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【オリスタ】 夜ノ杜 【SS】

1 ◆LglPwiPLEw:2012/07/22(日) 21:02:48 ID:epbY//CQ0
※警告

・このSSには原作のキャラと関わりの深い人物が何人か登場します。
・このSSは女同士でアレやコレや唇プニプニや圧迫祭りな内容を多分に含みます。
 そういった表現が苦手な方は読むのを控えてください。

65第4話 ◆LglPwiPLEw:2013/01/27(日) 20:33:29 ID:yUl918CI0
「悪い、答えてもらえねーか? あたし疑問は晴らさねーと気が済まないんだ」

無意識のうちに、ヒバリの態度は少々威圧的になってしまう。
それでも居香は、勇気を振り絞って答えた。


「か・・・“返してもらうため”・・・です」

「・・・はい?」


「け、携帯を・・・返してもらうため・・・なんです・・・」


「・・・どういうことだ?」


「が・・・学校で・・・携帯を取られて・・・
 ひ・・・“広瀬さんとツーショットを撮ってきたら返してやる”って・・・」

「・・・!?」

嫌な感覚がヒバリの心をよぎった。


「おいちょっと待て、お前もしかして・・・」

いじめられてるのか、と言おうとして、ヒバリは言葉を途切らせた。

(こいつ・・・)


「他に何か・・・やられたか?」

「いや・・・別に」

居香の目は曇っていた。


「嘘つくなよ。他にも嫌なことされてるだろ。誰かは知らねぇけど」

ヒバリは真剣だった。


「・・・・・・」

ヒバリの態度に、居香はなんとなく『安心』を感じた。

さっきまでは恐ろしくて近づくこともできなかったが、こうして2人だけになるとそれ程でもない人だと分かる。
怖いけど凄く頼りになるお姉さん、といった感じがした。


「だ、大丈夫ですよ・・・別に、殴られたりしてるわけじゃあないし・・・」


「大丈夫じゃあねーだろ!! お前そんなんでいいのかッ!」

急に怒鳴られ、居香はビクッと驚いた。


「お前1年生だろ? これからの高校生活ずっとこんな調子でいいのか!!?
 そのうちホントに殴られたりするかもしれないんだぞ!? えぇ??」

「・・・!」

居香はまた怯え始めた。
いや、「怯え」というより「困惑」に近い。

ヒバリに言われたことが、深々と心に突き刺さったからだ。


居香の目に涙が浮かんだ。

「・・・・・・」

「どうすんだよオイ!」


「・・・でも・・・私・・・どうすることもできなくて・・・」

居香は涙をポロポロとこぼした。


「・・・」


(コイツ・・・“あたしと同じなんだ”・・・
 あの頃の・・・あたしと・・・)


「・・・よし、じゃあ分かった」

ヒバリが改めて話し始めた。


「あたし、今度から時々お前の教室に行くから。
 ・・・そんでお前、“あたしと仲の良いフリをしろ”」

「・・・えっ?」

居香は凍りついたようにヒバリを見た。


「自分で言うのもなんだが、あたしはこの辺じゃあ結構名前が知れてるヤンキーだ。
 お前とあたしが仲良くなったってなれば、相手はビビっていじめてこれないだろ?」

「そ・・・そんなこと・・・」

ヒバリが考案したのは、とんでもない解決方法だった。

むしろそれ以前に、居香としては“自分の味方をしてくれる”ということが衝撃的であった。

66第4話 ◆LglPwiPLEw:2013/01/27(日) 20:33:57 ID:yUl918CI0
「あたしが直接ヤキ入れてやっても、かえって恨まれるだけだろ?
 この方法だったら誰も傷つかないで終わるんだ。“一番平和的なんだよ”!」

「・・・・・・」


「んで、結局誰なんだ? お前をいじめてる奴は」

「は・・・林崎さん・・・とか・・・C組の・・・」

「林崎ィ? ・・・あぁ、アイツらか。確かに最近チョーシ乗ってんな。
 わかった、あたしが解決してやるから。あたしの言った通りにしろよ」


「・・・・・・」

居香は何も言わなかったが、彼女の心の中では大きな変化が起きていた。

ヒバリに対する恐怖はほとんど消え失せ、逆に不思議なほどの親近感が湧いていた。
まだ出会って1時間も経っていないのに、居香にとって頼れる姉のような存在になっていた。



*    *



―――その夜から2日経った月曜日。

ヒバリは作戦通り、教師に気付かれないように居香のいる教室にやって来た。

周りの生徒を見ないフリをしつつ、居香と少しだけ話してすぐ出ていく。
初めの日はそれだけだ。


それだけで、効果は覿面だった。

ヒバリの姿を見ただけで、その噂を知る者は体をすくめた。

なぜ“彼女がこの教室に来るのか”。

その理由を知って更に驚く。


あの沖野居香と会話している。
しかも少しだけ笑顔を交えて・・・

ふざけて彼女を『メドル』の所に行かせたのがまずかったのか。


・・・仕方ない。これ以上関わるとマズイことになる。


そう思わせたのかもしれない。

居香の携帯は、いつの間にか机に返されていた。

そしていじめ自体も、何もなかったかのようにピタリと止んだ。



―――それからも何度か、堤ヒバリは居香の教室に訪れた。

他愛もない会話をして去っていく。
それを定期的に繰り返した。


友人がいなかった居香にとっては、やがてヒバリが来るのが楽しみになっていた。
ヒバリも、訪れるたびに居香が喋るようになっていくのを見て、安らぎのような感覚を覚えていた。


初めは“フリをするだけ”だったのに・・・

いつしか2人は、本当の友人になってしまっていたのだ。



*    *



ある日の夜・誰もいない廃屋地区にて


「どうだ居香、最近は?」


「お・・・おかげさまで・・・」

「・・・もう大丈夫っぽさそうか?」

「はい・・・」


ヒバリが『メドル』の集会に行く前・・・
居香と会って、彼女の近況を聞いていた。


「あとはお前が成長できるかどうかだ・・・いつまでもあたしには頼ってらんないぞ」

「そう・・・ですね」

「とりあえず、気の合う仲間を探すんだな。あたしのことを知らないような奴と・・・」

「はい・・・」


声の小ささは相変わらずだったが、その目は純粋な輝きを取り戻しつつあった。

67第4話 ◆LglPwiPLEw:2013/01/27(日) 20:34:24 ID:yUl918CI0
「それじゃー、今日はこの辺で・・・またな!」

「はい・・・!」


ヒバリは振り返って歩き出した。

正反対の性格を持つ2人だが・・・
初対面の時と比べて、確実にその距離は縮まっていた。


ポロッ
バギャ

「ぬああああああああああああ!!!」

「!!」ビグゥッ!


ヒバリが突然大声を上げたので、居香の心臓は危うく止まるところだった。


「コンタクトがああーーーッ!!?」


どうやら・・・
ヒバリが付けていた片方のコンタクトレンズが、落下→踏むのコンボで割れてしまったらしい。


「あ・・・」

「ノォーーー! どーすっぺー! 今日もマリカでひと勝負の予定だったのにィィ!!」


「あの・・・」

「予備持ってねーよォォォ! 家にももう帰れねーしィィィ!!」


「ヒバリさん・・・」

半ベソ状態のヒバリに、居香が恐る恐る話しかけた。


「なんだよ居香ァァァ・・・お前は帰れよォォ・・・」

「私・・・“直せますよ”?」


「・・・え?」


今なんて言った?

“直す”?

コイツは何を言っているんだ?
地面に落ちて、靴で踏んづけられて、割れたコンタクトレンズを“直す”だと?

馬鹿なのかコイツは? そうヒバリは思っていた。


しかし、居香が小さな手を差し出してくるので、思わずコンタクトの欠片を手渡してしまった。


―――次の瞬間、ヒバリは目を疑った。


居香の手のひらの中で、コンタクトの欠片が丸いビー玉のような物体に変わった。
見た目は透明で、プルプルとした感じ。

薄い膜のようなもので、手のひらと繋がっていた。

ヒバリはそれを、コンタクトを付けている片方の目で、しっかりと目視していた。


「居香・・・なんだよソレは!?」

「え・・・ヒバリさん、“見えるんですか”?」

「あ!?」


(“見える”・・・だと? まさか・・・!)

「じゃ、じゃあお前・・・これも“見える”のか?」

ズゥッ!


「ひっ!」

ヒバリが出した『ラッド・ウィンプス』に、居香はまたビクッとした。


「“見える”んだな・・・お前、『スタンド使い』なんだな?」

「え・・・?」

聞いたことのない単語に、居香は戸惑った。

「わ・・・分かりませんけど・・・生まれつき・・・できるんです。コレ・・・
 あ、直りました・・・」

ペリペリ・・・


ビー玉のような球の膜が破れ、中から綺麗なコンタクトが出てきた。
まるで、卵の中から“生まれ変わった”かのようだ。


「なんだお前・・・スタンド使いだったのか・・・
 アハハハハハッ!! なんだよー! 早く言ってくれよォー!」

ヒバリは急に笑い出した。

68第4話 ◆LglPwiPLEw:2013/01/27(日) 20:34:55 ID:yUl918CI0
「仲間じゃねーかァ! 仲間仲間! あたしもそういう『能力』が使えんだよォ!
 まぁあたしの場合、アネキに出会ってから急になんだけどな!」

「・・・・・・」


どう反応したらいいのか分からず、居香は黙っていた。

「して、お前のは『物を直す』能力なのか?」

ヒバリが質問した。

「は・・・はい。そうだと思います・・・」

「へー便利なモンだな! あっ、サンキュー!
 やっぱりアネキが言ってた通り、“引かれ合う”んだな! スタンドっつーのは!」

「“引かれ合う”・・・」

居香はヒバリの言葉を繰り返した。

「そうそう、『スタンド』を使える人間どうしは、知らず知らずの間に出会うんだってさ。
 なんかスゲーよな。“運命”みたいで」

「・・・」


“運命”・・・

私がこの人(ヒバリ)と出会ったのは、決められていた出来事だったのか・・・

居香はそう思い、ヒバリを見つめた。


「『メドル』にも欲しいなァー“直す”スタンド使い。お前は無理だしなぁー」

ヒバリはピカピカの状態に戻ったコンタクトを凝視していた。

「すげー、汚れもなくなってんじゃん、普通にまた付けられるかなコレ」



*    *



(運命・・・ 仲間・・・)


ヒバリと別れた後、家に戻りながら居香は考えていた。


思い返してみるに、居香の記憶に残っている友人という存在は数えるほどしかいなかい。
高校に上がってからは、自分だけ1人も友達ができなかった。


かつての友人達にさえ、居香が“完全に心を開く”ことができる人間はいなかった。

自分のような『能力』を持つ者ではなかったからだ。

家族にすら見せたことがない、この『能力』。

誰かに見せたら、きっと気味悪がられるに違いない。
ずっとそう考えて、1人の時以外に使うことはなかった。


しかし・・・そのルールは、今日破った。

ヒバリの前で、この『能力』を使ってしまった。


だが、居香が恐れていたように“気味悪がられる”ことなど決してなかった。
むしろ・・・

(私と同じ『力』を持った人が他にもいたなんて・・・)

ヒバリの体から飛び出してきた、異様な姿の存在。
見た瞬間、自分の『能力』と同質のものだと感じられた。


本当に、運命的ともいえる出会いだ。

半強制的に不良の溜まり場に行かされ、そこで絡んできた少女が、自分と真に心が通じあえる人間だったのだ。


「・・・にしてもさァァ」

「・・・!」 サッ

向こうから歩いてくる少女達を見て、居香は反射的に身を隠した。

ヒバリと話せるようになったとはいえ、人見知りする性格が治ったわけではない。
ましてや、面識のない不良のグループなどとはすれ違うことすら不可能だった。

69第4話 ◆LglPwiPLEw:2013/01/27(日) 20:35:31 ID:yUl918CI0
(あれ・・・あの人達・・・)

居香は、近づいてくる3人の不良少女達に反応を示した。

(ヒバリさんと一緒にいた人達だ・・・)

『メドル』に赴いたあの夜・・・ヒバリと一緒に自分を取り囲んだメンバー達だった。


「・・・小耳に挟んだんだけど、ヒバ姉って最近学校ヤバいって本当?」


(“ヒバ姉”・・・?)

ヒバリのことだと、居香は気付いた。

「そりゃー嘘じゃねー? でもなんか最近、担任と喧嘩してるってのは事実みたいだけど」

「何があったん?」

「なんなんだろうなぁー。どうも最近、下級生のクラスに行ってるみたいで・・・」


(えっ・・・!)

もしかして、自分のために来てくれていることを言っているのか?

「あんまりしょっちゅう出張るモンだから、下級生がビビって・・・んで、チクられたとか何とか」

「なんで? そんなことしてまで行くの?」

「知らねー」


「・・・!」

チクられた・・・?


隠れた壁に寄りかかり、居香は困惑していた。

そのうち、不良達は向こうへ歩いていった。


(そんな・・・!)

居香の鼓動は早くなり、針で刺されたように胸が傷んでいた。

(ヒバリさん・・・“私のために、そんなことまで”・・・!)


