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4 Wanted Daydream

1名無しAKB:2010/12/31(金) 18:35:38
〜俺と虹岡君とりのりえのたわいのない日常風景〜

2名無しAKB:2010/12/31(金) 18:37:12
俺と虹岡君は大学生。
りのりえはどっちも高3。

4人並んで座って勉強会。
虹岡、里英、莉乃、俺。
俺と莉乃は地理をやってるが、飽きてきたので目の前のパソコンで、
グーグルアースを動かしつつ遊んでる。

莉乃が面白がってカッチカチ動かす。

「あれ、見えんくなった」
「ちょっとかして」

莉乃からマウスを奪った俺がカッチカチやる。


虹岡君と里英ちゃんはまじめに勉強してる。
数学の得意な虹岡君が、数学苦手な里英ちゃんに丁寧に教えてるとこ。

「ルート外して……5ですかね?」
「そうそう」

里英ちゃんのまじめな質問にまじめに答えてる虹岡だが、
その一見さわやかな表情の裏で何を考えているかは、
俺にもわからない。

マウスを再び莉乃に奪われた俺は、
爽やかなカップルにも見える虹岡君と里英ちゃんを眺めつつ、
俺ら4人が知り合った日のことを思い出していた。

3名無しAKB:2010/12/31(金) 18:39:05
――

気候も穏やかになってきた5月の半ば、
俺と虹岡君は大学で出された課題をマックでやっていたのだが、
少し離れた席で、宿題をやってる女子高生二人組がいたのだ。
それが、莉乃と里英ちゃんだった。

二人はだいぶ宿題に苦戦しているようだった。
ろぐ、だなんたらと聞こえてきたので、
あー数学やってんのかな、なんて思った。
虹岡君も女子高生が気になってたようだったので、
話題に上げることにした。

「あっちの席」
「ん?」
「数学やってるみたいだよな」
「ああ。だね。懐かしくなる」
「ろぐ、とか言ってたから対数んとこじゃね?」
「あーちょっと最初とっつきづらいよね」

俺らが小声で話してると、女子高生のほうから、

「もーわからん!」

と、悲痛な声が聞こえてきた。
虹岡君がちょっとクスっとした。
俺は提案する。

「虹岡君、教えてあげれば」
「え。いいけど、大丈夫かな」
「人助けだって。俺も補助するし」

俺も数学は苦手ではないのだが、
虹岡君のほうが上なのでサポート宣言をしたのだ。
もっとも、そっちのが楽だからというのもあるが。

「うーん」
「ここは俺のためにもぜひ」
「なんでだよ」
「可愛い子だったから」

嘘だった。確認してはなかった。
ただ爽やかな虹岡君が女子高生にどう接するのか、
見てみたいなってのがあった。
それに話のネタになるなとも思った。

虹岡君の爽やかな顔で押していけば、
女子高生も嫌がりはしないだろう、という読みもあった。
だいたいタダでわからないとこ教えてやるんだし。
向こうにとってもいい話だ。

4名無しAKB:2010/12/31(金) 18:39:41
虹岡君はしばし考えたあと、心を決めた。

「よし、行こうか」
「おし」

席を立った虹岡君の少し後ろを俺も行く。
二人で向かってる風だが、俺は実は途中でこっそり離脱した。
女子高生からは見えない席にすっと隠れて、音で様子を伺う。

「こんにちは。数学やってるの?」

虹岡君の優しげな声が聞こえてきた。

「あ、はーい。でもわかんなくて」

女子高生の声の感じからして、嫌がってはないようだ。

「ちょっと見せてもらっていい? 懐かしいなー」

虹岡君、すいすいと入り込んでやがる。
これはなかなか侮れない奴だと改めて思った。

「俺らけっこう数学得意だから、教えようか?」
「俺ら……?」

さっきとは別の女子高生が言った。
うん、といいつつ虹岡君は後ろを見るが、そこに俺の姿はない。

「あれっ!?」
「いやいやごめんトイレいってた」

女子高生の感触を伺ってからの、颯爽とおれ登場。

「お前……」

虹岡君の非難のこもった目線をスルーしつつ、
女子高生に話しかける。

「こいつ数学すげー得意だからさ。ばしばし聞いていいよ。教えるのも上手だし」

おどけた感じでそう言って、軽く場をほぐす。
女子高生も少し笑ってて、ミッションは成功のようだ。
それぞれ女子高生の隣に座る。
今思えば俺が莉乃、虹岡君が里英ちゃんの隣だったのだが、
あの頃の俺は、ふたりともあんま胸ねーな、とかそんなことしか考えてなかった。

5名無しAKB:2010/12/31(金) 18:40:38
――

「陽くん、見て見て」

ぼーっと思い出に浸っていたところを、莉乃に呼ばれて我に返る。
自己紹介がまだだったが、俺の名前は大原陽一です。

「ん?」
「ほらこれ」

莉乃が指差すのはマインスイーパーの画面。
上級のクリアタイムが88秒。

「早!」
「へへー」
「お前こんな早く解けんのかよ」
「いやーこれはうち的にも最高記録」
「俺100秒きったことないのに……」
「あれ? 勝っちゃった?」
「勉強できねーくせにこのやろう」
「パソコンっ子やけんねー」

調子に乗り始めた莉乃の細い肩をはたく。
莉乃はそれをガードしながらも自己記録更新に嬉しそうだ。

「あ、健吾くんに借りた本持ってくるの忘れた!」

突然声を上げた莉乃に、
虹岡君が里英ちゃんのノートから顔を上げた。にこっと笑う。

「いいよーいつでも」

紹介がまだでしたが、虹岡君は下の名前を健吾といいます。

61-1.:2010/12/31(金) 18:42:14
三人が言葉を交わす中、一人もくもくと問題を解く里英ちゃんだったが、
あ、と呟きシャーペンを置いて、かばんの中からギフトのお菓子を取り出した。
俺のそばまで来て両手で差し出す。

「これ母から大原さんへ、お礼です」
「いやいや、申し訳ない」
「ありがとうございました」

里英ちゃんが少し微笑んだ。
勉強中はまじめな美人の里英ちゃんが、
ふっと表情を崩すと見とれてしまうものがあるなーと、改めて思う。

「なにしたの?」

莉乃が興味深そうに聞いてきた。

「パソコン調子悪いって言うから、直しにいったんだよ」
「へー」
「全然何てことなかった。いらんそうなの消しといたし、しばらく大丈夫。
 つーか莉乃直してやれよ。パソコン得意だろ」
「うち使うの専門やけんわからんもーん」
「得意げにいうな、得意げに」

とかっておどけてた俺と莉乃とは対照的に、
黙々と勉強する里英ちゃんと、それを見守る虹岡君。

「……勉強するか」
「……だね」

影響されて再び勉強に向かう二人なのだった。

71-2.:2011/01/15(土) 20:54:27
4人が黙々と勤しむ勉強タイム。
俺と莉乃も再び集中し始めて、英語の課題に取り組んでいる。
莉乃は調子のいいやつではあるけれど、やるときはやる子で、
俺はそういうところが嫌いじゃない。

ふと里英ちゃんが勉強道具を片付け始めた。
俺が尋ねる。

「里英ちゃん、今日バイト?」
「はい」

里英ちゃんはアイスクリーム屋でバイトしている。
以前俺と虹岡君と莉乃の三人で仕事姿を見に行ったことがあるのだが、
見事なまでに美人店員だった。
くくった髪にパステルカラーの制服がよく似合っていて、
思わず見とれてしまったものだった。

俺は一つ企んで、莉乃に耳打ちする。
ひととおり吹き込んでから、アイコンタクト。莉乃も理解したようだ。

莉乃が細い腕で自分の腹をさすった。

「あーなんかアイス食べたくなったー」
「あ、俺も」
「健吾くん、アイス食べたくない?」

莉乃が笑顔で虹岡君に聞いた。

「そうだな、食べたいかも」
「じゃ三人でぐーぱーして、負けた人が里英ちゃんのとこで買ってくるってことで」
「いいよ」

里英ちゃんのアイスクリーム屋はけっこう近くにあるのだ。
俺と莉乃はこっそりほくそ笑んだ。

81-2.:2011/01/15(土) 20:55:10
――

健吾と里英は二人並んでアイスクリーム屋への道を歩いている。
健吾が振り返って、ガラスの向こうに座る陽一と莉乃を見た。

陽一と莉乃はへらへらした笑顔で手を振る。
里英がそれを見て少し笑った。

「虹岡さん、少しおまけしましょうか?」

笑いながら里英がそう言った。

「俺はいいけど、莉乃ちゃんの分にしてあげてよ」
「わかりました」

健吾は先ほどのぐーぱーに腑に落ちないものを感じていたが、
真実にたどり着くことはなかった。
健吾の負けは決まっていたのだ。
陽一と莉乃は、二人同じパターンでしか手を出さない密約を結んでいたのだから。

「いつも勉強見ていただいて、ありがとうございます」

里英の丁寧な口調に、健吾も自然と丁寧な振る舞いになる。

「いえいえ、俺も教えるの好きですので」
「虹岡さんに教えてもらうようになってから、成績上がったんですよ」

里英は嬉しそうだ。

「よかった、役に立てて」

健吾も笑顔で返した。

91-2.:2011/01/15(土) 20:56:01
――

アイスクリーム屋の客層は女子がメイン、男がいてもカップルなので、
健吾のように男一人で来る客は珍しい。
健吾は店先で、里英がカウンターに出るのを待つ。
莉乃のおまけをしてもらうためだ。
適当にケイタイを触りながら時間をつぶしていると、
高校の制服からバイトの制服に着替え終わった里英が、店に出てきた。
相変わらずの美人店員ぶりだなあ、と健吾は思った。

ひとり自動ドアをくぐって、レジに並ぶ。
注文のパネルを見る男一人。女子客からの好奇の目に晒された。

莉乃のオーダーはチョコミント。
里英も莉乃の好みを把握しているから、
健吾とアイコンタクトしてチョコミントだけ少し多目にする。
間違えた感じに、もう一つプラスしてもバレる事はないが、
里英は真面目な性格ゆえ、あくまで一つを大きめにするに留めた。

