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人類観察都市 東京二十三区

1 ◆6bb6LonGS2:2022/03/26(土) 23:01:20 ID:mgsc6GrA0
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   貴方を見棄てたこの世界  貴方は孤独を生き抜いた


   敗北るものかと前を向き  貴方は孤独を生き抜いた







693バッドパラドックス ◆6bb6LonGS2:2022/05/26(木) 22:04:37 ID://5rLO5E0




法律事務所にある連絡が入った。
以前より難航していた『離婚協議』に進展があった旨である。

ある夫婦が長い事、離婚するかしないかで揉めていた。
妻の方が精神病を患って、幼い娘もいる事で、離婚をしようにも出来ず、
娘も何故か精神病が悪化する妻の方にいると頑なに譲らない状況が続いていたが……妻の方が、精神病の回復傾向に向かいつつあるらしい。
裁判に発展せず、夫婦間で『離婚協議』を穏便に進めると……

そんな好都合な話がある訳がない。
ましてや、精神病を患っている人間が、いとも簡単に……それがありえないと理解している『ユーリ・ペトロフ』は
妻の在住する地区を確認する。


「やはり『渋谷区』か」


些細な近所トラブルから、賠償が関与する事案まで、最近舞い込んでくる依頼の多くは、
何故か『渋谷区』とその次に『新宿区』『中野区』『目黒区』といった、渋谷区周辺からのものが多い。
ニュースで報道されている事件とは別の角度からユーリは異常を把握していた。

ただこの『雲母坂』夫妻の場合は、精神が悪化したなどトラブルに発展したのではなく。
真逆に精神が回復したという奇妙な異常だった。
何もそれを怪しむ訳ではないが……ユーリは念話でアーチャーの『ツクヨミ』に指示をする。


『アーチャー。渋谷区に使い魔を向かわせろ。現状は偵察だけでいい』

『いいだろう。動くとしても夜だからな』

『いや……今晩は必ず何か起こる。渋谷区でなくとも事件が起きれば、そちらが優先だ』


報告書をユーリは青き炎で燃やす。
今日まで彼はあくまで罪人へ聖杯が渡らないよう、罪人を裁き、始末してきたが――いよいよそれも限られてくる。
もし、罪なき者が聖杯を手にしようとするなら?
最も、聖杯が穢れなき願望機であるのか?

全ての答えは、その時が訪れなければ明らかにならない――……

694バッドパラドックス ◆6bb6LonGS2:2022/05/26(木) 22:05:05 ID://5rLO5E0




「そうか。連絡はつかないか……」

「すみません、極道(きわみ)さん。色々手は尽くしましたが……」


二十三区内を走る車の車内にて二人の男が会話していた。
その一人……『輝村極道』は一息つく。
様々な事件が報道され、裏にも様々な噂が広まっている。それら全てが全てではないだろうが、確実に聖杯戦争の主従に関するものだ。

双子の殺し屋。人間台風。連絡がつかない半グレの事務所。
路上ライブを行う偶像(アイドル)。女性を狙う連続殺人事件。それとは別の連続焼死事件。
行方不明の重症患者。襲撃される宗教施設。夜な夜な人々を驚かす怪人。

その中でも……ハーメルンの笛吹き男が如く、人々を導き、暴走(ユメ)に走る一人の男。

車を運転する大柄な男・夢澤が、意味深な極道に尋ねる。


「オレも噂に聞いてましたが……彼と知り合いだったんスか?
 あの元『暴走師団・聖華団』の初代総長『暴走族神(ゾクガミ)』――殺島飛露鬼と」

「嗚呼。……少し縁があってね」

「でも、調べたところ。今じゃ彼が所属していた組はもぬけの殻っすよ。暴走族って集団にしちゃ色々集まり過ぎですし
 ……妙な噂を聞きますよ? 変な『蟲』を飼育してるっつー……一体何が起きてるんスか」

「『蟲』ね。やはりキャスターが睨んだ通りだ」


情報から導き出した結論からキャスター『ヴルトゥーム』曰く、殺島はサーヴァントに操られている可能性が高い、と。
彼が召喚したと思しき『迷路の神』は人の洗脳に長けており、手っ取り早く洗脳した方が相手の都合がいい。
何より、現状でも分かる通り、サーヴァントの方は表に出て来る様子がない。
ヴルトゥームは恐らく、真っ向勝負できる能力はないと推測していた。
逸話からしても、可能性は十分高い。故に――マスターを殺害した方が良い。

そして、車が目的地に到着する。


「着きましたよ、極道さん。しかし、何で急にまた、あのプリ…なんとかの所に?」

「死ぬかもしれんからね〜〜。景気づけさ!」

「えっ。縁起悪いこと言わないで下さい……」

695バッドパラドックス ◆6bb6LonGS2:2022/05/26(木) 22:05:41 ID://5rLO5E0




キャスター『ヴルトゥーム』は惨状に溜息つく。
派手に陣地を破壊され、あるいは自ら破壊した事で、サーヴァント三騎とマスターの始末を終えた昨晩を思い出す。

結局『地獄への回数券』を使って釣られた英霊というのは、正義感あり麻薬を快く思わない善性のもの。
中には、ヴルトゥームの目論見通り、同盟目的で近づいた輩もいたが。
それこそ昨晩片付けた三騎。
頃合いを見て、ヴルトゥームを裏切る計画を裏で密かに話し合っても、それが全て筒抜けだったとは彼らは思わなかったのだろう。

ヴルトゥームの陣地を破壊しようとした一騎を、陣地ごとぶち壊し。
残りの二騎は、どうにか片付けたが、セイバー相手で身体能力を補う為に『奴隷』を消費したのは少々痛手だった。
消耗した矢先、本戦開始が宣言したのは間が悪い。


「しかし、本当に上手く動きませんでしたね」


そう……意外にも『地獄への回数券』を悪用しようとするサーヴァントはごく少数だった。
逆に目の敵にするサーヴァントの方が多かった。
あえて、サーヴァントにも適応できるよう調整したというのに……こればかりは極道の指摘通りに、ヴルトゥームは再度溜息つく。

極道は言った。

英霊を舐めない方がいい。
英霊には確固たる信念がある。
非道な手段を用いる反英霊にすら威厳(プライド)がある。
君の常識は決して、通用しない。と――……

こうなれば手段を変えなければならないが、そんな時に何故か極道から一つの依頼をされた。
彼自身も杞憂かもしれないと付け加えていたが、わざわざ頼んでくるのだから、何かと思えば……『ある少年』の所在だ。
その少年がこの『二十三区』にいるのか、どうか。
不穏要素を潰しておきたい。極道に少年が何者かとヴルトゥームが尋ねれば。


――友だよ。私に特別な何かを感じさせてくれる、特別な男さ


そう語る極道の表情は、彼自身は自覚してないのだろうが、どこか爽やかで清々しい。
心地よさを感じるものだった。

しかし、だ。


「どうしたものですかね」


たかが人間一人の所在を調べるなんてヴルトゥームには造作もなかった。
アッサリと件の少年――『多仲忍者』が高校生の一人として、この二十三区にいるのを突き詰める事は。

696バッドパラドックス ◆6bb6LonGS2:2022/05/26(木) 22:06:17 ID://5rLO5E0

――いったい、どうなってやがる……!?


『多仲忍者』は妙に殺気立っていた。
何故なら、昨今都内を暴れ回って悪事(ワルサ)をかます連中は系統は違くとも、かつて忍者が殺した『殺島飛露鬼』が筆頭になっている。
事情を知ったセイバー『クトゥグア』は不思議そうに言う。


「シノハがぶっ殺せなかったとかじゃないのか〜?」

「間違うかよ。確実にぶっ殺した! つまり、死んだ奴が生き返ってやがる……!!」


忍者はその手で奴の首を飛ばした!
だからこそ、この世界が異常だと理解したのである。
死者までも蘇って、再び悪事をかまして人々の平穏を蹂躙し尽くす……


「しかもあの野郎ォ〜〜〜〜、どっかに隠れて関係ねぇガキまで巻き込みやがってよぉ〜〜〜!!」


この間、殺島が率いる集団の根城を潰しに来た忍者だったが、そこには暴走族(ゾク)とは無縁の女、子供までいた。
……だから何か気に食わない。
違和感はあるものの、それでもやっている事は大差ない。
そして、再びぶっ殺す事には変わりないと忍者の意思は固かった。


「セイバー。奴と奴のサーヴァントはぶっ殺すぞ……セイバー?」


突然のことだった。
クトゥグアが忍者の背後にまわって、何かから隠れるような挙動を取る。
普通の夜道で、何ら異常もなかった筈だったが、忍者もクトゥグアが警戒する背後に妙な泡が蠢いているのに悪寒を感じた。
俄かに信じ難いが、それは――サーヴァントだった。


「なん……『ルーラー』……!?」


ステータスからクラス名が分かるのだが、これまでぶっ殺す対象として始末したサーヴァントでも見たこと無いクラス名に忍者は身構える。
一方、クトゥグアは不機嫌な表情で泡を睨む。


「シノハ。よくわかんねーけど、アレやな奴だ!」

「おう、珍しいなセイバー。そんな風に言うなんてよ」


天真爛漫なクトゥグアが嫌悪感を露わにするなんて、本当に今までない事に忍者もそう口にしていた。
だが、それほど驚異的な存在が無定形の泡、なのだろう。
そしたら……どうやって喋っているか定かじゃないが、泡の中から声が聞こえる。


『……なーんだ「クトゥグア」かぁ。じゃあ、もういいや〜』


忍者は何故『泡』がクトゥグアの真名を把握していたのか、それを問い詰めようとしたが、その次に泡が口にした内容に動作が停止する。


『君は「多仲忍者」……ははぁ、そっか〜「輝村極道」とねー』

「――あ?」


そしたら一瞬にして泡が霧散するように崩れていく。
だが、忍者はそんな事よりも


「おい、テメェ。今『極道』って―――待ちやがれッ!」


泡は心底興味なく、忍者やクトゥグアに対する関心が消え失せたようで、返事すらなく消え去ってしまう。
それでも、奴が口にした名に忍者は動揺していた。


「野郎、極道さんの事を知ってやがった……!? まさか……極道さん」

697バッドパラドックス ◆6bb6LonGS2:2022/05/26(木) 22:07:15 ID://5rLO5E0





「えっと〜、大体まとめるとー。クトゥルフ君とヴルトゥーム君とクトゥグアにアイホートでしょ〜

 あと『スカサハ』! ……うーん。でも何か混じってる気がするなぁ。それに『八岐大蛇』君? あの子も駄目そー……
 
 事件起こしてる奴の『ツクヨミ』君も駄目だろーし。あのアイドルの子も僕が駄目そうなら、神と関りあるんだろーなぁ。

 そーいや、別のアイドルと一緒にいた……アレ何? よく分かんないなぁ。

 林檎の子も駄目だったでしょー、音楽家くんは曲はいいけどそれ以外は別にぃって感じ。

 トルネンブラちゃん、久々にあったのにビビリ過ぎっしょ! いくら何でもアレは無い無い!!

 ワンチャンあるなら『ヒノカグツチ』ちゃん? 僕と『同じ』だしいけそーかもぉ。 

 あとヒノカグツチちゃんのマスタ〜〜〜の!息子くんが契約してる『ムエルテ』ちゃんはどーだろ? 

 直接会ってないと駄目かどうかも分からないんだよね〜……

 えっと〜、マキシマ君が調べてた情報を合わせて、何か僕に根持ってる連中の『縁』とか、それ辿って見つけたの含めて〜〜〜


 …………二十? あれ、一組まだ見つけてないや」





698バッドパラドックス ◆6bb6LonGS2:2022/05/26(木) 22:08:12 ID://5rLO5E0

「たっだいま〜」と古本屋に帰って来た紫髪の少女?『ルーラー』は、中で作業をしている『槙島聖護』を目撃した。
彼はこれまで二十三区内で発生していた事案を分析して、一つの結論を導く。
そうとは知らず、ルーラーは図々しく槙島に突っかかる。


「マキシマ君〜。何か変わった事件見つけてるぅ〜? あと一組、分からないんだぁ。
 僕の情報も教えてあげるから、ちょいと頼むよ〜〜〜」

「……そうだね」


彼が手にしたのは二十三区内で発生した事件。その中でも細かい事案。
未解決かつ不自然な事件。サーヴァントと関連ありそうなものを、まとめたものである。
最も、それらは警察のデータベースをハッキングして入手した資料なのだが……それをルーラーに手渡す前に問う。


「君の目的は達成できたかな」

「……二十三区のラーメン店全制覇は流石に無理ゲーだったよ! 予選期間がもうちょっと長ければいけたんだけどなぁ」

「前提から訂正しようか。君は『ツァトゥグァ』ではない」


ケロッと誤魔化していたルーラーの態度が一変。
深く呆れながら彼女は聞き返す。


「またまたぁ〜変な事言う〜〜……僕がツァトゥグァじゃないなら、逆に僕は一体なんなのさ?」

「『クグサクサクルス』」


突拍子もなく奇天烈な名前が槙島の口から放たれたが、彼は淡々と続ける。


「少なくとも君の使い魔が『無形の落し子』であるのは確かだ。ならばツァトゥグァに所縁ある神格が想像につくが
 その家系の中で、唯一『人に関心がなかった』からこそ『人に関心を抱こうとする』のは
 君だろう神食らいの神性――『クグサクサクルス』」


しばし沈黙を保ったルーラーだが、純粋無垢な少女の顔面を卑屈に崩してみせた。


「なんだよォ〜〜〜〜つまんねぇなぁ〜〜〜〜〜〜〜槙島聖護ぉ! だからテメェ友達できねぇんだよ分かってんのかオイ」


一方の槙島は怯むどころか、至って平静に問う。


「君は人類に価値を見出そうと試みたようだが、その様子では失敗続きだったようだね」

「ちげーよ馬鹿。偉そうに間違ってやんの…………はあ、面倒だ。この口調は。そろそろ飽きた」


ジュワジュワと少女の姿が崩れていく、露わになったのは全くの別人だった。
薄暗い紫のローブを纏った陰湿で、それでいて先程の少女の顔立ちが面影ある中年男性に変貌。
少女の顔といい、このルーラー……否、プリテンダーの姿を見て、ある者はこう言うかもしれない。


スカサハに似ている――と。

699バッドパラドックス ◆6bb6LonGS2:2022/05/26(木) 22:09:18 ID://5rLO5E0
そんな姿となり、深い成人男性の声でプリテンダーが語る。
汚物を吐くように辛辣に。


「今日まで散々人類と付き合ったが、まるで話にならんな。心底くだらん。これっぽっちも情が湧かない。
 神格の中には人類に情が湧くと聞くから試したが、時間の無駄だった」


とは言え、プリテンダーは一つ答えを得る。


「貴様に召喚され、時間を徒労に消耗した事で人類に期待するだけ無駄と結論に至れただけ良しとしよう。
 それで……私の願いか? 大したものではない」


一体何かと期待すれば、案外くだらないものだった。


「孤独は退屈だ。『会話』がしたい。誰かとな。だが人類や獣(けだもの)では駄目だ。神格でなければ駄目だ。
 他種族のくだらん信仰のせいでこんな様だ。神格相手に会話は愚か、対等の立場にすら至れない」

「……それでも君と対等になれる友が欲しいと」

「貴様の掲げるナルシシズムの関係性なぞ求めてはない。会話ができれば十分だ。それすら叶わないのだからな」


プリテンダーは鼻で笑う。たとえば――


槙島聖護と狡噛慎也。

胡蝶しのぶと童磨。

ヴァッシュ・ザ・スタンピードとレガート・ブルーサマーズ。

エンデヴァーと荼毘。

久世しずかと雲母坂まりな。

多仲忍者と輝村極道。


それらの関係を全てひっくるめて『悪趣味で下劣でどうでもいい』と嘲笑した。
そんなものが欲しい訳ではない。
運命が欲しい訳ではない。
ただ、そう、孤独は退屈だから付き合ってくれる相手であれば、どんな奴だろうがいいのだ。


プリテンダーの返事を聞いて、槙島聖護は最後のピースを手渡した。

700バッドパラドックス ◆6bb6LonGS2:2022/05/26(木) 22:09:51 ID://5rLO5E0
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                   真 名 霧 散




             Pretender        ツァトゥグァ=クグサクサクルス










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701バッドパラドックス ◆6bb6LonGS2:2022/05/26(木) 22:10:21 ID://5rLO5E0

【真名】
ツァトゥグァ=クグサクサクルス@クトゥルフ神話

【クラス】
プリテンダー

【属性】
中立・中庸

【パラメーター】
筋力:- 耐久:- 敏捷:- 魔力:- 幸運:EX 宝具:EX


【クラススキル】
対魔力:-
 『無定の神核』による魔力の値によって上下する。


【保有スキル】
無定の神核:EX
 精神系干渉、状態異常の無力化を保持する。
 本来は泡立つ塊のような神格。変幻自在というより、定まっていないからこそ、どんな貌にもなれる。
 対魔力を持たないサーヴァントは泡に触れるだけでも焼け爛れる。

 ステータスやクラスは、宝具により彼と所縁ある一族のものを羽織っている。
 通常時、羽織っているルーラークラスのステータスはツァトゥグァのもの。


宗教捕食:A+++
 神を食らうもの、信仰を啜るもの。それを恐怖する神々の狂気。悪神の死を望む人々からの狂信。
 行った所業は単なる神殺しではなく、食らった神の信仰全てを根こそぎ啜り食らい、後片も無くした恐慌。
 ある種の『無辜の怪物』。このスキルを外すことは出来ない。

 強力な神霊・宗教特攻。神に纏わる全てのものを捕食し、糧にしてしまう。
 神性持ちの他、宗教に所縁ある全てがプリテンダーの狂気に飲み込まれ恐怖、発狂する。
 精神耐性などで恐怖と発狂を防いでも、プリテンダーに対する不快感・敵対心は消えることは無い。

 この不快感・敵対心を無力化するには狂気に対する耐性ではなく、狂気を前に正気となるスキルが求められる。



【宝具】
『縁を麺を啜るように喰らふ(イート・ザ・スパゲティ)』
ランク:EX 種別:縁宝具 レンジ:∞ 最大補足:∞
 他者との繋がり『縁』を視認し、繋がりを辿る能力。
 プリテンダーは自身の血縁関係者や自身と友好関係ある者の宝具やスキル、ステータスやクラスをトレースする。

 また、縁を辿った情報収集が可能。
 他者の繋がりや物に関わる繋がりすら辿る。その縁を辿って相手の位置も捕捉できる。
 ……ただし縁が浅いと得られる情報は少なく、最低でも相手の名前、血縁関係や友好関係、繋がりが深いサーヴァントやマスターの情報のみ。

 これだけ聞くと、とんでもチートなのだが、残念な事にプリテンダーは血縁関係者から疎遠。友好関係ある存在もいない。
 トレースするスキルも低ランク。宝具も低ランクのレプリカ紛いのもので、多少の威力と恩恵がある程度。

 相手と友好的な関係を築ければ、トレースできるスキルも宝具もランクが上がるし、縁による情報も得られる量が増えるの……のだが
 プリテンダーのコミュ力は終わってるので期待しない方が良い。

 今回の聖杯戦争において、縁の繋がりで『スカサハ=スカディ』を繋ぎとめた。
 スカサハはプリテンダーの息子・フジウルクォイグムンズハーの娘『スカタク』と同一神扱いされる逸話があり
 つまり実質彼女は、プリテンダーの孫。

702バッドパラドックス ◆6bb6LonGS2:2022/05/26(木) 22:11:01 ID://5rLO5E0
【weapon】
 スカサハが所有する『貫き穿つ死翔の槍』のレプリカ。
 スカサハ=スカディが所有する杖のレプリカを使ってルーン魔術紛いの攻撃ができる。


【人物背景】

ある宇宙にて語り継がれる真実(マジ)の御伽話。

神が表歴史(オモテ)で悪事(ワルサ)かますと――『泡立つ神食い(クグサクサクルス)』が来襲(く)る。


クグサクサクルス、あるいはサクサクルースはアザトースの子。
フジウルクォイグムンズハーの親、ツァトゥグァの祖にあたる神格。

クグサクサクルスは悪神を食らう、所謂ダークヒーロー的な存在として手厚く崇拝されている。
神々の多くがクグサクサクルスに関与すれば自身は愚か、信仰そのものを食らい尽くされるとトラウマ化。
fate時空でいう『セファール』のような扱いを受けている。

実際のところ、彼は自身と自身の子孫に危害を及ぼす悪縁ある神と信仰を始末しただけ。
それが誇張されてしまい神々からは嫌悪され。
彼の親族はクグサクサクルスの元から離れてしまい、疎遠に。最終的に孤独となり。時空を超えたある場所で眠りについている。

お調子者でフランクな性格はツァトゥグァの言動を羽織っているだけで本来の彼の挙動ではない。
本来のクグサクサクルスは、基本的に攻撃的ではなく『ものぐさ』で温厚。
アザトースの血縁者らしく音楽を好む。
ただし、脅威足り得る存在を始末するのは相変わらずである。
親族から愛想つかされた悪癖だが「奴らを始末しなければグムンズハー達は生きていたか分からん」と自らの行いを後悔すらしていない。

人類には関心ない……というより神格以外、関心がない。
なのに、逸話が影響し神格に嫌われるスキルがついてしまって自業自得状態。
ひょっとしたら自分を怖がらない神格がいるかも?と諦めてはいない。姿勢だけは一人前である。


最も、彼の狂気を前に正気となる神格は早々いる訳ない……のだが……?



【外見】
紫パーカーに短パンをはいた薄紫ショートヘアの少女。
短パンが短すぎる為、何かはいてないように見える……実は顔は幼くしたスカサハっぽい感じ。
この容姿はツァトゥグァのものである。

fate本家のスカサハ、スカサハ=スカディにも姿形だけなれる。

プリテンダー本来の姿は、装飾ある紫のローブを纏い、裾が擦り切れた黒ズボンに厚底ヒールブーツ。
陰湿な雰囲気の中年男性……顔立ちはスカサハの面影がある。


【サーヴァントとしての願い】
自分と対等に会話ができる神格





703バッドパラドックス ◆6bb6LonGS2:2022/05/26(木) 22:11:50 ID://5rLO5E0




二十三区某所にて、ある変死体が発見された。
被害者の死因は大量出血死……大量の血を抜かれた有り様は、まるで吸血鬼に襲われたかのような。
そんな状態だったという。
現在まで目撃情報を求めているが、未だ解決の糸口を掴めず。
都内で活気づいている極道や半グレ、暴走族などの対応に追われている為、捜査は難航している状況だ。


「予選通過〜!」


一人の少女が愉快そうに駆けていた。
これでも彼女は人間としては終わっていた。仲良くなりたい人や、好きな人になりたくって血を吸う、吸血鬼のような悪役(ヴィラン)。
破綻者である彼女にも聖杯を獲得する権利があるなんて、末期にもほどがある。
だが、恐らく、聖杯戦争を開催した存在は破綻者だろうが悪役(ヴィラン)だろうが吸血鬼だろうが、どうでもいいのだ。

ただ――少女にマスターの適正があり、サーヴァントを召喚する権利があれば。
他のマスターたちと同じく、どうでもいい訳だ。

そんな少女が召喚したバーサーカーは霊体化したまま彼女にベラベラと語りに語る。


『議論と討議だけが取り柄の俺に遅れ取った散った幾人の英霊は互いに示し合わせたような蛮族共の烏合の衆に過ぎない。
 嘆かわしい事実だが、二十二組の内、無為に生き残った者もいるであろう。俺のように知的に立ち回った者もいるであろう』

「トドメ刺したりしてたのは私ですケド……」

『この先、現れる知的強者は打ち負かしてやろう。回数券という不燃ゴミを撒き散らす条例違反者を出し抜く程度は造作もない』

「そうでした、これ。一応これ貰っておきましたけど、使うのは控えた方がいいですよね……」

『資源ゴミを誤飲するよりチューインガムを口に含んだ方がマシだ。経済社会に貢献する』

「……この社会に貢献したくありません」


彼女が殺害したマスターが所持していた『地獄への回数券』。
回収はしたけど、使用していない。
いや、彼女の場合は使用せずとも、相応の身体能力を兼ね備えていた。だから現時点では使う必要はない訳である。
一応、これもサーヴァントが作った異物な訳で、興味本位に使っていい代物じゃない。
「あとは――」少女はスマホのSNSで流れる情報を大雑把に見ていく。


「麻薬作ってる人、双子ちゃん、指名手配になってる人、えーと、ゾク……ガミ?って読むんでしょうか
 ……あ。バーサーカーくん。この『青い炎』って、もしかしたら――」

「ちょっと、君!」


少女の脇を通り過ぎようとした警官が声をかけたのに、彼女は相手の様子を伺ったが。
向こうは普通に巡回していた普通の警官に過ぎず、少女へこう告げた。


「近頃、物騒だから早く帰りなさい。一人だと襲われやすいから、何かあったら直ぐ助けを呼ぶんだよ」


なんて普通な言葉をかけられたものだから、少女――『トガヒミコ』はヴィランの笑みで答えた。


「ご親切に、どうもありがとうございますぅ」

704バッドパラドックス ◆6bb6LonGS2:2022/05/26(木) 22:12:24 ID://5rLO5E0




「……『モーモス』? 初めて聞く神格だな」

「確かギリシア神話に登場する非難と皮肉の神……イソップ寓話では最高神ゼウスを避難し、オリュンポスから追放されたとの逸話が残されている」

「この程度の縁では所在が掴めても能力などは分からん。何とも言えんな」

「だが―――ある意味、君が望む『対話』を武器にする神格だ。可能性はあると思わないかい」

「安直な運命だの可能性や希望などほざくな下等種族が。そう簡単に居れば苦労はしない」








いよいよ本戦が開始する間際。
マスターたちの脳裏に通達とは異なる妙な映像が走った。
夢か? 否、夢ではない。
そこに登場した胸元が開けた黒のドレスシャツとパンツをはいて、独特なファーストールを纏った短髪黒髪に赤眼の青年は、
如何にも胡散臭い雰囲気で挨拶をする。


――やあ、マスター諸君。実はキミたちに一つ伝え忘れた事があってね。これはこちら側の不手際だ。ホントウに申し訳ない。

――……ああ、オレかい? しがない使い魔みたいなものさ。普段はパティシエをやっているんだが……

――おっと。話が逸れてしまった。これから伝えるのは、キミたちの帰還の事だ。

――勝手に連れ去られて不服なのは重々承知しているとも。だから、ちゃんと帰還する保証もある。

――ただし。帰還できるのは『聖杯を手にしたマスター』だけ。つまり、最後まで生き残ったマスターだ。

――シンプルで分かりやすいだろう? 

