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4 Wanted Daydream
1
:
名無しAKB
:2010/12/31(金) 18:35:38
〜俺と虹岡君とりのりえのたわいのない日常風景〜
35
:
2-3.
:2011/03/24(木) 23:09:32
それから。
健吾も戦況が良いと判断しているのか、投げるフォームが伸びやかだ。
6フレーム目の第一投。
理想のコースを通ったボールは、あわやストライクかと思われたが9ピンを倒した。
健吾がふと隣を見ると、ちょうど友美が投げるところだった。
先ほどの友美と何かが違う。
健吾が目を離せないでいると、練習とは打って変わった滑らかなフォームで玉を投げる。
上手にカーブのかかった玉は、さほどスピードがないながらも、9ピンを倒した。
「うーん、おしい」
友美は悔しがると、健吾の視線に気づいた。
いたずらっぽい顔で笑う。
健吾は顔を上げて、友美のスコアを見た。
5フレームまでで、スコア82。
他3人のスコアも本日のベストスコアペースだった。
まるで友美のスコアに触発されているかのように。
36
:
2-3.
:2011/03/24(木) 23:10:39
健吾は危機感をおぼえて陽一を呼ぶ。
陽一はもはや隣を見ていない。自分のスコアとケイタイだけ気にしていた。
「大原君」
「ん?」
「隣見て」
のんびりと顔を向けた陽一は、上からスコアを見ていく。
「あれ、みんな調子いいな……って友美ちゃん82!? ストライクとスペアしかねえ」
「どういうことだ」
「さっき全部投げて70ぐらいじゃなかった?」
「そうだよ。そんなもんだった」
健吾と陽一が目の離せない、友美の6フレーム2投目。
小さな体ながら流れるようなフォームで、残った1ピンを難なく倒した。
「いえーい」
ハイタッチで迎えられる友美を見ながら、健吾は違和感の原因を探していた。
陽一がふとつぶやく。
「友美ちゃん、左投げなんだな……」
「それだ!」
健吾が声を上げた。
勝負が始まってから左投げの友美。
練習のときは、右手で投げていたのだ。
――あのぎこちなさは、利き手じゃなかったからか。
37
:
2-3.
:2011/03/24(木) 23:11:17
「あいつ両利きなんだった」
「まじで」
「しかも投げるの左だった。小学生の頃一緒にキャッチボールしてて、友の左利き用グローブ買ってたんだった。俺んちにまだある。昔すぎて忘れてた」
「でも利き手で投げてるからって、女の子であの上手さ、普通じゃねーよ」
「あいつ運動神経いいんだ。しかもハマりだすとやりこむ。最近帰り遅いのこれだったか……」
女子チームを眺める健吾の視線に、陽一も合わす。
陽一はもう一度友美のスコアを見た。
「今の時点で80だろ。このままいくと」
「俺ら調子よくても勝てないぞ、これ」
健吾は立ち上がり、隣のレーンへ。
足組んで余裕こいてる友美を呼び出す。
「とーも」
「んー?」
全てわかってる顔で振り向いた友美は、笑ってる。
「ちょっとおいで」
「なに?」
38
:
2-3.
:2011/03/24(木) 23:12:21
テクテクやってきた友美は、健吾の前で腕を組んだ。
「お前、めちゃめちゃ調子いいな」
「え、そうかな?」
「なんか企んでると思ったら、これだったか……。最近帰り遅いのも」
「なんのことかなー?」
「可愛くとぼけてもだめ!」
友美はうきうきしている。事がうまく運んでいて嬉しいのだろう。
「友の力はもうわかったよ。このままじゃ俺らは勝ち目がない。そこでさ、代表戦にしてくれないか。合計じゃなくて、各チームの最多得点者同士で、チームの勝敗を決するということで」
「えー、急にルール変更?」
「そっちが勝ったら、好きなもの2つでいい。俺らが勝っても1つのままで」
「どうしようっかなー。相談してくる」
友美が女3人に話しに行ってる間、健吾も陽一に説明をした。
「――って切り出しちゃったんだけど」
「問題ない、というか最善策じゃね。今のままじゃ俺らの勝ち目ないもん。俺か健吾君が友美ちゃんに勝つ目ならまだある。つっても、友美ちゃんのペースは俺のベストスコア並なんだけどね……」
「俺も相当調子よくないとわかんないな……。俺らのどっちかが勝つってラインはありえる」
「油断したらやられっから俺ら二人とも勝つ気で行こうな!」
「うん、気を引き締めていこう」
39
:
2-3.
:2011/03/24(木) 23:12:58
健吾が友美を見やると、それに気づいた友美が、頭の上で大きく丸を作った。
話は、通ったということだ。
健吾が陽一に告げる。
「向こうもOKだって」
「よし」
陽一は、小さく息を吐いて立ち上がる。
勝ち目のあるルールへの変更は許されたが、それは厳しい勝負の始まりを意味していた。
陽一の投げる番。念入りに玉を拭いて、セットポジション。
チームの命運をかけた個人戦、再スタート。
40
:
名無しAKB
:2011/04/07(木) 02:59:44
すっごい面白いです。
続き楽しみにしてます。
小嶋さんと河西さんのキャラが良いですねー。
41
:
さくしゃ
:2011/04/15(金) 23:17:22
ありがとうございます!
小嶋さんも河西さんもまだまだ出てくるのでお楽しみに(´∀`*)
42
:
2-4.
:2011/04/15(金) 23:18:34
◇
――30分後。
椅子に腰掛ける二人の男。
「……健吾君、たばこもらえる?」
「あれ、吸うっけ」
「ふかすだけ」
「どうぞ」
陽一は健吾からもらったタバコに火をつける。
口にあてがって、立ち上る煙を見つめた。
その横で健吾も脱力している。
二人はおそらく同じシーンを思い浮かべている。
後半戦が開始し、陽一と健吾の調子も決して悪くはなかった。
だが、その横で友美は、絶好調だった。
調子が、というか、装備そのものが違った。
いつからか左手に金属の小手をつけた友美は、
ピンクのマイシューズに黒のマイボールを備え、髪もポニーテールにくくり、
その目つきは、獲物を狙う豹のようだった。
5連続ストライク+スペアを獲った友美のスコアは、200を余裕で越えた。
男二人は、盛大に負けたのだった。
43
:
2-4.
