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バトル・ロワイアル 〜Paradisiacal Memories〜

435 ◆Ok18QysZAk:2025/05/19(月) 00:19:24 ID:MbptELAE0
申し訳ありません。
プロットが甘かったので、いったん破棄します。

436◆qYC2c3Cg8o:2025/07/31(木) 19:16:12 ID:???0
今更ではありますが>>430の予約分が書き上がりましたので投下します

437◆qYC2c3Cg8o:2025/07/31(木) 19:16:59 ID:???0
静まり返った闇の中を、ベアトリクスは歩き続けていた。
一片の隙も無い警戒体勢と、速足ながら足音を立てぬ軍式歩行法を維持しながら。
この状態を、おおよそ2時間は継続しているだろうか。新兵ならば既に苦痛が顔に出ていてもおかしくない。
だが、鍛錬によってそれらを身体の底にまで染みつかせた彼女にとっては、ただ息をしているにも等しい。

この間、何が起こることも無く、誰と出会うことも無く、彼女が休息を取ることもなかった。
この殺し合いの場における静穏は、客観的には幸運であるかもしれない。

だが、その静寂こそが、彼女の心を時折かき乱す。
本当に自分は将に徹しようとしているのか。
スタイナーの死によって胸に空いた穴を、姫を護るという義務感だけでごまかしているのではないか。
何も起こらない、何も考える必要が無い状況だからか、そんな下らない考えが突発的に浮かんでは消える。

「馬鹿なことを……」


邪念を振り払うように頭を振り、脚を速めようとした、その時。

(…………!!)

彼女の脚が止まった。

装備したアイアンソードによって普段以上に研ぎ澄まされた知覚が、自分の向かう先、東の方角からこちらに接近する人物を感知した。
それも1人ではない。2人。

ベアトリクスは瞬間的に考えを巡らせた。
勝ち残れるのは1人のみというルール上、複数で行動しているならゲームに反抗している人間である可能性が高い。
だが、まだゲームは始まったばかり。ひとまず他の参加者を減らすといった名目で、危険人物同士が同盟を組んでいる可能性もゼロとは言えない。

いずれにせよ、まずは様子を伺わねば。
そう判断した彼女は音もなく物陰に身を潜めると、剣の柄に手を掛けながら気配の方向をじっと見据えた。



朝が近づき始めていた。
先刻まで黒一色だった空は、徐々に瑠璃色に変わりつつあり、星の光は次第に薄れ始めている。
数分後、薄明かりの中に、2つの人影がぼんやりと浮かびあがった。
その一人が誰なのか認めた瞬間、ベアトリクスは思わず立ち上がっていた。

それは、彼女自身が心から生存を願う人物の一人。
かつて籠の中の鳥であったガーネット姫を広き世界に導いた、姫と最も縁深き少年。

「……ジタン」




438◆qYC2c3Cg8o:2025/07/31(木) 19:18:21 ID:???0
「ベアトリクス!」

ベアトリクスの姿を認めたジタンも手を振りながら駆け寄ってきた。
彼の傍らにいる少女・ボタンも、戸惑いながらもジタンの後を追っている。

ベアトリクスから見ればボタンは全く素性の知れない相手ではあるが、
彼女に敵意が無いのはその挙動から明白であった為、最低限の警戒に留めた。


「無事で何よりです、ジタン」
「ああ、ベアトリクスも……」


ベアトリクスはかつて、前女王プラネに従う将軍としてジタンらと敵対し、幾度か剣を交えたこともある。
だが、ガーネットの女王即位の後は、ジタンらに同行こそしなかったとはいえ、明らかに彼らの"仲間"であった。

信じられる仲間との再会。
にも拘わらず、ジタンの返事は重かった。
笑顔でありながらも、どこかバツが悪げな複雑な表情を浮かべている。
その理由は、恐らく"彼"のことだろうと、ベアトリクスは察する。
更にもう一つ、気になることがあった。

「しかしジタン。なぜこちらの方向に? 城に向かうのではないのですか?」
「あー、それなんだけど……」
「すいません。うちの我儘に付き合ってもらったんです」

頭を掻いて言い淀むジタンに代わり、傍らのボタンがおずおずと口を開いた。



439◆qYC2c3Cg8o:2025/07/31(木) 19:19:08 ID:???0


「…………そういうことでしたら仕方ありませんね」

ジタン達がアレクサンドリア城を離れるまでの顛末を聞いたベアトリクスは、ひとまず納得をした。
ガーネット姫はアレクサンドリア城に向かうという己の推測も、結局は可能性に過ぎない。
姫が置かれている状況が分からない以上、彼女と合流できるかはどうしても賭けになる。
そういう意味では、人格も実力も信頼できるジタンがテーブルシティへ向かうことは都合が良いとも考えられた。
自分かジタンのどちらかと合流できれば、姫の生存確率は大幅に上がるだろう。

「それとジタン、スタイナーを弔って頂きありがとうございます」

ジタンに対し穏やかな笑顔で礼を言う。
だが、当の彼は快活な彼らしくもない、極めて深刻な表情を浮かべていた。

「礼なんか言わないでくれ。
 むしろ、オレの方から謝らないといけねえ。
 あの時、オレはスタイナーのすぐ傍にいたんだ。オレがもっと強く止めてれば……」

ジタンは奥歯を噛みしめながら悔恨の言葉を吐いていた。
ベアトリクスがこんな様子の彼を目にするのは初めてだろうか。
彼女は無言でその言葉を受け止めていた。
その様子から彼女の心情を伺うことは出来ない。

「…………すまねえ、ベアトリクス」

ジタンはそう言って、頭を下げた。


客観的に見れば、あの時首輪の仕掛けなど知る由もなかったジタンにスタイナーの死の責を問うなど、誤りであろう。
彼の命を奪ったのは紛れもなくあの魔女、古砂夢だ。
そしてジタン自身、アレクサンドリア城でスタイナーの死体を弔った時に、彼の死を受け入れ、この殺し合いに抗う覚悟は決めていた。
そのつもりだった。

だが、ジタンは目の前のベアトリクスとスタイナーが深い仲にあることを知っている。
だからこそ、この場でベアトリクスと再会したことで、スタイナーの死に対する責任と後悔を改めて覚えずには得られなかった。
理屈ではないのだ。



「…………顔を上げてください、ジタン」

そんな彼に向けて掛けられた、ベアトリクスの言葉は穏やかだった。
ベアトリクスに、スタイナーの死についてジタンを責めるつもりは元よりなかった。
何故なら、スタイナーを止める機会は、彼女にも有ったのだから。


