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本スレ転載用スレ

1名無しさん:2011/11/19(土) 00:45:21 ID:k2jmL4Io
本スレに書き込めなくなった場合に使用するスレです
こちらに投下されている内容を、投下できる方が本スレに貼ってあげて下さい

466 ◆c.g94qO9.A:2013/01/15(火) 19:09:15 ID:dZiaTow.



―――初めて乗るバイクはとても大きかった。





467 ◆c.g94qO9.A:2013/01/15(火) 19:09:35 ID:dZiaTow.




双葉千帆は小説家を夢見るフツーの女の子だ。
親の愛情をたっぷり受け、のびのびと育ち、温かな家庭で生きる女の子。
家に帰っても母親がいないというのは年頃の女の子に少しだけ辛い事実であるが、父は優しく、時に過保護すぎるほどだった。
そんな家で育ったから千帆は夜遊びなんてめったにしなかったし、バイクに乗るなんてことはもってのほかであった。
彼女にとってバイクとは学校にいる悪い先輩のオモチャ道具、あるいは住宅街でやたら騒音をたてる耳障りなものでしかなかった。

「……お前、運転できるか?」

折りたたまれた最後の支給品を開けば、そこから飛び出て来たのは一台のバイク。
なにが入っているか確認していたとはいえ千帆が想像していた以上にそのバイクは大きかった。
目を丸くする千帆にプロシュートが尋ねる。千帆は黙って首を振った。自転車なら載れますけど、彼女はそう申し訳なさそうに返事をした。
プロシュートはそうか、とだけ言うと何でもないといった感じでバイクに近づき、シートやハンドルを優しく撫でた。

えらく手慣れている感じがした。普段からバイクに乗り慣れているのだろうか。
千帆が見守る中、プロシュートはサッと脚をあげ座席に跨り、メーターをチェック。
ガソリンの量を確認し、ハンドルの感触を手に馴染ませる。なんら異常のない、むしろ手入れが行き届いている良いバイクだった。
手首を返すようにグリップを捻り、バイクのスタンドを蹴りあげる。途端に機械の体に命が宿ったようだった。
腹のそこまで響く様な低音が辺りを包む。ドドド……と唸るバイクはまるで大きな獣のようだ。手懐けられた元気いっぱいの鉄の生き物。
そしてそれに跨るシックなスーツをまとったプロシュート。

凄く『絵になる』風景だな。千帆は状況も忘れ、一人そう思った。
まるで古いハリウッド映画の一コマの様な、そんなことを連想させるワンシーンだった。


「なにしてるんだ、おいていくぞ」

千帆の思考を破ったのはそんな言葉だった。目をパチクリとさせながら見れば、プロシュートが座席の後ろ側を指さしている。
千帆は最初プロシュートが何を言っているのかわからなかった。おいてく、って何が?
いまいち状況が飲み込めていない千帆の状況を察し、男が深々と息を吐く。

「お前が持ってた支給品なんだからお前がのらないんでどうするんだ」

だから乗るって……どこに―――?






468 ◆c.g94qO9.A:2013/01/15(火) 19:09:56 ID:dZiaTow.




「しっかりつかまっておけよ」

改めてみる男の背中は大きかった。千帆は振り落とされないようにその体にしがみつく。
親でも兄妹でも恋人でもない男の人に抱きつくのは初めてのことで千帆は最初、それを躊躇った。
腕越しに伝わる男の体の温もり、スーツ越しでもハッキリとわかるほど鍛え抜かれた肉体。心臓が早鐘を打つ。
お願いだから振り返らないでほしい。誰にいうわけでもなく千帆はそう願った。今の自分は間違いなく赤い顔をしているだろうから。

一台のバイクが街をゆく。ゆるいカーブに千帆は振り落とされないよう、少しだけ腕に込める力を強くした。

プロシュートが気を使ってくれたのだろうか。あるいは乗車中に襲撃されることを考慮したのかもしれない。
バイクはそれほどスピードを出さないで、滑るように道路を進んでいった。音は微かにしか出ず、振動もほとんど感じられない丁寧な運転だった。
最初は緊張に身を固くしていた千帆も、その内運転を楽しむまでになっていた。
頬を撫でる風が心地よい。風景があっとういまに前から後ろへ流れていく。とても新鮮だった。
バイクに乗るってこんな感じなんだと思った。そんな驚きと興奮が彼女の中で湧き上がっていた。

二人の旅は順調に進んでいく。千帆とプロシュートは一度地図の端まで参加者を探しに南下し、ついで禁止エリアの境目を確認する。
そこにはなにもなく、目印も標識も一切なかった。何も変わりない街並みが、ずっと先まで続いている。
それはとっても非現実的な光景だった。日本のただの住宅街なのに、そこには生活の臭いと言うものを感じさせない、居心地の悪い無機質感が漂っていた。


折り返し、今度は病院を左手に北上していく。東から地図に記されている拠点をしらみつぶしに周っていった。
レストラン・トラサルディー、東方家、虹村家、靴のムカデ家、広瀬家、川尻家、岸辺露伴の家……。

そうして幾つものカーブを曲がり、無数の十字路を通り過ぎ、何度か左に右に曲がったころ……。
順調に進んでいたバイクがスピードを落とし始め、遂には完全に止まる。
それはこの旅で一度もなかったことで、突然の停止に千帆は何事かとプロシュートの背中を見つめた。

ひょっとしたら誰か他の参加者を見つけたのかもしれない。それとも何か人がいたと思える痕跡を見つけたのかも。
何も言わないプロシュートの後ろから首を伸ばして道路の先を見る。すると一人の男が立っているのが視界に写った。
どうやら向こうもこちらに気づいたようで、ゆっくりとこちらに近づいてくる。

近づいてくるにつれ、その男の容貌がはっきりとしてきた。ヒゲ面で腰のベルトにナイフを刺した風変りな男だ。
抜き身のまま剥き出しの刃物が怪しく光る。見るからに『危ないヤツ』というを雰囲気を醸し出している。
アウトロー丸出しの、西部劇に出ても違和感なく馴染めそうな浮世離れした男だ。
自然と千帆の腕に力がこもる。プロシュートは何も言わなかった。だが千帆の腕を無理にひきはがすようなこともしなかった。
それが彼女を少しだけ冷静にさせた。

バイクにまたがる二人に近づく男。お互いに顔がわかるぐらいまで近づいたころ、ようやくその男が口を開いた。
思ったよりハッキリとした口調でしゃべるなと千帆は思った。もっとぼそぼそとくぐもった声でしゃべるかと思っていた。

「エシディシという男を知らないか。民族衣装の様な恰好をして、がっちりとした体つきの二メートル近い大男だ。
 鼻にピアスを、両耳に大きなイヤリングをしていて頭にはターバンの様なものも巻いていた。
 一度見たら忘れらない様な、強烈なインパクトの男だ」
「……しらねェな、そんなヤツは」
「そうか」

469 ◆c.g94qO9.A:2013/01/15(火) 19:10:36 ID:dZiaTow.


沈黙が辺りを漂った。会話はそれでおしまいのようで、ヒゲ面の男は要は済んだという顔で踵を返し、元来た道を戻り始める。
プロシュートはそんな男を何も言わず、ただ見つめていた。とても険しい顔をしていた。
千帆が話しかけられないほどにプロシュートは鋭い目つきで、その男が見えなくなるまでずっとその後ろ姿を睨んでいた。

男が角を曲がり、ようやくその影も見えなくなる。初めてプロシュートが緊張を解いた。
短い間だったはずなのにずしっりとした疲労感を感じさせる、緊迫した時間だった。
千帆も止めていた息を吐くと、張りつめていた神経を解く。実を言うと千帆はあの男が怖かった。
ギラギラとした眼、亡霊のように力なく揺れる身体。気味が悪かった。エシディシと言う男との間によっぽど何かがあったのだろう。
その底知れない執念というのか、怨念と言うのか。きっとそれは千帆が初めて体験した『生の殺意』だったのかもしれない。
混じり気なしの、ただただ“殺したい”という気持ちが凝縮された感情。

思い出すだけでゾッとした。千帆はそっと鳥肌が立った腕を撫でる。改めて自分がとんでもない場所にいるんだ、と実感する。
早人や露伴先生、プロシュートのような人ばかりでない。あんな恐ろしい男が沢山いるかもしれないのだ。


再び動き出したバイクはさっきより遅くなったように思えた。
滑るように進んでいたその機体はノロノロと住宅街を進む。千帆は少し躊躇ったが口を開いた。
ずっと黙ったままのプロシュートに尋ねる。背中越しにその表情はうかがえない。
二人を包む風に負けないよう、大きめの声で言った。

「あれだけでよかったんですか?」
「あれだっけって言うのはどういうことだ」
「だからあれだけですよ。何も聞かなかったじゃないですか。
 向こうはエシディシって人のことを聞いたのに何も聞かなかったし、今思えばあの男の人の名前もわからないじゃないですか。
 さっき言ってましたよね、仲間と情報が欲しいって」
「……そうだな」
「そうだな、って……」
「千帆、アイツの眼見たか?」

プロシュートがスピードを緩めるとT字路を左に折れた。
こうやって会話を交わしながら、運転しながらでも、プロシュートが辺りをしきりに警戒していることがわかる。
見ることは見ましたけど。千帆は自信なさげにそう返す。だけど見たからなんだというんだ。
千帆は軍人でもないし、心理学者でもないのだ。正直言ってあまりいい印象を持たなかった、としか言いようがない。詳しく聞かれたところでなにも言える自信はない。
プロシュートも彼女の言わんとすることがわかったのか、問い詰めるようなことはしなかった。ただ少し間を開けた後、彼はこう言った。

「病院で話したよな。“最終的には『持っている』人間が生き残る。力の優劣とは、また別の次元の問題だ”って。」
「はい」
「直感でいい、お前から見てアイツはどう思った?
 あの男は『持ってる』ヤツか? それとも『持ってない』ヤツか? 千帆の眼にはどう映った?」
「…………」

470 ◆c.g94qO9.A:2013/01/15(火) 19:11:00 ID:dZiaTow.


すぐに答えることはできなかった。難しい問いかけだ。
千帆はもう一度さっきの男のことを思い出す。今度は曖昧な記憶を掘り起こすのでなく、しっかりと男の容姿から話し方まで、全部くっきりとイメージする。
話しながらどんなふうに身振りをしていたか。プロシュートを見る時どんな眼をしていたか。千帆を見た時、どういう顔をしていたか。
身長はどれぐらいだ? 癖は何かなかったか? 薄暗い雰囲気をしていた。ならどうしてそう思ったのか。どこがそう思えたのか。
プロシュートは千帆の返事をじっと待っていた。急かすようにするわけでもなく、その間もバイクの運転とあたりの警戒に神経を注いでいる。

やがて長い直線が終わるころになってようやく千帆の中で答えがまとまった。
ハッキリとした声で千帆は言う。まちがってるとか、正解は何だと聞かれてたらこうは答えられなかっただろう。
でもプロシュートが聞いたのはどう映ったか、だ。だから自分の思ったことなら、千帆は自信を持っていうことができる。


「『持ってない』ヤツ、だと思います」
「……なんでそう思った?」
「難しいんですけど、あの人から“死んでも生き残ってやる”って気持ちが伝わってきませんでした。
 変な表現なんですけど……というか矛盾してるし、きっと小説でこんな言葉使っちゃいけないんですけど……私にはそう見えたんです。
 凄い気持ちがこもってる人だとは思ったし、それが伝わってきたのは確かです。怖かったぐらいです。
 でもだからこそ、一度それが壊れたら……脆いんじゃないかなって」
「なるほど」
「エシディシ、って人を探してるみたいで……きっとその人を……殺したがってるみたいなんですけど……。
 なんというか、殺したらそれで満足しちゃいそうな気がしました。生き残れって言われてるはずなんですけど、殺したらそれで満足だ、みたいな……。
 悲壮な覚悟って言えばいいんですか。特攻隊というか、思いつめてるというか……」
「俺もだいたい同じことを考えてた。俺から見ればアイツは『持ってるものを放り捨てれるヤツ』だと思った。
 目的のためなら簡単に飛び移れるやつだ。何かを犠牲にして次のステージに写って、そっからまた次へ……って具合でな。
 こうやって言うのは簡単だが、それをするのはなかなか難しい。それにそれがいつだってそれがいい事かと言えばそうでもない」


持ってるものを放り捨てるヤツ。千帆はその言葉を聞いて顔をしかめた。
あまり好きそうになれないタイプだ。繋がりとか積み重ねというものを大切にする千帆にとってはそういう人はなかなか信用できる人ではない。
勿論何かを成し遂げるには何かを犠牲にしなければいけない。小説を書くときに睡眠時間を削ったり、友達の誘いを断ったり。
でもそういうのも普段の積み重ねのうえでの取捨選択だ。100から0に、イエスかノー。切り捨てや立ち切りというものはそう簡単にできるものではない。
逆説的に言えば、それができるほどあの人は強い人でもあるのかもしれないけど。千帆はそう思った。

プロシュートの話は続いた。

「俺が銃の構えを教えた時、何て言った?」
「えっと……引き金を引くことに意識を集中させるんじゃなくて、引き金を『絞る』」
「それ以外は?」
「6発あるからだなんて考えるんじゃなくて、一発で仕留めろ」

プロシュートが大きく頷いたのが筋肉の振動で伝わってきた。
声のトーンが少し変わった。もしかしたらうっすら笑っているのかもしれない。

471 ◆c.g94qO9.A:2013/01/15(火) 19:11:27 ID:dZiaTow.


「そうだ。なら聞くけど一発でも仕留められそうにもない時、お前だったらどうする?
 今しかきっとチャンスはない。ここで撃てば確実仕留められるはずだ……ッ!
 でもどうしてだか、相手に銃弾が当たる気がしない。コイツを討つイメージが頭に浮かばない。
 そう思った時、お前はどうする?」
「…………」
「……俺がお前の立場なら答えは決まってる。『逃げる』、ただそれだけのことだ。
 そしてもう一度待つ。次こそは見逃さない、今度こそ絶対に一発で仕留めてやるってな」
「逃げていいんですか?」
「勿論逃げちゃいけない時もあるし、逃げられない状況もある。けど逃げが間違いだっていうのは『間違い』だ。
 逃げだって選択肢の一つだ。それに時には撃つ時よりも、戦う時よりもよっぽど勇気が必要な『逃げどき』だってある。
 忘れるな、逃げることだって立派な選択肢なんだ。進む方向が違うだけで逃げだって前進してる。
 イノシシみたいになにがなんでも突っ込めばいいってもんじゃねーんだ。まぁ、その選択が一番難しいってのはあるけどな」

難しい話だ。一発で仕留めなければいけない覚悟が必要なのに、二発目以降も準備しておかなければならない。
歌を歌いながら小説を書けと言われてるのも同然だ。そんなことが自分にできるのだろうか。まだ銃の構えだっておぼろげなのに。
千帆の不安が伝わったのか、プロシュートは更にスピードを緩めながら口を開く。
その口調は確かに柔らかなものになっていた。

「俺が言いたいのはな、さっきの言ったことと矛盾してるみたいだが、一発外したら、はい、そこでお終いなんてことはないってことだ。
 そりゃ相手を前に外したら誰だってヤバいって思う。衝撃を受けるのは当然だ。俺だってきっと動揺する。
 けど大切なのはそこで敗北感に打ちひしがれないことだ。まだ相手は生きてるし、自分も生きてる。
 もしかしたら相手が俺を撃ちぬくことのほうが早いかもしれない。けどもしかしたら相手も慌てていて、俺の二発目が間に合うかもしれない。
 俺が逃げ伸びて、次の時にうまく弾丸をぶち込めれるかもしれない。一瞬硬直して、逃げようとしたら背中を撃たれるかもしれない」
「…………」
「つまりだな、千帆、生きることを最優先しろ。生きてればリベンジできる。生きてる限り、銃弾を込めなおすこともできる。
 けど死んだらおしまいだ。死んでもやってやるなんて覚悟は『死んだ後』にでも考えておけ。それか『どうあがいても間にあわない』って時にでもとっておけ。
 死を賭してでもって覚悟はけっこー諸刃のもんなんだ。少なくとも俺はそう思う」
「…………」

千帆は何も言えなかった。ただ何も言わないのは失礼な感じがして、黙って大きく頷いた。
背中越しでも頷いたことがわかるように少しだけ大袈裟に。プロシュートがどう思ったかはわからない。でも千帆はその言葉に素直にうなずけない自分がいることを自覚した。
自覚したから頷くだけで返事をしなかったのだ。バイクは何事もなく進んでいった。辺りには人影一つ見当たらなかった。

472 ◆c.g94qO9.A:2013/01/15(火) 19:11:48 ID:dZiaTow.



―――生きること、か。


それは時にものすごく残酷な刃物になる。
悲しみを背負って歩き続けなければいけないことは辛いことだ。それが努力ではどうにでもならないものであればなおさらだ。
だが千帆に逃げる気などさらさらない。死のうだなんて絶対思わないし、さっきプロシュートに言った言葉に偽りはない。

―――『私、小説を書くんです。元の世界に戻って。絶対に』

絶対に……。絶対に……! 彼女は言い聞かせるように心の中でその言葉を繰り返した。
ああ、そうだとも。生き残ってやる。例えそれが呪われた運命だとしても、それを選んだのは千帆だ。千帆自身だ。
千帆は自分が『何かに巻き込まれた』とは思ってない。千帆がここにいるのはそうする必要があったからだ。
千帆がここにいるのは、千帆である必要があったから。千帆にしかできないこと、千帆が成し遂げるべき何かがあるからだ。

プロシュートが一瞬だけ視線をサイドミラーに移した時、後ろの少女と眼があった。
さっきあった男と正反対の意志が彼女の瞳には宿っていた。誇り高き、強いものの眼だ。プロシュートは彼女のそんなところが気に入った。



再び口を開いた時、プロシュートの口調は元の淡々としたものに戻っていた。
バイクのスピードを落とし、次の角も右に曲がる。まるでそこにある『なにか』がわかっていたかのような感じで、彼はバイクの速度を緩める。
二人の視線の先に一人の男が映っていた。さっきのような怪しい気配剥き出しの男ではなかったが、こちらを警戒しているのが一目でわかる。

身長は平均よりやや高いぐらい。腕や肩のあたりががっちりしていて、それに比べると足や腰はほっそりしている。
バイクの音を聞きつけていたのか、びっくりした様子もなく、鋭い目つきでこちらを睨んでいる。
片方の腕を伸ばし、突きつける様に指さしている。見た感じ武器を持っているようには思えなかったが油断はできない。スタンド能力を持っているのか知れない。
プロシュートはそんな彼の手前、三十メートルほどでバイクを止めると振り向くことなく千帆に言った。

「千帆、お前が説得してみろ」
「え?!」
「さっきのヤツは見るからにヤバいヤツだったから俺が対処した。今度のヤツはまだマシに見える。
 いつまでも俺におんぶにだっこってわけにはいかねーだろ。それに俺はお前の眼を信用してる。お前のツキも信用してる」
「そんなこと言われても……」

いいからやってみろって。そう背中を押され、千帆は最後にはやるしかないと覚悟決め、バイクを降りた。
プロシュートが隣に立ってくれていることが彼女を勇気づけた。真正面に立つ青年がそれほど怪しい目つきでないのも彼女を奮い立たせてくれる。
唇を一舐めすると、心臓に手をやりながら口を開いた。なんだか喋ってるのが自分じゃないみたいだ。
千帆は相手に聞こえる様、大きな声ではっきりと話した。

「私は双葉千帆と言います。ある人を探していて、その人のことについて知っているならお話がしたいです。
 私は誰も殺したくありませんし、貴方も誰も殺さないというのなら一緒に力を合わせたいと思います。
 どうでしょうか、私と協力してくれませんか?」

訪れた沈黙が居心地を悪くする。ジャケットに入れた拳銃がひやりとしていて、その感触がなんだか胃をムカムカさせた。
馬鹿正直に話しすぎだろうか。千帆は少しだけ後悔した。でも彼女は自分の勘を信じていた。
眼の前の青年は決して平和ボケしたような甘ちゃんではないが、誠意をもって話せば話は通じる相手だろうと。
ピンと来たのだ。この人は私と同じだと。私と同じように誰か探している様な気がする。それも堪らなく会いたいと思えるような、大切な人を探してる。

473 ◆c.g94qO9.A:2013/01/15(火) 19:12:07 ID:dZiaTow.


「彼女の後ろに立ってるアンタ……。アンタはスタンド使いか?」

返事は冷たく、固かった。
視線を千帆からゆっくりと外し、プロシュートを睨みながら青年が口を開いた。
プロシュートは唇を捻っただけで何も言わなかった。肯定も否定もしない。初対面でこの反応はいい印象を与えないだろう。
隣に立つ千帆は少しだけ心配だった。自分に説得するようやらせておいて、それはないんじゃないのと思った。
長い沈黙の後、ジョニィが口を開いた。依然指先はこちらを向いている。その鋭い眼光も一向に衰えていない。

「話をするなら……一人ずつにしたい。僕はあなたたちを悪いヤツではないと思ってる。
 だけど、まだ完全に信頼することはできない。騙し打ちをする気なんじゃないかって、そう疑う気持ちだってある。
 だから話をするならどちらか一人ずつだ。ここじゃないどこかで、一人ずつ話をしたい」

千帆が振り向けばプロシュートは我関せずと言った顔であらぬ方向を向いていた。
話をするかどうかも、全部任されたということだろうか。初めての交渉なのにいきなり投げっぱなしとは信頼されているのか、試されているのか。
少しの間考えてみた。ずっしりとした拳銃の重みが彼女の決断をより一層重大ものにすると訴えている。
そうだ、間違えたら死ぬのだ。眼の前の青年を測り違えたら殺されるのだ。そう簡単にできるものではない。

それでも……再び千帆が動いた時、彼女の中で迷いはなかった。
ジョニィに見える様、彼女は力強く頷いた。その目に一点の躊躇いも持たず、千帆はジョニィ・ジョースターとの対峙を選択した。





474 ◆c.g94qO9.A:2013/01/15(火) 19:12:28 ID:dZiaTow.




スクアーロからもらったタバコを病院に置いてきたのは間違いだったかもしれない。
千帆とジョニィ・ジョースターがひっ込んだ民家の前で座り込み、プロシュートは一人思う。
こんなのんびりとした時間がこうもはやく来るとは流石に予想外だ。病院を一歩出ればそこは戦争で、戦い尽くしの未来だと勝手に思っていた。

スーツについたほこりを叩き、さっきまで乗っていたバイクにもう一度またがる。
千帆の予想に反し、プロシュートはそれほどバイクに乗り慣れているわけではない。どちらかと言えば車のほうが普段からよく使うし、車のほうが好きだ。
座席は柔らかいし、オーディオもいい。風にバタバタ煽られることもなければ、不格好なヘルメットをつける必要もない。
ただどうしてか、プロシュートは昔から何事も飲み込みがよく、バイクだってそのうちの一つでしかなかった。
実際さっきの運転中も見た目以上に神経をすり減らしていたのだ。千帆にそれを悟らせなかったところは流石と言うべきか。
わかっていたことではあるが、キツイ道中になりそうだ。プロシュートは身体を馴染ませるようしばらくの間、バイクに跨り考えにふけっていた。

プロシュートの思考を破ったのは道路の先から聞こえてきた足音だった。
住宅に跳ね返り聞こえてきた靴の音。それほど先を急ぐような音ではなかった。一歩一歩、確実に進んでいくような足取り。
バイクにもたれ何が来るだろうと曲がり角を睨んでいれば、一人の男が現れた。
ナルシソ・アナスイだ。そこに現れたのは愛に生きる一人の男。

プロシュートを最初見た時、彼は露骨に警戒心をあらわにした。だが見敵必殺とばかりに襲いかかってこないことがわかると、少しだけ警戒心を緩めた。
そのまま少しずつプロシュートへと近づいてくる。一歩、そしてまた一歩。その歩き方が少し不自然で、プロシュートはアナスイが怪我を負っていることに気がついた。
見れば服装も汚れ、所々血が付いているの見える。プロシュートはアナスイにばれないよう、後ろのベルトに刺した拳銃に手を伸ばす。
グリップの冷たさが彼の思考をクリアにした。怪我を追っているとはいえ油断はできない。なにかあれば容赦なく、撃ち抜く。


「……ここを誰か通っていかなかったか?」

アナスイが言った。

「人を探してるんだ。男と女の二人組。アンタは見てないか?」







475 ◆c.g94qO9.A:2013/01/15(火) 19:12:49 ID:dZiaTow.






タロットカード、十三枚目。それは死神。
意味は終末、破滅、決着、死の予兆。しかしひっくり返して逆位置にすれば……その意味は再スタート、新展開、上昇、挫折から立ち直る。
リンゴォ・ロードアゲイン。双葉千帆、プロシュート。ジョニィ・ジョースター。そして、ナルシソ・アナスイ。
死神に取りつかれ、死神に魅了された五人ははたして死神に呑みこまれずにいられるのか?





                                        to be continue......

