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母の飼い主 1

6母の飼い主 5:2013/10/11(金) 17:59:23

 帰省していた間――それは三日間という短い期間だったが――には、ほかにもいくつか妙なことがあった。

 到着した日の翌日、僕は地元の友だちとひさしぶりに会った。昼をすぎてから家へ帰ると、母は買い物にでも出かけたのか、留守だった。
 居間でごろごろとテレビを眺めていると、やがて腹がすいてきた。
 ラーメンでもつくろう。
 そう思って台所をあさっていたら、戸棚にふしぎなものを見つけた。

 陶器製の灰皿だ。

 どうしてこんなものがあるのだろう――。
 僕は首をひねった。死んだ父は喫煙者ではなかったから、これまでにわが家で灰皿を見た覚えはなかった。
 もしや、母が煙草を吸うようになったのか――とはまったく考えなかった。お嬢様育ちの母はいろいろと偏見の多い女性なのだが、そのうちのひとつに「煙草を吸う人間=ろくな奴ではない」というものがあった。
『たとえどんなにお金持ちでも、どんなに顔がよくても、わたしは煙草を吸う男性を絶対好きになれないわ』
 いつだったか、そう言っていたことがある。それほど喫煙者に嫌悪感をもっている母が、四十近くになって今さら煙草をたしなむはずもなかった。
となると、これはお客用に用意してあるものにちがいない。

 そのとき――
 ふと僕の頭をかすめたのは叔父の顔だった。
 父が健在だった頃、たびたび金の無心に訪れてきた洋治さん。
 その服にはいつもアルコールと煙草の香りが染み付いていた――。

 いったい何を考えているんだろう。僕はいささか戸惑いながら、脳裏にうかべた想像を振りはらった。
 洋治さんがこの家に来るはずないじゃないか。
 だいいち、母は四月以来会っていないと言っていた。
 ならば、そうなのだろう。母が嘘をつかねばならない理由など、どこにもないのだから。

 灰皿の一件はやはり気になったので、夕方戻ってきた母に訊いてみた。
 母はきょとんとした表情で、
「ああ、それはね。ボランティア関係で知り合いになった障害者の方が作った灰皿なの。もちろん、うちに煙草を吸う人はいないんだけど…、お付き合いで買うことにしたのよ」
 と答えた。
「え、母さんもボランティア活動を始めたの?」
「ちょっとね…。あなたがいなくなってから、わたしも自分なりに人付き合いの幅を広げてみようと思って、市民ボランティアに参加するようになったの。ずっとひとりで家にいると、やっぱり寂しいから」
 僕の知る母といえば、家族に対してはごく愛情深いものの、どちらかといえば引っ込み思案なほうで、社交性に富むタイプではなかったから、この変化には驚かされた。
 それはさておき、灰皿の件については一応真相がわかった。だが、心の片隅には、どこかしら腑に落ちないものが残った。


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