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ストライクウィッチーズでレズ百合萌え 避難所9
223
:
Key To My Heart 18/18
:2013/01/20(日) 21:48:56 ID:KKYaFxWQ
嗚呼。
行こう、と。
そう、決めた。
「サーニャは……やっぱり、音学校に戻りたいか?」
「え?」
「ネウロイなんかいなければ、そもそも軍人になんてならずに済んだし。ピアノだって毎日弾けてたはずじゃないか。今でもあんなに凄い演奏が出来るんだから、きっと軍に入らなければ、有名なピアニストの一人になってたに違いないしさ。だから、サーニャは」
軍に入らない方が、幸せになれたんじゃないか、と。
私と出会わない道に行った方が、良かったのではないか、と。
そんな事を口に出そうとして。
頬に触れる、サーニャの手にそれを止められた。
「……そうね、わたしは音楽とピアノが、好き。ネウロイもなにもなければ、音学校で勉強を続けたかったと思ってる。それは、本当。
でも、ネウロイはいて、だから軍に入って、その間に悲しいこともあったけれど……でも、エイラと出会えたのは、幸せ。それも、本当。
音楽家になりたいわたしも、軍人になったわたしも、どっちも本当だから。わたしは、エイラと出会えて、本当に良かったと思ってるし……それが、今のわたしよ、エイラ」
「……さ、さーにゃぁ……」
「エイラ?」
「わ、私も、色々あったけど……でも、サーニャと出会えて、本当に良かったと思ってるぞ!」
感極まって、思わず、抱きつく。
サーニャが驚いたみたいだけれど、その後にそっと、抱き返してくれる。
ひとさまの結婚式で何をやっているのかと頭の冷静な部分が思わないでもないが、さいわいな事に、みんな花嫁花婿に見とれていて、会場の隅の自分たちを見てはいない。けれどもしかしたら先生は気付いていて、微笑んでいるのかもしれなかった。
このひとが自分にとって、特別であるのと同じくらい。
このひとにとって、特別な誰かでありたい。
心から、そう願った。どうすればいいのか、どうすればそれを確かめられるのかは、まだ良く解らないが、それでも、だ。
祝福の拍手が花嫁たちに注がれるなか、自分たちの周りだけが切り取られたみたいに静かで。
その二人だけの静けさのなかで。
ずっと、抱き合っていたかった。
224
:
KKYaFxWQ
:2013/01/20(日) 21:55:20 ID:KKYaFxWQ
以上です。
このネタってエイラーニャでやる必要あるの? という感じもありますが、まぁそこは気にしてもしょうがないかなぁと開き直り気味です。
スレ汚し失礼いたしました。またお目にかかる機会があれば幸いと思います。
サヨナラ!(爆裂四散)
225
:
KKYaFxWQ
:2013/01/21(月) 00:46:13 ID:F1YRnuBc
ギャーすいません。2/18部分において「ガリア開放」と書いてしまってますが、正しくは「ロマーニャ解放」です。
要するに一期終了後ではなく、二期終了後から劇場版までの時間軸になります。
締まらなくて申し訳ない……!
226
:
名無しさん
:2013/01/21(月) 19:52:58 ID:ePmUPOrg
>>225
良かった!
情景が目に浮かんで、長さを感じなかった。
化粧とマニキュア場面でこっちまでドキドキし、ラストはウルッと来てしまった。
次の作品も期待!!
227
:
KKYaFxWQ
:2013/01/22(火) 00:52:07 ID:PBaO4qtU
>>226
感想大感謝です! マニキュア部分とラストはぶっちゃけ本当にそこだけ書きたかっただけなんで伝わって嬉しいです。
で、次の書いてきました。また投下しますエイラーニャです。短いよ!
228
:
KKYaFxWQ
:2013/01/22(火) 00:53:35 ID:PBaO4qtU
なんでもないこと
雨の音が聞こえる。
わたしはゆっくりと目を開いた。目の前には、まくら。前に、エイラに買ってもらったもの。カーテンの隙間から、光。太陽の光。曇り空越しだから、少し暗い。
今、わたしはベッドのなかにいる。ゆっくりと体を起こす。思わず、あくび。
朝。いや、もしかしたら、もうお昼かも。夜間哨戒の任務をしていると、どうしても朝起きて夜に眠るという生活はしにくくなる。直したいとは思うけれど、これもお仕事だから、しかたない。
ふとした違和感。部屋がなんだか見慣れない。わたしの部屋ではないし、エイラの部屋でもない。どこか知らない世界に迷い込んでしまったみたいな感じがする。
ああ。
それもそうだった。ここは501の基地じゃなくて、502の基地の寝室。いま、わたしとエイラは、ペテルブルグの基地にお世話になっているという事を、ようやく思い出した。寝ぼけた頭がうまく回らない。
眠いのは苦手。
でも、今日がお休みだってことは、覚えてる。エイラも、お休み。
エイラ。そう、エイラはどこにいるだろう。いつもみたいにわたしより先に起きて、どこか部屋の外に飛び出していってしまったのかもしれない。
わたしを起こさないよう気を遣ってくれるのは嬉しいけれど、それは少しだけ寂しい。置いていかないで欲しいのに。一緒にどこかに行こうと言ってくれても良いのに。
わかってる。これは、わたしのわがまま。エイラは優しいから、つい甘えてしまう。
ふと、寝る前にエイラがいた場所に手を伸ばすと、そこはまだ温かい……むしろ、温かくて柔らかい。
これは、もしかして。
毛布をめくると、そこにエイラが寝ていた。
思わず、くすりと笑う。まだ明るい時間に、わたしが起きていて、エイラが寝ているのは、本当に珍しい。そういえばエイラはペテルブルグの基地でいろいろ手伝っているから、夜まで起きていることもあるみたい。だからたまたま今日、こういうめぐり合わせになったのだと思う。
エイラの寝顔を見るのも、少し新鮮。夜間哨戒のあと、エイラのベッドに行ってしまうときに見ているはずだけど、わたしはそれをよく覚えていない。覚えてないなら、見てないのと同じ。だから本当に、もしかしたら、エイラの寝顔を見るのはこれが初めてなのかも。
すうすうと寝息をたてる表情は、いつものりりしい顔とも、笑っている顔とも違う。
なんとなくその顔に触れようとして……やめておくことにする。起こしてしまったらかわいそうだから。こんなに気持ち良さそうに寝ているのに。
ああ、じゃあ、エイラがわたしを起こさないのも、こういう気持ちだからなんだろうか。
少し納得して、わたしは枕元に置いてあった読みかけの本を取った。
オラーシャ語版の『不思議の国のアリス』。
家にいる頃は何度も読み返した、お気に入りの本。子供の頃読んでいたものと、今ここにある本は違うものだけど、書かれている物語は同じで、懐かしい気持ちにさせてくれる。
買出しに出かけた時に本屋さんで見かけて、思わず買ってしまっていた。厚くて重い本だから、次の異動のときは、これも処分しなくてはいけないだろうけれど。
栞の位置のページを開く。場面はちょうど、帽子屋さんとのお茶会のシーン。
外はとても静かで、ただ、雨の音が聞こえる。
その静かな空気の中で、本を読む。となりには、エイラが寝ている。
こういうのも、たまには良い。
今日は、なんでもない日。
でも、きっと幸せな日。
229
:
KKYaFxWQ
:2013/01/22(火) 00:54:57 ID:PBaO4qtU
以上です。短いね。
またなんか書けたらお世話になるかと思います。サヨナラ!
230
:
名無しさん
:2013/02/04(月) 23:15:54 ID:irVCk5o6
>>229
GJ! これはなごむエイラーニャ。
どんどん書いて下さい!
231
:
KKYaFxWQ
:2013/02/09(土) 00:44:45 ID:4wTiVXyo
>>230
レスどうもー。
いろいろ触発されてまさかのイザ×グリュSS書いてきました。
公式設定の開示量が少ないので色々妄想で補ってます。
232
:
1/6
:2013/02/09(土) 00:46:14 ID:4wTiVXyo
「ブリタニア空軍所属、アイザック・デュ・モンソオ・ド・バーガンデール少尉、着任の報告に参りました」
「長旅、お疲れさまでした。私が506JFW隊長、ロザリー・ド・エムリコート・ド・グリュンネです。これから同じ506として、よろしくお願いしますね」
「はい。以後、よろしくお願いいたします」
握手を交わしながら、ロザリーは目の前の人物を観察した。中性的で端正な顔立ちに、短く整えたライトブラウンの髪。狩猟コートを身にまとい、ハンチング帽を左手に持つ姿は、軍人らしからぬ気品を漂わせていた。まぁ、これは既にこの基地にいる他の二人の部下にも言えることではあるが。
「基地内の設備の場所は大丈夫ですか?」
「宿舎には今、荷物を置いてきたところです。それ以外はまだ……」
「では、夕方に一通り案内しましょう。それまで、自室で休んでいてください」
「ありがとうございます。では、これで失礼いたします」
敬礼の後に、アイザック少尉が退室する。
執務室の椅子に座りなおしたロザリーは、その落ち着いた態度とは裏腹に、内心で激しく沸き起こる疑問符に苛まれていた。そう、その疑問とは。
――アイザックさんは……女性の方? それとも、男性の方なんでしょうか……!?
ロザリーは頭を抱えた。
Blood and tide
「――と、いうわけなんですが」
午後三時のティータイム。
ブリタニア軍に所属していたロザリーにとってはおなじみの習慣だが、普段は執務室で一人、お茶を楽しむ程度に留めている。今のロザリーの立場は、506の名誉隊長。隊の規範となるべき人物が毎日、三時にお茶とおやつを並べて寛いでいるというのは、いかにもまずいと考えたためだ。
しかし今日はあえてその自戒を破り、スコーンなどを執務室のテーブルに並べている。なぜか、と言えば、一種の口実作りで、部下二人をティータイムに誘い、どうしても相談したいことがあったのだ。
が、
「ほぅ」
と、応じるのは、506の戦闘隊長を任ずるハインリーケ・プリンツェシン・ツー・ザイン・ウィトゲンシュタイン大尉だ。長い金髪に碧眼の、いかにも貴族然とした美しい少女で、実際に名家の出身である。仕草の一つ一つが上品で、スコーンをついばむ姿さえ絵になるのだが、お菓子に夢中になるさまは素直に愛らしい。
「へぇ」
と、答えたのはアドリアーナ・ヴィスコンティ大尉で、こちらもロマーニャの伝統ある家系の出身である。赤毛を肩で揃えた長身は、どこか猫科の大型獣のようで、ソファに腰掛けて寛ぐ姿は、まるで木陰でまどろむ豹を思わせた。
ロザリーは気付いた。二人とも、リアクションが薄い。
「え……気になりませんか? アイザックさんが男性のかたか、女性のかたなのか」
「別に気にならんのう」
「右に同じ」
233
:
2/6
:2013/02/09(土) 00:46:36 ID:4wTiVXyo
ロザリーは困惑した。あまりに反応が薄い。これは相談する相手を間違えた予感がする。
「グリュンネは気になるのか。アイザック少尉の性別が」
ハインリーケが逆に意外そうな顔で問うてくる。うわぁ、これは本当に気にしていない顔だ、とロザリーは戦慄した。
「き、気になります……だからこうして相談に乗ってもらっているわけで」
「ふうむ」
「二人は、その、アイザックさんが男性だったらどうしようとか思わないんですか……?」
「わらわが部下のあやつに求めるのは、有能であるかそうでないかの一点じゃ。男か女かで付き合い方は変えん」
「ハインリーケはそれでいいんでしょうけれど」
「私は可愛ければ美少年でも美少女でも構わんと思うのだが」
「すみませんアドリアーナ。その境地には私、至れません」
ふぅ、と嘆息をひとつ。
「私の立場としては、男性の方なのか女性の方なのかで、部屋割りとか、お風呂とか、色々考えなくてはなりませんし、結構切実なんです」
「なるほど、確かにそれはあるのう。さすがのわらわも男と一緒の湯船につかるのは御免被りたいところじゃ」
逆に言えば、それくらいしか気がかりが無いと言うことだろう。ハインリーケのこの様子に、ロザリーは逆に自分の方がおかしいような気がしてくる。
いや、基本的に女性のみで構成された集団であるウィッチの部隊に、男性が来たのかもしれないのだから、もっと気にしていいはずなのだ。ハインリーケが浮世離れしすぎなのである。
「しかしだね隊長殿、歴史上魔力を持つ男性が存在したというのは記録に残ってはいるが、現代において、ウィッチとして実戦で通用するレベルの魔法を扱える男児の報告例は無いんだ。普通に女性ではないかな? 確かにアイザックと言うのは男性名で、普通女児に付けるものではないが……まぁ、名付けのルールは法律で決められているわけではないし、そういう事もあるだろうさ」
と、アドリアーナが結論付ける。そうなのだ、基本的にウィッチは、女性である。これが原則だ。ゆえにアイザックも女性なのだろう、とは思うのだが。
そこにハインリーケが反論する。
「ヴィスコンティよ、前例が無いからと言って、それが絶対に無いとは言い切れんぞ。万が一というやつが実際に起こることもあるじゃろう。第一、この506に来たと言うことは、あやつも貴族の血筋に連なるもの。ならば名は重大な意味を持つ。親があえて異性の名を付けるかは疑問じゃぞ」
「まぁそれはあるがね……うーん、服も長丈のズボンだから、男性用のような女性用のような、絶妙に微妙なところで、本人が自分の性別をあえて解り難くしている感じもあるのがちょっと引っ掛かりはするな」
「でしょう。そうでしょうアドリアーナ。やはり気になるでしょう」
「正直さっきまで気にも留めていなかったが、一度疑問に思うと確かめたくはなるな」
「剥けば済む話ではないかの」
「よし」
「いや、やめてくださいね?」
そんな事をしてしまったら、メンバーが揃いつつある506から早速欠員が出てしまう。
「そういえば隊長殿の立場なら、経歴書の類くらい閲覧出来るのではないかな? それを見れば早いと思うのだが」
234
:
3/6
:2013/02/09(土) 00:47:07 ID:4wTiVXyo
「……実は、もう見てはいるんです。ただ……」
ロザリーは傍らに置いておいた封筒から、本人直筆の経歴書を取り出す。名前や性別、誕生日、出身地と簡単な経歴が書いてあるだけの簡素な書類で、一般隊員でも閲覧自体は可能なレベルのものだ。テーブルの上に、他の二人に見えるように置く。
「……一度『Isaac』と書いてから、訂正して『Isabelle』と書き直してあるな。イザベルね……本人は確か、アイザックとしか名乗らなかったが」
「性別欄も見てみろヴィスコンティ。ここも一度『Male』と書いた後、『Female』と直してある。普通人間、性別の項目なんか書き間違えそうにないものじゃが」
「名前だってそうさ。これはいよいよ解らないな」
場が沈黙に陥る。二人がこの疑問に大して乗り気になってくれたのは助かるが、答えが出る気配はない。
「というか、グリュンネよ。本人に訊けばはっきり解ることであろう」
ハインリーケが、何気なく核心を突いてきた。ロザリーだって、それが一番早く、確実であることくらい自覚している、のだが。
「それはそうなんですが……ご本人に、男性ですか? 女性ですか? と訊ねるのは、なんだか失礼な気がして……」
「それはどうかな、隊長殿」
アドリアーナが、そう意味深に囁く。
「……アドリアーナ?」
「こうして本人の居ない所で好き勝手詮索する方が……余程無礼ではないかな」
ロザリーは、はっとなった。そうだ、こうして他人の事情をよってたかって暴こうとするこの行為こそが、何よりの不義理なのではないか。自分は知らず知らず、そんな配慮に欠けた振る舞いをしてしまっていた……!
「目が覚めました……! そうですね、私、直接訊くことにします! 丁度この後基地の中を案内する予定ですし!」
「そうするのがよいぞ、グリュンネ」
「幸運を祈るよ」
「はい! それでは少し早いですが、行ってきます!」
晴れやかな気分になりながら、ロザリーは執務室を出た。きっとアイザックは自室にいるはず。予定の夕方には早いが、善は急げというし、早期決断、即行動だ。
そんな想いを胸に、ロザリーは宿舎の方向へ歩き始めるのだった。
主のいなくなった執務室の中で、残された二人の間には、
「……ちょろい……」
「ちょろ可愛いね」
「正直、あれで成人後もやっていけるのか不安なのじゃが」
「今は私たちで守ってあげればいいさ、姫。その後は、信頼できる誰かに任せればいい」
「うむ」
そんな会話があったのだが。
ロザリーは知る由のないところである。
235
:
4/6
:2013/02/09(土) 00:47:24 ID:4wTiVXyo
「いやぁ、話には聞いていましたが506の基地はやはり豪華ですね。元いた基地とは大違いです」
「ここまでお金をかける必要はないと何度も言ったんですけれどね……司令部には変に気を遣っていただいて申し訳ないと言いますか……」
基地内の案内が済んだ後、ロザリーは執務室にアイザックを招き、お茶を淹れて休憩することにした。使った茶葉はロザリーは手ずから買ってきたもので、少し香りの強いものなのだが、アイザックには好評なようでなによりだ。
ロザリーはティーカップの中身を一口含み、
――結局訊けませんでしたぁぁぁぁぁあ。
決して表情に出さないまま懊悩した。
「それでは僕はこれで失礼しますね。お茶、ごちそうさまでした」
そう言い、アイザックが席を立ちかけたのへ、
「ま、待ってください!」
自分でも驚くほどの声量で、思わず呼び止めてしまった。
――はっ!? 私ったらなにを……!
「? どうかしましたか?」
アイザックの怪訝そうなまなざしが痛い。まずい。流れ上、やっぱりなんでもありませんでしたと流すのは不可能だ。かといって他の適当な話題を振って誤魔化そうにも、なにも思いつかない……!
これは、もういくしかない。
ままよ。
「アイザックさんは……男性のかたなんですか女性のかたなんですか!?」
――あぁ……!
