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仮投下スレ

1名無しのゾンビ:2023/02/02(木) 20:16:09 ID:30586xrM0
仮投下スレです

145 ◆IOg1FjsOH2:2025/12/26(金) 23:40:32 ID:AzpFR/g20
>>144
ご返答ありがとうございます。
企画主さんには本投下の許可を頂きましたが諸事情により今回は没とさせて頂きます。
この度はお手数をお掛けして申し訳ありませんでした。

146 ◆8vsrNo4uC6:2026/02/13(金) 20:51:51 ID:BUexceC.0
仮投下します

147We Were Friends ◆8vsrNo4uC6:2026/02/13(金) 20:55:43 ID:BUexceC.0


ーー蓮さん、復讐についてあなたはどう考えますか?

『珍しいね、君がそんなことを聞くなんて』

ーーそうでしょうか? この手の問答はいつも行っていると思いますが。

『自分の中ですでに答えの出ている事を問うなんて君らしくはない。そうだろう?』


『まあいいさーー』


『興味深いテーマだ』






 冷たい夜の風に、エネリットは目を覚ました。

「……寒っ、」

 身震いし、上体を起こす。
 どうやら芝生で横になってから、少しうたた寝していたようだ。
 昼間は照りつける太陽があんなに眩しく、暑かったのに。

 傍には、硬直した叔父セルヴァインの屍がある。
 今にも泣き出しそうな表情を浮かべて虚空を見上げている。
 瞬きをせずすっかり乾いたその目を見て、エネリットは彼が死んだんだと再確認させられた。

「……さて、どうしよう」

 復讐は果たした。
 これから何をしよう。
 自由に、色んなことができる。
 だからこそ、何をするかを迷ってしまう。

 恩赦など信じていない。
 たとえそれが本当だったとしても、今この時点で刑務に携わる受刑者たちはごく僅かで、みな実力者ばかり。
 進んで恩赦を取りに行くのは無理がある。
「……」

 叔父の屍を見下ろし、エネリットは、恩赦ptを自分のために使うことに決めた。
 まずは物言わず倒れる叔父の首輪から、恩赦ptを回収する。
 電子音と共に、エネリットのデジタルウォッチの表示に100ptが加算される。

 デジタルウォッチを起動し、交換リストをなんとなく見ていく。
 味気ないレーションや物騒な銃火器まで、一通り揃っている。
 食糧の一部と水はブラックペンタゴンからこっそり持ってきた。
 50ptの治療キットを購入することも、決めていた。
 
 逡巡し電子の画面を操作していると、『好きな衣服:10pt』という表示が目に入った。
 エネリットは思う。そういえば、今着ている囚人服、汚れて濡れて、気持ち悪いな。
 貴重な恩赦ptを消費し衣服を着替えることで、後々何かしらのデメリットはあるのかもしれない。
 だが、エネリットは、『とりあえず着替えたい』という今の感情に従い、衣服を購入することを決めた。
 寒く、上着がほしかったのもあったし、人生の目的を果たしたので、何かしら自分に褒美を与えたかったのだ。

 衣服は好きなコーディネートを組み合わせ、一まとめで10ptらしい。
 選択に迷った時のためか、あらかじめ既にまとめられたセットもあった。
 エネリットは少し迷ったが、自分で組み合わせを選ぶことに決めた。服を選んでゆき、購入の文字をタップする。
 購入できる衣服の中に、ハルトナ王国の礼服や民族衣装もあったが、エネリットには興味がなかった。

 治療キットと衣服が転送される。
 食糧の残りを食べ切り、説明書の通りにキットを使い、転送されてきた服に、袖を通す。
 

 ほとんど黒一色の組み合わせだった。
 チェスターコートとスラックス、首付きのニット。
 堅い印象を与えるブーツ。
 ささやかな銀の首飾りには、小さな赤い石が散りばめられている。
 一見動きにくいようで、開闢以後の特別な技術のためか、しっかり動く分には不自由なかった。

 娑婆の一般的な少年が着るような、カジュアルな冬服。
 だが、青年がそれを纏うとどこか気品がある。
 エネリットは、かつて図書室で読んだモンテ・クリスト伯の挿絵の姿を思い出していた。
 新品の服は、やはり心地が良かった。

「………」

 暖かい服に着替えた。
 だが、またやることがなくなった。
 上着のポケットに手を入れ、なんとなく、空を見上げた。
 作り物の世界の星空が輝く。

 エネリットはそんな星々を見て、かつてマーガレットが誕生日に振舞ってくれたアップルパイのつやを思い出した。




148We Were Friends ◆8vsrNo4uC6:2026/02/13(金) 20:57:23 ID:BUexceC.0


 エネリット=サンス・ハルトナは、たった2歳で『王族罪』という罪を着せられアビスに投獄された。
 本当の親がどういう人間だったのかも知らず、物心つかないうちから、エネリットにとっての育ての親はアビスに生きる人々だった。 
 刑務官、看守、囚人。様々な人物がエネリットに関わり、育て、知を授けた。

 生まれながらに身についた気品。
 監獄で育つ中で得た泥臭さ。
 だがエネリット幼い頃から持っていた最大の武器は、何に対しても決して物怖じしない事だった。
 囚人たちの嫌う刑務官に人懐こく接し、満更でもない感情を覚えさせた。
 裏社会の住人たちや、社会からあぶれこの深淵に来ざるを得なかった者たち。
 刑務官たちが疎う彼らにも偏見なく接し、その信頼を勝ち取った。
 いつしかエネリットの存在はアビス中に広く知れ渡ることとなりーーこの監獄に関わる全ての者たちが、敬意と畏怖を込めて少年を『アビスの申し子』と呼ぶのに、そう時間はかからなかった。





 エネリットは当時8歳だった。
 彼は、人工太陽の照らすアビスの中庭にいた。
 隣にいる女囚イリア婆さんのハーモニカを聴きながら、ベンチに座り遠くを見ていた。

 そこにいるのは、鉄仮面を被った大柄の男だった。
 老いた刑務官に付き従われ、重々しい足取りで中庭を歩く。
 男が歩くたびに、彼に括り付けられた手錠と鉄球が軋み、引きずられる。
 エネリットは、遠くからこの男を見ていた。
 バルタザール=デリージュ。記憶を失った物言わぬ大男。
 まだ幼い少年は、彼の本名も素性も知らない。
 だが、その頃から。ずっと前から。
 あの鉄仮面の男こそが、自分をこの監獄に閉じ込めた男だと、誰に言われるまでもなく理解していた。

「こぉらエネリットぉ!!」

 しわがれた声が名前を呼び、エネリットは我に帰る。
「聴いてるのかい!!せっかくのアタシの演奏だよっ」
「ええ、聴いていましたよ。『ダイヤモンドは私の親友』でしたっけ」
 ぷんぷんと怒るイリア婆さんに、エネリットは申し訳なさそうに謝罪する。
 イリア婆さんは若い頃から様々な刑務所を転々とし、エネリットが産まれる前ーーアビス創設時に、最初に収監された受刑者の一人らしい。
 エネリットにとっては、親しみやすいお婆さんだった。
「まあまあ……そんなに怒らないでよ」
 イリア婆さんとは反対側に座っているエミルが、なんとか宥めようとする。
 エミル=ハモンド。最近入ってきたばかりの12歳の少年。
 超力が暴走し故郷の町を消し飛ばしたらしく、保護も兼ねてアビスに収監されている。
 危険な超力を持っているとは思えないほど、エミルは気弱な少年だった。
「ふふ……ありがとうございます、エミルさん」
「へへ、エネリットはやさしいねえ」
 エミルがはにかむ。
 エネリットは、エミルの少しとろけるような笑顔を見るのが嫌いではなかった。
 その時、微妙に身体を傾けた事によって、エミルの襟が少しはだけた。

「ッッ」

 エミルは一瞬ピクリと身震いし、すぐ襟を正す。
 だが、エネリットは確かに見た。
 エミルのはだけた肩には、痛々しい青痣があった。

「エネリット=サンス・ハルトナ!イリア=スチェンコワ!エミル=ハモンド!!」
 よく通る女性の大声で、エネリットたちの雑談は打ち消された。
「自由時間を過ぎているぞ。さっさと部屋に戻れ!」
 驚いた少年たちと老婆たちに、マーガレット=ステインは警棒を振り翳しながら叫ぶ。
 エネリットとイリア、エミルの三人は、いそいそとベンチを離れた。


 帰り際、エネリットは横目でステインをちらりと見た。
 鉄の女と呼ばれるに値する厳格な顔立ち。
 どの囚人に対しても、厳しい姿勢を崩さなかった。
 ーー特にエネリットに対しては、尚更そうだった。
 日々の刑務作業だけでなく、他の囚人には必要ないであろう教養や礼儀作法など、スパルタめいた厳しい指導を日々受けていた。
 彼女の前ではいかなる嘘も許されないだろう。
 エネリットは、刑務官ステインが苦手だった。
「……」
 ステインから目を逸らし、エネリットは所内へと戻った。





149We Were Friends ◆8vsrNo4uC6:2026/02/13(金) 20:58:05 ID:BUexceC.0


 三日後、エミル=ハモンドは物置小屋で痙攣し倒れているのを巡回中の看守に発見された。
 彼は医療房に送られた。
 


『ひどく痛めつけられたらしい』
『重傷だってよ』
『もう動けないだろう』
『医療班も治療できないほど発見が遅れたと』
『やったのはタイガーファングのゴロツキだな』
『看守の目の届かないところで暴力を振るってたって』
『超力も封じられてたんじゃあなァ……』


 外に比べ圧倒的に娯楽の少ないアビス内では、監視官や囚人問わず所内でゴシップがあるとすぐに伝播する。
 エミルが負傷した件もそうやって一時期騒ぎになったが、また別のゴシップに移り変わりすぐに話題にされなくなった。


 その頃、エネリットは。
 アビス内を駆け回るエミルの事件の情報を一通り吸収したあと。
「…………」
 自分の独房で何かを考え込み、ほんの少しだけ夜更かしした。






 機械が多く並んだ作業室。
 アビスの囚人と言えど、娑婆への奉仕活動のため、刑務の一環で機械労働などをする。
 この部屋には、大抵の作業に対応できるように、様々な用途の器具が置かれていた。

 夕方の作業室には誰もいない。
 唯一、2m超えの巨漢の男が、機械の間を苦しげにかいくぐる。
「おい、シーダ」
 大きな鼻の牛顔。
 ランド=ラゴ。
 欧州ギャング『タイガーファング』の幹部のゴロツキ。
 エミル=ハモンドに日常的に暴力を振るっていたのも、この男だった。
 そんな彼は、共に収監された同組織の舎弟に『禁止されている上等な酒を用意した』と呼ばれ、この作業室にやってきた。
「本当にいい酒なんだろうな。こちとらサンドバッグを無くしてイライラしてんだ」
 部下を呼ぶ。返事はない。作業室にはランド以外誰もいないようだった。
 怪訝な顔をしたランドは苛立ち、太い足で歩を進める。
「ふざけてるならおまえを殴ってーー」
 ランドが一歩踏み出した時だった。
 床に敷かれていた機械のコードが、ランドの左足に絡みついた。
「ッッ!?」

 ランドはつまづき、音を立て思い切り転倒する。
「おい!!テメェなんのつも、ーーーッッ!?」
 悪態を吐こうと顔を上げた途端、ランドの巨体が凍り付く。
 転倒と同時に彼の足元の機械が突然起動し、そこに取り付けられていた円ノコが彼の足に迫っていたのだ。
「!!、ッッーーーー、……ーーー!!!」
 逃れようとあがいても、コードは余計に絡みつく。
 そうしている間に機械の円ノコはどんどん接近していく。
「くそった、ーーあ、」

 床に多量の血が飛び散り、静かだった空間に絶叫が響いた。




150We Were Friends ◆8vsrNo4uC6:2026/02/13(金) 21:00:07 ID:BUexceC.0


 ランド=ラゴは作業室の事故で両足を失い、アビスの医療房へと送られた。


 ランドが発見され、担架で医療房に送られる際、ドス黒い血で汚れた作業室には、センセーショナルな刺激を求めて多くの囚人たちが出歯目に来た。
 下品にざわめく野次馬たちに混じり、氷月蓮は黒檀の長髪を靡かせ、ランドが倒れていた現場をじっと見ていた。

「……ふむ」

 氷月には、誰が犯人なのかこの時すでに分かっていた。





 ランド=ラゴが負傷した騒ぎの翌日、エネリットはある囚人から『話がある』と呼び出された。


 複数ある面会室のいくつかは、刑務官の許可さえあれば他の囚人も利用できた。
 そのため、ギャング間の情報交換から子供受刑者同士のなんてことない会話までーー好きに使う連中が後を立たなかった。
 彼らが使うその部屋は幾分煤けていたがーー本当の裏社会のボスが使う取引の場は、刑務官たちへすら圧力を使える立場のためか、常に清潔に保たれていた。

 エネリットが呼ばれたのは、そんな清潔な特別面会室だった。

 彼がドアを開けると、砂糖と果実の甘い匂いがふわりと出迎えた。
 一つだけあるテーブルの上にはオレンジジュースの入った瓶とコップ、貝の形をしたスポンジ菓子。その奥に、壮年の男が座っていた。
 髭面の白人の男。茶色の混じった金髪の、少し伸びた部分を後ろにまとめている。
 一見すると優しげな風貌だったが、メガネ越しの目の奥には狂気めいた覇気が滲んでいた。

