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オリロワ:Winter Apocalypse

235アイデンティティ ◆Z.GnlllvXU:2025/06/25(水) 22:57:11 ID:wMcxZIQ.0

「ほら、早く。冷えちゃう」
「水だから冷えてもいいだろ」
「でも早く。私が気分的になんか嫌」
「はああぁあぁああ……。分かったよ、付き合えばいいんだろ……」

 タツミヤは深く息を吐いた。
 渋々キャップを受け取り、唇をつけて一気に飲み干す。
 当たり前だが何の味もしない。なんだかすごく意味のないことをさせられた気分だったが、一方でリズはちょっと満足げに胸を張っていた。

「確かに見届けた。これで私とタツミヤは一蓮托生」
「……どこでこんな真似覚えたんだ?」

 げっそりした顔でタツミヤが呟くと、リズはあっさりと答える。

「玄じいに教わった。ジャパニーズヤクザのお作法。殺し合いをする私達にはぴったり」
「……待て。じゃあお前、あの天狗ジジイとも……」
「もち。盃交わし済み。ぶい」

 リズは手でVサインを作って見せた。
 やっぱりあのクソジジイはマジで最悪の生命体らしい。
 タツミヤは柄にもなく頭を抱えたい気分のまま、風変わりな同盟相手と共にしばし炎を囲んだのだった。


【F-5・民家前/一日目・深夜】
【リズ】
[状態]:健康、やや満腹(少食だから)
[装備]:触手の串焼き、サバイバルナイフ
[道具]:支給品一式
[思考・行動]
基本:生きる。あんまり人は殺したくないが、必要なら仕方ない。
1:タツミヤと行動する。慎重に会場を探っていきたい。
[備考]
※猿田玄九郎と面識があります。打ち解け、盃を交わした仲であるようです。

【タツミヤ】
[状態]:軽い頭痛、そして胃痛(主に玄九郎が原因)
[装備]:なし
[道具]:支給品一式
[思考・行動]
基本:生存優先。
1:リズと組む。ストッパー役としては期待しないでほしいが……。
2:クソジジイ(猿田玄九郎)がいることにたいへん憂鬱。マジで会う前に死んでてほしい。
[備考]
※触手はあんまりおいしくないようです。

236 ◆Z.GnlllvXU:2025/06/25(水) 22:57:42 ID:wMcxZIQ.0
投下終了です。
タイミング被りごめんなさい!

237 ◆NYzTZnBoCI:2025/06/25(水) 22:58:37 ID:PTQKBYAo0
皆様投下乙です!
改めて投下させていただきます。

238濡れた風来坊 ◆NYzTZnBoCI:2025/06/25(水) 22:59:52 ID:PTQKBYAo0
◾︎


 ────〝無敵〟の能力とは?


 馬鹿げた質問だと思うだろう。
 しかし今一度、その答えを真剣に考えてみてほしい。

 誰にも負けない圧倒的な武力?
 如何なる攻撃も寄せ付けない防御力?
 はたまた思考力を奪う脅威的な精神干渉?

 どれも間違いなく強力。
 けれど、あくまでそれ止まり。
 ならば真なる〝無敵〟とはなにか。

 答え合わせは、すぐそこに。
 実体となって、顕現する。


◾︎

239濡れた風来坊 ◆NYzTZnBoCI:2025/06/25(水) 23:00:46 ID:PTQKBYAo0


 粉雪の降り積もる山岳。
 なだらかな山道を踏み締める靴が、ぎゅうぎゅうと音を鳴らす。
 かつて『風』の勇者候補として名を馳せた長身の男は、つい先刻の記憶を反芻させていた。

「ふっ、ざけやがって……! 人の命をなんだと思ってんだ!?」

 男──弥塚槍吉は超がつくお人好しだった。
 
 目の前で人が困っていれば迷いなく助け、見返りなど求めない。
 自分が生き抜くのに必死なこの世界において、それがどんなに異様な存在であるか。
 民間の出でありながら、英雄に匹敵する肩書きを持つことがなによりの証明となろう。

 かのソピアが言うには、世界再生の為には殺し合うしかないらしい。
 確かに理屈はわかる。少数の犠牲によって世界が救われるのであれば、それが正しいのかもしれない。
 あの救世主(ルクシエル)が見せた〝奇跡〟も、それが嘘偽りではないということを知らしめた。

 ならばそれに従うべきなのか。
 槍吉の答えは────断じて否。

「こんなの、世界再生なんかじゃねぇ……!」

 槍吉が手に握るのは、数々の名が連ねられた参加者名簿。
 ご丁寧なことに日本人向きの五十音順で示されたそれは、槍吉に憤慨を覚えさせるには十分であった。

 『晴』の勇者、ミヤビ・センドウ。
 『雨』の勇者、ルーシー・グラディウス。
 『凪』の勇者候補、シティ・草薙。

 共に戦場を駆け抜け、民を救った掛け替えのない友の名前。
 自分一人が犠牲になるのであれば話はまだわかる。
 けれど、彼らまで犠牲にするのは話が違う。
 空を取り戻すべく尽力した彼らに、この場で死ねと断ずるのであれば、槍吉はこんな儀式認めない。
 誰よりも世界の為に戦った彼らをこれ以上苦しめるのであれば、ソピアやルクシエルは救世主などではない。


 そして、なによりも────


「────十二崩壊……!」

 名簿の下に記載されている名前。
 金獅子、魔王、姫、恐獣。
 文字通り世界崩壊を進めた十二体の特級災禍。
 人類史においても類を見ない脅威と定められた禍者。
 それの生き残り全てが小さな孤島に集められ、世界再生の儀に参加させられているというふざけた事実。

240濡れた風来坊 ◆NYzTZnBoCI:2025/06/25(水) 23:01:20 ID:PTQKBYAo0

「こいつらが生き残ったら……世界なんて救われねぇに決まってる!」

 槍吉が懸念するのは、なによりもその一点。
 ルクシエルの意思は掴めないが、世界再生を可能とするほどの力を持った彼女を伴侶にするということは即ち、願いを叶えるも同然のこと。
 全球凍結により衰退した世界に、終焉の加速をもたらした十二崩壊の願いとは。
 十中八九、自分たちが命をかけて守ろうとした〝空〟を穢す我欲であろう。

 最初から世界再生が目的なら、こんな奴らを儀式に呼ぶことなど有り得ない。
 本当に世界を救いたいのであれば、すぐにでもこの首の烙印によって奴らを潰すべきなのだ。
 それをしないということは、やはりソピア達は間違っている。

 だからこそ、槍吉は足早に歩を進める。
 十二崩壊やソピア達への憤りを原動力に変えて、無理やり儀式に巻き込まれた者たちを救うために。

「…………ん?」

 そうして進んで十数分。
 槍吉の耳が拾い上げたのは、微かな男の声であった。

「──……ーい、」

 やはり、誰かを呼んでいる。
 槍吉は声の方向へと駆け出した。

「────おーい!」

 段々と声の輪郭が掴めてきた。
 壮年の男の声だ、少なくとも敵意は感じられない。
 枯れ枝を踏み潰し、雪に足跡を残しながら、槍吉は一本の大木の元へと辿り着いた。

「この辺から声が……」
「おーーーーい!! ここや、ここ!! 助けてくれやぁ!!」

 辺りを見渡す槍吉の頭上から、絞り出すような声がかかる。
 慌てて見上げた槍吉は、思わず目を丸くした。

「あ、あんた……なにしてんだ?」
「そりゃこっちが聞きたいわ! 俺、なんでこんな目に遭ってんねん!!」

 地上から五メートル辺り、降雪に負けず天へと伸びた太く頑丈な枝先。
 恵まれた体躯を持つ帽子の男が、それにがっしりとしがみついて震えていた。

241濡れた風来坊 ◆NYzTZnBoCI:2025/06/25(水) 23:02:39 ID:PTQKBYAo0

「…………あー、もしかしてあんた……降りれないのか?」
「そ、そや! 俺、高いところ駄目やねん! だから兄ちゃん、はよたすけてーや!」

 まさか、と苦笑する槍吉。
 想定していた危機とかなり乖離した状況は、なんとも緊張感に欠けるというか。
 ともあれ命に関わる事ではなくてよかったと心中で胸を撫で下ろし、勢いよく腕を広げる。

「飛び降りろ! 俺が受け止めてやるから、はやく!」
「は、はぁ!? 兄ちゃん正気かいな!? 俺に死ねっちゅうんか! この薄情者!!」
「違うって! いいから早く飛び込め! もし失敗しても、俺の神禍で痛み〝だけ〟は消してやるからさ」
「おい、縁起でもないこと言うなや!」

 時間だけが浪費されていく。
 痺れを切らした勇者候補の喝が響かなければ、この無駄な時間はさらに続いたことだろう。


◾︎


 あれやこれやと言い合い、やがて意を決した男が飛び降りる。
 勇者候補の二つ名は伊達ではなく、自分以上の巨体を問題なく受け止めた。
 安堵と恐怖が綯い交ぜになったような引き攣った笑みを浮かべながら、男が片手を上げる。

「いやぁ〜〜助かったわ兄ちゃん! 見たところ日本人やろ、奇遇やなぁ」
「あ、たしかに言われてみれば。めちゃくちゃ関西弁だしな、あんた」

 二メートル近い眼帯の巨漢が木から降りられなくなっているというシュール極まりない光景に気を取られていたが、確かに言動からして生粋の日本人にしか見えない。
 ただでさえ状況が状況。些細な共通点であろうとも互いの心を軽くするには十分だった。

「俺は城崎仁っちゅうもんや。兄ちゃんは?」
「弥塚槍吉だ。ほら、名簿のここにある」
「ほー、……勇者候補『風』? なんやこれ?」
「ま、肩書きみたいなもんだよ。ほら、同じようなの書かれてるのが他にもいるだろ」

 言いながら、槍吉は名簿の下部を指す。
 雨の勇者、晴の勇者、勇者候補『凪』──城崎は訝しげに首を傾げつつも、一応は納得した様子を見せた。

「なんでこいつらと崩壊? のやつらは肩書きつきなんや?」
「そんなの俺が知りたいよ……ま、とにかくこの勇者ってついてる奴らは俺の仲間で信頼できる」
「んじゃこの崩壊っちゅうんは?」
「こいつらは要注意だ。あんたは何があっても近づかない方がいい」

 目元に真剣味を帯びさせた槍吉に、城崎はなんとも言えぬ顔で頷く。
 今どき日本人で『空の勇者』と『十二崩壊』を知らぬ者などそういないと思っていたが、情報収集手段のインフラがまともに機能していない以上不思議ではない。
 ならば尚更、城崎のようなただ巻き込まれただけの人物を危険に晒すわけにはいかない。

242濡れた風来坊 ◆NYzTZnBoCI:2025/06/25(水) 23:04:17 ID:PTQKBYAo0

「城崎さん、一応聞くけど……乗る気はないんだよな?」
「はぁ? そんなん聞かんでもわかるやろ。第一こんな老いぼれが勝ち残れるわけあるかい」
「だよな、安心した」

 もしも、万が一にも乗っていたら。
 こんな質問を投げておいてなんだが、それでも武力で抑えるようなことはしなかっただろう。
 自分が勇者を断った理由である〝甘さ〟に辟易しながら、決意を固める。

「よし、決まり!」

 この瞬間、槍吉の方針は定まった。
 なにが、という城崎の疑問を遮るように親指を立てて突きつける。

「俺があんたを守る! 弥塚槍吉に出会えた幸運に感謝しろよ!」
「お、おう……えらい自信満々やんけ。ま、そういう事ならお言葉に甘えさせてもらうわ。よろしゅうな、槍吉くん!」

 城崎が幸運である、というのもあながち間違いではないだろう。
 この儀式、全員が全員反対の意志を持つなど現実的ではない。
 その中で弥塚槍吉という根っからの善人に出会えたことは、紛れもない順風と言える。
 そして槍吉にとっても、彼との出会いは道を定めるという点で不可欠であった。

「そういや城崎さん、武器は持ってんのか?」

 と、槍吉はふと疑問を抱く。
 先程のごたごたで聞きそびれていたが、城崎は無手の状態だった。

「あー、それなんやけど……笑わんでくれるか? や、むしろわろて欲しいわ」
「なんだよ、その前フリ」
「焦らんでも今に分かるわ」

 そうして勿体ぶる城崎が取り出したのは、一本の木の枝。
 先端が尖っていて危ないという点以外、なんの変哲もない。
 槍吉は最初、城崎の意図を理解できず数秒の沈黙の後、まさか──と口を開いた。

「それ、武器!?」
「せやねん! あの女、舐め腐っとると思わんか!? これでどう勝ち残れっちゅうねん!」

 確かにこれは笑うしかない。
 ソピアは何を思って木の枝を支給したのだろうか。
 もしも城崎の反応を期待していたのなら、確かに気持ちはわからなくはない。
 洗練されたツッコミを見せる眼帯男は流石の関西人というべきか、一瞬この殺し合いという状況が盛大なドッキリなのではないかとさえ思ってしまった。

「飛ばされたと思ったら木の上で、おまけに武器もこんなんで……城崎さん、本当に不運だったな……」
「あのな槍吉くん、こういう時は同情するんやなくて笑ってあげるのが本当の優しさってもんやで」

 とはいえ、非常に残念ながら笑いごとではない。
 これまでの言動から、城崎が身を守る術を持っていないであろうということは明確。
 並の相手に遅れを取る気はないが、自分と同等以上の相手が襲いかかってきた場合、彼を守り切れるかはわからない。
 少し悩んでから、槍吉はデイパックを漁り始めた。

「ほらよ、城崎さん」
「ん? ……はっ? これ、ええんか?」

 そして、手渡したのは自身のランダム武器。
 城崎の手にずっしりとした質量を伝えるそれは、夜闇にも目立つ光沢を帯びた拳銃だった。

「いいよ。俺には〝これ〟があるからさ」

 と、槍吉は慣れた手付きで背負っていた槍を回す。
 波を描くような穂先の動きは曲芸のようでありながら、空を割く音が響き渡る。
 鮮やかな一回転の後、地に向けられた槍身と柄を繋ぐ口金を軽く蹴りあげ、肩に担いだ。
 その一連の所作だけで、彼が鍛錬に注いできた並々ならぬ時間を読み取れる。

 ひゅう、と口笛を鳴らす城崎。
 自前の槍と拳銃。自分との扱いの差に不服を噛み殺したような面持ちが、槍吉を見据える。

「かっこええやないか、槍吉くん」
「へへ、どーも」

 かくして二人の男の出会いは、広げた帆を押し進む。
 不運と幸運の織り成す『風』は、果たしてどこへ向かうのか。

 風来坊宜しく、天運に任せてみようか。

243濡れた風来坊 ◆NYzTZnBoCI:2025/06/25(水) 23:05:02 ID:PTQKBYAo0


【B-5 雪山/一日目・深夜】
【勇者候補『風』 / 弥塚槍吉】
[状態]:健康
[装備]:名槍『虎落笛』
[道具]:基本支給品
[思考・行動]
基本:この殺し合いを止める。
1:城崎と共に行動する。
2:ミヤビ・センドウ、ルーシー・グラディウス、シティ・草薙を探す。
[備考]
※ランダム武器(ベレッタ92FS)を城崎仁に譲渡しました。

【城崎仁】
[状態]:健康
[装備]:ベレッタ92FS(装弾数15/15)
[道具]:基本支給品、尖った枝
[思考・行動]
基本:生き残る、儀式には乗らない。
1:槍吉についていく。
2:槍吉の仲間を探す。
[備考]





◾︎

244濡れた風来坊 ◆NYzTZnBoCI:2025/06/25(水) 23:05:34 ID:PTQKBYAo0





 ああ、きっと。
 槍吉から見た世界は、こうなのだろう。

 結論から言おう。
 二人の出会いは、決して〝幸運〟などという不確かなものではない。
 全てが計算され、仕組まれ、予定通りの出来レースである。

 そして、それを仕組んだ人物とは。
 他ならぬ城崎仁その人である。

245濡れた風来坊 ◆NYzTZnBoCI:2025/06/25(水) 23:06:04 ID:PTQKBYAo0


 ────槍吉から見た城崎仁とは?

 不運にも木の上に転移され、不運にも外れの武器を渡された可哀想な老人。
 いや、仮に槍吉でなくとも彼の言動を見ればそう思うのがごく自然のことである。

 けれどそれが、嘘なのだとしたら。
 不運など、最初からなかったのだとしたら。

 これは、根拠のない〝たられば〟ではない。
 城崎仁が転移した先は、木の上などじゃなかった。

 不可解に思うだろう。
 ならば城崎は、わざわざ巨木のあるところまで移動して登ったことになる。
 殺し合いという誰もが状況を呑み込むのに時間を費やす初手で、この男は木を登るという選択を取ったのだ。

 ────なんのために?

 決まっている。
 その方が都合が良くなると、〝直感〟が訴えかけたからだ。

 それこそが、城崎仁の神禍(のろい)。
 他者を殺す為に賜った、超常の力。
 莫大な火力を持つ異能でも、圧倒的な膂力でもなく。
 ただ場の流れを読む〝だけ〟の、つまらない能力である。

 城崎仁は、全て計算尽くだった。
 支給品の確認の後、〝本当の〟ランダム武器を懐へ忍ばせる。
 そして木の上へ登り、大声で助けを求める。
 まるで槍吉というお人好しが傍を通ることを確信したかのような、一切迷いのない行動。
 城崎はこれを、儀式開始から僅か数分の間に行ってみせた。

 もしも通ったのが槍吉ではなく、危険人物だとしたら。
 ああたしかに、そんなことが起きていれば城崎は命を落としていたかもしれない。

 しかし断言出来る。
 そんな〝もしも〟は存在しない。
 城崎は賭けに出たのではなく、確定された未来に沿って進んだだけなのだから。

246濡れた風来坊 ◆NYzTZnBoCI:2025/06/25(水) 23:07:26 ID:PTQKBYAo0

 そうして得たのは、槍吉という勇者候補からの信頼と拳銃。
 この殺し合いを生き残るに当たって、最適解とも取れる都合のいい展開。
 初手で命を落とす者もいる中で、幸運と呼ぶ他ないが──再三言う通り、1%とて運は絡んでいない。

 槍吉から見た城崎は、無知な人物であった。
 空の勇者も、十二崩壊も知らぬ場所で生き延びてきた稀有な男。
 しかし奇しくも、城崎が槍吉へ内心下した評価も全く同じだった。

 もっとも、それは槍吉に限った話ではない。
 自分の正体を知らぬ者は総じて、城崎から見て〝無知〟である。


 ──日本最大の極道組織『久藤会』。
 その五代目会長に躍り出た実力者、城崎仁。
 逸早く全球凍結に備え、大した苦労もなく適応してみせるほどの先見の明を持った男。
 彼の順風満帆な人生は、決して運任せの道のりではなかった。

 武力、権力、頭脳、話術、直感。
 自身の持つ全ての力を適切に使い、都合のいい方向へ舵を取り続けて今がある。
 競合相手である秋山組を蹴落とした時もそうだった。人道を外れた真似を恐れる者は、極道組織において成り上がるなど夢物語。
 そしてそれは、この粒揃いの儀式においても同様に。
 
 

 ────〝無敵〟の能力とは?

 回答は決まっただろうか。
 ならば答え合わせといこう。

 単純明快、言葉通り。
 〝敵を作らない〟能力である。

247濡れた風来坊 ◆NYzTZnBoCI:2025/06/25(水) 23:07:46 ID:PTQKBYAo0
 

 

【B-5 雪山/一日目・深夜】
【勇者候補『風』 / 弥塚槍吉】
[状態]:健康
[装備]:名槍『虎落笛』
[道具]:基本支給品
[思考・行動]
基本:この殺し合いを止める。
1:城崎と共に行動する。
2:ミヤビ・センドウ、ルーシー・グラディウス、シティ・草薙を探す。
[備考]
※ランダム武器(ベレッタ92FS)を城崎仁に譲渡しました。

【城崎仁】
[状態]:健康
[装備]:ベレッタ92FS(装弾数15/15)
[道具]:基本支給品、尖った枝
[思考・行動]
基本:勝ち残る。
1:ひとまずは槍吉を利用する。
2:利用価値のあるものは傍に置く。
[備考]
※本当のランダム武器(???)を服の中に隠しています。

248 ◆NYzTZnBoCI:2025/06/25(水) 23:08:22 ID:PTQKBYAo0
投下終了です。
タイミング被り申し訳ありませんでした!

249◆DpgFZhamPE:2025/06/26(木) 17:52:46 ID:???0
投下します

250◆DpgFZhamPE:2025/06/26(木) 17:54:50 ID:???0
 ─── 黄銅色の長髪を靡かせた少女は、呆然としていた。
 足を投げ出し。テディベアを床に座らせたような姿勢で、呆然と空を見上げていた。
 ルクシエルと名乗る存在が高らかに宣言した殺し合い。蘇る命。犠牲を強いるその言動。その殆どを、少女は理解していなかった。
 ただ知らない場所へ連れてこられたと思いきや、知らない場所へと飛ばされた。少女の認識としては、この程度だった。
 右を見ても木。左を見ても木。少女が地図を開き、現在地の特徴と照らし合わせる知識さえ持ち合わせていれば、C-Ⅵと記載された地だと判断できるのだが、少女はそれも持ち合わせていなかった。
 知らない匂い。知らない光景。すんすんと鼻を動かしても、少女の慣れ親しんだ匂いは感じられなかった。
 己の慣れ親しんだ匂いのしない新天地に、少女は眉を顰めた。成人した人間が、住んでいた家と同じ間取りの家に押し込まれたとしても『自分の家だ』と判断しないように。
 少女にとっても、木々に囲まれたその場所は知らない場所だった。
 ルールル・ルール。人類が定めた名は、No.8『恐獣』。
 人類を滅亡に導いたとされる十二の一つ。腹に刻まれたⅧの字がその証。獣の暴虐をその身に宿し、禍いとして進行したソレは、今はただ空を見上げ。
 何をすべきか、どうすべきかも理解できぬまま時間が過ぎ。

 その鼻が、血の香りを嗅ぎ取った。
 がさり、と背後から音がする。草むらの奥、何かの存在を嗅ぎ取る。小柄な体躯を翻し、四足歩行へと移行する。頭を低くし、腰を上げる。いつでも己の肉体を駆動できるよう、万全の構えで待ち受ける。
 ルールルは現れたものが何者であれ、引き裂く準備はできていた。その数秒後、再び揺れた草むらから。

「あっ…えっ、と、その───寒く、ない…?」

 最大限の勇気を振り絞ったのだろうか。引き攣った笑顔でルールに語りかけた、銀髪の少女が、ひょっこりと顔を出した。



◯ ◯ ◯

251◆DpgFZhamPE:2025/06/26(木) 17:58:46 ID:???0


「なるほど、なるほど。ううむ」

 所々を銀であしらった、フォーマルな黒い儀礼服。その上にコートを纏った女性。長い手足を伸ばし、長い黒髪を揺らしながら、こめかみを指先で叩く。
 こんこん、と。こんこん、と。こんこん、と。
 繰り返す都度三回。ふむ、と思案する様子を見せながら、女性は木々に囲まれた山の中でこめかみを小突く。
 空は黒く。緩い傾斜の大地にて、思案を続け。
 そうして、ようやく二度目の口を開く。

「つまり、この私に悪虐の限りを尽くし、女を娶る権利を得ろと。箱に閉じ込め『見返りをやるから殺し合え』と。ほう」

 くつくつと笑う。こめかみを小突いていた指先を口の先へ。
 一頻りの間、溢れる笑い声を抑えたあと。女性はふう、と息を整え、天を見上げ。

「───下衆めが。灸を据えるでは済まさぬぞ」

 瞬間。空気が凍った。
 そう錯覚させるほどの殺気。常人ならば普段行っている呼吸の方法すら忘れさせるほどの圧迫感。
 不条理が嗤う。殺し、奪い、嘲り嗤う。罪なき者どもを"当然"と虐げ嗤う。
 女性───零墨の名を持つ彼女が最も嫌う、悪虐そのもの。ソレを強いられたとなれば、怒髪衝天すら生温い。
 
 しかし。それはそれとして。

「さてはて。何時迄も義憤に囚われても仕方なし。数人程度でも覚えがある名があれば良いが」

 適当な小石に腰掛け、支給された名簿を広げる。しかし、如何ともし難い暗さが彼女の視界を妨げる。
 空は曇り、日は差し込まぬとは言え、未だ日が昇る時間ではなく。木に囲まれた中、月明かりで字を読むには少しほど光が足らず、はらはらと舞う白雪が鬱陶しい。

「…辞めだ。名を探すのは日が昇るか光源を探してからでも良かろう。
 急いたとして解決する問題でも無く」

 早々に名簿を閉じて、デイパックの中に投げ込む。知った名があったとして、今すぐ何かが起こる訳でもない。
 このような儀式に巻き込まれた時点で、既に何かを急ぐには遅すぎる。救うにしろ戦うにしろ、相手の名だけ脳に刻んでも意味がない。
 まずは暖を取れる場所でも、零墨は思案する。

「考えるのは暖を取ってからでも遅くはあるまい。この寒さには私は慣れたが…常人が慣れるには辛かろう」

 ならば、山頂から見下ろした方が探すのは早いか、と顎に指を運び。己一人暖を取るならば、その身に宿る"神禍"で軽い家でも作れば良い。
 しかし、この状況下ならば、何者かと合流する為にも動いた方が良い。零墨はそう判断し。

「人は毛皮を持たぬからな。暖かい場所に寄るのは道理。
 ───のう、獣よ?」

 ゆっくりと顔を上げ、背後へと語り掛ける。零墨の背後、その奥。木陰に人ならざる影一つ。
 積もった雪の上を四足歩行で音すら鳴らさず。ただ、ゆっくりと零墨を見ている。その瞳に、敵意を携えて。

「…このような状況とは言え、怒りに駆られすぎたか。
 殺気を撒き散らしたのは此方に責があろうが…獣とは言え、敵う相手かどうかは見てわかろう?」
「───」
「ほら、今ならば私も追いはせん。山の奥にでも帰るといい」
「───ゥ」
「……ごめんて」

252◆DpgFZhamPE:2025/06/26(木) 18:03:12 ID:???0
 一応謝罪の意を返すが、獣には通じず。帰ってくるのは低い唸り声のみ。当たり前だ、野生の獣に言葉が通じるはずもなく。
 殺気に寄せられたのであれば、獣としては"零墨が先に手を出した"という認識になる。
 一息。溜息を吐き、立ち上がり獣と向き合う。四足歩行の獣の体長は百六十ほど。立った耳に鋭い牙。イヌ科…狼の類いか、と零墨は推測を立てる。
 しかしその体色は灰色に染まったソレではなく───まるで、燃えるような黄銅の体毛に覆われている。
 もはや失われた夕日のような、美しい毛並。

「わかった。私が悪い。この辺りに住処でもあるのかは知らんが…大人しく帰ってもらえぬのであれば」
 
 右拳を前に構え。左拳を腰沿いに。呼吸を整え、獣を見る。

「…相手になろう。獣と言えど、拳を交わせば力の差は理解できよう?」
「◾️◾️◾️ゥーッ!!」

 構えた瞬間、獣が走り出す。右、左。右、左。撹乱するようにステップを織り交ぜた軌道で、零墨へと距離を詰める。
 一呼吸の間もないうちに、両者の距離は文字通り目前へと迫り。獣の爪は零墨の首を狙う。音すら置き去りにするその速度と爪に、人間は反応できず。
 
「…速い。が、歴戦の猛者に比べると動きが直線的で読み易い」

 ───常人を超えた武人は、その上を行く。
 爪が喉笛を捕らえるその瞬間。背を後ろに逸らし、直前で爪を交わす。
 流れるように右拳を獣の横腹へ。流れるような静。
 脇腹へと当てた拳へと力を流す。力が跳ねるかのような動。
 零墨の身体から生み出された力は踏み込みから拳へと流され、獣の身体へと叩き込まれる。外皮ではなく臓器へ。衝撃を通す拳法。
 墨を得、文字を書く流れる筆のような。力の流れを通す"墨拳"。その第一の技、"通貫掌"(つうかんしょう)。

 狼の身体は内側から跳ね、前方へと飛び込んだ身体は脇腹に当てられた横からの力により、真横に跳ね飛ぶ。
 二、三回ほど地を転がり、静止するその身体。零墨は拳を払い、獣へと視線を流す。

「何、二日三日ほど療養に徹すれば治る程度には…む?」

 相手は獣。敵わぬと察すれば逃げるだろうと算段をつけた零墨の眼に、信じられない光景が映る。
 転がった獣は何食わぬ顔で立ち上がり。少量の血液を吐き捨て。
 
 ───今度こそ、武人の喉笛を掻き切らんと跳ねた。

「なるほどッ!?」

 神禍が宿るのが、何も人間だけということはあるまい。国家すら機能を停止した今、"獣"という新たなる主が人間を超える力を手に入れたとしても違和感はない。
 何らかの力で。この獣は、武人の拳を耐え切った。

 そう思案し、飛び込んだ獣の爪を再び同じように躱そうとした零墨の眼前で。
 狼ほどだった獣は、その体長を熊ほどに巨大化させた。

(此奴、直前でリーチを…!?)

 喉笛に届く爪。零墨が躱すよりも早く、その手脚は巨大化し伸びる。単なる質量の増加。然しながら、獣の筋肉は何倍にも増大し。
 ただの体格の変化。その"体格"が武道、こと近接戦においてどれだけの力の差を生むか零墨は理解しているからこそ、判断した。
 不意を突いた巨大化。そのリーチ、筋力の突然の変化。

 ───この狂爪は、避けられない。

「『万物に潜む黒よ、従い倣え』」

 ───故に、神の呪いを影に宿す。

 遥か上空。厚い雲から差す月光が、山の木々を照らす。その木々の影が、一つに纏まり、形を為す。
 降るは大蛇。影の蛇が群れを成し、凄まじき速さにて獣を締め上げる。熊ほどの大きさへと変わった獣の爪が、少し鈍った。

(前言撤回、この獣は此処で頭を潰す! 初手にて葬る、後に残せば私をも狩る"何か"へと変わるやもしれんッ!)