このゲームの始まりの時。あの大広間で目を覚ました直後。
スタイナーは、良くも悪くも彼らしい大声と大げさな挙動によって一際注目を集めていた。
当然、ベアトリクスも早々に彼の存在は認識しており、
その後ジタンとスタイナーが何か言い争っていたことまで把握できていた。
彼女がその気になっていたなら、2人の元に向かうことも充分に可能だったろう。

しかし、ベアトリクスは将であった。
最優先の守護対象であるガーネット姫の所在と状況の確認を優先し、冷静に周囲の様子を窺おうと努めていた。
それは将軍としては全く正しい行動であっただろう。

だが、それ故に彼女は後れを取り、目の前でスタイナーを失う結果となった。

かつて、霧の根源にスタイナー達が向かったと聞いた時、
慌てふためいてレッドローズ号を発進させた自分は何処へ行ったのかと、
そう自問しても、もう意味はない。

スタイナーの死という現実を前に、ベアトリクスという人間が心の奥底で何を望んでいるのか、もう自分でも分からない。
…………だから。

「…………彼の死を受け入れた、と言えば嘘になります」


そう。ベアトリクスという個人を捨てて、


「ですが、かつて彼は、自分と共に姫様をお守りして欲しいと、そう言ってくれました。
 ならば、私はその遺志を継いで姫様を護る、それだけです。
 ……それはジタン、貴方も同じではないですか?」


今は、正論を語ろう。
胸に抱く感情を、将という名の仮面に隠して。



その言葉を聞いたジタンは、思わず天を仰いでいた。

"落ち込んでいる暇があるなら、姫様や他の者を助ける為に動くのである!!!"

ベアトリクスの言葉に、そう自分を怒鳴りつけるスタイナーの姿が重なった。

「………すまねえ、おっさん」

ただ、そう呟くしかできなかった。



440◆qYC2c3Cg8o:2025/07/31(木) 19:19:47 ID:???0
ジタンとベアトリクスの会話を少し離れて見守っていたボタンは、
胸に針が指すような痛みを感じていた。

ここに来るまでの途中に、ジタンの口から彼の仲間について簡単な紹介を受けてはいたが、そこまで深い話は聞いていない。
それでも、最初に殺されたスタイナーという人と、目の前のベアトリクスが何か特別な関係にあったらしいことは、
そういう機微には疎い自分でも何となく分かる。


スタイナーの死を巡る2人の会話は、ボタンにクラベル校長の最期の姿を思い起こさせた。
校長に望みがあるとすれば、生徒である自分やアオイ達が無事に生きて帰ることなのは間違いない。

でも、ただ守られるだけでいいのか。
クラベルの、そしてスタイナーの死を無駄にしない為に。
自分だけでなく、自分に付き合ってくれたジタンや、彼の仲間のベアトリクスの為に、
何か自分もできることはあるんじゃないのか。
そういったことを考えているうちに、自然と握られた手に力が込められていく。


「じゃあ、ベアトリクスはこのまま城に行くんだな?
 さっきも言ったけど、俺達が出発するまでは誰もいなかったぜ?」
「ええ。私のように到着が遅れているだけかもしれませんし」


いつの間にかジタンとベアトリクスの会話が再開されていたが、
お互いにまだ落ち着いてはいないのであろう、当たり障りのない事務的な内容に終始している。

その時だった。
ボタンの眼に、ふと2人に付けられた首輪が映った。
瞬間、彼女は悟った。自分にできるかもしれないことを。
反射的に体が動き、ジタンとベアトリクスの間に割り込んでいた。

「ちょ、ちょっといいですか」
「おっ!? ど、どうしたんだよ、ボタン」
「うん、聞いてほしいことが」
「落ち着いて下さい。何か話したいことでも?」


ベアトリクスに促され、深呼吸をして一旦心を落ち着けた後、
ボタンは語り出した。自分の決意を。

「テーブルシティに、うちの住んでた部屋があるの。
 もしうちが使ってたのそのままで、パソコンとかがあったなら、この首輪を解析してみようと思う」
「解析……? そんなことできんのか?」
「ん。うち、そういうことは得意なんよ」

ボタンは強い瞳で言い切った。
事実、ハッキング能力には自信があった。
ポケモンリーグのリーグペイシステムにハッキングを行ったことがあり、
現在ではオモダカらの依頼を受け、システムの脆弱性改善の仕事も任されているのだ。


「ですが、そのパソコンという道具が、あらかじめ撤去されている可能性もありますが……」
「いや、オレの見た限り、この世界のアレクサンドリア城はオレ達の世界とほとんど変わりなかったぜ。
 それならテーブルシティの方も、元の世界そのままかもしれない」

懸念を示すベアトリクスに対し、可能性を示したのはジタンだ。
ジタンは盗賊だ。故に周囲の観察力に長けている。
最初の出発地であるアレクサンドリア城の様子も抜け目なく確認しており、
自分の記憶にある城とほぼ同じであるという結論を出していた。
ベアトリクスも、彼が言うなら信憑性は高いと判断し、なるほどと呟いた。

「可能性は決して低くはない、ということですか。
 それなら、確かめる価値は充分にありますね」

無論、ジタンもベアトリクスも楽観的には受け止めていない。
こんな殺し合いを開くことのできるほどの主催者が、
学生一人で解析できるような代物で自分達を縛ろうとしているとは思えないし、
ボタン自身もそれは承知の上だろう。

だがそれでも、この殺し合いの打破に繋がるかもしれない第一歩だ。

441◆qYC2c3Cg8o:2025/07/31(木) 19:20:38 ID:???0

「ではホタンさん。もし設備が残っていれば解析をお願いします。我々にはそういうことはまるで分かりませんから。
 ジタン、彼女のことをお願いします」
「ああ、任せとけ」
「それとボタンさん、お聞きしたいのですが、貴女の他にそういうことのできそうな、機械に強い人物に心当たりはありませんか?」
「うちの他に……?」

言われて、そっか、とボタンはその問いの意図を察した。
別に自分一人だけで全てを解決する必要はないのだ。
最終的に目的を達成出来れば、それでいい。
そして、識者が多いほど可能性が高まるのは道理だ。

