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医者にもクスリにもユダヤにも頼らないスレ③

83ジジイ:2019/06/09(日) 02:35:51 ID:7a8hiaNI0
運転免許証の有効期限を、【80歳になった誕生日まで】と例外なく!決めること。80歳になった誕生日から、1ヶ月以内に運転免許証を返納。
厳格に決めるべき。

高齢者が起こす、死亡事故が更に増えるよ。

84UFO:2020/04/30(木) 10:53:39 ID:bHWqXZBo0
【話題】 「コロナにアビガンが劇的に効いた」 患者の声にも厚労省が使わせない
https://asahi.5ch.net/test/read.cgi/newsplus/1588210476/l50

抗インフルエンザ薬「アビガン」を特効薬と断じるのは尚早だが、縋(すが)りたい罹患者も少なくあるまい。
だがアビガン使用には“厚労省の壁”が存在していて――。

 ***

東京都内に住む50代の会社員男性は、その効き目に思わず唸ったという。
「40度近い熱が続いていたのに、アビガン投与の当日に効果が出たんですよ」

劇的な“復活”を、その顛末とともに振り返るには、
「3月末に熱っぽさを感じ、体温を測ると38・6度でした。3日間自宅隔離をしましたが、熱は下がらない。
かかりつけの病院では、レントゲンを撮っただけで“コロナは陰性だろう”と言われ、総合病院でも、受付で“コロナの検査はできない”とあしらわれました」

3月31日になって、「港区内の大学病院に電話をして症状を伝えると、診てもらえることになりました。
レントゲン撮影やCT検査で肺炎症状が確認され、新型コロナ感染の疑いありということで、ようやくPCR検査を受けたのです」

結果は陽性。4月に入りこの大学病院に入院しても、「38度以上の熱が続き、40度近い高熱で意識が朦朧としたこともありました。
最初に投与されたのはマラリアの薬でしたが、2日間続けても、熱と下痢が治まりません。次に使ったHIV(エイズ)の薬も私には合わず、下痢の副作用が強く出てしまいました」

そして、入院から5日後。「3番目の薬としてアビガンを投与されました。するとすぐに熱が引き、下痢も止まったのです。
投薬初日なのに、です。最初は朝晩9錠ずつ服用しました。量の多さには驚かされましたけれど、症状が治まったからか、3日目からは1回4錠に減りました」

まさしく、アビガンさまさまである。

投薬前にはこんなこともあった。男性が続ける。「副作用の説明を受けて同意書にサインする際、医師からはおもに、下痢や尿酸値の上昇といった副作用を告げられました。
でも最大の副作用とされる催奇形性(さいきけいせい)、つまり妊婦が服用したとき、胎児に奇形が起こる危険性の説明はなかったんです」

これから子どもを作りたい男性にも、奇形児が生まれる危険性はあるはずなのだが……。ともあれ、
「ただ私は痛風持ちなので、尿酸値が上がり、見事に痛風が出てしまいました。こちらは別の薬で抑え、問題はありませんでしたが」

痛風の痛みはツラいが、重症化から落命に至る可能性は薄まった。喜びに浸る男性は、ふと思いつく。なぜ最初からアビガンを使わなかったか――。

「担当医に訊ねたら、“厚労省に申請していて許可が下りるのに時間がかかった”と言うんですね。これだけ劇的に効くのなら、多くの患者さんが使えればいいと思うんですよね」

男性のこの思いを受け、政府関係者が解説する。

「いまアビガン投与が可能なのは、『富士フイルム』が行う治験と各医療機関による観察研究です。今回の男性のようにアビガンを使う場合、
適応外使用ゆえに、観察研究における倫理審査などの手続きが煩雑で、時間がかかるという側面があります。
しかしそれよりも、厚労省は副作用を恐れるあまり、消極的になっている。ドイツをはじめ、海外ではどんどんアビガンを輸入して積極的に投与する流れなのですが……」