476 ◆c.g94qO9.A:2013/01/15(火) 19:13:12 ID:dZiaTow.
【D-7 南西部 民家/1日目 午前】
【プロシュート】
[スタンド]:『グレイトフル・デッド』
[時間軸]:ネアポリス駅に張り込んでいた時
[状態]:全身ダメージ(中)、全身疲労(中)
[装備]:ベレッタM92(15/15、予備弾薬 30/60)
[道具]:基本支給品(水×3)、双眼鏡、応急処置セット、簡易治療器具
[思考・状況]
基本行動方針:ターゲットの殺害と元の世界への帰還。
0.目の前の男に対処。
1.暗殺チームを始め、仲間を増やす。
2.この世界について、少しでも情報が欲しい。
3.双葉千帆がついて来るのはかまわないが助ける気はない。

【ナルシソ・アナスイ】
[スタンド]:『ダイバー・ダウン』
[時間軸]:SO17巻 空条承太郎に徐倫との結婚の許しを乞う直前
[状態]:全身ダメージ(極大)、 体力消耗(中)、精神消耗(中)
[装備]:なし
[道具]:基本支給品、ランダム支給品1〜2(確認済)
[思考・状況]
基本行動方針:空条徐倫の意志を継ぎ、空条承太郎を止める。
0.徐倫……
1.情報を集める。
【備考】
※放送で徐倫以降の名と禁止エリアを聞き逃しました。つまり放送の大部分を聞き逃しました。


【双葉千帆】
[スタンド]:なし
[時間軸]:大神照彦を包丁で刺す直前
[状態]:疲労(小)
[装備]:万年筆、スミスアンドウエスンM19・357マグナム(6/6)、予備弾薬(18/24)
[道具]:基本支給品、露伴の手紙、救急用医療品
[思考・状況]
基本的思考:ノンフィクションではなく、小説を書く。
0.ジョニィ・ジョースターと情報交換。
1.プロシュートと共に行動する。
2.川尻しのぶに会い、早人の最期を伝える。
3.琢馬兄さんに会いたい。けれど、もしも会えたときどうすればいいのかわからない。
4.露伴の分まで、小説が書きたい。
[備考]
※千帆の最後の支給品は 岸辺露伴のバイク@四部・ハイウェイスター戦 でした。

【ジョニィ・ジョースター】
[スタンド]:『牙-タスク-』Act1
[時間軸]:SBR24巻 ネアポリス行きの船に乗船後
[状態]:疲労(中)
[装備]:なし
[道具]:基本支給品×2、リボルバー拳銃(6/6:予備弾薬残り18発)
[思考・状況]
基本行動方針:ジャイロに会いたい。
0.双葉千帆と情報交換。信用はまだできない。
1.ジャイロを探す。
2.第三回放送を目安にマンハッタン・トリニティ教会に出向く
[備考]
※サンドマンをディエゴと同じく『D4C』によって異次元から連れてこられた存在だと考えています。




【D-7 南西部/1日目 午前】
【リンゴォ・ロードアゲイン】
[時間軸]:JC8巻、ジャイロが小屋に乗り込んできて、お互い『後に引けなくなった』直後
[スタンド]: 『マンダム』(現在使用不可能)
[状態]:右腕筋肉切断、幼少期の病状発症、絶望
[装備]:DIOの投げナイフ1本
[道具]:基本支給品、不明支給品1(確認済)、DIOの投げナイフ×5(内折れているもの二本)
[思考・状況]
基本行動方針:???
1.それでも、決着をつけるために、エシディシ(アバッキオ)と果し合いをする。
[備考]
※名簿を破り捨てました。眼もほとんど通していません。
※幼少期の病状は適当な感じで、以降の書き手さんにお任せします。

477死神に愛された少女と死神に魅せられた男たち    ◆c.g94qO9.A:2013/01/15(火) 19:15:16 ID:dZiaTow.
以上です。誤字脱字、なんかありましたら指摘ください。
タイトルは前も一回やりましたけど 062話『神に愛された男』からです。
神系列はタイトルで使いやすくて素敵です。

478 ◆c.g94qO9.A:2013/01/26(土) 19:49:33 ID:TFUPmPs.
投下します。

479マイ・ヒーローと偉大なる愛     ◆c.g94qO9.A:2013/01/26(土) 19:50:38 ID:TFUPmPs.




「なんで助けたんですかッ!? なんでッ!?」

吠える様に、唸るように康一がそう言った。康一に胸ぐらを掴まれたマウンテン・ティムは、何も言えず俯いた。
カウボーイハットを深くかぶりなすと、その表情を暗く影に隠れるようにする。しかし大きく俯いてもその口元までは隠しきれなかった。
怒りに震えるその唇を。真一文字に結ばれたその口元を。
マウンテン・ティムは口を開く。その声は自らに対する怒りで低く、くぐもっていた。

「君が俺を殴りたいというのであれば甘んじてそれを受けよう。君が俺を罵倒して気が済むならばいくらでもそれにつき合おう」
「そんな話がしたいんじゃないッ! 僕が話したいのは……ッ!」
「君を救うためだ。君を助けるためにはどうしたって誰かが足止めしなきゃいけなかった。
 誰かがあの化け物を相手にする必要があった。そしてあの娘はそれを望んだんだ。
 だから俺はそうした。ああ、そうさ、康一君。俺は逃げたんだよ。彼女を見殺しにした。彼女を助けにずに、時間稼ぎの生贄に利用した。
 責任があるというのであれば判断を下した俺だ。俺の……この俺の、ミスだ」
「……ッ!」

矛先のない怒りが康一の中を駆け巡った。
八つ当たり気味に振りあげた拳はマウンテン・ティムの胸の前で止まり……かわりに地面に向かって叩きつけられた。
違う……違うッ! 康一もわかっていた。マウンテン・ティムはあえて悪者になろうとしている。
康一の向けどころのない怒りを受け止め、その感情のはげ口になろうとしてくれている。でも違う。康一もわかっているのだ。マウンテン・ティムは何も悪くない。
むしろ彼のおかげでこうして康一は生きていられるのだ。今身体を駆け巡る怒りがあるのも、電流のように流れる節々の痛みも、全てティムが救ってくれたおかげだ。


「……悪いのは、僕なんだ」

重苦しい沈黙を切り裂くように、康一がそう言った。



―――そうだ、由花子さんを殺したのは……僕だ。

480マイ・ヒーローと偉大なる愛     ◆c.g94qO9.A:2013/01/26(土) 19:51:07 ID:TFUPmPs.

「僕がもっと強かったなら! 僕がもっと冷静だったなら! 僕がもっと辺りを見ていられたら! 警戒を怠っていなければ!
 僕が……僕が……僕がッ! 全部僕がいけなかったんだッ! 由花子さんを殺したのは僕だッ!」
「……康一君」

せきを切ったように康一の口から言葉が溢れだした。途中からその声は涙でぬれ、ほとんど何を言っているかわからないほどになっていた。
康一を励ますようにマウンテン・ティムが肩に手を置く。その手は暖かった。
しかし……康一はそっとその手を引きはがす。その優しさに溺れてはいけない。その甘さに目をそむけてはいけない。現実を見つめるんだ。
山岸由花子を殺したのは……僕だ。由花子が死んだのは、広瀬康一が……弱かったから。


好きになったわけではない。まだ会って数時間、共に過ごした時間は数えるのも馬鹿らしくなるほどの短い間だ。
恋人になりたいとかだとか、共に生きていたいだとか……そんなことを問われれば、わからない、と康一は答えるだろう。
二人が過ごした時間はあまりに短く、入り組んでいた。それでもきっと出会い方が違ったなら……そう思ったのも事実である。

第一印象は最悪だった。なんだこの人は。なんなんだこのヒステリックな女の子は。正直に言えばそう思った。
しかしそれだけじゃないのだ。彼女の言葉を受け止め、彼女の視線を見つめ、一度だけではあるが共に戦い……康一は由花子の中にある強さも見ていた。
そのダイヤモンドのように固く輝く彼女の強さに……見とれていたのも事実である。いや、正確に言えば見惚れていた。

少しずつではあるがハッキリとイメージは浮かんでいた。そうか、未来の僕はこの人と一緒に過ごすのか、と。
一緒に学校に登校したり、休日には買い物に出かけたり、ご飯を食べに行ったり、映画を見に行ったり……。
そう思うと悪くないなという気持ちだった。恋人だとかは置いておいても結構僕たち、いい友達になれるんじゃないかって本気で思ったりした。

481マイ・ヒーローと偉大なる愛     ◆c.g94qO9.A:2013/01/26(土) 19:51:27 ID:TFUPmPs.



「…………守れなかった」


しゃがれた声で康一がそう言った。

だけどそう思った少女はもういない。康一に輝く未来を見せてくれた少女は死んでしまったのだから。
糸が切れた様に全身から力が抜ける。崩れ落ちた身体でその場にうずくまり、康一は地面を見つめた。
とりとめもなく、涙が溢れた。後から後から感情がこみあげてきて、それはどうしようもなく止められなかった。

由花子が笑うことはもう二度とない。嫉妬に怒り狂うこともなければ、不機嫌そうに顔をしかめることも、もう、ない。
彼女と共に歩む未来はその手をすり抜け、二度と掴めない。友達から始めませんか、そう言って差し出した手を由花子が握ることも決してないのだ。

守れなかった、未来の恋人を。友達になって欲しいと差し出した手を握った女の子を……守れなかったのだ、康一は。


康一は大声をあげて泣いた。少女の名を呼び、情けない自分を呪い、地面を叩き、涙した。何度も、何度も叫び、泣いた。
いっそのこと喉が張り裂けてしまえと康一は思った。地面を叩く拳も壊れてしまえばいい。なにもかもが、もう、どうでもいい!
康一は自らを罰するかのように、ずっとそうしていた。
だって由花子さんは痛みすら感じられなくなってしまったじゃないか。だって由花子さんは僕のせいで死んでしまったじゃないか……!

少年の叫びが辺り一面にこだまする。
マウンテン・ティムは何も言わず、ただ康一の傍で立ちつくすことしかできなかった。何もすることができない自分がふがいなかった。
獣のような吠え声が住宅街に響き渡る。康一の叫びはいつまでも、いつまでも途切れることなく、辺りに轟いていた。




【山岸由花子 死亡】







482マイ・ヒーローと偉大なる愛     ◆c.g94qO9.A:2013/01/26(土) 19:51:51 ID:TFUPmPs.




―――物語を少々遡って……

「ちょっと、えと、由花子さん……!?」
「しょうがないじゃない、こうしてないと危ないんだから」
「そんなこと言ってもこんなにくっつかないでもいいじゃないかな……?」

暗闇に包まれた民家の、その中でもさらに暗い場所でのこと。康一と由花子は身を寄せ合って辺りの様子を伺っていた。
先の由花子と康一の戦いで辺りには木片が散り、家具は壊れ、部屋中がひっちゃかめっちゃかな状態になっている。
由花子が伸ばしたラブ・デラックスは依然辺りに広がったままで、その一番濃い部分、中心地に二人は寄りそうにように立っていた。

由花子はそっとスタンドを動かすと伸ばしていた髪を集め、二人を包むように展開していく。
それはまるで巨大な繭のようだった。真っ黒で、禍々しくて、人二人をゆうに包み込める大きな繭。
二人がぴったりと体を寄せ合っているのでそれほど窮屈ではない。怪我をしている康一も由花子が気を使ってラブ・デラックスで支えているので、問題なく立つことができている。

敵のスタンドはなにか光に関連したものだろう、と二人はあたりをつけていた。
ガラスに映ったぼんやりした影。康一を襲った謎の閃光。おおまかであるが何かしら光が関連しているか、あるいは光を利用したスタンド攻撃なのではないだろうか。
康一も由花子もスタンドによる戦いの経験は少ない。戦いながら相手のスタンド能力を推測することにはまだ慣れていないのだ。

とにかく、二人はとりあえずの防御態勢を取ることにした。
由花子のラブ・デラックスで光を遮る。同時にクッションのように二人を包み込むことで突然の襲撃にも対応できるようにする。
康一の傷はそれほど深くはない。依然出血があるものの、それも由花子の応急処置で対処できている。
言い換えれば、相手の攻撃は『それまで』の攻撃なのだ。

謎の襲撃者のスタンドは由花子のラブ・デラックスのように窓をぶち破ったり、人を持ち上げたりすることはできない。
康一のエコーズのように、火を発生させたり、音をぶつけたり、そういう能力もないようだ。
ならば由花子のラブ・デラックス二人をで包めば、光が差し込むこともないし、ある程度の攻撃も防げるだろう。

無論それで全ての攻撃が防げるわけではないだろうし、繭の中であれば安全が保障されているわけでもない。
最大限の防御を引いているだけで、いずれは破られる可能性だってある。ラブ・デラックスを貫く一撃もあるだろうし、二人のスタンド予測が的外れな可能性だってある。
結局のところ、あとは戦いの中で見つけていくしかないのだ。経験が皆無と言っていい、スタンド使い二人の力を合わせて、戦うしか……!


「それで、どうするつもりなの?」

黒繭のなか、由花子が康一にそう尋ねる。今の状況、正直言えば防戦一方だ。

483マイ・ヒーローと偉大なる愛     ◆c.g94qO9.A:2013/01/26(土) 19:53:13 ID:TFUPmPs.

「一応助けは呼んでおいたよ、僕の『スタンド』でね」
「……そんなので大丈夫なの? 助けにやってきたところを逆に返り討ち、なんてなったら目も当てられないわよ」
「大丈夫だよ、僕は仗助くんたちを信じてる。すっごく便りになる人達なんだ。由花子さんもきっとすぐ友達になれるよ」
「……まぁ、いいわ。それでその助けが来るまで呑気にここで待ってればいいのかしら?」
「由花子さんは何か考えある?」
「……自分で聞いておいて言うのも何だけど、ない、わね。光が攻撃になるって言うならこの防御を解くのを相手がまっている可能性は高いでしょうね。
 外に逃げようものなら光に身をさらすことになるからそれは危険。暗闇で隠れていても相手の能力次第では懐中電灯も必殺の道具になる。
 お手上げ、かしら? 動いた途端やられるとわかっている以上、下手に動かずこうしているのが最善策……。
 じれったいわね。まるで壁越しに拳銃を突きつけられたみたい」
「我慢比べってことかな? 一応僕のスタンドで少しずつあたりを伺ってみるよ」
「あまり無理しちゃ駄目よ」
「わかってるって」


二人がそうしてからどれくらいの時間が経っただろう。焦れる様な、ひりつくような緊張感の中を二人は長い事ただ待っていた。
由花子が康一の怪我の様子を見直したり、エコーズでほんの一瞬だけ辺りを見回ったり……。
結構な時間がたったが、その間に何か起きるわけでもなく、かえってそれが二人を不安にさせた。

繭の外の様子に変化はなかった。薄暗い部屋、照りつける太陽、静寂に包まれた住宅街。襲撃者の影一つ見当たらなかった。
康一は少し危険を犯してまで先に自分が攻撃を喰らった窓ガラス辺りを調べてみたが、そこにも人影は見当たらなかった。スタンドの気配もなかった。


諦めたのだろうか……? いや、まさか。
敵は二人が戦っている最中も、粘り強く隙を伺っていたようなヤツなのだ。獲物の位置がはっきりとしている今、そんなヤツがこのチャンスを逃すだろうか?
現状由花子と康一は圧倒的不利な状況におかれている。そうまでして追いつめた獲物を、わざわざ諦める様なことをするだろうか?
いいや、しないだろう。必ずや相手は何か仕掛けてくる!
由花子と康一が光に身を晒さざるを得ない状況を作り出す……ラブ・デラックスから二人を引きずりだす攻撃を仕掛けてくる……。
そう、そんな風にならざるを得ない何かを……! 必ずや、何かを仕掛けてくるッ……!


「ねぇ」

唐突に由花子が言った。振り向いた康一の視界に写るのは暗闇のみ。辺りは真っ暗なため由花子がどんな顔をしているかわからない。
だがどことなく不機嫌な声音だった。恐怖と言うよりは、不愉快だと言わんばかりの声だ。

「なんだか熱くない?」

確かに少し康一も汗をかいている。だがそれは気にするまでもない、普通のことだと思っていた。
髪の毛の繭に包まれている今、その性質から汗をかくのも不思議ではないと思っていた。髪の毛の保温性は高いし、その中にいる二人が熱く感じるのは当然のことだ。
しかしよく考えてみれば、確かにおかしい。由花子も汗をかいてる。自分も汗をかき『始めている』。

「まさか……」


康一は思わずそう呟いた。即座にスタンドを呼び出すと外の様子を慎重にうかがう。
この現象が意味することは気温が上昇しているという事実。それも汗をかくほどまでに、急激に! 急速にッ!
そしてそれが意味することは即ち……!

484マイ・ヒーローと偉大なる愛     ◆c.g94qO9.A:2013/01/26(土) 19:53:54 ID:TFUPmPs.



「エコーズッ!」

スタンド越しに見た民家は数分前とはうって変わって明るく、光を放っていた。康一の口から思わず呻き声が漏れる。
火だ……! 敵は火を放っていた! 籠城を決めこんだ由花子と康一に対して相手がとった手は古典的だが効果抜群の策ッ!
火炙り、火攻め、炎の流法! しかもただの火炙りではない。敵には同時に光を使った攻撃手段もあるのだッ!
それが意味するものは即ち、火と光の挟み撃ち! 火から逃れようと動けば光のスタンドが容赦なく二人をねらう。光のスタンドから身を隠し続ければいずれは二人に火の手が伸びる。
攻撃は既に完成していた! 相手は何もしていなかったわけではない。『既に』だッ!

二人の策、そして由花子のラブ・デラックスを前に『襲撃は完了』していたのだッ!


「由花子さん」
「……覚悟を決めろ、って顔してるわね」
「火、凄く広がってた」
「…………なるほどね」
「……」
「なら仕方ないわね」
「え?」

そう言って由花子は康一を強く抱きよせた。突然のことに康一は何が何だかわからないという顔をしている。

「康一君、まさかと思うけど貴方こんな風に考えてないかしら。
 僕が囮になる、だからその間に逃げて、とか。それか僕が敵の注意をひきつける役をするからその間に安全な場所まで走ってだ、とか。
 僕がなんとかしている間に近くにいるはずの仲間を呼んできて、だとか」

図星だった。由花子は康一が考えていたことを、まさに言い当てた。
康一には覚悟も度胸もなかった。由花子と一緒にこの場で焼け死ぬという覚悟と度胸も。共に手を取り逃げだす覚悟と度胸も。
由花子を死なすわけにはいかない。だけどこれと言った策が思いつくわけでもない。そんな康一が思いついたことといえば愚直なまでに身体を張ることだけだった。
英雄(ヒーロー)のように、その身一つで全てを抱え込むこと。女の子を守ること、庇うこと。


「まぁ貴方が考えそうなことよね。でもね、敵もそんなこと承知で火を放ったんじゃないかしら。
 火を放つまでかかった時間から考えても相手はなかなか頭が回るヤツよ。下手に康一君が囮になったとしても最悪二人ともやられる、なんてこともあるわけ」
「じゃあ、どうしろって……?」
「それはね……」


だが由花子は断じてただの女の子ではない!
彼女はスタンド使いだ。そして何より守られるだけの女の子では決してないし、ましてや庇ってもらうべき者でもないッ!
由花子は夢見る少女だ。広瀬康一に恋する少女だったのだ!

485マイ・ヒーローと偉大なる愛     ◆c.g94qO9.A:2013/01/26(土) 19:55:40 ID:TFUPmPs.

二人を包んでいた繭が狭く、そして少しだけ薄くなる。エコーズをひっこめた康一にはなにが起きているかがわからない。
いったいこの繭の外で、由花子が何をしようとしているのか、何をしているのか。
問/いか/ける様に見上げても、由花子は何も答えてくれなかった。途切れた言葉はふわりと宙に浮かび、どこに落ちるわけでもなく宙ぶらりんでぶら下がっている。
由花子は鋭く輝く目で康一を見返し、ほんの一瞬微笑んだだけだった。そして次の瞬間、キッ、と表情を険しいものに変えると彼女は叫んだ。

由花子が康一を抱き寄せたのは“こうする”ためだ。
『ラブ・デラックス』がその黒い体を振るわせる。それはまるで暴れるまえに大きく息を吸い込む、巨獣のようで。


「正面からぶち壊すッ!」


由花子の言葉と共にラブ・デラックスがその力を解き放った! 二人を中心として四方八方伸びていく髪の毛。とてもじゃないがそれは髪の毛には見えなかった。
それを髪の毛と呼ぶには、あまりに太く逞しすぎた。電信柱をゆうに越す長さと大きさで、ラブ・デラックスが辺りにあるもの全て、なぎ払っていく。
それはまるで黒い濁流! 何百、何千もの髪の毛を一つにまとめ上げ、力任せに振り回す! その力は民家の柱を叩きおり、窓を粉砕し、壁をも突き破る!

ガードに回していた髪の毛をも動員したこの圧倒的破壊力ッ!
未だ内側にいるためその全貌を見ることは叶わないが、突然聞こえてきた轟音に康一は眼を白黒させて驚いたッ!


「焼け死ぬ? 酸欠で死ぬ? そんなのはまっぴらごめんねッ
 そんな風にここで小さくはいつくばっているぐらいなら、いっそのこと全部ぶっ壊してやるわッ」

半壊していた家は由花子が言葉を吐くごとに、更にその安定感を失っていく!
傾いた屋根が更に大きく傾く! 家を支えていた大きな柱が、由花子の暴力的な衝動を前に堪え切れず折れ始めるッ!


「火がなんだっていうの? 炎? 火災? ならその火ごとこの家と共に押しつぶすッ!
 敵が近くにいるかもしれない? 好都合よ。なら私たちと一緒にまとめて民家の影に叩き落とすッ!」


折れまがった水道管から勢いよく水が噴き上がる! 降りそそぐ天井が、瓦礫の破片が火を押しつぶし消していくッ!
由花子の狙いはこれだ! 遠い昔、江戸時代に人々が火災の際に柱を倒し、家を壊したのと同じこと!
燃え広がる前に、叩き壊す! シンプルだが効果は抜群だッ! それに彼女のスタンドならば家の内側から壊しても押しつぶされるようなことはない。

なにより今の彼女は恋する乙女なのだから。憧れの彼のまさに眼の前でいるのだから! カッコ悪いところなんて見せていられようかッ!

486マイ・ヒーローと偉大なる愛     ◆c.g94qO9.A:2013/01/26(土) 19:57:02 ID:TFUPmPs.

やがて遂には砕け落ちてきた天井をも由花子はスタンドで支えると、ぐっと力を込めて投げ飛ばす。
勢いよく跳んだ残骸が地面ではねあたり、轟音を立てて崩れていく。
砂埃があたりを包み……そして静寂が響いた。聞こえるのは未だ吹きあげ続ける水の音。そして僅かに燻る残り火の音。
再び火が燃え上がるようなことはないだろう。なぜなら辺りにはもはや由花子と康一を残して一切なにも残ってないのだから。

暗闇が二人を包んでいた。薄く残ったラブ・デラックスを透かしてみても辛うじて残った瓦礫が積み重なり、大きな影として日光を遮っている。
呆然としたままの表情で康一が由花子を見つめる。何を見るでもなく立ちつくしていた由花子はその視線に気づくと振り向き、そしてにっこりと笑った。

その時、康一の脳裏に浮かんだのは仗助と噴上の言葉だった。
放送前のちょっとした時間、由花子について話をした時、二人はとっっても微妙な顔をしていたことを康一は思い出した。
曰く、見ればわかる。あんまりアイツのことは話たくねェ―な。とにかくパワフルなヤツだ。プッツンしてるが悪いヤツじゃない。
その言葉が今になってようやくわかった。

眼の前で微笑む山岸由花子を見て、広瀬康一は一つの真実を悟った。

自分は決して山岸由花子に敵わない。自分は一生この娘に勝つことはできないだろう、と。
山岸由花子。ただの少女でありながら彼女が持つ底なしのエネルギーを前に、康一は何も言うことができなかった。





487マイ・ヒーローと偉大なる愛     ◆c.g94qO9.A:2013/01/26(土) 19:58:22 ID:TFUPmPs.


マウンテン・ティムが駆けつけたのは全てが終わった後だった。
彼は申し訳なそうに康一に謝り、そして無事に再開できたことを素直に喜んだ。

「怪我はともかく……こうして会えて何よりだよ、康一君」
「ええ。それも全部由花子さんのおかげです」
「……私は何もしてないわ」

マウンテン・ティムの言葉に康一は笑顔でそう返し、由花子は複雑そうな顔でボソリと呟いた。

戦いの終わりは意外なまでに呆気なかった。火を止めた由花子と康一が民家の中を調べてみれば、一人の男が見つかったのだ。
崩れ落ちた瓦礫に挟り、脚だけはみ出たその男を引きずりだすと、見るからに凶悪な面をしていた。ゲスじみた内面が顔まで滲み出ている、そんな顔をした男だった。
幸か不幸か、その男は落ちてきた破片に頭を強く打ち、気を失っていた。二人はとりあえず手足を縛り、猿ぐつわをかませ、今は適当に寝かせてある。
眼が覚めたら色々と情報を聞きだすつもりだ。まさかここまで来ておいて放火や光のスタンドと無関係である、なんてことはないだろう。

その後エコーズの声を元にやってきたマウンテン・ティムと合流し、由花子と康一はこうしてほっと一息ついているのである。
康一は由花子につけられた怪我の手当てを、ティムは未だ起きない男に対する警戒を。
そして由花子は……何をするでもなく、どこか浮かない様子で瓦礫に腰かけている。
彼女が戸惑うのも無理ではない。心中湧き上がるのは康一に対するまとまりのない感情、複雑な想い。

由花子にとってティムが来たことは幸運でもあり、不運でもあった。
正直なところ、戦いが終わったところで康一と二人きりにされたならば、どんな顔で、何を話せばいいかわからなかっただろう。
かといって、ティムが来たことによって康一とゆっくり話す機会を失ったのもまた事実なのだ。
じれったい気持ち、ほっとする気持ち、もどかしい気持ち……様々な思いが今、彼女の中に渦巻いている。
時折康一と目があえば、彼は由花子に向かって微笑みを向ける。その度に由花子は顔をしかめ、顔を背けた。

こんなこと今までなかったのに。こんな感じ、どうすればいいのかわからない。瓦礫に腰かける三人の間に沈黙が流れ、それは長い間破られなかった。
由花子は顔をあげ、瓦礫の隙間から差し込む光を仰いだ。細く差し込む太陽の光が、無性に眩しかった。
いつもは気にならないどうでもいいいことが何故だか今は無性に気になった。
康一の笑い声が、マウンテン・ティムと楽しげに笑う少年の横顔が、目に焼き付いて離れなかった。



「さて、そろそろ二人とも落ち着いただろう」

二人がすっかり回復しきったころ、マウンテン・ティムがそう言った。その言葉をきっかけに情報交換が始まる。
ティムと康一がほとんど一緒に過ごしていたこともあって、話はほとんど長引くことなく終わった。
目を引くような内容を強いてあげるならば、由花子が語った花京院典明と言う少年について。それくらいだろうか。
どっちにしろ即座に対処すべき問題はない様に思えた。
崩れた民家の薄明かりの中、由花子と康一、そして時折質問を投げかけるティムの声が交差していく。
当面の方針としては、まずはこの襲撃犯と思わしき男の眼ざめを待つことで三人は同意する。

488マイ・ヒーローと偉大なる愛     ◆c.g94qO9.A:2013/01/26(土) 19:58:57 ID:TFUPmPs.
「……ティムさん」
「コイツ、目、覚ましたみたいよ」
「待て、何か様子がおかしい」

数分も経たず、猿ぐつわをかまされた男が意識を取り戻す。途端にその男J・ガイルは目を大きく見開くと、縛られた身体を捻り、暴れ出した。
尋常じゃない様子だった。その様子はまるで、その姿勢のままでもいいからとにかくこの場を離れようとしているかのようだった。
拘束されたことで悪態をつくでもなく、逆に開き直って襲いかかって来るでもない。
まるで、何かから、逃れようとしているかのようなそんな必死さが見る三人にも伝わってくるほどだった。

ティムがゆっくりと口の拘束を緩める。喋られるようになった途端、J・ガイルは街中響くような声でこうがなりたてた。

「助けてくれッ! 早く助けてッ……くそ、なんだこの……ッ! おい、解けよ、このロープッ!」
「自分の立場をわかってないのか? 二人を襲っておきながらそんな虫のいい話があるわけないだろ、このマヌケ」
「間抜けだろーがなんだろーが、今はどうでもいいッ! いいからほどけよ! やばいんだ……ッ! ここは、ヤバいんだよッ!」
「……ヤバい?」

