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【オリスタ】メゾン・ド・スタンドは埋まらない【SS】

1 ◆PprwU3zDn2:2016/08/10(水) 23:03:21 ID:vIyspCZI0
SSを「ぶっ書いた」!

※注意※
このSSには以下の成分が含まれていません。
・上手な文章・構成
・ジョジョらしさ
・早くて定期的な更新

そんな感じで何卒よろしくお願い致します。それでは本編スタート。

21話前編 ◆PprwU3zDn2:2016/08/10(水) 23:05:12 ID:vIyspCZI0
〜門北町(もんほくちょう)〜

 関東・K県の東端にある門北町はそれはそれは寂れた町でございます。

かつては好景気の波に乗り大型ショッピング施設やホテルが次々に建ち、多くの人で

賑わったと聞きますが、現在は殆どの建物が姿を消し、人々の喧騒は10年以上の

時を経てすっかり静まり返ってしまいました。

交通の便も良いとは言えません。何せ電車も地下鉄も通ってないのですから。

(最盛期には駅を作る計画も何個かあったようですが、全て中止となっています)

一応バスが走っていますが、正直本数が多いとは言えず、日々の足として使うには

かなり厳しいでしょう。この町で暮らすなら自家用車は欠かせません。

名産品も特に無く、さらに―――――――――


「……本当にロクな情報がないな」

 スマホの画面に映る「門北町」に関する様々なネガティブな情報の数々。
最後まで読むのも億劫になり、スマホをポケットにしまうと
青年・藤鳥天(ふじどり てん)は深く溜息を吐いた。

31話前編 ◆PprwU3zDn2:2016/08/10(水) 23:06:39 ID:vIyspCZI0
この春から社会人になるにあたり、就職先の近くにあるアパートの一室を借り
一人暮らしを始めようとネットで賃貸物件を探し始めたのは一週間前のことだ。


「……ココだ!ココに決めた!永住する!早速契約しよう!」

自宅のパソコンで賃貸情報サイトにアクセスし、会社近くのアパートで検索して
一件目のアパートのページを見た瞬間に発した言葉である。
まだアクセスしてから5分も経っていない。
たまたま遊びに来ていた天の彼女はそのあまりにも早すぎる決断っぷりに驚いたという。

「ちょ、ちょっと天!まだ何も見てないじゃない!もっと詳しい情報も見なきゃ!」

「えーっと、この手のサイトってすぐ契約とかって出来ないのな、
一度不動産屋に問い合わせなきゃダメらしい」

「当たり前でしょ、ちょっと見せて……ってここ門北じゃない!
陸の孤島で有名な場所よ、アンタが一番嫌がりそうな場所だからよしたほうがいいって」

アパートがある場所があまり評判の良くない所だと知っていた彼女は天に警告するが。

「問題ねーよ、住めば都って言うだろ」

彼女に言われた言葉を天は全く気にしていなかった。
彼が生まれ育った町もあまり人で賑わった場所ではなく、「何も無い町」という言葉に
慣れているというか一種の耐性のようなものを持っていたからである。
何も無いといってもコンビニ位はあるだろうし、暇なら電車で繁華街に行けばいいのだ。

とはいえ、町が賑わってるに越したことはなく、就職先の近くにあり家賃も手頃な物件など
他に沢山あったわけだが、天は頑なにこの門北のアパートがいいと言って聞かなかった。

「アンタって本当に言い出したら聞かないわね……どうせ『コレ』に釣られたクチでしょ?」

天の彼女は「まったく」と言わんばかりの溜息をつくと、サイトのある部分を指差した。

「ギクッ!いやぁーあはははははは…(なんで分かったんだコイツ!?あれか、読心術か!)」

「んなもん分かるわよ、何年アンタと付き合ってると思ってるの?」

(人の心を読むんじゃあない!そんなに顔に出やすいのか俺!?)

実際、天はページを見た瞬間、一目惚れに近い感情をこのアパートに起こしていた。
彼の心を射止めたのは素晴らしい景観でも広々とした間取りでもない。
ページに書かれてあったとある一文、たった一行の言葉に天は度肝を抜かされたのだ。



【敷金・礼金不要 家賃も『一切頂きません』。※要面接 メゾン・ド・スタンド】



(敷金礼金家賃不要……ってタダで住めるのかココ!?住む住む!ここに決めた!)

…単に住むのに金のかからない所が気に入っただけの話である。

41話前編 ◆PprwU3zDn2:2016/08/10(水) 23:07:55 ID:vIyspCZI0
メゾン・ド・スタンドは埋まらない

episode 01 「MIRACLE MEETS」


「家賃が不要というのは本当ですよ、大家さんに何回も確認しましたから。実際我々も
調査をしましたが欠陥住宅では無いですし、外観も綺麗なものですよ。写真見ますか?
こんな新築のような綺麗な所、門北じゃなけりゃ月8万は取れますよ、本当勿体無い。
正直言いますとここに住みたいって人は毎年かなりいるんですよ。でもページにもあったように
大家さんと一度面接して頂き、合格した人だけが住む事を許されているそうです。
ですのでまずは現地のアパートへ行く必要があります。その時に町の雰囲気も
実際に確かめてみたらいかがでしょう、住むかどうか決めるのは
それからでも遅くはありませんよ」

奇跡の出会い(天曰く)から数日後、問い合わせた不動産屋から貰った言葉である。
これは所謂「入居審査」というもので、通常は申込書類を元に審査をしたり
不動産屋を訪問した際の服装や人柄等の情報で判断することが多いが、
最近では大家と直接会って面接する形が増えてきているという。

面接の予約を入れてもらい次の日曜日、天はそのアパートに行く事になったのだが。


「まず電車に乗ってY駅まで行き、その後バスに乗って……何番系統のバスだっけ?」

天は持っていたカバンから賃貸情報サイトの画面を印刷して作った簡単な資料をを取り出し
ルートを再確認する。現在地点は天の実家の最寄駅の改札口前、まだ電車にも乗っていない。

「フムフム、6番系統のバスに乗ればいいのか……どこのバス停で待てばいいんだ?」

資料の再確認はこれで12回目である。そしてバス停に関する情報が資料には
載っていないということを再確認するのはこれで4回目である。

「何度見ても載って無い……仕方ない、スマホで調べるか」

51話前編 ◆PprwU3zDn2:2016/08/10(水) 23:09:24 ID:vIyspCZI0
 藤鳥天という男は「事前の下調べ」というものをあまり……いや、全くしない。
就職活動をしていた時もこれから受ける会社がどんな業種でどんな仕事をするのか、
筆記試験や面接の傾向は……といった基本的な下調べを一切せず
勢いだけで受ける会社を決め、ぶっつけ本番で試験や面接に挑んでしまう。
良く言えば決断力があり、悪く言えばいきあたりばったり、後先を全く考えない性格が災いし
就職先は全く決まらず、大学卒業ギリギリになってようやく内定が一つ貰えたのであった。