ついにやってしまった。絶対に変な人だと思われた。
隊長としての威厳、人望、そして個人としての信頼関係……そういったものが音を立てて崩れていくような気がした。
ロザリーがそんな悲嘆に心をのまれかける。しかし、とうのアイザックはといえば、びっくりしたような表情になったのも一瞬。逆に、ああ、と納得したような顔になり、
「ああ、申し訳ありません隊長! 僕、ついいつものクセで……」
「?」
「ちょっと、ご説明しますね」
席を立ちかけていたアイザックが、椅子に座りなおす。
「結論から言うと、僕はちゃんと女の子です。本名もアイザックでなくて、イザベルといいます。ただ少し事情があって、男の子として育てられた頃がありまして」
「男の子として……?」
「ええ。僕はバーガンデールという家の一人娘なんですが、このバーガンデール家というのはこれまでウィッチを出した事の無い家系なんです。ですからまぁ、僕がウィッチである事が判ったときに、親が大慌てしたらしくて。このままでは娘が軍にとられてしまう! とね。軍人の家系というわけではないですし、かといって自分の子供に万が一があったときの対策もしていませんでしたから」
「なるほど……」
「ですのでまぁ、こう考えたわけですね。男の子と偽る事で、軍の目を誤魔化そう! と」
236
:
5/6
:2013/02/09(土) 00:47:44 ID:4wTiVXyo
「え、えぇ?」
「いやまぁ、自分で言ってても変な話だなとは思うんですが、事実でして。実際、僕は物心つくかつかないかぐらいの年齢から、男の子の名前と、男の子の服を与えられて、男の子として振舞うようになりました。まぁ、それも空しく今僕はこうして軍にいるわけですが、おかげで男の子のフリをする必要ももうありません。けれど何年もそうしていたせいで、未だに男の子の時の名前――アイザックを名乗ってしまうんですよね」
直そうとは思うんですが、とアイザックが微笑みながら言う。
その表情からして、アイザック――いや、イザベルと呼ぶべきか――が、その過去自体を重荷に感じているようではない、とロザリーは直感した。しかし、陰が無いわけではない。その過去がイザベルの心の中で、小さな、しかし濃い陰を作っているように思えた。
その考えが頭の中に生じた直後、ロザリーは、無意識のうちにテーブルの上のイザベルの手に、自分の手を重ねていた。温かく、柔らかで、華奢な掌。
「?」
「私、隊長ですから」
イザベルの目を真っ直ぐに見つめて、そう告げた。
「だから、何でも話してくれていいんです。なにか悩みがあって、話して楽になる類のことなら、私を便利に使ってください。力になれる、なんて自惚れた事は言いません。けれど、貴女の力になりたいのは、本当ですから」
イザベルが驚いた表情になり、直後に。
すっと、目を伏せた。
「……不思議なひとですね、隊長は」
ふぅ、と吐息がひとつ。そして少しの間の、決して不快ではない沈黙。
「……時々、どっちが本当の自分かというのが解らない時があるんです」
「本当の、自分?」
「ええ。男の子として育てられたアイザックと、女の子として生まれたイザベル。持って生まれた性別は女の子ですけれど、男の子として過ごしていた期間の方が長いんです。だからよく解らなくなってしまうんですよ。僕がアイザックなのか、イザベルなのか、と」
「……そんなの、簡単です」
「?」
「アイザックも、イザベルも、貴女です。どっちが本当か、なんて決める必要はきっと、ありません。イザベルとして生まれたのも、アイザックとして育てられたのも、今、ここにいる貴女なんですから」
そこまで言って、不意にひどい羞恥に襲われた。頬が赤くなって、熱が頭に昇ってくるのが自覚できる。
「す、すみません! 私ったらでしゃばった事を言ってしまって……!」
自分としては、とても失礼な事を言ってしまったつもりだったのだが、
「いえ……ありがとうございます」
イザベルは、そう言いながら柔らかく微笑んでくれた。
その笑みは先程の、どこか陰を感じさせる笑みではなくて――晴れやかで、慈しむような笑みだった。それをロザリーは、素直に、きれいだと思った。
「そうですよね……イザベルもアイザックも、僕でした。どっちかに決め込んでしまったら、残された方の僕を否定してしまうのと同じ……その事に今、ようやく気付けました」
隊長のおかげですね、と。重ねていた掌を、そっと握り返してくれる。
「改めて自己紹介します。僕の名は、イザベル・デュ・モンソオ・ド・バーガンデールです。これから、よろしくお願いします」
237
:
6/6
:2013/02/09(土) 00:48:02 ID:4wTiVXyo
「はい。よろしくお願いしますね……えっと」
「隊長には是非、イザベルと呼んで欲しいですね。それが僕の、生まれた時に貰った名前ですから」
「解りました、イザベルさん」
再びの、握手。最初に交わした時よりも、少しだけ強く握りしめる。お互いに。
「それでは、今度こそ失礼します。まだ荷解きが残っているもので」
「こちらこそ、お引止めしてしまってすみません」
「よろしければ、またお茶をご一緒しましょう。今度は僕が淹れますよ」
「それは素敵ですね……楽しみにしています」
アイザックが退室する。
残されたロザリーは、ティーカップの残りをぐいと飲み干した。頬に手を当てると、少しだけ熱をもっているのがわかる。そして、胸にはほんの少しの高鳴り。
これは緊張から来たものだろうか……? それとも。
そんな考えが頭をよぎりかけた時に、不意に、
「これはお互い脈ありじゃな」
廊下側とは別方向のドアが開き、ハインリーケが現れた。手にはコップを持っている。
「うむ。当初の目的を果たしつつ、好感度も上げることができたようだね」
アドリアーナも現れた。手にはコップを持っている。
「ふ、二人ともまさか、ずっと盗み聞きしていたんですか……!?」
「失敬な。見守っていたと言って欲しいものじゃな」
「うむ。まぁ残念ながら直接目視していたわけではないんだが」
二人して、うんうんと首肯する。
「しかしヴィスコンティよ。一つ問題が」
「なんだい姫」
「このまま二人の関係が発展した場合、双方の家に家督の存続の危機が訪れてしまう。これには対策が必要じゃぞ」
「確かにそれはあるね。とりあえずスタンダードに養子を取るというのはどうだろう」
「なるほど、定番じゃな。しかしそれでは家督は継げても血筋は途絶える。同じ貴族としてそれは偲びないのう」
「逆に考えるんだ姫、『家督なんて継がなくたっていいさ』と考えるんだ」
「ほう?」
「二人のご両親にそれぞれ頑張っていただいて弟をつくってもらえばいい。『長男』さえ確保できていれば家督はどうとでもなるさ」
「……それじゃな!」
「か、か、か」
ロザリーがわなわなと身を震わせ、吼えた。
「勝手に話を進めないでくださぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!」
その叫びは、506基地の中に、空しく木霊するだけだった。
238
:
KKYaFxWQ
:2013/02/09(土) 00:50:29 ID:4wTiVXyo
お粗末さまでした。
グリュンネさん、姫、ヴィスコンティさんはプライベートの範疇だとこれくらいの距離感ならもえると思います。
あと勢いでイザベル君をボクっ子にしていますが、フミカ姐SSでも未判明のところなので、あとで後悔する部分かもしれません。
それではまたいつか。
239
:
名無しさん
:2013/02/14(木) 05:37:51 ID:69dxnD6s
>>238
面白かったです。未知のキャラを書く時は色々大変ですね。
次回も期待してます。
240
:
62igiZdY
:2013/02/23(土) 13:10:49 ID:wnJRVljI
>>238
KKYaFxWQ様
506いいですね。ここに邦佳が加わることを思うと更に妄想が捗ります。
黒江×エイラで一本書いてみましたので久しぶりに投稿させていただきます。
読んでいただけると幸いです。どうぞ〜。
241
:
魚釣りと未来予知 1
:2013/02/23(土) 13:15:33 ID:wnJRVljI
エイラが鼻唄交じりで歩いている。
暢気な声色と表情から、いたく上機嫌であることが伺える。
それは、よく晴れた日の昼下がりのことであった。
海岸線の断崖に打ち寄せる波の音と海鳥の鳴声が高らかに響き渡る陽気な午後のことであった。
真珠にも例えられるアドリア海の眺望を眼前にして、気分のノッてきたエイラの鼻唄に変な歌詞が浮かび上がってきた。
「とお〜く〜彼方〜の〜こお〜きょお〜から〜♪」
アドリブに定評のあるエイラの唄は、大自然の中で異容な存在感を醸し出している。まさに不思議な妖精さんといった趣だ。
ふと、道行く先の海岸線に視線を投じると、断崖に腰を下ろして海を眺めている人影が見えた。自然と風景に溶け込んでいるその姿は、ある意味エイラよりも妖精然としている。
麦藁帽子に軍服の人影。その脇に置かれているのは扶桑のカタナ。アドリア海の秘宝の一部にしてはあまりにも不自然な存在である。だが一片の不協和音も感じさせないその佇まいは、エイラに東洋の仙人とはこんな風であろうという想像を抱かせた。
よくよく見ると、その人はどうやら釣りをしているらしい。それで気配を殺して自然と一体化しているのにも合点がいった。
気分上々のエイラはその勢いに任せてタロットカードの束を取り出し、慣れた手つきでシャッフルしてカードを一枚めくる。その結果にニヤリとしたエイラは、悪戯を企む子供の心で、釣り人の背後へ忍び寄り声をかけた。
「今日は釣れないと思うぞ」
どこか得意気な響きで忠告するその声に、釣り人は一瞬ピクリと耳を動かしたが、それ以上の反応はない。
エイラは更に“余計なお世話”を続けた。
「これでも私は占いが得意なんだ。私の“未来予知”にハズレはないんだな」
エイラは胸を張って宣言する。
その刹那、不動の釣り人が俄に立ち上がった。
吃驚したエイラは思わず一歩後退る。
何事かと凝視してみると、釣竿が大きくしなっているではないか!
その様子から推察するに、獲物は相当な大きさであるらしい。
つい先刻吐いたばかりの大言を反芻して、エイラは少し青くなった。
しばらくの間、膠着状態が続いた。
竿と糸を通じて、釣り人と魚との熾烈な格闘が目に見えるようであった。
そして、タイミングを見計らって一息に釣り上げる。
大物が、空へと舞い上がるように宙を漂い、着地した。
見事なまでの手際の良さに、エイラは空いた口が塞がらない。
そんなエイラに向かって、彼女は徐に口を開いた。
「誰の占いが、外れないって?」
勝ち誇ったような笑みに射抜かれたエイラは更に一歩後退り、ぐぬぬ、と低く唸って負け惜しみを云った。
「き、今日はチョット調子が悪かっただけだかんな。ホントだぞ! あ、当たるときは当たるんだからな!」
その様子を見て釣り人は呵々大笑した。
「あっはっはっは、いやいや、ご忠告痛み入る。実を言うと今日はかれこれ五時間、全く当たりがない状態が続いていてな。そろそろ諦めようかと思っていたところだったんだ。そんな時に天の声が聞こえてきたわけだ。私も大概負けず嫌いでな、そう言われたら退くわけにはいかなかったのさ」
もしも、エイラが声をかけなかったなら。
余計な忠告をしなかったなら。
占い通り、釣れないままに終わっていたであろう。
なんにせよエイラの占いが外れたことに変わりはないが。
242
:
魚釣りと未来予知 2
:2013/02/23(土) 13:16:24 ID:wnJRVljI
「しかし、かのダイヤのエース、エイラ・イルマタル・ユーティライネンその人に占ってもらえるとは。今日は粘った甲斐があったというものだ」
まさか見知らぬ釣り人から自分の名前が出てこようとは。エイラは再び驚愕の色を見せる。
「な、なんで私のこと知ってるんだ? オマエ、本当に仙人とかいうヤツなのか?」
「仙人? なんだそりゃ? さすがにロマーニャに仙人なんぞいないだろう」
――それとも、誰かが私のことをそんな風に噂しているのか? と釣り人は少し思案する。だが、考えても詮方なしと思ったのだろう、開き直って続けた。
「まぁ、いいさ。それよりもなんで知っているかって? そりゃ、知ってるさ。自覚がないようだが、君は有名人だからな。それに同業者でもある」
同業者。エイラはその言葉に何か思い当たる節があったが、完全に思い出せないらしく半信半疑といった口調で切り出した。
「もしかしてオマエ……、ちょっと前に欧州の前線を飛び回っていたっていう、魔のクロエ、なのか?」
「ご名答。私もまだまだ名は知れているようだな」
どこか懐かしそうに空を見上げ、彼女はエイラに手を差し出した。
「扶桑皇国陸軍航空審査部所属、黒江綾香だ。一度はあがりを迎えた身、階級など気にせず接してくれ。よろしく」
その現役時代には鬼神の如き勇猛敢闘ぶりが語り草となったあのクロエとは思えない気さくな態度に、エイラは好感をもってその手を握り返した。そして今一度自己紹介をする。
「今は501に所属している、スオムス空軍のエイラ・イルマタル・ユーティライネンだ、よろしく」
エイラは黒江に、どこか姉に似た気の置けなさを感じ取った。決して容姿が似ているわけではないが、心の部分に通じるものがありそうだと思ったのだ。
「そうだ、エイラ。この魚は君のおかげで釣れたようなものだ。持って帰って今晩の食事にでもするといい」
「えっ? いいのか? でも釣ったのクロエじゃないか」
「気にするな。別に、私は食事に困って釣りをしていたわけではないからな。だから遠慮せずに貰っておいてくれ」
そう云った黒江は、エイラに獲物を半ば押し付けるようにして渡した。
「そこまで言われたら貰わないわけにはいかないな。ありがとな」
そしてふと思いついたことをエイラは黒江に提案した。
「せっかくだし、うちの基地まで来ないか? 扶桑の料理上手がいるんだ。それで一緒に」
「すまんな。今日はもう帰らないといけない。ちょっと長居しすぎたみたいだ」
エイラの申し出は嬉しい黒江だったが、残念そうに断りを入れた。
エイラも少し寂しそうな表情だ。
それを見た黒江は頭を掻きつつ、
「まぁ、しばらくはこっちにいる予定だから、私はまたこの辺りで釣りをしているかもしれない」
と云って、笑った。つられてエイラも笑顔を見せる。
「だったら私も、またこの辺りを散歩するかもしれないな。今度は、ハズさないぞ」
「あぁ、また占ってくれ。今度はもっと大物が釣れるように、とな」
そして二人はまた笑い合って、それぞれの帰途に着いた。
243
:
魚釣りと未来予知 3
:2013/02/23(土) 13:17:15 ID:wnJRVljI
- Interlude -
基地に帰り着いたエイラは早速夕食の算段をつけるために宮藤を探し出した。
「いたいた。お〜い! 宮藤ぃ〜!」
「あ、エイラさん……って、どうしたんですか!? その大きな魚は?」
「いやぁ、さっき釣り人の姉ちゃんと知り合いになってさ。それで獲物を貰ったんだ。ということで、はい。なんか作ってくれ」
「いいですよ〜。これだけ大きな魚だとみんなで食べられそうですね。獲りたてなんですか?」
「そうなんだよ。こう、ぐいぃぃぃ〜っと、しゅぱぁぁぁ〜っと釣り上げてさ。なかなかカッコ良かったんだな」
「へぇ〜、そうですかぁ。新鮮な魚だったら刺身にも出来そうですね」
「サシミ? なんだそれ?」
「扶桑ではですね、新鮮な魚を生のままで食べることもあるんですよ」
「ナマでって……。それ、腹壊したりしないのか?」
「獲りたてなら大丈夫です。お醤油につけて山葵をのせて食べるのが美味しいんですよ。あ、でもさすがに山葵は手に入らないかなぁ」
「そ、そうなのか。相変わらず、扶桑はなんかアレだな。まぁ、シュールストレミングよりはマシかもな」
「え? シュール……なんですか?」
「あれだ、その、ナットウなんかよりも強烈な……。まぁ、いいや、忘れてくれ。とりあえず、そのサシミってのでもいいから、美味いやつを頼むぞ!」
「はい! 晩御飯、楽しみにしててくださいね!」
………………
…………
……
244
:
魚釣りと未来予知 4
:2013/02/23(土) 13:17:48 ID:wnJRVljI
数日後。
「なぁ、クロエはなんでこんなところで釣りなんかしてるんだ?」
件の海岸線の断崖に腰を下ろした影が二つ。麦藁帽子の軍服姿は今日も釣糸を垂らしている。
「ちょっとした休暇も兼ねて、欧州にいる旧友を尋ねて回っているんだ。釣りは旅の途中の息抜きといったところか」
「へー、そんなに釣りが好きなのか」
「そうだな。忙しい時分にも暇を見つけてはやっていたこともあった。習慣みたいなもんさ」
「私にとってのタロットみたいなものかな」
さっと一枚のカードを捲り取ったエイラは、それを太陽に翳してみせた。
「エイラはどうして占いをやっているんだ?」
「んー、昔うちにあったタロットカードでよく遊んでいたからかな。あ、でもマジメに占いをやり始めたのは魔法力が発現してからだな。“未来予知”の触媒としてタロットカードを使っているんだ」
「ほう、そのカードにはそんな秘密があったのか。しかし、予知能力とは羨ましい。私にもあれば魚釣り放題、なんてな」
「べ、別に秘密とかそんなんじゃねーよ。それに未来予知って言っても、ホントに占いみたいなもんなんだ。未来が“視える”わけじゃないぞ」
「でも何もないよりはマシというものだ。要は判断材料の一つとして使うという訳だろう? それで実績を出しているんだから、たいしたことじゃないか」
「ふふん、褒めても何も出ないぞ?」
「じゃあ、さっき捲ったカードの結果でいいから、教えてくれ」
「今日は、大漁だってさ」
「本当か?」
「さぁな、どうなるかはここからのクロエ次第なんだな」
「なるほど。だったら当たりを証明してやらないとな」
………………
…………
……
夕陽が水平線に浮かんでいる。
オレンジの光に照らされて長く伸びた二つの陰を、寂しい風が包み込むように吹き抜けた。
「釣れなかったな……」
「あぁ、釣れなかった」
先日の大当たりとは裏腹な静けさである。釣竿も何処か落胆の陰を落としているみたいだ。
「大漁じゃなかったのかよ」
「うぅ……ごめん……」
拗ねたように呟いた黒江に対して、今日のエイラはやけに元気がない。
「あ、いや、冗談だ。ちょっとからかってみただけさ。それにエイラが言った通りじゃないか。占いにすぎないって。落ち込むことはないさ」
「そうなんだけどさー。なんかハズレが続くと、自信なくすなーって」
「そんなこと気にするタイプには見えないがな。らしくない、って言うんじゃないか? そういうの。私には分からないが」
まだ出逢って間もない二人だが、黒江はエイラのことを的確に捉えているようだ。エイラも言われるまでもなく、指摘された通りだと分かっている。分かっているのにどこかいつも通りでないのは、エイラの今日の占いが自身の願望が色濃く反映されたものだったからだろう。
「見たかったんだよ。クロエがさ、カッコ良く魚を釣り上げるところ……」
その気持ちから“予知”した未来は、叶うことはなかった。あるいは、本当は釣れないことが視えていたのかもしれない。それを隠すための方便だったのかもしれない。
「それは、期待に添えなくて悪かったな。また」
「またもう一度……! ここで、逢えるかな……?」
夕陽が隠したエイラの赤く染まった感情は、空気の振動となって黒江の心の奥深くを揺さぶった。
「そろそろ、次の旅に移ろうかと思っていたんだがなぁ……。いや、もうしばらく、ここに留まるのもいいか」
海の向こうを見つめ、そう呟く黒江の表情も、煌く夕陽に赤く染まっていた。
245
:
魚釣りと未来予知 5
:2013/02/23(土) 13:18:22 ID:wnJRVljI
- Interlude -
次の日。
昨日の快晴が嘘のような大嵐がアドリア海を荒らしている。
雨と風の猛威に曝された窓硝子は大きな悲鳴をあげて今にも破れそうだ。
ランプの灯りは何処か弱々しく、不吉な未来を予感させる。
エイラの心中も同様に穏やかではなかった。嫌な想像を払拭するように、エイラはタロットカードを取り出して見つめるが、なかなかその一枚をめくることができないでいる。デッキに手を伸ばしてはすぐまた引っ込める。そんな所作を先刻から何度となく繰り返している。漠然とした不安が現前することへの恐怖。それがエイラの手を押し留めていたのだ。
所詮は占い。当たるも八卦当たらぬも八卦。そんなことはエイラ自身が一番よく分かっていることなのに。
(いつもはなにがあっても気にしないのになぁ……)
黒江に出逢ってから、そんなことが気になって仕方ないのだ。
「どうしたんだ、エイラ? 窓の外ばかり眺めて」
「坂本、少佐……」
「なんだ、やけに元気がないじゃないか。青い顔して。外の様子が気になるのか?」
「そんなに私は酷い表情をしているのか……?」
「あぁ、お前らしくもない。何か悩みでもあるなら相談にのってやるぞ」
頼れる上官の心遣いはありがたいエイラであったが、少しの間、逡巡した。そして徐に口を開いた。
「少佐は、魔のクロエって知ってるか?」
「ほう、お前から黒江大尉の名前が出てくるとはな。当然知っているさ。かつて共に戦った友でもある。もしかして、お前が知り合ったっていう釣り人は」
「そうなんだ。そのクロエだ」
「そうだったのか。なんだ、こっちに来ているのなら、連絡の一つでも寄越してくれたらいいものを」
「それで、約束をしたんだ。今度また一緒に魚を釣ろうって。いやまぁ、私は見ているだけなんだけどさ」
「相変わらず釣りばかりやっているのか。ロマーニャに来てまでなぁ。あの人らしいと言えば、らしいがな」
「やっぱり、クロエは……!」
「ん? さすがの彼女でも、こんな嵐の日にまで釣りに出かけたりはせんだろうさ。それとも……」
エイラの手の中にあるタロットカードを見つめて坂本は云った。
「占いで良くない結果でも見えたのか?」
「いや、そういうわけじゃ、ないんだけど……。変な結果が出るのが嫌でさ、カードがめくれないってだけで」
「それこそ、エイラらしくないな。お前の未来予知は何のためにあるんだ? 最良の可能性を掴むためだろう。悪い結果が出たからってなんだ。お前はそれを回避するだけの力を持っているんじゃなかったのか?」
「私の、チカラ……」
未来を視ることだけではない。視えた未来を思うがままに描くこと!
