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うにゅほとの生活5
1
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2024/02/16(金) 18:55:08 ID:9vnVhVAc0
うにゅほと過ごす毎日を日記形式で綴っていきます
2
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2024/02/16(金) 18:56:25 ID:9vnVhVAc0
以上、十二年三ヶ月め 前半でした
引き続き、後半をお楽しみください
3
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2024/03/01(金) 21:59:09 ID:0Vdxs3Sw0
2024年2月16日(金)
「◯◯、べーして」
「べー……」
素直に舌を大きく出す。
「あ、こうないえん、ちいちゃくなってる」
「おー」
「ちょこらびーびー、なかったのにね」
「なかったんだけどさ」
「うん」
「毎日飲んでるエビオスにビタミンB2入ってるから、そもそも飲む必要なかったんだよな」
「そなんだ」
「××も飲んどくか?」
「え、むり……」
うにゅほが首を横に振る。
思わず苦笑が漏れた。
「まあ、そうだよな」
うにゅほは錠剤を飲むのが苦手である。
一回三錠の新ビオフェルミンSですら頑張って飲んでいるのに、一粒がでかい上に一度に十錠飲む必要のあるエビオス錠はきつかろう。
「◯◯、よくのめるね。すごい」
「薬は飲み慣れてるからな。子供の頃から、ずっと」
「そか……」
そもそも、寝る前に飲む薬が十三錠もある。
ちびちび飲んではいられないのだ。
「錠剤飲めない人って、喉が狭いとかなのかな。正直よくわからん」
「わかんない。なんか、つっかかる」
「普通にメシは食えるわけだし」
「うん……」
「苦手意識なのかも」
「それはあるかも」
「でも、××はビオフェルミンで腸活頑張ってるもんな。偉いぞ」
「うへー……」
うにゅほが、てれりと笑う。
「まあ、効果はいまだによくわからんけど」
「でも、おなかこわしてないよ。ずっと」
「それはそうかも」
腹が下ることも、便秘になることも、ここ一年ほどはない気がする。
おおよそ快便だ。
予防になっているのかもしれない。
「意味があると信じて飲み続けるか……」
「うん」
「あとエビオスも」
「がんばって」
「はい」
やはり飲む気はないらしい。
新ビオフェルミンSは続いているのだし、いいか。
4
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2024/03/01(金) 21:59:42 ID:0Vdxs3Sw0
2024年2月17日(土)
「──最近、気が付いたことがあるんだ」
「なにー?」
「いちばん近いスーパーの正面にラーメン屋があるんだけど、わかる?」
「いつもいくとこ?」
「違う違う。ほら、クレープ屋と床屋のあいだの」
「?」
うにゅほが小首をかしげる。
「あいだ……?」
「わからんか」
「わからん……」
「しゃーない。文明に頼ろう」
Googleストリートビューを開く。
「ほら、ここがセコマな」
「うん」
「ここがスーパーで、ここがクレープ屋。もうすこし先へ行くと──」
「あ!」
うにゅほが、うんうんと大きく頷く。
「ここかー」
「そう、ここ」
「ここがどうしたの?」
「この店、××ならどう読む?」
「うーと──」
そのまま表記すると住所がわかってしまうため、仮に"悟沙八"とする。
「"ごさはち"、かなあ」
「そう。俺も、子供の頃からずっと"ごさはち"って読んでた。行ったことないけど」
「いったことないんだ」
「あんまり近いと行かないよな……」
「わかる」
「話の流れでわかると思うけど、読み方違ったんだよ」
「どんなの?」
「"ごさや"」
「ちょっと、へんかも」
「"ごさはち"だと思うよなあ」
「うん」
「三十年間勘違いし続けてて、びっくりしたってお話さ」
「それ、びっくりするねえ……」
「だろ」
共感は得られたようだ。
「しかし、息の長い店だよな。相当美味いのかな」
呟きつつ" 悟沙八"について検索すると、情報サイトに行き着いた。
「──は?」
思わず声が出る。
「どしたの……?」
「あ、いや。まんま読むな」
「うん」
「もともとあった" 悟沙八(ごさはち)"と繋がりはなく、オープンしたばかりの新しいお店です」
「え?」
「" 悟沙八(ごさはち)"は潰れてて、その居抜きで"悟沙八(ごさや)"が開店したんだと」
「なんで……?」
「元々の常連客を引き込むため、とか」
「いいの?」
「知らんけど……」
ちょっとずるいが、なんだか気になるラーメン屋だ。
今度ふたりで行ってみようかな。
5
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2024/03/01(金) 22:00:07 ID:0Vdxs3Sw0
2024年2月18日(日)
「◯◯、さけるチーズたべる?」
階下から戻ってきたうにゅほの手にあったのは、さけるチーズのとうがらし味だった。
「食べる食べる」
「はい」
さっそく受け取り、開封する。
「なんか久々だな」
「さいきん、かいものいってないもんねえ」
「××は行くじゃん。母さんと一緒に」
「いってくれたら、かってくるよ」
「じゃ、今度またお願いな」
「はーい」
チーズを裂き、ちまちまと口へ運んでいく。
「おいしい?」
「美味い」
「とうがらしあじ、すきだねえ」
「いちばん好き」
うにゅほが俺の膝に腰掛け、同様にチーズを開封する。
「いま、とうがらしあじなんだ」
「そうだな。今のトレンドはとうがらし味かも」
「わたしもね、よさわかってきたよ」
「おお、××もか」
「さいしょ、からいプレーンかなっておもったけど、あじちがうもんね」
「そうなんだよ。とうがらし味特有の旨味とコクがある」
「プレーンよりすき」
「逆に、プレーンの順位が下がってきててさ」
「あー」
「下から二番目かな、今は」
「いちばんした、バターしょうゆだもんね」
「食べてるとキュッキュ鳴るの、なんなんだろうな」
「わかんない……」
「ガーリック、スモーク、コンソメは三つ巴かな」
「きんさ」
「今度さ。一度に食べ比べて、順位確定させないか?」
「あ、おもしろそう」
「食べ比べたら、意外なところが上がってくるかも」
「さけるチーズいちぶどうかいだ」
「武道は関係ないけどな」
「こんど、かってくる?」
「買ってきたの一気に食うと怒りそうだし、自分たちで買ってこよう」
「そだね」
さけるチーズ一武道会。
果たして優勝の栄冠はどのチーズに輝くのか。
6
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2024/03/01(金) 22:00:42 ID:0Vdxs3Sw0
2024年2月19日(月)
「動画見るかー」
「うん」
うにゅほを膝に抱え、YouTubeを開く。
「××が決めていいよ」
「ありがと」
YouTubeのトップページを下へ下へとスクロールしていくと、
「あ」
うにゅほが小さく声を漏らした。
「どれ?」
「これ、◯◯がやってたゲーム」
うにゅほが指差したサムネイルは、elonaのプレイ動画だった。
「なッつ!」
「むかし、すーごいやってたね」
「やってた。トータルで言えば1000時間は余裕でやってる」
「せん」
うにゅほがしばし天井を見上げる。
「……まる、いっかげつはん?」
「そのくらいかも」
「すごい」
「俺もそう思う……」
「そんなにおもしかったの?」
「ああ、面白かった。自由度と中毒性がすごくてさ」
「ほー……」
「動画、見てみる?」
「みたい」
「よし」
うにゅほが見つけたelonaのプレイ動画を再生する。
「既プレイ者用の動画みたいだから、わけわからんとこあるかも」
「きいていい?」
「もちろん。いつでも停止していいから」
「うん」
再生を開始してわずか一分で、うにゅほが動画を止めた。
「ここ、なにやってるの?」
「異名の選択な」
「いみょう」
「二つ名ってあるだろ。名前以外に呼ばれるあだ名みたいの」
「ふたつな……」
「るろ剣で、剣心が人斬り抜刀斎って呼ばれてたみたいな」
「あー!」
「それを自分で付けられるんだよ」
「へえー」
「ちなみに、ゲームシステム上はなんの意味もない」
「え、ないの?」
「カッコいいのを付けて気持ちよくなるだけ」
「そなんだ……」
「それなのに、キャラクター作成でいちばん時間かかったりするんだ」
「いみないのに」
「その異名で何十時間、何百時間とプレイするんだから、やっぱ意味はあるのさ」
「ふんふん」
そんな具合に、elonaの知識を植え付けながらうにゅほとプレイ動画を楽しんだ。
けっこう興味はあるようだったが、プレイはしないだろうな。
elona廃人になられても困るから、むしろ都合がいいけれど。
7
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2024/03/01(金) 22:01:20 ID:0Vdxs3Sw0
2024年2月20日(火)
昼食と夕食の合間の空白時間に、ふと小腹が空いた。
「××、なんかある?」
「なんか……」
「食べるものなかったら、適当にガムとかでもいいけど」
「ガム、ないかなあ」
「そっか」
「あ、でも、ちいちゃいカップヌードルあるよ。おとうさん、たべてなければ」
「いいな、それ。ちょうどいい」
「たべる?」
「食べる食べる」
「つくってくるね!」
「あ──」
止める間もなく、うにゅほが階下へと駆け出していく。
まあ、いいか。
待つことしばし、ミニカップヌードルと俺の箸を手に、うにゅほが戻ってきた。
「ただいまー」
「おかえり。ありがとうな」
「はい。あとにふんまってね」
ミニカップヌードルを受け取り、デスクに置く。
だが、俺は固めが好きなのだ。
一分待ったところで蓋を開き、麺を混ぜ始める。
「……あれ?」
「?」
うにゅほが小首をかしげる。
「どしたの?」
「ああ、いや。なんでもない」
気のせいだろうか。
「──…………」
否、気のせいではなかった。
かつてドロドロだったスープが、どこか色も薄く水っぽい。
食べてみる。
「……味は、そんな変わらない、か?」
「へん?」
「××も食べてみるか」
「うん」
うにゅほに箸を渡す。
ずるずる。
「おいしい」
「美味しいは美味しいんだ、うん」
「へん?」
「スープが違う……」
「そだっけ」
「××、そんなにカップヌードル食べてないもんな……」
「うん……」
「いつ変わったんだろ。俺もそんなに食べるほうじゃないから、わからない」
「なんか、さみしいね」
「ああ……」
変わらないと思っていたものが、いつの間にか変わっていた。
味そのものより、その事実のほうが胸を苛むのだった。
8
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2024/03/01(金) 22:01:52 ID:0Vdxs3Sw0
2024年2月21日(水)
elonaのプレイ動画をちまちまと見ている。
「……すーごいゲームだね」
「自由度高いだろ」
「じゆう、っていうか、のばなし……」
上手いことを言う。
「ドットえだからいいけど、ちがったら、もうだめだね……」
「粗いドット絵だから許されてるとこあるよな」
「たまごうむとか、じんにくたべるとか」
「強化媚薬で卵産み続けるのは、リアルなグラでもギャグかもしれない」
「みてらんない……」
「モザイクかけよう」
「でも、そのたまごたべるんだよね」
「食べる」
「……ドットえがいい」
「そうだな……」
そんな会話を交わしつつも、動画自体は面白いらしい。
「かおすしぇいぷって、どんなしゅぞく?」
「ああ。3レベルに一度、部位が生えるんだよ」
「てーとか」
「そうそう」
「くびとか」
「そうそう」
「……くび?」
うにゅほが小首をかしげる。
「あたま、わかるけど、くびだけはえるの?」
「そもそも、頭は生えるのに首がついてこない時点でおかしいぞ」
「たしかに」
「あと、腰とかも生える」
「……?」
うにゅほが目を白黒させる。
「こし、はえるって、どういうこと……?」
「腰だけ十個くらい生やすこともできるし」
「???」
「考えるな。そういうものと割り切るんだ」
「わ、わかった」
「ほら、グラは変わらないし……」
「なんか、すりーでぃーでみてみたいきーしてきた」
「……それは俺も見たいな」
「でしょ」
「たぶん、SANチェものの怪物なんだろうな……」
「そだね……」
「そう言えば、elonaの続編のelinってゲームが出るらしい」
「すりーでぃー?」
「それもドット絵だったかな」
「そか……」
うにゅほが、すこし残念そうに俯く。
「なんだかんだ、ちょっとハマってるよな」
「うん、たのしい」
「ゲームは?」
「しない」
だろうなあ。
そのほうがいいのだけど、すこし残念でもあるのだった。
9
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2024/03/01(金) 22:02:40 ID:0Vdxs3Sw0
2024年2月22日(木)
「グエー……」
「ふひー……」
今日は、大学病院での受診だった。
午前八時に家を出て、ほんの三分程度の診察を終えたのが十二時半である。
時間を無駄にした気しかしない。
ふらふらになって駐車場へと戻り、豪雪に埋もれた愛車を掘り出す。
「……処方箋もらったけどさ」
「うん」
「薬局、明日にしようかな……」
「うん……」
さすがに疲れた。
フルタイムでの労働に比べればましなのは間違いないが、こちらは金を払っている。
収入に繋がるどころかマイナスなのだ。
溜め息をひとつつき、アクセルをそっと踏み込んだ。
豪雪と時間帯のおかげで行きは三十分以上かかった道のりだが、帰りは悠々だ。
「やー……っと、一息つけたなあ」
「そだねえ」
「××、俺を癒してくれ。疲れた」
「まっさーじ、とか?」
「運転中だしなあ……」
「じゃあー」
しばしの思案ののち、うにゅほが口を開いた。
「にゃあん」
「!」
「にゃんにゃん」
「ああ、猫の日……」
「そうにゃん」
ハンドルを握る手が滑るところだった。
「よし、猫耳を買おう」
「ねこみみを」
「ひとつくらいあってもいいだろ!」
「どこうってるにゃん?」
「え、わからん……」
ドンキホーテとか?
ありそう。
「……まあ、冗談だけどな。帰って寝たい」
猫耳を買いに行く元気があるのなら、薬局に寄っている。
「だよねえ」
「あ、にゃんはつけてて」
「にゃん」
「それは癒されるから」
「わかったにゃん」
にゃんにゃん言ううにゅほ、名付けてうにゃほと共に帰途を行く。
なんとなくガールズバーとかにいる気分だった。
ガールズバー行ったことないけど。
10
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2024/03/01(金) 22:03:15 ID:0Vdxs3Sw0
2024年2月23日(金)
「あ゙ー……」
ベッドの上でうだうだして、たまにディスプレイを覗きに行く。
そして、またうだうだと身をよじる。
その繰り返しだった。
「……◯◯、だいじょぶ?」
「大丈夫、大丈夫」
動画を投稿した直後は、誰だってこんなものだろう。
「のびるかなあ」
「どうかな……」
「のびるといいね」
「ほんとな……」
「なんか、きばらしする?」
「そうだな……」
「きばらし、しよ」
うにゅほが俺の腕を引く。
「わかった、わかった」
「なにする?」
「決めてないんかい」
「だって……」
突っ込んではみたものの、うにゅほが俺を見かねて提案してくれたことはわかっている。
「あんまPCの前にはいたくないな。再生数確認しちゃう」
「でかける?」
「夜だしなあ……」
「すとれっち」
「五分で終わりそう」
「まんがよむとか……」
「そこらが妥当かな」
「なによむ?」
「ぼざろ読もう、ぼざろ」
「まってて!」
自室の書斎側へ向かったうにゅほが、数秒で戻ってくる。
「はい!」
「ありがとう」
ベッドの上であぐらをかき、ぼざろ1巻をパラパラとめくる。
「◯◯、てーあげて」
「?」
うにゅほが、股のあいだに頭をねじ込む。
一緒に読みたいのかと思いきや、その手には僕ヤバの単行本があった。
「こうしたら、うごけない」
「なるほど……」
強制的にPCの前へ行かせないというわけか。
頭脳派だ。
だが、ひとつ見落としがあった。
「……ナイスアイディアだけど、いったん待って。トイレ行ってくる」
「あ、そか」
二時間ほど潰すことができたが、結局はPCの前に戻ってきてしまう。
俺の心が安らぎを取り戻すのは、いつのことになるだろう。
11
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2024/03/01(金) 22:03:49 ID:0Vdxs3Sw0
2024年2月24日(土)
「──よーし!」
帰宅し、ごそごそとレジ袋から六種のさけるチーズを取り出す。
「さけるチーズ一武道会だ!」※1
「うおー!」
プレーン。
スモーク。
とうがらし。
ガーリック。
バター醤油。
コンソメ。
デスクに並べると、なかなかに壮観だ。
「ぜんぶたべくらべるの、はじめて……」
「同時に食べて二種類くらいだもんな」
「あきないかな」
「飽きたときは中止して、いったんチョコでも食おう」
「そだね」
「で、どれから行く?」
「やっぱし、プレーン?」
「そうだな。プレーンから行くか」
二本のさけるチーズを、ふたり同時に開封する。
「いただきます」
「いただきます」
爪の先で僅かに切れ目を入れ、そのまま裂いていく。
裂いたチーズを口に放り込むと、強い塩味と乳臭さが感じられた。
「チーズかん、つよいね」
「チーズだから当然だけど、言いたいことはわかる」
「おいしい」
「これが基準だな……」
続いて、スモークを開封する。
「──あ、おいしい。プレーンよりおいしい?」
「プレーンをそのまま燻製にした感じかな。純粋にスモーク要素が加算されてる」
「わかる。そんなかんじ」
スモークを食べ終え、次はコンソメだ。
うにゅほがコンソメを鼻に近付け、すんすんと香る。
「すーごいコンソメ……」
「コンソメが好きか否かで感想変わりそう」
「あと、なんか、つちみたいなにおいする」
「土?」
同じく嗅いでみるが、その感覚はよくわからなかった。
鼻炎だからかもしれない。
味もしっかりとコンソメしていて、看板に偽りなしといったところだ。
続いて、バター醤油を開封する。
「匂いは好きなんだよな……」
「うん、においすき」
「味は──」
裂いたチーズを口に入れる。
きゅ、きゅ、きゅ。
口内でチーズが鳴る。
音が鳴るだけなら構わないのだが、ほぐれ方が悪く、味が薄く感じてしまう。
それが、俺とうにゅほの口にはいまいち合わなかった。
ガーリックを開封し、香る。
「うん、いい匂い」
「にんにくだね」
「ガーリックバターって感じ」
「わかる」
味にも強くニンニク感が出ており、安定の美味さだ。
そして、最後にとうがらしを開けた。
「──あ、美味い。最後だけど、やっぱ美味いわ」
「やっぱし、プレーンとちがうね」
「乳臭さが薄いよな」
「チーズかんがうすくて、べつのあじして、それがおいしい」
「ピリ辛もアクセントになっててさ」
「わかるー」
こうして、ひとり六本、合計十二本のさけるチーズが胃の腑に姿を消したのだった。
「……××、決まった?」
「きまった」
「一位は?」
「にほんあるけど、いい?」
「俺も二本ある」
「おなじかな」
「かもな」
「わたし、とうがらしと、スモーク」
「俺も」
「おそろい!」
「このふたつだけ、ワンランク上って感じしない?」
「するする」
「俺と××は同じ感性ってことだな」
「うへー……」
こうして、第一回さけるチーズ一武道会は閉幕となった。
第二回があるかどうかは神のみぞ知る。
※1 2024年2月18日(日)参照
12
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2024/03/01(金) 22:04:16 ID:0Vdxs3Sw0
2024年2月25日(日)
「──……んが」
午睡から目覚め、CPAPを外す。
のそのそと自室の書斎側へ向かうと、うにゅほがPCでYouTubeを見ていた。
「おはよー」
「おはよ」
「◯◯も、みる?」
「どれどれ」
ディスプレイを覗き込むと、elonaのプレイ動画だった。
そこそこハマっているらしい。
「見る見る。どけて」
「はーい」
パソコンチェアに座ると、うにゅほが俺の膝に腰掛けた。
「しーぱっぷ、どう?」
「CPAPなあ……」
iPhoneを手に取り、睡眠管理アプリを開く。
「やっぱ、良質な睡眠と深い眠りはかなり増えてる。実感はないけど」
「じっかん、ないんだ」
「無意識に外しちゃってることも多いし……」
「あー」
うにゅほが、うんうんと頷く。
「でも、ふしぎだね。ねぐるしいのに」
「寝苦しいと感じるのはレム睡眠のときだからな。ノンレム睡眠時は深く深く眠ってるんだろう」
「れむすいみんって、あさいねむり?」
「そうそう。夢を見るのはこのタイミングだな」
「なるほどー……」
「あと、CPAP自体に慣れてきたのはある」
「さいしょ、くるしい、くるしいっていってたもんね」
「慣れたら慣れるもんだよな。今は着けてても何も感じないもん。むしろ、ちゃんと動いてるのか心配になるくらい」
「そんなに」
「いいことだよ」
「そだね」
「ただ、寝ぼけて外すときに壊しちゃわないかだけ心配だな……」
「こわしちゃいそうなの……?」
「不安」
「ふあんなの……」
「大丈夫だとは思うけどな、うん」
「きづいたら、とめるね」
「お願いします」
CPAPはレンタルだ。
故障しても交換は受け付けるそうだが、壊さないに越したことはない。
「どうがみよ」
「あいあい」
最初から超高度なプレイ動画ばかり見ているのだが、elonaというゲームを勘違いしていないだろうか。
今度、のんびりレシマスを攻略する動画に誘導しようかな。
13
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2024/03/01(金) 22:04:42 ID:0Vdxs3Sw0
2024年2月26日(月)
座椅子でiPadをいじっていたうにゅほが、ふと口を開いた。
「ね、◯◯」
「んー」
「さいきん、ジャンプよんでる?」
「──…………」
「よんでない?」
「読んでない……」
「やっぱし」
「わかるのか」
「きんどる、さいごによんだページひらくし……」
なるほど、たしかに。
「どのくらいよんでないの?」
「……十週くらい」
「じっしゅう!」
「ジャンプをKindleで買うようになって、古紙回収の前日にまとめて読む必要がなくなったからな……」
「そだね……」
「ある程度は予期してたけど、ここまで読まなくなるとは」
「はやくよまないと、もっとよみにくくなるよ……?」
「うん……」
わかっている。
わかっては、いる。
続きの気になっている漫画も多いし、読まない理由がないくらいだ。
だが、
「なんかめんどくて」
「……んー」
うにゅほが、うんうんと頷く。
「なら、いいとおもう」
「いいのかな」
「よむきになったら、よんだらいいよ。むりしないで?」
「……そっか」
単に面倒なだけではなく、やるべきことが渋滞しているのもある。
とは言え、合間に差し込むことができないほど忙しいわけでもないので、やはりモチベーションがいちばんの理由だった。
「……鵺の陰陽師、どうなってるかな」
「いう?」
「言わないで!」
「はーい」
やっぱり読もうかな。
14
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2024/03/01(金) 22:05:10 ID:0Vdxs3Sw0
2024年2月27日(火)
「──…………」
ごそ、ごそ。
自室の寝室側から物音が聞こえてくる。
時計を確認すると、時刻は午前六時だった。
「おあよー……」
ぼさぼさ頭のうにゅほが、目元を擦りながら顔を出す。
「おはよう」