鬼気迫る様子だった。
そこには襲撃者としての開き直りも、凶悪犯としての余裕も残忍さも見られなかった。
額に浮かんだ汗、狼狽した表情。三人は思わず顔を見合わせる。
マウンテン・ティムはカウボーイハットをゆっくりとかぶりなおすと、もがき続けるJ・ガイルに問いかけた。

「康一君、由花子君を襲ったのはお前だな?」
「俺は乗り気じゃなかったんだ! そりゃ最初は正直殺る気満々だったぜ? でもそこにいるアマがしっかり対処するもんだから、俺は途中で諦めたんだ!」
「ならどうして……?」
「脅されたんだよッ! さっきからいってんだろ? 俺は途中から引く気だったんだ!
 せいぜい火を放つにしても、その後は遠目で隙あればスタンドで攻撃する程度のつもりだったさッ!
 じゃなかったらこんなノコノコ接近する理由なんてねーさ! でも『アイツ』がッ!
 『アイツ』が、お前たちを始末しなければ、この俺も殺すなんて言うもんだから! これは不可抗力だったんだよ! 俺は仕方なしに……!」

「アイツ……?」




そう誰かがともなく呟いた時だった。
直後 ――― 瞬時に、そして同時にいくつものことが起きた。幾つもの影が交差した。

489マイ・ヒーローと偉大なる愛     ◆c.g94qO9.A:2013/01/26(土) 19:59:22 ID:TFUPmPs.
J・ガイルの前に覆いかぶさるよう立っていた康一を由花子が突き飛ばす。
J・ガイルの胸を突き破り、超速で伸び出た一本の刃がそのまま直線状にいた由花子を貫く。声をあげる暇もなく、J・ガイルは絶命する。
死ぬ間際、ほんの僅かに呻いただけだった。呆気ない終わり。最後まで彼の顔から、焦りの色は消えることなく、その凶悪殺人鬼は殺された。

康一の眼の前で由花子がJ・ガイルと連なるような形で刃に串刺しにされる。太く、禍々しい刃は容赦なく彼女の体を貫いていた。



「余計なおしゃべりを……ゴミクズの分際で…………」

積み重なった瓦礫の隙間から、身長二メートルを超す大男が姿を現した。
関節を捻じ曲げ、筋肉伸び縮めさせ、その身体を徐々に三人の前に露わにする。



「こ、コイツは……ッ!」
「逃げて、こう、いちく……ん」
「そ、そんな…………なんで…………ッ!」



柱の男カーズがそこにいた。蹲る瓦礫の中で、最強の生物が躍動する。





490マイ・ヒーローと偉大なる愛     ◆c.g94qO9.A:2013/01/26(土) 19:59:53 ID:TFUPmPs.
叫び声が木霊し、悲鳴が行き交う。押しとどめる者、もがく者。
地面に転がっているのは由花子とJ・ガイル。男はもう末にこと切れている。由花子も同じようなものだった。
心臓からその下、肺、胃、肝臓、腎臓……いくつもの臓器を真っ二つに裂かれ、血がとめどなく流れている。生きているのが不思議なほどだ。
もっとも、そう長くないことは間違いないだろう。カーズは舐めるようにあたりを見渡し、満足げに笑った。


「ふむ、一、二、三……全部で四つの首輪だ。なかなかやるじゃないかァ、J・ガイルゥ……?
 口が軽いのはどうかと思ったが、これは思わぬ収穫だったぞ。まぁ、もう聞こえてはいないだろうがね……フフフ……!」
「由花子さんッ!」
「駄目だ、康一君ッ! 行っちゃ駄目だ……!」

―――もう手遅れだ。

その言葉をつけ足すことは躊躇われた。
マウンテン・ティムは血が滴るほどに強く奥歯を噛みしめる。助けに入ろうと今にも飛びださんばかりの康一の背中を掴み、必死で内なる激情を押し殺す。
何もできない、今この状況に。無力な、守るべき少女が目の前で蹂躙されているのにどうしようもできないという事実。

相手は間違いなく『柱の男』と呼ばれる一族だ。シュトロハイムが言った特徴、サンタナを思わせる圧倒的なプレッシャー。
今ここで飛び出せば、間違いなく殺される。マウンテン・ティムも。広瀬康一も。
ちょうど地面に転がるJ・ガイルのように貫かれるのが関の山だ。
ならばここは飛び出すべきではない。例え由花子が虫の息でなっていようとも、今すぐに助けなければ間にあわないとわかっていても……。
考えるべき事は生きるため、死なないため……何をすればこの場から逃げられだろうか。


―――マウンテン・ティムは間違っていない。だがそれを冷静ととるか、冷徹ととるかは人次第だ。

康一には我慢ならなかった。理性的にだとか、相手の力量を考えてだとか、そんなことは全部吹き飛んでいた。
由花子は自分を庇ったのだ。あの瞬間、何かに感づいた由花子は康一を突き飛ばし、そして彼の代わりに貫かれた。
由花子は康一を救った。由花子は康一を守った。本当なら今地べたで血を吐き、内臓を撒き散らしているのは康一だったはずなのだ。康一だったはずなのだ……ッ!


「由花子さん、今助けるからッ! 今、助けるからッ!」
「……『オー! ロンサム・ミー』」
「なッ!?」


康一の体が滑るようにロープの上で分裂し、由花子の元へかけよろとしていた身体は力なく崩れ落ちる。
マウンテン・ティムのスタンドによって脚はもがれ、もはや動けず。口は上下に分かれ、話すこともできず。
康一のバラバラになった身体はマウンテ・ティムの腕の中で、それでも弱弱しくもがいていた。
ティムがなぜ助けに入らないのかもわからず、それでも山岸由花子を助けるためになんとかしようと、必死に。

491マイ・ヒーローと偉大なる愛     ◆c.g94qO9.A:2013/01/26(土) 20:00:12 ID:TFUPmPs.

カーズは何も言わずその様子を眺めていた。冷たい眼をすぅ……と細めると感心したように言った。

「徹底を選ぶか。なかなか賢いじゃないか。激情にかかれて襲いかかるか、我を失って殴りかかって来ると思っていたぞ」
「……生憎『あんた達』の恐ろしさは身にしみるほど知っているんでね」
「…………ほぉ」

それが意味することは柱の男たちと戦ったことがあるという事実。
そして同時に今こうやってカーズの前で立っているということは柱の男と戦って生き残った、勝利したほどの強者と言うことでもある。

そんな相手をどうしてみすみす見逃せようか。カーズのプライドにかけて、そんなことは許せるはずもない。
カーズは唇を釣り上げると凶暴な笑みを浮かべ腕を振りかざした。背筋が凍るような金属音と共に、鋭く磨かれた刃がむき出しになる。
カーズに二人を見逃す気はさらさらない。慎重に、一切油断することなく……この刃で真っ二つにするつもりだッ!

距離はそう離れていない。三人の間にある間合いは柱の一族の前ではあまりに短すぎる距離。
カーズが全力で飛び出せば、一歩、二歩で縮めれるほどの距離だ。問題はタイミング。
マウンテン・ティムが背を向けて走る瞬間。カーズが脚に込める時。
どちらが動くか、どちらへ動くか。きっかけをつかめずに微動だにしないまま時間が流れる。

マウンテン・ティムは鋭い視線でカーズを睨む。暴れる康一を押さえつけ、ひたすら逃げる隙を伺い続ける。
カーズは瓦礫の隙間より射し込む太陽の位置を確認し、襲いかかる最短経路を探し出す。獲物の様子を伺い、行動を読むために目を凝らす。


焦れるような沈黙が流れ……そしてカーズが一歩踏み出した ――― その時だったッ!



「む!?」
「行って、マウンテン・ティム……。アタシはもう長くない。せいぜい時間稼ぎと言っても、もってほんの少しだけ……」


その瞬間、脱兎のごとく走り出したティム。カーズは動けない。カーズの足を止めたのは虫の息だった由花子だった!

カーズの足首にまとわりつくラブ・デラックス。最後の力を振り絞り、由花子はスタンドを動かしカーズを引きとめたのだ。
一秒でも長くその場に引き留めるために。すこしでも確実にマウンテン・ティムと康一が逃げ伸びることができるように!
消えそうな命のともしびを必死でつなぎとめ、由花子は最後まで抗った!


「おのれ、この小娘がッ!」

492マイ・ヒーローと偉大なる愛     ◆c.g94qO9.A:2013/01/26(土) 20:01:00 ID:TFUPmPs.
ティムが走る。その肩に担がれた康一は声にならない叫びを放つ。
即座に由花子の静止を振り切ったカーズであったが、今から走ったところで間にあわないのは明らかであった。
二人は既に瓦礫の間を抜け、崩れた家から抜け出し、陽のあたる場所まで走り去ってしまっていたのだから。
ティムは走り続けた。カーズの視界から完全に消えるまで、一度として止まることなく、走り続けた。

歯がみする柱の男にできたのは苛立ち気に悪態をつくだけだった。
足元に転がる、瀕死の小娘に足止めされたという事実は彼の神経を逆なでした。
なんたる恥! なんたる醜態! 餌のまたその餌にごときにこのカーズが邪魔をされただと?
この石仮面を作りし最強で最高のカーズが……たかが人間の小娘に、まんまと一杯食わされただとォ……?!

「貴様……ただではおかんぞッ!」


しかし、その言葉を吐いた後、カーズはその言葉がもはや意味をもたないことを理解した。
カーズが見下ろすその先で、由花子はもう既に死んでいた。康一が逃げ延びたのを最後に見届けた彼女は、満足げに頬笑みを浮かべ、こと切れていた。
残されたのは瓦礫の山、二つの死体、一人の柱の男と敗北感。
カーズは顔をしかめると拳をぎゅっと握った。フンと鼻を鳴らし、振り上げかけた拳をほどくと代わりに刃を振るい、二人の首輪を回収する。


カーズはきっと認めないだろう。しかし確かな事実として、マウンテン・ティムと広瀬康一は生き延びた。
山岸由花子は勝利した。たった一人の少女は自分身を犠牲に、二人の命を救ったのだ。柱の男を相手に、勝利した。
後にも先にもそんな偉業を成し遂げたのは彼女ぐらいだろう。

あのカーズを相手に! 一人の女の子が! 真正面から挑み! 二人の命を救ったのだ!


それを成し遂げさせたのは大きな、大きな愛。
それは一人の少女が少年に恋をして、その恋に一生懸命生き、その果てに成し遂げた……大きな愛の物語。
山岸由花子。彼女は愛と共に生き、愛のために死んだ ――― どこにでもいる、ただの少女だった。

彼女は恋する、夢見る少女だったのだ。


強いて言うならば柱の男は山岸由花子にではなく……偉大な偉大な愛(ラブ・デラックス)の前に敗北したのだ。


カーズが刃を振るうその直前、由花子は最後にそっと恋する少年の名を呼んだ。
誰にも届かないその名前を呼び、彼女はそっと目を閉じた。

493マイ・ヒーローと偉大なる愛     ◆c.g94qO9.A:2013/01/26(土) 20:01:20 ID:TFUPmPs.












【J・ガイル 死亡】
【残り 62人】

494マイ・ヒーローと偉大なる愛     ◆c.g94qO9.A:2013/01/26(土) 20:01:39 ID:TFUPmPs.
【B-5 南部/一日目 午前】
【広瀬康一】
[スタンド]:『エコーズ act1』 → 『エコーズ act2』
[時間軸]:コミックス31巻終了時
[状態]:悲しみ、ショック、全身傷だらけ、顔中傷だらけ、血まみれ、貧血気味、体力消耗(大)、ダメージ(大)
[装備]:なし
[道具]:基本支給品×2(食料1、水ボトル少し消費)、ランダム支給品1(確認済)
[思考・状況]
基本行動方針:殺し合いには乗らない。
1.由花子さん…………

【マウンテン・ティム】
[スタンド]:『オー! ロンサム・ミ―』
[時間軸]:ブラックモアに『上』に立たれた直後
[状態]:全身ダメージ(中)、体力消耗(大)
[装備]:ポコロコの投げ縄、琢馬の投げナイフ×2本、ローパーのチェーンソー
[道具]:基本支給品×2(食料1、水ボトル少し消費)、ランダム支給品1(確認済)
[思考・状況]
基本行動方針:殺し合いに乗る気、一切なし。打倒主催者。
0.康一が落ち着くのを待つ。
1.シュトロハイムたちの元へ戻り、合流する。
2.各施設を回り、協力者を集める。



【B-5 南部 民家/一日目 午前】
【カーズ】
[能力]:『光の流法』
[時間軸]:二千年の眠りから目覚めた直後
[状態]:健康
[装備]:服一式
[道具]:基本支給品×5、サヴェージガーデン一匹、首輪×4(億泰、SPW、J・ガイル、由花子)
    ランダム支給品3〜7(億泰+由花子+アクセル・RO:1〜2/カーズ:0〜1)
    工具用品一式、コンビニ強盗のアーミーナイフ、地下地図
[思考・状況]
基本行動方針:柱の男と合流し、殺し合いの舞台から帰還。究極の生命となる。
0.首輪解析に取り掛かるべきか、洞窟探索を続けるか。
1.柱の男と合流。
2.エイジャの赤石の行方について調べる。

495マイ・ヒーローと偉大なる愛     ◆c.g94qO9.A:2013/01/26(土) 20:13:02 ID:TFUPmPs.
以上です。誤字脱字なにかありましたら指摘ください。
少し長めで大変ですがどなたか代理投下をお願いします……!

本スレ>>29
指摘ありがとうございます。wiki収録で訂正しておきます。

>>仮投下スレ
投下乙です。これと言って誤字脱字はないように見えました。
突っ込みとしては>>557で言われている通り、説得力云々の問題だけでしょうか。
描写を少し加えたりすれば何ら問題ないと思います。
本投下をまってます!

496名無しさんは砕けない:2013/01/26(土) 20:45:45 ID:XUR3Sdmk
投下乙!
由花子さああああああああああああああああああああああああああん!!
やっぱり康一と会うのはフラグだったか…。それにしてもカーズとHEROESの対決が濃厚になってきたなあ…。
J•ガイル?2nd最終回組にしては結構長生きしたよね

497名無しさんは砕けない:2013/01/27(日) 04:14:19 ID:EeGrwDD6
投下乙です!
誤字は再開できた→再会、徹底を選ぶ→撤退でしょうか
愛に生きた由花子がかっこよかったです

498最強  ◆yxYaCUyrzc:2013/01/29(火) 23:20:08 ID:xMK37UNc
投下は終了しましたが最後のご挨拶でさるさん規制w

仮投下からの変更点:誤字脱字・表現の変更、ペットショップがスクアーロを撃った理由=八つ当たりの心境をやや追加。

サンドマンの空耳パロは使ってみたかったんで自分パートで使用してみました。
あとは『作者からパロ』これは2ndでも一度やってますね。お気に入りですw

書いてて問題かなと思ったのは『誰一人として死んでいないこと』です。どこからどう見ても『いやそこは死んどけよ』な感じがねぇ。
後は戦闘での矛盾とか。サーレー正直に落っこちないでも&パラシュートはそんな使い方しねぇよ→落っこちた瞬間の描写はないの?ペットショップ無限コンボはどうした、スクアーロ何しに来たんだ、などなど。
それから文章の表現法や文体。ちょっと原点回帰というか、『小説っぽいSS』でなく『2chのパロディまみれなSS』を意識してみました。
未来の書き手さん、こういう書き方で良いんだよ、ってことでw……え、いつものこと?まぁそう言わず。

そんなこんなで突っ込みどころ満載かとは思いますが多少強引にでも動かさなきゃなぁと私なりに考えた結果です。
誤字脱字、指摘等ありましたらご意見ください。それではまた次回作でお会いしましょう。

499 ◆33DEIZ1cds:2013/01/30(水) 23:52:39 ID:nCGWL6V.
規制中のため、こちらに。

ワムウ、宮本輝之輔 投下します。

500ただならぬ関係  ◆33DEIZ1cds:2013/01/30(水) 23:53:18 ID:nCGWL6V.
 音石明というチンピラの死から、宮本輝之輔の身にはアクシデント続き、最低最悪のジェットコースター気分。
 今ならどんな神にでも、すがって頼りたい心境。
 いっそ、あのまま本にされ湿っぽくて薄暗い図書館の棚に収まっていたほうが、何倍幸せだったか知れなかった。
 それならば、耳たぶの肉を根こそぎ『指先で削り取られる』などという経験をすることもなかったろうに。

 音も無く滴る血の筋を、輝之助は頬に感じる。 

 ――頭がくらくらする。

 なぜこうなってしまったのだろう。紙の中にいれば安全だとばかり思っていたのに。
 あの殺人事件の後、わけがわからないまま紙の中に収まっていたら、こんな取り返しの付かない事になってしまった。

 全ては第一回放送後、短い時間に起こったこと。

 出てこないならば破いて捨てると、『エニグマ』の性質も知らないはずなのに、その弱点を押さえられた。
 人間離れした感の鋭さは、スタンド使いになったばかりの少年にはショックが甚大、恐怖のボルテージははちきれそうに高まる。 
 渋々紙から出てきてみれば、襟首を掴み上げられ、主催者との関係を問いただされて、何も知らなくて、震えて上手く喋れなくて。
 口からは、意味のない音を吐き出すしかできなかった。

 その結果がこれだ。
 大男の指先が米神をかすったと思うと、頬を伝い口の中に侵入してくる血。
 耳をやわやわと襲う痛み。
 鉄の味のぬるい液体が、震える舌をさらにこわばらせる。
 死のイメージを呼び覚ます、この生暖かさ。

 薄暗い地下の

「あ、あ……」
「俺が人間に触れるとこのように、な。わかったのなら知っていることを話せ」
 
 人間を超越した種族と名乗った『ワムウ』は、煩わしそうな声で言う。

 恐怖の中でのっそりと起き上がった痛みに、恐れが限界点を超えた輝之助は、デタラメに暴れだした。
 襟首を掴まれた状態でじたばたともがき、哀れ『エニグマの少年』は、苦労の末、懐から拳銃を取り出す事に成功する。
 その浅黒い手のひらの中に収まったコルト・パイソンが、闇雲に動いて、かろうじてワムウの体を捉えた。
 硬い銃口が男の顎にあてがわれたのを視界の隅で捕らえるが早いか、輝之助の指先は冷たいトリガーを押す。
 破裂音が静かな地下に響いた。空間を伝わり、どこかへと広がっていく。

501ただならぬ関係  ◆33DEIZ1cds:2013/01/30(水) 23:53:43 ID:nCGWL6V.
 反響するその音が闇に吸われて消える頃、輝之助の顔は、拳銃を撃つ前のそれよりもより強い恐怖に引き攣っていた。

「は。な、んであんた、何だそれ、顔撃ったのに、血も流れてない……?」

 軽蔑の色をたたえて、男はふ、と全身をこわばらせた。
 弾丸の型にめり込んだ皮膚から、スイカの種でも吐き出すように、潰れた鉛玉が飛び出てくる。
 乾いた音を立てて転がる、ひしゃげた金属。

「全く呆れ果てる。こんなチャチな武器なぞで、このワムウに傷を負わせることができると? 人間という種族は、幾世紀を経てもこの程度か。
 武器の見てくれと手軽さが変わっただけで、性能はまるで石槍と変わらんな」

 おしまいだ、と固く目を閉じた輝之助の耳に、怪物の独白めいた言葉が落ちてきた。

「ここまで差し迫っても吐かんとは……貴様、真実何も知らんのか」

「い、い、い、いや……たしかに、なんで僕の能力が、支給品に使われてるかのは知らない、けど……けど」

 声は、輝之助自身が思った以上に震えている。
 ここで自分に価値がないと分かれば、まるでろうそくの炎を消すような手軽さで、命を吹き飛ばされるだろう。
 何とか生き残るための言葉、情報、理由を絞り出さなくては。しかし焦るほどに思考が空回る。

「殺す気はない……貴様の能力は使える。それに、依然主催者との関わりが全くないと判明しきったわけでもない。
 貴様があの忌々しい老人への『道』となるかもしれんのだからな」

 見透かしたように怪物はしめくくり、掴んでいた襟首を離す。間抜けな音と一緒に尻餅をついた。
 ようやく布地の圧迫から逃れるが、輝之助の胸中は窒息しそうなほど恐れおののいている。

 それは延命宣告であり処刑宣告だった。
 ひとまず殺されることはない代わりに、この怪物にいいように引きずり回され、用無しとなれば殺されるのだ。
 疑いなく、殺される。それだけの凄み、怪物の『表情』から読み取ることができる。
 今は、情報提供がこの乱暴者の求めることだとわかったのなら、輝之助にそれを拒む理由はない。
 自分がここに来る前、何をしていたのか。誰の命令で、どんな事情で。
 微に入り細を穿って、事細かに並べ立てていく。隠せば命はないと悟り、自分のスタンド能力さえも。

「……ていう、感じ、でした」

 腕を組みうつむきながら聞いていたワムウは、輝之助の語りが終わったと見るや、すぐに名簿を取り出して言った。

「やはり死者が生き返っている……? 貴様の言う『虹村兄弟』。死んでいるはずの兄が生存者と数えられ、弟が死者として発表されている?
 そして、エシディシ様が、『サンタナ』と人間どもに呼ばれていたあいつが! 死亡者、として数えられているということは、生者としてこの地にあったということ!
 さらに、『シーザー・ツェペリ』! なぜ生きている? このワムウが確かに葬ったはず。これがスタンド能力によるものだというのかッ」

 矢継ぎ早に立ち上がる疑念と、激しい怒りの感情がせめぎ合っている様は嵐のよう。
 輝之助は圧倒され、ぽかんと口を開けたまま、ワムウを凝視するしかできなかった。
 『人間を超越した種族』は、伝書鳩が運んだ名簿を握りしめ、思いの丈を表し続ける。

「そして、最も怪奇極まりないと同時に、俺に対する最大の嘲りである、この名簿の内容……」

502ただならぬ関係  ◆33DEIZ1cds:2013/01/30(水) 23:54:02 ID:nCGWL6V.
ギリ、と歯の軋む音。

「『ジョセフ・ジョースター』! 生存者として記載されているのはどういうことだ!? 俺はたしかにあの広場で見届けたぞ、奴の鮮血がほとばしるさまを。
 名簿に載っているのは、JOJOの名を騙る者!?」

 その怒り、突風が巻き起こらんばかりの凄まじさ。
 輝之助は逃げ出したい衝動にかられながらも、動けない。男の覇気の激しさに足が震え、立ち上がることもままならない。
 何より、その常軌を逸した『体質』、人間に触れるだけでその肉を吸収してしまうとあれば、すこしでも変な動きをみられただけで、命取りになりかねない。きっとなる。
 名簿が引き裂けるかというほどの力で掴み、わずかに震えながら、ワムウはくぐもった憎悪の言葉を吐いた。

「憎いぞ、このような座興を企んだ存在……スティーブン・スティールッ! 決闘に水を差すだけでは飽きたらず、奴の偽物まで創り出したのかッ!?
 ……いや、JOJOに会うことがない限りどうにもわからん。死者を生き返らせる能力があるかも知れぬのだから。
 しかし、地形を動かす……死者蘇生……二つの異常に共通点が無い。我ら柱の一族にとっても奇想天外な能力の産物か。
 どうであれ、許さん。よくもこの戦闘の天才たるワムウの、誇りある戦いを、これほどまでに侮辱できたものだな……」

 頭部から垂れ下がった幾本もの紐を振り乱し、ワムウは今や立ち上がって同じ場所を歩き回っていた。
 まるで、得物に狙いを定める獣のように。
 柱の男の独白は続く。

「俺も、シーザーも、JOJOもたった一つの命をかけて戦っていた。エシディシ様や『サンタナ』とて同じ事。
 それを、まるで遊技盤の駒を右から左へ動かすように生き返らせ、あるいは殺し……これは、戦いの中にその身を置く者の『尊厳』に対する侮辱と見なすッ!」

 見えない敵、主催者への宣戦布告。
 戦い? 尊厳? 侮辱? 訳の分からぬ内容ながら、輝之助はその極まった激情に、ゴクリと唾を飲み込んだ。
 
「JOJOとの誇り高き決闘と、奴の生命を汚した罪、エシディシ様やシーザー、すべての戦士達への侮辱、その死を持って以外には贖えぬと知れ……」

 燃え上がるかと思うほど、その瞳は怒気をはらんで煌めている。
 戦士の固く握りしめた大きな拳が、くぐもった音を立てた。

 その拳が、今にも自分に振るわれるのではないかと身構える輝之助をよそに、ワムウは自分のデイパックを掴みあげた。

「ここに長居するつもりはい。本来なら足を運ぶことも避けたかった場所だ」

「な、なんでだよ。とりあえずは安全だろ」

 どもりながら言う輝之助の言葉が聞こえているのかいないのか、怒れる戦士は、ひとりきりの思惑に沈んだ様子。

「エシディシ様と『サンタナ』が逝ってしまった今……ここへ飛ばされる前と同様、残る柱の一族はカーズ様とこのワムウ、たった二人。
 やはり、我らの悲願、赤石を追い求めるカーズ様に、俺の目的を理解していただくことは……」

 輝之助はふと、その表情に織り込まれた『変化』に気がついた。
 恐怖のサインを探し続け、人を観察する能力を極限まで練り上げたといえる彼にのみ、気づくことができたもの。
 何者にも動ずることが無いように思われたこの怪物の、静かな表情のなかに薄く広がった、ごく僅かな。
 これはなんだろう。悲しみ? 怒り? いや、違う。そんな単純なものじゃない。
 強烈な何か、狂おしい何か。
 輝之助は胸中で相応しい言葉を探しあぐねて惑う。
 その訝しげな視線に気付いたのか、ワムウは一点を見つめていた視線をこちらに向けると、毅然とした表情を取り戻して言った。

503ただならぬ関係  ◆33DEIZ1cds:2013/01/30(水) 23:54:47 ID:nCGWL6V.
「……余計な話だった、忘れろ。ともかく、俺はカーズ様にお会いするわけにはいかん故に、ここには留まらん」

「あ、『カーズ』って、ここ確か地図で『カーズのアジト』とか書いてあった場所……カーズ様、って知り合いなのか? なのに会いたくない?」

 慌てて地図を広げる輝之助の言葉には答えず、大男は鼻を鳴らす。
 
「宮本とやら、貴様は少ない脳みそを使ってあれこれ思い悩む必要はない。
 どうせ太陽の出ているうちは自由に動けぬ身、ならば地下でつながっている『ドレス研究所』まで足を運んでみても損はないだろう」

 さり気なく罵倒されていることを感じつつ、荷物をまとめにかかる。
 怪物にわりと会話が通じるとわかり、震えが幾らか和らいだ。
 紙の中で震えていて聞き逃した第一回放送も、大体の必要な部分を教えてもらえた。
 おそらく足手まといにしないためで、それ以上でもそれ以下でもないのだろうけど。
 今のところ、能力にも価値があると思ってもらえているらしい。すぐに殺されることも無さそうだ。
 ようやく生きた心地が戻ってきた。
 耳の傷は痛むが、袖の一部を破って手で抑えている。じきに出血も止まるだろう。

 輝之助は考える。
 さっきのワムウの表情、まるで人間のような感情のゆらぎについて。
 この怪物にも感情があるのならば、『恐怖のサイン』も存在する?
 人間を紙にするための条件を話した時も、自分には関係ないとでも思っているかのように、無関心だったこの大男。
 だが、感情がある以上、『恐怖』も当然存在するのではないか。

 一抹の望み。
 こいつを紙にさえしてしまえば、煮るのも焼くのも思いのまま、この絶望的な状況から一発逆転も夢ではない。

 だが、なんなのだろう。
 輝之助は胸に違和感を覚え、ワムウの表情を盗み見ながら、そっと手のひらを握り絞める。
 この、自分には窺い知れない深い深い感情の、底知れないゆらぎの名は?
 無表情だと思っていたこの人物は――人ではないが――よくよく見れば、表情豊かだ。
 耳たぶを吸収された痛みも忘れるほどの集中力で、輝之助は怪物を凝視する。

 この世にたった二人しかいなくなったという柱の男は、今は顎に手を当てて思案顔だ。
 やはりこいつ、ずっと無表情に見えてそうでもない。

「貴様を紙に閉じ込めて持ち運んだほうが、俺にとって面倒がないか? どう思う、人間。宮本輝之助よ」
「か、勘弁……話したけど、燃えたり破れたりしたら、中身も駄目になるって言ったろ。
 あんた、戦闘になっても僕を気にして戦ってくれるつもりなんかないだろうし……」
「FUM、俺が戦闘に臨んだ時に、紙ごとどこかへふっ飛ばされてもかなわんな。同じ理由から、荷物を収納することも避けたほうが良かろう。
 ならばせいぜいついてこい。逃げられぬのはわかっているな? 妙な気配を悟った瞬間、貴様の体は消し飛ぶぞ」

 今度はニヤリと笑う、目の前の怪物。恐怖がまた胸に迫り、輝之助はひゅっと悲鳴に近い呼気を漏らす。

 ――僕は、死にたくないんだ!