では、その機械に強い人物とは?
ボタンの頭に、すぐ一人の人物が思い当たった。
恐らく、自分より遥かに優れた技術力の持ち主が、この会場のどこかにいる筈だった。

「……フトゥー博士って人がいる」
「名簿の、このフトゥーAIって人か? 変わった名前だな」
「ん。この人は科学者で…… タイムマシンを作った人なんよ」
「タイム……マシン?」
「そう。信じられないかもしれないけど、"現在"と"未来"を繋げる機械」

それからボタンは自分の知るタイムマシンについて説明したが、
それはジタンとベアトリクスにとっても驚くべき内容だった。
ジタン達はかつて、インビンシブル号を初めとしたテラの超科学を目にしており、
ヘイストやストップといった局所的に時間の流れを操作する魔法も知っている。
だが、純粋な科学技術によって時間を超越する機械を製作し、
実際に現在と未来の世界を繋げてみせたという話には驚愕を禁じ得なかった。

「とても信じられませんが…… それ程の科学者なら、何としても保護して協力を仰がねばなりません」

驚嘆しながらベアトリクスはそう呟いていた。
この場でタイムマシンを作ることなど流石に出来はしないだろうが、
その技術力が脱出の大きな力となるのは間違いないだろう。

だが、当のボタンはどこか不安げな表情を浮かべていた。

「うん。確かに味方なら、めっちゃ頼りになる人だとは思うんよ。
 知識も技術もうちとは比べものにならんだろうし。
 ただ……」

「ただ?」 

「……あの人、一回操られたんよ」


操られた。
ボタンの口から出たその不穏な単語に、2人は眉を顰める。


「それは、悪人に上手く利用されたという意味ですか? それとも、何か洗脳の類を受けたと?」
「ん、2人には分かりづらいかもしれんけど……」


ボタンは、自分の知るフトゥー博士……… 否、フトゥーAIについて語った。
彼は人間ではなく、オリジナルのフトゥー博士の人格をコピーしたAIである。
パルデアの大穴の冒険において、彼は暴走するタイムマシンを止める為に、ボタン達の手助けを行ってくれた。

だが彼には、オリジナルの博士の手によって、タイムマシンを護る為の戦闘プログラムと、
AI自身すら知らなかった最終防衛プログラム『楽園防衛プログラム』が与えられていた。
そして、冒険の最終局面において、彼は楽園防衛プログラムによってその人格を塗り替えられ、最後の障害としてボタン達の前に立ち塞がった。

プログラムによる影響の無い、彼本来の人格なら、味方として考えていい。だが。

「なんとなく気になんのよ。
 下手すっとこのゲームも壊せるかもしれない人を、そのまま連れてくるかなって。
 機械なら、中身いじることもできるし」

アオイやネモ、ペパーなら、彼に対してここまでの警戒は抱かなかったかもしれない。
ボタンがその発想に至ったのは、元から多少ひねた性格をしていることもあるが、
何よりも機械とプログラムの関係性について深く理解していることが大きい。


「…………」

ジタンは神妙な面持ちで、ボタンの話を反芻していた。
AIやプログラムといった単語についてはさっぱり分からないが、
機械という"肉体"に、プログラムという"魂"が移るものだろうか、と理解した。
そして、自分の遺志ではそのプログラムには逆らうことはできない。
そういった要素は、"魂の器"ジェノムの持つ負の面を思い起こさせる。

「―――好きじゃねえな、そういうの」


ジタンのその呟きを聞いて我に返ったボタンは、慌てて両手を振ってフォローする。

「ああ、もしかしたらそういうことがあるかもってだけよ。
 普通に味方で、うちが気にしすぎてただけってオチかもしれんし!」

話し方が悪かったかと胸中で悔やむ。
味方の可能性も充分にある人物なのだから、ジタンやベアトリクスに過度に警戒されても困る。

442◆qYC2c3Cg8o:2025/07/31(木) 19:21:26 ID:???0
「とにかく、優秀な科学者であることは間違いないが、万一があるということですね。
 ボタンさん。極めて有意義なお話しをありがとうございました。心より御礼申し上げます」
「…………お、おうっす」

ベアトリクスは完璧な敬礼姿勢を取り謝意を表した。
その威風堂々たる姿に気圧されてたじろぐボタンの姿に穏やかな微笑みを向けた後、
ベアトリクスはあらためてジタンに顔を向けた。


「おかげで我々の戦略も見えてきました。
 ジタン。ボタンさんの話を踏まえて、我々はこう動くべきだと思いますが、でしょうか」

ベアトリクスの語った戦略はこうだった。
テーブルシティとアレクサンドリア城を拠点にそれぞれの仲間と合流して戦力を整えると共に、
フトゥー博士のように首輪解除の力となり得る参加者を可能な限り集める。
最終的には設備のあるグレープアカデミーで首輪の分析を行い、解除方法を見つけ出す。


それを聞いたジタンもボタンも、現状で考えられる方策としては妥当と判断した。
情報が足りず、計画の詳細を詰めることはできない以上、
いわば叩き台のレベルに過ぎず、粗は幾らでもあることはその場の全員が理解している。

だがそれでも、事態解決への道筋が立てられたことは大きい。
先の見通しが全く立たないのと、わずかでも脱出の希望があるのでは、心理的な負担が違う。
更に、検討に値する脱出計画があるという事実は、他の参加者に協力を求める上で大きな武器となるだろう。


そしてベアトリクスの戦略に従い、3人はそれぞれの目的地へ向かうことに決まった。
ジタンとボタンは北のテーブルシティへ。ベアトリクスは東のアレクサンドリア城へ。


その別れ際。

「じゃあ、この中の誰かと会ったら、うちがテーブルシティに行ったと伝えてください」
「了解しました。しかし、こんな子供達まで巻き込むとは許せませんね。外道め……」
「ベアトリクス。余計なお世話かもしんないけど、一つだけいいか?」

ボタンがベアトリクスに仲間達の紹介を終えたのを見計らって、ジタンが声を掛けた。
真剣な表情だった。

「簡単に命を捨てないでくれ。そんなことしても、ダガーもスタイナーも喜ばねえよ」

ベアトリクスは、まるでそう言われるのを予期していたかのように、
動揺を見せることなく、こう応えた。

「ご忠告感謝します。貴方も生き延びてください。姫様を悲しませることなきよう」

その言葉を残して、ベアトリクスはアレクサンドリア城に向かい、足早に去っていった。
感謝するとは言ったが、命を捨てない、とは言わなかった。
それに何の意味が込められているのかは、ジタンには分からなかった。




