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投下用SS一時置き場4th

126落丁─或青年之悪夢─ 1:2016/11/01(火) 20:10:43 ID:B7VKotUA0
いらっしゃいませ、ようこそ。当店へお越し下さり、まことに有り難うございます。
このような場所へ来るのは初めてですかな? …ああ、やはり初めてでいらっしゃいましたか。
いえ、わたくしはこの通りの老いぼれでございますれば…最近、お客様のお顔とお名前を覚える事が些か不得手になりましてな。
何か粗相をしてしまわないかと気を付けるべきことが増えたものですから。
……と、ついつい話が長くなってしまいましたな。この老いぼれの悪いクセ、どうかご容赦下さいませ。
初のご来店とあらば、当店が何を扱っているかのご案内をさせていただいても? …有り難うございます。

元来、人は様々なモノを『箱』に入れてきました。
金など即物的なモノを。お気に入りの洋服などの身につけるモノを。
「愛する者から貰った」といった、人の想いがつまったモノを。
己の思い出に関わる、他人からすれば何気ないようなモノを。
時には想いそのものを。時には思い出そのものを。

わたくし共はお客様の様々なニーズに合わせて箱を“作り”、箱同士を“繋ぐ”のが仕事。
そうそう、お客様からお預かりした箱を“管理”する事も行っておりますよ。
尤もこちらは「想い」と「思い出」の箱のみ、他人に“閲覧”されても構わないという確約を頂いたものに限らせて頂いておりますが…。
それでは如何なさいますか? 箱をお作りに? それともお繋ぎに? はたまた…
……まずはどのようなものなのかを見てみたい…成る程、閲覧をご希望ですな。
どうぞどうぞ、お代はいりません。当店では選りすぐりの箱を取りそろえておりますよ。

ほう、その黒い箱に惹かれましたかな? それは……いえ、真に申し訳無いのですが…その箱は未だ『鍵』と出会っておりませんで開く事が…
……なんと。貴方さまこそがこの箱の鍵でいらっしゃいましたか、これも何かの縁なのでしょうな。

127落丁─或青年之悪夢─ 2:2016/11/01(火) 20:15:52 ID:B7VKotUA0
箱を作った記憶はない? 確かに、貴方さまがこちらへいらっしゃったのは今回が初めて。
…ふむ、これはあまり知られていないのですが、箱の作り主が鍵だとは限らないのでございます。
むしろ、『鍵』付きの箱はその鍵の持ち主以外によって作り出される事が多いのです。
さあ、覗いてご覧なさい。その箱は間違いなく、貴方さまをお待ちしていたのですから。

…おや、どうなされましたか? お顔の色がだいぶ優れないご様子。失礼ながら、わたくしめも覗いて宜しいですかな?


これは…運命の糸を紡ぐあの御方も酷な事をなさるものだ……。
どうりで近頃、急に管理する箱の量が…おっと、失礼いたしました。平にご容赦を。
…お客様、これからわたくしが話す事をよくお聞き下さいませ。
この箱に納められていたモノは、今ここにいる貴方さまご自身の■■ではございません。しかし、これは確かに“貴方さまの■■”なのでございます。
ふむ、どう説明したら宜しいのでしょうか…そうですね、この世界をひとつの大樹に例えて説明致しましょうか。
まず、大樹の根と幹をこの世界の『存在』といたします。そして無数の枝葉ひとつひとつが『“今でなくここでもない”同じ世界』。
…成る程、これに関してはお心当たりがございましたか。
それならば貴方さまは既に理解していらっしゃるはず…たとえ認める事ができずとも。
『狂気に陥り、幻想の己自身と争った末に死んだ貴方』も。
『幻想の果てに己を見いだし、善の心を以て悪と化した貴方』も。
『志半ばにして死んでいった貴方』も。
紛れもなく、貴方さまご自身なのでございます………


  ……■■■・■■■■■様。





例エ頁ガ抜ケテイテモ、物語ソノモノヲ読ム事ハ出来ル。

……歴史ダッテ、ソウダロウ?

128名無しさん:2016/11/01(火) 20:18:13 ID:B7VKotUA0
以上、投下終了です

129名無しさん:2016/11/30(水) 01:24:10 ID:tlYwzgK20
投下します

130エンドロールは流れない -Meaning of Birth- 1:2016/11/30(水) 01:27:13 ID:tlYwzgK20
エンドロールは流れない【第三章・愛をその手に】 -Meaning of Birth-





その時、閃光と共に僕の世界は色と音を失った―――。






(何が…起きた………?此処は………何処だ………?)

今自分が何処にいて、何をしている――否、何をしていたか
キール=ツァイベルには理解出来なかった。
思考の歯車が完全に動きを止めてしまい、身体も全く動かない。
視界に入る物も全てガラスのようなレンズに写すだけで、
思考に何一つ結びつかない。

(―――――そうだ、僕は)

だが、世界に少しずつ色と音が戻り始めると、
思考の歯車がカチリカチリと動きを再開し始める。
同時に漸く身体が動き、上半身をゆっくりと起こす。
その時前方からロイド=アーヴィングが駆け寄って来て
何か言葉を発したが上手く聞き取れない。
再度問おうとしてキールは視界に映る物に違和感を覚えた。
雪原に大きく穿たれた破壊の痕、崩れ落ちる塔、驟雨の如く
隕石の如く降り注ぐ無数の瓦礫―――。

カチカチカチと遅れを取り戻さんと凄まじい速度で回り始める思考の歯車が
その直前に起こった事象を脳内で再生させる。
南西より放たれた巨大な晶霊エネルギー。絶対見間違う筈が無い。



「晶霊砲だと!? 馬鹿な、一体誰が!」






「しょう、れい、ほう………?」

突然の強大なエネルギーの直撃こそは免れたが、
その余波の衝撃波に為す術なく刎ね飛ばされた一同の中で、
即座に態勢を立て直したロイドは、すぐさま仲間の安否を確かめに回っていた。
各々多少は傷を負ってはいたもの無事を告げる声が上がる中、
唯一倒れたままで返答が無かったキールがこうして無事だった事に
安堵しつつも、その焦燥の混じった声に首を傾げた。
ロイドにとって聞き覚えの無い言葉。一体それは何なのか?
キールに問い質そうとした時、突如余所から
取り乱した声と制止しようとする声が響き渡った。

「チャット落ち着いて!」
『落ち着くんだチャット!』
「離して下さい!アッシュさんがッ!アッシュさんがぁッ!」

リアラがチャットの細い身体を両手を使って抱えるように抑え込もうとしてるが、
それを今にも振り解かん勢いでチャットが涙を浮かべながら大声を上げ、塔に向かおうとしていた。
当然リアラとディムロスの制止の声など耳に届いている気配は無い。
慌ててロイドもチャットを止めるべく駆け出す。

「チャット!」
「離してッ!離して下さいッ!!!」
「―――チャット!!!」
「……―――ッ!!」

今までに無く強く、力のある言葉に
チャットがビクリと肩を震わせ、その動きを止めたのを見て
ロイドは軽く息を吐くと、敢えて笑顔を作った。

「――まだあの塔の中にアッシュがいると決まった訳じゃないだろ?」
「…ッ、だ、だけど、もしあの塔の中に―――」
「――大丈夫だ。アッシュはきっと無事だ。だから落ち着いて、今から一緒に探しに行こうぜ」

な?と、ロイドの言葉に漸くチャットが落ち着いたように
無言でコクリと頷くチャットを見て、リアラもディムロスも安堵した。
成り行きを見守っていたリフィルもクレメンテも同様だった。

「――とにかく急ごう。アッシュ達を探しに」

ロイドの言葉にリフィル、リアラ、チャットは頷くと、
崩れ落ちた塔に向かって駆け出して行った。

131エンドロールは流れない -Meaning of Birth- 2:2016/11/30(水) 01:27:57 ID:tlYwzgK20

(何の目的で?塔の破壊?それとも他に理由が―――?)
「キール!何してるんだ!?」
「あ、ああ…すまない。今すぐ行く」

1人晶霊砲が放たれた方角を睨みつけるように見ていたキールを呼ぶロイドの声に
キールは頭を振るとロイド達の後を追い掛け始める。今考えるべきはそこでは無い。
先ずはロイド達の言う様に、アッシュ達の安否を確かめるのが先決―――。

(もし他に理由があるなら何だ?そもそもどうやってあの砲撃を?)

それでもキールの思考から、どうしてもその疑問が抜けない。
走るのは正直キツイ。この中ではどう考えても
体力と筋肉(それでも一般人よりはあるぞ!)不足で、
しかもここは砂漠の上の雪原。足が取られ易く本当息が切れやすい。
おまけに崩落した塔によって巻き上げられた砂礫の嵐が
視界を遮り、口の中に入って咳き込みそうになり本当不愉快極まりない。
さすがに塔の崩落そのものは落ち着いてきているお陰で
空からの落下物を気にしなくて済むのは幸いではあるのだが。

(話によるとバンエルティア号からは動力が抜かれていた。ならばまず動力の確保が必要)

それでもキールは必死に思考の歯車を回転させる。
その理由が分かれば、この後の行動も変わって来るからだ。

(動力を確保した上で、あの艦の構造を知っておく必要がある)(双方の知識がある者)
(自分が知り得る中で可能性が高いのはフォッグ。チャットと同じ世界で、艦についても知識が)
(だが待て)(確かにフォッグは無茶苦茶な男ではあったが、戦況や状況が読めない男では無い)
(幾ら何でもここまで非情且つ思慮の浅い行動が取れるか)(可能性は低い)

瓦礫の海と化した塔の周辺は酷い有様だ。
死体こそ未だ見当たらないが、燃え盛る炎、上がる黒煙、城のように
巨大な塔の一部が時折轟音と共に崩れ、僕達の行く手を阻む。
地獄のような光景とはこういう事を言うのだろうか。

(次はレイス。だがレイスはインフェリアンだ)(待て、レイスは単身僕らを追ってセレスティアに来た)
(バリル城で再会するまでに、僅かな時間でもセレスティアの文明に触れる機会はあった)
(ならば艦の構造を理解していても不思議では無い)(だが動機は何だ?)

それでもロイド達の足は止まらない。キールとの距離も離れ始めている。
…僕にしてはかなり頑張って走った方では無いか?常人ならとっくに置き去りにされても可笑しく無い。

(塔の破壊が目的で無ければ、誰かを斃す為に狙った?)
(勿論ゲームに乗った人間の可能性もあるが)(もしレイスが発射したならば)
(無差別な殺戮が目的とは考えにくい)(そもそも戦いになればレイス自らの手で討ちに行く筈)
(それでも撃った――ならば相手はレイス以上の格上)(そしてレイスが晶霊砲を使ってまで討たねばならない相手――)

だがもう限界だ。少し休ませてくれとそう声に出そうとした瞬間、
キールの脳内で思考の歯車が1つの結論を導き出し、再び視線を南西に向けさせる。
状況もまだ把握しきれず、まだ生き残りの者達の情報だって全然足りていない。
だが、もしこれが正しければ、南西の方角には―――――。

「――シンク!」

その時、突如前方でロイドの声が響き渡る。
息を切らしながらも、視線を向けた先にいたのは
キールが最も警戒する敵の1人、烈風のシンク―――。
ロイドの声に振り向いたシンクはほんの一瞬驚いたような表情を見せたが―――。



「――へえ、まさかあの状況から立ち直れるとはね。褒めてあげるよ」



悪意と敵意を全面に押し出したような冷やかな笑み―――。
セルシウスの冷気も及ばないかという位の冷酷な表情に、僕は思わず身構える。
他の面子も同様に戦闘態勢を整える。

「シンク………ッ!………やっぱり………」
「やっぱり?やっぱり信用出来なかった?」

唯一ロイドだけは身構える事無く、何処か縋るような、
祈るような声音で言葉を紡ぐ。だが―――。

「正解だね、ロイド。僕もお前なんか信じて無かったよ」


その僅かな希望は儚くも無残に打ち砕かれた―――。

132エンドロールは流れない -Meaning of Birth- 3:2016/11/30(水) 01:29:26 ID:tlYwzgK20


正直言って、状況は最悪だ―――。
冷静を装いつつも、シンクは内心激しく憤っていた。
悉く事態は悪化していき、この時の為に仕立て上げた駒を
失った直後の最悪なタイミングでの再会。ロイドだけならば兎も角、
あのリアラまでいたのではどう考えても自分の行為がバレたと思わねばなるまい。

「…意外ね。もう少し偽りの仮面を被り続けるか、或いはもう少し動揺するかと思ったけど」
「俺は悪くねえ!…って慌てふためく姿でもお望みだったかな?それは申し訳ないことしたね」

銀髪の女の挑発にも似た言葉を軽く流しつつ、シンクは欠片も申し訳無さを込めずに返す。
この女は後ろにいるガキと男の術師同様見た事の無い奴ではあったが、
自分を見る目を見るだけで、大よその事態は分かる。勿論リアラとディムロスからの
証言もあったのは間違いないだろうが―――。

「大方死霊使いか赤髪辺りから僕の話を聞いていたんだろ?ならこれ以上仮面を被り続ける必要は無いね」

赤髪って、まさかアッシュさん?とガキが言ったのを男の術師が咎めているが
今は置いておく。とにかく僕が言ったように、恐らく元の世界での正体がバレているのが
此処ではかなり問題だ。事実、僕にこれ以上余計な策を弄されまいとしてか、
今すぐにでも戦いとなりそうな一触触発の雰囲気。確かに連戦続きの状況下で
この人数と戦えば間違い無く此方が敗北となるだろう。勿論ロイドが嘗て言った通りならば
殺される事はないだろうが、戦闘不能にはさせられてしまうだろうし、
下手するとロイドの意思を無視して周りが僕を殺す可能性もあるだろう。
何れにせよここまで振り回された挙句そんな結末を迎えるのは御免だ。

(さて、どうしたものかな)

万一即座に戦闘となったとしても良いように、一見には無抵抗のように、
だけどどんな攻撃にも対応出来るような態勢を取りつつ、一同を見渡す。
無論この間の思考は、嘗てノーマを殺害した時と同じ――否、それ以上の速度で状況打破の術を模索していた。
ロイドとリアラ、ディムロスに、ガキ1人と術師2人、それとあの剣…ディムロスやアトワイト同様に
意思を持つ剣――ソーディアンか?仮にそうだと仮定すると、戦力的にもかなり面倒だ。
戦いが始まる前に、何としても戦力を削らねばならない。その為にまず最初に穿つ楔は―――。
思考の歯車が、シンクの中で1つの解を導き出す。策戦―――開始。

133エンドロールは流れない -Meaning of Birth- 4:2016/11/30(水) 01:30:12 ID:tlYwzgK20

「―――で、お姫様との連絡は無事についたのかい?ディムロス」
『―――ッ!?』

思いも掛けぬシンクの言葉に、ディムロスはコアクリスタル内で息を呑んだ。
無論此処からではディムロスの状況なんて分かる筈も無い。だが、この手は既に二度目。
しかも先刻のアトワイトとのやり取りで、十二分に状況の予想が付く。
そしてディムロスの表情は分からなくとも、その現マスターの表情を
見ればある程度は分かる。果たしてシンクの読みは的中した。

「アンタ達がロイド達の傍を離れた後、アトワイトもお前と同じ事をしようと必死になっていたけど…
見ていて実に不様で滑稽だったね。とっくの昔に僕の手で踊らされている事に気付かずに、ね」
「あなた、一体アトワイトさんに何をしたの!?」

表情を強張らせ、不安を必死に抑え込みながら声を上げるリアラを見て
シンクは内心ほくそ笑む。矢張り予想通り。さすがにアトワイトのような愚を
ディムロスは犯そうとはしないが、リアラの表情を見れば丸分かりだ。