504ただならぬ関係  ◆33DEIZ1cds:2013/01/30(水) 23:55:18 ID:nCGWL6V.
 彼は決心したように唇を噛み、思う。

 ――こいつの恐怖のサイン、それを見つけ出す!

 見つけられるだろうか? こんな異形の生物が『恐怖』する瞬間を。 
 自分をバカにして道具扱いした報いを、きっと受けさせてみせる。

 でも、あの一瞬だけ見えた、悲しそうな、苦しそうな表情が、なぜか心に焼き付いてはなれない。
 血がダラダラ流れるほどの怪我を負わされたばかりだというのに、一体何だというのだろう。
 大股に歩き出したワムウの後をつんのめり気味に追いながら、輝之助は心の内を持て余している。
 傲慢な化け物の鼻を明かしてやりたいと思う一方で、人間ではないと豪語する生物の計り知れない感情が、心の中をチラついて消えない。

 ――人の肉をえぐっておいて何も思わないような奴が、悲しむ? 苦しむ? そもそもこいつは、人間じゃあ無いんだ。
     
 ただそれだけのこと。
 言い聞かせ、振り切るようにぶんぶんと頭を振って思考を保つ。

 地下は静まり返り、二人の歩くヒタヒタという音だけが不気味に響いていた。
 輝之助が付いて来ていることを肩越しに確認し、警戒するように周囲を見渡したワムウは、なぜか同行者のさらに後ろ、影になっている一点を強く睨む。
 釣られた輝之助が不思議そうに振り返ったが、そこには何もなく、薄暗い空間しか見えない。
 
 「……今は良い。遅れるな、人間」
 「あ、歩くの速……」 

 二人は湿った地下道へと進む。
 少年と怪物が闇に吸い込まれると、少し遅れて、一枚のトランプカードがひらりと舞い落ち、その後を追った。

 これは、長く続く闘いの、ほんの幕の内の物語。

505ただならぬ関係  ◆33DEIZ1cds:2013/01/30(水) 23:55:37 ID:nCGWL6V.
【宮本輝之輔】
[能力]:『エニグマ』
[時間軸]:仗助に本にされる直前
[状態]:恐怖、片方の耳たぶ欠損(どちらの耳かは後の書き手さんにお任せします)
[装備]:コルト・パイソン
[道具]:重ちーのウイスキー
[思考・状況]
基本行動方針:死にたくない
0.ドレス研究所へ
1.ワムウに従うふりをしつつ、紙にするために恐怖のサインを探る。
2.ワムウの表情が心に引っかかっている

※スタンド能力と、バトルロワイヤルに来るまでに何をやっていたかを、ワムウに洗いざらい話しました。
※放送の内容は、紙の中では聞いていませんでしたが、ワムウから教えてもらいました。

【ワムウ】
[能力]:『風の流法』
[時間軸]:第二部、ジョセフが解毒薬を呑んだのを確認し風になる直前
[状態]:疲労(小)、身体ダメージ(小)、身体あちこちに小さな波紋の傷
[装備]:なし
[道具]:基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:JOJOやすべての戦士達の誇りを取り戻すために、メガネの老人(スティーブン・スティール)を殺す。
0.ドレス研究所へ
1.強者との戦い、与する相手を探し地下道を探索。
2.カーズ様には会いたくない。
3.カーズ様に仇なす相手には容赦しない。
4.12時間後、『DIOの館』でJ・ガイルと合流。

※『エニグマ』の能力と、輝之助が参戦するまでの、彼の持っている情報を全て得ました。
 脅しによって吐かせたので嘘はなく、主催者との直接の関わりはないと考えています。

※輝之助についていた『オール・アロング・ウォッチタワー』の追跡に気付きました。今のところ放置。

506 ◆33DEIZ1cds:2013/01/30(水) 23:59:59 ID:nCGWL6V.
以上、矛盾点のご指摘がありましたら、よろしくお願い致します。

宮本が虹村兄弟の生死について知っているのは、吉良の親父から聞いた……と言う架空にも等しい設定です。
「それはこういう理由から、在り得ない」等、間違いがありましたらご指摘いただけると助かります。

また、前述の通り規制中のため本スレへの投下も何方かにお頼りするしか無く……申し訳ないですが、よろしくお願いします。

いやあ、久々の投下で間違ってないかビクビクだけど、楽しく書かせてもらいました!w

507名無しさんは砕けない:2013/01/31(木) 01:04:25 ID:agDGHT6c
虹村兄弟やジョセフ、シーザーについてもだけど、金田一少年の時にツェペリたちと時間超越の議論はひと通りされていますね
SF慣れしていないであろうワムウがそこから死者の生存にすぐ結び付けられるかはわかりませんが、少しくらい触れられていてもいいのではないかと思いました

ワムウはもちろんのこと、宮本もかっこいいな
ワムウはあれで意外と油断する奴ですし、エニグマならワムウに勝ってもおかしくはないと思うので楽しみです。

2ndに続き3rdでも書いてくださって嬉しかったです。とても面白かったです。
また気が向けば書きに来てください。楽しみにしています。

508 ◆33DEIZ1cds:2013/01/31(木) 01:28:53 ID:tyfjtc8.
感想と指摘ありがとうございます。

一部消し漏らし(>>500の19行目)も見つけましたので、修正をさせていただきたいと思います。
一度投下をしたとはいえ、予約期限から超過しますが、あすの夜にもう一度手直ししたものを落とします。

その他矛盾があれば、ぜひともお願いします!

509 ◆33DEIZ1cds:2013/02/01(金) 00:49:38 ID:Tb5DzS7w
ちょこっとですが、修正を加えました。
修正箇所が分散しているのと、短い話なので、一から投下し直させて頂きます。

510 ◆33DEIZ1cds:2013/02/01(金) 00:50:06 ID:Tb5DzS7w
音石明というチンピラの死から、宮本輝之輔の身にはアクシデント続き、最低最悪のジェットコースター気分。
 今ならどんな神にでも、すがって頼りたい心境。
 いっそ、あのまま本にされ湿っぽくて薄暗い図書館の棚に収まっていたほうが、何倍幸せだったか知れなかった。
 それならば、耳たぶの肉を根こそぎ『指先で削り取られる』などという経験をすることもなかったろうに。

 音も無く滴る血の筋を、輝之助は頬に感じる。
 周囲は薄暗く、闇に慣れない目を限界まで見開いても、まともな景色を認識できない。 
 何処かの地下らしいということだけは分かったが、紙の中で震えていた彼には、現在位置など推測しようにも無理な話だった。
 どこかも分からないような陰気な、土の下の空間に、二メートル近くある大男と二人きり。

 ――頭がくらくらする。

 なぜこうなってしまったのだろう。紙の中にいれば安全だとばかり思っていたのに。
 あの殺人事件の後、わけがわからないまま紙の中に収まっていたら、こんな取り返しの付かない事になってしまった。

 全ては第一回放送後、短い時間に起こったこと。

 出てこないならば破いて捨てると、『エニグマ』の性質も知らないはずなのに、その弱点を押さえられた。
 人間離れした感の鋭さは、スタンド使いになったばかりの少年にはショックが甚大、恐怖のボルテージははちきれそうに高まる。 
 渋々紙から出てきてみれば、襟首を掴み上げられ、主催者との関係を問いただされて、何も知らなくて、震えて上手く喋れなくて。
 口からは、意味のない音を吐き出すしかできなかった。

 その結果がこれだ。
 大男の指先が米神をかすったと思うと、頬を伝い口の中に侵入してくる血。
 耳をやわやわと襲う痛み。
 鉄の味のぬるい液体が、震える舌をさらにこわばらせる。
 死のイメージを呼び覚ます、この生暖かさ。

511 ◆33DEIZ1cds:2013/02/01(金) 00:50:23 ID:Tb5DzS7w
「あ、あ……」
「俺が人間に触れるとこのように、な。わかったのなら知っていることを話せ」
 
 人間を超越した種族と名乗った『ワムウ』は、煩わしそうな声で言う。

 恐怖の中でのっそりと起き上がった痛みに、恐れが限界点を超えた輝之助は、デタラメに暴れだした。
 襟首を掴まれた状態でじたばたともがき、哀れ『エニグマの少年』は、苦労の末、懐から拳銃を取り出す事に成功する。
 その浅黒い手のひらに収まったコルト・パイソンが、闇雲に動いて、かろうじてワムウの体を捉えた。
 硬い銃口が男の顎にあてがわれたのを視界の隅で捕らえるが早いか、輝之助の指先は冷たいトリガーを押す。
 破裂音が静かな地下に響いた。空間を伝わり、どこかへと広がっていく。

 反響するその音が闇に吸われて消える頃、輝之助の顔は、拳銃を撃つ前のそれよりもより強い恐怖に引き攣っていた。

「は。な、んであんた、何だそれ、顔撃ったのに、血も流れてない……?」

 軽蔑の色をたたえて、男はふ、と全身をこわばらせた。
 弾丸の型にめり込んだ皮膚から、スイカの種でも吐き出すように、潰れた鉛玉が飛び出てくる。
 乾いた音を立てて転がる、ひしゃげた金属。

「全く呆れ果てる。こんなチャチな武器なぞで、このワムウに傷を負わせることができると? 人間という種族は、幾世紀を経てもこの程度か。
 武器の見てくれと手軽さが変わっただけで、性能はまるで石槍と変わらんな」

 おしまいだ、と固く目を閉じた輝之助の耳に、怪物の独白めいた言葉が落ちてきた。

「ここまで差し迫っても吐かんとは……貴様、真実何も知らんのか」

「い、い、い、いや……たしかに、なんで僕の能力が、支給品に使われてるかのは知らない、けど……けど」

 声は、輝之助自身が思った以上に震えている。
 ここで自分に価値がないと分かれば、まるでろうそくの炎を消すような手軽さで、命を吹き飛ばされるだろう。
 何とか生き残るための言葉、情報、理由を絞り出さなくては。しかし焦るほどに思考が空回る。

「殺す気はない……貴様の能力は使える。それに、依然主催者との関わりが全くないと判明しきったわけでもない。
 貴様があの忌々しい老人への『道』となるかもしれんのだからな」

 見透かしたように怪物はしめくくり、掴んでいた襟首を離す。間抜けな音と一緒に尻餅をついた。
 ようやく布地の圧迫から逃れるが、輝之助の胸中は窒息しそうなほど恐れおののいている。

 それは延命宣告であり処刑宣告だった。
 ひとまず殺されることはない代わりに、この怪物にいいように引きずり回され、用無しとなれば殺されるのだ。
 疑いなく、殺される。それだけの凄み、怪物の『表情』から読み取ることができる。
 今は、情報提供がこの乱暴者の求めることだとわかったのなら、輝之助にそれを拒む理由はない。
 自分がここに来る前、何をしていたのか。誰の命令で、どんな事情で。
 微に入り細を穿って、事細かに並べ立てていく。隠せば命はないと悟り、自分のスタンド能力さえも。

512 ◆33DEIZ1cds:2013/02/01(金) 00:50:45 ID:Tb5DzS7w
「……ていう、感じ、でした」

 腕を組みうつむきながら聞いていたワムウは、輝之助の語りが終わったと見るや、すぐに名簿を取り出して言った。

「第一の異常は、死者が生存しているらしいということ……名簿を率直に信じるならば。
 貴様の言う『虹村兄弟』。死んでいるはずの兄が生存者と数えられ、弟が死者として発表されている?
 そして、エシディシ様が、『サンタナ』と人間どもに呼ばれていたあいつが! 死亡者、として数えられているということは、生者としてこの地にあったということ!
 さらに、『シーザー・ツェペリ』! なぜ生きている? このワムウが確かに葬ったはず。これがスタンド能力によるものだというのかッ」

 矢継ぎ早に立ち上がる疑念と、激しい怒りの感情がせめぎ合っている様は嵐のよう。
 輝之助は圧倒され、ぽかんと口を開けたまま、ワムウを凝視するしかできなかった。
 『人間を超越した種族』は、伝書鳩が運んだ名簿を握りしめ、思いの丈を表し続ける。

「そして、最も怪奇極まりないと同時に、俺に対する最大の嘲りである、この名簿の内容……」

 ギリ、と歯の軋む音。

「『ジョセフ・ジョースター』! 生存者として記載されているのはどういうことだ!? 俺はたしかにあの広場で見届けたぞ、奴の鮮血がほとばしるさまを。
 名簿に載っているのは、JOJOの名を騙る者!?」

 その怒り、突風が巻き起こらんばかりの凄まじさ。
 輝之助は逃げ出したい衝動にかられながらも、動けない。男の覇気の激しさに足が震え、立ち上がることもままならない。
 何より、その常軌を逸した『体質』、人間に触れるだけでその肉を吸収してしまうとあれば、すこしでも変な動きをみられただけで、命取りになりかねない。きっとなる。
 名簿が引き裂けるかというほどの力で掴み、わずかに震えながら、ワムウはくぐもった憎悪の言葉を吐いた。

「憎いぞ、このような座興を企んだ存在……スティーブン・スティールッ! 決闘に水を差すだけでは飽きたらず、奴の偽物まで創り出したのかッ!?
 ……いや、JOJOに会うことがない限りどうにもわからん。『蘇り』を可能にする能力があるかも知れぬのだから。
 しかし、第二の異常『動かされた地形』……第三は『年代の著しい隔たり』……第一、第二、第三と、各種の異常に共通点が無い。
 我ら柱の一族にとっても奇想天外な能力の産物か。どうであれ、許さん。よくもこの戦闘の天才たるワムウの、誇りある戦いを、これほどまでに侮辱できたものだな……」

 頭部から垂れ下がった幾本もの紐を振り乱し、ワムウは今や立ち上がって同じ場所を歩き回っていた。
 まるで、得物に狙いを定める獣のように。
 柱の男の独白は続く。

「俺も、シーザーも、JOJOもたった一つの命をかけて戦っていた。エシディシ様や『サンタナ』とて同じ事。
 それを、まるで遊技盤の駒を右から左へ動かすように生き返らせ、あるいは殺し……これは、戦いの中にその身を置く者の『尊厳』に対する侮辱と見なすッ!」

 見えない敵、主催者への宣戦布告。
 戦い? 尊厳? 侮辱? 訳の分からぬ内容ながら、輝之助はその極まった激情に、ゴクリと唾を飲み込んだ。
 
「JOJOとの誇り高き決闘と、奴の生命を汚した罪、エシディシ様やシーザー、すべての戦士達への侮辱、その死を持って以外には贖えぬと知れ……」

 燃え上がるかと思うほど、その瞳は怒気をはらんで煌めている。
 戦士の固く握りしめた大きな拳が、くぐもった音を立てた。

513 ◆33DEIZ1cds:2013/02/01(金) 00:51:01 ID:Tb5DzS7w
その拳が、今にも自分に振るわれるのではないかと身構える輝之助をよそに、ワムウは自分のデイパックを掴みあげた。

「ここに長居するつもりはい。本来なら足を運ぶことも避けたかった場所だ」

「な、なんでだよ。とりあえずは安全だろ」

 どもりながら言う輝之助の言葉が聞こえているのかいないのか、怒れる戦士は、ひとりきりの思惑に沈んだ様子。

「エシディシ様と『サンタナ』が逝ってしまった今……ここへ飛ばされる前と同様、残る柱の一族はカーズ様とこのワムウ、たった二人。
 やはり、我らの悲願、赤石を追い求めるカーズ様に、俺の目的を理解していただくことは……」

 輝之助はふと、その表情に織り込まれた『変化』に気がついた。
 恐怖のサインを探し続け、人を観察する能力を極限まで練り上げたといえる彼にのみ、気づくことができたもの。
 何者にも動ずることが無いように思われたこの怪物の、静かな表情のなかに薄く広がった、ごく僅かな。
 これはなんだろう。悲しみ? 怒り? いや、違う。そんな単純なものじゃない。
 強烈な何か、狂おしい何か。
 輝之助は胸中で相応しい言葉を探しあぐねて惑う。
 その訝しげな視線に気付いたのか、ワムウは一点を見つめていた視線をこちらに向けると、毅然とした表情を取り戻して言った。

「……余計な話だった、忘れろ。ともかく、俺はカーズ様にお会いするわけにはいかん故に、ここには留まらん」

「あ、『カーズ』って、ここ確か地図で『カーズのアジト』とか書いてあった場所……カーズ様、って知り合いなのか? なのに会いたくない?」

 慌てて地図を広げる輝之助の言葉には答えず、大男は鼻を鳴らす。
 
「宮本とやら、貴様は少ない脳みそを使ってあれこれ思い悩む必要はない。
 どうせ太陽の出ているうちは自由に動けぬ身、ならば地下でつながっている『ドレス研究所』まで足を運んでみても損はないだろう」

 さり気なく罵倒されていることを感じつつ、荷物をまとめにかかる。

 怪物にわりと会話が通じるとわかり、震えが幾らか和らいだ。
 紙の中で怯えていて聞き逃した第一回放送も、大体の必要な部分を教えてもらえた。
 おそらく足手まといにしないためで、それ以上でもそれ以下でもないのだろうけど。
 今のところ、能力にも価値があると思ってもらえているらしい。すぐに殺されることも無さそうだ。
 ようやく生きた心地が戻ってきた。
 耳の傷は痛むが、袖の一部を破って手で抑えている。じきに出血も止まるだろう。

 輝之助は考える。
 さっきのワムウの表情、まるで人間のような感情のゆらぎについて。
 この怪物にも感情があるのならば、『恐怖のサイン』も存在する?
 人間を紙にするための条件を話した時も、自分には関係ないとでも思っているかのように、無関心だった。
 だが、感情がある以上、『恐怖』も当然存在するのではないか。

 一抹の望み。
 こいつを紙にさえしてしまえば、煮るのも焼くのも思いのまま、この絶望的な状況から一発逆転も夢ではない。

 だが、なんなのだろう。
 輝之助は胸に違和感を覚え、ワムウの表情を盗み見ながら、そっと手のひらを握り絞める。
 この、自分には窺い知れない深い深い感情の、底知れないゆらぎの名は?
 無表情だと思っていたこの人物は――人ではないが――よくよく見れば、表情豊かだ。
 耳たぶを吸収された痛みも忘れるほどの集中力で、輝之助は怪物を凝視する。

514 ◆33DEIZ1cds:2013/02/01(金) 00:51:15 ID:Tb5DzS7w
この世にたった二人しかいなくなったという柱の男は、今は顎に手を当てて思案顔だ。
 やはりこいつ、ずっと無表情に見えてそうでもない。

「貴様を紙に閉じ込めて持ち運んだほうが、俺にとって面倒がないか? どう思う、人間。宮本輝之助よ」
「か、勘弁……話したけど、燃えたり破れたりしたら、中身も駄目になるって言ったろ。
 あんた、戦闘になっても僕を気にして戦ってくれるつもりなんかないだろうし……」
「FUM、俺が戦闘に臨んだ時に、紙ごとどこかへふっ飛ばされてもかなわんな。同じ理由から、荷物を収納することも避けたほうが良かろう。
 ならばせいぜいついてこい。逃げられぬのはわかっているな? 妙な気配を悟った瞬間、貴様の体は消し飛ぶぞ」

 今度はニヤリと笑う、目の前の怪物。恐怖がまた胸に迫り、輝之助はひゅっと悲鳴に近い呼気を漏らす。

 ――僕は、死にたくないんだ! 

 彼は決心したように唇を噛み、思う。

 ――こいつの恐怖のサイン、それを見つけ出す!

 見つけられるだろうか? こんな異形の生物が『恐怖』する瞬間を。 
 自分をバカにして道具扱いした報いを、きっと受けさせてみせる。

 でも、あの一瞬だけ見えた、悲しそうな、苦しそうな表情が、なぜか心に焼き付いてはなれない。
 血がダラダラ流れるほどの怪我を負わされたばかりだというのに、一体何だというのだろう。
 大股に歩き出したワムウの後をつんのめり気味に追いながら、輝之助は心の内を持て余している。
 傲慢な化け物の鼻を明かしてやりたいと思う一方で、人間ではないと豪語する生物の計り知れない感情が、心の中をチラついて消えない。

 ――人の肉をえぐっておいて何も思わないような奴が、悲しむ? 苦しむ? そもそもこいつは、人間じゃあ無いんだ。
     
 ただそれだけのこと。
 言い聞かせ、振り切るようにぶんぶんと頭を振って思考を保つ。

 地下は静まり返り、二人の歩くヒタヒタという音だけが不気味に響いていた。
 輝之助が付いて来ていることを肩越しに確認し、警戒するように周囲を見渡したワムウは、なぜか同行者のさらに後ろ、影になっている一点を強く睨む。
 釣られた輝之助が不思議そうに振り返ったが、そこには何もなく、薄暗い空間しか見えない。
 
 「……今は良い。遅れるな、人間」
 「あ、歩くの速……」 

 二人は湿った地下道へと進む。
 少年と怪物が闇に吸い込まれると、少し遅れて、一枚のトランプカードがひらりと舞い落ち、その後を追った。

 これは、長く続く闘いの、ほんの幕の内の物語。

515 ◆33DEIZ1cds:2013/02/01(金) 00:54:47 ID:Tb5DzS7w
【宮本輝之輔】
[能力]:『エニグマ』
[時間軸]:仗助に本にされる直前
[状態]:恐怖、片方の耳たぶ欠損(どちらの耳かは後の書き手さんにお任せします)
[装備]:コルト・パイソン
[道具]:重ちーのウイスキー
[思考・状況]
基本行動方針:死にたくない
0.ドレス研究所へ
1.ワムウに従うふりをしつつ、紙にするために恐怖のサインを探る。
2.ワムウの表情が心に引っかかっている

※スタンド能力と、バトルロワイヤルに来るまでに何をやっていたかを、ワムウに洗いざらい話しました。
※放送の内容は、紙の中では聞いていませんでしたが、ワムウから教えてもらいました。

【ワムウ】
[能力]:『風の流法』
[時間軸]:第二部、ジョセフが解毒薬を呑んだのを確認し風になる直前
[状態]:疲労(小)、身体ダメージ(小)、身体あちこちに小さな波紋の傷
[装備]:なし
[道具]:基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:JOJOやすべての戦士達の誇りを取り戻すために、メガネの老人(スティーブン・スティール)を殺す。
0.ドレス研究所へ
1.強者との戦い、与する相手を探し地下道を探索。
2.カーズ様には会いたくない。
3.カーズ様に仇なす相手には容赦しない。
4.12時間後、『DIOの館』でJ・ガイルと合流。

※『エニグマ』の能力と、輝之助が参戦するまでの、彼の持っている情報を全て得ました。
 脅しによって吐かせたので嘘はなく、主催者との直接の関わりはないと考えています。

※輝之助についていた『オール・アロング・ウォッチタワー』の追跡に気付きました。今のところ放置。

>>507氏にご指摘いただき、たしかにワムウが突然死者の「蘇生」と言い出すのは不自然かと思い、表現を変えたところが主な修正点です。

その他時間軸の矛盾などがあればよろしくお願い致します。
無さそうであればお手数ですが、代理投下をお願い致します。

516 ◆c.g94qO9.A:2013/02/13(水) 00:22:44 ID:fHviQRHE
遅れました。すみません。投下します。

517Catch The Rainbow......    ◆c.g94qO9.A:2013/02/13(水) 00:24:01 ID:fHviQRHE

開け放した窓から雨の臭いがした。風は吹いていない。雨の臭いだけが部屋の中にそっと忍び込んでいた。
雨が降っている。目を凝らさないとよく見えないぐらいのきめ細かい雨。
ジョルノは窓越しにそれをじっと見つめていたが、ふと思い出したように手もとの時計へ目を落とす。
濡れる街、薄暗い空。時計の針は短針が九を、長針が六を指していた。気が滅入りそうになる午前九時半だ。BGM代わりの雨音が店内に響いている。
ここはダービーズ・カフェ、ジョルノがミスタと合流を約束した場所。窓際の席に腰かけたジョルノは何も言わず、雨打つ街を眺めていた。

聞こえるのはしとしとと降りそそぐ雨の音、少し低めの天井にとりつけられたファンが回る音。そして朝食にがっつく男たちの声。
ジョルノの真正面に腰かけたミスタが派手に食器を打ち鳴らし朝食を堪能する。
隣に座ったミキタカも一度として手を止めることなく、皿に盛られた料理に食らいついていた。よっぽど腹が減っていたのだろう。


