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ストライクウィッチーズでレズ百合萌え 避難所9

123それは外して下さって:2012/05/27(日) 02:18:15 ID:SSIWWslc

ペリーヌ中尉。
そう言われた時、最初は何の違和感も覚えなかった。
でも、過去とのちょっとした誤差。
「中尉」という言葉が作る、あの子との僅かな隔たり。
それらが合わさってようやく気付いた。
あの子の私の呼び方が変わったのだと。
クロステルマン少尉と私を呼んでいたあの子は、あの日私をペリーヌさんと呼んだ。
でも、今はペリーヌ中尉と私を呼ぶ。
別々の部隊に居たせいなのか。あの子が私と距離を取りたいと思っているのか。
その理由はわからない。
グッと近づいていたはずの距離が、何だか離れてしまったように思えた。
すぐそばにいるのに、手を伸ばせば届く距離に貴方はいるはずなのに。
ほんの些細な事なのだけど、やっぱり寂しくなってしまう。

ペリーヌ中尉。
パリの空の下、久し振りの再会に何でそう呼んだのかが未だにわからない。
「少尉」から「中尉」になったから?
でも、前はペリーヌさんって呼んでいたんだから、それをペリーヌ中尉に変える理由は無い。
何だろう?
ガリアを解放したペリーヌさんが別世界の人になったから?
英雄になったから? 遠い存在になったから?
・・・多分違う。
元々ペリーヌさんは私から見たら遠い人。
近付きたいとは思っても、離れたいとは思わない。
きっとあの時、やっと会えることにどこか緊張していたのかもしれない。
だから、つい「中尉」なんて格式ばった呼びかたをしたのかなと、今になって思う。
でも、やっぱり失敗だな。
一度、中尉と呼んだせいでペリーヌさんって言うのにどうしても尻込みしてしまう。
それに、ペリーヌさんは何も言ってこない。
別にペリーヌさんは、中尉って呼び方で全然構わないのかな?
それだと・・・少し寂しいな。

124それは外して下さって:2012/05/27(日) 02:20:15 ID:SSIWWslc

「おはようございます、アメリーさん」
「おはようございます、ペリーヌ中尉」
「今日もよろしくお願いしますわ」
「はいっ! 頑張ります!」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・じゃあ、また後で」
「は、はい」

今日も聞き出せなかった。
今日も言い出せなかった。

それに何でしょう。
それに何だろう。

妙なよそよそしさを感じる。

何で中尉なんて付けるのかしら。
何で中尉なんて付けるんだろう。

何か理由があるの?
何も理由は無いのに。

私の名前をどう呼びたいのか。
私に名前をどう呼ばれたいのか。

その本心はわからない。

だけど。

それでも私は、ペリーヌさんと呼ばれたい。
それでも私は、ペリーヌさんと呼びたい。

どんな結果になるかはわからない。
だけど、そろそろ決着を付けないと。

125それは外して下さって:2012/05/27(日) 02:27:40 ID:SSIWWslc

「あっ、あのアメリーさん。ちょっとお話がごさいますが、よろしいかしら?」
ペリーヌはやや表情を固くし、メガネを軽く上げながらアメリーにそう問いかけた。
「あっ、はい。実は私も言いたいことがあったんです」
アメリーもやや強張った表情を見せたため、あらそうなの、
と何事も無いように返事をしながらも、ペリーヌの心は新たな動揺をきたしていく。
「それで・・・ペリーヌさん! お話ってのは、どういったことですか?」
え?
ペリーヌは、言ってもらいたかったセリフを実際に耳にしてしまい、たじろいでしまった。
「わ、私の話は後回しでいいですわ。まず、貴方からどうぞ」
両腕に力を込め、さっき発言をしたままの状態で返事を待つアメリーに、
できるだけ平静を装い、ついでに威厳と余裕をまぶしながらペリーヌは切り返す。
「へ? 私は・・・言いたいことは言ってしまいました」
そう言いながら、アメリーの顔は弛んだ。
え?
一方のペリーヌは事態が飲み込めず、頭の上に疑問符を浮かべた。
「だって、貴方。ただ、私に返事をしただけじゃ・・・!」
アメリーが何と言って返事を、いや名前を何て読んだかを思い出し、言葉の意味を理解できた気がした。
ただ、違うかもしれない。
ペリーヌは野暮になるのかもしれないと思いながらも、言葉を繋いだ。
「『ペリーヌさん』、私をそうお呼びになりなかったの?」
「・・・・はい」アメリーは目を伏せ、指先を玩びながら恥ずかしげにつぶやいた。
視界の中のアメリーの頬はだんだんと赤みを帯びていくが、当のペリーヌも自分の顔の温度が上がっていくのを感じていた。
結局、2人同じようなことを悩んでいたのだと気付いたから。
「ずっとペリーヌさんって言いたかったんです。でも、なかなか言い出せなくて。
もし、中尉の方がいいと言われたらどうしようと思って。あの・・・それでペリーヌさん。お話ってのは?」
「ふぇ!? その・・・私もその事が気になってまして。前は、ペリーヌさんと呼んでいたのに、
パリで再会してからはペリーヌ中尉と呼んでいるのは何でかなと思いまして」
「理由は・・・特に無いんです。ただお会いした時にそう言ってしまっただけで。
でも、なかなか言い換える機会がなくて」
「そうでしたの」
「あの・・・これからもペリーヌさんってお呼びしてもいいですか!?」
アメリーはグッと顔を近づける。ペリーヌの視界に潤んだ瞳が飛び込んだ。
「構いませんわ。そう貴方に申し出たのは、他でもなく私なのですから。それに」
「それに?」アメリーは首を右に傾げる。
ここで話を切ることは出来た。
でも、それはなんだかズルイと思い、ペリーヌは思っていたことを吐露してしまった。
「私も・・・中尉なんて堅苦しいものは付けずに、ただ前のようにペリーヌさん。
と、貴方に呼んでもらいたかったんですの。貴方に中尉と呼ばれて・・・少し寂しかったんですのよ」
「ペリーヌさん」
「え?」
「ペリーヌさん。ペリーヌさん。ペリーヌさん。ペリーヌさん。ペリーヌさん。ペリーヌさん。ペリーヌさん。ペリーヌさん。
ペリーヌさん。ペリーヌさん。ペリーヌさん。ペリーヌさん。ペリーヌさん。ペリーヌさん。ペリーヌさん。ペリーヌさん!」
「あ・・・あの、一体どうなさいましたの?」
驚きに目を見開きながら、ペリーヌはアメリーを見る。
「その、ペリーヌさん。って私が呼ばなかったせいで、ペリーヌさんに寂しい思いをさせてしまったのなら、
今まで言わなかった分のペリーヌさんを言おうかなと思って・・・す、すいません! 変な事をしてしまって!」
申し訳なさそうにするアメリーに対して、ペリーヌは楽しそうに笑った。
「貴方もずいぶん洒落たことをなさいますわね」
「・・・うぅ、すいません慣れないことをしてしまって」
「構いませんわ。でも・・・これまで私を中尉と呼んできた数と比べて、今のでは全然足りませんわね」
「そ、そうですね」
「これまでの不足分を返してもらうためにも、この先もっと私の名前をお呼びなさいまし、アメリーさん」

Fin

12662igiZdY:2012/05/29(火) 22:08:41 ID:PvRG.hcE
>>111 5uxL6QIl ◆x.rTSKEoE2様
読ませていただきました! 芳リーネとエーゲルの合わせ技美味しすぎます。
何気にペリーヌとエーリカの二人が会話してる場面がグッときました。あまり見ない二人なのでw
静夏ちゃんもかわいいですね。

>>117
フランのデレっぷりに撃墜されましたw

>>123 DXUGy60M様
読ませていただきました! ペリーヌ×アメリーのカップリングも大好きなので全力でニヤリと。
名前の呼び方から心情が丁寧に描かれていて面白かったです。
この二人は幸福になってほしい。


こんばんは。
9スレほどお借りします。少しばかり長めですが読んでいただけると幸いです。
※黒リーネ注意。

127リーリヤ 〜サーニャのための九つの短編〜 1/9:2012/05/29(火) 22:11:01 ID:PvRG.hcE

Ⅰ.翠色の瞳

 夜の帳が降りてゆく。
 濃紺に染まる空と海。
 静謐を纏った淡い月光に照らされた魔女たちの城もまた、宵闇の青に抱かれて静寂の底にあった。
 今宵は風も波も鳴りを潜めている。穏やかな空気は慈母にも似た優しさと共に、潮の満ちては干く音だけを反響させて基地中に浸透していった。
 食堂に佇む一人の影。窓外へと向けられた双眸は翡翠の煌きを湛え、北極星の方角をただぼんやりと観つめている。食卓を彩るのはサモワールとティーカップ、それに夜食として用意されたサンドイッチ。時折、紅茶とサンドイッチを口に運ぶ姿は、物憂げながらも安らいで見える。
 カタ、と茶器が音を立てる。それに谺するように食堂の扉も小さな音を鳴らして開いた。
「あら、サーニャさん」
 食堂の隅に腰掛けたサーニャをみとめたミーナは軽く微笑み、自らの分の茶器を手にしてサーニャの食卓に腰を下ろした。
「私も頂いていいかしら?」
 紅玉の瞳を優しく揺らして語りかけるミーナに、サーニャはどうぞと頷き、ミーナのティーカップにそっと紅茶を注いだ。
 仄かに湯気が立ち昇り、甘い香りと緩やかな沈黙が二人を包み込む。
 一口、紅茶を味わってミーナは驚きを声にした。
「美味しいわね、この紅茶。サーニャさんが淹れたの?」
「はい。この紅茶、オラーシャから送ってもらったものなんです」
「オラーシャの人もよく紅茶を飲むって聞くわ。やっぱり紅茶は一息つくには最適ね」
 固まった身体を解すように、ミーナは背筋を伸ばした。
「こんな遅くまでお仕事だったんですか?」
 サーニャの問いかけに、ミーナは静かに溜息を吐いて窓の外に目を向ける。
「今日はちょっと書類の数が多くてね。それに昼間は出撃もあったでしょ。だから余計に手間取っちゃって。もう嫌になっちゃうわ……」
「あの……私は何もお手伝い出来ることがなくて」
 思わず愚痴を零してしまっていたミーナは慌てて視線を戻した。
「ごめんなさい。そういうつもりじゃなかったのよ。サーニャさんにはいつも夜間哨戒をしてもらっているじゃない。それだけでもう充分すぎるくらい助かっているわ。だから私のことは気にしなくても」
「いえ。私の方こそいつもいつも優しくしてもらって……、本当に、感謝しています。だから……」
 そう云ってサーニャはミーナの背後に回って、
「だから、少しでも何か出来ればと思って」
 せめて、今日一日分の疲労が癒えるようにと想いを込めて、肩を叩いた。
 潮の満ちては干く音と、トントントンと肩を叩く音と、サーニャが奏でる小さな唄と、ミーナが合わせて歌う声。
 暖かな音の波が幾重にも折り重なって広がっていく空間は、刹那の平和と至福の時間であった。
「ありがとう、サーニャさん。そろそろ……」
 茫漠とした夜の闇に吸い寄せられるかのように、舞台は再び戦場へと戻った。
「一つ訊いていいかしら? サーニャさんが、いつも独りで夜の空を飛べるのは……」
 それでもいつかの終わりを夢見て、決意の色を瞳に宿して、サーニャは答えた。
「守りたいんです。みんなと、この世界を……」
 願いを乗せた翼は、例え孤独な夜空であっても、月光に輝いて力強く羽ばたけるのだろう。
 それこそが、儚く見えた彼女の本当の姿で――。
「今夜も夜間哨戒、お願いするわね。無事に帰ってくるのよ」
「はい。いってきます!」

128リーリヤ 〜サーニャのための九つの短編〜 2/9:2012/05/29(火) 22:13:02 ID:PvRG.hcE

Ⅱ.黒猫の尻尾

 黎明の光が空に蒼さを、海に碧さを、夜の闇から取り戻す頃。
 水平線の彼方よりエンジン音を響かせて魔女たちの城へと帰ってくる影がある。
 小さな欠伸をしながら滑走路へと進入してきたサーニャがふと基地の庭に視線を落とすと、そこに植えられた樹木の枝の上で寝ている少女の姿が映った。
「今日はあんなところで寝てる。落ちたり、しないのかな……」
 いつも変な場所で寝起きしているあの少女を夜間哨戒帰りに見つけることが、サーニャの密かな楽しみであった。

 その日、サーニャはいつもより早い時間に起床した。
 早いと言っても正午を少しばかり過ぎたところ。昇りきった太陽が燦々と日光を降り注いでいる。
 何の気なしに外の風を浴びようと庭へ出たサーニャは、そこであの少女と出会った。
「何してるの? サーニャン?」
 緑の黒髪を風に靡かせ何処からとも無く現れたルッキーニに、サーニャは少し驚きの声を上げた。
「わ、ごめん。サーニャン。おどかすつもりはなかったんだけど……。こんな時間に起きてるなんて珍しいなぁって」
「ちょっと早く目が覚めちゃって。それで散歩でもしようと思ったの」
「そか。でもまだ陽射しがきつくない? こっち来なよ」
 そう云うとルッキーニはサーニャの手を引き、木陰の下へと誘った。
「サーニャン陽射しに弱いでしょ。ここならだいじょーぶ」
「うん。ありがとう、ルッキーニちゃん」
 穏やかな潮風と波の声に耳を傾けながら見上げたその木は、今朝方サーニャがルッキーニを見つけた木であった。
「ルッキーニちゃん。今日はこの木の上で寝てたでしょ」
「うん! そうだよ! ここもね〜、あたしの秘密基地の一つなんだ。あ、バレちゃったら秘密じゃないかぁ。でもでも、他にもたーーーくさんの秘密基地があるんだよ!」
「うん。でも、お外で寝てて大丈夫なの? 風邪ひいたりとか。それに枝から落っこちたりしたら」
「だいじょーぶ! あたしはねぇ、あれがあればどんなところでも眠れるんだ」
 そう云ってルッキーニが指を差した先に、物干し竿に掛けられて風に揺れているロマーニャカラーのブランケットがあった。
 使い古されたブランケット。それにはどれほどの想いが込められているのだろう。
 祖国を想い、家族を想い、仲間を想い。戦いに身を投じた少女の気高くも美しい想いが……。
 サーニャとルッキーニはこの部隊で最も年齢の低い二人である。まだまだ幼い少女が戦わねばならない世界。時代の逆風に曝されながらも憾むことなく拒むことなく、力強く生きている。
 それが、暖かな昼下がりに木陰で談笑する彼女たちの境遇とは思えない。それくらいに今だけは、平和な一時であった。
「そうだ! 特別にサーニャンをあたしの秘密基地に案内してあげよう。ちょうど遊び相手が欲しかったところなんだ。さ、行こ!」
 普段は接する機会の少ない二人だが、本当はこうやって遊び回っているのが一番なのだろう。そしてサーニャも心の何処かでそう思っていたに違いない。だからこそ最高の笑顔で、
「うん! よろしくね、ルッキーニちゃん」
 差し出されたその手を握り返し、楽しげに駆けていった。
 束の間の平和はまだ終わらない。それは彼女たちが笑顔で在り続ける限り、いつでもどこにでも咲き誇るものなのだ。

129リーリヤ 〜サーニャのための九つの短編〜 3/9:2012/05/29(火) 22:14:16 ID:PvRG.hcE

Ⅲ.真雪の肌

 サウナの中に珍しい組み合わせの二人がいた。
 いつもかけている眼鏡を外し水気を吸ってモサモサになった金髪を所在無さそうに弄っている少女と、白樺の葉を手に持ちどこか眠そうな瞳を虚空に彷徨わせている灰色の髪の少女。二人とも同じような体型で引き締まった身体つきに、湯気にも融けてしまいそうな白い肌をしている。時折、灰色の髪の少女が焼けた石に水を打ち掛け、シューっと蒸気の立ち込める音が響く。白に沈んでゆく部屋。少しばかり気不味い雰囲気に耐えかねたのか、金髪の少女が口を開いた。
「今日は一人なんですのね、サーニャさん」
 何処か刺のあるようにも聞こえるペリーヌの声だが、サーニャは気にすることなく答えた。
「はい。特に理由はないんですけど。ペリーヌさんこそ一人でサウナなんて」
 珍しいですね? と言い切る前にペリーヌが言葉を返した。
「私の方こそ特に理由はありませんわ。なんとなく。そう、なんとなくですわ」
「はぁ、そうなんですか」
 もう一度、サーニャは焼き石に水を浴びせる。サッと曇った視界に目を凝らすように、ペリーヌはサーニャを覗き込んだ。
 眼鏡をかけていないせいか、ジトッとサーニャを見つめる琥珀の瞳。目を細めたその表情に、はっとしてサーニャは問いかける。
「ペリーヌさん……。どう、したんですか?」
「どうってことありませんわ。その……、サーニャさんって本当に肌が白いですわね……って、思っただけでしてよ」
 ふっと顔を赤く染めてペリーヌは視線を外しながらそう云った。
 サーニャもまた照れたように顔を背けてペリーヌに言葉を返す。
「あ……、同じ事、芳佳ちゃんによく言われます。それに、ペリーヌさんだって、綺麗な白い肌ですよ」
 白皙の美少女は共に頬を紅に染め、お互いの身体をチラリと見つめ合った。
「宮藤さんが? 全く、あの豆狸は……、相変わらず破廉恥な」
「でも、ペリーヌさんも今同じ事を」
「わ、私は純粋な褒め言葉として言ったまでですわ! あの豆狸とは違って邪な感情など」
「芳佳ちゃんだって! そんな気持ちじゃ、ないと思います……」
「そ、そうですの。サーニャさんがそうおっしゃるのなら、いいんですけれど」
 珍しく声を荒げたサーニャ。
 ――意外と大きな声も出せるんですのね。と、驚き半分、感心半分といった表情を見せるペリーヌ。
 沈黙が場を支配するより速く、ペリーヌは再び話の口火を切った。
 日頃はほとんど会話をする機会のない二人だったが、いざ言葉を交わしてみると案外話が進むものである。その内容はペリーヌが特定の人物について愚痴を零して、サーニャが適当に意見を述べるといったものであったが。
「サーニャさん相手ですと、話しやすいですわね」
 しばらく会話が進んだあと、不意にペリーヌはそう云った。
「え、そんなこと……」
「いいえ。この私がそう言うのですから間違いないですわ。サーニャさんは聞き上手ですわよ」
「そんなことないです。私がただ、話すのが苦手なだけで」
「そう。なら、そういうことでいいですわ。でも、私はあなたとおしゃべりできて……、その、まぁまぁ楽しいですわ、よ」
 微妙な素直さを見せるペリーヌに、サーニャは明るく微笑んで云った。
「私も、ペリーヌさんとお話しできて嬉しいです」
 少し不器用なところのある二人だが、お互いに微笑み合えたなら、もう気不味い空気など何処にもない。
 今までのことだって、湯気のような幻想だったのだ。
「あなたも変わりましたわね」
「それはたぶん、ペリーヌさんも」
 それが誰の影響かは言葉にしないが、思い浮かべるのはきっと同じ人物で――。

130リーリヤ 〜サーニャのための九つの短編〜 4/9:2012/05/29(火) 22:15:26 ID:PvRG.hcE

Ⅳ.踊る鍵盤

 戦いの中にあっても心の休まる瞬間。
 それは誰かの話し相手になっているときに他ならない。
 自然と溢れる小さな笑顔と、気付かない程のささやかな幸福。
 抱えた痛みの数だけ、それ以上の笑みがあってこそ、少女たちは幾度も空へと帰ってゆけるのだ。
 ここにもまたそんな少女たちがいる。
 談話室のソファーに腰を下ろし、他愛もない話に興じているのはエーリカとサーニャの二人だ。
 今日は既に三時間、この状態から動いていない。端から見てもありありと判る二人だけの世界。
 永遠の相にも届きそうなこの刹那、それを彩る魔法はきっと笑顔という名で出来ている。
「そういえばさぁ。こないだ久しぶりにサウナに入ったんだけど、やっぱり私には無理だったよ。暑いのは苦手だなぁ。サーニャンは、よくあんな暑いところに長いこと入っていられるね」
「慣れていますから。ハルトマンさんも、何回も入ったら慣れると思います」
「ええぇ〜、ムリムリ、絶対無理〜。私はもうあれで一生分入ったの。だから無理」
「でも、せっかくだから今度一緒に入りたいなぁ、って思ったんですけど」
「うぇぇ、サーニャンおーぼー……」
「そ、そんなつもりじゃ」
「にししし、冗談だよん」
「だったら、今度是非サウナに」
「そこは冗談じゃなくって……。ええと、なんかよくわかんなくなってきたや。サーニャンって案外頑固だね」
「そ、そうですか?」
「普段はあまり口に出さないだけでさ、ちゃんと自分の言いたいことは持ってるよね。悪いことじゃないと思うよ。それくらいが普通でしょ。まぁ、サーニャンはもっといろんな人に対しても積極的になれたらいいけどね」
 突然真面目な話を投げるエーリカ。日頃の振る舞いからは想像出来ないその姿こそが、彼女の本当の姿なのかもしれない。
「ハルトマンさんって、みんなのことよく見てますよね。たぶん、この部隊で誰よりも」
「そう思う? まぁ、危なっかしい人が多いからねぇ。私が言うのもなんだけどさ」
 そう云ってからからと笑うエーリカ。つられてサーニャもくすくすと笑った。
「そうだ! サーニャン、ピアノ弾いてよ。私が適当に歌うからさ!」
 そんな提案をしたエーリカは、サーニャをピアノ椅子に座らせ、意気揚々と歌い出した。
「もしも会えたら〜、あなたを見〜たら〜♪」
「その歌……」
 エーリカの歌に聴き覚えがあるのか、サーニャは驚きを声にした。
「宮藤が歌ってたんだ。良い歌だったから覚えちゃった」
「私も、その歌を芳佳ちゃんに教えてもらいました。大切な、会いたい人のことを歌った歌だって」
 大切な人。
 会いたい人。
 遥か遠くの地へと想いを馳せるように、サーニャはピアノをじっと見つめる。
「へー、そういう歌だったんだ。ちょっと切ない気もするけど、だからこそ歌うんだよね。会いたいって気持ちをさ」
 悲しいことも、辛いことも、思い出しそうになる時にこそ歌うためにある歌なのだと。
「サーニャンもそう思って歌い続けてるんだよね。いつか、届くといいね」
 天使の笑顔を見せるエーリカに応えるように、サーニャはそっと指を踊らせる。
 即興のピアノ伴奏で歌う二人だけの小さな演奏会。
 それは遠く離れた空の下にまでも響きそうなほどの、願いと共に――。

131リーリヤ 〜サーニャのための九つの短編〜 5/9:2012/05/29(火) 22:16:42 ID:PvRG.hcE

Ⅴ.雨の日の夢

 しとしとと降り続く雨。
 ここ数日は崩れがちの天候が続き、湿った空気が基地中を取り巻いている。
 窓に寄りかかって雨を眺めている少女が一人。
 何処か物憂げな瞳は、窓の外の風景ではなく、遠い過去の情景を見つめているかのようだった。
 それは幼い日のとても大切な想い出で……。鮮明に色褪せていった記憶を、もう幾度色を重ねたかしれない記憶を、未来へと繋げるように思い出してはそっとしまい込んだ。
 カツカツカツ、と反響する靴音に気付いたサーニャは窓から目を離した。
「雨は、嫌いか?」
 いつの間にか隣に立っていた坂本はそう問いかけた。
 どう答えたものかと少し思案して、サーニャは小さく首を振る。
「そうか。いやな、少し寂しそうな表情をしているように見えたものでな。どうかしたのだろうかと思ったんだ」
 ――部下の精神状態を気遣うのも上官の務めだからな。と言いながらも、坂本は優しい表情を見せる。
 普段の坂本からは想像もつかないような柔らかな笑みに、サーニャは少し身を寄せて口を開いた。
「小さい頃に、今日みたいに雨が振り続いていた日があったんです。その時も私はずっと窓の外を眺めていました。雨粒の音を数えたりして。そしたらお父さまがそれを聴いて唄を作ってくれたんです。ピアノで、私のためだけに、私の唄を」
 窓枠で切り取られた風景は、サーニャの心象を映す鏡のようでもあった。
「確か、サーニャのご家族はオラーシャの東の方へ避難されていると聞いたが」
「はい。でも、もう会えないわけじゃないですし、無事でいることも確認しています。今でも雨を眺めていると昔のことを思い出しますけど、悲しいから、寂しいからじゃなくて……。私とお父さま、お母さまを繋いでくれる、とても大切な想い出だからです」
 雨粒が弾けては消える音が途切れることなく繰り返される。まるで壊れたレコードが円盤を逆転させたかのように。
 雑音の如く降りしきる雨。幻想を摑もうと伸ばした手は、冷たい窓硝子に阻まれた。
「でも……やっぱり思い出してしまうと、会いたくなってしまいます……」
 本当は今すぐにでも、ウラルの山の向こう側へ飛んでいきたい。いつだって飛べる翼はあるのに飛んでいけない。
 籠の中の小鳥が自由な空を夢見て歌うように、サーニャが大切な唄を口ずさもうとしたその時、ガラクタを落っことしたような面妖な音が背後から響き渡った。
 驚愕に目を見開いて振り返ると、ピアノに指をかけ同じように驚いた表情のまま固まった坂本の姿があった。
「あはははは……。いやぁ、なんだ。サーニャを、元気づけようと思ってな」
 弾けもしないピアノを叩いてみたら、予想以上に強い音が出て驚いたのだろう。坂本は苦笑しつつも続けた。
「故郷を離れ、家族と離れ、辛い思いをする時もあるだろうがな。そういう時はもっと頼ってくれていいんだぞ? 先刻みたいに話してくれていいんだ。私たちだって、家族なんだからな」
 それまでは怖い上官という印象が強かった坂本に対して、サーニャはようやく明るい笑顔を見せ、こう云った。
「坂本少佐って、お父さまみたい――」
「お、おと……」
「あ、ごめんなさい……」
 思わぬ言葉に面食らった坂本だったが、少しはそう言われる自覚があるのだろう、いつもの豪放さで闊達に笑った。
「はっはっはっはっ! なに、気にすることはない。それにしても、お父さまか……」
 慈しむようにサーニャを見つめるその瞳は、大空を舞う鷲のような透き通った温かさに満ちていた。
「聴かせてくれないか? サーニャの唄を」
 雑音混じりに聴こえた雨も、今では心の隙間に滲み入る和声となった。
 それはサーニャが歌う唄の、優しい伴奏のようでもあった。

132リーリヤ 〜サーニャのための九つの短編〜 6/9:2012/05/29(火) 22:18:05 ID:PvRG.hcE

Ⅵ.天使の歌声

 魔女たちの寝静まった城の一室。
 薄明かりの中で、なにやら黙々と作業を続ける少女の影があった。
 彼女が弄っているのは、基地の片隅で朽ち果てていた古ぼけたラジオである。ここ一週間ほどかけて修理した甲斐があって、なんとか雑音を吐き出すようにはなった。だが未だに本来の役目を果たしてはくれない。
 流れ続ける雑音が夜の深さを物語っている。
 ――今夜はここまでかぁ。と諦めかけたその時、雑音の向こうに何かが光った。
 捕らえたその声を逃さないように慎重に繊細な調整を続ける。そして漸く辿り着いた答えは――。
「この唄声は、もしかして……」

 夜間哨戒前の小休止。今日もサーニャは一人食堂で紅茶を嗜んでいる。
 消灯後の基地内を照らす仄暗い灯りに調和したサーニャの姿は、より一層その白さが際立っている。
 澄み渡る静けさの底で、サーニャの耳は遠くから聞こえる足音を捉えた。真っ直ぐに食堂へ向かってくるその気配。こんな時間に誰だろう、と思い巡らせているうちに、扉が押し開かれ意外な客人が姿を見せた。
「よっ! サーニャ」
 シャーリーは軽やかな口調で挨拶を投げかけ、サーニャの食卓に腰を下ろした。明らかにサーニャを訪ねて食堂へやってきた風である。
「何かご用ですか? シャーリーさん」
 機先を制したサーニャがシャーリーに問いかける。
「おっ、察しがいいねぇ。実は、サーニャに感謝と謝罪を言いたくてさ」
 シャーリーの思わぬ発言にサーニャは目を瞬かせる。なにしろサーニャには、何かシャーリーから感謝される、そればかりか謝罪されるような覚えなどなかったからだ。
 どういうわけだろうかと思案するサーニャに、シャーリーはある物を取り出して見せる。
「これは……、ラジオですか?」
 いかにも古めかしいその機械は、基地の談話室に設けられているラジオより幾世代か旧式の物のようだ。
「そう、ラジオだよ。ちょっと前に捨てられていたのを見つけてさ、なんかもったいないから修理してみようかと思ってね。最初はなかなか上手くいかなかったんだけど、遂に、昨日の晩に電波を捉えることができたんだ。そしたらびっくり、何が聴こえてきたと思う?」
 まるで誘導尋問のようなシャーリーの語り口に、サーニャはなんとなくだが事情を察する。
「もしかして、私の……」
 昨夜も、サーニャは夜間哨戒中に自分の唄を口ずさんでいた。それがシャーリーのラジオにも届いていたのだ。
 軽く笑ってシャーリーは首肯する。
「たまたま、こいつが受信しちゃってさ。私もサーニャの唄を聴くのは初めてだったけど、すぐに判ったよ。だからまずは感謝を、ね。素晴らしい唄をありがとう」
 まさかこんな風に聴かれていたとは。考えてもみなかったことに、サーニャは照れたように赤面する。
「それと、勝手に聴いちゃってごめんな。このことはまぁ、秘密にするからさ」
 そして軽く頭を下げるシャーリー。こういうところは意外と律儀な性格である。
「そんな、謝るほどのことじゃないですよ。それに、唄を褒めてもらえて、嬉しかったです……」
 柔らかな微笑みを見せるサーニャに、シャーリーもほっと息をつく。
 自分の唄を誰かに聴いてもらうのは、まだまだ恥ずかしいサーニャではあったが、それも悪くはないと思えたのだ。この唄は、誰かの為に歌われた唄。ならばサーニャも誰かの為に……。
「よかったらまた、いつでも聴いて下さい」
 音楽が自身の夢であったことを、思い出すようにサーニャは云った。
「サーニャがそう言うなら、お言葉に甘えようかな。まぁ、他の人には言わないでおくよ」
 ――誰かさんの耳に入ったらうるさそうだしさ。と、陽気に笑ってシャーリーは立ち上がる。
「じゃ、私はもうそろそろ寝るとするよ。夜間哨戒、頑張って」
「はい。おやすみなさい、シャーリーさん」
 ラジオを抱えて部屋に戻るシャーリーを見送って、サーニャは任務へと走る。
 今夜の唄はどんな人に届くのだろう、と少しだけ胸を弾ませながら――。

