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【日常γ】異能都市ストライク!【その12】
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≪ルールとか≫
・基本age進行で
・コテもコテ無しもどんどん来い
・レスの最初に自分のいる場所を明記してくれるとやりやすいです
・イベントを起こしたい場合は空いているイベントスレをお使い下さい
・多人数へのレスは可能な限り纏めて行うようにしましょう
・無意味な連投・一行投稿はできるだけ控えるよう心がけてください
・戦闘可能ですが、長引く場合や大規模戦闘に発展した場合はイベントスレへ移動してください
・戦闘が起きた場合、戦闘に参加したくない人を無理に巻き込むことはやめましょう
・次スレは>>950を踏んだ人にお願いします
前スレ
【日常γ】ゆく梅雨来る夏【その11】
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/otaku/12841/1341056186/
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>>949
小気味良さすら感じさせる甲高い音が響く直前、確かに剣に手応えを感じた。
決して浅くはない切り込み、普通なら命を奪うには十分な傷を負わせた筈だ。
(なのに、何故、消えないんだ……!)
自然の断片である精霊と共に生きる青年は、普段から強く“気配”や“呼吸”といったものに意識を向けていた、そして、その感覚が告げている。
まだ、終わっていないのだ、と。
その感覚に従い、今すぐに相手の攻撃に備えたい、動く前に追撃を行いたい、気持ちはそう思うも身体が動かせない。
大地の抜刀術は想像通りの威力を発揮してくれた、だが、この技はそもそも“無理”が有る技なのだ。
力を溜め込み一気に解放する全力の一閃に磁力による反発も加えた斬撃は、使用者の身体にも相応の負荷を掛ける、故に上手く勢いを逃がす必要が有る。
見た目こそ剣の一撃だが、慣れぬ人間が真似をしたら、隙を作るどころか勢いに負け、肩を壊し剣を振れなくなる可能性すら考えられる“大技”なのだ。
だからこそ、相手の武器による渾身の一撃と衝突させ勢いを相殺するか、空中での無理矢理な回避を行わせ相手の攻撃の機会を奪える、今この瞬間ならばと使った。
(……今は、咄嗟に、動けない!)
そんな状態で赤い閃光と化した槍の投擲を避けれる訳がなく――ざくり、とも、ぐしゃり、とも聞こえる嫌な音と同時に槍が着弾、青年を貫き大地を穿ち、巨大な土煙をあげる。
「……ぐ、さ、流石に、痛いなんて、ものじゃ、ないな……!」
それでも――その中から響くのは、未だに闘志を失わぬ声。
片腕を文字通り吹き飛ばされながらも、声の持ち主は、クレイグと名乗った青年はまだ生きている。
眼前に槍が迫る際、精霊達が防ぐ為に努力をしてくれた。
エールとフラムは風と熱による気流を起こし、槍を吹き飛ばそうとした。
ソルムは既に発動していた岩槍から、更なる槍を延ばす事で盾を作ろうとし、アクアはその更に伸びる岩槍の先端から氷柱を延ばした。
結果的にはどれも力不足ではあったが、伸びる氷柱が飛来する槍を“横から叩く”形になった事で僅かに軌道が逸れ、胴体の中心を穿つ筈の一撃は、肩口から腕を“吹き飛ばす”だけに留まった。
「……アクア……傷を、凍らせてくれ、決着の前に、失血死……なんてのは、ごめんだ……!」
戦闘狂になった覚えはないが、今は別。
死の危険が無く、安全に“競い合える”場所があり、“全力を出せる”相手と巡り会えた。
この機会を逃せるほど無欲にはなれない。
『……凍結完了、ですが、やり過ぎです、此処以外でこんな無茶をしたら怒ります』
再度、刃を交える準備は出来た。
片側だけ軽い体に違和感は消えないが、剣を握れているなら問題はない。
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>>951
クレイグは気配を気取るのならば、分かるはずだ。
少女は未だ闘志を漲らせている。
少女が披露していない力は今、零れ落ちんとしている。
クレイグが呼吸を気取るのならば、分かるはずだ。
滾る闘志に体が付いていかない。
時折荒い呼吸が混ざることから、今までのような余裕は無い。
少女は投擲後、バランスを崩し地を転がる。
首筋から漏れ出た焔が平原の草を焦がす。
「戻って、来て…アル!」
砂煙の中。少女が携え、たった今、足での投擲が終わり着弾後、愛槍の名を呼ぶ。
当たりはしたが、確りと心の臓を捉えたのではないと想像するのは難しくない。
精霊故の術の完成速度・精度・判断能力・経験、そして、機転。
それらが噛み合って赤き閃光は然るべきところを穿つことができなかったのだろう。
「ははっ…笑いが止まりません。あれまで出したのに…っ!」
少女は笑い声を上げようとしたが、変わりに出てきたのは血だった。赤い血液が口の端から垂れた。
『投擲方法を問わず』愛槍を投げる時は殺(と)るときだ。即ち勝負の趨勢を決める時。
不可思議な軌道を描き少女は自身の愛槍を手にする。
まだ、終わりじゃない。まだまだ、まだまだ…!
斬られた首筋には未だ焔が燻っており。
宙にも地にも少女の焔が残っている。
未だ血塗れのまま、槍を頼りに少女は立つ。
何故ならば、少女のヒーローは膝を屈しなかったからだ。
内蔵をぶち撒けても自身を岩に縛り付け、立ち続けた逸話。少女の意地もそれに準じている。
「行きますよ。お覚悟を。精霊さん達の加護を忘れないで下さい。」
精霊達の加護がなければ、どうなるというのか。
答は
「(火の精霊さんは本気で頑張ってください。貴方に掛かっています。
水の精霊さんは出来うる限り耐えて下さい。)」
「(風の精霊さんは兎に角焔を逃してください。
土の精霊さんは角度が付いた土壁で出来るだけ熱を逃してください。)」
少女の焔は渦巻くように槍に集まる。
穂先を天に向ければ、灼熱の玉が出来上がっていた。
大きさは直径5m程だが、数多の赤筋が走り。表面を意志を持つかのように焔が蠢いていた。
小さな太陽。この火球を少女はこのように呼ぶ。少女の背を照らす、光。遍く、平等に灼く。
指向性を持たせなければ、自身を中心に広がる。これを指向性を持たせれば……灰燼に帰す炎と化する。
「グリアン・ビーグ……」
『小さな太陽』を意味する言葉から、少女は槍の穂先をクルクル回す。
するとどうだろうか。
小さな太陽は更に圧縮されていく。密度が上がり、火球は焔を纏い始める。
少女の膝は笑っていた。
今は、意地だけで立っているのだ。この素晴らしい騎士<好敵手>に少しでも自分が練り上げてきた技術、そして力<能力>をみせるため。
それを加減なしにぶつけられる相手、そして場所。だからこそ、力<能力>の出力を今まで以上に上昇させていた。
この状況に燃えなければ騎士ではありません!相手にとって不足なし!
これから先、クレイグの対応によって勝負の趨勢は大きく変わるだろう。
少女は隙だらけだ。ただ、一歩を踏み出そうとしている。
下手に防御しようなら確実に火球の餌食になるだろう。
この少女が力を込めている時に一撃でも決めれば、青年の勝ちは揺るがない。
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>>952
「覚悟、覚悟か、生憎だけれど、そんなのとっくに出来てるんだ……フラム!ソルムッ!」
〔任せろ!〕[……承知!]
言葉を紡ぎながら、手にした剣を天に突き出すように腕ごと伸ばす。
それと同時に先に生成した岩槍が、戦いの余波で砕けた大地が、周囲に存在する“地”が宙に舞い剣と青年の腕を覆い円筒状の物体を形成する。
大地が形作るのは、全長が人の身の丈程の巨大な大筒――否、それよりも相応しい表現は“細くなった火山”とでも言うべきだろうか。
大地が作る円筒の奥には、炎の魔力が噴火を待ちきれず今も唸りを上げている事を、アーリルなら察知できるだろう。
「上手く防いだところで、お互い力尽きて倒れるか、天の焔に焼かれて負けるか……引き分けと敗北の二択しか残らない」
「なら、俺は、僅かでも“勝利”の目がある道を選びたい、真っ向から挑んできてくれた貴女への敬意として、最期まで全力で正面から“勝ち”に行きたい」
「だから、アクア、俺を最期まで持たせてくれ!エール、頼む、この焔を――彼女に届かせてくれッ!」
『無論です』《頼まれたなら、仕方ないね!》
言葉と同時に、ごう、と風がクレイグに向けて吹く――そう、“ありとあらゆる方向から”風がクレイグに、天に掲げる火山へ吸い込まれていく。
そして、吸い込まれた風は火口の奥底で唸る劫火に注がれて、焔を更に強く燃え上がらせる。
あまりの熱気に空気そのものが焦げ付くような音を立て、ぶすぶすと周囲の地形が煙を上げ始めても、尚も風は火口に注がれ続け、周囲の熱気は際限無く増し続ける。
当然、火山を掲げるクレイグも無事で済む訳がなく、その肌は熱気で赤く染め上がるのを通り越し、一瞬で乾燥し裂け、裂けた皮膚から血が蒸発したような僅かな赤色を含む煙が上がる。
水の精霊による補助があってのこの有り様、常人ならばとっくに自らの熱で焼け死んでいるのは想像に難くない。
「……地水火風、どれが欠けていても成り立たない、正真正銘の俺達の全力……」
天に掲げた腕をゆっくりと降ろし正面に向け直す、その腕は重度の火傷を負うも、それでも力強く大筒を保持し続ける。
大地の大筒は増し続ける熱にやられたのか彼方此方に亀裂が走り、内からの紅の光を漏らすも未だに健在、寧ろその亀裂すら空気を取り込む為の入り口として、更なる熱を生み続ける。
「これをもって、貴女の全力を、真正面から、打ち崩す――!」
青年と精霊の力の結晶、四精が育てた劫火の巨砲は、アーリルの太陽が限界まで圧縮され撃ち出されるのと同時に放たれるだろう。
片方は生きとし生けるもの全てに恵みを与える“天”に輝く灼熱の巨星、片方は人類が日常的に踏み締める“地”が宿す力を秘めた攻撃。
どちらが勝つか等見当も付かないが――少なくとも、この全身全霊の一撃を放った以上、クレイグに闘える力は残らない。
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>>953
「(燃えカスすら残りそうにないです、か……)」
少女の斬られた傷口から漏れる焔。漏れ出た焔は火球に伸び、力を注いでいた。その力の源は血液だ。
少女が『この様な』行動をしてでも勝ちたい相手。それがこの青年騎士だ。
力が注がれ続ける火球はその内部でもオレンジ色の焔の対流が巻き起こる。
火球は圧縮されていく。火球は4メートル、3メートルとどんどん小さくなってゆく。
赤の火球に蠢く濃赤の数多の筋。表面には泡のようなものが沸き立ち始めた。
今はまだ辛うじて少女のコントロール下にあるものの、これがコントロールを失えば、視界にあるものすべてを灼き尽くす焔と化する。
四大精霊と青年で作り上げた劫火の巨砲は打ち放たれ、少女の体に大孔を開ける。
「あっ………」
「(私のバカッ……驕った、かな……?)」
一瞬だった。
少女は自身の胸部から腹部に手をやっても感触が無いことに気付く。
直後、血が焦げる匂いと、噎せ返るような身体を灼く匂い。鼻につく臭いを漂わせて少女は胡乱な目でクレイグを見つめる。
火に対する耐性が無ければ即死だっただろうと思わせる一撃は少女を確かに穿った。
槍を地面に突き刺し、両手で槍を握りしめて。決して膝を屈しないように。
少女に躱す余裕があったのなら躱せたかもしれない。
躱す余裕があるのなら受け止めるのが少女の趣味嗜好。だから躱す道理はない。
しかし、すでに遅い。
「お見事です……ありが…………い……た。」
ああ、楽しかった……ありがとうございました。
槍から手が離れ、少女の小さな体は右肩から崩れ落ちる。
ゆっくりと閉じられてゆく目にはクレイグが映っており。
少女を構成する情報はゆっくりと金色の粒子に変わってゆく。
そして、感情を感じさせない音声が響く。
アーリル・フォン・ルズィフィール様がログアウトしました。
だが、火球は残っている。
誰にもコントロールされなくなった火球はゆっくりと萎んでいき爆発。
クレイグを襲うのは耳を劈く爆音、そして遅れてくる視界すべてを焼き払う焔。
着弾後、スプーンでくり抜いたように大地は抉れ、罅割れる。
罅割れた大地から漏れるのは真紅の焔。抉れた大地から上るのは地上のものを燃やし尽くす灼熱の地獄と化するだろう。
