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母の飼い主 1

34母の飼い主 18:2013/10/20(日) 14:30:47

「どうだい? いい写真だろ?」
 太った男が得意げに言う。

 僕は――この男を殴りとばしてやろうと拳を握りしめた。
 だが、すんでのところで、洋治さんが、
「これはよく撮れていますね。あとで私の携帯に送信してくれませんか」
 と言ったことで、出鼻をくじかれた。

「いいけど、どうするんだい?」と太った男が訊く。
「ウェブ上に写真や動画を投稿できる、画像掲示板ってあるでしょう。最近、その画像掲示板に冬子の調教記録を載せているんですよ」
「へえ! それはすごいな。ついにネット公開まで始めたわけか」
「もちろん、顔にモザイクくらいはかけていますがね」
「おれもぜひ拝見させてもらいたいね。サイト名をおしえてくれないかい?」
「わたしも知りたいです」と眼鏡の男までが横から割り込む。
「いいですよ」
 そして、洋治さんは△△掲示板というサイトの名を挙げた。
「――ここです。わたしはblack crowというハンドルネームで投稿していますよ」
「black crow――黒鴉か、なるほど」と太った男がうなずく。

 母の痴態がインターネット上にまでばらまかれている――
 その事実に僕は新たなショックを受けた。

 思わず洋治さんの顔を睨みつける。この男はいったいどこまで母を辱めるつもりなのだろう――
 だが、そんな僕の憎悪のこもった視線を、洋治さんは涼しい顔で受け止めると、
「新しい飲み物をおつくりしましょうか? それとも、お帰りになられます?」
 と言った。彼の態度はさっきまでと変わりなく、穏やかで、平静そのものだ。にもかかわらず、底の見えない深淵のようなまなざしは、僕の胸に黒雲のような恐怖をわきおこした。
 ――この眼だ、子どもの頃から僕が恐れていたのは…。
 気がつくと、幾筋もの汗が背中を伝っている。まるで蛇に睨まれた蛙だった。
 もはやこれ以上洋治さんに見つめられることに耐えられなかった。僕は、懐から出した金をカウンターに叩きつけるようにして、釣り銭も受けとらず、足早に『黒鴉』の店内を飛び出した。――


 その夜、僕は一睡もできなかった。一晩中、××町の見知らぬ通りをさまよいあるいた。季節はすでに十月半ばで、吹きすさぶ秋の風はずいぶん冷たくなっていたが、それも気にならないほど僕は混乱していた。

 あてもなくさまよう僕の脳裏には、スマフォの写真で見た母の痴態が次々と映し出された。
 あれは――1ヶ月ほど前の、僕が東京へ戻る前夜に写されたものにちがいない。あの日、深夜遅くに帰宅した母は明らかにようすが変だった。むりもない。あの夜の母は、洋治さんばかりでなく見知らぬ男ふたりの目に裸身を晒し、歌に踊りにオナニーまで強制され、恥毛さえも剃り上げられて、あげくはその姿を撮影されていたのだから――。
 洋治さんが憎かった。あの太った男のことを思うと、胸がむかついて吐きそうになった。なのに結局、僕は彼らに怒りの言葉ひとつ、ぶつけることもできなかった。僕はじぶんの臆病さを心底から嫌悪した。
 僕の感情をかき乱すことは、もうひとつあった。
 太った男の話によると、母がみずからの意思で、愛する洋治さんの卑猥な命令に従っている――という。
 そんなことがあってたまるか、と頭では思う。だが、『黒鴉』で見聞きした衝撃的な内容は、僕を完全にノックアウトし、心に大きな穴を穿っていた。その空虚な穴に「ひょっとしたら…」という弱気な想いが忍び入ってくるのを、僕は止めることができなかった。
 ひょっとしたら母は本当に洋治さんを愛してしまったのかもしれない――。


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