133リーリヤ 〜サーニャのための九つの短編〜 7/9:2012/05/29(火) 22:19:15 ID:PvRG.hcE

Ⅶ.夜の眷属

 夜の空は別世界である。
 濃紺の闇に支配された空。
 境界線がひどく曖昧な空。
 初めて夜の空を飛ぶ者は、恐怖心から足が竦んでしまうのも無理はないだろう。
 夜間飛行に慣れるには、実際に夜の空を飛んでみるしかない。
 訓練の一環として、今夜の夜間哨戒はゲルトルート・バルクホルン大尉が行なっている。サーニャの僚機として……。
「夜の空は怖くはないか?」
 不意に、バルクホルンはサーニャにそう訊ねた。
 一呼吸置いて、サーニャが返答するより早く、バルクホルンは言葉を継いだ。
「我が祖国カールスラントに来ても、ナイトウィッチとしてエースを張れるだけのお前に対して、愚問だったな。すまない」
「いえ、私だって……」
 遠く、夜の果てを探すように視線を彷徨わせるサーニャ。月明かりだけが、ぼんやりと世界を映している。
「私だって、最初は怖かったです。今でも月明かりのない独りの夜は、不安になることもあります」
 それでも、今この瞬間は独りではないと語りかけるかのように、サーニャはバルクホルンに視線を向ける。
「それにバルクホルン大尉ほどの実力があれば、夜の空だって……」
「いや、そんなことはないぞ。昼と夜は別世界だ。それを一番よく分かっているのは、サーニャ自身じゃないか?」
 サーニャは決して自らの技倆に自信がないわけではない。それを誇示するようなことがないだけで。それでもカールスラントの、ひいては世界のトップエースたるバルクホルンに、認められていることは嬉しかったのだろう、赤く染まる頬が月光に映える。
 沈黙の肯定を返すサーニャにバルクホルンは云った。
「空の上では階級は関係ない。最も敵を撃墜した者が上官だ」
 事実上の上官の意図を掴みかねて目を瞬かせるサーニャに、バルクホルンは続けた。
「これはJG52時代の私の上官の受け売りだがな。まぁそういうことだ。私が昼の空でどれだけの撃墜数を上げているかは、今は不問だ。夜の空では、私はサーニャの部下に過ぎない。この空は、サーニャ、お前の空だ」
 エースとしての風格、その力強い言葉の煌めきは、月の光よりも明るくサーニャの空を照らし出した。
 孤独な任務であることが多い夜間哨戒。それも全ては仲間のために。どこかで必ず繋がっている、この空は独りじゃない。
「バルクホルン大尉と夜の空を飛べて、嬉しいです……」
 そっと囁いたサーニャの心情は、さっとバルクホルンを赤く染めた。
「そ、そうか……」
「以前、芳佳ちゃんが夜間哨戒に付いて来ていたときにも思ったことです。誰かと一緒に飛ぶのは、やっぱり独りの空とは違った色が見えて、楽しいです」
「あぁ。私も、そう思う。またサーニャと一緒に夜間哨戒の任に就くのも吝かではないぞ」
「はい。その時は、よろしくお願いします」
 曇りなき笑顔は夜空に咲いた一輪の白き百合の花の如く。見惚れたバルクホルンは照れを隠すように、小さく呟いた。
「し、仕方ないな。かわいい妹の頼みだから、な……」
「え、何か言いましたか?」
「い、いや。なんでもない。なんでもないぞ!」
「でも今、妹って聞こえたような」
「そ、それはだな。妹のように慕っているという意味でだな。あくまで比喩だぞ! 例え話だ!」
 慌てて弁解するバルクホルンに、サーニャは苦笑しながら云った。
「バルクホルン大尉は、芳佳ちゃんに対してもそんな感じですよね。私なんかより」
「な、なぜそこで宮藤が出てくるんだ。いや、私はそんなに、分かりやすいか……?」
「はい」
「サーニャ……。案外、きっぱり言うときは厳しいな……」
 項垂れるバルクホルンに、サーニャは取り繕うように声をかける。
「わ、私も芳佳ちゃんのこと好きですよ!」
 その言葉は、他の隊員たちの想いの代弁として語られたに過ぎない。だが、サーニャ自身にもその本心は何処にあるのか、判然としなかった。
「そうだな。あいつは、ときに無茶をやらかすが……。憎めないやつだ」
 本当に、サーニャの気持ちはそれだけなのか。
 仲間として、親友として。それとも……?
 とりあえず、この話はここまでで終わった。
 遠く夜の彼方では、黎明の色が忍び寄って来ていた……。

134リーリヤ 〜サーニャのための九つの短編〜 8-1/9:2012/05/29(火) 22:22:06 ID:PvRG.hcE

Ⅷ.月下の魔女

「サーニャさん……」
 夜という名の衣装に身を包み、滑走路に佇む一人の魔女。発した声は凛として、張り詰めた空隙を撃ち抜いた。
 曇天の暗幕に閉ざされた今宵の空は異様なほどに暗く、音一つなく、まるで異界に迷い込んだかのようであった。
 魔導針の微かな灯りと確かな導きを頼りにサーニャは視る。夜目の効くサーニャでさえもほとんど目視できないほどの闇の向こう。黙視する瞳はサーニャを的確に捉えている。
 滑走路という名の舞台上、キャストは揃った。
 刹那、幕が上がるかのように雲が裂ける。
 闇に穿たれた満月が煌々と二人を照らし出す。
 現実感の喪失した情景。
 ボーイズ対戦車ライフルのシルエットが、重く鈍く圧し潰すように伸びて来る。
 ストライカーを装着していないその姿が、不気味なほどアンバランスに感じられた。
「サーニャさん」
 リーネはもう一度、夜間哨戒へ飛び立とうとする仲間を押し留めるように云った。
「ちょっと、お話ししましょう。芳佳ちゃんのことで……」
 ――芳佳ちゃん。その一言が、いとも簡単にサーニャの翼を剥ぎ取った。
 激情を押し込めたリーネの表情。大海にも似た深さを湛えた蒼玉の瞳は、夜を纏って冥く沈んでいる。
 氷ったように冷たい月だけが、二人の行く末を静かに見つめていた。

 不思議な娘だというのが、サーニャの宮藤に対する第一印象であった。これは他の隊員にとっても同じことであろう。
 軍人としての教育を全く受けていない宮藤が、いきなりエースの集まる統合戦闘航空団に配属される。それだけでも充分にイレギュラーなことであった。
 そんな宮藤の存在が、501にとっての新しい風となった。
 足りなかった最後の欠片として、皆を導く灯りとなった。
 気付けば宮藤はいつでも輪の中心にいる。何事にも一所懸命で、誰とでも打ち解けられる。
 サーニャは宮藤のことが、少しだけ羨ましかったのかもしれない。
 そして、あの誕生日の夜の空。
 確かに二人の心は触れ合った。
 二人は同じ場所に立っていた。
 そのことが、サーニャには嬉しかったのだ。

135リーリヤ 〜サーニャのための九つの短編〜 8-2/9:2012/05/29(火) 22:22:59 ID:PvRG.hcE
 それからの日々で、二人の距離は確かに近づいていった。お互いに友と呼べる存在として。それはサーニャにとっても疑う余地のないことであった。ただそれは、誰もが宮藤に惹かれるように、サーニャもその一部なのだと。
 
 ――本当に、私の気持ちはそれだけなのか……?

 サーニャの気持ちに陰が差したとき、まるでそれを見透かしたかのように、リーネが眼前に立ちはだかった。
 月光によって分かたれた夜の海を前に立つ二人は、ただ茫漠とした闇を見つめている。
 夜の空以上に底知れない夜の海。時折、月が雲に隠されて一層その闇を深くする。
 何も言わないリーネに対して、サーニャはおずおずと口を開いた。
「あの、リーネさん……。お話ってなんでしょうか……? あの、何もないんだったら、私はもう夜間哨戒に」
「芳佳ちゃんは、あなたのことが好きなの」
 一瞬の言葉の閃光。リーネが放った透明な弾丸は、サーニャの心の奥深くに根差した疑惑の真中を、精確に撃ち抜いた。
「………………」
 突然の告白にサーニャは驚愕して動けない。リーネはもう一度、容赦なく引鉄を引く。
「芳佳ちゃんは、サーニャさん、あなたのことが――」
「それはっ……!」
 ようやく声を発することのできたサーニャはリーネに問い質す。
「私だけじゃなくて……他のみんなだって、同じように――」
 皆は宮藤のことが好きで、宮藤は皆のことが好き。仲間として、親友として……。
 そう問うたサーニャに、リーネは厳然として否定を返した。
「違うわ。芳佳ちゃんは、あなたのことを他のみんなと同じようには見ていない。もっと特別な存在として」
「どうして! どうしてリーネさんが、そんなことを……」
 明白な事実を告げるかのようなリーネの口調に、サーニャは困惑を隠せない。
 実際にリーネの発言が真実だとして、何故リーネはそれをサーニャに伝えるのか。
 雲に隠れていた月が再びその姿を現し、蒼白の光線が二人を対立させる。
 澱んだ静寂を切り裂くように、一陣の風が吹き抜けた。
「あなたは芳佳ちゃんのことをどう思っているの?」
 決意の潜んだ声色で、リーネはサーニャに問いかける。
 そして答えを返せないサーニャを待つことなく、リーネは毅然として宣言した。
「私は、芳佳ちゃんのことが好き!」
 これ以上留められるわけにはいかないと、サーニャは夜間哨戒へと飛び立つ。まるで現実から逃げ出すかのように。
 その背中に向けて、リーネは更に悲愴な叫びを撃ち放った。
「あなたなんかに、芳佳ちゃんは絶対に渡さない!!!」
 その言葉は漆黒の闇に吸い取られて反響することなく消えていった。
 だがサーニャの耳には消えることなく、いつまでも残留した。
 長い夜は、まだ始まったばかり――。

136リーリヤ 〜サーニャのための九つの短編〜 9-1/9:2012/05/29(火) 22:24:47 ID:PvRG.hcE

Ⅸ.白百合の花

「どうしたの? サーニャちゃん?」
 不意に振り向いた宮藤が真っ直ぐな瞳でサーニャに問いかける。
 おそらくサーニャは無意識の内に宮藤をじっと見つめていたのだろう。
「ううん。なんでもないわ」
 少しだけ気不味く目線を外しながらもサーニャは簡潔に返答する。
 ここ数日、サーニャの宮藤に対する態度に不自然な点が少なからず見受けられた。宮藤はそれに気付いているのか、いないのか。表面上はいつも通りに見える気の置けなさで宮藤はサーニャに云った。
「そうだ、サーニャちゃん。今から一緒にお風呂に入らない?」
 唐突な宮藤の提案にサーニャは言葉を失う。そして言われるがまま、宮藤に手を引かれて風呂に入る運びとなった。

 小さな二人にとって大浴場はあまりにも広い。
 サウナに入ることが多いサーニャにとっては、馴染みの薄い場所でもある。
 上半身にバスタオルを巻いて入ろうとするサーニャに、宮藤はさりげなく注意した。
「サーニャちゃん、バスタオルなんかつけなくても大丈夫だよ。どうせ二人だけなんだし」
「え、でも……」
「それにタオルなんて巻いてたら身体洗えないでしょ」
 さっとタオルを引き剥がし、宮藤はサーニャの手を取った。
「お風呂に入るときは、まずは身体を洗ってから。サーニャちゃん、背中流してあげるよ」
 為されるがままに椅子に腰を下ろしたサーニャ。シャワーが熱い湯を二人に浴びせる。
 宮藤がサーニャの白い背中に手を伸ばす。一糸纏わぬ姿で、こんなにも近い距離。サーニャの顔が赤く染まるのは、湯の熱によるものだけではないだろう。幸いにして宮藤からはサーニャの表情は見えない。そしてサーニャからも、宮藤の表情は見えない。背中越しに鼓動の揺らめきが伝わってしまうのではないだろうか、と不安になるサーニャだが、その背中に触れた宮藤の手も心なしか震えているように感じられた。
 生きている証の響きがぎこちなく混ざり合う。サーニャが想像する宮藤の表情も、風呂の熱以上に赤く染まっていた。
「立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花」
 藪から棒に囁かれた言葉。その意味がサーニャには解らない。沈黙するサーニャに宮藤は続けて云った。
「この言葉は扶桑の諺なんだよ。美しい女性を形容する言葉。サーニャちゃんにね、ぴったりだと思うの」
 リーリヤ。
 百合の花。
 サーニャの通称として語られることもある、その花の名前。
 壊れやすい花を包み込むような愛おしさで、サーニャに触れる宮藤の掌は、融けてしまいそうなほどに火照っている。
 そこから伝わる溢れんばかりの感情は、サーニャの心の深くに兆した傷痕にまで、確かに届いた。
 続く言葉を待つように、サーニャは息を潜める。
 それに呼応するように、宮藤は口を開いた。

137リーリヤ 〜サーニャのための九つの短編〜 9-2/9:2012/05/29(火) 22:25:48 ID:PvRG.hcE
「あと扶桑ではね、百合の花って女性同士の愛の象徴でもあるんだよ」
 そう云った宮藤はそっとサーニャを抱きしめる。
 背中に触れた小さな胸の感触と大きな鼓動。
 熱すぎる吐息に乗せて、サーニャの耳元で宮藤はその心情の全てを打ち明けた。

「わたしは、サーニャちゃんのことが好き――」

 その刹那、サーニャを取り巻いた情動は、過去から未来へ、地から天へ、世界を統べる一切の原理を超越した高みを廻り、真理の水面へと漂着した。
 永遠にも似た泡沫の真中。
 一瞬の交錯の後、二人の心はすれ違う。
 視線を交わすこともなく、言葉を交わすこともなく、お互いにそれが判ってしまった。
 だからこそ宮藤は、静かにその身を引き離す。
「ごめんなさい、芳佳ちゃん。私は、あなたの気持ちには応えられないわ」
 サーニャがようやくその身を翻し、二人は真っ直ぐ見つめ合う。
 不思議と二人の表情には、微笑みが宿っていた。告白の傷痕として、宮藤の目元に一雫の涙を残して。
 このところサーニャを悩ませていた問題も、今では綺麗になくなっていた。
 どんな形であれ、サーニャが宮藤に好意を抱いていることには変わりはない。
 それは仲間として、かけがえのない友として。
 そしてサーニャは、自らの本当の心の在り処にも気付いたのだ。
 宮藤よりも、もっと近き場所にいる、その存在者に――。
「そうかぁ……。サーニャちゃんには、もう既に還る場所があるんだね」
「うん。きっと、そうみたい――」
 ――ちょっと悔しいなぁ。と、涙を拭いながら宮藤は拗ねたように呟く。
 ごめんなさい、とサーニャはもう一度心の中で付け足し、自身を確かめるように瞳を閉じた。
 遥か遠くの過去からそうであったかのような幻想が実体をもって立ち現れる時、人は愛の理を知るのだろう。
 サーニャを満たした大切な想いは、未来を視つめるその人の下へと……。
 手を差し伸べるその姿が、自らを導く灯火となるのを、サーニャは確かに観つめていた――。


Ⅹ...

「おかえり、サーニャ」
「ただいま、―――」


   fin...

13862igiZdY:2012/05/29(火) 22:31:36 ID:PvRG.hcE
以上です。(文字数カウントミスった恥ずかしいorz)
サーニャとあまり接点のない501メンバーとの会話を書きたいという思いつきから、
連作短編のような形にしてみました。ブリタニア時代のつもりです。
劇場版以降でも何か書いてみたいですね。
では失礼して。

139mxTTnzhm ◆di5X.rG9.c:2012/05/29(火) 23:22:07 ID:sQsgmWK6
>>126 62igiZdY様
素晴らしくGJです! 501メンバーとの色々な場面。ほっこりもシリアスも有ってステキです!


こんばんは&お久しぶりです。mxTTnzhmでございます。
先日のフミカネ先生のイラスト&ツイートに触発されて
全然関係無いものをひとつ書きましたのでどうぞ。

140color of love II:2012/05/29(火) 23:23:17 ID:sQsgmWK6
「おおっ……これは!」
 トゥルーデは何気なくテーブルに置かれた一枚の写真を見るなり、目の色が変わった。そこをすかさずエイラがかっさらっていく。
「こらァ! サーニャをそんな目で見んナ! 汚れるダロ」
「何を言う、失礼な!」
「まあまあ二人とも」
 言いつつ、エイラの手元からするりと写真を取り上げて、へへーと見入るエーリカ。
「あ、おい中尉!」
「サーにゃん可愛いね。この服、戦勝記念だって」
 写真に写るサーニャの姿。それは常日頃見慣れた戦闘用の服ではなく、パレード用のものらしい。
「なるほど。それであんな可愛いらしい……」
「おッ? 大尉、今可愛いとか言ったカ? 言ったカ?」
 ニヤニヤしながらトゥルーデの脇を突くエイラ。
「トゥルーデは妹馬鹿だからね、仕方無いよ」
「何だその言い方は」
 腕組みしたままエーリカとエイラを交互に睨む。
「そうだ、エイラも気をつけるんだね。案外近い所に恐ろしい『お姉ちゃん』が居るかも知れないよ?」
「うえエ? それはちょっとナ……」
 トゥルーデをチラ見しながら、エイラはおずおずと去っていく。むっとする「お姉ちゃん」。
「ところでトゥルーデ。戦勝パレード用もそうなんだけど、ちょっと付き合ってくれる?」
 サーニャの写真をささっと胸ポケットにしまい込むと、エーリカは改めて幾つかの紙を取り出した。
「藪から棒に何だ、エーリカ」
「アグレッサー用戦闘服ってのも有るらしいよ」
「アグレッサー、か。ふむ。と言う事は、戦術教官に誰かがなると言う訳か」
「うん。トゥルーデと私」
「んんっ? どう言う事だ? 私達が教官? 教える前にまず戦うのが先だろう」
 いきなりの事でやや混乱気味のトゥルーデ。エーリカは顔を近付けると真顔で言った。
「まあ、私はあと数年時間があるけど、トゥルーデはウィッチとしてのあがりが近いんだよ? ミーナもそうだけど」
「それは、まあ」
「まだ現役で目一杯飛べるうちに、後輩にテクニックを教えるのも良いんじゃない? それもエースの立派な役目だと思うよ」
 言われてみれば、とトゥルーデは自分を省みる。常に戦いの最前線に居た。そして今も居る。だからこそ、と言う気持ちも強い。ゆっくり絞り出すかの様に呟く。
「確かに、教育は大事だ。だが、私は一匹でも多くの……」
「可愛い妹みたいな後輩が居るのにな」
 茶化すエーリカに、トゥルーデは肩透かしを食らった感じで思わずきつめのトーンで否定する。
「私を頭のおかしな姉みたいに言うのはやめないか! ……で、どんな奴なんだ?」
「興味ありありじゃん。トゥルーデってば」
 エーリカは先程取り出した何枚かのラフスケッチを卓上に並べ、トゥルーデに見せた。
「ま、とりあえずデザイン。アグレッサー用戦闘服案その一。ネウロイタイプ」
「……おい。ただ真っ黒な下地に薄いハニカム模様が描かれてるだけじゃないか。黒髪のカツラまであるし、何だこれ」
「ミヤフジや504が以前接触した、謎のネウロイに似せてみました〜」
「あれは特殊な奴だろ? そもそも腕からビームとか出せないからな。て言うか幾ら敵の色が黒だからって、ここまで無理矢理に似せなくても……」
「じゃあこれ。案その二。派手めの砂漠迷彩」
「アフリカにでも行けと言うのか」
「あれ、マルセイユの事でも思い出した? にしし。ならこっち。案その三。派手めの森林迷彩」
「ちょっと地味、かな」
「うーん。なら案その四、派手めの青紺模様」
「お、これは……」
「反応したね、トゥルーデ。私もこれかなーって思った」
「エーリカもか。何となくだが501に似合う感じがする」
 お互い顔を見合わせ、頷き合う。
「やっぱり仮想敵を演じるんだから、相手から『見えなかった』とか言い訳されないように、視認性良くないとね」
「確かにそうだ」
「それに格好良くないと。これイイ感じだよね。じゃあ、ミーナに言いに行こう」
「えっ、どう言う事だ?」
「服だよ。この柄に決めたって言わないと」
 腕を引っ張るエーリカに、トゥルーデは疑問をぶつける。
「待て、それはつまり、私とエーリカは飛行教導隊に行くと言う事なのか?」
「決まった訳じゃないよ。でもほら、とりあえず作って501も演習用に使うのも面白いと思わない? いつも同じ服でもねー」
「お前の好みか。……まあ、良いけど」
「二人お揃いの服って良いよね。これで私達無敵だね。相手を片っ端から……」
「エーリカ。お前は教育したいのか遊びたいのかどっちなんだ……」
「ま、とりあえずミーナのとこに行こう、トゥルーデ」
「分かった分かった……」
 悪い気はしないトゥルーデは、ひっついてくるエーリカの肩をそっと抱き寄せ、並んで歩く。
 ふふっと微笑むエーリカは、トゥルーデに身体を預けた。

end

141名無しさん:2012/05/29(火) 23:23:42 ID:sQsgmWK6
以上です。
カラー的には、現在の自衛隊や米軍アグレッサー部隊の
迷彩模様なんかを念頭に書いてみました。
501には青系が合うと思いますが、如何でしょうか。
誰かアグレッサー制服描いてくれないかなーとか……

ではまた〜。

142名無しさん:2012/05/29(火) 23:47:51 ID:sQsgmWK6
あ、忘れてました。
先程のSSは保管庫No.0450「ring」シリーズ続編と言う事で
宜しくお願い致します。
ではまた〜。

1435uxL6QIl ◆x.rTSKEoE2:2012/06/18(月) 23:44:48 ID:.ytfoJ4A
>>122 DXUGy60M様
GJです!
階級ではなく、さん付けで呼ばれたいと思うペリーヌさんが可愛いです。
アメリーの心情の描写も素敵ですね。
大好きな組み合わせなので、アメリーヌはもっと流行ってほしいです。

>>126 62igiZdY様
GJです! どの作品も非常に読み応えがありました。
サーにゃんにはいつまでも501のみんなに愛されていてもらいたいです。

>>139 mxTTnzhm ◆di5X.rG9.c様
GJです! フミカネ先生の白サーにゃんは可愛すぎたので、お姉ちゃんが虜になるのも無理ないですね。
確かに501には青色が似合いそうですね、エーゲルの別バリエーションの軍服も是非見てみたいです。

こんばんは。ラジオウィッチーズ第30回でのエーゲルの絡みがおいしかったので、
それを元に(?)1本書いてみました。
いつも通り糖度高めなのでご注意を。
では、どうぞ

1445uxL6QIl ◆x.rTSKEoE2:2012/06/18(月) 23:45:10 ID:.ytfoJ4A

【妹じゃなくて――】

その日は、サン・トロン基地のハイデマリー少佐が501基地を訪れていた。
カールスラントの3人に、司令部からの書類を届けに来てくれたのだ。

「ミーナ中佐、こちらの書類にサインをお願いします」
「ええ。いつもありがとね、ハイデマリーさん」
「いえ……ところで、バルクホルン大尉とハルトマン中尉はどちらに? お2人にも記入してもらいたい書類があるのですが」
「トゥルーデは昼食を作ってるところよ。エーリカは部屋の掃除をしてるわ」
「ハルトマン中尉が掃除……? 1人でですか?」
「もちろん、宮藤さん達に手伝ってもらってるわ。あの子1人だと面倒くさがって、途中でやめちゃうもの」
噂をすれば影といったところか、そこに芳佳とリーネと静夏を従えたエーリカがやってくる。
「疲れた〜。もう掃除嫌だ〜」
食堂の椅子に腰掛けたエーリカが、ため息をつくように呟く。
そんなエーリカの肩を揉みながら、リーネは優しく語りかける。
「頑張ってください、ハルトマン中尉。あともう少しで終わりますから」
「でも、面倒くさいもんは面倒くさいし……あれ、ハイデマリー来てたんだ」
「はい。皆さんに記入して頂きたい書類がありまして……こちらにサインをお願いできますか?」
「了解……あっ、そうだ。今部屋の掃除してるんだけど、中々片付かなくてさ……良かったら、ハイデマリーも手伝ってくれない?」
「全く、お前はわざわざ来てくれたハイデマリーに、何をやらせようとしてるんだ」
と、大きめの鍋を持ったトゥルーデが呆れ顔で入ってくる。
彼女が鍋をテーブルに置くと、良い香りが食堂中に漂った。
「宮藤にリーネに服部、ご苦労だったな。疲れただろう? こいつの部屋の掃除は」
トゥルーデがエーリカの頭をもみくちゃにしながら言う。
エーリカは、トゥルーデに無理矢理髪をわしゃわしゃされ、不機嫌そうな表情だ。
「あはは、ええまぁ……あっ、今日のお昼はシチューですか?」
「ああ。たまには、茹でたイモ以外の料理を作ってみようと思ってな」
「凄く美味しそうです! リーネちゃん、静夏ちゃん、早く食べよ」
芳佳は、おやつを待っていた仔犬のように喜んで、リーネと静夏を両隣に座らせ自分も腰掛ける。
こう見えても、3人の中では1番階級が上である。

「ハイデマリー少佐も食べてくといい」
「あっ、はい。ではお言葉に甘えて……」
「わぁ、美味しそう! さすが、トゥルーデだね。私も頂こうっと」
シチューを食べようとしたエーリカを、トゥルーデがすかさず静止する。
「お前は、部屋の掃除を終わらせてからだ」
「ええ〜、食べ終わってからでいいじゃん」
「そう言って、お前はいつも後回しにして結局やらないだろう? 今できることは今やれ」
「うぅ〜、トゥルーデの鬼! 意地悪! 姉バカ!」
「姉バカは余計だ。お前の分は残しておいてやるから、早く終わらせてこい」
「……分かったよ。芋は多めに残しておいてね」
エーリカはそう言うと、渋々食堂を後にする。
「やれやれ、あいつの部屋をすぐ散らかす癖、なんとかならないものだろうか」
エーリカを見送った後、トゥルーデが呆れるように呟く。
それを聞いてミーナは、肩をすくめて苦笑いの表情を浮かべた。

1455uxL6QIl ◆x.rTSKEoE2:2012/06/18(月) 23:46:17 ID:.ytfoJ4A

――それから十数分後……

「宮藤、おかわりはいるか?」
「はい! ありがとうございます」
「リーネと服部も遠慮しないで、もっと食べるといい。たくさん栄養を採っておけば、有事の時にも存分に力を発揮できる」
「あっ、はい。少し頂きます」
「は、はい! では、お言葉に甘えておかわりを頂きます!」
芳佳とリーネと静夏のお皿にそれぞれ、トゥルーデがおかわりをよそう。
芳佳達に優しく声をかけるその姿は、3人の姉そのものだ。
「"あれ"を見てると、501に戻ってきたって感じするよな」
そんなトゥルーデのお姉ちゃんぶりを見ながら、シャーリーが隣のエイラに囁く。
「ああ。何だか安心するんダナ」
エイラはそう答え、シャーリーと顔を見合わせてニヤニヤと笑う。
何かイタズラを思いついたような不敵な笑みだ。

「お〜い姉ちゃん、私にもおかわりよそってくれヨ」
「姉貴、こっちも頼む」
と、からかうように501のお姉ちゃんを呼ぶエイラとシャーリー。
そんな2人にトゥルーデは、ニコリともせずに「お前達は自分でよそえ」と冷たく言い放った。
「冷たいねぇ。あたしらも一応、年下なんだけどな〜」
「差別ナンダナ」
それを聞いたトゥルーデは更にムッとなって、シャーリーとエイラに自分の妹論を語り始める。
「いいか? 妹とは素直で、可憐で、柔和な存在のことを言うんだ。お前達はそれに該当しない。
 特にエイラ、お前には姉がいるんだろう? もっと妹らしく振舞わないとお姉さんも悲しむんじゃないか?」
「いや、妹らしくって言われても私、姉ちゃんの前ではいつもこんな感じだし……」
やや興奮気味に詰め寄ってくるトゥルーデに、さすがのエイラもタジタジの様子だ。

「ミーナ中佐、何だかバルクホルン大尉の様子がいつもと違うような気がするのですが……」
「気にしないで。ある意味、あれが通常運転みたいなものだから……」
熱心に妹論を語るトゥルーデを見て困惑する静夏に、苦笑しながらミーナが囁く。
「あの、ハルトマン中尉もバルクホルン大尉の"妹"なんですか?」
今度はハイデマリーが、疑問に思ったことをミーナに訊ねる。
いつも一緒にいるエーリカとトゥルーデ、傍から見ると姉妹のようだが実際のところはどうなのだろう……?
「う〜ん、難しいところね……本人に聞いてみるのが一番じゃないかしら?」
ミーナはそう言って、シャーリーとエイラに妹論を語り続けているトゥルーデの肩をとんとんと叩く。
「どうした? ミーナ」
「ハイデマリーさんが、あなたに聞きたいことがあるそうよ」
「ん? 何だ、ハイデマリー」
「大尉、ハルトマン中尉も今語っていた"妹"に該当するんですか?」
ハイデマリーのその問いに、少々考え込むトゥルーデ。
「ふむ……確かにあいつは1番の相棒ではあるが、妹とは少し違うな。例えるなら……」
「夫婦みたいなものか?」
と、横で聞いていたシャーリーが、からかい半分に問いかける。
「……そうだな。この6年間、嬉しいときも悲しいときもあいつはいつも傍で、私を支えてくれた。
私にとってあいつは、嫁みたいなものかもしれない……って、な、何を言わせるんだ!」
言ってる途中で急に恥ずかしくなったのか、思わず声を荒げるトゥルーデ。

1465uxL6QIl ◆x.rTSKEoE2:2012/06/18(月) 23:47:08 ID:.ytfoJ4A
「いや、大尉が勝手にペラペラ喋ったんダナ」
「無意識に口から出たってことは、今のがあんたの本音なんだよ」
「と、とにかく! 今のは忘れてくれ。こんな話、もしあいつに聞かれでもしたら――」
「ふ〜ん。トゥルーデ、私のことをそんな風に想ってくれてたんだ」
「な!? エ、エーリカ!?」
自室にいるはずのエーリカの声を聞いて、トゥルーデは椅子から転げ落ちそうになった。
自分のエーリカへの想いをあろうことか、本人に全て聞かれていたのだ。
「へ、部屋の掃除はどうしたんだ?」
「頑張って終わらせたよ。トゥルーデの……ううん、ダーリンのお昼早く食べたかったからね」
「っ!?」
エーリカに『ダーリン』と呼ばれ、トゥルーデはこれ以上ないくらいに顔を真っ赤にする。
「何でそんなに照れてるの? 私がお嫁さんなら、トゥルーデが旦那さんでしょ? ダーリンはホントに可愛いな〜」
「ダ、ダーリンと呼ぶのはやめろ! は、恥ずかしいだろ……」
「にしし、ダーリンがシチューを食べさせてくれたら、やめてもいいよ」
と、小悪魔のような笑みを浮かべてエーリカが提案する。
正直、それも相当恥ずかしい行為だが、トゥルーデはこのまま『ダーリン』と呼ばれるよりはマシだと考え、承諾する。

「……わ、分かった。ほら、あーんしろ」
「うん……あーん」
トゥルーデはスプーンでよそったシチューを、エーリカの口へと運ぶ。
「うん、美味しい。今度は私がトゥルーデにあーんしてあげる。ほら、口開けて」
「わ、私はいい……もう食べ終わったから」
「遠慮しないで。ほらほら、あーん」
「あ、あーん……」
周囲の目など気にせずに、自分達だけの世界に入ってしまっているエーリカとトゥルーデ。
その様子は、仲睦まじい夫婦の姿そのものであった。
退役後、2人は本当に夫婦同然の生活を送ることになるのだが、それはもう少し後の話。

〜Fin〜

――――――――
以上です。
ラジオでの「エーリカは相方で夫婦であって、妹でない」という未恵さんの発言が素敵だったので、
似たようなことをお姉ちゃんにも言ってもらいました。
すでに31回が配信されているタイミングでの投下になって申し訳ありません。
では、また

147mxTTnzhm ◆di5X.rG9.c:2012/07/16(月) 22:37:01 ID:3KQ3S6BM
>>146 5uxL6QIl ◆x.rTSKEoE2様
超GJ! こう言う「お姉ちゃん」を待っていました!
ラジオの園崎さんのお言葉も、流石と言う他無いです。


こんばんは&お久しぶりです。mxTTnzhmでございます。
激しく今更ではありますが……、
保管庫No.1219「fire on the moon」の後日談と言う事で
一本書いてみました。ではどうぞ。

148afters 01/03:2012/07/16(月) 22:38:51 ID:3KQ3S6BM
 執務室での報告と今後の検討を終え、ようやく“任務”から解放された一同。
「しかし疲れたな、今回は」
「『疲れた』ってまた〜。昨日の夜の方が疲れた癖に」
「しょうもない事を言うな……」
 相変わらずのトゥルーデとエーリカを先頭に、エイラとサーニャ、ペリーヌと芳佳の一同はぞろぞろとミーティングルームへ。お茶の時間だ。
 生憎の空模様で、こう言う時ばかりは野外で優雅に……と言う訳にはいかず、ミーティングルームで控えめな「お茶の時間」を楽しむのが恒例だ。
 先に待っていた一同がそれぞれのお茶やお菓子を準備していた。
「遅いぞ〜。随分時間掛かったな」
 リーネと一緒にエプロン姿で居たシャーリーは、出来たてのアップルパイをお皿に取り分けて皆に渡していた。トゥルーデ達の到着を見るなり、声を掛けた。
「仕方ない、あの戦闘の後だ、色々とな」
 トゥルーデはそう答え、溜め息混じりでソファーに座った。シャーリーはトゥルーデ達の後に、誰も来ない事に気付く。
「あれ、中佐達はどうしたんだ?」
「そのうち来るだろう。先に始めて構わないと言っていた」
「了解〜。じゃあ皆、食べるか……って食うの早過ぎだろルッキーニ!」
 エプロンを脱ぎながら“フライングスタート”なロマーニャ娘の面倒を見るシャーリー。
 トゥルーデは、紅茶のカップを口に付けた。湯気と共に立ち上る優しい香りが、先程まで報告でぴりぴりしていた頭脳をほぐしてくれる。
「ああ、今日の紅茶、リーネが淹れたハーブティーなんだ。良い香りだろう?」
 シャーリーがトゥルーデの表情の変化に気付き、自身も紅茶を飲みながら話す。
「ほう。何のハーブティーだ?」
「さあ。あたしはそこまで分からない。そこにいる本人に聞いてくれ」
「知らずに用意していたのか……」
「え、紅茶ですか? あのっ、ええと、今日はペリーヌさんにこの前教わったハーブティーで……」
「えっ、あら、そうですの? 確かこれはこの前の……」
 いきなりの振りに戸惑いつつも答えるリーネ、話を広げるペリーヌ。アバウトなやり取りもまた一興。とばかりに、会話が弾む。

