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SWリプレイ小説 【竪琴キルシュ亭の非日常】

1しゅら:2013/08/20(火) 01:38:11



――いつか少年は英雄になる。
  回らなかった歯車、噛みあわなかった糸。
  はぐれた運命、道化の竪琴、歌と祈りと呪いと剣。
  守護するは盾、祝福の烙印、復讐者の誓い、定められた記憶。
  そして少年は物語になる。  ――

2はじめるまえに。:2013/08/20(火) 01:49:23
このスレは、剣士亭にて開催されていたSWTRPGセッション『コットンキャンディーズ』のノベライズである。
小説化にあたり、ストーリー進行の問題で、リプレイとしての正確性が犠牲となる面もあることを、予めお詫びいたします。

なお、GM及び各参加者様には一切許可を得ていないので、当該スレに問題がありました場合は、お手数ですが
管理者様にて削除をお願いしたく申し上げます。

3第一話≪シュヴァ一族の暗躍≫ 1:2013/08/20(火) 01:53:12
魔法王国ラムリアース。古代大国の残り香とユニコーンの住まう森を擁する歴史有るこの国に、猫の町ネイラードはある。
町角に、ひっそりと隠れるように営業する冒険者の店“竪琴キルシェ亭”。
まずはそこを、二人の少年が訪れるところから物語は始まる。


「わぁ!ギュス……ここがラムリアースなんだ」

国境を越えて幾日、ラムリアース領ネイラードに辿り着いた少年は、初めて目にする異国の町並みに、感慨の溜息をついた。

「ばか、きょろきょろすんなよ、田舎モノだと思われるだろ」

その隣で、同じく物珍しげに辺りを見回していた少年が言う。
どちらも軽装ながら、その腰には武器を提げていた。冒険者志願という奴だろう。
年はようやく十代半ばといったところ、大人の仲間入りをし始める頃だ。

「だ、だって……色々珍しくて……」
「ま、気持ちは分かるけどな」

どこか気弱げに呟いた少年は、先に立って歩き出した片割れの後を慌てて付いていく。
彼の名は、シュガー・マーブル。柔らかな金髪と澄んだ青い瞳の、少し内気な少年だ。
可愛らしい顔立ちのせいで時々女の子に間違えられることがあり、そんな自分に不満を持っている。
前を行くのがオーギュスト。故郷では札付きの不良で通っていた、シュガーの幼馴染だ。
愛称はギュス。少し染めた前髪にそばかす面の、一目で分かる悪童だ。

連れ立った二人は、見慣れない町並みをあちこち散策して歩いた。
二人の生まれ育ったリファールには無いものが沢山ある。
石造りの古めかしい建物が多く、特に賢者の学院や知識神ラーダの神殿が立派なのは、魔術師や学者の多いこの国ならではだろう。
町にも魔術書や魔法武具の店をいくつか見つけた。加えて、猫の町の名に相応しく、町中そこかしこに猫が屯している。
飼い猫野良猫の区別無く、住民達が皆で可愛がっている様子がよく見られた。
ぐるりと町を歩いて疲れた二人は、通りの一角で立ち止まる。

「そろそろどこかで一服しようぜ、シュガー。お、ちょうどいいな、あの店にするか」
「う、うん……」

オーギュストが目に留めたのは、路地の突き当たりに隠れるように佇む一軒の酒場だった。
“竪琴キルシェ亭”。掲げられた看板を見上げつつ、戸を押し開けて店の入り口を潜る。

「邪魔するぜ、マスター」
「あ、あの……お邪魔します」

カラカランと奏でる金の音と共に、シュガーはオーギュストの後を追った。

4第一話≪シュヴァ一族の暗躍≫ 2:2013/08/20(火) 02:10:03
竪琴キルシェ亭は冒険者の店だ。
旅人を泊める宿であり、冒険者に仕事を斡旋する紹介所であり、町の人から様々な問題や頼み事を依頼という形で引き受ける相談所である。
当然、そこに集う者達に食事を振舞う酒場でもある。

今、店の中には数人の冒険者が居た。
窓の下の席に陣取って無言で本を読んでいる少女は、ソーサラーだ。腰に提げた杖は発動体で、それを使って魔法を操る、所謂魔術師。
ソーサラーは古代語魔法を扱う。古代語魔法は、万物を構成するマナに働きかけ、あらゆる事象を操作する術だ。
その力は強大で、かつて魔法を国家基盤としていた古代カストゥール王国は、魔術の力によって大陸全土をその支配下に治めていた。
人に不死を与え、時間や星まで操ることを可能にしたと言われるが、六百年前、巨大なマナ貯蔵庫である“魔力の塔”が崩壊して以来、術者達は急速に力を失い、やがて古代王国も滅びた。
現在では殆どの呪文が失われており、極稀に王国時代の遺跡からその痕跡が掘り出される以外では、かつての姿を知る術も無い。
それでも、僅かに残された古代語魔法を学ぶことはできた。
各国に設立された“賢者の学院”では、現存する魔法技術を受け継ぐべく、生徒を募って魔導師となるための教育を行っている。
少女もまた故郷では学院に所属し、高レベルのソーサラーに師事していた。
冒険者となってこの国へやって来たのは、古代王国の直系であるラムリアースで、遺失呪文の探求に挑むためだった。
彼女の名は、シルク=ヴェーメンス。長く艶やかな紫銀の髪と菫色の理知的な瞳を持つ、優秀な魔法使いだ。