443◆qYC2c3Cg8o:2025/07/31(木) 19:21:48 ID:???0
(ボタンさん。今の私に目的を与えて頂きありがとうございます)

独り歩き出したベアトリクスは、改めて心の中でボタンに感謝の意を示した。
目下の目的が出来たことは、今のベアトリクスにとって大きな救いであった。
成すべき事があれば、己の胸に空いた穴に目を向けなくて済む。


続いて脳裏をかすめたのはジタンの別れ際の一言。

―――簡単に命を捨てないでくれよ。

(見透かされていたか。だが、無理もないか)

迷いを隠し切れなかった己の未熟さと、それを見逃さず声を掛けたジタンの優しさに、思わず苦笑する。

今の自分はアレクサンドリアの将軍として、ガーネット姫を護るために全てを尽くす覚悟だ。
己の命も駒の一つとして、姫の剣に徹するのみ。

それはいい。だが。

その実、無意識の内に死に急いでいるのではないか、
姫への献身やスタイナーの死を言い訳にして自己犠牲に身を任せているのではないかと問われれば、否定できる自信がなかった。
ジタンは、そんな自分の迷いを感じ取っていたのだろう。


かつての己は、騎士として生き、そして死ぬものと決めていた。
だが、スタイナーらとの出会いで、自分は変わった。
あるいはこの先、かつて思いもしなかった、ただ一人の人間としての生き方を知ることが出来たかもしれなかった。

しかし、その機会は永遠に失われた。

彼の死と共に。


(だがジタン。多分、それには答えられない。
 今の私には、もう、この生き方しか残っていないのだから)

そう心中で詫びると、アレクサンドリアの女将軍は、主君がいるかもしれない城に向けて脚を速めた。



444◆qYC2c3Cg8o:2025/07/31(木) 19:22:58 ID:???0
「えっと、ジタン。ベアトリクスさん、一人で行かせて良かったの?」
「ああ。いろいろ考えたけど、あの人強いし、ダガーとビビのことも考えると仕方ねえかなって」

再びテーブルシティに向けて歩きながらジタン達は、一人城に向かったベアトリクスについて話をしていた。
ジタンが彼女に対し、どこか生き急ぐような危うさを感じたのは事実だ。
だが、他の仲間達が生き延びるために彼女の力に頼りたいのもまた事実だった。
もしベアトリクスが首尾よくダガーやビビと合流できたなら、
彼らの生存率が大きく上がることは間違いないのだ。


「でも、最後に決めたのは、お前が首輪調べるって言ってくれたから、かな」
「え? そうなん?」
「そのこと言ったらさ、ベアトリクスはちゃちゃっと作戦立ててくれたじゃないか。
 それをいい加減に放り出したりはしないと思ってさ」

彼女にまだ迷いが残っていることは感じ取れていたが、
スタイナーの遺志を継ぐという彼女の言葉に嘘はない、と信じたかった。
ジタンに最終的な決断を下させたのはそれだった。

「……でも、うまく行くかは分からんよ? ヒントの一つでも見つかれば、ってレベルだと思う」
「考えすぎんなって。どうなろうが責めたりなんかしねえから。少なくともオレはな」

そう言ってジタンはボタンに対し、にかりと屈託のない笑顔を向けた。
どこか気恥ずかしくなり少し顔をそむけるボタンの眼に、目的地のテーブルシティが映る。
同時に、東の地平線から太陽の光が差し込み、街を照らし始めた。

その光は希望なのか。
それとも自分達を火の中に呼び込もうとする誘蛾灯なのか。
2人にはまだ分からなかった。

【D-3/一日目 黎明】
【ジタン@FINAL FANTASY IX】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:基本支給品、不明支給品(確認済み、1〜3)
[思考・状況]
基本行動方針:殺し合いを止める。ダガーを守る。
1.ボタンとテーブルシティへ向かう。
2.ダガーやビビと合流したい。
3.クジャのことは気にかかる。

※参戦時期は少なくともクジャと対面して以降です。


【ボタン@ポケットモンスター バイオレット】
[状態]:健康
[装備]:イーブイのバッグ@ポケットモンスター バイオレット
[道具]:基本支給品、モンスターボール(ニンフィア)&テラスタルオーブ@ポケットモンスター バイオレット、不明支給品(確認済み、0〜2)
[思考・状況]
基本行動方針:殺し合いから脱出する。
1.ジタンとテーブルシティへ向かう。
2.グレープアカデミーの自室で首輪の解析を試みる。
3.アオイをはじめとする知り合いとの合流を目指す。
4.フトゥーAIのプログラムが改変されている可能性を気に掛けている。


※参戦時期は本編終了以降です。

【D-4/一日目 黎明】
【ベアトリクス@FINAL FANTASY Ⅸ】
[状態]:健康、失意、冷静
[装備]:アイアンソード@FF9、サポートアビリティ「警戒」「マンイーター」
[道具]:基本支給品、不明支給品(確認済み、0〜2)
[思考・状況]
基本行動方針:ガーネット様をお守りする。そのためなら手段は問わない。
1.まずはアレクサンドリア城を目指す。
2.スタイナー……。
3.フトゥーAIが味方なら事態解決への協力を仰ぐ。
4.首輪解除の力になりそうな人物を探す。

※参戦時期はエンディング後です。
※自分はトランスができないと認識しています。
※原作ではベアトリクスはサポートアビリティを習得できませんが、本ロワにおいては習得しているものとします。
 今話で登場したもの以外の習得状況については、今後の書き手さんにお任せします。
※ボタンが首輪の解析を試みようとしていることを知りました。
※ボタンからアオイ、ネモ、ペパー、フトゥーAIについての情報を得ました。

445◆qYC2c3Cg8o:2025/07/31(木) 19:24:11 ID:???0
投下終了します。
タイトルは「その遺志を継いで」です

446◆qYC2c3Cg8o:2025/08/31(日) 08:12:00 ID:???0
陽夏木ミカン、マーヤ、ビビで予約します

447◆qYC2c3Cg8o:2025/09/03(水) 19:52:26 ID:???0
投下します

448◆qYC2c3Cg8o:2025/09/03(水) 19:54:03 ID:???0
 E-6エリア。キラキラ大風車塔の周りに広がる丘陵地帯、風車の丘。
 アストルティアでは風光明媚で知られた地に、戦いの音が鳴り響いていた。

