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辺獄バトル・ロワイヤル【第3節】

1 ◆2dNHP51a3Y:2021/06/25(金) 21:22:55 ID:riCoyL6w0
―――ソラを見よ、血染めの月が、世界を侵食(おか)す

513第一回放送 ◆2dNHP51a3Y:2022/05/02(月) 17:59:22 ID:zTuEpm9M0
思い出す、回想する、追憶する。
赤い海、砕けた月に、黒い大地に、何も変わらない満点の夜空。
黙示録、人も悪魔も相打った終末の歴史の中。

同志も、抵抗者も、反逆者も、何もかも死に絶えて、亡骸が大海を赤い夢幻で染め上げた、世界最後の夜の下。友であった男の亡骸を抱いて




――僕は、泣いた

514第一回放送 ◆2dNHP51a3Y:2022/05/02(月) 17:59:52 ID:zTuEpm9M0
○ ○ ○

昼も夜も無く、未だ辺獄に赤き月の廻る頃に、それは鳴り響く。

『ボンジュール! と言ってもこの場所は昼も夜の境界なんて無いに等しいのだけれどさ!』

軽快な音楽、そいて雰囲気に恐ろしく反した明るい音声

「そーろそろ6時間経過した頃だから、みんなお待ちかね! 死亡者情報の発表と行こうか!」

まるで玩具で遊ぶような気楽さで、道化師は楽しそうに死亡者の名を紡ぐ


『柳瀬舞衣』
『村田勤』
『ユカポンファンの吸血鬼』
『由香』
『スキャッター』
『オフェンダー』
『伊藤大祐』
『藤原美奈都』
『ブサイク大統領』
『ヒエ』
『ワム』
『ガビ』
『バボ』
『カミソリ鉄』
『チェーン万次郎』
『ドス六』
『メリケン錠』
『死神』
『沼の鬼』
『ドドンタス』
『カンフーマン』
『ホワイト』
『恵羽千』
『優木せつ菜』
『モッコス』
『吹石琴美』
『細谷はるな』
『司城夕月』
『北条沙都子』
『広瀬あゆり』
『ノワール伯爵』
『益子薫』
『三島英吾』
『ミスティ』
『絶鬼』
『フェザー』
『赤城みりあ』

「以上、死んだの38名。いやぁ、みんな張り切ってるようで何より何より! ……では次に禁止エリアの発表だけれど。抽選の結果この3つ!」

『C-5』『E-3』『F-7』

「というわけで、今言われたエリアに居る参加者は早く出ないとドッカ〜ン!」

「では放送はこれまで、次の放送も楽しみにしていてね、ボン・ボヤージュッ!」

515第一回放送 ◆2dNHP51a3Y:2022/05/02(月) 18:01:47 ID:zTuEpm9M0
○ ○ ○

そこは、間違いなく『違う世界』と形容する他無く。
平安京という中世日本の舞台にはあまりにも相応しくない場所であった。
静謐さと、神々しさ、それでいて恐ろしき虚空か。

「……もう第一回放送か」

白と黒、その二色で構成された一室、空間にその男はいた。
タブレットに映る会場の参加者たちを、画面越しに俯瞰する。金髪の青年。
神の如き蒼玉の双眸が揺らめき、僅かに瞬く。

「変わらず愚かだな、人は。」

感傷もなく、さも当然と、必然とばかりに呟いた。

「殺し合わせる催しには特に意見は無いが、戦略的もなく享楽のためとは、これのどこが面白いのだか。」
「俺はおもしれぇと思うぜ。……参加できねぇのは残念だがな。あいつにリベンジ果たしてぇ所だったが。」
「……私が言えた立場ではありませんが、あの敗北を経験してその根性はある意味称賛しますよ。」

青年の背後に、二人。片やスマホの画面片手にエナジードリンクを呑み込み、観客気分で殺し合いの映像を楽しむドレッドヘアの男。
そして片や……それは染め上がったワインレッドのたてがみのような髪型を持った、まるで悪魔のような形相の男。

この3人は、かのキャスター・リンボが呼び寄せた、謂わば『客将』と呼ばれる立ち位置。
恐竜蔓延る古代の時より現存し、神に寄って滅ぼされた創造主の失敗作。
幻想の存在として呼称するなら、それは正しく『悪魔』である。

「つーかさぁ、どう思うんだよ。あのキャスター・リンボってやつ?」

ふと、口を開けたのはドレッドヘアの男、。
悪魔人間にされ、弱肉強食の摂理に従い悪魔側へ裏切った元人間。

「どう考えても怪しいだろアイツ。ディメーンだかメフィストフェレスもだが、人間魔改造しての殺戮マシーンの手法も胡散くせぇし。」
「それに関しては同意です。神の力を人間ごときに宿らせるという事実も私としては気に入らない。……なぜサタン様はあのような男と……。」
「いいじゃねぇか、こうやってもう一度命もらってるわけなんだしよ。」
「………」

幸田の言葉に賛同しつつも、「やはり人間であった性根はどうしようもないな」と呆れ顔をするワインレッドの男、悪魔サイコジェニー。

「―――今の我らは客人としての立ち位置。こうしてサタン様と再開できたのも奇跡に等しい。今は大人しく従っておくこととしましょう。貴方も勝手な真似はしないように。」
「はいはい、わかってますって。」

サイコジェニーも、悪魔人間・幸田燃寛もいまだ結末を知らない。
サタンが『彼』に打ち勝つも、結局神の気まぐれにただ消されるだけだった終幕を。
そしてそれを、サタン――金髪の青年、飛鳥了が語ることは無いであろう、おそらくは。





(―――明)

映像を止め、ただ一人を、不動明という悪魔人間の姿を、飛鳥了は見つめている。
不動明が八将神に選出されるにあたり、『勇者アモンを疑似生誕させてくれ。ただ魂を弄るのではなく、元の不動明と両者が存在するように』という提案をしたのは飛鳥了である。
実のところ、リンボは純粋な『勇者アモン』だけを将神として顕現させるつもりだったし、別段言えば他にも将神の候補は居たわけで。

『おやおや、サタン様とあろうお方が、存外素直でござったか。』

蛆が湧くような、虫が体中に忍び寄るような感覚が襲いかかった、リンボの過去の言葉。
愛などない、故に心もない。――そう思っていた。不動明がいて、愛も心も知った。

本当は、不動明を蘇らせたかっただけなのだろうか、そう思いたかった。
結局、仲を違い、憎まれ争うしかなかっただけで。

(……もし生き残れていたら。出来れば、君とは。)

もう一度会いたい、そして話し合おう。そう思い、ガラス越しに見える赤い月をサタンは見上げていた。
そういえば別の世界では月に兎がいるとは言っていたらしい、もし事が済めば明を連れて月の兎に会いに生きたいものだ。





――そして飛鳥了は未だ知らないであろう。あの不動明が、彼の知るデビルマンではない、という事実を



『キャスター・リンボの客将』
【悪魔神サタン/飛鳥了@DEVILMAN crybaby】
【サイコジェニー@DEVILMAN crybaby】
【幸田燃寛@DEVILMAN crybaby】

516 ◆2dNHP51a3Y:2022/05/02(月) 18:01:58 ID:zTuEpm9M0
投下終了します

517 ◆EPyDv9DKJs:2022/05/02(月) 18:18:04 ID:LvnR1STM0
第一放送お疲れ様です
(ロワ本編では)一番動いてなかったリンボかと思えば、
客将を招いてたりとやはり底知れない不穏さがありますね

他の型の感想については次の機会にさせていただきます

可奈美、ロック、都古、愛、ひろし、洸、
零、マネーラ、ギース、完全者、アナムネシス予約します

518決壊戦線─崩壊のカウントダウン─ ◆EPyDv9DKJs:2022/05/11(水) 04:29:58 ID:719/4zUE0
投下します

519決壊戦線─崩壊のカウントダウン─ ◆EPyDv9DKJs:2022/05/11(水) 04:30:55 ID:719/4zUE0
 一同が一つの病室に集まってると窮屈なので、
 一度解散して各々で軽いレベルの情報交換や、
 支給品の譲渡とかで時間を消費していた六人。
 その最中に、ディメーンによる定時放送が始まる。
 定時放送が六時間とは知らされていなかった都合、
 各々が全員強く反応せざるを得なかった。

 放送によって出た死者は二割以上の参加者が散った。
 少なくとも六時間で、閉鎖的で身近な場所で死ぬ数としては異常な数だ。
 災害とかでもなければそうはならないであろう人数を前に
 多くの参加者が表情に影を落とすこととなる。
 無論、この病院の六人においても同じことだ。

(素直に喜ぶ、わけにはいかねえよな……)

 受け付けに身を潜め、人が来るのを警戒しながらひろしは静かに思う。
 病院にいる六人のうち二人、愛と可奈美は大事な仲間を亡くしている立場だ。
 ひろしの家族やしんのすけの友達は無事ではあるものの、素直に喜ぶことはできない。
 特に可奈美の場合は母親や、此処で出会ったばかりの仲間もいたというのだから余計に。

(年長者としてしっかりしねえとな。)

 小学生に中学生に高校生と、
 此処に集まったのは殆ど学生だ。
 ロックや可奈美は武術の経験者ではあるようだが、
 精神的には未熟な面もあるだろうし、唯一の大人として気を配りたい。

(皆で集まって今後の考えを決めねえとな。ロックにも言っておいたし……)

 近くに置かれた誰かのカルテットを一瞥しながら、
 少し時間が経って気持ちの整理がついたら今後の方針を決めることにする。
 此処に留まってるだけでは、自分の家族も守ることはできないのだから。



 ◇ ◇ ◇



 辺りを見渡せる病院の屋上。
 五階ともあれば周囲の建物よりも高く、
 血染めの空によって赤黒く染まった平安京が広く見渡せる。
 柵に腕を乗せながら、可奈美は辺獄の地を見渡していた。

「可奈美、大丈夫か?」

 屋上には辺りを見渡す可奈美と、
 ひろしに言われ彼女を探しに屋上へ姿を見せたロック。
 母親の美奈都については元々亡くなっている人物なので、
 真偽は分からないままになっただけなので思ってるほどのダメージはない。
 しかし親友の舞衣の死を改めて突き付けられ、殿を務めたフェザーも改めて宣言され、
 とどめと言わんばかりに与り知らぬ場所で、薫にフェザーの知り合いであるみりあと、
 ダメージが大きいのは可奈美であることは流石にロックも察しており、
 だからこそ自分が率先して可奈美を探していた。

「うん。私は大丈夫だから。」

 ロックの方へと振り向きながら、
 何処か苦笑気味な表情で可奈美は返す。
 そうは言うが、やはり可奈美は自分の感情を晒さない。
 都古に言われても、一朝一夕でその癖は治りはしない。
 潰れるまで、誰にも悟られないぐらい隠すのが得意なのだから。

「そう、か? だが無理はしないでくれ。
 俺や都古、それにひろし達もいる。言った方が楽になることもあるさ。」

 都古だったら見抜けていたかもしれないが、
 彼の育った環境は基本男所帯で女性の相手は余り得意ではない。
 都古に言われて多少は訝ってはいるものの、気づくことはできなかった。
 『ホントもうお兄ちゃんは乙女心が分かってない!』とどやされそうだと目を逸らす。
 年下の子供に説教されると言うのは中々に堪える。

「……殺しちゃったんだね、私。」

 振り返りながら胸に手を当てながら可奈美は呟く。
 可奈美が思うのは何も仲間だけではなかった。
 死亡者の中には先の戦いの相手の絶鬼もいる。
 名前を聞いて、自分がした行為に改めて理解する。
 刀使は荒魂を祓う為にその刃を振るう巫女、と言うのが本来の役目。
 しかし彼女は荒魂ではない存在を斬り伏せ、明確に殺めたのだと。

「あれは人にくくっていい奴じゃあない。
 それに、あれが説得できる相手でもない。仕方ねえさ。」

 彼女の観点から見ても、あれは人ではなく鬼だ。
 荒魂に近いし、荒魂と違って人の責任とかの埒外にある。
 彼の言うように仕方ないのもわかるし、一応の理解はしているつもりだ。
 放っておけば被害が出る。それは荒魂と同じことでもあると。

520決壊戦線─崩壊のカウントダウン─ ◆EPyDv9DKJs:2022/05/11(水) 04:31:30 ID:719/4zUE0
 一方で、彼を倒すきっかけは今まで一度だって思わなかった復讐心からくるもの。
 沙耶香と戦った際も斬るしかない状況で斬らないを選んだ彼女からは出なかった選択肢。
 荒魂は人の責任でもあり、憂うことはあっても荒魂を恨んだり憎むことはしなかった。
 最大の敵たるタギツヒメにも、特に恨みあると言った感情は持ち合わせてないのだから。
 絶鬼にはこちら側における非がなかったから、そうなったとも受け取れなくはない。
 とは言え、普段怒りといったマイナスな感情については彼女は殆ど表に出さず、
 少し謎になった気がしており、そこが少しばかりだが引っかかっていた。

 或いは。柳瀬舞衣の支給品の中に潜んでいた、
 『呪蝕の骸槍』と呼ばれるその槍が原因かもしれない。
 通常の支給品であれば、デイバックの中から何か干渉するのは不可能だ。
 干渉できるのであればアンナやバーリやーといったディメーンを介す必要のない、
 意志を持った支給品はもっと自動的に出てきたっておかしくはないのだから。
 しかしそれは世界の理の外の物質によって形成された槍。通常の代物とは大分存在が違う。
 普段は何も影響はないが、絶鬼の妖気に呼応し僅かに力が漏れ出た可能性は否定できない。
 もっとも、精神を蝕み終焉を迎えるとされる槍でもデイバックの中に潜んでいる以上は、
 手に取って使用し続けない限りは影響力は乏しいし、現に今の可奈美は正常な思考を持つ。
 あくまでいくつかの要因が重なった結果の偶然の産物、といったところだ。
 それが今後致命的な影響を与えることはないだろうし、
 そもその槍は現在別の人に渡っているので手持ちにない。

「ひろしから提案されたことなんだが、
 今後の方針を決める為改めて一階に集まることになってる───」



 ◇ ◇ ◇



 病院の二階の廊下。
 開けた窓へと腕を置きながら愛は空を眺める。

「せっつー……」

 普段明るい愛もまた、気落ちしたのが目に見えてわかる状態だ。
 彼女にとっては菜々ことせつ菜のライブが理由で同好会に加入しており、
 言うなれば愛にとってのアイドルのルーツたる存在。そんな彼女が殺された。
 楽観視してなかったと言えば嘘だ。出会った参加者は全員殺し合いに反抗する側。
 皆もそういう人物と一緒にいるだろう、そういう風に思ってたのだから。
 でもそうじゃなかった。ロック達の仲間だったフェザーも同じ結末を迎えた。
 それぞれの個を尊重し合う九人のアイドルと侑の存在が、虹ヶ咲スクールアイドル同好会。
 悪い言い方をすれば、十人でなくても成立すると言えば成立するものの、
 イコール今後も同好会は九人でやっていける、そういうわけではない。
 彼女の死を、そんな軽い風に扱うなんてこと絶対にしたくない。

「宮下お姉ちゃん、大丈夫?」

 仲間にすら殆ど悟られなかった可奈美に気付いた都古なら、
 別に隠してるわけでもない相手であれば容易に察せられる。

「みゃーこ……あんまり大丈夫じゃないけど、
 愛さんだけが落ち込むのは、ちょっとよくないなぁって。
 ほら、暗いのって伝播しちゃうから。愛さんは避けたいんだよね。」

 ただでさえ状況は良くない。
 脱落者がこれだけいると言うことはそれだけ乗った参加者、
 或いはそれらを殺せるだけの実力を持った参加者がいることになる。
 気落ちした状態ではいい案も浮かばなくなるし、何より愛らしくないと。
 流れ出してきた涙を拭いながら、少し不格好な笑顔で返す。

「後で思いっきり泣くから、今だけは待ったかけてるって言うか。」

 宮下愛はかなり器用な人間だ。
 いかにも現代ギャルっぽい見た目ではあるが、
 成績もよければ運動神経もよく、それでいて気配りもできる。
 人を明るくさせることが得意な彼女だけに、周りを暗くしたくもない。
 加えて可奈美程背負い込まないので、遠慮なくその辺を吐露できる。
 そういう意味だと彼女はこの中でも特にできた人間だろう。

「私達がいるから、宮下お姉ちゃんも無理しないでね?」

521決壊戦線─崩壊のカウントダウン─ ◆EPyDv9DKJs:2022/05/11(水) 04:32:48 ID:719/4zUE0
「うんうん、みゃーこには遠慮なく言うから。」

 笑顔と共に愛は都古の頭を撫でる。
 妹ができたみたいで少し微笑ましく感じる。
 それを少し離れた廊下の先から洸が眺めていた。
 お人好しな連中ばかりで、どうにも居心地が悪い。
 彼がいた場所と言えば性格のねじれ曲がった連中ばかりだ。
 ろくな連中がいなかったし、洸もそのろくでなしに分類される。
 春花がいない以上、他の相手がどうなろうと興味のないことだ。

「とりあえず、今後の方針も決めたいし他の人を呼びませんか?
 ロックさんも落ち着いたら一階へ行くように言ってましたし。」

「そうだね。かなみんとろっきゅーは上だからちょっと待つかな。」

 各々がそれぞれ気持ちの整理、或いは次の行動の為の考えた時間。





 それが六人が病院にてできた、最後の平穏な時間だ。
 終わりを告げる死神の鎌は誰にも慈悲を与えることはない。

「フェザーさん!」

 屋上の可奈美へと向けて禍々しい紫色の靄を放つ剣が複数飛来。
 庇うように背後にいたロックを突き飛ばしながら倒れる。

「伏せろッ!!」

 二階から眺めた外にいた人影に気付き、咄嗟に洸が叫ぶ。
 ほぼ同時に、二階の窓ガラスを突き破る大量の弾丸と共に二人も屈む。
 ガラスのシャワーが降り注ぐが、弾丸を受けるよりはましな軽傷で済む。
 多数の弾痕が病院の清潔そうな白い壁へ無数のひびを入れていく。

「な───」

 入り口の自動ドアなど開く間もない速度でぶち破る闖入者。
 咄嗟の事で判断が遅れるが、カウンター越しに銃を構える。
 車とかの運転による事故とかでもないのに普通に入らない相手を、
 殺し合いに乗ってない相手とは思うことなどなくその引き金を引く。
 こんな入り方をする奴が、銃の一発でも止まらないとは思いながらも。
 いや、寧ろそう思えたからこそ引き金が軽かったかもしれない。

「今、下の方でも二つ音がしなかったか!?」

 屋上では弾丸のように飛んできた剣をなんとか凌ぐ二人。
 屋上と言う広々とした場所なのもあって気付くのは早かったお陰で、
 特に負傷らしい負傷もないまま二人は体勢を立て直す。

「うん。多分ひろしさんの銃声から玄関と、
 下の駐車場にもう一人いるから多分だけど、下は二人組だよ。」

 地上を見やれば人の姿は見えるが、
 問題は今飛んできた剣はその人の方角とは別方向。
 別の襲撃者がいると言うことに他ならない。

「ロックさんは下の方の人をお願い! 今攻撃してきた人は、私が戦うから!」

 此処で戦力となる可奈美とロックの双方が此処にいては、
 三人の敵の内二人が都古とひろしに、しかも洸や愛を守らなければならない。
 負担が大きすぎるので、各自一人は相手にすることになる。

「OK……だが別の敵ってことは、共謀してない可能性もある。
 だから不利になったらこっちに引きつけて、同士討ちを狙うのも手だ。」

「うん! 分かってる!」

 五、六階はあると流石に飛び降りるには高すぎるし、
 仮に出来たところでその着地の際に攻撃されてしまう。
 もどかしくもあるがロックは素直に階段を降りて、
 残された可奈美は孫六兼元を抜いて迅移と共に逆に飛び降りた。
 着地の隙を狙われる部分も、彼女なら八幡力と写シで軽微に済む。
 剣の飛んできた方角へと向かえば、その相手の姿を即座に捉える。

「あら、また刀を持った子なの?」

 可奈美達を襲い、そこにいたのは───幽鬼アナムネシス。



 ◇ ◇ ◇



 二階にいた三人は状況的に他のメンバーよりましな状況だ。
 咄嗟に洸が叫んだお陰で、多少ガラス片で傷を受けたが致命傷には程遠い。

「サ、サンキューみっつん。愛さんもちょっとやばかった。」

 頬に絆創膏を貼って、二人にもそれを分け合う。
 屈んだまま三人は集合して状況の確認をする。

522決壊戦線─崩壊のカウントダウン─ ◆EPyDv9DKJs:2022/05/11(水) 04:33:18 ID:719/4zUE0
「病院の外の駐車場から相手は撃ってたから、
 多分相手はそんなに遠くにはいないはずです。
 今なら屈みながら移動すれば、背後から狙えるかも。」

「でも一階からも銃声したし、
 野原のおじさんも敵と戦ってるなら私が行かないと!」

 ロック達が降りてくるまでの時間稼ぎ、
 あわよくば相手を倒すことを目的とするなら、
 遠回りしてる時間はないと都古が拳を握り締める。

(確かにゆっくり移動してる間にあの人が殺されて、
 二対一になったらまずい。だったら行かせるべきか。)

「だったらこれ。」

 洸がデイバックから出したのは傘。
 桃色で貴族が使いそうな傘ではあるが、
 当然ながらこの状況で使う傘。まともなものではない。

「頑丈らしいから、これと一緒に飛び降りれば速攻で降りれると思う。」

 洸のこの行動は別に情が移ったとかではない。
 彼が求めるのは最終的には野咲春花、ただ一人だけ。
 そこは変わらないし、この行動もあくまで最適だからするだけ。
 此処には六人と大所帯だが、お世辞にも戦力がいいとは言えない。
 自分と愛は戦力外。武器を持ってるひろしは確かに銃はあれども基本は一般人。
 更に可奈美、ロック、都古の三人は全員少なからずダメージを受けている。
 万全なコンディションとは言えないし、このお人好し達は守る戦いをするはず。
 だったらなおの事十全に戦ってもらわなければこちらの生存が危うくなる。
 洸が主催の考えを読み取れるほど、聡明な人物ではないものの多少は察しが付く。
 絶鬼のような参加者は他にもいる。だったらそういう連中を減らす方が優先される。
 だから自分が持っていても無意味だと判断して、それを渡しておく。

「君も戦えるって言うなら、多分二階から降りるぐらいは大丈夫───」

「ありがとう洸お兄ちゃん! 行ってくる!」

 言われるや否や、即座に傘を手にして開きながら飛び降りる。
 地上から大量の弾丸が迫るが、それを傘で悉く防いでいく。
 特注の日傘ではあるが、何を想定しての日傘なのか。
 持っていた洸でもそこについての判断は付かない。
 紅の吸血鬼の考えることは、従者や友人でもよくわからないのだから。

 二人が彼女の姿を軽く眺めていると、
 上の階からロックが階段を一気に飛び降りて二階にまで降りる。
 そのまま一階も……と思ったが流石に二階に散乱した窓ガラスと、
 残された二人に足を止めざるを得なかった。

「大丈夫か!?」

「俺達は大丈夫です。そっちの連れがもう一人と戦ってるので。」

 視線を外へと向ければ、
 銃弾を躱しながら戦う都古の姿が見えた。
 一先ず実力伯仲のようなので、まだ大事ないのが救いか。
 とは言え早急にひろしが戦ってる相手を何とかしなければ、
 分散された戦力で何かが起きては手遅れだ。

「俺はひろしの所へ行ってくる! 都古のこと、頼んだぞ!
 それともう一人敵がいるが、そっちは可奈美に任せてある!」

 ひろしが一人で戦っていることは明白で、
 急いで階段を駆け下りて行く。

「かなみんも敵と戦ってるならみっつん、みゃーこの援護しに行くよ!」

 ロックの方は援護は難しいだろう。
 一階で銃声が何度も鳴ってまだ行動不能にできていない。
 と言うことは、人の力では到底及ばない強さがある。
 そんな相手に自分達が挑むのは無謀ではあることは分かっており、
 まだ互角の戦いをしている都古を助けて、そこから行動を起こす。
 その方が効率的で、学力の高い愛らしい頭の回転率を誇る。

「服にガラス片が入ったから、少し遅れます。」

 愛と違って洸は冬の田舎から此処へ来ている。
 必然的に厚着であり、簡単には取れないのは納得だ。
 『じゃあ後で!』と言いながら愛はガラス片を払い一階へと向かう。
 一人二階に残された洸は静かに思考する。ガラスが入ったと言うのは嘘だ。

(潮時か。)

 最早この病院周辺は激戦区だ。
 先ほどは可奈美もいるからと傘を渡した。
 しかし敵の数は三人、戦力も分散されてる。
 全員が全員勝利を手にするとは思わない。
 手にしたと思えば残った奴の追撃だってありうる。
 そうなったら後はドミノ倒しの如く掃討される未来だ。
 今なら自分をマークする敵はいない。逃げるとしては十分なチャンス。
 自分が無力な参加者であることを考えれば、この先彼らの知り合いに出会っても、
 それを責められることはないだろう。普通の人間なら銃弾だって十分怖いのだから。

523決壊戦線─崩壊のカウントダウン─ ◆EPyDv9DKJs:2022/05/11(水) 04:33:46 ID:719/4zUE0
「……」





(向こうも便利な傘があったか。)

 弾丸が防がれたことで、完全者も無駄撃ちはすぐにやめた。
 傘から出てきたところを撃つも、軽やかな身のこなしは中々当たらない。
 神楽の番傘であって魔剣ダインスレイブではないので仕方ないことだが。
 下手に狙い続けていては反動で動けないところを狙われる。
 素直に撃つのをやめて、銃口を下ろす。

「何だ、またガキか。」

「そっちだってあんまり変わらないでしょ!」

 美炎はまだいいとして沙都子に彼女と、
 小学生の参加者と連続で敵対して思わずつぶやく。
 一方で完全者も外見上は余り年が違うとは感じられず、
 子供相手に子供と呼ばれたくはなかった。

「見た目で判断するな、と言いたいがそれは互いに同じか?」

「子供だからと言って甘く見ないでよね!
 私のコンフーでやっつけちゃうんだから!」



 ◇ ◇ ◇



「ひろし! 無事か!?」

 一階の受付は随分と酷いありさまだ。
 弾痕や破壊の跡が至る所にあり、
 受付待ちの椅子は軒並み使い物にならない。
 その窓口も破壊されており、台風の痕のようだ。

「あ、ああ! ちょっと怪我はしたけど無事だ!」

 残骸の隙間からひろしが這い出て、
 壁に穴の開いた別室の方へと銃を向ける。
 相手が突進するような動きの攻撃だけをしてきていたお陰で、
 様々な巨悪と戦い続けてきたひろしなら、辛うじてでも避けることができた。
 いくらかとんだ破片で頭を打ってはいるものの、死に至ることはない。

「こいつが敵───え。」

 煙の向こうから壁に手をかけ姿を見せたのは、よく知った顔だ。
 疎遠ではあったものの、忘れることのない存在。
 十年前の姿と、何一つ変わっていないその姿。

「嘘、だろ……!?」

「───ほう。随分とでかくなったようだな。」

 出てきたのはギース・ハワード。
 ロック・ハワードとギース・ハワード。
 二度と会うことのなかった存在は、辺獄の舞台で邂逅を果たす。





 六時間以上戦いの舞台にはならなかった病院。
 安寧の病院は今この時を以って決壊し、戦場の舞台となる。

524 ◆EPyDv9DKJs:2022/05/11(水) 04:34:36 ID:719/4zUE0
短いですが一旦投下終了です
少し長丁場になりますが、何卒宜しくお願い致します。

525決壊戦線─もう迷わない─ ◆EPyDv9DKJs:2022/05/11(水) 12:17:09 ID:719/4zUE0
投下します

526決壊戦線─もう迷わない─ ◆EPyDv9DKJs:2022/05/11(水) 12:19:15 ID:719/4zUE0
 アナムネシスの飛ばす剣は緩いがホーミング機能もある。
 なのでアウトレンジからでも当たると思っていたし隙もあったが、
 あっさりと避けられ、残った一人も即座に降りてくるとは思わなかった。
 もう一人が階段を律儀に使ってたので代行者程の強さはないと、
 勝手に思い込んだことを軽く反省しておく。

「刀……誰と戦ったの?」

「クリーム色の制服を着た銀髪の子よ。
 貴女よりも小柄な子で、とても素早かったわ。」

「!」

 母と仲間の死の連鎖の中、
 漸くだが知り合いの情報が手に入った。
 その条件であれば、間違いなく沙耶香になる。
 放送で呼ばれてないのを見るに彼女が生きてることも分かるし、
 御刀を持っていることも把握できて安堵の息を吐く。

「お友達の情報料として聞くけど、
 貴女は幡田零って子を見なかったかしら?
 その子と同じ銀色の髪をした女の子だけど。」

「知らない。もし知ってても、私は教えられないよ。」

 会話の内容から絶鬼同様、乗った側の存在。
 敵対する幡田零がどのような人物かは知らないが、
 少なくとも襲ってくる以上彼女が敵であることは変わらない。

「あら、そう。じゃあ貴女に聞くことは何もないわ。」

 アナムネシスとしてはこれだけ多くの参加者が短時間で減った。
 つまり、魂を集められる総量が減っているということに他ならない。
 アーナスによって阻まれたこともあって誰一人として殺せていない現状、
 そろそろ一人ぐらいはと考えているが、同時に引っ掛かるところがある。

 恵羽千。
 知らない名前だが、何故だか引っかかった。
 だが既に彼女は何処かで死んだ。今となっては考える意味はないと振り払う。

「悲劇の開園としましょう。」

 赤黒い魔法陣を足元に展開し、紫の剣を大量に飛ばす。
 軽いとは言えホーミングする剣であるため生き物のように迫るが、
 可奈美は逃げるを選ばない。肉薄して、当たりそうな攻撃だけを弾きながら迫る。

(冷静に対処すれば!)

 代行者の力で底上げされた零が走ってれば当たることはない攻撃を、
 御刀が違うため力が落ちてると言えども、刀使が避けれぬわけではない。
 多数飛び交う剣の弾幕ではあるもののアナムネシスの後方で一度広がる都合、
 攻撃のラグがある。軌道を読むことは二度しか目にせずともそこまで難しくなかった。
 軌道から逸れた剣は放置し、残った奴を御刀で弾いてからの肉薄。

「ッ!」

 首を狙える間合いに入るがワープで後方へと移動。
 太刀筋が零たちと違い洗練されていて当たるかと思ったものの、
 僅かながらの隙によって攻撃の手が止まって成立はしない。
 アナムネシスが疑問に思っていると、すぐさま距離を詰めにかかる可奈美。

(……まさかと思うけど、この子。)

 気にはなりながらも迎撃の為、
 周囲の地面から紫色の槍が天を衝く。
 写シがあれどまだ剥がれるわけにはいかない。
 すぐさまバックステップで距離を取るも、
 転移からアナムネシスの姿が消える。

「ッ!」

 すぐさま背後を警戒しながら振り返り、
 振り向きざまに孫六兼元とメガリスロッドがぶつかり合う。

「貴女、ひょっとしてそんなものを持ちながら人を殺せないのかしら。」

「ッ!」

 零や小衣と、彼女は数々の恨みを買っている。
 だから殺意と言う物にもある程度の理解があるが、
 可奈美からは二人のような殺意を余り感じなかった。
 一人殺せば二人目も同じこと、なんて可奈美は考えない。
 吹き飛ばすかのような勢いで押し返し、空中から黒紫の刃が生成され可奈美を狙う。
 押し返された反動を利用して距離を取ることで難なく回避から肉薄するも、
 今度はアナムネシスはノーガードの構えに思わずブレーキをかけてしまう。
 動きが止まった瞬間を、アナムネシスは手を薙ぎ払って吹き飛ばす。

「アグッ!」

527決壊戦線─もう迷わない─ ◆EPyDv9DKJs:2022/05/11(水) 12:20:52 ID:719/4zUE0
 女性の薙ぎ払いとしては余りに威力が違うそれに、
 地面を数度転がりながら勢いで立ち上がり、すぐさま距離を取る。
 彼女が転がっていた場所は剣が何本も突き刺さっており、
 復帰していなければかなり危うかったことが察せられる。
 そのまま迅移で迫るが、またしても相手は回避行動をとらず、
 自分から攻撃を当てないようにと距離を離してしまう。

「随分甘いのね。貴女のお友達は遠慮がなかったけど。」

 絶鬼と言う親友の仇の存在に加え、
 それに伴う呪蝕の骸槍の干渉がなくなった今、
 残念ながら絶鬼の時ほどの苛烈な行動力は彼女にはなかった。
 ロックやフェザーと、異能に近しいものを使った仲間を見た影響もあり、
 幽鬼と知らない以上は彼女の視点からアナムネシスは人にしか見えない。
 嘗ての姫和であったならば此処は迷わず斬れていたのだろうが、
 彼女の剣は人を殺す為のものではなく荒魂を祓う為のもの。
 その考えが、本来卓越した刀使の刃を鈍らせている。

「まあいいわ。その方が都合がいいもの。」

 行動不能に追い込むにしても、これだけ特異な力を有してる相手を、
 どのような手段で拘束すれば大丈夫か? 普通に無理だ。斬る以外の選択肢はない。
 いつまでも迷い続ければ大事なものを取りこぼす。優しさと甘さは違う。
 迷いに迷った剣なんて、魂のこもってない剣と同じ。何も斬れやしない。

『焦燥に駆られている……顔にそう書いてあるぞ。』

 白服の男、名前は知らないがカインにも言われていた。
 あの時は姫和のことではあったが、また言われたような気がしてならない。
 いや、寧ろ舞衣達の死もあって余計にその刃に迷いがあるのだろうと。

(迷ってるなら───)

 一度距離を取りながら、可奈美は別の刃を手にする。
 孫六兼元を手にしてからは抜くことをしなかったもう一つの剣を。

「二刀流?」

 しかし、可奈美が取ったのは攻めの行動ではなく、
 その手にした刃を使って、自分の右手首を斬りつける。
 彼女の肌を裂いて、軽い出血を起こす。

「ッ……こ、これ切れ味悪いのかな。すごく痛い。」

 写シをやめてからした都合ダメージは伝わってる。
 顔をしかめてる様子に震えた声からそれなりの痛みのようだ。

「貴女、何をしているの?」

 突然の自傷行為。
 思いもよらぬ行動を前に、
 攻め時であるはずの状況で尋ねてしまう。
 その間に、可奈美も包帯で簡素に止血をしておく。

「戒め、みたいなものかな。」

「戒め?」

「迷った剣じゃ、何も守れないから。」

 白楼剣は迷いを絶つ剣。
 その言葉を信じて自分を斬りつけた。
 斬った後は心なしか身体が軽く感じる。
 プラシーボ効果かどうかは定かではない。
 魂魄家の者のみがその力を行使できるが、
 その理由も定義も何もかもが定かではない為、
 この殺し合いにおいてしっかりと発揮してるかも不明。
 だが、いつまでも躊躇い続ける自分には大事な一歩となるだろうと。
 白楼剣を鞘へと収めながら、再び孫六兼元を両手に握りしめる。
 刀使としての意志を貫き続けることよりも、仲間の為に彼女は戦う。

「私は迷わない。戦うべき相手だったら、真っすぐに刃を振るうよ!」

「……不快ね、今の刀。」

 白楼剣は人間に対しては酷くなまくらな刀に過ぎないが、
 幽霊を斬れば幽霊の迷いを絶つ、即ち成仏させる効果がある。
 幽鬼であるアナムネシスにとっては下手をすれば最悪即死する天敵に等しい存在。
 直感に近いがその刀に対して嫌悪感が強まりながら剣の弾幕を飛ばしていく。
 大量に展開された攻撃の波が可奈美へと押し寄せていく。

「行くよ、舞衣ちゃん!」

 絶鬼の時のように舞衣は答えないが、
 孫六兼元は彼女の御刀であり彼女の形見だ。
 だから彼女と共にあると思い写シを張りながら迅移。
 今度は無数に迫った攻撃を機敏に躱していき、
 狙いがしっかり定まった攻撃も丁寧に弾かれる。
 迷いを絶ったから、とでも言わんばかりに。

(彼女程ではないけど、少なくともさっきより動きがいい!)