:2011/04/15(金) 23:19:34
陽一は灰皿にタバコを置く。
「友美ちゃん、マイボールまで持ってたか……」
「あいつ、まさかあれほどとは」
「いやもう逆にすがすがしいよね! 思い切りやられたし」
「初めから勝ち目なかったかー」
大きく伸びをした健吾の視界に、莉乃と里英が入ってくる。
二人ともジュースを片手にうきうきだ。
莉乃がやってきて、陽一の隣にどっかりと座った。
「いやーほんとすいませんねー。圧勝しちゃって」
「お前じゃねーだろ勝ったの」
「でもうちのチームの勝利だもーん」
「……まあ確かに」
里英が遠慮がちに言う。
「でも私たちまで勝ちでいいんですかね? 何もしてないのに」
「もちろん。そういう取り決めだったし」
健吾は里英に笑いかけると、友美の姿を探した。
卓球台のそばのベンチで一人、マイボールを拭いたりして、道具のケアを怠らないでいる。
たいしたやつだ、と健吾は思った。
44
:
2-4.
:2011/04/15(金) 23:20:10
でねでね、と莉乃が催促する。
「ルールだと欲しいもの二つってことになってるんですけど」
「ああ……なってますね確かになってます……」
元気をあからさまになくした陽一が答えた。
里英が莉乃の後の句を次ぐ。
「友美ちゃん優先で、そのあとともちゃんで、私たちは最後でいいです」
「二つずつだから、その順番でまず一個ずつでいっか。どう? 大原君」
健吾がわりと冷静に、陽一に訊いた。
「問題ないね。むしろ問題あるのは……」
そういって財布を取り出す。
健吾も財布を取り出した。
「俺最近、塾のバイトの時給あがっちゃってさ、わりと持ってんだよね」
「なにー? お金持ちなのー?」
大き目の友美の声に、健吾がパッと振り向くと、いつの間にか後ろに来ていた。
「やべえ、聞かれたか」
「大丈夫だって、そんな無茶なもの要求しないから。タバコ代は残すから」
「ぶん取る気満々ですね友美さん……」
45
:
2-5.
:2011/05/09(月) 23:08:01
◇
――とある商店街。
友美と里英が並んで歩く、その後ろを健吾が見守るようについていく。
別行動にしよ、と言い出した友美が里英の手を引っ張っていき、
健吾に手招きするので、強制的に3人行動になったのだった。
健吾は自分の前を歩く美少女二人の後ろ姿を眺めていた。
時折すれ違う大人の女性の胸元に目を奪われつつ、
友美になに買わされるのかな、里英ちゃんに何買ってあげようかな、なんて考えていた。
「あ、ここここ」
友美が立ち止まったのは、スポーツショップの前。
もともと友美が体を動かすのが大好きなことを健吾は知っていたが、
ギャルファッションから一見そう見えないのか、里英も少し意外な顔をしていた。
健吾もスポーツは嫌いではない。
高校ではテニスをやっていたし、今でも野球はチェックしている。
友美は二人を引き連れて、ウェア等のスポーツギア・フロアに来た。
シューズコーナーで立ち止まり、手に取っては丹念に見る。
「シューズか。遠慮ねーなあ、友」
「ほら、誕生日プレゼントもコミコミでね」
「だいぶ前だろ!」
「そうだっけー?」
上目遣いでいたずらっぽく笑うと、再びシューズを選び出す。
友美は足があまり大きくないので、サイズがないことも多い。
シューズ選びは人よりも大変だったりする。
「俺、下のテニスコーナーにいっから、決まったら呼んで」
「はーい、あ、里英ちゃん待って」
健吾についていこうとした里英を、友美が笑顔で呼び止めた。
「友ひとりだと寂しいし」
46
:
2-5.
:2011/05/09(月) 23:08:50
呼び止められてしまった里英も、友美のそばでなんとなくシューズを見ている。
「ね、里英ちゃん」
「ん?」
「健のこと好き?」
「えええ!?」
スポーツショップに里英の声が響いた。
「あはは。好きだったらいいなーって」
「えっと、虹岡さんには勉強教えてもらってて、
すごく助かってて、だから頑張ろうって思ってて」
「尊敬できる感じ?」
「うん」
「二人でどっか行きたいなーとかは?」
「受験勉強、頑張らなきゃいけないから」
ふーん、と言って友美は上目遣いで里英を覗き込む。
「じゃ、受験終わったらだねー」
「……も、もうすぐ受験だし、そんなこと考えてられない。それに虹岡さんだって彼女いるだろうし」
「あ、あいついないよ。全然。最近、大学とバイト先の塾だけ行ってるもん。勉強ばっかしてんだよ。変なの」
「そうなんだ」
「塾のバイト始めたのは、里英ちゃんのためだよー」
「え?」
「あいつもともと英語すごい苦手でね。英語だけは友が教えてたこともあるんだー。友は実は英語得意だったりするので。中学んときだけどねー、英語部いたし友。健は多分、英語の教え方に自信がなかったんだと思うよ。なんか健の部屋、英語の本だらけになってるもん」
里英は照れたような、目の潤んだような顔をしている。
「がんばる」
とだけ一言いって、手に取っていたシューズを置いた。
47
:
2-5.
