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唯「はい、和ちゃん」 和「ありがとう……ってこれボツネタ?」

1名無し議論中/自治スレで希望受付中:2011/09/23(金) 12:43:10 ID:I7z5POfo0
和「唯、これはどういうこと?」

唯「だって〜、思いついたんだけど私書けないんだも〜ん」ウルウル

和「はあ……だからってなんで私にわたすのよ」

唯「和ちゃんなら有効に使ってもらえるかな?って思ってぇ」デヘヘ

和「もう……しょうがないわね」

唯「って言うわけで、みんなも『ネタ思いついたけど、うまく書けないよ』とか、『やっぱやーめたっ』とか、
もう自分で書くことないから、誰かに使ってもらってもかまわないなってネタがあったら、どんどん和ちゃんにわたしちゃおー!」

和「え!?みんなの分も!?」

唯「そして、和ちゃん以外の人も面白そうだと思ったら、このスレのネタをどんどん使っちゃおー!」

和「はあ……それはいいけど、>>980になったら次スレ立てるのよ唯」

唯「え〜、私忘れちゃいそうだよ〜、きっと誰かが宣言して立ててくれるよ〜」

和「はあ……あんたって子は……」

唯「みんな優しいから大丈夫だよ」

和「そう、それじゃあ私、生徒会行くね」

唯「あ〜ん、和ちゃんのいじわるぅ」

82いえーい!名無しだよん!:2013/07/21(日) 22:14:00 ID:BH7TS0xk0

「律は飲み込みが早いから、教え甲斐があるよ。
でももうちょっと、自主的に取り組む癖を付けた方がいいな。
ドラムの練習にしても、さ」

 律との会話を繋げる澪に、唯は歯噛みして拳を握り締めた。
朝の一件から部活が始まるまで、唯は澪から律を守ってきた。
律に近付いて話しかけようとする澪を、それとなく妨害してきた。
澪が近付く度に律を連れて離れ、澪が話しかけようとする度に律と排他的な話題を共有した。
それを行う為にも、唯はずっと律の側に居た。
結果、唯の努力が功を奏し、澪は空回りするばかりで今まで律と話せないままだった。

 だが、今の状況下では、唯が今まで取ってきた手段は使えない。
五人という少人数しか居ない空間の為、強引に二人を離す事は目立ち過ぎる。
また、律のみと排他的な話題を展開する事は、梓や紬の手前ではあまりにも不自然だった。
反面、澪にとっては、これ以上に都合の良い状況はない。
仲違いが公然のものとなっていない以上、唯は強引には動けない。
また律も澪に話しかけられれば、自然を装って対話せざるを得ない。

「うん……そうだね。勉強も部活も、頑張るよ」

 現に律は言葉短いながらも、澪へと言葉を返している。
紬や梓に、部内の空気が険悪だと思わせたくないのだろう。

「ああ。そうすれば、梓にも心配掛けなくなるよ。
梓はちょっとからかい気味に言ってたけど、律の勉強も心配なんだよ。
な?梓っ」

 澪とて、自分に有利な状況だと分かっているに違いなかった。
だからこそ、律へと積極的に話しかけているのだ。
そして今や、梓をも会話に巻き込もうとしている。

「はいっ。まぁ、澪先輩が付いてるから、私と同級生になる心配まではしてませんけど。
補修や追試で、部活が休みになると堪りませんからね。
律先輩、頑張ってもらいますよっ」

 梓も澪に同調した言葉を放ち、会話へと加わった。
それによって、唯はより一層苦しい立場に追い込まれた。
律を澪との会話から離そうとすれば、梓とも摩擦を生じかねない。
律を満足に守れない悔しさに、唯は歯軋りしそうにさえなった。
早く律との恋仲関係を明かして、公然の仲になりたかった。
そうすれば、律を無理矢理独占して澪から遠ざけても、不審を買う事は無いだろう。
恋人を独占しようとする事は、自然な傾向なのだから。
いっそ今、会話の流れもタイミングも無視して明かしてしまおうか、と。
唯がその衝動に駆られた時だった。

 眼前に紅茶の注がれたカップが置かれて、唯は我に返った。
それとともに、紅茶を用意してくれた紬が心配したように話しかけてきた。

「どうしたの?思いつめたような、怖い顔してるけど」

「え?私、そんな顔してた?気のせいだよー」

 唯は笑顔を繕って言うと、紅茶を啜ってから続けて言う。

「うんっ、ムギちゃんのお茶は美味しいね。
お茶、入れてくれてありがとねー」

「とんでもないわ、お茶入れるのに時間掛かっちゃったりして、ごめんね。
それはそうと、本当に何でもないの?
唯ちゃん、とっても深刻な顔をしていたのよ?」

 紬にしては珍しく食い下がってきた。
無自覚に浮かべていた表情なので、どういう顔をしていたのか自分にも分からない。
唯は逃げるように言葉を返す。

「うん、ちょっと考え事をしていただけだから」

83いえーい!名無しだよん!:2013/07/21(日) 22:14:43 ID:BH7TS0xk0

「考え事?何か問題でも抱えているのなら、相談に乗るけれど。
話すだけでも、気が楽になるかもしれないし」

 唯が浮かべていた表情が余程気になっているのか、紬は尚も追及してきた。
自然、部内の注目も唯に集まる。
注目を逸らそうと、無難な答えを探した唯だが、ふと気付いた。
自分に耳目が集まっている今、澪達の会話も止まっている。

 この機会を利用しようと、唯は思い立った。
考え事を作って吐露する事で、別の話題を提供する。
それによって澪から会話の主導権を奪う算段だった。

「別に悩みとかじゃないんだけどね──」

.


 唯の目論見は惨憺たるものに終わった。
唯の提供した話題は梓の怒りを買い、部内に重苦しい雰囲気が立ち込めてしまった。
誰も喋らない時間の中、静かに紅茶を啜る音だけが時折響く。
そうして全員の紅茶が漸く空になった頃、澪が口を開いた。

「そろそろ、練習、するか?」

「ええ、そうですねっ、しましょう、練習」

「それがいいわ。なんたって、軽音部だものね」

 張りつめた沈黙を払拭するように、梓と紬が順に同調を示した。

「ほら、律もいつまでも座ってないで。
梓やムギもやる気なんだから、練習するぞ」

 澪が律の手を引いて、立ち上がらせた。
このままでは、澪から律を守りきれない。
その焦燥が、唯を駆り立ててゆく。

「唯ちゃん?どうしたの?」

 一向に立とうとしない唯に不審を感じたのか、紬が訝しむように声を掛けてきた。
その言葉をトリガーにして、唯は弾かれたように言う。

「あっ、あのねっ。練習する前に、皆に発表があるんだっ」

 再び、部内の注目が唯へと集まった。
先程、注目を集めた時に、発表しても良かった。
羞恥から先送りにしてしまった事を、唯は重苦しい沈黙の中で悔いていた。
その後悔を発散するように、唯は一思いに言葉を吐き出す。

「土曜日から私とりっちゃんは、お付き合いする事になりましたー。
えっと、皆も、これからも私達をよろしくねー」

 そこまで言ってから律へと視線を向けると、同調で続いてきた。

「うんっ、そうなんだ。よろしくねー」

 紬達は呆気に取られた表情を浮かべるだけで、言葉を返してこなかった。
唐突な発表なのだから、無理もない反応だと唯とて思う。
だから唯は構わずに、話を切り上げるように言う。

「発表っていうのは、これだけだよ。じゃ、練習しよっか」

84いえーい!名無しだよん!:2013/07/21(日) 22:15:20 ID:BH7TS0xk0

 唯は律へと駆け寄って手を取ると、澪の手から引き離した。
恋人として認識されたのだから、この行為に非難される謂れなど無いと確信していた。
事実、澪の抵抗は無かった。

 唯はそのまま律の手を引いて、部室の黒板の前へと向かう。
そこが、唯達がいつも練習する模擬ステージだった。

「ちょっ、ちょっと待って下さいっ。唯先輩っ、律先輩っ」

 模擬ステージに辿り付く前に、梓の声が部内を劈いた。
唯は足を止めると、警戒しつつ振り返る。
梓の語勢は、到底祝福を期待できるようなものではない。

「な、何?あずにゃん、どうしたの?」

「どうしたのって、こっちの台詞です。
律先輩は、恋人が居るでしょう?
なのに一体どうして、二人が付き合うんですか?」

 梓は険しい表情を浮かべながら詰問してきた。
ただ、律の恋人に言及した時だけは、憂いの篭った横目で澪を見遣っている。
その態度から、唯と律の恋仲を歓迎していない事は明らかだった。

「えっと、澪とは、別れたから」

「はぁっ?」

 蚊の鳴く様な声で答えた律に、梓の頓狂な声が続いた。
その梓の声が大きかった事に萎縮したのか、律は怯えたように目を伏せてしまった。

「あの、何を言ってるんですか。
あんなに仲が良かったじゃないですか。
何があったのか知りませんが、もう少し冷静になったらどうですか?」

 梓の語勢は強く、弱々しい律の姿に対する容赦は感じられない。
唯は庇うように律の前に立つと、梓に向けて口を開く。

「あのね、あずにゃん。りっちゃんだって、色々と悩んで結論出したんだよ。
それに、別れは二人の問題なんだから、りっちゃんだけ責めるのは酷だと思うな。
言い分は、りっちゃんにだってあるよ?」

「二人の問題?何自分は関係ないみたいな事言ってるんですか、唯先輩。
そうですよ、別れただけでは終わってません。新しく恋人まで作ってます
唯先輩だって唯先輩です。親友の彼女寝取るみたいな真似して、見損ないましたよ」

 梓は唯にまで噛み付いてきた。
先程唯が提供した話題に対する怒りが、未だに尾を引いているのかもしれない。

「寝取るって、変な言い方は止してよ。
私達の選択、尊重してくれてもいいと思うな」

 唯も自然と、語調が刺々しくなった。

「あのね、唯ちゃん。私は皆の選択、尊重したいわ。
新しい出発を、祝福だってしたい。
それに、女の子同士が付き合う所を見るのは好きよ?
そういうマイノリティな性癖が自分にあるって事も、承知してるわ。
でもね、それでもね。友達の恋人と付き合うっていうのは、少し違うと思うの」

 紬までもが、梓に加勢していた。
劣勢に立たされた唯は、苛立ちを隠さずに言う。

「何さ、私達が悪い事したみたいに。
りっちゃんが誰と付き合おうが、勝手でしょ。
りっちゃんは澪ちゃん以外の恋人作っちゃいけないの?
りっちゃんにも私にも、恋人を選ぶ自由くらいあるよ」

85いえーい!名無しだよん!:2013/07/21(日) 22:16:07 ID:BH7TS0xk0

「寝取ったり裏切ったり、そういうのが悪いって言ってるんです。
議論を摩り替えないでください」

「だからっ、寝取ってないもんっ。裏切ってだっていないよっ」

 相変わらず”寝取る”という表現を使う梓に、唯は怒りを露わに叫んだ。

「じゃあ、どうして澪先輩は、あんなに悲しそうな顔してるんですか?」

 梓は打って変わって冷静に言うと、澪を視線で示した。
梓に倣って視線を向かわせると、澪は唇を噛んで立ち尽くしていた。
その顔色は蒼白で、歪んだ目元と伏せられた瞳が唯に映る。

「律先輩と唯先輩の行為が裏切りでないのなら、あんな悲しそうな顔しますか?
あの澪先輩が祝福もせず、ただただ悲しみだけを浮かべますか?
到底祝福できないような経緯で二人が付き合っているから、
沈痛な顔をしているんじゃないんですか?」

 梓の言う通り、到底祝福できない経緯があって唯と律は付き合っている。
だが、それを言う事はできない。

「唯ちゃんが発表してから、ずっと悲しそうな顔してたわ」

 唯が黙りこくっている機に、紬が梓に加勢するように言葉を添えた。
その顔は、唯を責めているようにも、澪を憐れんでいるようにも見えた。

「で、律先輩。澪先輩と別れたっていうのは、いつの話なんですか?
少なくとも私は、二人の間にそんな素振りは見ていません」

 梓は唯に代わって、律へと質問を転じた。

「それは……」

 律は瞳を泳がせて、続きを躊躇うように言葉を切った。
唯は律の代わり、梓へと答える。

「それはあずにゃんには関係の無い事でしょ?
付き合ったり別れたりは、当事者同士の問題だよ?
余計なお節介はすべきじゃないと思うな」

「なら、律先輩と付き合っただなんて、発表しないでくださいよ」

 梓は嘲笑を浮かべて言った。
その笑みは唯の怒りを沸点へと導き、行為へと駆り立てる。

「あずにゃんっ」

 頬を張ろうと、唯は一歩を踏み出した。
その時、消え入るような静かな声が、部室に響いて唯の手を止めた。

「今日。今日の朝、だよ。いきなり、別れを告げられた」

 声の主は、澪だった。
そのか細い声も未だ悲痛を浮かべた顔も、唯には同情を引く為の演技にしか見えなかった。
唯の予想通りだとするならば、紬と梓の顔にその効果が窺えた。
梓は表情に怒りを漲らせ、紬は悲しそうな顔を浮かべている。

「えっ?今日、ですか?それ、律先輩と唯先輩が付き合った後じゃないですかっ」

 梓の声は澪と対照的に、激しく昂ぶったものだった。

「酷い……」

 紬も続いて、愕然としたように呟いた。

86いえーい!名無しだよん!:2013/07/21(日) 22:16:47 ID:BH7TS0xk0

「やっぱり、裏切ってるじゃないですかっ。寝取ってるじゃないですかっ。
二人とも最低です。澪先輩に謝ってください」

 梓に言葉激しく責められても、唯に反論はできなかった。
唯と律が付き合う少し前に、律と澪が破綻同前だったと言えたのなら。
どれだけ胸がすく思いを抱ける事だろうか。どれ程、痛快な気分になれるだろうか。
それでも、背後に居る律の胸中を慮れば、その衝動に身を任せる事などできなかった。

「私はね、りっちゃんと澪ちゃんが別れて新しい恋人を作っても、問題は無いと思うわ。
だって、恋は自由だもの。でもね、それでも。
新しい恋人ができたから澪ちゃんを捨てたのは、とても酷い事だと思うの。
その相手が唯ちゃんだっていうのも、私は酷いと思うわ」

 紬も窘めるような口調で、唯と律の交際を批判してきた。

「何さっ、何も……」

 何も知らないくせに、と叫びたかった。
澪が何をしたのか知らないのに、糾弾する二人が腹立たしかった。
その事情さえ明かせれば、澪と唯の立場は逆転するだろう。

 だが、律は唯以外には話せない事だと言っていた。
その気持ちも良く分かる。
性犯罪の被害者は、羞恥から自分の被害を語りたがらない傾向がある。
それ故に、性犯罪は親告罪となっているのだ。

 何より、律は自分を信頼して、羞恥に耐えて話してくれた。
その信頼を、裏切る事などできなかった。

「あまり、律を責めないでやってよ。
至らない私が悪いんだから……」

 唯が言葉を引っ込めて黙っていると、今度は澪が口を開いた。
そのわざとらしさに、唯は咄嗟に澪を睨み付けた。
白々しいと、図々しいと、痛罵してやりたかった。
だが、この状況で澪を批判しても、梓と紬の反発を買うだけだろう。

「そんなっ、澪先輩に落ち度なんてありませんっ。
澪先輩は今までだって、律先輩に尽くしてきました。
反面、律先輩は澪先輩に迷惑掛けてばっかで、あまつさえ裏切りさえ……」

「そうよ、澪ちゃんに悪い事なんて、何もないわ。
ね、元気を出して?私が力になるから」

 実際、梓と紬は相次いで澪を庇い慰めている。
それも、事情を知らない故であろう。
梓と紬の同情を砕く切り札を握っているのに、自分はそのカードを切れない。
唯はその歯痒さと悔しさに、拳を握り締めて叫ぶ。

「もういいよっ、私達、勝手に付き合うから。
行こっ、りっちゃん」

 唯は律の手を引くと、部室のドアを目指して歩いた。
部室から出てドアを閉める時に室内を顧みると、紬と梓と目が合った。
梓の視線には怒りが、紬の視線には軽蔑が、それぞれ篭っている。
唯はその視線に気圧されるようにして、ドアを閉めた。
澪の表情を窺う間も無かった。

「ごめんね、りっちゃん。嫌われちゃったね」

 階段を下りながら、唯はそう律に謝った。
梓や紬が味方になる事を期待していたが、逆効果だった。
結局、二人は律の幸福よりも澪の欲望を選んだという事なのだ。
その落胆も、唯を苛んでいる。

「でも、これで堂々と、唯と居られるから」

 そう言って唯の肩に頭を預けてくれる律だけが、せめてもの救いだった。

87いえーい!名無しだよん!:2013/07/21(日) 22:17:24 ID:BH7TS0xk0

*

 金曜日、朝から降っていた雨は午後に入り勢いを強め、窓を叩く音さえ聞こえてくる。
そういえば先週の金曜日は晴れていた、唯はふとそう思いながら窓の外を見た。
先週、雨が降ったのは、土曜日だった。
その事が、ひどく象徴的な出来事のように、唯には思える。

「昨日までの雨が五月雨で、今日からの雨が梅雨ですよ」

 部室内では、緩やかな雑談が交わされていた。
今も梓が、外で振っている雨に関連した話題を振っている。
丁度月が五月から六月へと変わった日である事も、梓の話題に影響していた。

「いや、梅雨の定義って、そういうのとは違うと思ったけど。
梅雨前線の影響が梅雨、じゃなかったか?」

 澪が首を傾げながら、梓の説に疑問を投げかけた。

「そもそもね、梅雨も五月雨も同じ意味なのよ。
五月雨は五月っていう漢字を使うけど、それは陰暦の五月を意味しているから。
今で言えば、丁度六月くらいの季節に当たるの」
 
 続いて紬も補足を交えながら、話題に入っていった。

「へぇ、五月雨って梅雨と同じだったのか。
六月の雨が梅雨とイコールじゃないのは知ってたけど、そっちは知らなかったよ」

 澪は感心したような声を上げた。

「わ、私だって、六月の雨が梅雨と同じだとは思ってませんっ。
さっきのは、ただの冗談で……」

 慌てたように釈明する梓の声が、部室内の雰囲気に賑やかさを添えた。

 そんな中、唯は話題に参加せずにいた。
先週の金曜日までなら、きっと唯も話に入っていった事だろう。
今となっては律くらいしか、唯が友好的に接する部員は居ないのだ。

 梓や紬と険悪になってからも、律と唯は毎日部活へと顔を出していた。
律には部長としての責任感があるのだろうし、唯には付き添って守るという目的もあった。
また、このまま部活に行かなくなれば、排斥されたのは自分だという事にもなる。
律を襲った澪が擁護され、律を守った自分が排斥される事が理不尽に思えた。
だからこそ唯は、針の筵となっている部室へと毎日訪れていた。

 それでも、律よりは部活における苦痛は少ないのかもしれない。
律にとっては梓達から蔑まれる事以上に、澪から付き纏われる事の方が苦痛だろうから。

「そうですね。梅雨の時って、湿気が多いから食べ物が傷みやすいですよね」

 唯が考え事をしているうちに、話題は梅雨の時期における食中毒の多発に移っていた。
梓の言葉で、唯はそれを知る。

「この時期は賞味期限にシビアにならないとな。
そうだ、律。特に律は自炊が多いから、気を付けろよ?」

 澪が律へと話し掛けて、自分達の会話に誘った。
その事で律がまた一つ苦痛を受けたと、唯は内心歯軋りしたくなった。

 ただ、梓達は律の参加を歓迎しないだろう。
現に梓も紬も、冷めた表情で律を見ている。

「ああ、うん。気を付けるよ」

 律は澪を見ずに、素っ気無い口振りで答えた。
澪とは極力話したくない、その態度が全面に表れている。

 その澪は、火曜日以降も律に近付く素振りを何度も見せていた。
その度に唯が澪を退けて、律を守らねばならなかった。
今日もその事で幾度も、唯は神経を磨り減らしていた。

 ただ、部活の時間となると、律を守りきる事が難しくなる。
どうしても、律と澪の距離が近くなるからだ。
また、澪を退けようとすれば、彼女に同情的な梓と紬の反発を買うだろう。
事実、一昨日も律を巡り澪と衝突しかけて、梓から詰られ紬から窘められた事がある。

88いえーい!名無しだよん!:2013/07/21(日) 22:18:09 ID:BH7TS0xk0

「ああ、頼むよ。律が”変な物”食べて食中毒起こすなんて、想像もしたくないからな。
捨てるのも賢い選択だぞ」

「澪ちゃんっ」

 唯は堪らず叫んでいた。
以前と同じように梓や紬と反目してしまう事は、理解していた。
それでも、我慢できなかった。
律へと話し掛け続ける澪の執拗さに、唯の忍耐が限界に達した訳ではない。
もっと瞬間的な激情故の咆哮だった。
澪は急激に、そして直接的に、唯の沸点を衝いたのだから。

 澪は”変な物”と言った時、蔑むように唯を見ていたのだ。
律にとっての自分の有り様を、否定された思いだった。

「余計なお世話だっていうのが、分からないかな?
そういう鬱陶しい干渉をりっちゃんが嫌がってるの、分からないかな?
分かんないようなら、りっちゃんに話し掛けないで欲しいな。
りっちゃんの今カノからの、お願いだよ」

 唯は恫喝じみた低い声を、喉の奥から絞り出して言った。
最後に立場の違いを強調する言葉を、歪んだ笑みとともに添える事も忘れなかった。

「唯先輩、酷いですっ。
折角、澪先輩が律先輩みたいなのを気遣ってるのに、なんて言い草するんですか。
律先輩には本来、澪先輩から気遣われる資格なんて無いのに……。
それでも澪先輩は、話し掛けてあげてるんですよ?」

 澪を声で牽制し言葉で挑発する唯に、早速梓が反駁を浴びせてきた。

「そもそも、澪ちゃんが気遣う必要なんて無いもん。
だって、りっちゃんには私が居るからね。
ほら、余計なお世話でしょ?」

 唯は余裕に満ちた笑みを繕って返した。
律を蔑ろな呼称で呼ぶ梓への怒りを、無理矢理抑え込むように。

「ああ、そうでしたね。お似合いなのが居ましたね。
律先輩みたいなのには、相応しい相手ですよ。心底からそう思います」

 梓の頬に嘲りが浮かんだ。
それとともに、唯は自分の表情から笑みが消えた事を自覚した。
もともと冷静では無かった唯に、怒りをこれ以上抑え込む余地など最早無かったのだ。
唯は衝動のままに拳を握り締め、梓の名を呼ぶ。

「あず」

「ま、待ってっ」

 唯を遮って、紬の声が割って入ってきた。
唯は動きを止めると、紬を見遣った。
その紬は温和な表情で唯の視線を迎えると、言葉を続けた。

「二人とも、冷静になろ?きっと、疲れているのよ。
だから、怒りっぽくなっちゃうんだわ。
そうね、もういい時間だし、そろそろ部活も終わりにしよ?」

 まだ、いつも帰宅する時間にはなっていない。
だが、梓と徹底的に対立するつもりなど唯にはなかった。
ましてや、この針の筵のような空間に、長時間居たいとも思わない。
紬の提案を拒む理由など、唯にはなかった。

「そうだね、今日はちょっと、調子出ないしね。
帰ろうっか、りっちゃん」

「うん、天気も悪いしね。これ以上悪くなる前に、帰った方がいいよね」

 唯が視線を向けながら言うと、律も頷きながら返してきた。

「ティータイムだけで終わった感が否めませんが……仕方ありませんね」

 梓も不承不承といった様子を見せながらも、紬の提案に従っていた。
自分が険悪な雰囲気を作った一人であるとの、負い目があるのだろう。

89いえーい!名無しだよん!:2013/07/21(日) 22:18:44 ID:BH7TS0xk0

「皆がそう言うんじゃ、仕方ないっか。
来週こそ、みっちり練習しような」

 そう言う澪の表情には、残念そうな表情が浮かんでいた。
律に近付ける部活の時間を長引かせたい、その思いがありありと表れている。

「じゃ、解散だね。さ、りっちゃん。帰ろうねー」

「あ、待って、唯ちゃん」

 唯が律の腕を取った時、紬が再度横槍を入れてきた。
唯は首だけ紬へと振り向けて言う。

「なぁに?ムギちゃん」

「えっとね、お話があるから、残ってもらえないかな、って」

「駄目だよ、りっちゃんと一緒に居たいもん」

 紬の言葉に、唯は即座に首を振って返した。
この状況下で唯が律の下を離れれば、澪に絶好の機会を与えてしまうだろう。
律を守る事など、不可能になる。

「ああ、りっちゃんも、ね。二人にお話があるの。
梓ちゃん、澪ちゃん、ごめんね。
悪いけれど、先に帰ってて?」

 本当に始めから二人に話があったのか、それとも唯の懸念が通じて配慮したのか。
紬の本心は、唯には分からない。
分からないまま、紬の視線は既に澪と梓へと向いていた。

「えっ、その二人とだけ話すって、どんな話?」

 澪が不審を表情に滲ませながら、紬に問い掛けた。

「さわ子先生から、言伝頼まれてるの思いだしちゃって。
ちょっと長くなりそうだから、先に帰ってて欲しいの」

 唯は即座に、紬の答えが方便だと分かった。
長くなるような話を、言伝に頼む訳がない。

 ただ、梓はそれで納得したらしく、首を縦に振ってから口を開いていた。

「ああ、成績の話ですか。さわ子先生も大変ですね。
そういう生徒を二人も受け持っちゃって」

 梓は抜け目なく、毒を放つ事も忘れていなかった。

「うーん、長くなるって言っても、なぁ。言伝じゃ高が知れてるだろうし。
対面して言わないとなると、然程重要でもないんじゃ……」

 尚も逡巡を見せる澪の袖を、梓が引いた。

「いいじゃないですか。
きっと残酷過ぎて、対面して話すのが憚られたんですよ。それ程の成績って事です。
あの二人の学業に関する話は聞かないようにしてあげるのが、
せめてもの優しさってものですよ」

 梓は嫌味を含んだ笑みを漏らすと、続けて言った。

「ただ、学業の事で言伝を頼むのなら、ムギ先輩より私に任せてくれればよかったのに。
バッサリとイってやるのに」

 唯とて可愛がってきた後輩だったが、その態度に対しては憎しみしか湧いてこなかった。
澪と連れ立って部室から去る梓の背中を、強く睨み付けた。

90いえーい!名無しだよん!:2013/07/21(日) 22:19:30 ID:BH7TS0xk0

「梓ちゃん、本当に神経質になってるみたいね。
それとは別に、私の方から謝っておかなきゃいけない事があるわ」

 梓と澪の姿が扉の向こうに消えてから、紬が口を開いた。

「予想は付くよ。さわちゃんから言伝頼まれたって、嘘なんでしょ?」

 唯が先回りして言うと、紬はあっさりと首肯した。
虚言を見破られて、動揺した風さえ見られない。

「ええ、ごめんなさい。どうしても、二人と話したい事があって」

 唯と律の仲を祝福して味方になる、という話だろうか。
だからこそ紬は、梓と澪を帰らせたのだろうか。
胸中に浮かんだ考えを、即座に唯は否定した。
その話をするのであれば、澪と梓の不審を買いかねない状況にするはずがない。
澪と梓を帰らせるのではなく、初めから居ない時にすべき話なのだ。

「というより、お願いしたい事かな」

 実際、続いて放たれた紬の言葉が、唯の否定を裏付けていた。
紬は自分の立場を伝える為ではなく、要求を伝える為に唯達を残したのだ。

「お願いって、何かなぁ?」

 唯は低い声で、紬を促した。
その内容次第では、紬と決定的に対立する事さえ厭わない覚悟があった。

「単刀直入に言うわ。唯ちゃんとりっちゃんに、別れて欲しいの。
そしてできれば、りっちゃんにはもう一度、澪ちゃんと付き合って欲しいなって」

 紬が言うや否や、隣から律の息を呑む音が聞こえてきた。
そのまま言葉を失くした律を代弁するように、唯は言う。

「お断りだよ。私とりっちゃんが別れなきゃいけない理由なんて、ないもん」

「あるわ。分かるでしょ?最近、部内の関係がギスギスしてるのが。
それは二人の恋愛の成立過程に問題があるから、よ。
ねぇ、もし、私のお願いを聞いてくれるのなら。
今の刺々しい雰囲気を一掃して、前みたいに皆が仲良い関係に戻れるよう努力するわ。
私は前みたいに、皆で仲良くなりたい。
その為にも、私に力を貸してくれる?」

 紬はそう言うと、片手を伸ばしてきた。
握手を求める仕草だと唯は分かったが、その手を握るつもりは無かった。
応じる事など、到底できない要求なのだから。

 唯は差し出された紬の手を冷めた目で一瞥してから、言葉を返す。

「雰囲気が悪いのは、澪ちゃんやあずにゃんのせいだもん。
いや、ムギちゃんだって加担してる。
それなのに自分が私達を攻撃した事を棚に上げて、その言い分は図々しいよ」

「攻撃したつもりは無いのだけれど……。
ただ、澪ちゃんが、あまりにも可哀想だったから。
同情心が反映されて、唯ちゃんにはそう映っちゃったかもしれないわね」

 紬は手を伸ばしまま、釈明してきた。
唯は勿論、その言葉を額面通りには受け取らない。故に、手も握らない。

91いえーい!名無しだよん!:2013/07/21(日) 22:20:14 ID:BH7TS0xk0

「あれだけ言っておきながら、わざとじゃありません、
みたいな言い訳が通用すると思うの?
ねぇ、私、そこまでお人好しに見えるかなぁ?」

 唯は首を傾げながら、微かに凄んで見せた。

「ごめんね。でも、それも今日まで、よ。
唯ちゃん達が協力してくれるのなら、
今後は、攻撃と思われるような言動は取らないと約束するわ」

 紬の声は落ち着いていた。
唯の威嚇を受けても、紬に怯んだ様子は見られない。
更に、伸ばしている手を縦に振り、態度でも協力を促してきた。
それでもなお、唯は手を握らずに言う。

「もう一度言うけど、お断り、だよ。
この際だから、はっきり言っちゃうね。
私は部活内の平穏を乱してでも、りっちゃんと付き合い続ける。
私とりっちゃんの仲は、誰にも邪魔させない」

 唯はきっぱりと、拒否の意思を伝えた。
紬の言う平穏とは、律が澪の接近を甘受する事が前提となる。
性的加害者である澪と再び仲良くするとなれば、律の受ける心理的な負担は計り知れない。
律の犠牲の上で繕われた平穏など、唯には許容できなかった。

「そう……そこまで言うのね。なら、いいわ」

 紬は手を引くと、言葉を続けた。

「最近の部活は、雰囲気が刺々しくて重かった。
今日も衝突したから、これ以上放置したら後戻りできなくなると思って、
強引に引き留めたんだけど。
実際には既に、手遅れだったみたいね」

 紬の口から、深いため息が漏れ出た。

「うん、手遅れなんだよ」

 もう一週間も前に、と唯は胸中で付け加えた。

「それを確認できて、私の立ち位置も決まったわ。
もう、唯ちゃん達を擁護する事は勿論、許す事もできない。
私は、澪ちゃんの側に立たせてもらうから」

 紬はそれだけ言うと、背を翻して去って行った。
今更だと、その背を見送りながら唯は思った。

*

92いえーい!名無しだよん!:2013/07/21(日) 22:23:41 ID:BH7TS0xk0
>>64-91
ここまでです。他のネタで書いてるうちに、自然とお蔵入りになりました。
ちなみに、唯澪「two side angle」というタイトルで考えていて、
唯sideと澪sideの二部構成で構想していた経緯があります。
冒頭の[唯side]とかいう記述は、その名残です。

93 ◆UwUOv4/shU:2013/08/25(日) 20:20:16 ID:G.s4zap.0
テ ス ト
… !「」

94いえーい!名無しだよん!:2014/01/13(月) 01:41:38 ID:2MIkUBes0
 訪ねてくるなり、律は機嫌が悪そうだった。
尤も、律が怒っていても怖くはない。
膨らませた頬さえ、小動物を思わせて唯には可愛らしく思えた。

「むくれちゃって、どうしたの?」

 そう訊ねながらも、唯には察しが付いていた。
今日はクリスマス・イブであり、律は恋人の澪と過ごしたいはずである。
それが一人で突然唯の家へとやって来たのだから、澪と何らかの衝突をしたに違いなかった。

「聞いてよ、聞いてよ。澪ったらね、酷いんだよ?
ファンクラブの集いに出席しなきゃならないんだって。
イブはいつも、私と過ごすはずなのに。馬鹿澪ー」

 律はそう捲くし立てると、拗ねたように目を斜め下へと逸らした。

「しょうがないよ。
澪ちゃんのファンクラブの人達には、
HTTのライブチケを捌くの協力して貰ってるんだから。
澪ちゃんにしても、あまり無下にはできないんじゃないかな」

 唯は澪を庇いつつも、少し不思議だった。
一昨日に律と会った時点では、そんな愚痴を聞かされていない。

 澪がファンクラブの集いに出席するならば、律も事前に知らされているはずである。
勿論、事前に知らされても律の性格を思えば、当日になって拗ねる事は十分にあり得る。
だがそれ以前に、澪がイブを自分と過ごさないと知った時点で、
律の発作めいた愚痴に唯も巻き込まれていた事だろう。