“チクられる”・・・
自分たちからは手を出せなくても、先生に言えばヒバリを撃退することは不可能ではない。

そんなことは、ヒバリならば確実に予想できたはずだ。

もしそうだとしたら・・・
ヒバリは、自分の学校生活が不安定になることを『覚悟』してまで、居香を助けようとしたことになる。


(そんな・・・ヒバリさん・・・)

なんとお礼を言えばいいのだろう。
それよりも、お礼を言えば済むような立場なのか。

(ごめんなさい・・・私のせいで・・・)

居香は、その場に立ち尽くしていた。



*    *



「ねぇちょっと。」

メンバー達は声を掛けられた方を睨んだ。
そこには、流行りの服装で着飾った若い男がいた。

「あ? なんか用か?」

メンバーの1人が大きな声で返事をした。


「いきなりでワりぃけど、この人知らねぇ?」

男は胸元から写真を取り出した。

「ハッ! 知るかッ!」

3人は写真を全く見ずに、そっぽを向いて歩き出した。

「そう言わずにさぁぁ。ってか、たぶんアンタら知ってる人だと思うんだけど。」


「・・・」

男をシカトし、無言で立ち去ろうとしたが・・・

「おい・・・」

3人のうちの1人が、男を向いて動かずにいた。
振り返った時に、写真の中の人物がチラリと見えてしまったからだ。

「なんでヒバ姉の写真持ってんだよ・・・」

「「ッ!?」」

他の2人にも、予期せぬ事態に緊張感が走った。

70第4話 ◆LglPwiPLEw:2013/01/27(日) 20:36:22 ID:yUl918CI0
「ホラ、やっぱり知ってた。」

「どういうことだよオイ・・・説明してもらおうじゃねーか、チャれーの!」

「・・・ねぇ、尋ねてるのはオレの方なんだけど・・・。」

男は半笑いで言った。

「黙れクソ野郎ォォ!! ヒバ姉に何の用事だァァァ!!」

1人が叫びながら男の胸倉を掴んだ。
他の2人もケンカの態勢を取った。


男は呆れたように言った。

「なになにィ? 今ソイツがどの辺にいるか答えればいいのに、なんでムキになるの?
 ・・・言っとくけど、“アンタらはオレを殴れない”。」

「・・・!」

男を掴んでいるメンバーが一瞬、仰け反ったような動きをした。

「うん・・・もう遅いけど。」

男がそう言うと、メンバーは男の服から手を話した。

「ど・・・どうした!?」

横にいたメンバーがその様子を見て言った。
手を話した彼女の目は、大きく見開かれていた。


「・・・うッ!!?」

・・・彼女に起こった事態に気付き、2人に戦慄が走った。


彼女の喉に、小さな穴が開いていた。
その穴は、後頭部まで綺麗に貫通していた。


ドバッ

「「うわあああああああああああああ!!!」」

喉から急に鮮血が溢れたのを見て、2人は絶叫した。


「騒ぐなよ。どうせアンタらもこうなるんだから・・・。」

男がそう言いかけた時、彼は何かの“気配”に気づいた。


「テメェッ!!」

「!!」


「・・・なんだ、来たんだァ。そっちから。」


「ひ・・・ヒ、ヒバ姉ェェェ!!」

すっかり腰を抜かした2人が、現れた人物に眼差しを送った。

「あたしの義妹(いもうと)らに何やってんだァァ!!」

ダッ!

言い終わらないうちに、ヒバリは男に向かって突っ込んでいた。


「こりゃ手間省けたわ・・・。」パクッ

男は動じることなく、小さい何かを口に含んだ。


「ッ!?」

直感的に危険を感じ、ヒバリは立ち止まる。


「ヒバ姉ェ! ソイツ『スタンド使い』ッス! 気ィつけてください!」

メンバーが忠告した。

「・・・!」


ヒバリは以前康美から、スタンド使いを相手に戦う時の掟を教わっていた。

曰く、『うかつに相手の射程距離に入らないこと』。

敵スタンドの正体が掴めないうちは、まず相手が近距離型であることを警戒し、2〜3m以内に近づかないように、と言われたのだ。


「・・・いくぞオラァッ!」

シュルルバッ!


ヒバリが地面に手を当てると、『ラッド・ウィンプス』の紐が男に向かって伸びていった。

「・・・。」

男は何も抵抗することなく、紐に体を拘束された。

(コイツ・・・!)

このままの状態でも、ヒバリを倒せる自信があるかのようだ。

(マズい・・・)


「おい!」

ヒバリは、動かないメンバー達に声を掛ける。

71第4話 ◆LglPwiPLEw:2013/01/27(日) 20:37:01 ID:yUl918CI0
「今すぐこっから逃げろッ!! そんで早くソイツを病院に連れてくんだ!」

「そりゃダメだってよォ、警察とか呼ばれたら困るもん。」

「ハッ・・・!」

ヒバリは、男のある行動に気がついた。
口の中で、“何か”を咀嚼している。

さっき口に放り込んだ物だろうか。


(・・・ガム?)

「!」

考える間もなく、ヒバリは反射的に体を横に反らした。
男がヒバリに向かって、何かを『吹き出す』仕草をしたからだ。


「・・・」

―――ヒバリの耳からは血が出ていた。

体を傾けた時、ヒバリは自分の耳を“何かが掠めた”のを感じた。
少しでも遅れていたら、顔か耳に「穴が開いていた」かもしれない。

「うわー避けられた。一発で殺るつもりだったのに。」


(コイツは危険だ・・・飛び道具のスタンドを持ってやがる・・・!
 今のうちに片付けねぇと・・・)

「ふざけんなよ! 絞め落としてやるッ!!」

一気に決着をつけようと、ヒバリが紐で男の首を絞めようとした。

その直後だった。


「ヒバリさん後ろッ! 気をつけてッ!」

「!?」


予想しなかった声が響いたので、ヒバリは一瞬固まってしまった。

「い・・・“居香”ッ!?」


建物の陰に隠れていた居香が、ヒバリに向かって叫んだのだ。

「なんでお前が・・・」


バシュッ! バシュッ!


「あぁ・・・!」

居香の表情は絶望とも呼べるものだった。


「・・・くっ」

ヒバリの胴体を、2つの物体が高速で貫通していった。



*    *



数分前―――

居香が異変に気づいたのは、メンバーの叫び声を聞いた時だった。

先程すれちがった不良たちの、尋常ではない叫び声だ。

・・・恐ろしかったが、その場から逃げずにはいられなかった。
見に行って、状況次第で警察に通報しようと思った。


現場に行くと、そこにはヒバリがいた。

対峙しているのは、夜の杜王町を自由に闊歩していそうな青年。
近くには、さっきのメンバー達がうずくまっていた。


どうすればいいのか分からず、居香は建物の陰に身を隠していた。

ヒバリは、今日見せられたばかりの『スタンド』を出している。
相手の男と“戦うために”出している、ということがすぐに分かった。


「・・・いくぞオラァッ!」

ヒバリがそう言った途端、男の近くの地面から大量の“紐”が伸びた。

―――自分の『スタンド』に物を直す能力があるように、ヒバリのスタンドもそのような能力があるのだろう。


男は体中を縛り付けられたが、全く動じる様子がない。


居香は、怖くて堪らなかった。

ヒバリがいなかったら、一目散に逃げてしまいたかった。


しかし、今の居香にとってヒバリは、見逃すことのできない存在になっていた。
家族と同じくらい、“大事な人”なのだ。

72第4話 ◆LglPwiPLEw:2013/01/27(日) 20:37:29 ID:yUl918CI0
「・・・?」

居香が葛藤している時、自分の近くの壁にいる“何か”を発見した。


「な、なに・・・?」

見た目は、小さい緑色の芋虫のようだった。
動きも尺取り虫のように、ウネウネと周りを確かめながら這っているようだ。


しかし居香は、それが生き物であるとは思わなかった。
その体は異様に光沢があり、グリスを塗ったようにテカテカだった。
目や口などの器官は見当たらず、ひたすら無機質な存在だった。


ズキュン!

「!」

謎の物体をじっと眺めていたとき、すぐ後ろで大きな音が鳴った。

驚いて振り返ると、そこにいたモノは今のと同じ謎の“虫”。
壁にべチャリとへばり付いた緑色のモノが、次第に元の姿に戻っていく。

(・・・!?)

これは、あの男の所から“飛んできたもの”だろうか。


居香は、この異様な光景が“ヒバリの身の危険に直結している”ように思えた。

生まれつき自分だけが使える「能力」・・・さっきヒバリに見せられた「異形」・・・
それらと似たようなものを感じる。


今すぐヒバリに知らせないと。

(で・・・でも・・・)

居香は考えていた。
いま出て行ったら、自分にも危険が及ぶのではないか?


自分自身の安全の優先。
それは、生物として当然の感覚だった。

しかし、居香の眼前には、見捨てる訳にはいかない恩人がいる。

「う・・・う・・・」

逃げてはいけないと思いつつも、居香の足は少しずつヒバリから離れていった。
助けを呼ばなくては。


「あっ・・・!」

その時、居香は例の“虫”に起こった変化を見た。


尺取り虫のような形だった“虫”は、その場で体をねじらせ、壁に張り付いたまま先を尖らせた。
まるで何かの「力を溜めている」ようだ。

「えっ・・・えっ・・・!」

もう片方の“虫”も同じ体勢をとっている。

2匹の“虫”が尖らせている方向は・・・ヒバリがいる場所だった。


(まさか・・・!)

暑い夏の夜にもかかわらず、体がガクガク震えた。

どうすればいいんだ?
この“虫”は、自分が駆除すべきものなのだろうか?

しかし、もしその時“虫”たちが襲ってきたらどうしよう?


(・・・!)


「ヒバリさん後ろッ! 気をつけてッ!」


おおよそ居香が覚えている中で、一番大きな声で言葉が出ていた。
産声よりも大きかった、かもしれない。


「い・・・居香ッ!?」

ヒバリは突然の事態に驚いている。


「・・・・・・!!」

どう続ければよいか分からなかった。
“虫に気をつけて”と言っても、ヒバリには伝わらないだろう。


バシュッ! バシュッ!


もう遅かった。

2匹の“虫”は、聞いたこともない凄い音を立ててヒバリに飛んでいった。


「あぁ・・・!!」

73第4話 ◆LglPwiPLEw:2013/01/27(日) 20:38:07 ID:yUl918CI0
ヒバリの体勢がグラッと崩れる瞬間が、居香の目に焼き付いた。

(・・・・・・)

ヒバリの痛みが居香に伝わるようだった。


「う・・・
 うあああぁぁぁ━━━━━━━!!」

混乱しすぎて脳内が空っぽになっていた。


「ふん、馬鹿だなー。変な警戒しなければ勝てたかもしんねーのに。
 オレの『リライト・マイ・ファイヤー』は一度吐き出したらしばらく自動で動き続けるんだよ。」


足の力が抜けていたが、居香は辛うじて立ち続けていた。

「ハァー ハァー・・・」

ヒバリの意識はまだあった。
しかしその場にうずくまっており、動くことはできないようだった。


「そこの子ー、アンタも見ちゃったね。覚悟してもらうよー。」

男は相変わらず軽い口調で居香に言った。

「い、居香・・・」


以前の居香であれば、恐怖で失神していたに違いない。

だが、居香は立っていた。

「ヒバリ・・・さん・・・」

いつの間にか大量の涙が吹き出していた。
自分をここまで成長させてくれたのは、間違いなくヒバリのおかげだ。


グッ!

居香は全身に力を込めると、一気に前に駆け出した。

「 ! ? 」

予想外の動きに、男もヒバリも驚いた。


バッ!

そして迷いなく、居香はヒバリの身体に手を触れた。


ギュウウウン!

「なにッ!?」

余裕を見せていた男も、“その光景”を見てさすがに焦りを見せた。

ヒバリが、少女の手のひらに取り込まれていく。
すると少女の背中に透明で球状の膜が現れ、その中に小さくなったヒバリが包まれるように姿を見せた。


「スタンド使い・・・広瀬康美の他にもいたのかよォ!?」


「居香・・・何してんだお前!?」

「私が・・・助けます・・・」

居香はそれだけ言うと、近くでへたり込んでいるメンバー達に近寄り、同じように自分の体に取り込んだ。


「何言ってんだ居香! 出せ! こっから!」

ヒバリは必死にもがいたが、自らを包む膜は破れなかった。


「コノヤロ・・・ナメやがって!」

男は悪鬼のごとき形相で居香に近寄ってくる。


ザーッ ムシャムシャ・・・

男はガムのボトルの中身を口の中に流し込み、音を立てて噛み始めた。

「ヤバいぞ居香・・・逃げろ!」

74第4話 ◆LglPwiPLEw:2013/01/27(日) 20:38:47 ID:yUl918CI0
ヒバリは思わず叫んだ。

居香に対して色々と問い詰めたかったが、今はそんな場合ではない。


男が特大の“スタンドガム”を吐き出す・・・!

(死ぬ・・・ッ!)

ブシュッ!

バッ!

瞬間、重力が一気に強くなったような感覚に襲われた。

―――気付くと、ヒバリ達は空中を舞っていた。


!?


トスッ

人間4人を背負っているとは思えないほど軽い音を立てて、居香は建物の屋上に着地した。


「なんだよオイ!?」

「じ・・・ジャンプしたのか!?」

突然の出来事に、メンバーも驚きを隠せない。


「居香・・・“それ”がお前のスタンドの正体か・・・」


「え・・・あれ!?」

ヒバリに言われて、居香は自らの異変に気付いた。

いつの間にか、着ていた服が今までと違う。
明るい緑と白の、全身にピッタリとフィットした着ぐるみパジャマのようだ。

そして・・・なぜかは分からないが、今まで感じたことがないほど、全身からパワーが漲るような感覚を覚えていた。


「なんだよこれ・・・カエル?」


「逃さねーよ・・・。」

!!

ヒバリが呆気に取られている時・・・既に屋上に登ってきた男の声が聞こえた。

「テメェッ!?」

「俺の“ガム”はいくらでも伸びるからな・・・コイツを伸ばして貼り付れば、どこまで逃げても追いかけられるぜ!」

プッ!


「!」 バッ!

ピョーン!


男が吐いてきた“スタンドガム”を、居香はまたもや大ジャンプでかわした。

「アホ! そんな分かりやすい動き、簡単に追い打ちできるからな!」

プッ!


バシュッ!

「きゃああぁ!」

空中で左足を撃たれた居香が悲鳴をあげた。

「居香ァァァ!!」


バランスを崩し、跳び移るはずだった建物の屋根を踏み外した。

「うわあぁぁぁぁ!!」

75第4話 ◆LglPwiPLEw:2013/01/27(日) 20:39:25 ID:yUl918CI0
ピタッ

「・・・!」


落下が止まった。
居香が、スタンドの吸盤状の指でカエルのように壁に貼り付いたのだ。

「ハァー・・・ハァー・・・」

「おい大丈夫かよ、居香・・・」

ヒバリが背中から声をかける。

「お前なぁ・・・まだあたしは戦えたのに・・・なんでわざわざこっちに来たんだよ!」


「ヒバリさんは・・・私を、助けてくれたから・・・」

激痛に耐えながら、居香は途切れ途切れに言った。

「だから・・・助けてあげなくちゃ・・・って・・・」

「・・・」


「おい、アイツ来てるぞ!」

「!」


さっきの屋上から、男が見下ろしていた。


ピョーン!