「はじめまして、エネリット=サンス・ハルトナくん。『アビスの申し子』」
 男は言った。
「席に座ってくれ。テーブルにあるジュースとマドレーヌは、好きに頂いてもかまわない」
「ありがとうございます」
 エネリットは、席に座る。
 それを確認したのち、男は言った。
「まず先に言っておくが、ここの監視カメラはオフにさせてもらっている。外にいる刑務官たちも、今この間ここには近づけさせないようにしている。そのうえでーー単刀直入に聞こう」
 首をかしげる男の目を、エネリットは静かに見る。
「ラゴを始末したのは、きみだね?」

 オルドロス=ティガード。
 欧州の新興ギャング『タイガーファング』。
 一度キングス・デイの対抗手に届きかけるも、ボスであるティガードの逮捕により瓦解した組織。
 ティガードは異形の魔獣に変身する超力を持ち、部下と共にヨーロッパ中を荒らしまわってきた。


「ーーええ。その通りです」
 エネリットは正直に言った。

 厳密には、エネリット一人だけでやり遂げたわけではない。
 彼は監獄内で築き上げた様々な人脈を辿り、彼らの協力でエミルの復讐を成し遂げた。
 上等な酒を用意するのが一番大変だった。
 武装強盗で収監されたガロウズ・コロンに粘り強く交渉し、隠し持っていた酒を受け取れるまでの信頼を勝ち取った。
 あとは『タイガーファング』の下っ端たちを酒で買収し、嘘の待ち合わせ時間を伝えさせ、ランド=ラゴをおびき寄せた。
 機械の動作については、娑婆ではメカニックをしていた囚人に協力してもらった。
 彼もまた、ランドに暴力的な扱いを受けていた。

 エネリットはこれから自分に降りかかるであろう報復を覚悟した。
「部下に危害を加えられたあなたに、隠し事は通用しない。僕がやりました。それでーーあなたは制裁を下しますか?」
 ティガードは、少年を見る。

 唐突に、大口を開けて笑い出した。

「……?」
 エネリットは呆気に取られる。
「いいや、怒ってない。怒ってないんだ。むしろよくやったと思っている。ラゴは個人で暴れすぎて、私の手に負えなかったからね」
 ティガードは困った笑いを浮かべながら両手をひらひらと振る。
「なによりも驚くべきはきみの手腕だよ。まだ10にすらなってないのに、たった一人でよくこんな大事を成し遂げたものだ!賞賛に値するね」
「僕だけでない。僕に手を貸してくれた、多くの人たちのおかげです」
「ははっ、謙遜も上手い」

「さて……エネリットくん」 
 ティガードは手を組み、目を細め微笑む。
 その目はまっすぐエネリットを見据えていた。
「うちに来る気はないかい?」

151We Were Friends ◆8vsrNo4uC6:2026/02/13(金) 21:00:59 ID:BUexceC.0

 エネリットはその目を見たまま、無表情で黙る。
 ティガードは続ける。
「“外”でのタイガーファングは私の逮捕により失速した。だが、まだその勢いを失ったわけではない。アビス内でも力を持っているし、傘下もいるーー何より私が諦めていない。いつかまた外に出た時は、必ずルーサー・キングの首を獲る気でいる。……そのためには、きみの力が何より有用だと確信したんだ」
 ティガードは、大袈裟に手を振りジェスチャーする。
「エネリットくん。君の罪ーー私なら晴らしてあげられる。早くに出所できるようにしよう。娑婆での地位を約束しよう。きみならきっとキングス・デイに一矢報いることもーーいや、もっと大きな事を成し遂げることができる」
「……そうですか」
 エネリットはその話を静かに聞き、しばらく黙っていた。
「どうかね?一生この深淵で時間を過ごすよりもーー外で我々とのびのび生きる方が有益だろう?」
 ティガードは口を歪めた。

「……魅力的なお話ですが」
 エネリットはしばらく黙っていたが、口を開く。
「少し、考えさせてください」
「悪くない話、なのにかい?」
「だからこそ、です。少し冷静になりたい。生まれて初めて復讐を遂げた熱で、まだちょっと興奮してるんです」
「……そうか」
「お誘いをすぐに受け入れられず、申し訳ありません」
 俯くティガードに、エネリットは言った。
 オレンジジュースとマドレーヌには、最後まで手をつけなかった。


「……待ってくれ、エネリットくん」

 立ち去り際、ティガードに呼び止められ、エネリットは振り向いた。
「どうしましたか?」
「せっかく君という原石を見つけ、その上邪魔な部下まで始末してもらった。何かをしてやれないのは私にとって癪だ。ーーそこで、だ」
「?」
 ティガードは席を立ち、エネリットにそっと歩み寄る。
 怪訝な顔をする少年と同じ目線の高さになり、自らの手を出した。
「受け取って欲しいものがある」
 手を出してくれ、と言われ、エネリットは小さな右手を差し出した。
 そこに、ティガードの大きな手が置かれ、離れる。

 エネリットの小さな手の平には、一枚のコインが置かれていた。

「祖父の形見だ。一族で守ってきた財産の一部分にしか過ぎないがーーどうか、持っていてほしい。私の力が必要になった時、部下にこの金貨を渡してくれ」
 そう言いながら、ティガードはエネリットに向けウインクする。
「マドレーヌは残念ながら私じゃ処理できないが……どうか、君という希少な宝石に『何かをした』という気持ちにさせてやってくれ」
「………」
 エネリットはしばらくティガードを見ていた。
「……わかりました。ティガードさん、もしもの時はよろしくお願いします」
 小さい身体で、深くお辞儀をした。

 そんな時は来ないだろうと、幼心に薄々わかっていても。




152We Were Friends ◆8vsrNo4uC6:2026/02/13(金) 21:01:39 ID:BUexceC.0



「ラゴの件は我々がなんとかしよう。部下たちにも、けして口外しないよう言いつける」
 ティガードとの別れ際、エネリットは彼からそう告げられた。
 だが、後日、エネリットは奉仕活動中に持ち場を離れた罰で呼び出された。
 ティガードが嘘を付き彼を嵌めたわけではない。
 当時、まだ一介の刑務官に過ぎなかったオリガ=ヴァイスマンが、常軌を逸した執念でランドの事件を捜査、検証し、彼の所属する『タイガーファング』すら出し抜いた結果、エネリットが捜査線に浮かび上がったのだ。
 ヴァイスマンと彼に付き従う仲間たちは、『彼にも他の囚人たちと同じく平等な裁きを』という声を、刑務官同士の間で高らかに掲げた。

 結果的に、表面上はエネリットがラゴ負傷の犯人だと明かされることはなかった。

 それは幼い頃から彼を護っていた刑務官たちによる庇護や、常日頃のラゴへの不信、『タイガーファング』の構成員たちの揉み消しもあったのだろう。
 だが、アビス内の人々はーー言葉に出すことはなくても、エネリットがラゴを始末した犯人だとうっすら察していた。
 それを知りながら、エネリットにその罰が下されることはなくーーただ、なんの罰も受けなかったわけではない。
 奉仕活動をサボタージュした件で、懲罰房3ヶ月行きを命じられた。

 3ヶ月。
 エネリットの今回犯した罪を軽くするのと、少年をヴァイスマンの手から守るためには、これが限界だった。



 懲罰房へと向かう当日の朝だった。
「おまえも、他のやつらと同じだからな」
 エネリットは汚れた面会室で、当時在籍していた看守に囲まれ、警棒で殴られる折檻を受けた。

「アビスを甘く見るな」
 彼を殴った看守は、エネリットがアビスにいながら庇護されるのをよく思っていない人物だった。
 彼は、品行方正だったエネリットが、ようやく自分が叩けるボロを出したのを良しと思った。
 罰と称した八つ当たりを行っていたのだ。
「………僕は罪を犯した。どんな罰でも受け入れます」
 エネリットは警棒を持つ看守を見上げる。
 死に別れた父から受け継いだ海色のその目に、男はたじろぐ。
「なんだよ……」

 そんな時、部屋の外からよく通る女の声がした。

153We Were Friends ◆8vsrNo4uC6:2026/02/13(金) 21:03:04 ID:BUexceC.0

「マーガレット=ステイン。入るぞ」
 軋んだ音を立てドアが開かれる。
 マーガレット=ステイン。エネリットの懲罰を担当する刑務官が部屋に入ってきた。
 ステインは部屋の状況を見渡すと、少年を囲む看守たちを追い払い、椅子に縛られ座るエネリットと向き合った。
 エネリットはステインを見上げる。いつも感じていた苦手という感情が湧き上がってくる。
「エネリット=サンス・ハルトナ」
 ステインはエネリットに目線を合わせ、同じ高さになる。
「いや……エネリット」
 ここで生まれて初めて、エネリットはステインと目を合わせた。

 彼女から常に厳しい指導を受けてきたエネリットは、相手の目を見るこの瞬間まで、ステインは自分を怒るのだろうと思っていた。
「少し、話をしてくれないか」
 だが、違った。
 眉を吊り下げたステインの眼差しは弱々しく、エネリットを気遣う感情を帯びていた。

 ステインは、エネリットの肩を両手でそっと掴む。そこに威圧的な力はない。

「ラゴの件は……本当にやってないんだな?」
「……ええ。その通りです」
「本当だな?」
「はい」
 エネリットは返事をする。
 嘘をついた。だが自信はなかった。ステインの眼差しが、嘘を見通しているように見えたからだ。
「……そうか」
 ステインはエネリットから少し視線を外し、逡巡する。
 これから言う言葉を選んでいるようだった。
 そして、再び彼に向き直ると、言葉を続けた。
「なら……聞いてほしいんだ」


 ステインの声に、鉄の女と呼び表されるような覇気がなかった。
「ラゴはどうしてあんな事になったのか。それに関して、おまえは『関係ない』とはっきりと自供した。それはある意味では正しいのだろう。だが……」
 ステインはここで黙り、少し躊躇ったのち続ける。
「私には……おまえという存在に、真相とは別の、隠れた意図を感じてならない。……それが、すごく恐ろしいんだ」
 ステインの唇が言葉を紡ぐのに、エネリットは目を細めた。
「エネリット」
 ステインは言う。
「おまえに生来ーーあるいはアビスでの暮らしで抜け落ちたものがあったとしても、せめて良心だけはあるふりをして生きてほしい。どうか人の心がわかるふうに振る舞ってほしい。ーー難しいかもしれない。だが、おまえにはできる。聡明な子だと、私はわかっているからだ」
 エネリットは、ステインの言葉を聞く。
「ーーそれによってできた縁は、いつかきっとおまえの助けになる」
 エネリットに、言いようもない感情が込み上がる。
「エネリットーーおまえ自身の、尊い命のためだ」
 ステインは、自分がなぜラゴに手を出したか、察した上で話している。
 エネリットは悟った。

 一連の言葉を言い終えた後のステインが、そんなはずはないだろうにアビスの懲罰を受けた囚人のような面持ちをしていて、エネリットはその顔が強く印象に残った。



 その後のエネリットは、三ヶ月間を懲罰房で過ごした。
 エミルの負傷。
 ランドへの復讐。
 ティガードからの誘い。
 狭く汚く、寒い懲罰房にいる間、様々な記憶がエネリットの頭を通り過ぎたが、一番脳裏に反響したのは、ステインとのあのやり取りだった。

154We Were Friends ◆8vsrNo4uC6:2026/02/13(金) 21:03:55 ID:BUexceC.0

 懲罰房で過ごすうちに、エネリットは9歳になった。
 執行期間が終わり、懲罰房から出たエネリットを最初に出迎えたのは、ステインと他数名の刑務官だった。
「反省はしたか?」
 ステインは問う。その手には清潔なブランケットがあった。
「ええ。苦しいほどに」
「もうするなよ」
「はい」
 ステインはエネリットの返答を聞くとゆっくり歩み出し、持っていたブランケットで少年の身体をそっと包んだ。
 暖かく柔らかな布の感覚に、エネリットは一瞬身震いした。
 洗いたての石鹸の香りがした。
「……ステインさん」
 見上げると、厳格な眼差しと目が合う。
「嘘だとわかったら、次はないぞ」
 その後、エネリットはステインたちと共に歩き、書類の手続きや身体検査を行なってから自分の房へ戻った。
 手続きをする間、9歳のエネリットは身を包むブランケットが落ちないように、ずっと端を握っていた。




155We Were Friends ◆8vsrNo4uC6:2026/02/13(金) 21:04:52 ID:BUexceC.0


 10歳が終わりを迎える直前、エネリットは刑務官ステインから報せを受けた。

『治療を続けていたエミル=ハモンドが、危篤を迎えている。今夜が山だろう』
『どうか、友達だったおまえの顔を見せてやってほしい』

 エネリットはステイン他数名の刑務官の付き添いで、初めてアビスの医療房へ入った。
 天井も、床も、壁も、余すことなく清潔で白く、その無機質さはこの世のものではないようだった。