「それでよォ、ミキタカのやつ、いきなり俺を担いで走り出すもんだから……」
「ミスタさんはそんなこと言いますけど、ほんと危なかったんですよ! 私、冗談じゃなくて死ぬかと思いました」


口の中をからにした途端、ミスタがフォークを振り上げ大袈裟にそう言った。
頬についたパンの欠片に気づくことなく、彼は如何に自分たちが大変な目に会ったかをジョルノに語って見せた。
その話の内どこまでが本当で、どこからが誇張されたものなのだろうか。
時折入るミキタカの的確な突っ込みに、ジョルノの頬もついつい緩む。そうやって会話を交わす二人の姿が面白くて、ジョルノは少しだけ頬笑んだ。
いつも通りの朝だ……そう勘違いしてしまいそうになるほど辺りは平和に包まれ、何事もなく進んでいるように見えた。


「それでまた最後になァ……って、オイ、ジョルノ! 聞いてるのかよ!」
「ジョルノさん?」
「すみません、少しぼうっとしてました。あまりに平和すぎて、つい……」


霧雨の向こうに向けられた視線。影は見えなかった。
そして店内を見直せばどうしたって空いている椅子のことが気になる。ミスタ、ミキタカ、ジョルノ……そして誰も座っていない四つ目の空席。
ジョルノはウェザー・リポートの事を考えた。
少しだけ辺りの様子を見回って来る、そう言い残したウェザー・リポートは、まだ帰って来ていない。


『何かあったら雨が教えてくれる……心配するな、俺は弱くない。それに“何もわからぬまま”死ぬ気もない』


カフェを出る直前にそうウェザーは言っていた。ミスタ達と入れちがいになるような形で、ウェザーは霧けぶる街に姿を消したのだ。
控え目ではあるが確かな自信と確固たる意志がウェザーの口調には込められていた。
きっとジョルノの考えすぎなのだろう。すぐにでもウェザーは帰って来る……。

ミスタとミキタカの笑い声がどこか遠くで聞こえた様な気がした。話に集中できない。薄い雨音がジョルノの頭にゆっくりとしのびこむ。
ウェザーは強い。間違いなく強い。だがそれでもジョルノは彼が無事帰って来てくれるかは、確信が持てなかった。
復讐心と失った過去。蓮見琢馬とエリザベス。ウェザーの憂いを含んだ横顔がちらつく。
見回りというものは何かの口実でしかないのかもしれない。ひょっとしたらウェザーに帰って来る気はないのかもしれない。

ジョルノにウェザーを止める権利はなかった。背負うべき過去を失ったわけでもない、ジョルノには。

518Catch The Rainbow......    ◆c.g94qO9.A:2013/02/13(水) 00:24:30 ID:fHviQRHE


―――カラァァン……


その時、唐突にベルの音が響いた。店内が一瞬凍りつく。ミスタも、ミキタカも、ジョルノも。三人はそろってはたと動きを止めた。
扉のほうを向けば全身を雨で濡らし、立ちすくむ男の影が見えた。ウェザー・リポートだ。ウェザーは約束通り、帰ってきた。
だがミスタとミキタカはウェザーのことを知らない。ウェザーもミスタとミキタカの顔を見ていない。
戸惑い気味の三人に慌ててジョルノは互いのことを紹介した。ウェザーに空いている席を勧め、簡単な自己紹介をすませる。

ミスタがウェザーの手を握る。ミキタカは馬鹿丁寧なお辞儀を繰り返していた。
ジョルノはそっと横目でウェザーの様子を伺った。これといって変わりは見えなかった。ウェザーは二人と何事もないように、淡々と会話を交わしている。硬さも見られない。
案外人見知りしない人なのかもしれない。ジョルノは椅子に深く座りなおすと、気のせいだったか、と誰に聞かれるわけでもなく、呟いた。


「グイード・ミスタだ。ミスタでいいぜ。よろしくな」
「ウェザー・リポートだ。ジョルノに話は聞いている。ミスタと……、それとアンタは?」
「よくぞ聞いてくれました。私、実は宇宙人なんです……―――」


―――雨が少し強くなったような気がする。

雨音にまぎれながら飛び込んでくる三人の会話を聞き、ジョルノは顔をしかめた。
さっきから何かおかしい気がする。理由のわからない違和感だ。もどかしさと不安。顎をゆっくりと撫で、考える。
だが見つからない。“何か”がおかしいはずなのに、その“何か”が見つからなかった。気を紛らわすように会話に集中しようとするがそれすらもうまくいかない。

ジョルノは舌打ちしたくなる気持ちをぐっとこらえた。何なのだろうか、この違和感は。
違和感の始まりはミスタとミキタカにウェザーのことを言ったころからだったような気がする……。
詳しい説明は省いたものの、もう一人仲間がいると真っ先にジョルノは言った……。信頼できる仲間、ウェザー・リポート。
琢馬とエリザベスは引きとめられなかったがウェ―ザは残ってくれた……。
詳しい事はわからないが、直感的に頼りになる仲間だとわかった……。そうジョルノはウェザーのことを説明した。
ミスタとミキタカを何も言わず、そんなものかと受け入れてくれた。事実今だってこうやって四人で今後のことを話している……―――。



「……待って下さい」


三人の会話に割って入るよう、唐突にジョルノは言葉を口にした。訝しげな表情で三人がジョルノを見る。ジョルノ自身も口にした自分に驚いていた。
“それ”は“おかしなこと”だった。“ありえない”ことだった。
三人の雰囲気がどうだとか、せっかくのうちとける機会だとか……それを越えてでも聞かずにはいられなかった。

ジョルノは立ち上がると、きっかり三歩だけ、距離を取った。そして隣にゴールド・エクスペリエンスを呼び出す。
この間合いならばジョルノのほうが早い。仮にウェザーがスタンドを出したとしても、それはスタンドを叩きこむ十分な隙になるだろう。
唇を一舐めすると、ジョルノはミスタを見つめ口を開いた。困惑した表情のミスタ、不思議そうに首を傾けるミキタカ。そしていつも通り無口で無表情な、ウェザー・リポート。

519Catch The Rainbow......    ◆c.g94qO9.A:2013/02/13(水) 00:25:05 ID:fHviQRHE

「ミスタ……僕の思い違いならばそれで構いません。考えすぎだとしたらそれはそれで笑い話になるでしょうし、むしろ僕はそれを期待しています」
「おいおい、どうしたんだよ、ジョルノ? 何か俺、失礼なことでもしたか? それとも何かヤバい事?」
「ウェザーは“四人目”の男なんですよ、ミスタ。なんで貴方はそんなに彼に打ち解けられるのですか?」


自分で言いながらも馬鹿らしいと思った。きっと言い終ると同時にミスタは笑いだすだろう。ウェザーとミキタカは何を言っているんだと混乱するだろう。
そうであってくれ、むしろジョルノはそう願った。自分のこの些細な違和感がくだらないジョークとして終わって欲しいと心から思った。
もしかしたらミスタはわかっていて敢えてそれに触れなかったのかもしれない。自分のジンクスを押し殺してでもウェザーを歓迎してくれているのかもしれない。

だが聞かずにはいられなかった。店の外の天気のように、薄く霧がかった不安がジョルノをまとわりついていた。
何か不気味な違和感が……、湿りついた異常なぎこちなさが……。ジョルノの心に張り付き、離れなかった。



 そして…………―――    ―――……瞬間



ミスタの顔から表情が滑り落ちる様に消えた。一瞬何もかもが停止する。沈黙が針のようにジョルノを突き刺した。
背中の産毛が一斉に逆立つ感覚。隣に立つミキタカも不自然なまでにピタリと動きを止める。ウェザーも動かない。
一瞬のうちに、ジョルノの世界全てが凍りついた。

「な……ッ! ま、まさか…………!?」

跳ねあがるように飛び下がれば、机が倒れ、椅子が転がった。ジョルノは慌てて三人から距離を取り、そして違和感に気がついた。
音が遠く聞こえたのだ。倒れた椅子がゆっくりと宙に浮いた気がした。フローリングの上で跳ねあがったはずだというのに何も聞こえない。
そしてなにより……身体にぶつかった感覚がなかった。痛みすら感じなかった。そのことがジョルノの中で焦燥と、そして同時に確信を生んだ。


「これはスタンド攻撃…………ッ!」


誰にいうでもなく、自分自身に言い聞かせるように叫んだ。信頼できるはずの仲間は何も言わなかった。
ミスタも、ミキタカも、ウェザーも。案山子のように突っ立ったまま、ガラス玉のような眼でジョルノを見つめていただけだった。
それが尚更不気味だった。自分が知っていると思っていた仲間たちが、不気味な何者かにすり替えられたことがなによりも恐ろしかった。
ジョルノは叫んだ。自分自身を目覚めさせるように、喉が壊れんばかりに叫んだ。


「幻覚だッ! このスタンドは……僕に幻覚を見せているッ!」







520Catch The Rainbow......    ◆c.g94qO9.A:2013/02/13(水) 00:25:29 ID:fHviQRHE
ウェザー・リポートが最初に理解したことは自分が誰かに殴られた、ということだった。
電流を流されたような痛みに身体がビクリと反応し、背中を強く打ちつけた感触が身体中を駆け巡る。
ガシャン、と家具を倒れる音も聞こえた。きっと殴り飛ばされた拍子に椅子や机をなぎ倒してしまったのだろう。
じわりと痛みが広がるとともに意識が覚醒していく。混乱する頭でまず考えたのは現状の把握。
殴られた。左頬を殴られた。そして椅子や机のあった場所に突っ込んだ。だけど誰に? そしていったい何故? そもそもここはいったい……?

鉛のように重たい瞼をこじ開けると異様な様子が目に飛び込んできた。あまりに不思議な光景だった。
ウェザーが今いるのはダービーズ・カフェだ。ジョルノと一緒に朝食とった場所。しかし朝食を取った、ついさっきまでと比べて、その様子はあまりに異なっている。

天井に取り付けられたファンは止まり、その先から不気味な液体が滴り落ちる。天井も壁も床も……全部、水浸しだ。
椅子や机、ウェザーの体までびっしょりと濡れている。そして僅かではあるが、溶けている。服も、家具も。全てがまるで使いかけの蝋燭のようにただれている。
カフェ全体が何かの胃の中かの様な、そんな不気味な光景だった。ウェザーは頭を振って意識をはっきりとさせた。それでも目の前のその光景は変わらなかった。


「ウェザー・リポート…………」


机に突っ伏したままのジョルノがそう呻いた。ジョルノの状態もひどい有様だった。
液体に覆われ、謎のドロドロが彼の体という体を濡らしている。とても弱っている。息をするのも苦しそうだ。
ウェザーは立ち上がりジョルノを助けようとしたが、ウェザー自身も消耗が激しかった。“ただれ”は彼自身をも覆っている。
立ち上がりかけたウェザーをジョルノは視線だけで押しとどめた。助ける必要はない。ジョルノはそう眼で訴えた。
息も絶え絶えにジョルノが言う。


「スタンド攻撃です……僕たちは、幻覚を、見せられていました」


ウェザーは自分を落ち着けるように大きく深呼吸を繰り返した。冷や汗が額を伝った。唾を飲み込めば、大きな音をたてて喉が鳴った。
そうだ、自分はカフェを出て見回りに出たはずだ。心配そうな顔をしたジョルノを安心させるよう、自分のスタンドを少しだけ見せたことも覚えている。
雨がやめば自分の危機を知らせてくれる。そう言ってカフェを後にして……それで、それから……。

―――ならいったい何故自分はカフェにいる?

重たい頭に痛みが走る。全てが混乱していた。全ての記憶があいまいで、ごちゃごちゃにされている。
スタンド攻撃で幻覚を見せられていた。ならばどこからが『幻覚』で、どこまでが『幻覚じゃない』んだ?
いや、待て、そもそもこの状況、このスタンド……俺は“知っている”。実際にこのスタンド攻撃を受けたことがある……?
馬鹿な。そんなことなら覚えているはずだ。だがしかし、忘れたこともあるかもしれない……?
それすらもしやこのスタンドの幻覚が見せたことかもしれなくて…………ウェザーは頭を振って、奥歯を噛んだ。

なにもかもがわからない。駄目だ。今の自分は何かを考えるには混乱しすぎていたし……なによりひどく頭が痛んだ。
万力で締められているかのように、ひどい頭痛がした。


「行ってください……僕は、もう限界です。
 なにかが……『決定的な』何、かが僕、の中から失われてしま、ったよう な…………」

521Catch The Rainbow......    ◆c.g94qO9.A:2013/02/13(水) 00:26:43 ID:fHviQRHE



痛む頭と歪んだ視界。ウェザーは思う。今、何か影を見た気がする。ジョルノの後方、窓の外を駆け抜けていった影が見えた様な気がした……!
よろめく身体をおこし、ジョルノが突っ伏す机までなんとか辿り着いた。ジョルノを起こそうとその身体に触れ、ウェザーは愕然とした。
冷蔵庫に入れられたようにジョルノの身体は冷たくなっていた。まさかと思った。しかし僅かにではあるが脈はある。呼吸もしている。ただ意識は……ない。

―――俺は、この病状を……知っている?

ノイズがかかったように視界の中を砂嵐が通り抜けていく。ウェザーは強烈な眩暈を感じた。
ジョルノを助け起こし、隣の部屋のソファになんとか寝かしつけるその間も、脳にかかった霧が晴れることは起きなかった。
あたまが痛い、割れるように痛い。いっそのことジョルノの隣の床に倒れ込んでしまいたいぐらいだ。

大きく唾を飲み込むと、ウェザーは目を瞑り意識を取り戻す。駄目だ。そんなことはできない。
ジョルノは言った。“奪われた”、“決定的な何かを奪われた”と。
そうやって奪われている間にも、ジョルノはウェザーを救いだした。幻覚から覚めたのはジョルノがウェザーを殴り飛ばしたからだ。
ジョルノがいなければ、やられていたのはウェザーだったのかもしれない。ジョルノはウェザーを庇ったのだ。
身体を溶かしながら、致命的な何かを奪われながら……ジョルノはウェザーを救いだした。


「すぐに助けに戻る。待っていてくれ」


よろめく身体に鞭をうち、ウェザーはカフェを飛び出した。雨には止んでおらず、薄い雨の向こうに虹がかかっているのが見えた。
ウェザーは走る。辺りを見渡し、怪しげな人影が見つかりやしないかと目を凝らし、走り続ける。

ジョルノはウェザーを救った。精神的にも、そして肉体的にも。この短い数時間で二度も、彼は救われた。
ジョルノがいなければウェザーは過去に囚われたままだったかもしれない。エリザベスが見せた確固たる意志、琢馬が見せた気高い意志。
あの時ウェザーが感じたのは自己嫌悪と劣等感だ。ジョルノはそれをなんでもないことだと慰めてくれた。些細なことだが、それは確かにウェザーを救ったのだ。

ジョルノがいなければあの幻想の中に囚われたままだったかもしれない。そして気づかぬうちに体全身を解かされ……そのまま死んでいたのかもしれない。

「ジョルノ……」

ジョルノを放っておけるわけがない。ウェザーは拳を握りしめ、固く誓う。
同時にウェザーは徐倫のことを思い出していた。守りたかった一人の女の子。
どこかジョルノに似ていて、そしてウェザーの知らぬところで逝ってしまった女の子。

ジョルノは未来を見据えていた。だから脚を止めなかった。だから過去を振りかえらなかった。
徐倫はいつも希望を抱いていた。現実に立ち向かう時、脚が止まってしまいそうな時……いつだって彼女は希望を見つめていた。

震える脚に鞭をうつ。徐倫のことを思い出すと勇気がわいてきた。ジョルノのことを考えれば頭痛のことなんて吹っ飛んだ。
今度は間にあわせる……! また間に合わなかったなんて……・、“三度”失うだなんて、もうごめんだ……!
ジョルノを死なすわけにはいかない……! 絶対に、絶対死なすものかッ!
ウェザーは一人街を走っていく。どこへ知れず、ただ己の勘と運を信じ、走り続けた……。







522Catch The Rainbow......    ◆c.g94qO9.A:2013/02/13(水) 00:29:02 ID:fHviQRHE
雨が降っていた。エンリコ・プッチはそんな雨の中、微動だにせず、全身を濡らしている。
吐く息が白い。雨は相当冷たい様子だ。だがプッチはそんなこと気にも留めていない。それどころか雨が降っていることにも気づいていないのかもしれない。
プッチの足元には一人の女性が寝そべっている。目は固く閉じられ、手足がだらりと投げ出されている。一目には眠っているようにも見える。
プッチがそっと言った。囁くような口調だった。


「……君は“運命”というものを信じるかね?」


返事も待たずにプッチは続ける。


「ホット・パンツ、もしも君が私に出発を促すようなことしなければ……。もしも君がダービーズ・カフェでなく、DIOの館に向かっていれば……。
 もしも君が店内の様子を伺った時にジョルノ・ジョバァーナに気づかれていれば……。ウェザー・リポートに気づかれていれば……。
 もしも君がそのまま私に相談することなく、二人に接触していたならば……。もしも私がスタンドを使わずに、二人に対して交渉することを選択していたならば……。
 もしもジョルノ・ジョバァーナが、あのDIOの息子でなかったならば……ッ!」


プッチの手には一枚のDISCが握られていた。微かではあるがその表面に写っているのはジョルノ・ジョバァーナの顔だった。
それはジョルノの記憶DISCだ。たった今の今までプッチがその中身をのぞいていたDISC。
プッチは少しの間何も言わず、ただそこに立っていた。誰かの返事を待っているようにも見える。勢いを増した雨が彼の顔をうち、水滴がその顎から滴り落ちた。


「君は聖女だ、ホット・パンツ……。巫女であり、祈りの人であり、しかし私にとって君はそれ以上の存在となった。
 君は私を導いてくれた。君の選択が、そして運命が、私をここまで連れてきた……! それはもはや奇跡ではなく運命だ。
 君の運命が私を押し上げた! ジョルノ・ジョバァーナ! DIOの、あのDIOの息子との邂逅を!」


静かな興奮がプッチを包んでいる。震えているのは寒いからではない。激情が彼を震わせていた。
ホット・パンツを見下ろすプッチの視線は慈愛に溢れている。彼は心の底から思っているのだろう。
ホット・パンツが成し遂げたことが彼の考えた通りであると。彼女こそが聖なるものであるに違いないと。


「ここに教会を建てよう。君のための教会だ」


プッチの口調が早くなる。隠しきれない興奮が彼を突き動かす。
一度大きく息を吸い込むと、プッチは呼吸を整えた。焦ることではない。大切なのは尊厳だ。厳粛さだ。
再びプッチが口を開いた時にその口調はいつもの控え目で厳かなものに戻っていた。
しかし押し隠した感情はやはり言葉に飛び出る。声が震えた。意図せずとも頬が緩む。


「人と人の出会いは運命だ。なるべくしてそうなったもの。
 だがそれを運命と片付け、得意げに鼻を高くするのは神に対する冒涜だ。
 私たちは祈るべきなんだ、感謝するべきなんだ。君のような存在に……それを導く神と、その全てに……」


誰も何も言わない。プッチの独白にホット・パンツが返事をするようなことは起きなかった。
しかし代わりにプッチは振り向くと霧雨の奥に見える影に問いかけた。
“彼”がそこにいることはとっくに気がついていた。いや、彼がここにやって来ることはわかっていた。
プッチに言わせたならば……それもまた“運命”なのだから。


「なあ、そう思わないかい……ウェザー・リポート?」

523Catch The Rainbow......    ◆c.g94qO9.A:2013/02/13(水) 00:29:23 ID:fHviQRHE
ザァザァ……という雨音にまぎれ、革靴が地面をうつ音が響いた。
うっすらと映っていた影が濃くなり、やがてプッチの目にはっきりと像となってその姿が映った。
険しい顔のウェザー・リポートが姿を現す。プッチの顔を真正面から睨みつけると、ウェザーは十メートルほど離れた場所で立ち止まる。
隠す気もないほどに、その表情は憎しみに塗られていた。奥歯を噛みしめ、その隙間からひねり出すようにウェザーは言う。


「ジョルノに何をした」
「聞くまでもなくお前はわかりきっているだろう」
「DISCを返せ」
「それはできない」


そこで会話は途切れ、雨音が二人を包んだ。睨み合う視線、絡みあう感情。
プッチは見下すような、憐れむような目線でウェザーを見つめ、ウェザーは今にもプッチを殺さんばかりの凶暴な目で見返す。
雨が強くなったような雰囲気が辺りを包んだ。しかし、雨脚は強くなどなっていない。
二人の敵意と、戦意が辺りの緊張感を高めていた。それはあまりに強烈で、宙を落ちる雨粒がはじけ飛びそうなほどだった。
何も言わず、二人は長い事睨み合っていた。沈黙の後、唐突にプッチは視線を切ると、ふぅ……と息を吐いた。
瞳を閉じ、腰に手を当てる。聞きわけの悪い修道士に説教をするような感じでプッチは言った。


「私は全てを赦そう、ウェザー・リポート」


そして付け足す。



「いいや……、“ウェス・ブルーマリン”」



ウェザーは何も言わなかった。反射的に彼は右手で頭の後ろ辺りをそっと撫でた。そこに入ったであろう、自らの“記憶”を確かめるように、優しく。

プッチに言わせるならば、それすらも“運命”であった。全てがこのために用意された、こうするべきだから導かれた一つの事実。
ホット・パンツがジョルノとウェザーを見つけることも。ジョルノがDIOの息子だったことも。そこにウェザー・リポートがいることも。
そして……プッチに支給されたランダム支給品が『ウェザー・リポートの記憶DISC』であったことも……!


「我が弟よ、私は全てを赦そう」


ウェザー・リポートは何も言わない。ずっと睨みつけていた視線を足元に落とすと、彼は俯き、唇をかんだ。
何を言うべきか、長い事ウェザーは悩んでいた。言いたいことが多すぎた。突きつけたい感情は溢れるほどあった。
ウェザー・リポートがぎゅっと拳を握った。腕が震える、唇がわななく。これほどに感情が高まったことは生きていて今が初めてだった。
ペルラに恋をした時よりも……。ペルラにそっとお別れのキスをした時よりも……そして彼女が、死んだ時よりも……、ずっと……。

524Catch The Rainbow......    ◆c.g94qO9.A:2013/02/13(水) 00:29:44 ID:fHviQRHE

結局出てきた言葉は何の意味も持たない言葉だった。それが今のウェザーには限界だった。


「なんのつもりだ……?」


そう問いかける。プッチはため息を吐き、あきれた様子で返事をする。


「だから言っているだろう……私はお前を赦す、と。お前が望んでいるものを私は差し出そう。
 記憶を返した。それはそれがお前の望みだったはずだからだ。記憶を取り戻す前のお前は何よりも望んだこと。
 そして記憶を取り戻した今、お前が望んでいることは……」


その時、辺りを静寂が包んだ。雨音がやんだ。時間が止まったような感覚がウェザーを襲う。
プッチの体から影が飛び出る。薄い膜のような影。反射的にウェザーは腕をあげ、頭を庇う。
音が聞こえない。超速で浮き上がったホワイト・スネイクがウェザーに迫る。強く地面をけり上げたプッチの体が宙を舞い、その影がウェザーを覆う。
上空からプッチが囁いた。文言を唱えるように穏やかな声だった。


「―――死だ」


交差する二つのスタンド。間一髪で間にあった『ウェザー・リポート』。
硬く閉じられたガードを押しとおし、行き場をなくした運動エネルギーがウェザーを吹き飛ばす。
バシャバシャと水しぶきを上げながら、ウェザーは後ろに大きく跳び下がった。水が舞う。雨粒が顔をうつ。
二人の距離は大きく離れた。ウェザーはプッチを睨みあげる。プッチは冷たい眼でウェザーを見下す。


「これは運命だ、弟よ。神が選んだのだ。
 ジョルノ・ジョバァーナに相応しいのはお前ではない。彼の隣にお前が立つのはあってはならないことだ。
 私だ。私こそが彼に相応しい。DIOがいて、そして彼の息子である彼の隣に立つべきはお前ではない! この私だ!」


今度は押しとどめる必要がなかった。
背後に小さな竜巻を展開、風に乗った体全身で真正面からプッチにぶつかっていくウェザー。
全体重を乗せ、全ての感情を乗せ、ウェザーは拳を振るった。受け止めたホワイト・スネイクの腕が衝撃で軋む。プッチの顔が苦悶の色に染まった。

互いの腕を掴みあい、つばぜり合いのような至近距離からウェザーは吠える。
今度は躊躇わなかった。迷わなかった。最初から言うべき事はわかっていた。思うがままに、感じるがままに言えばいいだけだったのだ。


「お前は俺から怒りすら奪うのか……! 覚悟すら取り上げるのかッ!!
 過去を奪い、ペルラを奪い……それでも飽き足らず、まだ奪う気かッ!!」

525Catch The Rainbow......    ◆c.g94qO9.A:2013/02/13(水) 00:30:25 ID:fHviQRHE

右の拳で殴りつける。受け止めたプッチのその顎狙い、蹴りあげる。どちらもなんとかプッチは受け止める。
左からの拳は力に加え風を利用した一撃だ。今までの一撃とは違う重さにホワイト・スネイクがぐらつく。プッチの顔に汗が浮かぶ。
堪らずプッチは後退する。隙を創り出さんと、ウェザーの顔めがけて腕を伸ばした。DISCを奪われるわけにはいかず、ウェザーも身体を大きく振りさげる。
それは一瞬ではあった。だがプッチにはそれで充分だった。プッチは跳び下がり、距離を取る。二人はまた元の通りに、離れた位置で互いに隙を伺う形。
雨音に包まれ、互いに睨み合う。雨が二人に染みいるわずかな間、二人は何も言わなかった。

突然、ウェザーの右の頬がパックリと開いた。真っ赤な血が滴り落ちる。ウェザーはそれを拭わなかった。
プッチの胴着が大きく切り裂かれた。胸ポケットにしまっていたジョルノの記憶DISCが音もなく、落下する。
プッチはゆっくりとそれを拾い上げると、もう一度ポケットにしまいなおす。ウェザーは動かなかった。プッチもまた隙を見せなかった。



―――雨が強くなった。



気のせいではなく、確かな事実として二人をうつ雨粒が大きく、そして多くなる。
滝のように二人の顔から水滴が散る。落ちては落ちて、それでも止むことのない雨。


「“虹”は出ないようだな」


そうプッチが言う。ウェザー・リポートが返す。


「出す必要はない」
「私を殺したいのではないのか、“ウェズ”?」
「なら尚更だ」
「ほう」


以前ならば、そう一瞬だけウェザー・リポートの脳裏を想いが走った。
ここに呼び出される前ならば……。この殺し合いとやらに巻き込まれていなかったならば……。
もしかしたら、ウェザーは“虹”を望んだかもしれない。

だがもう彼は虹を望んでいなかった。
雨に溶けるようなレインコートを着た男。雪のように真っ白な肌を持つ青年。霧に包まれ微笑む老人。
そして黄金のように輝く、太陽のような少年……。皆全てこの場で会った人たちだ。
そして誰もが何かを背負っている。過去を背負って、それでも生きている。


「プッチィィィイイイイ―――――――ッ!!」


バシャリ、と音をたてウェザー・リポートの足元で水が舞う。飛び出すように動くその身体。水たまりに写るウェザー・リポートの姿。
プッチは構えを取り、そんなウェザー・リポートを迎え撃つ。跳ねあがった水滴にぶつかるよう前に飛ぶと、ホワイト・スネイクが躍動する。



雨はまだやまない。今はまだ……止まない。






                             to be continue......

