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リリカルなのはクロス作品バトルロワイアル13

1リリカル名無しA's:2010/03/29(月) 23:42:31 ID:lCNO3scI0
当スレッドは「魔法少女リリカルなのはクロスSSスレ」から派生したバトルロワイアル企画スレです。

注意点として、「登場人物は二次創作作品からの参戦する」という企画の性質上、原作とは異なった設定などが多々含まれています。
また、バトルロワイアルという性質上、登場人物が死亡・敗北する、または残酷な描写や表現を用いた要素が含まれています。
閲覧の際は、その点をご理解の上でよろしくお願いします。

企画の性質を鑑み、このスレは基本的にsage進行でよろしくお願いします。
参戦元のクロス作品に関する雑談などは「クロスSSスレ 避難所」でどうぞ。
この企画に関する雑談、運営・その他は「リリカルなのはクロス作品バトルロワイアル専用したらば掲示板」でどうぞ。

・前スレ
したらば避難所スレ(実質:リリカルなのはクロス作品バトルロワイアルスレ12)
ttp://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/otaku/12701/1244815174/
・まとめサイト
リリカルなのはクロス作品バトルロワイアルまとめwiki
ttp://www5.atwiki.jp/nanoharow/
クロスSS倉庫
ttp://www38.atwiki.jp/nanohass/
・避難所
リリカルなのはクロス作品バトルロワイアル専用したらば掲示板(雑談・議論・予約等にどうぞ)
ttp://jbbs.livedoor.jp/otaku/12701/
リリカルなのはクロスSSスレ 避難所(参戦元クロス作品に関する雑談にどうぞ)
ttp://jbbs.livedoor.jp/anime/6053/
・2chパロロワ事典@wiki
ttp://www11.atwiki.jp/row/

詳しいルールなどは>>2-5

874 ◆19OIuwPQTE:2011/02/03(木) 18:18:19 ID:ycBlxCLg0


ユーノは魔法陣と会場を解析した際に、それらの仕組みを大凡ではあるが把握
したのだ。
魔法陣を維持するエネルギー源たる核が、同時にこの会場の核である事も。
そして既にその核が存在していない事も、また同時に。

もし核が健在であれば、そのエネルギーの流れを逆算して核の座標を割り出し、
そこに転移する事も可能だったかもしれないが、エネルギーの供給が断たれた
以上、それは不可能だ。


「じゃあどこに転移するの?
 この会場から出られないんじゃあ、何処に至って危険だよ」

その説明を大雑把に聞いた私は、目の前が真っ暗になるような感覚を覚えた。

「あるだろ、一つだけ。
 衛星軌道上に上る事も可能で、次元跳躍も可能な空中戦艦が」

けどユーノ君は自身を持ってそう断言した。
それを聞いて私も、思い当たるモノが一つだけあった事に気づく。

「あ……そうか、“聖王のゆりかご”!」
「そう。ゆりかごなら、この会場の崩落にも耐えられるかもしれない。
 もしかすれば、元の次元に帰る事だってね。
 幸い、こっちには艦長役もいる事だし」
「へ……? それって、私のこと?」

いきなり話を振られたヴィヴィオが、困惑気味に聞き返してくる。
その様子を見て、私とユーノ君はクスクスと笑った。

「まあとにかく、そういう事だから」
「解った。でもなんで荷物の整理を?
 時間がないならい出来る限り急いだ方がいいじゃないのかな」
「時間がないと行っても、別に一分一秒を争う訳じゃない。
 時々、大きい振動が起こるから勘違いしやすいけどね。
 この振動は、結界の核がなくなって、維持できなくなった部分。
 つまり、ループ機能とかが壊れ始めているからだと思う」

それはつまり、先ほどまで繋がっていた空間が、いきなり断絶したという事。
いわば次元震に近いものなのだろう。

「それに転移が上手くいったとしても、“何が起こるか判らない”からね。
 すぐに対処できるように、出来る限りの準備はしておくべきだ」

その言葉に頷く。
私達はこのデスゲームの開幕を始め、突発的な出来事に翻弄され続けている。
なら、今度だって何が起こるか判らないのだ。

875 ◆19OIuwPQTE:2011/02/03(木) 18:18:56 ID:ycBlxCLg0





「よし。これで多分大丈夫だと思う」

目の前には三つのまとめられたデイバック。
私達の手元にはそれぞれのデバイスや武器があった。

レイジングハートは現在、自動修復機能をフル稼働させてる。
当分は戦闘に出せない。

バルディッシュやレヴァンティン、マッハキャリバーはヴィヴィオが持ってる。
元々砲撃魔導師な上、まだダメージでまともに動けない私よりは、ヴィヴィオ
の方が接近戦には適任だからだ。

ケリュケイオンは私が持っている。
最初はユーノ君に渡そうとしたんだけど、ユーノ君いわく、

「ケリュケイオンで使える補助魔法はもう覚えた。
 アスクレピオスの補助があれば自力で使えるから、ケリュケイオンはなのは
が使ってあげて」

との事。
ユーノ君はよく私を天才だって言うけど、ユーノ君だって十分凄いと思う。
ちなみにアスクレピオスは、私と合流する前にスバル達の遺品と一緒に拾った
らしい。

蒼天の書はユーノ君が持っている。
ヴィヴィオは前衛だし、私では蒼天の書の魔法を使いこなせないからだ。

しかし、現在保有するデバイスの中で一番特異なのが、私の持つ紫紺色の宝玉
状態のデバイスだろう。
それはヴィヴィオに支給されたボーナス支給品で、十年前のレイジングハート
と殆ど全く同じ形状の、色彩とAIだけが違うデバイスだった。
いつ、どこで、どうやって作られたのか。持ち主はいったい誰なのか。
ルシフェリオンと名乗った彼女は、自己紹介を済ませると黙りこんでしまって、
何も聞く事が出来なかった。

けど、力は貸してくれるようなので、レイジングハートの力を借りれない今は、
それだけでも有り難かった。

876 ◆19OIuwPQTE:2011/02/03(木) 18:21:04 ID:ycBlxCLg0


非常時用の武器は、刀の心得がある私が爆砕牙とデザートイーグルを、ユーノ
君は赤いレイピアを持っている。
ヴィヴィオは、いざとなれば素手でも平気、との事だ。


その他の道具は、私はスバルが身に着けていた指輪と天道さんが持っていた羽。
二人の形見に、と思ったのだ。

ヴィヴィオは壊れたデバイスと、キング達が変化した謎のトランプ。
ボーナスが支給された以上、死亡した事にはなっているのだろう。

ユーノ君が一番数が多くて、余ったデイバック二つに、それぞれ重火器と完全
に使い道のない道具を入れている。


道具の確認を終えたところでユーノ君が立ち上がり、デイバックを肩に担ぐ。
同様に私達も立ち上がり、自分の荷物を背負う。

「さあ、行こう」

その言葉に頷き、私たちは魔法陣の元へと移動した。



足元には淡く光る魔法陣。
その光は小さく明滅し、今にも消えそうだった。
この魔法陣が会場の維持に関係しているのなら、この魔法陣が消えた時にこの
会場も完全に崩壊するのだろう。

「みんな、準備はいい?
 だいぶ荒い転送になると思うから、気をつけて」

ユーノ君がサイドバッシャーをデイバックに直しながら言った。
その言葉に私とヴィヴィオは頷く。

「僕が転送のサポートをするから、ヴィヴィオはゆりかごを強く思い浮かべて。
 一度行った事のある君の方が、座標の特定がしやすいんだ」

その言葉でヴィヴィオが思い浮かべるのは、まだ幼かったフェイト。
ヴィヴィオは自分に、嫌いにならないで、と彼女に言った少女を思い浮かべる。
首環で転移の位置を探知するなら、誰か人を思い浮かべた方がいいのだろうと
いう判断からだ。

魔法陣の淡い魔力光が次第に強く輝き出す。
それはまるで、消える寸前の蝋燭の輝きのようだった。

「行くよ、みんな! しっかり掴まってて!
 座標確認! 場所、聖王のゆりかご!
 転送、開始―――!!」

その声の直後、魔法陣が一際強く輝き、光が私達三人を飲み込んだ――――

877 ◆19OIuwPQTE:2011/02/03(木) 18:23:30 ID:ycBlxCLg0



【キング@魔法少女リリカルなのは マスカレード  封印確認】
【金居@魔法少女リリカルなのは マスカレード  封印確認】

【2日目 朝?】
【現在地 ?-? 聖王のゆりかごへ転移中】

【高町なのは@魔法少女リリカルなのはStrikerS】
【状態】全身ダメージ(大)、魔力消費(中)、バリアジャケット(エクシードモード)展開中
【装備】ルシフェリオン(6/6)@魔法少女リリカルなのはA's PORTABLE−THE BATTLE OF ACES−、{ケリュケイオン、レイジングハート・エクセリオン(6/6、中破)}@魔法少女リリカルなのはStrikerS、爆砕牙@魔法妖怪リリカル殺生丸、デザートイーグル(4/7)@オリジナル、{翠屋の制服、すずかのヘアバンド}@魔法少女リリカルなのは
【道具】支給品一式、カートリッジ詰め合わせ(残り20発)@魔法少女リリカルなのはStrikerS、スバルの指環@コードギアス 反目のスバル、アンジールの羽根@魔法少女リリカルなのはStrikerS 片翼の天使
【思考】
 基本:誰も犠牲にせず極力多数の仲間と脱出する。
 1.聖王のゆりかごへ向かう。
 2.ユーノとヴィヴィオと共に脱出する。
【備考】
※ブラスター3を使用しました。何らかの後遺症が残っている可能性があります。


【ヴィヴィオ@魔法少女リリカルなのはStrikerS】
【状態】聖王モード、疲労(大)、魔力消費(小〜中?)、ダメージ(小)、
肉体内部にダメージ(小)、騎士甲冑展開中、リンカーコア消失、強い決意
【装備】{バルディッシュ・アサルト(6/6)、レヴァンティン(3/3)、マッハキャリバー、レリック(刻印ナンバーⅦ、融合中)、St.ヒルデ魔法学院の制服}@魔法少女リリカルなのはStrikerS
【道具】支給品一式、{リボルバーナックル(右手用、大破)、リボルバーナックル(左手用、大破)、クロスミラージュ(破損)、フリードリヒの遺体(首輪無し)}@魔法少女リリカルなのはStrikerS、ラウズカード(ジョーカー、ハートのA〜K、スペードK、ダイアK、クラブのK、スペードKとダイアKのブランク、コモンブランク)@魔法少女リリカルなのは マスカレード
【思考】
 基本:みんなの為にももう少しがんばってみる。
 1. なのはママの様に強くなる。もう二度と暴走しない。
 2. 聖王のゆりかごへ向かい、起動させる。
 3. みんなと一緒に、生きて帰る。
【備考】
※現在使用している魔力は、レリック(刻印ナンバーⅦ)によるものです。
※スターライトザンバーブレイカーを習得しました。系統は集束砲撃魔法です。

878 ◆19OIuwPQTE:2011/02/03(木) 18:24:19 ID:ycBlxCLg0


【ユーノ・スクライア@L change the world after story】
【状態】全身に擦り傷、肩に切り傷、疲労(大)、魔力消費(大)、強い決意
【装備】{アスクレピオス、シルバーケープ}@魔法少女リリカルなのはStrikerS、蒼天の書@魔法少女リリカルなのはFINAL WARS、{バリアのマテリア、ジェネシスの剣@}魔法少女リリカルなのはStrikerS 片翼の天使
【道具】支給品一式×2(食料有り)、支給品一式×2(食料無し)、ブレンヒルトの絵@なのは×終わクロ、双眼鏡@仮面ライダーリリカル龍騎、治療の神 ディアン・ケト@リリカル遊戯王GX、サイドバッシャー@魔法少女リリカルなのは マスカレード、キングと金居のデイバック(道具①②)
【道具①】RPG-7+各種弾頭(照明弾2/スモーク弾2)@ACE COMBAT04 THE OPERATION LYRICAL、ハンドグレネード×4@魔法少女リリカルなのはStrikerS、C4爆弾@NANOSING、クレイモア地雷×3@リリカル・パニック、バベルのハンマー@仮面ライダークウガA’s 〜おかえり〜、イカリクラッシャー@魔法少女リリカルなのはSTS OF HUNTER
【道具②】リンディの茶道具一式(お茶受けと角砂糖半分消費)@魔法少女リリカルなのは、砂糖1kg×5、ガオーブレス(ウィルナイフ無し)@フェレットゾンダー出現!、浴衣(帯びなし)、セロハンテープ、分解済みの首輪(矢車、ユーノ、ヴィヴィオ、フリードリヒ)、首輪について考えた書類
【思考】
 基本:なのはの支えになる。
 1.ここにいる全員を何としても支えて、脱出する。
 2.聖王のゆりかごへ向かう。
 3.ゆりかごに着いたら、今後の対策を考える。
 4.ここから脱出したらブレンヒルトの手伝いをする。
【備考】
※ケリュケイオン@魔法少女リリカルなのはStrikerSによって使用できる補助魔法を習得しました。アスクレピオスの補助があれば使用が可能です。
※魔法陣は、この会場を構成する上での『要』である可能性があると推測しました。


【全体の備考】
※【E-5 瓦礫の山】に中規模のクレーターが出来ました。
※会場はもう間もなく崩壊します。



【カートリッジ詰め合わせ@魔法少女リリカルなのはStrikerS】
高町なのはに支給されたボーナス支給品。
名前通りの代物。
カートリッジ各種が、計30発入った箱。


【ルシフェリオン@魔法少女リリカルなのはA's PORTABLE−THE BATTLE OF ACES−】
ヴィヴィオに支給されたボーナス支給品。
星光の殲滅者の所有デバイス。
性能は第二期(A's)のレイジングハート・エクセリオンと同程度。
性格は非常に無口と思われるが、詳細不明。


【スターライトザンバーブレイカー】
ヴィヴィオが戦いの中で習得した“集束砲撃魔法”。
なのはのスターライトブレイカーとフェイトのプラズマザンバーブレイカーを合体させたもの。
儀式魔法による雷のエネルギーではなく、周囲の空間の魔力をザンバーの刀身に集束し、強力な砲撃として一気に放出する攻撃魔法。
本来は定石道理に、“対象を拘束し、その後に砲撃する”のが基本である。
が、今回劇中で使用したのは、マッハキャリバーのA.C.Sを用いて高速突撃し、零距離砲撃を行う、“スターライトザンバーブレイカーA.C.S”である。
ちなみにイメージは某騎士王の聖剣。

879 ◆19OIuwPQTE:2011/02/03(木) 18:28:18 ID:ycBlxCLg0
投下終了しました。
リベンジ完了です。

あと、>>874

「じゃあどこに転移するの?
 この会場から出られないんじゃあ、何処に至って危険だよ」



 この会場から出られないんじゃあ、何処にいたって危険だよ」

に修正します。

悔いがあるとすれば、ユーノの「なのポ GoD」参戦決定ぐらいです。
戦闘描写に関してで。

880リリカル名無しStrikerS:2011/02/03(木) 19:45:25 ID:mRfwOMUM0

正直、予約の時点でユーノ君は死ぬと思い、読んでる間もハラハラしてました
この後も、彼自体の死亡フラグぽさが心配です

881リリカル名無しStrikerS:2011/02/03(木) 20:07:34 ID:Q6eZXp1g0
投下乙です。

絶望的な状況と思われたけどなんとビックリなのユーヴィヴィの誰も退場せずに最強アンデッド2人封印!
とりあえず、後は無事に脱出出来るかどうかだけど……ダメだ、どうにもなりそうにねぇ……。

あと、これ質問なんですが……今回のサブタイトルは何になるんですか?
話の途中にタイトルらしきものが入っているんですが、それに従うと10分割になる気が……。

882リリカル名無しStrikerS:2011/02/03(木) 20:13:39 ID:I.MIec720
投下乙です
GJ! マジGJです!
金居&キング、お疲れ様……
なのはもユーノもヴィヴィオもみんな、凄く活躍してましたね!
ああ、自分も見習わないとな。
最後にもう一度、GJです!

883リリカル名無しStrikerS:2011/02/03(木) 20:17:05 ID:kTjuP4cg0
投下乙です
予約の時点&読んで居る間はどうなるかと冷や冷やしていたけど、まさかの大勝利!
もう何より熱かった。残った全てのデバイスを使用し、強敵に立ち向かうヴィヴィオ。
そしてトドメはスターライトザンバーブレイカー……なんかもう読んで居て涙が出てきました。
支給品も、今まで出て来た全ての要素を余すことなく使っているし、展開運びもなのはらしくて良かったなぁ
思えばこれが初めて、デバイスフル使用の最初から最後までなのはらしさを貫いた熱血バトルなんだよなぁ。
キングを倒すなのはも、最後までなのはらしくて格好良かったです。

参加者内での脅威は無くなったけど、果たして三人は無事脱出出来るのか。
次に期待が持てる話でした。GJ!

884リリカル名無しStrikerS:2011/02/03(木) 20:33:56 ID:a/3y8XPEO
投下乙&GJ!
熱い、熱いよ!まさかここまで絶望的な状況でこんな展開が見れるとは思ってなかった!
終始熱いバトルの駆け引き、今まで戦って来た全ての仲間達の力を受け継いでの決着!
熱血魔法少女ヴィヴィオに、バルディッシュ、マッハキャリバー、レヴァンティン…
締めはジョーカーでの封印と、今まで積み重ねて来たフラグ全てを活かした展開…
そしていよいよフィナーレって感じかな?
面白かったです、もう一度GJ!

885リリカル名無しStrikerS:2011/02/03(木) 21:27:28 ID:vQMoWntM0
投下乙です
まさにバトルロワイアルの最終決戦に相応しい一戦!
なのはvsキング、ヴィヴィオvs金居、そして終始サポートに徹する寡黙な功労者ユーノ君
みんな輝いているなー、GJでした
個人的に金居の最期の台詞「………………ふん。今回は、ここまでか」が印象深かった

あと既に言われているけど、タイトル付け忘れていますからそこだけ
それと出来れば収録の際に文章の途中で改行している部分を訂正してほしい

886 ◆19OIuwPQTE:2011/02/03(木) 22:10:39 ID:ycBlxCLg0
感想ありがとうございます。
何度か言われているタイトルの方は、分割する数が分からなかったので、分割数が分かってから決めようと思ってました。
その事についての連絡を書き忘れてしまい、申し訳ありません。

あと、>>885が言いました文章の途中での改行ですが、これは読みやすいようになればと35文字で改行してんですが、
逆に読みにくかったり、迷惑でしたら申し訳ありません。

収録の方ですが、今一よく解らないので代理でやってくれると嬉しいのですが、自分でやった方がいいというのでしたら頑張ります。

引き続き、ご意見やご感想などお願いします。

887リリカル名無しStrikerS:2011/02/03(木) 22:30:58 ID:Q6eZXp1g0
了解です。

ちなみに今さっき投下分の容量を確認した所80KB強ありました(正確な容量はそちらで把握出来ると思いますが)。
その為1ページの容量は30KB強程度なので恐らく3〜4分割になるかと思いますがもし区切る所に拘りがあるのでしたら連絡の方お願いします。
とりあえず、3分割でも可能かもしれませんが区切り次第では4分割になる可能性もあるのでその前提でサブタイトルと区切りを指定してくれれば収録の助けになると思います。

888 ◆19OIuwPQTE:2011/02/04(金) 01:41:37 ID:EMSaWdYk0
>>887

タイトルは、
>>818-833が 魔法少女リリカルなのはBR
Stage01 ラストステージ
>>834-850が 魔法少女リリカルなのはBR
Stage02 心の力を極めし者
>>851-864が 魔法少女リリカルなのはBR
Stage03 紡がれる絆
>>865-878が 魔法少女リリカルなのはBR
Stage04 虹の星剣
でお願いします。

あと文書途中の改行については、特に拘りはありません。

889 ◆19OIuwPQTE:2011/02/04(金) 08:09:50 ID:EMSaWdYk0
すいません。また修正です。

タイトルの Stage01 ラストステージ を Stage01 ファイナルゲーム に。

>>865の改行し忘れで、
>レヴァンティンからパーフェクトゼクターを通して、金居に稲妻が伝播する。手元の剣から伝わる雷撃に、金居の動きは鈍らざるを得ない。

>レヴァンティンからパーフェクトゼクターを通して、金居に稲妻が伝播する。
>手元の剣から伝わる雷撃に、金居の動きは鈍らざるを得ない。
に修正します。

890リリカル名無しStrikerS:2011/02/04(金) 23:30:18 ID:f0ESZohI0
ちょっと読み返していて気付いた点
本文に転移魔法陣が首輪を起点にしていると書いてありますが、人物ではなく場所を思い浮かべて転移した事例があります
例:キャロ→ゆりかご、キース・レッド→ベガルタ
だからそこ(>>873>>876の該当部分)は削った方がいいと思います

891 ◆19OIuwPQTE:2011/02/05(土) 00:36:06 ID:oQ7vN7Ns0
>>890
分かりました。
該当部分を修正後、仮投下・修正用スレへと投稿させていただきます。
ついでに、見つけた誤字等の修正も一緒に。

892 ◆Vj6e1anjAc:2011/02/15(火) 21:00:14 ID:1IH4IKEM0
それでは皆様、お待たせしました。
これより最終回を投下しようと思います。

893魔法少女、これからも。 ◆Vj6e1anjAc:2011/02/15(火) 21:01:07 ID:1IH4IKEM0
 仄暗い洞窟の足元で、ぼんやりと光る金の照明。
 岩肌が露出した壁とタイル張りの床の、異質にして不釣り合いなコラボレーション。
『――なるほど。そのために私を呼びつけたというわけか』
 そんな空間の只中で、にぃ、と口元を歪ませながら、一人の男がそう言っていた。
 紫の髪を肩まで伸ばし。
 金の瞳を爛々と光らせ。
 化学者の白衣を翻し、不敵に笑う男だった。
「貴方に拒否権を与えるつもりはないわ、ジェイル・スカリエッティ。
 長生きしたいのならその技術を、私のために役立てなさい」
『とんでもない。むしろ大歓迎だよ』
 モニター越しに向けた脅迫にも、物おじすることなく、返す。
 画面を隔てて男と向き合うのは、黒髪と黒いドレスの妙齢の女。
 どこか人を小馬鹿にしたような、薄っすらと喜色の滲んだ金眼とは違う。
 他者を威嚇し威圧する、凄みのこもった紫の瞳だ。
 男の立つラボから遠く離れた、遥か異界の地からの遠距離通信でありながらも、
 そこから放たれるプレッシャーは、決して衰えることはないだろう。
 大の大人であろうとも、一目で竦ませるであろうほどの気迫。
『君の提示したプランは、私にとっても魅力的な内容だった。
 人間・人外を問わずランダムに集めた、60の生命の殺し合い……
 そうした極限状態において、全く見ず知らずの人間達が、いかな交流を見せてくれるかというのは、
 生命科学の見地からしても、非常に興味深いサンプルになり得る』
「それは心理学の領域ではなくて?」
『一つの視野から世界を読み解くというスタンスは、既に時代遅れだということさ』
 機械工学と生命科学のミックスが、戦闘機人を生み出したように。
 女の凄みをその身で受けながら、しかし白衣の男は恐れない。
 微塵も表情を変えることなく、薄い笑みすらも浮かべながら、つらつらと饒舌に言葉を重ねる。
「……まぁいいわ」
 不快感を覚える気にも、怒りに震える気にもなれず。
 ふぅ、と呆れのこもった溜息をつきながら、女はぽつりとそう答えた。
「必要なものの詳細は追って伝える。そう長くかかることもないだろうから、それまで待っていなさい」
 そしてその言葉を最後にして、長距離通信のスイッチを切る。
 相変わらず、相手にしていると疲れる男だ。
 そんなことを思いながら、女は椅子の背もたれに身を預けた。
 ドクター・ジェイル・スカリエッティ――お互いが指名手配犯になる前に、何度か顔を合わせたことのある男。
 アルハザードの生命技術の寵児にして、彼女にアルハザードの存在を信じさせた男。
 あれはあれで純粋な奴だ。
 生まれながらに与えられた探究心に、愚直なまでに忠実でいられるその姿勢には、
 同じ技術者として一種の尊敬すら覚える。
 見返りさえ与えれば言うとおりに動く――まさに今回の実験には、うってつけの人材であると言えるだろう。
(でも、万一ということもある)
 内心でそう呟きながら、女は端末のキーボードへ向かった。
 確かに彼の技術力と探究心は、今回の実験において多いに役立つ。
 しかしだからといって、それが全幅の信頼を寄せていいということには繋がらない。
 でなければ、法の束縛を嫌って管理局に反旗を翻し、法を乗っ取ろうとしたことの説明がつかない。
 あれの純粋さは時として危険だ。
 どこかで方向性が食い違ったり、別の目標を見つけでもしたら、即座に手を切られるだろう。
(そうなった時のために、手を打っておくに越したことはない……か)
 裏切られたまま終わるのは癪だ。
 黙ってとんずらされるのは御免だ。
 モニターを見つめるプレシア・テスタロッサは、組み立て途中だったプログラムを呼び出し、指先でキーボードを叩いた。

894魔法少女、これからも。 ◆Vj6e1anjAc:2011/02/15(火) 21:01:39 ID:1IH4IKEM0


 バトルロワイアル2日目、午前6時。
 プレシア・テスタロッサの実験場は、日の出を迎えると同時に崩壊した。
 ジュエルシードのエネルギーを用い、闇の書が術式を実行することで構成されていた結界は、
 それらの制御を失うことによって自然消滅。
 行き場を失った莫大な魔力が引き起こすのは、次元震にも匹敵する大爆発。
 森が、街が、海が、死体が。
 9キロメートル四方のフィールド内の、ありとあらゆる物質が、極光と轟音の中へと消えていく。
 まさに阿鼻叫喚の地獄絵図だ。
 天地創造のビックバンと呼んでも、過言ではないほどの光景だった。
 それほどの劇的な破綻と共に、30時間に及んだ殺人遊戯は、遂にその幕を下ろしたのであった。

 忘れられた地、アルハザード。
 あらゆる生命体が死滅し、遺跡と残骸のみを残した無人世界は、今や灰色の土煙に覆われていた。
 未だ遠く響く地鳴りと、焦土を逆巻かせる風の音。
 世界に満ちていた戦いの音も、世界に生きていた命の声もなく。
 60人の戦いも、大魔導師の暗躍も、一切全てをぬぐい去って、再び静寂を取り戻した。
 管理者が消え、参加者が皆死に絶えた今、アルハザードは元の無人世界へと戻ったのである。

 だが、しかし。

「――急速浮上!」

 瞬間、爆音が大地を揺るがした。
 灰色の沈黙を破り裂き、生者の怒号が木霊する。
 炸裂の地鳴りをも塗り潰し、エンジンの激音が世界を満たす。
 死の灰を引き裂き振り払い、現れたのは一隻の戦艦。
 絢爛の黄金と高貴の紫――ツートンに塗られた鋼の箱舟が、大地と大気を切り裂いて、轟然と天空へ舞い上がった。
 その名を、聖王のゆりかご。
 遥か遠きベルカの時代、史上最強の生体兵器・聖王を乗せて世界を制した、超弩級魔導戦艦である。
 そして王者の舟のブリッジに、腰を預ける者が1人。
 現代に遺された聖遺物より生まれ、レリックの力と共に蘇った、最後の聖王の写し身・ヴィヴィオ。
 母と慕った栗毛の女と。
 女の慕った金髪の男と共に。
 聖王の名の後継者は、バトルフィールドの大破壊から、見事生還してみせたのだった。

