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母の飼い主 1
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:
母の飼い主 19
:2013/10/20(日) 14:33:35
翌日、僕は東京へ戻った。
自宅のあるアパートへたどりつくと、布団の中にもぐりこんで、泥のような眠りに落ちた。トラックに踏み潰された空き缶のように、身も心も疲れきっていた。
それからしばらくの間、僕はベッドから離れることができなかった。『黒鴉』から飛び出した夜、寒風吹きすさぶ中を一晩歩き回ったのが仇になって、風邪を引いてしまったらしい。高熱と悪寒にうなされる日々が一週間もつづいた。
ようやく風邪が治っても、僕の心はあいかわらず虚脱したままだった。大学の授業もバイトもさぼり、アパートに引きこもっていた。携帯電話の電源も切った。何人かの友だちが訪ねてきたけれど、玄関のドアを開けることもせず、具合がわるいからと言って、帰ってもらった。
僕は孤独の中に閉じこもった。
十月がおわり、十一月になっても、僕の虚脱状態は治らなかった。
そんなある日――僕は夢を見た。
その夢の中で、僕はおさない子どもにもどっており、母の手に引かれて、見知らぬ街の人ごみをあるいていた。
途中、誰かにぶつかり、そのせいで母の手を離してしまった。人ごみにまぎれ、僕はあっさりと母の姿を見失ってしまう。心細くて、心細くて、僕は「おかあさーん」と叫びながら、大声で泣きはじめた。
不意に、温かく優しい体温に、背中を包まれた。ふりかえると、母がほっとしたような笑顔をうかべ、うしろから僕を抱きしめていた。「ごめんね、ひとりにしちゃって…」。そう囁いて僕の身体をぎゅっと抱く、母の目にもまた涙が光っていた。
これは――昔、本当にあったことだ。
どうして今まで忘れていたんだろう――?
僕は目を醒ました。
ぼんやりと周囲を見回す。そこはいつもと変わりない、そして最近とみに薄汚れてきたアパートの自室だ。時計の針は深夜三時を指している。
『黒鴉』を訪れた夜以来、僕はたびたび悪夢にうなされてきた。洋治さんやあの太った男が、よってたかって母を嬲っている夢――。しかも、夢の中の母は、男たちに玩弄されながら、飼い主に媚びる犬のような表情をうかべ、うれしげに尻を振ってみせるのだった――。
だが、さっきのノスタルジックな夢は、そんな悪夢とはまったく違っていた。僕の胸にぽっかりと空いた穴へ、温かく優しいものを注ぎこんでくれるような夢だった。
夢で見た母の笑顔を思い出す。そうだ、あれが本当の母なのだと僕は思った。誰よりもきれいで、純粋で、家族への慈愛にみちた母さん――。
僕はむくりと起き上がった。
『黒鴉』で出会った男は、洋治さんの愛人になった母が、みずから望んで淫猥な命令に従っているかのように話していた。だが、それはやはり真実ではない。母はそんな女性ではない。母が父以外の男を愛することなどありえない。だとしたら、かつて推測したように、母は洋治さんに弱みを握られ、むりやり従属させられているにちがいない――。
僕はあらためてそう確信した。
母を救わなければ――
ずっと電源を切りっぱなしだった携帯を、ひさしぶりに取り出す。まずは母に連絡してみようと考えたのだ。けれど、いまが夜中の三時であることに気づき、思いとどまる。明日の朝一番に電話しよう、と僕は思った。
カレンダーを見る。『黒鴉』を訪れた夜から、すでに三週間以上たっていた。
母はあれからどうしていただろう。
そのとき、ふと僕の脳裏をよぎるものがあった。
あの夜、洋治さんが口にした台詞――。
――『ウェブ上に写真や動画を投稿できる、画像掲示板ってあるでしょう。最近、その画像掲示板に冬子の調教記録を載せているんですよ』
僕はノートパソコンを開いた。
△△掲示板を検索する。やがて見つかったそれは、アダルト系の人気サイトで、海外サーバーを利用しているらしく、無修正の動画像を投稿できることが売りのようだった。
僕はためらった。ここにはきっと、『大鴉』で見たよりも酷いものがある。それは確信に近い予感だった。
だが、このまま目を塞ぐことは――できそうになかった。
夢で見た母の優しい笑顔を思い出しながら、僕はそのサイトに入室した。
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