その手に掴んだ一枚を、確かに観つめて――。
「そう、だったな……うん。少佐! ありがとう!」
そう云うが早いか、エイラは一散に駆け出していた。しばらくその後ろ姿を見つめていた坂本は、エイラが見えなくなるとすぐさま司令室へと足を向けた。
………………
…………
……
246
:
魚釣りと未来予知 6
:2013/02/23(土) 13:19:40 ID:wnJRVljI
酷い荒れ模様の海上を、エイラはあの場所へと向かって全力で飛んでいる。
この行動は、命令無しの独断専行だ。もしかしたら脱走の誹りを免れないかもしれない。もちろんエイラはそこまで深刻な覚悟を決めていたわけではない。坂本に諭されて迷いが晴れたら、身体が自然と動き出していた。そしてストライカーに飛び乗って、最悪の可能性を回避するために、エイラは自分にできることをやるだけであった。
件の海岸線は基地から歩いていける範囲内だ。ストライカーで飛んだなら、瞬く間に辿り着くだろう。それがどんなに激しい嵐の中だとしても、ウィッチに不可能はないのだから。
占いを通して視えるものは漠然とした未来像でしかない。結局は解釈の問題だ。それでも、悪い結果が訪れたら……。そんな不安に呼応するかのように、遠くで雷鳴が轟いた。これほどまでに、占いが外れてほしいと願うことがあっただろうか。エイラは、黒江を無理に引き留めたことを今更ながら後悔していた。
そして、雨に煙る視界の向こう、魔法力で強化された視力は確かにその姿を捉えた。
それは、果たして、この悪天候の中で海釣りをしている黒江綾香の姿であった。
占いが的中してしまった。いや、これは外れたと言うべきだろうか。海は今にも黒江を飲み込みそうなほどに荒れているが、とりあえず無事であった。
(まったく、なんでこんな中で釣りなんかしてんだよ。早く止めないとな……)
心の中で毒吐いたのは、少しの余裕ができたからだろう。エイラが想起してしまった最悪の未来は、そこにはなかった。それだけで安堵の笑みが浮かんできた。
(まぁ、なんにもなくてよかったかな)
今やエイラは完全に安心し切っていた。だから、一際大きな波が、黒江を目掛けて猛然と押し寄せているのに、気付くのが遅れてしまった。
「おーい! クロエー! こんな日に釣りなんかしてたら…………! あ、危ない!!!」
エイラが悲鳴を上げた時には、もう既に黒江の姿は大波に覆い隠されていた。
時が凍り付いた。一瞬の出来事だった。結局、何もできなかった、のか。
「クロエー!!!」
エイラは、ただただ叫ぶことしかできない。
凝縮された時の中、身体がうまく動いてくれない。
ゆっくりと、ゆっくりと、エイラは黒江に手を伸ばす。
ゆっくりと、ゆっくりと、波が大地を洗い流そうとしている、次の刹那……、
波が、いや海が、真っ二つに破れた!
白刃一閃。それは、激烈なる疾風の斬撃であった。
エイラは、ただただ呆然として空中を漂っていた。波に攫われたように見えた黒江はしかし、居合腰でそこに固まっていた。
(あの技って……。少佐のオリジナルじゃなかったのかよ……)
あまりにも不意の光景を目の当たりにしたエイラは、まともな感想を抱くことすらできなかった。エイラの感情は瞬きひとつ分ほどのほんの僅かな間に、慄然が蒼然に、呆然が唖然に変わり、少しだけ憮然を挟んで、飄然に落ち着いた。そして、隊長が事あるごとに口にしている、あの言葉の意味を噛みしめたのであった。
(これだから、扶桑の魔女は……)
しかし、その表情には、今度こそホッとした微笑と、雨粒に紛れた一雫の涙が浮かんでいた。
………………
…………
……
247
:
魚釣りと未来予知 7
:2013/02/23(土) 13:20:28 ID:wnJRVljI
「おおー! エイラじゃないか。こんな酷い嵐の日にどうしたんだ? 出撃か?」
開口一番、黒江は何事もなかったような口調でそんなことを云った。そのあっけらかんとした様子に対して、エイラは全力で突っ込みを入れた。
「それはこっちのセリフだぞ! こんな酷い嵐の日に海釣りなんて非常識にもほどがあるんだな。そんなだから、扶桑の魔女はって思われるんだぞ。まったく……ホントに……」
そしてストライカーを脱ぎ捨てて、黒江に走り寄ったエイラは、その身体にしがみついて吐き出すようにして云った。
「ホントに、心配したんだからな……!」
「……すまん。そんなに気にしてくれていたとは思わなかったよ。ここまで飛んできたのも占いか? ありがとう。今度こそ当たりだったみたいだな」
「当たったって嬉しくねーよ。それに、私がいなくたって……」
もしものときは黒江を助けなければと飛び出したエイラであったが、結果的に見ればその必要はなかったのかもしれない。
「そんなことはないぞ。ここでエイラが来なかったら、私は無茶な釣りを続けていたかもしれないからな。それでもう一度大きな波がきていたら、その時はどうなっていたかは分からない」
海は、依然として凶暴なうねりを見せていた。黒江は無事だったが、釣具は先刻の大波に飲まれて海の藻屑となったようであった。
「と、とにかく! こんな日に釣りなんかするもんじゃないぞ! それにこんな海で魚が釣れるわけがないんだな」
「そうだなぁ、釣竿もなくなってしまったしな。今日はここまでか。いや、ありがとう、エイラ。おかげで命拾いしたみたいだよ」
そう云って黒江は、エイラを優しく抱きしめた。黒江の身体は、心なしか震えているようにエイラには感じられた。
「バカ」
エイラは、そう小さく呟いて、黒江の胸に顔を埋めた。
最初は黒江を姉に似ていると感じたエイラだったが、今では少し違ったかなと思い直していた。むしろいつも無茶ばかりしている親友に似ているのかもしれないと思い始めた。それもたぶん錯覚なのだろう。けれども、心地良い安心感を与えてくれる黒江に、今はもう少し寄り添っていたいエイラであった。
- after episode -
「まさか、あの嵐の中で釣りをしていたとはな……。私はあなたという人に対する認識を、改めなければならないらしい」
坂本は受話器に向かってそう云った。もちろん通話の相手は魔のクロエこと、黒江綾香である。
「いやぁ……ま、そういうこともあるもんだ。そういう気分だったということで」
「まったく、私も心配したんだぞ。本当にもしものことがあったら、すぐ救援に向かえるように構えていたんだからな」
あの嵐の日、エイラを見送った坂本は司令室へ駆けつけてミーナに事情を説明していた。そして黒江だけでなくエイラの身にも危険が及ぶようであれば、直ちに飛び立てるように準備をしていたのだ。
「すまない。ホントいろんな人に迷惑をかけてしまったみたいだな。今後は自重するようにするさ」
「是非ともそうしてくれ。いくらウィッチと言えども、限界はあるんだぞ」
「なんだよ、不可能はない、じゃなかったのか?」
「魔法力を失えば、ウィッチではいられない。もう無理を通せる歳ではないだろう」
「私も、お前も、な」
しばし、二人の間に沈黙が漂った。だが、黒江も坂本も諦めの悪さは目を瞠るものがある。出来得る限り長く、いつまでも空を飛び続けることだろう。
「いつまで、こっちにいるんですか?」
改まったような口調で、坂本は云った。
「明日にはロマーニャを発つ予定だ。結局、501には挨拶に行けなかったが、そのうち顔を出したいと思う」
「そうしてくれるとありがたい。エイラも喜ぶだろう」
「そうそう、エイラが基地を飛び出したのは、人命救助という尊い使命があったからだ。まさかとは思うが、くだらん懲罰なんか課してはいないだろうな?」
「あぁ。お咎め無しで済ませておいた。まぁ、こういうことはあまりあってほしくはないがな」
再三、釘を刺す坂本に、黒江も苦笑混じりに謝罪を繰り返した。
「本当にすまなかった。エイラにも、よろしく伝えてくれ。本当に、感謝していると」
「相判った。それじゃ、良い旅を」
「あぁ。ありがとう。今度逢うときは、何処かの空で」
fin...
248
:
62igiZdY
:2013/02/23(土) 13:23:40 ID:wnJRVljI
以上です。
黒江さんのモデルとなった人物のエピソードと『キミとつながる空』第7話「扶桑で醒める光」から着想を得て書きました。
なので同じようなことをやってる方が既にいそうな気もしますが……。
では、失礼しました〜。
249
:
名無しさん
:2013/03/01(金) 17:19:18 ID:8bGEYqKM
>>248
投下乙です!黒江さん命知らずすぎるwエイラもイイ!
251
:
<削除>
:<削除>
<削除>
252
:
KKYaFxWQ
:2013/03/21(木) 22:16:17 ID:4ibGibxI
先日は乙あざっしたー。
今度はリーネイラ!
253
:
All is shut down 1/2
:2013/03/21(木) 22:18:10 ID:4ibGibxI
「おはよーさん」
「おはようございます、エイラさん」
もう二時すぎですけどね、と。リネット・ビショップは心の中で付け加える。
基地の食堂。非番で手持ち無沙汰のリネットが、余った食材でちょっとしたことをしているところに、エイラが入ってきた。
「あれ、リーネひとりか。宮藤はいないのか?」
「芳佳ちゃんは、街に買出し中です。エイラさんこそ、サーニャちゃんは一緒じゃないんですか?」
「サーニャはまだねてる。昨日は夜も風が強くて、哨戒がきつかったみたいだからさ。寝かせといてやりたいんだ」
言いながら、エイラがどこかふらふらとした足取りで着席し、テーブルに頬杖をつく。いかにもけだるげで、目の下に少しくまもある。きっと心配で心配でたまらなくて、サーニャの帰りを寝ずに待っていたのだろう。
――相変わらずだなぁ。
そう思い、ほほえましいような気持ちになる。本当に、このひとは。
「ごめんリーネ、なんか食べるもんあるか? 昨日っからなんも食べてなくてさ」
「お菓子と、お茶くらいでしたら」
「じゃあ、それ頼むよ」
てなぐさみに作っていたちょっとしたものが、早速役に立つようだ。オーブンの中からは、すでにクッキーのいいにおいが漂ってきている。まもなく出来上がるだろう。
ケトルに水を入れて、火にかける。クッキーはもう少しかかるだろうし、お湯が沸くまでは、少し暇な感じだ。
何をするわけでもなく待っていると、甘い香りの中で、かつてあったことが思い起こされた。宮藤芳佳が501に来る前のこと。はっきりとした記憶ではない、あいまいな追憶。
あの頃の自分はただただ卑屈で、自信というものが持てなくて、悩んで、迷っていた。自分の手で故郷を守らなくてはならないというプレッシャーに、圧し潰されそうになってしまっていた。それを出来ない自分が、嫌いで堪らなかった。
“なんか悩んでるなら、相談くらいのってやるよ”
そんなふうに、差し伸べられた手のことを思い出す。ぶっきらぼうな感じを装っているけれど、実際のところ、ひどく優しいその手のことを。
自分はそれを、取ることができなかった。
「なんかいい匂いがする」
「ちょうどクッキーを焼いていたんです。そろそろ出来上がりますよ」
「へぇ。じゃあ、早起きしなくて正解だったな」
エイラが、にっと微笑む。小さい子供のようなその笑顔は、普段の大人びた感じとも、悪戯っぽい感じとも、りりしい感じとも、違う。けれど紛れもなく、それもこのひとの一面だった。一枚めくるたびにまったく違う絵柄が現れるカードのように、めまぐるしく表情を変えて、そのどれもが鮮やかな、そんなひとなのだ。
ケトルがことことと音を立て始める。
さらに、追憶が来る。
254
:
All is shut down 2/2
:2013/03/21(木) 22:19:12 ID:4ibGibxI
“私じゃ、おまえの力には、なれないのかな”
違う。
貴女がそこに居てくれるだけで、良かったのです。でなければ、私はもっと早くに、折れてしまっていたでしょう。
けれども、貴女の手は、取れないのです。
貴女はとても優しいけれど――それだけなのです。
私はそれだけでは、駄目だった。
貴女の手を取ってしまったら、きっと貴女を私と同じ泥沼に引き摺り下ろしてしまうだけだったから。
それとも、これは、私の自惚れだったでしょうか?
「リーネはいろいろ作れるし、美味いしですげーなー。羨ましいよ」
「そんなことないですよ。芳佳ちゃんの方がよっぽどです」
「まぁ宮藤は宮藤ですげーうまいけど、リーネの料理もうまいしな。どっちも好きだけど、やっぱなんだかんだで私はリーネの洋食の方が合うかなー」
「芳佳ちゃんが聞いたらおかず一品抜かれちゃいますよ、そんなこと言ってたら」
「あ、やべ。今の内緒だぞ、リーネ」
お互いに、くすりと笑う。
さぁ、そろそろクッキーに良い焼き色がつく頃だろう。お湯もすっかり沸騰している。そろそろ出来上がりだ。
追憶を頭の片隅に追いやりながら、ふとした事を想像してしまう。
たとえば、501に宮藤芳佳が来ることが無く、エイラの傍らにサーニャ・V・リトヴャクが居ないという、もしもの世界でなら……あるいは、自分は彼女の手を取れただろうか。
いや。
そんな栓の無い想像の中でさえ、無理なのだと。はっきりと解ってしまう。
エイラは優しい。ひどく優しい。優しすぎて、時折、酷い。
優しいだけでは、救いにならない事だって、あるのだ。
エイラの優しさというのは、太陽の光に似ている。誰にでも、平等に降り注がれる温かさ。けれどその平等な温かさに満足できずに、太陽に目を向ければ、眩しさで目がつぶれてしまう。
太陽と向き合える特別なひとは、お月様だけで、それはこの世にたった一人しかいなくて、そのお月様は、絶対に自分ではないのだ。
自分に必要だったのは、太陽の温かさではなくて、誰かの特別な、温もりだった。
それだけの、ことなのだ。
それだけで、終わってしまうお話なのだ。
だから、好きだった、とか。
あるいは、愛していた、とか。
そんな言葉は、このお話には出てこない。かたちになる事さえなかった想いが、幻のように追憶の中にある。けれど、それが無ければ良かったとは思わない。たとえ幻だったとしても。
もう終わってしまったお話に、かつて確かに存在した優しさの。
その残り香だけが。
今でも胸の中にある。
「さぁ、出来ましたよ」
「ああ、さんきゅ、リーネ」
「どういたしまして、エイラさん」
それだけの、お話。
255
:
KKYaFxWQ
:2013/03/21(木) 22:19:30 ID:4ibGibxI
お粗末!
256
:
名無しさん
:2013/03/25(月) 20:38:45 ID:224SfMFc
>>255
リーネイラ(・∀・)イイ!!