――そろそろ時間だ。

――では、良い終末を


映像はそこで終わった。



どうしてこうも時間がかかっちまうんだか……『今回』は何年かかったか数えてない位だぜ?
まぁ、いい。
オレが為すべき事は一つだけさ。
待っててくれよ『俺の救世主(メシア)』。



【???(ベリアル)@グランブルーファンタジー 観測確認】

705バッドパラドックス ◆6bb6LonGS2:2022/05/26(木) 22:13:01 ID://5rLO5E0
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                     Akashic Records




雲母坂まりな&バーサーカー(クトゥルフ)   救済      レガート・ブルーサマーズ&ランサー(カルタフィルス)

胡蝶しのぶ&キャスター(ベートーヴェン)  恋する者     童磨&ランサー(マンティコア)

リルル&フォーリナー(鄭一嫂)       偶像崇拝      七草にちか&ランサー(以津真天)

吉田優子&アサシン(バネ足ジャック)     Jack      久世しずか&ライダー(ジャック・ザ・リッパー)

エンデヴァー&アヴェンジャー(ヒノカグツチ) 親子       荼毘&アサシン(サンタ・ムエルテ)

ヘンゼル&グレーテル(アサシン/グロテスク) 残酷な物語    鹿狩雅孝&アヴェンジャー(スキュラ)

ヴァッシュ&ランサー(アップルシード)   開拓と荒廃    鑢七実&プリテンダー(ハデス=ペイルライダー)

スカサハ=スカディ&バーサーカー(八岐大蛇)子を持つ者    殺島飛露鬼&アルターエゴ(アイホート)

ユーリ・ペトロフ&アーチャー(ツクヨミ)    泡沫      綾辻真理奈&アーチャー(冬将軍)

多仲忍者&セイバー(クトゥグア)       運命      輝村極道&キャスター(ヴルトゥーム)



トガヒミコ&バーサーカー(モーモス)   嫌われ者の神様   槙島聖護&プリテンダー(ツァトゥグァ=クグサクサクルス)



        決めようか。何方(どちら)が生存(いき)るか、死滅(くたば)るか!!!

706 ◆6bb6LonGS2:2022/05/26(木) 22:13:53 ID://5rLO5E0
OPの投下は終了します。
これより追加情報(ルール)を投下します

707 ◆6bb6LonGS2:2022/05/26(木) 22:14:45 ID://5rLO5E0
<追記事項>
聖杯戦争本戦開始時刻は、4月29日(金曜日)深夜0時からになります。
カレンダー的に2022年のゴールデンウイーク期間を参考にしてください。


<マスターの帰還について>
聖杯を獲得したマスターのみが帰還を赦されます。
概要については、マスターのみに通達されました。


<捕捉>
〜多仲忍者&セイバー(クトゥグア)〜
・忍者は殺島飛露鬼殺害後(作中でいう第三章終了後)からの参戦です。
・プリテンダー(ツァトゥグァ=クグサクサクルス)のルーラー時のステータスを把握しました


〜レガート・ブルーサマーズ&ランサー(カルタフィルス)〜
・プリテンダー(ツァトゥグァ=クグサクサクルス)が宗教捕食者である事を理解しました。


〜童磨&ランサー(マンティコア)〜
・宗教団体が襲撃を受けているのを把握し、サーヴァントの仕業と認識しています。


〜七草にちか&ランサー(以津真天)〜
・プリテンダー(ツァトゥグァ=クグサクサクルス)のルーラー時のステータスを把握しました。


〜ヴァッシュ&ランサー(アップルシード)〜
・プリテンダー(ツァトゥグァ=クグサクサクルス)の存在を把握しました。
・現在、失踪中の鑢七実の存在を把握しています。
・現在ヴァッシュは指名手配中の身分です。


〜ユーリ・ペトロフ&アーチャー(ツクヨミ)〜
・連続焼死事件の実行犯です。
・渋谷区内にサーヴァントが潜伏していると睨み、ツクヨミの使い魔を派遣しました。


〜綾辻真理奈&アーチャー(冬将軍)〜
・連続焼死事件を起こしている主従を警戒しています。


〜久世しずか&ライダー(ジャック・ザ・リッパー)〜
・ある地区にてライダーが連続殺人事件を起こしています。


〜輝村極道&キャスター(ヴルトゥーム)〜
・キャスター(ヴルトゥーム)が散布した香水や麻薬が二十三区で流行しています。
・『地獄への回数券』に関しては普通の人間だけでなく、サーヴァントにも効力があります。
  サーヴァントの場合、人間に使用時よりも効力は劣ります。


〜胡蝶しのぶ&キャスター(ベートーヴェン)〜
・プリテンダー(ツァトゥグァ=クグサクサクルス)の存在と真名を把握しています。


〜荼毘&アサシン(サンタ・ムエルテ)〜
・『地獄への回数券』の効力を把握しました。
・ヘンゼル&グレーテル(アサシン/グロテスク)の存在を把握しています。
・連続焼死事件に関しては冤罪です。

708 ◆6bb6LonGS2:2022/05/26(木) 22:15:17 ID://5rLO5E0
〜ヘンゼル&グレーテル(アサシン/グロテスク)〜
・二十三区内の主従の情報をある程度、入手しています。
・雇われているヤクザからヴァッシュの殺しの依頼をされました。


〜吉田優子&アサシン(バネ足ジャック)〜
・ある地区で発生している連続殺人事件を『ジャック・ザ・リッパー』の仕業と睨んでいます。


〜雲母坂まりな&バーサーカー(クトゥルフ)〜
・渋谷区在住。
・バーサーカー(クトゥルフ)の能力で渋谷区を中心にクトゥルフの影響による睡眠障害などの精神疾患が多発。
 その逆に、精神障害から回復している患者もいる。
・啓示にて『骸を持つ者/ランサー(カルタフィルス)』の存在をなんとなく認知しています。


〜トガヒミコ&バーサーカー(モーモス)〜
・二十三区内の事件をある程度把握しております。


〜スカサハ=スカディ&バーサーカー(八岐大蛇)〜
・プリテンダー(ツァトゥグァ=クグサクサクルス)の姿だけは把握しております。
・スカサハ=スカディがここに踏みとどまっているのは、プリテンダーの宝具の影響です。
 プリテンダーが消滅した場合、スカサハ=スカディがどうなるかは不明です。


〜エンデヴァー&アヴェンジャー(ヒノカグツチ)〜
・二十三区内の事件をある程度把握しております。
・連続焼死事件に荼毘が関与している可能性を抱いています。


〜鹿狩雅孝&アヴェンジャー(スキュラ)〜
・プリテンダー(ツァトゥグァ=クグサクサクルス)が神の天敵である事を理解しました。
・解き放った怪物はプリテンダー(ツァトゥグァ=クグサクサクルス)に捕食されました。


〜殺島飛露鬼&アルターエゴ(アイホート)〜
・プリテンダー(ツァトゥグァ=クグサクサクルス)の存在と真名を把握しております。


〜リルル&フォーリナー(鄭一嫂)〜
・プリテンダー(ツァトゥグァ=クグサクサクルス)の存在を何となく把握しております。
 フォーリナーはプリテンダーと何か似通った部分があると感じています。


〜鑢七実&プリテンダー(ハデス=ペイルライダー)〜
・元々いた病院から失踪中。
・殺島がマスターと睨んで各所を襲撃しています。


〜槙島聖護&プリテンダー(ツァトゥグァ=クグサクサクルス)〜
・ある程度の主従の情報を宝具を通して取得。

709 ◆6bb6LonGS2:2022/05/26(木) 22:16:07 ID://5rLO5E0
【時間表記】
未明(0〜4) ←この時間からスタートです
早朝(4〜8)
午前(8〜12)
午後(12〜16)
夕方(16〜20)
夜間(20〜24)



〜状態表のテンプレート〜

【エリア名・施設名/○日目・時間帯】

【名前@出典作品名】
[状態]
[令呪]残り◯画
[装備]
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:
1.
2.
[備考]


【クラス(真名)@出展】
[状態]:
[装備]:
[道具]:
[所持金]:
[思考・状況]
基本方針:
1:
2:
[備考]


【予約期間】
延長なしの二週間となります。
主催側は>>1のみが予約可とします。

710 ◆6bb6LonGS2:2022/05/26(木) 22:18:34 ID://5rLO5E0
以上をもってOP&追加ルール投下終了です。
予約は只今から解禁します。OPの投下間隔が大きく申し訳ございませんでした。
また、候補作を投下して下さった方、感想をしてくれた方、ありがとうございます。
これより本編開始となります。宜しくお願い致します。

711 ◆8ZQJ7Vjc3I:2022/05/26(木) 22:49:58 ID:w2DHno1M0
OP投下お疲れさまでした

七草にちか&ランサー(以津真天)
吉田優子&アサシン(バネ足ジャック)

予約します

712 ◆/dxfYHmcSQ:2022/05/27(金) 07:57:30 ID:RQH2wZF20
ヘンゼル&グレーテル(アサシン/グロテスク)

予約させていただきます

713 ◆6bb6LonGS2:2022/05/27(金) 21:07:12 ID:H5xVB7YI0
雲母坂まりな&バーサーカー(クトゥルフ)
予約します

714 ◆6bb6LonGS2:2022/05/28(土) 23:26:34 ID:q6xugRkI0
予約分投下します

715ラストリゾート ◆6bb6LonGS2:2022/05/28(土) 23:27:06 ID:q6xugRkI0

渋谷区にある住宅街。近頃、この一帯は異常なまでに騒がしい。

近所トラブルを吹っ掛ける主婦。
だが、彼女はつい最近までは穏やかでガーデニングを嗜んでいて、近所付き合いも悪くなかった。
喧嘩が絶えない新婚夫婦。
つい最近まで見せつけるようにイチャついてた姿はどこへやら。現在、離婚協議中らしい。

一方、引きこもりになっていた少年が突然、前向きになり、学校へも通学し始めた。
いじめられるかと不安視されてたが、むしろ学校で上手く行っているとか。
近所付き合いが悪い事で有名な老人が急に人となりが良くなった。
怒鳴りもしないし、むしろ野菜をお裾分けしたり、あまりの変わりように周囲も困惑している。

そして――深夜。
聖杯戦争が裏で本戦に以降した頃にサイレンが響き渡る。
何事かと目を覚ましてしまう住人もちらほら。幸いにも火事ではなかったようだが……現場はとあるマンション。


屋上からの飛び降り自殺。


マンションの管理人は頭を抱えつつ警察から聴取を受け、マンションの住人は不安の色を隠せず、現場の様子を伺っていた。
なにせ、このマンションの自殺は――これで四件目なのだ。
最早、自殺ではなくミステリー小説が如く連続殺人の線を疑った方がいいほど立て続けに発生している。

それを影で月の模様がある白兎たちが観察していた。





聖杯戦争の本戦、という事もあるが近所が騒がしいのもあって『雲母坂まりな』は眠れずにいた。
仕方なく、自室のベッドで横になりながら、スマホを弄っていたら――……
脳裏に妙な映像が流れた訳だ。

突然、胡散臭い男が説明してきたのはマスターの帰還について。
映像が終わり「なんなの?」と困惑するまりなが、スマホ画面に視線を戻すと既に深夜零時がまわっていた。
不安を感じて、周囲がどうなるのか緊張感持って伺うが……何も変化はない。
強いて言うなら、事件現場のマンション周辺で赤いランプが点灯している程度だ。

割といつも通りの様子に、少しだけまりなは安堵してしまった。

本戦が始まった。そういう割には案外なんともない。
自然と眠気が襲って来たので、このまま就寝し、起きたら色々考えようとまりなは準備を始めた。
しかし……何か引っかかる。

帰還できるのは聖杯を手にしたマスターだけ……まあ、そんなものだろう。まりなは特段、変には感じなかった。
結局、そういう勝負事の世界で、敗者に権利はないという。
ありきたりだけど、当然の説明をしただけ。
でも……サーヴァントを倒せればマスターは脅威じゃないから、人によってはマスターを倒さなくてもいいと判断する者もいる。
言われてみれば、そうかも。盲点に気づいただけで、だから何だとまりなは興味を失う。

もういい。寝よう。
その時、まりなは抱いていた違和感に気づいてしまう。
否、気づかない方が彼女にとっては幸せだった。


帰還できるのは聖杯を手にしたマスターだけ


じゃあ………………………ママは?

716ラストリゾート ◆6bb6LonGS2:2022/05/28(土) 23:27:31 ID:q6xugRkI0




現代の風景には似合わない海軍の軍服を着た男『クトゥルフ』は、白兎たちと見つめ合っていた。
住宅街のあちこちに、無害そうな獣がちらほら見受けられるが、この東京二十三区内ではありえない。
クトゥルフと白兎たちの睨み合いは微笑ましい光景だが、クトゥルフにも彼らが他サーヴァントの使い魔であると理解ができた。
故に、どうするか。

白兎たちからは攻撃の姿勢は愚か、他の工作を行っている様子はない……謂わば偵察部隊。
そして、本体と呼ぶべきサーヴァントは姿がない。
幾匹かクトゥルフを追跡したり、あるいは別方向へ駆けていったり、それよりか餅をついて団子を作っている個体もいた。
クトゥルフは限定的に宝具を解放し、悪夢の断片の一つ、大嵐の一部を使い、白兎を須らく吹き飛ばした。

こうなれば……ここが戦場になるのは明白である。
密集した住宅地だろうが聖杯戦争においては、障害物の一つかステージの一環に過ぎない。
相手も問答無用に仕掛けて来るだろう。
そして、それは――クトゥルフも同じである。
わざわざ他の人間を考慮し、攻撃の手を緩める必要がない。ここら一帯の住人にクトゥルフは関心がないのだから。

だが、マスターは別だ。
戦闘に巻き込まれないよう彼女には退避をして貰わなければならない。


「あ……! い、いた!!」


すると、マスターのまりなが何故か住宅街を駆けて、クトゥルフを探していた。
彼女は必死な形相でクトゥルフに対して混乱気味に訴え始めた。


「ね、ねえどうしよう! さっき胡散臭い男が話してたでしょ!? 元の世界帰れるのはマスターだけって!
 そ……それって帰れるのは『私』だけで。ま……ママは……帰れない………って……」


先程の通達はマスターのみにされクトゥルフは認知していないのだが、まりなはどうだっていいのだろう。
重要なのは、帰れるのは自分だけで母親は帰れない事実。
彼女の母親に関しては、そもそもマスターですらないから帰還の権利すらない訳だ。


「ど、どうしよう……このままだと、私ひとりで帰るんだよね……ママはここに残って……」


一体何を必死になっているのだろう。
クトゥルフの心情としては、そういう気持ちだった。

別に母親がいなくともいいではないか。
子供を為せば孤独ではなくなるのだから、母親がいなくなっても問題ないではないか。
そもそも、成長した子供に母親など不要なのだから、自立すればいいものを。
自分の息子たちは、狂気を制する道具になると宣言した自分に不満や反論は述べなかった。そういう関係が普通だろう。
親と子は、ある程度すれば無縁と扱っていい関係性だ。親と関係なく生きれば良かろう。

――そんな言葉を全てクトゥルフは、吐き出さない。
結局全部が全部、クトゥルフの持論に過ぎず、それを吐き出した所で自分の意見を押し付けるだけだ。
眼前の彼女のように、かつて殺した妻のように何かを縋らなければならない者もいる。

クトゥルフは彼女が求めている言葉しか与えなかった。


「ならば、それを願えばいい」

「……え」

「母親との帰還を聖杯に願えば、お前の望みは叶う」

「…………………それって」

「それが唯一の手段だ」

「…………」


何故か呆然とするまりなに、少しばかりクトゥルフが振り返った。
彼女に対する解答と、彼女が望む事実を突きつけ、納得するようにしたが、それでも何が不満だというのか。
クトゥルフは最後にこう告げた。


「ここは戦場となる。親と共に離れろ」

717ラストリゾート ◆6bb6LonGS2:2022/05/28(土) 23:27:51 ID:q6xugRkI0




まりなは家に戻った。


どうしよう。


本当の戦争が始まるらしくクトゥルフは避難しろと警告した。
母と共に。
最近は機嫌よくなって今日も満足に熟睡している母親に、どう言い訳して避難させるのかも困り所だったが。
確かに彼が言う通り、聖杯に願えば母親と共に帰還する事ができるのだが。


聖杯の願い……ママを連れて帰る為に使わなきゃ………駄目? 私の願いは……?


苦悩していた。
もう、いっそ面倒な母親なんて、自分の顔に傷をつけ、変な紅茶のアルコールが必要とか意味不明な理屈を叫ぶ母親なんて
放っておけるなら放っておけばいい。
戦闘に巻き込まれて死んだ事にしてしまえばいい。
……でも、そんな事をして。いいわけが。

じゃあ、自分の願いを捨ててまで、自分が望む幸せを捨ててまで、否、自分の望みが叶えられないなんて。
そんな事があっていいのだろうか?
折角、何でも願いが叶う。幸せになれる権利に手が届くのに。



そうして、彼女は――……




【渋谷区 まりなの家/1日目・未明】

【雲母坂まりな@タコピーの原罪】
[状態]無傷、精神的不安定(小)
[令呪]残り3画
[装備]
[道具]スマホ
[所持金]高校生程度
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯獲得
1.ここから避難する。……ママは?
2.
[備考]
※精神が不安定ですがバーサーカー(クトゥルフ)のスキルで徐々に回復します


【バーサーカー(クトゥルフ)@クトゥルフ神話】
[状態]:魔力消費(微)
[装備]:
[道具]:
[所持金]:
[思考・状況]
基本方針:聖杯獲得、優先するのは『骸を持つ者』の討伐
1:白兎の主を迎え撃つ
2:
[備考]
※啓示にて『骸を持つ者/ランサー(カルタフィルス)』の存在をなんとなく認知しています。

718 ◆6bb6LonGS2:2022/05/28(土) 23:29:28 ID:q6xugRkI0
投下終了します

続いて、輝村極道&キャスター(ヴルトゥーム)予約します

719 ◆sANA.wKSAw:2022/05/29(日) 00:36:50 ID:rxyqJ/Hc0
スカサハ=スカディ&バーサーカー(八岐大蛇)、轟炎司&アヴェンジャー(ヒノカグツチ)予約します

720惨劇序章 ◆/dxfYHmcSQ:2022/06/01(水) 21:54:34 ID:SoyKxSuE0
投下します

721惨劇序章 ◆/dxfYHmcSQ:2022/06/01(水) 21:55:00 ID:SoyKxSuE0
最初は新宿区で、夕暮れ時に街を彷徨いていた少女が。
 次も新宿区で、盛り場で堅気を恐喝(ガジ)っていた半グレが。
 その次は世田谷区で、仕事帰りに酒を飲んで帰宅途中のサラリーマンが。
 そして今度は練馬区で、夜中にジョギングしていた主婦が。

 無惨に変わり果てた─────親子兄弟ですら判別できない程に壊された惨殺死体となって発見された。

 立て続けに発見された四つの死体。殺害された四人には何の繋がりも、共通点も存在せず、只々偶然目についたから惨殺したという事実よりも、捜査を担当した警察関係者や事情を知ったマスコミを震え上がらせ理由(わけ)は別にあった。
 四つの死体は無惨極まりないほどに損壊していた。被害者の全てが四肢を切断され、頭部にびっしりと黒い釘を─────まるで逆立った頭髪を思わせた─────打ち込まれ、流れ出た自身の地で染められて赤く─────今では乾燥して赤黒く─────染まったコートを着せられていた。
 それ以外にも全身に出血や打撲に内臓破裂、要するに凄惨極まりない暴行─────拷問を受けていた事もさる事ながら、四人全員の死因が『失血死』だったという事実。
 四肢を切断したのちに長時間拷問して、その間被害者を生かし続ける残忍さ、一分一秒でも長く苦しめるという執念。
 これらの犯人の異常極まりない精神を思えば、捜査関係者やマスコミが慄然とするのも当然と言えた。
 この連続殺人事件は、その余りにも凄惨な手口から報道管制が布かれ、『同一犯による四件の連続殺人事件』としか報道された。


─────────────

722惨劇序章 ◆/dxfYHmcSQ:2022/06/01(水) 21:56:02 ID:SoyKxSuE0
 「気づくかな。姉様」

 薄暗い部屋の中、血で汚れた服を着替えながら『ヘンゼル』が囁く。

 「大丈夫よ兄様。一つや二つなら兎も角、四つだもの。これだけやれば、嫌でも気づくわ」

 クスクスと笑いながら、血に染まった服をゴミ箱に投げ込んだ『グレーテル』が応じる。

 「そうだね、姉様。えーと、次は何処になるんだっけ」

 ヴァッシュ・ザ・スタンピードの始末(シマツ)が当座の二人の仕事だが、当人が何処にいるのか皆目見当もつきやしない。
 虱潰しに探すなど、一つの区が一つの都市にも匹敵する東京では非現実的にも程がある。
 二人の採った手段は、捜索するのではなく呼び出す事。ヴァッシュ・ザ・スタンピードならば次に殺人が起きる場所を理解出来る順序で死体を作り、ノコノコとやってきたヴァッシュを待ち伏せするのだ。

 「此処よ、兄様。大田区ね」

 二人が死体を『作った』場所と順番は、ヴァッシュ・ザ・スタンピードが極道を襲ったそれと同じ。更により伝わり易くする為に、死体の頭に黒い釘を打ち、血で染まったコートを着せた。ヴァッシュ・ザ・スタンピードが余程の愚鈍(マヌケ)でもない限り、自分が的にされていると気付くだろう。
ヴァッシュが覚えているのなら、次の殺人を止めるべく大田区へと現れるだろう。

 「兄様。お薬はちゃんと持った」

 「持っているよ。姉様は」

 「持っているわ」

 二人は仕事で偶然手に入れた『地獄への回数券(ヘルズ・クーポン)』を見せ合った。
 この薬の齎す強大な戦闘能力は、仕事で殺した極道が証明した。
 地獄への回数券(ヘルズ・クーポン) を決めたその極道は、BARの弾丸をいくら撃ち込んでも怯まず、ヘンゼルの振るった手斧を素手で止めて掴み潰し、手練れのサーヴァントを相手取れる双子をして梃子摺らせた程だ。

 「スゴイわね。この薬」

 「ずいぶん減っちゃったけどね」

 更に双子は、ヴァッシュへのメッセージ代わりに作った死体で行った実験で、この薬の齎す驚異的な不死性についても知悉している。
 四肢を切断して、延々と拷問し続けても、薬の効果が切れるまで死ぬ事なく泣き叫び続けた、あの驚異の耐久力(タフネス)。
 用心して最初に四肢を切断しておかなければ、逃げられるか思わぬ反撃を受けたかもしれない。薬物中毒者(ジャンキー)の類を腐るほど見てきたグレーテルですらそう思う。それ程の効果を発揮する地獄への回数券(ヘルズ・クーポン)は、今後の戦いを勝ち抜く上で、大きなアドバンテージを二人に齎すだろう。
 尤も、元々入手した数が少なかったのと、四度に渡って行った実験で、数が残り少なくなってしまったが二人は全く気にしていない。