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>>954
渾身の一射が少女を穿つのを、水分が飛びかけぼやける視界で認識する。
「……引き分けか、いや、あの子は、先に倒れた自分の負けと言いそうな気がするな」
掠れる声で独り言を呟く、仮想空間とはいえ騎士を名乗り戦いに挑んだ以上、勝ちも命も諦める気など毛頭無い。
だがそれでも、努力でどうにかなる範囲を越えている事が有る事くらいは理解している。
眼前に存在するのは制御を失った小型の太陽、万全の状態でも決死の覚悟で受けきるべきそれを、自分も精霊も満身創痍の状態で受けれるとは思わない。
他ならぬ彼女が放った技だからこそ、間違いなく全力を尽くし挑んでくれた彼女だからこそ、確信出来る。
「……うん、楽しかったな」
だからこそ、青年も小さく笑んで――そのまま焔に消えるだろう。
【現実】
仮想空間からログアウト、彼方で喪った左腕をくるくる回して、自分が五体満足な事を確認し、ほっと安堵の息を吐く。
その後に身体の芯から沸き上がってくるのは、落ち着いていられないような高揚感と焦燥感。
良い相手と廻り合い、死闘を行えた、自信の未熟さも具体的に見えてきた。
故に、少し身体を動かしたくて堪らない。
きっと次にあの世界で会えたなら、彼女は間違いなく強くなっているだろうから。
「……悪い、みんな、ちょっと鍛練したい気分なんだ、付き合って貰えるか?」
だから、呆れたような苦笑いを浮かべる精霊達を引き連れて、ある程度の広さの場所を探し街を歩く。
そして、青年は手頃な広さの公園に辿り着くだろう。
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>>955
【公園】
公園には先客がいた。
先の模擬戦で何度も聞いた声。声の主が先の模擬戦の相手だと分かるのは、簡単で。
しかし、言葉とは裏腹に声色には負の感情が一切乗っていないということは明らかだった。負けたのに、楽しそうでもあるのだ。
服装はバトルドレスから、黒のフレアスカートに、黒いストッキング。それから黒いブーツ。
白いシャツに黒いカーディガンと、全体的に黒い格好ではある。ほとんどが姉のお下がりだ。
「負けちゃいましたかー。結構いい線までいけたんだと思うんですけどねー。」
先ほどの槍を携えた姿とは違い、年相応とは言えない服装だが、足をぷらぷらとさせて、どこか落ち着かない様子ではある。
ベンチに座り込み、愛槍を抱きしめる様に肌に添え。手にはレイピアを持ち、赤黒い刃をじっと見つめて。
「んー。やっぱり実力不足ですね。もっと鍛えないと…」
少女の青みがかったプラチナブロンドが揺れた。
能力で気温を上昇させて寒さを凌ぐのは、年相応の少女の姿であった。
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>>956
「……あれ、アーリルさん……ですよね?」
仮想空間での短い時間ではあったが、今先程まで死闘を繰り広げていた相手の容姿を忘れる程残念な記憶力ではない。
だが、この広大極まる異能都市で名前と外見以外何も知らない相手と時間を置かずにまた遭遇出来るとは思っていなくて、思わず少し間の抜けた声で呼び掛けてしまう。
《あ、本当だ、丁度良いや!》
「……丁度良い?何が……って、待てって!」
そして、それとほぼ同時に緑の光が青年の元を離れアーリルに近寄り、興味深そうに周囲をゆっくりと飛び回るだろう。
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>>957
愛槍を自身の倉庫に仕舞い込み、レイピアを腰にさすと、少女はクレイグの声と風精霊の姿を確かめる。
少女は立ち上がり、小さく一礼をする。
「シュメントさん!精霊の皆さん、先程はありがとうございましたー!」
少女にとって、今回の模擬戦は非常に有意義なもので。
まずは地力の底上げと技術の研磨いう課題も見つけられた。だが、そんなことよりも『何よりも楽しかった』のだ。
連綿と受け継がれ当代により鍛え上げられた確かな剣技と精霊達とのコンビネーション。そんな貴重なものを見れたという興奮。
「とにかく楽しかったです!また…ご迷惑じゃなければ、模擬戦をお願いしてもよろしいです…か?
…っと、精霊さんは如何なさいましたか?聞きたいことと…ですか?私に、ですか?」
少女は興奮入り交じる楽しそうな顔をしていた。思い出したのか、更にクスリと笑みを浮かべて。
それから風精霊の言葉に応えて。
何とも、忙しない様子は幼さを感じさせるもので。
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>>958
「礼を言いたいのはこちらの方もです、お陰で有意義な時間が過ごせて……本当に楽しかったです、再戦は此方からお願いしたいくらいで」
今回は彼女の一歩先を行くことが出来たが次にどうなるかは解らない、寧ろ、自分の見立てでは次はより厳しい戦いになると思っている。
自分の長所は従えた四体の精霊というその系統の術のプロフェッショナルの支援を持つこと、戦闘において常に多くの選択肢を持ち、更にそれらを己の武術と組み合わせて多彩かつ強力な攻撃を繰り出せる事。
自意識過剰だと言われるのかもしれないが、それが戦闘において有効なのは自分が何よりも知っている。
だが、今回の戦いで彼女は自分の出来る事を知った、礼をあげるなら“大地の抜刀術”が良い例だろう、きっと次からは同じ手には乗らない――否、真っ向から捩じ伏せる手段を用意してくるだろう。
そして、それ以外にも想定出来る能力へは対抗策を用意してくるのだろう、次からは「応用すればこんな事も出来るんだぜ」というような初見殺しは通用しない。
だからこそ、もう一度戦い競い合ってみたくもなるのだが。
《うん、そうそう、さっきの時に君から“懐かしい”気配を感じたんだ!》
《ずっと、ずーっと昔に“まだ地上にいた”ものの気配をね?》
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>>959
「次こそは勝たせてもらいますよ!」
少女――アーリルは朗らかに笑う。
少女が『クレイグ』に勝つための手段。それは叔母様との訓練を増やせば、勝利の為の一歩を先に踏み出せる。
つまりは、戦いの舞台に上がる前に先に勝利の一歩を踏み出すこと。
先の戦いで感じたのは、精霊に術で勝とうとは思わない方が良い。
人やそれに準ずる存在に出来ることは当然精霊にも出来る。だが逆はどうだ。人やそれに準ずる存在に出来て、精霊に出来ないこと。
術はもちろん、四大元素に通じるものは制御すら奪われる可能性がある。
そして、今回は出来なかったが、精霊を斬るという手段も、少女には存在する。
彼ら精霊達が剣の中から引き摺り出すことが出来れば、だが。
――――だが、卑怯な真似<そんなこと>までして勝ちたくない。真っ正面から正々堂々と力でねじ伏せて勝つ……っ!
騎士は弱き者を守るべきだ。守るべき者は常に自分の背にいる。だからこそ、卑怯な真似など出来やしない。
倒せぬなら、せめて時間を稼ぐことが出来れば。
「しかし、最後の一撃には驚かされました。剣の腕はある程度分かったのですが、まさか自身の腕を砲塔とするとは思いもしませんでした。
あんなことも、簡単にできるのですか?」
そして、あの威力だ。
強力な礼装であるバトルドレスと、自身の火耐性を容易くぶち抜く一撃はまさしく戦艦の砲撃と例えても良いだろう。
それを生身の体で撃ってくるとは想像もしていなかった。
少女はクレイグに負けたのでは無い。クレイグと精霊達に負けたのだ。
「……ずーっと昔に地上にいた懐かしい気配、ですか。申し訳ありません。シュメントさんになければ、私なのでしょうけれど
思い当たる節は無いのです。私の力は属性ではオーソドックな『火』です。昔から存在するものではあるのですが……」
少女は正しく自身の能力をはっきりと認識していない。
戦闘中、一瞬後光を背負っていたことも。自身の能力の発露の際、現れる、不思議な気配も。
そして、どの神格が少女に祝福を与えているのか。単一か。或いは複数か。それすらも分からない。
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>>960
「こちらも簡単に勝ちを譲る気はないので、全力で阻ませて貰う事にしますよ!」
「……ちょっとでも気を緩めたらあっさり負けてしまいそうなので、ね」
実質引き分けだった、と言いたかったがわざわざ勝利の譲り合いを行って互いに不愉快な思いをする必要もないだろう。
その気持ちは自分の中に留めておいて、鍛練の為、向上の為の踏み台にすればいい。
「簡単に、ではないけれど出来ますよ」
「……うん、どうせもう知られた技なら出し惜しむ必要も無いかな、みんなちょっと力を貸してくれないか?」
腰を落とし地面に手を触れ、地精の力を借りて内側が空洞になった、掌より僅かに大きな三角錐の形の岩を――先の戦いでの火山砲の小型版を造り出す。
その内側に火精が紅蓮の炎を灯し、風精が周囲の大気を取り込み火口に注ぎ込む事で炎を更に強く燃やし、地精が大地から力を吸い上げ火山の自壊を防ぐ為に岩に注ぎ込み、水精は主の負傷を防ぐべく冷気の守護を行う。
限定された小さな空間の中で――その中だからこそ、始めは小さかった炎が大気を取り込む度に大きく強く燃え上がっていくのが、余裕をもって観察出来る今なら解るだろう。
「……昔読んだ本で、東方には“たたら製鉄”っていうのが有ると聞いたんだ、多くの人間が送風機を踏みつけて炎に風を送り込んで、小さな空間の炎を鉄を融かすような凄い温度まで上げるらしい」
「それを真似るのは難しいことではあるけれど、みんなの力を借りれば出来るんじゃないかと、そう思って……何度も失敗して火傷したけれど、色々試して形に出来たのが、これなんだ」
炎を強くする為の炉のイメージを精霊達と共有できず、そもそも形すら出来ないこともあった。
力の加減を誤り砲身が自壊したり、強くなりすぎた炎により火傷したり、風が火を掻き消したりしてしまう事や、保護の冷気により十分な加熱が行えない事もあった。
それでも、精霊達と話し合い様々な形を試し、完成までどうにか辿り着いた。
「……あ、申し訳ない、柄にもなく思い出に浸ってしまって、言葉遣いが崩れてしまいました」
《んー、解らないならいいかな、私もよく解らないし!》
《でも、何かが君を祝ってくれてるのは覚えておいてもいいかもね?》
そこまで言って満足したのか、誤魔化している訳ではなく本当に知らないのを悟ったのか、気ままにひらひらと、文字通り風に乗るようにしてアーリルから風精は離れていく。
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>>961
「そうこなくては、張り合いが無いというものです!次こそは、貰っていきますよ!」
相変わらずの朗らかな笑み。
少女の心の中では、負けたのだ。
だが、戦えるのは一度だけでは無い。次があるからこそ、辛い訓練も頑張れる。
少女は先の戦いの砲塔が作られていく砲塔を見つめた。
時折、ほえーやら、おおっ!といった少しおバカなリアクションも見せつつ。
鉄をも融かす炎。手段として魔法も覚えた方が良いのだろうか。そのようなことも頭にちらついており。
「……綺麗。それに…暖かい……。ああ、お言葉は気にしないで下さいませ。
私の方が子供ですので。」
そういうのって、やりにくくないですか?と少女は肩を竦める。
騎士としての先輩、人生の先輩としても先輩である年上の部下にヘーコラされている経験もある。
クレイグの言葉が崩れたことには少女は何も気にしていない。むしろ歓迎しているところもある。
そして、思わず、砲塔の傍まで指先を伸ばした。少女ならば、多少の熱にも耐えられる。
熱を発する砲塔から感じる炎は暖かなもの。器用で羨ましい。少女は軽い羨望を覚える。
それに、本は……なんとなく苦手だ。文字を体が拒否すると言うほどでもないが、すぐに眠たくなってしまうのだ。
少女はクレイグに対抗してなのか、五指全てに炎を同時に灯し、鳥を作成して見せた。
鳥は次第に大きくなり、その大きさは30センチを超えてきたところで、鳥は火の粉を撒き散らしながら空に飛び立つと少女の肩に乗る。
「それで、シュメントさん。貴方の様な方ならば聞き飽きているでしょうけれど、私たちの騎士団に来ませんか?