「そりゃ、唯の言う事も分かるよ?
HTTのライブの成功には、ファンクラブの助力もあってこそだよ。
だからと言って、何もイブに私ほったらかして行く事ないじゃんかー。
澪にとって本当に大切な物は何なのか、分からなくなっちゃったもん」

 律はまるで、「仕事と私、どっちが大事なのっ?」とでも言いたげだった。
その返答は澪の真意を軽く伝えるに留めて、
唯は抱いた疑問をそれとなく聞きだすように言う。

「澪ちゃんがライブの成功に尽力するのも、りっちゃんを想っての事だよ。
それにさ、りっちゃんだって、事前に知らされていたでしょう?
今日はライブがあるから、一緒には過ごせませんって。
それなのに責めたら、澪ちゃんが可哀想だよ」

「んーん、昨夜まで知らなかった。急に決まった事だもん。
和に猛コールされて、急遽出る事になったらしいし。
断固、拒否して欲しかったのに」

 律は悔しそうに唇を尖らせた。
和の誘いに応じた、という点も気に入らないに違いない。
以前、澪が和と仲良くなった事で、律が構われなくなる時期があった。
その時に律は、嫉妬に駆られて寝込んでしまってさえいる。

 反面、唯は和が絡んでいると知り、得心がいった思いだった。
和は澪ファンクラブの会長も務めている。
それは前会長から生徒会長の座とともに押し付けられたものだったが、責任感の強い和の事だ。
不本意な仕事であっても、全力で取り組む事だろう。
今回にしても、ファンクラブから澪の出席を望む声が相次ぎ、
その声に押される形で澪に頼み込んだのかもしれない。
或いは、前生徒会長からの要請もあったか。
何れにせよ、和は澪のプライベートを守りたかったはずである。
それでも耐え切れずに圧力へと屈してしまったからこそ、急遽の依頼となったのだ。

 その自身の解釈に納得しながらも、唯は別の解釈の誘惑に駆られていた。
それは、和が自分の為に、
ファンクラブのクリスマス・イブ・イベントを開催した、というものである。
以前、唯は律に対する恋慕の思いを和へと打ち明けた事があった。
和は澪には勝てぬだろうと諭しながらも、
「それでも律に恋するなら、頑張りなさいよ」と激励もしてくれていた。

 勿論、都合の良い妄想だと分かっている。
そもそも、澪をイベントという名目で拘束したところで、
律が唯の家へと行くかどうかまでは和にも分からぬ事なのだから。
それが分かっていながらも、「頑張りなさいよ」という和の声が脳にリピートされて消えない。

「そっか。それは確かに、りっちゃんが可哀想だね。
じゃあさ、私と一緒に、楽しいイブを過ごそっか?
澪ちゃん達より、楽しんじゃお?」

 脳裏でリフレインする声に押されるように、唯は律を誘った。
どうせ律の機嫌など、澪に優しくされてしまえばすぐに直ると分かっている。
それでも──否、だからこそ──
律とイブを過ごしたかった。
奇跡のような一時を大切にしたかった。

「うんっ、和なんかが誘ったイベントより、楽しい時間にしようなー」

 元々、唯と遊ぶつもりで来たのか、律は即答で承諾してくれた。
それが澪に対する当て付けとして、自分を利用する意図だったとしても構わなかった。

95いえーい!名無しだよん!:2014/01/13(月) 01:42:04 ID:2MIkUBes0

*

 唯にとっては、奇跡のような時間だった。
音楽CDやファッションのショッピングを楽しみ、喫茶店を何軒も梯子した。
HTT全員で買い物や喫茶店に出掛ける事はあっても、
律と二人きりという機会は今日に至るまで訪れていない。

「似合うかな?」

 五軒目となる喫茶店の中、唯がプレゼントしたヘアバンドを付けた律が言った。

「うん、似合うよ」

 黄色の細いヘアバンドが輪のように映り、律が天使にさえ見えてくる。

「ありがと。澪も、可愛いって、言ってくれるかな?」

 楽しい一時に水を差すような言葉が、律の口から漏れ出ていた。
イブも夕刻に差し掛かり、そろそろ澪が気になり始めたのだろう。
奇跡はもう、終わりに近付いているのかもしれない。
唯はその終わりをもう少し先に伸ばそうと、話を逸らして答える。

「誰だって、可愛いって言うよ。
ね、りっちゃん。そろそろ、イルミネーションが点灯される頃合いだよ。
そっち、見に行こうか?ロマンチックなの、りっちゃん大好きだもんね」

「イルミネーションかぁ。行こっ、行こっ」

96いえーい!名無しだよん!:2014/01/13(月) 01:44:26 ID:2MIkUBes0
>>94-95
何気なしにフォルダ見てたら発掘したもの。
書いた事さえ忘れてたけど、更新日時が一年ちょっと前だった。
多分、このアイデアは直後の澪誕SSに活かされてます。
それでこっちは没ったのかな。
取り敢えず、このスレに打ち捨てときます。

97いえーい!名無しだよん!:2014/03/12(水) 12:59:17 ID:uzU207Wo0
>>91
何これ超気になる
澪サイドだと多分全然違うのかな

98いえーい!名無しだよん!:2014/04/08(火) 14:16:35 ID:qFwTbr2k0
琴吹家企画で考えてたもの。


作中時間から7年が経過し、斉藤菫は初の「任務」に就いていた。
時が流れ、より大きくなった琴吹グループは、その力をもって不当に扱われる身の者達(極端な貧困層、悪い例だと奴隷など)を救うことに意義を見出していた。
否、厳密にははるか昔から危機に瀕している他人を救うことには躊躇しない血筋だったのだ。オーストリアでとある一家を救い、斉藤の名を与えるほどには。
ゆえに、その事実を知った菫が将来的にその任をこなしたいと思うのは必然であった。
形式上の雇い主である琴吹の手となり足となり、1人でも多くの人を救う。その一歩を、彼女は今、踏み出そうとしていた。

さすがに未熟な菫は任務達成寸前で多少窮地に陥るが、琴吹父か斉藤執事かまぁなんか適当なそのへんの誰かに助けられる。
己の未熟さを悔いつつも、自分が救った人達の笑顔に顔を綻ばせる菫。
だが、人を救うということは簡単なことではない。今回だって、彼らをまだその場から掬い上げただけにすぎない。その先が、彼らには見えていない。
「・・・あの地獄のようなところから助けてくれたことには感謝してる。でもおれ達、これからどうすればいいんだ?」
その答えを、菫は持っていない。
「・・・!」
しかしそれでも、持っている人を知っている。
いつの間にかそこにいた、可憐にして力強い、琴吹グループ現総裁を知っている。ずっと昔から知っている。

「・・・そういうことなら、みんな、私の家に来てみない?」

99いえーい!名無しだよん!:2014/05/01(木) 10:30:01 ID:RAPc0dco0
>>91
律の鞍替え早いなw
澪も本当は律のこと大事したかったけど小学生からの想いが爆発してまったと解釈するよ仮にも付き合ってたのに惨め過ぎるし

100いえーい!名無しだよん!:2014/06/02(月) 21:33:43 ID:Ic6DMXn20
今更ながら、>>64-91の執筆前の構想(粗筋)を貼ります。
自分さえ分かればいい、という前提で書いていた粗筋なので、文章として雑です。
あくまでも他者に読まれる事を前提としていない舞台裏なので、理解できないとは思いますが。
以下


題名『 唯澪「two side angle」 』

入れたい描写
1.ロミジュリ、木のシーンの再現。澪が木を登って、律に会いに来る。
唯視点ではヤる台詞の次の日のシーンで、匂わせるだけ。澪視点で記述。

2.五月雨20ラブの歌詞をなぞる、澪と律のセックス。←澪視点冒頭。
私の恋はホッチキスをなぞって、唯が澪にホチキス攻撃のラスト近くのシーン。

3.聡に唯は会うも、聡は反発。「澪ねぇ以外の姉何て、俺やだかんな」とか唯を突っ撥ねる。←唯視点。

4.部活で、澪の眼前で、梓に純を誘うよう促す唯。 ←澪視点。
梓は、今年は無理だろうとの事。
なお、唯視点で伏線は貼り済み。

5.紬は、唯と律に別れるよう促した事(六月一日の件)を、澪に告げる。
交渉が決裂した事も。
どうして自分達を帰らせたのかとの澪や梓の問いに、
二人が居ては喧嘩になるだけだろうと思ったからだと答えさせる。そして紬は謝る。


あらすじ
[
 唯視点と澪視点の、ツーサイド記述。三人称。
 唯視点では、澪にレイプされたと、唯に泣き付く律からスタート。
以前から、唯が律に恋心を寄せていた描写と併せて、チャンスが訪れたと唯は律を慰める。
それとともに、澪に怒りを抱く。
 唯はそれを機に、律と付き合い始める。
澪の律奪還が始まるが、言葉激しく澪を攻撃し、律を守る。
ここでは、唯視点故、澪の悪辣さを際立たせて記述。
唯は紬や梓からも攻撃される。
ところが律は、やはり澪が好きだった。
やがて度重なる澪の求愛や同情に心動かされ、唯を捨てて澪と付き合う事を考える。
そうして澪に乗り換えた後、唯の襲撃。
澪と唯は激しくバトり、結局律を手に入れられず、
唯はズタズタになって頽れる。
そうして唯は律と澪の交際を認めざるを得なくなり、言葉を放つ直前で視点チェンジ。
この言葉を放つ前に、ひきつけておく。

 澪視点では、律を犯す場面から。澪としては合意のつもり。
嫌がる律の態度も、澪の恋心を加熱させる。
 やがて唯と律が付き合い始める。寝耳に水の澪は、唯に交渉開始。
唯は澪を弾き続ける。ここでは、律を寝取った唯の悪辣さを際立たせて記述。
唯のねちっこい所も。
それでも紬や梓の協力も得て、律の心を再度動かす。
しかし唯はそれを許さず、追ってくる。
言い合いの末、律に惚れられている澪が唯を言葉でボコって勝利。
しかし、唯の態度に、もしかしたら悪辣な意図は無いのでは、と澪は思う。
唯を見直しつつある時、唯の口から、二人を認める言葉が飛び出てくる。
澪は歓喜。唯に対する評価もポジティブに変える。
しかし、去り際、唯に後ろから抱き竦められる。
唯は耳元で、律を泣かせたら奪うという事や、幸せにしないと許さないと、澪を脅す。
唯に恐怖しつつも、澪も奪ったら今度こそ許さないと言い返す。
豪雨の中、不気味に笑いあう二人。
奇しくも笑いあう二人という構図は、律の願ったものだった。
ただ、笑い方が違うだけで。それでFIN.
律の願いは、途中の律の台詞で描写。
]

101いえーい!名無しだよん!:2014/06/02(月) 21:37:21 ID:Ic6DMXn20
改めまして。
他にも大昔に書いて続きを書かないであろう没話があるので、今夜はそちらを投下します。
よろしければ、ご参考までに。

102いえーい!名無しだよん!:2014/06/02(月) 21:38:44 ID:Ic6DMXn20

 律は何の気も無しに、唯へと向けて呟いた。
「憂ちゃんってさ、お前にほんっと惚れてるよな」
 既に放課後が訪れているが、未だ部室には律と唯しか居なかった。
尤も、メンバーが遅れてくる事は珍しくない。
メンバーが揃うまで他愛も無い話に明け暮れる事は、日常茶飯事だった。
だから律も自身の発言に、日常的な話題の意図しか含めていなかった。
実際に、律が振った話題は、過去に幾度と無く繰り返されたものである。
「そうかな?
りっちゃんだって、澪ちゃんから随分愛されてると思うけど?」
 唯の返答も、律が幾度と無く茶化されてきたものであった。
「澪が私をー?無い無い。澪ったら、すぐに私殴るし」
 律も普段通り、照れ隠しを込めて否定で返した。
「いやー、それだって愛情の裏返しだよー。
憂だって、私以外にも和ちゃんやあずにゃん、それに純ちゃんと仲良いし。
特別私にだけどうこうって訳じゃ無いと思うよ?」
「いやいや。憂ちゃんの唯に対する愛情は、普通じゃない域に達してるって。
梓達に対する友情とは、別の域にぶっ飛んでるって」
 唯との普段通りの会話が、律は好きだった。
だから飽きる事無く続ける事ができる。
例え相手の次の言葉が予想できる程に、繰り返された話題だったとしても。
だが、唯の次の言葉は、律にとって想像していないものだった。
「そんな事無いよー。あ、だったらさ、試してみない?」
「試す?」
 唯の提案を、律は訝しげな声で復唱した。
「うん。りっちゃんがどれだけ澪ちゃんから愛されてるか。
そして私は本当に憂から異常な程に愛されてるのか。
それを試してみない?」
 唯の顔には、悪戯っぽい笑みが浮かんでいる。
「どうやって?」
 唯の提案は律の興味を引いた。
澪から何処まで愛されているか、知りたく無いと言えば嘘になる。
また、憂がどれだけ唯を愛しているのか、気になってもいる。
故に問題となるのは、方法論だけだった。
それを律は訊ねてみた。
「簡単だよ。敢えて冷たい態度を取ってみるの。
それで何処まで付いてくるのか、それをテストするんだよ」
 唯の示す方法は、刺激的なものだった。
律は笑みを浮かべて頷く。
「面白そうだな」
「でしょ?」
 唯は満足気に頷いた。
「んじゃ、早速実践してみるわ。
この後、部室に澪来るじゃん?敢えて冷たく接してみるわ」
「私も家帰ったら、憂に冷たく当たってみるね。
その結果は、明日にでも話すよ」
「ああ。にしても、早く澪来ないかなー。
どういう反応示すか、結構楽しみなんだけど」
「私も澪ちゃんの反応楽しみー。勿論、憂の反応も楽しみだけど」
 律の顔にも唯の顔にも、悪戯っぽい笑みが浮かんでいた。
二人がこういった戯れを企画する事は、日常茶飯事だった。
だから律には取立て罪悪感は無い。
今回の仕掛けも、今まで通りの悪戯と同種のものとしか思っていなかった。
そう、軽い悪戯の気持ちでしか無かったのだ。

103いえーい!名無しだよん!:2014/06/02(月) 21:39:45 ID:Ic6DMXn20

*

 まだ部室に来ていないメンバーの中で、澪は一番最後にやってきた。
「お待たせ」
「すぐにお茶用意するわね」
 澪の姿を認めると、紬が紅茶の準備に立ち上がった。
「あ、いいよ。すぐに練習しよう」
 澪は手を挙げて紬を制すると、荷物を下ろしてセッションの準備を始めた。
「いや、私達まだお茶飲み切って無いんだからさ。
お前はいいかもしれないけど、急かされると私達が困るっての」
 準備を進める澪に向けて、水を差すように律は冷たく言う。
唯と企画した戯れの一環である。
「なら、早く飲めよ。待ってるから」
 澪は然して気にした風も無く、律達を急かしてきた。
「お前を中心に部活が回ってるんじゃ無いっての」
 律は更に辛辣な声で、澪に噛み付いた。
澪は漸く違和を感じたのか、訝しげに眉を顰めて呟く。
「り、律……?」
 唯は含み笑いを浮かべて、事態の成り行きを見守っている。
その期待に答えてやろうと、律は更に辛辣な言葉を用意して開口しかけた。
「澪先輩の言うとおりですよ、律先輩。
唯先輩もニタニタ笑ってないで、さっさと飲んで下さい。練習しますよ」
 律の声は割って入ってきた梓によって、口中へと留められた。
何時の間にか梓は紅茶を飲み終えて、既に準備を始めている。
それは紬も同様で、既にティーカップを片付ける動作へと移っていた。
「ふぇっ?あずにゃん、早いねー」
 唯が驚いたように言う。
「当たり前です。皆揃ったんですから、早く練習しましょう」
「えー、もうちょっとゆっくり飲みたいなー」
 急かして来る梓に対して、唯は不平を零した。
そのやり取りを見て、次なる澪への仕打ちを律は思い付いた。
一息に紅茶を飲み干すと、唯を窘めるように言う。
「こーら、唯っ。梓を困らせたら駄目だぞー。
私だって梓の言う事なら、ちゃんと従うし。唯も早く飲んで、練習しような。
梓の言う事なんだから」
 途端、澪が鋭い視線を投げかけてきた。
梓には従うのに澪には従わない、その不公平感こそが澪への仕打ちだった。
「私が言った時は、律も文句付けてきたよな?」
 澪は不満を顔に浮かべて、その不公平に対して平然と抗議してきた。
「で?お前は練習したかったんだろ?ならこれでいーじゃん、練習できるんだし。
練習できるのにまだ不満があるって事は、あれか?
お前、私を従わせたかっただけか?」
 律は澪の抗議ですら、悪意に転じて反駁した。
唯は感心したような視線を律に向けてきた。
「そ、そんな心算じゃ無いよ。どうしたんだよ、律ぅ」
 澪の声は狼狽したように震えていた。
対する律は、畳み掛けるように言葉を浴びせる。
「そういう心算だろ?練習しようっていう目的は達した、
なのにお前は私が誰に従ったかに拘ってる。
これってさ、お前の本来の目的は練習する事じゃなくて、
私を従わせる事だっていう表れなんじゃないの?」
 澪は言葉を失って、悲しみを込めた視線を律に投げかけてきた。
流石にやり過ぎたかと思ったが、満足気に頷く唯を見て考え直した。
中途半端では愛を試せない、と。

104いえーい!名無しだよん!:2014/06/02(月) 21:42:01 ID:Ic6DMXn20
「ちょっ、ちょっと律先輩。どうしたんですか?
何かおかしいですよ?」
 梓も異変に気付いたのか、戸惑いの篭った声で問い掛けてきた。
「り、りっちゃん、落ち着いて、ね?
澪ちゃんにそんな心算は無いはずだから、ね?」
 紬も慌てたように仲裁に回っていた。
「ん、そうだな。ムギや梓に迷惑掛けたくないし、追及はこのくらいにしとくよ。
ただ、澪がどういうヤツかはよーく分かった。それだけは憶えといてくれ」
 律は冷たい瞳で澪を一瞥すると、朗らかな声で続ける。
「さーて、練習しようぜ。ほら、唯。さっさと飲みな。練習だ、練習」
「え、むー。もうちょっとゆっくり飲みたいのにー。むー」
 唯は不満そうに唸った。
別に練習を避けている訳では無い事くらい、律には予想できている。
単純に、律の芝居を見続けたいだけなのだろう。
だから律は、言外の言葉を込めて唯に言う。
含み笑いを添えて。
「ほらほら、きっと練習も楽しいものになるからさ。だから、な?」
 言外に込められた意味は、練習に託けても澪を嬲れる、というものだった。
それを楽しいものとして、律と唯は共有しているのだ。
「ん、そうだね。練習しようか。楽しそうだし」
 律の意図に気付いたのか、唯は素直に従って紅茶を飲み干した。
「期待してるよ、りっちゃん」
 紅茶を飲み干した後に続けられた言葉こそが、
唯が律の意図に気付いている証左だった。
「任せとけって。おーし、やるぞー」
 律の声を合図に、部員達は各々の持ち場に付いた。
「準備はいいな?じゃ、ワン、ツー、スリー、フォー」
 そして、律の音頭を合図に、演奏を始める。
その演奏の最中、律は敢えてドラムを叩くテンポを普段よりも遅らせた。
同じくリズムパートであるベースを担当する澪は、
案の定普段との違いに苦闘していた。
尤も、始めの内こそ澪のテンポは崩れていたが、
演奏を重ねる内に順応したのだろう。
練習も終盤になると、ほぼ完璧に律のペースに合わせてベースを弾いていた。
「さてっ。そろそろいい時間だし、
今日の練習はここまでにして、ティータイムにしない?」
 何度かセッションをこなした後、紬が律に提案してきた。
「ん、そうだな。もうそんな時間か」
 律は時計に視線を送りながら言った。
実際、普段なら練習を既に切り上げている時間だった
「じゃあ、ティータイムの準備しちゃうわね。
それ飲んだら、帰りましょう」
 紬が紅茶と茶請けの用意に向かった。
「なぁ、律」
 そのタイミングを見計らったように、澪が呼びかけてきた。
「何?」
 律は刺々しい声で、言葉短く応じた。

105いえーい!名無しだよん!:2014/06/02(月) 21:43:02 ID:Ic6DMXn20
「いや、今日のお前、どうしたんだよ?
普段よりやけにスローテンポじゃないか。
おかげで、合わせる私のリズムが狂っちゃって大変だったんだぞ」
 苦笑しながら言う澪を見れば、別に怒っていない事など容易に察せられる。
だが律は敢えて深刻な話へと発展させて、澪に激しい反駁を加えた。
「私のドラムが走り過ぎだって、いつもいつもケチ付けてたの澪じゃん。
だから緩やかにしたのに、今度はリズムが狂って大変だって文句付けるのかよ。
私、どうすればいいの?どっちにしろ、ケチ付けられるじゃん。
もしかして、私虐めたいだけ?私に文句付けて、優越感に浸りたいだけ?」
「ち、違っ。そんな心算で言ったんじゃ無いんだ……」
 慌てて繕う澪の声は震えていた。
瞳の端には、涙が浮かんでさえいる。
それでも律は容赦せず、追及の言葉を放った。
「じゃ、どうして文句付けたワケ?」
「い、いや。そもそも文句の心算さえ無かったんだ。
ただ、リズムを合わせるのが大変だったって事、言いたかっただけで……」
 本当は、単に律と話したかっただけなのだろう。
練習を始める直前の諍いで、律と澪の間に不穏な空気が流れていた。
それを蟠らせたままにしたくないから、話しかけただけなのだろう。
分かっていながらも、律は更に澪を詰った。
「は?おかげで、とか言ってたじゃん。
思いっきり私のせいにしてるじゃん。
てゆーかさ、もしかしてアレ?
自分がリズム合わせられなかったの、私のせいにしたかっただけ?」
「それは……」
 澪は答えられずに黙り込んだ。
律と話したかっただけだとは、言い辛いのだろう。
相手である律がこうも敵対的な態度を取っていれば、尚更の事だ。
「それは、何?理由があるなら、言ってみろよ」
 律の更なる追及を受けて、澪は辛そうに目を伏せながら言葉を紡ぐ。
「そうだよ……。律の言うとおりだよ。
自分のミスを、律のせいにしただけだよ。ごめんな」
 澪が折れた機に乗じて、律は畳み掛けるように言う。
「はぁ?酷くね?最低じゃん?
自分のミスを私のせいにして、文句付けるなんて。
私がどれだけ傷付いたか、澪は分かってんの?
それで出てくる言葉が、ごめんな、の一言。
誠意感じられないんだけど。もっと誠意込めて、謝れよ」
 律の無茶な要求に澪は顔を硬直させたが、すぐに腰を折った。
「本当にごめん、律……」
 律は内心、歓喜に沸いていた。
律との敵対を避けるべく、澪が折れてくれた事が嬉しかったのだ。
それだけ律を大切に思っている事の証左なのだから。
「いい加減にして下さいっ、律先輩っ」
 酔いしれる律の余韻を劈くように、梓が叫んだ。
「えっ?」
 驚いて視線を向けた先では、梓が眼光鋭く律を睨みつけている。

106いえーい!名無しだよん!:2014/06/02(月) 21:45:11 ID:Ic6DMXn20
「無茶苦茶言ってる自覚、ありますか?
どう考えても、律先輩が悪いです。
だって、事前に澪先輩に対して、スローテンポにするって言いましたか?
言われなきゃ、澪先輩程の腕を持ってしても対応できる訳ありません。
それを澪先輩が悪いように罵って、挙句謝らせるなんて。
見損ないましたよ、律先輩こそ澪先輩に謝って下さい」
 眼光のみならず声にも言葉にも、その昂ぶる感情が露わにされていた。
「あ、いや、ほら。澪が常々要求してた事だしさ。
確かに事前に言ってなかったのは私の落ち度かもしれないけど、でもさ」
 剣幕激しい梓に気圧された律は、小さな声しか出せなかった。
「私にそんな事言ってどうするんですか。澪先輩に謝って下さい」
 相手が先輩であっても、梓は容赦しなかった。
謝罪の要求を繰り返して、律に迫ってくる。
「いや、いいんだ梓」
 梓を制した声の主は、澪本人だった。
「澪先輩?」
 梓は意外そうな声を上げて、澪を見やった。
庇っている対象から水を差された事に驚いているのだろう。
「私が悪いんだ。だから、律は謝らなくていい。
私が謝れば……それで律が許してくれれば……それでいいんだ……」
 澪は途中から声を途切れさせながらも、最後まで律を庇っていた。
「でもっ、澪先輩っ。それじゃあ」
「もういいじゃん、あずにゃん」
 梓の抗議を遮った者は、唯だった。
梓の視線を受けて、唯は続けて言う。
「澪ちゃん本人がいいって言ってるんだからさ。
これはりっちゃんと澪ちゃんの問題だよ。
後ね、りっちゃんは部長で、そして先輩だよ?
お口の聞き方には注意した方がいいと思うな」
 律に今回の企画を提案した者として、フォローする義理を感じているのだろう。
梓から詰られて劣勢に立つ律を、唯は庇ってくれていた。
「唯先輩……貴女は何で律先輩の肩を持つんですか。
唯先輩も酷いです。澪先輩が可哀想だとは思わないんですか?
私、唯先輩ってふざけてても、もう少し心根はマシだと思ってましたよ」
 梓の反駁は、唯にまで及んでいた。
唯と律が企画を共有している事を、梓は知らないはずである。
だが、律に加勢する唯を見て、業を煮やす思いがあったのだろう。
「あずにゃん、今言ったばっかりだよね?
先輩に対する口の聞き方には、注意した方がいいって」
 唯は低い声で告げていた。
温厚で穏やかな唯にしては珍しく、怒りを露わにした態度である。
好意を持って可愛がっている梓から反駁を受けた事に、
余程立腹しているのだろう。
「それに付いては謝ります。ですが、発言内容まで撤回する心算はありません」
 梓は唯に怯まなかった。
唯の表情が暗く沈み、鋭い視線が梓を捉える。
梓も真っ向から目を合わせて、険しい視線を唯に投げ返していた。

107いえーい!名無しだよん!:2014/06/02(月) 21:47:27 ID:Ic6DMXn20
「お茶とお茶請けの用意ができたわよ。
ね、クールダウン、クールダウン。
アイスティーでも飲んで、一息付けましょ?」
 一触即発の風を呈していた状況に、紬が割って入ってきた。
一座の視線を受けた紬は、仲を取り持つように続けて言う。
「お腹が空くと、つい怒りっぽくなっちゃうものね。
りっちゃんも、梓ちゃんも、唯ちゃんもゴメンね。
お腹が空いてただけなのよね?
ほら、澪ちゃんもそんな悲しい顔しなくて大丈夫。
今日は澪ちゃんの好きな、ショートケーキが茶請けだから」
 唯が表情を朗らかなものに一転させて、歓喜に満ちた声で応ずる。
「わーい、ケーキだー。私も大好きだよ、甘い物。
ムギちゃん、有難う。あずにゃんも一緒に食べよ?
お腹が空いてると、また怒りっぽくなっちゃうからね」
 梓と本格的に対立する事は、唯の本意では無いのだろう。
だからこそ唯は紬の提案を、梓との緊張を緩和させる機に用いていた。
「そうですね。ムギ先輩の言う通り、クールダウンは必要ですし」
 梓は頷いて、唯に言葉を返した。
「あ、律。私達も食べようよ。
その、ムギや梓の言うように、クールダウンは大事だし。
それに、その、律と一緒に、食べたいから」
 唯と梓の和解を流れと見て、それに乗ろうと思ったのだろう。
澪が律に向けて言葉を放ってきた。
「いや、私は食べないよ。あ、ムギ、悪いけど私帰るわ。
今日は私が料理当番だし、あんま長居できないんだわ。
試食もあるから、夕食に響くし。折角用意してくれたのに、ごめんな」
 律は発言の内、始めの一言だけ澪に向けて答えた。
そして、残りである大部分を紬に向けて言った。
「そ、そう。私の事は気にしなくていいわ。
そういう事情があるなら仕方ないし」
 紬の言葉には、自分の事よりも澪の事を気にかけてやれ、
という言外の意が込められている。
実際、紬は澪に心配そうな一瞥を送ってから、律に答えたのだ。
「悪いな、ムギ。また今度食べさせてよ」
 律は両手を合わせて言うと、背を翻した。
途端、慌てたような澪の声が上がる。
「あ、待って律。私も帰るっ。一緒に帰ろう」
「はぁっ?」
 律は振り返ると、怒りの篭った表情で澪を睨み付けた。
それは真意の無い作った表情ではあるが、澪の動揺を誘う用は為している。
更に律は続けて言う。
「ムギはさ、わざわざお前が好きなケーキ用意してくれたんだぞ?
それ食べないで帰るってどういう事?
あーあ、ムギ可哀想に。お前さ、ムギに謝れよ」
 律の要求を受けて、澪は紬に向けて言った。
「ごめん、ムギ……。折角用意してくれたのに、食べれなくて」
「さっきも言ったばかりだけれど、私の事は気にしなくていいわ」
 紬は澪に向けてでは無く、律に向けて先程と同じ言葉を繰り返していた。
その表情には、珍しく怒りを覗かせている。
尤も、すぐに仲裁者という自分の役割を思い出したのか、
怒りを見せた時間は僅かなものだった。
「って、マジ帰るのかよ、澪。
幾らムギが気にしなくていいっつっても、人としてどうよ?
ムギの優しさに付け込んで、好意を無下にしようって事じゃん。
何?それとも何か用事でもあるワケ?」
 律は紬の見せた怒りに気付かない風を装って、更に澪を嬲った。
「用事?あるよ。とっても大切で、大事な用事が」
 澪の声は悲しそうだった。

108いえーい!名無しだよん!:2014/06/02(月) 21:48:26 ID:Ic6DMXn20
「あっそ。用事あるんなら帰れば?
そんなに大事な用事なら、一人で急いで帰ればいいと思うけどね。
私も急いでるし帰りにスーパー寄るから、澪の相手はできないし」
 律は突き放すように言った。
「そうもいかないんだよ……。だって、私の用事は……」
 澪はそこまで言うと言葉を切り、躊躇うような素振りを見せた。
だが、結局言った。
「律と、一緒に帰る事なんだから。大事で大切で、一人じゃ帰れない用事なんだよ」
 恥じらいと悲しみの織り交ざった複雑な表情を、澪はその端整な顔に覗かせた。
 律は胸中で喜びを感じていた。
律が冷たく突き放しても、澪は尚も自分に愛情を示してくれている。
寧ろ、冷たく接したからこそ、執着を露わにしているのかもしれない。
さながら冷たい北風に吹かれた旅人が、外套を強く締めた童話のように。
「は?何それ?そんなの、別に明日だっていいじゃん。
今日一緒に帰る必要無くね?てか昨日も、一昨日も一緒に帰ったし。
ケーキ食ってろよ」
 唯と目論んだ企画の成功を感じつつ、律は頑なに澪を拒んだ。
冷たい扱いを重ねて続ければ、澪が更なる愛情を示してくれる期待があったのだ。
そしてそれを試す事こそが、唯と示し合わせた企画の趣旨でもある。
「駄目だよっ。だって、ここで律を一人で帰しちゃったら、
もう二度と私と一緒に帰ってくれない気がするし。
私と一緒に歩いてくれない気さえして……怖いんだよ。見捨てないでよ、律ぅ」
 澪の声は涙混じりだった。
だが律に罪悪感が芽生える事は無かった。
寧ろ、込み上げてくる笑いを抑える事に必死ですらあった。
澪は律の芝居だと気付かずに、深刻そうに不安を迸らせている。
悪戯という認識でしかない律にとっては、そのような澪の姿は抱腹そのものだった。
「はぁ?何言ってんの?付き合ってらんね」
 律は努めて冷たい表情を作って言うと、そのまま澪を横切ってドアへと向かう。
途中、一瞥した澪の表情は、青褪めて硬直していた。
 部室の扉を閉めた途端、律は笑みを浮かべた。
騙されている澪の可笑しさと、愛されている事を実感した愉悦。
その二つが、律の表情を形作っていた。
 そして明日になれば、更なる期待が待っている。
唯が憂を試した結果を報告してくれるのだ。
加えて、律が帰宅した後、部室で澪がどういう精神状態に置かれたのかも知りたかった。
それも唯が教えてくれるだろう。
 律は満足な成果と沸き立つ期待を胸に、一人で帰宅の途に付いた。
不満があるとすれば、澪が追い掛けて来ない事だけだった。