「般若湯かファリスの血をくれ」

カウンターに座った男が言った。
黒衣に身を包んだ齢三十程のその男は、胸元に至高神ファリスの聖印を提げていた。
オールバックに引っつめた髪に、この時代では高価な硝子細工である銀縁眼鏡、首元を覆う詰襟と堅苦しい出立ちをしているが、それもその筈。彼は至高神ファリスに仕える神官である。
ファリスとは規律と秩序を尊ぶ神であり、その教えでは、人々が秩序に則った行動をし、世界に不変の“正義”を実現することで幸福が齎されると説いている。
偽りや不正を憎み、アンデッドや魔物を不浄なものとして、それらの邪な存在と戦う神聖魔法を授ける。
神聖魔法とは、神の言葉で唱える祈りだ。神は時に、自らの教えを実行する者に声をお掛けになる。
天から降り来る神の啓示を受けた者は、神と語らう言葉を得る。それが神聖語だ。
神聖語による祈りは、直接神の御許に届く。神は、祈りに対して奇跡を与えてくれる。傷を癒したり、亡霊を祓ったり、或いは直接神罰を齎すこともある。
彼もまた神の声を聞く者である。マックス・マイヤー、ファリスの異端審問官だ。

「あ、俺はジュースで。お酒は苦手なので」

その隣に腰掛けているのは、エルフだった。森の妖精とも呼ばれる彼らの種族は、長い耳と色素の薄い肌や髪が特徴で、木々を敬い精霊と会話する美しい森の住人だ。
彼もまたその例に違わす、透き通るような金髪と淡い緑の瞳を持ち、肩に垂らした髪の隙間から長い耳を覗かせた美青年だった。
彼、スライバーンは既に百年を生きていたが、千年に近い寿命を持つエルフの中ではまだまだ若造だ。
その若さ故に、生まれ故郷のターシャスの森を飛び出して、人里にやって来た。冒険者になってからは、精霊使いとして竪琴亭に出入りしている。
精霊の姿を見、精霊と会話できる者は、精霊に力を借りることが出来る。音を運んだり、光を灯したり、石礫を飛ばしたり、人を眠らせたり。
それらは精霊魔法と呼ばれ、精霊魔法を使う者をシャーマンと呼ぶ。
精霊は遍く全ての場所に無数に存在していて、司るもの毎に世界の様相を定めている。昼と夜毎に光と闇の精霊が交互に大地を巡り、精霊の訪れと共に季節が変わる。
今この場所にも、壁掛けランプには火の精霊が、照らされた灯りには光の精霊が、お冷のグラスには水の精霊が、棚に並ぶ酒瓶には酒の精霊が、小さな姿でたゆとうている。
生まれ付き精霊を見ることの出来るエルフ族は、優秀なシャーマンだ。勿論、スライバーンもその一人。

5第一話≪シュヴァ一族の暗躍≫ 3:2013/08/20(火) 02:16:22
マックスとスライバーンの前に、静かにグラスが置かれた。ワインとジュースをそれぞれに注ぐ隻眼の男が、竪琴亭の主人その人である。
名はオルフェ。年は若い。まだ二十代半ばを過ぎた頃だろう。彼もかつては歴戦の冒険者だった。
怪我が原因で引退するまでは、盗賊兼吟遊詩人として稼いでいた。右目の眼帯と片足の古傷が遠い思い出の置き土産。その後、冒険の儲けを注ぎ込んでこの店を建てたと聞く。
盗賊と言っても、無辜の民から金品を奪っていた訳ではない。罠や遺跡の構造に詳しく、鍵開けや軽業の技能を持つ者を総じてそう呼ぶのだ。
それらの技術は、主に盗賊ギルドという組合によって管理されている。決して公にされないそれは、危険な組織だ。
職業盗賊のみならず、暗殺者やその技術も抱えており、ギルドの縄張り下で無許可に盗みを働いた者は、ギルドからの粛清に会う。
また、情報や禁制品の売買も行い、時に一国の政治にすら関与する。社会の暗部そのものだ。
とは言え、危険を商売とする冒険者にとっては有益な技能でもあり、盗みは行わずともギルドに所属して技術を買う者は少なくない。オルフェもその一人だった。
また、吟遊詩人は、旅をしながら各地の伝承や英雄譚を集め、曲にして歌う者達のことだ。
呪歌と呼ばれる不思議な音楽は、吟遊詩人だけに伝わる特殊な旋律。奏でれば、人の精神や行動を支配することができる。
例えば、勇気を与えたり、動物を呼び寄せたり、聞いた者を魅了したり。傷を癒す歌もあるという。
店の名にもある竪琴は、彼が使っていた楽器から取った。今でも時折店で弾いている。


