[
板情報
|
カテゴリランキング
]
したらばTOP
■掲示板に戻る■
全部
1-100
最新50
|
1-
101-
201-
301-
401-
501-
601-
この機能を使うにはJavaScriptを有効にしてください
|
うにゅほとの生活5
1
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2024/02/16(金) 18:55:08 ID:9vnVhVAc0
うにゅほと過ごす毎日を日記形式で綴っていきます
554
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2025/08/01(金) 04:07:47 ID:dbl3plnQ0
2025年7月16日(水)
皮膚科へ行く予定だった。
と言うのも、しばらく前から、両足の甲に斑点のようなものが浮かび上がっていたからだ。
午前八時に起床し、身支度を整える。
「ひふか、なんじからかな」
「たぶん九時とかじゃないか?」
「しんさつけん、どこ?」
「財布の中」
うにゅほが俺の財布を調べ、皮膚科の診察券を取り出す。
「あ」
「どした?」
「すいよう、やすみ……」
「──…………」
着たばかりのシャツを脱ぎ捨てる。
「寝る……」
「おやすみー」
そのまま就寝し、起きたときには正午だった。
「……──ふぁ、っふ」
「あくびー」
「眠い」
「かおあらお」
「はい」
素直に洗面台へと向かい、顔を洗って自室に戻る。
「おはよ」
「おはよう」
「よくねた?」
「まあまあ……」
「すわって、すわって」
うにゅほに導かれるまま、パソコンチェアに腰を下ろす。
「よいしょ」
俺の膝に腰掛けたうにゅほが、PCのマウスを握った。
「いっしょにみよ」
「何を見るんだ?」
「まりおかーとのどうが」
「××、なんか好きだよな。Switch2とマリカワールド、欲しい?」
「べつに……」
いらんのかい。
うにゅほ歴十三年の大ベテランの俺にはわかる。
この子、本当にさして欲しくない。
「動画で満足するタイプなのか……」
「みるのすき」
「まあ、わかるけど」
Switch2は気になるが、特にプレイしたいソフトもないため、買うとしてもかなり後のことになるだろう。
転売ヤーのせいで高騰していなければいいのだが。
555
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2025/08/01(金) 04:08:14 ID:dbl3plnQ0
2025年7月17日(木)
午前八時に起床し、あくび混じりに身支度を整える。
「ねっむ……」
「◯◯、おきるのはやかったね」
「なんか起きちゃった……」
皮膚科の診療時間は午前九時半からだ。
受付が早めに開くことを鑑みても、八時半に起きれば余裕だったのだが、目が覚めてしまったものは仕方がない。
「んー……」
軽く思案し、口を開く。
「早めに出るかあ」
「こんなに?」
「コンビニで朝メシ買おうかなって」
「あー」
「××は?」
「わたし、たべたよ」
「そっか」
エアコンの修理を終えた愛車に乗り込み、皮膚科への道をひた走る。
途中、セブンイレブンで朝食をとり、無事に皮膚科に着いたのは午前八時四十分のことだった。
待合室を覗いたうにゅほが、俺にそっと話し掛ける。
「おきゃくさん、もういるね……」
「いるなあ……」
さすがにまだ混み合ってこそいないが、待合室の席の半分ほどがもう埋まっていた。
病院は数多あれど、何故皮膚科はここまで盛況なのだろう。
謎だった。
そのまま一時間以上待たされて、ようやく順番が回ってくる。
ほんの五分で診察を終えて、俺とうにゅほは待合室へと戻ってきた。
「慢性色素性紫斑かあ……」
見た目が悪くなる以外、特に症状のない病気だ。
「ひどくなくて、よかったね」
「まあな」
ただ、足の甲にできた紫色の斑点は、基本的に治ることがないらしい。
薬で色を薄くすることはできるが、完治ではない上に継続的に飲む必要があるらしく、何度も皮膚科に通いたくない俺としては不要な治療だった。
「帰るかー……」
「うん」
病院を出て、愛車の元へと向かう。
日向を歩いた瞬間、強烈な陽射しが俺たちに襲い掛かった。
「あッ、……づ!」
「あついー!」
取り急ぎ愛車に乗り込み、慌ててエンジンを掛ける。
七月も後半へと差し掛かり、本格的な夏が到来したようだ。
ガリガリ君の消費量が激しくなる予感がするのだった。
556
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2025/08/01(金) 04:08:36 ID:dbl3plnQ0
2025年7月18日(金)
所用のため、市役所の関連施設へと赴いた。
珍しく混んでおり、玄関前の駐車場が軒並み埋まっていたため、すこし離れた場所に駐車した。
「××、走るぞ!」
「うん!」
降りしきる雨の中を、傘を差さずに駆け抜ける。
後部座席を探せば傘くらい見つかりそうなものだが、そのときは頭から抜けていた。
「ふー……」
「どんくらい濡れた?」
「すこしかなあ」
髪を濡らした雨水を手で払いながら、うにゅほがそう答えた。
安心する。
この程度ならば、風邪を引くこともないだろう。
ふたりで窓口へと向かい、手続きを済ませる。
職員が書類をコピーするために席を外した際、うにゅほが備え付けの老眼鏡を手に取った。
「ろうがんきょう」
「ああ」
「◯◯、かけてみて」
「ええ……」
なんだか恥ずかしい。
それに、もしも早めに老眼が来ていたら、ショックだ。
「かけてかけて」
うにゅほが、手にした老眼鏡を俺の顔に近付けてくるので、仕方なくそれを受け入れた。
「──…………」
よかった。
ちゃんと見えにくい。
老眼ではなさそうだった。
「みえる?」
「見えない。××の顔もぼやけてる」
「ふうん……」
俺の老眼鏡を外し、今度は自分で装着する。
「わ」
「見えないだろ」
「◯◯のめがね、かけたときみたい」
「懐かしいな……」
俺は重度の近眼である。
眼鏡を掛けずにいられているのは、ICL手術のおかげだ。
だが、いずれは老眼鏡の世話になる日が来るのだろう。
嫌だなあ。
もう二度と眼鏡なんて掛けたくない。
「?」
そんな気持ちが顔に出ていたのか、うにゅほが小首をかしげてみせた。
視力いい子ちゃんめ。
557
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2025/08/01(金) 04:08:51 ID:dbl3plnQ0
2025年7月19日(土)
「──◯◯、◯◯!」
「お」
「きて!」
部屋へ戻ってくるなり、うにゅほが俺の手を引いた。
「なんだなんだ」
「うへー」
そのまま連れ込まれたのは、両親の寝室だった。
「みて!」
うにゅほが窓の外を指差す。
眼下の公園では、明日の夏祭りの準備が行われていた。
「あした、おまつりやる!」
「よかった……」
思わず胸を撫で下ろす。
夏祭りの予定は二週間ほど前に知らされていたが、天気予報で雨だ雨だとさんざん言われていたからだ。
俺も、うにゅほも、この町内会の小さなお祭りを、本当に楽しみにしている。
だから、準備が粛々と進められている様子を見て、思わず安堵したのだった。
「たのしみ……」
「だな」
べつに、夏祭りに参加するわけではない。
買うとしても焼き鳥程度で、それ以外は家にいながらにして祭りの空気を楽しむだけだ。
だが、それがいい。
それでいい。
俺たちが楽しんでいるのだから、誰にも文句は言わせない。
「××、浴衣は?」
「きるよー」
「よし」
「うへへ、たのしみ?」
「楽しみに決まってるだろ。××の浴衣姿なんて、年に一度しか見られないんだし……」
「わたしも!」
「そっか」
「◯◯は、さむえ?」
「作務衣だな。まあ、いつも通りだ」
「いっつもさむえだもんね」
「楽なんだよな……」
ずっとパジャマ姿でいるよりは、まだ恰好がつくだろう。
「でも、あれくさ、だんぞくてきにあめっていってた」
「言ってたな。大丈夫なのかな」
「わかんないけど……」
断続的に雨。
どの程度の雨足かはわからないが、小雨程度に治めてほしいところではある。
俺たちには、せいぜい祈ることしかできないのだった。
558
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2025/08/01(金) 04:09:08 ID:dbl3plnQ0
2025年7月20日(日)
「──◯◯」
「んが」
優しい声で目を覚ます。
「おはよ」
「──…………」
そこにいたのは、浴衣姿のうにゅほだった。
くるりと回り、うへーと笑う。
「……にあう?」
「ああ、似合うよ。最高」
「ふふ」
浴衣の袖口で口元を隠し、うにゅほが微笑んだ。
普段と違う雰囲気に、なんだかどきどきする。
「けん、こうかんしにいこ」
我が家は公園の真ん前にあるため、焼き鳥やおでんなどの無料券を何枚かいただいている。
ベッドを下り、時刻を確認すると、まだ正午を迎えていなかった。
「祭りの開始って、十二時じゃなかったか?」
「こうかん、もうしてるよ」
「そうなんだ」
慌てて身支度を整え、家を出る。
「あッッッ!」
暑い。
あまりにも、暑い。
今年いちばんの暑さではあるまいか。
断続的に雨という予報であったにも関わらず、中天には太陽が輝いていた。
「はちーねえ……」
「さっさと交換して、戻ろう」
「うん」
逃げ場のない猛暑。
鳥串豚串を焼き続けている町内会の人に心の中で敬礼しながら、無料券を交換し自宅に戻る。
「部屋戻るぞ!」
「うん!」
駆け足で自室へ戻ると、エアコンで冷え切った空気が俺たちを出迎えてくれた。
「はー……」
「ふぶふぃー……」
「みんな、よく外にいられるな!」
