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RPGキャラバトルロワイアル11

1SAVEDATA No.774:2011/07/31(日) 03:04:46 ID:b2pXRKlk0
このスレではRPG(SRPG)の登場キャラクターでバトルロワイヤルをやろうという企画を進行しています。
作品の投下と感想、雑談はこちらで行ってください。


【RPGロワしたらば(本スレ含む】
ttp://jbbs.livedoor.jp/otaku/11746/

【RPGロワまとめWiki】
ttp://www32.atwiki.jp/rpgrowa/pages/11.html

【前スレ(2ch】
ttp://yuzuru.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1307891168/l50

テンプレは>>2以降。

716SAVEDATA No.774:2013/05/20(月) 00:39:22 ID:PVfYstBs0
投下お疲れ様でした!
正義の反対は正義だとかよく言われるけど、ピサロは本当に魔族のためを想って魔王をやってたんだよな
デスピサロだってロザリーへの愛ゆえに人間を憎んでで
ピサロ自身の愛のためって本人は言うだろうけど、こいつは言われてみればずっと誰かのために戦い続けてきたとも言えるんだよな……
だからこそ、魔王や勇者は想いの形であっても、思いを縛るものであってはならないというピサロとストレイボウの会話が心に響いた
勇者とは、英雄とは、魔王とは
このロワで問われ続けたものの無限の答えを含んだ答えがこの話だった

717SAVEDATA No.774:2013/05/20(月) 02:03:01 ID:yhpK0tvQ0
執筆と投下、お疲れ様でした。
なるほど、乾いた空にも色々あるよなあ。
古代王国に心を飛ばしていた魔王でなく、荒野に生きたものたちに導かれて
生を希求するようになったストレイボウの感じる世界と、彼が手放そうとしない痛み。
これらは、読む側も心地よく噛み締めたり、思い浮かべていけるものでした。
また、後半の「感情を解き放つものが魔王」とは、腑に落ちる表現だなと。
思えば勇者の雷も、魔王の誓いもそうだったのだけど、そのふたつのない蒼穹に解かれていく
ピサロの思考を追っていて、これまでの物語に改めて沁み入る心地がしました。
……しかし、こういう意味でもオディオは、こんな舞台まで作ってしまっても、首輪などを通して
憎しみを他者へ見せても、その感情さえ解き放ちきれていないようでなんとも言えないな……。
そして「したいこと」と「なすべきこと」とが、ピサロのなかでは重なったのかな。
ピサロに魔王として対面したジョウイのパートを拾った部分も細やかで素敵だなぁ、と。
乱戦や大人数のパートなどを書いたものを見ても、氏の作品はとにかくまとまっている印象が
強いのですが、二人。会話が可能な最小人数の話を読んで、改めて構成の妙に魅せられました。
SSも感情を、あるいは思惟を解き放つものなら、自分はじつに良いものを拝読していると思えます。ありがたいことです。

718Talk with Knight  ◆iDqvc5TpTI:2013/05/21(火) 17:57:41 ID:lq/5fCmY0
お待たせしてしまい申し訳ありません
投下します

719Talk with Knight  ◆iDqvc5TpTI:2013/05/21(火) 17:58:19 ID:lq/5fCmY0
        こうして、僕にはただ
        時間だけが残された。
   命も、道具も、全てアナスタシアに握られて
   手持ち無沙汰もいいところで
     ジョウイが襲撃でもしてきたなら
   その対処へと身も心も没頭できるというのに。
   そんな実現したらしたでごめんな可能性も
場当たり的に生きることも
ストレイボウの奴に切って捨てられたばかりで
今の僕には、本当に、何も、何もすることがなかった。
“したいようにあってほしい”だって?
なんだよ、それ、なんなんだよ、それ。
自分に縛られて
何もかもを見失うのがどれだけ愚かなことか。
そんなの、お前に言われないでも分かってるよ!
 教えて、もらったんだ!
         だけど、だけどさ。
      今更なんだ、今更なんだよ……。
ねえ、したいことを考えろって言われて足を止めてさ。
    それでもしたいことが見つからなかったら。
どうすればいいのかな?
どうしたら、僕はまた歩いていけるんだろ……。
      
            ▽

720Talk with Knight  ◆iDqvc5TpTI:2013/05/21(火) 17:59:11 ID:lq/5fCmY0

           
             [アナスタシア]
            
 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆  [ピサロ]
 話し相手を           △
 選んでください 『カエル』 《グレン》
 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆      ▽
           [アキラ]
              
             [ストレイボウ]

721Talk with Knight  ◆iDqvc5TpTI:2013/05/21(火) 18:00:02 ID:lq/5fCmY0

思えばその問いかけさえも今更だった。
昨日のまさに今ぐらいに、僕は問われたばかりだったじゃないか。
姉さんが死んだらどうするのか。
先生が死んだらどうするのか。
今は亡きおじさんに聞かれたばかりだったじゃないか。
僕はその時、なんて思った?
使い道のない自由に、何の意味がある。
そう思ったんじゃなかったのか。
まさにその使い道のない自由が、僕の目の前に転がっていた。
僕は何をするでもなく、へたり込み、ただ空だけを見上げていた。

どうしてこうなったんだろ。
僕はいったい何をしてるんだろ。

抜け殻のような自らのさまを自嘲する。
あの時、その言葉が正しいと心の底では感じながらも、どうしてあれだけストレイボウに噛み付いたのか。
何のことはない。
僕は、こうなることを予想してたんだ。
あいつの言うところの“行き着くところ”まで行きつけたならどれだけ楽だったろうか。
あいつがあんなことを言わなかったら、僕はきっと今頃、ジョウイを倒すことでも考えていただろう。
あいつがヘクトルの死体を弄んだから……だけじゃない。
確かにそのことへの怒りはある。
死を奪うというのは僕にとって何よりも許せない所業だ。
僕はジョウイを嫌いなままだし、今や憎んでると言っても間違いじゃない。
でも、あのヘクトルと打ち合ったからこそ僕にだって分かってる。
ジョウイの導きに応えてしまったのも、僕による終わりを受け入れてくれたのも、どっちもヘクトル自身の意志だったんだ。
そこまで分かっていながらもジョウイにとやかく言うのは、ただの八つ当たりなんじゃないか。
僕はジョウイの計画を阻止しようとして失敗した。
その取り戻し用がないミスを、ヘクトルのことを言い訳に取り戻そうとしてるんじゃないか。
いや、取り戻すだなんてそんな前向きなものじゃない。
僕は縋りたいだけなんだ。
かつて生きてできることと定めていたそれに、生き残ってしまった意味として縋りたいだけなんだ。

722Talk with Knight  ◆iDqvc5TpTI:2013/05/21(火) 18:00:33 ID:lq/5fCmY0
それに元を正せばヘクトルを殺したのはあいつじゃない。
セッツァーとピサロだ。
セッツァーは既に死んだようだけど、ピサロに至ってはすぐそこにいる。
だったらそのピサロに怒りをぶつけることが、ヘクトルの敵討ちだと刃を向けることが僕のしたいことなのか?
……不思議とそうだとは思えなかった。
もしそれが答えなら、ストレイボウが余計なことを言うよりも前、アナスタシアがどうやってかあいつを連れてきた時点でそうしていたはずだ。
ジャスティーンの召喚に力を使い果たしていたからだとか、そんなのは理由にならない。
感情というものはそんな理屈で抑えられるものじゃない。
けど僕は、そうしなかった。
そんな気力さえなかった。
もうすべてが終わったことだったから。
ヘクトルを終わらせたのは、ヘクトル自身と、そして、この僕なんだって。
そんな、ほんの僅かな、それでいて、これだけは他の誰にも譲りたくない自負が僕にはあったから。

だから。

僕は、本当に、何もかも終わってしまったんだ。
僕のしたい事、したかったことに、決着をつけてしまったんだ。

つまりは、そういうこと。

ストレイボウが言った“したいようにあってほしい”というのは、ジョウイがどうとか、オディオがどうだとか、そんな目先のことだけじゃなくて。
きっと、ずっと、この先の未来へと続く望みで。
それは僕が二度目の生を受けてから、ずっと、ずっと、考えて来たことだったんだ。

「なんでだよ。なんでなんだよ……」

はじめは姉さんや先生のために生きたかった。
その望みが潰え、自らの命を奪おうとした時、あの大きな掌に止められた。
あの時初めて、僕は今まで抑えてきた僕の感情を、僕自身を、受け入れることができた。

「なんで、なんでみんな、いなくなっちゃったんだよ……」

そして、僕は、気づけば、彼を、ヘクトルの背中を追い始めていて。
おじさんの支えもあって、“いつか”を望めるようになっていたんだ。
この僕が、だよ? ずっとずっと、死ぬことばかりを考えて生きてきたこの僕が。
自分のことを誰かを悲しませる害悪としてしか見ていなかったこの僕が。
あろうことか、誰かの為に“生きられる”いつかを夢見れるようになってたんだ……。

723Talk with Knight  ◆iDqvc5TpTI:2013/05/21(火) 18:01:09 ID:lq/5fCmY0

「なんで、僕だけ生き残ってるんだよ……」

けれど、その“いつか”を僕はこの手で振り払った。
僕が夢見た理想郷を、僕自身の手で終わらせた。

「僕だけ生き残って、どうしろっていうんだよ!?」

そのことに未練はあっても後悔はない。
それこそ感情のままに突き動かされただけだと言うやつがいるかもしれないけれど。
あの終わりは僕がありのままの自分で、ありのままの世界を見た上で決めた大切な終わりだった。
……終わりだったのに。
どうして僕だけ生き残ってるんだ?
どうして僕はまだ、続いてるんだ?
これ以上僕にどうしろっていうんだ。
僕は一体何がしたいっていうんだ……。

「どうやらまだ、自分の終わり方を決められていないようだな、適格者」

嫌な声が聞こえた。
聞きたくない奴の声がした。
誰か、などとは問うまでもない。
紅の暴君無き僕のことをそう呼ぶのはただ一人だ。
いっそこのまま無視してやろうかとも思ったが、見上げていた空に影が落ち、ぬうっと緑の顔が眼の前に迫る。
そいつはヘクトルやおじさんの巨体とは打って変わって背が低かった。
そんな背格好で覗きこまれたままではたまったもんじゃない。
顔と顔が接触しかねない距離にまで人間サイズの蛙に近づかれたらあの姉さんでさえ悲鳴を上げただろう。
……アティ先生なら分からないけど。
残念ながら先生ほど心の広くない僕は、そのままの体勢で腕を突き出し、跳ね除けたそいつへとうんざりとした視線をくれてやった。

724Talk with Knight  ◆iDqvc5TpTI:2013/05/21(火) 18:01:44 ID:lq/5fCmY0

「……誰のせいだと思ってるんだよ」

ああ本当に、誰のせいだ。
誰のせいで、僕はこんなにも悩む事になったんだ。
例えばお前だよ、カエル。
お前がマリアベルを殺さなかったら、彼女をファリエルと会わせるために頑張るのも……悪く、なかったんだ。
今更だけどさ。
あまりにも、今更、だけどさ。
僕は、僕のことを捨てたものじゃないと言ってくれた彼女のことが嫌いじゃなかった。
あの時は素直に返せなかったけど、今なら言えるよ。
僕も君のこと、公平だとかどうとか、そんな理屈っぽいこと抜きにしてもさ。
多分、きっと、割りと、結構……好きだったよ。
あーあ、こんなことならあの時、ファリエルと会わせてあげるって約束でもしておくべきだったなあ。
そしたらさ。そしたらあんな、あんなアナスタシアなんか庇うこともなくて……。
無理、だろなあ。
全く、ほんとどうして、こんなメンツが残っちゃったんだろね?
神様だなんて信じたこと無いけどそれでもあんまりじゃないか。
アキラはまだいいよ。
ひねくれてるようで正義感に燃えているところとか、若干苦手なところもあるけど、一日足らずの付き合いでも悪いやつじゃないってそう思える。
けどさ、他はないんじゃないか。
ストレイボウは許せない。
同族嫌悪や全ての元凶ってこともあるけれど、自分だけ、したいこととやらを見つけていたりで腹が立つ。
アナスタシアは嫌いだ。
今になって吹っ切れて分けわかんない存在になって、今まで以上にあの手この手で僕の心をかき乱していく。
カエルとピサロは論外だ。
ヘクトルにブラッド、マリアベルの死は彼ら自身のものだけど、それでも、こいつらが僕から大切な人を奪ってったのには変わらないんだ。

誰かのために生きたかった。その誰かはもう、誰もいない。

全てが振り出しに戻ってしまった。
ゼロの虚無。
死にたいとも生きたいとも思えない、生命の始まりに。
あれもそれもこれも全部、全部――

725Talk with Knight  ◆iDqvc5TpTI:2013/05/21(火) 18:02:14 ID:lq/5fCmY0

「そうだな。少し話をしよう」

なんだよ、自分のうちに引きこもることすら許してくれないのかよ。

「僕にお前と話したいことなんてないよ」
「俺にはある。お前を生かした分の責任がな。それに――あの時問うてきたのはお前だぞ?
 全部なくして、終わって、それでも足掻けるのはどうしてか、と」

そういえばそんなことを口にした。
でもそれは、もう終わったことだろ?

「その答えならもうもらったじゃないか」
「確かに俺は答えた。だがその答えは“二度目”の答えだ」

二度目?
二度目って何さ。

「前にも一度あったんだよ。俺が、俺にとっての全てとも言えた“勇者”を――親友を喪ったことが」

疑問が顔に出ていたのだろう。
僕が口にする前にカエルは勝手に喋りだす。

「勇者……?」
「ああ、そうだ。あいつは、勇気ある者だった。どんな相手にでも立ち向かい、いつも俺を助けてくれた。最後の時だってそうさ。
 あいつは俺を庇って、魔王に殺されたんだ……」

魔王って、あの魔王?
自分の親友の仇となんてお前は組んでたのかよ。
気が知れないにも程がある。
……まあ僕だって人のことは言えないけどさ。
紛いなりにも今の僕はヘクトル達の仇であるこいつらと運命共同体なんだし。
前なんか僕に呪いをかけた奴の手駒になってたことだってあるくらいだ。
だから、そこはどうだっていい。
僕が興味あるのはただ一つだ。

「それで。お前はどうしたのさ」
「どうもしなかったさ。俺は逃げた。魔王から、友の死から、自分自身から、友との最後の約束からさえも逃げて酒に溺れた」

726Talk with Knight  ◆iDqvc5TpTI:2013/05/21(火) 18:02:44 ID:lq/5fCmY0
は?
なんだよそれ。
参考にもならないじゃないか。
反面教師にでもしろってのかよ。

「全然ダメじゃないか。そんなザマで僕に偉そうに説教したのかよ」
「ふっ、返す言葉もないな。だがな、イスラ。そんな俺でも、お前が言うように今こうして足掻けてる。
 あの時だってそうだ。友より託された王妃が攫われたと気付いた時、俺は気づけば動いていた。
 それまでどれだけ念じようと恐怖で後ろにしか進まなかった足が、あろうことか誘拐した魔物たちの本拠地へと乗り込んでたんだ」
「それがきっかけでお前は立ち直ったって、そういう話かよ」

それはめでたい話だね。
おめでとう。良かったね。
友から託されていた王妃様とやらがいてくれて。
僕には何も遺されてはないんだけど。

「いや、情けない話だが、王女を助けたあともしばらくぐずっていたよ。
 俺が近くにいたため、王妃様を危険にさらしめたのだと自分のことを責め、城から出て行きまた酒浸りの日々さ」

……話を聞けば聞くほど、気力が失われていき、反比例して冷ややかな心地になっていく。
僕は僕のことを散々嫌ってきたけど、世の中、下には下がいるんじゃないか?
もしかしてこれがこいつなりの慰め方なんだろうか。
下には下がいるから僕はまだ胸を張って生きろとかそんな感じの。

「つくづくダメな大人じゃないか。呆れて物が言えないよ」
「そう思うか? 俺もそう思うよ。王女さまを助けたことで友との約束を当面は果たせてしまったからだろうな。
 前以上に気が抜けてしまって、友の形見の品を落としてしまって、しかもそのままにしていた始末だ」
「……」

これには僕もドン引きだ。
流石に人としてどうかとさえ思えてきた。蛙だけどさ。それはいくらなんでも――

「カッコ悪いと思ったか? 鏡を見てみろ。今のお前も当時の俺と似たような顔をしているよ」

うわ、嫌だ。
一緒にするなよ。
蛙顔の自分を想像しちゃったじゃないか。

727Talk with Knight  ◆iDqvc5TpTI:2013/05/21(火) 18:03:15 ID:lq/5fCmY0

「僕は当分自分の顔を見たくなくなったよ」
「くくく、そうか。それは悪かったな。まあともあれ、だ。そんなこんなで紆余曲折。
 クロノ達がその落とした品である勇者バッチを取り戻してくれたり、折れた勇者の剣を修復してくれたりでようやく俺は――」

やっとなんだよね?
いい加減、やっとなんだよね?

「立ち直った、のかな? 本当にようやくだね」
「それが実は、更に一晩考えた」

うわぁ……。

「結局立ち直るのにどれだけかかってるんだよ」
「十年だ。俺はあの時十年かかった。そう考えれば今回は随分速く立ち直れたものだ」

ふっとそれまでのやれやれだという感じの口調が鳴りを潜め、カエルの奴が笑みを浮かべる。
こいつにそんな笑みを浮かべさせるのは、きっと、あいつなんだろう。

「あいつが、あいつがいたから?」
「そうだな。友が、ストレイボウがいてくれたからだ。ただな……」

そこで一度、カエルは大きく息を吐いて目を閉じた。
瞼の裏には、これまで思い起こしてきた過去でも映っているのだろうか。
しばらくして目を開いたカエルは、力強く断言する。

「俺はあの時の十年が無駄だったとは思えない。時間を無駄にしたとも思えない。
 自慢じゃないがもし十年前、友を失い、魔王から逃げ、カエルの姿にされた直後にグランドリオンを渡されていても俺は受け取ることができなかったろうさ。
 俺にどうしろっていうんだとか、俺にこの剣を握る資格はないだとか言って逃げたに決まってる。
 万一手にしてたとしても、そのまま勢い任せで魔王城に突っ込んで返り討ちが関の山だったろうさ」

後悔はある。反省もある。

「逃げて逃げて逃げ続けた十年だったが、それでも、それでもだ。
 あの十年間、悩み、苦しみ、後悔し続けたからこそ、思い続けられたからこそ、俺はあの時、グランドリオンを俺の意思で手にとることができたんだ」

でもそこに自虐や嘲りの意思は感じられなかった。
こいつは本気で、今語った十年間を、何もなして来なかった十年間を今は肯定して受け入れてるんだ。
それはきっと、簡単なことじゃない。
十年かけて、十年もかけたからこそ、ようやくこいつは、受け入れられたんだ。

728Talk with Knight  ◆iDqvc5TpTI:2013/05/21(火) 18:03:45 ID:lq/5fCmY0
「十年……。そんなにも僕にこのまま苦しみ続けろっていうのかよ。
 アナスタシアの大言壮語が本当なら後三時間もないっていうのに到底間に合わないじゃないか」
「そこだよ、小僧。俺が言いたいことは。ストレイボウの望んだことは」

そこ? そこってどこだよ。

「あいつは、足を止めろと言った。考えてから決めろと言った。したいことを慌ててとりあえずでいいから見つけろとは一言も言ってはいない」

それは、そうだけど……。

「今の俺の話を聞いただろ。お前がこうして悩む三時間は無駄にはならないさ。
 たとえこの三時間でお前がしたいことを見つけられなくとも、この三時間があったからこそ、お前はいつか、したいことを見つけ、したいようにあれるんだ」
「いつ、か」
「そう。いつか、だ。第一考えても見ろ。
 俺をぶん殴ってお前たちに説教したあのストレイボウは、十年どころか数百年も悩んだ末にようやく今、したいことを見つけれたんだぞ?
 それを三時間で成し遂げろだなんて無理難題もいいところだろうが。
 お前にも分かってるんだろ? 分かってるから苦しんでるんだろ?」
 あいつが俺たちに望んだ“したいようにあってほしい”というのは、ジョウイやオディオと戦うために、したいことを決めろということじゃない」

そうだ、あいつが、ストレイボウが、僕たちに望んだのは、“今”だけの話じゃない。
これから先の、ずっと、ずっとの話なんだ。
なら、したいことを考えるというのも、今だけのことじゃなくて。
これからも、何度も何度も考えては決め、考えては決めることで。
決めたはずのしたいことにさえも縛られるなということで。
だったら、あの言葉の意味は、あいつの、真意は――

「俺たちがこれからを、この先を生きていくいつかを目指して。“したいことを探し続けよう”。
 そういうことなんだって俺は受け取ったよ」

したいことを、探し、続け、る……?

「なあ、イスラ。お前はあの亡将との戦いで“生きたいとは、まだ思えない”などと言ってはいたが。
 “生きたいと思いたい”そうは願ってるんだろうさ。でなければそんなにも焦りはしまい。
 俺やストレイボウの言葉にも無関心で無反応でただそこにいるだけの存在だったろうさ」

迂闊にも見せてしまった僕の呆けた表情がそんなにも面白かったのか。
カエルは僕にふっと笑いかけて、

「お前は抜け殻じゃない。――ここまでだ。俺がとれる責任は、な」

そう話を締めくくった。
これで話は終わり。
もう話すことはないとばかりにカエルは僕に背を向ける。
僕は思わず、そいつを払いのけたばかりの腕を、今度はそいつに伸ばしていた。

729Talk with Knight  ◆iDqvc5TpTI:2013/05/21(火) 18:04:16 ID:lq/5fCmY0
「おい、どこ行くんだよ。お前はどうするんだよ」
「さて、な。譲れない終わりだけが俺の宝石だと思っていたが、熱さを返そうとした当の友に、もう一度よく考えろと言われてしまったんでな。
 闇の勇者になってやると人様の夢まで継いじまったんだ。
 それこそ酒でも探して飲みながら、今一度ゆっくりと思いを馳せてみるとするさ」

冗談かそうじゃないのか判断しにくい言葉を残して、僕の腕をひらりとかわしたカエルは、そのまま遠ざかっていく。

「じゃあな、適格者。お前が嫌でも、時間が来ればまた会おう」
「おい、待てよ!」

その背中を、僕は今度は、自分の意志で引き止めていた。
こいつが襲撃してきたから僕はヘクトルを助けに行けなくて。
こいつが僕を庇ったから僕は死に損なって。
こいつがマリアベルを殺したからよりにもよってアナスタシアなんかに命を握られて。
こいつに関わると散々な目にあってばかりだけど。
それでも一つ、一つだけ。

こいつにしたいことがあったから。
伝えないといけない言葉があったのだと、今、思い出したから。

「カエル! 僕は確かに終わらせた! 全部じゃない! けど、大切な終わりを得た!
 お前があの時、余計なことをしやがったからだ! それだけだ、それだけだからな!」

730Talk with Knight  ◆iDqvc5TpTI:2013/05/21(火) 18:04:50 ID:lq/5fCmY0

      振り返りもせずに隻腕を掲げ
ひらひらと手を振って
カエルは僕の前からいなくなった。
でもあいつとは、また会うことになるんだ。
また、か。
終わらせたはずの“いつか”。
振り払ったはずの“いつか”。
そんないつかも、あいつらが言うように
したいことを探し続けたなら。
僕はまた、新しくも懐かしい“いつか”へと
辿り着くことができるのかな?