「そろそろ、お前達も一端の冒険者だな」

カウンターの中から、誰にともなく店主が声を掛けた。
視線は手元に落としたままだ。酒瓶やグラスを整理しているのだろう。

「……どうかしら。私はまだ勉強中だけど」

ぽつりと、本から顔を上げずにシルクが答える。

「私も修行中の身ですよ。冒険を通じて、皆に正義の心を伝えたいのです」

マックスの言葉は、秩序と正義を重んじる神官らしいものだ。

「そろそろ、だからな。まだそうだとは言ってないさ」
「確かに」

スライバーンがグラスに口をつけると同時に、シルクがそちらを振り向いた。

「それで、本題は何?」

オルフェが、カウンターの上に一枚の紙切れを置く。依頼書だ。

「うちがちょっとヤバい仕事も仕入れているのは、薄々感づいているだろう?どうだ。お前達やってみないか」

三人の視線が依頼書の上に集まる。

「危なかろうと、そうあれかしと祈りを捧げればするりと解決できまする。して、それはどういった内容ですか」

十字を切るマックスの仕草を、シルクが横目で見やる。

「リスクとリターンのバランスによるわ」
「おロープ頂戴の仕事は、少し敬遠したいなあ」

スライバーンは、値踏みするように店主と依頼書を交互に眺めて呟いた。
彼ら冒険者は、店に集まる依頼を受けて金を稼ぐ。
ドラゴン殺しや叙事詩に描かれる英雄でもなければ、あくまで職業としては不安定な稼業なのであって、余程奇特な人間でもない限り、英雄的な奉仕活動に精を出したりしない。
マックスのような神官ならともかく、危険を切り売りする商売と割り切っている者ならば、報酬に吊り合わない依頼は受けない。

「危ないと言っても、大抵は依頼主に事情があって他言無用にしたい仕事だ。依頼内容そのものは普通だと言っていい」

だが、そうでない時は――。

「無茶な依頼ということだ。良心的な店では冒険者に打診しないような代物、そういう意味での、仕事だ。理解したか?」
「前者を希望」

すかさず、スライバーンが返事した。マックスが神妙な顔で頷いて見せる。

「マスターが無茶と言うならやめておきましょう。勇敢ならば栄誉ですが、無謀は神の望むところではありません」
「無茶……ね。相応のリターンがあるなら、受ける命知らずは居そうなものだけど?」

シルクは再び本に目を落とす。指先がそっとページを捲った。

6第一話≪シュヴァ一族の暗躍≫ 4:2013/08/27(火) 00:25:01
オルフェは小さく左右に首を振った。

「今すぐという訳ではないさ。ただ、私の店はそういう仕事も事によっては取り付けるという話だ。
 どういう風に無茶かは、依頼が来たら都度説明する。で、君達はそういう依頼も受ける気はあるか?と聞いている」

シルクとマックス、スライバーンが互いに視線を交し合う。

「リスクとリターンのバランスによるわ」

もう一度シルクが言う。

「どのような仕事が回ってきても、それは神の与えたもうた試練です」
「ま、『ヴァンブレード取って来い』とか言われたら断りますが」

日和見気味なエルフと異端審問官も異論は無いようだ。オルフェは頷いた。

「それを君達の総意と取ろう」
「そうしてもらって構わないわ、そこの正義の神官が怒らない程度ならね」

それが彼らの回答だ。

「概ね打診は受けるということだな。……後は、君らの実力次第か」

そう、ぽつりと零したその時。
カランカラーン、と高らかにドアベルが来客を告げた。

「邪魔するぜ、マスター」
「あ、あの……お邪魔します」

明るい屋外から薄闇色の漂う店内に、賑やかな少年達が入って来た。
オーギュストとシュガーだ。

「俺にエールを一杯、こいつにはジュースを一杯出してくれよ」

声を掛けながら、カウンターの三人とその間に置かれた依頼書に目を止めて、オーギュストはシュガーに耳打つ。

「仕事の話をしてるみたいだな、ちょっと聞いてみるか」
「分かったよ、ギュス……」

素知らぬ振りで、二人はカウンター近くのテーブルに陣取る。

「いらっしゃい。えーと、何だったかな?」
「俺がエールで、こいつがジュースだよ」
「畏まりました」

接客するオルフェに、オーギュストが注文を繰り返す。オルフェはグラスを取り出して、エールとジュースの栓を抜いた。
カウンター席から、マックスが少年達を振り向く。どちらもこの店では初めて見る顔だと、彼らは気付いていた。