109いえーい!名無しだよん!:2014/06/02(月) 21:50:35 ID:Ic6DMXn20

*

 律が去った後の部室で、唯は笑みを抑える事に苦労していた。
律の芝居に満足しているものの、それを顔に表す訳にはいかないのだ。
部室には、表情を凍り付かせて立ち竦む澪が居る。
また、紬も表情に困惑を浮かべて、律が去って行ったドアを見つめている。
梓に至っては、尋常では無い怒気を表情に漲らせてさえいた。
この状況の中では、唯も周囲に倣って表情を繕う必要があった。
 誰もケーキに手を付けず、時が止まったかのような静寂が数分続いた。
その静寂を破った者は、怒りに駆られた梓だった。
「やっぱり、許せませんっ。今からでも追いかけて、律先輩を連れてきます」
 怒りの篭った声で宣すると、梓は憤然と立ち上がった。
その只ならぬ剣幕に対し、紬が慌てたように割って入る。
「いや、待って、梓ちゃん。連れてきて、どうする心算なの?」
「決まってます。澪先輩へと、謝ってもらいます」
 梓はさも当たり前のように返した。
「止めた方がいいわ。今のりっちゃんは多分、ヒートしているだろうから。
素直に謝るとは限らないし、何より今から追いかけても、追い付かないと思うわ。
例え追い付いたとしても、学校から結構距離がある場所になると思うの」
 紬は慌てた態度から一変、今度は冷静に言葉を放つ。
「例え家まで押しかけてでも、連れてきますよ。
それに素直に謝ろうとせずとも、強制的にでも謝らせます」
 対する梓は、怒りを露わにしたままだった。
「うーん、そこが問題かな。
そうやって無理に学校に連れてきた結果、りっちゃんが態度をより硬化させかねないの。
そうすると、謝って平和に解決するどころか、より険悪になってしまうわ」
「険悪になっても構いません。
あんな酷い態度を取っておきながら、何の謝罪も無しに仲良しに戻ろうとは思えませんし」
 梓は紬に諭されて尚、強硬姿勢を崩さなかった。
唯としては、律の態度が狂言であるという事情を抜きに考えれば、紬の言の方が正しいように思えた。
梓の今の剣幕を見るに、律に対して平和な対応をするとは思えない。
尤も紬の言葉は、律の態度が本心から出たものである事を前提にしている。
実際には梓がどう行動を取ろうとも、律の澪に対する敵対的な対応は変わらないのだ。
律は澪の愛を試すという企画の為に、敢えて冷たい態度を取っているのだから。

110いえーい!名無しだよん!:2014/06/02(月) 21:51:08 ID:Ic6DMXn20
「梓、それは困るよ。私は、やっぱり律とは仲良くしたい。
だから、梓の気持ちは嬉しいけど、何もせずに堪えてくれ」
 未だ顔を青褪めさせたまま、澪が割って入ってきた。
あくまでも律を庇うその言動に、唯の期待は高まった。明日も更に楽しめそうだ、と。
「えっ?まぁ、澪先輩がそう言うのなら、仕方ありませんが」
 梓は戸惑ったような声を上げると、煮え切らない態度ながらも矛を収めた。
当事者である澪から窘められれば、滾る憤懣を留めてでも引き下がらざるを得ない。
その悔しさが、梓の顔にも声にも表れている。
「まぁ、今日のところは、それが正解よね。
りっちゃんも明日になれば、冷静さを取り戻しているだろうし。
それに、澪ちゃん、安心して?
もし、りっちゃんの今みたいな態度が続くようなら、相談に乗るから。
私だって、梓ちゃんの気持ちが分からない訳じゃないし」
 梓を抑えていた紬にしても、澪に対する同情が濃いようだった。
それは律にとって、形勢が不利である事を意味している。
「まぁ、りっちゃんにも言い分があるかもしれないし、
ここは当事者の二人に任せておくのが一番いいよね」
 唯は共犯関係にある律を擁護すべく、口を挟んだ。
この企画を持ち掛けた手前、律の立場を擁護する義務があると感じていた。
「あの難癖の何処に、言い分があるって言うんですか」
 吐き捨てる梓に、唯は諭すように言う。
「それは本人達にしか分からない問題だよ。
当事者同士が解決すべき事柄で、私達部外者が口を挟むべきじゃ無い事。
私達は片方に肩入れしたりせずに、中立的な立場を貫くべきじゃないかな」
 当事者同士の問題であると強調する事が、律の擁護に繋がっている。
その論理に従って周囲の人間が中立的な立場を取るならば、律に対して干渉も批判もできなくなる。
そして律の意図を知らない梓や紬は、当事者同士の問題である事を否定できないのだ。
「それは……そうかもしれませんが」
 事実、梓は憤懣を表情に湛えながらも、効果的な反論ができずに口籠もっている。
紬も釈然としない様子を顔に浮かべながらも、黙りこくっていた。
「ま、そういう事だから、この話はここまでにしてケーキ食べよ?
折角の紅茶も冷えちゃうしね。私もう、お腹ペコペコだよ」
 梓と紬が反論できない機に乗じて、唯は一方的に話を切り上げた。
あまり話を長引かせて、自分に対する反発を誘いたく無かったのだ。
加えて、早く部活を終わらせて家に帰りたい思いもあった。
家では、今度は唯が憂を試す番となるのだ。
その楽しみが、唯の帰路に急く思いを掻き立てていた。 
 周囲も唯に倣い、ケーキに口を付けだす。
ただ、唯以外の口は重く、特に澪のペースは鈍かった。
精神的に苛まれる澪の様子に、唯はケーキ以上の満足を感じていた。
笑みは堪えているが、内心は喜びに滾っている。
その喜びには澪の様子のみならず、律と久しぶりに組んで遊べる事も含まれていた。

111いえーい!名無しだよん!:2014/06/02(月) 21:52:04 ID:Ic6DMXn20

*

「おかえり、お姉ちゃん」
 唯は家に帰ると、早速妹の明るい声に迎えられた。
「ただいま、憂」
 唯は平静を装って返したが、内心は期待に沸き立っている。
憂からどれ程自分が愛されているのか、それを量る機会が遂に訪れたのだ。
「遅かったね、お姉ちゃん。お腹空いたでしょ?
すぐに夕ご飯用意するから、その間に着替えして手を洗ってね」
「うん、分かったよ、憂」
 唯は素直に頷くと、言われた通りに手を洗って部屋へと戻った。
そして制服から私服へと着替えると、調理の終わる頃合いを見計らってキッチンへと向かう。
それはいつもの行動ではあるが、この日は一つ違いがあった。
唯は普段は無手でキッチンに向かうが、今日は鞄から取り出したビニール袋を携えている。
 キッチンに入ると、笑顔の憂に迎えられた。
「あ、お姉ちゃん、丁度できたところだよ。さ、食べようか」
 テーブルの上には、彩にまで気を配られた料理が並べられている。
食材を見るに栄養のバランスも考慮されており、憂が料理に込めた丹精と苦心を表していた。
その苦心を無下にする行為すらも、憂は許してくれるのだろうか。
唯は胸を興奮に滾らせながら、ビニール袋を翳して憂に見せ付ける。
「あれ?お姉ちゃん、それなぁに?」
 憂はビニール袋を指差しながら言った。
表情は然程訝しんでいるようには見えず、寧ろ期待の色さえ覗かせている。
プレゼントだとでも、思っているのだろう。
「晩御飯だよ」
 唯は短く答えると、ビニール袋からカップラーメンを取り出した。
途端、憂は表情を不安げに転じさせ、弱弱しい声で言葉を放ってきた。
「お姉ちゃん?ご飯なら、用意してあるけど……」
「うん、そうだね。で?」
 唯はゆっくりとカップラーメンの外袋を剥がすと、蓋に手を掛けながら問いかける。
「あの、だから、私の作った料理食べて欲しいな、って。
栄養のバランスだって、ちゃんと考えてるから」
 そう返す憂の瞳は不安に揺れながら、カップラーメンの蓋に掛けられた唯の指に注がれている。
蓋が剥がされてしまえば、憂が折角作った手料理が無駄になるのだ。
唯に自分の料理を食べてもらう為には、蓋が剥がされる前に翻意させなければならない。
その焦りが瞳に浮かぶ憂を突き放すように、唯は無情にもカップラーメンの蓋を剥がした。
途端、憂の表情に落胆が広がった。
だが唯は容赦する事無く、更なる追い討ちを放つ。
「栄養も大事だけどさ。偶には、栄養よりも味を重視してご飯を選びたいからね」
 その言葉は落胆に沈む憂へと、深刻な一撃を加えていた。
憂は衝撃と悲痛に表情を沈ませ、肩を小刻みに震わせている。
無理も無い。苦心して作ってきた料理の味を、インスタント食品よりも下に評価されたのだから。
憂は料理の腕に対する自信さえ、揺らいでいる事だろう。

112いえーい!名無しだよん!:2014/06/02(月) 21:53:34 ID:Ic6DMXn20
 それでも憂は健気にも、笑顔を繕って言葉を返してきた。
「そっかぁ、そうだよね、偶には、ジャンクフードもいいよね。
特に最近のジャンクフードは味も良くなってるから、私も敵わなくなってるかも。
ごめんね、お姉ちゃん。私、もっと、料理上手になるから、ね」
 憂の瞳の端には涙が溜まっており、言葉も途切れ途切れだった。
それでも繕われた笑顔を崩す事無く、言い切っていた。
その満身創痍の笑顔が、堪らなく愛おしいものとして唯に映る。
愛されている証左に他ならないのだから。
「別に謝らなくていいよ。元から期待してないから」
 唯は愛されている実感を味わい尽くすべく、突き放す言葉で健気な憂を遇した。
それでも憂は唯に向けた笑顔を崩さず、表情を制御する余裕を見せている。
ただ、動作や精神状態まで制御する余裕は無いらしかった。
憂は受けた衝撃の大きさ故か、料理に一度も箸を付けていない。
「あのさ、私を待っててないで、勝手に先に食べてていいから」
 湯をカップラーメンに注いだ唯は、動きを見せない憂へと告げた。
「あ、うん。お先に、頂きます」
 唯に促された憂は、気付いたように箸を手に取った。
だが、削がれた食欲を表すように、料理を口に運ぶペースは遅々としたものだった。
「む、そろそろいいかな。私も頂きまーす」
 唯も規定の時間が経つと、カップラーメンの蓋を開けた。
湯気が立ちのぼり、食欲を促す香りが立ち込める。
尤も、香りにおいても見栄えにおいても、食卓に並ぶ憂の料理の方が食欲をそそるものではある
それでも、唯はカップラーメンを美味しそうに啜った。
今の唯は、見栄えより香りより栄養よりそして味よりも、憂からの愛を求めている。
それも並大抵の愛では無い。
突き放しても冷たくしても虐げても尚付いてくる、強固な愛を求めているのだ。
だからこそ唯は憂の料理をジャンクフード以下に貶めて、彼女の心を辛辣に扱い続ける必要があった。
「うーん、やっぱこの味だねー。美味しいー。
久々だよー、夕飯を美味しく頂けるのは」
 唯は大仰な言葉で、カップラーメンを讃えた。
対して憂は、一声も発さずに物憂げな表情で箸を動かしている。
食すペースも、相変わらず遅々としたものだった。
料理は用意された時から、大して減っているように見えない。
「んー、美味しかったー。でもこれだけじゃ、ちょっと足りないなー。
スープまで飲むと健康に悪いし」
 唯は呟くと、そっと憂の様子を窺った。
見ると憂の暗かった表情には、一筋の希望が過ぎっている。
未だ空腹ならば自分の作った料理を食べてくれるかもしれないと、期待が生まれたのだろう。
その希望を粉砕するような言葉を、唯は無情にも放って聞かせる。
「そうだ、アイスでも食べようっと」
 冷凍庫に向かいざま、気付かれぬように憂へと視線を送った。
期待から落胆へと至った憂は、感情の落差に嬲られて傷付いた表情を浮かべている。
食欲も完全に失せたのか、箸はもう動いていなかった。
そしてアイスを手に冷凍庫から戻る際、憂の表情を再度窺ってみた。
やはり憂は、先程と同様の表情を浮かべている。
箸も動いておらず、卓上の料理はまるで減っていなかった。

113いえーい!名無しだよん!:2014/06/02(月) 21:54:44 ID:Ic6DMXn20
「ねぇ、憂ー。さっきからご飯、全然進んでないみたいだけど」
「うん……ちょっと食が進まなくって。今日はこれくらいでいいや。
勿体無いけど、ごちそう様するね」
 唯に指摘された憂は、そう言うと表情を俯かせた。
唯から手料理を無下に扱われた事が、食欲にまで影響を及ぼす程の精神的な負荷となったのだろう。
憂から食欲を奪った原因が自分にあると自覚しながらも、
唯はすかさずその事さえ攻撃の材料に転じて言う。
「何?自分でさえ食べる気失くすような物作って、それを私に勧めてたの?
お姉ちゃんに対して、随分な扱いするんだね」
 途端、憂の顔が悲痛に歪み、瞳が赤く潤んだ。
ただ、その表情を唯が見た時間は、一瞬に過ぎなかった。
憂はすぐに顔を伏せて、嗚咽を漏らし始めたのだから。
 無理も無い反応だと、唯は思った。
唯に対して愛情を込めて作った手料理が、当の唯から悪意あるものとして扱われたのだ。
その心を抉られるような衝撃に、純情で繊細な憂が落涙を堪えられるはずも無い。
勿論、そこまで計算して放った言葉である。
 尤も、実際に泣き拉ぐ憂の姿は、唯に哀れみを惹起させた。
流石にやり過ぎたかと、僅かながらの罪悪感さえ芽生えてきた。
そうして、せめてフォローの言葉でも掛けようかと、唯が思った矢先だった。
表情を伏せたままの憂が嗚咽交じりに、言葉を漏らし始めたのだ。
「お姉ちゃん……どうしちゃったの?今日のお姉ちゃん、おかしいよ。
優しかった今朝までと、全然違うよ。いきなり怖くなって、意味が分からないよ。
私、何かしたの?それとも、何かあったの?」
 唯は口元まで出かかっていた慰めの言葉を、咄嗟に抑え込んだ。
何かあったのかと問う憂の言葉は、唯の脳裏で部活における律の振る舞いを蘇らせている。
そこで律は澪に冷たく当たり、蔑ろに扱い続けていた。
そしてそれは愛を試そうという、唯の提案を受けて行われたものである。
にも関わらず、提案者である自分が情に駆られて憂を慰める事は許されない、そう唯には思えた。
寧ろ、律以上の冷徹な仕打ちで、憂を遇する必要さえ感じている。
それこそが、提案者としての責任であると。
故に唯は慰める言葉の代わりに、更に冷たい言葉で嬲るべく再び開口する。
「めそめそ泣いて、私に責任を求めないでよ。
私は、憂の私に対する酷い仕打ちを問題にしているんだよ?
自分でさえ食欲失くすような物作って、それを私に食べさせようとした。
なのに憂は私がおかしい事にして、責任転嫁しようとするの?
姉に対する尊厳が微塵も感じられない、鬼のような妹だね」
 唯は言葉を放ちながら、どれ程冷たく扱っても憂は愛してくれると期待していた。
律に対して澪が、そうしているように。
果たして唯の辛辣な言葉を受けた憂は、突然顔を上げた。
そして涙に濡れた瞳で唯を睨み付けると、激しい剣幕で口を開く。
「美味しいもんっ。お姉ちゃんに幸せに食べて欲しいから、美味しくなるように作ってるもんっ。
なのに、酷いよっ。私が苦労して一生懸命作ってるのに、そんな風に扱うなんて。
お姉ちゃんの方こそ、妹の気持ちの分からない鬼のような姉だよっ。大っ嫌いっ」
 語気を荒げて罵る憂の姿に、唯は当初こそ衝撃を受けて戸惑っていた。
憂が姉である唯に対して、怒りを露わにする事など今まで無かった。
だが、その衝撃もすぐに薄れ、改めて期待を裏切られた失望が込み上げてくる。
その失望は澪と憂の対比を生じさせ、唯を怒りにさえ誘った。
澪はあれ程辛辣に扱われたにも関わらず、決して律を嫌わなかった。
対して憂は、怒りを露わに唯を詰ってきている。
それは澪が律に向ける愛情よりも、憂が自分に向ける愛情が劣っている証左だと唯には思えた。
自分から提案した企画だと言うのに、唯は律より幾段も早く脱落してしまうらしい。
その惨めさが、八つ当たりに似た憂への怒りを生じさせたのだ。
「姉を鬼呼ばわりするのっ?もう怒った、そんな憂なんて知らないからっ。
憂なんてもう、妹でも何でも無いよっ。勝手にすればいいっ」
 憂の顔色があからさまに青く変わり、特徴的な丸い瞳が大きく震えた。

114いえーい!名無しだよん!:2014/06/02(月) 21:55:51 ID:Ic6DMXn20
「お姉ちゃん……その……」
 憂の声も震えている。姉を罵った後悔と不安が、顔色にも表情にも声にも表れていた。
「二度とお姉ちゃんなんて呼ばないで」
 唯は冷酷な調子で告げると、憤然とした調子で席を立つ。
そしてキッチンを出るまでの間、すすり泣く憂を顧みる事もしなかった。
 その後、唯は就寝の時刻になるまで、一切憂と口を利かずに過ごした。
それでも脳裏では、憂の事が片時も頭から離れなかった。
しかしながら唯の思考を占めていた感情は、
数時間も泣き続けている憂に対する心配では無かった。
逆に、自分を罵った事に対する憤懣の念だった。
勿論、唯とて憂から確定的に嫌われていない事は察している。
嫌われていれば、憂は幾時間にも渡って同じ場所で泣き続けていないだろう。
だが、唯はその事実だけで憂を許す気には到底なれなかった。
一度唯に刃向った以上、深い服従の意を示されなければ気が済まない。
澪が律に向けると同様の愛を憂から得る為には、その段階にまで達する必要があると唯は思っていた。
 そして就寝する時刻に至って、漸く憂からの新たなアプローチが訪れた。
律儀にドアをノックする音で、唯は憂が折れた事を察する。
「お姉ちゃん、開けていい?」
 ドアの向こうから、憂が躊躇いがちに放つ声が聞こえた。
唯は敢えて冷たい声で、ドアを隔てたまま言い放つ。
「もうお姉ちゃんって呼ぶなって、言ってあるはずだけど?」
「ごめんね。でもその事で、お話があるんだ。
また、お姉ちゃんって呼ばせて欲しいから」
「聞くだけ聞いてあげる。取り敢えず、入っていいよ」
「ありがとう、お邪魔するね」
 ドアが開いて、不安を表情に漲らせた憂が入室してきた。
唯は手招きで真正面へと立たせ、問いかける。
「それで?どんな話?」
「あのっ、さっきは酷い事言っちゃって、ごめんなさい。
私、興奮して取り乱しちゃって。
でも、冷静になって考えてみると、やっぱり悪いのは私だなって。
自分で完食できないものを勧めるなんて、図々しかったよね。
本当にごめんなさい。
でもね、次からは自分でも美味しいと思えるもの作るから、
偶には私が作ったご飯も食べて欲しいなって」
 唯の目から見ても、非が唯自身にある事は明白だった。
理不尽な難癖を付けても憂が愛し続けてくれるか、試す意図の下で悪意ある言動を敢えて取ったのだから。
唯の怒りも諍いそのものが原因では無く、憂からの愛が足りないと感じたからである。
それでも憂は夕飯の時の諍いを、全面的に自身へと帰責させていた。
理不尽を飲んでまでも姉と仲直りしたいのだろう。

115いえーい!名無しだよん!:2014/06/02(月) 21:56:54 ID:Ic6DMXn20
 憂の弱気を見取った唯は、すかさず駆け引きが巡らされた言葉を放つ。
「分かってくれたのは有り難いけど、私は鬼呼ばわりまでされたからね。
その謝罪が本当の気持ちかどうか、疑わしい気持ちが残るよ。
だから、今すぐに憂を許せるかどうか、確答できないよ。
それは明日からの憂の態度を見て、判断したいところだね」
 こうしておけば、憂の引け目は明日以降にも継続される。
憂の心理状態を唯に有利なよう、誘導する事ができるのだ。
但し、飴を与える事も忘れない。
「あ、でもね。お姉ちゃんって呼ぶ事は許してあげるね」
 途端、憂の表情が明るいものへと転じた。
「うんっ、ありがとう、お姉ちゃんっ。
私、もう二度とこんな事が無いよう、気を付けるから」
 唯は内心ほくそ笑んだ。
これからは唯が理不尽な仕打ちを行っても、憂は反省の態度を示す為と堪えてくれるだろう。
少なくとも、そのバイアスを憂の心理にかけている。
「うん、その言葉、嘘にしないでよ?二度と私を悲しませないでね?」
 唯が念を押すように言うと、憂は力強く首肯で返してきた。
「そっか、憂の決心は分かった。じゃあ、明日からを楽しみに、今日はお休み、憂」
「うん、お休み、お姉ちゃんっ」
 憂は息を弾ませて夜の挨拶を行うと、軽やかな足取りで部屋を出て行った。
姿が見えなくなると、唯は漸く表情を崩してベッドに身を投げた。
明日以降が楽しみだった。
憂がどれ程自分を愛してくれるのか、それを試し続ける事ができるのだ。
律と遊び続ける事ができるのだ。

116いえーい!名無しだよん!:2014/06/02(月) 21:58:34 ID:Ic6DMXn20

*

 翌朝、律はまだ人も疎らな教室に足を踏み入れた。
「おはよう」
 親しい者が殆ど居ない為、挨拶の声も自然と小さくなった。
「あ、おはよ」
 律に対して帰ってくる挨拶の声も、やはり小さかった。
今教室に居る生徒数は、片手で数えられる程でしかない。
しかも彼女達とは話した事など殆ど無い為、その寂しい反応も自然と言えた。
 律は自席に腰掛けると肘を机へと乗せ、掌を頬に添えて頭部を傾けた。
唯や紬に早く登校して来て欲しいと、静かな教室に疎外感を抱きながら思う。
話す相手が居ないと、どうにも手持ち無沙汰だった。
 普段ならば澪と一緒に登校してくるので、こうはならない。
ただ今日は、澪と合流せずに一人で登校してきた。
澪からの愛を試す仕打ちの一環として、である。
鉢合わせないよう早い時間に家を出た上に、連絡もしていないので澪は戸惑うだろう。
右往左往して不安に佇む澪の姿を想像する事で、律は退屈な時を埋めた。
「りっちゃん、おはよう」
 やがて、紬が登校してきた。疎外感の中で待ち望んでいた、話し相手である。
律は意識から哀れな澪の姿を追い出して、言葉を返す。
「おはよっ、ムギ。昨日は悪かったな、折角のケーキ、食べれなくて」
「いや、その事はいいの。それより、今日は随分と早いのね。
いつもは、私の方が早く登校してくるのに。それと……」
 紬は言い難そうに言葉を切ると、澪の机に視線を向かわせた。
澪の不在を問うた仕草だと、律とて承知している。
だが律は敢えて気付かないよう装って、言葉を返す。
「ん、今日はどうした訳か、早くに目が覚めちゃってね。
それで家に居てもやる事無いし、学校来たって訳。
朝早い時間の学校ってのも、気になってたし」
 勿論、昨夜の時点で意図していた早起きだった。
「それはいいけど。それで、澪ちゃんはどうしたの?一緒じゃないの?」
 今度は、疑問を声にして紬が問い掛けてきた。
「ん?さぁ、もうすぐ登校して来るんじゃん?」
「一緒に登校、しなかったの?」
 問いを繰り返す紬の声が低くなり、律を責めるような声音を帯びる。
「まぁ、早い時間の登校だったし、起こすのも悪いと思って。
だから、今日は一人で登校して来たんだよ」
 紬の怒りを感じ取った律は、態度を軟化させて応答した。
目的はあくまでも澪からの愛を試す事であって、紬と不必要な敵対まではしたくない。
だが、紬は更に追及を重ねてきた。
「勿論その事は、澪ちゃんも知っているのよね?
メールか何かで、知らせてあるのよね?」
「いーや、知らせてないよ。だって起こす事になったら悪いし、さ」
「寝てる時間にメールすべきだとは思わないわ。
でも、普段合流する時間までには、連絡するべきだとは思わなかったの?
これじゃ澪ちゃん、待ち惚ける事になるかもしれないのよ?」
 紬の語調は刺々しくなり、律を責める姿勢が鮮明となってきた。
結果、若干の焦りが律に訪れる。
渇望していた話し相手であるが、こういった話題を望んでいた訳では無い。
澪に関する話題を切り上げようと、律は纏めるように言う。
「いや、でもさ。
予め一緒に登校する約束してた訳でも無いのに、一緒に行けないって連絡すんのも変だし。
まぁ、大丈夫だよ。今頃澪も学校に向かってて、もうすぐ着くから」
「約束はせずとも、昨日まで続いてきた暗黙の習慣を、今日も期待するのは当たり前の事だと思うけど。
やっぱり、連絡する配慮は必要だったと思うわ。
今からでも、メールした方がいいと思うの」
 それでも紬は律の意図に反して、澪の話題から離れなかった。
「今からだと、逆に不自然じゃん?
だってもう、普段私達が合流する時間はとうに過ぎてるし。
まぁ、いいよ、澪の話は」
「良くないと思うけれど。
連絡しなかった理由を正直に告げれば、不自然にだってならないわ。
昨日険悪なまま帰っちゃったから、朝は顔を合わせ辛かった、ごめんね、って。
そう正直に告げれば、それで解決すると思うわ」
 律が先程言った、早く来た理由を紬は信じていないらしかった。
確かに、律は正直に理由を告げてはいない。
ただ、紬は律の真意にまでは気付けていなかった。
紬が指摘するような気まずさから、律は早く来た訳では無いのだ。

117いえーい!名無しだよん!:2014/06/02(月) 21:59:49 ID:Ic6DMXn20
「いや、別にそういう訳じゃ無いからさ。
まぁ、いいって、いいって。放っとけば、すぐ来るって」
「良くない、絶対に良くない。放っとくなんて、しちゃいけないと思うの。
しつこいと思うかもしれないけれど、連絡した方がいいと思う」
 尚も食い下がる紬に、律もいい加減鬱陶しさを覚えてきた。
対応も段々、投げやりなものとなる。
「別にしつこいとまでは思わないけど。
でもそこまで言うならさ、ムギから連絡すれば?
適当に理由付けてメールして、私が教室に居る事匂わせれば?
或いはもうちょい待って、遅刻が危うくなる時間になってからメールすれば?
遅いけどどうしたの?って」
「りっちゃんからするのが、一番なんだけどね。昨日、あんな事があったばかりなんだし。
だから私からは、連絡する心算は今の所無いの。
待ち惚ける澪ちゃんが可哀想だとは思うけど、
りっちゃんより先に私が連絡したら、澪ちゃんはもっと悲しむだろうし」
「大して待ち惚けないよ。私が居なかったら、すぐに来るさ。
可哀想だなんて、大袈裟な」
 大仰に肩を竦めて見せる律に、紬の呆れたような溜息が降りかかる。
「なら、いいんだけどね。勿論、私の心配なんて、杞憂に過ぎないのかもしれないし。
まぁ、もう少し待ってみましょう」
 紬はそれだけ言うと、視線を壁に掛かっている時計へと送った。
澪に関する話題からは解放されたが、紬は自席へと去らずに留まっている。
時間を気にする姿勢と相俟って、紬から律は無言の圧力を感じていた。
「りっちゃん、ムギちゃん、おはよー」
 その時、一際明るい声が教室に響き渡った。
律と共犯の関係にある、唯の声だった。
圧されるような息苦しさを感じていた律にとって、仲間である唯の声は解放感と安堵を齎した。
「おーう、おはよー、唯ー」
「おはよう、唯ちゃん」
 挨拶を返す紬の声が律に続く。
その間だけ紬は唯に視線を向けていたが、挨拶が終わるとすぐに視線を時計へと戻した。
「ん、時計なんか気にしちゃって、どうしたの?今日ってホームルーム前に何かあったっけ?」
 唯も紬に倣って、視線を時計へと送った。
「いえ、何も無いわ。ただ、澪ちゃん遅いなー、って思って」
「澪ちゃん?そういえば、居ないね」
 唯はそう言った後で、律に視線を送ってきた。
それが澪の不在を問うものであると分かっているが、紬の手前で真相を話す訳にもいかない。
律も時計を見遣って、時刻を確認する。まだ、ホームルームまで若干の余裕があった。
「ん、そのうち来るだろ。まーいーや、唯、トイレ付き合ってよ」
 勿論、トイレなど紬を排除する口実に過ぎない。
「いいよー」
 唯も律の意図が分かっているらしく、即答してきた。
「あ、なら私も行こうかな」
 紬も席を立ちかけたが、律は手を挙げて制した。
「私達が誰も居ないと、澪が来た時に不審がるからな。
ムギは悪いけど、残っててもらっていいか?」
 紬に付いて来られては、律の意図が破綻してしまう。
ただ、唯だけ誘ったのでは、紬の不審を買う恐れがあった。
律は紬を誘わなかった建前を、続けて告げる。

118いえーい!名無しだよん!:2014/06/02(月) 22:01:07 ID:Ic6DMXn20
「だってムギ、澪の事が相当気になってるみたいだし」
 途端、紬の表情が強張った。
紬と不必要な敵対をしたくない、その気持ちに変わりは無い。
だが、執拗な追及に嫌気が差していた為、言葉には自然と刺が混じった。
「そうね。分かったわ」
 紬の返答はぶっきら棒だったが、律は構わなかった。
時間の余裕がそれ程ある訳でも無いのだ。
「悪いな。んじゃ、行こうか、唯」
「う、うん」
 唯は律と紬の険悪な雰囲気に戸惑ったような表情を見せているが、
それでも疑問を放たずに従ってくれた。 
 律は唯を伴って教室から出ると、部室へと向かった。
ただ部室には入らず、手前にある階段の踊り場で立ち止まる。
そこで唯に向き直り、口を開いた。
「いやぁ、悪いな。時間もそうある訳でも無いのに、連れ出しちゃって」
「いや、別にいいよ。ムギちゃんの前で話す訳にはいかないしね。
それで、澪ちゃんがまだ来てないっていうのは、やっぱりりっちゃんが噛んでるの?
それとも単に、昨日の事がショックで学校休んでるのかな?」
「ん?澪はそんなに昨日、ショック受けてたのか。
あの後即帰って、それからは澪とコンタクトしてないから分かんないけどさ。
私が今日やったのは、いつもより家を早く出たってだけだよ。
いつもは澪と途中で合流して学校来てるんだけどね。
で、早く出た事を澪に話してないから、私を待って時間食って、それで遅れてるんだと思ったけど」
 澪がそもそも登校して来ない事など、律は想定していなかった。
ただ、改めて考えてみても、その可能性は低いだろうと思う。
澪の精神がそこまで弱いとは思っていない。
澪と仲違いした事はあったが、その時に登校できなかったのは寧ろ律の方ですらあったのだ。
「あー、澪ちゃんが来てないのは、多分それだね。
確かに昨日はショックを受けてたみたいだけど、それでも登校できない程じゃなかった。
逆に、りっちゃんと仲直りしたがってたから、無理にでも登校はしてくると思うよ。
りっちゃんと接触できる機会を、みすみす逃す訳が無いんだから」
 実際に唯の放つ言葉も、律の推量に加勢するものだった。
「ふぅん。その辺の、昨日私が去った後の部室での事情も聞きたいとこだけど、
もうホームルームまで殆ど時間無いしな。移動時間考えたら、そろそろ戻らないと。
唯と憂ちゃんのやり取りも気になるけど、一旦戻るかー。
後で時間ある時に、併せて聞くよ」
「うん、そうだね。憂に対するテストの成果は、その時に話すね。
勿論、昨日の部室でのやり取りも。
でも、これだけは今聞かせて欲しいな。
今朝、私が登校して来るまでの間に、ムギちゃんと何かあった?」
 先程の律と紬に交わされた刺々しいやり取りが、気になっていたのだろう。
「ん、澪と私が一緒に登校しなかった事に付いて、詰問されてた。
結構、しつこかったな、ムギ。
それでまぁ、ちょっと刺々しくなっちゃったってだけだよ」
「ああ、なるほど、なるほど。やっぱり、そんな話になってたんだー」
 唯は納得したように首を縦に振った。
「ん、予想付いてたみたいに言うのな」
「んー、澪ちゃんが来てない事に関して詰問されたと思ったのは、
りっちゃんが澪ちゃん放置して登校してきた報告聞いた時だけど。
つまり、具体的な話の内容まで想像したのは、今さっきの事だけど。
でもね、予想というか、今日、ムギちゃんがりっちゃんに絡むんじゃないかとは思ってたよ。
それも昨日に部室であった話と絡めて、後で話すよ。
じゃ、戻ろうか。本当にホームルームに遅れちゃうし」
 ますます昨日の部室で、律が居ない時に為されたやり取りが気になった。
ただ、唯の言うように、ホームルームまでの時間は迫っている。
後ろ髪を引かれる思いながらも、律は踵を返した。
「ん、そうだな。てかマジに急いだ方がいいな。
戻れば澪も、もう来てるだろうけど」
「楽しみだよねー、澪ちゃんがどんな顔してるのか」
 期待を込めた朗らかな声を靡かせながら、唯が続いてきた。
律もまた、澪の浮かべる表情が楽しみだった。