257
:
mxTTnzhm
◆di5X.rG9.c
:2013/08/16(金) 00:16:31 ID:EqGvTZS2
こんばんは&お久しぶりです。mxTTnzhmでございます。
保管庫No.0450「ring」シリーズ続編になります。
ではどうぞ。
258
:
black pressure 01/03
:2013/08/16(金) 00:17:34 ID:EqGvTZS2
「暑いよ、トゥルーデ」
絡み付いた彼女の腕をそっと退けると、エーリカはむくりと起き上がり、しょぼしょぼする目を擦った。
もう明け方だと言うのに、珍しく昨日昼間の熱気が取れていない。
「こう言う時も体力を落とさない様にするのが、軍人たるつとめだ」
と寝惚け眼を手の甲で一拭いした後、額にこびり付く汗に気付くトゥルーデ。
「そんな事言って。トゥルーデだってめっちゃ汗かいてるじゃん」
「それは……人間の身体は、暑い時には汗をかく様に出来ている」
「やっぱ暑いんじゃん……」
二人はベッドを見た。一緒に寝ていたせいか、熱気も倍に籠もっている気がした。
「ねえトゥルーデ、ちょっと涼しいとこ行かない?」
「涼しい所? 何処がある? 基地の倉庫とか、件の洞窟とかはゴメンだからな」
「そういうとこじゃないくてさ……どっか無いかな」
「そうねえ……涼しい所、ねえ」
朝も早くから書類に目を通していた……もしかしたら夜通し仕事をしていたかも知れないミーナは、二人から話を聞くと、手にしていたペンを置いて基地の中をあれこれと思いやる。
「ハンガーなんか結構涼しいんじゃないかしら?」
「整備兵が居る。邪魔する訳には」
「そうね、後は何処かしら……しかし最近は暑いわね。何時何処で何をしていても汗が止まらなくて」
ミーナはそう言うとハンカチで頬の雫を拭った後、書類の一つをまとめてトントンと端を揃え、テーブルの隅にひとつ積み上げる。書類の山は大分積み上がっている。
「ミーナも、少しは休んだ方が良い。こんな朝から……」
「気遣ってくれるだけで十分よ、トゥルーデ」
そう言うと、ミーナは作り笑いをした。こう言う時の彼女は、無理を承知で話をしている。トゥルーデには長年の付き合いから分かっていた事だが、職務上、彼女を止める事もそんな権限も無い。
「分かった」
「基地の中なら、ルッキーニさんとか詳しいんじゃないかしら?」
「あいつは基地の中で遊び過ぎだ」
「でもどっか知ってる気もするけど」
「……けれど、その前に今何処に居るか誰も分からないって感じもするわね」
「それもそうだね」
「参ったな」
カールスラントのウィッチ三人は、天井を仰ぎ見た。
「涼しい所? 場所じゃなきゃ駄目なのか?」
朝稽古の途中だと言う美緒に出くわした二人は、何処か涼しい所は無いかと尋ねた。すると、美緒の口からは、かの様な意外な言葉が返ってきたのだった。
「場所じゃない? と言うと?」
トゥルーデの問いに、美緒は至極当然と言った顔で答えた。
「私が設営隊に作らせた風呂があるだろう」
「ああ。あの扶桑式の……やたらと豪華な」
「水風呂だ。水を一杯に溜めて、入ると良い」
「水風呂……涼しいを通り越して寒そうな」
しれっと平気でとんでもない事を言う……流石扶桑のウィッチと感心しつつ、顔を見合わせるエースコンビ。
そんな二人を見た美緒は笑った。
「ものは試しだ。どれ、ミーナも連れて来て、皆で涼むとするか。私もそろそろ朝稽古を終えるかと思っていた所だ」
259
:
black pressure 02/03
:2013/08/16(金) 00:17:58 ID:EqGvTZS2
仕事途中のミーナも強引に引きずり出し……四人は豪華に作られた浴場に向かった。
「別に風呂は熱くても構わないんじゃない? シャワーを浴びる位でも」
「冷たい風呂と言うのも、夏らしくて良いんじゃないか?」
豪快に笑う美緒。時々付いていけなくなるが、その豪毅さが頼もしい事もしばし。
「先に係の者に連絡して、水を張らせておいた。早速入るとしよう」
脱衣所で服を脱ぐと、タオル一枚で浴槽に向かう。
「冷たっ!」
「これ位の涼しさで丁度良い」
美緒は笑うと、ざぶんと水に浸かり、笑った。
「ミーナも入れ。疲れが吹き飛ぶぞ」
「ちょっと寒そうじゃない?」
「一晩中仕事をしていたのだろう? 徹夜したままでは頭も鈍くなろう。入るとシャキッとするぞ」
美緒は美緒なりに、ミーナを気遣っているらしい。きちんと見ているところは、流石と言うべきか。
「仕方ないわね……」
そろりそろりと身を浸け、身を震わせ、ふうう、と一息付くミーナ。
「さて、私達も入るか」
「だね」
トゥルーデとエーリカは揃って湯船に身を沈めた。
しんしんとした冷たさが身体を包む。
これは数分入れば良いか……トゥルーデがそんな事を思っていたところ、エーリカが身を寄せてきた。
彼女の体温が、密着した肌、相対的に周囲を覆う水の冷たさと相まって、とても温かい。むしろ、彼女の熱気に驚く。
そうこうしているうちに、彼女の身体が絡み付いてくる事に気付くトゥルーデ。まだ陽の明かりも少ない中、ほの暗い湯船の中で、エーリカの身体そのものが“プレッシャー”としてトゥルーデの身体を縛り付ける。そのうちに、何か変な事をされそうで……少し気が動転して、思わず声がうわずる。
「こ、こらエーリカ」
「あ、これ良いかも」
エーリカは笑った。
「え?」
「一人だと少し寒いけど、こうやって一緒にくっつくと、ちょうど良いよ」
「なる程。そう言う楽しみ方も有るか。どれ」
美緒はさも当然とばかりに、ミーナに背を預けた。
「ちょ、ちょっと美緒……」
「今更恥ずかしがる事も無いだろう
笑う美緒。そんな二人を見、思わず苦笑いするトゥルーデとエーリカ。
「お熱いね〜」
エーリカの茶化しに、ミーナも顔を紅く染めて反論する。
「もう、二人だって私達の事言えた義理?」
トゥルーデの身体に密着したエーリカ。そんな彼女を違和感なく抱き寄せるトゥルーデ。二人は顔を見合わせた。
「ま、私達相棒で、夫婦ですから」
「ま、まあ、そうだな」
エーリカは悪戯っぽく笑い、トゥルーデは少し恥ずかしそうに肯定する。
「全く、お前達には敵わんな。流石最強の二人だ」
「いや、そう言う意味では」
「おっと、皆、唇が真っ青だぞ。そろそろ上がるとするか」
美緒は皆の顔色を見やると、ざばあっと湯船から立ち上がった。
260
:
black pressure 03/03
:2013/08/16(金) 00:19:17 ID:EqGvTZS2
脱衣所で、服を着る。湯船で火照った身体はすっかり冷やされ、すっきりした清涼感が心地良い。
「たまにはこう言うのも悪くないな。他の隊員達にも使わせてやらないと。なあミーナ?」
「そ、そうね」
「どうしたミーナ、眠いのか? 少し仮眠を取ったらどうだ。ちょうど涼んだ事だし、少しは眠れる」
「はじめからそう言うつもりで私を誘ったの? 全く貴女って人は……」
トゥルーデとエーリカは、二人のやり取りを聞きながら、もそもそと服を着ていた。冷たさが指先にまだ残り、少しかじかむ。
「ねえトゥルーデ」
呼ばれた彼女は、エーリカの方を向いた。
「ん? どうし……」
不意に、唇を塞がれた。一瞬の出来事。すぐに離され、目の前には悪戯っぽく笑う天使の姿が有った。
「唇、まだ青かったから」
「お前だって、まだ戻ってないぞ、エーリカ」
「じゃあもう一度する?」
「いや、そう言う事では……」
トゥルーデの戸惑う言葉を聞いて、にしし、と笑うエーリカ。
こう言う朝も悪くないか、とトゥルーデは胸のリボンを留め、独りごちた。
真夏の明け方、少々の涼と幸せ。
end
261
:
名無しさん
:2013/08/16(金) 00:20:29 ID:EqGvTZS2
以上です。
エーゲルと美緒ミーナな感じになりましたが、たまにはこう言うのも。
ではまた〜。
262
:
名無しさん
:2013/08/16(金) 02:56:39 ID:2mqmx8Uo
乙ですん。やはりエーゲルはいいものですねえ
263
:
mxTTnzhm
◆di5X.rG9.c
:2013/12/02(月) 22:44:03 ID:gO1sI8UA
こんばんは&お久しぶりです。mxTTnzhmでございます。
保管庫No.0450「ring」シリーズ続編になります。
ではどうぞ。
264
:
skyfall 01/03
:2013/12/02(月) 22:45:51 ID:gO1sI8UA
「二人が墜落した!? もう収容したのか? 容体はどうなんだ?」
無線でやり取りをかわすトゥルーデ。
どうも体が先に動いてしまうらしく、落ち着き無く色々質問を続ける。都合立ち寄っていた軍の連絡所からの帰り、エーリカに車を急がせ基地を目指す。
オーバースピード気味に建物に近付き、テールスライドしながらワーゲンを横付けすると、エーリカの言葉も待たずにトゥルーデは車から飛び降りた。目指すは病室。
「無事か!?」
だん、と勢い良く扉を開けた。
トゥルーデの叫びを聞いた一同はぽかんとした表情で彼女を見返した。
その中で、もっしゃもっしゃと林檎を食べている呑気なシャーリーとルッキーニ。
「ウジュー 見てみて、ウサギさん! 芳佳うまい!」
「え……いや、そんなでもないよー、ルッキーニちゃんたらもう」
「おぉい! 話を逸らすな!」
「トゥルーデ、一応病室なんだから静かに……」
横に居たミーナに促され、コホンとひとつ咳をすると、ベッドの際にそっと寄った。
「元気そうで何よりだ」
「お陰様でねー」
呑気にくつろいで見せるシャーリー。体の所々に巻かれた包帯ギプス、首にあてがわれたコルセットが痛々しい。
「……確か、哨戒任務だったよな。何が有った」
「報告書は少佐に代筆して貰って提出済みだけど、もう一度話した方が良いか?」
「お前の調子が良いならな」
「と言う訳で、お前と私で飛んでいる、と言う訳だ」
重武装で出撃し、目標ポイントを目指すカールスラントの最強コンビ。
「あんまし説明になってないなー。トゥルーデ、敵討ちしたいの?」
「仇討ちとかそう言うのは……まあ、全く無い訳では無いが、シャーリー程の熟練したウィッチがああも簡単に返り討ちに遭うんだ。残るは、私達しか居ないだろう?」
「まあね。でも、私達も同じ目に遭っちゃったら?」
「なる筈がない」
「慢心は禁物だよ」
「大丈夫、シャーリーから色々聞いている」
「あれは尋問に近かったけどね。シャーリー、後で文句言ってたよ」
エーリカが苦笑いする。トゥルーデは腕時計型の計器類に目をやりながら、現場へと急いだ。
周囲を薄い霧に巻かれる。やがて霧は深い闇となり、辺りは視界が無くなった。基地との無線も途絶。
「これがシャーリーの言ってた……」
「間違い無い。オカルトでも何でもない、ネウロイの仕業だ」
「見てトゥルーデ。計器類が」
計器類を見やる。高度、方位……位置を示す計器類全てがでたらめな値を示しており、信用出来るものではない。
そして、全周囲からの飽和攻撃とも言えるビーム。
265
:
skyfall 02/03
:2013/12/02(月) 22:46:55 ID:gO1sI8UA
「そう。あれは突然の出来事だったよ」
芳佳が剥いた林檎をしゃくっと一かけ食べると、「あの時」を思い出したのか、忌々しそうに呟くシャーリー。
「いきなり黒い霧に巻かれたかと思ったら周囲がさーっと暗くなって、計器類も全部ダメになった」
「方向感覚も狂ったと?」
「それが、全方位からビームが飛んでくるんだ。慌てて回避してたら、いつの間にか空間認識能力が……」
「そうか」
「あたしとした事が」
「敵が強力なら、仕方ない事だ。今はゆっくり休め」
「なんだよカッコつけて。あたしの敵討ちにでも行くみたいじゃないか」
「考え過ぎなんだお前は……ルッキーニの事を頼んだぞ」
トゥルーデは上着の裾を直すと、病室を出た。
「理論上は、敵の範囲内に入ってしまうとどうしようもない、と言う訳か。一体どうすれば」
バルコニーで、美緒が代筆したシャーリーの報告書をぺらりとめくる。自然と片手で頭を抱える格好になる。
「大尉。どうかなさいまして?」
「ペリーヌか。お前こそどうした」
ガリアのウィッチは、少し心配そうな顔でトゥルーデを見た。
「大尉が深刻そうなお顔をしてましたので、様子を伺いに」
「それは悪い事をした……いや、今回の敵の事だ」
「シャーリーさん達から聞きましたわ。その様子、まるで『空が落ちてくるみたい』……なんて雑な表現ですこと」
「……」
「でも、攻撃を受けている当人達からすれば、それが理に叶った表現、だとしたら?」
「?」
訝るトゥルーデに、ペリーヌはふふっと悪戯っぽく笑うと、空を見て言った。
「大尉。昔のラテンの法律はご存じ?」
「いや全く。お前みたいに博識ではないからな」
「ラテン語では‘Fiat justitia ruat caelum’ つまり訳すると『天が落ちても正義を成就せよ』と言う事になりますわ」
「それが今回のネウロイと何の関係が?」
「大尉なら、何かのお役に立てるかと思って……ご武運を」
「有り難う」
いつの間にか、ジョークを言える程成長していたペリーヌ。はじめの頃の、少し突いたら弾け飛びそうな危なっかしさが消え、余裕の有るベテランウィッチになっている。トゥルーデは彼女の後ろ姿を見、ふっと笑った。そして呟く。
「そうだな……その言葉、覚えておこう。『天が落ちても正義を成就せよ』、か」
266
:
skyfall 03/03
:2013/12/02(月) 22:47:26 ID:gO1sI8UA
ペリーヌの言葉を思い出す。そして口にする。
「天が落ちても……」
「えっ? トゥルーデ何?」
トゥルーデはエーリカの身体をぎゅっと抱きしめた。
「ねえトゥルーデ。どうすれば。これじゃ私達……」
いつになく弱気なエーリカを見、優しく笑うトゥルーデ。
「エーリカ」
「えっ?」
戦闘中なのに、名前で呼んで来るなんて。
「この状況で、お前は何を望む?」
「いきなり何? 意味分からないよ」
トゥルーデは、エーリカの耳元で囁いた。
「ちなみに私は……“復活”」
そう言うと、抱きしめる力を少し強めた。そしてエーリカに“作戦”を伝える。
「覚悟は良いか? これより、このまま自由落下する」
「ええ? シャーリー達みたいになるよ」
「一か八か……流石のネウロイも水と直接の接触は出来ない筈だ」
シールドで四方八方から来るビームを防ぎつつ、トゥルーデはエーリカを抱いたまま、身体を重力に預けた。
時々、ビームを弾くシールドの輝きが周囲に見える。闇は続く。
「トゥルーデ……」
「大丈夫」
確かに“空が落ちてくる”、と言う表現は相対的には正しいのかも知れなかった。その原因がネウロイであったとしても。
トゥルーデの狙い。それは海面ぎりぎりで、水平線を見つける事。
ネウロイの本体(コア)は、きっと海面ぎりぎりに居る。でなければ、座標を見失ったウィッチを海面に墜落させる事など出来ない筈……だから。
霧が晴れる。人間の身体は部位別では頭が重いから、高高度からの落下では、理論上は頭を下にして落下する筈。それはつまり……
見えた。
水平線の暁。
それは二人にとって勝利の目印。
「ハルトマン、こっちだ!」
トゥルーデはエーリカを連れて、思いっきり身体を捻った。急上昇にも似た、強引な機動。
突然、高度計が現在の正確な位置を指し示す。
海面が、ほぼ間近に迫っていた。波間の飛沫が、もう少しで掛かりそうだった。
「トゥルーデ、危なかったよ」
「大丈夫と言っただろう?」
エーリカを抱きしめ、頬をくっつけたまま、指で差し示した。
「見えるか、あそこの黒い塊。あれがコアに違いない。現在高度は?」
「十フィート」
「それだけあれば十分だ。行くぞ!」
トゥルーデとエーリカはコアを目指し、海面とネウロイの霧の間の僅かな隙間を全速で飛ぶ。本体が見えた。まるで黒い雲だ。突然の容赦無い銃撃に怯んだネウロイは、高度を上げた。それがかえって仇となった。
間も無く、カールスラントのエース二人により、ネウロイの撃墜が確認された。
途絶えていた、基地からの無線が入る。良い感度だ。
『よくやったな。流石はカールスラントのエースだ』
美緒の声。安堵と信頼が混じる、いつもの彼女だ。
「当然の事をしたまでだ。そうだ、リベリアンとルッキーニの容体は?」
『もうギプスやコルセットを外して、遊んでるわ。健康体そのものね、あの娘達は』
ミーナの声。嬉しそうで、少し呆れていそうで。そんな声も懐かしい。
「ねえトゥルーデ」
「ん? どうした?」
「自由落下の時、どうして、私の頭をずっと抱いてたの?」
「それは……」
「かばってくれた? 海に落ちても大丈夫な様に」
「無理矢理巻き込んだからな。せめてお前だけでも」
「そう言うところ、トゥルーデ、無理し過ぎなんだってば」
「すまん」
「でも、だからこそトゥルーデなんだろうね。そうじゃない?」
答えを返す前に、エーリカに唇を軽く塞がれる。
「これは、ひとまずのお礼。あとは帰ったら……楽しみにしておいてね」
「全く、エーリカ、お前って奴は」
苦笑するトゥルーデ。
二人は揃って鈍色の空を見上げた。
end
267
:
名無しさん
:2013/12/02(月) 22:48:49 ID:gO1sI8UA
以上です。
色々混じってるけどキニシナイ!
タイトルから、「ああ……」と思って頂ければ幸いです。
ではまた〜。
268
:
名無しさん
:2013/12/04(水) 21:31:20 ID:iBGduXb6
乙です。
269
:
mxTTnzhm
◆di5X.rG9.c
:2014/01/01(水) 16:44:59 ID:/z5z1/9U
あけましておめでとうございます。mxTTnzhmでございます。
新年早速ダッシュで書いた短めの一本。
保管庫No.0450「ring」シリーズ続編になります。
ではどうぞ。
270
:
calendar
:2014/01/01(水) 16:46:14 ID:/z5z1/9U
「まったく、年も暮れてもう新年だと言うのに、出撃とは」
「まあまあトゥルーデ。無事片付いたから良かったじゃん」
海上を高高度で飛行するトゥルーデとエーリカ。ネウロイ出現の報を聞き、即出撃即撃墜を果たして帰還の途中である。
新年祝いでうかれていた501のメンバーに緊張が走るもそこは最先任尉官たるトゥルーデ、敵の規模を聞くやエーリカただ一人連れ、すぐさま空へと駆け昇る。皆が出る幕ではない、のんびりしていろと格好付けたが、正直な所、皆が楽しみにしていたせっかくの新年祝いを“敵”に台無しにして欲しくなかった。
それに。
トゥルーデは独りごちた。
(自分には、そう言う祝いの場は……)
「相応しくない、とか思ってるんでしょ」
突然耳元で囁かれ、ぎくりと身を翻すトゥルーデ。エーリカはにししと笑って言葉を続けた。
「トゥルーデも勿体ない性格してるよね。新年祝い、年に一度しか無いんだよ? ならいっそ楽しく祝わないと」
「どこぞのお気楽リベリアンみたいな事を言うな。それに、私は軍人だ。遊びに来てるんじゃない」
「どうしたのトゥルーデ? なんかちょっと昔に戻ったみたい」
ずい、とエーリカに顔を近付けられて思わず仰け反る。
「お前こそ何だハルトマン。新年祝いを私にフイにされて不満か?」
「まあ、それも少しは有るけどさ。それよりも、ね」
指差されて戸惑うカールスラントの堅物エース。
「な、何が言いたい」
「じゃあ、こうすれば分かる?」
手を取られ、指を絡められる。そこで、はたと気付く。
(……そうだった。私達は)
「ね? 分かったって顔してる」
エーリカが悪戯っぽく笑う。
今は戦闘の最中、失いたくないので二人を結ぶ指輪はポケットの中に仕舞ってある。だけど、外してもその痕は消える事無く残り、再びそれが戻る事を待ちわびている。つまり……。
「私達だけでも、少しは分かち合おうよ」
「……」
無言のトゥルーデに、エーリカは遥か遠い地上、海の端に見える街の光を見つけ、トゥルーデにほらあれ、と意識を向けさせる。
何処の街か、地名は分からなかったが、ちらちらと瞬く街路の灯りからは、間違い無く新しい年の始まりを祝っている事が見て取れる。
「例えば、あの街もそう。私達が居るから、平和で居られるんだよ」
「お仕着せがましい言い方だな、ハルトマン」
苦笑するトゥルーデ。
「確かにちょっと言い過ぎたかな。でも、事実でしょ? 現にさっき私達倒してきたし」
「まあ、な」
もう一度エーリカはトゥルーデと指を絡ませた。そのままそっと空の上で抱き合う。
街の灯りがより明るくなった。ちらりと腕時計を見る。十二時を過ぎていた。つまりは、新しい年が今まさに始まったと言う事実。
「今年も宜しくね、トゥルーデ」
くっつきそうな程の距離で、とびっきりの笑顔で言われ、流石の堅物大尉も、完敗だとばかりにふっと笑みを零す。
「そうだな。宜しく、エーリカ」
そのまま二人の唇が軽く重なる。
「続きは、帰ってからね」
「帰ったら、皆まだ起きて祝いだの何だのやってるだろう? 大丈夫なのか?」
「それが終わってからだよ。色々楽しんじゃおうよ。付き合って貰うからね、トゥルーデ」
「分かったよ、エーリカ」
「やった。愛してるトゥルーデ」
「私もだ」
もう一度キスを交わす二人。二人の帰るべき“わが家”が遠くに見える。トゥルーデは流れゆく風に髪を揺らしながら、思う。
皆はどんなどんちゃん騒ぎをしているのか……容易に想像出来るが、とりあえずは無事に帰れる事を感謝しないと。
それは、横に居る彼女に対しても。ちらりと愛しの人を見る。視線が合った金髪の少女は、にかっと笑顔を見せた。
「トゥルーデ、やっといつものトゥルーデに戻った」
「何だそれ」
「さあね」
くすくす笑うエーリカ、やれやれと苦笑するトゥルーデ。
二人の「飛翔」は、まだまだ続く。
end
271
:
名無しさん
:2014/01/01(水) 16:46:35 ID:/z5z1/9U
以上です。
2014年もスト魔女に幸あれ!
ではまた〜。
272
:
名無しさん
:2014/01/16(木) 16:54:25 ID:.OSZ1N5I
乙!