101-2.:2011/01/15(土) 20:56:38
――

その頃の陽一と莉乃は、アイスを待ちつつ手持ち無沙汰。

「なー莉乃、どう思う? あの二人」
「いい感じじゃない?」
「だよなー。健吾君は里英ちゃんのこと好きだと思う」
「りえこも健吾くんのこと好きだと思うよ」
「あ、やっぱり?」
「うん」
「でも里英ちゃん、あんまりはしゃいだ感じじゃないよね」
「りえこキャピキャピしてないもん」
「そうか」
「健吾くんだって、あんまり押してなくない?」
「健吾君大学でもあんな感じだし」
「あーそうなんだ」

陽一がガラスの外を見やると、アイスを持って戻ってくる健吾の姿を捉えた。

「二人ともお互い好感持ってるのは間違いないよな」
「うん」
「よし、じゃーもうちょっと押してくか」
「ねー、さっきの健吾くんに行かせたのって、りえこと二人きりにするため?」
「そうそう。ま、行くのめんどくせーってのもあったけど」
「あはは」

111-2.:2011/01/15(土) 20:57:41
――

健吾はアイスクリームが溶けないように早足でマックに戻ると、
二人から手厚い歓迎を受けた。

「待ってました!」

陽一の高いテンションをスルーして、健吾はまず莉乃にチョコミント(大)を渡す。

「ありがとー。これおっきめじゃない?」
「里英ちゃんがおまけしてくれたよ」
「さすがりえこ」

莉乃は早速ぱくついた。
健吾は陽一にアイスを渡すと、自分も食べだす。

陽一はアイスを食べながら健吾に聞く。

「ところで健吾くん、里英ちゃんとはどうなってんのー?」

カルい陽一の問いに、健吾は少し笑って答える。

「どうってなに」
「ほら、付き合うとかそういうの」
「うーん、いい友達だと思うけど」

莉乃も会話に入ってきた。

「里英ちゃんたぶん、健吾くんのこと好きだよ」
「嬉しいな。俺も里英ちゃんのこと好きだし。
 勉強教える立場としては、もっと頑張らないとな」

にこやかに答えた健吾に、莉乃は不満顔だ。

「そーゆー好きじゃなくてさぁ……」
「健吾くん、里英ちゃんに彼氏いたらどう思うよ?」
「いいんじゃない? いい奴で勉強の邪魔しないんだったら」
「うーむ……」

どうも読めない健吾の態度に、陽一も困ってきた。
健吾は腕時計を見て、席を立ち上がる。

「ごめん今日用事あるんだった。先行く。二人でごゆっくり」

颯爽と去っていった健吾を、止める間もなく見送る陽一と莉乃だった。

「いっちゃったな……」
「ね……」
「莉乃、里英ちゃんのほう押してみてくれよ」
「え〜、でもりえことあんまりそういう話、しないんだけど」
「うーむ、そっか。様子だけでも探っとけ」
「わかったー」

121-3.:2011/01/21(金) 22:55:52
――


莉乃が陽一のケイタイに入ってるゲームで遊んでる間、
陽一はiPodで曲を聴きながら、ぼーっと外を見ている。
視界と平行に流れる人々を眺めていると、
セクシーな女子高生3人組が店に入ってくるのが見えた。
そのうちの一人と目が合う。

「陽ちゃん!?」
「久しぶりだな」
「びっくりした〜。マックとか嫌いじゃなかったっけ」
「あー、たまには」
「へー」

その女子高生は、莉乃のほうをチラッと見た。

「とも、相変わらずぷくぷくしてんな」
「え〜ちょっと痩せたし!」

高い声が可愛い女子高生は、本気でむくれている。
この、とも、と呼ばれた女子高生。
フルネームを河西智美という。

莉乃は智美の制服から覗いたセクシー太ももを見て、
実はこっそりと悔しがっていた。

「まーまーいいじゃん、丸いぐらいで。元気にしてんの?」
「うん」
「ダイエットとかしなくていいんだから」
「ううん。する」
「ともは丸いほうが可愛いんだって」
「細くなりたいし」
「お前あいかわらず俺の話聞いてねーな……」

131-3.:2011/01/21(金) 22:56:54
智美の友達二人が先に行こうとする。

「あ、じゃいくね。ばいばーい」

陽一も小さく手を振った。
莉乃は店の奥に歩いていく智美の姿を目で追う。

「すごい可愛いひとー」
「あほだけどな」
「モトカノ?」
「……ん、そう」
「もったいなーい、なんで別れちゃったの?」
「なんだっけなー。もうだいぶ前だし」

苦笑する陽一に、シェイクのストローを口にくわえたままの莉乃がさらに聞く。

「より戻すとかは?」
「ないだろうなあ」
「ふーん」
「ま、しばらく恋愛はいいかな」
「ふーん」

上目遣いで疑う莉乃と目を合わせて、にっこりと陽一は笑った。

141-3.:2011/01/21(金) 22:57:52
再び陽一のケイタイでゲームを始めた莉乃だったが、
突然の着信。

「あ、電話きた。こじま、さん」

莉乃から渡されたケイタイを陽一が見る。

「あー小嶋か。……もしもし?」
「大原君! 今大学いる!?」

電話の向こうで叫んでるのは、小嶋陽菜(はるな)だ。
同じ学部の同級生で美人と噂だが、性格はすっとぼけている。

「いないけど、桜川のマックにいるから近いな」
「自然言語マーケティングのレポート今日までだって!」
「うん、知ってる。俺だいぶ前に出したし」
「どうしよう……、私今知った……」

時計を見る。
3時だ。
レポート提出締め切りの6時まであと3時間。

「小嶋、一応聞くけど、どれぐらい書いた?」
「え? ぜんぜん……」
「やっぱな……」
「どうしよう!?」
「あーじゃ今から大学行くから、B棟の学食にいろよな。
 あ、メディアスペースのパソコン一個確保しといて。
 ん。じゃ着いたら電話する」

陽一はジャケットを羽織りながら、
あと3時間で出来ることをシミュレーションする。

「つーことで俺いくわ。勉強の続きはまた」
「はーい」

莉乃が少し残念そうな顔をして、
陽一は不覚にもそれを可愛いと思った。

151-3.:2011/01/21(金) 22:58:34


 レポート提出の期限まで

 あと

 - 02:55 -

161-4.:2011/01/29(土) 00:31:11

陽一は急いで大学に着くと、自転車を駐輪場には停めずB棟の脇に隠した。
時間がないので緊急避難だ。
チラッと腕時計を見る。
15時25分。
レポート提出の期限まであと2時間半余り。

B棟の学食に入ると、陽一は陽菜に電話をした。
コールをしつつ見回すと、陽菜の後姿を見つけた。

「小嶋」
「大原君! どうしよう……」

陽菜は泣きそうになってるが、そんなときでも美人だった。
美人てやつは得だなやっぱり、と陽一は思った。

「多分何とかなる、けど、小嶋は一応手書きしとけ。とりあえず表紙」
「んー、わかった。でも中身書けないよ?」
「1ページでもいい。自然言語マーケティングの教科書は?」
「もってる」
「んじゃ、言語経営の項目を読んで感想みたいなのでもいいから」
「はい」

普段なら生意気盛りの陽菜だが、状況が状況だけに素直だった。
美人さとかわいらしい服装があいまって、陽一に下心が沸いたが、残り時間がそれを許さない。

「じゃ俺はパソコンで何とかしてくっから、5時になったらメディアセンターに来いよ」
「はーい」

陽菜は笑顔で答えた。
こいつ、もう出来上がった気でいやがる。

「間に合わねえ可能性がたけーんだから、お前もちゃんと書けよ!」
「はーい……」

171-4.:2011/01/29(土) 00:31:52

陽菜に釘を刺すと、陽一はメディアルームに向かった。
自然言語マーケティングの教授はかなり甘い。
ネットで良いテキストを探し出せたら、それをまるっと使っても大丈夫だろう。
できれば検索順位の低いところから持ってきたい。

陽一は自身のレポート作成の際、ネットに散らばるテキスト群の世話にならなかった。
好きな講義だったし自分で思うところを書いたからだ。
感想文のようなもので構わない、との情報を先輩から得ていたのもある。
ネットの文章丸写しはやはり気が引けたし、なにより書きたかった。

使い勝手のいい文章が転がってるだろうか。それを見つけられるか。
陽一が心配する点はそこだった。
できればブログがヒットするといいのだが。

自然言語マーケティングは、決してメジャーな学問領域ではない。
教授の指定した参考文献ですら2冊しかなかった。

陽一は検索ワードをあれこれ変えて試してみるが、目ぼしいものに辿り着けない。
ふと時計を見やる。
4時半になろうとしていた。
これ以上探していても進展がない。そう判断した陽一は陽菜の手書きをサポートする作戦に変更した。

181-4.:2011/01/29(土) 00:33:39

陽一は学食に戻ると、レポートを書いている陽菜の手元を覗き込んだ。
たった、三行。

「……小嶋さん」
「あれ? おかえりー」
「おかえりじゃねえよ。これ」

そう言って陽菜のレポートを指さす。

「これ以上進まないんだもん」
「残念なお知らせですが、パソコンで探すのはムリでした」
「うそー」
「だから手書きな。あと1時間で」
「えー、むり……」

陽一はレポート用紙を取り上げて、一読する。
教科書の文章を写しただけだ。
筆がまったく進んでいない。

「言語経営の項目が書きやすいと思ってたけど、マーケティング寄りでいくか」
「1時間でとかムリだよ……」

弱音を吐く陽菜。それを陽一が励ます。

「大丈夫。今日完成させなくてもいい」
「そうなの?!」
「あの教授、可愛い子に弱いから。小嶋なら未完成でも通せるはず」
「へー」
「美人に産んでくれた母さんに感謝しろよ」
「うん」

否定しないところも、陽菜のいいところだ。

「つっても書かなくていいってわけじゃねーからな。今日ラフなもの出しといても、後日差し替えが利くってこと」
「あーそっか……」
「まあ3日以内だな。上手に甘えつつ完成レポート出せば、なんとかなるだろ」

本当は1週間ぐらいは見ても大丈夫だろうと陽一は判断していた。
しかし陽菜には厳しい目に3日間と伝えた。
それでちょうど5日目ぐらいに持ってくことになるだろうから。

191-4.:2011/01/29(土) 00:34:30
「大原君手伝ってくんない?」
「ここから先は彼氏に頼め」
「もう別れたしー」
「え? 別れたのか。あの体育会系リーマン」
「うん、けっこう前」
「大手証券会社だとか言って喜んでたじゃねーか」
「うーん、いいかなと思ってたんだけど」
「小嶋にべたぼれしてたのになあ、かわいそうに」
「なんか色々してくれすぎて飽きちゃった」