 「その時は、また『貰って』くれば良いわ。兄様」

 「そうだね、姉様。持ってるヤツらは沢山いるしね」

 何も問題は有りはしない。地獄への回数券(ヘルズ・クーポン) は、この二十三区に多量に流注し、地獄への回数券(ヘルズ・クーポン) を持つ極道は数多く居る。
 何も問題は有りはしない。

723惨劇序章 ◆/dxfYHmcSQ:2022/06/01(水) 21:56:42 ID:SoyKxSuE0
 「ヴァッシュ・ザ・スタンピードは強いよね。姉様」

 ヴァッシュ・ザ・スタンピードは強い。賞金首となる程に極道を相手に騒動(トラブル)を起こし、それでいて、当人は無傷。疑う余地無く強者と言える。
 どれだけの修羅場を越えたのか?ロアナプラに君臨していたロシア女相手でも、生き延びるかもしれない。それ程の強者だ。

 「ヴァッシュ・ザ・スタンピードは優しいわ、兄様」

 ヴァッシュ・ザ・スタンピードは甘い。賞金首となる程に極道を相手に騒動(トラブル)を起こし、それでいて、誰一人殺していない。偶然誰も死んでいないだじぇという見方も出来るが、ヴァッシュ・ザ・スタンピードに襲われた極道達が、皆悉く凶悪な犯罪に手を染めていて、ヴァッシュの襲撃(カチコミ)により、救われた人が多くいるという事からも、ヴァッシュ・ザ・スタンピードの人間性は推し量れる。
 非道を見過ごせない性質なのだろう。それでいて誰も死なせていないのは、人死にを厭う性情なのだろう。無縁の誰かの為に極道相手に不要の騒動(トラブル)を起こし、それでいて、誰も殺さない。疑う余地無く甘いと言える。
 ヴァッシュ・ザ・スタンピードの気質と強さ、これらが示す一つの事実。ヴァッシュ・ザ・スタンピードはマスターかサーヴァントのいずれかであるという事。
 NPCではヴァッシュ・ザ・スタンピードの様な気質を持つ者はいても、これ程までの戦闘能力を持つ事は有り得ない。
 つまりはヴァッシュ・ザ・スタンピードを殺す事は、二人の願いを叶える為にも必要な事。
 元より人を殺さなければいられない、そういう生物に成り果てた二人にとっては大した問題ではない。殺す優先順位が最上位になっただけ、という只それだけだ。

 「もし来なかったらどうしようか」

 「他にも沢山いるわ。ゾクガミに、極道(きわみ)に、アイドルに、犯罪者を焼き殺す怪人に、殺人鬼に、……来なければ彼等のどれかへ行けば良いわ」

 極道達から知り得た、他マスターと思しき者達を、歌う様に挙げていくグレーテル。
 二人の思惑が外れて、ヴァッシュ・ザ・スタンピードが自分たちの前に現れなければ、マスターと思しき者達の居場所へ出向くだけの事。
 見つけ次第殺すというだけの事。

「そうだね。姉様」

「そうよ。兄様」

 クスクスクスクス。クスクスクスクス。





【新宿区・香砂会事務所/一日目・明け方】


【グレーテル@BLACK LAGOON】
[状態]健康
[令呪]残り三画
[装備] ブローニングM1918
[道具]地獄への回数券(ヘルズ・クーポン)×1
[所持金]極道のお仕事こなしてお小遣いを沢山貰いました
[思考・状況]
基本方針:聖杯獲得
基本行動方針:
1. ヴァッシュ・ザ・スタンピードを大田区へと誘き出して殺す
2. ヴァッシュ・ザ・スタンピードが大田区に来なかったら、適当なマスターと思しき人物を殺しに行く。
3. 地獄への回数券(ヘルズ・クーポン) が無くなったら、手頃な極道から調達する。
[備考]
ヴァッシュ・ザ・スタンピードの殺害を依頼されました
地獄への回数券(ヘルズ・クーポン) の効力及び持続時間を把握しました。

【アサシン(グロテスク)@史実・文学等】
[状態]:健康
[装備]:手斧×2
[道具]:地獄への回数券(ヘルズ・クーポン)×1
[所持金]:極道のお仕事こなしてお小遣いを沢山貰いました
[思考・状況]
基本方針:聖杯獲得
基本行動方針:
1. ヴァッシュ・ザ・スタンピードを大田区へと誘き出して殺す
2. ヴァッシュ・ザ・スタンピードが大田区に来なかったら、適当なマスターと思しき人物を殺しに行く。
3. 地獄への回数券(ヘルズ・クーポン) が無くなったら、手頃な極道から調達する。
[備考]
ヴァッシュ・ザ・スタンピードの殺害を依頼されました
地獄への回数券(ヘルズ・クーポン) の効力及び持続時間を把握しました。

724惨劇序章 ◆/dxfYHmcSQ:2022/06/01(水) 21:57:11 ID:SoyKxSuE0
投下を終了します

725惨劇序章 ◆/dxfYHmcSQ:2022/06/01(水) 22:00:08 ID:SoyKxSuE0
済みません。備考欄に

新宿区で二つ、世田谷区と練馬区で一つずつ惨殺死体が発見されました。

を書き忘れていました

726 ◆6bb6LonGS2:2022/06/05(日) 22:49:00 ID:D2bcgC9A0
まずは感想から

惨劇序章
 清々しいまでに残酷なことをしてくれている双子ですが、こういう場においてあるい意味、積極的で
 行動力あることをしてくれるのは非常に魅力的で、そこが彼らの良い部分と私は思います。
 彼らは効率的な殺し屋であると同時に、どこか子供っぽさが抜けないところがあり
 純粋に悪意ある行為を行っている無邪気さは、微笑ましくも恐ろしいです。
 投下ありがとうございます!

続いて私の予約分を投下します

727神っぽいな ◆6bb6LonGS2:2022/06/05(日) 22:50:56 ID:D2bcgC9A0
プリンセスシリーズでも評価が高い『フラッシュ☆プリンセス!』を視聴したヴルトゥームの感想は、
結末だけは評価できる。残り全ては好都合が過ぎて矛盾の多い三流作品……だった。
悪かった点をあげればキリがない。

たとえば――序盤にやられた主人公の相方妖精モエルン。
オトコングの執念が実った結果と極道は評価していたのだが、どう考えたってモエルンが油断したせいで、オトコングが運が良かっただけ。
描写を考慮するにモエルンはオトコングを超える能力を持っていたのだ。
しかし、油断のせいでオトコングに殺された。

これはまあ百歩譲っていいが、その後のネムルンも似たような末路だったものだから、
これは脚本家の悪癖なのかとヴルトゥームは悪態ついた。

何より、ヒースと主人公が互いの正体に気づきそうで気づかない場面の多さ。
これが最も都合がいいというか。
モエルンとオトコングが雌雄を決した現場で気づけば、
ネムルンがさっさと言えば、ガキミーラが明かしておけば、面倒な事にならず済んだのに。

……とは言えだ。
最後の最後、主人公とヒースは分かり合ったが、それでも互いの信念と散った仲間の為、最終決戦を行う展開は良かったとヴルトゥームは述べる。
仲良しこよしのハッピーエンドで、過去をなあなあに処理するかと諦めた矢先に、これだ。
視聴者は共感しながらも二人の結末に熱い想いを滾らせ、涙し、この結末を迎えるしかなかったのか、嘆いたとか。

ヴルトゥームはそうは思わなかった。
ここだけは好都合も運命もなく、互いの主張を貫いた結末だと納得した。

そんな感想、否、意見を伝えたヴルトゥームに極道も溜息をついていた。

しかし、だ。
人類において動揺などは天敵であり、如何なる技量を持つ者であっても油断が生じて死ぬのは事実らしい。
英霊も同じだった。
実際、幾騎か倒した英霊もヴルトゥームには共感できない油断で脱落した。

そして………


『多仲忍者』


極道が友と呼ぶべき存在が二十三区内に存在する。
コレのせいで極道が変に足を引っ張るような真似をすれば本末転倒だ。
ヴルトゥームには『忍者』の存在を極道へ伝えずに伏せる。という選択肢があった。
しかし……

ヴルトゥームがいる『地獄への回数券』を製作する地下施設へ入って来るのは、極道だった。
まあ、ヴルトゥームは宝具により周囲を索敵していた為、彼がやって来る事も、彼が何を考えているかも把握している。
極道はやれやれといった様子で話を始めた。


「キャスター。少々厄介な事になってしまったよ。先程、追加の通達でマスターの帰還について触れられてね。
 聖杯を獲得したマスターだけが帰還を許されるらしい……これから同盟を考えていた我々にとっては痛手の情報だ」

728神っぽいな ◆6bb6LonGS2:2022/06/05(日) 22:51:22 ID:D2bcgC9A0
一先ず「そうですか」とヴルトゥームは相槌をする。


「私としましては『そうでしょうね』としか言えませんね。帰還に膨大なリソースが必要でしょうから。
 事情を聞く限り無作為にマスター候補を選出し、ここへ呼び寄せるだけでも相応のリソースは消費されたでしょう。
 帰還の為に、無事なマスターへ余計なリソースは消費したくありません。あくまで私の意見ですが」


……最も、それほどのリソースを消費してまで聖杯戦争を開催する意図は、分からない。
彼が聖杯戦争を懐疑的でいるし、消極的なのは、それが要因だ。
これが自身が行ったような実験の一環であるなら――恐らくマスターを帰還は愚か、聖杯そのものが紛い物に違いない。

科学者として、ヴルトゥームが考えうる『聖杯』の正体はいくつかあった。
その一つにあるのが、聖杯の材料に脱落したサーヴァントをリソースとして詰め込むというもの。
所謂、サーヴァントの魂を。
であれば、納得できる部分は幾つかあるが。
それでもマスター収集にリソースを消耗している点が、小骨が引っ掛かるような感覚を覚える。

極道は冷静にヴルトゥームの意見に耳を傾け、一つ興味本位に尋ねる。


「ちなみにだけど――……君がかつて作った『宇宙船』を再現する事はできるかい。
 最高神『ヴィシュヌ』の化身、最後のアヴァターラ『白き騎士(カルキ)』!
 君が支配した宇宙全土を浄化し、まさしく神話の如く『クリタ・ユガ』を打ち立て最悪の時代を終焉に導き英雄!!
 その清浄から逃れた君の『宇宙船』をだよ」


熱を籠ったように語る極道に対し、ヴルトゥームは氷のように冷え切った返事をした。


「それ。貴方がそう思っているだけですよ。何かの化身であるのは確かで特徴も似通っていますが
 向こうは名乗りもしませんでしたから『カルキ』か『ヴィシュヌ』かも不確定ですからね」

「なに、そこは夢を持とうじゃないか。私はそうだと信じているよ」

「……科学的なリソースを用いて脱出は可能か?のアンサーは『可能だとしても貴方達のいる外宇宙へ至れる保証はない』ですね」

「成程……いよいよ。主催者が所有するシステムでなければ帰還は不可能か」


一通りの確認作業を終えた極道。
ヴルトゥームは念の為の意味合いで極道に問う。


「では他のマスターとの同盟計画は中断しますか」

「まさか。するとも。例のリストを出してくれ」


無言でヴルトゥームは極道に差し出したのは、現時点で生存確認されており確証あるマスター候補。

デスボイスの偶像(アイドル)のマスター『七草にちか』。
行方不明になった重症患者『鑢七実』。
指名手配のビラがばら撒かれ、裏の邪魔をする『ヴァッシュ・ザ・スタンピード』。
双子の殺し屋『ヘンゼルとグレーテル』。
絶賛暴走中の暴走族の神性『殺島飛露鬼』。
突如、人気を博したアイドル『リルル』。
万世極楽教の教祖であり人食いの一種である『童磨』。
行方不明者としてリストアップされている中に『荼毘』がおり、不審な学生の中に『吉田優子』『久世しずか』もいた。

729神っぽいな ◆6bb6LonGS2:2022/06/05(日) 22:51:51 ID:D2bcgC9A0
童磨に関しては、彼の信者を捕捉し、それらが隠蔽工作しているのをヴルトゥームの宝具で盗み見た為。
外見的に不審な学生としてあげられている『吉田優子』だが、彼女以外にも奇妙な生徒はちらほらいる。
『久世しずか』は酷いイジメに合っているだけ、が理由。
なので学生と行方不明者候補の『荼毘』などを含めた大雑把なマスター候補を合わせても相当数いる。

となれば。
リストを確認する極道は思案する。


「この中ならば『七草にちか』か……所在が掴めている明確なマスターの中で唯一、連絡が通じるのは恐らく彼女だけ。
 他にも所在を掴めれば、同盟を組めそうな候補は幾つかいるが――」


極道を手と言葉が止まった。
リストの間に、ただの紙切れのように挟まっている書類に記載されている情報は――『多仲忍者』のものだったから。
だが、ヴルトゥームは大した事ない風に告げる。


「ああ、貴方が依頼した『多仲忍者』の所在も入っていますよ。マスターであるかは不明ですが」


無論。
ヴルトゥームも渡すまで幾つかのパターンを計算した。その上で極道に情報を渡したのである。
『多仲忍者』が二十三区に実在するという情報を。
これには極道も、凍てつく雰囲気を纏いヴルトゥームに問いただす。


「何故……私に彼の情報を明かした? キャスター」

「明かすもなにも、貴方が依頼したのですから応えただけですよ。まあ、仰りたい事は分かります。
 彼の存在が貴方にとって障害になりうる以上、あえて彼の情報を伏せて然るべきではないかと。あのプリ何とかと同じように。
 ですが、私は違います。ご都合主義も運命も戦争には関係ありません。
 仮にこれが要因で貴方に支障が生じるなら、被害を最小限に留める為、事前告知した方が良いと判断しました」

「……成程。君の判断はサーヴァントとしては『0点』だ」

「しかし、彼がいると知らなければ大概でしょう」


その通りだった。
『多仲忍者』がここにいる。これは極道にとっては大きな障害になりえるが、同時に彼を奮い立たせる動力にもなった。
満更でもない笑みを浮かべ、改めて彼は現状を見る。


「ああ、そうだとも! そうか……忍者君もここに! 奇妙な偶然だ。まさかこんな形で、聖杯戦争のマスターとして巡り合うとは!!」

「ですから、マスターかどうかは確定してません」

「いや。恐らくマスターだ。私と君が推測した通りだよ。
 忍者君は高校生。他にも『七草にちか』を含めた数名に『学生』がいるのは間違いない」


本戦開始がゴールデンウイークである事。
そして、極道とヴルトゥームがばら撒いた『地獄への回数券』に引っ掛からなかった事。
この二つを踏まえ、昨日時点で特段目立った戦闘も行われなかった事実から導き出されるのは、学生のマスターがおり。
普段は学生の役割(ロール)を熟しているのではないか、という推測。

何ら一般的な学生か、それ相応の少年少女であれば途方に暮れて、普段通り生活してしまう。
あるいは普通の家庭があるだろうから、両親の存在が枷となり目立った行動がしにくい立場にある。
だが、極道からすると例の――主催者関係者による通達が決め手となった。

あれは聖杯戦争への戦意がなく、帰還を求めているマスターに向けた……それを対象に戦意を駆り立てる為のものだ。

730神っぽいな ◆6bb6LonGS2:2022/06/05(日) 22:53:28 ID:D2bcgC9A0
ならば同盟を組むのは容易なのだが
よりにもよって、主催者関係者らしき男からあのような告知をされたものだ。
中々、厳しいものがある。

相当重要な起点になりうる部分をヴルトゥームは素っ気なく頼む。


「その辺りは私の専門外なので、よろしくお願いします」


投げやりではあるが、彼にとっての『不得意分野』なのだから仕方ない。
十分理解している極道は「やれやれ」といった態度をしつつも、元よりそのつもりだったので改めてリストと向き合うのだった。






【台東区 地下施設/1日目・未明】

【輝村極道@忍者と極道】
[状態]無傷
[令呪]残り3画
[装備]
[道具]
[所持金]表向きの会社員と裏で稼いだ分の資金
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯獲得
1.他主従との同盟
2.そうか、忍者君もここに――……
[備考]
※多仲忍者の所在を把握しました。マスターではないかと確信しています。
※素性が掴めているマスターの所在を掴んでいます。
※残存のマスターに学生がいると考えています。


【キャスター(ヴルトゥーム)@クトゥルフ神話】
[状態]:無傷
[装備]:
[道具]:
[所持金]:
[思考・状況]
基本方針:聖杯獲得
1:他主従との同盟…交流(そういうの)は極道に任せる
2:
[備考]
※素性が掴めているマスターの所在を掴んでおります。
※多仲忍者の所在を把握しましたが、マスターである点に関しては懐疑的です。
※残存のマスターに学生がいると考えています。
※台東区にある地下施設を拠点とし『地獄への回数券』を生成しております。

731 ◆6bb6LonGS2:2022/06/05(日) 22:54:49 ID:D2bcgC9A0
投下終了します

続いて
童磨&ランサー(マンティコア)
久世しずか&ライダー(ジャック・ザ・リッパー)
以上を予約します

732 ◆8ZQJ7Vjc3I:2022/06/08(水) 23:35:48 ID:4PJdiWH.0
投下します

733シャミ子が悪いんだよ ◆8ZQJ7Vjc3I:2022/06/08(水) 23:36:21 ID:4PJdiWH.0


───マスターや、起きなさい。マスターや……


「むにゃむにゃ……おからじゃないお好み焼き……うへへへ……」


───三大欲求に忠実なマスターや…起きないと二度と醒めない眠りになりますよ…
────具体的に言うと手足と角と尻尾を千切られただるまぞくに……


「ぽげぇえッ!?寝込みを襲うとは卑怯な!?しかも例えがエグい!って…あれ?」


謎の声に導かれて。
私、闇の女帝シャドウミストレスこと、吉田優子は目覚めました。
けれど、目を覚ました場所は聖杯に与えられた下宿先のアパートではなく。


「ここ……夢の中…?」


私ではない誰かの夢の中でした。


「これ……誰の夢?」


───おいおいマスター、ボク、ちゃんと説明したよね。
君に協力してくれるかもしれない、君の能力を必要としてる子がいるって。


「この声は…アサシン君!?」


私を起こしたその声は、間違いなくアサシン君の物でした。
ですが、姿は見えません。そのままきょろきょろと辺りを見回してみます。
そこは、病院の廊下でした。前に入った私の夢の中に似ている気がします。


「ここは…その人の夢の中なんですか?」


───そのとーり。先ずは、友達になってくれるかもしれないこの子の事を知らないとね。
───そして、願わくば…この子の助けになってあげて欲しいんだ。
「助ける…?」

734シャミ子が悪いんだよ ◆8ZQJ7Vjc3I:2022/06/08(水) 23:36:46 ID:4PJdiWH.0


その言葉に、眠る前の記憶が少しづつ蘇ってきます。
眠る前にアサシン君は私に語りました。
連日の深夜徘徊の結果、私に協力してくれるかもしれない子を見つけたこと。
だけど、その子は少し困ったちゃんで、今の時点でちゃんと協力できるか怪しいこと。
だから夢の中にお邪魔して、その子の事を少しでも知った上で、助けてあげて欲しいということ。
語られた内容を思い出し、状況は飲み込めてきました。
でも、それと共に戸惑いや不安ももたげてきます。
先ず私は、この夢の主の事を何も知りません。名前すら知りません。
そして自慢ではないですが私はクソザコまぞくです、ゲロ弱です。
いや、最近は宿敵の桃色魔法少女のお陰でちょっと強くなってきたかも?
それでもやっぱり……私にできる事なのか、疑問です。


───心配しないで、マスターならできるさ。できなきゃこの子は何も始まらない。
───今は『待て、しかして希望せよ』よりも当たって砕けろだよ。
───失敗したって、骨は拾うからね!
「玉砕前提!!私木っ端みじんになるんですか!?」
───うん、具体的には今すぐ逃げないとあと二十秒くらいで。


へ?と。
その言葉にとっさに後ろを振り返ります。猛烈に嫌な予感がしました。
同時に既視感もです。前に夢の中に入った時、似たようなことがありました。
そして、そんな第六感は悲しいほどに当たっていました。


「うぎゃーッ!!ウサギとハムスターの真っ黒い化け物-ッ!!」


ふしゅーふしゅーと唸り声を上げて。
三メートルはある真っ黒な兎とハムスターの合体版みたいな怪物がそこに居ました。
ですが、これは二度目。経験を活かせば既にどうすればいいかは分かっています!!


「シャドウミストレス優子!危機管理フォーッッッム!!!」


最早慣れてしまった恥ずかしい格好に0,02秒で着替えます。
夢の中なら変身バンクも一瞬です。
そして回れ右前進!先手必勝逃げるが勝ちです!!退却撤退さようならッ!!!
桃に鍛えられたお陰でいきなり走っても横っ腹が痛くなりません。
確かな成長を感じます。
そのまま私は鍛えた健脚で華麗にハムうさぎの前から姿を…ってこのハムうさぎ早い!?


「う、うおおおおおお!舐めるなぁッ!!」

735シャミ子が悪いんだよ ◆8ZQJ7Vjc3I:2022/06/08(水) 23:37:20 ID:4PJdiWH.0

もう私はあの頃の私ではないのです。
宿敵にいぢめ抜かれて磨き上げた体力、見せつけちゃります!
あれだけ鍛えてハムうさぎに負けたら私の人生ミジンコですから!
気合を入れなおして、本気の全力疾走で昏い廊下を駆け抜けます。
そして、一番奥の部屋に飛び込みました。
飛び込んだ先の奥の部屋は、一際広く、一際薄暗くて。
隠れるのにはもってこいの場所でした。
ホールの様になっている部屋の、舞台袖の様な場所に身を潜めます。
すると遅れて入ってきたハムうさぎの怪物は、狙い通り見失った様子でした。
そのままきょろきょろと周囲を見渡して、廊下の方へと戻っていきました。


───お疲れ様マスター、良く逃げ切ってたね。捕まってたら数日昏睡だったよ。
「ぜぇえ…はー…ふー……フ、フフフ…舐めるな我が眷属よ…こ、の程度……」


背後のステージにもたれかかって、回復に努めます。
以前なら三十分はその場で動けなかったでしょうが、今なら五分もあれば復帰可能です。
息を整え、夢なのに何故かかく汗を拭った後。
アサシン君の声が、再び頭の中に響きます。
後ろのステージを見る様に、と。
昏いステージでした。それに何だか、辺りの空気がどんよりとしています。
以前は言った桃の夢の中と同じくらい、もしかしたらそれよりも酷いかも。
でも……何だか視線が吸い寄せられます。


───さぁマスター。丁度開演の時間だ。目をかっぽじって。
───ここから先は見逃しちゃいけない。
「目をかっぽじったら見れませんよ!?」


アサシン君と言葉を交わしながら、ステージ全体が見れるように後ろへ下がります。
すると、映画館の様に座席が並んでいたので、そこに腰掛けました。
直後、私が席に座るのを待っていたかのように。
ステージに、変化が訪れます。
ステージの丁度中央に、ライトの光が燈されて。



「Foooooo!!!!」



一番煌びやかなその場所に、彼女はいました。
スポットライトを全身に浴びて、その光の中で、踊り、歌います。

736シャミ子が悪いんだよ ◆8ZQJ7Vjc3I:2022/06/08(水) 23:37:35 ID:4PJdiWH.0

「………!!!」



圧倒、されました。
突然始まったその人パフォーマンスに。
息をのむことしか、私にはできませんでした。
きらきらと、宝石の様に輝いて。
弾ける様な汗と共に、彼女は笑っていました。
私なら、あっという間に息が上がって、へばっているほど激しい動きをしているのに。
でも、何故か。
その人の笑顔を見ていると…無性に悲しい気分になりました。
何故、そう思ったのかは分かりません。
でも、私の目にはその人が。
とても必死そうに。とても、哀しそうに。
無理やりに笑顔を浮かべているような、そんな思いを抱きました。
そして、そんな彼女の笑顔に。どうしようもなく。



「───────」



多分、その時だったんだと思います。
理屈じゃなくて。言葉も出てこなくて。
ゾンビ映画をみたら、倒されるゾンビの方に感情移入してしまう。
ミカンさん曰く感性がずれている私だけど。それでもはっきりと。



───私、吉田優子が。偶像(アイドル)七草にちかさんのファンになったのは。

737シャミ子が悪いんだよ ◆8ZQJ7Vjc3I:2022/06/08(水) 23:37:54 ID:4PJdiWH.0



その夢は、以前入った私や桃の夢の中とはずいぶん違っていました。
パフォーマンスが終わってからも、ステージは眩しいままで。
まるで映画やミュージカルみたいに。
さっきステージで踊っていた──“七草にちか”さんの軌跡が伝えられます。
何時もと何だか勝手が違う、とアサシン君に尋ねてみました。
アサシン君が言うには、サーヴァントとマスターはお互いの夢を見ることがあるらしいのですが……
そんな特殊なケースと、私の闇の一族の能力が合わさった結果だと。
アサシン君は、何故か得意げに私にそう語りました。
その話を聞いている間にも、ステージの上でにちかさんの物語は続きます。
彼女は、必死でした。
アイドルの大会で優勝しなければ、夢を諦める。
そんな、厳しくて、お腹がキリキリする条件の中で。
にちかさんは、戦っていました。



───なみちゃんの靴を履いてなきゃ、誰が見てくれるんですか!私の事なんか!
───ただ立ってるだけじゃ、人ごみなんですよ私……!