:2011/05/09(月) 23:09:47
――
テニスフロアで痺れを切らした健吾が戻ってきた。
「とーも。そろそろいいか」
突然現れた健吾にドキッとする里英は、顔を赤らめる。
それに健吾が気づいた。
「あれ、里英ちゃん熱ある?」
「だだだ大丈夫です! めっちゃ健康です!」
「……そう? ならいいけど。健康管理大事だからさ」
友美が健吾のケツを手に取ったシューズで叩いた。
「いて!」
「これにしまーす」
「……おー、なかなか可愛いじゃん」
「これの倍高いのもあ――」
「これでお願いします」
健吾は友美と一緒にすたすたとレジへ向かいながら、
二人の後ろを俯きがちについてくる、まだ少し落ち着かない様子の里英のことを気にした。
「里英ちゃん、なんかあった?」
「なんにもないけど、健のせい」
「え?」
「まーまー、里英ちゃん超いい子ってこと」
「そのとおり」
「受験終わったらしっかりお祝いしたげなよ」
「それはもう盛大にやります。
そりゃお前、教えてる側としても嬉しいからなあ」
友美は小声で呟く。
「こいつ分かってんのかよマジで……」
「ん?」
「そのお祝いには友も当然参加するから、よろしくー」
「……ま、いいけど。余計なことすんなよ」
「健がしっかりしてりゃ何もしませんよー」
「どういうこっちゃ」
◆
48
:
2-6.
:2011/05/29(日) 04:42:57
◇
一方、とあるビルのキッチンフロアに来た、陽一と智美莉乃。
まず智美の買い物に付き合うべきなのだが、智美の買い物が非常に長いことを、
陽一は恋人時代の経験から知っている。
鍋やらフライパンやらを手に取りながら、智美はもはや自分の世界に入っていた。
「とも、俺一階の本屋いってるぞ」
「んー」
全くこちらを見ずに答えた智美に、陽一は苦笑した。
「莉乃どうする? お前キッチン道具に興味は――」
「全くないです」
「だよな。ま、じゃ先に莉乃のやつ買うか」
陽一は智美の肩をとんとんと叩いた。
「俺ら先に莉乃のやつ買いに行ってくっから、決まったら電話して」
「んー」
――
49
:
2-6.
:2011/05/29(日) 04:44:43
陽一は、莉乃を連れて他の店へ行く。
ビルを出て商店街を歩くこと5分。
莉乃はきょろきょろし始めた。
「この辺だと思ったんだけど……」
「目当ての店?」
「そうそう。おっかしいなあ」
「移転したとかじゃねーの。最近入れ替わり激しいし」
「そうかも」
「なんの店だよ。その辺の人に聞いたほうが早そうだし」
「……」
「ん? 言えって」
「……ま、まあそれはいいじゃん!」
「探せるなら別にいいけど」
莉乃はやたらと言い辛そうにしている。
いわゆるドラクエでいうところの、まごまごしている。
重い口を開いた。
「べ、ベリーズショップ……」
「果物屋?」
「ベリーズ工房のショップ。わかる? ベリーズ」
「そりゃ分かるって。いますげー人気じゃん。おれ熊井ちゃんが好き」
「熊井ちゃんいいよね!! マジ高まるよね!!」
「今度月9のヒロインやるんだろ。『スカイタワーガール』の」
「ついにベリーズの時代きたよね、うんうん……」
莉乃は少し涙ぐむ。
50
:
2-6.
:2011/05/29(日) 04:45:17
「お前泣いてんの!?」
「うるせ! そりゃ泣くよ! だって熊井ちゃんだよ!」
「熊井ちゃんいいよなー。こんなとこで莉乃と気が合うとは……。もし握手とか出来たら死んじゃうなー俺」
「握手とかw 無理に決まってんじゃんw ベリーズの、しかも熊井ちゃんだよ! 生で見るのも恐れ多いわ!」
テンション高い莉乃をちょっとウザったく思いつつ、陽一は路地の奥を眺める。
「ん、あれじゃね? ベリーズショップ」
陽一が莉乃の肩を掴んで、足を止める。
莉乃も陽一と同じ方を見た。
「あれだ! ひとつ道を間違えてたかー」
たはー、といった感じで莉乃は自分のでこをぺしっと叩く。
そのでこに二発目のぺしっ、を陽一も入れた。
――
51
:
2-6.
:2011/05/29(日) 04:47:00
ベリーズショップはとてもこじんまりとしており、見つけづらいのも無理はなかった。
入り口は階段を上がって2階のようだ。
1階はまた別のアイドルグッズ店らしい。
陽一は1階の店先に並べられている生写真をなんとなく手に取る。
莉乃に気づかれた。
「お、興味出てきた?」
「出てねーよw」
「ちぇー。この辺はね、玄人向けだな。地下アイドル」
莉乃も横に来て解説を始める。
「ももクロに、AKB、ぱすぽとかね」
「いっぱいあるなー」
全く気の入っていない返しをしながら、陽一は店先を眺める。
莉乃が手に取っている一枚が目に飛び込んできた。
「ん? それ、ちょっと貸して」
陽一は莉乃から写真を奪って、まじまじと見る。
黒髪の美人顔。ヤンキーぽい細眉。
誰かに似ている。
52
:
2-6.
:2011/05/29(日) 04:48:24
考えている陽一の横で、莉乃も不思議そうにしている。
「AKBがどうかしたの?」
「AKB? 聞いたことないな」
「あー、いわゆる地下アイドルってやつ? 4年ぐらい前に解散してるんだ。だから当時の生写真はけっこうお宝だったりする。特にうちらマニアの間ではね!!」
「ベリーズしか知らないな」
「AKBもうまく売れればね……けっこうメジャーになったかも。この話をするとけっこう長く――」
「短くで頼む」
「まあ、AKB48ってアイドルが昔いてね。この子はかなり人気だった、こじはること、こじまはるな」
「こじま! はるな?!」
莉乃が陽一の大きな声にびびった。
「ちょ、どうしたの」
「大学の友達に小嶋陽菜っていんだけど……、違うよな。こんなヤンキー風じゃないし、どっちかっていうとお嬢様系。でも顔はけっこう似てるな……」
「写真撮ってメールで送ってみたら? どっちみち、うちこれ買うし。こじはるのこのパターンレアなんだ」
53
:
2-6.