「てつや?」
「ですね……」
生活サイクルがさらにずれたおかげで、この時刻に起きていることもざらになった。
そのため、うにゅほも特に驚きはしない。
「なんかしてたの?」
「ジャンプ読んでた……」
「あ、よんだんだ」
「ちょうど今週号まで読み終わったとこ」
「どうだった?」
「アスミカケル終わっちゃったか……」
「おわっちゃった……」
「面白かったのにな」
「うん……」
「連載順後ろの作品、好きなの多いんだよな。頑張ってほしいけど」
「しんれんさい、はじまったもんね」
「でも、左門くんの作者のは正直嬉しい。全巻持ってるし、読み切りも面白かったし」
「わたしもすき」
「××は、終わってほしくないのある?」
「うーと、ゴルフのやつ……」
「ああ、あれも面白いよな。上手くなっていく過程が丁寧でさ」
「でも、てんかいおそいかも」
「それはある……」
「◯◯は?」
「やっぱ、鵺の陰陽師かな。打ち切り範囲外だとは思うけど、けっこうハラハラする掲載順なんだよな」
「あー」
「……つーか、わりとどれも終わってほしくないかも。続き見たい」
「わかる」
見切りをつけて読むのをやめた作品が、今はひとつもない。
だが、パイは限られているのだ。
「──あれ?」
Kindleのページを手癖でめくっていたら、ふとあることに気が付いた。
「来週からルリドラゴン再開じゃん!」
「え!」
「ほらこれ」
「わ、ほんとだ……」
「五週やったあと、プラスに移籍だって」
「つづき、みれないかとおもってた」
「俺も……」
まさかまさかの朗報だ。
「来週、楽しみだな」
「ね」
今週号まで一気に読み進めておいてよかった。
四時間くらいかかったけど。
15
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2024/03/01(金) 22:05:41 ID:0Vdxs3Sw0
2024年2月28日(水)
「──…………」
三十分の仮眠から目覚め、のそりと書斎側へと戻る。
「××……」
「?」
「宝くじ当たった夢見た……」
「おー」
「当たってないよな」
「かってない……」
「だよな……」
「えんぎ、いいのかなあ」
「縁起はどうか知らないけど、がっかり感はすごいぞ」
「あー」
「なにせ、十億円だったからな……」
「なんかかった?」
「新しいPCは注文した。百万円で」
「まだまだあるね」
「百万円の買い物が千回できるぞ」
「わー……」
「まあ、夢だったんだけど」
「ほんとにあたったら、なにかう?」
「PC」
「それはぜったいなんだ」
「あとは、家かマンションか。××とふたり暮らししたいよな」
「!」
「したくない?」
「まようー……」
うにゅほが、うんうんと唸り始める。
「じゃあ、俺がひとり暮らしするって家を出て行ったら?」
「ついてく」
「ほら、ふたり暮らしになった」
「された……」
「大丈夫、お金ないし。一発逆転も基本的にはあり得ない」
「たからくじは?」
「べつにいいかな……」
「ゆめみたし、あたるかも」
「予知夢とか信じないし」
「そか……」
「もっと地に足のついた生き方をしなければな」
「たとえば?」
「──…………」
「──……」
「よし、動画でも見るか」
「ごまかした」
「ははは」
地に足のついた生き方なんで、生まれてこの方したことがない。
まあまあまあ、なんとかなるだろ。
たぶん。
16
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2024/03/01(金) 22:06:20 ID:0Vdxs3Sw0
2024年2月29日(木)
「ふあ……」
起床し、大あくびをかます。
「……今日、あれだっけ。母さん」
「うん。だいちょうないしゅちょう」
「大腸内視鏡」
「ないしきょう」
「そうそう」
顔を洗い、歯を磨き、自室へ戻る。
「しんぱいだな……」
「そう?」
「おかあさん、じゅうねんぶりなんだって」
「げ」
俺自身は、父方がポリープのできやすい家系なので、二年に一度大腸内視鏡検査を受けている。
母親は当然違うが、この年齢で十年放置は正直どうかと思う。
「……ポリープはあるだろうな、最悪」
「いっぱくふつか?」
「たぶん」
「そか……」
「食事、頼むな」
「まかして」
昼食後に母親からLINEが届いた。
両手両膝をついてショックを受けているスタンプだった。
「◯◯、これ……」
「怖いんだけど……」
詳細を尋ねると、大きなポリープがあって、無事切除はしたが同時に縫合もしたために三泊四日に入院が延びたとのことだった。
「……ぽりーぷ、とったんだよね?」
「そうは言ってる」
「ぽりーぷ、がんでも、とったんだよね……?」
「そのはず……」
情報が母親越しだから、いまいち判然としない。
「……大丈夫、だとは思う。だから、××。三泊四日、家のことは頼むな」
「うん。それはまかして」
「俺も手伝うから」
「うん……」
切除したポリープは検査に回しているらしい。
ただのポリープであれば心配の必要はないだろう。
だが、がんであれば、転移の恐れがある。
何事もなければいいのだが。
17
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2024/03/01(金) 22:07:42 ID:0Vdxs3Sw0
以上、十二年三ヶ月め 後半でした
引き続き、うにゅほとの生活をお楽しみください
18
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2024/03/16(土) 23:50:27 ID:rotRkfGg0
2024年3月1日(金)
ぱたん、と単行本を閉じる。
「ワールドトリガーおもしれえー……」
「よみおわった?」
「読み終わった」
なんだか急に読みたくなって、一巻からすべて読み返していたのだった。
「新刊まだかな」
「いつだろ……」
「早く読みたいけど、体調悪くて休載してた人だしな。無理のないペースで連載続けてほしい」
「まんがか、たいへんだもんね」
「特に週刊連載はな。人間のする仕事じゃない」
「そんなに」
「物語を作る。絵を描く。これを同時に、概ね月刊連載の四倍の速度で続けるんだぞ。超人だろ、超人」
「たしかに……」
「とは言え、月刊連載陣が楽かって言われたら違うと思うけどな。そもそも漫画家って仕事自体がハード過ぎる」
「◯◯、できない?」
「できるわけない」
「でも、えーかけるし、しょうせつかけるし……」
「二十年くらい前に目指してれば、今頃なんとかなってたかもな」
「すごいしごとなんだね」
「すごい仕事だよ。尊敬する」
「そか」
うにゅほが、うんうんと頷く。
「ワールドトリガー、わたしもよみなおそうかな。あたらしいの、にかんくらい、よんでなかったし」
「どうぞどうぞ」
「いま、なにしてたっけ」
「遠征選抜試験。チームバラバラにして組み直してさ」
「……?」
うにゅほが小首をかしげる。
「五人一組で閉鎖環境に入って……」
「ぜんぜんおぼえてない」
「……もっと前から読んでないんじゃないか?」
「そうかも……」
買うだけ買って新刊を読んでいないシリーズがそこそこあるので、潰していこうかな。
アニメ放映中のダンジョン飯とか。
19
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2024/03/16(土) 23:50:59 ID:rotRkfGg0
2024年3月2日(土)
「──……はふ」
うにゅほを膝に乗せたまま、大あくびをかます。
「さいきん、すーごいねてるね」
「寝てる」
今日だけでも十一時間眠っている。
「ねむいの?」
「眠いってより、眠れるときに寝たほうがいいのかなって」
「ねすぎもよくないきーするけど……」
「そうなのかな」
「たぶん」
調べてみた。
「寝過ぎは逆効果です。睡眠時間は長ければ良いというものではありません……」
「ね?」
「良くないな。長くても八時間くらいに調整するか」
「そうしよ」
「──…………」
なんだか、うにゅほから切迫感を感じる。
俺の健康以上に、起きていてほしい理由があるような。
「あ」
わかった。
うにゅほをギュウと抱き締めて、ほっぺたに頬ずりする。
「わ」
「俺がずっと寝てるから、寂しかったのか」
「──…………」
「ごめんな」
「わたしねてるときおきてて、おきてるときねてるんだもん……」
「一緒の部屋に住んでるのにな」
「しーぱっぷしてるから、いっしょにねにくいし」
「あー」
「さみしかったです」
「ごめんごめん」
「うー……」
「代わりに、今日は夜更かしするか。××がこっちの世界に来てくれよ」
「……いいのかな」
「いいだろ、べつに。明日には母さん帰ってくるし」
「じゃあ、よふかしする……」
「よし来た」
本日の日記は、うにゅほを膝に乗せたまま書いている。
夜更かしして何をするでもないが、ただ起きているだけでも特別な日になり得る。
たまにはこんな日があってもいいだろう。
20
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2024/03/16(土) 23:51:35 ID:rotRkfGg0
2024年3月3日(日)
「──…………」
「──……」
もぞ。
うにゅほを膝に乗せたまま、自分の左胸を気にする。
何故か乳首が痒かった。
親しき仲にも遠慮はあるもので、乳首が痒いと素直に言うのが少々気恥ずかしい。
そのため、膝の上のうにゅほに気付かれないように、誤魔化しながら掻いているのだった。
しばしして、
「……?」
うにゅほが、不思議そうな表情でこちらを振り返る。
「どした」
「◯◯、かゆいの?」
「──…………」
目を逸らす。
「……ああ、胸のあたりがな」
「なんかぬる?」
「あー、メンソレータムとか」
「かゆいなら、ぬったほういいかも」
「そうだな。塗るか」
幸い、メンソレータムは手の届く位置にある。
指先に軟膏を取り、襟首から右手を適当に突っ込む。
左乳首にメンソレータムを塗り込んでいると、うにゅほが襟首を覗き込んだ。
「あ」
見られた。
「ちくび、かゆかったの?」
「……はい」
「そなんだ」
「なんか、乾燥してたみたいで……」
思わず言い訳じみた言葉をひねり出してしまった。
興味を失ったように、うにゅほがディスプレイへと視線を戻す。
何故か辱められた気分だった。
「あ、そだ」
うにゅほがメンソレータムの容器を手に取り、注意事項へと目を通す。
「ちくび、だめってかいてない。だいじょぶ」
「……それは、うん。よかった」
「?」
俺の反応に、うにゅほが小首をかしげる。
今度、乳首が痒くなる呪いでもかけてやろうかな。
21
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2024/03/16(土) 23:51:58 ID:rotRkfGg0
2024年3月4日(月)
退院した母親の代わりに、うにゅほが家事を頑張っている。
せめて自室の掃除だけでもと腰を上げると、
「◯◯、すわってて。わたしやるから!」
と、鼻息荒い。
「なら、まあ……」
やる気があるのはいいことだ。
家全体の掃除をして、昼食を作って、昼寝をしたあと風呂掃除、夕食を作り、食後に風呂に入って、洗濯をして、洗濯物を部屋干しする。
日当を支払いたいくらい頑張っていた。
「ふー」
一日の家事をすべて終えたうにゅほが、俺の膝に深く腰掛ける。
「お疲れさま」
「うん」
「でも、そんなに頑張らなくても……」
正直言って、あまり無理はしないでほしい。
「きにしないで」
「気にはするよ」
「おかあさん、まだ、むりしたらいけないし」
「それはそうだけど……」
「いいの!」
「──…………」
なんだかむきになっている気がする。
仕方ない。
うにゅほの矮躯を抱き締め、耳元で静かに言う。
「俺は、××のことも心配だよ。頑張りすぎてる気がして」
「──…………」
「理由は、まあ、なんとなくわかるけど……」
「……わかる?」
「家族の中で、自分だけ、血が繋がってないからだろ」
「──…………」
うにゅほが目を伏せる。
正解だ。
「誰も気にしてないよ、そんなこと」
「わかってる、けど……」
「頑張ると、安心するんだろ。自分はここにいていいんだって」
「──…………」
「わかるよ」
「……そか」
「でも、これだけは覚えといてほしいな」
「──…………」
「俺と、××は、死ぬまで一緒だ。ここが××の居場所だよ」
「……うん」
うにゅほが、そっと体重を預けてくる。
すこし安心してくれたようだ。
頑張りすぎて無理をしないよう、俺が気を払っておかなくては。
22
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2024/03/16(土) 23:52:29 ID:rotRkfGg0
2024年3月5日(火)
「……××」
「?」
俺の膝の上でくつろぎながらiPadを操作していたうにゅほが、こちらを見上げた。
「Copilotに面白い機能があるみたい」
「こぱいろっと?」
「MicrosoftのAIくん」
「へえー」
うんうんと頷き、うにゅほが居住まいを正す。
「どんなの?」
「動画の要約ができるらしいんだよ」
「ようやく……」
「YouTubeの動画を指定すると、それがどんな内容なのかを説明してくれるんだって」
「おもしろそう」
「試してみるか」
「うん!」
「じゃあ──」
あとで見る予定だったオカルト動画をMicrosoftEdgeで開く。
そして、Copilotに"この動画を要約してください"と指示してみた。
ほんの数秒で要約が始まり、
「この動画は、拾ってはいけないものについての情報を提供しています。
特に、毒物や放射性物質が含まれている可能性のあるアイテムに注意を促しています。
視聴者に対して、不審なアイテムを見つけた場合は触れずに警察に通報するよう呼びかけています──だって」
「おおー!」
その下には、ハイライトとして、何分何秒からどういった内容が紹介されているのかをまとめてくれている。
「えーあいくん、どうがみたのかな」
「見たと言うか、解析したんだろうな。なんにせよすごいけど……」
「ね、ね、ようやくしにくいどうがはどうなるの?」
「試してみるか」
「どんなどうががいいかな」
「シュール系のMVとかいいんじゃないかな」
「ほうほう」
そこで、太鼓の達人の"彁"という曲のMVを要約させてみることにした。
「──このビデオは、主に音楽と拍手のシーンで構成されています。
具体的な会話やナレーションは含まれておらず、視覚的な要素やストーリーテリングに焦点を当てた内容となっている可能性があります、だって」
「ぼんやりしてるね」
「まあ、こんな動画だからなあ……」
二分少々の動画を流す。
「……すごいけど、これ、こまるねえ」
「AIくんも頑張ったほうだと思う」
「でも、はくしゅあった?」
「拍手って感じでもなかった気がするけど」
「はくしゅだとおもったのかな」
「人間には聞こえない拍手の音にAIだけが気付いた──って表現すると、ちょっとオカルトチックじゃない?」
「ちょっとこわい……」
動画の要約機能は、なかなか面白い試みだと感じた。
どんどん便利になっていく。
23
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2024/03/16(土) 23:52:59 ID:rotRkfGg0
2024年3月6日(水)
アニメのDo It Yourself!!を見始めた。
理由は、以前からなんとなく気になっていたからである。
DIYに焦点を当てた日常系アニメで、ぼんやり見て癒されるのに最適だ。
「ああ、落ち着く……」
「あんしんしてみれるね」
「毎話毎話ずっとワクワクドキドキさせてくれるアニメって、面白いけど疲れるんだよな」
「わかるー」
「今期で言うとブレイバーンとか」
「あれ、すごかったね。まだいちわしかみてないけど……」
「一話で、腰を据えて見る必要がある作品だって理解しちゃったからな」
「かたてまだと、もったいない」
「それに比べて、女子高生もののアニメの安定感よ」
「──…………」
うにゅほが、ふと何事かを思案する。
「どした?」
「◯◯って、もう、せるふのおかあさんとおなじくらいの……」
「……言うな」
「はい」
「青春アニメは何歳になっても見ていいの!」
「あはは」
「そんなこと言ったら──」
「いわないで」
「あ、はい」
とても察しがよかった。
「◯◯って、でぃーあいわい、したことある?」
「技術の授業とかでなら」
「それは、じゅぎょう」
「それはそう」
「まいなすどらいばー、つくったんだっけ」
「あー、懐かしいな」
「あんなかんじ?」
「そうそう。中学のとき、金工と木工でそれぞれ何か作って──」
ふと、言葉に詰まる。
「……木工で何作ったんだっけ」
「おぼえてないの?」
「思い出せない」
「なんだろ……」
「たぶん、本棚っぽい何かとかだと思うけど」
「ありそう」
「早い段階で捨てちゃっただろうし、記憶にないな」
「なんか、もったいない……」
「そうか?」
「◯◯つくったの、みたかったな」
「どうせ大したものじゃないぞ」
「それがみたい」
「変なやつ」
「うへー」
時の流れで永遠に失われてしまったものは多い。
中学生の頃に書いてた小説の入ったフロッピーディスクとか、残しておいてもよかったな。
まあ、今更か。
24
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2024/03/16(土) 23:53:26 ID:rotRkfGg0
2024年3月7日(木)
「──……いいアニメだった」
「うん……」
Do It Yourself!!を見終わった。
青春、友情、前向きな別れと、過不足なくまとまった素晴らしい作品だった。
「こんな感じのアニメ、他にも見たいな」
「わかるわかる」
「探してみるか」
「おねがいします」
うにゅほが、ぺこりと頭を下げる。
「わたし、といれいってくるね」
そう告げて俺の膝から降りようとしたとき、その左手が何かに触れたらしい。
「?」
うにゅほが、俺の作務衣の左ポケットを探る。
「うお、なんだ」
「なんか、ぐにってした」
「ぐに……?」
「あ」
左ポケットから出てきたのは、くたくたになったわさび味のベビーチーズだった。
それも、二個。
「チーズ……」
「……あー、思い出した」
昨夜、食べようと思ってポケットに入れて、そのまま忘れていたのだった。
「すーごいやわらかくなってる」
「体温でぬくまったんだろうな……」
「ぶにぶに」
「俺が責任持って食べよう」
「あ、わたしもたべる」
「……体温で柔らかくなったベビーチーズとか、嫌じゃないか?」
「でも、くさってないし……」
「いや、××がいいならいいんだけどさ」
「やわらかいとたべにくいし、れいぞうこいれといて」
「わかった」
自室を出て行くうにゅほを見送り、丸一日近く俺の体温に晒されたベビーチーズを冷蔵庫に入れる。
「……よく食べる気になるなあ」
まあ、でも、俺もうにゅほの体温でぬくまったチーズなら気にせず食べるか。
お互いさまということだろう。
25
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2024/03/16(土) 23:53:58 ID:rotRkfGg0
2024年3月8日(金)
ふと気に掛かったので、二酸化炭素濃度測定器を購入してみた。
「?」
うにゅほが、興味深げに、届いたばかりの測定器の箱をしげしげと眺める。
「おんしつどけい?」
「室温と湿度もわかるけど、メインは二酸化炭素濃度だよ」
「にさんかたんそ……」
「簡単に言えば、いつ換気すればいいかわかる。二酸化炭素濃度が高すぎると、眠気や倦怠感が出てくるんだってさ」
「おー、べんり」
箱を開封し、測定器を取り出す。
「どれどれ」
電源を入れると、
ブー、ブー、ブー。
「……?」
いきなりアラームが鳴り響いた。
「なんか、なった」
「換気が必要な二酸化炭素濃度になると、鳴るらしい」
「ひつようなんだ」
「そうみたい」
表示盤には、5085ppmと表示されている。
「これ、どんくらいなんだろ」
「わるいのかなあ」
「悪いんだろうな、絶対」
のんきに会話を交わしながら、日本語の怪しい説明書を開く。
「えー、400から800が"クリーン"……」
「え」
「……800から1800が"悪い"で、1800になるとアラームが鳴る」
「──…………」
「測定限界が5000ppm……」
「まどあけよ」
「だな……」
のちに調べたところ、二酸化炭素濃度が5000ppm以上になった場合、一刻も早く換気を行い部屋の使用をやめる必要があるらしかった。
この二酸化炭素濃度の原因は明らかだ。
石油ファンヒーターである。
冬場の換気と言えば、これまで月に一度が常だったが、さすがに認識を改めなければなるまい。
最低でも、一日一回の換気を徹底しよう。
買ってよかった、マジで。
26
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2024/03/16(土) 23:54:27 ID:rotRkfGg0
2024年3月9日(土)
「──うーしょ、と。さむさむ」
換気を終え、窓を閉めると、うにゅほが俺の膝の上に戻ってきた。
「ふー」
「お疲れさん」
「だっこして」
「はいはい」
膝の上のうにゅほを抱き締める。
「にさんかたんそ、これで、ひくくなった?」
二酸化炭素濃度測定器に視線を向ける。
「600ppmだから、いい感じみたい」
「でも、わかるかも。あたま、すっきりするかんじする」
「そうだな……」
5000ppm以上のときは、意識にもやがかかっていた気がする。
室温のせいかと思っていたが、よくよく考えてみれば、夏場は暑くてもぼんやりしたりはしないものな。
「換気って、大切なんだな。それがわかっただけでも五千円の価値はあったよ」
「ほんとだね」
そんな会話を交わして、ほんの三十分。
「……あれ?」
うにゅほが視線を本棚へずらし、小首をかしげた。
「せん、こえてる……」
「え?」
測定器の数値が、1200ppmになっていた。
「ファンヒーター、つけてないよな」
「つけてない」
「こんな短時間で……?」
測定器に意識を割きながら普段通りの生活を続けていると、二酸化炭素濃度がぐんぐん上がっていき、あっと言う間にアラームが鳴った。
「……もう換気しないとダメなの?」
「さむいよ……」
「1800ppmで換気するの、現実的に無理だな……」
「そんなきーする……」
「目安程度に考えよう。ファンヒーターもつけてないのにこの速度で上昇されると、二十四時間窓開けっ放しにせざるを得なくなる」
ファンヒーターで部屋を暖めたら、即換気。
そのくらいの考え方で行こう。
春は近いが、まだまだ寒いもの。
27
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2024/03/16(土) 23:54:55 ID:rotRkfGg0
2024年3月10日(日)
カレンダーを眺め、呟く。
「……そろそろホワイトデーかあ」
「ほんとだ」
どんなに小さく呟いたところで、膝の上に腰掛けているうにゅほに聞こえないはずがない。
「欲しいもの、ある?」
「んー」
しばし思案し、
「◯◯のくれるものなら、なんでも」
と、いちばん困る答えを返してくれた。
「去年とか一昨年は何をあげたのか、ちょっと調べてみようかな」
「あ、わたしおぼえてるよ」
「マジか」
「きょねんは、デートして、さいごにまかろんくれた」
「あー」
思い出した。
「ラーメン屋行ったやつな」
「うん」
「一昨年は?」
「おととしは、ぴてら」
「スキンケアセットだっけ」
「わたし、あれからずーっとぴてらつかってる」
うにゅほのほっぺたをつつく。
「このもちもちも、そのおかげか」
「たぶん?」
「じゃあ、三年前は?」
「たしか、ろくしたん」
「あー、シャンプー」
「と、こんでぃしょなー」
「あげたあげた。ロクシタンは自分で買ってないよな」
「たかい……」
「そりゃそうか」
うにゅほは髪が長い。
迂闊に高級シャンプーに手を出してしまうと、あっと言う間に貯金が溶けてしまいそうだ。
「じゃあ、その前は?」
「……うー、と」