「何とか、生き残れたみたいだね……」
 ぱらぱらと土くれの舞う窓外を見ながら、高町なのはが呟いた。
「……よし、これなら航行には問題なさそうだ。さすがは古代ベルカ最強の戦艦といったところかな」
 ふぅ、と安堵の息をつきながら、ユーノ・スクライアが相槌を打つ。
 かつてのJS事件において、その最終決戦の舞台となった、聖王のゆりかごの玉座の間。
 エースオブエースと謳われたなのはと、聖王の血を覚醒させたヴィヴィオが、悲しくも激しい決戦を繰り広げた場所だ。
 しかし今のこの場所に、戦いの火花と涙はない。
 刃を交えた母と娘は、今は互いに手を取り合って、この巨大戦艦を浮上させ、殺戮劇から生還した。
 役者はほとんど同じでありながら、全く違う想いを乗せて、聖王のゆりかごは飛翔していた。
「ルーテシア……」
 それでも、誤魔化しきれない怨嗟の痕は、消えることなく残り続ける。
 なのはの視線の先にあったのは、無造作に転がった少女の首。
 ルーテシア・アルピーノ――幼い蟲使いの召喚師の亡骸だ。
 そして視線をその脇へ向ければ、もはや原型が分からぬほどに損壊された、ぐちゃぐちゃの肉塊が放置されている。
「……片方はキャロの。奥には、もう1人のフェイトママの死体もある」
 沈痛な面持ちで呟いたのは、玉座に腰を預けるヴィヴィオだった。
 この艦内に転がる死体の中に、彼女が殺めたものは1つもない。
 それでも、その全てが自分のすぐ傍で喪われた命で、キャロに至っては、死後自分が蹂躙した死体だ。
 無力な自分が救えなかった命。
 あの悲劇の舞台で喪われた命。
「本当なら、死んでしまうこともなかった命なのに……」
 素直に脱出を喜ぶ気にはなれなかった。
 結局生き残ることができたのは、ヴィヴィオを含めても3人だけ。
 アリサ・バニングスを含んだ、58人もの命が、救われることなく消えてしまったのだ。
 これだけ生き残れたのではない。
 これだけしか救えなかったのだ――弱い自分は。

895魔法少女、これからも。 ◆Vj6e1anjAc:2011/02/15(火) 21:02:34 ID:1IH4IKEM0
「……確かにこの戦いでは、あまりに多くの命が喪われてしまった」
 少女の悼みに割って入ったのはユーノだ。
「それでも……だからこそ、生き残った僕達は、生き延びて責任を果たさなくちゃいけない。
 時空管理局に帰って、この事件のことを報告して……何としても、犯人達を捕まえなくちゃならないんだ」
 デスゲームの中断――そんな事態になった以上、恐らくプレシア・テスタロッサは、既にこの世にはいないのだろう。
 それでも、まだ全てが終わったわけではない。
 恐らくは彼女に肩入れし、そして彼女を廃除して、まんまと逃げおおせたスカリエッティがいる。
 彼らを逮捕しない限り、この事件は終わらない。
「だから僕達には、くよくよしている暇なんて、ないんだよ」
 そう、強く締めくくった。
 それがこの悲しい事件の中で、散っていった数多の命への、せめてもの手向けになるのなら。
 絶望と悲嘆の重みでうつむいて、後悔に縛られるわけにはいかないのだ。
 生きることが戦いならば。
 この身が生き続ける限り、戦わなくてはならないのだ。
「……分かりました」
 まだ、完全に本調子になったわけではない。
 それでもヴィヴィオの返事には、いくらか覇気が戻っていた。
 そしてそれを見やる母親の顔には、柔和な笑みが浮かんでいた。
「さてと! それじゃあ早速、私達の世界へ戻らないとね」
 一声で気持ちを切り替えて、なのはが今後の方針に触れる。
「うん、そうしよう」
 現状のコンディションと装備では、脱出した主催者達を追いかけるのは不可能だ。
 故に現在優先すべきは、手近な管理世界への帰還。
 ジェイル・スカリエッティの居場所を突き止め逮捕するのも。
 並行世界を渡り、それぞれの世界へと帰る手段を探すのも、全てはそれからになるだろう。
「でも、ちゃんと帰れるのかな……? このゆりかごだって、エネルギーがもつかどうか……」
 弱気な疑問を口にしたのはヴィヴィオだ。
 確かに、彼女の不安にも一理ある。
 これまでありとあらゆる観測を逃れてきた、次元世界の最果て・アルハザード。
 それほどの深淵から、オリジナルよりも小柄なこの艦が、果たして抜け出せるかどうか。
 ひょっとすれば、ミッドチルダまで燃料がもたず、途中で止まってしまうかもしれない。
「その時はその時だよ、ヴィヴィオ。
 悩んでも事態が解決するわけじゃないんだから……だったら、まずは行動してみないと」
「そうか……そうだよね。分かったよ、なのはママ」
 なのはの言葉に同意し、頷く。
 確かにここで悩んでいたところで、状況が好転するはずもない。
 それに運がよければ、動力を分けてもらえるような世界までなら、辿りつくこともできるかもしれない。
 どれだけ時間がかかろうとも、最悪辿りつけなくとも、
 それでも、まずは試すこと。この場で一番大事なのは、それだった。
「……それじゃあ、次元航行に入ります! 転移先をミッドチルダに指定……」
 各種計器を操作し、ゆりかごを潜航態勢へと移行させる。
 実際に自分で操るのは初めてだったが、それでも操作はスムーズに進む。
 やはり、この艦は聖王のためのものだということか。自らに流れる血に感謝した。
 ともあれ、これで準備は完了だ。
 これでようやく、このアルハザードから脱出できる。
 ミッドチルダへと帰還し、未来へと希望を繋げることができる。
「聖王のゆりかご、出港!」
 ブリッジに立つ若き聖王が、高らかに宣言した瞬間。
「待って! 航行システムに異常が……これは――――――ッ!?」

896魔法少女、これからも。 ◆Vj6e1anjAc:2011/02/15(火) 21:03:39 ID:1IH4IKEM0


 時の庭園、プレシアの部屋。
 主の遺体は片付けられ、乗っ取った者達も撤退し。
 殺し合いを支配すべきゲームマスターを失い、がらんどうになった司令室。
 薄暗いその部屋の中で、コンピューターのモニターだけが、淡い光を放っていた。
 使用する意味も意義も失い、電源を落とされたはずの端末が、微かな機械音と共に起動している。
 表示されたデスクトップに、展開されていたのは2つのウィンドウ。

 1つのウィンドウに映されたのは、「緊急転送システム」なるものの、実行完了を伝えたメッセージ。
 そしてもう1つに映されたのは、「脱走妨害システム」なるものの、実行開始を伝えるメッセージ。

 なのは達を襲った異変は、それらのうち後者によるものだった。
 参加者達に逃げられるという、最悪の状況を考慮したプレシアは、
 実験場の周囲一帯を、巨大な転送妨害フィールドで覆っていたのである。
 外からの侵入をも防止できるほどのものではない。リインフォースの侵入を許したのはそのためだ。
 しかし内側からの脱出に対しては、たとえそれが誰であろうとも、例外なく牙を剥くように設定してある。
 ここから出ようとした者は、その制御を狂わされ、周辺の辺境世界へと投げ出されるという寸法だ。
 あとは野となれ山となれ、のたれ死ぬのが関の山。
 それが脱走妨害システムの全容だった。

 そしてもう1つの、緊急転送システムは――それはまた、別の機会に語られることになるだろう。

897魔法少女、これからも。 ◆Vj6e1anjAc:2011/02/15(火) 21:04:34 ID:1IH4IKEM0


 どこまでも続く、水平線と地平線。
 それを遮る人工物は、二元の世界には存在せず。
 ただ荒涼としたサバンナと、底抜けに青い空だけが、延々と続いていく世界。
 その中にいくつかの木があって、少し遠くには川が見えて。
 本当にただそれだけの、未開の土地とでも言うべき世界。
 そんな風景の只中に、1つだけ場違いな物体が存在した。
 もうもうと煙を上げながら、その鈍色の巨体を横たえるもの。
 ひしゃげた鋼鉄の翼から、ぱちぱちと電流火花を舞わせるもの。
 それはかのナンバーズ達を乗せた、時の庭園の脱出艇。
「参ったわね。スラスター全基損傷……このままじゃ転移し直すこともできないわ」
 そしてその操縦席で、金髪の戦闘機人・ドゥーエが、がっくりとした声音を発していた。
 窓に映る天井の太陽を、疎ましげな眼光と共に、睨む。
 まったくもって暑苦しい光だ。苦労しているこちらの気も知らないで、と。
「……こっちも駄目。何が起こったのかは知らないけれど、ドクターからの応答がない」
 通信機に向かっていたのは、ナンバーズ12姉妹の長姉・ウーノだ。
 苦々しげに呟きながら、通信モニターのスイッチを切る。
 一流企業の社長秘書を思わせる、鉄壁のクールビューティーも、この状況には弱り切っていたらしい。
「姉様方、一体何が起こったのですか」
 ぷしゅっ、という軽い音と共に、後方の自動ドアが開いた。
 操縦室に入って来たのは、桃髪の戦闘機人・セッテ。
 そしてその後ろには、オットーとディードの双子も続いている。
「プレシア・テスタロッサにしてやられたのよ。私達は妨害プログラムに弾かれて、未開の世界へ不時着したの」
 創造主を連想させる金眼を細めながら、妹の問いに答えるウーノ。
「妨害プログラムに……? 何故僕達の脱出艇が?」
「プレシアによる承認がなければ、勝手に出られないようになっていた、ってことね。
 あの女……私達が勝手にとんずらする可能性を、予め読んでいたのよ」
 ボーイッシュなオットーの疑問に、ドゥーエが続けた。
 彼女らナンバーズの脱出艇もまた、プレシアの残した脱走妨害プログラムによって、辺境世界に飛ばされていたのだ。
 ある意味で敵と呼んでもいい、参加者達の脱走を阻害するためのプログラム――それに引っ掛かったということは、
 戦闘機人の姉妹達もまた、味方として見なされてはいなかったということか。
「いずれにせよ、このままでは帰還するのは不可能よ。整備部品は足りないし、あとはドクターに救援を求めるしか……」
「それも繋がらないんじゃねぇ」
 あくまで平静を装おうとするウーノに、おどけた様子で肩を竦めるドゥーエ。
 次女の態度とは裏腹に、彼女らの置かれていた状況は切迫していた。
 不時着の際の衝撃で、ナンバーズを乗せていた脱出艇は、航行能力を失ってしまったのだ。
 積み荷や乗組員に被害が出なかったのは幸いだったが、これでは元の世界に帰れない。
 こんな原っぱのド真ん中に、脱出艇を修理するためのパーツがあるはずもない。
 おまけに迎えを頼もうにも、スカリエッティとの通信は繋がらないときている。
 まさに八方塞がりだ。このままでは野垂れ死にを待つだけだった。
「そんな……」
 感情の希薄なオットーにも、さすがに危機感はあるらしい。
 無表情な顔立ちに、微かな焦りが浮かんでいた。
「――姉様方、あれを」
 その時だ。
 ナンバーズの末妹・ディードが、窓外の景色を指差したのは。
 人差し指の向こうには、遥か遠い地平線。
 しかしその空の色は、一瞬前とは大きく異なっていた。
 青一色だったはずの空の中に、漆黒の穴が開いていたのだ。
「あれは、次元航行艦の転送ゲート……?」
 我知らず、ウーノが呟いていた。
 あれは次元航行に入っていた艦船が、次元世界にワープアウトする際に開かれるワームホールのはずだ。
 ということは、何かしらの舟が、この世界へと降りてくるということである。
 スカリエッティのよこした迎えだろうか? 否、それでは通信が繋がらないことに説明がつかない。
 第一、向こうから舟がやって来たにしては、到着時間が早すぎる。
 ならば一体どこの舟が、何の目的でこんなところに――?
「!」
 次の瞬間。
 金色と紫でペイントされた戦艦が、勢いよく草原に放り出された。

898魔法少女、これからも。 ◆Vj6e1anjAc:2011/02/15(火) 21:05:23 ID:1IH4IKEM0
「ウーノ、あれは……!」
 現れた舟を指差して、狼狽気味にドゥーエが言う。
 地鳴りと土煙を引き連れて、豪快に大地を滑る金の煌めき。
 皆まで言わずとも理解している。あんなフォルムとカラーリングの戦艦など、他に見覚えがあるはずもない。
「会場に設置されていた、レプリカのゆりかご……ということは、参加者の生き残りが?」
 考えられる可能性が、それだった。
 今まさに目の前に不時着したのは、デスゲームの会場に用意された聖王のゆりかごだ。
 模造品であるとはいえ、極限まで本物に似せて造った代物である。
 会場で起こると予想された大崩壊に耐えたとしても、十分に頷けるだろう。
 自分達と同じように不時着してきたということは、やはり生き残った参加者が、あれで脱出を図ったのだろうか。
「チャンスです、姉様。あのゆりかごを奪えば、ドクターの下へ帰還することができます」
 冷静に言い放ったのはセッテだった。
 なるほど確かに、その通りだ。
 今まさに静止した聖王のゆりかごは、特に目立ったダメージもなく、その威容を周囲に振りまいている。
 恐るべくはその堅牢性――だが今はそれが僥倖となった。
 あの程度の損傷ならば、ゆりかごは再度の次元航行にも、問題なく対応しうるだろう。
「そうね。中に乗っている連中も、とっくにボロボロになっているはず……」
 にぃ、と冷酷な笑みを浮かべて、ドゥーエが舌舐めずりするように言った。
 次元航行艦を乗りこなしているということは、
 恐らく生き残ったのはあの3人――ヴィヴィオ、高町なのは、ユーノ・スクライアと見て間違いないだろう。
 だとすれば、倒すのは容易だ。
 彼女らは度重なる戦闘によって、著しく体力を消耗している。
 この場に揃った3人の最後発型ナンバーズと、残存するガジェットドローン達で対処可能。
 であれば、この場では強硬策こそが最善策だ。
「……分かったわ。全ガジェットを動員する。セッテ、オットー、ディード――貴方達も行きなさい」

「いたた……」
 壁で打った頭を押さえ、ユーノはうつ伏せの身体を起こす。
 一体何があったのだろう。
 アラートが発生したかと思えば、突然とてつもない衝撃が襲ってきて、今になってようやく治まったのだ。
 外の風景もプラズマの光で、一瞬前まではとても見れたものではなかった。
 ひとまず艦内の端末を呼び出して、被害状況を確認する。
 どうやら装甲へのダメージはほとんどなかったらしい。つくづく怖ろしいほどの耐久性だ。
「ユーノ君、ここは一体……」
 どうやらなのは達も気がついたらしい。
 倒れていた身を起こし、モニターで外の様子を確認している。
 彼もそれにならって、外部カメラの映像を呼び出した。
 画面一面に広がるのは、見渡す限りの大平原――とてもじゃないが、ミッドチルダとは思えない。
「どうやらさっきので制御が狂って、別の世界に投げ出されたらしい。
 ……多分、アルハザードからそう離れていないとは思うけど」
 一応起こったことがことなので、次元航行を司るシステムをチェック。
 特に問題は見受けられなかった。であれば、原因は内部の故障ではなく、外部からの干渉だったのだろう。
 となるとあのプレシアが、脱走者が出たことを想定して、元の世界へ帰らせないようにと仕掛けた罠だったのだろうか。
 いずれにせよ、再度のワープが可能なのは幸いだった。
 少々駆動系にダメージが及んでいたが、操縦者を乗せたゆりかごは、自己修復機能を発揮できる。
 少しばかり時間をかければ、再び飛び立つことは容易かった。
 ならば当面は、修復完了までしばらく待機ということに――
「! なのはママ、ユーノさん、あれっ!」
 その、瞬間。
 不意にヴィヴィオの放った声が、頭上から鼓膜へと突き刺さった。

899魔法少女、これからも。 ◆Vj6e1anjAc:2011/02/15(火) 21:06:38 ID:1IH4IKEM0
 刹那、玉座の間に巨大なモニターが投影される。
 どうやらヴィヴィオが呼び出したものらしい。彼女の尋常ならざる気配につられ、反射的に目を向けた。
 そこに映し出されていたのは、先ほど自分が見たのと同じ外の光景。
 決定的に違っていたのは、そこに無数の機影があったことだ。
「あれは、ガジェットドローン……!」
 大量の機動兵器を前に、なのはが驚愕も露わに呟く。
 確かその名は、スカリエッティの操っていた、無人兵器の総称だったはずだ。
 であればあれを操っているのは、あのデスゲームの主催者達ということか。
「……後方に、チンクと同じ衣装の人間が3人。さらにその後ろには輸送艇が見える。
 あの損傷では次元航行は無理だ……恐らくこのゆりかごを、足にするために奪おうとしているんだろう」
 望遠映像を呼び出しながら、ユーノが言う。
 主催者であるはずの彼女らが、何故自分達と同じように、この世界へと漂着していたのかは分からない。
 ひょっとしたらプレシアとの間に、自分達の知らない何かがあったのかもしれない。
 だが、そんなことを考えている暇はなかった。
 このままでは、自分達はゆりかごから引きずり降ろされ、命を奪われてしまうだろう。
 ならば、大人しくやられるわけにはいかない。
 ここまで生き残った自分達には、生きて帰って、なすべきことをなす義務があるのだ。
「戦おう、ユーノ君!」
 声に出して言い放ったのは、白いバリアジャケットのエースオブエース。
 漆黒のレイジングハート――ルシフェリオンを、油断なく構えながらなのはが言った。
 当然、異論などあるはずもない。無言でなのはに頷き返すと、ユーノもアスクレピオスを起動させる。
「ヴィヴィオはここに残って、自己修復機能を維持していてて。外の敵は、私達が迎え撃つから」
「分かった。生きて帰ってきてね……なのはママ、ユーノさん」
 ヴィヴィオの声に、頷き返す。
 現状最も体力が温存されているのはヴィヴィオだ。
 しかし彼女がこの場を離れれば、ゆりかごはその機能を停止させてしまう。
 どちらにせよこちらはボロボロなのだ。優先事項が元の世界への帰還であることに変わりはない。
 故にここはヴィヴィオを後方へ下げ2人で打って出ることにした。
「それじゃあ行こう、なのは!」
「うん!」
 共に互いの武器を構え、玉座の間から駆け出していく。
 これが最後の戦いだ。
 このバトルロワイアルの場においては、この一戦こそが締めくくりとなる。
 必ずゆりかごを守り抜かなければ。
 そう固く心に決め、アスクレピオスの手のひらを握りしめた。



 先行したガジェットの軍団が、聖王のゆりかごへと向かっていって。
 3人組の妹達が、それを追うように出撃して。
 高町なのはとユーノ・スクライアの2人が、彼女らを迎え撃つために出てくる。
「聖王陛下サマは出てこないのね」
 ドゥーエは脱出艇の操縦席につき、その光景を頬杖をつきながら眺めていた。
「出せないのよ。ゆりかごのシステムは、彼女の生命反応がなければ機能しないから」
「それもそうか」
 どうやら敵はこちらの逮捕よりも、ゆりかごによる逃走を優先させるつもりらしい。
 なるほど、あのボロボロな状態ならば、その方が賢明な判断か。
 ウーノの返事を耳に入れながら、ぼんやりとそんなことを考えていた。
 その傍らで長女の五指は、せわしなくキーボードを叩いている。
 戦況に応じてガジェットのAIを書き換え、戦術をリアルタイムで変更しているのだ。
 さすがに何百何千という機体を動かすのは無理だそうだが、これくらいならばギリギリ許容範囲とのこと。
「……ま、せいぜい高見の見物でもさせてもらおうかしら」
 言いながら、ドゥーエは両手を後頭部で組み合わせた。
 今の彼女に仕事はない。せいぜいスカリエッティとのコンタクトを試し続けるくらいだ。
 戦闘能力に乏しく、ウーノ程のスキルもない隠密型には、できることなどさしてないだろう。
 今回の仕事は、プレシアを刺し殺しておしまいか。
 そんな暢気なことを考えながら、未だ返事をよこさない、通信画面を見つめていた。

900魔法少女、これからも。 ◆Vj6e1anjAc:2011/02/15(火) 21:07:34 ID:1IH4IKEM0


「はあぁぁぁぁーっ!」
 女の叫びが戦場を揺らす。
 女の右手が風を切り裂く。
 妖しく煌めく太刀筋が、緑色の軌跡を描いた。
 轟――鳴り響くは破壊の咆哮。
 刀身から放たれた莫大な妖気が、無数の敵機へと襲いかかる。
 爆散。爆裂。そして爆砕。
 まるで獣の軍勢だ。鉄の軍勢を噛み砕き、飲み込み蹂躙する剣の波動を、エースオブエースはそう評していた。
「IS発動、レイストーム」
「!」
 上空より響く、声。
 程なくして天から殺到するのは、雲霞のごときレーザーの束。
 殺意を孕んだ光の嵐を、縫うようにしてかわしていく。
 白衣の女が天に向けるは、腰だめに構えた漆黒の杖。
「ディバィィィーンッ――」
 魔法の呪文を口にした。
 桜花の光が杖に宿った。
 己が身より湧き上がる奇跡の波動を、練り上げかき集め砲弾へと変える。
 魔力スフィアの照り返しを受け、バリアジャケットを輝かせる姿は、さながら神話に謳われた女神か。
「バスタァァァァァ―――ッ!!」
 それが奇跡の砲弾のトリガーだ。
 チャージされた桃色の魔力が、叫びと共に解放される。
 風を唸らせ、大気を焦がし。
 伝説の龍のブレスのごとく。
 膨大なエネルギーの奔流が、一条の光線となって発射された。
「っ……」
 目標には、当たらず。
 茶髪を短く切った戦闘機人には、しかし命中することなく。
 敵の射撃をことごとく飲み込み、天上高く放たれたそれは、虚空を穿つのみに留まった。
「アクセルシューター!」
 黒杖ルシフェリオンを振る動作に合わせ、魔力の宝珠が展開される。
 逃げるターゲットを追いかけるべく、10発の誘導弾を連続発射。
 反撃に放たれた緑の光雨は、自身がそうしたようにかわしていった。
 しかし半数が避け切れず、空中で相殺・四散した。
 そして残り半数も、横合いから飛んできたブーメランに、次々と叩き落とされていく。
「くっ……!」
 そして今度は、右脇からの強襲だ。
 弾丸のごとき速度で突っ込んでくるガジェットⅡ型を、右手の妖刀で叩き落とす。
 両断された残骸は、しばし虚しく宙を舞い、彼女の背後で爆発した。
 魔性の剛剣・爆砕牙を構え直し、女は態勢を立て直す。
「はぁ、はぁっ……」
 微かに息を荒げながら、エースオブエース・高町なのはは、次なる敵機へと魔力弾を放った。
 今の彼女の戦闘スタイルは、爆砕牙とルシフェリオンの二刀流だ。
 そうでもして立ち回らなければ、とても手数が足りなかった。
 恐らくフィールドから出たことで、能力制限から解き放たれたのだろう。
 あのアルハザードを脱出してから、魔法の調子は元に戻っていた。
 しかし、もはやその程度の条件では、余裕を取り戻すには至れないのだ。
 日付が変わってからの6時間の中で、なのはは二度もの激戦を繰り広げていた。
 呪われし魔剣を携えた、異世界の八神はやてとの苦闘。
 最強の不死者を自負していた、コーカサスアンデッドとの死闘。
 立て続けに行われた戦いは、なのはの魔力と体力を、極限まで奪い取っていたのだ。
(このままじゃジリ貧だ……!)
 眼下のユーノを見やりながら。
 焦りの冷や汗を浮かべながら。
 放たれるガジェットのレーザーを、プロテクションの光で防いだ。
 双剣の機人を相手取る彼も、どうにか防衛線を築いてはいるが、
 恐らくは自分同様、かなり厳しい戦いを強いられているだろう。
 疲労は鎖となって四肢に付きまとい、負傷は体力を五体から削ぎ落とす。
 本来なら楽勝であるはずのガジェットとの戦いが、今はどうしようもなくキツい。
 そこに3体ものナンバーズだ。勝算の有無は、火を見るよりも明らかだった。

901魔法少女、これからも。 ◆Vj6e1anjAc:2011/02/15(火) 21:08:12 ID:1IH4IKEM0
「っ!?」
 その瞬間、背後より襲いかかる気配。
 反応した時には既に遅かった。
 極限状態に追いつめられたなのはは、それほどまでに判断力を削られていた。
 触手のごとく迫るのは、ガジェットⅠ型の真紅のコード。
 総勢4機の鉄の機影が、純白の四肢へと絡みつく。
「くぅっ……!」」
 無人兵器の金のモノアイが、視界の片隅でちかちかと光る。
 ぎりぎりと込められる圧力が、女の手足の自由を奪う。
 利き腕でない方の右手から、爆砕牙がすり抜けるようにして落ちた。
 両手両足を縛られたなのはは、空中で大の字になって拘束されていた。
「なのは! うわっ……!」
「ユーノ君っ!」
 眼下から響いてきた悲鳴に、弾かれたようにして視線を向ける。
 地上を見れば、ガジェットの一斉砲火を喰らったユーノが、後方へと吹っ飛ばされる姿が目に移った。
 そしてそこへと迫る追撃の影。
 茶髪の少女の振り上げる双剣と、桃髪の女が構えるブーメラン。
 このままでは彼が八つ裂きにされる――!
「っ……レイジングハート、ブラスタービット!」
 首から提げた愛機へと号令。
 同時に背後に顕現するのは、黄金に輝く4つの聖槍。
 レイジングハートの穂先を模した、合計4基の機動砲台が、なのはの背中から一斉に放たれる。
 斬――と触手を切り裂いたビットは、その勢いを保ったまま、ユーノの待つ地上へと飛び去った。
 天を舞い地へと迫る様は、さながら宇宙より降り注ぐ金色の流星。
 その先端より放たれるのは、彗星のごとく煌めく灼熱の砲火。
 どん、どん、どん、どん。
 連続して放たれた砲撃が、ディードとセッテの2人を牽制する。
《すまない、なのは》
 敵が後ずさった隙に、態勢を立て直したユーノから、なのはの脳へと念話が届いた。
《どういたしまして。それより、ユーノ君……》
《うん、思った以上に消耗が響いてる……このままじゃじきに押し切られるよ》
 聞くや否や、耳に飛び込んできたのは爆発音。
 先ほど放ったブラスタービットが、オットーのレイストームに撃ち落とされたのだ。
 ひび割れ傷ついたフォルムが、爆炎に呑まれ消えていく。
 その様はまさに未来の暗示だ。金の装甲に映ったのは、なのは自身の顔だった。
《……ユーノ君。ほんの少しの間でいいから、敵の戦闘機人を一か所に留められる?》
 故になのははそう切りだした。
 これ以上戦闘を長引かせるわけにはいかない。
 そうなれば我が身どころか、ヴィヴィオ諸共共倒れだ。
 この身に限界が来る前に、勝負をつけなければならなかった。
 この力が枯れ果てる前に、覚悟を決めなければならなかった。
《やってみせるよ。というか、ちょうど同じことを考えてたところだ》
《何だかんだ言って、考えることは一緒か》
《君の考えくらい分かるよ。お互い、付き合い長かったしね》
 くすり、と互いに苦笑を向き合わせた。
 こんな状況でも笑っていられるのは、暢気というか、何というか。
 まぁそれでも、そんな気分になってしまうのも仕方ない。
 今肩を並べて戦っているユーノは、異なる世界で生きてきた、それも4年も前の人間なのに。
 それでも心が通じ合うというのが、何だかおかしく感じられて、何だか暖かく感じられたから。
《――ヴィヴィオ、聞こえる?》
 さぁ、そろそろ始めよう。
 そのためにはもう1つだけ、条件を満たす必要がある。
 最後の準備を整えるべく、なのはは後方へと念話を飛ばした。

902魔法少女、これからも。 ◆Vj6e1anjAc:2011/02/15(火) 21:09:34 ID:1IH4IKEM0


「なのはママ……!」
 聖王のゆりかご、玉座の間。
 そこに1人残されたヴィヴィオは、苦闘を続ける魔導師の姿を、不安げな視線をもって見つめていた。
 ぐ、と手のひらを握りしめる。
 もどかしい。
 もっと早くゆりかごが直れば、彼女達を回収して逃げることができるのに。
 自分がここから離れられれば、飛び込んで共に戦うことができるのに。
 誰も死なせないと決めた誓いを、今の自分は果たせずにいる。
 事実は自責となって胸に刺さり、ヴィヴィオの心を苛んでいく。
 だが、それももうすぐ終わりだ。既にゆりかごの自己修復は、残り20パーセントを切っている。
 完全に修復が完了すれば、なのは達を助けに行ける――
《――ヴィヴィオ、聞こえる?》
 そこまで思考した、その瞬間。
 外の光景が大映しになったモニターに、新たなウィンドウが表示された。
 画面越しに伝わってくるのは、母なのはから届いた念話だ。
「ママ? どうしたの?」
 一体何があったのだろうか。まさか、何か悪い知らせでもあるのだろうか。
 嫌な予感を感じ取ったヴィヴィオは、おずおずとなのはに問いかける。
 その様子は幼子そのものだ。
 聖王モードと化したことで、大きく成長した姿には、ひどく不釣り合いな仕種だった。
《今、ゆりかごの修復率はどれくらい?》
「84パーセント……もうすぐ、また飛び立てるようになるよ」
《うん、ならいいんだ……いい、ヴィヴィオ? ゆりかごが飛べるようになったら、すぐにこの世界から離脱して》
「えっ……!?」
 一瞬、耳を疑った。
 目の前の顔が発した声を、言葉通りに受け止められなかった。
 世界が反転したかのような。
 天と地がひっくり返ったかのような、衝撃と虚脱感が襲いかかった。
 何だ、それは?
 この人は一体何を言っているんだ?
 すぐにこの世界から離脱? 馬鹿な。そんなことができるものか。
 それはつまり修理が終わったら、なのは達の帰還を待たず、即座に逃げろということじゃないか。
 冗談じゃない。それじゃあ筋が通らないじゃないか。
 みんなで帰ると決めたはずなのに、何故2人を見捨てなければならないのだ。
「なのはママ……それって、どういう……」
 軽い放心状態の中、何とかそれだけを口にした。
《残念だけど、ママ達はもう帰れないの……
 今ここで私達が、ゆりかごに戻るために後退したら、そのまま敵に押し切られちゃう。
 だから私達は、ヴィヴィオを無事に帰すために、敵を抑えておかなくちゃならない》
 理屈で判断するのなら、なのはの言うことはもっともだ。
 少しずつ減ってきてはいるが、それでもガジェットの数はまだ多い。戦闘機人に至っては、未だ3機とも健在だ。
 浮上時の無防備なところを狙われれば、所詮レプリカにすぎないゆりかごは、あっという間に攻略されてしまうだろう。
「そんな……そんなの駄目だよっ!」
 それでも、そんなものはあくまで理屈だ。
 理屈と感情は全くの別物だ。
 そんな事実を受け入れられるほど、ヴィヴィオは冷徹な人間ではなかった。
「ユーノさんや、なのはママを置いてくなんて……ママ達を守るって、決めたのにっ……!」
 涙がぼろぼろと溢れ出す。
 ルビーとエメラルドが水滴に滲む。
 オッドアイの両目から、とめどなく雫が込み上げてきた。
 もう少しで、手が届くのに。
 もう少しで、助けに行けたのに。
 それでも諦めなければならないのか。最愛の母を捨て置いて、自分1人だけで生き延びなければならないのか。
 そんな残酷な結論を、貴方は私に迫るというのか――!

