したらばTOP ■掲示板に戻る■ 全部 1-100 最新50 | |
レス数が900を超えています。1000を超えると投稿できなくなるよ。

【アク禁】スレに作品を上げられない人の依頼スレ【巻き添え】part6

1名無しリゾナント:2015/05/27(水) 12:16:33
アク禁食らって作品を上げられない人のためのスレ第6弾です。

ここに作品を上げる →本スレに代理投稿可能な人が立候補する
って感じでお願いします。

(例)
① >>1-3に作品を投稿
② >>4で作者がアンカーで範囲を指定した上で代理投稿を依頼する
③ >>5で代理投稿可能な住人が名乗りを上げる
④ 本スレで代理投稿を行なう
その際本スレのレス番に対応したアンカーを付与しとくと後々便利かも
⑤ 無事終了したら>>6で完了通知
なお何らかの理由で代理投稿を中断せざるを得ない場合も出来るだけ報告 

ただ上記の手順は異なる作品の投稿ががっちあったり代理投稿可能な住人が同時に現れたりした頃に考えられたものなので③あたりは別に省略してもおk
なんなら⑤もw
本スレに対応した安価の付与も無くても支障はない
むずかしく考えずこっちに作品が上がっていたらコピペして本スレにうpうp

529名無しリゾナント:2016/05/28(土) 23:59:59
駄目だ。自分のためにさえみが犠牲になるなんて、耐えられない。そんなことになるくらいなら。
けれど、優しき姉はそのことすら既に読み取っていた。

「あなた。りほりほに言ったじゃない。『それ』もひっくるめて、自分自身なんだって。わたしが消えても、さゆみはき
っと、さゆみのまま。だから私は、安心して消えていける」
「やなの!やなの!おねえちゃんが消えるならさゆみも…」
「駄目よ。私が消えるから、さゆみは生きなさい」

さえみが、優しく微笑む。
けれどその言葉は力強く、さゆみの中で響く。まるで弱気な自分の背中を、押し出すように。

わた…が…きえ…ずっと…見…ま…も……

さえみの声が、姿とともに薄れてゆく。
何度も、何度も「姉」の名を呼ぶさゆみ。けれど、呼べば呼ぶほど形はおぼろげになっていって。
そこで、自分自身が光に包まれる感覚があった。
行かなければならないの。その声はさゆみのものなのか。さえみのものなのか。

もう、わからなかった。

530名無しリゾナント:2016/05/29(日) 00:03:21
>>525-529
『リゾナンター爻(シャオ)』更新終了

ラス1のさえみさんの台詞は『Vanish!Ⅱ〜independent Girl〜』からの引用です

531名無しリゾナント:2016/06/03(金) 13:31:03
>>525-529 の続きです



ここは、社会の縮図だ。
ダークネスの首領・中澤裕子は自らの私室の奥にあるこの部屋に入るたび、そう実感する。
大小さまざまなモニターが裕子を取り囲み、そして一際大きな画面が、五つ。
現代日本を思いのままに操る妖怪たちの、支配系統がそこにはあった。

「また派手に暴れてくれたようだな」
「我が国最大級の娯楽施設であのような騒ぎなど」
「揉み消すのにどれだけの金と労力を費やしたのか、わかっているのか」
「しかも騒動の主はあの忌まわしき悪童どもらしいではないか」
「聞くところによるとリゾナンターに始末されたというが」
「それは喜ばしい。だが問題はそこではない」
「彼奴らが生きていようが死んでいようが、罪からは逃れられんぞ、中澤」
「わかっているのだろうな」

矢継ぎ早に、浴びせられる非難。罵倒。
ある者は、警察組織のご意見番として。ある者はマスコミを陰で操る重鎮として。その他の者たちも、この国を形成する
ありとあらゆる権力機構の上に立つものとして。いずれもその地位にいることで利益を貪り、肥え太ってきた怪老ばかり。
そのご老体たちが、思いつくままの呪詛を浴びせ続けていた。
折り込み済みではあるが、いつ聞いても耳の腐る思いしかない。
滲み出そうになる嫌悪感を、裕子はかろうじて抑えていた。