            ▽

731Talk with Knight  ◆iDqvc5TpTI:2013/05/21(火) 18:05:20 ID:lq/5fCmY0
【C-7とD-7の境界(C-7側) 二日目 日中】

【カエル@クロノ・トリガー】
[状態]:瀕死:最大HP90%消失 精神ダメージ:小 覆面 右手欠損 左腕に『覚悟の証』の刺傷
    疲労:中 胸に小穴 勇気:真
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考]
基本:俺自身のしたいことも考えないとな
1:『その時』にむけて、したいことをしよう
[参戦時期]:クロノ復活直後(グランドリオン未解放)


【イスラ=レヴィノス@サモンナイト3】
[状態]:ダメージ:中、疲労:中 
[スキル]:心眼 勇猛果敢 フォース・プリズナー№666(Lv1〜4)
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考]
基本:今はまだ、したいことはないけれど。“いつか”を望み、したいことを探し続けよう
1:『その時』にむけて、したいことをしよう
[参戦時期]:16話死亡直後(病魔の呪いから解かれている)

732Talk with Knight  ◆iDqvc5TpTI:2013/05/21(火) 18:07:25 ID:lq/5fCmY0
投下終了です
冒頭と結文にて、夜会話風に改行がおかしなことになってしまい申し訳ありません
夜会話風にスペースをいじっていたのですが、どうも上手く反映してもらえなかったようです
WIKIでは修正した上で収録出来れば幸いですが、無理なら普通の文体で収録します

733SAVEDATA No.774:2013/05/21(火) 18:44:10 ID:c4wb8hmQ0
執筆投下お疲れさまでした!
イスラ、立ち止まらないでいられてよかったなー。不安定さが抜け切ってないし、失ったものを一番気にしそうなこいつがどうなるか気になってたが、本当によかったわ
カエルの語りと、それに対するイスラの反応が巧妙で読んでて心地よかったし、なんかカエルがすごく大人に見えたわ。実際大人なんだけど、情けない過去を省みて、それを認めて伝えられるっていうのは、大人の魅力だなと感じたぜ
“したいこと”がまだ見つかってなくても、探し続ける過程はきっと、価値があるんだよな。立ち止まっても、俯いてしまっても、きっと明日を迎えられるような気にさせてくれる、素敵なお話でした

734SAVEDATA No.774:2013/05/21(火) 19:10:28 ID:hQYlf7Q20
執筆に投下、お疲れ様でした!
中央寄せ? なテキストからの「わあああ、夜会話! 夜会話だよぉ!」余裕でした……。
『サモンナイト3』にはこの企画をとおして初めて触ったのだけど、各話の戦闘が終わった後の
モノローグを眺めたり、夜会話したりの時間で心和む感覚も気に入ったんだよなー。

そして、各所で見てきたけれど◆iD氏、イスラがホントに巧い。
>多分、きっと、割りと、結構……好きだったよ。
こうやって、言葉で回り道して、ある意味では自分の本心さえ偽っていくところも、
それでも最後に、このままではイヤだと思えて相手に相対するところもたまらない。
氏や他の方から彼の魅力を教えてもらって、それが実プレイの追い風にもなったものです。
カエルもなあ、ゲームをやってて一番最初に「こいつカッコいいな、好きだなあ」と思ったヤツなんだけど、
よくよく考えてみればマジに不器用でダメで、食べ物なんか丸呑みに出来るカエルのくせに事実を
納得して飲み下すのには時間がかかってたヤツなんだよな……w
「うわぁ……」って反応に納得しちゃったくらいだったけど、けど、それでも「自分はいつか終わるだろうけど、
それは今じゃないしここでもないし、自分を終わらせる相手はお前でもない」みたいな思いにだけはまだ
正直でいられる二人にきっと無駄なものはない。
無駄なコトをやってたのかもなと笑ったり、あとで引いたりすることはあるかもしれなくても、酒と同じように
懊悩も足踏みも苦いと笑えりゃ上出来だと思う。
こういうことが出来そうだから、きっとカエルが好きで、こいつの話にそういう反応を返せるからイスラに
興味を抱くことが出来たんだろうなと、すっと水の沁みこむように思える話でした。
そんな話に触れられたことが、すごく嬉しくて楽しかった! GJっした!

735SAVEDATA No.774:2013/05/21(火) 19:14:59 ID:hQYlf7Q20
>>732
Wikiで調整したいのは、夜会話時の画面の表現(モノローグが真ん中寄せ)ですよね?
一応、真ん中寄せのタグは@Wikiにも存在してます。

#center(){ (本文) }

これで、なんとかなると思います。
本文の部分は改行なしでこのタグのなかに入れてやって、「&br()」という改行タグを
挟み込む感じになります(そうしないと、改行が反映されないはずなので)。

#center(){こうして、僕にはただ&br()時間だけが残された。&br()命も、道具も、全てアナスタシアに握られて…… }

こんな感じになるかな、と。
どうしてもひと手間かかる編集になってしまうので、時間がないよーって場合は
SS本文さえ収録してくだされば、こっちでいじっちゃうことも可能ですのでお気軽にどうぞ。

736 ◆iDqvc5TpTI:2013/05/21(火) 19:25:40 ID:lq/5fCmY0
>>735
まさにそのとおりです!>モノローグ〜
便利なタグを教えていただきありがとうございます。
時間はあるので自分でちまちまいじってみて、もしも無理ならその時は、お力をお借りします!

737SAVEDATA No.774:2013/05/22(水) 00:32:35 ID:nvxp2Pjg0
おお、来てみたら2本も投下来てた! 投下乙です!!

>天空の下で 
青空の下のストレイボウとピサロの邂逅。なんか涼やかでいいなあ。
前から思ってはいたが、ストレイボウがもはや悟りの境地に達している……!
雨夜のときはあんなひどい出会いだったのにw
ピサロともども勇者ひいては魔王についての考えも出てきたみたいだし、
オルステッドへの対面が楽しみになってくるぜ

>騎士会話
今度はカエルが悟りの境地に達してた! この元マーダーダメすぎますね(過去が)。
お互い、終わったはずなのに終わってない同士の会話がさわやかに熱い。
決めないこともまた決断ってのは、実にらしいと思います。
イスラもまだ道は続いているし、決断していないカエルもどうなるのか。続きが楽しみです!

あと、1点気になったのですが、カエルは現在ズタボロで覆面の状態ではなかったでしょうか。
文章的に、カエルの顔が見えたという風にとれたので。間違っていたらすいません。

738SAVEDATA No.774:2013/05/22(水) 01:54:58 ID:bf1lttzs0
>>737
指摘感謝です
いえ、当方、指摘されるまですっかり忘れていました
ズタボロ覆面蛙もそれはそれで不気味だったりしますのでw
その方向でイスラの悪態を修正させて頂きます

739 ◆iDqvc5TpTI:2013/05/22(水) 01:56:04 ID:bf1lttzs0
と、失礼
トリ出し忘れていました

740 ◆MobiusZmZg:2013/05/24(金) 12:53:35 ID:QkI15buI0
>>739
修正と前後して申し訳ありません。
Wiki関連では収録済みの作品を改変するといった問題があったので、こちらもトリつきで失礼します。

『Talk with Knight』について、Wikiへの収録を行なってみました。
普段の収録に加えて夜会話のパートと、それに続くシステムメッセージの部分をどう表現するかと
考えつつ区切り線であるとか……真ん中寄せの文章が多くなると、ちょっと行間の詰まり具合が
目立ってしまうので、独断でですが試験的に改行を加えさせてもらってます。
ただ、◆iD氏の見せたかったレイアウトや段落の分け方等は氏にしか解らない以上、これは差し出た真似です。
しかし編集し直すことは容易ですので、気軽に「もっとこうならない?」ですとか、あるいはご自身での修正をいただければ幸いです。
それと、修正が必要な箇所については通常の形式のままなはずなので、楽に修正は出来ると思います。
レイアウトについて考えていたあまり、ここが前後してしまったことは本当に申し訳ないです……。

741SAVEDATA No.774:2013/05/24(金) 13:28:45 ID:6r1zZBrI0
失礼します、専ブラを使用している場合に限りますがある程度、
◆iD氏の見せたかったレイアウトや段落の分け方 の参考になる方法があるので書き込ませていただきます。
今回の改行が上手くいかなかったのは半角スペースが続くとそれを省略する掲示板の仕様が原因です。
安価越しにチェックすればどのように見せたかったのかの判断材料にはなるかと思います。
長文失礼しました。

>>719>>720>>730

742SAVEDATA No.774:2013/05/24(金) 14:02:49 ID:QkI15buI0
>>741
お手数をおかけして申し訳ございません。
半角スペースなどの使用によるずれについては、すでに自分の知識としてあります。
その上で、……説明しづらいですがシステムメッセージの部分をどう埋もれないようにするか、
行間が詰まって見づらくならないよう、どう整えようかと考えていたという次第でした。
そちら以上の長文を繰っていながら、それを伝えられなかったことをお詫びします。
とりあえず、改行については詰めても見られるレベルだったので直しています。ご迷惑をおかけしました。

743 ◆iDqvc5TpTI:2013/05/24(金) 20:58:35 ID:N5te/xhw0
失礼します、◆iDqです
>>741の方、ご解説ありがとうございました
なるほど、そういう仕様だったのですね
長く使わせてもらっていましたが、今の今まで知りませんでした
お恥ずかしい限りです
氏の言うように、投下時の序文・結文は半角スペースの空白にて微調整をしまくっていました

また、WIKIに御収録いただきありがとうございます
こちらが投下から収録まで間を開けてしまったため、お手数おかけさせてしまい申し訳ありません
ただ、今回は、自前にあった>>735の方の申し出を私は断らせてもらっております
状況的には恐らく>>735の方=◆Mob氏と思われますが
ですので、まずは言ったように私に任せていただくか、或いは、事後報告ではなく、事前に編集してもいいか、お聞きいただければ幸いでした
真ん中寄せに関しては、投下時にこちらから助けを乞うた形なので問題なかったのですが
追加分の区切り線に関しては大丈夫なのですが、一部、意図していた再現とは誤った形に改変されていたため、修正させて頂きました

私不在で話が進んでいたため、先にこちらの方を直させて頂きました
カエルの覆面に関しての修正が後回しになってしまい、これからなことを謝罪させて頂きます
それでは

744 ◆iDqvc5TpTI:2013/05/24(金) 21:28:08 ID:N5te/xhw0
引き続きご報告します
カエルの覆面忘れの件についての修正が完了しました
大筋は変わりませんが、ところどころ、カエルの素顔が見えていること前提だった描写が変更されております
気になる方はご確認ください

745 ◆MobiusZmZg:2013/05/25(土) 06:08:14 ID:/.uitbnw0
ああ、トリップとまでも抜けてましたね……。
すみません、本当にそれしか言いようがありません。
書き手ならば作品をいじられて良い思いが出来るはずもないのに、事前にひと声
かけることも出来なかった自分が無能でした。本当に申し訳ありませんでした。

746 ◆wqJoVoH16Y:2013/06/09(日) 20:10:28 ID:rx0fW4yg0
投下します。

747聖女のグルメ 1 ◆wqJoVoH16Y:2013/06/09(日) 20:11:00 ID:rx0fW4yg0
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


干し肉(固い)
パン(丸い)
ほしにく(量多め)
麺麭(ごつくて拳みたい)
☆肉(別にハイパーではない)
ブレッド(ジャムくらい寄越せ)
燻製肉(保存は利きそう)
水(炭酸ではない)
干しにく(投げたら誰か仲間にならないだろうか)
バケット(一応麦っぽい)
ぱん(武器に使えそう)
水(味はしない)
ほし肉(そもそもこれは豚なのだろうか、牛なのだろうか……)
ウォーター(魔法で精製したというオチはなかろうか)
くんせいにく(考え出すと、この燻製、何の植物でやったのだ……?)
アクア(そうか……すべては……そういうことだったのか……)
小麦粉でつくられ通常はイースト菌でふくらまされそれから焼かれる食物(ならばすべてはおそすぎる……)
数日間塩につけた後一晩水につけて塩抜きをしてから水を拭きひもで縛って吊るし、
金属の缶に包んだうえで底部に乾燥した木片を撒いて燃やし噴煙を浴びせた肉
(宇宙の全てが…うん、わかってきたぞ……そうか、空間と時間と俺との関係はすごく簡単―――――


「うわあ なんだか凄いことになっちゃったわ」

目の前に燦然と輝くその光景に、アナスタシアはそう感嘆せざるを得なかった。
肉、肉、肉。パン、パン、パン。肉パン、パン肉、にくにーく。
そんなものが眼前に広がっているのだ。彼女がそう漏らすのも無理は無かった。
「うーん、パンとパンとパンとパンとパンとパンとパンとパンとパンと
     パンとパンとパンとパンとパンとパンとパンとパンとパンと
     パンとパンとパンとパンとパンとパンとパンとパンとパンと
     パンとパンとパンとパンとパンとパンとパンとパンとパンと
     パンとパンとパンとパンとパンとパンとパンとパンとパンと
     パンとパンとパンとパンとパンとパンとパンとパンとパンと
     干肉と干肉と干肉と干肉と干肉と干肉と干肉と干肉と干肉と
     干肉と干肉と干肉と干肉と干肉と干肉と干肉と干肉と干肉と
     干肉と干肉と干肉と干肉と干肉と干肉と干肉と干肉と干肉と
     干肉と干肉と干肉と干肉と干肉と干肉と干肉と干肉と干肉と
     干肉と干肉と干肉と干肉と干肉と干肉と干肉と干肉と干肉と
     干肉と干肉と干肉と干肉と干肉と干肉と干肉と干肉と干肉がダブっちゃったか」
胡坐をかいて腕組みをしながら、アナスタシアは唸る。
落ち着いて考えてみれば、何の不可思議もないのだ。
ここに集まった6人、そして先の戦いで命を落とした者達、そして彼らが歩んだ道程で
手に入れたデイバック、かき集めて18人分。
そして1人のデイバックには成人男性相当で2日分の糧秣が入っており、
実質あの夜雨以降、まともに食事をとる余裕は誰にもなかった。
平均して、どのデイバックにも後1日3食分の糧秣は残っていた。
このパンと干し肉の海はできるのか。できる。できるのだ。
18人の3食分を全部同時にぶちまけるという狂気を容認するという条件下において。

748聖女のグルメ 2 ◆wqJoVoH16Y:2013/06/09(日) 20:11:42 ID:rx0fW4yg0
(あせるんじゃないわよ)
瞼を絞りながら、眼前の肉林を睨み付ける。
3食分ほど出して、パンと肉が連続した時点で、その無音の警告を感じるべきであった。
あのオディオが、人の食事に頓着するわけもないのだ。
その次は別の食物がでるだろうなどと、甘い考えを抱いたのが失着だったのだ。
全員に支給されたのはパンと干し肉と水のみ。
その考えに辿り着かず、行きつくところまで行った結果が、この肉林である。
(わたしは血が足りないだけなんだから)
自省しながらもその思考はやはりいろいろ足りていないのか、
するりと右手がパンを掴み、左手の指がつまんで千切り、口の中へパンを入れていく。
(ただおなかが減って死にそうなだけなんだから)
脳内でモノローグを終えるときには、既に3つのパンが眼前から消えていた。
「なにこのパン。グレた田舎小僧みたいな硬さ。こっちの干し肉は……おばあちゃん。うん、おばあちゃん」
ふうわりとは程遠い食感は、保存性以外の全ての美徳を投げ捨てていて、
表面に塩と固まった脂を浮かせた肉は、水気の欠片もない。
そんな、誰からも嫌われそうな食料であったが、アナスタシアの食するスピードは落ちなかった。
所作こそは貴人のそれを踏襲しているが、鬼気すら感ぜられるその食事は、優雅とは程遠い。
この世界には、彼女とパンと肉しかないのではないかとさえ思えるほど、唯一に閉じていた。

「よお」
その閉じたテーブルの対面に、1人の男が座る。
引いた椅子で床を鳴らすような無神経に、アナスタシアは僅かにパンを運ぶ手を止めて前を見た。
対面に胡坐をかいて座るは、天を衝くが如き怒髪の男アキラ。
その瞳には、いつもの真っ直ぐな気性には似合わぬ、僅かな陰りが感じられた。
「がつがつ、ぐぁつぐぁつ」
が、そんな所感などこの食事を妨げる理由にはならず、アナスタシアは再び肉とパンを喰らっていく。
思うに、この男は生き残りの中で今一番彼女と縁遠い。確かに2、3の語らいはしたが、
それこそ“状況が語らせた”ものに過ぎないのだ。
故に、アナスタシアは食事に没頭する。
少なくとも、目の前まで来て言葉に窮する男にかけてやる言葉など、彼女は持ち合わせていない。

実際、アキラの胸中はアナスタシアの見立てに近い。
アキラを羽虫か何かのように一瞥した後、アナスタシアはひたすら食事をしている。
まるでアキラのことを存在しないと思い込んでいそうなほど、その隔絶は明確だった。
その孤独の密度を前に、アキラの脳裏に影が過ぎる。幸運の怪物、蒼空の特異天。
あの悪夢が目の前の少女にダブったのは、気のせいだろうか。

(クソ、なんでこいつのところに来ちまったんだ)

749聖女のグルメ 3 ◆wqJoVoH16Y:2013/06/09(日) 20:12:20 ID:rx0fW4yg0
アキラは頭を掻きながら、ここまで自分を運んだ己の足を罵る。
だが、その罵倒が筋違いであることもアキラは承知していた。
そう、承知している。アキラは己がなぜここに出向いたかを承知している。
苦手に思う理由は山ほどある。
ユーリルの心を捕えていた茨の源泉である彼女に、好意を抱ける道理はない。
が、それを圧してでもアキラは彼女に言わなければならなかった。

(だけど、どう切り出すかな)
しかしいざ面を向かえば、苦手が顔を出す。
本題の中身が中身故、直球を投げるのも心苦しかった。
かといって好かぬ奴原と世間話をできるほど、腹芸が達者でもない。
(あー、もう、めんどくせえなあ)
そのため、ちらちらと飯を食うアナスタシアを横目にみることしかできぬアキラだった。
が、ふいに、アナスタシアを――アナスタシアの額に気づいた。

「あ、消えてら」
「――――ぶぁ(は)?」

アナスタシアがパンと肉を頬張ったまま間抜けな音をあげ、口からパンくずを溢す。
『なにを?』とか『なにが?』とか言うよりも、パンくずが地面に落ちるよりも早く。

「わたしの顔に落書きした屑野郎だァァァァァァァ!!!!!!!!」

鬼面の女が迷うことなく手近な石をブン投げてきた。
「危っ!? おいテメ、いきなり石投げる奴があるか!?」
慌てて投石を回避するアキラに、アナスタシアはさらに追撃を仕掛ける。
「だまらっしゃい! 善因には善果在るべし、悪因には悪果在るべしッ!!
 清きの柔肌に墨塗るような奴は焼いて砕いて轍になるべしッ!
 因果応報天罰覿面の道ォォォォォォ理ィッ、聖女<おとめ>の理此処に在りッ!!」
質量のある残像! 全身27ヶ所の関節を同時加速! 聖拳<ディバインフィスト>が火を噴くぜ!!
「いい加減にしやがれぇぇぇぇ!!!!!」
「痛っイイ!! お…折れるう〜〜〜〜!!!!!」
その幻想は、とっさにかけられたアームロックによってぶち殺されましたとさ。
まあ、全うなケンカもしたことのない小娘が近未来で生き抜いてきたアキラに素手ゴロで勝てるわけもなし。

「ど、どうかこの瞬間に言わせてほしい……『それ以上いけない』」
「お前が始めたんだろうがああああああああ!!!!」

ろくに力も込めていないアームロックを掛けながら、アキラは呆れた気分になった。
セッツァーと同等に見た自分が恥ずかしい。こんなバカなヤツに何を遠慮する必要があるのだ。
ただ、ただ謝らなければならないことを伝えるだけなのだから。

750聖女のグルメ 4 ◆wqJoVoH16Y:2013/06/09(日) 20:12:56 ID:rx0fW4yg0
「モノを食べる時はね、誰にも邪魔されず、自由でなんというかミナデインしなきゃあダメなのよ」
「頼む、お前、もうホント黙ってくれ……」
干し肉を噛み千切りながら鼻を鳴らすアナスタシアに、アキラはぐったりと項垂れた。
「しっかし単調な味。ヘタクソなお遊戯みたい。バターかジャムかマヨネーズくらいないのかしら……
 あによ、不満そうに。悪かったっていったでしょうよ。お礼だってしてあげたでしょ?」
「それはアレか。あのヘタクソな味噌汁作るパントマイムのことか……ってンなことはいいんだよ!」
アナスタシアの応答を断つように、アキラは首を振った。
この女は泥沼だ。もがけばもがくほど、構えば構うほど引きずり込んでくる。
戯言に関しては全部無視するくらいが丁度いいのだ。
そうでなくては、この戯言に甘えて、永久に言えなくなりそうで。