903魔法少女、これからも。 ◆Vj6e1anjAc:2011/02/15(火) 21:10:36 ID:1IH4IKEM0
《――大丈夫》
 刹那。
 耳を打った、母の声。
 今まで自分を支えてくれた、優しくも力強いエースの声。
 今まで自分を愛してくれた、慈愛に満ちたなのはの声だ。
《ヴィヴィオは、私に言ってくれたよね。ひとりで立って歩けるって……私みたいに強くなるって》
 画面に映った母の顔は、これまで見てきたどの顔よりも、優しく穏やかに笑っていた。
 この戦乱の最中にありながら。
 まるで戦闘などなかったかのように。
 画面越しの高町なのはは、何度となく惹かれたその笑顔を、涙するヴィヴィオに向けている。
《だから私は、ヴィヴィオに“これから”を託せるの。
 ひとりでも歩いていけるって……強く優しくなるって信じてるから、ヴィヴィオを送り出していけるんだよ》
 生まれて初めて巡り会った、自分に優しくしてくれる人。
 生まれて初めてこうなりたいと思えた、誰よりも強く立派な人。
 生まれた時からずっとずっと、私を支えてくれたなのはママ。
 生まれた時からずっとずっと、私を愛してくれたなのはママ。
《だからお願い。ヴィヴィオだけは生き延びて。
 この事件に巻き込まれた、全ての人達が生きた証を、生きて帰って、みんなに伝えて。
 きっとそれが私達の――生きた証になるはずだから》
 ああ、ずるいなぁ。
 そんな笑顔を向けられたら、断るに断れなくなってしまう。
 もうどんな反論も無駄なのだと、思い知らされてしまうじゃないか。
「……うん……」
 高町なのはの最大の強さは、圧倒的な大火力でも、堅牢無比の防御力でもない。
 自分がこうと決めたなら、最後までその道を貫き通す、決して折れない不屈の心だ。
 そのなのはママが心に決めた想いを、誰かに止められるはずもない。
 そのなのはママが心に抱いた願いを、誰かが止めていいはずもない。
「約束するよ……必ず、生きてミッドチルダに帰るって……みんなが生きてきた証は……絶対に無駄にしないって」
 改めて、誓いを口にした。
 貫き通すと決めた想いを、声に出して宣言した。
 それが高町なのはにとって、せめてもの救いとなるのなら。
 それが高町なのはにとって、一番の報いになるのなら。
《ありがとう――》
 最高の笑顔をその顔に浮かべて、ヴィヴィオの愛したなのはママは、モニターの上から姿を消した。



 願いは伝えた。
 想いは届けた。
 これでいい。思い残すことはなくなった。
 これでもう何も怖くない。
 どんな戦いであろうとも、迷うことなく飛び込んでいける。
 たとえこの身体が朽ち果てようとも、一切の後悔を抱くことなく、この身を捧げることができる。
 この身がこの地に眠っても、その魂は死ぬことはなく。
 受け継いだあの子が生きる限り、永遠に生き続けるだろう。
《……いくよ、なのは》
 ああ、なんてことだろう。
 今にも死んでしまいそうなほど、身体中が軋んでいるのに。
 命を投げ出すような作戦に、身を投げ込もうとしているのに。
 この殺し合いで多くを喪ったあの子の背中に、自分の死すらも背負わせようとしているというのに。
《うん》
 私は今――この上なく幸せに感じてしまっているのだ。

904魔法少女、これからも。 ◆Vj6e1anjAc:2011/02/15(火) 21:11:32 ID:1IH4IKEM0


(何をする気なんだ、あれは?)
 内心でオットーが訝しがる。
 高町なのはが奇妙な行動に出たのは、ちょうどこの瞬間だった。
 これまで戦闘行動を続けていた、白いバリアジャケットの魔導師が、突如高度を上げ始めたのだ。
 高く、ただ高く。
 上へ、上へと飛んでいく。
 ちょうど今まさに彼女と戦っていた自分の、およそ倍の高度まで上がったところで、彼女は静かに停止した。
 分かっているはずだ。
 そんな高度に敵はいないということも。
 そんなことに意味はないということも。
 ならば何故、そこまで飛ぶ?
 ゆりかごを守らなければならないこの状況で、何故戦場からわざわざ遠ざかる必要がある?
《まずいわね……彼女、集束砲のチャージを始めるつもりだわ》
 その疑問は即座に氷解した。
 己が身体に組み込まれた無線に、ウーノが通信を入れてきたからだ。
 なるほど確かに、それならばあの行動にも合点がいく。
 強力な魔法のチャージを行う際、その術者は完全に無防備になる。
 敵の攻撃を逃れるために、射程外へ退避したというのなら、合理的だと言えるだろう。
《撃ち落としなさい。あれを撃たせては駄目よ》
 言われるまでもない。
 恐らく敵はこの一撃で、一気にケリをつけるつもりなのだろう。
 もちろん、既に敵は虫の息だ。普通なら警戒する程の相手ではない。
 しかし不屈のエースオブエースは、普通の範疇に収まる相手ではないのだ。
 たとえ満身創痍の身体でも、あの集束魔法を撃たれれば、こちらもただではすまなくなる。
 そうなるのは真っ平御免だった。故にレイストームの照準を、天上のなのはへと合わせた。
 びゅん、と。
 両脇から2つの影が飛び出す。
 ツインブレイズを携えたディードと、ブーメランブレードを構えたセッテが、ターゲット目掛けて上昇する。
 そちらの思うようにはさせない。
 むしろ我々3姉妹の手で、逆に高町なのはに終止符を打ってやる。
「――ぐぅっ!?」
 刹那。
 ぐっ、と何かが食い込むのを感じた。
 弾幕を放とうとした自分の身を、何物かが強固に圧迫する感触を覚えた。
 これは一体何なのだ。攻撃を止めたのは一体何だ。
 己が身体を見下ろした先には、緑の光を放つ魔力の鎖。
「ぅっ……!」
「ガ……ッ!」
 うめき声が近づいてくる。
 近づいたと思えば遠ざかる。
 頭上へ飛んでいったはずのディード達が、眼下へ落ちていくのを感じた。
 そして自分自身もまた、地上へと急速に手繰り寄せられていった。
「おおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉーっ!」
 風圧の中で耳にしたのは、ユーノ・スクライアの放つ雄叫び。
 緑の鎖の正体は、彼の魔力によって形成された、拘束魔法・チェーンバインド。
 魔道の枷を嵌められた身体は、懸命な抵抗も虚しく地に堕ちる。
 ウーノやドゥーエの待つ脱出艇へと、身体が勢いよく放り出される。
《そんな……一体どこに、あれほどの力が……!?》
 驚愕も露わなウーノの声が聞こえた。
 それはオットー自身も感じた驚愕だ。
「逃がす、ものかぁぁぁぁっ!」
 何故あの男はこうまでやれる。
 とうに魔力の尽きかけた男が、何故こうまで強力なバインドを発動できる。
 考えられる可能性があるなら、それは火事場の馬鹿力。
 自身の生存を度外視し、生命維持に必要なエネルギーさえも、根こそぎ発揮したが故の力。
 こいつはそれほどの覚悟なのか。
 それほどまでに思い詰めて、これだけの力を発揮したのか。
「くっ……!」
 避けられない。
 身動きがまるでとれやしない。
 このままではあの一撃を喰らってしまう。
 このまま反撃ができなければ、高町なのはの本気の一撃を、まともにこの身に浴びてしまう。
 エースオブエースの必殺技が――集束魔法の一撃が、来る!

905魔法少女、これからも。 ◆Vj6e1anjAc:2011/02/15(火) 21:13:34 ID:1IH4IKEM0


「風は空に、星は天に――」
 ぽぅ、と輝く光があった。
 空に瞬く小さな光が、1つまた1つと浮かんでいった。
 夜空に煌めく星々のように、淡い光が天に浮かんで。
 夜空を駆ける流星のように、桜の光が天を走って。
 されど今は夜ではない。光の浮かぶ空は青く、天頂に座しているのは太陽だ。
 なればこそ、蒼天に煌めく星々は、自然の放つ煌めきではなく。
「――不屈の心は、この胸に」
 人の想いが手繰り寄せた、魔道の輝きに他ならなかった。

 円環をなすテンプレートが、天上を駆け廻り形を生む。
 青一色の大空へと、桜色のラインが刻まれていく。
 その円の中心にて脈動するのは、より強く大きな魔力の結晶。
 人が己の身より湧き立たせ、形を成した奇跡の力――超特大の魔力スフィアだ。
 光は全てを飲み込んでいく。
 暗黒のブラックホールのように、全ての光を取り込んでいく。
 高町なのはが繰り出した、幾多の攻撃魔法の桃の光も。
 ユーノ・スクライアが繰り出した、数多の防御魔法の緑の光も。
 この地の大気に漂っていた、様々な色の光でさえも。

 がしゃん、がしゃんと響く音。
 漆黒の杖に備えられた、カートリッジシステムの駆動音。
 鋼の弾丸に封じられた魔力が、コッキング音と共に解放される。
 この身の魔力は僅かしかない。一撃で勝負を決するためには、限界までエネルギーを取り込まねばならない。
 デイパックの中に貯め込んでいた、予備のカートリッジさえもロード。
 10発、20発と装填した弾丸が、己が身に魔力を注ぎ込んでいく。
「――――――っ」
 同時に五体を襲うのは、苦痛。
 このルシフェリオンに備わった機能が、見た目通りのものであるなら。
 10年前のレイジングハートと、寸分たがわぬ構造であるのなら。
 当時未成熟であったカートリッジ・システムは、術者の身体にも負担を強いる、諸刃の剣でもあるはずだった。
 数発ロードするだけでも、相当な苦痛を強いるものを、既に2桁も使っているのだ。
 その身にはね返る反動は、10年前の比ではなかった。
 狙いを定めようとするだけで、全身の関節が砕けそうになる。
 身体中の穴という穴から、鮮血がどくどくと溢れ出てくる。
 目の前は霞み、意識は揺らぎ、もはや足元すらもおぼつかず、地へと墜ちてしまいそうになる。

 それでも。
 だとしても。
 構うものか、と杖を握った。
 負けるものかと己を鼓舞した。
 どうせこの身はここで朽ちる。この一撃を放てば最期、高町なのはの肉体は、永遠に失われることになる。
 ならば、何を気にすることがあろうか。
 何を恐れることがあろうか。
 どうせ中途半端に痛むくらいなら、地獄の苦痛を味わってもいい。
 不発に終わるくらいなら、全力全開の覚悟で臨む。
 痛みと苦しみに震える手を、確固たる意志で構えさせた。
 血の涙が流れる双眸を、不屈の心で見開かせた。
 持てる力の全てを込めて、狙うべき標的を確かに見定め、脈動するスフィアを地へと向けた。

 轟――と。
 耳に入った爆音は、自身の放ったものではない。
 遥か眼下に身を横たえた、聖王のゆりかごの船体が、再び浮上を開始したのだ。
 まったく、妙にちょうどいいタイミングで浮き上がるものだ。
 ほんの少し、苦笑が漏れた。
 ならばそれも悪くない。
 この命の最期の一花を、愛娘に見せつけてやるのも悪くない。
 ああ、そうだ。そうしよう。
 これから放つ一撃を、彼女への餞別に捧げよう。
 この命の全てを燃やし尽くし、盛大な花火で見送ってやろう。
 それが母親としてしてやれる、最期のことであるならば。
 エースオブエースと謳われた己の、持てる力と誇りの全てを、この一撃に注ぎ込んでやる。

906魔法少女、これからも。 ◆Vj6e1anjAc:2011/02/15(火) 21:14:32 ID:1IH4IKEM0

「受けてみて」
 デバイスの非殺傷モードを解除。
 ありとあらゆるリミッターを解放し、星の光を最大限に高める。
 殺さずに捕えるという選択肢は、既に存在していなかった。
 眼下に拘束された者達は、どの道ミッドチルダへ連れて行くことはできない。
 余計な手心を加えていては、確実にヴィヴィオを守りきることはできないかもしれない。
 故に、一切の手加減はできない。彼女達には悪いとは思うが、目の前の標的は、ここで消す。
 長きに渡る戦いの果てに、最後にたどりついたのは。
 死と殺戮のゲームの中で、力強く否定し続けてきたはずの、殺意という名の意識だった。
「正真正銘――」
 それでも、それを悔やむつもりはない。
 後悔なんてあるはずがない。
 自分自身で選んだ道だ。
 他の誰でもない自分が選び、自分の手足で道を進み、自分の意志で示した選択肢だ。
 殺人の業は自分で背負う。
 自分で決めたことならば、自分で受け止めることができる。
 だから、この手を止めはしない。
 決して歩みを止めることなく、自分の道を貫いてみせる。
「――これが最後の、全力全開!」
 魔法の杖を高々と掲げた。
 決意の言葉を高らかに叫んだ。
 大気をも震わす桜花の光は、自身が最も頼りとする超新星の煌めき。
 管理局最強のエースとまで呼ばれた、高町なのはが思い描く、何物にも敗れぬ最強のイメージ。
 この身に宿す力を。
 この身が描く奇跡を。
 今、万感の想いと共に。
 揺らぐことなく駆け抜けた、不屈の誓いの名の下に。
 これが高町なのはの放つ、一世一代の輝きだ――!



「スターライトォォォ―――ブレイカアアァァァァァァァァ―――――――――ッッッ!!!」



 奇跡の名前を口にした。
 それが最後のトリガーだった。
 煌々と輝く極星は、引き金を引かれた弾丸は、遂に地上へと発射された。

 極限まで練り上げられた集束砲は、その軌道を微塵もぶれさせることなく、鮮やかな直線を描いて降下する。
 仮に彼方から見た者がいれば、それは美しき彗星として、その者の瞳に映るだろう。
 されどそこに込められた破壊力は、彗星と呼ぶにはあまりにも苛烈。
 目の前の大気の壁はぶち破った。
 目の前に漂う空気は焼き焦がした。
 必倒? 必殺? もはや必滅の領域だろうか。
 全天全地、三千世界の果てまでも、万象一切を滅ぼさんばかりの一撃は、さながら新星の大爆発。
 熾烈、激烈、そして猛烈。
 いかな形容詞を並べようとも、その本質には届かない。
 いかに言葉で言い表そうとも、その真実には至らない。
 宇宙創成の瞬間を、誰も見たことがないように。
 天地創造の大爆発を、誰も言い表すことができないように。

907魔法少女、これからも。 ◆Vj6e1anjAc:2011/02/15(火) 21:15:35 ID:1IH4IKEM0

 道理の通らぬことが起きた時、人はそれを奇跡と呼ぶ。
 道理を捻じ曲げてみせるからこそ、奇跡は奇跡として存在たりえる。
 故に幾千万の奇跡を束ね、一条の光へとまとめた波動は、
 地表へと着弾した瞬間、容易く世界の法則を捻じ曲げた。
 雲ひとつないサバンナの大地に、巻き起こったのは熱風の嵐。
 弾丸につきまとった衝撃波が、地表を舐め回し駆け廻り、獰猛な竜巻を形成する。
 サイクロンをなす熱風は、その場に在った一切を、瞬きの間に蒸発させた。
 無様に大地に横たわった、半壊状態の脱出艇も。
 血と肉と鋼を元に構成された、一騎当千の超人達も。
 超人達をも抑え込んでいた、魔性に輝く緑の鎖も。
 死を前に微笑みさえ浮かべていた、盾と結界を操る魔導師すらも。
 そこに善悪の区別はなく、有象無象の容赦もなく。
 全てが平等に公平に、極大の奇跡へと飲み込まれ、存在を無為へと掻き消されていく。

 どん、と爆発音が続いた。
 最初に悲鳴を上げたのは、ナンバーズの脱出艇の動力だ。
 スラスター周辺の故障により、容易く魔力の侵入を許したそれは、なす術もなく爆炎によじれた。
 続いて炸裂したものは、彼女らが運んでいた積み荷だ。
 プレシア・テスタロッサの研究成果には、当然ロストロギアの現物も存在する。
 言うなれば火事に晒されたダイナマイト。
 それが途方もないほどに、規模を拡大させたと考えればいい。
 アルハザードの技術によって、大量の魔力を蓄えた遺失物は、次々と大爆発を起こし消えた。
 激突が衝撃を巻き起こし。
 衝撃が新たな衝撃を呼ぶ。
 大地をめくり、岩盤を削り。
 無間地獄をも連想させる破壊の連鎖は、戦場一帯を丸々呑み込み、世界に巨大な風穴を開けた。
 見る者の網膜を、聞く者の鼓膜をも焼き切らんばかりの大爆発は、
 この文明なき辺境の世界に、深々とクレーターを刻んだのだった。

 目を覆いたくなるほどのカラミティが過ぎ去り。
 耳を疑いたくなるほどの静寂が訪れ。
 ぱらぱらと虚空を舞う桃色の残滓と、もうもうと立ち込める灰色の煙のみが、世界の全てを支配した頃。
 純白の装束に身を包んだ天使が、ゆっくりと戦場跡へ墜ちていった。
 ふわり、ふわりと風を掴み。
 重力が衰えたかのような緩慢さで。
 まるで桜の花びらのような、光の群れに包まれて。
 ぼろぼろに引き裂けた戦装束を、翼のように羽ばたかせながら、魔導師の成れの果てが地に墜ちていく。
 もう、何も残っていない。
 自らが生み出した弾丸は、自らの身体の力の全てを、根こそぎ奪い取ってしまった。
 天を掴む羽は実体を失い。
 地を貫く杖は身を砕かれた。
 もはや生きているのかどうかさえも、曖昧となった搾り滓が、ゆっくりと焦土へと向かっていく。



「……なのはママァァァァァァァ―――っ!!!」



 聞こえるはずのない声が、彼女の耳に届いた気がした。

 墜ちていく魔法使いの顔に、笑みが浮かんでいたような気がした。

908魔法少女、これからも。 ◆Vj6e1anjAc:2011/02/15(火) 21:16:52 ID:1IH4IKEM0


「やーれやれ、結局今回は出番なしか……」
 退屈そうな女の声が、薄暗い部屋にこだまする。
 無人となった時の庭園の、プレシア・テスタロッサの部屋。
 誰もいないはずのその部屋で、1人のうら若い女性が、大魔導師の椅子に腰かけていた。
「邪悪な魔女と化学者は、正義の味方に退治され、悪夢のゲームはめでたくおしまい……
 ……何となく嫌な予感はしてたから、元々目立たないようにはしてたんだけどねぇ」
 ぐわん、とリクライニングを傾けながら、右手を高々と掲げる。
 外見年齢の割には大人げない仕種で、手に握った携帯端末をいじり回す。
 左肩に刻み込まれた、藍色の羽の刺青が、妙に印象に残る女だった。
「ま、異世界の技術が手に入っただけでも、収穫とさせてもらいますかね」
 言いながら、ひょいっ、と席を立った。
 背もたれを倒し寝そべっていた身体を、飛び跳ねるようにして軽やかに起こす。
 かつりと漆黒のブーツを鳴らして、女は出口へ向かって歩いていった。
「それにこれだけの小説があれば、しばらく暇潰しには困らないだろうし」
 にっかと笑って見つめたものは、右手に持った携帯端末。
 『CROSS-NANOHA』――表示されたアルファベットは、キングの携帯電話に登録されたサイトと、全く同じ名前だった。
 違うところを挙げるならば、そこに蓄えられた蔵書量か。
 プレシアが観測者の世界と評した世界――そこに存在するオリジナルのサイトと、
 寸分たがわぬ量のテキストが、彼女の端末には保存されていた。
 この実験における女の貢献度は、あのジェイル・スカリエッティに比べればあまりにも低い。
 せいぜい強固な首輪を作るために、自分達の特異体質のデータを、プレシアに与えてやったくらいだ。
 当然、大した見返りを望める立場ではない。
 だからこそ彼女は、プレシアにとって価値が薄そうで、なおかつ自分にとっては楽しめるもの――この小説を報酬として所望した。
 これが見事に大当たりだったのは、僥倖としか言いようがない。
 管理局の英雄達や、異世界のヒーロー達の活躍を、様々な解釈・見地から楽しむことができるのだ。
 史実通りとまでは行かずとも、アクション小説・時代劇小説としては、十分に楽しめるものだった。
「さってと! みんなも待たせちゃってるし、そろそろ元の世界に帰りましょうか」
 ぱたん、と携帯端末を閉じる。
 ぷしゅ、と自動ドアを開く。
 黒ずくめの衣装を翻し、硬質なブーツの足音を鳴らして。
 藍の羽のタトゥーを持った、プレシア・テスタロッサの最後の協力者は、誰にも知られることなく庭園を去った。
「これにてバトルロワイアルは終了。
 フッケバインの大親分――カレン・フッケバイン姉さんは、本業に戻らせてもらいますよ、っと」

909魔法少女、これからも。 ◆Vj6e1anjAc:2011/02/15(火) 21:18:19 ID:1IH4IKEM0


 次元の狭間の闇を、進む。
 無限に広がる世界を繋ぐ、次元空間の大海原を、黄金の舟が進んでいく。
 最期のスターライトブレイカーが放たれた直後、聖王のゆりかごのレプリカは、次元航行モードへの移行を完了した。
 高町なのはの命の輝き――あの桜色のビッグバンが、ヴィヴィオが最後に見た光景となった。
 生きざまを、最後まで見届けたのだ。
「っ……う、うぅっ……」
 そしてだだっ広い玉座の間では、1人の少女がうずくまり、抑えた嗚咽を響かせていた。
 これで本当に独りきりだ。
 プレシアのデスゲームからの生還者は、本当に自分1人だけになってしまった。
 想いを汲み取ったはずなのに。
 それがなのはの心からの願いだと、納得した上で撤退したはずだったのに。
 それでも涙が止まらない。
 悲嘆と後悔と自責の涙が、次から次へと溢れ出す。
 「強くなりたい」という願いは、母の末路を見たことで、半ば折れかかってしまっていた。
「どうして……どうして、こんなっ……!」
 強くなると決めたはずだった。
 この手の届く限りの命は、守りたいと願ったはずだった。
 それは今でも変わらない。変えることなどあり得ない想いだ。
 最愛の母が死を選んだのは、自分の力が足りなかったから。
 ガジェット達に苦戦して、帰還する余力を失ったのは、これまでのなのはの戦いを、助けてやることができなかったから。
 きっとキングとの戦いで、ブラスターモードを使っていなければ。
 コーカサスアンデッドとの戦いの時点で、既に助太刀に加わっていたならば。
 いいや、なのはだけではない。金居との戦いへの参加が早ければ、ユーノの消耗も抑えられたはずだ。
 そうなればもっと余裕をもって、ガジェット達に対処することができただろう。
 ブラスター3を解放したのがあの場だったなら、ナンバーズさえも撃退できただろう。
 つまるところ、自分が不甲斐なかったから、なのは達は死を選ばざるを得なかったのだ。
 弱いのだ、私は――ヴィヴィオは。
「こんなはずじゃ、なかったのに……っ!」
 痛みと嘆きは連鎖する。
 最愛の母を喪った苦痛は、新たな苦痛を呼び起こす。
 この30時間の戦いの中で、あまりに多くの命が喪われてしまった。
 燃え盛る地獄の業火に焼かれ、命を落としたというルルーシュとシャーリー。
 目の前で死んでいったもう1人のフェイトと、死体を嬲ってしまったキャロ。
 少し怖い顔をしていたけれど、一度は自分を救ってくれた、浅倉威という男。
 怒りに狂った自分の手で、命を奪ってしまった相川始。
 こなた、スバル、リイン……共に生き残るために頑張ってきた、かけがえのない仲間達。
 その他大勢をも含めた、60人をも超える命。
 それら全ての重圧が、ヴィヴィオの双肩へとのしかかってくる。
 何故だ。
 何故彼らは死ななければならなかった。
 こんな殺し合いさえなければ、普通に生きられたはずだったのに。
 この殺し合いから出られれば、暖かな日常へと帰れたはずなのに。
 自分が弱い子供でなければ――そのうちの何人かは確実に、この手で救えたはずなのに。
 こんなはずじゃ、なかったのに。