 門北へ向かう際も、不動産屋の資料やプリントした賃貸情報サイトに載っている
最低限の情報や簡単な地図に頼りきりで、行き先までのルートをネットで調べる等の
詳細な情報収集を一切行ってこなかったから、いざ当日になって行き方もわからず慌てるのである。


「……このバス停で待てばいいはずなんだけど、待てど暮らせど来る気配がないぞ?」

電車に乗り、K県で一番賑わっているY駅に到着した天は
スマホの情報を頼りに目的のバス停に着いたわけだが、どういうわけかバスが来ない。
かれこれ2時間は待たされている。

退屈なので天はバス停の時刻表に目を通した……が、汚れていてどうにも字が読みにくい。
どうやらかなり古いバス停のようだ。辛うじて分かる情報はこの時刻表はやたら空白が多く
バスは滅多にここに来ないのだろうというネガティブなモノだけある。
天はは電車内で見たネットの情報を思い出した。

(バスは走ってるが本数は少ない、暮らすなら自家用車は必須……か)

バスが滅多に来ない。一昔前ならともかく今は21世紀、それも関東の中でも
比較的栄えてるはずのK県でまさかこんな目に遭うとは思いもしなかった。

バイクの免許は持っているから中古の安い奴でも買って使うかと考えていた時である。
遠方から一台の古びたバスがこのバス停に向かって走ってきていた。

61話前編 ◆PprwU3zDn2:2016/08/10(水) 23:10:38 ID:vIyspCZI0
【6系統 門北車庫】

間違いない、目的のバスである。
バスは停留所に止まるとプシューッっと大きな音を立てて入口の扉を開ける。
天はバスに乗り込むと定期入れに入っている交通用電子マネーを
使おうとした……が、肝心のカードリーダーらしき物が
どこにも見当たらない。

(あれ?どこにカードをタッチすればいいんだ?……もしかして無かったりする?)

運賃箱には小銭を入れる所と千円札を入れる所の2つしかなく、
昔あった乗車カードを入れる箇所すらない。現金払いのみである。

いつもの習慣が使えず戸惑っていると、運転席に座る男が天に向かって
いきなり話かけてきた。暗くて良く見えないがヒゲを生やした40代くらいの男だろうか。

「おう兄ちゃん見ない顔だね、ボロっちいバスだけどゆっくりしていきな」

「えっ!?ど、どうも(急に話かけてきた、何だコイツ!?)」

「悪いな、見た通りのオンボロバスだから電子マネーとか使えねーんだ、現金で頼むわ」


天はようやく支払いが現金オンリーだという現実を知り仕方なく小銭を入れた。
久しぶりに現金払いで乗車した気がしたが、そんなことより天はこの気さくな運転手に
圧倒されかけていた。この男、初対面のはずなのにやたら気軽に話しかけてくる。

「新顔なんて数ヶ月ぶりじゃねーの、門北に何の用だい?」

「……近々引っ越す予定で。客の顔を覚えているんスか?」

「このバスは滅多に客が乗らないからよ、乗る客の顔は自然に覚えちまうんだぜ。
しかしそーか、門北に引越しかぁ……ケケケッ」


運転手の最後の笑いが、天には意地悪く聞こえた。
「あんな所に引っ越す物好きがいるのか」そんな意味が含まれている……ような気がした。

「まぁこれから何度か顔を合わせるかもしれんから覚えといてくれ。俺は村上、アンタは?」

「(いきなり名乗られてしまった)えーっと、藤鳥です」

「そーかそーか、よろしくな藤鳥の兄ちゃん!それじゃ出発するぜ!」

71話前編 ◆PprwU3zDn2:2016/08/10(水) 23:11:49 ID:vIyspCZI0
 村上なるオッサンに顔と名前を覚えられてしまい、門北に着く前に
町の洗礼を受けた気がした天であったが、ようやくバスが動き出そうとしていた。
天はバスの一番後ろの席に座るとようやく一息つく。
運転手によれば、目的の停留所「門北町」へは30分くらいかかるそうだ。
「安心しな、着いたら起こしてやるから寝ちまってもいいぜ」と親しげに言われたので
天はその言葉に甘えることにした。

その時である。


「……って、待ってぇ、そのバス乗るから待ってくれえぇぇぇ!」

後方から女性の声が聞こえた。後ろを振り向くとこのバスに向かって叫んでいることが
わかった。バス停に向かって必死の形相で走っている。

どうやらこのバスに乗ろうとしていたらしい。しかしバスはプシューッっと大きな音をたて
既に入口の扉を閉めてしまった。まもなく動き出すだろう。
一方、女性はバス停に辿り着くまでにあと数秒はかかる。普通ならもう間に合わない。

(運の悪い女だ、これじゃあバス停で2時間待ちコース確定だな……ん?)

天は窓ガラス越しに女性の顔を見た。10代後半、高校生くらいだろうか。ショートヘアの
髪にはウェーブがかかっていて、ハッキリと見えないが顔立ちも悪くないように見える。

(結構可愛い方……かな?遠くでハッキリしないから近くで見てみたいな)

 天はゆっくりと動き出しているバスの中でもう会う事はないであろう少女に
少しだけ興味を持った。あの子がどんな顔か見てみたいという、彼女持ちの身分にしては
あまり関心しない動機ではあるが、少女に対してある気持ちを起こしていたのは確かであった。


(……あの子を『助けてみるか』)

81話前編 ◆PprwU3zDn2:2016/08/10(水) 23:12:55 ID:vIyspCZI0
 天は後部座席の右端に座り直すと、右手をバスの窓ガラスの前にそっとかざした。
瞬間、掌からロボットの手のような『何か』が飛び出し、窓ガラスに貼り付いた。
「これで良し」天はニヤリと笑い『何か』を窓から離した。窓ガラスには
『何か』が貼りついてた場所にバーコードのような縦線模様が浮かび上がっていた。

 
異変が起こったのはそれからすぐの事である。
本来なら速度を上げY駅から離れる筈のバスが、一向に速度を上げようとしない。
いつまで経っても時速10キロ未満のノロノロとしたスピードのままなのだ。

「あれー、おかしいな?遂にエンジンがイカれちまったかぁ?」

運転手も異変に気が付いたらしく、アクセルを必死に踏んでいるようだが、
それでも速度は上がる気配すら無い。天はスマホを弄りつつこの光景を眺めていた。


そうこうしている内に先程の少女がバス停に到着、バスに気付くと今度はバスに向かって走り
そのままバスに追いついてしまったのだ。
少女に気付いた運転手は「しょうがねーな」と言うと入口を開ける。
女性はそのまま勢いよくバスに乗り込んだ。