119いえーい!名無しだよん!:2014/06/02(月) 22:02:19 ID:Ic6DMXn20


 教室に戻ると、まだ澪の姿は無かった。
既に澪が着いていると思っていた律は、若干訝りながら席に着く。
紬の咎めるような視線が律に浴びせられるが、
律としても想定していない事態だった。
遅刻が危ぶまれる時間まで律を待っているとは、流石に考え難い。
もしかしたら本当に、昨日の事が原因で学校を休む心算なのかもしれない。
それは先程、自分で行い唯に補強された推量とは異なる。
だが、現時点で澪が登校していない以上、思考も変えざるを得なかった。
 ホームルームが始まってもなお、澪は登校して来なかった。
それどころか、一限が始まっても姿を見せていない。
 一限が終わると、唯が訝しげな表情を浮かべながら律の席へと寄って来た。
「澪ちゃん、来ないね」
 紬も居る教室である以上、あまり踏み込んだ話はできない。
ただ、企画を匂わせない範囲でなら、話す事もできる。
「ああ。おかしいな。まさか、休む心算じゃね?」
「でもそんな連絡、学校には来てないみたいだよ?
ほら、ホームルームの時も、澪ちゃんの欠席は告げられなかったし」
 確かに担任には、澪の欠席の連絡はいっていないらしい。
「あの澪が無断欠席、とは考え難いしなぁ」
 律は腕を組んだ。
何か事故に巻き込まれたのではないか、という不安さえ過ぎる。
尤も、その場合なら尚更、学校には連絡がいくはずだと思い直した。
「ねぇ、りっちゃんの携帯には、連絡来てないかな?」
「ん、その手があったか。ちょっと電源入れてみるわ」
 律は携帯電話を取り出すと、電源を入れた。
「りっちゃんって、変なところで律儀だよね。
電源切るなんて校則、誰も守ってないよ。和ちゃんでさえ、ね。
皆マナーモードだし、先生も黙認してるよ。有名無実、有名無実」
「名前のとおり、律儀な性格してんだよ。唯とは違うの」
「ティータイムなんて、それこそ校則スレスレなのにぃ。
そのファッションだって」
「だからこそ、だよ。
そっちで校則掠ってんなら、別のとこで校則守んねーとさ。
まぁ今は澪の一大事っぽいから、黙認方針に甘えさせてもらうけど。
って、わっ」
 立ち上がった携帯電話の画面に、律は思わず驚きの声を上げた。
異常だった。

120いえーい!名無しだよん!:2014/06/02(月) 22:03:34 ID:Ic6DMXn20
「ど、どうしたの、りっちゃん」
 いきなり声を上げた律に対して、唯から訝るような声が掛けられる。
「今朝、起きた時点では、着信なんて無かったし、未読メールも無かったんだ。
それが、そこから今に至るまでで、こんなに……」
 律は画面を唯に見せ付けながら言った。
そこには、不在着信が47件、未読メールが34通と表示されている。
「これ、もしかして、全部澪ちゃん?」
「多分……」
 律は答えながら、着信履歴を表示させた。
思った通り、発信者には秋山澪の名が表示されている。
それは、普段の合流時刻を少し過ぎた辺りから、澪から頻繁にコールされた事を示す痕跡だった。
「うわぁ。ねぇ、メールは?」
「今、確かめてみるよ」
 唯に促されて、律はメールの受信フォルダを表示させた。
未読となっているメールの差出人は、全てが澪からだった。
こちらもやはり、着信と時をほぼ同じくして送信されている。
 律は空恐ろしい思いを抱きながら、メールを受信時刻に沿って開いてゆく。

『どうしたんだ?』

『遅れてるぞ。今、どの辺?』

『遅刻しちゃうぞ』

 送信間隔の短さを除けば、始めのうちは無難な内容のメールだった。
少なくとも、文面に付いては異常は無い。
だが時を追う毎に、文面は異常さに浸食されてゆく。

『なぁ、どうしたんだ?どうしてメール返してくれないんだ?
どうして電話が繋がらないんだ?
アナウンス通り、電源切ってるだけ?着信拒否はしてないよね?』

『今何処に居るの?事故にあったりしてないよね?
具合悪くなったりしてないよね?』

『連絡だけでもすぐに頂戴。不安なんだ、律がどうなっちゃってるのか』

『もし律、この携帯の所有者が何らかの事故に巻き込まれていて、このメールを見た方、
すぐに着信履歴の秋山澪宛てに発信してください。
それで、律の容体を教えて下さい』

 メールの受信時刻は既に、遅刻が確定する時間にまで達していた。
その期に及んで尚、澪は律を待っていたらしい。
そしてメールの内容も、律が事故に巻き込まれた不安へと及んでいた。
 更に受信時刻の進んだメールには、澪の狂的な情念が連ねられていた。
律は気圧される思いで、読んでゆく。
隣で読む唯も気圧されているのか、一言も声を放てていない。

121いえーい!名無しだよん!:2014/06/02(月) 22:05:11 ID:Ic6DMXn20

『律、律。昨日の事、怒ってるんだよね?
ごめんね、私が全面的に悪かったから。謝るから、だから、出てきてよ。
隠れてないで出てきてよ』

『怖いよ、不安なんだ。律が居ないと嫌なんだ。
もう一緒に歩いてくれないの?嫌だよ、そんなの嫌だよ。
律、お願いだから出てきて』

『酷い、私がこんなに待ってるのに。寒いよ、背筋も指先も心も寒いよ。
だから出てきて、私から隠れるなんて、酷い事しないで』

『ごめんな、酷いなんて言っちゃって。本当にごめん。謝る、だから出てきて。律、何処に居るの?』

『律が私の事避けても、私は律の事、絶対に離さないから。
だから、早く出てきて』

『どうしちゃったのかな、もう学校始まってるのに、律がまだ来ない。
律が、会いに来てくれない。ねぇ、律。
どうして一緒に歩いてくれないの?』

「どうして一緒に歩いてくれないの?」
 震えた声がメールの文面とリンクして、律の真後ろから聞こえた。
律は弾かれたように後方へと首を向けた。
唯もまた、律に倣って首を振り向けている。
そこには、憔悴しきった表情で律を見下ろす、澪の姿があった。
「律、昨日はごめんな。でも、私を置いて先に行かないでよ。
今迄みたいに、一緒に歩いてよ」
 澪は激する様子は見せずに、静かな声で言葉を紡いでいる。
それでも、律は気圧されていた。
眼前の澪は、電話とメールを病的な頻度で発信した者である。
その事実がメールの執念じみた内容と相俟って、律に畏怖を生じさせていた。
「い、いや。別に一緒に学校行くなんて約束、してなかったし」
 答える声にも畏怖が混じり、吃音気味となった。
「初めて入学した日から昨日まで、ずっと一緒だったのに。
いや、もう小学校から中学を通して、昨日まで」
 澪の瞳に不審が浮かぶ。
「いや、そうだけどさ。
でも、約束してないのに、先に行くって伝えるのって、なんか変だと思ったし。
それに、時間になっても私が見えなけりゃ、勝手に学校来ると思ってたし。
つーか、どうしてこんな時間になるまで待ってたんだよ。
おかしいだろ、普通、こんな時間まで待たないって」
 気圧されたままでは、澪にイニシアティブを握られてしまう。
そう感じた律は竦む心を無理矢理奮い立たせて、攻勢へと転じた。
試す側は、常にイニシアティブを握らねばならないのだ。
「昨日あんな事があった翌日だから、絶対に一緒に登校したかったんだ。
ましてや、昨日は一緒に帰れなかったし。
本当は律の家にまで向かいたかったけど、
親に知られたくない事情で律が遅れてるんなら、迷惑になると思ったから。
だから、あそこでずっと待ってる心算だったよ。
その間、ずっと不安だった。律が何かの事故に巻き込まれていたら、どうしようって」
「てゆうか、私が先に学校行ったかもとは、思わなかったのか?」
「思ったよ。でも、その場合、あの場所に居れば帰宅する律と会えるから。
それに、思いたくなかった。律が私を置いていくなんて」
 執念じみた思いを吐露する澪に、律は堪らず黙り込んだ。
イニシアティブを握らねばとは分かっている。
だが、上手く言葉が出てこない。

122いえーい!名無しだよん!:2014/06/02(月) 22:06:33 ID:Ic6DMXn20
「でもさ澪ちゃん、実際にはずっと待たずに、学校来たよね?
確かにりっちゃんを長らく待ってたけど、言ってる事が行動と比較して過大だと思うな」
 攻めあぐねる律に、唯から助け舟が出された。
確かに唯の言う通り、澪は一限が終わった段階で学校に来ている。
律に対する執念も、言葉にこそ滾っている。だが、行動までは言葉に追い付いていない。
唯が指摘する通り、澪の執念も口だけかもしれない、と。
少なくとも今の時点では、律はそう思った。
「待ってる心算だったよ。でも、ムギからメールが来てさ。
その文面に、律が既に学校に来てる事が書いてあったから。
信じたくなかったよ。でも、律が来ているなんて嘘を態々吐く理由が無い。
それに、授業中にあのムギが、冗談でメールしてくるとは思えなかったし」
 律は咄嗟に紬へと視線を送った。
紬は素知らぬ顔で、窓の外を眺めている。
それでも、こちらの話に聞き耳を立てている事は察せられた。
メールを送っておきながら、澪を迎える挨拶すらしていないのだ。
律と澪の間で交わされるやり取りを、見極めたいかのように。
それは傍観というよりも、様子見のように感じられた。
今は干渉せずとも成り行き次第では、先程のように口を挟んでくるかもしれない。
「へぇ、澪ちゃん、りっちゃんよりもムギちゃんを信頼したんだね」
 一方、唯は傍観も様子見もする心算が無いらしい。
澪へと積極的に切り込み、律への信頼を疑う発言を放っている。
「何でそんな風に取るんだよっ」
 唯の意地の悪い言葉は、澪の怒りに火を付けたらしい。
澪は鋭い瞳で唯を見据えながら、怒鳴り付けていた。
澪の怒声と睥睨に竦められた唯は、怯えたように目を伏せてしまった。
「おまっ、教室で怒鳴るなよ。それに唯が可哀想だろ?」
 律はこの機に澪を嬲ろうとは考えなかった。
澪の咆哮は、少なからず周囲の視線を集めている。
この状況下で、理不尽な言動など取れるはずも無かった。
「そうだな。唯、悪かったよ」
 律が宥めると、澪は素直に従った。
「あ、うん。私も、ごめん」
 唯も謝罪を返した時、タイミングよく予鈴が鳴った。
その音を合図に、唯も澪も自席へと散って行った。
律も椅子に座り、教師の到着を待った。


123いえーい!名無しだよん!:2014/06/02(月) 22:08:21 ID:Ic6DMXn20



 昼休みになると、律はすぐに唯の席へと向かった。
「唯ー、一緒にご飯、食べに行こー」
 勿論、昨日の報告を聞く為の誘いである。
昼食など、外面的な口実に過ぎない。
「うんっ、行こー、行こー」
 唯も当然のように分かっていて、すぐに了承を返してきた。
弁当箱を持って立ち上がる唯を伴い、律は教室を出て行こうとする。
「待って、律」
 だが、教室を出る前に、澪から呼び止められた。
「ん?」
「私も律と一緒に、ご飯、食べたいな」
「いや、私、唯と一緒に食べるから」
 澪が着いて来てしまっては、目的を達する事ができない。
「三人でも食べれるだろ?」
 澪の言う事は道理であるが、律とてそれを弾く口実は用意してある。
「いやぁ、それがさ。ちょい悩み相談的な事もやるから。
これ、妹や弟が居る者にしか、分からないような類の悩みなんだよね。
だからまぁ、悪いけど澪にはご遠慮願うって事で。
プライバシーの度が強い話でもあるから、さ」
 隣で唯が、一瞬だけ感心したような表情を見せた。
「そうなの?なら、しょうがないけど……。
でも、他の時間には相談できないのか?電話とかで」
 信じているのか疑っているのか判じかねるが、澪は粘ってきた。
「電話とか有り得ないって。家で電話なんかしたら、それこそ弟や妹が、ねぇ。
学校でも放課後とかは部活だし、唯とじっくり二人になれるのって、昼休みくらいんなんだよね」
 律がそう言うと、唯からも加勢する声が上がった。
「そうだよねぇ、りっちゃん」
「もういいわ、澪ちゃん」
 そこに、紬が割って入ってきた。
紬は声を掛けた澪に向かって、続けて言う。
「私と一緒にご飯食べましょ?
このまま澪ちゃんまで一緒に行かれると、私が寂しいな」
「あ、ああ。そうだな。分かったよ」
 澪が諦めたように呟いた事で、律は背を翻した。
ただ、その背に紬の声が突き刺さる。
「助かるわ、澪ちゃん。今日は私、りっちゃんと一緒にご飯食べる気がしなくて」
 声こそ澪に向けられているが、内容は律へと突き立てられている。
律は怒りのままに振り向いて、紬を睨み付けて糾す。
「ムギ、何か私に、言いたい事でもあるのかよ?」
 紬と不必要な対立をしたくないという思いは、消え去りかけている。
「ちょっと朝の事が響いているだけ。昨日の事と併せて、ね」
「朝の事ね。そういやお前、澪にメールしたらしいな。
朝の時点じゃ、自分から連絡する心算無いとか言ってなかったか?」
「あの時点では、その心算だったんだけど。
授業始まっても来ないなんて、尋常じゃないと思ったから。
そうなっても未だ平然としてる、りっちゃんに業を煮やした思いもあるけど。
だから、連絡させてもらったわ。
いつもは、りっちゃんと一緒に登校してくるけど、まだ来ていない今日は何かあったの?
って」
「え、何?私が居ない朝の間に、何かあったの?」
 澪が目を白黒させながら、言葉を割り込ませてきた。
「ええ。りっちゃんが澪ちゃんに連絡せずに、勝手に早く登校して来たって言うから。
私が澪ちゃんに連絡するよう、勧めたの。
執拗に勧めたんだけどね、それでもりっちゃん、どうしても連絡しようとはしなかった」
 澪に向けられる紬の声は、優しく穏やかなものだった。
律に対して向けられた冷たく尖るような声とは、対極を為している。

124いえーい!名無しだよん!:2014/06/02(月) 22:09:54 ID:Ic6DMXn20
「そうなの?そういえば律はどうして、連絡してくれなかったの?
私が居ない事、変だとは思わなかったの?
それに、ムギに指摘されても、それでも連絡しようとはしてくれなかったの?」
 澪が波状的に問いを浴びせてきた。
律は面倒そうに髪を弄りながら応じる。
「さっきも言ったろ?別に約束してなかったって。
約束してないのに連絡するなんて、変だと思ったし。
ま、一限が終わっても来ないようなら、連絡する心算だったけどね。
丁度それをしようとした時に、澪が来たからする必要無くなったってだけで」
「習慣付いてる事を考えれば、連絡するのが当然だと思うわ。
それを置いて考えても、遅れてる澪ちゃんが心配だとは感じなかったの?」
 紬の追及に飽き飽きしていた律は、溜息を一つ吐く。
その上で反駁をしようと思ったが、その前に唯が言葉を挟んできた。
「ねぇ、ムギちゃん、変な絡み方しちゃダメだよ。
大体、昨日ムギちゃん、あずにゃんを止めてたよね?
仲が険悪になるのは良くない、って。
なのにムギちゃん、りっちゃんに対して敵対的な事ばかり言ってる。
あずにゃんに偉そうな事言う前に、まずは自分を省みた方がいいと思うな」
 昨日、自分が居ない時に何があったのか、律は余計に気になった。
唯の言から察するに、紬と梓の間で何かあったらしい。
その事情を知る為にも、早くこの場を脱して唯と二人になりたかった。
 尤も、その機会はすぐに訪れそうだった。
唯の言葉が、紬へと一撃を加えたらしい。
紬は気まずそうに顔を伏せると、律へと向けて謝ってきたのだから。
「ごめんなさい、りっちゃん。私、言い過ぎたわ。
唯ちゃんも有難うね、私、冷静さを欠いてたみたい」
「ま、いいって、いいって、皆が仲良ければ。ね、りっちゃん。
じゃ、行こうか」
 確かに、紬が退いたこの機を逃す手は無いだろう。
誘う唯に、律は素直に従って言う。
「ああ、そうだな。ムギも、こちらこそ悪かったな。じゃ、行ってくる」
 返答を待たずに背を翻すと、律は唯と共に教室を出た。
時間が惜しかった。昼休みといえど、時間は限られているのだ。
やや早めの歩調で進み、部室へと辿り着いた。

125いえーい!名無しだよん!:2014/06/02(月) 22:11:05 ID:Ic6DMXn20
 律は椅子に腰掛けると、弁当箱を広げながら唯へと向き直る。
「で、今朝の続きだ。私が去った後、何があったんだ?」
 唯もまた、弁当箱を広げながら応じてきた。
「んー、大した事じゃ無いよ。
あずにゃんが怒って、りっちゃんを追い掛けようとした。
それをムギちゃんが窘めて止めた、っていうのが大筋。
まぁムギちゃんは、澪ちゃんに同情はしてたみたいだけどね。
あずにゃんを止めつつ、今後も似たような態度をりっちゃんが取るなら、
澪ちゃんの力になるって言ってたし。
ああ、ちなみにその澪ちゃんは、ちゃーんと、りっちゃんを庇ってたよ。
落ち込んだ風は見せてたけど、仲直りしたがってたし。
いーなぁ、りっちゃんたら、あんなに愛されちゃって」
 律が去った後の澪の態度に付いては、概ね満足のいくものだった。
愛されている証左となる行動を、澪はしっかりと取っているのだから。
だが、律の注意を引いた事象は、澪の態度では無かった。
寧ろ梓や紬の態度の方が、律の注意を喚起している。
「梓やムギが、私に怒ってたのか。まぁ、私が去る前から怒りは見せてたけど。
それで朝からムギが、あんな態度だったんだな。
やっぱり昨日のムギ、相当にキレてたか?」
「んー、昨日の時点では、そんなでも無かったかな。
まぁ、りっちゃんに対して何らかのアクションを起こす事を、匂わせてはいたけどさ。
寧ろ、昨日激怒してたのは、あずにゃんの方だね」
「梓、か」
 日頃から澪を尊敬している後輩の顔が浮かぶ。
昨日も梓は澪を庇い、律に牙を向けていた。
律が居なくなった後も、やはり怒りを露わにしていたらしい。
「そ。ムギちゃんより、あずにゃんの方が問題かもね。
今日の所はまだ顔を合わせてないから、何とも言えないけど」
 唯の言う通り、梓とはまだ言葉を交わしていない。
どれ程の怒りを見せてくるのか、懸念の材料だった。
「それにしても、話が大きくなるのは勘弁なんだよなー。
私の目的はあくまでも澪なんだから、ムギや梓は静かにしていて欲しいよ」
 律は本音を零した。
紬や梓と険悪になり、HTTの仲に亀裂が入る事は本意では無い。
「まぁ、そこまでは計算して無かったね。
あくまで澪ちゃんとりっちゃんの駆け引きになると思ってたけど、
実際にはあずにゃんやムギちゃんも巻き込んじゃうかー」
 そう返す唯の口からも、溜息が漏れていた。
「てか唯、擁護してくれるのは有り難いけどさ。
お前はもうちょい、澪やムギと仲良くしろよ。
この状況下で唯まで澪やムギと対立しちまったら、内部抗争じみてくるぞ。
澪を試すのはあくまで私に任せて、さ。
ムギが怒ってるのも私に対してなんだから、それも私の方で対応するよ」
「いやー、でもこの企画を持ち掛けたのは私の方でして。
だから、りっちゃんを擁護したりサポートする義務があるって、感じてたりするんだよね」
「まぁ、その心持ちは有り難いけどね。
ただ、私は自由な意志で唯の提案を受けたんだから、責任も私の方で負うよ。
それに放課後ティータイムに亀裂が生じるのは、望んではいないぞ。
いやまぁ、ムギと仲が微妙になってる私に言う資格無いかもだけどさ」
「仕方ないよ、ムギちゃんも結構、喧嘩腰だったんだし。
でもまぁ、大丈夫だよ。結局は一時的なテストなんだし。
結果に満足したら種明かしするんだし、その後で関係修復すればいい話で。
それに、ムギちゃんやあずにゃんの顔色気にしてたら、存分に澪ちゃん試せないでしょ?
だから亀裂云々なんて、気にすべきじゃないと思うな」
 唯の言う通りだった。
紬や梓に気付かれずに澪を試すのでは、方法に多くの制限が付いてしまう。
多少の仲違いは仕方ないと、割り切らざるを得ない。

126いえーい!名無しだよん!:2014/06/02(月) 22:12:25 ID:Ic6DMXn20
「まー、それもそうかもな。ところで、唯。お前の方はどうだったんだー?
昨日、憂ちゃんをテストしたんでしょ?」
 そろそろ昼休みも短くなってきた手前、律は昼食に箸を付けながら問う。
唯もまた、昼食に箸を伸ばしていた。
「うん、試してみたよ。
憂の作った夕飯を食べずに、買ってきたカップラーメンを食べてやったよ。
勿論、憂の作った手料理への文句も忘れずにね」
「へぇ、そりゃ結構、どぎつい仕打ちだなぁ。
んで、ちゃんと憂ちゃんは、それでも唯を愛してくれたか?」
「それがねぇー、そう簡単にはいかなかったんだよ。
憂ったら、始めは私にキレてきちゃって」
「憂ちゃんがっ?」
 律の声に驚きが篭った。
姉である唯に対する憂の尋常ならざる愛情は、律も幾度も見てきた。
その憂が、唯に対して反抗するとは予想していなかった。
例え唯の悪辣な仕打ちが原因だったとしても、憂ならば全て許すだろうとさえ思っていた。
「うん、酷いよね。だから私もショックのあまり、本気で怒っちゃったんだけど。
そうしたら憂、後で謝ってきたけどね。でも、簡単に許すとは言わなかったよ。
許すかどうかは、今日からの憂の態度次第だっていう条件を付けたんだ。
そうすれば、今日からのテストで、憂は私からの仕打ちに刃向いづらいからね。
従順になりやすくなって、私への愛情を示してくれるよ」
 唯は自慢げに語っているが、その話に律は疑問を感じていた。
疑問を抱える律に気付く事無く、唯は続けて言う。
「私から提案した企画だからね。
やっぱり、りっちゃんが澪ちゃんから愛される以上に、憂から愛されたいよ。
負けないよ、りっちゃん。ふんすっ」
 唯は鼻息を荒げて勇んでいるが、反面律は冷静に考えていた。
果たして、唯の取った方法は、企画の趣旨に合致しているのか。
そして心理を誘導して得るテストの成果が、果たして唯の望みと一致するのか。
それを指摘しようか迷ったが、結局律は言う事にした。
「なぁ、唯。私達って、冷たい仕打ちをしても相手が付いてくるか、
それを指標として愛を試すんだよな?
でもさ、唯って、憂ちゃんが冷たい仕打ちを受けても付いてくるように仕向けただろ?
それって、当初の企画の趣旨とズレてないか?
愛されているかどうか試すと言うより、愛されるように仕向けている、って感じで。
それにさ、そうやって憂ちゃんの心理を誘導して愛されたとして、それで唯は満足なのか?
何ていうか、何らのバイアスを掛けない純粋な愛を試したくないのか?」
 唯の機嫌を損ねないように言葉を選んだが、それでも反応が少し怖かった。
ただ、唯に気分を害したような風は見受けられない。
あくまでも鷹揚だった。
「うん、正直言って、ズレてはいると思うね。
でも、しょうがないじゃん。最初の趣旨貫徹しようとしたら、昨日の時点で私は脱落だよ。
私から企画提案したのに、カッコ悪いなって。
澪ちゃん風に言えば、すかさずに目標下方修正して、ってヤツ。
まぁ、趣旨なんて大幅にズレてなければ、曖昧でいいんじゃない?
どうせ遊びの企画なんだし」
 臨機応変さが唯らしく、律は笑みを零した。
それに唯の言う通り、遊びにおいて趣旨を真面目に考える必要など無いと思えた。

127いえーい!名無しだよん!:2014/06/02(月) 22:14:48 ID:Ic6DMXn20
 そう、遊びだった。相手の純な心を試すこの行為は、遊びだった。
少なくとも、律と唯においては。
「ふふっ、まーそうだな。それに、一旦はキレられても、
その後で憂ちゃんから謝罪受けたって実績あるんだから、脱落じゃあないさ。
まぁ、その辺は自由にやってくれていいよ。
でも、驚いたよなー。だって、あの憂ちゃんが、一時的とは言え唯にキレるんだぜ?
やっぱ、怖くなかったか?普段従順な人間が、いきなりキレる姿って」
「んー、私の場合、恐怖や驚きよりも怒りが先に来ちゃったからなー。
だから怖いとは感じなかった、かな。それよりも、澪ちゃんの方が怖かったよ。
アレを試すだなんて、りっちゃんも大変だよね。それでも、続けるんでしょ?」
 確かに、今日律は澪に気圧されていた。
だが、止める心算は無かった。
今となっては、逆に闘争心さえ掻き立てられている。
それに、澪が執念めいた愛を見せれば見せる程、それは愛されている証左となるのだ。
「ああ、止めないよ。そりゃ、さっきは異常なメールや着信に驚いたさ。
でも、逆に考えれば、そんだけ愛されてるって事だしな。順調に企画は進んでいる訳だ。
何よりさ、こっちは愛を試す側だよ?
なのに愛される事を恐れて止めちゃうなんて、完全敗北じゃん。
やっぱ愛を試す以上、向かってくる愛は全力で受け止めないとな」
「えへへ、やっぱりー。
りっちゃんのそういう所が、こういう企画向いてるよね。
この楽しさを共有できる相手が、りっちゃんで良かったよ。
他の人だったら、こうはいかないもんね」
 唯は朗らかに笑う。
確かに律としても、こういう企画は組む相手が唯だからこそ楽しめる。
「私も同じ思いだよ。唯みたいな悪戯心が分かるヤツと組んだ方が、楽しいしな。
ところで、唯。そろそろ戻るか?時間も残り少ないし」
 唯からの報告が片付いた事で、律は時計を見ながら言う。
話し合いながら箸を進めた昼食も既に片付いており、後は教室へと戻るだけだった。
「あ、そうだね。そろそろ、戻ろっか。
でも、りっちゃん、早起きできていいよね。
実は私もそれ、やりたかったんだ。でも、憂より先に起きれなかったよ」
 唯の言う”それ”とは、澪を置いて一人登校した事を指しているのだろう。
早起きを羨む言葉から、容易に推測する事ができた。
「おかげで私は眠いけどな。まぁ唯の場合、家が同じなんだから。
精神的な効果しか、期待できないぞ。尤もそれこそが、私の場合目的だったけど」
「やっぱり遅刻は想定外だったんだね。私も、同じ。
置いて行かれた、っていう感覚こそが重要なんだよ。
だからこそ、やりたかったのに。明日も頑張ってみたいけど、無理そうだなぁ。
早起きできて本当にいいなぁ、りっちゃん。私も憂にやってみたいよ」
 唯との話は弾むが、移動時間を考えればそろそろ教室に戻りたかった。
話題は半ばながらも切り上げようと、律は腰を浮かせながら口を開く。

128いえーい!名無しだよん!:2014/06/02(月) 22:15:50 ID:Ic6DMXn20
「何をやってみたいんですか?」
 それは律の声では無かった。勿論、直前まで話を展開していた唯の声でも無い。
律が言葉を発するよりも先に、新たな声が割り込んできたのだ。
律は身体を緊張に強張らせて、声の方向へと視線を向けた。
丁度開こうとしている部室の扉が、目に飛び込んでくる。
 ゆっくりと開かれた扉の先には、怒りに顔を歪ませた梓の顔があった。
「あずにゃん……」
 梓を愛称で呼ぶ唯の顔には、焦りと戸惑いが見え隠れしている。
自分も同じような表情を浮かべているだろうと、律は思った。
「何を憂にやってみたいんですか?」
 部室に入った梓は扉を後ろ手で閉め、先程の問いを繰り返してきた。
唯を見据える瞳は、刺すように鋭い眼光を放っている。
「何って、特別話すような事じゃ無いよ。
まぁ、気にしない、気にしない」
 唯は誤魔化すのでは無く、流そうとしていた。それも仕方の無い事だと律は思う。
梓が何処から聞いていたのか。それが分からない以上、咄嗟に話を作る事は危険だった。
 だが、梓に流される心算は無いらしい。
「気にしますよ。だって、親友の憂に関わる事ですから。
話してください」
 尚も迫る梓に、唯は返答に窮して黙りこくった。
代わって、律が言葉を放って応じる。
話を逸らす事が出来れば幸いと、問いも織り交ぜて。
「実際に大した事じゃ無いよ。
それより、授業も近いのに、どうして部室なんかに来たんだ?」
「それを律先輩なんかに言う必要あるんですか?」
「えっ?」
 予想外に攻撃的な梓の答えを受けて、律の口から思わず頓狂な声が漏れ出た。
梓が律に怒りを抱いている事は承知していたが、
ここまで直接的な敵意を示すとは思っていなかったのだ。
 絶句した律に代わり、今度は唯が言葉を放つ。
「あ、あずにゃん。めっでしょ、めっ。
先輩にそんな口の聞き方したりしたら」
「そうですね、言い過ぎでした。
昨日の事が腸に煮えくり返っているとはいえ、気を付けましょう。
次の授業で使う物を取りに来た、っていうだけですよ。
そうしたら偶々、唯先輩の声を聞いてしまいまして」
 梓は言いながら、私物置き場と化している倉庫へと向かった。
そこから戻った梓の手には、和英辞典が握られている。
持ち帰るには重く、机に置いたままではスペースを取る物だった。
そして授業で使う頻度は極端に少ない。
他の部員同様、梓もそういった物は部室の倉庫を利用していた。
「その話だけど、あずにゃんは何処から聞いてたの?
中途半端なところから聞いていて、誤解してもらってると困るんだよね」
 律も気になっている事を、唯が問いかけた。
何処から聞いていたのか、それによっては律達の立場が窮する事になる。

129いえーい!名無しだよん!:2014/06/02(月) 22:16:59 ID:Ic6DMXn20
「何処からも何も、さっき言った通りです。
憂に何かをやりたいと、唯先輩が言っていた所ぐらいしか聞いていません」
 梓は本当の事を言っていないと、律は思った。
もしその部分だけしか聞いていないなら、怒気を表情に漲らせたりはしないだろう。
昨日の事がある律だけならまだしも、唯にも怒りは向けられていたのだ。
「そっか。まぁ、変な誤解はすんなよ?
どう解釈したか知らないけど、別に変な話じゃ無いんだから。
まぁいいや。そろそろマジで授業危ない時間だし、教室に戻ろうぜ。
梓も次の授業、遅刻すんなよ?」
 律は逃げるように言った。
梓が何処まで承知しているか分からない以上、下手に話を長引かせたくは無い。
「いえ、まだこちらの話は終わってません。
それで唯先輩は、憂に何をやりたいんですか?」
「ただのサプライズだよ。親しい者同士じゃよくあるだろ?所謂、吃驚系の企画って。
憂ちゃんを驚かせたい、そう言う唯の相談に私は乗ってただけ。
だから、他の人に無闇に話せないような事なの。
梓も憂ちゃんに変な事吹き込むなよ?サプライズの効果が無くなっちまうんだから」
 律は投げ捨てるように言うと、背を翻して扉へと向かう。
唯も慌てて後を付いて来た。
「本当にただのサプライズなんですか?
もっとえげつない事、企んでたりしませんか?
内容、言ってみて下さいよ。憂が傷つかないような事なら、口外しませんから」
 梓の声が追いかけてくるが、律は無視して部室を出た。
唯も梓に答えず、律へと続いてきた。
 律は梓が追いかけて来ない事に、少し安堵していた。
梓は授業に遅刻する事すら厭わず、律と唯の企てを追及してきた。
その事が、かなり深刻な部分まで話を聞かれていた証左にも思える。
「りっちゃん」
 教室に入ろうとする時、唯に袖を引かれた。
振り向くと、唯が言葉短く問いかけてきた。
「止めないよね?」
 律は無言のまま、首を縦に振った。
ここで退いても、中途半端に梓へと猜疑を残すだけだ。
どうせなら、リスクに見合った結果が欲しかった。


130いえーい!名無しだよん!:2014/06/02(月) 22:21:39 ID:Ic6DMXn20



 夜、律は唯に電話を掛けながら、今日の事を思い返していた。
澪を放置したまま登校した事や、紬との衝突、そして梓に唯との会話を聞かれた昼休みの事が蘇る。
更に、放課後の部活の事も。
 今日の部活では、律は澪を避けるだけに留めて過ごした。
本当は昨日のように辛辣な仕打ちで遇したかったが、梓の手前で目立つ事は憚られた。
梓の詰問の対象は主に唯だったとは言え、律に対しても不信は向けられているのだ。
 また、梓の出方を探りたい、という思いもあった。
その梓の態度であるが、唯をあからさまに避けていた。
そして律に対しては昨日同様、敵意を剥き出しにしてきていた。
ただ、梓の口から昼休みの話題が出る事は無かった。
尤も、未だ憂に対して話を打ち明けた可能性は残っている。
 その可能性を確かめる為の、電話だった。
「はいはい、今晩はー」
 程無くして、唯の朗らかな声が聞こえてきた。
その声からは、深刻な事態に陥っている事は連想できない。
「あ、唯。夜遅くにごめんな。近くに憂ちゃん、居たりしないよな?」
 対する律は、声を潜めて言う。
「うん、居ないよ。まぁ家には居るけど、普通に話してれば大丈夫。
今私、部屋の中からだから、まず聞こえたりしないよ。
で、憂の耳を気にするって事は、例のテストに関する話なんでしょ?」
「そ。まぁ、学校じゃ話せなかったからな、梓の耳もあるし。
で、その梓の件なんだけど。憂ちゃんはどうだった?
梓から何か聞いたような素振り、見せていたか?」
「全然。私もそれ気にしてたんだけどね。
今の所、憂からそういう話は出てないし、特別不自然なとこも見られないかな」
「ふーん。結局、梓は憂ちゃんに何も話してないのかなぁ。そうなら、いいんだけど」
「別に話されたって構わないと思うけどねー。
どうせ大した話にはならないんだし。
そもそもさ、あずにゃんだって詳しくは把握してないと思うよ」
「いやいやいや。昼休みの梓の剣幕、見ただろ?
結構ヤバイところまで、聞かれちゃってるんじゃないか?」
「大丈夫だよー。ドア越しの盗み聞きだし、
あずにゃんだって、お昼ご飯食べてから来たんだろうから。
始めから話聞いてた訳じゃ無いはずだよ。
まぁ、あずにゃんは自白してたより、もっと前から話を聞いてたとは思うけどね。
あの態度を見るに、憂を心配する気持ちが湧き上がるくらいには、話は聞けてたんだろうけど。
それにしたって、私達の企画は分からないはず。
だからこそ、追及してきたんだよ。
分かってたのなら、直情的なあずにゃんはもっとダイレクトな行為に出てる」
 唯とて、決して無根拠に楽観している訳では無いらしい。
梓の性格を思えば、唯の論には確かに説得力もある。