反射的に居香は跳んだ。
そして、男がいるビルの壁に張り付いた。

「よし、死角に入った!」

「それより、どうやってアイツから逃げるよ?」


メンバーがそう言っていると、ヒバリが呟いた。

「いや、駄目だ・・・アイツは絶対どこまでも追ってくる・・・
 おい居香、こっから出せ! 一ヶ所に固まると危険だからよ!」

「で・・・出来ません。
 一度取り込むと、たぶん完全に直るまで出てこれません・・・」

「なにィー!?」


「・・・ハッ!」

その時、居香は気付いてしまった。

周りの壁に、さっきの“虫”・・・
否、“スタンドガム”がビッシリと貼り付いていたのだ。


「な・・・あの野郎、既に・・・!」


ピョーン!

シュババババババババ!!

「いやぁッ!」

「うわあッ!」


居香が跳ぶと同時に、“スタンドガム”がこちらに向かって一気に発射された。

弾丸のように飛んでくるそれを、居香は紙一重で避けていた。
身に纏うスタンドのお陰で、「動体視力」が強化されているからかもしれない。
(先ほどは後ろから撃たれたから無理だったが・・・)


シュタッ

地面に着地すると、居香はとにかく男から離れるように跳んだ。

ピョーン! ピョーン!

76第4話 ◆LglPwiPLEw:2013/01/27(日) 20:39:54 ID:yUl918CI0
「ハァー・・・ハァー・・・」

居香の息は荒くなっていた。


「おい! もうやめろ居香! 足から血が噴き出てんじゃねーか!」

ヒバリにそう言われ、居香は跳躍をやめた。


「『恩返し』なんてしてもらわなくたっていいッ! もっと自分の事を考えて行動しろ!」


「・・・ごめんなさい・・・」

涙を流しながら居香は言った。

「私は・・・ヒバリさんが痛そうだったから・・・苦しそうだったから・・・思わず・・・
 逃げることもできたのに・・・ごめんなさい・・・」


「・・・」


ヒバリを含め、一同は沈黙してしまった。


しばらくして、ヒバリが口を開いた。

「・・・とにかく、アイツを撒いたのはいいが、なんとかしてケリをつけねーと。
 絶対他のメンバーにも害を加えるぞ。きっとアネキにも・・・
 恨まれる理由ならいくらでもあるが、あそこまでマジな奴が最近妙に多いぜ・・・しかも全員『スタンド使い』・・・」


ビリッ・・・

「あ・・・“破れる”・・・」

メンバーの1人が自分達を包む“膜”の変化に気づいた。


ボン! ボンボンボン!

「!」


次の瞬間には、膜に包まれていた4人が一気に路上に放り出されていた。

「お、終わったのか・・・“修復”が・・・」


改めて破れた膜を見ると、ヒバリにとって見覚えのある形をしていた。

「カエルの卵か・・・」

幼い頃に動物図鑑などで見た、オタマジャクシが出てくる透明な卵のそれだった。


「・・・急がねーとな。
 おいお前ら、今すぐアネキに連絡してくれ。人通りの多いとこに行ってからな。絶対バラバラになるなよ!」

「了解ッス!」


メンバー達3人はすぐに立ち上がり、街中の方向へ走りだした。


「・・・おい居香、大丈夫か?」

ヒバリが不意に居香のほうを向いた。

「あ・・・えっと・・・」

「大丈夫じゃあねーよな。それ、お前の能力で治せねーのか?」

ヒバリは居香に近寄った。

「だ・・・ダメみたいです・・・」

「そいつはマズいな・・・ほらよ」


ヒバリは自分の着けていたスカーフを外し、居香の大腿部に巻きつけ始めた。


「あ・・・そんな・・・私の服ので大丈夫です・・・!」

「今はそんなこと言ってる場合じゃねーよ。一瞬の判断が大事なんだ。・・・よし、こんなもんか。
 とにかく、アイツをブッ飛ばしてやんねーとな。あの野郎はマジだぜ・・・」


「・・・」

「お前を病院に連れてきたい所だが・・・お前1人だと危ないしな・・・
 しまった、アイツらと一緒に行かせればよかったぜ・・・」

「・・・お手伝い・・・します」

「あ?」

「ヒバリさんのお手伝いします・・・私も『こういう力』があるって分かったし・・・」

「なんだとォ!? お前死にたいのか!? ケンカじゃねーんだぞ!!
 いくら『スタンド』があるっつっても、お前は素人なんだぜ!」

「・・・」


ヒバリに怒鳴られ、居香は縮こまった。

77第4話 ◆LglPwiPLEw:2013/01/27(日) 20:40:37 ID:yUl918CI0
「お前にこれ以上迷惑はかけらんねーんだよ・・・!」


ヒバリがそう言った時・・・彼女の視界に“それ”が入った。

「・・・居香! あぶねぇ!!」

反射的に居香の身体を横に引き倒す。


ズキュン!

「あぐッ!!」


居香の後ろから近づいていた“スタンドガム”が、またもやヒバリの腹部を貫通した。


「ヒバリさんッ!?」

「居香、大丈夫だ! 動くんじゃねぇ・・・
 クソッ、もう追いついてたのか、あの野郎・・・!」

ヒバリは周囲を見回した。
あの男の姿はない。


「チクショーッ!!」

ヒバリが地面に手をあてると、“紐”が現れて“ガム”を拘束した。

「居香! 周りを警戒しろ!
 仕方ねぇ、お前も一緒に戦うしかねぇみたいだ。腹くくれよ!」

「・・・!」


ヒバリにそう言われると、居香の心の中から大きな力が湧いてきた。
足の痛みなど忘れてしまうほどに・・・


「いいか・・・あたしがアネキに教わった“対スタンド使い”の掟・・・お前にも教えてやる。
 こういうスタンドを倒してもキリが無いタイプは、直接本体を叩くんだ。
 まだ意味は分からねーと思うが・・・要はあの男をブッ倒せば、このクソッタレなガムも消える」

「・・・」

居香は紐に縛られてグニャグニャと動く“スタンドガム”を見た。


「分かりました・・・探してきます!」

ピョーン!


居香はカエルの着ぐるみのような『スタンド』を纏い、近くの廃屋の屋根に跳び乗った。

「お、おい待て! まったく・・・!」


ストッ

「・・・・・・」


居香が屋根に着地すると・・・

真正面に、男の姿があった。

彼の周りには泡のような球体がいくつも浮いており、地面には“スタンドガム”が無数に這っていた。


ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド



「あー、顎疲れた。いちいち噛まなきゃいけないから面倒なんだよねーこれ。
 しかも味が1種類しかないから飽きるし・・・腹も緩くなっちまうよ。」

「・・・!」


「あんたも『広瀬』のお仲間さん? だったら遠慮無く殺っちゃえるんだけど」

“スタンドガム”が一斉に居香の方を向いた。


(『あの男をブッ倒せば』・・・)

ヒバリの言葉が頭をよぎった。

「・・・!」

居香はジリジリと男に近づいていく。

(私だって・・・こんな状況なら、人を殴るくらい・・・!)


「待て居香! 奴に近づくな!」

背後でヒバリが叫んだ。


「ヒバリさん・・・!」

ヒバリは既に屋根の上に登ってきていた。


「待ってたよ。“堤ヒバリ”・・・。」

「アレに近づいたらマズい! あたしが仕留める!」


バン!

ヒバリは乗っている屋根に勢いよく手を当てた。


「・・・触った。」

男が呟いた。

78第4話 ◆LglPwiPLEw:2013/01/27(日) 20:41:26 ID:yUl918CI0
「・・・! なに・・・ッ!」


ヒバリの顔が引きつった。

「手が・・・“離れねぇ”ッ!」


「お前が能力を使うのにまた“地面を触る”と思ってさぁぁ、あらかじめ“ガム”を配置しといたんだけど・・・まんまと引っかかりやがったな!
 ヘヘヘへッ!! 俺の“ガム”はそうやってくっつけるのにも使えるんだよ!!」


「・・・クソがァァァ!!」

ヒバリはためらうことなく大量の“紐”を出現させた。

「無駄無駄・・・こんなの屁でもないっつーの。」

シュン
バジバシバシ!!


男の周囲の“ガム”が飛び交い、紐を切断していく。

「そんでもって・・・そろそろおしまいだぜぇぇ、堤ヒバリ。」


ビュン!

「なろォッ!」

ズブッ

「うぐあァァァ━━━━!!」

飛んでくる“ガム”をスタンドでガードしようとしたが、スタンドの腕も屋根にくっついている。
無数の“ガム”を防ぐには限界があった。


「ヒバリさん・・・!」

絶体絶命のヒバリ。
彼女を今助けられるのは・・・


(私だけだ・・・)


バッ!

居香は男に猛然と突っ込んでいった。


「・・・ふ。」

「居香・・・やめろオォッ!!」


ピカッ

「!!」

バアァァァン!!


強烈な閃光と破裂音が居香を襲った。

男の周囲に漂っていた丸い物が爆発したのだ。


「『リライト・マイ・ファイヤー』・・・“ガム”を膨らませりゃー爆弾になるんだわ。」

「居香ァァァ━━━━!!」

爆風を食らった居香は後ろに吹き飛ばされた。

「もう諦めろよ。おめーらは全員始末される運命なんだからさ。」


「てめー・・・なんで・・・なんでこんな事すんだよ・・・」

既に重傷のヒバリが、声を震わせながら言った。


「何の恨みがあるんだよ! あたしたちは何もしてねーぞ! 理由言ってみろゴラァ!!」


「あぁ? そりゃ“仕事”だからに決まってんじゃん。」

男が素っ気ない態度で返事をした。

「なんだとッ!?」

「オレは“金”で雇われたんだよ。『みさと』って言ったかなー、ヘンな雰囲気の女の子だよ。」

「“女の子”・・・!」


この前のヤンキーもそうだった。
『中学生くらいの女の子』に命令されたと。

「なんか怖いんだよねぇぇ、幼いのに何かヤーさんみたいなオーラ出してんだもん。
 失敗したら俺もヤバいかも・・・だからこっちも必死なんだよ。」


「そうなのか・・・だったらもうちょっと“周りに気をつけたらどうだ”?」

「?」

ヒバリが意味深なことを言ったので、男は一瞬考えた。


「・・・ハッ!」

次の瞬間、男はその意味を知った。

シュバッ!

「うおっと!」


居香が上空から迫ってきていたのだ。

「なんだよ、まだやる気かこのカエル!」

「ハァー・・・ハァー・・・」


居香の全身には、ハッキリと見て分かるほどの火傷と裂傷があった。

しかし、その眼はダイヤモンドのように輝きを帯び、まっすぐ前を見据えていた。
初めてヒバリと会ったあの日からは、まるで想像できないほどに。

79第4話 ◆LglPwiPLEw:2013/01/27(日) 20:42:26 ID:yUl918CI0
「ナメんじゃあねーぞ! オレは本気だからな! ぜってぇブッ殺す!!」

「居香!」


ヒバリが叫ぶ。
居香はまた怒られるんだと思った。

しかし・・・答えは違った。


「首をブッ叩け! 気絶させるだけで大丈夫だ!」

「・・・!」

ヒバリはアドバイスをしてくれた。
また“戦いの掟”を教えてくれたのだ。

居香は表情を変えなかったが、ヒバリには彼女がどこか『安心』しているように見えた。


やがて居香は・・・静かに目を閉じた。


「? おい、何してんだ!?」

「・・・?」

予想外のことに、男も戸惑い隠せないようだった。


「はは・・・急に諦めモードに入ったってことかなぁ?
 死にてーんならとっとと死ね!」

「おい居香!」


グオオオオオォォ!

風船状のものも含めたすべての“ガム”が、一斉に居香に向かって発射された。


「!!」


「なにィ!?」


居香は無事だった。
依然、目を瞑ったまま立ち尽くしている。


“ガム”は・・・
居香のスタンドに取り込まれていたのだ。


ヒバリはその理由に気づく。

「そうか・・・“ガム”は噛んだものだから、“取り込んで『噛む前』に修復できる”・・・!
 それに気づいたから、アイツは取り込めるようになったんだ・・・!」

しかし、本当にそれができるかどうかは、やってみるまで分からない。
居香は、そんな危険過ぎる賭けに一か八か出たことになる。

居香は静かに目を開けた。


「・・・あのカエルのスタンド・・・オレのと相性が悪すぎる! んなバカなッ!」

怯えたように男は後退した。


「・・・」ピョーン!

何も言わずに居香はジャンプした。


「うわああぁぁ!!」

ドサッ!
ゴロン!


男が逃げるよりも早く、居香が覆いかぶさるように飛び込んだ。

男は転び、居香がその上に乗ってマウントポジションになった。


「居香! 遠慮しねーで打て!」


「・・・!」

ヒバリの声に応えるように、居香は手刀を振り上げた。


「・・・なぁんちゃって。」

スッ

男が急に、手のひらを居香の腹に当てた。
そしてその手を素早く後ろに引く。


「あ・・・!」

ドボォ!!


「あ゛ぐッ・・・」

突然、生理的に嫌な打撃音が鳴り、居香が人とは思えないような音を口から出した。


「居香!!?」

思わぬ事態にヒバリが声を上げた。


ドサッ

居香は横にグラっと崩れ、倒れた。
身体はビクビクと痙攣している。


「・・・やれやれ。」


男は、手のひらに“ガム”を既に付けていた。

それを居香の腹にくっつけ、ゴムのように引いてから戻すことで、強烈な『掌底打ち』を食らわせたのだ。


「“ガム”が効かなくなったからって、オレに勝ったつもりだったんだろうが・・・甘えーよ!
 お前とオレとじゃ『ケンカ』の技量がちげぇぇ・・・俺のほうがずっと“戦い慣れ”してるわボケ!
 ・・・知ってた? “みぞおち”ってのはさぁぁ、もろに入ると心臓にダメージがあるんだってよ!」

80第4話 ◆LglPwiPLEw:2013/01/27(日) 20:42:59 ID:yUl918CI0
男は起き上がり、満足気にそう言うと、ヒバリの方を見た。


「・・・・・・」

男は声を失った。

顔面は真っ青になり、一瞬のうちに冷や汗が全身を覆った。



―――ヒバリは立ち上がっていた。


   屋根にくっついていた手を切断して。



そして、一歩一歩男に近づいて来る。



「居香が・・・あたしのために腹くくってくれたんだからよォー・・・あたしだって根性見せなくちゃあ示しがつかないよなァー・・・!」



手首から血をダラダラと流し、鬼のような形相で女が迫ってくる。

男にとっては、ホラー映画の主人公になった方がマシといえるような心情だった。



「手の一本くらい・・・居香のスタンドが修復してくれる・・・このくらいの痛み・・・居香のためなら大したもんじゃねえ!」



男の身体はガタガタ震えていた。

スタンドが入っているガムのボトルを持ったが、身体が思うように動かなかった。



「よくも・・・居香を・・・無関係な奴を苦しめやがって!!」


ヒバリは目の前まで来ていた。

透明なスタンドが今にも襲ってきそうだった。


「うがああああああああああああああああ!!」


ドジャアアアア!!