「僕の手にかかり眠りについたよ。二度と覚める事の無い眠りに、ね」
「そんな………!?」
『貴様―――ッ!!』

此方の言葉に、リアラが蒼褪め、ディムロスから怒りの声が上がる。
思い通りに事が動き始めた――そう確信し、シンクはさらに言葉を続ける。
後は、何処で次のカードを切るべきか。

「くくくく…残念だったねディムロス。アンタが御執心のお姫様はもう起きないよ」
「お前…!アトワイトを何処にやった!?それにクロエはどうした!?」
「クロエ?――――ああ、あの馬鹿女なら」

ディムロスではなくロイドの怒声が飛んできたが、
誰であっても構わない。その言葉に対して返す言葉はこれだ。

「今頃この近辺で参加者を殺しまわってるだろうねェ…アトワイトを使って、ね」
「なっ…!?馬鹿を言うな!クロエがそんな事する訳無いだろ!!」
「そう思うなら見に行って来ればいいさ。あ、でももう駄目かな?」

本当ならばもう少しコイツを揺さぶってやっても良いが、
今はその時じゃ無い。まずはリアラ、ディムロス――お前達に退場頂こうかな。

「さっきスタン=エルロンとイレーヌ=レンブラントに出くわしたからね。さすがにもう殺されているだろうね」

その言葉に、リアラの表情がさらに愕然となる。ディムロスから出鱈目を言うなと
怒声が飛んだが、その声音から十二分に動揺が伺える。シンクは内心の喜悦を抑えつつ
ある方向を指差した。

「嘘かどうか、向こうに行って確かめてくれば良い―――アンタなら判るだろ、ロイド?」

男の術師が騙されるなとか何か喚いているが、あの様子では聞く耳持たないだろう。
それに此方は嘘は吐いていないし、吐く必要も無い。今のロイドならばそれが分かる筈だ。
現にリアラが縋るようにロイドを見つめていて、それに対してロイドが何かを小声で話している。
無論聞こえはしないが大体予想は付く。まあさすがにあの距離ではクロエ達の会話までは聞こえないだろうが、
悲鳴や戦闘音ならば十分聞こえる筈だ。そしてあのお人好しが今の状況下でこの場に留まるよう言う筈が無い。

「―――リアラ、ディムロス。2人はクロエの元に行ってくれ」
「ロイド!?」
「待て!それではあいつの思惑通り―――」

…ほら、予想通り。ロイドの言葉に術師達が何か反論しているが、
最早離脱は確定。何よりリアラは勿論、ディムロスまでもが
この場での戦闘どころでは無い状態だ。それはそうだろう。スタンの本来のパートナーならば
口で何を言おうが放置出来る筈も無い。本当単純な奴らだと、シンクは密かに嘲笑した。

「――ゴメンなさい、ロイド!クロエを助けてスタンさん達を止めたらすぐ戻るから!」
『――すまぬ!我らが戻るまでどうか頼む!』
「心配するな!こっちは俺達で何とかするからさ。だから―――そっちは頼んだぜ!」

此方を警戒しながら、クロエとスタン達がいる方角へ駆け出すリアラとディムロスを
見送るロイドを冷たく見据えながら次に切るカードを考える。とは言っても次は難しく無い。
既に馬鹿がヒントを口走ってくれたのだから――。

134エンドロールは流れない -Meaning of Birth- 5:2016/11/30(水) 01:30:52 ID:tlYwzgK20


アッシュさんは無事だろうか?そればかりが今のボクの頭を占めている。
ロイドさんは無事だと言ってくれたけど、凄く胸騒ぎがして仕方が無い。
リアラさんとディムロスさんがクロエさんの所に行く所を見た時、
大丈夫だろうかという不安よりも、自分もこのままアッシュさんを
探しに行けたらという思いの方が強かった。今目の前にいるシンクという人が
危険なのは分かってはいるが、今こうしている間に、もしアッシュさんに何かあったら―――。

「――嗚呼、そういえばそこのガキ。さっきアッシュが如何とか言ってたけど…知り合いか何かかな?」
「え―――あ、え、その――」
「――黙れ。これ以上お前と話す事は無い」

本来ならボクはガキじゃありませんとか言っている所なのに、
言葉が上手く出て来ない。そんな自分をフォローするかのように
キールさんが何か言ってくれたが、それすらもロクに耳に入って来ない。

「そう言うなよ。実はさっき偶然アイツを見かけたんだ。良ければ教え――」

突如風の刃がシンク目掛けて襲い掛かり、シンクがステップして回避する。
思いも掛けぬ光景に他の皆さんは勿論、ボクもさすがに驚きを隠せなかった。
シンクも僅かに驚きの表情を浮かべたが、ややあって苦笑しながら肩を竦めた。

「――酷いなぁ。人が親切で教えてあげようとしてるのに。知りたくないのかな?アイツの居場所をさ」
「だま――」
「知ってるんですか!?アッシュさんの事!?」

隣でキールさんの罵声が飛んだが、ボクは構わず続ける。
そんなボクに対して、シンクは笑みを浮かべながら、ある方向を指差した。

「勿論だよ。アッシュなら、あっちの方向にいたよ」
「あっち――」
「――騙されるな!あいつがどれほど危険か分かってるだろ!?」

つい信じ掛けたボクに対して飛んだキールさんの怒声に、
僅かながらボクの中の警戒心が戻るが、次の言葉に一気に霧散した。

「――ただ、瓦礫の下敷きになっていてね。早く手当てしないと助からないだろうね」

その言葉に、ボクの全身の血が一気に冷え切るような感覚に襲われる。
キールさんが何かを叫んでいるが、最早耳に届かなかった。

「嘘と思うなら別に信じなくてもいいよ。僕にとってはどちらでも構わない――選ぶのはお前だよ」

首が爆ぜ飛んだリッドさん、ボクを庇って瓦礫の下敷きとなったアニーさん、ボクが撃ち殺したウッドロウさん、
地面に無残に横たわるアリエッタさんとジェイドさん―――5人の死に様が鮮明に脳内で再生される。
次いでアッシュさんが背中を斬られ、鮮血が吹き出す光景――あの時の地獄を、絶望を、またしても繰り返す――?
今度は、今度はアッシュさんが?アッシュさんが――アッシュさんが――アッシュさんが―――――――。



気付いた時は、ボクの足はシンクが指差した方角に駆け出していた。

135エンドロールは流れない -Meaning of Birth- 6:2016/11/30(水) 01:31:26 ID:tlYwzgK20


「おい待てチャット!」
「くっ……キール!」
「分かってる!くそっ…!何でこんな事に―――――!?」

突如走り出したチャットに対して、俺はすぐキールに追う様に言おうとしたが、
直ぐに意図を察してキールがチャットを追い掛けて行った。
シンクの真偽は何れであれ、このまま単身危険な場所に向かわせる訳にはいかない。
とにかく2人でアッシュを―――。

「――見つけ出して戻って来る…なんて期待しているかもしれないけど無駄だよ…もうアイツは死んでるしね」
「なっ………!?まさか、お前が………!?」
「だとしたら如何する?」
「お前………ッ!!!」
「―――落ち着きなさい、ロイド」

心境を見透かされた挙句、冷笑と共に突きつけられた冷徹な事実に
俺は思わず血が上りかけたが、先生の言葉に我に返る。

「先生………」
「シンクは挑発してあなたから冷静な判断を奪おうとしている。相手のペースに乗せられては駄目よ」
『リフィルの言う通りじゃ。数の有利はかなり失われてしもうたが、冷静に対処すればまだ十分此方に勝機はある。真偽はどうあれ落ち着くんじゃ』

先生とクレメンテの言葉に、コクリと頷くと軽く深呼吸する。
当初の作戦では、アトワイトと交信しつつ状況を判断し、シンクと出会ったら
即座に抵抗出来ないよう戦闘不能にする―――そのつもりだったのに
気付けば今傍にいるのは先生とクレメンテだけ。それだけシンクの方が
上手だったというべきだが、全く慰めにもならないのは言うまでも無い。
とにかく2人の言う通り、今は気持ちを落ち着かせて―――。

「う…お“ぉぅ………」

その時、突如視界の端に映った影と、濁った声が視界と聴覚が捉えた。
見ればそこには褐色肌で銀の短髪――だけど口元と逞しい体躯が真っ赤に染まった男が
立っていた。俺達の姿を見て、驚きとも怯えともどちらにも捉えられる表情を浮かべた男に、
ロイドは先程リアラから聞かされた仲間の特徴――確かロニ=デュナミスと一致することに
気付き、声を掛けようとした次の瞬間、シンクが舌打ちしてロニ目掛けて駆け出した。

「―――死に損ないが、今度こそ止めを刺してやるよ!」
「―――止めろッ!!!」

咄嗟にロイドは跳躍してシンクの前に立ち塞がると、即座に剣を繰り出す。
シンクも両手に風の魔力を纏わせ、その剣を次々と捌いていく。

「ッ…!先生ッ!今のうちに回復をッ!」

剣閃を弾きつつ、時折鋭く繰り出される拳技や蹴りを受け流し、或いは回避しつつ
先生にロニと思われる男の回復を依頼したが、何故か戸惑いの表情を見せて動こうとしない。

「回復なんてさせないよッ!」

その間もシンクは回復前に止めを刺そうと鋭い攻撃を繰り出しつつも
俺を抜こうと素早く動く。俺はそれを辛うじて抑えながら再度先生に懇願する。

「先生ッ!早くッ!!」

切羽詰まった俺の声に、先生は意を決したように男の元に駆け寄り、
すぐさま回復術をかけ始める。その光景に安堵しつつも
時間稼ぎをするために剣を強く振るい、シンクの一撃を弾き飛ばす。

「シンクッ!これ以上お前に仲間を傷つけさせる真似は絶対させないッ!」

先生の回復が済めば、戦況は再び此方に有利に働く。
その為にも、ここは絶対抜かせる訳にはいかない。
何としてもシンクを―――。

「―――失敗したねロイド」
「………?」

さっきまでの焦りの表情は一体何処に消えたのか、
シンクは黒い笑みを浮かべながら俺に言った。
その言葉の真意を測りかねたが、何か嫌な予感がする―――。

「あの男――今のロニ=デュナミスの回復をさせた事が失敗だったと言ってるんだよ」

136エンドロールは流れない -Meaning of Birth- 7:2016/11/30(水) 01:32:10 ID:tlYwzgK20



ガッ





その言葉と同時に重く、鈍い音が背後から響き渡る。
咄嗟に振り返った俺は、その光景に目を疑う。


視界に映ったのは、頭部から血を吹き出し雪原に倒れ込む先生の姿―――。

「せッ、先生――――――ッ!!??」






「ふぃ〜…やっと術が使えるぜ。顎やられてまともに喋る事はおろか、回復も出来なかったからなぁ」

男―ロニ=デュナミスは、血に染まった兇器のタフレンズを左手で放り投げてはキャッチするを
繰り返しながら、顎を撫でた。正直武器も無く、回復も出来ない状況であのガキに出くわしたのは
さすがにヤバいと思ったが、運良く見知らぬ赤があのガキを抑え、その間に俺様の好みドストライクの
スーパークールビューティな女性が俺の顎を治してくれたお陰で、何とか術が使えるまでになった。
本当感謝感激血の雨霰って奴だな!

『リフィル!しっかりせいッ!!』
「先生ッ!!…お前ッ!何でこんな真似をしたんだッ!!!」
「何で?そんなの決まってるだろ?」

こんな恩を仇で返すような真似を何故したって?
そりゃ決まってるだろ!俺はタフレンズに付いた血を舐め取ると懐に仕舞い、左親指を上に突き上げた。

「だってほら、魔術を使う奴は殺す。そう決めたからだぜ♪」

目の前の赤が茫然として、次いで何かを喚き出したが知った事じゃない。
そりゃあ美人相手にこんな真似はしたくなかったが仕方無えじゃねえか。
術を使う奴は殺す――てか回復までしてる時点で合わせ技1本、死刑確定なんだからよ。
寧ろ苦しまずに逝かせてやった分、逆に感謝して欲しい位だぜ。
あー、でもどうせ逝かすんだったら先に俺様の<バキューン>で<ドギューン>せてやりたかったなぁ…。
ん?おい画面の前のお前ッ!今俺の事をチェリーと言ったかッ!?俺は世界一の紳士だから
<バキューン>をその時の為に大切に磨き――ゲフンゲフン、まあそれは置いておくとして―――――。

「――にしても、まさかここでソーディアンが手に入るとはなぁ!嬉しい誤算だぜ!」

さっきからソーディアン――確かフィリアさんが愛用していたクレメンテ、だったか?
目の前で血を流して倒れている美人の安否を確かめようとしてるのを無視して
俺は剣を上空に掲げ、軽く魔力を籠める。するとそれに呼応するかのように
衝撃波が前方に向かって放たれ、俺から剣を奪い返そうとした赤を吹き飛ばす。
つまりクレメンテが俺様をソーディアンマスターと認めたって証―――!
ソーディアンマスター=ロニ=デュナミス様の爆誕って奴だッ!!!
これで百人力所か千人力!誰も俺様の進化は止められないぜッ!!!

「さーってと、ソーディアンマスターになったことだし、このままリベンジマッチ!…っと言いたいとこだが」

性懲りも無く赤が俺に挑もうと駆け寄って来たが、軽く剣を一振りして
無数の岩山を隆起させ足止めさせると、俺は岩山の頂に立つ。

「俺にはやらねばならない使命がある!ガキ!てめえの断罪はその後だ!そしてそこの赤!
俺が戻って来た時に余計な真似をするならお前も殺す!分かったな!」

そう言い残し、俺は岩山を蹴り一挙に駆け出す。
ここに来るまでに偶然にも見かけたあのガキ――敬愛するウッドロウさんを殺した奴を
この手で惨殺する為に。生きたまま四肢を落として耳も鼻も全て削ぎ落して苦しめて殺す為に。
傍にキールもいたが邪魔するようなら…って、あいつ術使うか。
回復も使ってたような………よしッ!なら仲良く惨殺決定ッ!!
芋を洗って…じゃ無かった、首を洗って待ってろよッ!!!