526Catch The Rainbow......    ◆c.g94qO9.A:2013/02/13(水) 00:30:50 ID:fHviQRHE
【B-2 ダービーズ・カフェ店内 / 1日目 午前】  
【ジョルノ・ジョバァーナ】
[スタンド]:『ゴールド・エクスペリエンス』
[時間軸]:JC63巻ラスト、第五部終了直後
[状態]:瀕死、記憶DISCなし
[装備]:閃光弾×1
[道具]:基本支給品一式 (食料1、水ボトル半分消費)
[思考・状況]
基本的思考:主催者を打倒し『夢』を叶える。
0.気絶
1.ミスタたちとの合流。もう少しダービーズ・カフェで待つ?
2.放送、及び名簿などからの情報を整理したい。
[参考]
※時間軸の違いに気付きましたが、まだ誰にも話していません。
※ミキタカの知り合いについて名前、容姿、スタンド能力を聞きました。


【C-2 北部/ 1日目 午前】
【ウェザー・リポート】
[スタンド]:『ウェザー・リポート』→『ヘビー・ウェザー』
[時間軸]:ヴェルサスに記憶DISCを挿入される直前。
[状態]:記憶を取り戻す、体力消耗(中)
[装備]:スージQの傘、エイジャの赤石、ウェザー・リポートの記憶DISC
[道具]: 基本支給品×2(食料1、水ボトル半分消費)、不明支給品1〜2(確認済み/ブラックモア)
[思考・状況]
基本行動方針:主催者と仲間を殺したものは許さない。
1.プッチを倒し、ジョルノを救う。

【エンリコ・プッチ】
[スタンド]:『ホワイト・スネイク』
[時間軸]:6部12巻 DIOの子供たちに出会った後
[状態]:健康、有頂天
[装備]:トランシーバー
[道具]:基本支給品、シルバー・バレットの記憶DISC、ミスタの記憶DISC
    クリーム・スターターのスタンドDISC、ホット・パンツの記憶DISC、ジョルノ・ジョバァーナの記憶DISC
[思考・状況]
基本行動方針:脱出し、天国を目指す。手段は未定
1.ウェザー・リポートを殺し、自分がジョルノの隣に立つ。
2.ホット・パンツを利用しながら目的を果たす
3.DIOやディエゴ・ブランドーを探す
4.「ジョースター」「Dio」「遺体」に興味
[備考]
※シルバー・バレットの記憶を見たことにより、ホット・パンツの話は信用できると考えました。
※ミスタの記憶を見たことにより、彼のゲーム開始からの行動や出会った人物、得た情報を知りました。
※プッチのランダム支給品は「ウェザー・リポートの記憶DISC」でした


【ホット・パンツ】
[スタンド]:『クリーム・スターター』
[時間軸]:SBR20巻 ラブトレインの能力で列車から落ちる直前
[状態]:気絶中、両方のDISCを奪われている
[装備]:トランシーバー
[道具]:基本支給品×3、閃光弾×2、地下地図
[思考・状況]
基本行動方針:元の世界に戻り、遺体を集める
0.気絶中
1.プッチと協力する。しかし彼は信用しきれないッ……!
2.おそらくスティール氏の背後にいるであろう、真の主催者を探す。

527Catch The Rainbow......    ◆c.g94qO9.A:2013/02/13(水) 00:33:04 ID:fHviQRHE
以上です。何かありましたら指摘ください。
毎度毎度代理投下をお願いして申し訳ないです。
そして予約期限ぶっちぎりまくりでごめんなさい。

Catch The Rainbow - Ritchie Blackmore's Rainbow
ttp://www.youtube.com/watch?v=tV8x2HKTRdM

528理由 その1  ◆yxYaCUyrzc:2013/02/25(月) 10:43:58 ID:4qAwTwKE
例えば……君らが、あるマンガキャラを原作とした対戦格闘ゲームを予約したとする。
別に発売日に店頭に並んで待ってたっていいのに、予約したとする。

……なぜ?

どうしても発売初日に手に入れたい?
売り切れが心配?
初回封入特典のダウンロードコードとメモ帳がほしかった?
数量限定生産のエッチングプレートがほしいから?

――おいおいそう熱くなるなよ。俺は何もゲームそのものについて話をしようとしてる訳じゃあない。
要は“欲しかった『理由』”について聞いてるんだよ。

何もゲームの購入に限ったことじゃあない。
全ての行動に理由はある。

……たぶん、きっと。


●●●

529理由 その2  ◆yxYaCUyrzc:2013/02/25(月) 10:46:18 ID:4qAwTwKE
「よくもエリナを……エリナばあちゃんを見殺しにしやがったなッ」
バキィッ!

「……」

「治したとか言って手ェ抜いたんじゃねぇだろうなァアッ」
ドムッ!

「……」

「彼女は俺のこと本物の旦那と信じて疑わなかったんだぞッ」
ベチィッ!

「……」

「なんで、なんで死なせたんだ!このハンバーグ頭ッ」
ボスッ!

「……」

「何とか……何とか言えよ!この野郎ッ……クッソ……」

「……」

「オイ……ナメてんのかテm」
ドガァッ!

「おい――俺の頭がなんだって?
 ドサクサに紛れてバカにしてんじゃあねぇぜッ!

 殴って気が済むならいくらでも殴りやがれ!
 ……俺のは一発で許してやるよ、えぇ?親父」

「――え」

「俺だって“曾祖母ぁちゃん”を救えなくって悲しいさ。悔しいんだ。
 だがよ、俺は一緒に暮らしてた祖父さんが死んだときにゃあ一秒も泣かずにその意思を継いだもんさ。
 ジョセフ・ジョースターっつったな?
 『ジジイ』の若いころがこんな泣き虫野郎だとは思わなかったぜ」

「お、おま――じゃあ本当に」

「んな事今ここで問答するこっちゃあねぇだろ。
 『エリナばーちゃん』はそんな事望んでるのか?
 見てみろよ、幸せそうな顔で眠るようでよ――
 アナタは泣かないで前向いて歩いてくださいね、って、そういってる風には見えねぇか?」

「……何が言いてぇんだ?かたき討ちでもしに行けってのかッ!?」

「それをバーチャンは望んでないだろうがな。
 きっかけなんて、理由なんてそんなもんでいいだろ、とにかく立ちやがれ。
 ここでグズってるよりは百倍マシだと思うぜ、俺ぁよ」


●●●

530理由 その3  ◆yxYaCUyrzc:2013/02/25(月) 10:49:08 ID:4qAwTwKE
「畜生!おいなんで行かせてくれないんだよ!仲間攫われてんだぞ!」
そう叫ぶ男は噴上裕也。目の前には立ちはだかる一人の軍人。

「何度も言っておろうが!マウンテン・ティムに任せておけとォ!
 貴様らごときが行ったところで足手まといにしかならんわァアア!」
周囲の目も気にせず高らかに声を上げるのはシュトロハイムである。

ちなみに、
「あーあ、だめだこのガンコ軍人。あたしはエルメェスのそばにいるから何とか説得しておいて」
早々に説得を放棄したシーラEはそう言って救急車の中に戻ってしまった。

「ホラホラァ!言葉で説得できなければ力ずくでも俺を納得させて見せろォ!」
「クッソ!言われなくてもッ!ハイウェイ・スター!次は左からだ!」

言いながら己の分身をシュトロハイムにぶつける。
身体に張り付く無数の足跡に、普通の人間なら栄養失調で立ってなどいられない。
更に上半身は拳でのラッシュを無防備な顔面に叩きこむ。

しかし。

「――効かぬわアァァッ!」

それらの猛攻をものともせず本体である噴上の足元に威嚇射撃。
当然弾丸は当たらないものの、不意を突かれた上にその気迫に押し負けた噴上はスタンドを消してしまう。

「――えぇい!ナチス軍のサイボーグはバケモノかッ!?」
思わずこぼす噴上。それに対しシュトロハイムは鼻を鳴らす。

「バケモノ?違うなァ!貴様らが軟弱すぎるのだ!
 なーにが『スタンド』!なァにが『ひ・と・り・ひ・と・の・う・りょ・く』だッ!
 そんな慎ましさで今後襲いくる脅威に敵うモノかァ!サンタナなどカーズらに比べれば赤子も同然よ!」

「おい……スタンド使いバカにしてんのかよ」
「そうともよ!マウンテン・ティムはスタンド使いである以前に『カウボーイ』で『保安官』!さらに『ルックスもイケメン』だ!
 たかだか『学生』でしかない貴様よりは十分に有能よ!ゆえに康一の捜索を依頼した!貴様の匂いの能力も不要!」

「それが――それがさっきまで一緒に戦った仲間に言うセリフかよ(つーかイケメン関係ねーだろ)」
もはや噴上からは闘志が抜けきってしまっている。
目の前の男に叶わない事実。仲間を追う事すら許されない悔しさ。

「フン、貴様が重要なことを忘れて――お、終わったか、気分はどうだ、ジョジョ」


●●●

531理由 その4  ◆yxYaCUyrzc:2013/02/25(月) 10:52:27 ID:4qAwTwKE
「気分はどうだ、ジョジョ」
そういって後ろに立つジョセフ・ジョースターに向かって歩き出すシュトロハイムを手で制す。

「康一を追わせてもらうぜ」
「なんだなんだ、パパの前に子供が立つだなんて、なかなか面白い光景じゃあないか?普通は逆だぞォ?えぇ?ジョースケよ」

シュトロハイムの奴がやっすい挑発をかましてくるが気にしてなどいられない。
康一が攫われてるっつーのにこの泣き虫野郎の説得に時間をかけすぎたからな……
これが“ジジイ”いや『オヤジ』なんて信じられっかっつーの、俺は絶対ェに認めたくねーぞ――

「話題変えてんじゃあねぇ。康一を追いたいっつってんだ」
「ホホォ〜?それじゃあ噴上に代わってこの俺を説得してみるんだなァ?」

なるほど……それで噴上はこんなに悔しそうなのか。シュトロハイムも面倒な事しやがったな――

「ホラホラァ〜何とかして康一を追いたいんだろォ?その理由言ってみなァ」

わーったよ……そんなに聞きたきゃ言ってやる。
たっぷり十秒くらいは間を開けた後、軽く息を吸い込む。
極力感情を抑えて俺は口を開いた。


「ダチ助けるのにいちいち理由がいるのかよ」


「んん?ダチぃ〜?」
「そうよ、広瀬康一は俺の親友だ。そいつを助けに行きたいんだ。理由なんかいらねぇだろ」

眉一つ動かさずそう付け加えた。
俺のメンチとタンカを黙って聞いてたシュトロハイムは……

「フン、やっと友人という単語を聞けたわ。
 そう、それでいいッ!『仲間は友とは限らん』が!『友は仲間』なのだァァァ!
 よし良いだろうッ!合格だ!全員で追うぞォッ」

そう返してきた。


……き、決まったァ〜仗助君カッコイイ〜!


「お、ちょうどいいタイミングだったかな?行くんだろ?コウイチ君を追っかけに」
「君が治療してくれたんだってな、ありがとよ、ジョウスケ。
 ……ちょっと前から見てたけど、ナチスのアンタ。うめぇなぁ、ピエロごっこがよ、ハハハ」

振り返ればシーラEがそう言って手を振ってる。隣にいるのはエルメェス!意識を取り戻したみてーだな。

「チッ、なんだ俺ぁやられ損かよ。おい仗助、良い役回りやったんだから今度なんか奢れよ――もういいだろ、行けッハイウェイ・スター!」
背中をドツいてきた噴上も、悪態付きながらスタンドを展開してる。思ったよりショック少なそうだな。


で――問題の奴は……?
「――ジョースケ、悪かったな。
 まだ漠然としちゃあいるが、俺だってなんかしなくっちゃあな。
 きっとエリナばぁちゃんもそう望んでるだろうからな」


……大丈夫そうだな、さっそくシュトロハイムの激励攻撃にあっていやがる。


よっしゃ、いっちょ康一を攫ったやつをぶん殴りに行こうじゃあねーか!


●●●

532理由 その5  ◆yxYaCUyrzc:2013/02/25(月) 10:54:42 ID:4qAwTwKE
――どうやらうまく話がまとまったみたいだ。

しかし仗助が『理由なんてそんなもん』とか言いながら、ちょっとしたら『理由なんかいらない』って言うんだから面白いもんだ。

だがそれは確かに的を得てる言葉だ。
……確か君らに最初に話したのは『欲望の話』だったかな。それにも似通ってくる。
本能的な行動には理由なんかないが、それをいかに理由づけて抑制するか。
あるいはその逆かな。どう理由つけてワガママを押し通そうとするか。

――ん?
なんで仗助がこんなにカッコ良すぎるか?その理由?

う〜ん……



……『主人公補正』ってやつかな?


バァー―z__ン

533理由 状態表1  ◆yxYaCUyrzc:2013/02/25(月) 10:57:14 ID:4qAwTwKE
【B-4 古代環状列石(地上)/一日目 午前】


【チーム名:HEROES+(-)】

【ジョセフ・ジョースター】
[能力]:波紋
[時間軸]:ニューヨークでスージーQとの結婚を報告しようとした直前
[状態]:絶望(回復中)、体力消耗(中)、泣き疲れて目が真っ赤
[装備]:なし
[道具]:首輪、基本支給品×4、不明支給品4〜8(全未確認/アダムス、ジョセフ、母ゾンビ、エリナ)
[思考・状況]
基本行動方針:オレだってなんかしなっくっちゃあな……
1.康一を追うことに同行
2.悲しみを乗り越える、乗り越えてみせる

[備考]
エリナの遺体は救急車内に安置されています。いずれどこかに埋葬しようと思っています。

【ルドル・フォン・シュトロハイム】
[能力]:サイボーグとしての武器の数々
[時間軸]:JOJOとカーズの戦いの助太刀に向かっている最中
[状態]:健康
[装備]:ゲルマン民族の最高知能の結晶にして誇りである肉体
[道具]:基本支給品(食料1、水ボトル少し消費)、ドルドのライフル(5/5、予備弾薬20発)
[思考・状況]
基本行動方針:バトル・ロワイアルの破壊
1.康一を追うことに同行。友というその言葉!聞きたかったぞ!
2.ジョセフ復活!思ったより元気そうじゃあないか!
3.『柱の男』殲滅作戦…は、どうする?

【東方仗助】
[スタンド]:『クレイジー・ダイヤモンド』
[時間軸]:JC47巻、第4部終了後
[状態]:左前腕貫通傷(応急処置済)、顔面の腫れ(軽度・ジョセフに殴られた)、悲しみ、やや興奮気味
[装備]:ナイフ一本
[道具]:基本支給品(食料1、水ボトル少し消費)、不明支給品1〜2(確認済)
[思考・状況]
基本行動方針:殺し合いに乗る気はない。このゲームをぶっ潰す!
0.康一を追う。さらったやつは容赦しない。
1.ジョセフ・ジョースター……親父とはまだ認めたくない(が、認めざるを得ない複雑な心境)
2.各施設を回り、協力者を集めたい
3.承太郎さんと……身内(?)の二人が死んだのか?
4.キマッタァァァ俺カッコイイー!

[備考]
クレイジー・ダイヤモンドには制限がかかっています。
接触、即治療完了と言う形でなく、触れれば傷は塞がるけど完全に治すには仗助が触れ続けないといけません。
足や腕はすぐつながるけど、すぐに動かせるわけでもなく最初は痛みとつっかえを感じます。時間をおけば違和感はなくなります。
骨折等も治りますが、痛みますし、違和感を感じます。ですが"凄み"でどうともなります。
また疲労と痛みは回復しません。治療スピードは仗助の気合次第で変わります。

534理由 状態表2  ◆yxYaCUyrzc:2013/02/25(月) 10:58:49 ID:4qAwTwKE
【噴上裕也】
[スタンド]:『ハイウェイ・スター』
[時間軸]:四部終了後
[状態]:全身ダメージ(回復)、疲労(ほぼなし)、ちょっと凹んでる
[装備]:トンプソン機関銃(残弾数 90%)
[道具]:基本支給品(食料1、水ボトル少し消費)、ランダム支給品1(確認済)
[思考・状況]
基本行動方針:生きて杜王町に帰るため、打倒主催を目指す。
1.康一を追うことに同行
2.ジョセフ・ジョースター、マジか……
3.各施設を回り、協力者を集める?
4.ったく損な役回りだったぜチクショウ……↓

【エルメェス・コステロ】
[スタンド]:『キッス』
[時間軸]:スポーツ・マックス戦直前
[状態]:ダメージによる疲労、傷は回復、空腹
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考・状況] 基本行動方針:殺し合いには乗らない。
1.康一を追うことに同行
2.まずは現状を把握したい
3.徐倫、F・F、姉ちゃん……ごめん。

[備考]
シーラ・Eから自分の境遇についてざっと聞きました。これから他のメンバーと情報交換したいと思っています。

【シーラE】
[スタンド]:『ヴードゥー・チャイルド』
[時間軸]:開始前、ボスとしてのジョルノと対面後
[状態]:健康、肉体的疲労(小)、精神的疲労(小)
[装備]:ナランチャの飛び出しナイフ
[道具]:基本支給品一式×3(食料1、水ボトル少し消費)、ランダム支給品1〜2(確認済み/武器ではない/シ―ラEのもの)
[思考・状況]
基本行動方針:ジョルノ様の仇を討つ
1.康一を追うことに同行
2.ジョセフ・ジョースター?マジかよ……
3.エルメェス、良かった……

[備考]
※参加者の中で直接の面識があるのは、暗殺チーム、ミスタ、ムーロロです。
※元親衛隊所属なので、フーゴ含む護衛チームや他の5部メンバーの知識はあるかもしれません。
※ジョージⅡ世とSPWの基本支給品を回収しました。SPWのランダム支給品はドノヴァンのマントのみでした。
※放送を片手間に聞いたので、把握があいまいです。→他のメンバーとの情報交換によって把握しました。

535理由  ◆yxYaCUyrzc:2013/02/25(月) 11:04:12 ID:4qAwTwKE
以上で投下終了です。

仮投下からの変更点
・分割箇所をwiki収録に合わせ***から●●●に変更
・若干の文章変更(内容に変更なし)

『死亡遊戯(Game of Death)』と『BREEEEZE GIRL』の間の補完話という時間軸で書かせていただきました。
のはいいんですが……

ジョセフ号泣→一人にしてやろう
→その間に仗助による全員の治療&情報交換(ここまでは『死亡遊戯』でも行われています)
→康一いねぇじゃん!どうすんだ!
→ティムが一人で追うことになった
→俺らも追うぞ!→シュトロハイム「駄目だティムに任せておけ!」
→仗助「てか親父はいつまで泣いてンだ俺が根性叩きなおしてやる!」

という、冒頭に入るべき描写をざっくりと省いています。
このことに関して特に指摘をいただきたい。
……と思っていましたが仮投下時に指摘無かったので一切補完していません。
因みにいうとシュトロハイムが噴上に放った威嚇射撃もドルドのライフルではなく自分の肉体(胴体の機関銃とは思いにくいけど)だったりとか、そういうのもカットしてます。
もちろん今からでも指摘ありましたらwiki収録までには補完話書くつもりですが。


さて内容ですが、仗助が見事に暑苦しいキャラになってしまってますねw
まぁ歴代ジョジョの7(8)人の中では一番直情的なジョジョだと思っておりますから。このくらいはね。
○○の××はバケモノか!なんて有名な(?)パロディ、今後とも使っていきたいと思っております。

それでは最後になりましたが、誤字脱字や上記その他のご指摘ありましたらご連絡ください。それでは。


***
以上の文章まで、どなたか代理をお願いいたします。

536 ◆c.g94qO9.A:2013/03/06(水) 01:28:38 ID:/z9qDo4g
本スレ>>115の続きです

乗馬メットからはみ出た髪を撫でつけると、ディエゴはため息を吐いた。
どうも調子が狂う。色々計算外のことが起き、面倒なことになったな、というのがディエゴの本音だった。
最初はからかい半分、搦め手半分のつもりだった。サンドマンはどうやら色々知らないらしい。これは利用できる。ヤツの興味を引き、なんとか利用してやろう……と。
そんな軽い言持ちで話しだしてみれば……なにやらジョニィ・ジョースターと色々あったことがサンドマンの表情から読みとれた。

悲しみ、苦しみ、虚しさ。そんなところか。
馬鹿らしい、とサンドマンの耳に届くないよう、口の中で呟いた。
何を悩む必要があるのだ。何をそんなに苦しむことがあるのだ。

ならば勝てばいいだけじゃないか……ッ! スティール・ボール・ラン・レース? 百万ドルを超える賞金と名誉?
それすらが馬鹿馬鹿しくなるほどの商品が、今目の前に転がっているではないか。あのスティール自身もそう言っていた。
たかが“レース”が“殺し合い”に変わっただけのことだ。ならば悩む必要などない。
勝てばいい。奪えばいい。それだけのことだ。そしてディエゴはそのつもりだ。


―――尤も、俺は大人しく“受け取る”だけで満足するつもりはないがな。


「白人の傲慢さにはもはやあきれ果てた」

脈絡もなく、突然サンドマンがそう呟いた。途端にディエゴは一歩踏み下がり、指笛を吹く。辺りに潜んでいた恐竜に合図を送る。
傍らに立っていた恐竜がその音に反応し、鼻をぴくぴくと鳴らした。そして背中に乗せたルーシーを落とさないよう、二人から離れた位置に飛び下がる。
野性動物でも感じ取れる、不穏な空気が辺りを漂っていた。ディエゴを睨むサンドマンの視線は鋭かった。
そして……何もかもを乗せたように重苦しく、どす黒かった。

ディエゴはそんな視線をそよ風か何かのように軽く受け止めると、首の骨をならし、軽く肩をまわしていた。
戦いの前の準備体操と言ったところか。そこに緊張や重荷を感じ取ることはできなかった。
ディエゴにとって何かを奪う、誰かを打ち倒すということはあまりに軽い、当たり前の行為に思えた。

「組むつもりもないのなら不戦条約は?」
「却下だ」
「“領土不可侵条約”も?」
「馬鹿にするな、“白人”」
「ウィットに富んだジョークと言ってほしいね。俺はイングランド出身だからな」

537 ◆c.g94qO9.A:2013/03/06(水) 01:29:31 ID:/z9qDo4g

ニヤッと笑みを見せたディエゴ。その口元で鋭く尖った歯が輝いた。人間にしてはありえないほど、鋭い歯。
サンドマンが腰を低く下ろす。ディエゴが爪と爪をぶつけ合わせ、カチカチという音が辺りに響いた。
空気が張りつめていく。風が奇妙な動き方をした。像と像の間を通り抜け、二人の頬を優しく撫でていく。
サンドマンが口を開く。

「もう何も信用できない」
「それは俺が白人だからか?」
「信じられるの自分だけだってことだ」
「それが白人に与えられた知識を前提に下した判断だとしても?」
「例えそうだとしてもだ」
「なら俺としても仕方がないなァ……」


一瞬の空白。呼吸を整える瞬間、静寂が降る。

「俺が引導を渡してやる、野蛮人」
「一族を舐めるな、白人風情が」

ディエゴの姿が一変する。全身を鱗が覆い、身体が縦に一気に伸びる。
サンドマンの傍らに立つスタンドが、その身体につけた羽を震わせた。まるで踊っているかのようだった。サンドマンの一族が戦いの前に踊りを踊るように。

両者の足元から砂埃が舞った。地を蹴り、弾丸のように空を跳んでいく。
叫び声が重なり合う。ディエゴが爪を振るう。サンドマンが拳を突き出す。

戦いの始まりだ。





538 ◆c.g94qO9.A:2013/03/06(水) 01:29:50 ID:/z9qDo4g



―――戦いは長く続かなかった。結末はあっけないほど簡素で単純だった。


戦いの図は追うディエゴ、逃げるサンドマンの形。
サンドマンは冷静だった。冷静に自分の不利な状況を受け入れ、そして最善の策を取った。
即ち、逃げながらの各個撃破だ。目に見えただけでディエゴを含め二匹の恐竜。ディエゴの性格から考え、まさかそれだけでお終い、というわけはないだろう。
一対多は避けられない……。ならば可能な限り、自分の有利な状況を作り出す。一度に多数を相手にするのでなく、できるだけ一対一の状況を作り出すのだ。
そのためにサンドマンは走った。像と像の間を風のようにすり抜け、乾いた大地を思いきり蹴りあげ、颯爽と駆けていく。

走り出すと、像越しに右側から迫って来る恐竜が見えた。左後方にも二匹、その姿を現す。そして背後からはディエゴ本人、ルーシーを背中に乗せた二匹。


「……全部で五匹」


進路を左に切り、円を描くように駆けていく。ジグザグに像の間を抜け、途中で急に反転。踏み越えたり、出し抜いたり……サンドマンはまずは恐竜たちの包囲網を崩そうとした。
だが恐竜たちはサンドマンのかく乱作戦に粘り強くついてくる。立ち止まりはしても、すぐに気を取りなおしたように包囲網を引き直す。
司令塔のディエゴの裏をかかない限り、ヤツらの連携は破れはしないということか。

「ならば……」

サンドマンは低い体勢のまま、こっそりと指の間から小石を滑り落とした。隠し持っていた木の葉もカムフラージュできるよう、落ち葉に紛らす。

追いすがるならばその足を奪うまでだ。音を乗せた攻撃でまずはその足を駄目にする。そして負傷し、足並みが崩れ、バラバラになったところを一人ずつ、始末する!
サンドマンがスパートをかけ、速度を上げる。たちまち恐竜たちの姿が後方に消え、同時にに叫び声があちこちから挙がった。
それは苛立ち気な声であったり、悪態をつくような鳴き声だったり……。察するにサンドマンの作戦は上手くいっているようだった。
まきびしのように巻いた音、罠のようにひそめたスタンド攻撃。絶えずついてきていたディエゴの姿も消えた。かく乱作戦は成功だ。ここからはサンドマンが追う番だ。
スピードを緩めブレーキ、そして反転。サンドマンは元来た道を引き返すと恐竜たちを探し始める。


小石や葉に込めた音はそれほど大きいわけでない。モノ自体が小さいため、ダメージはせいぜい足の裏に傷をつける程度だろう。
しかしそれで十分だ。痛みに足を止めたならば、包囲網が崩れ、連携が取れなくなり……あとはそこを一匹ずつ殺っていく。
サンドマンの眼光が暗く、鋭くなった。狩られる側から狩る番へ。攻守交代だ。

音と叫びを頼りに一匹ずつ処理していく。あっけないものだった。分断された個の恐竜たちは、あまりにもろく、簡単に倒れていった。
自慢の動体視力も脚が満足に動かなければ意味がない。身体がついて行かず、『イン・ア・サイレント・ウェイ』の拳を受け一匹、また一匹と倒れていく。
ある恐竜は最後まで必死であがき、ある恐竜は懇願するように泣き叫んだ。哀愁を誘う姿であったがサンドマンは容赦しなかった。
一切の慈悲もなく、スタンドの拳をその鼻先に叩きこんだ。恐竜たちは音を込められ、バリバリと身体を二つに裂かれながら絶命した。


「これで、三匹目……」


どさっ、と音をたててその身体が地面に倒れた。足元に広がる血を目にも留めずサンドマンはすぐに走り出す。
残るはディエゴ本人と、その近くにいた一匹のみ。油断はできない。やはり一番注意すべきはディエゴ本人だ。

539 ◆c.g94qO9.A:2013/03/06(水) 01:30:14 ID:/z9qDo4g

風が通り抜けていく。今のサンドマンは冷酷ッ! 残忍ッ! 白人に対する、逆恨み的なテンションが彼の体を突き動かしていた!