ふと、罵詈雑言の流れが収まる。
降臨したのだ。彼らを束ねる五人の長「ブラザーズ5」が。

532名無しリゾナント:2016/06/03(金) 13:32:03
「…正直。君には失望したよ、中澤裕子」

いかにもこれまで目をかけていたのに、とばかりにため息をつく長髪のサングラス・同士Ⅰ。

「ご希望に添えることができず、誠に申し訳ございません」
「形だけの謝罪はもういい。我々も、そのような膠着状態は望んではいないのだよ」

頭を垂れる裕子に対し、髪を短く切り揃えた老人・同士Sは含みのある言葉を投げつけた。

「と、言いますと…」
「我々とお前の付き合いも長い。確か、あれはまだお前らが『M』と名乗っていた頃」
「昔話はやめましょう。単刀直入にお願いします」
「腹を割って…話そうじゃないか」

人のよさそうな笑顔を浮かべ、恰幅のいい老人・同士Bが語りかけた。
だが言葉とは裏腹に、老人たちの表情はあくまでも悪意に塗らつき、鈍く光を放っている。

「私は物事を包み隠さずお話しているつもりですが」
「はは…ならば、こういうのはどうかな。もしも…我々が『ダークネス』と縁を切り。『先生』率いる能力者集団にそれ
までお前たちに任せていたすべてのことを委譲する。と、言ったら?」

色黒の、口髭を生やした男が、得意げに問いかける。
「ブラザーズ5」の筆頭たる男・同士Hこと堀内の、唐突なる提案。いや、提案ですらない最後通牒だった。
どよめくのは、五人の長老の子飼いの権力者たち。
そのどよめきには、多分の歓びが含まれていた。

533名無しリゾナント:2016/06/03(金) 13:33:46
「おお…それはいい考えですなぁ」
「今や資金力ではあちらのほうがむしろ頼れる存在かもしれませんぞ」
「『天使』も『悪魔』もいない状況では、致し方ありませんなあ」
「これは愉快だ!いい様だな、中澤!!」

現在ダークネスが所有しているすべての利権を手放すということは、組織の「衰退」を意味していた。組織は弱体化し、
結束力は失われ、外からの簒奪者と内部分裂の危機に絶えず晒されることになる。
回避するためには、戦わなければならない。もちろん、それが困難を極めることは想像に難くないが。

自らの権力で私腹を肥やし続ける醜い老人たちは。
一見自分たちが「ダークネス」をいいように使っている気でいて、その実飼い犬に手を噛まれるのをひどく恐れていた。
それは突き詰めて言えば、人間としての原初の恐怖。能力者という存在への恐れに他ならない。その証拠に。

「…さっきから、ごちゃごちゃごちゃごちゃうっさいねん。その臭い口、永遠に閉じさせたろか」

それまで、静かに頭を垂れていた裕子が、顔を上げ。
鋭く研ぎ澄まされた視線を、老人たちへ向けた。途端に顔を青くさせる彼らの脳裏には、裕子が地を這う虫に対する捕
食者であるかのようなイメージが強烈に刻み込まれたことであろう。

「き、貴様ようやく本性を現したか!!」
「許さんぞ!我々に向かってそのような物言い、捨て置くわけにはいかんぞ!!!」
「化け物風情がよくも…思い知らせてやりましょうぞ、『ブラザーズ5』!!!」

刻み込まれた恐怖はすぐさま屈辱へと姿を変える。
憤りが醜く太った、または皺がれた皮だけの体を駆け巡り、自分たちの指導者たちへ懇願させる。
異端者どもへの、制裁を。
彼らにとって、否、歴代の為政者たちにとって、能力者は厄介な異端者にすぎなかった。

534名無しリゾナント:2016/06/03(金) 13:35:02
「喜べ中澤。楽しい、能力者同士の全面戦争の始まりだ。資金力で勝る彼らに、君たちがどれだけ持ち堪えられるのか。
高みの見物をさせてもらうとしようか」