「見たところ子供が二人ですが、こんなところに来てはいけませんよ。子供なら外で遊んでいらっしゃい」

ここは酒場だ。子供が出入りしていい店ではない、と忠告する。尤もだが、小言臭いところがファリス神官の欠点だ。

「ここは冒険者の店だろ?なら俺が俺達が居たっていいはずさ」

答えたのはオーギュスト。生意気な態度でマックスに言い返す悪童は、自らも冒険者だと名乗る。

「元気が良いようですが、まだ子供じゃあないですか。冒険者の仕事は辛いですよ」
「なら試してみるかい、ファリスの旦那?」

これでもそれなりの腕だぜ、とオーギュストは腰の細剣を叩いて見せた。明らかな挑発だ。

7第一話≪シュヴァ一族の暗躍≫ 5:2013/08/27(火) 00:28:56
規律と秩序を重んじる神官が、さてどう出るかと見守るシルクとスライバーンの前を横切って、オルフェが瓶とグラスをテーブルへ運ぶ。
シュガーの前にはジュースを、オーギュストの前にはエールを、それぞれ並べてから、まじまじと少年達の顔を覗き込む。
シュガーは気圧されたようにそっと視線を逸らし、オーギュストはじろりとオルフェを睨み返した。

「何だよ、ガキが珍しいのか?」
「そうかも、知れないな」

マックスが、何かを察して渋い顔を見せた。

「マスター、良からぬことを考えてますね。子供を危険に巻き込むような」
「ご名答」

短く答えて、店主はカウンターの三人を振り返る。

「では、急だがテストと行こう。ここから半日も無い村でゴブリン退治をして欲しい。
 ただし、この二人を連れてだ。単にゴブリンを倒すだけでは簡単過ぎるだろうから、子守をしながら臨んでもらいたい」

シルクは思案げに眉根を寄せる。

「ゴブリン退治……駆け出しの仕事ね、字面だけならば」

ゴブリンという名のモンスターを、彼らは知っている。
妖魔の一種で、ごく一般的にどこででも見かけられる小鬼のことだ。赤茶けた皮膚を持ち、背丈は人間の子供程度。低いながら知能を有しており、武器や罠を用いることもある。集団で群れて生活しており、普段は森の中などに集落を築いているが、人里に下りてきた際には畑や家畜を襲うことが多く、また旅人を襲撃することもある。
今回は、そのようなゴブリンの被害にあった村からの依頼であった。

「ゴブリンって……ここに来るまでに何度か見た、あの弱い奴ら……?」
「そうそう、ちまちま倒して小遣い稼いだあいつらだ」

シュガーとオーギュストもゴブリンに出くわしたことがある。
ラムリアースへやって来るまでの街道で何度か見かけたし、通りすがりの村で退治して礼金を貰ったこともある。

「ゴブリンとは異端ですね。よろしい、ならば天罰だ」
「俺はパス。子供は苦手なんでね」

マックスは異論無いようだが、子守に難色を示したスライバーンは、ひらひらと片手を振って拒絶した。

「ならば別の仕事を請けてもらうことになるが?」
「俺はそれでいいよ」

果実ジュースのグラスを傾けるスライバーンの横で、シルクがぱたりと本を閉じた。

「お守り付きね……まあ良いわ。あなた達、名前は?」

これから連れ歩く少年達の顔を、じっと眺めて尋ねる。

「僕は、シュガー・マーブルです。……それで、こっちが……」
「オーギュストだ」

二人分の名前を、彼女はその優秀な頭脳の奥に書き留める。

「そう……私はシルク=ヴェーメンス。別に覚えなくてもいいわ、長い付き合いになるかどうかは分からないもの」
「私はマックス・マイヤー、ファリスの神官です」
「スライバーン、見ての通りただのエルフだ」

8第一話≪シュヴァ一族の暗躍≫ 6:2013/08/27(火) 00:32:58
お互いに短い自己紹介は終わった。

「で、君達は何が得意なのですか?」

ゴブリン退治に連れて行くなら、少年達がどの程度自分の身を守れるかは知っておかねばならない。
冒険者を名乗るくらいだから、それなりに覚えはあるのだろう。
シュガーは、テーブルに立てかけていた槍を見せ、答えた。

「僕は、戦士です」
「俺はと……軽戦士だ」

一瞬盗賊と言いかけ、オーギュストは慌てて取り繕う。マックスの聖印が異端審問官のそれであることに気付いたからだ。
ただの悪餓鬼ならともかく、盗人を自称してはファリスの法の下に処罰されかねない。
シュガーは槍と革鎧、オーギュストは細剣と革鎧。装備だけならどちらも軽戦士と呼ぶに相応しい。
マックスは大仰に頷いた。

「いいでしょう、戦士なら欲しかったところです。よろしくお願いします」

戦士は、鎧を纏い武器を構え、仲間を守って最前線で戦う危険な役割だ。
今まで彼ら三人は、魔術師と神官、精霊使いの一行としてやってきたので、前に立って戦闘をこなす役割がいなかった。
逆にシュガーとオーギュストは、後衛から支援を貰える宛が手に入ったという訳だ。