 その一角で、一人、妙に緊張している者が居た。
 エイラだ。
 折角の紅茶とアップルパイに手も付けず……固まっている。
 昨日の夜はその場の流れで流れ許して貰えたものの、未だ、横に居るサーニャとは何となく話し辛い。
 そんな姿をちらりちらりと眺めていたトゥルーデと目が合う。ぎくりとするエイラ。
 堅物大尉はエイラを手招きして呼び寄せた。フラフラと席を立つ「ダイヤのエース」。
「何だヨ、大尉」
「やっぱり昨日の今日ではすぐには治らないか……」
「大尉に心配される様な事じゃないヨ」
「ならどうしてサーニャと目を合わせない?」
「良く見てるナ」
「最先任尉官だからな。部下の事は把握しておかないといけない」
「トゥルーデは気になってるんだよ二人の事が」
 横でトゥルーデの分のお菓子もぱくついていたエーリカが茶々を入れる。
「お前は黙っていろ、話がややこしくなる……って私のアップルパイが!」
「ヤヤコシヤー、アーヤヤコシヤー」
「何だか面白そうな話じゃないか、ええ?」
 ルッキーニが嗅ぎ付け、シャーリーと一緒にやって来た。エイラの周りが賑やかになる。エイラは苛立ちを隠せず立ち上がって喚いた。
「ああもう、ミンナ良いんだよ私の事ハ! 気に……」
「するだろう」
「するよな?」
「するね。ニヒヒ」
「サーにゃんが可哀相だもんね」
 一同に次々と言われ、へろへろとソファーに沈み込むエイラ。言い返す気力もない。のろのろと紅茶のカップを手に取る。
「じゃあこうしよう。あたしたちが応援するから、エイラ、お前サーニャと仲直りのジャンケンしろ」
 何故かノリノリのシャーリーがエイラに命令を下す。
「何でジャンケンなんだよ〜意味わかんネ〜ヨ」
「勝ったらサーニャと仲直りして、嫁にするんだ」
 シャーリーの言葉を聞いた瞬間、飲みかけの紅茶を派手に吹くエイラ。
「ナ!? ナニイテンダ! 何で嫁!?」
「エイラ、お前もそろそろ身を固めたらどうだ」
 何故かそこでうんうんと頷いて同調するトゥルーデ。
「私を行き遅れみたいに言うナ! そもそもサーニャを嫁にってどういう……」
「私じゃ、嫌なの? ……エイラ」
 ぽつりと呟くサーニャの言葉に、一同はばっと振り向いた。やがて、皆の視線はエイラ本人に向けられる。
「い、嫌な訳あるカー!」
 やけっぱちのエイラ、彼女の肩をぽんぽんと叩くシャーリー。
「じゃあジャンケンだな」
「ジャンケンする意味が分からなイ!」
「ノリは大事だぞ〜エイラ」
「ノリで結婚なんてねーヨ!」
「嫌なの? エイラ」
 サーニャの言葉がいちいち重いのか、微妙に身を逸らすエイラ。

149afters 02/03:2012/07/16(月) 22:40:57 ID:3KQ3S6BM
「だ、だってホラ、私は先読みの魔法が使えるから」
「このバカ。だからジャンケンだって言ってるんだよ。何でサーニャの事になるといちいちヘタレるんだよお前は」
 首根っこを捕まえてシャーリーがエイラに囁く。
「そ、そんな事の為に魔法使えるカ!?」
「他では日常的に使ってる癖に?」
「そ、そんな訳無い!」
「じゃあ試しにやってみよう」
「ねえ。しよう? エイラ」
 サーニャの言葉に抗えないスオムスのエースは、身体をサーニャの方に向けた。
「うう……何でこんな事に」
「エイラさん、サーニャちゃん、『最初はグー』ですよ。それで……」
「宮藤は黙ってロ!」

 最初はグー。ジャンケン……。

「……おい」
「エイラ。サーニャに負けるとは一体どう言う事だ」
 仁王立ちでエイラに向かう大尉ふたり。
「いや、どうもこうも、私魔法、その、ええっと、使ってないシ」
「使えよぉ」
「それで良いのか」
「だって、その、ほら……」
「……」
 エイラの意気消沈ぶりに、周りも空気が澱み出す。サーニャは残念そうな顔をして、自分の手を見た。
「敗者復活戦〜!」
 そこで声を張り上げたのはエーリカだ。おおっ、と周りもどよめく。
「よしエイラ、次こそ頑張れ。どんな手を使ってでも勝つんだ」
「魔法使えってのかヨー? 卑怯じゃないカ」
「勝たないお前の方が……」
「分かった、分かったヨ、でも魔法は使わないカラナ!」

 最初はグー。ジャンケン……。

「また負けた!」
「それでもエースか、この軟弱者!」
「正直見損ないましたわ、エイラさん」
「エイラはサーにゃんそんなに嫌いなの? サーにゃん私が貰っちゃうよ?」
「そんなつもりじゃないー! ってか何でサーニャが中尉のモノになるんだヨ!? フザケルナ!」
「じゃあ何で負けたんだ」
「ちっ違うんダ! 魔法、その、使わなかったシ……」
「もう一回、敗者復活〜!」
「イエー!」
「な、何回やるんだヨ!?」

 勝敗は五回目で決した。サーニャのグーに、エイラのパーで勝負あり。歓声が上がる。
「ぐ、偶然だからナ! 偶然ダッ! 私、使ってないし魔法!」
「良いんだよ勝てば。さあ、とっておきの告白タイム!」
 背中をどんと押すシャーリー。うむ、と頷くトゥルーデ。
「こっくはく! こっくはく!」
「お前ら五月蠅イ!」
 目の前には、少し頬を染めたサーニャが立っている。エイラの言葉を、じっと待っている。エイラはそんなサーニャを正視出来ず、ちらりちらりと姿を見ながら、言葉を絞り出す。
「サ、サーニャ……その、あの、ええっと……」
 固唾を呑んで見守る一同。
 エイラは顔を真っ赤にして、たどたどしく言葉を続けた。
「サ、サーニャ……あの、私と、その、つ、つきあ……付き合って下さい」
「バカ! そこは『嫁に下さい』だろ」
「ちょっとそのまま見守っていよう」
 暴走気味のシャーリーを押し留めるトゥルーデ。
「エイラ……私で良ければ」
 サーニャがそっとエイラの手を取り、そのまま、エイラの身体を抱きしめる。
 がちがちに固まったままのエイラは、今にも失神寸前。
 周りの隊員達は一斉に盛り上がった。
「やったなエイラ! これでお前達の未来は明るいぞ!」
「ウジャー、ケッコン!ケッコン!」
 抱き合って喜ぶシャーリーとルッキーニ。
「何か、私ほっとして涙出て来ました」
「宮藤さん、貴女という人は……」
「芳佳ちゃん、私達もする?」
「えっ?」
 芳佳とリーネ、ペリーヌもかしましい。
「結果的に良かったのか悪かったのか……」
「サーにゃんの為でもあるんだし。ね、トゥルーデ?」
「ま、良いのか?」
 カールスラントのエースは、二人してソファーに座ったまま辺りの様子を眺めている。
 そこに、ようやく一仕事終えたミーナと美緒がやって来た。
「何だお前達、随分と騒がしいな」
「あら。何か良い事でも有ったの?」
「あ、坂本さん、ミーナ中佐。聞いて下さい、エイラさんが……」
「こら〜宮藤! 余計な事言うナ!」

150afters 03/03:2012/07/16(月) 22:41:20 ID:3KQ3S6BM
 夜間哨戒前のハンガー。
 いつもと同じ、準備の時間。
 ストライカーユニット、武装共に異常なし。
 淡々と出撃に向けた作業が進む。
 月夜の空へと飛び立つ前の、慌ただしくも奇妙に冷静な思考が頭を巡るひととき。

「魔法を使っていない」と、あの時エイラは言った。
 だけど本当は……無意識のうちに使っていた。サーニャの出す手を読んで、わざと負けた。
 しかし何度も何度も繰り返すうちに、本当にそれで良いのか、そもそもサーニャの本心は……と考えているうちに、ついうっかり「読み間違い」をして、勝ってしまったのだった。
 未だにあれで良かったのかと迷うエイラは、今も続く動揺を悟られない様に、わざと平静を装っていた。
 ちらりと、サーニャを見た。
 サーニャはそんなエイラを見て、にこっと笑った。そして身体を寄せると、エイラにそっと唇を重ねる。
 数秒の事でも、エイラはどこか歯がゆく、心地良い。そして先程のもやもやした気分が、晴れていく。
 ……守ってみせる。どんな敵からも。
 そんな意志を滾らせるエイラ。
 同時にその思いは、サーニャをそれだけ強く想う事の証。
 二人はストライカーユニットを履くと、揃って滑走路へとタキシングを始めた。
「行こう、エイラ」
「ああ。サーニャ」
 サーニャが手を差し出す。エイラはぎゅっと強く握る。
 哨戒中、何を話そう。さっきの話、何て言おう。
 任務以外に色々と思いが駆け巡る。
 それを察したのか、サーニャが笑った。エイラも笑って見せた。
「サーニャとなら、何処へだって」
「有り難う、エイラ」
 二人は頷いて、ふわり、十六夜の空へと飛び立った。

end

151名無しさん:2012/07/16(月) 22:44:44 ID:3KQ3S6BM
以上です。
エーゲルを前提として、
(前回話から引き続き)不安定気味なエイラーニャ、
それを後押しするシャッキーニ&その他501メンバー的な感じで。

ではまた〜。

15262igiZdY:2012/07/22(日) 04:46:32 ID:Ntrvuxhs
>>139 mxTTnzhm ◆di5X.rG9.c様
トゥルーデでなくともあのサーニャにはやられますね。
エーゲルのペアルックとは妄想がはかどります!

>>143 5uxL6QIl ◆x.rTSKEoE2様
これまた美味しいエーゲルをありがとうございますw
この二人はまさに夫婦というに相応しいコンビですね。

>>147 mxTTnzhm ◆di5X.rG9.c様
エイラーニャのじれったい感じが良いですね。
他のメンバーも巻き込んだ修学旅行的な雰囲気が素晴らしいです!

こんばんは。62igiZdYです。
たまにはウィッチーズがおしゃべりしているだけのギャグ的なものを書きたくなったので。
劇場版ネタバレ&微エロ注意ということでよかったらどうぞ〜。

153鼎談 おっぱい星人編 1/4:2012/07/22(日) 04:52:06 ID:Ntrvuxhs

エイラ「さて、宮藤がその本性を露にしてから、幾度季節は巡っただろうか」

宮藤「え? エイラさん? なに変なナレーション入れてるんですか?」

エイラ「最初は無垢な新人を装い、人畜無害な仔犬を装い、しかしながらその視覚と触覚は常にある特定の部位へと伸びていた。我等が同士ルッキーニよ、オマエはいつからそれに気付いていたか?」

ルッキーニ「あたしは最初から気付いていたよ。最初のミーティングのあとに、エイラが『リーネはおっきかった』って言った瞬間からね」

エイラ「さすがは同士ルッキーニ。仔猫の眼は誤魔化せないんダナ」

ルッキーニ「ホントは豹だけどねん♪」

宮藤「ルッキーニちゃんも……。なんなんですかこの尋問的な空気は」

エイラ「ふふん♪ 私はな、宮藤。同士としてオマエのことが誇らしく思うと同時に、末恐ろしくも思うのだ。だから今日はオマエに教えてやらねばならない。おっぱい星への道程は果てしなく長いということをっ!」

宮藤「おっぱ…って、え、えええええええぇ! エイラさん!? わ、私、別にそんな……」

ルッキーニ「またそーやって誤魔化そうとするー」

宮藤「ルッキーニちゃん!? べ、別に誤魔化してなんか……」

エイラ「さて、宮藤の弁解はその辺にしておいて。」

宮藤「弁解って、私まだ何も言ってない!」

エイラ「まぁ待て。まずは決定的な証拠VTRをご覧頂こう」

宮藤「って、このスクリーンどこから出てきたの!?」

ルッキーニ「1期、2期は見飽きちゃったからー、最新のヤツいっちゃおー!」

エイラ「ポチッとな」

 カラカラと回り出す映写機。
 夜、ペリーヌの居城の一室。

エイラ「さて、まずはこのシーンだぞ。もうお馴染みだから今更説明はいらないナ。そう、ターゲットはリーネだ」

ルッキーニ「必要以上にくっついちゃってるねー。甘い、甘すぎるよ! 芳リーネ!」

宮藤「こ、これはそのぅ……。私、そんなに寝相がいい方じゃないから……たまたまね。そう! 偶然そうなっちゃっただけで」

エイラ「眠りに落ちてさえ、無意識下でさえ、その手は在るべき場所へと還る。これがっ、宮藤の、固有魔法っ!」

宮藤「ちがいます! そんな都合のいい魔法なんか知りません!」

ルッキーニ「都合のいい? よしかー、それってどういう意味かなー?」

宮藤「い、いやぁ……あはははは、私そんなこと言ったっけ? 空耳じゃないのかなぁ」

エイラ「はぁ……ま、いいダロ。こんなのはいつものことだしサ。さて、お次はこのシーン。ここではなかなか高度なテクが使われているゾ」

 映し出されたのは天城の一室での場面。

 『服部さんっていくつだっけ?』
 『歳ですか? ……』

エイラ「セクハラだな」

ルッキーニ「よしかー、上官だからってこれはないなー」

エイラ「うんうん、セクハラにしてパワハラだな」

宮藤「ええええええええぇ!? なんでですか!? 普通に年齢を訊いただけじゃないですか!」

エイラ「いいや違うな。オマエは年齢を訊ねたのではない! それはオマエの視線がよーく物語っているじゃないか」

 巻き戻る映写機。
 問題の場面を繰り返す。

エイラ「ここだ! ここで宮藤は完璧に服部軍曹の胸を見ている。つまり、宮藤が訊ねたのは年齢がいくつかではなく、バストサイズがいくつかだったんだよ!」

ルッキーニ「な、なんだってー!!!」

宮藤「そそそ、そんなわけないじゃないですかー! 話の流れからも年齢だって明らかでしょう!」

エイラ「ちっちっち。宮藤、私はオマエの本能に問いかけているんだ」

宮藤「わ、私の、本能……?」

エイラ「そうだ。宮藤少尉にではなく、おっぱい星人宮藤芳佳にな!」

154鼎談 おっぱい星人編 2/4:2012/07/22(日) 04:54:16 ID:Ntrvuxhs

宮藤「だ、だから、おっぱい星人って、いったい……」

 唐突にルッキーニが宮藤の胸を掴む。

宮藤「ひゃ……」

ルッキーニ(?)「よしかのなかにいるもうひとりのよしか。ねぇ、きづいているんでしょ?」

 光の失せた瞳でルッキーニは宮藤の心を射抜く。

宮藤「あっ……る、ルッキーニ、ちゃん……あ…あん…そんなに、揉んじゃ、や……んん……」

ルッキーニ(?)「どうしたの? そんなにあかくそまっちゃって。せめられるのにはなれてない?」

 ルッキーニの追及の手は止まらない。
 宮藤に耳と尻尾が現出する。

宮藤「そ…そんなぁ……服の…ん…下から、なんて……だめだよぉ……」

ルッキーニ(?)「ねぇ……」

 徐にルッキーニが宮藤の耳に齧り付く。

宮藤「ひゃん!!?」

 宮藤は大きく身体を震わせて膝を着く。
 その表情は紅に染まり、その声には艶色が灯る。

宮藤「はぁ……みみ…かじったらあぁ……い、いやぁぁぁあ……っん……!」

ルッキーニ(?)「ねぇ、きこえてる? あたしはききたいな。よしかのほんとうのこえを。いつかのゆめがうつした、よしかのよくぼうを。ねぇ、きかせてよ!」

宮藤「あ、あぁ……いや……だ、だめぇぇえええっんんんんんんんっ……!!!!!!!!」

 撃墜された宮藤はそのまま地面にくずおれる。

エイラ「くくく、よくやったガッティーノ。これであとは覚醒を待つのみダナ」

ルッキーニ「うじゅ? ちょっとヤリすぎちゃったかなぁ〜。おーい! よしかー!」

エイラ「問題ない。むしろこれくらいでちょうど良い」

ルッキーニ「でも、ピクリとも動かないけど」

エイラ「今、宮藤は探しているんだ。一度崩壊した自己の還るべき場所を」

ルッキーニ「還るべき場所……?」

エイラ「そうだ。劇場版のキャッチコピーにもあったじゃないか。『還りたい胸(ばしょ)がある』と!」

ルッキーニ「なんか違ーう。けどまぁいいかそれで♪」

宮藤「うぅ……わ、わたしは……」

ルッキーニ「あ、起きた」

 よろよろと立ち上がる宮藤。
 次の瞬間、餌に飢えた野獣の如くエイラの胸に飛びかかるが、

エイラ「宮藤、これはとんだ御挨拶じゃないか。それとも握手のつもりかな? 私には悪手でしかないと分かっているだろう?」

 ヒラリと回避されてつんのめりながら着地する。

宮藤(?)「さすがはエイラさん。回避は最大の防御、か。でもエイラさん程度の胸なら未練はないですが」

エイラ「ほほう。言ってくれるじゃないか、宮藤。いや、真・宮藤とでも言うべきかな? やっとその姿を現したか!」

真・宮藤(?)「私は……ようやく思い出しました……その使命を……。そう、私は世界中のおっぱいをこの手中に収めるべく、おっぱい星より遣わされた使者だったことを!」

155鼎談 おっぱい星人編 3/4:2012/07/22(日) 04:55:55 ID:Ntrvuxhs

ルッキーニ「うじゅぁ〜、なんか電波入っちゃったよ。だいじょぶかー! よしかー!」

 さっと背後に回ったルッキーニが再び宮藤の胸を鷲掴みにする。

宮藤「きゃ……!?」

ルッキーニ「よしかー、めーさませー!」

宮藤「はっ……あ、あれ? わたし……どうして……」

エイラ「ふん、まぁいいダロ。さて宮藤、話はここからダゾ」

宮藤「え? 話って、なんなんですか、エイラさん?」

エイラ「宮藤、これから正義の話をしよう!」

宮藤「正義の……話?」

エイラ「正義と書いて『おっぱい』と読むんだけどナ」

宮藤「おっぱ…ってまたそう言う……私はただ」

エイラ「私は? なんなんだ?」

宮藤「わ、私は……ただ、ちょっと興味があるだけで。純粋な好奇心というか、憧れというか……」

エイラ「ふむ、そうだな。オマエの視線はいつも大きな胸に向かっているからナ」

宮藤「い、いつもって、そんなこと」

エイラ「ないって、言い切れるのか?」

宮藤「言い切れる、とは言わないけど……」

ルッキーニ「あいまいだな〜もう〜。だったら、証拠VTRでこれまでのおさらいを」

宮藤「あー! わかった! わかりましたよぉ。見てます! 気になるから見てました! ごめんなさい!」

エイラ「やっと認めたか。だが謝る必要なんかないんダナ。それがオマエの望んだことなら」

ルッキーニ「よしかもおっぱい大好きだもんね」

宮藤「大好きって……まぁ、否定はしないけど」

ルッキーニ「でもシャーリーのはあげないかんね!」

宮藤「うぅ、いいもん、リーネちゃんがいるから」

ルッキーニ「おおー、早くも俺の嫁宣言」

エイラ「なんかもう自棄なんダナ」

宮藤「そういうエイラさんはどうなんですか!? サーニャちゃんとはどうなんですか!?」

エイラ「さ、サーニャか!? な、なんでそこでサーニャが、でで出てくるんだ!?」

ルッキーニ「エイラの弱点を容赦なく突き刺す、よしか、恐るべし」

宮藤「サーニャちゃんはエイラさんが望むような大きさじゃないですよね?」

エイラ「そ、それとこれとは関係ないんダナ。それにおっぱいは大きさだけで語るものじゃないゾ。色や艶、形、いろいろ見て判断するものじゃないか」

宮藤「見るだけでいいんですか?」

エイラ「ヱ?」

宮藤「エイラさんは見るだけでいいんですか? 触らないと分からないこともありますよね?」

エイラ「い、いやぁ〜あはははは、そう、だよな〜。でも、さ、サーニャのを、触るだなんて……」

宮藤「エイラさんは触ったことないんですか?」

エイラ「だ、だって……サーニャは、サーニャで、サーニャだし……」

宮藤「私は触ったことありますよ? サーニャちゃんの」

エイラ「ふ、ふざけんなコノヤロー!!!!! わ、わたしのサーニャに! わたしの知らないトコで! な、なんてことを!!!」

ルッキーニ「わっ! エイラー、ちょっと抑えて抑えて!」

宮藤「と、まぁこれは冗談ですが」

エイラ「冗談かよ! 全く、タチが悪いぞ全く」

宮藤「ちょっとした仕返しですよ」

エイラ「ぐぬぬ」

156鼎談 おっぱい星人編 3/4:2012/07/22(日) 04:59:15 ID:Ntrvuxhs

ルッキーニ「おーい。話がそれてるぞー。戻ってこーい」

エイラ「おほん! えーっとだな、ルッキーニにとってのシャーリー、宮藤にとってのリーネに相当するようなおっぱい要員は私にもいるぞ」

宮藤「劇場版に出てきましたよね。確か、ニパさんでしたっけ?」

ルッキーニ「いたいた! いやぁ、いいおっぱいだったよねー。セーターにスラーッシュ! GJすぎるよ!」

エイラ「おいおい、ニパをソンナ目で見んナー。あれでも私の親友なんダゾ」

ルッキーニ「でも、よしかじゃなくてもだいたいの視聴者はまずあそこに釘付けになると思うけどねー」

エイラ「まぁ、それは認めるが」

宮藤「ニパさんはエイラさんのスオムス空軍時代の同僚なんですよね。久しぶりの再会だったんじゃないですか?」

エイラ「そんなに長いこと会ってなかったわけでもないぞ。(詳しくはキミ空を読んでくれ!)。でもそうだなー、また見ない間に結構成長していてだな」

宮藤「おおー!」

ルッキーニ「今度502に行くときはあたしも連れてってー!」

エイラ「シャーリーと交換なら考えないでもないぞ」

ルッキーニ「うぇー……」

宮藤「だったら私はリーネちゃんを生贄にニパさんを召喚」

エイラ「鬼畜だなオマエ。見境ないのは地獄逝きダゾ」

宮藤「でもエイラさんにはサーニャちゃんがいてニパさんまでいるなんて、ハーレムじゃないですか!」

エイラ「宮藤だってリーネがいるならペリーヌもついてくるんじゃないか?」

宮藤「ペタンコ? な、なんですか?」

エイラ「オマエ……雷に撃たれて死ぬタイプだな。気を付けた方がいいぞ」

宮藤「あ、そうですか。気を付けます」

ルッキーニ「よしかはホントに大きいおっぱいに目がないね」

宮藤「それはもう大きいことはいいことだよね」

エイラ「ほう、宮藤は大きければいいんだな。そうかそうか」

宮藤「それは違いますよ、エイラさん。論理のすり替えです。私は“大きいことはいいこと”だと言っているだけで、“大きければいい”とは一言も言ってません!」

エイラ「そうか、じゃあ大きさはいらないんだな」

宮藤「大きくなければ乳に非ずっ!!!」

エイラ「出たな! おっぱい大魔神!」

宮藤「なんかさらに酷いことになってる!? っていうか勝手に私の発言を捻じ曲げないで下さいよー!」

ルッキーニ「よしかも充分言ってることハチャメチャだけどねー」

宮藤「うぅ、なんかルッキーニちゃんに言われるとショック……」

ルッキーニ「ああー! 今、私の胸を見て言ったでしょー!」

エイラ「確かにルッキーニの胸はショッキングだが」

ルッキーニ「だーかーらー、いつも言ってるでしょ。あたしはこれからなの! こ れ か ら !」

エイラ「ま、妄想は自由だからナ」

ルッキーニ「うじゅー、信じてないなー」

宮藤「でもルッキーニちゃんは年齢的にも本当にこれからだから期待できると思いますよ」

ルッキーニ「さすがよしか! わかってる!」

エイラ「そう言う宮藤はどうなんだ? 宮藤も自分のはなかなか残念賞じゃないか」

宮藤「残念とか失礼じゃないですか! ルッキーニちゃんよりはありますよ!」

ルッキーニ「コラコラ。よしかも失礼だぞー」

宮藤「あぁ、ごめんねルッキーニちゃん」

157鼎談 おっぱい星人編 4/4:2012/07/22(日) 05:02:50 ID:Ntrvuxhs

ルッキーニ「でも、よしかは自分の胸がリーネみたいに大きくなったらいいなぁとか思ってないの?」

 ルッキーニのさりげない疑問に、宮藤は自らの胸に手を当てて考える。

宮藤「うーん、どうだろう。そりゃ、自分の胸が小さいのにはちょっと劣等感あるけど……。でも私は自分の胸より誰かの胸を、守りたいから……」

ルッキーニ「おおー! ついに!」

エイラ「宮藤の隠された本音がっ!」

宮藤「えへへー、なんか照れちゃいますね」

エイラ「まさか、宮藤がこれほどまでだったとは。私はどうやら侮っていたようだ。宮藤、オマエは今日から、おっぱい星人からレベルアップして、おっぱい聖人だ!」

宮藤「はい!」

ルッキーニ「いやー、いいハナシだなー」

 がっしり握手を交わすエイラと宮藤。
 ルッキーニは目に涙を浮かべて拍手を送っている。

宮藤「……って、よくなーい!!!!! なんなんですかおっぱい聖人って!? そんなヘンテコな称号いらないです!! 確かにさっきはなんか雰囲気に飲まれて変なことを口走ったかもしれないけど、なしです! さっきの全部なし! え? なんですか? 今までの、全部録音してある? ちょ、ふ、ふざけ……テープどこですか!? 全部壊して……あ!? 逃げた! ま、待てええええええええ!!! エイラさん! ルッキーニちゃん!」


   おしまい――。



―――――――――――――――
以上です。
鼎談シリーズ、もしかしたら続くかも(笑)
お目汚し失礼しました。

158mxTTnzhm ◆di5X.rG9.c:2012/08/12(日) 23:33:46 ID:3M56ROoQ
>>152 62igiZdY様
GJ! おっぱ星人と言うかもはや……いや確かに芳佳ですw


こんばんは。mxTTnzhmでございます。
またもや激しく今更ではありますが……、
保管庫No.1163「sister ban」絡みで一本。
例によってNo.0450「ring」シリーズ続編と言う事で。
ではどうぞ。

159thus spake elder sister 01/02:2012/08/12(日) 23:34:16 ID:3M56ROoQ
 その日の天気は荒れ模様で、夜まで雷が止まない。
 そんな中夜間哨戒に出たエイラとサーニャを見送った後、トゥルーデとエーリカはハンガーから部屋に戻る。
 途中、廊下でエーリカが袖を引っ張る。何か面白いものでも見つけたのか、そのまま袖をくいっと引っ張ると、とある部屋へ向かおうとする。何だ何だと言いながらも付いて行くトゥルーデ。

 そこはミーティングルーム。夕食後、暇を持て余したウィッチ達がくつろいでいた。
 ソファーに寝転び暇そうにトランプ遊びをしていたシャーリーとルッキーニがカールスラントのエース二人に気付き、手招きする。
「いよっ、どうしたよ、二人して。一緒に何かゲームでもするか?」
 シャーリーが何枚かの手札を持ちつつ、二人に声を掛けた。
「いや〜何か面白い事有りそうかなって」
 エーリカが答える。
「ねえシャーリー、あたしトランプ遊び飽きた〜」
 ルッキーニがカードを放り出す。
「おいおい、まだ少ししかやってないだろ」
「カードゲームか。今は良い」
 一瞥をくれた後、つまらなそうに言ったトゥルーデをちらっと上目遣いに見ると、シャーリーは懐から一本の瓶を取り出した。
「なら、これなんかどうよ?」
 トゥルーデは、差し出されたボトルを手に取った。装飾されたラベルにブリタニア語で何か書かれている。
「ん? これは酒か?」
「そう。あたしの国からやって来た、バーボ……」
「何だ、騙される様な話でも聞かされるのか」
「どうしてそう言う流れに?」
「いや、何でもない。……で?」
「これを景気付けに皆で飲もうじゃないかって話さ」
 シャーリーの台詞を聞いた直後、辺りに素早く目をやり確認するトゥルーデ。
「どうした?」
「もしこの場に少佐が居たら……と思った」
「あー……。今は居ないから大丈夫っしょ」
「ミーナもなんか色々悩んでるみたいだよ」
 エーリカがぼそっと呟き、大尉ふたりは溜め息を付いた。

 めいめいがグラス代わりに用意したカップに、琥珀色の液体が注がれる。
「水で割ると飲みやすいよ。氷が有れば良いんだけどな」
「簡単に水割りで良いだろう」
「まずはストレートで香りを楽しむ……ってね」
「何とも形容し難い匂いだな」
「まー、最初は皆そう言うわな。さあ、乾杯!」
 いつの間にか他のウィッチ達も加わり、さながらちょっとした宴会となった。

160thus spake elder sister 02/02:2012/08/12(日) 23:34:37 ID:3M56ROoQ
 程良く酔いが回ってきた所で、先に転た寝し始めたルッキーニを膝枕しながら、シャーリーがトゥルーデに向かって、不意に言った。
「なあ、あんたにとって『妹』って何だ?」
「何だいきなり。どう言う意味だ」
 片方の眉を上げて、ちらっとシャーリーの表情を伺うトゥルーデ。
「そのまんまさ。妹となると目の色が変わるのは501の皆が知ってる。いや、ひょっとしたら大陸を超えてアフリカまで……」
「アフリカぁ? まさかマルセイユか、あのお喋りめ」
 地名を聞いて即座に個人名を出して罵るトゥルーデを見て、横でくすくす笑うエーリカ。
「ま、ともかくどうなのよ。前にも確か妹について熱く語ってたじゃないか、中佐の前でさ」
 ニヤニヤ顔のシャーリーに対し、トゥルーデはこほんと一つ咳をすると、言葉を選ぶ様に語り始めた。
「ミーナの時のアレはまあ、勢いで言ってしまった事も有るが……つまり何が言いたいかと言うと、皆大切な仲間、つまり家族であると言う事はすなわち私の妹と言う事だ。だからミーナも私の妹だ。そこで一緒に飲んでいる宮藤もリーネも、勿論ペリーヌも私の妹だぞ」
「えっ、わたくしもですの?」
「芳佳ちゃん、私達家族なんだって! もうずっと一緒だよ。だよね?」
「えっ? う、うん……」
 突然名前が出て来て仰天するペリーヌ、言葉の意味を別のものと解釈して芳佳に迫るリーネ。そんな外野をよそにトゥルーデは話を続ける。
「エイラとシャーリー、ルッキーニは生意気な妹と言った感じだな。サーニャはいかにも可憐で儚げな妹と言った感じだが」
「じゃあ少佐は」
「兄か父と錯覚する事も有るが、家族という意味では妹だ」
「何か論理が飛躍してる様な」
「ならトゥルーデ、私も妹?」
 突然のエーリカの問いに、トゥルーデは即答する。
「エーリカは違う。エーリカの妹のウルスラ……ウーシュは妹である事に間違いは無いが」
「へぇ、私、妹じゃないんだ」
「当たり前だろう。見ろエーリカ」
 トゥルーデは横に座るエーリカの手を取った。そして自分の薬指にもある、美しく輝く同じデザインの指輪を見せる。
「お前は私の大切な相棒で、夫婦だ」
「トゥルーデ……」
「今度は惚気かよ〜。どうしたんだ堅物、飲み過ぎか?」
 シャーリーにつっこまれ、はっと我に返る。自分の言った事、した事に気付く。
 やおら立ち上がると、エーリカの腕を引っ張った。
「もう寝る」
 それだけ言い残して、残りのウイスキーを一気に呷ると、部屋から出て行った。
「参ったね、あそこまで言われちゃ」
 シャーリーは苦笑いした。

 部屋に戻るなり、そのままベッドに倒れ込む堅物大尉。
「しまった……失言だった」
 ベッドのシーツをぐいと握りしめ、歯がみするトゥルーデ。酔いのせいか恥ずかしさか、頬が真っ赤だ。
「さっきの言った事? 気にすることないよ。てか、今更だと思うよトゥルーデ。気にしない」
「私が気にするんだ」
「良いじゃない、私の素敵な旦那様? それともお嫁さん?」
「エーリカ……」
 絡み付く様に抱きついてきたエーリカを受け止めるトゥルーデ。
「お酒のせいってことにする? それとも」
「いや」
 トゥルーデは、エーリカをぎゅっと強く抱き返すと、唇を重ねた。
「これが私の答え、で良いか?」
「キザなんだかおバカなんだか本当に酔っ払ってるのか分からないよ。でもトゥルーデ、可愛い」
 エーリカは微笑むと、愛しの人を優しく抱きしめ、もう一度口吻を交わした。

end

161名無しさん:2012/08/12(日) 23:35:01 ID:3M56ROoQ
以上です。
501ラジオの、お姉ちゃんの中の人の発言を聞いて、ひとつ。
5uxL6QIl ◆x.rTSKEoE2様のSS「妹じゃなくて――」が素晴らし過ぎて
どの様に差別化を図るか色々考えましたが、
「酔ったお姉ちゃんならこう言う事言うかな……?」
という感じで書いてみました。
なんか色々とすみません。

ではまた〜。

162名無しさん:2012/08/19(日) 21:11:54 ID:xHRzFmLU
相変わらずいいエーゲルですね〜
いつも読んでます、頑張ってください!