:2011/05/29(日) 04:49:21
莉乃に催促されたのもあって、陽一はケイタイで生写真を撮り、大学の小嶋にメールした。
件名は、『同姓同名発見!』
すぐにケイタイに電話の着信。件の小嶋陽菜からだった。
陽一は笑いながら出る。
「早いなおいw」
「……なにこれ」
陽菜の声がめっちゃ低い。
かわいこぶってない、素のときの陽菜だ。
予想外の対応にちょっとびびる陽一。
「いやその、なんか小嶋に似てる写真あったから」
「その写真買っといて」
「え?」
「いいから買っといて」
「えーと、もう買いました」
「ありがとう。今度大学で現物見せて」
54
:
2-6.
:2011/05/29(日) 04:50:04
終始低い声で通した陽菜は、一方的に電話を切った。
びびりが取れない陽一。
「小嶋、機嫌悪かったな……。写真持ってこい、だって」
「本人だったりしてw」
莉乃もちょっと楽しそうだ。
陽一は生写真を再び見る。
「似てるけど、こんなヤンキーじゃねーんだよな」
「会わせてよー。写真持ってくし」
「あ、そうか。だったら今度うちの大学くる?」
「いくー」
「莉乃、うちの大学来たことなかったっけ」
「学祭行く話あったけど、なんか流れたじゃん」
「あーあんとき板東君が彼女と揉めてて大変だったんだ……思い出した……」
「ばんどうくん?」
「会ったことないか。イケメンの」
「ない」
「まあ、またいずれ。んで小嶋と会う日どうする? 月曜夕方なら小嶋も講義取ってるはずだけど」
「うん大丈夫」
「んじゃチャリで高校まで迎えに行くわ」
陽一はこう言ってしまってから、あれ、なんかカップルっぽくね? とふと思ったが、気にしないことにした。
ベリーズグッズ?
一般人には価値が分からないものをいくつか莉乃が買っていきましたとさ。てけてん。
◆
55
:
さくしゃ
:2011/05/29(日) 09:56:38
ツイッターはじめました。
@novelcatter
56
:
2-7.
:2011/06/19(日) 23:36:28
◇
莉乃との買い物を済ませた陽一は、智美がいるビルに戻ってきた。
智美に電話をする。
「帰ってきたぞー。今キッチンフロア?」
「ううん、一階の本屋」
「じゃそっち行く」
莉乃を引き連れて本屋に入った陽一は、料理本のコーナーで智美の姿を見つける。
真剣にレシピを見つめるその横顔は、普段のおちゃらけた智美と違って見える。
甘え上手な性格のせいか、ふわふわしているように思われがちな智美だが、
実は真面目で熱い性質を心の奥に隠し持っている。
あー俺こいつのこういうところが好きだったんだな、と陽一は一人思い出していた。
ぼーっと智美に囚われていた陽一に、智美のほうが先に気づいた。
「あ、おかえりー」
「お、おう」
「? どしたの」
「なんでもねーよ。それより決まった?」
「うん、キッチン道具じゃなくてレシピの本にする」
智美はほんとに嬉しそうに、二冊の料理本を抱えている。
二冊かよ、と陽一が突っ込む隙も与えないほど、がっちりと。
まあいいか、と陽一は思った。
――なんとなくわがままも許してしまう、そういう奴だったなこいつ。
「じゃそれ買ってくる」
陽一は智美の胸元から二冊の料理本を抜き取った。
57
:
2-7.
:2011/06/19(日) 23:37:22
レジに向かう陽一を笑顔で見送る智美と、その横の莉乃。
智美から、なんとなく話し出す。
「ね」
「は、はい」
莉乃はどもってしまった。
智美のことを可愛いと思っているのもある。
女から見ても可愛らしい人に至近距離で話しかけられ照れてしまった。
智美は人懐っこい笑顔を崩さない。
「陽ちゃんと付き合ってるの?」
「い、いえいえ全然友達ですけど!」
智美はクスっとした。
「そんな思い切り否定しなくても」
「いやー、まあ……ねえ……」
梨乃は言葉にならない。
話すことに迷ってテンパった莉乃が、話題を繰り出す。
「どうして別れちゃったんですか?」
自分でもなぜこんなことを訊いてしまったのか、莉乃は激しく後悔したが、もう遅い。
「え、うーん、よく分かんないけど、ふられちゃったんだー」
「そうなんですか」
「なんかね、うまくいかなくて。……もういいんだけどね」
莉乃には、もういい、とは感じ取れなかった。
智美は、レジで会計をしている陽一を見ている。
何か落ちつかない感情を抱えたまま、莉乃も遠くの陽一を見る。
智美が、ポン、と莉乃の細い肩をたたいた。
「ま、仲良くしてあげてね! お調子者だし、イケメンてわけじゃないけど、いい奴だからさ」
仲良く、という言葉が莉乃は気になり出した。
――仲は悪くないけど、私たち、どういう関係なんだろう。
ただ一緒にいるのが面白いから、なんとなく時を過ごして。
その関係性に名前はなくて。
莉乃の心に沸いたわずかな疑念が、落ち着かない気持ちにさせる。
焦り、とでも呼ぶべき感情が、莉乃に影を射した瞬間だった。
58
:
2-7.