私の権限である程度の希望も通せますよ?」
優秀な騎士、そして気質もある程度知れた。
このような騎士ならば、是非ウチに来てほしいものだ。
騎士団の希望者は多いが、導き手が足りないのだ。だからこそクレイグのような即戦力になる人材が欲しい。
「ですが、良く夢を見るんです。不思議な方々が現れる夢なんです。後光が差した方だとか。頭が鳥の方だとか。カラスだとか、そんな方々と良く夢で会いました。
抱っこされたり、頭を撫でられたりして、肩車されたりしたんです。もう私も、子供じゃ無いんですからと言うと、笑うんですよ!?酷いですよね!」
赤銅色の肌の人だとか、色々な方がいるんです。ですが、皆様、優しい目をしていますから、不思議と嫌悪感は感じないんです。
と少女はカラカラと笑って見せた。
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>>962
「此方こそ、今回みたいな半ば相討ちの形じゃなく、今度はもっと上手く勝ってみせるよ」
互いの戦意は十分。
自分も彼女も次の機会に備えて基礎的な練習から新技術の会得まで、様々な方法で力を得るべく今まで以上に鍛練に励むだろう。
勿論、何もなくとも鍛練をするつもりは有るが、身近に明確な目標が有ると気持ちの入り方が違う、それだけでも試合の意味は有っただろう。
「ありがとう……正直に言うと必要以上に堅苦しい会話はあまり得意じゃなかったんだ、当然時と場合によってはそれが必要なのも理解しているけれどね」
礼節の重要さは知っている、けれど、それはあくまでどの位の常識を持ち合わせているのかを解りやすく示す一つの方法に過ぎない。
相手と打ち解ける際には、それが邪魔になる可能性も大いに有る事を、旅や出会いを通して知っている。
「申し訳ないけれど、今はどんな誘いも断る事にしているんだ、まだ自分には見識が足りていない、もっと世界を見て多くを学んで――自分がこの世界を良くする為に出来る事、必要な事を見極めたいからね」
「けれど、クレイグという個人として、刃を交えた好敵手の力になりたいのもまた事実、もし微力ながら力を貸せる事が有るのなら、声を掛けてくれれば戦友として力になるよ」
そう言って、街の一角の住所をアーリルに伝えるだろう。
アーリルがもし住所を詳しく調べたなら、或いは街の知識が豊富なら、そこがある程度安定した収入を持つ冒険者向けの借家だという事もすぐに解る筈だ。
「そうだね、実際一戦した身からすれば子供なんて侮れる相手じゃないのはよく解る」
「でも、そんな夢なら別に良いんじゃないか、と同時に思うかな、どうせ子供で居られるのは後十年も無い、それから先はずーっと大人として扱われる」
「だったら――今のうちに“子供”を一生分満喫しておくのも、中々悪くないんじゃないかな?」
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>>963
「なんとなくですが、断られると思っていたのです。ですが……先行チケットを配布するくらいは良いでしょう。」
こんな騎士ならば引く手数多なのだろう。そしてクレイグの話しっぷりから修行の一環だということも想像がついた。
でしたら、と少女が切り出し、差し出したのは金色が縁取られた封筒。赤い蝋で封がされており。
その刻印は薔薇。この封を使えるのはアーリル・フォン・ルズィフィールという名の少女のみ。
正当な王家に連なる者だけが使える封印。然るべき時に然るべき相手に差し出せば、騎士団入りが約束されるものだ。
そんなものを少女は青年に差し出した。
今度こそ、私の炎で消し炭に変えて差し上げますよ。
そんな挑戦的な笑みを浮かべた少女は、青年騎士の住所を聞く。アイリスの記憶<記録>に聞けば、冒険者向けの借家だというのは簡単に分かった。
「……これは私からの評価、ということです。困ったら私か姉様にお渡し下さい。それが私の目に再度留まった時、貴方の意思表示だと解釈させていただきます。」
お互い立場はあるでしょうが、こんな風に、話せるのはいいものですね。
それから、一応お伝えしたいことが一つございます。私が交戦した婦女子を襲った者なのですが…」
そう。この世界をよくするために出来ることを考える青年に少女は非常に好意的なのだ。
そんな考えは少女の考えにも繋がるものであるのが最大の理由だからだ。そして、それだけ少女が青年を評価している、ということも証明している。
それから、少女は口を開く。とある少女を襲った白い布を被った人物のことを。
この都市の中では力を持たない一介の少女を襲う人物など多いが、その中でも異質であった人物のことだ。
最大の特徴は鳥脚を持つこと。埠頭の一部を砂に変えるほどの能力者であることから土系統の能力者だということ。
少女は肩に乗った鳥に指先を添えると、鳥は指先に乗り移り、クレイグの肩に乗る。
カー、とカラスのように鳴く鳥は、太陽の加護が込められており、ヴァンパイア除けにはなるはずだ。
「もし、貴方がログハウスに住みたいと思うのならば、一夜城を目指して下さい。比較的大きな地脈を抑えているので精霊さん達にとっても悪い影響はもたらさないでしょう。
私の家の近くですから、いつでも軽い打ち合いは出来ますからねっ!
……私だって大人ではありませんが、子供扱いされたくも無いんです。今でも騎士として、ある程度の大人扱いはされているんですよ。そんな環境下で今更子供扱いされても……困るんですよね。」
少女の態度から『大人ぶりたい』けれど、体躯と年齢からまだ子供扱いされるのは好ましく無いと思えるのは簡単だ。
しかし青年のいうように、『子供をエンジョイ』出来るのも今だけ。大人扱いされれば子供時代に戻りたいと思うのだろうが、
少女にはそんな実感は無く。子供扱いに不満を露わにするのも、子供っぽくて嫌で。そんな思春期特有の何かが、色々と邪魔をする年頃だった。
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>>964
「評価される事が目的ではなかったけれど……うん、やっぱり実際に評価されてみると嬉しいものだね」
「ありがとう、もしもその気になった時には君か君の姉様にこれを見せる事にするよ」
と言ってもまだ見聞を広げる修行中の身だ、そう簡単にこれを示し、騎士団の一員としてアーリルの元に世話になり……という気は毛頭無い。
自分がこれを彼女にもう一度見せる事が有るとするならば、それは彼女の騎士団に属する意義を感じ取った時だろう。
もっとも、そんな思考をする事は彼女は読んでいるだろうし、だからこそ、この封筒を簡単に渡してくれたのだと思うが。
「鳥足の地系統の能力者、か、ありがとう、相手にも事情は有るのかもしれないが、襲撃という手段は感心出来ないし、警戒させて貰うよ」
「……この子は、使い魔のようなものなのかな?」
肩に止まった鳥からは暖かな力を感じる。
《太陽の気配だね、うん、あの時感じた力と同じかな?》
そして、それを感じ取ったのか、風精はひらひらと鳥の回りを興味津々といった様子で飛び回る。
ただ、風精の性格故か、それ以上観察しても気付く事がなければ興味を失うだろう。
「模擬戦をしたかったら、借家に果たし状の一つでも放り込んでくれれば喜んで何時でも対応するよ、此方としても望む所だからね」
「……ああ、大人扱いと子供扱いが同時に有るのは嫌になってしまうかもね、子供扱いするなら徹底的に甘くいてほしい、大人扱いするならどんな時でも大人と認めてほしい……自分ならそう思ってしまいそうだ」
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>>965
「この子は……そうですね。使い捨ての使い魔と言えば良いでしょうか。
日光があれば消えることは無いので、餌は不要です。あと、枕元を照らすには良い灯りになると思いますよ。」
カラスというのは古来より神の仕いであるとも言われる。
八咫烏は神の使いであり太陽の化身という話や、太陽神アポロンに仕える鳥だとか。太陽神ラーに仕えるだとか。カラスと太陽神を結びつけるものはある。
ただ、アーリルの話を聞く限り、天井に設置する照明にするには少し力不足ではあるが、日光があれば存在が消えることは無いという点を鑑みれば
中々良い照明器具にはなるのでは無いのだろうか。ずっと照明器具でいられたら良いのだが。
「悪霊<レイス>といった悪性の存在からシュメントさんを遠ざけることができるでしょう。
鳥足の能力者に出会った際や、私の力が必要な時に空に放して下さい。そうすれば、私が行けます。」
カラスは日が暮れると太陽の位置を頼りに帰巣する。即ち、太陽<アーリル>に向かって帰るということだ。
良い子にするんですよ、シュメントさんのいうこともちゃんと聞くんですよ、とカラスに笑みを浮かべて話しかける少女。
知性派であるカラスは、カーと鳴き、応えた。
火精霊ならば確実に分かるはずだが、風精霊は感じるだろうか。
火特有の破壊の力とは、正反対の力。僅かながら癒やしの効果も織り込まれており。
傷口にカラスを近づければ、傷口を嘗めるように火が燻り、癒えの速度が僅かに上がるといった程度のものだが。
「槍を使い、足をつけた箇所が砂漠と化する手強い相手です。助太刀が必要な際は、お教え下さい。
……因縁というほどではありませんが、少し気になる相手なんです。」
クレイグならば、簡単とは言わないが、退けられるだろう。アーリルの様に単属性に偏っていないのだから、戦いは有利に運べるだろう。
ふっふーん。私ったら割と大人でしょう、と言いたげに胸を張った。
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>>966
「光源、魔除け、伝書鳩ならぬ伝書鴉にもなるのか……確かに居てくれると凄く助かりそうだ、有り難く預からせて貰うよ」
「……という訳で、宜しくね?」
肩に乗る鴉の、喉の辺りを優しく撫でるように手を伸ばしてみる。
警戒されないか気になった、というのも有るのだが……その暖かさについ手を伸ばしたくなってしまった、というのが今の本音であった。
「……そうだね、未知の脅威にわざわざ一人で立ち向かう理由は無いか、一人の戦士として真っ向勝負……なんて拘りのせいで逃げられて被害が広がりでもしたら、悔やんでも悔やみきれない」
「了解したよ、それらしい人物と交戦したら、この子を放って君にも必ず連絡を入れる事にする」
騎士として人を護るために最善を尽くす。
そうありたいと思うからこそ、騎士らしく一対一で……といった手法に拘らない。
最低限の礼節は必要かもしれないが、それに拘りすぎて本来の意義を見失っては意味がない。
砕けた口調に関する事柄と全く同じ考え方、これがこの青年の在り方なのだと、アーリルにも伝わっただろうか。
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>>967
青年の肩に乗るカラスは素直に手を受け入れ、力が抜けそうな鳴き声をあげた。
問いかけにもキチンと反応を返すところを見ると鳥類の中でも知性派であるカラスであると思われる。
「よろしくお願いします。私の力を使えば恐らく周囲の建物等にも影響を与えかねません。
ですがシュメントさんなら大丈夫でしょう。ですので頼りにしています。」
笑みを浮かべながらも少女は先の模擬戦から術の精密性を思い出していた。
少女に僅かな羨望を抱かせたそれは、精霊に任せているからこその精密性ではあるが、市街地戦では拘束などの手段もあるため有利に働くだろう。
そして、少女がこれからすることといえば…
アイリスの記憶<記録>を頼りに実際の地理を確かめる事。
「私はこれからパトロールではありませんが、街を歩こうと思っております。シュメントさんは如何なさいますか?」
腰からぶら下げたレイピアの感触を手で確かめて。
人…無辜の民草を守るために槍を振るう少女は守るための力として、自身の槍と力を振るう。
少女が小さな体に抱える正義は青年の在り方とは似通っているところがある。
だからこそ、青年には背中を任せてもいいとは思わせた。