1635uxL6QIl ◆x.rTSKEoE2:2012/08/20(月) 14:02:44 ID:E54wvwHs

>>152 62igiZdY様
GJです。おっぱい聖人とは・・・芳佳らしい称号ですね。
おっぱいトリオの絡みは見ていてとても和みます。

>>158 mxTTnzhm ◆di5X.rG9.c様
GJです。やっぱりエーゲルは良い夫婦ですよね。
酔ったお姉ちゃんのさり気ない本音が素敵です。

こんにちは。保管庫様のキャラクター表を見ていたら色々と妄想が進んだので、
ちょっと長いですが学パロを1本書いてみました。
18日が誕生日だった3人がメインのオールキャラ物です。
ではどうぞ

1645uxL6QIl ◆x.rTSKEoE2:2012/08/20(月) 14:03:31 ID:E54wvwHs

【School Life】

とある街の近郊に位置する、私立ウィッチ学園――700人近い女子生徒が在籍する中高大一貫校だ。
これは、ウィッチ学園に通う少女たちの日常を描いた物語……

<2012年8月18日、11時頃>

「みんな、パンが焼けたよ」
「わぁ、美味しそうなクロワッサンだね」
「おお、美味そうだな」
「うん、甘くて美味しい」
「ちょっと疾風! ちゃんと『いただきます』してから食べなさいよ」

ここは、ウィッチ学園部室棟の1階にある家庭科部の部室。
焼きあがったばかりのクロワッサンの香ばしい匂いが、部屋全体に漂っている。
「あはは……疾風ちゃん、いっぱい作ってあるから急いで食べなくても大丈夫だよ。ほら、みんなも遠慮しないでじゃんじゃん食べて」
茶髪で外ハネの少女が、4つのお皿にクロワッサンを均等に取り分けながら微笑む。
彼女の名前は宮藤芳佳、ウィッチ学園中等部の3年生だ。
料理が大好きで、所属する家庭科部でもその腕を如何なく発揮している。
部活動がない休日にも、部室に足を運んでは度々、友人に自分の作った料理を振舞っている。
夏休み期間中であるこの日も、同じく家庭科部に所属するリネット・ビショップと共に、
クラスメイトの黒田那佳、菅野直枝、中島疾風、諏訪五色らをお手製のクロワッサンでもてなしていた。

「しかし、芳佳たちの作る料理はいつ食っても美味いな。どうやったら、こんな美味いもん作れるんだ?」
直枝が手に持ったクロワッサンをまじまじと見つめながら、芳佳たちに問う。
料理が全くできない彼女は、2人の腕前にただただ感心するばかりだ。
「う〜ん、私はどんな料理でも、愛情を込めて作ることを心がけてるかな」
「愛情?」
「うん。例えばね、そのクロワッサンの生地をこねる時もリーネちゃんのおっぱいだと思って、愛情を込めてこう、優しく包み込むように……」
「ちょ、ちょっと芳佳ちゃん! 変なこと言わないで!」
何かを揉むようなジェスチャーをする芳佳を、慌てて止める親友のリネット・ビショップ。みんなからは、『リーネ』と愛称で呼ばれている。
クラスも部活も一緒で、寮でもルームメイトである芳佳とリーネは大の仲良しだ。
リーネは芳佳のことが大好きだが、彼女の過激とも言えるスキンシップには少々困惑気味である。

「だから、こんなに美味しいんだね〜。納得」
「芳佳のリーネちゃんへの想いが、美味しい料理を作る源になってるわけね」
「さすがバカップル」
と、三者三様の感想を述べる那佳と五色と疾風。
芳佳のリーネへの溺愛ぶり、もといおっぱい星人ぶりを日頃から見慣れている一同は、納得したようにうんうんと頷く。
「もう、みんなも納得しないでよ〜。何か恥ずかしいよ……」
顔を真っ赤にして俯くリーネを見て、芳佳は胸をドキドキさせる。
(うわっ、リーネちゃんその表情は反則だよ……そんな顔されたら私……)
芳佳が、リーネへのいかがわしい妄想をしかけた丁度その時、ポケットの携帯がブルルと鳴る。
携帯の鳴るタイミングがあまりにも絶妙だったので、思わずビクッとなる芳佳。
「わっ! ビックリした〜。ハルトマン先輩からだ……もしもし?」
『やっほ〜、宮藤。今、家庭科部の部室にいるよね?』
電話の相手はエーリカ・ハルトマン。高等部の1年生で芳佳やリーネと同じ501寮の住人だ。
学年でもトップクラスの成績の持ち主だが、私生活はズボラで部屋の掃除や洗濯は専ら、相部屋のゲルトルート・バルクホルンに任せっきりである。
ハルトマンとバルクホルン、性格こそ正反対の2人であるが仲は良く、部活も共に写真部に所属している。
「はい、いますけど……どうかしましたか?」
『急いで校舎前のバス停まで来てくれない? そうだな〜……できれば5分以内に』
「5分以内……ですか?」
『うん。そこで待ってるから。じゃ、よろしく〜』
「ええ!? もしもし? ハルトマン先輩〜? 切れちゃった……」
「どうしたの、芳佳ちゃん?」
「ハルトマン先輩が5分以内にバス停に来いって……よく分からないけど行かなくちゃ。
リーネちゃん、悪いんだけど後片付け頼んでいい?」
「うん。大丈夫だよ」
「ありがとう。じゃ、みんな。またね」
皆にそう告げて、芳佳は若干駆け足気味に部室を後にする。

「さてと、ハルトマン先輩たちが動いたことだし、私たちも行くとしますか」
芳佳が部室を去ってから少しして、那佳がリーネの方を見て笑顔で言う。
「うん。私たちも準備しよっか」

1655uxL6QIl ◆x.rTSKEoE2:2012/08/20(月) 14:04:25 ID:E54wvwHs

<5分後、ウィッチ学園バス停前>

「宮藤、こっちこっち〜」
芳佳がバス停に到着するとそこには、エーリカとバルクホルン、それに後輩のサーニャ・V・リトヴャクと服部静夏の姿があった。
「ハルトマン先輩、バルクホルン先輩〜。それに、サーニャちゃんに静夏ちゃんも。珍しい組み合わせですね」
「サーにゃんと静にゃんは、宮藤と同じ理由で私たちが連れて来たんだ」
「私と同じ理由……?」
「うん。ハルトマンさんについさっき起こされて、そのまま流れでここに……」
と、寝ぼけ眼のサーニャが答える。彼女は、合唱部に所属する中等部の2年生。
趣味はピアノとラジオで、週末は相部屋のエイラと共に、深夜過ぎまでラジオを聴いて過ごすことが多い。
そのため朝には弱く、今朝も普段は寝てる時間に起きたせいか、どこか気だるそうだ。
「眠い……」
「わわっ! リトヴャク先輩、しっかりしてください」
寄りかかって眠ってしまいそうなサーニャを支える静夏。
芳佳と同郷の彼女は、剣道部に所属する中等部の1年生だ。
2つ上の芳佳より、背も高くスタイルも良いので2人で街を歩いても静夏より年下にしか見られないのが、芳佳の小さなコンプレックスでもある。

「はい、これ宮藤の」
そう言って、芳佳にスポーツバッグを手渡すエーリカ。
「水着とタオル……プールにでも行くんですか?」
「うん。君たち、今日が誕生日でしょ? これはささやかだけどお姉さん達からのプレゼントだよ」
エーリカが芳佳たち3人にチケット状の紙を配る。
それは今、テレビや雑誌で話題になっているレジャープールの1日無料券だった。
「これ、どうしたんですか?」
「えへへ、トゥルーデが商店街で買い物して集めた福引き券でね、」
「ハルトマンが福引きを回したら3等のそのプール券5枚セットを当ててな、せっかくだから可愛いいもう……
 いや、後輩であるお前達にプレゼントしようと思ってな」
と、頬を赤く染めたバルクホルンが言う。
同郷の友人からは『トゥルーデ』と呼ばれている彼女は、その可愛らしい愛称とは裏腹に、絵に描いたような堅物で何よりも規律を重んじる大学部の1年生だ。
一方で、愛妹家の一面もありその愛情は実妹のクリスだけでなく、所謂”妹キャラ”全般に向けられており、下級生には彼女のファンも多い。

「ありがとうございます! 私たちラッキーだね、今話題のレジャープールに行けるなんて」
芳佳が目をキラキラさせながら、誕生日が同じ2人の後輩の方を見て言う。
「うん。今からとっても楽しみ」
「いいんでしょうか? 私なんかが先輩方とご一緒して……」
「もう、静にゃんったら遠慮しないの。ちょっとは同学年のルッキーニを見習いなさい」
「逆にあいつはもう少し、遠慮を覚えるべきだがな……おっ、バスが着たようだ」
「よし! じゃあみんな、バスに乗り込め〜。ハルトマン探検隊の出発だ〜!」
「お〜!」
「……そのチーム名、もう少しどうにかならないか?」

1665uxL6QIl ◆x.rTSKEoE2:2012/08/20(月) 14:04:58 ID:E54wvwHs

<同時刻、ウィッチ学園近くの商店街>

「え〜っと、買わなきゃいけないものは全部買ったかな」
オレンジ髪でグラマラスな少女が、メモを見ながら呟く。
彼女の名前はシャーロット・E・イェーガー、高等部の2年生で陸上部のエースで彼女もまた、501寮の住人である。友人からは『シャーリー』と呼ばれている。
「ふぇっくしょん! ウジュ、今誰かがあたしのウワサしてる〜」
シャーリーの隣の、黒髪ツインテールで褐色肌の少女が小さなくしゃみをする。
彼女の名前はフランチェスカ・ルッキーニ、中等部の1年生で寮でも相部屋のシャーリーとは1番の仲良しだ。
先ほど、エーリカ達の話題に出ていた『ルッキーニ』とは勿論彼女のことである。
「夏風邪じゃないの? 誰があんたの噂なんてするのよ」
ルッキーニ同様、ツインテールの少女が呆れるように呟く。
彼女はフランシー・ジェラード、愛称は『フラン』と言い、芳佳たちのクラスメイトで501寮の近くにあるワイト寮の住人だ。
同郷で陸上部の先輩でもあるシャーリーのことを尊敬しているがその一方で、彼女と仲が良いルッキーニには多少ジェラシーを感じている。

「へへっ、あたしはフランと違ってモテるからね〜。四六時中ウワサされてても不思議じゃないもん」
「ふ〜ん、どうせろくでもない噂しかされてないんじゃないの?」
「何さ、ツルペタのくせに〜」
「あんただってツルペタじゃない!」
「あたしはこれからおっきくなるもん!」
「……2人ともケンカしないで、荷物運ぶのを手伝ってほしいであります」
ルッキーニとフランの間の少女が溜息交じりに呟く。
彼女の名前はヘルマ・レンナルツ、静夏やルッキーニと同じクラスに所属する中等部の1年生である。
フラン同様シャーリーの陸上部の後輩であり、また、バルクホルンファンクラブの会長を自称しており同郷のトゥルーデを非常に尊敬している。
「はぁ、私もバルクホルン先輩とプールに行きたかったであります……」
「あたしもプール行きたかった〜! ねぇシャーリー、なんであたし達が買い出し担当で、バルクホルン先輩達が芳佳達の連れ出し担当なの?」
「仕方ないさ。福引き券を集めたのはバルクホルンで、プール券を当てたのはハルトマンなんだから」
「その福引きって、1等は薄型テレビなんですよね。何でも当選した人はまだいないとか……」
「薄型テレビか……それがあたしらの部屋にあれば、寮のリビングでチャンネル争いしなくても済むな」
フランの何気ない話題にシャーリーが食いつく。元々、家電製品が好きな彼女にとって、十分心揺さぶられる話題だったようだ。
「HDレコーダーとかないんでありますか?」
「あるにはあるけど、好きな番組はリアルタイムで観たいじゃん? 丁度さっきの買い物で福引き券も溜まったことだし、ちょっくら運試しと行きますか」

<数分後、福引き会場>

「あれ? あそこにいるのってカール先輩とブランク先輩じゃないですか?」
「あっ、本当だ。お〜い、マリアン、ジェニファー!」
福引き会場で友人を見かけ、手を振って声をかけるシャーリー。
「ん? 何だ、シャーリー達か」
シャーリーの呼びかけに金髪の少女が手を振って答える。
彼女の名前はマリアン・E・カール、シャーリーと双璧を成す陸上部のエースで506寮の住人だ。
「よっ、マリアンも福引きに挑戦したのか?」
「ああ。2等の温泉旅行券狙いだったんだけどね、結果は惨敗さ」
と、両手いっぱいに参加賞のポケットティッシュを持ったマリアンが答える。
「マリアンったらムキになっちゃって、普段使わない化粧用品とかも買い漁って福引き券を集めてたんですよ」
そう笑顔で言うのはジェニファー・J・デ・ブランク、マリアンのルームメイトで陸上部のマネージャーも務める彼女は、公私共にマリアンの良きパートナーだ。
「へぇ、そんなに温泉旅行に行きたかったのか?」
「まぁね。ジェニファーに温泉旅行をプレゼントしようと考えてたのさ」
恥ずかしげもなく、そう答えるマリアン。
「え? 私のために福引きを……?」
マリアンの福引きの目的が自分のためだと知って、頬が赤くなるジェニファー。
「ああ。ジェニファーにはいつも苦労をかけてるからね。骨休みになればと思ってたんだが、そんなに上手くはいかないか」
「マリアン……ふふっ、気持ちだけで十分ですよ」
「ジェニファー……」

「あー、はいはいごちそうさま。どれ、ちょっくらあたしが1等を当ててみるか」
「頑張れシャーリー!」
「イェーガー先輩ならきっとできます!」
「あの、皆さん。当初の目的を忘れてるような気がするんですが……」
盛り上がる一同に1人、冷静なツッコミを入れるヘルマ。

1675uxL6QIl ◆x.rTSKEoE2:2012/08/20(月) 14:05:32 ID:E54wvwHs

<12時頃、レジャープール更衣室>

「静夏ちゃん、また大きくなったんじゃない? えいっ」
「きゃっ! い、いきなり何するんですか、宮藤さん!」
「サーにゃんは相変わらず肌白いな〜。しかもスベスベ」
「ハルトマンさん、く、くすぐったいです……」
「……お前達、公共の場で何をやっているんだ」
「何ってスキンシップだよ、スキンシップ。あれ? トゥルーデもおっきくなった?」
水着に着替えたトゥルーデの胸をエーリカが何気なく触る。
シャーリーやリーネには及ばないものの、彼女も中々の大きさである。
「ひっ!?」
「にしし、501寮の堅物もここは柔らかいよね〜。わぁ、やっぱりこの前触った時より大きく……」
そこから先の言葉は、更衣室中に響くようなトゥルーデのビンタの音によって遮られた。

「うぅっ、何も本気でビンタすることないじゃんかー」
プールサイドからビーチボールで遊んでいる芳佳を見ながら、エーリカが隣のトゥルーデにぶつくさ言う。
サーニャもすっかり目が覚めたのか、芳佳や静夏と楽しそうに遊んでいる。
「お前が、人前でいきなり胸を触ってくるのがいけないんだ」
「ふ〜ん、じゃあ人前じゃなかったら触ってもいいの?」
「な!? ど、どうしてそういう話になる」
「へへっ、トゥルーデ顔真っ赤だよ。可愛い〜」
「う、うるさい! 今日という今日はもう我慢ならん!」
「えへへ、捕まえられるものなら捕まえてごらんよ〜」
「待てハルトマン!」

「何だかバルクホルン先輩とハルトマン先輩、私たちより楽しんでるね……」
「うん」
プールで水を掛け合って騒ぐ先輩2人を、後輩たちは微笑ましく見守った。

<同時刻、501寮>

「リーネ、頼まれてたもの全部買ってきたぞ」
「ありがとうございます、シャーリー先輩。ところで、その大量のポケットティッシュはどうしたんですか?」
「いや〜、帰りに福引きに挑戦したら見事に全部外れてね」
「あんだけやっても3等のプール券すら当たらないなんて、シャーリーったら運なさすぎだよ〜!」
「う〜ん、こんなはずじゃなかったんだけどな、アハハ……」
今日の501寮は、いつもより多くの生徒で賑わっていた。
芳佳と静夏とサーニャの誕生日を祝うため、リーネを中心に皆で誕生会の準備をしているところだ。
「リーネ〜、この芋どうやって潰すんダ?」
雪色の髪の少女が独特のイントネーションでリーネを呼ぶ。
彼女はエイラ・イルマタル・ユーティライネン、高等部の1年生でエーリカのクラスメイトだ。
サーニャのルームメイトで、彼女には恋愛感情に近い気持ちを抱いている。
寮の食事当番に当たった時はサンドイッチ等の簡単なもので済ますので、料理はあまり得意ではないが、
今日は大好きなサーニャのために自ら進んで、誕生会の料理作りを名乗り出ていた。
「それならポテトマッシャーを使えば楽ですよ。ほら、こんな感じで」
「おお、これは便利ダナ」

1685uxL6QIl ◆x.rTSKEoE2:2012/08/20(月) 14:06:00 ID:E54wvwHs

「ただいま……あら、良い匂いね」
「どうやら誕生会の準備は順調に進んでいるようだな」
皆が慌しく誕生会の準備をしているところに、寮長のミーナ・ディートリンデ・ヴィルケと、副寮長の坂本美緒が寮長会議から帰ってきた。
ミーナは、合唱部の部長で物腰優雅で気品に溢れた大学部の1年生。
美緒は黒髪をポニーテールでまとめた剣道部の主将で大学部の2年生だ。
寮のメンバーを始め、部活の後輩たちからの信頼も厚い2人であるが、彼女達にはある致命的な欠点があった。

「ほう、エイラはポテトサラダを作っているのか。何か私たちに手伝えることはないか?」
美緒がボウルを覗き込みながら、エイラに尋ねる。
「あー、こっちは大丈夫だから先輩たちは飾りつけとか手伝っててくれヨ」
エイラがそう言うと、美緒とミーナはどこか残念そうな表情でキッチンを後にする。
「やれやれ。ミーナ部長は味オンチだし、坂本先輩は料理オンチだからナ。2人に料理させたら大変なことになるんダナ」
エイラが小声でぼそっと呟く。そう、2人は致命的に料理が下手なのだ。
「まぁ、人間誰しも欠点の1つや2つくらいあるものですわ。料理が苦手な坂本先輩もまた、人間味溢れて素敵ですわ」
目をキラキラ輝かせながら、エイラの隣で料理をしていた眼鏡をかけた金髪の少女が語る。
彼女の名前はペリーヌ・クロステルマン、501寮の住人でエイラやエーリカと同じクラスの高等部1年生。
「また始まったよ……本当、ツンツンメガネは坂本先輩のことになると盲目になるんダナ」
「あなただけには言われたくありませんわ。いつも『サーニャ〜、サーニャ〜』って騒いでばかりのあなただけには」
「む、誰がいつそんな風に叫んでたんダヨ!」
「あら、自覚がないなんて救いようがないですわね」
「何だと〜」

「2人とも、口より先に手を動かしなよ」
「そうですよ。喧嘩してたら終わるものも終わらないですよ」
言い争うエイラとペリーヌを、各々の友人が仲裁する。
エイラの友人であるニッカ・エドワーディン・カタヤイネンは、直枝と同じ502寮の住人で友人からは『ニパ』と呼ばれている。。
エイラの幼馴染であるが、彼女が早生まれなため、学年はエイラの1つ後輩に当たる。
ペリーヌの友人であるアメリー・プランシャールは、フランと同じワイト寮の住人で同郷のペリーヌを非常に尊敬している。
2人共、芳佳のクラスメイトの中等部3年生だ。
「宮藤さん達、いつも騒がしい先輩達に囲まれて、大変そうですね」
「ああ、確かに……」
顔を見合わせてニパとアメリーは苦笑いした。

「菅野、黒田、何か手伝うことはあるか?」
美緒が、リビングで飾りつけの作業をしている同郷の後輩たちに尋ねる。
「ん? 人手なら足りてるんで大丈夫ッスよ」
「会議の後で疲れてるんじゃないですか? 先輩たちはゆっくり休んでてくださいよ」
那佳はそう言って、美緒とミーナをソファに座らせる。

「ふむ、何もしてないというのも落ち着かないな」
「そうね。可愛い後輩たちの誕生日なのに、年長の私たちが何もしないわけにはいかないわよね」
「そこでミーナ、1つ提案があるんだが……」
「あら、何かしら?」
美緒がひそひそとミーナに何かを耳打ちした。
それを聞いたミーナの顔に笑みがこぼれる。
「名案ね。それじゃあ、早速準備に取り掛かりましょうか」

1695uxL6QIl ◆x.rTSKEoE2:2012/08/20(月) 14:06:38 ID:E54wvwHs

<3時間後、501寮前のバス停>

「う〜ん、今日は疲れたね〜」
501寮前で停まったバスから降りたエーリカが伸びをしながら、呟く。
「ああ。こんなに身体を動かしたのは久しぶりだ」
「先輩たち、1番大きいウォータースライダーの方まで行ってましたもんね」
「あ、あれはハルトマンが逃げるから……」
「だって、トゥルーデが追っかけてくるんだもん」
「あはは……今日は本当に楽しかったです。ハルトマン先輩、バルクホルン先輩、本当にありがとうございました」
芳佳が頭を下げて、エーリカ達にお礼の言葉を述べる。静夏とサーニャも芳佳に続いて頭を下げる。
「礼を言うのはまだ早いよ。君たちの誕生日はまだ終わってないんだから」
エーリカはそう言うと、ニコニコ顔で寮のドアを開ける。
芳佳たちが寮に入るのと同時に、玄関からクラッカーの音が鳴り響く。
「へ?」

「芳佳、静夏、サーにゃん! 誕生日おめでと〜!」
玄関では、寮の仲間や友人達が口々に芳佳と静夏とサーニャにお祝いの言葉を掛けてきた。
その普段とは異なる光景に3人は思わず目を丸くする。
「アハハ、ビックリしたか? そんだけ驚いてくれれば、サプライズパーティーを企画した甲斐もあるってもんだ」
「サプライズパーティー……?」
「そうさ。リーネが中心になって色々動いてくれたんだ。ほら、上がった上がった」
シャーリーに急かされながら、芳佳達がリビングへと足を運ぶ。
「芳佳ちゃん、サーニャちゃん、静夏ちゃん。誕生日おめでとう」
リビングでも玄関と同じくらい熱烈な歓迎が、芳佳達を待っていた。
直枝が書いたものだろうか、壁には『芳佳 サーニャ 静夏 Happy Birthday!』と書かれた横断幕が飾られ、
テーブルにはケーキや美味しそうな料理が数多く並んでいる。

「みんな、コップは持ったか? よし、それじゃあ宮藤とサーニャと服部の誕生日を祝して……乾杯!」
シャーリーの乾杯の号令のもと、賑やかな誕生会が始まる。
芳佳と静夏とサーニャは、ケーキに刺さったロウソクの灯を吹き消しその後は、各々の友人達との時間を過ごす。

「サーニャ、誕生日おめでとナ」
「うん。ありがとう、エイラ」
「これ、私からのプレゼントナンダナ」
サーニャは、エイラから綺麗な飾りがついた袋を受け取る。
中には、大きくて可愛らしい猫のぬいぐるみが入っていた。
「嬉しい……! ありがと、エイラ」
感謝の気持ちを込めて、エイラのことを抱きしめるサーニャ。
エイラは取れたてのイチゴのように顔を真っ赤にさせる。
(サ、サーニャにハグされた!? し、幸せナンダナ……)

「静夏、誕生日おめでと〜。これ、あたしとヘルマからのプレゼントだよ」
「こ、これはもしや……!」
「はい! 服部さんが敬愛されている宮藤先輩であります」
静夏は、クラスメイトのルッキーニとヘルマからプレゼントを受け取る。2人で作ったというお手製の宮藤人形だ。
「ありがとうございます! 私、凄く感激です」
感激のあまり静夏は、2人の同級生をぎゅっと抱きしめる。
自分達のよりずっと大きい静夏の胸に当たり、ルッキーニとヘルマはたじたじだ。
「ちょっ、静夏……苦しいよ」
「ど、同級生とは思えない大きさであります……」

「芳佳ちゃん、誕生日おめでとう」
「おめでと、芳佳」
クラスメイトから改めてお祝いの言葉を掛けられる芳佳。
彼女の周りにプレゼントの箱が次々と積み重ねられていく。
「みんな、本当にありがとう。あれ? おかしいな、嬉しいのに涙が出ちゃう……」
「芳佳ちゃん」
嬉し涙が頬を伝う芳佳を、リーネが優しく抱きしめる。
それを見ていた他のクラスメイト達が思わず『おおっ』と声をあげる。
「リーネちゃんがこの誕生会、企画してくれたんだよね? ありがとね、私今最高に幸せだよ。大好きだよ、リーネちゃん」
「うん……私も」

「あー、こりゃ私たちお邪魔かな。みんな、あっちの方でケーキでも食べてよ」
「賛成」
芳佳とリーネが良いムードになったのを察したのか、那佳たちクラスメイトは2人のもとをそっと離れる。
みんなが去った後、芳佳は顔をあげてリーネに自分の唇を近づける。
「リーネちゃん、私」
「ダ、ダメだよ芳佳ちゃん。こんなところで……」
「えへへ、でも今は誰も見てないよ。ね、ちょっとならいいでしょ?」
リーネは顔を真っ赤にして、押し黙ってしまう。
それを肯定の意と受け取った芳佳は、リーネの唇と自分のそれをそっと重ね合わせる。
「んっ……リーネちゃんの唇、さっき食べたケーキよりも甘くて、柔らかい」
「もう、芳佳ちゃん変なこと言わないでよ……」
それから2人は顔を見合わせ、少しの間笑いあった。

1705uxL6QIl ◆x.rTSKEoE2:2012/08/20(月) 14:07:19 ID:E54wvwHs


「ねぇ、ところで坂本さんとミーナ寮長は?」 
パーティーが始まってから暫くして、芳佳が美緒とミーナがいないことに気づき、リーネに訊ねる。
「あれ? そう言えばどこ行ったんだろ……誕生会の準備をしてた時にはいたんだけど」
「呼んだか、宮藤?」
「坂本さん、ミーナ寮長! どこ行ってたんですか?」
「ごめんなさいね。これを仕上げるのに手間取っちゃって」
鍋を持ったミーナが芳佳の問いに答える。鍋からは怪しげな煙が立ち込めていた。

「ま、まさか2階のキッチンで料理してたんですか?」
おそるおそるシャーリーが2人に尋ねる。
「ああ。私とミーナが、じっくり煮込んで作った肝油とその他諸々の特製スープだ」
「そ、その他諸々って何ですか!?」
「色々あるぞ。ラー油に塩辛、アンチョビにウスターソース。あとはブルーハワイのシロップと……」
「あっ、それ以上言わなくていいです」
「たくさん作ったから、遠慮しないで食べてね」
ミーナはそう言って、鍋の蓋を開ける。
鍋の中身を見た一同の顔が、みるみるうちに青白くなっていく。
(遠慮するなと言われても……)

「おいニパ」
「な、何だよイッル」
「ちょっとこれ飲んでみろ」
エイラがスプーンで特製肝油スープをすくい、それをニパの口へ運ぶ。
「……!」
スープを飲んだニパは、何も言葉を発せずにその場にバタンと倒れてしまった。
「あらあら、倒れるほど喜んでくれるなんて」
「作った甲斐があるな、はっはっは!」
「……」

あくまでマイペースな2人に、もはや突っ込む気にもなれない一同であった。

――十分後……

「ニパ……なんだかんだでいいヤツだったヨ」
「オレ、お前のこと忘れないからな」
「いや、私を勝手に殺すなよ」
ソファで横になったニパが、自分の前で手を合わせ拝んでいるエイラと直枝に突っ込みを入れる。
「すまなかったな、カタヤイネン。ミーナ達も悪気があってやったわけではないんだ。
最も、あの2人にはもう少し、自分達が料理できないことを自覚してもらう必要があるがな」
そう言って、ニパに水の入ったコップを渡すトゥルーデ。
ちなみにミーナと美緒の作った特製スープは、トゥルーデが2人にジュースやお菓子の追加買出しを頼んで、彼女達がいない間にこっそり処分した。
「いえ……でもイッル、ひどいじゃないか。私に毒見させるなんて……」
「ごめんナ。悪運の強いお前なら大丈夫かなと思ったんだけど……あれ? そう言えばサーニャは?」
「サーにゃんなら、疲れたからちょっと横になるって、静にゃんと宮藤の部屋に行ったよ」
「何? 宮藤のヤツ、まさかどさくさに紛れてサーニャにあんなことやこんなことを……ちょっと止めてくるんダナ」
宮藤の部屋へ向かおうとするエイラをエーリカが静止する。
「まーまー、1年に1度の誕生日なんだし3人で色々、語りたいこともあるんじゃない? それに、宮藤なら大丈夫。"浮気"なんてしないと思うよ。ね、リーネ?」
「え? は、はい……」
自分に目配せするエーリカを見て、顔を真っ赤にするリーネ。
誰にも見られていないと思った芳佳とのキス、どうやらエーリカにはバッチリ見られていたようだ。

1715uxL6QIl ◆x.rTSKEoE2:2012/08/20(月) 14:08:37 ID:E54wvwHs
<芳佳とリーネの部屋>

「今日は楽しかったね」
ベッドで大の字になって横たわった芳佳が、両隣で横になっているサーニャと静夏に話かける。
「うん。疲れたけど楽しかった」
「はい、凄く凄い1日でした」
「あっ、そう言えばまだ言ってなかったっけ……誕生日おめでとう! サーニャちゃん、静夏ちゃん」
「うん。誕生日おめでとう、芳佳ちゃん、静夏ちゃん」
「おめでとうございます! 宮藤さん、リトヴャク先輩」
「えへへ、来年も再来年もその先もずっとこうやって3人で祝い合おうよ」
そう言って芳佳は、サーニャと静夏の手を握る。
サーニャと静夏も芳佳に答えるように彼女の手を握り返す。
「私は幸せだな。沢山の友達に囲まれて」
それから芳佳は、目を瞑って今日一日のことを思い浮かべた。
リーネと作ったクロワッサン、静夏やサーニャと一緒に遊んだプール、自分達以上に楽しんでいたトゥルーデとエーリカ、
友人達のサプライズパーティー、色々な意味でインパクトのあった美緒とミーナの料理、そして、リーネとのキス。
それらはきっと、忘れられない思い出としていつまでも芳佳の心の中に残ることだろう……