「ハァハァ…良かった、間に合ったぁ……フェーッ!」

「全く、誰かと思えば『コネコ』じゃねーか。乗り遅れるたぁ珍しいな」

「買い物してたら……遅くなったんだよゼヒゼヒ……、でも……バスに追いつけて
本当に良かったあハァハァ」

91話前編 ◆PprwU3zDn2:2016/08/10(水) 23:14:32 ID:vIyspCZI0
 運転手に「コネコ」と呼ばれていた少女は息を切らしながらも無事乗車することに
成功したようだ。小銭を入れると息を整えながら天の座る後部座席の方に進んで行く。


(ほぉーっ、やっぱ中々可愛い……けど何か色々とキャラが濃いなこの子)

天はようやく少女の顔を間近で拝むことが出来た。が、この少女中々に個性が強い。
ウェーブがかかってると思っていた髪はよく見るとボサボサの寝癖だし、目の下には
クッキリと濃いクマが出来ている。見た感じ、化粧の類もしていない。
オマケに走ってきたせいか汗だくで、焦っていたのか表情も少々変顔になっていた。
それでいて可愛いと思ってしまうのは素材がいいからか、単に天の好みの問題だろうか?

(中々面白い顔だな、でも可愛いから良いか。何よりあの子も嬉しそうだし……な)

天は一人納得すると掌から出ていた『何か』に視線を向け、一瞬目を見開いた。
すると『何か』は天の掌に吸い込まれるように戻っていった。
掌に完全に戻ると手をポケットにしまい、何事も無かったかのように目を閉じた。

「でもよ、今エンジンが壊れたかもしれないから運行出来ないかも……うぉッ!?」

運転手は先程の要領でアクセルを踏み込んだ。するとバスは踏み込みに合わせて
スピードを上げ急発進した。少女は転びそうになる。

「あれ、戻った?悪い悪い、エンジン直ったみたいだ、そんじゃ改めて出発だぜぇー!」

バスはようやく本来のスピードを取り戻し、Y駅から離れていく。
窓ガラスにあった縦線模様はいつの間にか消えて無くなっていた。


天は門北町に着くまで眠るつもりで、目を閉じたまま夢の世界へ行くつもりだった。
完全に眠りにつく直前、天は2つの音を聞いた。
一つは自分のすぐ隣に誰かが座る音。もう一つは自分に向かって発せられた高めの声。


「あ、あの……先程は『ありがとうございました』……って寝てんのかい」

101話前編 ◆PprwU3zDn2:2016/08/10(水) 23:15:50 ID:vIyspCZI0
奇妙な夢を見た。

深夜、ひと気の無い路地を俺は一人歩いている。足音以外の音は無い。

突然響き渡る銃声。俺は音がした方へ走った。

しばらく走るとそこは公園。犬を連れた人が倒れていた。

頭から血を流している。近づくと何かに頭を『撃ち抜かれた』痕がクッキリと残っていた。

さっきの銃声の元はコレだったのか?そう思うと後頭部に硬い物が当たったことに気付く。

「^^^^、;;;;?」

背後で誰かが俺に語りかける……が、日本語ではないのか、何を言っているか全く分からない。

直後、後頭部の硬い物から放たれたモノが頭に、脳味噌に入っていくのがわかった。

それが「銃弾」だとすぐ気付けたのは、先程の銃声と同じ音が響いたからだろう。

本来なら既に死んでしまっているはずだが、なぜか俺は死ぬこともなく
「ああ、頭に当たってたのは拳銃だったのか」と他人事のように考えていた。
その後俺はスローモーション映像の如くゆっくりと地面に倒れこんだ。

「***、%%%。」

背後にいた奴はまた理解出来ない言葉を並べると、俺の頭を掴み上げ
後頭部に空いた小さな穴を見つめた。すると脳に残っているはずの銃弾が
ひとりでに動き出し、頭の穴から外へ飛び出していったのだ。

銃弾は俺を撃った奴の掌に戻るとそいつの持つ拳銃の中にひとりでに入っていった。

拳銃を懐にしまったソイツは、俺の頭を掴んだまま語りかける。

相変わらず終始何を言ってるかわからない奴だったが、最後に放った言葉だけは理解できた。



「$$$!”””、>>>……『オメデトウ』!」

111話前編 ◆PprwU3zDn2:2016/08/10(水) 23:17:10 ID:vIyspCZI0
『次は【門北町】、【門北町】でございます。』

「……!!」

夢の中の人物の言葉を聞いた直後、天はバスのアナウンスに起こされる形で目を覚ました。
腕時計を見るとあれから30分経ったようで、バスは予定通りの時刻に目的地に着いたようだ。

「……またこの夢か」

天が『銃で撃たれる夢』を見たのは今回が初めてではない。
最初に見たのが1ヶ月前。目を覚ました時、彼の体は恐怖で大量の汗をかいていたという。
それからというもの、週に一度のペースで全く同じ内容の夢を見るようになった。
深夜に響く銃声、公園の死体、直後に撃たれる自分、謎の人物からの賛辞。
自分の死を見せられる奇妙で不快な夢を見続け天の精神は疲弊していた。
先程の少女程ではないが、彼の目にもクマが出来ている、少々寝不足気味であった。

眠い目をこすりながらバスを見渡すと、先程の少女の姿はなかった。
どうやら寝ている間に別の停留所で降りたようだ。天はもう会う事はないであろう
少女の姿を思い出す。眠る直前、天に話かけてきた声は少女の物で間違いないだろう。
少女の言葉に返事をしないまま眠ってしまったが、折角お近づきになった手前、
会話の一つでもしたほうが良かったのだろうかと天は少し後悔した。


(まあいっか……ようやく門北に到着か、どんな場所かな……って何だコレ!?)


バスの窓から町の景色を見ようとした天が見たものは、文字通りの「何も無い町」であった。
彼が思う何も無い町とは家やマンションばかりで店や遊ぶ所が少ない、所謂『住宅街』なのだが
門北町は違った。店はおろか、家もマンションも無い…というか建物が全く無い『無の世界』。
アスファルトの道路と平行して流れる大きな川以外に存在するものは遠くを見ても無い。
いや、よーく見ると遥か遠くの方に小さく四角い建物が数個建ってるが、
それでもあまりに寂しすぎる。

寝ている間に異世界にバスごと飛ばされたのだろうか?
目を白黒させている天に気付いたのか運転手が話しかけてきた。

「どーよ兄ちゃん、本当に何も無いだろ!よく言われるよガハハハハ!」

「運転手さん……何スかココ!元の世界に帰りたいんですけど!?」

「ところがドッコイここが現実なんだな!バブルの頃はビルとかがアホみたいに建ってたけど、
バブルが弾けて全部キレイに無くなって、ついでに店や家も殆ど無くなったらしいぜ!
今あるのは僅かな家と商店街だけさ、ガハハハハ!」

ネットで見たネガティブな情報は、恋人の言ってた事は正しかったのだ。町は寂れ、人はいない。
こんな場所が現代にあるのか。超が付く程の楽天家の天も流石に頭がクラクラしてきていた。

