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母の飼い主 1

7母の飼い主 6:2013/10/11(金) 18:05:38

 最後に妙な出来事があったのは、僕が東京へ戻る日の、前日の晩だった。

 明日からはまた母と離ればなれの生活だ。僕はそのことを思って、すこしばかり感傷的な気持ちだったのだが、母はといえば、どこかようすがおかしかった。心ここにあらずというのだろうか。夕食を食べながら僕と話しているときも、何か別のことに気を取られているようで、会話がうまく噛み合わなかった。
 そして夜十時をすぎたころ、突然、母の携帯が鳴った。母はあわてたようすで、携帯を手に取った。
 なんだろう、こんな時間に。
 僕は思わず聞き耳を立てたが、母は足早に別室へ行き、そこで電話を取ったので、会話の中身を聞き取ることはできなかった。

 やがて、母が戻ってきた。いくぶん沈んだような顔色で、すまなさそうにこう言った。
「ごめんなさい。ちょっと今から外へ出てくるわ」
 僕はおどろいた。
「もう十時すぎだよ。こんな時間に何の用事なの?」
「あのね、ボランティアでお友だちになった方――もう八十すぎのお婆さんなんだけど――が、突然具合わるくなったっていうの。それで、申し訳ないけど家に来てもらえないかって。その方、ひとり暮らしで、頼れる身寄りもいないの」
「けど、母さんはヘルパーでも看護師でもないじゃん。もっと専門的な人に来てもらったほうがいいんじゃないの?」
「そうなんだけど…。でも、わたしも気になるから、ようすを見に行ってくるわ」
「なら――せめて送っていくよ。こんな夜更けにひとりで行くのは危ないよ」
「ありがとう…。でも、だいじょうぶ。お婆さんの家はすぐそこだから。もしかして帰りは遅くなるかもしれないけど、あなたは気にせずに寝ていてちょうだい」
 それからすぐ、母はあわてたように出ていった。
 僕は居間で雑誌を読みながら、母の帰りを待った。

 一時間がたち、二時間がたった。
 もう午前零時をすぎて、日付はかわっている。
 母はまだ戻ってこない。
 まったく非常識な婆さんだ。
 僕は憤慨した。母も母である。お人好しもいいかげんにしたほうがいい――。

 母を待っているあいだに、僕はいつしか眠りに落ちていた。
 目を醒ましたのは、玄関のほうで扉の開く音がしたからだ。
 時計を見ると、時刻は深夜二時をすぎていた。
 僕は寝ぼけまなこで、ふらふらと玄関まで歩いた。
 母がいた。あらわれた僕を見て、なぜだかドギマギしたような顔をした。
「起こしちゃった? ごめんね、こんな遅くになっちゃって」
「いや、それは…いいんだけど」
 僕はうまくしゃべることができなかった。
 そのとき、目の前にいた母は、僕の知っている普段の母ではなかったのだ。

 母の目は潤みきっていた。最初、泣いているのかと思ったくらいだった。まるで激しい運動をした直後のように、その頬から首にかけての肌は紅潮していた。そして、匂うような色気が少しはだけた襟元から漂っていた。

 僕は思わず目を逸らした。見てはいけないものを見てしまったような気がした。
 いったい何があったんだろう――?
 しかし、問おうとする言葉はかたちにならなかった。
「もう…休んだほうがいいよ」
 やっとのことでそれだけ言った。母は弱々しい微笑をうかべて、「ありがとう。そうするわね」と言った。それから玄関に上がろうとして、ふらり、と崩折れた。
 僕は咄嗟に母の身体を支えた。そのために右手が母の乳房にふれてしまった。それは溶けてしまいそうなほどやわらかく、服ごしにでもわかるほど熱をもっていた。
「あ、ごめん」
 母はあわてて身を離した。
 僕は何も言えなかった。
 胸だけが痛いくらいに高鳴っていた。


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