「――――すまねえ」

咀嚼が途絶える。頭を下げたアキラのつむじが、アナスタシアからはくっきりと見えた。
「私が謝ることはあっても、貴方が私に謝ることなんてないと思うんだけど」
パンの切れ端で唇の脂を拭いながら、アナスタシアは距離を測るように言った。
その眼には退廃こそあれど、享楽はない。
「ちょこを、守れなかった」
絞り出されるように喉から吐き出されたのは、1人の少女の死。
その手に差し出されたのは、一枚の楽園。
夢に挑み、夢を歌い、そして夢を吸い尽くされた少女の成れの果て。

「助けられなかった。俺が、あいつを助けられなかった……!」
彼が頭を下げるべき話ではない。彼がどの程度疲弊していたかは言うまでもなく、
その中で彼は己が持てる者も、借りた力も全て使っている。
もうあれ以上に彼ができることなど、探す方が酷だ。
だが、それは彼にとって慰めにもならなかった。
あの時も、かの時も、そしてこの時も、彼だけが生き残った。生き残ってしまったのだ。
目の前の少女があの小さな子供を、どれだけ大事に思っていたかも知っている。
その上で今、目の前にあるものが全てなのだ。

アナスタシアはそっとカードを拾い、じっと見つめる。
怒っているのか、泣いているのか。濁った瞳は今一つ判別がつかない。
空いた手で手近な水筒を掴み、口の中のものをゆっくりと流し込む。
ぷは、と空いた水筒を煩雑に投げ捨て、言った。
「不思議なものね。もう少しクると思ってたんだけど」
2本の指で抓んだカードを揺らしながら、アナスタシアは嘆息した。
過程が抜け落ち、ただ結果のみ残された死は、アナスタシアに激情も落涙も齎さなかった。
あるいは、その現場を目撃すれば、せめて、放送の前にこの話をしている余裕があれば。
泣き叫び、狂い呻き、その死を受け入れなかっただろう。
時間とは残酷で、彼女の死はアナスタシアが否定も肯定もするまえに消化され<うけいれ>てしまった。

「ねえ、私の顔を見てくれない? 何も感じてないように見えて、実は涙を流してるとかそういうの、ある?」

751聖女のグルメ 5 ◆wqJoVoH16Y:2013/06/09(日) 20:13:31 ID:rx0fW4yg0
アキラが顔をあげた先には、アナスタシアの薄気味悪い笑みしかなかった。濁った瞳には涙の跡もない。
マリアベルが喪われようとした時に見せた、あの感情も拒絶をどこに置いてきたと聞きたくなるほどに。
「ない、か。これってひょっとして、どうでもよかったってことかしらね?」
「おい」
「ちょこちゃんには悪いことしたわね。わたしって、わたしが思ってる以上に薄情だわ」
「おい」
「ああ、まだ居たの。はいはい伝えてくれてサンキューね。用が済んだらオトモダチのとこに帰んなさい」
アナスタシアは速やかに会話を打ち切るべく、シッシと排斥を促す。
だが、アキラはその手首をつかみあげ、アナスタシアを強制的に立ち上らせる。
2人の視線が交差する。1つは退廃に濁り、もう1つは怒りに輝いていた。
「痛いんだけど。あなた、私に謝りに来たんじゃないの? 態度違わなくない?」
「……そのつもりだったがな、手前の腐り顔見たらその気も失せた」
確かに、アキラがここに来たのは、アナスタシアに謝るためだ。
ちょこがどれだけ、この女のことを信頼し、好意を抱き、共にありたいと願っていたか。
それを誰よりも知っているからこそ、それを叶えてやることのできなかった自分を許せず、
こうしてアナスタシアに頭を下げに来たのだ。
だがどうだ。目の前の女は、果たしてそれに値するのだろうか。
ちょこが抱いたイノリを受け止めるに値するほど、この女は良い女と言えるだろうか。
「手前はちょこに大した想いも持ってなかったかもしれないがな、
 あいつは最後まで、最後の最後まで、お前のことを想ってたんだよ!!」
アナスタシアを掴んだアキラの手が淡く輝く。ちょこをいやした時に掴んだ、
ちょこが抱くアナスタシアのイメージを、アナスタシアに送ろうとする。
「だから、分かれよ。ちょこがどれだけお前を想っていたのか、分かってやれよ!!」
「要らないわよ。そんな手垢のついたイメージなんて」
だが、突如バチリと力が奔り、アキラの手が弾き飛ばされる。
吹き飛ばされたアキラは一瞬驚愕し、そして再び怒りを浮かべた。
何のことはない。アナスタシアにイメージを注ぎ込もうとした瞬間、
接続された回路から、アナスタシアの思想が逆流したのだ。
アナスタシアの身体全てに染み渡り、詰め込まれた「生きたい」という唯一の想いが。

「聖剣貰う時に一回させてあげたからって、私が簡単に暴ける女だと思った?
 私の想いに干渉したかったら、ファルガイアを滅ぼす覚悟で来なさい」

せせら笑うアナスタシアに、アキラは怒りと苦渋を混ぜた表情を浮かべるしかなかった。
自分も満足な状態とはいえないが、それを差し引いてもここまで想いの密度が異なるとは。
私らしく生きたい。マリアベルに恥じないように生きたい。かっこいいお姉さんとして生きたい。
枝葉末端は異なれど、どの想いにも通ずるのは「生きたい」。アナスタシアを満たすのはその一念のみ。
アキラはやっと彼女がセッツァーに似ていると思った理由が、分かった気がした。
たった1つ懐いた感情――『欲望』ただそれだけで世界を捩じ伏せる。
『夢』と『欲望』。種類は異なれど、その在り方は紛れも無きあのセッツァーと同質だ。

752聖女のグルメ 6 ◆wqJoVoH16Y:2013/06/09(日) 20:14:40 ID:rx0fW4yg0
「手前は、それでいいってのか。生きたい、死にたくないってばかり言いやがって。
 守りたいものが無くなっちまったらそれで終わりか?
 ちょこのために、何かをしようって気にはならねえのかよ!!」
「少なくとも、今取り立てて思い浮かぶことは無いわね。貴方を砂にしても憂さも晴れるとは思えないし。
 それにね、『何がしたい』っての、今はそういうの考えたくないのよ。皆、ストレイボウに毒され過ぎよ」

まるで自分以外のものを蔑にするかのようなアナスタシアに吠えたが、
その返事として突然現れたストレイボウの名に、アキラは面食らう。
「したいことを決めたとしましょう。そのために生きようと思う。そこまではいいわ。
 その『したいこと』が強い想いであればあるほど、なるほど、その生は輝くわね。
 ……じゃあ、それが終わってしまったら? したいことをしてしまったら?」
意地悪く問いかけるアナスタシアの濁った瞳に、アキラはイスラを思い出した。
そして、その妖艶な笑みに、ユーリルの記憶の中で見たアナスタシアが重なった。
「『何かをするために生きる』ことは最後には『何かをするために死ねる』ことに至るのよ。
 だから、今は……いや、これからも本気で考えたくはないわね……
 何かをするために生きてるんじゃない。生きている私が何かをするの。私は、墓穴探して生きるわけじゃないのよ」
したいという願いは、いずれ人を死に誘う。純粋過ぎる生は、死と表裏一体なのだ。
故に誰よりも生を欲した欲界の女帝は生を濁す。輝かなければ、光は決して消えないと信じるように。

「不思議だな……ユーリルよりかは話が分かりそうなもんだが、あんたの方があいつよりクソに見える」
近くに並べられていたパンと肉を拾いあげ、アキラは怒りと共にそれを呑みこむ。
勇者と聖女。こうして2人の想いに触れたからこそ分かる。
アナスタシアとユーリルは置かれた立場は似ていても、その受け入れ方が真逆なのだ。
ユーリルは『自分は勇者だ』というところから始まり、
逆にアナスタシアは『私は英雄なんかじゃない』というところから始まっている。
そんな真逆なのに、アナスタシアがユーリルに同意を求めればどうなるかなど決まっている。
その答えがアナスタシアの思想に侵食されたあの茨の世界だったのだろう。
そう思えば、判別のつかない怒りがアキラに渦巻いてくる。
もし、あの時ユーリルに言った叫びをこの女に浴びせたところで、河童に水をかけるようなものだろう。
むしろ、好き勝手やった破綻者という点においては、アキラとして共感すべき点もある。
「死にたくねえから本気にならねえって言う奴よかは、あの雷<ヒカリ>の方がよっぽどマシだ」
だが、今のアキラには、アナスタシアの在り方は許容できないものだった。
勝手にしろと吐き捨てることが何故かできないほどに、アキラを苛立たせている。

753聖女のグルメ 7 ◆wqJoVoH16Y:2013/06/09(日) 20:15:12 ID:rx0fW4yg0
「それでいいのよ。貴方たちは貴方たちのために『したい』ことを探しなさいな。
 私は私が生きるために、目先の首輪を外すために全力を注ぐ。それでいいでしょ」
だが、そんな苛立ちすらアナスタシアには届かない。
問答はそれで終わりだと、聖剣を背にアナスタシアがどっかりと深く座る。
アキラもまた、それで終わりにすべきだとアナスタシアに背を向ける。
あの時、ちょこを戦いから引き離しておけば――そんな慙愧すら、あの女には勿体無い。
もはやアキラには、アナスタシアを気にする理由など、何一つあるはずも――

「あんたは、寂しくねーのかよ」

首だけで振り向いて、捨て台詞を吐く。
それは、アキラの言葉ではなかった。黒の夢を最後まで憐れんでいた一人の少女の切なる願いだった。
「一人で生きて、生きて……あんた、今、幸せか?」
ひとりじゃいやだと、あの子は最後まで言っていたのだ。
お前はどうなのだ。そんな子供と『けっこん』しようとしたお前は、それで幸せなのかと。

「そんなの決まってるでしょ」

そんなぶっきらぼうな問いに、ふう、と微かなため息をついて、彼女は微笑んだ。
退廃のままに、ただ、先ほどまでよりほんの少しだけ、熱を残して。

「幸せになりたいから、私は生きてるのよ」

754聖女のグルメ 8 ◆wqJoVoH16Y:2013/06/09(日) 20:15:45 ID:rx0fW4yg0
アナスタシアと別れて砂埃舞う荒野を歩きながら、アキラは思う。
イスラがアイツを嫌う理由がよく分かった。
アキラもアナスタシアとは、99%相容れないだろう。
分かり合えるとも思えないし、また、その気もない。
「それでも、寂しいって言えるなら、アンタはまだまともなんだろうよ」
だとしても、少なくとも、アイツはセッツァーとは違うのだ。
それだけは、アキラにとって喜ぶべきことだった。

「って、なんでンなことで安心してるんだ俺は……って、ああ、そうか」

不可思議な感情を辿り、アキラはその答えに辿り着く。
最後に見せたアナスタシアの眼が、ほんの少しだけ似ていたのだ。
水底に沈める前に眼帯を外したときに見た、あの彼女の瞳に。
機械仕掛けの英雄に遺された、唯一の人間に。


「あんたも、寂しかったのか――――なあ、アイシャ」


口にした名前と共に、アキラの脳裏にこれまでの道程が浮かび上がる。
ボロボロになって、能力を限界以上に使って、
そうやって歩いた道には、守れなかったものがあちこちに転がっていた。
一体、自分は何を成せたというのだろうか。
アキラのしたいことなど、最初から決まっている。『ヒーローになる』ことだ。
だが、『どうなっても大切なものを取りこぼさない者』が『ヒーロー』だというのならば、
果たして今の自分にそれを目指すことができるのだろうか。

「省みろ、か……」

ふいに、潮の匂いとともに僅かに冷たい北風がアキラの鼻を擽った。
北の大地をみつめながら、アキラは思う。
取りこぼしたもの、守れなかったもの、残ったもの、失くしたくないもの。
そして、それでも今ここに生きている自分。今こそ、それを見つめなければならないのかもしれない。
これからも、『ヒーロー』を目指すために。

755聖女のグルメ 9 ◆wqJoVoH16Y:2013/06/09(日) 20:17:40 ID:rx0fW4yg0
【アキラ@LIVE A LIVE】
[状態]:ダメージ:中、疲労:大、精神力消費:大
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考]
基本:本当の意味でヒーローになる。そのために……
1:『その時』にむけて、したいことをしよう
[参戦時期]:最終編(心のダンジョン攻略済み、ストレイボウの顔を知っている。魔王山に挑む前、オディオとの面識無し)
[備考]:超能力の制限に気付きました。テレポートの使用も最後の手段として考えています。
※カノンの名をアイシャ・ベルナデット、リンの名をリンディスだと思っています。
※松のメッセージ未受信です。


アキラの失せた荒野に、もぐもぐと咀嚼音だけが消えていく。
そこには道化めいた言葉も、作ったような表情もない。ただ無表情に滋養をかき集めている生き物がいた。
呻くような狼の鳴き声がする。紫の毛並を泳がせて彼女の横に侍ったのはルシエドだった。
セッツァーの幸運圏も収束し、実体化させられるほどにはアナスタシアも回復したらしい。
アナスタシアは何も言わず、ペットボトルの口を開いてルシエドの口元に流す。
ルシエドも何も言わず、それを舌で舐めていた。特段の意味は無い。ただの気分に近い。
「失望してる?」
主語も目的語も飛ばしたアナスタシアの問いは、今のくすんだ自分を嘲笑ったものだった。
明日を、未来を見つめない欲望は、ルシエドの好むところではない。
そう分かっていても、今のアナスタシアは――否、今のアナスタシアだからこそ、見つめたくは無かった。
「――私だってね。こんなしみったれた食事はごめんなのよ。
 もう少し、素敵なところで、おいしいランチを所望したいところ」
目を閉じて思う。例えば、美しい渓流の下で、水のせせらぎを聞きながら、
焼きたてのスコーンや卵のたっぷり入ったサンドイッチ、香ばしいアップルパイを食べたいものだ。
「でもその隣には、マリアベルも……あの子も、いないの」
それをみんなで一緒に食べられたら、どれだけ素晴らしいだろうか。何と輝く一枚の想い出になるだろうか。
だが、それはもう叶わない。彼女たちと共に歩む未来は、もう来ない。
あの子がいなくてもお腹は減るけど、あの子と一緒にご飯を食べることは、永遠にない。

756聖女のグルメ 10 ◆wqJoVoH16Y:2013/06/09(日) 20:18:20 ID:rx0fW4yg0
「アキラに言われなくたって、分かってるのよ。
 あの子が最後まで何を想っていたかなんて。きっと最後の最後まで、私を想ってくれた。
 そんな、あの子に、応えてあげたいと思う。何かしてあげたいと思う」

地面が、僅かに湿った気がした。水気にではなく、アナスタシアの懐く想いを吸収するかのように。
「でも、ダメなのよ……そう思ったら、どんどん、弱くなってくる。
 一人ぼっちで生きるくらいなら、って、思い始めてる……!!」
幸せになりたかった。今もなりたい。その欲望は今も高まり続けている。
ちょこを想えば想うほど、明日が色褪せていく。この先の人生に、共に寄り添ってくれると約束した少女はもういない。
強く明日を想えば想うほど、描かれる未来に欠けるものがくっきりと映ってしまう。
「マリアベルも、あの子も、そんなの望まない。だから私は生きたいって願うの」
ストレイボウのいう『したいこと』。
もしも、それを見つけてしまったら、私はきっとそれを叶えるだろう。
この欲望をその一点に集中させて、あらゆる障害を――オディオさえも――打ち砕いて叶えるだろう。
「したいことなんて、無いわ。理由をつけなきゃ生きられない人生なんて、それだけで不純よ。
 私は生きる。理由が無くても、未来に誰も待っていなくても、今に寄り添う人がいなくても」
そう想わないように、強く願う。
生きたい。生きたい。ただそれだけの想いを燃やし尽くす。
他は何も見ない。未来を想わない。したいことなんてない。死にたいなんて想わない。
例え、この青空の下に、あの小さな小さな光がもうないとしても、私は生きていく。
寄り添うと誓った良人として、ただ一人、バージンロードを歩いていく。

「きっと、それだけが、あの子に捧げられる返事なのよ」

ルシエドの毛並に己が身体を預け、アナスタシアは空を見上げた。
アナスタシアの感情に同調するように、空の感情にアナスタシアが同調するように、
澄んだ青空のはずの空が、くすんで見える。
きっとこの空が青空を取り戻すことはないだろう。
あの子のいない空はまるで夜のように暗くて、私はこれからそんな空の下を歩いていく。

少し、しんどい。


【アナスタシア・ルン・ヴァレリア@WILD ARMS 2nd IGNITION】
[状態]:首輪解除作業中 ダメージ:中 胸部に裂傷 重度失血(補給中) 左肩に銃創 精神疲労:中
[スキル]:せいけんルシエド 
[装備]:アガートラーム@WA2
[道具]:ラストリゾート@FF6
[思考]
基本:生きたいの。生きたいんだってば。どうなっても、あの子が、もういなくても。
1:『その時』にむけて、したいことをしよう
[参戦時期]:ED後

757聖女のグルメ 11 ◆wqJoVoH16Y:2013/06/09(日) 20:19:05 ID:rx0fW4yg0
<リザーブ支給品(全てC-7とD-7の境界(C-7側)に集められている)>

【ドラゴンクエスト4】
・天空の剣(二段開放)@武器:剣 ※物理攻撃時クリティカル率50%アップ
・魔界の剣@武器:剣
・毒蛾のナイフ@武器:ナイフ
・デーモンスピア@武器:槍
・天罰の杖@武器:杖

【アークザラッドⅡ】
・ドーリーショット@武器:ショットガン
・デスイリュージョン@武器:カード
・バイオレットレーサー@アクセサリ

【WILD ARMS 2nd IGNITION】
・感応石×4@貴重品
・愛の奇蹟@アクセサリ:ミーディアム
・クレストグラフ@アクセサリ ※ヴォルテック、クイック、ゼーバー、ハイ・ヴォルテック、ハイパーウェポン
・データタブレット×2@貴重品

【ファイアーエムブレム 烈火の剣】
・フォルブレイズ@武器:魔導書

【クロノトリガー】
・“勇者”と“英雄”バッジ@アクセサリ:クリティカル率50%アップ・消費MP半減
・パワーマフラー@アクセサリ
・激怒の腕輪@アクセサリ
・ゲートホルダー@貴重品

【LIVE A LIVE】
・ブライオン@武器:剣
・44マグナム@武器:銃 ※残弾なし

【サモンナイト3】
・召喚石『天使ロティエル』@アクセサリ

【ファイナルファンタジーⅥ】
・ミラクルシューズ@アクセサリ
・いかりのリング@アクセサリ

【幻想水滸伝Ⅱ】
・点名牙双@武器:トンファー

【その他支給品・現地調達品】
・召喚石『勇気の紋章<ジャスティーン>』@アクセサリ
・海水浴セット@貴重品
・拡声器@貴重品
・日記のようなもの@貴重品
・マリアベルの手記@貴重品
・バヨネット@武器:銃剣
*バヨネットはパラソル+ディフェンダーには魔導アーマーのパーツが流用されており魔導ビームを撃てます
・双眼鏡@貴重品
・不明支給品@魔王が初期に所持していたもの
・デイバック(基本支給品)×18*食品が現在アナスタシアが消費中


―――――――――――――――――――――――、

――――――――――――――――――――――――――――

758 ◆wqJoVoH16Y:2013/06/09(日) 20:20:04 ID:rx0fW4yg0
投下終了です。

759SAVEDATA No.774:2013/06/09(日) 21:16:17 ID:OO45orFs0
投下乙です。
ゲッターにゴローちゃんにやりたい放題詰め込んだ序盤に吹いたwww
ああもう、いいなぁ。
ここまでの積み重ねのおかげで、見ていてフラストレーションの溜まるほどの
アナスタシアの平坦さ(not肉体的な意味、感情的な意味で)がすごくらしく思えたり
そこで溜まったものを吐き出してくれるアキラに読んでいて救われて、
あんな答えを出したアナスタシアにもどこか共感できて。
アキラがポロって漏らしたカノンを省みるところとか、しんどいって思いながらも生きるために生きようとしてるアナスタシアとか大好きだ。

何度もこれが答えだ、って言わんばかりに主張してくれるロワだけど、そのたびにそれに劣らない何かを返してくるのがすごい人間臭くて、生きてるみたいですごい好きだ。
全く感想まとまらないけどすっごい楽しかったです。

760SAVEDATA No.774:2013/06/09(日) 23:17:16 ID:Dc1J1k/w0
執筆、投下お疲れさまでした!