121話前編 ◆PprwU3zDn2:2016/08/10(水) 23:18:55 ID:vIyspCZI0
そうこうしている内にバスは停留所に到着してしまった。

このまま終点まで乗って、降りずY駅に戻ろうかと考えたが、せっかく来たのにアパートを
見ずに帰るのも勿体ないと思った天は席から立ち上がり、無人の異世界に
足を踏み入れようとしていた。


バスを降りる直前、天は運転手からアドバイスを貰った。

「兄ちゃん、バスを降りたら目の前にデカい橋があるからまずは橋を歩いて川を渡りな!
渡りきったら左に曲がって後はそのまま真っ直ぐ行けば目的地だぜ!」

「?目的地って何スか?」

「兄ちゃん『なんとかスタンド』って所に行くんだろ?毎年何人もその場所目当てに
バスに乗る奴がいるから自然に道案内出来るようになっちまってな!違ってたら悪いな」

天もその場所目当ての一人なので問題ない。運転手に礼を言うと天はバスを降りる。
バスはそのまま次の停留所へ向かい走り去っていった。

(……あの運転手とはまた会いそうな気がするぞ?)

停留所に降りた天は辺りを見渡す。
本当に何も無い所だ。目に映るのは遠くまで続く道路と大きな川。
そしてその川に架けられたこれまた大きな鉄の橋。運転手が言っていたのはコレだろう。
これが門北の唯一の名所なのだろうか。

 橋を渡ってる間にスマホで周辺の地図を検索した。何か希望は無いか、せめてコンビニでも。
希望は意外と直ぐ見つかった。コンビニ大手のオーソンがこの近くにあったのだ。
しかもこの橋を渡り左に曲がってすぐの所にある。進行ルートと重なった幸運に
天は感謝した。良かった、コンビニさえあれば多少の不便も目を瞑れる。

(とりあえず肉まん!オーソンのジャンボチーズ肉まん食おう!俺の大好物!)

橋を渡りきった天は左に曲がると軽い足取りでオーソンに向かった。

131話前編 ◆PprwU3zDn2:2016/08/10(水) 23:20:05 ID:vIyspCZI0
「確かにオーソンはあった……あったけどよぉ……!!」

 天はようやく見つけたオアシスこと『オーソン・門北町店』の前で
跪き項垂れていた。

 あれから数分で店が見えたのは良かった。しかしどうも店内が薄暗い。
不審に思った天は駆け足で店の前まで近づく。真っ暗だ。店内は電気が点いていなかったのだ。
これはどういうことだろうか。答えは入口のドアにはっきりと書かれていた。

オーソン 門北町店
営業時間 AM9:00〜PM:10:00
定休日 日曜


「何でコンビニに定休日があるんだよォォォォォ!しかも日曜日!」

コンビニは24時間営業が当たり前と思っていた天に突きつけられる容赦の無い現実。
しかも営業日でも9時開店10時閉店と、そこらのスーパーと変わらない営業時間ときている。
要するに人がまるで来ないから無駄に長く営業しててもしょうがないという事なのだろう。

「ああ……チーズ肉まん食いたかった……希望は絶たれた」

生まれて初めて血涙というものを流した気がした天は立ち上がると重い足取りで
本来の目的地へ歩き出した。

141話前編 ◆PprwU3zDn2:2016/08/10(水) 23:21:41 ID:vIyspCZI0
ネットによると目的地『メゾン・ド・スタンド』はここから歩いて10分の所にあるらしい。
道を歩いているとオーソンを境にちらほらと建物らしきものが確認できるようになった。だが
殆どが住宅で、店もたまに在るが既にシャッターが下りて数年以上営業していないようだ。

運転手が言うには僅かな住宅の他に商店街があるとのことだが、今のところ
それらしき施設は見当たらないし、この先の道にもそんな物がある気配はない。
もっとも、こんな無人の町の商店街なんてたかが知れている。
TVでよく見る「シャッターだらけの商店街」を見せられるのがオチだ。


静かな道路を歩いている間、天は目的のアパートについて考えていた。
アパートの名前である「メゾン・ド・スタンド」。「メゾン・ド(maison de)」は分かる。
フランス語で家とか建物って意味の言葉だ。deは英語のofに位置する言葉だったはず。
だが「スタンド」という言葉はフランス語ではない。STAND……英語である。
複数の言語が混ざったこのアパート名を直訳すると「スタンドの家」となる。
……スタンドとは一体何だろうか?

STANDという単語には様々な意味がある。基本的には「立つ」という意味だが
他の単語を組み合わせることで色々な言葉が生まれる。
stand by meで「側にいる」いう言葉になるし、stnad up toだと「困難に立ち向かう」
という文章になる。ガソリン「スタンド」といった馴染みの言葉もあるし
映画や音楽CDのタイトルなどにも使われる非常にポピュラーな英単語だ。
だが何故アパート名に使われたのかは天には結局わからなかった。

(もしかして何か元ネタがあるのか?面接で聞かれたら厄介だな、どうしよう……?)

151話前編 ◆PprwU3zDn2:2016/08/10(水) 23:22:47 ID:vIyspCZI0
 それにしても人の気配が無い。今まで結構な時間を歩いてると思うが、未だに
通行人に出会ってないのだ。そういえば横の自動車用道路に車は一切走っていない。
ここいらの住民は何処へいってしまったのだろうか。宇宙人にでも連れ去られたかと
馬鹿馬鹿しいことを考えながら空を見ると不思議なモノが目に飛び込んできた。

「……お?UFO(未確認飛行物体)か?」

…といっても映画や漫画に出てくる銀色の円盤ではない。object(物体)というより
human(人間)と言ったほうがいいだろう。



UFH(未確認飛行人間)、人が空を飛んでいた。地上から遠く離れた上空で宙に浮いていた。



しかも良く見ると単に宙に浮いているわけではない。何かに座ってるように見える。
目を凝らして見ると、箒(ほうき)のような棒状の『何か』に座り浮いていたのだ。
絵本に登場する魔法使いのような存在はしばらく宙に浮いているとやがて動き出し
北の方へ飛んで行き消えてしまった。

161話前編 ◆PprwU3zDn2:2016/08/10(水) 23:24:23 ID:vIyspCZI0
「……何だ、『化け物』かツマラン。てゆうかこの町にも化け物っているんだな」

飛行人間を呆然と眺めていた天だったが、別段驚くことも恐怖を感じることもなく
何事も無かったかのように再び歩き出した。


「銃で撃たれる夢」を見て以来、天の目には「化け物」が映るようになっていた。
そいつらは常に人の側に立っている。恐らく人間にとり憑いているのだろう。
そいつらは明らかに人ではない。基本的に人間のような形をしているが
容貌は人間のそれではない。獣のような奴もいたし、目が何百個もある奴もいた。
他人には言っていないが、そいつらが別の人間に危害を加えている光景を見たこともある。