陽一は少しその元彼を哀れんだ。

「手伝ってもいいけど、なんかおごって」
「いいよー」
「んじゃテレキャス」
「てれきゃす? なにそれ、お菓子? いくらぐらい?」

陽一は両手で、6、の数字を示した。
陽菜は、ふーん、って顔でそれを見る。

「600円?」
「6万円、ぐらい」
「はあ?」

陽菜がちょっと怒りかけた。
美人なのもあって怒るとちょっとほんとに怖い。

「ごめん嘘です。ほしいことはほしいけど。テレキャスの弦にする」
「それいくら?」
「千円ぐらい」
「んーまあそれなら」

陽菜の許しが出た。
陽一はバンドをやっているのだが、最近ギター弦がへたってきててちょうど替えたかったのだ。

「じゃ今日は、半ページぐらい書いて6時までに出してこいよ」
「はーい」
「表紙作った?」
「あ、まだ」
「じゃサービスで作っとく」
「大原君、頼りになるー」
「そういう甘えんのは合コンでやれ」

陽一は嫌そうでもなく言うと、パソコンルームに戻った。
ささっと表紙をつくり、プリンタで2部吐き出すと、
学食に戻って、なんやかんやで頑張って書いてる陽菜に渡す。

「はいこれ」
「ありがとー。あれ、二枚?」
「後日出す分」
「あ、そっか。できる男はちがうなー」
「はいはい、どーもー。本番書くのいつにする?」

陽菜は可愛らしいピンクの手帳を取り出した。

「えっとー、土曜はバイトだからー、日曜の午後はどう?」
「おっけー。場所は図書館な。1時で」
「はーい。お願いします」

可愛い顔でしおらしく頼んだ陽菜を見て、こいつはどこでもうまくやってけるな、と思った陽一でした。

201-5,:2011/02/04(金) 20:35:26
――


莉乃、陽一と別れた健吾は、電車を乗り継いで家に帰ってきた。

とあるマンションの一室。
健吾は『虹岡』の表札の前を通り過ぎ、『板野』と書かれたドアの呼び鈴を鳴らす。
ガチャッ、という扉が開く音と共に、

「おそーい」

と少し鼻にかかったような声で、ギャルっぽい女子高生が出てくる。
板野友美。
虹岡健吾のお隣さんで、家族ぐるみの付き合いである。

「おそくねーよ」

健吾は普段わりと丁寧な口調なのだが、友美の前では言葉がくだけてしまう。
もっとも、こっちが本来の自分のような気はしている。

「おなかすいた。オムライス食べたい」
「こないだもじゃねーか」
「好きだしいいの」

211-5.:2011/02/04(金) 20:36:47
友美は健吾を招き入れて、自分はリビングに座りゲームの続きを始める。
料理がまったく出来ない、というかする気のない友美に代わって、
健吾が二人分の夕食を作るというのが習慣になっているのだ。
互いの両親は仕事でいつも帰りが遅い。

両家の家事全般は、健吾と友美の二人でこなしている形だ。
健吾が料理、友美が掃除と洗濯。
健吾が友美の料理も作る代わりに、友美は健吾の布団を干したり、部屋を掃除したり。
お互いの得意なところを活かしている。
いつの頃からだろうか、こういう役割分担になっていた。

健吾がキッチンに立ち、卵を割ってかき混ぜていると、
いつの間にか友美が隣に来ていた。

「これジーンズのポケットに入ってたよ」

そう言ってメモを渡す。

『法科学原論のゼミは来週に延期です。 大島優子』

「あー、いれっぱだったか、ありがと」
「だれ? 彼女?」
「ちげーよ、大学の友達」
「メールじゃなくてメモなんだ」
「優子さん、携帯もってねーからな」
「ふーん、いまどき珍しいね」

221-5.:2011/02/04(金) 20:37:22
健吾は2人前のオムライスを手早くつくると、
ゲームをしている友美がいるリビングの机に運んだ。
オムライスを横目に、友美はゲームをやめようとしない。

「さめるぞ」
「もうちょっと」
「とーも」

呼びかけるが友美は熱中している。
健吾もゲーム画面を眺める。ガンアクションのようだ。
健吾はカウントダウンを始める。

「10、9、8……」
「よし!」

ステージクリアの表示がされ、友美が小さくガッツポーズをする。
リザルトは、Sランクだ。
健吾はほとんどゲームをしないのでわからないが、どうやら友美はかなり上手いらしい。

231-5.:2011/02/04(金) 20:38:05
友美がスプーンを手にする。

「いただきまーす」
「手洗ってこい」
「……はーい」

友美に手を洗わせてから、オムライスを二人でいただく。

「うまーい」
「友はなんでもうまいって言うからな」
「健の料理全部おいしいよ。でもオムライス特に好き」
「さらに腕みがくか。オムライス屋でバイトでもして」
「今なんのバイトしてんだっけ」
「塾の先生」
「へー、そんなのも出来るんだ」
「むかし友にも教えてやったじゃねーか」
「そうだっけ、あんま覚えてない」
「ったく……。でもこのバイトは長く続ける」
「そうなの? 健ってすぐバイト変えるのに」
「趣味と実益みたいなとこあるからな」
「? よくわかんなーい」
「今高校生に勉強教えててさ。大学受験控えてるし、俺もまじめにやっとくか、って」

241-5.:2011/02/04(金) 20:38:49
友美が健吾を訝しそうな目で見る。

「それ女の子でしょ」
「……そうだけど」
「健ってホント女に弱いよねー」
「んなことねえよ」
「都合のいい男にならないようにしてよ」
「……気をつけます」
「で、その子って可愛い?」
「あー、美人、だって友達が言ってた」
「彼女にしちゃえばいいじゃん」
「いやそういう感じじゃねーんだって。生徒と先生みたいな」
「ばか! 女子高生的にはー、嫌いな男に勉強なんて教わらないの」
「そういうもんですか」
「今度勉強するとき友も連れてってよ。押したげるから」
「あほか」
「健はさー、むっつりスケベだけど顔は悪くないんだから、友的にはもっと頑張ってほしいわけ、恋愛方面で。だいたいさあ、健の彼女をふりかえるにだよ、あんまり可愛い子いないじゃん」
「お前さらっと失礼なことを……」
「友としてはー、パシーンと光るような子を彼女にしてほしいわけよ。がんばれ」
「……」
「あ、さっきのメモの人は? 可愛い?」
「優子さんか。可愛いな」
「健の判断じゃなくて。周りではなんて言われてんの」
「俺の主観はあてになんねーってか……。優子さんは学部の男に3回告られて、3回振ってます。俺の友達評価でも可愛いって言われてますよ」
「うん、ならよし」

なぜか友美は機嫌良く、自分から食事の後片付けを始めた。
健吾はその後姿と揺れる制服のスカートをなんとなく見る。
そういやこいつ、今彼氏いんのかな? と思った。

252-1.:2011/02/13(日) 22:52:10
――


ある陽気のいい土曜日。
陽一、健吾、莉乃里英の4人はボウリングに来た。
普段なら集まって受験勉強をする組み合わせだが、
たまには休息も必要。

莉乃はこのまま学校の成績を維持しつつ、問題も起こさなければ、
大学への指定校推薦をもらえそうだし、
里英ちゃんは、健吾君が丁寧に教えて成績も上がり、
志望校へのルートは確かなものになりつつあるし、
おそらく大丈夫だろう。

と、いうようなことを陽一は考えていた。

そんなことを考えながら投げた、第5フレームの第一投。
球の軌道は大きく反れて、右端の1ピンだけを倒した。

「やべ」

思わず陽一は言葉を漏らした。

「ちょっと、しっかりしてよー」

後ろに座ってる莉乃が不満そうな顔をする。

262-1.:2011/02/13(日) 22:52:48
「ちょっと考え事してた」
「集中力が足りない!」

ここぞとばかりに莉乃が言った。
普段、勉強中に陽一からしつこく言われてるフレーズを言い返して、
得意げな顔をしている。
陽一はそれにちょっとむかついた。

「ほら、向こうのお姉さんがエロくて」

陽一は指で、一つ飛ばして隣のレーンでボウリングをしている、
4人連れの女性集団を示す。
白熱してきたのか、先ほどより薄い格好になったお姉さんたちが、
わっきゃわきゃ騒いでいた。

莉乃もチラッとそちらを見る。
自分にはない大人の色気を感じたのか、ふてくされた顔をした。

「勝負に集中してよー、ジュースかかってんだから」

そうなのだ。
陽一莉乃、健吾里英のペアで勝負をしていたのだ。
いまのところ健吾里英ペアのほうが10ピンほどリードしている。

陽一は健吾とボウリングに来たのは初めてで、
互いに同じような実力だと今日知った。
アベレージ140ってとこだろう。

莉乃里英はやっぱりこれも同じぐらいで、70程度。
つまりどっちが勝つかわからない、いい勝負になりそうなのだ。

272-1.:2011/02/13(日) 22:53:36
 
健吾の6フレーム目。
柔軟なフォームから繰り出された弾が、本日二度目のストライクを叩き出す。

「よし」

笑顔の健吾が、これまた笑顔の里英とハイタッチをした。
それを恨めしそうに見る、陽一と莉乃。

「まずいな……」
「まずいよ……」

そのまずい空気は、結局ぬぐえないまま。
莉乃が過剰な緊張からボールを落とすハプニングなどもかまし、
最終的に40ピン差をつけられて、陽一・莉乃ペアは負けてしまったのだった。


受付カウンター近くの自販機。
面白くなさそうな顔をしている陽一、莉乃。
自然と笑顔になる健吾、里英が対照的だ。

陽一はしぶしぶ財布を出す。

「健吾君何する?」
「メロンソーダ」

メロンソーダのボタンを押す陽一の一つとなりの自販機で、
同じようにしぶしぶ財布を出す莉乃。

「里英ちゃん、なんにする」
「じゃあ、はちみつレモンいただこっかな」

282-1.:2011/02/13(日) 22:54:29
 
4人がジュースを買い終え、再びレーンに戻ろうとした時。
受付カウンターで手続き中の、女子高生2人組の声がした。
なんとなくそちらを見た陽一と健吾は、同時に声を上げる。