:2011/06/19(日) 23:39:04
会計を済ませた陽一が帰ってきて、智美に本を渡す。
「はいこれ」
「わーい。ありがと。なんか悪いねー」
「まあ悪くはねーだろw 勝った上での戦利品なんだし」
「そだね。じゃあ、ありがと。用事あるからここで」
「おう」
智美は嬉しそうに本の包みを胸元に抱えた。
「それじゃあ」
「うん。あ、とも。最近、遅刻大丈夫か?」
「え? 大丈夫だけど」
「朝弱いだろお前」
「あー、相変わらずw ままに起こしてもらってる」
「そっか」
「ちゃんと高校卒業したいしー」
「だよなw」
「じゃ、ばいばーい」
智美は陽一と莉乃に可愛く手を振り、人ごみの中へ消えていった。
莉乃はそれを目で追いながら呟く。
「ほんと、可愛いひと」
「あれ、褒めてくれてんの」
「あれは女でも可愛いって思うよ」
「まああいつ、男だけじゃなく女からもモテるタイプではあるな」
ちょっと偉そうに言う陽一に、なんだか莉乃はイラっとした。
「モトカノじゃん」
強めの語調で言葉が口をついた。
59
:
2-7.
:2011/06/19(日) 23:40:13
「まあ、そうだな。今友達だし、交流もしてないしな。元気そうで良かったけど」
「あの人年いくつ?」
「莉乃とおんなじ。高3」
「同い年かー。なんだあのセクシーさは」
「大人っぽいよな。まああいつ自身も根っからの年上好きなんだけど」
「へえー」
「今考えたら何で俺と付き合ってたのか分かんないな。俺、ガキっぽいし」
「でも気は合ったんじゃないの」
莉乃はなんとなくその場に合った言葉を発してしまったが、
わずかイラついたままの気持ちは隠せていない。
「かなあ。まあ、俺振られたからな。付き合って2ヶ月ぐらいで。なんか違ったんじゃねーの」
「え!? ふられた……?」
「うん。なんか好きな人がいるって聞いてさ」
「……それ、本人から?」
「友達づてだったな」
「……ふ、ふーん」
「やっぱ振るときも男から言うもんだろ。まあだからスパッと」
「……だね」
「イケメンの彼氏とでも付き合ってんじゃねーかなー」
「……」
じゃ戻るか、と言って陽一は健吾に電話をする。
「あ、そっち買い物終わった? こっちは終了。うん、思ったより金かかんなかった。そっちは? えマジでw 今どこいんの。えもう駅行ってんの。じゃあ俺らも向かう。そんじゃ」
陽一が電話をしている間。莉乃は何となく陽一の顔を見ていた。
それに陽一も気づいて、一瞬莉乃を見たが、また目を他の所に戻した。
ふたりで駅に向かう間、陽一はその莉乃の視線を、思い出していた。
◆
60
:
2-8.
:2011/07/22(金) 02:30:05
◇
莉乃を連れて最寄の駅に戻ってきた陽一は、健吾と里英の姿を見つける。
手を振って、足を速めた。
陽一は、友美がいないのに気づく。
「あれ、友美ちゃんは?」
「あいつダンススクールあるとかって、先帰った。あれ、そっちの智美ちゃんもいないね」
「あー、なんか用事あるって」
「そっか。あ、俺ら、これから里英ちゃんの買いに行くんだけど。桃春町まで」
「この辺にねーの?」
「さっき乾君に電話したら、桃春町の店が安いって言うんだよ」
「イヌイくん、元気にしてた?」
「今は暇らしい。ちょっと前までトラクルの日本法人で仕事してた、って」
「あいつ何者だよマジでw」
「よく分かんないよな。今期の単位はそれで全部揃った、とかいってた」
乾君は、陽一健吾と同じ大学の友達なのだが、ほとんど姿を見ることはない。
こっちが困ったとき電話すると丁寧に答えてくれる、ご意見番だ。
「そっか。んじゃまあ、4人で行こうぜ」
「そうしよっか」
「桃春町なら俺も莉乃も帰り道だし――、うぉ!」
莉乃が陽一の腕を両手でムリヤリ引っ張った。
「私達ちょっと用事があるんでここで! じゃまたね里英ちゃん健吾くん!」
「おい、りの!」
ほそっこい身体の莉乃に引っ張られて人ごみに消えていく、まあまあ良い体の陽一。
それを見送る健吾と里英だった。
「いっちゃったね……」
「ですね……」
「それじゃ、桃春町いこっか」
「は、はい」
61
:
2-8.
:2011/07/22(金) 02:31:29
――
陽一をムリヤリ引っ張って歩く莉乃。
細くて力もないりのだが、急に全体重をかけられると陽一も逆らえない。
角を曲がったところで止まった。
「ふぅー」
疲れたのか息をつくりのを、陽一が怪訝な顔で見つめる。
「お前、気回したのか」
「え、だってりえちゃん、そんな感じしたし」
莉乃はビビリでヘタレの属性を持つチキンハートなのだが、
そのネガティブさゆえ、人の表情から感情を読み取ることに長けている。
それが時に、思わぬ行動力を発揮することもあるのだ。
陽一は腕を組んで考える。
「里英ちゃんの気持ちはわかるけど、健吾君がなあ……」
「え、なんで? 健吾君だって里英ちゃんのこと好きじゃん」
「そう。なんだけど、健吾君は今すぐ彼女つくろうとか思ってねーんだって。たとえ相手が好きな里英ちゃんだとしても」
「気を持たせるなってこと?」
「健吾君が一番考えてるのは、里英ちゃんの大学受験の力になることだし」
「仲良くなってもっと助けてあげればいいじゃん」
「健吾君はさ、多分だけど、仲良くなりすぎると受験の邪魔になると思ってんだよ」
「よくわかんない」
「俺も断言できねーけど、健吾君の性格考えると多分こんなとこ」
「んー……」
莉乃はあまりわかってない様子だ。
陽一は言わなかったが、女性は恋愛に浮かれすぎるといろいろ疎かになる、と考えている。
――だから里英ちゃんが浮かれすぎるのは、受験にとってはマイナスだ。
健吾も自分に近いことを考えてるのではないだろうか。
ただし、少しの恋愛感情なら動機になりえる。
健吾は『にんじん』になろうとしているんだろう。馬にとっての。
そんな役割を、健吾は全うしようとしてるのではないだろうか。
62
:
2-8.