初めて見た時はあまりの恐怖に体が震え、数日家に篭り外出できなかった天だが、
次第に化け物に対する恐怖は薄れ、今では遭遇してもあまり興味も持たなくなっていた。
頻繁に町中で見かけて慣れていったということもあるが、恐怖を克服できた一番の理由は、

「自分自身に化け物が取り憑いた」という一点に尽きるだろう。

「そいつ」は天の右手から飛び出してくる。明らかに人のモノではない三本指の手が
自分の体から出て来る様を初めて見たときはショックで数時間ほど失神してしまった。
だが天に取り憑いたソイツは意外と物分りが良いことが分かった。「出てくるな」といえば
素直に自分の体に引っ込むし、逆に出てこいといえば掌から飛び出るのだ。
今では言葉にしなくとも心の中で思えばソイツは思った通りになってくれた。

取り憑いた化け物が不思議なチカラを持っている事も不思議と愛着を沸かせた。
化け物の腕を何かに触れさせると、触れられた物が皆「ポンコツ」になるのだ。
車はスピードがメチャクチャ遅くなるし、屈強な男も途端にケンカが弱くなる。
天はこのチカラを「呪い」と呼び、いたずら感覚で色々な物を呪って遊んでいた。


先程のバスで起きた一連の奇妙な現象、
あれは全て天に取り付いた化け物の「呪いのチカラ」が引き起こした出来事である。
天の右手から飛び出した化け物はバスの窓に触れ、バス全体を呪ってみせた。
呪われたバスはポンコツになり、スピードが全く出ないガラクタになってしまった。
窓に浮かび上がった縦線模様は対象を呪った証なのだと天は解釈している。
呪いは天の意志で解除することが出来る。方法は戻せと心の中で思うだけと容易だ。
呪いを解かれたバスは元に戻り、本来のスピードも出せるようになった、という訳である。


話を戻そう。呪いのチカラで遊んでいた天、しかし遊びに飽きた彼は
自分の中の化け物をあまり呼び出さなくなる。
(実際、今日バスの中で化け物を呼び出したのも一週間ぶりの事であった)
化け物は得体の知れない存在ではなかった。人の言う事も聞いてくれる、
良く見ると化け物達の姿はどこか可愛らしかったり格好良かったりする事に気が付いた。
故に化け物達を見ても天は以前のような恐怖の感情を抱かなくなっていた。
空を飛ぶ魔法使いという『普通の人間の姿をした化け物』など論外だったというわけだ。

171話前編 ◆PprwU3zDn2:2016/08/10(水) 23:25:37 ID:vIyspCZI0
Y駅からバスで30分、停留所から歩いて15分弱。
天の長いようで一時間以内に収まった短い旅もようやく終わりを迎えることとなった。

天はカバンの中から不動産屋から貰ったアパートの写真や資料を取り出した。
白く塗られた2階建てのアパートは正に新築と言っても過言ではない程非常に綺麗である。
アパート自体は20年前から存在しているが、3年前に建て直して耐震性も備わってるらしい。
室内も良い。間取りは1LDK、ネット環境も光回線を導入済、生活に必要な家具も付いている。
写真に写っているテレビなんか天の部屋にある物より遥かに高性能で大画面だ。
風呂とトイレが別々なのも地味に嬉しい。

不動産屋が勿体無いと言うのも分かる。こんな綺麗で家具付きの1LDK、なのに家賃はタダ。
車やバイクを持っていれば30分くらいでY駅近くの繁華街に行けるのだ。

その代わり地元の環境は「異世界」というに相応しい劣悪さを持っているが。
バス停からここまで、まともに営業してそうな店はオーソン以外見当たらなかった。
この町では買い物はどうするのだろうか?まさかネットで買えというのだろうか。



日曜の午後1時。晴れ渡った青空の下、藤鳥天はメゾン・ド・スタンドの前に立っている。
旅の最終目的地、家賃無料の夢のようなアパートの前。


外国の城を思わせる巨大な門が天とアパートの間に立ち塞がっていた。

181話前編 ◆PprwU3zDn2:2016/08/10(水) 23:28:06 ID:vIyspCZI0
「……何よこれ」

天が門北を歩いている頃、天の彼女・大河原咲良(おおかわら さら)は自宅で
恋人が住もうとしているアパートについてネットで調べていた。
門北については事前に知っていたが、アパートに関しては全く知らなかったので
ネットで耳寄りな情報を見つけて天に電話で教えてあげようと考えていたのだが。

【あのアパートはやべぇよ、マジで『出る』からなユーレイが】

【地元じゃ有名な心霊スポットだよね、俺なら金貰っても住まねーwwwww】

【あんな所に住んでる奴の気が知れないよなー、絶対呪われるって!】

門北について語るマイナーなネット掲示板にて、メゾン・ド・スタンドについて話す人がいたのだが
どの人も口を揃えてこのアパートを「化け物が出るアパート」と評していたのだ。
このアパートを良く言う人などこの掲示板にはいなかった。
ここに住もうとしてるのは何も知らないよその人間か家賃に釣られたバカか
肝試し好きのバカしかいないのだと。そんな書き込みで埋まっていた。


(天……アンタ今とんでもない所に行こうとしてるわよ!?大丈夫なの!?)

19 ◆PprwU3zDn2:2016/08/10(水) 23:32:20 ID:vIyspCZI0
今回はここまで。

長くなってしまったので3回に分けて投稿したいと思います。

20名無しのスタンド使い:2016/08/11(木) 17:20:42 ID:OrqckyyI0
新連載乙ですん
期待しちゃう!

21名無しのスタンド使い:2016/08/11(木) 17:41:10 ID:1sJAONyU0
乙!
続き楽しみにしてます

22 ◆PprwU3zDn2:2016/08/13(土) 15:46:30 ID:MwGJlJZ60
>>20
>>21
乙ありがとうございます。励みになります。

1話中編をお送りいたします。
何卒よろしくお願い致します。

231話中編 ◆PprwU3zDn2:2016/08/13(土) 15:51:26 ID:MwGJlJZ60
なんでアパートにこんな大きな門が必要なのだろうか?と天は思った。

門には「Maison de STAND」と書かれた銘板が取り付けられている。場所はここで間違いない。
だが門が無駄に大きいせいか、大量の落書きが門戸や銘板に描かれていた。
中には天が見かける化け物みたいな絵もある。

門は閉ざされていて入る事は出来ない……と思いきや施錠はされていないらしく、
入ろうと思えば門の中へ入れるようだが、門戸には「関係者以外立入禁止」と書かれた
紙が貼り付けられている。あまり気軽に入れない空気が漂っていた。

(関係者以外立入禁止か……面接に来たんだから関係者として入っていいんだよな?)