ステージの向こうの彼女はとても一生懸命で。
とても……苦しんでいました。
アイドルになってすぐ浮かべていた笑顔は、無くなってしまって。
にちかさんが自分を傷つけるような事を言うたびに胸が締め付けられました。
違う。
そんな悲しい事言わないで。
吉田家(ウチ)の様にお父さんがいなくて。
お母さんも病気で。
それでもバイトをしながらお姉ちゃんと二人で支えあって。
さっきは、とても凄い歌とダンスを見せてくれました。
私はライブなんて見るのは初めてだったけど……
それでも、どうしようもなく心を動かされてしまいました。
貴女は、人ごみなんかじゃない。
何時の間にか、唇をかみしめていて。
強く、強く。そう思いました。
そして。


「―――――……い…………
プロ……………てま…………」


“その光景”を見た瞬間。
私のその思いははっきりと、実像を結びました。

738シャミ子が悪いんだよ ◆8ZQJ7Vjc3I:2022/06/08(水) 23:38:15 ID:4PJdiWH.0


「にちか、しっかり呼吸するんだ…!吸って、吐く………落ち着いて、しっかり―――」


記憶の中の彼女は、まるで命を燃やし切った様に苦し気で。
受け止める”彼”も、かつてない程焦燥を露にしていて。


「…………………どんな………かお………」
「無理に喋らなくていい、息をするんだ……!」


息をする事すらままならない、昔の私の様な状態で。
それでもにちかさんは尋ねます。
自分は今、どんな表情でいるのか、と。




「………どんな……かお…………わたし………笑えて………」
「……っ。どんな顔って……苦しそうだよ…………!
――――――けど、笑えてる」




今にも消え入りそうな、心と身体で。
優勝して、もう無理やりに作った笑顔を浮かべる必要も無いのに。
それでも、にちかさんは笑っていました。


「大丈夫だ。しっかり吸って、吐いて、落ち着くんだ……
これでもう……思いきり笑えるんだから――――」


その時の彼女が何を思っていたのか、私には分かりません。
けれど、確かなことがたった一つだけ。
その笑顔は。
にちかさんが身と心をすり減らして戦い抜いた後に手に入れた本当の笑顔は。
絶対に。絶対に。
人ごみなんかじゃない。特別な物でした。
だから。
だから、私は、


「アサシン君」
───何?マスター
「私、この人を眷属にしたいです」

739シャミ子が悪いんだよ ◆8ZQJ7Vjc3I:2022/06/08(水) 23:38:35 ID:4PJdiWH.0
───君もあの自称パティシエの話は聞いただろう?
───この聖杯戦争で生きて帰れるのはたった一人だ。だとしても?


未だ姿の見えないアサシン君は、私にそう尋ねてきます。
でも、もう私の答えは決まっていました。


「だとしても、です。私はまぞくとして欲張りに生きていくことにしたんです。
どうすれば帰れるかはまだ分かりません。でも、あのパティシエさんに土下座してでも帰る方法を見つけて見せます!!」
……この子の分もかい?
「勿論です!私が二人分土下座して聞き出します!!」
───地面にめり込んでそうだね


私だって、それがどんなに厳しい道のりかは分かっています。
でも、厳しいからって降りるつもりは毛頭ありません。
私はいずれ闇の一族の復興を遂げる者。
闇の女帝、シャドウミストレス優子なんですから!


───助けてあげて欲しい、なんて言っておいてなんだけど。
───マスターは、何でこの子を眷属にしようと思ってるの?


同情なら、やめておいた方がいい。
アサシン君のその声は、今迄で一番冷たいものでした。
それは、私を心配してくれているものだというのは分かったけど。
それでも、ぶんぶんと首を振って。


「私は、この人の追っかけまぞくになったんです。今決めました。
この人の歌が聞きたいんです。この人に、生きていて欲しいって、そう思ったんです」


まぞくとして欲張りに。自分に正直に。
この歌声に、消えて欲しくないと。
純粋にそう思ったから。それだけで、戦う理由としては十分でした。



───いい答えだ、マスター。いくら恐怖劇(グランギニョル)とはいっても。
───盛り上げる、音楽(コーラス)が無ければ締まらない。
───ならボクも、君の願いに応えよう。

740シャミ子が悪いんだよ ◆8ZQJ7Vjc3I:2022/06/08(水) 23:39:09 ID:4PJdiWH.0
アサシン君の、その言葉と共に。
部屋の入口に、気配を感じて振り返りました。
そこには、さっきのハムうさぎの怪物が立っています。
その赤い瞳は、じっと私を見つめていて。
身体はさっきよりも大きく、五メートルはあります、成長期?
逃げようにも、此処は廊下の一番奥の部屋で、逃げ場はなく。
まぁ、と言っても。



「シャドウミストレス優子───何とかの杖ッ!ずるい武器フォーム!!!」



逃げるつもりなんて、少しも無かったけれど。
お父さんから貰った杖を掲げて。
私は叫び、そして彼の姿をイメージします。
今の私にとって、一番頼りになる、ひょろりと細長い武器。


───呼べば来てくれるって、言ってましたもんね。


きらりと、手の中の杖が輝きを放ち。
ぴょんと、私の手から飛び跳ねる様に空中へと舞い上がって。
そのカタチを変えていきます。


───HO!HO!HO!


真に遺憾ながら聞きなれてしまった笑い声一つ。
それが響くとともに、杖はすっかり人の形をとって。
私の目の前に、降り立ちました。
シルクハットに、闇色のマント。そして長い手足。


「───お待たせ、マスター。それじゃあ、開演と行こう」


紅と蒼の瞳を煌めかせて。
飛び跳ねる者(スプリンガルド)。バネ足ジャックこと、アサシン君は。
ゆらりと背の高い木の様に、私の前へと降り立ちました。
それを見た途端、ハムうさぎの怪物の様子が変わります。
警戒と敵意を露わにして。表情は可愛げがあった先ほどまでとは違ったモノでした。
でも、もう怖くはありません。
ハムうさぎが突っ込んできても、怖くはありません。
私を、つい最近体験した浮遊感が包みます。
アサシン君が私を抱えて、目にも移らない速さで跳んだのでした。
そして、その長い腕を振りかざし。
翳されたかぎ爪はきらりと光って───そこに、炎を燈しました。

741シャミ子が悪いんだよ ◆8ZQJ7Vjc3I:2022/06/08(水) 23:40:54 ID:4PJdiWH.0


───HO!HO!HO!


その場に再び笑い声が響き渡り。
ぱっくりと、ハムウサギの体が裂けたのは、その直後の事でした。
一発でした。五メートルはありそうなハムうさぎの怪物が。
アサシン君にかかればちぎ投げでした。


「……この怪物は、この子の嫌な記憶、恐怖や絶望が集まった物だ。
マスターも、知ってるんじゃない?」
「はっ、はい。一度私の無意識の中に入った時に…でも、こんなに大きくは」
「それだけ、今のこの子が助けを必要としてるって事なんだろうね」


その言葉を受けて。消えていくハムうさぎを眺めていると。
何というか…やってみよう、という気持ちが湧いてきました。
私とにちかさんはあったことも無い他人で。
私の様なゲロ弱まぞくがどこまでやれるかは分からないけれど。
二人で生きて帰るために。できる限りの事はしてみようと。
そう、思ったんです。


「さて!この子の事が理解(ワカ)ッた所で、目覚めの時間だ。
そろそろ、お暇しようか。次に会うのは、現実の世界でだ」
「……え?あ!ちょ、ちょっと角ハンドルはやめッ!」
「油を売ってる暇はないのさマスター。彼女と同盟を結べたら次はとびっきりに危険な橋を渡らなきゃいけない」
「え?きけんなはし…?」
「うん、氷の女王陛下と話をしに行くんだ。
切り裂きジャックと決着をつけるのはどの道夜になるしね」
「な、何ですかそれ!?ちょっとぉッ!!」


アサシン君は私の決意なんてどこ吹く風で。
今後の展望を私に告げつつ、雑に私を抱え上げます。
こん畜生、いつか眷属と主人の立場を分からせてやらねばなりません。
そして、色々話したいことも、心の準備をする間もなく飛び上がって。
夢から醒める独特の感覚が、肌を突き抜けていきます。
凄い速さで景色が下へと下がっていく中。
私は最後に、にちかさんの心の中を一瞥します。
よく見たら桃の夢の中の様にヘドロ塗れで。閑散としていて。
とても寂しい場所でした。
でも、それでも。
そんな彼女の心の中にも、輝くものは確かにありました。


「だから……いつまで、なんて言わないでください
此処まで無事でいたことを、間違いなんて思わないで」


私は、闇の女帝、シャドウミストレス優子は。
それだけは伝えたくて。
そして。
少しだけ、貴女の悲しみに寄り添えたら……
桃。
我が宿敵よ。私は頑張るので。見ていてください。




742シャミ子が悪いんだよ ◆8ZQJ7Vjc3I:2022/06/08(水) 23:41:11 ID:4PJdiWH.0


この世界に来てから。
気持ちよく目覚められた日なんて、一度も無かった。
いや、ここに来る以前から。
思えば暫く、安らかな眠りも。健やかな目覚めも無かったように思う。
毎日毎日、バイトが終わった後に、足がもつれるまでレッスンして。
倒れる様に家へと戻り、最低限の家事を手伝った後、泥の様に眠る。
それでも追い立てられるような不安から深夜に目覚めるのはほぼ毎日。
WINGに優勝するまで、アイドルになるまで。そんな日々は続いた。
それでも優勝して──やっとアイドルになった矢先に、私は此処にいた。
眠れぬ夜は、此処でも変わらないかった。


きっと、私は遠からず死ぬのだろう。
私の引き当てたランサーは、お世辞にも強いとは言えなかった。
客が逃げ出すくらい下手糞で、才能以前の問題なくせに、それでも歌が好きで。
弱いくせに馬鹿みたいに自分を信じていて、憎たらしくて、羨ましくて、腹立たしい。
私にとって、彼女はそんなサーヴァントだった。
弱い所だけはいかにも私のサーヴァントだと、乾いた笑いすら出てくる。
雑魚は雑魚らしく、隠れていればいいのに。
今日もこれから懲りもせずに歌を歌おうとする彼女に付き合って。
そして、その内他のマスターとサーヴァントにぶち当たって、あっけなく死ぬ。
死刑を待つ囚人の様な、絶望だけが私の胸にあった。


でも…それでいいのではないかと思っている私がいた。
私は、この世界ではアイドルでは無かった。
283プロダクションは変わらずこの東京にあったけれど。
そこは私の知る場所じゃなかった。
少なくとも、脅迫監禁までしてアイドルになった大馬鹿は所属していなかった。
それが分かったのは“あの人”に会ってから。
そう言えば、事務所はどうなっているのだろうと足を運んで。
私の事を全く知らない様子の“あの人”に出会って。
あぁ、そうなんだ、と。
酷く納得してしまったのを覚えている。
ちなみにお姉ちゃんは休暇を取って旅行に行っているらしかった。
お姉ちゃんは時々突拍子もない旅行計画を立てるため、驚きは無かった。
まぁ、つまり。
私はこの世界ではアイドルではなく、人ごみの七草にちかとして死んでいくのだろう。
七草にちかの最期としては、お似合いの最期では無いだろうか。
いや、そもそも。
アイドルになった事さえ、もしかしたら夢だったんじゃないだろうかとすら思える。
夢から醒めて。
この世界で何者でもない七草にちかとして死んでいくのが、本当なのではないか。
そんな気さえしていた。

743シャミ子が悪いんだよ ◆8ZQJ7Vjc3I:2022/06/08(水) 23:41:46 ID:4PJdiWH.0
けれどやっぱり、死ぬのは恐ろしくて。
毎日毎日、目を閉じるのが怖くて。
ガタガタと震えながら、昨日の晩も残り滓の様な眠りにつく。
それなのに。


「アラ!どうしたのマスター!今日は何だかスッキリした顔じゃない!」
「それ、何時もはスッキリしてないって事ですかー…まぁ何だか、今朝は寝起きがよくて」
「それなら良かったわ!それじゃあ今日も何時から何処でライブをするか───」
「はいは〜い、まずは朝ご飯摂ってからで〜」


いつも騒がしいランサーさんを適当にあしらう。
相談と言っても今日は何処で騒音をまき散らすかという話でしかないし。
買い置きのカロリーゼロのコーンフレッグを安物の皿に盛り、ミルクを注いで。
普段ならけだるい朝なのに、不思議とさわやかな朝だった。
本選に進んだという通達から、死ぬ覚悟が決まったのだろうか。
限りなく後ろ向きな思考で、注ぎ終わったミルクを冷蔵庫に戻す。
今、この家に家族は誰もいない。
私が通っていた高校とも違う、『不動高校』という高校に通うため、姉とボロアパートで二人暮らしの苦学生。
その姉も暫く旅行に行っているため、実質一人暮らしの高校一年生。
それが私に与えられた役割(ロール)だった。
曲がりなりにも偶像(アイドル)に与える役目かと思うモノの、まぁどうせ遠からず死ぬのだ。
他の家族がいないのも、巻き込まれずに済む。
あぁ、何だ。むしろ聖杯は私に気を使ってくれたのかも。
自嘲気味に笑って、用意した食事を運ぼうとしたその時だった。
ぴんぽん、と。
おんぼろなインターホンが、来客を告げたのは。
当然、心当たりのない来客だし。そもそも今はまだ七時前だ。
こんな朝から、人と会う約束をした覚えはない。
ランサーさんと顔を見合わせて、無言のまま玄関へと向かう。
彼女が駆け寄ってきて、背後で身構えるのを感じながら、恐る恐るドアノブを握り。
扉を、開けた。


「あっ!あのあのあの!!七草にちかさんですよね!!」


立っていたのは、私と同じ年ぐらいの女の子だった。
変な形に膨らんだ帽子を無理やり目深に被って、私を見上げてくる。
───不思議な女の子だった。
初めて会ったはずなのに、彼女と接すると心がひどく落ち着いた。
心が澄んでいくような、不思議な感覚だった。
その感覚から私の意識が戻る前に、彼女は私に何かを差し出してくる。

744シャミ子が悪いんだよ ◆8ZQJ7Vjc3I:2022/06/08(水) 23:42:01 ID:4PJdiWH.0

「あっ、あのっ!私あなたのファンで…!サイン、頂けませんか!?」


それは、何かの学習帳だった。
その白紙の見開きを広げて。
アイドルではない筈の私に、彼女は。


「…………は?」


それが、私、七草にちかと──シャドウミストレス優子こと、吉田優子さんとの出会いだった。

745シャミ子が悪いんだよ ◆8ZQJ7Vjc3I:2022/06/08(水) 23:42:32 ID:4PJdiWH.0

【世田谷区 アパート/一日目・早朝】

【七草にちか@アイドルマスター シャイニーカラーズ】
[状態]健康、シャミ子の能力の影響(小)
[令呪]残り三画
[装備]なし
[道具]なし
[所持金]貧乏人
[思考・状況]
基本行動方針:自暴自棄気味
1.……は?
2.生きて帰りたいけど…
[備考]
283プロダクションは存在しますが所属していない設定の様です。
同居人である七草はづきは旅行に行っており不在です。

【以津真天@太平記(ヨハネの黙示録)】
[状態]:健康
[装備]:スタンドマイク(天秤)
[道具]:なし
[所持金]: 貧乏人
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯獲得?
1. 今日もファンたちに歌を届ける
2. マスター…流石だわ…!

746シャミ子が悪いんだよ ◆8ZQJ7Vjc3I:2022/06/08(水) 23:43:02 ID:4PJdiWH.0
【吉田優子@まちカドまぞく】
[状態]健康
[令呪]残り三画
[装備]何とかの杖
[道具]なし
[所持金]貧乏人
[思考・状況]
基本行動方針:脱出派
1.生きて帰る事の出来る方法を探す。
2.にちかさんと一緒に帰る事の出来る方法を探す。
[備考]
にちかの夢の中へと入ったことで、彼女についての情報を得ました。
(感覚としてはWING編をプレイした情報量と思ってもらえればいいです)


【バネ足ジャック(スプリング・ヒールド・ジャック)@史実】
[状態]健康
[装備]なし
[道具]なし
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:脱出派
1.取り合えず、夜になるまでマスターが生き残れるように動く。
2.切り裂きジャックは時が来たらボコる
3.にちか主従と朝コミュ後、氷の女王陛下(スカディ)に会いに行く。
[備考]
にちかの夢の中へと入ったことで、彼女についての情報を得ました。

747 ◆8ZQJ7Vjc3I:2022/06/08(水) 23:43:18 ID:4PJdiWH.0
投下終了です

748 ◆sANA.wKSAw:2022/06/11(土) 21:29:19 ID:3kJxKWMY0
投下します

749炎のさだめ ◆sANA.wKSAw:2022/06/11(土) 21:30:44 ID:3kJxKWMY0
 男はネットニュースを片っ端から漁り情報を集めていた。
 この東京都を現在進行形で騒がせている連続焼殺事件。
 積み重なる犠牲者の数と、それと並行して報告される青い炎の目撃談。
 まだ。
 まだ――そうと決まったわけではない。
 だが単なる偶然にしては符号し過ぎている。
 轟炎司はその符号を見逃せなかった。
 他でもない自分自身が産み落としそして歪ませてしまった胤。
 轟燈矢…かつて己が切り捨てた過去を。
 見ないふりをしていた息子の存在を。
 この事件は否応なしに想起させた。

「ふあぁ。ねぇ、まだ眠らないの?
 昨晩からずっとじゃない。わたし、そろそろ眠くなってきたのだけど」
「…サーヴァントである貴様に睡眠など不要だろう。
 それに――」

 …それに。
 万一にでもその可能性がある以上は見過ごせない。
 ヒーローとしてそして父親として。
 あの荼毘に――燈矢に。
 これ以上の罪を重ねさせるわけにはいかない。
 その程度の意識と使命感は炎司にもあった。

「まぁいいわ。仮に件の事件の下手人が燈矢くんだとするなら、わたしも父親であるあなたには逃げずに向き合ってほしいし」
「俺の前で気安くその名前を口にするな。貴様のつまらん同情意識のために俺の息子を――アイツを利用するんじゃない」
「同情してあげてるだけまだ救いがあるんじゃないかしら。
 彼の父親なら覚えておいて、炎司? 子供が親にされて一番傷つくことは面と向かって罵倒されることでも命を奪われることでもないわ。
 なかったことにされること。自分をつくってくれた親に無視されることよ」
「…もういい。貴様は……お前はもう黙っていろ」
「ふふ。はいはい」

 轟炎司はこの少女のことが嫌いなわけではない。
 嫌いというよりは苦手というのが正しかった。
 戦力としては優れている。やや極端な手に走りがちなことを除けば優れたサーヴァントであると評価も下せる。
 だが彼女は…ヒノカグツチは。
 轟炎司の"父親"としての部分を。
 そこにある古傷を。
 痛むと分かった上でなぞり、炎司の冒した罪を思い知らせてくる。
 その痛みに耐えられるだけの覚悟をまだ炎司は抱けずにいた。
 何しろ此処に居る彼は。
 東京二十三区を舞台とした聖杯戦争に招かれたフレイムヒーローは…己がずっと目を背けてきた過去について家族と共有することすらしていない。
 轟燈矢の真実を知った直後の最も精神的に不安定な時期から招かれているのだから。

「それにしても炎司はつまらない男なのね。
 わたしとしては流行りの…なんだったかしら。たぴおか? とか飲んでみたかったのだけど」
「お前の体温では口に含んだ瞬間蒸発するだろう。金の無駄だ」
「…言われてみればそうね。はぁ、まったく不便な体に生まれてしまったものだわ」

 カグツチのその全身は神代の炎で構成されている。
 彼女が物理攻撃に対し非常に強力な耐性を有するのはこの為だったが、あくまでカグツチにとっては"不便な体質"止まりの認識らしい。
 因みに実体化しても炎司の拠点が燃えていないのは彼女が床の表面から微かに浮かんだ状態で自身の体を実体化させているからだ。

750炎のさだめ ◆sANA.wKSAw:2022/06/11(土) 21:31:42 ID:3kJxKWMY0
 神代の炎は触れた全てを焼き焦がすが、カグツチが自ら望みでもしない限りはその熱を伝播まではさせない。
 何処ぞの漫画に出てくる猫型ロボットめいた理屈を駆使して日常生活に溶け込む火の神は。
 しばらく退屈そうに足をバタバタさせていたが――…ふと。
 足を動かすのを止め、その端正な顔を真剣な表情に変えた。

「少し外に出てくるわ」
「…どうした。敵か?」
「誰かが誘ってる。相当の手練ね。魔力の波長からしてわたしと同じ神代の英霊だと思うわ」

 口の前に指を一本立てて少女らしい仕草を一つ。
 しかしその口から次に出た言葉は、とてもではないが可愛げとは無縁の言葉。

「もしかしたら私より強いかも」
「こんな朝ぼらけから、そんな怪物が血気盛んに息巻いているという訳か…」

 炎司の眉間に巌のような皺が寄る。
 だがそれも致し方のないことだろう。
 彼は自分のサーヴァントと絆を育んでいるとは到底言い難い身であったが、それでもその実力については一定の信用を置いている。
 その彼女が自分より強いかもしれないと言うサーヴァントが。
 社会がまだ起き始める前のこんな時間から戦う相手を欲して誘いをかけているというのだ。

「あなたは此処で待っていて。勝ち切るにしろ逃げるにしろ、そう長く時間はかけないわ」
「貴様らサーヴァントの戦いの余波が、市民に被害を出さないと断言できるのか?」
「勘違いしてはいけないわ」

 カグツチはにたりと笑った。
 揶揄うような笑顔だった。
 炎司の眉がピクリと動く。
 そのリアクションを見てまたくすくすと笑い、火産霊神はかつてヒーローと呼ばれた男に言う。

「今のあなたは轟炎司であってエンデヴァーじゃない。
 人命救助と息巻いて出て行ったとしたらあなたを見た社会はこう判断するわ。
 火事場に突然現れた謎の火吹き人間。もしかしたら連続焼死事件の真犯人、なんて思われてしまうかも」
「……」
「この世界にヒーローはいないのよ。
 またヒーローを名乗って喝采を浴びたかったら元の世界に帰らないと。
 それともあなたに憧れてくれる鳥さんがいないと冷静な判断ひとつできないの?」
「――アヴェンジャー!」

 ボッ、と炎司の目元に火の粉が散った。
 憤怒の形相を浮かべる炎司にしかしカグツチは笑みを崩さない。
 はいはい、とあやすように返事するばかりだった。

「なるべくご期待に添うよう頑張るわ。
 火力は絞るし可能な範囲で人里への被害も抑えてあげる。
 それでもどうしようもなさそうだったら退くし、いち早くあなたに伝えるわ。これでもまだ不安?」

 一瞬の沈黙が流れる。
 炎司は赫怒の色を消した。
 顔に手を当て、小さく息づく。
 熱くなったことを恥じているように見えた。
 何度同じことを繰り返すのだと自分に言い聞かせている風でもあった。

「…分かった。餅は餅屋だ、怪物退治はお前に任せる」
「ありがとう。信じてくれて嬉しいわ」
「くれぐれも深追いはするな。いざとなれば令呪を使うことも視野に入れる」
「大丈夫よ。強いことは間違いないだろうけど、この匂いは多分…」

 後ろ手を組んで腰を曲げる。
 まるで娘が父親に対しいたずらを打ち明けるように。
 あるいは自分の特技を自慢気に語るように。
 ヒノカグツチは――日本最古の"神殺し"は告げた。