「すごい」
俺たちにとっての夏祭りとは、自室でのんびり雰囲気だけを楽しむものだ。
交換してきた豚串を頬張りながら、そっと耳を澄ます。
がやがやとした人混みの音。
明らかに音質の悪い、適当なBGM。
「祭りだなあ……」
「うん!」
俺も、うにゅほも、この空気がたまらなく好きなのだった。
その後、幾度か公園に下りては、さほど美味しくもない食べ物を仕入れ自室で楽しんだ。
日が沈み、人々が解散したころ、うにゅほが言った。
「またらいねん、だね」
「楽しみだな」
「うへー……」
来年も、なんだかんだと晴れてくれればいいのだが。
559
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2025/08/01(金) 04:09:27 ID:dbl3plnQ0
2025年7月21日(月)
「◯◯、とどいたー」
「おー!」
うにゅほから包みを受け取り、開封する。
Vulcan II TKL Proの箱が、そこにあった。
「これ、あたらしいきーぼーど?」
「そうそう。やーっと届いたか……」
購入してから届くまでに、実に一週間も待たされてしまった。
箱を開き、本体を取り出すと、うにゅほが目を輝かせた。
「わ、なんかきれい!」
「デザインいいだろ」
「うん!」
高級感のある金属製のボディに、白いキーキャップが映える。
REALFORCE GX1の代わりにVulcan II TKL Proを置くと、シックにまとめたデスクの上で多少浮くほど美しかった。
「これ、ひかるの?」
「光る光る。いま繋げるから」
USBハブにコードを繋いだ瞬間、Vulcan II TKL Proが虹色に輝き始めた。
「おー……」
「うーん、ゲーミング」
ごく個人的には、虹色に光る必要はない。
だが、部屋を暗くしていてもキーが打てるという利便性は無視できないだろう。
「きれいだねえ」
「綺麗だけど、重要なのはそこじゃない。打鍵感だ」
「うちやすいかな」
「どうかな」
適当にメモ帳を新規で開き、うにゅほの本名をタイピングする。
「どう?」
「……ん?」
すこし引っ掛かる部分があった。
「だめ?」
「打鍵感自体は、まあ、悪くない。Keychronほどじゃないけど許容範囲。ただ──」
「ただ」
「このキーキャップ、カドが尖り過ぎてる。指が引っ掛かると痛い」
「そんなことあるんだ……」
「××、適当にキー押してみ」
「?」
うにゅほがエンターキーに指を置く。
改行を続けるメモ帳を無視し、俺は、うにゅほの指を取って左下へと滑らせた。
「た!」
「こうなるんだよ……」
「なるほど……」
このキーボードは、デザイン性を高めるために、薄いキーキャップを採用している。
その薄さがあだとなり、タイプ後すこしでも指を滑らせると、隣のキーキャップのカドが指の腹に突き刺さるのだ。
「これ、作ってて気付かなかったのかな。わりと致命的だと思うんだけど」
Vulcan II TKL Proを紹介していたガジェット系YouTuberも、この点については何も言及していなかった。
「へんぴんする……?」
「……あー」
どうしようか。
こちらが慣れれば指が引っ掛かることも少なくはなると思うが、それはそれでどうなのだろう。
「キーキャップ、交換してみるか」
「こうかんできるの?」
「いちおう、できるらしい。三千円くらいで売ってたし、試してみるのもアリだろ」
「おかね、どんどんへる」
「TURTLE BEACHに言ってくれ……」
まさか、こんな落とし穴が待っているとは思わなかった。
テンキーレスサイズのKeychronが欲しい。
思わずそんなことを願うのだった。
560
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2025/08/01(金) 04:09:52 ID:dbl3plnQ0
2025年7月22日(火)
今日は、月に一度の定期受診の日だった。
早めに家を出て、早めに診察を終えることには成功したのだが──
「……もう、三十分は経ってるぞ」
「そだねー……」
病院ではなく、薬局がすこぶる混んでいた。
どれほど混んでいるかと言えば、この真夏日の最中、外で待たざるを得ない人がいるくらいだ。
俺たちもそのたぐいなのだが、エアコンの効いた車内にいるので、まだましである。
「今日、なんでこんなに混んでるんだろ」
「びょういん、こんでたっけ」
「混んではいたけど、ここまでは。この人たち、どっから湧いたんだ……」
謎である。
車内で三十分以上待ち、受付で薬を受け取ったあと、俺たちは帰途についた。
「今日すごいな。洒落にならないくらい暑い」
「あした、もっとすごいよ……」
「マジで」
「よんじゅうどのとこ、あるって」
「……北海道で?」
「ほっかいどうで」
「うへえ……」
酷暑日なんて概念は、北海道とは縁遠いものだと思っていた。
「ガリガリ君買って帰るか……」
「わたし、はんぶんだすね」
「さんきゅー」
セイコーマートへと立ち寄り、ガリガリ君のソーダ味、コーラ味、そしてBLACKアイスを、それぞれ十本ずつ購入した。
帰宅し、アイスでパンパンの袋を車庫の冷凍庫に突っ込んだあと、ガリガリ君を一本ずつ携えて自室に戻る。
「あちー」
「えあこん、えあこん」
うにゅほがエアコンの電源を入れる。
しばらくすれば、サーキュレーターによって掻き混ぜられた冷風が、書斎側にも届くだろう。
ガリガリ君コーラ味の包装を解き、囓りつく。
口内に広がる酸味と甘さ、そして冷たさがたまらない。
「うめえー……」
「ほいひー……」
しゃくしゃくとソーダ味を囓りながら、うにゅほが頷く。
やはり、猛暑にはガリガリ君なのだ。
ガツンとみかんも美味しいのだが、コストパフォーマンスの面から見てガリガリ君の圧勝である。
「──あ、当たった」
「え!」
「ほら」
「ほんとだ……」
「幸先いいなあ」
「こうかん、する?」
「しないよ。××、いるか?」
「いる!」
うにゅほに当たり棒を渡す。
恐らく、しっかりと洗ったあと、うにゅ箱に仕舞い込むのだろう。
宝物としては少々子供っぽいが、コンビニで交換するのも恥ずかしいし、捨てるのももったいないので、当たり棒の行き場としてはちょうどいいのかもしれない。
561
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2025/08/01(金) 04:10:12 ID:dbl3plnQ0
2025年7月23日(水)
新しいスリッパがAmazonから届いた。
歩くたびに何かが落ちるような死んだスリッパを、今の今まで履き続けてきたからだ。
「でか!」
包装を開封したうにゅほが、自分の顔とスリッパを比べる。
「どっちでかい?」
「スリッパのがでかい」
「えっくす、えっくす、える、だって」
「そんくらいじゃないと入らないんだよな……」
「◯◯、あしでかい」
「無駄にな」
うにゅほからスリッパを受け取り、観察する。
足の裏との接地面に、細長いハニカム構造のような層がある。
恐らく、足が蒸れないようになっているのだろう。
「ね、はいて!」
「はいはい」
スリッパを履き、立ち上がる。
「どう?」
「んー……」
「はきごこち、いい?」
「……ちょっと悪い」
「わるいんかい」
「蒸れないのはいいけど、肌触りが悪いな。痛いってほどではないけど……」
「そなんだ……」
「まあ、慣れかな」
「なれる?」
「慣れる慣れる。どうせ、またスリッパが死ぬまで履くんだし」
「わたしのすりっぱ、まだいきてる」
「たしか、同じタイミングで買ったよな」
「うん」
「体重の差かなあ……」
俺とうにゅほとでは、体重に二倍以上もの差がある。
スリッパの寿命が異なるのも、むべなるかなといったところだ。
「しんだすりっぱ、すてる?」
「捨てるだろ。再利用の方法もないし」
「そだね……」
物を大事にしようという心根は立派だが、それが高じるとゴミ屋敷になってしまう。
うにゅほもそれをわかっている。
だからこそ、スリッパを捨てることに消極的同意をしているのだ。
とてもえらいのだった。
562
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2025/08/01(金) 04:10:33 ID:dbl3plnQ0
2025年7月24日(木)
今日は、大学病院の受診日だった。
午前七時過ぎには家を出て、途中ファミマで朝食をとると、朝のラッシュアワーに巻き込まれた。
「やべ、悠長に食べてる暇なかったかも」
「すーごいこんでる……」
午前八時には採血をしなければならないのに、ようやく駐車場に辿り着く頃には、既に八時十分を過ぎていた。
「◯◯、いそご!」
「いいよ、べつに。そこまで急がんでも」
「えー……?」
「だって、診察は九時だし、実際はそこから三十分は待たされるんだ。早く採血したって無駄無駄」
「そだけど」
「十五分程度遅れたって、誰にも迷惑かからないよ」
「そかな」
「そうだよ」
「ならいいか……」
走る体勢に入っていたうにゅほが、俺の隣を歩き出す。
「……しかし、戻ってきたときヤバそうだな」
「あー」
俺が愛車を振り返って呟くと、うにゅほにも意図が伝わったようだった。
今日の予想最高気温は35℃。
猛暑日になる予定である。
だだっ広い駐車場に日陰は数えるほどしかないし、解放される時刻次第では、俺たちは車内で蒸し焼きになる。
「はやくおわったらいいね」
「マジでな……」
採血をし、診察を終え、薬局へ寄り、すべてから解放されたのは午前十時のことだった。
「よかった、早めに終わったな」
「ねー」
直射日光は厳しいが、まだまだピークを迎えてはいない。
今のうちにサッと帰宅してしまおう。
そんなことを考えながら、愛車に乗り込む。
──ムワッ!