「「とも!?」」

2人組は、板野友美・河西智美の、ともともペアだったのだ。
健吾に気づいてヒラヒラ手を振る友美と、名前を書き中の智美。

陽一は健吾に聞く。

「健吾君、とものこと知ってんの?」

健吾も不思議そうだ。

「大原君こそ、友と知り合い?」
「あれ、どういうこと? あのギャルっぽい子……」
「友だよね」
「え、あの子も、ともっていうの?」
「あれ、あっちの子も友っていうんだ」

陽一は名前を書いてる智美に近づく。
智美は、陽一に気づいて顔を上げた。

「あれ、陽ちゃん。どしたのー?」
「見てのとおりボウリング」
「へー、とももだよ」

陽一は、健吾に話しかけに行ってる板野友美を指差す。

「あの子、名前なんていうの?」
「えー、なに? タイプー?」

あははーと智美は笑った。

「そういうんじゃないけど、名前なんてーの?」
「板野友美。ともと名前一緒なんだよー」
「そういうことか……」

全てを理解した陽一が健吾を見ると、
どうやら健吾も友美に話を聞いているようだった。

292-1.:2011/02/13(日) 22:56:06
 
友美はりのりえに愛想良く挨拶したあと、健吾に聞いた。

「何番レーンでやってんの」
「32」

ふーん、といい32レーンを確認する友美。

「あ、隣の31空いてんじゃん。替えてもらお」

そう言い残してさっさか受付へ戻る友美。
健吾は止める暇もなかった。

「おい! ったく……」

相変わらずの友美の勝手っぷりに諦め顔の健吾に、
そばへ戻ってきた陽一が話しかけた。

「健吾君、あのギャルっぽいともみちゃんと友達なんだなー。意外だ」
「そう? 俺ギャル好きってわけじゃないからなあ」
「かなり仲良しじゃね?」
「あー、兄妹みたいなもんだから」

陽一は莉乃と里英ちゃんの表情を伺ったが、はっきりと読み取れるようなサインはない。
いきなりのともとも登場に少し驚いているようではあった。
受付に戻っていく友美の姿を目で追っている莉乃を、陽一がつっつく。

「あの子健吾君の友達なんだってさ」
「そうなんだ」
「んであっちの、靴借りにいってんのが――」
「陽くんのモトカノでしょ」

話を聞いてた里英ちゃんが、そうなんだ! と驚きの声を上げた。

「あれ、知ってたっけ」
「マックでほら」
「あー、あんときか」

302-1.:2011/02/13(日) 22:56:49
 
智美が靴を2足抱えて、陽一のほうにやってくる。

「31ってどこー?」

一般的には甘ったるいと思われる声で、智美が聞いた。
陽一が指差す。

「あそこ。ちなみに俺らの隣」
「へー、となりかー。よろしくぅ」

莉乃里英に対し、にこやかに笑顔を放つと、
智美は31レーンに歩いていった。
莉乃里英の表情を陽一が伺うに、智美に対して悪い印象ではなさそうだ。

智美の愛されるキャラクターは、誤解も招きやすいが、
男心だけでなく女心を捉える力すら発揮することがある。
相変わらず憎めないやつだな、と陽一は智美の後姿を眺めながら思った。


そんな陽一の横で、健吾はなにやら不穏な空気を感じていた。
昔から友美が張り切るとロクなことがない。
何も起こりませんように、と、ただただ願う健吾だった。

312-2.:2011/03/08(火) 23:52:56
 
引き続きボウリング。

陽一健吾とりのりえは投げ疲れたので、ジュースを飲みながら休憩。
隣で投げてるともともを見ている。

二人ともそんなうまくはない。
智美の一投目。8本を倒した。

陽一が言う。

「あれ、ともうまくなってね?」
「でしょー。ちょっと習ったんだー」

智美が嬉しそうに返した。
二投目スペアは取れず。

続いて友美が投げるが、どこかぎこちない。
5本を倒し、2投目で3本を倒した。
健吾は、昔と変わりないな、と思った。


ともともはゲームを終え、二人とも70に届かず。
女の子としてはわりとよくあるスコアである。

322-2.:2011/03/08(火) 23:53:46
友美はジュースを買って戻ってくると、健吾に話しかけた。

「ねー、勝負しようよ勝負」
「いいけど、ハンデとかなしで?」
「んー、さすがに勝てないから、女子4人対男子2人ってのどう?」

友美は笑顔でりのりえを促す。
莉乃がのっかった。

「おもしろそう!」
「でしょー」

里英も、表情からして賛成のようだ。

332-2.:2011/03/08(火) 23:54:14
陽一は、頭の中で戦況分析していた。

――俺と健吾君二人足して300弱か。
――莉乃と里英ちゃんも70程度だから4人で280。
――いい勝負になりそうだし、勝てなくもない。

「健吾君、いいんじゃない。面白そうだし」
「んー……」

健吾は迷っていた。
健吾の脳内でも陽一と同じようなシミュレーションがなされていたのだが、
そこに疑いを加えたのが、友美の眼だ。
いたずらを考えているときの眼なのだ。

――こいつは何かたくらんでる。

疑念をぬぐえない健吾の背中を、陽一が叩いた。

「大丈夫だって。俺今日調子いいしさ。健吾君の分も取るから」

健吾は多数決的空気に押し切られ、対決を了承した。

342-3.:2011/03/24(木) 23:08:31
 
――


負けたほうは、ボウリング代と、あと好きなものなんでも一つをおごるというルールで、
男2、対、女4の対決は静かに始まった。

陽一と健吾は隣のペースに合わせて、ゆっくりと投げていく。
3フレームを終えたところで、互いにストライク1にスペア1。
悪くない出だしだ。

健吾がチラッと隣を伺うと、まだ1フレームを終えたところだった。
陽一が何とかスペアを取る。

「よし」

座っている健吾とハイタッチしてから、ジュースを飲んだ。
健吾は立ち上がろうとせず、タバコに火をつける。

「隣まだ遅いから、ゆっくりやろう」
「あー、そうだな」

陽一も隣のスコアを見た。
投げる順番は莉乃、里英、智美、友美になっていた。

友美がスペアを取ってる以外は、里英6、智美3。莉乃は1ピン。
いたって女の子らしい点数だった。

――これは勝てる。

そう思った陽一は余裕の表情で隣の莉乃をじーっと見るが、こちらに気づかない。
見つめるのも飽きたのでケイタイに目を落とした。

352-3.:2011/03/24(木) 23:09:32

それから。

健吾も戦況が良いと判断しているのか、投げるフォームが伸びやかだ。
6フレーム目の第一投。
理想のコースを通ったボールは、あわやストライクかと思われたが9ピンを倒した。

健吾がふと隣を見ると、ちょうど友美が投げるところだった。
先ほどの友美と何かが違う。
健吾が目を離せないでいると、練習とは打って変わった滑らかなフォームで玉を投げる。
上手にカーブのかかった玉は、さほどスピードがないながらも、9ピンを倒した。

「うーん、おしい」

友美は悔しがると、健吾の視線に気づいた。
いたずらっぽい顔で笑う。

健吾は顔を上げて、友美のスコアを見た。

5フレームまでで、スコア82。

他3人のスコアも本日のベストスコアペースだった。
まるで友美のスコアに触発されているかのように。

362-3.:2011/03/24(木) 23:10:39

健吾は危機感をおぼえて陽一を呼ぶ。
陽一はもはや隣を見ていない。自分のスコアとケイタイだけ気にしていた。

「大原君」
「ん?」
「隣見て」

のんびりと顔を向けた陽一は、上からスコアを見ていく。

「あれ、みんな調子いいな……って友美ちゃん82!? ストライクとスペアしかねえ」
「どういうことだ」
「さっき全部投げて70ぐらいじゃなかった?」
「そうだよ。そんなもんだった」

健吾と陽一が目の離せない、友美の6フレーム2投目。
小さな体ながら流れるようなフォームで、残った1ピンを難なく倒した。

「いえーい」

ハイタッチで迎えられる友美を見ながら、健吾は違和感の原因を探していた。
陽一がふとつぶやく。

「友美ちゃん、左投げなんだな……」
「それだ!」

健吾が声を上げた。

勝負が始まってから左投げの友美。
練習のときは、右手で投げていたのだ。

――あのぎこちなさは、利き手じゃなかったからか。

372-3.:2011/03/24(木) 23:11:17
「あいつ両利きなんだった」
「まじで」
「しかも投げるの左だった。小学生の頃一緒にキャッチボールしてて、友の左利き用グローブ買ってたんだった。俺んちにまだある。昔すぎて忘れてた」
「でも利き手で投げてるからって、女の子であの上手さ、普通じゃねーよ」
「あいつ運動神経いいんだ。しかもハマりだすとやりこむ。最近帰り遅いのこれだったか……」

女子チームを眺める健吾の視線に、陽一も合わす。
陽一はもう一度友美のスコアを見た。

「今の時点で80だろ。このままいくと」
「俺ら調子よくても勝てないぞ、これ」

健吾は立ち上がり、隣のレーンへ。
足組んで余裕こいてる友美を呼び出す。

「とーも」
「んー?」

全てわかってる顔で振り向いた友美は、笑ってる。

「ちょっとおいで」
「なに?」

382-3.:2011/03/24(木) 23:12:21
テクテクやってきた友美は、健吾の前で腕を組んだ。

「お前、めちゃめちゃ調子いいな」
「え、そうかな?」
「なんか企んでると思ったら、これだったか……。最近帰り遅いのも」
「なんのことかなー?」
「可愛くとぼけてもだめ!」

友美はうきうきしている。事がうまく運んでいて嬉しいのだろう。

「友の力はもうわかったよ。このままじゃ俺らは勝ち目がない。そこでさ、代表戦にしてくれないか。合計じゃなくて、各チームの最多得点者同士で、チームの勝敗を決するということで」
「えー、急にルール変更?」
「そっちが勝ったら、好きなもの2つでいい。俺らが勝っても1つのままで」
「どうしようっかなー。相談してくる」

友美が女3人に話しに行ってる間、健吾も陽一に説明をした。

「――って切り出しちゃったんだけど」
「問題ない、というか最善策じゃね。今のままじゃ俺らの勝ち目ないもん。俺か健吾君が友美ちゃんに勝つ目ならまだある。つっても、友美ちゃんのペースは俺のベストスコア並なんだけどね……」
「俺も相当調子よくないとわかんないな……。俺らのどっちかが勝つってラインはありえる」
「油断したらやられっから俺ら二人とも勝つ気で行こうな!」
「うん、気を引き締めていこう」