 廊下を歩く最中、前方から大男が歩いてきた。
 エネリットはチラリと見る。
 スヴィアンに付き添いされたバルタザール=デリージュが、鉄鎖を引き摺り歩いていた。
 普段よく話す看守の情報で、彼が何かの検査のために定期的にここに通っているという話は聞いていた。
 だが、実際見てみると、この空間にはひどく場違いな姿だった。 
 バルタザールはこちらを見ない。
 すれ違うと、鉄球を引きずる大男は、そのまま後ろに消えていった。
「……」
 エネリットは、鉄仮面の男から目線を離していた。
 誰も、少年の行動に気づかなかった。



 エミルのいる集中治療室。
 案内され、エネリットは入った。

 病室の中心のベッドには、大量のチューブと治療器具に繋がれているエミルが寝かせられていた。
 傍で動く機械が、脈拍を示す電子音を鳴らしていた。

「……ぁ、」
 エミルは頭を自分で動かせず、看護師たちがその身体をエネリットの方に向かせた。
 身体の麻痺は、重傷を負ったあの時よりも進行しているようだった。

 エネリットはエミルに向き直り、その目を見た。
「エミルさん」
「ぁ、え、ね」
 エネリットと目を合わせたエミルは、途切れ途切れに言葉を紡ぐ。
「り、……、と」
 エミルはエネリットの顔を見ると、かつて見せたのと同じようなとろけるような笑みを見せた。
「へ、へ」
「……エミル」
 エネリットは、エミルに微笑み返した。

 30分ほどそこにいて、その後、エネリットは房に帰された。
 次の日の朝、エミルが逝った事をステインから告げられた。

 その時のエミルは15歳だった。





156We Were Friends ◆8vsrNo4uC6:2026/02/13(金) 21:05:38 ID:BUexceC.0


 エネリットが11歳になった誕生日、ルーサー・キングがアビスに収監された。

 闇の帝王。
 パブリック・エナミー。
 世界中に根を張る犯罪組織『キングス・デイ』の首領。

 囚人服を纏ったキングが刑務官に付き添われ所内に入った時、アビス中の囚人たちは活気づいた。
 エミルやラゴの時と同じように、野次馬根性で多くの囚人たちがキングを見ようと塊になった。
 他の刑務官や看守ーーステイン含めーー彼もまた、キング収監によって荒ぶる囚人たちを抑えるため、警棒を、あるいは超力を持って彼らを制御した。

 エネリットは、野次馬と化した囚人たちの群れに混じり、ルーサー・キングがどんな人間だろうかと半ば好奇心で見に行った。
 集まった囚人たちの合間を掻き分け、囚人たちの隙間から、キングの姿を覗き見た。

 最初の印象は、『大きい』だった。
 現在アビスに収監されている中にも、キングよりも大きい囚人はいる。
 かつて格闘技で鳴らした3m代の大男だっている。
 だが、そんな彼らよりも、エネリットが見たキングはとにかく大きい印象を持った。
 実際キングは2mほどあり、皺だらけなのに屈強な体躯をしている。
 けれど、『大きい』と感じさせる理由はそれだけでなかった。
 全身に纏う見えないオーラが、彼を大きく見せているのだ。

 ふと、ルーサー・キングが顔を動かした。
 彼を見ていた囚人たちが一斉にざわつく。
 キングは、小さく隠れて見えないはずのエネリットを見ていた。

 キングが、エネリットにニィっと笑った。
 刻まれた皺が余計深くなった。
 他の囚人も、監視官も、エネリットには気づいていない。
 キングが自分から目を離すまで、エネリットは動けなかった。

 後に人類追放計画のための刑務作業で、エネリットはふたたびキングと対面する事になる。
 現在刑務作業中のルーサー・キングは、この時のことを覚えていない。
 だが、エネリットには、キングという闇の帝王が、ひどく記憶に残った。

 キングは刑務官の付き添いで何枚もの書類にサインし、荷物を房に置き、また何か別の手続きがあって刑務官とともにいなくなった。
 彼がその場を離れた後も、その熱気は囚人たちの間でしばらく残っていた。




157We Were Friends ◆8vsrNo4uC6:2026/02/13(金) 21:06:37 ID:BUexceC.0


 エネリットはその晩、オルカンの出してくれた誕生日の特別メニューも食べられなかった。
 キングが自分に向けた笑顔が、ずっと記憶に残っていた。

 もし自分が復讐を遂げようとした時、あの男とも関わらなければいけないのだろうか。
 そうずっと考えて、エネリットは眠れなかったのだ。

 そんな夜更け、彼の房に人影が現れた。

「……?」
 エネリットは怪訝に思いベッドから身を起こした。
 目が冴え、少しだけナーバスになっていた。
「誰ですか……?」

「エネリット=サンス・ハルトナ」
 その声は、自分にとって馴染みのある人物だった。

「……ステインさん?」

 そこには、マーガレット=ステインがいた。
 ステインは言った。
「少し、ついてきてほしい」
 その声に、いつもの棘はなかった。



 ステインと二人、誰もいないアビスの通路を歩く。
 夜更けのアビスは暗く、青白く頼りない光が点々と付いていた。

 ステインは、面会室の前で止まった。
 普段囚人たちが雑談に使っている場所だった。
「入れ」
 ステインはドアを開き、手招きしてエネリットを誘う。
 エネリットは何をされるかもわからず、ただついていき中へ入った。


 部屋に入ると、品のいいハーブの香りが少年を出迎えた。
 茶葉の入ったガラスのティーポットとカップがあった。
 座れ、と促され、わけのわからないままエネリットは席に座る。
 それを確認したステインは、ティーポットからカップに、二人分のお茶を注いだ。
「……ステイン、さん?」
「飲んでいいぞ」
「え、でも」
「とりあえず、飲め」
「………」
 疑問が残るが、エネリットは促されるままカップを手に取る。
 緊張でこわばっていた指先が、ハーブティーの熱で温まった。
 湯気を吸うと、ふわりと芳しい香りがする。
 飲むのに少し躊躇した。だが、「飲め」と確かに言われたので、エネリットは飲んだ。

158We Were Friends ◆8vsrNo4uC6:2026/02/13(金) 21:07:19 ID:BUexceC.0
「……、……」
 全身に、心地の良い熱が行き届く。
 キングの事で不安になっていたのが、これを飲んだ事で少しほぐれた。
 ステインは立ったまま、エネリットの様子を見守っていた。
 二口目を飲む。暖かい。

「……ステイン、さん」
「?」
 暖かいハーブティーを手に持ちながら、ステインに問う。
「どうしてこんなことを……?本来、刑務官の間でこう言ったことは禁止のはずでは」
「今日は特別と思ってくれ」
 ステインは言った。
「誕生日くらい、受刑者に辛気臭い思いはさせたくない」
「………」
 エネリットはうつむき、ハーブティを見下ろす。
 ステインは目を細める。
「こんなドブ底だとしても、誕生日くらいは特別な思いで迎えてほしい。たまたまキングの収監が被ってああなってしまったのは誤算だった。……おまえがつらそうにしているのを、見たくなかった」
「ステインさん、やっぱり変です。囚人全体がそうだとしても、僕にばっかり、こんな」
「そうだな。……おまえは、私にとって特別だ」
「………」

 ハーブティから湧き立つ湯気が、暖かかった。

「まだ小さいおまえが収監された時、『王族としてふさわしい教育を受けさせるように』と上から言われてはいた。元々子を失っていて、おまえにそれを重ねていたのもあった。……だが」
「……」
「おまえと日々を過ごす中で、『エネリット』というおまえそのものに、夢を見るようになったんだ」

エネリットは答えず、ステインの次の言葉を待った。

「その、……言いにくいが。私がおまえに接する時、一種の夢を見ているんだ。おまえも含め、この深淵の地にいる者には夢など到底見てはいけないものかもしれないーーそれでも」
ステインは続けた。
「こんな場所でも、こんな場所だからこそ。ーー夢を見ずには生きていけない人間も存在するんだ」

「ステインさん」
「?」
「やっぱり、あなたーー変ですね」
「……ふん」
 エネリットからそう言われたステインは、ばつが悪そうに顔を背ける。

「これを飲んだら、さっさと戻るぞ」
「マーガレットさん」
「っ、?」
 マーガレット=ステインーーマーガレットは、一瞬虚を突かれる。
「……僕、お腹空いちゃいました。夕食が、手につかなかったんです」
「おまえ……ふてぶてしいな……」
「何か食べるものを持ってきてください」
 エネリットは言う。

「ーーできたら、アップルパイがいいです」




159We Were Friends ◆8vsrNo4uC6:2026/02/13(金) 21:09:17 ID:BUexceC.0


 時間は現在に戻る。

 エネリットは、夜の草原を歩いていた。

 彼の他には誰もいない。
 星に照らされた大地の芝が、着替えたばかりのコートの裾が、風に吹かれて揺れる。
 目を閉じて風を浴び、風が止むと、エネリットはふたたび歩き出す。

 なぜ歩き始めたのか。深い意味はない。
 ただ、なんとなく歩いていた。

 少し歩くと、森の入り口が見えてくる。
 そういえばもうすぐC-6に入るんだっけと、なんとなく思う。
 C-6からもう少し行けば、この刑務でディビットと出会った場所に行くな。
そう思った。

 足を止めた。
 西の向こうに、ブラックペンタゴンの外壁が小さく見える。
 すでに禁止エリアに指定されたその場所は、夕方までの騒乱が嘘だったかのように静かだった。

「……」

 エネリットは、前方の森に視線を戻す。




160We Were Friends ◆8vsrNo4uC6:2026/02/13(金) 21:09:49 ID:BUexceC.0



『エネリット、君は『巌窟王』の物語を知っているかな?』



『無実の罪で投獄された男が壮大な復讐を果たす物語だ。あれは人間の怨念と希望、両方を描き出しているね』

『復讐を成し遂げても結局は心に空虚さが残るという描写がありながら、『待て、しかして希望せよ』の言葉で表されるようにこの物語は復讐の先にある希望も描いている。人間の多面性を見事に描いた大デュマの傑作だよ』

『私は復讐は人間の本能的な衝動のひとつだと考えている。だが、理性を持つ我々にとってそれは常に『後悔』と背中合わせだ』

『正義に対する執着や怒りが復讐を生む場合もある。だが、それに囚われればいつしか自分自身が復讐によって支配されてしまう』

『そうなってしまえば、本来の目的であるはずの『償わせる』という意志さえ形骸化して、その復讐は得るものよりも失うもののほうが多くなるだろう』


ーーでは、復讐は行うべきではない、と?


『そうは言わない。大切なのは、怒りを原動力とするか、理性をもって昇華するか、それを見極めることさ』

『復讐は目的のようでいて、実は人が自分の存在を問い直すための道程なのだよ。だからこそ、感情に飲み込まれず、どんな結果を望んでいるのかを冷静に見つめ直すことが大切なんだ』


ーーつまり、復讐もその先を望むための一つの過程にすぎないということですか?


『その通りだ。罰の執行者になろうとするとき、人はしばしば自分の良心を押し殺す必要がある』

『人は完全には悟れぬ生き物だ。復讐を強く意識するなら、まずはその衝動を言葉にして整理すること。感情を知に変え、昇華する余地を探る』



『そうして初めて、人は復讐の呪縛を良きものとして受け入れられるのだろう』





161We Were Friends ◆8vsrNo4uC6:2026/02/13(金) 21:11:04 ID:BUexceC.0


 時が経った。
 エネリットも、17の誕生日を迎えた。

 刑期満了を長らく願っていたフランクおじさんは、出所した一週間後に王の子供たちの抗争に巻き込まれて死んだ。
 エネリットが生まれる前からいたハーモニカ吹きのイリア婆さん。認知症になり、石屑を大量に飲み込み死んだ。
 ランド=ラゴは高性能の義足を手に入れたとエネリットは15の時聞いたが、直後ぷつりと消息を絶った。
 タイガーファングのボスであるオルドロス=ティガード。ーーキングがアビスで勢力を広げる最中、忘れられたように食物アレルギーで死んだ。

 この15年間、色々な人間がアビスに来て、また消えていった。
 希望を持ったままアビスから離れられる人間など、エネリットが見てきた中ではほとんどいなかった。

 誕生日の朝、いつものようにレーションの朝食を終えた後、人工太陽が輝く中庭にいた。
 エネリットは高く白い壁に寄りかかり、当てもなくティガードの金貨を弄んでいた。
「……」
 金貨を見下ろす。
 このコインも使い道がなくなった。
 意味のないものをずっと持っておくのは、エネリットの性分に合わなかった。
 コインから、隣に目を移す。
 汚れ切った囚人用のゴミ箱があった。
 エネリットは、中庭の遠くを見る。

 中庭の離れた場所では、アビスに入ったばかりのネイティブが中心にたむろし何か騒いでいた。
 端では行き場のない老いた囚人が座り込んでいる。
 いつものアビスの光景。

 ゴミ箱に視線を戻す。
 少し逡巡したのち、歩み寄り、蓋を開ける。
 すえた悪臭が広がる。
 それにも構わず、コインを掲げ、

「おい」

162We Were Friends ◆8vsrNo4uC6:2026/02/13(金) 21:11:41 ID:BUexceC.0

 後ろから何者かに呼び止められ、手を止める。

「その金貨、いらないなら俺に渡せ」

 エネリットは振り向く。
 そこに、彼を呼び止めた男がいた。
 金糸を思わせる髪を後ろに撫で付け、囚人服を見事に着こなす。
 眉間に皺が寄っていても、整ったその顔立ちは美形と呼ぶには充分だった。
 エネリットは、男の素性を知っていた。
「……どうしましょう」
 困ったように微笑むエネリットに、男は顔を顰める。
「捨てた方がいいドブ金もある。だが、ティガード一族の財産でもあるそれは、まだ使いようのあるやつだ。俺とその部下ならそのコインを有用に扱える。捨てるなら、それを渡せ」 
 男の言葉を最後まで聞いたエネリットは、
「……くすっ、あははっ」
 思わず笑ってしまった。