273
:
mxTTnzhm
◆di5X.rG9.c
:2014/06/05(木) 23:06:23 ID:fv6NGg4k
こんばんは&お久しぶりです。mxTTnzhmでございます。
保管庫No.0450「ring」シリーズ続編になります。
ではどうぞ。
274
:
looking at you 01/03
:2014/06/05(木) 23:07:01 ID:6Fewj5Wg
「ねえトゥルーデ」
午前中の訓練を終え、食堂にて皆で一緒に軽い昼食を済ませた時、横に座っていたエーリカが不意に呟いた。
「ん? なんだハルトマン」
空になった皿を見、トゥルーデの顔をじっと見、金髪の美しい少女は言った。
「トゥルーデの手料理、最近食べて無いよね」
「なっ!? いきなり何を言うかと思えば」
たじろぐ“お姉ちゃん”。
「あれ? 有ったっけ?」
確かめるエーリカ。
「食事当番で振る舞っているだろう」
「蒸かし芋ばっかりじゃーん。やだやだ、もう飽きたよー」
首をぶんぶんと振るエーリカ。
「じゃ、じゃあシチューを付けて」
「それもお決まりのだよー。どうせ蒸かし芋を砕いて一緒に食べるんでしょ? 最前線の食事でもよくそれ食べてたじゃん」
戦友の指摘に頷くトゥルーデ。
「まあ、手頃に食べられるからな」
「そうじゃなくてさー」
つまならなそうにだだをこねるエーリカ。
「じゃあどうしろって言うんだ」
「凝ったものじゃなくていいから、何か作ってよ〜」
「言ってる事がメチャクチャだぞ……うーむ」
トゥルーデは……助けを求めた訳ではないが……思わず辺りを見回した。ニヤニヤしながら二人を見る者、しらけている者、頬を赤らめてひそひそ話をする者……つまり今のトゥルーデにとって何らかのプラスになりそうな“人材”は無かった。
トゥルーデは無言で立ち上がると、使い終わった食器を持って立ち上がり、台所に向かった。
「あーもう。トゥルーデの意地悪ー」
エーリカはテーブルにだらーっと上半身を投げ出すと、つまならそうにぼやいた。
「そりゃお前、堅物にああ言う言い方するから」
ルッキーニをあやしていたシャーリーが横でニヤニヤ笑いながらエーリカをつつく。
「だってー。たまにはいいじゃん、そう言うのもさ」
「まあな。でもねだるのも良いけど、時間と場所を弁えた方が良いかもな」
シャーリーは意味ありげに辺りを見て言った。確かに、皆カールスラントのエース二人の事で何か話をしている様だった。
つまならそうに、エーリカはシャーリーの肩をぽんと叩いて彼女への返答とすると、食卓を離れた。
275
:
looking at you 02/03
:2014/06/05(木) 23:07:34 ID:fv6NGg4k
午後の訓練が終わる事、エーリカは厨房から良い香りがするので、ふらっと引き寄せられる様にやって来た。訓練の指導にトゥルーデは姿を見せなかった。お昼の事、まだ怒っているのかな、と気になりもする。
果たしてそこには……、大鍋を前に、あれやこれや食材と格闘しているトゥルーデが居た。食事当番の“定番”たる芳佳もリーネも居ない。ただ一人で、黙々と料理を作っていた。
エーリカの視線に気付いたのか、はっと振り返るトゥルーデ。おたまを手に咄嗟に出た声が上ずる。
「な、何だ? どうした」
「それはこっちの台詞だよ、トゥルーデ。一人で何やってるの? 今日の夕食当番ってミヤフジとリーネじゃ……」
「ちっ違う、違うんだこれは、その」
トゥルーデの表情を見たエーリカは、ぱっと顔を明るくして言った。
「もしかして、お昼の事覚えててくれたの?」
「そ、そう言う訳では無いが……宮藤とリーネは訓練で忙しいから、私が代わったまでだ。本当だぞ」
「本当に?」
「ああ……その証拠に」
トゥルーデは、煮込んでいる鍋の蓋を取って、中身を見せた。ことことと煮込まれる様子を見、ぼそっと呟くエーリカ。
「またシチュー?」
「あり合わせの材料で如何に栄養バランスを考えるか。それが私の……」
「じゃあこれは?」
横に有った皿を見、指差す。一人分だけ、こっそり取って置いたかの様に、茹でたてのソーセージが数本並んでいる。
「それは……、目ざといな。見つかったなら仕方ない。ほら」
「私に? これどうしたの?」
「たまにはカールスラントのブルストも食べたくなるだろうと思って、前に取り寄せたものだ。……特別だからな?」
「シチューには入ってないの?」
「そっちの大鍋は皆で食べるからな。他にも、あり合わせの肉を入れてる」
「なるほどね」
トゥルーデはフォークと、茹でたてのソーセージをエーリカに渡す。
エーリカは早速カールスラントの名物を口にした。香ばしく燻された腸詰めは皮はぱりっと、中身はジューシーで、懐かしの故郷を思い出す。
「美味しい。これに付け合わせでザワークラウトがあればね」
「そこまで贅沢は出来ないな。あとはシチューで我慢だ。これでも真剣に作ったんだからな」
「誰の為に?」
「そこまで言わせる気か」
ちょっと意地悪な事を聞いたエーリカは、愛しの人の反応を見て、くすっと笑った。
「ま、いいや。トゥルーデ、ありがとね」
「私は今、お前にこれ位しかしてやれない」
「十分だってば……じゃあ私からお礼に」
エーリカはトゥルーデにそっと唇を重ねた。トゥルーデの唇からは(味見していた)シチューの味が、エーリカの唇からはブルストの味がした。
276
:
looking at you 03/03
:2014/06/05(木) 23:08:00 ID:fv6NGg4k
「へえ。今夜はバルクホルンのシチューか」
シャーリーは昼間の事を思い出し、トゥルーデの脇をつんつん肘でつつきながら言った。
「悪いか?」
「いや、悪くないよ。なかなか美味いね」
「そうか」
もう少し何か言いたげなシャーリーだったが、ルッキーニに袖を引っ張られ、ほいよーと声を掛けつつ背を向ける。
「ふむ。よく材料と栄養を考えて、質素だが……質実剛健な味だな」
ミーナと食事の席を共にしていた美緒が一口食べ、満足そうに呟いた。
「貴方が言うと何か重そうに思えるわ」
美緒の言葉を聞き、くすっと笑うミーナ。そして気付く。
「あら、トゥルーデ。このシチュー美味しいけど、何か隠し味でも?」
言われた当の本人は、まんざらでもなさそうな顔で返事をする。
「よく分かったなミーナ。でもすまない、今日のは秘密だ」
ふふ、と笑って返すミーナ。
食卓では、蒸かし芋やパンを付け合わせに、和気藹々と皆が食事をしている。
例えメニューは少なくても、美味しければ。皆が楽しく食事出来れば……そう考える様になったのは何故か。誰の影響なのか。
横に居る相棒であり仲間であり“夫婦”の顔を見る。
美味しそうにシチューを頬張る姿を見て、何となく分かった気がした。
ふと、目が合った。
「トゥルーデどうしたの?」
「いや。何か変な顔でもしてたか?」
「ううん。別に」
「そうか」
「やっぱり、トゥルーデの作ったシチューは美味しいね」
一口食べて、言葉を続けるエーリカ。
「そう。これだよ。これだよ、トゥルーデ」
頷いて笑うエーリカ。トゥルーデも思わずふっと笑みがこぼれる。
夕食の時間は、そうして和やかに過ぎて行く。
end
277
:
名無しさん
:2014/06/05(木) 23:09:06 ID:fv6NGg4k
以上です。
OVAも有るし、戦いはこれからですね!
ではまた〜。
278
:
名無しさん
:2014/06/12(木) 12:08:20 ID:sMqQJfco
乙です。
OVA第一弾の舞台はサントロンらしいのでエーゲル期待ですね。
279
:
mxTTnzhm
◆di5X.rG9.c
:2014/08/15(金) 20:30:17 ID:ReaXWKVQ
こんばんは&お久しぶりです。mxTTnzhmでございます。
保管庫No.0450「ring」シリーズ続編になります。
ではどうぞ。
280
:
shocking party 01/03
:2014/08/15(金) 20:30:59 ID:ReaXWKVQ
その“戦闘用衣装”を渡されたトゥルーデは固まった。服を持つ手がわなわなと震える。困惑は怒りへと変わり、無表情なままの中尉に矛先が向けられた。
「これは一体どう言う事だ!? 説明して貰おうか?」
怒鳴り声に憶する事なく、エーリカと瓜二つの双子の妹、ウスルラ・ハルトマン中尉は黒板にチョークで数式と簡単な図を書きながら答えた。
「試着して頂く理由は二つあります。まず、その衣装が戦闘時の機動に与える影響を調べます」
「空気抵抗軽減と言う意味では、これではかえって悪くないか? なあ、ハイデマリー少佐」
同じ服を渡されたハイデマリーは、何故かうっとりと見惚れている。
「……ハイデマリー少佐?」
名前を呼ばれ、はっと我に返るハイデマリー。こほんとひとつ咳をして、トゥルーデに向き直る。
「いえ、ハルトマン中尉の提案ですから。私も今夜、ナイトウィッチとして試験飛行したいと思います」
答えを聞いたトゥルーデは、ええー、と思わず幻滅が声に出る。もう一度服を見る。可愛いフリルで飾られ、フリッフリの……まるで酒場か劇場のダンサーが着る様な服。しかもご丁寧に、ベルトにまでしっかりとフリルが付いている。
「このベルト……ストライカーユニットを装着する時邪魔になりそうだが」
「ならない様にぎりぎりの部分で採寸してますから問題有りません」
トゥルーデの詰問口調の疑問は次々とウルスラに向けられる。それにすらすらと答えるウルスラは技術者の顔をしていた。
「ハイデマリー少佐の服は、確かに黒系統の色が使われているから夜間戦闘ではそこそこ良いだろう。腹部の白い部分が気にはなるが。しかし私のは何故赤なんだ? 迷彩にも何もなってないぞ。この色の意味は? 敵を引き付けるとかそう言う事を意図しているのか?」
「大尉の服が赤いのは、ファンサービスです」
ぼそりと呟くウルスラ。
「は? ファン……サービス? 一体誰に?」
固まるトゥルーデ。
「わったしだよー」
ウルスラの肩をもみもみしながら現れたのは、トゥルーデの相棒、エーリカ。
「何故だ!?」
トゥルーデは頭を抱えてしゃがみ込んだ。全く意味が分からない、と言った表情。
「まあ、半分は本当って事で良いじゃない」
「良くない! 何でお前を喜ばせる為に……」
「近々ミヤフジが留学で近くに来るらしいから、その服で出迎えたら驚いて喜ぶんじゃないかって、ウーシュと話してたんだよ。ね?」
ウルスラの顔を見てにやけるエーリカ。
トゥルーデはすっと立ち上がると、真顔で我先にと更衣室に向かった。
「どうだハルトマン? 似合ってるか?」
両手を腰に当て、誇らしげに服装を見せるトゥルーデ。
本当に着るとは思わなかった、とは口が裂けても言えないエーリカ。
「流石は姉さま。バルクホルン大尉の事をよく分かってらっしゃる」
感心するウルスラ。
「まあねー、何だかんだで付き合い長いし」
少々呆れが入った顔でトゥルーデを見るエーリカ。ウルスラは早速メジャーを持ち出すと、再度、服の採寸を行った。
「腕を伸ばして下さい、そう、そんな感じで……事前の測定通りですね。問題有りません」
「流石はハルトマン中尉だな。で、テストは? すぐか?」
「まずはストライカーユニットを装着出来るか、試験的に装着して頂きます」
「装着だけならおやすい御用だ。さあ行くぞ!」
「……ノリノリだよこのお姉ちゃんは」
完全に呆れるエーリカ。
「何か言ったか?」
「別にー。何でもなーい」
281
:
shocking party 02/03
:2014/08/15(金) 20:31:28 ID:ReaXWKVQ
『……ああ、飛行も問題無い。これから何通りかの戦闘機動を行ってみるが、よく観察していてくれ』
「了解です、大尉。お気を付けて」
ストライカーユニットの調子が良い、とそのまま格納庫から滑走路に出て、飛行するトゥルーデ。ウルスラは地上から観測機材を持ち出し、その様子を記録する。時折メモを取りながら、双眼鏡を片手に上空のトゥルーデを追う。
フリルの服は、ベルトもストライカーユニットに干渉しないぎりぎりの部分で作られ、装着や動作には問題無かった。
一度空に昇れば見事な軌跡を描き、教科書通りの完璧な機動をこなすトゥルーデ。フリルの服が風に靡き、まるでワルツを踊る娘のよう。
『悪くないな』
「良かったです」
短くも率直な感想を聞き、まんざらでもない様子のウルスラ。
「やっぱり私の理論は間違ってなかった。あとは……」
「良くない」
むすっとした声、そしてBf109の特徴的なエンジン音が迫る。ストライカーユニットを装着し、タキシングで近付いて来たエーリカだった。
「え? 姉さま?」
意味が分からない、と首を傾げるウルスラ。その仕草が癇に障ったエーリカは、先程の言葉を繰り返した。そしてウルスラの脇を強引に抜けると、そのまま空へと昇った。
「トゥルーデ!」
それまでるんるん気分で飛んでいたお姉ちゃんは、苛立ちが籠もった呼び方をされ、びっくりして振り返る。
「んんっ!? ハルトマン、どうした?」
エーリカはトゥルーデの周囲をぐるりとロールして服のひらひら加減を確かめると、不意に呟いた。
「私と模擬戦しよう」
「何をいきなり」
「まだ魔法力充分残ってるよね? 今夜の食事当番を賭けて、勝負!」
「おいおい、どうしたって言うんだ? 待てハルトマン。今は……」
制止するトゥルーデをよそに、エーリカはドッグファイトの構え。模擬戦の武器は無い。しかし、背後を数秒取ったら勝ちと言うシンプルなルールで挑んで来るのは明白。
(何だか分からんが、とりあえず実力で黙らせるしかないか)
トゥルーデは頭を二度軽く振ると、鋭くターンしてエーリカを追った。
「これは……素晴らしいデータが取れそうです」
思わぬ展開に気分が高揚し、記録するメモが増えて行くウルスラ。機材を見てデータをチェック、双眼鏡で二人のマニューバを観察、大忙しだ。
「困ったものね、二人共」
そこに現れたのはミーナだった。
「あ、ヴィルケ中佐」
「ハルトマン中尉。あの二人を止められない?」
「何故ですか? 飛行テストに模擬戦、これは絶好の機会……」
「既にそう言う事でなくなっているから」
「えっ?」
282
:
shocking party 03/03
:2014/08/15(金) 20:31:56 ID:ReaXWKVQ
「どうしたミーナ……何、模擬戦中止? 理由は? ……分かった。了解だ」
無線越しに聞こえるミーナの指示に従い、速度を落とす。すぐさまエーリカが真後ろに貼り付くので、ついつい反射的に身を逸らしてしまう。
「待てハルトマン! ミーナからの連絡だ。模擬戦は中止だ。基地に帰投するぞ」
「やだ」
「駄駄をこねるな。ミーナも困るし」
「やだ。私、やだ!」
「ちょ、ちょっとハルトマ……」
構わず向かってくるエーリカ。焦るトゥルーデ。速度が落ちている。このままでは……
危うく交錯すると言う場面で……
トゥルーデはエーリカをがっしと捕まえた。
「待て。らしくないぞハルトマン。勝負はお預けだ」
「だって……嫌なものは嫌だから」
トゥルーデにしっかり抱きしめられる格好で、しゅんとするエーリカ。トゥルーデは落ち着いた優しい声で、エーリカに問い掛けた。
「どうして嫌なのか、言ってくれないか?」
「トゥルーデのバカ!」
「な、何故怒る?」
「だって……」
トゥルーデの服の裾をつまらなそうに弄るエーリカ。
それを見て、はたと気付くトゥルーデ。
改めてエーリカに向き直ると、微笑んで、話し掛ける。
「悪かった……。はしゃぎ過ぎた。お前が居るのに。私とした事が」
疑いの眼差しを向けるエーリカ。
「本当にそう思ってる?」
「ああ、本当だ」
優しく笑い、ぎゅっと抱きしめる。
「本当に本当?」
「本当に本当だ」
トゥルーデはその印にと、そっとエーリカの頬にキスをする。
「さあ、帰ろう、エーリカ。ミーナが、そして皆が待ってる。お前の大切な妹も」
「……うん」
「今夜は私が食事を作ろう。お前の好きなもの、作るからな」
「本当?」
「ああ」
二人は手を取り合い、ゆっくりと滑走路を目指し降下した。
日も暮れ、夕食の時間となり、食卓を囲むウィッチ達。
「……それで、どうしてバルクホルン大尉が今夜の食事当番なんです?」
いまいち状況が飲み込めないハイデマリーは、出されたシチューに蒸かし芋、よく茹でられたヴルスト、添えられたザワークラウトの数々を見て、首を傾げた。
「あー、その話は後で。とりあえず食べてくれ」
いつもの服に着替え直し、食事当番のエプロン姿のトゥルーデに促される。
「はあ……」
つい生返事になってしまうハイデマリー。
その横ではエーリカが満足げにヴルストを頬張っている。ミーナにどう言う事かと視線を送るも、妙な苦笑いで返される。
エーリカの横では、何だか少し残念そうなウルスラが黙々と食事をしている。
「元気無いわね?」
ミーナに聞かれると、ウルスラは計測途中で“強制終了”した模擬戦の事を少しだけ話して、はあ、と溜め息を付いた。
「それはまたの機会にすれば良いわ。ねえ、二人共?」
ミーナに問われたトゥルーデとエーリカは、揃って頷いた。
ああ、そう言う事なんだ、とトゥルーデとエーリカを交互に二度見した後、ハイデマリーはシチューに手を付けた。
“温かい”食事。
それも二人の関係を知る答え。
end
283
:
名無しさん
:2014/08/15(金) 20:33:02 ID:ReaXWKVQ
以上です。
公式サイトのPV第2弾を見て思い付いたネタです。
OVA2作目も発表されて盛り上がってきましたね!