男はボトルの中のガムを、口の中におもいっきり流し込んだ。


「てめーの顔・・・ガムよりもグチャグチャにしてやるッ!!」


ヒバリはスタンドとともに、拳を勢い良く引いた。



ガシッ!



「そこまでよ、ヒバリ」


「・・・アネキ?」


ヒバリの背後に、いつの間にか康美が立っていた。
そして、スタンド『サイレン』で身体を掴まれていたのだ。


「なんで止めるんすか!? コイツ・・・あれ?」


男を見ると、顔が蝋のように真っ白になり、白目をむいて倒れていた。


康美が男に近寄り、容態を確かめた。

「うん・・・死んだわね、コイツ。ショックによる心臓麻痺と・・・あとガムを喉に詰まらせてるわ。
 まぁ、アンタのせいじゃないわよ。私が証人になってもいいくらい」


何のためらいもなく、康美は男の服に手を突っ込んだ。
身分証を探しだしたのだ。


「居香、おい大丈夫か! 居香!!」

ヒバリは自分の片腕を押さえて止血しながら、居香に呼びかけた。


「うぅ・・・ハァー・・・ハァー・・・大丈夫です・・・」

居香は小さな声で答えた。


「良かった・・・急所に入ったわけじゃないみてーだな」


「ヒバリ、その子は知り合い? その着ぐるみ・・・カエル?」

「あ、コイツは最近知り合ったんです。ぶどうが丘の1年生ッスよ。名前は居香です」


「・・・イルカかカエルかはっきりして欲しいわね・・・」



*     *



一週間が過ぎた。

居香は4日間ほど入院したが、その頃には杖をついて歩けるほどに回復していた。


その夜―――
いつものようにメンバー達は集まっていた。

81第4話 ◆LglPwiPLEw:2013/01/27(日) 20:44:05 ID:yUl918CI0
金を賭けてゲームしたり、しょうもない話に花を咲かせたり・・・

その準備をと、酒や菓子を持ち寄っていた。


―――ふとメンバー達は、見覚えのある姿を目の当たりにする。


「あれ、この前来た女の子じゃね?」

「ホントだ・・・アネキと写真撮った奴?」


居香の姿を見て、メンバー達はコソコソと話をしていた。

彼女の横には、付き添うようにヒバリの姿があった。


「あー、みんな集まったみたいだから始めっぞー」

ヒバリが全員に声を掛ける。


「今日はちょっと話がある・・・まず、あたしの隣にいる奴、名前は『沖野居香』だ。
 コイツには、今日から『メドル』のメンバーになってもらう」

「・・・!」


全員、声一つ出さなかった。

予想はしていたので、それほど驚いたわけではない。
むしろメンバーの頭の中では「なぜ?」という疑問でいっぱいだった。

ヒバリがいつになく冷静な態度なのも不気味だった。


「理由を聞きたい奴がほとんどだろうが、それは後で話す。
 でもまぁ、コイツはやろうと思えば何でもやれるやつだ。仲良くしてやってくれ」

ヒバリの後ろでは、康美が腕を組んで立っていた。
事情はすべてヒバリから聞いたようだ。


「よ・・・よろしくお願いします」

居香の挨拶に、全員が軽く会釈をして応える。


「そんで、これからが本題になるわけだが・・・お前達も知ってる通り、この前あたしたちは妙な男に襲われた。
 その時に居香が助けてくれたわけだが・・・それは置いといて・・・
 ハッキリ言っちまおう、あたしとアネキは“狙われている”。“命を”だ!!」


ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ



ヒバリの強い言葉に、メンバー達は冷たい鉄のように固まった。


「あたしもアネキも・・・今まで『静かに暮らしてきた』つもりだ。誰にも迷惑はかけなかったし、恨まれるようなこともしなかった・・・
 それなのに、何でこういう状況になっちまったのか・・・これからアネキに話してもらう。落ち着いて聴けよ」


ヒバリがそう言うと、康美が全員の前に出てきた。


すべての目線が康美に集まる。

そして、康美はいつものように、一息ついてから話し始めた。
“その女”について。



沖野居香/スタンド名『フリーキー・フロッグ(命名:堤ヒバリ)』 →「メドル」に加入。

刺客の男(本名:三本木雅行)/スタンド名『リライト・マイ・ファイヤー』 →死亡。


to be continued...



<登場スタンド>

No.597
【スタンド名】FREAKY FROG
【本体】女子高校生
【タイプ】近距離系 / 装備型
【特徴】細身なカエルの着ぐるみ

【能力】
①“壊されたもの”を取り込む事による自身の増強
(単純に質量分だけ攻撃の破壊力が増す)
②それらを修復して吐き出す能力
(破壊力は低下)
③自身が“壊したもの”を取り込んだ時点でスタンドは一時的に消失する

破壊力-A スピード-A 射程距離-2m
持続力-C 精密動作性-D 成長性-B


No.2178
【スタンド名】リライト・マイ・ファイヤー
【本体】金は無いけど夢はあるチャラ男
【タイプ】装備型 / 物質同化型
【特徴】ガムに同化したスタンド。パッケージには「FIRE」のロゴがある。
    使用する度に補充され、なくならない。

【能力】噛んでから吐き出すと、ピストルのように凄まじい速度で発射される。
    またフーセンガムのように膨らませると爆弾になる。
    当然殺傷力があるが、吐き出すまでに時間がかかるのが短所。

破壊力-B スピード-B 射程距離-届く距離まで
持続力-A 精密動作性-C 成長性-B

82 ◆LglPwiPLEw:2013/01/27(日) 20:49:17 ID:yUl918CI0
見た目は怖くても、一対一になるとビックリするほど優しい人っていますよね。
そんなイメージでヒバリを書いてみました。


今後はガネクロの最終回も書き進める予定です。

疑問・質問・批判などあれば遠慮無くお願いします。

83名無しのスタンド使い:2013/01/28(月) 19:17:21 ID:fxUc.1QsO
更新乙です!
イルカちゃんの能力いいなぁ
そして続きがめっちゃ気になる…

84名無しのスタンド使い:2013/01/28(月) 19:32:07 ID:kmTbtNKY0
腕、チョンパしたヒバリの覚悟すごいな……直せるアテがあるとは言え

更新乙でした!

85 ◆LglPwiPLEw:2013/01/29(火) 19:58:56 ID:/ZEoRBN.0
>>83
ありがとうございます!
回復役だけど、同時に色々動かせるスタンドがいいと思って採用しました。結構拡張解釈してますけど・・・
今回は重たい感じで終わりましたが、すぐにこれまでのノリに戻るのでご安心をwww

>>84
ヒバリはカッコいい兄貴・・・否、姉貴ポジションですね。
今のところ仲間全員とフラグ立ててますww

86話の流れとは関係ない日常パート ◆LglPwiPLEw:2013/02/10(日) 15:50:21 ID:SN9JVSEs0
居香「・・・・・・」

メンバーA「『仲良くしろよ』とは言われたものの・・・」
メンバーB「どうやって話しかけたものかな・・・」
メンバーC「うーん・・・」

光「ねぇねぇ、名前ホントにイルカっていうの?」
居香「あっ・・・は、はい」
光「すご〜い、可愛い名前だね〜! 私は光っていうの、よろしくね〜!」ニギ
居香「! ・・・はい・・・」
光「・・・」ジィー
居香「・・・///」ドキドキ
光「・・・」スッ
居香「!?」
光「ヘアゴム可愛い〜・・・あっ! ちゃんとイルカのマーク入ってる〜! アハハ! 凄い可愛いね〜!」ニコニコ
居香「//////」
光「えいっ!」ガバーッ!
居香「!!!???」ビグゥッ!
光「ん〜居香ちゃん、ちっちゃくて可愛くて抱き心地いいな〜。枕にしちゃいたい・・・」ムギュー
居香「////!!?」バク バク バク

メンバーA「・・・いいんじゃあないか、あれ」
メンバーB「うん、凄くいいな・・・」
メンバーC「むしろ最高だ・・・」

ヒバリ「おいコラ光! 居香に何してんだ!」
光「別に何もしてないよ〜。挨拶しようとしただけだってば〜」
ヒバリ「居香が怖がってんだろうが! とっとと離れろ!」
光「怖がってなんかないよ。ねぇ〜!」
居香「・・・///」
光「もしかして、ヒバリちゃんもギュってしたいの?」
ヒバリ「んなわけねーだろ! 居香は人見知りするんだからよ、あたしがいないときに困らせるようなことすんなよ!」
光「ふ〜ん、ヒバリちゃんって居香ちゃんとそんなに仲いいんだ〜・・・ねぇねぇ、ヒバリちゃんのことどう思う?」
居香「えっ・・・」
ヒバリ「おいおい、何聞いてんだよ・・・」
光「カッコいいよね〜! なんかこう、ずっと守っていてほしい感じ!」
ヒバリ「なんでお前が・・・」

居香「・・・///」コクン
ヒバリ「!」
光「ほら、頷いたよ! 居香ちゃんもカッコいいって思ってるんだよ!」
ヒバリ「っ・・・///」

メンバーA「素晴らしいな・・・」
メンバーB「眺めてるだけで幸せだ・・・」
メンバーC「あれが天国か」

87名無しのスタンド使い:2013/02/14(木) 21:27:35 ID:noSzrzcgO
本編もだけどこういう日常パートも読んでてめちゃめちゃ楽しいね
とりあえず光ちゃんは俺の嫁

88 ◆LglPwiPLEw:2013/02/15(金) 08:25:56 ID:WdHq/I8U0
>>87
ありがとうございます!
今更ながら、可愛い女の子を文章で表現する楽しさに目覚めてしまいましたwww

音石の娘がこんなに可愛いはずがない!

89名無しのスタンド使い:2013/02/21(木) 00:20:23 ID:Q8xDVfCkO
康美ちゃんのスリーサイズってB91・W54・H80だっけ?
他キャラのスリーサイズも気になるなぁ(チラッ

90 ◆LglPwiPLEw:2013/02/21(木) 16:28:05 ID:HljHTTY60
>>89
他の仲間のプロフィールも作ってますが、公開はもう少し話を進めてからということで。
楽しみにお待ちください!

91第5話 ◆LglPwiPLEw:2013/12/06(金) 23:07:30 ID:j8eMVMck0
「吉良」と言う名の殺人鬼がこの世から消滅して、実に25年の月日が経過した。


その間、ここ杜王町は何一つ変わること無く、しかし着実に進歩を遂げてきた。


街の玄関・杜王駅は高架橋による立体化が実現し、カンカンと鳴る踏切が車の流れを止めることはなくなった。
それに伴い、駅舎も3倍以上の規模を誇る大型施設となり、一日じゅう人々の出入りが絶えないターミナル駅と化した。

駅の近くにあったカメユーデパートは、東京からやってくるお洒落な店舗や複合施設に押され、次第にその陰を潜めていく。
現在では本社が他企業と経営統合したため、もうあの亀のマークを見ることはできなくなった。

駅周辺に至らず、郊外にも大小さまざまなマンションが次々に新築され、人口は今もなお増えて続けている。



それでも、人々の暮らしは変わらない。


よそ者に対してはぶっきらぼうだが、もてなしに手を抜かない市民性も、名産品・牛タンの味噌漬けも、変わらずこの町には存在する。


そして何より、この町に根付く「精神」は不滅だ。

それはあの年・・・大地震や津波、そして放射能の恐怖が町を襲った時も変わらなかった。

絶望に曝されてもなお、人々は立ち上がった。
その「黄金の精神」が、今のこの町を形造っているのだ。



ただひとつ、この町には新たな一面が生まれていた―――


それは「夜」。

町が発展していくとともに、人々が活動する時間帯も長くなっていく。

店やビルには一晩中明かりが点き、真夜中でも通りに人が歩いている。


そう、杜王町は『眠らない街』になったのである。


すると、いくつかの弊害も当然生まれてくる。

夜中の街を歩けば、怪しげな連中が闊歩しているのをよく見かけるようになった。
不良が夜遊びしやすい環境になり、その補導率は以前よりかなり高くなった。

それらは、言うならば「陰」。
明るい町の後ろ側に生まれる、もう一つの杜王町の姿なのだ。


人々は、普段それらから目を逸らして暮らしている。

危険な目に遭わないためには、そういった時間帯に出歩くなという不文律が定着しているのである。


―――だが、そういった街の「陰」を野放しにしておくわけにはいかない。

犯罪を行う者達に立ち向かい、平和を維持しなくてはならない人間が必要なのだ。


広瀬康美(ひろせ やすみ)は警察官でもなければ市民パトロール員でもない。
地元の私立高校に通う、一般的な女子高生だ。

しかし、彼女のもう一つの姿は、夜の杜王町で名を知らない者はいない「女王」なのだ。

その仕事ぶりは「正義の不良」というべきもの。
喧嘩を仲裁し、犯罪者には容赦無き『スタンド』の鉄槌を下す。
決して気まぐれではなく、論理と規則の名のもとで平和を守っていた。