うにゅほが、困ったような表情を浮かべる。
「そのまえが、◯◯のてづくりのペンダントだったのはおぼえてるけど、そこだけきおくにないかも」
「よく覚えてるな……」
素直に感心してしまう。
軽く日記を辿ったところ、
「四年前は、フリーズドライの苺の入ったホワイトチョコレートだって」
「あ、あった! おいしかった!」
「今年はどうすっかな……」
「たのしみ」
「──…………」
過去の自分がしたプレゼントのおかげで、すこしプレッシャーを感じる俺だった。
28
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2024/03/16(土) 23:55:37 ID:rotRkfGg0
2024年3月11日(月)
そっと溜め息をつく。
「……最近、眠れないんだよなあ」
耳元で溜め息を聞かされたうにゅほが、くすぐったそうに頭を振った。
「あさまでおきてるの、おおいもんね」
「寝ようとはするんだけど、眠れないか、寝ても一、二時間で起きちゃって」
「それで、おひるねてるんだ……」
「そういうこと」
もし可能であれば、規則正しい生活を送りたい。
送れないから困っているのだ。
「ズバッと入眠して、カッチリ七時間でサッパリ起きられる肉体が欲しい……」
じ。
うにゅほを見つめる。
「う」
「その肉体を寄越せ」
「あげられないけど、かせたらいいのにねえ」
「それは思う」
天井を仰ぎ、目を閉じる。
うにゅほになったら、何をしようかな。
「……やっぱ、自分で着せ替えかなあ」
「きせかえ」
「ほら、××可愛いし。もし可愛くなれたら、したいことってそんなに種類ないというか」
「……うへー」
うにゅほが、てれりと目を伏せる。
まあ、口にはできないようなこともしてみたいとは思うけど。
「わたしもね、◯◯になってみたい」
「絶対後悔するぞ。だるくてだるくて、もう」
「うん」
「重力1.5倍デバフだし」
「◯◯のつらさ、わかったら、もっとやさしくできる」
「──…………」
そっと溜め息をつく。
うにゅほが、きょとんと目をまるくした。
「……それ以上、優しくならなくていいって。すこしは自分のことも考えなさい」
「わたしのこと……」
「××の人生、半分以上俺のことじゃんか」
「うへー……」
「何故照れる」
馬鹿だな、もう。
29
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2024/03/16(土) 23:56:26 ID:rotRkfGg0
2024年3月12日(火)
今日は、四週間に一度の定期受診の日だった。
「早めに出て、早めに帰ってくるか。だるいし」
「そだねえ」
八時半には家を出て、病院へと向かう。
「すいみんやく、だしてもらお」
「そうしよう。眠れないのは、さすがにまずい」
そんな会話を交わしつつ、病院の駐車場に愛車を停めて待合室へと入る。
「……混んでない?」
「こんでる、きーする……」
普段より早めに出たのに、普段より明らかに混んでいる。
「一時間待ちくらいで済めばいいけど……」
「うん……」
待合室の隅の隅で、こそこそと雑談をして時間を潰す。
だが、普段から一緒にいるふたりだ。
病院という場所もあいまって、会話のみで繋げるほどに待ち時間は短くはなかった。
「……音楽でも聴く?」
「きこ」
ワイヤレスイヤホンを取り出し、左右で分ける。
iPhoneでYouTube Musicを開こうとして、ふと気が付いた。
「あ、スマホ充電してない」
「あー」
「20%切ってるな……」
「わたしのできく?」
「そうしよう」
うにゅほが愛用のショルダーバッグを開き、
「──…………」
「?」
「わすれた、かも」
「マジか」
「かも……」
コートのポケットを探るも、うにゅほのiPhoneは出てこなかった。
「……わすれた」
「うーん……」
暇潰しの手段が潰されていく。
「しゃーない。ぼーっとするか」
「ほかにないもんね……」
「えーと──」
アップルウォッチで時刻を確認すると、既に一時間が経過していた。
「もう一時間も待ってるし、そこまでかからないだろ。たぶん」
「それならいいけど……」
しかし、俺の名前が呼ばれたのは、それからさらに一時間半が経過した頃だった。
さらに言えば、薬局でまた三十分待たされたので、合計で三時間も無駄な時間を過ごしたことになる。
「……なんか、すげー疲れた……」
「かえろ……」
「……前向きに考えれば、普段通りに家を出てたらまだ待ってたってことだよな」
「たしかに」
「来月は、もっと早く出よう……」
「うん……」
決意を新たに家路を行くのだった。
病院の待ち時間って、やたらと体力が削れる気がする。
30
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2024/03/16(土) 23:57:14 ID:rotRkfGg0
2024年3月13日(水)
「──…………」
起床し、のそのそと自室の書斎側へと向かう。
「おはよー」
「おはよ」
「ねれた?」
「そうだな。わりとよく眠れた気がする」
「すいみんやく、きいたんだ」
「効いた感じはあるな……」
「よかった」
うにゅほが、ほにゃりと笑みを浮かべる。
「昼間はなんとか起きて、夜にちゃんと寝る。このサイクルに戻さないと」
「がんばろー」
「おー」
ぱちん、とハイタッチを交わす。
きちんと顔を洗い、歯を磨き、寝癖を整えて自室に戻る。
「なんかする?」
「せっかくだし、ゲームでもするか。積みゲー消化しないと」
「おー」
「こないだ、××も一緒にできるゲームをもらったんだよ。それやろうか」
「どんなげーむ?」
「猫を探すゲーム」
「ねこ」
「まあ、見ればわかるよ」
うにゅほを膝に乗せ、A Castle Full of Catsを起動する。
「おしろだ」
「このでっかい絵の中から、猫を探す」
「おおー!」
「××も一緒にできるだろ」
「できる!」
「じゃあ、一匹残らず探し出すぞ!」
「おー!」
一緒にゲームができるのが嬉しいのか、やたらとテンションの高いうにゅほと共に猫を探していく。
これが、なかなか難しい。
「あ、ここ」
「お」
「ここにもいる」
「早いな……」
「うへー」
うにゅほはわりと得意なようで、次々に小さな猫の居場所を指差していく。
「たのしい……」
「なら、別の猫探しゲー買ってもいいかもな。クリアしたら」
「うん、やりたい」
A Castle Full of Catsは一時間少々でクリアしてしまったので、次はA Building Full of Catsをやろうかな。
31
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2024/03/16(土) 23:57:45 ID:rotRkfGg0
2024年3月14日(木)
今日はホワイトデーである。
デートの予定を立てているので、早めに起きて身支度を整えた。
「お昼、食べたいものある?」
「あるー」
赤茶色のコートに身を包んだうにゅほが、楽しそうに告げた。
「カレー!」
「いつものネパールカレー?」
「うん」
「冒険しないなー」
「だって、おいしいんだもん」
「わかる」
美味しいんだ、あそこ。
愛車に乗り込み、少々遠回りをしながらネパールカレーのお店へと向かう。
正午前ということもあって、客はまだ少なかった。
「注文どうする?」
「ばたちき」
「バターチキンカレーね。俺も同じ」
「あれ、いちばんおいしい」
「わかる」
「カレーってかんじしないけど……」
「ナンも一緒についてくるから、片方だけチーズナンにしようか」
「チーズナン、おいしい。けど」
「でかいよな……」
「でかい……」
普通にチーズナンだけで食事を済ませられるからなあ。
ふたりぶんのバターチキンカレーとチーズナン、そして普通にでかいナンをなんとか胃の腑に収め、店を出た。
うにゅほが自分のおなかを撫でる。
「くったー……」
「食った食った」
「もーはいらない」
「このあと、どうしようか。腹ごなしでもする?」
「はらごなし?」
「どこか歩くとか、カラオケ行くとか」
「あ、カラオケいく!」
「了解」
近場のカラオケボックスへ向かい、三時間ほど喉を酷使する。
カレーをピリ辛程度にしておいてよかった。
「ふいー……」
カラオケボックスを出ると、春先の風が心地よかった。
空が藍色に染まり始めている。
「じゃあ、不二家にでも寄って帰るか」
「ふじや?」
「ホワイトデーのお返し、買う暇なかったからさ。ケーキで勘弁してくれ」
「おおー」
うにゅほが、うんうんと頷き、
「ありがと!」
満面の笑みでそう返した。
帰りに買ったチョコケーキは、まだ冷蔵庫の中にある。
32
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2024/03/16(土) 23:59:23 ID:rotRkfGg0
2024年3月15日(金)
「──…………」
「──……」
自室が、お通夜のようだった。
昨日までの騒がしさが嘘のように、俺も、うにゅほも、静まり返っていた。
確定するまで詳細は省く。
だが、よくない知らせがあったことは確かだった。
「……はあ……」
何十度目かの溜め息が漏れる。
うにゅほはうにゅほで、俺に貼り付いたまま動かない。
無理もないだろう。
「……××」
「──…………」
「猫探すゲーム、やろうか」
「──…………」
「気を紛らわせよう?」
「──…………」
しばしの無言ののちに、
「……うん」
と頷き、ゆっくりと顔を上げた。
現状、俺たちにできることはない。
ならば、せめて普段通りに過ごすべきだ。
An Arcade Full of Catsを起動し、のんびりと猫を探し始める。
いざゲームを始めたら始めたで、存外気分が楽になるものだ。
「あ、ここいる」
「本当だ」
「こっちにもいるよ」
「ほいほい」
潰せたのは二時間程度だが、だいぶ気は紛れた。
普段通りの暇潰しで、ふたりでYouTubeを見始める。
面白ければ、笑うこともある。
だが、どこか乾いた笑いであることを、俺もうにゅほも自覚していた。
どうなるだろう。
それは、まだわからない。
33
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2024/03/17(日) 00:02:54 ID:RBKpaVXI0
以上、十二年四ヶ月め 前半でした
引き続き、後半をお楽しみください
34
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2024/04/02(火) 03:22:27 ID:MTlZEYzY0
2024年3月16日(土)
「……◯◯、ねむいの?」
「んが」
はたと目を覚ます。
俺の膝の上で、うにゅほがこちらを振り返っていた。
「あー……」
「すーごいねてた」
「……昨夜、久々に深酒したからな。そのせいかも」
膝の上の温かさもあって、つい眠りに落ちてしまったらしい。
「おさけ、のんだんだ」
「××が寝たあとにな」
「わたしも、のみたかったかも……」
「あー……」
昨日、悪い知らせがあった。
うにゅほが就寝し、ひとりきりになって、なんだか眠れなくて酒に逃げたのだが、それはうにゅほも同じだったのかもしれない。
「えーと、なんか飲む?」
「◯◯、きのう、なにのんだの?」
「冷蔵庫にあったワイン」
「あー」
「全部飲んじゃった」
「ぜんぶ……」
「ビールならあったと思うけど……」
「わたし、ビールだめ」
「俺もダメ」
「じゃあ、だめだ」
「車庫の冷蔵庫になんかないかな。見てこようか」
「わたし、みてくるね」
「一緒に行こう」
「うん」
チェアから立ち上がり、ふたりで外へ出る。
寒い。
寒いが、決して極寒ではない。
春の訪れを実感できる気温で、心地よい。
ふたりで車庫へ向かい、冷蔵庫を開くと、大量のビールに混じってノンアルコールカクテルが一本だけあった。
「これしかないね……」
「ないならしゃーない。ふたりで飲もうか」
「ん」
自室へ戻り、ノンアルコールで晩酌をした。
深酒をして眠ると睡眠の質が悪くなるし、翌日にも響くので、これでよかったのかもしれない。
35
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2024/04/02(火) 03:22:58 ID:MTlZEYzY0
2024年3月17日(日)
「ん?」
左頬の内側を舌で舐める。
なんだかぶよぶよしている場所がある。
覚えはないのだが、寝ているあいだに噛んだのかもしれない。
「んー……」
舌でつつく。
奥歯で噛もうと試みる。
頬の内側の肉を吸ってみる。
「?」
その挙動があまりに不審だったのか、膝の上のうにゅほが振り返った。
「どしたの?」
「なんか、ほっぺたの内側に血豆みたいのができてる」
「!」
うにゅほが目をまるくする。
「みして!」
「ああ、いや──」
さほど心配することでもない。
だが、とある事情から、俺もうにゅほも口内の異常には敏感になっている。
大口を開けてみせると、うにゅほが俺の頬の内側を覗き込んだ。
「……!」
「どうらった?」
「ちまめがある……」
「やっぱり」
「ね、だいじょぶ? びょういんいく?」
「行かない行かない。そのうち、ちゃんと治るから」
「ほんと……?」
「ほら」
キーボードを叩き、口内の血豆について正しい情報を検索する。
「ほっとけば一週間くらいで治るんだよ」
「……ほんとだ」
うにゅほが、ほうっと大きく安堵の息を吐く。
「まあまあ気にはなるけど、なるべく気にしないようにするよ」
「うん……」
「水ぶくれと同じで、破ると逆に治りが遅くなるからな」
「きにしないでね」
「頑張る……」
とは言え気にはなるもので、ついつい舌先でつついてしまう。
舌で破れるものではないから構わないのだろうが、どうにも集中力を欠く一日だった。
さっさと治らないかな。
36
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2024/04/02(火) 03:23:21 ID:MTlZEYzY0
2024年3月18日(月)
「あ゙ー……」
閉塞感のある日々を送っている。
「◯◯、ぐあいわるくない?」
「まあまあ悪い」
「だよね……」
「××は?」
「ぐあいはわるくない、けど」
「だよな……」
互いに互いの状況はわかっている。
ただ、ひとつ言いそびれていることがあったことを思い出した。
「そう言えばさ」
「?」
「左腕、ずーっと痛いんだよね」
「え!」
座椅子に座っていたうにゅほが立ち上がり、俺の左腕を取った。
「どこ?」
「左腕全体かな」
「いつから?」
「二、三ヶ月くらい……?」
「いって!」
「すぐ治るかなって……」
「びょういん、いこ」
「そろそろ行かなきゃいけない気はしてた」
「どういたいの?」
「左腕を横に伸ばすと、筋肉が張る感じがして痛いんだよな……」
「きんにくなんだ」
「原因不明。筋肉の痛みだから、最初は単なる筋肉痛かと思ってたんだよ」
「でも、ずっと……」
「ずっと」
「こころあたり、ないの?」
「あんまない。四十肩かとも思ったんだけど、さすがに早いし、そもそも肩は痛くないし」
「びょういんだ」
「病院、行くか。明日にでも」
「いこ。なにかあったら、すぐびょういん」
「だな……」
手遅れになる前に、後悔する前に、なんでも調べておくべきだ。
そんなことを思った。
37
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2024/04/02(火) 03:23:49 ID:MTlZEYzY0
2024年3月19日(火)
午前中、整形外科を受診した。
診断結果としては、
「……なーんか微妙な感じだったな」
「そだねえ……」
肩関節周囲炎──つまるところ四十肩や五十肩と言われる疾病の一種とは言われたが、そもそも肩は欠片も痛くない。
それでも原因は肩だと言われれば納得する他ないが、なんとなくもやもやが残るのは確かだった。
「まあ、ストレッチの仕方は教えてもらったし、それで様子見るしかないか」
「いっしょにやろうね」
「××がする必要はないだろ」
「いっしょにしないと、◯◯、わすれそう」
「……はい」
うーん、ぐうの音も出ない。
父親の誕生日が明日に迫っているということで、いつものステーキハウスで夕食をとった。
たっぷり500gの牛肉を胃袋に収め、帰宅し、ベッドに倒れ込む。
「あー、食った食った……」
「うしになるよ」
「牛を食べた者は牛になるのか」
「よこになると、なるよ」
「ぶもー」
「なった」
「ぶもぶもも、ぶもも」
「なんていってるの?」
「コート脱がせて」
「はーい」
うにゅほが、素直にコートを脱がせてくれる。
「……眠い」
「ねる?」
「三十分だけ……」
「おきたら、おふろはいろうね」
「はーい」
そのまま目を閉じる。
三十分間で、長い夢を見た気がする。
あまり覚えていないが、良い夢ではなかった。
38
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2024/04/02(火) 03:24:17 ID:MTlZEYzY0
2024年3月20日(水)
「あ」
「?」
膝の上のうにゅほが振り返る。
「どー……でも、いいことを思い出した」
「きになる」
「まあ、この流れで言わないってのはないわな」
「いわなかったら、おこるよ」
「怒った××を見てみたくもある」
「……こわいよ?」
「怖い怖い。話します」
「もー」
「これは、小学校の頃の話なんだけどさ」
「うん」
「通学路で小判を見つけたんだよ」
「こばん……」
「小判。金ピカの」
「おちてるものなの?」
「まあ、いま考えれば偽物だわな。ほら、正月飾りにあるだろ。小判」
「あー、あるかも」
「それを本物だと勘違いしてさ……」
「ふふ」
うにゅほが、くすりと笑う。
「なんだよ」
「かわいい」
「ただのアホ小学生だと思うけどな」
「かわいいよー?」
「……小学生当時は、私物を持ってきたらダメって風潮があったから、その小判を小学校の玄関に隠したんだ」
「かくすばしょ、あるの?」
「たぶんバレバレだったと思う」
「なさそうだもんね」
「下校するときには小判はもうなくて、がっかりしたな。たぶん用務員さんか誰かがゴミだと思って捨てたんだと思うけど」
「ほんものだったかも」
「ないない」
記憶が連鎖して蘇る。
「──小判じゃないけど、本物が落ちてたことはあったなあ」
「なんの、ほんもの?」
「黒曜石」
「こくようせきって、いちばんかたいやつ?」
「それマイクラな」
「ちがうの?」
「原始人が打製石器を作るときに材料として使った石だよ。薄く鋭く割れる性質があるんだ」
「それが、おちてたの?」
「小学校の玄関前に大量に落ちてた。拾って帰って宝物にしたよ」
「なんでおちてたんだろ……」
「これはマジでわからん」
「ほんとにこくようせきだったの?」
「──…………」
天井を見上げる。
「……たぶん……」
「だったことにしとこ」
「そうだな……」
今はもう捨ててしまって手元にはないが、あれはたしかに黒曜石だったのだ。
そう思っておこう。
39
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2024/04/02(火) 03:24:49 ID:MTlZEYzY0
2024年3月21日(木)
「癒されたい……」
「わたしも……」
うにゅほでまあまあ癒されてはいるが、それでは追いつかないくらい心がささくれている。
「おきしとしんがたりない……」
「こんだけべたべたしてるのになあ」
「うん……」
膝の上のうにゅほを抱き締める。
「癒し動画を見よう」
「どうぶつ?」
「まあ、犬とか猫とか」
「わたし、あれみたい。いぬの、よぼうせっしゅのやつ」
「ああ、狂犬病の」
「いやがるの、かわいい……」
「わかる」
うんうんと頷き、YouTubeで動画を検索する。
狂犬病予防注射会場に連れて来られた犬たちのドタバタ劇が始まった。
「やっぱ、大型犬は堂々としてるなあ」
「からだおっきいと、いたくないのかな」
「どうなんだろう。注射って、大人より子供のほうが痛いんだろうか。なんかそんな気もするけど……」
「◯◯より、わたしのが、ちゅうしゃいたい?」
「まあ、俺は元から痛覚鈍いし」
「ひかくできないね」
「──お、柴が出てきたぞ」
「しばいぬだ」
「柴犬は派手に嫌がるから面白いよな」
この手の動画の見どころは、たいてい柴犬だ。
「かわいそうだけど、かわいい」
「まあ、やってることは予防注射だから……」
「ごうほうてき」
「柴犬見てると、コロのこと思い出すな」
「ねー」
「あいつは大人しかったけど……」
「あんましほえなかったね」
「××、コロの予防注射打ちに行ったことあったっけ?」
「おぼえてない……」
「さしものコロも、予防注射のときは暴れるからな。たいてい小脇に抱えてたよ」
「ふふ、かわいい」
うにゅほ、基本的にMっぽいけど、たまにSっ気も見せるよな。
一面的に語れるほど人間は単純ではないということだろう。
暴れる柴犬の動画で和みながら、そんなことを思った。
40
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2024/04/02(火) 03:25:22 ID:MTlZEYzY0
2024年3月22日(金)
胸が痛むほどの咳で目が覚めた。
「──けほッ」
「あ、◯◯……」
パソコンチェアから腰を上げ、うにゅほが俺の首筋に触れる。
「せき、つらくない?」
「そこそこ」
「びょういん、いく……?」
「別にいいかな。ほら、起きたら止まったし」
「でも」
「たぶん、湿度が低いからだし……」
「あ」
うにゅほが、ここ最近稼働していない加湿器へと視線を送る。
「わすれてたね……」
「何か症状が出ないと、ついな」
「みず、いれてくるね」
「お願いします」
せっかくあるのだから、使わなければ損である。
給水し、電源を入れると、加湿器の上部からかすかに湯気が立ちのぼった。
「このかしつき、いいかしつきなんだっけ」
「高級って意味の"いい"ではないけど、スチーム式だから雑菌は繁殖しないぞ」
「おおー」
「超音波式は安いしオシャレなのが多いけど、こまめに手入れしないと雑菌を撒き散らすだけの機械になる」
「だめだ!」
「この加湿器も、スチーム式だから選んだんだよ。覚えてない?」
「うっすら」
「買ってから三年くらい経つっけ、これ」
「たぶん?」
「せっかくあるのに、あんま使ってないよな……」
「うん……」
「もっと、ちゃんと使おう」
「しつど、どのくらいがいいの?」
「ええと──」
チェアに腰掛け、キーボードを叩く。
「50%が目安だってさ」
「まかして。わたし、しつどかんりがかりになる」
「じゃあ、俺は、湿度管理係補佐になる」
「よろしくね!」
「ああ、よろしくな」
春は程近い。
加湿器が不要になるのも、そう遠くはないだろう。
41
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2024/04/02(火) 03:25:51 ID:MTlZEYzY0
2024年3月23日(土)
「あ」
うにゅほが膝から降り、加湿器の電源を切ってから戻ってくる。
「ごじゅっぱーせんと、こえてた」
「ご苦労」
「うへー」
湿度管理係としての役割を十全に果たしている。
「カラカラに乾いてるのに慣れたせいか、ちょっとだけ蒸し暑い気もするな」
「わかるかも」
「汗かいてきた」
「どこ?」
「首筋とか……」
うにゅほがノータイムで俺の首筋に触れる。
「ほんとだ」
「……一瞬、攻撃されたのかと思った」
「しないよー……」
「いや、そうだけどさ」
スッ。
同じ感覚を味わわせてやろうと、うにゅほの首筋に素早く触れる。
「あせ、かいてないよ」
「びっくりしない?」
「しないけど……」
サッ。
うにゅほのおでこをつつく。
「?」
微動だにしない。
「……ぜんぜん驚かないな」
「うん」
俺に対し、完全に油断しきっているらしい。
「──これならどうだ!」
うにゅほの脇腹をくすぐる。
「うひ!」
「おらおらおらー!」
「ひひゃ、ひ、やめへー!」
ひとしきりくすぐったあと、解放する。
「ひー、ひー……」
「──…………」
「……?」
バッ!