ああこれ、アナスタシアだわ
この乾いた感じは、紛れもなくアナスタシアだなって思えた
たいせつな人を亡くして生きるのは辛いって、そんなの嫌になるくらい分かってる
分からざるを得ないくらいの時を、アナスタシアは過ごしてきたんだし、焔の災厄でアナスタシアが戦えたのだって大切な人たちと一緒に生きたいからなんだものね
でもだからといって、それを全て受け入れて認めてしまったら生きていられなくなるんだよなあ。自分の中の欲望と自分らしさを見限ることになっちゃう
そりゃあしんどいよな。しんどいに決まってる。そうやってでも生きていこうとするアナスタシアからは、どうにもない人間くささが漂ってた
このRPGロワでアナスタシアに感じてたのって、まさにこの、泥くさいほどの人間臭さだったから、余計にらしさを感じられたわ
けどだからこそ、アキラには受け入れられないところも多いのだろうなって思う
アキラが悪いってわけじゃあもちろんない。ただ、アキラが望むことの在りかは、アナスタシアの立ち位置からは遥かに遠い
けどだからこそ、互いに受け取れるものがあればいいなって思う
アキラの言葉は優しくて、まっすぐだから

ほんと今の生存者って、主催も含めて不器用でバカな奴らばっかりで、だからこそ魅力的だって、改めて思えました

761 ◆wqJoVoH16Y:2013/07/07(日) 21:52:15 ID:EsIb4FfY0
ピサロ、イスラ投下します。

762No.00「帝国軍諜報部式特別訓練」 ◆wqJoVoH16Y:2013/07/07(日) 21:53:57 ID:EsIb4FfY0
生きている間は輝いて。

思い悩んだりは決してしないで。

人生はほんの束の間だから。

いつだって時間はあなたから奪っていくよ。

――――――――――――――――――――――――世界最古の歌より。


土を踏む音が断続的に響く。踏みしめられた砂粒同士が噛み合い、砕けて粉になる。
鉄の軋む音が不規則に鳴る。銃身の中の駆動部が小さく動作を刻む。
足の運びは直線を選ばず、常に左右への動きを織り交ぜる。
左の銃口を常に前方へ、半身気味の身体を射線で覆う。
銃口の指し示す本当の前方へ、稲妻の軌道を刻んで疾駆する。
それが、イスラが行っていることの全てだった。

夏を想起させるほどの青空から照りつく太陽は容赦なく、
銃をつがえる左手の小指の先から汗が滴となって大地に吸い込まれる。
熱を吸う黒仕立ての上着は既に脱ぎ置かれていて、その背中にも汗が珠のように浮かんでいた。
カエルが言うだけ言って去った後、一人残されたイスラは「したいこと」を考え続けた。
だがカエルが言ったように、イスラが思ったように、イスラが求めるものはそんな一朝一夕で思い浮かぶことではない。
考えれば考えるだけ矮小な自分が頭をよぎり、思考を閉ざしてしまう。
だから、と言うわけではないが、イスラの身体は自然と歩くことを始めた。
立ち止まっていても何かが得られるとも思えなかったからか、単に座りっぱなしで体の節が痛みを覚えたからか。
イスラは銃の馴らしがてらに、身体を動かそうと思ったのだ。

唯一の懸念は銃や剣はおろか、全ての所持品を牛耳ったアナスタシアであったが、
そんな葛藤は肉とパンに囲まれて狼を枕に寝ているアナスタシアを見てどうでもよくなった。
3時間とほざいた大言壮語はどうなったのか、と言いたくもなったが、
寝てもなおしっかりと握られていた工具を見て、イスラはその言葉を飲み込む。
好き好んで会話を出来る相手ではないと経験しているイスラは、
寝ているのならば好都合と、集まった装備のいくつかと僅かな飲料水を見繕いその場を後にした。

763No.00「帝国軍諜報部式特別訓練」 ◆wqJoVoH16Y:2013/07/07(日) 21:54:52 ID:EsIb4FfY0
(僕の、したいこと……)
そうして元の場所に戻り、イスラはひたすらに銃を握って身体を動かしていた。
無論、専門の銃兵としての教育を受けていないイスラだ。今更銃撃戦をマスターしようなどとは露とも思っていない。
大ざっぱに狙って、なんとか引き金を引いて、かろうじて撃つ。その程度しかできないだろう。
だから、これはあくまでも訓練ではなく運動。気分転換に過ぎない。
強いて言うならば、馴らし。銃を握り続け、己が手――『ARM』に馴染ませる。
スレイハイムの英雄の教えを、少しでも身体に染み入らせるように。
銃口を向けた先、その先にあるものに少しでも手を伸ばすために。
一歩でも前に進めば、きっといつかにたどり着けると信じて。

――――貴方が、全てを失ってなお幾許かの想いを残すのであれば……“戦場を用意しよう”。

不意に、銃口の向く先が震える。
手を伸ばした先に見えるのは、影の如き黒外套。
己の行く先に立ち尽くすその影をみて、イスラは歯を軋らせた。
銃を下げ、続くステップを大きく踏む。前に倒れてしまいそうなほどの前傾姿勢から浮かび上がるのは、右手の剣。
自信の前方からみて己が半身にすっぽり隠れるようにしていた魔界の剣を現し、一気に踏み込む。
銃撃からの疾走でその影の懐に入り込む。後はその刃で、この手に立ちふさがるモノをこの手で。

――――違うよ、君は僕のことがきらいだろうけど。

死神の如き不吉をたたえた棍が、魔界の剣を弾き飛ばす。
見透かすように、敵足り得ぬというかのように、影はイスラの右手から刃を落とす。
そして影が煌めき、影の中から無数のツルギの影が浮かび上がる。
その全てがイスラが本来持っていたはずの、適格者であったはずの紅の暴君の形を取って。
無慈悲に、平等に――――

――――僕は君のことが嫌いじゃない、それだけだ。

顎を伝った汗が数滴、地面へ落ちる。
イスラの身体はおろか周囲含め何一つ異変など無く、変わらぬ太陽の熱光だけが降り注いでいた。
砂を削るような小さな音がして、イスラはそちらに目を向ける。
乾いた大地の上に、魔界の剣が突き刺さっていた。
じっと手をみる。確かめた右手には、びっしょりと汗が吹き出ていた。

764No.00「帝国軍諜報部式特別訓練」 ◆wqJoVoH16Y:2013/07/07(日) 21:55:57 ID:EsIb4FfY0
「首を取り損ねたか?」
突然の来訪者にイスラは反射的に右手をかくし、来訪者をみた。
くすんだ銀の髪を風に靡かせたのは、元魔族の王、ピサロ。
「いきなり話しかけて、その上何を言い出すんだい。
 こんな誰もいない所で、首もへちまもないだろ。ただの運動、肩慣らしさ」
首をすくめておどけ、イスラは剣を引き抜こうとする。
「想定は、ジョウイとやらか」
だが世間話のように放たれた言葉が、イスラの身体を縫い止めた。
「参考までに。どうしてそう思った?」
「歩法。左右に身体を振っていたのは、前方からの攻撃に的を絞らせぬためだ。
 銃は牽制……いや、進路の確保だろう。“遠距離射撃を切り抜けて一撃を叩き込む”。
 そんな汎用性のない攻撃を反復しているのだ。具体的な相手を想定していると考えたくもなるだろう」
余裕さえ感じ取れるほどに落ち着いた瞳に、イスラは言いようもない不快感を覚えた。
それはあの雨の中で無様に取り乱したピサロを見ていたが故か、
そこから這い上がったらしいピサロへの嫉妬か、
あるいは、こうして自分の前にのうのうと姿を晒すことへの憤りだったか。
だが、やはりなによりも、己の中の無意識を言葉にされてしまったことに不快を覚えた。
「そうかもね。ここから先、戦うとしてもジョウイかオディオのどちらかだけだ。
 戦い方の分からないオディオじゃなくて、
 戦い方の見えているジョウイに合わせた攻撃を、知らずに反復していたのかもしれないね」
とにかく会話を打ち切りたくて、イスラは形だけの同意を示す。
「どんな卑怯な手を使ってか抜剣覚醒はしたみたいだけど、
 ジョウイの攻撃の主力はやっぱりあのダークブリンガーみたいな黒い刃の召喚術だ。
 棒や剣による攻撃もしてたけど、姉さんみたいな一流にはほど遠い。
 あいつの主戦場は遠距離戦だ。懐に飛び込めさえすれば、それで行ける」
あふれ出す言葉が上滑りしていた。口が勝手に動く。ピサロを、そして自分自身を煙に巻くように言葉を綴る。
「真紅の鼓動も使ってたし、召喚獣や亡霊兵もいる。ちまちま遠距離で差し合ってたら埒があかない。
 近距離で、重い一撃を叩き込む。あいつ相手に必要なのはそれだけだよ」

そこまで喋って、ピサロが笑っていることに気づいた。
お世辞にも好意的ではない、嘲りすら混じった笑みだった。
「……何かいいたそうだね?」
「いや……なるほどな。それで、銃と足捌きであの奇怪な刃を抜けて、
 一刀両断を狙う動きだった……の、割には最後が締まらないな」
不機嫌を露わにするイスラに、ピサロは構うことなく感想を言い放つ。
やっぱり、とイスラは苦虫を噛み潰した。どうやら運動を始めて相当早い段階で見ていたらしい。
そう、イスラは最後の斬撃を失敗した。先の1回だけではない。
何度も何度も、最後の一足跳びからの攻撃だけが、必ず仕損じるのだ。
「一足一動……ってね。どんな戦いでも、相手の動きに先んじてのそれ以上の動きって、できないもんなんだよ」
戦闘とは常に流動的であり、常に一所に留まらず変化していくものであるが、
それを極限まで突き詰めると『1回の移動と1回の行動』に分解される。
全く同条件で2人が相対し戦闘した場合、一人の人間が移動と行動を1回行えば、相手とて必ず動くし、その逆もしかり。
ならばたとえどれほどの乱戦であろうとも『移動と行動』その繰り返しに分解できる、という考え方である。
「でも、ジョウイを一撃で倒そうとするなら、あの刃を抜けてもう一撃を叩き込まなきゃいけない」
そういってイスラは沈黙した。ジョウイの黒き刃を抜けるために『行動』し、
その空いた道を『移動』して近づくまではイメージできる。
だが、そこからジョウイが動く前にもう一度『攻撃』できるイメージが見えないのだ。
全力で凌いで全力で進む。その後全力で攻撃するまでにどうしても一拍が生ずる。
その一拍を見据えて、ジョウイは容赦なく狙ってくるだろう。
イスラは、血を出すほどに歯を軋らせた。
姉のような武功者であっても、足を殺して二撃。茨の君のような暗殺者であっても、手を殺して二足。
話に聞くルカのような規格外ならば話も別だろうが、イスラにはその才はない。
最後の一撃。その差が、今のイスラとジョウイを隔てる絶対的な差のように見えてならなかったのだ。

765No.00「帝国軍諜報部式特別訓練」 ◆wqJoVoH16Y:2013/07/07(日) 21:56:30 ID:EsIb4FfY0
「ククク……成程な」
くぐもったピサロの笑いがイスラの思考を寸断する。
そういえば、こいつは一体何のために来たのか。真逆カエルと同じように僕に何か説教でもするつもりだったのか。
「なあ、結局あんた――」
なにをしに来たんだ、と言おうとしたはずの言葉は、撃鉄の音に遮られる。
イスラが向き直った先には、バヨネットの無機質な砲口が闇を湛えていた。
「……何の真似だい?」
「興が乗った。つき合ってやろうか」
イスラに銃口を向けたまま、ピサロは余裕を崩さず答えた。
「何をしにきた、と言ったな。貴様と同じだよ。私の魔力が全快するには時間がかかりすぎる。
 ならば、この玩具を馴らしておくに越したことはないのでな」
銃身に魔力の光が満たされる。それは弱いものであったが、紛れもない実のある魔力だった。
「ふざけるなよ。あんた何を考えて――」
熱線がイスラの横を通り過ぎる。初級魔法一発分の魔力であったが、集束した魔力は地面に黒い軌跡を描く。
「その無駄な煩悶を終わらせてやろうというのだ。手を抜いた私の攻撃を抜けられないようではあの小僧に届きもせんだろう」
「手加減って……当たったら無事じゃ済まないだろ。こんなことをやっている場合じゃ――」
「“ゼーバー、ゼーバー、ゼーバー”――――早填・魔導ミサイル」
イスラの言葉を掻き消すかのように、バヨネットに込められた無属性の魔力が発射される。
砲身に充密するよりも早く引鉄を引かれた魔弾はレーザーのような密度は無いものの、
その数の暴威を以て弾幕を成し、イスラ目掛けて着弾する。

「――こんなことをやっている場合ではない、と来たか。
 まさか私を『仲間』か何かだとでも思っているのか。他ならぬお前が?」
巻き上げられた噴煙の向こうに、ピサロは呆れた調子で吐き捨てる。
そこには『仲間』を案ずるような気配は微塵もない。
「端的に言って失笑だぞ。そも私が出向いた時点で時間切れなのだ。
 その上、この“私を目の前にして『こんなことをしている場合ではない』という”――それ自体が無能の証左と知れ」
告げられる言葉は明確な侮蔑。だが、独りごとではなく、明確な受信者を想定された音調だった。
「……どういう意味だ。なんでお前が僕に用がある」
砂煙が晴れた先にあったのは、紫がかった透明の結界。
結界の中のイスラの傍らに侍った、霊界サプレスの上級天使ロティエルのスペルバリアである。
「“私がお前に用があるのではない”。“お前が私に用が無いのか”と聞いている。
 それとも分かった上で言っているのか。だとすれば無能ではなかったな――ただの糞だ」
散弾ではなく収束させたブリザービームの一閃が、魔弾で摩耗した聖盾を貫通する。
凍てつく波動を使わずに力技で破砕したあたりに、感情がにじんでいる。
「何故座っている。何もすることが無いというのか――――“この私が目の前にいるのに”?」
砕け散る障壁の中で、イスラはピサロの目と銃口を見つめた。
「ちらちらと、私を睨んでいたこと、気づかないとでも思ったのか。
 半端な敵意などちらつかせるな。うっとおしい」
その眼だと、ピサロは侮蔑する。
言いたいことがあると口ほどに言っているにも関わらず、それを形にしない。
心の中でその感情を弄び、愛撫し続けている有様を。
「待ってどうする。運命がお前のために出向いてくれるとでも?
 全てに綺麗な“かた”が付けられる奇跡的な瞬間が最後にやって来るとでも思っているのか?」
いつかを待って蹲る人間に対し、ピサロは再び魔砲を充填し始める。
ここではない、ここではない、俺が全力を出す場所はここじゃない。
いつか、いつかこの想いを解き放つに相応しいときがくるはずだから。
「“来んよ”。お膳立てなど無い。在るのは袋小路だけだ。その時お前はどうする?
 追いつめられて、どうにもならなくなって、全てを失って、そこから泣いて喚いて切り札を抜くのか?」
そんな泣き言をのたまう誰かを打ち砕くように、ピサロは黒い雷の一撃を放った。

766No.00「帝国軍諜報部式特別訓練」 ◆wqJoVoH16Y:2013/07/07(日) 21:58:20 ID:EsIb4FfY0
「あの哀れな男のように」

一閃は雷の速さでイスラを穿たんと迫る。
しかしその間際、寸毫の狭間でイスラは一撃を躱し、ピサロに迫りかかった。
「ヘクトルのコトかあああああああああァァァァァァァァッッッ!!!!!!!!」
一瞬で揮発した感情を爆ぜさせながらその軽足を以てイスラはピサロへ接近する。
地中深くで死骸を熟成させてできた油を、地層の中で直に点火させたような爆発だ。
限界の速度で駆動するイスラにあるのは、自分の心臓の奥底を無遠慮に弄られたような嫌悪だった。
見せないように、お前のために我慢していたものを、どうしてお前が開きに来る――!
「ああ、やはりか。どこかで見た眼だと思った――そういえば、あの男もこうやって死んだのであったな」
イスラの怒りも柳というかのように、クレストグラフを2枚重ねて、大嵐を巻き起こす。
放たれた真空の刃がイスラを、否、イスラの四方全て纏めて切り刻む。
イスラは嵐を前に、回避を選ばざるを得ない。横に飛んで避けるが、衣服と皮膚に傷が走る。
怒り狂った獣の爪の届かぬ位置から、肉を少しずつ殺ぐように刻んでいく。既に一度行った作業を反復だった。
「あれは愚かだったよ。大望を抱き、それに届き得る才気の片鱗を持ちながら二の足を踏んで機を逸した。
 守りたいと奪わせないと、失った後で泣き叫ぶ――――実に、良い道化だった」
「お前が、ヘクトルを語るなアアァァァァ!!!!」
近づけないならと、イスラは銃を構えその手<ARM>を伸ばす。
その喧しい口を閉じろと、フォースを弾丸に変えてピサロの口を狙う。
「ハッ、貶されて癇癪か。“わかるぞ”。自分のたいせつなものを馬鹿にされるのは悔しいものだ」
だが、ピサロのもう一つ“口”が返事とばかりに、砲撃でイスラの想いを呑みこんでしまう、

「お前に、お前に僕の何が分かる!」
「お前が取るに足らない人間ということくらい、分かるさ。
 “そんなお前をあの男は随分と買っていたようだ”が、愚か者の隻眼には石塊も宝石に見えるらしい」
吐き捨てられた言葉が、イスラの中で津波のような波紋を立たせる。
イスラからヘクトルを奪いながら、まだ飽き足らずにヘクトルを貶めている。
ごちゃ混ぜになる感情の奔流が、強引に銃身へと圧縮されていく。
「うるさい……うるさいよお前……!」
(お前が語るな。お前が歌うな。あの人の終わりを穢すな)
別に近づく必要などない。
ピサロのやかましい銃“口”を塞ぐには、より大きな“音”で掻き消せばいい。
この言葉にならぬ原初の感情を、一撃にたたき込む。
この矜持を、あの終わりを得た自分の感情を込めて。

「あ、あ、あああああああああああああああああああああああああああああああ!」
「遠吠えなぞ煩いだけだ。仮にもヒトなら言葉を使え」

767No.00「帝国軍諜報部式特別訓練」 ◆wqJoVoH16Y:2013/07/07(日) 21:59:30 ID:EsIb4FfY0
だが獣の鳴き声など伝わらないとばかりに、
絶対防御<インビシブル>がバーストショットを無効化する。
不完全な勇気の紋章と石像から完成された愛の奇蹟の差故か、あるいは“もっと根源的な理由”からか、
イスラの感情はピサロに届かない。
「お前のような獣には心得があってな。自分の柔らかい所を触られると直ぐに熱くなる。
 そして、簡単に意識がそこに集まって――――他に何も見えなくなる」
何のことだ、と疑問を抱くより早くイスラの背後でイオナズンの爆発が生じ、イスラは前方に大きく吹き飛ばされる。
魔導ではない、純粋な『魔法』。
ピサロの銃口に気をとられていたイスラには、後方からも攻撃が来る可能性を抱く余地が無かった。
「受動的なのだよ。起こること、触れる全てにその時々の想いを重ねて動いてきたのだろう。
 だから状況に刺激されて反応が遅れ、掌で踊らされるのだ。どこぞの間抜けのようにな」
爆発と同時に取り落としたドーリーショットを拾いに立ち上がるより先に、ピサロの方向がイスラに向けられる。
イスラは俯せのままピサロを睨みあげる。
今のピサロには、獣狩り程度の感覚しかないのが見て取れた。
受動的。その言葉に、イスラの中で苦みが生ずる。
確かにここまでの自身の行動において、主体的に動けた事例は数少ない。
あの雨の中の戦い、ゴゴの暴走、ヘクトルの死。
起きた事態に対して、もがいてきた。胸に抱く想いに真剣に足掻いてきた。一切の疑いなくそう言い切れる。
だが、その事態の発生に関われなかったイスラは常に受け身の立場を強いられてきた。
荒れ狂う激流の中で生き足掻くこの身も、川面から見れば波打つ流れに木の葉が翻弄されているようにも見えただろう。
忘れられた島の戦いに於いて、帝国軍・無色の派閥・島の住人の三者を手玉に取ってきたイスラの現状としてはあまりに滑稽だ。
「“それがどうしたっていうんだよ”……!!」
だからどうした、とイスラは拒絶の意志を湛えてピサロを睨みかえす。
後から見返して間抜け、短慮というだけなら子供でもできる。
部外者の――否、イスラではないピサロにとってはそれはただの無様の記録でしかないかもしれないけど。
それは、イスラがありのままの自分で、ありのままの世界を見た上で歩んできた記憶だった。
たいせつな、たいせつな終わりなのだ。
「不満そうだな。言ってみろ。仇も満足に討てないのなら、せめて言葉で一矢報いればどうだ」
「……お前なんかに、僕の想いが分かるかよ」
手を払いのけるようにイスラは吐き捨てる。
やっと認められた、自分の中で受け入れられたこの想いを、ピサロになど語りたくなかった。
たった1つ残ったあの終わりだけは、誰にも穢させたくなかった。

「怖いのか。その抱いた想いを外に出すのが、怖くてたまらないのか」
「―――――――――っ!?」

だが、ピサロはイスラが庇ったその想いではなく“庇い続けるイスラを撃ち抜いた”。
イスラの目が、銃口の先、好悪綯交ぜとなったピサロの瞳を映す。
「その獣は、愚かだったよ。身体の内から何かが湧き上がっている激情。初めはその名前すら知らずに翻弄されていた」
ピサロの口から、侮蔑の呪いが吐き捨てられる。
だが、それはイスラを罵りつつも、別の何かを嘲るようだった。
「その名前を知った後は、それに酔いしれた。
 自分一人が、その奇麗なものの名前を知っていればいいと、その想いで身を鎧った」
ほんの少し前に見てきたようなかのような臨場感で、獣の痴態を歌う。
「後は、ただの無様だ。それに触れられれば噛みつき、狂奔し、盲いたまま何処とも知らず走り回り、
 流されていることと進むことの区別もつかず、自分の中に全てがあると吠えていた――滑稽にもほどがあるだろう」
“分かっているのだ”。“間違っていることも分かっててやっているのだ”。
“だから己は正しいのだ”。“これが唯一無二の正解なのだから他の意見など必要ない”。
故に獣は触れる全てに害をなす。全てに噛みつくが故に、簡単に踊らされる。
「だから口を閉じろと喚いていたよ――――笑わせる、違うと言われることを恐れていただけの癖に」
ピサロはせせら笑う。誰彼かまわず噛みついた獣は、ただ、臆病だっただけなのだと。
誰かに否定されるのが怖かったから、誰の言葉も求めなかった。
不朽不滅と誇っていたものは、ただ、誰にも触れさせてこなかっただけなのだと。

768No.00「帝国軍諜報部式特別訓練」 ◆wqJoVoH16Y:2013/07/07(日) 22:02:50 ID:EsIb4FfY0
過ぎ去った獣に向けるピサロの苦笑に、イスラは鏡を見るような気分を覚えた。
死にたいと願い、自分を偽って生きてきた。
そしてあの巨きな背中に憧れ、誰かのために生きたいと願えた自分の想いを素直に受け入れることができた。
二度目の生でようやく認められたこの想いを大切にしたいと、そう想えたのだ。

だがそれは、それだけでは、ピサロが嘲笑う獣と何が違うのだろうか。
誰がためと言いながらそれを誰にも言わないのなら、自己満足と何が違うのか。

違う、と思う。そんなケダモノなんかと一緒にするな、と叫ぶことはできる。
じゃあ、この感情を口に出せない僕は、なんなのか。
これほどまでにココロを満たすモノを、何故形にできないのか。

「お前に僕の気持ちは分からない、と言ったな。
 分かるわけがないだろう。内心で反芻するだけの音など、聞こえるか。
 子供でもあるまいに。他人が好き好んで貴様の妄想に寄り添ってくれると思うなよ」

――――貴方のほうがよっぽど私より子供ですっ!!
    違いますか!? どうなんですか!? はいか、いいえかちゃんと答えて!?