 そのまま低い姿勢で接近されてからの逆袈裟の切り上げ。
 先程よりもはるかに洗練された動きによって回避が僅かに遅れ、
 ゴシックな服に切れ目と赤い筋を刻むことに成功する、
 軽傷ではあるが、少なくとも今までとは違うことへの証左となる。

528決壊戦線─もう迷わない─ ◆EPyDv9DKJs:2022/05/11(水) 12:21:32 ID:719/4zUE0
「でも駄目ね。」

 バックステップと同時に再びホーミング機能を持った剣の弾幕。
 さっきまでは普段通りだったが、今度はメガリスロッドを掲げての攻撃。
 弾幕の数は先程よりも増加した攻撃に可奈美も横へ飛ぶように走りつつ、
 追いつかれたものについては弾くも、大半が彼女の写シを僅かにでも削っていく。

「クッ!」

 迷いを絶ったところで限度はあった。
 どうあがいても埋めようがない差と言う物はある。
 単純な話、彼女が持っている御刀が千鳥ではないから。
 沙耶香は自分の御刀である妙法村正を用いて戦って、
 それでもなおアナムネシスを制することはできなかった。
 沙耶香は本来の未来でタギツヒメとの戦いで舞衣、薫、エレンが脱落する中、
 可奈美と姫和の二人に途中までと言えども一人だけ残れた程の迅移の使い手。
 御刀が千鳥ではないことで力が落ちている状態にある可奈美が、
 全力の沙耶香を超えてアナムネシスに勝てるわけがない。
 しかもメガリスロッドと言う沙耶香の時以上の武装もしている。
 写シを剥がされてないお陰で致命傷は避けてはいるものの、
 どうあがいても時間の問題だ。ロックの言ったように逃げて同士討ちも、
 失敗すれば敵が増えた状態で追い詰められるだけになりかねない。

(距離を離すわけにはいかないけど、近づけない!)

 近くの塀を文字通りの壁にして移動しつつ、なるべくやり過ごしていく。
 だがすぐに壁は砕かれていき、貫通してきた剣を弾き飛ばす。
 ギリギリ戦いとして成立させることができてるのは可奈美の観察眼、
 その場その場で戦術を組み立てることができる柳生新陰流の特徴、
 これらを成立させる彼女の優れた能力と言う、殆ど自力によるもの。
 成立と言っても、数字で言えばどれだけ贔屓目で見たとしても八対二、
 詰みに等しい相手であることには変わりはなかった。

「まだ、やれるよ!」

 だからどうしたと言うのか。
 此処で自分が逃げればロック達はどうなる。
 無理だとか無駄だとか、そういうことは関係ない。
 ないものねだりをしてる場合ではない。今ある最大戦力で、
 彼女を倒す、或いは食い止める以外に勝つことはできない。
 今にも剥がれそうな写シであっても後退をせずに思いっきり接近する。

(捨て身の動き、少し気をつけた方がいいようね。)

 アナムネシスの基本戦術は設置や飛び道具と言った、
 オーソドックスなアウトレンジからの射撃が基本だ。
 近づかれなければどうと言うことはないもののの、
 近づかれたら痛い目を見るのは零達との戦いで経験している。
 相手がいくら沙耶香以下の実力だとしても油断してれば、
 先ほどのよりも痛い目を見る可能性だって否定できない。

 間合いに入った瞬間に逃げるように距離を取り、再び弾幕。
 それをいなしながら、再び距離を詰めると言う変わらない展開。
 変わりがあるなら可奈美の写シが段々と剥がれているぐらいだろうか。

「お友達もだけど、傷が傷になってないのはどういうことかしらね!」

 かすり傷でも軽く十数回は当てたのに出血らしい出血がなかった。
 あるなら肩の傷だが、それは修平達のもので彼女によるではない。
 さっきから視覚的なダメージが感じられないのは厄介と。

「こっちも同じだよ! 教えられない!」

 余裕の笑みを浮かべながら迫っているが、殆どやせ我慢だ。
 傷はなくとも痛みはある程度は伴うし、写シの性能も劣化している。
 じわじわと消耗していることに変わりはない。

「別にいいわ。限度があることは知ってるから。」

 ダメージが常に通らないのであれば、
 沙耶香に傷がつくことは絶対になかった。
 その隙を狙って一撃をくれてやればいい。

「はあああああッ!」

 最後の剣を弾いて、訪れた刀の間合い。
 この瞬間で仕留めなければならない。その意志を以って刃を振るう。
 此処からの回避に合わせた行動も脳内でシュミレートしており、
 十全にできるかどうかはともかくとして、ある程度の対応を考える。

「愚かね。」

 だが此処でワープによる転移をせず、
 アナムネシスがまだ一度も見せてなかった、
 千の投影散華を彷彿とさせる周囲に剣の展開。
 突如として出てきたそれに対応が遅れ、胴体を貫かれる。
 刺さったまま写シを解除してしまうと傷は残ってしまう。
 すぐさま距離を取って大事には至らなかったが写シが剥がれ、
 膝ががくりと地についてしまい、疲労も襲ってくる。

「もう限界かしら。」

 沙耶香よりも負傷は軽いが、息を荒げて身体も震えている。
 かなり無理をしていることが手に取るように分かった。
 可奈美には現状打開できる手段は存在しない。
 刀使としての戦い方も力不足で通じても限度はある。
 可奈美の敗北は、確実なものにしかならなかった。

529決壊戦線─もう迷わない─ ◆EPyDv9DKJs:2022/05/11(水) 12:22:20 ID:719/4zUE0
「ま、まだ……!」

 歯を食いしばり、震えながら可奈美は立ち上がる。
 写シを再度張れるようになるにはまだ時間がかかる。
 だから此処からは当たること自体が許されない戦いだ。
 さっきのような写シに物を言わせてのごり押しはできない。
 でも、どうやってそれで戦うのか。あらゆる型へと至れる、
 無形の位の構えを取りながらできうる限りの対策を考えこむ。

「仲間の所へ逃げるべきじゃないの、此処は。
 そうすれば、私も追わないかもしれないけれど。」

 そうは言うが、遠くから聞こえる戦火の音色。
 気にする余裕はなかったがひろしの悲鳴もあった。
 ロックか都古か、あるいは両方はまだ戦ってるとみていい。
 そんな選択肢をすればどうなるかなど、最早考えるまでもなかった。

「じゃあ、さようなら。」

 とどめを刺さんとメガリスロッドを空へを掲げ、

「ッ!?」

 背中に届いた僅かな痛みに攻撃の手を止めざるを得ない。
 痛みの原因となる背中に突き刺さったものを引き抜きながら、それを握りつぶす。
 下手人の姿を見ずとも、それが誰のものか即座に分かった。
 突き刺さっているのは───翼のような矢なのだから。

「ッ……ニアミスってこういうことを言うのね───」

 ギリッ歯に力を籠め、苛立った様子が伺える。
 可奈美の反対側に立つのは精錬だからの白ではなく、乾ききった白き代行者。
 天の使いとも思えそうなその姿には余りに似合わぬ暗い表情。
 暗い表情の中に灯るのは、情熱的な敵意と憎悪の眼差し。

「───幡田零ッ!!」





 あれからずっと逃げるように零は走り続けていた。
 その最中、放送で彼女の名前を知る者は少なくとも三名が告げられた。
 一人は最初に出会った名前も知らない男、修平が告げた名前と同じ琴美。
 彼女についてはわからない。善良な彼女であることは確かなので、
 騙されたりしたか、それとも理不尽に抗おうとして散っていったのか。
 分かることは一つ。彼女が亡くなった今や彼は明確に乗るだろう。
 同じ理由で伯爵の為なら遠慮はしないだろう、マネーラも同じことだ。

「千さん……」

 恵羽千。
 自分の信じる正義のために、戦い続けた先の結果なのだろうと察しが付く。
 共に戦った仲間が死んだにしては/懸念してたことが杞憂に終わったにしては、
 妹が狙われず心のどこかで何処か安心感を/ひどく胸に痛みを感じていた。
 涙は流れない。流したくても流れないかもしれないが、
 それが単純にひび割れた器だからか、冷たくなったのか。
 どちらにせよ、そんな風に考えてしまう自分を嫌悪したくなる。
 招かれた時期の都合、元来の人間性すらすり減りつつある中で、
 まだそう言った感情が残ってることが救いなのは皮肉だろうか。

(……)

 それだけでは終わらない。
 名簿には死者が取り除かれた、
 生存者だけの名簿も追加されていてを見ながら零は思う。
 名前を呼ばれなかったからこそ分かることもある。
 あかり達の善良な人間から、トッペイ等の危険な存在。
 様々な生存者がいることも分かるが、さほど重要ではない。

 幡田みらいはまだ生きているのだと。
 喜ばしいことだが、緑郎が蒔いた悪意の種を成長させる材料になる。
 彼女が生きてるのは、誰かに守られてるから無事なのではなく、
 幽鬼だから身を守ることが自分自身でできているのではないかと。

 不安は何処までも大きくなっていく。
 真実はどうなのか。知りたいようで知りたくない。
 たとえ幽鬼であってもみらいをヨミガエリさせる目的は変わらないが、
 知ってしまったとき、今でさえ不安定なのに正気でいられる自信はない。

(───誰かが戦ってる?)

 逃げてる途中、病院から轟音に気付き向かってるその途中。
 別の音を聞き駆けつけた場所。そこに立ってるのは、忘れるはずのない存在。
 距離があったのもあって剣は使えなかったが、迷わずその背へと翼の弾丸を叩き込んだ。

「まさか、最初に会えた知り合いがあなたとは思いませんでした……アナムネシス!!」

 全ての元凶。
 辺獄を駆け抜けることとなった発端。
 妹を『殺させた』相手を前に、涙は流れなくなった心でも感情は動く。

「意外と控えめな攻撃をしたのね。
 貴女なら遠慮せず撃ってたはずだけど、
 今更になって他人を思いやる気でも起きたの?」

530決壊戦線─もう迷わない─ ◆EPyDv9DKJs:2022/05/11(水) 12:23:33 ID:719/4zUE0
 アナムネシスの言う通り、
 妹を狙う諸悪の根源と認識してる零にとって、
 彼女相手ならばもっと、無差別に攻撃してもいいものだ。
 出来なかったのは彼女と敵対してる可奈美が射線にいたからか。
 本来なら巻き添えでも連射するべきところだったが、できなかった。
 敵対してるのであれば高確率で彼女はあかり達と同じ殺し合いに抗う側。
 彼女達の存在がチラついてしまい、それに躊躇いが生じていた。
 出会わなければ、きっと躊躇せず巻き添えにしていたはずなのに。

「彼女に利用価値があるから? おおよそ、妹の為の贄でしょう?」

「貴女に言われたくありません。」

 妹に拘っていた彼女が、
 妹を生かすための行動なのは察する。
 みらいを殺させた奴にだけは言われたくない。
 黙らせるように一気に迫って思装とは別の武器、オチェアーノの剣を振るう。
 シンプルな攻撃であったために、近くの家屋の屋根へ転移して特にダメージはない。

「協力してください。」

 後で敵対するであろう相手と関わるのは本意ではないが、
 彼女を一人で倒すのは至難なのは痛いほどわかっていること。
 素直に可奈美へと駆け寄って共闘を持ちかけることにする。

「うん、分かった。でも私はあんまり役に立てないかも。」

 弱気になってると言うよりは、率直な感想。
 本来の刀使の力が引き出せない現状を考えれば、
 常人なら容易な存在でも荒魂のような超常的な存在には分が悪い。
 諦めない前向きなのが可奈美だが、だからと言って何も見えてない無謀に非ず。

「……分かりました。それなら、合間合間のサポートをお願いします。」

「それなら任せて。私衛藤可奈美。幡田さんでいいんだよね?」

「は、はい。」

 小衣とは違うが暗さを感じさせないその物言いは、
 少しばかり自分のペースを崩される感じがして反応に困る。
 即座に気持ちを切り替え、屋根にいるアナムネシスへと翼の弾丸を放つ。
 先ほどのフェザーエッジと違い弾丸は一発だけのネイルフェザー。
 とは言え相手はアナムネシス。背後で隙があったならまだしも、
 正面から攻撃しては容易く弾かれてしまう。

「そこっ!」

 弾丸と共に屋根へと移動した可奈美による袈裟斬り。
 弾いた際の勢いのまま杖を振るって迎撃するも、
 御刀を挟まれて軽く後退するだけに留まり、屋根からも落ちない。

「無駄よ。貴女じゃ敵にもならな───」

「風よ、逆巻け!」

 地面からの竜巻に、空へと打ち上げられるアナムネシス。
 可奈美に注視した隙をついて、零が竜巻を彼女の足元に発生させていた。
 勿論可奈美とは初めて共闘するので連携も何もないのだが、
 代行者に近しい速度で動く以外は基本が刀一辺倒であり、
 その点は千に近い連携の取り方をすることで割と馴染む。
 空中を舞うアナムネシスにはこうなることを知った零だけが追走。
 アナムネシスを超えて空からオチェアーノの剣を振り下ろす。

「揃いも揃って、不愉快な武器ばかり使うわね!!」

 邪悪な魂を葬ると言われているオチェアーノの剣もまた、
 ある種の天敵であり揃って気分を害する武器に顔をしかめる。
 アイマスクをした状態なので、表情など分かるはずもないが。
 打ち上げられたもののすぐに姿勢を整えて攻撃を防ぎ、
 反動を利用してそのまま地上へと降りれば着地点を予測して、
 既に移動していた可奈美の右薙ぎがお見舞いされるがこれも杖で防いで、
 逆袈裟をステップで回避、そのまま踏み込んでの袈裟斬りを、
 地面から柱のような刃を出すことで躊躇わせる。

「ハァッ!」

 宙からの零による一撃をもう一度防ぐが、
 今度は地面にいる都合、反動で身動きが僅かに鈍る。
 そこへすかさず可奈美が肉薄するも、所詮は僅かな隙。
 劣化した迅移では先に後ろへと転移して逃げられてしまう。
 またしても攻撃は空振りに終わる───と思われていたが。

「!」

 移動ではなく転移、それはいわば消えたに等しい。
 だからどの位置へ移動してるのを視覚で判断は至難。
 故に、アナムネシスは驚かざるを得なかった。

(当たった!)

531決壊戦線─もう迷わない─ ◆EPyDv9DKJs:2022/05/11(水) 12:24:11 ID:719/4zUE0
 何故、転移した場所の近くに可奈美がいるのか。
 彼女にとってもアナムネシスの正確な転移の場所を確定はできない。
 残念ながら龍眼は持ってないし、持ってても劣化しては難しいだろう。
 ただ、全体的に彼女はアウトレンジから飛び道具を使っての戦術が強く、
 そうなれば必然的に自分が把握してる位置、後方への転移を選ぶのではないか。
 若干、と言うよりかなり分が悪い賭けではあったものの、その考えは運よく成功する。
 ……もっとも、アナムネシスは先程背後から撃たれると言う失態を犯した。
 飛び道具が当たりやすい高所を陣取ってしまうのを忌避していたという、
 偶然ながらも背後のみを重視したのには一応の理由があったりはする。
 唯一例外は、前後に敵がいた零の二度目の攻撃の時だけだ。
 若干の予想の位置をずれていたが、それでも脇腹目掛けた突きを狙う。

「それで勝ち誇るの?」

 しかし可奈美は知っているはずだ。周囲に剣を展開する攻撃を。
 どれだけ近づいたところで、距離を否応なく離されてしまう。
 アナムネシスは近づいたら近づいたで厄介な手を使ってくる。
 しかもまだ写シはできてない。当たれば負傷を免れない。

「な!?」

 姿勢を極めて低くすることで、頭部を掠め髪を散らすだけに留まる。
 彼女の流派は柳生新陰流だが、何よりも超がつく程の剣術オタクだ。
 大抵の流派に精通しており、故にそれ以外の動きもやろうと思えばできる。
 この低い姿勢から放たれるのは、以前可奈美が戦った燕結芽が使った三段突き。
 怒涛の突きがアナムネシスへと襲い掛かる。

「グッ、アッ!」

 転移から無理矢理バックステップをしたことで、
 切っ先が喉、胸、腹に軽く刺さった程度で済まされる。
 流石の彼女も冷や汗ものであったが、なんとかしのいだ。
 今ので仕留めきれなかったことは可奈美達には厄介なことだった。
 あんな不意打ち、そう何度も通用するものではない。
 千載一遇とも言えるチャンスを逃してしまう。

「……彼女が死んだから次はこの子を利用する。
 妹の為に、本当になりふり構ってられないのね。」

 痛みが走る喉に手を当てながら軽く愚痴る。
 代行者ではない少女に縋ってまで妹の為とは、
 随分健気なものであり、同時に不愉快極まりない。

「そういえば、まだ聞いてませんでしたね。」

「? 何かしら。」

「アナムネシス。なんで───私とみらいを辺獄に引きずり込んだの?」

 未だにわかっていないことだ。
 何故、彼女はそこまで妹と自分に執着するのか。
 魂を集めるだけならば誰でもよかったにしては、
 明らかに執着が過ぎる。もはや執念と言ってもいい。

「貴女、記憶力も悪いの? 私の記憶の欠損でもあるまいし。」

 零はセレマを亡くしたばかりの時間軸から招かれている。
 だから、アナムネシスのいた時間軸でされた同じ問答をした。
 同じ質問を受けている。故にその内容に少し呆れ気味だ。
 元の世界では、その辺についてはあやふやにされた答え。

「さっき会った幡田みらいと言い、
 人をイラつかせるのが姉妹揃って得意なようね。」

 だが此処ではそうではない。
 此処は辺獄は辺獄でも、殺し合いの舞台だ。
 完全に同じ道を辿ることなんてことはあり得ないのだから。

「……!? 今、みらいって!」

 みらいと会っていた。
 此処で明確な情報を持った相手がいたことに驚く。
 それが、まさかアナムネシスから告げられるとは思わなかったが。

532決壊戦線─もう迷わない─ ◆EPyDv9DKJs:2022/05/11(水) 12:24:56 ID:719/4zUE0
「みらいと、会ったの!?」

「ええ。でも殺せなかったわ。
 アーナスが人間を滅ぼす為に軍団を結成したから。
 お互いに傘下に入れさせられて手出しできなかったわ。」

 少しぐらいは問答に付き合ってあげようと、
 アナムネシスは事の顛末を軽く説明する。
 みらいや歩夢、紗夜のことも。

「よかった。みらいは無事だったんだ───」

「あの、ちょっと待って。」

 安堵の息を吐いた零に対して、
 少し戸惑ったような表情を可奈美はしている。
 当然だ。妹の安否に安堵して彼女はスルーしたが、
 聞き捨てならないものがあったから。

「その、アーナスさんって『人』を全員狙うんだよね。」

「ええそうよ。まずあなた達対象でしょうね。」

「アナムネシスも『人』ではないってこと?」

「私は死者、幽鬼と言うべき存在であり、
 人間と言う概念の埒外にあるわ。だから狙われずに済んだけど。」

 丁寧に説明に受け答えする相手に、
 少しばかり可奈美は戸惑うがそのまま話を進める。
 この疑問を解消しなければならなかった。

「じゃあ───何故、幡田さんの妹が生きてるんですか?」

 可奈美の一言に零がハッと我に返る。
 どうやって、妹はそれをやり過ごしたのか。
 考えれば当然のことを見落としてしまっていた。

「ゴメン、言い方が悪かったよね……話だけ聞けば、
 歩夢さんは人間だったから殺されそうになったけど、
 何かされて人間じゃなくなったから見過ごされた。
 だったら、幡田さんの妹さんも狙われるはずだけど……」

 そこから導き出される答え。
 当然、そんなものは一つしかなかった。
 みらいが人じゃない。人じゃないなら───

「幽、鬼……?」

 ロックに提示された最悪。
 それが現実となってしまった。

「嘘、です。そんなものは貴女が捏造したもので!」

「事実よ。でなければ、なんで幡田みらいに執着した私が、
 何もせずにこうしてそこから離脱してるか、分かるでしょう?」

「それは、きっと敵対してたアーナスさんを貶めるために……」

「話し合いなんて貴女とは本来なら成立しないのに、
 態々私が嘘でカバーしたストーリーをあなたに聞かせる?
 これを言った大半の敵になる私が誰に信用されるのかしら。
 貴女、記憶力どころか頭の方も大分壊れてきてるんじゃないの?」

 もしこれが嘘だとしたなら。
 なんでそんな嘘をつかねばならないのか。
 嘘にしたって詳細が余りにも事細かすぎるし、
 アーナスがみらいを保護する側だったとしても、
 なぜアナムネシスはろくな傷を負ってないのか。
 あれほどみらいに執着して戦わないを簡単に選ばない。
 もっと怪我をしていてもおかしくないが、彼女の傷はかなり浅いものだ。
 しかもそれらは可奈美が傷をつけたものであり、アーナスではない。
 嘘と断じたが逆だ。もう答えなど出ている。信じたくないだけ。

「あの時は黙っていたけど、特別に今答えてあげるわ。
 幡田みらいは───私が幽鬼になるきっかけとなった『幽鬼の姫』よ。」

 揺るがぬ真実なのだから。
 本来ならば真理念を経て繰り返し、
 漸くその解へと至る答えを明かされた。
 準備も、覚悟も、過程を飛ばした上にひび割れた涙の器で。
 落涙することすら許されない少女には、早すぎるその事実を。

「幽鬼の、姫?」

 零はそのワードは知らない。
 でも音だけで察することはできる。
 ただの幽鬼ではない、上位の幽鬼だと。

「幡田みらいは既にヨミガエリしているのよ。
 私が死ぬきっかけとなった事故も利用してね。
 その時で唯一生き残って……いいえ、死んでるからおかしいか。
 唯一狩られることなく生き延びて、こうして幽鬼になったのが私。」

「嘘……だって、そんな記憶どこにも!」

「記憶の改竄。貴女も理解してるはずでしょう?
 ヨミガエリは逆のことも起きる。自然に記憶が上書きされるの。
 貴女の妹は何かしらで亡くなっても、その事実がなかったことにされてるわ。」

533決壊戦線─もう迷わない─ ◆EPyDv9DKJs:2022/05/11(水) 12:25:23 ID:719/4zUE0
 友人、学校、どこに電話してもみらいの存在が消されていた。
 何がどうすればそんなことになるのかは皆目見当もつかないが、
 少なくとも幡田みらいが生きていた痕跡が消えたことは知っている。
 元に戻った場合、その記憶も元に戻るなどどうやってかなど分からない。

「だからあなたは違和感を持たなかった。
 自分の妹が一度死んで、ヨミガエリで復活してるのを。
 もう一度言うわ幡田零。私は貴方の妹に殺されてこうなったの。
 貴女は私を妹を殺した元凶として許さないと思っているのなら、
 私が幡田みらいを憎む理由も、分からないとは言わせないわ。」

「そんなの、私を惑わす為の嘘で……」

 幽鬼である可能性はまだ構わなかった。
 でもアナムネシスが狙う原因は、みらいに殺されたからによる復讐。
 もしそれを否定をするなら、自分がアナムネシスを倒す理由も否定される。
 いや、みらいが幽鬼の姫であればあれで死んでない可能性だって出てくる。
 嘘と断じなければ、自分が幽鬼を狩り続けたことに対する行為すら正当化できない。
 正当化できない、と思っている時点で彼女の精神状態がどうなのか伺えるだろう。
 セレマに再会することはなく、ヘラクレイトスが語り掛けてない零の精神で、
 この考えを短い時間で振り切ることなど、到底できるはずがない。

「じゃあ答えを教えてもらえる?
 一体どこが嘘で、どこが本当なのか。
 貴女にとって都合のいい理由を答えてもらえる?
 自分を正当化する為の、都合のいい耳障りのいい言葉で。」

 返せるわけがなかった。
 ただでさえまともに考えがまとまってないのに、
 立て続けにくる情報量を今の状態で纏められるものか。
 何よりも、みらいが姫と呼ばれるほどの幽鬼に至ってる。
 下手をすれば、自分やアナムネシスを超える程に狩ってる筈だ。
 その事実を否定できず、膝を折ってしまう。

「答えを知りたいなら妹に会わせてあげるわ。
 但し、五体満足は望まない。彼女の目の前で惨たらしく殺すから。」

 さっきまでの戦いがとんだ茶番に感じた。
 最初からこうすればよかったかなんて思いながら
 戦意喪失した彼女へと杖を向けるも、
 その間に可奈美が立ちはだかる。

「邪魔をしないで頂戴。」

「ゴメン、できない。」

「あなたにとって都合がいいはずよ?
 彼女は自分の妹の為に人の魂を踏み躙ってきたの。
 此処でも屍を築いて妹の供物として捧げていくの。
 酷く歪んだ姉妹愛よ。彼女は最終的に貴方の敵のはず。
 しかも妹もろくでもない存在。守る理由がどこにあるの?」

 否定しようにも余り出来たものではなかった。
 零とは今であったばかりで、殆ど事情を知らないから。

「今退いてくれるなら特別に、今だけは病院から手を引くわ。
 貴女の病院の仲間にも手を出さない。今手を引かせれば、
 そっちは準備したうえで戦いを挑る。それなら私にだって……」

「器用じゃない人を知ってるから。」

 だから甘言を一切聞くことはなく、
 率直に今思ってることを述べる。

「本当はいい人なんだけど、
 一人で何でも抱え込んじゃう人を、私は知ってる。」

 逃避行を続けていたあの時に語られた、
 母の無念を晴らすと言う私怨だけに御刀を手にした姫和の決意の重さ。
 零も同じで、背負うものが複雑でとても重く、誰に頼れるものでもないこと。
 そのことだけはなんとなく程度だが分かった気がする。

「だから、幡田さんもそういう人だと思うの。
 妹さんの為に、周りが見えなくなっちゃって。
 周りに自分の重いものを半分持ってくれる人がいなくて。」

534決壊戦線─もう迷わない─ ◆EPyDv9DKJs:2022/05/11(水) 12:25:40 ID:719/4zUE0
 厳密には頼れる人はいるにはいた。
 千、小衣、それとちょっと違う気もするが777と。
 だがこのころの零は、頼ると言うよりは利用するに等しい行為だが。

「私の友達に似ているんだ。私はその子の半分を持つって決めたから。
 幡田さんのは半分も持てないかもしれないけど、少なくとも見捨てるのは絶対にできない。」

 此処で放っておくわけにはいかない。
 後戻りできない道を一人で歩み続けている。
 この子は、皆と出会わなかった十条姫和だから。

「……それでどうするの? 彼女は戦意喪失、
 さっきのは殆どまぐれみたいなもので次はないわ。
 あなた一人では私に勝てない。その愚かな考え、直ぐに手折ってあげるわ。」

 そうは言うがアナムネシスの言う通りだ。
 状況は悪い。しかも零を庇いながら戦うことは厳しいと言わざるを得ない。
 後方の病院では闘いも続いている轟音が此方にまで届いており激戦の最中。
 戦闘再開の合図を待たんとするかのように二人は構える。










 合図はあった。
 だが、二人は動くに動けなかった。
 再開のゴングには、余りに大きすぎるほどの轟音。
 再開のゴングには、余りに存在感のありすぎる衝撃が。
 三人がいる場所の近くの家屋に、凄まじい威力で何かが飛んできた。

535 ◆EPyDv9DKJs:2022/05/11(水) 12:27:16 ID:719/4zUE0
一旦投下終了です
遅くても明日の夜までには投下します

536決壊戦線─Diabolic mulier─ ◆EPyDv9DKJs:2022/05/12(木) 19:03:33 ID:zPEtXNuI0
投下します

537決壊戦線─Diabolic mulier─ ◆EPyDv9DKJs:2022/05/12(木) 19:04:46 ID:zPEtXNuI0
(コンフー……ああ、売女と同類の奴か。)

 いつしかムラクモのクローンの暗殺の際に、
 依頼したのも似たような拳法を使う奴だったな。
 なんて思いながら不意打ち感覚で銃撃を放つ、
 銃口を向ける寸前に気付いたことで首を逸らして回避。
 そのままステップから勢いをつけた状態での飛び蹴り。
 鋭い飛び蹴りを前に咄嗟に番傘でガードを優先する。

「!? なんだ、この重さは……ッ!」

 タタリの影響でなんちゃってでは済まされない八極拳の一撃。
 単純な威力の重さだけで言えば、劣化八幡力の美炎以上の威力を持つ。
 直撃すれば、最悪首の骨が折れたっておかしくないようなものだ。
 見た目で判断するものではないと自分で言った通りの結果か。

「チィ! 厄介だな!」

 素直に受け止めるのは得策ではない。
 そのまま受け流して姿勢を整える。
 着地している彼女の背を狙うように銃口を翳して放つ。

「ハッ!」

 着地から即座にジャンプによる回避が間に合う。
 振り向きながら着地後一気に踏み込んでワンインチにまで迫る。
 完全者もバックステップして距離を取ってはいたものの、
 それでも番傘の間合いとしては不利になる距離。

「トォ!」

 事実、蹴り上げによって番傘は空中を舞う。
 彼女の得物がなくなったところに鳩尾へ拳を叩き込む。

「オアシス!」

 そうはいかないのがスタンド能力。
 泥のような色をしたスーツを纏っては地面へ潜り、
 攻撃は盛大に空振りにさせた上ですぐさま地上へ飛び上がる。
 残念ながら完全者は徒手空拳に関しては素人もいいところ。
 応用一つでスティッキィ・フィンガーズを超える膂力も、
 悲しいが彼女がそれを使うことはない。普通に持ち腐れである。
 だから狙いは都古本人ではなく、空中を舞う神楽の番傘の方だ。
 すぐさまキャッチしてスタンドを解除と共に空中で身を翻し、
 攻撃の隙を晒している都古の背へと番傘を振るう。
 盛大に外した攻撃の隙を埋める術はない。

「愛さん、ヒーット!」

 と、思っていたその矢先。
 戦場にらしからぬ声と共に、
 愛が全速力で走りながら鉄バットを振るい、
 番傘を思いっきり叩いて攻撃が相殺される。

「か……ったぁい!」

 戦闘民族たる夜兎の出鱈目な使い方にも耐えるそれが、
 たかだか田舎の学生が持ってた鉄バットで勝てるはずがない。
 バットは凹んでしまい、手に来る反動のあまり投げ捨ててしまう。
 転生の都合肉体的に鍛えられてるとは言えない完全者故に、
 腕が折れるとかそういうことはないし妨害にもなりえたのだが。

「宮下お姉ちゃん!?」

 自分一人で戦うつもりだったのと、
 彼女には自分みたいな格闘技の技術はない。
 だから此処で彼女が乱入は予想できなかった。

「鬼とかならまだしも『人』だったら愛さんもちょっとね! 『ヒット』だけに!」

 場の空気を分かってるのか、
 分かってないふりをしてるだけなのか。
 しょうもないダジャレを口にして軽く笑う。
 愛はスクールアイドルであって、戦いに身を置く者に非ず。
 理由も躊躇もなく、他者を傷つけるような性格でもない。
 誰かを傷つけるなんてことはしたいはずがなく、あくまで今のは傘を狙い、
 武器を奪って無力化させる為にしただけのものだ。
 誤って顔面を狙わないように注意はしていたものの、
 やはり戦力外であることを痛感させられる。

538決壊戦線─Diabolic mulier─ ◆EPyDv9DKJs:2022/05/12(木) 19:06:38 ID:zPEtXNuI0
「邪魔だ小娘!」

「わ、ちょ!」

 今度は愛を狙ったスイングだが、仰け反って回避。
 その勢いを使ってバク転しすることで一気に距離を取る。
 都古のような戦うための動きとは違うものの、
 洗練された動きには完全者から見ても少し目を張るものがある。

 宮下愛と言う少女は基本的に何でもできる才女ではあるが、
 中でも運動能力に関してはメンバーでも常軌を逸してるレベルのものを持つ。
 だから部室棟のヒーローと呼ばれるほどの目覚ましい活躍ができる。

(無駄に体幹がいいが、所詮は人だな。)

 確かに目を張るが所詮は見せる動き。
 あくまで体幹だけで動いてるだけの奴。
 すぐさま愛に銃口を突きつけるも、迫る都古の肘内。
 やむなく番傘を防御へと回して互いに反動で距離を取る。

(向こうの金髪は戦力外だから、余り気にする必要はないか。)

 様々な支給品が混在している中で、
 鉄バットを武器にする理由は大体選択肢が他にないだけ。
 となれば敵としてみる必要はなく、優先順位は決まる。

「試すか……オアシス!」

 再びスタンドを纏って地面へと潜り込む。
 地面に潜られて互いに足元を中心に警戒を強める。

(来る!)