131いえーい!名無しだよん!:2014/06/02(月) 22:23:06 ID:Ic6DMXn20
「うーん、それにしたって、なぁ。
唯が憂ちゃんに好ましくない行為に出るって事、察してはいるんだろ?
具体的に何をやっているのか、分かってないだけで。
なら、禍根を残すじゃん?」
「うん、だからこそ私は、この企画を続けたいんだよ。
ここで止めちゃったら、あずにゃんの私達を疑う気持ちだけが残る。
大好きなあずにゃんから信頼されないなんて、耐えられないし。
だから私は、テストを貫徹して、その結果を示したいんだよ。
終わり良ければ全て良し。
結果さえ良いものが出れば、企画に対するあずにゃんの納得も得やすくなると思うから。
そこに賭けたいんだ」
 唯はそう言っているが、律は別の思惑も隠されているのではないかと感じていた。
梓に嫌われたのなら、せめて憂から愛されたい。
その思いが透けているような気がした。
寧ろ、梓に嫌われたからこそ、憂から愛される必要性が増しているのかもしれない。
それは律とて似たようなものだから、敢えて指摘しようとは思わなかった。
代わりに、今後の事へと話を移す。
「安心しろ、私もこの企画に参加し続けるから。
それはともかくさ、今後はもう、
なるべく学校ではこういう話を控えた方がいいかもしんない。
今日みたいに聞き耳立てられたら堪らないし。
梓からマークされるだろう事を考えれば、余計にな」
「実は私も、それ提案しようと思ってたんだよね。
でさ、もう少し遅くなってから、電話しようとか思ってたんだよ。
だからね、りっちゃんはさっき電話した事謝ってたけど、
本当は謝る必要無かったんだよ。だって、どうせ私が電話してたし」
 唯もまた、梓のマークを気にしている点では同じらしかった。
「へぇ、気が合うな。でさ、代替の手段だけど、電話がいいよな。
一番、手軽だ。自室から電話すれば、梓は問題にならない。
ここで問題になるのは、憂ちゃんなんだよな。
だから家での電話と言えども、そうそう自由気軽に企画に関して話せないけど」
「それも問題無いよ。私も電話をメインの会話手段に使う事、提案しようと思ってたんだ。
だからその憂対策だって考え済みだよ。
もしりっちゃんが電話して来た時に、憂が傍に居たら。
私は、やぁりっちゃん、って言って電話に出るね。
その場合、後で改めて折り返すから、適当に無難な話でもしよう」
 唯の機転に、律は感心した。
「合図か。それ、いいな。私も唯から電話掛かって来た時に、
万が一澪とかの話聞かれたら不味い奴が傍に居たら、やぁ唯って言って電話に出るよ。
まぁ私の場合、それを気にするのは自室外から電話する時くらいだけどな。
後、簡易な報告程度だったら、メールで済ませるようにもするよ」

132いえーい!名無しだよん!:2014/06/02(月) 22:24:40 ID:Ic6DMXn20
「そだね。あ、そうだ。
それとね、これはりっちゃんに対する提案なんだけど、
澪ちゃんに仕掛けるのは学校外で試みた方がいいかもしんない。
私がそれを見れなくなるのは、ちょっと残念だけどさ。
でも、あずにゃんやムギちゃんのマークがある中で澪ちゃんを試し続けると、
余計な邪魔が入りかねないからね。
昨日始めたばかりなのに、早速学内じゃ厳しくなってる」
「そうだな。どうせ学内じゃ、バリエーションにも限りがあるし。
でもさ、学外でやる場合でも、事前に唯に連絡入れるようにはするから。
気付かれないように、見ていてくれよ」
「有り難い配慮だよ。んっ、いい事思い付いた。
今度、りっちゃんを家に招待しようかな。
そうすれば、りっちゃんも憂に対して仕掛ける所を見れるよ。
私だけ見る楽しみがあるの、悪いとは思ってたんだよね」
「んー、それも楽しそうだな。
てか、それで思い出した。電話して結構時間経ってるけど、憂ちゃん大丈夫か?
この話聞かれてないか、ちゃんと警戒してるよな?」
 話に熱中するあまり、律は見落としていた。
唯は今、憂と同じ屋根の下で電話しているのだ。
「んー、大丈夫でしょ?
一応、注意は向けてるけど、二階に上がって来た気配無いし。
それにさ、あまり警戒し過ぎる必要無いと思うよ。
どっちかと言うと、警戒し過ぎる方が心配だよ」
 唯はあまり警戒していないようだった。
思えば、この通話においても、唯は声を落としていない。
それどころか、警戒を戒めるような言動さえ取っている。
「警戒し過ぎるのが心配って、どういう事だ?」
「単純だよ。無理に隠そうとして萎縮しちゃうと、効果的な仕打ちができなくなる。
それじゃ、テストの意義が無くなっちゃうよ。
時には、バレるの覚悟で突き進まないとね」
「それは正論だけどな。でもさ、やっぱり当事者に知られちゃうのは不味いっしょ。
どれだけ警戒しても、警戒し過ぎ、って事は無いと思うけど」
「不味いかなぁ?まぁ、今の時点でバレたら味気無いけどさ。
でも、この企画がバレる事は、必ずしも悪い事じゃ無いよ。
考えてみて?今まで私達から受けた辛辣な仕打ちや冷たい扱いが、
実は愛を試すものだったと知った時の憂達の気持ちを。
結構なショックになると思うんだよね、それこそがテストの一つになる。
いや、シメになる。
試されたと知って尚、私達を愛してくれるのならば、それは最上の結果だよ。
このテストに文句無く、満点を付ける事ができる」
 律は唯の慧眼を見せつけられた思いだった。
到底自分では思い付かない発想だと、心底から唯に感心する。
律は企画が露見した時は終わりだと思っていたが、
唯は企画の露見すらテストとして捉えていたのだ。

133いえーい!名無しだよん!:2014/06/02(月) 22:26:28 ID:Ic6DMXn20
「凄い、凄いな、唯。最高のパートナーだよ、お前。
お前の言う通り、それこそが最良の閉幕だよ。
乗ったよ、唯。露見をあまり恐れずに、ハードに責める」
 律の口から感嘆の声が漏れ出て、同意の言葉へと繋がった。
「えへへ、それでこそ、りっちゃん隊長だよ。
でもね、積極的に明かしてやる必要は無いからね。
仕打ちが積み重なった方が、露見の時のインパクトが増すから。
レイズ、レイズ、レイズ、そしていざ露見した時には、最っ高のショーダウン。
楽しみ、でしょ?」
 律は歪んだ笑みを浮かべた。
唯もまた、同じような笑みを浮かべているだろうと思った。
そして、言う。
「ああ、楽しみだ。変に真面目なせいで、関われない梓やムギが可哀想なくらいに」
「うん。じゃあ、今日はこれでお開きって事で。
おやすみ、りっちゃん。良い夢を」
「ああ。唯も良い夢を」
 律は通話ボタンを押して電話を切ると、ベットに身を横たえる。
寝付けるか心配なくらい、心が高揚していた。

134いえーい!名無しだよん!:2014/06/02(月) 22:27:20 ID:Ic6DMXn20

*

 翌日、唯が教室に入ると既に紬と律、そして澪の姿があった。
「おはよー」
 挨拶をすると、律達も挨拶を返してきた。
唯はそのまま話題に混ざると、適当に話を合わせた。
本当は律に、今日は一人で登校しなかったのか聞きたかった。
そもそも律が勝手に一人で登校しなかったのか、
それとも先に登校されても澪が遅刻まで待たなかったのか。
どちらかが、気にはなっている。
 ただ、後で律に聞けば分かる事なのだ。
今聞く為に律を連れ出して、無用な猜疑を買う事は無い。
そう思い、唯は会話へと意識を集中させた。
 すると、唯は会話のパターンに気付いた。
澪は積極的に律へと話し掛けているが、律は素っ気無い対応で澪に返している。
紬は澪へと積極的に話し掛ける一方で、律を殆ど相手にしていない。
そして律は、唯へと話し掛ける回数が多い。
 話の内容では無く、話す相手にこそ各人の思いが表れている。
律の気を引きたい澪、澪に同情し律に憤怒する紬、そして澪を試して唯と協力する律。
これらの思惑が交差して、唯の見出したパターンが構成されているのだ。
それも唯の提案が契機となった事象だった。
 尤も、会話のパターンなど、反射的で穏やかな事象でしかない。
テストの為の仕打ちこそが、直接的で激しい事象となって愉悦を生む。
そしてその愉悦は、早ければ明日にでも味わえるかもしれないのだ。
今日は学校がある平日の為、あまり過激な仕打ちはできないだろう。
昨日の電話で、話し合ったように。
だが、明日は学校が休みとなる土曜日であり、ハードな仕打ちが期待できる。
昨日の電話で、話し合ったように。


135いえーい!名無しだよん!:2014/06/02(月) 22:28:37 ID:Ic6DMXn20



 放課後になるまで、朝の会話に見られた傾向は続いた。
唯としては退屈な展開だったが、紬の手前では目立つ仕打ちを期待できない。
仕方が無いと思いつつも、部活が始まれば更に梓も加わる。
律の澪に対する仕打ちは、余計抑えられてしまう。
それどころか、何もせずとも梓が噛み付いてくる可能性さえあった。
 唯は梓の出方に注意しつつ、会話や演奏に臨んだ。
梓が律に噛み付くようであれば、擁護する気でいる。
ただ、梓との対立は避けたいので、できれば事前に悶着を防ぎたかった。
自然、溜息が漏れ出る。
律の仕打ちを期待できないどころか、梓に注意を払わねばならない。
それは唯にとって、苦痛とも思える時間だった。
 休憩を兼ねたティータイムになると、唯は更に警戒せねばならなかった。
会話が多くなるこの場面では、梓が唯や律を追及し易くなる。
律の擁護という観点で考えれば、紬にも注意を払わねばならない。
一応、紬は律の前にもティーカップを置いていたが、紅茶が波打つ乱雑な仕草だった。
好意的な対応とは言い難く、紬の律に対して抱く感情が窺える。
 律が動きを見せたのは、唯が一際の警戒を以って臨んでいるティータイムの最中だった。
「なぁ、澪ー。明日、暇?」
 それまで澪に対して取っていた冷たい態度を一転させて、律が朗らかな声で問い掛ける。
途端、梓と紬の顔にはあからさまな警戒が走った。
一拍遅れて、慌てたような澪の声が響く。
「あ、ああ。明日は暇だ。本当に、どう潰そうかと困ってたくらいに」
 澪は頬を仄かに染め、期待の篭った瞳で律を見つめている。
今まで素っ気無かった律から、誘いを受けるかもしれないという思いが表れていた。
「良かった。豊郷遊園地、一緒に行かない?
久し振りに行きたいんだけど、一人で行くのも味気無くって」
 豊郷遊園地とは、駅で二つ程隔てた場所にある遊園地だった。
「行く行くっ。私も丁度、行きたかったんだよ。
懐かしいよなぁ、昔一緒に行った事もあるし」
 澪は律の態度が急変した事を訝る事無く、喜色露わに承諾を返した。
喜びの大きさ故に、警戒にまで気が回らないのかもしれない。
尤も、多少の警戒が澪にあったところで、断る事などできなかっただろう。
律との関係改善を澪が望むのならば、罠だと疑っていても口には出せない。
疑いを見せれば関係悪化を招く。ならば、澪に律の誘いを拒む選択肢など無いのだ。
 勿論、律は明日早速仕掛ける心算だろうと、唯には分かっている。
梓や紬も律の態度急変が納得いかないのか、表情には未だ怪訝が浮かんでいた。
澪だけが、喜び露わに律へと話し掛けていた。
明日の計画や待ち合わせ時間を、次々と言葉にして放っている。
唯は冷笑を浮かべてやりたくなった。
澪の期待が大きい分だけ、明日は楽しめるのだ。
 その後も無難に練習をこなして、部活は終了となった。
帰り道も澪は息を弾ませて、待ち遠しい明日への思いを露わにしていた。
明日が待ち遠しいのは、唯とて同様である。
夜になれば律に連絡して、明日の段取りを話し合う心算だった。
 やがて律や澪と帰り道を別つ岐路へと、唯達は着いた。
律と澪に別れを告げて、二人の姿を見送った。
別れ際に律と笑みを交わしたかったが、邪推を招きたくないので堪える。
どうせ後で、電話でたっぷりと企みの喜びを共有できるのだ。
「ねぇ、唯ちゃん。ちょっと聞きたい事があるんだけど」
 その二人の姿見えなくった頃、唐突に紬が声を掛けてきた。
唯は咄嗟に身構えた。
何を問われるのか、大体の察しは付く。

136いえーい!名無しだよん!:2014/06/02(月) 22:29:46 ID:Ic6DMXn20
「ん?何かな、ムギちゃん」
「さっき、りっちゃんが澪ちゃんを誘った件なんだけど。
りっちゃんは、どうして澪ちゃんを誘ったの?
今までの澪ちゃんに対する態度を見るに、ちょっと腑に落ちなくって」
 唯が予想した通りの内容だった。
「さぁ?それはりっちゃんに聞かないと、分からないよ。
ていうか、さっき当のりっちゃんが言ってたと思うんだよね。
久し振りに遊園地に行きたいけど、一人じゃ味気無いって。
それが理由でしょ?」
「うーん、その動機の真偽はともかく、相手が澪ちゃんっていうのが腑に落ちないわ。
それなら澪ちゃんじゃ無く、唯ちゃんでも良かった訳で。
冷たくあしらっていた澪ちゃんを、敢えて誘うなんて」
 紬の疑問も尤もだろう。
ただ、唯もそれに答えるだけの言葉は繕える。
「へぇ?冷たくあしらっていたようには、見えないけど。
まぁ仮に、ムギちゃんの言う通りだとして。
だからこそ、澪ちゃんを誘ったんじゃないの?関係改善って事で」
「うーん、そうかしら。
関係改善って言うけど、現状は二人の仲が悪い訳じゃ無く、
りっちゃんが一方的に澪ちゃんを蔑ろにしてるだけにしか見えないの。
なら、りっちゃんが態度を改めればいいだけの話で。
遊園地にまで誘う必要、あるのかしら 」
 唯の説明を受けても、紬は納得がいかないようだった。
「切っ掛けが欲しかったんじゃないの?
それまでの態度を急に改めるのは不自然でしょ?
だから遊びに誘う事を、態度を改める契機にしようって。
仮にムギちゃんの言う通り、澪ちゃんを冷たくあしらっていたのなら、の話だけどね」
「不自然だとか切っ掛けだとか言うのなら、そもそもの始まりこそが不自然よ。
一昨日の部活から、急にりっちゃんは変わったわ。
何の切っ掛けも無く、急にりっちゃんは澪ちゃんに辛辣な対応をするようになった。
何が、あったの?どうして、りっちゃんは澪ちゃんに、あんな対応をしているの?」
 尚も追及を重ねる紬に、唯は苛立ちを覚えた。
自然、返す言葉が刺を帯びる。
「分からないよ。私は、りっちゃんじゃ無いんだから。
ていうか、どうしてそれを私に聞くの?そんな事、本人以外には分かる訳無いじゃん」

137いえーい!名無しだよん!:2014/06/02(月) 22:31:24 ID:Ic6DMXn20
 自分は正論を言ったのだと、唯は思った。
実際に紬は言葉を返し難そうに、唇の端を歪めて黙りこくった。
だが、代わりに梓が紬を代弁するように言う。
「分かりませんか?本当に?
分からないと言い切るなら、私の方でも言わせてもらいます。
私は、唯先輩が実は律先輩と組んで何かしているんじゃないかって、疑ってるんですよ。
一昨日だって、態度が急変する直前の律先輩と一緒に部室に居たのは、唯先輩だった。
何より、何故か傷付いた澪先輩を気遣う事無く、律先輩の味方ばかりしている。
昨日の昼休みの件もありますし、朝だって二人で何処か行ったらしいですね」
 梓と紬は、情報の交換をしていたのだろう。
梓の言葉から、その事が察せられた。
「だから、それらは色々と相談があったんだよ。澪ちゃんとは、関係の無い話だよ。
ていうかさ、ムギちゃんも、私やりっちゃんが何か良からぬ事企んでるって、疑ってるの?」
 唯は紬へと詰め寄った。
追い詰められる前に、この場を勢いで押し切りたかった。
「疑うだなんて……。ただ、何か事情を知ってはいるんじゃないかな、って。
そうは思ってる。
昨日も、明らかにりっちゃんが悪いのに、庇ってて。
明らかに被害者の澪ちゃんに、辛辣な言葉浴びせてたし」
 梓に比べれば言葉は柔らかいながらも、唯への不信が表れていた。
唯は憤然と、背を翻す。
「何さ、二人して私を虐めて。別に私、悪い事なんかしてないもんっ」
 怒って拗ねた風を装って、唯は早い歩調で歩き始めた。
梓も紬もそれ以上この場で追及する心算は無いらしく、唯の後を追っては来なかった。
唯は少しだけ、その事に安堵していた。
露見を恐れないとは言えど、明日の楽しみを邪魔されたくは無かった。


138いえーい!名無しだよん!:2014/06/02(月) 22:32:24 ID:Ic6DMXn20



 漸く憂が入浴を始めた事で、唯は律へと電話する事ができた。
時計を見れば、時刻は既に21時を回っていた。
律が出てくれれば有り難い。
もし出なくとも後で掛け直す心算ではあるが、憂が入浴中である今が一番リスクが少ない。
 唯の願いが通じた訳では無いだろうが、3コール程で律は出てくれた。
「こんばんはー、唯」
 やぁ、から始まらなかった事に、唯は安堵する。
澪の浮かれようから考えるに、律の家へと押し掛けている可能性も考えてはいたのだ。
「こんばんはー、りっちゃん。
早速本題だけど、明日は私もこっそりと見に行っていいんだよね?」
「ああ、てかその誘いの電話、しようかと思ってたんだけどな。
誘うって、約束してたし。でも、あまり期待できないと思うぞ?」
「いや、期待してるよ、りっちゃんっ。
遊園地をステージに据えたって事は、絶叫系に連れ回す感じ?」
「いーや。それじゃ、普通に澪と遊んでるのと変わらないじゃん。
澪の愛を試す仕打ちとしては不適格だよ。
まぁ私自身、絶叫系ってそんな好きじゃないし。
ほら、あるだろ?遊園地にはあれが」
 唯は律の言いたい事を察した。
そして、あまり期待できない、と言っていた意味も理解した。
「あー、なるほど。お化け屋敷かー。澪ちゃん、怖いの苦手だもんねー。
あそこは元々薄暗いからね。私が見つかり辛いけれど、澪ちゃんを見辛くもある。
あまり期待できないってのは、そういう事なんだね」
「そ。まぁ見つかっても、どうとでも言い訳はできるだろうけどさ。
実は唯も誘ってましたー、とか。あら偶然、とか」
「流石に偶然は通らないだろうけどね。
てかさ、お化け屋敷以外には、何か試したりはしないの?」
 明るい場所でならば、観察もし易い。
「しないよ。だって、遊園地に長くいたら、澪と遊んでるみたいじゃん。
それじゃお化け屋敷に連れ込む事だって、澪との遊びの一環になっちまう。
澪に与える精神的ダメージのインパクトが、弱まっちまうんだよね。
だから、お化け屋敷のみが仕打ちだよ。
ただそれだけの為に遊園地に誘ったのなら、澪に深刻な一撃を与える事ができる。
その上で愛してくれるか。まぁ、愛してくれるだろうけどな」
「なるほど。確かにりっちゃんの言う通りだね。
あ、そういえばさ。予め、私と三人で行くように誘ってくれたら良かったのに。
それなら、見つかるとか考える必要さえ無かったのに」
「いや、それじゃさ。
何でムギや梓を誘わなかったのか、っていう疑念持たれるからなぁ」
「いやいやいや。何もあの場で言う必要無かったんじゃない?
澪ちゃんの前だけで、言えば良かったのに。
実際、澪ちゃん誘っただけでも、あずにゃんやムギちゃんは訝しげだったよ?」
「私としては、あれで澪とは仲悪く無いってアピールした心算だったんだけどな。
逆効果だったか。まぁいいや、唯へのアナウンスの意味合いもあったし。
ただ、澪と二人っきりの場面で誘ったとしても、唯だけ誘うとは言えないよ。
だって、当の澪が疑問に思うだろ?
それに、二人だけで行くって思わせといた方が、デートだって錯覚させる事ができる」
 唯は紬や梓に気を取られ、澪の視点を見落としていた事に気付いた。

139いえーい!名無しだよん!:2014/06/02(月) 22:33:57 ID:Ic6DMXn20
「あ、そうか。澪ちゃんを上げて落とすには、
確かにデートだって思い込ませといた方がいいよね。
それで、時間だけど。何時に待ち合わせしてるの?」
 問い掛けた後で唯は気付く。
当初、時間さえ分かれば、お化け屋敷の傍で待っている心算だった。
だが、それには難題が付き纏う。
澪に見つからないよう隠れて、但し周囲の不審を買わないように堂々と、
という条件をクリアせねばならない。
また、お化け屋敷に入った後で、澪と鉢合わせする可能性もあった。
幾ら薄暗く視認し辛いとはいえ、鉢合わせすれば唯だと見抜かれるだろう。
仮装して行く必要があるかもしれないと、唯は考えた。
「午後から。大体13時前後に着くよう、駅での待ち合わせ時間は設定してるよ。
でも私、実は午前中に一旦行くからさ。それでお化け屋敷の下見しとくんだ。
唯も午前中から、遊園地の中に居てよ」
「えっ?私も?」
 反射的に、唯の口から訝しげな声が漏れ出た。
「そ。それで、お前が待ってる場所決めよう。
そうすれば、そこに澪が行かないよう、上手く誘導できるから。
でまぁ、折見て私は待ち合わせの駅に戻るよ。勿論、澪が着く前にな。
それと、私達が入った後で、勝手にお化け屋敷に入ってくるなよ?
澪が立ち止まったり逆走したりした場合、鉢合わせちまうんだから」
 唯が指摘するまでも無く、鉢合わせのリスクは律とて考えていたらしい。
「そうなんだよね、怖いのは鉢合わせなんだよね。
澪ちゃんを見れないのは残念だけど、仕方ないよね。
元から期待できないって言われてたし」
 期待できないとは言われていたが、やはり見れないと分かると落胆が押し寄せてくる。
だが律は、すぐさま否定の言葉を返してきた。
「いやいや、ちゃんと見せるよ。期待できないってのは、仕打ちが地味で単発だからって事。
ていうか、そもそも見れないなら、お前を誘う意味が無いからな」
「あれ?でも、りっちゃん、今お化け屋敷に入るなって……」
「勝手に入るな、って事。折見て唯を呼ぶからさ。
それまでは、所定の位置に居てくれ。まぁ詳細は、当日話すよ。
っていうのは、下見が終わった後じゃ無いと、実行可能性含めて何とも言えないからな。
今の時点での案を話しても、下見経た後で変更や中止になる可能性もあるし」
 律の企みが、唯には見えてこなかった。
だが、当日に詳細を聞けばいいのだと思い直す。
律とて手探りで計画を進めているのだろう。

140いえーい!名無しだよん!:2014/06/02(月) 22:35:33 ID:Ic6DMXn20
 加えて、明日の仕打ち以外にも、唯が聞いておきたい事があった。
「分かったよ。明日を楽しみにしてるね。
取り敢えず、明日は開園時刻から行くようにするよ。そこで合流しよう。
後、話は変わるんだけど。明日の事以外で、聞きたい事があるんだ」
「ほい、どうぞ」
「今朝、私が来た時には澪ちゃんが既に教室に居たけど。
今日は澪ちゃんと一緒に登校して来たのかな?
それとも、別々に登校したのかな?」
 紬を再び怒らせないように、澪と共に登校してきたのか。
或いは、一人で登校して来たが、澪が律を昨日程には待つ事無く来たのか。
朝から気になっている事だった。
「一緒に、みたいなものかな。本当は、一人で登校する心算だったよ。
だから、昨日と同じくらい、朝は早く出た。
そしたらさ、いつもの合流場所で、既に澪が待ってて。
無視して行こうとしても、ぴったりと付いてきて、話し掛けてくるんだよ。
私が止まれば澪も止まる、私が早歩きになれば澪も早歩きだ。
寄り道しようがお構いなしで付いてきて、
公園のトイレに入ると個室の前でずっと待ってるんだ。
それで結局、一緒に学校に来ちゃった感じ」
 話が進むにつれ、唯は律が心底羨ましくなった。
自然と、唯の口から羨望の声が漏れ出る。
「いいなぁ、りっちゃん。そこまで愛されちゃって」
「確かになぁ。ちょっとストーカーじみてるとは思うけど、
冷たくしても付き纏われる事こそが、私達の目的だったはずだしな。
まぁ、効果は上々、ってところか」
 律にしても、澪の行動は満更でも無いらしい。
「そこいくと、私の憂はダメダメだね。
澪ちゃんを見習って欲しいよ。もっと私を愛して欲しいのに」
 唯は溜息とともに、妹への愚痴を零した。
「おいおいおい、そうでも無いだろ。
お前も随分と、憂ちゃんから愛されてるって。
憂ちゃんの場合、行動が大人しいから控えめに見えるだけで。
大体、昨日も今日も、憂ちゃんがお弁当作ってくれたんだろ?
大したもんだよ、そんだけ愛されてれば」
「それがねぇ。実はそのお弁当なんだけど、それも仕打ちの一環として取り入れようと考えたんだ。
つまり、憂の作るお弁当なんて要らないよ、っていう。
でもさ、それやると、私がお昼ご飯の調達に困るんだよね。
パンばっか買うと、お金無くなっちゃうし。
私もりっちゃんみたいに」
 そこまで口にした時、唯の脳裏に閃きが走った。
思わず強い吐息が漏れ、言葉が止まる。
「おーい?どうした?唯。
私みたいに、なんだって?」
 その閃きを実行すべく、訝しがる律へと向けて唯は言う。
「いや、今ちょっと、いい事思い付いたんだ。
あのね、りっちゃん。明後日、私の家に来てくれないかな?
その上で、協力して欲しい事があるんだ」
「私に?別にいいけど。協力し合って、この企画は進めたいしな。
ただ、私にできる事ならな」
 唯と共犯関係にある律は、予想通り快諾してくれた。
「うん、できる事だよ。寧ろ」
 唯はゆっくりと、説明を始めた。


141いえーい!名無しだよん!:2014/06/02(月) 22:36:39 ID:Ic6DMXn20


 土曜日、唯は開園とともに豊郷遊園地へと訪れた。
家を出る前に示し合わせた通り、律とも受付の前で無事合流する事ができた。
そのまま二人は連れ立って入園し、目当てのお化け屋敷目指して歩く。
「ん、あれだよ、唯」
 少し歩いた所で、律が前方を指差した。
目を向けると、暗い外装の建物が目に入った。
庇には血を象った赤い文字で、『阿鼻叫喚のハドハドフィールド』と表記されている。
「あれかー。ハロウィンのハドンフィールドが元ネタみたいな名前だね。
でもハドハドは無いよー、語感からして怖くないじゃん。
それに、日本だとマイケル・マイヤーズよりも、ジェイソンやフレディの方が有名なんだからさ。
どうせパクるなら、クリスタルレイクやエルムストリートを元ネタにすればいいのにね」
 安っぽい外装と安易なネーミングが相俟って、あまり怖そうには見えなかった。
「ロブゾンビがリメイクしてるから、さわちゃん辺りは知ってそうだけどね。
ただまぁ実際、あまり怖くないらしい。だから、いつも空いてるんだってさ。
改装するのも勿体ないし設備投資回収したいから、続けてるだけなんだろうし。
でもまぁ、怖がりの澪には十分なんじゃね?
何よりさ、空いてた方がテストし易いし」
 律の言う通り、人目は少ない方が仕打ちを行い易い。
「それもそうだね。まぁいいや、取り敢えず、入る?」
「いや、その前に。唯が潜んでいる場所を決めよう。
お化け屋敷の近くに良い場所があれば、いいんだけど」
 そう言いつつも既に律は、視線を一点へと固定させていた。
唯もその方向へと視線を向けると、屋台の群れが視界に飛び込んでくる。
「あの屋台の近くが、私が潜む場所に適してるの?」
「んー、多分。ああいう物の近くには、テーブルやらベンチやらの、
休んだり食べたりする場所があるだろうし。
その中で、ここから死角になる場所が見つかればいいなって思って」
「じゃ、実際に行って、探してみようか」
 唯は律を促すように、手を取って言う。
「そうだな。此処に居て考えてても、分からないし」
 律も唯の提案に同意したので、二人は屋台を目指して歩き始めた。
唯は律と手を繋いだまま、相手の歩調に合わせて進む。
 屋台の近くまで辿り着くと、改めて律と唯は周囲を見回した。
直後、律の顔に満足気な笑みが浮かんだ。
唯も同様の笑みを浮かべて、律を見遣った。
律の推測通りにベンチが散在しており、
お化け屋敷の位置からの死角にも設置は至っている。
「うん、悪く無いな。適当にさ、死角になるような場所に、座っててよ。
ああ勿論、下見が終わったらの話な」
 律の言葉に、唯は素直に頷いた。
「うんっ。この近辺なら、澪ちゃんに見つかる心配は薄いね」
「そうそう。それに、まっすぐお化け屋敷に向かうよう誘導するからさ。
澪があまりキョロキョロしないようにも、気を配るよ」
「頼もしいね。でもそんなに心配しなくても、
澪ちゃんたらりっちゃんに視線釘付けなんじゃないの?
今日ったら、やたら可愛くお洒落してるし」
 唯の言葉に、律の頬が赤く染まる。
「か、からかうなよぉっ。それはそうと、唯。
今更で何だけど、こんな所で長い間待ってるの、退屈だろ?
澪と入場するのは13時頃だから、それまでは園内で適当に遊んでていいぞ。
それと、電池に余裕あるなら、退屈凌ぎのアプリも幾つか教えとこうか?」
「ふふっ、照れる所は可愛くて、気遣いできる所はかっこいいね。
澪ちゃんが惚れるのも頷けるよ。
あ、アプリの件は有り難く貰っておこうかな。
電池が怖いからあまり遊ぶ気は無いけど、折角だし。丁度、OSも同じだしね」
「ほいっ。じゃ、幾つか」
 律から教えてもらったアプリは、既に唯も知っているものだった。
ただ、その事を逐一言ったりはしない。
唯とて相手を気遣う心は持っている。
ただそれを、澪に振り向けていないだけだ。
そして憂に対しては、逆方向へと作用させているだけだ。

142いえーい!名無しだよん!:2014/06/02(月) 22:38:58 ID:Ic6DMXn20
「ありがと、りっちゃん」
「どーいたしまして。さって、唯。そろそろマジにお化け屋敷入ろうぜ。
唯とのお喋りは楽しいけど、熱中してたら澪と会う時間に迫っちまう」
「そーだね。じゃ、お化け屋敷まで戻ろっか」
 まだ時間には余裕があるように思えたが、唯は素直に同意した。
律は昨日、下見を終えた後に、唯に詳細な計画を話すと言っていた。
その時間を確保したいのだろうし、また下見自体も入念に行いたいのだろう。
そういった律の描く段取りを、尊重してやりたかった。
そして何より、お化け屋敷の下見をしながらでも律と話せるのだ。
立ち止まって話す必要性など薄い。
実際、お化け屋敷へと戻る道すがらも、律と唯の間に会話は絶えなかった。
 お化け屋敷へと再び着くと、唯は券売機へと進んで財布を取り出そうとする。
だが、伸びてきた律の手によって、唯の行為は遮られた。
「私が付き合わせてるんだ。私が出すよ」
「えーっ、悪いよ。澪ちゃんを試すところが見たいって言ったの、私なんだし」
「そうは言ってもさ。下見にまで付き合わせてるのは、私なんだから」
「駄目だよ、りっちゃん。私が好きでやってる事だから、付き合わされてる感じはしないよ。
それに、明日は協力してもらうんだから。
あまり借りばかり大きく受けるのは、ちょっと心苦しいかな。
何よりね。りっちゃんとお化け屋敷入るの、私楽しいよ?
だから、付き合わせてるなんて考えちゃダメっ」
「そっか、変な言い方して悪かった。ありがとな、唯」
 律は伸ばしていた手を引いて退いた。
実際に唯は、律と居るこの時間が楽しいと感じている。
付き合わされているとは、微塵も思っていない。
だから自分の出費は、自分で賄いたかった。
 チケットを購入した二人は、いよいよお化け屋敷の中へと歩みを進めた。
「そうだ、唯。ちゃんとお化け屋敷の構造、頭に叩き込んでおけよ?
咄嗟に身を隠せる場所とかさ。唯が中に入った時に、鉢合わせないようにな」
 薄暗い入口を潜りながら、律が言う。
「うん。やっぱり、私も入らせてくれるんだね。
で、今回の仕打ちの詳細は、やっぱり下見が終わった後に話してくれるんだよね?」
「ああ、下見が終わった後に話すよ。
まぁ、下見の結果、実現できそうだと思った場合だけど。
駄目なようなら、別のプランを考える」
「ふぅん、決行の条件が厳しい計画を考えてるんだね」
「そういう訳でも無い。多分、できるだろうとは思ってる。
ただ、念の為、さ。まーいいや、今は取り敢えず、中の構造を憶える事に集中しよう」
「うん。分かったよ、りっちゃん」
 下見を行う点や構造を憶えるよう繰り返す律の言動から、
お化け屋敷の地形や構造が計画の要になる事は予想が付く。
だから唯は言われた通りに、お化け屋敷の構造や地形に注意を払いながら進んだ。
 お化け屋敷の仕掛け自体は、至って単純な物が多かった。
ただ、仕掛けの数自体は多く、道も曲折に富んでいる。
その割には大して怖く無いので、閑古鳥という現状に不思議は無い。
実際、唯達は自分達以外の客と遭遇しないまま、出口まで辿り着いていた。