「で、マスター。俺とシュガーでこいつらのモンスター退治について行けって話は分かったがよ、」
「報酬か?」

オーギュストの言葉は、途中からオルフェに遮られた。

「……ちったあ分け前は出るのかよ?ロハで付き合うのはごめんだぜ」
「言いたい事を先回りされているようではまだまだだな」

仏頂面のオーギュストを尻目に、オルフェは改めて皆の前に依頼書を広げた。

「無論、報酬も全員で分けてもらう。稼ぎは少ないが、今回はテストの意味合いも強いから我慢してもらいたい。
 前金で750。成功報酬で750。三人で分けていたなら、それなりに割りのいい仕事ではあったんだがな」

シルクがこっそりと含み笑いを漏らした。

「ふふ、そういうことにしておきましょうか」

内心、あまり金を出せない村からの依頼を、そういう名目で回してきたのではないかと思った。

「良いでしょう、村人がゴブリンに生活を脅かされているなら助けなさいと神も仰っておられる」

オルフェが、前金だと言ってガメル銀貨の詰まった袋をマックスに渡す。

「まあ、盗まないという意味では妥当でしょうねー。盗まれないという信頼は別ですが〜」
「その信頼度は大差ないわ。あなたが持っていても同じことよ」

スライバーンの軽口に応じながら、シルクが席を立つ。出発の仕度だ。

「では皆さん、早速出かけましょう。困っている村人をすぐにでも助けに行かねば」

こうして、急ぎ準備を整えた彼らは、子守つきゴブリン退治に出かけることになった。

9第一話≪シュヴァ一族の暗躍≫ 7:2013/10/10(木) 01:16:07
ネイラードを出立して徒歩で半日、一行はジンロウ村に辿り着いた。
長閑で辺鄙な、極一般的な田舎の村の風景だ。農地と神殿があるだけで、特に目に付くようなものもない。
畑には作物が並び、子供が遊んでいる横で女達が家事をしている、そんな穏やかな村だった。

「スライバーンは置いてきて正解だったかも知れませんね、すぐに到着しました。これも神のお導きでしょう」

マックスの言葉尻が辛辣な気がするのは、きっと彼が異端審問官で、スライバーンがエルフだからだ。
エルフという種族は、神を信仰する習慣を持たない。
古の神話時代、神々の大戦において、エルフの祖先達は神々と共に悪しき神々と戦った。彼らにとって、神は崇め奉るべき存在ではなく、互いを称え合う戦友であるのだ。

「とりあえず詳しい話を聞きたいわね」

辺りを見回したシルクが、丁度通りかかった村人を呼び止める。

「おや、旅の人かい?宿ならあっちだよ」

武装した彼らに、村人は物珍しそうに声を掛けてきた。

「えっと……僕達ゴブリン退治に雇われたん、だけど……」

シュガーが事情を話そうとするも、慣れない様子で上手く説明する言葉が見つからない。

「もし村の人、この町はゴブリンの脅威に晒されていると聞いている。
 私はファリス神官だ。討伐を頼まれたのだが、詳しいことを聞ける者はおらんか?」

横からマックスが、シュガーの言葉を引き継いだ。

「無理しないで任せておくといいわ。神官というのは通りが良いものだから、無碍にされることはないわ」
「うん、そうする……」

あまり交渉事が得意ではないシュガーを慰めながら、正しくは“無碍にできない”だけどね。とシルクは胸中だけで呟いた。
法と秩序の神ファリスの神殿は、司法及び警察機構的な側面を持つ。真面目すぎる者が多いだけに、素っ気無い態度を取れば有りもしない疑いを持たれる可能性はある。
反面、秩序神の声を聞く司祭は、正しく教えを行っている証として、無条件に人々の信頼を得られる。

「そういうことなら村長さんだな」

マックスの胸元にファリスの聖印を見た村人は、集落の奥を指差して見せた。
村の一番奥まったところに、二階建ての大きな家が見える。

「冒険者を頼んだのは村長さんだ。確か手紙を出したと言っていた」
「どうもありがとう。あなたに神のご加護がありますように」

教わった家は、村で一番大きな建物だった。
玄関のドアノッカーを鳴らして暫く待つと、初老の男が現れた。
魔物退治に来た冒険者だと説明すると、快く招き入れてくれた。
彼は、ジンロウ村の村長ヴァルターと名乗った。

「よくぞいらしてくれました。ありがとうございます」

四人は、庭に面した応接室に案内され、お茶を振舞われた。
「これも神の御心がゆえ、すぐにでもゴブリンを殲滅したいと思い、急ぎまかり越しました」
マックス達は、品のいい調度に囲まれながら村長の話を聞いた。

10第一話≪シュヴァ一族の暗躍≫ 8:2013/10/10(木) 01:19:03
「ゴブリン達は村の外れから更に歩いた森の中の洞窟に篭っており、今までは滅多に人里には下りて来ませんでした。
 ところが、最近になって急に頻繁に村へ出て来ては、家畜を襲い、子供を攫おうとするようになったのです」