「あッッッ」
「あっつい!」
車内がサウナになっていた。
「エンジン、エアコン!」
「かけてー!」
エンジンを掛け、エアコンを最大にし、慌てて車を降りる。
「とんでもねえ……」
「すごかった……」
「……これ、午後だとどうなってたんだ?」
「くるまのどっか、とけるかも」
「あり得そうで怖い」
五分ほどしてから愛車に乗り込むと、快適な温度になっていた。
今年の夏は、すごい。
俺は改めてそう思うのだった。
563
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2025/08/01(金) 04:10:51 ID:dbl3plnQ0
2025年7月25日(金)
キーキャップが届いたのだった。
うにゅほが包みを我が物顔で開封していく。
「わ、たーくさん!」
「わりと高級感あるな」
今回購入したのは、Keychronの交換用キーキャップである。
PBT素材でできているため、文字が消えることも、表面がツルツルになることもないだろう。
「──さて、交換してくか」
「わたし、ぬいていい?」
「いいぞ」
「やた!」
うにゅほにキープラーを渡す。
キーキャップをひとつひとつ抜き取っていくのは、地味に手間だしストレスだ。
それを楽しんでやってくれるのだから、とてもありがたい。
「でーきた」
「さんきゅーな」
「うへー」
うにゅほの頭を軽く撫で、今度は新しいキーキャップを嵌めていく。
まずはエンターキーを取り付け、タンッとタイプしてみる。
「……お?」
「?」
次のキー、その次のキーと装着していき、疑念が確信へと変わる。
「××」
「はい」
「このキーキャップ、めっちゃいい。打ち心地が一段階上がった感じ」
「おおー!」
ぱちぱちと、うにゅほが拍手を送ってくれる。
「やっぱ、Keychron製ってのがいいのかな。K2 HEも打ち心地はすこぶるよかったし、普通のキーキャップだと微妙だった可能性はある」
「きーくろん、すごい?」
「ああ、すごい。日本語配列さえしっかりしてくれたら、他のキーボードいらないかも……」
「そんなに」
「そんなに」
「かってほしい?」
「……誕生日?」
「うん」
「欲しい、なあ……」
「うんうん」
うにゅほが満足げに頷く。
「でも、その前に××の誕生日だからな。プレゼント、決めてあるんだ」
「え、なに?」
「それは当日までの秘密」
「なんだろ……」
楽しんでくれているようで何よりだ。
きっと、うにゅほなら喜んでくれるはずである。
564
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2025/08/01(金) 04:11:13 ID:dbl3plnQ0
2025年7月26日(土)
「今日、わりと涼しいな」
「ねー」
窓の外を見やると、小雨が降っていた。
「雨のおかげか……」
「いままでが、おかしかった」
「その通り」
北海道全土がおかしかった。
猛暑日であればまだしも、酷暑日まで記録したのだ。
外気温40℃なんて、正直想像がつかない。
「本州はまだ暑いんだっけ」
「うん、あつい。あついとこ、あついよ」
「大変だなあ……」
「ねー」
所詮は他人事とばかりに頷き合い、エアコンの効いた自室でガリガリ君を頬張る。
至福の時だ。
「来週はどうなんだろう」
「うーと、たしか、そんなでもなかったきーする」
「どのくらい?」
「さんじゅういちどとか、にどとか」
「あー、そんくらいか」
そう口にし、ふと気付く。
「……30℃超えたら真夏日だよな」
「うん」
「感覚麻痺してるな、俺たち」
「してる……」
最高気温が30℃を超えたら、暑い。
そのはずなのに、とてもそうとは思えない。
酷暑が俺たちの感覚を破壊していったに違いない。
「──でも、考えてみれば、俺たちの部屋って五月六月くらいから30℃になってたよな」
「なってた」
「麻痺してるの、夏のせいじゃないわ。俺たちの部屋がおかしい」
「そだね……」
「猛暑日の日にエアコン切って出掛けたら、どうなるかな」
「……きになる」
「気になるよなあ!」
実験大好き俺とうにゅほである。
「もうしょびのとき、でかけてみる……?」
「出掛けてみるか……」
「うへー」
と言うわけで、次の猛暑日にエアコンを切って出掛けることになってしまった。
室温がどれほど上がるのか、すこしわくわくしている自分がいるのだった。
565
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2025/08/01(金) 04:11:41 ID:dbl3plnQ0
2025年7月27日(日)
「♪〜」
俺の膝に腰掛けたうにゅほが、機嫌よくiPadをいじっている。
Kindleで漫画を読んでいるようだった。
俺は俺で、ヘッドホンを着け、のんびりとYouTubeを眺めている。
至福の時間だ。
「……?」
ふと足元に視線をやって、気が付いた。
何か小さなものが落ちている。
黒いし、ゴマか何かだろうか。
ゴマにしては大きいような気もするが──
「悪い、××」
「?」
うにゅほに謝り、右手を床に伸ばす。
だが、届かない。
うにゅほを膝に乗せた状態では、さすがに届かないようだった。
「どしたの?」
「ほら、ゴミ落ちてる」
「ほんとだ」
あっさりと膝から下り、うにゅほがゴミを拾い上げた。
「それ、なんだ?」
「うと」
うにゅほが目を細める。
「ぎゃ!」
そして、慌ててゴミ箱に捨てた。
「むし!」
「マジで」
キンチョールを手、ゴミ箱へと向かう。
「あ、だいじょぶ。しんでた……」
「死体か」
「うん」
ふと、疑問が浮かぶ。
「……死ぬにしたって、こんなとこで死ぬか?」
自然死ならば餓死だと思うのだが、それならば部屋の片隅で死んでいそうなものだ。
「ふんづけたとか……」
「潰れてた?」
「わかんない」
「わかんないか」
俺も確認したくない。
「てーあらってくるー……」
「あいよ」
まあ、死体でまだよかった。
殺す手間が省けた。
そんなサイコパスのようなことを思うのだった。
566
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2025/08/01(金) 04:12:04 ID:dbl3plnQ0
2025年7月28日(月)
今日は、所用で銀行へと赴いた。
番号札を取り、背もたれのない席へと腰掛ける。
「……こんでるね」
「混んでるな」
「なんばん?」
番号札をうにゅほに見せる。
117番だ。
「いま、ひゃくはちばん……」
「九人分は待たないと」
「ひえー」
待ち時間を潰すのは、病院で慣れている。
うにゅほといれば苦ではない。
だが、俺が通っている幾つかの病院とは、すこし空気が異なっていた。
待合室が狭いのだ。
その上、混雑もしているものだから、利用客同士の物理的な距離が近く、いまいち会話がしにくい。
「──…………」
「──……」
なんとなく無言で時間を過ごす。
「ひまだね……」
「ああ……」
何かないかとポケットを漁ると、ワイヤレスイヤホンが出てきた。
こんなこともあろうかと、いちおう持ってきたものだ。
「音楽聴く?」
「あ、いいね」
「何がいい?」
「なにかなー……」
俺は右耳に、うにゅほは左耳にワイヤレスイヤホンを装着し、iPhoneでYouTube Musicを開く。
そして、それをうにゅほに手渡した。
「好きなの流していいよ」
「ありがと」
しばしの逡巡ののち、イヤホンから流れ出したのは、サカナクションのライトダンスだった。
なかなかいい選曲だ。
それを視線で伝えると、うにゅほがそっと微笑んだ。
三十分は余裕で待たされたが、やはり苦ではなかった。
うにゅほといれば、時間はすぐに経つ。
567
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2025/08/01(金) 04:12:22 ID:dbl3plnQ0
2025年7月29日(火)
「──よし、いらんもの売ろう!」
「おー」
膝の上のうにゅほが、ぱちぱちと拍手する。
「なにうるの?」
「サウンドバーとかいらんよなって」
「さうんどばーって、これ?」
うにゅほが、メインディスプレイの下に設置されている横長のスピーカーをぽんぽんと叩く。
「正直、使わん」
「つかわんね……」
「音楽聴くかなって思って買ったんだけど、スピーカーで聴く機会もなかったし、なんならアレクサにお株を奪われた」
「あれくさはつかうね」
「言うだけで好きな曲かけてくれるの、便利が過ぎる」
「わかる」
「てなわけで、買ったはいいけどまったく使わなかったサウンドバーくんはボッシュートです」
「でも、これ、おっきいよ?」
「炭酸水のダンボール箱を組み合わせれば、なんとか」
「あ、いけるかも」
「他にもいろいろあって──」
と、次々と候補を挙げていく。
「まだまだあるねー……」
「あと、漫画も売ろうかなって」
「まんがも?」
「買ったり貰ったりでいろいろあるけど、もう読まないし読む気もない漫画けっこうあるじゃん」
「もったいないきーするけど……」
「××、いったん立って」
「はい」
うにゅほを膝から下ろし、本棚の前に立つ。
「じゃあ、これ読む?」
そう言って、とある青年漫画を一冊手に取った。
具体的な名前は伏せる。
「……よまない」
「読まないよなあ」
「そういうの、うるの?」
「そういうこと。まあ、本棚の棚卸しみたいなもんだよ」
「そか」
うにゅほが頷く。
売る本に関しては、うにゅほの同意が取れたものに限ることにした。
駿河屋に見積もりを依頼したが、さて、いくらになることやら。
568
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2025/08/01(金) 04:12:38 ID:dbl3plnQ0
2025年7月30日(水)
今日もまた、のんびりとした日々を過ごしていた。
膝の上のうにゅほと、なんてことのない会話を楽しむ。
「サボテン水やった?」
「まだー」
「半月に一度だから、明日くらいかな」
「やりすぎ、だめだからね」
「根腐れするって言うからなあ」
「くさらないでほしい……」
「それはそう」
あのバニーカクタスは、うにゅほの宝物だ。
是非、末永く、元気でいてほしい。
「そう言えば、たまに虫入ってるのってさあ」
「うん?」
「やっぱ、エアコンから入ってきてるのかな。室外機からさ」
「ほかにないもんね……」
「網はあるんだろうけど、小さい虫なら遮れないし」
「ちいちゃいのなら、まだ──」
その瞬間、俺たちの視界を横切るものがあった。
「!」
「やべ、キンチョール!」
「はい!」
即座に膝から下りたうにゅほが、俺にキンチョールを手渡してくれる。
敵は羽虫だ。
親指の爪くらいの大きさで、決して脅威ではないのだが、安全圏である自室に出くさったことは万死に値する。
「おらッ!」
ぷしゅーッ!