肝心の国内でなかなか使えない現実には、“厚労省の壁”が立ちはだかっていたのだ。
https://www.dailyshincho.jp/article/2020/04300802/?all=1&page=1

【コロナ】アビガン特例承認は法令上できず 安倍首相「私も言ったが…」★8
https://asahi.5ch.net/test/read.cgi/newsplus/1588128429/

85:2021/06/08(火) 11:02:31 ID:NscqrvTM0
感情を含む体験の根本原因は体験者自身の先入観・自分ルール・思い込み・色眼鏡・記憶・判断基準etc。価値観が変わらない限り似たような体験を繰り返す。執着が強いほど感情も強まる
情報をどう解釈し反応し対処するかは解釈者の自由選択。「世相・言葉・服装・風紀の乱れ」はそれを感じる本人の心の乱れの自己投影
不満イヤ不安ウザ不快コワ不信キモ不可解の原因は各人の固定観念にあるので他者のせいにするのは筋違い。他者に不自由を与えた者は自らも不自由を得る
故に、貴方が誰かを怒らせても貴方に相手の怒りの原因はない。逆に、誰かが貴方を怒らせても相手に貴方の怒りの原因はない
他罰的で他力本願で問題解決力が低く対外評価を気にする不寛容者ほど、情緒安定と自己防衛の為にマナー礼儀作法ルール法律を必要とする

感情自己責任論(解釈の自由と責任)〜学校では教えない合理主義哲学〜ttp://kanjo.g1.xrea.com/

86manacuba:2023/07/22(土) 19:09:41 ID:nbVgnINk0
初めまして。私は堀内という者です。私が今日、このように週刊金曜日様の対して文章を綴っているのは明確に告発のためです。私は精神障害者であり、いえ、私としては精神障害者だったと過去の事実として語りたいのですが、それは読み進んでいくうちにご理解して頂けるように書いていきます。

告発というのは、私が巻き込まれた医療犯罪であり、大掛かりな権力犯罪(共同謀議)を意味しています。非常に込み入った話ですが、できるだけ正確さを期して私が置かれた状況と経験を語っていきます。早速本題に入ります。

私は二十歳の時の初めて精神科(日本赤十字)に通院しました。しばらくして(二回目の診察で)二ヶ月間の入院が決定しました。二十数年に及ぶ違法(!)の薬物治療の始まりです。

私が当時の医師から処方された薬はリスパダールというものでした。入院してすぐに当時の医師(今井淳子)から、これから薬物治療をするので許可がいるから名前を書いてくれないかと言われました。ここに将来自分が巻き込まれる権力犯罪のそもそもの原因があるとは思いもよりませんでした。

犯罪に巻き込まれて原因を自分で追求していくうちに分かったのですが、これは治験の許可証なのです。私はリスパダールという96年に日本に入ってきた新しい向精神薬の被験者に選ばれたのです。

87manacuba:2023/07/22(土) 19:24:36 ID:nbVgnINk0
このリスパダールという薬は元々は分裂症(この表現を私は当事者なので使います)のためのものでした。しかし他の精神疾患にも効くのではないかと思われていたようです。

少し精神医学や治験の問題を調べてみて分かったのですが、精神科の薬というのは作られた段階では何に効くかは分からないのです。脳に強く作用するとしか製薬会社も把握していません。ですから治験を通して、効果を確かめ、時間をかけて認可に至るのです。

ただ一般の薬と違う点は、何に効くかわからないので、患者側に病院側がオファーをして(一般から被験者を募らず)、治験の段階に入っていくのです。すでに分裂症の薬としては認可されていたので、次の段階として、完治した今でも主治医から直接は教わっていない私の本当の病気、自閉症(自閉症スペクトラム)への治験が始まりました。そしておそらく重度の自閉症患者であった私が選ばれることとなりました。