「……何がおかしい」
「ふふっ……いやです」
「何……」
 苛立った顔のディビットに、エネリットはまだ笑う。
「ただ『渡せ』とだけ言われていたら、僕は勧んでコインを渡していたでしょう。でも、あなたはこれの有用性を打ち明けてしまった。そうなると、渡すわけにはいけません」
「こいつめ……」
 男は目を細め、顔を顰める。
「あなたの立場を知っているからこそ、その話には信用が増す。そうでしょう?」
 エネリットは微笑み、

「ディビット=マルティーニさん」

 名前を呼ばれた男ーーディビットは一瞬だけ呆気に取られたような顔をする。
「あぁ……おまえは、本当に油断ならないガキだ。バンビーノ(坊や)」
 男は続ける。

「……エネリット=サンス・ハルトナ」

 名前を呼ばれたエネリットは、意地悪そうにニッとした。

 そんな時、壁に取り付けられたスピーカーから、音楽と共にアナウンスが流れる。
 奉仕作業の時間だ。

「そろそろ時間だ、俺は行かせてもらう。ーー今度会った時は、覚悟しろよ」
 ディビットはエネリットに別れを告げ、踵を返す。
「ええ。……また、会えた時に」
 エネリットはディビットに挨拶し、同じようにする。

 エネリットにとって、これがアビス所内での最初で最後のディビットとのやり取りだった。
 アビスは規模の大きさに合わせて囚人も多くいる。
 こうやって会って話すのは、二度と望めない可能性が高いだろう。
 エネリットが関わってきた、他の多くの囚人たちもまたそうだった。

 だが、多くの別れがあるからこそ。


 こういった出会いが、エネリットの人生に確かに花を添えるのだ。






163We Were Friends ◆8vsrNo4uC6:2026/02/13(金) 21:12:12 ID:BUexceC.0



 外部との接点を遮断されたアビス内では、中庭の人工太陽と、所内各所に取り付けられた壁時計が、今の時刻を知る主な手段だった。
 誕生日当日。ディビットと出会った直後。
 壁時計は、朝の11時を指していた。
 ディビットとの束の間のやり取りを思い出しながら、エネリットは所内の廊下を歩く。
 その最中、慌ただしく動く刑務官の何人かとすれ違った。
 リネンの床が刑務官たちの革靴に踏まれ、騒がしい足音を立てる。

「……」

 離れ、遠くへ消えてゆく刑務官の後ろ姿を、エネリットは見る。

 ここ最近、彼らの動きが妙だ。
 アビスにとっての大きな行事の際、刑務官達は様々な仕事を片付けようと忙しなく動き回る。
 物心つかない内からエネリットは何度もその様を見てきた。
 だが、近頃彼らの動き方は、エネリットも感じたことのない独特の雰囲気を纏っていた。

 近々、このアビス全体をーーいや、アビスだけでない。
 まるで、エネリットも知らないはずの外の世界をも巻き込むようなーー

 再び別の刑務官数名が現れ、すれ違い、遠くへ行く。

 やはり、妙だ。
 エネリットは思った。

 だが、青年はすぐに興味を無くし、奉仕作業の部屋へ向かった。
 遅刻してまた懲罰房に入れられたらたまったものではない。
 理由はそれだけでなかった。
 エネリットは諦めていた。
 刑務官たちがどんなに非道な計画を考えても、自分たち囚人は彼らに従う他ないと。




164We Were Friends ◆8vsrNo4uC6:2026/02/13(金) 21:12:48 ID:BUexceC.0


 その晩、エネリットはマーガレットに呼び出しを受けた。
 場所は掃除の行き届いた特別面会室。
 かつてティガードの誘いを受けた場所だった。

 エネリットが部屋に入ると、甘く芳しい匂いがした。
 そのテーブルの上にはアップルパイと紅茶のティーポットが置かれており、側にはエネリットを迎えるようにマーガレットが立っていた。

 11のあの時から、マーガレットは毎年エネリットを誕生日の夜にこっそり呼び出し、ケーキを振る舞っていた。
 当日に祝えない時もあったがーー後日、空いた日を見つけてエネリットを誘った。
 他の刑務官たちは、知っていて黙っていた。

 面会室に入りマーガレットを見つけると、エネリットは笑顔をこぼした。
「僕の誕生日、よく覚えていてくれますね」
「……囚人の情報を覚えているのは、刑務官の責務だろう」
 ぶっきらぼうにマーガレットは言うが、エネリットの言葉は満更でもないようだった。

 つやめいたアップルパイを、エネリットは手に取った。
 何回目かの誕生日に初めて作ってくれた時より、幾分か形が整っている。
「また、あなたが作ったんですか?」
「……オルカンに習ってな」
「上達しましたね」
「どこ目線だ」
 そんなやり取りをして、お互いくすぐったく笑った。
 アップルパイを皿に取り分けてもらい、フォークですくって食べる。
 以前と同じく、甘くサクサクと口の中でとろけた。
「ふふ」
 エネリットはまた笑みをこぼした。


「プレゼントもあるぞ」
「本当ですか?」
「ああ」
 マーガレットはためらいがちに話す。
 彼女から誕生日プレゼントをもらうのは初めてで、嬉しかった。
 本来、刑務官から囚人に何か贈るのは規則で禁止されているからだ。
 だが……彼女の言葉は妙に歯切れが悪い。エネリットはこの時点で、かすかな不審感を覚える。
「早く見せてください」
 気のせいだろう。エネリットは心の中でそう言い聞かせ、マーガレットにプレゼントを見せるように催促する。
「……これだ」
 マーガレットは小さな包み紙を取り出した。
 おめでたい事のはずなのに。
 彼女のその様が、かつて懲罰房で諭された時のそれに似ていると、エネリットは思った。

165We Were Friends ◆8vsrNo4uC6:2026/02/13(金) 21:13:30 ID:BUexceC.0

「ありがとうございます。……どれどれ」
 エネリットはアップルパイをテーブルに置く。
 包み紙を受け取り、中身を見る。
 それは万年筆と小さなメモ帳だった。
 その万年筆は、少し前に恵波 流人が使っていたのを見かけ、マーガレットに欲しいとこぼしたモノだった。
 だが、アビスの世界しか知らないエネリットには、手に入れようのないモノだと思っていた。
 メモ帳は小さいながら、無地の滑らかな紙質が高級感のあるものだった。
「嬉しいです、マーガレットさん」
「……よかった」
 エネリットは、思わぬ形で欲しいものを手に入れられたことを喜んだ。
 マーガレットはそれを見て、安堵したように微笑んだ。
「早速使ってみてくれるか?」
「これを、ですか?」
「ああ。……名前を書いてみてくれ」
 エネリットがペンとメモ帳を掲げると、マーガレットは頷く。
 その視線はエネリットから外れていた。
「……わかりました」
 メモ帳を開き、万年筆を紙に走らせる。
 ペンは軽やかに名前を書き、その書き味は心地よい。
 マーガレットは、その間うつむき黙っていた。
「書き上がりました」
 エネリットが名前を書いたメモを見せることで、ようやく彼女はこっちを振り向く。
「立派な筆致だ」
「あなたに鍛えられましたので」
「メモを渡して、よく見せてくれないか?」

 そこでマーガレットの真意を知った。
 エネリットはメモを持ったまま押し黙る。


「……エネリット?」
「マーガレットさん。それはできません」


 エネリットはメモ帳から、自分の名前の書いてある1ページを取る。
 マーガレットは困惑の表情を浮かべている。
 それは、今まで散々アビスで見てきた囚人の苦悶の顔とよく似ていた。
 立場の弱い模範囚が、生きるために吐いた嘘を見抜かれた時の顔。

166We Were Friends ◆8vsrNo4uC6:2026/02/13(金) 21:14:04 ID:BUexceC.0

 近頃のアビスでの刑務官たちのざわめきの理由。
 エネリットはマーガレットのこの行動で、囚人たちの多くが巻き込まれる“何か”が起こるのだろうと確信した。
 マーガレットは、エネリットをその“何か”から外そうとしているのだと。

 開闢を迎え全人類が超力を持つに至った世界。
 社会構造や文明はガラリと変わり、開闢以前の常識の多くは通用しなくなった。
 だが、重要書類に署名し、本人確認をするという文化は、開闢を経ても失われることのない確実性を保っていた。
 相手の直筆のサインを手に入れてしまえば、偽造書類を捏造して社会的に相手を陥れることができる。
 逆も然り。
 エネリットを救うために、マーガレットが彼の署名を必要としているのなら。

 だが、この事は自分だけでなく、下手すると彼女の立場、最悪命を脅かす事になる。 


「このペンも、メモも、あなたからもらったプレゼントです。大切にしたい」
「なら……名前くらい見せてくれたっていいじゃないか……」
「申し訳ありませんが、それはお断りします」
「どうして」
「マーガレットさん。少し、関係ない話をします」

 エネリットは、話し始めた。

「僕は、物心もつかないうちにこの深淵に送られました。僕にとってここは生のすべて。あなたにいくらこの場所の不自由を説かれても、それは決して変わらない」
「エネリット、」
「聞いてください」
 青年は続ける。
「あなたはかつて僕に言った。こんな場所だからこそ、夢を見ずにはいられない人間がいると。あなた自身がおそらくそうなのでしょう。けれど、あなたは僕と決定的に違う点がある。それは、自分の意思でこのドブ底から出られることです」
「……頼むから、渡せ」
「あなたが夢を見るべきなのは、自分自身に対してです。その対象は、深淵こそがすべての僕ではない。あなたはあなたの人生を歩んでください」
「エネ、リット……」
「自分の夢を、自分で汚すような真似をしてはいけない」

「……房に帰れ」
 マーガレットはうなだれて肩を落とし、消え入るような声を出す。

「……帰れッッ!!」

 振り絞られたその怒声は、微かに慟哭に聞こえた。
 エネリットは無言で彼女とすれ違うと、名前を書いたメモの1ページを手に、面会室を後にした。

167We Were Friends ◆8vsrNo4uC6:2026/02/13(金) 21:14:36 ID:BUexceC.0



 廊下に他の囚人たちはいなかった。
 すでに就寝時刻を過ぎていたからだ。
 エネリットただ一人の足音が、無音の廊下に反響していた。

 エネリットは、男子トイレの前で立ち止まり、中へ入る。
 個室トイレに入り、手の中にある紙を破こうと手をかける。

「……」

 だが、手が止まった。
 エネリットは紙を破かなかった。

 個室から出て、手洗い場の水道から水を出す。
 自分の名前を書いたメモを水で濡らし、柔らかくなったら折る。

 柔らかくなった紙を、丸ごと口に入れた。

「………ッ、……」

 苦しげにしばらく咀嚼する。
 飲み込む時が一番きつかった。
 ごくん、と天井を見上げ紙を飲んだ後、エネリットは流し台に手をつきしばらく荒い息を吐いた。


 囚人も、刑務官も、その場にはエネリット以外誰もいなかった。





168We Were Friends ◆8vsrNo4uC6:2026/02/13(金) 21:15:18 ID:BUexceC.0



 あの誕生日の翌日以降、マーガレットと口を聞くことはなかった。
 そこから数日もかからずに、それは唐突に始まった。


 暗く冷たい石道に、男女問わず50人ほどの囚人たちが集められる。
 子供から獣人、大柄な大人まで、人種も年齢も様々。
 共通しているのは、色褪せた青の囚人服を着ていることと、全員にシステムAの手枷が付けられていることだった。

 エネリットは、以前から自分が感じていた予感が的中したことを知った。

 壇上に、看守長となったオリガ=ヴァイスマンが立っている。
 彼は、傲岸に、言い聞かせるように囚人たちに説く。

『諸君らにはこれよりーーーー殺し合いをしてもらう』

 ヴァイスマンは、囚人たちに刑務作業の一環として殺し合いをしろと説いた。
 そこから、刑務の詳細やルールを無損な態度で説明してゆく。

 ヴァイスマンに集められた50人の囚人たちの中に、エネリット=サンス・ハルトナはいた。
 エネリットは、静かな態度でヴァイスマンの話を聞いている。
 だが、目線だけは。
 囚人たちの群れの中の、ある人物を確かに捉えていた。

 2m越えの大男。
 鉄仮面と鉄球を身につけた、バルタザール=デリージュ。
 ここに集められる前、スヴィアンから彼の真相を聞かされていた。
 この鉄仮面の男こそが、自らの叔父であり、国と父を滅ぼした『セルヴァイン=レクト・ハルトナ』なのだと。

 エネリットのその眼差しに表情はない。
 身体、脳、心の芯に至るまで、ひどく冷静に冴えていた。

 2歳でこの監獄に送られてからこの時に至るまで、長い下準備をしてきた。
 8歳の時にランド=ラゴへ復讐をしたのは、決してエミルへの友情のためではない。
 自分が本当に復讐をやれるのか、試したかったのだ。