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>>968
意志疎通が出来ない子を寄越してくる訳がないと解ってはいたが、しっかりとそれが出来るのを直接確認するとやはり安心が出来る。
「確かに、自分か精霊のどちらかが魔力の制御を行えば良いから街中での乱戦でも被害は普通の人のやり方より抑えられる自信は有るよ」
「けれど、相手が配慮してくれる保証が無い以上、市街での戦闘はやっぱり避けるべきだとも思うけれどね」
精霊使いの強みはやはり魔術を用いた戦闘だ。
存在そのものが自然の一部である精霊は対応した属性の術を行使する適正が極めて高く、制御、出力ともに申し分無い性能を誇る。
更に、単純な話ではあるが、術の制御を精霊に任せる事で、一介の魔法戦士と違い武術と魔術を平行して自分自身で扱う必要がなく、格闘戦をしながらだとその制御が乱れる……という心配もない。
先の戦いでアーリルに放った火山砲のように、合同で制御や魔力の引き出しを行う事で大規模な術の制御を行う事も出来るが、それは市街戦では忘れても良いだろう。
「……先の戦いの高揚で一ヶ所に留まっていられず、訓練や術の媒介探し、何でもいいから次戦の準備をしようと勢い任せについ街に繰り出した、といった感じでね」
「うん、正直に言うと今後の予定なんて全く出来ていないんだ」
そう語りながら苦笑いをする。
周囲の精霊達の半ば呆れたような諦めたような雰囲気からして、それは紛れもない真実なのだろう。
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>>968
意志疎通が出来ない子を寄越してくる訳がないと解ってはいたが、しっかりとそれが出来るのを直接確認するとやはり安心が出来る。
「確かに、自分か精霊のどちらかが魔力の制御を行えば良いから街中での乱戦でも被害は普通の人のやり方より抑えられる自信は有るよ」
「けれど、相手が配慮してくれる保証が無い以上、市街での戦闘はやっぱり避けるべきだとも思うけれどね」
精霊使いの強みはやはり魔術を用いた戦闘だ。
存在そのものが自然の一部である精霊は対応した属性の術を行使する適正が極めて高く、制御、出力ともに申し分無い性能を誇る。
更に、単純な話ではあるが、術の制御を精霊に任せる事で、一介の魔法戦士と違い武術と魔術を平行して自分自身で扱う必要がなく、格闘戦をしながらだとその制御が乱れる……という心配もない。
先の戦いでアーリルに放った火山砲のように、合同で制御や魔力の引き出しを行う事で大規模な術の制御を行う事も出来るが、それは市街戦では忘れても良いだろう。
「……先の戦いの高揚で一ヶ所に留まっていられず、訓練や術の媒介探し、何でもいいから次戦の準備をしようと勢い任せについ街に繰り出した、といった感じでね」
「うん、正直に言うと今後の予定なんて全く出来ていないんだ」
そう語りながら苦笑いをする。
周囲の精霊達の半ば呆れたような諦めたような雰囲気からして、それは紛れもない真実なのだろう。
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>>970
予定が無いとのことに少女は苦笑を漏らしそうになるも、笑みで誤魔化した。
「なるほど、心が昂ぶられているのですね。触媒、ですか。」
魔術の触媒という言葉に少女は惹かれた。
魔術の触媒といえば、思い浮かぶのは魔法銀やユニコーンの角といった如何にもファンタジーといったもの。
少女自身も色々と与えられているが、自身の希望を伝えて作って貰ったりしたものばかりで自分の手で作ったことは無かった。
少女が先ほど腰に差したレイピアも術の触媒ともなり得る純粋な魔術銀で作成されたものを姉が購入し、少女の元へと来たという来歴がある。
少々『血の匂い』がするのはご愛敬だ。
「……非常に。非常に魔術の触媒探しに惹かれるのですが、正直持て余しそうでもあるんですよね…。手持ちの武器だけで三つもありますし礼装もありますから。
ただ、魔術の触媒から何が出来るか、どのような過程を経て形になるのか。そういったことに興味がありまして。」
武器だけで三つあっても、一つは持ち上げられない模様。
魔術の触媒から何かを作り出そうにもそういった知識は少なく、加工の手段すらも分からない。だから青年が魔術の触媒探しに行くというのなら
少女はついて行きながら、知識を蓄えたいとも思っている。その間に街の様子を垣間見ることも不可能では無いだろう。
魔術の知識の少なさを誤魔化す様に、少女は失礼しますわ。と一言。
ベンチの背もたれの縁に立ち、目を瞑って歩き始めた。爪先が縁を滑り一歩、一歩進む。バランスを崩す様子は一切見られない。
ただ、少女は迷っていた。一人で街に繰り出しても寂しいわけでは無いが、何か嫌な予感がするからだ。
真っ先に頼るべきが姉になった兄だが、療養中の姉を引き摺り出すのも気が引ける。
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>>971
「我ながら勢い任せすぎたな、と思うよ……結果論で言えばこうしてさっき戦ったばかりの好敵手と出会えたのだから良かったけれどね」
危うく、一人で途方に暮れるところだったと付け加え、苦笑いをする。
彼女よりも自分の方がよっぽど子供っぽい事をやってしまっていると言わざるを得ない状態だ。
「武器や礼装に困っていないなら、使い捨ての道具とかはどうかな?」
「例えば……ええと、こんなのとか」
軽鎧の腰の辺りに付けた布袋から小粒な宝石――原石ではなく研磨や加工が済んだもの――を一つ取り出し、アーリルに向けて指先でそれを弾く。
空中でくるくると回転し曲線を描きながらアーリルの元に落ちていくそれは当然ただの宝石ではなく、何かしらの魔術を付与したもののようだ。
そして、アーリルは気付くだろうか。
魔術の触媒への興味が有るといえ、不自然に――その宝石に彼女自身が必要以上に“惹き付けられている”事に、他への警戒が疎かになりつつある事に。
その金貨に施された魔術は“意識の誘導”の魔術、人に掘り出され人に加工され――そして、その輝きで人を狂わせてきた“宝石”の特性を利用した魔術道具だ。
「……本当は真っ向勝負が好みなんだけれどね、それはこっちの好みの話だからさ」
「人質を捕ったりしてる相手だとか、どうにか不意打ちしないといけない場面ってのもある、けれど自分の技はどうしても精霊の力を借りる以上目立ちやすい……そんな欠点を埋める為の道具として重宝してるんだ」
一瞬あれば術は使える、が人質の命も潰える。
そんな場面で使う為に“自分に出来ない事をする”為の魔道具を幾つか用意、及び作り方を学んである。
「騎士らしくない、とは自分でも思うけれどね……それでもこういうのに興味が有るなら、簡単な物の作り方くらいは伝えられるよ」
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>>972
本来、アーリルは宝石程度など見慣れており、興味や関心を示すものでは無い。
だが、不自然なまでにそれに惹き付けられる。
惹き付けられた結果、ベンチの縁から落ちそうになるが爪先に力を入れ前方二回転をして着地。
そして、僅かに首を傾げた。
――おかしい。宝石『程度』に気を取られた?
「…なるほど、この様な効果があるのですね。人質や不意打ちが必要な時、ですか。
私なら…炎の玉を作って爆発させて気を引いて足で何とか思います。」
青年騎士が示した手法は取り入れる価値がある。
この方法なら、自身のスペックを生かすには十分であるのだ。
人質がいる場合、携帯する武器は地面にあるだろう。ならば、一瞬でも気を引ければ『足でどうにか出来る』というものだ。
青年騎士は先の戦いで肩を抉り取られた攻撃を覚えているだろうか。空中で蹴って愛槍を投擲した攻撃だ。
その為に多く訓練を重ねた。足ででも手でも、ある程度正確な狙いをつけて投擲出来る様に多くの訓練を重ねたのだ。
もし、人質を取られた時に相対するのなら、この青年騎士はこの様な行動を取るのだろう。
だから、この手法を自身も『万が一』の時に備え、習得するべきだと思わせるには十分だった。
青年騎士の練度もあるのだろうが、『自分の気を一瞬でも引ける』のなら価値は十二分にある。
「…属性付与?いえ、属性ではなく付与のみ、でしょうか。しかし、それはノームの領分でしょうし…性質の付与なんて簡単にできることなのでしょうか?
…っ。ごめんなさい、一人でブツブツと話してしまいましたね。えっと…、お教え願えますか?」
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>>973
「有無を言わせない圧倒的な実力で堂々と人質を奪い返せるのが一番なんだろうけれど……残念ながら事件は自分達の成長を待ってはくれないからね」
「その爆発を用いた方法でも気は引けるだろうし、正直、君なら他に幾らか有効な手はあるんだろうなと感じているけれど、命が懸かった大事な場面で使える手が多いのは悪くないと思ってね?」
彼女の実力は先程自分の身体で体験済みだ。
大きな槍を苦にせず扱う腕力、それを思い通りに操る技術、ここぞという場面で果敢に攻める胆力、どれも間違いなく一級品な上に成長の余地も十分に有った。
脚での投擲という、ケルト神話の英雄の技のような規格外の技術すら使いこなす彼女なら、一瞬の隙、思考の乱れから状況を変える事も出来るだろう。
そう、感じたからこそ、そして、彼女の理想に共感を抱けたからこそ、あまり褒められた記憶の無い自分の技術を伝えてみたいと思ってしまった。
騎士らしくない小細工と言われる事も故郷では幾度か言われ、それで人が救えるならと思いつつも人に積極的に見せる事は無くなった技術を、だ。
「いや、性質の付与なんて大袈裟な事は出来ないよ、けれど、加工された鉱石には少なからず人の念が籠っているんだ」
「込める念は研磨師次第だけれど、商品にせよ芸術にせよ基本的には『美しく輝く』事に……『人を魅せる』事に辿り着く、それを魔術や地霊の加護で少し歪に強めてやる事で『意識を引き寄せる』為の道具になるんだ」
「……ええと、その方法なのだけれど……」
青年騎士は手帳を取り出し何枚かの頁を千切ると、少女に渡すだろう。
強い精霊の加護を貰う方法、魔術工房で魔術的な細工を施し同様の効果を得る方法、効果は劣るが自我を持たない無名の地精から加護を得る方法……と、幾つかの方法がその頁には記載されている。
アーリルが大まかに目を通し終えれば、それらの方法について、要点は省かないが簡潔な説明で、アーリルにこの簡素な魔道具の作り方を伝えるだろう。
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>>974
「いつまでも状況は待ってくれませんですものね。今まで無かっただけでこれからの先にあるかも知れません。『不確定の未来』に備えて技術を高めるのも、我々騎士の勤めでしょう。」
「…しかし、いざそのような場面に立ち会った際、私は我慢出来そうにありません。手法はどうであれ、人質を無傷で助け出すのは当然です。が、犯人の命は保証しかねます。」
10分後。一時間後。明日。明後日。
いつの日か人質を取られたシーンに遭遇する可能性がある以上、このような技術に頼らざるを得ない。
青年騎士の郷里では好まれないであろう小細工が無ければ、どのような方法を取り人質を救出し犯人を無力化するのだろうか。
想像力に乏しい少女の頭の中には名案が浮かび上がらなかった。
青年が差し出した手帳の頁を受け取る。手元を照らすために、簡単な火の灯りを作ってみせて、紙を見つめればなるほど。
過程の説明を受け、もう一度、なるほどと頷いて。頭では分かっても、出来るかと言えば、どちらかといえばノーだ。
強い精霊の加護を貰う方法という項目も、妹の為にしっかりと聞いておかないと、と。
「輝き、魅せること……気を引く……すぐにはイメージが沸きません……。…そうだ。人形やぬいぐるみが良いでしょうか?