「!」
両手をわきわきと動かすと、うにゅほが咄嗟に身構えた。
「よし」
「なにがよしなの……?」
「××に、警戒心というものを植え付けてやろうと」
「……うーん?」
うにゅほが首をかしげる。
まあ、言ってしまえば特に理由はないのだった。
42
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2024/04/02(火) 03:26:14 ID:MTlZEYzY0
2024年3月24日(日)
「あ」
部屋の掃除をしていたうにゅほが、ふと俺の顔を覗き込んだ。
「めやに、ついてる」
「マジか」
「かおあらった?」
「洗ってないかも……」
「あらお」
「はいはい」
のそりと自室を出て、顔を洗って戻ってくる。
「さっぱりした」
「おきたら、ちゃんとあらおうね」
「××は洗ってる?」
「すきんけあ、してるよ」
「そうなんだ。偉いな……」
俺とは大違いだ。
「びはくでしょ」
「美白だな」
「うへー」
「でも、化粧はしないんだな」
「すきんけあしてるから……」
「そういうもん?」
「だって、おけしょう、よくわかんない」
「母さんから教わってなかった?」
「おけしょうして、よくなったきーしない……」
「濃いめだもんな、母さんのは」
「うん」
うにゅほは元がいいから、どちらかと言えば薄化粧が似合うはずだ。
だが、身近に女性が少ないため、そもそも化粧の仕方が身につかなかったのだろう。
「おけしょうしたほう、◯◯はいい?」
「××はすっぴんで可愛いし……」
「うへ」
「でも、いずれは必要になってくるかもしれないな」
「そだね……」
「そのときは、YouTubeでも見ながら一緒に勉強しようか」
「うん、する」
そのうち、そのうち。
今はまだ、地味な色の口紅を引く程度で、十分見栄えがするのだから。
43
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2024/04/02(火) 03:26:37 ID:MTlZEYzY0
2024年3月25日(月)
「──ルーターが壊れた」
「るーたー……?」
起床したばかりのうにゅほが、ぼんやりと小首をかしげる。
「Wi-Fi飛ばすやつ」
「え、いんたーねっとできないの?」
「有線だとできる。でも、無線で繋いでる(弟)のPCとか、iPadとかは使えなくなるな」
「こまる……」
「新しく買えばいいだけだから」
「かいいく?」
「ヨドバシが開いたらな」
「そか」
ふあ、と小さくあくびを漏らし、うにゅほが尋ねる。
「◯◯、ねてない?」
「寝てない。なんとか直らないか、三時間くらい格闘してたから……」
「かみんしよ」
「今日は目が冴えててなあ。いまいち眠れる気がしないんだよ」
「んー……」
しばしの思案ののち、
「ねむたくなったら、ねよ」
「わかった」
特に眠気が来ることもなく午前九時を迎え、ヨドバシカメラへ向けて出発する。
ルーターにこだわりがあるわけでもないので、適当によさそうなものを見繕って購入し、さっさと帰途についた。
「これ、いいやつ?」
「前のより新しいから、前のよりいいやつ」
「へえー」
「べつに、速度が大きく上がったりはしないけどな。繋がればいいんだ、繋がれば」
「そだね」
そんな会話を交わしながらハンドルを握っていると、赤信号で隣に並んだタクシーに視線が向いた。
「……あれ?」
「?」
「あのタクシー、助手席に客乗せてないか?」
うにゅほが左を向く。
「ほんとだ」
「後部座席には誰もいない……」
「それ、へんなの?」
うにゅほはタクシーに乗り慣れていないものな。
「普通、客は後部座席に乗るものなんだよ。助手席を使うのは、三人以上で利用するときくらい」
「へんだねえ……」
「客じゃないのかな」
「ともだちとか?」
「そのほうが納得は行くなあ」
などと話すうち、信号が青に変わる。
「……帰ったら、また設定か」
「がんばってね……」
タクシーのことなど忘れかけていたのだが、ふと思い出して日記に書いてみた。
書くほどのことでもなかったな、これ。
44
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2024/04/02(火) 03:26:56 ID:MTlZEYzY0
2024年3月26日(火)
十日ほど前に不穏な日記を書いたことを覚えておられるだろうか。※1
あの時点では確定が出ていなかったため曖昧な記述でお茶を濁したのだが、本日検査結果が出たため読者諸兄にもお伝えする。
弟が、がんになった。
中咽頭扁平上皮がん、だそうである。
日記にはあえて記さなかったが、うにゅほの泣きっぷりは相当なものだった。
当然だろう。
うにゅほは、家族が大好きだから。
とは言え、ここからは良い報告となる。
早期発見であり、ステージも高くはなく、ひとまず命に別状はないそうだ。
二、三ヶ月の入院でひとまずは済むだろう、という報告は、俺とうにゅほを心底安堵させた。
「──……っ、はあー……」
「ふうー……」
深く、深く、溜め息をつく。
「よかったねえ、よかったねえ……」
「ほんとな……」
ぎゅ。
目元を軽く擦ったあと、うにゅほが俺に抱き着く。
「……こわかった」
「俺も」
「しんぱいした……」
「それ、(弟)が帰ってきたら言ってやれよ」
「うん……」
「××、あいつに見えないところで泣いてただろ」
「(弟)のまえでないたら、(弟)しぬみたいだから……」
「そうだよな。我慢して偉かった」
「……うへ」
「でも、俺の検査入院のときはあんなに取り乱したのにって、(弟)ちょっと拗ねてたぞ」
「え、そなの?」
「××が泣いてたことは教えたけど、納得はしてなさそうだったからさ。心配だって、ちゃんと伝えてあげな」
「うん、わかった」
「お見舞いも行ってあげような」
「まいにちいく」
「毎日は勘弁して……」
二週間程度ならともかく、二ヶ月三ヶ月はつらい。
ともあれ、人心地はついた。
家族として、しっかりサポートはしていこう。
※1 2024年3月15日(金)参照
45
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2024/04/02(火) 03:27:17 ID:MTlZEYzY0
2024年3月27日(水)
「くりぼー」
「クリボー?」
「かきぼー」
「カキボー……」
「なにがちがうの?」
「え、さあ……?」
相変わらず唐突である。
「おなじうごきなきーする」
「まあ、なんか違うんじゃない?」
「そかな……」
膝の上のうにゅほを両腕で挟むようにして、キーボードを叩く。
検索すると、すぐに判明した。
「クリボーは崖から落ちるけど、カキボーは落ちないらしい」
「あー」
「そう言えば、マリオワンダーでも落ちてなかった気がするな」
「そうかも……」
「納得した?」
「でも、それくらいなら、いろちがいのくりぼーとかでいいきーする」
「それはそうか」
「でしょ」
「××、カキボー嫌いなのか?」
「かわいくてすき」
「好きなんじゃん」
「すきだけど、それとこれとはべつ」
「別なんだ……」
よくわからん。
「顔怖いよな」
「え、かわいいよ」
「めっちゃ睨んでくるじゃん、あいつ……」
「それがかわいい」
「××って、ブサ可愛い系好きだよな」
「そうなのかな……」
「懐かしのなめことか」
「なめこは、ふつうにかわいい」
「どうだろう。ストレートな可愛さではない気が……」
「すとれーとにかわいいのって?」
「わかりやすく言えば、ちいかわとか」
「あー……」
「ちいかわは可愛いと思う?」
「おもう」
「カキボーとどっち?」
「え、なやむ……」
悩むのか。
やはり、ブサかわの系列に心惹かれるうにゅほなのだった。
46
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2024/04/02(火) 03:27:44 ID:MTlZEYzY0
2024年3月28日(木)
「ね、ね」
「うん?」
「ひざって、じゅっかいいって」
また懐かしいものを持ち出してきたな。
「膝、膝、膝、膝、膝、膝、膝、膝、膝、膝」
「ここは?」
うにゅほが、自分の肘を指差す。
「肘」
「せいかい……」
ふと気付く。
「……なんか違わないか?」
「なんか?」
「それ、ピザって言わせないとダメなんじゃなかったっけ」
「あ」
そもそも十回クイズになっていなかった。
「まちがえた……」
あざとい。
だが、まず間違いなくわざとではないのだ。
貴重な天然モノなのである。
「ところで、なんで今?」
「なんか、おもいだした」
「なんとなくか」
「なんとなく」
暇なんだな。
「じゃあ、俺からもクイズを出してあげよう」
「わー」
「……とは言ったものの弾がないから、ちょっと検索していい?」
「いいよ」
「ありがとう」
適当にパッパと検索し、問題を出す。
「太郎くんと次郞くんは同じ日に生まれた同じ年齢の兄弟ですが、双子ではありません。何故でしょう」
「みつご?」
「正解!」
「うへー」
「このレベルだと一発か……」
「もっとむつかしくてもいいよ」
「オーケー」
検索ワードに"激ムズ"と足す。
「父親とその息子が交通事故に遭い、病院に運ばれた」
「うん」
「しかし、息子の顔を見て病院の先生はこう言った。"この子は私の息子です"。いったいどういうことだろう」
「……ふくざつなかてい?」
「複雑な家庭、ではない」
「あ、おかあさんだった!」
「正解!」
「うへー」
「わりと引っ掛からないな……」
「すごい?」
「すごいすごい」
「◯◯も、いっしょにかんがえよ」
「いいぞ」
うにゅほを膝に乗せ、しばし意地悪クイズに勤しんだ。
しらけるような問題も多かったが、ふたりであればそれも楽しめるのだ。
47
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2024/04/02(火) 03:28:02 ID:MTlZEYzY0
2024年3月29日(金)
今日も今日とてYouTubeをぼんやり眺めていると、不意にうにゅほのiPhoneが震えた。
「わ!」
「お?」
膝の上のうにゅほが、慌ててiPhoneに手を伸ばす。
珍しい。
と言うか、うにゅほの携帯番号なんて家族しか知らないはずなのに。
あわあわしているうにゅほからiPhoneを取り上げ、発信者番号を確認する。
「0120……」
フリーダイヤルだ。
「怪しいな。出ないほうがいい」
「え、そなの……?」
「心当たり、ある?」
「ない」
「なら、ろくな相手じゃないよ。たぶん」
しばしして、着信音が途切れる。
「だれだったんだろ……」
「調べてみるか」
「しらべられるの?」
「相手によるかな」
発信者番号をGoogleで検索すると、すぐに引っ掛かった。
「うーわ、ソフトバンクの偽営業だって。たぶん詐欺」
「こわ……」
「俺ならまだしも、××が出てたら危なかったな」
「つぼとか、かわされるかも……」
「変な電話を受けたら、すぐ俺に代わるんだぞ」
「うん、かわる」
「と言うか、知らない番号からの着信は基本無視したほうがいいな」
「ほんとのようじのとき、ないかな」
「本当の用事のときは掛け直してくるだろ。そのあいだに電話番号で検索して、怪しくなければ次は出たらいいよ」
「なるほど……」
うにゅほが、うんうんと頷く。
「◯◯、あたまいい」
「わりと定番の対策だからな」
「そなんだ」
「しかし、××の電話番号なんてどこから漏れたんだ……?」
「わかんない……」
迷惑業者、恐るべし。
48
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2024/04/02(火) 03:28:22 ID:MTlZEYzY0
2024年3月30日(土)
今日も今日とてYouTubeを漁っていると、気になる料理動画を見つけた。
「ダイエットに最適、ぷるぷるもっちり豆腐プリン──だって」
「あ、みたい」
「見よう見よう」
再生すると、この手の動画で定番の、しずる感のある完成品が画面いっぱいに映し出された。
スプーンを差し込むと、たしかにぷるぷるもっちりだ。
「おいしそう……」
「これ、豆腐でできてるのか」
「カロリーひくくていいね。わたし、つくろうか」
「いいのか?」
「うん。かんたんそうだし」
「手伝えることがあったら、手伝うよ」
「じゃあ、くるまだして。ざいりょうかいにいこ」
「了解」
必要な材料は少なかった。
絹ごし豆腐にアーモンドミルク、ゼラチン、最後にダイエット用の人工甘味料を少々。
これだけだ。
帰宅し、さっそく調理に入る。
「豆腐混ぜるのは俺がやるよ。けっこう大変そうだし」
「うん、おねがいね」
絹ごし豆腐をボウルに入れ、泡立て器で掻き混ぜ始める。
最初は半信半疑だったが、根気よく混ぜるごとに、豆腐がどんどんクリーム状になっていった。
そこに人工甘味料をぶち込み、ほどよい温度で溶かしたゼラチンとアーモンドミルクを流し込む。
この混合物をゆっくりと混ぜ合わせ、冷蔵庫で冷やせば完成だ。
「おいしいかなあ」
「味見では、まあまあ美味しい感じはしたけど……」
「おいしいといいな」
「材料、数回ぶん買っちゃったしな」
「やすかったから……」
安さには勝てない。
数時間が経ち、深夜に差し掛かったころ、冷蔵庫で豆腐プリンの様子を確認する。
「お、固まってるわ」
「ほんと?」
「食べてみようぜ」
「うん!」
色気のないどんぶりに注いだ豆腐プリンにそれぞれスプーンを差し込み、口に運ぶ。
「!」
「うま……」
「とうふのかんじ、あんましない」
「これ美味いわ。おやつ、しばらくこれでいいわ……」
「そだね!」
恐るべし、YouTubeの時短レシピ。
これを食べて痩せたい。
49
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2024/04/02(火) 03:28:41 ID:MTlZEYzY0
2024年3月31日(日)
シャカシャカと、今日もまた豆腐をクリーム状になるまで掻き混ぜていた。
もっちり豆腐プリンを作るのだ。
「試しに、すこし味変してみようか」
「あじへん」
「昨日と同じ味ってのも芸がないし……」
「なにあじいいかな」
「調味料とか、なんかない?」
「うーと」
うにゅほが台所の引き出しを漁る。
「あ、これは?」
その手にあったのは、"みたらしもちの素"と書かれた小袋だった。
「餅……?」
「これ、おもちはいってないよ。みたらしのもと」
「ああ、なるほど」
まさに求めていた調味料そのものだった。
「じゃあ、これをメインにして味を調えてみようか」
「おいしいかな」
「みたらしだろ。不味くはならないと思うけど……」
昨日と同じ手順でゼラチンとアーモンドミルクを流し込み、冷蔵庫で数時間冷やす。
「──かたまってる?」
「固まってる固まってる。味見してみようか」
「みよう!」
豆腐プリンの入った深皿を取り出し、それぞれスプーンを差し込む。
「いただきます」
「いただきまーす」
ぱくり。
「──……うっま」
豆腐の嫌な豆臭さは鳴りを潜め、ほのかに香る醤油の旨味で甘さが引き立っている。
「え、これ、きのうのよりおいしい……」
「みたらしって、元は醤油だろ。豆腐と合わないわけないか……」
「うれる!」
「売れるよな、これ。どっかの店のデザートに紛れ込んでてもおかしくない」
「みたらしもちのもとじゃなくても、おしょうゆでさいげんできるかな」
「えーと──」
みたらしもちの素の原材料名を確認する。
「砂糖、醤油、あられ、デキストリン、昆布エキス、食塩──ほぼ醤油だな。再現できそうだ」
「このあられ、くにゃくにゃでおいしくないもんね」
「これはないほうがいいな……」
豆腐プリンのレシピが拡充されていく。
お菓子作りって楽しいな。
簡単なものに限るけど。
50
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2024/04/02(火) 03:29:22 ID:MTlZEYzY0
以上、十二年四ヶ月め 後半でした
引き続き、うにゅほとの生活をお楽しみください
51
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2024/04/16(火) 23:32:23 ID:sk13IQc60
2024年4月1日(月)
「◯◯……」
午後のけだるい時間を過ごしていると、うにゅほが自室に戻ってきた。
どこか悲しげに目を伏せている。
「どしたー?」
「となりのおばさん、しんじゃったって……」
「えっ」
ほんの一瞬、エイプリルフールという単語が脳裏をよぎる。
だが、うにゅほがそんな不謹慎な嘘をつくはずがない。
「……そっか」
「うん……」
「何歳だっけ。おばさんって呼んでたけど、とっくにお婆さんだよな」
「うーとね。きゅうじゅうななさい、だって」
「大往生か」
「そだね……」
祖母と仲の良い人で、当時はよく家に遊びに来ていた。
祖母が亡くなってからは縁遠くなってしまい、顔を見ることも少なくなっていたっけ。
「××は、なんか思い出とかある?」
「あるよ」
「へえー、どんなの?」
「はたけのおせわとかしてたら、ジュースとか、おかしとか、たまにくれた」
「そうなんだ。俺はもう、年単位で挨拶もしてなかったな……」
「そか……」
「いろんな人が、どんどん死んでいくな」
「……うん」
人は、いつか死ぬ。
弟ががんになってから、よくそんなことを考える。
俺も死ぬだろう。
うにゅほも死ぬのだろう。
だが、死ぬまでは生きるのだ。
死ぬまでの時間が長かろうと、短かろうと、自分の思うように生きることのできる自分でありたいと思う。
「××」
「ん」
「豆腐プリン、作るか。今日はココア混ぜよう」
「……うん、いいね」
純ココアをたらふく突っ込んだ豆腐プリンは、ガトーショコラみたいな味がしてすこぶる美味しかった。
また作ろう。
52
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2024/04/16(火) 23:32:47 ID:sk13IQc60
2024年4月2日(火)
地獄のような夢を見た。
あと三十分、あと三十分と、浅く眠り続けたためだろう。
今日は、弟の検診のために、母親を含めた三人で大学病院を受診してきた。
さすがに四人は多いので、うにゅほは留守番だった。
その結果があまり芳しくなかった上、朝から晩までたらい回しにされて疲れ切っていたため、入浴後倒れるように眠りに就いていたのだった。
「あ゙ー……」
一眠りしたことで逆に重くなった体を引きずり、自室の書斎側へと顔を出す。
「◯◯……」
「おはよう」
「おはよ……」
見れば、うにゅほの目が赤い。
「……泣いてた?」
「ん」
うにゅほが、小さく頷く。
「そっか」
俺が寝る前にも、俺の胸に貼り付いてさんざん泣いていたからな。
弟は、がんだ。
それは先月の時点で既にわかっていたのだが、思っていたほど楽観的にはなれないと判明したのが今日の検診だった。
ただ、生死に関わる問題ではないことだけが救いだ。
「……さんざん言ったけど、大丈夫だよ。死にゃしないさ」
「うん……」
「それに、入院期間自体は短くなる。悪いことばかりではないよ」
「うん……」
「俺が寝てるあいだに、(弟)と話した?」
「うん」
「なんて言ってた?」
「めんどくせー、っていってた……」
「そっか」
妹の前だから、強がりだな。
病院では、かなり落ち込んでいたもの。
「ほら、気分転換しよう。YouTubeでも、ゲームでも」
「うん……」
2024年は厳しい年だな。
そんなことを思いながら、うにゅほを膝に抱えてブラウザを開くのだった。
53
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2024/04/16(火) 23:33:06 ID:sk13IQc60
2024年4月3日(水)
「うがー、が、あがが」
「うごごご、ぬぎぎ」
「ぎ、うぎぎぎ」
「ふぐぬ、ぬ、ぬぬぬ」
声を漏らしながらストレッチをしていたら、奇声大会が始まってしまった。
うがーだの、ぬぎーだの、四肢の腱を伸ばしながらお好みの声を上げたあと、満足してパソコンチェアに腰掛ける。
「ふう……」
「ふー」
隣でストレッチをしていたうにゅほもまた、我が物顔で俺の膝に腰を下ろす。
体を動かしていたおかげで、ぽかぽかだ。
「春はいいな。活動的になる」
「ねー」
「今度、ふたりで散歩でもするか。晴れた日にさ」
「いいね!」
定番のサイクリングロードでもいいし、車で森林公園にでも足を伸ばしてもいい。
とにかく、なんだか健康的に体を動かしたい気分だった。
「体力つけなきゃな……」
「そだよ?」
「××だって体力あるほうじゃないだろ」
「そかな」
「え、あるの?」
「なくもない」
「本当か……?」
「ほんとだよ」
何故か自信があるようだ。
「じゃあ、1km走れるか?」
「え、はしれないとおもう……」
今の自信はなんだったんだ。
「普通にないじゃん……」
「◯◯より、あるきーする」
「俺よりはあるかもしれないけどさ」
「ね?」
「お前の基準は俺しかないのか」
「そんなことないけど……」
そんなことあると思う。
「まあ、いいや。体力つけて××をぶちのめそう」
「できるかな?」
うにゅほが、ふふんと笑ってみせる。
「いや、わりと普通にできると思う……」
五十歩百歩だもの。
ともあれ、なるべく外に出て太陽の光を浴びよう。
大切なことである。
54
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2024/04/16(火) 23:33:24 ID:sk13IQc60
2024年4月4日(木)
うにゅほが、ふと尋ねた。
「◯◯って、がっきできないの?」
「いきなりだな……」
「できる?」
「できないけど」
「できないんだ……」
「できると思ってたのか」
「わかんないけど、できそう」
「××と出会って十二年、一度たりとも弾いたことないだろ……」
「そだけど」
「とにかく、できないよ。せいぜいカスタネットだな」
「そか」
「がっかりした?」
「がっかりは、しないけど」