『サイレンの広瀬』というアダ名は、そんな彼女の影響力の高さを示している。




・・・そんな怖いもの知らずに見える康美には、1人だけ恐れている人物がいた。

“彼女”は、誰の目にもとまることのない、まるで都市伝説のような人間―――

92第5話 ◆LglPwiPLEw:2013/12/06(金) 23:08:05 ID:j8eMVMck0
例えば―――


突然、宇宙人が大挙して押し寄せてきて、地球を侵略しようとする。
それは紛れもなく人類の危機だ。

海底から巨大な怪獣が現れて、街を破壊する。
非常事態であるのは言うまでもない。


それらは皆がハッキリと自覚できる“脅威”であり、人間は恐れ慄くか、必死に抵抗しようとするだろう。


しかし、次のような場合はどうだろうか。

“たった1人の一般人が、ゼロから世界征服を企む”。


誰もそんなこと信じはしない。

宇宙人や怪獣は実際にその姿が公衆の目に晒されるから、その存在が信じられる。

だが、“彼女”は違う。

誰にも気づかれずに、誰にも恐れられないまま、この世を少しづつ自分の物にしていく。
そんな存在に大衆は気づかないし、そもそもその存在を信じない。

一歩一歩、それこそ一生をかけてでも、自分の力だけで頂点を目指すのだ。


そんな冗談のような人間は、ここ杜王町に実在する。

『神杉美由稀』という名前の人間がそうだ。


齢は僅か18歳。しかも少女。
出自は一切不明。
その名は本名か偽名かも分からない。

わずかでもその正体を知ろうとする者は、彼女に殺害されるという。


彼女は、かつて巨大な暴走族の統率者だった。

1000人以上ともいわれる数の不良を取り仕切り、夜の杜王町を支配していた。

団員たちは普段好き勝手に暴れ回る無法者たちだが、最も恐ろしいのは「彼女」の命令が下ったとき。
軍隊のように完璧な支配体制を通し、すべての団員が決起して抗う者を粛清した。


その奇妙なほどの団結力は、警察すら尻込みし、暴力団からも一目置かれるほどだったという。



康美は、それに1人で立ち向かった。

理由は1つ。『多くの人々が彼女らの被害を受けたから』に他ならない。


数を相手にするのは後のことを考えても危険なので、康美は密かに“トップ”を叩こうとした。


そして康美が美由稀について調べて回っていた時―――



―――2人は出会った。



本当に偶然だった。
ある夜、誰もいない街道で、まるで運命に引かれあったかのように・・・


康美が彼女に大して持った第一印象は、とにかく“異様”な雰囲気の女だったということ。

猛禽のような切れ長の目と、艶のない真っ黒な髪。
そして、旧日本軍の将校のような軍帽とコートを纏っていた。

93第5話 ◆LglPwiPLEw:2013/12/06(金) 23:09:08 ID:j8eMVMck0
康美は一目見て「ヤバい」と感じた。

目的のためなら手段を選ばない、『漆黒の意思』を放っているようだった。


「アンタ・・・名前は?」

「・・・・・・」


何も言わずに通りすぎようとするのを、康美は制止しようとした。


「ちょっと!」

「これ以上・・・近寄るな・・・」

少女は視線を一切ずらさず言った。
1ヶ月ぶりに喋ったかのような掠れ気味の声だったが、鋭い刃物のような冷たさがあった。

何よりも、善良な市民がそんなセリフを吐くわけがない。


「アンタ、すまないけど、ちょっと話を聞かせてもらうわ・・・」

今まで感じたことのないプレッシャーに戸惑いながらも、康美は少女から話を聞き出そうとした。

次の瞬間―――


フッ


! ?


目の前の少女が“消えた”。


時間が飛んだか巻き戻ったか、とにかくそんな錯覚を受けてしまうように突然・・・


(これは・・・! 間違いない! スタンド使いだ!)

康美はこんな時でも冷静だった。

彼女が何者か分からないが、“ヤツ”について何らかの関わりがありそうな予感がする。
逃がすわけにはいかない。


(『サイレン』!)

高周波のレーダーが、周囲の暗闇に満遍なく放たれた。


「どこに隠れようが探してやるわ・・・!」


仮に彼女がまだ近くにいるならば、確実に探しだすことが可能だった。

康美が道路を振り返ると・・・



乗用車が―――

   目の前に―――――


「なッ!?」


   ドギャアアアアアアン!!!


何が起こったか理解できなかった。


コンマ数秒後に康美が理解したのは、自分が「車にはねられた」という事実。


   ドシャッ!


「・・・!」


痛みすら感じなかった。
だが気絶しなかっただけ幸運だった。
視界が完全にぼやけていたが、思考回路はなぜかいつも以上に働いていた。

何が起こったのか?

突然背後に車が現れて、自分を跳ね飛ばした。

音も聞こえなかったし、『サイレン』のレーダーにも反応していなかったはずだ。
まるで車が別の次元からワープしてきて、そして消えていったかのような・・・


ザッ

「!」


康美の視界に、さっきの少女の足元が映る。


「スタンド使いか・・・それなら今のうちに始末しておかなければな・・・」

少女の口から、冷酷な暴君のような言葉が吐き出された。


(コイツ・・・やっぱり・・・!)


康美は全身の力を振り絞り、ガバっと起き上がった。

「ム・・・あのスピードで撥ねられて動けるのか?」


「ぐっ・・・! ハァ・・・ハァ・・・」

自力で起き上がって、初めてダメージの大きさを実感した。
血が滴り落ち、激痛で関節を動かすのもやっとだった。


「“カミスギ”・・・“ミユキ”・・・!」

「・・・・・・」


「今ここで・・・お前を再起不能にする・・・!」


「何者か分からないが・・・私の正体を探るものは死んでもらうしかない」

殺気に満ちた眼光と、彼女の傍らに立つ人型のスタンド・・・
“彼女”であることの証拠は、それだけで充分だった。


「『サイレェェェェェン』!!!」

94第5話 ◆LglPwiPLEw:2013/12/06(金) 23:10:17 ID:j8eMVMck0
  *        *



康美は静かに語っていた。

張った声でもなく、ボソボソした小声でもない、いつものようなサラッとした喋り方だ。


しかし、聴く者達は真剣だった。
内容があまりに衝撃的だったからだ。

『メドル』のメンバー達は、止まらない動悸を必死に抑えようとしながら聴いていた。

入団したての音石光と沖野居香も、そして康美を誰よりも慕っている堤ヒバリも・・・
皆康美に注目してその話を聴いた。


康美の話によれば、結果的にその時は“勝った”。

死闘の末、康美は美由稀との戦いに勝利した、ということらしい。


どうやって勝ったのか、時間はどれだけ掛かったのかなどは、康美だけが知るところだ。
メンバー達が知ろうとしても、知ることのできない領域なのだろう。


「・・・分かると思うけど、この『メドル』は形式上アイツが頭だった族の後継。アイツが初代で、私が2代目ってとこかしらね」


いつもの集会の雰囲気とは全く違っていた。
物音ひとつ立たず、康美の声だけが辺りに響いた。

「・・・で、その“美由稀”が、どうやらまた動き始めたみたいなの。当然、ヤツの最大のターゲットは“この私”」


  ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド


メンバーにさらなる戦慄が走る。
康美は続けた。


「アンタらに言いたいことは・・・要するに、この前のヒバリみたいに、アンタらも怪しいヤツに声をかけられるかもしれない。そうなったら・・・そいつの言う通りに動いて」

   「?」


一瞬、メンバー達は意味を理解できなかった。


「私のいる場所も正直に教えていいし、“裏切る時は裏切ってもいい”。自分の身を第一に考えて動くのよ」


「アネキ・・・何言ってんすか!?」

ヒバリが思わず問いかけた。


「そんなことできる訳ないじゃないッスか! あたし達がいてこその『メドル』でしょう!?」

「分かってる。決してアンタらを信用してないわけじゃあないの。
 でも、とにかくアンタらを危険にさらしたくない。美由稀の件は私一人の問題。だから危険は全て『私が負う』」


「や・・・やめてくださいよアネキ・・・無理しないでくださいよ・・・」


メンバーの一人が涙声で言った。

最年長のメンバー、遠見塚千広(とおみづか ちひろ)だった。


「私らは・・・いつもアネキと一緒ですよ・・・死ぬのも生きるのも・・・」

周りのメンバー達も、巻き込まれるように涙を流し始める。

95第5話 ◆LglPwiPLEw:2013/12/06(金) 23:11:26 ID:j8eMVMck0
ヒバリは、涙を必死にこらえながら言った。


「あたしも同じ意見ッス・・・光や居香はともかく、あたし達はアネキに尽くすつもりでココに入ったんです! たとえ命令でも・・・アネキを捨てて、逃げることなんか・・・ッ・・・!」


光はヒバリに近づいたが、いつものように手を握ったりすることはできなかった。

居香は状況が飲み込めず唖然としている。


他のメンバー達から誰も話す者はいなかったが、彼女達の答えはその嗚咽の中に表されているようだった。



そして康美は―――



「・・・今日は急にビックリさせるようなこと言っちゃったわね。そこは謝るわよ。ただ、一言だけ言わせてもらうわ・・・」


メンバー達を見回し、いつも以上に鋭い眼差しをもって康美は言った。


「“私は絶対に負けない”。
 お風呂に入ってようが寝てようが、私はどんな状況でも身を守る。どんなヤツでも蹴散らしてやる。
 心から私を信用してるなら、気持ちよく裏切って。私の敵になって。その時は、いつか必ず救い出してあげる。私はアンタらを裏切らない。
 アンタらは傷つけないし、私も傷つかない!」



   *       *



「やれやれ・・・」

後日、康美は行きつけのバーのカウンター席に座っていた。

「んで? 結局あいつらは納得したわけ?」

カウンターの奥に立つバーテンの女性が康美に尋ねた。
スタイル抜群で露出度も高く、夜の街で働く女性として申し分ないルックスだ。


「したわよ。私の言葉が効いたらしくてね。子供みたいに大泣きしながら頷いてたわ」

「ぶふっ! やっぱあいつら単純だな〜! オレも見たかったな」

「単純っていうか・・・まぁ、バカなのよね」

煙草の青い煙をくゆらせながらバーテンが笑った。


バーテンの女性の名前は「荒巻恵利(あらまき えり)」。
康美を始め、現『メドル』のメンバーとはほとんど顔見知りだ。

というのも、冬の時期など、外に集まるのが大変な時『メドル』の集会はこのバーで行なっているのだ。


恵利がミストレスとして勤めるバー『アニマルズ』は、杜王町の繁華街からはだいぶ離れた所にある。

外観もパッと見で分かりづらく、近所でもここにバーがあると知る人は少ない。
不良少女達がこっそり集まっても怪しまれない、集会に最適の場所というわけだ。


「・・・しかし、お前も大変だな・・・いっぱしの学生なのに、ヤクザの親分みてーに狙われるなんて」

改まったように恵利が言う。


「言うほどじゃあないわよ。一度会ったことのあるヤツだもの。早急にカタをつけるつもり」

「・・・無理してんじゃねーか?」

「そう見える? 元は私からフッかけた因縁なのよ。私は無理するようなことは始めからしないわ」


「親御さんには言ってんのか?」

「一応ね・・・ただ詳しく教えちゃうとあの2人も危険だから・・・勝手に向こうで行動するかもしれないし」

「随分と物わかりがいいっつーか、自主的なトーチャンカーチャンだなー!」

「2人とも『スタンド使い』だからね、過去に“そういう戦い”を経験してきたらしいから・・・」

96第5話 ◆LglPwiPLEw:2013/12/06(金) 23:12:14 ID:j8eMVMck0
  ガチャッ


その時店の戸が開き、誰かが入ってきた。

「どうもこんばんわァ〜。あ、アネキ来てたんですね」

先日の集会で康美に意見した『メドル』の最年長メンバー、遠見塚千広だった。


「おっすー、今お前達のこと話してたところだよ」

「えっ、もしかしてこの前の集会のこと?」

千広はそう言いながら、カウンターの中に入っていく。
彼女はここ『アニマルズ』でアルバイトをしているのだ。


「あんたらも感情豊かだねー、康美の言葉ひとつでどんだけ泣くんだよ」

「いや、そりゃ急にあんなこと言われりゃ驚くから! 恵利さんもあの状況だったら絶対泣くって!」

千広は大声でそう言いながら康美の近くに立った。


「それで・・・アネキ、本当に大丈夫なんですね?」

千広が改めて康美に尋ねた。


「ええ・・・あいつを見つけるための手はもう打ってあるわ。どこに隠れてようがすぐに見つかる」


「・・・その“ミユキ”って奴、アネキがここに通ってることも知ってるんすか?」

「どうかしらね。少なくともアイツも私を探すために必死だろうから・・・だけどまぁそこんとこは、“店長さん”に既にお任せしてるわよ」

恵利がニヤニヤしながら小さく手を挙げた。


「え・・・恵利さん・・・大丈夫なのォ!? この店荒らされたりしねーの!? 恵利さんが留守の時に来たらどうすんの? あたしちょっとこえぇよ・・・!」

千広が恵利に言い寄った。
だが恵利はまったく動じない様子で言った。

「なーに怖がってんだよ! お前はただのバイトだろ! ちょっとやそっとで潰れやしねーから安心しろ! それに・・・」


恵利は言葉を区切り、千広の頬を優しく撫でながら言った。

「それに今まで、お前を一人にしたことなんかねーだろ・・・」

「・・・」

千広は何も言わなかった。


(やれやれ・・・だわ)

康美は心の中でそう言いながらカクテルを飲み干した。

97第5話 ◆LglPwiPLEw:2013/12/06(金) 23:13:08 ID:j8eMVMck0
   *      *


康美が店から去った後、恵利と千広は普段どおり仕事をしていた。

店内には他に女性客が1人いるだけだ。


「恵利さん・・・私、アネキを本当に信じていいんだよね?」

千広が静かに口を開いた。


「・・・・・・」

恵利はすぐには答えなかった。


千広としては、さっきのようにフランクな返事をしてほしかった。
康美がいない今の状況でも、自分をからかってくれるくらいの余裕を見せてほしかった。

彼女の沈黙は、千広にとってつらい返事だった。


「・・・オレは信じてるよ。あいつはなんつーか・・・いい意味でバケモンだからな。不可能の文字がねぇ。
 ただ今回は・・・相手が異常だ。オレも“ミユキ”のことはよく分かんねーが、話聞く限りではそいつもバケモンだ。
 ・・・まぁ、それでも康美はヤッてくれると信じてる。お前だけで心配する必要はねぇよ」

恵利はそう言った。


「アネキは・・・みんなにとって太陽みたいな人だから・・・どうしても最悪のことばっかり頭に浮かんじゃって・・・アネキがいなかったら、恵利さんと会うこともなかったし・・・」

「ったく、お前は心配性だなー。以前と比べりゃマシだけどよ」

恵利はそう言って千広の頭を撫でた。


    ガチャッ

その時、入り口の扉が開いた。


2人がそこに目を向けると、若い女性1人と男性2人が立っていた。
いずれも、まだ仕事中という感じの服装だ。

「・・・!」

男性の姿を見て、千広は思わず目を背けた。
彼らと面識があったわけではないし、異質な風貌だったわけでもない。

千広は男性恐怖症なのだ。
以前と比べて回復しつつはあったが、今でもできるだけ男性を視界に入れたくなかった。


「すみません」

「あーあー、ちょーっと待ってくださーい!」

女性の言葉を遮って、恵利は彼女達のもとへ駆け寄った。


「入り口んとこの貼り紙ご覧になりました? ここ、“男性お断り”なんですわ」

相手の3人は周りを見回して貼り紙を見つけた。


「え? あぁ〜そうなの。“男性お断り”・・・」

女性がつぶやいた。
男性達は何も言わない。


「『そういうお店』なのね」

「ハッ、まぁ『そういうお店』です」

恵利がそう言った時、女性が微かに微笑んだように見えた。

98第5話 ◆LglPwiPLEw:2013/12/06(金) 23:14:11 ID:j8eMVMck0
「・・・まぁいいわ。彼らはここに入らない。というか、私たちは飲みに来たわけじゃあないしね」


「・・・どういう意味すか?」

恵利は既に相手が“穏やかでない”ヤツらであることを察知していた。
問いかけながら、鋭い視線で女性を睨みつけた。


「ちょっと尋ねたい人がいるの」

「・・・誰のことでしょう?」


「この店に来てるっていう情報をもらったんだけど」

「・・・だから誰?」


「ごめんなさいね、すぐ終わるから・・・“広瀬康美”さんってご存知かしら?」

「何がしてぇのか言えやゴラァァッ!!」


店内に恵利の怒声がこだました。
千広は恐怖からか、カウンターの中で下を向いたままだった。

    ドンッ!