どうやって指定した箇所に向かわせるか。離れた箇所に生成するか、といった問題は残っておりますが。」
アーリルのイメージでは、くるぶしサイズの人形が犯人の足に抱きつくといったもの。
それは、惹くのでは無く引くという。人によってはトラウマもののドン引き具合だろう。
ただ、どうやって動かすのかという問題があった。
火で作り出してしまうという方法もあるが、犯人に気付かれずに行うというのは難しいだろう。
なるほど、彼は賢い。少女にとってお人形遊びは少ないながらも経験があるが、宝石ならば別だろう。
宝石は性別、程度を問わず憧れるものでは無いだろうか。
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>>975
「無論、その場合人質の命を最優先にするべきだと思う、そして、その為に犯人の安全を確保する余裕が無い可能性も十分に有り得るとも思う」
「……ここから先は個人的な意見になるけれどね、それでも可能な限り犯人への被害を抑えて行動するべきだと思うんだ」
アーリルの言葉、気持ちは多いに理解できる。
けれど、だからこそ、伝えておきたい。
「犯人もね、人間なんだ、殺されると思えば怯えるし混乱する、生きたいが為にもっと多くの人質を取るかもしれない、人質に強く刃物を押し付け『俺は本当に人を殺すぞ』と主張するかもしれない」
「最悪、どうせ死ぬならこいつも一緒に巻き込んでやる、なんて考えに至る人も出るかもしれない……兎に角、どう転んでも苦しむのは僕らが護りたい“普通の人々”なんだ」
犯人にも護られる権利がある、なんて青臭い台詞を言う気はない。
けれど、恐怖を与えるというのは相手をそれだけ“狂わせる”という事でもある。
そして、その狂気の向かう先が自分でない事を理解しているからこそ、クレイグという青年騎士は極力平和的な解決を望んでいる。
「要は意識を引き寄せればいい訳だから宝石である必要は無いけれど、人形だとこの形の魔術とは少し相性が良くないかもね」
「けれど、勝手に動く人形は目を引くのは確かだと思う、相手は緊張しているだろうし、些細な動きでも気にしてしまうだろうからね」
「ゴーレムのような無機物を操る専門家なら、もう少し具体的なアドバイスが出せそうなのだけれど……こっちの分野では力不足だ、申し訳無い」
正直不気味さを感じなくもないが、悪くはない発想だと思う、犯人はどこから自分を逮捕する人間が突入するか疑心暗鬼な状態だ。
そんな気を張り詰めた状態で何かが動いているとあれば、意識を裂いてしまうのは必然でもあるだろう。
視線を無理に惹き付ける事は単体では無理だろうが、人形の目の術を施した宝石を使うなり少し工夫すれば幾らでも応用が効きそうでもある。
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>>976
「……犯人も極力助ける、ですか。本来はそのようにするべきなのでしょう。それが正道であるのでしょう。
ですが、……民草が脅かされたのなら…怖い思いをさせてしまうのなら……!」
少女は少女であるからこそ、感情を卸しきれない。感情を律する手段としての手綱が外れている様は、戦士としての顔を覗かせて。
戦士としては優秀でも、精神性はまだまだ幼いと言わざるを得ない。これは先の言葉から読み取ることは容易だ。
感情が少し露わになると、少女の力が発現する。
背には後光、体表を覆うのは赤い業火。
「『どう転んでも、困るのは護るべき普通の人』…………そう、ですよね。怖い思いをしているのです。だから、騎士がいますものね。
シュメントさん、ありがとうございます。騎士として見逃してはいけないものを、見逃してしまいそうになっていました。」
業火は収束し、少女の体から光が消える。
少女は快活そうな笑みを浮かべて、クレイグに頭を下げた。
「(そっか…私、普通じゃありませんでした…)」
真祖のヴァンパイア。自らを至高と謳う一族の直系の一人。刺されても即座に傷は修復されるし、それなりの訓練を積んで強さを持っている。
並の人間など歯牙にもかけない。そんな者が撫でたら死んでしまうような、普通の人の気持ちなんて分かるはずが無いのだから。
だからこそ、クレイグの言葉は、少女の心の根に大きな衝撃を与えたのだ。
「ううっ……やっぱりそうですよね。炎でなら色々と形作れるのです。」
先の収束した炎を利用し、パーティーで踊るカップルを作って、空中で踊らせて見せる。回転もしているし、時々パートが変わっているようでもある。
自身が出した炎ならば、この程度は朝飯前なのだが、こういった手先の技術の“出始め”から“生成”までが僅かな時間もある。
炎という性質上、民草にまで余計な危害を与えてしまう。そんな性質である以上、少女は炎以外の方法を取ろうとしていた。
「ですが、炎では余計な危害を生み出してしまいます。
…鏡です!鏡なら持っていても不思議ではないでしょう?鏡に付与してあげれば良いのです!」
フフーン、名案でしょう、と少女は胸を張った。
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>>977
細い腕で槍を木の棒のように振り回し、首を深く切り裂いても活動が可能、彼女の性能は確かに普通の領域を逸脱している。
けれど、青年が言いたいのはそんな肉体の差異についてではなくて。
「騎士である僕らと普通の人は違うからね、当然と言えば当然の話、普通は畏怖するべき刃や爪、矢や魔法から民を護る盾になるのが仕事なのにそれを恐れていたら話にならない」
「だから、その感覚を持っているのは間違いないと思うよ、けれど、命の危機や死の恐怖が身近でない人の気持ちは忘れたら駄目だと思っている……っと」
しまったな、と、小さく呟いて、申し訳なさそうな表情をアーリルに向ける。
「……ごめん、少し高揚してたのか熱が入りすぎていた、お説教のような真似をしてしまったね」
幸い、アーリルはそれを不快なものと捉えないでくれたようだが、褒められた行動ではなかったと自分でも思う。
似た理想を持つ人間と語れたのが嬉しかったのでつい勢いに乗りすぎてしまった、なんて理由は言い訳になど当然ならない。
「炎は……確かに牽制には向かないかもね、良くも悪くも威力と存在感があるし」
近くに突然現れた炎を見て警戒や動揺をしなかったら、それはそれで犯人や人質の危機管理能力に致命的な問題が有る事を疑うべきだろう。
「鏡……確かに持ち運びも容易だし、姿を映すもの、人に見られるものとして、魔術的にも問題無さそう、というか良さそうだね」
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>>978
「毎日の様に訓練しますし、刃を潰しているとは言え、本物を扱うわけですから怖くはありませんものね
“矛”というより“民草の為の盾”と為れる様、精進致します。せっかく騎士の先輩からの貴重なお話を聞けたのです。」
光栄ですわ。と少女はコロコロとした笑みを浮かべた。
先の戦いを思い出す限り、あまり熱くなることは無い、というより、押さえ込んでいたという方が正しいのだろう。
やはり、騎士は心の何処かで“熱いもの”を持っているのだと確信した少女だった。
「私とて、一応“年頃の女の子”なのですよ。ですので鏡を携帯していても何も可笑しくは無いでしょう?
むしろ無い方が不自然というものです。それから鏡に付与するモノですが、金貨の幻を見せるというのは如何でしょうか?」
中空で踊り続ける火のカップルを消し、少女は色味の違う赤色の瞳でクレイグを見た。
食後だとか、そんな時。見目を整えるだとか、鏡を携帯する理由など、枚挙に暇がない。
これでも結構手が掛かっているんです。なんて笑いながら自分の青みがかったプラチナブロンドに触れ
よく見れば分かるが、ポニーテイルに少数だが三つ編みを含ませており。この少女の場合、髪が長い為その分手間も掛かっている。
……今は生活魔法で面倒は極力排除しているが。
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>>979
「先輩風を吹かせるにはまだ未熟な身だけれどね、それでも、こんな考えで行動している人も居るんだと知ってくれたなら良かったよ」
最終的にアーリルの生き方や在り方は彼女にしか決められない、だから自分の意見を押し付けようとは思わない。
けれど、自分の決めた生き方や在り方を聞いて、少しでも彼女の視野が広がり、いつか彼女が道を選ぶ手助けになれたのなら、それは嬉しい事だと心から思う。
「そうだね、女の子なら持っていて当たり前か……」
彼女の年齢と容姿なら化粧が無くとも見栄えは決して悪くないだろう、寧ろ素材の良さだけでどうにでもやっていけると思う。
けれど、彼女はどう見てもそれなりの身分にある人間だ、会食等で他人と関わらなければならない機会は幾らでも有るだろうし、その時に衣装の汚れや化粧の崩れが有れば、本人の品格と両親の教育が疑われるのは目に見えている。
その年齢なら大体の子が持っているが、尚更彼女なら持っていない訳が無いだろう。
「良いと思うよ、大体の文化で金は価値の有るものだろうし、使える場面は多いと思う」
「金に価値を見出ださない人もいるかもしれないけれど、それは宝石も同じことだからね」
戦闘の最中にそこまで意識する事はなかったが、こうして言われればかなり手の込んだ髪型をしている。
礼節や品格が大事なのは男女共通かもしれないが、それを保つ手間は男女で大きく異なるのを解りやすく実感出来る光景だった。
「髪型もそうだけれど、髪そのものの管理もまた一手間掛かりそうだね……その長さだと、魔術で手間を省いても綺麗に洗うのにそこそこ時間が掛かりそうだ」
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>>980
確かに少女の見目は麗しいといえるだろう。政治的にも見目が良いと得することも多い。
白磁の肌に色味の違う両目の赤い瞳。柔らかで艶やかな青みがかったプラチナブロンド。人好きのする柔らかな目元。
姉の涼やかな目元と比べると、どうも綺麗より可愛い系統の顔立ちと思わせるには簡単で。
だが、メイドに簡単に化粧を施されれば、また少し変わるのだが。
「シュメントさんのお墨付きも頂けたことですし、鏡を利用するように考えてみますね。」
少女はおおよそ12才程度の年齢だ。自分の生き方や在り方を未だ決められないし、将来すらも決めかねている。ただ、何時までも一介の騎士でいれるとは思ってはいない。
少女の親族にしても、急いで将来を決めようとすることも反対されており、色々な経験を積むことが大事だと教わってきた。
だからといって騎士であることも放り出す積もりは無く。だからこそ、少女は少女の年頃特有のことに色々と悩ませられており。
いずれ騎士を辞めなければならなくとも、辞めるまでは騎士だ。その意識を保ち続けるし、清廉でいようとも考えており。
「色々とお教え頂いたお礼です。こんな魔術は如何ですか?」
少女は自身の髪に手を触れれば、一瞬でサイドテールに髪型を変更して見せた。更には青みがかったプラチナブロンドを下ろすだけにしてみたり。
その瞬間瞬間に様々な髪型に変えて見せた。これが少女の“生活魔術”と呼べるもので、彼女の一族はもちろん、軍属の者にも教えられている魔術だ。
髪の手入れや髪型の変更、早着替えだとか。極めた人は手の先にあるものすら引き寄せると言う。
「その内、伸ばした髪は切るつもりではありますが、やはり手は掛かりますよ。美しく艶やかな髪を維持するには相応の手間が必要不可欠です。手入れを怠れば直ぐに分かるものですから。
艶であったり、髪の光沢をより良くするためにと手入れは大変ですが、しっかりと手入れをすれば清潔感にも繋がりますから。」
毎日の手入れで毎日一時間以上を費やす少女は、時々男性の短い髪が羨ましいと思うことがある。
クレイグが髪の手入れにどの程度手間を掛けているか分からないが、少女ほどの手間暇は掛かっていないだろうと思うのは簡単だった。
どうも、男性というのは髪の手入れには頓着しないという印象も手伝い、
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>>981
//最後の行に追記です
頓着しない印象も手伝い、もう少し髪を気にするともっといい男になるのではという思いから提案した。この魔術を習得すると髪型は自由自在だし好きな髪型に固定出来たりといつたことも可能だからだ。
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>>981
「うん、個人の意見になるけれど鏡を使って映像を投影するのは色々と応用が効いて良いと思うよ、写すものを変えれば別の使い方も出来るだろうし」
鏡で幻影を投影する――やっている事そのものは解りやすいが、それは効果が無いという意味ではない。
寧ろ、単純であるからこそ、まだまだ使い手の知恵と腕前で幾らでも進化する、敵からすれば厄介な魔術だと感じる。
「身支度を整えられる術……うん、正直凄く興味があるな、時間を掛けずにそういう事が出来るのは凄く魅力的だ」
「ただ、気持ちとしては此方こそ礼を言いたいくらいだけれどね、術を会得したつもりでいたけれど、色々な意見を聞いて改善したいところが見付かった」
どんな時でも咄嗟に身支度を整えられるというのは便利だと心から思う、騎士である以上、市民に不安を抱かせない程度には見た目は整えておきたい。