392-3.:2011/03/24(木) 23:12:58
健吾が友美を見やると、それに気づいた友美が、頭の上で大きく丸を作った。
話は、通ったということだ。
健吾が陽一に告げる。

「向こうもOKだって」
「よし」

陽一は、小さく息を吐いて立ち上がる。
勝ち目のあるルールへの変更は許されたが、それは厳しい勝負の始まりを意味していた。

陽一の投げる番。念入りに玉を拭いて、セットポジション。


チームの命運をかけた個人戦、再スタート。

40名無しAKB:2011/04/07(木) 02:59:44
すっごい面白いです。
続き楽しみにしてます。
小嶋さんと河西さんのキャラが良いですねー。

41さくしゃ:2011/04/15(金) 23:17:22
ありがとうございます!
小嶋さんも河西さんもまだまだ出てくるのでお楽しみに(´∀`*)

422-4.:2011/04/15(金) 23:18:34

 
――30分後。

椅子に腰掛ける二人の男。

「……健吾君、たばこもらえる?」
「あれ、吸うっけ」
「ふかすだけ」
「どうぞ」

陽一は健吾からもらったタバコに火をつける。
口にあてがって、立ち上る煙を見つめた。
その横で健吾も脱力している。

二人はおそらく同じシーンを思い浮かべている。

後半戦が開始し、陽一と健吾の調子も決して悪くはなかった。
だが、その横で友美は、絶好調だった。
調子が、というか、装備そのものが違った。
いつからか左手に金属の小手をつけた友美は、
ピンクのマイシューズに黒のマイボールを備え、髪もポニーテールにくくり、
その目つきは、獲物を狙う豹のようだった。

5連続ストライク+スペアを獲った友美のスコアは、200を余裕で越えた。

男二人は、盛大に負けたのだった。

432-4.:2011/04/15(金) 23:19:34
 
陽一は灰皿にタバコを置く。

「友美ちゃん、マイボールまで持ってたか……」
「あいつ、まさかあれほどとは」
「いやもう逆にすがすがしいよね! 思い切りやられたし」
「初めから勝ち目なかったかー」

大きく伸びをした健吾の視界に、莉乃と里英が入ってくる。
二人ともジュースを片手にうきうきだ。


莉乃がやってきて、陽一の隣にどっかりと座った。

「いやーほんとすいませんねー。圧勝しちゃって」
「お前じゃねーだろ勝ったの」
「でもうちのチームの勝利だもーん」
「……まあ確かに」

里英が遠慮がちに言う。

「でも私たちまで勝ちでいいんですかね? 何もしてないのに」
「もちろん。そういう取り決めだったし」

健吾は里英に笑いかけると、友美の姿を探した。
卓球台のそばのベンチで一人、マイボールを拭いたりして、道具のケアを怠らないでいる。
たいしたやつだ、と健吾は思った。

442-4.:2011/04/15(金) 23:20:10

でねでね、と莉乃が催促する。

「ルールだと欲しいもの二つってことになってるんですけど」
「ああ……なってますね確かになってます……」

元気をあからさまになくした陽一が答えた。
里英が莉乃の後の句を次ぐ。

「友美ちゃん優先で、そのあとともちゃんで、私たちは最後でいいです」
「二つずつだから、その順番でまず一個ずつでいっか。どう? 大原君」

健吾がわりと冷静に、陽一に訊いた。

「問題ないね。むしろ問題あるのは……」

そういって財布を取り出す。
健吾も財布を取り出した。

「俺最近、塾のバイトの時給あがっちゃってさ、わりと持ってんだよね」
「なにー? お金持ちなのー?」

大き目の友美の声に、健吾がパッと振り向くと、いつの間にか後ろに来ていた。

「やべえ、聞かれたか」
「大丈夫だって、そんな無茶なもの要求しないから。タバコ代は残すから」
「ぶん取る気満々ですね友美さん……」

452-5.:2011/05/09(月) 23:08:01


――とある商店街。

友美と里英が並んで歩く、その後ろを健吾が見守るようについていく。

別行動にしよ、と言い出した友美が里英の手を引っ張っていき、
健吾に手招きするので、強制的に3人行動になったのだった。

健吾は自分の前を歩く美少女二人の後ろ姿を眺めていた。
時折すれ違う大人の女性の胸元に目を奪われつつ、
友美になに買わされるのかな、里英ちゃんに何買ってあげようかな、なんて考えていた。

「あ、ここここ」

友美が立ち止まったのは、スポーツショップの前。
もともと友美が体を動かすのが大好きなことを健吾は知っていたが、
ギャルファッションから一見そう見えないのか、里英も少し意外な顔をしていた。

健吾もスポーツは嫌いではない。
高校ではテニスをやっていたし、今でも野球はチェックしている。

友美は二人を引き連れて、ウェア等のスポーツギア・フロアに来た。
シューズコーナーで立ち止まり、手に取っては丹念に見る。

「シューズか。遠慮ねーなあ、友」
「ほら、誕生日プレゼントもコミコミでね」
「だいぶ前だろ!」
「そうだっけー?」

上目遣いでいたずらっぽく笑うと、再びシューズを選び出す。
友美は足があまり大きくないので、サイズがないことも多い。
シューズ選びは人よりも大変だったりする。

「俺、下のテニスコーナーにいっから、決まったら呼んで」
「はーい、あ、里英ちゃん待って」

健吾についていこうとした里英を、友美が笑顔で呼び止めた。

「友ひとりだと寂しいし」

462-5.:2011/05/09(月) 23:08:50
 
呼び止められてしまった里英も、友美のそばでなんとなくシューズを見ている。

「ね、里英ちゃん」
「ん?」
「健のこと好き?」
「えええ!?」

スポーツショップに里英の声が響いた。

「あはは。好きだったらいいなーって」
「えっと、虹岡さんには勉強教えてもらってて、
 すごく助かってて、だから頑張ろうって思ってて」
「尊敬できる感じ?」
「うん」
「二人でどっか行きたいなーとかは?」
「受験勉強、頑張らなきゃいけないから」

ふーん、と言って友美は上目遣いで里英を覗き込む。

「じゃ、受験終わったらだねー」
「……も、もうすぐ受験だし、そんなこと考えてられない。それに虹岡さんだって彼女いるだろうし」
「あ、あいついないよ。全然。最近、大学とバイト先の塾だけ行ってるもん。勉強ばっかしてんだよ。変なの」
「そうなんだ」
「塾のバイト始めたのは、里英ちゃんのためだよー」
「え?」
「あいつもともと英語すごい苦手でね。英語だけは友が教えてたこともあるんだー。友は実は英語得意だったりするので。中学んときだけどねー、英語部いたし友。健は多分、英語の教え方に自信がなかったんだと思うよ。なんか健の部屋、英語の本だらけになってるもん」

里英は照れたような、目の潤んだような顔をしている。

「がんばる」

とだけ一言いって、手に取っていたシューズを置いた。

472-5.:2011/05/09(月) 23:09:47
 
――

テニスフロアで痺れを切らした健吾が戻ってきた。

「とーも。そろそろいいか」

突然現れた健吾にドキッとする里英は、顔を赤らめる。
それに健吾が気づいた。

「あれ、里英ちゃん熱ある?」
「だだだ大丈夫です! めっちゃ健康です!」
「……そう? ならいいけど。健康管理大事だからさ」

友美が健吾のケツを手に取ったシューズで叩いた。

「いて!」
「これにしまーす」
「……おー、なかなか可愛いじゃん」
「これの倍高いのもあ――」
「これでお願いします」

健吾は友美と一緒にすたすたとレジへ向かいながら、
二人の後ろを俯きがちについてくる、まだ少し落ち着かない様子の里英のことを気にした。

「里英ちゃん、なんかあった?」
「なんにもないけど、健のせい」
「え?」
「まーまー、里英ちゃん超いい子ってこと」
「そのとおり」
「受験終わったらしっかりお祝いしたげなよ」
「それはもう盛大にやります。
 そりゃお前、教えてる側としても嬉しいからなあ」

友美は小声で呟く。

「こいつ分かってんのかよマジで……」
「ん?」
「そのお祝いには友も当然参加するから、よろしくー」
「……ま、いいけど。余計なことすんなよ」
「健がしっかりしてりゃ何もしませんよー」
「どういうこっちゃ」



482-6.:2011/05/29(日) 04:42:57




一方、とあるビルのキッチンフロアに来た、陽一と智美莉乃。

まず智美の買い物に付き合うべきなのだが、智美の買い物が非常に長いことを、
陽一は恋人時代の経験から知っている。
鍋やらフライパンやらを手に取りながら、智美はもはや自分の世界に入っていた。

「とも、俺一階の本屋いってるぞ」
「んー」

全くこちらを見ずに答えた智美に、陽一は苦笑した。

「莉乃どうする? お前キッチン道具に興味は――」
「全くないです」
「だよな。ま、じゃ先に莉乃のやつ買うか」

陽一は智美の肩をとんとんと叩いた。

「俺ら先に莉乃のやつ買いに行ってくっから、決まったら電話して」
「んー」

――

492-6.:2011/05/29(日) 04:44:43

陽一は、莉乃を連れて他の店へ行く。
ビルを出て商店街を歩くこと5分。
莉乃はきょろきょろし始めた。

「この辺だと思ったんだけど……」
「目当ての店?」
「そうそう。おっかしいなあ」
「移転したとかじゃねーの。最近入れ替わり激しいし」
「そうかも」
「なんの店だよ。その辺の人に聞いたほうが早そうだし」
「……」
「ん? 言えって」
「……ま、まあそれはいいじゃん!」
「探せるなら別にいいけど」

莉乃はやたらと言い辛そうにしている。
いわゆるドラクエでいうところの、まごまごしている。
重い口を開いた。

「べ、ベリーズショップ……」
「果物屋?」
「ベリーズ工房のショップ。わかる? ベリーズ」
「そりゃ分かるって。いますげー人気じゃん。おれ熊井ちゃんが好き」
「熊井ちゃんいいよね!! マジ高まるよね!!」
「今度月9のヒロインやるんだろ。『スカイタワーガール』の」
「ついにベリーズの時代きたよね、うんうん……」

莉乃は少し涙ぐむ。

502-6.:2011/05/29(日) 04:45:17

「お前泣いてんの!?」
「うるせ! そりゃ泣くよ! だって熊井ちゃんだよ!」
「熊井ちゃんいいよなー。こんなとこで莉乃と気が合うとは……。もし握手とか出来たら死んじゃうなー俺」
「握手とかw 無理に決まってんじゃんw ベリーズの、しかも熊井ちゃんだよ! 生で見るのも恐れ多いわ!」