飛んでいる羽虫にキンチョールの一撃を浴びせる。
その瞬間、羽虫の高度が一気に下がった。
しかし、まだ飛んでいる。
「がんばって!」
「ああ!」
うにゅほの声援に後押しされ、ついにフローリングに落下した羽虫に、嫌と言うほどキンチョールをぶっかける。
やがて羽虫は動かなくなった。
「勝利!」
「やた!」
うにゅほが俺に抱き着く。
それを抱き上げ、くるりと回ったあと、ティッシュで羽虫の死骸を包んで捨てた。
さようなら、羽虫。
二度と生まれ変わってくるんじゃねえぞ。
569
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2025/08/01(金) 04:13:00 ID:dbl3plnQ0
2025年7月31日(木)
駿河屋から見積もりが届いた。
「おお、六万……」
「わ」
「そこそこの収入になるな」
「すごいね!」
さて、駿河屋に物を送りつけるとなれば、必要となるのは梱包である。
「サウンドバーとヘッドホンは、炭酸水のダン箱を二箱繋げるとして──」
軽く試算してみる。
「まあ、三箱もあれば入るか」
「え、はいる?」
「入らない?」
「はいんないきーする……」
「マジか」
ともあれ、試してみないことには始まらない。
「まず、ぶりーち、いれてみよ」
「ああ」
既に読み通したBLEACH全74巻を、余った炭酸水のダンボール箱に詰めていく。
「──あ、これBLEACHしか入んねえ!」
「でしょ」
どうやら、かなり甘めに見積もっていたらしい。
「どうする? 備蓄の炭酸水全部空けて、もう一箱作る?」
「するしかないきーする」
「そうだな。それ以外だと、明日スーパー行って箱もらってくるしか……」
「それでもいいけど……」
「めんどい」
「そかー」
十五本の炭酸水を部屋の隅に並べ、新たに一箱追加する。
そして、売却する予定の本を次々と詰めていった。
途中で気付く。
「やべ……」
「はいんないね……」
「どうしよう」
「あした、スーパーいく?」
「いや、めんどい」
「そかー」
「まだ資源ゴミに出してないダンボール箱、車庫にないかな」
いそいそと車庫へと向かい、探してみると、潰して平らになったダンボール箱が幾つか見つかった。
「よし、これを組み立てれば!」
「いけるかも」
布テープでダンボール箱を組み上げ、売却物を詰めていく。
「あ、やべ」
「もうひとはこ!」
そして、最終的に、荷物は六箱に膨れ上がった。
「……俺、よく三箱で収まると思ったな」
「さんぱこはむりだとおもった……」
「正解」
「でも、ろっぱこになるとおもわなかった……」
「わかる」
物を売るのは大変だ。
だが、これが六万円になるのなら、安いものである。
570
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2025/08/01(金) 04:13:47 ID:dbl3plnQ0
以上、十三年八ヶ月め 後半でした
引き続き、うにゅほとの生活をお楽しみください
571
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2025/08/16(土) 04:54:33 ID:kklPaipw0
2025年8月1日(金)
昨夜、郵便局のサイトから集荷を頼んだ。
駿河屋に送りつけるのは六箱。
送り状も六枚必要ということで、郵便局員が、まずは着払い用のものを置いていった。
「──うし、書くか!」
「わたしもかくね」
六枚ともなれば、なかなか面倒だ。
うにゅほの手も借りたいのが実情である。
「じゃあ、まず俺が一枚書くよ。××はそれを真似して書いてくれ」
「はーい」
俺はパソコンチェアで、うにゅほは丸椅子に腰掛けて、ふたりで送り状を書いていく。
「……かくとこ、おおいね」
「多いな……」
「たいへん、かも」
「わりと適当に書いても届くらしいんだけど、なんかな」
「わかる」
当の郵便局員であれば、サラサラと流れで書いてしまえるのだろう。
だが、こちらとしては、そういうわけにもいかない。
駿河屋に届かなければ困るからだ。
「あー……」
手首を振り振り、息を吐く。
「手で字書くの慣れないわ。学生時代、よくノート取れてたな」
「◯◯、どんながくせいだったの?」
「不真面目」
「ふまじめ……」
「不良ではないんだけど、不真面目で、授業中よく寝てたな」
「まんがみたい」
「そうかもしれない」
そんな会話を交わすうちに、ようやく六枚の送り状が完成した。
「よし、あとは郵便局員が来るのを待つだけだな」
「はらなくていいの?」
「勝手に貼ってダメだったら、送り状書き直しだぞ」
「やだー……」
心底嫌そうに眉尻を下げるうにゅほに、思わず苦笑する。
「ま、あとは郵便屋さんに任せればいいんだよ。俺たちの仕事はここまで」
「みつもりから、やすくなったりしないかな」
「多少はする気がするなあ……」
「えー」
「ある程度は仕方ないよ」
だが、減額は最低限にしてほしい。
あとは駿河屋からのメールを待つのみである。
572
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2025/08/16(土) 04:54:55 ID:kklPaipw0
2025年8月2日(土)
「ふへー……」
「今日も暑いよな、マジで……」
エアコンの効いた自室で、ガリガリ君をガリガリ囓る。
こんな贅沢がこの世にあるだろうか。
「そと、さんじゅうにど」
「暑いはずだわ」
「へや、でたくないねー……」
「トイレもできれば行きたくない」
「といれ、あつい」
「暑いせいか、なんかニオイきつくない?」
「わかる」
「発酵してるのかな……」
「そうぞうさせないでー……」
「あとでまた掃除するわ」
「うん」
二階のトイレ掃除は俺の仕事である。
うにゅほは家全体を掃除してくれているので、これくらいは俺がやらなければ。
膝の上でだらだらしている我が家の家事マスターの頭を撫でていると、
「あ」
「どした」
「あたった!」
「マジか」
「ほら!」
うにゅほが俺に当たり棒を見せつける。
「ことし、にほんめ!」
「運いいな」
「うん!」
「……いや、いいのかな」
「?」
「単純に、それだけ食ってるってだけの話なのでは」
「もー」
うにゅほが口を尖らせる。
「うんいいで、いいの!」
「──…………」
そうかもしれない、と思った。
はっきりと答えを出せない事柄に対し、ポジティブに捉えるのは大切なことかもしれない。
「……そうだな。運いいな」
「でしょ」
一夏に二度、ガリガリ君が当たる。
これは運がいいことなのだ。
「ことし、なんほんあたるかなあ」
「八本当てて二桁にしようぜ」
「しよう、しよう」
とは言え、あと八本はさすがに腹を下しそうなのだった。
573
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2025/08/16(土) 04:55:13 ID:kklPaipw0
2025年8月3日(日)
「──あっ」
ガリガリ君を囓っていて、ふと気が付いた。
「当たってる……」
「!」
座椅子でだらだらしていたうにゅほが、慌てて顔を上げた。
「ことし、さんぼんめ!」
「これはさすがに運がいいな」
「うんうん!」
「運だけに」
「うんだけに」
ガリガリ君を食べ終えたあと、当たり棒を水洗いし、うにゅほに手渡す。
「はい、これ」
「ありがと!」
「今年三本目か。あと七本、現実味を帯びてきたな」
「がんばって、たべようね」
「腹下さない程度にな」
「うん」
うにゅほが小箪笥の上に当たり棒を置く。
その隣には、二本の当たり棒が並べられていた。
「じっぽんたまったら、どうする?」
「どうするって……」
返答に窮する。
どうするも何もない気がする。
「こうかんする?」
「あ、そういう」
「?」
うにゅほが小首をかしげる。
「……ガリガリ君の当たり棒だけでログハウスの模型でも作ってみる?」
「たりない!」
「だろうな」
もちろん冗談である。
「とは言え、当たり棒交換するの恥ずかしくないか……?」
「わかるー……」
「しかも、十本同時とか、嫌がらせかと思われそう」
「うーん……」
「まあ、宝物にしとけばいいんじゃないかな」
「そか」
「もしくは、いつかログハウスの模型を作るために」
「おばあちゃんになっちゃう……」
「××なら、可愛いお婆ちゃんになるな」
「……ふへ」
目標の十本まで、残り七本。
果たして、夏のあいだに、あと七回もガリガリ君の当たりを引くことができるのだろうか。
574
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2025/08/16(土) 04:55:31 ID:kklPaipw0
2025年8月4日(月)
Amazonからメールが届いた。
「──返品できない?」
「?」
膝の上のうにゅほが、ガリガリ君を食べながら小首をかしげる。
「へんぴん?」
「ほら、Keychronの交換用キーキャップ買ったろ」
「うん」
「あれと一緒に、間違って、英語配列の別のキーキャップ買っちゃったじゃん」
「あ、そのへんぴん」
「そう。あれ、Xのキーキャップが不足してるらしくて、返品できないってメール来た」
「え、だって、あけてない……」
「開けてない」
「よね?」
「届く前から返品は決めてたから、そのまま送り返したよ」
「じゃあ、なんでだろ……」
「もともと欠品してたとか?」
「けっぴんしたの、へんぴんしたら、へんぴんできないの……?」
「そうなるな……」
「えー」
うにゅほが眉根を寄せる。
俺も、まったく同じ気持ちだった。
「仕方ない。Amazonのカスタマーセンターに電話しよう」
ネットで軽く方法を調べたあと、Amazonに連絡を行う。
丁寧なオペレーターに事情を説明したところ、専用の部署に一報を入れてくれるとのことだった。
「ふう……」
「へんぴん、できる?」
「わからないけど、言うだけは言ったよ」
「へんぴんできたらいいねえ……」
「三千円くらいだし、そこまで困るってわけでもないけど、商品がこっちに戻ってくるのが嫌だな」
「つかえないもんね」
「しかも、Xのキーがないんだぞ」
「よけいにつかえない……」
「ハッキリ言ってゴミだよ……」
Amazonへの返品なんて慣れていないので、どうなることやら。
無事に返品できればいいのだが。
575
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2025/08/16(土) 04:55:55 ID:kklPaipw0
2025年8月5日(火)
いつものようにパソコンチェアに座っていて、ふと気が付いた。
右の太股の裏が、じんわりと痛いのだ。
「……?」
もぞり。
右足を軽く上げる。
「わ」
俺の膝でくつろいでいたうにゅほが、目をまるくした。
そのまま太股の下に右手を差し入れると、軽い痛みが走った。
「しこりがある……」
「しこり?」
「なんか、太股の裏にある」
「みして」
「ああ」
うにゅほを立たせ、腰を上げる。
そして、作務衣の下衣をずり下げ、トランクス一丁でうにゅほに背を向けた。
「これ?」
つん。
「て」
「いたい……?」
「すこし」
自分でしこりに触れる。
思いのほか大きく、硬い。
「これ、なんだろう……」
「びょういんいこ」
「やっぱ病院か。皮膚科かな」
「たぶん……」
とは言え、時刻は既に夜である。
「あしたいこうね」
「うーん……」
「いこ?」
「ChatGPT先生に聞いてみよう」
「いこ……」
聞いてみた。
「いきなり出てきたってことは、悪性腫瘍の可能性は低いって。なるべく病院へは行ったほうがいいけど、様子を見てからでもいいらしい」
「いかないの?」
「行きたいのは山々なんだけど、皮膚科混むからさあ……」
「そだけど」
「まあ、今週いっぱい様子を見てみよう。小さくなるようなら行く必要はないし」
「うーん……」
あまり納得行っていない様子のうにゅほだが、通院はなるべく減らしたいのが人情というものだ。
何事もなく消えてくれればいいのだが。
576
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2025/08/16(土) 04:56:12 ID:kklPaipw0
2025年8月6日(水)
「なんかとどいてたー」
ダンボール箱を軽々と持ちながら、うにゅほが自室に帰ってくる。
「なにかったの?」
「××も見たことあるものだよ」
「ふんふん」
大きめの箱を開封すると、すぐに中身が判明した。
「あ!」
