらさえ善ければだが……おぬしらが従来通り活動できるよう、儂から五大妖に掛け合ってみようと思うが……」
>「陰陽寮の要請とあらば、五大妖とて無碍にはできまい。いや、必ずおぬしらの望みに沿って見せよう」
>「……それが、おぬしらより受けた恩に対する我らのせめてもの礼。何卒、受け取って頂きたい」
>「すごくありがたい話だけど、いいのかな? そんなに色々して貰って……」
>「身に余るご厚情、雪妖界の次期女王御幸乃恵瑠の名において――ありがたくお受けします」
>「えっと……なんて言えばいいのか、分かんないけど……ありがとう、じ……晴朧さん。
>また困った事があったらいつでも呼んでよ。助けに来るからさ」
「……随分と自罰的だな。妖怪と交渉なんて、あんた達には屈辱だろうに」
更に、告げられた晴朧の言葉。
陰陽寮が五大妖を取りなし後盾となる事で、東京ブリーチャーズを再興するという提案。
それは、尾弐にとってある意味で先の謝罪よりも衝撃的であった。
妖怪の敵対者が妖怪の為に動いた事が表沙汰になれば、権力に傷がつくのは晴朧とて承知しているだろう。
だが、それを承知のうえで手を貸すと――――味方になると言うのだ。
その行動にはどれだけの誠意と善意が込められている事であろう。
尾弐は、困った様に頭をガシガシと掻き……大きく息を吐いてから口を開く。
「まあ、こっちとしちゃあ渡りに船だ。手ぇ貸してくれるなら喜んで使わせて貰うぜ」
ノエルとポチの二名と違い、善意を正面から受け止められず、どこか距離を感じるその返事。
それは……尾弐が、晴朧の息子の死に関わっていたが故に引け目であるのだろう。
>「……いってらっしゃい、祈ちゃん」
そうしてその後。話を終え、祈一人だけが晴朧の私室に呼び出された
そこで尾弐は、歩いていく祈の背中に思い出したかの様に声を掛ける
「そうだ……祈の嬢ちゃん。見舞い、行ってやれなくて悪かったな」
それは謝罪の言葉。悪魔たちとの戦いの後、尾弐は祈の見舞いに行っていなかった。
戦闘のダメージが深刻であった事もあるが……那須野の件に関して、尾弐自身にも気持ちの整理が必要であったのだ。
だが、この場での晴朧とのやり取りを見て、ようやくそれに思い至るだけの心理的な余裕が出来たのだろう。
かくして部屋に残されるのは、家族では無い者達のみとなる。
その中で尾弐は、壁に背を預けポチに語りかける芦屋易子の言葉へと耳を傾ける。
彼女が何を願い、何を成そうとしたかは聞いている。
そして……それが成されなかった事も。
尾弐としては、彼女がまだ抱いた願いを叶えようとしている様であれば、柄にもなく小言の一つでも吐こうと思っていたが
218
:
尾弐 黒雄
◆pNqNUIlvYE
:2018/04/16(月) 23:52:23
>「陰陽頭さまの格別のお計らいによって、西洋魔術から手を引くことを条件にお咎めはなしとなりました」
>「伊邪那岐男神をして成し遂げられなかったことを、只の人の身であるわたくしが成そうとした。それがそもそも誤りだったのです」
>「そっか……。だけど、僕達があの世界で会ったってことは死にはしたけど”滅び”てはいない。
>だから――ずっとずっと先の未来でまた会えるかもよ? お互いそうとは気付かないかもしれないけど、ね」
>「仲間を信じよと、晴陽さまは仰せになった……そうですね、豺狼の化生。いいえ、ポチどの」
>「わたくしには、仲間などいないと思っていました。わたくしに理解者はおらず、また賛同者もおらず……常に孤独だと」
>「……けれど。どうやら、それは間違いだったようです」
……どうやら、その心配は無用のものであった様だ。
死に囚われ続けていた女は、自分に差し伸べられていた手に気付く事が出来た。
恐らく彼女は、これからは前に進んでいけるのだろう。
>「易子さま!」
>「巫女頭さまーぁ!」
>「あ!ワンちゃんとイケメン雪男!あとなんかヤクザっぽい鬼!」
> 「お孫さまの式神と、なに話してるんですかー?」
>「……ワンちゃん。まぁそれでもいいけど。僕、犬じゃなくて狼なんだよね。一応覚えといてよ」
「ヤクザっぽいってなぁ……まあ、喪服も連中ご用達の黒スーツも似たようなモンだがよ」
故に、尾弐は今更彼女に声を掛けるような真似はしなかった。
ただ、歓談する易子達の様子を見て、此処に居ない狐面の妖怪の姿を思い出し
少し眩しそうに、語らう芦屋易子とポチ、巫女たちとノエルの姿を眺め見るのであった……。
219