 唸りを上げて吹き荒れる風と、容赦なく降り注ぐ雨の中、獲物を狙うモンスターが叫ぶ。
 稲光が走り、戦いの中心にいる2つの小さな人影を照らした。
 黒衣の少女・マーヤと黒魔導士の少年・ビビ。2人の周囲を複数のモンスターが取り囲んでいる。


 マーヤの目の前にいるのはマスクを被った兎の獣人。
 アストルティアではあらくれチャッピーと呼ばれたモンスターが彼女に向かって四肢を振り回している。
 空ではウッディアイと数匹のドラキーマが隙を狙って目を光らせており、ビビが攻撃魔法を放ってその動きを牽制していた。

 マーヤはガテリアの宝剣を握りしめながら歯噛みしていた。
 彼女の剣はあらくれチャッピーの体に幾つかの傷を刻んだが、いずれも浅く、致命傷には程遠い。
 何とか攻撃は凌げているものの、恐らくスタミナはあちらが上。このまま消耗戦になれば危険だ。
 文字通り子供の力しか持たないこの身体が恨めしい。が、恨み言を言っても今はどうにもならない。

 一方のあらくれチャッピーも、自分の攻撃をしぶとく躱し続ける相手に苛立ちを見せていた。
 遂に埒が明かぬと見たか、捨て身の構えを取ると、猛然と突進を開始した。
 マーヤの細腕では己を仕留めきれまい。
 その前に自分の腕が彼女の体に突き刺さる、と踏んだのだろう。
 だがその瞬間、彼らの動きを視界の端に捉えていたビビが鋭く叫んだ。

 「スロウ!!」

 魔力の波動がモンスターの身体を包み、その動きを鈍らせる。動揺の叫びをあげるあらくれチャッピー。
 防御を捨てたことが仇となり、無防備と化したその首筋にマーヤがガテリアの宝剣を正確に突き立てた。
 動脈から鮮血が噴き出し、断末魔の叫びを上げて倒れるモンスター。それには眼もくれずマーヤは駆け出す。
 ビビがスロウを唱えた隙を突き、上空のウッディアイが急降下して襲い掛かっていた。

「うわわっ……!」

 ウッディアイが根を鞭のように振り回し、ビビを襲う。ぬかるんだ水たまりで足を取られ、バランスを崩すビビ。
 だが間一髪マーヤが割って入り、短剣を閃かせて根を切り払う。
 その隙にビビが詠唱を終え、杖を構えた。

 「ファイラ!!」

 杖先から放たれた火球は完璧にウッディアイを捉えていた。魔力の炎が、風雨をものともせずその木の体を焼き尽くし、炭化した残骸が地面に落ちる。

 残るドラキーマは勝ち目がないと悟ったのか、キィキィと鳴きながら夜の闇に逃げ去っていった。

449◆qYC2c3Cg8o:2025/09/03(水) 19:56:34 ID:???0


「ったく、一体なんなのよコイツら」
「お姉ちゃん、大丈夫?」
「ええ、ビビのおかげよ。助かったわ」

 心配そうに見つめるビビに、マーヤは笑みを返す。
 2人はモンスターの目から逃れるため、近くの物陰に身を隠すと、一息ついた。

 マーヤとビビは、ビビの仲間が目指すであろうアレクサンドリア城に向かって移動していた。
 だがE-6エリアに足を踏み入れた途端、突然の暴風雨とモンスターの襲撃に見舞われたのだ。

「それにしても驚いたわ。ビビ、あなた強いのね」
「いや、そんな……」

 世辞ではなく、マーヤは純粋にビビの実力に感嘆していた。
 ただ力があるだけでなく、戦闘時の判断も的確。場数もそれなりに踏んでいるらしい。
 これほどの戦力になろうとは、思ってもなかった幸運だった。

「ビビは、仲間の人と一緒に冒険してたのよね。他のみんなも強いの?」
「うん、ジタンもダガーのおねえちゃんも、ベアトリクスさんも」
「……へえ。そうなの」

 それを聞いて内心ほくそ笑む。
 ビビの仲間が実力者揃いというのは良い情報だ。
 ビビの話を聞く限り、彼らは良識を持った人物であり、殺し合いには乗らない可能性が高い。
 ビビを無事に彼らの下に連れて行けば、彼らは私を信用するはず。
 その上で、彼らに『大鳥希は悪人である』と認識させ、ぶつけるのがいいだろう。


「……それにしても、今のモンスターは何だったのかしら」
「ウーン……?」

 皮算用はそこまでにして、目の前の異変に目を向ける。
 襲ってきたモンスターは何物か。誰かの手によるのなら、その思惑は何なのか。

 まず考えられるのは、城で死亡した老人のワニのように、他の参加者が使役するモンスターという可能性だ。
 そうであるならば、『HPリンク』により使役した人間も死亡した筈だが、あまりにあっけなさすぎてとても実感が湧かない。

 何より、周囲にはまだ幾つものモンスターの気配がある。
 今戦ったモンスターは幸いにもそれほど強くはなかったが、遠目で見渡せば、鎧の騎士や赤い山羊のような悪魔、顔のある巨木といった、いかにも強そうな個体もいる。
 まともに戦う気にはとてもなれない。
 この全てが他の参加者が使役するものだとは思えない…… というより、思いたくなかった。

「参加者の手駒じゃないなら、あの主催の魔女か……」
「でも、あの女の人は、モンスターがいるなんて言ってなかったよ?」
「いない、とも言ってないわ。こんな悪趣味な殺し合いをさせるくらいだから、そしらぬ顔でモンスターを会場に放り込んでおく、くらいはやってもおかしくはないわね。
 ……あと、考えられるのは」

 マーヤの視線が風車塔に向く。

「この"呪い"の影響か、ね」

 鋭い目つきで塔を見つめる。
 彼女の眼には呪いが黒いモヤとなって渦を巻き、このエリア一帯を包んでいるように映っていた。

「呪い……? この、イヤな空気がそうなの?」
「ええ。あの風車を中心に、強い呪いが広がっているわ。モンスターも、この嵐も、もしかしたらその影響かも」
「なら、すぐ離れた方がいいよね……?」

 おどおどと来た道を引き返そうとするビビ。
 そもそも自分達の目的地はアレクサンドリア城であるし、無駄な戦いで消耗しても意味は無い。
 よって、ビビの判断は全く正しい……筈であった。