テンション高い莉乃をちょっとウザったく思いつつ、陽一は路地の奥を眺める。

「ん、あれじゃね? ベリーズショップ」

陽一が莉乃の肩を掴んで、足を止める。
莉乃も陽一と同じ方を見た。

「あれだ! ひとつ道を間違えてたかー」

たはー、といった感じで莉乃は自分のでこをぺしっと叩く。
そのでこに二発目のぺしっ、を陽一も入れた。

――

512-6.:2011/05/29(日) 04:47:00

ベリーズショップはとてもこじんまりとしており、見つけづらいのも無理はなかった。
入り口は階段を上がって2階のようだ。
1階はまた別のアイドルグッズ店らしい。

陽一は1階の店先に並べられている生写真をなんとなく手に取る。
莉乃に気づかれた。

「お、興味出てきた?」
「出てねーよw」
「ちぇー。この辺はね、玄人向けだな。地下アイドル」

莉乃も横に来て解説を始める。

「ももクロに、AKB、ぱすぽとかね」
「いっぱいあるなー」

全く気の入っていない返しをしながら、陽一は店先を眺める。
莉乃が手に取っている一枚が目に飛び込んできた。

「ん? それ、ちょっと貸して」

陽一は莉乃から写真を奪って、まじまじと見る。
黒髪の美人顔。ヤンキーぽい細眉。
誰かに似ている。

522-6.:2011/05/29(日) 04:48:24

考えている陽一の横で、莉乃も不思議そうにしている。

「AKBがどうかしたの?」
「AKB? 聞いたことないな」
「あー、いわゆる地下アイドルってやつ? 4年ぐらい前に解散してるんだ。だから当時の生写真はけっこうお宝だったりする。特にうちらマニアの間ではね!!」
「ベリーズしか知らないな」
「AKBもうまく売れればね……けっこうメジャーになったかも。この話をするとけっこう長く――」
「短くで頼む」
「まあ、AKB48ってアイドルが昔いてね。この子はかなり人気だった、こじはること、こじまはるな」
「こじま! はるな?!」

莉乃が陽一の大きな声にびびった。

「ちょ、どうしたの」
「大学の友達に小嶋陽菜っていんだけど……、違うよな。こんなヤンキー風じゃないし、どっちかっていうとお嬢様系。でも顔はけっこう似てるな……」
「写真撮ってメールで送ってみたら? どっちみち、うちこれ買うし。こじはるのこのパターンレアなんだ」

532-6.:2011/05/29(日) 04:49:21

莉乃に催促されたのもあって、陽一はケイタイで生写真を撮り、大学の小嶋にメールした。
件名は、『同姓同名発見!』

すぐにケイタイに電話の着信。件の小嶋陽菜からだった。
陽一は笑いながら出る。

「早いなおいw」
「……なにこれ」

陽菜の声がめっちゃ低い。
かわいこぶってない、素のときの陽菜だ。
予想外の対応にちょっとびびる陽一。

「いやその、なんか小嶋に似てる写真あったから」
「その写真買っといて」
「え?」
「いいから買っといて」
「えーと、もう買いました」
「ありがとう。今度大学で現物見せて」

542-6.:2011/05/29(日) 04:50:04

終始低い声で通した陽菜は、一方的に電話を切った。
びびりが取れない陽一。

「小嶋、機嫌悪かったな……。写真持ってこい、だって」
「本人だったりしてw」

莉乃もちょっと楽しそうだ。
陽一は生写真を再び見る。

「似てるけど、こんなヤンキーじゃねーんだよな」
「会わせてよー。写真持ってくし」
「あ、そうか。だったら今度うちの大学くる?」
「いくー」
「莉乃、うちの大学来たことなかったっけ」
「学祭行く話あったけど、なんか流れたじゃん」
「あーあんとき板東君が彼女と揉めてて大変だったんだ……思い出した……」
「ばんどうくん?」
「会ったことないか。イケメンの」
「ない」
「まあ、またいずれ。んで小嶋と会う日どうする? 月曜夕方なら小嶋も講義取ってるはずだけど」
「うん大丈夫」
「んじゃチャリで高校まで迎えに行くわ」

陽一はこう言ってしまってから、あれ、なんかカップルっぽくね? とふと思ったが、気にしないことにした。

ベリーズグッズ?
一般人には価値が分からないものをいくつか莉乃が買っていきましたとさ。てけてん。




55さくしゃ:2011/05/29(日) 09:56:38

ツイッターはじめました。
@novelcatter

562-7.:2011/06/19(日) 23:36:28


莉乃との買い物を済ませた陽一は、智美がいるビルに戻ってきた。
智美に電話をする。

「帰ってきたぞー。今キッチンフロア?」
「ううん、一階の本屋」
「じゃそっち行く」

莉乃を引き連れて本屋に入った陽一は、料理本のコーナーで智美の姿を見つける。
真剣にレシピを見つめるその横顔は、普段のおちゃらけた智美と違って見える。
甘え上手な性格のせいか、ふわふわしているように思われがちな智美だが、
実は真面目で熱い性質を心の奥に隠し持っている。

あー俺こいつのこういうところが好きだったんだな、と陽一は一人思い出していた。

ぼーっと智美に囚われていた陽一に、智美のほうが先に気づいた。

「あ、おかえりー」
「お、おう」
「? どしたの」
「なんでもねーよ。それより決まった?」
「うん、キッチン道具じゃなくてレシピの本にする」

智美はほんとに嬉しそうに、二冊の料理本を抱えている。
二冊かよ、と陽一が突っ込む隙も与えないほど、がっちりと。

まあいいか、と陽一は思った。

――なんとなくわがままも許してしまう、そういう奴だったなこいつ。

「じゃそれ買ってくる」

陽一は智美の胸元から二冊の料理本を抜き取った。

572-7.:2011/06/19(日) 23:37:22
 
レジに向かう陽一を笑顔で見送る智美と、その横の莉乃。
智美から、なんとなく話し出す。

「ね」
「は、はい」

莉乃はどもってしまった。
智美のことを可愛いと思っているのもある。
女から見ても可愛らしい人に至近距離で話しかけられ照れてしまった。

智美は人懐っこい笑顔を崩さない。

「陽ちゃんと付き合ってるの?」
「い、いえいえ全然友達ですけど!」

智美はクスっとした。

「そんな思い切り否定しなくても」
「いやー、まあ……ねえ……」

梨乃は言葉にならない。
話すことに迷ってテンパった莉乃が、話題を繰り出す。

「どうして別れちゃったんですか?」

自分でもなぜこんなことを訊いてしまったのか、莉乃は激しく後悔したが、もう遅い。

「え、うーん、よく分かんないけど、ふられちゃったんだー」
「そうなんですか」
「なんかね、うまくいかなくて。……もういいんだけどね」

莉乃には、もういい、とは感じ取れなかった。
智美は、レジで会計をしている陽一を見ている。
何か落ちつかない感情を抱えたまま、莉乃も遠くの陽一を見る。

智美が、ポン、と莉乃の細い肩をたたいた。

「ま、仲良くしてあげてね! お調子者だし、イケメンてわけじゃないけど、いい奴だからさ」


仲良く、という言葉が莉乃は気になり出した。

――仲は悪くないけど、私たち、どういう関係なんだろう。

ただ一緒にいるのが面白いから、なんとなく時を過ごして。
その関係性に名前はなくて。
莉乃の心に沸いたわずかな疑念が、落ち着かない気持ちにさせる。
焦り、とでも呼ぶべき感情が、莉乃に影を射した瞬間だった。

582-7.:2011/06/19(日) 23:39:04
 
会計を済ませた陽一が帰ってきて、智美に本を渡す。

「はいこれ」
「わーい。ありがと。なんか悪いねー」
「まあ悪くはねーだろw 勝った上での戦利品なんだし」
「そだね。じゃあ、ありがと。用事あるからここで」
「おう」

智美は嬉しそうに本の包みを胸元に抱えた。

「それじゃあ」
「うん。あ、とも。最近、遅刻大丈夫か?」
「え? 大丈夫だけど」
「朝弱いだろお前」
「あー、相変わらずw ままに起こしてもらってる」
「そっか」
「ちゃんと高校卒業したいしー」
「だよなw」
「じゃ、ばいばーい」

智美は陽一と莉乃に可愛く手を振り、人ごみの中へ消えていった。
莉乃はそれを目で追いながら呟く。

「ほんと、可愛いひと」
「あれ、褒めてくれてんの」
「あれは女でも可愛いって思うよ」
「まああいつ、男だけじゃなく女からもモテるタイプではあるな」

ちょっと偉そうに言う陽一に、なんだか莉乃はイラっとした。

「モトカノじゃん」

強めの語調で言葉が口をついた。

592-7.:2011/06/19(日) 23:40:13
 
「まあ、そうだな。今友達だし、交流もしてないしな。元気そうで良かったけど」
「あの人年いくつ?」
「莉乃とおんなじ。高3」
「同い年かー。なんだあのセクシーさは」
「大人っぽいよな。まああいつ自身も根っからの年上好きなんだけど」
「へえー」
「今考えたら何で俺と付き合ってたのか分かんないな。俺、ガキっぽいし」
「でも気は合ったんじゃないの」

莉乃はなんとなくその場に合った言葉を発してしまったが、
わずかイラついたままの気持ちは隠せていない。

「かなあ。まあ、俺振られたからな。付き合って2ヶ月ぐらいで。なんか違ったんじゃねーの」
「え!? ふられた……?」
「うん。なんか好きな人がいるって聞いてさ」
「……それ、本人から?」
「友達づてだったな」
「……ふ、ふーん」
「やっぱ振るときも男から言うもんだろ。まあだからスパッと」
「……だね」
「イケメンの彼氏とでも付き合ってんじゃねーかなー」
「……」

じゃ戻るか、と言って陽一は健吾に電話をする。

「あ、そっち買い物終わった? こっちは終了。うん、思ったより金かかんなかった。そっちは?  えマジでw 今どこいんの。えもう駅行ってんの。じゃあ俺らも向かう。そんじゃ」