私はこのような違法(ほぼ無許可、治験の説明なし)の経緯のため、主治医からはたった一度しか表向きの嘘の病名すら聞いていません。障害者年金の申請を申し出た時、主治医(二人めの主治医、横山伸)から、なぜか申し訳なさそうに、年金を申請するにはどうしても「統合失調症」だと書かなければいけませんがかまいませんか、とよくわからない質問をされた一度きりです。

88manacuba:2023/07/22(土) 19:41:41 ID:nbVgnINk0
私はつい最近まで分裂症がどのような病気か知りませんでした。自分の病気がどのようなものかわかっていなかったのです。そして処方されている薬、リスパダールがどのようなものかもわかっていませんでした。

いったい二十年以上にわたって、いくら精神科とはいえ自分が何の病気か、どのような症状があるのかすらわからないことなどありえるでしょうか。私は一度一人目の主治医 (今井淳子)から、あなたは疲れやすいとして聞いていません。

思えば私は幼少より生きていくことが非常に困難でした。他の子供たちができる日常生活の行為ができないのです。私は18歳になって親元から離れて学生寮の入るまで、朝起きたら顔を洗わなければならないということすら知りませんでした。今思えば私は「ネグレクト」にされた子供であり「発達障害」だったのでしょう。

私は一昨年、2019年には非常に精神的に不安定になっていました。自分の病気と人生に対する不安は恐怖にまで移行していました。それと同時に能力的な回復を自覚していました。若い頃諦めてしまった大学受験に挑もうと思ったのです。

私がまず取り組んだのはファスティングと生涯に及ぶ断酒でした。効果ははっきり現れ不安は穏やかになり、体調は整っていきました。ネットでファスティングを調べていた時、精神医学に意を唱え、向精神薬の危険を訴える本と出会いました。その本には断薬のことが書かれていました。私は半信半疑でしたが、断薬に挑みました。

その年の春から主治医には秘密で徐々に薬を減らしていき秋には全く飲んでいませんでした。その時は自分が発達障害ではないかという自覚がありました。ですから自己治療のため、主に勉強を通して精神的なトレーニングをしていきました。結果は完治です。

薬をやめて、最終的にネグレクトの両親を赦そうと内面で大きな変化があった翌日、毎朝の日課である英語の音読をしている時、自分の喋っている言葉がいつもと違うと気づいたのです。言語上の障害が綺麗になくなっているのです。これは私が発達障害(自閉症)であることの根拠でもあります。両親にも確認を取りました。言葉が流暢に淀みなく出てくるのです。私は病気が(一体何の病気かはよくわからないが)治ったのだと確信しました。

私は次の日赤の診察に一週間遅れていきました。もう精神科の治療が私には馬鹿馬鹿しくなっていました。病気をよくするための薬をやめることにより、逆に病気がよくなるとは、笑い話か悪い冗談でしかありません。

主治医の横山は呆然としていました。診察は一ヶ月に一度から二ヶ月に一度になりました。私ははっきりと完治を確信しました。ここから私はおかしなトラブルというか、断薬による治癒の事実と治験の存在そのものの揉み消しのための口封じの犯罪に巻き込まれていくことになります。つまりそれが今回、週刊金曜日様に告発したい内容になります。

89manacuba:2023/07/22(土) 19:53:35 ID:nbVgnINk0
https://ameblo.jp/djmacuba/entry-12813093544.html
続きはこちらから

90就労移行支援事業所にじ練馬:2024/07/16(火) 19:12:50 ID:GiMciX1s0
耐え難いと感じる支援員の対応がありその為「改善して欲しい」旨訴えたのですが反論されるだけで聞く耳も持って頂けなかった。
障害者雇用枠で就職するのに当たって重要な「今までの経過」に関して根拠もなく疑われてその為面接で私が述べた「今までの経過」とにじ練馬側が把握している「今までの経過」
が食い違ってしまい、「障害に対しての認識に乏しい」と判断されて悉く不採用になってしまった。
以上の二点が原因で三年就職したい一心で努力して通所したのですが「辞めざるをえない」状況に追い込まれて自ら退所手続きをしました。
在籍している利用者は「必ずしも、知的障害者」ばかりが対象ではない筈なのに「支援員やパート」の対応は明らかに「重い知的障害者」を念頭に置いた対応で酷く自尊心を傷つけられました。