夜間の緊急出撃だろうと、別件で出動し帰還した直後だろうと、情けない姿で人を不安にさせずにいられるというのはありがたいと思う。
「男の短い髪でも少し放置すれば痛むし不潔になっているのが簡単に解るくらいだからね……幸い、十分もせずに綺麗になるし、手間と感じた事は……うん、君を前にして言うのもなんだけれど、それでも時々あるなあ」
髪を洗うのも、寝癖がついた髪型を綺麗に整え直すのもそんなに手間が掛かるものではない、けれど、それでも煩わしく感じる事は時々有る。
ならば、少女の抱える手間はどれ程のものなのか、正直想像が難しかった。
-
>>983
結果的に人の眼を一瞬でも引ければ良い。言葉にしてみるのは非常に簡単だ。
だがその手段としては多くの選択肢があるだけに状況に合わせて取捨選択するという閃きと経験も必要になってくる。
騎士としての経験が浅い少女にとっては、中々に選択肢を選ぶのは難しく。
「状況に合わせた映像を投影するのは、選択肢が多くありますし、犯人の目を引けるものとなれば……姉様に相談してみます。」
少女の姉。
参考資料を見ることがあるにしても魔術礼装を自身の手で作り上げる手腕を持つ。
ある意味で“作り上げる”ことが好きなのだろう、そんな人物にいつでも相談できるという環境は少女にとっては素晴らしいもので。
難しいことは姉様にお任せ。そんなことが少女の中では当たり前になっていた。
少女は指先で自身の髪に触れた。
すると髪はゆっくりと巻かれ、ウォーターフォールに変わる。もう一度触れれば、肩辺りからのお下げに変わり。
「髪の身嗜みが中心ですが、慣れればドレスのチャックを上げたり早着替えが出来るんです。おそらくシュメントさんがドレスを着る機会は無いでしょうが
髪を整える時間が…中々取りづらいですから。…精霊さんに伝えれば早いのでしょうが、ご自身で覚えられる方が楽しめるでしょう。」
「魔力の消費も少ないですから一日に何度使っても問題ありませんよ。民草の前に出るのです。相応の格好で無ければ示しがつきませんからね。」
男性の短い髪でも整えるのが煩わしく感じるのなら、少女はどうだろうか。
髪の長さはもちろん、少女が圧倒するだろう。朝の寝癖を直すだけで平均30分は取られるのだ。幸いに柔らかい髪質だからこの程度の時間で済んでいるが
髪質が固ければ、入浴が必要になる可能性もあり、30分程度では済まない。
クレイグがこの魔術に大きく興味を示すのならば、少女は指先で宙に文字を描き、炎の形で以て術式を晒すだろう。
それは見れば、数式のようでもあり、魔術式でもある。ただ、文字はこの世界の共通の文字では無いことは確かであった。
この術式を描いたのは“視覚的により分かり易くする為”であり、自身の中で少々矛盾が発生しても適宜修正するものがベースとなっている。
こう見れば、精霊が扱うようなものでは無いといえるかもしれないが、かといって人が扱うには雑過ぎる“きらい”もある。
そもそものベースである基本式が基礎レベルのもので、其処から更に追求するならば、より深い研究と実践が必要となる、一部には心擽られるものとなっている。
-
>>984
「それが良いと思うよ、複数人で考えれば一人よりも良い案は思い浮かびやすいだろうし」
家族の助力を得るのは別に恥ずかしいことでも何でもない、姉に相談や協力を行うというのも、依頼できるだけの関係を築き上げているのなら、それは彼女の努力の結果だ。
ただし、完全な依存は良くない、どんな人間にも自立の時はくる、ましてや彼女のような立場では人より早くその時は訪れるのだろう、だからこそ、その依存を絶たねばならないが……残念な事にまだ初対面の自分にそれをする資格も権利もない。
だから、出来るのはこのように自然な形で“依存”を“協存”に変えるような誘導を行う事くらいで。
「……ああ、確かに女性用のドレスは背中側とかにチャックが有るのかな、それを一人で出来るのはかなり大きいんだろうね」
「どんな時にも安心感を与えられるように、人前では格好は整えたいからね、ありがたいよ」
炎で描かれた術式を目で追い、要点の把握に努める。
完全に模倣できずとも、幸いなことに此方は身支度が容易な男性の身、簡略化して自分に合う形に変えそれから改善や発展に努めれば良いだろう、という考えだ。
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>>985
「むしろ私より姉様の方が色々と組み上げると思いますよ。“こういうこと”が好きな人ですから。」
「(あああー!!少しは女の子らしくしていれば苦労していなかったのかもしれません。鏡しか思い浮かばないって…私の女子力…低すぎ!?)」
アーリルとアイリスの関係は、アーリルが幼い頃から続いていた。
まだ首が据わらない頃からの縁で生まれたばかりのアーリルを良く抱っこしたり寝かしつけたりといった、父母が行う様なことをアイリスが行っていたからだ。
本来なら乳母やメイドの役目ではあるが、一番下の子であるアイリスにとって、自分より幼い子というのは大層可愛く映ったのだろう。
アーリルの父母の“事情”もあるが、一つのエピソードとして、幼いアーリルの顔を見に行くとアイリスの指先をアーリルが握ったということがあった。だからアイリスはアーリルを守ろうと思った。
些細なことではあるが、自分より下の子を守ろうとする姿勢はアーリルによりもたらされた。
だが、今はアイリスは想像以上に逞しく育ったアーリルに対し、一歩遠くから見守るスタンスを取ろうとしていた。
奇しくもクレイグが危惧していた点はアイリスも想像しており、少しずつ自分だけで頑張っていける様にしようとしていたが、甘えに来たら甘やかすというところは駄目なところだというのは明白だ。
「この術式のポイントはここです。簡単に言えば、肉体強化の応用なんです。本当に大事な点は最初から中盤にまで集中していますので、最初から中盤にかけて見ていきましょう。」
この術式は大きく分けて、四つの行程により成り立ちます。まず『髪を走査』し『スタイリング』をして『変更する髪型』を選んで『整髪』します。」
指し棒代わりに引き抜いた腰のレイピアは展開された炎の術式の先頭部分を指し示し、そのまま切っ先はスライドしていき、中盤の辺りで一度止まると、もう一度最初に戻って。
この炎の術式が示すのは非常に簡単なことだった。順序としては『走査』『スタイリング』『変更』『整髪』という順で行われている。
最初の術式をレイピアの切っ先で円を描く様に回し、この術式の難しいところは髪の状態の走査だというところであるというのは十分に伝わるだろう。
髪の状態の精度が上がれば上がるほど、後の行程に大きく影響を与える。短い髪なら尚更、精度が求められる。長い髪なら纏めてしまえば誤魔化しは効くが、短い髪はそうはいかない。
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>>986
「得手不得手は誰にでも有ると思うし、姉の方が上手く出来ると言うならその通りなんだろうね」
「けれど、閃きはまた別の話だと思うよ、武術と精霊術の合間に覚えた付け焼き刃とはいえ、この宝石の魔術の組み立てには結構な労力を使っていた、けれど、君の発案した鏡を利用した術は思い付きもしなかった」
「家族なら貸し借りも失敗も大事にはならないだろうし、折角なら一緒にやってみれば互いに知見が広がって良いんじゃないかな」
無論、君の家の正確な状況なんて知らないから間違っていたらごめんね、と最後に付け足して、少女の語る生活魔術の聞き取りに力を注ぐ。
アーリルという少女の素直さや気高さには好感を覚えるし、自立し大成……とまではいかずとも、後悔の少ない人生を過ごして欲しいと思う気持ちもある。
けれど、初対面でこれ以上踏み込むのはどう考えてもやり過ぎだろうと思うので、先の一例を元にし、アーリルが力になれる可能性を提示するだけで留めておく。
「……成る程、予め記録された整えた髪型に現状を寄せる為にも、走査による状況の正確な把握がどうしても必要になってしまうんだね」
髪を整える、と一言でいうのは簡単だが、どんな状況から整えるのかによって確かに話は大きく変わるだろう。
風呂上がりの濡れた髪を整えるのと、寝起きの寝癖だらけのぼさぼさ頭を整えるのは勝手がまるで違う、その状況を正確に認知できなければ整えるなど当然出来る訳がない。
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>>987
「……やっぱり、姉様には、『私一人で作りました!』とお見せしたいです。だから自分で考えて作り上げたいです。」
「姉様に頼りたいのですが、私一人でも……大きな迷惑をお掛けしているのです。私は一人でも多分大丈夫です、というところを見て欲しいんです。」
目を伏せた色目の違う赤い瞳は憂いと悲しみを帯びるが、その時、アーリルの頭には再びアイデアの煌めきが走る。
憂いと悲しみを帯びた瞳は、喜色を浮かべ。上手くいくと良いな、とへにゃりとした笑みへと変わっていった。
アーリルは姉と慕うアイリスに迷惑を掛けたと言ったが、どのような迷惑かどうかはこの場で語るべきことではない。
だが、アーリルはアイリスに伝えたいことがあった。それが、鏡を利用すれば作れる算段もついた。
手鏡というものはただ、思いついただけだ。だが、その閃きが大きな意味を持とうとしていた。
「ありがとうございます、シュメントさん。お陰で良い案が思い浮かびました。」
この少女、アーリルの家柄は非常に面倒くさい。また自身の家柄については、そのうち、気が向けば話すかもしれない。
「シュメントさんはさすがですね。あの説明で分かっていらっしゃるのですから、術式を既に作成段階にまで進めているのでは無いでしょうか。」
「もちろん走査が精確なほど、記録した髪型に近づきますので、丁寧に走査してくださいね。」
走査とはなんだろうか。自身の体、主に頭部にのみに限って行う走査は、頭髪の状態を魔力を通すことにより調べることだ。
魔力の反響と通り具合から現状の髪型を察知し、変えたい髪型を記録から読み出す。その過程で走査が精確であればあるほど、仕上がりにも大きく影響する。
その為時間を使い、修練することで、できる限りのオシャレを愉しむのが騎士の嗜みでもある。
「精確な走査をする為に、この道具で練習してみて下さい。魔力を通せば走査の感覚が分かりますので慣れるまではこちらでどうぞ。
反復練習が大事ですので、慌てずに、ゆっくりと、ですよ。」
術式を描いた炎は、少女が取り出した特殊な紙に焼き印の如く染みこんでゆく。
それから、おもちゃの猫じゃらしに似た道具を差し出した。見た目は完全に猫じゃらしだが、糸を束ねた様な形をしている。
これは魔法の道具であり、その時によって、糸がくっついたり分かれたりするといった仕様がある。髪で走査をする前段階の走査の練習から、といったところか。
術式と練習道具をクレイグに差し出した。
「――まあ!もうこんな時間!私そろそろ戻りますね。為になるお話をお聞かせ頂きましてありがとうございました!」
ふと、目に入った時計から、現在の時刻を知ったアーリルは、クレイグに術式と練習道具を押しつける様に渡してから火の粉となり消えていった
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ビルが立ち並ぶ市街地を抜け、獣人等の亜人が数多く住むエリアにて。
多種多様な種族が住む異能都市の中では、比較的人口密度が高いエリアを歩く一団がいる。
アーリルだ。自身の侍従二名と共に轍を並べるのは護衛の者達だった。
フルネームはアーリル・フォン・ルズィフィールという。
青みがかったプラチナブロンド、クリーム色のニットのハイネックにミモレ丈のタータンチェックのフレアスカート。足には臑まで隠す革の黒ブーツ。
赤みがかった大きな瞳は、左右で色味が僅かに異なっており、凜とした雰囲気からも、口を開かなければ貴族の令嬢に見えなくも無い。
だが、腰のベルトから吊された魔法のレイピアが、否だと告げる様に揺れていた。
このアーリルという少女は、アイリスにとって目に入れても痛くない存在で在る為、外に出るだけでも護衛を用意するほどだ。
アイリス、アーリル両名にいえることだが、二人とも“金になる存在”である。アイリスがより幼いアーリルを心配するのは当然で。
アイリスが危惧しているのは、人攫いや研究所への売却といった『身の心配』であり、それを未然に防ぐ為の護衛である。
今回用意された護衛は、チーム名を“悠久の風”という。都市の中では新進気鋭として売り出し中のチームで、薬草採取から魔物討伐まで幅広くこなせる反面、若さ故の青い正義感が前に出るきらいのあるチームだ。
護衛というよりも、冒険者という方がしっくりくる“悠久の風”だが、このエリアでの溶け込み具合はチーム全員で食事に来たと言われても違和感をもたれないだろう。
むさ苦しい男臭さを嫌ったアイリスによるチョイスであるが、アーリル一人で簡単に全員捕縛できるレベルである。
銃器中心で、近接武器としてナイフを携える山猫族の青年、ロイド。獣人特有の敏捷性と鼻による気配察知を得意とする。
自身の背よりも高い樫の杖を掲げる白衣のローブを着るオオカミ族の少女、カリーナ。小柄で在りながらもバフデバフ、状態異常の回復と癒やしを得意とする。
全身鎧と大人三人を覆い隠す程の巨大な盾がトレードマークの巨猿族の青年ギュントー。このチームのリーダーであり、彼が所有する盾は二つに分かれる。その姿からカブト虫と呼ばれる。