ではまた〜。
284
:
名無しさん
:2014/08/28(木) 23:31:41 ID:UlBl01Ig
乙です。
お姉ちゃんすっかりああいう服を着させられるキャラに・・・
285
:
mxTTnzhm
◆di5X.rG9.c
:2015/03/12(木) 03:37:45 ID:NKiZysoc
こんばんは&お久しぶりです。mxTTnzhmでございます。
保管庫No.0450「ring」シリーズ続編になります。
ではどうぞ。
286
:
alive 01/02
:2015/03/12(木) 03:38:23 ID:NKiZysoc
トゥルーデはベッドの上に居た。包帯姿が痛々しい。
ちょっとの無理のつもりだった。それが油断を招いたのか、戦の最中MG42が暴発し、胸と腕を痛めてしまった。不時着した際にストライカーユニットが破損し、足も捻挫する始末。熟練ウィッチのする事ではない、と自省する。
幸い重傷ではなく命に別状はなかったもののミーナから絶対安静を言い渡される。まるで拘束されているかの様な扱い。
「貴女は普段から頑張り過ぎなんだから、少しはゆっくり休まないと……って事じゃない?」
ミーナは苦笑混じり、冗談半分で戦友を気遣ったが、トゥルーデはそうかもな、と呟いたきり、ふい、と窓の外を眺めた。
その日もトゥルーデは病室の窓から、空を眺めていた。
飛行訓練をしているウィッチ達の姿が目に入る。
その中にはエーリカも、ハイデマリーも。たまにデスクワークを中断してミーナも空に上がる。綺麗なラインを引いて、空を舞う彼女達。
「実に見事だ」
ぽつりと呟くトゥルーデ。
今まで若い、ヒヨッコのウィッチ達を沢山見てきたせいか、彼女達が人一倍の努力をして一人前の「魔女」として羽ばたき、活躍する姿を見るのはとても心強い。今一緒に居る仲間達も、背中を預けられる程の全幅の信頼を置いている。
だけど。
トゥルーデは同時に、出来れば見たくない、多くのものを見てきた。いや、見過ぎたと言った方が良いかも知れない。
負傷して野戦病院に担ぎ込まれる未熟な魔女。“上がり”を迎えて“無力”になった先輩達。いずれもウィッチとして傷付き力尽き、二度と空へ上がれなくなった、不幸な娘達。
焼き払われる故郷。炎と障気に呑み込まれる人々、街や自然。
守りきれなかった、最愛の妹。
その時自分は何が出来た? 何をすべきだった? ……いや、何も出来なかった。幾ら撃墜数を稼いだところで、幾ら独りで奮闘したところで、事態が好転するとは限らない。
今だってそうだ。結局気持ちだけが空回りして、病室のベッドを無駄に温め続けている。ヒナが孵る訳でもないのに、
もっと窓辺に近付きたい。ベッドから出て、もう一度空を……体を起こす。胸に、腕に、激痛が走る。顔をしかめる。
くそっ。私は結局あの時から……、いや、今も何も変わってない。何一つ。
トゥルーデは口にはしないが内心叫ぶかの勢いで毒付いた。
「その顔は、またイケナイ事考えてるんでしょ」
耳元で聞こえた声に、はっとして振り返る。エーリカだった。
「な、何だハルトマン? 訓練はどうした?」
「午前の訓練はとっくに終わったよ。ちょっと様子見に来た」
「冷やかしか」
「トゥルーデってば。その顔見ればすぐ分かるよ。また暗い事考えてたでしょ?」
図星。
言葉を失い、そんな事は無い、と強がるも、エーリカは微笑むと、トゥルーデの手を握る。
「トゥルーデって、分かり易いんだから。何年一緒に居ると思ってるのさ」
その一言で、毒気を抜かれた様に、へなへなと力が抜けるトゥルーデ。ベッドに沈み込む程に身を任せ、そうさ、と言葉を続けた。
「寝たきりになるとな。他にする事が無くなって……色々とな。考えてしまうんだ」
「考え過ぎ。それならすぐに治して、早く空に……」
「出来ればとっくにそうしている!」
思わず怒鳴る。そして、一瞬悲しそうな顔をしたエーリカを見て、慌てて言葉を選ぶ。
「す、すまない。そう言う、つもりじゃないんだ。お前が気遣ってくれるのは有り難いんだが……私も、その、ええと」
「焦っちゃダメだよ」
エーリカは笑顔を作るとトゥルーデのおでこに軽くキスをして、そのまま部屋を後にした。
トゥルーデは何故か、焦がれる思いに駆られた。
行かないで。もう少し一緒に居て欲しい……せめてあと数分でも良いから。
しかし、無情に閉じられた病室の扉を見て、暗澹たる気分になった。
彼女に当たり散らすのは、正直褒められた行為ではなかったし本意でなかった。しかし、エーリカの言う通り焦っている証拠でもあった。
なら、せめて。
悲鳴を上げる体に鞭打ち、強引に身を起こす。行ってしまったなら、せめて窓辺から、姿を見たい。
しかし、彼女の体はまだ歩ける状態にはなかった。起き上がったは良いが、その次が全く踏み出せない。姿勢を崩しベッドから転げ落ちる格好になり、床に頭と顔をぶつける。余計な傷を作ってしまった。
苦痛に顔を歪め、床を這いずりながら、それでもトゥルーデは力を振り絞り、窓辺を目指す。
せめて、少しでも見たい。空の青さを。外の光を。彼女の姿を。
287
:
alive 02/02
:2015/03/12(木) 03:38:50 ID:NKiZysoc
部屋の扉が開いた。扉を開いた主は何も言わずトゥルーデの元に駆け寄る。
「大丈夫!? どうしてこんな事に?」
エーリカだった。
「いや……お前が空を飛ぶ姿を見たいと思って」
「だからってベッドから落ちちゃダメじゃん」
エーリカは魔力を発現させると、トゥルーデをそっと抱きかかえ、ベッドに戻した。
「すまない」
「もう、無茶して。後で看護婦さんに言って、ベッドの位置を窓辺に移して貰うから。それで良いでしょ?」
「あ、ああ。そうしてくれ」
無様な姿を見られてしまった。エーリカの顔を直視出来ない心境。
エーリカはトゥルーデの頬に出来たかすり傷を、消毒液を含ませたガーゼでそっと撫でる。
「う……しみる」
「全く、怪我人なのに怪我増やしてどうするのさ」
「それは……」
言葉が続かない。とりあえず、有り難う、とだけ呟くのが精一杯。
「もしかして、トゥルーデ」
「?」
「さっき私が行っちゃったから、後追い掛けようとしたとか?」
「そ、そんな……事……」
エーリカはくすっと笑った。そうして、トゥルーデの頬をそっと撫でた。
「トゥルーデ、本当、分かり易いんだから。何処へも行かないよ」
「……」
「さっき外へ出たのは、ちょっと取りに行くものがあったから」
「取りに? 何を?」
「お昼ご飯。トゥルーデと一緒に、お昼食べようと思って」
「私の事など、気にする必要は無い」
「私は気にするよ。それに、ちゃんと痛み止めの薬飲んでる? 飲まないと痛み引かないよ?」
「それは……」
「ほら、一緒に食べよう?」
エーリカは廊下から、用意してきた小さなワゴンを引っ張り込んだ。
そこには、バスケットにパン、食器にブルスト、スープ皿に簡素なシチューを盛り付けてあった。
それを見て、ぐう、と腹の虫が鳴るトゥルーデ。怪我人だが病人ではないので、食欲は一応有る。
「トゥルーデ、体は正直なんだから。にしし」
「その笑い方止めろ。何かいやらしいぞ」
「トゥルーデこそ、私をどう思ってるのさ」
ベッドの脇にテーブルを寄せると、小さく簡素な食卓を作り、さあどうぞ、と勧める。怪訝な顔をするトゥルーデ。
「これ、お前の料理か?」
「私は禁止されてるし。今日はミーナが食事当番」
ちょっとばかりむっとするエーリカを見て、少々の罪悪感が胸を過ぎる。
「そ、そうだったな。そうか、ミーナか。後で礼を言っておかないと。勿論、持って来たお前にも、……有り難う」
病室に香る温かい食事を見て、トゥルーデは少しほっとした気分になった。食事が出来るから、それは勿論の事、大切なひとと一緒に居る時間が増えるから。
エーリカはそんなトゥルーデを見て、笑顔を見せた。向けられた微笑みを見、変な所で堅物な大尉は彼女の名を呼んだ。
「どうしたエーリカ」
「さっきも言ったよね。トゥルーデの考えてる事は何でもお見通しだよって」
「なっ……!」
「食べたら添い寝してあげようか? なんてね」
笑うエーリカ。嬉し恥ずかしさ、照れを隠す為か、ついつい口答えするトゥルーデ。
「添い寝って、お前、訓練とかしたくないからじゃないのか?」
「半分は当たってるかもね。でももう半分は……」
そっと手を重ねる。あえて抱きついてこないのは、トゥルーデの体を気遣っての事か。
「分かるでしょ?」
耳元で囁かれ、思わず溜め息が出る。そして笑みがこぼれる。
「そうだな……そうかもな」
「だよね。私達、仲間だし、家族だし、戦友だし、夫婦ですから」
さらっと言ってのける愛しの人を前に、トゥルーデはもう降参だとばかりに苦笑するしかなかった。
end
288
:
名無しさん
:2015/03/12(木) 03:39:07 ID:NKiZysoc
以上です。
時期的に、OVAの頃に起きたifなお話だと思って頂ければ。
ではまた〜。
289
:
mxTTnzhm#e3/9j
◆xYuZ0hfvr.
:2015/04/09(木) 02:32:33 ID:Ki/fkaTA
こんばんは。mxTTnzhmでございます。
保管庫No.0450「ring」シリーズ続編になります。
今回は一部R-18G描写が有りますので苦手な方はご注意を。
ではどうぞ。
290
:
mxTTnzhm
◆JH7EiLzP12
:2015/04/09(木) 02:35:41 ID:Ki/fkaTA
トリップがおかしくなったので新しく付け直し。
これでどうでしょうか。
291
:
名無しさん
:2015/04/09(木) 02:36:05 ID:Ki/fkaTA
では改めて。
292
:
alive II 01/02
:2015/04/09(木) 02:37:13 ID:Ki/fkaTA
そこは戦場。空も地も、ネウロイに埋め尽くされたこの世の地獄。
トゥルーデは部下に指示を出し戦闘を継続しつつ、後退し防衛ラインを下げるよう司令部に無線で連絡する。帰って来た答えは「否」その場で持ちこたえろの一点張り。即ちそれは物量で押してくる敵に磨り潰され呑み込まれる、いわば全滅を意味していた。
「気が狂ってるのか司令部は!?」
無線で毒づくと、トゥルーデは部下を集める。動ける者に負傷者の救助、搬送とこの戦場からの撤退を命じた。それは司令部に対し命令違反になるのではと部下が問うと「無線の故障でよく聞こえなかった」とだけ答えた。そうしてすぐに撤退開始を命じた。
「背中は守ってやる。とにかく飛べ! 行け!」
負傷した部下から託された銃をどっさり背負う。これなら当分銃と弾薬に困る事はなさそうだ。もしくは自身の魔力が尽きる方が早いか、どちらかだろう。そうして、大勢の負傷者を抱えた、のろのろとした撤退が始まった。
前を行く部下から悲鳴が聞こえた。撤退ルートの先に、ネウロイの群が現れた。挟撃に遭った様だ。このままだと全滅は不可避。トゥルーデは一気に前進すると、立ち塞がるネウロイをMG42で粉微塵にしていく。
爆発音が聞こえ振り向く。後方でシールドを破られたウィッチ二人が、被弾して墜落するのが見える。ストライカーユニットは破損し完全に機能を停止しているが、まだ高度は有る。
「焦るな! 落ち着いてパラシュートを開け!」
無線で必至に呼びかけながら、墜落する部下達を追う。手が届けば……。しかし間に合わなかった。影はみるみる小さくなり……燃えさかる町の狭間に消えた。
「くそっ! くそっ! くそっ!」
トゥルーデは自分で毒突くのも分からないまま感情を露わにする。そのままホバリングし、墜落した部下の容態を確かめた。二人共即死だった。地面に激突したダメージで、体のありとあらゆる骨が折れていた。一人は顔面から落ちた衝撃か、顔はぺったりと潰れて、穴と言う穴から血が吹き出ていた。もう一人の体を動かすと、肩が崩れ、固まったままの指先と腕がぼとっと落ちた。
そっと集まった部下達は動揺を隠せない。トゥルーデはそれでも部下の骸を背負い、千切れた腕をポケットに押し込むと、撤退の続行を命じた。部下だった肉塊……二人分の体から流れる血がトゥルーデの首筋を、耳の裏を伝う。体を掴んだ手のひらにも、どす黒い血がこびり付いている。服に黒っぽい染みが広がる。しかしそんな事に構っていられない。まだまだ防衛ラインまでは距離が有る。到達するまで、これ以上落伍者を出してはいけない。だが、よく見ると集まった部下は当初の半分にも満たなかった。迷子になったか、ネウロイの波に呑まれたか……。
「とにかく生き残れ! 犬死には許さん! 行くぞ!」
雪崩の如く押し寄せる黒い渦と化したネウロイに向かい銃を連射し牽制すると、残った部下に飛び立つ様命じた。
でも、部下は皆、消えていた。いつの間に、一体どこへ行ったのか。トゥルーデが担いでいた部下も、消えている。ぬるっとした血の痕だけがこびり付いている。
独りぼっちの、戦場。
「何処へ行った!? 全員、応答しろ! 現在位置を伝えろ! 生存者は居ないのか!? おい! 誰か!」
無線からは、ざーと無機質なノイズだけが聞こえる。空が紅蓮の炎に染まり、また何処かで爆発が起きた。飛んでくる火の粉が頬を焦がす。体から吹き出る汗は、部下を全員失った冷や汗か、それとも燃え盛る炎の熱さ故か。
「畜生」
トゥルーデは飛び立とうとした。気付けば、周囲をぐるりネウロイに囲まれている。異形の者達、妙な形をした「何者か」つまりは彼女の敵。トゥルーデは、独り吠え、両手にMG42を構え、銃撃を続けた。防衛ラインまで、絶対に帰る。たった一人になったとしても。
しかし。
何か、大切な事を忘れてないか?
ふと、思いが胸を過ぎる。
その僅かな隙を突いて、至近距離から禍々しい光線が放たれる。回避出来ない。シールドはもう限界。
砕かれ、灼かれる。自分の血飛沫の熱さを感じる。それはまるで……
293
:
alive II 02/02
:2015/04/09(木) 02:37:45 ID:Ki/fkaTA
「起きた? トゥルーデ」
天使の声に導かれる様に、かっと目を開ける。飛び起きる。
血の痕が、無い。あれから一体どうなった? 部下は? 武器は? 敵は? 焦るトゥルーデを前に、金髪の同僚は彼女の頭を撫でた。
「怖い夢、見たんでしょう? また昔の夢?」
夢? 一体何の事だ? ここは何処だ? トゥルーデは周りを見る。見覚えの有る、部屋。窓の外を見る。そう、ここは……つい最近赴任した、サン・トロンの基地。地平の彼方から微かに覗く朝日が眩しい。視界の隅にちらりと見えた、空を飛ぶウィッチはミーナかハイデマリーか。
「わ、私は」
混乱が隠せないトゥルーデは、わなわなと両手を見る。綺麗な手も、べっとりこびり付いていた血の痕がまだあるみたいに思えて、声を震わせる。
「助けられなかったんだ。部下が、皆居なくなって」
黙って聞いている同僚は、続きを促した。
「墜落死した奴等も居た。体の骨が全部砕けて、ボロ布みたいになって……。あいつの血が、血が、私の手と、首に。腕は? 腕の欠片は何処だ?」
「相当怖い夢見たんだね」
呆れ半分、慰め半分で、同僚は言葉を続けた。
「で、そこに私は居た?」
はっとして、トゥルーデは声の主を見る。
エーリカ・ハルトマン。大切な同僚。撤退戦での、生き残りの一人。
「お前は……、居なかった」
目の焦点がまだ定まらない。しかし、彼女の姿かたち、表情は判った。
「そう。夢だよ。夢じゃなかったら、私が横に居るもの」
そう言うと、エーリカはそっとトゥルーデを抱きしめた。彼女の体の温もりが、トゥルーデの凍えていた心を溶かす。
大きく深呼吸すると、トゥルーデはエーリカを抱き返した。全身で、彼女の感触、匂い、存在そのものが絶対的に確かなものである事を改めて確認する。もうひとつ大きく息を付くと、ぎゅっと強く抱きしめた。
「生々しい夢だった。本当に、あれは夢だったんだろうか」
トゥルーデはもう一度横になり、脳に刻まれたおぼろげな記憶を辿り、エーリカに聞かせた。
一緒に添い寝するかたちのエーリカは、まだあやふやな反応を見せる相棒を気遣った。
「たまにぞっとする夢を見る事はあるよ、トゥルーデ。でも、夢は夢だから」
「あ、ああ。でも」
まだ事態を飲み込めないトゥルーデに、エーリカは頬を撫で、笑顔で言った。
「疲れてたんじゃないの? それか疲れが一気に出たか」
「疲れ? そういうものか」
「じゃなきゃ、そんな夢見ないでしょ。すっごいうなされてたし」
「そ、そうか。色々と、すまなかった」
ベッドに横になり、天井を見る。まるでついさっきまで戦場に居たかの記憶、あれは夢だったとは信じ難い。けれど、エーリカが横に居るなら、彼女がそう言うなら、確かにそうなのか、とも感じる。
「ねえ、トゥルーデ」
エーリカは名を呼ぶと、指を絡ませてきた。指に当たる感触に、トゥルーデは覚えがあった。二人の愛の証、絆の印。お揃いの指輪。つまりは、今ここに居る二人は真実(ほんとう)の二人。
「そうだ……。そうだった」
トゥルーデは一人頷く。記憶の霧が晴れていく感覚。そうして、ふうと息をつくと、愛しの人の名を呼ぶ。
「ありがとう、エーリカ」
「どうしたしまして」
「でも、本当に、夢じゃない位にリアルだったんだ。感触が、今も……」
「それねー」
エーリカは悪戯っぽく笑った。
「トゥルーデうなされてるから声掛けたけど起きないし。じゃあ、って、首とか色んな所にキスしてた」
言われたトゥルーデは呆気に取られてエーリカを見た。
「はあ? お前は私に何てことを」
トゥルーデは、夢の出来事をおさらいした。首筋、手のひら、耳の裏、頬……そう言う事か、なんてこった、と一人呟く。
どうしたの? とにやけるエーリカに、トゥルーデは言った。
「お前は天使なんだか悪魔なんだか分からない」
「何それ酷い。心配してたんだから」
「本当に?」
「勿論」
ふふ、と微笑む天使を前に、力が抜ける。
「まあ、良いか……。何だかほっとしたら、また少し眠くなってきた」
ふわわ、とあくびをするトゥルーデ。エーリカは少し驚いた様子で彼女を見た。
「いつも早起きのトゥルーデにしては珍しいね」
「まだ起床時間じゃないだろう」
「そうだね。それにトゥルーデ具合悪そうだもんね。大丈夫、私も一緒だから」
「今度は、変な事、するなよ……」
うとうとと、トゥルーデはエーリカに向き合ったまま、瞼を閉じた。
お互いに絡ませ合った指は解けそうもないが、解くつもりもない。
「今度は、一緒に同じ夢を見られれば良いんだけどね」
エーリカはそう呟くと、愛しの相棒が見せる安らかな寝顔を見つめ、ふっと笑った。
end
294
:
名無しさん
:2015/04/09(木) 02:38:05 ID:Ki/fkaTA
以上です。
時期的に、OVAの頃に起きたifなお話だと思って頂ければ。
ではまた〜。
295
:
mxTTnzhm
◆.7r9yleqd.
:2015/04/09(木) 16:12:17 ID:Ki/fkaTA
こんばんは。mxTTnzhmでございます。
保管庫No.0450「ring」シリーズ続編になります。
前作「Alive II」の続きです。
ではどうぞ。
296
:
alive III
:2015/04/09(木) 16:12:54 ID:Ki/fkaTA
結局二人して寝過ごした後、遅い朝食を取るカールスラントのエース二人。温かいコーヒーに、ハムと野菜を挟んだ簡単なサンドイッチを食べる。ミーナとハイデマリーは、それぞれ既に任務に就いている様だった。この日は特に出撃も無く、気怠いとも言うべき、珍しく平和な雰囲気が基地内に漂っている。
食事の最中、思い出したかの様にエーリカが呟いた。
「そう言えばさ」
「ん? どうした?」
「夢は夢占いで使われる位に重要、って話もあるよね」
コーヒーを飲んでいたトゥルーデの手が、ぴくりと止まる。じろり、とエーリカを見据える。
「何が言いたい」
「いやーそれってさ、つまりはトゥルーデにとって何かの暗示じゃないかなって」
そう言うと、エーリカはサンドイッチを一切れ、もくっと口にし、もぐもぐと噛み砕く。
「暗示って、何の?」
「私も分からない」
訝しげに聞くトゥルーデに、素っ気なく答えるエーリカ。
「言っておいてそれか」
「これが例えばエイラなら占いに詳しいから何か知ってるかなーとか思ったんだけどね」
数ヶ月前まで501JFWに居た仲間を思い出し、懐かしそうにエーリカが言った。スオムスのエースを思い出したトゥルーデは疑惑の眼差しでエーリカを見て言った。
「あいつはそう言うとこ、結構適当な感じがするが」
「まあねえ」
「そもそも。お前は、最初は夢だから心配するなと言っておいて、今になって何かの暗示とか言い出すとか、一体どう言うつもりだ」
寝直してやっと落ち着いたのに、とぶつくさ言いつつ、もう一切れ、サンドイッチを口にする。さっぱりしたパンにみずみずしい野菜、しっかりした味のハムがなかなか食欲をそそる。
「夢で苦しんでるトゥルーデ見たらさ、何か良い解決法とか無いかなって」
エーリカの弁明を聞いたトゥルーデは、じと目で言った。
「本心は?」
「色々調べたら面白いかなーってね」
さらっと言ってのけたエーリカを見、トゥルーデは思わず声を上げた。
「お前! やっぱり私で遊んでるじゃないか」
「そんな事無いよ。トゥルーデの事、色々知りたいなって」
「今更、私の何を知ろうと言うのか……」
そう呟きかけて、サンドイッチを持つ手が止まる。
「あれぇ? トゥルーデ、顔赤いよ?」
「何でも無い」
「自分で言ってて恥ずかしくなったとか」
「う、うるさい!」
ぱくっとサンドイッチを食べたエーリカは、目の前で恥じらう愛しの人を見て、ふふふと笑った。
「大丈夫だって」
「何が」
「今夜一緒に寝る理由、出来たよね」
意味有りげににやけるエーリカ。
「全く、どこまでも享楽的だな」
「人生は楽しまないとね」
「お前だけ楽しんでも……」
「何言ってるの、トゥルーデも一緒に、だよ?」
当り前の様にさらっと言われ、返す言葉も無いトゥルーデ。
呆れた顔を前に、エーリカは涼しい顔。
続く食事。
暫くして、金髪の天使は、にしし、と笑った。
「また何か悪い事考えてる顔してるぞ」
「酷いなあ。今夜の事考えてただけだって」
「何だかな」
「トゥルーデも、まんざらでもない顔してるし」
「なっ!? そ、そんな事は……」
「お互い様。今更、だよね。私達」
けどね、と言葉を続けるエーリカ。
「だからこそ、楽しいし、嬉しいんだけどね」
そう言ってから、とびきりの笑顔を見せられては、トゥルーデも、ただ苦笑いするしか無かった。
end
297
:
名無しさん
:2015/04/09(木) 16:14:22 ID:rQqXnZas
以上です。
時期的に、OVA〜劇場版の頃に起きたifなお話だと思って頂ければ。
私信ですが、再度トリップ変更しました。よしなに。
ではまた〜。
298
:
名無しさん
:2015/04/19(日) 22:39:32 ID:Qxnqp33s
乙です。
299
:
mxTTnzhm
◆.7r9yleqd.