少し開けた場所まで出ると一旦立ち止まり、辺りを伺う。音は聞こえず、空気も震えない。
ディエゴはどこにいるのだろうか。まさか逃げてはいないだろうか。

「俺を探しているのか?」

再び声が頭上から降り注いだ。最初の時と一緒だ。サンドマンは反射的に声のほうを見上げた。
見下ろすディエゴ、見下されるサンドマン。状況はディエゴ不利だというのにその気配はみじんも感じさせない。
いつもの余裕さ、優雅さを携え、ディエゴは静かにサンドマンを見下ろしていた。傍にいた恐竜も今はいない。
一対一、絶好のチャンスだ。サンドマンは脚に力を込めた。像の上だろうとこの距離ならば一跳びで詰められる。

「まァ、待てよ。サンドマン」

遮るように、ディエゴは掌を向けると言った。サンドマンの出鼻をくじくように言葉を続ける。

「戦って改めて思ったが、君は相当の実力者だ。称賛に当たる。ここで殺すのはあまりに惜しい」
「…………」
「俺の自慢の恐竜たちがいつの間にか三匹もやられた……ほとんど音もなく、気配も感じさせなかった。見事だぜ。
 暗殺稼業でも開けば売れっ子間違いないな……。羨ましいね。ランナーからの転職をお勧めするよ」
「御託はいいからさっさとかかってこい」
「まぁ、待て。そう慌てるなよ……ッと!」

音速で飛んできた小石を器用にかわし、ディエゴはにやりと笑った。こんなときでも笑顔を崩さないその余裕はどこから出てくるのか。
サンドマンはもう一度握っていた石を放り投げる。と、同時に本命の攻撃、音を込めた木の葉も上から舞わせる。
だが全て読み切ったかのような動きで、ディエゴはそれすらもかわした。
よく見ればディエゴの身体には傷一つ、ついていない。これまでの恐竜たちとは違い、サンドマンの音を込めた攻撃を全てかわしたということなのか。

「君が始末したのはあくまで偵察隊だったってことさ」

答えるように、ディエゴがそう言った。

「まさかと思うが恐竜たちがたったこれだけで打ち止めだなんて考えていないだろうなァ、サンドマン?
 君を追わせたのはあくまで一部隊でしかないんだぜ。先見隊ってヤツだ。おかげで俺はこの通り、傷一つない」
「…………」
「いやいや、恐ろしいスタンドだ。何て言ったかなァ……そうそう、『イン・ア・サイレント・ウェイ』だったか?
 迎撃にはうってつけだ。なんせスタンドの攻撃がスタンドの攻撃らしく見えないんだからな。
 音を込めたのは石とか枝とか砂とか……そう言ったものだったんだろうな。
 恐竜たちが走ってる途中に呻き声をあげながら倒れていく様は異様だったぜ。もしもあれが俺だったらって考えると……背筋が凍るね」
「…………」
「そう、迎撃にはうってつけ……だがこうやって向かい合ってのサシの勝負ではどうなるのかなァ!?」

言葉を言い終えた瞬間、ディエゴが動いた……! 他の恐竜たちとは比べもにならないスピードだッ!

540 ◆c.g94qO9.A:2013/03/06(水) 01:31:27 ID:/z9qDo4g

「WRYYYYYYYYYYYY!!」
「『イン・ア・サイレントウェイ』ッ!」

スタンドの拳をすり抜け、音を込めた投擲も全てかわされる。圧倒的な動体視力だ。そしてそれを可能にさせる身体能力もまた、超ド級ッ!
スタンドのラッシュを潜り抜け、ディエゴがサンドマンに肉薄する。迎え撃つように飛び出たため、避けるのは難しい。
サンドマンは前に傾けた身体を宙で思いきりのけぞらせる。エビ反りのような苦しい体勢だ。顎先をディエゴの鋭い爪が通っていった。
苦し紛れに身体を捻り、蹴りを繰り出す。ディエゴはそれすらもかわす。持ち合わせていた投擲を全て放り投げ、距離を取る時間を稼ぐ。

「無駄無駄無駄無駄ァ! 眠っちまいそうなほどスローだぞ、サンドマンッ!」

だがそれすら無意味だった。あまりの速さにサンドマンの眼にはディエゴの姿がダブッて見えた。

サンドマンの顔が苦痛にゆがんだ。熱ゴテを押しつけられたような、鋭い痛みが脳を揺さぶる。
ディエゴの爪が彼の腕を切り裂いていた。右の上腕、深い筋肉の繊維までざっくり。
続いて頬の肉をごっそりと奪われる。爪跡が真っ赤に染まり、鮮血が舞った。こちらも痛い一撃だ。
口の中まで切り裂かれ、一瞬だけ呼吸が止まった。息をするたびに血の味と臭いがする。
ディエゴは止まらない。畳みかけるように、爪を、そして牙を振るう……!

サンドマンは地面をけり上げた。走るためでなく、砂を使った眼つぶしのため。しかし苦し紛れの雑な一発だ。
当然のようにディエゴはこれすらも避ける。砂粒、一粒一粒が見えているような動きだ。
立ち止まることなく、更にサンドマンに襲いかかるディエゴ……ッ! 鋭い爪を頭上高く振り上げる……!



「『イン・ア・サイレント・ウェイ』」


―――その時、サンドマンがそっと囁いた。


ディエゴが手を伸ばせば届くぐらいの距離にいるにもかかわらず、彼の眼は怪しく輝いている。
その目線はディエゴに向いていない。ディエゴは気づく。後ろだ。サンドマンは後ろを見ている……!


―――次の瞬間、影がディエゴを覆った。ディエゴを丸々押しつぶすには充分すぎるほど、大きな影。


ディエゴは振り向いた。振り向かずにはいられなかった。
そして振り向き、その視界に映ったのは……根元からぽっきりと折れた像だった。


ここはタイガーバームガーデン。金色に輝く怪しげな像はそれこそ百を超えて展示されている。
見る者が見ればそれは全部一緒に見えるだろう。旅行者でもない限り、注意をはらわない置物。ただの風景と一緒だ。
木や葉、ただそこにあるものでしかない。

しかしあらかじめそれを罠として利用しようと思っていたならば……?
走りながらも像に触れ、それを一つの武器として利用としようと思っていたならば……!

541 ◆c.g94qO9.A:2013/03/06(水) 01:33:14 ID:/z9qDo4g


「WRYYYYYYYYYYYYYYYY!」
「ぶっ潰れろ」


どれだけ反射神経が優れていようと。どれだけ身体能力がぬきんでていようと。
脱出不可能な攻撃はある。それ以上の質量、物量で上から蓋したならば、逝きつく先は二つに一つだ。
ディエゴに残された選択肢は、スタンド構えるサンドマンに真正面からぶつかっていくか、そのまま像の下敷きにされるか。
そしてどちらを選んでも……タダで済むわけがない。

砂に音を込め、最後の一押し。完全に折れた像がディエゴを押しつぶさんと降りかかる。
ディエゴは動かなかった。ディエゴが選んだのは不動。
迎え撃つサンドマンのほうには向かわず、ディエゴはその場で踏ん張った。
脚に力を込め、腕をあげる。像を受け止めようと全身に力を込める……!


―――ズゥゥゥゥウウウウウンンンン…………ッ!


地面を揺るがすほどの音が響き、砂埃が舞う。サンドマンの見る眼の前で、黄金の像が完全に落下した。
脱出は不可能だった。出ていく影も見えなかったし、像が持ち上がるようなことも起きなかった。ディエゴは像の下だ。

サンドマンは唇をほんの少しだけ曲げた。罪悪感はないが、気持ちのいいものではない。殺しを楽しいと思ったことは決してない。
ただ必要だったからしただけ、それだけだった。気分は晴れなかった。サンドマンはその場を立ち去ろうと、踵を返した。
ジワリと広がる血の池が不愉快だった。たとえ外道の血であろうと、大地に血が流れることは決して歓迎できるものではない。

沈黙が辺りに降りそそいだ。木の葉がそよぐ音すら、辺りには聞こえなかった……。


「おい、サンドマン! いや、ミスター・サウンドマン!」


静寂を破り、突如として聞こえてきた声。ありえないはずのその声に足が止まった。サンドマンは振り向いた。
ディエゴの姿は見えない。黄金に輝く像がそこにあるだけで、声だけがどこからか聞こえてきた。
よくよく耳を澄ませばその声はどうやら像の下から聞こえてくるようだった。どうやって、とサンドマンは思った。
下敷きになればただで済むはずなんてない……! 脱出も不可能だ。逃げ道なんてない事はサンドマン自身がこの眼で、確かに見ていたはずだというのに!

サンドマンが冷静になるまで、長くはかからなかった。よくよく眼を凝らしてみるとディエゴが何をしたかがわかってきたのだ。
滲んだ血はディエゴのものではない。像が完全に落下したにしては隙間がやけに大きい。
サンドマンは用心しながらその場にしゃがみ、隙間を覗き込んだ。そしてやはりそうか、と納得する。
そこにいたのは恐竜をつっかえ棒のようにし、苦しそうな笑顔を浮かべたディエゴだった。

あの瞬間、ディエゴは一瞬だけ像を支えたのだ。自らが操る恐竜を呼び出す一瞬、その時間だけあれば十分だった。
あとは恐竜を盾に像の落下を待つだけ。勿論恐竜はただでは済まない。しかしディエゴは無事だ。

542 ◆c.g94qO9.A:2013/03/06(水) 01:34:31 ID:/z9qDo4g

「いやいや、お見事だ。完全にやられたよ。完敗だ、完敗。
 言い訳の一つも出ないぐらい、真っさらな敗北だ。お手上げ、お手上げ」
「こんなときだっていうのによく回る舌だ」
「なぁに、すぐに殺されないってわかってればこれぐらいの余裕は出てくるさ」

その通りだった。サンドマンにディエゴを殺す気はない。“今は”まだ。
サンドマンが尋ねる。

「ルーシー・スティールはどこだ?」

その言葉を待っていたと言わんばかりに、ディエゴはニヤッと笑った。

「俺が素直に答えるとでも?」
「答えないのであれば今度こそ完全に押しつぶしてやる」
「できるものならば、どうぞ」

無言のまま、しばらくの間二人は見つめ合った。折れたのはディエゴのほうだった。

「オーケー、オーケー、降参だ。わかった、君に従おうじゃないか。流石の俺も今回は分が悪い」

音もなく、一匹の恐竜が姿を現す。ルーシーはその背中に乗せられていた。まだ恐竜が残っていたのか、とサンドマンは驚いた。
この様子からすればまだ二匹、三匹……いや、それどころかもっと潜んでいるのではないだろうか。
ディエゴにばれないよう、さり気なくあたりを伺ったが影は見えなかった。油断はできない。
いまだ余裕の見えるディエゴの様子が不気味だった。絶体絶命の危機、サンドマンのさじ加減一つで死ぬのはディエゴだというのに。
追い込まれているのはディエゴのほうだというはずなのにッ!

「丁重に扱えよ、貴重な情報源なんだからな」

ディエゴの神経質な声が聞こえたが、サンドマンはそれを無視した。
恐竜の背中から、そっと地面に横たえる。ルーシーはいまだ眼を覚まさない。
幼い横顔を見つめながらサンドマンは少し躊躇いを感じた。

なんだってやってやる、そう決意したはずだった。
SBRレースに参加すると決めた時、暗殺の依頼を受け入れた時、ジョニィの話を聞いた時……。
分かれ道はたくさんあったはずだ。そして今ここに立っているのは自分が選んだから。

だが、これ以上頑張って何になるというのだろうか。こんな小さくて幼い少女を利用して……それはまるで“白人”と同じじゃないか。

何も知らない、ただ巻き込まれただけの人間を利用する。
サンドマンはルーシー・スティールを知らない。ただスティーブン・スティールの妻であるということしか知らない。
だが妻であるならば……きっと何かを知っているだろう。仮に知らないにしても、主催者であるスティールとの繋がりはルーシーが一番太いのだ。

543 ◆c.g94qO9.A:2013/03/06(水) 01:34:50 ID:/z9qDo4g
利用してやる……。何も知らないだなんて言わせない。
拳をぎゅっと握りしめ、サンドマンは決意を確かなものにする。そうだ、やってやる。なんだってやってやるとも。
例えそれが無垢な少女を踏みにじる行為になろうとも……。白人たちと同じ、下劣な行為をすることになったとしても……!

サンドマンは振り向くと、ディエゴがいるであろう、像の下を睨みつけた。

そうだ、ならばまずはヤツからだ……。
動けない無抵抗の男を殺す。もはや子供同然の無力で哀れなあの男を、躊躇いなく殺す。

なぜなら……殺らなきゃ殺られる。先に拳を振り上げたのは……お前たち、白人のほうだからだ。

サンドマンは一歩、前に踏み出した。像の下は影に隠れ、ディエゴの様子はわからない。
わからないほうがいいのかもしれない。せめて痛みだけはなく、葬ってやる。それが最大限の礼儀だろう。
サンドマンは更に脚を進めた。像に近づき、そのそばにしゃがみ込み、そして……―――





ルーシー・スティールの腕が、サンドマンを貫いた。








544 ◆c.g94qO9.A:2013/03/06(水) 01:35:10 ID:/z9qDo4g
サンドマンの口から血が溢れた。とめどなく血が流れ、全身から力が抜ける。
なんとか立とうと力を込めるが、それは無駄だった。柔らかな地面を爪先が虚しくひっかいた。
崩れ落ちるようにサンドマンの身体は倒れ、そして二度と起き上がれなかった。
ルーシーは平らな表情のままサンドマンの体から腕を引き抜くと、何も言わず彼を見下ろしている。
サンドマンはようやく気がついた。

ルーシーの肌に浮かんだ鱗。奇妙に縦長の瞳。鋭く尖った爪と歯。そうだったのか、と言葉が口から零れ落ちた。
同時に派手に咳こむと、サンドマンは大量に血を吐いた。内臓を貫かれているのだ。もう長くはないことを理解した。

恐竜化したルーシーが機械のようにぎこちない様子で脚を進めると、像の傍にしゃがみ込む。
ただの少女ではびくともしないであろう像に手をかけると、彼女は軽々とそれを持ち上げた。
ディエゴはゆっくりと像の下から姿をあらわにする。身体を伸ばし、服についた血を気味悪そうに眺め、そしてサンドマンの傍に立つとニヤつき顔で口を開いた。

「気分はどうだ」
「最悪だ」
「俺は絶好調さ、野蛮人」

最初から全て計算づくだったのだろう。
サンドマンがルーシーを利用しようとしていることをディエゴは見抜いていたのだ。
そしてルーシーの安全が保障されるまで自分が殺されないことも、ディエゴはわかっていた。わかっていたからこそ、こうなった。
サンドマンは奥歯を噛んだ。今にも死にそうなほど、弱弱しかった。

ディエゴは鼻を鳴らすと、サンドマンを見下ろした。一切の躊躇いも、慈悲も……情けをかける気配を微塵も感じさせなかった。
先のサンドマンとは対照的な冷え切った眼が彼を見下ろしていた。俺もそうすればよかったのかもしれない、とサンドマンはぼんやりと思った。

ディエゴのように冷徹であれば。ディエゴのように全て割りきっていれば。ディエゴのように開き直って、自らのためだけに動けたならば……。

意味のない仮定だった。全ては終わってしまったことだった。
それでもサンドマンは血の池に沈みながら、静かに思いを馳せた。
あったかもしれない未来と、その手から滑り落ちた希望。どこで間違えてしまったんだ、と呟きがこぼれ出た。

545 ◆c.g94qO9.A:2013/03/06(水) 01:35:32 ID:/z9qDo4g


何がまちがっていたのだろう。レースに出ることがまちがっていたのだろうか。
やはり一族のしきたりを守っていればよかったのだろうか。白人を理解するには白人らしく、そんな考えが神の逆鱗に触れたというのだろうか。
あの時、あの時、あの時、あの時……。走馬灯のように記憶がわき上がって止まらない。
サンドマンの頬を涙が伝った。悔しかった。砂漠にある、全ての砂粒ほど多くの後悔がわき上がって、感情がせきを切ったように溢れた。

サンドマンは吠えた。大声をあげて、残された力を振り絞って拳を振り上げ、最後の一瞬まで足掻いた。
意味のないことだってわかっていた。どうしようもなく愚かで、惨めで……それがわかっていて一層やりきれなかった。

ディエゴの冷たく、憐れむ瞳を真っ向から見返す。呆れてはてる彼に向って呪いの言葉を吐き続けた。
喉が張り裂けるかと思うぐらい大声をあげた。ただ服を汚すだけとわかっていても、血まみれの拳で、脚で、ディエゴの体を殴った、蹴りあげた。
潔さなどかなぐり捨て、最後の一瞬までサンドマンは抵抗を続けた。ただディエゴを煩わせただけにすぎなかったのかもしれない。でもそうせずにはいられなかった。

ディエゴがその鋭い爪を振り上げる。照りつける太陽が顔に影を落とし、彼がどんな表情をしているかはわからない。
サンドマンはその顔を睨みつけた。もう声を挙げることもできなかった。喉が潰れて、呻き声すらあげられなかった。
しゃがれた声で最後の言葉をつぶやく。誰の耳にも届かないぐらい、か細い声だった。
最後に一粒だけ雫が、頬を伝っていった。


「姉ちゃん……俺は、……―――」


ディエゴが腕を引き下ろした。肉を裂く、ザクッという小気味いい音が辺りに響き渡る。
そしてそれっきり、何も聞こえなくなった。






546 ◆c.g94qO9.A:2013/03/06(水) 01:36:42 ID:/z9qDo4g
腹が減っていては戦いはできない。
ディエゴはデイパックを開くと、味気ない食事をほうばりながらルーシーの眼ざめを待った。
辺りには血のにおいが充満していた。恐竜の血、人間の血、野蛮人の血……食欲を削ぐようなむせかえるほどの血の臭いだ。
だがディエゴは一向に気にしない様子で淡々と手をすすめた。
ぼうっと頭を空っぽにして、久方ぶりに頭も体もリラックスさせる。辺りの警戒は恐竜たちに任せている。
完全には信用できないが少しの間だけならば大丈夫だろう。ディエゴは何を見るでなく、何を考えるでもなく、ただ機械的に食事を終えた。

ディエゴは気づかない。いや、はたして彼がいつも通り注意深く、狡猾であったとしても……彼はそれを見て何を思っただろうか。
きっと何も気にしなかったに違いない。そう言うこともあるのかと首をすくめるか、馬鹿にしたように唇を曲げるか。

ルーシー・スティールの頬を涙が伝う。声を殺し、喉を押さえ、彼女は一人涙する。
ルーシーは震える手を抑えるように、そっとその両手で自らを抱き寄せた。血から漂う血の臭いに思わずせき込みそうになったが、グッとこらえた。

ディエゴがサンドマンを殺したのだ。そう開き直るのは簡単なことだった。
だがどれだけそう信じても、どれだけそう言い聞かせても……こびり付いた手の感触が、血の臭いが、微かに残った記憶が、音が、映像が……。
ルーシーは涙した。肩を震わせるでもなく、声をあげるでもなく、静かに涙する。

最後の最後に力を振り絞った一人のインディアンが乗せた音。それは誰にも届かず宙に消えることなく、しっかりと少女の体に刻まれていた。

呪いの言葉だ。どれだけこの世を恨んだ事か、どれだけ未練を残しこの世を去ったのか。どれだけの想い、どれほどの気持ち。
それら全てが一つに集約され、ルーシー・スティールの体に刻まれていた。必死で伸ばした腕は、もしかしたら望まぬ相手に届いたのかもしれない。

ルーシーは想う。こっそりと涙をふき、髪の毛を整えると、眼を開いた。

誰もが必死で生きたがっている。誰もが何かを成し遂げたいと願っている。
ならばどうして救われないんだ。神様はいったい何を見ているのだろうか。
救いを求めて、必死であがいて……なのにどうして。なんで。誰も救われず、こんな虚しい結末しか用意されていないのだろう。

サンドマンに託されたのはきっと偶然でしかないのだろう。
いや、サンドマン自身、きっと託したなんて思ってもいないだろう。無我夢中で伸ばした手がルーシーに触れた、ただそれだけのことだ。
だがそれをルーシーは偶然ですませたくなかった。そこに何か意味を持たせたかった。何かをしてあげたかった。
そうでなければ……あまりにインディアンの彼が、可哀想だったから。

よろめく身体を起こし、眼を見開いた。ディエゴは彼女の眼ざめに気づくと、いつも以上ににこやかな笑みを浮かべた。
ルーシーは何も言わず、ディエゴを見返した。後ろ手に回すと、拾い上げたサンドマンの形見をこっそりポケットに忍ばせた。

547 ◆c.g94qO9.A:2013/03/06(水) 01:37:18 ID:/z9qDo4g


「お目覚めか、プリンセス」
「馬鹿な呼び方しないで頂戴」
「最初ぐらいは上品にさせてほしいね。なんせ君の出方次第で、いくらでも野蛮なことになるんだからな」

すぅと細められた眼を睨みつける。黄色く鋭い目に怯みそうになるが、ルーシーは堪えた。

像から優雅に跳び下りたディエゴが迫る。体が震え、思わず後ずさりそうになる。だけどルーシーはそうしなかった。
彼女より孤独で、気高くて、立派に戦いぬいた男が……ついさっきまでいたのだから。
その生きざまを彼女は受け継いでいこうと決心したのだから。

ディエゴに向かって逆に一歩踏み出した。僅かだが、ディエゴの表情に驚きの影が走ったのをルーシーは見逃さなかった。
ここじゃ場所が悪いわ。そう呟いた。それを聞いたディエゴが指笛をならす。途端に恐竜が二匹、とんできた。

ディエゴ・ブランドーを“出し抜いてやる”……。
なんとも無謀で、呆れるような無理難題。だがしかし、やり遂げてやる。必ずや、やってみせる。
振り落とされないよう恐竜の首に固く腕を回し、ルーシーは思った。その目はもはや脅えた少女のものでなかった。

芯を持ったひとりの人間として、戦う一人の人間として……怪しいまでの輝きを、ルーシーはその目に宿していた。


二匹の恐竜がタイガーバームガーデンを去る。そしてそこには誰もいなくなり、侘しいまでの砂埃が一人、通り抜けていった。




                                 to be continue......