〜Fin〜

―――――――
以上です。
これからは通常の話と並行して、学パロの方もまったり不定期に書いていこうと考えています。
スレ汚し失礼しました。ではまた

172mxTTnzhm ◆di5X.rG9.c:2012/08/30(木) 05:32:28 ID:m0rasAQU
>>171 5uxL6QIl ◆x.rTSKEoE2様
GJ! オールスターの学園パロディ、賑やかで楽しいです!
良い誕生日ですね。ほっこりしました。


こんばんは。mxTTnzhmでございます。
保管庫No.0450「ring」シリーズ続編になります。
ではどうぞ。

173nostalgia 01/03:2012/08/30(木) 05:33:01 ID:m0rasAQU
「何? リベリアンが怒っているだと?」
 昼食後、廊下でしゅんとしたルッキーニから聞いたトゥルーデは唖然とした。
「あいつが怒る……一体何が有ったんだ。何か怒らせる様な事でもしたのか」
「そんな事してない! てか、あたしが分からないから聞いてるのに!」
「いやすまんルッキーニ、私も事情がよく分からないんだが」
 トゥルーデの横に居たエーリカが、んー、と顎に手をやり少し上を向く。そしてぽつりと一言。
「ねえ、シャーリーが怒る前、何やってた?」
「え? 怒る前?」
 聞かれたルッキーニは、しばし朝の様子を思い返した後、二人を引き連れてハンガーへと向かった。

「ここで、いつもと同じ様に、ストライカーユニットいじってた」
 ルッキーニが指差す所。そこはシャーリーの“指定席”。暇さえあれば、部屋かハンガーの一角に陣取り、籠もりっきりでユニットの調整や魔導エンジンの分解整備等に明け暮れる。
 朝、食事を皆で一緒にした時、彼女は普段と何も変わらなかった。
 突然の豹変の理由は一体?
 格納装置には、シャーリーが置いていった彼女のストライカーユニットが整然と置かれていた。綺麗に磨かれ、傷も無い。
「確か、朝に試験と訓練を兼ねて飛行に出た筈だな」
「そうだね」
 シャーリーのスケジュールを確認するトゥルーデとエーリカ。
「まさかエンジンを壊したとか」
 適当に推理してみるエーリカ。
「なら、ミーナか少佐に言うだろう」
「でも、思う様に速度が出なかったって、確か報告に……」
「そうだな」
 執務室で偶然目にした報告書の事を思い出す二人。
「シャーリー超怖かった……なんであんなに怒るの」
 ルッキーニはそれ以上多くを語らないが、全身のジェスチャーが多弁に事を語っている。小さく震え、涙目のルッキーニを見、トゥルーデはぽんと肩に手をやり、頭を撫でる。エーリカも倣って、ルッキーニを優しく抱きしめる。
「心配ないよ、何とかなるって」
「本当?」
「大丈夫だ、私達に任せろ」
 トゥルーデとエーリカは頷いた。
「何が大丈夫だって?」
 ハンガーの入口から聞こえる、酷く苛ついた感じの言葉。普段の彼女のものとは思えない、シャーリーのやさぐれた声。彼女の表情は暗く、険しい。瞳の色も何処か濁り、それでいて鈍く錆び付いていて、刺々しい。トゥルーデは憶することなく、声を掛ける。
「丁度良いところに来たなシャーリー。聞きたい事が有る」
「あたしは何も無い。てかなんであたしのストライカーユニットの前に居るんだ。退けよ」
 今にも殴り掛かりそうな勢いのシャーリー。びくっと震えるルッキーニ。エーリカは頭を撫でつつ、ルッキーニを連れて一歩後ろに下がる。トゥルーデも心得たもので、二人をシャーリーから庇う位置に付くと、真正面から向き合い、顔を見据え、ゆっくりと口を開いた。
「ルッキーニから聞いた。何をそんなに怒っている?」
「あんたらに解るもんか」
 吐き捨てる様に言うと表情を歪めるシャーリー。
「まずは話さなければ何も分からないだろう。エスパーでもあるまいし」
「今度は説教かよ? てか堅物、そこ退け。あたしはあたしのストライカーユニットに用がある」
「生憎だが私はお前に用がある、リベリアン。そんな精神状態でまともに飛べると、整備が出来るとでも思うのか」
「くっそ! 邪魔だって言ってるだろ!」
 シャーリーが先に手を挙げた。ストレート気味に振られた拳は、素早く反応したトゥルーデの掌にすっぽりと収まる。そのまま怪力で拳を握り、相手が痛がるのも構わず、そのまま強引にねじり上げ、関節を決め、背後を取る。そして耳元で冷静に言う。
「いきなり暴力とは、らしくないなリベリアン。本来なら懲罰モノだぞ」
「いたたたっ! 痛い痛い! それ以上力を込めるな! 腕が千切れる!」
「なら、ストライカーいじりは少しやめて、私に付き合って貰うぞ。良いな?」
「堅物からデートのお誘いかよ……ッ!」
 くそっ! とシャーリーはもう一度悪態をついた。

174nostalgia 02/03:2012/08/30(木) 05:35:13 ID:m0rasAQU
 基地のバルコニー。そよ風が心地良いその場所に、四人は居た。
 トゥルーデの決め技から解放されたシャーリーはわざとらしく腕をぶんぶんと回すと、手摺に寄り掛かり身体を預けると、空を見上げた。
「なあ、堅物……じゃなくてバルクホルン」
 傍らに置かれたマグカップ。薄目、甘めに淹れたミルクコーヒーを一口すすり、気持ちが少し落ち着いたのか、目を合わせないまま、空に顔を向けたまま、ぽつりぽつりと呟く様に喋るシャーリー。
「今朝もあたしは快調だった。いつもと同じ様に愛用のユニットを整備して、最高の状態にチューンして……」
 同じくマグカップを片手に、じっと話に聞き入るトゥルーデ。エーリカとルッキーニは、少し離れた場所にある椅子に腰掛け、お茶とお菓子をつまみつつ、二人の様子をじっと見、聞いている。
「そして試験飛行。調子は良かった。イイ感じに上昇。加速してさ」
「……」
 黙ったまま、シャーリーの言葉を待つトゥルーデ。そんな彼女をちらりと見て、シャーリーは言った。
「喋れよ」
「いや、話の続きが聞きたい」
「何だかな。……で、そんなこんなで飛んでる時に、ふと、鳥に逢ったんだ」
「鳥?」
「ああ。何の鳥かは知らないけど。大きくて、風に乗って……渡り鳥かな。大きな翼を広げて、ゆったりと、ほんと、止まる位にゆっくり、空を飛んでいた。一キロでも速度を上げようとしてるあたしになんてお構い無しさ。まるであたしが馬鹿みたいに」
「そこまで言わなくても」
「で、羽根がひとつぽろっと落ちて、あたしはそれを掴んだ」
 そう言うと、シャーリーは胸元から大ぶりの羽根を取り出し、トゥルーデに見せた。
「これだよ。これ見てたらさ……よく分からないけど、あたしがやってる事、一体何なんだろうって思ったら、情けなくなってね。気付いたら墜落寸前まで速度が落ちてたよ」
 自嘲気味に笑うシャーリー。鳥の羽根をトゥルーデに押しつける。何の鳥かのものは分からないが、とにかく芯の強いその羽根は見事で、飾りに出来そうな位に白さが美しい。
「鳥は気付いたら遠くに飛んでったよ。まっすぐにね」
「そうか」
「ああ。あたしなんか眼中にないって位に」
 シャーリーは、そこで初めて自分の足を見た。
「鳥の去っていく姿見て思った。……あたしは一体何だ? バイクをかっ飛ばしてた、ボンネビルの頃から何も変わってない。何も。何一つ。ただ速さだけを追い求めるスピード狂? それなのに」
 そう言うと、シャーリーは、ああもう、と呟いて頭をかきむしる。トゥルーデは、そう言う事かと内心独りごちると、羽根を持ったまま、優しく言った。
「お前は、変わった」
「何処が?」
 即座に聞き返すシャーリーに、ゆっくり聞かせる様に答えるトゥルーデ。
「501(ここ)に来て、変わった筈だ。それはお前だけじゃない。私も。そしてそこにいるルッキーニも、ハルトマンも」
「具体的にどの辺が」
「らしくなく、理詰めで来るんだな。変わった事は、人それぞれだ。性格が柔らかくなったり、色々だろう」
「じゃあ、あんたから見てあたしはどこが変わった?」
「そうだな……それは、お前に一番近い奴が一番知っている筈だ」
「?」

175nostalgia 03/03:2012/08/30(木) 05:35:54 ID:m0rasAQU
 会話を聞いていたエーリカが、トゥルーデと目くばせすると、横でしょんぼりクッキーをかじっていたルッキーニを立たせて、出番だよと耳元で囁き、シャーリーの元に送り出す。
「ルッキーニ……」
「シャーリー……」
 二人は久しぶりに出会った恋人みたいに、気まずそうに、言葉を交わせないでいる。
 二呼吸分程もじもじした後、不意にルッキーニが呟く。
「ね、ねえ。もう、怒ってない?」
「え? あ、ああ……ごめんな」
「シャーリー、変わってないよ? いつもと同じ。いつも楽しくて、どんな時も頼もしくて、あたしのそばに居て、あたしに構ってくれる……だから」
「そっか。そうだよな。ごめん、ルッキーニ」
 シャーリーはルッキーニをそっと抱きしめると、額にキスをした。抱きついて来るルッキーニをきゅっと抱き返すうちに、いつもの楽天的で、柔和なシャーリーの表情に戻る。
「シャーリー、いつものシャーリーでいて?」
「勿論、あたしはあたしだ。ごめんな、心配掛けて」
 ルッキーニを優しく撫でる。そして彼女の言葉を反芻した後、トゥルーデの方を向いて訝る。
「おいバルクホルン、どう言う事だ? あたし、変わってないってさ」
「そうだよ、それだよシャーリー」
 エーリカがトゥルーデの横に来て、そう言って笑った。
「?? ハルトマン、意味が分からないぞ」
「ルッキーニが言ってたじゃん。その通りだよ。いつもニコニコ貴方のそばに……ってさ」
「501(ここ)に来る前、そしてルッキーニが来る前のお前はどうだった?」
 エーリカとトゥルーデの言葉を聞き、頓知でしてやられた様な表情をした後、不意にくすっと笑った。
「これはお前に宛てた鳥からのメッセージじゃないか? 大事にするんだな」
 トゥルーデはシャーリーに純白の羽根を返した。
「なんだかえらく詩人だな。らしくないぞバルクホルン。悪いモノでも食べたか?」
「失礼な奴だな。これでも……」
「心配なんだよ、シャーリーの事がね」
 ふふーんと笑って袖を引っ張るエーリカ。
「そ、そんな事有るか!? 私はあくまでも最先任尉官としてだな」
「はいはい。じゃ、行こうか。じゃあ二人共、夕食でね」
 エーリカはまだ何か言いたそうなトゥルーデを連れて、バルコニーから退出した。

176nostalgia 04/03:2012/08/30(木) 05:36:40 ID:m0rasAQU
 バルコニーに残されたシャーリーとルッキーニ。
「なんか、ゴメンな。本当ごめん。そんなつもりじゃなかったんだ」
「いいの。シャーリーいつもと同じに戻ってくれたから」
「許してくれるのか。そっか、ありがとな」
「だって、シャーリーだいすきだもん」
「あたしもお前が大好きだぞ、ルッキーニ」
 二人は西日差すバルコニーの中で、そっとキスを交わす。
 そして、シャーリーはルッキーニの手に、鳥の羽根を握らせる。
「これ、やるよ」
「いいの?」
「なんか、欲しそうな目してたし。それにこれ、あたしがずっと持ってても、あんまり意味無い様な気がしてさ」
「でも、これ大事なものじゃ?」
「お前が無くさずに持っていてくれたら、いつでも見られるからそれで良いよ、ルッキーニ」
「ありがと。だいすきシャーリー」
 二人はもう一度、強くお互いを抱きしめた。

「あれで良かったのか?」
 廊下を歩きながら、呟くトゥルーデに、エーリカは微笑んで言った。
「あれが正解。多分。だって、最後いつものシャーリーだったじゃん」
「まあ、な。誰しも、ふとした切欠で我を見失う事は有る」
「そうだね。トゥルーデも……」
「何か言ったか?」
「なんでも〜。あ、もしかしてあの羽根ちょっと欲しかったりする?」
「要らん。ただ、クリスが見たら喜ぶかなとか思った……」
「またまた。これだから」
「な、何がおかしい? 言いたい事が有るならはっきりと……」
「じゃあ、キスしたら言ってあげる」
「な、何? それは……」
「したくない?」
「それは……その」
 思わず立ち止まった隙を見逃さず、エーリカはトゥルーデと唇を重ねる。微かな触れ合いが、やがてゆっくりとした口吻へと変わる。
「言いたい事、ある?」
 問い掛けに、はあ、と大きく息を付いて、ゆっくり答えるトゥルーデ。
「愛してる、エーリカ」
 トゥルーデの台詞を聞いて、ふふっと笑う金髪の天使。
「その言葉聞きたかった。私も愛してる、トゥルーデ」
 二人はもう一度、お互いの唇を味わった。

end

177名無しさん:2012/08/30(木) 05:39:44 ID:m0rasAQU
以上です。
文字オーバーで急遽分割したのでナンバリングが適当に……すみません。

普段温厚なシャーリーでも、何かの切欠に怒ったりするのかな、
そうした場合は誰がフォローするのかなと色々妄想して書きました。
ちょっとキャラ的に違うかも知れませんが……。

ではまた〜。

178名無しさん:2012/08/30(木) 20:16:57 ID:YBnsfyZs
>>177
シャーゲルでもありシャッキーニーでもありそしてやはりエーゲルである……
素晴らしかったです

1795uxL6QIl ◆x.rTSKEoE2:2012/09/13(木) 07:05:58 ID:YdzWE07Q
>>172 mxTTnzhm ◆di5X.rG9.c様
GJです。
シャーリーの年齢相応の"弱さ"が人間味溢れていて素敵です。

おはようございます。
フミカネ先生HPの残暑見舞いイラストの静夏ちゃんがエロ可愛かったので、
それを元に(?)、1本書いてみました。
では、どうぞ

1805uxL6QIl ◆x.rTSKEoE2:2012/09/13(木) 07:06:30 ID:YdzWE07Q

【真のウィッチへの道は遠し?】

「はぁ……」
「どうしたんダ? ミーナ中佐。手紙見ながら溜息なんかついて」
「もしかして、あたし達の予算が減らされるとか?」
或る日の昼下がり、ミーティングルームで手紙を見て溜息をつくミーナを心配して、エイラとルッキーニが声をかける。
「ううん。そういうわけじゃないんだけど……504のドッリオ少佐にまた、無茶なお願いをされてね」
そう言って、自分が今読んでいた手紙をルッキーニに手渡すミーナ。
エイラとお茶を持ってきた芳佳も手紙の内容が気になり、ルッキーニを囲むように覗き込む。
「ルッキーニちゃん、何て書いてあるの?」
「えっとね……来年のせくしーカレンダー用の写真を各部隊から募集してるみたいで、あたし達からも1枚提供してほしいんだって」
「せくしーカレンダー? そんなものがあるんですか!?」
興味津々そうに身を乗り出す芳佳。
『せくしー』という言葉に釘付けのようだ。
「ええ。元々、前線の戦意高揚のためにドッリオ少佐が企画したものなんだけど、ロマーニャ公に止められてからは彼女が趣味で
色々撮ってるの。この前、挨拶に行った時もトゥルーデとエーリカがバニーガールの衣装を着せられたりして、大変だったわ」
「あたしとシャーリーがこないだまで504にいた時も、色んな服着せられたよ。『これも任務の一環』だからとか言われて」
ミーナとルッキーニから、カレンダーの全容を聞いた芳佳の目がみるみるうちに輝きだす。
その表情はまるで、獲物を狙う肉食獣のようだ。
「それは素晴らしい企画ですね。ミーナ中佐! その写真の撮影、私たちに任せてください!
 いざとなったら責任は取ります! エイラさんが」
「おい、何で私ナンダヨ」
「だって、エイラさんが私たちの中で1番偉いじゃないですか」
「そーそー。エイラは中尉であたし達は少尉だもん」
芳佳に同調するようにルッキーニも頷く。
「こういう時だけ上官扱いすんナー!」
「まーまー、責任ある立場って凄いことじゃないですか。501のせくしー団長さん♪」
「いよっ! カッコイイよ、せくしー団長!」
エイラを取り囲んで、彼女を囃し立てる芳佳とルッキーニ。
エイラもエイラで、『せくしー団長』と呼ばれて満更でもない様子だ。
「悪い気はしないけど、何か上手く乗せられてる感じがするんダナ……」
「まぁ、私もそこまで手が回らないから、あなた達がやってくれるのならありがたいわ。今回の件は任せるわね」
「はい、お任せください!」
芳佳が元気良く返事をする。こうして、501のせくしー団の写真撮影が始まった。


「さて、誰を撮りましょうか? せくしー団長さん」
「う〜ん、やっぱりリーネじゃないカ? シャーリーも捨てがたいな……」
トゥルーデからカメラを借りて、撮影の準備は万端の一同。
今は、基地の廊下で誰を撮るか相談しているところだ。
「ねーねー2人とも、あそこ見て。ターゲットはっけーん!」
ルッキーニが指差した方向に芳佳とエイラが目をやるとそこには、坂本美緒少佐と服部静夏軍曹の姿があった。
静夏の年齢の割りに発達した胸を見て、3人は顔を見合わせてニヤリと笑う。
「良いところに目をつけたナ、ガッティーノ。確かに新人のスタイルはある意味エース級……」
「静夏ちゃんのせくしーカレンダー……それは良いですね」
と、半分ヨダレを垂らしながらニヤつく芳佳。
「よし、突撃だ。行って来い特攻隊長!」
「はい!」

1815uxL6QIl ◆x.rTSKEoE2:2012/09/13(木) 07:07:01 ID:YdzWE07Q

「すまなかったな、服部。支援物資の運搬を手伝わせてしまって」
「いえ、坂本少佐のお役に立てて嬉しい限りです」
「静夏ちゃーん!」
美緒と静夏の間に割って入るように、飛び込む芳佳。
「み、宮藤さん! 一体どうなさったんですか!?」
「今から、カレンダー用の写真を撮ろうと思ってるんだけど、静夏ちゃん協力してくれないかな?」
「それはつまり、私の写真を撮るということですか?」
「うん。せくしーカレンダーっていうちょっとえっちな写真をね。静夏ちゃんスタイル良いから、いいモデルになると思うんだ」
「い、いけません! 軍人がそんな不埒な写真の撮影など……」
顔を真っ赤にしながら、芳佳のお願いを断る静夏。
しかし芳佳も、断られるのを織り込み済みのようで今度は美緒に何かを耳打ちする。
彼女にも静夏の説得を頼んでいるようだ。

「行ってこい服部、新兵は数多の経験を重ねることで成長し、一人前のウィッチになるものだ」
「そうだよ! 何事も経験だよ、静夏ちゃん」
そう言いながら、静夏の肩を叩く芳佳と美緒。
憧れの上官2人にここまで言われては、断るわけにもいかない。
静夏は覚悟を決め、芳佳の手を取って答える。
「わ、分かりました! 不肖この服部静夏、微力ながら協力させていただきます!」
「うん、ありがとう。それじゃ、行こっか」

静夏の手を引っ張って、基地のゲストルームへ連れて行く芳佳。
そこではすでにルッキーニとエイラが撮影の準備をしていた。

「おお、よく来てくれたナ、新人」
「早速だけど、それ脱いだ脱いだー!」
「きゃあっ!」
ゲストルームに入るや否や、いきなりルッキーニに上着を脱がされる静夏。
彼女が身に付けているものはボディスーツのみとなる。
「手際がいいナ、さすがせくしー団の技術長」
「へへ〜ん、あたしにかかればこれくらいどうってことないよー!」
「ル、ルッキーニ少尉! いきなり何をするんですか!」
「せくしーカレンダーの撮影なんだから、格好もせくしーじゃないと。ほら、こっちも脱いだ脱いだー!」
次にルッキーニはボディスーツに手をかけ、あっという間に静夏を生まれたままの姿にする。
「うぅっ、ひ、ひどいです……」
「ごめんね、静夏ちゃん。ちょっとの辛抱だから。次はこれに着替えて」
そう言って芳佳が持ってきたのは、白の水着。
露出度が高めの、上下に分かれたタイプの水着だ。
「静夏ちゃんはさあ、こういう水着も似合うと思うよ〜」
(どうしてサイズぴったりなんだろう……)
後ろに回って、芳佳は水着のトップスを装着させていく。
静夏は、芳佳が持ってきた水着が自分にぴったりなサイズであることに疑問を覚える。

1825uxL6QIl ◆x.rTSKEoE2:2012/09/13(木) 07:07:42 ID:YdzWE07Q

「静夏ちゃんのって、やっぱり大きいな〜」
「ひゃぁっ!?」
どさくさに紛れて水着の中に手を入れ、静夏の胸をそっと触る芳佳。
それを見ていたルッキーニも芳佳に負けじと静夏の胸を揉みしだく。
「芳佳ばっかりずる〜い! あたしも静夏のおっぱい触る〜」
「きゃっ! ルッキーニ少尉、そ、そんなとこっ」
「フフ、じゃあ私はお尻のほうを……ほほう、こっちも中々……」
水着のボトムスを穿かせながら、静夏のお尻を揉んでいくエイラ。
「やぁっ……ダ、ダメですユーティライネン中尉……あぅっ」
「そんな事言われたら、もっと触りたくなるナ……って、いけない。あやうく当初の目的を忘れるとこだった」
「そうだよ。あたし達の目的は、静夏のせくしー写真を撮ることだよ」
「静夏ちゃんがあまりにも可愛い声出すから、忘れちゃってたね」

数分後、当初の目的を思い出した3人は静夏を解放して、写真の撮影に撮りかかる。
3人に散々揉みくちゃにされた静夏は、抵抗する気にもなれず、好き勝手に写真を撮られていた。
「もう、煮るなり焼くなり好きにしてください……」
「おお、潔いナ新人。それじゃあ、もうちょっと前屈みになってくれ」
「そうだなー、その上でもっとせくしーなポーズ、取ってくれない?」
「いいね、そのポーズ。素晴らしいよ静夏ちゃん!」
静夏のせくしーな姿を次々写真に収めていく芳佳たち。
一通り写真を撮り終わった後で、ルッキーニが疑問に思ったことを口にする。

「ねぇ、水着の写真をこんな部屋で撮るのって変じゃない?」
「言われてみればそうだね……ビーチまで行ってみる?」
「おお、それは名案ダナ」
「え? そ、外で撮影するんですか?」
「うん。そのつもりだけど……どうかしたの?」
「あの、さすがにこの水着で外に出るのは、は、恥ずかしいです……」
「耐えろ新人。その羞恥心を乗り越えた先に、お前の目指す理想のウィッチへの道が続いているんダ」
「この試練を乗り越えれば、あたし達みたいに飛べるようになるよ。ほら、行こっ」
そう言って静夏の腕をガッチリ掴むエイラとルッキーニ。
彼女を半ば強制的に、外へ連れて行くつもりのようだ。
(一人前のウィッチになる事が、こんなに大変な事だったなんて……お父様、真のウィッチへの道のりはまだまだ険しそうです……)
エイラとルッキーニに引っ張られながら、故郷の父親を想う静夏。
彼女の苦難はこれからもまだまだ、続きそうである……

〜Fin〜

――――――
以上です。ストッパー役がいないとおっぱい星人トリオは好き勝手暴走しちゃいますね
ではまた

1835uxL6QIl ◆x.rTSKEoE2:2012/10/11(木) 09:28:28 ID:QkT.so0I
おはようございます。
保管庫NO.1644「School Life」の続編を2レス投下していきます。
那ちゃんとナオちゃんの話です。では、どうぞ

1845uxL6QIl ◆x.rTSKEoE2:2012/10/11(木) 09:29:03 ID:QkT.so0I

【ファーストキスはどんな味?】

「ナオちゃ〜ん、お疲れ〜」
「おお、那佳。お疲れさん」
剣道部の部室を後にして、寮へ帰ろうとしていたところを同級生の那佳に呼び止められる。
良い写真でも撮れたのか、首に下げたカメラを持ってニヤニヤしている。
「えらく上機嫌だな。良い写真でも撮れたのか?」
写真部の那佳は、部活動の風景や広報誌の写真を撮るためいつも学内を奔走している。
その行動力と体力には、ただただ感心させられる。
「うん。今日はね、広報誌に載せる学食の写真を撮ったんだ。我ながら結構美味しそうに撮れてね……」
その直後、会話を遮るようにオレと那佳のお腹が鳴る。
2人のお腹が鳴るタイミングがあまりにも絶妙だったので、オレ達は思わず吹き出してしまう。
やっぱ、部活の後ってすげー腹減るよな、うん。
「あはは、食べ物の話してたらお腹空いてきたね」
「ああ。部活の後だから尚更な」
「ねぇ、帰りに家庭科部の部室に寄ってみない? 芳佳ちゃん達なら何か恵んでくれるかも」
「そうだな。芳佳達、今日は部室の掃除当番だって言ってたから、まだ残ってるだろうし」
オレは那佳の提案に乗って、家庭科部の部室へと歩みを進める。

「灯りが点いてないな」
――家庭科部の部室前、灯りはすでに消えていて人がいそうな気配はない。
芳佳とリーネは掃除を終わらせて、もう帰ったんだろうか。
「もう帰っちゃったかな……あれ、鍵は開いてるね」
部室に鍵がかかってないことを確認した那佳が、そっとドアを開ける。
そこでオレ達は、目の前に広がっていた予想外の光景に息を呑むことになる。
「なっ……」
真っ暗な部室の奥に見えたのは、深いキスを交わす芳佳とリーネの姿。
(な、何やってんだあいつら……)
月明かりの下で接吻を交わす2人が妙に色っぽくて、オレの胸はドキドキと高鳴りを覚える。
って、見惚れてる場合じゃない。2人に気づかれる前にここを離れたほうがいいな。
オレは部室の扉をそっと閉めると、呆然と立ち尽くしている那佳の手を引っ張ってその場を後にした。

「んっ……ねぇ、今何か音しなかった?」
「気のせいじゃない? それより、もうちょっとだけキスしてもいい?」
「え? もう、芳佳ちゃんったら甘えん坊さんなんだから」

1855uxL6QIl ◆x.rTSKEoE2:2012/10/11(木) 09:29:36 ID:QkT.so0I
――――――◆――――――

「しかし、芳佳達にはビックリしたな」
「うん。あんなところでキスしてるなんて……」
家庭科部の部室を後にしてから20分後、オレ達はコンビニ買ったアイスを食べながら帰路に着いていた。
話題は専ら、さっき目撃した芳佳とリーネのキスの話。
「あの2人がイチャついてるとこなら、今までイヤというほど見てきたけどさ、いざああやってキスしてるのを見ると
なんか……照れるよな」
「……うん」
消え入るような声で那佳が頷く。それから暫らく、オレと那佳の間に沈黙が流れる。
……なんなんだろうな、この気まずさは。

「ねぇ、ナオちゃん」
アイスを食べ終わった那佳が、そっと口を開く。
「なんだ?」
「キスって、どんな感じなのかな?」
「どんな感じって、そりゃきっと甘くて柔らかいもんなんだろ。オレも小説で得た程度の知識しかないけどさ」
「ふーん。ね、私たちもキスしてみない?」
那佳が遊びに誘うような気軽さでとんでもない提案をしてくるものだから、オレは思わず度肝を抜かれる。
「な!? い、いきなり何言い出すんだよ」
「私、あの2人のキス見てたらどんな感じなのか気になっちゃって……ナオちゃんも興味あるでしょ?」
「そりゃ、興味ないって言えばウソだけどキスって普通、好きな人とするものだろ」
「私、ナオちゃんの事好きだよ」
そう言ってオレの手を握って、笑顔を向けてくる那佳。
いや、お前の言ってる好きは『ラブ』じゃなくて『ライク』のほうだろ。
そんなキラキラした瞳でオレを見つめないでくれ、反応に困るじゃないか。

「……しょうがないな、ちょっとだけだぞ」
那佳の純粋な瞳に折れたオレは、彼女の手を引っ張って、近くの自販機の陰に連れて行く。
「じゃあ、行くぞ」
「……うん」
オレは那佳を自分のもとに引き寄せて、彼女の唇を自分のそれで塞いだ。
「ナオちゃ、ん……」
想像してた以上に那佳の唇は、甘くて柔らかい。
唇を重ねれば重ねるほど、那佳の全てが伝わってくるような気がしてオレの胸は自然と高鳴っていく。
キスって、こんなに気持ちいいものだったのか……

「んっ……」
少しして、オレは那佳から唇を離した。
時間にして数十秒ほどのキスだったが、妙に長く感じられた。
気まずさからオレも那佳も、中々言葉を切り出せずに押し黙ってしまう。
少ししてから那佳が口を開いた。
「ナオちゃんの唇、甘酸っぱかったな」
「……っ! な、何恥ずかしいこと言ってんだよ」
「へへっ、ナオちゃんったら照れちゃって。可愛いんだから。ね、今度またキスしよっか?」
「だ、誰がするかバカ!」
言葉とは裏腹に、胸を高鳴らせるオレがいた。
あの甘くて柔らかい感触をまた味わうのも悪くないと思った事はもちろん、那佳には内緒だ。

〜Fin〜

――――――――
以上です。
一線を越えた関係ってドキドキします
ではまた

186mxTTnzhm ◆di5X.rG9.c:2012/11/20(火) 21:56:39 ID:pogSsp42
>>182 >>185 5uxL6QIl ◆x.rTSKEoE2様
GJ! 501せくしー団ワロタw これはひどいw(誉め言葉)
そして学園ウィッチ、良いですね! これは素敵な青春です!