 足元がぬかるんだ感覚。
 即座に都古はステップを踏んで離れるも、
 完全者の姿は出てくる気配がない。

「ちょちょちょ!?」

 愛の声に反応し視線を向ければ、
 彼女の方も地面がぬかるんで足が沈みかけている。
 まだ抜け出せる範疇ではあったものの、

「そうはいかん。」

 彼女の足を掴んでぬかるんだ地面に片足だけ引きずり込まれる。
 ぬかるみに囚われてる隙に地面から跳ねるように飛び出し。
 スタンドを解除しながら地上へと着地して、
 愛へと番傘の先端にある銃口を突きつける。

「ッ!」

 すぐに逃げ出すも、右足が思うように動かない。
 身を逸らすことで顔に空くはずの風穴は、
 耳たぶをちょっとだけ削るだけに留めることになる。
 十分痛いがそれをしている場合ではない。

「イツッ……ちょ、これってまずい奴!?」

 足が動かないのは何故かと足を見れば、
 右足が踝まで埋まって固定されていたのが原因だ。
 オアシスは物質を泥にすることができる能力があるが、
 能力の解除や触れてない物質は元の物質通り硬い状態に戻る。
 愛の足が埋まった状態で解除すれば、足は当然コンクリートに埋まったまま。
 勿論抜け出せるわけがない。周りは固められたコンクリートなのだから、
 ちょっとやそっとどころか、下手をすれば足の切断が必要になる。
 最初から彼女を沈めて生き埋めにすればいいだけの話では? と思われるが、
 参加者の大半が地中に埋めれば死ぬのだから、流石に消耗が大きい制限がある。
 最悪自分が生き埋めになる行為を、おいそれとできるものではない。
 もっとも、生き埋めにしなかったのにはそれとは別の理由があるが。

「消耗は激しかった上にそっちは逃げ延びたか。
 だが、貴様らにとって致命的な一手になるだろうな。」

 先ほどは愛のお陰で都古は免れたが、
 今度は事実上の人質の立場へと変わる。

「生憎と私は強くないからな。
 狡猾に、魔女らしく行かせてもらおうか。」

 てっきりそのまま人質に取られると思えば、
 完全者は放置した状態で都古の方へ走りながらオアシスで地面へ潜る。
 すぐさま飛び出した勢いで空中を舞いながら番傘によるの銃撃の雨。
 正面からの攻撃なのでさほど問題ではなく、すぐに横へと飛んで全弾回避。
 そのまま都古を飛び越えて着地しながら再び完全者は番傘を銃として構える。

「え?」

 ただその方角は都古ではない。
 射線を確認すれば、その先にいるのは───動けない愛の姿。

「宮下お姉ちゃんッ!!」

539決壊戦線─Diabolic mulier─ ◆EPyDv9DKJs:2022/05/12(木) 19:09:38 ID:zPEtXNuI0
「宮下お姉ちゃんッ!!」

 不敵な笑みを浮かべながら、完全者が引き金を引く。
 目的に気付いてすぐさま拳のスピリット・オブ・マナで防ぐが、
 咄嗟だったため防いだ弾丸の軌道がずれ、額を掠めて鮮血が舞う。

「みゃーこ!?」

 駆け寄ろうとしたものの、
 身動きできず足を挫きそうになってすぐに戻す。
 あの時出なければ都古が危なかったとはいえ、
 自分が出たことでこの事態になっている。
 心が痛まないかどうかで言えば普通に痛む。

(なんとか抜け出さないといけないけど……)

 自分が足かせになってる状況を、
 どうにかしたいものの足は完全に埋まった状態だ。
 コンクリートでは生身どころか、仮に鉄バットがあっても容易ではない。
 因みに鉄バットはオアシスの余波で半分埋まっていて、
 容易には回収できなくなっていた。

「言っただろう、私は強くないんだ。」

 愛を生かしたのは向こうから人質を守るから。
 大人数である以上打算目的の連中は少数になる。
 目論見通り、彼女は自分から盾になってくれた。
 単純な人質の存在は思いのほか邪魔なものだ。
 自分の移動の邪魔になるなら捨てざるを得ないし、
 下手をすれば第三者からの妨害だってありうる。
 特に、二階には三人いたがその三人目が未だ出てこない。
 此処で人質をとって動きを鈍らせるよりも存分に働いてくれるだろう。
 愛を足枷とすることで、都古相手にも有利に立ち回れる。

「お前達は複数でかかっているのだから、卑怯とは言うまい?」

 殺し合いにプライドも何もあるわけではない。
 旧人類に対して正々堂々とか欠片も思うところなどなく。
 効率よく殺せるのであれば、それでいいのだから。
 煽ったのは相手の士気が少しでも下がればと、
 少しばかり芝居がかった台詞のものである。

(そういえば今さっきは咄嗟に使ったが、
 これはガトリングだったな。忘れそうになっていた。)

 近づかれたら苦しくなると言う立ち回りから、
 距離が近い戦いでは反動や隙を気にして避けてきたことだが、
 神楽の番傘は通常の夜兎の番傘から改良されている機関銃だ。
 だからやろうと思えば、相手をハチの巣にもできる。

(愛さんが離れないと……)

 都古なら無意味でも自分を庇ってしまう。
 それだけを避けるべく、懐のレッドカードに手を伸ばす。
 相手に使っても自分が動けない状態のままなのは変わらないし、
 それを解決できるものが彼女にはない都合別の考えをする。
 これで自分自身を戦闘可能範囲外まで逃がすことで解決できるのではと。

(でも、これってどうやって飛ぶの?)

 これが、どのような理屈で範囲外に出るのか。
 もし物理的な移動によって行動を起こす物であったなら。
 その瞬間自分の足は此処に置き去り、千切れることが確定する。

 籠城したことのデメリットが此処で顕著になる。
 元々は異能とは一切無縁の生活をしてきた人間で、
 彼女は異能を目にしたのは今しがたのオアシスが初めてだ。
 異能を何度も見てれば『そういうもの』と認識ができて、
 使えばワープと言った超常現象で離れるだろうと思えるものだが、
 少ない以上思ってしまう。常識的な手段で距離を離すのではないかと。
 説明も文章で判断するしかない以上、完全者はオアシス以外は物理的な攻撃手段のみ。
 だからどうしても使用を躊躇ってしまう。平穏が彼女を鈍らせる。
 そのまま突き付けられた銃口から無数の弾丸が放たれた。










 ただし、別の方角に。

「来たか、三人目!」

 漸く姿を見せてきた最後の一人、洸が戦場に乱入してきたから。
 そのままであれば銃を放ってハチの巣は確定ではあったものの、
 都古が放置したままでいた特注の日傘を回収していて弾丸を次々と弾いていく。
 狙いを都古の方へと向けるも、傘越しに洸が空へと投げられた物が視界に入る。

「チィ!」

540決壊戦線─Diabolic mulier─ ◆EPyDv9DKJs:2022/05/12(木) 19:11:22 ID:zPEtXNuI0
 見た瞬間にそれが何か察した。
 ありふれた見た目をした手榴弾なのだから。
 オアシスを纏い、番傘を開くと同時に爆発する。
 爆発物にはいい思い出がないと数時間前に味わったばかりで、
 異様な警戒をしてるとも言えるような防ぎ方でもあった。
 勿論都古たちも巻き添えになる範囲ではあったが、
 ギリギリ洸が滑り込むように日傘で間に入ってガードして、
 衝撃で吹き飛びそうなところを都古が抑えてやり過ごす。

「間に合ったか……」

 洸としては逃げるべきだと思った。
 潮時なのは明らかだし、相手は実力伯仲でも、
 都古たちと違い卑劣な手段も辞さないような相手。
 手段を選ぶ奴と選ばない奴が対等であるはずがない。
 しかもあれでまだ常識的な範囲の参加者であって、
 口伝だけとは言え絶鬼レベルの参加者はもっといるはず。
 そこも考えて殺し合いに乗る側に、完全者に協力することも考えた。
 まだ常識的な範囲なので、非力でも人材の為生かす可能性はあるから。
 この病院で生存が望めないのであれば、参加者を減らす側に回るべきだと。

(本当にギリギリだった……)

 あくまで彼の最優先は野咲春花と再会するために生きるだけ。
 過程や方法にどれだけの屍を築いたところで何一つ変わりはしない
 まともな倫理観があるなら、火事の遺体を親子愛だからと撮るわけがないのだから。
 いや、一応不謹慎とは思っていたとは未来の彼は言っていたが。

「みっつんやるー!」

 できるならハイタッチでもしたかったが、
 動けないので言葉だけでに留めておく。
 そんな愛を一瞥しながら、溜息をついた。

(……こっちの方が都合がいいのは変わらないな。)

 ただ洸には『自分の意に沿わない相手を暴力で従わせる』と言う、
 DVを愛だと謳う父親から受けてしまった悪影響が根底に存在している。
 洸はそれを制御できない。できれば本来の彼はあんな結末は迎えない。
 もし、完全者が自分の意に沿わなかった相手ですぐに決裂した際に、
 それが抑えきれなければその先に待っているのは自分の死だけだ。
 乗る側に回った際のリスクが余りにも大きいものがあった。
 だったらまだ自分の思う通りに動いてくれるひろし達を助ける方が、
 今後もやりやすくなるし安全であると言うことに変わりはない。

「それより、爆発は終わったからあいつを止めてくれないか。
 もう一回あいつが地面に潜られたら、俺まで的にされたら終わりだ。」

「うん、そうだよね。ありがとう洸お兄ちゃん!」

 二人を置いて、傘を飛び越えながら三度完全者と対峙する。
 その間に洸がデイバックからハンマーを取り出す。

(貰っておいて正解だったか。)

 爆弾とか日傘はあれども洸には安全に使える武器がなかった。
 だから放送が来るまでの間過ごしていた時間の間に、
 他の参加者の中からいらない武器があれば譲ってもらおうと、
 可奈美の方で使う予定がなかった呪蝕の骸槍とウォーハンマーを貰った。
 ないよりかはましと思って受け取ったが、今の状況ではすごく助かるものだ。
 地面をブロック状に、殆どの材質問わずできるのは適材適所と言ったところ。
 何度か彼女の足の周囲を叩いたことでブロックも大分削れて、
 厚底ブーツみたいな分厚い脚になってるのは変わらないが、
 ある程度は走れるレベルでありなんとか脱出には成功する。

「サンキューみっつん。さっきは本当にダメかと思ったよ。」

 もう逃げることが物理的にできない絶望感からの解放は、
 いかに明るさが取り柄である愛としても緊張がゆるんで膝をつく。
 足を引っ張ったことについての罪悪感もあるので、早急に立ち上がるが。

「それより離れますよ。俺の方に戦えそうな武器もあるので。」

「え、ホント?」

「リスクがあって不安でしたから、使いたくないんですけど。」

 日傘を盾にしながら隙を伺って離れる二人を尻目に、
 二人の戦いはより熾烈を極めていく。

「ちょうしんちゅう!」

 高速で移動しながらの肘内による一撃。
 素早い動きもあって咄嗟のサイドステップをしつつ、
 リーチの間合いから外れるも足払いへと繋げてくる。

(この小娘、リーチが足りないと思えばすぐに切り替えてくるか!)

541決壊戦線─Diabolic mulier─ ◆EPyDv9DKJs:2022/05/12(木) 19:12:25 ID:zPEtXNuI0
 着地を狙われて足払いされては流石に対処不可能だ。
 姿勢を崩したまま倒れることになるが、そうはならない。
 オアシスがある以上倒れて隙を晒すことは決してなく、一度沈むだけだ。
 すかさず引きずり込もうと手を伸ばす、やはりセッコ程の能力が彼女にはない。
 手を伸ばして掴もうとしても先に避けられるどころか、

「テェイ!」

 震脚で動きを止められ、腕だけが地上に取り残される。
 怯んだ腕を両手で掴まれてしまい、思いっきり投げ飛ばす。
 地面から投げ出され、その背中へ飛び蹴りを喰らわせる。

「ガハッ!」

 ダメージには変わらないが、
 オアシスのお陰で辛うじて重傷は避けることはできた。
 空中で姿勢を戻しながら着地すると、すかさず迫る都古の右ストレート。
 着地時にオアシスで地面へ潜られることで回避され、地面から銃口だけが出てくる。
 乱射される前に即座にその場から離れ、地上に戻るが都古の方向とは逆向きに出てしまう。

(地面の中だと方向感覚も狂うわ、音での探知もしづらいで、慣れんな。)

 異常聴覚をがあってこそセッコのオアシスは脅威だ。
 それがない以上オアシスの強みが余り活かせないことに歯がゆさを思いつつ、
 手のひらを広げた状態の左手から繰り出される都古の発勁を振り向きながら番傘でガード。
 破壊力ある衝撃を持つ一撃には軽く浮かされながら距離を取らされる。
 更に距離を詰めるべく都古が肩を前面に押し出す、所謂貼山靠を狙う。

「フッ、グレイプニル!」

「え!?」

 しかし突如として都古の足元から紫に輝く黒い鎖が、
 彼女の足を縛り動きを止めさせられる。

「地面に潜る、それだけが異能だけだと思ったようだな。」

 先の戦いでは美炎相手には早く使う暇がなく、
 沙都子はまともな戦闘を仕掛けなかったりで、
 中々使う機会に恵まれなかったが完全者は元々は魔女。
 魔剣ダインスレイヴがなかろうとも魔女としての力を行使することは可能。
 足に気を取られた隙を、完全者は逃すことなく番傘で彼女の鳩尾を突く。

「ウゲッ……!」

 少女からはおよそ出ないような呻き声と共に肺から空気を吐き出す。
 戦闘民族である夜兎の無茶な使い方にも耐えられる材質である以上、
 下手な鉄で殴られる以上の痛みが存在して身体がくの字に曲げられる。

(後は引き金を!)

 いくら縛っても所詮は足だけ。
 幼い彼女の拳が届く間合いではあるし、
 焦って頭を狙うと言った欲はかけない。
 なので一度密着した距離から放つことを選ぶ。
 密着した距離なら確実に当たるし、手榴弾も都古がいる。
 この状況で使われることはない上に、そも手榴弾ならオアシスで防げる。
 相手が一人だけと言えども、確実に勝てる瞬間。

「───な。」

 頭を横から殴られたかのような衝撃に思わず転倒する。
 同時に鳴り響いた音も合わせて、銃声だとすぐに気づいた。
 オアシスを纏っていたお陰で致命傷には至らなかったが、
 都古が近くにいる状況下で銃を使うと想定はしなかった。
 下手をすれば彼女に当たるフレンドリーファイアになると言うのに。
 倒れる最中に撃ってきた方角、病院の一階の廊下を見やれば彼女も察した。
 狙撃してきた洸が使っていたのは拳銃ではない。狙撃銃なのだと。
 長い銃身を持つ狙撃銃は力のモーメントによって銃身のブレを抑えることができる。
 要するに狙撃銃は重量の都合、超長距離でなければ拳銃よりも当てやすい。

「うまくいったか。」

 額の汗をぬぐいながら当たったことを軽く喜ぶ。
 それと、父の影響でカメラで撮るのが趣味でファインダーを覗く彼にとって、
 スナイパーライフルについてるスコープで狭まった視界は慣れたものだ。
 銃の取り扱い自体は初めてではあったが、運よく成功した。
 うまくいったことに軽く安堵の息を吐く。

(ッ……まずい!)

 完全者は此処で最悪の事態へと陥った。
 頭に強い衝撃が当たった。つまりどうなるかと言うと、
 彼女の脳からスタンドDISCがズルリと抜け落ち、コンクリートを転がっていく。
 数メートル先でぐるぐると回転しながら倒れるがそれを見るどころではない。
 彼女はオアシスによって防御、移動を賄っていたがそれを失った。
 洸の銃撃を回避する手段はなく、それを回収する暇も与えられない。
 しかも此処は駐車場。狙撃銃を凌げる障害物が近くにないのも向かい風だ。
 放置された車もあったが、オアシスで中途半端でも沈めたせいで、
 少女の彼女であったとしても無理がある。

「理屈は分からないけど、
 あの人の頭から出た奴がないとあのスーツが出ないのかな?」

542決壊戦線─Diabolic mulier─ ◆EPyDv9DKJs:2022/05/12(木) 19:13:46 ID:zPEtXNuI0
 遠巻きに二人を眺めながら、一息つく。
 命懸けだったがこれで無力化に成功できた。
 安堵の息を吐きたいが、まだ油断はできない。
 ロックとひろしが戦ってるもう一人の方も忘れてはならない。

「とどめ刺します。」

 ただ、それで終わるわけはなかった。
 単純に殺し合いを優先としない参加者であっても、
 乗った参加者に対する見解が全員一致するとは限らない。

「み、みっつん? 流石に無力化させるだけでいいんじゃ……」

 さっきは装甲を纏っていたから、
 死なないという考えがあったから気にはしなかった。
 殺し殺されなんてものとは一切無縁の彼女にとって、
 殺人の一線は当然存在するし、誰かに手を汚させたくもない。
 無論愛も放送や絶鬼の話から、全員が分かり合うなんて話は夢物語だと思ってる。
 同好会も基本はバラバラの考え方ではあるし、今回は都合よく纏まるのもないだろう。
 完全者の強さ自体は、話に聞いた絶鬼程の実力はないと言うことはなんとなくわかるし、
 それならDISCや武器を奪えば、敵も諦めがつく可能性だって十分にある。

「お人好しが過ぎます。無力化した後、奪いにこないとでも?」

 冷徹な一言に、愛も言葉が詰まる。
 割り切りたくないことだと思っていたが、そういう意味だと正解だから。
 なお。物理的に止めようとした場合洸は事を起こしていたので、
 程々に留めたことで矛先が向かなかったのは、彼女の知らない地雷回避だ。

「それは、そうだけど……! みっつん、危ない!!」

 視界の隅に見えたそれ気付いて、咄嗟に彼を押し倒す。
 いきなり何事かと思うが、その思考は妨害された。
 赤い結晶が洸の頭部を軽く抉り、更に突き飛ばした愛の肩も抉るから。
 互いに出血したまま倒れ、すぐに二人は起き上がりながら、
 今しがた通り過ぎたそれに視線を向けた。



 通り過ぎた存在が振り返る。
 人と呼ぶには似ても似つかない異形の姿。
 しかしツインテールの姿と言った可愛らしさは、
 デフォルメされたキャラクターとも受け取れなくもない。
 ただ、少なくとも並みの学生ばりの背丈に戸惑うが。

「折角どさくさにまぎれたって言うのに、うまくいかないものね。」

 伯爵ズが一人、マネーラ。
 最後の役者がこの決壊戦線の舞台へと姿を現す。





「───は?」

 零を追いかけていたマネーラではあったが、
 とても追いかけられる状況ではなくなっていた。
 ノワール伯爵の死を告げられて、頭が真っ白になったが故に。

「伯爵様、が?」

 いや、なんで? としか言えない。
 ドドンタスも死亡してることも反応したが、
 彼女にとってそれ以上に伯爵の死が信じられないことだ。
 自分やナスタシアならまだわかる。でも伯爵が負けるなどあり得ない。
 ディメーンから告げられたことが信じられないに拍車をかけるが、
 自分が出会った知り合いは誰も告げられてないことを考えるに、
 無作為に選んだのではないことぐらいはわかっている。

「……」

 マネーラにとって、伯爵に仕える理由は結構軽いものではあった。
 彼がイケメンであり、それとイケメンのハーレムを作るためのものだ。
 嘗て救われたドドンタスやナスタシアと比べればとても軽い動機だし、
 ディメーンのような目的が不明の奴でも、ミスターLのようなパターンでもない。
 動機こそかなり軽かったが、ピュアハートが反応する程の忠義を彼女は持つ。
 たとえ伯爵の死を前に、心が動かない筈がない。

「だったら、変えるしかないわね。」

 最初の予定は完全に不可能となってしまった。
 伯爵と共に脱出を目指すと言う目的は、完全に。
 となれば目指すのは一つしかない。ディメーンを信用などできないが、
 だからと言って脱出して伯爵が、ドドンタスが生き返るかどうかもまた別。
 ミスターLとナスタシアも同じだろう。伯爵の為に動くことは決まっている。
 だったらやろう。伯爵復活の為に、ディメーンも含め皆殺しにするまでだと。

(……)

 協力者のあかりについては多少は申し訳ないと思う。
 この殺し合いの中で零やギャブロに対する対応の仕方は、
 自分を見失わず、それでいて他人を思いやれる大人の在り方だったと言える。
 零との問答で伯爵が殺し合いをしたらどちらを味方することは提示している。
 天秤にかけたところでそこは変わらないし、優先するべきは伯爵も不変だ。
 訣別のように、ピーチの姿から元の姿へと戻る。

「悪いわね、アカリ。アタシ───アンタほど優しくないの。」

543決壊戦線─Diabolic mulier─ ◆EPyDv9DKJs:2022/05/12(木) 19:15:03 ID:zPEtXNuI0
 零の件も頼まれたがすでに彼女を見失っている。
 仮に見つけたとしても、あかりの頼みを聞くことはできない。
 殺し合いに乗ってるので利用するため今すぐ殺すことはしないが。
 姿を元に戻してからは、後は音の方向へと向かって遠巻きに眺めたぐらいだ。
 遠巻きに見ていたとはいえ、戦い方から何方がこちら側かは察せられた。
 だから混乱を招くよう動く。無力な参加者から刈り取る。

「!?」

 マネーラの乱入によって出た都古の僅かな隙を逃がさない。
 完全者は地面に落ちたスタンドDISCを回収する為に走り出す。
 流石に不意打ちをするには短いと感じて、そちらを優先する。
 都古もすぐに追走するが、出遅れた一手は余りにも遅すぎた。
 DISCは先に取られて、その手に握られる。

「一手遅かったようだな。
 装備する暇はなかったが、私にかまけてていいのか?」

 二人に危険が迫っているが、
 かといって完全者を野放しにもできなければ、
 番傘相手に背を向けて救援もままならない。
 ただ、完全者もスタンドなしの状態ではある。

「ハァッ!」

 迫る都古の徒手空拳を前に、
 装備する暇もないまま接近戦に持ち込まれていった。



 ◇ ◇ ◇



「イッタタタ……ひりひりする。」

「あれは人、なわけないよな。」

 疑っていたわけではないが
 此処で初めて人外に出くわして少し戸惑う二人。
 どこかデフォルメキャラのような可愛らしさがあり、
 余り敵と言う認識がしづらくもあった。

「あら、アタシを人じゃないと思うの? だって───」

 そんな二人に、マネーラは変身する。
 白衣を羽織ったあかりの恰好へと変わり、

「こんな姿になったり。」

 続けてギャブロの姿へと変わり、立香、零と次々と姿を変えていく。

「こんな姿もあるわ。さて問題。どれが本来アタシでしょうか?」

 元のマネーラの姿へと戻りながら問いかける。
 マネーラにとって変身する意味は二つほどあった。
 一つは『殺し合いに乗った変身する能力者』がマネーラではなく、
 今変身した参加者の誰か、或いは存在しない誰かに擦り付ける為。
 ただ此方はマネーラは変身しても能力までは模倣できない上に、
 自身の力も使えなくなるので、ある程度考えると即座にばれてしまうが。

 主に重視しているのはもう一方の、同じく疑心暗鬼の為のもの。
 『マネーラの姿さえ参加者を模倣した姿に過ぎない』と印象付ける為。
 散々変身した以上、今後彼女達は他の参加者と出会ったとしても、
 それが本人かどうかの判断がつかなくなって、疑心暗鬼に陥りやすい。
 マネーラは能力こそ光るが、他人を真似ることについてはかなり下手だ。
 自分が誰かに成りすましてずっと紛れ込むよりも、内輪もめさせた方がいい。
 仮に逃げられたとき用の疑念の種は蒔くことはできた。芽吹けばそれでよし、
 芽吹かないなら他の陣営にそれをやって、疑念を加速させればいいだけだ。
 悪意のある参加者に出会って疑念を持った奴はギャブロ以外もいるだろう。
 全員がすぐに信用できることなど皆無なのだから。

「一番使い勝手良さそうなのは、この身体だけどね。」

 さも『他人の能力を模倣して戦う』とでも言わんばかりな発言をしておく。
 ありもしない存在で混乱を招けば、自分の立ち回りもより強くなっていくものだ。

「お喋りは此処まで。言いたいことも言ったことだし……まねーら・ちぇーんじ!!」

 マネーラの首が音を鳴らす。
 鳴らすと表現はしたものの内容は普通のものではない。
 首がぐるぐるとあり得ない動きで回転し始める。
 二人揃って目の当たりにしたその光景に恐怖し、
 逃げるべきだと脳裏に警鐘が鳴り響くも、足がすくむ。
 回転が終われば、彼女の頭部を中心に棒のような足が六本生えて、
 胴体だった部分は頭部から力なくぶら下がり、蜘蛛の如く足を広げていく、
 フィクションではないその光景は、ホラーの一言以外で表しようがない。
 別の世界線では、バトルモードと呼ばれる姿へと変貌する。

「じゃあ、死んでくれる?」

 頭部から赤い結晶、マネーが放物線を描きながら飛んでいく。
 弾速はさほど早くないのと、二人とも距離はあったので避けることは難しくない。
 ただ、病院の床に突き刺さるそれの威力は語るに及ばずだ。
 次々と放つそれを、足の踏み場を減らされながら愛は凌ぐ。

544決壊戦線─Diabolic mulier─ ◆EPyDv9DKJs:2022/05/12(木) 19:16:19 ID:zPEtXNuI0
「みっつん! 逃げ───」

 こんなの自分達でどうこうできる相手じゃない。
 また自分が余計なピンチに陥って都古の足を引っ張りたくない。
 レッドカードの戦闘範囲外についても冷静に考えられるようになった今、
 ばらけてる状況で使って、他の方に飛んで巻き添えになる可能性が出て控えたくなる。
 そういう意図もあったが、洸を見やればその様子に少しばかり鳥肌が立つ。
 整った顔立ちからは想像できない程、怒気や憎悪と言った感情が見て取れる。

 洸にはもう退くと言う選択肢がなくなっていた。
 相手がみすみす逃がしてくれるような輩ではないし、
 此処で一般人二人だけで移動と言うのは極めて危険と言う、
 合理的な考え……というのは普通の洸にはあっただろうか。
 ただ今の洸は、頭部の出血で正常な思考ができない状態にある。
 考えてることは、春花の下へ帰るのを邪魔する敵の排除だけ。
 カッとなったら見境つかなくなるとは、本人の談だ。

「素人が当てられるとでも思ってるわけ?」

 幾ら愛が突き飛ばしたことで重傷は回避しても、
 頭部からの出血は決してバカにできず今も流れ続けている。
 視界が少しぼやけている状態で銃を正確に狙えるものではない。





 ───無論、ただの銃であればの話だが。

「え? あ?」

 さっき完全者に対して撃った弾は見ていた。
 なのに、何故そんなビームのような砲になってるのか。
 銃口を明らかにオーバーした攻撃は多少狙いがずれても、
 十分に当てることができて、足が二本程吹き飛ばされて後方の床に突き刺さる。

 帝具、浪漫砲台『パンプキン』。
 通常は精神をエネルギーとした狙撃銃だが、
 ピンチになればなる程にその威力が増すと言う文字通り浪漫な代物。
 だから強敵に命の危機に陥ってる洸が使えば、その威力は激増する。

「原理は分からないけど、だったら動けばいいだけの話よ!」

 自分の足を天井と床へと一点に伸ばし、
 マネーが頭部の四方から突き出したまま頭を回転させる。
 足を滑車のように使い頭部が不規則に天井や床で反射しながら迫る。
 ホッケーや独楽のような動き、と言うのが正しいのだろうか。
 抉れた床や天井から、これもまた受けてはならないが、

「クソッ!」

 やけ気味に洸がパンプキンを撃っても、
 基本ベースが狙撃銃であるパンプキンにとって、
 小回りが利かない都合照準は余りうまく定まらない。
 元の使い手であるナジェンダやマインならまだしも、
 狙撃銃を振り回しながら撃つなんて経験がない彼には無茶な話だ。
 何度も光線のような強化された弾丸が放たれるが、悉く外れて院内を破壊していく。

「だったら!」

 愛が洸の背後からパンプキンを掴み、天井へと向けながら放つ。
 本体が狙えないのならば、足を伸ばした天井を崩すこと優先するのを選ぶ。
 目論見通り天井を破壊し、マネーラはバランスを崩す。
 瓦礫や破片のせいで追撃できず離れざるを得ないものの、
 それはマネーラにとっても同じで避けざるを得なかった。

「逃がすかぁ!!」

 ただマネーラにはこの状況でも攻撃手段がある。
 着地しながら、地面から大量のマネーが波のように飛び出し二人へ押し寄せる。
 悠に三メートル以上の波だ。タイミングよくジャンプはできないし、
 当たれば串刺しになるのは間違いないので逃げるしかない。

「こっち!」

 完全者がいる中飛び出すものではないが、
 どこまで波が続くか分からない今窓から逃げるしかない。
 院内を逃げてロックが戦ってる敵と挟み撃ちになればそれこそ終わり
 逃げやすいようパンプキンを構える前に他の窓も開けておいたのが功を奏した。
 二人の足を多少掠めることはあっても、行動不能には至らせない。

「マネマネマネ〜〜〜!!」

 駐車場に出て病院からどんどん距離を取っていく。
 身体がガラス片のように砕けながら再度元の形を復元すると言う、
 斜め上の方法で窓から出て、再びマネーを飛ばされ回避しつつ逃げる。
 都古の邪魔にならないよう、あえて二人から離れるように。

545決壊戦線─Diabolic mulier─ ◆EPyDv9DKJs:2022/05/12(木) 19:17:59 ID:zPEtXNuI0
「ドッカーン!」

 二人が逃げていく姿を横目に二人は戦い続けていた。
 都古は懐に潜り込んでアッパーをかけ、それは回避される。
 続けてもう片方の手から放たれたアッパーも首を逸らして、
 頬に赤い筋を刻まれる程度の傷に留められた。

「どうした、仲間がピンチだぞ?」

 はっきり言って完全者はそこまで動かなくてもいい。
 彼女が焦って何かしらミスをすればそれだけでいいのだから。
 とは言え電光機関とまでは行かずとも、破壊力のある一撃だ。
 DISCが装備できる隙を見つけなければ一撃で再起不能にされる。

(冷静に対処すればどうと言うことはないさ。)

 都古の膂力はタタリによって底上げされて凄まじいが、
 根本的な問題、小柄故にリーチが短いと言うことは覆せない。
 間合いを取りながら番傘の打撃や弾丸で攻撃する、こすい立ち回り。
 完全者と言う名前からは想像がつかないような戦い方ではあるが、
 合理的な面で言えば寧ろ完全者の名前通りとも言えるだろう。

 肘内も、震脚も、アッパーも。
 憔悴に駆られたそれは先程までとは違う。
 強くなっても精神が幼い子供である以上は、
 今の状況に焦ってしまい精度が悪くなるのは無理からぬことだ。

「かっ飛べぇ!」

 距離を取る以上、近づく手段が必須。
 一番速度と距離を稼げる飛び蹴りが再び完全者に迫る。

「───焦ったな!」

 それが完全者の待ち望んでいた行動だ。
 これが来たときの為に、動きを最小限に留めてたので容易に回避。
 飛び蹴りこと彼女曰く『ごけいけん』は確かに素早いが外したリスクも大きい、
 無理に攻める必要のない完全者にとっては最高のタイミングが訪れて、
 この一瞬でスタンドDISCを再び頭に突っ込んでスタンドを得る。
 とは言えあくまで緊急用だ。彼女を倒すのはあくまで自力に頼ることになる。

「さあ、これで今度こそ形勢逆転だ!」

 すぐさま着地した後振り返って踏み込む都古。
 その動作の前に完全者の前に現れる複数の魔法陣。

「行け、ラーンスネッツ!」

 グレイプニル以外にも使える魔法の一つ。
 黒紫の珠が三つ生成され、一斉に彼女に目掛けて発射される。
 当たるまいとサイドステップで距離を取りつつ、
 追尾性能を持つラーンスネッツは彼女の近くで爆発する。
 直撃はしなかったが、爆風のあおりを軽く受ける。

「さあどうした、近づけば勝てるだろうに!」

 煽られるが、そうしたくてもできない事情もある。
 グレイプニルと言う足元から出る技がある以上、
 ごり押しで近づいてもそれで足止めされてしまうだけだ。
 だから詰める場合は出す暇もなく近づくしかない。

(そう来るのは分かっているぞ?)

 当然、完全者もそのことを読んでいる。
 元から中距離を保ちながら戦うことに慣れてる都合、
 敵の間合いを見ることに関しては素人ではないのだ。
 都古の攻撃の飛距離や間合いを想定しての距離の取り方は、
 近づけども攻撃が狙えない都古は余計に焦らされるばかりだ。

「ハハハハハ! 追い詰めよ!」

 詰めの一手に再びラーンスネッツ。
 しかしその数は五つと先程の倍近くになっている。
 グレイプニルはさも近距離限定の技に見せかけてるが、
 設置については別に距離が相手てもできるものだ。
 避けに専念してる隙をついて、一気に叩き込む。
 展開された魔法陣から放たれた黒紫の珠が再び迫り、
 都古はそれを跳躍して飛び越えようとする。

「無駄だ! それはホーミングされるとわかっているだろう!」

 彼女の言う通り、飛び越えたとしても背後から迫る。
 それに対して裏拳を振るうも、当然のことだが爆発。
 更に連鎖的に爆発を起こし、少なからず都古はダメージを受ける。

「イッ……でも、これなら!」

 それが彼女の狙いだと、今になって気付いたが。

「しま───!?」

 ラーンスネッツは小さいとはいえ爆発を起こす。
 微々たるものかもしれないが、都古は子供ゆえに軽い。
 だから小規模の爆風でも、彼女の動きを加速させるものになる。
 爆風で都古は吹き飛ばされてるが、地面に直撃する寸前に手を地面に当て、
 勢いそのままにネックスプリングの要領で前進しながら起き上がる。
 起き上がる、とは言うがバネのように跳ねたことで距離を詰め、
 一瞬にしてワンインチの距離まで迫られてしまう。

546決壊戦線─Diabolic mulier─ ◆EPyDv9DKJs:2022/05/12(木) 19:19:28 ID:zPEtXNuI0
「グレイプ……」

「当たったらッ!!!」

 咄嗟に使おうとするも間に合わない。
 ありったけの声を張り上げながら都古は叫ぶ。
 力んでるのは単に力を込めてるからか、それとも今からする行為への恐怖か。
 着地しながら右手を握り締めて、その技を叩き込む。

「死ぬかも───ッ!!!」

 都古の使う技の中で最大の技、絶技雷極・安崩拳。
 それはもう、清々しいほどにただ殴るだけのもの。
 シンプルであるがゆえに、一切の小細工のない純粋な槍が如き一撃。
 最大の技だけあって威力が桁違いに強く、本人の言う通り死ぬかもしれないもの。
 殺し合いに乗らない以上これに頼るべきものではないと決めていたが、
 だからと言って、愛達を見殺しにするわけにはいかず、使うことを選ぶ。
 彼女もまた覚悟を決めて相手を倒すではなく、殺す覚悟を決める。
 本来とは違い、アッパーの要領で鳩尾へと叩き込む。
 すんでのところで何とか番傘を挟んでガードするが、

(この威力、耐え切れ───)

 荒っぽい使い方にも耐えれる番傘と言えども、
 都古の攻撃を完全に耐えきることはできなかった。

「ヌグ、アアアアアッ!!」

 番傘はひしゃげ、完全者を吹き飛ばすには余りあるものだ。
 空高く彼方へと吹き飛ばされ、完全にこの病院の戦線から離脱させられる。

「ハァー、ハァー……」

 生死は不明なのは救いか不幸か。
 彼女にとっての初めての経験でもあり、手が震える。
 だがその恐怖を飲み込む。二人は敵から逃げてるのだから。

「早く、行かないと───」



 ◇ ◇ ◇



「くぉら逃げてんじゃねえワレェ!!」

 口調が変わる程に怒りながらマネーラは二人を追跡する。
 ちぇんじしたモードは屋外では強みが余りないので、途中で戻った。
 参者は平安京の開けた道を必死に移動しながらの戦いが始まっている。
 メネーラは二メートルほど浮遊しながら、マネーを展開しては飛ばしていく。
 愛が日傘を使って防ぎつつ、洸がパンプキンを撃ちながら逃げるも、
 周囲に浮かぶマネーが壁の役割を果たしていて直撃はしない。

(早く殺さないと、野咲に───)

 田舎と言う交通機関の乏しい場所での生活と、
 メンバーの中でも体力がずば抜けて高いことで足腰が強い二人で、
 かつ途中までマネーラがちぇんじの変身時間で時間を食ったと言う、
 様々な要因が重なったことで距離を取りながらそういうことはできた。
 しかし、それもマネーラが元の姿に戻ってからは次第に距離が縮んでおり、
 更に的が小さくなったことでマネーの壁を突破の為何度も当てなければならないのに、
 一発だけだったり外れたりと、攻撃が届くことがないままの逃亡が続く。

「みっつん!? ひょっとして、攻撃受けちゃったの!?」

 愛が洸の様子を見て、声を上げる。
 頭の傷はそのままだが、他に何か受けたわけではない。

「? 何を言って……ゴホッゴホッ!」

 軽く咽て、手のひらを見やる。
 怪我らしい怪我を受けてない筈なのに、
 彼の手は吐瀉物となる血液に染まっている。
 吐血する前にも既に口から血が流れており、だから愛は気付けた。

「嘘、だろ。」

 洸の支給品がパンプキンであれば、
 二階から完全者を狙撃することでの援護はできたはず。
 けどしなかった。彼は進んで使いたくなかったのだ。
 最初に何度か使って何も問題ないと気にしなかったが、
 この舞台ではアカメも考えた帝具のリスクが浮き彫りとなる。

(悪かった、のか……!)