910魔法少女、これからも。 ◆Vj6e1anjAc:2011/02/15(火) 21:19:42 ID:1IH4IKEM0
「……?」
 その、時だ。
 不意に、目の前が明るくなった。
 がらんどうの玉座の間に、淡く青白い光がともったような気がした。
 否、光っているのは部屋ではない。
 光っているのは自分自身だ。
 漆黒と純白の騎士甲冑が、いつの間にか、淡い光を放っていた。
「あっ」
 ぽぅ、と光が指先から離れる。
 追いかけるように伸ばした手から、全身の光が離れていく。
 青く白く光る何かは、数メートルほど漂ったのち、自分の目の前に留まった。
 いつからそこにあったのだろうか。
 そこに静かに浮いていたのは、2つの青い宝石だった。
 光は宝石のもとに集まって、少しずつ形を変えていく。
 不定形の青い光が、少しずつ輪郭をなしていき、2つの個体へと変わっていく。
「なのは、ママと……フェイトママ……?」
 光の中から現れたのは、高町なのはとフェイト・T・ハラオウン。
 ちょうどもう1人のフェイトのような――自分の知る2人の母よりも、随分と年下の幼い姿だ。
 本来の自分の姿よりも、いくつか歳は上だろうか。昔何かの折で見た、9歳くらいの頃の姿が近いかもしれない。
「貴方達は、一体……?」
 それでも、自分の知る彼女らとは別人だ。
 目の前の2人が纏う衣装は、9歳当時の彼女らのそれとは、微妙に異なったデザインとなっていた。
 なのはのバリアジャケットは、先ほどまで自分の母が着ていた、エクシードフォームを思わせるものに。
 フェイトのバリアジャケットも、大きな違いはないものの、より装飾が大人しいものに変わっていた。
《私達はジュエルシード……古の人々の願いと共に、この世界に生まれた結晶体》
「ジュエル、シード……?」
 ヴィヴィオに微笑みかける幼いなのはは、自分達のことをそう名乗った。
 確かそれは、かつてなのは達が回収していたという、ロストロギアの名前だったはずだ。
 もちろん、そんなものを持った覚えはない。
 そのジュエルシードとやらが、このゆりかごに現れた理由は、皆目見当もつきそうにない。
《かつてプレシア・テスタロッサが、虚数空間の海へと落ちた時、
 私達9つのジュエルシードもまた、道連れに次元の狭間へと沈んでいった》
《アルハザードの周囲を漂っていた私達は、貴方の放つジュエルシードの気配に引かれて、貴方のもとへやってきた。
 そしてこの姿は、貴方の心の中にある、想いの形を具現化したもの》
《貴方とお話をするために、貴方の心の中から借りた、貴方の強い想いの形》
 代わる代わる言葉を紡ぐ、なのはの幻とフェイトの幻。
 そこに浮かんだ穏やかな笑顔は、思い出のそれと変わらないのに。
 その口から放たれる懐かしい声色は、思い出のそれと違わないのに。
 その事務的な口調には、人としての温もりを感じられず、どこか歪な印象を受ける。
 本当に目の前に立っているのは、ただの幻に過ぎないのだと、否応なしに思い知らされる。
「……強くなんて、ないよ」
 ゆらり、と金のサイドポニーを揺らし。
 ルビーとエメラルドの光を地へ向けて。
 目の前の幻が言い放った何気ない言葉に、ヴィヴィオは己が顔を俯かせて、呟く。
「私は強くなんてなかった……私のちっぽけな想いなんかじゃ、結局誰も、救えなかった」
 罪を懺悔するかのように。
 頭を垂れた聖王が、言った。
 強くなりたいという誓いは、結局死の運命を打倒できなかった。
 手が届くところにあったはずの命にさえ、手を伸ばすこともできなかった。
 何も救えなかった自分が、そんなに強いはずがない。
 何も守れなかった想いが、強いだなんて言えるはずもない。

911魔法少女、これからも。 ◆Vj6e1anjAc:2011/02/15(火) 21:20:50 ID:1IH4IKEM0
《信じて》
 それでも。
 目の前の幻が口にしたのは、そんな言葉だった。
《魔法は胸の内に込められた力を、具現化させて解き放つ力……人の想いを形にした力》
《だからこそ、魔力の結晶である私達には、人の想いを叶える力が備わった》
《「死んでいったみんなのためにも、強くなって生き続けたい」……
 ……他の誰でもない、貴方の強い想いの力が、私達を呼び寄せた》
《たとえ今は弱くとも、その想いが貴方を突き動かすのなら、貴方はもっと強くなれる。
 貴方の抱く強い想いを、魔法は決して裏切りはしない》
 これはヴィヴィオはおろか、全ての参加者が知り得なかったことだが、
 ジュエルシードによって張られたフィールドにいた参加者達は、
 少なからず、ジュエルシードの性質を持った魔力を、その身に浴び続けていた。
 それが2つのジュエルシードを、ヴィヴィオの下へと招いたのだが、彼らはそれだけでは足りなかったと言った。
 ヴィヴィオの強い願いの力こそが、彼らをこの舟へ引き寄せたのだと。
 ヴィヴィオの強い想いの力こそが、奇跡の力を呼び寄せたのだと。
『ヴィヴィオ』
 不意に、少女の首元から声が響いた。
 明滅する空色の宝石は、インテリジェントデバイス・マッハキャリバー。
 この30時間の戦いで散ってしまった、スバル・ナカジマの相棒だったデバイスだ。
 そういえば今この瞬間まで、半ば存在を忘れかけていた。
 ここまでずっと自分を支えてきてくれた、大事な仲間の1人だったというのに。
『以前、私は相棒に、こんなことを言ったことがあります。
 貴方が私に教えたもの……私の生まれた理由、貴方の憧れ……それを嘘にしないでほしい、と』
「あ……」
『一度起きてしまったことには、もう取り返しはつきません。
 それでも貴方には未来があります。同じことを繰り返さないよう、努力するチャンスが残されています。
 生きて責任を果たすこと……生きて帰って、強くなると約束したこと……
 Ms.なのはに誓った貴方の想いを、嘘にしないでください』
 そうだ。
 マッハキャリバーの言うとおりだ。
 殺し合いのフィールドを発つ前に、ユーノが言っていたことを思い出す。
 この戦いを生き延びた自分達には、果たさなければならない責任があるのだと。
 喪われてしまった多くの命に、報いなければならないのだと。
 高町なのはの死を看取るまでが、自分に課せられた責務ではない。
 まだやらねばならないことが残っていたのだ。くよくよしている暇はなかったのだ。
 ――だから私は、ヴィヴィオに“これから”を託せるの。
 なのはママの遺言が、胸の奥深くで木霊する。
 自分で進むと決めた道を、貫き通せるのだと信じているから、未来を託すことができるのだと。
 自らの進む道を選択し、それを最後までやり通す意志。それこそがジュエルシードの言う、想いだ。
 誰よりも強く優しいママに、太鼓判を押してもらった――信じられると言われた、想いだ。
「……分かったよ」
 俯いていた顔を、上げる。
 聖者の印と謳われたオッドアイで、確たる意志と共に、前を見据えた。
 身を屈ませた後悔の震えは、今はもうその背中にはなく。
 涙に滲んだ赤と緑は、色鮮やかな光を放つ。
「なのはママがそう望んだのなら……私は生きてみようと思う。
 それが、強く生きるって約束した……ひとりで立てるって宣言した、私の責任なんだから」
 この30時間の戦いで、ヴィヴィオは多くの死を背負った。
 肉体年齢6歳という、あまりにも幼いその背中に、あまりにも重いものを背負い込まされた。
 それでも、彼女は生きることを望んだ。
 過去に悲嘆する道ではなく、未来へと続く道を選んだ。
 彼女も怖かったはずなのに、それでも自分を励ましてくれたシャーリーのように。
 スバルやシャーリーを守り抜かんと、懸命に戦ったルルーシュのように。
 戦う力を持たずとも、弱いなりに自分を支えようとしていたこなたのように。
 そして何より、あの高町なのはのように。
 強き想いを力へと変え、母の望む生き方を、その力で為さんと決意したのだ。
 ならば、祝福すべきだろう。
 ヴィヴィオが選択した道が、結局はなのはが指し示した道だったとしてもだ。
 この歳で完全に自立しろというのは、それこそ酷な話だろう。それはこの先少しずつ、ゆっくりと成長しながら果たせばいい。
 それでもヴィヴィオは今日この日、責任を背負うということを知った。
 こうして幼かったヴィヴィオは、ほんの少しだけ、大人になった。

912魔法少女、これからも。 ◆Vj6e1anjAc:2011/02/15(火) 21:21:43 ID:1IH4IKEM0
《願いを聞かせて、高町ヴィヴィオ》
《貴方の望む想いの形を……本当の気持ちを、私達に教えて》
 目の前の幻影が語りかける。
 願いを叶えるジュエルシードが、叶えるべき願いを問いかける。
「ゆりかごの針路を、ミッドチルダに……私を元の世界へ連れて行って」
 確たる口調で、宣言した。
 かつてプレシア・テスタロッサは、21個のジュエルシードに、娘の命を願ったという。
 されどヴィヴィオが選ぶのは、死した母の蘇生ではない。
 命よりも大事な願いを、なのはは自分に託したのだ。
 ならば彼女から託された願いは、喪われた彼女の命以上に、優先させるべき願いだ。
《その願いを、叶えよう》
 願いを聞き届けた幻のなのはは、無機質な声と共に、にこやかに微笑む。
 自分が聖王化していたのもあって、身体の大きさが完全に逆転していたのが難点だったが。
 それでもそこにあった笑みは、これまで愛してやまなかった、最愛の母の笑みそのものだった。
《貴方の望む道筋は、私達の力で切り拓いてあげる》
《どれだけ時間がかかろうとも、どれだけの壁に阻まれようとも、私達が必ず送り届ける》
 ぽぅ――と。
 その一言を言い終えると同時に、2人の幻に陰りが生じた。
 青白い光から生まれた幻が、少しずつその輪郭をぼかしていく。
 幻影の不透明度が落ちていき、少しずつ虚空へと溶け込んでいく。
 さらさらと四肢の端から零れるのは、蛍のごとき青い光。
 ジュエルシードの煌めきが、ゆっくりと霧散していって、聖王のゆりかごを包んでいく。
《あとは貴方次第だよ――高町ヴィヴィオ》
 それが最後の一言だった。
 その一言を言い終えると同時に、2人の幻は姿を消した。
 玉座の間に静寂が訪れる。
 だだっ広い空間の中で、人影がまた1人きりになる。
 胸の内へと訪れるのは、ほんの少しばかりの寂寞。
「……帰ろう、マッハキャリバー」
 それでも、少女の瞳に涙はなく。
 晴れやかな笑みさえも浮かべて、真っすぐに前を見つめている。
 ジュエルシードの幻の、最後の言葉を聞いた時、母に背を押されたような気がした。
 まるでなのはママ自身に、エールをもらったような気がして、それだけで満たされたような気がした。
「私達の故郷へ……なのはママと暮らした場所へ!」
 その言葉を合図としたかのように、ゆりかごの床が微かに揺れた。
 2つのジュエルシードの放つ、青白いオーロラに覆われて。
 黄金に煌めく聖王のゆりかごは、未来に向かって出港した。
(私は、もっと強くなる)
 強くなって、生き続ける。
 この命が続く限り、この身が朽ち果てぬ限り。
 死んでしまった人々に報いるために。
 ママとの約束を果たすために。
 私を守り続けてくれた、世界一大好きなママの生涯が、無駄ではなかったことを証明するために。
 未来へ続くこの道を、私は胸を張って歩き続ける。
 そう。
 私の行く道は終わらない。
 私の道は、これからも――。

913魔法少女、これからも。 ◆Vj6e1anjAc:2011/02/15(火) 21:22:40 ID:1IH4IKEM0


リリカルなのはクロス作品バトルロワイアル・最終戦績報告

1日目・深夜
・エリオ・モンディアル      :柊かがみのミラーモンスターにより死亡
・ギルモン              :八神はやて(StS)のツインブレイズにより死亡
・ティアナ・ランスター      :シグナムのバスターソードにより死亡
・神崎優衣             :キース・レッドのグリフォンにより死亡

1日目・黎明
・殺生丸               :自身の蒼龍破により死亡
・シグナム               :柊かがみのヘビープレッシャーにより死亡
・アグモン            :アーカードの手により死亡
・クロノ・ハラオウン        :アーカードのパニッシャーにより死亡

1日目・早朝
・矢車想               :エネルの鉄矛により死亡
・カレン・シュタットフェルト   :ミリオンズ・ナイブズのエンジェルアームにより死亡
・高町なのは(A's)         :ミリオンズ・ナイブズのエンジェルアームにより死亡
・ディエチ               :ミリオンズ・ナイブズのエンジェルアームにより死亡
・ミリオンズ・ナイブズ     :キース・レッドのジャッカルにより死亡

1日目・朝
・フェイト・T・ハラオウン(StS):ヴァッシュ・ザ・スタンピードのエンジェルアームにより死亡
・八神はやて(A's)         :アンジール・ヒューレーのアイボリーにより死亡

1日目・午前
・ザフィーラ           :自身のミラーモンスターにより死亡
・アレクサンド・アンデルセン :ルーテシア・アルピーノのイフリートにより死亡

1日目・昼
・遊城十代             :柊つかさの手により死亡
・武蔵坊弁慶           :ギンガ・ナカジマのプラズマスマッシャーにより死亡
・インテグラル・ヘルシング  :金居の朱羅により死亡
・ギンガ・ナカジマ         :金居の朱羅により死亡
・ブレンヒルト・シルト      :キース・レッドのグリフォンにより死亡

1日目・日中
・チンク               :柊かがみのミラーモンスターにより死亡
・シャマル            :セフィロスの憑神刀(マハ)により死亡
・C.C.                   :首輪爆発により死亡
・シェルビー・M・ペンウッド  :首輪爆発により死亡

1日目・午後
・早乙女レイ            :ルーテシア・アルピーノのエボニーにより死亡
・ルルーシュ・ランペルージ  :ルーテシア・アルピーノのイフリートにより死亡
・シャーリー・フェネット     :ルーテシア・アルピーノのイフリートにより死亡

1日目・夕方
・セフィロス               :八神はやて(StS)のコルト・ガバメントにより死亡
・ルーテシア・アルピーノ    :キャロ・ル・ルシエの憑神鎌(スケィス)により死亡
・キャロ・ル・ルシエ       :フェイト・T・ハラオウン(A's)のオーバーフラッグにより死亡
・フェイト・T・ハラオウン(A's) :キャロ・ル・ルシエの憑神鎌(スケィス)により死亡
・万丈目準             :浅倉威のミラーモンスターにより死亡
・柊つかさ              :浅倉威のミラーモンスターにより死亡
・浅倉威               :首輪爆発により死亡
・エル・ローライト          :キース・レッドのグリフォンにより死亡
・新庄・運切               :エネルのジェネシスの剣により死亡
・ゼスト・グランガイツ       :キングのオールオーバーにより死亡
・キース・レッド         :アレックスのブリューナグの槍により死亡
・天上院明日香         :八神はやて(StS)の愛の紅雷により死亡

914魔法少女、これからも。 ◆Vj6e1anjAc:2011/02/15(火) 21:23:42 ID:1IH4IKEM0

1日目・夜
・アレックス           :金居のイカリクラッシャーにより死亡
・アーカード           :ヴィータのゼストの槍により死亡
・ヴィータ             :アーカードの手により死亡

1日目・夜中
・クアットロ            :キングのRPG-7により死亡
・ヒビノ・ミライ             :アンジール・ヒューレーのバスターソードにより死亡

1日目・真夜中
・エネル                  :金居のデザートイーグルにより死亡
・相川始               :ヴィヴィオの魔力爆発により封印

2日目・深夜
・(死亡者なし)

2日目・黎明
・ヴァッシュ・ザ・スタンピード :八神はやて(StS)の鋼の軛により死亡
・泉こなた             :八神はやて(StS)の愛の紅雷により死亡

2日目早朝
・八神はやて(StS)         :柊かがみのルシファーズハンマーにより死亡
・柊かがみ            :スバル・ナカジマの手により死亡
・アンジール・ヒューレー     :キングのオールオーバーにより死亡
・スバル・ナカジマ          :金居のジェネシスの剣により死亡
・天道総司             :キングのオールオーバーにより死亡
・キング                 :高町なのは(StS)のレイジングハート・エクセリオンにより封印
・金居                 :ヴィヴィオのラウズカード(ジョーカー)により封印










【ウーノ@魔法少女リリカルなのはStrikerS 死亡確認】
【ドゥーエ@魔法少女リリカルなのはStrikerS 死亡確認】
【セッテ@魔法少女リリカルなのはStrikerS 死亡確認】
【オットー@魔法少女リリカルなのはStrikerS 死亡確認】
【ディード@魔法少女リリカルなのはStrikerS 死亡確認】

【高町なのは@魔法少女リリカルなのはStrikerS 死亡確認】
【ユーノ・スクライア@L change the world after story 死亡確認】

【残り:1人】









.

915魔法少女、これからも。 ◆Vj6e1anjAc:2011/02/15(火) 21:24:37 ID:1IH4IKEM0


 天の光は全て星。
 なべて世はこともなし。
 第一管理世界・ミッドチルダの宇宙は、新暦78年を終えようとするこの瞬間にも、平穏無事であり続けていた。
 見渡す限りに広がるものは、暗黒よりもなお黒き闇。
 漆黒のカーテンに散りばめられるのは、幾億幾兆の星々の煌めき。
 どこまでも高く、どこまでも深く。
 どこまでも遠く、どこまでも広く。
 文字通り無限の容積を持った、光と闇の大海原に、ぽつんと浮かぶ星が1つ。
 サファイアのごとく煌めく青と。
 エメラルドのごとく映える緑。
 生命の色に満ちたその星こそが、ミッドチルダの本星だった。
 この色鮮やかな星の中で、多くの命が息づいて。
 出会い、群れ合い、親しみ、別れる、大勢の命が生きている星。
 漆黒の宇宙空間の中で、一際美しく放たれる輝きは、そこに暮らす人々の、命の活力を表しているのかもしれない。

《――応答願います。時空管理局、応答願います》

 そんな無明の宇宙の中に、1つの影が姿を現す。
 無音無酸素の宇宙の中で、声を電波に乗せるのは、金色に煌めく大型戦艦。
 スラスターも噴かせることなく、無重力空間を漂い続ける、豪華絢爛な舟があった。
 眩い陽光が船体を照らす。
 ミッドチルダの向こうから、顔を出した太陽の光が、宇宙を黄金色に染め上げる。
 気の遠くなるほどの旅路の果てに、目的地へ辿り着いた舟は、
 世界そのものに祝福されているかのように、誇らしげな光を放っていた。

《私の名前は高町ヴィヴィオ……高町なのはの娘です!》

 新暦79年、1月1日0:00。
 新たな年の幕開けと共に、数奇な運命に翻弄された少女が、生まれ故郷への帰還を果たしていた。










【高町ヴィヴィオ@魔法少女リリカルなのはStrikerS 生還】










【リリカルなのはクロス作品バトルロワイアル――――――完】

916魔法少女、これからも。 ◆Vj6e1anjAc:2011/02/15(火) 21:25:07 ID:1IH4IKEM0
投下はこれで以上です。
これまで読んでくださった読み手の皆様、本当にありがとうございました。
リレーを続けてくださった書き手の皆様、本当にお疲れ様でした。
リリカルなのはクロス作品バトルロワイアルの、その本筋の物語は、これにて全て終了となります。

今回までに語られなかった要素は、別作者様のエピローグにて、触れられることになっております。
どうかあともう少しだけお付き合いくださいませ。

917リリカル名無しStrikerS:2011/02/15(火) 21:29:55 ID:yz/CY96g0
投下乙です!
ついに、ついにこの物語も終わりましたね!
お疲れ様でしたっ!
本当に、皆様お疲れ様でしたっ!
エピローグの方も、楽しみにしてます!

918リリカル名無しStrikerS:2011/02/15(火) 21:34:32 ID:MmrSwLQk0
投下乙です!
ああ、とうとうこの物語も終わったんだよね!
お疲れ様でしたっ!
本当に、皆様お疲れ様でしたっ!

俺もエピローグを楽しみにしてますが……少し怖い様な……

919リリカル名無しStrikerS:2011/02/15(火) 21:43:12 ID:uf2EdJWs0
投下乙です
ああ、これで完結なのか
エピローグはあるけど、一応ロワはここで完結
なんか感慨深いなあ
と、まあ今はこれだけ、続きはまたもう一回読んでから

でも一言、カレンさんあんた何やってんの!?

920リリカル名無しStrikerS:2011/02/15(火) 22:03:49 ID:5UcRVG9Y0
投下乙です。

なのユーの原点最強コンビでヴィヴィオ脱出大成功!
なのユーカップルは至高な自分にとっては満足な結末だったにゃー。
ヴィヴィオが浅倉やルルやシャーリー、それにこなたを思い出したりというのも印象深かったし……というかヴィヴィオ視点では最後まで浅倉善人扱いだったんだなぁ……こんな扱いされる浅倉はここだけだぞ。

……で、ラスト……いや、持ち逃げしたのはあくまでも読み物だけだよね!? というか2ndの伏線とかじゃないよね!?!?

エピローグもありますが何はともあれもう一度Vj氏及び書き手諸兄の皆様乙でした。

921リリカル名無しStrikerS:2011/02/16(水) 01:22:26 ID:2H5ynQiIO
投下乙です!
祝・完結!長かった…ここまで本当に長かった!
60人で始まったバトルロワイアルも、生還者はヴィヴィオただ一人…なのはらしい結末でした!
なのはとユーノが咲かせた一世一代の命の華も、本当に格好良かった!
そしてまさか最終回でなのはの殺害数が一気に跳ね上がるとは、誰が予想しただろうw

エピローグも楽しみです!
一先ずは書き手の皆様、お疲れ様でした!

922リリカル名無しStrikerS:2011/02/16(水) 02:17:08 ID:3Bbd7oiY0
投下乙です
これでようやくこの企画も完結か……胸が熱くなるなぁ。
なのはの最期の戦いは前回のアンデッド戦に負けず劣らず、ロワのラストを飾るに相応しい戦いでした。
ユーノはユーノで最後の最後までヴィヴィオを逃がす為になのはに付き合い、共に散ると……なんと男らしい!
そして最も愛する母から、この戦いで散って行った皆から、色んなものを託されて、ついに生還。
ヴィヴィオ生還ENDはある意味最もなのはらしい形で未来へ繋げるENDだった様に思うなぁ。
4年経ってようやく帰還した様だけど、ヴィヴィオの今後は果たして……?

923リリカル名無しStrikerS:2011/02/16(水) 02:38:19 ID:JUc5YHoU0
完結おめでとう。そしてこれだけは言わせてくれ
乙。

924リリカル名無しStrikerS:2011/02/16(水) 03:32:46 ID:lSb6RHtM0
投下乙、エピソードで語られるであろうスカさんが待ち遠しいです

あと、ヴィヴィオの世界では、ユーノが生きてることに
ちょっと不思議な気持ちになります

925リリカル名無しStrikerS:2011/02/16(水) 16:17:28 ID:9meDKze.O
投下乙です
ついに完結。書き手の皆様本当にお疲れ様でした!

最後死亡者と生還者の項目見てクロス作品からのキャラがユーノだけだったのに吹いたのは秘密だ

926リリカル名無しStrikerS:2011/02/16(水) 22:48:24 ID:TWYAHw8Q0
最終回乙です!
せっかくなので最初から順に追ってみる
冒頭スカ博士を全く信用していなかったプレシアさん
予想通りナンバーズは報いを受けたけど、博士は果たして……
つうか、ここまで予想していたのに暗殺までは予想できなかったんだな
そしてゆりかご発進!
今更だが生き残ったの出身世界無視したら全員原作メンバーなのか
緊急転送システムって……ああ、やっぱりそういうことなのか……
とりあえずナンバーズ御愁傷様
最期なんだからドゥーエ一働きしたら良かったのに、でも乱戦で散るか
爆砕牙とルシフェリオンの二刀流とか、なにこの武闘派なのはw
>総勢4機の鉄の機影が、純白の四肢へと絡みつく。
ごめん、シリアスな場面なのに期待してしまった……
でも本当良いコンビだな(夫婦に非ず)
ここのヴィヴィオ、ホント強くなったな、成長したわ
>これでもう何も怖くない。
マミさあああああん
SLBのシーンでBGMかけてみた、ヤバいかなり燃えた
>後悔なんてあるはずがない。
話題沸騰中の某魔法少女アニメネタがここにもw
で、カレンさんは何してやがりますかあああああ
そして擬似的だがMOVIE1stのなのはとフェイト登場
それにしてもいいなあ、こういう場面でほんのりする
そしてエンドロール風の死者たち
地味にLが本名になっておるw
で、やっぱり1日目夕方死にすぎw
そしてヴィヴィオお帰りなさい……

>>921
でも実質的にはユーノ君一人
あとはカンウント外だな
でなければアーカードの殺害数が一気に跳ね上がるw

927リリカル名無しStrikerS:2011/02/16(水) 23:06:18 ID:7tuIqBlM0
完結乙です!
書き手の皆さんもお疲れ様でした。

素晴らしくってなんと言っていいのかわからない…だからただ一言GJ!

928リリカル名無しStrikerS:2011/02/17(木) 00:27:24 ID:.fY2x7sw0
>>916
3分割になりそうなので、分割点の指定お願いします

929リリカル名無しStrikerS:2011/02/23(水) 21:12:28 ID:VU4AQvPE0
長かった・・・ホントに長かった。完結できるのか少し不安もあったけど・・・
描き手の皆、本当に乙っした!!

930StrikerS名無しX:2011/03/09(水) 02:13:56 ID:K9V/KUow0
エピローグ書くのに新スレ立てなくていいのか?