こんばんは&お久しぶりです。mxTTnzhmでございます。
以前ふと思った疑問を、SSにしてみました。
時期的には2期終了後〜劇場版までの間に起きたお話しと言う事で。
ではどうぞ。

187flashpoint 01/07:2012/11/20(火) 21:57:15 ID:pogSsp42
 501基地の空気が、そして隊員全員の気持ちが、張り詰めていた。
 間も無く合図をもとに開始される「模擬戦」。ただの模擬戦の筈だ。だが、それが色々なものがまぜこぜになって、どうにもならなくなったものだと、したら。

 事の発端は、数時間前に遡る。
 とある用事で501基地に降り立ったのは、欧州よりも南、地中海を越えた砂漠の煙る地で戦果を上げる、有名な連合軍第三十一統合戦闘飛行隊「アフリカ」「STORM WITCHES」のエース、そして隊長の二人。少々お茶がてら休憩でも……とミーナは基地の隊員全員を集めて歓迎のお茶会を開いた。
 そこで、「人類最高」のエースと褒め称えられるあのウィッチが、やらかしたのであった。
「やあ、この前の合同作戦以来だね……って、殆ど喋ってなかったっけ? ともかくリトヴャク中尉。久しぶり。何度見ても、噂通りのオラーシャ美人だ」
 それまでマルセイユは他の隊員達と呑気に話していたが、サーニャのそばにそそっと近寄ると、声を掛けた。人見知りの気があるサーニャは、「は、はい、どうも」とぎこちなく答えたが、それがマルセイユにまた響いたらしい。
「君、ナイトウィッチなんだってな。是非とも欲しい。アフリカに来ないか」
「でも、私は501のナイトウィッチですから」
「確かにそうだ。でも私は欲しいんだけどな、君を」
 マルセイユはサーニャを気に入ったかの如く、褒め称えた。そして盛んに勧誘する。
「あんまりサーニャを困らせるナヨ。ウチもナイトウィッチはサーニャだけなんだから」
 エイラが口を尖らせる。501から貴重なナイトウィッチを引き抜かれるのが嫌なのか、それとも露骨に誘っているマルセイユが嫌なのか。はたまた両方か。
 待ってましたと言わんばかりに、マルセイユはちらりとエイラを見た。いや、見下した。
「おや。『極北の私』と言うのは君かな?」
 その一言がエイラに火を付けた。
「それはハンナだ! 私じゃナイ! 大体、私達が何でお前の名前を渾名につけられなきゃいけないんダ!?」
「私位に褒められる奴が居るなら、相当強いんじゃないかと思ってね。君じゃないなら失礼した。さてリトヴャク中尉……早速だがこんなとことは早くおさらばして、私の部隊に……」
「待てヨ」
「なんだ、まだ何か有るのか」
「こんなとこ、とは何ダ」
 珍しくエイラが初対面に近い相手に、感情を露わにしている。
「こんなとこ、とは文字通り『こんなとこ』、じゃないのか」
「それは侮辱と取るゾ」
「ほほう。では、どうする? どっかの怪力バカみたいに、力で私をねじ伏せようとでも?」
「エイラ、やめて」
「サーニャは黙っててクレ。ここまで虚仮にされて引き下がれるカ?」
「可哀相に、こんなのと一緒に居るなんて……」
 マルセイユはサーニャの顎をすっと撫でると、唇を近付けた。見ていた芳佳とリーネがきゃあ、と黄色い悲鳴を上げる。
「オイお前!」
 エイラが動く。だが先にマルセイユの肩を掴んだのはシャーリーだった。その速さは一瞬だったが、加速の固有魔法を使ったかどうかは本人のみぞ知る事。
「アフリカじゃあ色々世話になったから言うけどさ」
「お、イェーガー大尉か。どうかしたか?」
「あんた、ここ、アウェーって事、少し考えた方が良いよ」
 シャーリーの口調は気楽だが、目は笑っていない。
 ふっと口の端を歪めると、マルセイユはサーニャから離れ、シャーリーの手をさっと払い除けた。
「どうやらその様だ。あっちからも痛い視線を感じるしね。ご忠告感謝」
 マルセイユは部屋の片隅に居る同胞二人に一瞬視線を送った後、エイラに向き直る。
「全く。あいつと来たら何て事を」
 遠くから様子を見ていたトゥルーデは、苦々しげに呟いた。エーリカは、そんなトゥルーデを宥めるので手一杯。
「よし。スオムスのウィッチ、私と勝負だ。模擬戦で良いだろう。負けたら……」

188flashpoint 02/07:2012/11/20(火) 21:58:56 ID:pogSsp42
 そこに割って入ったのは、「ストームウィッチーズ」の隊長、ケイ。
「はいはい。ならこうしましょう。勝ったら一週間リトヴャク中尉を私達の部隊にゲストとしてご招待。負けたら、貴方がブロマイドにサインを百枚、追加で501全員にもサイン入りブロマイドをプレゼント、それで良いかしら」
「何でも良い。何故なら私は絶対に負けないからな。でも、ここは結構強い奴が多いんだろう?」
 その言葉を紡ぐ時、ちらりとエーリカの方を見て……、その後改めて501全員を見回して、マルセイユは続けた。
「そんな奴等がどんなもんか、試してみたかったんだ」
 マルセイユはにやっと笑うと、自身のストライカーユニットが積まれた輸送機目指して……それが駐機するハンガーに向かって……、駆け出した。エイラも負けじと立ち上がったが、トゥルーデに押し留められた。
「何するんダ大尉?」
「奴のペースに乗せられているぞ。……どうした、サーニャの事になると普段の冷静さは何処かへ消えてしまうのか?」
「えッ、それは……」
 やれやれ、とトゥルーデは呟くと、改めてエイラの両肩をぎゅっと掴んだ。そして言葉を続けた。
「どうせ止めろと言ってもお前は模擬戦に行くんだろう。だから501の最先任尉官として、そして501の仲間として忠告したい事がある。いいか、よく聞け」

 二十分後、基地滑走路から二人のウィッチが飛び立った。無線で基地指揮所と交信を続ける。美緒が双方に呼び掛けた。
「双方、所定の位置に付いたら正対状態(ヘッドオン)から開始だ。準備飛行中のついでに、もう一度、今回の模擬戦のルール確認をする。制限時間は三分。空戦で一発でも弾を受けシールドが発動した方の負けだ。制限時間内に決着が付かない場合は引き分けだ。再戦は無し。良いな」
『了解』
『了解』
 501の隊員、そしてケイは同じく無線のインカムを聞きながら、基地のバルコニーから双眼鏡やら色々持ち出して、空を眺めていた。
「人類最高のエースがねえ……無傷のエースと戦うって、どうなる事やら」
 ケイがぼそっと呟く。横に居たミーナは苦笑した。
「お互い大変ですね。やんちゃな部下を持って」
 ミーナの年不相応な落ち着き方に少しの違和感と敬意を抱くケイ。相当な場数を踏んできたんだろう、と察するも口には出さず、ケイはミーナの問い掛けに応じた。
「そうね、あの娘はいつもあんな感じ。良くも悪くも自由で……そう言えば隊長さんは、マルセイユの事」
「私の直接の部下ではなかったから、トゥルーデ……いえ、バルクホルン大尉やハルトマン中尉程、詳しくはないです。でも、名前と戦功はよく知っていますよ。有名人ですからね」
「なるほど。あの娘、アフリカでも……」
「色々大変でしょう?」
「分かります?」
 二人の隊長は顔を見合わせると、苦笑した。
「本当、今回はうちの娘の我が儘に付き合わせてしまってごめんなさいね。後でこの借りは必ず」
 ケイはミーナに詫びた。ミーナは諦めが少々混じった笑みをもって、ケイを宥めた。
「いいえ。たまには私達の中にも、刺激を与えないと」
「そう言って貰えると助かります」
 ミーナとケイの、ほのぼのとした会話。そんな彼女達をさしおいて、美緒は指揮所でひとり、無線を使い、また双眼鏡で時折位置を確認しながらエイラ、マルセイユの双方に指示を出す。
「よし、定位置に付いたな。銃器に異常は無いか最後の点検だ。確認を怠るなよ」
『了解』
「準備が出来たら応答を。同時に正面に直進しつつ、模擬戦開始だ」
『了解、最終チェック中だ』
『こっちもダ』
「美緒……いや、坂本少佐も頑張ってるねー。いつの間にか、第二の“師匠”って感じでまた」
 ケイがそんな美緒の姿を遠目で見ながら、微笑んだ。
「えっ? み……坂本少佐に、師匠が?」
 ミーナの驚いた顔に、ケイは笑って答えた。
「まだ彼女が駆け出しのこんなちっちゃなウィッチだった頃の話なんだけどね、その時の師匠がまた……」
「こっこらそこ、余計な事を言うな!」
 インカム越しに聞こえていたのか、美緒が慌ててケイを止める。
「まーまー焦っちゃって。変な事は言わないから安心して頂戴な」
「ま、まったく……」
「あとで詳しくお話し聞かせて頂きたいものです」
 少し頬を染めたミーナに、ケイはふっと笑顔で頷いた。
「まあ彼女の事は後で話すとして……この模擬戦、どうなりますかね」
「さあ……」

189flashpoint 03/07:2012/11/20(火) 21:59:23 ID:pogSsp42
「やんちゃなのは確かなんだけど、こうして501の皆さんに迷惑掛けちゃうのも申し訳無いんだけど、……だけど」
 ケイはインカムをオンにした状態で、声を大きめにしながら、“呟き”を続けた。
「そういうマルセイユ、私は大好きなのよね」
『こっこら! おい、ケイ! 皆の前でなんて事言うんだ! そう言うのは止めてくれ!』
 上空からインカムを通じてマルセイユの赤面っぷりが伝わって来る。
「これで、さっきの挑発とおあいこって事で」
 ケイはそっとミーナに耳打ちした。なる程、と頷いたミーナはご配慮感謝しますと応えた。

『……良いかエイラ。相手は仮にもカールスラント空軍(ルフトバッフェ)、いや「人類最高のエース」と言われるマルセイユだ。固有魔法は「偏差射撃」とも言われるが正確には分からん。未来視、三次元空間把握、魔弾の三種類の魔法の組み合わせではないかとも言われる程、奴の射撃技術は恐ろしいものだ。残念だが、今の私では恐らくあいつには勝てないだろう。この前見た様に、このハルトマンですら互角に持ち込むのがやっとだ』
 エイラはいつもと変わらぬ手順でMG42の点検をしながら、トゥルーデの「助言」を反芻していた。
『だが、お前には「絶対に当たらない」と言う「完全回避」の固有魔法がある。お前のその能力なら、可能性は十分に有る。良いか、絶対に負けるな』
「……簡単に勝てたら苦労はしないってカ。まァ、負けるつもりは無いけどナ」
 誰にとでもない呟きと共に、準備完了のエイラ。その旨を指揮所の美緒に伝えると、模擬戦開始の指示が出た。時間は三分。

 戦いが、始まった。

 両者正対位置から挨拶代わりに、軽く一、二発の弾丸を発射する。当然の事ながらさっと回避する。そうしてすぐに相手のバックを取る為にターン、絡み合いもつれる毛糸の如く、両者の激しいドッグファイトが始まった。的確な位置取りを目指し、マルセイユのBf109G-2/tropとエイラのBf109K4が魔導エンジンを全開にして、空を翔る。

 501の面々が揃って空を見上げる中、ぼんやりとバルコニーの手摺に肘を付き、話す二人のエース。
「どう、トゥルーデ? どっちが勝つと思う?」
「分からん。普通に考えればマルセイユだろう。何せお前と同格、いや、ウィッチとしても別格のウィッチだからな」
「まー、そうだよね」
 つまらなそうにちらっと上空を見た後、基地の眼前に広がるアドリア海に目を向けるエーリカ。先日のマルセイユとの合同作戦を、その後の“決闘”を思い出したのか、表情はどこか曇りがちだ。
 そんなエーリカの頭をトゥルーデは優しく撫でた。
「あの時の決闘、感謝してる。有り難う、エーリカ」
「あのねトゥルーデ、私はただ……」
「いいんだ。もういい」
 トゥルーデは微笑んで、エーリカの肩をそっと抱いた。
「で、答えの結果聞いて無いよトゥルーデ。どっちが……」
 エーリカはトゥルーデに寄り添う格好で、答えを聞いた。トゥルーデは言葉を選びつつ、エーリカに言った。
「そうだな……。何処までエイラがマルセイユの射撃をかわし続けられるか。勝負はそこだろう。マルセイユにしても、今まで相手にした事のないタイプのウィッチだ。初戦では特に、エイラの能力を前に焦りが出るんじゃないだろうか」
「あのマルセイユが、焦る?」
 訝るエーリカに、トゥルーデが答える。
「ウィッチは意外にふとした切っ掛けで、焦り出すものさ」
「まあね」
「私の正直な気持ちを言うと……カールスラント空軍(ルフトバッフェ)のエースとして、マルセイユには負けて欲しくない。一方で、501のエースの一人であるエイラにも、絶対に負けて欲しくない」
 ふう、と溜め息を付くトゥルーデ。エーリカはくすっと笑った。
「何だかんだで、二人共気になるんだね」
「それは……まあ」
「だから私はトゥルーデを……いや、何でもない」
「全く……」

190flashpoint 04/07:2012/11/20(火) 22:00:01 ID:pogSsp42
 地上のトゥルーデとエーリカにはお構いなしに、激戦を繰り広げる二人。

 エイラは、恐ろしいまでのマルセイユの正確無比、そして未来を読むかの如き偏差射撃能力に恐怖していた。
「何でこんなに狙って来るんダ、こいつハッ!」
 未来予知を駆使しても躱しきれないのではと思いかける程……、射撃は弾数こそ少ないものの、一発一発がずしりと重い空間的なプレッシャーとして、エイラを背後から、後方から、そして側面から容赦無く追い立てる。いやむしろ最初から確実に当てに来ている。追い立てる意味の牽制射撃など皆無で、全てが確実に致命的な部位を貫く様な射撃。背後のプレッシャーだけで追われ、更に止めの鋭い一撃が飛んでくる。それだけ相手の腕は確かだ。
 その都度、エイラは身を捩って、針の穴を通すが如き精度、襲い来る圧力と弾丸を避けながら、反撃のチャンスを伺う。翼端から糸を引く高速旋回から唐突な高Gロール、横滑りまでを無意識に織り交ぜる機動を駆使し、シャンデルで反撃を伺うも、相手の空戦機動も大したものですぐに背後に回られる。逃げる余裕が次第に失われていく感覚。それでもエイラは、固有魔法から得られるおぼろげな将来の“イメージ”と本来持つ天性のセンスをミックスさせ、回避を重ねる。
 脚を交互に動かしてのロールだけでは物足りないのか、舵面と逆に動かす事で見た目と異なる動きすら交えて一見複雑で、それでいて美しいまでの極限ぎりぎりの回避。エイラの本能か身体能力か固有魔法か或いはそれらのミックスか、そう言った見事なストライカーユニットの使い方、飛び方で、機動を続ける。
 試しに、後ろにだらりと流し持った状態でMG42を数発撃って牽制してみるも効果は無い。着実に、狙いが定まるのを肌で感じる。MG42を構え直す。エーリカとやる模擬戦と同レベル、いや、狙われると言う意味では更に恐ろしい程の、正確さ、そして空間把握能力。エイラは時折飛んで来る銃弾をギリギリ紙一重で幾度となくかわし、魔導エンジンに魔力を注ぎ込み、飛び続ける。

 一方のマルセイユは、表面的には冷静さをアピールしつつも、何故か掠りもしない弾丸にまず驚き、そして間も無く、相手のウィッチが何かしらの能力(チカラ)で、全て避けている事に驚愕していた。
「何だ、こいつ……」
 一発も、当たらない。
 愛用の武器MG34はセミオートとフルオートを撃ち分けられる。元々精密射撃、偏差射撃で殆ど弾丸を浪費せずネウロイを屠ってきたマルセイユにとってはなかなか優れた武器だった。しかしいざ模擬戦となり、何度狙いを定めて正確に撃っても、極々軽い上等な羽毛を掴もうとした時に手を近付けると逃れてしまう……そんな様を思わせる動き。まるで弾よりも奴の方が軽く、このMG34の弾丸が鈍重に空気を掻き分けているのかと当たり散らしたくなる気分。額ににじむ嫌な汗、こんなの初めての経験だ。模擬戦開始からこれまでに発射した弾数を数える。
 確実に追い詰めてはいる。その筈だ。普段のマルセイユなら、相手のちょっとした動きから、狙いを定めて着弾位置まで予測出来る程の感覚を有している。今もそう。その筈なのに。……当たらない。
 機動そのものでも確実に「回避する為の機動の余地」を奪っている。しかし牽制では無い、必中の射撃は悉く当たらない。MG34に問題は無い。そこに来ると確信する位置に、思った通りの弾道で思った通りのタイミングに音速の2倍で弾丸を送り届ける。にも関わらず、其処に奴は居ない。しかも必ず。
 ……何故外れる? 単純に固有魔法(チート)の力か? たまたまのラッキー? いや、そんな偶然がそう何度も繰り返される訳がない。ならばそれ程に、相手の総合的な回避能力とは優れたものなのか? もしや機体と空気(気温)の差? いや違う、向こうはスオムス出身でアドリア海での戦闘、こちらはカールスラントからノイエカールスラントを経ずにアフリカ戦線、条件にそんな差が出る訳じゃない筈だ……。マルセイユは自問自答を繰り返す。だがしかし、何度狙って撃っても答えは出ない。
 ……面白い。絶対に勝って、あのオラーシャのナイトウィッチをアフリカにお持ち帰りしてやる。オラーシャも確か大半をネウロイに奪われてる筈、なら(もっと状況が深刻な)カールスラントの私が彼女を連れていっても何の問題も無い筈だ! ……そう気張ってはみるものの、しつこいまでに回避を繰り返されると、野望はおろか、自身の腕にすら、少々の疑問が出てくる。
 舌打ちをすると、マルセイユは更にエイラを追い立てるべく、ストライカーユニットに魔法力を注ぎ込んだ。

 双方はもつれ合ううち、徐々に高度を失いつつあった。やがてどちらからとでもなく、ゆるゆると上昇機動に転じた。そうして暫く高度を稼いでから、またも激しい一騎討ちへと突き進む。

191flashpoint 05/07:2012/11/20(火) 22:00:33 ID:pogSsp42
 先程のマルセイユの舌打ちをノイズ混じりに聞いたのか、ケイがちらりと空の一点を見やる。……のめり込み過ぎなければ良いのだけど、とマルセイユを案じるケイ。しかし見た感じでは、マルセイユ優勢のまま勝負は進みつつあった。
「ユーティライネン中尉、かなり追われてますね」
「でも、マルセイユ大尉も決め手に欠けますね」
 ケイとミーナは上空の空戦を見ながら、ぽつりと呟く。既に模擬戦開始から二分が過ぎている。このままだと時間切れとなり勝負は引き分けとなる。

「ふむ。エイラにしてはよく凌いでいる」
 美緒が空戦の模様を見ながら感心する。思わず本音に近い呟きを漏らす。
「ハルトマンとの時とは違って、また見応えがあるな……」

「エイラさん、少しは反撃されたらどうですの?」
「ペリーヌさん、多分エイラさんは逃げるので精一杯なんじゃ」
「えっ、でも芳佳ちゃん、エイラさんの事だから、何か秘策でも」
「えっ、そうなのリーネちゃん?」
「エイラさんに秘策? どうかしら……」
 ペリーヌとリーネ、芳佳は三人で揃って空を見上げていた。

「見て見てシャーリー。エイラ凄いよ、本気出してる」
「ああ。あのマルセイユ相手に一歩も退かないとは、なかなかやるなー」
「あたし、鬼ごっこで負けたしー」
 アフリカでの出来事を思い出して苦々しい顔を作るルッキーニ。あははと笑ってあやすシャーリー。
「ま、あいつもあいつなりにプライドが有るだろうから、何とかなるだろ」
 楽天的に、後ろ手に腕を組み、空を見上げた。

「どう思うエーリカ。エイラの機動は」
「流石『当たらない』ってだけあるよね。私も模擬戦じゃ当てるのに苦労するからさ、エイラ相手だと。マルセイユの気持ちも少しは分かるよ」
 それを聞いたトゥルーデは、ふふっと笑った。そしてエーリカに言った。
「まあな。絶対に当たる筈の弾を完璧に避けてしまう。それが良くも悪くも、あいつの凄い所だ。ただ……」
 トゥルーデは心配そうに空を見上げた。
「このままだといずれは時間切れだ。二人はそれを『良し』とするだろうか?」

「エイラ」
 サーニャはただ、エイラの身を案じていた。自分の事などどうでも良い。だけど、大切なエイラがムキになって模擬戦をやるなんて……それが切っ掛けで怪我や事故でも起きたら、と思うと、心が張り裂けそう。
 だけど。
 エイラには、負けて欲しくない。そう言う気持ちも混ざり合い、うまく言葉が出てこない。
 だから、彼女の名を、呼ぶ。

 そろそろ時間。このまま逃げ切れば勝負は「引き分け」となり全てが終わる。ただ、エイラは研ぎ澄まされた身体感覚を駆使する中で、考え続けていた。
 ……撃たれ続け、全てを避けるだけで、果たして良いのか? 時折反撃も加えるが、流石「人類最強」と言われるだけあって一筋縄では行かない。ならばどうする? どうしたい?
 ふと、スオムスに居た頃を思い出す。訓練がてら、ストライカーユニットを履いて空を飛んだ頃の事。無邪気に鬼ごっこする感覚で、相手を捉えようと必死に魔導エンジンを吹かした頃の事。厳しい戦いの中、それなのに、仲間と一緒で楽しかったあの頃……
 そう、あの時……。そう、それだ。

 エイラは本能的に身を翻すと、がむしゃらにエーテル流を掻き分けるのを止めて、峻烈な頂に立つ程の勢いで加速し急上昇した。マルセイユも負けじとハイGバレルロールで身を捩り、真後ろに付く。

 ウィッチのストライカーユイット装備重量に対して大推力を絞り出す魔導エンジンは垂直上昇でも完全に失速する事は無い。しかし、運動エネルギーが位置エネルギーに変換されるその全てを補填する事は出来ない。平衡点に向けて漸近線を描く速度……その瞬間が訪れた時こそ、決着のとき。
(このまま急上昇を続けても、いずれ失速する。諦めたか)
 マルセイユは間も無く訪れるであろうチャンスを待ち、MG34を構えた。

192flashpoint 06/07:2012/11/20(火) 22:00:56 ID:pogSsp42
 刹那。
 エイラは不意に上昇から急下降に転じた。突然の停止、そして墜落にも似た落下。
 極端に不安定な挙動だが、エイラはそんなのお構いなしにMG42を構えて居た。
 確実にマルセイユを狙っている。

 エイラの挙動はマルセイユの意表を衝くものだった。トルクと舵面と体技のなせる技なのか? そうすべきだとの未来を視たからなのか? その過程は解らない、だが現実に、そして全く唐突にエイラは静止し、急降下に転じた。一見航空力学を無視したかに見える挙動に照準が追いつかない。
「ハンマーヘッドターン? いや、ストールターンか!?」
 マルセイユは思わず声を上げた。
 推力軸線と機動が全く合わない不安定な姿勢にも関わらず、エイラはMG42を構え、マルセイユを狙っていた。無理な構え直しはせず一見無造作な構え、それはしかし、射線上にマルセイユが入る瞬間が視えているが故の自然体。マルセイユにはそれが解った。
 咄嗟に「回避機動」を行わざるを得ない。マルセイユにとってはある意味屈辱でもあった。そして照準しなおして今度こそ確実に捉え得る網を投げかけるべく、トリガーに指をかける。

『そこまで! 両者射撃止め!』
 凛とした美緒の声が両者のインカムに届く。

 ぴくり、と動き掛けた指先を玩びながら、マルセイユはゆっくりと落下してくるエイラを見た。途中でバランスを立て直したエイラと、空中でホバリングしつつ、相対する。

「何だ、今のは」
 マルセイユの怪訝そうな、そして少々むっとした顔に向かって、エイラはニヤッと笑って言った。
「思い出しただけサ」
「何を」
「こう言う遊びも必要だって事をナ」
「何、馬鹿な事言ってるんだ……501は本当、おかしい奴ばかりだな」
 呆気に取られ、マルセイユは軽い皮肉を言うのがやっと。
「そうでもないとここではやっていけないゾ。あと、サーニャはやらないからナ」
「分かったよ。……そう言えば、ちゃんと名前を聞いて無かった」
 マルセイユはエイラと同じ高度に顔を合わせると、問うた。
「私はエイラ・イルマタル・ユーティライネン。あんたの事は知ってるヨ、マルセイユ大尉」
「ユーティライネンか。ああ、思い出した。501には『完全回避』のウィッチが居るって聞いた事が有るが、あれは君か」
「実戦でシールドを使ったのは今まででたったの一回だけだからナ。そこらのウィッチと同じにするなヨ?」
 えっへんと誇らしげなエイラを前に、合点が行った様子のマルセイユはそうか、と頷いた。
「なるほど、当たらない訳だ」
 どんなに追い詰めても当たらなかった。大した奴だと、マルセイユは戦いを振り返った。そしてもうひとつの事実を思い出し、口元を歪め、呟いた。
「ま、常時優勢にあったのは私の方だけどな」
「結局一発も当てられなかったのにそんな事言うカ?」
「それは痛いツッコミだな」
 いつしかエイラもマルセイユも、銃器を背負って互いに笑っていた。

 そんな二人の声を聞いた地上の仲間達は、色々な意味で安堵した。

193flashpoint 07/07:2012/11/20(火) 22:01:19 ID:pogSsp42
「今度は、冗談抜きでアフリカまで遊びに来てくれ。歓迎するよ」
 帰りのJu-52に乗り込む際、マルセイユは名残惜しげにサーニャに声を掛けた。
「しつこい奴は嫌われるゾ?」
 サーニャの前に立ち塞がり、頬を膨らませるエイラ。
「いや、ウィッチとしての戦力でなく、純粋な観光でも構わないって事だよ。余裕はないけど、歓迎するぞ。ユーティライネン中尉も是非来てくれ」
 マルセイユはエイラにも声を掛けた。
「ホホウ、そりゃドウモ。でも暑いのはちょっとナ」
「『住めば都』ってね。ここ程恵まれてはないが、なかなかいいとこだ」
「今度、考えておきます……」
 サーニャはぽつりと呟いた。マルセイユはそれを見込みアリと思ったのか、ふっと笑みを浮かべる。
「おいサーニャ……」
「エイラと、二人で」
「えッ?」
 サーニャの言葉を聞いたエイラは驚き、マルセイユは参ったとばかりに顔に手を当て、笑った。
「これはまた失礼した。……分かった、二人で一緒に来ると良い。歓迎する」
「有り難う御座います」
「ありがとナ、マルセイユ大尉」
 タラップを乗りかけたマルセイユは、エイラに近付くと耳元で何か囁いた。それを聞いたエイラは耳を真っ赤にして
「大きなお世話ダ!」
 と怒鳴った。マルセイユはひとしきり笑ったあと、
「じゃ、そう言う事で。面白かったよ。また」
 と別れを告げると、ゆっくりタラップを上がり、“ユーおばさん”のコルゲートの奥へと消えた。

「良いの? カールスラントの仲間に挨拶しなくて」
 先に乗り込んでいたケイに問われ、マルセイユは座席にもたれると、首を振って答えた。
「あのシスコン石頭は相変わらず。ハルトマンも相変わらず。ヴィルケ中佐も変わらずってとこだった。特に何も。まあ、少し安心したが」
「なら良いんだけど」
「それに、501(ここ)にはまた近いうちに来る様な気がするんだ」
「その予感、当たりそう?」
「さあ。どうだろう」
 ケイは窓の外を見た。501の隊員達が手を振って見送りしている。マルセイユは適当に手を振って応えた。ケイは懐からライカを取り出すと、記念に数枚撮影した。
「ストライクウィッチーズ、ストームウィッチーズの双方に幸あれ……ってとこかしらね」
 ケイも皆に向かって手を振った。間も無く扉を閉めた輸送機はタキシングを始め、ゆっくりと滑走路から離陸し、基地を離れた。
 マルセイユは、腕組みしたまま何か考え事をしている様だった。ケイは聞いた。
「そう言えば、ブロマイドにサインの罰ゲームは?」
「勝負では負けてないんだし、する必要ないだろう」
「でも、勝ってもいないわよね?」
「そりゃ、まあ……」
 ケイはふふっと笑い、マルセイユに声を掛けた。
「あら。珍しく、マルセイユにしては歯切れが悪いこと」
「扶桑のウィッチは嫌味もきついな」
「ま、良いけど」
 ケイは知っている。帰り際マルセイユがこっそり、ミーナに一枚のサイン入りブロマイドを託した事を。誰宛てに……とは特に言わなかったが、受け取るに相応しき人に渡り、きっと有益に使われるだろう。相手がミーナなら、安心出来る。
「ともかく、もうあんな無茶しちゃダメよ、マルセイユ。あと挑発もあんまり……」
「分かった分かった、少し寝かせてくれ、疲れたんだ」
「はいはい」
 ケイは苦笑すると、ブランケットを取り出してそっとマルセイユに掛けた。微笑んで、マルセイユは緩い眠りに就いた。

 “嵐”が去った夜。サーニャはベッドに横になり、タロットをめくるエイラに声を掛けた。
「ねえエイラ」
「どうしたサーニャ?」
「エイラが今日模擬戦やったのって、……やっぱり私の為?」
「あっ当たり前ダロ!?」
 顔を真っ赤にするエイラ。サーニャは続けて問うた。
「他に理由は?」
「それは……もう何だって良いじゃないカー!」
「最後にマルセイユさんは何て?」
「内緒ダゾ」
「ずるい。教えてくれないと私一人でアフリカ旅行に行くよ?」
「それはダメダナ」
「もう、エイラったら」
 サーニャはタロットに手を伸ばしたエイラの手を取った。そのままそっと、唇を手に這わせる。
「有り難う、エイラ」
「べ、別に……私ハ……」
 勝てなかった。でも守りきった。そんな敗北とも勝利ともつかぬ曖昧さ、何よりの安堵感、そして今も横にサーニャが居る事を、エイラは喜んだ。サーニャの為なら。エイラはそっとサーニャを抱き寄せ、二人だけの時間を楽しんだ。

end

194名無しさん:2012/11/20(火) 22:02:24 ID:pogSsp42
以上です。

2期10話でハルトマンvsマルセイユの戦いはありましたが、
じゃあ「人類最強のエース」と「絶対に当たらない(『完全回避』の)エース」が
戦ったら一体どうなるの〜? と言う疑問からこのSSを書きました。
大方の予想はマルセイユ勝利でしょうが、エイラならもしかしたら有り得るかも、
と思った次第です。それでこう言う結末に。……異論は認める。

なお、当SS作成に当たり、M−鈴木様から多大なご支援ご協力を賜りました。
ここに感謝の意を述べさせて頂きます。

ではまた〜。

195名無しさん:2012/12/24(月) 09:37:56 ID:0oqdEQjo
>>194
GJです!相変わらずmxさんの空戦は素晴らしいです…!
本編ではあまり出張らない(7話以外)エイラですが、他のウィッチと模擬戦をしたらすごく映えるんだろうなあ…
エーゲル&エイラニャすきーの自分にとってはご褒美のような一作でした…!