「楽器って、習得めちゃくちゃ大変だからな。たとえばギターなら、コードを押さえて音を出すだけでも数ヶ月かかるらしい」
「すごい……」
「だから、ぼっちちゃんはすごいんだよ」
「◯◯、ぼざろすき」
「特にアニメは俺のバイブルだから」
「ギターやってないのに……」
「ぼざろは、孤独に努力を重ねた人間にとって福音みたいな作品なんだよ……」
「そなんだ……」
「ギターも弾いてみたいとは思うんだけど、いろいろと時間が足りない。やること多くてさ」
「じかん、むげんじゃないもんね……」
「そうだよ」
最近、死に向き合う機会が多かった。
だからこそ、時間の大切さが染み渡る。
「××、なんかやってみるか? 応援するぞ」
「んー、いいかなあ」
「何かを始めるのにいちばん適してるのは、いつだって今だぞ」
「わたしも、やることあるから」
「やることか」
「◯◯の、おせわ」
思わず渋い顔をする。
「それもどうかと思うけど……」
「でも、わたしがしたいことだから」
「──…………」
うにゅほの人生をもらっている、という自覚はある。
それを再認識するたび、頑張らねばと思うのだ。
俺だけの人生ではないのだから。
55
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2024/04/16(火) 23:33:50 ID:sk13IQc60
2024年4月5日(金)
シャカシャカシャカシャカ。
泡立て器で絹ごし豆腐を掻き混ぜ続ける。
「こんなもん?」
うにゅほが、クリーム状になった豆腐を指先に取り、舐める。
「うん、このくらい」
「右腕が鍛えられてきた気がする……」
「むきむきなる?」
「この程度でムキムキになるなら、パティシエはみんな二の腕半端ないだろ」
「たしかに……」
「きな粉はどのくらい?」
「うーと、スプーンよんはいくらいかなあ」
「ほうほう」
言われた通り、スプーン四杯のきな粉をボウルに入れる。
「こんなもんか」
「おおいきーする……」
「××が言ったのに」
「◯◯、やまもりでいれるんだもん」
「つい……」
「ちょっと、こなっぽくなるかも」
「その程度なら、まあ」
「そだね」
醤油と甘味料で味付けを施し、ゼラチンを溶かしたアーモンドミルクと混ぜたあと、小分けにして冷蔵庫に入れる。
「これでよし、と」
「豆腐きな粉プリン、上手く行くかな」
「たぶん、おいしいよ」
「わかるんだ」
「あじみしたし」
「さすが」
「あじみしただけだよー……」
うにゅほが、困ったように照れる。
「しかし、豆腐きな粉プリンか。これ以上ないほどヘルシーな響きだよな」
「とうふと、きなこと、アーモンドミルク。あと、あまいあじ。カロリーひくいし、けんこうにもいいよ」
「冷やす手間があるとは言え、材料さえあれば十五分くらいで簡単に作れるんだもんな。すごいわ」
「これでやせようね」
「頑張ります」
今回のテーマは、我慢しないダイエットだ。
無理をし続けることは難しいので、そもそも無理に当たらない生活を心がける。
もっちり豆腐プリンはアレンジの幅も広いので、しばらく飽きずに続けられそうだ。
56
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2024/04/16(火) 23:34:16 ID:sk13IQc60
2024年4月6日(土)
「あっぢィー……」
あまりの暑さに昼寝から目覚める。
首筋と胸元が汗で濡れていた。
「……う……」
アイマスクを着けたうにゅほが、隣のベッドで苦しげにうめき声を上げている。
やはり暑いらしい。
「──…………」
静かに窓を開ける。
まだ冷たい春の風が、ふわりと部屋に吹き込んだ。
「ふう……」
昼寝を再開する気にはなれず、自室の書斎側へとのそりと移動する
三十分ほどブラウジングに明け暮れていると、
「──……んに」
アイマスクで前髪を掻き上げたうにゅほが、ふらふらと起きてきて当然のように俺の膝に腰掛けた。
「おはよう」
「おはよー……」
「前髪上げてると印象違うなあ」
「そかな」
「わりと」
「でも、よくあげてるよ。すきんけあのときとか……」
「そうだけどさ」
たしかに、お風呂上がりにヘアバンドで前髪を押さえてスキンケアをしている姿はよく見掛ける。
「角度が違うんだよ、角度が」
「かくど?」
「あの状態で膝に座らないじゃん」
「あー」
「だから、××のおでこを間近で見るのってあんまりないかもしれない」
「──…………」
スッ。
うにゅほが恥ずかしげにアイマスクを取る。
だが、アイマスクで折れ曲がった前髪には、真ん中分けの癖がついていた。
「見えてる見えてる」
「!」
うにゅほがおでこを両手で隠す。
「隠さんでも……」
「だって、みるんだもん」
「見せて」
「──…………」
「見せなさい」
「うー」
うにゅほが、恐る恐るおでこから手を離す。
つややかな白い肌には、シミのひとつも見当たらなかった。
「いいおでこだ」
「そんなこといわれても……」
それはそう。
そんな日常の一コマなのだった。
57
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2024/04/16(火) 23:34:33 ID:sk13IQc60
2024年4月7日(日)
「だるうー……」
とにかく体が重く、やる気が出なかった。
うにゅほを膝に乗せる気力すらないのだから、相当だ。
「だいじょぶ?」
うにゅほが気遣ってくれるたび、申し訳ない気分になる。
どうして俺はこうなのだろう。
最近は調子がいいと思っていたのにな。
「ねる?」
「いや、いいかな。眠くないし、眠れないのに布団の中にいるとよくないって主治医の先生に言われてるから」
「あー……」
うにゅほが、うんうんと頷く。
「わかるかも」
「わかるか」
「ねたいのに、ねれないのに、ねたいっておもってると、もっとねれない……」
「そういうこと」
ふと思ったのだが、俺とうにゅほには、互いの意図や解釈の相違による勘違いやすれ違いが少ない気がする。
小規模なアンジャッシュのコントのような状況は、誰しも経験があるだろう。
それを告げると、
「わたしと、◯◯、つうじあってるから」
と、なかなかご満悦の様子だった。
「まあ、十二年間ほぼ片時も離れず一緒にいればな……」
「でしょ」
「いちおう、別の可能性もあるけど」
「べつのかのうせい?」
「勘違い、すれ違いは起こってるけど、互いにそうと気付いてない可能性」
「それはないとおもうけど……」
「常にではなくても、百回に一回くらいはありそう」
「おおいのか、すくないのか、わかんない」
「たしかに……」
そもそもの基準がないからな。
ただ、他の人と会話をしていて"あ、勘違いが発生してるな"と気付くことは多いのに、うにゅほに対してそれを感じないのは確かだ。
互いが互いの波長にチューニングしているんだろうな。
そのおかげで、うにゅほ以外の人たちに対するチューニングがずれているのかもしれないけれど。
58
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2024/04/16(火) 23:34:51 ID:sk13IQc60
2024年4月8日(月)
「グエー……」
「よしよし」
うにゅほが、俺の背中をそっとさする。
暖かな体温が苦しみをすこしずつ溶かしていくのがわかる。
「……でも、多少ましになってきたな。昨日よりは」
「げんいん、なんだろね」
「たぶん、勝手に薬減らしたからだな……」
「え、そなの?」
「最近、調子よかったからさ。飲んでると太る薬だし、一週間ほど半量にしてたんだよ……」
「だめだった」
「ダメでした」
「そかー……」
「やっぱ、先生に相談すべきだったな。素人判断マジでよくない」
「そだね。きーつけよ」
「これだけ痛い目見ればな……」
「あした、びょういん?」
「そうそう。早めに出て、さっさと帰ってこようぜ」
「せんげつ、すーごいまたされた……」
「もう、八時くらいに家出よう」
「うん……」
「あと、各自iPhoneは充電しておくように」
「はい」
先月は、iPhoneの充電を忘れた結果、三時間も無為な時間を過ごす羽目になったからな。
「……逆に考えるとさ」
「?」
「音楽も聴けない。動画も見られない。そんな待ち時間が当たり前だったんだよな、かつては」
「たしかに……」
「便利な時代になったもんだ」
「ほんとだね」
「十三年前まで遡れば、××もいなかったし」
「うんうん」
「便利な時代になったもんだ……」
「うんうん。うん?」
うにゅほが小首をかしげる。
「……わたしのこと、ひまつぶしだとおもってる?」
バレた。
「話し相手がいないとさ、ほら」
「──…………」
うにゅほの視線が冷たい。
「(弟)もびょういんだし、そっちいこうかな……」
「ごめんって!」
その後、うにゅほの機嫌を取って、なんとか事なきを得た。
口は災いの元である。
59
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2024/04/16(火) 23:35:08 ID:sk13IQc60
2024年4月9日(火)
「××、行くぞー」
「はーい」
時刻は午前八時。
月に一度の定期受診なのだが、ここ二、三ヶ月ほどいやに混むため、こちらも早めに出ることにしたのだった。
受付で名前を書くと、順番は六番目。
「このじかんで、ろくばんめなんだ……」
見れば、待合室には数名の患者がそれぞれスマホの画面を覗き込んでいる。
「先月はたしか、十四番目くらいだったと思う。これなら早めに呼ばれるんじゃないか」
「だね」
待合室の端に陣取り、うにゅほとBluetoothイヤホンを分け合う。
ふたりでYouTubeを眺めていれば、自室も待合室もそう変わりはない。
俺とうにゅほだけの世界だ。
「──そう言えば、今朝は綺麗な夢を見たな」
「きれいなゆめ?」
「夜にだけ咲く花を見る夢」
「わ、きれい」
「だろ?」
「すてき……」
「その花の名前がまたよくてさ」
「なんてなまえ?」
「星座の花と書いて、ほしみばな」
「おお……」
「マジのやつ」
「まじのやつだ」
「短い夢なんだけど、なんかいいだろ」
「いい……」
「ちなみに、××は出なかった」
「だしてよー」
「いや、俺も出したかったんだけどさ。夢は操作できないから……」
「そだけど」
「普段はそこそこ出てくるから、それで勘弁して」
「はあい」
しばしして名前を呼ばれる。
入眠に困ることが多かったので、頓服として新しい睡眠薬を出してもらうこととなった。
睡眠は大切だ。
読者諸兄も、睡眠不足には重々気を付けるように。
60
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2024/04/16(火) 23:35:30 ID:sk13IQc60
2024年4月10日(水)
札幌中心部へ出向く用事があったため、ついでにフィギュアなどを売却することにした。
「するがや?」
「駿河屋。プライズのフィギュアなんかも、わりとまともな値段で買い取ってくれるらしくてさ」
「まんだい、やすいもんね……」
「悲しくなるくらいな……」
駿河屋の傍の立体駐車場に愛車を停め、紙袋を手に外へ出る。
「……最低限、駐車料金にはなってほしい」
切実である。
ノルベサに足を踏み入れると、不可解な列が見えた。
イベントが行われているとも思えないのに、十数名の男女がスマホをいじりながらぼんやりと並んでいる。
正体はすぐにわかった。
駿河屋の、買取の列なのだ。
「マジか」
「ぜんいん、まってるの……?」
「そうらしい」
買取カウンターが幾つかあるにも関わらず、この長蛇の列だ。
査定って大変なんだな。
そんなことを考えながら、ふたりで最後尾に並ぶ。
「まつかな」
「待つだろうな……」
十分ほど待ってみる。
だが、列は僅かしか進まない。
しばらく観察していると、すぐに査定が終わる人と、三十分待っても終わらないような人に分かれていることに気付く。
理由は、壁に掲げられている電子看板が教えてくれた。
「事前査定、しとけばよかったな……」
「そだね……」
同じ広告を何度も何度も見続けたせいで、すっかり脳裏に刻まれてしまった。
駿河屋では、あらかじめネット越しに事前査定を行うことで、店頭での査定をスムーズに済ませることができるらしい。
列に並ぶこと一時間。
査定が終わるまで三十分。
合計一時間半を無為に過ごし、くたくたになって店を出た。
だが、収穫はあった。
「七千六百円か……」
「ふぃぎあ、ちゃんとうれたね!」
「売れるもんだなあ」
渇いた喉を自販機で潤しながら、愛車の元へと戻る。
「……万代に売ったぬいぐるみも、ここなら高く売れてたのかな」
「う」
「万代に物売るの、もうやめよう……」
「そだね……」
ぬいぐるみも、フィギュアも、まだまだある。
しっかりと事前査定を行ってから、また売りに行こうかな。
61
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2024/04/16(火) 23:35:51 ID:sk13IQc60
2024年4月11日(木)
「へえー……」
うんうん頷いていると、膝の上のうにゅほがこちらを振り返った。
「?」
「Amazonプライムって、ゲームも配信してるんだな」
「そなんだ」
「プライム会員なら無料でできるらしい」
「ほー」
興味がそそられたのか、うにゅほがサブディスプレイに視線を向ける。
「ねこさがすげーむ、ある?」
「ないと思うなあ……」
配信されているゲームを眺めてみる。
Fallout76以外は、見たことも聞いたこともないようなゲームが十数本あるだけだった。
「これだけ……?」
「ぽい」
「えー……」
期待が外れたとばかりに、うにゅほが口を尖らせる。
「Amazon的に大して力を入れてない事業なんだろ、たぶん」
「がんばってほしい」
「頑張ったところで、××はゲームするか?」
「ねこさがすゲームは、する」
「あのシリーズ、だいたいやったからなあ……」
「あたらしいの、ないの?」
「ちょい待ち」
Steamのアプリを開き、Full of Catsシリーズを検索する。
「近日公開だって。今度は塔の猫を探すゲーム」
「おー」
「出たら一緒にやろうな」
「やる!」
鼻息荒く、うにゅほが頷く。
随分と気に入っているようだ。
「なんか、××とできるゲームないかな」
「まりおわんだー、たのしかったねえ」
「あー……」
ふんふんと思い至る。
「だったら、昔のマリオはどうだ? マリオワールドとかさ」
「マントでとぶやつ?」
「そうそう」
「きにはなるかも……」
「ふたり同時にプレイはできないけど、順繰りには遊べるし」
「ふんふん」
スーパーマリオワールド、懐かしいな。
今でも全クリできるだろうか。
うにゅほにカッコいいところを見せたいものだ。
62
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2024/04/16(火) 23:36:14 ID:sk13IQc60
2024年4月12日(金)
「××さん」
「はーい?」
うにゅほが掃除する手を止めて振り返った。
「昨日言ってたスーパーマリオワールド、一緒にやらないか?」
「やる!」
おお、やる気だ。
「じゃあ、ちょっと待ってな。(弟)の部屋からSwitch取り返してくるから」
「わたし、そうじおわらせちゃうね」
「ああ」
母親と外出している弟の部屋からSwitchを強奪し、自室のディスプレイに繋げる。
「──あれ?」
電源が入らない。
「どしたの?」
「そう言えば、コンセントに繋がってなかったな。放電したかも」
「こわれた……?」
「充電すれば直るよ」
たぶん。
「そか、よかったー……」
うにゅほが、ほっと胸を撫で下ろす。
軽く二時間ほど充電すると、Switchがまともに使えるようになった。
「まりおわーるど、いくらするの?」
「Switch Onlineに入ってるから、タダでできるはず」
「ただ!」
「すごいよなあ……」
「すごい……」
無数のタイトルからスーパーマリオワールドを選択し、起動する。
ドット絵のマリオがデモワールドを勝手に冒険し始めた。
「懐かし──くも、ないか」
「あーるてぃーえーとか、たすとか、みてるもんね」
「まあ、実際にプレイするのはマジで久し振りだけどな。二、三十年ぶり」
「◯◯の、こどものときのげーむ」
「そうそう。俺ルイージでいいから、××がマリオ使いな」
「いいの?」
「俺は××のサポートするよ」
「はーい」
「あ、左が1-1だからな」
「わかった」
うにゅほマリオが、ヨースター島コース1に入る。
「わ、わ、みたことある!」
「ほら、でかいキラー来るぞ」
「でっか!」
わいきゃいと騒ぎながら、ゆっくりとコースを進めていく。
マリオワンダーで慣れている部分もあるのか、たったの2ミスでコース1を突破してみせた。
「ふー……」
「黄色スイッチ踏んでいこう」
「わく、ぶろっくになるんだよね」
「しかも叩くとキノコが出る」
「べんり」
しばらく俺の出番はなさそうだ。
ノコノコの歩みで、ゆっくり遊んでいこうと思う。
63
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2024/04/16(火) 23:36:34 ID:sk13IQc60
2024年4月13日(土)
「──うッま」
「わ、これ、うってるやつみたい……」
「だよな!」
「うん!」
昨夜作って冷やしてあったレアチーズ豆腐プリンが、金を取れるレベルの美味しさだった。
作り方はいたって簡単だ。
絹ごし豆腐150gをクリーム状になるまで掻き混ぜたあと、同じくクリームチーズ70gと適当なヨーグルト70gを混ぜ合わせて同じ作業を施す。
砂糖、甘味料、オリゴ糖、ハチミツなどでお好みに味付けし、このふたつを合わせて滑らかにする。
600Wの電子レンジで一分加熱した200mlのアーモンドミルクに、熱すぎない程度のお湯でふやかしたゼラチンを注ぎ、よく掻き混ぜる。
あとは、ダマにならないように気を付けながらすべてを混ぜ合わせ、冷蔵庫で数時間冷やせば完成だ。
慣れれば実作業は二十分程度で済むため、時短レシピでもある。
「プレーンのもっちり豆腐プリンに、きな粉豆腐プリン、ショコラ豆腐プリンに、レアチーズ豆腐プリン。アレンジの幅が広くて楽しいな」
「ね」
レアチーズ豆腐プリンをはくはくと食べながら、うにゅほが頷く。
「これ、カロリーどのくらいなのかなあ」
「計算してみるか」
「うん」
適当に検索して出てきたサイトを見ながら、アップルウォッチの電卓で計算していく。
「まず、豆腐150gは84kcal」
「ひくい!」
「普段使ってるアーモンド効果は、200mlで80kcalだな」
「こっちもひくいねえ」
「あ、クリームチーズはけっこうする。70gで200kcalもするわ」
「ここかあ」
「昨日使った牧場の朝ヨーグルトは一個あたり63kcal」
「ふんふん」
「あとは味付けだけど、パルスイートとかラカント、オリゴ糖を使ってるから、そこまで高くはないはず。でも、高めに見積もって100kcalにしようか」
「けっこうなるかも」
「計算すると──527kcalか。なるほど」
「おもったより、たかいかも……」
「大丈夫、大丈夫。考えてみたまえ」
「?」
「俺と××で半分ずっこ」
「あ、そか」
レアチーズ豆腐プリンの入ったどんぶりを掲げて見せる。
「260kcalでこの量、この満足感。どうよ」
「すごい」
「しかも、いちばんカロリーが高いであろうレアチーズ豆腐プリンでこれだからな。他のアレンジは余裕で400kcal台だと思うぞ」
「おいしくて、たのしいね」
「だな」
「わたし、◯◯とおかしつくるのすき……」
「俺も好きになってきた」
「うへー」
この豆腐プリンを単なるデザートにしてはならない。
ダイエット、頑張ろう。
64
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2024/04/16(火) 23:36:56 ID:sk13IQc60
2024年4月14日(日)
「あぢー……」
部屋が暑い。
あまりにも暑い。
温湿度計を覗き込むと、28℃を示していた。
暑いはずだ。
「××、そっちの窓開けて」
「はーい」
「部屋の扉も開けっ放しにしとこう。暑すぎる……」
「ねー……」
室温が下がり、空気が流れ始めると、だいぶ快適になってくる。
そのタイミングを見計らって、うにゅほが俺の膝に腰掛けた。
「うへー」
「なんか見る?」
「みる」
YouTubeを適当に開くと、レトロゲームの紹介動画が上がっていた。
「懐かしいな、スーパードンキーコング」
「どんなの?」
「スーファミで最高峰のグラフィックの神ゲーだよ。見てみるか?」
「みるみる」
動画を開くと、ゲームの丁寧な紹介が始まった。
「おおー」
「グラ綺麗じゃない?」
「きれい、だけど……」
うにゅほが、言いにくそうに口を開く。
「いまのげーむのが、きれい、かも」
思わず苦笑する。
「そらハード性能が違うからな。でも、同じハード同士で比べることはできるはずだぞ」
「おなじはーど?」
「スパドンもマリオワールドも同じスーファミだからさ」
うにゅほが目をまるくする。
「え、おなじなの?」
「同じだよ」
「それはすごいかも……」
「マリオだって悪いわけじゃないけど、ちょっとレベル違うだろ」
「そうかも……」
「あと、BGMもいいのが揃っててさ。すげー好きなのあるから試しに聴いてみて」
「うん」
うにゅほが頷くのを待って、とげとげタルめいろのBGMを再生する。
「──…………」
「──……」
しばし聴き入ったのち、うにゅほが振り返った。
「すーごいきれい……」
「だよな」
「このきょく、すき」
「わかってくれるか」
「わかるー……」
とげとげタルめいろは名曲。
それは、三十年近くが経っても変わらない事実なのだった。
65
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2024/04/16(火) 23:37:19 ID:sk13IQc60
2024年4月15日(月)
「春を飛ばして夏が来た気がする」
「する……」
ひどく暑い一日だった。