そんな空気を感じながらも天は門戸を強めに押すと、門はゴゴゴと大きな音をたてて開いた。
天はそのまま中へと入っていった。


門の先には広大な敷地と二つの建物があった。

門を入って右側の建物が写真にもあったアパートだろう。
二階建ての綺麗なアパート。よくみると屋上があるらしい。屋上には白い小屋が建っている。
実際に見ると本当に美しい。そこらの安アパートとは違う上品ささえ感じられる。


では門から見て左側の建物はなんだろうか?
こちらの建物は一階建てだがアパートの数倍は大きく、寧ろこちらがメインの建物に見える。
入口と思われる場所の自動ドアには「毎週日曜日休館」と書かれた看板が掲げられていた。
この町の施設はどうも休日に休みたがる。しかし古くない看板だ。
恐らくこの施設は今でも営業しているのだろう。休館の文字の横に施設の名前があった。


『門北地区センター』


「地区……センター?何でアパートの隣にこんなモノが?」

天は地区センターの中を見てみたいと思ったが、生憎今日は休館日、中には入れない。
どうにか中を見れないものか……ならば窓から覗いてみるか。
天は入口から離れると窓を探すため建物の外周をぐるっと一周して見て回る。
広い建物だから一周回るのも一苦労だったが、丁度いい高さの窓を見つけた。
窓の所まで行くと、窓が開けっ放しだということに気が付いた。
無用心だなと窓を閉めるために手を伸ばしたしたその時であった。


「ちょっとそこのアンタ、ダメだよ泥棒みたいに窓から侵入しちゃあ!」

241話中編 ◆PprwU3zDn2:2016/08/13(土) 15:59:09 ID:MwGJlJZ60
野太い女性の大きな声が後ろから聞こえてきた。

(ブヒョアッ!びっくりした、何だ今の声!?)

驚きのあまり、心の中で変な叫び声を上げてしまった天は後ろを振り返る。
パンチパーマの髪、年季を感じさせる顔、ふくよかな体型、両手にはスーパーの袋。
典型的、テンプレート通りの「おばちゃん」が其処にはいた。

「……いやいやいや、誰も侵入しようなんて思ってませんよ!中を見ようとしただけで」

「そんな品定めをするような嫌らしい目をした人間に言われても説得力無いよ!……もっとも、
ウチの『食堂』のレジは今日は空っぽなんだけどね、残念ながら」

「俺に変なキャラ付けをしないで下さい!って『食堂』?ここは地区センターでしょ?」

天は窓から中を見渡す。食事するための白いテーブル、箸などの食器を入れる箱、レジ等がある。
奥には調理場があり、フライパンや業務用の冷蔵庫が見える。確かに食堂だ。

「地区センターの中の一室を食堂として使わせてもらってるんだよ。
アンタ見た感じこの町の人じゃないから知らないだろうけどね、ここは数年前に隣の
アパートの管理人さんが建てて、町の人のために施設内の空き部屋を提供してるのさ。
施設にゃ小さな売店や図書館も入ってるからアンタも泥棒のしがいがあるわよ〜。
まあセキュリティがしっかりしてるから一円も盗らせないけどね」

「だから何も盗りませんし中にも入りませんっての!もう!
(いやはや、本当に立派な施設だなあ、アパートのすぐ隣にこんなモノがあるなんて)」

天は知らなかった。そんな情報はサイトに載ってなかったし、不動産屋も言って無かった。
娯楽も店も無い町、ならば自分の土地に娯楽や店を作ればいい……凄い発想である。
アパートの数倍の広さの建物の建設費用など、一体いくらかかるか想像もつかない。
そもそもこの施設とアパートを建ててもまだ余裕がある広々とした敷地は何処で手に入れたのか。
…一体ここの大家さんは何者なんだろうか?




「……ああ分かった!アンタ隣のアパートに用があるんだろ?面接とかで」

あの後何分か「泥棒だ」「泥棒じゃない」の泥沼の言い争いを経て、
おばちゃんはようやく天が泥棒目的で来た訳ではないと理解したようだ。

「どーりでちゃんとした身なりしてる訳だわ……『スーツ』に『眼鏡』だもんね」

「どうも(良し、反応は上々だな。やっぱりこの格好で来て正解だったみたいだ)。」


入居のための審査がある。ネットでそれを知った天は珍しく脳内で作戦会議を開いていた。
つい最近まで就職活動で苦労してきたのに、なんでまた面接なんかせにゃならんのか。
だがタダで住めるとあっては従わざるを得ない。面接には絶対合格しなければ。

そのために天は就職活動用に買ったスーツを着てここまで来た。
アパートの面接とはいえ第一印象は大事だという事を天は知っていた。
「私服でおこし下さい」と言われて本当に私服で面接にいった弱き者は問答無用で落とされる
運命と知っていた。それほどスーツは「何か知らないけどちゃんとして見える」のだ。

メガネを掛けているのも同じ理由だ。普段はコンタクトレンズを付けているが
就職活動中はずっとメガネを掛けて過ごしてきた。「何か知らないけど知的に見える」からだ。


※(上記の戯言は全て天の歪んだ価値観によるものです。実際の印象とは関係ありません)


これで面接の掴みはバッチリだろうと天は考えているが、まだ油断は出来ない。
たとえ服装は良くても、肝心の質疑応答次第では試験に落ちてしまう事も天は知っている。

だからこそ天は作戦を練ってきた。面接に確実に受かるための『必勝策』を……!

251話中編 ◆PprwU3zDn2:2016/08/13(土) 16:07:47 ID:MwGJlJZ60
「面接なら屋上のあの小屋でやってるよ。そろそろ終わるんじゃあないかね」

「え?『終わる』ってもう面接始まってたんスか!?夜以外なら何時来てもいいって聞いてたんスけど」

「違う違う、アンタが来る前に面接に来た子がいたんだよ。その子の面接がそろそろ……」


ガシャーン!!!
「ふざけんじゃないわよッ!!!!」


敷地内に何かが壊れる音と甲高い声の怒号が響き渡った。

(ガヒョアッ!!何だ何だ、またスゲー怒鳴り声が!)

驚きのあまり、心の中で本日二度目の変な声をだしてしまった天。
声はアパートの方から聞こえて来た。それも上の方、丁度屋上の辺りからだ。

「…どうやら終わったみたいだね。次はアンタの番だよ」

「え?今の怒鳴り声は一体……?」

「面接を受けた人だよ、正確には『面接を受けたけど合格しなかった人』」

「え、この面接ってその場で合否出しちゃうんスか!?後日結果を連絡とかじゃなくて」

「ウチも詳しくは知らないんだけど、どうもそうらしいねぇ。ここに面接に来る人は
2種類に分類されてね、『合格したと喜んで帰る人』と『不合格で落胆もしくは憤怒の表情
で帰る人』。今の声は後者だろうねー、可愛そうにケケケ」

「……そんなに難しい面接なんスか、ここで行われるのって」

「だと思うわよ。ウチは地区センターができてからずっとここで働いてるけど
あのアパート、全部で10部屋あるのに今まで『満室になったことが一度も無い』のよ?」

「満室になった事が無い?ここって毎年入居希望者が沢山居るって聞きましたけど……まさか」

「そのまさかよ。毎年面接しに人がワンサカ来るけど殆ど……いや、ほぼ全員不合格。
去年は一人も受からなかったってアパートの管理人さん言ってたから相当なモンだわよありゃあ」

「去年は合格者無し!?何スかその狭き門!」

天は戦慄した。たかがアパートの面接と侮っていたら超難関面接でしたという
洒落にならない事実を知ってしまい、その顔には汗がダラダラと流れていた。



(これは何としてでも、確実に『必勝策』を決めなければ…失敗したら面接に落ちる!)