19621X2w2Ib:2012/12/24(月) 09:40:55 ID:0oqdEQjo
劇場版を見てから、ハイデマリー→ミーナさんが果てしなくキテルので3レスほど失礼します。

------

 憧れている、ばかりだった。レコードは擦り切れるくらい聴いた。私を護るための鳥籠、薄暗い部屋の中で彼女の
綺麗な声ばかりが、私の世界の全てだった。

 彼女はウィッチなのよと、私の世話役は語った。幼い頃から音楽の才能を認められ、その道を澄んだ瞳で見つめて
いた彼女は、このレコード一枚を残して空を飛ぶことに決めたのだと。神がもしこの世にいるとしたらそれは祝福な
のかそれとも重荷なのか、私にはわからない。ウィッチとしての能力がなければ、こんな絶望的な世界の中でも自分
の望む道を細々と進むことができたかもしれない。しかし天が彼女に与えた二物は、相反するものだった。

 ミーナ・ディートリンデ・ヴィルケ。今や世界中で、彼女の名前を知らない人のほうが少ないのではないだろうか。
ただしその名声は決して、声楽家としてのものではなく。
 伝説の魔女─ストライクウィッチーズの隊長にして、カールスラント空軍きっての優秀なウィッチ、つまりは軍人
としての、ものなのであった。

 ガリア開放と同時に第501統合戦闘航空団が解散と相成り、そこに所属していたカールスラント空軍のウィッチ
3名がここサン・トロン基地にて第1特殊戦闘航空団を結成したのが、確か一年ほどほど前のことだったか。そこか
ら、ロマーニャでの501の再結成とネウロイ撃退を経て2週間ほど前、再び彼女らはカールスラントに戻ってきた。
夜間戦闘航空団にいた私がそこに合流したのが、今日付けの話。

「紅い瞳をしているのね」

 唐突にかけられたのは、そんな言葉だった。声がかけられるとは思っていなかった私は、ビクリ、と肩をびくつか
せる。手に持った備品を取り落としそうになるほどだったことには、さすがに気づかれていないだろうか。そうだっ
たらいい。そうでなければ困る。
 なるたけ平静を装ってそちらを見やる。明かりのつけていない薄暗い備品庫の中は小さな窓から差す西日だけが
たったひとつの光源で、けれどなぜだろう、彼女にいるその場所が、ひどく眩しく思えるのだ。


 はい、と小さく返すことがやっとだった。それも消え入りそうなくらいの弱々しさで。だって声を掛けられるとは
思っていなかったのだ。ここにこうして私と彼女がふたりでいるのも、彼女が備品の受け取りを行なっているのを
見かけた私が、半ば押しかけるように彼女の行動に付き添ったからに過ぎない。目を丸くして驚いた様子をしていた
彼女は、けれども私の行動の意味を推し量ったようで「ありがとう」と微笑んだ。そのときも今に至るまでも、会話
らしい会話などしていない。それでいいのだと、そう思っていたから。いざ話しかけられても一体何を答えればいい
というのか。私と言葉を交わすことで彼女がいったい何を得するというのか。考えても答えなどない。むしろ必要
ないのだと思っていた。

「きれいな色だわ」

 彼女は続ける。私とよく似た色の瞳で、私をじっと見つめたまま。吸い込まれそうなその紅に、私はただただ立ち
尽くしていることしかできなくなる。

 だって、私はこの人に、ただただ憧れているばかりだったのだ。ずっと、ずっと。

 出会いは子供の頃だった。私がまだあの薄暗い部屋の中にいた頃だった。陽の光の下にいることができなかった。
真っ白い髪と、真っ赤な瞳。何もかもが他の子どもと違って、異質で。いつも何かに後ろ指をさされているような
気持ちで生きていた。人には見えないものが見える、どう比べても他の人と違う私。
 一言で言い切ってしまえばたぶんそれは孤独というもので、だけれども幼い私はだからといってどうすればいいの
かもわからないくらいに脆弱で。だから鳥籠の中に入って鍵を厳重に閉じていた。薄暗い部屋の中で一人ぼっちで
いた。与えられる本やレコードが私の世界で、私の友達だった。
 中でも擦り切れるくらいに聴いたものが、ミーナという少女の歌声を収録したものだ。少女と言っても彼女の声は
すでに大人のそれと比べても遜色のない美しさを誇っていて。針をのせる度に何度でも繰り返してくれる私のため
だけのコンサートは、幼い私の心をこれ以上なく癒してくれたのだ。

19721X2w2Ib 2/3:2012/12/24(月) 09:41:42 ID:0oqdEQjo

「私と、おんなじね」

 そんな、出会いとも言えない出会いのことに思いを巡らせている私のことなどいざしらず、彼女は続ける。ああ、
やっぱり綺麗な声。それだのにどうしてだろう。私の目の前にいるその人は、決して華やかなドレスをまとっている
わけではなく。彼女も、そして私も、身を包んでいるのは軍服─戦装束なのだ。

 彼女はウィッチではないかしらと、教えてくれたのは家を出て入れられたウィッチの養成機関の世話役だったと
記憶している。好きなものはとの質問に、ミーナという歌手が好きですとようやく答えた私に世話役は一度首を傾げ
たあと、同じ名前のウィッチがいるよと言った。音楽の名家の出だったような気がする、そういえばレコードの一枚
や二枚出していたかも、と。

 あなたもウィッチになるんだから、もしかしたら会えるかもしれないわね、いつか。そう笑った世話役に対して、
私はなんと答えたのか、実はよく覚えていない。それでもきっと、今この瞬間と同じような気持ちになったのでは
ないかと、そう思うのだ。
 そう、いまこうして、このサン・トロン基地で、ふたりきりで彼女と相対しているこの瞬間と。だって泣いていい
のか笑っていいのか、よくわからずにいるのだ。柔和な笑顔で語りかけてくる彼女に、そうですねの一言すら返せず
に固まっている。西日を浴びているのは彼女の方で、私は暗がりにいるというのにどうしてだろう、私の顔ばかりが
熱くなっていますぐにでもそむけてしまいたいと思うのだ。それだのにそれをすることはできない。だって、あの
ひとの瞳が私を捕らえて離さないから。

 そう、いつのまにか私もウィッチになって、いくつもいくつもネウロイを墜として。
 昇格を重ねて、少佐になって。気がつけば彼女に手が届く場所に来ていた。けれど未だに実感がわかない。あれ
ほど憧れたあのひとが、ミーナ・ディートリンデ・ヴィルケそのひとが、こうして目の前にいて私の目を見て私の姿
についての言葉を発しているだなんて。

「ヴィルケちゅうさの、ほうが」
 たっぷりの沈黙も、ミーナ中佐は苛立つ素振り一つなく待っていてくれた。ああ、やっぱり素敵な人だわ。声ばか
り、噂ばかりだった彼女の印象が、またひとつ美しく彩られていく。一年前は、こんなことになるだなんて思いも
しなかった。同じ国で生まれて同じ国でウィッチになって、けれども届くはずなんてないと、彼女の瞳に私が映る
ことなんてないと、そう思っていたのに。
「…私のほうが?」
「…なんでも、ありません」
 続きをうながされたのに、私はどうしてか、その続きを口にすることは出来なかった。その続きを考えただけで
どうしてか涙がこみ上げてくる。

 あなたのほうがずっと、ずっと、きれいですだなんて、そんなこと。

(私はサーニャ。第501統合戦闘航空団の、サーニャ・リトヴャクです。)
(第501統合戦闘航空団って、あの、ミーナ中佐の?)
(そうです)

 遠くて近い、ナイトウィッチの友人と始めて通信越しに会話を交わした時のことが不意に記憶に蘇った。サーニャ
と名乗る彼女はその当時ブリタニアにいた。どこの所属ですかと尋ねたら、今は第501統合戦闘航空団にいると
語った。ごーまるいち。耳に取り付けたインカムから流れてきたその単語に、そういえば私は心をびくつかせたのだ。
憧れの人と同じ部隊に所属する友人がいる。一年前はたったそれだけのことでも心が踊るくらいだったというのに。

 どうしたことだろう。いまはこんなにも近くにいる。心臓が情けなく高鳴っていることに、感づかれていやしない
だろうか。そんなことが心配になってしまうほどに。

19821X2w2Ib 3/3:2012/12/24(月) 09:43:08 ID:0oqdEQjo

「ねえ、ハイデマリーさん。あなた歌をよく歌うって聞いたのだけれど。」

 手を伸ばせば届く場所にいる彼女が、私の名前を読んでそんな言葉を言う。それは私についての噂で、ああそう
いえば夜間哨戒の時、気分が良くなって鼻歌を口ずさむことが稀にあった。けれどそんなこと、私は誰に言った覚え
も、誰かに言って欲しいと頼んだ覚えもない。…調べていてくれたというのか。同じ基地で、同じ部隊で、しばらく
過ごすことになるぐらいの私のことを。
 …いや、もしかしたら彼女にとってみたら、それはとてもとても大事なことなのかもしれなかった。

 はい、とまた、小さな小さな声で返す。それだけなのに彼女はひどく満足気に微笑んでくれる。

「今度聞かせてちょうだいね?そうだ、一緒に歌いましょうよ、私歌うことがとても好きなの」

 その上、その人ときたら私の幼い頃から願ってやまなかった願望をいともたやすく口にしてしまうのだ。そうして
私はようやく実感する。私の幼い頃に憧れた、あのレコードの歌声の主と、今後して目の前で柔和な微笑みを浮かべ
ているその人が、同一人物であるということを。

 面と向かった憧れの彼女が、もしも実際は尊敬に足らないような人物であったなら。心のどこかで怖れていた展開
はいい意味で裏切られる事になってしまった。話せば話すほど、理想通り、いやそれ以上に素敵な人物であることを
思い知らされる。かと言って、あなたにとてもとても憧れているんですだなんて、きっと私には到底言えないのだろ
うけれども。

 それでも、想いが届く日なんて来なくても、彼女の瞳の端に私が映るのなら。それだけでも幸福なことだと、思っ
てやまない私がいるのだ。

「手伝ってくれてありがとう。そろそろ行きましょうか。」
 彼女が微笑んで私を促す。夕食の用意はバルクホルン大尉がしてくれているはずだわ。一緒に食べるでしょう?
当たり前のようにそんな言葉をかけてくれる。

「さあ、ハイデマリーさん。…それと」
 立ち尽くしているばかりの私を促すように背中に手を回して、促して、そして。


「私のことはミーナで構わないのよ?」


 そう言って笑いかける顔は、私が今まで見た誰の、どの笑顔よりも美しくて愛らしくて、涙が出て来てしまいそう
になる。私はもしかしたら、今この瞬間のためにウィッチになったのではないかとさえ考えてしまう。

 ミーナ中佐。
 先に行っちゃうわよ、といたずらっぽく呟いて歩を進める彼女を慌てて追いながら、心のなかで彼女に呼びかける。
胸が温かくなる。今すぐは無理でもそのうち、私は彼女をそう呼びかけるようになるのだろう。だって今日から、
私はこの基地で、この部隊で、彼女と一緒に過ごすのだ。

 ああ、けれどもきっと。呼びかける度に去来するこの胸のあたたかさには、何時まで経っても慣れないのだろうと、
そんなことを考えた。


おわり
---------------
劇場版でハイデマリーさんがミーナさんの名前を呼ぶときにすごく安心してる感じだったり
ほめられて頬を赤らめてたりするのがものすごく素敵だと思います。

199名無しさん:2012/12/27(木) 21:18:20 ID:YK2laVkY
>>198
BRAVO! さすが2の人!
ハイデマリーさんのミーナさんに対する熱い思いが伝わってきます。
思わずハイデマリーさんを応援したくなりました。
素敵なSSありがとうございました。

201mxTTnzhm ◆di5X.rG9.c:2013/01/08(火) 18:39:15 ID:pHbg7GAs
>>198 21X2w2Ib様
GJです! ハイデマリーさん、素敵です!
オトナに見えるミーナさんもちょっとお茶目で可愛いです!


こんばんは。mxTTnzhmでございます。
以前ふと拝見したイラストを元に妄想を膨らませて、SSにしてみました。
ではどうぞ。

202alone in the dark 01/02:2013/01/08(火) 18:41:11 ID:pHbg7GAs
 灯りも付けない真っ暗な部屋。ベッドに寝る事も、椅子に座る事もなく、ただふたりは床に座り込み、文字通りお互いの身体を支えに、そこに居た。
「いいのかヨ、行かなくて」
「構いませんわ。……貴方こそ」
「私は良いんダ」
 二人は微睡んだ様子で、ただじっと、お互いの温もりを感じていた。

 切っ掛けは、お互い些細な事だった。
 ペリーヌは、珍しく訓練でとあるミスをしてしまい、ストライカーユニットを故障させてしまった。「たまにはある事だから、とにかく無事でなにより」とミーナは宥めたが、美緒は「らしくない」といつになく強い口調でペリーヌを責め、彼女はすっかり参ってしまった。
 エイラは、サーニャとの関係の中で起きた些細なすれ違い……口喧嘩からちょっとした絶交状態に陥り、それだけで全てに対するモチベーションががた落ちした。
 その後ペリーヌは今日の当番だからと、洗い終えた洗濯物を皆に配って回っていたのだが、エイラの部屋だけ真っ暗。何事かと思って踏み込んだ所……部屋の入口近くで両膝を抱えて座り込むエイラに蹴躓き、それを抱き留める格好で交錯し……、エイラはペリーヌの身体に顔を埋め、ペリーヌは眼鏡が外れた格好でエイラを抱きしめ……二人はそのまま、そこにいる。

「聞きませんの?」
 ペリーヌは、ぼんやりとエイラに問うた。こうしている理由。部屋から出て行かない理由を。
「聞いて私が解決出来るのか、ソレ?」
 エイラは面倒臭そうに聞き返す。
「無理ですわね」
「なら聞かなイ」
 エイラはそう言った後、ペリーヌの胸に顔を埋めた。ペリーヌも自然と、それを受け入れ、まるで抱き枕を抱く感じで、エイラの身体に腕を回した。
「で、エイラさんは何故……って聞くだけ野暮ですわね」
「そう。良いんだヨ、私の事ハ」
 彼女の言葉を聞き、ペリーヌもそれ以上の詮索をしなかった。
 普段なら詰問したり怒鳴ったり……からかいからかわれ、嫌味を言い口答えし……そんな「水」と「油」の様な二人が、まるで溶けきった液体の様に、身体を絡みつかせて、じっとしている。
 気まずさ、羞恥心……、そう言った負の感情も沸き上がることなく、ただ、二人はそこに居る。時間も忘れ、己の役割も忘れ。

 夕食の時間を過ぎても、誰も二人を呼びに来なかった。風のせいか部屋の扉は閉まったまま。窓はカーテンが遮り、外の様子は全く見えない。ただ、隙間から微かに見える様子からも、もはや「昼」の域は過ぎている事は分かる。
「エイラさん」
 腕にしがみつくひとの、名を呼ぶ。
「何だヨ? 食事なら要らない」
 ぶつぶつと呟く程の、小さな声。ペリーヌは、ふと気になって小声で聞いた。
「サーニャさんは……」
「その名を出すナ」
 弱々しくも、明確に聞こえたその言葉。それっきり、ペリーヌは何も言わずにじっとしていた。
 お互いに、具体的に何が有ったのかは知らない。分からない。ただ何かしら、心に傷を負い、それが疼く以上、放っておく事も出来ず、さりとて何かをしてやれる程の気持ちも起きず……ただ、お互いがつっかえ棒の様に、それ以上倒れ込まない様、身体で支え合うのみ。
 端から見たら、抱き合っているとか、愛し合ってるとか、そう言う風に見られるかも知れなかった。しかし、気にする事もなく、ペリーヌとエイラは身を寄せ合う。
 ペリーヌは随分と経ってから、最初エイラの身体で躓いて倒れた時、眼鏡が顔から外れてる事に気付いた。憂鬱そうにそっと当たりを見回す。暗い部屋の中、視力も元々悪いので、全てがぼんやりとして、ピントが合わない。少し眉間にしわを寄せて辺りを見回すも、分かる筈もない。
「何も見えないのか」
 気付いたのか、そんなペリーヌを前にエイラが問う。
「何も見えませんわ」
 エイラは、ペリーヌの眼鏡が偶然か必然か、自分の腕に引っかかっている……床への落下が無い……事を知っていた。でも、眼鏡を返す訳でもなく、ただ、宙ぶらりんのまま、そのままにしておいた。
「お前って馬鹿ダナ」
「貴方程じゃありませんわ」
 いずれ眼鏡が床に落ちれば……この高さなら壊れる事も無いだろうが、音に気付いてペリーヌが視力を取り戻した時、どうなるか。それを機に今の極めて微妙かつ曖昧、やや背徳的な関係も終わってしまうのではないか、と言う考えに達したエイラは、眼鏡の事は何も言わなかった。ペリーヌには見えないだろうから、と言った魂胆も有った。
 実はペリーヌは、自分の眼鏡らしきものがエイラの二の腕辺りに有るのが、眼鏡の蔓の端を見て知っていた。けれどそこに手を伸ばしたら、エイラが何と言うか。怒りはしないだろうが、今の奇妙な関係が終わってしまうのが怖くて……ただ、エイラだけを受け止める。

203alone in the dark 02/02:2013/01/08(火) 18:41:38 ID:pHbg7GAs
 こんなに身体が密着しているのは、いつぞやの特訓の事を話し合ったサウナ以来だ。あの時もそう。何だかんだで巻き込まれ……今回も、エイラが部屋の真ん中に居なければ、こうはならなかった筈。だけど不思議と、今はこの方が有り難い。
 音も無く、しんと静まりかえった部屋。ただ聞こえるのは二人の呼吸の音だけ。
 何を求める訳でもなかった。狂おしい程、と行くまでもなく、かと言って「じゃあ」とすぐに離れる事も出来ず。二人はゆるゆると身体を重ねる。そうする事で、お互い負った“傷”を修復しているのだろうか。犬や猫が傷口を舐め合う様に。
 だけど、それだけではない気持ちも、少なからず有った。互いには無い、気高さと強さと。そして同じ位の思いやりの心、慈愛。普段は鼻持ちならない相手でも、こうしてみると、案外居心地が良いものだ。お互いの服の香り、肌の香り、髪の香りも、自然と知る事になる。悪くない。
 分かってはいる。このまま続けていてはいけない事も。続けていればいずれどんな事が起きるのかも。でも、離れたくないこの気持ちは一体何故。二人は同じ事を想い、考え、答えが出せないまま、ずるずると同じ時を刻む。
 お互いに孤独なのかも知れなかった。今も一緒に居るけど、心は孤独。それが故の、どうしようもない寂しさ。だけど単なる気晴らしや遊び、もしくは心の過ちと言う理由だけで、こんなに何時間も、二人で居られる筈がない。かと言って盛んに求める訳でも無く……。
 認めたくない過ち。
 分かっては居る。だけど……。
「お前って馬鹿ダナ」
「貴方程じゃありませんわ」
 茫洋と同じ事を繰り返し、笑うでもなく、怒る訳でもなく、ただ、抱き合う二人。
 カーテンの隙間からうっすらと輝きが見える。月だろうか。微かなひかりが一瞬二人を照らす。だが、風に揺れたカーテンのせいで、すぐに暗黒の世界に逆戻り。
 それで良かった。

 私達には、お似合いの明るさ。

 意見が合った事にも気付かない二人は、奇妙な居心地の良さを感じながら、ただ、互いの体温を感じ続けた。ただひたすらに。

end

204名無しさん:2013/01/08(火) 18:51:38 ID:pHbg7GAs
以上です。
友達以上、恋人未満の奇妙な感覚……。
ペリーヌとエイラはこう言う感じかなと思い、書いてみました。

ではまた〜。

205名無しさん:2013/01/20(日) 21:29:32 ID:KKYaFxWQ
ドーモ、初めまして。今からエイラーニャ投下したいと思います。
オリキャラと言える程度ではありませんが本編にいない人物が出ます。
そして長いです。なんと今から18レスほどを一人で使わせていただきます。
それでは、投下開始いたします。

206Key To My Heart 1/18:2013/01/20(日) 21:30:43 ID:KKYaFxWQ
 ブリタニアはロンドン、その街角。
 小さな化粧品店の店先で一人の少女が立っていた。色素の薄い肌に、肩で揃えた銀の髪。
 サーニャ・V・リトヴャク。
 軍属であるはずの彼女だが、この日の装いは軍服ではなく、私服のブラウス姿だ。ハンドバッグを片手に、どこか落ち着かない様子でロンドン名物である大時計を見上げる。
 午後三時過ぎ。
 まだ時間的余裕はあったが、かといって余りのんびりもしていられない。今日は大事な日なのだ。万が一にも遅刻はできない。
「ごめんサーニャ! お待たせ!」
 慌てた調子で店から飛び出してきたのは、ごく淡い亜麻色の長髪を翻す少女――エイラ・イルマタル・ユーティライネンだ。こちらも本来は軍属だが、今日は私服のジャケット姿。手には小さな紙袋を持っている。
「もう、エイラったら。真剣に選んでくれるのは嬉しいけど、時間をかけ過ぎよ」
「ごめんごめん。でも、妥協は出来ないしさ」
 言いながら、紙袋を開き、改めて今買ってきたものを確認する。中身はリップに、マニキュア、その他化粧品。どれもエイラが吟味に吟味を重ねて選んだものだ。袋を覗き込んだサーニャも、思わず感嘆の吐息を漏らす。見とれるほど可愛らしい色合いが袋の中にある。
 二人並んで歩みだす。
 ロンドンはガリア解放以来で、なんだか少し懐かしい。ゆっくり観光などしていきたい気持ちがあるのはお互いさまだったが、今日はどうにもそうはいかない。
「なんてったって、今日は結婚式だろ? 中途半端じゃなくて、きちっと決めていかないと」
「それはそうだけど」
「楽しみだな、サーニャのドレス姿」
 うきうきと言いながら、スキップしかねない調子のエイラである。
 そう、今日は結婚式だ。人生一度の大舞台である。その身支度に油断などあってはならないのだから、衣装も化粧も拘りぬくというのがエイラの言い分で、化粧品店の前に立ち寄った貸衣装屋でもサーニャ以上の真剣さでサーニャの着るべきドレスを選び、そして時間を費やしていた。
 社交的なノウハウに乏しいサーニャとしては、エイラが色々と選んでくれるのは助かるし、似合う服やお化粧を見繕ってくれるのは素直に嬉しい。しかしそれで遅刻してしまっては元も子もないので、待っている間ははらはらし通しだった事も本当だ。
「でも、エイラ。別にわたしの結婚式ってわけじゃないのよ?」
「だからこそさ。招待客として呼ばれた以上、それ相応に気合を入れるのが礼儀だろ?」
「そんなものかしら……」
「そんなものだって」
 そう。
 今日はサーニャの――恩師の、娘さんの結婚式なのだ。


   Key To My Heart

207Key To My Heart 2/18:2013/01/20(日) 21:31:35 ID:KKYaFxWQ
 買い物前にチェックインしておいたホテルの一室に入ると、貸衣装屋で選んだドレスが先に運び込まれていた。イブニングドレスというやつで、つまり礼服である。
 軍人であるエイラとサーニャの正装は基本的に軍服で、なんなら冠婚葬祭専用の礼装もあるにはある。が、今日結婚式を挙げる関係者の多くは、サーニャがかつて留学していたオストマルクのウィーンから疎開して、ここロンドンに来ているという経緯がある。戦争を想起させる軍装ではさすがにデリカシーに欠けるだろう、というのが二人の共通見解で、現地で貸衣装を見繕うことになった、というわけだ。
 部屋の掛け時計を見やれば、午後四時くらい。式は六時からだから、着替えやお化粧をする時間を見込んでも、十分間に合う。そのことにエイラは密かな満足を覚えた。なんのかんのと急かされつつも、きちんと段取りくらいは考えているのである。抜かりはない。
 まぁ、それを口に出したりはしないが。
「でも急だよな。招待状が着いた三日後にはもう式だってんだから」
「仕方ないわ。丁度、わたし達が居場所を転々としてた頃に出されたみたいだから」
「まぁなー。逆によくペテルブルグに到着したとさえ思うよ」
 ガリア解放後、二人はサーニャの両親の手がかりを求め、オラーシャへの進入を試みた――が、ネウロイの占領下であるオラーシャ中心部に渡るのは容易ではなく、仕方なく国境付近の502JFWの本拠地、ペテルブルグ基地へと引き返すことになってしまった。居候として他の隊員の手伝いなどをしながら転属の辞令を待っていたところ、今回の結婚式の招待状が届いた、というわけである。
 そこまではいいのだが、問題は本来501がロマーニャに基地を構えていた頃に届くはずの招待状が、501の解散によって宛先を見失い、ほとんど式の直前になってようやく到着したというところだ。
 慌てて休暇の申請を出したのが三日前。移動手段の確保に奔走し、なんとかペテルブルグとブリタニア間の空輸便を捕まえ、無理を言って同乗させてもらい、現地入りしたのが昨日の深夜。ついでに基地に戻るのは明日の早朝と、かなりタイトなスケジュールだ。
「ていうか今更だけどサーニャ、私なんか一緒に来て良かったのか? 招待されたのはサーニャなんだし、別にサーニャ一人でも……」
「……迷惑だった?」
「いや! 全然そんな事はないけど!」
「招待状には、エスコート役として一人まで同伴しても大丈夫って書いてあったから。やっぱり、エイラに一緒に来てもらった方が安心できるし」
「へ、へぇー。ま、まぁそういう事なら構わないんだけどさ」
 安心できる、というサーニャの言葉で蕩けそうなくらい幸福な気持ちになりつつも、顔には出そうとしないエイラである。まぁ実際には表情に大分滲み出てはいたのだが、エイラはそれに気付かないし、サーニャにはあえてそこを指摘しない優しさがあった。いつものことだ。
「とりあえず、そろそろ着替え始めないとな。サーニャ、着方は大丈夫か?」
「多分。こういう本格的なイブニングドレスは初めてだけど、小さい頃、演奏会で着ていたドレスと基本は同じだと思うから」
「じゃあメイクの前に先に着ちゃった方が良いな。マニキュアは塗ると、乾くまであんまり動いたりしない方がいいし」
「わかったわ」
 その返答とともにサーニャがブラウスのボタンに手をかけ、気付いたエイラは慌ててそこから目を逸らした。
 ――いや、別に目を逸らす必要はあるのか私は?

208Key To My Heart 3/18:2013/01/20(日) 21:32:23 ID:KKYaFxWQ
 頬の紅潮を自覚しながらそんな疑問が生じた。冷静に考えれば別にこれから全部脱ぐわけではないし、というかサウナなどで裸を見たことだってあるが、なんだか直視していてはいけない衝動に駆られてしまっていた。しかし、同性の着替えに対して変に意識しているようなこの態度はサーニャに不審がられないだろうか。
 ――普段ならこんな風に意識はしてないハズなんだけどな……。
 少なくとも、最近は。
 やはりこう、普段見慣れない私服姿のサーニャと、ホテルの一室に二人きりでいるというこの状況に対して、少なからず心のどこかが昂揚しているのかも知れない、と自己分析。
 視界の外から聞こえてくる衣擦れの音にひどく悩ましい気持ちになりながらも、待つ事数分。
「……エイラ、どう、かしら」
 その言葉で着替えの終わったらしい事を悟り、エイラが視線をサーニャへと戻した。
 ――……。
 言葉が出なかった。
 イブニングドレスは深い藍と漆黒のグラデーションを描き、それはまるで夜の帳のようで、色素の薄いサーニャの肌と髪によく似合っていた。ドレス自体は決して華美ではなく、むしろシンプルでさえあるが、それが均整のとれた身体をかえって際立たせている。ともすれば幼い子供が、背伸びをして大人の真似をしているかのように映りかねないのに、どういうわけか、少女っぽい可憐さと大人の色艶とが、全く違和感無く同時に存在してそこにあるのだった。
 きっと、いや、間違いなく似合うという自負をもってエイラが選んだドレスである。
 が、これは想像以上だ。
「……綺麗だ」
 それしか言えなかった。それ以外の言葉で表現できる気がしなかった。何か他の形容詞を下手に用いれば、目の前にある美しさを一気に陳腐にしてしまう気がした。
 サーニャの頬に赤みが差し、それがまたエイラの心を掻き立てんばかりに愛らしかった。
「その、あまり見ないで……は、恥ずかしいわ」
「ご、ごめん。でも、うん、綺麗だ……すごく綺麗だ」
「あ、ありがとう」
 照れ照れと身をよじらせるサーニャを、今後は逆に見詰め続ける。
 なんならこのまま一晩中そうしていたいような気持ちにすらなりかけたが、さすがにそうは行かないと我に帰り、エイラが化粧品の紙袋を手に取る。着替えが済んだら次はお化粧で、さらに髪のセットもしなくてはならない。
「……よし。じゃあサーニャ、そこの椅子に座って」
 部屋の中に据えつけられたテーブルの、横の椅子へとサーニャを促し、エイラはテーブルを挟んだ対面に着席する。紙袋の中の品を広げれば、中身はリップにチーク、マニキュアなどだ。数ある化粧品の中でも、本当に最低限だけ揃えたといった具合である。
「えーと、まずチークからがいいかな」
「いまさらだけどエイラ、お化粧、出来るのね」
「意外か?」
「少し」
「まぁ私も自分でするって機会はあんま無いんだけどさ。子供の頃によく姉ちゃんに着せ替え人形にされたことがあって、その時ついでに覚えちゃったっていうか……」

209Key To My Heart 4/18:2013/01/20(日) 21:33:13 ID:KKYaFxWQ
 ――あの時の写真、まだ残ってんのかなぁ。
 出来れば原因不明の小火かなにかで焼失していて欲しいというのがエイラの本音だが、あの姉のことなので、きっと懇切丁寧に保管されているのだろうとも思う。願わくば誰の目にも触れないままであって欲しいものだが。
「さって、始めようか」
「ええ。お願い、エイラ」
 チークは淡い色合いで、白いサーニャの肌にほんの少しだけ血色を足すようなものだ。ファンデーションなどの下地はあえて使わない……というか、必要がないだろうと判断した。サーニャの肌はエイラの贔屓目で見てもきめ細かいし、十分に瑞々しい。十代の特権だ。
 サーニャの頬にチークを乗せる。薄く、限りなく自然に見えるように。
 その手順の中でエイラは新たな発見をしていた。誰かの顔に化粧を施すというのは、緊張もあるのだが、それ以上に楽しいということを。なるほど姉があれほど夢中になるわけだ。なんというか、サーニャをある意味自分色に染めているような、そんな感覚だった。
 チークの次はリップを手に取った。これもチークと同じで、少しだけ紅を足す色合いである。
 サーニャの唇に、リップの先端で触れる。幼い子供みたいに小さく、柔らかそうな唇だとエイラは思った。リップ越しに触れるエイラの指に、その弾力が伝わってくる。
 ――うわー。
 正直、少しいけない気分になってきた。
 いやしかし、この唇を目の前にして、平常心が保てる人間がこの世にいるのだろうか? 少なくとも自分はそうではない。平常心という言葉の意味さえ解らなくなりそうなくらいだ。
 サーニャはチークを乗せ始めたときからずっと目を閉じている。あるいは今ここでその唇に、リップ以外のものが触れたところで、それが何なのかサーニャは気付かないのではないか? そう、例えば。
 ――キスしても、解らなかったり……。
 しないだろうか。
 と、一瞬だけ想像し、直後に激しい自己嫌悪が襲ってくる。
 何を考えているのだ自分は。私を信じて任せてくれているサーニャの心に付け入るような真似は、想像だってしてはいけないはずではないのか、と。
 酷い不義理をしてしまった気持ちになり、リップを持つ手が止まる。
「……エイラ?」
 順調に動いていたはずのエイラの手が停止した事を不思議に思ったのか、サーニャが思わず問いの声を漏らす。動く唇から慌ててリップを離し、エイラがすかさず取り繕う。
「いや、何でもないよ。少し頭がかゆくってさ」
「……?」
「じゃ、残りを一気に塗っちゃうぞ」
 今度こそリップを完璧に塗り終わる。エイラの気分は自業自得で何となく晴れないままだが、とりあえずこれで顔のメイクは完成だ。
 とは言ってもやったことと言えばチークとリップだけなので、大した事はしていない感じもあるが、あまり派手にしてしまってもどうかと言うエイラの判断がある。式において主役はあくまで新郎新婦であり、サーニャはあくまでそのゲストなのだから、主役より派手なドレスや化粧はいかにもまずい。幸いな事にサーニャはそのままでも十二分に愛らしいので、そこまで念入りに化粧をする必要はないだろうとエイラは思うのだった。
「次、マニキュアだな」

210Key To My Heart 5/18:2013/01/20(日) 21:33:45 ID:KKYaFxWQ
 マニキュアの色はごく淡い薄桃色――色の白いサーニャの爪に塗るのでなければ人目に付かないような、可愛らしくも慎ましやかな色合いだ。これはエイラが今回特に拘ったもので、この色一つ選ぶのに、小一時間はかかってしまった。しかし、それだけに自信はある。きっとよく似合うだろう。
「それじゃ、指を」
 エイラの差し伸べた掌の上に、サーニャの手指が乗せられた。細い指に、小さな爪。ほんの少し力を加えるだけで折れてしまいそうなほど華奢な指だ。思えばサーニャと手を繋ぐ事は多々あるが、手を凝視する機会と言うのはなかなか無いもので、改めて見ると、なんだか新鮮な印象だ。
 まずアルコールを含ませた布で、爪の油分を落とす。本当は甘皮を処理したり爪も磨いたりした方が最終的な見栄えもいいのだが、そこまで気にすると時間をさらに要する事になるので今回は無しだ。
 しっかり拭いたら、マニキュアの小瓶を手に取り――とはいかない。まずベースコートという透明な色のマニキュアを塗る必要があるのだ。これを下地にしないと、爪の微妙な凹凸のために最終的な色にムラが出たり、爪を傷めたりするので、必需品である。
 ベースコートの瓶のフタを片手だけで器用に外し、フタに付いている筆を、サーニャの爪に、
「んっ」
「どうしたサーニャ!?」
 予想だにしなかった突然のサーニャの艶めいた吐息でエイラの心拍数が急上昇した。激しい鼓動がそのまま手の震えとなり、危うく筆がサーニャの爪からはみ出る寸前だ。
「ご、ごめんなさい。何だか、くすぐったくて」
「ああ……マニキュアって塗る時、結構独特の感触あるからな……」
 そういえば昔、姉にマニキュアを施された時は、やけに指先がもどかしかった記憶がある。ただ声を上げるほどでは無かった気がするのだが……個人差というところか。
「じゃ、じゃあ、続けても平気か?」
「大丈夫、だと思う」
 気を取り直して。
 筆をサーニャの爪に当て、満遍なく、かつ爪からはみ出さぬよう慎重に塗ってゆく。ここをしくじると後々色を乗せた時にも影響が出るので最もミスの許されない部分だ。なのでエイラは息を吹きかけてしまわないように呼吸を抑え、一筆一筆に細心の注意を欠かさない。
 が、
「ん、ふ。……っん、ぅ……んん」
 サーニャの、艶かしい吐息がもう気になって気になって仕方が無いエイラだった。
 ――……うわぁ。
 なんだか大変なことになってしまった、とエイラは思う。
 正直に言ってしまえば、今回メイクをすることを申し出たことに下心が無かったわけではない。しかし、それはあくまで、化粧を完璧に決めてみせることで「エイラ、ありがとう」という一言を聞ければ、という程度のささやかな幸福を期待していたのであって、今の状況は断じて想定外だ。先程の自己嫌悪さえ吹き飛んでしまうくらいの衝撃的な事態である。
 顔に体温が集まるのが自覚できる。きっと今、自分の頬は真っ赤になっているだろうが、幸いな事に筆塗りのためにエイラが俯き加減になっているため、互いの表情は解らなくなっている。なんだかいたたまれない。ただマニキュアを塗っているだけなのに、どうしてこう変な空気になってしまったのか? と疑問を抱く間も、サーニャのほのかに熱い吐息は収まる気配が無い。