老剣の言葉も碌に届く事無く、ロニ=デュナミスは駆け続ける。
狂気にその身を委ねながら、兇器と化したソーディアンを手にする男は、
最早盾では無く、破滅を齎す禍そのものだった―――。

137エンドロールは流れない -Meaning of Birth- 8:2016/11/30(水) 01:32:47 ID:tlYwzgK20


正直、ここまで事態が思う様に進むとは思わなかった。
シンクは湧き上がる嗤いを堪えつつ、頭から血を流して動かない女の傍で
項垂れる男――ロイド=アーヴィングを冷ややかに見つめた。

「―――不様だね、ロイド」

僕の声にロイドは顔を上げ、睨みつけるような視線を向けたが、
後悔が強く漂う表情では、迫力も威圧感も欠片も感じる事は無い。

「こんなゲームには絶対に乗らない、これから救えるものは全部救ってみせる。大層御立派な決意じゃあないか」

残すはロイドのみ。此処まで来れば、あとはもうチェックメイト。
嘲りの言葉と共に僕はゆっくりとロイドの元に近づく。

「そのせいでお前は次々と仲間を殺す。実現不可能で無謀な理想の為に、ね」
「そ、そんな事―――」「――無いと断言出来るかい?」

ロイドの言葉を遮って浴びせられた僕の言葉に、ロイドの肩がビクッと揺れる。

「お前自身、それが現実的で無いと何処かで理解していた筈じゃないの?相手はお前達を容赦無く殺しにかかるのに、
お前達は殺す事が出来ない。説得も情も何もかも通じない相手であろうと、頭のネジが765本程飛んだ狂人とかでさえ、ね」

武器は一切手に持たない。持つ必要も無い。ロイドが剣を繰り出せるギリギリの線まで
近づき、そこで立ち止まる。

「―――だけどお前は僕相手に説得という手段を取ろうとした。僕の正体を知っていたなら、説得する意味なんて皆無だと
知っていた筈なのにね。実際他の奴等から警告された筈なんじゃないの?説得では無く、斃すべきだ――とね」
「そ、それは―――」

言い淀むロイドの姿に、僕はやっぱりね、と冷笑する。
強い意志は、時に正しい判断さえも歪ませ、過ちへと引き摺りこむ。
シンクは過去にそんな愚者を幾人も見て来た。

「――最初から他の奴等同様に殺すつもりでいれば、こんな事態には陥らなかったのにね。その女を含め、仲間達を傷つけ、殺すのは
あの狂人?道化師?それとも僕かい?………違うね。現実をまるで理解していない愚か者、お前だよ」
「………ッ!」

嗚呼、馬鹿馬鹿しい。信念?愛?それが一体何の意味がある?
余計な物に囚われるから、執着するから愚者は悩み、恐れ、嘆き、そして最後には絶望する。

「…良い機会だからハッキリ言ってあげるよ、ロイド」

僕はロイドの肩に手を置き、力を集中させる。
茶番はそろそろ終幕といこうか、ロイド=アーヴィング。
その耳元に顔を近づけ、呪いの言葉を紡ぐ。



「お前の“下 ら な い”理想では、“誰 一 人”救えやしないよ」





―――絶望と激情の琴線に触れられ、剣が引き抜かれる音に、誰かの声が重なった気がした

138エンドロールは流れない -Meaning of Birth- 9:2016/11/30(水) 01:33:51 ID:tlYwzgK20


「せ、先生…!?」

怒りに我を忘れかけた教え子が、半ば茫然とした面持ちで此方を見ていたが、
ハッと我に返り、私に対して大丈夫なのかと慌てて声をかける。
大丈夫とは言えないわね…と、力無く応えつつ、何とか立ち上がろうとする。
そんな私にロイドは肩に置かれていたシンクの手を振り払うと、
私を抱えて十数歩下がり、シンクとの距離を広げる。
シンクを警戒しながらも、此方を心配そうに見つめる目は、
この出血量では死んでなくとも致命傷に近いと思われていたかもしれない。
実際、あと一歩で私は死んでいたのだろう。

「…まあ、今回ばかりは、私の慎重な性格が幸いしたわね…」

先刻の情報交換の時点で、ロニ=デュナミスがゲームに乗った可能性を私は考えていた。
それ故に回復を躊躇った訳だったけど、シンクが執拗にロニを仕留めようとしていたのを見て、
私はロニを回復する事を決めた。それでも万が一を考え、防御が取れる態勢だけは整えていた。
それが結果的に功を奏した。クレメンテを奪われてしまったが、咄嗟に防御壁を張れた事で
本来ならば致命傷になりかねない一撃を減殺することが出来、そしてシンクの策により
追い詰められ、剣を抜きかけたロイドに制止の言葉を振り絞る事が出来た。
…尤も、消え入るような声音、ロイドが天使化し、天使聴覚を発動出来てなければ届く事は無かっただろうが。

「ゴメン、先生………俺のせいで………!」

後悔と苦悩が一面に現れた表情を見て、私は内心で溜息を吐く。
ロイドに対する呆れや怒りでは無い。つい先程あれだけロイドの力になると
決めたにも拘らずこの体たらく―――かえって足を引っ張るハメになった
己の不甲斐無さに対してである。ふと脳裏を過るは、ここには呼ばれていない弟や
仲間達、そしてここで命を落とした仲間達の姿―――。

(…ここに貴方達がいれば、もっと良い結果を導けたのかしらね…)

考えても詮無き事であり、今この状況下では逃避でしかない。
この場にいるのは他でも無い私なのだ。この状態ではまともに戦う事は厳しい。
でも、まだ自分に、今の自分にしか出来ない事はある。意識が激痛で飛びそうになるのを
必死に堪えながら、私はゆっくりと言葉を紡いだ。

「…ロイド、貴方の決意は、私の怪我如きで揺らぐ程、弱く、頼りない物だったのかしら…?」
「そ、それは………」
「私は貴方を、貴方の理想を、意志を信じ、託した…だから、この結果も、最悪の事態も最初から覚悟の上よ…。
ロイド…この結果を申し訳無く思う位なら、何があっても貴方の選んだ道を、最後まで貫き通しなさい…!」
「先生……………分かった。ゴメンな、取り乱しちまって。もう大丈夫だ」

少し照れたような表情を浮かべて礼を言った後、その瞳に嘗ての様な強い光が灯したロイドの姿に私は安堵した。
無論、まだ安心出来る訳では無い。私を近くの手頃な瓦礫の傍に座らせ、再びシンクに向き合うロイドに対して、
シンクは僅かな苛立ちと警戒を抱いているように見える。後一歩の所で邪魔が入ったが故か、それとも
他に何か別の要因か…何れにせよ、今は見守るしかない。

139エンドロールは流れない -Meaning of Birth- 10:2016/11/30(水) 01:34:57 ID:tlYwzgK20


「…シンク、お前の言う通り、俺は自分がやろうとしている事が一体どれだけ難しいか分かってるつもりだ。
決意した後でも不安があったし、現に今、俺のせいで先生に大怪我を負わせてしまった」
「――なら、もうさすがに分かっただろう?お前の理想は実現不可能だって――」「――可能だ」
「……可能?」

ロイドの言葉にシンクは眉を不快そうに顰める。
飛びそうになる意識を懸命に堪えつつ、サックの中身を探りながら
私自身もロイドの言葉に耳を傾ける。

「殺し合わなくたって、こんなふざけた舞台は破壊出来る」
「へぇ…僕の力を借りれれば――なんて言うんじゃないだろうね?」

肩を竦めて言うシンクにロイドは首を横に振った。
確かに力を借りれれば力強いけどと前置きし、さらに言葉を続ける。

「協力出来なくても、殺し合いを控えてくれるだけでも良いんだ。その間に俺達が終わらせる」
「終わらせる?この殺し合いを?」
「その通りだ」

シンクはロイドの言葉にくくくと肩を震わせ嘲笑った。シンクにして見れば当然の反応だろう。
だが今のロイドは揺るがないし、迷わない。

「あはッ……あッははははははははははははははははは!どうやって?僕1人説き伏せられない馬鹿なお前が
この歪んだ世界を走り回って一人々々説き伏せるとでも言うのかい?」
「そんな事をしなくたって、終わらせる事が出来る!俺達が殺し合いをしなくちゃいけない、その原因を取り除けば良いんだ!」
「どうやってさ?こんな御大層な玩具を首に填められて、道化師がわざわざ用意したこの舞台から脱出する―――。
殺し合いを今から止めたとして、猶予はたったの24時間で、そんな事がお前に出来るとでも?」
「出来る!今俺達には首輪を調べてる仲間がいる。そいつらならきっと首輪を解除する事が出来る!その道具も揃ってる!
仮に解除が出来なくても―――――」

そこでロイドは、腰に差していたヴォーパルソードを抜くとシンクに突き出す。
怪訝そうな表情を浮かべるシンクに、ロイドは力強く宣誓する。

「空間を、時空を制する魔剣エターナルソード―――俺がその真の力を解放させ、この世界から皆を脱出させてみせる」

目の前の悪意も嘲笑も吹き飛ばすような、
真っ直ぐな視線と、希望を芽吹かせるような強い意志。
これこそ私が――仲間達が惹かれ、信じるロイド=アーヴィングの姿。
狂気と殺戮の舞台でも、今のロイドならばそれは決して揺らぐ事は無い。
さすがのシンクが押し黙り、暫し無言でロイドの剣を見つめていたが、
やがて1つ溜息を吐いて億劫に口を開いた。

「成程…ね、その剣を完成させれば、ここから脱出出来ると?」
「そうだ!元はと言えば、こんな世界に閉じ込められたから、俺達は殺し合いを余儀無くさせられているんだ!
だったらここから脱出さえすれば――――」「――――興味無いね」

ロイドの熱弁を無造作に斬り裂くように、シンクは冷たく言い放つ。
密かに術の触媒となる石を取りだした私はその言葉に違和感を覚えた。
不可能だと断じるでも無く、興味が無いとは如何いう事なのか。
ロイドもその点を不審に思ったのか、シンクに静かに問い質す。

140エンドロールは流れない -Meaning of Birth- 11:2016/11/30(水) 01:35:31 ID:tlYwzgK20


「何でだ?お前が俺の事を快く思ってないのは判る。だけどこんな所で死にたくない筈だ。
それに元の世界にお前の帰りを待つ仲間や友達だって―――」「―――お前の勝手な価値観で判断しないで欲しいね」

シンクは明らかに不愉快な表情を浮かべ、再びロイドの言葉を遮った。

「僕はお前と違って、僕自身を含めた全ての生き死にに興味は無い。元々僕の存在価値は元の世界でも、この世界でも無い。
空っぽの存在なのさ。だから脱出出来たとしても僕の居場所も、生きる目的も、何一つ存在しない」

感情の全く無い言葉に、リフィルは背筋に冷たい物が走るのを感じた。
仮面の下の素顔を垣間見た気がしたのだ。弟と年齢が大して変わらぬ少年が、
私達と同じ――否、それ以上の絶望をその身に宿している事に。
ロイドも同様だったのか、困惑の表情を浮かべながらシンクを見つめている。

「僕の世界には、フォミクリーと呼ばれる複製技術が存在する。それによって生み出された被験者の複製体――それをレプリカと呼ぶ。
僕やこの舞台に呼ばれた導師イオン、そしてルーク=フォン=ファブレがそれさ」
「なっ!?に…人間を…複製……!?」

突如告げられた事実に、ロイドは勿論、私も驚愕する。
大佐からその技術については聞かされていた。だがそれにより創られた人物が
他ならぬ目の前にいたと言う事に。

「僕は導師イオンが死ぬという預言で誕生した。そして―――1度は失敗作として廃棄されている」
「ッ!?…だから、なのか?…お前は捨てられた事や、その元凶となったフォミクリーや預言を…元いた世界を恨んでいるのか?」
「違うよ。生まれたからさ!導師イオンやルーク=フォン=ファブレみたいに代用品ですらない。ただ肉塊として生まれただけだ」

吐き捨てるように言うシンクに、私は漸く気付いた。この少年はここに来る前から絶望していたのだ。
だからこそ彼は希望を求めない。絶望の中で嘲笑い続けているのだと。

「馬鹿馬鹿しい…預言なんてものが無ければ、僕はこんな愚かしい生を受けずに済んだ」

…いや、絶望すらも無いのかもしれない。絶望的な状況下で、生を呪った少年は
全てを死地へ置いて来たのかもしれない。だから彼は止まらない――否、止められない。
ロイドは悲しみを湛えた表情でシンクに静かに訊ねる。

「…生まれてきて、何も得るものが無かったって言うのか?」
「無いよ。僕は空っぽさ」

即答――全てを否定した言葉にロイドは唇を噛み、手を強く握る。
それに構う事無く、シンクは言葉を続ける。

「だが構わない。そんな事は今の僕にはどうだっていいことだ。ロイド、お前が最期まで諦めないというのなら―――
―――今此処で、僕が意志も希望も、その残された命ごと壊してやるよ!」

そう言い、シンクは両掌を合わせる。同時に起こる凄まじいエネルギー。
雪が、瓦礫が宙を舞い、再び大地が鳴動し始める。

「こ、これは…!?」
「劣化してるとはいえ、導師と同じ第七音素の力…本気で戦えば只では済まない…!」

後方支援がメインである私でもさすがに判る。交渉も、説得も全て拒否―――。
それを言葉で無く、戦意と敵意、殺意――あらゆる悪意に乗せての返答。
ロイドもそれを悟ったのだろう。その瞳に諦めの光が宿る。

「―――どうしても、退かないんだな」

その言葉に返答は無い。最早戦いは避けられない。
ロイドは悲しそうに目を伏せたが、未練を断ち切るように両目を開き、剣を抜く。

「シンク…お前が何と言おうと、俺は絶対諦めない!必ずお前を止めて見せる!」
「…なら試してみようよ。お前と空っぽの僕、この狂った世界がどっちを生かそうとしてるのかさぁっ!」

その言葉と同時に、両者は大地を蹴り、両剣が、風を纏った拳が凄まじい速度と威力でぶつかり合う。
理想を諦めることの無い誓い多き剣士と、理想を否定する烈風の、熾烈な激闘が、ここに始まる――。

141エンドロールは流れない -Meaning of Birth- 12:2016/11/30(水) 01:36:32 ID:tlYwzgK20



同時刻―――。

男は赤い絨毯が伸びる廊下を気だるげに歩いていた。
その表情には明らかな疲労と、嫌悪感が滲み出ている。
…初めて会った時も感じた事だが、本当狂ってやがる――それが率直な感想だった。
こんな狂気と殺意に塗れた悍ましいゲームを用意して、その中で最後の1人になるまで殺し合わせる。
その目的が怨恨であったり、例え周りに理解されなくとも当人にとって大いなる理想の為と言うならば
一応は納得も出来ただろうが、単純に“面白そうだから”という理由だけでは、納得出来る所か
理解する振りすら苦痛に感じる。無論その言葉を完全に真に受けた訳ではないのだが、
あの口ぶりや性格から判断すれば、恐らく完全に嘘と言う訳ではあるまい。

(さて――これから如何するか)

無論、要件が済んだなら任務に戻るべきなのだろうが、
ここまで気分を害されると、素直に戻って任務を遂行しようという気は起きない。
とはいえ、今度また怠慢を見咎められれば、背後から銃弾をぶち込まれるか、
あるいは戦斧に真っ二つにされかねない。無論易々と殺られるつもりはないのだが。

「――ここで何をしている?」

突如背後から掛けられた言葉に、男は内心舌打ちする。
振り返れば、案の定そこには自分よりも年上の男が立っていた。

「何って、ちょっと呼び出しを受けてたんですよ。さっき終わりましたんで今すぐ戻りますよ〜っと」

そう言いながら男は再び背を向け、手をヒラヒラさせてその場を後にしようとする。
互いに敵意を抱いている訳でも無いし、人間性にも問題がある訳でも無い。寧ろこの面子の中では人格者な方だ。
手腕も才覚もあの道化や教官達が認める程だ。特に嫌う要素は無い筈なのだが、どうにも男はこの目の前の男を良く思えない。
実の妹があんなゲームに放り込まれてるのに、平然としている男の事が―――。

「――お前は何の為に生きている?」

立ち去ろうとしたその時、背後から再び掛けられた声に、
男は足を止め、軽く眉を顰めたが、振り返る事無く答える。

「―――生かされているんだろうが、俺様も、あんたらも、な」
「そうだ。だが、結果は如何あれ、お前はお前だ。それは変わる事は無い」

男が想像していたのと全く異なる言葉に、軽く目を瞠り振り返った。
同時に起こる既視感――嘗て友と自分を呼び、あの日自分を殺した仲間がよく言ってた姿が記憶に蘇り、
男は肩を竦めつつ、ハンッと鼻で哂った。同じような言葉でも、この男とアイツではまるで違う。

「――その言葉を言う資格は無いと思うぜ。あんたを慕う弟子達を利用し、切り捨てた、アンタだけは、な」
「…そうかもしれんな」

その男は半ば嘲笑にも挑発にも似た言葉に怒りもせず、目を伏せ自嘲の笑みを僅かに零す。
特に何かの反応を期待した訳でも無いが、これ以上は何もないだろうと思い、
男は1つ溜息を吐くと、それじゃ俺様はもう行くぜと言い残して再び歩き始めた。

「――“始まり”を冠する塔が予定通り崩壊したそうだ」

男が振り返った時には、既にその男は今しがた自分が歩いて来た方角に
歩き去る所だった。男は何かを言おうとしたが結局口には出さず、ゆっくり歩き出したが、
その足が止まった。どうにも引っかかる…“予定通り”?幾ら戦況の予想は立てれても、
塔の崩壊を予想する事が出来るのか?ふと過った疑問に、つい先刻読み込んだ資料の内容が思い出される。
第七音素――星の記憶、預言―――全てが1つに繋がって行き、男は気付く。

「――あの野郎、まさか」

142エンドロールは流れない -Meaning of Birth- 13:2016/11/30(水) 01:37:47 ID:tlYwzgK20



―――今僕は何の為に戦っているんだろうか?