うにゅほが目をまるくする。
「あれだ!」
「そう、あれだ」
「これかったんだ!」
「買ってみました」
俺とうにゅほのあいだでは「あれ」「これ」で通じるが、公開している日記でそれは不味いだろう。
読者諸兄のために説明すると、購入したものは、シャクティマットと呼ばれる表面に鋭いトゲトゲが無数に付いたマットである。
このトゲトゲの上に寝ることで、鍼灸的な効果が得られる、らしい。
「さっそく──いてッ!」
マットを広げようとして、トゲトゲが指に刺さった。
「……これ、思った以上に鋭いぞ」
「ほんと?」
うにゅほがトゲに触れる。
「た!」
「これの上に寝るのか……」
「むり」
あ、うにゅほが諦めた。
「◯◯も、やめたほういいよ……?」
「物は試しだって」
「いたいとおもう」
「痛くないってことはないだろうな、間違いなく……」
とは言え、せっかく買ったものだ。
試しもせずにクローゼットに仕舞い込むのは面白くない。
俺は、フローリングの床にマットを敷き、その傍に腰を下ろした。
「……やるの?」
「やる」
「むりしないでね……」
「大丈夫だって」
それがフラグにならなければいいのだが。
そんなことを考えながら、シャクティマットに背中を預けていく。
「──…………」
完全に仰臥し、天井を見上げる。
「……あれ、いたくない?」
「死ぬほど痛い」
「いたい!」
「痛くないわけないだろ!」
「だいじょぶ……?」
「まあ、耐えきれないほどの痛みではないかな。しばらく我慢してみる」
「うん」
十分ほどすると、痛みに体が慣れてきたのか、徐々に楽になってきた。
「へいき?」
「平気は平気だけど、最初はこのくらいにしようかな」
「はい」
うにゅほが俺に手を差し伸べる。
その手を取り、そっと上体を起こした。
「せなかみして」
「ほら」
「わあ!」
「どうなってる?」
「あかくてぼつぼつしてる……」
当然である。
さて、このシャクティマット、本当に良い効果があるのだろうか。
しばらく使い続けてみようと思う。
577
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2025/08/16(土) 04:56:33 ID:kklPaipw0
2025年8月7日(木)
「うめえー……」
ガリガリ君の梨味をボリボリと食べ進めながら、思わず言葉が漏れた。
「なしあじ、すき?」
「好き」
「いちばんすき?」
「いちばんはソーダ味だな……」
「わかる」
「でも、ガリガリ君の梨味ってさ。梨のいちばん美味しいところをずっと囓ってる感じがして」
「それもわかる……」
うんうんと頷き、うにゅほが尋ねる。
「でも、◯◯、なしすきだっけ」
「うーん……」
俺は、フルーツ全般があまり好きではない。
とは言え、梨はまだ食えるし、好きなほうだ。
ただ──
「梨って、食べてくと、どんどん味がなくなってくじゃん」
「?」
うにゅほが小首をかしげる。
「んで、だんだんジャリジャリしてくるって言うか……」
「……うーん?」
「ピンと来ない?」
「こない」
「たぶん、梨の甘さに慣れるんだと思うけど」
「なし、ずっとおいしいよ?」
「俺がおかしいのかな……」
「はずれのなし、だったのかも」
「今まで食べてきた梨全部?」
「うん」
「そっかあ……」
即答されてしまうと、そうなのかもしれないと思ってしまう。
「じゃあ、当たりの梨食べてみたいな。ガリガリ君みたいな味なのかな」
「どっち、おいしいかなあ……」
「食べ比べてみたいわ」
「いつか、あたりのなし、たべようね」
「ああ」
まあ、自腹での購入は、まずしないと思うけれども。
この約束が履行されるのは、果たしていつになることやら。
578
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2025/08/16(土) 04:56:53 ID:kklPaipw0
2025年8月8日(金)
「ね、◯◯……」
「んー?」
膝の上のうにゅほが、心配そうに口を開く。
「ひふか、いかないの?」
「皮膚科」
「うん」
「あー」
そうだった。
太股の裏側にしこりができていたのだった。
日常生活において太股の裏を意識することがあまりにないため、忘れていた。
「ちょい待ち」
右足を軽く持ち上げる。
「わ」
「んー……」
もぞもぞと太股の裏を探る。
「……あれ?」
「どしたの?」
「ない……」
「え」
「しこりが、ない」
「ないの?」
「悪い、××。いったん降りて」
「はい」
うにゅほを膝から降ろし、立ち上がる。
「んー……?」
ぺたぺた。
太股の裏側に触れていき、
「──あ、これだ!」
「どれ?」
「ここ、ほら」
「わかんないから、ぬいで」
「はい」
作務衣の下衣をずり下げ、トランクス一丁になる。
「ほら、ここ。しこりがあった場所」
「え、どこ?」
「触ってみ」
「うん」
つんつん。
「あ、ちょっとかたい……」
「なんか小さくなってる。触っても痛くない」
「なおってる?」
「たぶん……」
「よかったー……」
うにゅほが、ほっと胸を撫で下ろす。
「皮膚科行かなくてよかったな」
「いくのは、いったほうよかったとおもう。なおるしこりだったの、たまたまだし」
「あ、はい……」
実に正論である。
早め早めの病院で、なるべく寿命を延ばしていこう。
579
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2025/08/16(土) 04:57:12 ID:kklPaipw0
2025年8月9日(土)
ふと、名前のわからないものが思い出されるときがある。
外見や味、舌触りまで覚えているのに、名前だけがとんと出てこない。
「なんだっけ……」
「なにー?」
「ロイズにパン屋あったじゃん」
「おいしいとこ」
「そう、美味しいとこ」
「ふんふん」
「あそこで、バターロールに板チョコそのまま挟んだみたいな豪快なパンあったじゃん」
「あ、あった!」
「あれ、名前なんだっけ……」
「んー」
うにゅほが参戦してくれた。
百人力とは言いがたいが、ひとりで悩むより遥かにましだ。
「ぱぐ、みたいな……」
「ああ、わかる。二文字なんだよな」
「そうそう」
「ザク」
「ざくではない……」
「グフ」
「ぐふでも、たぶんない」
「マジでなんだったっけ……」
既に十分ほども悩み続けている。
「しらべる?」
「……調べる、かあー……」
できれば自分で思い出したかった。
腰は重いが、仕方あるまい。
Google先生に尋ねたところ──
「ぐて!」
「グテだ、グテ。そうだ。完全に思い出したわ」
「ぐて、おいしかったね」
「はみ出しすぎなんだよな。美味かったけど」
「また、たべたいね」
「今度近く通ったら、寄ってみるか」
「うん!」
暑さで出不精に拍車が掛かっている。
次に近くを通るまでに忘れていなければいいのだが。
580
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2025/08/16(土) 04:57:30 ID:kklPaipw0
2025年8月10日(日)
アップルウォッチに視線を落としながら、うにゅほが言う。
「はとのひー」
「鳩の日だなあ」
「へいわなひ、なのかな」
「かもなあ」
「もー。きょうみもって!」
「はいはい」
"8月10日"で検索していく。
「ハートの日でもあるらしい。なるほどだな」
「かわいい」
そんな会話を交わしていると、Googleのサジェストにこんな文字列が表示された。
"8月10日 汚い"
「──…………」
なるほど。
これは恐らく、うにゅほに見せてはいけないたぐいの情報だ。
「きたない……?」
「あ」
気付いてしまった。
「……不思議だなあ」
「はとのひも、はーとのひも、かわいいのにね」
「そういうこともあるさ」
Googleのタブを閉じる。
「あ」
「どした?」
「みたかった……」
「気にしない、気にしない」
「──…………」
うにゅほが半眼で俺を見上げる。
「ん?」
「◯◯、なんかかくしてる」
「……隠してないよ?」
「かくしてる。わかる」
「──…………」
さすがうにゅほ、俺のプロフェッショナルだ。
だが、俺は俺で、うにゅほを言いくるめるスペシャリストである。
「思い出したんだよ。実は、ちょっとよくない記念日があって……」
「よくないの?」
「たぶん、気分は悪くなる。ハッキリ言って汚い。だから、××に、そんな思いさせたくなくてさ」
「◯◯……」
「知らないほうがいいよ」
「……わかった」
すこし名残惜しそうだったが、野獣の日だのハッテンの日だの、うにゅほの耳に入れられるはずもない。
うにゅほには清い心でいてほしいものだ。
581
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2025/08/16(土) 04:57:48 ID:kklPaipw0
2025年8月11日(月)
「──あ、またむし!」
「おらッ!」
デスクの上に止まった小さな虫を、指先で潰す。
「やた!」
ティッシュで虫をくるんだあと、指を拭い、溜め息をついた。
「昨日から四匹目か……」
「なんか、おおい」
「しかも、いつも同じ虫だ」
体長3mmほどの、羽の生えた小さな虫。
観察する気も起こらないが、同じ虫であることだけはわかる。
「……部屋のどっかで湧いてんのかな」
「えー……」
「でも、俺たち部屋に食べ物置かないし」
「◯◯、たべちゃうもんね」
「ついな」
湧いているとして、理由がわからない。
「サボテンの鉢植えとか」
「わたし、たまにみてるけど、むしとかいないよ?」
「だよなあ」
「さぼてんじゃないよ」
庇っているようにも見えるが、さすがに嘘はないだろう。
「部屋、軽く調べてみるか」
「うん……」
書斎側、寝室側の電灯をつけ、それらしい場所に捜査の手を入れる。
ベッドの下を調べていたとき、
「◯◯! ◯◯!」
うにゅほが慌てて俺の名を呼んだ。
「どうした!」
「むし、なんかおちてる!」
「落ちてる……?」
書斎側へ向かうと、先程までいなかった小さな虫が三匹ほど、床を這っていた。
「こいつら、どこから!」
思いのほか動きの鈍い虫を二匹潰し、三匹目は形が残る程度に圧殺する。
「──…………」
「なんか、わかる?」
「……これ、羽アリじゃないか?」
「あり!?」
「ああ……」
羽は横に長く、体にはくびれがある。
小さくて確定はできないが、アリであるように見えた。
「あり……」
最悪の記憶が蘇る。
アリが屋内に侵入してきたときの記憶だ。
あのときは、結局、害虫駆除業者に頼んでようやく解決したっけ。
「……また業者に頼む羽目になるかもな」
「たのむなら、はやくたのも……」
「だな……」
どんな薬剤を使ったとて、結局、素人は無力なのだ。
早め早めの対策を。
近隣の駆除業者を探しておかなければ。
582
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2025/08/16(土) 04:58:07 ID:kklPaipw0
2025年8月12日(火)
膝の上のうにゅほが、フローリングの床を見渡す。
「……あり、いない?」
「見た感じ、いないけど……」
「そか……」
ほっと胸を撫で下ろし、ディスプレイに視線を戻す。
五分後、
「──…………」
うにゅほが、また、床へと視線を向けていた。
「そんなに警戒しなくても」
「ありは、だめ」
「わかるけどさ……」
以前、アリが屋内へと侵入したことがあった。
やつらは、道しるべフェロモンによって、一度決めたルートを愚直に歩き続ける。
その途中でいくら潰しても殺しても無駄なのだ。
あとからあとからやってきて、必ず目的のエサまで辿り着く。
単なる一匹の虫ではなく、アリというシステムと戦っているような不気味さがあった。
「ただ、いったん様子見だ。羽アリがどこから入ってきたかわからないけど、俺たちの部屋にエサはないわけだから」
「でも、(弟)のへやにもいたよ?」
「いたのか……」
「うん。(弟)のへやも、えさないけど」
それならば、二階への再訪はないはずだ。
ただ、恐らく躯体への侵入は既に果たされているため、いつ普通のアリが台所に現れるかはわからない。
出てきた時点で業者を呼ぶのが恐らく最速ルートである。
「はァ……」
アリによるストレスか、なんだか頭が重い気がする。
そう言えば、今朝は睡眠時間が短かったっけ。
「──……?」
思わず小首をかしげる。
「××」
「?」
「俺、今朝寝たっけ……」
「きおくないの?」
「記憶がない」
「……だいじょぶ?」
「大丈夫と言えば大丈夫だけど……」