陽一が電話をしている間。莉乃は何となく陽一の顔を見ていた。
それに陽一も気づいて、一瞬莉乃を見たが、また目を他の所に戻した。

ふたりで駅に向かう間、陽一はその莉乃の視線を、思い出していた。



602-8.:2011/07/22(金) 02:30:05
 

 
莉乃を連れて最寄の駅に戻ってきた陽一は、健吾と里英の姿を見つける。
手を振って、足を速めた。

陽一は、友美がいないのに気づく。

「あれ、友美ちゃんは?」
「あいつダンススクールあるとかって、先帰った。あれ、そっちの智美ちゃんもいないね」
「あー、なんか用事あるって」
「そっか。あ、俺ら、これから里英ちゃんの買いに行くんだけど。桃春町まで」
「この辺にねーの?」
「さっき乾君に電話したら、桃春町の店が安いって言うんだよ」
「イヌイくん、元気にしてた?」
「今は暇らしい。ちょっと前までトラクルの日本法人で仕事してた、って」
「あいつ何者だよマジでw」
「よく分かんないよな。今期の単位はそれで全部揃った、とかいってた」

乾君は、陽一健吾と同じ大学の友達なのだが、ほとんど姿を見ることはない。
こっちが困ったとき電話すると丁寧に答えてくれる、ご意見番だ。

「そっか。んじゃまあ、4人で行こうぜ」
「そうしよっか」
「桃春町なら俺も莉乃も帰り道だし――、うぉ!」

莉乃が陽一の腕を両手でムリヤリ引っ張った。

「私達ちょっと用事があるんでここで! じゃまたね里英ちゃん健吾くん!」
「おい、りの!」

ほそっこい身体の莉乃に引っ張られて人ごみに消えていく、まあまあ良い体の陽一。
それを見送る健吾と里英だった。

「いっちゃったね……」
「ですね……」
「それじゃ、桃春町いこっか」
「は、はい」

612-8.:2011/07/22(金) 02:31:29
 
――

陽一をムリヤリ引っ張って歩く莉乃。
細くて力もないりのだが、急に全体重をかけられると陽一も逆らえない。
角を曲がったところで止まった。

「ふぅー」

疲れたのか息をつくりのを、陽一が怪訝な顔で見つめる。

「お前、気回したのか」
「え、だってりえちゃん、そんな感じしたし」

莉乃はビビリでヘタレの属性を持つチキンハートなのだが、
そのネガティブさゆえ、人の表情から感情を読み取ることに長けている。
それが時に、思わぬ行動力を発揮することもあるのだ。

陽一は腕を組んで考える。

「里英ちゃんの気持ちはわかるけど、健吾君がなあ……」
「え、なんで? 健吾君だって里英ちゃんのこと好きじゃん」
「そう。なんだけど、健吾君は今すぐ彼女つくろうとか思ってねーんだって。たとえ相手が好きな里英ちゃんだとしても」
「気を持たせるなってこと?」
「健吾君が一番考えてるのは、里英ちゃんの大学受験の力になることだし」
「仲良くなってもっと助けてあげればいいじゃん」
「健吾君はさ、多分だけど、仲良くなりすぎると受験の邪魔になると思ってんだよ」
「よくわかんない」
「俺も断言できねーけど、健吾君の性格考えると多分こんなとこ」
「んー……」

莉乃はあまりわかってない様子だ。
陽一は言わなかったが、女性は恋愛に浮かれすぎるといろいろ疎かになる、と考えている。

――だから里英ちゃんが浮かれすぎるのは、受験にとってはマイナスだ。

健吾も自分に近いことを考えてるのではないだろうか。
ただし、少しの恋愛感情なら動機になりえる。
健吾は『にんじん』になろうとしているんだろう。馬にとっての。
そんな役割を、健吾は全うしようとしてるのではないだろうか。

622-8.:2011/07/22(金) 02:32:33
 
お調子者系だがめんどくさく考える性質もある陽一は、このようなことを思案していた。
そしてその間無言だったので、莉乃が心配そうに見上げているのになかなか気づかなかった。
上目遣いの莉乃に気づく。

「お、わりい」
「また一人で考えてたでしょ。いーけど。陽くんそういうとこあるから」
「違うって、りのの脚はホントに綺麗だなーとかそういうこと」
「まーね! さしはら脚が売りだからw」

ちょっと自慢げな顔になったのが陽一は気に食わなくて、小突いた。

632-8.:2011/07/22(金) 02:33:11
 
――

駅で改札を通り抜ける、健吾と里英。
SUICAですいっといっちゃう感じだ。便利すぎるだろ文明の利器。

程なくやってきた電車に二人で乗り込む。
そこそこ混んでいた。
健吾は窓際に立ち、里英もそれに従う。
健吾は車窓を流れる家々を視界に移しながら、ぼーっとする。
里英も同じように外を見ていた。

桃春町まではすぐだが、電車内での話題はやっぱり勉強の話になる。

「勉強の息抜きには何してるの?」
「マンガですかね」
「どんなの?」
「何でも読みますけど、少年漫画ならワンピースとか」
「へえ、俺はあんまり読まないけど、チョッパー可愛いよね」
「私はサンジが好きなんですけどねっ」

マンガの話題になると、里英ちゃんはノリノリだ。
勉強中の里英ちゃんは真面目なので、ノリノリのほうが健吾も話しやすかったりする。

「そういや大原君はブルックが好きだって言ってたな」
「なかなか渋いとこきますねー大原さん」

里英ちゃんはマンガの話になるといきいきしてる。
受験勉強は長い戦いだ。息抜きを上手に挟んでいかないと続かない。

――マンガの話題は時々出していこう。

健吾は里英のきらきらした瞳を見ながら、そう思った。

642-8.:2011/07/22(金) 02:34:33
 
電車は桃春町駅に入電。
町の規模にあわせてか駅も大きくはない。
駅を出てすぐの通りから専門店街がまっすぐに伸びている。

健吾と里英は、店先に並べられている物々を見ながら、目当ての店を目指す。
せまい路地に、そこそこの人通り。
並んで歩く健吾と里英の距離も、必然的に近くなる。

「クッション欲しいなんて、腰が痛かったりする?」
「私は今のところ大丈夫なんですけど、母が最近痛がってて」
「え、自分のじゃないの」
「私は特に欲しいものないので」

里英ちゃんは、にこやかにしている。
この子はどんだけいい子なんだ、と健吾は驚愕した。

「里英ちゃんホントいい子だなあ……」
「いえいえ私別にいい子じゃないですよー」
「いやいやほんとに。俺が知る中でナンバーワンいい子だよ」
「そうですかねえ。じゃあいい子としてがんばります」

里英ちゃんが両手で可愛くガッツポーズを作って、健吾はそれを可愛いと思った。

652-8.:2011/07/22(金) 02:35:54
 
二人が歩く街を通り過ぎる風に湿気がある。
健吾は夕方の空を見上げた。
昼にはなかった雲が、月明かりに照らされて漂っている。
明日は雨の予報だったけど、ひょっとしたら今日の夜から降るかもしれないな、と健吾は思った。

目的の座布団屋に到着。
店の中に入ると、業務用の物を中心に様々な色の座布団がある。
ここにクッションも売ってあるとは、普通わからないだろう。
健吾は乾君の情報網に感謝した。

店の奥、あまり客のいない一角に、確かに目当ての品があった。
定価7千円のところ、4千円まで下がっている。

『型落ち品だから安いけど、性能に差はないと思うよ』

乾君との電話でのやり取りを思い出す。
透明のビニールがかけられているそのクッションを、健吾は掌で押した。
いわゆる低反発クッションというやつだ。
もっと安い品もあるが、質が違うらしい。

4千円なら特になんてことはないな、と健吾は思った。
先ほど友美に払った額を考えたら、むしろ里英に悪いぐらいだ。

里英も健吾に倣って、同じように掌で押してみる。
クッションを母に買いたい、という思いはあったようだが、
商品に関しての知識などは具体的に持っていなかったようだ。
里英は大きな瞳で興味深そうにクッションを見つめて、何度も押したり離したりしていた。
子供がおもちゃで遊ぶみたいに。

「里英ちゃんのクッションも買おっか」
「え! 私は別に大丈夫、ですよー」

里英ちゃんはそう言ったが、健吾は見抜いていた。
時々腰を抑えたりしているのを。
知り合ってからの期間は短いが、一緒に過ごした時間は決して薄いものじゃない。

「受験勉強長いし、あっても損ないからプレゼントさせてよ」

健吾はにこやかに笑って、多少強引ながら二つ買うことにしたのだった。



662-9.:2011/08/14(日) 23:51:54
 


買い物を済ませ、桃春町駅に戻ってきた健吾と里英。
クッション二つの荷物は、重くはないが大きいので、里英は両手で抱えている。
二人は駅の改札から少し離れたところで、向かい合ってとりとめもないことを喋る。

里英は家に帰るらしい。
健吾はこのあと塾のバイトだったが、まだ時間があるしもう少し喋ってても大丈夫だなと思っていた。

672-9.:2011/08/14(日) 23:53:09
 
そのとき健吾の電話が鳴った。

『大矢真那』

バイト先の塾で同僚の女子大生だ。

「はい虹岡です」
「大矢です。塾の電話でしたほうが良かったんだけど、塾長が使ってて……」
「あー、別にどちらでも。何かあった?」
「代々塚校舎で先生が急にこれなくなったらしくて、代わりに虹岡さんに行ってほしいそうです」
「分かりました。生徒は中学生?」
「高校生みたいです。でも科目は数学だって」
「だったら良かった」

健吾はほっとした。数学は大得意だから。

「じゃあ今日は代々塚へお願いします」
「そっちは大丈夫?」
「あ、はい。平松先生に来てもらうことになったので」

平松先生こと平松可奈子。
虹岡が塾のバイトを始めた時にはもう辞めていた先生である。
なので直接顔を合わせたことはないが、噂はよく聞いている。
容姿は幼く、一見勉強が出来なそうだが、実は教えるのがうまく生徒に人気の先生だったそうだ。

「そっか。じゃあ今から代々塚いきます」
「ではお願いします」

同僚の大矢真那とは、塾に入ったころにケイタイ番号の交換はしていたが、
掛かってきたのは初めてで、虹岡は今回ちょっとドキッとしてしまったのだった。

682-9.:2011/08/14(日) 23:53:58
 
電話を切ると、上目遣いで聞きたそうにしている里英が目に映る。

「今日のバイト、代々塚に行くことになった。ちょっと遠いからそろそろ行かなきゃな……」
「代々塚だったら私とおんなじ方向ですねっ」
「あ、ほんとだ」
「じゃあ行きましょっか」