 叔父への眼差しを細める。
 恐怖に怯み、眠れない夜もあった。
 だが、今はそれを乗り越えた。
 大丈夫だ。やれる。
 このために、人生のすべてを糧にしてきた。

 エネリットは鉄仮面から、視線をヴァイスマンに戻した。

 漆黒の闇の中、罪人たちが一人一人消えてゆく。
 エネリットもまたその中に混じり、石道から消え刑務作業の舞台へ飛ばされる。
 消える間際、監獄を統べる獄卒の長が何かを宣言するのを聞いた。


『これは恩赦である』

『これは慈悲である』

『ーーこれは、救済である』



『刑務開始だ』






169We Were Friends ◆8vsrNo4uC6:2026/02/13(金) 21:15:51 ID:BUexceC.0


 マーガレットが自分に見ていた夢がなんだったのか、結局聞けずじまいだった。
 この刑務を生き残りアビスに戻ったとしても、彼女と自分の間には消えぬ溝がある。
 彼女の夢は、自分には決してわからないのだろう。
 それが正直少し寂しく、だが、そういうものだったんだ、とすぐに受け入れた。

 夢。

 かつてマーガレットに夢を説かれた時、自分の夢はなんだろうと、エネリットはずっと思っていた。
 叔父への復讐が夢なのだろうと、つい先程まで思っていた。
 だが、復讐を完遂させた時、達成感と共に、なんとも言えない空虚な思いが襲った。
 氷月がかつて自分に言った『復讐は後悔と背中合わせ』という言葉は、正しかった。


 夢。



 エネリットは星を見上げ、夜の草の空気を吸う。
 そして、この刑務での経験、そこで今まで出会った人々を思い出す。 
 戦い、傷つき、協力し合った。
 自分の持てる力を、最大限活かした。


 エネリットは思い、気づく。

 あの一瞬一瞬が、自分の夢そのものだったのだと。
  

 考えを巡らせているうちに、エネリットは森の入り口に到着する。

 入ろうとした直前、ふと思い立ち、懐から小さい何かを取り出す。
 金色に輝くヴィンテージのコイン。
 オルドロス=ティガードがかつて自分に与えたものだ。

 捨てるタイミングを見失い、ポケットから出し忘れた内に刑務に呼び出され、こうして今に至った。
 捨ててしまおうか、とも思ったが。
 ふと、何か思い立ち、コインを指先に置き、コイントスをする。
 自分の中ですでに答えが出ていたとしても。
 願掛けとして、やっておきたかった。


 一瞬、澄んだ金属音が小さく響く。

 手のひらに落ちたコインは、裏を示していた。

 エネリットはその結果に少し考える仕草を見せる。
 コインをしまう。月明かりに照らされ一瞬青く煌めく。
 エネリットは、森に歩みを進めた。






170We Were Friends ◆8vsrNo4uC6:2026/02/13(金) 21:16:36 ID:BUexceC.0



 森の中、ネイ・ローマンとの激闘(リハーサル)を終えた氷月と日月。
 ローマンが去った後、氷月が日月を導く形で森の中を移動していた。 

「あなたの言う友人って言うのは、本当に信用できるんでしょうね……」
「まぁまぁ。きみにとっても悪い話ではないはずだ」

 不満げな日月の言葉を、氷月は飄々と宥める。
 
「協力を断られる可能性もあるが、その時はその時だ。少なくとも、相手とは理性的な会話が望める」
「フン……」

 氷月の勿体ぶった言葉が不服だが、この男のサポートは的確なので、今は従うことが最良の選択だとわかってしまっている。
 すべては恩赦のため。そして、ジャンヌに肉薄するため。
 日月は、それが歯痒かった。

「変な動きをしたら、躊躇なく始末するから」
「今はご遠慮願うよ。まだ、君を殺す方法が見つからないのでね」

 森の出口が見える。
 出口付近に、人影が見えた。

「あぁ……ようやく、見つかったようだ」

 氷月はデジタルウォッチの表示と照らし合わせ、それが探し求めた当人だと確認すると、ほぅ、と小さく唸った。
「半日ぶりだね、探していたよ」
 日月はその相手を睨み、氷月は笑いかける。

「エネリット=サンス・ハルトナ」

 森の入り口に立つエネリットは、二人を目に捉えると、意味ありげな微笑みを浮かべた。





171We Were Friends ◆8vsrNo4uC6:2026/02/13(金) 21:17:07 ID:BUexceC.0



【C-6/森/一日目・夜】
【エネリット・サンス・ハルトナ】
[状態]:疲労(中)、全身にダメージ(中)
[道具]:マシンガン(弾倉残り1)、リモコン爆弾×1、デジタルウォッチ、通信機、コイン一枚
[恩赦P]:50pt(バルタザールの恩赦pt+100、治療キット-50pt、衣服-10pt)
[方針]
基本.さて、何をしよう?

※現在の超力対象は以下の通りです。
【徴収】などが対象に発覚した場合、信頼度の変動がある可能性があります。

①マーガレット・ステイン(刑務官)
信頼度:80%(徴収時の超力再現率40%)
効果上限:徴収(相手の同意なしの超力借り受け。再現度は信頼度の半分)
超力:『鉄の女』

②〜④ジョニー・ハイドアウト、メリリン・"メカーニカ"・ミリアン、只野仁成
信頼度:全て5%前後(10%→5%に減少)
効果上限:献上(双方の同意による超力の一時譲渡。再現度は信頼や忠誠心に比例)
超力:『鉄の騎士(アイアン・デューク)』、『補え、私の愛する人工物質(モルデオ・アルティフィシアル)』、『人類の到達点(ヒトナル)』

⑤スヴィアン・ライラプス
信頼度:50%(徴収時の超力再現率25%)
効果上限:徴収(相手の同意なしの超力借り受け。再現度は信頼度の半分)
超力:『鉄火の印(マメルティニ)』

⑥ディビット・マルティーニ
信頼度:100%(徴収時の超力再現率50%)
効果上限:徴収(相手の同意なしの超力借り受け。再現度は信頼度の半分)
超力:『4倍賭け』

172We Were Friends ◆8vsrNo4uC6:2026/02/13(金) 21:17:41 ID:BUexceC.0


【鑑 日月】
[状態]:肉体の各所に火傷(傷隠しメイク)、《偶像》
[道具]:アイドル衣装、ワイヤレスイヤホンマイク、化粧品、香水、デジタルウォッチ(楽曲(タイトル不明)DL済み)
[恩赦P]:0pt
[方針]
基本.輝く。其の為に生きて、其の為に死ぬ。
1.――――ジャンヌ。
2.氷月蓮と協力して恩赦ptを稼ぐ。使い物にならなくなったら、すぐに棄ててやる。
3.アビスからの出獄を目指す。――――本当の意味で手段は問わない。
4.ルーサー・キングとの接触は可能な限り避ける。
※人生を舞台と見立て、常時超力を高出力で発動させています。

【氷月 蓮】
[状態]:健康
[道具]:Tシャツ、ナイフ3本、フォーク3本、遠隔起爆用リモコン、デジタルウォッチ、空の金属缶(容積は500mlほど)、ロープ(使い古し)、ワイヤレスマイク
[恩赦P]:0pt(残り特権65pt、ワイヤレスマイク - 5ptt)
[方針]
基本.殺す。其の為に生きて、其の為に死ぬ。
0.エネリットに接触
1.ジョーカーとして、ミッションを達成する。
2.鑑日月と協力して、殺人を行う。輝かなくなったら、すぐに殺してやる。
3.被験体:Oに対抗する為の集団を探し、潜り込む。
4.鑑日月、君を殺したいと心から思ったんだ。
5.エネリットの様子がおかしいな……

※ジョーカーの役割を引き受けました。
 恩赦ポイントとは別枠のポイント(通称特権ポイント)を200pt分使用可能です。
 デジタルウォッチに全ての参加者の位置情報が表示されます。
 また、以下の指令を受けています。
① 刑務作業に消極的なグループに紛れ込み、6時間以上過ごす。(達成済)
② 刑期に関係なく最低でも3人以上の参加者の殺害。(残り1人)

173We Were Friends ◆8vsrNo4uC6:2026/02/13(金) 21:20:39 ID:BUexceC.0
仮投下終了です。

以下の理由でこちらに投下させていただきました。
・他書き手さんのキャラの過去も含めた独自設定、解釈
・コンペ外の複数のオリキャラ

もしこれで大丈夫でしたら。細かい点を修正して後日本スレに投下します。

174 ◆H3bky6/SCY:2026/02/13(金) 23:00:31 ID:7r8M2MpE0
仮投下乙です。
拝読させて頂きました。

キャラシートが投下された時点で、特定個人ではなく企画に帰属するキャラとして扱わさせて頂いておりますので、キャラの背景について誰がどう掘り下げようと特に問題ありません
キャラクターシートの存在しないオリジナルキャラの追加に関しましても、他企画や版権に関わり合いのない完全なオリジナルキャラクターであれば問題ありません

本投下の方よろしくお願いいします。

175 ◆koGa1VV8Rw:2026/05/19(火) 20:54:20 ID:esAKvnDs0
終盤の話を書くのが初めてなもので、舞台設定やリレーに関する矛盾が無いか不安なため仮投下させてください。

176魂の冒涜者 ◆koGa1VV8Rw:2026/05/19(火) 20:55:27 ID:esAKvnDs0
2044年x月x日


〇〇航空XXX便

コックピット内――――――――

血溜まりに、身体の肉も内臓も骨もぐちゃぐちゃになった無残な躯が倒れている。

個人の超能力犯罪が跋扈する時代。
テロ抑止のために搭乗の検査は厳密に、航空機自体の強度も大きく向上した。

それでも犯罪は防げない。
この日も一つの航空機が、空を飛ぶ棺桶となり果てていた。


厳重な乗務員区画を隔てる扉が粉々に粉砕され、恨めしそうに倒れている。
触れた物をボロボロに分解する共振破砕能力が、この犯人の超力である。
しかし犯人は航空機内の無線電波を使った通話にて、達成感もなく慌てた様子で言葉を吐いていた。

「おい!なんだよこのゴミ!
 脱出用のパラシュートのはずだろ!」

『――――そうか。なるほどねぇ。
 やっぱりそうなったか』

「何落ち着いて話してるんだ!?
 おまえが渡してきた犯罪のプランだろうが!」

電話からラグを置いて聞こえるのは、場違いに穏やかな声。

『――――アンタさ、飛行機に乗る前に命を預ける物の点検とかしなかったのか?
 俺ならするけどなァ。というかちゃんと考える脳のある奴なら、するだろ――――普通』

「な、何言ってるんだ!?
 まさか……わかってたのか!?」

『――――わかってたも何もないだろ。
 これまで俺はさァ、超力を発揮できる場を見つけられず燻ってたアンタを導いてきたよ。
 でも、アンタことごとく頭悪いし、成長しねえだろ。
 自分で考えたり相手を疑ったりってことがことごとくできやしないじゃん」

電話の裏からはコーヒーを入れる音が聞こえる。
犯人が何度も聴いてきた音……いまは絶望の音。

「私を利用してただけなのかよ!
 クソ野郎のクズ!」

『はぁ、そうやって他責するのか?
 アンタが俺を利用して犯罪を楽しんでたんだろ。
 反社会的でサイコっぽいとこは悪くないが、アンタ怒りっぽくて暴言も何でも話すじゃん。
 俺の下に居なきゃ、すぐにお縄になってたか死んでただろうことも理解してないのかァ?
 俺はアンタを玩具のように思ってたよ。』

「知るかそんなこと!
 私は私なりに犯罪を頑張ってきたぞ!」

中年男性の通話は、苦笑のような音を漏らす。
"頭の悪い"サイコパスの末路はこんなものだとでも言うように。

『その結果がこれだぜ。笑えるだろ?笑えよな。
 そもそもさァ、他人を殺すのにさ、自分が死なないなんて甘すぎるだろ。
 死なないための努力もしてないくせに。
 もう飽きたし、このまま俺の下にいられたほうが面倒なんだ。
 というわけで……せいぜい一花咲かせて散りなよ!チャオ!』

「くっ……そんな……そんな……ブラッドストーーーーク!!!!」


――――――――

 ◇

――――――――

177魂の冒涜者 ◆koGa1VV8Rw:2026/05/19(火) 20:56:43 ID:esAKvnDs0


物言わぬ姿となった竜人の躯が、草原に倒れている。

横に静かに腰を下ろし、身体の治癒が進むのを待つ男性。
凄惨な光景を作り出した張本人であり、首を切り裂かれるほどの死闘を演じた殺人鬼、氷月蓮。

彼が使用する治療キットに含まれるナノマシンが、身体に付着している未凝固の血液をも再構成し治療対象の血液へと再利用していく。
竜の血が、再構成のおぼろげな光と共に取り込まれ傷がふさがれていく。

赤黒い血が消えていき、白く透き通った端正な肌と美しい居佇まいが月夜に浮かび上がる。
血肉の泥の中から咲きあがる、夜咲き品種の睡蓮のようだった。


だがその濁りなき美しい花の中に渦巻くのは、同じく濁りのない純粋な殺意。
治療が充分に行われるか、間に合うのかなどという無駄な思考は一切せず、次の一手を彼は思考し続けていた。
そのなかで最も彼が考えていたことは、いましがた殺害をした彼に生まれていた一つの違和感。
今までの殺害とは違う、事後の一つの出来事。