「……お姉ちゃん?」

 だが、マーヤは動かなかった。
 彼女は、ガテリアの宝剣を握りしめたまま、じっと風車塔を見つめていた。

450◆qYC2c3Cg8o:2025/09/03(水) 19:58:52 ID:???0
 ――――力が足りない。

 先ほどの戦いでそう痛感した。
 不覚にも不意を突かれ、魔法を使う暇もなく接近戦を強いられることとなり、己の非力さを思い知らされた。
 成長を止められたこの身体が、忌まわしい。

 ビビがいた為に大きな消耗もなく勝利できたが、これから先ずっと彼に頼るわけにもいくまい。
 自分の目的が優勝である以上、ビビもその仲間も、最終的には切り捨てなければならないのだ。
 この身体であっても敵を倒せる力が絶対に必要だ。
 それを手に入れる為には、危ない橋も幾つか渡らねばならないだろう。


 握りしめた短剣から、怨念が脈打つように伝わってくる。
 怨念は少しずつ強まっていた。まるで、自分達を殺した張本人がこの舞台のどこかにいる、と訴えるかのように。

 自分の力の根源は、憎悪だ。大鳥希に対する、恨み。
 その為か、自分の魔法は呪いと強い親和性がある。
 だから、ガテリアの宝剣の持つ怨念に、自身が抱く呪いを上乗せするという発想は有った。
 その上で、このエリアを包む呪いの正体を突き止め、自分の力とすることができれば――― 大鳥希も殺せる力が手に入るかもしれない。


 では、このエリアの呪いの正体は何か。
 自分自身の呪いや、ガテリアの宝剣のそれとは、いわば性質が異なる。
 自分やガテリアの宝剣の呪いには明確な標的―― 大鳥希や、ガテリア皇国を滅ぼした人物―― が存在する。
 一方、このエリアの呪いは、足を踏み入れた相手に問答無用で攻撃を仕掛ける、言うならば"厄"に近いタイプだ。

 だからこそ、呪いの主の狙いが分からない。何故このエリア一帯を呪いで包むような真似をしたのか?
 まともな判断力があるなら、このような"危険人物がこのエリアにいます"と堂々と表明するような行為はするまい。
 嵐が吹き荒れ、モンスターがウジャウジャと湧いて出てくるようなエリアに、他の参加者が近付くわけもない。
 これほど広範囲に呪いを振りまくなら、本人も相応に力を消費するだろう。
 要するに、この呪いはほとんど力の無駄撃ちであり、周囲の人間を警戒させる行為にしかなっていない筈なのだ。


(…………自分の呪いをコントロールできていない?)

 この状況から、マーヤはそう推測した。
 強力な術者に襲われて呪いを掛けられたのか、支給品でとんでもない呪物でも引いたのか。

 いずれにせよ、呪いの制御には自信がある。呪いの主が抵抗さえしなければ何とかなるだろう。
 人となりによっては恩を売ることもできるかもしれないが、流石にそれは高望みだとして、頭の隅に追いやった。

 そして、他の参加者が呪いの影響を受けたこのエリアにが近づく可能性は低い。
 マーヤは今が好機だと判断した。

「ビビ。この呪いの元凶を突き止めに行くわ。悪いけど付き合って」
「え!?」
「多分だけど、この呪いの主は、自分の力を制御できてない。
 だから私が何とかする。安心して。呪いの扱いには自信があるの」

 マーヤには信頼を置いているビビも、彼女の判断にはためらいを見せた。

「お、お姉ちゃんがどうしてもって言うなら、いいけど、平気かな…… モンスターが沢山いるよ?」
「大丈夫。いい道具があるの」

 マーヤがザックから取り出したのは、一枚のお札だった。
 説明書によれば、名前は"オトリ召喚の札"。周囲の敵の目を引き付ける『オトリストーン』を呼び出すのだという。

 早速それを使用し、オトリストーンを召喚する。
 説明の通りモンスターの眼が囮に向けられたら、その隙に風車塔に向かう。
 そういう算段なのだが、マーヤが急に何か思いついたような仕草を見せた。ガテリアの宝剣を手に取ると、岩の表面に何かを刻んでいく。

「?」

 ビビが首をかしげて、ひょいとそれを覗き込む。
 オトリストーンに刻まれていたのは、雑な少女の顔と、"オオトリノゾミ"という文字。

「これ、何?」
「おまじない、よ」


 ややあって、オトリストーンが怪しげな光を発し始めた。
 周囲のモンスター達の目がたちまちその光に引き付けられていく。
 光を目にしたモンスターは興奮状態に陥り、灯りに群がる虫の如く、叫び声を上げながらオトリストーンに殺到し始めた。

「効果覿面ね。行きましょう、ビビ」

 マーヤは仇敵の名と顔を刻んだ岩がモンスターにボコボコにされる様に向けて小さく舌を出すと、風車塔へと走り出す。
 ビビも慌ててその後を追った。



451◆qYC2c3Cg8o:2025/09/03(水) 20:02:42 ID:???0

 その後、2人はうまくモンスターの眼をかいくぐり、キラキラ大風車塔に辿り着いた。
 色とりどりの装飾が施された建物に、塀の上を走る小さな汽車、並ぶ出店の数々。
 元の世界では訪れる人々で賑わっていたのだろう。平時の姿であったのなら、ビビなどは眼を輝かせていたに違いない。
 だが、この闇夜と嵐の中、静まり返ったその景色は廃墟のように不気味で、汽車の単調な走行音がかえって物寂しさを掻き立てる。