143いえーい!名無しだよん!:2014/06/02(月) 22:41:11 ID:Ic6DMXn20
「で、どうだった?計画は実行できそう?」
 出口を潜るや否や、唯は律に訊ねた。
「ん?あ、ああっ。思ってた以上に、実行し易そうな構造で安心したよ。
ところで唯、入る前に聞くべきだったかもしれないけど、お前こういうの大丈夫な方か?
怖いのとか、平気な方?」
「別に平気って訳でも好きって訳でも無いよ。ただ、ここは別に怖く感じなかったから。
この程度なら余裕で大丈夫」
 律は驚いたように目を丸めたが、すぐに言葉を返してきた。
「あ、ああ、そうだな。大して怖く無かったな、拍子抜けって言うか。
でもまぁ、大丈夫だよ。澪は怖がりだから。この程度でも、充分さ。
充分、怖がって奥歯カタカタ揺らしてくれるさ」
「なーに言ってるの、りっちゃん」
 唯は呆れたように言うと、右手を上げて続けた。
その手は、未だ律の左手に強く握られている。
「こっちが痛くなるくらい、ぎゅっと私の手を握ってたくせに。
ほらぁ、今だって」
「なっ。こ、これは……。その……」
 律は咄嗟に手を振り解くと、耳まで赤く染まった顔を伏せた。
「ふふっ、りっちゃん、可愛い。
澪ちゃんだけじゃなく、りっちゃんだって怖がりじゃん。
こりゃ益々お似合いの二人だね」
「うっ、うるさいやいっ。とにかくっ、計画の詳細を話すぞ」
 律は羞恥を隠すように、唐突に話を変えた。
「待ってました」
 律の照れ隠しである事を、敢えて指摘はしなかった。
唯とて計画の詳細は気になっている。
「簡単で単純な話さ。まずは私と澪が二人でお化け屋敷の中に入る。
そして折を見て私が澪からこっそりと離れて、澪を一人きりにさせる。
そうして唯を呼んで二人で、恐怖に佇む澪を観察しようって話。
その後、十分澪に恐怖を味わわせた後に合流して、許されるか試すって計画なんだ。
あ、そうだ。無事にはぐれさせたらワンコール入れるから、
お化け屋敷に向かって来てくれ。入口の所で待ってるから」
 唯は律の計画を聞いて、下見や構造の記憶が要となる事に合点がいった。
見つからず澪を観察する為には、その為の身を隠す場所が必要となる。
それを探して憶える為の下見だったのだ。
また、律が澪から離れる際にも、構造の熟知は活かされるだろう。

144いえーい!名無しだよん!:2014/06/02(月) 22:44:35 ID:Ic6DMXn20
 ただ、唯には懸念が二つあった。
その一つ目を、まずは訊ねる。
「面白そうではあるし、澪ちゃんの観察は期待大なんだけどさ。
でも、そんなに上手くいくかな?
確かに、隠れて観察はできると思う。それだけ、道は曲がりくねってたし物も多かった。
だけどね、こっそりと離れるっていうのは、上手くいかないんじゃないかな?
下見は離れる道を確かめる為でもあったんだろうけど、
流石にりっちゃんが離れようとすれば、澪ちゃんも気付くんじゃないかな?
それ以前に、澪ちゃんは怖がりなんだからさ。
きっと、りっちゃんの手をぎゅっと握ってると思うよ。
到底離れる事なんてできないくらい、傍に寄り添って来ると思うよ」
 一つ目の懸念はそこだった。
お化け屋敷という恐怖の中では、澪が律に密着する事は想像に難くない。
その中で澪から気付かれずに離れる事など、至難であるように思える。
「その点は問題無いよ。予め、ベタベタくっ付かないよう言っておくから。
惚れられてる点を利用すれば、ある程度の要求は澪も呑むでしょ。
それでももし困難そうなら、適当に因縁吹っかけてキレたフリして無理矢理離れるから。
別に見つからず離れる必要なんて、無い訳だしな。その方が好ましい、ってだけで。
或いは、ゲーム持ち掛けるのもアリかもしんない。一人ずつ行動しようとか、それ系の。
時間差設ける条件付ければ、澪を簡単に一人にできる。
クリア時のご褒美をチラつかせてやれば、あっさり乗せる事ができる」
 確かに、多少強引に事を進めれば、自然な形で澪を一人にさせる事はできそうだった。
それでも唯には、もう一つ懸念が残っている。
それは一つ目の懸念とは違い、計画の実現を危ぶむようなものでは無い。
律を案じる思いが故の、懸念だった。
「なるほどね、上手くできそうだね。
寧ろ、気付かれない事に拘るより、積極的にゲームかなんかだと騙した方がいいかもしれないね。
でも、心配なのはもう一つあるんだよ。
今の下見で分かったんだけど、澪ちゃん程じゃ無いにせよ、りっちゃんも怖がりでしょ?
一人でお化け屋敷を抜け出す工程があるんだけど、大丈夫?」
 唯の懸念は、律の精神状態にもあった。
恐怖の中、律は一人でお化け屋敷を脱さなければならない。
その心細いであろう胸中が慮られた。
今思えば、下見に唯を誘った事も、恐怖故だったのかもしれない。
「大丈夫だよ。今更隠さないけど、確かに私だって怖いのが得意って訳じゃ無い。
でもさ、澪の方が私より幾段も怖いの苦手だし。
それに、澪の愛を確かめる為なら、耐えてみせるさ。
耐えるだけのインセンティブが期待できるんだから。
嫌いで苦手で厭う状況の中に突き落としても、それでも尚、私を愛してくれる。
それって素敵だし、それこそが私の求めているものだし」
 律の口からは、毅然とした決意が述べられていた。
未だ心配に思う気持ちは強いものの、唯は律の決意を応援で以て遇する。
「立派だね、りっちゃん。
そうまでして試すんだもの、きっと澪ちゃんは愛し続けてくれるよ。
いや、愛さないのなら、私が許さないもん。
あ、でもね。もし出る途中で怖くなったら、いつでも私を呼んでいいからね。
入口と言わず、りっちゃんの居る所まで迎えに行くから」

145いえーい!名無しだよん!:2014/06/02(月) 22:45:38 ID:Ic6DMXn20
 律は澪と出会う恐れが無いと判断してから、唯を呼ぶ心算だろう。
その判断ができる前に、律が自分を呼ぶとは思っていない。
それでも敢えて、唯はいつでも自分を呼んでいいと言った。
いつでも助けを呼べるという状況は、
助けを求める心算が無くとも安心感を与える事ができる。
実際、律は表情を和らげていた。
「ありがとな、唯。頼もしいよ、本当にお前とこの企画を共有できて良かったって思ってる。
あ、そうだ。もしさ、私がお前を呼んだ後で、状況が変化した場合。
つまり、唯が澪に見つかる恐れが出てきた場合なんだけど。
もう一度携帯にコール入れて危機を知らせるから、身を潜めるとか引き返すとかしてくれ。
例えば、澪が逆走して入口まで戻って来たりした場合とか、な」
「その点は、さっき言ってたゲームを利用すれば大丈夫じゃない?
逃げる事にペナルティを予め設けておくの。
そうすれば、逆走による鉢合わせとかも防げると思うよ」
「そっか、そうだな。素晴らしい提案だ、唯。
こっそり見つからないよう抜け出すよりも、
ゲームって事で計画を進めた方がスムーズにいきそうだな。やっぱり凄いな、唯は」
 律は感心したように何度も頷いた。
褒められて悪い気はしないが、唯は咄嗟に謙遜した。
「ゲームを思い付いたのは、りっちゃんだよ。
その案の下地があったから、私が提案できただけで。
凄いのはりっちゃんの方だよ」
「いやいや、私は単なる思い付きで言っただけだったからさ。
唯の提案があったからこそ、私の案が活きてきたんだよ」
 律の言葉に、唯は思わず笑みを零した。
律の案と唯の案が合わさる事でシナジー効果を生み、澪を囲う強烈な策が出来上がってゆく。
二人の共同作業によって齎される高い相乗効果が、
自分と律の友情を表しているようで嬉しかった。
その喜びが故の、笑みだった。
また、自分達の企みなど何も知らずに、律とのデートを楽しみにする澪が滑稽だった。
その嘲りが故の、笑みでもあった。
「じゃあ、私とりっちゃんの二人が組んだ成果、って事にしとこうか。
相性の合う二人だからこそ、企画がスムーズに進んでいく。そういう事だと思うよ。
二人で作り上げた企画、成功するといいね。音が絡み合うライブみたいにさ。
最っ高の企画にして、望んだ結果を手に入れようね」
「ああ。分かってるさ。明日だって、唯の計画が上手くいくよう、サポートするから。
さぁて、そろそろ私は駅に向かうよ。澪より先に着いていたいし。
悪いな、一人で退屈な時間、暫く過ごさせる事になっちゃうけど」
「いいよ、この後お楽しみが控えてるんだし。
それに、早く駅に戻った方がいいかもしれないからね。
昨日の澪ちゃん、今日を非常に楽しみにしてたから。
かなり早くから駅で待ってる事も考えられるよ。
事によったら、もう待ってるかもね」
 唯は笑いながら冗談めかして言ったが、内心では本当かもしれないとも思っている。
それ程、昨日の澪は気分が高揚していた。
「まぁいいよ。もし本当に既に澪が待ってて、改札から出てくる私を見たとしても。
幾らでも言い訳は利くからさ。買い物に行ってた、とでもね。
じゃ、行ってくる。暫くの間、ごめんな」
「うん、気を付けてねー」
 律の背を見送ると、唯は先程決めた持ち場へと戻った。
一人で過ごす時間も、然したる苦にはならない。
寧ろ、内心は高揚に滾っていた。


146いえーい!名無しだよん!:2014/06/02(月) 22:46:46 ID:Ic6DMXn20


 時刻が13時を20分程過ぎた頃、唯の携帯電話が振動した。
ディスプレイには田井中律の名が表示され、すぐに振動は止んだ。
それは律からの招待を示す、待ちに待ったワンコールだった。
唯は颯爽と立ち上がると、お化け屋敷を目指して早い歩調で進む。
 律と澪の姿を、唯は待っている間に見ていなかった。
ずっと、お化け屋敷の位置から死角となる場所で過ごしていた為だ。
もし澪が予定よりも大幅に早く駅へと着いていた場合、
来園の時間も前倒しされる可能性があった。
その点を考慮した唯は、死角となる位置に居続ける事が最良だと判断した。
勿論、律本人が13時まで遊んでいて良いと言った以上、
来園の前倒しを本気で恐れていた訳では無い。
単に、唯なりに念を入れた措置だった。
結果、前倒しは行われなかったが、特に損したとは思っていない。
寧ろ、周到に潜んだ分だけ期待は高まり、招待のワンコールから得た喜びも大きい。
事実、お化け屋敷へと向かう唯の気分は、最高潮に昂ぶっている。
 お化け屋敷の入口まで辿り着くと、本日二度目のチケットを購入した。
昂ぶった気分の前では、この出費も気にはならない。
そして屋敷の内部へと入ると、すぐに律が迎えてくれた。
「よっ、唯。待たせたな。いよいよ、ショウタイムだ。
澪が踊るステージまでエスコートするよ。
声聞かれると上手くいかないから、静かにな」
 唯は黙って頷いた。
まだこちらの声を聞かれる距離では無いだろうが、
今から姿勢だけでも作っておきたかった。
 唯の首肯を確認した律は、背を翻すと歩き始めた。
唯もその背を追って、足音を立てないよう慎重に進む。
そして律の歩調が緩やかになった時、唯は悟った。
いよいよもうすぐ、澪を観察する事ができるのだ、と。
 歩調を緩やかに転じてから、幾つかの仕掛けを通過した時。
唐突に律の足が止まり、唯の方へと顔を振り向けてきた。
唯は頷く事で、澪が前方に居る認識を共有したと伝える。
まだ澪は見えていないが、前方から聞こえるすすり泣きと足音が存在を証していた。
 律と唯は仕掛けや壁際を遮蔽物として利用しながら、急く心を抑えて慎重に進んだ。
今まで労を重ねただけに、今更見つかる訳にはいかないのだ。
そして漸く澪の姿を視認する事ができた時には、唯の胸中には感激さえ訪れた。

147いえーい!名無しだよん!:2014/06/02(月) 22:48:03 ID:Ic6DMXn20
 澪は頻繁に周囲を気にしながら、恐る恐るといった足取りで歩いている。
その遅々とした歩調も、一応は織り込んでいる事の一つだった。
そもそも唯達が澪に追い付けなければ、観察は成り立たない。
尤も、足音を聞くまでは、座り込んで泣いているものだと予想していた。
追い付ける根拠も、その予想を前提としていた。
それだけに、啜り泣きながらも進む姿勢を観察できる事は僥倖だった。
「律ぅ……何処に居るの?怖いよ、寂しいよぉ」
 澪の口から、泣き言までも零れてきた。
唯は満足そうに微笑む。その姿こそ、唯の見たいものだった。
そして澪を襲う寂しさこそ、味わわせてやりたい感情だった。
「律ぅ……出てきてよぉ、助けてよ……律ぅ……ひっ」
 お化け屋敷の仕掛けが発動される度に、澪の口から悲鳴が漏れる。
唯から見れば児戯のような安易な仕掛けでも、
澪にとっては恐怖の対象となり得るらしい。
「もう嫌だ……早く出たい。律に会いたいよ、律……ひゃっ?」
 通路側面からゾンビのオブジェが表れた所で、一際甲高い悲鳴が澪の口から漏れた。
驚いた澪は反射的に小走りになるが、
天井から吊るされたオブジェに激突してしまった。
「痛っ。って、ひゃあっ?もう嫌だぁ……」
 激突したオブジェが首吊り死体を模した物であると気付いた澪は、
驚愕に満ちた悲鳴を上げると座り込んでしまった。
出口までの道程を既に8割は進んでいるのだが、初見の澪には分からない事情である。
出口まで後少しだと気付かずに、澪は心が折れてしまったのだ。
「律ぅ……何処に居るんだよ……。どうして出て来てくれないんだよ……。
怖いんだよ、助けてよ。今までだって、ずっと一緒だったのに……。
私が必要とする時は、何時も傍に居てくれたのに。
律ぅ、もう一度、私と歩いてよ」
 顔を伏せて屈む澪から、幾度も律の名と助けを求める声が連呼された。
律は満足を表情に浮かべて、膝を崩した澪を眺めている。
澪から求められている事が嬉しいのだろう。
律とは動機が違うにせよ、唯もまた喜びの篭った表情で澪を眺める。
 澪は暫く座ったまま律の名を呼んでいたが、漸く立ち上がって動き始めた。
流石にいつまでも座っている訳にはいかないと、意を決したのだろう。
未だ啜り泣きを漏らしてはいるものの、着実に出口へと向かっている。
 その時、不意に律が耳打ちしてきた。
「いよいよクライマックスだ。ここで見てな、仕上げて来る。
終わったら入口から出てくれ」
 唯が首肯する間も無く、律は壁際を離れて歩き出していた。
「澪ーっ」
 律の呼ぶ声に反応したのか、遠慮の無い足音に反応したのか。
ともかく、澪は振り向いた。
そうして律の姿を認めると、澪の顔に安堵が広がる。
「律っ。来てくれたのかっ。怖かった、寂しかったんだぞ」
 澪はそう言うと、律目掛けて駆け出した。
そのまま律に抱き付くかのように見えたし、澪もそうする心算だっただろう。
だが、律は片手を前に突き出して、澪の動きを制していた。

148いえーい!名無しだよん!:2014/06/02(月) 22:49:13 ID:Ic6DMXn20
「律?ど、どうしたんだよ……」
 訝しげな声で戸惑いを表す澪に対し、律の口から冷徹な調子で言葉が放たれる。
「お前な、遅過ぎ。いつまで待たせるの?
一々迎えに来なきゃならない私の事、もっと考えろよ。
それとも私なんてただの下僕で、幾ら待たせても迷惑掛けても構わないとか考えてる?」
「そ、そんな事考えてないよっ。私はただ、怖くて……足が中々進まなくて……。
それに、律も探さなきゃいけなかったし。なのに律は、後ろから出て来て」
「何?私のせいだって言うの?」
「いや、そこまでは言わないけど。
ただ、ゲームを提案された場所から先の通路やオブジェに隠れてるって、
律自身がそう説明してたから。
何で律が私の後ろから出てくるのか、ちょっと意味が……」
 二人の会話を聞いて、唯は律の提案したゲームの内容に想像が付いた。
恐らく律は、自分を探させるゲームを提案したのだろう。
提案した場所から出口までの間に隠れていると言えば、澪の逆走は防げる。
また、探させるという手間を取らせる事で、余計に澪の歩みを遅らせ唯達が追い付き易くなる。
勿論、律は隠れてなどいないので、澪は見つける事ができずに時間だけを浪費する。
その間、澪は律を見つける為に、恐怖の対象を敢えて直視しなければならない。
唯は内心、律の機転に舌を巻いた。
「お前があまりに遅いから、一旦隠れてた場所から出て出口に向かったんだよ。
もしかしたら澪が気付かずに通り過ぎて、お化け屋敷出ちゃったかもって思ってな。
したら、お前居ないじゃん?だから仕方なく、もう一度入口からお化け屋敷入り直したんだよ。
あーあ、余計な出費までお前のせいで掛かったよ」
 恐らく律は、本当に一旦出口から出ているのだろう。ただ、隠れてはいないだけで。
ゲームを提案した後で入口まで戻ろうにも、澪に気付かれてしまう。
目を瞑らせたところで、足音で気付かれる恐れもあった。
一旦出て入り直すという出費は、律にとって不可避だった。
尤も、その出費に付いては、補填できると読んでいたに違いない。
実際、澪はその出費を賄うと言ってきた。
「そ、そのお金は勿論私が払うよ。
ただ、私が律に気付かず出たかどうかは、律には分からなかったの?
だって、私が律の傍を通過していないのなら、まだ私はお化け屋敷の中に居るって事で」
「隠れてるのに視認なんてできるかよ。
足音聞こうにも、お前があまりに遅いんで音楽聞いてた時間もあったし。
聞こえたとしても、お前か他の客かなんて、分かりっこないじゃん。
大体さ、そんなに怖いなら、始めからゲームなんて乗るなよ。断れよ」
「あ、いや。最初は断ろうと思ったんだけど、律が不機嫌になりそうだったし。
折角の提案だったから……」
 澪の承諾は止むを得なかっただろう。
今まで冷たかった律が、漸く態度を軟化させる兆しを見せたのだ。
律の提案を断れる訳も無い。
今を見ても、澪の律を追及する言葉も態度も控え目である。
それだけ、律から嫌われたくないという思いが透けて見えた。

149いえーい!名無しだよん!:2014/06/02(月) 22:50:51 ID:Ic6DMXn20
「はぁ?また私のせいにするの?お前の勝手なイメージじゃん。
いい加減にしとけよ?」
「あ、ご、ごめん。次からは気を付けるから。
怖い物は怖いって、そう言うから。だから」
「いや、もういいよ。次からはもう、いちごとか唯とか誘うから。
大体、怖い物やグロいものが苦手なお前とじゃ、遊んでもつまらないし。
やっぱ、こういう遊びも難なくこなしてくれる相手じゃないとなー」
 律は突き放すように言うと、澪を横切り出口へ向かって歩き始めた。
「あ、待って、律。お金、お金払うよ。
私のせいで、二重にチケット代払わせちゃったから」
 遠ざかる律に追い縋って、澪は言う。
「要らねーよ。お前からなんて、何も貰いたくない」
 澪は財布を取り出したが、意外にも律は受け取りを拒否した。
最初は唯も驚いたが、考えてみればその方が効果的だった。
澪に対して、決定的に嫌われたという認識を植え付ける事ができる。
その認識を以ってして尚、澪は律を愛せるのか。
それは冷たく扱っても愛してくれるかという、企画の趣旨と見事に合致している。
出費すら厭わず澪の愛を試し続ける律に、唯は戦慄さえ覚えた。
そして、憂をもっと徹底的に試さねばならないと、自分を鼓舞した。
「そんな……。でも、実質は律のお金なんだし。
私のせいで、被った出費なんだから」
「それでも要らない。そういう理由があっても、お前からなんて貰いたくない」
 律は更に澪を突き放すと、歩みを速めていった。
澪は少し離れてその後を追うが、律に並ぶ事も声を掛ける事もしなかった。
その澪の背は、絶望に拉がれているように屈んでいる。
 唯は二人の姿が去ってから、決意を新たに入口へと戻る。
明日の憂に対する仕打ちを、律に劣らず徹底的なものにしようと。


150いえーい!名無しだよん!:2014/06/02(月) 22:52:29 ID:Ic6DMXn20

 明くる日の日曜日、約束通りに唯の家へと律が訪れて来た。
16時という時刻も、示し合わせた通りだった。
「おー、りっちゃん。待ってたよー」
 社交辞令では無く、本当に待ち望んでいた。
実際、定刻の30分前には部屋を出て、玄関に近い居間へと移っていた。
「よっ、唯。お邪魔するよ」
 律は丁寧に靴を揃えて上がった。
「あ、律さん、こんにちはー。ゆっくりしていって下さいね」
 来客を察した憂が二階から降りて来て、律を出迎える。
律を家に招いた事は憂にも話してあるので、落ち着いた対応を見せている。
「こんにちは、憂ちゃん。今日はお世話になるけど、よろしくね」
「こちらこそ。では、お茶の準備してきますね。
そうだ、お夕飯も召し上がっていきますか?三人分、用意しますけど」
「その話なんだけどね、憂」
 話が夕飯に及んだ段階で、唯は割って入った。
憂には律を招いた事と時間を告げたのみで、未だ話していない事があった。
「今日はりっちゃんが、晩御飯作ってくれるんだ。
だから憂は、ゆっくりしてていいよ。
食材も家にある物、使ってくれるって」
「えっ?そうなの?お客さんなのに悪いよ、お姉ちゃん」
 憂は表情に驚きを表し、咄嗟に遠慮した。
「いや、そういう約束でりっちゃんを家に呼んだんだからね。
だからこそ、夕方に来てもらったんだよ。
今からその話を無かった事にするのは、逆にりっちゃんに失礼だよ」
 一昨日の電話で唯が仰いだ協力、それは律に料理を作ってもらう事だった。
自分も律のように料理が上手ければ良かったと、そう思った時に今日の仕打ちを閃いたのだ。
だから唯は、この言葉の中で憂に嘘は吐いていない。
憂に対する害意が巡らされている事を、告げていないだけだ。
「そうそ、失礼とまでは思わないけどさ。
でも、ここまで来たんだから、何もせず帰るってのはちょっと寂しいかな」
 律もまた、唯に加勢してきた。
共犯者の律は勿論、料理を作る事が憂への仕打ちに繋がると承知してる。
その事まで唯は話してあるのだから。
「分かりました。今日はお手間取らせて済みませんけど、律さんに甘える事にします。
本当に有難うございます」
 唯達の言を受けて遠慮は却って失礼だと感じたのだろう、憂は礼を述べて承諾した。
その感謝の対象が、自分を嬲る仕打ちの一環だとは知らずに。

151いえーい!名無しだよん!:2014/06/02(月) 22:53:33 ID:Ic6DMXn20
「じゃ、話は決まりだな。で、悪いんだけど、冷蔵庫の中とか見せてもらっていい?
食材とか足りなそうなら、買い足しに行くから。
夕飯まで、まだ時間の余裕があるうちに確かめておきたいんだ」
「あ、はい、勿論構いません。どうぞ」
 憂に案内されて、律がキッチンへと向かった。
唯もキッチンの入口まで向かい、そこから二人の様子を眺める。
「へぇ、食材は量も種類も豊富だし、調味料も色々揃ってるね。
買い足しに行かなくても、大丈夫そう」
 律の感心したような声が響く。
「実は、既に夕飯のお買い物は済ませてあるんです。
量や種類が多いのも、折角の日曜ですから、
月曜とかの分まで含めてまとめて買っておこうと」
「へぇ、偉いね、折角の日曜を買い物に充てるなんて。
お蔭で私一人増えても、充分賄えるだけの量があるよ。あ、でもさ。
予定外に使っちゃうと、また明日か明後日に買い物行かなくちゃいけない訳か。
やっぱり買い足した方がいいかな?」
「いえ、どうせ、いつも余りそうになりますから。
余りを出さないように使い切るのも、一苦労で。
ですから使って頂けるのなら、逆に有り難いです」
 それは唯が知らない憂の苦労話だった。
ただ、律には憂の苦労が分かるらしく、共感を寄せていた。
「ああ、分かる分かる。生鮮食品って、少人数家族に対応しきれてないよね。
二人だと大変だよね」
「ええ、それでも一人暮らしよりは、幾分か楽なんでしょうけど」
 親しげに語らう二人の姿を見て、唯は不安に駆られた。
もし、律が憂に同情心を芽生えさせて、計画に非協力的になってしまったら。
唯の仕打ちは、上手くいかない事になる。
「まーねー、一人用にパックされてるのも見かけるけど、割高だしね。
さって、お喋りはここまでにして、そろそろ調理に取り掛かりますか。
ちょっと時間的には早いかもしれないけど、手間掛けて美味しい物を食べてもらいたいし。
何より、そこの唯がお腹空かせてそうな顔してるからな」
 律は唯を振り向くと、笑みを浮かべてきた。
それは、唯の心情を見透かして心配するなと言っているようにも、
または計画の始まりを告げる合図のようにも映る。
それでも、唯の心に刺さる不安の刺は抜けない。
「あ、私何か手伝いますよ?何もしない、っていうのも悪いんで」
「いやいや、ここは私の腕の見せ所だからさ。
憂ちゃんは休んでてよ」
「やっぱり悪いですよ。せめて、お米だけでも炊かせて下さい。
それに、私自身、料理の勉強をしたいんです。
お姉ちゃんに、美味しい物食べてもらいたいから」
 憂は切実な表情を浮かべて言った。
先日、唯に料理を貶された事が相当応えているらしい。

152いえーい!名無しだよん!:2014/06/02(月) 22:54:55 ID:Ic6DMXn20
「まぁ、見てる分には構わないけどさ。あんまり期待しないでよ?
憂ちゃんに勉強させる程の腕なんて、生憎私は持ち合わせてないし。
あ、でも、お米も私が炊くよ。
憂ちゃんには休んでて貰いたいし、一から十まで私が担当したいし」
 憂からの手伝いの申し出を、律は強硬に拒んでいた。
それを見て、唯の胸に漸く安堵が訪れる。
憂が手伝ってしまっては、唯の企みは瓦解してしまう。
尤も、米を炊くという程度では計画に然して影響しないが、
それさえ拒む律に計画への協力の強い姿勢が感じ取られた。
憂と親しげに振る舞いつつも、やはり律は唯の共犯者なのだ。
その確認が、不安の刺を抜き去り安堵を齎している。
「分かりました。では、勉強させて頂きます」
「本当に、そんな大した腕じゃないけどね」
 律はそう繰り返したが、それが謙遜である事を唯は知っている。
嘗て律の手料理を軽音部員で味わう機会があり、その時の評価は上々だった。
唯自身も、律の料理に舌鼓を打っている。
 尤も、律の料理の味を確認した事はあっても、調理の実際を見る事は初めてだった。
憂のように勉強しようなどという気は無いが、律の手際に興味はある。
唯はキッチンの入口に立ったまま、一際の関心を以って律を見つめた。
 律は一通り調理器具を確認した後、米を手早く研いで炊飯器に入れた。
「あ、そうだ。訊き忘れたけど、何かアレルギーとかある?
嫌いなものとか、苦手な味とか」
 律は思い付いたように、唯と憂へ向けて訊いてきた。
食べたい物を聞かない辺りが、他人の為に作る料理への慣れを窺わせる。
食べたい物を聞かれても、咄嗟には思い付かないものだ。
唯とて憂に訊かれて、「何でもいい」と返した事は数知れない。
律は人のそういう傾向を経験的に分かっているらしい。
「私は特に無いかな」
 まずは憂が答え、唯が続く。
「あ、私は辛い物が苦手。りっちゃんなら分かってると思うけど」
「了解。じゃ、そういうの避けて、適当に作るわ」
 律はそれだけ言うと、早速料理へと移った。
まずは時間の掛かるものからと、スープの仕込みが始まった。
その合間に、彩り映えるサラダやデザートが手際良く作られ、冷蔵庫に入れられてゆく。
続いて小鉢が幾つも作られ、食卓へと並べられた。
何れの小鉢も盛り付けにまで気が配られ、料亭の雰囲気さえ醸し出している。
 同時並行で様々な料理を作る律の技量に、憂の口から感嘆の声が漏れた。
憂も調理の腕はかなり立つが、ここまで鮮やかに調理していく事はできないだろう。
ましてや、このキッチンは律にとって慣れない場である。
平沢家で用いる調理器具にしても、律が家で使用している物とは勝手が違うかもしれない。
それら不利な条件に関わらず、律は憂をも凌ぐ手腕を発揮していた。
そしてその事が、唯の計画にとって上手く作用するのだ。
予想以上の律の腕前に、唯は思わず頬を綻ばせた。

153いえーい!名無しだよん!:2014/06/02(月) 22:56:30 ID:Ic6DMXn20
 その時、律の頬も綻んだ。
「お待たせ、後一品、メインディッシュだ」
 律はそう宣すると、フライパンで食材を炒め始めた。
それは今までの繊細な調理手法とは違い、大胆な動きと火勢で行われた。
鍋から炙られた食材が宙を舞う様に、憂の口から歓声が漏れる。
テレビ番組でしか見た事の無い技術に、唯も暫し見入っていた。
もし此処が家庭のキッチンでは無く本格的な厨房であったのなら、
調理の実力を更に見せ付けていたかもしれない。
そこだけが、少し残念だった。
「よっし、完成」
 律はその一言とともに火を止めると、皿へと炒めた料理、青椒肉絲を取り分けた。
食材や使用された調味料から青椒肉絲であると予想は付いていたが、
唯はこの場面に至って漸く疑問を口にする。
律の料理を、問い掛けで邪魔したくなかったのだ。
「りっちゃん、チンジャって中華だよね?それ、辛くしてないよね?」
 煮込んでいるスープからは、食欲を誘う香りが漂っている。
その火も止めてスープを器に取り分けながら、律は答えてきた。
「ああ、さっき味の好みは聞いたし、唯が辛いの苦手って分かってたからな。
辛くなんて無いから、安心してよ。
まぁそれで結構アレンジしたから、本格的なチンジャオロースーとは違ってるけど」
 調理の依頼はしたが、具体的なメニューまで指示した訳では無かった。
それでも律は協力者である以上、唯の厭う物は作らないだろう。
そう予想していながらも、唯は少し安堵した。
計画を遂行する為には、多少辛くても我慢して食べる心算だった。
だが、我慢せずに済むのなら、それに越した事は無い。
 青椒肉絲の皿とスープの器を配膳した律は、
米飯や小鉢、サラダと食卓に並べてゆく。
そうしてデザートだけを冷蔵庫に残して、食事の準備が整った。
「凄い、本当に凄かったです。見た目も美味しそうで、勉強になりました。
いや、私の技量じゃ、何処まで実践できるか不安ですけど」
 憂は感嘆を表情に浮かべ、律を讃えた。
「そんな大層なものじゃないって。
それに、重要なのは見た目や技術よりも味だよ。
参考にするかどうかは、味を確かめてから、の方がいいと思うよ。
さ、温かいうちに食べてよ」
「そうだね、温かさも美味しさのうち。食べようよ、憂」
 唯は早速席に付いて、憂を急かした。
仕打ちを早く実行へと移したい思いも勿論あるが、律の手料理に食欲を刺激されてもいる。
意図せず一石二鳥の計画になったと、唯は胸中で思った。
「うん、頂こうか、お姉ちゃん。すみません、律さん。御馳走になります」
 唯に従って、憂も席へと着いた。
「どうぞ、召し上がれ。それじゃ」
 律も席に座って音頭を取ると、三人の声が重なって響く。
「頂きます」
 唯は早速、律がメインディッシュと位置づけた青椒肉絲に箸を伸ばした。
口に含むと、甘味と微かな酸味が舌を心地好く擽った。
律の言う通り、辛さはまるで感じない。
咀嚼すると、千切りされた肉やピーマン、筍の歯応えが快い。
唯は思わず相好を崩し、至福の時に満たされる。
「美味しいぃ、りっちゃん、天才だよー」
「うわぁ、確かに美味しいですね。
辛味が無いのにきちんと青椒肉絲してますし。何より、独特の歯応えがクセになります。
ミシュランに紹介されても、違和感ありません」
 同じく青椒肉絲を食べた憂も、味と律を褒めそやしている。
「そ、そこまで褒められると、おかしーし。大袈裟言うなよー」
 律は頬を染めて俯いた。
仕打ちへの協力という状況でも、褒められれば嬉しいのだろう。