547決壊戦線─Diabolic mulier─ ◆EPyDv9DKJs:2022/05/12(木) 19:20:18 ID:zPEtXNuI0
 少し長い話になるが、帝具には相性が存在する。
 『帝具の相性は第一印象で大体決まる』と言うのは、
 ブラートが言った言葉ではあるが、全てがそうとは限らない一例もある。
 一例として生物型帝具、ヘカトンケイルやスサノオはそういう部類になる。
 これらは相性のいい相手が近くにいると目を覚ましたり動いたりするものだ。
 それはあくまで生物型の話では? と言われてしまえばそうかもしれない。
 ただ、帝具が使用者を選ぶと言うのはある意味では生物のようなものだろう。
 羅刹四鬼の一人、イバラがアカメから村雨を奪った際に怖気が走ったように。
 何より、インクルシオやライオネルは未だ素材が生きているものだってある、

 何が言いたいのかと言うと、
 帝具は元の使用者に性格が似通ってるかどうかもある程度入るはずだと。
 インクルシオをかっこいいと思ったタツミとブラートは印象の善し悪しの定義になるが、
 同時にお互いが『これをかっこいいと思える性格をしている』と言う性格の合致とも言える。
 他の一例に、嘗て歌姫であったコスミナはマイク型の帝具であるヘヴィプレッシャーを使い、
 何でも器用にできるラバックは千変万化の異名を持つクローステールを使ったように、
 人としての在り方や性格から、相性の善し悪しを図ることはできなくもないと言える。
 スサノオが目覚めた際も、ナジェンダが嘗ての将軍(男)に似ているから目覚めたりと、
 以前の使用者と、ある程度何かしらが合致するのも帝具の相性は考えられることだ。

 洸はパンプキンの見た目については余り悪いという印象はなかった。
 父の影響でカメラで撮影をすることが多々あり、ファインダーを覗くことは必然。
 スコープ越しに見ることができるパンプキンは一致はともかく、ある程度馴染みがある。
 狭い視界の中に入った標的を撮るか、撃つか。違いがあるならそれぐらいだし、
 彼は春花との恋路を邪魔するなら、その春花にさえも暴力を振るう行動に出る人間だ。
 銃と言う引き金一つで人を殺すこともできるそれに対する嫌悪感も、常人よりは薄い。

 だが性能は致命的に合わないものだ。
 パンプキンは狙撃銃ではあるが、相手が近くても応戦できるうえに、
 読んで字の如く浪漫砲台。逆境でこそ真価を発揮する性能を持つ。
 本来の使用者たるマインは差別を受けたことで路地裏生活を強いられ、
 明日をも知れぬ身であったため勝ち組と言う『逆転』に執着していた。
 (一応差別をなくすため、と言うまともな理由での行動もあったりするが。)
 ある意味、そんな反骨精神がパンプキンと引き合わされたとも言える。

 では洸はどうだろうか。確かに家庭環境は最悪な部類に入るのは間違いない。
 父によって暴力が愛と伝えられ、母によって暴力が愛だと決定づけられた。
 逆境にいたかもしれないが、最終的に暴力で解決できることを覚えてしまった。
 思い通りにならなければ恋慕する相手でさえ手を上げかかる彼の生き方に逆境はない。
 壁と言う逆境があっても乗り越えるのではなく、暴力で壁に穴を開けて素通りするだけの、
 真っ平らな生き方において『逆境』も『浪漫』など何処にもない。

 長々と話したが、
 簡潔に済ませれば洸は『見た目で大体決まる』の『大体』から外れ、
 相性が悪いと分かってないまま使用し続けた結果がその吐血だ。

「だ、大丈夫!?」

「この銃の、使い過ぎ、です……ッ!」

 パンプキンは使用者の精神力を糧に弾として撃つ。
 当たらないからと何度も何度も撃ち続ければ、
 相性の良くない洸から精神だけでは賄いきれなくなる。
 そのツケが、ようやく目に見えた形となって表れてきた。
 加えて、忘れがちだが狙撃銃は銃身がぶれないようにするため重い。
 カメラが少なからず重いものでも、長時間銃を持って動く体力もなかった。

「なんかわからないけど、追い詰められてるってわけね!」

 歩みを止めた洸に引き返す愛。
 絶好の機会を逃さず、二人の頭上に展開されるマネーの雨。
 愛が咄嗟に日傘を頭上に向けたことで防ぐことには成功するが、
 周囲には地面に突き刺さったマネーがそこかしこに突き刺さっていく。
 体力が減りつつある洸と、動けてると言えど足がブロック状になってる都合、
 ちゃんとした走りができない愛では狭い足場を満足に逃げることもできない状態だ。

「ピーチと言い、どんだけ硬い傘使ってるのよ全く!」

 奇しくも戦ってきた勇者の一人と、
 同じ色の傘で同じ風に防がれている。
 少しだけ腹立たしくなるが二人はヨゲンのしょの勇者などではない。
 今までがまぐれに過ぎない存在であり、自分の優位性も変わらなかった。
 二人は今、絶体絶命の状況へ追い込まれている。










 そう。『絶体絶命のピンチ』なのだと。

548決壊戦線─Diabolic mulier─ ◆EPyDv9DKJs:2022/05/12(木) 19:20:38 ID:zPEtXNuI0
「!」

 洸が突如起き上がり、
 パンプキンを持ち上げようとする。

「みっつん!? 使いすぎると危険なんでしょ!?」

 もうただでさえ頭部から出血して止血もせず、
 帝具の使い過ぎで疲弊してる姿は痛々しく見ていられない。
 静止の言葉も無視し、洸は狙いをマネーラの方へと定めようとする。
 レッドカードも命懸けで頑張ってる彼の行為を無駄にすると思えてしまい、
 結局使えないまま手元に残したままになっていた。

(どいつもこいつも……)

 朦朧とした意識で思ったのはそれだ。
 止めようとする愛も、殺そうとするマネーラも、
 そして自分の思うように動かないパンプキンにさえ。
 八つ当たりに等しいそんな怒りではあるが、こういう時は話が別だ。
 パンプキンの使い手であるマインはセリューに勝利した時は、
 使用者の感情が昂ることでも威力が十分に強化されていた。
 マイン曰くその時のセリューの敗因は『私を怒らせた』とのこと。

 筋違いや逆恨みと、おかしなものであっても怒りは怒りであることに変わらない。
 自分の意に沿わない愛に怒り、自分の目的を邪魔する完全者やマネーラに怒り、
 何よりも暴力で解決すると言う考えを制御しきれない今の状況に置いて、
 彼の怒りは怒髪天を衝くに等しいものとなっていた。

(引き金が、重い。)

 ただ、疲弊しきった身体は鉛のように重く、
 最早引き金を引くことも満足にできず、
 狙いも思ってる以上にうまく定まらない。
 撃たねば此処で死ぬ。だから撃って殺す。でもできなかった。
 彼一人では、最早戦う力は残されてないのだ。

「……愛、さん?」

 愛は天井を破壊した時のように、
 後ろから洸を抱きかかえるようにパンプキンを握り締める。

「みっつんだけに背負わせたくない。愛さんも、半分持つから!」

 マネーラとの戦いで攻撃は常に洸に任せっぱなしだ。
 可奈美も、ひろしも、ロックも、都古も。全員戦ってる。
 命を奪うかもしれない状況下で、皆命懸けで戦っていた。
 そうやって手を汚すことも全て洸に任せてしまうのか。
 だめだ。そんな自分だけが潔白でいるなんてことは。
 皆が誰かを殺す罪を背負うのなら、自分も背負うべきだと。
 バラバラでありながらもスクールアイドル同好会で意見が一致した、
 アイドルとファンは共にあると言う姿のように。
 自分も皆と一緒に歩むことを選ぶ。

「これが! 愛さんとみっつんの一撃だよ!!」

 洸がパンプキンをある程度支え、
 愛がしっかりと狙って彼の指を押し込んでその引き金を引く。
 絶対絶命と言う状況で放たれるパンプキンの威力は、
 今まで三人が見てきたものの中で、最高の一撃となる。

「ええ!?」

 極太のビームにマネーラも驚愕する。
 とても今から回避しても間に合わない。
 今周囲に浮かせてるマネーを収束させて、
 即席の壁とすることで、直撃を防ぐ。

「グッ、ツ、こ、こんなもの……!!」

 耐える。耐えようと押しとどめる。
 この威力、直撃すれば肉片一つ残らない。
 マネーに多少のヒビが入っていくものの、
 このビームがいつまでも続くわけではないだろう。
 それまで耐え凌げれば自分の勝ちだと。

「いっけええええええええええええええッ!!!」

 愛は思いっきり叫ぶ。
 意味はないかもしれないとは思いながらも、叫ばずにはいられなかった。
 一見無意味かもしれない行動ではあるが、意外と意味はあったりする。

「マ、マネーが……!」

 先ほども述べたが、パンプキンは感情の昂ることでも威力が強くなる。
 想いの強さが威力に繋がるのであれば、叫ぶことも決して無意味ではない、
 威力が上がったことでマネーの割れる音の悲鳴と共に亀裂が広がっていく。
 盾にしてきたマネーが一つ、一つと次々と砕け始める。

「保て、な───」

 次々と砕けていき、最後の盾となるマネーが粉々に砕ける。
 盾を失ったマネーラはそのままパンプキンの光に包まれ、
 辺獄の空に一筋の光が駆け抜けた───

549決壊戦線─Diabolic mulier─ ◆EPyDv9DKJs:2022/05/12(木) 19:21:58 ID:zPEtXNuI0
一旦投下終了です
もう少しお付き合いください

550決壊戦線─気高く吠えろ餓狼─ ◆EPyDv9DKJs:2022/05/13(金) 19:40:57 ID:vDrXBAos0
投下します

551決壊戦線─気高く吠えろ餓狼─ ◆EPyDv9DKJs:2022/05/13(金) 19:43:11 ID:vDrXBAos0
 銃声が響く外の戦いなど耳に届かないかのように、
 三者が顔を合わせた一階のロビーは静寂がその場を包む。
 夢でも見ているのか、疑いたくなる光景を前にして少し言葉を失ったが

「何、やってんだよ……アンタは!」

 周囲の光景を改めて見やれば、
 水面に波紋を広げるかの如く、ロックは叫ぶ。
 こんな状態をひろしが一人でできるわけがない。
 やった相手は当然誰か分かってるし、この男ならやれる。
 それでも。ギースに対し、ロックの感情とは複雑なものだ。

「あいつと知り合いなのか?」

「……父親になる。」

「な、親父さんかよ!?」

「何をやってるか、だと?」

 彼はサウスタウンを牛耳る存在だった。立場が立場である以上、
 おいそれと来ることはできなかったのは分からなくはないが、
 彼は母を顧みることはなく、見舞いも手紙も一度とやろうとしなかった。
 メアリーが危篤に入った際も冷酷に追い払い、いい感情など殆どないに等しい。
 とても好きにはなれない父親だったが、一方で死んでほしいとはまた別だ。
 ギースの死に行き場のない感情から、テリーに戦いを挑んだぐらいだ。
 毛嫌いしてた、なんて一言で済ませるには難しいものになっている。

「温いサウスタウンで成長してしまったようだな。
 此処はサウスタウンのストリートファイトやKOFと同じ。
 餓えた狼が跋扈する世界……嘗てのサウスタウンと変わらぬ。」

 悪びれることはない。
 ギースはこういう男だ。こういう男だからこそ、
 人から恨みを買い続け、最終的にその怨恨で命を落とした。
 彼はそれを悔いることも、それを過ちと思うことは決してない。
 であれば、こうなるのは必定とも言えることだ。

「育て親はテリー・ボガードか? なんにせよ、
 お前は私が殺し合いを乗らないとでも、本気で思っていたのか。」

 否定の言葉は出るはずがなかった。
 この男が何をしてきたかを知っている。
 悪のカリスマ。時として悪夢として出てくる存在。
 そんな奴が乗ってない奴と思える要素が、ある方がおかしいだろう。

「ふん、とんだ青二才になったものだな。
 それでロック。お前は今いくつになっている?」

「……十七だ。」

「となればおよそ十年か。カインも相当腕を上げてるとみていいな。」

「カインを知ってるのか?」

 ギースの死後初めて開催されたKOF。
 カインに会う前に倒したグラントの発言から、
 ギースのことを知っていた様子ではあったが、
 その黒幕となるカインは少なからぬ因縁があるようだ。

「知ってるが教える理由はない。それよりも、
 十年でどれほど変わったか、見せてもらおうか。」

 ギースが構え……と呼べるような構えではないが、
 とにかく臨戦態勢に入ればロックもすぐに対応する。
 此処で戦わなければ死。分かり切ったことだ。

「烈風拳!」

 先手はロック。
 手を振るい、地を這う烈風。
 衛生面を気遣った清潔な床を滑りながらギースへ迫る。

「ほう、私と同じ技が使えるのか。」

 まずは手本を、と言わんばかりに御返しの烈風拳。
 ロック以上のスピードで迫り互いの攻撃が相殺するも、

(む!)

 烈風拳を注視したことで、
 ロックがもう一発烈風拳を放ってたことに少し対応が遅れてしまう。
 とは言え所詮誤差の範囲。寧ろ前進しながら飛び上がることで回避。
 リョウ・サカザキの技への対抗策として編み出した飛燕失脚の薙ぎ払いを放つ。

「ライジングタックル!」

 迫る攻撃を前に冷静に、
 錐揉み回転しながらの飛び蹴りで相殺。
 相殺された反動で距離を取り、互いに揃って肉薄。
 だが攻撃の間合いに入った瞬間、ロックの姿は消える。

(背後か!)

 レイジランによる回り込みを即座に看破。
 すかさず振り返り、背後から仕掛けた拳を掴む。

「しまっ……!」

552決壊戦線─気高く吠えろ餓狼─ ◆EPyDv9DKJs:2022/05/13(金) 19:44:50 ID:vDrXBAos0
 テリーが苦戦を強いられたのは、
 何よりもギースの防御の強さにある。
 対空と言ったカウンターを必要しないのは、
 適切に攻撃を防ぎつつ、カウンターをする当て身投げ。
 これが洗練されていたからこそでもあった。
 掴まれた後はそのまま真上へと投げ飛ばされる。

 病院の天井高は法律上、ある程度の高さが義務付けられている、
 基本的には四メートル以上、上へ投げ飛ばされても天井に激突することはない。
 エレンにも決めた羅生門を叩き込まんとするも、

「グッ、烈風拳!」

 確実にまずいと気付いたロックが、
 咄嗟に真下のギースへめがけて烈風拳を放つ。
 ギースがよくやる疾風拳のそれであり、直撃は避けるように距離をるが、
 彼と違って粗雑な疾風拳であるかのように、床が少し削れるぐらいだ。

「疾風拳は慣れんらしいな。」

「咄嗟に使えるか、今試したばかりだからな!」

 ロックが着地したと同時に、

「Deadly rave!!」

「デッドリーレイブ!!」

 互いの打撃の押収だ。
 ギースの技をベースにしながらも、
 テリーから学んだマーシャルアーツを組み込んだデッドリーレイブ。
 それを原典たるデッドリーレイブとはうまいこと相殺するが、
 互いに決定打を与えることは叶わない。

(なんだよ、この重さ!?)

 自身の肩の傷は確かに無視できないが、
 ギースも見た感じダメージを十分に負っている。
 拮抗はしているものの、一撃一撃全てが異様に重い。
 相殺した手足の痺れから、直撃した際の威力を物語っている。

 ギースが掌底からの気を放つ瞬間、
 ロックは相殺をやめて後方へサイドステップでギリギリ回避。
 そこから続けて右ストレートのシャインナックルをギースの胸へ叩き込む。
 デッドリーレイブの締めが同じ掌底波によるものだと読めたという、
 親子だからこその判断力で僅かに一歩だけ上回った。

「バーンナックルにライジングタックル、
 テリーめ……余計な真似をしたようだな。」

 とは言えそれが決定打には足りえない。
 ましてや、人間を超えてしまった男ならなおの事。
 威力の強さから後退はするが、大技の威力とは思えぬほどに傷が軽微だ。

「少しは期待していたが、存外呆気ないものだな。」

「一撃も当てずに言う言葉じゃないと俺は思うんだが。」

「そうか? なら───本気で行くぞ?」

 翼を生やし、五体があること以外は人間からかけ離れた姿。
 雁を踏襲したかのようなヴァンパイア態へとギースは姿を変える。
 突然自分の全く知らない父親の姿を前に一瞬戸惑い、反応が遅れそうになった。
 先程よりも圧倒的な速度で肉薄からの裏拳が顔面に迫り、転がるように回避。
 傍にあった柱がクッキーのように容易く砕かれ、その光景に戦慄する。
 今度の攻撃は防ぐことすら許されない、当たれば致命傷しかない。

「なんだよ、それ……」

「ヴァンパイアと言うらしい。
 人の屍を糧に生きた私らしいとは思わんか?」

「そうまでして上に立ちたいのかよ、アンタは!
 化け物になってまで、一体何処に行くって言うんだよ!!」

 嬉々とした表情で人間をやめて、
 怪物になってもまだ欲望の化身のままだ。
 何処まですればこの男は気が済むのか。

「あくなき欲求こそ人間の本懐だ。
 例えヴァンパイアになろうとも、私は私のままだ。 
 コギトエルゴズム……は、テリーでなくとも小難しい話か。
 嘗ての哲学者の命題だ。『我思う、故に我在り』と言う意味になる。」

 私腹を肥やす為にKOFを開き、
 野望の障害となる存在を始末し続けてきた。
 辺獄であっても同じことだ。ディメーンも、
 双子の姉妹も超えて悪のカリスマらしくあり続ける。
 人間をやめたところで、その芯は変わりはしない。

「ロック、なぜ勝てないか教えてやる。お前は餓えを知らない。
 餓えを知らぬ狼が餓えた狼と対等であるはずがない。それだけだ。」

553決壊戦線─気高く吠えろ餓狼─ ◆EPyDv9DKJs:2022/05/13(金) 19:46:12 ID:vDrXBAos0
 テリーが勝てたのは、その餓えにある。
 親を殺されて、復讐に明け暮れてきたその執念。
 勝ちたいという執念が彼を強くし続けた結果到達した。
 ギースも同じだ。あくなき欲求に餓え続けてきたから、
 他者を手にかけて、その上に立ち続けている存在だ。

 では、ロックはあるのか?
 親を殺されたところはテリーと同じだが、
 復讐をしたいでもしたわけでもなく、ギースほどの野望もなく。
 十年ぶりのKOFについても、グラントが言ったギースの遺産も、
 それを知るべく向かったが殺してでも欲するものでもなかった。
 全体的に流れに乗ったままとも言えるだろう。
 与えられるだけの存在に『餓え』などない。

「最後の親子喧嘩も終わりだ。」

 逃げたロックへと間合いを詰める。
 迎撃のミドルキックは容易く防がれ、
 レイジランで背後に回り込みながらの肘打ちも止められ、
 そのまま軽い足払いによって床へと叩きつけられてしまう。
 先の攻撃と比べれば本当に手加減されたものではあるが、
 それでもその足払いにロックはバランスを崩すしかなかった。

「Die Yaboo(弱者は死ね)。」

 両手を掲げて放つのはレイジングストームではない。
 レイジングストームを更に超えた、サンダーブレイク。
 ヴァンパイアになった瞬間、一方的な展開にされた。
 追い求めたわけではないが、父の強さは圧倒的なものだ。
 いや、ヴァンパイアなら寧ろ生前以上と言うしかないだろう。
 勝ち目などない、諦めようとしたその時。

「うおおおおおおおおおおっ!!」

 持っていたハイドラを鈍器として、
 ひろしがギースの背後から振るってきた。
 銃弾ではロックに当たる可能性もあって鈍器として使うが、
 鬱陶しいと言った冷めた表情で、横へと飛んで容易く避けられる。
 ヴァンパイアなら避ける必要もないが、背中とは何があるかは自力で見えない箇所。
 撃たれ弱い部分が露呈してるかもしれないと言う警戒から、避けることを選んだ。
 とは言え、これのお陰でロックの命は首の皮一枚だけ繋がったとも言えた。

「ひろし!? 何をやってるんだ!」

 助かったとはいえその無謀な行動はロックも驚かされる。
 あの強さを見たはずだ。一般人では勝てるどうこうの領域にはもういない。
 彼が戦って勝てる可能性は万に一つだってないのは、
 誰が見たってその通りとしか言えない行動だ。

「さっきから黙って聞いてりゃ、てめえそれでも父親かよ!!」

 二度、三度と鈍器として振るうが、いずれも外れる。
 ヴァンパイアとなったギース相手に攻撃はろくに届かない。
 六度目の攻撃には腕を構えることで受け止められるが、
 当然ながらダメージにすらなってないだろう。

「そうだ、父親だ。それの何が問題だ?」

「自分の息子に死ねって言う親が何処にいやがる!
 親はなぁ、子供に生き抜けっていうもんだろがぁ!!」

 奇しくもその言葉は、未来の野原ひろしも言った言葉だ。
 金有増蔵はその言葉に動揺したものの、この男には何もない。

「ふん。下らん。ならば息子の為に皆殺しを推奨するのか?」

「そんなことしろとは一言も言ってねえよ!
 俺はみさえとしんのすけが、家族が巻き込まれてるが俺は乗らねえ!
 家族を守る為なら戦うことはするが、俺達は他の手段で脱出してやらぁ!」

「ならば同じ父親なら聞こうか。
 ミサエかシンノスケが死んだら、どうするつもりだ?」

「ッ!」

 家族三人揃って殺し合いに否定的な皆と脱出する。
 それが目的ではあるものの、ひろしは言葉に詰まった。
 既にみさえやしんのすけが、誰かの手にかけられていたのなら。
 本当に乗らないと言えるのか。妻や息子のいない世界がいいと言うのか。
 否、いいはずがない。嘗て彼は『息子のいない世界に未練はない』と言った。
 一瞬のスキを突かれ、ハイドラを掴まれたまま足払いでひろしは転倒させられる。

「イツッ…」

「ふん、素人風情が。家族を強く想うからそうなる。」

 ハイドラを一瞥した後、適当に投げ捨てる。
 適当とは言うがヴァンパイアの膂力で投げたものだ。
 投げ飛ばされ適当な壁に叩きつけられたそれは、
 銃口がひしゃげて銃器としての役割は果たせなくなる。

554決壊戦線─気高く吠えろ餓狼─ ◆EPyDv9DKJs:2022/05/13(金) 19:47:15 ID:vDrXBAos0
「ロック。餓えを知らぬのであればその餓えを、動機をお前に与えてやろう。」

 化け物から出る笑みは酷く品のない下卑たもので、
 何をしようとしているのか悪寒と共に察する。

「! やめ───」

 静止の言葉もむなしく、
 ギースはひろしの左手を踏みつける。
 ヴァンパイアの力が上乗せされたら、
 その威力は最早手をプレス機に挟まれるに等しく
 地面に軽いクレーターを作り、中心に血だまりができる。

「ガッ、アアアアアアアアアアッ!?」

 痛みの余りのたうち回りたいが、
 逆に痛みのせいで動くことすらままならない。
 家族が、他人の家族を蹂躙する様を見せられ言葉を失う。
 足を離せば、見るに堪えない潰れた手が視界に映る。

「即死させては実感が薄いだろうからな。今は手だけで済ませてやろう。
 ロック。これが動機だ、それが執念だ、それこそが餓えだ……覚えておけ。」

「───ッ、ウオオオオオオオオオオ!!」

 怒りの余りロックはシャインナックルを叩き込むも、
 見え見えの攻撃では簡単に防がれてしまう。

「そういうのは、ただのやけくそというのだ! 愚か者が!」

 人の姿へと戻りつつ胸元に掌底を叩き込まれ、吹き飛ばされるロック。
 デイバックがあったお陰で壁に直ではないものの、
 クレーターができる一撃はとても軽傷とは呼べない。

「……やはり期待しすぎだったな。
 六時間を生き延びたのは、弱者を相手にしただけか。
 数時間前に戦った魔法少女を含む三人がまだよかったぞ。」

「てめえ、そいつらをどうしたんだ……!!」

 痛みをこらえながら、足元に転がるひろしが声を絞り出す。
 意味などないのは分かってる。それでも尋ねずにはいられなかった。

「殺した以外に何がある? それとも、生き血を啜ったかでも聞くか?」

 ヴァンパイアは生きた人間の血を吸うことで一時的なパワーアップも望める。
 本物のヴァンパイアらしい数少ないそれっぽい行動については興味を惹く。
 餓えを知るきっかけにもなりそうにもないのであれば、ひろしはもう用済みだ。
 どの程度の強化が見込めるかの為に、生き血を啜ってみるかとひろしの首を掴もうとする。

「ん?」

 しかし、ロックの方から鉄がぶつかる甲高い音が響いて中断。
 後方にいる、もうろくな期待もできない息子へと視線を向ける。
 頭部から出血しているが、それでもなお支給品の一つなのか、
 西洋の剣を杖の代わりに立ち上がろうとしている姿があった。

「剣とマーシャルアーツを組み合わせた、新しい格闘術でも披露する気か?」

 ロックが握っていたのは西洋にあるタイプの大剣。
 両手で握るようなタイプのそれは、片手で振るうのは余りお勧めできない。
 そも、ロック自身はこういう物を握る機会など殆どなかったのだから。

「……頭に上った血が流れたお陰でちょっとだけ落ち着いた。
 だから返すさ。俺はアンタの言う、餓えた狼は違うと思っている。」

「ほう、ではなんだと言うんだ?」

「───多分なんだがな。
 『どんな状況でも真っすぐ前を見ていること』が、餓えた狼だと俺は思う。」

 テリーはギースに復讐の為に修行をしていた。
 でも修行、基復讐一辺倒だけと言うわけではない。
 明るい性格からテリーの周りの人は笑顔が多かった。、
 彼の姿を見て、ギースの言う復讐と言う名の餓狼とは思えない。
 復讐一辺倒であれば、今も彼の腕は衰えてないことにも矛盾する。

 彼が思った餓えた狼とは、逆境にあっても前を見据える、
 言うなれば信念や志と言ったものではないのだろうかと。
 前を見ていたからテリーは復讐だけに囚われることはなく、
 自分を引き取って育てられた……と、そんな風に思えていた。
 なお、テリーはずぼらなので家事は大体ロックがなんとかしてたが。

 それはギースにも同じことが言える。
 逆境とはあまり縁がなさそうな人物ではあるものの、
 野望に溢れた生き方はある意味真っすぐ、自分を見ている。
 コギトエルゴズムもまた、自分を見失ってないことへの表れだ。

「では貴様はこの逆境で前を向くと。できるとでもいうのか?」

「ああ、向いてやるさ───何処までも、足掻いてやる!!」

 だからその為に剣を取った。
 使うべきか悩み続けてきたそれを手に、彼猛るは猛る。
 合わなければ即死、そんな曰く付きの代物だ。
 躊躇ってきたのは当然だ。失敗するだけで死ぬ。
 誰かと戦った末とかによる死ではなく、使えるかの確認一つで生死を分ける。
 躊躇うのは当然ではあったが、その臆した心は何処かへとおいやった。
 逆境であっても前を見据えろ。自分らしさを忘れることなかれ。

555決壊戦線─気高く吠えろ餓狼─ ◆EPyDv9DKJs:2022/05/13(金) 19:49:11 ID:vDrXBAos0
 此処で自分で見つけた答えを否定するようでは───





 男じゃねえ!!





「限界まで、飛ばすぜ! フェザー!!」

 フェザーが身を挺したことで彼は生きながらえた。
 何処か自分とそっくりだったが、自分以上に熱い奴。
 これはフェザーのお陰で使える。だったら、共に歩まずしてどうする。
 あいつのような真っすぐな志と共に歩んで見せよう。
 彼のお陰での手元に残った、これと一緒に。

『ああ! 叫ぼうぜロック!! 熱い魂でなッ!!』

 死んだ人間は戻らない。目の前に過去の亡霊がいるが、
 それは例外だ。少なくとも、此処にフェザーはいない。
 だからいま聞こえたそれは恐らくは気のせいだろうと。
 そう思いながらも彼のように熱く、同時に騒々しく叫ぼうではないかと。
 その剣の、鎧の名を使うべく鍵をとなる剣を突き立てる。









「インクルシオオオオオオオッ!!」

 ロックの背後から鎖と共に白い鎧が姿を現す。
 鎧の顔が変化し、凶暴な竜のような姿へ変貌する。

「何だ、その剣……いや、生物は!?」

 関心、歓喜、驚嘆。
 いずれも含まれるだろう、ギースの声が上がる。

 悪鬼纏身『インクルシオ』。
 パンプキン同様に四十八の帝具の一つであり、
 素材となった危険種『タイラント』を素材とした帝具。
 身体能力の強化や装甲に覆われる恩恵はあるが、
 何よりの特徴としてはこれに尽きるだろう。

「生きているのか、その武器は!」

 素材となったタイラントは未だに意思を持ったまま生きていると言うこと。
 ロックの身体に合わせて鎧が形を変えていき、更にギースが興味を惹く。
 どんな環境でも、どんな世界でも生き抜いたその尋常じゃない生への執着は、
 今も尚生命を残しており、使用者の体格に合わせた鎧へと姿を変えていく。
 ロックの体を覆うように白い装甲を身に纏った姿を披露することになる。

「ならば、本気を出すしかあるまいな!!」

 ヴァンパイアとはまた違った力。
 更なる高みを目指すギースにとって、これほどの相手はいない。
 まるで好物の料理があることを心待ちにした、子供のような歓喜に満ちている。
 相手にとって不足なしと紅茶色の翼を生やし、ヴァンパイア態へと姿を戻す。

「行くぜ……ギース・ハワードォ!!」

「来い! ロック・ハワードォ!!」

 インクルシオを纏ったシャインナックルと、
 羅生門の掌底がぶつかり、周囲へすさまじい衝撃を送る。
 具体的に言えば、周辺の窓ガラスが軒並み叩き割れるほどの。

「……此処では枷があって邪魔だろう、上へ行くぞ。」

 近くに転がっているひろしが視界に映る。
 折角の戦いだ。ロックの動きを邪魔されては叶わない。
 そういう意味でもギースは二人から離れた位置の天井を突き破り、
 上の階へと着地して手招きする。

「ひろし。離れるついででいいから、都古の様子を見てきてくれないか。」

 正直この状態で戦闘はとてもじゃないが無理だ。
 援護とかそういうのは無理をさせたくないが、
 都古が共倒れで動けなくなってる可能性だってある。
 そういう時の為に任せておきたい。

「お、おう……任せて、くれ。」

 手の痛みはなく、涙も止まらない頼りない姿だが、
 ロックだって血の繋がった父親と戦おうと覚悟を決めている。
 少しは大人らしく、引きつり気味だが笑顔と残された手でサムズアップをする。
 包帯で止血だけしてもらった後、ロックは上の階へと向かう。

556決壊戦線─気高く吠えろ餓狼─ ◆EPyDv9DKJs:2022/05/13(金) 19:51:27 ID:vDrXBAos0
 意識を持って行かれそうな痛みに耐えながら、ひろしもゆっくりと歩き出した。



 二階へ向かえば、ロックから離れた位置でギースは腕を組んで立つ。
 ロックが姿を見せた瞬間、ギースは再び手招きをする。

「Come On Young Boy(かかってこい、小僧)。」

 その一言がラウンドコールの合図だ。

「疾風拳!」

 空を舞いながら大量の疾風拳を放つ。
 一発一発が人並みの巨大さを誇りながら、
 弾幕に等しい程に放ってくる姿は最早流星群。
 それを、ロックは防ぐか払いながら前進する。

「ダンクッ!!」

 背後へ滑り込むように回り込むと同時に跳躍。
 白き鎧に身を包んだ鉄拳のパワーダンクが迫り、

「フンッ!」

 背後へ振り返りながら、
 雷光回し蹴りの要領での蹴りが相殺する。
 相殺とは言うが急な対応に威力が弱まったからか、
 ぶつけ合ったギースの足から軽く血が噴き出す。

「期待外れと言ったことは訂正するべきだな。」

 確かに先程のギースの攻撃を受けてはならなかったが、
 今はこうしてある程度の拮抗していることから、
 底上げされた力を見れば一目瞭然。

「だが! 期待通りと呼ぶには程遠い!」

 あくまで拮抗しているだけ。
 たかだか小技が互角程度でなんだと言うのか。
 それを越えてようやく期待通りの実力と言う物だ。
 空を飛べる都合、常に滞空していじめいのりられるギースは掌底を放つ。
 インクルシオと言えども別の結末のように、成長しない限り翼はない。
 必然的に落ちるだけのロックが防御に回るのは自明の理。
 ……だが。

「ハッ!」

 その掌底を両腕で受け止める。
 ヴァンパイアともなればただの掌底でもクレーターを作れるものだが、
 受け止めた手を軸に、反動の勢いでロックは高跳びのように飛び上がった。

「この立ち回りは、当て身投げ───!」

「カウンター戦術がアンタの特権だけとは思うなよ!」

 ギースの当て身投げ、テリーのクラックシュート。
 双方の技を組み合わせたロックの技、クラックカウンター。
 帝具で底上げされた身体能力は通常ならあり得ない動きを可能とする。
 頭部を叩き潰す勢いでかかと落としが決まり、ギースは地面へと落下。
 二階の床を破壊し、勢いは止まらず一階へと戻されるように落ちる。
 想像以上の攻撃力に、ロックは逃げ遅れてないかとひろしを心配するが、
 病院の玄関口をゆっくりと歩く姿は見えたので、無事であることは確認した。

「ハッハッハッハッハ!!」

 瓦礫を吹き飛ばす勢いでギースは笑いながら舞う。
 顔は潰れかけながらも再生している異様な光景に、
 改めて人間をやめてしまったことを実感させられるが、
 当然ながらそれを長々と見ている暇などない。

「Razing Storm!」

 急降下ダイブするギースをバックステップで避ける。
 着地と同時に赤黒い複数の柱が床から天高く隆起し、
 それに耐えきれなかった床が崩落しながら周囲を破壊していく。
 災厄が形を成して歩いてきたと言わんばかりの攻撃だ。
 当たればどうなるかを想像したくない。鎧を貫通しかねない。

「だが弱点はこの状況だと見え見えなんだよ!」

 二階から跳躍して更に天井を蹴って、同じような急降下。
 ただギースと違って重力に沿った形での垂直落下だ。
 レイジングストームは二種類の内、周囲に柱を出すドームのタイプは、
 ロックが出すタイプのものではないので今初めて見たがすぐに理解した。
 前後左右から攻撃が出ては、誰だって近づくことは叶わないだろう。
 いかにテリーと言えどもこの柱の壁を突破するのは至難だと。

 でもこの特異な状況なら突破は可能だ。
 ドーム状は真上にのみ殆ど攻撃が届かない。
 真上まで飛ばなければならないので並みの格闘家では、
 届くこともないので事実上の弱点のない攻撃も、今だけは例外だ。
 空中で地面に向けて肘打ちのハードエッジを放つ。

557決壊戦線─気高く吠えろ餓狼─ ◆EPyDv9DKJs:2022/05/13(金) 19:53:05 ID:vDrXBAos0
「弱点だと? 対応できるものを弱点と呼ぶか!」

 地面に手を付けた手を即座に引き上げて回転させ、

「羅生門!!」

 レイジングストームで放出させるつもりだった力で、
 上から迫るロックへと羅生門の締めの掌底を上方向に叩き込む。

「ゴッ───!!」

 グランシャリオと違い インクルシオは空中の機動力はない。
 回避行動はとれず、そのまま叩き返されて次々と天井を突き破り、
 最終的に屋上の床さえも破壊しながら吹き飛ばされる。

「どうした! 羅生門一つで沈めば、あの小娘以下と言うことだぞ!」

 空高く舞うロックへ追撃の為飛翔。

「勝手に沈んだと思ってるんじゃ、ねえ!!」

 迫るギースへと再び咄嗟ではあるが疾風拳を放つ。
 先程よりも洗練されたのか、落下し始めたのを反動で再び飛ぶことになる。
 無論、その攻撃はギースは難なく防ぐ。

「疾風拳も様になってきたな。咄嗟に出すことがコツ、
 と言うのを身に染みて知る以上は納得と言えば納得か。」

 元々タワーからの落下を回避するために放った烈風拳が、
 まさかの生存に繋がったことで編み出されたのが疾風拳。
 そこを考えれば、危機的状況がこの技を鍛えるのだろうか。

「勝手に言ってやがれ! おりゃぁッ!!」

 再びロックが構えるのはシャインナックル。 
 重力に物を言わせたその一撃にギースも呆れてしまう。

「だから、たかがバーンナックル如き───ガッ!?」

 故に油断した。ギースの顔面には、
 直ぐに来るとは思わなかったロックの拳が既にめり込み、血を吹き出す。
 疾風拳は落下の勢いを止める。それだけの反動が伴うと言うことは、だ。

「たかが、なんだって? 教えてもらうぜ!!」

 ・・・・・・・・・・・・・・・
 前進の為にも使えるのではないか? そうロックは考えた。
 ギースにも、テリーにも、ましてや本来のロックにさえない、
 『疾風拳を加速装置の扱いをして速度を上げたシャインナックル』なんて技は。
 屋上に叩きつけられたギースは、反動て大きく跳ねて空を舞う。

「咄嗟に出すことがコツ、って言ったよなぁ!」

 拳を離せば、横へ回転するような形でのクラックシュート。
 再び疾風拳を後方へ放ったことで、独楽のような高速回転の蹴りだが、

「それでも、使いこなせてないぞ!」

 所詮はまぐれによる即席のもの。
 慣れれば洗練された一撃だろうが、
 今の彼は覚えたばかりの疾風拳では精度が悪い。
 だから先程のような勢いはつけられずに止められる。
 ギースの当て身投げが決まり、地上へと叩きつけるように投げ落とされた。
 屋上の床へと同じように叩きつけられる。

「不動拳!」

 バーンナックルのような突進しながらの正拳突き。
 横へ転がって回避し、先程いた場所は亀裂を作る。
 すぐさま起き上がりハイキックを側頭部へと叩き込むが、
 空いてる手による裏拳で容易く相殺される。

(ヴァンパイアになっちまったからとか、
 そういうのじゃあない。この男は元からこうなんだ。
 格闘家としてのセンスがずば抜けて高い。だから、強い!)