目の前の剣を回避し、或いは受け流し、受け止めつつシンクはふと思う。
ヴァンにローレライ諸共、第七音素を――預言の消滅を託しつつ、
オールドラントで最期を迎える直前にシンクの脳裏に過ったのは、
恨みでも、未練でも、悔恨では無かった。

――なにもない。くらくて、さむくて、つめたくて。りそうなんて、なんのいみもない

そう、文字通り何も無かったのだ。あの日、ザレッホ火山で自分の本質が空っぽである事を理解し、
生まれた事に絶望し、憎悪したシンクには、最期の瞬間にさえ何も残せなかったし遺せなかった。
だから、この世界に呼び出された時に抱いた感情に特に中身は無かった。生きたいという希望も、
死にたいという意思も無い。それでも道化師に従い、殺し合いに乗ってやるのは面倒でも有り癪でもあったから
偶々自分にとって最高の玩具を与えられたから、どうせならこのくだらない殺し合いの場を精々利用して、
楽しんでやろうと思っただけだ。その相手がルーク達だったのは、生前に散々邪魔された事の憎悪や復讐でもなく、
只玩具で遊ぶ相手として、この上なく最適な人選だったからだけのこと。

素早く間合いを詰め、鋭い蹴りを放つが、剣で防がれる。
次いで連撃を放つが、全て捌かれ、或いは回避されるが、最後に放った掌底の衝撃波が
ガードの上から大きく吹き飛ばす。

…仮にもしルーク達が全員壊された後だったら、どうするつもりだったか――。
仮にそうでも、落胆はすれども絶望はしないだろう。まあ腹いせに他の連中を引っかき回して
遊んでいたに違いない。要するにルーク達は遊び相手としての最優先相手というだけだ。
―――――――だがそれなら、自分がここまでして戦う理由は何処にあるのか。

吹き飛んだのを視認した刹那に詠唱開始――術構築、詠唱完了。
大地より業火の竜巻が巻き起こり、周囲の瓦礫諸共焼き尽くす―――。
その筈だったが、多少服が焦げた部分はあれど魔術防御により
大した傷も負わず目の前に立つ男の姿。

―――ロイド=アーヴィング。

コイツが何故カースロットから逃れられたかは最早如何でも良い。
利用価値が無くなった時点で、その下らない理想も決意も悉く否定し、その憎悪を煽り、
意志も希望も完膚なきまでに打ち砕いてやるつもりが、あの女術師の余計な口出しもあったとはいえ、
全く折れる事も無く、出会った頃と変わらぬ意志を抱いてこちらに挑んでくる。

(――――全く、ムカツクったらないね)

連続で斬撃が大地を裂いて襲い来るのを回避しつつ、
シンクは湧き上がる憤怒を隠さずロイドを睨みつける。
自分の邪魔をされた事に対してでも、何時までも足掻き続ける事に対してでは無い。
コイツは本気で挑みつつも、殺意を一切乗せて来ない。殺す気が無いのだ。
そしてこの期に及んで、コイツは自分を説得出来る気でいる!
それが何よりも腹立たしい。お前に僕の何が判る…!

143エンドロールは流れない -Meaning of Birth- 14:2016/11/30(水) 01:39:35 ID:tlYwzgK20

「――――――――僕を、嘗めるなッッッ!!!」

次の瞬間、音素が迸り、周囲の瓦礫を吹き飛ばす。
OVER LIMITS発動――一瞬ロイドの身体が衝撃で硬直する。
――ほんの僅かな隙を逃す程、シンクは甘くない。
大地を蹴り、瞬時に間合いを詰めると容赦無い連撃が
ロイドの顔面を、腹部を捉え、唇を切り、鼻血が飛び散る。
このまま叩き潰す―――何処に眠っていたのか判らない激情がシンクを突き動かす。
同時に全フォンスロットを集中、解放―――――。

「―――させるかよッ!!!」

―――――させる前に、ロイドから迸る闘気。同じくOVER LIMITS発動。
追撃をしようとしたシンクの身体が一瞬鈍った瞬間、巨大な獅子の咆哮に大きく吹き飛ばされる。
OVER LIMITSの発動条件には違いがあれど、強大な攻撃力にも、鉄壁の防御力にもなり、
短時間とはいえ仰け反りすら起こさない。だがそれがOVER LIMITS同士となれば話は別――。
両者の力量が勝敗を分ける事になる。シンクは吹き飛ばされながらも、即座に宙で回転、受身態勢を取り、
着地と同時に大地を力強く叩く。こちらに駆けてきたロイドが瞬時に超低温の冷気を感知し、
咄嗟に背後に大きく跳ぶ―――そのほんの僅かな間を置き、強大な氷の柩が大地を覆い、次いで氷の驟雨が降り注ぐ。
禁譜アブソリュート――導師の力により詠唱を必要とせず、発動後の硬直も必要としないその術故に、
本来ならば不可能な術の連携すらも可能とする。ロイドが大地に着地した時には、既に次の術の構築が完了していた。
第三音素により形成された強大な音素の剣―――サンダーブレード。恐るべき速度で発射された雷の剣が
ロイド目掛けて発射される。無論、これで殺せるなんてハナから思っていない。そもそもOVER LIMITS中ならば
先程のロニと同じ結果になる可能性が高い。それでも直撃すればその動きを確実に鈍らせられる。
その極小の時間さえあれば、全て終わりだ―――シンクは術発動の硬直から解放された瞬間に駆け出した。



――その術には強い既視感があった。ロイドは忘れる筈も無い。
仲間がよく使っていた魔術―――カッコ良くて憧れて、どうにか俺も出来ないかと
相談を持ちかけたら、剣を俺様の魔術に合わせてみなって言われて編み出した技。
幾度と無く戦況を切り開き、そして運命の――アイツが俺達を裏切ったあの日、
激戦の最中俺に向かって放たれた魔術。回避するにも、後方の仲間が直撃を喰らう。
しかし魔術に対する防御術が間に合わない―――そんな極限の最中に思い付いた荒業。


(なっ――――――!?)

シンクは驚愕を隠せない。FOF自体は珍しい物では無い。
だが真逆――敵の譜術を逆に利用したFOFなどという真似が出来る物なのか?
サンダーブレードに対してロイドが取った行動は回避でも防御でも無く、
剣を構えながら自ら雷の刃に突っ込むという荒業。無論それは余りに無茶苦茶な行為だ。
実際、捌き切れない雷の刃が皮膚を引き裂き、火傷を負わせ血飛沫が上がる。
それでも僕のサンダーブレードは確実にロイドの刃に伝わり、そして速度を減速させる事無く
僕に迫る。そして失態に気付く。極小の時間の驚愕が、完全に防御も回避も手遅れにさせた事を。

「襲、爪――――――――――――」

迫り来る雷の刃―――僕は、ここで死ぬのか?やっと―――終わるのか?

144エンドロールは流れない -Meaning of Birth- 15:2016/11/30(水) 01:40:20 ID:tlYwzgK20


身体が熱い――制御しきれない雷が、あの日のように身体を蝕み、傷付ける。
それでも止まらない、退かない――ロイドは剣を上段に掲げ、シンクに迫る。
ふいにシンクに嘗ての友の姿が重なる。あの時と同じ、目の前の光景に驚愕し、次いで全てを悟り
諦めにも似た儚い笑みを浮かべ、そして―――――閃光と共に目の前に真っ赤な飛沫が上がる。

「――――――――雷、斬ッッッ!!!」



(―――――外した!?)

だが、その刃は大地を破断しただけで、シンクの身体に届かなかった。
ロイド程の実力者なら外す筈も無い一撃が外れた事に、さすがのシンクの思考が停止した。
失敗<ミス>――?有り得ない。だがそうでないならば何の意図がある?


(俺は―――あの時と違うッ!)


ロイドが斬ったのは、過去に救えなかった幻影、今起こり得た惨劇――。
あの日、俺には力が無かった。力が無かった故に、あの時俺はアイツを―――
大事な仲間を、友をこの手にかけた。最後の戦いでも、結局俺は救う事が出来なかった。

(―――否、意図なんて如何でも良い。少なくとも隙は生じた。ならば―――)

シンクは自失から立ち直ると、全身のフォンスロットを解放しようとする。
だが、全てが遅すぎた事に否応無しに気付かされる。

「―――今だッ!!!」

ロイドの掛け声と共に、シンクを包むは第六音素で構築された球形の格子――フォトン。
OVER LIMITS中故に拘束は免れたが、視界が遮られ動きが硬直する。失念していた訳じゃないが、
ここであの女術師の横槍が入るとは。しかもロイドの掛け声から察するに、ここまでは全て
作戦の流れと言う事か。話し合う時間なんて何処にも――否、それも重要じゃ無い。次は何を――――!?

(でも今度は違う!俺は…絶対に諦めない!今度こそ、今度こそ―――――)

勿論1人では出来ない。だけどロイドは知っていた。シンクとの会話、
そして戦いの最中、リフィルが少しずつ回復を図っていた事、そして術を何時でも
発動出来るよう待機していた事を。口に出さなくても、視線だけで互いの意図は理解した。
後は呼び掛けるだけだった。あの日届かなかった一手に繋がる一撃を―――。
光の格子が消える寸前に、ロイドは一挙に加速し、剣を仕舞うと右拳を固める。
シンクがこちらの接近に気付き、咄嗟に両腕を交差してガードしようとする。

(拳――!?敢えて剣を仕舞った!?何故――ッ!?)

装着した腕輪と、手の甲の輝石が強く輝く。シンクの思考が解を導く時間を得る前に
右拳がシンクのガードを容易く抉じ開ける。

(真逆、お前は――――)(――――俺は、救ってみせる!)



両者の思考が同時に交錯した次の瞬間、ロイドの右拳はシンクの鳩尾に突き刺さるようにめり込む。
全力を込めたその一撃は、鳩尾から全身に衝撃が走らせ、罅入った骨を砕き、胃液を血液と共に逆流させながら、
シンクを凄まじい速度で吹き飛ばし、石壁に背中から叩き付ける。広がる石壁の罅、柱や瓦礫等の僅かな均衡で
支えられていた石壁が音を立て崩れ始める。余りの衝撃で口から血と胃液がごぼりと溢れるシンクの姿が陰る。
――見上げるまでも無い。次に起こる惨劇は容易に想像付く。





―――そう、ここで終わりだ





(―――終わらせて堪るか!)

瓦礫が降り注ぐ終焉の音色に、聞き覚えのある声が響いたような気がした。

145エンドロールは流れない -Meaning of Birth- 16:2016/11/30(水) 01:41:07 ID:tlYwzgK20



「ふぅ…危うく下敷きになるとこだったぜ」

ロイドはシンクの腕を掴んだまま、ふぅと安堵の息を吐いた。
あの瞬間、咄嗟に跳び出したロイドは、シンクの腕を掴んで大きく跳んだ。
多少は瓦礫の一部が身体に当たってしまったが、大した傷でも無い。
そもそも僅かでも遅れていれば、シンクは勿論、ロイド自身完全に潰されていただろう。

「……なんで助けた?僕は、お前の―――」
「―――お前に、生きてて欲しいからだ」

シンクが忌々しげに呟くのを遮るように、俺はハッキリと言う。
確かに敵でもあり、仲間達の仇でもある。だけどそれとこれは全く別だ。

「ハッ――何を…ごほっ…馬鹿なことを…言ったろ。僕は空っぽ…ゴミなんだよ」

苦しそうに咳き込みながらも、シンクの目が鋭さを増す。
だがロイドは怯まない。シンクの容体を気遣いつつも、その視線を真正面から受け止める。

「被験者に遠く及ばない…代用品に、げほっ、すらならない、無価値な…レプリカ―――」
「そんなことはない!」
「あるんだよ…!お前に、ごほっ、僕の事…レプリカの事…一体…何が分かる!」

シンクは怒気を漲らせてロイドに掴みかかる。
確かに無価値な存在。だからと言って赤の他人に勝手に自分の事を決めつけられるのは
我慢ならなかった。だがロイドも負けてはいない。

「分かる訳ねーだろ!お前の世界の事も碌に知らないし、お前の過去もついさっき聞いたばかりだ!
だけどな、レプリカも被験者も生きてるってことに変わりないだろ!」

そう、相手が誰だろうと関係無い。ロイド自身、母をクヴァルに殺され、後にクラトスと共にその仇を討っている。
コレットがフォシテスに撃たれた時、怒りに任せてそれを討っている。当然怒りも恨みも無かった訳ではない。
綺麗事を言えるような立場では無いかもしれない。それでも、全ての命は生まれてきたことに意味がある―――。
養父であるダイクに育てられ、誰であっても分け隔てなく接する事が当たり前だったロイドだからこそ、
辿り着いた答えであり、例えこんな狂った舞台の中でも、それは決して揺れる事が無い。

「ふざ、けるな……!只生きてて何の意味がある…!生まれただけの出来損ないを―――」
「―――生まれて来たってことに意味があるんだ!」

尚も自分を否定しようとするシンクに対して、ロイドは声を大にして叫ぶ。
シンクとは立場も出自も違うが、同じように自分の存在を、価値を否定し続けた者達を知っている。
だけど知っている。彼らの優しさを、強さを―――――その価値を。シンクも同様だ。
シンクの事をまだ詳しくは知らない。だけど戦いの中で気付いたのだ。

「それでも価値が無いって言い張るなら俺が価値があるって決めてやる!」

シンクは生まれた事を呪った。願う事を諦めた。だけど生きる事を諦めなかった。
それが復讐であれ、或いは別の理由だったとしても、本当に全てを諦めていたならば、絶望していたならば、
シンクは今この場にいなかった筈だ。戦い続けて得たその力も、地位も、シンクは本気で欲した訳では無かったにせよ、
それも紛れも無くシンクが生きようとした証だった。それを誰が価値が、意味が無いと言えるだろうか。

――そう、無い訳が無いんだ。誰だって、生きてていいんだ。そうだろ―――?

今は亡き、或いはここにはいない大切な仲間達の名を、心の中で呟き、
そしてシンクに向かって叫ぶ。何処までも真っ直ぐな、曇りなく偽りなき想いを――。



「―――お前は俺の大事な仲間だ!それが価値だッ!!!」

146エンドロールは流れない -Meaning of Birth- 17:2016/11/30(水) 01:42:01 ID:tlYwzgK20



シンクは茫然とした表情でロイドを見つめた。
余りにも想定外過ぎた言葉に、思考が全く追い付かない。
暫しの静寂の後、シンクの口からクックックッと笑い声が漏れる。

「お前………本気で、言ってるのかい………?」
「―――当たり前だろ」
「そうか、僕に価値が…ね。なら――――――」

シンクは笑いを収めると、空を仰いだ。
何処までも空は青く、澄んでいる―――まるでロイドのように。


―――嗚呼、それが何処までも腹立たしい。飽和する程の殺意を覚える程に…!