:2011/07/22(金) 02:32:33
お調子者系だがめんどくさく考える性質もある陽一は、このようなことを思案していた。
そしてその間無言だったので、莉乃が心配そうに見上げているのになかなか気づかなかった。
上目遣いの莉乃に気づく。
「お、わりい」
「また一人で考えてたでしょ。いーけど。陽くんそういうとこあるから」
「違うって、りのの脚はホントに綺麗だなーとかそういうこと」
「まーね! さしはら脚が売りだからw」
ちょっと自慢げな顔になったのが陽一は気に食わなくて、小突いた。
63
:
2-8.
:2011/07/22(金) 02:33:11
――
駅で改札を通り抜ける、健吾と里英。
SUICAですいっといっちゃう感じだ。便利すぎるだろ文明の利器。
程なくやってきた電車に二人で乗り込む。
そこそこ混んでいた。
健吾は窓際に立ち、里英もそれに従う。
健吾は車窓を流れる家々を視界に移しながら、ぼーっとする。
里英も同じように外を見ていた。
桃春町まではすぐだが、電車内での話題はやっぱり勉強の話になる。
「勉強の息抜きには何してるの?」
「マンガですかね」
「どんなの?」
「何でも読みますけど、少年漫画ならワンピースとか」
「へえ、俺はあんまり読まないけど、チョッパー可愛いよね」
「私はサンジが好きなんですけどねっ」
マンガの話題になると、里英ちゃんはノリノリだ。
勉強中の里英ちゃんは真面目なので、ノリノリのほうが健吾も話しやすかったりする。
「そういや大原君はブルックが好きだって言ってたな」
「なかなか渋いとこきますねー大原さん」
里英ちゃんはマンガの話になるといきいきしてる。
受験勉強は長い戦いだ。息抜きを上手に挟んでいかないと続かない。
――マンガの話題は時々出していこう。
健吾は里英のきらきらした瞳を見ながら、そう思った。
64
:
2-8.
:2011/07/22(金) 02:34:33
電車は桃春町駅に入電。
町の規模にあわせてか駅も大きくはない。
駅を出てすぐの通りから専門店街がまっすぐに伸びている。
健吾と里英は、店先に並べられている物々を見ながら、目当ての店を目指す。
せまい路地に、そこそこの人通り。
並んで歩く健吾と里英の距離も、必然的に近くなる。
「クッション欲しいなんて、腰が痛かったりする?」
「私は今のところ大丈夫なんですけど、母が最近痛がってて」
「え、自分のじゃないの」
「私は特に欲しいものないので」
里英ちゃんは、にこやかにしている。
この子はどんだけいい子なんだ、と健吾は驚愕した。
「里英ちゃんホントいい子だなあ……」
「いえいえ私別にいい子じゃないですよー」
「いやいやほんとに。俺が知る中でナンバーワンいい子だよ」
「そうですかねえ。じゃあいい子としてがんばります」
里英ちゃんが両手で可愛くガッツポーズを作って、健吾はそれを可愛いと思った。
65
:
2-8.
:2011/07/22(金) 02:35:54
二人が歩く街を通り過ぎる風に湿気がある。
健吾は夕方の空を見上げた。
昼にはなかった雲が、月明かりに照らされて漂っている。
明日は雨の予報だったけど、ひょっとしたら今日の夜から降るかもしれないな、と健吾は思った。
目的の座布団屋に到着。
店の中に入ると、業務用の物を中心に様々な色の座布団がある。
ここにクッションも売ってあるとは、普通わからないだろう。
健吾は乾君の情報網に感謝した。
店の奥、あまり客のいない一角に、確かに目当ての品があった。
定価7千円のところ、4千円まで下がっている。
『型落ち品だから安いけど、性能に差はないと思うよ』
乾君との電話でのやり取りを思い出す。
透明のビニールがかけられているそのクッションを、健吾は掌で押した。
いわゆる低反発クッションというやつだ。
もっと安い品もあるが、質が違うらしい。
4千円なら特になんてことはないな、と健吾は思った。
先ほど友美に払った額を考えたら、むしろ里英に悪いぐらいだ。
里英も健吾に倣って、同じように掌で押してみる。
クッションを母に買いたい、という思いはあったようだが、
商品に関しての知識などは具体的に持っていなかったようだ。
里英は大きな瞳で興味深そうにクッションを見つめて、何度も押したり離したりしていた。
子供がおもちゃで遊ぶみたいに。
「里英ちゃんのクッションも買おっか」
「え! 私は別に大丈夫、ですよー」
里英ちゃんはそう言ったが、健吾は見抜いていた。
時々腰を抑えたりしているのを。
知り合ってからの期間は短いが、一緒に過ごした時間は決して薄いものじゃない。
「受験勉強長いし、あっても損ないからプレゼントさせてよ」
健吾はにこやかに笑って、多少強引ながら二つ買うことにしたのだった。
◆
66
:
2-9.
:2011/08/14(日) 23:51:54
◇
買い物を済ませ、桃春町駅に戻ってきた健吾と里英。
クッション二つの荷物は、重くはないが大きいので、里英は両手で抱えている。
二人は駅の改札から少し離れたところで、向かい合ってとりとめもないことを喋る。
里英は家に帰るらしい。
健吾はこのあと塾のバイトだったが、まだ時間があるしもう少し喋ってても大丈夫だなと思っていた。
67
:
2-9.