 ビビはきょろきょろと周りを見回しながら歩を進めていたが、突然、前を歩くマーヤの脚が止まった。

「――止まって!」
「えっ!?」

 鋭い声にビクッと身体を震わせるビビ。マーヤは険しい顔つきで何かを見つめていた。
 彼女の視線の先、2階へと続く階段に、小さな影が横たわっていた。

「あ、あ……」

 それが何かを認めたビビの身体が、細かく震え出す。持っていた杖が地面に落ち、乾いた音を立てた。


 それは死体だった。
 年端もいかぬ少女の喉に、剣が突き刺さっている。彼女は驚愕に眼を見開いたまま、事切れていた。


「なんで、なんでこんな……」

 ビビは、よろよろと死体に近づく。震えながら膝をつくと、死んだ少女の手を握った。
 生気を失って久しく、雨風に晒され続けていた身体は残酷なまでに冷たかった。

「……可哀そうだけど、弔ってあげる余裕は無いわ」
「…………ウン…………」

 嵐が吹き荒れ、モンスターが闊歩する中、感傷に浸っている暇もない。
 少女の痛々しい姿に耐えられなかったのか、ビビは少女に刺さった剣を抜いた。

 その時だった。

「う、あ……!?」

 ビビが突然両膝をついた。身体を酷く震わせている。

「どうしたの、ビビ!?」
「こ、この剣…… 持ってると、すごくつらい、悲しい気持ちになる……」
「剣?」

 言われてマーヤも気付いた。この剣から、強い思念が感じられるのだ。自分が手にしているガテリアの宝剣のように。

「残留思念ね……。ビビ、大丈夫だから、剣を放して、落ち着いて」

 ビビの表情には怯えと、それ以上に悲しみの感情があった。彼が落ち着くのを待って、マーヤは指示を出す。

「ビビ、まずは彼女を塔の中に移してあげましょう。雨ざらしは可哀そうだわ。
 塔の扉を開けてきて。中に敵がいるかもしれないから、気を付けてね」
「ウ、ウン……」

 よたよたと階段を登っていくビビの背中を一瞥したあと、マーヤはあらためて死体とその周囲を見渡した。

「……殺した奴がよっぽど自分を見失ってたのか、それともモンスターに殺されたのか」

 死体の近くには、彼女のものらしき支給品が転がっていた。
 正常な判断ができる者が殺したのなら、支給品を放置するはずがない。第三者が先に死体を発見していたとしても同じだ。
 自分の見立て通り、近くに参加者はいないのだろう。呪いの主以外は。

 支給品を回収すると、続いて少女の首に突き刺さっていた剣を手に取った。
 その途端、剣から逆流するように込められた思念が伝わってくる。
 直接触れて理解した。これはガラテアの宝剣とはまた違う。

「この感情は、悲しみ…… いや、強い後悔。
 武器に思念が宿っているのでなく、この武器が思念そのもの、なの?」

 しげしげと剣を見つめながら考察を続ける。

「どうやら、感情や思念が変じた剣らしいわね。興味深いわ。
 悪意は感じない。つまり、この子は事故か誤認で殺されたのか。なるほどね」

 そう呟いて、剣をしまった。
 丁度ビビが戻ってきたため、2人は風車塔の中に少女の遺体を運んでいった。



452◆qYC2c3Cg8o:2025/09/03(水) 20:07:05 ID:???0

 2人は風車塔の内部に足を踏み入れた。左手には宿屋があった為、まず少女の死体をそっとベッドに横たえた。
 それが終わると、2人は広間中央の床に視線を向けた。そこには自分達とは別の、真新しい足跡が1つ。入り口から正面のエレベーターまで真っ直ぐに続いている。
 呪いの主らしき人物は、つい先ほど急ぎ足でここを通り、エレベーターで上層に向かったのだろう。

「じゃあ、上に行くわよ。気を付けてね、ビビ」
「……お姉ちゃん」
「何?」

 エレベーターのボタンを押そうとしたマーヤの手が止まる。ビビが真剣な瞳でこちらを見つめていた。

「この呪いを掛けてる人が、さっきの女の子を殺したのかな……?」
「可能性は高いと思うわ。でも、絶対とは言い切れない」
「そうだよね…… でも、さっき剣を持ったとき、凄くつらい気持ちが伝わってきたんだ。
 ……だから、もし、その人があの子を殺したんだとしても、それを本当に悔やんでて、泣きたいくらい辛くて、苦しんでるなら…… ボクは、その人を助けたい」

 声は小さく、頼りなかった。
 だが、そこには強い決意が込められていた。

「……気持ちは分かるけど、そう思い込むのは危険だわ」
「ウン、分かってる。だけど、お願い」
 
 そう言って頭を下げるビビを見つめながら、マーヤは考えを巡らせた。
 確かに剣に残された思念には、悪意の類は感じられなかった。
 それでも、上にいる人間が何者か分からない以上、楽観的に考えるのは危険だ。
 万一にでもビビの感情が仇にならぬよう、マーヤはこう続けた。

「それじゃ、こうしましょう。上では私の言うことに従うって約束して。
 私が逃げるって言ったら逃げるし、諦めるなら諦める。イヤだ、はダメよ。あなたの気持ちは分かるけど、私を信じて。分かった?」
「ウン……分かった」
ビビは小さく頷いた。

「よし。いい子ね」

マーヤはビビの頭を撫でると、エレベーターのボタンを押した。
頭上から重い機械音が響き、エレベーターが下降を始めた。


その時だった。


"ヒヒィィィーーーン……"

不気味な馬の嘶きが、開け放たれた門の外、風雨の吹き荒ぶ闇の中から響いた。
同時に背筋に走ったのは、ぞっとするような寒気。
マーヤとビビは思わず背後を振り返った。

続けて聞こえ出したのは、地面を叩く蹄の音。
どこか生気を感じない、不吉な響き。まるで、死神が自分達を冥府に誘いに来ているかのような――
周囲を異様な空気が包む。2人は武器は握りしめながら、外の闇に目を向けた。

蹄の音が近付く。徐々に。徐々に。
そして遂に、闇の中からその姿が浮かび上がった。

それは、巨大な黒馬だった。背には誰かを跨らせ、階段をものともせず駆け上がってくる。
勢いそのままに風車塔に突入し、マーヤとビビに迫った。
2人の眼前で黒馬が地面を蹴る。巨躯が宙を舞い、咄嗟に地に伏せた2人の頭上を飛び越えると、エレベーター前に、まるで門番のように立ち塞がった。

「ヒッ……」

黒馬に跨る者を目にした瞬間、ビビの口から悲鳴が漏れた。


それは、亡者だった。
乗馬服を纏い、羽根付き帽を被り、槍を手にした骸骨の騎士。眼窩は魂を吸い込むような闇に満ち、一片の肉も残さない骨は不気味に白い。
その名は、ゾンビ系モンスター・死神貴族――― ではない。


アストルティアにおいては、特定のモンスターが長き生の果てに"転生"を果たし、外見が変化し戦闘力が劇的に向上することが知られていた。
冒険者達はそれをこう呼んだ。


転生モンスター、と。



紅い衣服に身を包んだ、闇の奥底で生まれし騎士。
名を、シャドーノーブル。
骸骨騎士は2人に空虚な眼窩を向けると、獲物を見つけるのを喜ぶかのように歯をカタカタと鳴らした。


マーヤは、内心臍を嚙んだ―― 判断を誤ったかもしれない。
だが、今更悔やんでもどうにもならない。
馬を相手に、子供の脚ではとても逃げられまい。倒すしか選択肢はない。