最後の一人が今は此処にはいないが、なめした革の鎧と巨大なウォーハンマーを持つ火炎猫族の少女、ルーン。ロイドと交代で行き先に先回りし、斥候の役目を負わされていた。怪力と巨大なウォーハンマーより繰り出される一撃は大木を叩き割る。
アーリルを中心に、ロイドを先頭に左右にカリーナとルーンで左右を囲み、しんがりを務めるのはギュントーだ。
先のビルが建ち並ぶエリアでは背が高いビルばかりであったが、このエリアは店舗と住居が一体化した背が低い建物が数多く軒を連ねる。人族、亜人族関係無く訪れては、美味しいものを食べて顔を綻ばせるのは共通だった。
亜人族の護衛も、このエリアならば一切目立っていない。人も亜人も関係無く歩き、話し、笑う光景は平和であると言えるだろう。
屋台から引っ切りなしに聞こえる客引きの声。漂う焼き串の香り。食べ歩きをする者達で溢れていた。
そして、アーリルが侍従の一人に命じて串焼きを人数分以上に買いに走って、侍従の手から一人ずつ。食べ終われば次の者に串焼きが渡されていく。
飲み物を別の店で購入しに走った侍従を横目に武装を見せる一つの集団は悪目立ちしていた。
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>>989
食事を楽しむ雑踏に紛れ、虎視眈々と目標を品定めする。
ゆったりとしたローブに身を包み、フードを目深に被った姿。
普通の市街地では不審に見える出で立ちだが、人と亜人の交わるこの場所では話が変わる。
「様々な人間が交錯するこの場所でも、特徴的過ぎる姿を持つ自分には恐れを覚えてしまうかもしれない」
そんな周囲を気遣う優しさを持った亜人が、余計な混乱を与えない為に自らの姿を敢えて隠すのはそう珍しくもない。
故にこのような格好をしていても、此処では誰も気にも止めない。
(アーリル・フォン・ルズィフィールの護衛や側近を始末し我々の脅威を見せつけろ、本人に負傷を負わせられるとなお良い、か)
(敵対するにしては詰めが甘い、嫌がらせにしては赦して貰えるラインを超えている半端な依頼だが……まあ、そこは俺の関与する所じゃない)
(それでも正式な契約に則ったものだ、後で依頼主が報復される未来は解りきっているとしても、今この瞬間はしっかりと役目を果たさせて貰う)
「あ、いい香りだな、店主さんこれ二本頼む」
店先の商品を物色し品定め、時には店主との雑談に興じ短い会話を繰り返し、時に美味しそうな商品は少し注文し食べ歩く。
そんなこの日この場所を満喫する一人の利用者の仮面を被りながら、少しずつアーリル一行との距離を背後側から詰めていく。
そして、距離を10m位にまで縮める事が出来た時、其処で初めて仮面を捨て、悪意の尖兵としての役割を果たすだろう。
何か買い忘れてしまった、そんな素振りで立ち止まりその場で急旋回。
体重の移動と身体を捻る勢いを利用し、袖口から取り出した一本の投擲用ナイフを杖を持つ狼の少女の心臓を背中側から貫かんと撃ち放つ。
これだけなら誰でも出来るただの手緩い襲撃と何ら変わり無い、が、問題はその行動の精度と威力にある。
知覚強化により最適化されたタイミングで放たれたナイフは、身体強化により得た人外の膂力を十二分に乗せられている。
結果として、飛翔するナイフの速度は素手で放たれたにも関わらず、強弓から放たれる矢の其れと並ぶ破壊力と速度を宿している。
素手での投擲にも関わらず、きぃん、とも、ひゅう、とも聞こえる風を切り裂く怪音を放つそれ。
その存在を示す音が聞こえた時には、既に"手遅れ"となるだろう。
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>>990
“アイツらよりも我々の方が優れている”
ギルドへの対抗心か。そんな言葉を言いたげな依頼には、自らの存在をアピールするには十分である。が、アーリル側の心境を考えていないことは明確だった。
さて、ルファスが投擲したナイフだが、巨盾に阻まれることとなる。
異音を聞きつけて反応した殿の男が盾を差し込んだ。それが偶々今回は間に合い、強弓の“矢”を阻むことに成功した。
強烈な金属音。手で投げられたものでは無い威力であるのに、防いだものは投擲用のナイフだ。
殿を務めている男は盾と共に僅かに姿勢を崩しつつも地に突き立て、叫ぶこととなる。
彼らの周囲はざわめき、アーリルは自身の侍従に一つの命令をする。命令を出せば侍従は直ぐに動き出す。
「民草を避難させないで、各自道の端に寄っておく様指示を出して。」
『敵襲! 敵襲! 我々は亀になる! 各自散開しろ! 姫君、カリーナは私の傍から離れない様に。』
『たゆとう光よ、見えざる鎧となりて 小さき命を守れ… 』
『へぇ…ウチらに喧嘩売るとか分かってんじゃん』
『……アイツ、か。気をつけろ、ルーン。手練れだ。』
杖の少女は皆の物理防御力を上げ、ウォーハンマーを持つ少女は舌舐めずりを。銃器を持つ青年はナイフと銃を携えて、分厚く大きな壁に向かう為の先導となる。
敢えて衆目を残しているのは目撃者を多く残し、自分たちを有利にするためだ。姫君との思考とも一致し、既に打ち合わせた動きだからだ。
狙われるのが自分たちであるのならば、自らたちが囮となり民草への被害を減らす。民草が後により良い証言をしてくれることを祈る。
彼らの戦いが、始まる。
さて、動き始めた少女の名はルーン。ウォーハンマーを両手に携え、周囲を警戒し始める。
とは言っても巨盾からはそうそう離れていない。周囲に目を凝らし、可笑しな処は無いか。可笑しな挙動をする者はいないか。
ギロリとした瞳、ハンマーをトントンと叩き、何時でも振り出せる様に。駆け出せるように。偏差射撃にも警戒し、不規則な動きを。
この少女の仕事は警戒と襲撃者を斃すことだ。
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>>991
(白昼堂々の襲撃となれば狙いはアピール目当て、なら民間人を巻き込む事は出来ない)
(嘗めて掛かる気は元々無かったが、冷静に対処をしてくれるな)
だが、それでも不足している。
白昼に護衛を引き連れた人間へ襲撃を行う以上、多少の障害は当然此方も承知の上だ。
その上で相手を圧倒し此方の流れを作り出すにはどうすれば良いのかなど、考えていない訳がない。
だが、無駄な混乱を引き起こして戦う必要がある程の力量を護衛から"は"感じない。
ならば普通に押し切ればいいと、続けて腕をもう一閃懲りずに再度の投擲による攻撃を行う。
少なくとも、周囲の雑踏からはそう見えるだろう、しかし、実態は大きく異なる。
袖口から飛び出し手に持たれたナイフは四本、それらを渾身の一閃の最中にリリースポイントを変えて撃ち放つ四連射。
結果として生まれるのは必殺の威力の投擲による各員への同時攻撃。
(……そして、これだけならあの盾持ちが努力すれば防ぎきれるだろう、だから)
異能の強度を上昇、知覚加速を更に加速させ"盾持ちの初動"を見極める。
誰を庇いにいこうと、仮に保身に走ろうとも、何処に行こうと先を読み魔弾を置いておく。
投擲に使った腕とは逆の空いた腕、そちらの袖口から飛び出すのは大型の拳銃。
込められた弾丸は結界を食い破る機能を持たせた対魔術弾。
本来魔術師でない男が使っても効果は薄い、だが。
(本来の性能の半分も引き出せないとしても、本来の性能を三倍以上に引き上げれば解決する話だ)
(まず始めに俺の異能が"身体強化"だと認知させる為に馬鹿力で投擲を行なった)
(ならば非物理的な魔術の防壁等でどうにか凌げる、と思っているなら壁は潰させて貰う)
盾持ちの男の"頭部が動いた先"に予め置いておくように放たれる結界崩しの魔弾。
異能の加護を受けた拳銃から放たれるそれは、弾速も破壊力も先程のナイフと同じように一つ上の次元の破壊力となっている。
至近距離ならば厚い金属板ですら食い破るそれをまともに受けてしまえばどうなるかは、想像するに難くないだろう。
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>>992
白昼堂々の襲撃の意味は。
襲撃をするのならば、夜の方が良いに決まっている。民衆の混乱に乗じて逃亡する時は今では無い。
下手に民間人を混乱させこの場を乱されては堪らない。アーリルが標的であるのに、民草に無用な傷を与える必要は無い。
端に寄れ、と言っても、屋台の主はその場でしゃがみ込んでやり過ごそうとするし、路地裏に走り去る者もいる。
突然始まった刃傷沙汰に、少しだけ、冷静さが失われていた。
「では私(わたくし)は支援を行いましょう。護られるだけの存在ではありません。ギュントーさんは引き続き指揮を。
この身は弱きを護る盾であり、降り掛かる火の粉を払う槍であるのですからっ!」
腰からぶら下げたレイピアを一撫でして。
詠唱が、始まる。
「身の内に眠りし火の力よ。眠りから覚めよ。今このときこそ、生命の尊き輝きを示す時。
――Ad Magnificat diei hominibus debui deum(日の神の輝きを)」
効果は単純明快。
攻撃力の増加、防御力の増加。そして回復力の増強。
アーリル自身と、盾持ち、杖持ち、ハンマー持ち、銃持ち全てに付与される。
『ありがたい。ならば私は御身をお護りすることに全力を振るおう。』
『よっしゃ!来たぜ来たぜ!アイツ、ぶっ潰してくりゃいいんだろ。いくぞー』
『光の全ては地に落ち、全ては幻 意識の闇に沈め…』
『ちっ貰っちまった。すまねえ。』
『ロイドは後詰の確認の後、ギルドに支援を依頼してきてくれ。大丈夫だ。君の足ならば造作も無いことだろう。いけっ!』
盾持ちは大人を護れるほどの巨大な盾だ。
小柄な少女二人を護るなど朝飯前だ。そして、いくつか視界を確保するために開くところがある。
投擲された四本の連撃の内、一つは銃持ちの肩に刺さり、膝をつく。見つめる先はナイフの投擲された方向だ。
別の方向から攻められたのならば、銃持ちはその場に伏せることは免れない。故に後詰を潰しに周囲を索敵するために走り出した。
山猫族は足が早い。ギルドへの応援申請に走ることも可能なのだ。
ハンマー持ちは短く持ったハンマーで投擲されたナイフを弾き、ルファスの方へと向き直る。その表情は、かくれんぼで隠れた子を見つけた鬼のようだ。
盾持ちに護られているアーリルと共に杖持ちは、詠唱を終わらせた。
対象は“路上に残る者”で“視野が暗闇に包まれる”効果を持つ魔術だ。銃声が響いた中で逃げない者は少なくは無いが、それでも逃げないというのなら、
そのようなことに巻き込まれても良いのだろう。それでも何かを主張するのならば、正当防衛とでも言い張れる。
では、ルファスが放った弾丸はどうなったかというと。
全身鎧で膝立ちになり、地面に巨大な盾を突き立てる姿は正にパーティーを護る壁、というべきだろう。ナイフへの対処も盾に隠れて二連撃のナイフをガードした。
しかし結界崩しの弾丸は簡単に巨大な盾を浮かせた。
かつては魔獣の群れの突進を一人で全部受け止めたというのに。それでも盾が浮かされ、開かれた。捲り開けられたかの様に歪んだ盾の損傷は酷い。
だが盾としての機能は未だ死んでいない。浮かされ、開かれたただけで済んだのは二重のバフがあったからだ。
盾の間から覗く光景は、少女であろう細い手足と、スカート。そして白いローブ。そして全身鎧に覆われた下半身。
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>>993
異能の力を用いた攻撃も凌がれる、複数人が各々の役割をしっかりと果たした結果、一人の力では押し切れなかった。
当然と言えば当然の結果ではあるが、襲撃する側としては、一気に流れを掴む機会を失ったのは痛い所だ。
(……まあ良い、逆に言えば個々の力量は脅威になる程のものではないのが理解出来た)
(正確に言うと、護られている"お姫様"以外は、と言うべきか)
各々が役割をしっかりと果たしているのは理解出来た、がそれだけだ。
守護する事は出来ても攻撃への牽制が出来ていない、補助は出来るが単体では機能しない。
銃を扱えない場合の戦闘方法が用意出来ていない、最前線で戦う筈の戦士が流れを制御出来ていない。
唯一の例外がお姫様だけ、襲撃と同時に侍従に命じ、自分達の有利な場を作る事を行なった。
そして、魔術に対策を講じる事はあれど自分で魔術を行使する事は無い自分でも解る、何か規模の大きい補助魔術。
詳細は解らずとも、彼女の行使した術の効果が白いローブの人物のものより大きいと雰囲気で感じる事が出来る。
そんな思考を巡らせている間に、視界がふと闇に包まれる。
だが、元々夜間でも音だけで行動するのに支障が無い身だ、知覚加速と情報処理の強化で何事もなく戦闘は続行可能だ。
(……いや、少なくともハンマー持ちは冷静なタイプとは言い難いように見える)
(どうせ数秒の手間だ、足が速かろうがあの山猫を完全に逃しはしないだろうし……駄目で元々、茶番を挟んでみるか)
一瞬のみ情報処理能力を強化せずに、五感だけを強化する。
処理の追い付かない情報に頭が悲鳴を上げ、バランスを崩し掛けるも踏み留まる。
一連の動作は、急に視覚を奪われた事による混乱に映るだろうか。
実際に苦しい思いをした、演技ではないよろめきを好機だと誤認し隊列を崩してくれれば……この仕事が幾分か楽になる。
(場数を踏んでいれば、俺の強化の幅を警戒して冷静に対応してくるだろう)
(けれど、今の所奴等から見た俺は"大砲みたいな銃撃や投擲を行ってくる能力者"だ、狩れる好機は逃したくない心情も有るんじゃないか?)
