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母の飼い主 1

19母の飼い主 11:2013/10/15(火) 02:32:58

「で、それからどうしたんですか? つづきを教えてくださいよ」
 眼鏡の男が興味津々といった口調で訊く。

 太った男はもったいぶった態度で「わかったわかった」と言い、先をつづけた。
「女がようやく一曲うたいおわると、おれと友だちはやんやと拍手喝采して、グッタリとした女をカウンター席まで引っ張ってきた。いい忘れたが、その夜の客はおれたちだけでね」
「つくづく流行らない店ですね」と洋治さんが他人ごとのようにつぶやく。
「いやいや、すばらしい店だよ、マスター。それにあの夜は、女が来た時点で店じまいの看板を出したんだろう?」
「まあ、さすがに誰がやって来るか分からない状況はこちらも心配ですからね」と洋治さんは苦笑した。「もしかしたら、警察関係のお客が偶然ぶらりと来店するかもしれないし。そんなとき、素っ裸の冬子がカウンターに座っていて、両側の男性客からイタズラされてたんじゃ、言い訳のしようがない」
「イタズラしたんですか!」と眼鏡。
「しないでいられるかい。なにしろ、あんなに扇情的な裸踊りを見たあとだぜ。――それになぁ、カウンターに座って間近に見ると、これがますますイイ女なのよ。顔も綺麗だが、身体もいい。スレンダーなのに出るところはちゃんと出ていて、おっぱいなんか、体つきからすると不似合いなほど大きかったもんなあ」
「それには理由があるんですよ」と洋治さんが言った。「もともと冬子は痩せ型の女でしてね。わたしの好みからすると、少々痩せすぎなくらいでした。それで、一ヶ月以内に五キロ太るように命じたんです。もしも五キロ増量できなかったら、きついお仕置きをするという約束でね」
「まるで家畜扱いだなあ!」と眼鏡の男があきれた。
「まあ、そうですね」と洋治さんはあっさり言い放った。「冬子のやつ、必死になって食事量を増やしたらしい。で、ようやく目標値をクリアしたわけですが、そのぶん増えた肉が胸や尻のほうにいったようですな。面白いので、いまはさらに十キロ太るように命じてます」
「十キロ! そりゃまた厳しいな。せっかく綺麗な奥さんなのに、デブになっちまうんじゃないか」
「あんまり見苦しくなるようなら、今度は減量させますよ」と洋治さんはこともなげに言った。

 ほとんど呆然自失といった感じで三人の会話を聞きながら、僕は思い出していた。
 帰省した初日――僕はしばらく見ないうちに母の肉づきがよくなったことに気づき、おどろいたのだった。そう指摘すると、母は羞ずかしそうな顔をして、「このところ、食べすぎたのかしら」などと言っていた――。
 何のことはない。母は洋治さんに言われて、むりに体重を増やしていたのだ。
 母が痩せているのは昔からで、それは体質もあるが、母本来の美意識の問題でもある。ようするに、太って醜くなるのが厭だったのだ。それなのに、洋治さんの命令ひとつで、じぶんの体型まで変えてしまうとは――。

 母は――それほどまでに洋治さんに溺れきっているのだろうか。

 いや、そうとばかりはいえない。ひょっとしたら、母は洋治さんに何かの弱みを握られているのではないだろうか。僕はその可能性にはじめて思い当たった。
 弱みを握られた上で泣く泣く命令に従っているとすれば、僕の知っている母からは想像もできない行動の数々にも説明がつく――。

 そうした推測は、洋治さんへの怒りを燃え立たせたが、一方で、僕の心をふしぎと落ち着かせた。なぜなら、もしも推測が正しいとすれば、母は洋治さんを愛していないことになる。いや、それどころか、じぶんに屈辱的な命令を強いる彼を嫌悪し、憎んでいるはず――。そのように想像することが、僕の気持ちを安心へと導いたのだった。

 僕は何としても信じたくなかったのだ、母が洋治さんを心底愛しており、それゆえ、どんな仕打ちでも甘んじて受け入れている、などということを。母が愛しているのは亡き父と、それから僕だけなのだと――そう思い込んでいたかったのだ。


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