931StrikerS名無しX:2011/03/09(水) 08:26:15 ID:9QN57bnY0
まだ70弱ほど書き込めるから大丈夫だろ
もしも埋まったら雑談スレか仮投下スレと統合でいいと思う
もうあと少しだから

932StrikerS名無しX:2011/03/10(木) 10:08:56 ID:pXmxZLps0
それに埋まると決まったわけじゃないからな

933 ◆gFOqjEuBs6:2011/04/09(土) 13:06:47 ID:D5cW9/Q.0
大変長らくお持たせしました。
これより、エピローグの投下を開始します。

934 ◆gFOqjEuBs6:2011/04/09(土) 13:12:28 ID:D5cW9/Q.0
 己が欲望の為に悪魔に魂を売った女は既に殺され――
 彼女から全てを奪った奴らは、一目散に逃げ出した。
 この“時の庭園”に残された者は、最早誰一人居ない。
 ……と、少なくとも、奴らはそう思っていたのだろう。

 だが、実際は違う。
 まだ、残っているのだ。
 プレシアにとっての、最後の戦力が。
 見捨てられたと思っていた、生き残りの戦力が。
 奴らの決定的な失敗は、完全にシステムを掌握しただろうという過信。
 首謀者であるプレシアを殺した時点で、邪魔者など居ない……そんな慢心。
 それが勝った気でいる奴らにとっての最大の綻びになるなどと、誰が想像出来ただろう。





 目覚めた少女は、碧銀の髪を揺らし、立ち上がる。
 蒼と紺の虹彩―所謂オッドアイだ―で、仄暗い一室を見渡す。
 自分の他は、数人の女が壁際に設置されたコンソールを叩いているだけだ。
 それが誰なのか、何て事を少女は知らないし、自分が何故ここに居るのかすらも解らない。
 少女にはそれ以前の記憶が殆ど残されてはいなかった。
 だけど、だからと言って思い悩んだりする必要もない。
 成すべき事は、只一つ。愚かな裏切り者の始末、だ。
 与えられた任務は、ジェイル・スカリエッティを叩き潰す事。
 それだけが確固たる目的として、脳裏に刻み付けられていた。

「武装形態」

 ぽつりと呟いた。
 数瞬ののち、少女の衣服が弾け飛んだかと思えば、その身体が変質してゆく。
 まだ幼さを残した身体が、成熟した大人の身体へと。
 手足が伸びて、先程までは幼かった筈の胸が、大きく揺れる。
 大人の身体へと変化したその身体を、白と緑の騎士甲冑が包み込み――
 最後に、少女のオッドアイの瞳を、黒のバイザーが覆い隠した。
 かくして少女は“変身”を遂げた。
 戦う為の、任務を果たす為の姿へと。
 倒すべき敵を求めて、少女は周囲を取り巻く女へと向き直り、

「私の敵は、何処ですか」

 淡々とした口調で問うた。

「母さんが遺した“緊急転送システム”で、君を敵の元まで送り届ける」
「君はそこで、“命令”された通りに敵を叩き潰せばいい」
「私達は君を送り届ける為に、今の今までずっと身を隠して来たんだ」
「それが、母さんが望んだ事だから」

 よく済んだ女性の声が、口々に答えた。
 何人か居るようだが、皆が皆同じ声をしている為に、聞分ける事は難しい。
 ともすれば、一人しかいないのに、複数人を装っているのでは、とも思える程だ。
 されど、そこには確かに数人の……それこそ十人にも満たない程の女が居た。
 長い金髪に、すらりと伸びたスタイルの良い手足。
 赤い虹彩の瞳はまるで生気を感じさせず、気味が悪かった。
 同じ顔。同じ声。同じ特徴を持ったそれらは、母の愛の為だけに動く人形。

935 ◆gFOqjEuBs6:2011/04/09(土) 13:16:28 ID:D5cW9/Q.0
 
 先の戦いで殆どが死に絶えた彼女らも、全滅した訳ではなかった。
 最後に残された数体には、プレシアから特別な任務を預かっていたのだ。
 それは“最後の罠”を起動させる為の駒として、その瞬間が来るまで身を隠せ、という事。
 ナンバーズやリニスすらも知り得ない、間取り図からも抹消された最後の部屋に。
 ……最も、プレシアはその時が来るとは思っていなかったのだろうが。

『――まあ、あの子を投入する事は来ないでしょうね』

 ミラーワールドでの騒動が終わった時、プレシアはこう言った。
 ここで言う“あの子”とは、最悪の場合に備えたカウンターの事。
 そう。あの時はまだ、それを使うつもりは無かったのだ。
 というよりも、使う時が来て欲しくは無かった。
 ここに閉じ込めたフェイト達も、このまま二度と解放する気は無かった。
 アリシアだけを蘇らせて、残された戦力など全て放棄するつもりだったのだから。
 されど、事はプレシアの望んだ通りには進まず……。
 状況は彼女が想定していた内、最悪の方向へと傾いた。
 事実として、彼女らに与えられた指名を、彼女ら自身が果たす時が来てしまったのだ。
 だから彼女らは……フェイトらは、最後の任務を成し遂げる為に。
 碧銀の髪の少女を敵の本拠地へと転送する為に、コンソールを叩く。

「叩くなら今しかない。奴らが油断し切っている、今しか」
「急いで。もうあまり時間が無い……奴らが逃げてしまう」
「こっちは準備完了。いつでも“脱走妨害システム”は起動出来るよ」

 フェイト達は必死だった。
 今は亡き母の命令を、母への愛を、貫き通す為に。
 そして何よりも。母を殺した奴らへ、一矢報いる為に。
 これが残された最後の任務。そして、これが残された最後の感情。
 愛する母からの命令と、憎き仇敵への愛憎が、彼女らを突き動かしていた。

「よし……緊急転送システム、何時でも起動出来るよ」
「良かった、これで間に合う。後は君に、全て任せるよ」
「うん。君の転送が完了すれば、もうこの庭園からは誰も出られなくなる」
「だから、後は君が私達の想いを成し遂げて欲しいんだ」

 最後の切り札たる少女に、今にも消えそうな笑顔を向ける。
 儚げで、心は泣いている……そんな風にも見える、悲しい笑顔だった。
 されど碧銀の少女は、それを向けられたからと言って、何を感じる訳でも無く。
 逆に、ふと気になった疑問を尋ねる。

「貴女達は、どうするんですか」
「この庭園はもうすぐ崩壊する。だから、最期の瞬間まで、私達はここに居るんだ」
「理解出来ません。そんな自殺行為に、一体何の意味があるんですか」
「君が理解する必要はないよ。この意味は、君にはきっと解らないから」
「そうですか」

 それ以上の詮索はしなかった。
 最後の切り札たる彼女には、殆どの記憶が無い。
 プレシアによって記憶と感情を制御された彼女は、ただの兵器。
 裏切り者を抹殺する為に残された、最後の鬼札(ジョーカー)なのだ。
 それ故に、自分の目的と何ら関係の無いフェイトが理解不能な行動を取った所で、さほど興味は沸かない。

936 ◆gFOqjEuBs6:2011/04/09(土) 13:21:46 ID:D5cW9/Q.0
 
「転送、開始」

 一人のフェイトが、パネルを叩いた。
 同時に、騎士甲冑を纏った少女の姿が消えてゆく。
 次元間転送だった。それは、たった一つの目的を果たす為に。
 奴らがアジトとしている場所を叩く為に、碧銀の少女を送り出したのだ。
 やがてその姿が完全に見えなくなった頃には、もう一人のフェイトが別のパネルを叩いていた。

「脱走妨害プログラム、起動」

 最後の兵器は、最後の戦場へと送り出された。
 これでもう、ここに思い残す事など一つもない。
 後顧の憂い無く、もう一つのシステムを起動出来る。
 何人たりとも庭園から逃がしはしない、最後のシステムだ。
 それら二つを合わせて、プレシアは最後の罠としていたのだ。
 今頃プレシアを裏切った奴らは、システムの網に引っ掛かっている頃だろう。
 その結果を暗示する報告が、今頃プレシアの部屋のモニターに映し出されている筈だ。
 されど、そんな報告をした所でもう意味は無い。
 母の言い付けを守った娘らを褒めてくれる人は、もう何処にも居ないのだから。
 何はともあれ、これでフェイト達はもう、二度と外の世界を見る事は無くなった。
 だけど、不思議と―彼女達にとっては不思議ではないのだろうが―後悔はない。
 何より、それが怖い事だとも思わなかった。

「きっと、母さん一人だけじゃ寂しいと思うから」
「だけど、安心して。私達は、これからもずっと母さんと一緒だから」

 届かぬ愛を胸に抱き、フェイト達は笑う。
 愛する母の言い付けを、始めて成し遂げる事が出来たから。
 母が残したこの庭園で、これからもずっと母と一緒に居られるから。
 結局、何が本当に正しい事で、何が本当の愛なのかも解らないまま。
 激しい地鳴りを伴って、時の庭園の崩壊が始まった。
 母と子らを乗せた庭園の最期だった。







 リリカルなのはクロス作品バトルロワイアル 第200話
 「Beautiful Amulet」







 都市型テロ「JS事件」の解決から数カ月後。
 不可解な連続失踪事件が相次いで発生していた。
 被害に遭ったのは、空のエース・高町なのはに始まる機動六課の面々。
 彼女らが、まるで神隠しにでも会ったかのように、次々と何の痕跡も残さず失踪したのだ。
 目撃者は皆無。周囲の人物に事情を訊くも、皆一様にして彼女らが失踪する前後の記憶は曖昧。
 まるで超常的な力が働いたかの様に――それは本当の意味で、「消えた」という表現が正しかった。
 
 そこへ追い打ちを掛ける様に発生したのが、JS事件の首謀者であるスカリエッティによる脱獄事件。
 投獄されていたスカリエッティ及び配下のナンバーズ達が、何者かの手引きによって脱獄したと言うのだ。
 それも、無期懲役処分を受けていたナンバーズのみならず、更生組である筈のナンバーズまで。
 当然、管理局はこの二つの事件に何らかの関連性を見出そうとするが、一向に解決の兆しは見られなかった。
 事件は何の進展も見せず、数カ月が経過して――このまま迷宮入りするかと思われたその矢先。

 ある日、ミッドチルダの辺境に、不自然な次元干渉が確認された。
 誰も近寄らない様な山奥の地に、かなりの長距離を越えて何かが転送されて来たのだ。
 正規の手続きを取って居ない以上、それが不正な形での次元間跳躍である事は一目瞭然。
 しかしながら、それに輪を掛けて不自然なのは、何の隠蔽工作も無しに堂々と跳躍して来た事。
 まるでわざと管理局に見付かる為に事に及んだのではないかと、そう思ってしまう程に。
 ともすれば、管理局に敵対心を持った何者かによる罠とも考えられる。
 だが、例えそれが罠であったとしても、看過する訳には行かない。
 管理局は、直ちに武装局員を派遣した。

937 ◆gFOqjEuBs6:2011/04/09(土) 13:27:36 ID:D5cW9/Q.0
 




 高町ヴィヴィオ。
 ミッドチルダ在住のSt.ヒルデ魔法学院、初等科4年生。
 少しだけ人とは違う生まれ方をして、少しだけ人とは違う運命を辿った少女。
 ヴィヴィオがヴィヴィオとして生きる事を許してくれた人達が居て。
 命を賭けて、ヴィヴィオに色んな事を教えてくれた人達が居て。
 今は仲良しの友達も居て、母親代わりになってくれる人も居る。
 現在はごくごく普通の子供らしい人生を歩んで居た。


 その日は、少しだけ特別な日だった。
 今日からヴィヴィオは、晴れて初等科4年生となる。
 新しい学校生活を、新しい気持ちで迎えたのだ。
 嬉しい気持ちを一杯に胸に秘めて、ヴィヴィオは走る。
 新しいクラス分けとか、今日あった出来事とか、沢山話したい事があるし。
 それに何よりも、今日は早く帰って来れば、少しだけ嬉しい事がある、らしい。
 帰宅したヴィヴィオは、期待に胸躍らせ、玄関のドアを開け放った。

「ただいま、フェイトママ!」
「おかえりーヴィヴィオ」

 優しい笑顔で出迎えてくれたのは、ヴィヴィオのもう一人の母……フェイトママだ。
 高町なのはが居ない今、母親になるのは後見人であるフェイトしか居ない。
 ヴィヴィオが帰還したと聞いて、フェイトは嫌な顔一つせずにヴィヴィオを引き取ってくれた。
 しかし、今でこそヴィヴィオの前では何時でも笑顔で居てくれるが、少し前はそうではなかった。
 数ヶ月前、ヴィヴィオが帰還したばかりの頃は、フェイトも相当落ち込んで居たのだ。
 それも当然と言える。十年間共に過ごして来た友が……沢山の人の命が散ってしまったのだから。
 人前では笑顔で居ても、一人になった時はいつも泣いていた事を、ヴィヴィオは知っている。
 そんなフェイトを、強い人だと思う。
 本当は誰よりも悲しい筈なのに。
 誰よりも泣きたい筈なのに、そんな素振りを出しはしない。
 それどころかヴィヴィオの事を、本当の娘の様に可愛がってくれる。
 ヴィヴィオは、なのはが命を賭けて救ったたった一人の娘。
 なのはがその魂を託した、言わばなのはの唯一の忘れ形見なのだ。
 となれば、フェイトも黙って居る訳には行かないと、そう思ったのだろう。
 まずフェイトは、ヴィヴィオを立派に育てようと、魔法学院に入学させてくれた。
 それから、毎朝早起きしてはお弁当を作って、笑顔でヴィヴィオを送り出してくれる。
 夜にはヴィヴィオを安心させる為、遅くなる前に仕事を切り上げて帰宅してくれる。
 と言っても、どうしても帰れない夜もあるにはあるのだが。
 本局執務官ともなれば、本当は仕事だって忙しい筈だ。
 それくらいは、ヴィヴィオにだってわかっている。
 無理はして欲しくない、とフェイト本人にも言ったのだが、フェイト曰く「これくらいは平気」との事。
 そう言われてしまえばこれ以上何も言い返す事も出来なくて。
 ヴィヴィオは、そんな優しいフェイトママの事が大好きなのであった。

「今日はお仕事大丈夫なの?」
「フェイトママ、船の整備で明日の午後までお休みなんだ。だからヴィヴィオのお祝いしようかなって」

 柔らかな笑顔を浮かべ、テーブルの上にお菓子を並べて行く。
 今日はヴィヴィオの始業式。沢山のお菓子は、4年生に進級するヴィヴィオへのお祝いだった。
 お菓子の甘い香りが鼻孔をくすぐり、今すぐに食べてしまいたい衝動に駆られる。
 だけど、まだだ。まだ、その前にすべき事がある。

「お茶いれるから、先に着替えて来るといいよ」
「うん! ありがと、フェイトママ!」

 そう。まずは着替えだ。
 家の中でまで学校の制服を着たままでは堅苦しい。
 それから手を洗って、うがいをする事も忘れてはいけない。
 お楽しみは、きちんとやる事をやってから。
 それはかつてなのはママに教えられた事でもあるのだ。
 取り急ぎ着替えを取りに行こうと駆け出した……その刹那。

938 ◆gFOqjEuBs6:2011/04/09(土) 13:32:00 ID:D5cW9/Q.0
 
 ――ピンポーン、と。
 鳴り響いたのはチャイム音。
 来客が来た事を知らせるベルの音に、二人は顔を見合わせる。
 ヴィヴィオと目が合った瞬間のフェイトは、何処か嬉しそうな表情をしていて。
 如何にヴィヴィオが子供と言えど、それくらいの表情変化はすぐに見抜く事が出来た。

「来たみたいだね。ヴィヴィオ、出てくれる?」
「……? うん、わかったー」

 釈然としないものの、どうやら待ち望んでいた来客らしい。
 心中に若干の期待を抱きながら、ヴィヴィオは玄関に向かった。
 ドアノブをがちゃりと捻って、造りの良い玄関のドアを開く。
 同時。ドアの前に居た誰かが勢いよく跳び上がり――

「――んっ!?」

 次の瞬間には、ヴィヴィオの視界は闇に覆われていた。
 動きを完全に封じられ、次いで息苦しさを感じる。
 何者かの罠か、と考えるも、すぐにその線は薄いと判断。
 何故なら……肌に感じる“それ”は、柔らかかったからだ。
 顔面に触れる感触が、どういう訳か、僅かに柔らかいのだ。
 それがどういう事なのか大体理解した次の瞬間には、

「こら、いきなり飛び付く奴があるか」
「あいたっ!」

 ヴィヴィオの視界に光が戻っていた。
 目の前で頭を押さえ蹲るのは、一人の女だった。
 特徴的な水色の髪の毛に、修道騎士見習いのシスター服。
 人懐っこい表情でヴィヴィオを見る彼女の名は、セイン。
 かつて機動六課と死闘を繰り広げた、ナンバーズの一人だ。
 そして、セインの背後に控えていた二人の事も、ヴィヴィオは良く知っている。

「セイン! それにノーヴェとウェンディも!」
「おうよ。元気でやってっか、ヴィヴィオ?」
「今日からヴィヴィオが4年生だって聞いて飛んで来たんスよ!」

 セインの背後に控えていたのは、赤い髪の毛の女二人。
 ともすれば男前とも取れる様な爽やかな笑みを向けるのはノーヴェ。
 子供みたいに無邪気な笑みを浮かべるのは、ウェンディだ。

「三人とも、いらっしゃい! わざわざヴィヴィオの為にありがとー!」

 最初は誰かと思ったが、相手が彼女らならば話は別だ。
 ヴィヴィオとノーヴェは、同じストライクアーツを極めんとする者同士。
 格闘技の練習にはいつだって付き合ってくれるし、この三カ月で色んな事を教わった。
 今やノーヴェとヴィヴィオの練習試合は、周囲の注目を集める程のレベルへと昇華しているのだ。
 ウェンディはウェンディで、ノーヴェと会うついでに、ヴィヴィオと一緒に過ごす時間も少なくない。
 ナンバーズとヴィヴィオの間には、確かに色々あったが……だからこそ、彼女らもヴィヴィオの事は可愛がってくれる。
 ウェンディもセインもノーヴェも、まるで本当の妹を可愛がるようにヴィヴィオと遊んでくれるのだ。
 そんな彼女らを好きにならない訳が無かったし、会いに来てくれたとなれば尚の事嬉しくもなる。
 そんな中で、すっくと立ち上がったセインは、苦笑いを浮かべ、言った。

「いやー、悪かったよヴィヴィオ、久々だから思わず」
「もう、セインはいつ会っても子供みたいなんだから」

 そこがセインの良い所だが、と心中で付け足す。
 そんなヴィヴィオの心境を知ってか知らずか、セインは声を荒げて言った。

「自慢じゃねーが、あたしはこいつら程精神的に大人じゃないんだからな!」
「うわぁ、それは本当に自慢じゃないっスね」
「全く……こんなのがあたしらよりも年上かと思うと涙が出て来るわ」

 ウェンディとノーヴェが、口々に告げる。
 二人とも心底あきれ果てた様な表情で……だけど、何処か楽しげだった。
 それを見ているヴィヴィオも、何だか解らないけど、楽しくて。
 次の瞬間には、三人が三人とも、子供みたいに笑っていた。

 色々あったけど、今ならば――否、今だからこそ、思う。
 こうやって、他愛も無い雑談で笑い合ったり出来る事は、幸せなんだと。
 今みたいに下らない話題で盛り上がったり、格闘技の練習に励んだり。
 帰還してからの毎日は、ヴィヴィオにとって何もかもが輝いて見える日々だった。
 それもこれも、命あっての物種。
 生きているからこそ、実感出来る幸せなのだ。

 ……しかし、その代わりに払った“代償”は大きくて。
 その事を、一日たりとも忘れた事は無いというのも、また事実なのであった。

939 ◆gFOqjEuBs6:2011/04/09(土) 13:36:07 ID:D5cW9/Q.0
 




 暗い暗い洞窟の闇の中を、一人の少女が歩む。
 碧銀の髪を揺らして歩く姿に、一切の脅えは無い。
 その姿にこそ、威風堂々という言葉は相応しかった。
 今、この空間に於いて彼女は侵入者だ。
 この先に控える裏切り者を叩き潰す事だけを行動方針に動く兵器。
 当然、彼女の侵入に対して、裏切り者のスカリエッティが何の手を打たない訳がなかった。

「         !!」

 息一つ乱さずに、跳躍した。
 その下方、先程まで少女が居た場所を、眩い閃光が駆け抜ける。
 前方に視線を戻せば、無数の閃光が自分目掛けて飛んでくるのが見えた。
 侵入者を排除しようと放たれた、刺客による砲撃だろう。
 だが、何て事はない。
 魂の籠らぬ一撃など、この身体に当たりはしない。
 無駄一つない動きで、舞って見せる。
 ぎゅおおん! と轟音を轟かせ、何発のもレーザーが少女の脇を奔り抜けた。
 数瞬ののち、遥か後方で巻き起こる魔力爆発。
 狭い洞窟内を駆け抜ける爆風は、颶風となって少女の髪を嬲る。
 燃え上る炎に照らされ靡く碧銀の髪は、絹糸の様な美しさを秘めていて。
 美しい少女の容姿には、傷一つ見受けられない。
 それを確認するや、洞窟の奥から一人の少女が飛び出した。
 ボードに乗った少女は、凄まじい速度で狭い洞窟内を駆け巡る。
 少女もそれを視界に捉えて、頭の中で計算を立てる。
 今から数秒の後には、奴が自分と接触する頃だろう。
 ならば、ランデブーの瞬間に、真正面から迎え撃つまで。
 腰を軽く落とし、構えを取った――その刹那。 

「今だ!」

 第三者の声が、背後から少女の耳朶を打つ。
 振り向こうとしたその時には既に、この身体から自由が奪われていた。
 自分を羽交い締めにする水色の髪の女と、バイザー越しに目が合った。
 それは、勝利を確信した者の目付きで。
 何処かから飛び出して来たこの女が動きを封じ、その隙に戦いを終わらせる。
 そういう戦術を仕掛けて来るつもりなのだろうが……下らない。
 これで勝てると思っていたのなら、実に下らないと思う。
 彼女がそう思った、次の瞬間には既に、身体が動いていた。
 非力な女の腕を振り払い、

「なっ!?」

 上部へ向かって放り投げた。
 予想だにしない行動だっただろう。
 だが悲しいかな、その程度の腕力で覇王の進行を妨げるのは不可能だった。
 仰天した様子で空を舞う女は、そのまま真っ直ぐに落下。
 こうしている間にも、前方からは赤髪の女が拘束で迫り来る。
 赤髪と接触するまで、推定残り時間は5秒といった所か。
 ならば5秒で十分だ。それは彼女にとって、あまりにも簡単過ぎる問題だった。
 そう判断するや否や、その場で右脚を振り上げ――跳躍した。

「いいっ!?」

 素っ頓狂な声を上げたのは水色の髪の女。
 何がどうなったのかすら解らなかっただろう。
 次の瞬間には、真っ直ぐに振り上げた足が、女の腹を蹴り上げていた。
 凄まじい衝撃が、自分の脚からビリビリと伝わって来る。
 その感触が、相手を破壊したのだという感覚を確信へと変えてゆく。
 女の身体がくの字に折れ曲がって、蹴った箇所からは嫌な音が聞こえた。
 機械が軋み、壊れる様な――ともすれば、骨が折れた音にも聞こえるかも知れない。
 嫌な破壊音に次いで、声にならない嗚咽が聞こえた。
 女はそのまま天井に激突し、真っ逆さまに落下。
 その様を碌に確認もせずに、少女は一歩後方へと跳び退った。

「ちょっ……セイン!?」

 同時、突貫してきた赤髪が急停止した。
 真上から落下してきた女の身体が、ボードの動きを掣肘したからだ。
 どさりと音を立てて落下したこの女、名はセインというらしい。
 最も、敗者の名前に興味など持つ筈もなく、すぐに頭の隅へと追いやられたが。
 不自然に折れ曲がったセインの身体を見たボードの女が、一瞬身体を強張らせる。
 眼前に広がる狩る者と狩られる者の構図。
 本能的な恐怖が背筋を駆け抜けたのだろう。
 次はお前だと言わんばかりに、

940 ◆gFOqjEuBs6:2011/04/09(土) 13:39:36 ID:D5cW9/Q.0
 
「       ッ!!!」

 碧銀の少女は息を一つ吐き出して、大地を蹴った。
 赤髪の眼前まで飛び上がり、長い脚を振り上げる。
 反射的にボードでガードの姿勢を作るが、そんな物は問題にもならない。
 その程度の玩具でこの蹴りが防げると思ったら大間違いだ。
 振り抜いた脚は周囲の大気を寸断して、傲然たる勢いでボードを叩き折った。
 火花と共に強烈な破壊音が鳴り響き。
 次の瞬間には、

「――グフ、ァ……!?」

 赤髪の顔面を、少女の脚が蹴り飛ばしていた。
 真っ赤な血液を吐き出して、呻きと共に後方へと吹っ飛び。
 そのまま洞窟の壁に激突、地べたに転がるボードの破片の元へと崩れ落ちた。
 ……が、どうやらまだ完全には意識を刈り取れてはいない様子だった。
 咄嗟に掲げたボードによるガードが、存外ダメージを和らげてくれたらしい。
 だが、意識を失わなかったからと言って、助かった事には決してならない。
 寧ろ、今の一撃で気を失えなかった事は不運でしかないのだった。
 バイザー越しに赤髪を見下ろし、トドメを刺そうと一歩を踏み出した、その時だった。

「らぁぁぁああぁぁああぁぁああああああああッ!!!」

 耳を劈く様な怒号。
 反響するタービンの回転音。
 彼方から走り抜けて来たもう一人の女が、拳を振り上げ跳び上がる。
 型は良い。気迫も十分。格闘家としては、十分過ぎる程の逸材と見た。
 ならば、確かめてみたい。こいつがどれ程の力を持っているのかを。
 自分の拳とこいつの拳、どちらの方が上なのかを。

 何も思い出せない筈の心は、しかし目の前の女との決戦を望んで居た。
 ともすれば、それは心と言うよりも、彼女自身の本能なのかも知れない。
 嗚呼、結局、本当の所は自分にも解らないのだ。
 だけど、ただ一つだけ、本能が覚えている事があるとすれば。
 それは、戦えば戦う程に、この身体が強さを求めるという事。
 自分は、この身体は、一体何処まで行けるのか。
 眼前の相手よりも――誰よりも強く在れるのか、と。

「ぐ……っ!」

 女の拳を腕の甲で受け止める。
 ここへ来て初めて漏らした呻き声。
 ぎしっ、と。音を立てて、骨が軋む。
 だが、これで終わりはしない。
 拳を受け止めた腕を振り払い、同時に右脚を振り上げた。
 がきん! と金属音が鳴り響いて、蹴り脚は女の脚と激突。
 相手もまた、この蹴り脚を受け止める為に左足を掲げたのだ。
 所謂、カットという奴だ。格闘戦に於ける、初歩的な防御方。
 お互いがお互いの身体を弾いて、共に数メートルの距離を開いて対峙する。

「テメエ、よくもあたしの姉妹を!」

 金色の瞳からは確かな憎しみが感じられた。
 女は拳を引いて、次の一撃に備える。
 ならばとばかりに、こちらも再び構えを取った。
 この身体に眠る“彼”の記憶を再現するように。
 ベルカの天地に覇を成すとまで云われた構えを、この身体で再現する。
 刹那、少女の脳裏に疑念が過った。

 自分は今、何をしているのだろう、と。
 これは何のための戦いで、誰を守る為の戦いだったか、と。
 自分が今しようとしている事は、本当に“彼”が望む事なのか。
 彼と私が望んだ■■流は。
 ■■の悲願は、本当にこれで成し遂げられるのか。
 そんな疑念を振り払ってくれるのは、対峙する女の絶叫だった。

「オォッォォォオオオオオォォォオオォオォォォオオォッ!!!」

 脚のタービンを唸らせて、拳を振り上げ大地を蹴り上げる。
 一足跳びに少女の眼前まで肉薄した女は、全力で拳を振り抜いた。
 だけど、その攻撃は何故か……曇っているように思えた。
 自分の拳と同じで、何処か迷いがあるような。
 だが、今は一先ず考える事をやめよう。
 今は只、目の前の戦いに集中すべきだ。
 腰を落として、ステップを踏み込み。
 ひゅん、と風が切れる音が聞こえた。
 凄まじいまでの速度で振り抜かれた拳は、しかし命中せず。
 風の音と共に、少女の周囲の風を断ち切った。
 技量としては見事の一言に尽きる。
 だが――届かない。
 これでは、こんな拳では、届かないのだ。
 赤髪の女の胴体まで上体を下げた少女は、相手の顔をちらと見遣る。
 背後で燃え盛る爆炎の所為か、燃える様な赤の髪は、余計に赤く染まって見えた。

941 ◆gFOqjEuBs6:2011/04/09(土) 13:41:56 ID:D5cW9/Q.0
 
「              ッ!!」

 足腰を踏ん張り、この身体に眠る力を練り上げる。
 白亜の騎士甲冑に身を包んだ少女が、拳を握り締めた。
 一合で決める。こいつに使ってやる時間は、勿体ないからだ。
 相手が上体を捻り、その一撃に対処をしようとするが――もう遅い。

「ぐっ――ぅ……!」

 どすん! と、心地の悪い、それでいて豪快な音が響き渡った。
 目にも止まらぬ速度で、少女の拳が相手の胴体を抉ったのだ。
 紺色のスーツ越しに、拳は相手の腹筋へと捻り込まれ、そのまま内臓を破壊せん勢いで減り込む。
 全ては一瞬だった。
 次の瞬間には、相手の身体は洞窟の壁に叩き付けられ、そのまま崩れ落ちる。
 口元から血液だとか胃液だとかを吐きだしながら、意識を失った少女の瞳からは光も失われる。
 白目を剥いて倒れる姿は、ナンバーズきっての攻撃手・ノーヴェにしては、あまりにもあっけない敗北であった。