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>>994
ルファスが見る限り、盾持ちの男の指揮はありきたりなものだ。
しかし、チームの者たちは一切疑うことなく従い、彼らに出来る行動をしている。
異能を持たない個々の力はルファスには敵わない。だが彼等には連携という武器がある。連携という武器がある限り、一の攻撃は一ではなくなる。
そんな彼等を結びつける縁は盾持ちだ。
はしゃげたような、巨盾を未だ持ったまま護衛対象と共にゆっくりと撤退していく様は仕事に徹していると言えるだろう。
しかし。しかしだ。異能を操る圧倒的な個には敵わない。本当の裏家業の荒波で身を立てる男には経験値でも勝らない。唯一勝っているのは人数のみ。
盾持ちの心の内には結界崩しの魔弾で一抹の不安が胸を過る。
たった一発でひしゃげた自慢の巨盾ではあるが、二度目は防げないだろう。恐らくナイフの投擲にも対応できなくなってしまう。
そんな想像が頭をよぎった。想像は脳から心へと伝搬し心には篝火の如き不安がゆっくりと広がる。燻っていた不安の種はゆっくりと燃え始める。
初めは小さな火だが、それは次第に大きくなってゆく。
ルファスと同様に、魔術に掛かった一部の観衆は跪く、壁に手を添える等各々の行動をする。
ハンマー持ちは、周囲とルファスの演技の反応に気分を良くしたのか。ハンマー持ちはへへっと笑みを浮かべた。
ルファスが考える通り、彼女は指揮を聴くほどの理性は残っているが、冷静では無い。戦闘と聞けば、血気盛んになり、前へ、前へと出るタイプだ。
『おうおう、そのまま良い子でいなよ、姫様の御前だ。血は見せねーよ。』
『心無となり、うつろう風の真相 不変なる律を聞け…』
『姫君、カリーナ。おそらく襲撃者は視界が闇に落ちているのだろう。直ぐに態勢を整える。撤退です。殿は私が。カリーナも良いね?』
ハンマー持ちはハンマーを短く持ち、ダルマ落としの要領でルファスの顎を叩き意識を刈り取ろうとするだろう。
「……それではいけませんわ。」
小さな溜息がアーリルの口から漏れる。何もかもがどっちつかず。中途半端。斃したいのか、足止めしたいのか。
ルファスの演技を演技と見抜けていない今、この時、先行した銃持ちに追従する形で盾持ちを殿に駆ければ結果はまた変わっただろう。
銃持ちを先行させてしまったのが、ターニングポイントであった。
足止めでは無く、無力化。ルファスの様な手練れに無力化などできはしない。無力化は圧倒的な力量差が無ければ成立しないからだ。
もし出来るとするのなら、数人の命を犠牲にして、だ。パーティーの解散も視野に入れなければならない事態となる。
原因はルファスが想定を遥かに超える手練れであったこと。これに尽きる。
アーリルが出てしまえば早い。だが、アーリルが出てしまっては護衛の意味がなくなる。
ならば、もう少し経緯を見守ることにしたアーリル。具体的にはもう一人負傷者を出した時だ。
襲撃があった時点で“おでかけ”は終了、即時帰宅が“約束”だったのだが、襲撃者であるルファスが返してくれそうにない。
“だったら仕方ありませんよね”とアーリルの顔には戦闘狂の顔を隠す仮面の笑みが張り付いた。
魔術が発動しようとしていた。
効果は対象の機動力を一時的に削ぐ、足止めの為の魔術。これに掛かったのなら、彼らは一斉に駆け出すだろう。
ハンマー持ちを信用しているのか、杖持ちはハンマー持ちがターゲットと定めた者と同一の相手に魔術を掛けようとしていた。
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>>995
「……ああ、本当にお粗末な出来だ」
アーリルの独り言への返答はまさかの襲撃者から。
皮肉な事に、今敵対している真っ最中の二人は、警護に対する認識が一致してしまっていた。
顎を叩こうとする鈍器は見えずとも、鉄塊が風を裂く音に衣擦れや鎧の金属音、状況を把握する材料は十二分に有る。
遠くに最初に駆け出した山猫族の男の足音も、未だに補足から逃れるには至らない。
そもそも、此方の目的は護衛の殲滅による力の誇示だ、最初から逃げに徹したなら兎も角、今更逃して貰えるという認識も含め何もかもが甘過ぎる。
そして、ナイフ投げで盾を押すような人外の膂力を持つ異能を前にして、今更多少妨害を掛けて何が変わるのか。
その迂闊な認識と接近により、盾持ちの加護の範囲から自ら足を出した代償は直ぐにでも支払う事になるだろう。
軽く身体を最小限逸らす事によりハンマーの軌跡から身体を退ける。
そのまま手にした拳銃の銃口をハンマー持ちの胸部に向けると、無造作に二度引き金を引くだろう。
そして、その結果を確認する事もなく、逃げ去った筈の山猫族の男に向けて引き金を、此方も二度引く。
拳銃の有効射程距離や破壊力など本来たかが知れている。
だが、大楯を容易く歪ませる破壊力と、一投のうちに複数本のナイフを丁寧に全員に投げ分けれる男の知覚能力と肉体の制御能力が有れば。
"拳銃による狙撃"などという無茶も夢物語でもなんでもなくなる、それを己が誰よりも知っているからこその悠長な演技だ。
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>>996
銃声の後、バタリと斃れる二つの音がした。
山猫族とハンマー持ちが地面に伏した音だった。
『貴様ぁぁぁあぁ!!!!!!!』
『駄目よっ!リーダーっ!今行けば貴方も同じ目に…』
「……はぁ、仕方ありませんわ。これ以上民草の血を見るには耐えれませんもの。
あの方は私に用事があるようですから私が出ますわ。」
『ひ、姫君……、わ、私は…、私はとんでもないことを……』
「結構ですわ。貴方方はお仲間の治癒の後、ギルドに戻って下さいな。」
『……すまない…っ!行こう、カリーナ。君だけが頼りだ。』
杖持ちは血溜まりに浮かぶハンマー持ちを治癒魔法にて癒やすが、大方の傷は直ぐに塞がった。
この調子なら山猫族もすぐに治癒できるだろう。盾持ちは二人を担いでギルドへと去って行く。
「これで、お話しできますわね。私に用事があるのでしょう?お顔を見せて頂いてもいいかしら。」
何も無い空中が揺らめき、波紋が起きる。
顔を出すのは少女、アーリルの身の丈の倍はあろうかという真紅の長槍だ。
青みがかったプラチナブロンドが風に揺らめき、踊る。
ルファスが顔を見せると、ミモザ丈のスカートを軽く摘まんでカーテシーを披露するだろう。
不気味なことに、建物の屋根や路上にカラスが集まり始めていた。
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>>997
依頼通りの殲滅とはいかなかった。
だが、護衛対象の姫に庇われ戦線離脱という結果は彼等の無力さを示すのに申し分無い結果だろう。
寧ろ、命を懸けて使命を果たしたと言えない分、言い訳の余地が無くなったとも言える。
少なくとも、依頼人の目的は十二分に果たされた筈だ。
「……参った、無法者の俺と言えどそんな真似をされたら非礼を貫く訳にもいかないな」
片手に握る拳銃はそのまま、空いた手でフードに手を掛け、雑に後ろに引き下げる。
その下から現れた素顔は、そこそこに整った二十後半と思われる銀髪の男性のもの。
だが、数々の死線を潜り抜けてきたが故にか、眼光には猛禽類を思わせる鋭さと、老成した落ち着きに似たものが同居している。
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>>998
「ルファス=エルシャード……さん、だったかしら。
はじめまして。アーリル・フォン・ルズィフィールですわ。」
アーリルはアイリスの記憶の一部を持つ。
アイリスが印象に残っていることは大凡、アーリルも知っていると言っていい。
とはいってもアーリルはアイリスの記憶を映像記録として覗いているようなものだが。
彼は確か、何でも屋。
能力の暴走しているところに雨の中、出会ったとアイリスは記憶していた。
いい目をしている、とアーリルは思った。難しいことはわからないし、考えるのもあまり得意ではない。でも、直感など言葉では説明できないことには感や勘はいい方向に機能することが多い。
「もうお買い物は続けられないわね。一応お伺い致しますわ。
なぜ私は狙われたのでしょう?理由によっては貴方も“摘み"とらなければいけないわ。」
もっとも簡単にはいかないでしょうけれど。追い返したらいいかしら。と少女は内心で吐露する。
この少女の見た目は中学生程度。
先に食べていた串焼きの串を指で回し、猛禽の目を真っ正面から見つめ返した。
決して舐めているわけではない。もっと酷い眼を知っているからだ。
見られたら体中から怖気が走る瞳。死神の鎌が首に添えられているような、そんな瞳に慣れてしまったからだ。
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>>999
「ご丁寧にどうも、仕事柄、顔が売れているのはあまり喜ぶべき所では無いが無名だと仕事が無い」
「喜ぶべきか悲しむべきか微妙な所だが……知って頂けているのは光栄だ」
返す言葉に敵意や殺意、悪意と言われる感情は混じっていない。
少女の持っている知識通りならば、この男は相応に場慣れしている。
言葉や態度に感情を滲ませない事くらい訳もなく行うだろう事を考えると、安心材料にはならないだろうが。
「名前まで知っているなら、此方の素性は理解出来ているだろう?」
「襲撃に的確な対応をした頭が有るんだ、状況と合わせて考えればとっくに答えは出ている筈だと思うがな」
面倒そうに突き放すような物言い、だがこれは遠回しながらこの男なりの誠意だろう。
仕事の都合上、大っぴらに依頼内容を明かす事は信頼に関わる以上絶対に出来ない。
けれど、群衆がいつ通報するか、或いは既に通報したのか分からぬ中で呑気に雑談に応じるという事は既に急ぐ必要は消えているという事。
白昼堂々の襲撃も含めて合わせれば、この少女の頭ならそれだけで答えは導き出せるだろうと踏まえての行動だ。
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