261話中編 ◆PprwU3zDn2:2016/08/13(土) 16:13:41 ID:MwGJlJZ60
数分後、アパートの階段を降りる一人の女性を見た。年齢は天と同じ位だろうか。
金髪で化粧は濃く、服装もかなり派手目だ。顔は怒りに満ちているといった感じだ。
女性は天に気付いたのか、階段を降りきると天に向かって声を上げた。

「アンタも面接?だったらやめときな!あの女、変なことばっか聞きやがるし
適当に答えたら『貴方はここには住めない』って言って聞かないんだ、クソが!
後で覚えてろってんだ!」

そう言い放つと女性は足早にアパートを去っていった。


とうとう自分の番になった天はというと緊張で体がガチガチになっていた。

「さあアンタの番だね…って大丈夫かいアンタ、物凄い汗よ?」

「だだだだ大丈夫ででです、大学ではサークルのリーダーをしてましたたた」

緊張のあまり声が震え、うっかり面接用のPRを喋ってしまう天。
ちなみに大学時代はサークルのリーダーなぞ勤めた経験なんかない。

「受ける前からそんなんでどーするのよホレ、覚悟決めて行ってきな!」

おばちゃんに背中を押され、半ば強制的にアパートの階段前まで来てしまった。

こうなったら腹を括るしかない。天は階段の一段目に足を乗せ、そのまま階段を上り始めた。

「もし受かったらこれから食堂でご飯大盛サービスしてやるよ、頑張りなー」




午後1時15分。階段を上り、屋上に通じるドアの前まで来た天の緊張は頂点に達していた。

(おおおお落ち着けけけけ、おお俺は出来るるるる、趣味はボランティアですすすすす)

心の声まで震えだし、面接用のPRが勝手に心の中で流れてしまった。
ちなみに彼はボランティアなど一回もしたことがない。

(そそそ素数を数えるんだ…4、8、16、28、144…よし、少し楽になった)

2で割りきれる素数とは無縁の数字を羅列して心を落ち着かせた天は
ドアの真ん中に一枚の紙が貼ってあることに気が付いた。紙にはこう書かれていた。


『この先 幻想花園・管理人室』


(…?何だこれ、げんそう……はなぞの?)

屋上に建っていた小屋が管理人室だと分かるのだが、幻想花園とは何だろうか。
ドアを開けたら一面に花畑でも広がっているのだろうか。

(…まあ気にしてもしゃーない…行くぜ!)

天は意を決して屋上のドアを開けた。

271話中編 ◆PprwU3zDn2:2016/08/13(土) 16:20:56 ID:MwGJlJZ60



ドアを開けると、そこには幾多の花が咲き乱れていた。



正確にいうと幾多の花が植えられた植木鉢が沢山置かれていた。
色とりどりの花が沢山咲いてとても美しい。花の良い匂いもする。
幾何学的というか、規則的に配置された植木鉢は芸術の域に達していると言っていいだろう。

(……アパートの屋上に凄いモンがあったな、まさに幻想的だ…おや?)

完璧に見えた植木鉢の中に、一個だけ粉々に砕けてしまった植木鉢があった。
天は先程の出来事を思い出す。屋上から聞こえた怒鳴り声の直前、何かが壊れる音がしていた。
おそらく音の正体はこの植木鉢だろう。先程の女性が壊してしまったのだろうか。

しかし植木鉢の中に入っていたであろう花は無くなっていた。何処へいったのだろう?
その疑問はすぐに解消された。屋上を見回すと、植木鉢の花園の先に白い小屋がある。
ここが管理人室だろう。その小屋から、真新しい植木鉢を持った女性が出て来たのだ。


「痛かったねサクラちゃん、もう大丈夫だからね」


ピンクのチャイナ風の服に白いスカートを履いた女性は新しい鉢に植え替えられた花
『サクラちゃん』に話しかけながら壊れた植木鉢の側に近づいて行った。

「はい、これで元通り。良かったわね……あら」

壊れた鉢の欠片や土を片付け、新たな植木鉢を置いて幾何学模様を修復した女性は
天に気付くとニコっと微笑みこちらに近寄ってきた。

「こんにちは。貴方も面接にいらしたのですか?」

「は、はい、藤鳥です(うわあ、綺麗な人だなぁ。もしかしてこの人が……?)」

「初めまして。私、このアパートを管理しています足柄真由美(あしがら まゆみ)
と申します。どうぞよろしくお願いしますね」

随分若い人だな、と天は思った。広い敷地に大きい地区センター。これらから想像する
管理人はかなり資産を持つ人であり、年齢も60を過ぎ、人生と財に余裕が出てきた……
そんな人なのだろうと思っていたが、実際は違っていたようだ。
年齢は天より少し上だが25歳前後といった感じで全く老いておらず、雰囲気も
金持ちには見えない、何処にでも居る「キレイなお姉さん」といった印象の女性だった。

281話中編 ◆PprwU3zDn2:2016/08/13(土) 16:29:37 ID:MwGJlJZ60
管理人の真由美は挨拶をした後、天に右手を差し出した。握手を促しているのだろう。
天もそれに応え、自分の手を差し出す。

「(…ここだ!)こちらこそよろしくお願いします」スッ

「ハイ……ってごめんなさい、土を片付けてたから手が泥んこだわ。洗わないと…」

握手する直前、管理人は自分の手が汚れているのに気付き、手を引っ込めてしまった。

(ああーッ、握手が出来なかった!俺の『必勝策』があああああッ!!!)