あくまでも落ち着き払ったものの言い方をする細面の老人・同士T。
瞳に宿るのは、侮蔑と、そして昏い炎。自分たちに服従しているようで、その実常に喉元に突き立てるための牙を研い
でいる。その態度への、復讐の色だった。

「それもええですけど」

だが、裕子は揺るがない。
嘲りに満ちた、為政者たちの放つ炎に炙られながらも。
凛とした表情を少しも崩さなかった。

「ほう。余程闇の組織の長は血で血を洗う争いを好むと見える」
「いいだろう。その身が崩れ落ちるまで、存分に戦うがいい!!」

裕子を鼻で嗤う同士Ⅰ。
嫌味なほどだった満面の笑みを消して、憤怒の表情を顕にする同士B。
だが、彼らの表情は次の裕子の一言で一瞬にして破壊される。

「うちらも手ぇ、拱いてる場合と違いますから。そちらがその気なら…差し向けますよ。『粛清人』を」

嘲り嗤う余裕も、憤る傲慢も。
一瞬で止めてしまうほどの、言葉の威力。

彼らが、自分たちの障害となるもの、徒に正義を振りかざすものに対して。
差し向け、その命を悉く狩ってきたのが「粛清人」だった。
その死神の刃が、自分たちの喉元に宛がわれている。
肝を冷やさずにいられないわけがなかった。

535名無しリゾナント:2016/06/03(金) 13:36:04
一瞬の躊躇、それが、すぐに雪解け水のように流れ消え去ったのは。
彼らの切り札が、まだ隠されていたから。

「ならば我々も惜しまずに使うとするか。『Alice』をな」

堀内は、笑っていた。子供のように。ずっと隠していた秘密を、打ち明けた時のように。
そこで裕子の表情が、はじめて動いた。
感情の揺らぎを確認し、悦に入る5人の老人たち。

「さすがにそこまでは想定できなかったようだな。だが我々は、こうなる前から既に『Alice』の使用を検討していたの
だよ。お前らが牙を剥くその時に備えてな!!」
「お前のところの生意気な科学者…ドクター・マルシェと言ったか。いくら優秀な知能を備えていても、しょせんは女子
供か。我々が、独自のルートを駆使し『Alice』を使いこなすようになるとは夢にも思わなかっただろう」
「さあ。どうする? と言っても」

意地悪く、堀内が微笑む。
それは言うなれば、確勝の笑み。

「我々が『Alice』の発射ボタンを押す決定は、覆らないがね」

536名無しリゾナント:2016/06/03(金) 13:38:43
>>531-535
『リゾナンター爻(シャオ)』更新終了

ひさしぶりのおっさんたちの登板(誰得)です

537名無しリゾナント:2016/06/03(金) 20:02:20
>>531-535 の続きです



大きな画面に、五人の老人たちが嬉々として人差し指を掲げているのが見える。
彼らの信奉者にとってそれは、神の指。それまでの屈辱を晴らし一気に溜飲を下げる、正義の鉄槌だった。

「我々がこの指で同時にスイッチに触れた時。君たちの栄光は灰となる」
「精神エネルギーを起爆剤とした、破壊兵器。君のところの科学者も実に便利なものを作ったものだ」
「十分な量を蓄積するには時間がかかるが、周囲の土地を汚染しない、クリーンな兵器。素晴らしい」
「量産できれば、能力者などという危険な存在に頼ることもなく、諸外国と軍事力で渡り合える。なあに、心配しなく
てもいい。あの科学者にはすべてのノウハウを吐いてもらうさ」
「さて。何か最後に、言い残すことは?」

慈悲深い演出。それすらも悪意に塗れている。

「そやね…」

裕子は、昏き部屋の天井を仰ぎ。
それから。

「なーにがブラザーズ5や。あまりのネーミングセンスの悪さに、えずきそうやで。おえっ、おええっ」

顔を思い切り顰め、手のひらを口の前に差し出すポーズを取る。
脆弱な血管たちが、ぷつぷつと切れる音が聞こえた。

538名無しリゾナント:2016/06/03(金) 20:02:56
「それでは…よい死出の旅を」

だが、怒りの感情はすぐに収められる。
指先ひとつで憎き相手を葬り去ることができる。その喜びが憤怒を上回ったのだ。
皺に覆われた、節くれだった五本の人差し指が、同時に発射スイッチに添えられた。