 動きが鈍ったその頭部へと狙いを定め、零墨は右腕を掲げ振り下ろす。頭蓋を砕く、容赦はしない。
 不意への対処、神禍の緊急発動。全力を出すには急拵え、程遠いものではあったが、それでも脳は潰すことができると判断し。
 振り下ろした拳が、獣へと到達するその瞬間。

 ゾクリ、と。
 全身の毛が怖気立つような、腕ごと食い千切られる、その未来を予感し。

「その、ま、まま、待ってください!」

 戦場に似合わぬ幼き声が、響き渡った。



◯ ◯ ◯

253◆DpgFZhamPE:2025/06/26(木) 18:06:48 ID:???0


 時は少し巻き戻り。
 銀髪の少女、カノン・アルヴェールはその小さな手足で山の中を歩いていた。
 赤い雪国用コートを枝に引っ掛けぬよう注意を払いながら、草むらを進む。

 怖い。
 ───何が怖い?
 何もかもが、怖い。
 暗闇も、視界を遮る木々も、知らない人たちも、自分の知らない土地も、儀式と名乗り見せられた"何か"も、殺し合いも、何もかも。
 不安が恐怖を呼び、未知が恐怖を招く。人と出会うことすら恐ろしく、しかし己一人で歩くことすら恐ろしい。
 出会った人が悪い人だったらどうしよう。殺されるのが怖い。
 出会った人が良い人だったらどうしよう。信じるのが怖い。
 裏切られたら。手を上げられたら。傷つけられたら。お荷物になったら。何もかもが、恐ろしく。

 そう考えて、無我夢中で歩いている内に。カノンは、少女を見つけた。

 まるでテディベアを座らせたように、手足を投げ出して尻もちをついている少女。日焼けした体に、獣の皮のマント。ただ何をするでもなく、空を見上げている。
 その手足はカノンより逞しくはあったが、小さな傷も大きな傷も刻まれていた。それは、まるで───たった一人で生きてきた、獣のような。
 それは、嘗ての自分の境遇と、己の体に刻まれた傷跡と似ているような気がして。
 カノンの気配を察知したのか、四足で警戒する犬のように跳ねた少女を見て。

「あっ…えっ、と、その───寒く、ない…?」

 思わず、カノンは声をかけていた。
 見て見ぬふりをすることもできた。逃げることもできた。

 でも、それは。
 …かつて、カノンを拾い育ててくれた老夫婦に、胸を張れないような行為な気がして。
 カノンは、思わず体を前に乗り出した。

「…ルゥゥッ…ウ…?」

 少しの間、警戒するように唸っていた少女は、鼻をスンスンと鳴らし。
 ゆっくりとカノンに近づいて。カノンは身体を動かさず、かと言って何と言葉を発して良いのか分からず立ち尽くし。
 少女はカノンの周りをスンスンと嗅ぎ回り。

 何をするでもなく、座った。

「…へ…?」
「……」

 ───カノンは知る由もないが。
 No.8『恐獣』…ルールル・ルールは、純粋無垢な獣である。故に知能は年齢ほど高くは無く、人間社会とは掛け離れた常識の下で生きている。
 弱肉強食。食物連鎖。果物や肉を食らうこともあり、また屋根の下で眠ることはなく、日の光や枯葉で暖を取る。
 人間とは程遠い獣の生活。だが、それでも人間も生物であり、ルールルも生き物であった。
 知能を持つ生き物共通の行動。野生においても珍しくはなく、人間社会でも見られるその行動。
 ───即ち、弱個体の保護である。

 服の下は数多の傷で覆われ、古傷と血の匂いの滲む少女。己よりも小さく、歳も若く、それでいて声も小さい。
 ルールルは判断した。この少女…カノンは、敵意もなく害意も感じられない。過酷な地域にて生き延びた傷を負った個体であろう、と。
 ならば、群れの長として守らねばならない。野生に生きたルールルは、人一倍"弱さ"には敏感であった。

 カノンの頭を、ルールルが撫でる。
 それは、守るべきものを得た獣の側面。獣の温情であった。

「えっと…あり、がとう…?」

 カノンが返答に困っている間。ルールルが何かを察知する。
 それこそが後に出会う女性───零墨が放った殺気だったが、カノンはソレを察知できるほど場数を踏んでいない。

 外敵を排除するべく、獣へと変わり走り出したルールル。それを困惑しながらも追うカノン。
 獣へと変わる能力。それがきっと、あの子の神禍なんだ、とカノンは思う。
 後を追うも走力の差でぐんぐんと差は開き。

 カノンが追いついた頃には、コートの女性と獣が拳と爪を交え。
 決着がつきそうなその瞬間。
 
「その、ま、まま、待ってください!」

 その場に転がりそうになりながらも、全力で張り上げた小さな声に。

 獣と女性の、戦が止まった。



◯ ◯ ◯


「済まぬ。いや、これは…まさか人の子だったとは…」
「ルゥ…ッ!」
「い…いえ、こちらこそいきなり出てきて申し訳ありません…っ!」

「いや、こればかりは年長の私の理解が及ばなかった。まさかまだ幼さの残る子どもとは…うむ…」
「ゥゥ…!」
「こちらこそ…止まってくれて…良かったです…」

「……。この言葉も通じているのかどうか…」
「ゥ…」
「それは…私も先ほど会ったばかりなので…あんまり話ができてなくて…」

 立ち尽くす零墨の前に、ルールルがカノンを守るように立ちはだかる。謝罪する零墨に、警戒の色が消えない。
 零墨は額に手を当てる。己の至らなさに頭を抱えるばかりだが、かと言っていつまでも止まっている訳にもいかず。

254◆DpgFZhamPE:2025/06/26(木) 18:09:14 ID:???0
「カノン、と言ったか。この少女の名は聞いたのか?」
「いえ、その…名前を聞きたいんですけど、あんまり言葉が伝わらなくて…」
「其方から名乗ってくれるのを待つ、しかないか…」

 二人の拳が止まった後。カノンから大体の説明と自己紹介を受けた零墨は、己の不甲斐なさを恥じ入った。
 獣と断じていたのは人間で、その上まだ幼さの残る少女だった。いくら想像以上の力だったとはいえ、罪もない己の力を年端も行かない娘に振るったとなれば情け無いことこの上ない。
 …しかし。その上で、零墨には疑問が残った。
 腕が捥ぎ取られるような錯覚。明確な殺意、一瞬感じた命の危機。己も全力を出せない状況だったとは言え、その辺りの小娘の指がこの命に届くほど生半可な鍛え方はしていない。零墨にはその自負があった。
 故に残る疑問。この命に届き得る脅威。もしや、この娘が幼きを守る少女ではなく、力を持った殺戮者であったならば───その時は。

「…る?」

 その時は、始末すべきなのだろうが。
 零墨には、カノンを守るべく立ちはだかる少女が根からの邪悪とは、とてもではないが見えなかった。


【C-6・山/1日目・深夜】
【零墨】
[状態]:通常
[装備]:
[道具]:支給品一式
[思考・行動]
基本:儀式の存在自体を許さない。
1:ごめんて…。まさか人の子だったとは…。
2:とりあえず戦えない子どもを保護し、暖の取れる場所へ。
[備考]
・カノン・アルヴェールの名を知りました。
 どこまで情報共有を行なったかは、後述に任せます。
・名簿をまだ確認していません。知り合いがいるかはまだ不明です。

【No.8『恐獣』 / ルールル・ルール】
[状態]:通常。ダメージ完治済み
[装備]:
[道具]:支給品一式
[思考・行動]
基本:血の匂いのする少女(カノン)を守る。
1:弱った個体(カノン)を守る。
2:零墨を警戒。今のところ、爪は収めている。
[備考]






 心臓が高鳴っている。バクバクと跳ねている。
 思わず声を上げてしまった。目の前で命の取り合いをしている現実に、ただ反射的に声を上げてしまった。
 喉から音が発せられた時点で後悔した。相手が良い人だったからよかったものの、悪い人だったら───今頃。
 自分の命はここはもうなかったと思うと、恐ろしくて目眩がする。
 信じたかった。この世は残酷なだけではなく、心の奥底には優しき人間の心を秘めた人がいるのだと。
 もし。この先、笑顔で近づいて来た悪人がいたとしたら。

 ───自分は、人を信じたせいで、死ぬのだろうか。



【C-6・山/1日目・深夜】
【カノン・アルヴェール】
[状態]:対人恐怖による不信、動揺。
[装備]:
[道具]:支給品一式
[思考・行動]
基本:怖い。生き残りたい。
1:(何故か)守ってくれている少女(ルールル)と共に行動する。
2:零墨さんは…話してみると良い人だった。多分。
[備考]
・零墨の名を知りました。
 どこまで情報共有を行なったかは、後述に任せます。
・名簿をまだ確認していません。知り合いがいるかはまだ不明です。

255◆DpgFZhamPE:2025/06/26(木) 18:12:03 ID:???0
投下終了です。
タイトルは「ジェヴォーダンの少女」でお願いします。

256 ◆EuccXZjuIk:2025/06/26(木) 23:07:36 ID:0BQMAOqk0
皆さん投下お疲れ様です。僭越ながら感想を書かせていただきましたので、ご査収ください。

>>平和より自由より正しさより 君だけが望む全てだから
これぞまさしく凶人同士の異様な戦いと呼ぶ他ない壮絶で、それ以上に常軌を逸した戦闘回。
易津縁美という女の神禍が強力なのもさることながら、言ってしまえば只の肉体強化という力でそれに正面から比肩していく意秋の凶悪さも際立つ。どこか淡々とした文体で繰り広げられるこの世の地獄じみた光景が実に恐ろしくも面白い。
真価を発揮出来ていない状態でこれだけの無法を押し通せる意秋の暴力の化身めいた強さに、相手が彼でなければ容易く抹殺していたのではないかと感じさせる縁美の強さ、どちらも手落ちする事なく十全に描き尽くされていて素晴らしいバトル回でございました。
我道を邁進する意秋は勿論のこと、初戦からこれだけの戦いをした上で十二崩壊や空の勇者といった名簿で特筆されている枠の参加者に対して想いを馳せる余裕のある縁美も破綻の極みと呼べる風情。つくづく信じられないほどの強者、曲者が集った儀式なのだと実感させてくれる一作、お見事でした。

>>アイデンティティ
あらゆる環境に適応するという文面だけでは想像出来ないほどソリッドでクレバーなリズの戦闘が印象的。タツミヤも敗れてはしまったものの、蛸化に限界がない事が示され、文字通り異形の怪物になる事も可能であるという互いの掘り下げがワクワクさせてくれました。
しかしこの話で一番印象的だったのはやはりその後の、リズとタツミヤが交わすやり取りでしょう。
神禍製の触腕を串焼きにして食べながらというシチュエーション自体は酔狂ですが、それに振り回されているタツミヤが面白くも愛嬌があって魅力的。
世界を旅しているリズはタツミヤの宿敵・猿田玄九郎とも面識があるという設定を出し、彼とのやり取りにこうやって幅と深みを出してくるのかと膝を打ちました。無口で厭人的な男が二回りも年下の少女に翻弄される光景に思わず笑みが溢れた。
主催者の打倒や優勝を掲げるでもなく、あくまで生存を優先するのが前提で構築された同盟。行く末に関心を禁じ得ません。

>>濡れた風来坊
読んでいる間は槍吉の真っ直ぐな熱血さに好感を抱き、しかし読み終わった後は城崎の巧みなまでの狡猾さに驚かされる、そんな衝撃的な読後感の残る作品でした。読み返すと城崎の行動・言動がとことん抜け目ないものなのがよく分かり、再読して二度美味しい。
槍吉はまさしく勇者候補として挙げられるに相応しい熱血漢で、実際読んでいて好感を抱かされるのですが、作中で触れられている通り利用しようとしている側からすれば実に好都合なお人好しでしかないのが痛ましい。
城崎のキャラシートの記述を思うと『今までこうやって世渡りをしてきたのか』と心底納得させられる一作で、更に嵌められた側である槍吉の人物像や魅力も確と絞り出しているためとても面白い。
種明かしの後に満を持して出される“答え”も抜群に決まった演出で素晴らしく感じた。

>>ジェヴォーダンの少女
獣にさえ温情を示す零墨の情け深さ。それがルールルの十二崩壊としての強さが顔を出した瞬間、一気に危機感と本気に染まるシーンが堪らない。牙を剥くまで零墨をして脅威と悟らせなかったのも、ルールル・ルールという存在が他の崩壊達とは趣を異にする禍者であると踏まえた上で読むと何処となく示唆的に感じる。そしてルールルが守ろうとした少女が出てきて戦闘が終わるわけですが、カノンに対して向ける優しさが獣特有の弱った個体への保護行動とするロジックも面白いなと感じました。
経緯が経緯とはいえ事情を聞くと素直に謝罪する零墨のシーンはこのキャラクターが明確に善の中にいる事を信じさせてくれるもので、こういう精神が成熟した手練の武人が対主催側にいるというのは実に頼もしい。
カノンは間違いなくいい子なのですが、だからこそ彼女の過去とこの過酷な現実が痛々しさを際立たせている印象。心痛を抱え切って表に出さない姿は健気で胸に迫るものがあります。

また感想の直後で恐縮ですが、拙作『永久凍土のメメント・モリ』で同エリアでの戦闘が行われており、雪崩も発生している為零墨達の地点にも何らかの形で余波、そうでなくても地響きなどが伝わっているかと思いましたので、そこについてのみ◆DpgFZhamPE氏のご意見を伺わせて戴いても宜しいでしょうか(もし拙作以前の時系列でのお話を想定していたなどあれば申し訳ございません)。お手間をお掛けしますが、宜しくお願いします。

257◆DpgFZhamPE:2025/06/26(木) 23:44:42 ID:???0
>>256
ありがとうございます
すみません、投下前に現在地を修正しようと思っていたのを忘れていました
現在地をB-5に変更しようと思います
また、同時刻に起きた戦闘につきましてはリレー小説という構成上「付近で大規模な何かが起きると前後に矛盾が出てしまう」という問題が浮上してしまうので、基本的に『永久凍土のメメント・モリ』前の話と考えています
どうでしょうか

258 ◆EuccXZjuIk:2025/06/27(金) 00:31:13 ID:IsSoE69Q0
>>257
御回答ありがとうございます。
かしこまりました。それでは収録の折、そのように反映しておきます。お手数おかけしました。

259◆DpgFZhamPE:2025/06/27(金) 09:58:24 ID:???0
>>258
こちらこそお手数おかけします
ありがとうございます

260 ◆SrxCX.Oges:2025/06/27(金) 11:50:30 ID:I/O1B6JM0
投下します。

261Special Color ◆SrxCX.Oges:2025/06/27(金) 11:52:16 ID:I/O1B6JM0
【0】



――次回! 大幹部ジュータインの猛攻に敗れ、撤退した二人のレッド。囚われた仲間達の公開処刑の時が迫る。 「背負った荷物、もう全部投げ出してぇよ」「わかる。私も怖いや。でも」「待ってくれている人が、こんなに沢山いる……!」 第24話『正義のプレゼントを君に』。来週日曜のお届け予定!



「……お姉ちゃん、本当に勝てるのこれ?」
「大丈夫、ちゃんとマジで勝ったから。あ、もちろんネタバレ厳禁ね。震えて待て〜」

 日曜日。窓から差し込むうららかな日光を浴びながら迎える、午前9時58分。
 テレビ画面の中で生傷だらけの顔面に恐怖を堪えた力ない笑みを浮かべていた女性と、ソファの隣でふふんと得意げに笑う女性のつやつやの顔を見比べながら。同じ顔の人間なのに、表情の作り方一つでまるで別人に変わるものだと、もう何十度目になるかもわからない感想を優希は抱く。
 役者の仕事とは、十人十色を一人で表現する芝居の技術。レンズ越しに映るのは、その肉体に魂を宿した、台本上の架空の別人の姿。
 いよいよ女優としての名前が売れ始めた今になっても、新鮮な感覚はしばしば抱くものである。
 大学進学を機に上京し、部屋に転がり込んで共同生活を始めてから、かれこれ一年以上が経ち。実家から場所を変えて、日常の中で素のままに振舞う『お姉ちゃん』をまた見慣れるようになったのだから、その感情は尚更だ。

「私、あと半年はこの調子で反応を面白がられるのかあ……」
「出演者の特権だもん。視聴者代表としてしっかり見せておくれ、頼れる妹よ?」

 毎年代替わりしながら数十年間に渡って放映され続け、子供達に愛されてきた『戦隊ヒーロー』の番組シリーズ。
 第何弾だったかは忘れたが、2030年の新作は、メンバー内に男女二人の「レッド」を配置したダブル主演の制作体制が注目を浴びていた。シリーズの存在感を世間にアピールしつつ、本命である玩具の販促も成立させるための施策を毎年苦心して編み出していて、その一環としてのかなり挑戦的な試み、らしい。
 前に『お姉ちゃん』の晩酌に付き合いながら聞いたそんな話を、なんだかいろいろ大変なんだなあ、と優希はぼんやりと受け止めていた。
 小学校に入る前くらいまでは見ていた女児向けアニメの後で偶に見た、または第一線で活躍する有名俳優の出世作として紹介されるのを偶に見かける男児向け番組という印象しか無かったのだから、仕方が無い。
 優希自身はあいにく、『戦隊ヒーロー』に対しての造詣など持ち合わせていないのだ。

「そういうの、ネットの感想漁った方がわかると思うけど」
「生の感情が見たいのー。あたしの目の前で、いっぱい一喜一憂してほしいのー!」

 半年後に放送予定の最終回分まで撮影が済み、オールアップの報告もSNSに投稿したばかりの『お姉ちゃん』は、腰を据えて自分の目で世間の反応を確かめてほしいと制作スタッフから言われているそうだ。
 各種メディアからのインタビュー対応。クイズバラエティ番組への出演。青年週刊誌向けのグラビア撮影。守秘義務の関係で教えてくれないが、その言い方の時点で起用が決まっているらしいとわかる新しいテレビドラマか何か。等々。
 少しずつ多忙になり、番組のリアルタイム視聴も今後難しくなっていくかもしれない『お姉ちゃん』の貴重な楽しみが、優希と一緒の時間だった。
 高校卒業を機に役者の道を志してから五年以上、下積み期間を経て掴んだ主演のチャンス。新進気鋭の若手俳優を一年間かけて育成する場は、次代のスターを求める芸能界でも注目の的。厳しい視線を物ともせず、時に演技を磨き、時に現場の空気を和ませ、『お姉ちゃん』は業界内での評価を獲得していった。
 これから数年間は、特需という形で露出の機会に恵まれる。その先を生き残れるかは貴方次第だ。マネージャーからの忠告をしかと肝に銘じ、どんな仕事も着実な成長の機会にしていくつもりだという。
 驕りでも侮りでもなく、『お姉ちゃん』なら出世コースを駆け上がっていけるんじゃないかと、特に疑いもなく優希は信じていた。
 人生で一番身近だからこその、一番の偉人への評価だった。

「インタビューのネタの提供ってことで一つさ。てか、優希もいつかあたしと一緒になんか出てみない? 密着取材の流れで自宅訪問とか、そのうちやるかもじゃん?」
「え、普通にやだ……私カメラとか苦手だし……」
「人の視線にも慣れときなー? 未来のトレーナー」

262Special Color ◆SrxCX.Oges:2025/06/27(金) 11:53:13 ID:I/O1B6JM0

 身体を動かすのは好きだが、自分自身が活躍して脚光を浴びようというポジションはどうにも馴染まない。どちらかというと、主役に相応しい人達を陰ながらサポートする方が性に合っている。
 そういうわけなので、優希はアスリートやアイドル、または青少年を指導するトレーナーの仕事を志して進学したわけなのだが。数年後の就職先次第では、『お姉ちゃん』の撮影にも携わる機会が巡ってきたりするのだろうか。
 同業の人達の前で「うちの可愛い妹ですよ〜!」なんて調子で溺愛されそうだな? 想像したら口がへの字に曲がり、内心を察せられたのか頭を小突かれた。

「ほら、もしかしたら子供相手の仕事もやるかもしれないじゃん? そういう時に備えて、元気出していかなきゃ」
「それもそうだけど……お姉ちゃんはどうなの? ショーとかで子供達の前に出た時、どうだった?」
「私? 当然、」

 どんと胸を張る。その逞しい姿こそ、『お姉ちゃん』が自分とは違うと思える何よりのポイントだ。

「みんなの憧れるオトナやれて、最高。誇らしい。オーディション勝ち抜いた甲斐あり過ぎ。みたいな気分? あ、これもインタビューで擦ると思う」
「超自慢げだー」
「そりゃあね。別に、私の将来のためだけに獲ったわけじゃないし。清く正しいヒーローでありたい、ってのは真面目な本音よ?」

 いつかの未来、『お姉ちゃん』の積み重ねた女優のキャリアの中で、『戦隊ヒーロー』の存在感は自然と小さくなっていくのだろう。今の優希が、芸能界の名優達に向ける視線がそうであるように。
 そうだとしても、優希は、子供達はきっと忘れないのだ。「レッド」に選ばれるに相応しい、自由奔放で明朗快活な『お姉ちゃん』の雄姿を。

「優希もさ。どんな形でもいいけど、これから見つけなよ」
「見つける?」
「優希なりの、好きな色。私はこれをやれるんだって胸張れる、優希なりの夢ってやつ!」










「…………………………………………夢だ」

 2035年、某月某日、たぶん朝。
 勝手に間借りしている廃屋の中、軋む床の上で優希は目を覚ます。
 擦りながら目を凝らした先には、今時珍しく液晶テレビが鎮座していた。今や懐かしい、日本の大手メーカーの製品だ。米国でまたお目にかかれるとは思わなかった。
 尤も、画面は割れているし、電源が入ることも二度とないが。本来の役目を果たせなくなった、ただの廃棄され損なった置物だ。
 真っ黒の画面に映るのは、優希の暗い表情。25歳になった優希の顔つきには、相変わらず貫禄など無い。もう『お姉ちゃん』の歳も追い越したのにな、と思うと嫌になる。

 地球全土が凍結してから程なくして、『お姉ちゃん』は命を落とした。
 変身ヒーローの力が現実になることも、代替となり得る神禍に目覚めることも無いままに。
 大勢に悼んでもらえることの無い、無名の人間としての寂しい死だった。

 『お姉ちゃん』の死は、同時に『戦隊ヒーロー』の死でもあった。
 電力を失った社会で、テレビ番組は制作されず、放映されず、視聴されない。
 価値を失った番組は、もはや人々に記憶されず、共有されず、伝承されない。
 子供達を楽しませる娯楽は、作り手である大人達の死によって、その歴史に終止符を打った。虚構の正義は、圧倒的な現実の前に無力だった。

「……つめた」

 肌身離さず着けている、左手首の鈍い輝きに目を落とす。
 今の地球上できっと唯一、『戦隊ヒーロー』が未だに健在であることを示すブレスレットだ。
 『お姉ちゃん』の出演した番組のそれとは異なる、誰も知らない変身アイテム。他の誰も持っていない、独りきりのチームの象徴。
 五分の一にも満たない力のヒーローが、負け戦を続けている証だった。

263Special Color ◆SrxCX.Oges:2025/06/27(金) 11:54:07 ID:I/O1B6JM0



【1】



 白鹿優希がメリィ・クーリッシュと行動を共にしていた期間は、およそ半年程度である。
 単身での事業に限界を感じ始め、故郷の米国へ戻る途中で日本に立ち寄ったというメリィと出会い、彼女と一緒に渡米したのが、今から一年半ほど前。
 その後、「ある事情」により優希がメリィと別れることになったのが約一年前。メリィのことは時折噂で聞く程度で、もう再会することは無いのだろうと受け止めていた。
 渡米の際に覚悟していたことではあったが、世界各地で資源が失われていく情勢の中で、日本に帰国するための数少ない交通経路もいよいよ断たれた。いつか米国のどこかを死地とするのだろうと思いながら、単独で放浪していたのがこの一年間のことだ。
 だから、禍者達による殺し合いは、優希にとっては奇しくもメリィとの再会が実現するかもしれない機会であった。

「他の地域でメリィさんに会った人って、初めて会うかもかもしれません。日本とアメリカ以外、自分で行ったことないので」

 優希達がこの孤島から無事に脱出するためには、まず何よりも協力者の確保が不可欠である。
 そんな方針のもと、最初に出会った人物と共に家屋の中で名簿の内容を確認し、共通の知人として挙がったのがメリィであり、ちょっとした思い出話をしているところだった。

「私だって同じよ? 世界各地の有名人だってことは噂で聞いていたけれどね。ほら、あの格好だから目立つでしょ? 彼女」
「それは、まあ……」

 互いに敵意が無いことの確認もスムーズに済んだ、礼儀正しい大人の女性。そんな第一印象を持つ、黒いコートに身を包んだまま椅子に腰かける佇まいの綺麗な女性の名は、シンシア・ハイドレンジアといった。
 命のやり取りを一方的に強いておきながら、それらしい甘言は立派なソピアへの不信感を拭えない以上、この殺し合いに乗ることには賛同できない。思いもよらない罠が仕込まれていないとも限らないのだ。
 そう語るシンシアの理性的な判断は、優希と思考の過程こそ異なるが、少なくとも方針が一致するものであった。

「周りの子供達にも人気だったわよ? 強くて頼もしいサンタさん、憧れちゃうわ」

 シンシアがメリィと出会ったのは数年前、欧州の某国内の集落に身を寄せていた頃。当時は先代のサンタクロースが存命で、メリィは先代との二人組で活動していたそうだ。
 尤も、シンシア自身はメリィと特に親しかったわけでもない。言葉を交わしたことがあるだけの、一応面識はある程度の関係だった。
 知っているのは名前と人柄と、そして「何か道具などを取り出す」神禍のことくらいだ。集落を襲撃してきた暴徒の集団を迎え撃つためにメリィが前線に立ち、その時に彼女の神禍を目の当たりにしたという。彼女が単独の兵力としては申し分ない人材である、ということも。
 メリィの過去については彼女自身の語る思い出話でしか知らなかったため、こうして第三者からメリィの活躍を聞くと、やっぱり凄い人だなあ、と感嘆するものである。

「ああいうポジティブな人がいてくれるだけで、いくらか希望的観測はできるものね」
「わかります。真似したくても、なかなかできないですよ」
「それに、あの神禍も当てにさせてもらいたいわね。私、今丸腰だもの」
「あー……」
「ねえ。もし会えたら、メリィに融通してくれる? 銃一丁でいいから私に頂戴って」

 何も持たない両手をふるふると振ったシンシアからすれば、切実な話なのだろう。
 この殺し合いにも乗らないだろうという、人柄への信用だけでなく。メリィの神渦を使えば武器の確保も容易であるという利点でも、メリィとの速やかな再会は望ましいところだった。
 ……殺傷を決して好まないメリィを、このような形で頼るのは申し訳ない気もするが。
 付け加えると、「ある事情」故に優希がメリィと別れた経緯は、少なくとも優希にとっては円満とは言い難いものであった。メリィがどう思っているかは知らないが、優希の方はメリィとの再会を気まずく感じている節も否めないだけに、尚更だ。

「……言ってみますね」
「ありがとう。助かるわ」

 それでも、優希一人だけではない他人の命も関わっている以上、背に腹は代えられない。
 不躾なお願いをしたことで、万が一メリィに嫌な気分をさせてしまったとしても……その時は、優希が不快感の混じった視線を受け止めて我慢すれば済む話だ。

264Special Color ◆SrxCX.Oges:2025/06/27(金) 11:54:51 ID:I/O1B6JM0

「ごめんなさいね。でも優希だって、一人で戦うのは不安でしょう?」
「いえ。これでも慣れてますから」

 シンシアの神禍について、本人から「条件さえ満たせば戦闘行為は可能だが、その達成がやや面倒である」という旨の説明を受けていた。
 優希の方の神禍にはそのような制約も無いため、襲撃者と相対した時にはまず優希が前面に出るということで合意していた。
 歯痒さを感じているのが見て取れる、悩ましげなシンシアの表情に、自信を示して返答とする。柄にもない空元気であることを、自分でもわかっていながら。
 優希は、決して強い禍者ではない。強敵相手に奇跡の逆転劇、なんてものとはほぼ無縁の五年間だった。

「勝てなくても、なんとか生き残ってきました。だから……シンシアさんのことも、頑張って守ります」
「立派ね。ヒーローなんて柄じゃない私には、言えそうもない台詞よ」
「まあ、その……はい」

 本当は、自分より優れた実力とリーダーシップを持つ誰かが先頭に立ってくれるのが一番望ましい。それが叶わない以上、優希は単独で戦うのだ。

「私達の味方、見つかってくれるといいわね」
「そう信じます」
「信じなきゃ、やってらんないわ」

 ソピアの望む通りに殺し合いが促進する図が形成されるだろうことは、今の優希にも想像がついた。
 自らの命の保証。際限の無いという褒賞。世界滅亡の危機からの救済。
 意義も大義も十分で、それを是とする面々に対して今更唱える正義感など、安いものとして扱われても不思議ではない。
 協力者など、どれほど見つけられるかわからない。勝ち目など絶望的な、少数派による虚しい抵抗なのかもしれない。

「……きっと、大丈夫です」

 それでも。
 かつて世界に未来への展望があった頃、誰もが信じた普遍的な正義を、優希は信じ続けることにした。

「正義って、簡単に消えるものじゃないですから」

 平和な世界で『戦隊ヒーロー』の活躍を毎週見守ってしていたのは、『お姉ちゃん』の姿がそこに映っていたからだけではない。
 『お姉ちゃん』が誇りを持ってみんなに伝えていたメッセージの尊さを、優希も知っていたから。
 怖くても、辛くても、この胸に宿り続ける信条を、決して絶やしたくないのだ。

「……ねえ。必要だと思うから、今のうちに聞いておきたいことなんだけど」
「はい?」
「日本だと、捕らぬ狸の……って言うんだったかしら。そういう話になるという前置きの上でね」

 そう。優希は、この殺し合いの中でも正義を全うする。
 ソピア達の計画を達成させず、可能な限り多くの生存者と共に、この島を脱出する。

「優希。世界は、救わなくていいの?」

 その選択の責任を背負って、滅びゆく世界で生きていく。

265Special Color ◆SrxCX.Oges:2025/06/27(金) 11:55:30 ID:I/O1B6JM0



【2】



――"指示書"「次に出会う人物と協力関係を築く」を達成。シンシア・ハイドレンジアの身体能力を一段階強化。



 聖女ソピアは、数十名の禍者を集めて殺し合いをさせたいらしい。
 結構。秩序などとっくに壊れた世界で、正気の沙汰ではない催しを開く者がいても、今更不思議ではない。
 殺し合いが完遂した後、奇跡が起きて世界は元通りになるらしい。
 大いに結構。それが真実ならば、再び平和を享受できることはとても喜ばしい。嘘だったとしても、それはそれでただの悲劇でしかない。善良な市民の一人として、哀悼の意を表明させていただく。

 そして、世界平和のために捧げられる犠牲者達の中にはシンシア・ハイドレンジアの名前も含まれる予定であり、その未来を拒むためにはシンシア自身が殺し合いに勝ち残り、最後の一人にならなければならないらしい。
 ……実に不条理な話である。
 シンシアを救ってくれるというなら、預かり知らぬ間に勝手に救ってほしかった。命を喪うのも、他人の命を奪うのも、決してシンシアの望むところではないのに、なんと身勝手な救世主か。
 『誰かの指示書』などという己の神渦に何度となく振り回されながら、必死に五年間を生き抜いた末の仕打ちが、これか。
 シンシアはまたも、凶行に手を染めなければならなくなったのだ。抗う術など持たないシンシアに、ソピアの脅迫に従う以外の選択肢など与えられていないのである。
 寒空の下で溜息と弱音を沢山吐いて。その後で仕方なく、まずは生存に向けた手段の確保のためにやむを得ず、忌まわしき"指示書"の発令を待った。
 しばらく経って新たに幾つか現れたそれは、幸いにも殺し合いに勝ち抜くための導線として相応しいものだった。