出先からまっすぐに帰宅し、上衣を着けずに作務衣に着替える。
夏場のスタイルだ。
「アイス食いてえー……」
「だいえっとだよ」
「はい……」
「たべるなら、おさしみこんにゃく」
「あれ美味いんだよな。からし酢味噌がさ」
「じゃあ、おさらにもってくるね」
「いや──」
自分で行くと言う間もなく、うにゅほが小走りで自室を出て行く。
二階と一階の往復くらい自分でしたほうが運動になる気もするのだが、どうにも世話好きな子だ。
しばしして、
「はーい」
うにゅほが深皿を手に戻ってきた。
深皿にはおさしみこんにゃくが盛られており、その上から備え付けのからし酢味噌が垂らされている。
「おはしもどうぞ」
「ありがとうな」
ふと気付く。
「──あれ、××の箸は?」
「ないよ?」
「一緒に食べないのか?」
「たべるよ?」
意図を掴みかねていると、うにゅほが小さく口を開いた。
「あー」
「なるほど……」
食べさせろ、というわけだ。
俺は、おさしみこんにゃくにからし酢味噌をたっぷりつけると、うにゅほの小さな口元に差し出した。
「あむ」
もにゅもにゅ。
「おいしい」
「だよな」
「あー」
よほど美味しかったのか、再び口を開ける。
「はいはい」
こうして、一袋ぶんのおさしみこんにゃくをふたりで分けて食べた。
おやつにはちょうどいい量だった。
これで百円もしないのだから、財布にも体重にも優しい間食だ。
66
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2024/04/16(火) 23:38:14 ID:sk13IQc60
以上、十二年五ヶ月め 前半でした
引き続き、後半をお楽しみください
67
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2024/05/01(水) 18:57:15 ID:jWbuw4560
2024年4月16日(火)
「──…………」
じ。
しばし天井の隅を見つめる。
次はデスクの下を覗き込み、さらに本棚を見上げた。
「?」
そうしていると、うにゅほが俺の顔を覗き込んだ。
「どしたの?」
「んー……」
「なんか、さがしてるの?」
「……まだちゃんと確認はしてないし、確信もないけど、小さな虫がいる気がする」
「え」
うにゅほが警戒態勢を取る。
「むしいるの?」
「さっき、一瞬だけ視界を横切ったような……」
「──…………」
周囲をぐるりと見渡したあと、うにゅほが肩を落として言った。
「ちいちゃいむし、みつからないよね……」
「そうなんだよ。探しても絶対に見つからない。たまたま出てきて視界に入るのを待つしかない」
「きんちょーる、きんちょーる」
「まだ、いるかわからないぞ」
「そなの?」
「見た気がするだけ」
「きー……」
「なんなら飛蚊症のせいかもしれないし」
「でも、まどあけてたし……」
「……そうだな」
キンチョールの缶を握り締めながら、うにゅほが俺の膝に腰を下ろす。
「みつけたら、いってね」
「わかった」
「わたしも、がんばるから」
夕食を終え、入浴を済ませ、くつろぎの時間を迎えても、虫は姿を現さなかった。
いつの間にかうにゅほも、キンチョールの缶をデスクの上に置きっぱなしにしている。
油断大敵という言葉はあるが、虫は一向に姿を現さなかった。
本当に見間違いだったのかもしれない。
それならそれで、まあいいけど。
68
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2024/05/01(水) 18:57:36 ID:jWbuw4560
2024年4月17日(水)
うにゅほと一緒にスーパーマリオワールドをプレイしている。
一緒にと言うより、うにゅほがギブアップしたステージを俺がクリアするという形だ。
巻き戻し機能があるので俺の出番はなかなか来ないが、頑張っているうにゅほを見るのはとても楽しい。
「ふー……」
バニラドームひみつのコース1を通常クリアし、うにゅほが息を吐く。
「なかなかてごわかった」
「でも、だいぶ慣れてきたな」
「うまい?」
「上手い上手い」
「うへー。まりおわんだー、やったからかも」
「そうだな」
ワリオワンダーで2Dアクション慣れしたのは間違いないだろう。
マリオが土管に入り、バニラ台地へと進んでいく。
「──あ、ここあれだ」
「?」
「俺にやらせてくれる?」
「いいよ」
ジョイコンを受け取り、バニラ台地ひみつのコース2に入る。
すると、異常な数のパタパタが行く手を阻んだ。
「やっぱり……」
「とんでく?」
「いや」
マントでステージをショートカットする快感を知ったうにゅほである。
なお、八割の確率で途中で落ちる。
パタパタを殺さないよう気を付けながら途中まで進み、トゲゾー地帯で灰色のPスイッチを入手した。
「あれ、いろへん」
「見てな」
ある程度のところまで引き返し、Pスイッチを踏む。
すると、敵がすべて銀色のコインへと変化した。
「わ、なにこれ!」
「ここからだぞ」
かつてパタパタだった銀色のコインを大量に取得していく。
すると、表記が点数から1UP、2UP、3UP、3UP、3UP──と、無数の青い3UP表示へ変わっていった。
「わ、わ、わ! すごい!」
1UP音はPスイッチの効果が切れても続き、最終的にマリオの残り人数は95人となっていた。
「どうよ」
「すごかった……」
「無限1UPじゃないけど、これ二回やればだいたいカンストするからな」
「にあっぷとか、さんあっぷとか、はじめてみた」
「これで、いくら死んでも大丈夫だな」
「そだね!」
まあ、死んだら巻き戻すから必要ないのだけど。
懐かしの技をうにゅほに見せられて、満足なのだった。
69
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2024/05/01(水) 18:58:09 ID:jWbuw4560
2024年4月18日(木)
「──予感がする」
「?」
膝の上のうにゅほが、こちらを振り向く。
「近い未来だ」
「なに……?」
「書くことなくて日記に困る予感がする……」
「そか」
うんと頷き、うにゅほが視線を戻す。
「冷たい」
「だって、いつもなんとかしてるし……」
「頑張ってなんとかしてるんです」
「そなんだ」
「××も手伝ってくれよ……」
「なにしたらいいの?」
「面白いこと言って」
「むつかしいこというー……」
「可愛い程度にすこし間の抜けた勘違いとかしてくれると、日記が華やぐんだけど」
「それ、やらせ」
「やらせをするときは、やらせの仕込みから日記にするから大丈夫」
「……これ、にっきにかこうとしてる?」
「してる」
「いいのかな……」
「これはこれでノンフィクションだしドキュメンタリーだろ。知らんけど」
「しらんの」
「適当」
「うーん……」
「ほら、可愛い勘違いして」
「かんちがいって、じぶんでできるものじゃないきーする……」
「それはそう」
「にっき、まじめにかこ?」
「そうだな」
「……?」
うにゅほが小首をかしげる。
「すなお……」
「今の会話のこのくだり、日記にしようと思って」
「えー……」
「真面目に書くぞ!」
「……そのひにおこったことだから、いいのかなあ」
「いいのいいの」
少々納得の行かないうにゅほを膝に乗せたままメモを取る。
そうして書き起こされたのがこの日記だ。
どうだ、ノンフィクションでドキュメンタリーだろう。知らんけど。
70
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2024/05/01(水) 18:58:32 ID:jWbuw4560
2024年4月19日(金)
「どうすっかなー……」
泡立て器で絹ごし豆腐をクリーム状になるまで混ぜながら、思案を続ける。
「きまらない?」
「ほら。そろそろ味増やしたいじゃん」
「あー、わかる」
豆腐プリンダイエットに励む俺は、これまでさまざまなアレンジに挑戦してきた。
プレーンに始まり、
純ココアを練り混ぜて作るガトーショコラ風、
きな粉とすりゴマに隠し味で醤油を入れるみたらし風、
クリームチーズとヨーグルトを使ったレアチーズケーキ風まである。
アレンジの多さは、いずれ来る飽きを遠ざけるための武器だ。
なるべく多くのアレンジを生み出したいのだが、いまいち思いつかないのだった。
「××、なんか出ない?」
「なんか、なんか……」
ゼラチンを溶かす手を止めて、うにゅほが考え込む。
「んうー……」
「出ないか」
「ふつうのプリン、とか」
「普通の?」
「ふつうの」
「普通のプリンって、カスタードっぽい味するよな」
「うん」
「卵黄とバニラエッセンス、混ぜてみるとか」
「あ、いいかも」
「決まりだ」
「うん!」
「あ、卵黄と卵白分けるの頼める? 俺、あれ苦手なんだよ」
「いいよー」
と言うわけで、プレーンの豆腐プリンに卵黄2個とバニラエッセンスを少々垂らしてみた。
生地を指に取り、舐めてみる。
「……んー?」
うにゅほもまた、俺の真似をして生地を舐める。
「んー……」
「この段階で味見しても、甘すぎるか甘くないか程度しかわからんよな」
「かたまってみないと……」
と言うわけで、冷蔵庫で数時間固めてみた。
味見がてらスプーンですくい、口へ運ぶ。
「──あ、美味い」
「ほんと?」
「ほら」
「あー」
うにゅほの口にスプーンを差し入れる。
「ほんとだ、おいしい!」
「でも、もうすこし濃厚にしてもいいかもな。卵黄増やすとか」
「かろりー、だいじょぶかな」
「その程度なら問題ないだろ、たぶん」
実際、体重は落ち始めている。
卵黄1個ぶんのカロリーより、俺自身が豆腐プリンに飽きないことが肝要だ。
頑張らないダイエット、これからも続けていきたい。
71
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2024/05/01(水) 18:58:59 ID:jWbuw4560
2024年4月20日(土)
飾っていたフィギュアの九割と遊ばなくなったゲームソフト、重複して購入してしまった漫画などを軒並み駿河屋に送りつけることにした。
「そこそこホコリ積もってるな」
「えと、ふぃぎあ、さわっていいのかなって……」
「あ、責めてるとかじゃないからな。いちおう」
自室の掃除を毎日してくれるうにゅほに対し、文句のひとつもあるはずがない。
「よし、共同作業と行こう」
「なにしたらいい?」
「俺が濡れタオルで拭くから、××はティッシュで乾拭きしてくれ」
「はーい」
こうして、ふたり作業に没頭していく。
かつてゲームセンターで取りまくったフィギュアは、自分でも少々引くくらいの量だ。
「すーごいあるね……」
「……押し入れに、未開封のもあるぞ」
「すごい」
ある程度処分したにも関わらず、この量だ。
持ち込みでの買取はまず不可能だろう。
売却するフィギュアをすべて箱に戻し、ひとつひとつ数えていく。
「二十五箱……」
「こないだ、ごこくらいうったよ」
「てことは、三十箱もあったのか」
押し入れがギュウギュウ詰めになるはずである。
「──んで、これをダンボール箱に詰める」
昼間、近所のスーパーマーケットで、大型のダンボール箱をみっつほどもらってきている。
「はいるかなあ……」
「わからない」
結果的に、入らなかった。
どんなに頑張っても六箱ほど余る。
「……これ、明日またダンボール箱もらってこないと」
「──…………」
荷物の詰まった三箱のダンボール箱を見ながら、うにゅほが言った。
「りふぉーむのときみたいだねえ」
「リフォームのときは、この比じゃなかったろ」
「なんじゅっぱこもあった」
「たいてい本がギッチリ詰まってて、重いなんてもんじゃないんだ」
「なつかしいなー」
「あれ、何年前だ?」
「わかんない」
「どれ」
日記を遡ると、2016年のことらしい。
「はちねんまえ!」
「マジか……」
「そんなたったんだ……」
「年食うわけだよ」
「ねー」
時が経つのは早いものだ。
だからこそ、丁寧に生きて行きたいと思うのだ。
72
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2024/05/01(水) 18:59:33 ID:jWbuw4560
2024年4月21日(日)
「××、ペプシ取って」
「はーい」
座椅子に腰掛けてiPadをいじっていたうにゅほが、のそりと冷蔵庫に手を伸ばす。
「あ」
がたん、ごん!
嫌な音がして振り返ると、足元にペットボトルが転がってきた。
「おとしちゃった……」
「あー」
「……ごめんなさい」
「大丈夫、大丈夫。自分で取らなかった俺も同罪だ」
幸い、開封済みのペットボトルだ。
噴水の如く逆噴射で部屋を汚すことはないだろう。
「ほら」
半分ほど残っているペットボトルをの蓋を、一瞬だけひねる。
プシュ!
「わ!」
ペプシの一部が泡となり、迫り上がる。
「……思ったよりダメかも」
「しばらくおいとこ……?」
「いや、行ける!」
謎のチャレンジ精神が湧いてきた。
再び蓋を一瞬だけひねり、即座に閉める。
シュッ!
茶色い泡がペットボトルの喉元までを満たしていた。
「でる、でる!」
「そろそろヤバいかもな……」
「おいとこ」
「でも、勢いは確実に減じてるんだよ。次で行けると思う」
「なんでする……」
「日常に刺激を」
「そうじ、てつだわないよ……?」
「わかったわかった」
「もー……」
うにゅほが、呆れたように目を細める。
でも、本当に噴出したら掃除手伝ってくれるんだろうな。
そんなことを考えながら、ペットボトルの蓋を完全に外した。
シュ。
茶色い泡が一瞬だけ膨れ上がり、ギリギリで止まる。
「ほら」
「よかったー……」
うにゅほが、ほっと胸を撫で下ろす。
ペプシは炭酸が抜けて、あまり美味しくなかった。
73
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2024/05/01(水) 19:00:00 ID:jWbuw4560
2024年4月22日(月)
所用で札幌中心部へと赴く際、新川沿いの桜並木を通り掛かった。
「あ、すこしさいてる!」
「まだ満開には程遠いか……」
「もすこしかなー」
「来週も見に来ようか。用事あるし」
「うん、みたい」
やはり、年に一度は満開の桜を拝みたいものだ。
用事を終えて帰途につく際、うにゅほが一枚の花びらをダッシュボードに置いた。
白い、桜の花びらだった。
「──あれ? そんなの、どこで拾った?」
新川の桜並木以外に桜の傍を通った覚えはない。
「パレットくんに、いちまいついてた」
「あー」
パレットとは、俺たちの現愛車だ。
わずかに小雨が降っていたから、桜並木を通った際に車体に貼り付いたのだろう。
つん、と花びらをつつく。
「春だなあ」
「はるだねえ……」
しばらく置いておこうかな。
そんなことを考えていると、うにゅほが助手席側の窓を開けた。
そして、躊躇なく花びらを車外へ捨ててしまった。
「あー、もったいない……」
「そかな」
「××こそ、大切に取っておこうとするかと思ってた」
「そこまでは……」
「あの頃の初々しい××はどこへ行ってしまったんだい……?」
「むかしのわたしもすてるきーするけど……」
「明確な理由があるのか」
「うん」
「聞こう」
「おかあさん、たまに、いえにおはなかざるしょ。ぶっかとか」
「そうだな」
「いきてるおはなはいいけど、おちたはなびら、かさかさなってすてるから」
「ああ、ゴミになるのか……」
「うん……」
「そっか。俺の頭のほうがお花畑だったな……」
落ちた花びらが、いつまでも瑞々しさを保っているはずがない。
考えればわかることだ。
「……でも、いちにちくらいかざってもよかったかなあ」
捨てた花びらを振り返るように、うにゅほが視線を窓の外に向ける。
「今度拾ったら、そうしようか」
「うん」
来週には満開になるだろうか。
楽しみだ。
74
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2024/05/01(水) 19:00:24 ID:jWbuw4560
2024年4月23日(火)
「◯◯ー……」
自室に重ねた四つのダンボール箱に触れながら、うにゅほが口を開く。
「これ、まだおくらないの?」
「駿河屋の見積もりが終わらないんだよ……」
「ながくない……?」
「長い」
「ずーっとあるの、これ……」
「さっさと送りたいんだけどなあ」
あらかじめ買取価格のわかるあんしん買取ではなく、とりあえず送りつければ済むかんたん買取にしておけばよかった。
「とにかく見積もり待ち。二日から四日かかるらしいけど」
「みつもりしたの、いつだっけ」
「えーと──」
日記を確認する。
「三日前だな」
「あしたには、けっかくる?」
「来てほしいなあ……」
「いくらになるかな」
「五万は行ってほしい」
うにゅほが目をまるくする。
「ごまん!」
「行くだろ、たぶん」
「いくかな」
「フィギュアだけじゃなくて、ゲームも入れたからな」
「あ、なんこかいれてた」
うにゅほが小首をかしげてみせる。
「げーむって、たかくうれるの?」
「物によってはプレミアがつくらしくてさ。新品で買ったときより高くなることもある」
「すごい……」
「たとえば、ほら」
ダンボール箱のひとつから、3DSソフトを取り出す。
洞窟物語3Dだ。
「あ、なつかしい」
「これ、駿河屋での買取価格七千五百円らしい」
「たか!」
「他にも何個かプレミアついてるソフトがあって、それだけで二万円くらいは行きそうだからさ」
「あと、ふぃぎあでさんまんえんいけば、ごまんえんになるね」
「五万円はでかいからな……」
「うん」
特にお金に困っているわけではないが、お金があるに越したことはない。
さっさと見積もり終わらないかな。
75
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2024/05/01(水) 19:00:56 ID:jWbuw4560
2024年4月24日(水)
洗濯機が壊れた。
メーカーに問い合わせると、保証期間内のため無償で交換してくれるらしい。
「洗濯物、どうする?」
「こいんらんどりー、もってくって」
「ああ、近所にできたもんな」
「わたしと、おかあさんで、いってくるね」
「頼んだ」
「はーい」
「……そう言えば、コインランドリーって行ったことないな」
「そなの?」
「こんな機会でもなければ、必要ないじゃん」
「たしかに……」
うにゅほが、うんうんと頷く。
「◯◯も、いく?」
「うーん……」
しばし思案し、首を横に振る。
「面倒だし、いいや。すこし用事もあるし」
「ようじって?」
「電話が来る」
「そなんだ」
「我が家の洗濯物は、××の双肩にかかっている!」
「かかってるんだ……」
「パンツとか盗まれないように気を付けろよ」
うにゅほが苦笑する。
「ぬすまれないよー」
「性善説が過ぎるぞ。××は可愛い。可愛い子の下着は狙われる。残念ながら、これが今の日本なんだ」
「えー……」
「……まあ、母さんと一緒に行くなら大丈夫か」
二分の一の確率で、還暦を超えた母親の下着を手に取ることになるのだし。
俺とふたりで行くより、いっそ安全かもしれない。
「あ、かえりなんかかってくる?」
「絹ごし豆腐切れたから、それだけ頼もうかな」
「はーい」
うにゅほが帰宅したあと、コインランドリーの感想を尋ねてみた。
ふつう、だそうである。
76
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2024/05/01(水) 19:01:19 ID:jWbuw4560
2024年4月25日(木)
「ふー……」
フィギュア等の詰まった四箱のダンボール箱が、駿河屋へ向けてようやく運ばれていった。
「やーっと、へや、ひろくなるー……」
「だな」
「いくらになったの?」
「たしか、六万七千円くらい」
「ごまんえん、こえた!」
「超えた超えた。まあ、向こうで減額される可能性もあるけど……」
自室をぐるりと見渡し、うにゅほが言った。
「……へや、すこしさみしくなったかも」
「ダンボール箱が」
「ちがくて」
「わかってるって。フィギュア全部処分したからだろ」
「うん……」
「特に気に入ってた二体まで売っちゃったからなあ……」
「のこしたらよかったのに」
「それは、まあ、そうなんだけどさ」
理由はいくつかある。
だが、そのすべてを羅列するのも変な気がして、軽く誤魔化した。
「空いた棚、何を入れようか」
「んー、なんだろ」
「特にお気に入りの漫画とか、どうだ」
「あ、いいね」
「俺はギャグマンガ日和かな。なんだかんだいちばん読んでるから、手に取りやすい位置にあると助かる」
「といれ、いつももってくもんね」
俺たちは、トイレに漫画を持ち込むタイプの人間である。
読者諸兄に潔癖症の方がいたら申し訳ないが、そういう人種もいるのだと理解してほしい。
「急な便意のときって、いちいち選んでられないだろ。ギャグマンガ日和って決め打ちしてるとスムーズにトイレに行けていいんだよ」
「なるほど……」
「××は、決まったのってあんまりないよな」
「そのときよんでるの、もってく」
「なるほど」
「いちばんすきなの、なんだろ……」
「棚は逃げないから、ゆっくり選びな」
「うん」
本棚を見渡すと、資格関連の書籍など処分したいものも多い。
断捨離特有の気持ちよさをすこしだけ理解した俺だった。
77
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2024/05/01(水) 19:01:40 ID:jWbuw4560
2024年4月26日(金)
「あ」
膝の上で、唐突に、うにゅほが天井を見上げた。
「うん?」
同じく見上げる。
だが、そこには見慣れた天井しかない。
「あ、ちがくて」
「うん」
「ずーっと、ききたいことあって、それおもいだした」
「あー」
なるほど、なるほど。
「聞きたいことって?」
「おばあちゃんいきてるころ、へんなかみ、かべにはってた」
「変な紙……」
「◯◯といっしょにかいたよ」
「──…………」
その言葉で、ぼんやりと思い出してきた。
「……"十二月十二日 水"?」
「そう!」
「あったあった。一年に一度書き直すんだよな」