「うわっ!」

男性2人が、突然何かに引っ張られたように壁に叩きつけられた。

「“服が”・・・!」

男達の着ていたスーツが、意思を持ったかのように動いたようだ。

「やり合いたいならいつでも来いや・・・好きなだけ“踊らせて”やる!」

恵利からの体からは陽炎のようなオーラが立ち昇っていた。


「『スタンド』・・・貴女も使えるのね・・・大丈夫、私達は彼女の敵ではない」

女性はそう言ったが、恵利は戦闘態勢を緩めなかった。
一歩でも動けば、スタンド像が女性に襲いかかることを予知させた。


「私達は広瀬さんの協力者。というよりも、私達が協力を求めてるほうね」


「・・・?」

女性の言葉を聞いて、千広は顔を上げた。

康美に協力を・・・
どこかで聞いたような・・・


そういえば、今までは男の存在に恐怖していて気付かなかったが、“あの女性”には何となく見憶えがある。


「私達は“スピードワゴン財団”の者です。実は今、『ある大切なもの』を探してて、それについて広瀬さんと話したかったの。
 彼女の住所は知ってるんだけど、できれば家でのお話は避けたかった。だから彼女と安全に話せる場所がないか巡ってたのよ」


「・・・」

女性は手帳を出して身分を示したが、それでも恵利は信用するに至らない様子だった。


「え・・・恵利さん!」

カウンター越しに千広が呼びかけた。

「そいつ・・・私も知ってる! ちょっと胡散臭いけど・・・でも“アイツ”とは別の人間だと思う!」


「・・・そう、私達も『美由稀さん』を追う側よ。あんまり話せないけど、広瀬さんに害を与えるような人間ではない。それだけは誓うわ」


入り口に立つ女性―――『静・ジョースター』は、真摯な目で恵利を見つめた。


少し間を開けて、恵利が言った。

「・・・言っとくけど、ここも安全かどうか分かりませんよ。
 康美は『明日も来る』って言ってたんで・・・まぁ10時頃に来てもらえれば、貸し切ってあげてもいいですけど」

「・・・ありがとう」


静は丁寧に礼をした。

いかにも「できる女」という感じの態度だったが、恵利にとって彼女は、この店の“波長”に妙になじむ人間に見えた。

「では明日の夜10時、ここに私1人で来るわ。どうかよろしく・・・」

静はそう言い残し 、仲間の男達と立ち去ろうとした。

99第5話 ◆LglPwiPLEw:2013/12/06(金) 23:14:59 ID:j8eMVMck0
「あ、ちょっといいッスか?」

恵利が静を呼び止める。


「何かしら?」

「『大切なもの』って、何を探してんの?」

恵利の質問に、静は僅かに目を曇らせた。


「・・・残念だけど、答えられない。“盗まれたもの”ってことは・・・」

「ジョースターさん・・・」

言い過ぎたのか、片方の男が静の言葉を遮った。


「ごめんなさい、また明日・・・」

そう言って、静達はそそくさと店を出ていった。


「・・・・・・」


恵利はドアを開けたまま、しばらく考えていた。


康美の周りで何が起こっているのか?

“美由稀”という少女。
“スピードワゴン財団”という聞いたこともない存在。

おおよそ日常では関わることのない人間達が、ここ杜王町に集まってきているみたいだ。


何か恐ろしいことの前触れでなければいいが・・・

そう思いながら、恵利は仕事場に戻ろうとした。



「・・・なッ!?」

店内を振り返って、恵利の全身に衝撃が走った。


「この耳でハッキリ聞きましたよ。『明日、広瀬康美がここに来ると』」


店の中に『男』がいる。


くるりと先が丸まった長髪の若い男が、ひとり佇んでいた。

「女性達に扮してここで張り込んでいた甲斐があった・・・それと『スピードワゴン財団』? どんな奴らか僕には想像がつかないけど、一応“あの人”には連絡しておきましたよ。」


彼の傍らに立つ蛇人間のような『スタンド』は・・・
ぐったりとして動かない千広の首を掴んでいた。

「・・・て」


「あとはアナタを始末するだけだ。そして僕の『パラノイド』でアナタになりすまし、明日来る広瀬の隙を突いて殺す!」

「テメェェ━━━━━━━━━━ッ!!」

恵利が男に猛然と迫る。


「おっと! これ以上近づかないでくださいよ! 彼女は人質だ。まだ死んでない。しかし、アナタがそれ以上近づいたら、こいつの喉を握り潰します」

「・・・!」


恵利は動きを止めた。
驚きと怒りと悔しさに身体が震えていた。


「とはいえ、今からどうしようかなあ。女性をいたぶるのは僕の趣味じゃない」

100第5話 ◆LglPwiPLEw:2013/12/06(金) 23:15:53 ID:j8eMVMck0
「ハァ・・・ハァ・・・」


恵利自身、頭の整理がまだついていない。

つい先ほど康美から“美由稀”の話を聞いたばかりなのに・・・
そいつの手先が、もうここに来ていたとは。


だが、それ以上に恵利は―――
千広に危険が迫っていることへ、最大の恐怖と焦燥を感じていた。


「そいつは・・・」


震えながら恵利が言った。

「そいつは『スタンド使い』じゃあねぇ。かといって喧嘩もできねぇ『弱い』人間だ・・・お前達には無害なヤツだ。だから頼むから・・・そいつにだけは手を出さないでくれ・・・ッ!」


「ふぅん。どうしようかな・・・まぁ、今日はアナタを始末できればいいし・・・」


男は余裕たっぷりといった態度だった。


「あ、そうそう。僕の名前は『長町秀徳(ながまち ひでのり)』っていいますんで・・・アナタが死んだら、この人は一生この名前を恨むでしょうね・・・愛する人を殺した人物の名だって・・・フフフ」


「!!」

   プ ッ ツ ー ン


「ぬおああああああああああ!!」


混乱を抑えきれない恵利は、秀徳の挑発に耐えることができなかった。
スタンドを完全に解放して秀徳に突進した。

「『パーヴァージョン99』!!」


「やれやれ・・・これだから感情的な女性は・・・」

秀徳はそういって千広にとどめを刺そうとした。


   ガバッ!


「ぐっ!?」

突然、秀徳の背後から“何か”が覆い被さり、彼の首を絞めた。


「なんだッ!?」

「覚悟しろオラアアアア!!」

「まずいッ! 『パラノイド』ッ! 防御だ!」


咄嗟に秀徳は千広を投げ捨て、スタンドに身を守らせた。


   ドンッ!

お互いのスタンドの拳が激しくぶつかり合い、衝撃音が鳴り響く。
その衝撃波で、近くのテーブルのグラスにヒビが入った。


「この野郎オオオ!!」

   ドゴドゴドゴドゴ!!


なおも恵利は攻撃をやめない。

秀徳の首には、毛布のような何かが巻きついていた。


「この布・・・! アンタの能力か! 『パラノイド』! コイツを剥ぎ取れ!」

秀徳のスタンドは、恵利の攻撃の隙をついて巻き付いた物を掴み、引き剥がした。
そしてお返しとばかりに、恵利の顔面にそれを覆い被せる。

「ッ!」


「くらえッ!」

恵利が怯んだ瞬間を狙い、秀徳が一撃を叩き込んだ。

   ガチン!

「!?」


秀徳は『パラノイド』の拳を通して、恵利に被せた布が鉄のように硬くなったのを感じた。

   バッ

恵利はすぐに後ろに飛び退いて距離をとった後、千広に駆け寄った。


「・・・なるほど・・・単純明快、『布を操る能力』ってわけですね。壁に掛けられていた布が動いたり、硬質化して盾になったりした」

「ハァ・・・ハァ・・・分かったような口をきくんじゃあねぇぜクソ野郎・・・」

恵利は千広の首を触り、脈を確認する。
秀徳の言うとおり、死んではいないようだが・・・

「しかし僕の『パラノイド』はあらゆる物を剥ぎ取って“皮”にできる。アナタの能力に対して相性がいいようですね」

101第5話 ◆LglPwiPLEw:2013/12/06(金) 23:17:20 ID:j8eMVMck0
「うるせぇッ!! 美由稀だかなんだか知らねぇが、絶対にテメェの好きにはさせねぇぞ!」

秀徳に向かって凄まじい剣幕で叫んだ。

「・・・さっきから気になってたんですが、『ミユキ』って誰ですか? 私に命令をくれた彼女は『ミサト』ちゃんですが」


恵利は気付いた。

康美から聞く話によれば、美由稀は「ミサト」という偽名を使って活動している可能性があるらしい。

“美由稀”は、とにかく他人に自分の正体を知られたくないのだ。
たとえそれが自分の手下であっても・・・

「どっちでもいい・・・つーか、テメェらは何でそいつに付き従ってんだ! しょせんガキなんだろ!」

「うーん、単純に『強い』って理由かな? 彼女には神懸かり的な力があるんだ。スタンドも含めてね。
 きっと彼女はこのクソみたいな世の中を変えてくれるはずさ。政治家よりも軍隊よりも、ミサトちゃんには統治の才能がある」

「なんだよそれ・・・新興宗教じゃねーか、気持ちわりーな!」

「違うね。これは『信心』ではなく『信頼』だ。アナタは彼女に会ったことがないから分からないでしょう・・・あの人にどれほどの『信頼』が寄り集まっているか!」


「・・・・・」

その時、千広が目を覚ました。

「千広!」

「あれ、私・・・ヒッ!」

千広はぼやけた視界で秀徳を見て、反射的に目を逸らす。
視界に男性が入ると、「過去」を思い出して吐き気を催した。


「大丈夫だ。お前はここで待ってろ。私がアイツをすぐにぶっ飛ばす!」

千広を椅子に横たえさせた後、恵利は秀徳と向き合った。

「覚悟はよろしいですか? 僕は構いませんけど」

「紳士ぶってんじゃあねーぞ外道が。テメェには血反吐を吐かせてでもこの店から出てってもらうぜ」

「うるさいな」

   バッ!

秀徳の『パラノイド』が一気に接近し恵利に襲いかかる。

   ドゴォ!

「ぶえぇッ!!」

腹の物をぶちまけるような叫びをあげたのは秀徳の方だった。
“覚悟”が違うぶん、『パーヴァージョン99』の方が秀徳のスタンドよりスピードがあるようだ。

秀徳は膝から崩れ落ち、すぐさまスタンドを引っ込める。
対する恵利は微動だにしない。

「・・・ぐぉ」

「言っただろ、血反吐はかせてでもって。ただ店の床にぶちまけんじゃあねーぞ。野郎のゲロの後片付けなんて死んでもやらねーからな」


「・・・じゃあ、死んでもらうか」


「!?」

   ドヒュッ

恵利が何かを察知した瞬間、彼女の足元から何かが飛び出す音がした。


「・・・!」

油断していた。
秀徳は何も考えずに、スタンドを向かわせてきたものと思い込んでいた。
バカで単純な男の考えることだと、思っていた・・・

「あ・・・ああああああ・・・あああああアアアアアアアアアアア!!!」

千広がそれを見て、声にならない悲鳴をあげていた。


恵利の腹に、殺傷力の高い小型のナイフが上向きに突き刺さっていた。

「床の下に“床の皮”を被せて隠したんだ・・・僕の命令で飛び出る・・・まったく、視野の狭い女性は苦手だよ」

102第5話 ◆LglPwiPLEw:2013/12/06(金) 23:18:31 ID:j8eMVMck0
「恵利さあああん!!」

パニック状態の千広は恵利にすがりつく。
恵利は顔をしかめながらも、優しく千広の肩を抱いて言った。

「大丈夫だ・・・これくらいすぐ治る。お前は・・・何もしなくていい」

恵利の赤い血液が、くびれたウェストを伝って床に流れていく。
千広はそれを見るだけで、恵利の感じる痛みがそのまま伝わってきそうで怖かった。
そして3mほど先には、得体の知れない『スタンド』を持った男が一人。
千広にとって、もはや地獄にいるほうがマシとも言える状況だった。

千広は肩に置かれた恵利の手を握った。
ほんの数秒の間だったが、そうすることでお互いの“信頼”を確かめあっているような感覚だった。


「恵利さん、私アネキ呼んでくる!」

頭がクラクラする状況の中で、頭に浮かんだ行動がそれだった。

「いや、やめろ! お前を一人にするわけには・・・」


「あぁ、そうだね」

すっかり体勢を立て直した秀徳が話に割り込んだ。

「彼女を呼ばれると困る。というか、騒ぎを広められるといろいろ面倒だ。“ミサト”ちゃんも動かなくちゃあならないかも」

一歩一歩、秀徳が近づいてきた。


「ぜってーに、テメェらは許さねーぞ・・・!」

恵利は足に目一杯の力を込めて立ち上がった。

「法律がお前らを裁いた後でも・・・それでもテメェらを許さねえ! 千広に・・・無関係のヤツに怖い思いさせやがって!」

「恨み言は吐かずに、アナタはもう諦めたほうがいい。僕はもう勝っているのだからね」

秀徳が足を止めて呟くように言った。
先ほどまでのような紳士的な態度というよりは、もはや完全に見下したような無慈悲な言い方だった。

「バカ言え! オレはまだやれるぜ! ナイフ一本くらいでヘタるかよ!」

「いや、違うね。既にこの店内は、“僕が仕掛けたトラップだらけってことさ”」

「・・・なんだと?」

恵利は全身に寒気を覚えた。
出血だけが原因ではない。

「さっきアナタ方が会話している間・・・そしてその人を気絶させた直後、僕は隙を見て、店内のあらゆる所にナイフを隠した。“皮”を被せてね。
 僕が能力を発動すれば、ナイフたちは一斉にアナタの方向に飛んでくるだろう」

「・・・!」

秀徳の言葉を聞き、千広は戦慄と絶望から涙が出てきた。

「ハッタリ言うんじゃあねーぞ・・・それが本当だったらとっくに撃ってきてるはずじゃねーか」

「嘘だと思いますか? だったら見せてあげましょう。苦しいでしょうし、そろそろ楽になって頂きたい」

「千広!」

突然、恵利が声をあげた。
名前を呼ばれ、千広はハッとする。

「テーブルの下に隠れてろ!」

「・・・・・・」

千広は何も言わず、直ちに近くのテーブルの下に入った。
もはや恵利の言うとおりにして、彼女に任せるしかない。


秀徳は冷たい目で恵利を見て言った。

「悲しいですね・・・覚悟を決めましたか・・・その決断はきっと『正義』―――」

   メギャン!