:2011/08/14(日) 23:53:09
そのとき健吾の電話が鳴った。
『大矢真那』
バイト先の塾で同僚の女子大生だ。
「はい虹岡です」
「大矢です。塾の電話でしたほうが良かったんだけど、塾長が使ってて……」
「あー、別にどちらでも。何かあった?」
「代々塚校舎で先生が急にこれなくなったらしくて、代わりに虹岡さんに行ってほしいそうです」
「分かりました。生徒は中学生?」
「高校生みたいです。でも科目は数学だって」
「だったら良かった」
健吾はほっとした。数学は大得意だから。
「じゃあ今日は代々塚へお願いします」
「そっちは大丈夫?」
「あ、はい。平松先生に来てもらうことになったので」
平松先生こと平松可奈子。
虹岡が塾のバイトを始めた時にはもう辞めていた先生である。
なので直接顔を合わせたことはないが、噂はよく聞いている。
容姿は幼く、一見勉強が出来なそうだが、実は教えるのがうまく生徒に人気の先生だったそうだ。
「そっか。じゃあ今から代々塚いきます」
「ではお願いします」
同僚の大矢真那とは、塾に入ったころにケイタイ番号の交換はしていたが、
掛かってきたのは初めてで、虹岡は今回ちょっとドキッとしてしまったのだった。
68
:
2-9.
:2011/08/14(日) 23:53:58
電話を切ると、上目遣いで聞きたそうにしている里英が目に映る。
「今日のバイト、代々塚に行くことになった。ちょっと遠いからそろそろ行かなきゃな……」
「代々塚だったら私とおんなじ方向ですねっ」
「あ、ほんとだ」
「じゃあ行きましょっか」
里英は一緒の電車に乗るのが嬉しいのだろうか、笑顔だった。
69
:
2-9.
:2011/08/14(日) 23:54:39
桃春町駅のシンプルな改札を抜けて、ちょうどきた緑色の電車へ二人は乗り込む。
中吊り広告に『納涼花火大会』の文字。
「あー花火大会か」
「あ、今度の模試の日だ」
日付を見て里英が呟いた。
「模試終わりに花火でも見にいこっか」
「行きましょう! りのちゃんには私が連絡しときますんで」
「あ、そっか、4人だよな」
「え」
「……」
「……」
「大原君には俺から言っとくね」
「は、はい! お願いします」
70
:
2-9.
:2011/08/14(日) 23:55:21
なんだか妙な空気になってしまったので、虹岡はすぐさま勉強の話題に切り替えた。
「里英ちゃんだったらもっと志望校のランク上げても良さそうだけどね」
「いやーでも私、確実に国公立行きたいんで、いいんです」
「そっか。里英ちゃんなら大丈夫だよ」
「私、数学で点取れるようになってようやく希望が見えてきたんです。
センターは五科目必要で数学外せないし。
授業もちゃんと聞いてたのにあまり分からなくて……」
71
:
2-9.
:2011/08/14(日) 23:56:21
数学は教師の資質によるところが大きい、と虹岡は思っている。
単純暗記の科目とは違い、教え方の下手な教師に当たるとまったく分からなくなってしまうのだ。
中学、高校にかけて積み重ねていく科目でもあり、
そのどちらかで教師に恵まれないだけで、容易に数学嫌いになってしまう。
里英ちゃんの話を聞いてると、中学高校とダブルではずれを引いてしまったようだった。
虹岡の中学高校時代を振り返るに、中学時代は普通だったが高校では当たりだった。
高校時代に一度、隣のクラスの数学担任が教えに来たことがあったが、あからさまに下手だった。
――隣のクラスはこんなやつに習ってんのか。
学生服姿の虹岡はそんな風に驚愕したものである。
虹岡はセンター程度なら満点取れて時間も余るほどの実力がある。
今でも数学は好きで、時々問題を解いたりする。
そんな感じで数学に特化した虹岡と、数学だけ点が取れなかった里英。
二人は凹凸が合わさるようにして出会ったのだった。
72
:
2-9.
:2011/08/14(日) 23:57:29
「代々塚着きますね」
里英ちゃんの声で虹岡は我に返る。昔の思い出に浸ってしまっていた。
「ほんとだ、じゃあここで」
「おつかれさまです」
小さくおじぎをした里英ちゃんに見送られて、虹岡は電車を降りた。
代々塚の校舎は駅からすぐのところにある。
駅前に出ると、流れてくる風に先ほどより強い湿気を感じる。
空の雲行きが怪しい。夜からもう雨になりそうだ。
虹岡は傘の準備をしていない。
しかし塾へはコンコースを通って濡れずに行ける。
帰りにたとえ土砂降りになっても、虹岡の自宅マンションは最寄の駅からそう遠くない。
夜には友美も帰っているだろう。傘を持ってきてもらえばいい。
虹岡は傘を買うのを保留した。
◆
73
:
2-10.
:2011/08/29(月) 00:15:27
◆◇◆
塾での授業を滞りなく済ませ、休憩室で一服する虹岡。
「おー、いたいた。今日はありがとう」
代々塚の塾長の声がして、虹岡は煙草を消す。
「いえ。みんな素直で授業しやすかったです」
「助かったよー。ちょっと足しといたから」
塾長は給料の入った茶封筒を虹岡に渡す。
「ありがとうございます」
「また困ったときお願いするかもしれないな」
「はい、いつでも」
人の良さそうな塾長は笑顔で去っていった。
74
:
2-10.
:2011/08/29(月) 00:16:14
代々塚の校舎を出るとすっかり夜になっていた。
時刻は午後10時過ぎ。
虹岡が代々塚に来るのは初めてだった。
知らない街の夜というのはどこか落ち着かないものだ。
おまけに今日は空も曇っている。
しかしまだ雨が降り出す感じではなかった。
慣れない校舎での授業は、普段小食の虹岡を空腹にさせた。
塾の隣のラーメン屋に目が留まる。
今日はがっつり食べてもいいか、と思った。
75
:
2-10.