「ビビ! とにかくこいつを何とかするわ! 気を付けて!」
「う、うん!!」

その時、外に稲妻が落ち、塔の中を白く照らし上げた。
それを合図にしたかのように、シャドーノーブルが槍を構え、2人に向かって躍りかかった。

453◆qYC2c3Cg8o:2025/09/03(水) 20:08:50 ID:???0
【E-6/キラキラ大風車塔2F/一日目 黎明】
【マーヤ@ひとりぼっちの地球侵略】
[状態]:疲労(小)
[装備]:ガテリアの宝剣@ドラゴンクエストXオンライン 黒のローブ@FINAL FANTASY Ⅸ
[道具]:基本支給品、リグレット・ドロップ@Crystar、吉田良子の不明支給品1〜3(未確認)
[思考・状況]
基本行動方針:殺し合いに反抗する者たちの集団に溶け込み、優勝を狙う
1.目の前のモンスター(シャドーノーブル)を倒す。
2.大鳥希の悪評をばら撒く。ビビの仲間を利用したい。
3.広瀬凪と協力できるかはいったん保留。
4.E-6エリアの呪いの正体を突き止め、その力を利用する。

※参戦時期は39話(8巻)より後、44話(9巻)の襲撃より前です。
※リグレット・ドロップに込められた後悔の感情は幡田零およびカエルのものですが、
 マーヤとビビはE-6エリアに呪いをかけた人物(陽夏木ミカン)のものではないかと考えています。

【ビビ@FINAL FANTASY Ⅸ】
[状態]:疲労(小)、魔力消費(極小)
[装備]:フェルンの杖@葬送のフリーレン
[道具]:基本支給品、不明支給品0〜2

[思考・状況]
基本行動方針:殺し合わず、この世界を脱出する
1.マーヤに対する信頼。
2.目の前のモンスター(シャドーノーブル)に対処する。
3.リグレット・ドロップに後悔の感情を残した人を助けたい。

※少なくともザ・ソウルケージ討伐後からの参戦です。

454◆qYC2c3Cg8o:2025/09/03(水) 20:10:22 ID:???0


 時は少し遡る。

 陽夏木ミカンは、自身の呪いが呼び寄せた雨に打たれながら、吉田良子の死体の前で呆然と立ち尽くしていた。
 良子の無残な姿から目を離すこともできず、後悔と絶望に支配されたまま、ただ時間だけが過ぎていく。

 しかし、刻々と変化する状況が彼女にそのままでいることを許さなかった。
 突然、遠くから奇妙な光が彼女の目に飛び込んできたのだ。

(……っ、何よ、この光……!?)

 ミカンは知る由もないが、それはマーヤとビビが発したオトリストーンの光だった。
 距離が遠く離れていたため、"引き寄せ"や"怒り"の効果は生じなかったが、その光は否応なく彼女の意識を現実へと引き戻した。
 だが、状況は好転することなく―――

(誰か、来てる……!?)

 人間離れした視力を持つミカンの目が、その光を背に、こちらに近づいてくる2つの人影を捉えた。
 逆光で顔や姿は分からない。しかし、何者かが接近しているという事実が、彼女を再び錯乱状態に陥らせた。

 反射的に踵を返し、ミカンは階段を駆け上がりはじめた。そのまま風車塔に飛び込み、正面のエレベーターに駆け込む。ガタガタと震える手で最上階のボタンを押し込んだ。
 なんでそうしたのかは自分でも分からない。
 良子を殺したのが自分だと思われるのが怖かったのか、とにかく心を落ち着けて呪いを抑え込もうとしたのか。
 高所に行けば行くほど逃げ道が無くなる―― 頭ではそう分かってはいるのに、身体が勝手に動く。

 エレベーターが止まると、彼女は扉が開くや否や飛び出した。床にうずくまり、息を荒く吐きながら、激しく脈打つ心臓を抑える。

(落ち着け、落ち着け、落ち着きなさい、私……!!)

 そう自分に言い聞かせても、動悸はまるで止まらず、身体はガクガクと震え続けた。


 ―――ガタン。
「っ!!」

 彼女の後ろで、エレベーターが下降を始めた。
 誰かが上がってくる。明らかに、自分を追ってきている。

(なんで追ってくるのよ……! こっちに来ないでよ!)

 ミカンは焦燥に駆られたまま、再び塔の上に向かって走り出していた。


 追跡者の存在は、陽夏木ミカンの感情をひときわ強く揺り動かしていた。
 その動揺が、風車の丘における最大の"困難"・転生モンスターを追跡者の前に呼び寄せ、彼らに襲い掛かっていることに、彼女はまだ気づいていない。
 そして、追跡者の1人が自分の呪いを制御する術を持っていることもまた、知る由もなく。

 呪われし魔法少女は、混乱と衝動に駆られたまま、塔を駆け上っていく。

【E-6/キラキラ大風車塔最上層/一日目 黎明】

【陽夏木ミカン@まちカドまぞく】
[状態]:錯乱
[装備]:
[道具]:基本支給品、不明支給品0〜3
[思考・状況]
基本行動方針:???
1.自分を追ってきている人間(マーヤ、ビビ)から逃げる。

【支給品紹介】
【オトリ召喚の札@ドラゴンクエストXオンライン】
マーヤに支給された道具。オトリストーンという石を召喚する。
オトリストーンは「ひきよせの怪光」を放ち、周囲の敵を『怒り』状態にして攻撃を自身に引き付ける。
破壊されればその効果を失う。


※E-6の中の『キラキラ大風車塔』を中心とした『風車の丘』に該当するエリア全域に、陽夏木ミカンの呪いが広がっています。
天候が暴風雨に変わり、風車の丘に出現するモンスター(ウッディアイ、ベロニャーゴ、ドラキーマ、ひとつめピエロ、あらくれチャッピー、ウドラー、しにがみきぞく、れんごくちょう、メッサーラ、スカラベキング、しにがみのきし、バロンナイト)が点在しています。

※E-6『キラキラ大風車塔2F』のエレベーター前に、モンスター・シャドーノーブルが出現しました。
※吉田良子の死体はキラキラ大風車塔2Fの宿屋に安置されています

455◆qYC2c3Cg8o:2025/09/03(水) 20:11:18 ID:???0
投下終了です
タイトルは【雨と風と魔物と呪われし魔法少女】です


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