:
尾弐 黒雄
◆pNqNUIlvYE
:2018/04/16(月) 23:52:53
例えどれだけの傷を受けようと
例えどれだけの痛みに嘆こうと
それでも日々は巡る。
その例に漏れず、尾弐もまた日常へと回帰していた。
昼間から酒を飲み、夜になれば街に出て妖壊を狩る
……まるで不良中年の様な日々を繰り返す、自堕落な生活に。
尾弐の現状がその様になってしまっているのは、葬儀屋を休業している影響が大きい。
そう、今回の件が長くかかると見込んだ尾弐は、明王連に向かう前に1年間の休業手続きを行っていたのである。
だが、結果はどうあれ事件が長期間に渡らない内に決着を見せたが為に、急遽時間が出来てしまい、それを持て余してこの有様という訳だ。
……最も、尾弐が妖怪である以上自堕落な生活の影響は薄い。
というか、日中休むようになったお蔭か、少し若返ったかの様にすら見える。
そんな訳で、最近の集合場所であるノエルの喫茶店に昼間から入り浸っていた尾弐であるが
>「そっくりさんと仲が良すぎて近付けね―――――ッ!!」
>「そういやノエっちも最近よく留守にしてるよね。なーにやってんの?」
>「どうしよう、このままじゃあ単に美少女になって中学校に潜入したかっただけの人になってしまう!」
>「え、なに。そんな事してたの……祈ちゃんに会いに?」
「良く出かけるたぁ思ってたが、何白昼堂々ヤベェ行為してやがんだ……つか、祈の嬢ちゃんが姿見せねぇ理由それじゃねぇよな?」
尾弐が店の厨房で勝手に大学芋を作っている最中に帰宅を果たしたノエルもといみゆき。
そのあまりな発言に、思わず呆れ声で突っ込みを入れる事となった。
みゆきの取ったその行動が、事件以降集まりに姿を見せなくなっている祈を気遣ってのものであろう事は判る。
>「右腕、まだ痛むって言ってたんでしょ?ゆっくり治るの待ってあげてもいいと思うけどね」
「……そうだな。傷ってのは本来、治るのに時間が掛かるモンだ。ま、ゆっくり見守ってやろうぜ」
だが、尾弐はみゆきのその行為をあまり好意的には捕えていない様だ。
ポチのどこか戸惑い交じりの言葉に便乗する様に気のない言葉を吐くと、
転がり付かれて突っ伏すみゆきの頭の上に大学芋の皿を乗せて冷やしつつ、言葉を続ける。
「それに……妖怪と戦うより、学校で過ごす日々を大切に思えるようになったなら、そりゃあいい傾向だろ。
子供にわざわざ辛い事をさせる必要もねぇさ。遠ざけてやるのも優しさってモンじゃねぇか?」
寂しげに言うその言葉に嘘は無い。尾弐の本心である。
だが……尾弐は気づいていない。
自身のその言葉が、数日後にポチが危惧する事となる狼王の間違いと、良く似ている事に。
220
:
尾弐 黒雄
◆pNqNUIlvYE
:2018/04/17(火) 00:14:58
――――そして、それから更に時は経ち。
ポチが祈の元を訪れて、3日が経った日の事。
その日の朝、祈は起き抜けに卵が焼ける香ばしい臭いを感じ取る事となるだろう。
耳を澄ませば、聞こえてくるのはコトコトと沸騰する鍋の音と、トントンと包丁が食材を刻む軽快な音の二重奏。
……だが、祈の頭に残る眠気が飛べば気付く筈だ。
包丁を刻む音の間隔が、或いは沸騰する鍋の火加減が、祈の祖母のものでは無いという事に。
そして、台所を覗き込めば、祈はそこで異様な光景を目にする事が出来る。
「おう、おはよう。もうすぐ朝飯が出来るから、先に顔洗ってきちまいな」
即ち、エプロンを嵌めた喪服の大男――――尾弐が、祈の家の台所で朝食を作っている姿を。
……
「……いや、驚かせちまって悪かった。祈の嬢ちゃんの婆さんが、町内会の会合で夕方まで留守にするって話を聞いてな。
その間、留守を任せてくれる様頼んであったんだ。てっきり嬢ちゃんには伝わってるとばかり思ってたんだが」
朝一から衝撃的な光景は繰り広げられたものの、理由を聞けばどうという事は無い。
尾弐が、祈の祖母に留守を任せてくれるよう頼んだ。それだけの話であった。
「これまでの婆さんなら、俺が敷居を跨ぐのも許してくれなかったんだが……
まあ、前回の件もあって護衛としてなら居る事を許容してくれたって事かもしれねぇな」
机の上に、オムライスとコンソメスープを二人分用意しながらそう語ると、尾弐は祈にスプーンを手渡し食べる様に促す。
オムライスは、焦げ目なく作られた黄金色の卵部分と、鶏肉を大目に使った濃い目の味付けが見た目に食欲をそそり、