154いえーい!名無しだよん!:2014/06/02(月) 22:58:06 ID:Ic6DMXn20
 尤も、協力とは言っても、律が行う事は文字通りのお膳立てである。
憂からの愛を欲する唯こそが、主な役割を担っている。
そしていよいよ、状況が整い機は熟した。
「大袈裟なんかじゃありませんよ、実際に凄いです。
調理の手順だけじゃ無く、味も確かめてみて、参考にしたいと思いました。
さっきも言いましたが、私の腕じゃ此処までは難しいでしょうけど」
 憂は唯の企みなど知らず、相変わらず律を褒めていた。
これから自分が嬲られるとは知らずに。
その無邪気な憂へと、唯は冷酷な同調を浴びせた。
それこそが、狼煙だった。
「だよね、憂の腕じゃ難しいよね。素質が全然違うもんね。
まぁ無理しなくていいよ、期待してないから。
その点、りっちゃんの料理なら、毎日でも食べたいのになー」
 一瞬にして憂の表情が凍り付き、箸の動きも止まった。
唯はすかさず、硬直している憂へと話し掛ける。
「あれ?憂、どうしたの?何か固まっちゃってるけど」
「ああ、うん、そうだよね。私じゃ無理、だよね。
でも、頑張りたい、かな。少しでも、近付きたいから」
 憂は唯の言葉で我に返ったように、慌てて言葉を返してきた。
その途切れがちな言葉に、憂が受けた衝撃の大きさが表れている。
「身の程分かってるじゃん。まぁ、別に頑張って貰わなくて結構なんだけどね。
頑張ったところで高が知れてるんだから。
それで、どうして固まってたの?そっちに付いては、答えてもらってないよ?」
 唯は意地悪く問いかけた。
憂は視線を逸らしながら、言葉短く答える。
「んーん、何でも無いよ、お姉ちゃん」
「何でも無くないよね?ねぇ、憂。
私は姉として、妹の事が心配だから聞いてるの。
それなのに憂は、私の心配を無下に扱う心算なの?素直に答えてよ」
「えっと、ちょっと、ショック受けちゃって、かな。
えっとね、私もね、料理が下手かもしれないけど、それでも頑張ってるんだ。
だから、期待だけでもして欲しいかな、って。そう思って。
それで、できればなんだけど、私じゃ無理とか言わないで欲しいかな。
応援、して欲しいかな」
 唯の執拗な追及を受けて、憂は遠慮がちに言った。
それに対して、唯は大仰に驚いて見せる。
「ええっ?いやいや、何言ってるの。
私が言った事って、憂自身が言った事をトレースしただけだよ?
なのにショック受けたの?」
 唯はそこまで言うと、呆れた表情を繕って続ける。
「あ、もしかしてさ。
憂が、私じゃ難しいとか言ってたのって、慰めて欲しいだけのフリ?
私に、憂もりっちゃんに負けてないよ、とか言って欲しかったの?
うわぁ……」

155いえーい!名無しだよん!:2014/06/02(月) 22:59:40 ID:Ic6DMXn20
「そ、そういう心算で言ったんじゃないよ。
本音だよ、本当に律さんには及ばないって、分かってるから」
「だったら何で、ショックなんて受けるの?
りっちゃんに負けてないって自惚れてるから、ショック受けたんじゃないの?
思っていた通りの事言われたのなら、別に改めてショック受ける必要無いもんね」
「違うの、言葉の内容がショックなんじゃないの。
言った人が、お姉ちゃんだから、ショックなんだ。
一応、慰めて欲しかった訳じゃ無いよ?
それでもね、好きな人から自分の料理を貶されれば、ショックだって受けるよ」
 憂の表情が、羞恥を帯びて赤く染まった。
律の眼前で姉に対する愛を口走った事に、咄嗟に羞恥を覚えたのだろう。
「ふーん、そういう気持ち、別に分からなくもないかな。
でも私、味に対しては正直だから。
だからね、もう一つ言わせてもらうよ。
憂はさっき、りっちゃんに近づきたいとか言ってたけど、それすら恥じるべき自惚れだよ。
だって、ほら。りっちゃんの料理を食べてみてよ。
これだけ乖離してる人を相手に、肩を並べようだなんて。
ほら、食べなよ。一噛み毎に次元の違いを噛み締めなよ」
 憂は言葉を返してこなかった。
俯いて、小刻みに肩を震わせている。
「返事は?」
 唯が促すと、憂は首肯とともに辛そうな声を絞り出した。
「うん」
 これで憂は律の料理を食べる毎に、自身との差を思い知らされるだろう。
それは唯の計画に、効果的に作用する。
 律の料理を褒める反面、憂の料理を貶す事。
それこそが、唯の計画だった。
この計画を思い付いた契機は、律と話した金曜日の電話にある。
律のように料理が上手ければ、と言おうとした際、唐突に思い付いた。
そのまま律に計画を話して、料理を作って欲しいと頼んだのだ。
 そして律は、唯の期待以上の役を果たしてくれた。
ある程度は料理の腕が無ければ、幾ら憂より上手と評しても説得力が無い。
その点、律の料理は計画抜きに考えても、憂以上に巧みだった。
よって、唯が律の料理を褒めて憂の料理を貶す事に、正当性が付された。
唯の酷評を憂は一噛み毎に、残酷にも自身で正当付ける羽目になるのだ。
 唯は計画の成功を確信しながら、小鉢の一つに箸を伸ばした。
モヤシを和えた料理が中に入っている。
「美味しいー。やっぱり、りっちゃんは凄いや。これ、ナムル?」
「んー、ナムル風のもやし、かな。
コチジャンとかの辛い材料は使わず、塩気で味付けした感じ。
もやしの和風漬物、ってのが一番近いニュアンスになるのかな」
「へぇー、凄いね。到底、憂には真似できないよ。
そもそもそんな発想が無いし、何より技術が無いからね」
 憂は反論も同調もせず、ただ俯いて箸を遅々と動かしているだけだった。
 その後も唯は毀誉褒貶を使い分け、
只管に律の料理と憂の料理を対比させ続けた。
勿論、前者に対しては惜しみない称賛で、後者に対しては仮借ない批判で遇していた。
次第に憂の瞳には涙が溜まり、時折袖で目元を拭う動作さえ見せている。
その間、律は憂に対する攻撃にこそ加担していないが、フォローもしなかった。
その事も、憂に孤独感を味わわせる効を為している。

156いえーい!名無しだよん!:2014/06/02(月) 23:04:14 ID:Ic6DMXn20



<デザートまで食べきった辺りから。
その描写の直後、唯はもう憂の弁当は要らないと言い、律に昼食をせびる。
憂は迷惑だからと止める。その流れで書いていく。



律の料理を褒めちぎり、憂より上手いと評し、憂の料理の酷評。
律が本当に料理上手な為、単なる嫌がらせとならない効果がある。
つまり、唯の仕打ちに説得力が生まれる。

唯の日曜の計画。それは、律を家に招き、料理を作ってもらうという事。
日曜、それで憂より上手いと評し、憂を凹ませる。
憂にも食べさせ、敗北を認めさせる。
唯はもう憂の弁当は要らないと言い、律に昼食をせびる。
憂は迷惑だからと止めるが、だったら昼食代を寄越せと唯は憂に迫る。


月曜、梓は凹んでいる憂を心配して悩みを聞く。
そして、唯から受けた仕打ちを知って激怒。純にも話して、協力を請う。
何れ和も知るかも。
放課後では、澪からも律の仕打ちを聞き出すかも。


今後の展開として、部活外にも移った律と唯によるテスト。
但し梓は純を巻き込んで憂から事情を聴き始めるほか、紬や澪とも情報の共有を開始。
やがては律と唯からテストの存在を聞き出すが、それを澪や憂に告げるかどうか。
律は澪の前で、他の女と仲良くするとかやる。眼前での唯とのセックスまでいくかも。
唯も憂の前で律と眼前セックス。しかし、憂は澪と違って嫉妬する姿勢を見せない。
逆ギレして、半狂乱にキレる唯とかのネタも。>

157いえーい!名無しだよん!:2014/06/02(月) 23:11:10 ID:Ic6DMXn20
>>102-155
書いてあったのはここまでです。
なお、>>156に付いては、その時の分の執筆を終えてメモ帳を閉じる際、
直後辺りの展開をメモしておくものです。
次に開いた際、ある程度書いた段階で消しています。
書いている時の勢いによって、次の流れが生まれてくる事が多いです。
なので、閉じる際にメモしておいています。完成までの作業工程の一つですね。

 また、本作を執筆する前に、メモしていた構想も貼ります。
例によって、「自分しか読まない」という前提で書いたものですので、
読者の方には理解不能な個所が多いと思いますが。
以下。

題名案『 唯律「ついてこれるか?」 』 『 唯律「きゃんゆー らぶみ?」 』
あらすじ
[律澪と唯憂。律と唯がそれぞれ、澪と憂に冷たく当たろうと思い立つ。
理由は、自分が何処まで愛されているかを知る為。
どれだけ冷たくあしらわれても着いて来る澪や憂に、満足感を覚える二人。
一方で、澪や憂に同情した紬や梓、純、和から二人は窘められる。
そして紬から「愛を試せば、いずれ後悔する」と警告を受ける。
しかし二人は省みなかった。最終的に、唯は献身的な憂に心打たれ、許しを乞う。
梓には責められるが憂に庇われ、最終的にはU&Iの歌詞を書く。
ここが、ギリギリラインだった。一方で律は、更に澪を試してしまう。
結果、トリガーを引く事になる。唯は憂と仲良くなり、紬は警告が覆った事を知る。
しかしながら律は、極度のヤンデレと化した澪に足を潰されてしまう。
澪のもう一緒に歩いてくれないという発言が、伏線。
そして、澪の物と化す。紬の警告を思い出し、激しい後悔の中で澪に抱かれる律でFIN.

ラストの場面で、澪は律を妻(みたいなもの)として迎え、生活を保障すると言う。
障害者としてのハンデを考慮する必要無く、満たしてやると。
律が事故として口裏を合わせず、損害賠償請求すれば、こちらも虐められたとして訴えると言う。
相殺はされずとも、律や家族の世間体に暗雲が及ぶ。
また、梓や紬達も自分の味方だと諭す。
律は苦痛と絶望の中で、澪が本当に生活を保障するのか疑わしいと反論する。
いつか捨てる気じゃないのかと、反論する。
それに対して澪は
「それを確かめる為の、テストだったんだろ?(充分信じられるくらい、テストしただろ?)」でFIN.


やりたいエピ
1.お化け屋敷での律の言葉は、澪がグロ耐性付けて律の足を潰す伏線。
2.澪が律の弁当かお菓子作ってくるが、律は誤って落としてしまう。
 それで梓がブチ切れ。
3.家計のお金が無くなると泣き付く憂に、売りでもやればとかいう唯。
 その後鏡越しに包丁を握る憂の姿が映る。刺されるのかと思い紬の忠告を思い出すが、
 憂は自傷して「これじゃ売れないね」とか言う。


]

158いえーい!名無しだよん!:2014/06/06(金) 20:00:06 ID:q7FxTDAw0
書き手交流スレで勝手に続きを書いてもいいかと聞いたやつです。
唯「同性愛者とかマジきめぇわ」
http://blog.livedoor.jp/vippermusume/archives/4543548.html
の三次創作で、本文もちょこっと変えて書き直していました。
多分もう書くことはないので超長いですが供養にここに落とします


梓(今日こそ唯先輩に告白しよう)ドキドキ


唯「どうしたのあずにゃん。こんなところに呼び出して」

梓「私唯先輩が好きです、つきあってください」

唯「え…あずにゃんって同性愛者だったの?」

梓「え」

唯「気持ち悪いよ」

梓「そんな…先輩っ」

唯「いやああっ、来ないでよ!」バタン

梓「…」

お昼休み!
唯「…てなわけであずにゃ…中野さんに告白されてさ」ヒックヒック

和「よしよし唯、つらかったわね」

律「唯も唯だぞ。抱き着いたりなんかするから勘違いさせるんだ」

唯「ひどいよりっちゃん、私怖かったんだよ」

紬「それよりどうする?もうあの子と同じ部室にはいられないでしょうし。唯ちゃんも、それから澪ちゃんも」

澪「同性愛者怖い怖い…」ブツブツ

律「去年のことがよっぽどトラウマになってるんだな」

和「澪ごめんね。同じ生徒会の人間として謝っておくわ」

澪「…いや、和は悪くないよ。ごめんな。今は唯のことだよな」

唯「うん。中野さんが部活辞めないなら私が辞めようと思ってるけど」

律「待てよ唯、なんで同性愛者のせいでお前がやめなきゃいけないんだよ!」

紬「仕方ないわね。梓ちゃんにやめてもらいましょう」

159いえーい!名無しだよん!:2014/06/06(金) 20:00:34 ID:q7FxTDAw0
放課後

梓「」トボトボ

梓「こんにちはー」ガチャ

四人「」シーン

梓「あれ、机が四つしか……あの」

律「あ? お前の席ねぇから」ギロッ

梓「あ……」

紬「さぁ、お茶にしましょ」

律「おームギ、ありがとう」

澪「ありがと、ムギ」

唯「ありがと〜ムギちゃん」

梓「あ、あの、ムギ先輩は、私の……」

紬「ごめんなさい。軽音部以外の人の分はないの」

紬「同性愛は神の意思に背く行為よ。そんな人を入れておけないわ」

梓「!?」


さわ子「それで、昨日梓ちゃんが退部届け持ってきたんだけど」

澪「本当ですか!」

律「やったな! 唯!」

唯「うん。これで安心だよ」

唯「憂に話したら、憂ももう中野さんに近づかないって!」

紬「これで完全に縁が切れたわね!」

さわ子「ちょ、ちょっと待ちなさいよあんた達!大切な後輩が辞めたっていうのに何なのその態度は」

律「あー、そっか、さわちゃんにはまだ話してなかったけ」

さわ子「?」

律「実はあいつ、同性愛者なんですよ」

さわ子「……そう。つくづく運が悪いわねあなた達」

唯「私なんか告白されたんですよ! あー思い出すだけでも鳥肌が」

さわ子「まぁ、そういうことなら仕方ないわね。これは受理しておくわ」

律「ったくどーなってんだよこの学校!こないだもクラスで同性愛者が出たし」

さわ子「悪いわね、やっぱり女子高だから。対策として、隣の男子校の薔薇高校との合併が話し合われてるわ」

唯「そのままの桜ヶ丘でいてほしかったけど、仕方ないよ」

梓(あんなのひどすぎるよ)

梓(きっと今頃先生が先輩達のこと叱ってくれてるはず)

梓「」ガラガラ

梓「あ、憂、おはよー」

憂「ひぃ!」

純「どうしたの憂?」

憂「ううん。今誰かの声が聞こえた気がして」

純「えー。誰もいないじゃん。疲れてるんじゃないの?」

梓「……へ?」

憂「そうかなぁ。昨日ちょっと遅くまで起きちゃってたから」

梓「憂、純?」

憂「ひぃ! また聞こえた」

純「今度は私も聞こえた! 怖いなー。この教室何かいるんじゃない?」

梓「・・・」

160いえーい!名無しだよん!:2014/06/06(金) 20:00:58 ID:q7FxTDAw0
梓(そんな……憂達まで……)トボトボ

梓(どうして……同性を好きになるのって、そんなに悪いことなの?)

梓(だってここ女子校だよ……)

先生「はーいHRを始めます」ガラガラ

先生「では出欠を取りますー。安倍さん、伊藤さん――」

梓(部活はやめて、友達はいなくなって……)

梓(何で私がこんな目に……)

梓(ほんとに好きだったのに……。こんなのあんまりだよ)

先生「手島さん」

モブ代「はーい」

先生「中村さん」

モブ子「はーい」

梓「!?」
「あの! 先生、私は!?」ガタッ

教室「シーン」

先生「新田さん〜、根本さん――」 

先生「はーい、それじゃあHRを終わります」

先生「」ガラガラ

先生(ふぅ……。それにしても、家の生徒に同性愛者がいたなんて残念ね)

純「先生、梓の名前呼ばなかったね」ヒソヒソ

憂「うん。さっきメールがあったんだけど、お姉ちゃんがさわ子先生に梓ちゃんが同性愛者だって教えたみたい
  だからそこから伝わったんじゃないかな」

純「クラスのみんなにも梓が来る前に教えといたしね」

憂「同じクラスに同性愛者がいるなんてちょっと怖いもんね」

純「できるだけ早く学校やめてくれればいいけどね」

憂「この分じゃきっとすぐだよ。ほら」

純「何あれ、机に突っ伏して、寝たふり?」プルプル

憂「ちょっと体震えてるし、泣いてるんじゃないの?」プルプル

梓(どうして……どうしてこんなことに……)


体育の時間

先生「はーいそれじゃあ三人組みを作ってストレッチしてください」

純「憂やろ!」

憂「うん。あと一人はどうしよっか」

梓「あ、憂……純」

憂「あ、中村ちゃん、一緒にやらない」

モブ子「え? 私? いつもは中野さ――あ、ううん。いいよ、やろう!」

梓「……」

先生「はーい。作れてない生徒はいませんねー」

梓「あ、先生、あの」

先生「いないようですねー」

161いえーい!名無しだよん!:2014/06/06(金) 20:02:09 ID:q7FxTDAw0
公民の時間
先生「今日はこのように、日本国憲法は――」

先生「ちょっと授業内容とはそれるけど、憲法について重要な条文があるので見ておきましょうか」

先生「教科書の一番裏を開いて、じゃあ平沢さん。24条を読んで」

憂「はい。婚姻は、両性の合意のみに基づいて成立し、夫婦が〜」

先生「あ、もう一回。両性、のところを強調して」

憂「はい。婚姻は、『両性』の合意のみに基づいて〜」

梓「……」

先生「はい。いいです」

モブ子「せんせー、両性ってのは、男と女のことですよね」

先生「そうですよ。日本では同性結婚は認められてませんからね」

モブ子「じゃあ同性愛はー?」

モブ美「えー、きもーい」
クラス「どっ」

先生「こらこら。まぁ同性愛に関しては個人の自由だけど、気持ちのいいものではないわね」

梓「……」


昼休み

梓(なんなのこれ……)

梓(なんでみんなで、こんな……)

梓(私が同性愛者だから?)

梓(何で誰かを好きになるだけでこんな目に遭わなきゃいけないの?)

梓「あ……お弁当が……」

グチャ・・・

梓「そういえばさっきトイレに行った時、憂達が私の机の周りに集まってたけど……」

梓「なんでここまで……」

純「見てよ。梓の奴相当こたえてるみたい。こりゃやめるのも時間の問題だね」

憂「純ちゃんも人が悪いねぇ」

純「憂程じゃないよ」

梓「……」

憂「あれ、なんかこっち向かってきてるよ」

純「えー、嘘でしょ」

梓「ねぇ、憂、純」

純「おホン、ういー、ちょっと数学で分からないとこがあるんだけど」

憂「うん。どこどこ」

梓「ねぇ、なんで無視するの?私が同性愛者だから?ねえ、私、憂にも純にも迷惑掛けないから……唯先輩のことも諦めるから。ねぇ」

純・憂「…」

梓「ねぇ憂ったらっ!」ガシッ

憂「きゃー!」

モブ「ちょっとあんた憂に何してんのよ!」ドカッ

梓「あ、痛いっ!」

クラス「ちょっとどうしたの?」

モブ「こいつがいきなり憂に掴みかかったのよ!」

クラス「えー、さいってー」

梓「何だ、見えてるんじゃん」

モブ「は? 何訳わかんないこと言ってんのよ」

梓「ねぇ、見えてるのになんで無視するの!? 私が何か悪いことした!?」ガシッ

モブ「きゃー! 助けてー!」

クラス「大丈夫中村!? ちょっと離れなさいよ!」ドカッ

梓「いたっ」

クラス「このっ、このっ、この汚物、同性愛者!!」ドカッドカッドカッ

梓「あ、いたっ、やめてっ、あっ」

先生「ちょっとあなた達何してるの!」ガラッ

モブ「あ、先生! こいつがいきなり憂と中村に掴みかかったんです!」

モブ「引き剥がそうとしたから抵抗したのでちょっと手荒なことを……」

先生「そう……二人とも大丈夫?」

憂「あ、はい、平気です」

モブ「ちょっとびっくりしましたけど」

先生「……中野さん、ちょっと職員室まで来なさい」

梓「あ……」

先生「後の子は遊んでていいわ」

モブ「おら、さっさと行けよ!」ガンッ

梓「いたっ」

先生「いいから早く来なさい」

162いえーい!名無しだよん!:2014/06/06(金) 20:02:37 ID:q7FxTDAw0
職員室

先生「それで、先に手を出したのはあなたなのね?」

梓「でも、憂達が先に私のことを無視して……」

先生「そういうことを聞いてるんじゃないの」

先生「先に手を出したのはあなたなのね?」

梓「何でですか! 先生も朝私のこと無視しましたよね! どうしてですか!
  私が同性愛者だからですか?こんなのおかしいですよ!」

さわ子「ふー」ガラガラ

さわ子「あ……あず、中野さん。どうしたんですか、いったい」

先生「いえ、この子が他の生徒に暴力を働いたみたいなんですけど、言ってることが支離滅裂で」

梓「あ! さわ子先生!」ガシッ

さわ子「わ! ちょっとどうしたのよ!」

梓「先輩達は、先輩達はどうしましたか!? ちゃんと叱ってくれましたか? 
ちゃんと理由をきかない限りは退部なんて認めないって昨日言ってくれましたよね!?」

さわ子「え……言ったけど、ちゃんとした理由があったみたいだから退部届けは正式に受理したわよ」

梓「え……」

教室

モブ美「ねー、どっちかさ、ちょっと体に傷でも付けてみたら? そしたら中野、退学とかになるんじゃない?」

モブ江「あ、それいいかもね。中村やってみたら?」

モブ子「えー。そんなのやだよー」

モブ美「大丈夫だよ。ほら、ここにコンパスあるからさ、これを手にちょっと刺してさ、目に向けられたけど手で防ぎましたとか言えば一発だよ」

モブ子「えー、痛いのはちょっとなぁ」

モブ江「何言ってるのよ。名誉の負傷じゃない」

モブ子「えー、どうしよう。ねぇ、憂」

憂「えいっ」ドスッ

モブ子「えっ!」

純「わっ!」

モブ美「おおー! 流石憂!」

憂「これでお姉ちゃんが助かるなら……みんな口裏合わせてくれる?」ダラダラ

モブ美「任せといてよ! 全力で追い出すわよあの同性愛者!」

憂「いたた……あ、でもお医者さんとかに調べられたら自分で刺したってバレちゃうかなぁ」

純「大丈夫じゃない? 保険の先生はこっち側だろうし、警察呼んで鑑定なんてことにはしないでしょ、多分」

モブ子「すみませーん」ガラガラ

梓「あ……」

先生「あら、どうしたの?」

モブ子「あ、平沢さんがさっき怪我したところが痛むっていうんで保健室にいったんですけど、保健室に誰もいなかったので……」

先生「そう。今保険の先生外出してるのよ。ちょっと見せてみて」

憂「あ、はい」

先生「どれどれ。え!? これを中野さんがやったの? コンパスよね、これ」

梓「!?」

憂「はい。取っ組み合いになった時。目に刺されそうになったんですけど、何とか手で」

先生「ほんとなの、あなた達」

純「はい。凄い形相で、一瞬ほんとに目に刺したのかと思いました」

梓「え、ちょっと先生、私そんなことしてません!」

先生「何で早く言わないのよ。これはちょっと酷いわね……」

先生「中野さん、本当にやったの? これはちょっと注意だけじゃ済ませられないわよ」

梓「違います! 私こんなことしてません!」

先生「駄目ね。錯乱してるわ。平沢さんが嘘付くはずもないし……。手はまだ痛む?」

憂「あ、大分おさまっては来ました」

先生「ちょっと梓ちゃんの処分を考えないといけないから。一回教室に戻ってくれる? どうしても痛む時はまた職員室に来て。
    保険の先生も1時には帰ってくるはずだから」

憂「はい」

先生「梓ちゃんはちょっとこっち来て」

梓「先生! 私本当にあんなことしてません! 信じてください! 先生!」

さわ子「……」

梓「さわ子先生! 助けて!」

さわ子「……憂ちゃん、待って」

憂「はい?」

さわ子「ほんとに、梓ちゃんが刺したの?」

憂「……はい」

梓「先生! 嘘です、信じないで下さい!」

163いえーい!名無しだよん!:2014/06/06(金) 20:03:09 ID:q7FxTDAw0
唯「あ、憂からメールだ。あ、ちょっとみんな、中野さんが暴力事件起こしたみたいだよ!」

律「はぁ? 何考えてんだあの汚物。本当同性愛者は何考えてるかわかんねぇな」

澪「暴力事件って、何か処分とかされるのかな」

唯「んー詳しい内容は書いてないから分からないけど、もう大丈夫だよって書いてあるし、そうかもね」

紬「でも大丈夫かな梓ちゃん……。そんなことする子じゃなかったし、相当追い詰められたんじゃ」

律「何言ってんだよ、同性愛者は危険なもんなんだよ。エリなんかアカネに執拗な付きまといをしてたらしいし」

アカネ「」ビクッ

律「あ、悪い」

三花「アカネ大丈夫?」

アカネ「う、うん…」

唯「アカネちゃん、かわいそうだね」

和「ひどい話だわ。表面的には親友でも、陰ではアカネを脅して性的嫌がらせをしてただなんて」

和「無事滝さんは退学になったけど、彼女の傷が早く癒えるといいわね」

唯「うん、私はアカネちゃんみたいにならなくてよかったよ」




先生「中野さん。正直に言って」

梓「本当です! 信じてください! 私、刺したりなんか……」

梓母「先生!」

先生「あ、お母さん。今日はわざわざすみません」

梓母「いえ、でも、梓が暴力事件を起こしたなんて、どうして……」

先生「本人も相当錯乱してるみたいで、それとお母さん、お子さんのことなんですけど……」

梓母「はい?」

先生「言いにくいんですけど、梓ちゃん、同性愛者みたいなんですよ……」

梓母「……え?」

先生「ですから」

梓母「冗談ですよね先生! 家の子が同性愛者なんて!!」

先生「残念ですが……。何でも昨日、軽音部の先輩に告白して振られたみたいで、
    今回の出来事も、それが絡んでるみたいです。刺されたのは、その先輩の妹で……」

梓母「もしかして、憂ちゃんですか?」

先生「あ、知ってるんですか?」

梓母「はい。よく家にも遊びに来てましたし……、憂ちゃんのお姉ちゃんを尊敬してるとも家で何度も言ってましたから。
    まさか、恋心を抱いてるとは想いませんでしたけど……」

先生「辛い気持ちは分かりますけど、お母さんがしっかりと受け止めてあげないと」

梓母「憂ちゃんの方は大丈夫なんですか?」

先生「はい。かなり強く刺されていた様ですが、部位が部位なので大事には」

梓母「良かった。それにしても、あんなに仲良くしてたのに……」

先生「失恋のショックが大きかったのかもしれません」

梓母「家は共働きで、職業柄梓を一人にしてしまうことも多かったですけど、
   それでも、欲しいものは買い与えていたし、家に居る時はできるだけ愛情を注ぐようにしてたのに…。
   女子校に行くのも、最初は反対してましたけど、梓がどうしてもここじゃなければ駄目だと言うから……。
   それが、どうして同性愛者になんて……。やっぱり、育て方を間違ったんでしょうか」

先生「そんなに落ち込まないで下さい。これからどうするかを考えましょう。
    それで、梓ちゃんの処分なんですけど」

梓母「はい」

先生「学校側としては、自主退学という形で済ませたいですが」

梓母「梓は何て?」

先生「何分まだ錯乱してる状態で……」

梓母「そうですか」

先生「梓ちゃんのところへ行きましょうか」

梓「はい」

先生「梓ちゃんのお母さんを連れてきました」

校長「ああ、ご苦労さまです」

梓「あ、お母さん」ダッ

梓母「梓」

梓「お母さん、みんながね、私が同性愛者だからって苛めるんだよ。
  先輩も憂もみんなもね。同性愛者とは付き合えないって、同性愛者だからお前が悪いんだって。
  ねぇ、お母さんは私の味方だよね? お母さんは私の味方だよね?」

梓母「梓……」

校長「お気の毒に……処分の方は後日決定したいと思いますので、今日のところはお子さんを家で休ませて上げて下さい」

梓「お母さん。私は何も悪くないんだよ。処分なんていらないって教えてあげてよ」

梓母「平沢さんの家にお詫びに行きたいのですが……」

校長「平沢さんの家は今両親不在みたいですし、二人とも顔を合わせたくないと言ってるようですから」

梓母「そうですか……すみません」

梓「ねぇお母さん、お詫びなんて必要ないんだよ? どうして、お母さん?」

梓母「梓、ごめんね。お母さんの育て方が悪かったから……」ギュッ

梓「どうして泣いてるの、お母さん?」

164いえーい!名無しだよん!:2014/06/06(金) 20:03:54 ID:q7FxTDAw0
唯「いやーそれにしてもさっきはびっくりしたよー。いきなり先生に呼び出されるんだもん」

澪「唯のことだから、また何かやらかしたのかと思ったよ」

唯「えー、酷いよ澪ちゃん」

律「まったくどこまでもはた迷惑な奴だよな。これだから同性愛者は」

唯「憂を刺したってのは絶対許せないよ」

律「憂ちゃんも刺し返してやればよかったのにな。正当防衛だし、同性愛者なんか何されても文句言えねぇだろ」

唯「憂はいい子だからね。でも私が刺し返したいくらい……あ」

澪「梓だ」

紬「横にいるのはお母さんかしら」

唯「……」

律「何かこっち見てるぞ」


梓「あ、唯先輩!!」

梓母「あ、平沢さんと、軽音部の皆さん。家の子が迷惑かけたみたいで」

唯「……いえ、いいですから。二度と私達に近付かない様に言っておいて下さい」

澪「おい唯!」

梓母「いいのよ……。ごめんなさいね」

梓「唯先輩! 私憂のこと刺してなんかいませんよ! 唯先輩の妹にそんなことするわけないじゃないですか!
  唯先輩!」

唯「……」

梓「唯先輩……、もう告白なんてしませんから、傍にいるだけでいいですから、許してくださいよぅ」

律「何言ってんだこいつ」

梓母「梓!」

唯「……行こうみんな」

澪「ああ」

律「ちっ」

紬「……」

梓「唯先輩! 待ってくださいよ! 唯先輩ぃ……」

梓母「梓、今日はゆっくり休んで、これからの事考えましょうね」

梓「……」



梓父「それにしても、よりによって家の子が同性愛者なんて……だから俺は女子校に行かせるのなんか反対したんだ!」

梓母「何よその言い方。最後にはあなたも賛成したじゃない!」

梓父「お前が梓の意見を尊重してあげようとしつこく言ったからだろ! それでこの結局このザマだ!
    次は、梓の意見を尊重して、同性愛も尊重してあげようとでも言い出すのか? 良いお笑い草だな!」

梓母「何よ! 自分は梓のことなんか全然気にかけもしないで全部私に任せっきりだった癖に、こんな時だけ私のせい?」

梓父「しょうがないだろ。子育ては女の仕事だ」

梓母「随分古い考えね。あなたがそんなだから梓もああなったんじゃないの?」

梓父「同性愛尊重は新しい考えってか? はっ」

梓母「とにかく、私だけの責任じゃありませんからね」

梓父「俺はもう知らんぞあんな奴のこと。金は出すが面倒を見るつもりはない」

梓「……」

梓「どうしてこんなことになっちゃんだろ……」

梓「私が、同性愛者だからかなぁ」

梓「でも、初めて、初めて本気で人を好きになったのに。その相手が、たまたま女の子だったってだけなのに」

梓「それだけでどうして……」

――……唯先輩のことも諦めるから。ねぇ

梓「諦められるわけ、ないよ……」

梓「唯先輩ぃ」 ガチャ

165いえーい!名無しだよん!:2014/06/06(金) 20:04:11 ID:q7FxTDAw0
唯「憂、手大丈夫?」

憂「うん、もう痛みはないよ」

唯「そっか。それにしても、憂にこんなことするなんて、絶対に許せないよ」

憂「……うん」

唯「今日は大変だったね。もう寝よっか」

憂「そうだね」
ガンッガンッガンッ

唯「!?」

憂「お客さん? 誰だろ、こんな夜中に?」

唯「学校から連絡が行って、お母さん達が帰ってきたのかも」

憂「それなら鍵使うはずだよ」

唯「でも、案外鍵なくしちゃったのかもしれないし」タタタタッ

憂「あ、お姉ちゃん!」

唯「はいはーい」ガチャ

唯「え……中野、さん」

梓「あ、唯先輩!」

唯「何しに来たの? それに……何でギターなんか持って」

梓「あ、これは、唯先輩にギターを教えて貰おうと思って」

唯「は……? ギターなら中野さんの方が上手じゃん。馬鹿にしてるの?」

梓「いえ、技術じゃないんですよ。私なんか唯先輩の足元にも及びません」

梓「さっきですね。唯先輩を好きになった時のことを考えていたんですよ」

梓「ほら、何気なく好きになってたような恋に置いても、恋に落ちる一点はあるものだって言うじゃないですか。それがいつだったのか考えてたんです」

梓「そしたらですね、ケーキに夢中になってる先輩、だらしなくパンダみたいに机の上に突っ伏してる先輩、すぐに抱きついて私を懐柔してしまう先輩、とにかく色んな先輩が浮かんで来たんですけど」

梓「どうしても私の脳裏に焼き付いて離れないのは、新歓ライブの時のとても伸びやかに、羽ばたくように演奏をしている先輩だったんです」

梓「一目惚れってことになるんですかね? 私は、唯先輩の最初の演奏を聞いたときにもう既に恋に落ちていたみたいなんです」

梓「だから、私があの演奏を身に付ければ、この心の痛みもおさまるかもしれないと、唯先輩を諦められるかもしれないと思って
  それで、ギターを教えて貰おうと思って……だから唯先輩お願いしますよ。私が唯先輩の音を手に入れれば、私はもう唯先輩に縛られなくて済むんですから」

唯「……かげっ……して……」

梓「え?」

ドカッ
梓「あっ」ガンッ

唯「いい加減にしてよっ!」

唯「さんざん私達に迷惑かけといて! 憂のこと刺しといて!」

唯「謝りもしないで、ギターを教えてくれってどういうつもりなの!?」

唯「大体何? 黙って聞いてれば恋の瞬間だの恋に落ちただの好き勝手言って」

唯「私達女同士だよね? 気持ち悪いんだよっ!」

梓「だからそんなのは勝手な価値観じゃないですか。私は全然気持ち悪いと何か思ってません。
  でも、どうやらそれじゃあ世間が認めてくれないみたいですから、唯先輩の音を手に入れようとしてるんですよ。
  音楽に恋するのは、別に気持ち悪くありませんよね? 澪先輩もそんなこと言ってましたし」

唯「いい加減にしてよ! 何訳わかんないこと言ってんの? 音? 私の音? 意味わかんないよ! これ以上私達に迷惑かけないでよ!」ドカッ

梓「あっ」

グシャ
梓「あ……むったんが……」

憂「お姉ちゃん、夜中にそんな大声出さないで。しょうがないよ。梓ちゃん頭おかしくなっちゃったんだよもう相手にしないで鍵しめちゃおう。
  どうしてもしつこい様だったら警察呼ぼう。ね?」

唯「なんで、なんでこんな奴に……」

憂「しょうがないよ、お姉ちゃん」ガチャ

梓「あ、唯先輩ぃ……」

梓「ヒク、ヒクッ…」

166ここからオリジナル:2014/06/06(金) 20:05:08 ID:q7FxTDAw0
梓(どうしちゃったんだろう…律先輩も、澪先輩も、ムギ先輩も、さわ子先生も、憂も、純も、みんなも、お母さんも、お父さんも)トボトボ

梓(…唯先輩も)

梓(ムギ先輩に至っては、あんなに百合好きだったのに)

梓(同性愛って…女の子を好きになるのってそんなにいけないことなの?私はただ、唯先輩が…)ジワ・・・

梓「ヒック、ヒック…」


梓「!?」ガシッ

梓(ちょ…いきなり口を押さえられて、路地裏にっ…)ズルズル

梓(お、襲われる!?)