話の途中で、秀徳は前触れなく自分の顎を殴った。
恵利のスタンドが、先ほど殴った時に触れていた彼の上着を操ったのだ。

突然のことに秀徳は一瞬混乱すると同時に、視界がフワリとぼやけた。

「うおおおおおおおおおおおおおおお!!」

大声をあげながら、恵利は一気に前に出る。
『パーヴァージョン99』の射程内で、彼を一撃で仕留めるためだ。

   バシュシュシュシュ!

次の瞬間、店内のあらゆるものが弾けるようにナイフを射出した。

103第5話 ◆LglPwiPLEw:2013/12/06(金) 23:20:03 ID:j8eMVMck0
「おおおおおおおお!!」

そこからは、ほんのコンマ数秒の出来事だった。

『パーヴァージョン99』は、舞うような動きで飛んでくるナイフを弾き飛ばす。
人間の視覚で捉えられる速さではなかった。

恵利は着ている服を能力で硬質化し、急所へのダメージを抑えようとしている。

「・・・!」

恵利はナイフよりも鋭い目で秀徳を睨んでいた。

スタンドを構えながら対峙する秀徳は・・・ニヤリと笑った。

「いいのか・・・? アナタの大切な人が、いま本当に安全だと思っているのか?」

「なに・・・?」


―――数秒前。
千広がテーブルの下に隠れた直後のことだ。

(あっ・・・携帯・・・!)

千広が気付いたのは、自分の携帯で康美を呼ぶことだった。
電話すると秀徳にバレてしまうが、こっそりメールを送れば大丈夫かもしれない。
千広はすぐさま、ポケットから携帯を取り出した。

(くそ・・・なんか重てえ・・・)

精神状態が不安定なせいか、携帯がいつもより重く感じられた。

(・・・あれ?)

直後、千広は異変に気付いた。

―――しかし、遅かった。


「千広おおおおおお!!」

恵利がそう叫んだのと同時だった。
自分の携帯“だったはずの物”が、風船が割れるように破裂した。

そして自分の鼻先、わずか2〜3cmの所にナイフの先端が―――

「!」

   カシッ

つららのように冷たく鋭いナイフが、空中でピタリと静止した。
恵利のスタンドが間一髪の所でナイフを掴んだのだ。

   ドスドスドスッ

テーブルの外で、ダーツの矢が当たったような音が連続で鳴った。
千広は空っぽの頭でそれを聞いた。

「言っただろう・・・僕は勝っているのだと。彼女の携帯も、しっかり“皮”で偽装しておいたんですよ。本物の携帯は僕が持ってる。
 アナタの敗因は・・・僕がそこまで頭の回らないバカだと思っていたからかな? それとも彼女に対する・・・愛情のせいかな?」

「あ・・・」

   ドサッ

千広は恵利が崩れ落ちるのを見た。
今まで足元しか見えなかったのが、この時彼女の全身を見たのだ。
・・・ナイフが腹に3本、余計に刺さっていた。

「アナタ、『ナイフの1本くらい』って言ってましたよねぇ? じゃあ今はどうなんですか? “合計4本”入っちゃってますが・・・
 まったく、おへそを見せないファッションならここまでならなかっただろうにね・・・」

「ぅ・・・ぅぁ・・・!」

ショックが大きすぎて、千広は声をあげることもできなかった。

「クソッタレ・・・」

恵利は微かに呟いたが、もはや動くことができない。

   ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド

(勝ったな・・・)

秀徳は勝利を確信していた。

「それではトドメをさしてあげましょう」

決着をつけるために、秀徳のスタンドが恵利の頭上に現れた。
そのまま大きく腕を振り上げ・・・

「ん?」

恵利の身体が、テーブルの方向に僅かにズレた。

   ズルゥッ!

次の瞬間には、恵利は一気にテーブルの下に引き込まれていった。

「・・・・・・」

それまで抑えられていた秀徳の感情が、湧き上がるように現れてくる。

「・・・お前も殺されたいかッ!!」

秀徳は怒鳴りながらテーブルの下を覗きこんだ。

104第5話 ◆LglPwiPLEw:2013/12/06(金) 23:21:40 ID:j8eMVMck0
「・・・なんだと!?」

秀徳は目を疑った。
“何もない”。

千広に引っ張りこまれたはずの恵利はおろか、千広自身の姿すら見当たらなかった。

「どういうことだッ!? 荒巻恵利のスタンドにこんな事はできないはず・・・!」

   ギュッ!

「ぐえ!」

秀徳の上着の襟が、彼の首をキツく絞め上げる。

(この攻撃はッ! まだヤツらは近くにいるぞ・・・それだけは間違いない!)


「『パラノイド』ッ! この上着を剥がせええ!」

   バリッ!

『パラノイド』が引っ張ると、上着はまるで葡萄の皮のように秀徳の身体から離れた。

「どこだッ! どこにいる!」

秀徳は店内を見回した。

なぜ2人が消えたのか。
別のスタンド使いが助けに来たというのだろうか。

(別のスタンド使いなんて・・・一体どこから・・・!)

「ここだよ」

「!」

先ほどのテーブルの下から、千広の声が聞こえた。

「貴様・・・!」

秀徳はそれを見て目を丸くした。

千広は、まるで床の下から出てきたように上半身だけを見せていた。
その傍らには、『スタンド』がいる。
恵利のスタンドではない。ピッタリと彼女に寄り添い、一体感を見せている様は間違いなく“千広のスタンド”だった。

「貴様もスタンド使いだったというのかッ!?」

「分かんないよ、そんなの・・・でも、“恵利さんを守りたい”っていう気持ちだけでいっぱいで弾けそうになって・・・
 そしたら、コイツが出てきて“穴を掘った”んだ。この『テーブルの影』に・・・」

「穴・・・だと?」

そう言った時、恵利の姿が秀徳の目に飛び込んできた。
彼女もまた、テーブルの下の“穴”から這い出てくるように現れた。

「ビビったぜ・・・マジで死ぬかと思った・・・千広のお陰だ・・・」

汗を垂らしながらも、恵利は笑っていた。

「お前らッ! たとえ2人だろうが構わない! 殺してやる!」

予定を完全に崩されたのか、秀徳は怒りを顔面に漲らせながら突っ込んできた。

   サッ

2人は、すぐさまテーブルの下の“穴”の中に隠れる。

「クソがッ!」

   ブン!

『パラノイド』がテーブルを掴み、無造作にブン投げた。

   ガシャアアアン!!

大きな音を立ててテーブルが落ち、無数のグラスが割れる。

「・・・!」

テーブルの下には“穴”など無かった。
ならば、千広達はどこへいったというのか。

「・・・あ〜あ、結局店ン中荒らされちまったよ。」

恵利の声が別の場所から聞こえた。
今テーブルを放り投げた方向からだった。

「ハッ!」

   ビュン!

秀徳に向かって、ナイフが音を立てて飛んできた。
しかし秀徳には当たらず、ナイフは後方の壁に突き刺さった。

「次はマジで当ててやるぜ・・・」

恵利の上半身が、さっきのテーブルの「影」から出ていた。
その隣にいる『パーヴァージョン99』は、店内に散乱していたナイフを2本握っていた。

「そうか、“影”が移動すると、それに合わせてお前達も移動するのか・・・」


「恵利さん・・・」

店の床にポッカリと開いた“穴”、スタンドが創りだした暗闇の空間の中から、千広は恵利を見詰めていた。
まだ発現したばかりだが、この中は絶対に安全だと自覚できる。
しかし、外にいる“男”を何とかしなければ、ここからは出ることもできない。

105第5話 ◆LglPwiPLEw:2013/12/06(金) 23:24:11 ID:j8eMVMck0
「・・・・・・」

   ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ

恵利と秀徳の睨み合いが続いた。

秀徳側もナイフを握っている。
どちらかがそれを投げた時、決着が着くだろう。
今にも千切れそうなゴムのような、この上ない緊張感が2人の間に張られていた。


まったく前動作を見せずに、秀徳がナイフを投げた。

それと同時か僅かに遅れて、恵利もナイフを投げる。

『パーヴァージョン99』は、ナイフを投げた動作のまま、飛んでくるナイフを弾き飛ばそうとした。
だが―――

   バンッ!

恵利の目の前で突然ナイフが弾け、何かの液体が顔面に掛かった。
秀徳は、近くのグラスに入っていたウィスキー自体にナイフの“皮”を被せていたのだ。

秀徳に向かって飛んだナイフは・・・再び彼の横を通りすぎてしまった。


「やはり! ナイフ投げは訓練している者しか扱えない! 素人のアナタには不可能だったようだな!」

秀徳は2本目のナイフを取り出した。
目潰しを食らわされた恵利は、すぐにこのナイフを防ぐことができない。

「喰らえッ!」

   シュッ
    ドスッ


人の身体にナイフが刺さる音が店内に響いた。

「・・・!」

秀徳がナイフを投げる前に、彼の背中にナイフが刺さっていた。

(バカな・・・!)

そんな台詞を言う暇もなく、秀徳は気絶した。

   ドサッ

「バーカ・・・背後に気をつけてろってんだよ」

秀徳の後ろには、先ほど脱ぎ捨てた上着が床の上で旗のように揺らめいていた。

恵利が投げたナイフは、スタンドに操らせていた上着の内側を滑り、レールのように方向転換したのだ。
彼女は、初めからこうして死角から秀徳に攻撃するつもりだった。


「・・・つーか、あんなに偉そうに言ってた奴が一発でダウンしやがった・・・情けねー男だぜ」

恵利はそう言いながら“穴”から這い出た。

「恵利さん! 大丈夫!?」

千広もすぐさま“穴”から出る。

「そ・・・そろそろヤバくなってきた・・・」

腹部に刺さった4本のナイフは、恵利の血をどんどん抜き続けていた。

「携帯取ってくる! 最近『メドル』に怪我を治せるスタンド使いが入ったんだ!」

「おい・・・アイツが持ってんだぞ・・・男だけど・・・大丈夫なのか?」

恵利が心配して言った。
今までの千広なら、半径1m以内に男が近づけば泣くほどだった。

「大丈夫・・・『コイツ』がいれば、もう怖くないって思えるし、それに・・・もう過去とは決着がついたんだ」

そう言いながら千広は倒れている秀徳に近づき、携帯を探した。

「千広・・・」

恵利はそんな千広の後ろ姿を見て、妙な安心感を覚えた。

「・・・!」

次の瞬間、恵利が見たのは―――
『パラノイド』が千広の頭上に現れ、手刀を振り上げているところだった。


「千広!」

「!」


『ウッシャアアアアアアアアアアアアアアアア!!』

   ドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴ
   ドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴ
   ドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴ

恵利が叫ぶよりも早く反応した千広が、『パラノイド』にスタンドのラッシュを浴びせた。

   ボゴォ━━━━━━━━━━ン!!