「――――――これでも同じ事が言えるかい?」

そう言い、シンクは第四音素を纏った手刀をロイドの首筋目掛けて突き出した。






「何で…避け無かったのさ…」
「殺気が無かった。だから止めると分かってた」

首筋で止められた手刀を前に、ロイドは欠片も動揺する事無く答える。
忌々しい…何もかも見透かされてる気がして仕方が無い。
無価値な人間に価値の有無を問わず接するなど 頭のネジが765本以上抜けても有り得ない話と思ってたが
如何やらこんな狭い世界に、今まで見た中で最も馬鹿な奴が混じっていたようだ。

「随分知ったような口を聞くじゃないか…今仮にお前を殺さなくとも、僕は後で…態勢を整えてお前を…殺すよ…?」
「その時は何度でも戦って止めてやるさ」

そう言って笑い掛けるロイドに、僕の中の怒りが再び燃え盛る。それも嘲笑でも無く、
まるで聞き分けの無い子供に対して笑い掛けるような笑顔だから余計タチが悪い。
僕は1つ溜息を吐くと、ふと浮かんだ疑問を口にした。

「―――何でお前は、そんなに諦めが悪いんだよ…?」
「……ここで投げ出したら、俺のしてきた事で犠牲になった人達に顔向け出来ないだろ。
だから俺は、最後の瞬間まで諦めない。諦めちゃ駄目なんだ」

僕の言葉に、少し憂いの表情を浮かべながら答えたロイドは、
空を見上げて呟くように言葉を続けた。

147エンドロールは流れない -Meaning of Birth- 18:2016/11/30(水) 01:43:05 ID:tlYwzgK20


「…時々さ、思うんだよ。皆が犠牲にならなくて済む世界なんて、ありえない。それは理想なんだって」

先程までの馬鹿と本当に同一かと思う位、その表情に隠れた感情は重い。
当たり前の話ではあるが、僕はコイツの事を何も知らない。一体どんな旅をしてきたのか――。
そんな事をふと思いながら、僕は興味無さそうに答える。

「へえ…思ったより現実を理解してるじゃないか…そうさ…現実は甘くない…お前の理想は無意味なんだよ…」
「でも俺は…それでも…誰かが苦しむ事を善しとする世界は嫌だよ」

ロイドは頭を振り、悲しそうに目を伏せる。最早戦いは終わったと言わんばかりに、
僕に対する敵対心も警戒心も微塵も感じられない。随分と信頼されたものだね、と
シンクは内心毒づく。無論それを口に出す事は無いが。

「目的の為には犠牲が出てもいいなんて思えない。死んで良い命なんて無い。死ぬために生まれる命なんてあっちゃいけないんだ」
「…お前はそう思っても、周りがそうとは限らない…レプリカが最たる例だよ」

そう、あのルークとアッシュのように、被験者とレプリカ双方が存在した結果、
一体何が起きたか―――別に同情もしないが、気分が良いとも思えない。

「レプリカだって心は皆同じだろ?」
「違うね…レプリカに知識や技術を前もって擦り込めても――」
「――そうじゃない。誰だって自分を否定されれば傷付くに決まってるって言いたいんだ。お前だってそうだろ?」
「…悪いけど僕は、その程度で傷付く程、そこまでヤワじゃないよ…」

僕の言葉を遮った挙句、勝手な思い込みをされて、僕は一瞬その顔面を殴り飛ばしてやりたい衝動に駆られたが、
寸での所で抑え込み、苛立ちを隠さずに呟く。

「僕は、生まれながらに異質なのさ…捨てられた事を、否定された事を…傷付いたり悲しんだりした事なんて一切無いしね…」
「でも、全てに納得し切ってる訳じゃないだろ?」

それでも反論の言葉が何故か続かない。ロイドの一撃が尾を引いているのか?
それともそれが認めたくないが事実だからなのか?

「だったらそのままでも良いだろ。そのままで、ただそこにいて生きているだけで意味はあると思うぜ」
「へえ…こんな出来損ないに、どんな意味があるっていうのさ?」
「それはお前が生きて見つけるんだ」
「…………………………は?」

一瞬言われた事に理解に時間を要したが、
意味を理解した瞬間、その半ば無責任な言葉に殺意が湧く。
やっぱり殺すか、漸く呼吸が落ち着いてきたシンクが
右手に音素を集中させようとした寸前、ロイドが言葉を続ける。

「死ぬことに意味は無い。生きて来た人生に意味があるんだ。それは被験者もレプリカも一緒だ。
だけどその意味は自分で見つけ出さないと意味が無いと俺は思う」
「…本当に在るかも判らない、あったとしても一生見つからないかもしれないのに?」

殺意をそっと仕舞いながら、僕は特に感情も込めず返す。

「お前ならきっと見つける事が出来る。だから…生きなきゃ駄目だ」
「…生憎馬鹿の説教は嫌いなんだ。やるなら他の馬鹿でやってなよ」
「説教のつもりなんて無いよ。俺はお前に、諦めて欲しくないんだ」

そこでロイドは一旦言葉を切ると、表情を僅かばかり陰らせる。
それが意味する事に当然興味は無く、この後どう行動するにせよ、
そろそろ無駄話を切り上げさせた方が良いかと思い、結論を促そうとした。

148エンドロールは流れない -Meaning of Birth- 19:2016/11/30(水) 01:47:32 ID:tlYwzgK20


「諦めなければ、何でも出来る…本当はそうじゃないことがあるってのも分かってるぜ。でも…だからって諦めたら駄目なんだ」
「…で、僕に何をさせようと?実現不可能なお前の理想の為に、諦めず協力しろとでも?」
「別にそんな事言ってないだろ?」

その言葉にシンクは僅かながら意外性を覚えた。てっきり話の流れから
協力を求められると思ったからだ。

「嫌いな奴は嫌いで良い。むかつく奴もいる。お前にとってそれが俺でも構わない。
でも…そこにいることをお互いに許し合えれば、それでいいんだって思うんだ」

僕は黙ってロイドの言葉の続きを待つ。恐らく次の言葉が
最も大事な内容だと直感したからだ。

「だから、協力しろとは言わない。お前がこれ以上皆を傷つける真似をしなければそれで良い――
でも何時か、お前が心から協力したいと思ってくれた時は…その時は頼む、俺に力を貸してくれ」

そこに打算も計算も一切感じられない。紛れも無くロイドの赤心だけがあった。
頭を深々と下げたロイドを見つめながら、シンクは暫し思考に耽る。
何時もならばロイドの願いを一笑に付していたか、或いは従う振りをして
頃合いを見て逃げ出すか裏切る手段を取っていただろう。寧ろそれが僕らしいと言える。
―――本当、どうしようも無く馬鹿で諦めの悪い、底抜けのお人好し―――。
それでいて一切の偏見も差別も持たず、どんな相手にも分け隔てなく接し、
あれだけ敵対していて、且つ仲間の敵とも言える僕に、躊躇い無く頭を下げることが出来る。
…本当不思議な男だ。全くムカつかないと言えば嘘になるが、それでも最初抱いていた
敵意も悪意も殺意も何時の間にか萎んでしまっている。正直言えばルーク達を引っかき回すという
当初の目的も如何でも良くなっていた。

シンクは軽く溜息を吐く。結局何もかも上手くいかなかった。
参謀総長の名が泣きそうだと自嘲しつつも、それが現実だと諦める。
…コイツが何と言おうが、僕は空っぽだ。変わる筈が無いし、変えられて堪るかという思いもある。
だけど、この空っぽの中に入り込んできたコイツの希望とやらが何処まで通じるのか、
見届けてやるのはそれなりに面白そうだった。果たして成し遂げるのか、絶望に堕ちるのか――。
何れにせよ、折角用意された舞台、黙って見逃すのは勿体無い。だから―――。

149エンドロールは流れない -Meaning of Birth- 20:2016/11/30(水) 01:54:58 ID:tlYwzgK20

少しばかり、コイツに手を貸してやろうじゃないか。
新しい遊び相手を前にそう宣言した僕に、ロイドは一瞬驚いた表情を浮かべたが、
すぐ破笑し、礼を言って僕に向かって手を差し出す。無論それを受けてやる義理も義務も無い。

「――慣れ合うつもりはないね。それに僕は自分がした事を後悔するつもりも懺悔するつもりも無い。
…ディスト、ノーマを殺し、アトワイトとクロエ、そしてお前達を罠に嵌めた事をね。
あくまでここから脱出するまでの間だけだ。その後は―――また僕はお前達の敵だ」
「それでも良いさ。確かにお前がやった事は簡単に許される事では無いと思うし、その過去は変えられない。
――――――でも、未来は変えられる」

わざと悪意を混ぜて返してやったが、それでもロイドは気に介する事も無く答えた。
…如何にもコイツのペースにさっきから乗せられている気がするな…と内心僕はぼやいた。

「…本当おめでたい奴だね。また騙されたら如何するつもりだい?」
「ドワーフの誓い第十八番。騙すより騙される、だ。騙す位なら何度でも騙されてやるさ」
「…お前の生き方をしていたら命が幾つあっても足り無そうだね」
「俺は何事も諦めない性格なんだ」
「………もう知ってるよ」

呆れたように肩を竦める僕に、ロイドは笑いながら答えると、
女術師の容体を確かめる為に僕に背を向けて走り出す。
…何処までも無防備な奴だな。今此処で僕が本気で殺しにかかったら
如何するつもりだと思うが、きっとこれが僕に対しての信頼なのだろう。
…正直ここまで騙されておいてそれもどうなんだと思うが…。

(…まあ良いさ。精々足掻いて見せなよ。お前の意志が何処まで通じるか、愉しませてもらうよ)

「―――…本当に大丈夫なのか?」
「ええ、私ならもう大丈夫だから、貴方は皆を…―――」

如何やら向こうも話が纏まったようだ。ロイドが此方に戻って来るが、
その表情から何を依頼されるかは十分予想が付く。

「―――シンク、アトワイトとクロエの事…」
「…分かってるよ。僕が蒔いた種だ。それ位何とかしてやるよ」
「ありがとな、シンク!」

…本当分かり易い奴だと内心溜息を吐いたが、
それに気付く事無くロイドは安堵の笑顔を見せる。

「俺は今からロニを追い掛ける。アイツが向かった先と、チャットとキールが向かった先が一緒だったから、
もしかしたら戦いになってるかもしれない。皆を助けて、クレメンテを取り戻して――――」
「――――お前には他にやるべき事がある」

突然響いた第三者の声に、僕は即座に戦闘態勢を整える。
視線の先には、ロイドと同じように翼を持った金髪の青年―――否、それは最早天使。
今まで出会った者達の中で、明らかに異質な存在に警戒心が否応無しに強まる。
だが、ロイドにとっては少々違ったようだ。

「――――――ミトス」
「久しぶりだね、ロイド」





選ばなかった道の最果てに存在する者達の邂逅が、再び運命を加速させる―――――。

150名無しさん:2016/11/30(水) 01:55:36 ID:tlYwzgK20
投下終了です。お手数ですが確認お願い致します。

151名無しさん:2016/12/06(火) 23:29:59 ID:cyQtHZw20
抜けていたので追加です。エンドロールは流れない -Meaning of Birth- 20の冒頭に、

「良いよ―――今だけお前に協力してやる、ロイド=アーヴィング」
「……ッ!ありがとな、シンク!」

を加えてください。

152名無しさん:2017/11/16(木) 13:38:34 ID:XoqtS/Ro0
投下します

153エンドロールは流れない -混沌と英雄達の輪舞曲-1:2017/11/16(木) 13:42:15 ID:XoqtS/Ro0
エンドロールは流れない【第三章・愛をその手に】 -混沌と英雄達の輪舞曲-








「なんでだよ! なんで助けた! 他に助けるべき人がいたんだ!」

…五月蠅い。宙に浮かび巨大な魔力エネルギーが飛来した方角を見つめつつ
ミトスは僅かな苛立ちを覚える。嘘から出た真と言うべきか否かはさておき、
実際死にかけてたカイル=デュナミスにエリクシールを与えて回復させたまでは良かったが、
アッシュという男の末路を聞かされてからずっとあの調子だ。ティア=グランツが宥めようとしているが
聞く耳を持つ様子は微塵も無い。僕は小さく溜息を吐き、そして言い放つ。

「少し黙ってろ。後で幾らでも殴ってやるよ、人間」

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

(さて、どうしたものか…)

塔の崩落の中、朱に染まった黄を天使の視覚で捉えた時の心境としては
<真に面倒で厄介>だという事。このままティアだけ抱えて脱出するのが最も楽ではあるが、
その場合確実にミッション失敗、再度スコアランクZ確定。あの天才科学者が如何な表情で
嘲りの言葉を口にするか容易過ぎる程想像が付く…否、下手すれば解剖ルート逝きか。
当然黙って殺られるつもりは微塵も無いが、余りにも気に食わない。ならば忌々しい限りだが取れる手は一つしかない。
無論、懸念が無い訳では無いのだが、最早時間が無い。その時は此方で何とかするしかないだろうと、
ミトスは僅かな逡巡の後、即座に救出を決意し、同時に突入コースを割り出した。

「――これから突入する。協力しろ」

その簡潔な言葉にティアが理解を要する時間も、返答を待たずにミトスは崩落する塔内に突入する。
瓦礫が無数の礫の如く降り注ぐその世界を突破するとなれば、劣悪種にとっては絶望的な
シューティングゲームだったかもしれないし、劣悪種以外でもコンティニュー不可でしかも残機1、
しかもお荷物を抱えてと来れば、確実に手足が竦んで瞬時に終わっていても不思議ではなかったが、
ミトスにとっては少々難易度が上がった程度に過ぎない。僅かな遅滞もブレも誤操作も無く、
自身は勿論ティアにも当てる事無く的確に驟雨の如き礫を回避すると、カイル=デュナミスの元に
瞬時に辿り着く。未だ思考が定まらないティアだったが、目の前で血に染まった小さな金髪が
力無く墜落していく姿に驚愕し、咄嗟に手を伸ばしその身体を引き寄せ、
その豊満な胸に押し付けるように何とか抱きしめる。

(――――へえ、劣悪種の割には判断が早くて助かるね)

並の劣悪種ならば戸惑い、此方が指示するまで動かない――下手をすれば指示を出しても
何も出来ずに固まる可能性もあったが、どうやら見かけによらず判断は早いらしい。
一先ずこれで懸念していた大きな難関はクリア出来た。問題は――――――。

――あぁぁぁあああぁぁぁああぁぁッ!!――

この時点で既に、ミトスは顔を血と涎と汚物で染めた男が、朱に染まった黄と同じく落下する姿を
その天使の視覚で捉えていた。平時ならば慈悲で助けてやっても良いかなと思ったが、
両手は塞がり、ティアもカイルを抱えるので精一杯。確保すべき対象で無い以上、この男まで救う必要は無いか――――。

154エンドロールは流れない -混沌と英雄達の輪舞曲-2:2017/11/16(木) 13:43:03 ID:XoqtS/Ro0

(運が無かったね。悪いけど諦めて―――)

ミトスがそう思考しかけた時、ティアも男の咆哮に気付き、同時にその姿を捉えたのか
目を瞠り、一瞬どうすべきか逡巡を見せたが、如何やらミトスとは真逆の結論に至ったのか、
何とか片手でカイルを押さえつつ、もう片方の手で男に手を伸ばそうとする。

『―――ヴェイグ!あの手を! 手を取れ!!』

その男が持つカトラスから聞こえた切迫した声に、ミトスはその思考を極限まで回転させた。

(ハロルドの情報だと、それはソーディアンの内の1本)
(指示こそ無かったがディムロス以外に可能な限り回収をしておきたい物の1つ)
(このまま放置して瓦礫の中に消えたとしても、何かの偶然で掘りだされる可能性はある)
(それがミクトランや、それ以外の劣悪種共の手に渡ればまた厄介事の種になりかねない)
(ならば回収必須)(だが如何する?)(さすがに今のティアの状況ではあの男の腕は掴めまい)
(僕の“手”も塞がっている――ならば)

極限且つ刹那の瞬間に解を叩きだしたミトスは
男の傍まで一挙に飛行を加速し、言葉を紡ぐ。

「――特別だ。今なら神に掴まる許可をくれてやろう」

打算が絡んだとはいえ、甘くなったものだと、僅かに自嘲する。
救いの手を差し伸べてやる程の慈悲は、きっと生前は無かった筈だ。
…念の為言っておくが、昔から“手”以外なら差し伸べて来たという戯言では無いぞ。

「――未だ死にたくないなら、この“足”を掴め」

そう言い、差し出された“足”に、男は迷う事無く唸りながら手を伸ばし、
この死に損ないの何処に力があったかという位の強さで足首を掴む。
痛みも重みも感じはしないが、劣悪種に触れられる事の不快感までは拭えない。
全く、この舞台に呼ばれてから…否、あの女に会ってからロクな目に遭っていない気がする。

(…何れこの礼はたっぷりして貰うからね)

ミトスは心の中で1人ごちると、瓦礫の驟雨の間隙を一挙に加速し潜り抜け、
安全な宙域へと脱出する。その直後、塔は完全に崩落し、瓦礫の山と化した―――。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

155エンドロールは流れない -混沌と英雄達の輪舞曲-3:2017/11/16(木) 13:43:50 ID:XoqtS/Ro0

『イクティノス、大丈夫かい?』
『ああ…残念ながらミクトランも、だがな』

今現在ミトスの手に握られているシャルティエは、
イクティノスと会話してその位置を割り出しつつ、よくもまああの状況下で
カイルとヴェイグの両方を救えたものだと感心していた。確かにアッシュを救えなかったのは
残念ではあったが、正直あの傷では塔の崩落が無かったとしても間に合わなかったであろう。
取り乱すカイルや、精神力枯渇で半ば放心状態のヴェイグが気掛かりではあったが、
先ず1番気になる点を質問した。

『今ミクトランは?』
『俺の力を使い辛くも脱出した。重傷だが未だ――』
『――儂の声が聞こえるかの?』

そんなイクティノスとの会話に、突如音声が割って入る。
聞き間違える筈が無い。その声の主は―――。

『クレメンテ老!?』
『クレメンテ!?』
『イクティノス、シャルティエ……久し振りじゃのう。こっちにはアトワイトとディムロスもおるよ』

突然のクレメンテからの連絡に僕達は驚いたが、それ以上に
ここにアトワイトとディムロス――ベルセリオス以外の全てのソーディアンが揃った事に驚いた。
塔の崩落と同時の邂逅――こんな偶然が起こり得るのだろうか?