 改めてギースの強大さを思い知らされる。
 テリーが十年の修業を経てようやく勝てた相手。
 まさにサウスタウンを牛耳っていた首領(ドン)なのだと。
                            
「だからって、負けられねえ!!」

 折れるか。折れてたまるか。
 何処までも足掻いてやると決めた。
 だったら有言実行。その言葉を胸に彼は戦う。

「邪影拳!」

 距離を取るとギースのショルダータックルに対して、
 何度目か忘れた突進技であるハードエッジで応戦する。
 受け止めることは成功したものの、ミシリとロックの肘から嫌な音が軋む。

「ッ!!」

558決壊戦線─気高く吠えろ餓狼─ ◆EPyDv9DKJs:2022/05/13(金) 19:54:19 ID:vDrXBAos0
 そのまま邪影拳の流れの如く掴まれそうになり、
 掴まれる寸前に手を離してレイジングストームを放つ。
 レイジングストームとは言うが、殆ど手に力をためてない状態。
 威力は本来のと比べるまでもないが、インクルシオのお陰で引き上げられ、
 少なくともギースにとっても素で受けるような軟弱な攻撃ではなくなっている。
 すぐさま距離を取るように空中へ出てレイジングストームが終われば、

「雷轟烈風拳ッ!!」

 疾風拳の要領で雷轟烈風拳を、
 この場合は雷轟疾風拳と呼ぶべきだろうか。
 ロックもギースの血を引き継いでいるが故の疾風拳の亜種が編み出せるなら、
 ギースもまた戦いの中で新たな道を体得するのはそう難しい話ではない。
 互いに、本来のあるべき道から外れた辺獄の舞台において、
 別の力を得たが故の産物だろうか。

 弾丸よりもはるかに速い速度で飛んだ雷撃に回避は間に合わない。
 全身を痺れさせる一撃に、すぐに動くことは叶わず続けてギースが先を行く。

「デェイ!」

 そのまま飛びながら薙ぎ払う飛翔日輪斬。
 文字通り斬撃に等しい一撃を前にすんでのところで屈む。
 そこからライジングタックルによる蹴りが彼の下顎を蹴り飛ばす。
 顎骨が砕けながら肉体から吹き飛ぶが、その程度今となっては些末事に過ぎない。
 空中で受け身を取った後、荒れに荒れた屋上へと降りる。
 顎が形だけ再生し、地面を砕きながら踏み込んだギースからの二段回し蹴り。
 迫る破壊の一撃をガードすることで多少の痛みと痺れに留める。

「その程度がガードと思うな!」

 続けて鋭い突くような蹴りを連続して叩き込む。
 天倒殺活二段蹴りも、ヴァンパイアとなっては三段四段以上の蹴りを放つ。
 全てが暴威となる蹴りをガードしきれるほど鎧の中の人間は頑丈ではない。
 サイドステップから右ストレートを狙うが、空いている手を見て中断。

「良い判断だな。」

「ッ、ダブル烈風拳!」

 わざと隙を作って当て身投げを狙ってる。
 すんででそれに気づき距離を取って烈風拳に烈風拳を重ねた飛び道具を放つ。
 烈風拳は重ね掛けすることで強化されるもので、ギースもこれと同じものがある。

「温い!!」

 ただし、上位種が彼にはあるのだが。
 迫るダブル烈風拳に、同じどころか倍以上の烈風拳を重ねるギース。
 流石に距離や向こうの攻撃の都合本来の技、虚空烈風斬程のチャージはできなかったが、
 ダブル程度など余裕で蹴散らせるだけの威力と加速を誇り、台風が如き一撃が迫る。
 横へ転がるように回避することで、辛うじて難を逃れる。

「烈風拳ッ!」

 勢いで起き上がると続けざまに、斬撃のような烈風拳。
 エレンにも使った短距離タイプのものだ。
 即座にパワーダンクの要領で跳躍し、拳を叩き込む。
 アッパーカットがぶつかり合うことで、相殺される。

(これ以上長引かせたら回復がある以上、負ける!)

 荒れ果て、足の踏み場も減ってきた屋上で、二人は距離を取る。
 ロックの方は肩で息をしてるが、ギースの方も疲弊はしてるがろっくよりはましだ。
 借り物の力であるが、現状病院の最高戦力はインクルシオのある自分になる。
 此処で負けたら病院にいる五名の仲間は皆殺しが確定する。
 だから此処で倒すか、最悪相討ちにでも持ち込みたい。
 インクルシオの時間もそう長くはもたない以上、決めに行くしかない。

(けど、どうやる!?)

 しかし勝負を決めようにも、彼の大技はデッドリーレイブかレイジングストームと、
 素の状態でもどうしてもギースの方が上回っていると言ってもいいぐらいのものだ。
 勝負を決めに行くには余りにも役者不足。だったらシャインナックルだけが頼りになるが、
 最初はかすり傷、次はやけくそで防がれ三度目も防がれ、四度目は当たったが不意打ちだ。
 この攻撃に希望を見出すのは、とてもできない話だ。

(いや、違う。)

 ないなら、今ここでそれを乗り越えろ。
 自分らしさを貫く、それが餓狼であるのであれば。
 何処まで逆境に追い込まれようとも、活路を見出して足掻く。
 熱いだけでは、生き残れない。

「ウオオオオオオオオオッ!!」

 距離を縮めてレイジランによる消失。

「くどい!」

 背後に回り込んだのは容易に想像がつく。
 振り向きながら掴もうとするが、ロックの姿がなく盛大に外す。
 否、確かにロックは背後にいた。ただし、ギースの間合いから外れた位置で。
 背後に移動した後、ロックはあえて距離を取った。ギースならそうするだろうと、
 予想したことでできた隙に拳を構え、突撃する。
 彼が選んだ行動は、シャインナックルと同じ攻撃の動き。

「来るか!」

559決壊戦線─気高く吠えろ餓狼─ ◆EPyDv9DKJs:2022/05/13(金) 19:56:11 ID:vDrXBAos0
 気配で悟った。これは奴の最大の技が来ると。
 迫るロックを前に、両手にオーラを纏わせ構えるギース。
 彼が狙うのはレイジングデッドエンド。当て身投げで相手を受け止め、
 羅生門の要領で相手を投げ、掌底の代わりに虚空烈風斬を叩き込む。
 まさに最終奥義とも言うべき、トリを飾る一撃で仕留めるのが相応しいと。

「ふん、テリーのバーンナックルの真似事如きで、私に挑むのか!」

 しかしその内容は呆れ気味だ。
 バーンナックルでは当然勝てない。
 彼の大技のシャインナックルでも届かない。
 餓えた狼が集いしサウスタウンで戦ったテリーとは違う。
 どうあがいても足りない、埋めることはできない。彼を越えられない。
 別に超えたいわけではないが、彼を越えねばこの男を倒すことはできない。

「いいや! それには先がある!」

 だから此処で越えなければならない。
 限界を超えろ。その身に纏ったそれと共に。
 果てなき道を突き進む。魂を込めた怒りの拳を叩きつけろ。

「テリーはもう、アンタの知ってるテリーじゃない!
 あいつは伝説の狼になって確かに十年の月日は流れたが、
 拳は錆びついてなんかいなかった……寧ろ進化していた!」

 カインが開いた十年ぶりのKOF準決勝。
 勝ち上がってきたロックを待っていた対戦相手はテリー・ボガード。
 伝説の狼を相手に白星を取ったことについては、彼自身も疑いたくなった。

「俺にはアンタを倒したテリーになんかなれやしない……けど!
 俺はテリーのその背を追う! 十年経った先にあるのは、バーンナックルじゃないんだよ!!」

 だからと言って、テリーが錆びついただなんて思ってはいない。
 彼にとってもテリーはサウスタウンのヒーローだ。だから憧れる部分もある。
 ヒーローに憧れた憧憬からか、彼の力を借りたいと言う不安からか。
 或いはどちらもあったからかもしれないが、この言葉を呟く。










「Are you OK?(覚悟はいいな?)」
『Are you OK?』

「!?」

 ギースは一瞬だけ見間違えた。
 ロックの姿がよく知った、赤いキャップ帽を被った金髪の青年に。
 父の仇を討つために自分を追い続けた癖に、最後は手を伸ばそうとしたあの男を。

「テリー・ボガ───」

 因縁の男の名前を紡ぐ前に、
 ロックの拳が迫ってそれを受け止める。
 であれば当然投げによるカウンターで決着。
 そうなると筈だと、少なくともギースは思っていた。
 威力が、尋常じゃなく強い。受け止めたはずだが、
 屋上の床を削りながら後退を余儀なくされるほどの勢い。
 下手に投げようとすればそのまま拳が直撃しかねない程の重みがある。

「バスタアアアアア───!!」

 テリーと言えばパワーゲイザーをアレンジした技が殆どだ。
 だがあれから十年の時が過ぎた。ギースの知らないテリーもいる。
 彼を超えるにはこれしかない。シャインナックルを超えた一撃を、
 今のテリーの最大の技の一つ『バスターウルフ』をやるしかないと。
 ロックはバスターウルフは使えない。十年の月日を経て昇華した技、
 いわば年季の問題である以上は、若き餓狼には使えるわけがなかった。
 だからこれはバスターウルフの名前を借りた別の技に近い。
 砕けた言い方をすれば、なんちゃってバスターウルフのようなもの。

 ───しかし。インクルシオによる能力の引き上げは限界を超える。
 使用者の意志に応えて成長する、死してなおも意志が残り共にある帝具。
 これがテリー直伝のバスターウルフではないとしても、
 テリーのバスターウルフに完全に劣るわけではない。

「ヌグゥゥゥ……!!」

560決壊戦線─気高く吠えろ餓狼─ ◆EPyDv9DKJs:2022/05/13(金) 19:56:36 ID:vDrXBAos0
 しかし相手は吸血鬼となったあのギース・ハワード。
 易々と攻撃を突破させられるようなら彼は負けている。
 とは言うが、血管ですら数本は千切れそうな修羅が如き形相、
 いや実際に腕の血管がちぎれていたるところで地を吹き出しつつ抑えようとする。
 今まで受けてきた技の中で間違いなく最大の威力を肌で感じ取れた。
 此処で受け止めれたことを僅かながら鬼籍に思う子ほどに

(限界まで飛ばすな!! 限界を超えろ、ロック・ボガードオオオオオッ!!!)

 鎧の中ではロックもギース同様に腕が耐えきれず皮膚が避け、血が噴き出す。
 歯を砕きかねない程に食いしばり、この一撃を叩き込まんとする。
 ついに二人の攻防に耐え切れず、床が崩落して互いに投げ出される。
 床が崩落したとなれば、当然飛べる方のギースが有利だ。





 本来、バスターウルフはまずストレートを叩き込み、
 その後片腕を抑えて狙いを定める、と言う形を取っている。
 しかし、このロックはまだ殴る途中で叩き込めてない───










 では、本来添えるはずの片手はどこで何をしている?

「アアアアアアアアアアッ!!」

 空中に放り出された瞬間、疾風拳を後方へと持てる力を全力で放つ。
 死ねないと言う、ありふれた生存欲と言ういつかのギースと同じ状況だからか。
 今までで一番、勢いのある疾風拳が後方へと放たれて、今までで一番加速する。
 その加速で後押しされたことで、ついに拮抗が崩れた。
 止めていた拳を弾き飛ばし、胸元に拳が吸い込まれるように届く。
 そのまま胴体を抉り、背中にまで貫通する。

「ゴフッ───」

「ウルフッッ!!!!!」

 拳が到達と同時に、ありったけの叫びと共に気を爆発させる。
 鼓膜を突き破るかのような爆音が響きながら、ついにギースに炸裂した。
 爆発の勢いでギースはロックを置いて、尋常じゃない速度で吹き飛ぶ。
 病室の壁を何度も破壊し、そのまま病院から出ていくように吹き飛んでいく。
 当然ながらそれだけ吹き飛べば、もう肉眼で判断できる領域を超えてる。
 すぐさまロックは飛んで行ったギースを追いかけ、半壊しかけた病院を後にした。

561決壊戦線─気高く吠えろ餓狼─ ◆EPyDv9DKJs:2022/05/13(金) 19:57:37 ID:vDrXBAos0
一旦投下終了です
次のパートでラストなので、
もう少しだけお付き合いください

562決壊戦線─ビヨンドザホープ─ ◆EPyDv9DKJs:2022/05/14(土) 19:06:23 ID:9c8yuuRI0
投下します

563決壊戦線─ビヨンドザホープ─ ◆EPyDv9DKJs:2022/05/14(土) 19:07:09 ID:9c8yuuRI0
「たお、せた?」

 多数のマネーが周囲に散らばってる中、脱力して愛はへたりこむ。
 洸の消費する部分を愛が半分肩代わりしている以上は、彼女も相応に疲労する。

「みっつん! なんとかなった、みた、い……」

 腕の中に抱き抱えられてる洸を見て、言葉を失う。
 いくら肩代わりしたと言っても、彼も引き金を引いている。
 消費はするし、しかも先のパンプキンの威力は絶大だ。
 彼が賄う精神エネルギーはほぼなく、先程以上に血を吐き出す。
 マインですら廃人になることもあるものを放っておいて、
 相性がよくない洸がやってしまえば、その末路は決まっている。

「みっつん!? しっかりして!!」

 手遅れだと分かっていても、やはり信じたくはなかった。
 この殺し合いで最初に出会って、共に行動した自分にとっての友人を。
 自分の方にはこの状況を何とかできるものは存在しないし、
 洸も支給品は日傘、手榴弾、パンプキンと判明している。
 もうどうにもならない。彼は、此処で死ぬ。

「……どう、して。」

「え?」

「どうして、簡単に人を助ける行動ができるんですか、貴女は。」

 彼女は都古を助けようと危険を承知で動いて、
 リスクがあると分かってたはずなのに自分からパンプキンの引き金を引いた。
 母を助けたところで感謝なんてされず、寧ろ逆にキレられた洸にとって理解ができない。
 都古の時の彼の救援はあくまで合理的な理由による結果であって、決して善意ではない。
 それに、愛は打算的に動いたのとは違うことはいくつもの無計画さから伺える。
 何故この人はそう行動できるのか。朦朧とした意識でよくわからないことを訪ねてしまう。

「んー……そこは愛ゆえに? 愛さんだけに。」

 頬に人差し指を当ててから、思ったことを口にする。
 何を言ってるんだこの人はと、一瞬きょとんとした顔になってしまう。

「と言うのはちょっとだけ冗談。
 みっつんもみゃーこも皆友達だからだよ。
 友達が困ってるなら、助けにいくものだと思ってるから。」

 以前璃奈が自宅に引きこもった時のように、
 愛はそういうのは放っておけない性質だ。

「あ、でもそういうのって『友愛』って言うんだっけ? じゃあやっぱり愛かな?」

「……ああ、そうか。」

 こういう形の愛もあるんだな。
 いじめに家族の死と精神的に追い詰められた春花を、
 精神的には支えてはいたが、自分の身体を張って行動は余りしなかった。
 怖かったからとかと言うよりは、愛する春花以外が無関心だからなのもある。
 他がどう思おうが、自分は春花が好きだから。邪魔するのであれば容赦はしない。
 そういうスタンスに近しいのもあって、口では言うも特に何もしてこなかった。

 他の形の愛があるんだなと彼は理解する。
 十全な理解はできない、幼い頃から父の愛を見てきたことで、
 歪み切った愛が根底に存在している彼には無理からぬことだ。

(次からは、そうしたいな。)

 でも彼は変われた。
 次からは、野咲をそんな風に助けよう。
 彼女の敵を、暴力ではあるかもしれないが守りたい。
 そうすればきっと、彼女も一緒にいてくれるから。

「野咲……俺は───」

 相場洸の人生は別の愛の形を理解しただけで、
 その愛を意中の相手に与えることはないまま、眠りについた。



【相葉晄@ミスミソウ 死亡】



「みっつん……」

 彼が呟いた野咲が誰なのかは知らない。
 分かるのは誰かに会いたかったことぐらいだ。
 再会することもできないまま、此処で亡くなった。

「ごめんね、愛さんが、もっと早く気付いてたら……!」

564決壊戦線─ビヨンドザホープ─ ◆EPyDv9DKJs:2022/05/14(土) 19:08:11 ID:9c8yuuRI0
 目の前の友人の死に耐え切れず、涙を流す。
 戦いにおいては終始誰かに助けられてばかりの連続。
 無力さや甘さ、そう言ったものを嫌と言う程理解させられる。
 殺害どうこうは抜きにして、行動できなければどうにもならない。

「……愛さん、頑張るから。」

 涙を拭ってマネーの隙間をウォーハンマーで強引に道を開ける。
 近くの家屋へと彼の遺体を寝かせて、支給品を回収しておく。

「みっつんがアタシにしてくれたみたいに、愛さんも戦うよ。」

 きっと人を殺めるときは震えるだろう。
 でも、同好会の皆やひろし達が危ないときに動けなかったら、
 そしたら自分は、二度と笑顔になることはできないかもしれない。
 それは自他共に笑顔にすると言う、彼女のアイドルとしての存在が、
 せつ菜のお陰で始まったアイドルの終わりでもあると言うことだ。
 死んでいった彼女の為にも、アイドルとしての在り方を失いたくない。
 殺し合いはしない。でも、それがイコール戦わないというわけではない。
 彼が命懸けで戦ったように、自分もできる限り戦うことを選ぶ。



【F-4/1日目/朝】

【宮下愛@ラブライブ!虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会】
[状態]:頬に傷(処置済み)、肩に裂傷(処置済み)、耳たぶが少し削れてる、疲労(中)、精神疲労(大)、覚悟完了
[装備]:レッドカード@ポケットモンスターシリーズ、特注の日傘@東方project、浪漫砲台パンプキン@アカメが斬る!、コンクリートのブロック(右足、外せない)
[道具]:基本支給品、ランダム支給品×0〜1(少なくとも愛に使えない武器、回復系でもない)、包帯×2、絆創膏×1、洸のデイバック(基本支給品、手榴弾×3@現実)
[思考・状況]
基本方針:殺し合いには乗らない。でも戦わないつもりはない。
1:ゆうゆ達を探しつつ首輪も何とかしたい。
2:みんな……無事でいてね……
3:病院の皆と合流しなくちゃ。
4:みっつん。少しの間待ってて。愛さん頑張るから。
5:あの変装をする何か(マネーラ)に警戒しないと……どうやって見分けよう。
6:愛さんも、戦うよ。
[備考]
※参戦時期はアニメ最終回後。
※マネーラの本来の姿を別の参加者を模倣した姿と思ってます。
 また姿だけですが立香、あかり、零の姿を覚えてます。










(ま、間に合った……今のは本当に死ぬかと思ったわ。)

 愛から大分離れたクレーターの中心地に、マネーラの像がある。
 施設や置物ではない。これはマネーラ自身がそうなったものだ。
 パンプキンの攻撃を受ける直前に周囲にあるマネーを収束させたことで、
 僅かながらの時間を稼げた結果、忍ばせていたアストロンのたねを口にした。
 アストロンのたねを食べれば一定時間ほぼ全ての攻撃を受け付けなくする。
 対価として暫く像になって動けないが、それも時期に終わるだろう。

(変身できる数が増えたのはいいわね。)

 愛とみっつんと呼ばれた青年、
 片方は瀕死で今も生きてるか分からないが、
 変身できる先を増やせば増やすほど混乱を招くことができる。
 どうかき乱せるか見物だとは思うも、こういうかく乱は速度が大事だ。
 それに、二人が生きているなら芽吹くかは分からないが種は既に蒔いた。
 後は結果次第ではあるものの、懸念すべきところはまだ多い。

(にしても、あんな支給品は聞いてないって。)

 明らかに無力な一般人の手によって、
 危うく死ぬかもしれなかったことを考えれば、
 支給品の存在は中々に侮れないものだと理解できる。
 どう立ち回るべきなのか。モノマネ師は悪魔の道を選びながら、
 解除された後の行動について考えることにした。



【マネーラ@スーパーペーパーマリオ 】
[状態]:疲労(中)、ダメージ(中)、アストロン
[装備]:まじんのかなづち@ドラゴンクエストビルダーズ2 破壊神シドーとからっぽの島
[道具]:基本支給品、ランダム支給品×0〜1 789ゴールド
[思考・状況]
基本方針:優勝してディメーンも殺して伯爵様を復活させる。
1:悪いわね、アカリ。アタシ優しくないの。
2:零やロックには注意するが、最悪利用してやるつもり。
3:二日目の昼にはE-3のかなでの森博物館へ戻り、あかりやギャブロ達と合流して手にした情報を交換する。ただし……
4:しばらく動けそうにないので適当に休む。

565決壊戦線─ビヨンドザホープ─ ◆EPyDv9DKJs:2022/05/14(土) 19:09:28 ID:9c8yuuRI0
[備考]
※参戦時期は6-2ピーチ姫とバトルする前
※ロックの危険性について知りました。
※キヨス・ギャブロ・藤丸立香の世界について簡単に知りました。
※原作面子以外で変身できるのはあかり、ギャブロ、立香、零、みらい(未完成)、愛、洸です。
※しばらくの間アストロン状態で身動きが取れませんが、ほぼ全ての攻撃を受けません










「……クソ、曲がったせいか壊れたか、弾が出てこないな。」

 地面から這い出てから番傘の調子を確認する完全者。
 どれだけ高く飛ぼうとも、触れる地面を泥にすることで衝撃は和らぐ。
 通常高所から落ちれば、液体でもコンクリートに匹敵する硬さになるが、
 本来の持ち主であるセッコはヘリコプターから落ちても問題なかった。
 泥化さえすれば落下死すると言うのは、オアシスにおいては絶対に起きないことだ。

「あの小娘、どんな膂力があるんだ。」

 似たスタイルであるマリリン・スーも、
 電光戦車を殴り倒すぐらいは確かにできなくはなかったが、
 マフィアでもなんでもない小娘が出せる力を軽く凌駕している。
 しかも御刀相手にも曲がらなかった番傘をくの字に曲げられるとは。
 まだ鈍器としては使えるが、銃器としては使えないものにされていた。
 オアシスでうまいこと泥にしたり戻したり調整すれば出るかもしれないので、
 余裕があれば試してみるのもありかもしれないが正直難しいだろう。

(ギースと合流して支給品を貰うのが一番手っ取り早いか?
 いや。奴の場所が把握できん上に、奴は私がいてもいなくても動く。
 合流する気などない奴を探すなど意味がない。素直に別行動がいいか。
 アレも決まったかどうか判断できない以上、戻るのも余りよくはないしな。)

 芳しくない状況にどうしたものか。
 今後の行動をよく考えなければならない中、

「やぁやぁ、数時間ぶり。」

「ッ!」

 いつのまにか背後にいたディメーンに声をかけられ、咄嗟に距離を取る。
 心許ない状況も相まって、敵かと勘違いしかけて番傘を構えるが、
 相手が相手なのですぐに武器を下ろす。

「なんだ、貴様か。後三時間ぐらいは関わらないと予想してたが?」

 もう少し生き延びたらの意味を、六時間程度とは思わなかった。
 九時間、なんなら次の放送まで待たされるものかと思っていたぐらいだ。
 予想以上の速さにはありがたいとは思うも、早く動きすぎだと呆れ気味だ。

「ンッフッフ〜。今メフィスとフェレスが別件に注視してるからね。
 胡散臭い陰陽師の彼も、客将の様子を見てたりで暇してないもんでさ。
 会うなら今が頃合いかな〜と思って。生き延びて、ちゃんと参加者減らしたし。」

 ほう、別件か。
 どうやら不測の事態はあるらしいし、
 陰陽師に客将と他にも知らぬ敵の話もあるようだが、
 流石にそれらを掘り下げることは難しいだろう。

「態々来たならば、最初に聞こうか。これは何だ?」

 伯爵から出てきたコントンのラブパワー。
 その存在が何かを彼女はようやく知る権利を得る。
 奪われぬよう、最大限の警戒をしながら。
 ……それはそれとして。

(しかし───)

 参加者を減らした、と言う言葉に彼女は引っかかった。
 彼女の手で重傷を負わせた参加者は何人かいたものの、
 とどめを刺すには至らなかった参加者ばかりでキルスコアはゼロだ。
 沙都子とあゆりは沙都子の自爆なので、事実上彼女のスコアだろう。
 ではヴォルが? とも言いたいが戻ってこなかったのを見るにそれも怪しい。
 と言うことは、彼女は一体誰を殺したのか。

(あの小娘、仕留めたのだな。)

566決壊戦線─ビヨンドザホープ─ ◆EPyDv9DKJs:2022/05/14(土) 19:11:08 ID:9c8yuuRI0
[備考]
※参戦時期は不明。
※モッコス死亡により、完全者の所持するビブルカードが消滅しています。
※ある程度生き延びたらディメーンから接触することがあるかもしれません。
※ギースと情報交換しました。
※オアシスで地面を泥にしてから固めることを習得しました
※オアシスの制限は以下の通り
 ・地中に長時間潜ると消耗が大きくなる
 ・周囲の地面を泥化は消耗がかなり大きい
  三度もやればスタンドを維持できなくなる(十中八九地面に埋まって動けなくなる)










 完全者を彼方へ飛ばして、息を整えようと深呼吸する都古。
 息を整えなければまともに動けなかったが、

「都古ちゃん!! 離れろ!!」

「え───」

 病院での戦いから離れたひろしが、
 離れていたからこそ彼女の危機に気付き叫ぶ。
 だが離れてる上にひろしは走れるほどの余裕はない。
 だから、その光景をどうすることもできずにことは起きた。
 何かが落ちた音と共に爆発、いきなり都古の全身が燃え始める。

「───ッ!!!」

 声にもならない悲鳴を上げながら、都古はのたうち回る。
 今起きてるその光景に、ひろしは分かってたのに何もできなかった。
 完全者は飛んでいく直前、焼夷手榴弾を彼女へと向けて投げていた。
 とあるゾンビと縁のある世界におけるそれは、接地した瞬間に爆発する。
 手榴弾と違い爆破までのラグが存在しない為彼女の位置にさえ投げれば、
 十分に効果的な当て方をすることも不可能ではなく、見ての通りだ。
 大技の反動で疲弊した彼女は、置き土産に対して動けなかったのが災いした。

「都古ちゃんッ!!」

 消火は必須。だが二人のいる場所はコンクリートの駐車場。
 水源などどこにもないし、院内も戻ろうにも廃墟で遠回りだ。
 そんな暇はないのでできるのは基本支給品の飲料水の類だけだが、
 元々焼夷手榴弾は対象を燃やすことを優先したもの。
 ちょっとやそっとの水ではどうにもならないものだ。
 できたところで全身を包む炎を消すことなどできなかった。

「おじ、さん……助け……」

 燃え盛る中必死に声を紡ぎ出し、手を伸ばす都古。
 人一人が燃えてる状態を彼自身だけではどうにもならない。

(頼む、間に合ってくれ!!)