211Key To My Heart 6/18:2013/01/20(日) 21:34:17 ID:KKYaFxWQ
 手早く終わらせてしまいたい気持ちと、もう少しサーニャの艶声を楽しんでいたい気持ちがせめぎ合うが、現実的な問題としてマニキュアと言うのはとても時間がかかる化粧なのだった。まずこのベースコートを十指全てに施し、一通り乾いてから今度は色を乗せ、さらにそれが乾いたらトップコートで保護をする、という一連の作業全てをしないと意味が無いのである。
 乾燥待ちの間はもとより、筆塗りに関しては手順を覚えているだけでしかないエイラでは効率に限界がある。作業の完了にどれほどの時間がかかるかは定かでないが、その間、ずっとサーニャがこの調子であると想像すると、なんだかもう全て投げ出してしまうのが一番いいのではないかとさえ思える及び腰のエイラであった。
 しかしこのマニキュアは、結婚式という晴れ舞台に招待客として参じるサーニャのために施しているものなのだ。途中で放り出すのは当然、論外である。
 ――無だ。心を無にするんだ、エイラ・イルマタル・ユーティライネン……!
 自分に言い聞かせる。心を凪に。そうだ、なにかひどくどうでもいいことを想像しよう。今日の夕飯、なに食べようか。ブリタニア料理ってまずいって言うよな……でも、スオムス料理も実は似たようなレベルだからなぁ。ミヤフジの手料理とか食べた後だと改めてそう思わされるなー。とかなんとか。
「んっ」
 ――ムリだな。
 一瞬で動悸が激しくなってきた。
 諦めに似た感情がエイラの頭をかえって冷静にしてくれたが、それで心の動揺がどうにかなるわけではない。もうどうにもならないという事を自覚できただけだ。
 結局エイラは胸中でくるおしく身悶えしながら、たっぷりと時間をかけて、サーニャの爪にマニキュアを塗り続けるしかないのだ。
 やがて、
「…………終わったぁー」
 ぷはぁ、と大きく息を吐いてエイラがマニキュアの小瓶をテーブルの上に放り出す。色々な意味で神経を使ったし、猫背で俯いていたから背筋が凝っている感じがした。
 これでメイクはお終い。あとは髪をセットすれば、祝いの席に相応しい装いの完成だ。
「お疲れさま、エイラ」
「なんのなんの」
 十指に施されたマニキュアの色合いを確かめるように、サーニャが左右の掌をじっと見つめる。エイラの思った通り、薄桃色に塗られた爪は白い指の先端で自己主張し過ぎず、それでいて確かな存在感をもって部屋の照明にきらめいている。
「きれい……ありがとう、エイラ」
「いやぁ、気に入ってもらえたんならなによりだよ」
 短時間で色々とありすぎたが、その一言で全部救われる気がした。
 そこで、不意に。
「ん? 誰か来た、か?」
 部屋の呼び鈴が鳴らされた。
 ルームサービスだろうか。しかしエイラは頼んだ覚えはないし、サーニャも何か注文していた様子は無かった。誰かが部屋間違えてるのか? と思う。
 しかしサーニャには心当たりがあるようで、不審がる様子も無く椅子から立ってドアの方に向かう。サーニャの声と、事務的な感じの男の人の声がやり取りしているのが聞こえたが、内容はよく聞き取れなかった。

212Key To My Heart 7/18:2013/01/20(日) 21:34:40 ID:KKYaFxWQ
 まぁ、いいか。そう結論付けてぐっと伸びをする。どうせ大したことじゃないだろう。
「エイラ、頼んでおいた正装が届いたわ。こっちの方だけ、少し遅れてしまったみたい」
「へ?」
 前言撤回。
 これは、なにか。
 妙な予感がする。
「え、礼服なら今着てるじゃないか?」
「? だから、エイラの正装よ。このドレスを選んでくれてる間に、注文しておいたの」
「ふぇ?」
「エイラも出るのよ、結婚式」
「えぇぇぇえ!?」
 思わず椅子を跳ね除けて立ち上がる。どういうことなのかさっぱり理解が追いつかない。
「え、何で? サーニャが呼ばれたんだからサーニャが行くんじゃないのか?」
「エスコート役に一緒に来て欲しいって、言ったと思うけれど」
 確かに言われた。
 しかしエイラとしては、それは式の直前の身支度まで、もしくは会場への送り迎え、という意味で把握していたのであって、式に参加するなんて事は、ひとつも想像していなかったのだ。
「い、いや、私なんか言っちゃなんだけど、完全に赤の他人だぞ? そんなのが式場の中に入っていいもんなのか?」
「招待状には、そこは別に気にしなくてもいいってあったから、大丈夫だと思う」
「まじか……変わった結婚式だなぁ」
「さぁ、エイラ。これを、着ましょう」
「サ、サーニャ……さん?」
「今度はわたしが、おめかししてあげる」
「…………」
 ――もう、どうにでもなれ。
 エイラは、全てを諦めた。

◆◆◆

 ロンドンの街中。日もすっかり暮れて、人通りもまばらな中で、一際賑わう建物があった。小さなコンサートホール。
 今日、ここで結婚式が開かれる。
 新郎新婦は著名な音楽家の家系の出身で、それを思えばこれ以上相応しい会場もないだろう。
 やがてエントランス前の小さなロータリーに、一台のリムジンが滑り込んできた。緩やかに減速し、ぴったり入り口の前に横付けするかたちで、止まる。
 道路側のドアが開き、中から現れるのは、一人の少女だ。
 凛々しい顔立ち、乱れのない亜麻色の長髪、すらりとした四肢。ただでさえ人目を引くであろう美しい少女がライトグレーのスーツ・ドレスを、それだけで絵になるくらいに完璧に着こなしている様は、例え同性だとしても恋に落ちかねないほどに麗しい。

213Key To My Heart 8/18:2013/01/20(日) 21:35:22 ID:KKYaFxWQ
 周囲の注目を集めている事も全く意に介さず、少女はリムジンの反対側に回り、歩道側のドアを開いた。中の人物の手を恭しく取り、優しくリムジンの外へと導く。
 もう一人の少女の登場に、道行く人々がまた溜息を零した。
 柔らかく波打つ銀の髪を肩で揃えた、可憐な少女だった。深い藍から黒を描くイブニングドレスの上に、白のボレロを羽織る姿はどこか儚げで、纏うドレスの色とは裏腹に、見る者に純白の百合を思わせた。そしてその眼差しには、エスコートを担う長髪の少女に対する深い信頼が一目で解るくらいに表れており、それが不思議な事に、銀髪の少女の魅力を何倍にも高めているのだった。
 銀髪の少女が車から道路に降り立つと、エスコート役の少女は重ねていた手をそっと離し、代わりに曲げた腕を差し出した。銀髪の少女は一瞬、その意図を図りかねたようで、困惑の顔を見せるが、すぐに得心したらしい。
 腕に、腕を絡める。
 自分でそうしたくせに、亜麻色の髪の少女の表情が照れくさそうに緩む。それを見る銀髪の少女が、優しげに目を細めた。
 二人並んで、コンサートホールの中に入ってゆく。

  ◆◆◆

「先生、お久しぶりです」
「お久しぶりね、サーニャさん。来てくれた事に感謝するわ」
「こちらこそ、呼んで頂いてありがとうございます」
 入り口の受付を招待状を見せて通過した後、出迎えに来た一人の老婦人と、サーニャが抱擁を交わす。『先生』と呼ばれたこの婦人こそが、どうやらウィーン時代の恩師であり、今回招待状をサーニャに送った人物であるらしい。
 エイラは何となく、その老婦人を見やった。多分年齢は、エイラの母親よりも一回り上くらい。彫りの深い顔立ちで、結い上げた髪の色は艶のある灰色。背筋は芯でも通っているみたいに真っ直ぐに伸びており、その立ち姿から、決して衰える事のない気品のようなものが漂っていた。
 ――先生、かぁ。
 確かにその肩書きは、この老婦人にぴたりと当てはまる。
「少し、大きくなったわね」
「身長はほとんど変わっていませんよ、先生」
「背の事ばかりではないわ……何か、素晴らしい経験をしたみたいね。軍隊は大変なばかりのところだと思っていたけれど、これなら大丈夫そう」
「……はい。色々なことが、ありました」
「それを大切にね、サーニャさん。あなたは今、ウィッチとして生きる事で手一杯だろうけど、人生の中で見れば、その期間はほんの一瞬よ。今のあなたが得ているものは、きっとウィッチでなくなった後でも、尊いものになるだろうから」
「はい」
「良い表情をしているわ。あなたにピアノを教えていた頃を思い出すわね」
「ありがとうございます、先生」
「今日は楽しんでいって頂戴、サーニャさん――そちらのお嬢さんも」
「ッは、はい。ありがとうゴザイマス」

214Key To My Heart 9/18:2013/01/20(日) 21:35:52 ID:KKYaFxWQ
 急に話を振られたことに少し驚きながら、思わず敬語で返してしまう。
「それではね、また後で」
 去り際すらどこか優雅に、婦人がパーティ会場の雑踏の中に消えてゆく。
 エイラはふぅ、と大きく息を吐いて、無意識のうちに伸び切っていた背筋を少し解した。決して不快ではないのだが、何とも言いがたい緊張から解放された気分だった。
 サーニャの方はと言えば、久方ぶりに恩師と会えた興奮からだろう、肌に少し赤みが差し、表情には明らかな喜色があった。うむ、とエイラは思う。この表情が見れただけで、ここに来た甲斐はあった。最近のサーニャは以前より明らかに社交的になっていて、新しい友人も増えてきているが、やはり懐かしい人物との再会というのは、新たな出会いと同じくらい大切だ。今後のサーニャにとっても、今日の出来事は良い糧になるに違いない。
 などと、エイラがお節介な考えをしている事を知ってか知らずか、サーニャが、
「エイラ、わたしたちも会場の方へ行きましょう」
 そう促してくる。もちろん拒む道理はエイラには無く、揃って会場の方へと移動した。
 今回、式場としてあつらえられたコンサートホールは、大体百人くらいが入れそうな広さがあり、本来ずらりと並べられているのであろう椅子は全て片付けられていた。代わりにサンドイッチなどの軽食が用意されたテーブルがいくつも置かれ、立食パーティの形式を取っている。
 その一番奥にはコンサートホールらしく、壇が据えられていて、今は緞帳が下りて中が見えなくなっている。
 見渡せば会場内は既に多くの人で賑わっており、壮年の紳士淑女がいるかと思えば、エイラ達よりも年下の子供まで顔ぶれは多種多様だった。この結婚式の主役と、その親類縁者の人望が窺い知れるというところである。
「サーニャ……今あそこにいる蒼いドレスの人、確かレコード何枚も出してるピアニストじゃないか?」
「ええ。あのひとも昔、先生の教え子だったって聞いたことがあるわ。その隣にいる黒い燕尾のひとも先生の知り合いで、確かロンドンの有名な楽団に所属している方のはずよ」
「す、すごい人なんだな、サーニャの先生って」
 そして、サーニャもその教え子の一人なのだ。
 つまりサーニャもまた、ウィッチにならなければ、この会場にいる名立たる音楽家たちに名を連ねるような歌手か、あるいはピアニストになっていたのではないか?
 と。
 それはこれまで、エイラの中に無かった考えだった。
 ウィッチになってからのサーニャは、よく知っている。
 しかし自分は、音学生としてのサーニャを、ほとんど知らない。
 もし。
 ――サーニャが、ウィッチになってなかったら。
 その先を考えようとして、エイラはほとんど本能的にそれをシャットアウトした。それがきっと、ひどく、醜い考え方になるのが解っていたからだ。
 ぐっと唇を引き結んだ、苦虫を噛み潰したみたいな表情になってしまった事をサーニャに悟られなかったのは幸運だった。苦味に満ちた思考をそっと頭の中からはたき落とし、なんでもないような顔を取り繕う。 
 会場のきらびやかな空気に中てられたみたいに、色々なものに目移りしているサーニャの隣に、エイラはそっと寄り添う。これでいい、と思えた。
 こうしていられるだけでいい、と。

215Key To My Heart 10/18:2013/01/20(日) 21:36:16 ID:KKYaFxWQ
 頭を振って気分を強引に切り替えたエイラは、サーニャとともにしばし式場の空気を楽しむことにした。実際、楽しもうと思えば、このホール内は引っくり返した宝石箱のようなもので、あちらにオペラのプリマドンナがいるかと思えば、こちらには新聞に顔の出た事のあるヴァイオリニストが立っているなど、とにかくどこを見ても驚かされるような状況なのだ。
 会場内を散策していると、不意に、
「サーニャさん」
 と、呼ぶ声。視線をそちらの方に移すと、そこにいるのはサーニャの先生だった。
「先生、どうかされましたか?」
 サーニャが応じると、老婦人がその手に持ったものを差し出してくる。一瞬、雑誌か何かに見えたが、それにしては装丁がしっかりしていた。
「実は、あなたに頼みたいことがあるの」
「これは……?」
「楽譜よ。この後、ちょっとした演奏会があるのだけれど、そのピアノを貴女に演奏してもらえないかと思って」
 その申し出にサーニャは戸惑ったようで、楽譜を受け取りかけていた手がびくっと震えて、止まった。
「……とても光栄ですけど、先生。わたし、ピアノの演奏にはブランクが……」
「貴女の演奏の腕前が、少し離れていたからと言って容易く衰えるものではない事は私が知っているわ。そう教えたのは私だもの」
「でも」
「勿論、無理にとは言わないわ。これは言うなれば、私の我侭。貴女の演奏を聴きたいだけの老人のお願いだと思って頂戴」
 サーニャの手は動かない。中空で、なにか縋るものを探すように、指が虚空を握り締める。
 エイラはあえて黙っていた。ここで例えば、エイラが「やってみればいいさ、サーニャ」とでも言えば、それが後押しになってサーニャは楽譜を受け取るだろう。
 けれどそれでは、意味が無いと思った。ここはサーニャが、本当に、自分からそうしたいと決意しなければならない場面なのだ。口を出すのは野暮だろうし、なにより。
 ――今のサーニャなら、私が背中を押す必要も無いさ。
 これは自惚れの一種だろうか、と苦笑が浮かびそうになる。
 数秒の逡巡があり、果たして。
「……少し、練習の時間を下さい」
「構わないわ。ありがとうね、サーニャさん」
 サーニャの手が、楽譜を掴んだ。
「緞帳の向こうに、全て用意してあるわ」
「はい」
「行ってらっしゃい、サーニャ。頑張ってな」
「うん。行ってきます、エイラ」
 緊張を顔に滲ませながらもサーニャが微笑む。楽譜を抱えてホール奥の壇上へ向かい、緞帳をくぐってその中に消えた。
 さて、自分はどうしたものか、とエイラが天井を仰ぐと、意外なことに、
「少し、お話をよろしいかしら。ミス・ユーティライネン」
 先生から声をかけられた。

216Key To My Heart 11/18:2013/01/20(日) 21:36:57 ID:KKYaFxWQ
 ん? と疑念が浮かぶ。エイラ、という名前の方はサーニャとの会話の中で聞かれていてもおかしくはないのだが、ユーティライネンという姓をこの人が知っているはずは無いのでは?
「あー、ええと。構いません、けど」
 やはり、思わず敬語が出る。上官相手でさえあまり敬語で会話した記憶がないのだが、どういうわけかこの老婦人の前だと、自然とそうなってしまうのだった。
「いきなりでごめんなさいね。でも、どうしても貴女と話したかった事があって」
「私と、ですか」
「ええ。今回サーニャさんにエスコートを一人頼むように伝えたのは、そうすれば貴女をまず連れて来るだろうと思っての事よ。ミス・ユーティライネンの事は、手紙に何度か書いてあったから」
 なるほど、実際に会うのは久しぶりだが、手紙のやり取りは何度もあったらしい。その中でエイラのフルネームも登場したのだろう。しかし、サーニャの出した手紙の中で、自分がどんな風に書かれているのかは気になるところだった。
 ――変な風に書かれてたらどーしよう……。
 そんな事は無いと思うのだが、サーニャと話すようになった直後くらいの時期の手紙だと、少し自信が無い。
「どうしても、お礼が言いたかったのよ」
「お礼?」
「サーニャさんの傍に居てくれた事を。そして、あの子を変えてくれた事も。ご両親と離れ離れになった頃のあの子は、自分に閉じ篭りがちで、他人となるべく距離を取ろうとさえしていたわ。でも、手紙のやり取りをしているうちに、そうではなくなっていった」
「…………」
「貴女のおかげなんだろうと思ったわ、ミス・ユーティライネン。手紙の文面から、貴女に対する信頼が伝わってくるほどだったもの。だから会ってみたかったのよ、あの子の特別な人に」
「……特別っていうのは、買い被り過ぎですよ」
 思わず、そう返す。
「確かに今、私はサーニャの一番近くにいますけど……でもそれは、きっと本当は、誰でも良かったんだと思います。サーニャの事を変える事が出来たのは私以外にたくさんいて、その中でたまたま、私がその時、その場にいたってだけで」
 それは例えば。
 エーリカ・ハルトマンだったり。
 宮藤芳佳だったり。
 あるいは、どこかの街角の、誰かだったり。
 エイラ・イルマタル・ユーティライネン以外の誰かでも、最初にサーニャの心に触れることは出来たのだろうと思う。だからもし、自分と出会わなくても、サーニャは――
「あまり自分を卑下するものではないわ、ミス・ユーティライネン」
 ぴしゃり、と。エイラの思考を、強い語気で先生が遮った。
 思わず息を呑む。エイラには、実はあまり学校に通っていた経験が無い。ローティーンの頃にはもう軍に入っていて、だから『学校の先生』というのがあまり想像できなかった。
 けれど、はっきり解る。今、目の前にいるこの人は、間違いなく『先生』だ。それが実感として、初めて感じられた。

217Key To My Heart 12/18:2013/01/20(日) 21:37:25 ID:KKYaFxWQ
「確かに、あの子の傍に居ることが出来たのは、誰でも良かったのかも知れない。けれど、最初にあの子に寄り添ってあげたのは、貴女なのよ。あの子が必要としている時に傍に居る事が出来たのは、唯一、貴女だけなのよ。
 それをどうか、誇ってあげて。あの子のためにも」
「……サーニャの、ために」
 その言葉は、不思議と、胸の中にすとんと納まる感じがした。完成の見えてこないパズルと格闘しているところに、新たなピースがもたらされたような感覚だった。
「……余計なお節介を言ってしまったかしらね」
「いえ。うまく言えないけれど、なんていうか……少し、すっきりした気がします」
「そう。なら良かったわ」
 ところで、と。先生が、ここでこの話はおしまいだ、とばかりにウィンクを一つ。その仕草はとても茶目っ気にあふれていて、不思議なくらい似合っていた。
「貴女はカールスラント語は得意な方かしら」
「得意って言うか、まぁ、聞き取る程度なら。それがなにか?」
「この後の曲はカールスラント語の合唱が入るから。歌の意味が解らないよりは解る方が、聴いていて楽しいものでしょう?」
「そりゃあそうでしょうケド」
「ではね、私はこれで」
 お話ができて良かったわ、と言い残し。先生が去ってゆく。
 再び一人になり、エイラは先生との会話を反芻した。正直言ってしまえば、先生に言われた事が実感として得られたと言うわけではない。サーニャにとって、特別な誰かであること。そうでありたい、と望みながらも、必ずしも自分がそうである必要は無い、とも思う。この矛盾は、そう簡単に解消できるものではなかった。
 しかし。先生の言葉は、ほんの少しだけ、それでも確かにエイラの心に何かを残していた。
 考え事にふけってぼんやりしかけていたが、招待客の一人と肩がぶつかりそうになった所で我に帰る。いけない。ここは会場のまんなかだ。立ち尽くしていると迷惑になってしまう。
 慌てて会場の隅に移動した、その時。緞帳がするすると上がり始めた。
 壇上の上にはすでに楽器とその弾き手が整列していて、ヴァイオリン、チェロ、コントラバスの弦楽器に、ホルンなどの管楽器といった、オーケストラではおそらくお馴染みの面子が並んでいる。皆、服装自体は正装なのだが、いまいち統一感が無く、きっと招待客の中から我こそはという有志が、ああして壇上に上がっているのだろう。
 そしてサーニャ。サーニャもまた、壇上に端に据えられたピアノのチェアに控えていた。
 会場の誰もが注目する中、舞台袖から一人の老紳士が現れ、壇上手前の中心に置かれた台の上に移動する。指揮者だ。楽譜を整えると、会場の聴衆に対し、一礼。
 そして指揮者がタクトを構える。すると、観客のざわめきがすっと消えた。緊張と待望の入り混じる沈黙。身動ぎさえ憚られるような重苦しい静寂。
 エイラはサーニャを見た。ピアノの鍵に指を添え、すっと目を細めるその表情は驚くほど真剣なもので、それは夜間哨戒の出撃前に一瞬だけ見せる表情と同じだった。それほどの緊迫がエイラにも伝わる。身震いがした。
 指揮者は、沈黙に対し、まるでお構いなしにタクトを切り上げるように振り翳した。
 そしてサーニャのピアノが静寂に力強く踏み込む。
 指は鍵を叩くというより、鍵盤の上で踊るかのよう。

218Key To My Heart 13/18:2013/01/20(日) 21:40:49 ID:KKYaFxWQ
 演奏の始まり、ピアノが旋律を奏で始めるのへ、チェロとコントラバスが割って入る。その旋律を低く唸る音で『否定』する。低弦はまるで「違う、その音ではない」と告げているかのようで、ピアノの音が止まる。
 ピアノがもう一度音を生む。今度はもっと軽やかに、より激しく。
 だが再び低弦が割って入り、否定の音色をもってそれを中断させてしまった。
 負けじとピアノが応える。今度はもっと甘美な音を。低弦はまだそれでもお気に召さない。
 ピアノは戸惑うように、自分の音を模索し始めた。二つの旋律は交わらず、対話のような応酬の音が繰り返される。
 やがてピアノは見出した。一つのモチーフを。己が歌うべきその意味を。
 低弦は迎え入れるかのように肯定の響きを返し、そのモチーフを自らが歌い始めた。ピアノがそこに加わる。いまや壇上にある全ての楽器が、ピアノが探し出したモチーフに唱和している。
 エイラは聞き入りながら、肌が総毛立つのを感じていた。なんという豊かな音なのか。音楽の教養の無い自分にさえ解る。対立する旋律を奏でていた二つの音色が、もはや一つとなった事が。音色はただ、共に歌うという歓喜に満ちている。
 そして壇上にて控えていた声楽の一人が立ち、よく通るバリトンで朗々と謳い始める。


O Freunde, nicht diese Töne!
Sondern laßt uns angenehmere
anstimmen und freudenvollere.

おお、朋よ! このような音ではない!
我々はもっと快い
歓喜に満ちた歌を謳おうではないか


 声は否定の意を歌いつつ、しかし既に存在するモチーフを無かった事にしない。むしろこれは音の重なりに対する羨望なのだと直感できた。共に謳おうと望んでいるのだ。
 既に歌う音色達はそれを優しく受け入れる。人の声であれ楽器であれ、この歌の中では平等なのだと言わんばかりに。


Freude, schöner Götterfunken,
Tochter aus Elysium
Wir betreten feuertrunken.
Himmlische, dein Heiligtum!

歓喜よ、煌く神の霊感よ
楽園より来たりし娘よ
我々は焔に酔い痴れながら
天なる貴方の聖所に踏み入ろう!

219Key To My Heart 14/18:2013/01/20(日) 21:43:34 ID:KKYaFxWQ
Deine Zauber binden wieder,
Was die Mode streng geteilt;
Alle Menschen werden Brüder,
Wo dein sanfter Flügel weilt.

汝の魔力は再び結び付ける
時の流れが厳しく切り離したものを
全ての人々は皆同胞となる
貴方の柔らかな翼の休まる場所で


 音色に乗せられた祝福と慈愛とが、会場の中を満たしてゆく。
 はっきり言ってしまえば、エイラはこの結婚式には特に縁も所縁も無い。だから思い入れもある訳ではなく、ただただサーニャの付き添いとして付いてきただけである。
 それでも解る。解ってしまう。今日ここで結ばれる新郎と新婦が、どれだけ周囲から愛されているのかを。奏でられる音の響きがそれを教えてくれる。


Wem der große Wurf gelungen,
Eines Freundes Freund zu sein,
Wer ein holdes Weib errungen,
Mische seinen Jubel ein!

一人の友の朋になるという
大いなる試みに勝ち得た者
優しき乙女を伴侶に得た者は
皆諸共に歓喜の声を上げよ!

Ja, wer auch nur eine Seele
Sein nennt auf dem Erdenrund!
Und wer's nie gekonnt, der stehle
Weinend sich aus diesem Bund!

そうだ、この世界の中でたった一つでも
己のものと呼べる魂があるのなら!
そしてそれが無き者は
涙とともにこの集いから去るがいい!

220Key To My Heart 15/18:2013/01/20(日) 21:46:06 ID:KKYaFxWQ
Freude trinken alle Wesen
An den Brüsten der Natur;
Alle Guten, alle Bösen
Folgen ihrer Rosenspur.

この世の全ての生命は
自然の乳房より歓喜を飲む
善きも悪しきも全ての人は
薔薇の道跡の上を往く

Küsse gab sie uns und Reben,
Einen Freund, geprüft im Tod;
Wollust ward dem Wurm gegeben,
und der Cherub steht vor Gott.

世界は我々に唇づけと葡萄酒を与え
生死の試練を共にする朋友を巡り会わせる
快楽は虫けらにも与えられ
天使は神の御前に立つ


 壇上でピアノを弾くサーニャは、どこか苦しげだった。ブランクのあるピアノの演奏で、しかも難度の高い曲を、恩師の娘の晴れ舞台で弾いているのだから当然と言えた。その緊張と重圧のほどは、きっとネウロイとの戦闘で感じるものに引けを取らないだろう。
 しかし、それでも。サーニャはそれすらも楽しんでいた。遠目にですら見て取れるくらいに汗を流しながらも、微笑んでいた。自分が奏でているということに歓喜していた。
 その姿は、エイラの知らないサーニャだった。ナイトウィッチとしてではない、音楽家の卵としてのサーニャだった。


Froh, wie seine Sonnen fliegen
Durch des Himmels prächt'gen Plan,
Laufet, Brüder, eure Bahn,
Freudig, wie ein Held zum Siegen.

運命の妙なる計らいで
太陽が喜ばしく天を駆け巡るように
同胞よ、己が往くべき道を往け
勇敢なる英雄のように勝利を目指せ

221Key To My Heart 16/18:2013/01/20(日) 21:47:46 ID:KKYaFxWQ
Seid umschlungen, Millionen!
Diesen Kuß der ganzen Welt!
Brüder, über'm Sternenzelt
Muß ein lieber Vater wohnen.

抱き合おう、諸人よ!
この唇づけを全世界に!
同胞よ、この星の輝く天幕の彼方に
愛しき神が居られるに違いない


 エイラは頬を伝うものがある事を自覚した。
 それが何故流れるのかは、解らなかった。


Ihr stürzt nieder, Millionen?
Ahnest du den Schöpfer, Welt?
Such' ihn über'm Sternenzelt!
Über Sternen muß er wohnen.

諸人よ、跪いたか?
世界よ、創造主を予感するか?
星空の向こうに神を求めよ
星々の彼方にこそ
必ずや神は存せり


  ◆◆◆


「おかえり、サーニャ」
「エイラ……ただいま」
 演奏が終わり、万雷の拍手が響く中、サーニャが壇上から会場の方へ戻ってきた。エイラはハンカチで、サーニャの額を丁寧に拭ってやる。すごい量の汗だ。あまり濃い目に化粧をしなくて正解だった。きっと汗で崩れてひどい事になってしまっていただろう。
「演奏、凄かったよ。なんていうか……心に響くっていうか、とにかく凄かった」
「ありがとう。でも、わたし一人で演奏したわけじゃないわ。みんなのおかげよ」
「だな。でも、私にはやっぱり、サーニャのピアノが一番良く聴こえたよ」
 足元のおぼつかないサーニャを壁際の椅子に導き、座らせる。夜間哨戒後だってこれほどまでに消耗しているのは珍しい。演奏の疲労と緊張がどれほどだったのかが良く解る。

222Key To My Heart 17/18:2013/01/20(日) 21:48:22 ID:KKYaFxWQ
 近くを歩いていたウェイターに水を頼み、エイラもサーニャの隣の椅子に座る。会場は大盛り上がりで、これでは結婚式と言うよりお祭りみたいだった。
 まぁそれも仕方ない。目の前であれだけ凄い演奏が繰り広げられたのだ。気持ちも昂ぶるというものである。サーニャが疲れ切っているので自重しているが、エイラだって飛び上がって喝采を上げたいくらいに感動しているのだ。
 氷入りの水のグラスが到着し、サーニャに手渡したところで、会場がさらに一段と盛り上がりはじめた。何があったのか、と壇上に目をやると、タキシードとウェディングドレスを纏った男女が立っているのが見えた――新郎新婦だ。
 花嫁は、なるほどあの先生の娘さんなんだな、と思わせるくらいに、どこか気品のようなものを漂わせていて、花婿はどこか朴訥で、誠実そうな男性だった。お似合いの二人だな、と素直に思う。二人とも幸せ一杯という表情をしていて、見ているだけでその幸福が伝わってくる感じがした。
 舞台袖から白いひげをたくわえたお爺さんが登場し、新郎新婦の前に立つ。確かあれはコントラバスを演奏していた人の一人だと思うのだが、今は手にロザリオを持っている。どうやら神父さまだったらしい。
「――あなたは健やかなる時も、病める時も、これを敬い、これを助け――」
 神父さまの口上が聞こえる。結婚式のクライマックスだ。会場内の人々も自然と口を閉ざし、新郎新婦を見守っている。
 ふと視線を舞台袖の方に向けると、そこに先生がいるのが見えた。表情までは解らなかったが、きっと微笑んでいるのではないかとエイラは思う。そしてその隣には、指揮者を担っていた老紳士がいた。ああ、あの人が花嫁のお父さんなんだ、と直感した。
 そちらも、表情は見て取れない。だが、なんとなく、涙を浮かべているのではないだろうか。結婚式で泣くのは花嫁の父親というのが相場だし、それに。
 ――そういう気持ち、ちょっと解る気がするしな……。
 愛しいひとが、自分の手を離れて幸せになるということ。それに対する祝福と、少しの切なさ。それを想像した時、思わず隣に座るサーニャの手に自分のそれを重ねていた。手離したくないと切実に思った。サーニャの指が、エイラの手を自然と握り返してくる。その柔らかさと温かさが、エイラの心に沁みた。
 やがて花婿と花嫁の、誓いの言葉が響く。それを聞き届けた神父さまが鷹揚に頷き、そして。
「それでは、指輪の交換を!」
 結婚式の締めくくりだ。
 花婿と花嫁が、互いの愛の証を交換して。
 その最後に、キス。
 それが、本当に美しくて。
「二人とも、幸せそう……」
 サーニャがそう呟きながら、エイラの肩に顔を寄せる。エイラも耳打ちするみたいにサーニャへと寄り添い、囁いた。
「幸せそうじゃなくて、幸せなんだよ。それでこれからもっと、ずっと幸せになるんだ」
「そうね……とても素敵」
「……なぁ、サーニャ」
 一つの問いを口にしかけて、そのことに自分自身が戸惑う。これを訊いてしまって良いのか、と。先生の言葉を思い出す。サーニャのために、今、自分がここにいられるのを誇ると言うこと。その確信は、まだ自分の中にはない。だから、何かを確認しなければ前に進めない。


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