『クレメンテ老は今誰と―――』
『イクティノス?如何した?』

イクティノスが何かを訊ねようとした瞬間、突如音声が途絶え、
クレメンテが訝しげに訊ねたが、返答が無い。僕とイクティノスとの
距離が変わっていないとなると、考えられるのは1つしかない。

『…多分ミクトランだね。僕達がこの混乱に乗じて連絡を取り合わないようにしたんだと思う』
『なんと…あ奴最も厄介な男の元に居るのか…そいつは気の毒じゃな』

クレメンテは心底同情したように呟く。僕もハスタがマスターという悲劇に遭ったが、
イクティノスはサレとミクトランと、僕以上に最悪な使い手の元にいる。
挙句本来のマスターのウッドロウが既に亡くなっている以上、
若しかしたらソーディアンの中で1番不運な立ち位置にいるのかもしれない。

(…まあ僕も人事では無いかもしれないけどね)

ふと浮かぶは現マスターのリオン――ジューダスであるが、
果たして無事だろうか?マスターの実力は誰よりも理解して、信頼しているが
どうにも悪い予感が拭えない。もしも…という不吉な予感が常に脳裏を過るが、
今はそこに囚われるべきでは無いと思い直し、一先ず現状を伝える。

『…今僕はミトスが暫定のマスターで、ミクトランを討つ為に周囲の探知をしている最中なんだ。
傍にはカイルとティア=グランツ、後はヴェイグ=リュングベルがいるよ』
『成る程の。他の者達の状況も追々聞くが、先ずは儂の方も同行者を伝えておくかの。儂の方は
ロイド=アーヴィング、リアラ、リフィル=セイジ、キール=ツァイベル、チャットの5人じゃ』
『リアラがそっちにいるのかい!?』

僕は僅かに驚くと同時に、この上ない朗報だと思った。
リアラの生存は今カイルがアッシュの件で取り乱しているのを落ち着かせるのに
1番の存在だからだ。早速この情報をカイルに――――。
だが、僕が行動を起こすよりも、ミトスの行動の方が早かった。
ミトスは音も無くカイルの傍に降り立つ。それに気付いたカイルが何かを喚こうとした瞬間―――。

ガッ

鈍い音と共にカイルの身体が突如宙を舞い、僕の思考はそこで固まってしまった――――。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

156エンドロールは流れない -混沌と英雄達の輪舞曲-4:2017/11/16(木) 13:44:46 ID:XoqtS/Ro0

やはり馬鹿は頭が軽いからか、よく飛ぶ―――。
瓦礫に猛烈な速度で叩きつけられたカイルを冷めた目で眺めつつ、ミトスは殴った方の手をひらひらさせた。
ティアとシャルティエから驚きの声や批判の声が飛ぶが知った事では無い。
あくまで“プレセアとの約束”通り全力で殴ってやっただけだ。
それでも拳をあえて振り抜かず、直撃と同時に止めるという
天使の慈悲付きと来たのだ。寧ろ有り難いと思えとミトスは思う。

「…殴ったな?父さんにも殴られたことないのに…!」

そんなミトスの心境など知る由も無く、ティアの手を借り鼻血を拭いつつ立ち上がり
睨みつけて来たが、ミトスにとっては欠片も恐怖も威圧感も覚える物では無い。

「――だったら如何する?リアラの英雄でも辞めるつもりか?」

“リアラ”肩を竦めつつ紡がれた言葉に、カイルの表情がハッとなる。
――そうだ。俺は決めたんだ。今度こそ、今度こそリアラを守ると―――。

「………辞める訳無いだろ。今度こそ、俺が…俺が必ずリアラを守ると誓ったんだから」
「――なら、いい加減その耳障りな餓鬼の癇癪を止めろ」

未だ何も終わっていないのだ。ミクトランも生きている。砲撃の意図が何処にあるにせよ、
南西の方でも事態は急転しつつある事を、時折感じる魔力の余波から察する事が出来る。
そして塔の周りにも、崩落や轟音に紛れて近づいて来る者、戦いとなる音も天使の聴覚に届いて来る。
エンドロールは流れない。寧ろ此処からが悲劇の始まりだと道化は哂う。

「お前達をハロルド=ベルセリオスとルーク=フォン=ファブレの元に連れて行く。だがその前に――」

そう言うとミトスはシャルティエを手に、翼を煌めかせ宙を舞う。
何も事情を知らぬ者が見れば、その神々しいまでの姿に目を奪われていたか、
或いは断罪の天使の降臨と恐れ戦いていたに違いない。

「あの男――ミクトランに止めを刺す。お前達はそれまで此処で大人しく待っていろ」

その言葉を最後に、ミトスは未だ崩落止まぬ塔の上空を一挙に飛翔する。
エンドロールは流れない、加速する運命、降り注ぎ、世界を覆う絶望――全て此処からが本番と、
道化は止まる事無く役者を舞台で操る。だが全てがお前の台本通りに行くと思うな道化よ――。
神の剣を背負い、絶望が満ちる世界を飛翔する天使の眼光、鋭く――――――。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

157エンドロールは流れない -混沌と英雄達の輪舞曲-5:2017/11/16(木) 13:45:28 ID:XoqtS/Ro0

(…結局伝え損ねたけど、まあ仕方無いか)

ミトスをイクティノスの反応が在る場所に案内しつつ、シャルティエは思う。
カイルがあのまま落ち着かなければ是が非でも伝えていただろうが、
あの場でリアラの存在を伝えていれば、間違い無くミトスの指示を無視して
探しに飛び出していた未来は想像に難くない。尤も、リアラの存在に気付かなくても
あのカイルが大人しく待っているとは思えないのだが…。

「…おい劣悪種、何時まで呆けている。お前はあの馬鹿の傍にいて勝手な真似をしないか見張っていろ」
『……………………はい、分かり、ました』

如何やらミトスも同じ事を考えていたらしい。プレセアにどうやってかは分からないが
指示を出している声が聞こえる(恐らく自分達の様な遠距離回線とは思うが)
それに応えるプレセアの声には涙が混じっているようだが、それに対して幽霊でも涙が出るものなのかと
場違いな感想を抱く自分の神経はきっと恐らくまともではない。先程のクレメンテの会話で得られた情報、
その後に起こったリアラやディムロスの離脱、アトワイトの置かれた状況、スタンとイレーヌの凶行、
そしてロニにより奪われたクレメンテ――事態は余りに悪い方向に加速しつつあるにも拘らずだ。
だが今此処で取り乱したり不安に駆られても始まらないのだ。今はとにかく、イクティノスの居場所を特定し
ミクトランを討たねばならない………だけど。

(イクティノスの話を信じるなら重傷を負っているらしいけど…それでも討てるのか?)

相手はかつて天地戦争時代、開発がギリギリでソーディアンによる実戦が少なかったとはいえ、
オリジナル達がソーディアン6体を用いて挑み、それでも互角の戦いだったミクトランなのだ。
しかもカーレルが刺し違える形で落命するという多大な犠牲を払った上でだ。
この目でミトスの戦いを目にしていない以上、討ちとれるかどうか正直不安が―――。

(…ッ!?な、何だこの力の反応は……ッ!?)

だがその不安も思考も全て吹き飛ばすかのように、シャルティエのセンサーが南西の方角に巨大なエネルギーを捉える。
ほぼ同時にミトスもその力を感知したが故か、飛行を急停止する。そしてその目にしかと捉えた。


突如具現し、街を呑み込んでいく蒼い “海”の姿を――――。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

158エンドロールは流れない -混沌と英雄達の輪舞曲-6:2017/11/16(木) 13:46:09 ID:XoqtS/Ro0

天使として4000年以上の年月を過ごしたミトスにとって、時間の経過は常人とは大きくかけ離れている。
既に殆どの事象を経験し、知っている以上、既に知り尽くした内容など脳が不要な情報として排除してしまうからだ。
故に驚きという物が殆ど無い筈のミトスが目を瞠ったのは、それが余りにも非常識な光景過ぎたからと言える。

(…タイダルウェーブ――いや、最早“海”を具象化するなど次元が明らかに違う…)

そもそも水属性の筈の海から感じるのが“光”という時点で、余りにも異質。
術の威力と言い、属性と言い。一体誰が何をしたのか…――――。
僅かながら思考に耽った次の瞬間――突如銃声が鳴り響き、超音速で銃弾がミトス目掛けて襲い掛かった。
時間にして1秒にすら満たない中で、ミトスは己が失策に舌打ちし、咄嗟に回避、或いは銃弾を剣で弾く。

…この時点でミトス達には誤算が3つあった。1つはミクトランが未だにイクティノスを所持していると思い込んでいた事。
サックに入れられるとソーディアン同士の交信は出来なくなるが、居場所の特定自体は可能であった。
それ故にミトスはシャルティエを用いて追い詰めようとしたのだが、ミクトランは既に予想済み…というより
過去にソーディアンに宿っていた時に体感済みだった。だからあえてイクティノスをサックごと置き捨てた。

2つ、ミクトランが攻撃に用いたのはデザートイーグル、つまり銃だったこと。
塔崩落の混乱の最中、咄嗟に回収した武器の1つであり、本来ならばミトス相手に通じる物でも無かったが、
今回の状況に限っては最も適切な攻撃と言えた。これが術ならば発動前に魔力の流れで感知可能であったが、
銃はそこに魔力を込め無ければ物理攻撃でしかない。無論ミトスならば風を切る音、火薬が爆発する音で
気付く事は出来ただろうが、この時南西の海に意識を向け過ぎていた。
それ故に生じたほんの僅かな隙――回避や防御を誘導するように計算されて放たれた4発の弾丸の次、
最後の1発―――狙いを研ぎ澄ませた銃弾の回避と防御が間に合わなかった。
鈍い衝撃と共に左肩を銃弾が貫き、血が吹き出る。無論痛覚はシャットアウトしているため
苦痛は無いのだが、それでも衝撃で身体が僅かに硬直してしまう。

そして最後の誤算――ミクトランが回収出来た武具の中に魔杖ケイオスハートがあったこと。
斬撃、打撃としての質は落ちるが、術の触媒としてはソーディアン以上。それ故にそこから放たれる術は、
先刻までのカオスフレアやアンビバレンスとはまるで比較にならない威力―――。
発砲と同時に杖を構え、魔力を極限まで集中させながら一挙に大地を蹴り、駆け出したミクトランは
ミトスとの距離を一挙に詰める。その接近に気付き、銃弾を受けた硬直から即座に回避へと
移行しようとしたミトスだったが、僅かに間に合わなかった。ミトスの視界が捉えたのは、
恐るべき速度と威力で目前に迫り来る、自分達が持つような神々しい羽――――――。

神々しいまでの眩い光が輝いた次の瞬間、轟音と共に周囲の瓦礫が膨大な魔力によって四散した―――――。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

159エンドロールは流れない -混沌と英雄達の輪舞曲-7:2017/11/16(木) 13:49:12 ID:XoqtS/Ro0

「なッ!?何だ今のはッ!?」

その閃光と轟音はカイル達にも十分過ぎる程認識出来た。
何が起きたか確かめるべく、手近な瓦礫を足場にして高所へと駆け上がる。
地上よりティアの制止の声が響くが、それに構わず一気に登り切り、そして絶句した。

(なッ、なんだよこれ………ッ!?)