退所後あちらこちらで「三年も就労移行支援事業所に在籍したのにも関わらず就職できなかった「障害者の中」でも能力が低い人物」という扱いを受け。
単独で行った就職活動も難航し、どうして辞めざるを得ない状況に追い込んだのか、サービス管理者に回答して頂きたい気持ちで電話しました。
既に「在籍時勤務していた、サービス管理者」は移動なさっていたのは事実のようでしたが、他の支援員が多少は説明らしきもの(私の退所について)を聞いている可能性もある、と思い
再び電話したところ出て頂けませんでした。
(平日の日中で明らかに営業中なのに)
福祉事務所の担当ケースワーカーにその旨伝えたところ「にじ練馬」に電話して下さいました。
「どうして電話を掛けてきたんだ」と担当ケースワーカーに対してにじ練馬の支援員が恫喝なさったようです。
それ以降ひきこもり生活を余儀なくされています、それ程の強い精神的苦痛をこの一連の対応により受けました。


就労移行支援事業所にじ練馬

一般社団法人 にじ
就労移行支援 にじ練馬

東京都練馬区豊玉上 2-8-5 第2矢幸マンション1F
email : nerima@ni-ji.net
TEL : 03-6914-8780 FAX : 03-6914-8789
↓就労移行支援事業所にじ練馬で受けた耐え難い対応に関してのブログ
https://judy55555677.livedoor.blog/

91就労移行支援事業所にじ練馬:2024/07/16(火) 19:29:36 ID:GiMciX1s0
耐え難いと感じる支援員の対応がありその為「改善して欲しい」旨訴えたのですが反論されるだけで聞く耳も持って頂けなかった。
障害者雇用枠で就職するのに当たって重要な「今までの経過」に関して根拠もなく疑われてその為面接で私が述べた「今までの経過」とにじ練馬側が把握している「今までの経過」
が食い違ってしまい、「障害に対しての認識に乏しい」と判断されて悉く不採用になってしまった。
以上の二点が原因で三年就職したい一心で努力して通所したのですが「辞めざるをえない」状況に追い込まれて自ら退所手続きをしました。
在籍している利用者は「必ずしも、知的障害者」ばかりが対象ではない筈なのに「支援員やパート」の対応は明らかに「重い知的障害者」を念頭に置いた対応で酷く自尊心を傷つけられました。

退所後あちらこちらで「三年も就労移行支援事業所に在籍したのにも関わらず就職できなかった「障害者の中」でも能力が低い人物」という扱いを受け。
単独で行った就職活動も難航し、どうして辞めざるを得ない状況に追い込んだのか、サービス管理者に回答して頂きたい気持ちで電話しました。
既に「在籍時勤務していた、サービス管理者」は移動なさっていたのは事実のようでしたが、他の支援員が多少は説明らしきもの(私の退所について)を聞いている可能性もある、と思い
再び電話したところ出て頂けませんでした。
(平日の日中で明らかに営業中なのに)
福祉事務所の担当ケースワーカーにその旨伝えたところ「にじ練馬」に電話して下さいました。
「どうして電話を掛けてきたんだ」と担当ケースワーカーに対してにじ練馬の支援員が恫喝なさったようです。
それ以降ひきこもり生活を余儀なくされています、それ程の強い精神的苦痛をこの一連の対応により受けました。


就労移行支援事業所にじ練馬

一般社団法人 にじ
就労移行支援 にじ練馬

東京都練馬区豊玉上 2-8-5 第2矢幸マンション1F
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TEL : 03-6914-8780 FAX : 03-6914-8789
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