 無事な消火器を探そうにもこの怪我では時間がかかる。
 だからひろしは死に物狂いで彼女の方へと駆け寄って、
 途中支給品にあった顔が描かれた氷を軽く上下に振ってから投げた。
 こおりのいぶきは元々敵を攻撃するもので怪我を負わせてしまうが、
 そればかりはどうにもならないと割り切って氷の冷たい風が彼女を襲う。
 最後に一瞬だけ氷漬けになった後氷が砕けると言う手順を踏むので、
 炎は一瞬にして消え去って黒焦げになった彼女だけが残される。
 多少熱くはあったが、その辺は飲料水で何とかゴリ押す。

「よし!」

 急いで、都古の下へと駆け寄る。
 病院には他に誰もいない。ロックも静けさからいなくなったものだとは察せられる。
 こんな状態になってしまっては、鎮火しても火傷の傷はどうにもならないレベルだし、
 チェックメイトと言わんばかりにひろしの手持ちの支給品ではどうにもならなかった。
 だから彼女の方の支給品の中に何かあるのではないかと。

「あった!!」

 彼女の方のデイバック眠っていた一粒の豆。
 仙豆と呼ばれるそれは一粒食べるだけで傷が回復する。
 それを使えばどうとでもなると、倒れる都古の口をこじ開け舌の上に置く。

「都古ちゃん、これを食べれば治る! だから飲み込んで……」

 後は飲み込めばそれで終わりだ。
 火傷は後のことを考える必要があるが、
 少なくとも今は死なずに済むだろう。










 ……飲み込めればの話だが。

「都古、ちゃん?」

567決壊戦線─ビヨンドザホープ─ ◆EPyDv9DKJs:2022/05/14(土) 19:12:23 ID:9c8yuuRI0
 どうにもならなかった。
 人間は身体の七割以上焼かれるとほぼ確実に死ぬ。
 流石にこの短時間でそれほどまでとはいかないが、
 だからと言ってそれでも絶対死なないというわけではない。
 舌の上の仙豆は、飲み込まれることはなかった。



【有間都古@MELTY BLOODシリーズ 死亡】



 焼け焦げた人の臭いと言う、
 人生で一度だって経験したくない異臭を傍らにひろしは項垂れる。
 しんのすけほど幼くはなかったが、彼女だってまだまだ子供だ。
 親御さんの下に返せず、しかもこんな惨たらしい死を迎える。
 自分ができたことがあるなら、デイバックの焼失を回避したぐらいだ。

「畜、生……!!」

 やるせなさから地面を叩くと言う力すら出せない。
 助けられたかもしれないと確信を持ってしまったことで、
 余計にひろしは彼女に対する罪悪感が重くのしかかっていく。
 燃え尽きた遺体を前に、彼は何もできずにいた。



【野原ひろし@クレヨンしんちゃん】
[状態]:左手粉砕骨折(止血済み)、疲労(大)、精神疲労(特大)、罪悪感
[装備]:こおりのいぶき×2@スーパーペーパーマリオ
[道具]:基本支給品(水が少し減ってる)、予備のショットガンの弾、ランダム支給品×0〜1、包帯×3、都古デイバック(基本支給品、ランダム支給品×0〜1、ニュートンの林檎×4@へんなものみっけ!)
[思考・状況]
基本方針:殺し合いはしない
1:しんのすけ達を探しつつ首輪も何とかしたい
2:とりあえず今はロック達と病院で休む
3:都古ちゃん……すまねえ……!!
[備考]
※少なくとも『嵐を呼ぶ アッパレ!戦国大合戦』までの映画版での出来事は経験しています。










「!?」

 二人ともそれに動きを止めざるを得ない。
 唯一反応がなかったのは、混乱してそれどころではない零だけ。
 病院から飛んできた、と言うことは先の音からしてわかる。
 でもあんな破壊力は二人でも容易ではない。
 一つの家屋が倒壊する一撃など。

「可奈美、此処にいたのか!」

「え、ロックさん? その恰好は?」

「あ? ああ、そうか……色々あってな。そっちもまだ倒せてないのか。」

 一瞬誰か分からなかったが、
 声と立ち方からロックだと察する。
 此処で『立ち方』で察せられるのは、多分可奈美だけだ。

(病院で轟音を出し続けてきたのは恐らく彼と今の敵。
 疲弊はしてるけれど、幡田零が復帰して来たら三対一。
 でも、それがなければもう一人のお陰で二対二……まだ十分勝機があるわ。)

 ダメージを受けてると言っても軽微だ。
 アーナスやみらいを相手にするとは違う。
 十分な勝機を見出し、撤退を選ばないことにする。

「ハハハハハ……!!」

 倒壊した建物から、笑い声と共にギースは這い出てくる。
 多量の血をまき散らし、腹に貫通した傷がぽっかりと開いて、
 後ろの景色が眺められる中、血がとめどなく流れていく。
 奇しくも、彼が殺した細谷はるなの傷と同じ傷痕だ。

568決壊戦線─ビヨンドザホープ─ ◆EPyDv9DKJs:2022/05/14(土) 19:13:29 ID:9c8yuuRI0
「ガボッ。侮ったつもりはないが、此処までやるとはな。」

 だが死なない。目は焦点を取り戻したままだ。
 咽て血を吐き出しながら、ギースは笑い続けている。
 ホラー映画のようなワンシーンに、さしものアナムネシス含め動揺する三人。

「ギース……これでも生きてるって言うのか。」

「え? ギースって確か父親の名前って……」

「ああ、親子の関係だ。殺し合う関係になっちまったけどな。」

「……ッ!」

 ロックの一言に、
 人知れずアナムネシスは頭痛がした。
 何故か分からない。幽鬼の欠落した記憶に■■なんてものはなく。
 だが、突然■が放送で呼ばれた過去がフラッシュバックする。

「ガッ、アッ……なんだ、これは! 何故だ!?」

「え?」

 彼女は元々の時間軸から、恵羽千と出会ってはいない。
 だから名前だけでは軽く引っかかる程度にとどまった。
 しかし『親子』のワードを聞いたことで、フラッシュバックして戸惑う。

「何故だ!? 何故、お前が私の心を乱す!?
 たかが死者に過ぎない! 名前だけだと言うのにッ!!」

 頭を押さえつけ、アナムネシスは動揺する。
 突然の行動に、ロック達三人も困惑してしまう。

「アナムネシスが急に様子が……幡田さん、どういうことか分かる!?」

「わか、りません。アナムネシスがあんなに動揺してるのは私も初めてで……」

 流石にアナムネシスの様子がおかしいと、
 零も我に返って可奈美の質問に返答する。
 今まで殺すべき憎き相手としか認識してなかったが、
 初めて彼女の別の側面に、零も戸惑いが隠せない。

「グッ、アアアッ!!」

 今の状態では戦うことなどままならない。
 すぐにその場から、逃げるように離れる。



【アナムネシス@CRYSTAR -クライスタ-】
[状態]:疲労(中)、全身に多数の刺し傷や裂傷、頭痛、困惑
[装備]:メガリスロッド@ファンタシースターオンライン2
[道具]:基本支給品一式、ランダム支給品×0〜2
[思考・状況]
基本方針:優勝して、ヨミガエリを果たす。幡田姉妹に復讐する
1:恵羽千……何故だ、何故その名前が私を乱す!?
2:好きに行動する。アーナスの邪魔をするつもりはひとまずない。
3:あの女(白井日菜子)は、次会う機会があれば必ず殺す。
4:辺獄の管理人、何を考えているのかしら……?
5:幡田零に出会ったら幡田みらいの前で惨たらしく殺すはずが……
6:辺獄の管理人について聞いてきたあの女(沙夜)、何を考えてるの。

[備考]
※参戦時期は第六章『コギトエルゴズム』で、千の名前を知る前から。
※まだ名簿を確認しておりませんが、幡田みらいの様子から姉である幡田零がこの平安京に居ると確信しております。










「待ちなさい! アナムネシス───」

 零はそのまま彼女を追いかけようとする。
 もう、アナムネシスに対してどうしたいか分からなかった。
 仇ですらないかもしれない、仇と思い込んでるだけの存在。
 正常な思考ができてると言えないままに感情だけで行動に出ようとする。

「駄目!」

 それに待ったをかけるように、可奈美が彼女の手を掴む。

「ッ、離してください!」

「できない! 私たち二人で挑んでもダメだった。
 私はこれ以上離れられないし、だからって幡田さんも見捨てられない!」

「アナムネシスの話を聞いてなかったんですか!? 私は、みらいを……」

 そう言おうとしたが、みらいが幽鬼の姫であると告げられた。
 嘘だと否定したいのにできない。できるわけがなかった。
 彼女が語ったことはただの事実の羅列。整合性も何もない。
 みらいが幽鬼の姫なら、死んだ可能性すらなくなった。
 自分は何のために幽鬼を狩っていたのか分からなくなる。

569決壊戦線─ビヨンドザホープ─ ◆EPyDv9DKJs:2022/05/14(土) 19:14:58 ID:9c8yuuRI0
「とんだ茶番だな。」

 待ち惚けな状態となったギースがついに沈黙を破る。
 心底どうでもいい話だと一蹴するのは当然のことだ。
 可奈美は彼女の手を握ったまま御刀を抜くが、

「可奈美、少し離れた方がいい。
 さっきの建物の通り、アイツとの戦いは規模が違う。」

「でもロックさん……」

 一人で戦える状態なのか。
 腕からは拳が流れ続けてるし、
 肩で息をしてる状態は疲弊しきっている。

「これは、俺が決着をつけないといけない。」

「……分かった。ロックさんも無理しないで。」

 自分にとって戦わなければならない相手だ。
 ましてや親子同士の戦いに自分が踏み入る部分ではないと。

「幡田さん、ついてきて。」

 零の手を引くも、
 彼女からの返事がないまま、可奈美はその場を離れる。
 アナムネシスをこのまま追撃したところで勝ち目などない。
 だからと言って、今可奈美やロック達を殺す動機も曖昧だ。
 みらいが他者を、幽鬼を狩ってヨミガエリした存在であるなら。
 何故、死んだふりなんてし続けているのだろうか。
 自分の妹の事さえ、彼女は分からなくなっていた。



【衛藤可奈美@刀使ノ巫女】
[状態]:精神疲労(特大)、疲労(大)、左肩弾痕(処置済み)、右手に傷(包帯で処置済)
[装備]:孫六兼元@刀使ノ巫女、白楼剣@東方project
[道具]:基本支給品、舞衣の支給品(基本支給品+ランダム支給品×0〜1)
[思考・状況]
基本方針:殺し合いはしない。姫和ちゃんやみんなを探したい。
1:幡田さんを放っておくわけにはいかない。
2:姫和ちゃんは千鳥がないと……ううん。それでも私が止めないと!
3:舞衣ちゃん……私、生きるよ。
4:皆と早く合流しなきゃ。
5:フェザーさん……私、頑張るね!
6:アナムネシスの反応、どういうことなんだろう。

[備考]
※参戦時期はアニメ版21話、融合した姫和と戦闘開始直後です。
※舞衣の理念の残滓との影響で孫六兼元で刀使の力が使えるようにはなりましたが、
 千鳥と比べたら半分以下の制限となります。(人外レベルの相手は難しい)
※荒魂のことはまだ話してないので、ロック、都古、ひろし、愛、洸とは同じ世界だと思っています。



【幡田零@CRYSTAR -クライスタ-】
[状態]:涙は流れない、精神不安定(極大)、疲労(中)
[装備]:代行者の衣装と装備、オチェアーノの剣@ドラゴンクエスト7エデンの戦士たち
[道具]:基本支給品一式、不明支給品×0〜2
[思考]
基本方針:???
1:……
2:千さん……
3:あの男(修平)とは、次にあった時は殺し合う事になる。
4:吹石琴美って、あの琴美さん?
5:立花特平のような参加者に化けた幽鬼に警戒。
6:みらいが幽鬼の姫……? アナムネシスを殺したのはみらい?

[備考]
※参戦時期は第四章、小衣たちと別れた後です。
※武器は使用できますが、ヘラクレイトスは現在使用できません。
※参加者の一部は主催によって何か細工をされてると思っています。
 ただし半信半疑なので、確信しているわけではありません。










 二人が離れて二人だけの場。
 一歩踏み出したギースにロックは構えるが、

「安心しろ。私の心臓は破壊されている。
 ヴァンパイアでも心臓が弱点は変わらん。
 今ここにあるのはただの残滓。時期に死ぬ。
 殴った反動でも死ぬだろうから、誰も殺せはしない。」

570決壊戦線─ビヨンドザホープ─ ◆EPyDv9DKJs:2022/05/14(土) 19:18:16 ID:9c8yuuRI0
 ヴァンパイアから人間の姿へとギースは戻る。
 袴姿でさも平然とした姿を装ってはいるものの、
 所詮は外見だけだ。心臓が破壊された今彼は事実上死んでいる。
 一発でも殴られれば、それだけで灰となって消滅するだろう。
 それでもなお動けるのは、彼が並々ならぬ精神力を持つからか。
 死を前にしても恐れるような顔はしない。威風堂々たるその姿。
 こういう姿故に、ビリーを筆頭に多くの人が彼についていった。
 悪のカリスマたる男の姿を物語っている。

「ギース……」

 同じように、インクルシオを解除する。
 殺し合いに乗っていて、実際に殺しもしていた。
 この男は絶対に意志を曲げない。改心なんてものもない。
 どうにもならない相手。殺すか殺されるかの二択しかない相手。
 わかってはいる。分かってはいるとしても、納得はできない。
 メフィス達の思惑通りになってしまったというのもあるにはあるが、
 愛憎渦巻くのがギースに対する感情だ。殺す以外の選択肢で、
 何かなかったのではないか。そんな風にどこかで思えてしまう。
 彼はまだ十七歳の子供だ。簡単に割り切れるわけがないのだから。
 それが、悪の権化であっても父親である以上は。

「ふん、人を殺しておいてする顔ではないな。
 今のサウスタウンでは、そこまで腑抜けたか。」

 激励でも何でもない、率直な侮蔑。
 ギースらしいと何処か思えてしまう。

「……何一つ思わなかったかどうかで言えば、嘘だな。」

「え?」

 デイバックからギースは支給品を取り出す。
 一瞬何かをするのかと身構えたが、出たのは写真だ。
 白シャツにジーンズを揃って着た親子の姿がある。
 これに彼は覚えがあった。

「私が持っていた奴を支給品にされたらしい。
 これには何の力もない、はずれでしかないものだ。」

「これって……」

 幼い頃、ロックがギースと撮った数少ない写真だ。
 親子揃って白シャツとジーンズで笑みを浮かべてると言う、
 今のギースを知る人物からは、とてもありえないものだ。
 ありふれた写真ではあるが、ギースはそれを手放さなかった。
 この男は邪悪だ。ボガード兄弟の父を、ブルー・マリーの父を
 他に多くの屍の上を歩み続け、妻であるメアリーも顧みることをせず、
 世間一般からすればろくでなしのクズの父親と言うほかないだろう存在だ。
 そんな男が、息子との写真を捨てられずにいた事実に驚きを隠せない。

「私にはもう必要ないものだ。好きにしろ。」

 使い道のない外れの支給品。
 持っていたところで何の意味のない物。
 盾にもならない。動揺すらも誘えない。
 独特な使い道すら見いだすこともできない代物。
 だが、不思議と彼は此処でも手放すことをしないでいた。

「……だよ。」

「?」

「ッ……なんでだよ!
 なんでこんな当たり前のことが!
 母さんになんで出来なかったんだよ!」

 ギースの肩を掴み、叫ばずにはいられなかった。
 こんなものを此処でも大事に持ち続けていた。
 息子を僅かにでも気にかけるだけの心があるなら。
 母にもそれを少しぐらい分けてもよかっただろう。
 少しぐらい、他の人にだって分けてもよかっただろう。
 それをしてくれれば、こんな複雑な心境にならなかったのに。

「聞いてどうする? メアリーを顧みなかったことに、
 それが仮に善意からくるものだとして、どうするつもりだ?」

 澄ました顔でギースは問いかける。
 もし善意であったなら、すれ違ったまま戦って殺したことになる。
 そうなれば、ロックは一生そのことを後悔しながら生き続けるだけだ。
 勿論、それが悪意によるものならきっと何も問題はない。
 今まで通りの認識、それが正解だっただけだから。

「悪意であれば聞く価値はなし。
 善意であれば聞けば癒えぬ傷を負う。
 半分の確率で地獄を見るぞ。お前はそのつもりか?」

 真意は語らずにその手を振り払う。
 この男がこの写真や、嘗てロックの様子を部下に確認させたことが、
 親心からくる愛情なのか、それとも悪のカリスマによる気まぐれなのか。
 それを知る術については、誰一人として知ることはないだろう。
 クラウザーでも、ホッパーでも、ビリーでも、テリーでも、ロックでも。
 彼に関わった人物含め、その理由を知る者は恐らく誰一人としていない。

571決壊戦線─ビヨンドザホープ─ ◆EPyDv9DKJs:2022/05/14(土) 19:19:27 ID:9c8yuuRI0
 ロックも聞こうとはしなかった。
 此処で聞いてしまってもしそれが善意によるなら、
 彼は永遠にそれを引きずる可能性がある。
 殺し合いの状況で精神のコンディションは極めて大事だ。
 特に今は守らなければならない仲間もいる。
 分からないままにしておく方が良かった。
 この質問も親としての彼による偽悪を演じた接し方か、
 単に言うだけ無駄だから話したくないだけなのかもわからない。
 真実はギースだけが知っていることだ。

「どうしても聞きたいのであれば、死んでから教えてやる。
 もっとも、私は地獄にいる以上はそう易々とは来れまいか。」

 墓まで持って行くとはこのことか。
 ロックの横を通り過ぎながらギースは歩く。

「……終わりの時が来たか。」

 身体が徐々に崩壊していく。最早気合でも限界を迎えている。
 灰になりつつある身体を前にしても、ギースは動じない。
 自分の死についてですら、さして焦ることも何もない。
 テリーの手を振り払ったときのように。

「───今宵一度(ひとたび)の宴、存分に堪能させてもらったぞ。」

 ロックは背を向けたままで見ることはなかったが、
 最後に見せた彼の表情は、悪の権化とは少々違うものだ。
 例えるならば───










 息子の成長を見て喜ぶ、
 父親のような微笑を浮かべて彼は灰となった。
 その笑みの意味もまた、誰も知る由もなく。



【ギース・ハワード@餓狼伝説シリーズ 死亡】



「ギース……」

 灰を前に、ロックは呟く。
 どうすればいいかの分からなかった。
 ギースがした行為に対し怒るべきなのか?
 ギースを倒したので笑い飛ばすべきなのか?
 ───ギースの死に対して、泣くべきなのか?

 和解がしたいわけではない。
 昔のように戻って欲しかったとかでもない。
 悪の権化のまま、誰からも恨まれて死んでほしいでもない。
 彼はどっちだったのか。その答えすらも分からなかった。

 生き残った者を人は勝者と呼ぶ。
 だが、此処にいる彼は勝者とは思えぬような顔をしていた。



【ロック・ハワード@餓狼 MARK OF THE WOLVES】
[状態]:疲労(絶大)、精神疲労(大)、右手粉砕骨折、複雑な心境、左肩弾痕(傷口は開いた)、あばら骨数本骨折、出血多量、死亡
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、ランダム支給品0〜2(確認済) スタミナドリンク100×4、黒河のPDA(機能使用可能回数:1回)@リベリオンズ Secret Game 2nd Stage、包帯×3
[思考・状況]
基本行動方針:主催をとっちめて、さっさとここから脱出する。
1:───

[備考]
※参戦時期はグラント戦後
※グラブルの世界を大まかに理解しました。
※可奈美から荒魂のことはまだ聞いていないため、同じ世界だと思っています。




















 もっとも、彼も勝者ではないが。

572決壊戦線─ビヨンドザホープ─ ◆EPyDv9DKJs:2022/05/14(土) 19:20:16 ID:9c8yuuRI0
 もっとも、彼も勝者ではないが。

 プツリ、と糸が途切れた人形のようにロックは倒れる。
 インクルシオとの相性は別に悪くはなかったものの、
 受けたダメージは余りにも多すぎた。限界を超えるまで飛ばし続け、
 インクルシオに力を引き出し続けたらどうなるか分かりきったことだ。
 若き餓狼もまた、父の後を追うように命の火を燃やし尽くした。



【ロック・ハワード@餓狼 MARK OF THE WOLVES 死亡】



 かくして、病院を中心とした死闘はこれにて幕を下ろす。
 死闘の限界を超えた彼方にあるのは希望であり、絶望の表裏一体。
 彼方にある新たな未来(ビヨンドザホープ)を掴めるのは、まだ先の話。

※F-4病院はかなり損壊していますが、
 使おうと思えば使える部屋等はいくつかあります
 ただし入口周辺、屋上は崩落して殆ど使い物になりません。
 倒壊の危険があるかどうかは後続にお任せします。

※F-4病院の周辺に以下のものが落ちてます
 ギース・ハワードの灰
 ギース・ハワードの遺灰物
 基本支給品一式×3(ギース、はるな、夕月)
 スモークボール@大貝獣物語2×4
 黒鍵×5@MELTY BLOOD
 司城夕月の指輪
 悪鬼纏身『インクルシオ』の鍵@アカメが斬る!
 ギースの写真@餓狼伝説
 ロック・ハワードのデイバック基本支給品一式(ランダム支給品0〜1、スタミナドリンク100×4、黒河のPDA(機能使用可能回数:2回)@リベリオンズ Secret Game 2nd Stage、包帯×2

 F-4病院にて
 折れたハイドラ@バイオハザードシリーズ
 が落ちてますが、瓦礫に埋もれて回収は困難です

 F-4病院前の駐車場にて
 少しへこんだ鉄バット@ひぐらしのなく頃に
 鉄バットはコンクリートに埋まってるので普通の手段では回収は困難です。
 仙豆@ドラゴンボール ※厳密には都古の舌の上
 スピリット・オブ・マナ@グランブルーファンタジー
 があります。

【呪蝕の骸槍@グランブルーファンタジー】
柳瀬舞衣に支給。ゲーム上においてはフェディエルの解放武器。
空の世界には存在しない、理の外の物質によって形成された槍。
だがそれは生きているかのように熱を帯び、僅かな息吹を感じさせる。
この槍に魅入られし者は、薄紙を剥ぐようにして精神を蝕まれ、終焉を迎えるであろう。
スキルは闇属性に対しての強化があり奈落の技錬、闇の乱舞の二つを持つ。

【特注の日傘@東方project】
相場洸に支給。レミリア・スカーレットが外出時につかう傘だが、
東方非想天則においてはシステムカードの一種として登場しており、
レーザー系の貫通する攻撃を除いて大抵の飛び道具のダメージを無効にする。
本ロワでは弾丸ぐらいなら防げる程度の頑丈さを誇ると言う扱い。

【鉄バット@ひぐらしのなく頃に 業】
宮下愛に支給。前原圭一が所持していたもの
前原圭一のメイン武器と言えば大体がこれ。特別な能力とかはない。
使い手次第で鉈と渡り合える。

【手榴弾@バイオハザードシリーズ】
相場洸に支給。オーソドックスな代物。
爆発物だけあって投げてから数秒のラグがある。

【浪漫砲台『パンプキン』@アカメが斬る!】
相場洸に支給された帝具。帝具については他参照。
エネルギーを弾丸とした銃で、狙撃から乱射と自由度が高い。
真骨頂は自分が劣勢やピンチであればあるほど大きく威力を増すもので、
場合によっては銃身からはあり得ない程のサイズを放つこともできる。
但し精神をエネルギーに変換して撃つため、使い続ければ疲労、最悪廃人になる。

573決壊戦線─ビヨンドザホープ─ ◆EPyDv9DKJs:2022/05/14(土) 19:20:32 ID:9c8yuuRI0
【悪鬼纏身『インクルシオ』@アカメが斬る!】
ロック・ハワードに支給。48存在するの帝具の一つであり、
竜型超級危険種『タイラント』を素材とした鎧を呼び寄せる帝具。
剣が鍵であり、それを手にインクルシオの名を叫ぶことで鎧を呼べる。
鎧なので高い防御力を誇り、身体能力の向上に加えてノインテーターと言う槍の副武装、
奥の手として一時的に透明になることができると、攻防共に強い恩恵がある。
ただし使用者への負担も大きく、適性がなければ装備するだけで死亡する危険も含む、
タイラントの桁違いの生命力はインクルシオの素材となった今現在でも生きており、
使用者に合わせた鎧の変化に加え、使用者の力をさらに引き出すことも可能になっている。
加えて受けた一度受けた攻撃への耐性もあり、時間を『凍結』と言う形での時間停止にも耐性が付く程。
ただし代償として、無理に力を引き出し続けるとインクルシオが使用者と融合していき、
最終的にタイラントに支配されてタイラントの身体へと変貌していく危険がある。

【アストロンのたね@少年ヤンガスと不思議のダンジョン】
マネーラに支給。食べると鉄の像になって、
暫くの間ほぼ全ての物理攻撃を受け付けなくなる。
但し自分から攻撃もできなければ、他の行動すらとれない。
身も蓋もない言い方をするとトルネコにおける鉄化のたね。

【焼夷手榴弾@バイオハザードシリーズ】
ノワール伯爵に支給。通常の手榴弾と違い、
テルミット反応を利用し、対象を燃やすことに特化した手榴弾。
ゲーム上では通常の手榴弾の半分の威力だが、燃焼による追加ダメージが発生する。
また同作品(少なくとも5において)の手榴弾は投げてからタイムラグがあるが、
此方は接地するだけで爆発するので狙って当てやすくもある。

【こおりのいぶき@スーパーペーパーマリオ】
野原ひろしに支給。視認する敵と認識した広範囲に氷のいぶきを与える。
ダメージはバクハツタマゴの二倍に複数ヒットの都合結構強い。消耗品。

【仙豆@ドラゴンボール】
有間都古に支給。一粒で常人は十日は食べなくてもいい栄養を得られるが、
もう一つ効果として身体の傷を非常に速い速度で癒すことができるとんでも回復アイテム。
回復の範囲は病であれば疲労、骨折(首でもいい)、歯の欠損、視力、欠損……ととにかく範囲が広い。
病や精神的なものは流石に治せず、本ロワだと人体の欠損は戻らず、回復量もおよそ五割に減っている。
但し視力や骨折と言ったものをすぐに戻せるので、そういう意味では変わらず便利。

【ギースとロックの写真@餓狼伝説】
ギースに支給。リアルバウトで登場した幼い頃のロックとギースが写った写真。
持っていても何かあるわけではない。特殊な加護もない。つまるところはずれ支給品。
生前これを捨てることをせず手元に残し、物思いにふけながらギースは眺めていたが、
それは愛か、気まぐれか。それは定かではないし、それを知るにはまだ早いのだろう。

574 ◆EPyDv9DKJs:2022/05/14(土) 19:21:36 ID:9c8yuuRI0
以上で投下終了です
長時間お付き合いいただきありがとうございます。

生存者のみの名簿や帝具の解釈、
長編で十一人のリレーもあって問題がありましたら遠慮なくお願いします

575 ◆EPyDv9DKJs:2022/05/14(土) 23:54:50 ID:9c8yuuRI0
失礼、抜け落ちてた部分がありました
>>565のラスト

(あの小娘、仕留めたのだな。)

 言葉の意味を理解し、完全者は笑みを浮かべた。

【完全者@エヌアイン完全世界】
[状態]:頬に傷、左目の視力が少し安定しない、ダメージ(大)、魔力消耗(中)
[装備]:神楽の番傘@銀魂、ビブルカード×1(プロシュート)@ONEPEACE、祝福の杖@ドラゴンクエスト7、オアシスのDISC@ジョジョの奇妙な冒険、焼夷手榴弾×3@バイオハザードシリーズ
[道具]:基本支給品一式、コントンのラブパワー@スーパーペーパーマリオ、ノワール伯爵のデイバック(基本支給品一式、ランダム支給品×0〜1(確認済))、ノワール伯爵の首輪
[思考・状況]
基本情報:プネウマ計画の邪魔はさせん。メフィスとフェレスの扱いは対策が出来上がるまで保留
 1:ディメーンにこれについて尋ねる。警戒は怠るな。
 2:ビブルカードについては保留とする。
 3:エヌアイン以上に適した器の捜索。期待値は上がった。
 4:首輪の解除手段の模索。
 5:ムラクモを首輪を解除される前に始末しておく。
 6:童磨に警戒。
 7:伯爵の部下でも探しておくか。特にミスターLは必須。
 8:他に利用できる連中を手に入れておく。
 9:あの小娘(美炎)、まさかエヌアインのような存在か?
10:ディメーン……信用は出来ないが、利用はできるな。
11:ミスターLの状況は利用したい。
12:ギースは、まあ勝手にするだろう。
13:今思えば、あいつマネーラじゃないか?

[備考]
※参戦時期は不明。
※モッコス死亡により、完全者の所持するビブルカードが消滅しています。
※ある程度生き延びたらディメーンから接触することがあるかもしれません。
※ギースと情報交換しました。
※オアシスで地面を泥にしてから固めることを習得しました
※オアシスの制限は以下の通り
 ・地中に長時間潜ると消耗が大きくなる
 ・周囲の地面を泥化は消耗がかなり大きい
  三度もやればスタンドを維持できなくなる(十中八九地面に埋まって動けなくなる)

576 ◆ZbV3TMNKJw:2022/05/25(水) 00:25:54 ID:Kr95bioY0
投下乙です!
病院を取り巻く激戦に次ぐ激戦、手に汗握る意地のぶつかりあいの応酬に読んでるこちらの血潮が滾ってきました。
ロックVSギースの異なる世界の力を手にしたうえでの真っ向勝負は特に熱く、最期の親子としての会話がなんともいえない哀愁を感じました。
病院は一気に壊滅に追い込まれてしまい関わった者たちみなが様々な変化がありましたが、ここからどうなるのかとても気になります!

堂島、童磨、(佐神善?)、真島、まどか、累の父、プロシュート、ドレミー、ワザップ、梨花で予約します

577 ◆ZbV3TMNKJw:2022/06/10(金) 21:50:03 ID:FUT1dlY60
結衣の予約を忘れていたので追加で予約し、延長します

578 ◆ZbV3TMNKJw:2022/06/10(金) 22:00:14 ID:FUT1dlY60
投下します

579「だからわたしは」(前編) ◆ZbV3TMNKJw:2022/06/10(金) 22:01:10 ID:FUT1dlY60
―――放送開始まで、あと数分。


「無駄ァッ!!」

ゴールドエクスペリエンスの黄金色の拳が累の父の頬に放たれ、その巨体を後退させる。
彼は僅かに怯むも、しかしその目はすぐにジョルノを捉える。

「ジャアッ!!」

返す拳をゴールドエクスペリエンスは両腕を交差させて防ぐ。
タイミングとしては完璧な防御。しかし、その純粋な力には耐えきることが出来ず、ミシミシと音を立て骨がきしむ。

「くっ!」

このまま踏ん張るのはかえって危険だと判断したジョルノはあえて後方に飛ばされ尻餅を着く。

(やはりとんでもないパワーだ...それにこちらから殴りつければ僕の拳を痛めてしまう程の頑強さ。僕一人では荷が重い)

痛む身体に鞭を打ち、ジョルノは周囲を見渡し状況を即座に確認する。

堂島正は謎の青年と共に佐神善を思わせる怪物に対処。
真島はあの痛めた拳ではこの怪物との戦闘は不可能。
ふわふわとした印象の寝巻染みた服の少女は負傷。ある程度は動けるかもしれないが、この怪物相手には酷だ。
一番ひどいのは鹿目まどかだ。魔法少女でなければ生涯病院生活は免れないレベルの損傷だ。

比べてこちらで比較的ダメージが少ないのは、自分、梨花、一般人らしき少女...それに、プロシュート。

(この状況で打てる最善の手は―――)



「古手さん、奴にボミオスの杖を使ったら鹿目さんともう一人の彼女に体力の回復を!」

ジョルノの指示に、梨花の表情がピシリと固まる。

「えっ、またアレを...?」
「事態は一刻を争うんです!もし貴女がなにもせず傍観するなら罪状を読み上げさせてもらいます。いいですね!」
「〜〜〜ああもう、やるわよ、やればいいんでしょ!」

もはや投げやりと言わんばかりの態度で梨花は累の父にボミオスの杖を放ち、まどかのもとへと駆けていく。
その姿を見ながら、真島はジョルノに問いかける。

「体力の回復って...そんな支給品があったのか?」
「いえ。残念ながら、支給品にその類のものはありませんでした。しかし幸か不幸か、あの性犯罪者(ミスティ)に会えたお陰で活路が開けた...といったところですね。
一般人でしかない彼女にとっても、そして僕にとっても」
「...よくわからんが、奴を足止めするというなら俺も加勢する」

真島は拳を構え累の父を見据えるも、ジョルノはそれを手で制する。

「真島。きみはそこの娘と一緒に鹿目さんたちに付き添ってあげてください。その拳では奴の相手は無理でしょう」
「ッ...」

痛いところを突かれた真島は思わず唇をかむ。
この場での自分の力関係はわかっている。
拳の怪我を差し引いても、この面子の中では結衣と梨花の次に弱い存在だ。
しかし理解と納得は別物だ。
いま目の前で死地に臨もうとする仲間へ助力できない悔しさは到底隠しきれるものではない。
そんな彼の心境を察するように、ジョルノは彼の肩に手を置く。

「彼女たちを頼みます。僕らの中に足手まといなんかいない―――僕はそう信じていますからね」
「それは佐神の受け売りか?」
「いいえ。僕自身の気持ちですよ」

その言葉と共に背中を押されれば、真島も動かざるを得ない。
結衣と共に、梨花の背を追っていく。

「さて。ここからが正念場ですが...その敵意を収めて貰えますか、暗殺チームのプロシュート」

ジョルノから少し離れたところから銃を構えていたプロシュートへと目線だけを向け、ジョルノは言葉で牽制をかける。

「...オメーが『新入り』のジョルノだな」
「貴方の考えていることはわかっている。『所詮は自分は死んだ身だ。ここで自分が死ぬことになろうとも奴らのチームを一人でも殺しておけば残ってる仲間たちの負担も減るだろう』...そんな具合でしょう」
「...だとしたら?」
「その願いは叶わないとだけ先に言っておきましょう。僕はジョルノ・ジョバーナに限りなく近いがそうではない存在...つまり厳密にいえば別人です。
貴方がここで僕を殺そうとも歴史は変わらないし貴方の仲間たちにもなんの影響もありはしない」
「なにをわけのわからねえことを言ってやがる」
「いまここで僕を殺すメリットはなにもないということですよ。貴方一人であの怪物に勝てますか?いいや不可能だ。
パワーも戦闘センスも奴の方が上、得意のスタンド能力は通じず銃弾もロクに効きやしない。
それでも貴方は仲間たちが優位になれるならと引き金を引くでしょう。だから僕は貴方に生きなければならない理由を与えるんです」

580「だからわたしは」(前編) ◆ZbV3TMNKJw:2022/06/10(金) 22:01:37 ID:FUT1dlY60
瞬間、プロシュートの引き金にかかる力が籠められる。
『コイツはいま主導権を握ろうとしている』。
わけのわからないことを傘にしてなんとか自分の駒にしようとしている。
それはここでは死ねない理由があるから、自分を利用し生き残ろうとしているのだ。
そんな理由などボスの娘の護衛の継続に他ならない。ならば、やはりここで道連れにしてでも護衛チームの戦力を削っておくべきだ。
ブッ殺すと思う前に弾丸を放とうとしたプロシュートの指は

「『ボス』の能力は『キング・クリムゾン』。時間を消し飛ばす能力です」

その言葉に止められた。

「な、に...」

プロシュートは思わず言葉に詰まる。
―――そもそもの話、プロシュート達暗殺チームがボスの娘・トリッシュを求めていたのは彼女もスタンド能力を持っており、そこからボスの正体を暴けるという推察からだ。
つまりボスの正体さえ知ってしまえば娘はもう用済み。わざわざ護衛チームと戦い手の内を晒し戦力を減らす意味はない。

「僕の言葉を容易くは信じられないでしょう。しかし貴方はいまボスの能力を『知ってしまった』。これが嘘であれ真実であれ、貴方がこの殺し合いで死ねば仲間たちへこの情報を届けられなくなってしまう。
これがどういう意味かはおわかりですね?」
「ウヴァアアアアアアア!!!」

雄叫びと共に、累の父がジョルノへと飛び掛かる。

「―――チッ」

プロシュートは忌々し気に舌打ちをすると、躊躇わず引き金を引いた。

「ガッ」

跳躍する累の父の腹部へと。

「無駄無駄無駄無駄無駄無駄ァ!!」

微かに鈍った動きの隙を突き、ゴールドエクスペリエンスの拳のラッシュが累の父へと放たれ後方へと吹き飛ばす。

「ベネ(よし)。これで共闘成立...といったところですね」
「...フン」

すぐに体勢を立て直す累の父を見ながらプロシュートは鼻を鳴らし、スタンドの像を出現させる。

(こいつのノせられるのは気に入らねえが...これ以外に選択肢がねえのも確かだ)

プロシュートは模範的ギャングとでも言うべきか、プライドの高い人間だ。
通常ならばここでジョルノと組むのは、たとえ命を落とすことになろうともありえない。
しかしプロシュートは今、暗殺チームが喉から手が出るほど欲している『情報』を手にしている。
これを手に入れる為にホルマジオが、イルーゾォが、他の暗殺チームの面々が、そして自分やペッシも命を賭けた。
どんな手段を以てしてもボスの正体を掴むと決めているからこそ、この情報を逃すことはできない。
だが、優勝して生還するにしても障害は多い。
眼前の累の父や、彼方で戦っている童磨と謎の化け物、そして話に聞いた限りではエスデスとかいう氷使いの女もいるらしい。
最低でもこれだけ、会場を見回せばもっといるだろう。
果たしてスタンド能力が効かない怪物たち相手に優勝できるだろうか?否、不可能だ。
だから、今は手を組むしかない。
泥に這いつくばろうが屈辱に塗れ無様晒そうが、全てはチームの『栄光』を勝ち取るために。

そしてジョルノがこんな重要な情報をあっさり渡したのは偏に彼がジョルノ・ジョバーナではなくワザップジョルノだからだ。
ワザップジョルノはあくまでもジョルノに限りなく近いだけの概念。
ジョルノ・ジョバーナの世界にまで気を遣る必要はないと考えており、仮にプロシュートが生還したことで本来の時間軸がめちゃくちゃになってしまったとしてもそれは知る由もないことなのだ。