 すぐに達成できそうな"指示書"の内容に従い、最初に出会った東洋人に、ひとまず話を合わせることにした。白のダウンジャケットを着ていても尚細身に見える、大人しそうな印象の彼女は白鹿優希という。
 幸運は重なる。優希は穏健な人物であり、友好の意思を示すだけで協力関係を築くことができた。殺し合いに反対する妥当な理屈を適当にでっち上げつつ、人当たりの良い態度を取っておけば、とりあえず疑われることもない。
 自分の神禍について詳しく説明しない代わりに、優希の持つ神渦について探りを入れるのはまだ控えた。次に「銃器を入手する」の"指示書"の達成を考えているため、メリィ・クーリッシュに頼らずともその手助けになるか判断したいところだが、戦闘の機会が来るまで待つとしよう。
 我ながら狡い真似をしていると気が滅入るものだが、こんな状況では致し方ないではないと己に言い聞かせる。いつものことだ。

 白鹿優希は、都合の良い手駒であり、シンシアの本心の対外的な隠れ蓑であり、万が一の時に使える肉の盾。
 然るべきタイミングが訪れるまでの間、優希とは協力関係を続け、共に過ごすのが適切だろう。
 だから、その一環で。
 安易な認識で方針を決めたわけではないことの再確認として。或いは、形容しがたい違和感をそのままぶつけた疑問として。シンシアは、優希に尋ねたのだ。

 シンシアの説いた理屈とは異なり、優希にとってソピアの言葉の真偽は重要ではない。
 ならば、ソピアに従えば世界の再生が本当に叶うと仮定して。
 それでもソピアの"指示"に背き、人類の救済という可能性を挫くことが叶ったとしたら。
 後の人生を、優希はどのような心境で生きるつもりなのか。

266Special Color ◆SrxCX.Oges:2025/06/27(金) 11:59:01 ID:I/O1B6JM0

――恨まれるんでしょうね、沢山の人に。でも、良いんです。受け止めます。

 今も死に脅かされる数千万人と、既に死を迎えた数十億人の尊厳よりも。己の掲げるありふれた正義感を重んじて、目の前の数十名の命を保護する。天秤に乗せれば到底釣り合わないだろうことを、理解しながら。
 いや、亡くした家族や友人との再会というささやかな願望くらい、優希自身だって持っているに違いなくて。
 願いを叶える代わりに言うことを聞け、という指示に従ったところで、誰に責められる謂れも無い。強いて言えば、そんなことを命じたソピア達の責任だ。
 世界中の万人が、そしていつか優希自身ですら優希を憎むだろう選択をすることに、果たして説得力はあるのか。

――……なんで。平気なの?
―-はい。

 シンシアからすればごく自然な問い掛けに対して。
 優希はまるで、まだ大人の世界の入り口に立ったばかりの子供のような、泣き出しそうな感情を覗かせて。
 そんな一瞬など無かったかのように、強いようにも脆いようにも見える笑顔が、取り繕われていた。

――『お姉ちゃん』と一緒にテレビ見てた頃の思い出が、ちゃんとありますから。

 シンシア・ハイドレンジアは、正当性が無い判断を下し続けることで生き延びてきた人間である。
 当たり前の良識や倫理観は持ち合わせた上で、他者からの強制という理由さえあればそれらを軽んじる。その上で他者に責任を押し付けることで、罪悪感に苛まれることを回避してきた。
 災禍にも勇者にもなれない只人が、せめて常識人としてのアイデンティティを保持し続けるための、一つの処世術であった。

 そんなシンシアの両目には、優希が自分とは別種の生き物のように映った。
 たとえ優希自身の肉体が無事でも、その内側の精神がいずれ磨り潰されるのは目に見えているのに。
 ヒーローとしての役目を自らに課しながら、きっと根底にあるのはどうしようもない諦念。現状の追認によって、何度となく躓いては己の無力さを痛感する生き方。
 もしかしたらそれは、遠からず訪れるだろう死を受け入れながら延命を続けることに、この五年間で慣れてしまった故の選択なのだろうか。
 色とりどりの未来を夢見ることを、やめてしまった人間の。

「――気色悪い」

 白い景色の中に溶けてしまいそうな、雪の上を連れ立って歩くその姿を、シンシアは横目に見ながら。
 ふと口から零れた、優希の耳には拾われないような小さな声。蔑みや嘲りも通り越した、忌々しげな色だった。
 黒いジャケットに包まれたシンシアの身体が、寒さの中でぶるりと震えた。


【G-3・平原/一日目・深夜】

【白鹿優希】
[状態]:健康
[装備]:変身ブレスレット
[道具]:支給品一式、不明支給品
[方針]
基本:殺し合いからの脱出を目指す。
1.シンシアさんと行動する。
2.メリィさんに会えるなら会いたい。

【シンシア・ハイドレンジア】
[状態]:健康、"指示書"達成による身体強化(α+1)
[装備]:
[道具]:支給品一式、不明支給品、名刺入れ
[方針]
基本:指示に従い、優勝する。
1."指示書"の内容を順次達成していく。
2.当面の間、優希と行動する。
※現在、下記の"指示書"が出現しています。他にもありますが、詳しくは後続の方にお任せします。
 「黒一色で身を飾る」「銃器を入手する」
※本編開始時点での身体強化の有無及び程度は、後続の方にお任せします(便宜上「α」と記載)。

267Special Color ◆SrxCX.Oges:2025/06/27(金) 11:59:32 ID:I/O1B6JM0





【3】





※現在出現している"指示書"の中に、「殺し合いに優勝する」という趣旨のものはありません。





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268名無しさん:2025/06/27(金) 12:00:02 ID:I/O1B6JM0
投下終了します。

269 ◆EuccXZjuIk:2025/06/28(土) 01:34:02 ID:bAisqQgM0
投下お疲れ様です。

開陳される『白い戦士』、白鹿優希の原点。彼女にとっての憧れだった姉にヒーローをやれる力は宿らず、無名の人間として寂しく死んだという無情さが彼女達の生きる世界の虚しさを物語っているよう。
キャラシート段階でも提示されていたメリィ・クーリッシュとの関係性も深堀りされ、世界観にますます深みが出た感覚がして嬉しいですね。
シンシアが優希に投げた問いに対する彼女の答えは紛れもなく英雄的、ヒーローのようなそれでありながら、しかし目の前のシンシアが嫌悪感を抱くのも解ってしまうのが何とも哀しい。只人として生きているからこそシンシアはちゃんと人並みの良識や倫理観は持っていて、その彼女がこう思ったという事実が役割に取り憑かれた優希の悲哀をこの上なく引き立たせている気がしました。
そんな遣り取りを交わしながらも早速指示書の要求をクリアしているシンシアの強かさには身震いする物がありますが、何と言っても最後の一文が凄まじい切れ味で臓腑を抉ってくる。『指示に従い、優勝する』という指針を掲げている事を踏まえた所で投げ込まれる補足情報で一気に作品としての魅力と破壊力をグンと上げてくる手腕に圧倒されてしまった。


改めて素敵な作品の投下、誠にありがとうございました。
私も投下させていただきます。

270Dirty Harry ◆EuccXZjuIk:2025/06/28(土) 01:36:55 ID:bAisqQgM0
この離島がまだ人の住む場所として生きていた頃、此処は知る人ぞ知る通人の隠れ家的な店として親しまれていたのかもしれない。

いまや時は凍りつき、島は死の静寂に包まれた。氷河期の到来によって全ては終わってしまった。潮の香りも、海鳥の声も、灯りの点る夜の営みさえも過去のものとなり、ただ冷気が万物を支配している時代。
島の一隅――おそらくかつては飲み屋街であったと思しき、瓦礫と雪の積もった通りの傍らに佇む一軒の雑居ビル。地下へと続いて口を開けた階段を下り、凍りついた鉄の扉を押し開けば、永眠した憩いの場が現れる。

そこは、この離島に場違いなほど洒脱な空間であった。天井の梁は黒檀色に塗られ、壁面には今は色褪せた高級クロスが張られている。バーカウンターは重厚な一枚板が深い栗色の光沢を未だに残し、しかしその表面には薄氷が張り詰めていた。
棚にはもはや色とりどりのボトルが列を成して並び、冷気と霜と埃が、全ての隙間を埋め尽くしている。

壁の一隅には古いジュークボックスが朽ちたまま据え置かれ、その横には装飾の施された小さなランプ――ひび割れたガラスシェードが、凍てついた時間の名残を語っていた。
かつて此処には、造詣深いバーテンダーと、豊潤な酒を目当てに通う常連たちがいたのだろう。氷の浮かんだグラスが静かに置かれ、淡い照明のもと、誰かが物憂げに葉巻などくゆらせていた日々があったはずだ。それも今となってははただ遠い記憶の彼方に霞んでいる。沈黙こそが支配者となったこの空間で、過去の喧騒はあまりにも脆く、哀しいまでに遠かった。

冷たく息を潜めるように、氷の底で眠り続けている筈の小洒落た廃墟に、今日は珍客があった。

氷と静寂に支配されたその地下の空間にあって、ただ一人、なおも人の体温を持つ者がいる。山のような巨躯の白人で、髭は無造作に茂り、それがまるで猛獣の鬣のごとく顔を覆っていた。
頭には毛皮の縁取りが厚く縫い込まれたフライトキャップを被り、その奥からぎらつく青い眼が心地よい酩酊に揺れている。上半身を覆うのはかつて名を馳せた旧時代の高級ダウン。色褪せぬ威光の残り香を纏いながら、巨人は朽ちたスツールに難なく腰を据えていた。

彼の前にはただひとつ、澄んだ琥珀色の液体が満たされた厚底のグラスがあった。それは氷河を削って得たような冷たさと、逆説的なまでの火の力を宿し、彼の太い指に包まれながらじわりと傾けられる。
口元に運ばれるたび、髭の奥で唇がにやりと歪み、荒ぶる魂が悦楽に呻く。喉を焼くその滴を、一切の肴もなしに胃へと流し込む。

空間を満たすのは、霜に閉ざされた静寂と、中で浮き彫りになる獣のような呼気。彼の振る舞いは粗雑で、下品で、暴力的で、だがどこか不気味なまでに自信に満ちていた。琥珀の炎がその巨体を内側から燃やし、滅びの中に残された最後の火柱のように、彼はそこにある。

珍しい事というのは重なるもので、王が憩う場所に二人目の珍客が訪れた。
扉が掻き毟るような擦過音を立てながら開かれ、男達は互いに全く予期せず対面を果たす。白人の眼光が静かに向けられたが、対し今入ってきた日本人の青年は動じた風でもなく、へえ、と興味深げな声を漏らすのみだった。

「気持ちよく飲んでる所悪いな。まさか同じ魂胆の奴がいるとは思わなかったもんでよ」
「構わねえよ、日本人(ジャップ)の坊や。酒は人間を寛大にしてくれるもんさ」

二つ隣の座席に腰を下ろしたのは、確かに日本人の青年である。
だが彼は、一瞥しただけで尋常ならざる気配を漂わせていた。アジア人にしては異様に長身で、氷に閉ざされたこの地下にあっても身一つ震わせず、堂々とした佇まいをしている。
その黒髪は艶やかに長く、無造作に後頭部で結い上げられた一本の束が、まるで峻厳な刃のように空間に線を引く。首元から覗く皮膚は冷気に晒されても血色を失わず、まるで灼けた鉄の芯を秘めているかのようだ。

眉目秀麗という言葉の範疇にありながら、それを表面で感じさせぬのは、その眼差しに籠められた毒のせいだろう。細く切れ長な双眸は笑っても笑わず、他者の内奥を抉るように冷たく、鋭い。
口元に浮かぶ笑みは隠す事もなく歪んでおり、他人の柔らかい部分に付け入る事を目的とした悪辣な戯れに満ちている。礼節も、柔和さも、日本人に期待されるいかなる美徳も、彼が纏う空気には一切含まれていない。

「お……悪くねえ品揃えだな。酒にありつけるのはありがたいねぇ、カラダ火照らせとかねえとおちおち探索もできやしねえからな」

カウンターの奥にずかずか踏み込むと、青年は多少吟味してから、一本のアイリッシュウイスキーを手に取った。
スツールに腰を下ろせば並々注ぎ入れて喉へ流し込み、靴底を卓上に乗せて品性とは無縁の姿で寛ぎ出す。

271Dirty Harry ◆EuccXZjuIk:2025/06/28(土) 01:39:08 ID:bAisqQgM0
「下品な飲み方しやがって。俺のシマならこの場で袋叩きだぜ」
「カハッ、お説教出来る身分かよテメー」

一杯目を瞬く間に飲み終えると、青年の視線は白人へ向く。

「――アンタ、“ハード・ボイルダー”だろ」

その名は、荒廃した世界に響く渾名に過ぎない。
荒涼とした旧ラスベガス、かつて煌びやかなギャンブルの都として知られた廃墟のカジノ群を自らの城とし、略奪と暴力によって勢力を築いてきた凍土の支配者。

王の権威として横暴を働き、暴力による服従を世界の理と叫ぶ。
暴力と支配欲を解き放ち、この混乱した世界でならず者の王となった男の異名は、氷の世界にも毒々しい震えのように広がっていた。
尤も青年が彼を知っていた理由は、少しばかりそれとは違っていたのだが。

「ラスベガスの王、荒れ狂う馬、凍土の支配者……いつかお目にかかりたいと思っちゃいたが、まさかこんな場末の酒場でしっぽり呑ってるとはな。人生何があるか分からねえもんだ」

ならず者の王に負けず劣らず下品に笑って言う日本人に、ハード・ボイルダーも同じ顔で応えた。
先の彼の言葉をわざと真似て、今度は王がその名を言い当てる。

「そういう坊やは、“カルラ・ワダチ”だな」

全球凍結後に名を轟かせたのがハード・ボイルダーなら、星の崩壊に先立って俗人に己の存在を知らしめたのが轍迦楼羅だ。年齢も国籍も違う二人の間にある第一の共通点。彼らはどちらも粗暴で、下品で、そしてそれ故に悪名高い。

「『ボクシングを終わらせた男』。俺はファンボーイじゃないから詳しくねえが、随分酷え荒らし方をしてたと聞くぜ」
「世界にでも出りゃちったあマシな喧嘩が出来ると期待したんだけどな。あれなら其処らの破落戸の方がよっぽど腹の足しになったよ」

轍迦楼羅。まだ世界に興行という概念が残っていた時代、彼はプロボクサーとして世界中を敵にした。
それまで伝説と呼ばれていた先人達を次々と一撃で蹴散らし、自分は一発も被弾する事なく、史上最速でチャンピオンベルトを勝ち取り……次の日にオークションへ投げ捨てて、ボクシングを愛する全ての人間に怒りと絶望を刻み込んだ“戦闘の天才”だ。

「その点、今のアメリカは退屈しなくてよかったぜ。ただほっつき歩いてるだけで禍者がノコノコ出てきてくれるんだ、これ以上の暇潰しはねえ」

挑発の意思を明け透けに、迦楼羅はそこに拠点を持つ王へ言ってのけた。
全球凍結後、轍迦楼羅はアメリカに根を下ろしていた。堂々と家を持ち、付き人も付けずに歩き回っては、獲物を見つけたと勘違いして飛び出してくる禍者達を殴り倒して金品を奪う。王は王でもハード・ボイルダーとは違う、百獣の王の暮らしだ。無論神をも恐れぬ迦楼羅には、虎の尾を踏まないよう慎ましく生きるという感性が備わっていない。

「ただまあ、迎え撃つだけってのも退屈でな。ボクサー時代の話じゃねえが、今度は乗り込んでみるのもアリかと思ってた矢先にこの出会いだ。神の思し召しってやつかもな、かははは」
「ジャップに微笑む神なぞいねえよ。おたくの国のシンボルは無神論者と“おたく”だろう」
「違いない。わが祖国ながら陰湿な国さ」

よって当然、彼は何度となくハード・ボイルダーの支配するラスベガスでも武勇を轟かせていた。王者の靡下を殴り飛ばし、裏の市場を荒らし、シノギを奪うような真似も数知れず。

272Dirty Harry ◆EuccXZjuIk:2025/06/28(土) 01:39:48 ID:bAisqQgM0
命知らずの蛮行の理由は、言うまでもなくこのギャングスターを殿上に引き摺り出す事にあった。
何故? その答えは彼自身さえ持っていない。轍迦楼羅にとって人生とは刹那の快楽であり、彼の中で『面白そう』という欲望以上に優先されるものはないのだ。迦楼羅がそうまでして誘っていた男が目の前にいて、一緒のカウンターで酒を飲んでいる。

「名簿は見たか、ワダチ」
「ああ、見た」
「錚々たるメンバーだったろう。俺でさえ迂闊に関わりたかねえ奴らが揃い踏みだ、久々に天を仰ぐって事をしたくなった」
「大統領閣下が重役出勤させられてて笑ったわ。あのラッパー、此処でもいつも宜しく公務に勤しんでんのかね」

ハード・ボイルダーにとっても、迦楼羅は目障りな糞餓鬼以外の何物でもなかった。
もしソピアが殺し合いを催していなかったら、彼は今頃轍迦楼羅討伐の為に本腰を入れ始めていたかもしれない。
王とは天で、天とは王。それに唾吐く者を見過ごしては、自分の権威を損ねる事になる。念願叶ったのは迦楼羅だけでなく、ハード・ボイルダーの方もそうだった。にも関わらず髭面の王者は牙を剥く事もなく、付き合いの長い友人に世間話をするような調子でグラス片手に話している。

それはある意味、拍子抜けする程牧歌的な光景で。そして同時に、起爆寸前の核爆弾を前にしたような異様な緊張感を孕んでもいた。

「あんなジャンキーなんざどうでもいいだろ。それより先に見るべき名前があった筈だぜ」
「かっはっはっ! オイ、何だよハード・ボイルダー。テメーまさかあんな“もどき”共にビビってんのか」

滅ぼしの魁を担った十二の崩壊、その四体。中東圏に巨大な地獄を築いて、砂漠の王を謳っている鋼の魔王。
無軌道に氷の星を彷徨って汚染の神禍を振り撒いている少女。アジアで無双の限りを尽くすという皆殺しの観音菩薩。

気を重くする名前なら山程ある。だが迦楼羅は、それら全てをまともに視界へ入れてすらいないようだった。

「そんな奴らは怖かねぇ、それこそゴールドスミス顔負けのジャンキーだろうよ。地に足付けて生まれた分際で自分はこんなにすごい化物なんだって勝ち誇ってるような連中、本気で向き合うだけ無駄ってもんだ。
幻滅させんなよ、ラスベガスの王様。俺達が生きてるのはこんな有様でも人間の世界だぜ」
「そうかい」

まさに神をも恐れぬ物言いだったが、奇妙な事に、彼の大言を皮切りとしてバーの室温が上がり始めた。
言わずもがな外は極寒であり、室内とはいえ暖房なんて気の利いた設備がこの時代に存在する筈もない。まして此処は地下階だ。壁はある、天井もある、だが実際の体感温度は外気とほぼほぼ変わらない。
だというのに寒さが淘汰されていく。エアコンで暖気を流し込んでいるかのように暑くなり、気付けば吐く息さえ色を帯びないようになっていた。

「実はな、俺はお前を買ってた。ジャップは好きじゃねえが、てめえの西部開拓時代から抜け出してきたみたいなアウトローぶりは嫌いじゃなかったよ。だから適度に鼻っ柱をへし折って、首輪を付けて飼ってやろうと思ってたんだ」

温度変化はそれだけに終わらず、汗さえ滲み出す程になる。地上から消えた過去の概念に夏というものがあるが、今このバーの室温は伝聞に残る真夏日のそれにまで上げられている。
明らかに異常な現象だったが、轍迦楼羅も、そしてハード・ボイルダーも、そこに疑問を持つ事はない。

「だが俺の方こそ幻滅だぜ、カルラ・ワダチ。俺はな、そういう“色”を嫌悪してる」

迦楼羅は現象の正体を理解していたし、ハード・ボイルダーに至っては引き起こした当人だった。
この熱は凍土の王者の神禍によるものだ。スツールに座り、酒が半分程残ったグラスを握ったままの巨漢。彼が指一本動かす事なく到来させている暖気――冬の拒絶に他ならない。

琥珀の液体がゆるやかに揺れる。巨漢の手がグラスを傾けるたび、陽炎のように立ち上る熱気が、この場を異様な仮想現実へと変貌させていく。汗ばむ額を気にもせずハード・ボイルダーはじっと中空を見据えている。

273Dirty Harry ◆EuccXZjuIk:2025/06/28(土) 01:40:37 ID:bAisqQgM0
「組織ってのはな、火薬庫みてえなもんなのさ。湿気った思想や軟弱な絆でくくっちゃあ、いざってときに火がつかねえ。かと言って余計な爆ぜ方をすれば俺の手が焼ける。だからこそ、俺はてめえの組織に火種は入れねえ。そいつは俺の玉座を脅かすからな」

その声は度が過ぎた傲慢を含みながら、しかし何処かで乾いていた。凍土の王として生きてきた男の理路は真っ直ぐそのもの。迦楼羅の祖国の比でない程に荒れ果て、力が価値を持つ廃したアメリカ・ラスベガス。
それを如何に律してきたかという、彼の理の開陳のようでもあった。

「俺の組織に“色”はいらねえ。尖った感性も、信仰心も、誇りもだ。俺が飼う犬は、迂愚でいい」

熱はなおも高まっていた。壁に張りついた霜が音を立てて弾け、凍りついたカウンターの木目が、じりじりと歪みさえ見せている。だが彼は構わない。この熱こそが彼に力を与える燃料であり、彼が築く秩序であり、この混沌の時代に君臨出来た理由だ。
ハード・ボイルダーが轍迦楼羅を買っていたのは誓って本当である。人種など秩序の廃された社会にあっては些細。力が何より雄弁に物を語る時代において、迦楼羅のような解りやすく強い兵力は値千金の価値を持つ。

だがそれはあくまでも、従順に自分へ従うのならばの話だ。
反骨心は力で折ってやればいいとして、胸に一本通った芯まではどうにもならない。

「人間の誇り、世界がどうなろうと変わらない魂……全く大したもんさ。是非その志を使って、街角で葉巻が買える世の中に戻してほしいもんだ」

真の男とは俺一人。それだけいれば十分であって、同じ視点で語り合える誰かなど全くもって不要だ。
そう信じるハード・ボイルダーにとって、轍迦楼羅は見事なまでに問題外だった。
恐れを知らず、超人の存在を信じない精神の形を示した事で晴れて彼はラスベガスの王に失望された。王は従順を愛するが、恭順しない跳ねっ返りを忌み嫌っている。

採用試験は不合格。そうと分かれば、礼儀を知らない狂犬に王が示す采配は決まっている。

「身の程を知りやがれ、クソガキ」

空を満たす熱の気配が、害意となって王の裁定を象徴した。
ハード・ボイルダーが放った蹴りは、股関節にロケットエンジンを搭載したかのような絶速で轍迦楼羅の横面を打ち砕かんとする。

常人であれば間違いなく防御はおろか、反応する事すら不可能であろう速度であったが、しかしそれは空を切る事になった。
軽々と首を横に傾けて、薄皮一枚裂かれる事もなく凌いでみせたのは無頼漢。彼は突如行われた攻撃に反撃を返すでもなく、ただ口を開いた。

「嫌われたもんだな、悲しいぜクソ野郎。短い間とはいえ一緒に酒飲んだ仲なのによ……ハードボイルドの名が泣くぞ」

ハード・ボイルダーもこの崩壊した世界を今日まで生き延びてきた猛者である。禍者同士の戦闘など数え切れない程こなしているし、打ち破った中には自分と同じだけの権勢を誇示した強者もいた。
だからこそ彼は、今の一瞬のやり取りだけで轍迦楼羅の二つ名が事実である事を理解した。
圧倒的な反応速度と、目の前の敵を僅か程も恐れず、而してつぶさに観察し見抜く洞察力。そしてそれら度の外れた能力値に破綻なく付いていける、冗談のような身体能力。

「戦闘の天才、だったか。看板に偽りはねえようだ」

初撃で潰す算段をへし折られた形になったにも関わらず、ハード・ボイルダーは胆気を崩さず目の前の無頼漢を見つめていた。
重ねて言うが、ラスベガスの王の名は伊達ではないのだ。たかが戦闘の巧者に臆して芋を引くようでは、凍土の支配者は務まらない。

巨漢の口元が歪む。ようやく思い通りに熱が上がりはじめた機関車のような、愉悦にも似た軋みであった。

「――なあワダチよ。いい時代になったと思わねえか?」

巨漢の口から洩れた呟きは、熱気に滲む空間に染み込むように低く、重かった。真夏日を超えた室温の中で、フライトキャップの毛皮はうっすらと汗に濡れている。だが彼は拭おうともしなかった。額から垂れるその一滴にすら、彼は生の実感を感じている。

274Dirty Harry ◆EuccXZjuIk:2025/06/28(土) 01:41:20 ID:bAisqQgM0
「くだらねえ倫理も法も建前も……今となっちゃ全部氷の下だ。どこで誰が殺されようが、誰が何を奪おうが、咎める奴はいねえ。声を上げる奴がいたとしても、それを守る仕組みがもうない。誰もが黙って、自分の番が来ないように祈ってる。
美味い汁を吸えるのはいつだって俺やお前のような強い人間だけさ。こんな素晴らしい時代が、かつてあったか?」

正義と呼ばれていた幻影が、季節とともに葬られた今。ハード・ボイルダーはその喪失を惜しむどころか、讃えてさえいた。
彼は堕ちた秩序の使徒。よって他の誰よりも、それのある世界の生き辛さを知っている。

「奪って、殺して、勝ち取った者だけが生き残る。異論を唱えたかったらねじ伏せてみせればいいってんだから実にシンプルだ。どんなバカでも分かる簡単な理屈で、今この世界は回ってる」

彼の声に、酔いの熱が混じる。だが、それは決して酩酊による脆弱な揺らぎではなかった。酒という燃料によって、普段は鉄鎖の奥に沈めている本音の歯車が、軋みを立てて回転し始めたに過ぎない。

「上も下も、右も左もねえ。真に優れた人間が頂点に立って、弱え奴は咀嚼されるか恭順するかを選ぶ。理想郷(ユートピア)だ」

琥珀のグラスをもう一度煽る。喉がごくりと動き、次いで獣のような息を吐いた。
テーブルに置かれたグラスの縁には指の脂が白く残っている。

「だからこそ、俺はお前が惜しいよカルラ・ワダチ。お前が俺の下で働いたら、そりゃあもう最高に使える部下だっただろうに。なあ、今からでもそう遅くはねえだろう。無駄な色なんて捨てちまえ。そしたらお前はもっと高く飛べる。俺の下でな」

そこまで言って、彼は一つ、ひび割れた笑みを浮かべた。燃え尽きた世界の中で、尚燃え続ける火柱のような男。
その炎は周囲を焼くだけでなく、自らをも焼いて歓喜する。男として生まれたからには燃え盛っていなきゃ寂しいぜと、恥知らずな傲慢を隠さない。
熱し恭順を迫る王者に、迦楼羅はどこか肩の力を抜いたように、緩やかに笑った。

「俺は誰の下にもつかねえよ。どうしてもって言うんなら、力で叩き伏せてみな」

言葉は平坦だったが、そこには一切の躊躇がなかった。信念というには粗野すぎる。だが、その分揺らぎがない。獣がただ獣として生きるように、彼はただ“轍迦楼羅”としてこの世界を闊歩している。それ以上でも以下でもない、迦楼羅というゼロ地点の中庸だ。

「えらく買って貰えてるようで光栄だが……俺は正直安心したぜ。なにせラスベガスの王様だ、権威が過ぎて痛ぇ親父にでもなってんじゃねえかと思ったが――」

迦楼羅とハード・ボイルダーは、生まれた国は違えども本質的に似た者同士だ。
真の男を恥ずかしげもなく自称し、恥も悔いも知らずに生きる。彼らにとって他人とは強いか弱いか、自分に従うか否かで区別されるものでしかなく、だからこそ言動に配慮なんてある訳もない。
が、一つだけ決定的に違う所があるとすればそれは、迦楼羅は周り全てを見下している一方で、彼なりの愛を持って傍若無人を働いている事だ。

「――杞憂だった。ハード・ボイルダー、テメーはちゃんと人間だ」

その言葉が空気を裂いた刹那、巨漢はまるで雷撃の如く動いた。

躊躇いも、警告もない。椅子を蹴り飛ばして瞬間的に放たれたのは、怒号を纏った灼熱の蹴撃だった。脚部より噴き上がる神禍の推進が空気を灼き焦がし、爆発にも等しい衝撃を生み出す。
もはや蹴りというより、熱と質量の塊を用いた砲の一撃だ。だが。

「かはッ。気に障ったかい、王様」

それを、轍迦楼羅は真っ向から迎え撃った。

脚を引かず、腰も退かず。ただ右拳を捻り上げ、真っ直ぐにぶつけた。対の拳同士が衝突する音ではなく、熱を粉砕するような、鈍くも甲高い金属音めいた音響が鈍い低音で響き渡る。
瞬間、空間全体が逆流した。熱が引き、気圧が巻き戻る。熱波に包まれていた空間が、本来の温度を思い出したように白んだ。

275Dirty Harry ◆EuccXZjuIk:2025/06/28(土) 01:42:03 ID:bAisqQgM0
「てめえ……」

巨漢の口元がわずかに歪む。その場に踏みとどまりながらも、彼の目は此処で初めての苦渋を浮かべていた。
神禍という超常が生み出す熱量は、徒手空拳で戦う迦楼羅との間に計り知れない程のアドバンテージを生み出している。だというのに拳一つで本気の一撃を止めてみせたというだけでも驚愕に値するのは言わずもがな。だが――問題は他にあった。

(熱が消えてやがる。“神禍殺し”か、このガキ――)

自らが放った火が、神禍によって搭載した《燃焼》そのものが、轍迦楼羅の拳によって奪われたのだ。吹き飛ばされたのではない。削られたわけでもない。
まるでその存在を否定されたかのように、拳のぶつかった一点から、周囲へ向かって熱が拡散せず霧散していくのをハード・ボイルダーは感じていた。

小さく、だが確かに舌打ちをする。実際お目にかかるのは初めてだったが、極稀に神禍を殺す神禍というものを宿す禍者がいると聞いた事はあった。
迦楼羅程の技量を持った人間が無効化、ないしそれに似た性質の力を宿しているとは余りに面倒だ。
しかしそれ以上に、ハード・ボイルダーの胸奥に湧き上がるのは別の感情――怒り、苛立ち、その両方。身に滾るどの熱よりも根深く、感情の芯を灼くような感覚が、王者の内面を煮え立たせている。