「おまじない、なんだよね」
「そのはず」
「あれ、なんのおまじないだったのかなって」
祖母がまだ生きている頃の話だ。
毎年12月12日になると「十二月十二日 水」と半紙に記し、それを逆さまに貼るというおまじないを行っていた。
月曜でも、火曜でも、記すのは"水"だ。
「たしか、火事になりませんようにって意味合いじゃなかったかな」
「ふうん……」
「でも、どこから来た風習なんだろうな。調べてみるか」
「きになる」
調べてみた。
「──京都では、"水"は書かずに泥棒よけのおまじないにするらしい」
「ぜんぜんちがう……」
「石川五右衛門が釜茹でにされた日が12月12日らしくて」
「あ、だからなんだ」
「しかし、これ、京都から北海道まで来たのか。すごい伝播力だな……」
「もうやらないの?」
「そもそも12月12日には絶対忘れてるだろ」
「わすれてるきーする……」
なにせ、今まで尋ねることすら忘れていた質問だ。
思い出せたら奇跡だろうな。
まあ、仮に思い出せたとしても、たぶんやらないと思うけど。
78
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2024/05/01(水) 19:02:05 ID:jWbuw4560
2024年4月27日(土)
「××、出掛けないか?」
うにゅほが小首をかしげる。
「どこ?」
「そろそろ満開だからさ」
「!」
うんうんと頷き、うにゅほが微笑む。
「さくら!」
「今日えらく暑いし、逃したら散るかもしれない」
「それやだなー……」
「たぶん、今日がいちばんの見頃だぞ」
「たのしみ」
身支度を整え、愛車のパレットに乗り込む。
土曜日の新川沿いはそれなりに混んでいて、なかなか車が前に進まなかった。
「混んでるなあ」
「でも、さくらさいてるね」
「ここらへんは満開でも地味なんだよな。マックの近くの枝垂れ桜が見たい」
「あそこ、まいとしすごいよね」
「掃除、大変そうだよな」
「わかる……」
近隣住民は、落ち葉を掃除するのと同じノリで桜の花びらを片付けているに違いない。
そんな会話を交わしていると、目的の枝垂れ桜が見えてきた。
「わあー……!」
「今年もすごいな。観光客も」
立地が悪いため花見客こそいないが、枝垂れ桜を背景に写真を撮る人々が後を絶たない。
軽く停車し、通り沿いに桜を見る。
「絶景、絶景」
「はるってかんじ!」
「この桜を見ないと五月には行けないよな」
「だねー」
「そこのスーパーに駐車して、歩いてここまで来ることもできるけど……」
「それはー……、いいや」
この提案は、毎年断られる。
何故かと尋ねると、
「ひとおおいし……」
と、たいへんうにゅほらしい理由が返ってきた。
相変わらず人混みが苦手らしい。
「……まあ、ここからでも十分か」
「うん、じゅうぶん」
今年の花見はここまでだ。
新川通りをUターンし、満足感と共に帰途についた。
来年も、また、ふたりで桜を見たいものだ。
79
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2024/05/01(水) 19:02:40 ID:jWbuw4560
2024年4月28日(日)
「──…………」
巻き戻し。
「あっ」
巻き戻し。
「ああ……」
巻き戻し。
ZLボタンとZRボタンを長押しし、幾度も時間を巻き戻し続ける。
なろう小説の主人公のようなチート能力を使いながらスーパーマリオワールドと格闘するうにゅほを眺めるのは、実に楽しい。
だが、その時間も終わりを迎えつつあった。
「ここ、くっぱのしろ?」
「そうそう」
「ここまできたー!」
いざ、とばかりにディスプレイに向かううにゅほから、コントローラをさっと奪い取る。
「?」
「クリアする前に、裏面行っとこう」
「うらめん?」
「見てな」
クッパ城の隣にあるスターロードから、スペシャルゾーンへと向かう。
「あ、ここ。あとでやろっていってたとこ」
「難しいんだよな」
「むずかしいなら、やって」
「頑張れ!」
「がんばる……」
8コースあるうちの最初の"おたのしみコース1"は特に問題なくクリアできる。
だが、屈指の難所である"おたのしみコース2"で、早くも手が止まった。
「むり!」
「わかる」
"おたのしみコース2"は、パワーバルーンを空中で取得し効果を引き継ぎながらゴールへ向かうステージだ。
「子供のころ、ここで何度死んだか……」
「やって」
「ここは、さすがにな」
コントローラを受け取り、コースに挑む。
「あ!」
巻き戻し。
「なんで後ろ行く!」
巻き戻し。
「バルーンどこだ……?」
巻き戻し。
チート能力を使ってすら、このコースは難しい。
たっぷり十分ほどかけてクリアすると、
「もうむり……」
うにゅほの心が折れていた。
「いや、ここ以外は難しくないから」
「やって」
「はいはい……」
実際、以降の6コースは大して難しくない。
マントでスキップできるコースも多く、あっと言う間にクリアしてしまった。
「ほんとにむずかしくなかった」
「だろ?」
「うん」
「で、ここから──」
スターロードから裏面へと移動する。
「わ、なんかいろちがう」
「違うのは色だけじゃないぞ」
適当なコースへ入ると、
「のこのこ、まりおのかおになってる!」
「面白いだろ」
「へえー……!」
隠し要素の紹介を終えたあと、裏口からクッパ城へと入ったうにゅほは、何度も何度も巻き戻し機能を使いつつもクッパを倒すことができた。
「かった……」
「マリオワールド、どうだった?」
「おもしかった!」
よかった。
この楽しさは、思い出補正ではなかったのだ。
「マリオワンダーとどっちが楽しかった?」
「まりおわんだー」
「だよな……」
実は、俺もそう思う。
ゲームは確実に進化しているのだった。
80
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2024/05/01(水) 19:03:03 ID:jWbuw4560
2024年4月29日(月)
自室をそれとなく漁り、高く売れるものを探している。
断捨離と共に小遣いが入ってくるのだから、これはこれで悪くない。
「こう見ると、普通の漫画ってほとんど価値ないんだな」
「そなの?」
「絶版してる漫画でもなければ、ほとんど新品定価で買えるだろ。中古であることに価値がないんだよ」
「あー……」
「逆に、もう生産してないものが多いゲームなんかは、プレミアついてることが多い」
「ふんふん」
「コミック以外の古い書籍なんかも案外高く売れたりするみたいだな」
「たとえば?」
「たとえば──」
本棚の最下段にあった、とあるゲームの原画集を手に取る。
「この原画集は、たしか九百円」
「そんなでもないね……」
「二十年以上前のゲームの原画集が九百円で、そこらへんの新しい漫画は一冊十円とかだぞ。希少性の価値がわかるだろ」
「なるほど……」
うにゅほが、うんうんと頷く。
「ふるいのは、たかい」
「古くても需要がなくて希少性もないものは安い」
「むつかしい」
「他に高くなりがちなのは、漫画家の無名な頃の同人作品とかだな」
「すくないし、じゅようもあるから?」
「わかってるじゃん」
「うへー」
「そんなのがあれば、けっこう高──」
ふと気付く。
「……あれ、案外高く売れるんじゃね?」
「どれ?」
とある同人誌の駿河屋買取価格を調べる。
「──一万一千円!」
「え、たか!」
「マジか……」
「うる?」
「売る。だって二冊あるし」
「なんでにさつあるの」
「読みたくなったんだけど、なくしたと思って……」
「こころおきなくうれるね」
「だな」
案外、お宝は部屋に眠っているものだ。
もっとないかな。
81
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2024/05/01(水) 19:03:34 ID:jWbuw4560
2024年4月30日(火)
「──いい加減、こいつをなんとかしないとなあ」
「?」
冷蔵庫の上に設置してあるプリンタを撫でる。
「こわれちゃったんだっけ……」
「わからない。ただ、繋がらない」
「つながらない」
駿河屋の買取申込書を印刷しようとして気が付いたのだが、PCとプリンタがWi-Fiで接続されないのだ。
プリンタ自身はWi-Fi接続されているにも関わらず、だ。
「プリンタなんてさして使う機会もないけど、必要なときに印刷できないとマジでストレスだからな……」
「もってるのにね……」
「使えないなら邪魔なだけだよ。こんなデカブツ」
「するがやの、どやっていんさつしたの?」
「印刷ページをスクショして、母さんのPCに送って印刷した」
「したでいんさつしたんだ」
「力業だぞ、これ」
さて、この繋がらないプリンタをどうしてくれよう。
解決方法を調べていくと、USB接続から設定を進めていく方法を発見した。
「USB接続かあ……」
「できる?」
「このプリンタ、USB Type-Bなんだよ」
「……?」
「USBには規格がいくつかあって、端子の形が異なるんだ。プリンタはたいていType-Bなんだけど、ケーブル持ってたかなあ……」
ぶつくさ呟きつつ、ケーブルを探す。
「なかったら、かうしかない?」
「買った結果直らな──あったわ、Type-B」
「なんでもあるね」
「俺もあると思わなかった」
PCとプリンタをUSB接続し、あれこれ試すが直らない。
「……買わずに済んでよかったな」
「うん……」
「どうしてくれよう、このプリンタ」
「ゆーえすびーでつなげたら、いんさつできないの?」
「──…………」
できるかもしれない。
できるかもしれない、が。
「……それも面倒だなあ」
「そか……」
まあ、次にプリンタが必要になるときまでに考えておこう。
こうして問題は後回しにされるのだった。
82
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2024/05/01(水) 19:04:46 ID:jWbuw4560
以上、十二年五ヶ月め 後半でした
引き続き、うにゅほとの生活をお楽しみください
83
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2024/05/16(木) 03:52:54 ID:z9r1sLLw0
2024年5月1日(水)
「ゔあー……」
自己嫌悪がひどかった。
具体的には伏せるが、すべきでないと誓ったことをあっさり破ってしまったのだ。
「なんで、こう、自制心がないんだ俺は……」
「……◯◯」
デスクに右頬を押しつけて悶える俺を、うにゅほがそっと撫でる。
「そういうことも、あるよ」
「××……」
顔を上げる。
「××のそれもよくない」
「え」
「××は俺に甘すぎる。ダメなことをしたら、叱らないと」
「それ、◯◯がいうの……?」
「大丈夫。自分でもどうかと思ってるから」
なお、大丈夫ではない。
「叱るとか、怒るとか、軽蔑するとか、負のリアクションがないから甘えてしまう……」
「けいべつしないよ」
「例えばだけど、俺が何をしたら軽蔑する?」
「えー……?」
うにゅほが、長々と思案する。
「おもいつかない」
「出先で漏らすとか……」
「それは、しんぱい」
「酒飲んで暴れるとか」
「すとれすかなあ」
「浮気するとか」
「──…………」
うにゅほが、スッと目を細めた。
「あ、それはないです。絶対」
「はい」
する気もできる気もしないが、絶対にやめておこう。
「ただ、そうだな。もし次に破ることがあったら、××に対して何かの償いをしよう」
「わたし、かんけいないけど……」
「償う相手がいないから、とりあえず対象になってくれ」
「いいけど……」
「次は破らないよう、頑張るから」
「うん、がんばって」
「もしものときは軽蔑してくれよな」
「むりだってば……」
うにゅほに軽蔑されたら、わりとなんでも止められる気がする。
でも、当の本人は優しすぎて難しいのだった。
84
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2024/05/16(木) 03:53:14 ID:z9r1sLLw0
2024年5月2日(木)
「──あれ?」
YouTubeで紹介されていた便利なフリーソフトをいくつか導入していると、自分のPCがWi-Fiに接続できることに気が付いた。
「俺のPCってWi-Fi接続できたんだ」
「そなの?」
「有線でしか繋いだことなかったからなあ……」
新調したばかりのWi-Fiルータを選択し、iPhoneで撮影してあったパスワードを入力する。
有線で繋がっているのだから必要はないが、本当にできるかどうか確かめたかったのだ。
そこで、あることに思い至った。
「……PCもWi-Fiに繋げれば、プリンタ使えるんじゃないか?」
「え、できるの?」
「試してみる価値はある」
以前はそんなことをしなくとも接続できていたのだが、いろいろと環境が変わった部分もある。
俺は、適当な画像ファイルを印刷キューに入れてみた。
背後でプリンタが稼働を始める。
「わ!」
「動いた……」
「とりさん、なおった!」
「……とりさん?」
急にわけのわからないことを言い始めた。
「とりさん」
うにゅほが、絶賛印刷中のプリンタを指差す。
「プリンタのこと?」
「うん」
「……なんで、とりさん?」
「◯◯がつけたんだよ……?」
「え、マジ?」
まったく記憶にない。
「かたばんが、てぃーあーるだから、とりさんだって」
「──…………」
過去の日記を当たってみる。
「あ、本当だ」
2022年7月19日の日記で、新しいプリンタを購入した俺がそう名付けていた。※1
「わすれてたんだ……」
「はい……」
「おぼえてね。このこは、とりさん」
「はい、とりさんです」
今度は忘れないようにしなければ。
とりさん、とりさん。
※1 2022年7月19日(火)参照
85
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2024/05/16(木) 03:53:37 ID:z9r1sLLw0
2024年5月3日(金)
自室を小改造している。
断捨離と言う名の駿河屋へと不要品を送りつける行為で、かすかに部屋が広くなったからだ。
本棚のうち二段が空いたとかそんなレベルだから、大したことはできないのだけれど。
「──××、これ寝室の本棚持ってって」
「はーい!」
空いたスペースに別の段から持ってきた漫画を並べ直す。
言葉の上では意味のなさそうな行為だが、続刊続刊で収まりきらなくなっていたシリーズ作品を移動させ、整理するのは重要だ。
「ここらへん、もっと最適化できそうだなあ……」
「はじめのいっぽ、ひゃっかんいじょうあるもんね」
「怪物王女を別の段へ移動させれば──」
数冊取り出し、奥の列を覗き込む。
「……なんだ、これ。こんな漫画持ってたっけ?」
「なにー?」
「Harlem Beat。たしかバスケ漫画だったと思うけど……」
「みおぼえは、ある」
「読んだことは?」
「ない」
「んー……」
思案し、なんとか記憶を手繰る。
「これ、(弟)が揃えてたやつだ。リフォームで本棚増えたから、ここに詰め込まれたんだな」
「おもしろい?」
「(弟)のだし、読んだ記憶ないな……」
「ふうん」
「読んでみたら?」
「きーむいたら……」
ああ、これは気が向かないな。
「本棚の奥の列って、たまに"こんなんあったっけ"って本あるよな」
「ある」
「××が一度も目にしたことがない本、あったりして」
「あるかも……」
「ほら、ちょうど一歩の裏側とか」
はじめの一歩を数冊手に取り、引き抜く。
「……ぺけ?」
「なっつ! 新井理恵の四コマ漫画じゃん!」
「これしらない……」
「面白いよ」
「うーん、きーむいたら?」
これは可能性あるな。
本棚の整理も、たまにはいいものだ。
86
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2024/05/16(木) 03:53:57 ID:z9r1sLLw0
2024年5月4日(土)
所用の帰りに新川沿いの桜並木を通ったところ、そのほとんどが葉桜となっていた。
「今年は散るの早いなあ」
「せんしゅう、みれて、よかったね!」
「だな」
桜並木の端にある特別大きな枝垂れ桜は、俺とうにゅほの毎年の楽しみだ。
見られなければ初夏は始まらない。
珍しくマクドナルドで昼食を済ませ、帰宅する。
「──うし、まーた荷物を詰め直さんと」
「おー!」
駿河屋で買取可能な物品も、さすがにそろそろ尽きてきた。
「この十箱目で最後だろうな」
「ながかった……」
「でも、部屋の整理ができてよかったよな。ついでに小遣いも入るし」
「そだね。さっぱりした!」
「寝室の本棚だいぶ空いたけど、どうしようか」
「◯◯、ギャグマンガびよりと、ぼざろおいてたね」
「寝るとき読むことも多いからさ。手に取りやすくて片付けやすい位置がいいかと思って」
「なるほどー」
「××も、お気に入りの漫画は決まったか?」
「うと、アタゴオルたまてばこにしようかなあ……」
「いいじゃん。××、アタゴオル好きだもんな」
「すき」
「好きな漫画が近くにあると、それだけで気分がいいもんだ」
「わかる」
「問題は、その程度じゃまだまだ埋まらないってことだな……」
「もてあましちゃうね……」
物理的に本が減り、最適化するように整理を終えた。
思った以上にスペースが余るのは必然だったのかもしれない。
「……まあ、空いてるぶんにはいいか。ギチギチより」
「なにかかったら、おこう」
「だな」
可能性は無限大だ。
などと適当にお茶を濁しつつ、疲弊した体をパソコンチェアに預けた。
87
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2024/05/16(木) 03:54:16 ID:z9r1sLLw0
2024年5月5日(日)
「うーしょ、と」
パソコンチェアでくつろぐ俺の膝の上に、うにゅほが腰を下ろした。
ずる、がくん。
「?」
「……あれ?」
チェアの座面が滑り、可座部が短くなる。
「なんか、椅子おかしくなった」
腰を前へ動かすと、座面も前へと移動する。
後ろへ動かすと、座面も後ろへと移動する。
「こわれた……?」
「壊れられたら困るんだけど」
俺の愛椅子は、九万円で購入したエルゴヒューマン プロだ。
一日のほとんどを座って過ごす俺にとって、この椅子はまさに生命線だ。
「××、ちょっと立って」
「はい」
うにゅほを立たせ、チェアを点検する。
すると、座面の右下にあるレバーが動いていることに気が付いた。
「わかった。××が座るとき、これに引っ掛かったんだ」
「なおる?」
「直る直る」
座面を元に戻し、レバーを反対側へ動かす。
すると、背もたれが倒れ込んで天井が見えた。
「わ」
「──…………」
「こわれた……」
「レバー、真ん中で止めないとダメだったみたい」
いちばん奥まで倒れ込むと、今度は背もたれが前方へと戻ってくる。
適当な角度に調節し、レバーを"Lock"の部分へと動かした。
「よし、これで大丈夫のはず」
「よかったー……」
うにゅほが、ほっと胸を撫で下ろす。
座面と背もたれの調節なんて年単位でしていなかったから、随分と手間取ってしまった。
「……う」
もじもじ。
うにゅほが俺の傍で立ち呆ける。
「どした?」
ぽんぽんと膝を叩いてやると、安心したように腰を下ろした。
「なんか、すわったらこわれそうで……」
「壊れてないって。調節のためのレバーが動いちゃっただけ」
「そうなんだけど……」
気持ちはわかる。
このチェア、壊れたらどうしようかな。
腰のためには妥協できない。
腰痛持ちに限らないが、不健康は金がかかるのだった。
88
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2024/05/16(木) 03:54:36 ID:z9r1sLLw0
2024年5月6日(月)
「お」
ふとしたきっかけで、steamのファミリーシェアリング機能の存在を知った。
ファミリーに登録しておくだけで、購入したゲームを共有できるらしい。
弟の部屋の扉をノックし、開く。
「なんか用?」
「前々から、steamで別々に同じゲーム買ってもったいないもったいない言ってたじゃん」
「あー」
「それ解決できる機能が出た」
「マジで」
さっそくファミリー登録を行い、互いのPCで互いのゲームを確認する。
「お、あったあった。キムタクが如くなんて、俺買ってないもんな」
「兄ちゃん、ゲームの量すごいな……」
「友達と誕生日に贈り合ってたら、こんなことに」
「へー」
「ま、好きなだけプレイしてくれよ」
「わかった、ありがとう」
自室に戻り、パソコンチェアに腰を下ろす。
「うしょ」
うにゅほが俺の膝に腰掛け、尋ねた。
「なにしてたの?」
「steamのゲーム共有。俺が買ったゲームをあいつが、あいつが買ったゲームを俺がプレイできるんだよ」
「え、すごい」
「三月に実装されたばかりの機能らしい」
「まにあったね」
「……そうだな」
弟ががんに冒されたことは、以前の日記に書いたと思う。
手術のために入院するのが、ちょうど明日からなのだ。
弟は、長い入院生活のためにノートPCを購入している。
steamのファミリーシェアリング機能を弟のPCを見ながら設定できるのが、今日までだったということだ。
「あしたから、(弟)、いないんだ……」
「××、(弟)のこと送ってきていいぞ。父さんと一緒にさ」
「でも、◯◯、あしたびょういん」
「俺はひとりでも大丈夫だよ。あいつは荷物持ちがいるし、そのほうが嬉しいと思う」
「……そか」
うにゅほが、こくりと頷く。
「わたし、おくってくるね」
「そうしてやってくれ」
「おみまいいくけど……」
「毎日は勘弁してくれよ」
「(弟)もね、まいにちはいいっていってた」
「だろうなあ」
「だからね、らいんする」
「それがいいよ」
弟の手術は一週間後だ。
無事に成功してほしい。
本当に。
89
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2024/05/16(木) 03:55:25 ID:z9r1sLLw0