「作戦はあるか」
「今考えてます...が、奴も大人しく待っているつもりはないようだ」
「俺がァァアァァ護ルゥゥゥゥ!!」

雄たけびを上げ跳びかかる累の父に、プロシュートとジョルノはスタンドの像で立ち向かう。

「来ますよプロシュート!覚悟を決めてください!」
「命令してんじゃあねーぞ『新入り』!!」

ゴールドエクスペリエンスとグレイトフルデッドの拳の雨が累の父に降り注ぐ。

「WRYAAAAAAAAA!!」
「ザ・グレイトフルデッド!!」
「ヴァアアアアアア!!」

三者三様の雄叫びが混じり合い、肉を打ち合う音が響き渡った。

581「だからわたしは」(前編) ◆ZbV3TMNKJw:2022/06/10(金) 22:03:12 ID:FUT1dlY60


「うっ...」

辿り着いた先で改めて見た惨状に梨花は思わず口元を手で押さえた。
夥しい出血に引きちぎられかけた手足、潰された片目。
梨花もこれに劣らない凄惨な経験を見ているししているが、それでも慣れたものではない。

(これじゃあ体力を回復させたところで...)
「頼む古手。鹿目を治してやってくれないか」

結衣と共に追いついた真島がそう頼み込む。

「...私が出来るのは体力を回復させるだけよ。それも、全快は無理」
「大丈夫だ。鹿目は魔法少女だから、体力と魔力さえあれば傷を治せる」
「そういえば彼女、奇妙な力を使っていたわね。...それなら」

梨花はふぅ、と深いため息を吐きながら己の髪をくしゃくしゃと掻き、そっとまどかの顔に手を添える。
見つめるのは、ぽかりと開けられたまどかの口。
結衣と真島が見守る中、梨花はまどかの口元に顔を寄せていき―――そっと唇を重ね合わせた。

見守る二人が、人口呼吸かと思うのも束の間。

ぴちゃ ぴちゃ ぴちゃ

「ふっ...んっ...」

水音と共に艶めかしい声が漏れ出す。

「...へっ?」
「」

思考が止まり、思わず呆けた声を漏らす結衣とポカンと口を開けてしまう真島。
そんな二人に構わず、梨花の舌は気絶するまどかの口内を蹂躙していく。

「ちゅる...ぷぁ...ん...れろ...」

重ね合わせられた唇の下で、梨花の唾液がまどかの口内に塗り込まれ染み渡っていく。
じわじわと落ちていく唾液はまどかの喉へとゆっくりと流れ込み、体内へと侵入していく。

「ぷはっ!...はぁ...はぁ...」

やがて顔を真っ赤にした梨花は唇を離し、その口端からは唾液の糸がつぅ、と垂れた。


「え...え...えぇ!?」

その光景に結衣は赤面しながら掌で己の顔を覆い、指の隙間からチラチラと梨花を覗き見る。
真島はというと、あまりの衝撃的な光景に唖然とした表情のまま固まっていた。

「ちょ、ちょっと待て!お前、何をやってるんだ!」
「うるさいわね!私も好きでやってるんじゃないわよ!」

ようやく我に返った真島の問いに、梨花は怒鳴り返すように答える。

「あの変態女(ミスティ)に舌を改造されたのよ!私の唾液で人を癒せるってオマケつきでね!」

そう言いつつ、再びまどかにキスをする梨花。
その瞳には涙が浮かんでいる。
それはそうだ。
梨花とてこんな誰にでも唇を許すような尻軽女にはなりたくはない。
しかし、今の梨花に出来るのはせいぜいが杖によるアシスト、その杖もふういんの杖が少し残っているだけだ。
他に回復手段がない以上、この方法に頼る他ない。
そう思うことでなんとか心を保っているのだった。
だから早く終わらせようと、梨花はまどかの口の中へと自らの舌を差し込んでいく。
舌と舌が触れ合い、互いの唾液が混ざり合っていく。

「...あの〜、ひょっとしてあのコロネさんにもこれを...?」
「...そこに触れてやるな荻原。いまは緊急事態だ」

二人の言葉に、梨花の脳内に数分前の光景がトラウマのように過るが、今は振り払い眼前の少女を救うことに集中する。

582「だからわたしは」(前編) ◆ZbV3TMNKJw:2022/06/10(金) 22:04:33 ID:FUT1dlY60

「っ...」

ピクリ、と動くまどかの四肢に応じ、梨花は唇を離す。

「終わったんですか?」
「終わった?いいえ、ここからが始まりよ」

意識を取り戻しつつある彼女に、しかし梨花は安堵はしない。
彼女は知っている。限界以上に痛めつけられた中で意識を取り戻せばどうなるかを。

「貴方たち、生きたまま包丁を突き立てられたことはある?目を潰されたことは?手足を鈍器で潰されたことは?
覚悟を決めてからじゃない。もっと不意に、目が覚めた途端によ。意識を取り戻した途端にそんな痛みが襲い掛かってきたら...彼女、どうなるかしらね」

梨花の言葉に、二人は息を呑む。
未だに死に臨む程の痛みとは無縁な結衣はもちろん、真島もあのチェンソーで切り裂かれた痛みは二度と味わいたくないと思っている。
そんな彼らに梨花の語る状況への対処法などわかるはずがない。

「俺たちになにかできることはないのか?」
「......」

真島の問いかけに梨花は答えられない。
今まで繰り返してきたカケラ、その全ての死の記憶があるわけではない。
ただそれでも、覚えている限りで共通していることはひとつ。
鷹野たち山狗部隊に殺された時も、詩音に拷問された時も、仲間たちや赤坂ら信頼する者たちに殺された時も。
いつも『痛み』と向き合う時は一人だった。
誰も助けることはできない。
ただ耐え切るだけの精神力が―――

(...いいえ、違うわね)

一度だけ違った『死』があった。
仲間たちが目の前で皆殺しにされ、残されたのが自分一人になったあのカケラ。
あの時、意識のない内に終わらせてもらうこともできたが、それを拒否し自ら痛みに臨んだことがあった。
まあ、結局、死んでしまった上に次のカケラに記憶を持ち越すこともできなかったのだが。
それでもあの時は『痛み』から逃げ出さず耐え切り受け入れることができた。
あの時は―――羽入が、傍観者ではなく心から寄り添ってくれたから。

「傍にいてあげて。手を握り、ここにいる、あなたを見ていると応援してあげて」

温もりと信頼、そこから生まれる温かい奇跡。
土壇場で信じられるのはそんな優しい言葉だ。
なんて幼稚な精神論。百年繰り返してきた経験がある癖にこんなことしか教えることができないなんて。

(けれど、私はソレを信じる。一度とはいえ、私はその奇跡に救われたのだから)

梨花の言葉に戸惑うも、二人は―――特に真島は強い意志を籠めた瞳で頷き返す。
僅かだが、累の父を相手に共闘したことからの信頼だろう。

「ぅ...」

まどかの声が漏れ始める。
ここからが彼女にとっての正念場だが、梨花にはそれを見届けている暇はない。

ジョルノとプロシュート、堂島達の戦況がどう転ぶかわからない以上、一人でも戦える駒は必要だ。
まどかへの唾液注入でかなりの体力を消耗した身体に鞭を打ち、ドレミー・スイートのもとへと駆け出す。

(こっちは意識さえ取り戻せばどうとでもなりそうね)

ドレミーも気絶し右腕こそ折れているものの、まどかほどの重体ではなさそうだ。
突っ伏しているドレミーの顔を上に向けさせるため、その身体を仰向けに転がし、唇を重ねる。

―――その瞬間だった。

ガシリ、とドレミーの足が梨花の腰を捉え挟み込む。

「えっ」

突然のことに思考が止まる梨花―――その隙を突き、ドレミーは残る左腕で梨花の頭を固定する。
そこから間髪入れずにドレミーの舌が梨花の口内を蠢きなめ尽くしていく。

(ちょ、やめ)

手に力を込めてドレミーを引きはがそうとするも、彼女の全身は凄まじい疲労と倦怠感に襲われ力が籠められない。
ドレミーの舌遣いの巧みさにより感じている、というだけではない。
ミスティに改造された舌から出される回復唾液は梨花の体力を削り生み出されるものだ。
そんなものを一気に分泌することになれば、当然、彼女の幼い身体であればあっという間に底をついてしまう。
やがて抵抗も殊更に弱弱しくなると、梨花の手はだらりと垂れ落ち、彼女の身体も解放される。

「ふぅ...ご馳走様でした」

意識が闇に落ちる前、彼女が目にしたのは満足げに唇を拭う女の姿だった。

583「だからわたしは」(前編) ◆ZbV3TMNKJw:2022/06/10(金) 22:06:58 ID:FUT1dlY60
目を覚ました時、まどかが真っ先に気づいた異変は視界だった。
左半分の視界は見えず、瞼を開けようとしてもあがらなかった。
目を拭おうとするが―――手が動かない。足もだ。
どうして自分がこうなっているかを思い出そうとして。

ジュクリ。

「ぁ」

手足を筆頭に、目から、身体から、至る箇所から痛みが這い寄ってくる。

「ぁ、ぎ」

激痛激痛激痛激痛激痛激痛激痛激痛激痛激痛激痛激痛。
どうしてこうなったのかと思い出す前に、彼女の脳髄が激痛に支配されていく。
あまりの苦痛に呼吸すらままならず、陸に打ち上げられた魚のように口をパクつかせる。
当然ながら、そんな状態では冷静な思考などできるはずもなく。

「―――――ぁっ」

泣いた。
声にならない悲鳴が喉奥から溢れ出る。

「鹿目!」
「まどかちゃん!」

そんなまどかの耳に届く、聞き覚えのある声。

「ぎ、ひぃ」
「頑張ってまどかちゃん!」
「鹿目、魔法を使え!お前が堂島に腹を突かれた時に使ったやつをだ!」

歯を食いしばり涙を流すまどかの手に触れ、結衣と真島は懸命に励まし続ける。
その言葉にまどかは必死に記憶を探り、そして思い出す。
あの時と同じことをすればいいのだ、と。
真島の言う通り、あの時まどかは自分の腹部を貫かれながらも傷を塞ぐことに成功した。
あの時に行っていたのは斬傷を塞ぐことと痛覚の遮断。
ならば今、自分の四肢を蝕んでいるこの痛みを消すこともできるはずだ。

「っく、あ、あぁ...」

激痛の中、意識を集中させ、手足の治療と痛覚遮断の魔法を使う。

「ッ、ハァッ、ハァッ」

瞬く間に痛みは消え怪我も治っていく。
しかし、まどかの呼吸は荒れる一方だ。

「鹿目、ソウルジェムを見せてもらうぞ」

真島はまどかの手を取りソウルジェムの穢れを確認する。
それにはもはや殆ど輝きは残されておらず、どす黒い汚れに満ちつつあった。

(やはりか...危ないところだった)

合流してから堂島達のもとへ向かう最中、結衣の支給品から譲り受けたグリーフシードをまどかのソウルジェムに当てる。
すると、ソウルジェムの穢れはグリーフシードに吸われていく。

「ほんとにこれで綺麗になるんですねぇ」
「ああ。だが...」

グリーフシードは既に穢れを吸える許容量に達しつつあるのに、まどかのソウルジェムは精々半分程度しか浄化できていない。
これでは戦い始めればまたすぐに穢れが溜まってしまう。
だがそれでもまどかは戦いを止めないだろう。
救える命を救うためならどんな無茶でもしてしまうのはこの数時間の付き合いを経てわかっている。

(願わくば、このままあいつらが事態を収拾してくれるのを待ちたいが...)
(兄貴...頑張ってください、あたし、応援してますから!)

既に己の無力さを思い知らされ、事態が手に負える範疇にないことを痛感している真島と結衣には祈ることしかできない。
そんな二人を他所に、まどかの目は戦場へと向いていた。
苦しみと恐怖の色を宿し、顔を歪めながら、それでもまっすぐに。

584「だからわたしは」(前編) ◆ZbV3TMNKJw:2022/06/10(金) 22:07:28 ID:FUT1dlY60


ドッ

「ぐうっ!!」

両腕での防御ごと吹き飛ばされたプロシュートの身体が悲鳴を上げ苦悶の声が漏れる。
追撃をしようとする累の父へとジョルノがラッシュを放ち足を止めさせる。
だがそれも数秒だけのこと。
瞬く間にジョルノもその剛腕で吹き飛ばされダメージが蓄積されていく。

その間に体勢を立て直したプロシュートが累の父に迫り、父の意識がそちらに裂かれた瞬間にジョルノもプロシュートの合わせて挟み込む形で累の父へと駆ける。
左右から迫る二人のスタンド使い相手に対し、累の父はその場で跳躍・開脚しプロシュートには右足で、ジョルノへは左足で蹴りを放つ。
父にとっては牽制程度の攻撃でも、人間である二人には充分に驚異。
二人は寸でのところで躱し、父の着地を狩る為に潜り込む。
それを予期するかのように、父の上半身がぐりんと地へと倒れ込み、両手で着地。
そのまま身体を捻るように回し、下半身をすさまじい勢いで回転させることで回し蹴りを放ち二人の防御を余儀なくさせ激痛と共に吹き飛ばす。


「二人がかりでコレか...!」

ジョルノのゴールドエクスペリエンスとプロシュートのグレイトフル・デッド。
片や生命を生むというその能力の応用で手札を無数に増やし、片や老化という強制的な弱体化を相手に強いる。
両者とも対人においては比類なき強さを発揮するスタンドであるが、共通しての欠点がある。
それは純粋な破壊力。
いくら殴りつけても鉄を破壊することができなければ、人間一人を遠くまで吹き飛ばすこともできず。
生命を生む能力による攻撃も人体以上のモノを破壊することができず、老化ガスも直接的な殺傷力はない。
能力を抜きにすれば、両者とも人体を殴りつける分には申し分はないが、本職の近距離パワー型のスタンドには大幅に劣る。
人間相手には十二分に通用する彼らの能力も、能力の効かない怪物を相手取るにはあまりにも不足していた。

(クソッ...奴にもう『種』は植え付けてある。だがそれを咲かせるにはまだ足りない!せめてもう一人いれば!)

ジョルノへとトドメを刺すために跳びかかる累の父。
一か八か、迎え撃とうとするジョルノ。

―――そんな彼らの間に球の形をした弾幕が降り注ぐ。

「お待たせして申し訳ありません」

右腕を抑えながらも戦線に復帰したドレミーが相も変らぬにやけ顔で二人の間に降り立った。

585「だからわたしは」(前編) ◆ZbV3TMNKJw:2022/06/10(金) 22:08:24 ID:FUT1dlY60
(うまくやってくれたようですね、古手さん)

心の中で梨花へと賞賛を送り、累の父がドレミーへと意識が向いている隙にジョルノはプロシュートのもとへと駆け寄る。
そんなジョルノたちよりもまずは眼前の敵を排除しようと拳を振り下ろす累の父。

「先ほどは不意を突かれましたが」

ドレミーは寸でのところで躱し、顔面へと膝蹴りを打ち込みその反動で距離をとり、すかさず球型の弾幕を放つ。

「やはり素早さは私の方が上のようですね」

間髪入れず放つ弾幕の雨あられ。
しかし、それを全て受けてもなお累の父の目はギョロリとドレミーを見据え蹴りを放つ。
攻撃を躱しながらラッパを鳴らしつつ弾幕を放ち続けるドレミーだが、このやり取りの中で確信する。
このままでは間違いなく負けるのは自分だと。

「大丈夫ですかプロシュート」

ドレミーが敵を引き付けている一方で、ジョルノはプロシュートの容態を看ていた。
累の父からの攻撃と彼を殴りつけた際の反動が重なった彼の腕には青あざが見受けられる。

「『ゴールドエクスペリエンス』...これでさっきよりは動かせるようにはなりましたが、痛みは消せないので堪えてください」

ゴールドエクスペリエンスは『治す』のではなく『直す』能力だ。
壊れた部品を代替しているにすぎず、痛覚を消したり疲労を帳消しにしたりはできない。
その為、即死しない限りは高い生存能力を発揮できるものの、長期戦ともなれば確実に不利になる。

「動けるようになりゃあ充分だ。あまり俺を見くびるんじゃあねえぞ『新入り』」

残る痛みも無視してプロシュートは立ち上がる。
ギャング―――その中でも暗殺チームは常に死と痛みとの隣り合わせの世界だ。
その中でも熟練の彼が、痛みで怖気づこうはずもない。

「―――で、こっからどうすんだ。このままじゃあくたばるのは間違いなく俺たちだぜ」

プロシュートはそんな言葉を漏らすが、絶望している訳ではない。
ただ、状況から判断して冷静に現状を述べただけだ。

「ええ。僕ら三人の中で一番通用している彼女の攻撃もあのザマです。接近戦も長期戦も奴に分がある。加えて能力も―――貴方と僕とでは致命的に噛み合わない」

ジョルノの生命を生み出す能力とプロシュートの老いて枯らせる能力。
この能力は相反し合う関係にあり、どう足掻いても組み合わせることはできない。

「ですが、彼女が来てくれたお陰で道は開けました。プロシュート、耳を」

この現状に於いてもジョルノの目は光を失っておらず。
プロシュートは素直にジョルノの言に耳を貸した。

586「だからわたしは」(前編) ◆ZbV3TMNKJw:2022/06/10(金) 22:09:07 ID:FUT1dlY60


カッ

迫りくる無数の針を堂島の剣が纏めて両断する。
その隙を突き堂島を掴まんと振り下ろされる掌。

―――血鬼術 冬ざれ氷柱

その掌に向けて氷柱が放たれ堂島への攻撃を妨害。

―――血鬼術 蔓蓮華

加えて、氷の蔓が異形と堂島に向けて伸ばされ、異形のみを絡めとれば、堂島からソレまで一直線に繋がる橋がかかる。
堂島はそれに乗り異形へと駆けていく。
狙うは頭頂よりの一刀両断。
そこからの、心臓破壊。
異形は蠢く頭部の弾丸を無数に放つが、それはヒーローの剣の前ではまさに無力。
全てが一刀の前に切り伏せられ、剣は異形へと振り下ろされる。

頭頂から、地上まで一切減速することすらなく異形の身体は両断された。



傾いた身体は即座に元の位置まで戻り、ビシャリと合わされば瞬く間に再生を完了。
足元の堂島目掛けて、無数の腕が伸ばされる。

―――血鬼術 散り蓮華

童磨の扇が振るわれれば、硝子の如き蓮華の花弁が放たれ腕の群れを押し返す。
堂島はその隙に一旦後退し、童磨はその横に並び立つ。

「いやはや。まったくもってキリがないなあ」

童磨は思わずそんな愚痴をこぼす。
異形が仕掛け、童磨がそれを捌き、堂島が主にメインアタッカーを務める。
この数分間の内に似たような攻防が何度もあった。
しかし戦況の変わり映えはなく。
ただただお互いの疲労だけが積み重なっていく―――だけならばまだよかったのだが。

「彼、どんどん強くなってるよね」

異形は攻防を重ねる中でどんどん強く大きくなっている。
今はまだ二人の方が優勢ではあるが、このまま成長を続ければ厄介な敵になることは容易に想像がつく。

「だが攻め方が単調だ。能力頼みの一辺倒。いくら強くなろうとも、あの噛みつきにさえ気を付ければなんてことはない」
「そうだねえ。大きくなっていく一方でボロボロと身体が崩れていっているし、このままだと彼が崩れ消えてしまうんだろうね」

堂島も童磨も攻防の中で気づいていた。
異形の寿命は長くはない。その為、朽ちていく身体を補うエネルギーを求めて自分たちを食らう為に戦っている。
だから二人の五体が砕けるような威力の攻撃は仕掛けてこず、捕食以外の攻撃はあくまでも拘束かダメージを与える程度のものでしかない。
それがわかれば、吸血鬼の中では最高クラスの男と上弦の弐の鬼にとって対処はそう難しい話ではなかった。

(あれが本当に佐神くんならもっと苦戦したのだろうがね...)

堂島の知る範囲の善はあそこまで強力な肉体は持っていない。
しかし、彼の長所は、真祖にすら届く闘争心を有効な矛に変える、観察眼と戦略眼からくる応用の幅の広さ。
もしも相対しているのがあの佐神善ならば。
例え、アレと同じ状況においてもこんな本能任せの単調な攻め方で必死にならず、思いもよらぬ機転を利かせ確実に自分たちへと届く作戦を組み立てるだろう。

(もはや、きみを斬るのに躊躇いはないよ)

幾度か攻防を交わし、言葉ではなく心でフッ切れた。
アレは佐神善じゃない。ただの暴走する力の塊だ。
この会場における病巣だ。ならば。

「病巣は排除しないとな」

堂島の剣が決意と共に握りしめられたその時。

『ボンジュール! と言ってもこの場所は昼も夜の境界なんて無いに等しいのだけれどさ!』


一回目の放送が始まった。

587 ◆ZbV3TMNKJw:2022/06/10(金) 22:10:02 ID:FUT1dlY60
一旦ここまでで投下を区切ります。
続きは来週中には投下します

588 ◆ZbV3TMNKJw:2022/06/17(金) 22:56:42 ID:tWaKxU9Y0
続きを投下します

589 「だからわたしは」(後編) ◆ZbV3TMNKJw:2022/06/17(金) 22:58:02 ID:tWaKxU9Y0


ある男がいた。

人がただ生きる為に殺すか殺されるかの、白と黒だけの時代。

炎を越えて、海の底から現れたその男は戦い抜いた。

その姿を生物の頂点たる『竜』に変えて。

白と黒の世界の民は、太陽を嫌い夜のみ闘うその漢を、目を輝かせ敬い讃え、『王』と呼んだ。

『王』は民を愛した。明日をも知れぬ儚い命で闘争心の灯を燃やし死を恐れず生きる『人』を。

愛した。

己のように、この手で己の望む形に世界を変えたいと輝く民たちを。

与えた。

殺し合い、数多の力を束ねた者に己の心の臓腑を抉る機会を。

欲した。

それでもなお、飽くことなく次は私だと押し寄せる人の波を。

そして失った。

挑んでくる者たちの悉くを賞賛し、殺し、殺し尽くした果てに、彼の愛した『民』の姿は非ず。
代わりに跋扈するは、あの輝ける闘争心を失った人の形をしただけの醜い生き物だけ。

故にその全てを焼き尽くした。

己の力を得るに値する者を、灰色の世界で輝くかつての美しい人間を求めて。

2000年の時が流れた今でもなお、『彼』は座して待つ。

590 「だからわたしは」(後編) ◆ZbV3TMNKJw:2022/06/17(金) 22:58:24 ID:tWaKxU9Y0



放送が鳴り響くが、しかし戦場は止まらない。

その中で、誰からも標的にされず、戦場から一歩退いていた真島と結衣は放送に耳を傾けることが出来た。

「やはりあれが佐神なのか...!?」

放送で呼ばれた名前には、死んだと思われていた佐神善の名前は連ねられていなかった。
呼ばれた死者の中に恐らく嘘はないだろうというのは、益子薫・ミスティ・三島英吾の名が連ねられて呼ばれたことから確信できる。
そもそも。そんな嘘を紛れさせる必要はないというのが正しいだろうが。

とにかく。真島からしてみれば、佐神善が生きているという事実は希望を齎した。
彼とは一言二言程度言葉を交わした程度の関係ではあるが、自分とまどかの危機を救い、堂島の暴走を止める最大の一因を担っている少年だ。
彼の生死如何でこれからの顛末が大きく変わっていく。

(荻原には酷なことだがな...)

真島は隣に佇む結衣を横目で見れば、やはり沈んだ面持ちをしていた。
気絶してしまった梨花の介抱は止めていないものの、普段の能天気さは微塵もうかがえない。
当然だ。
過程がどうあれ、堂島が善の仇を取る形で益子薫を殺したのは事実。
その善が実は生きていたとなれば、薫の死は無駄死に等しいものになる。
いくら結衣が底抜けに心優しい人間だとはいえ、それを受け入れられるかは別問題だ。

だがそれでも。
あれだけ他者を護るために戦える佐神善が生きていることは、堂島正が味方でいることは、多くの参加者にとっての希望となる。
何もできない己の無力さを口惜しく思いつつ、彼はひたすらに祈ることしかできなかった。

591 「だからわたしは」(後編) ◆ZbV3TMNKJw:2022/06/17(金) 22:59:11 ID:tWaKxU9Y0


(佐神善の名前は呼ばれなかった―――ならば、やはりアレが彼ということ)

ジョルノは累の父の相手をドレミーとプロシュートに任せ、自身は放送に集中していた。

(ならばまだ彼を取り戻すチャンスはある。僕のゴールドエクスペリエンスの能力で生命エネルギーを流し込む。そこで自我を取り戻せればまだ希望の芽は残っているんだ)

ジョルノは今の善の状態を死に瀕するほどの極限状態による能力の暴走だと考えている。
ならば、自我を取り戻すことが出来れば能力を自制し戻ってこられる可能性は高い。
これはなにも、希望的観測による都合のいい考えではない。
彼は既にそれを上回る奇跡的な現象を識っているからだ。

ブローノ・ブチャラティ。本編ジョジョの奇妙な冒険五部『黄金の風』においてボスを裏切った本家のジョルノ・ジョバーナの仲間。
彼は道中で命を落としたが、しかし最終決戦まで精神的な意味ではなく最後までその命と身体を保ち立ち会った。
死んでいた筈の肉体が、ジョルノの与えた生命エネルギーを糧に数日の間だけ動くことを許したのだ。
これに比べれば、能力の暴走から自我を取り戻すなど比較にもならないほどの容易い奇跡だろう。

「グオッ...!」
「さ、流石に疲れますね...!」

父に吹き飛ばされたプロシュートとドレミーがジョルノの足元に転がり込む。

「感謝します、二人とも」
「放送はキッチリ聞いたんだろうな」
「はい。やはり鍵となるのは―――彼です」

ジョルノは累の父の背後に聳える異形に向けて顎をしゃくる。

「佐神くんを取り戻すことができれば、僕らの敵は知る限りでは蜘蛛男とハイグレ変態女と向こうで堂島と組んでいる彼だけ。
そして僕のゴールドエクスペリエンスは『ソレ』ができる!!」
「ですが、それを為すには...」
「ええ。あの蜘蛛男を長時間拘束、あるいは倒す必要があります」

ジョルノのゴールドエクスペリエンスが異形の巨体に触れたところで、生命エネルギーを有効な量を流しきるまでどれだけの時間が必要かわかったものじゃない。
そんな中で累の父を片手間で捌きつつ事を為すのは不可能だ。
然らば、どの道ここで決着を着ける他ないだろう。

592 「だからわたしは」(後編) ◆ZbV3TMNKJw:2022/06/17(金) 22:59:51 ID:tWaKxU9Y0
「プロシュート!ドレミー!僕に力を貸してください!全ては勝利という『栄光』を勝ち取るため!いいですねッ!」
「正直、ここまで付き合う義理はありませんが...まあ、あの紛い物の鬼を排除できるなら手を貸しましょう。旅は道連れ世は情けともいいますし。ね、兄貴さん?」
「念押しするまでもねえ。アイツの面はもう見飽きてんだ...暗殺者の面目が潰れるくらいになぁ!」

叫び、累の父へと先んじて駆け出すプロシュート。
その背後に着くようにドレミーが。
それに続きジョルノが駆け出していく。

「ウバッシャアアアアア!!」

迫りくるプロシュートへ大振りに拳を振るう累の父。
まともに受けるのは分が悪いとしゃがみ回避するプロシュート。
これまでに何度も繰り返されてきた光景だ。だが。

パッ

プロシュートの目が閃光が奔ったかのような錯覚を覚えると同時、鋭い痛みと共に顔面から夥しいほどの出血が噴き出す。

「な、に...!こ、コイツ...」

薄れゆく意識の中、プロシュートが見たのはボクサーのように拳を構えていた累の父の姿。
それは今までになかった累の父の新しいファイティング・スタイル。

累の父は思考回路が乏しい。
家族を護る。その為に敵を排除する。息子の頼みを叶える。
主にこの三つだけが累の父を占めるものだ。

獲物を食らいたいという願望を発する息子【善だったもの】の願いを邪魔しようとしてくる人間たち。
それを排除するのは容易かったはずなのに、ここまで仕留め切れず手間取ってしまった。
思考回路が乏しい中でも彼は考えた。
どうして自分は奴らを排除できないのか。どうして攻撃が当たらないのか。
それを、細かい理屈抜きで本能的に解決策を模索していた。

そんな中、彼の脳裏に過ったのは真島との殴り合いだった。
相手はあまりにも非力な人間。だが、奴の拳は面白いほどにあたり、逆に自分の拳は一度も当たらなかった。
自分と真島、いったいなにが違うのか。

その答えがコレである。
見様見真似のボクシングスタイル。
確実に一撃で葬るのではなく、ダメージを蓄積させ、あるいは牽制のために放たれる、威力よりも手数と速さを求めた拳。
そもそも。累の父が拳を振るえば、全力でなくとも致命的なダメージを与えられるのだから、要は当たりさえすればいい。
故に放つのはボクシングにおけるフックやストレート、アッパーといったフィニッシュブローではなく、最速のジャブ。

「『成長』してやがる...!」

そんな子供でもわかるような当たり前な理屈でありながら、この場において最も驚異的な成長を成し遂げたのをその身で実感し、プロシュートの身体は地に崩れ落ちた。

593 「だからわたしは」(後編) ◆ZbV3TMNKJw:2022/06/17(金) 23:00:43 ID:tWaKxU9Y0
「お役目ご苦労様でした」

その彼の背中より、ドレミーの弾幕が父へと迫る。
それに対し、父は拳を構えたまま、しかし撃ち落とすこともしない。
彼は学んでいた。
ドレミーの弾幕も。プロシュートの弾丸もスタンドによる攻撃も。ジョルノのゴールドエクスペリエンスのラッシュも。
全て自分を打ち倒すことは決してない。
ならば。敵の攻撃を全て受け、そのうえで反撃すればよいと。

迫りくる小粒の弾幕をその身で受け止めんと構え―――

「『ゴールドエクスペリエンス』は、既に弾幕に触れている!!」

パチン、と指が鳴らされるのと同時、10の弾幕が瞬く間に姿を変え飛び立っていく。
生命を与えられた弾幕が姿を変えるは鳩。
父へと着弾する寸前に羽根を撒き散らし飛び立ち、累の父の視界を塞ぐ。

「!?」

あまりにも突然な変貌に累の父の足は思わず戸惑い、反射的に腕を振るい鳩を蹴散らそうとする。
羽根の合間を掻い潜り、父へと肉薄するジョルノ。
父はジョルノの射程距離に入る寸前で彼の接近に気づき、プロシュート同様にジャブを放とうとする。

その身体が、ガクリと地面に沈みこんだ。

「『ザ・グレイトフル・デッド』...ハァ...ハァ...手痛いのは食らっちまったが...死んだふりで標的から外れるのは...都合がよかったな...!」

プロシュートは無様にも地に伏せ、その端正な顔を朱色に染めながらも、しかしその眼光だけは微塵も揺らいではいなかった。
地に伏せる瞬間、飛びかけていた意識を口の内側の肉を噛みきることで無理やり留めた彼が行ったのは、グレイトフル・デッドの能力の最大出力での発動。
父を拘束する時にも用いた、掌に限定した老化ガスの噴出を地面に向けた手段である。

「全力の直ざわりならよぉ...てめえの片足が沈むくらいには、地面を『老い』させることが出来るんだぜ...!」

それだけを言い残し、ガクリとプロシュートは首を垂れて沈黙する。
意識が消える寸前に無理やりスタンドパワーを全開まで引き出したのだ。
さしもの彼と言えど、失神を免れることはできなかった。

594 「だからわたしは」(後編) ◆ZbV3TMNKJw:2022/06/17(金) 23:02:52 ID:tWaKxU9Y0

(感謝します。二人とも)

度重なる異常事態に困惑し隙を晒した父の懐へ、ジョルノが肉薄する。
そして一息に罪状を述べていく。

「『貴方を身分詐称で訴えます!!理由はもちろんおわかりですね!!貴方の勘違いがこの状況を生み僕らは彼を救う好機を失いそうだからです!!!』」

放たれる拳の雨が父の腹部を襲う。
その一撃一撃を打ち込む度にジョルノの拳は悲鳴を挙げるが、構わず放ち続ける。

(ここで逃せば僕らに勝機はない!必ず、ここで奴を仕留める!!)