「ねてたよ」
「寝てたんだ」
「いすでねてた」
「椅子でか……」
「ごめんね。おこしたんだけど……」
「いや、起きない俺が悪い」
このチェア、やたらと寝心地がいいんだよな。
良いことなのか、悪いことなのか、いまいち判別がつかないのだった。
583
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2025/08/16(土) 04:58:26 ID:kklPaipw0
2025年8月13日(水)
俺の膝の上で優雅にガリガリ君を食べながら、うにゅほが言う。
「さいきん、あつくないねー……」
「いいことじゃん」
「いいことだけど」
「暑いほうがいいのか?」
「やくそくした」
「約束……」
しばし思案する。
俺も、うにゅほも、言葉足らずなところがある。
適当に言っても相手に伝わるからだ。
「──あー、あれか」
「それ」
次の猛暑日、部屋を蒸し風呂状態にして、室温が何℃まで上がるかの実験を行う約束をしていたのだ。
「あつくなんないねー……」
「真夏日はちょこちょこあるんだけどな」
「まなつび、あつくない」
「まあ、わかる」
七月に猛暑日を経験したことで、基準がどこかおかしくなった。
真夏日が涼しいだなんて言うつもりはないが、「この程度?」と思ってしまうのは無理からぬことだろう。
エアコンの効いた部屋にずっといる身としては、そんなことを言う権利はないように思うが。
「んー……」
しゃくしゃく。
ガリガリ君を美味しそうに食べながら、うにゅほが何かを考える。
「……美味しいか?」
「おいしい」
「当たった?」
「はずれー」
「そっか」
ガリガリ君の当たり棒は、まだ三本。
目標の十本は、遥か遠く、まだ見えない。
「まあ、いいかー……」
「いいんじゃないか。暑い日が来たらで」
「ん」
そもそも、来ないとどうしようもないし。
八月中に再度熱波が来るか否か。
神のみぞ知る。
584
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2025/08/16(土) 04:58:50 ID:kklPaipw0
2025年8月14日(木)
「病院行くけど」
「はーい」
身支度を整え、愛車で出発する。
今日は、よく日記に書く一ヶ月に一度の定期受診ではなく、二ヶ月に一度のものだ。
そのため、予約は午後三時で、かなり余裕がある。
「何分で終わると思う?」
「うーと、たぶん、じゅっぷん……?」
「なるほど、いいとこだな」
今日行く病院は、予約制であることもあいまって、異常に早く終わる。
診察と言えば、ここ二ヶ月の報告を済ませるだけだ。
「ファミマ寄ろう。昼食べてないし」
「いいよ」
ファミマでパンを購入し、愛車の中で食べる。
「ファミチキレッド、こんなに辛かったっけ……」
「からい?」
「食べる?」
「たべる」
「文句言うなよ」
「いわないよー……」
しばらくして、うにゅほが舌を出しながら言う。
「はら!」
「辛いよな」
「からいー……」
「ほら、豆乳」
「あいがと」
ファミマのゴミ箱にゴミを捨てて、再び出発する。
病院に着いたのは、午後三時ちょうどだった。
そして、病院を出たのは、午後三時五分だった。
「ごふんでおわった……」
「最短記録じゃないか?」
「そうかも」
「患者、誰もいなかったしな……」
「でも、はやいぶんにはいいから」
「そうだけど、月に一度のほうと足して二で割りたいよ」
「わかる……」
月に一度の定期受診は、やたらと混むのだ。
朝一で家を出ても、おおよそ一時間は待つ。
「つぎ、いつ?」
「19日かな」
「◯◯、はやおきしないとね」
「……頑張る」
面倒だが、行くしかない。
このポンコツな体を引きずってでも、生きねばならないのだから。
585
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2025/08/16(土) 04:59:13 ID:kklPaipw0
2025年8月15日(金)
「♪」
うにゅほが機嫌よくサボテンに水をあげている。
その姿を見て、今日が15日であることに思い至った。
「もう半月経ったのか……」
「たったよ」
「八月も残り半分じゃん」
「そうだよ」
「早いって……」
「はやいよ」
「暑さも随分大人しいし、なんとなく過ぎちゃったな」
「◯◯、いろいろやってたきーするけど……」
「やってはいた、うん」
実を言えば、創作分野でちょっとした革命が起きていたりした。
時の流れが早いのは、そのせいでもあるだろう。
「今月、他に何があったっけ」
「なんだっけ……」
「××、思い出せる?」
「うーと、◯◯のしこりとか?」
「あー」
太股の裏に唐突に現れた大きめのしこりのことだ。
急ぎ皮膚科へ行くつもりだったのだが、気付けば影も形もない。
「あれ、なんだったんだ……」
「わかんない……」
「他には、あれ買ったな。シャクティマット」
「とげとげ」
「××は指で触れた時点で心折れてたな……」
「ぜったいいたいもん」
「俺、シャツ越しなら平気になったぞ」
うにゅほが、信じられないものを見るような目つきで俺を見る。
「さっき、それで、かみんとってたもんね……」
「痛いは痛いんだけど、心地良い痛さっていうか」
「うそだ」
「嘘じゃないって……」
「わたし、◯◯いないとき、ねてみたもん」
「どうだった?」
「ひめいでた……」
「××、敏感そうだもんな……」
人には向き不向きがある。
俺も、シャクティマットの効果を実感したわけではないので、しばらくは様子見だ。
「八月前半は、そんなとこか」
「だね」
「後半は何があるかな」
「いいことあったらいいね」
「ああ」
何か素晴らしい出来事があればいい。
だが、往々にして、現実は期待を裏切るものだ。
586
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2025/08/16(土) 04:59:57 ID:kklPaipw0
以上、十三年九ヶ月め 前半でした
引き続き、後半をお楽しみください
587
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2025/09/01(月) 20:17:06 ID:mZ3ievxU0
2025年8月16日(土)
駿河屋からメールが届いた。
「査定終わって、入金するってさ」
「なんか、すーごいじかんかかったね」
「駿河屋自体にトラブルがあったらしい」
「そなんだ」
「急いでないから別にいいけど、千円くらいおまけしてくれないかな」
「くれなさそう……」
「たぶん、してくれない」
「だよね」
そんな会話をしながら、ふとあくびを漏らす。
「ねむい?」
「まあ、うん」
俺の反応に何かを感じ取ったのか、膝の上のうにゅほがこちらを振り返る。
「……ねた?」
「寝た寝た」
「なんじかんねた?」
「──…………」
「はい」
うにゅほにiPhoneを渡される。
睡眠管理アプリで確認しろ、ということだ。
「えー……」
アプリを開き、読み上げる。
「……一時間半、ですね。はい」
「ねてない!」
「ちょっとは寝た」
「なんでねてないの……」
「歌詞書くのが楽しくなっちゃって」
「いいけど、だめだよ。ねないと」
膝から下りたうにゅほが、俺の手を引く。
「ねる!」
「はい……」
「まったくもう」
「すいません……」
作詞にしろ、執筆にしろ、動画制作にしろ、創作活動を行っていると睡眠時間が削れていく傾向にある。
気を付けなければ。
588
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2025/09/01(月) 20:18:20 ID:mZ3ievxU0
2025年8月17日(日)
日曜の午後。
うにゅほを膝に乗せたまま、怠惰の限りを尽くしていた。
「そう言えばさー」
「んー?」
「俺、日記書いてるじゃん」
「かいてる」
「もうすぐ五千回なんだよね」
「ごせん!」
うにゅほが目を回す。
「すーごいかいたね……」
「自分でも引く」
「いちまんかいまで、おりかえしかー」
「……あんま想像したくないな」
「うん……」
十四年後の自分はどうなっているだろう。
もしここにタイムマシンがあったとしても、俺はきっと乗ることはないだろう。
いや、未来変えていいなら乗るか。
我ながら現金である。
「ごせんかい、なにかやるの?」
「特に考えてないな……」
「もったいない……」
「俺の日記は、××と過ごす日常を垂れ流すものだからさ。××にとっては日記の回数なんて関係ないわけだし」
「かんけいなくないよ、わたしのにっきでもあるもん」
うにゅほが苦笑し、目を逸らす。
「ぜんぜん、ぜんぶ、よめてないけど……」
「いいのいいいの。そもそも誰かが全部読むってことを想定してないフォーマットだし」
「ぜんぶよんでるひと、いるのかな」
「いるよ」
「いるんだ!」
「ありがたいことに……」
「すごい」
「物好きとも言う」
「こら」
冗談めかしたこぶしで、頭をこつんと叩かれた。
そんなことの一つ二つに、俺は幸せを感じるのだ。
589
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2025/09/01(月) 20:18:37 ID:mZ3ievxU0
2025年8月18日(月)
「──あ、やべ」
「?」
「明日、病院じゃん……」
うにゅほが小首をかしげる。
「やばいの?」
「家の前、下水管工事してる」
「あ!」
「出られっかなあ……」
「どうかなあ……」
よりにもよってのタイミングで工事を始めてくれたものだ。
とは言え、絶対に必要な工事ではある。
現場の人々に文句を言うつもりは毛頭ないが、車を出せなかったらどうしよう。
「……まあ、なんとかなるか」
「なる?」
「なるなる。たぶん。ならなかったらそんとき考えよう」
「らっかんてき……」
「考えるのを放棄したとも言う」
「ほうきしないで」
「でも、考えてどうにかなることでもないからなあ」
「それは、うん」
「明日になってみないと」
「だせなかったら、どうするの?」
「タクシーとか……」
「たくしー」
「お金はかかるけど、仕方ない。背に腹は代えられないからなあ」
「そだね……」
「××って、タクシー乗ったことあったっけ?」
「んー」
しばしの思案ののち、うにゅほが答える。
「ないかも」
「ないんだ」
「たぶん……」
「明日が初めてのタクシーにならないといいな」
「ほんとに……」
無事に病院へ行けたかどうか、明日の日記で報告しよう。
590
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2025/09/01(月) 20:19:40 ID:mZ3ievxU0
2025年8月19日(火)
「よし、行くか」
「はーい」
午前八時、家を出る。
下水管工事はまだ始まっていない。
愛車をガレージから出すことはできそうだ。
「ただ、問題は帰りなんだよな……」
「こうじ、はじまってるもんね」
「しゃーない。工事が終わるまで、どっか適当なとこに停めよう」
「いいの?」
「このへん、駐車禁止じゃないしな」
「そか!」
愛車に乗り込み、病院へと向かう。
いつものように待たされ、薬局で薬を受け取ったのは午前十時のことだった。
「づがれだー……」
「おつかれさま」
「××は疲れてないのか……?」
「つかれたけど……」
「じゃあ、お疲れさま」
「うん」
来た道を戻り、帰途につく。
家の前の道が封鎖されていたので、適当に駐車して帰宅した。
「こうじ、おわったら、くるまとってこないとね」
「だなあ」
そんな会話をしていると、うにゅほがふと小首をかしげた。
「ね、◯◯」
「うん?」
「げすいかん、こうじしてるのに、といれながしていいの……?」
「──…………」
なるほど。
「たぶん、大丈夫なんだよ。ダメだったら言うだろ」
「そだけど」
「下水の迂回路を作るんじゃないかな。迂回させてるあいだに下水管を交換して、また下水の流れを戻す」
「あー」
「それくらいしか思いつかないな……」
「あってるきーする」
「かもな」
しかし、大変な工事だ。
こんな夏場にする仕事じゃないよな。
工事に従事する人たちに心の中で敬礼を送り、俺はガリガリ君を貪るのだった。
591
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2025/09/01(月) 20:20:00 ID:mZ3ievxU0
2025年8月20日(水)
「んご」
午睡から覚め、目を開く。