そんな彼の様子を見透かしたように、いや事実見透かしながら、迦楼羅は薄笑いを浮かべる。

「テメーは色と呼んだが、実際間違っちゃいねえ。嫌いなんだよ、自分が弱く儚い人間であるって事から逃げて、化物だの超人だの気取ってる連中が。
昨日まで定時出社で上司にぺこぺこ媚び売ってた野郎が、力を持った途端さも別物にでもなったように振る舞いやがる。情けねえ、みっともなすぎて笑えねえし反吐が出る」

ハード・ボイルダーの顔が、皮肉にもありし日の、秩序の番人を勤め上げていた頃のように歪む。
追い詰められた者の罵詈雑言など彼は聞き飽きているし、今更眉一つ動かす事はない。だが今の彼は、ジャケットの下に隠した逆鱗をおちょくるように撫でられ、張り裂けんばかりの怒気を香らせている。

度を越えた怒りを覚えれば酩酊も引く。その証拠に彼は憤激する内心とは裏腹に、顔の赤みを失せさせていた。

「道徳の授業じゃ落第生でも、人間としちゃテメーのスタイルは実に正しい。好きに食う、好きに殺す、好きに犯して猿山の王様を気取る……煽ってる訳じゃねえぜ、本当に感心してんだ。
俺はアンタが好きだぜ、ハード・ボイルダー。アンタはまさしく人間の強者、人間の大悪党だ。男の中の男って触れ込みもあながち嘘じゃねえかもな」

褒めるような口調だったが、迦楼羅の笑みは明らかな嘲笑だった。自分が今相手の地雷の上で踊っているという確信に満ちた戯れ。
生まれ育って自我を持ち、他者との関わりを覚えたその日から、轍迦楼羅の内面は何一つとして変わっていない。
彼にとって世界の全ては己の足元。嘲り、馬鹿にし、高笑いしながら愛し奉る付属品。
されど迦楼羅は、そんな弱くて情けない人間達を心の底から愛している。

「ところでよ。そんなに着込んで……アンタ随分寒がりなんだな」

決定的な地雷を踏み抜かれた瞬間、ハード・ボイルダーは今度こそ何の思案もなく、眼前の悪童を必ず此処で殺すと決定した。
それは、嗤ってはならぬ男の琴線だった。

276Dirty Harry ◆EuccXZjuIk:2025/06/28(土) 01:42:48 ID:bAisqQgM0
刹那、空間が爆ぜる。
何の前触れもなく、バーの天井が軋み、壁が膨張した。まるで熱に膨れ上がった世界そのものが悲鳴を上げているかのように。次の瞬間、ハード・ボイルダーの全身から噴き上がった神禍(ねつ)の奔流が、空間そのものを焼き潰した。

逃げ場など無論存在しない。
『荒れ狂う馬』の本領は、火炎放射や自己強化のような単発的な熱量ではない。漲る熱を無制限に放出して空間そのものを焼き、息する事すら許さぬ灼熱の時代を作り出す事にある。
鉄骨が溶ける。床が波打ち、カウンターは音もなく崩れ落ちる。高熱に晒された棚のガラス瓶が一斉に破裂し、中の液体が音もなく蒸発した。木材の芯にまで炎が喰らいつき、梁という梁が軋みの絶叫を上げながら崩落を始める。

それでも、ハード・ボイルダーは止まらない。巨躯の全身から、呼気までもが燃え盛る大熱波となって放出される。その姿は、もはや人間の形を留めた熱源でしかなかった。
地獄めいた放熱の只中にあって、ただ一つ、男の両眼だけが冷え切った怒りを湛えていた。

やがて全てが鎮まり、空間が静けさを取り戻した時――そこに、轍迦楼羅の姿はなかった。
骨も残らず焼滅したかと思う程、ハード・ボイルダーは愚鈍ではない。
残響のように漂う熱風の中、天井が抜け、しかし落ちてくる天井さえ焼き尽くした事で大穴が見下ろす形になった廃墟のバー。足元の黒炭に、蒸気を纏ったブーツの先がぶつかる。

肩で息をしていた。呼吸というより、怒りの熱を吐き出すような、音のない荒れた息だった。
轍迦楼羅を殺す事は感情を除いても有意な行動だったと自信を持って言えるが、流石に熱を吐きすぎたらしい。
煩わしい疲労感と共に胡座をかき、王はデイパックから予め拝借しておいた酒瓶を取り出した。封も切らずに、歯でキャップをねじ切る。

そして迷いなく煽る。
焼けるような琥珀が喉を伝う音だけが、崩壊の静寂の中に響いていた。怒りの芯に流し込まれる冷却剤のように、それは彼の内側を通り抜けた。
ある程度飲むとボトルを投げ捨て、男は袖で口元を乱暴に拭う。

「……クソッタレが」

悪態をつくその姿は、迦楼羅の言葉を証明するかのように、酷く人間らしいものだった。

277Dirty Harry ◆EuccXZjuIk:2025/06/28(土) 01:43:14 ID:bAisqQgM0
【G-1・雑居ビルB1F/1日目・深夜】
【ハード・ボイルダー】
[状態]:疲労(中)、酩酊、不快感
[装備]:
[道具]:支給品一式、くすねた酒類
[思考・行動]
基本:優勝する
1:その為に部下を集め、効率よく参加者を減らす
2:轍迦楼羅はいずれ必ず殺す。
[備考]


【轍迦楼羅】
[状態]:右腕に火傷
[装備]:
[道具]:支給品一式
[思考・行動]
基本:救世主だ何だに興味はない。思うままにこの状況を楽しむ。
1:化物はお呼びじゃねえ。欲しいのは弱く無様に足掻く人間さ。
[備考]
※儀式に呼ばれる前は渡米していたようです。

278 ◆EuccXZjuIk:2025/06/28(土) 01:44:08 ID:bAisqQgM0
投下を終了します。

279 ◆ai4R9hOOrc:2025/07/01(火) 12:40:16 ID:rbPwUqF.0
投下します

280The Stars My Destination ◆ai4R9hOOrc:2025/07/01(火) 12:41:33 ID:rbPwUqF.0




 今も、その背中を追い続けている。


「――――フランチェスカ。おいて行かないでよ、フランチェスカ」


 紺色の軍服、傷だらけのロングコートが、正面から襲い来る吹雪によって翻る。
 振り返ることなく、凍土を踏み砕く力強い歩み。
 もう動けない私をおいて、次の戦場へと向かって行く、気高き女の後ろ姿。

 満身創痍の身体で、空前の灯火となった命を、それでも加熱させて駆け抜ける。
 同じ軍人ならば誰もが憧れた、イタリアが誇る最後の獅子。


「――――なあ、スピカ。懐かしいな」


 最後に一度だけ、彼女は私に言葉をくれた。
 目線を前に向けたまま、僅かに首を傾けて、口元を僅かに綻ばせて告げたのだ。


「――――憶えているか、私達が出会った日のことを」


 絶望的な戦いに赴く彼女は、それでも最後に笑ったのだ。
 彼女は戦った。軍人だから、職務だから、それがきっと、正しいことだから。
 正義のために、誰かのために、自分の信念ために、命ある限り戦い続ける。
 フランチェスカ・フランクリーニは、それが出来る人だった。

 きっと今も、戦っている。
 彼女はまだ、負けてない。
 私は、そう信じてるから。


「――――忘れられるわけないよ、ずっと」


 だからずっと、私は今も、その背中を追い続けている。






281The Stars My Destination ◆ai4R9hOOrc:2025/07/01(火) 12:42:52 ID:rbPwUqF.0

 203X年、九月下旬。人類滅亡の黎明期。
 地上に出現した十二の災厄は、未だ国際社会にその存在を認定されていなかった。
 しかしこの時点で、種子は既に発芽を果たし、逃れられない崩壊の波濤が世界各国に広がっていく。

 よって、その戦いは人類が崩壊の脅威を認識できぬまま始まった、最初の衝突だったとされる。
 後に第三崩壊と呼ばれた、ロシアで発生した"残械皇國"。
 後に第四崩壊と呼ばれた、ドイツで発生した"最終冰期"。
 どちらも自国を制圧した上で開始された明確な国家間殲滅戦争であり、二国に挟まれた緩衝地域を踏み潰すようにして進軍した果てに激突を見る。
 第三次世界大戦の幕開け。それは人類の長い歴史を振り返っても、過去に例を見ないほどに苛烈を極めていた。

 ドイツ軍、虐殺部隊『Arktis-Jäger』。
 ロシア軍、鏖殺戦機『железная』。

 保存と整地。
 基盤となる思想に違いこそあれ、両者の方向性は人類を皆殺しにするという点で一致していて。
 激突までの間、彼らが通過した都市は、ヨーロッパ領もロシア領も、全て等しく戦火に飲まれていく。
 勿論、両軍の衝突地点となった場所がどれほど悲惨な損害を受けたのかは言うまでもない。

 つまり私――スピカ・コスモナウトが14歳の頃まで住んでいた街は、あの日、北と南から波のように押し寄せた崩壊によって完膚なきまでに押し潰され。
 そこにあった命は冷徹に刈り取れられていった。

 街において死に方は二種類あって、人々にはどちらかを選ぶことすら許されてはいなかった。
 単純に、北側は鉄騎による鏖殺、南側は魔王による凍結、という分類がなされ。
 私はその日、南側の家屋にいた。だから本当なら、両親や兄弟と一緒に氷の像になっていた筈で。

 なのに、ふと頭の中に浮かんだ死の未来。
 そのときはまだ、神禍とも認識出来ていなかった予知から、無我夢中で逃げ出した先に。

 絶対零度の化身、恐ろしい魔王に出会った。
 崩壊した街の中央、鉄片の飛散する瓦礫の山の頂上にて、凍りついたまま砕け散った巨大な多脚機械が沈黙している。
 機械の皇帝を単身で撃破したその災害が足元の鉄を踏み砕き、底冷えするような目線が、恐怖に震える私を貫いた、その刹那。

「――目標、補足。全軍、攻撃を開始せよ」

 獅子は、私の目の前に現れた。
 まるでお伽噺の英雄のように。
 颯爽と、堂々と、魔王に立ちふさがったのだ。

「奴の異能は度外れている。決して正面からぶつかるな。散開して注意を分散させろ」

 紺色の軍服、ロングコートが、正面から襲い来る吹雪によって翻る。
 振り返ることなく、凍土を踏み砕く力強い歩み。
 動けない私を背に守り、正面の敵へと向かって行く、気高き女の後ろ姿。

「キミ、よく頑張ったな。辛かったろう……だが、もう大丈夫だ」

 命(とき)を火にくべて駆け抜ける。
 同じ軍人ならば誰もが憧れた、国連軍の希望、イタリアが誇る最後の獅子。
 
「……大佐、その子は?」
「唯一の生存者だ。必ず守り切れよ、レオナルディ少佐」
「了解」
「全軍、牽制を終え次第、直ちに少女を保護して撤退を開始しろ」

 駆け寄ってきた側近の部下へ告げた指示とは正反対に、彼女は更に一歩前に出た。

「しかし、では……大佐は?」
「決まっているだろう。私は、いつも通り動くさ」

 口元を軽く綻ばせ、彼女は往く。
 振り返ることなく、たった一人で、目前の崩壊へと挑もうとしている。
 
「まったく大佐は、それでは部下として立つ瀬がない。走り出した大佐は、誰にも追いつけないのですから」
「いつも言っているだろう、少佐。誰も、私に追いつく必要などない。先頭を往くのも、傷つくのも、私だけでいいのだ」
「……分かりました。では…………必ず、戻ってこいよ、フランチェスカ」
「当然だ。帰ったら上官への口の聞き方を矯正してやろう、レオナルディ少佐」

 彼女は、誰もをおいて先に往く。
 初めて出会ったときから、あの人はずっと先を走っていた。

「では、挑むとしよう―――"終演・刻越疾壊(クアルト・ディザストロ)"」

 きっと、その日からだ。
 私が獅子の背を追い始めたのは。




282The Stars My Destination ◆ai4R9hOOrc:2025/07/01(火) 12:46:23 ID:rbPwUqF.0

 エリアE-6、デパート屋上。
 それが私のスタート地点のようだった。

 目の前にはちらちらと舞い落ちる雪と曇天。
 いつもどおりの終末景色の手前に、見慣れない風景が広がっている。
 遺棄された子供用カートや、こじんまりした体験型アトラクション、雪の積もった床を転がるキグルミのガワ。
 布のカビてホラーチックになったコアラのようなアライグマのような生物は、かつてこの施設のマスコットキャラクターだったのか。

 デパート屋上遊園地。
 ひょっとしてそれは、寒冷化よりも以前に閉鎖された、文明の遺跡じみた場所だったのかもしれない。
 広範囲の戦闘が発生した場合、遮蔽物は多いが脱出口に乏しい場所だ。早期の移動を検討すべきだろう。
 
 ふと身体を動かした拍子に、肩からずり落ちた黒鉄の塊が膝に当たって、ちょっと痛い。
 ひりひりする足をさすりながら、私の体型には全く不釣り合いな、歪な形に捻じくれた大型機関銃を持ち上げる。
 それはやはり、銃と言うにはあまりに異質な物体だった。
 捻りあげたような形の銃身には腕や目のような有機的なパーツが付いていて、相変わらずグロテスクというよりアートチック。
 どうやら、自前の武器は没収されずにすんだらしい。

 整備状態を見直し、問題ないと判断できた。
 まず周囲の把握を終え、次に装備の確認に移る。
 それはこの数年間で叩き込まれた、軍人としての習性のようなものだった。

 異常事態でこそ、身体に染み付いた規律が支えになる。
 かつてそう教えてくれた上官。
 私の前から姿を消した彼女の名は、配られた名簿の中にあった。

「……フランチェスカ、ほんとにいるのかな」

 自然、声になった呟きは冷たい空気の中に、白い息と一緒に溶けて消える。

「また、会えるのかな」

 肩からぶら下げた機関銃を軽く撫でながら、どこにも届かない言葉を紡ぐ。
 
「会えたとして、どんな顔で会えばいいんだろうね」

 本当に生きていたのか。いま、どんな状態なのか。
 彼女は死んだと聞かされていた。だけど、私はそれを一度だって信じたことはなかった。

「追いつけるのかな、私は……今度こそ……」

 どこからも答えはない。
 抱えた銃は、何も答えない。
 代わりにぴくりと、僅かな熱が伝わって。

「……ラザロ?」

 私は気づく。
 廃墟だと思っていた屋上遊園地の最奥部。
 朽ちたアトラクションの隙間から、たった一つだけ、明かりの灯る施設が見えた。

 莫迦なと、直感的に思う。
 何かの間違いじゃないだろうかと。
 屋上遊園地どころか、デパート施設そのものに、ろくに電気なんて通っていない筈なのに。

 神禍だ。他にありえない。
 はっきりしている事実は一つ。
 誰かが、あの場所にいる。
 私と同じ、参加者の誰かが。

 銃を構え、警戒体勢に移行する。
 退くか、接近するか。どうするべきか。
 数秒の逡巡の後、私は施設へと足を向けた。

 心を決めたなら、まず動け。
 それもまた、いつか叩き込まれた教訓の一つだった。




283The Stars My Destination ◆ai4R9hOOrc:2025/07/01(火) 12:48:42 ID:rbPwUqF.0

「スピカ……いや、コスモナウト二等兵」

 出会った日以来の、厳しい軍人としての声が叩きつけられる。

「今日をもって貴様は保護された一般市民ではない。
 国連常設軍所属、『秩序統制機構』の一員となる。
 貴様が若輩者であることも、入隊にいたる特殊な経緯も理解している。
 だが、私の部下になるからには、一切特別扱いはせん」

 フランチェスカの訓練は、本当に一切の容赦が無かった。
 地獄のような、しごきの日々。
 猛烈なスパルタ教育は筆舌に尽くし難いもので、初日から泣いて吐いて気絶しての七転八倒。

「理解したらさっさと敬礼と返事をせんか、二等兵ッ!」

 正直、先日まで運動音痴の学生だった14歳にとっては、あまりにも過酷で。
 一時期は本気でサディストなんだと思ってたし、普通にめちゃくちゃ嫌いになった。

「迅速に判断しろ! そして決めたならまず動け! 敵(とき)は一秒も待ってくれんぞ!」

 だけど、今なら分かる。
 彼女には時間が無かったのだ。
 そして世界にも、時間は残されていなかった。
 それに気づいていたのはおそらく、誰よりも先を走っていた彼女一人だった。

 寒気が本格的に世界を覆った後も、彼女が去ってしまった後も、人類の滅亡が避け得ぬ未来として確定した今も。
 私が生きてこられたのは、彼女と彼女の仲間達が遺してくれた、修練と教訓のお陰だから。




284The Stars My Destination ◆ai4R9hOOrc:2025/07/01(火) 12:50:00 ID:rbPwUqF.0

 円形に縁取られた施設の最奥に、初老の女が立っていた。
 汚れた壁が一面を覆う閉鎖空間。
 カビとガラクタに塗れていて、どう見ても廃材にしか見えない塵を拾い集める、襤褸を纏ったような姿は東洋の妖怪めいている。

「ふむ、最初に遭うのがキミとはな。スピカ・コスモナウト。
 人類の死刑宣告を垂れ流すだけの機械が、随分人間らしい面構えになったじゃないか」

 私の名前どころか、素性すら知っている。
 その時点である程度正体は限られる上に、そもそも私は彼女のことを知っていた。

「……"最後の船長(キャプテン・ペイク)"」
「ああ、直接話すのは初めてだね。"国連の宣告者(デクレアラ)"」

 宇宙飛行士、ジャシーナ・ペイクォード。
 確かに彼女の名も名簿にはあった。
 というか国連に所属していて、その名を知らぬ者はいない程の有名人。
 
 ジャシーナには数多くの美名と悪名が混在する。
 曰く、浪漫の使徒、絶対的エゴイスト、母星を見捨てた裏切り者。

「ま、お互い、国連じゃあ有名人さね。その国連すら、今やどこにもありゃしないが」

 国連軍創設構想の最初期にも関わったとされる、元軍人上がりの宇宙飛行士、兼宇宙ステーションの船長。
 彼女は氷河期の到来から間もなく、宇宙ステーションを独断で占拠し、国際社会からの独立と、地球圏からの離脱を宣言。
 宇宙からのアプローチを地球救済の希望の一つと期待していた国連にとって、これは多大な衝撃となって伝わった。
 
 結果、ジャシーナの行動は明確な反逆行為と見なされ。
 一時期、彼女のステーションと国連軍は完全な敵対状態に移行する。

 当初は彼女の部下たちが冷静な判断によって解決するだろう、と目されていたのだけど。
 ジャシーナ・ペイクォードは圧倒的なカリスマにより、クルーの人心を掌握していた。
 事実、全ては彼女の描いた基図の通りに進む寸前だったのだ。
 ジャシーナにとっても、国連にとっても想定外の事態さえ起こらなければ、彼女の船は本当に宇宙の果てへ飛び立っていたのかもしれない。
 
 出港直前、一発の隕石の直撃。冗談のような悲劇だった。
 ただ一匹の人類も逃がしはしないという、神の意思の如き不運によって、最後の船団は崩壊したのだ。
 クルー全員を見捨てて宇宙船を離脱した、たった一人の船長を除いて。

「……あなたは……どうするつもりですか?」
「ん……? ああ、アタシがこの下らん催しを、どう捉えているかって話かい?」

 ガラクタの絨毯から身を起こし、廃材を手放して、すっくと立ったその姿は細身でありながら驚く程の長身だった。
 不敵な笑みを湛え、燃えるような情熱を込めた視線で見下ろしてくる。
 
 その瞬間、私は理解した。
 この人は、まだ何も諦めていないのだと。

 夢を叶える寸前で打ち砕かれて、クルーの全てを失って、何もかも奪われて尚、可能性を追い続けている。強い、女性。
 私の知る限り一番のそれであるフランチェスカとは全く違う痩躯でありながら、瞳に燃える輝きだけは彼女と同等の光を放っている。
 たった一人になっても、船長は夢を追い続ける。
 ならばきっと、この場所で、彼女の至る答えは―――

「そうさね、ちょいとばかし、試してみるか」

 ゆら、と。持ち上がった細い腕の先。
 老女の握る骨董品、クイーン・アン・ピストルが、私の額に向けられていた。




285The Stars My Destination ◆ai4R9hOOrc:2025/07/01(火) 12:53:29 ID:rbPwUqF.0

「よ、よぉ、スピカ。最近は元気してるか?」 

「……まあまあです。レオナルディ少佐」

「そうか、あー、あれだ。前にも言ったが、非番の時はもっと気楽に呼んでも良いんだぜ?」

「検討しておきます。レオナルディ少佐」

「そ……っか、えーっと、それでだな今日はほら、確かあれだろ……?」

「フランチェスカに用事ですか?」

「まあ、そうだ。呼んできてくれるかい?」

「残念ながら、まだ部屋で寝てます」

「ええ……もう昼回ってるぞ」

「任務外だと案外ズボラな人ですから。自分の誕生日だろうと、それは変わらないようです」

「そっか、だったら、しょうがねえ、フランのやつが起きたらさ、これ渡しといてくれよ」

「綺麗な指輪ですね…………私が渡してよいのですか?」

「んだよ、別に良いに決まってるだろ」

「分かりました。では、また」

「ああ」

「しかし、ひとつだけ」

「んだよ」

「あのひと朴念仁なんですから。さっさと告白しないと逃げられちゃいますよ、少佐」

「ちょっとこら、どういう意味だ、スピカてめ―――」

「―――おい、うるさいぞ馬鹿ども! 休みの日くらいゆっくり寝かせろッ!」




286The Stars My Destination ◆ai4R9hOOrc:2025/07/01(火) 12:57:57 ID:rbPwUqF.0

 ジャシーナは至極あっさりと引き金を引いた。
 古めかしいフリントロック式の拳銃から鉛玉が吐き出され、私の頭蓋を捉える。
 額を貫いた弾丸が後頭部から吐き出され、背後の壁を穿つ頃には既に意識は殆どなく。
 ただ、一発の銃撃によって、私は死んだ。

 。だん死は私、てっよに撃銃の発一、だた 
 。くなど殆は識意に既はに頃つ穿を壁の後背、れさ出き吐らか部頭後が丸弾たい貫を額 
 。るえ捉を蓋頭の私、れさ出き吐が玉鉛らか銃拳の式クッロトンリフいしかめ古 
 。たい引を金き引とりさっあ極至はナーシャジ

 ジャシーナは至極あっさりと引き金を引いた。
 咄嗟に左側の遮蔽に飛び込んでいなければ、今頃私の額には穴が空いていただろう。
 身体が地面に叩きつけられても構わず、転がっていた廃材を蹴飛ばして身を隠す。

 虫のように床を這いずりながら、遮蔽物――並べられた座席の間を移動する。
 継続して移動し続けなければ、動きを読まれて当てられる。
 その判断を裏付けるように、先程まで潜んでいた座席の裏を銃弾が貫通した。

「ほぉ、いい動きだ。悪くない。だがそれだけでは足りないな」
 
 とんでもない当て勘。恐ろしいほどの射撃精度だった。
 元軍属といえども、一線を退いたはずの老女に殺されかけた。
 私がいま生きているのは、やはりここ数年の訓練と、そしてもう一つ。

「キミのことはステーションで伝え聞いていた。
 その時点での評価としては、興味と不信が半々といったところだ。
 能力は買うが、キミ自身がそれを忌避しているようじゃ宝の持ち腐れだろう」

 予知能力。私の神禍。あの場所で、私の価値とされたもの。
 自らの死を予感し、避け得る力は確かに、私を永らえさせた大きな要因だったけど。
 この力は同時に、呪いだった。

 稀に受信する、自分以外の予知。俗に、大予言なんて言われたモノ。
 世界が滅びる節目を予告するチカラ。
 偶然にも能力を知った国連は、私を軍に組み込み重用した。

「当時の国連はキミの神禍に希望を見た。
 キミが予言した負の未来を、一つでも改変することが出来れば、世界の滅亡は避けられると信じたのだ」

 だけど、その尽くは失敗した。
 十二の災厄は私が国連に伝えた時点で半分以上が行動を開始しており、覚醒を止めることは出来なかった。
 続く勇者の死は、何をどうしても避けることが出来なかった。
 まるで悪辣な運命が襲いかかってくるかのように、ありえない不運と錯誤の果て、二人の勇者を失った。

287The Stars My Destination ◆ai4R9hOOrc:2025/07/01(火) 13:00:05 ID:rbPwUqF.0

 大予言は変えられない。
 スピカ・コスモナウトの予言とは、神が世界にかける呪いである。
 改変二失敗する度に、いつしかそれが、言外の共通認識に変わっていった。

「結局、国連はキミを活かすことが出来なかった。現実に耐えきれず、誰も彼も諦めてしまったわけだ。
 キミの異名が"預言者(プロフェット)"ではなく、"宣告者(デクレアラ)"なのはその為だろう。
 言葉は予言からただの事実に成り下がり、やがて彼らはキミを恐れるようになった」

 そうして遂に、私は決定的な瞬間を見てしまった。獅子の敗北、その未来を。

「最後には、キミの声は死刑を宣告する神の代弁にしか聞こえなくなっていたのだろうね。
 故にその口を閉ざそうとして、結果、最後の喇叭が吹かれたわけだ」

 遮蔽から飛び出し、一気に距離を詰める。
 大丈夫、死の予感はまだない。
 だけど、それで安心することはできない。

「キミを守ろうとした統制機構の精鋭連中と、殺そうとした、それ以外の大多数。
 世界最後の国連組織の末路が内ゲバによる崩壊とはお笑い草だ。
 そもそも、キミに守るほどの価値があるのか、私には疑問だったが」

 背後に回り込んで不意の一撃を叩き込む寸前、痩せて節くれた手が私の腕を掴んでいた。

「…………!」
「ふむ、やはり悪くはない」

 柔術、強烈な痛みと脱力によって体勢を崩される。

「その目、私の知る国連の腑抜け共とは違う。
 キミは諦めた者の眼をしていない。
 正しく『秩序統制機構』の意思を継いでいるのかもしれない」

 再び至近距離で、私の額に銃口が突きつけられた。

「それだけに惜しかったな。
 あと一つでも見るところがあれば―――」

「―――ラザロ」

「なに?」

 私は跪いた格好のままで、向けられた銃口の奥、その深淵を見つめている。
 死ぬわけにはいかなかった。

 まだ、追いついていないから。
 また、追いかけていたいから。

「―――ラザロ、起きて」

 あの、獅子の背中を。

「―――どうか私に、力を貸して」

 私の腕の中、歪に捻じくれた機関銃。
 その中心にて、ゆっくりと瞼が開かれる。

「まさか―――その銃、ゴクなのか―――!?」




288The Stars My Destination ◆ai4R9hOOrc:2025/07/01(火) 13:01:59 ID:rbPwUqF.0

 あの日、あの背中に追いつけなかった。


「――――フランチェスカ。おいて行かないでよ、フランチェスカ」


 紺色の軍服、傷だらけのロングコートが、正面から襲い来る吹雪によって翻る。
 振り返ることなく、凍土を踏み砕く力強い歩み。
 もう動けない私をおいて、次の戦場へと向かって行く、気高き女の後ろ姿。

 満身創痍の身体で、空前の灯火となった命を、それでも加熱させて駆け抜ける。
 同じ軍人ならば誰もが憧れた、イタリアが誇る最後の獅子。

 14歳で軍人になってから数年間、死にものぐるいでついて行った。
 振り返らず進む彼女の背中を、ひたすらに追いかけ続けた。

 血を吐くような訓練の日々。
 痛くて、辛くて、それでも進み続けたのは今日のため。
 この日、彼女の隣に立ち続けるため。

 なのに―――

 幾度も激突を経て遂に迎えた、獅子と魔王の最終決戦。
 その目前に、私は彼女の傍に立つことが出来ない。
 魔王の凄まじい冷気によって吹き飛ばされた私は、全身数カ所を骨折し、既に行動不能に陥っていた。
 意識はこんなにも鮮明なのに、死地へ赴く英雄を見ていることしか出来ない。

 死地、そう、ここは死地だ。
 だって、私は見てしまった。見せられてしまった。
 大予言、国連最後の英雄、最後の獅子が敗れる。その結末を。
 それだけは許しちゃいけないと、そのために今日まで全員で備えてきたのに。

「一人で行っちゃだめ……行かないでよ……フランチェスカ……!」

 運命は無常にも、予知通りの未来に進んでいく。
 まるでそうなる以外の展開など用意されていないかのように、全ての努力が水泡に帰していく。
 ここで彼女を行かせてしまったら、何もかも無駄になってしまう。
 そう、分かっていたのに。

「なあ、スピカ」

 軍属になってから、任務中にその呼び方をされたのは初めてだった。
 だから私は驚いて、何も言えなくなってしまう。

「私は、奴に、勝てると思うか?」
「え……?」
「キミはどう思う?」

 私は声を震わせながら、なんとか言葉を紡ごうとして。

「でも……予言だと……」
「そんなことは聞いてない」

 彼女の言葉の意味に気づいて、今度こそ声を失った。

「キミはどう思う? と、聞いているんだ」

 こんなの、ずるい。
 絶対に間違っている。全部が無駄になってしまう。

 そんなこと、分かっていたのに。
 だけど、私は、ここで嘘を付くことだけは、どうしても出来なかったから。

「かて……る。勝てるよ。負けない!
 あんな奴に、フランチェスカが負けるわけないんだ!」

「……ありがとう。
 その言葉だけが、ほしかったんだ」

 噛みしめるように頷いて、獅子は襲い来る冰期へと、一歩を踏み出す。
 ああ、行ってしまう。最後の獅子が、私の英雄が。
 フランチェスカ・フランクリーニが去ってしまう。
 待ってよ、行かないでよ、と喉を震わせようとしたけれど、もう声を出すことも出来ない。

「レオナルディ少佐、この子を頼む」
「……了解。命に代えても、守り抜きます」
「最後まで、世話をかけるな……ラザロ」
「当然のことだ。気にするなよ、フラン」

 遠のく背中に手を伸ばす。
 フランチェスカ。おいて行かないでよ、フランチェスカ。


「では、挑むとしよう―――"終演・刻越疾壊(クアルト・ディザストロ)"」


 加速する時間が私達を隔てていく。
 伸ばす手は、声は、もう届かない。





289The Stars My Destination ◆ai4R9hOOrc:2025/07/01(火) 13:07:46 ID:rbPwUqF.0

「形勢逆転、ですね」

 戦闘、終了。
 変形解除したラザロを構えたまま、私はガラクタの散らばった部屋で、老いた女を見下ろしている。

「両手を頭の上で組んだまま、あちらを向いて跪いてください」
「ああ……素晴らしいじゃないか」

 ジャシーナ・ペイクォードは両手を上げた姿勢のまま、あっさりと銃を手放した。
 正直、かなり手強かった。ラザロの機能を使わなければ勝てなかっただろう。
 私一人の勝利とは言えないけど、まあ一応勝ちは勝ち。