決死の覚悟で放たれるラッシュは、既に人間相手であれば、このロワの実質的な登場話における葡萄のようにボコボコになった顔の英吾が可愛く見えるほどの威力を蓄積している。
人間相手であれば既にオーバーキルを越えており、裁判所でこんな暴行を働けば情状酌量の余地すらなく暴行罪で捕まりワザップで騙した輩以上の犯罪者と扱われるレベルだ。

「『覚悟の準備をしておいて下さい!ちかいうちに訴えます!!裁判も起こします!!裁判所にも問答無用できてもらいます!!慰謝料の準備もしておいて下さい!貴方は犯罪者です!刑務所にぶち込まれる楽しみにしておいて下さい!いいですね!!』」

拳が限界を超え、最後のシメとなる一撃が放たれる。

「――――ヴァアアアアアアア!!!」

だが、そんな決死の覚悟も空しく。
放った最後の一撃は、交差した両腕のガードに阻まれ、父が叫ぶと同時、内から外にかけて弾くように振り抜けば、ジョルノの右腕は反動でへし折れ、身体はあっという間に遥か後方へと吹き飛ばされる。

「ブウ"ウ"ゥゥゥゥゥ」

あれだけの攻撃を受けてなお、父は未だに健在。
腹部に刻み込まれた拳の痕も、瞬く間に消えていく。

「あらあら。ヒドイ有様ですねぇ」

気絶しているプロシュートを回収しながら、ドレミーは吹き飛ばされたジョルノのもとへ降り立ち慰めとも煽りともいえぬ言葉をかける。
そんなドレミーを、ジョルノは息を荒げながらも、しかし微塵も揺らがぬ眼差しで見つめ返す。

「代償は免れなかったが...しかし、僕らの『勝利』です」

確信の宣言と共に。

ボコリ。

「ギ」

累の父の腹部が盛り上がり、ここにきて、初めて彼の苦悶の声が漏れる。

「僕が生命エネルギーを流し込んだのは奴ではなく、その腹部に撃ち込まれた弾丸―――そしていま!ゴールドエクスペリエンスは発現する!!」

ジョルノの叫びと共に、父の腹部が異様に蠢き―――

ボコォ

「ギッ、アアアアアアアアア!!!!!!!」

悍ましいほどの父の雄叫びと共に、彼の腹を突き破ったソレが顔を見せる。

「僕がラッシュの時に与えた生命は『桜の木』だ。桜の木の下には死体が埋まっているという逸話よろしく、木は人体から栄養をすいとると言うが...なるほど、確かに図太くたくましく育ってくれたよ。
『いあいぎり』をして切った木の上に立って再開したセーブデータのようにな」

ジョルノは累の父の弱点である『頸』の切断を知らない。
故に選んだのは腹部から木を生やしての拘束。
目論見通り、彼の腹部から生えた木は父を地面に縫い付け、死に至らしめずとも動きを封じることができた。

「ガ...ガァッ...!」

鬼とて首を斬られなければ死なないだけで、どんな傷に対しても痛みが全くない訳ではない。
如何に外部からの刺激には強くとも、内臓から破壊されれば生物的な本能として苦悶の声を漏らさずにはいられない。

「ガヒュッ、ガヒュッ...」

激痛と共に逃れられない拘束の最中、累の父は必死に息子のもとへ向かおうとする二人の背中を掴まんと手を伸ばす。
だが、その掌はなにも掴めず虚空を切るだけ。
藻掻いたところで無駄だと諦め、父は沈黙する。

595 「だからわたしは」(後編) ◆ZbV3TMNKJw:2022/06/17(金) 23:04:02 ID:tWaKxU9Y0
【お前の役割は父親だ】

―――ドクン、と鼓動が波うち、与えられた『使命』が脳裏を過る。

【父は大黒柱として誰よりも強く、家族を、子供を護らなければならない。たとえその命が尽きようとも】

ソレは、ホワイトやミスティに与えられた急繕いの命令ではなく、もっと前から彼に埋め込まれた本物の『使命』。
誰もが知らない名もなき鬼が『父』であるためのアイデンティティ。

【我が身など顧みるな。痛いからなんだ。敵わないからなんだ。親として全身全霊を以て家族を護れ】

一方的に流れる使命も、自我の乏しい彼からすれば唯一の拠り所だ。
親として。父として。使命に殉じる為に累の父の身体に力が漲っていく。

「俺が...家族を...護ル...」

メキメキと音を立てて木が持ち上がっていく。
ブチブチと筋繊維が内臓と共に千切れていく。
それでもなお、彼は止まらない。

【役目を、果たせ】

「俺の家族に、手を出すなァァァァァァア"ア"ア"ア"ア"!!」

父としての役目を果たすため、『累の父』は死を選びたくなるほどの激痛をも吹き飛ばし、己の身体に刺さる巨木から身体を引き抜いた。

「なっ!?」

思わぬ復活にさしものジョルノとドレミーも動揺と共に硬直する。
その一瞬を突き。
累の父は腹から生えた木を丸太のように構え、一足飛びで距離を詰め、横なぎに振るう。

スタンドを防御に回し、己とドレミーの盾にするも―――力及ばず。
まるで鉄球のような衝撃と共に、ドレミーとジョルノの身体が吹き飛ばされる。


「『木にめり込んだところで動けないわけではない』か...文面だけではわかりづらい細微な情報...勉強...させて...」
「ヴァアアアアアアアアア!!!」

紅い月が輝く中、己から生えた木を丸太の如く担ぎ、咆哮をあげるあらゆる意味で『紛い物の鬼』。
その周囲に転がり沈黙する二人のスタンド使いと、そして自分。
まるで悪夢のような光景に、ドレミーは自嘲気味にクスリと笑みを零して呟いた。

「ゲームオーバーですね」

596 「だからわたしは」(後編) ◆ZbV3TMNKJw:2022/06/17(金) 23:04:38 ID:tWaKxU9Y0


「悲しいな。俺が救うことなく旅立ってしまった命があんなにもあるなんて」
「......」

異形の相手の片手間に、流れる放送へと耳を傾ける。
それが出来る余裕があるほどに、童磨と堂島は異形相手に有利に立ち回っていた。

(佐神くんが呼ばれなかったということは、やはりコレは彼そのものなんだろう)

自分たちを食らわんと殺意を振りまく怪物。
コレが生きている限り、『佐神善』は生きており、コレが死ねば『佐神善』は死ぬのだろう。

(だが、戻す手段など思いつかない。このまま放っておけば私たちの手に負える範疇を越えるのも時間の問題だ)

もしもこのまま戦い続けて成長しきり、この場の参加者をみんな殺せば一番後悔するのは誰だ。
他でもない善本人だ。
だからこそ斬る。
彼を苦しめないためにも、この手であの異形を断つ。
 
『いつもと変わらないじゃないですか。人を斬るしかできない人殺し』

纏わりつく死者の声を振り払い、迫る異形の腕々を切り伏せる。

その度に実感する。『彼』は成長していると同時に、消耗し死に近づいていると。

堂島は異形のもとへと駆け、再び頭頂から振り下ろす。

(斬る!このまま―――)

振り下ろされる正義の剣。
それを狙っていたかのように、異形の頭が自ら左右二つに割れ斬撃を回避。

「なにっ!?」

驚愕する堂島の隙を突き、異形はその巨大な掌で掴もうと腕を伸ばす。

―――血鬼術 霧氷・睡蓮菩薩

その腕を巨大な氷像の腕が掴み止め、腕を凍らせ破壊する。

「ゴアアアアアアアッ!」
「勢いはいいけどちょっと焦りすぎだよ」

氷像の菩薩の肩に乗った童磨は堂島にケラケラと笑いかける。

597 「だからわたしは」(後編) ◆ZbV3TMNKJw:2022/06/17(金) 23:06:22 ID:tWaKxU9Y0
「とはいえ、そろそろ彼も限界が近づいてきたようだね。ごらんよ」

童磨が扇での指示に従い堂島は異形へと目をやる。

「俺の敬服するあの御方でもあるまいし、再生能力が無限だなんてことはありえないんだよ。
使い続ければ、死なないにしても再生できなくなってしまう。さすがの彼も、強くなっているとはいえ削られ続ければ消耗の方が激しいようだ」

童磨の指摘通り、異形の崩壊速度は先ほどまでの比ではなかった。
強靭で巨大な身体は見る見るうちに崩れ、先ほどまでの強大さは鳴りを潜めつつある。
尻尾も崩れていき、残された中で驚異的なのは闘争心と殺意の牙のみといえよう。

「...佐神くん」

もう一度、剣を握りしめ直し構える。
彼は死ぬ。それは最初から危惧していたことであり、実際そうなってしまった。
それが今であっただけだ。だから躊躇うつもりはない。

「きみを斬るよ」

堂島が、何度目かわからない宣言をするのと同時に。

「ガアアアアアアア!!!!」

異形は吼え、残された腕で氷の菩薩を殴りつける。

(無駄だよ。そんな苦し紛れな拳で俺の睡蓮菩薩は―――)

ガシャア、と派手な音を立てて睡蓮菩薩の胸部に風穴が空く。

「あれぇ?」

思わぬ衝撃を受けた童磨の身体が菩薩から落ち地上に落下する。
童磨の思考は常に合理的だ。
生物である以上、限界を超えた身体は動いてはくれないし、火事場の馬鹿力とやらで全力以上の力を引き出すなんてことは、所詮は想定できる範囲でしかない。
故に、異形の死に瀕した一撃の威力を見誤り、己の能力を過信してしまった。それが彼の一つの失態だ。

(まあいいけど)

童磨は扇を繰り、菩薩に指示を出す。
内容は複雑なものではない。単純に、そのまま倒れこめというものだ。
菩薩はそれに従い、ぐらりと前のめりに倒れ込み、異形を地に押し倒す。
ズンッ、と派手な音を響かせれば、菩薩はその身をたちまちに氷に変えて異形の全身を凍りで包み込む。

598 「だからわたしは」(後編) ◆ZbV3TMNKJw:2022/06/17(金) 23:07:22 ID:tWaKxU9Y0
氷で固められた部位が、バキリと割れれば、異形の頭部から下は全て氷に覆われ分断される。
如何に高い再生能力を誇ろうとも、ああして氷点下の氷で凍らせられれば生命として成り立たなくなる。
残るは左上半身と首まわりと頭部のみ。

(終わったね)

勝利を確信した童磨は、着地後、堂島よりも先んじて異形へと向かう。
本来ならただ放っておくだけでも異形の崩壊を見届けられた。勝利するだけならばそれでいいだろう。
だが、今まで見たことのないこの異様なナニかを食えばどうなるかを確かめずにはいられなかった。
童磨は女好きであるものの、それ以上に鬼として強くなるために人の中でも栄養値の高い女性を大勢食らっている。
そんな彼が、眼前の極上の獲物に興味を抱かないはずがなかった。

(あそこから想定できる彼の攻撃方法は噛みつきか左腕のみ。それなら一度いなせばそれで食えるかな)

果たして、童磨の予測は当たり、異形の迫りくる左腕を躱し、次いで迫りくる頭部へと向き合う。

(想定通りだ。このまま血鬼術で―――)

ドンッ

突然の背後からの衝撃に童磨の身体は前方へと突き飛ばされる。

「えっ?」

童磨のもう一つの失態。それは堂島正に僅かでも背中を向けてしまったこと。
警戒していないわけではなかった。異形さえどうにかしてしまえば今すぐにでも救済してあげたかった。

だが誰が想像できようか。
共通の悩みの種だった異形の始末。
それを目的に組んだ相手が、今まさにトドメを刺そうとしたその時に。
放っておいても勝利が確定しているこの瞬間に。
その背中を蹴り飛ばし、こちらを食おうとしている牙に生贄の如く差し出してくるなどと。

「うわぁ、そうくるかぁ」

迎え撃とうとしていた血鬼術の発動は間に合わず、視界に広がるは、迫りくる口腔の中を蠢く無数の腕。
死を直感せざるをえないこの光景においてもなお、彼の思考は合理的で冷静だった。



ガッ バクン

599 「だからわたしは」(後編) ◆ZbV3TMNKJw:2022/06/17(金) 23:08:13 ID:tWaKxU9Y0
腹部に牙が突き立てられれば、装甲を持たない童磨の身体はあっさりと齧り取られる。
上半身が丸ごと削り取られた下半身がべちゃりと地に落ち、ぴくぴくと痙攣しつつ、血だまりを作っていく。

童磨という餌に気をとられた異形は、その背後からやってきた堂島への対処が遅れてしまう。

カッ。

剣が肩口から袈裟懸けに振るわれ身体が割れる。
それが再生するよりも速く、幾重も剣は振るわれた。

(斬る。このまま)

手ごたえを通じ、異形の生命が弱まっていくのを実感する。

(彼をこの手で)

再生する力が無くなったのか、斬り落とした腕はもう戻らない。

限界なのだ。もう。

あと一撃。これを振り下ろせば全てが終わる。

これまでとこれからの彼との戦いも、全て。

「さらばだ。佐神君」

そして、正義の剣は悪を断つべく振り下ろされ





―――先生





なかった。

600 「だからわたしは」(後編) ◆ZbV3TMNKJw:2022/06/17(金) 23:11:17 ID:tWaKxU9Y0

もしも。

もしも彼が、ほんの数時間後の、佐神善を見捨てた後の時間から連れてこられていれば。

もしも佐神善が復帰し共闘した時の喜びを足割っていなければ。

もしも佐神善を喪った時の感情を一度も経験していなければ。

もしも放送で微かにでも善が生きていると仄めかせられなければ。

いずれか一つでも満たしていれば、その剣を振り下ろすことができただろう。


けれど。

愛する息子の喪失に納得が出来ず。

正義が辱められ悪がのうのうと生き残る世界に憎悪し剣を振るってきた彼が。

脳裏に彼の、幼いころからずっと見てきた××の顔が過れば。

躊躇なくその剣を振り下ろすことなど、できるはずもなかった。


その一瞬を突き。


異形は正真正銘最期の力を振り絞るように肩口から腕を生やし堂島を捉える。

開かれる口腔の中、無数に並ぶ腕が伸ばされる。

『死ね』

その一本一本が死を望むように堂島の身体に纏わりついていく。


『死ね』
『死ね』『死ね』
『死ね』『死ね』『死ね』
『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』
『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』    
『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』
『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』
『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』

浴びせられる憎悪の声に怒ることすらできない。
死者だけではなく、彼にすらそう願われては。

(私は...死ぬべきなのか...?)

掲げた正義の為に人を殺し、絶望に抗おうとする少女を刺し。
護りたいと思った者すら守れず、感情任せに無罪の少女を斬り捨てた。

愚物。

堂島が目を背け続けてきたその二文字を突きつけるように、腕は

【斬り殺してきたヤクザたちのものに見えた】【善の仲間の吸血鬼に見えた】【益子薫のものに見えた】

そして

『何も為せずに、早く死ね』

肩に手を置き、嘲笑うように『彼女』が囁いてきた。

その憎悪と怨嗟の声に、抗うことも屈することもできず。

堂島正はただ迫る牙を受け入れることしかできなかった。

601 「だからわたしは」(後編) ◆ZbV3TMNKJw:2022/06/17(金) 23:12:00 ID:tWaKxU9Y0



この殺し合いの首輪には如何な参加者をも死に至らしめる能力がある。

大勢の生身の人間や、身体の損傷で死に至る人外等であれば爆発一つで事足りるだろう。

だが例外はある。

弱点部位が心臓部であるドミノ・サザーランドを筆頭とする吸血鬼、出自が特殊中の特殊である佐神善、童磨と累の父、沼の鬼ら頸が弱点とはいえ日光に携わるモノが無ければ死なない鬼、ワザップジョルノ等がいい例だ。

彼らは首輪が爆発した程度では本来ならば死なない。傷は負うものの、時間が経てば再生してしまう。
特にワザップジョルノなどは特異中の特異だ。
なんせ身体のない、どころかそもそも『命』というものが存在しないネットミーム。
それをジョルノ・ジョバーナに酷似した形で出力しているだけに過ぎない存在だ。

そんな彼らのような例外を死に至らしめる為の紋章である。
紋章は首輪の爆発をスイッチとして発動する『存在』つまりは『魂』を消し飛ばす代物である。

この紋章は魂を弄る能力を有する蘆屋道満とメフィスとフェレスの合作であり、彼らの技術の髄を凝らした代物である。
彼らだからこそできる魂の直接破壊。故に、身体の頑強さに関わらず如何な参加者をも死に至らしめることができる。
ネットミームであるワザップジョルノもまた、彼もしくは彼女の書き込みという存在(データ)を破壊すれば死に至らしめられるのだ。


佐神善が首輪の爆発で死に至ったのは、正確にはこの紋章の力によるところが大きい。

だが、即死せずこうして暴れまわっているのは一つのカラクリがあった。
主催側が参加者として連れてきた『佐神善』は正確には『佐神善を真似た超越者』である。
長年の間真似をし続けてきた所為でその記憶も魂も大半は『佐神善』にはなったが、残る超越者としての部分は消しきれなかった。
いわば、『佐神善』と『超越者』の融合体がいまの彼と言えよう。

故に、紋章で『佐神善』の部分は消滅させることができても、残る超越者の部分は消せず。
しかし、再生能力があるとはいえ、存在の大半を消された生物が無事でいられるはずもなく。

満身創痍の身でありながらも漏れ出しどうにか形どったのが今の異形の存在である。
故に、真祖にも匹敵し得るポテンシャルを持ちながらも、既に余命いくばくもない瀕死の手負いの獣。
堂島と童磨が終始有利に立ち回れたのも、彼の消耗が既に大きすぎたのからだ。

そんな彼が己の復活の為に欲したのが、純粋に吸血鬼以上に再生能力の高い童磨と堂島正のD・ナイトである蘇生。
特に、後者の遺灰物ですら治してしまう能力を模倣し完成させれば身体の崩壊すら戻せた可能性が高い。
それらの、崩れてゆく身体を一時的に埋めることが出来るモノがあれば、例え『佐神善』の部分が削がれようとも、極上の餌である真祖を食らうことで完全な復活を遂げられる可能性が生まれてくる。

故に、彼は食らう為に戦った。
復活を果たすために。輝ける『闘争心』を取り戻すために。

そして、今。

本命の餌のための前菜としてようやく手にしたソレを喰らうために向けられた牙は。

届くことなく背後から貫かれてその役目を果たすことなく終えた。

602 「だからわたしは」(後編) ◆ZbV3TMNKJw:2022/06/17(金) 23:12:50 ID:tWaKxU9Y0


『佐神善が生きている』

この情報を聞いた時、彼女は思った。
これは罠だと。

彼女は既に似たようなケースを知っている。

魔女と化した親友の美樹さやか。
消耗と絶望の限界値までソウルジェムの穢れを溜めきってしまい魔女となった彼女は生きてはいた。
しかし、それはあくまでも魔女が生きているだけであり、『美樹さやか』を戻す方法などどこにもなかった。
だから同じく友達である暁美ほむらは手を下さざるを得なかった。
不本意ながらも、それでもこれ以上さやかに犠牲を重ねさせないためにも。

今回も同じだ。

喰われかけて思い知らされたが、アレはもう『佐神善』ではない。
素性は知らないが、魔女となったさやかに近しいモノを感じた。

それでも彼女は思った。
アレが怪物と化しても『佐神善』であるならば。
殺し合いに乗るのを止め、死んだときには感情を収められなかった彼に。
まるで親友か息子のように大切にしていたであろう堂島正に、アレを殺させてはいけない、と。

だから彼女は残る魔力を集中させ、矢を放った。
堂島に手を汚させないために。善に人殺しをさせないために。
その果てに堂島からの刃が待っていようとも。

私は、あの人たちを救いたいと。

放たれた弓矢は、生物の頂点の残滓を貫き―――破壊した。


再び灰と化していく彼の身体の向こうから、息を呑み目を見開く堂島の視線を受け止め。

呆気にとられる真島と結衣の方へと振り返ると。

鹿目まどかの頬を伝う涙は止まらず。

ぴしり、と心が壊れるような音が聞こえた、気がした。

603 「だからわたしは」(後編) ◆ZbV3TMNKJw:2022/06/17(金) 23:15:23 ID:tWaKxU9Y0




王は待っていた。

王の愛した『輝く人』以外に繋がれた存在に気が付いてから。

誰よりも己に等しい存在との邂逅を待ちわびていた。

会いに行きたい衝動を抑え、約束に従い座して待っていた。

「......」

けれど。

一度繋がってしまったからだろうか。

なんとなくわかってしまった。感じ取ってしまった。

どこか遠くで、果ててしまったような、そんな奇妙な感覚を。

もう、二度と彼とは会えないのだろう。

その遠方の地の友人を喪ったような感覚を少し寂しく思うけれど、それでも彼は変わらない。

例え、退屈そうにしていると思われる眼差しでも。

灰の世界で輝くものを、かつての美しい人間を求めて。

いまもなお、王は王らしく。座して『彼ら』を待ち続ける。

604 「だからわたしは」(後編) ◆ZbV3TMNKJw:2022/06/17(金) 23:16:18 ID:tWaKxU9Y0
何度も申し訳ありません、一旦ここまでで投下を区切ります。
最後のパートは近い内に投下します。

605 ◆ZbV3TMNKJw:2022/06/24(金) 23:50:49 ID:WLkV25LM0
投下します

606薄明のモノローグ ◆ZbV3TMNKJw:2022/06/24(金) 23:52:04 ID:WLkV25LM0
―――カナカナカナ...

「っ!?」

ひぐらしの鳴き声が木霊し、目が覚める。
視界に入ってくるのは見慣れた天井。
使い慣れた布団。
吸い慣れた空気。

「どうなさいましたの、梨花」

聞きなれた、あの子の声。

「さと、こ」

思わず彼女の名前を呼ぶ。
ずっと支え合ってきた。
何度も別れてしまった。
それでも愛しい愛しい、彼女の名前を、北条沙都子の名を。

「汗、ぐっしょりですわね。大丈夫ですの?」

私の枕元に立ち、額に顔を寄せ、掌で熱を測ってくれる沙都子。
そこにはいつもの温もりがふんだんに込められていて。
オヤシロ様の名を口に腸を割いてきた彼女の姿はどこにもなくて。
その姿がとても愛おしくて。

「沙都子...ぐすっ」

気が付けば、私は涙を流し、嗚咽を漏らしながら彼女に抱き着いていた。

607薄明のモノローグ ◆ZbV3TMNKJw:2022/06/24(金) 23:52:37 ID:WLkV25LM0
「りっ、梨花!?」

彼女はそんな私に戸惑いの声を漏らしたけれど、ほどなくしてぽんぽん、と優しく頭を撫でてくれた。

「なにか抱えているなら話してくださいまし。私たち、ずっとそうやってきたでしょう?」

そうだ。
私と沙都子はずっと寄り添って暮らしてきた。
両親がいなくなり、自分と自分にしか見えない羽入だけになってしまった寂しい部屋。
沙都子はいつもそこにいてくれた。寂しさを埋めてくれた。
百年にわたる惨劇のループも、彼女がいてくれたから折れずに耐えられた。
全てを話せない私は、大好きなみんなにも幼子の仮面を被っていたけれど、それでも沙都子がいない生活なんて想像もしたくないくらい大きな存在だった。

「怖い夢を、見たの」

だから私は吐き出した。しどろもどろで断片的ながら、それでも出来る限りの本音を。

「夢ですの?」
「私が自殺しようとしてて、おじさんに止められたかと思ったら変なコロネに付きまとわれて、変態女たちと吸血鬼の戦いに巻き込まれて、妙な怪物にコロネたちと立ち向かって、変態女にペロを改造されて、コロネにキスを強要されて、それで...!」
「そ...それはまた随分と愉快な夢ですわね」
「愉快なんかじゃない!」

沙都子の相づちの言葉を私は強く否定する。
傍から聞けば、いつもの部活の延長にも聞こえなくもない。
実際はあんな楽しく緩いものではなく、もっと悍ましく惨たらしい惨劇そのものだ。
けれど、怖いといったのはそこではなく。

「そこにはみんながいなかったから...沙都子がいない世界なんて、私は絶対に嫌なの!」

いつもの惨劇とは違い、優しくしてくれる人はいた。
頼れる人もたくさんいた。

けれど、そこには自分の知る人たちは誰もいない。

羽入も。
圭一も。
レナも。
魅音も。
詩音も。
赤坂も。
入江も。
大石も。
富竹も。

あの祭囃子のように惨劇を打ち壊し、私を救ってくれた人たちは誰もいなかった。
そして沙都子とも入れ違いですれ違ってしまい、会うことは叶わず。

そんな世界を嘘でも愉快だなんて言えるはずもない。

「今の言葉...すごく嬉しいですわ。貴女の中には、まだちゃんとあの時の思い出が生きているんですのね」

かけられる声に、私はふと顔を上げ、首を傾げる。
沙都子は私とは仲良しだ。
優しくしてくれることもしょっちゅうある。
けれど、いまの彼女からかけられた言葉は、普段の温もりとはどこか違う気がした。

「沙都子...?」
「梨花。たとえこれから先、どんなことが起こっても、必ず私を見つけてくださいまし。
私はいつでも貴女を笑顔で待っている。貴女の居場所は、私がずっと守っていますから」

「沙都子、なにを言って―――」

「どんな形でもいい。必ず勝ってくださいませ、梨花。私は―――『私たち』はソレを祈っていますわ」

パチン、と沙都子が指を鳴らすと、温もりも安らぎもなにもかもが消え去って、私の意識はぷつんと途切れた。

608薄明のモノローグ ◆ZbV3TMNKJw:2022/06/24(金) 23:53:03 ID:WLkV25LM0



「―――はッ」

目が覚める。
凄まじい倦怠感に身体が襲われる。

「目が覚めましたね、古手さん」

かけられる声に顔を向ける。
金色のコロネ髪に濃ゆく凛々しい顔立ち―――ワザップジョルノが梨花の目覚めを迎え受けた。

「え...あれ...?」

梨花がキョロキョロと周囲を見回すと、そこは見慣れぬ民家の光景で。
沙都子も自宅も影も形もなかった。

「夢...だったのね」

梨花から深いため息が漏れる。
あの温もりが夢幻で、悪夢としか形容できないこちらが現実だというのだから仕方のないことだ。

蛇口からコップに水が注がれ、カラン、と氷の音が鳴る。
冷えた水道水をジョルノに手渡された梨花は、それを呷り喉を潤す。

「ふぅ...それで、なにがどうしてこうなったのかしら」

周囲は静けさに包まれており、部屋の中にいるのは二人だけ。
堂島も。真島も。まどかも。プロシュートも。ドレミーも。結衣も。善のような怪物も。童磨も。累の父も。
誰一人としてこの場にはいない。
梨花が覚えているのはドレミーに体力を吸われつくしたところまでだ。

「そうですね...順を追って説明しましょうか」

ジョルノは、梨花が気絶してからの顛末をポツポツと語り始めた。

609薄明のモノローグ ◆ZbV3TMNKJw:2022/06/24(金) 23:53:24 ID:WLkV25LM0


どろり。

真島と結衣は空気が濁っていくのを肌で感じ取った。
警鐘をかき鳴らす本能が二人の肌を粟立たせ、すぐにこの場を離れろと訴えかける。

一般人である二人の対応は殊更に異なっていた。

「え...?え...!?」

ただただ戸惑う結衣と。

「...ッ!」

まどかを凝視し、即座に脳髄をフル回転させる真島。

二人の差は、原因を知っているかどうか。
真島はまどかからソウルジェムの穢れが溜まり切った時、魔女になると聞かされている―――その対処法も。

(魔女が生まれる前にソウルジェムを破壊する―――だがそれは...!)

ソウルジェムは魔法少女の命そのもの。破壊すれば即死に至る。
だが、ソウルジェムの浄化に必要なグリーフシードもあとわずか。
まどかの変身すら解けかけている今、浄化したところで焼石に水だろう。

(どうする。どうすれば...ッ!)

極限の中、真島が取っていたのは、ボクシングの構え。
両の拳を握りしめ、眼前に構えるファイティングポーズ。

(そうだ。今なら俺でもやれるはずだ)

狙いを澄まし、左のストレートを放つ。
狙う先はまどかのソウルジェムではなく、彼女の顎。
変身が解け、戦闘態勢にも入っていないまどかはその拳を無防備で受け、脳震盪により意識が遮断される。
ぐらりと倒れ行くまどかを抱きかかえ、ソウルジェムになけなしのグリーフシードを使用。
穢れが吸い取られたことで、淀んでいた空気も緩和され、真島はふぅと一息を吐く。
ソウルジェムは魔力の消費と精神の在りようで濁っていく。
ならば意識が途絶えれば一時的には濁りも収まるのでは―――その考えは当たっていた。

(だが楽観視はできん。問題を先延ばしにしただけだ)

幾らかは穢れを浄化できたものの、それでもソウルジェムの濁りは八割を超えている。
これではすぐに限界が訪れてもおかしくない。
他にグリーフシードを持っている者はいないか確認しようとしたその矢先だ。

610薄明のモノローグ ◆ZbV3TMNKJw:2022/06/24(金) 23:53:43 ID:WLkV25LM0
「ヴァアアアアアアアア!!!」

雄叫びと共に、巨大な影―――累の父が突貫してくる。

「ッ!」

真島は咄嗟にまどかを抱え、横合いに転がる。
来る追撃に備え、拳を構えようとするか、標的の姿はそこにはない。
累の父は堂島の前、正確に言うなら灰だまりのもとに膝を着きガサガサと灰の山をまさぐっていた。

「ムスコ...ムス...!」

灰となった命はもう戻らない。
その事実を拒絶するかのように、累の父は息子を呼びながら一心不乱に灰をかき集める。

彼の使命はその身を賭して息子を護ること。
その『息子』が死んだ。
使命という存在理由を喪った父は、掌の中で掬った灰が飛んで消えると、ポロポロと無数の眼から涙を流し始める。

「オオ...オォォォオォォォ!!!」

その姿に先ほどまでの威圧感はどこにもなく。
現実を認められないと今にも蹲りそうなほどに縮こまるその姿は、怪物ではなく、今まさに息子を喪った父親のような姿で。

そんな姿が、息子を喪い嘆く己に重なり、眼前に蹲る敵に対して、堂島正は剣を振るうことができなかった。

人間とは感情の生き物だ。
どれほど同じ過ちを犯しても、いざという時に繰り返してしまうことは稀ではない。
ほんの少しでも呼ばれた時間が違えば、堂島は躊躇いなく累の父を斬れただろう。

だが、今の彼にはできなかった。
自分の姿と重なってしまった相手にはどうしても微かな躊躇いが生じてしまう。

その隙が、不測の事態を再び招く。

611薄明のモノローグ ◆ZbV3TMNKJw:2022/06/24(金) 23:54:21 ID:WLkV25LM0
「血鬼術 凍て曇」

灰の山より雪風が舞い、堂島と累の父へと襲い掛かる。
塞がれる視界と凍てつく身体に二人は怯み動きを止める。

その刹那。

シャッ

累の父の頸に鋭い痛みが走り、遅れて鮮血が散り頭部がゴロリと落ちる。
ぐらつく身体が地に突っ伏す寸前、影が躍りかかる。
その正体は、上半身だけになった童磨。
彼は累の父の肉体へと飛び掛かり、そのまま己の身体に捕らえ吸収していく。

鬼の捕食方法は二つある。
一つはそのまま殺し、肉を咀嚼し体内に取り入れる従来の捕食。
もう一つは、口を使わず直接肉体の中に取り入れる吸収。
偉業に食われたものの、牙が首に届いておらず、辛うじて一命を取りとめた童磨は、その吸収により累の父を捕食しているのだ。

斬りかかってくる堂島に血鬼術で牽制をかけると、童磨はまだ吸収しきっていない累の父の身体を無理やり操り、あっという間に逃走してしまった。


「......」

静寂を取り戻した戦場で、堂島は周囲を見回す。
ワザップとドレミーは―――生きている。
彼らも自分たちが見逃されたことが不思議だったようで、唖然としていた。

真島と結衣たちもまだ健在だ。

犠牲者がいないことを確認した堂島は、逃げた童磨を追おうと踵を返す。

「待て!」

呼びかけられる声に堂島は足を止める。
振り返ると、真島が息を切らしながらもこちらに走り寄ってきていた。

「頼む―――鹿目を助けてやってくれ!」

辿り着くなり、真島は堂島に縋りつく勢いで堂島に求めた。
彼はこの数時間で思い知らされた。
どれだけ強く願おうが、この戦場では力なき者には叶える権利などないことを。
それはシークレットゲームでも同じことだった。
暴走する粕谷瞳にいくら結衣が訴えかけても止まらなかったのがいい例だ。

「俺ではこの殺し合いからあいつを護りきるのは無理だ。それは痛いほど思い知らされた」

結衣やまどかの優しさは必要であれど、それを護る力もまた必要だ。
真島にはそれがない。
堂島のように、異能に対抗できるだけの純粋な力が。

「お前の力が必要なんだ。俺はどうなってもいい...頼む、あいつを助けてやってくれ...!」

真島は地に額を擦りつける勢いで頼み込む。
その光景は、堂島にとって慣れ親しんだ光景でもある。
医者として、重傷の患者を手術する時に、親族や関係者が頭を下げ縋りついてくるあの光景だ。

「......」

堂島は無言でまどかを見やる。
彼女は善を殺した。
けれど、薫の時とは違い、まどかへの憎悪は湧かなかった。
わかっていたからだ。
自分を助けるために、彼女はその手を汚したことは。

だからだろうか。真島の必死な訴えに応えたいと思ってしまったのは。

「...ひとまず彼らを交えて話をしよう。何事も決めるのはそれからでも遅くないはずだ」
「っ...恩に着る」

堂島の返事を聞いた真島は、唇を噛み締め、これでも足りないと言わんばかりに深々と頭を下げるのだった。

612薄明のモノローグ ◆ZbV3TMNKJw:2022/06/24(金) 23:55:07 ID:WLkV25LM0



「そうして、僕らは三島と薫さんの簡易的な埋葬をした後、僕のスタンドで皆の怪我を直し腰を据えて情報交換をしました。
終わるなり真っ先に席から離れたのはプロシュートです。彼は能力である老化ガスが集団の中では本領を発揮できないからと理由をつけて離脱しました。
荻原さんはそんな彼を一人にはしておけないと、ドレミーに泣きつき共に後を追いました。
堂島は今のうちに童磨やエスデスを叩いておきたいと席を立ち、真島とまどかを連れて抜けました」
「そして残されたのが私たち...ってことね」
「ええ。本当なら無理を言ってでも纏まって行動したかったんですが、なにせこの殺し合いには時間制限がある。
多少のリスクは被った上で動かなければたちまちにゲームオーバーですから」

飲み終えたコップに再び水が注がれ、梨花もまた再び水を呷る。

「...それとは別で、聞きたいことがあるのだけれど。放送があったのよね」

瞬間、ジョルノの顔が微かに強張った。
自分が聞きたいことを察し、その答えも良くないものなのだろうとは悟ってしまった。
けれど聞かなければならない。
漠然と残る不安を、確かなカタチに正さなければいけないから。

「沙都子は、呼ばれたの?」
「...ええ」
「......!」

ジョルノの返答に梨花は息を呑む。
やはりだ。
あの夢は虫の知らせとでも言うべきなのだろうか。
覚悟はしていたが、それでもやはり大好きな親友が死んだ事実は梨花の心を締め付ける。

「...沙都子」

今の彼女についてはわからないことばかりだ。
エスデスを殺すつもりで仕掛けたり。
ジョルノの考察で自分を苦しめる黒幕の可能性が浮上してきていたり。

けれど、それでも梨花は沙都子を嫌うことはないだろう。

例え黒幕でも、事情を聞き、罪を赦し受け入れるだろう。
それほどまでに梨花の中では彼女の存在は大きかった。

だから、幾度となく彼女の死を経験していても、いつだって悲しみ嘆いていた。

『なあ、嬢ちゃん。百年も頑張ってきたやつにいうことでもねえのかもしれねえがよ...最後まで抗ってやれ。
ずっと、ずっと抗って...最後にゃあの主催連中も、嬢ちゃんの件の黒幕とやらも、全員ぶちのめして笑ってやろうぜ』

最期に遺された英吾の言葉が過る。
己の掌を見つめ、それに応えるように力強く握りしめる。

(ええ、そうよ。私は絶対に折れない。抗って、抗って、抗いぬいて。奇跡を起こして、こんなくだらない惨劇の舞台を壊してやる)

そしてその果てに沙都子の真実を掴み取る。
それが自分と対立するものであれば、いつかのカケラの圭一とレナのように全力でぶつかり合って、汗だくのどろどろのくたくたになって赦し合うのもいいかもしれない。
そして最後には共に高らかに宣言してやるのだ。
悲劇など知るか、惨劇など知るか。お前たちが喜ぶ悪魔の脚本なんて、私たちがぜんぶけっ飛ばしてぶち壊してやる、と。

「...ワザップジョルノ。私の事情を知った上で残っているということは、覚悟しているのよね?」
「当然ですよ。主催陣はワザップにガセネタを投稿した連中もろとも刑務所にぶち込みます。たとえこの命に代えてもね」
「そう...成り立ちはどうあれ、貴方も悪意の脚本に踊らされた被害者だったわね」

梨花はゴシゴシと掌で顔を拭き、そして上げる。

「行くも地獄、退くも地獄。...僕と一緒に、地獄の果てまで付き合ってもらうのですよ」

にぱー☆と朗らかな笑顔になる梨花。
それは雛見沢で被り続けた幼子の仮面。
今後、初対面の参加者にはこちらの方が都合がいいという狸演技だ。

「その意気です。裁判は根気と演技力との勝負...僕ら原告側が諦めない限り、チャンスは何度でも訪れますからね」
「みぃ...僕は裁判の仕組みはよくわからないですが、覚悟してくれるならなによりなのですよ」

突き出されるジョルノの拳に、梨花もまた拳を突き出しちょこんと触れる。

―――これから先、協力してくれた参加者たちとどれほど再会できるかはわからない。
もしかしたら、自分が先に斃れるかもしれないし、仮に残っていてもあの時の面子は誰もいないかもしれない。
それでも彼女は願う。

あの祭囃子のカケラのように、再び共に集えることを。
惨劇の舞台を共にひっくり返せることを。

かつて信じた奇跡を起こしてやると、彼女は強く願う。


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