“ゴブリンの生態”という本を開きながら、シルクが眉を顰めた。

「運良く生き延び経験を積んだゴブリンには良くある傾向ね。人間とは関わらない……。
 それが最近になって出てきた?何かありそうね」

突然ゴブリンが人里を襲い始める理由など、本には書いていない。

「被害の程度は?攫われた子供はどうなったの?」
「不幸中の幸い、子供は攫われなかったのですが、家畜への被害が多く、馬や牛がもう何頭もダメにされました」
「人質の心配は無いということね、ならば力押しでも大丈夫でしょう」

とは言え、馬や牛は貴重な財産だ。金銭的な損失は大きい。
シルクの言葉に頷いていたマックスが、膝を打った。

「分かりました。恐らく、洞窟に強力な魔物が現れ、ゴブリンが住処を追われたのでしょう。
 それで人里を襲わずにいられなくなったのだと思います。そんな話を余所で聞いたことがあります」

強力な魔物という言葉に、村長は慄いた。

「何と恐ろしい……ですが、報酬はこれが精一杯ですので、まずはゴブリンさえ退治していただければ」

そんなやり取りを、シュガーとオーギュストはぼんやりと眺めていた。

(何だか、難しい話してる……)
(原因とか……いちいち面倒臭えな。ゴブなんて倒しちまえばそれで仕舞いなのに)

頼まれてゴブリンを追い払ったことはあっても、そうなった原因やその後の対処については考えてみたこともなかった二人だ。
ようやく、冒険者らしい冒険に加わっているのだと、二人は理解できた。

「とにかく急ぎのようですね。ゴブリンは夜行性ですから、夜に村へやって来るのでしょう。
 昼の油断している隙に退治してしまいましょう」
「おお!ありがとうございます!」

自信満々に請け負ったマックスに、村長は地図を持ってきてゴブリンの住処がある辺りを指し示した。
村の外れから更に北に向かって歩いた森の中にある洞窟だった。
辺りには木々が生い茂って、山の麓にある風穴といった場所であるらしい。

「……今までと変わらず、同じ洞窟に潜んでいるのね」
「七、八匹はいたと思います」

ゴブリンの数はどれ程かと尋ねたら、村長はそう答えた。

「もっと多かった気もするのですが、最近見かけた時はそのくらいでした」
(八匹……本来は私達三人で請ける予定だった仕事、ならそんなものか……)

シルクには策があった。
ソーサラーの使う古代語魔法には、強力な呪文がいくつもある。
ゴブリン相手ならば、まとめて蹴散らすことも可能だと考えている。

「では行くぞ諸君、邪悪を殲滅するのだ」

勢い込むマックスを先頭に、森を目指して早速彼らは出発した。

11第一話≪シュヴァ一族の暗躍≫ 9:2014/02/06(木) 20:43:49

村長に貰った地図に従い、四人は森の中を進んだ。
特に迷うようなことも無く、木漏れ日の中、草を踏んで歩く。
やがて鬱蒼とした木々の間に、岩壁が見えた。その一角にぽっかりと開いた洞穴を見つける。

「あれがそのようだな」

木と草の陰に身を潜めながら、マックスが呟く。他三人も、藪や木の幹に隠れてそっと様子を窺った。
シルクは杖を握る。魔術師が呪文を使うためには、発動体と呼ばれる魔法の媒介が必要となる。
発動体とは、魔力が込められた何某かの物体で、高位魔術師となれば何にでも魔力を込めて自作できるようになるが、一般的には樫の杖が多い。
シルクもまた、学院で貰った樫の杖の発動体を使っている。
それを両手に握って、魔法を使う準備は万端だ。

「…………」
「大丈夫だ、シュガー君。君はただ神の剣であればいいのだ」

不安にか、洞窟を見つめるシュガーの背が微かに震えていた。
何気に物騒なマックスの台詞は、異端審問官流の励ましだろうか。

「どーしたシュガー?ゴブなんか楽勝だろ。今までより手勢も多いしよ」
「う、うん……そうだね、ギュス」

振り向くオーギュストに、シュガーは青褪めた顔で無理に笑って見せた。
マックスが立ち上がり、影から出る。その後を、足音を殺して三人が続く。

「見張りはいない、オーギュストが先行しろ。ゴブリンが現れたらシルクの魔法でまとめて倒す。
 ゴブリンは臆病な生き物だ。二、三匹血祭りにあげれば戦意が落ちるだろう」

それが作戦であるらしい。
岩壁に背を合わせ、洞窟の縁まで移動する。穴の横幅は広い。大人が楽に五人程並べる位だ。
洞窟は随分と大きく見えた。広いだけでなく、奥も深いようだ。暗くて先が見えなくなっている。

シルクがランタンを灯した。
オーギュストが先頭に立って、周囲を調べ始める。罠を警戒しているのだ。
オーギュストは、シーフの他にレンジャーの技能も持っている。屋内屋外問わず数多くの罠を知っているし、仕掛けることも解除することもできる。
入り口の床に罠を見つけた。足首の高さに張られたワイヤーだ。
ピンと張り詰めたワイヤー自身には触れずに、その両端がどこへ繋がっているのかを確かめる。茂みに隠れて、弓矢が据えつけられていた。糸を切ったら矢が飛んで来る仕組みだ。
矢を取り外してからワイヤーを切り、罠を解体する。