「貴方がもし自我を保っていれば、もっと強かったのでしょうか」

 碧銀の髪を揺らし、少女は物言わぬノーヴェに吐き捨てる様に言った。
 ノーヴェの拳は、素人がそうおいそれと繰り出せる代物ではなかった。
 そのテクニック、速度、切れ味、どれをとっても格闘家としては一級品。
 なのに、何故こうも簡単に敗れたのか。
 それは、単に拳に「魂」が乗って居ないからだ。
 それが一体何故なのか、なんて事には全く興味を抱かない。
 向かってくるならば倒す。
 自我がないなら、楽に潰せる。
 その分、事がスムーズに進められる。
 少女にとっては、その程度の認識でしかなかった。

 不意に振り向けば、そこに横たわるは、三人の身体。
 水色の女はセイン。胴体を“壊した”のだ。修理を受けない限り、動く事は不可能。
 今し方倒した格闘家はノーヴェ。問題無く、完全なるKOだ。此方も同じ理由で動けまい。
 最後に残った女は、ウェンディ。意識こそ保ってはいるが、この程度の相手ならば問題無い。
 向かってくるなら他と同じ様に撃破するのみ。自分にとって取るに足らない弱者だった。
 故に踵を返し、洞窟の更に奥へと進もうとした――その時。

「待つっス……! ドクターの元へ行かせる訳には……!」

 女はそれでも声を荒げた。
 だけど、耳を傾けてやる気は無い。
 こんな所でこんな奴を相手にするのは、時間の無駄だ。
 第一、これ以上こんな場所で道草を食うのは、彼女の使命感が許さなかった。
 この心に刻み付けられたのは、「裏切り者を叩き潰せ」という揺るぎない使命。
 この身体が動くのは、それを果たさんとする使命感故。
 だからこそ、これは最後の警告だった。

「貴女は私の標的ではありません。それでも邪魔をするというのなら、次は徹底的に破壊しますが」

 バイザー越しにちらと一瞥する。
 ウェンディは、動かなくなったノーヴェとセインを眇め見て――。
 最早それ以上は、何も言おうとはしなかった。
 ただ何も言わず、反抗的な視線で自分を睨み付けるばかり。
 恐怖心に脅かされた心が、ウェンディにそれ以上の言葉を塞がせたのだろう。
 無理もない。ウェンディとて既にそれなりのダメージを負っている状態なのだ。
 その上で、姉妹二人の完全なる敗北を見せ付けられたのだ。
 いくら頑丈な心だって、折れてしまうのも仕方のない事だった。
 
「それでは」

 だが、それでいい。
 これこの手を以上煩わせないで欲しかったから。
 最早誰に刻まれたのかも解らぬ使命を果たす為。
 白亜と深緑の少女は洞窟の最深部へと進む。

942 ◆gFOqjEuBs6:2011/04/09(土) 13:44:52 ID:D5cW9/Q.0
 




 その日の晩、ヴィヴィオの進級祝いは無事執り行われた。
 テーブルの上に無数に並ぶのは、綺麗に料理を平らげられた痕跡。
 料理のソースやケーキのホイップが僅かに付着した大量の皿。
 それらを眺め、満腹感に浸りながらヴィヴィオが告げる。

「今日は皆、私の為にありがとう」
「本当は他の皆ももっと呼びたかったんだけどね」

 苦笑いしながらそう返すのは、フェイトだ。
 結局他に進級を祝ってくれたのは、ナンバーズの三人だけだった。
 だけど、ヴィヴィオはこれでも十分だと思っている。
 セインが作ってくれた料理はどれも美味しかった。
 ノーヴェと共に、格闘技について語り合った時間は、心が熱くなった。
 場の空気を盛り上げてくれたウェンディのお陰で、常に笑顔を絶やす事も無かった。
 自分の事を本当に思ってくれている彼女らだけでも、ヴィヴィオにとってはこれ以上ない幸せだったのだ。

「まあ、なんだ」

 ジュースの容器に突き刺したストローから口を離し、ノーヴェが口を開く。

「あたしらとヴィヴィオの間には確かに色々あったけどよ
 今ではあたしも、お前の事は妹みたいに思ってるから、さ」

 ぽん、と。
 ノーヴェの手がヴィヴィオの頭の上に置かれた。
 その手から伝わって来るぬくもりは、どこか懐かしくて。
 遠い昔、大切な人に頭を撫でて貰った時の事を思い出して。
 この小さな胸が、少しだけ締め付けらる様な気がした。

「あたしらに頼りたい時は、いつでも頼ってくれよ、ヴィヴィオ」

 何処か照れ臭そうにノーヴェは笑う。
 目線を逸らしているのは、やはり直接こんな事を言うのは柄ではないからだろうか。
 確かにヴィヴィオは多くのものを喪った。
 だけど、代わりに得たものも多い。
 血こそ繋がっていないものの、本当の姉の様に接してくれる人が居る。
 ノーヴェだけじゃない。セインやウェンディ、フェイトだってそうだ。
 彼女らもまた、ヴィヴィオと同じように大切な人を喪ったから。
 だから殊更、彼女らもヴィヴィオを他人とは思えないのだろう。

「ありがと、ノーヴェ」

 だけど、だからこそ。
 その事を考えれば素直には喜べなかった。
 忘れる事など出来ない出来事が、影をちらつかせる。
 結果、図らずも何処か虚ろな笑顔を浮かべてしまっていたようで。
 只でさえ赤面していたノーヴェも、それ以上何も言わなくなってしまって。
 この場の空気が一転、少しだけしんみりとしてしまう。

「あ、ごめん……皆、折角盛り上がってたのに」
「いいっスよ、ヴィヴィオ。あたし達だって、気持ちは解るっス」
「一応あたしらも、ヴィヴィオとは似た様な境遇にあった訳だしなー」

 ウェンディに、セインが続ける。
 ナンバーズもまた、被害者と言えば被害者なのであった。
 ヴィヴィオも事のあらましは全て聞いた。
 ナンバーズの身に何が起こったのかも、知っている。
 更生組である筈の彼女らが何故再び悪事に手を染めてしまったのかも。
 悪の科学者の尖兵として戦った彼女を、武力で以て止めてくれた人物が居る事も。
 ……結局の所、どうしてそうなったのか、とか。そういう裏手の事情は解らず終いだが。
 かろうじて、彼女らの身に起こった出来事だけは知っていたのだった。

「その、4年前にノーヴェ達を止めてくれた人はどんな人だったの?」

 不意に、疑問を口にした。
 詰まってしまった会話の流れを再び繋ぐべく。
 それは同時に、気になって居た事でもある問い。
 どんな人間が、どんな想いを持って、ノーヴェ達ナンバーズを止めたのか。
 それは正直な所、ヴィヴィオ自身も気になる話なのであった。

「さあ、結局あいつも保護された後すぐ出て行っちまったらしいからな」
「でも、聞いた話じゃ彼女も洗脳されてたらしいっスね」
「短期間だけど、洗脳解けるまでは管理局でリハビリしてたらしいけどなー」
「え、ちょっと待って、洗脳って……?」

 三人の言葉に、疑問で答える。
 ノーヴェ達を救ってくれた英雄だと思っていたその人は、洗脳されていた。
 そんな事実は初耳だし、どういう状況なのか、訳も解らなかった。
 そして、ヴィヴィオの疑問に答えたのは、

943 ◆gFOqjEuBs6:2011/04/09(土) 13:50:42 ID:D5cW9/Q.0
 
「調書だと、プレシア母さんによる洗脳の可能性が高いんだって」

 フェイトだった。
 食器を片づける手を止めて、悄然として俯く。 
 プレシアの起こした事件は、フェイトにとっても消えない傷だった。
 例え事件が終わっても、フェイトの中でそれが解決する事は無いからだ。
 そもそも元を正せば、十年前、自分がプレシアを救えなかったが故に起こった事件とも言えるのだから。
 フェイトはそれを背負って行くしかないし、だからこそ今こうして前向きに生きているのだろう。
 子供なりにそれが解って居るからこそ、ヴィヴィオもこれ以上プレシアを憎もうとはしない。
 あの戦いで散った最愛の母だって、ヴィヴィオが彼女を憎み続ける事は望まないだろう。
 フェイトが背負った過去と戦い続けている様に、自分も背負った命の分まで生きなければならない。
 憎む方が圧倒的に簡単なのだから、自分はそうではない未来を歩んで行かねばならない。
 本当に難しいのは、憎しみや過去と向かい合ってどう生きて行くか、だった。
 だからヴィヴィオも、フェイトに必要以上の同情はせずに話を続ける。

「プレシアママがどうしてナンバーズを?」
「多分、スカリエッティがプレシア母さんを裏切ったから、だと思う」
「……ま、そのお陰であたし達は今こうしてここに居られるんだけどな」

 ノーヴェの言う通りだった。
 事実として、この事件の解決に最も尽力したのは、その少女だ。
 プレシアに洗脳されていたとはいえ、彼女が行動を起こしたからこその結果。
 出来るなら、今はもう何処にいるのかも解らないその少女に会ってみたい、と。
 彼女も武人であるのなら、一度ヴィヴィオもお手合わせを願いたい、と。
 そんな事を考え、物思いに耽ったヴィヴィオは、つい黙り込んでしまう。
 各々思う事があったのか、数瞬の沈黙が流れた後、

「ま、まぁまぁ、折角の進級祝いなんだから、難しい話は置いといて」

 それを破ったのは、やはりこの場での最年長たるフェイトであった。
 最後の食器を片づけ終えたフェイトが、本来のこの場に似つかわしい明るい声色で以て告げる。

「ヴィヴィオももう4年生だよね?」
「そーですが?」
「この4年間、色々あったみたいで……魔法の基礎も大分出来てきた。
 だからそろそろ、自分の愛機(デバイス)を持ってもいいんじゃないかと思って」
「ほ、ほんとっっ!?」

 それは思いもよらぬ僥倖。
 ヴィヴィオが所持しているのは、マッハキャリバーのみだ。
 だけれどそれは、元々スバルの為に組まれたデバイスであって、ヴィヴィオの物では無い。
 帰還するまでの4年間を、ずっとゆりかごで共に過ごして来たとは言え、その事実は変わらない。
 だから、マッハキャリバーに魔法の練習に付き合って貰う事はあっても、それが自分の愛機だとは言えなかったのだ。
 だが、そんなヴィヴィオにも、ようやく愛機と呼べるデバイスが与えられる。
 ともすれば、ヴィヴィオの瞳が輝かない訳が無かった。

「実は私が今日、マリーさんから受け取って来ました」

 そう言って、フェイトが近くの戸棚から小箱を取り出した。
 ヴィヴィオの手と比較すれば、少し大きいくらいのサイズの箱。
 待機状態のバルディッシュやマッハキャリバーを入れるなら、大きすぎるくらいの箱だった。
 中には一体どんなデバイスが入って居るのか。
 そんな期待を胸に、箱を開ける。
 しかし。

「……うさぎ?」

 中に入って居たのは、うさぎのぬいぐるみだった。
 かつてヴィヴィオが大切にしていたうさぎのぬいぐるみに、良く似ている。
 だけど、似ている様で違う。あのぬいぐるみとは決定的に違う、何か。
 そう。言うなれば、それはまるで「生きているようなぬいぐるみ」と表現するに相応しい。
 まるで的を射ていない表現だが、これがただの布と綿の塊でない事だけは、感覚的に解る。
 そんな不思議なぬいぐるみが、次の瞬間には――

「えっ!?」

 ふわりと浮かび上がり。
 ヴィヴィオの眼前で、びしっ! と手を上げた。
 それはまるでヴィヴィオに挨拶をしているかのようで。
 愛らしいうさぎのぬいぐるみは、明確な意思を持っていたのだ。
 これがヴィヴィオにとっての初めての愛機との出会いとなるのであった。

944 ◆gFOqjEuBs6:2011/04/09(土) 13:56:29 ID:D5cW9/Q.0
 




「やれやれ、こちらの手駒も随分と削られてしまった様だねぇ」

 白衣を着たスカリエッティが、一人ごちる。
 憂いの籠った声色は、しかし笑顔で以て紡がれた。
 その表情をにやりと歪めて、金色の瞳でモニターを見る。
 そこに映るのは、悠然と歩を進める碧銀の少女。
 既に迎撃に向かったセインも、ノーヴェも、ウェンディも……最早使い物にならない。
 彼女らは、あろう事か三人掛かりで徒手空拳の女一人にすら勝つ事が出来なかった。
 圧倒的な力量差の前に、見事に三人揃って撃破せしめられたのだ。

「まさか彼女がこうまで粘るとは。いやはや、大魔道師と呼ばれるだけの事はある。
 これでナンバーズの残存兵力もたったの一人になってしまったよ」

 胸中でプレシアを思い描き、笑う。
 No.1、No.2、No.7、No.8、No.12は時の庭園へ出向中。
 最新の連絡で、現在こちらへ帰還する為に脱出艇を発進させたとの話は聞いている。
 されど、遠く離れた異世界からこのミッドチルダへ帰還するとなると、否応なしに時間も掛かる。
 故に現状では役立たずだ。今まさにここに乗り込まんとしている敵への対抗戦力にはなり得ない。

 では他のナンバーズはどうか。
 まず、No.4、No.5、No.10の三人はプレシアのデスゲームにて死亡。
 彼女らはプレシアの技術を使用し、それぞれこの世界の別々の時間軸から呼び出した。
 これは純粋に、タイムパラドックスを利用した技術に、スカリエッティ自身も興味があったからだ。
 実験の一環と参加者の確保を兼ねて、自らの戦力たるナンバーズをデスゲームに参加させた。

 次に、No.6、No.9、No.11の三人。
 彼女らは、今し方現れた侵入者によって叩き潰されたばかりだ。
 では、何故更生組に分類されていた筈の彼女ら三人が再びナンバーズの兵士に戻ったのか。
 簡単な話だ。コンシデレーション・コンソールを使用し、強制的に洗脳状態に置き、脱獄させただけの事。
 結果、かつて聖王ヴィヴィオを操った装置は、三人を従わせる分には十分過ぎる効果を発揮してくれた。
 ……といっても、倒されてしまった以上、所詮は役立たずなのだが。

 これらは全て、スカリエッティにとっては実験、というよりゲームでしかなかった。
 だけれど、如何にゲームと言えど流石に戦力をここまで潰されてしまった事に関しては予想外。
 時の庭園に向かわせた五人にはプレシアの戦力を完全に破壊しろと命じたし、それは確かに実行された筈。
 実質的に戦場となるのは時の庭園だし、戦闘能力だって申し分のないナンバーズを、五人も送ったのだ。
 確実に勝てるだけの戦力を寄越して、綿密に立てられたプレシアの殺害計画。
 それがよもやしくじるなどとは夢にも思うまい。
 全てはスカリエッティの思惑通りに進んでいたと、そう思っていたのだから。

 なのに、まさかプレシアがあんな隠し玉を持っていたなどと、誰が想像出来ようか。
 ナンバーズ三人を潰した侵入者は、スカリエッティの知るどの世界の住人とも合致しない。
 かといって、デスゲームの終了時点から突然現れた第三者とも考え難い。
 スカリエッティの裏切りから間髪入れず、これだけスムーズにこの場所まで辿り着いたのだ。
 恐らく最初からこの場所へ転送される事も、プレシアの計画の内に入って居たのだろう。
 言わば彼女はスカリエッティの一人勝ちを防ぐためだけに用意されたプレシアの最後の駒。
 その為だけに最初から用意され、その時が来るまで眠らされていた哀れな駒。
 それが今こうして、自分の命を狩り取ろうと迫っているのだ。

「もうウーノ達も帰っては来ないだろうなぁ」

 不敵な笑みと共に告げる。
 以上の事から考えるに、プレシアは相当自分を警戒していたのだろう。
 殺される事自体は防げなかったとは言え、その後の罠ならいくらでも仕掛けられる。
 プレシアはスカリエッティの裏切りまで考えてあの少女を送り込んだとするなら――
 脱出に使われるであろう脱出艇……或いは、時の庭園の周囲の空間にも、罠が仕掛けられている可能性が高い。
 ならばもう、成す術はないのだろう。あれだけ求めたアルハザードの技術も手に入らないかもしれない。
 どうしたものか、と考える。
 と、そんな時であった。

945 ◆gFOqjEuBs6:2011/04/09(土) 14:00:01 ID:D5cW9/Q.0
 
 どごんっ! と、響き渡る轟音。
 スカリエッティの後方のドアが、軋みを上げる。
 洞窟内に造られたラボが僅かに振動し、ぱらぱらと砂埃が落下する。
 もう一撃、ドアに打撃が加えられて、今度はドア全体が大きく振動した。
 大きく変形したドアを見れば、そう長くは持たないという事もわかる。

「どうやら来たようだね」

 不敵に笑ったスカリエッティは、手元のコンソールを叩く。
 細く長い指が軽快なステップを刻み、キーを打ち込んで行く。
 これは最後のゲームを盛り上げる為の、最期のスパイスだ。
 そうだ。これこそ、命を賭けたデスゲームの最後を飾るに相応しい。

「私はタダでは終わらんよ」

 まだだ。まだまだ、お楽しみはこれからだ。
 プレシアとの主催陣営ゲームは、ここからが最後の駆け引き。

「はてさて――」

 最後に勝つのはプレシア側か、スカリエッティ側か。
 ドアを完全にブチ抜かれた事による轟音がスカリエッティの耳朶を叩いた。 
 それはまるで、最後のゲームの始まりを告げるゴングのようで。





 場所は変わって、市民公園内の公共魔法練習場。
 その名の通り、魔法の練習をする為に用意された大きなグラウンドだ。
 高町なのはが暮らしていた世界の常識で言い表すならば、サッカーのスタジアムに近い。
 眩くライトアップされたスタジアムの周囲は緑豊かな公園に囲まれて居て、非常に開放的な印象を受ける。
 そんなスタジアムのど真ん中、ライトアップの中心地で、構えを取る少女が二人。
 一人は三角のベルカ式魔法陣を足場に描いた少女――高町ヴィヴィオ。
 もう一人は、濃紺のバリアジャケットに身を包んだ少女――ノーヴェ・ナカジマ。
 お互いがお互いを視界に捉えて、不敵な笑みを交わす。
 先程行われた進級祝いにて、ヴィヴィオは新たなデバイスを受け取った。
 自分専用のデバイス……それは、ヴィヴィオ自身もずっと待ち望んでいた事だ。
 それ故、やはり今すぐにでも使いたいと思ってしまうのも、仕方の無い事と言える。
 しかも、今日はヴィヴィオの師匠たるノーヴェも同席しているのだ。
 なればこそ、これを機会にやる事はたった一つだ。

「準備はいいか、ヴィヴィオ?」
「うんっ! お手柔らかにお願いします」

 ノーヴェの問いに、一礼で返す。
 最早難しい説明などは不要だろう。
 今から始まるのは、デバイスの起動テスト……という名目の、練習試合。
 ヴィヴィオが尊敬し、師と仰ぐノーヴェが初陣の相手であるならば、不足もない。
 たっ、たっ、と地面を蹴ってステップを刻みながら、ノーヴェが問う。

「そういや新しいデバイスの名前はもう決まってるのか?」
「えへへ、実は名前も愛称ももう決まってるんだ」

 問いに答え、目の前に浮かぶ“うさぎのぬいぐるみ”に微笑みかける。
 ただのぬいぐるみと侮る無かれ。このうさぎはただのぬいぐるみではない。
 その本体はうさぎの中身、ヴィヴィオに合わせて造られた宝石状のデバイス。
 それを、ヴィヴィオと馴染みの深い形である“うさぎのぬいぐるみ”で偽装したもの。
 早い話が、うさぎのぬいぐるみの姿をした、最新式の高性能デバイスなのだ。
 そして、そんな素晴らしいデバイスを貰ったからには、強くならない訳にも行かない。
 ヴィヴィオの想いを汲んでくれたフェイトや、マリーに応える為にも。
 そして何よりも――最愛の母の想いに応える為にも。

「見ててね、なのはママ。わたしは強くなるから……
 なのはママから貰ったもの、今度は全部守り通すから」

 誰にともなく呟いた言葉は、今でも胸の中で生き続ける最愛の母へ向けて。
 あの日の戦いで確かにヴィヴィオは一度リンカーコアを失った。
 だけど、今この身体には、確かに聖王の力を引き出す為の魔力が満ちている。
 その理由は誰にもわからないが――しかし、思い当たる節ならある。
 最後の戦いで――あの黄金の敵との戦いで、ヴィヴィオは再び力を求めた。
 始めて自分の意思で戦いたいと願い、そして自らその肉体にレリックを埋め込んだ。
 その結果ヴィヴィオが得たのは、カテゴリーキングを撃破するだけの膨大な魔力。
 しかしそれは、戦いが終わっても消える事は無く。
 レリックが消滅して、相当の年月が経過した今でも、健在であった。
 あの戦いから四年間、毎日を共に過ごして来たマッハキャリバーこう言った。
 あれから長い時間を掛けて、レリック自身がヴィヴィオの身体に溶け込んだのではないか、と。
 難しい話は良く解らないが、レリックが無くとも魔力を行使出来る以上、その可能性が高いのだと。

946 ◆gFOqjEuBs6:2011/04/09(土) 14:11:59 ID:D5cW9/Q.0
 
 ――だけど、ヴィヴィオはそれだけではないと思う。
 上手く説明が付けられない事実に、説明を付けるたった一つの心当たりがある。
 あの日“強くなりたい”と願ったヴィヴィオをここまで導いたのは、ジュエルシードの魔法の力だ。
 他ならぬヴィヴィオ自身が“強くなりたい”と願ったから……
 その強い想いに惹かれて、ジュエルシードは姿を現したのだ、と。
 愛する母達の姿を借りたジュエルシードは、確かにあの時ヴィヴィオにそう言った。
 そして、ヴィヴィオが彼女らに求めたのは“なのはママと暮らしたこの世界”への帰還。
 生きて帰って、60人の参加者達が生きた証を立てる為に。
 60人の命を背負って、今度は皆を守れる強い人間になる為に。
 そんな想いに、副次的にではあるが、ジュエルシードが応えてくれたのではないか。
 レリックがこの身体に溶け込み、もう一度ヴィヴィオに力を与えてくれたのは、そういう事なのではないか。
 根拠は何もないけれど、ヴィヴィオは心の何処かでそう信じていた。
 というよりも、そう信じていたかった……と言った方が正しいか。
 それはジュエルシードが、愛する母の姿をしていたからかもしれない。
 結局の所、本当の事は誰にも解らない。
 だけど、今は別に、それでも構わない。

 自分自身の願いに嘘を吐く事にならない様に。
 自分で決めた自分の道を、自分自身の力で進んで行ける様に。
 ヴィヴィオはこの四年間、一日たりとも休む事無く、修練を続けた。
 マッハキャリバーと共に、スバルが積んだというトレーニングを日々繰り返し。
 たった一人でも、孤独にも負けず、辛い訓練に耐え続けてきたのだ。
 鍛錬を積めば積む程、身体に魔力が戻って行くのを感じながら。
 そしてその成果を、自分の拳で以て確かめる事が出来る。
 そうだ。今からここで、見せつけるのだ!

947 ◆gFOqjEuBs6:2011/04/09(土) 14:14:42 ID:D5cW9/Q.0
 
「あの人に届かせよう。わたしの……わたし達の力を」

 初めて手にした自分の力に呼び掛ける様に。
 それは自分だけの為に造られた、自分だけの愛機(デバイス)。
 眼前で不敵に笑うノーヴェに微笑みで返し、ヴィヴィオは天高くその手を掲げた。
 まるでヴィヴィオに応えるように、うさぎの姿をした愛機がふわりと眼前へ浮かび上がる。

「マスター認証、高町ヴィヴィオ」

 ヴィヴィオの足元に光が灯った。
 三角系を主体とした魔法陣は、ヴィヴィオの術式を現したもの。
 ベルカ主体の、ミッド混合ハイブリッド。格闘流派はストライクアーツ。
 魔法陣の輝きに伴って、うさぎの愛機がヴィヴィオの眼前へと浮かび上がる。

「わたしの愛機(デバイス)に個体名称を登録――
 ――愛称(マスコットネーム)は、クリス」

 ヴィヴィオの為だけに造られたハイブリッドインテリジェントデバイス。
 幼い頃、大切にしていたうさぎのぬいぐるみを元に造られたデバイスの愛称は、クリス。
 しかし、それは所詮は愛称に過ぎない。
 ヴィヴィオがこの愛機に与えた本当の名前は、別にあるのだから。
 クリスと呼ばれたうさぎが、自分の本当の名を呼ばれる瞬間を、今か今かと待ち構える。

「正式名称は――」

 それは、ずっと前から決めていたたった一つの名前。
 母の想いを受け継ぎ、母の想いを守り抜く為に。
 今ここに、不屈の心(レイジング・ハート)を受け継いだ新たなデバイスが誕生する。
 ヴィヴィオの、清く神聖なる魂を体現する、その愛機の名前は。

「――セイクリッド・ハート!」

 呼ばれたうさぎが、びしっ!と片手を振り上げた。
 一生のパートナーとなるヴィヴィオに応える為に。
 これからヴィヴィオと共に、高みを目指して行く為に。
 期待の眼差しで見詰めるノーヴェをよそに、ヴィヴィオは眼前のうさぎを掴み――

「行くよ、クリス!
 セイクリッド・ハート! セーーーット・アーーーーップ!!!」

 刹那、眩い光がヴィヴィオの飲み込んだ。
 魔法陣の輝きによって、ヴィヴィオの衣服が弾け飛び。
 次いで、まだ幼いヴィヴィオの身体が急速に成長してゆく。
 身長が、手足が、幼なかった胸が――大人のそれと等しく変わる。
 プラチナブロンドの髪は青のリボンで纏め、母と同じサイドポニーに。
 かつての聖王の姿をそのまま模した様なそれは、まさしくカテゴリーキングとの戦いに挑んだ時の姿。
 これがヴィヴィオが望んだ、全てを守り抜く強さを体現する為に必要な力。
 光が収まった時、そこに居るのは“大人モード”として生まれ変わった、かつての聖王であった。

948 ◆gFOqjEuBs6:2011/04/09(土) 14:23:12 ID:D5cW9/Q.0
 




 歩き続けた少女は、決戦の場所へと辿りついた。
 ここに、自分が倒すべき敵が居る。
 ここで、自分は自分の存在意義を果たすのだ。
 その為に、最後の障壁となった眼前の扉を、破壊する。
 少女が繰り出したのは、力の限り打ち出されたキック。
 その速度、まさしく弾丸の如く。
 暴力的な威力で打ち出されたキックが、鉄のドアを大きく凹ませる。
 二撃目で凹みは更に大きくなって、ドアを支える基部が軋みを上げる。
 三撃目で目の前のドアは完全に破損。大きな音を立てて吹っ飛んだ。

「やあ、よく来たね」

 扉の先で待ち受けていたのは、白衣の男だった。
 紫色の髪の毛に、金色の瞳。厭らしく吊り上がった口元。
 不快感さえ伴うその不遜な態度。
 最早間違いない。こいつが標的のスカリエッティだ。
 標的を視界に捉えた少女は、一歩を踏み出し、周囲をぐるりと見渡す。
 本来ならば薄暗い筈の洞窟も、この部屋だけはその限りでは無かった。
 大量に設置されたモニター類と、無数のランプが少女を照らす。

 言うなればここは、純粋な研究室(ラボ)。
 そんな印象を抱かせるこの場所だが、しかしこれからここは戦場となる。
 戦う為に作られた筈では無いこの研究室で、これから自分は破壊の限りを尽くすのだ。
 今し方自分が破壊した扉を踏み躙って、歩を進める。
 そんな彼女を見たスカリエッティは、にやりと笑い、

「不躾な来客だ。名前くらい名乗ったらどうかね?」

 一歩も退かず、誰何した。
 両手を広げて問う姿には、余裕すら感じ取れる。
 これから自分はこいつを叩き潰すのだから、名前くらい名乗ってやってもいいだろう。
 それが彼女なりの礼儀だし、それくらいは構わない。
 寧ろ武人の情けだとも思えた。

「覇王流(カイザーアーツ)正統、ハイディ・E・S・イングヴァルト。覇王を名乗らせて頂いています」
「これはこれは、エンシェントベルカの覇王が態々こんな所まで何をしに来たのかなぁ」
「今更知れた事を。私は貴方を排除する為にここまで――」
「――それは本当に君自身が望む目的かね?」
「なに……?」

 言葉を遮り、問いを被される。
 どういう訳か、その質問に応える事は出来なかった。
 スカリエッティの打倒。これは本当に、自分が心の底から望んだ事なのか。
 もしかしたら、誰かに植え付けられた偽りの使命感なのではないか。
 そんな疑念が浮かんでは、定められた使命感がそれを押し潰す。

949 ◆gFOqjEuBs6:2011/04/09(土) 14:23:42 ID:D5cW9/Q.0
 
「私は」

 何故か……なんて、そんな事は関係ない。
 自分はただ、この男を潰せばいい。それだけだ。
 そうしなければ、自分はこの呪いからは解放されない。
 真の自由を得る為にも、自分は戦わなければならないのだ。
 だから、私は何としてもやらなければならない。
 嗚呼そうだ、惑わされてはいけない。
 その為に私はここに来たのだ。
 その為に私はここに居るのだ。
 ならば、やる事は一つ!