 殺すつもりはないけれど、とりあえず身体を拘束しよう。
 そう思って、一歩近づくために、足をあげたときだった。

「では、おめでとう、と言っておこうか」
「……?」
「いやなに、キミは自身の有用性を証明したということさ」
「どういう意―――」
「起動せよ、"最果てへと至る航海(ワールドエンド・アルゴナウタイ)"」

 頭に浮かんだ僅かな疑問は、瞬く間に混乱に変わった。

「―――な、な!」

 踏み込もうとした足が空を切る。
 突如として宙に浮かび上がった機関銃(ラザロ)が視界を遮り、敵の姿を覆い隠す。
 それがどれだけの隙であるかは分かっていたけど、あまりに急な変化に思考がついていかない。

 ふわりと空中に浮かび上がった私が状況の把握に思考を回している間。
 同じく一斉に浮かび上がったガラクタのカーテンを潜るようにして、床を蹴ったジャシーナが飛翔する。
 その手にはプラスチックの破片で作った即席のナイフが握られていた。
 先程までの動きとはまるで違う。重さを剥奪された世界の中で、老女は泳ぐように自由に動き回っている。
 突如発生した立体機動に、反射で私は銃の照準を合わせようとして――

「ああ、その対処はお勧めしないな」

 射撃と同時、暴れまわるような凄まじい反動によって、地面に叩きつけられていた。

「―――なっ―――が―――はッ」
「そらみたことか。ではNBL訓練モードを解除する」 

 肺から空気が絞り出される。
 銃を取り落とし、地面に大の字で寝そべったその瞬間、再び突如として身体の重さが戻って来る。
 空中に浮かんでいたガラクタと一緒に、老女の身体が降ってくる。

「無重力下での戦闘は初めてかね。踏ん張りの聞かぬ場で射撃なんぞ行えば、後方に吹っ飛ぶに決まっているだろう。
 ふむ、まあ、多少のパニックは仕方のないことかもしれんが、ここは厳しくいこう。訓練が足りんな」

 無力化した私を組み敷いた老女は、ニヤリと笑ってナイフを突きつけた。
 ボロボロだったはずの服装は、いつの間にか軍服に似た宇宙礼服に変化している。

「さて、形勢逆転、だな?」

 いったいこの細身のどこに、こんな力が隠されていたのか。
 首筋の神経を抑えられ、指一本動かせない。

「い……ったい、なに……が」
「ん? ああ、アタシの神禍は聞いているだろう。
 自分の所有物と認識したものを『宇宙船』とする。
 故にここはもう既に、アタシの船ってことになるさね」
「ば……かな。言ってること……メチャクチャだ。
 車や潜水艦を脱出ポッド変える程度ならまだ納得できます。 
 だけどここは、デパートのいち施設だ。用途が全く違うものをどうして、船に変換できるんですか?」
「用途が違う? まあそうでもないさ、モノは考えようって言うしね」

 そもそもおかしいのは彼女の自認。
 普通、始めて訪れた施設を、所有物だなんて思えない。

「加えて訂正しとくよ。アタシの所有物はこの施設だけじゃない、このデパート全体さ」

 それは恐ろしいまでの独善思想。
 浪漫の使徒、絶対的エゴイスト、母星を見捨てた裏切り者。
 老いて尚、女は弾けんばかりの活力を秘めた瞳で語っていう。

「地球全ての無機物はアタシの資材さ。
 そうとでも思えなきゃあ、星の果てなんざ目指してられないってね」

 ジャシーナ・ペイクォード。
 それが最後の船長。最果てのロマンチストの矜持だった。

「それで……あなたは"最後の一人"を目指す、と?」
「ああ、まあそれでも良いかと、最初は思ったんだがね」

 しかし私の問いかけに対し、以外にも彼女は逡巡を見せていた。
 ロマンチストでありエゴイストでも彼女は、この殺し合いを制し、治癒の奇跡と共に宇宙を目指すだろう。

290The Stars My Destination ◆ai4R9hOOrc:2025/07/01(火) 13:13:13 ID:rbPwUqF.0

 彼女はなんとしても生き残ろうとする筈だと。
 自らを信じたクルー全員を見捨ててまで、夢を追い続ける女は、そう結論すると思っていた。

「にっちもさっちも行かなくなっちまったら、まあそういう方針で行くもいいさ。
 だがね、案外と、勿体ないと思ってね?」
「どういう意味ですか?」
「つまりさ、キミ、アタシの物になりたまえ」

 しかし彼女の浪漫は、私達が思っていたよりも、ずっと狂気に近かったらしい。

「……は、はい?」
「いいかい? 我が船団(アルゴナウタイ)はいま、優秀なクルーを募集している」

 言わんとする事を理解して、私は率直に警戒を強めた。
 ジャシーナの悪名は、国連所属期に散々聞かされていたから。

「参加者がつまらない奴ばかりなら、全員切り捨てても構わんと思っていたが。
 しかし名簿を見て、キミに会って、気が変わった。
 "ここまで優秀な人的資源を、地球に捨てていくにはあまりに勿体ないじゃないか"」

 傲慢な老女。
 どれほどのカリスマを発揮しようとも。
 どれほど部下からの信頼が厚かろうとも。
 結局はその全てを見捨て、たった一人、自らの浪漫のために生き延びた女。

「アタシはここで、最高の船団を作り上げる。知っての通り強欲なもんでね。
 治癒の奇跡も有用な資源だ。できれば欲しいが、それだけじゃあ船は飛ばない。
 救世主なんて、冷え切った地球を延命させる名誉に興味もない」

「今更……倫理感でも語るつもりですか?
 地球人類を見捨てて、部下を見捨てて、一人で天上に逃げようとした貴女が……!」

 こいつは危険だ。信頼できない。それだけは確かだ。
 なのに、なぜ、

「キミは一つ勘違いしているようだが。
 アタシは確かに地球を見捨てた女だ。
 しかし、『人類』を見捨てたことは一度だってないよ」

 彼女の声はこんなにも、よく通るのだろう。

「地球の資源は可能な限り、アタシの旅に連れて行くさ。
 アタシにとってはアタシの浪漫が絶対優先だが、モノも、ヒトも、アタシがある限り続いていく。
 アタシがここに生きる限り、人類の夢は潰えない。かつてのクルー達(あいつら)も、それを分かって着いてきた筈さ」

 独善的な振る舞いを崩さぬまま、女の瞳は夢を見ている。
 燃える、太陽のような夢を。

「汎ゆる資材をかき集め、最高の船を完成させてやる。
 優秀なエンジニア、パイロット、戦闘員、コックなんかも欲しいところだね。
 馬鹿みたいだって笑うかい? だが不可能じゃないさ、名簿をみたろう? これほどのメンツが揃っている」

 そうして、船長は高らかに宣言した。

「我々の進路は『脱出』だ。だがそれは、殺し合いの舞台からじゃあない。
 ―――この、死にゆく惑星からの脱出だ」

 人類を終わらせないための、出航。

「……だとしても、なんで、私なんですか?」

 演説に対し、絞り出した声。
 結局のところ、私が納得できなかったのは、そういうことだった。

 ジャシーナ・ペイクォード、彼女の浪漫、あるいは狂気は分かった。
 それでも、その一点が解せない。
 彼女がいま、私にまで手を差し伸べる理由が。

291The Stars My Destination ◆ai4R9hOOrc:2025/07/01(火) 13:18:09 ID:rbPwUqF.0

 自分を卑下するわけじゃないけど、私の神禍は呪いだ。
 その力は人を害する。人類にとって有害なものだ。
 かつて私の予言がどれほどの人間を傷つけ、不信を煽り、混乱を齎したか、彼女だって知っている筈なのに。 

「確かに、キミは自分の力を使いこなせていない。国連にも統制機構にも、キミを御することはできなかった。
 だが……アタシなら、キミという人的資源を有効に使える」
「なんですか、それ。自分なら予言を変えられるとでも―――」
「変えられるさ。アタシなら」
「――――」

 そう、即答で言い切った人は、これが二人目だった。

「アタシがキミの予言を越えよう。そして、キミの力が呪いではないと証明してみせよう」

 そして、私の中の、かつての記憶をなぞるように、彼女は私に告げたのだ。

 ―――スピカ、私が魔王に勝って、証明してみせる。その力は呪いではないと。

「変えられぬ未来など、アタシは絶対に認めない。
 故にこう推論する。キミの予言は人類に襲い来る荒波だ。いまの人類では太刀打ちできない高波だ。
 しかし私ならば超えられる。キミの力はきっと宇宙に上がった先でもきっと有用だ」

 女の足が、さっきまでガラクタだった物を踏みつける。
 それは瞬く間にアルミで出来た通信装置に変わっており、靴底で押し込まれたスイッチが、息を吹き替えした施設内に絶えたはずの電気信号を送り届ける。
 一瞬にして明かりが落とされ、闇に落ちた次の瞬間。

「投射せよ」

 古びたデパートの屋上遊園地、その隅に遺棄された施設が、老女の力によって甦る。
 円形に縁取られた天上が輝き、もはや地表に届くことのない、人類から失われた光。
 宝石箱を開いたかのような瞬きが溢れ出て、何光年も遠い最果てから届く閃光の再現が、私達の世界を覆い尽くす。

 プラネタリウム。
 それは、遥かな天上に描かれた、そらの海図。

「―――スピカ・コスモナウト。キミを我が船団の航海士に任命する」 

 これが策略なら大したものだ。
 だけどきっと、彼女は素でやってみせたのだろう。

 きっとこの人は、そういう人だ。
 天然の人誑し。エゴイストのロマンチスト。
 宇宙を人類の夢と定義して、振り返らずに進み続ける女。
 そして誰しもの中に、それがあると、独りよがりにも信じている。
 
「"わが往くは星の大海"。……キミ、銀英伝は読んだかね?」

 だけど、まあ私に関していえば、少し当たっているのだから。
 業腹ながら頷くしかなかった。

「ふむ、優秀じゃないか」

 あれはそう、12歳の頃。
 フランチェスカと出会う前の、ただの学生だった私。
 地球が凍りつく前、世界は平和なまま、大人になれると信じていた日々。

 天文学を専攻したがっていた、幼い少女がいた。
 そんなことを思い出したのは、随分と久しぶりのことだった。

「貴女は、届くと思いますか?」

 私は彼女の差し出した手を取りながら、最後に一つ、問いかけた。

「追いつけると思いますか、流れていく星の輝きに」

「愚問だな。追いつくのではない」

 それに、最後の船長は自信に満ちた、不敵な笑みを浮かべて答えた。


「超えるのだ。我々には、それができる」



【E-6・デパート/1日目・深夜】

【ジャシーナ・ペイクォード】
[状態]:健康
[装備]:クイーン・アン・ピストル
[道具]:支給品一式
[思考・行動]
基本:目指すは星の最果て、出航準備を執り行う。
1:宇宙船の資材、燃料、優秀なクルーを集める。
[備考]

【スピカ・コスモナウト】
[状態]:健康
[装備]:『災禍武装:ラザロ』
[道具]:支給品一式
[思考・行動]
基本:ひとまずジャシーナと行動する。
1:フランチェスカ・フランクリーニに会いたい。
[備考]

292 ◆ai4R9hOOrc:2025/07/01(火) 13:20:46 ID:rbPwUqF.0
投下終了です

293 ◆EuccXZjuIk:2025/07/02(水) 22:31:57 ID:XlCXfSYk0
投下お疲れ様です。

スピカとフランチェスカの関係性。命の恩人、上官と部下、そして今は……とそれを探す関係性は変われども、先を歩く側と背中を追いかける側というのは変わっていない。そこに悲壮感故の健気さと、物語としての美しさを強く感じてしまう。
前日譚として語られた彼女達の過去の話は言ってしまえばすでに終わってしまった物語でありながら、スピカの原風景とフランチェスカへの憧れが深堀りされた事によってその後のジャシーナとの対決の読み応えに一役も二役も寄与していて技量の高さを感じました。
最果てを目指す宇宙飛行士ジャシーナ・ペイクォード。冷徹な反逆者という評価も、夢に向けて疾走する最後の船長という評価も、どちらも正しい彼女の姿なのだと伝わってくる強烈なキャラ性が読んでいてとても楽しい。
そんなジャシーナが自分の眼鏡に適う働きを見せたスピカをクルーとして勧誘する展開も実に面白く、彼女達の第一話としてこの上ない強烈な引きを作っていただいた。何より最後のスピカとジャシーナのやり取りが個人的にとても秀逸でした。追いつけないまま歩み続けていたスピカにジャシーナの示す答えとして完璧過ぎる。
素敵な作品の投下ありがとうございました。

294 ◆EuccXZjuIk:2025/07/04(金) 21:45:09 ID:3gCuKGLs0
予約分を投下します

295ブレイブ・ストーリー ◆EuccXZjuIk:2025/07/04(金) 21:46:44 ID:3gCuKGLs0



生きるために最善を尽くすのは、決して悪い事じゃない。少なくとも、俺こと保谷州都はそう信じてる。
だが世界がこの様じゃ、そう信じるしかなかったという方が近いかもしれない。

凍てついた窓には、もう外の景色は映らなかった。白い。只白いだけだった。壁も、床も、空も、息までも。
音は消え、空気は止まり、心臓の鼓動さえも自分のものじゃないように遠く響いた。

その家の名前は、もう思い出せない。発音もうまくできなかったし、綴りも知らなかった。
けれどそこに住んでいた人たちの顔だけは、今も脳裏に焼きついて離れない。

家長の男は、俺を“シュウ”と呼んだ。言葉は通じなかったが、笑って飯を出してくれた。
奥さんは英語の覚束ない俺を連れ出しては買い物に付き合わせ、ボディランゲージで奮闘する姿を見るのが好きないい根性したおばさんだった。
長女はアジア人の俺をどこか怖がっていた気もするが、それでも不器用に交流しようと頑張っているのは伝わった。
三人とも、もういない。世界が終わってから一年もしない内に、櫛の歯が欠けるように一人また一人と死んでいった。

最期に残ったのは、長男だった。たぶん、俺より五つか六つは下だったと思う。
最後の方はやせ細って、質の悪い病気にでも罹ったのか咳をするたびに血を吐いて、それでも気丈に笑う姿が記憶に残ってる。

まともな医療なんてものが期待出来る環境じゃ勿論なかったし、俺も自分が生きる事で精一杯だったから、自分を実の兄みたいに慕ってくれる彼が日に日に弱っていくのを黙って見ているしか出来なかった。
よく笑う奴だった。こいつだけは、最期の夜まで笑っていた。他の三人は皆泣きながら死んだのに、こいつは怖くないんだろうかと思った。

誰も居なくなった家を背にしながら、俺は自分の生き方って物を定義した。
この家に留まっていたって何も変わらないし、俺までこの人達と同じ末路を辿るだけだ。
生きるために最善を尽くす事は間違いじゃない。もっと安定した生活が送れる環境が必要だ。この際善悪に拘るつもりはない、贅沢も言うつもりはない。今日を生きる最低限の食い扶持と雪風を凌げる屋根と壁があれば、靴でも何でも舐めてやる。

せめてもの餞別に死体を家族の墓の隣に埋めてやり、別れを告げて、白い町を歩いた。崩れた看板と潰れた車の横を通り過ぎ、燃え残った建物の影で、無言の遺体たちを見送った。
知った顔が死ぬのなんて珍しくもない。そんな事でいちいち泣いたり喚いたりしていたら、この時代を生きていくなんて夢のまた夢だ。

だから俺は恥知らずに生きた。ラスベガスに拠点を構えた破落戸の王様に頭を下げて仲間にして貰い、地道に実績を積み上げてそれなりの信頼も勝ち取った。今じゃ明日の食い物に困る事はないし、その気になれば酒も煙草も人伝に仕入れられる。働きで有用性を示していたら、喧嘩を売ってくる奴もいつの間にかいなくなっていた。
あの家で糊口を凌ぐような暮らしをしていた頃とは雲泥の差だ。衣食住の保証が利いている時点で、俺は今を生きている人類の中でも一握りの幸せ者なんだろう。

それでも俺の前で凍え死んでいった四人の顔が、今も胸に残って離れない。
守れなかった命。朽ちていくのを只見つめるしか出来なかった喪失の記憶。なんでも、神禍はその人間の思想を反映して芽生える力なのだという。
なら俺はやっぱりあの人達に感謝するべきなんだろう。彼らが俺に遺してくれた“守れなかった”という心痛(トラウマ)が、今の俺の暮らしを支えてるんだから。

目を合わせれば、相手の神禍を模倣できる力。それが自分に宿っていると理解したのは、家を出て程なくしての事だった。
誰かの眼を見つめて20秒。その力で、この雪玉の星を生きる隣人を殴り倒す。時には殺す。
全人類が化物になった世界でも、他人の神禍にアプローチ出来る力は希少なのだそうだ。うちのボスの受け売りだが、実際、組織は俺をそれなりに大事にしてくれた。俺が加入した日から組織の版図が目に見えて拡大したそうなので、あながちお世辞でもないんだと思う。

いい暮らしだ。少なくとも此処にいれば、俺は明日に怯えなくて済む。
そう思っているのに、今も時々胸が痛む。死んでいった家族の顔と、最後に見たあの硝子細工みたいな笑顔が俺の心をどんな刃物よりも鋭く突き刺すのだ。

296ブレイブ・ストーリー ◆EuccXZjuIk:2025/07/04(金) 21:47:40 ID:3gCuKGLs0
守れなかった、救えなかった。俺は余りに弱くてつまらない存在だから、目の前にある失い難い命を守る事も出来ない。
俺はトラウマで飯を食っている。情けないとは思うが、じゃあ他にどうするんだよと問われたら返す言葉などある筈もなく、だらだらぐだぐだと現状維持のような暮らしを続けてきた。
だから、これはその因果に対する応報なのかもしれない。そう思いながら俺は、遂に目の前に迫ってきた死の姿を見上げていた。

「ッ……げほ、ごほ……ッ!」

みっともなく地面を転がって、泥と雪とに塗れた姿を晒す俺とは対照的に、死神は傷一つない光沢で闇夜の下に佇んでいる。

それは、まるで夜が立ち上がったかのようだった。
漆黒の甲冑に包まれた巨躯は、雪の中にあってもなお一点の白すら纏わず、全長三メートルを優に超える体躯が周囲の木々さえ矮小に見せる。
風が吹いて揺れる裾もなく、繋ぎ目すら存在しない鋼の殻が、あらゆる生物的な輪郭を殺していた。只立っているだけで空間が圧される。人の形を模してはいるが、そこに人間性の気配は微塵たりとも覗えない。

両脇を覆う肩当ては鬼面を思わせる曲面構造で、降り積もる雪すら表面で跳ね返す。
こいつには只、死の静謐だけがあった。左腰に佩かれた一振りの長刀――人間では振るえない程巨大なそれが、俺はこれから死ぬのだと無言の内に宣告している。
艶消しの黒が深く沈む機体の頭部には双眼の代役なのだろう、一対のレンズが覗いている。五感では捉えきれない、存在の根に刺さる感覚が、俺が今この化物に見られているのだという認識を御丁寧に与えてくれてた。

命の価値を秤にかけるでも、情を図るでもなく、死は只そこに立っていた。一端に積み上げてきた自負や意地が霜柱のように内側から崩れていくのを、結局俺はどうする事もできなかった。

『恐れる事はない。速やかに首を晒せ、さすれば安息は忽ちに訪れよう』

化物なら何人か知ってる。例えばうちのボス、『ハード・ボイルダー』。
ホワイトハウスを占拠した自称大統領の一派。絶対に関わるなと厳命されていた十二体の崩壊。

今俺の目の前にいるこいつは、確実にそいつらと同じ分類をされるべき生き物だ。

『一切如來攝受、臨命終時得見如來。この死は貴公への慈悲である』

ほら見ろ、何を言ってるのかさっぱり分からねえだろ。化物どもの共通項だ、どいつもこいつも話がまるで通じねえ。何やら訳の分からん理屈を独りよがりに語っては陶酔してるジャンキーに関わると碌な事がない、凍った地球を生きる上で必須の“マニュアル”だ。
全球凍結前なら見ちゃいけませんの一言で片付けられた狂人共が、今じゃ実際に百軍を蹴散らせる力を持ってるというのだから全く笑えない。

俺の神禍は、ボスが言う所の“神禍殺し”だ。厳密には違うそうだが、強力な異能を持った相手に対するジョーカーとして出られるという点じゃそう間違ってもいないだろう。
言うなれば相手の神禍を相殺出来る力で、実際条件さえ満たせればとても便利だ。何度となくこの力で命を拾ったし、信頼を勝ち取ってもきた。
けれどどんな力にも必ず弱点はある。ハード・ボイルダーの隠し札、神禍相殺の用心棒……そんな俺の力だって決して万能じゃない。寧ろ人一倍取り回しが悪いから、機能しない時は本当に全く機能しない。

今がその最たる例だ。20秒の視認を条件にする以上、当然だが相手が大人しく見られてくれる状況を整えられなければ俺は無能力者も同然なのだ。
俺だって自殺志願者じゃない。雑魚なりに抵抗は試みたし、何とか模倣するチャンスがないかと頑張ってはみたが無駄だった。
まず基本性能が違いすぎる。俺に支給された銃は一発たりとも奴の鎧を抜けず、そもそも二発目を放つ前にぶった切られてゴミになった。
普段は俺が落ち着いて相手を見れるように前線で戦う役の禍者が付いてくれてるのが殆どなのだが、勿論この状況でそんな援護など望めるべくもない。

297ブレイブ・ストーリー ◆EuccXZjuIk:2025/07/04(金) 21:49:25 ID:3gCuKGLs0
よって当然の結果として、俺は詰んだ。謙遜でも何でもなく、本当に何も出来なかった。
多分俺はこれから死ぬんだろう。神禍がまともに活かせない上、頼みの綱だった支給武器もあっさりぶっ壊されてしまったのだから、本当に打つ手は一つたりとも残っちゃいない。

『もはや常世に慈悲は非ず。苦界の出口をいざ与えん。首を出せ、小僧』

大体何だよこいつ。なんでこんな武士みたいな口調でロボなんだよおかしいだろう、鏡見た事ねえのかお前。
世界がこの状況じゃなかったらお前なんて只のイロモノ芸人以外の何物でもねえよ馬鹿。
などと毒づいてみても何も状況は変わらないし、そもそも口に出す勇気さえ俺にはなかった。

結局これが、俺の限界という事なんだろう。どんなに大仰な後ろ盾があっても、そこを削がれたら何も出来ない。
意地もない、根性もない。御大層なサーガの傍らで処理される轍の一個、過ぎた後で漸く振り返って貰えるかどうかの村人A。

死ぬのは怖くない。そんな風に思える時点で俺に言わせれば強者だ。だって世界がこの有様なのに、今まで一度だってそんな事は思えなかったから。
死ぬのは怖い。泥を噛んででも生き延びたい。死が間近に迫った今でもそう思えるしそう思う、俺には笑って死ぬなんて事ぁ出来やしない。
大切な何かを守る力もない癖に、自分が死にかけたら心からそんな祈りを捧げられてしまう俺の浅ましさが際立って思えた。

刀が振り上げられる。これが俺の首を落として、それで終わりだ。そしたら俺を殺したこいつは、もう保谷州都という人間がいた事を振り返りもしないだろう。
後悔は死ぬ程ある。今からジタバタ足掻いてどうにかなるなら何だってする。
でも、いいやだからこそ、終わりは文字通り死ぬ程静かに訪れて。救いを謳う破綻者の刃が、ギロチンの如くに俺へ落ちてくるその瞬間に――


「やれやれ。こちとらもう隠居した身なんだがね」

その終焉を食い止める、眩い陽光のような刃が、俺と死神の間に立ちはだかっていた。



◇     ◇     ◇



『――何者だ』

声が響く。旧時代のテレビ番組で用いられた加工音声のような、酷く低く響く声音だ。
鎧武者の名は霖雨。心痛を抱えながら、感情を麻痺させつつ、崩壊した世界を生きてきた青年の元にやってきた鋼の死神。
彼か彼女かも定かでない皆殺観音の剣技はすでに“技”を越えて“業”の域にある。よって保谷州都では0.1%の勝算も見込めはしなかったのだが、そんな剣鬼の一刀を、正面から剣一本で凌いでみせる男の姿があった。

「面倒に巻き込むのは止めてくれよ、ミスター。男のロマンは解る質だが、この状況じゃ唆るものも唆らないんでね」

雪煙と火花が散る中、そこに立っていたのは、まるで場違いな男だった。
無精髭を伸ばした、全体的に無造作な顔立ち。黒髪は寝癖のように跳ね、まるで鏡を見ずに適当に切られたかのようだ。何もかもを見限った人間だけが纏える奇妙な静けさが、全身から染み出ていた。

着ているのは赤い着物。ところどころに金と白の意匠が浮かんでいるが、それすらも着古されて皺が刻まれている。戦場に似つかわしくないその衣の下で、彼は右腕を懐に入れたまま動かさない。
いや、洞察力があれば動かせないのだとすぐに気づくだろう。実際、男のそれには肘から先が存在しなかった。着流しの袖が空虚に揺れ、風に煽られるたびに、その欠落が否応なく際立つ。

それでも彼は、そんな所在のない雰囲気のままに悠然としていた。凶機を前にしても眉一つ動かさず、己の左手だけで目の前の青年へ迫った死を受け止めている。

298ブレイブ・ストーリー ◆EuccXZjuIk:2025/07/04(金) 21:50:46 ID:3gCuKGLs0
「あんたは……」
「通りすがりの風来坊さ。取り敢えず今はこれで勘弁してくんな、ブランクのある体じゃ存外に骨の折れそうな相手なんでね」

男が州都の声にへらりと笑ってそう答えた瞬間、皆殺観音の躯体が跳ねた。

『さぞ名のある剣士と見受ける。手合わせ願おう』

瞬間繰り出されたのは、極限の研鑽に裏打ちされた斬撃の霖雨であった。
重力を無視した超速度の初動、質量と鍛錬を極め慣性を打開する一点突破。
観る者の視神経が追いつく前に、長剣《安居兼光》は巨体を裂く閃光となって空を裂き、寸分の狂いもなくミヤビの眉間へ収束していった。

「やれやれ、血の気の多い御仁だ。こちとら隠居人なんでね、それなりに手加減はしてくれると嬉しいんだが」

対して男は、構えてすらいなかった。
左手ひとつ、遊びのように空を撫でた軌跡から、炎が立った。瞬間、空気が音を立てずに震え、赤金の輝きが形を成す。

それは“炎の剣”だった。凍てつく大地、人を温める事すら忘れたこの星において、彼が生み出す火は唯一愛する人を焼かず、優しさの熱だけを帯びて煌めく。
しかしその火は、敵に対しては天地を焦がす殺戮の英雄剣へと変貌する。技術の粋で造られた鋼より硬く、意志によって振るわれた刃よりも速く。金色の光が、黒鉄の刃と正面から衝突した。

雪面が爆ぜた。衝撃波に土と氷が巻き上がり、押し返された空気の濁流が後方の森までも薙ぎ倒す。
火花ではない、熱そのものが散っていく。

それでも霖雨の剣は止まらなかった。観音機体と完全に同化した脳から、刃を割られぬようわずか数ミリの間隔で軌道を切り替える指令が瞬時に伝達される。
斬撃が雷撃へ、そして旋回へ。刹那に数十の変化を見せながら、霖雨の剣は最短での死へと道筋を立て、刻み、突き刺す。

『笑止。武人が互いに生死を賭して相見え、何故加減の生ずる余地があろうか』
「言うと思ったよ。本当迷惑なんだよな、おたくみたいなバトルジャンキーってさぁ……!」

男は退かなかった。右腕のないその身体で、彼は只歩を進める。
隻腕ゆえ、常人のそれとは異なる足運び、間合いの崩し。呼吸すら計算に含めた柔の所作――。

左の踵を起点に旋回。炎が蛇のようにしなり、宙を這い、霖雨の左腕をかすめた。
通常兵器では一切通らぬ黒鋼が、一瞬だけ軋む。硬度ではない。内部構造を踏まえた温度圧力制御による超臨界操作の賜物だ。
男の火は焼くのではなく通すのだ。熱伝達の極み、如何に扱えば守るべき者を守りつつ敵だけを滅ぼせるのか、という領域に到達している。

さらに間を置かず、火が弾ける。足元に奔ったのは、噴射の流れを逆手に取った推進だ。
男の身体が瞬間、空へと浮く。魔剣の補足範囲外、死角の上方へと。

霖雨が視線を追うより早く、紅の軌跡が背後に回り込んだ。
風を断つ音。斬撃ではない、触れるだけの手刀である。
けれどそれは、機体表面温度を瞬時に危険域まで上昇させる爆熱の“打撃”だった。

『――ッ』

霖雨が体勢を崩す。僅か数センチの誤差、しかしそれが不覚の産物である事は自明。
その証拠に次の瞬間、男の握る炎剣が全長数メートルもの大剣と化して皆殺観音の躯体を痛打した。

熱に焼き焦がされる程やわな作りはしていないが、それでも蹈鞴を踏んでの後退は避けられない。
微かに白煙を上げながら、地面に無様な跡を残して下がった霖雨のメインカメラが、静かに眼前の敵手を睥睨する。

その視線に対し、炎の男は言った。彼は精々中年程度の年嵩に見えたが、しかし老人のそれを思わすような、重たく緩慢な声色。

「どうだい、僕もなかなかの物だろ。これに免じて退いてくれちゃしないかい」

放たれた言葉に、霖雨はわずかに沈黙する。
分析と思案の時間。だがこの鎧武者が皆殺しを教義とする弑天の観音菩薩である以上、それに対する答えは決まっていた。

299ブレイブ・ストーリー ◆EuccXZjuIk:2025/07/04(金) 21:52:23 ID:3gCuKGLs0
『……聞いた事がある。この滅びたる常世にありて、滅亡の元凶を討たんと立ち上がった益荒男が居ると。誰もが悲嘆に染まり、明日の食い扶持にすら困窮する中で、天を伐とうと最初に唱えたのは――太陽の化身が如く、炎を相棒に立つ剣士であったと』

刀剣を構え直しながら、霖雨は隻腕の男を見据えて言った。すでに保谷州都の存在など、これは眼中に置いていなかった。
無力な者と侮蔑しているのではなく、単にその余裕がないからだ。自分の前に立ち塞がったこの剣士は、他の事に意識を割きながら相対するには余る相手だとそう踏んだ。

『非礼を詫びよう、『晴』の勇者。此処からは我も本気で之かせて貰う』

自身の正体を看破された隻腕……ミヤビ・センドウという男は一瞬苦笑し、しかし次の瞬間には眼光を鋭く尖らせた。
自嘲に浸っている暇はない。それだけの事態が、目の前の鎧武者を起点として彼を襲ったからだ。