唾液に濡れた粘膜の先に波が伝わらない。言い返すべきなのに、言葉が出ない。
素直になれたはずなのに、感情を認められたはずなのに、外に出せない。
それは、知っているからだ。
この世はどうしようもなく損得勘定で、
馬鹿正直に心を開けばそれを逆手にとられて痛い目を見て、嘲笑されるだけで、
形にすれば砕けてしまうかもしれなくて、触れられれば壊されるかもしれなくて。

「あの男は愚かではあった。だが少なくとも最後まで願いを、守りたいモノの名を伝えていたぞ。
 だから言えるのだ。こんな臆病者を死ぬまで守ろうとしたお前は、心底愚かであったとッ!」

ピサロの撃鉄に力が籠る。
測るに値しない器ならば砕けても構わないというように。
だからとりあえず無関心を決めこめば、傷つくこともないし、他人にバカにもされないということを。
それはどう足掻いたところで不変の真実で、それが一番簡単な平穏なんだって知っている。
でも。

「ストレイボウは測った。ならば貴様はどうだイスラ。貴様は獣か、人か、勇者か、魔王か?」

769No.00「帝国軍諜報部式特別訓練」 ◆wqJoVoH16Y:2013/07/07(日) 22:03:30 ID:EsIb4FfY0
知らないよ、僕が誰かなんて。でも、でも。
――――なんで、黙ったままやられ放題でいるんですかっ!?
ここまで言われて、黙っていられるほど、デキちゃいないッ!!

空いた左手を背後に回し、もう一つの銃<ARM>を取り出す。
44マグナム。六連回転式弾倉に込められた火薬よりも鋭く熱い意志が、引鉄と共に放たれ、
横合いから砲口の軌道を僅かに逸らす。
その僅かな間隙を縫って、イスラはドーリーショットを回収してピサロとの距離をとった。
「隠し腕。無為無策という訳ではなかったか」
ピサロは状況を淡々と見定め、生き足掻いた目の前の存在を眇める。

「そういや、アリーゼにも言われてたよ。人にモノを聞かれた時は、とりあえず“はい”か“いいえ”だっけか」

肩で息をしながら、イスラは下を向いたまませせら笑った。
思い出す。今のように矢継早にまくしたてられて、言葉を紡げなくなってしまったことを。
僕の逃げ場を全部潰したうえで、ボロクソに叩きのめしてくれた少女を。

――――貴方がどんな理由でそんなふうな生き方を選んだかなんて私にはわかりません
    話してくれないことをわかってあげられるはずないもの…

その少女は最初、何も言えなかった。
その眼に明らかに何か言いたげな淀みを湛えながら、それを出せなかった。
変えたい何かがあるのに、それに触れることで自分が傷つくことを恐れていた。
僕のように、あの人のように。
だけど、彼女は歩き出した。世界を変えたければ、自分が変わることを恐れてはならないと知っていたから。

「ああ、そうだよ。僕は、僕は――」
唇が震える。見据えてくるピサロの眼に胸が締め付けられる。
きっと、もしかしたら、あの時僕を罵倒した彼女も、こうだったのかもしれない。
他人を傷つけるのならば、自分が傷つくことを恐れないわけがない。
ああ、だから、僕は知っている。
本音<イノリ>を言葉<カタチ>にするということは、とてつもない勇気<チカラ>が必要だということを。

770No.00「帝国軍諜報部式特別訓練」 ◆wqJoVoH16Y:2013/07/07(日) 22:04:18 ID:EsIb4FfY0
「僕はクズだよ。言いたいことはうまく言えないし、口に出せば大体皮肉になるし。
 泣くのは失った後で、素直になるのは、いつだって手遅れになってからだ」
自分で言って情けなくなってくる。
しかも、言葉にしてしまえばもう取り返しは効かない。
吸った息で、自分の中の何かが酸化していく。外側に触れた分、変質してしまう。
「でも、あの人たちはそんな僕に触れようとしてくれた。
 僕を肯定してはくれなかったけど、分かろうとし続けてくれた」
その不快をねじ伏せ、もう一度ドーリーショットを強く握る。
僕のしみったれたプライドなんてそれこそゴミだろう。
前を見ろ。今目の前にいる男は、一体何を踏み続けている?

「ブラッドを……ヘクトルを……こんな僕に「勇気」を教えてくれたあの人たちを……」

胸に抱く勇気の紋章が放つ燐光が、腕を伝い鉄を満たし、銃をARMへと変えていく。
口を閉じてほしいのではない。ピサロがヘクトルを愚かだと想う、それ自体が辛いのだ。
だから放つ。自分が傷つくことも厭わず、撃鉄に力を込める。
だって、僕は知っているんだ。
ユーリルが、ストレイボウが、ブラッドが、ヘクトルが――――アリーゼが教えてくれた。

「馬鹿に、するなァァァァァァッッ!!」
 
勇気<チカラ>を込めて言葉<カタチ>に変えた本音<イノリ>は、
世界さえ変えられるんだってことを。

「……アリーゼ……“アリーゼ=マルティーニ”か?」
放たれた弾丸のけた違いの威力を、ピサロは見誤らない。
反応が遅れた今、初見での撃ち落としは博打に過ぎると判断したピサロは、
インビシブルを発動し、やり過ごそうとする。
「――――ッ!? 徹甲式とはッ!!」
だが、ピサロの驚愕とともにインビシブルに亀裂が走る。
本来、インビシブルはラフティーナの加護を得た者に与えられる絶対防御だ。
揺るがぬ愛情、その意志の体現たる鎧は1000000000000℃の炎さえも凌ぐ不朽不滅であるはずなのだ。
「それと拮抗する。なるほど、あの女とは異なる意志の具現かッ!」
傷つくことへの恐怖を乗り越えてでも、その想いを形にする意志。
その勇気が籠もった弾丸は即ちジャスティーンの威吹。
同じ貴種守護獣の加護ならば、欲望を携えた聖剣同様『絶対』は破却される。
「がっ、深度が足りんなッ!!」
しかし、絶対性を無効化したとてその堅牢性は折り紙付き。
決して失われぬピサロの愛を前に、イスラの勇気はその弾速を反らされ、悠々と回避する隙を与えてしまう。
「構わないよ。お前に伝わるまで、何千何万発でもぶち込んでやるからさ」
だがイスラは一撃が反らされたことに悔しさも浮かべず、次弾を装填する。
ヘクトルも、ブラッドも、たった一度で全てを伝えようとしたわけではない。
何回も何回も、言葉を重ねて、それで少しでも伝わるかどうかなのだ。
だから、イスラも何度でも意志を放つ。不変の想いを変えるために。

771No.00「帝国軍諜報部式特別訓練」 ◆wqJoVoH16Y:2013/07/07(日) 22:04:54 ID:EsIb4FfY0
「……くくく、これも星の巡りというやつか。メイメイ……あの女、一体どこまで観ているのやら……」
そんなイスラを見て、ピサロは面白がるように笑った。
今こうして2人が銃を向けあうこの瞬間に、偶然以上の何かを見つけたかのように。
「メイメイ? おい、お前――――」
「ならば、そうだな。奴の言葉でいうならば“追加のBETを積んでやる”」
独白に無視できない単語を見つけたイスラの詰問を遮るように、
ピサロが銃剣を下ろしながら、懐かしむように言った。
「アリーゼとか言ったな。その娘、この島でどうなったか知っているか?」
イスラの銃口が、微かに震えたことを見て取ったピサロは、
数瞬だけ呼気を止め、そして肺に空気を貯めてから言った。
「獣に噛まれて死んだ。『先生』とやらを庇って、盲いた獣の前に飛び出てきた故に。
 まあ、端的に言って――無為だったな」

静寂が荒野を浸す。
やがて、銃の駆動音がそれを打ち破った。イスラの銃口が完全に震えを止めて、ピサロを狙う。
だが、その意志は決して先走ることなく、銃の中に押し固められていた。
「言いたいことの他に、聞きたいことが出来た」
目を見開くイスラを見て、ピサロは口元を歪めて応ずる。
「好きにするがいい。もっとも、生半な雑音など遠間から囀るだけでは聞こえんぞ」
両者の銃撃が相殺され、爆風があたりを包む。
先に土煙の中から飛び出たイスラが銃撃を放ちつつピサロへ接近しようとする。
だが、ピサロもまた機先を制した射撃と魔法でイスラを寄せ付けない。
互いが互いをしかと見据え、間合いを支配しあう。
銃弾に、言葉に乗せて、イスラは想いを放つ。
ヘクトルがどれだけに偉大であったか。自分がどれほど彼らに救われたのか。
憧れというフィルターのかかったその想いは、決して真実ではないだろう。
合間合間にブラッドのことも混じるあたり、理路整然とはほど遠い。
だがそれでも恐れずに引き金を引き続ける。
どれほどに拙くとも、自分の言葉でピサロを狙い続ける。
ピサロもまた時に嘲り、時に否定しながら、イスラの弾丸を捌いていく。
インビシブルは使っていない。
それは、絶対の楯が絶対でなくなったからではなく、楯越しでは弾がよく見えないからだった。
拙いというのならばピサロもまた拙かった。
膨大な魔力で他者を圧倒するのがピサロの主戦術であるならば、
小細工を弄し、受けとめ、捌き続けるなど明らかに王道より逸れている。
話す側も拙ければ、聞く側も拙い。
子供の放し合いであり、しかし、確かに話し合いだった。
決して獣には成し得ぬ文化だった。

772No.00「帝国軍諜報部式特別訓練」 ◆wqJoVoH16Y:2013/07/07(日) 22:05:28 ID:EsIb4FfY0
「ふん、お前がどれほどあの男に傾倒していたかはよく分かった。
 だがお前はあの男を、あの男が描いた理想郷を終わらせたのだろう。
 己が終の住処と定めた場所を捨てて、なぜお前はここにいるッ!!」
イスラの銃撃を頬に掠めながら、ピサロが銃剣を構える。
腰を低く落とし、足幅を広く取って重心を下げる。
「答えを教えてやろう。目の前に仇がいる。主君潰えようとも仇を為さずして死ぬわけにいかん。
 お前からヘクトルの生を奪った私を、ヘクトルの死を奪ったジョウイを、
 誅さねばならぬと、無意識が願ったのだッ!!」
常は片手で扱う銃剣を、両の手でしっかりと固定する。
強大な一撃を放つことは明白だった。
「装填、マヒャド×マヒャド×イオナズン。
 だが、生憎と私は死ぬ気がない。そしてお前の刃では私に届かない。
 つまり、お前はどう足掻こうが目的を達せられない」
銃剣の切っ先に氷の槍が生成されていく。
透き通るような煌めきは、障害を全て撃ち貫く決意に見えた。
「ならば、生を奪った者として、せめて引導を渡そう。三重装填――――スノウホワイト・verMBッ!!」

ピサロの意志が射出される。
絶対零度の意志は、決して融けぬ不変の槍。
だがその氷の中に潜むは、爆発するほどの激情。
圧縮された氷槍が内部爆発を起こし、大量の破片に分かれる。
そして、さらにその破片が爆発し、さらに膨大な破片に。
爆発し続ける氷はいつしかその数を無量の刃へと変えていた。

「終わりだ――目的もなく生き恥を晒し続けるぐらいならば、疾く飼い主の下に馳せ参じるがいい!」

迫り来る刃の群を前にして、イスラは銃身を額に添える。
なぜ自分は今生きているのか。それはピサロから問われるまでもなく問い続けてきた問いだった。
未だにその答えは出ていない。ならば敵討ちのためだというピサロの答えを否定できないのではないか。
(違う。そうじゃない。僕は――生きたいと思いたいんだ)
去来するのはカエルの背中。逃げ続けてここに残った男の背中。
生きる理由は、生きて為したいことは見つからないけど、
それでも理屈をこね回しているのは、生きたいと思いたいからだ。
(ならばどうして、死にたがりの僕がそう思う。生き恥を晒し続けて来た僕が――――)

773No.00「帝国軍諜報部式特別訓練」 ◆wqJoVoH16Y:2013/07/07(日) 22:06:24 ID:EsIb4FfY0
違う。そうではない。そうではないのだ。
生きる理由はないけど、したいこともないけど、誰の役にも立ててないけど、
“今生きていることを恥だと思いたくない”。

目を見開いたイスラが、銃口を正面に向ける。
目の前にはもはや数え切れぬほどの氷刃の弾幕。
その全てがイスラを狙っている訳ではないが、それ故に回避は絶対に不可能。逃げ場はない。
だが、イスラは一歩も引かず、その氷を見据えた。
逃げてもいいということは知っている。それが無駄にならないということも知っている。
だが、無駄にならないからといって最初から逃げてどうする。
まして、今狙われているもの、それだけは絶対に譲れないのだ。

「フォース・ロックオン+ブランザチップ」

前を、世界を見据える。あの時のように、勇気を抱いたあの時のように。
決して揺るがぬ鋼の英雄のチカラがARMを満たす。
逃げも防御も無理。だったら、あの人ならきっとこう言うだろう。

「ロックオン・マルチッ!!」
笑止――――全弾、撃ち祓うのみッ!!

イスラの一撃が放たれる。ブランザチップによって拡張された散撃が、
ロックオンプラスの冷徹な精度の狙撃と化し、
『拡散する精密射撃』という矛盾した一撃となる。
威力だけはただの一撃と変わらぬ故に安いが、拡散した氷刃をたたき落とすには十分過ぎる。

774No.00「帝国軍諜報部式特別訓練」 ◆wqJoVoH16Y:2013/07/07(日) 22:08:35 ID:EsIb4FfY0
「ハッ! まだ足掻くか。やはりあるか、生き恥を晒し続けてでも為したいことが!!」
弾幕の全てをたたき落とされる光景を見て、ピサロは苦笑した。
口ではああいえど、根には執着があったということだ。
ならば、自分もまた――
「だから、違うんだよ。お前と一緒にするな。僕はまだ何も見つけちゃいない!」
破片の破片をかき分けて、黒い影が疾駆する。
魔界の剣を携え、イスラがピサロへと切り込む。
「ならばなんだその生き汚さは。目的もなく希望もなく、何を抱いてこの瞬間を疾駆するッ!!」
ピサロは動ずることなく、銃剣を剣として構える。
こちらの攻撃が一手速い。少なくとも先んじて効果のある一撃を放つのは不可能だ。

「――――なでてくれた。その感触がまだ残ってる」

だが、イスラは止まることなく剣を走らせる。
その生に理由はなく、希望はなく、終着点も終わらせてしまったけど。
「やれば出来るって、最後に言ってくれたんだ。
 だから僕は、この生を恥だとは思わない!! あの人が肯定してくれた僕の生を、否定しない!!」
それが、全てを終わらせて抜け殻になった僕に残った最後の欠片。
自分自身さえもが見限ったこの命を、最後の最後に認めてくれた。
だから、生きたいと思いたいのだ。
どれほどそう思えなくとも、他に何も残っていなくても、
理想郷を終わらせても、それでもこうして、足掻いている。

「だから、邪魔するなら退いて貰う。アンタも、ジョウイも、オディオだってッ!!」

魔界の剣を握った右手が、光に輝く。
一回腕を振って、全力で走ったらもう動けない?
ふざけるな。そんなこといったら、あの掌ではたかれる。

「だって、僕の腕<ARM>は……まだ、二振りもついているッ!!」

775No.00「帝国軍諜報部式特別訓練」 ◆wqJoVoH16Y:2013/07/07(日) 22:09:51 ID:EsIb4FfY0
フォースLv3・ダブルアーム。
腕から抜けていく力に、強引にフォースを注いで体勢を維持する。
銃だからではない。剣だからではない。
この腕に握るものこそが『ARM』。手を伸ばすということ。
目を見開くピサロの攻撃が止まる。だが、イスラは止まらない。
勇猛果敢さえも越えて、あの人の、獅子のような力強さを添えて奮い迅る。
「ブランチザップ・邪剣――――ッ!!」
込められるのはイスラの持つ剣撃系最高火力。
その速度・威力に陰りはなく、放たれればピサロとてその命脈に届く。
もはや通常の方法では避けようもない体勢である以上、インビシブルだけが唯一の対処法だ。
展開が速いか、イスラの一撃が速いか、それが最後の争点となる。

「フッ」
だが、ピサロはインビシブルを展開しなかった。
その目には怯懦はなく、むしろ得心すら浮かぶ。
あるいは、こうあるべきなのだという達観のように、目を閉じる。
こいつならば、あるいはというように――


だが、一向に斬撃の痛みが来ないことに気づいたピサロがゆっくりと目を開ける。
その胸に触れていたのは刃ではなく、イスラの拳だった。
何故、というより先に、遠く離れた場所でずぼりと地面に魔界の剣が突き刺さる。
その柄には、ぐっしょりと汗がついていた。

「――あの」
「ふんっ」
イスラが何かを言うよりも早く、ピサロは蹴りを放ちイスラを吹き飛ばす。
それで興味を失ったか、ピサロはイスラに背を向け、立ち去ろうとする。
「ま、待て! 待ちなよ」
「なんだ、もう一度などと言ったら今度こそ消し炭にするぞ」
「そうじゃないよ。その」
言い淀むイスラに、ピサロは嘆息して今度こそ去ろうとする。
だが、それより先に意を決したイスラが声をかけた。
聞かなければならないことは山ほどあるが、今は、これだけ。

「あんたの言ってたその獣って、最後はどうなったんだい」

776No.00「帝国軍諜報部式特別訓練」 ◆wqJoVoH16Y:2013/07/07(日) 22:10:31 ID:EsIb4FfY0
ピサロの足が止まる。荒野に風が吹き、くすんだ銀髪を靡かせる。
「さあな。獣より性質の悪い畜生に追い立てられて逃げ失せた。後は知らん」
空を見上げながら、ピサロは独り言のように呟いた。
「多分、どこかで足掻いているのだろう。今更、本当に今更に、ヒトになろうと」
「……無理じゃないの?」
「だろうな。そこまでの道を進んでおきながら、逆走するようなものだ。
 戻るのにどれだけかかるか、そこから進むのにどれほどかかるか。分かったものではない」
呆れるように、ピサロは失せた獣を想った。
この空の下で、灼熱の陽光に焼かれながら這いずり回る獣を想像する。

「それでも足掻くよりないのだろうさ。所詮獣、“いつか”など待ちきれぬ。
 どれほどに遠かろうと果てが無かろうと、走らねば辿り着かないのだから」

そういって、ピサロは熱した大地に再び一歩を踏みしめた。
遥かな一歩のように。

「おい」
再度の呼びかけとともに、投擲物の風切り音が鳴る。
ピサロは振り返ることなく肩を過ぎるそれを掴む。水の入った使い捨ての水筒だった。
ピサロが僅かに振り返る。イスラは背中を向けて、水筒の水を汗に塗れた自分の頭に注いでいた。

何も言わず、ピサロはその場を去る。
水筒の蓋を開けて、喉を湿らせる。

「温い」

ぶつくさと言いながらも、その水を飲み干すまで水筒を捨てることは無かった。
獣だろうと、ヒトだろうと、喉は乾く。

777No.00「帝国軍諜報部式特別訓練」 ◆wqJoVoH16Y:2013/07/07(日) 22:12:28 ID:EsIb4FfY0
【C-7とD-7の境界(C-7側) 二日目 日中】

【ピサロ@ドラゴンクエストIV】
[状態]:クラス『ピュアピサロ』 ダメージ:中 ニノへの感謝 ロザリーへの純愛 精神疲労:大
[スキル]:魔封剣、デュアルショット、アルテマバスター*いずれも要バヨネット装備 ミーディアム:ラフティーナ
[装備]:バヨネット@RPGロワオリジナル
[道具]:ミーディアム『愛の奇蹟』@WA2 クレストグラフ@WA2※ヴォルテック、ゼーバー、ハイ・ヴォルテック
[思考]
基本:すべての命が、自らの意志で手を取り合える世になるよう力を尽くす
1:『その時』にむけて、したいことをしよう
[参戦時期]:5章最終決戦直後
*バヨネットはパラソル+ディフェンダーには魔導アーマーのパーツが流用されており魔導ビームを撃てます

【イスラ=レヴィノス@サモンナイト3】
[状態]:ダメージ:中、疲労:大
[スキル]:心眼 勇猛果敢 フォース・プリズナー№666(Lv1〜4)
[装備]:魔界の剣@DQ4 ドーリーショット@アーク2 44マグナム@LAL*残弾無し
[道具]:召喚石『天使ロティエル』@SN3 召喚石『勇気の紋章』@RPGロワオリジナル
[思考]
基本:今はまだ、したいことはないけれど。“いつか”を望み、したいことを探し続けよう
1:『その時』にむけて、したいことをしよう
[参戦時期]:16話死亡直後(病魔の呪いから解かれている)

778No.00「帝国軍諜報部式特別訓練」 ◆wqJoVoH16Y:2013/07/07(日) 22:13:03 ID:EsIb4FfY0
<リザーブ支給品(全てC-7とD-7の境界(C-7側)に集められている)>

【ドラゴンクエスト4】
・天空の剣(二段開放)@武器:剣 ※物理攻撃時クリティカル率50%アップ
・毒蛾のナイフ@武器:ナイフ
・デーモンスピア@武器:槍
・天罰の杖@武器:杖

【アークザラッドⅡ】
・ドーリーショット@武器:ショットガン
・デスイリュージョン@武器:カード
・バイオレットレーサー@アクセサリ

【WILD ARMS 2nd IGNITION】
・感応石×4@貴重品
・愛の奇蹟@アクセサリ:ミーディアム
・クレストグラフ@アクセサリ ※クイック、ハイパーウェポン
・データタブレット×2@貴重品

【ファイアーエムブレム 烈火の剣】
・フォルブレイズ@武器:魔導書

【クロノトリガー】
・“勇者”と“英雄”バッジ@アクセサリ:クリティカル率50%アップ・消費MP半減
・パワーマフラー@アクセサリ
・激怒の腕輪@アクセサリ
・ゲートホルダー@貴重品