「……一応バラしたけど、これはゴブリンっぽくない罠だぜ?」
「どういう、こと……?」

オーギュストの半歩後ろで槍を抱えるシュガーが問う。
それを、シッと指を立てる仕草でオーギュストが遮った。

12第一話≪シュヴァ一族の暗躍≫ 10:2014/02/06(木) 20:46:41

そっと暗闇の方に聞き耳を立てたオーギュストが、微かな物音に気付く。
足音だ。それと声。数匹のゴブリン達が、叫びながら駆けてくる音が聞こえる。

『デカルチャー!』(怖い!)
『ヤックデカルチャー!!』(とっても怖い!!)

ゴブリン語を知らないオーギュストには、彼らが何と言っているのかは分からないが、その数は声から判別できた。

「ゴブだ、三匹来たな」

すっと、シルクが立ち上がって前に出る。ランタンを足元に置き、両手に杖を構えて正面を睨んだ。
意識を集中し、呪文を唱え始める。それは、ゴブリン達の姿が薄明かりの中に現れると同時に、完成した。

「マナよ、眠りを誘う雲と成れ、≪スリープクラウド≫」
『!?』

走り出てきたゴブリン達の正面に、突然半球状の靄が広がる。
勢いを止められず、方向転換も叶わない洞窟の中、まともに靄の中へ突っ込んだゴブリン達は、呪文の効力に抵抗できずばたばたと倒れて眠りについた。
シルクの古代語魔法≪スリープクラウド≫は、その名の通り、万物の根源たるマナから、生き物を眠らせてしまう雲を作り出す呪文だ。
大勢のゴブリンがいようと、眠ってしまえば怖くは無い。

『Zzz』『Zzz』『Zzz』
「……効いたようね。とどめを刺しておきましょう」

ゴブリンが起き上がらないのを確かめて、シルクは杖を下ろした。

「へぇ〜、魔術師ってすげえな」
「あの雲は……何ですか?……ゴブリンが倒れちゃった」
「ただの魔法よ、そのうち慣れるわ……ラムリアースは魔法王国だもの」

目を丸くして眺めるオーギュストとシュガーに、素っ気無くも親切にシルクは答えた。

「魔法……これが…!」

シュガーにとって、本物の魔法を見るのはこれが初めてだった。
驚き、同時に感動している間に、マックスとオーギュストがゴブリン達をまとめて始末する。

「これで3匹……村長は7〜8匹と言っていたから、あと4匹くらいね。
 オーギュスト、何か聞こえる?」

シルクに問われて、他にも足音が漏れ聞こえてこないかと、オーギュストが聞き耳を立てる。微かな音を聞き取る耳も、シーフの素質の一つだ。
オーギュストと、一緒に耳をそばだてたシュガーにも、忍び足で近寄ってくる何者かの足音が聞き取れた。

「……誰!!」

両手で長槍を構えたシュガーが振り向く。
ランタンの照らす薄闇の中に、驚いた顔の青年が立ち尽くしていた。

13第一話≪シュヴァ一族の暗躍≫ 11:2014/02/08(土) 13:04:47

オーギュスト達の姿を見て、青年は訝しげに眉を寄せる。

「人間?……冒険者か?」
「おうよ、冒険者だ」
「そう言う貴方は人間かしら?」

立ち止まった青年に、オーギュストが答え、シルクが問う。
青年は、闇と灯りの合間に佇んだまま、じろりと一行を見回す。

「俺は人間だ。元々はオランに住んでいた」

オラン――ここからは遥か東、大きな砂漠を挟んで遠く離れた国だ。

「……その人間が何故こんなところに居るの?
 真っ当な人間は、昼間からゴブリンの巣穴をうろついたりしないものよ」
「部族を出て、森や山を伝いこの地へ来た。ここでは食料を集めていた」
「食料?ゴブリンの巣でか?」
「そうだ、次の場所に移動するまで干し肉を作ろうとかなりの数を狩った」

干し肉とゴブリンの関連性を考えて、理解した途端、オーギュストの背を戦慄が走った。
つまりこの青年は、ゴブリンを干し肉にするために狩っていたのだ。
そしてそれこそが、今回の襲撃事件の元凶になったのだと、シルクは察した。
シュヴァ一族という、モンスターを好んで食べる蛮族が存在すると聞いたことがある。
女は優秀なファイター、男は精霊を使う盗賊として育ち、傭兵或いは暗殺者として戦時などに雇われることがあるらしい。
恐らく青年はそのシュヴァ一族であり、青年に襲われたゴブリンが住処を追われて人里に出てきたのだろうと結論づけた。

「……成る程。
 貴方の狩り損ねたゴブリンが近隣の村に現れてるわ。私達はその退治を依頼されて来たのよ」

シルクが告げると、青年はばつが悪そうな顔をした。

「それは悪いことをしたな。だが、余所から流れてこない限りはもうここにゴブリンが現れることはないだろう。
 最後の三匹もそこに転がっている。俺は用も無くなったし、もうこの洞窟を出て行く」