『対人引力発生装置起動――オン・マカ・キャロニキャ・ソワカ』
「へえ、こりゃあ……!」

まず地鳴りにも似た重い脈動が、鎧武者の躯体の底から湧き上がった。機体胸部に埋め込まれた機構基盤を震わせながら、静かに詠ずる皆殺観音。
呪が発されるや、周囲の空気が逆巻く。見えざる磁力線が編まれ、空間の秩序がねじ曲がった。ミヤビ・センドウの身体に、重力とは異なる吸引の力が働く。まるで己が骨芯に巨大な鉤が掛けられたかのような感覚だ。
抗う間もなく、彼の体は前へ、霖雨の方へと凄まじい勢いで引き寄せられていく。逃れる手段はない。四肢の関節が引き裂かれそうな凄絶な重圧に軋みながら、ミヤビは苦々しく息を吐いた。

「僕も思い出したよ。君、あれか。“黒い観音”か」

だが彼は、只では引き寄せられない。
烈火。瞬時に生み出された火輪が、彼の周囲にいくつもの円環を成す。風を切り、熱を纏って彼を取り巻くそれらは、無数の盾となって迫る斬撃をいなす為の布陣だった。
次の刹那、霖雨の巨剣が閃く。人間が振るうには過剰なまでの質量を有する魔剣が、空気を圧して殺到する。

その剣雨はまず、真正面から始まった。
左、右、下段、上段、斜め、半円、反転、跳躍。ミヤビが布いたあらゆる火の仕掛けを、霖雨は一切の詭計と見なす事なく、圧倒的な斬術で屠っていく。

これが業の剣。死により覚醒(めざ)め、死を愛するに到った求道者の到達した、機械武術の極致。業とは積まれた行いそのもの。霖雨の剣技は、もはや人智の技術ではなく――遍く生命に向けられた絶死の狩獄であった。

火の奔流が、踏みつけられる。炎の壁が、易々と断ち割られる。舞う火蓮華が、只の火花に帰される。

ミヤビの眼に、僅かな焦燥が浮かぶ。
長らく戦場から離れていた身だ。自分でも言ったようにブランクがあるのは承知の上だったが、此処まで衰えているとは思わなかった。両腕を揃えたかつての自分であれば、更に多重の火術を複雑怪奇に展開できたろうに。

「つくづく、あんな所でくれてやるんじゃなかったな」

歯牙を食いしばる。神禍の火が尾を引き、巨大な斬撃の軌跡を寸前で逸らせつつ、両足に火力を集中させる事で足元の氷雪を焼き溶かして、引力に抗う為の杭にする。

老獪さすら感じさせる的確な対応だったが、それでも防戦一方なのは変わらない。
守りに徹さねばならないという時点で、皆殺観音の殺陣と向き合うには役者が足らないと言わざるを得なかった。他の誰よりも、空の勇者の発起人として第一線で戦ってきたミヤビ自身がそう自覚している。

辺りの雪が過熱した空気の奔流に融解し、気化し、咽ぶほどの湿熱として立ちのぼった。
その中心にあるのは、紅蓮の奔流を纏った隻腕の剣士。太陽の化身のように輝きながら、在りし日のように剣を握って立つかつての“勇者”がそこにいる。
彼の周囲に展開された五輪の火輪の主用途は確かに守りの結界だったが、同時にこれは外からの侵入を防ぐのではなく、内からの爆発を制御するための枷の役目も秘めていた。

『ほう』

生み出した熱を漏らす事なく結界の内側で循環させ、洗練させて研ぎ澄ます。あらゆる方向への広がりを拒絶され、質量としての輝きを持ち始めたそれは、もはや火というよりも爆発そのものに近かった。
自然界にあってはならぬ均衡を持ち、爆ぜれば遍く闇を照らし奉るだろう臨界の閾。

300ブレイブ・ストーリー ◆EuccXZjuIk:2025/07/04(金) 21:53:20 ID:3gCuKGLs0

崩れかけた足並みを刹那で立て直し、膝を曲げ、旋回しながら全身を傾けて、遂にミヤビ・センドウは守る事をやめる。

『この間合いでさえ、我が装甲の内に届く熱を用立てるか。晴の勇者、ミヤビ・センドウ』
「十二崩壊でもない野良の殺人鬼に舐められてたら、流石に勇者の面目立たんでしょうよ」

ミヤビが最後に前線に立ったのはもう一年以上も前の事だ。
ブランクは彼の腕を鈍らせていたが、それでも培ってきた経験は裏切らない。

「売ったのは君だ。せめてウォームアップに付き合って貰うよ、機械人形君」

よってこの瞬間、戦況は煌めく炎に彩られながら変転した。太陽の紅蓮が氷原を引き裂きながら、悪なる暗黒を切り払わんと流動する。
霖雨が自分で言った通り、ミヤビの炎は武者の装甲をさえ越えて届く熱を宿している。黒観音の神禍は『即死即空皆殺観音(ヴァルシャイシューヴァラ)』。生体組織とその五感と同化して成り立つ鎧は言うまでもなく非常に堅牢であり、現に霖雨は世を覆う寒気の波にも何ら影響を受けていない。
そんな剣機にさえ熱さを教える、天照の輝き。直撃すれば如何にこの死神でも只では済まないと揺蕩う熱気が告げていた。

『貴公らの逸話は聞き及んでいる。敬意を評して、その生き様に慈悲を与えよう』

対する皆殺観音・霖雨は、不退転の字を体現するように進撃する。
そこに戦略も策謀もない。雪と炎を踏みしめ、装甲越しに危険信号(アラート)をかき鳴らす熱にも一切臆する事がない。

古今あらゆる戦場において、言葉とは交渉であり、時として威圧の手段である。だが霖雨の放つそれには、そのどれもが存在しない。只一つ、殺意の宣言としてのみ使われる。語彙も文法も彼にとっては単なる死の御告げに過ぎず、その内に込められる意味は只“殺す”の一点に集約される。

『秋津弑天流――火不能燒』

刃が閃く。焼死を免れるという功徳を殺人剣に変換した弑天の奥義が、炎の幕を縫って疾走する。
文字通り、炎をすら斬る技だ。ミヤビが展開しては放つ火炎の波を、信じ難い事に霖雨は薄膜のように引き裂いていた。

踏み込む事すら困難な火災の渦中に、無骨な機械音を奏でながら割り込んでいく皆殺観音。
瞠目して然るべき光景だったが、晴の勇者はすでに十二崩壊を知っている。永久の凍結を展開する魔王や、腕の一振りで百の兵を粉々に粉砕する金獅子、生物としての常識が一切通用しない我儘姫。そうした鬼神達と身を挺して鎬を削ってきたミヤビが、今更これしきの不条理を前に怯む道理はなかった。

左足を軸に翻り、右足の踵を削るように踏み込む。隻腕の身体が流れるように軸をずらし、炎の軌道を転回させる。
赤金の剣閃が、迫る黒金と対になるように軌道を描く。軌跡の先で螺旋が形成され、生まれた炎が重力を帯び、螺旋状に敵を締め付ける束縛と化す。

『ぬ……』

霖雨が一瞬、動きを止める。これを好機と見、ミヤビは剣を水平に突き出した。これを受けて皆殺観音は初めて、その無機質な機体から驚愕らしいものを覗かせる。
恐ろしいまでの速度で放たれた剣は、これもまた、無策に受ければ『即死即空皆殺観音』の外装すら砕かれる次元の攻撃だ。
空の勇者が十二崩壊に敗走してから数年。それだけの時間と、隻腕というハンデが横たわっている筈なのにも関わらず、ミヤビ・センドウという男の力量はそれでも隔絶した域にあった。

「もう一度提案なんだが、この辺にしとかないかい」
『異な事を言う。我はその思想を解せないが、勇者というからには世界を救える手立てとやらに喜んで飛びつくべきではないのか? 貴公程の腕があれば、我など決して敵わぬ相手ではなかろうに』
「それはそうなんだがね。僕はもう勇者を辞めた身だ。救済がどうとか、そういう話にはもうそれほど興味がないんだよ。かと言って目の前で殺されかけてる若者を見過ごすほど腐りも出来ないもんだから、適当なトコで手打ちにしようって話さ」

片腕で放たれるとは思えない威力に舌を巻きながら、それをおくびにも出さず霖雨は剣を振るい、火花を散らす。
その光景を蚊帳の外で見つめるしかない保谷州都は、只固まっていた。

301ブレイブ・ストーリー ◆EuccXZjuIk:2025/07/04(金) 21:54:30 ID:3gCuKGLs0

なんだこれは。これが本当に、人間同士の殺し合いなのか?

州都はラスベガスの王、ハード・ボイルダーに仕える用心棒だ。荒事など数え切れない程経験させられたし、どちらかが死ななければ収まらない戦いというのもそれなりに覚えがある。
しかしそんな経験など、この島では何の役にも立たないだろう。ボスのように戦闘向けの神禍を持っていて、何事にも恐れを抱かない強い心があって初めて土俵に上がれる。少なくとも自分のような凡人は、此処では只死を待つ弱者以外の何物でもないのだと理解した。
彼に出来たのは腰の抜けた格好のまま、押し寄せる暴風にも負けず二人の戦いを見つめ続ける事だけ。

「悪い話じゃないだろう? 正直、今更命を懸けた戦いなんてしたくないんだ。だから君が物分かりよく矛を収めてくれるなら、それが一番助かるんだが……」
『断る』

へらりと笑って言うミヤビに返されたのは、重々しい拒絶と、此処に来てまた一段と加速した巨剣の閃きだった。

『貴公の信念の在処がどうあれ、我のすべき事は一つ。神も仏も見棄てた星に残された唯一の菩薩として、まだ永らえている命の全てを鏖殺す。
貴公のとは異なる動機だが、我もまた救世主の降臨を必要としていない。死とは尊い結末(おわり)であり、抗おうという発想自体がずれている』

全く狂っているとしか言い様のない理屈だったが、それこそが皆殺観音の掲げる救済論だ。
先細り、未来のない星において、死とは唯一まだ万人に許されている救いの形である。

『よって我は貴公も、そこの青年も此処で葬ろう。こうしている今も誰かが苦界の中で喘ぎ続けているのだから、そう時間をかけてはいられない。この島で呼吸を続けている全員を救った後にでもゆっくりと、星の行く末に思いを馳せる事とする』
「そうかい。そいつは残念だ」

州都は、心臓が跳ねる感覚を覚えた。自分の非力を改めて嫌という程思い知らされている形だが、ウジウジやっている暇はない。
自分に背を向けて立つ隻腕の剣士が、炎を操作して送ってきたサイン――決行の合図を認めるなり、彼は皆殺観音を写す鏡になった。

「なら望み通り、君は此処で僕達が討とう」
『……ッ、これは……』

再びの驚きに、霖雨の声が乱れる。両足が勝手に動く、機体そのものがミヤビの方へと、正確には彼が守っている青年の方へ引き寄せられていく。
驚くのも当然だった。霖雨はこの現象の正体を知っている。これは引力、それも特定の標的だけを狙って引き寄せる対人用の現象だ。
皆殺観音の特権である筈の引力操作の神禍が、まるで鏡に写したように、他でもない自分自身を襲っている。

「それと。言い忘れてたんだが、僕は勝てるならやり方には固執しないタイプでね。特に、人に頼って勝つ事には全く躊躇がないんだよ」

保谷州都の神禍『模倣(ミラーコード)』。20秒目を合わせる事を条件に、睨んだ相手の力を模倣する。
霖雨は機械だ。眼球などという部位はすでにメインカメラに置き換えられているから、州都は例外的に“目を合わせる”という条件を無視する事が出来た。それでもこの黒武者相手に20秒も視認を続けるなど生半可な難易度ではないが、そこを助けたのがミヤビ・センドウ。

彼は戦いが始まるなりすぐに、敵に気取られないようにして州都へサインを送っていたのだ。
どうやって州都の神禍を把握したのかは謎だったが、彼の正体があの『空の勇者』の一員だと知って納得がいった。
州都は今日まで彼らと会う事も、彼らが戦っていた十二崩壊の生き残りと出会う事もなく生きて来られたが、それでもその奮戦については聞き及んでいる。希望のない世界で、勇者達の物語は人々にとっての数少ない娯楽だった。

302ブレイブ・ストーリー ◆EuccXZjuIk:2025/07/04(金) 21:55:24 ID:3gCuKGLs0
空の勇者。禍者の最上位といっていい崩壊達と最前線で戦い続けてきた戦士達。
積んだ経験も持っているノウハウも、州都のような少し戦いを知っているだけの禍者とは段違い。
仕草や様子など、彼らだけが持つ幾つもの判断基準があるのだろう。だからミヤビは州都が“一対一の戦闘では事実上発動出来ない”神禍を持っていると見抜き、同意を得る事もなく勝手に作戦の一つに組み込んでしまえたに違いない。

「手を払ったのは君だ。悪いが、このまま勝たせて貰うよ」

州都が模倣した引力で歩法を崩された霖雨の動きは、目に見えて歪んでいた。数多くの戦闘経験を持つ皆殺観音も、流石に自分の神禍に苦しめられるのは初めての事だったのだろう。
その好機へ、ミヤビは炎を纏いながら踏み込んでいく。

「天照――」

腕の数は減ったが、それでも『晴』の勇者は強い。これまで彼がその活躍で示してきた事実の総決算として、握った炎(つるぎ)が巨大に膨張し、雪夜の暗黒をも吹き飛ばす光の一刀と化す。
晴の勇者が持つ最大の炎。誰も倒せないと思われた十二崩壊の魔徒を、この世で最初に消し飛ばした東照大権現だ。

苦し紛れのように霖雨が飛ばしてくる斬撃を火輪による防御でいなしながら、かつての勇者は死を夷す一刀を放たんとした。

『重ね重ね、貴公にはとんだ非礼を働いてしまったらしい』

だが――

『我が身で味わい初めて解った。侮られるというのはこうも不快な物か』

重低音の声が響いた途端に、決まりかけていた趨勢が再び逆転する。

「っ……!」

州都が模倣し、放っていた対人引力のお陰で崩れていた霖雨の剣陣が、夢から醒めたように本来の冴えを取り戻した。
引力の鎖から解き放たれた皆殺観音の魔剣が閃き、走るミヤビの左足を膝の部分で切断する。歩みを止められ、凋む炎。

ミヤビは瞬時に何が起こったのかを理解したが、州都がそれを理解するのは彼に一瞬遅れての事だった。
だがその分、彼を襲った失意は大きい。

「……くそ! なんで、こんなに、俺は……!」

保谷州都の神禍は、決して強力なものではない。ハード・ボイルダーが頼りにするのも肯ける稀少な力ではあるものの、カラクリ自体はとてもじゃないが、ワイルドカードと呼ぶには能わない程度の代物だ。

厳しい発動条件も然る事ながら、真に拙いのは、仮に模倣を成功したとしてもオリジナルには決して及べない事だ。
言うなれば劣化コピー。コピーした神禍はあくまで借り物であり、その精度も出力も、決して本人が扱うそれには届かない。

それでも、今まではこれが原因でしくじる状況に遭遇する事はなかった。
神禍とは禍者にとって、自分の思想や人生を反映した存在証明だ。決して侵されない筈の唯一無二を素知らぬ顔で真似されて、動揺もなく打ち破りにかかれる人間はそうそういない。
つまるところ州都は、知らなかったのだ。異能を持っただけに留まらず、心まで人間の範疇の外へ踏み出した化物と遭遇した経験がなかった。王に阿り手に入れた仮初の平穏が、因果へ対する応報のように彼の首を絞める。

霖雨がやったのはそう特別な事ではなかった。只単に神禍の出力を全開まで引き上げ、州都が自分に放ってくる引力を無力化しただけだ。
如何に州都のが劣化コピーといえども、真正面から打ち破るのは決して容易ではないのだが、そこは皆殺観音が強かったという結論になる。

弱さを嘆く州都には目もくれず、黒い鎧武者の巨躯は重さをまるで感じさせない速度で奔り、魔剣の刀身を振り抜いた。隻腕の上に隻足にされたミヤビに、態勢を立て直す余暇などあろう筈もない。よって無情に、勝負の結果は顕れる。



◇     ◇     ◇

303ブレイブ・ストーリー ◆EuccXZjuIk:2025/07/04(金) 21:56:33 ID:3gCuKGLs0



晴の勇者が、一つだけになった膝を突いていた。
口元は笑みを浮かべていたが、空元気である事は明白だ。彼の胸に刻まれた一筋の刀傷と、そこから止めどなく溢れ出す血糊がその事を証明している。

「……悪いね、格好悪い所見せちまったな」

州都はその言葉に対し、何も言えない。言える筈がない。この状況を招いたのが自分の非力である事は、彼が一番解っているから。

「気に病む事はないよ、これは僕のミスだ。やっぱり前線を離れてると勘も鈍るね」
「……ッ!」

空の勇者――それは人類の希望。彼らが敗れた話は知っていたが、その噂が耳に入るまでの間、どこかで勇者達が世界を救ってくれる可能性を夢に見ていた事は否定しようもない。
保谷州都はそんな淡い希望に思いを馳せる、脆弱な民衆の一人だった。だからこそ、自分の視界で膝を突くミヤビの姿を直視出来ない。
自分の体たらくのせいで片足を失い。切り刻まれ、素人目にも致命と分かる出血を垂れ流しているその姿を素知らぬ顔で受け流せるほど、州都は異常な神経の持ち主ではなかった。

「時間稼ぎは請け負うから、出来るだけ遠くまで逃げなさい。流石に此処から先は、君を守りながら戦えるステージじゃなさそうだ」
「……けど、あんたは」
「いいよいいよ、どうせ死にながら生きてるようなもんだったからな。夢を壊すようで申し訳ないけど、空の勇者(ぼくら)はもうとっくに終わってるんだ。見ての通り僕はもう、あの頃みたいには戦えない。体も心も折れちまったんだよ。たとえ今こうならなくても、遅かれ早かれ無様に死んでただろうさ」

事の当人にそう言われてしまえば、州都としてもこれ以上何も言えなくなってしまう。
この状況を招いたのは間違いなく自分の弱さが原因であり、それさえなければかつて希望と密かに仰いだ男が死に体に陥る事はなかった。
なのにミヤビは州都を責めるでも、恨み言を言うでもなく、さっぱりとした様子で、引き続き彼と霖雨を隔てる防衛線として仕事し続けていた。

「只、逃げる前に少し聞いてくれ。この島には、雨の勇者――ルーシー・グラディウスという女がいる。ちょうど君くらいの年の若いコだ」

その名前は、勿論州都も知っている。空の勇者の生き残りは、今やミヤビと彼女だけ。勇者パーティーの中では最年少ながら、発起人であるミヤビに何ら劣らない武功を重ねた若き英雄。

「もし君があのいかがわしい修道女の言う事に従いたくないと思ってるなら、彼女を頼るといい。未熟なところこそあるが、僕なんかよりよっぽど信頼できる『勇者』だ。きっと力になってくれるだろう」

『雨』について語る『晴』の声色には、彼自身把握しているのかいないのか、感傷とも郷愁ともつかないものが乗っていた。
それもその筈。『雲』も『雷』も死に絶えた今、残っているのは彼ら二人だけだ。
娘のように可愛がっていた少女が、人類の勝利の光景を見る事もなく失意に沈む。そういう結末しか用意してやれなかった事実に、ミヤビ・センドウが何を思っているかは彼以外知る由もないものの、少なくとも無感情でない事は州都に彼女の名を語る声へ宿る色が物語っている。

「そして伝言を一つ。背負わせてしまってすまないと、余裕があったら伝えておくれ」

腐っても勇者は勇者。膝から先を失った左足を宙に遊ばせながら、ミヤビ・センドウは立ち上がる。
片腕がなく、片足もないその姿は全盛期を知る者なら嗤ってしまう程に不格好。なのに寧ろ、足を失う前の先程以上に冴え渡って見えるのは何故だろう。これまで心の深淵に沈んでいたかの日の闘志が、煮え立つ炎と共に浮き上がってきていた。

獣は手負いが最も恐ろしいとはよく言ったもの。それが獣でなく、意思をもって立ち上がったかつての勇者ならば脅威度は無論比にならない。

「――行きなさい」

そう言われた瞬間、州都は弾かれたように走り出していた。ひぃ、はぁ、と情けない息遣いを漏らしながら遠ざかっていく気配を背に、ミヤビは小さく息を漏らす。

304ブレイブ・ストーリー ◆EuccXZjuIk:2025/07/04(金) 21:57:54 ID:3gCuKGLs0

「ありがとよ。意外と義理堅いんだね、まさか待ってくれるとは」
『詭道は好まぬ。それに、そんな目で見据えられては逃げる鼠を追う気など失せるというものだ』
「はは、買いかぶり過ぎさ。……もしそう見えるんだったら、やっぱり僕はとんだ馬鹿野郎だよ。火が点くのが遅すぎる」

ミヤビの言動は軽々しいものだったが、霖雨は彼に対する警戒をより一層深めねばならなかった。
強くはあってもどこか覇気に欠けた、言うなれば老人のように萎びた闘志しか放っていなかった晴の勇者の眼球に、今は立ち塞ぐ者を皆食い殺さんとする獅子の威圧が宿っている。いや、戻ってきているというべきか。
片足まで失って立つ姿は出来損ないの案山子を彷彿とさせる惨めなものであるというのに、その欠けた佇まいが最も恐ろしく見えるのは何の冗談だろう。

「じゃあ……やろうか」

日輪の刀身が高熱で形を失い、刃の代わりに柄から伸びるのは巨大な炎の竜だった。
州都を巻き込む可能性に配慮する必要がなくなった以上、ミヤビ・センドウはその神禍を全霊で扱う事が出来る。

ミヤビの熱により、彼らが戦っている周囲一帯は氷河期だなどとは信じられない程の有様に変わっていた。雪も氷も溶け切って、水分さえ蒸発して残らないから、辺りに広がるのは只の荒野だ。
空の勇者が壊滅して数年。もう二度と見られる事もないと思われた、晴の勇者の全力がこれから炸裂する。

これでも全盛期には遠く及ばない程度の熱量というから恐ろしかったが、皆殺観音は恐れという感情を知らない。

『之くぞ、晴の勇者。我が剣の真髄、確と味わって眠るがいい』
「勝った気になるのはまだ早いよ、若いの。あの四人の中じゃ僕が一番強かったんだぞ」

構えられる晴の剣。それを迎え撃つのは、救いと称して死を振り撒く黒鉄の剣。

『オン・マカ・キャロニキャ・ソワカ――』
「日の出の刻だ。来たれ大神――」

引力がミヤビの体を最高出力で引き寄せる。抗おうとすれば全身の骨が砕け散る程の威力だったが、今更見苦しく藻掻いてやるつもりはなかった。寧ろ相手の方から招き入れてくれるのだから好都合だとばかりに、勇者は熱を高め上げながら疾走する。
対して霖雨は、静謐のままに構えを取っていた。秋津の剣は天をも弑する殺人剣。時代の流れと共に本来の意味は失われ、今ではその名が残るのみだが、死に通じ悟りを開いた求道者は自然の流れとしてその真骨を解している。

日輪の竜が焼き尽くすか、観音の剣が切り伏せるか――決着は一瞬の内に訪れる。

『――秋津弑天流・不生於惡趣』
「――天照・大日光貴ッ!」

水蒸気爆発すら引き起こしながら二人の禍者は激突し、世界は光と衝撃に包まれた。



◇     ◇     ◇

305ブレイブ・ストーリー ◆EuccXZjuIk:2025/07/04(金) 21:58:34 ID:3gCuKGLs0



『……恐ろしい男だ。生涯一の難敵だった』

切り伏せた男の躯を見つめ、皆殺観音はノイズのかかった声で評した。
倒れているのはミヤビ・センドウ。あれ程の激突であったというのに死体は綺麗な物だったが、それでもその胴に刻まれた傷は、彼の体にもはや命が宿っていない事を示すには十分過ぎる。
勝ったのは霖雨。晴の勇者は皆殺観音の凶刃に倒れ、此処に一つの伝説が沈んだ。

『惜しい物だ。貴公にもしも二本の腕があったなら、結末は違ったろうに』

だが勝者である霖雨の躯体にも、戦いの壮絶さを物語る破壊が刻まれている。
機体の右半分が消し飛び、残った箇所も装甲が所々融解し、内部の配線や基盤が露出している状態だ。『即死即空皆殺観音』に自己修復の機能が内蔵されていなかったなら、ミヤビはこの殺人者を見事討ち取れていた事になる。

全ては巡り合わせ。ミヤビが隻腕でなかったなら、もっと早くあの頃の志を取り戻せていたなら、きっと結果は違った筈。
或いはそれは、彼ら勇者の冒険がすでに終わっている事の証明なのかもしれなかった。十二崩壊を倒しきれず、世界も救えなかった敗残者達に、もはや天は微笑まないのか。

『今追えばまだ間に合うだろうが……危険が勝つか』

それでも、ミヤビ・センドウは保谷州都の事だけは守り通した。霖雨は生きているがこの通り健在とは言い難く、機体の修復が完了するまでにはまだ多少の時間がかかる。
よって皆殺観音は、州都に追い付けない。ミヤビが剣を握った理由が彼を生かす為だったとすれば、命こそ失えど、晴の勇者は最後に懐かしい勝利の味を覚えながら逝けたのだろう。

空の勇者を組織し、誰も果たせなかった人の手による十二崩壊打倒を成し遂げた稀代の英雄――『晴』の勇者、ミヤビ・センドウ此処に死す。残る勇者はあと一人。人類の希望はもう彼女だけと嘆くべきか、それとも。



【C-2・平原/1日目・深夜】
【霖雨】
[状態]:機体半壊(修復中)
[装備]:『安居兼光』
[道具]:
[思考・行動]
基本:皆殺し
1:機体を修復し、殺戮を再開する。
[備考]



◇     ◇     ◇

306ブレイブ・ストーリー ◆EuccXZjuIk:2025/07/04(金) 21:59:37 ID:3gCuKGLs0



――第十二崩壊。それが司った滅亡の形は、『終末』だった。『姫』とは違い、恐怖で人を破滅へ走らせる最終番号(ラストナンバー)。

人間離れした敵ならゴロゴロいたが、奴は真の意味で人間じゃなかった。第十二崩壊はゴグだったのだ。牛の頭を持つカソック姿の怪人に意思らしいものはなく、今となってもあれにどんなバックボーンがあったのかはまるで解らない。
更に言うなら神禍もそうだった。一応の推測は立てて臨んでいたものの、全員どこか釈然としない物を感じながら戦っていたように思う。

『第十二崩壊に囁かれた者は必ず発狂する』。誰も彼もが強固な終末思想に取り憑かれ、自他問わずあらゆる命を奪おうとし始める。そんな有様なのに何を言われたのかは口が裂けても言おうとしないし、実際どんな尋問も全く意味をなさなかったらしい。
いわば他者を発狂させる何事かを理性なく囁いて回る、悪魔のような存在だ。神禍は精神汚染だと推測されたのも仕方のない話だった。

実際あの牛頭が暴れていた地域は酷いもので、終末論と集団自殺のメッカと化していた。こうなるともうどっちが悪なのか分かったもんじゃない。自分達を死に至らしめようとする第十二崩壊を守るために民が僕らに向けて武装蜂起し、正気のフリをして寝首をかこうとしてくる地獄絵図だ。僕は右腕を失くす程度で済んだが、『雲』は勇者として致命的な“守るべき者達への不信感”を植え付けられた。


誰もが、崩壊の予兆を感じ取っていた。それでも第十二崩壊との決戦を引き伸ばすわけにはいかなかった。
今でも後悔してるし、夢にも見るよ。要するに僕らに足りなかったものは、少数の犠牲を許容する利口さだったのだろう。


まず、『雲』が発狂した。守るべき民に殺意を向けられる状況に心をすり減らしていたあいつは、第十二崩壊から何かを聞かされたらしい。
制止も聞かず、血涙を流して絶叫しながら突貫したパーティーいちの知恵者は、次の瞬間には肉片同然に引き裂かれていた。『雷』に続いて二度目になる、しかし一度目とは比にならない程あっさりと訪れた離別を嘆く暇もなく、今度は『雨』に矛先が向いた。

鼓膜を潰せと、僕は叫んでいた。『雨』は即断してくれたし、そのおかげで最悪の事態だけは免れたが、戦闘の最中に自ら聴覚を手放した代償は大きく、彼女もやがて魔獣の猛攻の前に沈んだ。

そうなれば後は単純で、全身を血まみれにしてか細く呼吸する『雨』にとどめを刺そうとする第十二崩壊と僕の一騎打ちになった。
幸い、『雨』と二人で与えたダメージはちゃんと蓄積していた。そうでなかったなら隻腕の僕では、相討ち覚悟で挑んだとてあの戦いに勝利する事は出来なかっただろう。
重傷を負いながらも最大火力の太陽剣を叩き込み、牛頭の心臓を貫いた。確実に殺った手応えがあったし、そうでなかったら僕はこの場にいない。仲間の犠牲と多くの痛みを背負いながら、辛くも終末の崩壊を討ち果たした――裏を返せば、油断していた。


『 ■■■■■■■■ 』


心臓を貫かれながら、牛頭のゴグが囁いた。僕は、それを聞いてしまった。『雨』に耳を潰させておいてよかったと、撹拌される自我と去来する絶望の中でそう思った。
『雲』のように発狂せず済んだ理由は解らないが、死に行く第十二崩壊が最後に遺した悪意だったのかもしれない。もしかすると逆に、あれなりに何かを思っての事だったのかもしれないが、今となっちゃ知るすべもない。
負った手傷の出血で意識を失い、目が覚めた時には全てが終わっていた。空の勇者も、人類の未来も、僕の心も。

僕は膝を折った。今まで何があろうと見失う事のなかった戦う意思というものが、情けない程ぽっきりと折れてしまっていた。
『雨』は何度も理由を問い質してきたし、僕も何度か打ち明けようとしたものの、口にしようとすると声が出なくなる。その度に僕は、この右腕を奪った市民達が何故ああも狂っていたのかを思い知らされた。
絶望を抱えていながら、この世の誰ともそれを語り合って共有できない。それがどれ程孤独で苦しいものか――あの頃の僕は知らなかったんだ。

307ブレイブ・ストーリー ◆EuccXZjuIk:2025/07/04(金) 22:01:35 ID:3gCuKGLs0
第十二崩壊の神禍は多分“予言”だ。僕の知る『宣告者』のとは違って、奴はやがて世界に訪れるたった一つの未来だけを、壊れたラジオのように吐いて回っていたのだ。
僕はそれを聞いてしまった。聞いて、折れた。剣を握る意欲も、世界を救いたいという願いも、綺麗さっぱり萎えてしまった。
空の勇者崩壊の真相はそんな所だ。発起人のミヤビ・センドウが勝手に折れて、もう戦えないよと投げ出して、僕らのサーガは打ち切りに終わった。

二度と表舞台に立つつもりはなかった。心が折れていたのもそうだが、全てを投げ出した男がいけしゃあしゃあともう一度勇者をやるなんて身勝手は許されないと思うだけの常識は、砕けた心にも残っていたから。
だから耳を塞いだ。自分を探している人間がいるという話を聞いても、へらへら笑って聞こえないふりをした。

そんな男の最期としては、これでもきっと上出来な方だろう。格好良く再起こそ出来なかったが、それでも最後に“らしい”事はしてやれた。
正直、戦ってて泣きたくなる程懐かしかったよ。無鉄砲な旅をして、お偉いさん方の胃を痛めに痛めて、戦果を誇りながら皆で勝利の宴をやった、もう戻らないあの頃の事が懐かしくてしょうがなかった。