里英は一緒の電車に乗るのが嬉しいのだろうか、笑顔だった。

692-9.:2011/08/14(日) 23:54:39
 
桃春町駅のシンプルな改札を抜けて、ちょうどきた緑色の電車へ二人は乗り込む。
中吊り広告に『納涼花火大会』の文字。

「あー花火大会か」
「あ、今度の模試の日だ」

日付を見て里英が呟いた。

「模試終わりに花火でも見にいこっか」
「行きましょう! りのちゃんには私が連絡しときますんで」
「あ、そっか、4人だよな」
「え」
「……」
「……」
「大原君には俺から言っとくね」
「は、はい! お願いします」

702-9.:2011/08/14(日) 23:55:21
 
なんだか妙な空気になってしまったので、虹岡はすぐさま勉強の話題に切り替えた。

「里英ちゃんだったらもっと志望校のランク上げても良さそうだけどね」
「いやーでも私、確実に国公立行きたいんで、いいんです」
「そっか。里英ちゃんなら大丈夫だよ」
「私、数学で点取れるようになってようやく希望が見えてきたんです。
 センターは五科目必要で数学外せないし。
 授業もちゃんと聞いてたのにあまり分からなくて……」

712-9.:2011/08/14(日) 23:56:21
 
数学は教師の資質によるところが大きい、と虹岡は思っている。
単純暗記の科目とは違い、教え方の下手な教師に当たるとまったく分からなくなってしまうのだ。
中学、高校にかけて積み重ねていく科目でもあり、
そのどちらかで教師に恵まれないだけで、容易に数学嫌いになってしまう。

里英ちゃんの話を聞いてると、中学高校とダブルではずれを引いてしまったようだった。
虹岡の中学高校時代を振り返るに、中学時代は普通だったが高校では当たりだった。
高校時代に一度、隣のクラスの数学担任が教えに来たことがあったが、あからさまに下手だった。

――隣のクラスはこんなやつに習ってんのか。

学生服姿の虹岡はそんな風に驚愕したものである。
虹岡はセンター程度なら満点取れて時間も余るほどの実力がある。
今でも数学は好きで、時々問題を解いたりする。

そんな感じで数学に特化した虹岡と、数学だけ点が取れなかった里英。
二人は凹凸が合わさるようにして出会ったのだった。

722-9.:2011/08/14(日) 23:57:29
 
「代々塚着きますね」

里英ちゃんの声で虹岡は我に返る。昔の思い出に浸ってしまっていた。

「ほんとだ、じゃあここで」
「おつかれさまです」

小さくおじぎをした里英ちゃんに見送られて、虹岡は電車を降りた。

代々塚の校舎は駅からすぐのところにある。
駅前に出ると、流れてくる風に先ほどより強い湿気を感じる。
空の雲行きが怪しい。夜からもう雨になりそうだ。

虹岡は傘の準備をしていない。
しかし塾へはコンコースを通って濡れずに行ける。
帰りにたとえ土砂降りになっても、虹岡の自宅マンションは最寄の駅からそう遠くない。
夜には友美も帰っているだろう。傘を持ってきてもらえばいい。
虹岡は傘を買うのを保留した。



732-10.:2011/08/29(月) 00:15:27
 
◆◇◆
 

塾での授業を滞りなく済ませ、休憩室で一服する虹岡。


「おー、いたいた。今日はありがとう」

代々塚の塾長の声がして、虹岡は煙草を消す。

「いえ。みんな素直で授業しやすかったです」
「助かったよー。ちょっと足しといたから」

塾長は給料の入った茶封筒を虹岡に渡す。

「ありがとうございます」
「また困ったときお願いするかもしれないな」
「はい、いつでも」

人の良さそうな塾長は笑顔で去っていった。

742-10.:2011/08/29(月) 00:16:14
 
 
代々塚の校舎を出るとすっかり夜になっていた。
時刻は午後10時過ぎ。
虹岡が代々塚に来るのは初めてだった。
知らない街の夜というのはどこか落ち着かないものだ。
おまけに今日は空も曇っている。
しかしまだ雨が降り出す感じではなかった。

慣れない校舎での授業は、普段小食の虹岡を空腹にさせた。
塾の隣のラーメン屋に目が留まる。
今日はがっつり食べてもいいか、と思った。

752-10.:2011/08/29(月) 00:18:26
 
赤い暖簾を潜ると、威勢のいい「いらっしゃいませー」の声。
さほど大きくない店だ。
カウンターの中には店主らしきごつい男と、背の小さい女性が一人。
テーブルは数席。
虹岡はカウンターに座った。

女性が水を持ってやってくる。

「いらっしゃいま、あれ、虹岡くん?」

女性をちゃんと見てなかった虹岡は、顔を上げる。
同じゼミの大島優子だった。

「優子さん!? うわびっくりした」
「びっくりしたのこっちだよー」

ポニーテールにくくった髪に頭巾、ラフな格好。大学で受ける印象とは違う。
あははは! と快活に笑った優子は、とりあえずオーダーを取る。

「なんにする?」
「えーと、餃子定食」
「ぎょーていいちー!」

大学ではどちらかというと大人しい印象、というか孤高の存在だった優子。
あまり人とは群れずに静かにしている人だった。
その優子の大声に、虹岡は新鮮なものを感じていた。

「虹岡くん、家この辺だったの?」
「いや、今日はバイトで隣の塾にきて、ふらっとここ入った」
「いい店選んだね」

優子はにこっと笑うと、また仕事に戻った。

762-10.:2011/08/29(月) 00:19:01
 
虹岡は新聞片手に、優子の仕事振りを見守る。
体は小さいながら非常にてきぱきしている。元気もいい。
常連客っぽい人との会話も慣れたものだ。

――優子さんに合ってるな、この仕事。

虹岡がそんなことを考えていると、優子さんと餃子が来た。

「ラーメンもう少々お待ちください」

言葉は丁寧だが、口調には親しみが出ている。
表情も友達に向けるものだった。
虹岡はそれが嬉しかった。
なんなら久しぶりに会った優子ともっと話がしたいぐらいだった。

ゼミでは、二人きりで話したことはほとんどない。
一度、研究室棟の端の喫煙所で、休んでいた虹岡の横を、
優子が通りがかって二言三言交わしたぐらいだ。

それほど交流していたわけではなかったが、
一緒のチームになった課題でも優子はてきぱきと自分の役目を果たしていたし、
流れでチームの進行役になってしまった虹岡は、すごく助かった。
優子に対して、その可愛さだけではなく、虹岡は好印象を持っていたのだった。

店主がラーメンを持ってきて、全てが虹岡の前に揃う。
空腹の虹岡はそれらをかっ喰らった。予想以上に美味い。
優子の言うとおり当たりの店だと思った。

772-10.:2011/08/29(月) 00:19:31
 
虹岡が我を忘れて味を楽しんでいると、隣に誰かが座る。
優子だった。
目の前にはラーメン。

「まかないいただきまーす」

優子は頭巾を取ると、エプロンのポケットにしまう。
店主がカウンター越しに優子に笑いかけた。

「久しぶりだな、優ちゃんが賄い食べるの」
「そんなことないでしょ」
「最近食ってなかっただろ」
「はいはい」

優子はめんどくさくなったのか、店主をあしらってラーメンを食べ始めた。
偶然会った同ゼミ生どうし、話が弾む。

「久しぶりだね、虹岡くんに会うの」
「優子さん、そんなにゼミの集まりこないじゃん」
「私授業は行ってるよ? 飲み会とかはいかないけど」
「あー俺最近研究室行ってなかったからな」
「いいんじゃない? ただ集まってダラダラするよりは」

確かに優子さんにそういうのはあんまり似合わないな、と虹岡は思った。

782-10.:2011/08/29(月) 00:20:13
 
店の扉が豪快に開いた。
赤黒く日焼けして頭にカラータオルを巻いた体格のいい男が店に入ってくる。
優子が振り返った。

「あれ、ゴウさん、今日もうスープないよ?」
「マジかよ! 売り切れかー」

男は額に手をやって、テーブルにどっかり腰掛けた。
優子は席を立って、生ビールを注ぎに厨房の端へ。
中ジョッキにささっと注ぐと、ゴウさん、と呼ばれた男の前へ置いた。
常連客なのだろう。注文を受けずとも優子は分かっているようだった。

店主はスープを確認する。

「ミニラーメンならいけるけど」
「ミニってガラかよ、俺が」

男は豪快に笑うと、目の前の生ビールを3分の2飲んだ。

「じゃ、チャーハンと焼き豚とから揚げ。大盛りで」
「はいよ」

792-10.:2011/08/29(月) 00:21:10
 
男はチラッと虹岡に目をやる。見かけない顔だと思ったのだろう。

「ゆうこの彼氏か?」
「ちがうよ!」

虹岡が喋るより速く、優子が否定した。
事実彼氏でもなんでもないのだが、なぜだろう、虹岡はちょっぴりさみしかった。

「顔はいいけど、細い腕してんなー。ちゃんとメシ食ってんのか?」
「ほんとに細いねー」

優子も虹岡の腕を見ていた。
虹岡はゴウさんの腕を見た。虹岡の腕の倍以上、虹岡の太ももくらいはありそうに思えた。

「ゆうこは俺みてーなのがいいもんな」
「ばーか、さっさと食って家帰れ。奥さん待ってるぞ」
「俺ゆうこが結婚してくれるんだったらすぐ別れっけど。がっはっは」

優子はゴウさんを振り返って睨むと、舌を出す。
そのしぐさですら虹岡は可愛いと思った。
焼き豚と餃子、追加の生ビールを持ってきた店主が苦笑いする。

「ゴウちゃん、秋に二人目産まれるんだろ」
「おーそうよ! 今度は娘! 俺に似ないといいんだけどよー」

ゴウさんは店主と、子供の話や互いの家庭の話を始めた。
顔は怖く喋り方も荒いが、人に与える印象は爽やかだ。
虹岡は何となく、この男に好印象を持ったのだった。
 
 
◆◇◆

80名無しAKB:2011/08/29(月) 00:28:43
-

81名無しAKB:2011/08/29(月) 00:29:10
〜 4 Wanted Daydream 〜

82_:2011/08/29(月) 00:29:39
-

83さくしゃ:2011/08/29(月) 00:34:08
アメブロはじめました。

ameblo.jp/4wanted/


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