548IN A SILENT WAY   ◆c.g94qO9.A:2013/03/06(水) 01:38:02 ID:/z9qDo4g





【E-5 タイガーバームガーデン / 1日目 午前】
【ディエゴ・ブランドー】
[スタンド]:『スケアリー・モンスターズ』
[時間軸]:大統領を追って線路に落ち真っ二つになった後
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:基本支給品×4(一食消費)地下地図、鉈、ディオのマント、ジャイロの鉄球、ベアリングの弾、アメリカン・クラッカー×2   
    ランダム支給品2〜5(ディエゴ:0〜1/確認済み、ンドゥ―ル:1〜2、サンドマンが持ってたミラション:1、ウェカピポ:0〜1)
[思考・状況]
基本的思考:『基本世界』に帰る
1.人気のない場所を探す。その後ルーシーから情報を聞き出す。たとえ拷問してでも。
2.ギアッチョの他の使える駒を探す。
3.別の世界の「DIO」に興味。
[備考]
ギアッチョから『暗殺チーム』、『ブチャラティチーム』、『ボス』、『組織』について情報を得ました。

【ルーシー・スティール】
[時間軸]:SBRレースゴール地点のトリニティ教会でディエゴを待っていたところ
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:基本支給品、形見のエメラルド
[思考・状況]
基本行動方針:スティーブンに会う、会いたい
1.ディエゴを出し抜く。


[備考]
※フライパン、ホッチキス、百科事典、基本支給品×1(食料消費1)がタイガーバームガーデンに放置されてます

549IN A SILENT WAY   ◆c.g94qO9.A:2013/03/06(水) 01:39:07 ID:/z9qDo4g
以上です。何かありましたら指摘ください。

550虹村形兆の裏切り    ◆c.g94qO9.A:2013/03/16(土) 00:05:39 ID:PtRhpByI

「それで、コイツはどうしますか」
「君の意見を聞こうじゃないか」
「血で床が汚れるのは個人的に好きじゃない。ああいう汚れは一度しみつくとなかなか落ちないんだ。
 こすってもこすっても張り付いたように残っちまう。どす黒い血の後ほどいらつくものはね―ぜ。
 よかったら川に放り込んでおくが……それでどうだ?」
「君に一任しよう。なんてたって君が仕留めた獲物なんだからな」
「人を猟銃扱いするのは勘弁してほしいね」

どうしてだ、と口に出そうとしたがそれは呻き声にすらならなかった。
視界が狭く、暗くなる。急速に身体から力が抜けていった。シーザーにできることと言えば恨めしげに形兆の眼を覗き込むことだけだった。
形兆は真っすぐシーザーの眼を見返した。それは憂いを含んだ、深い視線だった。


「フフフ……君を部下にしたのは正解だった。優秀な男だ。君の父親もそうだった」
「親父の話をするのはやめてくれませんか。アイツの血が流れてると思うだけで頭痛が止まらなくなる」
「これは失敬……だが父親が父親なら、子もまた子だ。改めて君の忠誠を歓迎するよ、ケイチョウ・ニジムラ……」
「忠誠はいいから、どうせなら手を貸してくれませんかね。人一人運ぶってのはけっこう大変なんですよ」



そうしてシーザーの意識は闇に落ちる。最後に彼が見たものは空っぽの表情を張り付けた、形兆の顔だった。



【シーザー・アントニオ・ツェペリ  再起 不 能】







551虹村形兆の裏切り    ◆c.g94qO9.A:2013/03/16(土) 00:06:36 ID:PtRhpByI



何が何だかわからなかった。なにはともかく、シーザーが真っ先に感じたのは息苦しさだった。
酸素を求め思いきり口を開けば、器官目掛け水が逆流した。思いきり水をのみこんでしまったシーザー。苦しさにもがけば、酸素が泡となってさらに出ていく。
身体を包む浮遊感、ひんやりとした水の冷たさ。混乱する頭で今の状況を理解する。シーザーは水面目掛け思いきり腕と足をばたつかせた。

「ぶハッ!!」

ようやくのことで川面に顔を出すと、シーザーは盛大に咳こみ、飲み込んだ水を吐き出す。
深呼吸を何度か繰り返してようやく一息つくまで落ち着く。顔を流れる水滴が心地よい。肺を満たす酸素が最高に気持ち良かった。


「生きてる……」


そう、シーザーは生きていた。形兆に心臓をうちぬかれ死んだと思われたシーザーはまだ、生きていた……!
辺りを見渡す。見覚えのない場所だった。川岸まで泳いで間近で建物を見るが、洋風の建物だということしかわからなかった。

シーザーは撃ち抜かれたはずの場所を触ってみる。
血はまだ流れていたが、傷は小さい。弾丸も体内にとどまることなく、綺麗に貫通している。
これなら波紋の呼吸で対処できる範囲内だ。バンダナをほどくと圧迫するように傷口にあてる。これで治りも早くなるだろう。

「……あの野郎」

川辺にどかッと腰をおろし、シーザーはそう呟いた。
体を冷やしてはいけないと上着を脱ぎ、よく絞る。水が滴る様子を見ながら憎々しげに彼はそう言った。

自分が今生きているのは形兆のおかげだ。シーザーは思う。
思わず熱くなって襲いかかったが、今冷静になってわかる。きっと俺は死んでいた。
もしもあの時形兆が後ろから撃ってくれなかったら……、もしもあのままディオ向かって飛びかかっていたら……。
今自分は生きていない。今頃死体になって河底を漂っていたことだろう。

「くそったれ……」

もう一度傷口を撫でれば、あまりの正確性に唸り声が漏れた。
心臓に傷一つつけない一撃は形兆らしい神経質な一撃だった。血管も傷一つない。兆弾もなし。
全てが計算ずくで、定められたものだった。

「お前は大甘ちゃんだ……ッ! 大甘ちゃんのクソッタレ野郎だッ! 大馬鹿野郎のトンチキだ、形兆ッ!」

552虹村形兆の裏切り    ◆c.g94qO9.A:2013/03/16(土) 00:08:40 ID:PtRhpByI


なぜ形兆がDIOの傍にいるのか。なぜ形兆がスパイになろうと思ったのか。
それはわからない。なにもかもわからない。
だがそれでも唯一わかったことは、一つだけわかったことは……形兆が命をかけてシーザーを救ったということだ。

「これで借りを返したってつもりなら、ソイツは違うぜ、形兆……!
 返しすぎだ、馬鹿野郎……! これじゃ俺が借金背負いじゃねーかッ
 貧乏生活はガキん時に嫌というほど味わったってのに、また俺はあんときに逆戻りじゃねーかッ!」

そう、ガキん時に逆戻り。波紋も優しさも温かみも知らない、何一つできない、何一つ受け取ろうとしない情けないただのガキ。
シーザーは顔をこするとキッと顔をあげた。その顔に迷いはない。後ろめたさや恐怖は微塵も感じられなかった。

「今の俺じゃ勝てない」

DIOは未知なる何かを持っている。それは理屈でなく、魂で理解したことだった。
ただの吸血鬼がああまでした圧倒的プレッシャーを纏えるものか。王たるもののカリスマ、強者としてのオーラと言えど限度がある。
なによりシーザーは波紋使いだ。吸血鬼の天敵だ。ならばもっと危機感を抱いてもいいはずだ。

何かがある。DIOに余裕を持たせる未知なる力が……、スタンドが……ッ!!


「待ってろよ、形兆」


服が乾くまで、なんてのんびりしている暇はなかった。
波紋の呼吸が戻ったころ、シーザーは立ち上がると、見知らぬ街を睨みつけた。
そして叫んだ。

「借りた借りは必ず返す! 約束は必ず守る! テメーには一発殴った借りと命を救ってもらった借りがある!
 だからテメーが俺を一発殴るまで! 俺がテメーを救うまで! ディオなんかに殺されるんじゃねーぞ、形兆ッ!」

川辺に響いた声に返事はなかった。シーザーは顔を引き締めたものに変えると、照りつける街に向かって歩き出した。




【シーザー・アントニオ・ツェペリ  再起可能】

553虹村形兆の裏切り    ◆c.g94qO9.A:2013/03/16(土) 00:09:19 ID:PtRhpByI



【E-3 北部 ティベレ川岸/ 1日目 午前】
【シーザー・アントニオ・ツェペリ】
[能力]:『波紋法』
[時間軸]:サン・モリッシ廃ホテル突入前、ジョセフと喧嘩別れした直後
[状態]:胸に銃創二発、体力消耗(中)、全身ダメージ(小)
[装備]:トニオさんの石鹸、メリケンサック
[道具]:なし
[思考・状況]
基本行動方針:主催者、柱の男、吸血鬼の打倒。
0.街に向かう。
1.ジョセフ、リサリサ、シュトロハイムを探し柱の男を倒す。
2.DIOの秘密を解き明かし、そして倒す。
3.形兆に借りを返す。








554虹村形兆の裏切り    ◆c.g94qO9.A:2013/03/16(土) 00:09:57 ID:PtRhpByI

「よろしいのですか」
「何のことだ、ヴァニラ」
「……虹村のことです」
「つまり、シーザー・アントニオ・ツェペリのことでもある」

ヴァニラ・アイスは控え目に頷いた。DIOはしばらく何も答えなかったが、思いついたように急に口を開いた。

「お前に任せる」
「……任せる?」
「ああ、私としては泳がせたほうが面白いと思ったからそうした。ちょっとしたゲームだ。
 吸血鬼の私にとって波紋使いというのは言わば好敵手。殺し合いの中でちょっとした余興とすれば充分じゃないか。
 あのスティーブン・スティールが言った通りだ。ゲームならば楽しまなければならない。ゲームなら演出にも凝る必要がある」

ヴァニラは沈黙を貫いた。彼が慕うDIOという男は時折こういったことをする。
慎重かと思えば大胆。徹底的かと思えばひどくずぼらな点もある。それについてとやかくいう権利もつもりも、ヴァニラには全くない。
王には王の素質があり、相応しい態度、相応しい振る舞いもまた存在している。余裕もまたその一つの要素にすぎない。

「シーザー・アントニオ・ツェペリは放置。あの波紋戦士がどう出るか、楽しみにしようじゃないか。
 なんならヴァニラ、気にいったと言うならお前が戦ってもいい。
 歴戦の波紋戦士と最強のスタンド使い……血肉湧き踊る戦いじゃないか」
「ありがたきお言葉です」
「虹村形兆に関してもお前に一任する。いや、私から直々に奴に言っておこう。
 今後ヴァニラ・アイスと共に行動を取るように、と」
「つまりDIO様の邪魔だと判断したならば、始末しても構わないと?」
「ヴァニラ・アイスよ、すぐは駄目だ。今は駄目だ」

DIOはもて遊んでいたワイングラスを一気に飲み干すと、それをサイドボードにそっと下ろした。
床に膝をつき、此方を見ていた部下を見返す。底知れない、真黒な目がDIOを見ていた。

「亜空の瘴気、全てを飲み込むスタンド『クリーム』……お前のスタンドは強い。このDIOの『世界』と肩を並べるほどに強い」
「私にはあまりにもったいないお言葉です、DIOさま」
「謙遜するな、ヴァニラ……。私は事実を語っているまでだ。
 仮にだ。仮に私がお前と戦わなければならないとなれば……敗北はないにせよ、大きな痛手をこうむることは間違いないだろう。
 半身をもがれるか、腕を失うか、はたまた脚がちぎれ飛ぶか……それはわからない。しかし最終的には私が勝利するだろう。
 それもひとえに私がお前の弱点を知っているからこそだから。唯一にして絶対の弱点をな」
「…………」
「お前は飲み込むモノを捕える時顔を出さねばならない。それは大きな隙になる。
 お前のスタンド能力を知っていればなおさらだ。その一点のみを辛抱強く待ち、その一点のみを突こうとするだろう」
「…………」

DIOは視線を外し、蝋燭を見つめた。話している最中にも蝋が解け、白い結晶が積もっていく。
揺らめく火の影が、DIOの横顔にそっと落ちていた。ヴァニラは何も言わない。DIOの話は続いた。

「虹村形兆のスタンドはお前の補佐にピッタリだ。小回りのきくスタンド、数で圧倒する物量作戦、小粒でありながら破壊力もある。
 ジョースター一行は決して弱くない。心配しているわけではないが、万が一ということもある。
 お前は虹村を利用して奴らを始末しろ。一秒でも早く、一人でも多く」
「……必ずや奴らの首を貴方様に捧げます」

555虹村形兆の裏切り    ◆c.g94qO9.A:2013/03/16(土) 00:12:29 ID:PtRhpByI

扉が開く音が響き、二人の会話は中断する。
マッシモ・ヴォルペが室内に姿を現すと、DIOに向かって言った。ヴォルペのは口調は相変わらず乾いたままだった。


「三人が目を覚ました」
「正確には三人と一匹だろう、マッシモ」


どうでもいいことだ、とヴォルペが呟くとDIOは面白そうに笑った。
ヴァニラ・アイスは眉をひそめた。そんな風に笑う主のことを、彼は今まで一度も見たことがなかったから。
お前に任せたぞ、と念を押すような言葉をもう一度受け、ヴァニラ・アイスは無言で頭を下げた。
扉がもう一度閉まり、DIOの姿が見えなくなるまでそうしていて、姿が見えなくなった後もしばらく動かなかった。
否、動けなかった。

胸に湧き上がった絡み付いた感情をほどくのには時間が必要だった。
自分が一番あのお方を理解していると、自分こそが傍に立つ者に相応しいと思っていた。
それは間違いだったのかもしれないと今、それに気づかされ、ヴァニラはそれがショックだった。

マッシモ・ヴォルペ、という呟きが思わず零れ落ちる。
口にした途端、ヴァニラ・アイスは思わず辺りを伺った。誰もを聞いたものはいないようだった。
ほっとすると同時に何を憂う必要がある、とも思った。

やがて時間が立ち、ヴァニラ・アイスが立ちあがる。
もう動揺は収まっていた。主君の命に従う忠実な部下として、ヴァニラは虹村形兆の姿を探しに刑務所の奥へと姿を消した。

同時に本棚にあった本が僅かに揺れた。隙間に隠れていた兵士はヴァニラが消えたことを確認すると、自身も姿を消す。
主君である虹村形兆にこの会話を届けるため。自らの任務を成し遂げるため、バッド・カンパニーは闇に溶けていく……。



そうして後に残されたのはワイングラス、一冊の本、そして暗闇……―――。



そこにはもう誰もいなかった。
バタン、とどこか遠くで扉が閉じる音が聞こえ……音さえも姿を消した。

556虹村形兆の裏切り    ◆c.g94qO9.A:2013/03/16(土) 00:13:44 ID:PtRhpByI
【E-2 GDS刑務所の一室/ 1日目 午前】
【DIO】
[時間軸]:JC27巻 承太郎の磁石のブラフに引っ掛かり、心臓をぶちぬかれかけた瞬間。
[スタンド]:『世界(ザ・ワールド)』
[状態]:健康
[装備]:携帯電話、ミスタの拳銃(5/6)
[道具]:基本支給品、スポーツ・マックスの首輪、麻薬チームの資料、地下地図、石仮面
    リンプ・ビズキットのDISC、スポーツ・マックスの記憶DISC、予備弾薬18発
[思考・状況]
基本行動方針:『天国』に向かう方法について考える。
1.眼を覚ました四人の様子を見に行く。
2.セッコが戻り次第、地下を移動して行動開始。
3.プッチ、チョコラータ等と合流したい。


【ヴァニラ・アイス】
[スタンド]:『クリーム』
[時間軸]:自分の首をはねる直前
[状態]:健康
[装備]:リー・エンフィールド(10/10)、予備弾薬30発
[道具]:基本支給品一式、点滴、ランダム支給品1(確認済み)
[思考・状況]
基本的行動方針:DIO様のために行動する。
0.虹村形兆と合流、ジョースター一行を捜索、殺害する。
1.DIO様の名を名乗る『ディエゴ・ブランドー』は必ず始末する。


【ペット・ショップ】
[スタンド]:『ホルス神』
[時間軸]:本編で登場する前
[状態]:瀕死
[装備]:アヌビス神
[道具]:なし
[思考・状況]
基本行動方針:サーチ&デストロイ
0.???
1.DIOとその側近以外の参加者を襲う


【虹村形兆】
[スタンド]:『バッド・カンパニー』
[時間軸]:レッド・ホット・チリ・ペッパーに引きずり込まれた直後
[状態]:悲しみ
[装備]:ダイナマイト6本
[道具]:基本支給品一式×2、モデルガン、コーヒーガム
[思考・状況]
基本行動方針:親父を『殺す』か『治す』方法を探し、脱出する?
1.隙を見せるまではDIOに従うふりをする。とりあえずはヴァニラと行動。
2.情報収集兼協力者探しのため、施設を回っていく?
3.ヴァニラと共に脱出、あるいは主催者を打倒し、親父を『殺して』もらう?

557虹村形兆の裏切り    ◆c.g94qO9.A:2013/03/16(土) 00:15:56 ID:PtRhpByI
【サーレー】
[スタンド]:『クラフト・ワーク』
[時間軸]:恥知らずのパープルヘイズ・ビットリオの胸に拳を叩きこんだ瞬間
[状態]:瀕死
[装備]:なし
[道具]:基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:とりあえず生き残る
0.???
1.ボス(ジョルノ)の事はとりあえず保留


【チョコラータ】
[スタンド]:『グリーン・デイ』
[時間軸]:コミックス60巻 ジョルノの無駄無駄ラッシュの直後
[状態]:瀕死
[装備]:なし
[道具]:基本支給品×2
[思考・状況]
基本行動方針:生き残りつつも、精一杯殺し合いを楽しむ
0.???


【スクアーロ】
[スタンド]:『クラッシュ』
[時間軸]:ブチャラティチーム襲撃前
[状態]:瀕死
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式
[思考・状況]
基本行動方針:ティッツァーノを殺したやつをぶっ殺した、と言い切れるまで戦う
0:???


【ディ・ス・コ】
[スタンド]:『チョコレート・ディスコ』
[時間軸]:SBR17巻 ジャイロに再起不能にされた直後
[状態]:健康
[装備]:肉の芽
[道具]:基本支給品、シュガー・マウンテンのランダム支給品1〜2(確認済み)
[思考・状況]
基本行動方針:DIO様のために不要な参加者とジョースター一族を始末する
1.DIOさま……
[備考]
※肉の芽を埋め込まれました。制限は次以降の書き手さんにお任せします。
※ジョースター家についての情報がどの程度渡されたかもお任せします。


【マッシモ・ヴォルペ】
[時間軸]:殺人ウイルスに蝕まれている最中。
[スタンド]:『マニック・デプレッション』
[状態]:空条承太郎に対して嫉妬と憎しみ?、DIOに対して親愛と尊敬?
[装備]:携帯電話
[道具]:基本支給品、大量の塩、注射器、紙コップ
[思考・状況]
基本行動方針:空条承太郎、DIO、そして自分自身のことを知りたい。
0.DIOと共に行動。
1.空条承太郎、DIO、そして自分自身のことを知りたい 。
2.天国を見るというDIOの情熱を理解。しかし天国そのものについては理解不能。

558虹村形兆の裏切り    ◆c.g94qO9.A:2013/03/16(土) 00:25:58 ID:PtRhpByI
以上です。誤字・脱字・質問等ありましたらお願いします。

559名無しさんは砕けない:2013/03/16(土) 01:35:42 ID:i.EgfL6o
なんじゃあこれは!
面白すぎるだろう!!
DIO様がかっこいいなあチクショウ
ヴァニラとは初遭遇か。着々と軍団が完成して行っているのが怖い
これから形兆がどう動くか・・・・・見ものですね

560名無しさんは砕けない:2013/03/16(土) 01:37:30 ID:i.EgfL6o
テンション上がりすぎて代理スレに感想書いちまった笑

561太陽の子、雨粒の家族  ◆c.g94qO9.A:2013/03/25(月) 18:42:59 ID:vNgFKv6c
>>本スレ164の続きです



「こ、これは……ッ!?」



驚愕に手が止まった。呼吸がつまる。汗が噴き出る。
ウェザーは雷に打たれたように、その場に立ちすくむ。そして見る。

自らのスタンドの腕にぶら下がった人間を。エンリコ・プッチであろうはずのその影を。

だが違ったのだ。そこいるべきはずのエンリコ・プッチはッ!
ウェザーが叩きのめしたいと望んだはずの男は!
そこには影も形もいなかった! 代わりにそこにいたのは……―――何も知らない一人の女性だッた!!!


ホット・パンツが血を吐きながら、その身を貫かれ、絶命していたッ!!


弱まった雨をやぶり背後から、靴音が聞こえた。同時に話声も。

「自分を信じるとは難しい事だ……あらゆる困難が立ちふさがり、あらゆる難敵が襲いかかる。
 その度に私たちは自らに問いかけなければいけない。これでよいのか? 自分は正しい道を歩めているのか? と」


振り返ればそこには見覚えのある影、自分と同じぐらいの背、同じぐらいの肩幅の男。

「弟よ、ホット・パンツを貫いたのはお前の腕だ。そのか細き女性の体をぶち抜いたのはお前のスタンドだ」

焦りもなく、恐怖もなく、乗り越えた強さを持つ者の目をした男がそこにいた。
傍らに立つのはアルファベットを身体に刻んだ、黒と白のストライプ。細長で強靭な肉体を持つスタンド。
 

「自分を信じてみればいい。彼女を殺したのは俺ではない。エンリコ・プッチのせいだ。
 ヤツが見せた幻覚のせいだ。俺は悪くない。悪いのはプッチだ。ヤツのスタンドがこうさせたんだ……! そう言い聞かせてみればいい!
 だがどうだ、今実際目の当たりにしてる光景はッ! 手に残った感触は、どう答えるッ!?
 さぁ、答えてみろ、ウェズ・ブリーマン……!
 それを殺したのは誰だ? 私かッ!? お前かッ!? 答えてみろッ!」
「プッチ、貴様……ッ!」
「さぁ、誰が悪い? 私のせいか? お前のせいか? 天気のせい? 彼女のせい?
 答えてみろ、ウェザー・リポートッ! そのお前のやわな信仰心で、何を支えられるか答えてみろッ!」

562太陽の子、雨粒の家族  ◆c.g94qO9.A:2013/03/25(月) 18:43:33 ID:vNgFKv6c
勝ち誇ったプッチの叫びが、雨音をも突き破ってウェザーの鼓膜を揺さぶった。
あの瞬間、プッチがとった行動は逃走でもなく、諦めでもなく、ひらめきだった。
即座にスタンド能力を発動。ほんのちょっぴりだけ、幻覚をウェザーに見せつけた。

幻覚は大きなものでなくて構わなかった。豪雨が味方したのはウェザーだけではない。
先も見渡せない狭まった視界はプッチにも味方したのだ。

そう、ウェザーにホット・パンツがエンリコ・プッチであると勘違いさせるほどに……。
かつてとられた罠に、もう一度陥ってしまうほどに軽率に……!


ウェザーは動かなかった。
プッチの問いかけを受け、彼はあらぬ方向に視線を送り、自らの腕にぶら下がる遺体から目を逸らした。

プッチが迫る。駆けるプッチ、走るホワイト・スネイク。
今度こそ終わりだ。次こそ、ウェザーは対処できまい! そのズタボロになった精神で、このホワイト・スネイクに勝てるはずがないッ!

腕を高く高く振り上げると、頭めがけ叩き下ろす。脳天から股下まで、真っ二つに切り裂き、それでお終いだッ
ウェザーは動かない。いいや、動けまい! なんせ、なんと言おうと、ホット・パンツを殺したのはウェザーなのだから。
紛れもない、誤魔化しようもない、確固たる事実として! 彼女を殺したのはウェザー・リポートなのだから!


「終いだ、ウェザー・リポートォォォォオオ――――ッ!!」


プッチが跳んだ。三メートル、二メートル、一メートル……! 振りかざされた手刀がウェザーに押し迫る!
ウェザーはまだ動かない! 逃げ場なし! 反撃もなし!
重いホット・パンツの体を抱えては今さら動いたところでかわすことも不可能ッ!
プッチの勝利は確実だ…………ッ! 



そして! まさに! 瞬間ッ!



―――ウェザーのどす黒い視線が、跳び上がったプッチを捕えた。

563太陽の子、雨粒の家族  ◆c.g94qO9.A:2013/03/25(月) 18:44:02 ID:vNgFKv6c
ウェザー・リポートが動いた。ホット・パンツを貫いたまま、腕に彼女の遺体をぶら下げたまま。
身体を反転、その手でプッチを迎え撃つ。宙に浮いて身動きの取れないプッチ目掛け、的確に腕を振るった。
精密射撃のような鮮やかさで、呆然とするプッチの顔を殴り飛ばす。一撃、二撃、三撃……それ以上数えることは不可能だった。
目にも止まらぬ速さの拳の嵐が、ホワイト・スネイクとプッチを、空高く弾き飛ばした。

呻き声をあげながら、プッチは地面に強くたたきつけられる。何が何だかわからないと言った表情で、唖然とした表情で上半身だけを起こす。


「これしきで怯むと思ったのか……? たった一人の女を殺したことでこの俺が……街一つ消し飛ばした俺が、“怯む”とでも?」


“死神”が迫る。恐怖のあまり身体がすくんだ。
今のプッチから見ればウェザーはまさに死神だった。細かな霧雨を背に、影を携え、女性の遺体を腕に抱き、しかし一歩も引かず迫って来る。
情けない悲鳴が口から零れ落ちる。尻もちをついたまま、腕を使い、後ずさる。
ウェザーは一歩一歩近づいてくる。真黒な目でプッチを捕え、一瞬でもその視線をとぎらせることなく。


「来るな……来るんじゃない……」
「天国に行けるだなんて思っていねェ……救われるだなんて願ったこともねェ。
 俺は人殺しだ。ゲス汚ねェ差別主義の探偵を殺した。その一味も殺した。黒ずきんをかぶった奴らを殺した。
 何の罪もない街の市民も殺した。そしてこれからも殺し続ける……。
 そしてなにより……、妹を、ペルラを……愛するあの女(いもうと)を殺したのはこの俺だッ!」


腰を抜かしたのか、プッチは立ち上がれなかった。震える脚をひきずり、二本の腕でなんとかさがる。
情けない震え声が、後からともなく口を出た。意味もない祈り。意味の為さない懇願。
ウェザーは一切それらを無視する。確実に、着実にプッチに迫る。

プッチは何を考えたのか、水たまりの水をウェザー目掛け撒き散らしていた。
はっきりと恐怖の色が浮かび上がっていた。狼狽、焦り、脅え……。混乱した頭でプッチが何を導き出したのかはわからない。
それでもプッチは狂ったように、水をばしゃばしゃと跳ねあげた。それが本気で死神の足を止められると、信じて。


「来るな……こっちに、来るな…………! 来ないでくれ…………!」
「罪悪感で俺が膝をつくとでも? 人を殺して、俺がビビり上がるとでも?
 今さら一人殺したぐらいで、この俺が立ち止まれるわけがない……! この俺が人殺しで怯むはずがないッ!」

564太陽の子、雨粒の家族  ◆c.g94qO9.A:2013/03/25(月) 18:44:28 ID:vNgFKv6c
死神は止まらない。噴怒の表情はさながら鬼ののようだ。
歯をぎらつかせ、目を燃え上がらせ、ウェザーがプッチに迫る。
その腕に抱いたホット・パンツの遺体が乱暴気に放り投げられた。打ち捨てられた女性の遺体が、地面で跳ね、動かなくなる。

「来るな……」

腕を振り、足をすすめ、ウェザーが進む。加速する。加速する……!
ハッキリと走り出したウェザーはあっという間にプッチの元へ!

「来ないでくれ…………」

恐慌半狂状態のプッチがDISCを投げつけた。だが届かない。あらぬ方向、見当違いの方向へ跳び、ウェザーは叩き落とす必要すらなかった。
もはやプッチにまともな思考は残されていなかった。訳もわからぬ抵抗と目の前の死を目にして、神父がしたことは無駄なあがき。

神にすがることすらせず、プッチが最後まで寄りかかったのは己の半身、ホワイト・スネイク。
狂ったようにDISCを投げ続け、甲高い声で叫び続けた。死を受け入れてなるものかと、必死で。


「私の傍に近寄るなァァァァアアアア―――――ッ!!」
「死ねェェェェエエエエい―――――ッ!!」




そして、肉を切り裂くような音が木霊して……雨が次第に弱くなる。


薄く見える霧雨の向こうで影が二つ、並んでいる。
一人は男。もう一人は女。
そこに見えたのは……死んだはずのホット・パンツが、ウェザー・リポートの背中を貫いている姿だった。

565太陽の子、雨粒の家族  ◆c.g94qO9.A:2013/03/25(月) 18:44:54 ID:vNgFKv6c
色をなくしたウェザーの唇から、血が一筋、スゥ……と流れ落ちる。重力に従い、首が下に振り下がる。
背中から胸を貫く腕を見て、意味をなさない呻き声が漏れた。
同時に全身から力が抜け、ウェザーの体はその場に崩れ落ちる。


その最中、ウェザーは見た。座り込んだ男の眼に宿った二回目の希望の光を。
怪しいほどに輝く、エンリコ・プッチの瞳を。

―――ああ、そうか。

全てを理解したウェザーは、自らの敗北を悟り、その場に崩れ落ちる。
そしてピクリとも動かなくなった。














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