「わたしの得意分野。だから安心して待っていて? うまくできたら抱き締めてほしいな」

751炎のさだめ ◆sANA.wKSAw:2022/06/11(土) 21:32:30 ID:3kJxKWMY0
    ◆ ◆ ◆

 炎が像を結ぶ。
 そこに胡座を掻いて座り込んでいた大蛇(オロチ)はハッと八重歯を見せて笑った。
 それは一見すると童子のような背格好をしていた。
 烏の濡羽か摺りたての墨を思わす黒髪は艶やかながらも深く。
 それを一本に結って朝風にそよがせる様は男児とも女児とも取れる。
 目付きは悪いが元の顔立ちの良さがそれを帳消しにしていて。
 そのフォローをも、明らかな人外の証である蛇尾が台無しにする。
 そんな出で立ちの英霊はしかし、対面したなら誰もが背筋を粟立たせるだろう凶悪な気配を四方に惜しみなく放っていた。

「おう、釣れた釣れた。オレは探知だの感知だの細々したことは性に合わなくてなぁ。
 そない女の腐ったみてぇな真似するくらいなら、いっそ餌チラつかして誘い出せばええやろがと思ったんけど…大正解だったみたいやな。
 あーあ、最初からこうしてれば良かったわ」

 これはヒトではない。
 間違ってもそんな矮小な生物ではない。
 ならば化物か。
 否々違う。
 そんな月並みで陳腐な言葉ではこれを語れない。
 これは蛇だ。
 これは竜だ。
 これは――竜(カミ)だ。

「話し合いとかそんなクソおもんない事期待すんなよ。
 まぁその殺気(ナリ)見てりゃ、そっちもその気で来たってのは分かるけどよ」

 その真名、八岐大蛇。
 日ノ本に。
 日本国に暮らす者ならば知らぬ者のない大化生。
 悠久の時を越えて令和時代の都に再臨したそれの前に立つは、奇しくも此方も童子の姿をした炎(カミ)であった。

「品がないわね。折角可愛いのに、そんな言葉遣いじゃお嫁さんに行けないわよ」

 背丈は八岐大蛇(オロチ)よりも頭一つ程上になる。
 灰の長髪を靡かせ火の粉を散らす少女。
 オロチは即座にその正しい像を見破った。
 これはヒトの形をしているだけだ。
 実体などない。
 ヒトの形を模した炎の化身。
 炎の神。
 そこまで看破してオロチはその戯言を鼻で笑う。

「なら勝手に茶でも淹れてろや。あぁいや、その炎(カラダ)で淹れた茶なんぞ呑めたもんじゃないか」

 そして同時に内心ではこう思う。
 大物が釣れたと。
 心の牙をさらけ出して戦意を高めていた。
 八岐大蛇はその名に違わぬ強力、そして凶悪なサーヴァントだ。
 その全力に耐えられる存在などそうは居らず。
 だからこそオロチは愉快愉快と目前に現れた命知らずを歓迎していた。
 最後に勝つのは。
 生き残るのは己であるという自負こそ変わらないものの。
 此奴が相手ならば、多少のスリルは味わえそうであると。
 そう思いながら挑発にどう反応してくれるものか期待していたオロチに。
 炎の神…ヒノカグツチはむっと頬を膨らませて言った。

「こら、駄目でしょう。お姉ちゃんに向かってそんなことを言ったら」
「は?」

752炎のさだめ ◆sANA.wKSAw:2022/06/11(土) 21:33:08 ID:3kJxKWMY0

 本気の困惑にオロチは眉を顰める。
 
「…何言うとんねんお前。頭に虫でも湧いてんのか?」
「? だってあなたも日ノ本生まれの神でしょう?
 神って呼び名は厳密には違うのかもしれないけれど。
 でもあなたの体からはそういう匂いがするわ」

 その指摘は正鵠を射ている。
 かと言ってそれを馬鹿正直に認めるサーヴァントなど居る筈もない。
 オロチは沈黙しながらも内心でこう思っていた。

“チッ。此奴同郷の輩か…”

 日ノ本は八百万に連なる神。
 それが目前の娘の正体であると悟りオロチは辟易に近い念を覚えた。
 わざわざ聖杯戦争などという舞台に出てきて。
 そうしてまで同郷の神と行き当たるとはどういう偶然か。

「…あれ、もしかして違う? そんな筈はないと思うのだけど。ちょっと待ってね、すんすん……」
「近くで嗅ぎに来んなや、気色悪いわ殺すぞ!」

 警戒の一つもせず鼻をすんすん言わせながら近寄ってきたカグツチから反射的に飛び退きながらオロチは叫んだ。
 とはいえその反応は、真実がカグツチの見立て通りだと自白しているようなものである。
 カグツチはふふふと何処か自慢気な笑みを浮かべ。
 それが癪に障ったオロチはもはや勿体つけることもなくカグツチの横顔へ回し蹴りを放った。

「わっと」

 端正な顔面が弾ける。
 ぴょんと跳んで距離にして数歩分後退。
 再生した顔には青痣一つない。
 しかし痛みはあるのか頬を擦りながら、今度はカグツチが眉を顰めた。

「乱暴ね。いきなり蹴っ飛ばしたら痛いじゃない」
「初対面の相手に姉ヅラしてくる奴のことはな、この時代じゃ不審者って言うんよ」
 
 堂々悪態をつきながらもオロチの内心は至って沈着としていた。
 己が本気の殺意を込めて繰り出した蹴りだ。
 それに直撃しておいて大した損害もなく再生された事実は無視できない。
 総身が炎で編まれていると気付いた時点で自動再生(リジェネ)持ちである可能性には行き当たっていたが。
 それでもこの次元の再生が可能となれば、話は大分変わってくる。

753炎のさだめ ◆sANA.wKSAw:2022/06/11(土) 21:33:54 ID:3kJxKWMY0

“面倒臭ぇな。殺し切る方法を考えなあかんのか”

 黒蟻のようにただ踏み潰して終わりというのは確かに詰まらない。
 だが、こと"不滅"という性質はそんな驕りが吹き飛ぶ程面倒だ。
 何しろ殴っても蹴っても死なないのだから必然頭を使う必要が出てくる。
 マスターがマスターだ。
 魔力リソースの方面はまず心配ないだろうが…創意工夫を凝らして殺し方を模索するというのはどうにもオロチの性分には合わなかった。
 だから面倒臭いという思いを隠そうともせず顔を歪める。
 神剣をくるりと弄びカグツチへ向き直るオロチ。
 そんなオロチの得物を見たカグツチは「あら」と驚いたような顔をした。

「草薙剣じゃない。するとあなた、あれ?」
「なんや」
「スサノオ君の縁者か何か?」
「おいおい節穴か? 挑発もええ加減にしとき。でないと…」

 小首を傾げて放たれたその言葉。
 カグツチがそれを言い終えるよりも前に、オロチは動いていた。
 神剣、草薙剣…透き通る水晶を思わす刀身は紛うことなき真作の証だ。
 そう、真作なのだ。
 水底へ消えた幼君の献身と共に完成した完全なる神剣。
 それを指してカグツチは今なんと言った。
 この木っ端は今なんと侮辱したのか。
 オロチが放つ殺意は先刻彼女の戯れに対し見せたそれとは明らかに一線を画していた。

「――殺すぞボケ」

 スサノオ。
 カグツチが口にしたその名がオロチにとって特大の地雷であることは言わずもがなとして。
 だがそれ以上にオロチを激怒させたのは、カグツチが草薙剣(これ)の正しき担い手として彼の者の名前を挙げたことだった。
 時に無知はどんな悪意よりも強い怒りを呼ぶ。
 まさに今がその局面であった。

「あら、怒らせちゃった? ごめんなさいね。そんなつもりはなかったの」

 悪意を以って嬲ったならオロチも笑って殺意を返しただろう。
 必ず殺すと決めはしたろうが表情から色を消すことはなかった筈。
 にも関わらず今オロチの顔に色はなかった。
 それはひとえに、目前の神が己の逆鱗に触れたのは何の悪意も伴わない天然の無知故の行動だったと分かっていたからだ。
 草薙剣の大上段からの振り下ろしを受け止めるのは炎の剣であった。
 刀身も柄も炎で構成された美醜も糞もない無形の剣。
 しかしその刀身(なり)を見たオロチの眉は小さく動いた。

「…お前、誰や?」

 不恰好もいい所のその剣を見た時。
 オロチが覚えたのは既視感だった。
 己を騙し討ちにして滅ぼした憎き素戔嗚命。
 彼が振るっていた天羽々斬剣に、何故か似ていると感じてしまう。
 その理由はすぐに分かった。
 刀の大きさと幅だ。
 長さは十束、幅は拳一つ分。
 この規格に収まる刀を指して、日本神話ではこう称する。
 十拳剣(とつかのつるぎ)と。
 伊達や酔狂でこの形は真似られない。
 故にこそオロチは漲る殺意の海に身を浸しながらも、こうして問わずにはいられなかった。
 スサノオか? 有り得ない。
 アヂスキタカヒコネ。
 彦火火出見命。
 ヤマトタケル。
 まさかイザナギだなんて冗談はあるまいし、ならば目前で燃え盛る十拳を担うこれは何処の誰なのだとオロチは訝る。
 そんなオロチにカグツチはやはり微笑って言った。

「あなたのお姉ちゃんよ」
「そうかよ。なら疾く死ねや気違い女」

754炎のさだめ ◆sANA.wKSAw:2022/06/11(土) 21:34:33 ID:3kJxKWMY0

 神剣一閃。
 炎剣応閃。
 両剣――相克。
 剣が互いに触れ合う前に激突が開始するという不条理を前にして驚く者は此処には居ない。
 剛力で以って競り勝ったオロチがその足でカグツチの腹を蹴り抜きたたらを踏ませた。

「唐竹割りなら死ぬか? 試してみよか」

 そのまま頭頂部より一閃。
 カグツチの矮躯が真っ二つに割れる。
 しかし肉は地面へ落ちることなくその場で渦を巻いた。
 炎神、つつがなく再生。
 だがオロチの一閃は決して無意味ではない。

「…成程なぁ。神が炎に化けてるんなら兎も角、その逆ってのはなかなかどうして面倒臭いわ」
 
 これは真実、炎こそが本体なのだ。
 始まりからそうだったのかは知らないし興味もない。
 だが今のカグツチは霊核から髪先に至るまで全てが炎。
 英霊というよりも自立活動する炎と呼んだ方が相応しいような在り方で此処に立っているのだと改めてそう理解する。
 形なき故の不滅。
 しかしそれは皮肉にも。
 八岐大蛇というサーヴァントにとって鴨と呼べる性質であった。

「どうや? 痛いやろ、オレの草薙は」
「…ええ、思ったよりずっと痛かったわ。
 先刻は失礼なことを言っちゃったわね、改めて謝らせて?
 やっぱり何事も実際に経験してみるのが一番ね。おかげでよく分かったもの。あなたのそれはスサノオ君の剣じゃない」

 草薙剣こと天叢雲剣。
 オロチが担うはその真作であり完成形。
 そこに宿る性質は衰退。
 平家の恩讐と彼らが逆らえなかったこの世の理を封じ込めた衰滅剣。
 不死不滅の存在に対しては言わずもがな効果覿面であり、事実カグツチは真名解放を行わない状態での一太刀からでさえそれを悟った。
 スサノオという英傑が持つにしては不吉すぎる性質だ。
 よってカグツチは此処で改めて、目前のサーヴァントが彼の者とは全く異なる神剣使いであるのだと理解した。

「お詫びにちょっと本気でいくわ。あまり暴れないって言って来ちゃった身だけど」

 ほざいとけやクソ女。
 その台詞を吐くよりもオロチの行動は速かった。
 と言ってもそれをオロチが起こした"行動"の結果だと認識できる者はきっと限られよう。
 突如カグツチの足元から間欠泉のように噴き上がった、非常に高いアルコール度数の液体。
 その超常現象を誰か個人の仕業と判断できる者となれば必然、そこには思考の柔軟さとスケールの広さが求められるのだから。
 『八塩折之酒』。
 サーヴァントにはしばしば己の死因を逸話として昇華させ、転じて自らの得物に変える者が居る。
 これもその一例だ。
 八岐大蛇を昏倒させた伝説の銘酒…または神代の霊薬。
 いわばオロチが憎きスサノオに不覚を取った原因そのもの。
 しかしサーヴァントとして現界するに辺り"死の要因"はオロチの新たな手札と化した。
 今ややしおりの酒はオロチの手足の一部と化し、故にこうして魔力を手繰るように自在に操り――攻撃の手段としてすら用いることができる。

755炎のさだめ ◆sANA.wKSAw:2022/06/11(土) 21:35:26 ID:3kJxKWMY0

「手前が死ぬまでぶった斬り続けたるわ。膾切りにされたら流石に死ぬやろ?」

 とはいえ酒は液体。
 全身が炎で構成されているカグツチに対しては通用する筈もない。
 この行動の意味は初見限定の目眩まし。
 これで面食らった所を再び斬り、盛者必衰の理で刻一刻と目前の炎神を弱らせる。
 それがオロチの狙いであったが…

「それは困るわ。わたし、痛いのは好きじゃないのよ」

 逆に吹き飛ばされたのはオロチの側であった。
 酒の目眩ましを突き破る形で発生した水蒸気爆発。
 魔力を含んだ水という性質が、励起した炎神の肉体に触れたことで科学反応を引き起こしたのだ。
 想定外の衝撃に舌打ちしながら粉塵を払い除けたオロチに殺到するのはカグツチ。
 燃え盛り猛る十拳剣を振り上げ迫る彼女と刃を交わし、文字通りの火花を散らす。
 剣としての格ならば草薙剣が一段上を行く。
 得物が熱に充てられ溶解する心配こそないが、しかしオロチの表情は芳しくない。
 カグツチはオロチの剛力を上回る出力で剣を振るっていたからだ。

“此奴…剣を振るう動作そのものを、手前の炎で強化(ぶぅすと)してんのか”

 魔力放出。
 正しくは彼女自身の肉体を構成する炎でのブースト。
 種を明かせば単純なものだがしかし厄介さの程度は変わらない。
 一撃一撃がジェットエンジンを遥かに凌駕したブーストを背負って繰り出されるのだ、普通なら打ち合うだけでも至難の筈。
 にも関わらずオロチがそれを可能としているのは、ひとえにオロチが神話の大化生。
 構造からしてヒトとも神とも異なる獣…生ける災害の類であるから。

「洒落臭いわ。神風情が化生(オレ)らの真似事か」

 オロチは鼻で笑う。
 次の瞬間、攻守の趨勢が逆転した。
 オロチの一挙一投足がカグツチを圧す。
 速度においてもそこに乗せられた力においてもだ。
 宝具の限定解放。
 いわば"つまみ食い"の賜物だ。
 八岐大蛇の権能を自我の損耗及び霊基の変化に繋がらない程度に引き出し、猛り狂う神を一瞬にして下座へ追いやった。
 
「うぅん」

 何十度目かの激突で吹き飛ばされたカグツチ。
 尻餅をついてから唇を尖らせ立ち上がると、刀は片手に握ったままで腕組みをした。

「スサノオ君って、あなたがお酒を呑まなかったらどうやって殺すつもりだったのかしら」
「…ま、流石に気付くわな。せやで? 如何にもそうや。オレはオマエの思ってる通りの竜(モン)よ」
「これだけめちゃくちゃされたら流石に気付くわよ。よく見たら尻尾も蛇だし」
「そこは流石に最初から気付いとけよ」

 真名を声高に明かす程オロチは阿呆ではないが。
 しかし最初から日ノ本由来の存在、それも神性を宿す何某かであるという所まで割れてしまっているのだ。
 得物然り常軌を逸した身体能力然り、真名を絞る材料は幾らでもある。
 遅かれ早かれこうなるだろうなとオロチは既に悟っていた。

756炎のさだめ ◆sANA.wKSAw:2022/06/11(土) 21:36:19 ID:3kJxKWMY0

「あなたは強いわね、オロチ。わたしもお姉ちゃんとして鼻が高いわ」

 微笑みながらカグツチは己が剣を消した。
 比喩ではなく本当に、消したのだ。
 真夏の陽炎のように大気へ溶けて消える炎剣。
 撤退の予兆かとオロチは眉を顰めたが。
 しかしそうではない。
 そしてその事を、オロチは次の瞬間有無を言わさず理解させられる。

「だから。わたしも此処からは形振り構わず行かせて貰うわね」

 炎剣の代わりに手へ渦巻かせたのは劫火。
 何を象る事もない火が、カグツチの腕を薙ぎ払う動作に追随して放射されオロチへ迫る。
 これをオロチは舌打ちしながら神剣の連閃で迎撃。
 たかだか三振り分の動きで十重二十重の軌跡を描きながら、寄せ来る炎の波を切り刻んだ。
 切り刻んだ、が――

「…あ?」

 確かに切り裂いた筈の炎が。
 まるで水飴のように粘性を持ってその場に残留。
 それどころか主に与えられた指向性を維持したままオロチの矮躯へ降り掛かった。

「ちッ……!」

 カグツチの炎が只の火であるなら到底起こり得ない現象だ。
 しかしながらオロチは既に自分が見誤ったのだと悟っている。
 目前の彼女は火産霊命(ほむすび)、神代の炎で編まれた肉体を持つサーヴァント。
 であれば当然。
 自らの体の延長線として繰り出す放出炎の性質を改変し、随意に操ることも可能なのだろう。
 理解するなりオロチは地を蹴り跳躍して後退。
 カグツチは球体状にした炎を自らの肉体から予備動作無しで目算百数十程創生。
 それを放ちながらオロチへ猛追する。
 追われる側となったオロチの眉間には厳しく皺が刻まれていた。

“浴びた言うても掠った程度の筈。なのにこのオレが腹立てさせられる程痛いってのはどういう訳や”

 それもその筈。
 オロチの総身は今尋常ならざる激痛に苛まれていた。
 細胞の一つ一つが鋭利な棘を生やして筋肉や血管を内側から破壊しているような痛み。
 日ノ本に名高き大化生、八岐大蛇が明確に"痛い"と感じているのだ。
 たったあの程度掠めただけでこんな様を晒すなど普通ならばまず有り得ない。

“このイカれ女、まさか――”

 考えられる可能性は一つだった。
 腸を煮えくり返らせる前にやるべきことがある。
 この推測が正しいのならば次は絶対に喰らえない。
 何しろどうなるか分からないのだ、オロチをしても。

757炎のさだめ ◆sANA.wKSAw:2022/06/11(土) 21:37:09 ID:3kJxKWMY0
 掠めただけでこの次元の消耗を押し付けられるなら、直撃すれば果たしてどうなる?
 水の魔力操作による迎撃と誘爆。
 性質変化を予期し軌道を目測から計算しての多重斬撃。
 オロチはそれを以って見事全弾の迎撃に成功するが…

「そりゃそう来るやろな」
「当たり前でしょう? 下の子にやられっぱなしじゃお姉ちゃんとして立つ瀬がないもの」

 爆裂と四散を繰り返す炎に紛れカグツチは上へ跳躍。
 その片腕は既にヒトの形から離れ、炎そのものへ回帰している。
 化けの皮を剥がしたということは即ち。
 そうせねば放てぬだけの火力が来ることの証左。

「来いや気違い女ァ! 血も通っとらんカタワが思い上がんなや!」

 受けて立ちその上で殺すとオロチの凶笑は告げていた。
 その眼窩に収まる眼球…直視の魔眼はカグツチの体に死の線が存在しないことをオロチへ証言している。
 だがオロチには勝算があった。
 衰亡の理を宿す神剣にとっては不滅の炎など葱を背負った鴨。
 霊核に直接草薙剣を突き刺しでもすれば確実に殺せるとオロチは確信している。
 危ない橋を渡る事など百も承知、しかしてそれに臆する八岐大蛇ではない。
 カグツチの放つ一撃を捌き切り……否それごと貫き殺してやると。
 獰猛な殺意を滾らせ地に立ったまま炎神の放つ熱を迎え撃つ構えを取ったそこで。

「なるほどね。スサノオ君はやっぱりお利口さんだわ。
 ちゃんと自分が挑む相手の性格を弁えていたのね」

 カグツチが吐いた言葉にオロチの思考が一瞬止まる。
 平時ならば安い挑発だと笑ってから殺す所だが。
 それは果たしてこの局面で仕掛ける手なのか?
 そう考え至った所でオロチは気付いた。
 空で右腕を炎に変え、今にも振り下ろさんとしているカグツチ。
 彼女の左腕の指が欠けている。
 左腕の小指。
 全身単位で見れば軽微な欠損だが、それでも確かに欠けていて。
 そしてオロチには彼女のそんな部位を刻んだ覚えがない。
 この不可解な齟齬がオロチに不吉な予感を抱かせる。
 カッと目を見開いたオロチは己の足元へ視線を落とした。
 そこにあるのは。
 オロチが切り落とした覚えのない、ヒノカグツチの小指だった。
 何故これが此処にある。
 いや、そもそも――何のために?
 思考が仮説を導き出すよりも遥かに早く。
 カグツチは地で待つ弟(妹)を見下ろしながら王手を宣言した。


「燔(ぼん)」


 …英霊ヒノカグツチの体は炎で構成されている。
 神代、まだ地上が神秘で満ちていた時代の劫火。
 彼女はそれを手足以上の自在さで操る事ができるのは既にオロチも知る所の事実。
 しかし彼女の肉体には、ひいては彼女が操る炎にはもう一つ絡繰りがある。

758炎のさだめ ◆sANA.wKSAw:2022/06/11(土) 21:37:54 ID:3kJxKWMY0
 カグツチは常日頃。
 脆い現代の地上で生活するのに合わせて自身が放つ熱量をセーブしているのだ。
 多少体を浮かせれば家屋を燃やさぬよう。
 周りの人間を焼かぬよう。
 本来の何百分の一かの規模にまで熱の規模を抑えている。
 だがそれは逆に言えば。
 その枷を取っ払いさえすれば、カグツチは肉体そのものを神代水準の超灼熱源へと変えるもとい"戻す"事ができるという事であり。
 たとえ肉体の一部…指の一本分程度であろうとも。
 現代の神秘薄き脆い大地で解き放てばどうなるか?
 その答えをオロチは、己の窮地という形で実感させられる事になった。

「このッ――糞女がアアアアア!」

 カグツチが切り落とした自身の小指。
 その周囲の地面凡そ十数メートルの地面が融けた。
 アスファルトを通り越しその下の地面までもを融解させ地獄の門に変え。
 足場が種明かしからコンマ一秒未満の速度でそう変わったオロチは対応し切れず、融け落ちる地の奥へと身を投げ出される。
 とはいえオロチ程の怪物ならば地上へ復帰することは容易だろう。
 復帰するだけならば、だが。
 満悦の笑みを浮かべ拳を振り上げたカグツチ。
 その炎拳は今、地に落ちていく弟妹(きょうだい)へと振り下ろされ――

「赫灼熱拳」

 超局地的な戦術核の炸裂が起こったのかと見紛うような大爆発を引き起こした。

    ◆ ◆ ◆

 サーヴァントとマスターは時に夢で繋がる。
 そこで垣間見た轟炎司…エンデヴァーの勇姿。
 そこから拝借した技、それこそが赫灼熱拳。
 体内温度の上昇という欠点を考えなくていいカグツチが放つこの技は彼の夢見た完成形そのものだ。
 それを神代基準の火力で撃ち込むのだから威力の程は推して知るべし。
 だが彼女の炎拳が炸裂し生じた大爆発の内側から飛び出したのは、オロチの草薙剣による天地神明すら斬り裂く鋭撃だった。
 カグツチの右腕を半ばで寸断し雲間を抉じ開けた一閃。
 それが轟いた後にオロチの声が響く。

「おう、ようやってくれたな糞女」
「…びっくり。てっきり勝ったと思っていたのに」

 往生際悪く地面に纏わりつく爆炎を切り裂いて立ち上がるオロチ。
 地の底から這い上がったその半身は見るも無残に焦げ炭化していた。
 とはいえ見た目程致命的な損壊ではない。
 オロチもまたカグツチとは別な意味で丈夫なのだ。
 命さえ残っていれば素の回復力で大概の損傷はねじ伏せられる。
 それが物理的な手傷の範疇で収まる内は。

「散々灼いてくれたお陰でよう分かったわ。
 なんやオマエ、とんだ生まれぞこないやないか」

 くつくつと嘲笑うオロチ。
 しかしその嘲笑には牙を剥いた獣のように獰猛な殺意が同居していた。
 オロチの傷はこうしている今も回復しつつある。
 炭に変わった肌は刻一刻と活力を取り戻し、焼け焦げた皮膚や肉は邪魔だとばかりに削げていく。
 まるで蛇の脱皮のように回復していくオロチだったが。
 さりとてその肉体の内側では今もカグツチに浴びせられた"熱"が色濃く蝕んでいた。

