したらばTOP ■掲示板に戻る■ 全部 1-100 最新50 | |

母の飼い主 1

5母の飼い主 4:2013/10/11(金) 17:55:13

 バイトやサークル活動で忙しく日々を送っていた僕がはじめて帰省したのは、その年の9月のことだった。

「お帰りなさい」
 ひさしぶりにわが家のドアを開けると、以前と同じように、母が笑顔で出迎えてくれた。
「思ったよりも元気そうね。安心したわ」
「まあね」
 と適当な返事をしながらも、僕はひさしぶりに見る母の姿に、何とはなしの違和感を覚えていた。しばらくして、その正体に気づいた。
「ひょっとしたら母さん、すこし太ったんじゃない?」
 そうなのだ。母は昔から痩せ型で、肩から腰にかけての線など頼りないほどだった(それゆえ、着物を着ると、日本画の美人のような趣があった)。けれども、このとき、半年ぶりに目にした母は、以前よりもふくよかになったように見えた。心なしか、肌の色艶もよくなったようだ。
「あら、やっぱり分かる?」
 母は両手で頬をおさえて、すこし羞ずかしそうな顔をした。
「このところ、食べすぎたのかしら。体重が増えちゃって、服のウエストがきつくなってしまったの」
「いいんじゃない? 母さん、痩せすぎだったから、多少太ったくらいでちょうどいいと思うよ」
 そう言いつつも、ふっくらと女性的な円みを帯び、肌が艶々とかがやいているような母を見ると、僕は何となく息苦しいような気持ちになった。
「まず荷物を部屋に置いてきて。それからお風呂へ入っていらっしゃい」
 そんな僕の戸惑いにまったく気づいたようすもなく、母は楽しげな口調でそう言った。

 その日の夕食の献立は、肉豆腐、炊き込みご飯、そしてハンバーグだった。すべて僕の好物である。
 居間のテーブルで母と差し向かいに食事をしていると、妙に懐かしい気がした。その年の春までは、毎日朝晩、こうしてふたりで食べていたのだった。
 大学生活で自由を謳歌している僕だったけれど、こうして懐かしい食卓で母とふたり、ゆったりとした時間をすごしていると、以前の暮らしが恋しいような気持ちになった。
「なあに、へんな顔をして」
 母が怪訝な表情をした。
「へんな顔ってどんな顔さ?」
「何だか気の抜けたような感じで、にやにやしていたわよ」
「ちょっと、考えごとをしてたんだ」
「ずいぶん楽しい考えごとだったみたいね」
 冗談めかした口調で言って、母は洗い物をするために席を立った。
「そういえば――」と僕は話題をかえた。「あれから洋治さんには会った?」
 母は台所で洗い物をしたまま、ふりかえらずに「え? 会ってないわよ」と答えた。
「洋治さんが住んでいるのは隣の××町だし、街で偶然ばったりなんて機会もそうそうないわ。どうしてそんなことを訊くの?」
「いや、べつに深い意味はないけど」
 へんだな。
 僕は漠然とそう感じた。四月に電話したときの母は、洋治さんに再会したことをけっこう興奮したようすで話していたのに、きょうはやけにそっけなかった。
 もっとも、そこまでの違和感を覚えたわけでもない。その証拠に、居間でくつろぎながらテレビを眺めてうち、僕はそのことをすっかり忘れてしまった。


新着レスの表示


名前: E-mail(省略可)

※書き込む際の注意事項はこちら

※画像アップローダーはこちら

(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)

掲示板管理者へ連絡 無料レンタル掲示板