【LIVE A LIVE】
・ブライオン@武器:剣

【ファイナルファンタジーⅥ】
・ミラクルシューズ@アクセサリ
・いかりのリング@アクセサリ

【幻想水滸伝Ⅱ】
・点名牙双@武器:トンファー

【その他支給品・現地調達品】
・海水浴セット@貴重品
・拡声器@貴重品
・日記のようなもの@貴重品
・マリアベルの手記@貴重品
・双眼鏡@貴重品
・不明支給品@魔王が初期に所持していたもの
・デイバック(基本支給品)×18*食品が現在アナスタシアが消費中

779 ◆wqJoVoH16Y:2013/07/07(日) 22:17:00 ID:EsIb4FfY0
投下終了です。指摘、疑問あればどうぞ。

が、一部技名にミスを見つけたので以下の通り修正します。
>>767
バーストショット→ブースとショット

>>773
ブランザチップ→ブランチザップ

wiki収録の際に修正します。申し訳ありません。

780SAVEDATA No.774:2013/07/08(月) 22:22:42 ID:SZo8EWKQ0
執筆投下お疲れ様でした

これこそRPGロワのイスラ、って感じがした
懊悩とするものがあるから体を動かすってのは、原作のイスラっぽくはない気がするんだけど、
RPGロワでのイスラの足跡を辿れば違和感はない。それだけの出会いを重ね、得てきたものがあるからこそだなーって思えた
獣を語るピサロは完全に吹っ切れた感じかな。
イスラの剣に達観を見せる様こそ、不器用に足掻いてる証なんだろうな

781SAVEDATA No.774:2013/07/08(月) 22:36:22 ID:U7q5MCLs0
投下お疲れ様でしたー!
まさかのこのタイミングでのバトルに驚くも、
何気にピサロはヘクトルだけじゃなくアリーゼ殺すはアズリア殺すわしてたもんなー
生きるのを恥だと思いたくないってのは原作のイスラを知ってるとすごく胸にくるものが
ここで得たものは終わらせた後でさえ確かに残ってるんだな……

782SAVEDATA No.774:2013/07/09(火) 00:51:28 ID:HlSTodz20
>>781
(アズリアじゃなかった、アティだった)

783SAVEDATA No.774:2013/07/09(火) 13:22:29 ID:mOLevcNMO
>>782
(アティ殺したのセッツァーだった気が…)

784SAVEDATA No.774:2013/07/09(火) 13:58:24 ID:xeLZ6nM.0
投下乙です。
ここで積み重ねてきた色んなものを抱えながらの二人のやりとり。
最初、ピサロは余裕を持ってイスラを圧倒していたようにも見えた。
だけど獣っていう喩えが何を示しているのか、どこに向かおうとしているのかが見えてきたら、
それまでの展開から見えてくるものもまた変わって見えて上手い感じに裏切られた感覚。
どいつもこいつも生き方が下手なんだけど、それでも必死に生きようとしていて、眩しく感じた。

どうでもいいところだけど最後の最後で>獣より性質の悪い畜生 扱いされてた某女の扱いに吹いたwww

785SAVEDATA No.774:2013/07/17(水) 04:40:43 ID:Bdo.MGE60
投下お疲れ様です。
己と向き合って相手と向き合って、答え無き答えを求め足掻く様は、
記号じみた役割を与えられただけではない人間味溢れる在り方だと思います。

因縁といえば、レイ・クウゴもピサロが殺してるんですよね。
全ての因縁が絡むとは限らない物語ですが、それも含めて期待しています。

786SAVEDATA No.774:2013/07/21(日) 11:18:55 ID:FmsHM.WE0
なんだか人気投票の話が出てるね

787SAVEDATA No.774:2013/07/27(土) 17:48:00 ID:dI0yJZM60
というわけで始まりました。お手隙の方はぜひにぜひに。

788SAVEDATA No.774:2013/07/28(日) 00:38:50 ID:7wUoG0bg0
お、人気投票始まってるね

789SAVEDATA No.774:2013/09/02(月) 15:25:00 ID:piaxTlX20
久々に予約来た!

790 ◆6XQgLQ9rNg:2013/09/26(木) 20:55:08 ID:PdHDn0qw0
投下いたします

791罪なる其の手に口づけを ◆6XQgLQ9rNg:2013/09/26(木) 20:56:53 ID:PdHDn0qw0
 靴裏が、硬く乾いた荒野をざりっと噛み締めた。
 声を張り上げずとも会話ができるギリギリの距離で、異形の騎士が立ち止まる。
 決して近いとは言えないその場所から、カエルは、狼に身を預けるアナスタシアの様子を伺った。
 こちらに背を向けるアナスタシアは、眠っているようにも思案しているようにも、集中して首輪解体に向き合っているようにも見える。
 なんとはなしに、視線をくゆらせる。
 剣戟を響かせ魔力を爆ぜさせる演習を、イスラとピサロが繰り広げていた。
 その余波で風が吹きつける。水分を奪い取りそうな埃っぽいその風に身を竦ませ、カエルは今一度アナスタシアへと目を向けた。
 すると、目が合った。
 アナスタシアとではなく、彼女の体重を受け止めるルシエドと、だ。
 獣とは思えないほどに理知的な瞳は鋭く、眼光には貴種守護獣斯くあるべしとでもいうような威厳に溢れている。
 人智を超えた存在であると、一目で分かる。
 にもかかわらずカエルは、口端に笑みを浮かべた。
 黙したままアナスタシアの枕となりカエルを見上げるその様は、神々しさよりも愛らしさが勝っていたからだ。
 そんな印象を抱いたのは、胸の奥で勇気の欠片が息づくが故かもしれなかった。
 勇気の鼓動に呼応してか、ルシエドが鼻をひくつかせる。 
「……目覚めの口づけをしてくれる王子様が来てくれたのかと思ったんだけど」
 欠伸交じりの声がした。
「よくよく考えたら寝てる女の子にキスする王子様って正直ドン引きよね」
 ルシエドに身体を預けたまま身じろぎをし、振り返らないままで、アナスタシアは一人続ける。 
「そもそも女の子の寝込みに近づくってのがもうね。下心見ッえ見えなのがアレよ」
 まるで。
「清純で貞淑な乙女としてはNG。そーいうのは断固としてNG。肉食系で許されるのは女子だけだって思うのよ」
 まるで、カエルに言葉一つ挟ませないかのように。
「あ、この場合のNGっていうのは『ナマ――』」
「アナスタシア」
 だからカエルは、連射されるアナスタシアの単語を、強引に断ち切ることにした。
 放っておくと、激流のようなこのペースに押し流されてしまいそうだった。
「少しでいい。話をさせてくれ」
 返答は、細く長い吐息と沈黙だった。
 それを肯定と捉え、カエルは口を開く。 
「まず、礼を言わせてほしい」
 水気が薄れ、乾いた舌を動かして言葉を紡ぐのは、存外に難しい。 
「俺が、今こうして俺として両の足で立っていられるのは、お前が奴を滅してくれたからだ」
 意識に溶け込んでいた、熱っぽく濃密な災厄の気配は欠片もない。
 アナスタシアが過去を振り切ったその瞬間に、焔の災厄は滅び去った。事象の彼方に還ることすら許されず、完膚なきまでに消え失せた。
 上手く話せているだろうかと思いながら、カエルは、乾いた風に言葉を乗せる。

「ほんとうに、感謝している」
「その気持ちは貰っておくけれど。でも、戦ったのはわたしだけじゃない。
 ロードブレイザーを破れたのはみんながいたから。
 それにあなたを助けたのは、わたしじゃない」
 
 振り返らないままの答えは素っ気ない。
 カエルに向けられるのは変わらず後頭部だけで、彼女の表情は伺えないままだ。
 だがカエルは、声が返ってきたということに、軽く胸を撫で下ろす。

「お前はストレイボウに力を貸してくれた。それは、お前自身の意志だろう?」
 そうして生まれた余裕が、記憶へと道をつけていく。
 浮かんだのは、ルシエドに跨るストレイボウだった。
 風を斬り地を疾走する欲望の獣を駆って進撃するストレイボウの姿は雄々しく勇ましく苛烈だった。 
 勇気の欠片が胎動を始めたのは、あの頃だったのだろう。
 カエルは左手を鳩尾に当てる。そこには、奇妙な心地よさを孕んだ疼痛が残っていた。
「……まあ、ね」
 アナスタシアの返答もまた、苦々しいものだった。
 ルシエドが、その鼻先を主に寄せる。
 応じるように、アナスタシアはルシエドを愛おしげに一撫でし、その身をそっと抱き寄せた。
「ストレイボウの気持ちが、分かっちゃったから」
 囁くようなか細い声だった。

792罪なる其の手に口づけを ◆6XQgLQ9rNg:2013/09/26(木) 20:57:40 ID:PdHDn0qw0
 溶ける間際の薄氷を連想させるその声は、誰かに届けるつもりなどないかのようだった。
 人ならざる身では一足、されど人の足ではすぐには踏み込めない空隙を開けたまま、カエルは、黙してその言葉を咀嚼し、
 
 ――だからこそ。だからこそ、心から感謝する。
 
 言葉にするべきではないと思い、胸中だけで、改めて謝意を表した。
 乾いた風が、粉塵を巻き上がらせる。アナスタシアとの間に空いた距離を、砂埃が舞い抜けた。
 激化するイスラとピサロの演習を尻目に、カエルは言葉を継ぐ。
 沈黙を横たわらせたままにしては、ならない。
 まだ伝えたいことが、燻っている。

「……もうひとつ、話したいことがある」

 付着する乾いた埃を払い、カエルは告げる。真正面、背を向けたままのアナスタシアへと。
 
「三度、戦った」
 
 記憶の道を辿り、想い出を拾い集め。
 砂気混じりの風に攫われないよう、唾液で口内を湿らせて、カエルは告げる。

「マリアベル・アーミティッジと、俺は、三度戦ったんだ」

 ぴくり、とアナスタシアの肩が震えた。
 ルシエドを抱くその腕に力が籠ったように見えたのは、気のせいではないだろう。

「そしてそれよりも前に、俺は、彼女にまみえた」

 隔てた距離の先へと届けるべく、カエルは、随分昔のことのように感じられる想い出を届けていく。
 
「敵としてではなく、手を取り合うべく存在として出逢っていた。すぐに別離してしまったが、な」
 
 まず語るのは、出会いと別れ。
 交わした会話は僅かで、過ごした時は半日にも満たない程度だった。
 たったそれだけの時でも、マリアベルが持つ温かさは想い出に残っていた。
 もしも、などと考えても詮無い。今この瞬間のこの場所に、時を超える術などありはしないのだ。
 それでも、仮に。
 仮にあのとき、べつの選択肢を手に取っていれば。
 あの温もりに、身を委ねていたのなら。
 善し悪しはさておき、きっと歴史は変わっていた。
 カエルは目を閉ざし、そっと首を横に振る。
 夢の海原に浮かぶ箱舟のような無意味な思惟を、意識の外に逃がすように。
 
「次に出逢った時は、もう敵だった。俺が、敵となった」

 開けた瞳に左腕を映す。
 敢えて治癒を施していない傷跡は、ボロボロになった今でもよく目立っていた。
 その痕を眺めながら、城下町での交錯について語る。
 最初の相手は、素人の混じった女三人。回復手段を考慮したとしても、獲れると思っていた。
 事実、マリアベルに重傷を負わせロザリーを瀕死にまで追い込んだ。
 追い込むまでしか、できなかった。
 サンダウン・キッドを始めとした新手が来るまでに決しておけなかったのは、マリアベルの実力と聡明さがあったからに他ならない。
 サンダウンにも手傷を与えたこともあるのだ。シュウに宣言したように、戦略レベルでの勝利は収めたと言っていい。
 ただし戦術レベルで考えた場合、マリアベルに対し勝利したとは、決して言い切れない。

793罪なる其の手に口づけを ◆6XQgLQ9rNg:2013/09/26(木) 20:58:25 ID:PdHDn0qw0
「…………………」

 アナスタシアは、またも黙りこくっていた。
 イスラに自分語りをしたときとは違い、相槌が返ってくるわけではなくても、カエルは話を止めなかった。

「再会は、お前も居合わせたあの夜雨の下だった」

 濡れそぼる漆黒の世界を思い出す。
 雨はカエルを祝福した。
 夜はマリアベルに隷属した。
 それを示し合わせるようにして、互いに、独りではなかった。
 死力を、尽くした。
 魔王との連携に、マリアベルとブラッド・エヴァンスは追い縋り喰らい付いてきた。
 奴らが無慈悲なでの本気さで、カエルと魔王を打倒すべく向かってきたのであれば、完膚なきまでの敗北すら考えられた。
 ここでもカエルは、敵の命を獲れなかった。
 追い詰めたブラッドが死した要因は、マリアベルの術だった。
 覚えている。
 仲間の――友の意志を尊び、命を敬い、その全てを、その力で以って燃やし尽くしたマリアベルの姿を。
 そしてその果てで、マリアベルは膝を折らなかった。
 ブラッドの遺志を受け止め握り締め抱き留めて、カエルの前に立ちはだかったのだ。
 その堂々たる態度からは、夜の王の名に恥じぬ高潔さが溢れていた。
 
「そして」

 そして三度目は、ほんの半日ほど前。
 約定を破り捨てることで成した奇襲に端を発する、戦いだった。
 そこから先は、アナスタシアも知るところでもある。
 だとしても、カエルは、敢えて口にするのだった。
 
「この手でマリアベルの命を奪ったあの戦いが、三度目の出会いだった」
 あのときマリアベルの胸を貫いた右手は落とされてしまった。
 それでも、魔剣ごしに感じた命を奪う感触を覚えている。
 これからもずっと、覚え続けていかなければならない。
 そして、それと同様に。
 カエルの意識に強く焼き付いている事柄がある。
 それというのは、

「あのとき、お前は立った。俺の刃の前に、絶望の鎌を振りかざして立ちふさがった」
 両の腕で自身を抱き締めて無様に震えているだけだったアナスタシアが、吼え、叫び、立ち上がった瞬間のことだ。
 力が及ばないとしても、止められる保証などありはしなくとも、それでも友を護ろうと地を踏みしめるアナスタシア。
 その姿は気高く尊く、そして。
 目を灼く覚悟なしでは直視できないほどに眩く鮮烈だった。
 だから思うのだ。
 アナスタシア・ルン・ヴァレリアとマリアベル・アーミティッジは、真に友と呼べる間柄だったのだろうと。
 その絆は、蒼穹を羽撃く渡り鳥を支える両翼のようにも感じられた。

「俺はその瞬間のことを忘れない。マリアベルを護るべく立ったアナスタシアのことを、必ず、忘れはしない」

 ルシエドの毛並みが、ぐっと握り締められるのが見えた。

「そして詫びさせてほしい。許さなくても構わない。許しを求める資格などない。許しを頂く権利もない。
 承知の上で、詫びさせてほしい」

 カエルは目を閉ざし地に膝をつき、頭を垂れる。
 たとえアナスタシアが見てはいないとしても。
 深く深く、頭を垂れる。

794罪なる其の手に口づけを ◆6XQgLQ9rNg:2013/09/26(木) 20:59:17 ID:PdHDn0qw0
「ほんとうに、すまなかった」

 謝罪を口にするということは、即ち。
 左腕の傷跡を、純然たる罪の証であると、認めるということだった。
 信念のためと、国のためと、そう言った信仰で覆っていた罪を曝け出し、逆に、罪によって覚悟を包むということだった。
 許しが与えられない罪をずっと、両肩に担っていくということだった。
 
 いつしか風は止んでいた。剣戟と魔力が奏でる音は止まっていた。
 けれど、開いた距離を埋める言葉はやって来ない。
 カエルはゆっくりと立ち上がる。膝に付いた土を、払いはしなかった。 

「邪魔をしたな」
 
 アナスタシアに背を向け、荒野に足跡を刻む。演習の音が消えた世界では、微かな足音さえも響く。
 同じように。

「……待って」

 声だって、届くのだ。
 距離を隔てた向こうからであっても。
 背中合わせのままであっても。
 押し殺したような声であっても。
 よく、届くのだった。
 だからカエルは足を止めて振り返る。
 開いた距離の一歩を戻りはしないままで彼女を見る。
 相変わらずアナスタシアは背を向けていた。
 けれど欲望の獣の双眸は、じっとカエルを見つめていた。
 
「何を言われても。どんなことを想われても。何度謝られても。わたしは、あなたを許さない。
 それは、ぜったいに、ぜったいよ」

 息を詰まらせたかのようなアナスタシアのその言葉に、カエルは頷きを返す。
 それでいい。
 重い咎人となったこの身が、簡単に許されてよいはずがない。
 
「だから生き抜きなさい。ずっと、ずっと。
 ずっとずっとずっと、罪を握り咎を抱いて生き延びなさい。
 そして、必ず」

 アナスタシアは続ける。
 流暢に淀みなく、有無を言わさぬような口調で。
 
「そして、罪を離すことのないまま」

 静かに刻むように呼吸をして、言い渡す。

795罪なる其の手に口づけを ◆6XQgLQ9rNg:2013/09/26(木) 20:59:47 ID:PdHDn0qw0
「必ず、幸せになりなさい。
 その目で幸せを探しなさい。
 その足で幸せへ向かいなさい。
 その手で幸せを掴みなさい。
 その身を幸せで包みなさい」

 冷酷さと残酷さと、
 
「拭えぬ罪を抱えたまま生きて、幸せになるの。いいわね」
 
 ほんの少しだけの甘美さを練り込んだような声で、言い渡した。

「言いたいことはそれだけ。それだけよ」

 告げるだけ告げると、刃を眼前に突き付けるかのようにして、アナスタシアが会話を打ち切ってくる。
 だが元はといえば、カエルが一方的に話し始めたのだ。途中で打ち切られなかっただけマシだっただろう。

「……幸せ、か」

 それは、縁遠さを感じる単語だった。
 口にしてみても、その言葉は、遥か彼方で揺らめく幻のようにしか感じられない。
 そんな幻想のようなものへ至れと、アナスタシアは言うのだ。
 マリアベルだけでなく、仲間をも手に掛けたこの手で、幸せを手にしろと言うのだ。
 覚悟の証であり、同時に罪の証である傷痕が疼く。
 幸福を望むなどおこがましいと。
 どの面を下げて幸福を求めるのだと。
 苛むように疼く。
 奪ってきた全ての命が、潰えたあらゆる未来が、刈り取られた無数の可能性が、傷跡を掻き毟ってくるようだった。
 責め立てるようなこの痛みは障害消えはしない。赦されることなどありえない。
 幸せという単語を転がすだけでも疼くのだ。
 幸せの実態に近づけば近づくほど、痛みは激しく増すに違いない。
 だからこそ。
 
「その言葉、確かに刻み込んだ」

 傷痕を晒すようにして、カエルは。
 その左腕を、掲げる。
 
「癒えぬ傷跡と共に、確かに刻み込んだ」
  
 言い残し、カエルは地を蹴る。
 話すべきは話した。
 対する答えも受け取った。
 だからカエルは地を蹴る。
 止まぬ疼きを、そのままに。

796罪なる其の手に口づけを ◆6XQgLQ9rNg:2013/09/26(木) 21:01:08 ID:PdHDn0qw0
 ◆◆
 
 カエルの気配が遠ざかっていく。
 背後の空白を感じ取り、アナスタシアは深々と息を吐き出した。
 ちょこの話に次いで、今度はマリアベルの話ときた。
 デリカシーのない奴らばかりだと思う。少しくらいはこのわたしを見習うべきだと、独り肩を竦める。
 ルシエドを抱き、その熱を感じ取りながら、アナスタシアは膝を立てる。
 物憂げな表情なのは、カエルの詫びが耳の奥で響いていたからだ。
 なにも静かになってから言わなくてもいいのにと、アナスタシアは思う。
 目を覚ましてしまうほどにうるさいドンパチに紛れて言ってくれれば、風の行くままに流してしまうことだってできたのに。
 カエルは、自身の行為を――マリアベルの命を奪ったことを、許されざる罪だと認識していたようだった。 
 罪悪感に満ちた彼の詫びを聴き、アナスタシアが真っ先に感じたのは羨望だった。
 その罪は他人に背負わせたいものではない。罪のかけらひとつすら、誰かにくれてやるのは嫌だった。
 ほんとうは。
 ほんとうは、その罪科は。
 マリアベルの親友である、アナスタシア・ルン・ヴァレリア自身が背負いたかったものなのだ。
 自分がしっかりしていなかったから。
 護られることを由とし、自分の足で立っていなかったから。
 マリアベルが好きでいてくれて、マリアベルと対等でいられる『わたし』でいなかったから。
 そういった後悔や慙愧の念に根差す罪を抱えていたかった。
 けれどアナスタシアは、その願いを叶えることはできない。罪を握って行くわけにはいかない。
 過去に囚われないと決めたから。過去に逃げないと決めたから。
 マリアベルとアナスタシアの間を繋ぐものが、罪などであってはならないから。
 罪を感じてしまっては、彼女と出逢い、彼女と過ごした全ての時が穢されてしまう。
 それでは、『わたしらしく』生きられない。
 だから、想うのだ。
 この手が握れない罪を持っていくと言うのであれば受け渡そう、と。
 抱かれてしまったその罪は決して消えはしない。アナスタシアの意志が消させはしない。
 消えない罪は、死を得たイモータルの元へと至る。罪の担い手は、マリアベル・アーミティッジのことを忘れずにいられる。
 たった独り取り残され続けたノーブルレッドを覚えてくれる人がいるのであれば、それは、アナスタシアにとっての幸いだった。
 血塗られた手だとしても、マリアベルへと繋がるのならば口づけを捧げよう。
 カエルに伝えたのは祈りの祝詞でしかなかった。
 我儘で独善的で一方的な、それでいて心からの祝福だった。
 アナスタシアは幸せを願う。
 そこに至るまでに、如何なる辛苦があったとしても。 
 マリアベルに至る全ての道には、幸せが咲き誇っていて欲しいと願う。
 
 ――そう、だから。
 
 寂しがりなノーブルレッドを、泣かせたりしたくはないから。
 
 ――わたしは、幸せになるの。
 
 やさしい夜の王の親友である自分を誇りたいから。
 
 ――誰でもない、わたしのために。
 
 くすんだ空の下であっても。
 刺のようなしんどさが抜けなくても。
 
 ――わたしは、幸せになるのッ!
 