訪れる静寂。
大モニターの前に傅く小さなモニターに映し出された老人たちも、固唾を呑んでその瞬間を待つ。
だがしかし。一向に、破滅の時は訪れない。
彼らが、めいめいの場所から覗いている、ダークネスの本拠地を映した画面は、消えてはくれない。

疑問は焦りとなり、やがてざわめきとなって波のように押し寄せた。

「ブ、ブラザーズ5!これはいったい!!!」
「ええい、狼狽えるな!!こんなものは、慎重にやれば!!!!」

堀内の叫び声を合図に、再び押されるボタンたち。
静寂。何も、変わらない。
暗闇の中で、裕子が一人佇んでいるだけだ。その体は、小刻みに震えている。

「なぜだ!なぜ発射されない!!」
「何度も起爆実験を行ったはずだぞ!!」
「こんなバカな!!」
「どうすれば」
「そ、そうだ!我々のタイミングが合わなかったのかもしれん!」

焦り、苛立ち、狼狽した挙句、老人たちは。
互いのタイミングを合わせるために、わざわざ、掛け声をあげてからボタンを押し始めた。
せーの、かちっ。せーの、かちっ。
その様子が何度も映し出されると、いよいよ裕子の体が大きく揺れ始めた。

539名無しリゾナント:2016/06/03(金) 20:04:00
「は、ひっ、ははははは!!!!!」

裕子が、さもおかしそうに笑い始める。
鼻白んだのはもちろん笑われた老人たちだ。

「き、貴様ぁ!何がおかしい!!」
「だって、そやろ。いい年こいたおっさんどもが、せーの、かちって!これが笑わずに…あぁ、思い出したらまたおかし
なってきた、はは、あはははは、おっさんが、ひい、せーのって、あ、あかん、腹よじれるぅ」

腹を抱え、苦しそうにしている裕子に、ついに老人1が声を荒げる。
怒りと恐怖が、ないまぜになりはじめていた。

「なぜだ!なぜ『Alice』が発射されないのだ!!」
「はぁ…はぁ…あーおかし…」
「答えろ!答えろ中澤ぁ!!」
「『Alice』はな、とっくの昔に紺野の手で回収されてんねん」

老人たちが、一様に耳を疑う。
そして、同じように自らの前の端末を操作し、リヒトラウムの地下格納庫の中継カメラに切り替えた。
画面には、見慣れた銀色の巨大なロケットが相変わらず静かに佇んでいる。

「ふざけたことを!『Alice』はちゃんとここにあるではないか!!」
「まさか!時間稼ぎか!!我らを謀るための罠か!何かの妨害を仕掛けたな!」
「すぐに技術者どもに解決させてやる!どのみち貴様らの運命は終わりだ!!」

目の前の事実に安堵し、再び老人たちが勢いづく。
が。

540名無しリゾナント:2016/06/03(金) 20:05:33
「あんたらみたいなおっさんにはわからへんと思うけど。紺野は。『Alice』の基幹システムをそのロケットから抜き取
ってるんやて」
「な!なにぃっ!!!!!」
「つまりは…」
「そ。自分らが有難がってるんは…ただの、鉄の塊」

にぃっ、と裕子が微笑む。
老人たちの希望を打ち砕く、慈悲のない笑み。

「さて。最後に…言い残すことは?」
「ど、どういう意味だ…」

絶望に呆けている「ブラザーズ5」に、裕子が追い打ちをかける。

「さっき言うたやん。『粛清人』を差し向けたって」
「な、な、なんだと!!!!」
「あんたらが高笑いしてた時に指示出したからな。そろそろ着く頃やろ」

余裕のあまり、口笛さえ吹き始めそうな裕子。

粛清人の恐ろしさを最もよく知る人間たち。
それは昏き死神たちを意のままに寄越していた「ブラザーズ5」とて例外ではない。
今までに、彼らの敵対者たちがどのような末路を迎えたのか。
彼らは、まるで他人事のように惨劇について理解していた。
鋼鉄の爪に引き裂かれ、血まみれの鎌に四肢を切断された死体たち。中には、爆破されたのかただの肉塊になっていたも
のまであった。
それがまさか自らの身に降りかかるとは。夢にも思わなかったに違いない。