気配に気が付いたのか、たまたまか、うにゅほが自室の寝室側を覗き込んだ。
「あ、おきてる」
「おはよう……」
「おはよ」
三十分。
午睡と言うより仮眠だから、頭はスッキリしている。
ゆっくりと身を起こそうとして、
「いだだだ」
背中に鈍痛のようなものが走った。
「それはいたいよ……」
うにゅほが、呆れたように言う。
鋭いトゲが無数に付いたシャクティマットを敷いて仮眠をとっていたのだった。
「みして」
うにゅほが俺のシャツをまくり、背中を見る。
「わ」
「どうなってる?」
「ぽつぽつへこんであかくなってる……」
集合体恐怖症には厳しそうだ。
「いたくないの?」
「シャクティマットにもだいぶ慣れてきてな」
「なれるんだ……」
「シャツがないと無理だけど」
「むりしたらだめだよ」
シャクティマットとのファーストコンタクトがよほど痛烈だったのか、うにゅほはやたらと心配してくれる。
「大丈夫だって。むしろ、気持ちいいって思える境地に入ってきたかも」
「えー……」
「いやマジで」
「ほんとになるんだ」
「腰とか背中痛いとき、恋しくなる」
「あ、それはわかるかも」
「なんだかんだ、買ってよかったかもな」
「うん」
「……××はやらない?」
「やらない」
決意の固いうにゅほなのだった。
592
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2025/09/01(月) 20:20:47 ID:mZ3ievxU0
2025年8月21日(木)
「──ああ、そうだ」
「?」
俺の膝に腰掛けたうにゅほの頭を優しく撫でる。
「日記、今日ので5000回なんだよ」
「おー!」
うにゅほが、ぱちぱちと手を叩く。
「きょうなんだ」
「今日です」
「きねんびだね!」
「8月21日か……」
軽く思案し、思い至る。
「××、バニーガールになってくれ」
「なんで」
「バニーの日だから……」
「あるの? あるならきるけど……」
「あるわけないだろ」
「うん」
当然だった。
「なにかしたいねー」
「正直、何も考えてない」
「かんがえよう……」
「だって、5000回も日記を頑張って書いたってより、普通に生きてたら勝手に5000回になってたって感覚なんだもん」
「あー」
「どこか他人事と言うか……」
「でも、ごせんかいだし」
「なら、そうだな──」
うにゅほを抱き締めるようにして、キーボードに指先で触れる。
「今からここに書くこと、読んでくれよ」
「うん」
コトコトと文章を入力していく。
「はい」
「よんだよ?」
「……音読してくれ」
「はい」
うにゅほが口をひらく。
「えと、ごせんかい、ありがとうございます。
にっきをつづけてこられたのも、ひとえに、どくしゃしょけいが、ほんにっきをよみつづけてくれたおかげです。
うにゅほとのせいかつは、どちらかがしぬまでつづきます。
これからもごあいこのほど、よろしくおねがいします」
「よし」
「これでいいの?」
「ああ。これで日記に書ける」
「これしないと、かけないの、たいへんだね……」
「日記だからなあ」
ともあれ、5000回はひとつの区切りと言って差し支えない。
次は10000回を目指して頑張ろう。
593
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2025/09/01(月) 20:21:15 ID:mZ3ievxU0
2025年8月22日(金)
午前五時半のことだ。
作業のために徹夜でPCに向かっていたところ、
──ぴんぽーん
「は……?」
不意にインターホンが鳴った。
「んに」
のたくたとうにゅほが起き出してくる。
「らにー……?」
「誰か来た」
「だれ?」
「わからんけど、母さんが出たっぽい」
「そなんだ……」
「──…………」
「?」
緊張した俺の様子に、うにゅほが小首をかしげる。
「どしたの?」
「ああ、いや」
「……?」
「警察は、早朝に来るって聞いたことがあって」
「けいさつ」
「警察」
「◯◯、なにかしたの……?」
「してない。してないけど、冤罪とかあるじゃん……」
「えんざい、こわいけど」
しばし一階の気配を窺うが、特に不穏な様子はない。
「けいさつじゃないね」
「だったら誰だろう。いくらなんでも常識ないだろ。五時半だぞ、まだ」
「◯◯、またてつやしてる……」
「……××と一緒に起きたのかもしれないじゃん」
「うそってわかる」
「嘘だけどさ」
「わたし、したいってみるね」
「ああ」
しばし待っていると、うにゅほがパタパタと戻ってきた。
「おとなりさんだった」
「何故こんな時間に……?」
「とうきびもらったって」
「何故こんな時間に……?」
「わかんないけど」
「わかんないんかい」
ボケてんじゃないだろうな。
ともあれ、何事もなくてよかった。
なお、茹でとうもろこしは甘くて絶品だった。
594
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2025/09/01(月) 20:21:43 ID:mZ3ievxU0
2025年8月23日(土)
今日も今日とて、ふたりでガリガリ君を貪り食っていた。
「──あ、当たった」
「ほんと?」
「ほら」
うにゅほに当たり棒を見せる。
「よんほんめだ!」
「あと六本だな」
「うん!」
なんとなく、この夏のあいだに当たり棒を十本集めることになっている。
既に八月も下旬だから、難しいとは思うが。
「あ」
「?」
「あたった!」
「え、マジ?」
「ほら!」
確認する。
「マジだ……」
「どうじにあたるの、すごいね!」
「宝くじでも買うか?」
「あたんないとおもう」
「夢がないな……」
俺も当たらないと思うけど。
「ごほんめだ!」
急に、当たり棒十本の達成が現実味を帯びてきた。
「ちゃんと洗って干しておかないとな」
「うん。たべたらあらうね」
当たり棒を交換する際には、しっかりと水洗いし、干したあと、ラップやビニール袋に包んだ上で販売店に持ち込む必要がある。
俺たちは交換するつもりはないが、単純に不衛生だ。
「♪〜」
うにゅほが、膝の上で、機嫌よさそうに鼻歌を歌う。
こんな小さなことで幸せを感じられるのは、実に素晴らしいことだ。
「……いや、二本同時はかなり珍しいか?」
「めずらしいよー」
ガリガリ君が当たる確率は、約4%だと言われている。
それが二本同時に当たるとなれば、約0.16%だ。
相当珍しいことに違いはない。
「……やっぱ、宝くじ買うか」
「あたんないとおもう……」
「まあ、うん」
気が向いたら買おう。
595
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2025/09/01(月) 20:22:17 ID:mZ3ievxU0
2025年8月24日(日)
扉を開き、玄関フードを覗き見る。
炭酸水が届いていた。
本来、三箱届くはずのものが、一箱だけだ。
ダンボール箱を抱えて二階へ上がり、自室に戻る。
「あ、とどいた?」
「届いてた。でも、一箱だけだった」
「あとでくるのかなあ……」
「かもな」
別の宅配業者で届くのだろうか。
まさか、二度も三度も同じ人が来るわけではあるまい。
そんなことを考えながら昼が過ぎ、夜を迎え、ふと思い出した。
「……炭酸水、届いてなくないか?」
「とどいてるのかも」
「いや、届いたらメール来るようになってるから……」
「きてない?」
「一箱分は届いてる」
「にはこは……」
「来てない」
何かトラブルがあったのだろうか。
Amazonのサイトを開き、注文履歴を確認する。
「"遅延が発生、まだ出荷が完了してません"──だって」
「えー!」
「困る」
「こまる……」
俺とうにゅほは、炭酸水で水分を補給している。
水を飲めばそれで済む話なのだが、単純に、炭酸水のほうが美味い。
そのため、なるべく炭酸水を切らしたくないのだ。
「ひとはこでもとどいて、よかったね」
「残りの二箱が届くまで、なるべく持たせないとな……」
「うん」
いつ届くか、それが問題だ。
一週間くらいなら、節約すれば耐えられる。
だが、二週間ともなれば、そもそも次の定期おトク便が届いてしまう。
頑張れAmazon。
俺たちの水分補給のために。
596
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2025/09/01(月) 20:22:41 ID:mZ3ievxU0
2025年8月25日(月)
うにゅほが炭酸水を飲んでいる。
「××、ちびちび飲むよなあ」
「うん」
「なんか可愛い」
「うへ」
「でも、それで水分補給できてるか……?」
「だって」
口を尖らせながら、うにゅほが答えた。
「いっきにのんだら、げっぷでる」
「あー」
そう言えば、うにゅほのげっぷってほとんど聞いた覚えないな。
「気にしてたんだ……」
「きにするよー」
「俺は気にしないのに」
「◯◯がげっぷするのは、わたしもきにしないけど、わたしがげっぷするのは、わたしがきにするの」
「なるほど……」
わからんでもない。
「炭酸水、その飲み方で美味しいか? ビールじゃないけど、のど越しを味わう部分もあると思うんだよな」
「ふつうのみずより、おいしいよ」
「それはそうだけどさ」
「げっぷ、したくない……」
「乙女だなあ……」
「おとめだよ」
「なんか、悪い気するな。××の前で炭酸水がぶ飲みするの」
「きにしないでいいよー……」
「気にするなってんなら、しないけどさ」
「うん。きにしないで」
「わかった」
うにゅほがそう言うのであれば、気にするほうが間違っている。
俺は、うにゅほが飲んでいたペットボトルを受け取り、そのままがぶがぶ飲み下した。
「げふ」
「げっぷでた」
「俺がいないときとか、こうやって飲んでみな。美味いから」
うにゅほが小首をかしげる。
「◯◯がいないとき……?」
「風呂入ってたりとか」
「あー」
せっかくだし、炭酸水の本当の美味しさを知ってもらいたいものな。
うにゅほのげっぷも聞いてみたいが、恐らく嫌がられるので我慢することにしよう。
597
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2025/09/01(月) 20:22:58 ID:mZ3ievxU0
2025年8月26日(火)
シャワーを浴び終え、自室で髪を乾かす。
「あのさ」
「?」
「大したことじゃないんだけどさ」
「うん」
「二回、体洗った気がする……」
「にかい?」
「ああ」
「きたなかったの?」
「いや、途中で洗ったかどうだかわからなくなっちゃって」
「──…………」
俺の額に、うにゅほの手が当てられる。
「ねつない」
「風邪でぼーっとしてた、とかではなく」
「だいじょぶ……?」
「大丈夫だって」
変に心配を掛けてしまった。
「ほら。俺さ、風呂場で考え事するじゃん」
「いってたきーする」
「特に、目を閉じて体を洗ってるとき、いろんなアイディアが浮かぶんだよ」
「ふんふん」
「で、考え事にかまけてたら──」
「わすれちゃったんだ」
「そういうこと」
「なるほどー……」
うにゅほが、うんうんと頷く。
「びっくしした」
「すまん」
「そんなにしゅうちゅうするんだね」
「風呂場ではな」
「なんでだろ……」
「たぶん、目は閉じて情報をシャットアウト、かつ両手は半自動で体を洗うから、頭がぽっかり空くんだと思う」
「わたし、それなんないなー」
「人によるんだろうな」
「うん」
体を洗わずに出るより、二回洗って出るほうが衛生的だ。
こういうことは時折あるので、そのたび二回洗っている俺だった。
598
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2025/09/01(月) 20:23:18 ID:mZ3ievxU0
2025年8月27日(水)
所用で外出した帰り道のこと、家の近所に見覚えのある看板が立っていることに気が付いた。
「あ!」
「丸亀製麺じゃん!」
「まるがめだ!」
「ここに丸亀できんのか……」
近所がどんどん豊かになっていく。
素晴らしいことだ。
店構えは既に堂々としているが、開店はまだ先のことらしい。
「たのしみだね!」
「何食おっかな……」
「きーはやいよー」
「ははっ」
車内でふたり、笑い合う。
仲良しだ。
帰りにコンビニへと立ち寄り、嫌と言うほどガリガリ君を購入して帰宅した。
車庫の冷蔵庫にガリガリ君を仕舞うため、隙間を通って車庫の裏側へと回り込む。
「……ん?」
庭と言えなくもないスペースに、大きめの枯れ葉が落ちていることに気が付いた。
枯れ葉。
まだ八月なのに?