「神殺しの炎…ああいやちゃうな。
 神を殺すしか能のない炎って言うべきか?
 日ノ本広し八百万広しっつっても、こんだけ救いようのない生まれぞこないは一人しか居らんわな」

759炎のさだめ ◆sANA.wKSAw:2022/06/11(土) 21:38:43 ID:3kJxKWMY0

 危なかった。
 オロチをしてそう思わされた。
 あと少し反応が遅れていれば。
 もしもあの時使われていたのが肉体由来の炎ではなく、燃え盛る十拳剣によるものだったならば。
 最悪八岐大蛇(おのれ)はあの場で聖杯へ焚べる最初の薪木として退場していたかもしれない。
 それに足る熱があった。
 オロチの予感は当たっていた。
 この炎は、目前の神が遣う炎は只の火ではない。
 これは――神殺しの火だ。
 古今東西、古いも新しいも関係なく。
 神とそれに連なるものを見境なく焼き焦がし滅ぼす炎。
 日ノ本は八百万。
 そこに数えられる神がどれ程多くとも、この類稀な特徴に合致する名は一つしか存在すまい。

「いやぁ同情するわヒノカグツチの姉貴。オレは何のかんの言って色々あれこれ愉しんでから死んだからよ。
 生まれてこの方実のオヤジにぶった斬られて死ぬとか悲惨すぎてよ、お悔やみ申し上げますってしか言い様ないわ」

 ヒノカグツチ。
 国産みの母を殺し。
 国産みの父に過ちを犯させた忌み子。
 神を滅ぼす以外の逸話を何一つ持たない彼女は毒だ。
 父恋しと願い祈りながら同族(カミ)を殺す矛盾の猛毒。

「初めてまともに生きれて調子乗っとんのやね。ならオレが水子の姉貴に"身の程"教えたるわ」

 まさしくオロチの言う通り。
 彼女は不具の蛭子とはまた別の"生まれぞこない"だった。
 神を殺す以外の物語を何一つ持たない忌み子。
 それに、そんなものに不覚を取らされ身を焼かれた事実がオロチのこめかみに青筋を浮かばせる。
 立て板に水を流すように淀みなく紡がれる嘲笑の言葉にカグツチは怒るでも哀しむでもなく。
 何処か納得を含ませた表情で笑って。

「そうよ。だから羨ましいの、あなたが」

 その手に彼女の、彼女だけの十拳剣を顕現させる。
 それは真作に非ず。
 しかし真作すら滅ぼす熱を秘める。
 日ノ本最古の神殺し。
 千死の呪いと千五百生の加護が生まれるに至った要因の熱は。
 怒りとも哀しみとも異なるもっと純粋な気持ちで煌々と燃え上がった。

「もっとおはなししましょうオロチ。
 あなたはわたしを嫌いかもしれないけれど。わたしはあなたが好きよ、お姉ちゃんだもの」

760炎のさだめ ◆sANA.wKSAw:2022/06/11(土) 21:39:25 ID:3kJxKWMY0
「ほざいてろや、精々な――!」

 神魔激突。
 十拳剣と草薙剣が奏でる戦慄の雅楽。
 余波で地面は融け落ち雲は割れる。
 観戦者が居たならそれごと両断ないし焼殺するだろう乱舞の交錯。
 それは誰も介在することの能わない極限の戦闘であり。
 同時に時代も起源も遥か離れた両者が行うある種の対話でもあった。
 特にカグツチにとっては。
 たとえ己に向ける感情が激しい敵意であろうとも、オロチの一挙一投足並びにその口から出る言葉の一つ一つが得難い祝福だった。
 心胆からの楽しさに口元は自然弧を描く。
 
「楽しいわ――もっとあなたのおはなしを聞かせて、オロチ!」

 十拳剣が熱を増す。
 歴史に刻まれない十拳剣。
 神殺しのためだけに瞬く炎が竜神死すべしと猛りをあげ。
 対面しているだけで肌が焦げ落ちる熱を醸しながらも、しかしそれでいて対話の意思は決して捨てない。
 そんな矛盾を地で行きながらカグツチは一切不変。
 爆熱の中でそれを受け止め時に返しの斬り込みを行いながらヒトの形を保つオロチは、しかしカグツチよりも早く千日手の訪れを感じていた。

“あかんな。キリないわ、此奴とやり合ってたら”

 殴る蹴る、切った張ったの勝負では日が暮れるまで終わらないだろう。
 実力の拮抗以前に相手の真髄が異質すぎる。
 霊核を特効の衰滅剣で貫けば終わると語るのは容易い。
 だが実際にそれを可能にできるかどうかは別問題だ。
 無理を押して実行すれば逆に此方が焼き切れる羽目になる。
 その次元の火力を有しているのだ、カグツチは。
 であればどうするか。
 オロチの答えは最早決まっていた。

「あ〜あ。こんな序盤で使いたくなんてなかったんやけどな…」

 即ち己が神剣。
 スサノオですら辿り着き得なかった、真作の天叢雲剣。
 その全権能解放。
 万象衰滅の理を解き放ち、目前の炎神を斬殺するという決定だった。
 不死? 不滅? 笑わせる。
 あの時代で隆盛を誇った奴らは皆そう思っていた。
 だからこそオロチはこれがカグツチを滅ぼす必滅になると確信した上で封を解かんとし。
 その予兆を嗅ぎ付けたカグツチは――

「――や〜めた。もう帰るわ」
「は? おい手前、この状況で逃がすと思っとんのか?」
「だってずるいじゃないそれ。わたしは双六で勝負してるのに、いきなり煮えた油を引っ掛けられる気分よ」

 呆気なく戦闘を放り捨てた。
 逃げることを公言し炎剣を消す。
 その身勝手な決定に思わず青筋を立てるオロチだが。
 そんなオロチをよそに、ひらひらと手を振りながらカグツチは続けた。

「まだ聖杯戦争は始まったばかりでしょう。
 こんな序盤(ところ)で本気を出してたら、わたしもマスターに怒られてしまうもの」
「なぁ」

 その言葉にオロチはふうと溜息を一つ吐いて。

761炎のさだめ ◆sANA.wKSAw:2022/06/11(土) 21:40:12 ID:3kJxKWMY0
 それから絶対零度の殺気を放ちつつ、顔はそれとは正反対の美麗な笑みを浮かべてみせる。

「オマエ、オレの事誰だと思っとるん?」

 語るまでもない。
 これは八岐大蛇。
 日ノ本に知らぬ者のない大化生。
 高天原すら恐れぬ素戔嗚命が騙し討ちに打って出ざるを得なかった怪物の中の怪物。
 一度殺すと決めた竜(カミ)を前に吐くにはその言葉はあまりに傲岸不遜すぎて。
 それを己でも理解しているからこそ、カグツチは煽るでも怯えるでもなくただ笑ってみせた。

「わたしのかけがえのない弟であり妹よ。それ以外の言葉が必要かしら」

 聖杯戦争に列席した全ての英霊は。
 英霊の座を通じ与えられた、人類史に関する一通りの知識を持つ。
 なればこそカグツチはオロチの表の逸話は知り尽くしていた。
 スサノオに嵌められ神剣を遺し斬首された恐るべき怪物。
 だが目前のオロチはどうだ?
 その姿は八岐の大蛇には非ず。
 己よりも頭一つ程背丈の低い童女の姿を象っている。

「オロチ。わたしね、あなたが好きよ。
 あなたのことをもっと知りたいの。
 あなたの言う通りわたしは何も知らないから。
 だからあなたともおはなしがしたいの、わたし」
「オマエと話す事なんざ何も無いわ」

 カグツチはそこに物語を見出した。
 それは彼女の持っていないものだった。
 だから羨ましいと思う。
 知りたいと願う。
 オロチは目前の神の、救いようのない生涯を辿った忌み神を一蹴する。
 誰が貴様になぞオレの物語を話してやるものかと。

「次は殺すぞ糞女。無知は無知のまま斬り殺してやるよ」
「こっちの台詞よオロチ。あなたのすべてを知ってから…わたしがこの火で、あなたを滅ぼしてあげる」

 わたしはそれしか出来ないモノだから。
 そう微笑うカグツチにオロチも好戦的な嘲笑いを返した。
 カグツチが踵を返す。
 超高熱のその体が陽炎のように大気へ溶ける瀬戸際。
 ふと忌み神は怪物の方を振り返って。

「それはそうと。お姉ちゃんに対する言葉遣いはもうちょっと改めた方がいいと思うわよオロチ。
 普通にちょっと泣きそうになったし、もうちょっと礼節と思いやりというものを…」
「そんなんええから早よ帰れや気違い女!」

    ◆ ◆ ◆

762炎のさだめ ◆sANA.wKSAw:2022/06/11(土) 21:40:53 ID:3kJxKWMY0

「危なかったわ。あと少しで死ぬ所よ」

 帰ってくるなりそう言った己がサーヴァントに轟炎司は言葉もなかった。
 彼女の戦った場所がどの地域であったかは既にネットニュースの速報を経て把握している。
 突如溶岩宛らに融解した地盤。
 撒き散らされた破壊の痕跡。
 サーヴァント同士の交戦でしか有り得ない惨状である上、そこにはカグツチという炎の化身が関与していなければ不可解と断ぜられるだけの証拠が山のように残されていた。

「次は宝具の真名解放が無いと駄目ね。出し惜しんでいたら勝てないわ、あの子には。
 かわいそうなオロチ。真面目に戦っていたなら、きっとスサノオ君なんか目じゃないでしょうに」
「…貴様が何と戦い何を見てきたのかは後で聞く」

 民間人の死傷者は零。
 だが現場に残された痕跡は、カグツチが結局後先考える事なく暴れ散らしてきたことを如実に物語っていた。
 恐らく最初の内はそれも頭の中にあったのだろうが。
 同郷の後輩(きょうだい)と事を構えている内に色々吹き飛んでしまったのだろう。
 現に今も声は熱を帯び興奮の色合いを隠そうともしていない。
 炎司は深く…心底深く溜息を吐き出してからカグツチを睥睨して言った。

「だがそれよりも、貴様には改めて市街戦の何たるかを懇々と説いておく必要があるようだな」
「こんこん? あまり馬鹿にしないで、炎司。いくらわたしが世間知らずと言っても、狐の鳴き声くらいは知っているのよ」
「…いい度胸だ……」

 聖杯戦争、その初戦。
 八岐大蛇というこの戦でも間違いなく上位に食い込むだろうサーヴァントと事を構え帰還した事実。
 それは間違いなくカグツチというサーヴァントの有望さを物語っていた。
 十拳剣の真の出力を解禁すればオロチが振るう衰退の神剣とすら張り合えよう神殺しの火産霊命。
 だがしかし忘れるなかれ。
 彼女が如何に熱くとも。
 その火が並び立つ神々の全てを焼き尽くそうとも…。

 ――過去は消えない。
 そしてその過去だけは。
 カグツチの火を振るえば済むというものではない。
 轟炎司という男が…父親が。
 それを自覚し覚悟するまで。
 彼らの…否。
 彼の物語は一歩たりとも前には進まないのだ。

【足立区/轟炎司の自宅/一日目・早朝】

【轟炎司(エンデヴァー)@僕のヒーローアカデミア】
[状態]:健康、胃痛
[令呪]:残り三画
[装備]:無し
[道具]:無し
[所持金]:とりあえず裕福には暮らせる程度の金額
[思考・状況]
基本行動方針:元の世界へ帰還する。
1:ヒーローとしてのあり方に背く気はない。
2:連続焼死事件の犯人が荼毘…燈矢であったなら――。
[備考]
※カグツチから交戦したサーヴァント(八岐大蛇)の概要について聞きました。

【アヴェンジャー(ヒノカグツチ)@日本神話】
[状態]:疲労(小)、体内にダメージ(中)
[装備]:無し
[道具]:無し
[所持金]:無し
[思考・状況]
基本方針:お父さまとおはなしがしたい
1:炎司といいオロチといい、皆なんでそんなに怒るのかしら?
2:オロチとはまた会いたい。次は本気で。

    ◆ ◆ ◆

763炎のさだめ ◆sANA.wKSAw:2022/06/11(土) 21:41:31 ID:3kJxKWMY0

「やられたわ。想像以上に面倒い輩釣り上げてもうた」

 己の主たる女神の元へ帰還したオロチ。
 その体は表面上は火傷の一つも残らない綺麗なものだ。
 だがカグツチに浴びせられた神殺しの炎は今も尚オロチの内側を蝕み続けていた。
 これが神よりも怪物に近しい存在であるオロチでなければ。
 優れた再生力を秘める竜でなければ、恐らくこの程度では済まなかったろう。
 アレは毒だ。
 神の因子を持つ者が触れれば放射能のように体内へ滲み込み蝕む死の凶熱を秘めている。
 神祖滅殺の火産霊命。
 神殺しの十拳剣を担う者。
 そして彼女の持つ力はオロチのみならず、その主にとっても他人事ではなかった。

「…炎か。不吉だな」

 スカサハ=スカディ。
 彼女は零落れた神霊である。
 終わり逝く世界から溢れた女神。
 もしも彼女がカグツチの炎に触れればその影響はオロチと同等ではまず済むまい。
 しかしスカディが口にした言葉は。
 神殺しの性質そのものを憂いた故のものではなかった。

「熱いのは、好かぬ」

 歯車を違えた神話体系。
 大狼を喰らい道化を引き裂き。
 神々も同族も等しく焼き尽くした炎。
 三千年に渡り愛する世界を蝕み続けた呪い。
 女神にとって決して拭い去れぬ傷(トラウマ)がじぐりと疼く。
 
「オレにしても同じや。
 よりによって十拳剣なんて、悪い冗談やと思いたいわ」

 からからと笑うオロチだったが。
 その眼までは笑っていなかった。
 全く不吉にも程がある。
 本番の開幕戦でこれとは、まるで未来の暗澹を暗示されたようではないか。

「けどまぁ…だからどうしたって話よ。姫さんもそうやろ?」
「ああ」

 だが。
 それでも進む道も、辿り着く未来も。
 何も変わりはしない。
 世界の終わりでは死にきれなかった女神はオロチの問いに確と頷いた。

764炎のさだめ ◆sANA.wKSAw:2022/06/11(土) 21:42:13 ID:3kJxKWMY0

「わが道に再び炎が立ち塞がるというのなら」

 彼女は単に死を待つのみの弱者ではない。
 闇雲に生を希求するばかりの獣でもない。
 スカサハ=スカディは"歩む者"だ。
 あるべき未来に背を向けて。
 願いの残骸と無数の屍で橋を架け、あるべきでない未来に歩むのだととうにそう決めている。
 
「――此度も乗り越えるまでだ。私は既に、炎(ほろび)の敗亡(おわり)を識っている」

 神は言葉を違えない。
 母であるなら尚のことだ。
 何かを失う度に心を痛め。
 それでも何かを守ろうと時を重ね。
 そして全てを失った孤独の女王は玉座を追われても、這い蹲ってでも明日を探す。
 全ては愛する、我が子らのために。

【板橋区・郊外/廃教会/一日目・早朝】

【スカサハ=スカディ@Fate/Grand Order】
[状態]:健康
[令呪]:残り三画
[装備]:無し
[道具]:無し
[所持金]:無し
[思考・状況]
基本行動方針:勝ち残り聖杯を手にする。
1:…炎か。
[備考]
※オロチから交戦したサーヴァント(ヒノカグツチ)の概要について聞きました。

【バーサーカー(八岐大蛇)@日本神話】
[状態]:体内に神殺しの熱が残留(中程度。時間経過により改善されます)
[装備]:天叢雲剣
[道具]:無し
[所持金]:無し
[思考・状況]
基本方針:聖杯を獲る。
1:当分は遭遇戦で敵を削っていく
2:アヴェンジャー(ヒノカグツチ)は次は必ず殺す
3:殺せないのなら二度と会いたくはない。心がふたつある

765 ◆sANA.wKSAw:2022/06/11(土) 21:42:36 ID:3kJxKWMY0
投下終了です

766 ◆Uo2eFWp9FQ:2022/06/11(土) 23:06:34 ID:q8EV3UcI0
レガート&カルタフィルス、スカディ&八岐大蛇を予約します

767 ◆di.vShnCpU:2022/06/16(木) 20:55:59 ID:dIGrUOcA0
胡蝶しのぶ、ベートーベンを予約します。

768 ◆Uo2eFWp9FQ:2022/06/16(木) 20:57:40 ID:mYcvf1Tk0
予約分を投下します。申し訳ないのですが、レガートとスカディは登場しませんでした。すみません

769DEAREST DROP ◆Uo2eFWp9FQ:2022/06/16(木) 20:58:52 ID:mYcvf1Tk0


超常と不条理が跋扈する聖杯戦争にも、ある程度の定石が存在する。
中でも最たるものは「最初から全力を出し過ぎるな」というものだ。

一人の魔術師に一騎のサーヴァント。勝ち残った一組だけが聖杯というトロフィーを手に入れる。
紛うことなき闘争と殺し合いの祭典だが、その形式は尋常なる一対一の決闘を繰り返すのではなく、参加した全ての陣営が同時に戦うというバトルロイヤルの形を取る。
求められるのは一時の勝利ではなく、生存だ。
どれだけ勇敢に勝ち星を挙げようとも、最後の一戦に負けてしまえば何の意味もなく、逆にそれまで敗走と逃亡を繰り返そうが最後の一組にさえなれば彼らこそが聖杯戦争の勝利者と言えるだろう。
ならばこそ、定石として大抵の主従はまず「様子見」を選択する。何故ならこの形式の戦いにおける理想とは、自分たちだけは一切戦わないまま敵が自滅・共倒れすることであるからだ。
マスターたちは一つの都市に無作為にばら撒かれ、社会的な立場を与えられ、誰が敵かも分からない状態から戦いはスタートする。
そんな状況で勝ち上がるには単純な戦闘能力のみならず、索敵に情報戦に心理戦、軍備の増強など、とにかく多角的な能力を要求される。
また、サーヴァントとはその身が有する逸話による補正が良きにつけ悪しきにつけ大きく影響されるものであり、弱点と特効の相性が如実に表れるメタゲームであること。
そして何より、サーヴァントを運用するためのリソースである魔力には限りがあるということが、序盤の小康状態に寄与していた。
如何にして自陣のサーヴァントの情報を隠したまま、敵陣のサーヴァントの情報だけを取得できるか。
如何にして自陣の損耗を避けたまま、敵陣にだけ損耗を強要できるか。
そうした腹の探り合いこそが序盤の定石であり、必然として戦いが激化していくのは二日、三日と経って以降の話となる。

そういった定石や制約は、バーサーカー・八岐大蛇にとっては存在しないも同然であった。
彼(彼女?)のマスターがスカサハ=スカディ───具象化した神霊、どころか神代から生きながらえる受肉した神そのものである以上、魔力リソースに枯渇の二次は無いに等しい。
更にバーサーカー自身、不死不滅に限りなく近しい無尽蔵の生命力を誇る。
唯一、竜種特効だけはどうにもならない特級の弱点として存在するが……それも冠位キャスター級のスカディによる原初のルーンで徹底的な防護を施している。
"他はええからこれだけぎょうさん頼むわ!"と念押しした結果、竜種特効以外への防備はバーサーカーの素の耐久に頼るしかないが、前述した通り肉体面のアドバンテージはほぼ完璧と言っていいだろう。
魔力も体力も無限、相性対策も十全、そしてバーサーカー自身戦闘に特化された性能。ここまで揃えばやることは一つに絞られる。
ひたすら暴れて、喧嘩を売って、敵に備えなどさせる暇なく叩き潰す。
考えなしの脳筋スタイルは、しかしこの主従に限って言えば限りなく最適解に近かった。

770DEAREST DROP ◆Uo2eFWp9FQ:2022/06/16(木) 20:59:37 ID:mYcvf1Tk0

「……ここか」

霊体化を解き、中空より夢幻の像が結ぶようにして、魔なる粒子の集積体が未だ幼い子供の姿を取った。
八岐大蛇が降り立ったのは、都内の一角に広がる公園である。
ヒノカグツチとの戦闘を終え、体内に残留した炎の威勢もひと段落した頃、彼は再びこの東京を戦場にせんと身一つで繰り出していた。
元より探知や感知を不得手とする彼である。先刻と同じように魔力の波長を餌にして獲物を釣り出す心算だったが、今度は少しばかり事情が違った。
自分が餌をチラつかせるまでもなく、何者かがこれ見よがしに魔力を垂れ流していたのだ。
お、これは喧嘩売られとるんやな?と意気揚々といざ出陣……したはいいものの、反応があったこの公園には、しかし殺し合いに特有の剣呑な気配は一切なかった。
オレ、もしかしておちょくられとるんか?とやや青筋が浮かびつつあったオロチであったが、程なくして目当てのものを見つけることができた。

見間違えようもないサーヴァントの気配、測るまでもなく理解できる精強なる魔力の高鳴り。
すなわち、己が敵に値する強者の存在。
その男は、公園内に設置されたベンチの前にしゃがみ込んで。

「というわけで良き人イエスは、みんな喧嘩なんかしちゃいけないよ、って言っているわけです」
「……………………は?」

なんか、子供相手に笑顔で説法やっていた。
ベンチに座っている、まだ小学生に上がったかどうかといった年頃の少年。その子に目線を合わせ、柔らかな笑みを浮かべながら。
沈んだ表情の子供に向かって、語り掛けている。

「……それじゃあ、お母さんは神さまを信じてなかったから、地獄に行っちゃうってこと?」
「お母様が仏教を信じていたのなら、きっと極楽に行ったはずですよ」
「じゃあ、もう会えないのかな……」
「似たようなものですし、結構近所なので大丈夫です」
「それじゃ、また一緒に住める?」
「住民票だけ天国に置いておけば問題ありません、心配いりませんよ」
「じゅーみんひょー……」
「無いなら無いで、それなら勝手に住んでいいよってことなのでやっぱり大丈夫です」

子供の表情が沈むたび、男はポンポンとレスポンスを返していく。
荒唐無稽な、まるで戯画化された絵本のような内容。宗教的な死生観と呼ぶにはあまりにも幼稚で適当なそれは、だからこそ子供心に伝えるべきことを伝えていく。

771DEAREST DROP ◆Uo2eFWp9FQ:2022/06/16(木) 21:00:20 ID:mYcvf1Tk0

「良き人イエスは、凄く優しい人で、凄く良い人でした。皆に元気で優しく、楽しく生きてほしかった。
 もしここにイエスがおられたら、きっと君に"いっぱい悲しいことがあったけど、おじさんと一緒に頑張ろうね"と笑顔で励ましてくれたはずです。
 けれど、良き人イエスはもうこの世にはおられず、悲しいけれど、皆の前にもいない。だから誰かが、イエスの代わりになってあげなくてはならない」
「だれか……」
「家族のことは、好きですか?」
「うん……でも、お父さんもずっと泣いてて、お仕事も忙しくて……」
「そうですね。きっとお父様もつらく、悲しいのでしょう。けれどそれは、あなたへの愛を失ったということではないのです」

男は安心させるように、笑いかけながら。

「心優しいあなたに、ひとつおまじないを教えてあげましょう」
「……」
「後ろから思い切りタックルして、ビックリさせてあげなさい。そして言ってやるんです。"お父さん大好き"、と」
「えっと、それ、乱暴……」
「そのくらいやっていいんですよ、親子なのですから。大事なのはきっかけ作りです。
 親というのはですね、子供のためなら何でもできる生き物なのですよ」

それにね、と男は続ける。

「優しい言葉をかけるのに資格はいりません。皆で、皆と一緒に頑張って、優しい気持ちになればいい。
 愛ってそういうものじゃん、とイエスはその声が届く全ての人に言ってくれました。
 だから、お父様が悲しんでいるならば、"悲しいね、でも一緒に頑張ろう"と、イエスに代わりあなたが声をかけてあげればいい。
 そうしたならば、きっとお父様も、イエスに代わってあなたに優しい言葉をかけてくれるはずです」
「うーん……」

その子は、正直何が何やら、といった表情だった。だが、そこに先ほどまでの暗い影は鳴りを潜めていた。
男は、そこでようやく、傍らに立つオロチに目をやると。

「……さ、もうお帰りなさい。そして今夜にでもお父様にドロップキックを叩き込んでやるとよろしい」
「えっと、それは乱暴だからやんないけど……でも、ありがとう!」
「どういたしまして。あなたに主の導きがあらんことを」

ほんの少しの笑みを浮かべて、手を振りながら向こうへ駆けていく少年。男はそれに小さく手を振り返して見送る。
やがてその姿が小さく見えなくなると、男は手をだらりと下げ、自分の後ろに佇むオロチに語り掛ける。