「これで、終わらせます!」

 これ以上の問答などは必要ない。
 これ以上、面倒事について考えるのも、煩わしい。
 標的の頭蓋を吹き飛ばさんと、ゆらりと構えを取った――その刹那。
 ひゅん、と。大気が振動して、風を切り裂く音が聞こえた。
 覇王がその本能で感じ取ったのは、急迫して来る圧倒的な殺気。
 条件反射で、覇王もまた腕を振り抜き、風を切り裂く事で応える。
 覇王の拳によって切り裂かれた大気が、風の刃となって襲撃者を迎撃した。

「――ッ!!」

 寸での所で覇王の一撃を回避し、その場に着地したのは一人の女戦士。
 紫紺の髪はショートカット。黄金の虹彩は、男勝りな鋭い目付きで以て覇王を睨む。
 両腕と両足から紫紺のエネルギー翼を生やしたそいつは、ナンバーズ最後の兵士。
 最高の指揮官であると同時に、最強の戦闘能力を有した戦士。
 その名は――

「最後に残ったナンバーズ、トーレだ。
 彼女は今まで君が戦って来たナンバーズとは違うよ」

 No.3、トーレ。
 スカリエッティの説明は、成程的を射ている。
 確かに目の前のトーレから感じる気迫は、今まで戦った三人とは段違いだ。
 今まで戦った三人は、対峙した所でそこに本物の魂などは感じなかった。
 だが、目の前のこいつは違う。
 自分の意思でこの場に立ち、自分の魂を賭けて覇王を討たんとしている。
 ジリジリと……大気を通して、まるで肌を焦がす様な殺気を感じるのだ。

「成程、確かに今までの三人とは違って、彼女の瞳には魂があります」
「嗚呼、やはり君には解るか。流石カイザーアーツの覇王を名乗るだけの事はある。
 君が見抜いた通り、トーレだけは最初から自分の意思で私に忠誠を誓ってくれているよ。
 だが、それを見抜いた所で、君がトーレに勝てるとは到底思えないのだがね」

 スカリエッティの言葉を引き継ぐように、トーレが言う。

「貴様もまた、ノーヴェ達と同じだ。魂の無い拳が私に届くと思うな」
「何を――ッ!」

 言葉を言い終える間もなく、その身に感じる強烈な衝撃。
 視界からトーレの姿が掻き消えた、とか、そういう事を感知する暇は無かった。
 油断した一瞬の隙に、気付けば強烈な膝打ちが覇王の叩いていた。
 反射的に腕でガードの姿勢を作れたのは、せめてもの幸いか。
 跳び膝蹴りを受けた覇王は――

950 ◆gFOqjEuBs6:2011/04/09(土) 14:29:41 ID:D5cW9/Q.0
 




 見上げれば、空の上には大きく輝く二つの月。
 その更に向こうで煌めくのは、儚い煌めきを放つ無数の惑星。
 肉眼でも確認出来る通り、ミッドチルダから見える星空は非常に美しい。
 この星自体が、宇宙に輝く他の惑星と距離的に近い位置にあるからだ。
 そんな事実を知ってか知らずか、ヴィヴィオは不意に呟いた。

「星空、綺麗だね」

 グラウンドに寝そべりながら、瞳を輝かせる。
 練習試合はもう終わって、今は二人揃って休憩中だ。
 ノーヴェとの組み手はそれなりにハードで、暫くは手足が動きそうな気がしない。
 一方で、ノーヴェの方も相当疲労したらしく、ヴィヴィオの横で寝そべっているのだが。
 二人揃って力が抜けた様に身体を大の字に広げ、満点の星空を瞳に映す。

「この辺は丘になってるからな。空に近いんだよ」
「そうなんだ……じゃあ、星空が見たいなら絶好の場所なんだね」
「まあ、もう少し田舎を探せば、もっと綺麗なトコもあるんだけどな」

 現実味を帯びたノーヴェの言葉に、思わず苦笑いする。
 確かに、この辺はミッドチルダでも割と都会な方だ。
 空気だって特別綺麗な訳ではないし、街自体が非常に明るい。
 それも手伝って、確かに星空は田舎よりは見えないかも知れない。

「だけど、なのはママはこの街で、この空を見てたんだよね」
「まぁ、そうなるな」
「この空を、なのはママは好きだったんだよね」
「娘のお前がそう言うからには、そうだったんだろうな」
「えへへ……この景色をなのはママも見てたんだって思うと、何だか嬉しくなっちゃうな」

 今見ている景色は、母が見ていたものと同じ景色。
 寝そべったまま、紅と翠の双眸にこの美しい星空を焼き付ける。
 そうしていると、うさぎのクリスもまた、ヴィヴィオに習ってじっと星空を見上げるのだ。
 生まれたばかりのクリスはまだ知らぬ事だが、ヴィヴィオが大好きなママは、この空を愛していた。
 自分の翼で、まるで自分の庭とでも言わんばかりにこの空を飛び回った。
 事実、空でのなのはは無敵と云われていたし、ヴィヴィオだってそう思う。
 この大空を飛び回るなのはママは誰よりも強くて、カッコ良かったのだ。
 あの純白の勇姿は、今でも変わらず、まるで昨日の事の様に思い出せる。

「こうして綺麗な星空を眺めてると、なのはママが空を好きだったっていうのも納得出来るな」
「そりゃあ、空のエースって呼ばれてたくらいだからな。やっぱ空には人一倍思い入れがあったんじゃねーかな」
「うん、わたしもそう思うよ」

 なのはがどんな想いで空を飛んでいたのかは、今となってはもう誰にも解らない。
 だけど、そこに並々ならぬ思い入れがあったのだと言う事は、容易に想像出来る。
 人間と言う生き物は、情熱がなければ生きてはいけない。
 何かを極めんとする人にとって、情熱とは絶対に欠かせない要素の一つだからだ。
 魔法に対して、空に対して。誰にも負けない情熱があったからこそ、なのはは強くあれた。
 そんな強く、気高い母を、ヴィヴィオは誰よりも何よりもカッコ良かったと、今でも断言出来る。
 だからこそ――ヴィヴィオもこの空に、一つの目標を掲げる事が出来るのだ。

951 ◆gFOqjEuBs6:2011/04/09(土) 14:30:15 ID:D5cW9/Q.0
 
「わたしもね、この空は好き。強くなろうって思えるから」

 空に向かって、右手を伸ばす。
 こうして掌を突き出せば、星空にも届きそうな気がして。
 そんなヴィヴィオを見たノーヴェが、ふっ、と微笑んだ。

「お前の母さんみたく、か?」
「うんっ!」

 満面の笑みで首肯する。
 今でも大好きな、固い絆で結ばれた母。
 きっと一生変わる事の無い、一番大好きな人。
 彼女の存在自体が。そして、彼女の娘で居られる事自体が、ヴィヴィオにとっての誇りなのだ。
 母の様に強くなると言う目標を持てる事も、いつかは母を越えるという野心を持てる事も。
 そのどれもが、今のヴィヴィオをヴィヴィオたらしめる誇りと自信たり得るのだ。
 だから、これだけは胸を張って言える。

「わたしは、なのはママの娘なんだ」

 例えもう二度と会う事叶わなくとも。
 例え幾星霜の月日が流れて、母の年齢を越えたとしても。

「わたしが大人になっても、それだけは絶対に変わらないから」

 だからこそ、ヴィヴィオの胸中には一つの決心がある。
 未来という時間は、これから自分の手でいくらでも変えてゆく事が出来る。
 だけど、記憶という時間は……掛け替えの無い想い出は、絶対に変わらない。
 なればこそ、大好きななのはママとの想い出を。
 心の中で響き続ける、誰よりも優しかったママの声を。
 覚えてるままずっと、未来の果てまで連れて行くのだ、と。

「なのはママの娘だって事、えへんと胸を張れる様に……強くなるんだ、これからも」
「んー……その心掛けは立派だが、ちょーっと生意気だな?」
「にゃっ!?」

 こつん、と額に小さな痛みを感じた。
 犯人は言うまでもなく、いつの間にか起き上がって居たノーヴェだ。
 年下の妹をからかう様な笑みで、右の拳で作った拳骨を見せる。
 先程の練習試合では相当な力を感じた拳が、今はこんなにもか弱く見えるのが不思議だった。
 ようやく動く様になった―まだ痛む―身体を起こして、ノーヴェを見上げる。

「もう、いきなり何するのー!?」
「ったく、強くなりたいからって初めての練習試合でここまでやる奴があるかってんだ」
「それはそうだけどー……うぅ、せっかくいい事言ったと思ったのにぃ〜……!」
「まずは自分の体力やペース配分を把握しろ。いい事言うのはそれからだ」
「にゃぅぅ、ごめんなさーい……」

 確かにノーヴェの言う通りだった。
 強くなりたいのはいい事だが、だからと言って無理をしては本末転倒。
 本当の強者は、自分の体調や体力を常に把握して戦うものだ。
 しゅんとして俯くヴィヴィオの頭に、ぽふっ、とノーヴェの手が乗せられた。

「わかればよろしい。そんじゃ、帰るか」

 にかっと微笑むノーヴェ。
 ヴィヴィオもまた、柔らかな笑みを浮かべて大きく首肯する。
 そういえば、家を出る時にもフェイトママと約束したのだ。
 練習するのはいいが、あまり遅くならない様に、と。
 付き添いの保護者たるノーヴェの顔に泥を塗らない為にも、約束は守らねばならない。
 人との約束は守る。大好きななのはママの娘で居続けたいなら、それを無下にする訳にも行かない。
 そんな思いを胸に帰路に着いたヴィヴィオを、相棒たるうさぎはそっと見守るのだった。

952 ◆gFOqjEuBs6:2011/04/09(土) 14:38:12 ID:D5cW9/Q.0
 




 広いラボとは言え、彼女ら二人による戦場としては些か狭く感じられる。
 びゅおん、と風が唸る音は、しかし第三者にとっては耳を劈かれる程の高音であった。
 トーレが紫の閃光となって駆け抜ければ、覇王が床を蹴って、縦横無尽に跳び回る。
 二人が動く度に研究室に設置された備品が破壊されてゆき、戦闘の傷跡が刻まれてゆく。
 研究品は地べたへぶち撒けられ、ガラス類は音を立てて割れ、照明は破裂して無くなる。
 これで何度目の接触になるだろうか。
 大股で飛び跳ねた覇王と、音速を越えたトーレが接触した。
 どごんっ! という不吉な音と共に、覇王の腹部に強烈な一撃が叩き込まれる。
 それが蹴りか、拳か、はたまたそれ以外の何かか、なんて事は解りはしない。
 何の加速手段も持たない覇王では、トーレ相手にはハンデが大きすぎる。

「はっ……はぁっ……はぁ――」

 息も絶え絶えに、覇王がフラ付く脚で床を踏み締める。
 頭部に装着していた漆黒のバイザーはとうに破壊された。
 騎士甲冑は腹部から大きく裂け。
 スカートやソックスは切り傷だらけ。
 手甲はひび割れ、腕だって切り傷だらけだ。
 白い素肌をあちこち露出させるも、それは赤い血液によって汚れて見える。
 肩口から滴り落ちる血液を手で押えながら、覇王は揺れる視界で前を見据える。
 蒼と紺のオッドアイが、紫の閃光を捉えた――

「ハ――っ、ぐぅ!」

 紫の閃光に向けて、覇王の拳を叩き込んだ。
 同時に閃光は掻き消えて、拳に鋭い痛みが走る。
 今の一撃で、右腕に装着していた手甲がばらばらに砕けた。
 かつん、と音を立てて落下した手甲だったものなど意にも介さず、方向転換。
 180度身体を回転させ、両腕でガードの姿勢を作る。

「――ッ!」

 感じたのは衝撃。
 鋭いのか鈍いのか、今はもう解らない痛みを両腕に感じ。
 気付いた時には自分の身体は大きく後方へと吹き飛ばされていた。
 がしゃん! とけたたましい音を響かせて、覇王の身体が後方のデスクに叩き付けられた。
 何に使うのかも良く解らない研究資料が散らばって、覇王の眼前で舞う。
 眼前の紙切れを振り払い、覇王はそれでももう一度立ち上がった。

「どうやらそれなりの根性はあるようだねぇ、覇王」

 嘲笑う様なスカリエッティの声が聞こえた。
 蒼と紺の双眸(オッドアイ)に白衣の男を捉えて、しかし今はトーレの襲撃に備え、拳を握り締める。
 戦えば戦う程、攻撃を受ければ受ける程、戦いという行為そのものに没頭してゆくのが解る。
 しかし、これで良く解った。どうやら自分は、こういう人種らしい。
 戦いの中でしか自分を見出せない、どうしようもない戦闘狂。
 戦えば戦う程、使命感よりも自分自身の本能が暴れ出す。
 靄が掛かって居た感覚は、今では随分と敏感に感じる。
 そうだ。これが……これこそが、本当の覇王の戦い。
 忘れようもない、この感情こそが、本当の自分なのだ!

「――ツァッ!」

 左脚を軸に、振り上げたのは覇王によるハイキック。
 右足の甲が紫の閃光を捉えたかと思えば、覇王のブーツはボロボロに引き裂かれていた。
 右足のソックスは最早細切れとなって消え、白く細長い脚を守るものは何もない。
 血まみれになった右脚が床を踏み締めるよりも先に、覇王の身体に激痛が走る。
 腹部に酷く重たい一撃を受けて、それを痛みと捉える頃には自分の身体は床を転がって居た。
 くの字に折れ曲がった身体は、何度か床にたたき付けられて、止まる。

953 ◆gFOqjEuBs6:2011/04/09(土) 14:41:23 ID:D5cW9/Q.0
 
 左脚を軸に、振り上げたのは覇王によるハイキック。
 右足の甲が紫の閃光を捉えたかと思えば、覇王のブーツはボロボロに引き裂かれていた。
 右足のソックスは最早細切れとなって消え、白く細長い脚を守るものは何もない。
 血まみれになった右脚が床を踏み締めるよりも先に、覇王の身体に激痛が走る。
 腹部に酷く重たい一撃を受けて、それを痛みと捉える頃には自分の身体は床を転がって居た。
 くの字に折れ曲がった身体は、何度か床にたたき付けられて、止まる。
 
「これは面白いなぁ。少しずつトーレの動きに追い付いているようだが、もうボロボロじゃないか」

 スカリエッティの笑い声。
 耳障りな笑いを聞き流して、それでも覇王は立ち上がる。
 普通なら到底立ち上がれない程のダメージを受けて、それでも。
 やがて白衣の標的を守る様に、トーレがしゅたっと着地した。
 それも余裕の態度で、で。ナンバーズ最強と謳われた面目躍如であろう。
 しかし、それでも覇王は砕けない。覇王の意思は砕かれない。
 濃紺のナンバーズスーツをギラつく双眸で睨み付け、不敵に構えて見せる。

「……どうやら、まだ何か秘策でもあるようだね」
「いえ、そんなものはありません」
「ほう、ならば諦めでもしたのかね」
「御冗談を。覇王の悲願を成し遂げるまで、私は諦める訳には行きません」
「成程、覇王は単なる戦闘狂(バトルマニア)か」

 違いない。
 戦闘の中で、こんなにボロボロにされてすら、楽しいと思える自分が居る。
 これは誰に植え付けられた感情でも無い。自分自身の、自分だけの確固たる意志だ。
 目の前にこれだけ強い敵がいるのだから、自分には覇王の力を見せつける義務がある。
 この程度の相手に、覇王がただやられるだけであって良い訳がないのだ。
 そうだ。覇王は、ベルカ最強の王でなければならないのだから――!

「私は貴女を倒し、証明しなければならない」

 覇王が最強である事を。
 覇王に負けなどありえぬ事を。
 そうだ。自分はその為に生まれて来たのだから!

「それが、あの人と、私の悲願――!」

 嗚呼、今ようやく解った。
 これこそが、自分の望みなのだ。
 本能が求めて止まない、この身体に刻まれた記憶。
 この悲しい記憶は、覇王の悲願を成し遂げんと、燻っているのだ。
 なれば、どうしてこんな所で負けていられようか。
 そうだ。自分はここで立ち止まる訳にはいかないのだ。
 自分が自分である為に、見失った自分を取り戻すために!

「そうだ、だから、わたしは!」

 蒼と紺のオッドアイを、カッと見開いた。
 ゆらりと構えをとり、ボロボロになった拳をトーレへと向ける。
 ここからが本当の戦いだ。ここからが、本当の自分だ。
 そう言わんばかりに、大きく息を吸い込んで、

「アインハルト・ストラトス――参ります!」

 高らかにその真名を宣言した。
 アインハルト・ストラトスとは、覇王の記憶を受け継ぎし者。
 覇王の悲願をその拳に秘めて、揺るがぬ最強を追い求める少女。
 その拳を握り締め、紫の閃光となったトーレの襲撃に備える。
 強烈なまでの殺気が急迫して来るのが、加速能力の無い自分にも解る。
 そこに拳を突き入れて――だけどそれは、すぐに痛みへと変わった。

「――ぐぅっ!?」

 一瞬の出来事だ。
 拳が閃光を捉えたかと思った矢先、感じた衝撃は痛みとなって全身を駆け巡る。
 緑と白の胸部に強烈な打撃を叩き込まれて、見に纏っていた騎士甲冑が破れ裂ける。
 かろうじて見えてはいけない箇所は露出していないものの、それでも随分と露出の多い姿になってしまった。
 胸も、腹も、手も、脚も、そのあちこちから赤の血に彩られた生肌を晒して。
 だけど、今度は倒れる事無く、折れてしまいそうな華奢な脚で、床を踏み締め。

954 ◆gFOqjEuBs6:2011/04/09(土) 14:46:18 ID:D5cW9/Q.0
 
「…………?」

 流石にスカリエッティも不自然に感じたのだろう。
 眉根をぴくりとひそませて、えも言われぬ不快感に、焦慮の色を浮かばせる。
 そんなスカリエッティを見るや、アインハルトはまたも不敵に瞳をギラつかせ。
 スカリエッティの傍に着地したトーレを鋭く睨み付け、

「貴女の拳法、見切らせて頂きました――!」

 ぐっ、と拳を握り締め、そうのたまう。
 音速で動ける者と、常人の速度でしか動けぬ者。
 その二人がぶつかりあって、後者が勝てる訳などない。
 あの博士だってそう思ったからこそ、トーレを最後の切り札としたのだろう。
 実際、かつて一度だけ敗れたのも、同じく音速で動ける魔道師が相手であったからだ。
 何の加速力も持たないアインハルトに、勝利する道理などあり得ない。
 ――筈だった。

「貴様……言うに事欠いて“見切った”だと? その程度の速度で、私をナメているのか」

 トーレが、苛立ちの視線をぶつける。
 だれど、そんな苛立ちなどは意に介さず。
 意識を集中させて、構えを取る。
 再びトーレが音速を越えた時こそが、勝負だ。
 周囲の殺気全てに意識を尖らせて――トーレの姿が、掻き消えた。
 ――今だ!

「勝負ッ!」

 高らかに宣言し、拳を突き出す。
 最早何度目になるかも解らない両者の激突。
 音速を越えたトーレと、アインハルトの拳が接触した。
 めき、と……耳朶を打つのは、何かが壊れる際の破損音。
 アインハルトの表情に、僅かな余裕が浮かんだ。

「な……にぃッ!?」

 アインハルトの両手が、トーレの両の拳を握り締める。
 刹那、トーレの両腕に装着されていた手甲が粉々に砕けて、地へと落ちてゆく。
 エネルギー翼を展開する為に使用していた手甲が、今完全に破壊されたのだ。
 光の翼を失ったトーレに、これ以上の音速稼働は不可能――!

「ハァッ!」

 アインハルトの掌が、トーレの両手を叩き落した。
 未だ瞠目したままのトーレの顔面を、覇王の拳が強打する。
 初めての反撃。初めての、確かなダメージを伴った反撃。
 鮮血を吐き出したトーレが、数歩後じさる。

955 ◆gFOqjEuBs6:2011/04/09(土) 14:51:38 ID:D5cW9/Q.0
 
「貴様ッ……最初からこれを!」
「ええ、砕かせて頂きました。貴女の加速の原動力――!」

 アインハルトは、最初からこれを狙っていたのだ。
 音速で動くトーレに打撃を叩き込まれるだけに見えて、実はそうではなかった。
 少しずつ、少しずつ、その動きはトーレに追い付く様になってゆき。
 加速の原動力が、全身に装着された光の翼なのだと気付いてからは、早かった。
 敵が攻撃の為に切迫する一瞬ごとに、少しずつ覇王の拳で打撃を与え。
 ついに今、この瞬間、トーレのインパルスブレードをこの拳で砕いたのだ。

「貴様ァッ……!!」

 しかし、それでもトーレの速度は常人を遥かに超えていた。
 尋常ならざる速度で飛び込んで来たトーレが、その拳を突き出す。
 それに対しアインハルトもまた拳で返し――拳と拳が激突した。
 トーレが次の行動を起こす前に、アインハルトがもう一方の手でトーレの拳を叩き落す。
 しかし、流石にそう上手くは行かぬもの。

「――ツッ!!」

 それは果たして、どちらが上げた声なのか。
 トーレの顔面をアインハルトの拳が殴りつけた。
 アインハルトの腹部にトーレのアッパーが叩き込まれた。
 二人の拳はほぼ同時。二人揃って後方へと跳び退り、それでも構えて立って見せる。

「「ハッ!」」

 二人が大地を蹴ったのもまた、ほぼ同時であった。
 再び急迫した二人は、凄まじい速度で拳の応酬を繰り返す。
 攻める為、守る為、受け流す為。目にも止まらぬ速度で二人の拳がぶつかり合う。
 しかし、お互いに少しずつ打撃がヒットしているのもまた、疑いようのない事実。
 先に力尽きた方が負ける。そんな消耗戦が延々と続いて――やはり変化は、唐突に訪れる。

「――っ!?」

 戦場に、ぱきっ、と響く破壊音。
 小さな音に始まった破壊音は、やがて大きな音へと変わってゆき。
 次の瞬間には、トーレの太腿に装着されて居たインパルスブレードが砕け落ちた。
 床に当たってかつん、と音を立てるインパルスブレードなど意に介さず、アインハルトは攻撃を続ける。
 二人の攻撃は最早並の人間では着いて行けぬレベルだ。
 故にアインハルト以外の誰もが気付かなかった。
 打撃の応酬の中で、少しずつ残ったインパルスブレードにもダメージが蓄積されていた事を。
 そして、それに気付いたアインハルトが、少しずつ打撃を突き入れ、これを破壊した事を。
 両の脚の機動力を大幅に奪われたトーレの動きが、一瞬とは言え鈍った。
 好機だ。アインハルトの裏拳が、拳の弾幕を掻い潜って、トーレの顔面を強打した。
 鼻孔から血を垂らして、トーレが大きく後ろに倒れ込む。
 アインハルトもまた、一歩引いて、ゆらりと構えを取り直した。
 むくりと起き上がったトーレが、恨めしげにアインハルトを睨み付ける。

「貴様、私のスピードに着いて来るとは――!」
「言った筈です、貴女の拳は既に見切ったと!」

 お互いに間合いを取り合い――同時に駆け出す。
 再び肉薄し、しかし今度は先程までとは違う。
 最早トーレがアインハルトの拳に完璧に対応し切る事は無く。
 動きの鈍ったトーレでは、繰り出した拳の半分近くを防ぎ切れない。
 打ち漏らしたアインハルトの拳はトーレの身体を打撃し、その度にダメージが蓄積されてゆく。
 寧ろ、ここまでやって立って居られるだけでも、相当な精神力を持っていると言える方だった。
 トーレの血とアインハルトの血が絡み合って、最早お互いの拳に着いた血はどちらのものなのかもわからない。
 血で血を洗うこんな戦いに終止符を打たんと動いたのはアインハルトだった。

「ハッ!」
「――!?」

 トーレが拳に気を取られ、全てのガードを一点に集中させた。
 好機再び。これを隙と見たアインハルトは、トーレの身長程まで跳躍し。
 空中から振り下ろす、強烈な回し蹴りが、トーレの頭部を抉らん勢いで叩き付けられた。
 今の一撃で、トーレの身体がぴくりと痙攣したかと思えば、そのまま宙へと浮かぶ。
 未だ奴に意識があるのかどうかは解らない。だけど、勝負を決めるなら今だ。

956 ◆gFOqjEuBs6:2011/04/09(土) 14:55:51 ID:D5cW9/Q.0
 
 最早ボロボロになったブーツで、床を踏み締める。
 ギャリギャリ、とブーツと床が擦れる音が響いて。
 拳を構え、一気に倒れ込もうとするトーレの懐に飛び込んだ。
 この戦いに終止符を打つに相応しい、現状における最大威力の必殺技。
 古代ベルカの覇王の影をこの身に重ねて、アインハルトは跳んだ。
 そして――!!

 ――断 空 覇 王 拳 !

 歯を食いしばり、心中で裂帛の絶叫を迸らせる。
 ここに輝く無敵の拳。目に物見せるは覇王流。
 これこそが、最強にして最大の最終奥義だ!

