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五月雨ちゃんについて自由に語っていくスレ
68
:
名無しさん@五月雨教徒
:2015/07/08(水) 00:00:53 ID:1XAV31Vs
目出度い進水記念日直後に戦没時の話をして恐縮ですが、
最後の艦長、大熊安之助海軍少佐の五月雨沈没時についての手記を見つけましたので紹介いたします。
『丸エキストラ』の86か99のどちらかで、タイトルは「韋駄天駆逐艦痛恨の海原に没したれど」です。
「われわれ27駆逐隊の時雨と五月雨は特別命令を受けてマニラに派遣され、そこで鬼怒を護衛して
パラオへの弾薬の緊急輸送にあたることになった。そのため鬼怒の直衛として出発して、
左60度で2千メートルに占位し、 高速で之字運動をしながらパラオへと南下した。
ところが8月18日午前1時8分、パラオ島北方のガジャアングル暗礁に艦速26ノットの高速で座礁してしまった。
これは旗艦から決められた航路を航行していたが、天気が悪く天測も出来なかったために、
暗礁の東側を通過する予定であったのが西側に入ったために起こった事故であった。
そのため五月雨は船体の半分以上は乗り上げた形となり、しかも右に10度もかたむき、
両舷の推進器と舵機は大破して、惨憺たる姿であった。
そこで毎日、パラオ基地から曳船の応援を得て離礁のため重量物である兵器や弾薬、
そのうえ糧食まで運び出したり撤去したりして、徹底的に艦を軽くして必至の離礁作業を試みたが、どれも徒労に終わった。
こうして万策が尽きたところへ艦隊より「艦を放棄せよ」との命令が来た。」
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