:2015/08/14(金) 23:56:51 ID:tfwBIjAc
こんばんは。mxTTnzhmでございます。
保管庫No.0450「ring」シリーズ続編になります。
ではどうぞ。
300
:
meteor shower 01/02
:2015/08/14(金) 23:57:26 ID:tfwBIjAc
ハイデマリーが苦戦している。その報を受けたトゥルーデとエーリカは急ぎ出撃の準備を行い、暗闇の支配する空へと飛び立った。計器飛行でハイデマリーの交戦ポイントへと急ぐ。
「カールスラント一のナイトウィッチが苦戦する程の相手だ。我々も気を付けないとな」
「そうだね。で、敵のサイズに形状は?」
「……そう言えば、ハイデマリー大尉からの連絡では、そこまでは聞いていない様だが」
二人はMG42の動作確認を改めて行い、ストライカーユニットのエンジンに魔力を注ぎ込み、力強く加速する。
エーリカが、何かに気付いた様で、さっきからちらちらと何処かを見ている。
「どうしたハルトマン。何か有ったか」
「うん? 後で話すよ」
「戦う前から気を散らすな。油断大敵だぞ」
「はいはい。そう言えばトゥルーデには……」
「……ん? どうかしたか?」
「何でもない。さっさと行こう」
接近しているうち、ハイデマリーの交戦ポイントはすぐに判別出来た。時折断続的に放たれる銃弾と曳航弾、漆黒のネウロイから放たれる禍々しいビームの束が、闇夜に時折見える。
「あそこだ。高度を上げて、一気に突っ込んでカタを付ける」
二丁の銃を構え、戦闘の構えを取るトゥルーデ。二人揃って上昇する。
「了解。おーい、ハイデマリー大尉、助けに来たよー」
無線で呼び掛けるエーリカ。
『二人共、気を付けて。このネウロイは闇に紛れて、なかなか手強い』
既に長時間対峙しているハイデマリーは呼吸がやや荒い。掩護しないと危険だと無線越しに分かる。
「大丈夫かハイデマリー大尉? しかしハイデマリー大尉がここまで苦戦するとは相当だな」
呼び掛けつつ、周囲を見回すトゥルーデ。
「ハイデマリー大尉には姿が見えないの?」
エーリカは思い出したかの様に問い掛けた。ハイデマリーの固有魔法は夜間視能力。月明かりの無い夜でも、魔導針と合わせてネウロイを容易に捕捉する事が可能な筈であった。
『まるで敵の周辺に靄が掛かったみたいです。恐らく自身から何かの妨害物質的な何かが出ているみたいで、私の固有魔法でも……っ!』
無線にノイズが走る。ハイデマリーのシールドが一瞬光る。相当の衝撃である事が分かる。
「いかん。ハイデマリー大尉を一刻も早く……」
「あ」
「どうした?」
エーリカの呟きに、思わず空を見上げるトゥルーデ。
一瞬、ひゅんと何かが光った。まるで夜空を一瞬だけナイフで裂いた様に輝きを見せ、ぱあっと明るく輝いてから、何事も無かったかの様に静けさが戻る。
「何だ、今のは」
「流星群、かなあ」
「今の時期に流星群など有ったか? 予定変更、まずはハイデマリー大尉と合流だ」
「了解」
二人は牽制の射撃を行いながらハイデマリーの傍に寄り添った。
「大丈夫かハイデマリー大尉、怪我は」
「何とか。でも残弾僅少」
「三人居れば何とかなるよ」
「数が揃えばと言う問題でも……ん?」
トゥルーデも気付いた。先程エーリカが言った様に、“流星群”らしき星の輝きが見える。しかも、少しずつ増えている事に。
「どうしましたバルクホルン大尉」
ハイデマリーは夜空を見上げるトゥルーデの顔色を窺った。
「なあ、ハイデマリー大尉」
「何でしょう」
「ナイトウィッチにこんな事を言うのも何だが……、この空の一瞬の輝き、使えないか?」
真顔のトゥルーデに、ハイデマリーは控えめな笑顔で答えた。
「奇遇ですね。私も同じ事を考えていました。流星が光る瞬間、僅かにですが、本体が見えるんです」
トゥルーデは、力強く頷いた。
「なら、我々に指示を頼む。同時に攻撃すれば、或いは」
「天体任せとは、面白い作戦ですね。……行きましょう」
「二人してずるいな。先に見つけたの、私だからね」
エーリカは面白半分にからかいながら、二人と共に飛行する。時折飛んで来るビームをトゥルーデと一緒に防御しつつ、ハイデマリーを護る。
三人は編隊を組み、ネウロイと交戦を続ける。夜空を観察していると……時折、流星が重なり、まるで雨の様に降るタイミングが有る。ハイデマリーも魔力を使い、敵の位置を見極めていた。
「バルクホルン大尉、ハルトマン中尉、良いですか。敵、前方右斜め四度……いえ、五度」
刹那。
三人を支援するかの如く、空がぱあっと輝いた。まるでシャワーの様に、流星嵐が到来したのだ。トゥルーデとエーリカには見えずとも、ハイデマリーの瞳には、はっきりとそのシルエットが浮かんだ。
「今です!」
揃って銃弾を撃ち込んだ先には……確かな手応え。靄の中に紛れていたネウロイが金属的な断末魔を上げ、爆発した。すぐに靄も晴れ、辺りはネウロイの遺した塵が舞った。
その上空から、降り注ぐ流星群。
301
:
meteor shower 02/02
:2015/08/14(金) 23:57:51 ID:tfwBIjAc
「凄いね。こんなに流星見えるなんて」
エーリカはさっさと銃を担ぐと、後ろ手に腕を回し、空を見上げた。
「今回は、助かりました。二人の掩護が無ければどうなっていたか」
「いや。強敵を相手にたった一人で持ち堪えたハイデマリー大尉があればこその武勲だ。流石はエースのナイトウィッチだ」
謙遜し合う二人の大尉。
「もう、カタイんだからトゥルーデも、ハイデマリー大尉も。ほら」
エーリカはトゥルーデとハイデマリーの肩を掴むと、ぐいと引っ張り空へと顔を向けさせる。
「え?」
「おい何するんだ」
「多分、あそこから飛んで来るんだと思う」
エーリカが指す方向から、あちこちへと流星が煌めく。
「放射点、ですね。流星群は放射点から色々な方向へと輝くんです」
「博識だな、ハイデマリー大尉」
「いえ、本で読んだだけですから」
少し会話している間でも、流星群はその勢いを強め、三人を明るく輝かす。
「それにしても凄い数だ……こんな星空は、今まで見た事が無い」
トゥルーデは、しばし見とれた。
「私もです」
「私もー」
ハイデマリーとエーリカが揃って相槌を打つ。
「ミーナもこの空、見えているだろうか」
ぽつりと呟いたトゥルーデ。耳元にセットした無線に、すぐに返事があった。
『基地からも綺麗に見えているわよ。みんなお疲れ様。無事で良かったわ』
「ねえ、もう少し見ていたいな」
エーリカはトゥルーデの肩を抱き寄せ、悪戯っぽく笑った。
「我々は流星群の見物に来たんじゃないんだぞ」
「でも、もう少しだけ、“観察”したい気持ちは有ります」
ハイデマリーも微笑んだ。
「ほら、トゥルーデ」
エーリカは二対一だといわんばかりにトゥルーデの腕をぐいと掴む。
「ああもう、分かった。だから引っ張るなハルトマン」
頭上に煌めく光のシャワーは、三人を祝福するかのよう。
三人はゆっくりと漂うかの様に空を浮かび、夜空の輝きに酔いしれた。
end
302
:
名無しさん
:2015/08/14(金) 23:58:05 ID:tfwBIjAc
以上です。
時期的に、OVAの頃に起きたifなお話だと思って頂ければ。
ではまた〜。
303
:
名無しさん
:2015/08/20(木) 14:22:31 ID:1.nj5rFs
綺麗で面白かった(小並感)
304
:
名無しさん
:2015/08/30(日) 00:18:05 ID:NhVpbZNY
面白かったよ
305
:
mxTTnzhm
◆.7r9yleqd.
:2015/11/13(金) 04:07:59 ID:9miF8XqM
こんばんは。mxTTnzhmでございます。
保管庫No.0450「ring」シリーズ続編になります。
ではどうぞ。
306
:
deep red 01/02
:2015/11/13(金) 04:08:28 ID:9miF8XqM
「珍しい食材? 一体、何だ?」
扶桑から届いた荷物。その幾つかを芳佳と美緒が取り分けせっせと梱包を解き、いそいそと厨房へ運ぶ姿を見、トゥルーデは首を傾げた。
それから一日、芳佳は厨房に掛かりっきりで……たまにリーネが手伝っていた様だ……翌日になってもまだ厨房で作業を続けていた。そんな彼女を見て、トゥルーデは一体何が起きているのか、と疑念を抱く。
「さあね〜。気になる?」
横を歩いていたエーリカに脇をつつかれ、うーん、と唸った後感想を呟く。
「まあ……またこの前の肝油みたいにきついのは勘弁して貰いたいが」
「じゃあ、ちょっと様子、見に行こうか」
「いや、扶桑の食べ物は扶桑人に任せた方が良い」
「珍しく乗り気じゃないね、トゥルーデ。肝油で懲りた?」
「懲りたと言うよりも……いや、何でもない」
「じゃあ行こうよ」
結局エーリカに袖を引っ張られ、厨房へと向かった。
厨房の中は湯気に満ちていた。
「何だこの大量の水蒸気は? 何が有った?」
「おお、バルクホルンとハルトマンか」
腕組みして様子を見ていた美緒が二人に気付き、顔を向けた。
「やっほー。遊びに来たよ」
エーリカは手を振ると、のんびり厨房を眺めている。
「少佐。これは一体?」
トゥルーデは美緒に問うた。
「赤飯を蒸している」
「赤飯?」
「あ、バルクホルンさん」
蒸し器の前で火加減を見ていた芳佳もトゥルーデ達に気付いて、姿を見せた。
「宮藤、お前昨日から何をやっているんだ? そんなに時間の掛かる食材、というか料理なのか」
「はい。お赤飯を作るには、時間が掛かるんです」
「そうだぞバルクホルン。昨日から餅米を漬け込み、小豆を下茹でして……まあ、私は横で見ていただけだがな」
豪快に笑いながら、美緒は説明した。
「はあ……」
「ミーナとペリーヌも先程様子を見に来ていたぞ。リーネも時々宮藤を手伝っている。実に有り難いな」
「そうか、なるほど」
説明を受け、少々引っ掛かる部分を感じたトゥルーデは、素直に疑問をぶつけてみた。
「しかし、何故にそんなに手間の掛かる料理を? 扶桑ではこれが当たり前なのか?」
芳佳は火加減をもう一度確認すると、トゥルーデに顔を向けて説明した。
「お赤飯は、扶桑ではおめでたい席には欠かせない料理なんです。あと栄養もあって腹持ちも良いので、海軍でも活用していますよ」
「ほほう。そういうものなのか」
少しほっとした表情のトゥルーデを見て、美緒はまた笑った。
「安心しろ、味は悪くないぞ! 是非とも食べて貰いたいものだな!」
「あ、もう出来ますよ。坂本さん、少し味見してもらえます?」
「ご苦労、宮藤! 戴くとしよう」
大きな蒸し器から、蒸し布ごとどっさりと湯気の立つ塊が取り出され……ゆうに501の人数分は有りそうだ……、芳佳は慣れた手つきでおひつに移すと、赤飯をお椀によそい、箸と共に美緒に手渡した。
「では早速」
美緒は頷いて箸を取った。
トゥルーデにとって、赤飯は初めて見るものだった。米に豆が混ざっているが、何と言ってもピンクにも見える不思議な色をしているのが気になる。色使いから、扶桑の米菓子か? とも思う。
一口二口、ぱくっと食べた美緒はひとつ頷いた。
「流石だ宮藤! 美味いぞ! よく頑張ったな。皆も喜ぶぞ」
「ありがとうございます! あ、良かったらバルクホルンさんとハルトマンさんも食べます?」
「夕食で出るのだろう? なら……」
「出来たても美味しいですよ?」
「貰おうよ、トゥルーデ」
エーリカに促される。
「まあ、少しなら」
「はい、どうぞ」
307
:
deep red 02/02
:2015/11/13(金) 04:08:56 ID:9miF8XqM
二人にもお椀が渡される。トゥルーデはてっきり普通の米と思っていたが、箸でつまんだ瞬間、粘度、いや硬さが違う事に気付く。怪訝な表情のまま口にする。粘り気と硬さも、普段出される白米と全く異なる。豆は小さめで、特徴的な色味だ。味は……想像していたものと違う。
「なるほど。これが扶桑の」
不思議そうな顔をして、一口、二口と食べるトゥルーデ。
「へー。変わってるね。いつも食べてる白いご飯と違う」
エーリカが素直な感想を口にする。
「まあ、初めて食べる時はそうなるかもな。ああ、胡麻塩を掛けると良いのだがな。有るか、宮藤?」
「勿論です坂本さん。はい、お二人共、どうぞ」
既に用意してある辺り手際が良い。胡麻塩をぱらぱらと掛けられると、ほのかな塩分がまた風味を引き立たせる。
「ほう。これはまた……」
改めて口にして、頷くトゥルーデ。それを見た美緒は頷き、芳佳にご苦労、と改めて声を掛けた。
味見を終えたトゥルーデは芳佳に礼を言ってお椀とお箸を返す。エーリカはおかわりしたい様子だったがトゥルーデが止めた。
「しかし、何故に今日、赤飯を? 今日は特に何かを祝う日ではないと思ったのだが」
味見を終えて、美味しかったと芳佳に感想を言った後、またも浮かんだ素朴な疑問を呟くトゥルーデ。
「それは、久々に扶桑から様々な物資が届いたからな。その祝い……、と言う事では駄目か?」
美緒は珍しく、少し言い訳めいた口調で答えた。
「坂本さんが久々に食べたいって言うので作りました」
しれっと言う芳佳に、おいこら、と少しばかり顔を赤らめて小言を言う美緒。
「なるほど、まあ、良いんじゃないか。少佐も宮藤も。確かに補給はめでたい事だし」
トゥルーデはそんな二人のやり取りを見て、くすっと笑い、二人に言った。
「ねえトゥルーデ」
エーリカが腕を絡めて、トゥルーデに聞いてきた。
「ん? どうしたハルトマン」
「私達もお祝いする時に、これ作って貰おうよ」
「何故に?」
「んー。何となく? 色が綺麗だから? じゃダメかな?」
「私に聞かれても困る。第一、作るの大変だから迷惑だろうに」
話を聞いていた芳佳は、二人を見て聞いた。
「お二人共、何かお祝い事でもあったんですか? ご希望と有ればいつでも」
「まあ、毎日がお祝いだよね。私達って」
「何だそれ」
二人の会話を聞いていた芳佳は、意味がよく飲み込めないながらも、頷いた。
「? 分かりました。またすぐお作りします。まずは今晩お出ししますから」
「ありがとね、ミヤフジ」
ウインクして喜ぶエーリカを前に、トゥルーデは想わず名前で聞き返してしまう。
「おい、エーリカ良いのかそんな簡単に頼んで」
「だって、そうだし。違う?」
「いやまあ、お前が言うなら……」
「お前達も、蒸し上がりの赤飯みたいに熱々だな!」
カールスラントのエース二人を見ていた美緒は、腕組みして大いに笑った。
end
308
:
名無しさん
:2015/11/13(金) 04:09:20 ID:9miF8XqM
以上です。
扶桑以外の人が「お赤飯」を初めて目にしたらどう言う反応をするか……
そんな感じで書きました。
ではまた〜。
309
:
mxTTnzhm
◆.7r9yleqd.