:2011/08/29(月) 00:18:26
赤い暖簾を潜ると、威勢のいい「いらっしゃいませー」の声。
さほど大きくない店だ。
カウンターの中には店主らしきごつい男と、背の小さい女性が一人。
テーブルは数席。
虹岡はカウンターに座った。
女性が水を持ってやってくる。
「いらっしゃいま、あれ、虹岡くん?」
女性をちゃんと見てなかった虹岡は、顔を上げる。
同じゼミの大島優子だった。
「優子さん!? うわびっくりした」
「びっくりしたのこっちだよー」
ポニーテールにくくった髪に頭巾、ラフな格好。大学で受ける印象とは違う。
あははは! と快活に笑った優子は、とりあえずオーダーを取る。
「なんにする?」
「えーと、餃子定食」
「ぎょーていいちー!」
大学ではどちらかというと大人しい印象、というか孤高の存在だった優子。
あまり人とは群れずに静かにしている人だった。
その優子の大声に、虹岡は新鮮なものを感じていた。
「虹岡くん、家この辺だったの?」
「いや、今日はバイトで隣の塾にきて、ふらっとここ入った」
「いい店選んだね」
優子はにこっと笑うと、また仕事に戻った。
76
:
2-10.
:2011/08/29(月) 00:19:01
虹岡は新聞片手に、優子の仕事振りを見守る。
体は小さいながら非常にてきぱきしている。元気もいい。
常連客っぽい人との会話も慣れたものだ。
――優子さんに合ってるな、この仕事。
虹岡がそんなことを考えていると、優子さんと餃子が来た。
「ラーメンもう少々お待ちください」
言葉は丁寧だが、口調には親しみが出ている。
表情も友達に向けるものだった。
虹岡はそれが嬉しかった。
なんなら久しぶりに会った優子ともっと話がしたいぐらいだった。
ゼミでは、二人きりで話したことはほとんどない。
一度、研究室棟の端の喫煙所で、休んでいた虹岡の横を、
優子が通りがかって二言三言交わしたぐらいだ。
それほど交流していたわけではなかったが、
一緒のチームになった課題でも優子はてきぱきと自分の役目を果たしていたし、
流れでチームの進行役になってしまった虹岡は、すごく助かった。
優子に対して、その可愛さだけではなく、虹岡は好印象を持っていたのだった。
店主がラーメンを持ってきて、全てが虹岡の前に揃う。
空腹の虹岡はそれらをかっ喰らった。予想以上に美味い。
優子の言うとおり当たりの店だと思った。
77
:
2-10.
:2011/08/29(月) 00:19:31
虹岡が我を忘れて味を楽しんでいると、隣に誰かが座る。
優子だった。
目の前にはラーメン。
「まかないいただきまーす」
優子は頭巾を取ると、エプロンのポケットにしまう。
店主がカウンター越しに優子に笑いかけた。
「久しぶりだな、優ちゃんが賄い食べるの」
「そんなことないでしょ」
「最近食ってなかっただろ」
「はいはい」
優子はめんどくさくなったのか、店主をあしらってラーメンを食べ始めた。
偶然会った同ゼミ生どうし、話が弾む。
「久しぶりだね、虹岡くんに会うの」
「優子さん、そんなにゼミの集まりこないじゃん」
「私授業は行ってるよ? 飲み会とかはいかないけど」
「あー俺最近研究室行ってなかったからな」
「いいんじゃない? ただ集まってダラダラするよりは」
確かに優子さんにそういうのはあんまり似合わないな、と虹岡は思った。
78
:
2-10.
:2011/08/29(月) 00:20:13
店の扉が豪快に開いた。
赤黒く日焼けして頭にカラータオルを巻いた体格のいい男が店に入ってくる。
優子が振り返った。
「あれ、ゴウさん、今日もうスープないよ?」
「マジかよ! 売り切れかー」
男は額に手をやって、テーブルにどっかり腰掛けた。
優子は席を立って、生ビールを注ぎに厨房の端へ。
中ジョッキにささっと注ぐと、ゴウさん、と呼ばれた男の前へ置いた。
常連客なのだろう。注文を受けずとも優子は分かっているようだった。
店主はスープを確認する。
「ミニラーメンならいけるけど」
「ミニってガラかよ、俺が」
男は豪快に笑うと、目の前の生ビールを3分の2飲んだ。
「じゃ、チャーハンと焼き豚とから揚げ。大盛りで」
「はいよ」
79
:
2-10.
:2011/08/29(月) 00:21:10
男はチラッと虹岡に目をやる。見かけない顔だと思ったのだろう。
「ゆうこの彼氏か?」
「ちがうよ!」
虹岡が喋るより速く、優子が否定した。
事実彼氏でもなんでもないのだが、なぜだろう、虹岡はちょっぴりさみしかった。
「顔はいいけど、細い腕してんなー。ちゃんとメシ食ってんのか?」
「ほんとに細いねー」
優子も虹岡の腕を見ていた。
虹岡はゴウさんの腕を見た。虹岡の腕の倍以上、虹岡の太ももくらいはありそうに思えた。
「ゆうこは俺みてーなのがいいもんな」
「ばーか、さっさと食って家帰れ。奥さん待ってるぞ」
「俺ゆうこが結婚してくれるんだったらすぐ別れっけど。がっはっは」
優子はゴウさんを振り返って睨むと、舌を出す。
そのしぐさですら虹岡は可愛いと思った。
焼き豚と餃子、追加の生ビールを持ってきた店主が苦笑いする。
「ゴウちゃん、秋に二人目産まれるんだろ」
「おーそうよ! 今度は娘! 俺に似ないといいんだけどよー」
ゴウさんは店主と、子供の話や互いの家庭の話を始めた。
顔は怖く喋り方も荒いが、人に与える印象は爽やかだ。
虹岡は何となく、この男に好印象を持ったのだった。
◆◇◆
80
:
名無しAKB
:2011/08/29(月) 00:28:43
-
81
:
名無しAKB
:2011/08/29(月) 00:29:10
〜 4 Wanted Daydream 〜
82
:
_
:2011/08/29(月) 00:29:39
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83
:
さくしゃ
:2011/08/29(月) 00:34:08
アメブロはじめました。
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