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人 間

597NAME:2023/10/16(月) 19:30:28
――カイゼン活動の例を教えてください。

小林: わかりやすいところでいえば、展示の仕方ですね。みんなで水槽を見て回って、「掃除はしづらいけれど、お客様にとっては水草を置いたほうが綺麗に見えるんじゃないか」「こういう見せ方をしたほうが、お客様に生き物が楽しく暮らす様子が伝わるんじゃないか?」と、お客様を主語に持ってくる形で改善案を出していきました。 また細かい話なのですが、「餌やり」は水族館ならではの改善かもしれません。魚の中には、大雑把に餌を撒いても大丈夫な魚がいるのですが、飼育員はどうしても、その場で魚を見ながら少しずつ餌やりをして、その時間を楽しむことを優先してしまうことがあります。 気持ちはわかるのですが 「水族館での餌やりは仕事」 です。それが常にいくつもの水槽で行われていると、ほかの仕事をする時間が確保できない…。 ですので、そういった魚の水槽については自動餌やり機を導入しました。また餌についても、飼育員の好みで高価なものを使っていた所は、より低コストのものに切り替えました。

――とはいえ、飼育員の意識変革は大変ですよね?

小林: そうですね。「何のために、誰のために、生き物たちを水槽に閉じ込めているんだ?」と、それこそ何度も力説しました。 彼らも本当はわかっているんですよ。水槽へ入れるのは、魚にとっては牢屋に閉じ込められるようなもの。では、なぜ閉じ込めているのか?その根底には「自分が大好きだから」という強い感情があります。 これが本質だからこそ、その部分を指摘すると腹を立てる人が多い。 であれば「その思いを、魅力をお客様に伝えてこそ、水族館の飼育員としての役割が果たせるんじゃないか」と伝えました。 ただ、こうした意識づけは本当に継続しなければダメですね。気を抜くと、すぐに「魚好き」に戻ってしまうというか。ですので、来客数や魚の購入費用などの話や情報共有は意識的にするようにしました。「今日はお客様が300人来た」「魚の購入費用はあと50万円しか残っていない」など。

どうせ潰れるんだから、お前がとどめを刺すくらいの勢いで

――水族館の責任者としての心構えや行動が変わったきっかけはありますか?

小林: 心構えという意味では、私の人生の師匠・中村元さんの檄でしょうか。もともと鳥羽水族館にいらっしゃって、現在は水族館プロデューサーとして活躍されています。「弱点を武器にする手法」で多くの水族館を再建されました。 中村さんに相談した際に 「今のままだとどうせ潰れる。いやもう潰れているような水族館なんだから、お前がとどめを刺すぐらいの勢いで、思い切りやれ!」と檄を飛ばされました。 先ほどお話しした「水族館はお客様のためにある。飼育員が楽しむ場所じゃない!」という当たり前のことも、はっきり仰っていただきました。中村さんの檄で目が覚め、そこから竹島水族館の再生が本格的に動き出したといっても過言ではありません。

――改革を進めるチームのようなものはあったのでしょうか?

小林: チームというわけではありませんが、副館長の戸舘(戸舘真人さん)の存在は大きかったと思います。むしろ彼がいなければ、今の竹島水族館はあり得ないです。 というのも、私は「調整」のような部分が弱いんです。私は周囲と衝突したり、揉めたりすることが度々あったのですが、そういう時はいつも彼が仲裁してくれました。私の提案で合意が取れないことがあっても、彼が「ちょっと待ってろ」と提案を通してきてくれたり。 私はゴールを定めて、そこに周囲を引きずりこむタイプなのですが、彼はそのゴールに行くための段取りをつけてくれる。 それこそどんな根回しが必要かを考え、調整してくれます。 もともと、彼も隣県の小さな水族館でくすぶっていました。二人で「どうしようもない」「辞めたい」という所から話が合って、意気投合しました。そして竹島水族館で求人が発生した時に、声をかけて来てもらいました。


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