 幸せに近づけば近づくほど、決して埋めることのできない空虚さが浮き彫りになっていくとしても。
 逢いたくて逢いたくてたまらない人たちにもう逢えないと、痛感するとしても。
 
 ――わたしはずっと、幸せを求め続けて生きるのッ!!

797罪なる其の手に口づけを ◆6XQgLQ9rNg:2013/09/26(木) 21:02:12 ID:PdHDn0qw0
 それでもアナスタシアは、水の入ったボトルを手に取るのだ。
 乱暴に蓋を開け、一気に煽る。
 ほぼ垂直となったボトルから、生ぬるい水が勢いよく零れ落ちる。
 唇を濡らし舌を滑った水は、滝のような勢いで喉を駆け落ちていき、
 
「――ッ!? ――ッッッ!!」

 盛大に、咽返る。
 声にならないえづきと共に、涎混じりの水が口端から垂れ落ちる。
 喘ぐような呼吸を繰り返すうちに、瞳にはうっすらと涙が浮かび上がった。
 水も涎も涙もぜんぶ、強引に手の甲で拭い取る。グローブのごわついた触感が肌を擦る。
 ひりつく痛みも構わずに、跡が残ることも厭わずに拭い取る。
 そうして。
 空になったボトルを思い切り投げ捨てて、アナスタシアは。
 ラストリゾートを御守りに、改めて首輪と工具を引っつかむのだった。

【C-7とD-7の境界(C-7側) 二日目 日中】

【カエル@クロノ・トリガー】
[状態]:瀕死:最大HP90%消失 精神ダメージ:小 覆面 右手欠損 左腕に『罪の証』の刺傷
    疲労:中 胸に小穴 勇気:真
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考]
基本:幸せになれと、その言葉は刻み込んだ。ならば痛みにこの身を晒し、幸せを探して生きるのもひとつの道かもしれんな。
1:『その時』にむけて、したいことをしよう
[参戦時期]:クロノ復活直後(グランドリオン未解放)

【アナスタシア・ルン・ヴァレリア@WILD ARMS 2nd IGNITION】
[状態]:首輪解除作業中 ダメージ:中 胸部に裂傷 重度失血(補給中) 左肩に銃創 精神疲労:中
[スキル]:せいけんルシエド 
[装備]:アガートラーム@WA2
[道具]:ラストリゾート@FF6
[思考]
基本:生きて幸せになるの。ぜったいよ。それは、ぜったいに、ぜったいなのよ。
1:『その時』にむけて、したいことをしよう
[参戦時期]:ED後

<リザーブ支給品(全てC-7とD-7の境界(C-7側)に集められている)>

【ドラゴンクエスト4】
 天空の剣(二段開放)@武器:剣 ※物理攻撃時クリティカル率50%アップ
 毒蛾のナイフ@武器:ナイフ
 デーモンスピア@武器:槍
 天罰の杖@武器:杖

【アークザラッドⅡ】
 ドーリーショット@武器:ショットガン
 デスイリュージョン@武器:カード
 バイオレットレーサー@アクセサリ

【WILD ARMS 2nd IGNITION】
 感応石×4@貴重品
 クレストグラフ@アクセサリ ※クイック、ハイパーウェポン
 データタブレット×2@貴重品

【ファイアーエムブレム 烈火の剣】
 フォルブレイズ@武器:魔導書

【クロノトリガー】
 “勇者”と“英雄”バッジ@アクセサリ:クリティカル率50%アップ・消費MP半減
 パワーマフラー@アクセサリ
 激怒の腕輪@アクセサリ
 ゲートホルダー@貴重品

【LIVE A LIVE】
 ブライオン@武器:剣

【ファイナルファンタジーⅥ】
 ミラクルシューズ@アクセサリ
 いかりのリング@アクセサリ

【幻想水滸伝Ⅱ】
 点名牙双@武器:トンファー

【その他支給品・現地調達品】
 海水浴セット@貴重品
 拡声器@貴重品
 日記のようなもの@貴重品
 マリアベルの手記@貴重品
 双眼鏡@貴重品
 不明支給品@魔王が初期に所持していたもの
 デイバック(基本支給品)×18*食品が現在アナスタシアが消費中

798 ◆6XQgLQ9rNg:2013/09/26(木) 21:02:47 ID:PdHDn0qw0
以上、投下終了です

799SAVEDATA No.774:2013/09/26(木) 21:13:51 ID:tfdYJrXk0
投下乙です。
最後まで涙腺耐えてたのに、状態表の思考で耐えられんくなった。
あえてそこをひらがなで表記された辺り、どっかちょこのことを思わせて不意打ちだった。

800SAVEDATA No.774:2013/09/26(木) 21:18:31 ID:0ap1TOZ20
投下乙です!
やばい、そういう考え方すんげえ好きだ
マリアベルとの思い出を悲しいだけのものにしたくない、単なる罪にしたくない
それは自分自身のものだけじゃなくて、大切な親友にいたる全ての人の道が幸せなものであって欲しい
刻んだ、俺も確かに刻んだ!
アナスタシアが言うと一層胸に響くわ、幸せも、生きるも

801SAVEDATA No.774:2013/09/26(木) 21:42:10 ID:9d/6NX5Q0
投下お疲れ様でした!
>>799さんので気づいて見返してやられた…!
本当に、本当に祝福の話だこれ。罪を裁くでも雪ぐでも禊でもなく抱いたまま幸せになってくれとは。
カエルが回想したとおり、こいつは早々に覚悟を決めてしまって、いろいろやらかしてる。
正直こいつは罪を雪ぐことはできても救われることはないだろうと思ってたけど、
それでも今この瞬間は、理屈抜きに幸せになってほしいと思った。

それはきっと、聖女と呼ばれる行いだろうよ。

>信仰で覆っていた罪を曝け出し、逆に、罪によって覚悟を包む
こういう文章…っていうか着眼点ってどうやったらでるんですかね、パネェ。

802 ◆wqJoVoH16Y:2013/10/27(日) 18:49:59 ID:8eyvrRuY0
ストレイボウ、カエル、ジョウイ、(メイメイさん)投下します。

803さよならの行方−trinity in the past− 1 ◆wqJoVoH16Y:2013/10/27(日) 18:50:57 ID:8eyvrRuY0
手頃な岩に腰掛けながら、空を見上げる。
疎らな雲は数え始めたらすぐに終わってしまいそうなほどに少なく、
陽光は汗ばんだ額を照りつけていた。
光は誰の下にも等しく降り注ぐ。ただ2人の魔王を除いて。
俺<私>は、今此処に生きている誰よりもその2人をよく知っていた。

ストレイボウは、空を見上げながらぼうっとしていた。
先ほど遠間から遠雷のような戦音が聞こえたが、心にさざ波は立たない。
誰かが鍛錬でもしているのだろう、と断じていた。
読みかけのフォルブレイズの頁が風でパラパラとめくれる。
彼ら戦士の鍛錬と違い、魔術師の準備とはかくも地味なものだ。
奇跡か神の御業と錯覚するほどの絢爛豪華な術法を支えるのは、気が遠くなるほどの下準備。
故に、異界の魔術の最高峰『業火の理』を修める術もまた、その魔導書の読解以外にはない。
火属性魔術の強化触媒にするだけならばともかく、その書を行使するにはその理を解するしかないのだ。
水筒の水で唇を少し湿らせる。腹三分目に留めた空腹感は心地よく、脳漿は澄み渡っていた。

ピサロと分かれたストレイボウもまた、己ができることを模索し始めていた。
既に辿り着く場所を定めた彼は他者に比べその道程も明確で、為すべきこともより具体的となる。
己が立つべきその場所にたどり着くまで、彼らの為したいとする願いを、願えるようにすること――――彼らの力となることである。
己が目指す其処は全ての屍に立って到達するべき場所であってはならない。

その準備として、彼は既にアナスタシアの下に赴き、集められたアイテムの中から必要なものを見繕っていた。
神将器フォルブレイズを筆頭に、天罰の杖とクレストグラフを装備する。
生き残りの中で純正の魔術師はストレイボウしかいないので、
魔術師向けの装備を回収するのに他の者に気兼ねをする必要が無かったのはありがたかった。
攻撃用のクレストグラフが無いことは気づいたが、
ほぼ全ての属性に心得を持つストレイボウには不要であったため、さほど気にはしていない。
むしろ、補助魔法の手管が増えることが、彼にとっては好ましく思えた。
たった一人に勝つ為だけに磨き抜いたこの術理が、誰かの力になれるということが嬉しかった。

装備を改めるに当たり、ストレイボウはアナスタシアへの了解を取らなかった。
正確には、了解を得ることが出来なかった。
工具を手に首輪の向かい合いながら佇むアナスタシアを目の当たりにして、声をかけることなど出来なかったのだ。
ルシエドに背中を預け、邪魔にならぬよう髪をまとめ、顎の縁から”つう”と汗を滴らせる彼女に、常の道化めいた気配は微塵もなかった。
視線で首輪に穴をあけてしまいかねないほどの集中を以て、彼女は首輪に相対している。
アナスタシアは首輪に触れることもなくただ首輪を見つめていた。
その様だけを見れば、時間もないのに何を悠長にと思う者もいたかもしれないが、ことストレイボウに限っては違った。
彼<私>には理解できる。彼女は取り戻そうとしていたのだ。
遙か昔に置いてきた指の記憶を、技術者<アーティスト>としてのアナスタシアを。

804さよならの行方−trinity in the past− 2 ◆wqJoVoH16Y:2013/10/27(日) 18:51:45 ID:8eyvrRuY0
寝そべったまま、ストレイボウはフォルブレイズの横に置いたもう一つの書をみる。
そこにあった手帳のような1冊の書。それこそはマリアベルの遺した土産に他ならない。
気づいていなかったのか、気づいて捨て置いたのか、なんにせよストレイボウはアナスタシアに咎められることなくそれを手にした。
その内容は絶句としかいいようもないものだった。
(無論、序文の傾いたケレン味あふれる文章に、ではない)
真の賢者というものがいるのならば、それあマリアベル=アーミティッジをおいて他にはいないだろう。

その真なる序文をざっと読むだけで、アナスタシアの放送後の行動は納得できる。
彼女の周りには、無数のメモの切れ端があった。
マリアベルが遺した首輪の解除方法の記されたメモだった。
イスラやアキラ、果てはニノやヘクトルのサックにも分散して入っていた様子。
アナスタシアがサックや支給品を一カ所に集めさせたのもこれが理由なのだろう。

そして、そのメモを横目に見た彼<私>は確信する。これでほぼ正解だ。
この通りに分解できれば、少なくとも首輪は無力化できると“今の”ストレイボウは理解できる。
故に、アナスタシアに求められているのはそれを寸分違わず実行できる精度。
だから彼女は取り戻そうとしている。未来に向かうために、記憶の遺跡に預けた過去を。
それはさながら、小さな鑿一つでただの石材から精細な石像を作り上げるようなものだ。
図面も手本もない。あるのは忘却にまみれ、錆びついた指の記憶のみ。
それを以て、錆を少しずつ払い、恐る恐る削りながら、
かつての、聖女になる前のアナスタシア=ルン=ヴァレリアを形成していく。
やり直しなど出来ない。作りだそうとしているのが自分自身の過去である以上、
誤謬があったとしてもその真贋を裁定することはできない。
脳は、平気で嘘をつく。記憶に曖昧なところがあれば、一時の納得のために簡単に適当な想像で欠落を埋めようとする。
だからアナスタシアは、慎重に慎重に、薄氷を踏むように遺跡に潜っている。
嘘などつかぬように、真実だけを求めて、記憶に向かい合っている。

だから、ストレイボウ<私>は何も言わずその場を去った。
理解できるから、何も言わない。これは彼女にしか出来ない戦なのだ。
指の精度は技術者にとって命運を分かつものなのだと知っているが故に。

ストレイボウは、空に翳した自分の指を見つめてため息をついた。
オルステッドや、ヘクトル達ほど太くはない指は、それでもアナスタシアに比べれば大きい。性別の差だった。

(悪いな。俺じゃ、首輪の解体はできない。歯痒いだろうが、許してくれ)

指を見つめながら、此処にはいない誰かに、記憶<ココ>にいる彼女に、謝罪した。
ストレイボウがいずれ来る時に向けて備えていたのは、3つの書物を読み明かすこと。
業火の理、マリアベルの遺言、そして――“彼女の記憶”を。

805さよならの行方−trinity in the past− 3 ◆wqJoVoH16Y:2013/10/27(日) 18:53:35 ID:8eyvrRuY0
瞼を閉じて、己の内側へと深く深く沈んでいく。肺から空気が抜けきったあたりで、瞼の内側の色が変わる。
自分の知らない風景の光、自分の出会ったことのない人の音、自分が触れることのなかった命。
やがて、その色彩は収束し、自分の知る世界へとたどり着く。
ストレイボウが看取ったその残響を名を、ルッカ=アシュティアと言った。

戦いの中では生き延びることに無我夢中で、その事実の意味に気づく暇もなかったが、
この凪いだ空の下で一呼吸を置けば、改めて自分の中にルッカ=アシュティアの記憶があることを認識できる。

原理は理解できないが、その事実を認められないほどストレイボウは青くはない。
おそらくはあの石――考え得るルッカとの唯一の接点――が、もたらしたものなのだろう、と予測していた。
未経験の記憶が自身に混入するという異常事態を前にしても、ストレイボウは平然――とまではいかなくとも受け入れている。
“封印した記憶を統合する”ならばともかく“まったく新しい記憶を入れる”のならば、その負荷は尋常ではない。
二十年しか生きていない精神<コップ>には、二十年分の記憶<水>しか注げないのだ。
無理に注げば、本来入っていたはずの水が零れてしまう。
だが彼の魂魄は、死してなお心の迷宮で滅んだルクレチアを眺め続けてきた。
気が遠くなるほどに、永遠とすら錯覚するほどに。罪の意識に狂いかけながら。
彼の心は確かに弱かったが、逆に言えばその弱い心は永遠の時間に晒されながらも壊れなかった。
皮肉にも彼は常命の人間では得られない強靱な精神性を有していた。
その広がったココロ全てを飽和させていた罪の意識が僅かでも改まった今ならば、
二十年にも満たない少女の記憶は広大な図書館の書架に納められた一冊の新しい古書にすぎない。
ストレイボウは見るものから見れば異常とも言える自心の剛性を自覚することなく、ルッカという名の古い本を読んでいく。
虫食いもあり、水に濡れて頁が合わさってしまっている場所もある。下手な観測は対象を歪めてしまう。
それでもアナスタシアのように慎重に慎重を重ね、ストレイボウはこの島でのルッカ=アシュティアの記憶までは読み終わっていた。

ルッカ=アシュティアがどのような人物だったかは、カエルに聞いてその触りは掴んでいる。
その際、ストレイボウは彼女の記憶についてカエルに伝えなかった。
聞かれたカエルは多少訝しんでいたが、どうやらアナスタシアとのけじめをつける覚悟を決めたあとだったらしく、深く追求はされなかった。
もっとも、その事実を告げたとしても、ストレイボウはルッカ=アシュティアではない。
魂の欠片があるわけでもない、記憶に付随する生の感情があるわけでもない、
纏う骨と肉の大きさも違うから工具を扱う経験も再現できない。
本当にただの記録。ストレイボウが持っているのはそれだけでしかないのだ。
マリアベルを殺めた罪をアナスタシアが許すことができたとしても、
ルッカを殺めたカエルの罪を赦す資格は己にはないのだ。

(だからこそ、彼女の記憶を無駄にするわけにはいかない)
ストレイボウは背を起こし、対面の岩に壁掛けた2つのアイテムをみる。
ゲートホルダーと、ドッペル君。この島に喚ばれる前の彼女の記憶を喚起する触媒として持ってきたものだった。
それを見つめれば、完璧にとは言わないまでも、朧気に彼女の歩んだ冒険の軌跡が浮かぶ。
このゲートホルダーは、きっと彼女の冒険の中心にあったのだろう。
そして、この人間そのものとしか思えない人形に、ストレイボウは思う。
クロノ。彼女の冒険の記憶には、常にこの少年がいた。どの時代にも彼がいた。
きっと、彼は、彼女の中心に限りなく近い場所にあったのだろう。
三人の誰が欠けても始まらなかった。彼と、もう一人の王女と、彼女がこそが……きっと時を越えて星を救う冒険の核だったのだ。

806さよならの行方−trinity in the past− 4 ◆wqJoVoH16Y:2013/10/27(日) 18:54:28 ID:8eyvrRuY0

(まるで、俺たちと同じ…………いや、邪推か)
彼女の立ち位置に自分を観るなど、彼女に失礼だ。
不意に生じた妄想を振り払い、クロノとゲートホルダーを符丁として彼女の冒険を読み進める。
海底神殿、死の山、太陽石に虹色の貝殻、そして黒の夢。
冒険の終わり、その果てに――『大いなる火<ラヴォス>』はいた。
(ラヴォス……星を喰らうもの……そんな化け物までも、お前は敗者として喚んだというのか、オルステッド)
国一つを滅ぼしたストレイボウとは言え、星というスケールには流石に面を食らう。
だが、いつまでも惚けている暇はなかった。
マリアベルの警告に拠れば、ラヴォスがこの島の中枢に組み込まれている可能性が高いのだ。
カエルがあの雷の刹那に識った事実も、それを補強している。

(戦力として使う……違うな、そんなモノ使わなきゃいけないほど、お前は弱くない。やっぱり、省みさせる為か)
オディオはーー否、オルステッドは完璧だ。力が足りないだとか、
力を欲するという発想から一番遠い場所にいる彼が戦力を喚ぶとは考えられない。
全ては、墓碑に銘を刻むために。
誰もが自分が立つ場所を省みるようにと、祈りを込めて地下墓地を創ったのだ。

(今、それを考えても仕方ない。全てはあいつの前に立ってからだ。だが――)

オルステッドの行為の是非について巡り掛けた想いを、ストレイボウは頭を振って押さえ込む。
それ、に関して論じてはならない。その始まりを作ったのは、他ならぬ自分自身なのだから。
だからこそ、ストレイボウは考えるべきことを考える。
オルステッドにラヴォスの力を得ようとする思惑はないだろう。
だが、彼はどうだろうか。

「…………分かっているのか、ジョウイ。お前が何を手にしようとしているのか」

ジョウイ=ブライト。あの混戦の中で、カエルの持つ紅の暴君を奪い去った少年。
彼はカエルと魔王が潜伏していた遺跡にいるのだろう。
あの遺跡に巨大な力が眠っていることは、雨夜の時点でカエルが告げていた。
恐らくは、そこに行くまで含めて彼の絵図だったのだ。そう思わずには居られないほど、あの逃散は鮮やかすぎた。
10人近い戦力を前に敵対し生きて逃亡できるほどの魔剣の力では飽きたらず、遺跡に眠る力を手に入れようとしているのだろう。
だが、恐らくはジョウイはその力が何であるかを知らないはずだ。
ルッカがジョウイにラヴォスの情報を伝えていない以上、彼がラヴォスについて知る手段はほぼないのだから。
星に寄生し、根を張り、あらゆる生命・技術を吸収し、進化する鉱物生命体。
確かにその力は絶大だ。だが、赤い石に魅せられたものがどうなるかを、ストレイボウ<ルッカ>は古代で知っている。
アレは与えるものではない。奪うものだ。一度魅せられれば、何もかもを奪い尽くされ、下僕とされてしまうだろう。

「そんな力で、理想を形にするというのか」
対峙した時、魔剣で変貌したジョウイは己が目的を告げた。
ストレイボウの憎悪で揺るがない理想の国を、憎しみのない楽園を創るため、オディオを継承する。
そこに一切の虚言は無い。本当に、本気で、それを創るために、彼は力を求めている。
そしてその赤い石と紅い剣の力で、俺たちを討つ心算だ。
人の身に過ぎた力を得たジョウイには時間がない。
ピサロの見立てでは、日没まで。必ず、それまでに彼は動かざるを得ないのだ。

(ならば、俺たちがするべきは……)
1.首輪を外し、日没まで耐え切る。
2.首輪を外し、遺跡に向かいジョウイを倒す。
3.首輪を外し、ジョウイを無視してオディオを探す。

ストレイボウは持ち前の論理性で、自分達が取り得る行動を3つにまで絞り込む。
枝葉末節はさらに分派するだろうが、大凡この3つだ。

807さよならの行方−trinity in the past− 5 ◆wqJoVoH16Y:2013/10/27(日) 18:55:07 ID:8eyvrRuY0
1は文字通りジョウイの自滅を待つというもの。
現在ストレイボウたちは禁止エリアによって包囲されているが、アナスタシアが首輪を解除出来ればその囲みはなくなる。
いくらジョウイが正体不明な力を持とうが、6人が連動的に動ければ逃げ切りは不可能でもないはずだ。
ジョウイが持て余した力に潰されてから、ゆっくりオディオの居場所を探せばいい。
それに、ジョウイも決して殺人快楽者ではない。殺しきれないと悟れば、無駄を避けて協力する目もあるはずだ。
懸念があるとすれば、ジョウイが復活させる力が自律型――たとえばモンスターのような――であった場合、
ジョウイが死しても動き続ける可能性くらいか。それでも、ジョウイがいなくなれば対処の仕様もあるだろう。

2は先手を取ってジョウイを討つというもの。
ジョウイの懐に飛び込む格好になるが、引き替えにラヴォスの復活を阻止できる可能性がある。
魔王をしてオディオ以上やもと警戒するほどの力、それを復活させることは愉快な状況ではない。
万に一つ――ラヴォスをオルステッドが“終わった後に使う”可能性を考えれば、
ジョウイが罠を張って迎え撃ってくる危険性を差し引いても釣りがくる。

3は、完全な電撃戦。ジョウイもラヴォスも無視してオディオに対面し、この催しそのものを終わらせてしまうこと。
最悪、ジョウイとオディオを二正面で相手にすることになりかねないが――決着は最も早いはずだ。

「尤も、肝心要のアイツの居場所が分からんことには、画餅に過ぎないか」
苦笑を浮かべながらストレイボウは仰向けになった。
詰まるところ、気が急いているのはイスラ達だけではなかったということだろう。
何を話せばいいのかも定まっていない癖に、向かい合いたいという気持ちだけが鞘走っている。