天が差し出した右手。そこから「人のモノではない手」が出てきていた。


天が考えた必勝策、それは化け物のチカラを借りることにあった。

作戦はこうだ。まず天が管理人に理由をつけて握手をしてもらう。
握手をする二人、しかし天の手からは既に化け物の手が飛び出している。
化け物とも握手をする管理人。すかさず管理人呪いをかけ、ポンコツにしてしまう!
こうなれば後は楽であり、ポンコツ管理人のポンコツな質問に適当に答えていけばいい。
後はポンコツな判断力で天を合格にしてくれるだろう!多分!という
あまりにもいい加減で適当な作戦といっていいのか分からない最低の代物であった。

実をいうと大学時代に内定を貰った唯一の会社、そこの面接を通過したのも
この策のおかげなのだ。勿論選考は一人で行うものではないが、呪いをかけた面接官が
自分を猛プッシュしてくれたらしい。天はこれで味をしめたのだが、今回は失敗してしまった。


そして天の必勝策には致命的な欠点がもう一つ。

(どうする…握手できなければ万策が尽きてしまう!何としても管理人に触れなければ)

『呪いのチカラ』以外の面接対策を何も練っていないのだ。
つまり、この策が不発に終われば超難関面接を予備知識無しで挑まなければならない。
天の下調べをしない性格がまた失敗を引き起こしてしまうかもしれないのであった。




「ごめんなさい、手を洗うんで部屋に入って待っててもらえますか?」

管理人はそう言うと天を先程いた管理人室へと案内する。
天はそれに付いて行き管理人室の中へ入っていった。

中は意外と「住居」になっていた。一見すると木製の小屋だから、ドアを開けるとすぐ
広い空間があり木の椅子・机やストーブが置いてある「山小屋」のイメージがあったのだが、
実際はドアを開けると玄関や廊下があり、部屋やリビング、キッチンや風呂もあったりと
普通の「アパートの一室」がそこにはあった。

リビングに案内され食事用テーブルの椅子に座ってお待ち下さいと言うと、管理人は
手を洗うために洗面所に行ってしまった。戻ってきたらすぐ面接が始まるだろう。

(結局触れなかった……オワタ、俺の新生活オワタ)

秘策が不発に終わったせいで、天の気分はすっかり消沈してしまっていた。
チャンスは何回かあった。管理人の直ぐ後ろを付いていったので、ゴミが付いてるとか言って
肩にでも触れればよかったのだが、この管理人、意外と……というか全く隙が無い。
肩に手を伸ばそうとすると即座に振り返っては天に話しかけてくる。
まるで天の気配を、化け物の気配を察知しているかのようだった。


「お待たせしました、紅茶を淹れたので良かったらどうぞ」
数分後、手洗いを終えた管理人さんが戻ってきた。お菓子や紅茶を乗せたお盆を持っている。
テーブルを挟んで向かい側の席に座ると、お盆の上の紅茶やお菓子をテーブルに乗せる。
勧められるまま紅茶を飲む天。不動産屋から貰った書類に目を通す管理人。
こうして和やかな雰囲気の中面接は始まった。

「えーっと、藤鳥天くんだったわね。国立電ちゅみ大学を卒業して一人暮らしを……」

291話中編 ◆PprwU3zDn2:2016/08/13(土) 16:38:46 ID:MwGJlJZ60

面接は意外とすんなり進んでいった。
会社は何処にあるのとか、大学は何を勉強していたかとか、付き合ってる彼女の話とか。
幽霊は本当に居るかなんて話題で盛り上がったりもした。
面接というより歓談といったほうがいいだろう。初めは緊張でガチガチだった天も
次第に打ち解け、管理人さんとの会話を楽しんでいた。

面接らしいやり取りは一切ないまま時は過ぎていった。
このまま面接は終わるのではないか、チョロイなと舐めたことを考えていたその時、
管理人さんの口からこんな言葉が発せられた。

「……ところで藤鳥くん、これから2・3、『奇妙な質問』をしたいんだけどいいかしら?」

奇妙な質問という言い回しが気になった天だが、
先程面接を終えた女性が口にしたある言葉を思い出した。

『あの女、変なことばっか聞きやがるし
適当に答えたら「貴方はここには住めない」って言って聞かない』

変なことを聞かれる……恐らくここからが面接の本番なのだろう、と天は思った。
この質問に正しく答えられなかった者が面接に落ちる、と直感した。

「はい、お願い致します!」天は気を引き締め、本番を迎えた面接に備えた。

(どんな質問が来ても、とにかくボランティアやサークルのリーダーをアピールすりゃあ
大丈夫だろう、さあかかってこい!)


「それじゃあ聞くわね…藤鳥くん、矢で体を貫かれたことはないかしら?」





「はあ?」

管理人の質問に思わず面接ではありえないリアクションを取ってしまった。
この管理人は何を言っているのだろう、天の頭の上には無数の?マークが浮かんでいた。
今まで沢山の会社で面接を受けてきたが、射られた体験の有無を聞いてくる会社は無かった。
というかこの問の正解とは何なのだろうか。真剣な表情で「はい、貫かれたことがあります」
とでも言えばいいのだろうか?「いいえ、持ち前のリーダーシップで華麗に避けました」
のほうが正しいのか?少なくともリーダーシップ云々でどうにかなる物でもなさそうだが。

「ごめんなさい、そうよね、矢なんかで射られたら死んじゃうものね」

天が答えを考えてる内に管理人さんに謝られてしまった。
しまった、時間制限があるのか。天はこの面接のシステムを理解すると同時に後悔もした。

管理人さんは次の質問に入っていた。

「それじゃあ次ね、アリゾナ砂漠で遭難した経験は?」

「はあ?」




管理人さんの「奇妙な質問」はとどまることを知らない。

矢・砂漠の次は何だ、俺は何回死にかけるんだ、と身構えていたら
「家族や親戚に超能力者はいますか?」とこうだ。

家族の素性が気になる程俺は変な人と思われているのかと天は疑った。
天の父は普通のサラリーマンだし、母も何処にでも居る専業主婦。
妹が一人居るがそんな大層な才能は無い、ただの女子大生のはずだ。
親戚にもそんな逸材はいない……と思う。天はそう答えた。
管理人も「そうよね、そんな人、滅多に居る訳ないわよね」と言い、次の質問へ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

それから質問が3つほど流れた所で天は気付いた。今までの質問に対する天の答えは
全て「不正解」だったということに。その証拠に先程まで穏やかな表情だった
管理人の表情が段々と曇ってきていたのだ。今までの質問に天は全て
「いいえ」に属する答えを言っていた。
恐らく先程面接に落ちた女性も同じ答えを言ったのだろう。
というかソレ以外の答えを言う人など居たのだろうか。親や親戚の話はともかく。

この質問を通じて分かったことは、このアパートには矢で射られても死なない者、
砂漠で遭難しても生還出来る屈強な体の持ち主以外は住めないということだ。

(…合格者が出ない理由が分かった。居るわけないだろ、そんなアメコミヒーローみたいな奴!)

天は既に合格を諦めていた。たかがアパートでそんな物要求されても困る、と
心の中で悪態を吐いた。もう早く不合格を告げてくれ、帰ったらネットで探し直しだ。
そんな事を考えてながら紅茶を啜っていると次の質問が来た。
もう真面目に聞くつもりも無い…はずだったが。


「それじゃあ最後の質問ね…『頭を銃で撃たれた経験はあるかしら?』」


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