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本スレに投下するか迷ったような作品を投下するスレ
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859
◆93FwBoL6s.
:2010/08/05(木) 17:05:19 ID:uqGfeIY6
濃い青空、そそり立つ入道雲、けたたましいセミの声。
縁側に座ってスイカを囓り、甘い果汁ごと種も啜り込む。瑞々しい青臭さを触角と舌の双方で感じ取りながら、
鬼塚ヤンマは隣に座る秋野茜の様子を複眼で捉えていた。子供の頃から変わらず、茜はスイカを食べるのが下手だ。
種なんて飲み込んでしまえばいいのに、いちいち取り出すものだから手がべたべたになっている。顎から伝った汁気が
首筋にまで垂れているし、ハーフパンツを履いた太股にも赤い雫がいくつも落ちている。
「おい」
ヤンマはスイカが載っていた盆から濡れ布巾を取り、茜の顎から首筋に掛けてぐいぐいと拭いた。
「何すんの、もう」
茜は乱暴に拭かれた肌を手の甲で擦り、むくれた。ヤンマは残った皮も食べてから、自分の爪を拭いた。
「見るに見かねたんだよ。いつになったらスイカを喰うのが上手くなるんだ、お前は」
「いいじゃん、別に。ヤンマには関係ないじゃん」
「ガキ臭ぇんだよ」
「そのガキ臭いところが好きなくせに」
「馬鹿言ってんじゃねぇ」
ヤンマは茜の頭を小突くと、茜はにやけながらスイカの残りを頬張った。そうは言うものの、反論出来ないのが悔しい。
「ここ、なーんにも変わらないねぇ」
裸足の足をぶらぶらさせながら、茜は実家の庭先から見える風景を一望した。
「何百年も同じだったんだ、これから先も同じなんだろうよ」
ヤンマは下両足を組んで胡座を掻き、透き通った四枚の羽を下げた。実が膨れてきた稲穂が揺れる田んぼと、ナスや
キュウリがたわわに生る畑、爽やかな風が吹き下りてくる深緑の山。肺に入れる空気は澄み渡り、嗅覚をなぞる臭気も
田舎のものだ。ちょっと車を走らせて街中に入ればそれなりに栄えているが、ヤンマと茜が生まれ育ったのは郊外の集落だ。
見知った顔ばかりで構成された狭い世界だが、居心地は悪くない。都会に比べれば、明らかに時間の流れが遅かった。
二人揃ってお盆休みに帰省することにもすっかり慣れた。酒の席で鬼塚家と秋野家の親から結婚を急かされるのも、
茜が高校を出るまでだと半笑いで言い返すのも、茜が親の気の早さに呆れるのも、双方の親戚から夫婦扱いされるのも。
「明日は神社のお祭りだっけ」
スイカを食べ終えた茜が皮を渡してきたので、ヤンマはそれを躊躇いもなく喰った。
「毎年のことだから、もうなんとも思わねぇけどな。大した祭りでもねぇし」
「神隠しに遭わないように気を付けなきゃね」
「つっても、あれは三十年近く前の話だろ? 茜の母さんの同級生の女子が祭りの途中で行方不明になったのは」
「でも、それっきり見つかってないんだもん。きっと、神様に気に入られちゃったんだね」
「この辺の川じゃなくて、山の沢に泳ぎに行ってたらしいしなぁ。だから、あっち側に引っ張られちまったんだな」
例年通りの会話を交わし、ヤンマは二切れ目のスイカを囓った。神隠しに遭った娘の話は、この集落ではリアリティのある
怪談だ。数年前、市町村合併によって大きな市に吸収される前は、この集落を含めた一帯は小さな村だった。その頃、
一人の女子中学生が祭りの夜に突然姿を消した。その名は河野清美といい、活発で明るい性格で誰からも好かれていた。
泳ぎも上手く、神隠しに遭う直前には水泳大会で好成績を残すほどだった。だが、彼女は何の前触れもなく姿を消した。
その後、十年に一度と言われる記録的豪雨が降ったために捜索を始めるのが遅れたせいか、何度捜索を行っても遺骨
すら見つからなかった。だから、毎年のように大人は子供に言い聞かせる。夏の山に入るな、山神に隠されてしまう、と。
「隠されちゃったらどうする?」
茜は口元の汚れを拭ってから、ヤンマに寄り掛かってきた。
「俺は鬼だぞ。引き摺り出せるに決まってんだろ」
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