閃光と轟音があったと思わしき場所――それもミトスが飛び去った方角から濛々と煙が上がっていたのもそうだが、
塔が崩落し、瓦礫の山と化した――否、それは山という生易しい表現では無い。トラッシュマウンテンも凄まじかったが、
それを100倍近く酷くしたような光景。若しくは母さん達が話してた第二次天地戦争の時のような惨劇―――。
無論それを実際に目にした事は無いが(第一次天地戦争の時代に飛んだ時も激戦区や砲火の爆心地でも無かった)
もし目にしていたら、目の前に広がる光景こそそれに近いのでは?そう思わせるような地獄絵図がそこには広がっていた。

「カイルッ!そこは何時崩れてきても可笑しく無いのよッ!?早く戻りなさいッ!!」

ティアが声を張り上げるが、カイルは一向に降りて来る気配が無い。
それが益々ティアの焦燥を強くする。崩落の危険は確かにあるが、それを言うならこの場所も
全く安全と言う訳では無い。出立前にミトスがある程度の安全を把握、確認はしていったが、
何が引き金で危険地帯に姿を変えるか分からないのだ。だがそれよりも不安なのがカイルの行動である。
ティア自身、先程の閃光と轟音とミトスを結び付けるのは比較的容易な事である。
それ故にミトスの事を良く思っていなくとも、カイルの性格上何が起きたか一人確かめに飛び出しかねないと
予想は出来たし、何より崩落直前、若しくは崩落により塔の周囲にいた他の参加者達が巻き込まれたり、
この場所に近づいて来ている可能性も高いのだ。もし万が一、カイルの想い人のリアラがいたら―――。
その思考が僅かでもあれば、それこそ静止を完全に無視してしまうのは目に見えている。
勿論、その気持ちが分からない程ティアは冷酷では無い。もし自分がカイルの立場で、
この塔の崩落にルークが巻き込まれたと知ったならば、その時に冷静に対処が出来たか疑問が残る。
…いや、もっと言うならば、先程命を落としたのがアッシュで無くてルークだったとしたら、今頃私は――――――。

160エンドロールは流れない -混沌と英雄達の輪舞曲-8:2017/11/16(木) 13:52:45 ID:XoqtS/Ro0

そんな仄暗い思考を遮るかのように、ティアの視界に人影が映り込む。周囲への警戒が薄れていた事に我に返り、
一瞬身構えかけたが、その人影がカイルであったことに安堵の溜息を微かに洩らす。一先ずカイルが飛びだして行かなかった事に
ティアは一安心し、次いで余り身勝手な行動は取らないでと窘めかけたその時、カイルの表情の変化に気付いた。

「カイル、如何したの?何か見つけたの?」
「あ、えっと…」
『カイルさんが東の方角の雪原で誰かを発見したみたいなんです』
「東?」
『はい、最初はミトスさんが飛び去った方角を見ていたのですが…』

カイルが質問に答える前に、何時の間にか傍に来ていたプレセアが代わりに答える。
短い時間の中で、とりあえずプレセアの状態は簡単に説明は受けているが…それでもアストラル体というのは
不思議なものである。視認出来る幽霊、と言ってしまえば簡単だが、恐らくそんな単純な話ではあるまい。
もう少し事情を聞いておきたい所だが、先ずは話に集中すべきだとプレセアの言葉に耳を傾ける。
曰く、暫し惨状に茫然としたカイルだったが、すぐ我に返り何が起きたか見渡そうとしたが、少し離れた場所に
瓦礫の山に出来たばかりの巨大な破壊痕を見つけ、ミトスに何か起きた可能性をすぐさま察知したらしい。
必死にその周辺を高所より見渡していたのだが、ミトスやミクトランは勿論、他の参加者も見当たらなかった。
プレセア自身もミトスと交信を試みたのだが、一向に繋がらなかった為、一先ず戻ろうとしたのだが、
その時に偶然東の方角に小さな人影を見かけたとの事らしい。

「うん、多分2人…遠過ぎて男なのか女なのかも分からないけど、1人は間違いなく倒れてるみたいで…」

そこでカイルは言葉を濁したが、その先は容易に想像できる。倒れていると言う事は、間違い無く怪我人か病人――。
最悪の場合は重症、死亡してる恐れもあるということだ。ミトスの安否も、ミクトランの行方も気掛かりだが、
確かにそのような人影を発見してしまえば気になるのも頷ける。先程までのティアの思考通り、
もしその2人の内の1人がリアラであれば…カイルの今の表情にも頷ける話である。だが相手が誰か分からないまま
迂闊に近づき、それが万が一殺し合いに乗った参加者達だった場合を考えると、迂闊に近づく事を勧める事が出来ない。
それに先程の閃光と轟音にミトスが巻き込まれたのでは無く、ミトスがミクトランを仕留めた結果という事もあるのだ。
もし迂闊に動いて行き違いになれば、今度は自分がルークと再会出来る可能性が失われる事にもなりかねない。
尤も、そんな此方の思考などお構いなしに、カイルが一人突っ走る危険性も未だに高いのだが…。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

161エンドロールは流れない -混沌と英雄達の輪舞曲-9:2017/11/16(木) 13:53:36 ID:XoqtS/Ro0

(俺は…如何したら良いんだろう)

だがティアの不安とは裏腹に、カイルは俯いたまま動く気配が無い。
否、実は動けずにいたのだ。ティアの忠告を無視して安易に塔を突き進んだが故に、
ミクトランの罠にかかりティアを危険な目に遭わせた事、自分が上空から降って来る氷の剣に
気付かなかったばかりに、アッシュが自分を庇い貫かれた事。自分が大怪我を負ったが為に、
エリクシールがアッシュでなく自分に使われた事。思い返せばキリが無い程に“自分”の所為で事態が悪化している。
ミトスに対して思う所が無い訳では無いが、元を質せば自分が原因であり、それを転嫁出来るような性格では無い。
故に今ミトスに何かが起きているなら、それを確かめに行きたい、場合によれば助けに向かうべきかと思っていたのは事実であるし、
東の方角に人影を見つけた時も、その内1人が怪我をしている可能性を考えれば――そう、それがリアラやロニ、
ジューダス、父さん達であったら、是が非でも助けに行きたい。仮に違っていたとしても、怪我人は矢張り放っておけない。
――そう思っても、それがまた事態の悪化を招くのでは?どうしてもその考えに囚われてしまうのである。

(これ以上皆を俺の所為で危険に晒す訳にはいかない…けど…)

時間は刻々と過ぎて行く。こうしている間にも事態は急転しつつある。
早く動かなければ、行動を起こさねば…―――。

(俺は)

それでも動かない。動けない。

(俺は一体)

思考の縛鎖に囚われ、答えが出ない。

(如何したら―――………)






―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――




『…怖いんですね、皆を傷つけてしまうかもしれない、また守れないかもしれない事に』
(――また傷つくのが恐いのだろう?)





「……………!?」

突然のプレセアの言葉に、カイルは驚き、顔を上げた。
その言葉に、その姿に友の言葉が、姿が鮮明に重なったからだ。

『私も一緒でした。傷付くのを恐れて立ち止まってしまいました』
(…僕も、同じだった 傷つくのを恐れ、立ち止まってしまった)

プレセアにはカイルの気持ちが痛い程に分かる。あの時、私が立ち止まる事無ければ
アリシアを救う事も出来たかもしれない。絶望、恨み、憎しみに囚われロイドや皆に迷惑を掛ける事も無かったかもしれない。
全て過去の話だ。もしもを並べたとしても覆る事は決して無い。未来を歩むにも私の命は既に終わりを迎えているのだ。
最早ロイド達と、新しい未来を歩む事も築く事も二度と無い。それでも――――。

『私にはカイルさんの事をどうこう言える立場ではないですし、止める事も出来ません。
でも、私なりのアドバイスなら出来ます』
(おまえがどんな結果を選ぼうと、僕にはどうこう言える義理はない。だが、忠告ならできる)

今目の前で苦しむ人に、道を、未来を指し示す事なら出来る。
かつてロイドさんが私に指し示してくれたように。その背中を押してくれたように。
そしてそれはきっと、もしアッシュさんが生きてこの場にいれば間違い無くカイルさんに言ったと思うから。
私よりももっともっと、上手く伝えられる人は沢山いるとは思うけど―――。

『恐れないでください、カイルさん!』
(…恐れるな、カイル!)

最早何にも触れる事も出来ない身体だけど、きっと誰にも負けないと胸を張って言える、
今この胸にある想いならその心に、魂に届けられると信じて―――――。





『その先にこそ、貴方の求めるものがあるはずです』
(その先にこそ、おまえの求めるものがある)





―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

162エンドロールは流れない -混沌と英雄達の輪舞曲-10:2017/11/16(木) 14:04:01 ID:XoqtS/Ro0

――嗚呼、そうだった。立ち止まっていては何も届かないんだ。
その手も、声も、何一つ。届かせる為に俺に出来る事は1つしかない。

「――ありがとう、プレセア。俺、雪原にいた人達の所へ行って来る!」
「ちょッ、カイルッ!?一体何を言っているのッ!?ここを動かないようにと―――」
「…分かってる。俺のせいでティアを危険な目に遭わせてしまったし、アッシュさんを死なせてしまった。
これ以上皆を巻き込まない為にも、本当は動くべきじゃない、此処で待つべきなんだと」

163エンドロールは流れない -混沌と英雄達の輪舞曲-11:2017/11/16(木) 14:07:54 ID:XoqtS/Ro0

ティアの非難に、カイルは静かに言葉を紡ぐ。それらは確かに紛れも無い事実。
でも動かなければ良かったかと言えば誰も分からない。ミクトラン側から仕掛けられ、
今以上の最悪の事態を招いた可能性もあるだろう。勿論それを口にして自分の過ちを正当化するつもりはない。
動いても動かなくても、同じ結末だった可能性もあるのだ。未来なんて神でも無ければ分かりっこない。

「だったら…」
「――でも、それでも…それでも俺は、俺に出来る事をしたい!困ってる人、苦しんでる人達がいるなら助けたいんだ!」

そう、分からないのであれば、自分の意志を、力を信じて行動するしかないのだ。
その先にある希望を信じて、その手を、声を、救いを今度こそ届ける為に―――。

「だからゴメン…ティアは此処で待っててくれて構わない。これは俺が自分で選んだ道だから…」

そう言い、カイルはティアに背を向け東へと足を向ける。
ティアの言葉が背後から聞こえてくるが、もう殆ど耳に入って来ない。
例え如何なる理由があろうと、それはあくまでカイル自身の意志。
このままいればルークさんと再会出来るであろうティアを巻き込むべきではない。
だから何と言われようと、最早退く事は無い。

「―――――行ってくる!!!」
















「待ちなさいカイル!私が行かなかったら一体怪我人を誰が治療する訳?!」

「――――――――――――あ」











―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

164エンドロールは流れない -混沌と英雄達の輪舞曲-12:2017/11/16(木) 14:08:37 ID:XoqtS/Ro0

「…え、えっと……その………」

先程までのカイルの威勢は何処へやら…そんな何とも微妙な空気の中、
ティアは思わず嘆息した。如何やらティアに指摘されるまで本気でその事を失念していたらしい。
ルークも思慮が浅い所があったが、カイルは余裕でそれを超えている気がする。
ティアが知る由も無いが、つい先刻までカイルはシャルティエを使用してヒールを使っていた訳なので
多少は勘違いしても無理からぬ部分はあるのだが、何れにせよ今のカイルに回復手段は無い…というか武器すら持っていない。
これで東にいるのが殺し合いに乗った相手だったら如何するつもりだったのか……頭痛薬が欲しくなる程頭が痛くなる。

一方のカイルは恥ずかしさ故か顔を赤くして視線を逸らして頭を掻いている。
威勢良く飛び出しておいて、指摘されるまで無手無策で飛び出しかけたのだから当然と言えば当然である。
それでもティアの指摘で我に返れただけでも御の字と思った方が良いかもしれないが。
だが一方で困った事になったとも思う。今この場で回復手段があるのはティアだけなのだ。
ティアの立場を考えると付いて来てとも言い難いし、かといって東にいる怪我人――かどうかはまだ不明だが
連れて再び此処に戻って来るという手段で果たして間に合うかどうか…。

「…分かったわ。私も一緒に行くわ」
「え?……………良いの?」
「…このままあなた1人行かせる方が余程心配だから」

この返答が予想外だったのか、驚きの表情を浮かべて此方を見るカイルに
内心ティアは苦笑した。無論つい先程までのティアならば、このような選択はしなかったであろう。
無論これにはティアの計算もある。ミトスの言を信じるならば、東にいるのはルークで無い事になるが、
確証がある訳でもないし、ルークでなくとも大佐がいる可能性もある。この極限の状況下で再会出来れば
これ程心強いものもあるまい。また、先程の轟音がもしミトスがミクトランに敗れたものだとしたら、
この場に留まる事で再びミクトランと再戦する羽目に陥りかねない。そうなれば今度こそ命は無いだろう。
その意味では、一旦この場から離れると言うのは決して愚策ではない。

「…ティア、ありがとう!」

驚きから我に返ったカイルが嬉しそうに笑顔を見せると、
何か思い当たったのか、ヴェイグの元へと急いで駆けて行く。
その後ろ姿を見つめながら、ティアは思う。

(…色々理由は付けたけど、どれも後付けの理由ね)

軍人たるもの、個人的感情で動く事は本来許されないだろう。
だけど抱いていた想いへの既視感、自身の存在の為に戦いを強要させてしまった罪悪感、
――そして失う事の強い恐怖。そう、アッシュの死を目の当たりにした事で、
尚更カイルの事を見捨てたくはなくなっていた。勿論此処で命を落とす訳にはいかない。
それでも出来る限り彼の支えになってあげたい。叶うならば彼を想い人と再会させてあげたい。
そう、軍人としてではなく、『メシュティアリカ=アウラ=フェンデ』としての判断を優先したい。

(ごめんなさい、ルーク…もしかしたら遅れるかもしれないけど、必ず生きて会いに行くから)

だからこそ、私が今出来る事をしよう―――後で胸を張ってルークに再会出来るよう。
それがきっと、カイルを守り命を落としたアッシュへの手向けにもなるだろうから―――。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

165エンドロールは流れない -混沌と英雄達の輪舞曲-13:2017/11/16(木) 14:09:23 ID:XoqtS/Ro0

「ヴェイグさんが持っている武器、1つ借してもらえませんか?」

ティアの元を離れ、ヴェイグの元へカイルが来たのは、今口にした理由だった。
シャルティエをミトスに渡した(というか奪われたに等しいけど)以上、今のカイルに
武器と呼べるものが無い。勿論ヴェイグにも可能ならば共に来て欲しかったが
誰がどう見ても今のヴェイグには休息が必要だった。それ故に今この場で借りる必要があった。

「…氷の銃以外ならどれを持って行っても構わない…好きに持って行くと良い…」

荒い息をしながらヴェイグはサックをカイルに投げる。
<氷の銃>――アッシュを死に至らしめた武具に、一瞬カイルは顔を歪ませたが
すぐに表情を戻しヴェイグにお礼を言うと、サックの中身を確認し、やがて大きな剣を1つ取り出した。
闇属性の大剣のソウルイーターはカイルには少々大きいが、この状況下では贅沢は言ってられない。

「ありがとうございます。これ、お借りします。向こうにいる人達を助けたら必ず返しにいくから」
「…別に返す必要は無い。ただ、その代わりでは無いが…もし向こうにいる者達が回復薬を持っているなら、
それを持って来てもらえないか…?」

ヴェイグのフォルス能力は、体力と精神力を支柱としている。
それが回復しない限り、感知はおろか戦闘でも多大な支障が生じる。無論この状況下で
回復薬を易々と譲ってくれるとは思えないが、僅かでも可能性があるなら頼んでおくに越した事はない。

「分かった。もし貰えたら必ず届けるよ。プレセアは…どうする?」
『私は…ここに残ります。今ヴェイグさんは動けませんから、私が周囲を見張っています』

カイルの見張りを言い付けられてはいるが、今のこの状況下で最早実行しようとは思っていない。
それならばせめてカイルの傍にいるべきだろうが、そうなると1人残されるヴェイグが気掛かりだ。
それに、ヴェイグにはまだ伝えるべき事が残っている。ならば見張りも兼ねて残るべきだろう。
…ミトスが戻って来たら、さぞ怒るだろうが、その時はその時だろう。

「そっか…分かった。俺達が戻るまでヴェイグさんの事、宜しく頼むよ」
『分かりました。カイルさんもティアさんも、どうかお気を付けて』

プレセアの言葉にカイルは笑顔で頷くと、踵を返しティアの元へ駆ける。
そして合流した2人が東に向けて駆け出して行くのを見送ると、プレセアは再び高く宙に浮かび、
再び周囲を見渡す。その肝心要のミトスであるが、果たして今どういう状況なのだろうか…―――。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

166エンドロールは流れない -混沌と英雄達の輪舞曲-14:2017/11/16(木) 14:10:08 ID:XoqtS/Ro0

『――しっかりするんだ!ミトス!!!』

…五月蠅い。瓦礫に仰向けに倒れたままミトスは僅かに苛立ちの念を覚える。
確かに物の見事に御大層な一撃を被ってしまったが、あくまで回避が間に合わなかっただけで
防御自体は余裕で間に合っている。シャルティエが危惧する程ダメージはそこまで深刻では無い。

「少し黙ってろ。集中出来ないし、耳障りだ」

ミトスはそう言い放つと、身体を起こし、意識を研ぎ澄ませる。
どうやら今のところ周囲に人の気配は無い。奇襲の後、深追いを避けたか
それとも…―――何れにせよ今のところ危険は無いか。
そう判断すると、ミトスは次に素早く自分の身体を診断する。
とりあえず魔術による火傷裂傷及び吹き飛ばされ、瓦礫に叩きつけられた打撲は
それなりではあるが戦闘に支障は無い。問題は銃弾を受けた左肩か。
骨がやられたらしく、上手く動かせそうに無い。

(少しばかり戦闘に支障が出そうだね。まあこの程度のハンデならどうとでもなるか)