「カッ――ハァッ!」

 白目を剥いたトーレが、血液やら胃液やらを含んだ体液を吐き出した。
 どごぉんっ!! と言う壮絶な音と共に、アインハルトの拳がトーレの腹部を抉ったのだ。
 空気を寸断し、相手を確実に仕留めるだけの威力を持った覇王の最終必殺技。
 それをまともに受けたトーレは、これ以上ぴくりとも動かず地面へと落下していった。

「はぁ……はっ……はぁっ……はぁ……!」

 瞬間、どっと疲労が押し寄せる。
 今まで蓄積されて居たダメージが、大挙して押し寄せて来る。
 状況を一言で言うなら、立って居るのもやっと、と言った所か。
 全身ボロボロに敗れ壊れた騎士甲冑を、赤黒い血で汚して、がくりと膝を下ろす。
 血に膝をついて、全身に感じる寒気を振り払う様に、蒼と紺の双眸で前を見据える。
 そんなアインハルトの耳朶を打ったのは。

「いやぁ、強い強い。まさかここまでやるとは思わなかったよ」

 ぱち、ぱち、ぱち、と。
 手を叩きながら、歩を進めるのは当初の標的、スカリエッティだ。
 最後の切り札たるトーレが敗れたというのに、その表情には一切の陰りがない。
 まるでまだまだ隠し玉はありますよ、とでも言いたげに――悠然と歩を進める。
 アインハルトは憮然とした態度で、それでも再び立ち上がった。

「しかし、残念ながら君のファイナルゲームはまだまだこれからだ」
「何……を――」
「そう驚くこともあるまい。私が何もせずに終わる男に見えるのかね?
 いやしかし、君がここまで強かったのは私にとってもある意味僥倖だよ。
 もしもトーレが勝って居たら、折角用意した最後のゲームが無駄になってしまう所だったからね」

 負け惜しみ、という訳でもなさそうだった。
 最早立つ事すらもままならぬアインハルトに対してゲームとは、如何なる了見か。
 とはいえ、まだスカリエッティを叩き潰すだけの力くらいは残っている筈だ。
 体中から力を振り絞れば、目の前の博士を血祭りに上げるくらいは出来よう。
 ずん、と脚を踏み出し、下手を起こされる前にとスカリエッティへと歩み寄る。

「おっと、安心してくれたまえよ。私にこれ以上戦うつもりはないさ
 デスゲームの主催陣営対決においては、どうやら私の負けのようだ。それは認めよう」

 極めて愉快そうに笑いながら、

「しかし、私一人で終わる訳じゃあない。君に最後のゲームに参加する資格を与えようと思う」

 手元のコンソールを叩いた。
 既にセッティングは完了していたらしい。
 ボタンひとつで、異変は起こった。

957 ◆gFOqjEuBs6:2011/04/09(土) 15:03:54 ID:D5cW9/Q.0
 
『自爆装置作動。10分以内に退去して下さい。繰り返します――』

 最初は、まるで意味が解らなかった。
 突如として鳴り響いた警報と、今も成り続ける警告音声。
 赤いアラートランプに照らされたアインハルトは、碧銀の髪を揺らして、白衣の男に視線を向ける。
 瞠目だ。何が起こったのか、何を考えているのか、さっぱり解らない、と。
 そんな思いを、未だ幼さの残った表情で訴えかける。

「おや、何を驚いているのかね。君はプレシアの最後の駒だろう?
 つまり、君が死んだ時点で私もプレシアもゲームオーバー……そういう事だ」
「理解、出来ません……」
「ならば些か解り易くしてみよう。私はここで君に殺される。
 だが、どうせ死ぬなら、君を道連れに逝く。どうだね、解りやすいだろう?」
「理解……出来ません……」

 ここで、自分は死ぬのか?
 そんな事、容認できる訳がない。
 自分にはまだ、覇王の悲願を成し遂げると言う大義名分が残っているのだ。
 それまで死ぬ訳には行かないし、戦いに勝ったのに死ぬとあらば尚更理解出来ない。

「だが、ゲームである以上はフェアでなければいけない。君にはまだ最後のチャンスがある」
「チャン、ス……?」
「ああそうだ。10分……いや、9分程度か、残された時間はまだあるのだよ?」

 次の瞬間には、アインハルトは踵を返していた。
 身体は重たい。動かせば激痛に肉が張り裂けてしまいそうになる。
 だけど、それでも、ここで死ぬのだけは、絶対に御免だ。
 どうせあの馬鹿男は、スカリエッティは放っておいても死ぬ。
 ならば、自分は生への道に向かって、最期まで足掻いてみせる。
 先程自分が蹴破ったドアを大股で跳び越して、アインハルトは真っ直ぐに走り始めた。

958 ◆gFOqjEuBs6:2011/04/09(土) 15:04:33 ID:D5cW9/Q.0
 




 赤のランプに照らされながら、狂気の科学者は嗤う。
 最後のゲームは、彼の興味をそそる最高のシチュエーションだ。
 戦いには勝ったと言うのに、敵と一緒に心中しなければならない。
 これ程までに覇王に屈辱を与えられる遊戯が、他にあるだろうか。
 それは性格の歪んだスカリエッティらしい、悪質な趣向だった。

「尤も、君は彼女の事などどうでも良いんだろうがね……プレシア」

 くつくつと笑い、スカリエッティが一人ごちる。
 最後のゲームとは即ち、残り時間でアインハルトが脱出出来るかどうか、だ。
 しかし、このアジトの構造を考えるなら、手負いの彼女が10分足らずで脱出する等不可能。
 仮に手負いでなかったにしろ、10分では外まで脱出出来るかどうかも解らない。
 先程自分はこう言った。「ゲームはフェアでなければいけない」と。
 しかし、実質的にこれは先の見えたワンサイドゲームだ。
 そこにフェアという言葉など皆無。
 所詮は建前に過ぎない。

 だが、それは所詮悪足掻きだ。
 自分にも嫌という程解って居る。
 しかし、結果だけで見れば、プレシア側もスカリエッティ側も残存兵力は0。
 最後の切り札として送り込んで来たアインハルトが死んだ時点で、プレシアの駒は無くなる。
 自分が死んだ時点でこちらの駒も無くなるが、なに、別に構う事は無い。
 最後のゲームで、最期のどんでん返しが出来たと思うだけ、良しとしようではないか。

 爆発の瞬間が、刻一刻と迫る。
 このラボを中心に、全ての証拠を隠滅する為に用意された起爆装置だ。
 爆発すれば、ここに至るまでの洞窟も完全に崩れ去り、アインハルトは生き埋め。
 晴れて証拠は完全消滅、残った兵力も一層出来て、デスゲームは完全なる終焉を迎える。

「思えば長かったなぁ……」

 一人感傷に浸る。
 デスゲームにこぎつけるまで、スカリエッティもプレシアも、かなりの苦労を要した。
 全ての参加者を集める為に干渉した次元・時空は実に20を越える。
 プレシアは余裕綽々の態度で貫いた様だが、実際はそうではない。
 いかにプレシアと言えども、それに掛かった時間と苦労は莫大なもの。
 彼女と手を組んだあの日、企画段階から数えれば今この瞬間は四年目となる。
 と言っても、この世界でスカリエッティが脱獄したのは数ヶ月前、という事になっているのだが。
 実際の所、スカリエッティは脱獄してから四年間の間、別の時空でプレシアと共に計画を練っていたのだ。
 このアジトは、デスゲームの開催に合わせて、兼ねてから想定していた「乗っ取り計画」の為に、この世界にこしらえたもの。
 どうやらこのアジトの存在も、最初からプレシア側には筒抜けであったようだが。
 何はともあれ、四年間虎視眈眈と目論み続け、ようやく開催出来たデスゲーム。
 それが今、こうして完全に終わるというのは、非常に感慨深い。
 それも一重に、アルハザードへの果てなき欲望があったらばこそだ。
 アルハザードの技術が欲しいと、ただその一点だけでスカリエッティはここまで粘り続けて来たのだから。
 だけど、ここまで来れば最早そんな事はどうでもいい。
 どうせ自分はここで死ぬのだ。
 ならばせめて、最後くらいは悪の科学者らしく。
 そう思って笑おうとするも。

「嗚呼、欲しかったなぁ……アルハザードの遺産」

 だけど、やはり欲望は消しきれるものではない。
 死を覚悟した所で、あれ程までに渇望した欲が消える訳も無く。
 最期の瞬間まで、乾いた笑みを漏らし――アジトの爆発が始まった。

959 ◆gFOqjEuBs6:2011/04/09(土) 15:16:45 ID:D5cW9/Q.0
 




 自分は誰だ。
 名前は、アインハルト・ストラトス。
 覇王の身体に、碧銀の髪、蒼と紺のオッドアイ。
 聖王と対となる、古代ベルカに覇を成した列強の王。

 自分は、何の為に戦っていた。
 スカリエッティの抹殺? 否、違う。
 そんな事は本当は、どうだって良かった筈だ。
 自分はただ、届かなかった覇王の拳を、その悲願を。
 今度こそ、現代で叶える為に生れて来た。
 覇王の悲願は、今だってこの胸で息づいているのだ。
 自問自答の末に、ようやく一つの答えが見つかった気がする。

 嗚呼、これで、自分は少しだけ楽になれるのではなかろうか。
 身体はまるで鉛になったみたいに重くて、まるで人形になったみたいに力が入らない。
 だけど、生きている。自分はまだ、この世界で生きているのだ。
 風の音を感じる事も出来るし、五感だって生きている。
 自分の血の匂いを嗅覚で捉え、生を実感する。
 アインハルトは、まだ重たい瞼を薄らと開いた。

 見渡す限り、緑の大地だった。
 木々は鬱蒼と生い茂り、野生動物達は野を駆け回る。
 トーレとの激戦など嘘の様に。それはあまりに自然豊かで、平和な光景だった。
 気付けば自分の「武装形態」も解除され、身体は元の子供の姿に戻って居る。
 身体の至るところから血を流し、白いブラウスも赤く汚れてしまっていた。
 だけど、生を実感する今、この瞬間だけは、先程の戦闘を忘れられる。
 先程までの戦闘など、最早完全に過去の出来事の様に感じられた。

「ここは……私は一体」
「あら、気がついた?」

 見知らぬ人の声だった。
 振り向けば、そこに居るのは管理局員らしき人物。
 管理局に知り合いなど居ないし、それが誰かなど知る筈もない。
 だけど、その人は自分に優しく微笑みかけてくれた。
 風に靡くオレンジの髪を押えながら、周囲の武装局員達に指示を出す。
 未だに何が起こったのかも解らず瞠目するばかりの自分に、管理局員の女が告げる。

「どうやらここが脱獄したスカリエッティのアジトの様ね」
「スカリ、エッティ……そうだ、スカリエッティはどうなって……」
「この爆発じゃ、もう助からないでしょうね……残念だけど」

 瞬間、肩の荷が降りた気がした。
 何はともあれ、これで自分は任務を果たした。
 誰に植え付けられた任務なのかも、今はまだ解らないが。
 少なくとも、これでスカリエッティ討伐の任務に縛られる事はなくなるだろう。
 だが、ここで一つ、小さな疑問が残る。

「私は、どうして助かったのでしょうか……?」
「アジトに向かう途中の洞窟で貴女を保護したのよ。
 最初は目を疑ったわ……こんなにボロボロになって……」
「……貴女が、助けてくれたんですか?」
「まあ、そうなるわね。もう間に合わないかもって思ったけど、何とか助けられた様で、安心したわ」
「何故、見ず知らずの私の為に……」

 理解出来ない、とばかりに告げた。
 あの状況、既に爆発寸前だった筈だ。
 きっと無理をして助けてくれたのだろう。
 どんな手段を使ったのかは知らないが、それでも、見ず知らずの自分の為にそこまでする人が居る。
 その事実自体がまだ幼いアインハルトにはまだ理解出来なかったし、腑に落ちない点でもあった。
 アインハルトの問いに、女は一瞬躊躇う様な素振りを見せて、

「今頃何処行ってんのかは知らないけど、あいつなら倒れてる人を見捨てはしないと思って、ね」
「あいつ……?」
「あぁ、いいの。こっちの話」
「そう、ですか」

 余計に訳が解らなかった。
 だけど、それ以上訊くのは野暮な気がして、口を閉ざす。
 誰かは知らないが、この女局員にも、何か訳があるらしかった。
 そうこうしていると、女局員は別の局員に呼ばれ、アインハルトの視界から居なくなった。
 ようやく一人になって、考える。

 自分は今まで、ずっと何をしていたのだろうか、と。
 長い間、何か悪い夢でも見せられていたような気がする。
 だけど、今はどういう訳か、その夢からも解放されて――
 これからは自由に、自分の力で未来を歩んで行ける。
 そんな気がする。

「覇王の悲願を、成し遂げる為に――」

 未だ痛む拳を掲げ、グッ、と握り締めた。
 これが自分の進む道だと、宣言する様に。

960 ◆gFOqjEuBs6:2011/04/09(土) 15:23:14 ID:D5cW9/Q.0
 




 ヴィヴィオとノーヴェは、夜の街を闊歩する。
 他愛もない雑談を繰り広げながら、ヴィヴィオの家に帰る為に。
 ヴィヴィオは思う。ノーヴェは本当はとても優しいお姉さんなのだ、と。
 男勝りな口調で、時には厳しい時もあるけれど、正しく自分を導いてくれる。
 そんな彼女が、今日一日ヴィヴィオの為に付き合ってくれた事。
 それから、こんなに疲れるまで練習に付き合ってくれた事。
 それら全てに感謝の気持ちを込めて、ヴィヴィオは一礼した。

「今日は色々ありがとうね、ノーヴェ」
「ああ、まあ気にすんな。練習試合ならまたいつでも相手になってやるぜ」

 外灯に照らされた遊歩道を歩きながら、二人は笑みを交わす。

「うんっ、わたしはもっともっと強くなるから――これからもよろしくね」
「そんな事は改まって言われるまでもねーよ」

 両手を後頭部で組んで、へっ、と笑いながら言う。
 聞けばノーヴェもまた、遥か高みを目指す為の、修行の途中なのだとか。
 ヴィヴィオの師匠代わりを勤めてはいるが、彼女自身もまだまだ強くなりたいとの事。
 そんな相手だからこそ、共に上を目指す気持ちが解り合えるからこそ。
 この人となら、一緒に高みを目指していきたい、と思えたのかもしれない。
 ともあれ、ヴィヴィオは決めたのだ。
 強くなる。もっともっと、何処までも強くなる、と。
 それがなのはママの言った、ヴィヴィオが自分で決めた“やりたい事”。
 それを貫かんとする限り、なのはママはきっと天国でも笑ってくれる筈だ。
 それは非常に嬉しい事である。
 なのはママが喜んでくれると思えば、頑張ろうと思えて来る。
 だけど、それは他人から見れば些か不自然にも見えるかもしれない。
 何故なら――

「なあヴィヴィオ、一つ訊いていいか」
「うん、なあに?」
「あのさ、無理は、してないよな?」
「え?」

 小首を傾げるヴィヴィオに、ノーヴェは一瞬躊躇う素振りを見せた。
 その瞬間に、何となくではあるが、ノーヴェの言わんとする事が解った気がした。

「その……こんな事言うのは何だが、大好きなママが死んだってのに、全く泣かないしさ」
「…………」
「あっ、いやっ……その、悪いとかって言ってんじゃないんだ! ただ、寂しくないのかなって思ってさ……」

 慌てて両手を振って否定を表明する。
 解って居る。ノーヴェが言いたい事は、解って居るのだ。
 彼女はヴィヴィオを責めようとしている訳ではない。
 ただ単に、本当に心配してくれているのだ。
 出来るだけ平静を保って答える。

「んー、寂しくないって言ったら嘘になるけど」

 だけど、

「もう、決めたんだ。わたしは泣かないって」
「何でだよ……泣きたい時は、泣いたっていいじゃんか」
「わたしはもう、ゆりかごの中で、沢山泣いて来たから」

 実際、この四年間、寂しさに涙する事もあった。
 それは事実だし、今だってなのはママに会いたいと思う時はある。
 ヴィヴィオはこんな子に育ったんだよって、笑顔で報告したいと思う時もある。
 だけど、それは出来ないし、それをすれば、なのはママは果たして笑顔で迎えてくれるだろうか。
 きっと誰よりも強かったあの人は、ヴィヴィオが後ろを振り返る事など望まないのではないだろうか。
 だからこそ、こうしてたまに心の中で大好きなママの事を思い浮かべ、ヴィヴィオはひたすらに前へ進んで行く。
 それだけで十分だ。それだけで、なのはママは喜んでくれる。
 何よりも、そうする事が一番の親孝行の様に思えたから。

961 ◆gFOqjEuBs6:2011/04/09(土) 15:27:42 ID:D5cW9/Q.0
 
「けど、よ……それじゃ寂しいじゃねーかよ」
「うーん、確かに寂しい事かもしれないけど」

 ノーヴェの表情を見れば、何処か辛そうであった。
 かぶりを振って、ヴィヴィオの代わりに歯噛みする。
 この瞬間、この人は本当に心から優しい人なのだな、と思った。
 ヴィヴィオの為にここまで心配してくれて、ここまで辛そうな表情をしてくれる。
 そんな表情を見ていると、不謹慎だろうか、何処か心が温まる気がして。

「けどね、わたしはなのはママに約束したんだ。
 もう泣かないって、強くなって、自分で決めた自分の道を進むんだって」

 それが何度も誓った、母との約束。
 そして、何よりも、ヴィヴィオ自身が決めた事。

「それにね、もしもわたしがいつまでも泣いていたら、なのはママは安心して眠れなくなっちゃうから」

 ……これは、ヴィヴィオがまだ幼かった頃の話だ。
 母の愛に飢えていたヴィヴィオは、夜泣きばかりしていた。
 皆が寝静まった時間になっても、ヴィヴィオだけは寂しさのあまり泣いていた。
 そんな時、優しいなのはママは、いつだってヴィヴィオに付き添ってくれた。
 ヴィヴィオが安心して眠るまで、ずっと抱きしめて頭を撫でてくれた。
 本当は朝早くから仕事だってあったのに。寝不足で辛かった筈なのに。
 あの人は、自分の睡眠時間を削ってでも、ヴィヴィオの為に尽くしてくれたのだ。
 だから、ヴィヴィオが夜泣きをしていたら、なのはママは眠れなくなる。
 だけど、もうこれ以上、ヴィヴィオがあの人の眠りを妨げる事は無い。
 きっと今頃は、なのはママは安心して眠ってくれている筈だと、思う。
 と、そこまで沈思した所で、気付く。
 隣から聞こえる、啜り泣く声に。

「――って!! なんでノーヴェが泣いてるの!?」
「ば、馬鹿野郎、泣いてなんか……ねぇよ!」
「もう、涙拭いてから言いなよー……」

 可愛らしい小さな鞄からハンカチを取り出して、差し出す。
 ノーヴェはそれをひったくる様にして、自分の涙を拭った。
 そんな姿を見て、ヴィヴィオはつい微笑んでしまうのだった。






 なのはママ、わたしの周りには、こんなにいい人が沢山います。
 みんなみんな、わたしの事を心配してくれて、良くしてくれます。
 だからヴィヴィオは今、とっても幸せです。
 なのはママに貰ったものは、今も全部この胸で生き続けているから。
 それを受け継いで、ヴィヴィオはこれから、自分の力で歩いて行くから。
 だからなのはママは、安心して眠っていていいんだよ。

962 ◆gFOqjEuBs6:2011/04/09(土) 15:32:48 ID:D5cW9/Q.0
 




 こうして、一つの物語は幕を閉じる。
 運命の悪戯から、殺し合わされた60の命。
 そんな中で、生き残ったのは、たった一つの幼い命。
 だけど、たった一人でも生き残りが居る以上、物語は終わらない。
 あの戦いを経て生還したヴィヴィオには、無限の未来が待ち受けているのだから。
 

 そう。
 高町なのはに“これから”を託された少女の物語は。
 彼女の人生に大きな影響を与える、本当の物語は。
 これから始まるのだ。


 高町ヴィヴィオが進む、未来へと続く道のり。
 その先に待ち受けているのは、絶対に出会う事の裂けられぬ運命。
 ヴィヴィオが、更なる高みを目指さんとする切欠と成り得る人物は、唐突に訪れる。

 ノーヴェと共に帰路についていたヴィヴィオの前に現れたのは、一人の少女。
 白と翠の騎士甲冑を纏った少女が、目の前の外灯の上に、ぽつんと佇んでいたのだ。
 絹糸の様に美しい―まるでヴィヴィオの金髪と対を成す様な―碧銀の髪は、夜の風に吹かれて靡く。
 蒼と紺の瞳は、ヴィヴィオと同じ……されど、虹彩の違うオッドアイ。
 その視線は、まるで彼女の背後で輝く二つの月の様に美しく。
 二色の月の如く煌めく瞳は、じっとヴィヴィオを見据えていた。
 春の風に吹かれて散った新緑の葉が、二人の間を駆け抜ける。
 あまりにも静寂で、静謐過ぎる時間が流れて――ヴィヴィオは、彼女の姿に心を奪われた。
 それが何故なのかは、結局の所、誰にも解りはしない。
 カッコいいとか、美しいとか、筆舌に尽くし難い様々な感情が駆け廻って。
 紅と翠のオッドアイと、蒼と紺のオッドアイ。
 二人の視線が交差する。

「聖王オリヴィエ……いえ、高町ヴィヴィオさんとお見受けします」
「は、はいっ!」

 思わず敬語が口を突いて出てしまう。
 彼女との出会いは、それ程までに刺激的で。
 右隣に居たノーヴェが、今どんな表情をしているかとか――
 そんな事は簡単に頭の片隅からも消し飛んでしまう程であった。

「私の目的は只一つ。貴女に、確かめさせて頂きたい事があります」

 淡々と語るその口調。
 一語一句聞き逃さずに、耳を傾ける。
 透き通る様な美しい声が、ヴィヴィオの耳に吸い込まれてゆき。
 何を言われて居るのかを理解するよりも早く、彼女がヴィヴィオの眼前へと飛び降りた。
 まるでその、尋常ならざるスタイルの良さを見せつけるかの様に。
 長く美しい脚で、すたっ、とコンクリートを踏み締めて。
 胸の前に拳を当てて、彼女は言った。

「私の名前はハイディ・E・S・イングヴァルト……いえ、アインハルト・ストラトス。
 覇王の拳と聖王の拳、果たしてどちらの方が強いのか……です」

 覇王の名前は、アインハルト・ストラトス。
 碧銀の髪を揺らし、何処か憂いを帯びた口調でそう告げた。
 それは果たして、運命か、必然か。
 ここに出会ってしまった二人の少女。
 それは、古代の王の運命を背負いし少女達。

 二人がこれから、どんな物語を刻んで行くのか。
 それは誰にも解らない。未来は誰にも見えはしないのだから。
 だけど、こうして新たな物語は紡がれて行く。
 それだけは疑いようの無い確固たる事実。

 終わらない明日は、これからも続いていく。
 これはそんな物語の、ほんの序章に過ぎないのだ。

963 ◆gFOqjEuBs6:2011/04/09(土) 15:42:05 ID:D5cW9/Q.0
長い間本当にありがとうございました。
エピローグはこれにて投下終了です。

私自身、様々な思いが混濁しておりまして、もう何と言えばいいのか……という感じです。
何はともあれ、企画段階から数えて4年間続いたこのロワ企画も、これにて終了。
物語のラストを飾るに相応しい「第200話・エピローグ」を任された事は、自分にとっても誇りです。
今でもあれだけ盛り上がった最終話の後を引き継ぐのが自分なんかで良かったのか、
あれだけ盛り上がったロワ企画の最後を飾るのが自分でいいのか、
若干の不安はありますけれど、それでもここまで作品を書かせて下さった皆様には感謝してもしきれないくらいでございます。
これにて生還者のエピローグ、主催陣営の物語にも決着がついて、この企画は一旦終了?という形になるかと思います。
まだ各世界のエピローグが残されているのかどうかは自分にも解りませんが、
まだ続くようなら、自分も最後まで付き合いたいと思っておりますので、皆さまあと少しですが宜しくお願いします。

それから、覇王断空拳はこちらのミスです。推敲した筈が、しょうもないミスを……
3カ月近く待たせてしまったのは非常に申し訳ありませんが、実は何度も書いては消して、
という作業を繰り返して来た為に、もしもカット部分を全部入れたらこれの二倍くらいの長さになっていたかと思います。
ヴィヴィオの進級パーティの描写や、ヴィヴィオVSノーヴェの描写など……まあ、蛇足かと思い省いた訳ですが。

それでは、あとがきもこの辺にしておいて。
皆さま、長い間お付き合い頂き本当にありがとうございました。
書き手の皆さま、読み手の皆さま、これを読んで下さっている全員の力が合わさって、
この企画は完結できたのだと思っております。それでは、また機会があれば宜しくお願いします。

964StrikerS名無しX:2011/04/09(土) 15:47:24 ID:B.BCZI7kO
投下乙です!
長い間、本当にお疲れ様でした!
最後に相応しい、最高のエピローグです!
本当にありがとうございました!

965StrikerS名無しX:2011/04/09(土) 15:51:07 ID:NHOSq.i.0
投下お疲れ様です。
今まで本当にご苦労様でした。

966StrikerS名無しX:2011/04/09(土) 16:35:05 ID:tuIeZVhw0
投下乙です。
なのロワ完全決着!!
でも、ヴィヴィオの物語はVivid的な方向に進むと……

その中でもスカ達の準備期間の4年間が企画期間の4年間と合致させた言葉が感慨深いなぁ……。

あと、個人的にトーレ戦で服がボロボロになるあの人(ネタバレ回避の為伏せる)の姿を考えると劣情催す人がいそうな……(←誰か吹っ飛ばせ)
しかし全200話、更に50話刻みの回は全て単独話(今回も参加者からの登場者はヴィヴィオだけ)、偶然にしては奇跡的な感じがする。
まだ補完出来そうな部分はある気もするけど、何となく蛇足な感じもするしやりだしたらキリがなさそうなのでこれで終わりでもOKだなぁ。

なにはともあれ、エピローグ担当の◆gFOqjEuBs6氏、◆Vj6e1anjAc氏等々多くの書き手、企画を支えてくれた読み手の皆様お疲れ様でした、そして本当にありがとうございました。

967StrikerS名無しX:2011/04/09(土) 16:38:02 ID:QR21lJpI0
投下乙です!
今まで4年間、本当にお疲れ様です!
そしてありがとうございました!

968StrikerS名無しX:2011/04/09(土) 23:44:31 ID:0I6dQF5Y0
投下乙です
さまざまな思い出を胸に秘めて未来に向かって行くか
ロワでの出来事を糧にしてvividよりも少しヴィヴィオたくましくなった気がする
あとこの話限定でアインハルトマジ裏主人公状態w

そして皆さん今までありがとう&お疲れ様でした!

>>966
>まだ補完出来そうな部分はある気もするけど、何となく蛇足な感じもするしやりだしたらキリがなさそうなのでこれで終わりでもOKだなぁ。
俺も同意見だな
だけどもしも書きたければ外伝扱いにした方がいいと思う
『なのはロワ』の物語はこれで〆にした方が綺麗だし、それにもしも他の世界のその後を書きたい場合そのクロス書き手に一言言うべきだし、
それでもし連絡が付かなくても外伝にすればある程度体裁も整うかと

969 ◆jiPkKgmerY:2011/05/14(土) 23:57:08 ID:9tz52Wzc0
久し振りに見たら完結してたー!
合計200話にも至る作品を書き上げた書き手の皆さま方、そして四年間なのロワを読み続けてくれた読み手の皆さま方、本当にお疲れ様でした。

中盤から全くロワに参加できず申し訳ないの一言です。もっと力添えできたらと悔しさが残るのも、正直なところです。
なのロワは書いていてとても楽しいロワの一つでした。SSの書き手として、学ばせて貰えたことも非常に多かったロワです。
今更ながら本当に完結おめでとうございます!そして、ありがとうございました!

……ああ、リリカルTRIGUNも完結させたいなあ。

970StrikerS名無しX:2011/06/08(水) 21:06:53 ID:drRSzQvAC
よんだけどあまりにもはキャラ崩壊しすぎだな、特にはやてが
今までヴォルケンが廻り合って来た最後の主なのに
stsで自分はグレアムとか様々な人の犠牲などの上に建っているという事に負い目を感じているなど基本的なことがなさすぎて

971StrikerS名無しX:2011/06/08(水) 21:16:04 ID:7Au3vuFw0
ここのはやてはStrikerS終わってからのSS出典だからな
そのヴォルケンがあんな状態じゃなあ
基本的に切羽詰まって手段選んでいられないって感じだから

972StrikerS名無しX:2011/06/08(水) 22:43:04 ID:naSvjkEYC
それにしても…んーやっぱり最早別人としか感じなかった、全部
だからなんか熱い展開があってもなんだかな・・・って思う
茶番劇に

公式じゃない、所詮SSになにいってんだ?って感じだけど・・・

973StrikerS名無しX:2011/06/08(水) 22:53:14 ID:7Au3vuFw0
『魔法少女リリカルなのはFINAL WARS』は読んだんだよな?
それでそう感じたのなら肌が合わなかったのかな




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