?「しーっ、静かにして!ひどい顔ね、これで涙をふきなさい」

梓「はい?…あ、貴方は、曾我部先輩!」

恵「久しぶりね、梓ちゃん、だっけ」

第一章 完

恵「びっくりさせてごめんなさい。同性愛者だとばれてしまったあなたが見ていられなくて」

梓「はあ」

恵「安心して。私はあなたの味方よ。というか、同胞、かしら」

恵「私もね、秋山さんを好きになってストーカーしたことで、同性愛者だとばれて、退学になったの」

梓「まったく…え、退学!?」

恵「そう。自主退学という形だったけど、それまで生徒会、教師共々にいじめられ、追い詰められたの」

恵「そのあとも同性愛者を受け入れてくれる学校なんてなくて、両親にも半ば見捨てられたわ」

恵「知らないのも無理ないわよ。生徒会長が同性愛者じゃ学校中がパニックになると踏んで、内密に処理したでしょうから。たぶん私は勝手に転校して行って、あとは真鍋さんが生徒会長を継いだ形じゃないかしら」

梓(待って、退学?先輩はたしかにストーカーしたけど、ちゃんと卒業までいたはず…)

梓(今更だけどなんかおかしいよ、この世界…)

梓「わ、私も苛められました。軽音部を無理やり辞めさせられて、教師ぐるみで無視されて、友達だった憂も純も味方してくれなくて、身に覚えのないことで退学させられて、両親も…」

梓「先輩…同性愛って、そんなにいけないことなんでしょうか…」

恵「そうね。でも、よくあることなのよ」

恵「同性愛を理由としたいじめや退学、リストラはザラ。もっとひどいと濡れ衣を着せられ、逮捕されることだってある」

梓(濡れ衣…)

恵「同性愛者は罪を着せやすいの。いくら自分はやってないって言っても、同性愛者だというだけで警察も裁判官も聞く耳持たないから」

梓「そんなひどいこと、許されるわけないです。とっくに問題視されてるはずです!」

恵「誰も問題視しないわ。同性愛者だから」

梓「そんな…おかしいです。私たちただ、女の子を好きになっただけなのに…」

恵「ええおかしいわ。だからね、私達日本に革命を起こそうとしてるのよ。ねえ梓ちゃん、秋山さんの後輩だと見込んで話があるの。あなたも私達と一緒に来ない?秋山さんと同じクラスだった滝さんもこの間入ったのよ」

梓(ムギ先輩の転身、曾我部先輩の退学、同性愛者に対して異様に厳しい世界、そして革命…)

梓(間違いない、私、パラレルワールドに迷い込んでしまったんだ。それならこの世界の私は、いったいどこに?)

恵「無理強いはしないわ。でも聞いて。私たちはこの現状を打破して、自由に恋愛のできる社会、好きな人を好きと言える社会を目指そうとしてるのよ」

梓(好きな人を好きと言える社会…唯先輩への想いを隠さなくていい社会…)

梓「参加します!」

恵「本当!?」

梓「ええ、やってやるです。その前に待っててください、家に戻って荷物とってきます」

恵「ありがとう!必要な荷物は、財布、衣服、下着、筆記用具、秋山さんの写真…」

梓「やっぱやめます」

恵「待ってええええ!」

167いえーい!名無しだよん!:2014/06/06(金) 20:07:12 ID:q7FxTDAw0
中野家
梓母「梓!どこ行ってたの」ギュッ

梓「お母さん…」

梓母「梓、お父さんとは離婚が決まったの。私は梓を見捨てたりしないわ。一緒に同性愛を治していきましょう、ね」

梓(お母さん…ごめんね)

梓の部屋
梓「念のため『百合』とググってみよう」

梓「…うん。見事に花しか出てこないね。『やおい』に至っては何も」

梓「おっと、こうしちゃいられない。荷造り荷造り」

梓「よし」

『お父さん、お母さん、さようなら。
梓は旅立ちます。
好きな人を好きだと言える、そんな社会をつくるのです。
探さないでください。また、どこかで会いましょう。by梓』

平沢家
唯「うい〜こわかったよう」

憂「よしよしお姉ちゃん。もう大丈夫だよ。よく頑張ったね。あの同性愛者は帰って行ったよ」

唯「憂に怪我させるなんて許せないもん!憂のためなら頑張るもん」

憂「お姉ちゃん…」

憂「さあ、テレビ見てあんな子のことは忘れちゃおうね」

唯「うん。テレビテレビ〜」

憂「あの海外ドラマ録れてたよ。一緒に見よう」

唯「おお、どうなったのかな。あれ前回男の人が女の人庇って代わりに撃たれちゃったんだよね。感動的だったなあ〜」

憂「そうだね。感動的だよね〜」


恵「今日は遅いから、ホテルに泊まりましょう。明日私たちの場所へ案内するわ」

梓「はい」

恵「革命には資金も必要だから、同室でいい?」

梓「何もしないなら」

恵「何もしないわよ。私が手を出すのは秋山さんだけ!」

梓(住む世界が変わってもこの人はこの人だ)

梓「私も唯先輩以外は興味ありませんので」

梓恵「ハハハハハハハ…」


梓「お風呂さっぱりしたー・・・恵先輩はもう寝ちゃったのかな」

梓(こんなことになるなんて正直現実味がなくて夢みたいだよ。でも散々痛い目に遭ったから夢じゃないだろうし…)

梓「!」ギュッ

恵「梓ちゃんって髪下ろすと、秋山さんみたいねーサラサラ―」

梓「や、やめてください」

梓(何なのこの人。いきなり抱き付いて来て、髪を撫でてきて…)

恵「秋山さん…」

梓(まるで…唯先輩みたい…)

唯『気持ち悪いよ』

梓(たとえパラレルワールドの唯先輩でも、唯先輩に拒絶されたことには変わりない)

恵「…ねえ、秋山さんが軽音部でどうしていたか教えてくれる?」

恵「あれから辛い時、いつも思い描くのが秋山さんのステージでの姿だった。そうして自分を励ましてきた。秋山さんがいたから生きてこれたの」

恵「そのせいで今の状況に陥ったのだとしても、私はこの想いを悔いていないわ」

梓(私だって同じだ。ステージの上の唯先輩はとても輝いていて、だから軽音部に入った)

梓「澪先輩は、だらしない軽音部の中でもとてもまじめで、後輩の私を可愛がってくれました」

恵「やっぱりー、ああ、秋山さんを近くで拝めて、そのうえ可愛がられるなんて羨ましいわー」

梓「ええ。時々恥ずかしがり屋だったり怖がりだったり、ちょっと頼りないところもありましたけど、ギターの練習も見てくださって、私澪先輩を尊敬してました」

恵「でしょー」

梓「…だけど私は、澪先輩ではなく、軽音部一だらしのない唯先輩に惹かれていました」

梓「気が付くといつも唯先輩のこと考えて」

梓「いいところも悪いところもみんな大好きで」

梓「それで今日思い切って告白しようと…」ジワ

恵「梓ちゃん…あなたはとても勇気があるわ。告白するなんて。私にできたのはせいぜい付きまといだけよ」

梓(それはそれで勇気があると思いますが)

梓「実は私、別の世界から来たんです」

梓「元の世界では、この世界より同性愛者に優しかったです。偏見や差別がないわけじゃなかったですけど、この世界のそれよりましでした」

梓「それどころか、好む人さえ存在しました。あの世界のムギ先輩がそうでした」

梓(前にムギ先輩に聞いたことあるけど、彼女は妹分に百合漫画を勧められたことが百合にはまるきっかけだったらしい)

梓(同性愛が極端に異端視され、百合というジャンルのないこの世界だから、ムギ先輩はあんなこと…)

恵「なんて素晴らしい世界なの!私もその世界にいれば、秋山さんと今頃はめくるめくランデブーの世界に…」

梓「それはないですから!てかあなたあっちでもアウトなことしてますから!」

168いえーい!名無しだよん!:2014/06/06(金) 20:07:34 ID:q7FxTDAw0
元の世界
唯「ねーあずにゃん、なんか今日私のこと避けてるみたいだけど、どうしたの?」

梓「唯先輩…」

唯「なんかあったのなら、相談してくれるかな。だって私はあずにゃんの先輩だからね!」フンス

梓「唯先輩、私、先輩のこと…」

唯「あずにゃん?」

梓「っ、忘れてください!」ダッ

唯「あずにゃーん!」


梓(何考えてるんだろう、告白なんてしたら唯先輩に嫌われて、軽音部を追い出されて、居場所を失うにきまってるのに)タッタッタ

梓(毎日毎日唯先輩に抱き付かれて、気持ちを隠すのもうまくいかなくなっちゃうよ…)ジワ

梓(いっそ軽音部やめちゃおうかな。気持ちがばれて嫌われるよりはましだよね)ぐしっ

〜♪

梓(唯先輩からの着信だ。どうしよう今は出たくない。声が聞きたいのに…)

唯「あずにゃん、あずにゃーん?」

梓(追ってきた!ヤバい隠れよう)

唯「どこ行っちゃったの?私が何か悪いことした?謝るから出てきてよ、ねえーっ」

梓(ごめんなさい唯先輩、貴女は悪くないんです。同性を好きになってしまった私が異常なんです)


梓(唯先輩、ずっと探してくれてたなあ。悪いことしたな。ますます顔合わせられないよ)

梓(やっぱ軽音部やめようかな…)トボトボ

梓(隠れてたせいで随分帰るの遅くなっちゃったよ)

梓「ただいま」

梓(っていっても両親はいないけどね。久々にテレビでも見るかな)

梓「…女の子と女の子がキスしてるアニメ。え、ええええええええええ!?」


梓『混乱してるようだね』

梓「あ、あなたは!?」

梓『私はこの世界の中野梓。今はあなたのもともといた世界にいるの』

梓『端的に言うとね、この世界はあなたのもともといた世界より、同性愛者に優しいの』

梓『あなた唯先輩が好きなんでしょ』

梓「う、うん」

梓『だから唯先輩に告白しても大丈夫。多分、居場所を失うことはないから』

梓「そうなの?」

梓『困ったらムギ先輩にでも相談するといいよ』

梓『この世界にいる私としては、随分ひどい目に遭ったから文句の一つも言いたいけどね』

梓「あ、あの」

梓『あなたはせっかく恵まれた世界に来たんだから、幸せをつかんでほしいな』

169いえーい!名無しだよん!:2014/06/06(金) 20:08:12 ID:q7FxTDAw0
恵「梓ちゃん、起きて」

梓「うーん・・・」 

恵「行くわよ、私達の場所へ」

梓「あ、はい」

梓(あっちの世界の私、うまくやってるかな)

梓(正直言うと、戻りたい。でもあの私も唯先輩を好きみたいだし…今更戻ったって)

梓(大体私はいつから何でこの世界に来たんだろう。今更だけど)

恵「梓ちゃーん?」

梓「にゃ、今行きますー」

恵「髪が長くてうまく解かせないの?私がやってあげる」

梓「い、いいです一人でやります」

恵「遠慮しなくていいって。これは秋山さんの髪秋山さん…ああ」うっとり

梓「」ゾクッ


ホテルを出ると、そこに見知らぬ男の人がいました。
?「やあ」

恵「わざわざ迎えに来てくれたんですか!?」

恵「この子が新しい仲間の梓ちゃんです。梓ちゃん、彼は私たちのリーダー、阿部さんよ」

阿部「ほう」

梓「よ、よろしくです」

阿部「よろしく。ところで、やらないか」

梓「」


学校
唯「おはようみんな!昨日はびっくりしたよーいきなり中野さんが家に来てね」

律「その中野さんだけどよ、昨日いきなり失踪したらしい」

唯「え、じゃああの後…」

澪「ああ。梓のお母さんが最初に気づいて、今警察がいろいろ探してるんだって」

律「このまま現れないでくれるとありがたいけどな」

唯「…」



阿部さんの車で、私たちはとある住居へ連れていかれました。
なんでも同性愛者などセクシャルマイノリティーたちがここでは一緒に暮らしているらしい。

恵「ここに仲間を集め、Sexual Minority Unionを結成しているの。通称SMUというわ」

梓「SM・・・ですか」

恵「そんなところで切らないでよ。略称なら普通ソースメジャーユニットとか札幌医科大学とかのことを指すから、外で話しても安全なの」

恵「で、そのSMUのリーダーがさっきの阿部さん。男性同性愛者のほとんどは彼のおかげで集まったの」

恵「やらないかっていうのは単なる口癖だから気にしちゃだめよ」

梓「は、はあ」

恵「まあとにかく、今日から梓ちゃんはこの部屋ね」ガチャ

「あ、曽我部寮長お帰りなさい」

「その子かわいー。新メンバーですか?」

恵「中野梓ちゃんよ。エリちゃんや私と同じ桜ヶ丘出身。仲良くしてあげて」

エリ「そうなんだ、よろしくっ」

梓「よ、よろしくです」

恵「じゃあ私、これから会議に行くから」バタン

梓(恵先輩あんな調子だけど生徒会長だったもんね…ていうか寮長って)

エリ「梓ちゃんって確か唯たちと同じ軽音部だよね」

梓「は、はい」

「知ってるの?」

170いえーい!名無しだよん!:2014/06/06(金) 20:09:10 ID:q7FxTDAw0
(下校中のムギの目の前にメンバーの一人が描いた百合漫画を落としておく。)

紬「…ん、何かしらこれは。漫画?」ヒョイッ

紬「え…ウソ、女の子同士がキス!?」

紬「こ、こんなのいけないわ…でも、ちょっとだけなら…」ドキドキ

紬「…」ペラッ

紬「ふ、ふつくしい…!」キマシタワー

紬「女の子同士の恋愛ってこんなにきれいなのね」

紬「梓ちゃんを追い出して、惜しいことしたかも。でも唯ちゃんと澪ちゃんが怖がってたし…」

紬「エリちゃんとアカネちゃんのことだってあるし…」

紬「ううん、あれはエリちゃんが一方的に嫌がることをしたからいけないのよ。男女だってよくあること。合意があれば…」

斎藤「何をしてらっしゃるのですかお嬢様」

紬「あ、斎藤」

斎藤「な、同性愛を描いた漫画ですと!?」バッ

紬「あっ」

斎藤「こんなもの読むべきではありません!」ポイッ

紬「…」

斎藤「私たちは、お嬢様に悪影響を与えるものをふれさせないように、細心の注意を払ってきたというのに…」

斎藤「同性愛者を複数生み出したとされる桜ヶ丘高校も、もうすぐ転校することが決まっているのです」

紬「…え?」

紬「ちょっと待って斎藤、私はまだみんなと軽音部やっていたいの。第一梓ちゃんなら退学になったでしょう!」

斎藤「お嬢様を、同性愛者どもから守るためなのですよ」

紬「…」

斎藤「さあ、戻りましょう」


恵「あれでいいのかしら」

梓「ええ、私の読みは当たっていました。彼女は元の世界では百合好きだったんです」

恵「なるほど、住む世界が違っても本質は変わらないってことね」

梓(あなたもね)


琴吹家
紬「ねえ斎藤、なぜ神は同性愛を禁じているのかしら」

斎藤「何をおっしゃっているのですか。当然でしょう。紬お嬢様、貴女がどうやってお生まれになったかを考えればわかるはずです」

斎藤「旦那様と奥様が愛し合ったからなのですよ」

紬(嘘。お父様とお母様が愛し合っているところなんて、私見たことないわ。政略結婚だったって言うじゃない)

斎藤「お嬢様、転校先の学校は…」

紬(もういや、どうしてみんな勝手に決めてしまうの?)

紬(菫だって、お姉ちゃんと言ってくれなくなって)

紬(そうだ、家出しちゃおう。今夜にでも…)




紬「私家出するのが夢だったの〜」

梓「来ました!何とか説得して引きずり込んでください」


なんだかんだでムギ先輩が仲間に入りました。

紬「まあ革命!私革命に参加するのが夢だったの…あら?」

ちなみにややこしいことにならないように、私と恵先輩はムギ先輩に気づかれないよう変装しています。

紬「あなた、どこかで会ったこと…」

梓「き、気のせいっす!世の中には似た人間が三人はいるっていうっスから、そのせいじゃないっすかね!」

紬「そう。私、琴吹紬です。よろしくお願いします」

梓「な、中村彩菜っす。よろしく」

171いえーい!名無しだよん!:2014/06/06(金) 20:10:54 ID:q7FxTDAw0
『同性愛は自然に反しているのは大きな間違いであり、自然界においても同性愛行動は見られる。たとえば暗闇で相手の性別が確認できないため、キタノヤツデイカは相手が同性でもかまわずに交尾する…』

夜、私たちは一か所に集められこのような抗議を受けていました。
恵先輩によると、『同性愛は異常だという偏見や自己否定を払しょくするため』だそうです。

紬「へー、生き物って面白いのねー」

『世界人口は70億を超えた。このまま増え続けると危ない。繁殖を義務付けるのは間違いだ』

『同性愛はこのように至って正常である。その抑圧された正常な愛の形を、われわれで取り戻そうではないか』

一同「おー!!!」

紬「お〜♪」

梓「お、おー…」



憂「ええっ、こっちにはいらっしゃいませんが…はい…はい、では」ガチャ

唯「どうしたの憂、誰からの電話?」

憂「斉藤さんって人から。琴吹さんがいなくなっちゃって、そっちにいないかだって」

唯「え、嘘。ムギちゃんが!?」

憂「まさか梓ちゃんの失踪とは関係ないだろうけど…」

唯「だったら怖すぎるよ…ムギちゃん大丈夫かな」

憂「大丈夫だよきっと。律さんか澪さんの家にいるんじゃない?」

唯「それならいいけど…」

革命の様子がテレビに映り、そこにいるムギにびっくりする唯たち。
この後梓たちは革命を起こし、桜ヶ丘高校に突撃
ここで、実はエリとアカネがかつて付き合っており、二人の関係がばれた時にアカネが迫害を恐れてエリに罪を着せたことが判明。

三花「私たちを騙してたの⁉」
信代「うわ、ないわ〜」
いちご「きも」

革命のドサクサで撃たれそうになる唯を庇って負傷する梓。そこで唯は心を打たれ、梓に辛く当たったことを後悔する。
そこで、憂が梓を嵌めたことも判明し、唯は憂を引っ叩いて叱る。
梓(やっぱり唯先輩は唯先輩だ。優しい唯先輩だ…)
唯はむったんを壊したお詫びにギー太を梓にやる。そこで嬉しく思いながらも、唯への気持ちが冷めていることに気づく梓
最終的には唯は考えを変え、同性愛者のための音楽活動を始める。ムギもそれに協力し、琴吹家は同性愛者のために働きかけるようになる。
エリとアカネはよりを戻す。梓と恵がくっつく。元の世界では唯梓がくっつく。
俺たちの戦いはこれからだ!

やりたかったシーン
・たまたま女の子を好きになっただけ、と言う梓に、恵は「その言い方は好きじゃない。自分は同性愛者として女の子の澪を好きになった」と諭す。
・仏像爆弾を落すエリ
・「百合が増えたら競争相手が減る」と諭され、一瞬納得するさわ子。しかし阿部さんと道下君を見て
「ゲイも増えたら意味ないじゃないのー!」
・梓は何故パラレルワールドに来た?ヒントはスピッツの曲だ!

没った理由は、戦闘シーンが苦手なのと時間ないから。あと細部(?)がなかなか決められないから。

172いえーい!名無しだよん!:2014/09/08(月) 14:37:17 ID:.rqwOfNo0
かの人が使ってくれることを夢見て
NL注意

律「なんちゃってレズ」
澪に告白された律は、同性愛への好奇心から澪と付き合うようになる。
しかし澪にしょっちゅう「私達結婚できない、子供も産めない、将来どうするの」とこぼし(澪は謝るのみ)
澪とのセックスを「こんなことされた、気持ち悪い」と軽音部やクラスメートに笑いながら触れ回り(それで梓に非難される)、
果ては男に言い寄られ、二股の末澪を捨てる。
そして悪びれもせず「女同士でいつまでも付き合えるわけないじゃん」「澪は私の事好きなんだろ、だったら私の幸せを祝福すべき」と言い放つ。
律と付き合い始めた男は純の兄、敦司。澪は彼女に憧れる純を使って律と敦司を別れさせようと…

173いえーい!名無しだよん!:2014/10/07(火) 23:36:45 ID:afWLQCPgO
>>92
魅入ってしまった…。
すごく面白いです!

174いえーい!名無しだよん!:2014/10/28(火) 23:10:34 ID:aiT1OMCg0
>>92
憂「お姉ちゃん」唯「何?憂?」
とちょっとだけ似ているような

175いえーい!名無しだよん!:2015/01/12(月) 23:34:39 ID:x3zXDk6Y0
途中放棄してスレを落とした人も、ここで結末だけ書いてもいいんじゃないかな

176いえーい!名無しだよん!:2015/04/19(日) 21:28:19 ID:LQ.S.1SI0
またもや長文コメント書いて、菫ノートのコメント欄汚すのも気が引けるので、こちらで。
こういう使い方はスレの趣旨とはちょっと異なるかもしれないけど、お許し頂きたく。
自分なりの解釈の付記なので、このスレが一番近い気もしますが。



感想付記
・澪「仮面ライダー零」

 律だけ記憶が蘇るのならば、ピンチ回も効果的に挿入できそうですね。

 ショッカー社に乗り込む段になって、怖くなって逃げたくなる澪。
死ぬ事が怖い。そしてそれ以上に、簡単には死ねない事が恐ろしい。
それでも、敵の計画を知ってしまった以上、ショッカー社に乗り込んで阻止しなければならない。、
ただ、その情報漏洩自体、罠だと分かっていた。

 決意の付かぬまま、律に遭いたくなって田井中家へ。
連戦と敵の卑劣な攻撃が祟り、傷と疲労の言えない満身創痍の身体を引き摺って二階へ上がる。
見た目だけは、平静を装って。昔のように、制服を着て。
丁度、律は風邪で寝込んでいたが、澪の足跡を察知して当ててくる。
律のベッドに頭を預けて、ピンチ回のように会話を交わす内に、
澪はこの律を守らねば、と決意する。
 だが、部屋を出て行こうとする段になって、律が引き留めてくる。
「えーっ?行かないでよー。側に居てよー」と、不安な声で。
律も澪とは会えない事を、勘づいているらしい。
澪は例の困ったような愛しむような複雑な笑顔を向けて、「やれやれ」と返す。
折角決意が固まったのに後ろ髪を引かないで欲しい、でもこの愛しい律の為ならどんな苦痛も厭わない、
という複雑な胸中があった。
 そうして、律を寝かしつけた後。
澪は悲壮な決意をもって、負けると分かっている罠の場へと、
傷つき疲弊した身体で乗り込んでいく。


 などと、ピンチ回との相性も良さそうですね。
ピンチ回の律の寝室シーンにおける、律を慈しむ澪の態度や台詞、表情が、
私の中ではどうにもこの作品の澪とリンクしてしまいます。
特に、部屋を去ろうとして、律に引き留められた直後に見せた澪の色々な思いの籠もった笑顔は、
重なり合ってしまっています。

 それも、基本的には臆病だけど大事な者の為ならば苛烈な自己犠牲にも耐える、
というある意味悲しい類いの強さを澪から感じ取ったからかもしれません。
少なくとも私見では、そういう強さや悲しさが彼女にはあるように思えました。


 このように、様々なifを考えさせる読後感のSSでした。
ここまで読者を引き込める筆力は、私には真似のできないレベルです。
それは、二次創作される側の一次創作レベルの影響力なのですから。
また、その筆力で、多様なifを考えさせてください。

177いえーい!名無しだよん!:2015/04/20(月) 01:55:46 ID:fCTqlwGk0
>>176
それの作者はここ見たくないって言ってた気がするよ

178いえーい!名無しだよん!:2016/08/10(水) 00:43:36 ID:9Nk/JtMM0
没ネタと言いますか、ただいまSS速報Rにて連載中の律誕生日SSの没バージョンですが。
供養したいと思います。

179いえーい!名無しだよん!:2016/08/10(水) 00:44:28 ID:9Nk/JtMM0
 彼氏が居ると宣した田井中律の言葉に、秋山澪は凍り付いた。
平沢唯達も動きを止めて、見開いた目を律へと向けている。
八月を迎えて夏休みに馴染んだ学校は、学期内に比べて静かだった。
対照的に軽音部部室は騒がしかったはずだが、
律の発言によって喧しい面々は声を失くしてしまっている。

「彼氏くらい居るし。馬鹿にすんなよなー」

 静寂の中、律が前言を繰り返した。
その瞳の端に溜まった涙の跡は、まだ乾いていない。

「それも、嘘、だよね?
それも強がって意地張ってるだけなんだよね?」

 先立つ話題で中野梓と一緒に律を煽っていた唯が、確認するような口調で問い掛けた。
前段となった話の流れを考えれば、唯の挟んだ疑問に不自然はない。
ただ、唯自身も判じかねているのか、語勢は失速していた。
律を茶化していた時は、断定するような語調だったはずだ。

 澪も断じる事が出来ず、声を差し挟めない。

「嘘なんかじゃないから。胸囲も彼氏も、私の言う通りだから」

 律が見せ付けるように、胸を張って言う。
先程まで、唯や梓に茶化されていた胸だった。
その直前の記憶が脳ではなく、胸に蘇る。
.

 学期内から軽音楽部で活動していた彼女達五人は、
夏休みも部室で活動する事にしていた。
この部の活動は演奏とティータイム、即ち音楽とお喋りの二つの面を持つ。
演奏の練習を体面とするならば、ティータイムは本心に当たるだろう。
その、ティータイムの最中だった。

180いえーい!名無しだよん!:2016/08/10(水) 00:45:20 ID:9Nk/JtMM0
 人気の少ない学内の一室に、気心の知れた少数が集まる状況。
そこでは当然のように、際どい話題も展開された。
閉鎖性と秘密を打ち明け合うような興奮が、彼女達を大胆にさせたのだろう。
それが先程の、体格の計測値を打ち明け合う土壌となった。

 澪も含めた部員全員が、一人ずつ自身のスリーサイズや身長及び体重を申告してゆく。
琴吹紬に澪が睨まれた事を別とすれば、それは大過なく進んでいった。
だが、最後に迎えた律の申告で、雰囲気は一転する。
恥じらいながら口にされたその値を、唯や梓が相次いで嘘だと囃し出したのだ。

 唯達が槍玉に挙げた対象こそ、胸囲だった。
他の値は見目に反していないが、そこだけは澪も律の申告を疑っている。
ただ、唯達に加勢する事もしなかった。
いつもの通り、茶化す唯や梓と、反発する律の騒動を呆れた思いで眺めていた。

「まぁ言った事が本当でも、私の方が大きい事に変わりないけどねー」

 律の反応が面白いらしく、唯が煽る。
唯は律に構って欲しいのか、余計な干渉をする事が多々あった。

「何さ。大きくたって、見せる相手も、揉ませる相手も居ないくせに」

 唯の眉が眉間に向けて弧を描いた。
惚けたような見目に反して、唯は自尊心が強い。
女としての矜持を突かれて、黙っていられる筈もなかった。

「りっちゃんも男なんて居ないくせに。
まぁセックスアピールのない身体じゃあ、男から相手にされるの難しいかもねー。
私の方が雄を捕食するのは早いよ、絶対。
雌として私の方が成熟してるもん」

 唯の性格を承知している澪だが、今度ばかりは見逃せる分水嶺を越していた。
言い過ぎだと窘めようとした時、律が涙交じりに言い放ったのだ。
「彼氏なら居るし」と。
.

181いえーい!名無しだよん!:2016/08/10(水) 00:46:17 ID:9Nk/JtMM0
 澪は胸に刺さったままの棘を洗い流そうと、紅茶を一口啜った。
意図に反して、棘も痛みも抜けない。
それでも、動揺を腹の底に飲み込む事ができた。

 一瞬の驚愕は皆も同じ事。
今の自分は逸早く冷静さを取戻し、傍目には落ち着いて見える筈だ。
澪は穏やかでない腹心を、表情に出さぬよう徹する。

「いやいや、嘘ですよ。
彼氏が居るような素振り、今まで見せてなかったじゃないですか」

 梓も動揺から立ち直ったのか、冷静な反論を放っていた。

 確かに、梓の言う通りだ。澪は心の中で相槌を打つ。
律に恋人が居るような気配を、澪は今に至るまで感じてこなかった。
それどころか、律は自分の事が好きなのではないか、とさえ思っていた。

「そんなの、私をよく見ていなかったってだけだし。
皆が見ていない所で、色々やってるんだよーだ」

 律の言葉が、澪の胸奥に氷柱となって降り注ぐ。
律に対する見通しが、間違っていたという事なのだろうか。
もしかしたら、本当に律は自分の知らない所で、恋人を作っていたのかもしれない。

「りっちゃんたら、逸早く抜け駆けしてたのね。いいなぁー」

 律に向けられた紬の声と瞳には、羨望が籠もっている。
半信半疑の唯達とは違い、律の言を信じているらしかった。
友人としての立場で素直に振る舞える紬が、澪には羨ましくさえ思えてくる。

「ねぇねぇ。その彼氏ってさー、どんな人?」

 反面、唯の放った質問からは、律を試す意図が感じられた。
相手に付いて説得力のある話が出来るのか否か、確かめる問いに他ならない。


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