その正体を、完全に突き止めたい。

それは彼にとって非常に、重要なことだった。

ジョーカーの特権に生じうる、明確な綻びであるから。

対策できなければ、目的を達成できずただ死ぬだけ。


既に残存している参加者は少ない。
確実に、自分のことを視ている刑務官も存在するだろう。

腕を持ち上げ、デジタルウォッチに向けて。
殺人鬼は、静かに淡々と一つの問いかけを投げかけていく。

「刑務官達に問いたい。
 ジョーカーの特権として、生存者の位置を把握できるようにしてくれたのは非常に助かっている。
 しかし、この会場の中には。
 生存者でなくとも、意志を持って戦局を左右しうる存在がいるだろう?」



――――――――

 ◇

――――――――

178魂の冒涜者 ◆koGa1VV8Rw:2026/05/19(火) 20:58:16 ID:esAKvnDs0



よく分からない。
体がなんだか、とても軽い。
よくわからないけれど。
風にとぶ綿毛みたいだ。

下を見ると、わたしの体がちんまりと倒れてる。
なんで?動かないし、動かせないや。
わたしは、"わたし"じゃなくなったのかな。

なんか、よくわからないけど悲しいな。
胸の奥がきゅっとする。
もう、森にいた大好きなみんなとは。
会えないんだって。
そんな気がする。
悲しいな。



悲しいのは、わたしだけじゃないみたいだ。
霧のようにぼやけているような、たくさんの人間たちがわたしのそばにいる。

その中から、とくに目立っているのが、ふたり。
優しそうで、そして辛そうな顔をした、男の人と、女の人。
名前を呼ぶ声がする。
なんども、なんども。

わからない、だれのことだろう。
けれど、とっても懐かしい。
ずっと昔きいてたような。
たまにひとりで寝てるときの夢に出てきてたような。

まだまだ、いろんな声が聞こえてくる。

"ごめんね"
"よく頑張ったね"
"もう辛くないよ、痛いこともないよ"
……。

179魂の冒涜者 ◆koGa1VV8Rw:2026/05/19(火) 20:58:48 ID:esAKvnDs0



ふと周りを見ると。
かなえも、いつのまにかそこにいた。
みんなと同じで、不思議と透けて、ぼやけてて。
元のかなえの見た目はほとんど残ってない。
かなえも、わたしみたいにもう"かなえ"じゃなくなったんだと思う。
でもわたしを見ててくれた"かなえ"の。

あたたかい気持ちも。
つよい想いも。
優しい心も。

その透き通った姿の中にはあるって、すぐにわかる。


かなえは最初、わたしを見て悲しそうにしていたけど。
わたしの周りにいるたくさんの人たちに気がつくと。
びっくりしたようなになって。

そして……しばらくするとそのみんなに。

"ごめんなさい"
"アイちゃんをこんな結果にさせてしまいました"
"私のせいで、守れませんでした"
"本当にごめんなさい"

……そんなことを、何度も言うんだ。


かなえが、謝ってるのはわかる。
でもかなえが悲しそうなのはわたしも悲しいよ。
わたしのことで、謝らないで。


だからさ。
またわたしは。
最初にあった時みたいに。
かなえを。よしよしってすることにした。


よしよし。
このあたりなのかな。
耳と耳の間を、なでなで、ぽんぽんってやる。

泣いてるのかな。
泣かないでね。
怖い感じは何もないよ。
かなえはちっとも悪くないし。
みんなも、かなえのことを怒ってないよ。


そういえば、ひづきは?れんは?


れんは、もう近くにはいなかった。

ひづきは、わたしたちのところに戻ってきて。
そして、またどこかへ行くみたい。


すごい服を着てる、ひづきの姿。
"ひづき"のすごい力。
まぶしく光ってるかのよう。

こんなふうになったわたしから見ても。
なんかやっぱり"ひづき"はすごいと思う。

それを見てると、なんだかわたしとかなえの見た目がぼやぼやした感じからはっきりしてきた。
動物みたいな見た目に戻ったかなえが、びっくりして言う。

"もしかして、日月ちゃんの超力のおかげ?
 私たちが観客になったから?"

かなえは、それについていくらしい。
周りの人たちは気になるけれど。
でも、かなえがいくなら。
わたしも、まだついていたいかな。



――――――――

 ◇

――――――――

180魂の冒涜者 ◆koGa1VV8Rw:2026/05/19(火) 20:59:18 ID:esAKvnDs0



氷月蓮は、気が付いていた。
あの竜人、北鈴安理の魂は肉体の生命活動が停止した後、アクセサリーの中へ吸い込まれるように収まったと。
今の蓮には、それが「感じ取れる」ようになっていた。

首を切り裂かれたあの傷は、本来なら即死を免れない完全な致命傷だった。
治療キットが機能するまでのわずかな空白、蓮の意識は深い闇の底へと急速に引きずり込まれていった。
明確な臨死状態。

だが、生と死の境界線という極限の淵で、彼はその感覚を掴んだ。
執念で掴みとってしまっていたのだ。
自分自身の肉体から、"自分"という存在の核が離れていきそうになる奇妙な浮遊感を。
そして、確かに他者の"魂"もそこに存在しているという、明確な実感を。

大金卸樹魂の魂の存在に気がついていたサリヤ・K・レストマン、あるいは北鈴安理と同じ領域。
魂の知覚。
常人であれば、蘇生した瞬間に忘却してしまうあやふやな錯覚。
知性的なサイコパスである彼の能力は、その感覚を冷徹に分析し自身の技能として定着せしめる。


刑務官への交渉内容は、こうである。

超力の宿る器官そのものである魂は、肉体が滅びようと存在する。
肉体のない魂が生きている人間に影響を与えるようなことは、余程の特異事例でもない限り基本的にはあり得ない。
しかし先程、自分が殺害した竜人の参加者の魂が、別の参加者の保有するアクセサリーに流れ込むのを確認した。


――――あれは、一体なんだ。


彼らの脅威を正しく意識しない限り、ジョーカーとして生存者を殺すことには大きな支障が出る。
あれは運営が用意したポイント交換可能な物品では、ないだろう。
そもそも、この会場で入手した物品ではない可能性もあるだろう。
あれとほぼ同じものをアビスで見かけたウサギ獣人の囚人が、持っていた記憶がある。
だとするならあれが持ち込まれていること自体が、運営の不手際だろう。
そしてその不手際が、ジョーカーである自分の障害になろうとしている。

何か、あの物品の手掛かりを教えろ。
あの物品が死者の魂を収め超力を発動可能にする器なら、魂はその超力を以て私の行く手を妨害するだろう。
その脅威を排除する方法は、ないのか。


氷月の持ち出した話は、アクセサリーの出処。
記憶をたどってたどり着いていたのは、アビス内で見かけていた類似のアクセサリー。
セレナ・ラグルスが看守に対しては100%隠し通すつもりだったアクセサリーも、同じ囚人相手には隠蔽がやや甘かったというわけだ。
模範囚として比較的自由にアビス内を動ける氷月は、セレナが収監されてから刑務作業開始までの短い期間でそれに気がついていた。

運営側の不手際を突き、ジョーカーとしての存在価値を天秤にかけた揺さぶり。


その返答は。

君はジョーカーとしての任務をすでに達成している。
ここから先の情報を知ったからには、君にはジョーカーとしてさらなる殺しの任務をしてもらわないといけなくなる。
それで構わないか。
――――というもの。


氷月は迷いなく、デジタルウォッチに現れた2択の文字列のうち、YESの方をタップした。
どうせもう一人、殺すつもりだったのだ。
デジタルウォッチが、深夜の静寂を破って強く光る。
画面に表示されたのは、感情のいっさい籠らない無機質に書かれたテキストデータ。
しかし氷月蓮にとっては、喉から手が出るほど欲しかった情報だ。

それは、現在メリリンの所持する流れ星のアクセサリーがこれまで会場内で起こした事象の顛末について。
読み進めていくうち、彼は驚くべき記録を詳しく知ることになる。
漢女、大金卸樹魂の魂の引き起こした数々の超常現象を。



――――――――

 ◇

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181魂の冒涜者 ◆koGa1VV8Rw:2026/05/19(火) 20:59:48 ID:esAKvnDs0



かなえと一緒にひづきを追ってると、ひづきが"れん"と出会った。
そして、れんとひづきも話をして二人で動くことに決めたみたい。
これで、かなえと、わたしと、ひづきと、れん。
もとの4人にもどった。

でも、むこうの二人は、やっぱりわたしたちに気が付くことは出来ないみたいだ。
隣に寄ってみても気が付かないし、こっちの声も聞こえない。

かなえはそんな二人を見つめて、とっても悲しそうな顔をするんだ。
そして、わたしの周りにいるみんなは、逆にれんの姿を見てからすごい怒ってる。
そんな気持ちを感じる。

なんでだろう?
れんは、森のみんなの話すことも少しわかるし、やさしい人だったでしょ?

不思議だから、かなえの尻尾をちょっと引っ張ってすこし話を聞こうとする。
なんか、こうなってからかなえの言うことはなんとなく、言葉はわからなくても心で意味がわかるようになった。
やっぱりわたしが"わたし"じゃなくなって、かなえも"かなえ"じゃなくなったからかな?

でも、かなえはどこか寂しそうに、優しく"アイちゃんは、何も知らなくていいんだよ"って言うの。
わたしだけわからないのは、ちょっと嫌だけど。
でもかなえがそう言ってると、少しずつ周りのみんなの怒る気持ちも薄れてくの。
その方がいいよ。
怖いのは嫌だから。
だから、わたしも気にしないことにした。



ついていくうちに、色々な人が二人と会って話してた。
とっても怖そうな茶色くて白い髪の、人とか。
狭いあの建物の中で閉じ込められてた時に何度か見た、とっても落ち着いてる人とか。
そのたびにわたしは、ひづきとれんが大怪我しないかどうかとか、心配になってた。
でも、大丈夫だった。
わたしたちがいなくても、二人は強いんだな。



そして。れんとひづきは、お互いに違う方向へ行くために別れることになった。
かなえがひづきの方についていくから、わたしもそっちに行く。
そのしばらく後に、"じゃんぬ"と、もう一人の女の人がひづきと出会った。

わたし、ちょっとびっくりした。
その女の人の後ろにも、なんか他にもわたしたちみたいなぼやけた人みたいなのが、いたから。
あの人たちもわたしたちみたいに、まだこうなってない人たちについてきたのかな。



――――――――

 ◇

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182魂の冒涜者 ◆koGa1VV8Rw:2026/05/19(火) 21:01:35 ID:esAKvnDs0



氷月蓮のデジタルウォッチに提示されたのは、アクセサリーの引き起こした現象だけではない。
アクセサリーに対処する方法の、手がかりも。

すなわち。
魂を無力化する方法。

――――言い換えれば、"魂を殺す"方法の手がかり。


――――――――
――――――――


古来、魂は存在すらもあやふやで不可侵の領域のはずだった。
しかし、科学組織を率いた"シエンシア"とその後継たちは長年の研究と技術者を総動員し、ついに魂を科学上の観測可能な存在として確立させた。


とはいえ、最先端の魂科学を以てしても、未だに解明も再現も不可能な特異事例は存在する。

​例えば、魂の融合と新生。
秘匿受刑囚"イシュルーン"や"葉月りんか"のように、複数の死者の魂が混ざり合い、そこから全く新たな一人の人間が誕生した事例。
これらは現状を説明できる理論こそ立ってはいるが、人工的な再現には至っていない。

例えば、​魂の消滅(完全な抹消)。
死者の魂をエネルギーやデータとして"活用"することはできても、魂そのものを完全にこの世から"消滅"させる技術は未だ明確に存在しない。
これには技術的な限界のほかに、人間という存在の根源に対する最大限の冒涜であるという、倫理観の壁も影響していた。



そもそも、肉体が死を迎え、器を失った魂は最終的にどうなるのか。

天に昇るのか、地に沈むのか。あるいは墓地に眠るのか、まったく別の死後の世界へ行くのか、輪廻転生の輪に呑まれるのか――――。
宗教の教義や個人の信念によって、世界中を見渡してもその解釈は一律ではない。
あるいはそもそも、一律に定まってすらいないのかもしれない。

だが、その混沌とした議論の中で、唯一"誰もが認めざるを得ない現象"があった。
それは、死した人間の魂が、現世の特定の場所や物質に強く縛られ、繋がり続けるケースが存在するという事実。

そしてその場所としての役目を人工的に、あらゆる魂にまで適用できるようにするために。
メリリンの所有する、あの流星のアクセサリーはつくられたのだろう。
死者の魂を活用する研究の最果て、ごく小さなアクセサリーのサイズ。
高度な技術体系の塊であり、常人がすぐ理解できるようなものではない。


しかし技術によらずとも、純粋な超力によって魂に直接干渉し破壊できる可能性がこの会場には存在していた。

――――征十郎・ハチヤナギ・クラークはその超力によってあらゆるものを切断する。
物理的な物であろうと、超力だろうと、"不死"という概念だろうと。
そして、魂だろうと。
超力の第二段階に到達した彼は、同行していたタチアナの魂を自らの手で切断することによって介錯した。
彼女の魂は霧散して消滅したと、刑務官たちは結論付けた。