541名無しリゾナント:2016/06/03(金) 20:07:13
老人たちは顔を引き攣らせ、血の気を失くし、涙を、鼻水を流しはじめる。
それでも、堀内だけは何とか踏みとどまっていた。それは、「ブラザーズ5」を纏める者としてのプライドからだけで
はない。

「我々を…舐めるなよ」
「それが最後の言葉ですか? 健気過ぎて泣けてくるわ」
「貴様らの粛清人…リゾナンターとの抗争でほぼ空位状態なのを、知ってるぞ」
「お生憎様。うちんとこ意外と、人材揃ってんねんで?」
「黙れえええ!!!!」

堀内が鬼の形相で、机を叩き、立ち上がった。
目は血走り、脂汗を垂らし、口髭を引き攣らせ。
最後の切り札を、切る。

「俺は!『先生』と、新たな契約を結んでいたのだ!!契約内容は我々五人の護衛!!!配備されるのはあの組織が誇
る最強の七幹部クラスの能力者の達人たちよ!!!!」
「ほう…」

リヒトラウムの警護という契約は反故になってしまったものの。
『先生』は、新たなビジネスを堀内に持ちかけていた。来たるべき日に備えての、身辺警護。
いざと言う時の命綱、堀内がそれを断るはずはなかった。

「貴様のところの粛清人はどうだ!さすがに『赤の粛清』『黒の粛清』レベルではあるまい!残念だったな!我々の力
を甘く見たのが、詰めの甘さだったなあ!!!!!」

さすがにその契約は他のブラザーズ5には隠していたのだろう。
思わぬサプライズに安堵し、老人1の高笑いに釣られ、同じように笑い始めた。
響き渡る5つの笑い声。そのうちの1つが、モニターの映像とともにぷつりと途絶えた。

542名無しリゾナント:2016/06/03(金) 20:08:46
「…え?」

突然の出来事に、呆ける間もなく。
大きなモニターが、次々と沈黙してゆく。
何かが、潰れる音。引き千切られる音。破裂音。断末魔。
残されたのは、すっかり狼狽している堀内の顔を映し出しているモニターのみだった。

「自分らを甘く見たつもりはない。あんたたちがうちらと敵対した場合…真っ先に頼るんは、『先生』んとこやろ。だ
から…先手、打たしてもらいました」
「は…はぁ!?」
「今の5人のおっさんは年だけ食ってる無能な連中ばかりやから。うちらが責任もって、首挿げ替えます。そう言うた
ら『先生』、快諾してくれたで? 自分ら、騙すのをな」
「ば、馬鹿なぁ!!こっちは億単位の手付金をやつらに払ってるんだぞ!!それをいとも容易く裏切るだと!!!そん
な、そんなことが」
「どうでもええけど、お客さんやで?」

裕子の言葉と同時に。
老人1の邸宅内の書斎、その重厚なドアがゆっくり開かれた。
おかっぱ頭の、小さな少女。

「だ、誰だ!!!!」

わかってはいる。
だが、訊ねずにはいられない。
相手が、何者なのか。
そして、これから自分が「何を」されるのか。

「なかざわさーん、おじさん一人しかいないんですけど?」
「佳林ちゃんの好きなじっちゃんやで。よかったなぁ」
「えー、佳林は好きじゃないのに」

堀内を無視し、デスクの上にあるモニターの裕子に話しかける粛清人。

「貴様!!俺の!俺の質問に!!!!」
「じゅてーむ、びやん?」
「は?」

それが、学生闘争の混乱に乗じ財を成し、この国を掌握するまでとなった五本指が一指の、最期の言葉だった。

543名無しリゾナント:2016/06/03(金) 20:10:11
>>537-542
『リゾナンター爻(シャオ)』更新終了

おっさんの出番、終了

544名無しリゾナント:2016/06/09(木) 11:55:46
>>537-542 の続きです



表社会と闇社会、その両方に跨り支配し続けてきた老人たち。
そのあっけない死を前に、権力者たちは明日は我が身とばかりに震えだす。
中には腰を抜かし、そのまま卒倒するものまでいた。