「ぐええああ!!」

スタンドと共に秀徳はふっ飛ばされ、店の壁に叩きつけられた。
千広の携帯を持ち主の目の前に落としながら。



長町秀徳/スタンド名『パラノイド』 →再起不能。

遠見塚千広/スタンド名『ダーク・アライアンス』 →男性恐怖症を克服。

106第5話 ◆LglPwiPLEw:2013/12/06(金) 23:25:54 ID:j8eMVMck0
――――――
―――


あの時、どれだけ酷い目にあったか。
彼女は思い出すたびに吐き気を催した。

小さい頃から家庭事情が良くなかった千広にとって、その道は既に用意されていたようなものだった。

夜の街で自分の身体を売る仕事は、初めはそれほどつらいものでもなかった。
しかし時が経つにつれて、家庭を維持するために必要になる金額は増えていく。
そのぶん収入を増やすためには、「もっとキツイ仕事」をする他に手段はなかった。

それだけでも精神が崩壊しそうだったのに、仕事で知り合った男性からは暴力を振るわれた。
信じられると思った男が、自分を道具としか思っていない悪魔だった。
生き延びるためには、千広は従順な愛人でいつづけるしかなかった。


ある夜、もはや耐えられなくなった千広は、ひとつの逃げ道を見つけた。
それが『メドル』だった。

男達の恐怖から逃れるためには、杜王町の「女王」による救いの手が必要だった。

強烈なトラウマを残しながらも、なんとか地獄から脱出できた千広は程なくして恵利と出会った。

千広は彼女のもとで、少しづつ元の世界への復帰を目指した。

初めは男性を見るだけで泣き崩れ、外出すら難しかった千広も、一歩一歩回復に近づいていった。
恵利に男性的なところがあったお陰もあるかもしれない。
「男性」という存在への恐怖感を克服しようと、恵利の助けを受けながら努力した。

この夜は、その戦いの終わりの時だったのだろう。


―――
――――――


次の日の夜。

バー『アニマルズ』の店内には千広と恵利の2人しかいなかった。
静・ジョースターと康美の密会のため、店を貸し切り状態にしたからである。

恵利の傷や、壊れたグラスは沖野居香の『フリーキー・フロッグ』により全て修復されていた。

居香は初めて入るバーの雰囲気に困惑していたが、最後には恵利とも馴染んだ様子で帰っていった。


「ねぇ恵利さん・・・」

「なんだ?」

「私はもう・・・恵利さんに守ってもらう必要はないよね・・・スタンドもあるし、トラウマも治ったし」

「・・・バーカ、あんまり自分の力を過信すんじゃねーよ。まだまだお前は弱いんだよ」

「・・・」

千広は微笑んでいた。

恵利は千広に歩み寄って身体を抱き寄せた。

「お前は『成長』した、それだけは言える。大したもんだよ。でも、まだ未熟だ・・・だからもう少しの間、オレの近くに居ろ」

「恵利さん・・・」

2人は、お互いの肌の温かさを感じ、生きている事を実感した。
そしていつものように、深く口付けを交わした。



「・・・ひあっ!?」

突然、千広は店内の『気配』を感じて顔を離した。
いつの間にか女性が一人、店内のソファーに座っていたのだ。


「―――次にあなたは、『いつ入ってきたんだ!?』と言う」

「いつ入ってきたんだ!? ・・・ハッ!」


店内にいたのは、スタンド能力で透明になっていた静・ジョースターだった。

「ヘヘッ! ビビってやんの〜!」

恵利がおどけた様子で千広に言った。

「え、恵利さん、分かってたのォ!?」

「とっくに気づいてたよ! だからお前は未熟なんだっての!」

「驚かせてゴメンナサイね、千広さん。昼のうちから恵利さんと話し合ってたのよ」

静も笑顔で言った。

「うわああハメられたー!」

3人は笑った。
昨晩とは打って変わり、和やかな雰囲気が『アニマルズ』の店内に満ちていた。


   ガツガツガツ
    ガチャン!

店のドアが、急に力強く開けられた。
入り口には康美が立っていた。

「あ、アネキ・・・」

千広はそう言いかけたが、康美の放つオーラのようなものに負けて口をつぐんだ。
康美は鋭い眼差しで静を直視している。

「こんばんは、広瀬康美さん」

「・・・こんばんはじゃあないわよ。アンタのこと・・・親に訊いたわ。なにが起こったっていうの!」


   ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド



to be continued...

107 ◆LglPwiPLEw:2013/12/06(金) 23:30:22 ID:j8eMVMck0
使用させて頂いたスタンド

No.1405 パラノイド
No.3320 ダーク・アライアンス
No.4746 パーヴァージョン99

起用して欲しいスタンドスレで薦めてくれた方、ありがとうございました!

108 ◆LglPwiPLEw:2013/12/06(金) 23:32:21 ID:j8eMVMck0
【名前】荒巻恵利(あらまき えり) 26歳
【スタンド】『パーヴァージョン99』…触れた布を自在に操る近距離スタンド。

【職業】バー「アニマルズ」のミストレス
【好きな食べ物】ホウレン草
【嫌いな食べ物】肉類(ベジタリアン)
【好きなアーティスト】サラ・ブライトマン
【特技】ダンス
【体格】174cm 59kg B85 W59 H84
【性格】男勝りでハキハキした性格。現「メドル」メンバーのほとんどと顔見知り。
    特に千広とは親密な関係にある。


【名前】遠見塚千広(とおみづか ちひろ) 22歳
【スタンド】『ダーク・アライアンス』…影の中に穴を掘り、内部に入ることができる。

【職業】フリーター(現在は「アニマルズ」でバイト中)
【好きなアーティスト】Cocco
【体格】167cm 65kg B80 W65 H86
【性格】最年長の「メドル」メンバー。他のメンバーからも慕われている。
    かつて恋人から受けた暴力によるトラウマを持っており、男性恐怖症だった。

109名無しのスタンド使い:2013/12/07(土) 23:02:56 ID:WGZS.7HkO
ほわあああお!久しぶりの更新乙です!
前回のほんわかしたお話とは一転、手に汗握る熱い展開でしたな!
新たな仲間も増えたことですし、これからのどのように展開していくのか楽しみでwktkがとまりません!!

それにしても美由稀のスタンド、なんだかヤバそうな匂いがプンプンするけど、どんなスタンドなんだろうか…気になるゥ〜

110 ◆LglPwiPLEw:2013/12/08(日) 17:18:46 ID:R3Srnbes0
「何か忘れてる」って思ったら前回までのあらすじ書くの忘れたァァァワハハハハハ

>>109
コメントありがとうございます!
美由稀のスタンドは本体の特徴からすぐバレると思いますw

111一方その頃ヒバリの家では・・・ ◆LglPwiPLEw:2013/12/11(水) 20:24:17 ID:ubocilvM0
光「ね〜ね〜、明日どっか行こ〜よ!」
ヒバリ「明日はちょっとムリだわ」
光「え〜、なんで?」
ヒバリ「フフフッ・・・あのな、ちょっとバイクをな・・・買いに行くんだ」
光「えっ!? バイク? ヒバリちゃん免許持ってたの!?」
ヒバリ「おいおい憶えてねーのかよ。去年の夏休み丸々潰して取ってただろー?」
光「あぁ! そういえばそんなこと言ってたね〜!」
ヒバリ「あたしも一応、“そっち”の趣味もあるからな。うちらは暴走の『ぼ』の字もしてないが、せめて形だけでも乗れとかねーと!」
光「かっこいい〜! でもなんで今まで買わなかったの?」
ヒバリ「すぐでなくともよかったんだけど・・・要は良いのが無くてさ! 中古が精一杯だからよ、色んなとこ探したんだけど・・・んでまぁ、今回とうとう上物が入ったってわけ」
光「じゃあさ、買ってきたら後ろに乗っけて!」
ヒバリ「えー! いきなり2ケツは自信ねーよ! 事故るかもしんねーだろ!」
光「そんなぁ〜、ヒバリちゃんの後ろに乗りたかったのに〜」
ヒバリ「無理無理、しばらく乗って運転に慣れてからだ!」
光「じゃあ康美ちゃんに『後ろに乗せて』って言われたらどうする?」
ヒバリ(なにその天国)
ヒバリ「・・・それは、ちょっと迷うな」
光「も〜、なんで康美ちゃんだと迷うの?」
ヒバリ「いやぁ、お前とアネキでは色々違いすぎるし」
光「何が違うの〜? 私のこと嫌いじゃあないよね?」
ヒバリ「そんなわけねーよ!」
光「好きか嫌いかで言ったら?」
ヒバリ「・・・なんでそんなこと聞くんだよ」

光「・・・」ジーッ
ヒバリ(ほんと変わんねーなコイツ・・・“あの頃”みたいな目しやがって・・・)

光「私は好きだからね。じゃあ、私戻るから。おやすみ、ヒバリちゃん!」ニコッ
ヒバリ「あぁおやすみ・・・また明日な」

   ガチャン


ヒバリ「・・・・・・好きだよ 、そりゃどっちかって言われればよぉ・・・」ボソッ

ヒバリ「・・・ま、アネキの足元にも及ばねーレベルだけどな!」

112 ◆LglPwiPLEw:2013/12/11(水) 20:37:32 ID:ubocilvM0
【名前】堤ヒバリ(つつみ -) 17歳
【スタンド】『ラッド・ウィンプス』…触れた物から“紐”を伸ばす。

【学年】高校3年
【得意科目】なし
【好きな食べ物】讃岐うどん
【嫌いな食べ物】生のトマト(調理されているものは食える)
【好きなアーティスト】SOUL'd OUT、ケツメイシ
【特技】くじ運の良さ(?)
【体格】163cm 体重不明 B77 W67 H80
【性格】意地っ張りで不器用。しかし正義感は強く、悩める人間を見捨てられない一面を持つ。
    旧『メドル』で奴隷以下の扱いを受けていたところを康美に救われて以来、彼女を敬愛している。康美のためなら死ねる覚悟すらあるらしい。


【名前】音石光(おといし ひかり) 17歳
【スタンド】『ライジング・スター』…電気を操る近距離型スタンド。自力で電力を作り出すのが苦手。

【学年】高校3年
【得意科目】英語、音楽
【好きな食べ物】チョコレート
【嫌いな食べ物】焼き魚(特に粕漬け)
【好きなアーティスト】スレイヤー、ガンズ・アンド・ローゼズ、サウンドガーデン などなど
【特技】ライトハンド奏法
【体格】171cm 56kg B84 W60 H85
【性格】快活で誰とでも親しく話すことができる性格。口調などに幼さの残る部分があり、天然な性格と相まって自然と相手を和ませる。

113 ◆LglPwiPLEw:2022/05/15(日) 23:52:12 ID:i7CcI5ik0
いつもの集会場は、先日以上に物々しい雰囲気に包まれていた。

中央で座り込んでいるのは、一人の男。
昨夜、恵利の店に侵入し、恵利や千広を襲った青年「長町秀徳(ながまち ひろのり)」である。
彼と、そのスタンド『パラノイド』は、太い“紐”で何重にも縛られ、動きを封じられていた。

その近くには、堤ヒバリが腕を組んで立っており、傍らには『ラッド・ウィンプス』が発現している。

「アネキが来るまで妙な動きすんじゃあねーぞ・・・動いたら手加減ナシでドタマぶん殴っからな」

「・・・・・・」

秀徳は口を塞いだままだ。
すっかり顔を青くしており、抵抗する気は微塵もなさそうである。

周囲ではメンバー達が取り囲むようにして、彼に対しメンチを切っている。
文字通り、まな板の上の鯉といった状況だった。


「・・・ねえ居香ちゃん」

先ほど集会場に来たばかりだった光が、居香にそっと話しかけた。

「何が起こったの? ・・・っていうか、何が始まるのっ?」

居香は蚊の鳴くような声で答えた。

「えっと・・・私にもちょっと、分かんないです・・・でも、ひ、広瀬先輩が来るまで、周りをよく見張ってろって言われました・・・」

「言われたって、ヒバリちゃんに?」

「はい・・・」

光はヒバリの方を見た。
彼女からは『絶対に近づくな』と言わんばかりのオーラが出ている。

あまり深く関わらないほうがよさそうだ、と光は思った。


「はぁ〜・・・じゃあ、一緒に見張ってよ〜か!」

そう言って、光は居香のすぐ横に立った。

「・・・あっ」

居香はなんと答えればいいか分からなかったが、遠くから来た人影を見て声を出した。

―――康美が集会場にやって来たのだ。
いつもと変わらず難しそうな顔をしていて、光や居香には康美がどんな感情なのかさっぱり読めなかった。

114 ◆LglPwiPLEw:2022/05/15(日) 23:58:11 ID:i7CcI5ik0
「・・・・・・」

光はじっと康美を眺めた。

改めて、凄い女子だと思った。
男も女も虜にしそうなルックスとスタイル、歩き方もまるでキャットウォークを歩くモデルのようだ。
見た目だけで“凄み”が伝わってくる人。

それに加え、成績も超優秀で、杜王町の裏を取り仕切る女王でもあるのだから敬服するしかない。
同じ歳でありながら、ヒバリが尊敬している人物というのも頷ける。

「2人とも、こんばんは」

「・・・うおッ!?」

急に康美に挨拶され、光は妙な声を出してしまった。


「?」

「あ・・・ゴメン! こんばんは康美ちゃん!」

恥ずかしい感情を隅に追いやって、光は取り柄の笑顔で立て直した。

「こ、こんばんは・・・」

三秒ほど遅れて、居香が康美に挨拶を返した。

光はヒバリたちの方を指さした。

「ねえねえ康美ちゃん、アレ見てよ! なんかえらく物騒なコトになってるんだけど!」


そこでは、不良少女の集団の中で男が一人ふん縛られているという、光の言う通り物騒な光景があった。

「それなら分かってるわ・・・私が話をつけなきゃね」

康美は切れ長の目を伏せながら言った。

「えっ・・・康美ちゃん、あの人知ってるの?」

光は康美の言葉にびっくりして尋ねた。

「 私は知らないけど・・・でもたぶん、彼の『上司』のことは知ってるわ。嫌というほどね・・・」

「・・・」

ヒバリ達のもとへさっさと歩いて行く康美を、光は呼び止めることはできなかった。
上司・・・例の少女のことなのだろう。



「アネキ!お疲れ様っす!」

ヒバリが康美に挨拶すると、他のメンバーも一斉に挨拶をした。
まるでOBがやってきた野球部のようなノリだ。

「コイツが・・・千広を襲撃したっていうヤツなのね」

仁王立ちした状態で、康美は秀徳を見下ろした。

長町秀徳は縛られたまま、怯えた表情で康美を見上げた。

彼からしたら、康美から感じるプレッシャーがどれだけ巨大だったことだろう。
獰猛な野獣から逃げ場をなくした、ひ弱な小動物のように震え上がっていた。


「いい? アンタに聞きたい事は1つ・・・」

康美はあくまでもサラっとした喋り方で秀徳に尋ねる。
秀徳はゴクリと唾を飲んだ。

「『美由稀』がどこに、どうやって隠れているかについて・・・記憶してる限りでいいから教えてもらえる?」


「・・・・・・!」

秀徳は絶望に顔を歪めた。

死刑宣告を下された罪人のような表情だった。
康美の質問は、彼にとってはえげつないほどに直球な、無常なひとことだった。

彼の上司―――美由稀の情報を話すということは、自分にとっての死を意味することなのかもしれない。


康美は彼の心裡を見透かすように言った。

「怖いんでしょう? もし『アイツ』の秘密を喋ったら、まるでギャングの裏切り者みたいに消されちゃうんじゃあないかって。
 ・・・大丈夫、安心して。私たちはアンタを奴から守る。私達に協力してもらったからには、アンタを仲間の一員として精一杯庇護してやるつもりよ。だから安心して話して」


「・・・・・・」


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