もう一つ、イレギュラーな事例もあった。
――――イグナシオ・"デザーストレ"・フレスノの事例。
彼は最期に、自身の超力によりこの世界の過去を再現した。
世界そのものが存在しないという無の力によって自身を上書きし、彼は完全に世界から消滅した。
自身の"魂"ごと。
そう、刑務官らは結論付けている。

これらは、確固たる直接的な証拠があるわけではない。
看守長オリガ・ヴァイスマンの超力による囚人監視用のタグは、肉体ではなく魂に紐づけられている。
​だが、そのタグを通じて思考を読み取り、状況を監視できるのは、あくまで魂が"生きた肉体"に宿っている間だけなのだ。
肉体が死を迎え魂が肉体を離れてしまうと、魂にタグ自体は残るものの、そこから先の動向や詳細な状況を感知することは不可能になる。
​彼が完璧に把握できるのは、あくまで"肉体が死亡するその瞬間"まで。
肉体を失った彼らの魂がその後どうなったのか、ヴァイスマンは詳しく把握できない。


だからこそか、運営ひいてはGPAの出資者たちは、何が何でも更なる検証を渇望していた。
古来、当たり前だが死は恐ろしいものであった。
そしてそれ以上に、魂が存在するならばその消滅も恐ろしいことであった。

だからこそ、彼らはそれを実証させたかった。
どうやれば、魂の消滅という現象が起きるのか。
それを目の前で詳しく観察すると、どのような事象が起きているのか。
それが分かれば、その対策も進むというもの。

それを実証するための実験というのも、この刑務作業内のサブテーマの一つであった。
犯罪者共の魂が消えようと、心を痛める人などいないだろうと。
非常に合理的な内容である。

そして…………氷月蓮には。
その実証のため、"魂を殺す"方法の手がかりを伝達するだけの価値はある。
そのように、GPA上層部との繋がりの深い刑務官は考えていた。
そして、開示できる範囲の情報を詳しい運営の内情やアビスの内情までは伏せたうえで、彼のデジタルウォッチに送信したのだった。



――――――――

 ◇

――――――――

183魂の冒涜者 ◆koGa1VV8Rw:2026/05/19(火) 21:02:37 ID:esAKvnDs0



向こうにいた人たちが少しずつ、話したりしてどこか別のところへ消えていく。
光の中へ、消えていった。
わたしもいずれはそうなるのかな。
わたしの向かうべき場所。
わたしの周りにいる、みんなも向かうべき暖かい場所。


そして、向こうにいた男の人も姿が変わったりして。
変身してたのかな。

そして、はっと何かに気が付いたようにかなえが小さい声で喋った。

"――――もしかしてあの人、『ブラッドストーク』……?"



――――――――

――――――――

――――――――!!!!!!!!



とつぜん、わたしの周りにいる人たちの、怒った気持ちがものすごい湧き上がる。
世界が真っ赤に染まるみたいに、ぐらぐらと。

そして心の奥にあったいつかの思い出が、何だか浮かんでくる。
深いところに眠っていたずっと昔の思い出。
いつかの、怖かった思い出。優しかった、思い出。


――――――――


『ハハハハハハッ!!
 もう助からないんだよ、私も、お前らも!
 大人しくみんな私の手でグッチャグチャになれよ!
 出来るだけ私に殺しの感覚を味わせろよ!』

『赤ん坊か……大事なのか?
 大事そうにしてんの見てると、めちゃムカついてくるわ!
 ぜってえにグッチャグチャにしてやる!
 もっと深い死の感触を私に味わせてみろよ!』

『何で……そんなに護るんだよ!クソどもが!
 何で親でもない奴らまで立ちはだかるんだよ!
 どうせ死ぬのに、何で護ろうとすんだよ!』

『くっ、殺せない……!この手で……!
 あと一手届かない……!
 ハハッ、お前……なんかちょっと羨ましいぜ。
 もしかしたら墜落からも、生き残るかもな。
 生きてたら……"ブラッドストーク"によろしくな』


――――――――

184魂の冒涜者 ◆koGa1VV8Rw:2026/05/19(火) 21:03:08 ID:esAKvnDs0


――――――――


――――――――あ。

わたしの心が、一気に動き出す。

全部。

ぜーんぶ。わかっちゃった。

ふしぎだけど。

みんなのあの時の気持ちが、わたしにもたくさん流れてくるから。



そうだよね。
森でわたしを育ててくれてたお母さんがね。
どうしてわたしは、みんなと見た目が違うんだろうって聞いたら。
お母さんは大きな腕で私を抱きしめながら、教えてくれたの。

おまえは空から落ちてきたんだよって。
沢山の人間たちが動かなくなってる中でたった一人だけ、火に囲まれて泣いている声が聞こえたから。
助けなきゃって思ったんだって。
そういうことだったんだね。

みんなの気持ちが私の中に溶け込んでくる。
わたしの昔の家族は、本当のパパとママは。一緒にいたみんなは。
この人のせいで、今のわたしみたいになった。

悲しくて、悔しくて、誰とも会えなくなった。
そしてわたしだけが、みんなの想いに守られた。
"どうかこの子だけは助けてください"って、みんなが強く願ったから。
みんなの魂が、森の中で過ごせるように守ってくれてた。
他の生き物や悪い人間に襲われても、大きい怪我をしないように守ってくれてた。

そうだったんだ。
じゃあ今度は、わたしが。

みんなの気持ちを、受け止めてあげる。
ずっとわたしを守ってくれていたみんなの悲しみを、怒りを、全部受け止めてあげる。


"かなえ"もそうなんだね。
この人は、たくさんの家族を。
みんな、こんなふうにめちゃくちゃにしてきた。



――――わたしが、こらしめてやる。



――――――――

 ◇

――――――――

185魂の冒涜者 ◆koGa1VV8Rw:2026/05/19(火) 21:03:42 ID:esAKvnDs0



通称"アイ"が何故、乳児にもかかわらずあの凄惨な墜落事故から生きながらえたのか。
​何故、過酷極まるジャングルの環境で野生生物に殺害されずゴリラに運よく拾われ生きながらえたのか。
なぜ、アフリカの街を幾度も破壊し人々を殺害し、一度は軍の射殺対象にまで指定されたにも拘らず、銃火器を潜り抜けて生きながらえたのか。

何故、彼女は何度も命の危機を不意に乗り越え続けるのか。


彼女の超力は鑑定の結果、"体格差の量に比例する怪力の発揮"のみとされた。
そう、ただの怪力の発揮のみ。
しかしそれには矛盾がある。
幾ら人類は進化し肉体は頑強になったと時代と言えど、本来ならば最大出力を発揮しようものならその怪力に耐えられず肉体が損壊してもおかしくない。
自身の超力に自身の身体は耐性を持つという事例は多々あれど、それにしても彼女の超力出力は非常に高いのだ。
あるいは、街を破壊した際の瓦礫や爆発などで大怪我を負って、とうに死んでいてもおかしくはない。


その矛盾を埋めるものとしてもっとも有力な説は、"魂の加護"であった。
アビス収監後、彼女の魂を科学的に測定した結果。
彼女の魂と肉体を護るように存在する、彼女の魂とは別の無数の魂のようなものが観測されたのである。
今回の刑務作業に彼女が送られたのも、それが極限状況においてどのような現象を引き起こすか検証するためでもあった。


アイの事例はイシュルーンや、葉月りんかのように、新たに人間が死者の魂から生まれたわけではない。
恐らくは、ただただ墜落する飛行機で死んでいった人々の、"この赤子だけは生かしたい"という思いの受け皿になっただけと考えられた。
そのため超力が彼女本来の物から変質するようなことはなく、防護の力としてのみ魂の力が現れたのだろうと。

個人戦力として参加者中でトップクラスに君臨する、ルーサー・キングと正面から戦いながらも、重傷を負ったり殺されるようなことが無く、同行者による制止が間に合ったのも。
おそらく魂の加護があったからなのであろう。


しかし、そこに現れたのが氷月蓮である。
彼の特殊な超力と彼の異常な精神性による完璧な演技力は、魂達が加護を発揮する間もなく彼女をいとも簡単に殺害せしめた。

彼はそのような加護の存在にそもそも気がつくこともなく、羽虫を気にしないかのごとく。
あるいは、魂を冒涜するかのようにアイを一瞬で殺害せしめた。

これは運営側にとっては予想外の結果であり、大きな思惑外れでもあった。
検証したかった加護の防衛能力を、一切見ることなく終わってしまったのだから。


だが、事態が別の方向に今になって動き出した。
アイを殺害した下手人の氷月が魂の存在に自力で気がつき、それに対処できるか、何なら殺せるかなどと問いかけてきたのだ。
ならば刑務官も、刑務作業の目的の一つ、"魂の消滅の確認"達成のためそれにはある程度手を貸してもいいと考えるのである。

氷月が魂を知覚できてその上で魂を真に殺害せしめるならば、それはこの上ない魂を殺せることの実証になる。
平気で嘘をつくサイコパスであるが、ジョーカーとして刑務作業への協力を選んだ彼は利害の一致する刑務官に嘘はつかないであろう。
彼が魂を殺せたと感じたら、それは確定で魂を殺せたという証明になる。


しかしそれを起こしうる特殊な超力を現状持たず、プレシードでもない一般の囚人である氷月にそれが出来るのか。
そこで、アイの殺害という事例が意味を持ってくる。
氷月蓮の超力"殺人の資格"は、魂の存在を考慮に入れた上で発動する。
無意識の上で、"魂の加護"に妨害されずに確実に殺人を犯す方法を提示する。

ならばその逆、肉体を殺すことではなく魂に危害を加えることに対しても、この超力を利用できる可能性は充分考えられる。
すなわち彼は――魂を侮蔑し、魂の加護をすり抜ける、"魂の冒涜者"であり、魂そのものの天敵たりうる可能性を秘めた存在なのだ。



――――つまり。



刑務官から、ジョーカー"氷月蓮"に提示された新たな任務は。



『1人分以上の、"魂"の殺害』



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 ◇

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186魂の冒涜者 ◆koGa1VV8Rw:2026/05/19(火) 21:04:14 ID:esAKvnDs0



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 ◇

――――――――



"ああ、俺がブラッドストークだよ"と男の人がぽつりと言った。
そして、姿が少しずつ歪んで変わっていく。
赤紫色の体をした、おどろおどろしい化け物のような姿に。

それと同時に、わたしは言葉にならない叫びを吐いてそっちに向かっていった。

「うあああああああ!!!!」とお腹の底から叫ぶ。
人間のみんなには、今までは動物の鳴き声としてしか理解できなかった叫び。

でも、いまのこれにはちゃんと意味が乗っていた。
これは、"言葉"として叫んでる。
わたしを生かしてくれたみんなの想いを伝える、大切な言葉として。
ブラッドストークにも、これで怒りが伝わるって何となくわかる。


"そうか、お前6年前のあの飛行機の生き残りかァ?"
"懐かしいぜ。俺の育てた奴の一人を変身させて客のフリをさせて乗り込ませたんだよな!"
"犯人は乗客の一人、動機は不明、生存者0、迷宮入りってなったよな!"


下品に笑いながら、ブラッドストークは腕を広げて私に立ちはだかる。
まず、うねうねしたものがブラッドストークの身体から出てきてわたしに襲い掛かる。
でも、こんなんジャングルの蛇なんかよりぜんぜん怖くない。
わたしが腕を払ったり足で蹴ったりするたびに、ちぎれてきえていく。

"ちっ!死に損ないのガキが、生意気なァ!"

見かねたブラッドストークが、今度は自分の身体で飛び掛かってくる。
わたしは、怯まずにそのままそっちに向かってジャンプして頭突き。
何かがこわれる、バキって音。

爆発を受けたかのように、のけぞっていくブラッドストーク。
手を緩めない。
みんなの怒りを乗せて、追いかけて、叩き続ける、蹴り続ける。
化け物は苦しそうな声を上げて、わたしの怒りをすべてその身に受けていく。



"もういいよ!アイちゃん!もう、充分だよ……!"

かなえが、涙声でもういいって叫んでいた。
……そうなのかな?

"皆さんも、もうやめて……! アイちゃんを、もう休ませてあげてください……!"