悪いね、『雨(ルーシー)』。君には散々迷惑かけたのに、また君を置いていっちまう。

君が僕を探してる話、何度も耳にしたよ。君は知らないだろうけど、一回だけ僕が滞在してる村を当ててた事もあったんだぜ。
居留守を決め込んだのは本当にすまないと思ってる。合わせる顔がなかったんだ。何もかもへし折れてグズグズになった身でも、せめて妹分の頭の中でだけは格好いい自分のままでいたかったんだよ。お調子者は相変わらずですねって笑う声が聞こえてきそうだけどさ。

僕は多分、勇者の器なんかじゃなかったのだと思う。あの時、牛頭の言葉を聞かされたのが僕でなくて君だったなら、案外死ぬ程凹んだ後に顔を上げて、全て知った上で勇者をやり通していたのかもな。

僕らの中じゃ、多分君が一番英雄だった。悪を倒して善を助け、何度挫けても立ち上がり続ける不屈の信念ってやつを持っていた。
死んだ『雲』と『雷』にどの口で言ってやがるってシバキ回されそうだけど、お調子者の放言って事で話半分に聞いてくれ。

空の勇者は崩壊した。言い出しっぺの『晴』はこの通り腑抜けになって、残ってるのはもう君だけだ。
それでも君なら、僕らが辿り着けなかった何かを成し遂げられる。そう信じて、僕は此処で死のう。
僕の事なんて記憶に残さなくてもいい。もうわんわん声をあげて泣く程子供でもないだろうし、あの屑カスの役にも立たねえなって中指でも立ててくれれば餞としちゃ十分さ。君は只君のままで、君に成せる事を成して欲しい。きっとそれが、このどん詰まりの世界を前に進める何かになる筈だ。

つくづく無責任な発言と承知で言うけど、実のところ、そんなに悔いはないんだ。負け犬に出来る仕事は果たした。そして此処には君がいる。ならこれ以上、何を不安に思う事があろうか。
唯一悔やんでるのは、最後の最後まで君に報いてやれなかった事だ。これだって所詮は只の独り言で、君の耳に届く事はない訳だし。

その上で言おう。何の意味もない遺言と百も承知で、恥も外聞もなく君へ遺そう。
真の勇者は君だ、ルーシー・グラディウス。自分で始めた虚勢も最後まで張り通せなかった情けない男だけど、『空』の名は君に託す。そうだな、だから――



(勝てよ、ルーシー)



【『晴』の勇者/ミヤビ・センドウ 死亡】



◇     ◇     ◇

308ブレイブ・ストーリー ◆EuccXZjuIk:2025/07/04(金) 22:02:27 ID:3gCuKGLs0



息を切らして、この寒い中で汗まで垂らして、俺は走っていた。
あの化物が追ってきている気配はない。それに安堵を覚える自分の情けなさにすら腹が立って、胃の中身を全部吐き出してしまいたかった。

『晴』の勇者が、俺を守るために死んだ。最後まで見届けた訳じゃないが、俺だって禍者達の命のやり取りは相当な数見てきている。
だから解るのだ。勝つにしても負けるにしても、ミヤビ・センドウは絶対に死んだ筈だ。あの傷では生き延びる事など不可能だし、手当ての出来る人間を逃がしてしまったら万に一つの奇跡も起こる余地はない。

空の勇者の生き残りが、何を思ってその後の世界を生きてきたのかなんて解りやしない。確かなのは、あの人が生きていたならきっと大勢の命を救えただろう事だ。
誇張でなく、儀式の元締め達を打倒して、この殺し合いを終わらせていた可能性だってあるだろう。
その可能性を、あの人は俺ごときの為に投げ捨てたのだ。俺が、『晴』の勇者の再起という誰もが望む未来を断絶させたのだと遅れて実感が込み上げてくる。

この時代を生きていく上で最も不要な物は、つまらないプライドだ。
矜持、沽券。誇りや自負。そういう物に固執する余り雁字搦めになった人間は、俺の知る限りほぼ間違いなく早死にしている。例外はボスのような、自分の力で迫る現実をどうとでも出来るごくごく一部の人種だけ。
それなのに俺は、殺し合いたくないと考えてしまった。ハード・ボイルダーの飼い犬らしく、変な色気など出さずに小狡く目の前の勝ちを狙っていればよかったものを、事を荒立てずに世界を救って貰える可能性はないかと都合いい夢を見てしまってた。

だからこんなに心が痛いのだと思うと、自分の馬鹿さ加減に頭が痛くなってくる。何も考えず、チンピラ崩れの小物らしい無鉄砲を選び取れていたのなら、きっとこの最悪な気分を味わわずに済んだのだ。 ミヤビ・センドウに託されたあの言葉もさっさと胸の外に追いやって、綺麗に切り替えられていたに違いない。

奴が俺に言い残した名は、『雨』の勇者、ルーシー・グラディウス。三つの天候が滅んだ今、生き残っている唯一の空色。

「俺は……」

俺は、どうすればいいのだろう。忘れるのか? それとも雑魚のハンパ者なりに勇者の系譜を追って、今度こそ何かになろうとやってみるのか。
答えを出せないまま、俺は走り続けていた。足がもつれて転び、ガキみたいに膝を擦り剥きながら、口内に溜まった唾液を吐き捨てる。

自分がどんな顔をしているのかは、考えたくもなかった。



【保谷州都】
[状態]:疲労(中)、精神的疲労(大)
[装備]:
[道具]:支給品一式(武器なし)
[思考・行動]
基本:生き延びる。だが、殺し合いは……
1:今は逃げる。その後は……?
[備考]
※支給された銃は破壊されました。

309 ◆EuccXZjuIk:2025/07/04(金) 22:02:50 ID:3gCuKGLs0
投下を終了します。

310名無しさん:2025/07/06(日) 00:07:16 ID:BndcXqqo0
投下乙です。
約50人の中で初の死者として、残り二人となった勇者の片方を選んだことの重みを感じさせる一作。
世界を救えたかもしれない英雄で、そうなれずに挫折した敗北者だからこそ、若者に未来を託す先達としての役目を担ったミヤビの最後の武勇伝、読み応えは抜群。
喋る破壊兵器のようで武人としての礼節も見せて株を上げる霖雨、取るに足らない命と自覚しながら救われてしまい葛藤する州都の配役も見事です。

311 ◆NYzTZnBoCI:2025/07/08(火) 00:30:42 ID:XNYc9pMQ0
投下乙です!
ミヤビの作成者です、このような素敵な作品を書いて頂いて本当に光栄です。
自分の中でのキャラクター像と一致していて、空の勇者の顛末や第十二崩壊のことについても詳しく掘り下げていただいて作成者冥利に尽きます。
かつての英雄が生きていれば儀式の打破も可能だったかもしれない。ブランクが無ければ勝てていたかもしれない。もっと早く火がついていれば霖雨を倒せていたかもしれない。
なまじそんな「可能性」があったからこそ、ミヤビが諦めてしまった事の重大性が突きつけられているような気がして切なくなりますね。
しかし、ミヤビ自身が述べているように最後に「らしいこと」が出来たことはきっと恵まれているのだと思います。
全てを投げ出してしまった人間が残されたたった一人の勇者にあとを託す。一見勝手と思われても仕方ない行為も、彼なりの勇者らしさなのでしょうね。

>「勝った気になるのはまだ早いよ、若いの。あの四人の中じゃ僕が一番強かったんだぞ」

この台詞めちゃくちゃ好きです。
年季の感じる佇まい、言動がとても刺さりました。

そして霖雨の無機質に見えて武士然とした言動も好き。殺戮マシーンではなく、強者に敬意を払い州都を見逃すところとか無感情とは思えない。
その州都も、自分が勇者の可能性を潰してしまったと自責しながらも生き残ったことに安堵する人間臭さがとても共感できて、読んでいて惹き込まれる。
この後州都がどう転ぶのか、とても楽しみとなる重厚な作品でした。
改めて、自キャラをとても魅力的に仕上げて頂いてありがとうございました。

遅ればせながら、こちらも投下させて頂きます。

312持つ者、持たざる者 ◆NYzTZnBoCI:2025/07/08(火) 00:31:39 ID:XNYc9pMQ0



 エトランゼは名家の生まれであった。
 中世の時代に於いて、騎士として武勲を挙げたミルダリス家は、フランスにおいても指折りの家系として名を轟かせた。

 ミルダリス家の長女として生まれたエトランゼ。
 才色兼備という言葉が何よりも似合う完璧超人で、幼い頃から両親にいたく可愛がられた。
 剣を振らせれば僅か二年で師範から一太刀を奪い、ペンを握らせれば数週間で学年を飛び越える。
 すれ違う召使いはみな頭を垂れ、最大の語彙を持ってエトランゼを持て囃した。

 輝かしい未来が約束された令嬢。
 ミルダリス家自慢の長女。
 それがエトランゼ・ティリシア・ミルダリスであった。

 しかし、彼女が18の頃。
 世界を知るよりも先に、世界が凍りついた。
 一切の前兆を見せずに訪れた全球凍結の牙は、ミルダリス家の栄華もろとも噛み砕く。
 ただ一人生き延びたエトランゼは、居場所を失った。

 困窮する民を見て、エトランゼは立ち上がる。
 しかし世間知らずな若輩者が出来ることなどたかが知れていて、幾度も挫けかけた。

 そんなある日のこと。
 エトランゼの街に、〝獅子〟がやってきた。

 国連最後の希望。
 空の勇者よりも先に、民を救うべく立ち上がった『秩序統制機構』の最高戦力。
 フランチェスカ・フランクリーニの姿は、エトランゼの網膜を焼いた。


 ────〝私と共に来ないか。〟


 そう言って、差し伸べられた手。
 その手の感触は、今でもよく覚えている。

313持つ者、持たざる者 ◆NYzTZnBoCI:2025/07/08(火) 00:32:18 ID:XNYc9pMQ0


 エトランゼは一年間、彼女の下で鍛錬を積んだ。
 神禍の扱い方に留まらず、絶望する民を勇気づける生き様を学んだ。
 間近でフランチェスカの姿を見ているうち、エトランゼは彼女へ恋情に近い憧れを抱くようになった。

 この人のようになりたい、と。
 向けられるばかりであったエトランゼが、初めて向けた感情。
 
 長いブロンドの髪を短く切り揃え、〝獅子〟の鬣のように仕立てあげた。
 自らを第二の獅子として名乗り、凍てついた故郷にてその名を轟かせた。
 崩壊した秩序を取り戻すため、国連での経験を活かし、〝守護聖騎士団〟を立ち上げた。

 それらの行動は全て民のために。
 幼い頃より培った正義感を存分に活かし、故郷の為に命を燃やした。

 ────なんていうのは建前で。
 エトランゼはひたすらに、フランチェスカの影を追い続けたのだ。
 あの日見た勇姿は、あの日見せた優しさは。
 エトランゼという無垢な少女へ、狂気的な愛を叩き付けた。

 まるで白い絵の具に他の色が混ぜられたような衝撃だった。
 純真なエトランゼが突如抱いた憧れと恋慕には、制御装置など存在せず。
 暴走した禍者を殲滅することに、悦びを見出していた。

 一人、また一人と命を奪うごとに。
 憧れの獅子に近付けているような、麻薬めいた快感が迸って。
 正義を免罪符に行われる殺戮は、エトランゼの存在を確立させた。

 私利私欲で悪人を殺めるなど、世が世であれば絞首刑確実の大罪人。
 しかしそんな常識的な世は終わった。

 絶望に打ちひしがれ、神禍という呪いに人生を掻き乱された弱者から見て、粛々と悪鬼を薙ぎ払うエトランゼはどのように映ったのか。
 彼女の心情など知ったこっちゃなく、自らの描く英雄像をこれでもかと当てはめたはずだ。
 どんな形であれそれが心の泥濘を払う〝希望〟となるのならば、エトランゼもまた紛れもない英雄であった。

 惜しみない喝采と感嘆の眼差しが向けられる中で、エトランゼの視線は常に一点に注がれていた。
 吹雪の中をひらりと舞う紺色のロングコート。その残滓をセピア色に変換して、目で追い続けている。

 エトランゼの神禍は、他の追随を許さない圧倒的な火力を伴う雷撃。
 彼女はこの力を何よりも誇っていた。
 気高き獅子が何気なく放った一言が、メトロノームのように鳴り響いて止まらないのだ。

「────お前の力は、私の欠点を補ってくれる」

 嗚呼、神様。
 感謝します、神様。
 この神禍を恵んで下さって、ありがとう。

314持つ者、持たざる者 ◆NYzTZnBoCI:2025/07/08(火) 00:32:46 ID:XNYc9pMQ0

 フランチェスカの神禍は、一対一で真価を発揮する究極の対人特化。
 対してエトランゼの神禍は、多数相手に真価を発揮する究極の範囲攻撃。
 白兵戦と殲滅戦、たった二人の人員で分野の違う戦術を担える事実は、鉄火場において揺るぎない優位性を持つ。

 だから最後の獅子が『魔王』に敗れたと聞いたあの瞬間。
 自分がその場に居ればと、全身が総毛立つほどの悔恨を覚えた。
 エトランゼ本人は気付かなかったが、その悔いの先にあるのは『魔王』を討伐出来なかったことではない。
 フランチェスカを勝利させられなかったこと────この一点であった。

 もしも自分が居れば。
 あまつさえ、死を振り撒いていた『魔王』を討てていたのであれば。
 フランチェスカは間違いなく、自分を褒めてくれていたはずだ。

 エトランゼは、この儀式を好機と捉えた。
 世界再生の為に行われた大掛かりな殺し合い。
 衰退の世を惰性で生きる者たちへ垂らされた蜘蛛の糸。
 十二崩壊、空の勇者、その他一度は耳にした事のある粒揃いの面子の中に、やはりあった最後の獅子。

 彼女はこの儀式で何を成すか。
 エトランゼの中で都合よく曲解された獅子(フランチェスカ)は、まるで漫画本の偶像のようで。
 勇猛果敢な活躍を経て勝ち残り、〝多少の犠牲〟の末に世界再生を成し遂げる。
 それこそが、エトランゼが確信した未来であった。

 ならば自分は、その手助けをしよう。
 彼女が勝ち残れるように、他の有象無象を殲滅しよう。


 ──ああ、お姉様。
 ──愛しきフランチェスカお姉様。
 ──この命は、あなたの為に。


 硝子細工のような純粋な瞳に、狂気を伝播させて。
 雷電心王は、その身を捧げる。




315持つ者、持たざる者 ◆NYzTZnBoCI:2025/07/08(火) 00:33:27 ID:XNYc9pMQ0

 
 エックハルトは名家の生まれであった。
 近世の時代に於いて、商業の功績で名を馳せたクレヴァー家は、ドイツにおいても指折りの家系として名を轟かせた。

 クレヴァー家の次男として生まれたエックハルト。
 無為無能という言葉が何よりも似合う凡人で、幼い頃から両親に酷く虐げられた。
 剣を振らせれば一日で見限られ、ペンを握らせれば綴りすら書けない。
 すれ違う召使いはみな陰口を叩き、侮蔑の視線をエックハルトへと向けた。

 遂には存在すら隠匿された恥晒し。
 クレヴァー家最大の汚点。
 それがエックハルト・クレヴァーであった。

 しかし、彼が23の頃。
 世界を知る前に、世界が凍りついた。
 一切の前兆を見せずに訪れた全球凍結の牙は、クレヴァー家の栄華もろとも噛み砕く。
 ただ一人生き延びたエックハルトは、居場所を得た。

 部屋に篭もりきりであった彼は、外へ出た。
 凍えるような極寒も、心を削るような孤独も、エックハルトは苦ではなかった。
 自分を嘲笑する者がいないということが、何よりもの救済であったからだ。

 けれど、生きる意味を見い出せない。
 廃人寸前の放浪者は、ただ居場所を求めて彷徨い歩いた。

 そんなある日のこと。
 エックハルトは、〝姫〟と邂逅した。

 廃墟の街と化したカザフスタンの都市。
 中国にて観測された第六の災禍の手は、僅か数ヶ月で隣国を侵食していた。
 彼女の興した『紅罪楽府』の信徒が蔓延し、心擦り減らす人間がねずみ算式に亡者となる地獄絵図。
 当の本人達からすれば本気で救われているのだから、ある意味では本当の楽園と呼べるその地にて。
 第六崩壊・沈芙黎の笑顔は、エックハルトの網膜を焼いた。


 ────〝私のところへ来なさい。〟


 そう言って、差し伸べられた手。
 その手の感触は、今でもよく覚えている。

316持つ者、持たざる者 ◆NYzTZnBoCI:2025/07/08(火) 00:34:04 ID:XNYc9pMQ0
 

 エックハルトは迷わず信徒と化した。
 暴力、強奪、強姦、殺戮、自殺、その全てが〝楽しければいい〟と赦された至上の極楽にて、彼は只管に献身的だった。
 他の信徒のような己の欲を満たすためではなく、芙黎へ信仰心を見せることに心血を注いだ。

 世界で唯一、自分を認めてくれた姫に応えるために。
 第六崩壊討滅の為に群れを成す国連組織や、他の崩壊との戦いで最前線を担った。
 狂気的なまでの盲信により、リミッターの外れた彼は猛獣のようで、神禍殺しの異能も相まって戦果を挙げ続けた。

 ただの一度も褒められたことはない。
 ただの一度も認められたことはない。

 エックハルトを狂わせたのは、姫ではない。
 誇りを重んじるあまりに彼を否定し続けてきたクレヴァー家の在り方が、彼を狂わせたのだ。

 認めて貰えることが、許容して貰えることが、こんなにも嬉しいことだなんて初めて知った。
 姫は常に欲しい言葉をくれる。いや、言葉を掛けてくれるだけで心躍る。
 存在しない物として誰とも言葉を交わさず生きてきたのだから、その反動だろうか。
 今はもう、自分を討とうとする敵が浴びせてくる罵詈雑言すらも心地いい。

  一人、また一人と命を奪うごとに。
 尊ぶ姫へ貢献出来ているような、麻薬めいた快感が迸って。
 自由を免罪符に行われる殺戮は、エックハルトの存在を確立させた。
 
 花園の信徒はいつしか、エックハルトをも崇めるようになった。
 楽園を護る為に尽力する守護騎士と、焦点の合わぬ瞳で持て囃すようになった。
 正気を失った亡者たちからの賛美の言葉など、常人であれば戦々恐々の鳥肌ものだろう。
 しかしエックハルトからすれば、この崩壊した世界においての唯一の居場所であった。

 惜しみない喝采と感嘆の眼差しが向けられる中で、エックハルトの視線は常に一点に注がれていた。
 雪景の中で映える淡黄色のチーパオ。携える笑顔が自分に向けられていると改変し、目で追い続けている。

 エックハルトの神禍は、あらゆる神禍を受け付けない絶対的な防御。
 彼はこの力を何よりも嫌っていた。
 崇拝する姫が何気なく放った一言が、山彦のように反響して止まらないのだ。

「────貴方の力のせいで、愛でられないわ」

 嗚呼、神様。
 恨みます、神様。
 この神禍を与えたことを、絶対に許さない。

317持つ者、持たざる者 ◆NYzTZnBoCI:2025/07/08(火) 00:34:39 ID:XNYc9pMQ0
 
 第六崩壊・沈芙黎の神禍は、他者を強化する支援型。
 筋組織や骨の負担を度外視して強制的にリミッターを外すという、刹那に咲く花のような力。
 当然、姫からの寵愛を受けた信徒は次々と壊れていった。
 エックハルトは、それが羨ましくて堪らなかった。

 なぜ自分だけが愛されない。
 クレヴァー家で過ごした23年間を思い出し、何度も涙し、嘔吐した。

 自己嫌悪に心臓が張り裂けそうになりながら、それでも耐え続けた。
 そんなある日のこと、エックハルトに転機が訪れた。
 姫の事を目障りに思った第七崩壊が、紅罪楽府の信徒を洗脳して内乱を起こさせたのだ。

 インドネシアで観測された七番目の災禍。
 それが齎す滅亡の形は、『啓蒙』だった。

 第七崩壊の神禍は洗脳。
 彼が放つ霧を浴びた者は、意思に関わらず第七崩壊を『神』と崇めるようになる。
 神禍に頼らず、己の振る舞いだけで神の領域まで上り詰めた芙黎の存在を、第七崩壊は許さなかった。

 次々と乗っ取られる信徒。
 勢力を伸ばす第七崩壊はしかし、楽園崩壊を目にすることなく沈む事になる。
 それに一役を買った者こそ、エックハルトであった。

 回避不可の理不尽な神禍であろうと、須らく彼の前では意味を成さない。
 エックハルトは第七崩壊に操られたフリをして、見事討ち取ってみせたのだ。
 芙黎はその時、初めてエックハルトの神禍に感謝してみせた。
 凄いわね、その神禍──そんな言葉を拡大解釈して、自身こそが第七崩壊に相応しいと思い込み。
 我こそ彼女の隣に並び立つ資格があると、第七崩壊を名乗るようになる。

 この儀式は、試練だ。
 全ては舞台装置。我が忠誠心を証明するため、掻き集められた役者達。
 主役は無論『姫』を置いて他におらず、彼女の勝利を邪魔立てする者は悪役。
 そして自分は、そんな悪役を蹴散らす白馬の騎士である。
 エックハルト・クレヴァーは一切の疑いもなくそう確信した。
 

 ──ああ、姫よ。
 ──愛しき芙黎姫よ。
 ──この命は、あなたの為に。


 開いた右の眼球に、譫妄を宿らせて。
 自称第七崩壊は、その身を捧げる。




318持つ者、持たざる者 ◆NYzTZnBoCI:2025/07/08(火) 00:35:18 ID:XNYc9pMQ0


 その場所は、異質の一言に尽きた。
 全球凍結以降、当たり前となっていた降雪。
 粉雪から吹雪まで異なる顔を持つが、決して姿を見ない日は無かった空からの殺意。

 この場所は、それがなかった。

 暗闇の中でも目立つ宗教じみた都市。
 青とも緑とも取れる色の壁を持つ建造物が並び立ち、アスファルトは最近手入れされたかのように平坦。
 五年前の日常を切り取ったかのようであるが、異様な出で立ちの建造物がそれを否定する。
 現実と夢が入り交じったような、奇妙な空間だった。

「…………」
「おや、おやおや?」

 その地にて、二つの影が邂逅する。
 片や騎士のような装甲を身に纏う金髪の女。
 片や厚手のコートに身を包む薄い青髪の男。
 
 一見すれば接点などないように映る男女。
 性別も出生も、文化も思想も、なにもかも異なる二つの影。
 しかし彼らがこの儀式に呼ばれ、こうして巡り会ったことにはなにか理由があるような。
 得も言われぬ感覚が、二人の神経を貫いた。

「あなたは?」
「これはこれは申し遅れました。私、第七崩壊のエックハルト・クレヴァーと申します。愛すべき『姫』の為、この儀式に馳せ参じました」

 女、エトランゼの問い。
 対して男、エックハルトは胸に手を添えて一礼と共に名を告げる。
 左眼を強く閉じているからか、端麗な顔立ちが台無しなぎこちない笑み。
 カラクリ人形のような不自然さに目もくれず、エトランゼの頭を無視できない疑問が掠めた。

「馬鹿な、第七崩壊は死んだはずです」
「ええ、ええ。そう語る者も居るでしょう。けれどそれは大きな間違い、行き違い。第七崩壊は滅んだ、と。そう思う事で救われるのであれば、それも良し。否定は致しません、『姫』は全てを肯定するのですから」

 早口で捲し立てる男へ、エトランゼは瞬時に判断する。
 この男との問答は成立しない、と。
 自ら崩壊を名乗る者はそう珍しくないし、言葉の通じない者は更に蔓延っているのがこの新世界。
 ならば切り捨てようと、神禍を発動しようとしたところで──ふと、男の述べた一つの単語が引っかかった。

「……『姫』、と仰いましたか」
「おや、ご存知ですか。よい事です」

 聞いたことがある。
 中国の広大な土地は今や、『姫』と呼ばれる第六崩壊を盲信する信者に溢れていると。
 当初は第七崩壊と同様の精神汚染系の神禍だと疑われていたが、どうやら信徒は自ら彼女に付き従っているらしい。
 対面したことはないが、エトランゼはその話を聞いた時に戦慄した。

319持つ者、持たざる者 ◆NYzTZnBoCI:2025/07/08(火) 00:35:51 ID:XNYc9pMQ0

 この救いのない世界にて、莫大な数の信徒を増やす事が出来る人間。
 それはたとえ崩壊という名を持たずとも、エトランゼからすれば忌まわしい事この上ない。
 人を惹きつける力を持つ者、人の上に立つ者──エトランゼにとってそれは、フランチェスカただ一人なのだから。

「姫は大変慈悲深く、寛大です。世界再生の儀においても、あの方は変わらない。あの方が勝ち残るべきだ。あの方以外が上に立つことなど有り得ない! あってはならないのです!」

 右眼を血走らせ、唾を飛ばして男が喚く。
 エトランゼはその言葉を聞き流すよう努めるが、どうしてもそれが出来ない。
 彼女の左眉が不快そうに歪められているのが、なによりもの証拠。

 ────こいつは、何を言っているんだ?

 第六崩壊〝ごとき〟が勝ち残るべき?
 第六崩壊以外が上に立つことなど有り得ない?

 普段のエトランゼであれば禍者の、ましてや正気でない信徒の言葉など毛ほども動揺もしなかったはずだ。
 けれど今この孤島にいるのは、エトランゼや『姫』だけではない。
 彼女の敬愛する獅子が、ここにはいる。
 それを含めて有象無象のような扱いを受けたとあれば、エトランゼが激情を抱くのは当然だった。

「わかりました、では────」

 掲げられた雷電心王の右手に、稲妻が迸る。
 漂う電気の粒子は黄金に瞬いて、段々と長剣のような形へ集結する。
 聖騎士の鎧に相応しい構図。宵闇を切り払う雷剣を手にする様は、紛れもない希望の象徴。

 この背中を追い続けた者もいるだろう。
 神話から飛び出したような勇ましい姿に、友軍はどれほど勇気付けられただろう。
 そんな騎士の手本のような聖戦剣姫は今、怒りで悪を殺そうとしている。

 エックハルトは「ほう」と短く唸り、コートの内側から銀色のナイフを取り出す。
 雷電心王の持つ稲妻の剣と比べればあまりにも非力で、小振りで、頼りない得物。
 傍から見ればその戦力差は明らかで、エトランゼの伝説を知らずとも彼女の勝利を確信するだろう。


「────死になさい」


 エトランゼが剣を振るう。
 間合いから大きく外れた素振りはしかし、開戦にして終戦の合図。

 戦いは、ものの数秒で終わった。
 降り注ぐ雷撃は自然のものと比べても、明らかに異常な大きさ。
 それはもう落雷などという生易しいものではなく、空から波動砲が打ち出されているかのよう。
 百や千の軍勢であろうと殲滅せしめる威力の雷霆は、出力だけならば『雷』の勇者にも勝ると言われた代物。
 一個人に向けるにはあまりにも過剰な攻撃は、瞬く間にエックハルトの姿を包み込んだ。


◾︎

320持つ者、持たざる者 ◆NYzTZnBoCI:2025/07/08(火) 00:36:26 ID:XNYc9pMQ0


 全球凍結した地球において、落雷を目にする機会など神禍を除いて存在しない。
 太陽光による上昇気流が存在せず、そもそもとして積乱雲が発生しないからだ。
 轟く雷鳴と闇を切り裂く稲光は、この孤島においてもさぞ目立ち、〝異変〟を伝えたであろう。
 儀式開始から間もなく。この瞬間に放たれたエトランゼの雷撃は、間違いなく最大規模のものだった。

 ならば、それを浴びたエックハルトは。
 回避も防御も許さない撃滅の光を前に、塵と化すのが道理である。

 エトランゼは神禍の応酬を殆ど味わったことがなかった。
 理由は至極単純、相手の神禍を知る前に戦いが終わっているのだから。
 そういう意味ではエトランゼの『雷電心王・聖戦剣姫』はまさしく、理不尽の極みと言って差し支えない。


 ──ああ、だからこそ。
 ──勝敗を分けたのは、その差なのだろう。


 コンクリートを捲り上げ、建造物を倒壊させる極光の中。
 エトランゼの瞳孔は確かに、一筋の影を捉えた。
 獣の如く不規則で、素早く肉薄するそれは人型であったように思える。
 触れるもの全てを灰燼と変える落雷に呑まれながら、〝それ〟は身怯み一つ見せず邁進している。
 誇り高き騎士の思考を、夥しい数の疑問符が覆い尽くした。

「足りませんねェ、〝愛〟が」

 ぽつりと、そんな言葉を聞いた気がする。
 培われた反射神経が刃を振るうよりも早く、疾風のような影がエトランゼの横を通り過ぎた。
 彼女の細首に刻まれたスティグマの跡。それをなぞるかのように、一筋の赤い線が走る。
 雪とは違う冷たい感触が通り抜けたような感触の後、じわりと熱を帯び始める。
 喉元から右横にかけて伸びる線からぽたりと雫が垂れて、まるで噴水の如く咲いた。

321持つ者、持たざる者 ◆NYzTZnBoCI:2025/07/08(火) 00:37:05 ID:XNYc9pMQ0

 ぐらりと、エトランゼの身体が崩れ落ちる。
 久方振りの降雪がない星空を眺めて、あまりの眩しさに目を細めた。

 万華鏡のように揺れ動き、幾重にもブレて見える星々。
 急速に身体から力が抜けていき、意識が微睡みの中へと落ちてゆく。
 嫌だ、眠りたくない、ここで寝たらあの人に会えない。
 そんなエトランゼの思考を嘲笑うかのように、視界の端から黒色が侵食し始める。

「お、……ねえ、さ…………ま…………」

 黒に染まりゆく視界の中心、燦然と輝く星。
 藻掻くように伸ばされた手は、光を掴もうと空を切る。
 その手を掴む者は遂に現れず、やがてぱたりと地に落ちた。


◾︎

322持つ者、持たざる者 ◆NYzTZnBoCI:2025/07/08(火) 00:38:09 ID:XNYc9pMQ0


「ああ、やはり、やはり。神は私に、姫に微笑んだ。それも当然、真に世界の救世主たるは姫ただ一人なのですから」

 物言わぬエトランゼの遺体。
 深い切創が刻まれた首元へ手を当てがい、支給品を回収する。
 その手際には一切の迷いも躊躇いもなく、自身の行いが正しいと心の底から信じている証拠であった。