コンソメスープはくたくたになるまで煮込んだ野菜が出すうまみ成分が、空腹を刺激する臭いを撒き散らかしている。
暫くの間、傷の具合や、転校生的な問題で学校生活を不自由していないか等、たわいも無い会話を投げかけていた尾弐であるが、
食事も終わりにさしかかった頃に暫く沈黙し……やがて、覚悟を決めたかの様に口を開く。
「このオムライスはな、颯……お前さんの母さんに作り方を教わったんだ」
「子供が生まれたら作ってあげる予定の得意料理だ、って言ってな。料理を始めたばかりの俺に教えてくれたんだよ」
固い口調のまま、だが祈から視線を逸らさずに尾弐は続ける。
「今日、俺が嬢ちゃんの所に来た目的はな――――祈の嬢ちゃんに、今後の戦いから手を引く事を勧める為だ」
――――
221
:
尾弐 黒雄
◆pNqNUIlvYE
:2018/04/17(火) 00:43:50
――――
「前回の事の顛末は聞いてるな。……那須野が敵に回った。そして、祈の嬢ちゃんを絶望させる事を宣言した」
黒面の那須野について語る尾弐の口調は険しく、うっすらと憎悪と……別の感情が混ざった複雑な色が見て取れる。
「……那須野が敵に回った以上、今後の戦いはこれまでの様にはいかねぇ筈だ。これまであいつが敵に向けていた手腕は、俺達に向けられる。
心理的にも、戦略的にも、あらゆる手段で追い詰めて来るのは間違いねぇ」
「恐らく―――――人も死ぬ。今回みてぇに。或いはそれ以上に」
そのまま一呼吸置き、尾弐は続ける。
「その死んだ理由が自分自身であった時……被害者が身近な人間であった時、それに嬢ちゃんは耐えられるか?」
そこまで言って、自分の言葉が余りに冷たいものになっている事に気付いたのだろう。
尾弐は一度咳をして仕切り直す。
「嬢ちゃんは、頑張ったさ。強大な妖怪でもねぇのに、傷だらけになりながら……それでも目の前の人間を救ってきた。
どうしようもねぇ妖壊を倒す事で、被害を食い止めてきた。そいつぁ、並みの妖怪や人間には真似できねぇ事だ。すげぇと思うぜ」
だから
「……もう、いいんじゃねぇか?」
吐き出される言葉は、非道く優しい。労わるような慈愛の気配させ見て取れる。
「もう、十分だろ。お前さんは良くやったよ。だから、これ以上傷つく必要はねぇだろ。
こんな血まみれの生活は忘れて、同じ年の奴らと楽しく過ごしていけばいいんだ」
そして、自身でも卑怯だと思いながらも尾弐は言葉を加える。
「俺が言える立場じゃねぇのは重々承知してるが……颯も晴陽も、お前さんが幸せに生きる事を望んでる筈だぜ」
死者の言葉を騙る事への罪悪感か、尾弐は食べ終えた食器を流し台へと運ぶ為に席を立つ。
そして、祈に背を向けたまま言葉をかける
「那須野の事なら心配すんな。妖壊になった以上――――アレは俺がきっちり始末してやるさ。嬢ちゃんに手は出させねぇよ」
言葉に嘘は無い。それは尾弐の意志を明確に示している。
もしも祈が尾弐の甘い毒の様な言葉に従うのならば、彼は全力で約束を、祈の日常を守る事だろう。
出会う妖壊を全て情け容赦なく殲滅し、那須野と東京ドミネーターズに対しても、持ち得るあらゆる悪意と暴力を持って戦う事だろう。
もとより、那須野が東京ブリーチャーズを去った時点で、尾弐黒雄には敵を殲滅するまで戦う以外の未来は無いのだ。
ならば、祈一人だけでもその宿業から守れる事は尾弐にとって僥倖なのである。
……その後、一頻り掃除や後片付けをした後、昼食用兼夕食用の肉じゃがを作ってから尾弐は祈の家を出た。
「……嬢ちゃんがどうするかは、嬢ちゃんの判断に委ねるつもりだがよ。嬢ちゃん自身が苦しい選択は選ぶんじゃねぇぞ」
そう言い残して。
……仲間は、仲間の為を想い言葉を掛ける。
けれど、その言葉が必ずしも金言であるとは限らない。
今回において、尾弐の言葉はある種の毒だ。自分自身を許させる為の甘言だ。
だが、尾弐がそんな言葉しか掛ける事が出来なかったのは仕方ないと言えるだろう。
間違った者からは間違った答えしか返って来ない。
尾弐自身が取り返しがつかない程に間違っているのに、どうして彼が祈に正しい言葉を掛けられただろうか。
……願わくば、祈が尾弐の言葉に惑わされない事を。
ノエルの願いと、ポチの希望をこそ選んでくれる事を。
那須野橘音――――悪魔によって齎された不協和音を鳴らしながら、それでも日々は巡る。
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