2024年5月7日(火)
今日は月に一度の定期受診だ。
だが、俺の隣にうにゅほの姿はなかった。
入院する弟を、父親と共に送っていったのだ。
「──…………」
待合室の隅の隅に陣取り、スマホでYouTubeを眺める。
落ち着かない。
考えてみれば、ひとりで出掛けることなんてまずないものな。
八時過ぎに家を出たおかげで早めに診察を終えることができ、帰宅したのは十時前だった。
家には誰もいない。
三時間しか睡眠を取っていないので、眠気は強かったが、なんとなく寝る気がしなかった。
玄関の扉が開く音がしたのは、午後一時過ぎのことだった。
階段を下り、うにゅほと父親のふたりを出迎える。
「おかえり」
「ただいまー」
「おう、ただいま」
「遅かったじゃん。なんかあったの?」
「かえりにね、うどんたべた」
「あー……」
昼食のこと、すっかり忘れていたな。
ソファに寝転んでテレビをつける父親を横目に、ふたりで自室へ戻る。
「どんな部屋だった?」
「わかんない。でも、よにんべやだって」
「……?」
「なーすすてーしょんまでしか、いけなかった」
「え、そうなん?」
「◯◯のとき、とくべつしつだったから……」
「ああ、他の患者の迷惑になるからか」
「たぶん」
なるほど。
うにゅほが病室まで来られた時点で、一日五千円の価値は十分にあったようだ。
「(弟)、どんな様子だった?」
「ふつうだった」
「普通か……」
弟は、諦めるのが得意だ。
手術も「仕方ない」で受け入れるし、二、三ヶ月の入院も諦めてしまえば気は楽だろう。
「LINE、してやってくれな」
「◯◯は?」
「するけど、××からのが嬉しいだろ」
「そなの……?」
「そういうもんだよ」
俺からは、用事があればでいいだろう。
手術の前に一度は顔を見たいから、土曜日にでもお見舞いに行こうかな。
90
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2024/05/16(木) 03:55:50 ID:z9r1sLLw0
2024年5月8日(水)
「──……んが」
首の痛みで目を覚ます。
パソコンチェアに腰掛けたまま寝落ちしていたらしい。
「あ」
背後で声がした。
「おはよ」
「おはよう……」
座椅子から立ち上がったうにゅほが、俺の膝に腰を下ろす。
俺が起きるのを待っていたらしい。
「◯◯、ねむいの?」
「昨日、睡眠時間が短かったからな。負債が溜まってるんだよ」
「そか……」
「なんか見る?」
「みる」
登録しているチャンネルの新着動画を適当に開き、眺める。
「──…………」
「──……」
「はは」
時折笑い声を漏らしながら、無言の時が続く。
穏やかな時間だ。
だが、すこしだけ違和感もあった。
世界で唯一、俺だけが気付くことのできる違和感だ。
「……××、元気ないな」
「ん」
「(弟)のことか」
「うん……」
「大丈夫だよ。手術を担当する先生も、同じ症例の患者を何度も何度も治してるんだから」
「……わかるよ」
「そっか」
「さっきね、(弟)のへや、あけてみたの」
「ああ」
「(弟)、いなくて……」
「そうだな」
「さみしいなって」
「寂しいな」
「うん……」
うにゅほの矮躯を、そっと抱き締める。
それくらいしか、俺にはできない。
医者でも神でもないのだから、本当にそれしかできない。
「ちゃんと帰ってくるよ」
「……うん」
うにゅほの手のひらが、俺の腕に添えられた。
無事であってくれ。
91
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2024/05/16(木) 03:56:16 ID:z9r1sLLw0
2024年5月9日(木)
「◯◯、なんかとどいたー」
「おー」
うにゅほから荷物を受け取り、開封する。
それは、六つの四角いボタンがついた手のひら大のガジェットだった。
「……?」
うにゅほが小首をかしげる。
「これは、Stream Deckって言ってな。この六つのボタンに好きな機能を登録することができるんだよ」
「ほー」
「ためしに設定してみようかな」
Stream Deckの公式アプリを起動し、試行錯誤する。
Windowsキーを左上に登録し、左手の親指でボタンを押し込むと、スタート画面がディスプレイに表示された。
「ほら」
「すごいすごい」
「この調子なら、わりとなんでもできそうだな」
「たとえば?」
「アプリの起動とか、好きなサイトを一発で開いたりとか、あるいはその組み合わせとか」
「べんり」
「個人的には、ショートカットキーをワンボタンで使えるのが強いな」
「しょーとかっときー?」
「キーをふたつ以上同時に押すと、便利な機能が一発で使えるんだよ。ctrl+Cでコピーとか、ctrl+Vで貼り付けとか」
「ふんふん」
「でも、そんなん全部は覚えてられないじゃん」
「わかる」
「普段遣いするものならいいけど、たまにしか使わないけど超便利なショートカットキーとかもあるわけ」
「そういうの、とうろくするんだ」
「そういうこと」
うにゅほが小首をかしげる。
「でも、ろっこだけ?」
「選択してるアプリごとに自動的に切り替わるようにしたり、階層を作って六個以上登録することもできるみたい」
「へえー」
「これminiだから六個なんだけど、普通のは十五個あるし、でかいのだと三十二個のもあるんだぞ。絶対持て余すからこれにしたけど」
「さんじゅうにこは、おおい……」
事実、俺の用途では、六個で必要十分と言ったところだった。
気が逸って高いのを買わなくてよかった。
Stream Deck、なかなか良さそうである。
92
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2024/05/16(木) 03:56:42 ID:z9r1sLLw0
2024年5月10日(金)
駿河屋の見積もりが届いたため、自室を圧迫していた三箱のダンボール箱をようやく運び出すことができた。
「ふー」
「ありがとうな」
「ううん。おもいの、◯◯がもってくれたし」
「それくらいはな」
これで、駿河屋に送りつけた荷物は合計で十箱となる。
「すっきりしたきーも、するけど……」
「変わらない気もするな」
「にもつ、じっぱこだしても、まだこんなにあるんだね」
「すごいもんだ」
以前までの俺たちの部屋が、どれだけギチギチだったかということである。
「いちばんは、やっぱし、ふぃぎあかなあ……」
「クローゼット、フィギュアの箱でパンパンだったもんな」
「もの、いまならはいるね」
「片付ける必要もさしてないけどな。売りまくったから」
「ぜんぶで、おいくらになった?」
「そうだな、ざっと……」
駿河屋の店舗で売却したものも合計し、概算で答える。
「──万円、くらいかな」
「!」
うにゅほが目をまるくする。
「そんなに」
「そんなに」
「すごい……」
「不要物って、案外お宝の山なのかもな」
「うれるもの、ほかにもあるかな」
「俺たちの部屋には、さすがにもうないと思うぞ。売れるだけ売りきったはず」
「しゃこは?」
「車庫は──まあ、あるだろうな。あんだけ物があれば」
「おー……」
「でも、駿河屋じゃないかな。駿河屋って、アニメとか同人関連が主だから」
「しゃこは、くるまとか、こうぐとかだもんね」
「売る場所さえ見極めれば、かなりの額にはなるんじゃないか」
「めるかり?」
「メルカリは、一個一個手売りだからな。手間のがでかいよ。変な人もいるし」
「あー……」
「まあ、そのうち家の不要物集めて、売る先考えてみてもいいかもな」
「うん、たのしそう」
案外、お宝が眠っているかもしれない。
物の多い我が家だから、期待が持てそうだ。
93
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2024/05/16(木) 03:57:05 ID:z9r1sLLw0
2024年5月11日(土)
今日は、弟のお見舞いに行ってきた。
小一時間ほど三人で談笑し、帰途につく。
「(弟)、げんきそうだったね」
「だな」
手術を二日後に控えていると言うのに、強い男だと思う。
悪い情報が氾濫する中で、良い情報だけを希望に、自分の病気に立ち向かっているのだ。
「しじつ、きっと、だいじょぶだね」
「ああ、そう思うよ」
心の強さが手術の成功率に関わるわけではない。
引き寄せの法則なんて、ただのオカルトだ。
だが、今回だけはそう信じたかった。
「あさって、おかあさんと、じんじゃめぐりするんだよね」
「誘われちゃったからな……」
「おかあさん、ふあんなんだよ」
「わかってる。普段だったら断ってるもん」
「くるしいときの、かみだのみ」
「……それ、あんまいい言葉じゃないからな?」
「そなの?」
「苦しいときだけ頼ろうとする、都合のいいやつを揶揄することわざだから」
「あー……」
「母さんは信心深いけど、俺たちはそうじゃないからな。神さま、機嫌を損ねなければいいけど」
「こころせまいよ……」
「神さまって、わりとそういうとこあるだろ」
「そかな」
「それは、漠然と"神"って存在を捉えてるからだろ。神さまにもいろいろいるからな」
「ぎりしゃしんわ、とか?」
「神話の神々もそうだけど、ギリシャ神話はほとんど寓話だよ。信仰してる人はほとんどいないと思う」
「へえー」
「でも、神道の神々は今でもちゃんと信仰されてるからな。明後日巡るのは、そういった神社だよ」
「しんこうされてると、ちがうのかな」
「どうだろ。俺は信じてない。でも、物語に落とし込まれた神々と、今でも信じられてる神々だったら、後者のほうが力がありそうな気はするよな」
「たしかに……」
「まあ、どの神社巡るかは聞いてないんだけどさ」
「どこかなあ」
心中の不安を誤魔化すように、うにゅほと会話をする。
早く過ぎ去ってほしい気持ちと、訪れないでほしい気持ちのふたつがある。
だが、時の流れは変わらないのだ。
今は信じて待つしかないのだろう。
94
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2024/05/16(木) 03:57:30 ID:z9r1sLLw0
2024年5月12日(日)
小腹が空いたので、キッチンの冷蔵庫から魚肉ソーセージを拝借してきた。
開け口のないタイプだったため、引き出しからハサミを取り出す。
「……あんま、このハサミで開けたくないんだよな」
「きれいじゃないもんね……」
ダンボール箱やら封筒やらを切り開けている文房具のハサミだ。
キッチン用のものとは用途が違う。
「台所で剥いてくればよかった」
そんなことを愚痴りつつ、ふと思い立って素手で開けようと試みる。
フィルムの真ん中当たりをつまんで引っ張ると、
「へ?」
まったくの予想外に、フィルムがごく簡単に剥けた。
「開いたんだけど……」
「え!」
うにゅほが、俺の手元を覗き込む。
「はさみ……」
「使ってない。手でめくっただけ」
「はー」
うにゅほが感心したようにうんうんと頷く。
そして、とぼけた顔で言った。
「◯◯、しらなかったの?」
「なんで急に知ったかぶりした?」
「いけるかとおもって……」
「無理だろ。めちゃくちゃ驚いてたじゃん」
「うへー」
おちゃめである。
魚肉ソーセージを囓りながら、PCで作業を進めていく。
「あした、しじつだね」
「そうだな……」
「しんぱいだ……」
朝からずっと同じことを言っている。
心配で心配で仕方がないのだ。
俺が作業に没頭しているのも同じで、何かをしていないと落ち着かないのである。
「……人が神頼みをするのって、できることが何もないけど何かをしていたいからなのかもな」
「そんなきーする……」
明日の夜、日記を書くときには、弟の手術は終わっている。
朗報を届けられるよう祈っている。
95
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2024/05/16(木) 03:57:58 ID:z9r1sLLw0
2024年5月13日(月)
今日は、弟の手術の日だった。
午前九時過ぎから開始し、十時間以上を予定している大手術だ。
俺とうにゅほはと言えば、母親に付き合って、幾つかの神社を巡っては手術の成功を祈っていた。
昼食は行きつけのネパールカレーの店で取り、帰宅したのは午後一時半。
手術はまだ半分も終わっていない頃合いだ。
「……なんか、眠いけど寝たくない」
何かがあれば、医師から連絡が来る。
手術の途中と思しき時間帯の連絡は、きっと悪い知らせだろう。
凶報で起こされるのは嫌だった。
「でも、ねむそうだよ」
「××だって」
ここ数日、俺もうにゅほも眠りが浅い。
恐らく両親もそうだし、弟自身もそうだろう。
「わたしねたら、◯◯もねる?」
「……まあ、そうだな。そうしようかな」
「じゃ、ねる……」
「ああ」
それぞれのベッドで横になる。
あまり良い夢を見た記憶はないが、幸いにして医師からの連絡はなかった。
手術が無事終わったという連絡が入ったのは、午後九時過ぎのことだ。
家族四人、張り裂けそうだった胸を撫で下ろし、肩の荷が下りたと笑い合った。
まだ楽観視はできないが、少なくとも命の危険はない。
それだけで十分だった。
しばし家族で語らったのち、自室へ戻る。
「──…………」
扉を閉めてすぐ、俺はうにゅほを抱き締めた。
「わ」
「もういいぞ」
「──…………」
「泣いていいから」
「──……う」
うにゅほが、俺の胸にすがりつき、嗚咽を漏らし始める。
「ふぐ、う、……うあ、あ……!」
「……頑張ったな」
うにゅほの気持ちが手に取るようにわかる。
泣いたら、まるで、弟が死に行くようだったから。
ずっと、ずっと、我慢していたのだ。
この優しい子は、ずっと。
うにゅほの背中を撫でてやりながら、俺の目にもかすかに涙が滲んでいた。
よかった。
家族を失わずに済んで、本当によかった。
96
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2024/05/16(木) 03:58:20 ID:z9r1sLLw0
2024年5月14日(火)
「──…………」
嫌な夢を見て目を覚ます。
とは言え、"嫌な夢"のレベルはかなり低い。
絶交した昔の友人の家に泊まりに行かなければならなくなったとか、その程度だ。
弟の手術が成功する前の、混沌とした不安を煮詰めたような夢とは大違いだった。
のそのそと起き出し、隣のベッドを見る。
「……すー……」
すやりと昼寝を嗜むうにゅほの姿がそこにあった。
その表情は安らかで、邪魔をするのは憚られる。
俺は、自室の書斎側へと抜き足差し足移動すると、パソコンチェアに腰を下ろした。
弟の件で不安に駆られ落ち着かなかったせいか、自室のみならず、PC環境の模様替えがたいへん捗っている。
また何か変えようとYouTubeを漁っていると、動く壁紙を設定する方法が紹介されていた。
さっそく設定していると、
「はふ」
あくびを噛み殺しつつ、うにゅほが起き出してきた。
「おあよー……」
「おはよう。こっち来い」
「んに」
口の端で食んでいた数本の髪の毛を直してやる。
「髪食べてたぞ」
「──…………」
うにゅほが、恥ずかしそうに視線を逸らす。
「爆睡してたなあ」
「すーごいねれた……」
「安心したんだろ。俺も似たようなもんだよ」
「うん」
冷蔵庫に入っていた烏龍茶で喉を潤したあと、うにゅほが俺の膝に腰掛ける。
「わ、なんかうごいてる」
「すごいだろ」
「すごいー……のか、わかんないけど」
「まあ、そんなもんか」
そもそも、壁紙は静止画という常識自体が備わっていないものな。
「気分を変えようかと思ってさ」
「◯◯、さいきん、ずーっときぶんかえてる」
「まあな」
「あまぞん、なんかちゅうもんしてたよね」
「ああ、モニターライトな。ディスプレイの上につけて、手元を照らすやつ」
「……いみあるの?」
「あるらしい。目が疲れなくなるとか」
「へえー」
「不要品を売ったお金があるし、すこしくらいはいいだろ」
「うん、いいとおもうよ」
とは言え、ガジェットの買い過ぎには注意が必要だな。
Stream Deck Miniを買ったばかりだし、そろそろ財布の紐を締めなくては。
97
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2024/05/16(木) 03:58:48 ID:z9r1sLLw0
2024年5月15日(水)
「ね」
俺の膝の上でくつろいでいたうにゅほが、こちらを振り返った。
「(弟)のおみまい、いついけるの?」
「わからん。病室まで行けないから、(弟)が──デイルームだっけ。そこまで出てこられるようにならないと」
「でいるーむって、どこ?」
「ほら、エレベーターの傍の、椅子と長い机が並んでるとこ」
「あー」
「自販機とかある」
「あるある」
「あそこまで歩いて来られるようになるまで、LINEで我慢だな」
「わかった」
「××、(弟)とLINEしてるのか?」
うにゅほが悲しげに目を伏せる。
「してる……」
「あいつ、どうだって?」
「じごく、だって……」
「ああ……」
がんを切除する。
それは必要なことに他ならないが、負っているのは怪我と相違ない。
丁寧に丁寧につけられた大きな傷。
手術痕をそう言い換えることもできるだろう。
「でも、手術直後が底だから。だんだん楽になっていくはずだよ」
「うん。わたしもね、はげましてる」
「頼んだ」
「◯◯、らいんしないの?」
「今は、××と母さんがしてるみたいだから。一度にたくさん来ても返すの大変だろ」
「そだね」
「お見舞い、早く行けるようになるといいな」
「うん、あいたいな……」
リハビリは過酷だろう。
だが、命は繋がった。
俺たちにできることは、心の支えとなり、できる限りのサポートをすることだけだ。
弟が早く退院し、我が家に帰ってくることを祈る。
98
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2024/05/16(木) 03:59:48 ID:z9r1sLLw0
以上、十二年六ヶ月め 前半でした
引き続き、後半をお楽しみください
99
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2024/06/01(土) 04:55:15 ID:5v8gCCvI0
2024年5月16日(木)
「◯◯、とどいたよー」
「おー!」
うにゅほが抱えてきたのは、長さ五十センチほどもある長い箱だった。
「これ、もにたーらいと?」
「そうそう」
YEELIGHTのLEDスクリーンハンギングライト、お値段は13,980円だ。
本当はBenQの製品が欲しかったのだが、高かったんだよな。
箱を開き、モニターライト本体を取り出す。
「これなに?」
うにゅほが手に取ったのは、ワイヤレスリモコンだった。
低めの円柱型で、ハンドクリームでも入っていそうな見た目をしている。
「リモコンだよ。押したり回したりして操作するんだ」
「はー」
うんうんと頷く。
うにゅほを見ていると、世の中は不思議なことだらけだと感じる。
43インチのメインディスプレイにモニターライトを設置し、リモコンで電源を入れる。
ふ。
モニターライトが光り始めた。
「ひかった!」
「──…………」
「──……」
「まあ、光ってるな以外の感想はないな」
「えー」
リモコンを適当に操作していると、モニターライトの背面が七色に輝き、白い壁をゲーミング仕様に変貌させた。
「こんな機能もあるのか……」
「おちつかない……」
一発ネタのような機能だ。
「まあ、しばらく使ってみて、本当に眼精疲労がよくなるかだな」
「おひるだし、よくわかんないもんね」
「そうだな。問題は夜だ、夜」
「うん」
日が沈んでからのモニターライトの使用感も、正直なところよくわからなかった。
ただ、手元が明るいのは悪くない気がする。
シーリングライトを消してみると雰囲気が出るし、まだ気付いていないいろいろな使い方があるかもしれない。
結局のところ、使い続けてみなければ効果が実感できない商品であることは間違いない。
一ヶ月後、モニターライトがなければ困るようであれば、買ってよかった製品だと公言していいだろう。
果たして。
100
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2024/06/01(土) 04:56:05 ID:5v8gCCvI0
2024年5月17日(金)
病院に必要なものを届けに出ていた母親とうにゅほが帰宅した。
「ただいま……」
自室のベッドに腰掛けるうにゅほが、なんだか落ち込んでいるように見えた。
「……どうかしたか?」
「うん。(弟)にね、あえたの。こしつだから、いいって」
「マジか。どうだった?」
「すーごい、いたいたしくて……」
「──…………」
「しゃべれないし、きずぐち、ほちきすみたいのでとめてて。くるまのなかで、おかあさんとないちゃった……」
「そっか……」
俺が両腕を広げてみせると、うにゅほがそっと膝に腰掛けた。
後ろから抱き締め、頭を撫でてやる。
「でも、よくなってるだろ。ノートPC使えるようになったみたいだし」
「それは、うん……」
「つらいのは、もちろんそう。でも初日みたいに"地獄"とか"死にたい"ってレベルじゃないはずだ」
「……うん」
「俺たちみたいのはさ」
「うん?」
「インターネットにさえ繋がってれば、とりあえず最低限は生きて行けるんだよ」
「うーん……?」
うにゅほが小首をかしげる。
「入院前、あいつがいちばん何を気にしてたか知ってる?」
「しらない」
「原神のデイリー」
「でいりーって、いちにちいっかいげーむするやつ?」
「そうそう」
「そなんだ……」
「まあ、術後が思いのほか地獄だったみたいだから、それどころではないだろうけどさ。でも、もっとよくなればやりだすぞ、間違いなく」
「そか……」
「入院はまだまだかかるけど、日常に戻る準備は整え始めてるんだ。大丈夫だよ」
「だいじょぶ、かな」
「ああ」
「……うん、しんじる」
なんだかんだ、あいつは強い。
俺は、そう信じている。
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