:2015/12/25(金) 00:42:02 ID:GT4DC8Wg
こんばんは。mxTTnzhmでございます。
保管庫No.0450「ring」シリーズ続編になります。
ではどうぞ。
310
:
sisterhood 01/04
:2015/12/25(金) 00:42:46 ID:GT4DC8Wg
とある週末。午前の訓練飛行を終え基地に帰還したトゥルーデは、シャワーもそこそこに部屋へと戻る。
珍しい光景を見た。通り掛かった食堂で、テーブルに突っ伏しているロマーニャ娘を見つけたのだ。普段は何処か謎の隠れ家へ行く筈なのに、どうしてこんな所に。
「おや、ルッキーニどうした」
声を掛けると、珍しくらしくない悲壮な表情で、ぼそぼそと呟いた。
「シャーリーが……」
ああ、と思い出し、説明して聞かせる。
「あいつなら本国陸軍への連絡か用事で朝から出掛けている筈だが。何か問題でも?」
「だって、遊んでくれる人いないー」
じたばたと腕を振って、テーブルを叩くルッキーニ。
「遊んでる暇が有るなら訓練でもしろ」
「坂本少佐みたいな事いわないでよー……」
トゥルーデをちらっと見た後、しゅんとしてしまった。
ああ、なんだかな、もう。
トゥルーデは心の隙間にもやもやを感じる。普段は快活な筈なのに、寂しそうな彼女が何だか気の毒で。
そうしてると、ルッキーニの腹がぐるる、と鳴いた。
「あーお腹減ったー」
「まだ昼まで時間有るぞ」
「お腹減ったお腹減ったお腹減った」
「お前は子供か……ってまあ年齢的にはそうか」
「一人で納得してるの何かずるい!」
怒らせてしまったか。トゥルーデはそれでも冷静に観察していたが、このままでは埒が開かない。やれやれと呟くとルッキーニの名を呼んだ。
「仕方無い、付いてこい」
厨房の脇に座らされるルッキーニ。トゥルーデは置かれていた誰かのエプロンを借りると甲冑宜しくぎゅっと身体に纏い、鍋を用意した。
「何か軽めの食事を作ってやる」
「ウエェ、バルクホルン料理出来るの? 芋料理以外に」
「馬鹿にするな? これでもアイスバインは得意なんだぞ? いや、あれは時間掛かるけど」
「軽めじゃないしー!」
「仕方無い。特別にリクエストに応えてやる。何が食べたい」
「マンマのパスタ!」
「私はお前のママではないが……ふむ、パスタか。確か何処かに乾麺があったはずだ」
がさごそと厨房の棚を漁り始める。
「ソースは何でも良いよ」
後ろ手に腕を組んで、のほほんと指示を出すルッキーニ。
「そう言われても作り方知らないのだが」
聞かれたロマーニャ娘は、マンマの作り方を思い出して、指で空中の何かをなぞる様に、時折大きな身振りを交えてレクチャーする。
「んーとね。確かフライパンにオリーブオイルドバーッと入れて、ニンニクをトントントントンって刻んで入れて、ザクザクッて切ったトマトを入れて、グジュグジューって煮込んで、茹でたパスタと混ぜる……んだったかなあ」
「教え方があやふや過ぎだ! 擬音ばかりで通訳が必要なレベルだぞ」
「ひどい!」
シャーリーは、よく付き合ってられるな。
トゥルーデはそんな事を思いながら溜め息をつきつつ、ガスコンロの火を付けた。
寸胴鍋に張った水が熱せられ、ぐつぐつと沸騰する。手にした乾麺を適当にぱらっと入れる。
「さて、これからどうすればいい?」
聞かれたルッキーニは仰天した。
「えっ、パスタの茹で方も知らないの? それじゃ良いマンマになれないよ?」
「私はロマーニャ人ではないから知らなくて当たり前だろう! ……で、どうすればいいんだ」
「アルデンテで」
「それはどう言う意味だ」
「え、説明必要? うーんとね、中に火が通ってないの」
「生煮えはダメだろう」
「いやそうじゃなくて。火は通ってるんだけど、芯が少しカタイの」
「つまり微妙な火加減というわけだな……しかし微妙ってどの位だ」
トングで茹だる麺をつまんだり、火加減を細かく変えてみるのを見て、ぼそっとルッキーニは言った。
「まるで実験してるみたいだね」
311
:
sisterhood 02/04
:2015/12/25(金) 00:43:21 ID:GT4DC8Wg
そうこうして、あちこちから食材を見つけてフライパンも使ってソースらしきものを作り……何とか「料理」と呼べそうなものが出来上がった。
「で、お前の言う通りに作ってみたが。トマトはあいにく新鮮なのが無かったから、瓶詰めしてあった油漬けの乾燥トマトを使った」
一口食べて、無言のルッキーニ。
「……」
じっと、トゥルーデの顔を見る。
「せめて何か言え」
「……空腹は最高の調味料だって、マンマもシャーリーも言ってた」
「そ、それはどう言う意味だ?」
「初めてにしては上出来かなーって」
「何だその上から目線は」
「でも、まあ、食べられない事は無いし。うん。ありがと、バルクホルン」
ルッキーニはそう言うと、ぼそぼそとパスタを食べ始めた。余り美味そうではない風にも見える。
「どれ、私も少し味見……」
「へー。トゥルーデがロマーニャ料理ねー」
すっと肩に手が置かれ、耳元で覚えのある声が聞こえた。
「うわハルトマン? いつからここに?」
思わず仰け反るトゥルーデを前に、意地悪くにっと笑って見せる。
「面白そうな事してたから、こっそり様子覗いてた」
「何故見てた?」
「見てた方が面白いかなって。トゥルーデ、私の分も有るよね?」
「……無いと言ったら作らせるつもりだな? ほら、私の分を食べると良い」
「やったー」
試食したエーリカも、一口食べて、じっとトゥルーデの顔を見た。
「で、ハルトマンも何故黙る」
「ちょっと塩気足りない?」
エーリカの言葉に、ルッキーニもそれそれ、と頷く。
「バルクホルン、パスタ茹でる時塩入れた?」
「塩?」
「塩ね。どばーって入れるの。マンマはいつもそうしてた」
「そんな事したら麺がしょっぱくなるだろ」
「それが不思議とならないんだけどなー」
「なら分量は?」
「そこまで知らない」
「適当過ぎだろう」
「でも美味しかった。ありがと」
ルッキーニは皿をシンクに持って行くと、そこで初めて、微かに笑みを浮かべた。
トゥルーデは時計を見た。何故か彼女を直視出来ない雰囲気がして。適当に言葉で誤魔化す。
「もう少しでシャーリーが帰って来る筈だが」
「ホント? あたし、基地のゲート前行って待ってる」
そんな二人のやり取りを見ていたエーリカは、もくもく、とパスタを一口食べて、へえ、とだけ呟いた。
312
:
sisterhood 03/04
:2015/12/25(金) 00:43:46 ID:GT4DC8Wg
ルッキーニはそそくさと出て行った。厨房の片隅に居るのはトゥルーデとエーリカ二人だけ。
「ねえ、トゥルーデ」
「どうしたハルトマン」
「ちょっと、味気ないな」
「ルッキーニと同じ事を言うな。ロマーニャのパスタ料理は初挑戦だったんだ、少しは……」
「どうして初挑戦したのかなー?」
「あんまりにも五月蠅かったからだ」
「普段は芋料理ばっかりなのにどうしてロマーニャ料理?」
「何だ何だ、まるで尋問みたいじゃないか」
「そりゃあねトゥルーデ、訓練終わったらふっと居なくなって、彼女厨房に連れてくの見たら、どう思うか分かる?」
「勘ぐり過ぎだろう」
「そこがね、やっぱりまだまだ“堅物”って言われちゃう理由なんだよね」
「何が言いたい」
「でも前に比べたらトゥルーデは進歩してるよ、私が言うんだもの。間違いないよ」
このパスタとか。と、エーリカはくるっとパスタをフォークに絡めると、トゥルーデの口元に持って行く。
「食べてみなよ」
「そう言う食べさせ方は……分かったよ」
一口食べて、ようやく二人が言っていた事が分かる。
「確かに、塩気が微妙に足りないな」
「でしょう? 私もそう思うし、これは間違いの無い事実だね。不合格」
「おいおい、そりゃ酷いな。ルッキーニは一応食べたぞ?」
「お腹減ってたからでしょ」
ニヤニヤしながら、フォークを唇に当てて、目の前の彼女を見るエーリカ。
トゥルーデは一体何をして欲しいのか最初分からなかったが……フォークでつんつんとつつかれて、ようやく理解する。おずおずと手を伸ばし肩を抱き、唇を重ねる。
暫く、そっと抱き合ったまま、お互いを味わい……ふう、と息をつく。
「合格」
「何が」
「私のおヨメさんとして合格って事かな」
「そう言う意味か」
「ルッキーニにあれだけするんだから、私の時はもっとちゃんとしてよ?」
「それは当たり前の事だ」
「なら良いんだけど。とりあえず“今夜”が楽しみだね」
エーリカの言うそれは、食事ではない事は明白。
彼女なりの嫉妬か、同じ指輪をはめている者としてのプライドか。
トゥルーデはそんなエーリカの感情をいまひとつ理解出来ないながらも、目の前の愛しのひとをそっと抱き寄せたまま、同じ時を過ごす。
「あれ、バルクホルンさんにハルトマンさん、どうしたんですか? お昼当番私達ですけど」
「ああミヤフジ、ごめんね私達ちょっと厨房借りてた」
「いや、それは私が」
言い掛けたトゥルーデを遮って、芳佳に声を掛けるエーリカ。
「良いから。じゃあ悪いけどミヤフジ、後片付け宜しくね」
「あ、はい。分かりました」
微妙に納得出来ないながらも、命令とあっては……と言った顔をする芳佳。
「良いのか、任せてしまって」
「だって、ミヤフジだって一人で料理する訳じゃないでしょ?」
「??」
「分かるでしょ?」
握る手の強さで……ようやく言いたい事を把握する。
「そうだな。とりあえず、何処へ行こうか」
「シャーリーのお出迎えでも?」
「そうするか」
二人手を繋ぎ、厨房から外へ。
313
:
sisterhood 04/04
:2015/12/25(金) 00:44:09 ID:GT4DC8Wg
ちょうど二人がゲート前に付くと、見慣れたトラックが轟音を立て、土煙を上げながら戻って来た。あのエンジンサウンドに走りっぷり、誰が乗っているか、そして誰がチューニングしたかすぐに分かる。
「シャーリー! おかえり!」
ルッキーニが大きく手を振る。
ずささ、とドリフト気味にトラックを操り皆の前にぴたりと停めて見せるシャーリー。運転の腕は確かだ。
「いよっルッキーニ、ただいま! ……って、どうしたんだ二人共。あんた達までお出迎えって珍しくないか?」
カールスラントのエース二人を見つけて、疑問を口にするリベリアン。
「まあ、暇潰し?」
「見せつけてくれるな、二人して」
エーリカの言葉に、笑って返すシャーリー。
「なあ、シャーリー」
「ん? どうしたんだバルクホルン。あたしに何か用事か? ストライカーユニットの調整とか?」
「お前は本当に凄い奴だ」
そう言うと、うん、とひとつ頷いた。
「はあ!? いきなり何だよそれ?」
驚き半分、笑い半分の顔をしたシャーリーを前に、トゥルーデは平然と言った。
「それだけ言っておきたかった。じゃあな」
「おいおい、意味がわかんねーぞ」
呆気にとられるシャーリーを置いて、トゥルーデは基地に戻る。エーリカも一緒。
「良いの? もっと詳しく言わなくても」
とりあえず聞いてみたと言う顔をするエーリカに、トゥルーデは事も無げに答えた。
「言わなくてもあれこれと喋るだろう。ルッキーニが」
「そう言うところは鋭いのにねー」
エーリカはトゥルーデの脇をつんつんとつついた。こらこら、と返す二人は、まるでじゃれ合う子居ぬのようで。
やがて、時計の針が、ぴたりと頂点を指して重なった。二人の将来を暗示するかの如く。
end
314
:
名無しさん
:2015/12/25(金) 00:44:26 ID:GT4DC8Wg
以上です。
お姉ちゃん風を吹かそうとしても結局上手く行かないお姉ちゃん的なものを。
ではまた〜。
315
:
mxTTnzhm
◆.7r9yleqd.
:2016/01/01(金) 05:04:09 ID:OI0yXhJ2
あけましておめでとうございます。mxTTnzhmでございます。
保管庫No.0450「ring」シリーズ続編になります。
ではどうぞ。
316
:
sisterhood II
:2016/01/01(金) 05:04:33 ID:OI0yXhJ2
「何をしているハルトマン! 新年だからと言って我々のやる事に変わりはないぞ!」
腰に手を当て言い放つ堅物大尉。ミーティングルームでくつろぐエーリカはソファに埋もれそうな位だらっと身体を預け、眠たそう。
「またまたトゥルーデ、カタいんだから〜」
エーリカはふわあ、とあくびをしながら答えた。哨戒任務明けで、身体がだるそうだった。
「だからー」
「ダカラー」
横でコーヒーを飲みながらお喋りしていたシャーリーとルッキーニも、同じ口調でからかった。
「お前ら……揃いも揃って」
怒りに震えるトゥルーデを前に、コーヒーの入ったマグカップに一口口を付けると、シャーリーはルッキーニの頭を撫でながら言った。
「まあ、年明けなんだし、アンタも何か少しは祝ってみたらどうだい」
呆れるトゥルーデ。
「これだからお気楽リベリアンは……それどころじゃないだろう」
悪戯っぽく、顎で指し示しながら反論するシャーリー。
「そう言うアンタの左指にはめてるそれはなんだって話だよ」
「ぐっ……こ、これは」
言われて片方の手で指輪を隠す。二人の絆の証を指摘され、咄嗟に反論出来ない。
「良いんです、トゥルーデはこれで」
珍しく真顔のエーリカは、トゥルーデの腕をぐいと引っ張ると、無理矢理座らせて肩を抱いた。そうして真顔で言葉を続ける。
「私達、夫婦ですから」
今度はお気楽大尉が呆れ顔。
「夫婦って言われてもなあ……ハルトマン、お前の性格ホント羨ましいよ」
言われてエーリカは不敵な笑みを浮かべる。
「イイナー、ふうふ」
ルッキーニは指をくわえて羨ましそうに呟いた。
「良いなって。まあ、ルッキーニにはまだ少し早いかもな」
あやす様に諭すシャーリー。その言葉を聞いて、少し拗ねるルッキーニ。
「えー、だってー」
「そうだなー。ルッキーニがどうしてもって言うなら、今度街に出て見てみるか?」
「ヤッター! じゃああたしネックレスが欲しい」
「ネックレス? 指輪じゃないのかよ」
「あれ?」
どこかちぐはぐな仲良し二人を見て、トゥルーデに身体を預けたまま腕を絡めたまま、くすっと笑うエーリカ。
「どうかしたか」
トゥルーデは真面目な顔でエーリカに問う。
「何か、ちょっと昔のトゥルーデと私を思い出したかな」
「私はあんなだったのか」
「幼いとかそう言う意味じゃなくてさ。鈍いって言うか」
「本人の前でそう言う事言うか」
「だってほら。トゥルーデ、自分で言った事、もう忘れてるし」
「言ったって、何を?」
「『新年だからと言って我々のやる事に変わりはない』ぞ〜って。つまりはね」
エーリカは耳元でこそっと囁いた。途端に顔を真っ赤にするトゥルーデ。
「ちっ違っ! 私はそう言う意味で言ったんじゃない! 大体エーリカお前はいつもいつも……」
つい我を忘れて相棒を名前で呼んでしまうトゥルーデ。そこにも気付いて、言葉が止まる。
「さ、じゃあ変わらない事、証明して貰おうかな。早速行くよ〜」
「ちょ、ちょっと待ってくれないか……」
「だーめ。楽しみだなー」
エーリカはトゥルーデの唇を人差し指で塞ぐと、自分の唇にも当てて、内緒のポーズを取った。余計に困惑するトゥルーデ。そんな彼女の腕を引き付けてぐいぐいと引っ張ると、じゃあね、と残った二人に手を振って、一緒にミーティングルームから出て行った。
「ンニャ? ハルトマン達何処行くの?」
「まあ……部屋だろうな」
「何で?」
「それはルッキーニがもう少し大きくなったら教えてやるよ」
「ふぅん。二人で一緒にトレーニングするとか?」
「それはある意味当たってるかもな」
シャーリーはそれ以上言及せず、コーヒーをぐいと飲み干した。意味が分からず、首を傾げるルッキーニ。
「ま、今日も平和ってヤツだよ。お菓子食うか?」
「食べる食べる」
シャーリーの言う通り、基地は今日も平和らしかった。
end
317
:
名無しさん
:2016/01/01(金) 05:05:02 ID:OI0yXhJ2
以上です。
お気楽なミーティングルームでのひとこま。
ではまた〜。
318
:
mxTTnzhm
◆.7r9yleqd.
:2016/01/02(土) 18:37:49 ID:3az8RllY
こんばんは。mxTTnzhmでございます。
保管庫No.0450「ring」シリーズ続編になります。
ではどうぞ。
319
:
the point of lover's night 01/02
:2016/01/02(土) 18:41:42 ID:3az8RllY
カールスラント空軍の用事で501基地を離れ、ロンドンに一人到着したトゥルーデ。寒空の下、軍支給のロングコートを着込み、書類の入った鞄を抱え込むと、早足で軍の連絡所を訪れる。
「……以上だ。書類に何か問題は」
受付に出た係員は、手早く501から(ミーナが書いたものだが)送られた書類の数々に目を通していく。
「すみません、この部分、もう一度司令官殿に確認願えますか」
一枚の書類を見せられた。トゥルーデが見たところ単純な誤字だが、正式な書類では許されない。
(ミーナ、疲れているのか)
トゥルーデはふむ、と頷くと、電話を借り、交換手に501基地に繋ぐよう要請する。
「ああ、ミーナか。預かった書類だが、一枚だけミスが有った……なに、単なる誤字、それも一文字だけだ。一応確認の為連絡した」
『あら、ごめんなさいね。何度もチェックしたのだけど』
「仕方ない。誰でもミスはする。完璧な人間など居ないさ。それよりミーナ、最近疲れてるんじゃないのか?」
『有り難う。でも、電話口で心配されてもね』
耳元から聞こえるミーナの声も、どこか疲れ気味の様だ。トゥルーデが何か言おうとした時、ミーナが言葉を続けた。
『それよりトゥルーデ、貴方の事をもっと心配してる子が一人居るから、早く帰ってきた方が良いかもね』
「それはどういう……」
『遅い、トゥルーデ。何やってるのさ』
「その声はハルトマンか。お前こそ執務室で何をやっている? ミーナと少佐の邪魔をしてるんじゃないだろうな?」
『遅いと罰ゲームだよ』
「なんだそれは」
『ともかく、早く帰って来てよね。待ってるから。それとも、少しお喋りする?』
「こら、軍の回線を使って私話など出来るか!」
受話器に向かって怒鳴るトゥルーデ。
「あの……用件は」
横で待機する受付の係員も、困惑気味だ。
「ああすまない……後でもう一度連絡するから、少しだけ待て。一度切るぞ」
『えーっ、ちょっと、トゥルーデ』
がちゃり、とまだ声の余韻が残る受話器を置き、連絡を絶つ。
「さて済まなかった。やはり単なる誤字と言う事で、私が訂正出来るのであればこの場で手続を行うが」
「ではお願いします」
トゥルーデは用意された席に着くと、すらすらと訂正書類の作成を始めた。
320
:
the point of lover's night 02/02
:2016/01/02(土) 18:42:07 ID:3az8RllY
小一時間掛けて用事を済ませたトゥルーデは、軍の連絡所を急ぎ後にする。
日も暮れてきた。急ぎ、街角に有る筈の公衆電話を探す。
確か、目立つ赤い色のボックスが有る筈だ。
早足で歩きながら、電話ボックスを探す。すぐに見つかった。扉を開けると、中は独特の臭いがするのもロンドン流か。
公衆電話に立ち寄る途中、通話用の小銭を売店で崩してもらい、早速電話する。
さっきの、エーリカの言葉が、気になる。
先程と同じ様に、501基地に繋いで貰う。基地のオペレータが出たので、早速呼び出して貰う事にする。
「ああ私だ、バルクホルンだ。ミーナを……いや、ハルトマンは居るか」
掛け放題の軍の電話と違い、公衆電話なので、時間が気になる。
早く出て欲しい。ポケットに溜め込んだコインを適当に放り込みながら、エーリカが出るのを待つ。
何度かコインを投入した所で、受話器に反応が有った。しかしまだ出ない。
(あいつは何をやってるんだ。こっちは急いでるんだぞ)
焦りが手に出る。コインを一枚落としてしまい、隙間からボックスの外に転がって出て行ってしまった。気にしている暇は無い。
暫くして、不機嫌そうな声が受話器越しに聞こえて来る。
『何さ、トゥルーデ』
「酷いなエーリカ。お前が電話しろって言ったから」
『今何処』
「まだロンドンだ。軍で私用の電話は出来ないから、今街角の公衆電話から掛けてる……えらい勢いで小銭が減っていくぞ」
『大変そうだね』
「全くだ。それで、何か必要なものは有るか? せっかくのロンドンだ、何か……」
『要らない』
「珍しいな」
言いつつ、一枚またコインを入れる。
「菓子のひとつでも買って帰っても良いんだぞ」
『トゥルーデが帰って来れば、それで良いから』
「随分と大人しいんだな……さては横にミーナと少佐が居るな?」
『もう、トゥルーデのバカ! 早く帰って来ないと、後で怖いよ』
「お前が言うと本当に怖く感じる……分かったよ。とりあえずお前が好きそうなもの、手短に何か買って帰る」
『本当、そう言うとこ、鈍いんだから』
「何故怒る」
『じゃあ、好きって言ってよ』
「電話口でか? まあ、好きだが」
『全然心こもってない』
電話が切れそうになり、慌ててコインを何枚か入れる。
「ああもう。……愛してる。これで良いか? 続きは帰ってからだ」
『うん。待ってるから。待ってるからね』
「分かった。すぐに……」
続きを言おうとしたが、小銭が無かった。そのまま通話はぶつりと切れた。
途切れたエーリカの声。余韻が、ぼろぼろにすり切れた受話器の奥にまだ残っている気がして。
名残惜しいが仕方ない。受話器を下ろすと、ボックスから出た。
「さて、アイツは何が好みだったか……お菓子でも買って帰るか」
言い聞かせる様に呟くと、トゥルーデは鞄を持ち直し、再び歩き始めた。
二人の約束を守る為に。
end
321
:
名無しさん
:2016/01/02(土) 18:42:22 ID:3az8RllY
以上です。
公衆電話での二人のやり取りを書いてみました。
ではまた〜。
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