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地方選挙・地方政治

2308片言丸 ◆MACDJ2.EXE:2008/06/01(日) 21:03:18
政治家・伊藤の検証:’08知事選を前に/3 ラ・サール /鹿児島
 ◇県内政界、目立つOB
 「ぜひ、郷土の教えに触れ、自分の心の『座標軸』を持っていただきたい」

 4月1日恒例の、新規採用職員辞令交付式。若者を前に、伊藤は毎年、公務員としての「心構え」を説く。引用するセリフは「西郷南洲翁遺訓」など「郷土」にこだわる。

 自らの「座標軸」とするのは「出水兵児(へこ)修養掟(おきて)」。江戸時代、出水麓の兵児(青少年)に心構えを説いたもので、郷中(ごじゅう)教育で使われた。新職員に渡すレジュメに盛り込み、知事公舎の壁にも全文を掲げる。

 「身に私を構へず」

 「掟」の最も著名な部分。「信条」という。

  ◇    ◇

 「『私』のためではなく、素直に人のため。伊藤は古風で新しいタイプ」

 出水在住の詩人、岡田哲也は言う。ラ・サール高校、東京大学の同窓で、気心が知れた仲だ。04年の前回選挙。政治とは距離を置きたかったが、総務省を退官し「退路を断って郷里に戻った」友を支えた。

 旧友の性格を「こびない」とも。「掟」の文句を引用し、「『上に諂(へつ)らハず 下を侮どらず』だ」。

 初めての選挙でも、笑顔は少なく、ややもすると無愛想だった。昔からパフォーマンスが苦手という。「こびない」性格の裏返し、と岡田はかばう。

 当時の選対幹部は振り返る。支持者らから寄せられる苦情は決まって「『態度が大きい』だった」。選挙には大きなマイナス。だが、選対会議の話題にせず、本人にも伝えなかった。「性格は、急には変わらないからね」と苦笑する。

  ◇    ◇

 中高で同級の税理士、木山茂樹は、中学生の伊藤少年の決意を覚えている。「知事になりたい、と。覚えていないというけれどね」

 それでも、高校時代には、同級生の間では「政治家志望」として知られていた。宮崎県議(民社党)から宮崎市長になった津村重光らとともに。だが、生徒会長などリーダーシップを発揮するタイプではなく、「どちらかといえば、無口だった」という。

 前知事の勇退表明後の04年2月、東京で、背中を押した。「今がチャンス」と。帰郷した旧友を、後援団体の会長として支えた。

  ◇    ◇

 県内政界で、ラ・サールOBは増えつつある。

 05年、郵政解散。衆院の県内5選挙区のうち、実に4選挙区にOB候補がいた。

 当時、定例記者会見で所感を聞かれた伊藤は、そっけなかった。「今まで考えたこともないし、そういうこともあるんでしょうね。その程度の認識です」

 前回知事選。伊藤の対抗馬の一人も同窓生だった。

 岡田、木山も、OBに結束を呼びかけることは避けたという。後援会関係者も「同窓生の動きは別。勝手連的に複数のグループで動いていた」。陣営と距離を置いたのは「エリート臭」を消す狙いもあったようだ。

 外からは、「学閥」とも見られがちの同窓生ら。選挙の度、なかなか大変らしい。(敬称略)

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 ◇ラ・サール高OBの主な政治家
 【県内】

宮路和明(自民、衆院鹿児島3区)

野村哲郎(自民、参院鹿児島)

川内博史(民主、衆院九州比例)

森博幸 (鹿児島市長)

【県外】

古川康 (佐賀県知事)

吉田宏 (福岡市長)

津村重光(宮崎市長)

毎日新聞 2008年6月1日 地方版
http://mainichi.jp/area/kagoshima/news/20080601ddlk46010216000c.html


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