「姫、姫。私は今悪鬼を一匹仕留めました。どうか、どうかお褒め下さい。微笑みを下さい。愛を、愛を下さい!」

 ゆらり、ゆらりと。
 幽鬼を思わせる足取りで、狂信者は歩く。
 真実の愛を求めて。気分はさながら詩を運ぶ吟遊詩人。

 エトランゼの神禍は確かに理不尽。
 ひとたび何も知らぬ者が対峙すれば、わけもわからずに塵となるだろう。
 しかしエックハルトは、理不尽を殺す理不尽。

 神禍殺しなる神禍が存在することは、エトランゼも話に聞いていた。
 しかしその可能性はないと、無意識に頭の中から除外してしまっていた。
 その理由こそが、彼女が血で上書きされたスティグマだ。
 神禍を無効化する者はそもそもとしてこの場に呼ばれるはずがないと、そう思い込んでしまったのだ。
 
 確かにその推察は正しい。
 エトランゼが真っ先に可能性を排除するのは無理もない、当然の判断と言える。
 事実、エトランゼの即断はエックハルトを除いた殆どの参加者に致命傷を負わせられただろう。
 しかし、ただ一人の〝天敵〟と巡り会ったことは──果たして運命の悪戯だろうか。
 
 エックハルト・クレヴァーは何も持っていなかった。
 対してエトランゼは、全てを持っていた。
 勇気も力も知恵も、努力などというものでは到底埋まらないほどの差があった。


 けれど、ただ一つだけ。
 エックハルトが上回るものがある。


 それこそが、狂気的とも言える〝愛〟であった。


【エトランゼ・ティリシア・ミルダリス 死亡】


【E-3・聖域/1日目・深夜】
【自称No.7『啓蒙』 / エックハルト・クレヴァー】
[状態]:健康
[装備]:ナイフ
[道具]:支給品一式×2、無数のナイフ、ランダム武器(???)×2
[思考・行動]
基本:『姫』を優勝させる。
1:邪魔者を排除し、白馬の騎士になる。
[備考]
※エトランゼの名前をスティグマに刻みました。

323 ◆NYzTZnBoCI:2025/07/08(火) 00:38:29 ID:XNYc9pMQ0
投下終了です。

324 ◆EuccXZjuIk:2025/07/08(火) 20:25:28 ID:bu2QEhEk0
投下お疲れ様です。そして感想もありがとうございます。とても励みになります。

>>持つ者、持たざる者
立て続けの死亡回、然しながら殺す側も殺される側も鮮明なバックボーンが明かされて結末を迎えるまでにどちらに対しての思い入れも深まっていく構成がとても魅力的。両者の背景を理解させられた上で読まされる、呆気なくさえある無情な結末の重さが倍にも際立って感じられる。
エトランゼもエックハルトも、どちらも憧れた事で狂い始めた者であるという共通点があり、そんな二人の命運を分けたのはまさにタイトルにもあるように“持っている”か“持っていない”かだったのだと感じ入らされます。
ともすればトップマーダーを張れても不思議ではない強力な神禍を持つエトランゼがこうして初段で落ちる展開は、このバトルロワイアルという儀式が如何に無情な魔境であるかを突き付けるようなもの。
拙作で保谷州都に“神禍殺し”という概念について触れさせましたが、エックハルトのはまさにその究極形と言って過言ではないでしょう。彼が第七崩壊を名乗っている事は酔狂の類でこそあれ、決して身の程知らずの戯れ言ではないのだという説得力がある。そして彼の強さ異常さが激しいものであればある程、これの生産者である本物の十二崩壊の恐ろしさも跳ね上がる。底のない絶望感を思わせてくれる一話でした。
素敵な作品の投下、誠にありがとうございました。

325 ◆VdpxUlvu4E:2025/07/08(火) 21:40:25 ID:lfPMS5/Y0
投下します

326 ◆VdpxUlvu4E:2025/07/08(火) 21:40:43 ID:lfPMS5/Y0
鋼の塊が、鎮座していた。
島の中央、とうの昔に人の絶えた、しかして過去に凄惨と苛烈の双方を極めた戦争が有ったと、訪れた誰もが悟る場所に、巨大な鋼塊が存在している。
辺り一面に、破壊され、とっくの昔に動く事が出来なくなり、辛うじてかつての姿を留める無数の兵器達…重砲、戦車、装甲車、重機関銃、対空砲…その他諸々が凍てついた大気に身を晒していた。
その中にあって、その鋼の塊は、周囲の残骸達を圧倒する“圧”を発している。
まるで鋼の鱗を持つ巨竜が踞っているかの様な、存在するだけで、大気を歪め地軸を傾ける、そんな重い圧を周囲に発していた。
無数に転がる、かつて兵器だった残骸達の全てが、往時の姿と力を取り戻しても、鎮座する鋼の塊の存在は、彼等を圧倒するだろう。
鋼塊が動き出せば、動くまでも無く、僅かでも触れれば、それだけで全身の肉が潰れて骨が砕けて死ぬ。
見るもの全てにそう思わせるに足る鋼の威容は、この骸しか無い土地に在って、異常を極めていると断言出来るだろう。
人も兵器も、かつてここで戦ったもの全てが死に絶え、永い時間が経ったこの場所で、この様な“圧”、言うならば生命力を放つという事が有り得ないのだ。

「久しく求めていたモノが、向こうからやって来るとはなぁ……」

死の静寂に満ちた大気が揺らぐ。
決して動かない筈の、死の戦場跡に動きが生じる。
鋼の塊が、周囲に放つ“圧”をそのままに、動く。

鋼塊と見えたものは、人間。
巨躯と肉体の質感の為に、鋼塊と見えていただけに過ぎない。
鋼の名は、マハティール・ナジュムラフ 。
全球凍結後の大戦に於いて、前にも立ち塞がった者も、後ろに従った者も、悉くを殺し尽くし、遂には祖国も部下も消え果てて、ただ一人凍結した大地に佇立した男。
全てを滅ぼし尽くした所業に相応しく、全球凍結以前から、厳しく生命を拒み続けた砂漠に居を定めて、その地に君臨する『魔王』。
神を信じず、只々己のみを信じ、この神無き世にあって、己が神足らんと不滅を欲する禍者である。
だが、砂漠の魔王とても、今現在は救世主を産む為の生贄の群れの一人。
過去にマハティールが、不滅を獲得する研究の為に殺してきた者達と、立場を等しくしているのだった。

327The Great War ◆VdpxUlvu4E:2025/07/08(火) 21:41:57 ID:lfPMS5/Y0
「救世に興味は無いが、救世主には興味も用も有る」

獰猛な戦意の籠った声。魔王がこの戦いに臨み、勝つ事を決めていると、万人に知らしめる声。
風が吹いた。雲に覆われた空が哭き喚いているかの様に、狂風が吹き荒ぶ。
唐突に吹き出した風は、マハティールに怯えた世界の恐怖の叫びの様に見えた。
無理もない。マハティール・ナジュムラフ とは、十二の崩壊に迫る程の血を流し、屍を積み上げた魔王の名なのだから。
意志のこもった言葉一つで世界を狂乱させる。その程度ならば造作も無い。

「十二崩壊に、空の勇者に、汚濁を撒くガキ。何奴も此奴も大した奴等だが、殺せるし死ぬ連中だ。
殺す数は精々四十人程度。それだけで救世主が頂けるんなら安い安い」

神の定めた滅びの先兵たる十二崩壊。
人類の希望“だった“空の勇者。
通過した土地全てを完全に死滅させる汚濁の少女。

これらを敵に回して殺し合う。
マトモな精神の者なら、誰で在っても気を重くする名の数々を、マハティールは一笑の元に切り捨てた。
大言壮語、夜郎自大、増上慢。如何なる言葉を尽くしても、到底足りぬ身の程知らず。
だが、マハティールは決して敵の力も己の力量も、把握できぬ阿呆では無い。
総身に満ち満ちている傲岸なまでの自信は、冷徹な理知に支えられているものだ。
驕り、高ぶり、油断無く。勝つのは俺だと宣言する。
不死身の肉体と、十二の崩壊の中で最大の巨躯を誇る八位でさえもが、遠く及ばぬ質量を以って、全ての敵を殺し尽くすと宣言する。
更に激しさを増す風の中で、魔王の全身に戦意が漲っていく。

「ORANGEのガキだけは、殺すのが勿体ねぇが…。アイツはレアだ。使い用は幾らでもある。
……蘇らせられねぇものか」

マハティールと同じく、中東に存在する組織を率いる少女もまた、殺し合いに招聘されている。
己の脳に、人の脳内情報を蓄積するレンブラングリード・アレフ=イシュタルは、己が肉体に質量を蓄えるマハティールと相似にして対極。
組織を率いて己に抗するという点を抜きにしても、何れは捕らえて不滅の探求の実験に使おうと思っていた相手だ。
今ここで相見え、殺すことは何でも無いが、希少な神禍が消え去るのは勿体無い。
ソピアの説明からすれば、この殺し合いで死んだ者は、ルクシエルでも蘇生出来ないらしい。

「殺す前に“使う”しかねぇな」

魔王は即断を下す。レンブラングリード・アレフ=イシュタルを、己が探求の為に使い潰しながら殺害すると。

「まあ会う前に、他の奴に殺されてるかも知れねえが……あ?」

不意に風が止んだ。
何の前触れも無く、不意に停止した様は、まるで何かに怯えたかの様だった。

328The Great War ◆VdpxUlvu4E:2025/07/08(火) 21:42:28 ID:I0LI97Po0
「何だ…?」

大気が重さを増している。
重さを増しながら、激しく神童している様な感覚。
何かが近づいて来る。
砂漠の魔王マハティールをして、重圧を感じさせる怪物が。
其処に在るだけで、大気を震わせる威風を放つ何者かが。

小さな音が連続して響く。
近づきつつある何者かに応じ、マハティールの身体が膨れ上がっていく。
マハティールの神禍、不滅なりし地獄の王(マリク・ジャハンナム)。
無機物を細胞レベルにまで圧縮して取り込み、任意で元のサイズへと戻す神禍。
神禍を用いたマハティールの戦闘形態は、金属の甲殻で全身を覆った異形の姿への変身である。
今や、3mを超える大きさとなったマハティールの身体を覆う、光沢を帯びた黒い甲殻は、戦車の装甲を用いたもの。
歩兵の────要は個人の携行出来る火力では、対戦車兵器以上の火力でも持ち出さねば、マハティールを殺す事は叶わない。
第三次世界大戦に於いて、マハティールを無敵の魔王足らしめた、恐るべき神の禍。
救世主を生み出す儀式に於いても、その脅威は変わらず健在。
鋼の魔王の前に立った者は、己が何に挑んだかを知った時、既に生命活動を停止している事だろう。
更に膨れ上がった“圧”は、もはや物理的な現象すら生じ、マハティールの周囲の石が転がって行く。まるで石塊ですらが、魔王の威に怯えて逃げ出すかの様だった。

マハティールの右腕が変わる。
巨大な鋼の巨人の腕が、長大な砲身へと。
125mm滑腔砲。イランの主力戦車、ゾルファガールの主砲である。
重く低い砲声は、鼓膜では無く腹へと響く轟きだった。
音を超える速度で放たれた砲弾がは、人体程度には過剰極まるオーバーキル。
当たるどころか、至近を掠めただけで絶命に至る。

マハティールの耳に、最初に聞こえたのは、音。
硬い物が、硬い物を砕く音。
僅かに遅れて聞こえた甲高い音は、飛来した物体に引き裂かれた大気の絶叫だろう。

「クハッ」

マハティールが笑声を漏らす。
マハティールが放った砲弾を撃砕して飛来した“何か”が、マハティールの鋼の身体を抉り砕いた事を、マハティールだけが知っていた。

否、もう一人。

マハティールへと近づいて来る、マハティールが攻撃し、マハティールの身体を砕いた者が居る。

「金属に変化する神禍かと思ったが、どうやら異なる様だ。砲撃など久方振りの事でな、つい力が篭ってしまった。許せよ」

耳に残る美声は、女のもの。
だからといって、マハティールは僅かも油断はし無い。
神禍という、誰しもが人を傷つけ殺す力を有する現在の地球に於いて、性別や年齢など、戦力を量る物差しになど成りはしない。
そんなものに惑わされた愚者から死んでいく。
それがこの凍てついた星の常識である。

「いきなり、噛み応えの有る奴が来たもんだ」

マハティールは、近づいてきたものを、人語を話しているにも関わらず、最初は人間と認識できなかった。
マハティールが視たものは、巨大な獅子。
真夏の陽光を思わせる、輝く黄金の毛並みを持つ、巨象ですら─────恐竜であっても単独で屠り喰らう、黄金の獅子。
咆哮一つで、万の軍勢を薙ぎ倒し、爪の一振りは戦車の正面装甲ですら引き裂き穿つ。力の化身。
現に近づいて来るだけで、全身の骨が軋む程の重圧を、砂漠の魔王は感じている。
意識を向けていないままに、近づいて来るだけで、これだ。
意識を向けられてしまったが最後、只人ならばそれだけで心の臓が破裂してしまうだろう。
マハティールの口元が獰猛に吊り上がる。
これから起きる事が、愉しみで仕方ないという風に。

「気にすんなって、戦場じゃ良くある事さ」

マハティールが笑う。魔王が笑う。
常人ならば、思考も呼吸も脈拍も止まる重圧に晒されて、傲然と笑い飛ばす。

329The Great War ◆VdpxUlvu4E:2025/07/08(火) 21:42:55 ID:lfPMS5/Y0
「どの道、やる気なんだろう?なら、これくらいやる方が、殺し甲斐が有るってもんさ」

身体を貫いて背後の地面に刺さったモノを引き抜いた。
黄金に輝く三叉槍を一振り。軽く降ったとしか見えないのに、どれ程の力が篭っていたのか。轟を伴って暴風が吹いた。

「良い槍だが、それだけでしか無ぇ。こんな物で俺の身体を貫くとは…。ひょっとして十二崩壊か?」

「第二崩壊。そう呼ばれている」

「ハハッ!ハリマオ!!まさかお目に掛かれるとはな」

マハティールの前に立つは、全身から飢えた虎でも避けそうな獰猛な戦意を放つ、豪奢な金襴の衣を纏い、首には巨大なライオンの牙で作られたネックレスを下げた、長く深い黒髪の美女。
漲る精気と、滾る闘志とが、琥珀色の両瞳から、猛々しい眼光となって放たれている。

────射竦められたものが、忽ちの内に砕け散る。

”砂漠の魔王”マハティール・ナジュムラフ ともあろう者が、そんな事を思ってしまう程の眼差し。

「返すぜ、素手じゃキツイだろう?」
 
手首の僅かな動きで、槍を投げ返す。
真正の殺意が籠められていた。そう思わせる勢いと速度で飛んだ槍は、あっさりと女の手中に収まった。
十二崩壊と呼ばれる存在が、折角手放した武器を返す。愚行そのものの行為だが、為した者はマハティール・ナジュムラフ 。砂漠の魔王。
ならば武器を返すという行為は、愚行では無く傲岸とも言える自負の現れ。

「さあ、やろうぜ。殺し合いだ」

鋼の巨躯が、更に巨(おお)きくなっていく。
同時に膨れ上がり、周囲に放たれる、暴力的なまでの"圧”。
只人ならば押し潰されそうな魔王の威を浴びて、女は獰悪な笑みを浮かべた。

「応とも」

槍を引っ提げたまま、“第二崩壊”ライラ・スリ・マハラニ は、無造作にマハティールへと歩み寄る。
二本の脚を交互に動かして歩くという、人類普遍の行為を行いながら、動きそのものの質と、何より動きに込められた力とが、この女が常人とは隔絶した存在だと知らしめる。
歩く姿に一切の隙が無く。一歩を踏むたびに、巨山が動くかの様な錯覚を覚えさせる力感。
これこそが十二崩壊。
人類社会を終わらせた、十と二個の怪物達。

両者の距離が接近するに連れて、世界が軋み、歪んで行く。
再度吹き荒び出した狂風は、世界が上げる恐慌の叫びの様だった。
やめろ。やめろ。やめてくれ。お前達の相剋に、俺(世界)はとても耐えられない。
そんな絶叫を世界そのものが発している。
耳元で発砲しても、聞こえぬかも知れない風の轟の中で、二つの声は明瞭に聞こえた。

330The Great War ◆VdpxUlvu4E:2025/07/08(火) 21:43:25 ID:lfPMS5/Y0
「行くぜ」

「来い」

初手は魔王。
黒鋼で出来た巨大な拳を、金獅子の顔目掛けて撃ち込む。
凄まじい剛力を込められた巨大質量は、積み重ねた訓練と、作った骸の数に裏打ちされた経験により、練達の技となって繰り出された。
剛速で奔る巨拳は、大気を震わせ押し出しながら、真っ直ぐ金獅子の頭部へと迫り、前触れ無く軌道上に出現した黄金の三叉槍と激突した。
黄金と黒鋼とが接触した瞬間、雷が百纏めて落ちたかの様な轟音が生じ、次いで起きたのは比喩でも何でも無く爆発だった。
凄まじい紅炎を伴う爆発を至近で受けて、金獅子の身体が後方へと飛んで行く。
鋼拳と黄金槍交わった瞬間、拳に仕込まれた指向性爆薬が起爆され、金獅子に一撃を見舞ったのだ。
秒を数えるよりも速く、芥子粒よりも小さくなった金獅子へと、魔王は更なる追撃を開始する。
左右の肩と肘と膝、合わせて計六門の重砲が出現し、黒々とした砲口を金獅子へと向ける。
個人相手に使うとなれば、過剰という言葉すら及ばない。この様な挙を行う者は、生涯に渡って怯懦の謗りを免れ得ないが、相手が十二崩壊の一人と有れば話は別。
空の勇者、全人類、果ては同輩たる十二崩壊ですらが、妥当な行為と認めるだろう。

六門の重砲から放たれた六発の榴弾は、狙い過たずに金獅子へと吸い込まれ────黄金の光が閃いた。
マハティールの左腕が、巨大な鋼塊へと変じ、マハティールの巨躯を覆い隠す。
直後に左腕に感じる六つの鈍い衝撃。
金獅子が、槍の一振りで砲弾を送り返したのだと、マハティールは知っている。
右腕を巨大な剣へと変貌させ、思い切り右から左へと薙ぎ払う。
剣身は空を切ったが、マハティールは確かに金獅子の存在を感じていた。
両膝の位置でクレイモア地雷を起爆する。
千を超えるのベアリング弾が、金獅子を捉える事なく、虚空の彼方へと飛んで行く。

「一つ訂正しておく」

背後から聞こえた声に即応し、魔王の背面から飛び出す無数の銃剣、軍用ナイフ、スコップに手斧。
それら全てが、同時としか感知できない程の時間で砕かれたのを、知覚したのと殆ど同じくして。

「ハリマオは虎だ」

背から腹へと抜ける黄金の輝き。

戦車の装甲と同じ強度の身体を、金獅子の槍は薄紙の如くに貫いていた。
狙った場所は腰。
腰椎を破壊して、魔王の動きを止めるべく放たれた、精妙にして冷酷無比な刺撃。

「そいつは済まなかったな」

槍の切先が、鋼の皮膚を貫いたと同時に動き、マハティールは辛うじて槍の軌道から腰椎と脊椎を外す事に成功。
行動の自由を守り抜いたマハティールは、金獅子が槍を引き抜くよりも早く、背面からクレイモア地雷を射出。同時起爆された十基のクレイモア地雷から7000の鉄球が金獅子へと飛翔する。
殺到する鉄球は、全て金獅子の身体を捉え、濛々たる煙の中に包み込んだ。

「随分と頑丈なこった」

右腕の肘から先を、黒光りする鋼の巨剣と変え。左腕の肘から先を、銃剣付きのグレネードランチャーへ変形させ。振り返ったマハティールは笑う。
マハティールから3mの位置に、金獅子は傲然と佇立していた。
鉄球の猛打により豪奢な衣服はボロ切れと化し、機能美と女性美の完璧な結合と断言できる裸体を、惜し気も無くマハティールの視線に晒しているが、羞恥も怒りも微塵も無い。

「普通なら、服と一緒にボロ切れになってる筈なんだがなぁ」

数が多いだけの鉄球で、十二崩壊を殺せるとは思ってはいなかったが、こうまで無傷だと流石に不安が過ぎる。
斃せるのか?下せるのか?殺せるのか?
脳裏を掠めた不安を、鋼の魔王は笑傲して、剣と変じた右腕を振るい抜く。
相撃つ鋼の凄絶な響きが、戦場跡の大気を震わせ、両者の身体を通じて地面へと伝播したエネルギーが、岩盤を砕き宙へと巻き上げる。

331The Great War ◆VdpxUlvu4E:2025/07/08(火) 21:43:54 ID:lfPMS5/Y0
「可愛げの無い雌(オンナ)だ、折角抱いてやろうと思ったのによ」

金獅子の身体を、左の首筋から右腰へと断割する巨剣は、唐突に軌道上に出現した黄金の三叉槍により停止させられていた。

「……好きにすれば良い」

「あ?良いのかよ」

「弱肉強食が我が理にして法。犯すなり喰らうなり好きにすれば良い」

鋼の魔王と金獅子。両者の武器の接触する箇所が、加えられる力の異常な強さにより、灼熱の溶岩を思わせる色を帯びていく。
凍結した世界では決して感じ取れぬ焦熱を、槍と剣の接合点は発していた。

「私に勝てればな」

金獅子の内側で高まる力。両者の均衡は刹那にも満たぬ間に崩壊した。
巨大な波濤を思わせる膨大な力が生じ、魔王の巨剣を跳ね上げる。
無様に隙を晒したマハティールへと、金獅子の槍が螺旋を描いて奔る。狙いは心臓。
薄紙の様にマハティールの鋼の身体を貫く黄金の槍は、回転運動を加えられて、突き穿つ威力を乗算的に増している。
直撃すれば、刺し貫かれるだけで無く、山を穿つトンネル掘削用削岩機の如くに回転する三叉槍に身体を抉り削られ、マハティールの身体に大穴を開ける一撃。
鋼が引き裂かれる壮絶な響きと同じくして、地軸を揺らがす爆発が生じた。
金獅子の一撃を避け得ないと知ったマハティールが、取り込んでいた1トン爆弾を起爆させ、自分諸共金獅子にカウンターを浴びせたのだ。

「化け物が」

マハティールがこの様な事を言うとは、生者と死者とを問わず、マハティールを知る者ならば驚愕する事だろう。
だが、相手は十二崩壊。人類文明を終焉に導いた条理を超越した存在。
魔王から化け物と呼ばれる事に、何らの違和も生じない。
鋼の軋む音とともに、傷を修復するマハティールの視界を、黄金の閃光が横切った。
立ち込めていた爆煙が綺麗に消し飛び、無傷の金獅子が現れる。
硬い音が、マハティールの腹の辺りで聞こえた。槍の一振りで周囲を覆う黒煙を吹き飛ばし、マハティールの腹へと真空刃を撃ち込んだとは、当の金獅子とマハティールにしか分からない。

全裸で立つ金獅子は、一糸纏わぬ姿なだけに、無傷が却って強調されて、凄まじい圧迫感を、マハティールへと与えてくる。
久方振りに意識する“死”を、マハティールは笑って受け入れた。

「面白い。殺し甲斐がある」

マハティールの姿が更に変わる。鋼の魔王が、取り込んだ戦力全てを、一人の女へと開放する。
受けて立つは、十二崩壊が第二位、“金獅子”ライラ・スリ・マハラニ。


◯◯◯

332The Great War ◆VdpxUlvu4E:2025/07/08(火) 21:44:19 ID:I0LI97Po0
◯◯◯

閃光が夜闇を裂き、轟音が大地を震わせる。
銃撃、砲撃、爆撃、斬撃、刺撃、射撃、突撃。
砲火と銃火が絶えず閃光で周囲を照らし、ばら撒かれる爆弾と爆薬が、周囲の地形を変えていく。
内燃機関を唸らせ走る装甲車が戦場を駆け、放置された残骸に激突して爆発炎上する。
其処に有りしは戦争。文明が崩壊し、とうに戦火の絶えた星で、単独で戦争を再現するは、“砂漠の魔王”マハティール。
乱れ撃つ砲爆撃が、地面に次々と大穴を穿ち、転がる残骸を粉砕する。
個人に対して用いられるには、明らかに過剰という域を超え、異常の域へと到達している。
これ程の兵器を用いれば、都市とて瓦礫となるだろう。
ならば、未だに、マハティールが攻撃を止めないのは何故なのか?
答えは単純。殲滅対象たる金獅子が未だに健在であるからだ。
飛来する砲弾の軌道を槍先で逸らし、殺到する無数の小銃弾を槍を振るって剛風を起こして払い落とし、投げつけられる爆弾は地を駆けて直撃を回避する。
槍を振るう動き、体捌き、歩法、目付き、重心移動、それら全てが武技の極限。
個人が発揮する極限域の絶技を呼吸をするかの様に行い続け、マハティールの砲火を悉く防ぎ躱し凌いで行く。
だが、それだけでは、この異常の説明がつかない。
乱れ飛ぶ破片や瓦礫に爆風、更には至近を掠める砲弾による衝撃波。
マハティールの放つ攻撃は、どれ一つとっても人体を破壊するには充分過ぎる。
何故、金獅子の身体が砕けていないのか。
薄布一つ纏う事無く晒された裸身の何処にも、微小な傷すら存在しないのか。

『第二崩壊・獣狩猟法(ラジャ・シンガ・ペルブルアン)』
十二崩壊第二位。“金獅子”ライラ・スリ・マハラニ の有する神禍。
一定範囲内を猟場として、狩られた者の生命力と闘争本能を喰らい、自身を強化する神禍。
猟場の王は、猟場で狩られる全てを己が獲物とし、その生命を喰らい尽くす。
今は猟場を持たぬ身ではあるが、かつて君臨した猟場で喰らった生命は、今なお金獅子の中で渦巻いている。
マレーシア全土を支配した金獅子の力は、一国の軍隊にも匹敵する。
それは単独で戦争を成し得る鋼の魔王とて、簡単に打倒し得るものではない。
これこそが、異常なまでの強度の原因。
単独の生命としては第六位に劣るものの、喰らって喰らって強大と成った金獅子は、魔王や姫をして瞠目せしむる脅威となる。

一人で一国に匹敵する金獅子に慄くべきか。それとも十二崩壊第二位相手に戦争を成立させる鋼の魔王を恐怖すべきか。

戦況は五分と五分。
鋼の魔王の猛攻は、金獅子を傷つけられず。
金獅子の絶技は、鋼の魔王の身体を砕くに至らない。
だが、此処に一つの十代な要素が有る。
この戦闘の結果を定める要素が。

「認めよう。貴様は我等(十二崩壊)にも比肩し得ると」

砲声と爆音止まぬ戦場に、玲瓏と響く女の美声。
此処に於いて金獅子は、鋼の魔王が十二の崩壊に匹敵し得ると認めたのだ。

「本気で殺す。全力で喰らうに足る相手と認めよう」

今まで全力を出していなかった金獅子が、此処に至り遂に前力を解き放つ。
金獅子の総身から、黄金の闘気が放たれた。
分厚い雲に覆われ、星も月も光を地上に届かせる事能わず。辛うじて太陽のみが薄光りを届かせるこの世界で、夜闇を照らして眩く激しく輝く様は、正しく陽光と呼ぶに相応しい。
これこそが、金獅子の名の由来。

鋼すら溶かす熱量と、戦場跡のみならず、周辺のエリアすらも照らす光。
太陽そのものの黄金光は、魔王の動きはおろか、思考すらも止めるに充分だった。

「洗脳するだけの者では無く、貴様が第七であったならば、とうの昔に喰らいに行ったのにな」

動きを止めて隙を晒した鋼の魔王へと、奔る黄金の極大光。
凡そ森羅万象悉くを、貫き穿ち砕き散らす破滅の輝きは、真っ直ぐに魔王へと伸び。

魔王の眼が、凄絶な殺意を宿して金獅子へと向けられた。

「初戦でコイツを使うとは思わなかったよ。金獅子」

金獅子の極光に比する閃光が奔り、次いで爆音と共に捲れ上がった岩盤が、何処までも広がり、戦場跡を呑み込んだ。


◯◯◯

333The Great War ◆VdpxUlvu4E:2025/07/08(火) 21:44:41 ID:lfPMS5/Y0
◯◯◯


「燃料気化爆弾まで使った甲斐が有ったのか無かったのか」

戦場跡に聳え立つ巨大な人影。
所々が欠けた姿は、永い永い時を経た鋼鉄製の神像とも見紛う威容。砂漠の魔王マハティール・ナジュムラフ 。
全力を出した金獅子に抗すべく、大型爆弾複数と、燃料気化爆弾まで使い、金獅子を退ける事に成功したものの、表情は勝者のものとは到底言えなかった。

「あそこまでやったんだ。死んどいて貰わないと、次は少し手を焼くぞ」

殺される寸前にまで追い込まれて、それでもなお、この言い様。
金獅子が死んでいれば、それで良し。生きていても、次に逢えば必ず殺す。
十二崩壊の脅威を直接受けて、なおも揺らがぬ自負。
魔王と呼ばれるに至るには、これ程の自我が無ければならぬのだろう。
何もかもが消し飛んだ戦場跡で、魔王は傷の修復を開始した。


【D–5・戦跡/1日目・深夜】
【マハティール・ナジュムラフ】
[状態]:身体半壊(修復中)
[装備]:無し
[道具]:支給品一式×2、ランダム武器(???)
[思考・行動]
基本:優勝し、救世主を頂く
1:レンブラングリード・アレフ=イシュタルは、実験に使いながら殺す
2:名簿に有った十二崩壊を警戒
[備考]

D–5・戦跡で大規模な爆発が発生し、存在していたものの大半が消し飛びました。



◯◯◯


宙を飛びながら、金獅子は思考する。
魔王が最後に放ったのは、おそらくは戦術核。
アレこそが鋼の魔王の切り札というのならば、次に出逢えば必ず殺せる。

「とはいうものの、少し以上に削られたな」

この地に於いて、金獅子は猟場を展開する事は出来ない。
此処はソピアの作成した猟場であり、金獅子は此処では猟場の王では無く、狩り狩られる獣の一匹に過ぎ無い。
新たに生命を喰らうことは出来ず、その為に過去に喰らった分で戦うしか無いが、初戦でかなり削られてしまった。

「まあ良い。最後に勝つのはこの私だ」

十二崩壊以外にも、強敵が犇く事を知って、この傲岸。勝利を信じてやまぬその精神は、人類文明を終わらせた十と二に相応しいものといえた。

「……何処へ飛ばされているんだろうな」

何処へとも知れぬ場所へと、金獅子の身体は飛翔する。


【場所不明(D–5周辺の空中)/1日目・深夜】
【No.2『金獅子』 / ライラ・スリ・マハラニ】
[状態]:健康 生命力消費(中)
[装備]: 黄金の三叉槍
[道具]:支給品一式
[思考・行動]
基本:勝利。ただそれのみ
1:出逢った全てを殺す
2:出来るならば十二崩壊や我等(十二崩壊)に迫るものと殺し合いたい
[備考]
D–5・戦跡から何処かへと飛ばされています。

334The Great War ◆VdpxUlvu4E:2025/07/08(火) 21:44:57 ID:lfPMS5/Y0
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