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母の飼い主 1

12母の飼い主 8:2013/10/13(日) 05:36:28

 実家から戻って一ヶ月あまりの間、僕は悶々と日々をすごした。

 四月に再会して以来、母は洋治さんに会っていないという。
 だが、あの日僕が拾った「バー『黒鴉』」のマッチ箱は、母と洋治さんの間に何らかの接触があることを裏付けていた。
 なぜ嘘をついてまで、母はそのことを僕に隠そうとしているのか?

 ふつうに考えるなら、隠そうとするのはそこに後ろ暗いものがあるからだ。
 すくなくとも息子の僕には知られたくない関係――そんな関係が、母と洋治さんにあるとしたら――。

 洋治さんのことを考える。僕の叔父であり、母にとっては義弟にあたる人。
 中学一年の夏、父の葬式で顔をあわせて以来、僕はかれこれ六年ほど洋治さんを見ていない。それ以前だって、頻繁に会っていたわけでもない。洋治さんがわが家を訪れたのは数年に一度、よほど金に困って父に頼みに来る場合にかぎられていたし、その際も、僕はなるべく叔父と対面しないですむように逃げまわっていた。

 僕は洋治さんが怖かったのだ。ヤンキー風の外見に恐れをなしたということもあるが、それ以上に彼の目が苦手だった。神妙な態度で父の説教を聞いているときも、気安い調子で『よう、元気にしてたか?』と僕に話しかけてくるときも、洋治さんの目はつねにかわらず、相手のことを探るように観察し、隙あらば飛びかかって喉元を食いちぎるような獰猛さを漂わせていた。子どもなりの敏感さで僕はそれを感じ取り、背筋が粟立つような恐怖を覚えていたのである。

 あの洋治さんが、母に目をつけたとしたら――。

 ふと思い出す。あの日、深夜にようやく戻ってきた母の、潤みきった目を。崩れそうな肢体に漂わせていた、ぞくりとするような艶めかしさを。
 もしかして、あれは――。

 ――いや、そんなことはありえない。僕はあわてて脳裏に描いた想像を打ち消す。

 母のことを考える。ちょっと天然で、世間知らずなところがあって、そのぶんだけ純粋で、母性的な愛情にみちあふれている母。
 僕が地元ではなく東京の大学を受験することにあくまで反対し、初めて家を出ていった際には泣きそうな顔で見送った母。
 死んだ父のことを想いつづけ、再婚話を断りつづけてきた母。
 そんな母が、たとえ誰であれ、父以外の男性とやましい関係に陥ることなど――あるわけがない。

 だが、それならばなぜ、母は僕に嘘をつかねばならなかったのだろう――。


 疑惑は晴れることなく、堂々巡りの思考は僕の安らかな眠りを奪った。といって、母に直接、その疑惑を問いただしてみるのは、どうしてもためらわれた。

 そして――僕はようやく決意した。
 『黒鴉』へ行ってみよう。洋治さんに会ってみよう。
 それで何が変わるかはまだ分からない。けれど、とにかく動かないではいられなかった。


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