最後の、ということはここにいたゴブリンは狩り尽くされてしまったようだ。最早害は無い。

「全滅したっぽいな……」
「それなら……一緒に来てくれない?村長さんに、事情説明した方がいいと思う……」

呟くオーギュストの後ろからシュガーが青年の前に歩み出た。
しかし、シルクがそれを止めた。

「貴方をどうこうするという依頼は受けてないわ。そこで寝ている正義の代行者が起きる前に、早く出て行くことね」

見れば、眠りの雲に巻き込まれたのか、マックスは洞窟の隅に倒れて寝息を立てている。
目を覚ませば、青年を任意同行して事情聴取すると言い出す可能性があった。
ゴブリンを狩ったことはともかく、それにより村に与えた損害の一端は負わされるかもしれない。それは青年にとって愉快な話ではない。

「“かなりの数”のゴブリンを一人で片付けるような相手と、端金で殺し合う気はないわ……リスクとリターンが吊り合わないもの」
「ファリス神官か。ならばお言葉に甘えさせてもらう」

マックスの聖印を確かめて、青年も姿を眩ます方を選んだ。
立ち去りかけた青年へ、オーギュストがゴブリンの亡骸を蹴転がす。

「待て、どうせならこいつらも持ってけ」
「人の狩った獲物には手を出さないのが我が部族の嗜みだ」

闇に消えかけた青年へ、慌ててシュガーが問いかける。

「あの、あなたの名前は?」
「シュヴァイツァー」

一言が消える間に、青年の気配もどこかへと去った。その背に、丸々と膨らんだ干し肉の包みを背負って。

14第一話≪シュヴァ一族の暗躍≫ 12:2014/02/08(土) 13:06:35


シルクの提案により、村長にはシュヴァイツァーの存在は伏せて報告された。

『ゴブリンは始末した、原因は分からない。自分たちが行く前にゴブリンが殺されたような形跡はあったが、その主犯は既に居なかった。気になるなら行って見てくるといい、もう危険はない』と。

原因の解明よりも、ゴブリンの脅威がなくなったことに村長は満足し、それ以上を追求されることはなかった。
礼金を貰い、また半日かけて竪琴亭に帰ってきた一行を、オルフェが出迎えた。
テーブルの上には大量にサクラ肉料理。それとエールとジュースの瓶、グラス。並べられた料理は、店主からの労いである。

「御苦労だったな。子供を抱えたままでも十分働ける実力があるようで安心した」
「そうかもね」

オルフェに答えつつ、シルクは本を片手にカップを傾けた。中身はエールでもワインでもなく、紅茶だ。
彼女は、アルコールは脳を鈍らせる薬物だとして嫌っている。人の飲酒を咎めたりはしないが、自分では飲まない。
その隣では、エールのグラスを傾けながら、オーギュストが馬肉のサンドイッチに齧りついている。
あっという間に一皿空けて、一瓶飲み干してしまう。

「あ、オルフェさん……厨房を貸してください。僕が、デザート作るから……」

ふと、ロースト馬肉のサラダをつついていたシュガーが、思いついたように立ち上がった。
オーギュストと一緒に国を出るまで、シュガーはパティシエとして働いていた。お菓子作りは好きだし、それを仕事に出来たのは楽しかった。
オーギュストが故郷を出るというので思わず付いてきてしまったけれど、冒険者を名乗ることになった今でも、むしろ本職はそちらだと思っている。

「プリン食べたい」

エプロンを締めるシュガーに、すかさずオーギュストがリクエストする。

「プリン?ここだとそんなに冷やせないから、おいしくできるか分かんないけど……」
「いいよ、いっそ蒸したてでもいいよ」
「うん、分かった……」

シュガーが厨房に篭ってしばらくして、甘いバニラの香りと共にできたてのプリンがやって来る。
喜んでがっつくオーギュストの横で、味見をするシュガーは難しい顔をしてレシピノートに何事か書き込んでいる。
シルクとオルフェの前にもプリンが一つずつ。

「ナー」

勝手口から猫の鳴く声がした。

「何だ、また飯を食いに来たのか?」

オルフェが戸を開ければ、黒い猫が行儀よくちょこんと座っている。
猫の町と呼ばれる程に、この町には猫が多い。野良猫も飼い猫も、縦横無尽に屋根や塀の上を散歩し、自由に振舞っている。そして住人達は、この町のそんな猫達の弁えた傍若無人さを許している。
シュガーが黒猫にビスケットを差し出す。猫はさっと咥えて持ち去って、少し離れたところで齧り出した。
夜も更けた頃、飲み潰れて熟睡したオーギュストをシュガーとオルフェが部屋に放り込んで、この騒々しくも有り触れた一日が終わった。


新米冒険者二人が、半人前冒険者になった日のことだった。



――第一話 完


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