そう結論付けると、ミトスはシャルティエにイクティノスの位置を再び探らせた。
無論ミクトランがイクティノスを回収していなければ動きは無いだろうが…。

『…ゆっくりとだけど西に移動してるね。多分―――』
「――ミクトラン、か」

シャルティエの言葉を遮り、ミトスは呟く。勿論ミクトラン以外の誰かの手に
イクティノスが渡った可能性もあるが、さすがにそんな馬鹿な失態は起こすまい。
無論、向こうもあの一撃で死んだとは楽観していないだろうし、イクティノスを手にした事で
再び此方に探知されるのは承知の上だろうが、それでもこうして動きだした事を見ても
ある程度の勝算や目的があると見ていいだろう。

(まあ、どう思うと勝手だけどね。此処で死ぬことには変わりは無いし)

ミトスは軽く身体の埃を払うと、今度こそ止めを刺すべく
ミクトランのいる場所に向けて翼を輝かせて飛翔したが、暫くしてその動きが止まってしまった。

『ミトス?』

シャルティエの言葉に返答せず、ミトスは暫しその場で立ち止まっていたが、
やがて1つ溜息を吐くと、ミクトランのいる場所から北に逸れた方角に飛翔を再開する。
天使聴覚が聞き覚えのある声を捉えたからだ。

(真逆、此処で出会うとはね…これでアイツがアレを持っていれば、
Deus-Ex-Machina<ご都合主義>此処に極まれり…ってとこだけど…多分そうなんだろうね、きっと)

やがてミトスは、その視界に旧知の存在を捉える。
もう片方は見覚えの無い人間ではあるが、その様子と声音から、今のところ敵意は無いものと判断し、
その会話に割って入るように言葉を紡ぐ。

「俺は今からロニを追い掛ける。アイツが向かった先と、チャットとキールが向かった先が一緒だったから、
もしかしたら戦いになってるかもしれない。皆を助けて、クレメンテを取り戻して――――」
「――――お前には他にやるべき事がある」

天使が知る由も無いが、直感は正しかった。
精霊王の加護を受けし炎の魔剣と水の魔剣、それらの真の力を使役するのに必要な鍵―――。
それら全てがついにこの場に揃う事となる。

「――――――ミトス」
「久しぶりだね、ロイド」





運命か必然か――再びこの世に顕現せんとする時空を制す魔剣。
其れが齎すは混沌を払いし希望か、混沌に呑まれし絶望か―――――。

167名無しさん:2017/11/16(木) 14:10:44 ID:XoqtS/Ro0
投下終了します

168名無しさん:2017/11/27(月) 11:21:23 ID:3Yadmbz20
短いですが投下させて頂きます

169エンドロールは流れない【第三章・愛をその手に】 -Run through- 1:2017/11/27(月) 11:22:27 ID:3Yadmbz20
晶霊砲による黎明の塔の崩壊。
バトルロワイヤル開幕以降最大の事件により
嘗て無い乱戦、激戦が繰り広げられる中
その激震地から離れるように東に走る男女がいた。
男――少年の名はカイル=デュナミス。女の名はティア=グランツ。
目的は避難で無く、先刻偶然カイルが東の雪原で見かけた2人の救助。
尤も、その2人がカイルとティアの知人なのか、赤の他人かは分からない。
味方かもしれない、敵なのかもしれない。それでもカイルとティアは、
自身の出来る事を信じて東へと走る。

「この丘を登った先ね?」
「ああ、間違い無いよ!」

少し小高い雪丘を2人は登る。そしてついに2人は目的の人物を見つけた。
如何やら2人の知人では無いようだが、1人―カイルと年の近い少年はやはり怪我人。それも意識不明の重体のようだ。
もう1人―此方は青年で、同じく重傷は負っているが、怪我を押して少年を治癒術で回復している。
だが治癒術をかけつつも片手は斧をカイル達に向けて構え、鋭い眼光を向けている。
この状況下で敵に襲われればひとたまりも無いのは一目了然。それ故にその態度は無理も無いと言える。
カイルは手にしていたソウルイーターを近くの雪原に投げると、青年に話しかけた。

「俺達は敵じゃ無いです。塔から貴方達がいるのを見かけて助けに来たんです」
「……………………」

カイルの言葉にも青年は回復の手を緩めず、また返答する事無く鋭い視線を向けたままだ。
それでも構う事無くカイルは青年達の傍に近づく。

ヒュン

次の瞬間、空を裂くようにカイルの首元に斧が突きつけられる。ティアが慌てて身構えそうになるが、それを片手で制する。
少し力を込めれば、その細首など容易く刎ね飛びそうな状況でも、カイルは動じることなく語りかける。

「こんな状況じゃ警戒するのは分かる。でも俺達を信じて欲しい。俺達は、貴方を――この人を助けたいんだ」

揺らぐ事無く、青年を見つめる真っ直ぐな目――その嘘偽りを感じさせない姿に、
青年は漸く信頼出来たのか、斧をカイルの首元から離し、静かに口を開いた。

「すまない―――どうか力を貸してくれるか?」
「勿論!」

その言葉にカイルは笑顔で頷くと、視線をティアに移す。
ティアは頷くと、すぐさま少年の傍に駆け寄り、回復術の詠唱を始めた。

170エンドロールは流れない【第三章・愛をその手に】 -Run through- 2:2017/11/27(月) 11:23:11 ID:3Yadmbz20








(此処は………僕は一体………?)
「―――気が付いたか、エミル」

意識を取り戻したエミルの視界に入ったのは、
安堵の表情を浮かべるリヒターと、見知らぬ男女2人。
それでもその表情には同じく安堵の色が窺えた。

「リ、ヒター…さん?僕は………ッ、く、うう…!」
「あ、まだ動かない方が良いよ!」
「私とリヒターの回復術で一命は取り留めたけど、重傷には変わりないわ。今は未だ動かないで」

身体を起こそうとして走った激痛に顔を顰めたエミルに、男女が言葉を掛ける。
回復術――そういえば僕は如何してこんな重傷を負っているのか。

「…デクスの秘奥義の直撃を受け意識を失ったお前達の回復をしていた時に、丁度この2人が来てくれて
回復の手伝いをしてくれたのだ」
「そう、だったんだ………助けてくれて本当にありがとうございます………」
「気にしないで。私達は出来る事をしたまでよ」
「それでも、助力が無ければエミルは助けられなかっただろう…私からもまた礼を言わせて欲しい」

事実、助力が無ければエミルは助からなかったに違いない。
それ程までにデクスの秘奥義は余りに強力過ぎた。無論助かったとはいえ、
重傷であるには変わりない。一先ず血液と共に失った体力回復のためにレモングミを与える。
グミでは傷の処置までは出来ないが、ここまで回復していればこれでかなりの回復は見込める。
事実レモングミによりエミルの顔色はかなり良くなった。

「…そういえば、デクスは?」
「塔の崩落が起きた直後、すぐに塔に向かった。或いは塔にアリスがいると思ったのかもしれない」

そこまで答えて、リヒターはある事に思い当たる。
塔に向かったのであれば、この2人はデクスを見かけて無いのだろうか。

「カイルとティア…だったか。お前達が此処に来るまでの間に、2人の男女と巨大な化物を見ていないか?」
「え?化物?」
「いえ、私達が此処に来るまでの間には誰も見かけていないわ」
「うん…ていうか、化物って一体…」

カイルの疑問に対して、リヒターは簡潔に事情を説明する。自分達の世界の兵装にエクスフィアと呼ばれる
装着者の強さを引き上げるものがあること、その使い方を誤ると、体内の力が暴走して化物と化してしまうこと。
そして殺し合いに乗っていた、デクスという男が正しくそのエクスフィアを暴走させて化物と化し、
自分達の世界を滅びから守る為のイグニスと呼ばれる宝呪を奪い逃走しているということを。

「じゃあ、リヒターさんとエミルはそのデクスを倒して宝呪を取り戻す為に…?」
「そうだ。このまま奴を放置しては取り返しのつかない事態になりかねん…早く奴を追わねば」
「待って、エミルもだけど貴方の傷も手当をしないと…」
「気持ちは有り難いが、最早猶予は無い。あの2人の動向も気になるしな」

立ち上がるリヒターをティアが制しようとするが、
それに構わずリヒターは塔に向かって歩き始める。

「リヒターさん、僕も一緒に…」
「いや、お前はもう暫くここで休んでいろ。ラタトスクの意識も未だ目覚めていないのだろう?」

ある程度回復出来たとはいえ、未だラタトスクが目覚めない時点で
未だエミルの回復は十分とは言えないだろう。無論自分自身の傷もかなり重いのだが、
既に満身創痍のデクスに止めを刺すだけならば十分だろう。

「でも、デクスも放ってはおけないし、それにスタンさん達も―――」
「スタン!?そ、それってもしかして、スタン=エルロンの事ですかッ!?」

突然カイルがエミルに駆け寄って来てその両肩を掴んだ。
言うまでも無くエミルに激痛が走り、カイルは慌てて謝罪するが、
それでも表情からは焦燥が強く滲んだままエミルに問い質す。

「う、うん…実は僕達がデクスと戦っている間にある女性と一緒に塔に向かったんだ。
凄く大怪我をしていたから、万が一デクスがスタンさん達に追いついてしまったら…」

その言葉に、カイルは蒼褪め、立ち上がると塔に視線を向ける。
事情を知るティアはその姿に1人駆け出して行かないか不安が過るが、
そんなカイルの様子にリヒターは何かを悟ったか、静かに問い質す。

「…カイル、スタン=エルロンとお前はどういう関係だ?」
「……………俺の、父さんなんだ」
「―――――――――え?」

その告げられた事実に、エミルは愕然とした。スタンやその仲間達に
ルーティの事を告げ、謝罪するつもりだった。だがまさか、その息子とここで出会うとは
全く予期していなかったのだ。そしてスタンが父と言うのならば、まさか母は………。

「ねえ、カイル…君のお母さんの名前を聞いても良い?」
「おい、エミル―――」

リヒターは咄嗟に止めようとしたが既に遅かった。
カイルは少し俯き、やがてぽつりと言った。

「俺の母さんの名前は―――――ルーティ、ルーティ=カトレット」

171エンドロールは流れない【第三章・愛をその手に】 -Run through- 3:2017/11/27(月) 11:26:08 ID:3Yadmbz20







告げられた事実の重さに、エミルは自分の世界が崩れるような感覚を覚えた。
それが意味する事実――それはこのカイルの母を、自分の所為で死なせてしまったという事。
仲間を、友を失うよりも遥かに重く深い心の傷を負わせてしまったという事だ。

「…エミル?如何したの?」

カイルの言葉にもエミルは茫然としたまま座り込んでいる。
リヒターは予期せぬ邂逅と事実に内心舌打ちをしながらも、気になった事を問い質す。

「カイル。お前の両親がスタンとルーティという事だが…それは事実か?」
「うん。と言っても俺は父さん達のいた時代から18年後の世界から来たんだ」

スタンにせよルーティにせよ、20代前半か10代後半だ。このカイルが10代後半位ならば、
年齢の辻褄が合わない。そう思ったのだが、カイルの回答により一瞬で辻褄が合ってしまった。
無論未来からなど突拍子も無い言葉、以前のリヒターならば一蹴していたかもしれないが、
死んで間もない人間のアリス、デクス所か、ミトス=ユグドラシルまで蘇り、
且つ此処に呼ばれている時点で十二分にあり得る事である。だがそれはそれで不味いとも思う。
この状況下で事実を知ったエミルが取る手が容易に想像出来たからだ。

「エミル!?まだ動いちゃ――」
「…行かなくちゃ、いけないんです」

事実、カイルの言葉に首を振り、エミルは痛みを堪えて立ち上がっていた。
ティアもそれを制しようとするが、恐らく今度は止められないだろう。

「――カイル、スタンさん達を助けたら…君とスタンさんに話さなければいけないことがあるんだ」
「話さなきゃ…いけないこと?」
「うん、凄く大事な話。必ず話すから、今は僕達に協力してもらえないかな?」
「…ああ、勿論だよ!」

エミルの言葉に一瞬カイルは戸惑った表情を見せたが、すぐに笑顔を見せ頷く。
それに釣られるようにエミルも軽く笑顔を見せ、黙ってリヒターに視線を移す。
リヒターにしてみればカイル達への恩義があるとはいえ、エミルは正直此処で休ませたいのが本音ではあるが、
恐らく罪の意識から決意は揺ぎ無いであろう。それに今この場で事実を告げて混乱――下手すれば戦闘になられるよりはマシだ。
今はとにかくイグニスの回収を急がねばならないのだから。無論、優先順位を理解してるとはいえ
エミル―――ラタトスクにもしもの事があっては意味が無い。リヒターは軽く溜息を吐くと、1つ頷いた。

172エンドロールは流れない【第三章・愛をその手に】 -Run through- 4:2017/11/27(月) 11:26:43 ID:3Yadmbz20

「…状況が状況だ。此方が危険と判断したら力付くでも撤退させる。それだけは覚えておけ」
「…はい!ありがとうございます、リヒターさん!」

後は急ぎデクスを追跡してスタン達を助けるだけ―――。
その時、カイルがふと何かを思い出し、エミル達に訊ねた。

「あ、そうだ。これは出来ればで良いんだけど…グミとか回復薬って余って無いかな?
塔の近くで仲間が弱ってるから、回復させてあげたいんだ」
「うん、勿論だよ」

勿論この状況下だから無理ならそれでも大丈夫と付け加えたカイルに対して、
エミルは快諾する。正直余ってるというには程遠い状況であり、リヒターはきっと
内心温存させておきたいだろうが、命の恩人でもあるし、カイルの仲間というならばきっと信頼出来る筈だ。
そう判断し、パイングミをカイルに手渡す。カイルは礼を言って受け取ると、それをティアに渡した。

「ティア、悪いんだけどこれをヴェイグさんに届けてもらえないかな?」
「…私も行かなくて大丈夫なの?」
「うん、エミルは助けられたし、こうして回復薬も手に入った。ティアが付いて来てくれたお陰だよ」

カイルも2人の止血処置をきちんと行い、応急手当は行ったが、
やはりティアの治癒術の存在が大きかったのは言うまでも無い。
仮に自分1人だけでは、先程のアッシュの二の舞になっていても可笑しく無かったのだから。

「でもこれ以上俺と一緒に来たら、今度こそ戻れないかもしれない。折角ルークさんと再会出来るチャンスを
俺の所為で失わせたくない」

そのデクスがどんな化物かは実物を目にしていない以上分からないが、
この2人をここまで負傷させる程である。ティアの助力があれば本当は心強い所だが、
此処に来るまでに無理を言って付き合わせてしまったのだ。ヴェイグの依頼品を
託す形にはなるが、今度こそティアを危険な目に遭わせる訳にはいかなかった。

「…分かったわ。でも無理はしないで。リアラと再会したいのでしょう?
…その、スタンさん――貴方のお父さんと一緒に必ず帰って来て」
「分かった!必ず皆一緒に帰るから!」

笑顔でそう言うと、カイルはエミルとリヒターと共にデクスが走り去った方角へ駆け出す。
その背中を見つめながら、ティアの胸中に僅かながら不安が過る。確かにルークとの再会の機会を失いたくないが、
同行者が2人増えたとはいえ、そのデクスを相手に無事に済むのだろうか。そしてスタンとリアラに再会出来るのか――。
それでもカイルに託された以上、それを為さねばならない。それにヴェイグには1つ確認をしなければならない事もある。
ティアは不安を打ち払う様に視線を元来た道へと戻し、同じように駆け出す。




再び戦場へ戻り、或いは参戦する参加者達。
その戦況、未だ好転、打開の術は見出せず。
それでも互いの未来を、希望を信じ、戦いに赴く――。

173名無しさん:2017/11/27(月) 11:27:16 ID:3Yadmbz20
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