772DEAREST DROP ◆Uo2eFWp9FQ:2022/06/16(木) 21:01:14 ID:mYcvf1Tk0

「サーヴァントが姿を現した、その意味を解さぬほど無粋ではありません。貴方が闘争を望むなら、私はそれに応えましょう」

ランサーと名乗るその青年は、煤けた茶の髪を揺らしながら、やはり巌のように静かに受け応える。

「少し場所を移しましょうか。ここは少々、人目につきやすい」
「……お前、なんやねんそれ」
「? ああ、彼は聖杯戦争に関係のない一般人ですよ。少し前に母親を事故で亡くしてしまい、以来ひとりでこの公園に足を運んでいたようです。何でも母親とよく来ていたのだとか」
「んな下らんこと聞いとらんわボケ。お前のそのザマはなんや、つっとるねん」

オロチが先ほどの説法を黙って聞いていたのは、当然だがその内容に聞き入っていたわけではない。
正直どうすれば良いか、判別つかなかったのだ。

バーサーカー・八岐大蛇には、後天的に獲得した魔眼が存在する。
直死の魔眼。それは、存在が内包する死を視覚的に捉える機能を持つ。
彼の視界に映る全てのものは、黒いひび割れがそこら中に走り、所々に黒点がついているように見える。
線をなぞればすっぱり切れて、点をつけばそいつは死ぬ。視覚化された死は絶対であり、万物に与えられた終わりから逃れることはできない。
もちろん例外はある。死の概念が薄い者は当然線も薄くなるし、先ほどのヒノカグツチのように実体を持たず死の線すら持たない存在も、まあ偶にはいる。
だが、しかし。

「お前、どうやって生きとるんや」

この男は、死の線"しか"なかった。全身が、それこそ1ミリの隙間すらなく、真っ黒に染まり切っているのだ。
オロチは当初、この男を人間やサーヴァントとして認識できなかった。人型をした黒い影、としか見えなかったのだ。
概念的に死者と変わらない屍生人(ゾンビ)とて、こうはならない。死と退廃を総身に浴びてなお、生身の部分はそれなりに残る以上、この有様は異常だった。

極論した話、攻撃するまでもなく、オロチが指先でほんの少し触れただけでこの男は死ぬのである。これは最早、戦闘云々以前の話だろう。

「抹香臭ぇ生臭坊主のパチモンが、全身に血とはらわた塗りたくったようなザマで、よくもまあ絆を尊ぶ聖人面できたもんやなぁ。主は良心に宿るんやなかったんか?」
「……なるほど。私の肉体は、それほどまでに罪に溢れていると」
「罪だ何だは知ったこっちゃないが、死に損ないが平気の平左で喋繰っとるんは気色悪いからな」

未だに構えどころか警戒の一つも取る様子のない男に、オロチは潰れた虫でも見るかのような視線を送る。
話がかみ合わないばかりか、戦い甲斐すらない。仮にも己を殺せるであろうヒノカグツチに対するものとは対極の嫌悪を、彼に抱く。

「まあ、とりあえず死げぺっ」

773DEAREST DROP ◆Uo2eFWp9FQ:2022/06/16(木) 21:01:57 ID:mYcvf1Tk0

何が起こったのか。一瞬、オロチは理解できなかった。
顔面に衝撃が走ったかと思えば、訳も分からず言葉が乱れる。
痛みはなかった。
ただ、熱さだけがあった。
べちゃり、と何かが落ちた音。視線は向けず、しかしそれが、"千切れ飛んだ自分の下顎"であることを認識した瞬間、無惨な抉傷痕と化した顔の下半分から、じわりと夥しい噴血と共に激痛が迸り。

「貴方とはもう少し話をしたかったのですが、望まれないのであれば仕方ありませんね。まあ尤も……」

男は、真っ赤に濡れた右手を掲げ、何でもない風に語る。

「その有様ではまともに喋ることもできませんか」

思考に先んじて反射的に放たれた迎撃を、しかし更に上回る速度で放たれた拳がオロチの顔面に突き刺さった。

───なに、が……ッ

刹那、思考の空白。首が千切れそうなほどの衝撃に脳が揺れ、一瞬の浮遊感を味わった瞬間に男の右手が掻き消え蛇の如くのたうつ拳打三撃───裏拳、裏打ち、鉄槌がそれぞれ鳩尾、顔面、金的に着弾。肉を打つ湿った重低音と共に骨がひしゃげ、柘榴めいて割れた表皮から驟雨の如くに鮮血が舞う。
よろめきながらも一歩後退しようとするオロチの右足甲を、させじと踏み抜かれた震脚が貫いて地に縫い付ける。肉と骨ごとを潰されて逃げることも許されず、続く肘打ちと手刀が側頭部と喉仏に穿たれた。
初手の交錯より僅かコンマ数秒。放たれたる爆撃に等しい拳打はまさしく破壊の嵐そのままにオロチの肉体を攪拌し、されど機械めいて正確無比に人体を解体する合理の極北でもあった。

「ぎ、ィ、ァアグェェああああああ……ッ!」

774DEAREST DROP ◆Uo2eFWp9FQ:2022/06/16(木) 21:02:39 ID:mYcvf1Tk0

鉤突き、肘打ち、両手突き、手刀、貫手───
振り上げ、手刀、鉄槌、中段膝蹴り、背足蹴り上げ───
左上段順突き、右中段掌底、右上段孤拳、右下段回し蹴り、左中段膝蹴り、直突き、下段回し蹴り、中段回し蹴り、下段足刀、足甲踏み砕き、上段足刀、降ろし打ち、腎臓打ち、左中段猿臂、右下段熊手、上段頭突き、三日月蹴り───
鳩尾顔面金的側頭部顔面脇腹首膝関節下腹脳天目突き鎖骨顎脇腹側頭部胸部金的顔面鳩尾腎臓顎脇腹膝関節顔面顎脳天首足甲金的鎖骨鳩尾腎臓顔面側頭部膝関節下腹脳天顎脇腹側頭部胸部金的顔面脇腹膝関節顔面顎脳天首足甲金的鳩尾顔面───虚空を穿つ絶拳が颶風と化して、驚異的な密度で雪崩のように吹き荒ぶ。
乱れ飛ぶ拳打の嵐に、オロチは迎撃どころかまともに動くことさえできなかった。まるで彼の動きが最初から分かっているかのように、極めて合理的な動作で対処されるのだ。
反撃を仕掛けようとした瞬間に、その初動から潰される。
跳躍を試みれば神速の貫手が進行方向に飛来した。せめて掴もうと動かした手は悉くがすり抜けて、上から叩き潰す肘打ちと掌底によって関節も関係なくへし折られる。
あらゆる行動が完封されて、何もさせてもらえない。
既に分かっている通り、ランサーは全身が死の塊。指先の一突きで即死するのは自明の理であり、しかしたったそれだけの動きすら、オロチには許されない。
直死の魔眼による即死攻撃は、「オロチ自身の意思で」「オロチの側から触れるという明確なアクション」によって成立する。ランサーからの打撃によってオロチがいくら打ち据えられても、それだけでは死の点を突いたことにはならないのだ。
反撃は要らない。どこかしらの部位を掴むか、あるいはランサーの攻撃に合わせてガードするだけでも発動できるはずなのに。しかしそれすら、オロチの指は空を切りランサーの拳はあらゆるガードをすり抜けて突き刺さる。そして受けた衝撃の数が三桁になる頃には、そんな動作さえ実行できる余裕は無くなっていた。
不意打ちの初撃を除き、以降は両者ほぼ同時に挙動を起こしていたはずなのに、全てがランサーの先制攻撃の態を成している。スペック上の敏捷値は全くの互角であるにも関わらず。それは決して不意を打ったからではなく、何かしらの異能を行使したからでもない。
ランサーの攻勢は早い。速いのではなく、早いのだ。動作そのものに先んじる意の速度があまりにも早過ぎる。オロチが一手を思考する間に、既にランサーは四手も五手も実行に移している。その瞬間、ランサーが脳内で算出する動作の組み立ては更に二十は先まで読み切っていた。物理的最短距離を淀みなく進む打撃の嵐はまるでよくできた殺陣のよう。
戦闘開始より45秒。放たれた拳打の数は優に五百の大台に突入し、その一撃一撃は本来ならば巨岩を微塵に粉砕し、舗装された地面を割り砕く威力を秘めていることは言うまでもない。考えなしに直撃させればオロチの50㎏にも満たない矮躯を容易く吹き飛ばす暴威は、しかし浸透勁により余さずオロチの体内に炸裂し、外表面はおろか内臓や神経系に至るまでぐずぐずに破壊し尽くしていた。
オロチにとって何よりも不幸だったのは、ランサーの拳の応酬が神性に対する特効を有していたことだった。
スキル:ヤコブの手足。極まれば大天使にさえ勝利する古代の格闘法は、すなわち神に連なるものさえ殺す一撃である。
結果として、オロチの肉体はランサーの拳撃に耐えられない。技術的な人体破壊に純粋な膂力、そして概念的な特効まで乗せられた威力は、違わずオロチの矮躯を打ち据える。

775DEAREST DROP ◆Uo2eFWp9FQ:2022/06/16(木) 21:03:49 ID:mYcvf1Tk0

オロチの体が脱力し、前方へ傾ぐ。無防備に突き出た頭部を、顎をかち上げる膝蹴りと脳天に打ち降ろされる肘鉄の挟み撃ちが迎え入れた。まさしく罪人の首を刎ねるギロチンが如く、無い下顎を抜けて口蓋と頭蓋骨とを粉砕する。
硬直により一瞬停滞したオロチの顔面に、勢いよく地を蹴り上げたランサーの背面回転蹴りが突き刺さり、オロチの体は人間大の砲弾が放たれたが如く、水平に向かって凄まじい速度で吹っ飛んでいった。音の壁を突破し金切めいた大音響を掻き鳴らすオロチの肉体は途上の木々を幾本も薙ぎ倒しながら20mほどの距離を突き抜け、地面に着弾。轟音と共に大量の土煙を発生させたのだった。

「……」

残心の構えを取るランサーは、無言。地を踏みしめる体は微動だにせず、ただ敵手がいるであろう地点を真っすぐに見つめている。
手ごたえはあった。確かに致命傷を与えたのだという確信もある。が、それは自らが勝利したということとイコールではない。
何故ならば、殺しても殺しきれない存在など、自分こそがよく知っている故に。

「もうええ、大体分かった」

───ああ、やはり。
直感めいた思考を浮かべたランサーの知覚に先んじて、幾条もの貫通光が土煙を裂いてランサーへと飛来した。
僅かに体を傾けることで回避したその攻撃の正体を刹那に悟る。
水だ。高圧加速された水流そのものを、か細い槍の刺突として射出したのだ。現代ではウォータージェット切断と呼称されるその技術は、圧縮率の度合いにもよるが、およそ音速の3倍に匹敵する超速を得ることが可能である。人体など容易く貫通し切断する不可視の一閃は、まさしく死の線そのものであるかのように、ランサーの後方に聳える木々の悉くを半ばで切り倒し、地に倒壊する轟音を轟かせるのであった。
脱力の姿勢から彼方を見遣るランサーの視界に現れるものがある。それは、吹き飛ばされたオロチがいるはずの場所から。

───嗚呼、その威容はまさしく"龍"であろう。
砂塵の晴れたるその只中から、現れ出でるは流るる水の大いなる化身である。
万色に揺蕩う霊水が、正しく龍の形を取ってとぐろを巻いていた。氾濫する川が如き轟きを上げながら、それはまさしく龍の咆哮であるかのように。
そしてその上に、オロチが不遜にも腰をかけている。彼は何も変わらない。童子の姿も、大上段から見下ろす鋭き目線も、精強なる魔力に至るまで。
そう、彼は何も変わらない。戦闘を開始する前の状態にまで、損傷が巻き戻っていた。

「円環蛇(ウロボロス)……なるほど、正しく人ではなかったというわけですか」
「く、かかか。さもしい息骨で俺を蛇と呼びつけよるか、シナイ山のチンケな霊の従類風情が!」

喝破と同時、オロチの手に現出する大剣。遂に佩かせる大太刀は、すなわち天叢雲剣。神話に名高き紛うことなき神造兵装が、真に完成形たる姿としてその手に振るわれる。

776DEAREST DROP ◆Uo2eFWp9FQ:2022/06/16(木) 21:04:26 ID:mYcvf1Tk0

「土も木も民草も我が言仁の國なれば、いづくか偽王の罷りなるらん!
 岐に迷える外様の乞児が、此処を何処ぞと心得る。八百万の神々のおわす土地、すなわち世の皇たる俺の國よ!
 唯一神とよく吼えた、名も忘れられた小山の霊如きが!」
「汎神論者(パンシスト)……いえ、貴方は汎神(アニマ)そのものなのですね。
 それが人の姿で呼ばれるとは……ああ、何とも」

ランサーは、その顔に嫋やかな笑みを張り付けて。

「お可愛いことで」
「ほざけや糞坊主が」

次瞬、周囲を襲うは不可視の重圧。突如として大気が鉛の重量を持ったかのような負荷を全身に浴びて、ランサーは耐え切れず姿勢を崩して片膝をつく。
これこそ神剣・天叢雲剣の権能であり、しかしそれが神剣の真価どころか、攻撃の予備動作に際する付属効果に過ぎないという悪魔的な事実が、そこにはあった。
高まる神気、鼓動する魔力。掲げる剣に朝霧が如き気密が集い、清廉たる破滅の波動が極限まで集束し臨界の時を待つ。

「最後に良いこと教えたるわ。この国には三途の川の渡し賃ってのがあってな、これから死ぬ阿呆に餞別で小銭持たせるんよ。
お前らがありがたがっとるおっさんと同じ、30文くれたるわ。やっすぅてお涙ちょちょ切れるなぁ? お前も泣いて土下座してありがたがれや」

悪いが使わせてもらうで姫さん、と心にもない謝罪を小さく口にして。

「惧れ震えよ、禍は今こそお前たちの元へ来たる───神威抜刀・天叢雲剣!」

───そして顕現するは、天孫降臨の再現に等しい大光の具現であった。

光が、世界を満たした。音も景色も全ては消し飛び、万象必滅の剣気が放たれたという結果だけが、そこにはあった。
古来、龍とは水の神であり、大河の流れと同一視されたものである。
荒れ狂う川の流れは全てを呑み込み、そして後には肥沃なる土地を残す。人では抗えぬ絶対の暴威でありながら、同時に恵みを与える強大にして偉大なる自然の化身。
故に、断言しよう。人では決して彼の者に勝てはしない。
そう、『奇跡』でも起こらぬ限りは。

「───聖槍、五重拘束解放」

小さく呟かれた言葉は、ただ極光にかき消されて。
その姿諸共、光の彼方に溶け去る───

777DEAREST DROP ◆Uo2eFWp9FQ:2022/06/16(木) 21:05:05 ID:mYcvf1Tk0



後には何も残らなかった。
木も土も石も、何もかもが燃え尽きていた。駿河國の野火の難そのままに、黒く変色した地面だけが広がっている。
オロチは神気の具現たる水龍を消し、地に降り立つ。その身に損耗は何もなく、その身に魔力の欠乏は見られない。何も、何者も、その尊き御姿を穢すこと能わず。
そうであるにも関わらず。
オロチは、美しく整った相貌を凄絶に歪ませ、叫ぶように語り掛ける。

「未だ以て死に損なうかよ、生臭坊主」
「……はは」

───変わらぬ男の姿が、そこにはあった。
ランサーは片膝をつき、全身から夥しい量の血を噴き出して、しかし五体は無事なままそこに在った。手に握られていたのは、槍だった。彼はそれを地面に突き立てていた。
見れば、彼の周囲だけ天叢雲剣による破壊の痕は及んでおらず、まるで結界でも張ったかのような情景であった。地に突き立てた槍の恩恵か、ならばそれは彼の宝具によるものか。

「『ゴルゴダの磔刑』。彼の者の最期は何者の手も入らぬ不可侵の聖域であらねばならない。
 本来ならば五つほど拘束を解かねばなりませんが……なに、承認が下りぬ分は身体で受ければ良いだけのこと」

ランサーが持つ宝具たる聖槍には、嘆きの一撃と呼ばれる反動がある。聖槍の意にそぐわぬ使い手・使い道に用いた場合、天罰そのものである一撃が下されるのだ。
ランサーの総身からは、都合4つの矢のように先鋭化した鮮血の魔力塊が体内から突き破り、ランサーの体を赤く染めている。『ゴルゴタの丘』の展開に必要な承認は5つ、内1つをランサー自身が担ったため、残り4つの反動をその身に食らったというわけだ。

「ですが、安心しました。貴方もまた、私と同じ理由で戦っている」
「はあ? この期に及んでお前、何言うて」
「その剣、人間の魂が捧げられていますね?」

オロチの気配が、如実に変わった。
神剣・天叢雲剣。言わずと知れた三種の神器、八岐大蛇の尾から出た宝剣、ヤマトタケルが用いた草薙剣。
特に日本国での知名度は高く、されどその真実を知るものはこの世に二人といない。
オロチがこの剣を持つ理由。この剣に執着する理由。
それは何より重く、深く、切実であり。

「貴方のような蛇なる者が人の形を取ること、人の剣を携えること……そしてその霊基がバーサーカーであること。
 どうにも腑に落ちなかったのですが、ようやく得心しました」
「おい」
「貴方はその者の救済をこそ願っている。磔刑に伏された聖者の魂を、依り代より解き放つことを望んでいる。
 貴方は私と同じだ。人に焦がれ、人となり、この世の全てを秤にかけてまで追い求めた」
「黙れや、塵が」

ランサーは肌に刺さる殺気の念にも構わず、笑みを張り付けたままに告げる。

778DEAREST DROP ◆Uo2eFWp9FQ:2022/06/16(木) 21:05:50 ID:mYcvf1Tk0

「バーサーカー。貴方は愛に狂っている」
「死ね」

神剣一閃───音の壁を容易く突破した一撃が、違わずランサーへと殺到した。
その剣閃はランサーの真芯を捉え……しかし、まるで摩擦係数が零の物体に当たり、表面をなめらかに滑るかのようにして、剣の軌道方向に滑り回る奇矯な回避体勢を取ったランサーの薄皮一枚すら裂くことは叶わない。
古流武術における各務と呼ばれる刀刃回避、その更に源流とされる古の格闘法である。

「キッショ! 蛞蝓みとぉな避け方すんなや!」
「汝右の頬を、とは今更言うまでもありませんが……やはり貴方は私と話してはくれないと?」
「ほんまに今更過ぎるやろが。脳みその代わりに糞でも詰まっとるんか腐れ外道がよ」

オロチは軽く地を蹴って後退、片手で瞬時に印を組み魔力を練り上げる。

「綺麗事吐いた口で子供殺すのが趣味の変態野郎が、せめて大人しく左ぃ差し出して殴られろや」

そして顕現する都合八頭の水龍───水のうねりそのものを咆哮とする淡青色の顎がランサーを食いちぎらんと奔る。
次々と迫り来る巨龍の牙はまさしく矮小な人間を呑み込む濁流であり、されどランサーは揺らめく花弁の如くに自然体のまま歩を進め、その身に一切の痛痒を負いはしない。密度的には回避不可な絨毯爆撃にも等しい怒涛の攻撃であるにも関わらず、悉くを躱している。
一見、それはヒノカグツチ回避法にも通じるものがあって、しかし明らかに別種のものであった。自己の存在や物理的密度を零化して、障害物や敵の警戒網をすり抜けているわけではない。
それは歩法、純粋なる体術の極みであった。瞬間移動めいた意の早さと、対照的に付随する奇妙な遅さが、敵対者からの目測を狂わせ、守る際は受けるタイミングを計らせない。

「真実なるキリストとは常に一つであり、その顔は全ての顔を持つ。故にその呼び名、その認識に貴賤の別はなく、唯一確かなのは遍在する神の愛である……
 言ったはずです、私も貴方と同じであると」

吹き荒ぶ破壊の嵐に比して、あまりにも平穏そのものの態度であるランサーは、やはり穏やかな、それが故に無機的な口調で語り掛ける。

「私はこの世界を愛しています。人々の安寧な営みとは尊いものです、例えそれが一年であり、一日であったとしても。その価値は決して穢されない。
 良き人イエスを神の子と祭り上げ、奇跡の残骸として砕くことで救われた世界は、せめて彼の御方と同じく美しくあらねばならない。
 この世で最も美しかった者と等しく輝くからこそ、彼の御方と引き換えるに相応しい。私の行いは、そのためのささやかな手助けに過ぎないのですよ」
「長ェわ死ね」

詰まるところ、"先程子供に良い感じのことしてたのは全部そのためですよ"というランサーの言に対して、もう愛想も尽きたとばかりに切って捨てる。
振るわれる神剣の一撃を、ランサーは手にした聖槍で以て受け止める。
この戦いが始まって、それは初めて両者が交錯した瞬間であった。

「ぐちぐちぐちぐち女の腐ったようなことをずらずらと、メンヘラの夜泣きほど聞き苦しいもんはないわ。下らん寝言なんぞ一人寂しく行灯にでも向かって説いてりゃええ」
「随分と嫌われたものですが、それも良しとしましょう。不和から生じるすれ違いもコミュニケーションの醍醐味ですから」
「ここで死ぬお前ができると思っとるんか?」
「できますとも。何故なら、今から私は逃げるからです」

779DEAREST DROP ◆Uo2eFWp9FQ:2022/06/16(木) 21:06:19 ID:mYcvf1Tk0

火花を散らして鍔競る剣から、不意に圧力が消えた。かと思いきや腹部に衝撃が走り、それがランサーにより蹴り飛ばされたことだと認識するや、オロチは憤激する。

「テメェ、けたたましい真似───ッ!」
「というわけでまたお会いしましょう。できることなら、次までにはもう少しばかり荒ぶりを収めていただけるとありがたいのですが」
「逃がすわけないやろッ、舐めんなやッ!」

今までの激突が嘘のような脱兎を見せるランサーに、オロチは水流撃を射出。逃げる背を撃とうとするも難なく躱され、その姿は宙に溶けるようにして消滅する。

周囲には、もうサーヴァントの気配はない。
オロチは無言で天を仰ぎ、深く息を吐き、そして。


「死ッッッ!!!!!!ねッッッ!!!!!!!」


あまりにも実感がこもり過ぎた叫びだった。


【練馬区/光が丘公園/一日目・早朝】

【バーサーカー(八岐大蛇)@日本神話】
[状態]:体内に神殺しの熱が残留(中程度。時間経過により改善されます)、内部損傷(中)、疲労(中)、イライラ
[装備]:天叢雲剣
[道具]:無し
[所持金]:無し
[思考・状況]
基本方針:聖杯を獲る。
1:当分は遭遇戦で敵を削っていく
2:アヴェンジャー(ヒノカグツチ)は次は必ず殺す
3:殺せないのなら二度と会いたくはない。心がふたつある
4:あの生臭坊主(カルタフィルス)マジで死ねや。




◆ ◆ ◆

780DEAREST DROP ◆Uo2eFWp9FQ:2022/06/16(木) 21:06:48 ID:mYcvf1Tk0



「いやはや、見るも凄まじい強さでした」

全速力で逃げ帰り、霊体化を解いて路地角に降り立ったランサーはそう述懐する。
童の姿をしたバーサーカーは、明らかに強かった。
勝負の内容を鑑みれば、ランサーが彼から受けた傷は、自傷以外に何一つとして存在しない。一方的な内容だったのは確かだったが、しかし。

「あのまま続けていれば、間違いなく負けていたでしょうね」

それは謙遜でもなんでもなく、客観的に見た厳然たる事実としてランサーは認識していた。
供給される魔力総量、反則的な回復能力、有する宝具の行使可能な範囲における性能差。そのどれもがランサーは劣っていた。ここまで優勢に事を運べたのはあくまで技量という小手先に頼った初見殺しに過ぎず、戦闘が長引くにつれアドバンテージの差は開く一方。そう遠からず均衡は崩れるだろうと踏んでいた。
それに何より、あの目だ。
まるで死を覗くかのようなあの視線が、何よりも底知れず、恐ろしかった。二千年に渡り死を剥奪されたはずの自分が、まさしく死の予感を感じるなどと、常軌を逸しているとしか言いようがない。

だが収穫はあった。何より大きな収穫だ。
蛇なる者、楽園にて人の始祖を惑わせし悪魔。
そのようなものでさえ、愛を抱いていた。
その事実こそ、この世界にもたらされた福音であるだろう。