そんなことを考えていると、うにゅほも枯れ葉に気が付いたらしい。
「?」
とててと近寄り、
「んぎゃ!」
悲鳴を上げた。
「どうした!」
うにゅほが俺の背後へと回り込む。
「が!」
「蛾!?」
あれが蛾だとしたら、片羽だけで10cmはあるぞ。
「……サッと片付けて、速攻で家入ろう」
「うん……!」
慌てながらも車庫の冷蔵庫にガリガリ君を押し込み、蛾のほうを見ないようにして家に入る。
「ふー」
「クッソでかかったな……」
「びっくし」
「俺も」
あんなでかい蛾、北海道にいるんだ。
そのわりに初めて見たのが不思議である。
599
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2025/09/01(月) 20:23:35 ID:mZ3ievxU0
2025年8月28日(木)
昨日の蛾の正体がわかった。
クスサン。
今、北海道で大量発生しているのだそうだ。
「うー……」
うにゅほが不機嫌そうに唸る。
「てれびで、あっぷに、しないでほしい……」
「わかる」
それも、夕食時に。
マジで何を考えているんだ。
「……てことは、うちの近くでも発生はしてるんだな。一匹はいたんだし」
「うええ」
「俺だって嫌だよ……」
小さい蛾だって勘弁なのだ。
大きい蛾がうようよいようものなら、家から出られるはずもない。
「でも、敵のことは知らないとな」
「しらべるの?」
「調べたい、けど……」
Googleでクスサンについて調べたら、絶対に画像が表示される。
絶対にだ。
それが、たまらなく嫌だった。
「──よし、ChatGPTに頼もう。あれなら画像を見ずに情報収集できるはず」
「おー!」
タブに出しっぱなしのChatGPTを開き、クスサンについてGPT-5に尋ねる。
結果はすぐに出た。
「わ!」
「……GPT、お前もか」
親切のつもりなのだろう。
しっかりと、クスサンの画像が貼られていた。
無言で新しいチャットを開き、改めて指示を送る。
"現在、北海道で大量発生しているクスサンという蛾について調べてください。ただし、私は虫が苦手なので、画像は表示しないでください"
エンターキーを叩くと、クスサンの情報がずらりと列挙された。
「こういうの、できるんだ」
「便利だろ」
「べんり!」
クスサンは大型の蛾で、羽を広げると10cm以上にもなる。
昨日、俺とうにゅほが見たでかい蛾は、クスサンで間違いなさそうだ。
「またでるかな……」
「二度と会いたくない」
「わたしも」
本気で勘弁なのだった。
600
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2025/09/01(月) 20:23:52 ID:mZ3ievxU0
2025年8月29日(金)
配達遅延していた炭酸水二箱が、ようやく届いた。
ヒイコラとダンボール箱を自室に運び込み、炭酸水を冷蔵庫に詰めていく。
「おそかったねー……」
「本来、日曜日に届くはずだったものだからな。五日遅れだ」
「こまる」
「本当にそう」
二日ほど水を飲んでやり過ごしたが、やはり炭酸水が恋しかった。
あふ、とあくびが漏れる。
「ねむい?」
「なーんか、えらい眠いんだよな……」
「ねてる?」
「……寝てる」
一瞬の沈黙を見破られたのか、うにゅほが俺のiPhoneを手に取る。
画面を俺の顔に突きつけることでFaceIDを突破し、問答無用で睡眠管理アプリを開いた。
「よじかん!」
「あ、はい……」
「ねてない!」
「最低限は……」
「さいていげんは、ろくじかん!」
「はい……」
うにゅほが、俺の手を引いていく。
「ねましょう」
「はい」
「わたしも、おひるねのじかんだから」
遅寝早起きのうにゅほは、昼寝で睡眠時間を稼いでいる。
俺は、自分のベッドに潜り込み、CPAPを装着して目を閉じた。
気絶するように意識を失い、気付けば二時間ほどが経過していた。
「おはよー」
「おはよう……」
先に起きていたうにゅほが、自室の書斎側からこちらを覗き込む。
「××、いつ起きた?」
「さんじっぷんくらいまえだよ」
「そっか」
書斎側へ向かい、うにゅほのiPhoneを手に取る。
そして、当然のように知っているパスコードを入力し、睡眠管理アプリを開いた。
「昼寝と合わせて五時間じゃん……」
「……うへー」
「はい、まだ寝る」
「ねむくない……」
「寝る」
「はい……」
どうにも睡眠時間が短くなりがちなふたりだった。
601
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2025/09/01(月) 20:24:11 ID:mZ3ievxU0
2025年8月30日(土)
ガリガリ君コーラ味を食べていて気が付いた。
「お、当たりだ」
「みしてみして」
「ほい」
うにゅほに、アイスがまだ残っている当たり棒を差し出す。
しゃくっ。
ひとくち食べられた。
「コラ」
「うへー……」
「コーラだけに」
「こら」
「……言って後悔した」
「おもしろいよ?」
「慰めるな!」
「えー」
適当な会話を交わしながら、ガリガリ君を食べ終える。
「んじゃ、洗ってくるか」
「わたし、あらってくるね」
当たり棒を奪い去り、うにゅほがてててと部屋を出て行く。
それくらい、自分でやるのにな。
そんなことを思っていると、うにゅほが戻ってきた。
「ただいまー」
「おかえり、さんきゅー」
「あとよんほん、だね」
「当たりが出たらもう一本、じゃなくて、ある程度まとめて何かと交換する銀のエンゼル方式にしてくれたらいいのにな」
「そのほう、うれしい」
実際、交換する人のほうが明確に少数派なのだろうし。
十本当てたらガリガリ君のアイスの形をしたクッションなんてどうだろう。
赤城乳業さん、どすか。
「あと四本で、ようやく夏も終わるのかもしれないな」
「くがつも、まだ、なつ?」
「まだ夏だろ」
「そか!」
すこしずつ夏が遠ざかっていく。
この時期は、いつも切ない。
602
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2025/09/01(月) 20:24:35 ID:mZ3ievxU0
2025年8月31日(日)
「八月が終わるうー……」
ごろんごろん。
ベッドの上で転がる。
「くがつ、なるねえ」
「××、知ってるか。九月になると、あと四ヶ月で2025年が終わるんだぞ」
「はやい」
「早い。一年が早すぎる。このままじゃすぐ死ぬ」
「しなないで……」
「体感の問題だ、体感の」
どちらにせよ、あまり長生きできる気はしていないけれど。
「夏が終わる前に、するべきことはしないとな」
「がりがりくん?」
「最初は絶対無理な目標だと思ってたけど、案外行けそうだもんな。達成できるもんなら達成したい」
「わかる」
「××は、何かあるか?」
「んー」
うにゅほが小首をかしげる。
「……んー……?」
そのまま、首の角度が大きくなっていく。
「ないー……、かも」
「ないんかい」
「おもいつかない……」
「猛暑日が来たら、部屋が何℃まで暑くなるか試せたんだけどな」
「あ、それ」
「九月に入ったら、さすがにもうないだろ」
「ざんねん……」
「また来年だな。覚えてたら。あと、来年も猛暑だったら」
「ことし、あちかったねえ」
「七月が暑すぎて、本来暑いはずの真夏日が涼しく感じたけど」
「ほんしゅう、すごかった」
「ニュースで見てるだけだと、毎日猛暑日の印象があったな。実際は各地でバラバラなんだろうけどさ」
「まいにち、もうしょびだったら、しぬ」
「死ぬなあ……」
慣れるものなのだろうか。
「あきも、たのしみ」
「秋が来たら、そろそろエアコンともおさらばか」
「あと、たんじょうび……」
「大丈夫、忘れないよ」
「うへ」
うにゅほの誕生日は10月15日だ。
誕生日プレゼント、早めに買っておかないとな。
603
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2025/09/01(月) 20:25:17 ID:mZ3ievxU0
以上、十三年九ヶ月め 後半でした
引き続き、うにゅほとの生活をお楽しみください
新着レスの表示
名前:
E-mail
(省略可)
:
※書き込む際の注意事項は
こちら
※画像アップローダーは
こちら
(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)
スマートフォン版
掲示板管理者へ連絡
無料レンタル掲示板