無理もない、と溜息を吐く。
友として、恋敵として、仲間として、宿敵として、罪人として、
生まれ、死に、そして今に至るまでの道の向こうには常にオルステッドがいた。
どれだけ近づいても届かないと思ったその背中。
その背中に、今までにないほど近づいているという確信がある。

俺は、どうすればいいのだろうか。
アイツと向かい合い、その先にあるものをどうしたいのだろうか。
近づく約束の時に向けて、俺は目を閉じ、話したいと思う相手を思い浮かべた。

808さよならの行方−trinity in the past− 5 ◆wqJoVoH16Y:2013/10/27(日) 18:57:10 ID:8eyvrRuY0
1は文字通りジョウイの自滅を待つというもの。
現在ストレイボウたちは禁止エリアによって包囲されているが、アナスタシアが首輪を解除出来ればその囲みはなくなる。
いくらジョウイが正体不明な力を持とうが、6人が連動的に動ければ逃げ切りは不可能でもないはずだ。
ジョウイが持て余した力に潰されてから、ゆっくりオディオの居場所を探せばいい。
それに、ジョウイも決して殺人快楽者ではない。殺しきれないと悟れば、無駄を避けて協力する目もあるはずだ。
懸念があるとすれば、ジョウイが復活させる力が自律型――たとえばモンスターのような――であった場合、
ジョウイが死しても動き続ける可能性くらいか。それでも、ジョウイがいなくなれば対処の仕様もあるだろう。

2は先手を取ってジョウイを討つというもの。
ジョウイの懐に飛び込む格好になるが、引き替えにラヴォスの復活を阻止できる可能性がある。
魔王をしてオディオ以上やもと警戒するほどの力、それを復活させることは愉快な状況ではない。
万に一つ――ラヴォスをオルステッドが“終わった後に使う”可能性を考えれば、
ジョウイが罠を張って迎え撃ってくる危険性を差し引いても釣りがくる。

3は、完全な電撃戦。ジョウイもラヴォスも無視してオディオに対面し、この催しそのものを終わらせてしまうこと。
最悪、ジョウイとオディオを二正面で相手にすることになりかねないが――決着は最も早いはずだ。

「尤も、肝心要のアイツの居場所が分からんことには、画餅に過ぎないか」
苦笑を浮かべながらストレイボウは仰向けになった。
詰まるところ、気が急いているのはイスラ達だけではなかったということだろう。
何を話せばいいのかも定まっていない癖に、向かい合いたいという気持ちだけが鞘走っている。

無理もない、と溜息を吐く。
友として、恋敵として、仲間として、宿敵として、罪人として、
生まれ、死に、そして今に至るまでの道の向こうには常にオルステッドがいた。
どれだけ近づいても届かないと思ったその背中。
その背中に、今までにないほど近づいているという確信がある。

俺は、どうすればいいのだろうか。
アイツと向かい合い、その先にあるものをどうしたいのだろうか。
近づく約束の時に向けて、俺は目を閉じ、話したいと思う相手を思い浮かべた。

809さよならの行方−trinity in the past− 6 ◆wqJoVoH16Y:2013/10/27(日) 18:58:01 ID:8eyvrRuY0

 ――――・――――・――――・――――・――――・――――


                      [アナスタシア]


    ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆       『カエル』 《グレン》
    話し相手を              △
     選んでください     「???」
    ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆            ▽
                   [アキラ]

                               「ピサロ」
                      [ストレイボウ]



 ――――・――――・――――・――――・――――・――――

810さよならの行方−trinity in the past− 7 ◆wqJoVoH16Y:2013/10/27(日) 18:58:37 ID:8eyvrRuY0
「――――そうだな。まだ、お前の話を聞いちゃいない」

自分自身を省みるようにして、ストレイボウが思い浮かべたのは、一人の少年だった。

ジョウイ。
何が彼を其処まで駆り立てているのか、ストレイボウには見当がつかない。
ただ、皮肉にもルッカの記憶には、ジョウイを知るものが多くいた。
リオウ、ナナミ、ビッキー、そして最後に魔王との闘いに闖入してきたビクトール。
純粋に出会ったと言うだけならばルカ=ブライトも。
話をする時間などほとんどなく擦れ違いのようなものばかりだったが、ルッカはジョウイに所縁ある全ての人物に出会っていた。
誰一人として、ジョウイを警戒していたものはいなかった。
ルカ=ブライトを警戒こそすれ、ジョウイを敵だと思っていた者はいなかったはずだ。
一体、ジョウイ=ブライトというのは“何”なのか。
ビクトールという男がジョウイとルッカを逃がしたということは、少なくとも信ずるべき何かはあったということか。
(そういえば辛うじてルッカとまともに会話できたビッキーだけは、言葉を濁していたな)
ふと、ルッカの記憶を眺めながらストレイボウは思った。
ルッカに自身の知る者を説明するとき、リオウとナナミとビクトールの情報量は多いのに、ルカとジョウイの情報量が極端に少なかった。
知らなかったのか、あるいは“語りたくなかった”のか。

何にせよ、はっきりしていることが1つ。
ルッカの記憶を継承したストレイボウは、この場の誰よりも残る2人の敵対者に縁深い者になっていた。

なにより、あのカエルとの決着の時、怯んだ自分の背中を押しとどめてくれたのは、他でもないジョウイだった。
たとえそれが紅の暴君を手に入れるための演技だったとしても、あの血塗れの叫びが嘘だとはストレイボウには想えない。
「一方的に吐かれた言葉で、何が分かる。一方的に聞いた言葉で、何が伝わる。
 俺はまだ、オルステッドとも、お前とも会話しちゃいない」
ストレイボウの望みは、彼らにしたいようにあってほしいということ。
そしてそれは、ジョウイさえも例外ではない。

一方の視点にだけ立って全てを断じてはならない。
真の決断とはそんな安易なものではない。
ジョウイの願い。それを理解せずして、決断も何もない。

だから、願った。距離も、禁止エリアも、己を取り巻く状況全てを省みずただ純粋に想った。

――――果たして、それは奇跡だったのか。

ヴン、と僅かなノイズが耳を穿ち、ストレイボウは背を起こして目を開く。
其処には、ほんの小さな、本当に小さな『穴』があった。
蒼くどこまでも蒼く渦巻く穴は、次元の底まで届くかと錯覚するほどに深い。
そして、その穴を、ストレイボウ<私>は知っていた。

「ゲート……?」

811さよならの行方−trinity in the past− 8 ◆wqJoVoH16Y:2013/10/27(日) 19:00:06 ID:8eyvrRuY0
ゲート、時間と空間を越えて通じる世界の穴。ルッカ達の運命を大きく変えた扉が、そこにあった。
「なんで、いきなりここに……」
目の前の光景に、ストレイボウは驚きを隠せなかった。
ついさっきまで無かったものが、いきなり目の前に現れたのだ。
まるでストレイボウの話を聞いていたかのように。
だが、驚嘆の時間などないとばかりに、ゲートはその形を歪め始めた。
傷口をふさぐようにして、ゲートが収縮していく。
「くっ」
ストレイボウはとっさにゲートホルダーを起動させ、ゲートを励起状態へ引き戻す。
だが、イレギュラーなゲートであるが故か、保持力を越えて収縮をしようとしている。
「くそッ、出力限界解除! おい、皆――――うおぁああああ!!!」
ストレイボウは手慣れた所作でゲートホルダーの力を限界以上に引き出し、ゲートを固定させようとした。
だが、それが逆にゲートを過剰励起……暴走させ、ストレイボウを飲み込もうとする。
「なんで暴走――ん、首輪が3つ光って――4つ……?――ああッ!!」
参考までにと拝領した、アナスタシアが分解し終えた首輪の中の感応石を見て、ストレイボウは気づく。
ゲートを安定させるゲートホルダーではあるが、それには条件がある。
それはゲートに入れるのは『3人』までということ。4人以上で入ればゲートは安定を失いまったく別の場所へ飛ばされてしまう。
感応石、人の意志を伝える石を持っていたストレイボウは、図らずも1人であり4人だった。

「くそ、俺は、こんなところで死ぬわけには……ッ!!」

叫ぶこともままならず、がむしゃらに装備をかき集めながら、ストレイボウはゲートに吸い込まれていく。
行く先は時の最果てか。そうであろうがそうでなかろうが、今はまだ死ねないのだ。

今は、まだ。

812さよならの行方−trinity in the past− 9 ◆wqJoVoH16Y:2013/10/27(日) 19:00:44 ID:8eyvrRuY0
長い長い時流に曝されて散り散りになった精神が浮上する。
一瞬とも永遠とも思える時の狭間を抜けたストレイボウの視覚に映ったのは、町だった。
「ここは…………」
整備された石造りの街路、整然と並んだ民家。
「こ、こは…………」
ストレイボウの両脇には、鳥の形をした噴水が水を湛えている。
「こ、こ、は…………ッ!?」
落ち着いたはずの呼吸を再び乱れさせながら、ストレイボウは目を泳がせて正面を向く。
そこに聳えるは、白亜の城。城と呼ぶにふさわしい荘厳な意匠をストレイボウは知っている。
忘れるわけがない。忘れていいはずがない。この手で終わらせた王国の名前を。

「―――――――ルクレチアだとォッ!!」

ルクレチア王国。魂の牢で永劫見続けたあの地獄が、寸分違わぬ姿でそこにあった。
ストレイボウは唾を飲み込み、目を見開く。
錯覚ではない。これは、紛う事なきルクレチアだ。
膝が笑い、歯の鳴る音が止まらない。立つことすらままならず、
ストレイボウは広場の中央で――あの武闘大会の会場だった――尻餅をついてしまう。
無理だった。頭がいくら否定しようとしても、全神経が屈服している。

「な、なんで、あそこに、戻ってきたって」

己の罪そのものを前に、正常な判断など叶うべくはずもなかった。
だが、ほんの僅か、あの島で経たほんの僅かの何かが、ストレイボウに気づかせる。
空がどこまでも黒く、噴水はどこまでも濁り、城壁は骨のように白い。
余韻すらない。ここは、どうしようもなく『死んでいる』のだと。
「いったい、此処は――」
そう言い掛けたストレイボウの口を止めたのは背中を引く妙な感触だった。
マントの裾を引かれたような感触に、ストレイボウが背中を向く。

手だった。小さな、小さな子供の手が、街路から生えていた。
生えた手が、無邪気に、母のスカートを引くようにしてストレイボウを引いている。
「あ、あ――あああああ”あ”ッ!!!」
それにあわてて多々良を踏みながら飛び退き、家の壁にぶつかる。
だが、そこには石の堅さは無かった。抱き留めた腕の柔らかさだけがあった。
「うあ、く、来るな、来るんじゃないッ!!」
理解も納得も超越して、ストレイボウは子供のように腕を振って飛び跳ねる。
鳴り叫ぶ心臓と呼吸にかき乱されながら、ストレイボウは広場の中央に立って周囲を見渡す。
何が家だ、何が町だ、何が城だ。これは肉だ、これは血だ、これは骨だ。
城壁が変化し、身を鎧った兵士になる。町が変生し、人間になる。
ストレイボウは知っていた。覚えてしまっていた。
オルステッドを勇者と讃えた兵士達、オルステッドの出陣を見送った国民達。
オルステッドを捕らえようとした兵士達、ストレイボウに扇動されてオルステッドを魔王と蔑んだ国民達。

彼の憎悪が生み出した全ての結果が此処にあった。

813さよならの行方−trinity in the past− 10 ◆wqJoVoH16Y:2013/10/27(日) 19:01:27 ID:8eyvrRuY0
ストレイボウは確信する。
ここはルクレチアですらない。ルクレチアという形に鋳造された死そのものだ。
彼らはストレイボウをじっと見つめ、ゆっくりと歩いてくる。抱き留めるように手を広げながら、何の敵愾心もなく。
当然だ。彼らは真実を知らない。否、真実は死したときに決している。
彼らにとって、彼らを殺したのは魔王オルステッドで、
ストレイボウは魔王に殺された哀れな“同胞”――――共にこの宇宙を構成する細胞なのだ。
だから、何の敵意もなく、何の恨みもなく、ただ同じものであるが故に、ストレイボウを迎え入れる。
あるべき場所へ、我らと同じ場所へ、帰るべき場所へと。

「すまん……すまない……ごめんなさい……ッ!!」

もはや立つこともままならない有様で、ストレイボウは尻餅をついたまま後ずさる。
アレに抱かれたら、取り込まれる。そう分かっていても、ストレイボウは何も出来なかった。
彼らに何が出来る。何も出来はしない。何も出来はしまい。
心をどれだけ改めようが、自分を改めようが、彼らは変わらない。
今ここで全ての真実を暴露しても、彼らに何の意味も付加できない。
自分を変えることはできても、彼らを変えることは出来ない。
自分は今“生きていて”彼らは“死んでいる”からだ。自分は勝者で、彼らは敗者だからだ。
死せるものに、終わってしまったものに、生あるものの手は届かない。故に報いることはできない。

――――強奪者どもよ。
    ――――屍の頂点で命の尊さを謳う滑稽さを自覚せよ
        ――――なれの果てとなった“想い”を足蹴にして、自身の“想い”を主張するがいい

震え砕けかけた頭で、ストレイボウはオディオの、オルステッドの言葉の真を理解した気がした。
勝者が敗者に出来ることはただ一つ。共に敗者として墓碑に名を刻むこと。
死して共にあることだけだ。

「でも、でも…………た、頼む……」
だが、ストレイボウは震える唇を動かし、辛うじてつぶやく。
「もう少し、待ってくれ…………俺は、俺は…………まだ、まだなんだ……」
死に包囲された中で、このまま墓碑に沈む訳には行かないと、哀願する。
自分はまだ何にも成れていないのだと。このまま其処に戻るわけには行かないのだと。
身の程を知り尽くしてなお、そう懇願した。
死都はその願いなど無視してストレイボウを取り込もうとする。
それはもう本能――否、ただの機構なのだ。生あるものの声で死は変化しない。
それでもストレイボウは叫びながら、死に沈みゆく中で手を伸ばす。

「俺は、まだ、オルステッドに何一つ応えていないんだ……ッ!!」

814さよならの行方−trinity in the past− 11 ◆wqJoVoH16Y:2013/10/27(日) 19:02:44 ID:8eyvrRuY0
その時、その手を掴むものがいた。ストレイボウの片手を握る小さな両手の感触を、ストレイボウは感じていた。
「!?」
驚愕と共に、ぐい、と引っ張られ、ストレイボウはルクレチアへと浮上する。
「い、いったい、って、うああ!」
何事かと口にするよりも早く、再び腕を引かれ、ストレイボウの体は南に送られる。
よろよろと足をもつれさせながら、手を引かれたストレイボウは無数の住人が遠くなっていくのを見ていた。
彼らはストレイボウを追おうとはしていない。“してはならないと命令されたように”。
だが、そんなことよりもストレイボウは、手を握った誰かを確認しようと前を向こうとする。
「き、あなたは――」
【サルベージポイント1500mpz――――繋がったッ! 正門から出て下さいッ!!】
そう声をかけようとすると脳裏に直接声が響き、前方の正門が、オルステッドと共に旅立った始まりの門が眩い光を放った。
掴む誰かの姿は影すら映さず、ストレイボウの意識は門の向こう側へと送還される。
残ったのは、その手に伝わった冷たい柔らかさだけだった。


「ぶはぁ!!」

ストレイボウが泥の中から顔を出す。
息も絶え絶えに周囲を見渡せば、そこはルクレチアなどではなく、無限に広がる碧き泥の海だった。
「い、今のは幻か?」
夢でも見ていたのかと一瞬頭をよぎるが、すぐに首を振って否定する。
あの否応のない死の感覚と、手の感触が残っていた。

「K――QPpZQKKQuuuuqZiziGxuZoooppZqqqxuiii!!!!」

それ以上の思考を遮るように、鳴き声のような流動音と共に泥が戦慄く。
異物を検知した、あるいは同胞を捕捉したのか。
どちらにしてもやるべきことは同じと、本能に従って泥に飲み込もうとする。
「ラ、ラヴォス!?」
その形態の多様性に、ストレイボウは無意識にそう叫んでいた。
ラヴォスはその鈍重な外見に反し、あらゆる進化の方向性に適応できるようになっている。
ならば、この無形の泥は、ラヴォスの肉としてこれほどふさわしいものは他にない。
だが、そんな思考はストレイボウの命を長らえさせるのに少なくとも今は何の役に立たない。
触手と化した泥が、ストレイボウめがけて疾走する。
が、突如ストレイボウの眼前を横切った黒い何かが、その泥を阻害する。

「た、盾ッ!?」
「外套<マント>――輝きませんが」

ストレイボウと泥の間に立つはジョウイ=ブライト。
白貌と片目を覆う銀髪――抜剣の証を携えながら、かの男を守るようにして黒き外套を靡かせている。
「呼ばれて刃を押し取り来てみれば……何をしているんですか」
否、比喩ではない。武器も紋章も携えず困り顔をしてみせるジョウイの代わりとばかりに、
その身を鎧った魔王ジャキの外套が泥を弾いているのだ。
「その魔力――魔剣の力を、徹しているのかッ!?」
「抜剣覚醒の余録です。児戯のようなものですが、生まれてすらない子供にはこれで十分」
ただの布であるはずの外套を満たす異常の魔力を感じ取ったストレイボウに応えるように、
外套がストレイボウとジョウイを中心とした周囲を一気に薙払う。
血染めのような外套が、その白き内側へと踏み入らせぬとするように。
泥が形状を喪った瞬間を見抜き、彼の外套はその裾を泥に突き立てる。
そして、その接触を介してジョウイは泥と共界線を接続した。
「――――ッ! ……餓えているんだろう……僕、モ、同ジだ……ッ……
 もう少し、もう少し待ってくれ……もうすぐ、“揃う”かラ……」
喉を裂いた穴から漏れるような声で、ジョウイは泥の想いを汲み取る。
脂汗を流し血管を浮き立たせながら、その飢えを、その渇きを、抱きしめるように共有する。

「必ず、あなたを、連れて行く、から……ッッ!!」

815さよならの行方−trinity in the past− 12 ◆wqJoVoH16Y:2013/10/27(日) 19:03:17 ID:8eyvrRuY0
その宣誓と共に、泥は力を失ったように海へと形を変えていく。
泥の意志など、想いなど最初から無かったかのように。
想いの果てに凪いだ海で佇む外套の少年のその有様に、ストレイボウは、言いようもない悪寒を覚えた。

「……何故、いや、そもそもどうやってここに?」
呆然とするストレイボウの前で魔力が霧散し、抜剣覚醒が解除される。
息を荒げながら、ジョウイは横目でストレイボウを睨んだ。ストレイボウはたまらず息をのむ。
抜剣の変身を差し引いても、あの乱戦の中で別れてからジョウイの姿は一変していた。
魔王の外套こそ変わらないものの、その中の装束は青年のそれから明らかな軍服――士官級のそれへー―と変わっていた。
そしてもう一つ、布で縛られた右眼が視線を引く。まるで、何かを封じているかのように。
「あ、いや、いきなり俺の目の前にゲートが開いて、ああ、ゲートと言うのは……」
突然の質問に、ストレイボウは半ば反射的に答える。
杖を握らなかったのが自分でも不思議だった。状況に比べて、ジョウイの殺気がそれほど感じられなかったからか、あるいは。
「……真逆、な」
突然のゲート発生と暴走による転移について聞いたジョウイは目を細める。
だが、思考を切り替えるようにして再び凍った視線でストレイボウを射抜いた。
「いずれにせよ、丁重に帰す理由はないのですが」
ジョウイの一言で、外套が再びざわめく。
彼がここにいるということは、ここは遺跡の中、ジョウイの陣地ということか。
ならば、敵陣にノコノコと一人現れた間抜けを見逃す必要など無い。
じわりと香る戦闘の空気を前に、ストレイボウは言った。

 ・戦いになると言うなら容赦はしないッ!
 ・あのルクレチアはいったい何だ?
 ・そんなことより焼きそば食べたい。

→・あのルクレチアはいったい何だ?

その言葉に、ジョウイの目が見開かれる。
それは確かな動揺であったのか、今にも刃と化さんとしていた外套がジョウイへと収束する。
「一体、何の話を……」
「とぼけるな! あの町並み、城壁! 何もかもがあの時のままある癖に、何一つ残ってないあの死んだ町は、なんなんだ!!」
一瞬しらを切ろうとしたジョウイに食い下がり、ストレイボウが先ほどまでの動揺を塗りつぶすような剣幕で問いつめる。
明確な死の具現。何処までも熱のないあの地獄が、錯覚であるはずがない。
あれを問わずにいることは、ジョウイと戦うよりも恐ろしかった。
「……やはり、見たんですか。そうか、泥に沈めた僕の感応石と通じたのか……」
忘れてくれていれば良かったのに、そう顔に滲ませながらジョウイは唇を噛む。
「貴方が知る必要は、ありません」
だが、ジョウイは何も言わない。口を噤むジョウイに、ストレイボウは言った。

 ・……ラヴォス、なんだろう?
 ・答えろ、ジョウイ!
 ・下の口に聞いてやろうか?

→・……ラヴォス、なんだろう?

ジョウイの肩がびくりと震える。それはほんの一瞬であったが、ストレイボウに確信めいたものを抱かせるには十分だった。
「マリアベルは、この島の中心にラヴォスがいると考えていた。
ラヴォスは人を自然を喰らい、その情報を蓄積する。あのルクレチアは、蓄積されたモノそのものじゃないのか?」
思考を纏めながら、ストレイボウはその仮説をジョウイに提示する。
ルッカの記憶にあった、ラヴォスとの最終決戦。原始から未来に至る全てが集積したような空間の感覚を、あのルクレチアに覚えたのだ。
「ラヴォスについて……知っているのですか?」
ストレイボウの問いに、初めてジョウイは意外そうな表情を浮かべる。
ラヴォスについて知っているのは当然としても、ラヴォスそのものについてストレイボウが知っているはずが無いはずだからだ。
「お前は知らないんだろう、ラヴォスを。アレは、人の手で制御できるようなものじゃない。あれは……」
ジョウイがラヴォスに対する知識がないことを見て取ったストレイボウは、
自分が読み解けた限りのラヴォスの生態・性質をジョウイに伝える。
自分が如何に不味いモノを蘇らせようとしているのかを伝えるために。


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