世界は愛で溢れている。
例え最後には滅びてしまう泡沫の世なれど、それは紛れもなく、最上の救いであるのだ。


【練馬区/市街地/一日目・早朝】

【ランサー(カルタフィルス)@ヨハネ福音書】
[状態]:「嘆きの一撃」によるダメージ(中)
[装備]:光掲げる運命の槍(ロンギヌス・テスタメント)
[道具]:聖骸
[所持金]:無し
[思考・状況]
基本思考:聖杯を取り世界を滅ぼす。
1:来る者拒まずの姿勢で行く。
2:マスターとの連携も追々考えなければなりませんね。
3:バーサーカー(八岐大蛇)に好感。

781DEAREST DROP ◆Uo2eFWp9FQ:2022/06/16(木) 21:07:07 ID:mYcvf1Tk0
投下を終了します

782 ◆di.vShnCpU:2022/06/18(土) 18:39:15 ID:875p26PQ0
投下します。

783交響曲第九番『合唱付き』 ◆di.vShnCpU:2022/06/18(土) 18:40:44 ID:875p26PQ0
 ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪


「どうぞ。入って貰って構いませんよ」

 北区滝野川、とある豪邸。
 夜更け過ぎまで本を読んでいた胡蝶しのぶは、自室の戸を叩くノックに静かに答えた。

「まだ起きているのかい。明日から早いのだろう?」
「寝付けそうになかったもので」

 促されるままに乙女の自室に入ってきたのは、表向き彼女の『彼氏』――ということになっている男。
 ぼさぼさの髪に、よれた服。
 ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーベン。
 実際には、胡蝶しのぶに割り振られたサーヴァントであった。

「それは……ああ、『あいつら』に関する本か」
「ええ。『クトゥルフ神話』。
 今までの私とは縁のない分野でしたので、少ししっかり背景まで把握しようかと」

 少女の手元に積み上がっていたのは、翻訳された海外文学の文庫本に、ちょっと判が大きく絵の多い冊子。
 『クトゥルフ神話大百科』、『怪奇文学シリーズ』、『知られざる世界』……。
 短編小説集から挿絵付きのまとめ本まで、雑多なモノが集められている。

「20世紀のアメリカで生み出された『架空の』神話体系。
 奇妙な世界観を用いた『シェアードワールド』の小説群。
 この世界には、時に『神』などとも呼ばれた奇妙で強大な存在が多数、太古から存在していて。
 人智を超えた力を持ち、人智の及ばない論理で動いていて。
 今でも当たり前の日常の薄皮一枚下に潜んでいる。
 『踊る泡』、『クグサクサクルス』あるいは『サクサクルース』もそのうちの一柱……」

 軽く諳んじて、そしてしのぶは大きくため息をついた。

「……それって要するに、『フィクション』ってことですよね?
 作り物、小説家たちが勝手に書いたことですよね?
 根も葉もない、『作りごと』、なんですよね?
 そんなモノが本当にこの聖杯戦争に『居る』っていうんですか?」
「確かに、表向きは『そういうこと』になっているね。ただ――」

 少女の問いかけに、男は少し言葉を探すような間を空けて。

「ただ――古代より、優れた芸術家や詩人は、常人には知りえない『何か』と通じ合ってきたと言われている。
 ミューズや神々、悪魔にリャナンシー。
 あるいは、そういった名前すらつけられなかったもの。
 優れた才能が『何か』を引き寄せるのか。
 それとも、『何か』と通じ合ったから傑作を手に出来たのか。
 そういった例はたくさん知られている。
 だから……小説家が『知られざる何か』と『通じ合って』『真実に触れた』のだとしても。
 僕は、驚かないかな」
「へぇ」

 胡蝶しのぶは、そこで不意に『嘲笑った』。
 男の顔を下から見上げるようにして、両目を大きく見開いて、口元だけで笑みを浮かべる。
 深い淵のような、大きな、どこか虚ろな瞳孔がベートーベンを射すくめる。
 瞳の中に吸い込まれるような、際限なく虚空へと落ちていくような、そんな錯覚を覚える。
 なぜか、気圧される。

「それって、『御自身』の経験からの言葉ですか?」
「……ッ!」


「『トルネンブラ』」


 思わず息を呑んだ所に、不意打ちで被せられた、奇妙な響きの知られざる名前。
 男は脂汗を浮かべるだけで、身じろぎひとつ出来ない。
 代わりに、室内には冷たい風が巻き起こる。
 窓を閉じたままの夜の部屋の中に、一陣のつむじ風のような風が吹く。
 ありえない現象に髪を揺らしつつ、胡蝶しのぶの笑みは変わらない。

784交響曲第九番『合唱付き』 ◆di.vShnCpU:2022/06/18(土) 18:41:27 ID:875p26PQ0

「実のところ、半分、あてずっぽうだったんですけどね。
 さっきこの本で『それっぽいもの』を見つけたもので、カマかけちゃいました」
「……驚いたな。
 隠しきれるとは思っていなかったけれど、こんなにも早く、名前まで」
「違和感があったのは、貴方が『私に音楽の才能がないこと』を『喜んで』いたことです。
 まだ短い付き合いですけど、本来の貴方は、それを喜ぶような性格ではありません。
 自分の能力と作品を正当に評価されることを望む、ごく真っ当な感性の持ち主です。
 なのにがあえて『才能がない』ことを『喜ぶ』というのは――
 もし『それ』があったら、何か『困ったこと』が起きかねないから」
「まいったな、脱帽だ」
「そして――今も『いる』んですよね? 貴方と一緒に?」
「……ああ」

 ベートーベンは深いため息をつく。
 観念したような表情で、ちらりと横にいる『何か』に目を向ける。
 しのぶの目には、そこには何もない空間しか見えないけれども。

「予め言っておくと、それらの本に書かれたことは、物事の一面に過ぎないだろう。
 大雑把に言って『当たらずとも遠からず』。せいぜいがそれくらいの情報のはずだ」
「でしょうね。見当はつきます」
「君の推測の通り、僕は『これ』から『踊る泡』の名前を聞いた。
 縁者ではあるけれども、同時に油断のならない、恐るべき存在であるらしい。
 彼女はすっかり怯えてしまっている」
「『彼女』……?
 女性、いえ、性別があるという記述はなかったはずですが」
「まあ色々あったのさ。僕とコイツの間にも」

 男の見つめる先の虚空に、小さな風が渦巻く。
 気を付けて観察すれば、それの本質は風ではない……超高周波の小さな音の集合体。
 指向性をもって小さなループを描き続ける、外に漏れることのない振動そのもの。
 動きに伴う微細な振動が副次的に『風』として『才能のない者』にも感じられているのだ。

 生ける異界の音楽、トルネンブラ。
 もしもそれと通じ合うほどの『才能』があったら、それはどれほどの存在感があるものなのだろう。
 どんな姿として顕現して見えるものなのだろう。
 そして、それらの同類が、この東京二十三区には神出鬼没に闊歩しているというのだ。


 ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪


「私が留守の間に来たという、泡のような存在、『クグサクサクルス』。
 この本には『同族食い』、独りで子を産んでは子を食うものとありますけど」
「それは真実の一面だろうな。
 僕が聞いた話では、そいつの本質は『宗教を捕食するもの』なのだという」
「宗教を……捕食?」
「神と、それを信仰するもの。信仰者が作り上げた文化や概念。
 それらを丸ごと『喰らって』、『初めからなかったかのようにする』存在。
 彼女たちのような存在にとっては、まさしく天敵のようなもの……であるらしい」
「なんだか凄いお話ですね」
「伝え聞いている僕も、全貌を把握できている気はしない。
 ただ、それでもいくつか言えることがある」

 ベートーベンは断言する。
 彼とて『彼女』の同類についての知識は多くはない。
 こいつも傍迷惑な悪霊みたいなものだが、それぞれ全く違う種類の厄介さを持っているのだろう。
 けれど、他ならぬ彼自身が、『英霊』であり『サーヴァント』である。

「『彼ら』の本体がいかに強大な存在だったとしても。
 聖杯戦争において、『サーヴァント』やそれに付随して呼ばれたモノとして現界したのなら。
 彼らには、『サーヴァントとしての限界』がある」
「サーヴァントとしての……限界」
「仮に『本体』は不滅だったとしても、真に不滅でいられる『サーヴァント』はそうそう居ない。
 何をするにも魔力を消費する。大掛かりなことにはそれだけ膨大な魔力を消費する。
 大抵の場合、マスターを失えば存在を維持していられない。
 つまり――」
「やり方次第で戦って倒すことも可能なはず、ということですね」

 しのぶは男の意を理解する。
 彼女たちの主従が異例なほどに『弱い』ことは脇に置くとしても。
 最初から諦めなければならないような相手ではない。

「その『踊る泡』、まさか本当に遊びに来ただけってことはないと思うんですけど。
 それでも、一方的にこちらの居場所を把握されているのは間違いありません」
「また来るって言ってたしね」
「こちらから積極的に敵対する必要はありませんが、対策を練っておくべきです。
 仮に敵に回ったとしても返り討ちにできるような、そんな策を」
「できるかね」
「それが『捕食者』だと言うのなら……倒すだけなら、実は簡単なんですよ。
 多少の分析と研究の時間は要りますが、『必殺の策』は、あります」
「言いきるね」

 しのぶの口元に、どこか酷薄な笑みが浮かぶ。


「毒を、盛るんです」


 悪戯っぽくも『毒』を帯びた口調で、彼女は語り続ける。

785交響曲第九番『合唱付き』 ◆di.vShnCpU:2022/06/18(土) 18:42:35 ID:875p26PQ0
「食餌に見せかけて、『食べてはいけないもの』を食べさせる。
 偽装した致命の仕掛けを、相手に自発的に飲み込ませる。
 相手の内側から、殺す。
 私の一番得意な『闘い方』です」
「なるほど。
 では何を食べさせる。
 何ならば食いつく」
「そうですね……思いつくままに挙げるなら。
 一見宗教のようで宗教でないもの。
 あるいは、宗教であるかどうかすら曖昧なもの。
 神を称えるように見えて神を否定するもの。
 信仰のように見えて、信仰を否定するもの」
「あるかな、そんなもの」
「即答はできません。
 ただ、有無で言うのなら、どこかに必ずあるはずです。
 『宗教捕食者』が、差し出されれば食いついて、そして消化できずに身を滅ぼす『何か』が」


 ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪


「ただ、そういうことなら……僕も力になれるかもしれない」
「と言いますと?」
「例えば『宗教的熱狂』の『ようなもの』なら、僕は意のままに『作る』ことができる」

 男はそこで言葉を切って、深く息を吸い込む。
 やがて静かに穏やかに紡がれ始めたのは……口笛だった。

「…………ッ!」

 一音一音、明確に区切るように発せられる音は、シンプルなメロディを作り出す。
 一音ずつ丁寧に、段を登って、段を降りる。
 一音ずつ丁寧に、段を降りては、段を登る。
 あまりにも明瞭で、簡単で、単純で、たった一音の口笛でしかないのに。
 それは圧倒的なまでに豊穣で、光に溢れて、否応なしに力強い感情の波を引き起こす。

 主旋律に寄りそう数多の音がありありと想像できる。
 数多の人々が、声を合わせてこの歌を奏でる姿が脳裏に浮かぶ。
 全身が総毛立つ。
 生の喜びと、今ここにこうして居られることへの心の底からの感謝。
 一切の捻りなく、淀みなく、高らかに歌い上げる。
 宗教的熱狂。
 その通りだ。
 もしも『これ』で足りないのなら、一体何がその言葉に相応しいと言うのだろう――

「――アン・ディー・フロイデ。
 交響曲第九番、第四楽章。その中心となる旋律。
 この時代の日本では『歓喜の歌』として知られているみたいだね」
「夜中の演奏はやめて下さい、と前にも言いましたが。
 口笛も、やめて下さい。ご近所に迷惑です」
「済まないね。ただ、聞いてもらった方が早いと思ってね」

 男は頭を掻いてみせるが、その実、まったく悪びれていない。

「これは本来は合唱つきの交響曲だ。
 フルのオーケストラに加えて、合唱団がつく。
 さっきの主題に至るまでの前準備も長いし、そこからの展開も複雑だ。
 今のだってだいぶ『手加減』したんだぜ。
 僕が本気で再現したら、『こんなもの』では済まない」
「それは……私にも分かります。
 嫌でも、分からされました」
「あの『踊る泡』が出た時、これを聴かせていたなら、どうなっていたのかな。
 ひょっとしたらその場で僕も食べられて、そのまま倒せてしまっていたのかもしれない」

 ひゅごうっ。
 男の軽口に、見えざる風が一瞬だけうなりを上げる。
 しのぶもつられて溜息をつく。

「つまらない冗談はやめて下さい。
 勝手に脱落されても迷惑ですし……それに『彼女さん』、怒ってるみたいですよ」
「彼女って訳でもないんだけどなぁ」
「ただ……貴方ごと食わせるのは論外だとしても。
 『音楽』を餌にする、というのはアリかもしれませんね」

 優れた音楽によって引き起こされる感動や情動を、『信仰』と誤認させる。
 それを『宗教捕食者』に『誤嚥』させる。
 もちろんまだまだ詰めねばならない部分はある。
 具体的に何を食わせるのか。そこにどんな『毒』を仕込むのか。本当に倒しきれるのか。
 それでもこれはひとつ、有力な可能性であった。

786交響曲第九番『合唱付き』 ◆di.vShnCpU:2022/06/18(土) 18:43:21 ID:875p26PQ0


 ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪


「ずいぶんと話し込んでしまったね。明日も早いのだろう」
「そうですね」

 夜もだいぶ更けて。
 男は椅子から立ち上がる。
 明日からは聖杯戦争の本番開始であり、また、学生にとっては連休の始まりだ。
 ここまでは学生の役割(ロール)のために、ほとんど動くことができなかった胡蝶しのぶ。
 それでも、彼女はただ無為に時を過ごしていた訳ではない。
 動けないなりにネットや級友たちから情報を集め続けて、既にある程度の目星をつけている。

 しのぶが狙うのは、この聖杯戦争の主催者を吊し上げ、最低でも『一発派手にブン殴る』ことである。
 ある意味で非常に厳しい道である。
 なまじ優勝と聖杯を目指すよりも遥かに厳しい道。
 しのぶとベートーベン、そこにトルネンブラを数に入れたとしても、三人だけで届く目標ではない。

 必要となるのは『協力者』だった。
 必ずしも全ての思惑が一致する必要はない。
 こんな酔狂な目的を掲げる主従が、他に居るとも思えない。
 けれど、自分たちだけでは届かないのなら、誰かの助けが要る。

 どうやら優勝狙いではなく、けれど聖杯戦争の関係者としか思えず、接触しようと思えばできる相手。
 そんなものはどうしたって限られてくる。
 しのぶたちの求める条件に合う存在は、現時点ではたったひとりしか居なかった。

「最近になって不自然なまでに急に人気を上げてきたアイドル、『リルル』。
 きっと彼女もマスターか、あるいはサーヴァントです」

 他の主従を釣って倒すための罠である可能性は検討した。
 しかし、それにしては行動が不自然なのだ。
 趣味なのか、何らかの宝具の発動条件なのかは知らないが、悪目立ちすることを厭わず活動している。
 明らかに、何か超常的な能力を惜しみなく使ってその地位を確立している。
 どう考えても、労力として、ただの釣りとしては割に合わない。

「気を付けていってらっしゃい。良い報告を期待して待ってるよ」
「何を言ってるんですか? 貴方も一緒に来るんですよ」
「ええっ!? 僕は戦力にならないよ?」
「そこは最初っから期待してません」

 情けない悲鳴を上げた楽聖に、しのぶはニッコリと、あまりにも明るい笑みを浮かべてみせた。
 花のような笑顔に、断るという選択肢はない、と言わんばかりの強い圧が備わっている。

「相手は『歌』で勝負している『アイドル』です――
 それがどんな交渉になるにせよ。
 『英霊の座に名を刻むほどの音楽家』からの『楽曲提供』の可能性は、立派な『交渉材料』になるはずです」

787交響曲第九番『合唱付き』 ◆di.vShnCpU:2022/06/18(土) 18:43:43 ID:875p26PQ0

【北区・滝野川/胡蝶家の屋敷/1日目・未明】

【胡蝶しのぶ@鬼滅の刃】
[状態]:健康
[令呪]:残り三画
[装備]:専用の日輪刀(竹刀袋入り)
[道具]:応急処置セット、日輪刀で使うための毒物一式
[所持金]:潤沢
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争の仕掛け人を突き止めて張り倒す。
1:夜が明けたら人気急上昇中アイドル『リルル』と接触を図り、可能なら手を組む。
2:『宗教捕食者』への対処法を練る。

[備考]
※フィクションとしての『クトゥルフ神話』の基本的な知識と資料を得ました。
※ベートーベンと共にいるトルネンブラの存在を知りました。


【ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーベン@史実+クトゥルフ神話】
[状態]:健康
[装備]:無し
[道具]:無し
[所持金]:無し
[思考・状況]
基本方針:マスターのために曲を作る。
1:えっ僕も行くの? えっ楽曲提供?? 聞いてないよ!?
2:『宗教捕食者』への対処法を練る。

788 ◆di.vShnCpU:2022/06/18(土) 18:44:34 ID:875p26PQ0
投下終了です。

789 ◆6bb6LonGS2:2022/06/18(土) 22:09:12 ID:DQDB8Wj20

皆様投下お疲れ様です。
感想が溜まりまくっていたので消化していきます。


シャミ子が悪いんだよ
 こういう形でマスターたちの悩みを解消できるのが、シャミ子の長所な一方、活躍の場が限定的ではある…
 にちかのメンタルが少し良くなった…ホントに少しだけ!まだまだ、これからな感じではありますが
 二人が同盟として活動する事で、より良い方向へ進んでくれそうな予感がします!
 ただ、戦力は二組合わせっても強いとは言えないのが不安。
 頑張れシャミ子とにちか! 仲良くなって聖杯戦争を生き残るんだ!!


炎のさだめ
 駄目だ……エンデヴァー。カグツチちゃんにはタピオカを飲ませてあげるべきだったんだ……
 無駄だと分かっても意味はあるんだよ。こういう気使いができないのが、手心が足りない、こういう男なのだと……
 そして、姉を名乗る不審者ではなかった本物の姉のエントリーとは、もうこれわけわかんねぇな。
 カグツチちゃんがマスターの技を使う展開を見ると、一方的ではありますが彼女はマスターへの好感度はあるんですよね(なお
 そして、熱いのが好きじゃないと言っているスカディ様が可愛い。真面目な場面なのですが、
 やっぱり彼女は、こういうところが可愛いですよね…


DEAREST DROP
 本当に気持ち悪いよ(誉め言葉)あれこれと方便垂れて、戦闘でもいなしたランサーですが、これでも相性的に
 ギリギリの相手とタイマンやってた時点で、際どい戦闘でありますし、それでも平静に対処している時点で
 こいつの異常さが伝わってきますね……そして前話から続いて連戦でしかもイライラマックスなオロチですが
 バーサーカーたらしめるのが、愛に狂っているという指摘は結構な直撃で、腑に落ちた部分でもあります。
 これはオロチに限らず、他のバーサーカーも共通する狂気に当てはまります。
 果たして、オロチはその狂気に囚われたままなのか、先が気になります


交響曲第九番『合唱付き』
 この主従、結構行く先ハードなんだろうなぁと思いましたが、割となんとか行けそうなのは鬼相手に
 工夫しながら幾戦を生き抜いてきたしのぶさんらしい発想力あってですね。結構、的確に今後の行く先も
 相手の対策も講じていっているのは頼もしい。振り回されるベートーヴェンさんは頑張ってください…
 

改めて皆様、投下の方、ありがとうございました。

790 ◆6bb6LonGS2:2022/06/19(日) 22:23:37 ID:CLc/zK7M0
予約分投下します

791フォニイ ◆6bb6LonGS2:2022/06/19(日) 22:24:24 ID:CLc/zK7M0
『童磨』の立ち位置は中々面倒だった。
優位な状況ではあった。『万世極楽教』の人脈を使い、ある程度の情報収集に
自身とランサー『マンティコア』の食糧という名の人材確保。それらを隠蔽工作する程度は造作もなかった。

それでも、慎重でなければならない理由。即ち、童磨の弱点――『太陽』。
車で移動するなり、昔と比較すれば行動範囲が広くなったとはいえ結局、弱点は健在なのだ。
そこを突かれれば彼が不利になるのは当然。

本戦開始とはいえ……それでも踏み込んだ行動に出るのは迂闊。
何より、聖杯を獲得するべく全ての主従を相手するのも困難を極める。
見境ない暴力者であれば、ただ一人残さず蹂躙し尽くすだろうが、童磨にはそういう感性を持ち合わせていなかった。


童磨が打った手は『情報収集』である。
既にサーヴァントの主従らしき情報を幾つか取得しているが、所詮はNPCが現実に準じた表面上に公表した情報。
どういう趣旨で行動しているか、童磨のように能力がデメリットとなって制限されているか。
何も分からない。


「ランサーには『切り裂き魔』を探して欲しいんだ。俺の想像通りなら今晩も誰か殺すと思うから」


童磨の目を付けた標的は――深夜、女性を対象に行われる連続殺人事件。
犯行手口から十九世紀にイギリス・ロンドンを恐怖に落とし込んだ未解決殺人事件『切り裂きジャック』の模倣犯と称されているが。
まさか、そのまんま『切り裂きジャック』の英霊が起こした犯行なのか? 否、英霊となれば『切り裂きジャック』が召喚されてもおかしくはない。
ないのだが……あからさまに過ぎでは? 逆張りな疑念を抱く事だろう。
マンティコアは眉をひそめて率直な意見を出す。


「あのさぁ。こう、何度も同じ場所でヤらねぇだろ。人間(メシ)食うのも敵(ジャマ)始末するのも、派手にカマせば目ぇつくんだからよ」

「うんうん。普通はそうだよねぇ」


同じ手口の犯行を、ワザとやって他の主従を炙るか、誘導し罠を張り巡らされているか。
そうじゃなければ馬鹿の一つ覚えで、連続殺人なんて意図して起こさない訳で。
だけど、童磨はある見解を持っていた。
申し訳なさそうに、それでいて躊躇なく彼は言い放つ。


「でも多分、これやってる子――頭が悪い子だと思うんだよね。特徴的過ぎる。真名を隠そうとしてない。
 表では報道されてないけど、犯行の手口の……『子宮』が取られたり、傷つけられてるのも、やるにしてもそのまんま過ぎるよ」


ドストレートな批判である。
一方で、こうも言う。


「俺とランサーみたいに苦労はしてないのは『どうにかできる』能力を持っているからだろうね」

792フォニイ ◆6bb6LonGS2:2022/06/19(日) 22:24:45 ID:CLc/zK7M0
生前、何か失敗を犯して死に至り、英霊となったのならば多少の反省がみられる筈。
反省や改善は愚か、生前の手口まんまを馬鹿の一つ覚えで繰り返すのは、失敗がなかったという事。
『切り裂きジャック』は結局、最後まで正体は明らかにならず。
スコットランドヤードの目を搔い潜ったのだ。
故に、絶対の自信がある。『切り裂きジャック』の能力が優れているが為の慢心。
マンティコアが聞き返した。


「……で。探すって、ぶっ殺すんじゃねえのかよ」

「俺も色々考えたんだよ。序盤から中盤までに必要なのは協力者、つまり同盟相手さ」

「は? オレたちに同盟とか冗談だろ、童磨」


主従どちらも人食い主軸の社会的には終わっている事は、童磨もマンティコアでさえも分かっている。
普通、彼らと同盟を結びたいと試みる相手などいないだろう。
ただ相手が『普通』であればの話。
童磨は言う。


「俺達でも同盟を組んでくれそうな相手を探す。その有力な候補が『切り裂き魔』なんだ。
 この子も、この子のマスターも同盟相手に困っているだろうし、
 彼らが同盟を考慮してなくても話を持ち掛ければ、少しは聞いてくれるんじゃないかな」


『頭の悪い者を救う』という、案外、彼らしい提案に納得する反面、コイツらしいなとマンティコアは呆れた。
まあ、彼の話は間違いではない。
マンティコアも流石に全員相手にして戦い抜く魂胆はない。
彼女の性能は彼女自身が最も理解している。敵が複数相手なら厳しい部分があった。
マンティコアは渋々了解する。


「血の匂いならすぐ鼻につくからな。近くまでいけりゃ掴めるだろうぜ」

「うん。よろしく頼むよ。ああ、もしこっちにサーヴァントが来たら念話で知らせるからね」


例の宗教関係襲撃者。
彼らが『万世極楽教』へ来る可能性は十分あるが、警察に目がついたからといって必ずしも襲撃される保証もない。
童磨もある程度、サーヴァントを引き留める能力を備えている。
いざとなれば、マンティコアを令呪で呼び寄せる事も。


ただ、想定外の事態は起きてしまうのだ。






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