かなえがそう言って頭を下げると。
わたしの体の中のみんなの怒った気持ちが少しずつ薄れていく。
そうか、もういいんだね。
みんなの悔しかったきもちが溶けていく。


"くそっ……死んでまで、こんな目に遭わされるなんてな……"
"死にぞこないのクソガキがァ……"

ブラッドストークは倒れて、恨めしそうにつぶやいた。
怪物みたいな体ももうボロボロで、なんだか見た目もだいぶ薄くなっている。
やったんだね、わたし。
よかった。
最後に、みんなのためにちゃんと戦えてよかったな。

187魂の冒涜者 ◆koGa1VV8Rw:2026/05/19(火) 21:04:44 ID:esAKvnDs0



――――なんかわたしも、疲れたな。
気が付くと、わたしの近くにもあたたかく光る扉がひとつ現れていた。
そうだね。これがわたしの行くところなんだね。

かなえの方を振り返る。

あうあう、きゃっきゃと優しく叫ぶ。
『かなえ、本当に、本当にありがとう』ってそんな気持ちをいっぱい込めて。

手を振って、バイバイってお別れする。
かなえはひづきをまだ見てたいみたいだけど、わたしは疲れちゃったから先に行くよ。

かなえの、ぷにぷにと柔らかくて、爪のあるお手々が見える。
かなえもこっちを見て、泣きながらだけど優しく笑って手を振ってくれた。


ブラッドストークの方も見ると、ちゃんと倒れたまま。
でも、割れかけた顔の奥の目がなんだか優しく安心してるように見えた。
なんでだろう。不思議だな。


そして、私の両手にふわっとしたものが。
大きくて、懐かしい手のひらがわたしの小さい手を握ってくれている。
左はお父さん、右はお母さん。
そうわかる。とってもあたたかい雰囲気を感じる。

二人に両手を引かれて、一緒に、光る扉に歩いてく。


森のみんな。
もう会えないのは悲しいけど、わたしの周りにはたくさんの人がいて寂しくないよ。

これからは、きっとどこか遠くで見守ってるから。


――――――――みんな、元気でね。



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 ◇

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188魂の冒涜者 ◆koGa1VV8Rw:2026/05/19(火) 21:05:19 ID:esAKvnDs0



「狙うべき獲物が、少し増えてしまったか」

まるで刑務官たちに自分の嗜好を利用されているようだと感じながらも、氷月蓮は思考を進めていく。
その胸の奥の冷たい殺意は、より多くのものを含みその上でさらに研ぎ澄まされていく。
魂を認知できるということは、もしも魂を殺す方法が存在するならば――――それを実行した瞬間の、あの至高の"殺人の感触"を魂のレベルで実感できるということ。

「あるいは魂を無視して全員殺してから、アクセサリーに入った魂をどうするか考えるのもよいかな」

"アイ"を護っていた、彼女の家族を始めとするであろう魂たち。
そしてその"魂の加護"を機能させずに自分がアイを殺害せしめたこと。
それらについての情報も、デジタルウォッチから得ることができている。
後からそのことを知って、気分はそんなに悪くはない。


「それに――――充分な対価も貰ったしな。
 この200pt、有り難く使うとしよう」


ジョーカーとしての任務を追加で受けたことで、氷月のデジタルウォッチに新たに使用できる特権ポイントが200pt追加された。
おそらく100ptが任務を受けた分、もう100ptは北鈴安理が首輪解除済であって殺害しても恩赦ポイントを獲得できなかったことの補填なのだろう。
淡々とした態度をとるが、非常に助かっている。

「こんな好奇心を覚えるのは、久々かもしれないね」

落ち着いた表情になりながら、デジタルウォッチに提示された魂に干渉する方法を脳内で思い返し噛み砕いていく。
まるでホワイトボードかのように、氷月蓮の脳内に情報が整理されていく。

まずは留意しておくべきは。

超力を消すという事は、魂を殺すという事とイコールではないということ。
近年の研究である超力ひも理論によると、超力は全て繋がっている。人間各々の魂に。
とはいっても、紐を切っても接続が切れるだけなのだ。
超力を消しても、魂は超力を宿す器官というだけであって魂まで消えることはない。

ならば、あのアクセサリー内部の魂を、あるいは魂そのものを『殺す』にはどうすればいいか。

189魂の冒涜者 ◆koGa1VV8Rw:2026/05/19(火) 21:05:49 ID:esAKvnDs0


1.超力の利用
 征十郎に協力を依頼して魂の消共同で殺害することは、勘案しないことにする。
 普通の人間の魂を斬るなどということに協力してくれるとは思えないし、そもそも可能な限り自らの手で殺さないとジョーカーとしての任務達成になりはしないだろう。

 ならば自分自身の超力が、征十郎やイグナシオのような超常現象じみた領域へ変化することを期待するか。
 それもあまりに不確定要素が強く、可能性が低すぎて検討に値しない。

 魂を認知した自身の超力が、魂の殺し方を常に見えるようになるかも不明だ。
 自身が魂の状態になり北鈴安理の魂を見た際に、自身の超力由来の何かが見えたような気はする。
 しかしまだ魂を見慣れていないせいか、脳中で解釈が進まない。
 アイドルとして覚醒した日月を殺せる方法が見えなかった時と同じで、その場の状況によって殺せる方法がないなら見えず、あるなら見えるという可能性もあるだろうか。
 何にしろ、それ単体では意味をなさず魂に干渉できると考えられる手段を手元に用意するなど下準備が必要だろう。


2.魂と魂の干渉
 最も有力だが、最も使いたくない手。
 自分自身に魂があると自覚している以上、再び臨死状態を作り出せば魂の状態で動き回ることは可能だろう。
 だが、あの心臓が止まるような死線を自ら踏み抜くのは、あまりにリスクが大きすぎる。
 標的の魂は殺せたが、自分の肉体まで死ぬという結果になってしまっては元も子もない。

 使うとするならば、刑務作業終了直前のわずかなタイミングだろうか。
 ジョーカーとして得た知識だが、刑務作業終了後は生存者は刑務官や特任の医師により最高峰の医療措置を受けられることが約束されている。
 完全な死さえ迎えていなければ、肉体がどれほど損壊していようが問題はないはずだ。


3.魂側からの干渉に対する反撃
 生前に大きな繋がりがあったならば、死者の魂が生者に干渉することもある。
 かつて大金卸樹魂の魂が、被検体:Oと戦いを繰り広げたかのように。
 魂の側からこちらに危害を加えようとしてくるならば、作用反作用のようにこちらからの反撃も恐らくは可能になるはず。
 直接殺害し、過去の記憶を共有した相手――北鈴安理はこの干渉を起こしうる範疇に収まっている可能性は十分に考えられる。


4.アクセサリーの逆利用
 そもそも、メリリンの持つあの流星のアクセサリー。
 高度な技術の塊ではあるが、実用化されて間もない初期型である以上、設計段階でいくつかの脆弱性や危険な橋を渡っている箇所があるはずだ。
 細工を施したり、あるいは破壊すれば、内部に定着している魂へ直接的なダメージを与えることはできないだろうか。

あるいは……。

190魂の冒涜者 ◆koGa1VV8Rw:2026/05/19(火) 21:06:19 ID:esAKvnDs0



「あと一歩、あと一手か……」

一通り思考を巡らせ、蓮は小さく息を吐いた。
理論は揃いつつある。
そう、わずかな切っ掛けでそれはできるはずなんだ。

北鈴安理の、メリリンの。
彼らの起こした犯罪に関する新聞や雑誌や書籍などに、手がかりは無いか。
この刑務作業で彼らに強く関わった人物たちに、手がかりは無いか。
記憶の全てを思い起こせ。

今思い起こすと、北鈴安理という男の印象は昔とは全く違っていた。
僕と同じほぼ模範囚で、普段アビスで見ていた全く覇気のない取るに足らない姿。
しかし安理と遭遇する少し前に出会った友人エネリットの話にもあった通り、彼は全く取るに足らない存在ではなくなっていた。
だからこそ、あれだけ痛い目を見た。
対策できなければ、今度こそ完全に敗北し死ぬ。

だが、対策不可能ではないはずだ。
本来、魂一つ程度が生きた人間や世界などに影響を与えるのは難しい。
大金卸樹魂のような、余程の魂の強度がある人間でもなければ。
ただの強い思念や、怨念程度では世界に干渉することは困難なはず。
肉体が死んでも魂の力で動き続けた大金卸樹魂のような現象は、彼程度の魂では引き起こすことは不可能なのだ。
そうでなければ、肉体が死しても彼の身体や超力は動き続けて僕は死んでいただろう。
彼の魂は、決して規格外の強さではない。

忘れてはならないが、ジョニー・ハイドアウトやトビ・トンプソンへの対処も重要だろう。
メリリンが彼らと位置を先に打合せしていて、合流しようと動く可能性も十分にある。



ターゲットの動向を確認するため、デジタルウォッチを見やる。
すると、エネリットがまさにあらゆるものを切断できる人間と。
魂をも殺せる、征十郎とともに行動していた。


「エネリット、君も。
 何か大きいことをするつもりなのかい」


きっと彼は、征十郎の絶対的な超力がないと成し得ない"何か"をしようとしている。
エネリットとは、かつて行われた超力譲渡の繋がりもある。
自身の"殺人の資格"を貸し出し発現を抑えることで、今後仮面を被りながら社会を生きる助けになる存在でもある。
二人で生き延びたら、何を成し遂げたか互いに話すのも悪くはないだろうな。



昔のいつか、超力の自己による進化は、強い絶望によって起きるのではないかという仮説を見たことがある。
あるいはそれを乗り越える意思が必要なのだとか、ロマンチストな人間の話では愛の力がトリガーではないかなどという、よくわからない仮説もあった。
そして完全に進化した超力の持ち主には、従来の超力の持ち主は絶対に勝てないなどという話も。

自分は、そんな劇的な感情も、熱苦しい意思も、愛などというものも何ひとつ持ち合わせてはいない。
だから、本当にそれが世の理ならば仕方なく受け入れてそのうえで自分らしく生きるしかないと思った。
一方でそれと同時に、不思議と僅かな苛立ちは覚えてはいた。

だが、もしも。
強力な異能も持たない、劇的な進化の条件すら満たし得ない、ただ生きて、ただ冷徹に人を殺すだけの一人の人間が。
人間の"魂"をも殺すことができるというのなら。
すでに肉体が死に絶えた存在にまで、この手で直接的な死を刻み込めるというのなら。


――――それは一つの人間の可能性を広げた、自分なりの"進化"ではないだろうか?


「考えてみたこともなかったな――――殺人を続けた先に何があるかなんて」


夜闇の中、デジタルウォッチの無機質な光を氷月蓮の瞳は爛々と反射し輝いていた。


【B-2/草原/一日目・夜中】
【氷月 蓮】
[状態]:首に重症(治療済み)、左腕に凍傷(処置済み)、超力『殺人の資格(75%)』
[道具]:Tシャツ、フォーク2本、遠隔起爆用リモコン、デジタルウォッチ、ロープ(使い古し)、ワイヤレスマイク、通信機、麻酔銃、治療キット(使用済み)
[恩赦P]:0pt(残り特権200pt)
[方針]
基本.殺す。其の為に生きて、其の為に死ぬ。
0."魂"を殺害する。
1.メリリンを殺害する。できることなら、魂も。
2.流星のアクセサリーに対処する。できることなら、中の魂を殺したい。
3.トビ・トンプソンらを警戒する。

※ジョーカーの役割を引き受けました。
 恩赦ポイントとは別枠のポイント(通称特権ポイント)を200pt分使用可能です。
 デジタルウォッチに全ての参加者の位置情報が表示されます。
 また、以下の指令を受けています。
① 刑務作業に消極的なグループに紛れ込み、6時間以上過ごす。(達成済)
② 刑期に関係なく最低でも3人以上の参加者の殺害。(達成済)
③ 追加指令として、1人分以上の"魂"の殺害。
※追加で指令を受けたことで、特権ポイントが200pt追加されました。
※流れ星のアクササリーの経緯、引き起こした現象について知りました。
※魂の存在を知覚できるようになりました。

191魂の冒涜者 ◆koGa1VV8Rw:2026/05/19(火) 21:06:52 ID:esAKvnDs0




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 ◇

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あいつらも、去っていったか……。
ヒーロー、復讐者、アイドルとかほんとに色々なやつを見送ったな。
そんなに女に縁のある柄じゃねえんだけどな。





ははっ。
死んでも便利だな、俺の超力は。

魂にまであれだけの損傷を受けながらさ。
見た目だけは、いくらでも健全そうにできる。

全く死んでまで、俺は何やってんだか。
やられたふりも、元気なふりも上手かっただろ。
俺の得意技だぜ、もうさ。

だが……なんだかこの姿すらも……もう限界みてえじゃねえか。
怪力を発揮する超力に加えてよ……あの瞬間だけ、あの子供を護るためだった魂の加護が攻撃にも力を貸してきたみてえなのさ。

本当なら、今まで俺が悪の道に落としてきた奴ら、破滅させてきた奴らとも。
地獄で話でもしようかと思ってたんだが。

それも、無理なのかもな。

なんか、"魂"そのものがもう終わりかけてるのさ。

ま、そんなものか。
お似合いの末路って感じか。

じゃあ。



"チャオ♪"



あばよ。
俺に関わった、全ての奴ら。



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魂同士の争いならば、魂が損傷することはありうるのだ。


そして……消滅することも――――――――。


氷月蓮が求める魂を殺す手がかりのうち一つは、人知れず一つの魂の贖罪によって実証されていたのだった。

192 ◆koGa1VV8Rw:2026/05/19(火) 21:07:22 ID:esAKvnDs0
以上です。

193 ◆vF6Pm5BH/6:2026/05/19(火) 22:24:15 ID:ZaKACDEA0
仮投下乙です。
一通り拝読させて頂きました限りでは、特に問題ないかと思います。

本投下の方よろしくお願いいします。

194 ◆koGa1VV8Rw:2026/05/20(水) 00:59:07 ID:VkxcwmlA0
ありがとうございます。
その後舞台設定には関係ない点ですが、少し表現の気になった場所と付け足したくなった場所があったので書き出しました。
本投下してまいります。


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