「ま、そういうこっちゃ。後任には、うちらが選んだ若手の五人を選んだる。ま、若手言うてもおっさんやけどな」

ひ、ひぃぃぃ!!!!!
誰かの悲鳴を合図に、風に吹かれたように消えてゆくモニターたち。
粛清人たちの仕業ではなく、すっかり神経の磨り減った哀れな老人たちが耐え切れずに自らモニターの通信を切っ
ていったのだ。そして、暴風雨に晒された弱弱しい松明は、ひとつ残らず消えてしまった。
訪れる、闇。

背後から、拍手の音が聞こえる。
裕子は、あからさまに舌打ちしてみせた。

「鮮やかなお手並みでした。さすがは我らが『首領』です」
「自分が言うと、素直に喜べへんよ」

暗闇に映える白衣。
Dr.マルシェの名を掲げるダークネスの頭脳は、感心しきりに首を縦に振る。

545名無しリゾナント:2016/06/09(木) 11:56:59
「ま、あいつらがアホやっちゅうのも勝因の一つやな。最後まで基幹システムの抜き取りに気付かへんかったし」
「あの御老人たちを責めるのは酷というものでしょう。むしろ警察OBやマスコミに圧力をかけて、あれをあくま
で『近日中にオープンするはずだったアトラクションのギミック』と言い張った努力は褒めてあげないといけませんね」
「どの道閉園するんやから意味ないけどな」

肩を竦めつつ、ため息をつく『首領』。
それは5人の老人たちが引き起こした事件が茶番に過ぎなかったことへの、憐みを意味していた。

「しっかし。終わってみるとあっけないもんやね」
「ええ。ただ、彼らが明確な反逆の意志を見せたからこその結末でもありましたが。影の指導者たちを失った政財
界も一瞬は混乱するとは思いますが、すぐに平静を取り戻すでしょう」

そう。
彼らは確かにこの国の光と闇を支配する、文字通りのドンたちであった。
しかしながら、彼らの代わりなどいくらでもいるというのもまた事実だ。確かに彼らは自らの才覚でここまで伸し
上がってきたが、だからと言って彼らに比肩する能力の持ち主がいないわけでもない。ダークネスが手を下さずと
も、遅かれ早かれ「世代交代」は実現していたことだろう。

「で。そっちのほうはどないやねん」
「ええ。問題ありません。『Alice』に『のんちゃん』、無事、回収してますよ」
「ごっちんか。あの子も大変やな。公式には行方不明なばっかりに、あんたにいいように使われて」
「人聞きが悪い。あくまでも、『組織のために』動いていただいてるだけです」

546名無しリゾナント:2016/06/09(木) 11:58:12
紺野によって、部屋の照明がつけられる。
裕子を囲うように配置された画面だけが、暗い闇をいつまでも湛えていた。

「これで、我々の計画に異を唱えるものはいなくなりましたね」
「そやね。せやけど…『先生』のところに借り、作ってもうたな」

紺野の言葉に、『首領』は苦笑を返す。

「まあ確かに。彼らに…いや、既存の地位にいる能力者たちにとってこれから起こることは面白くはないでしょう
からね」
「勝算は、あるん?」
「いずれ、こちらからお伺いしますよ。それで、全ては解決です」

国内の大都市に、そしてアジア地域にまで拠点を広げる大組織。
そのような一大勢力を築いている連中が、紺野の説得如きに耳を傾けるとは、『首領』には到底思えなかった。

しかし。
紺野がやれないことをやるなどと軽々しく口にする人間ではないことも、知っている。
ダークネスは、全ての未来を見通す「不戦の守護者」を失って久しい。だが。
紺野は、未来が見えずとも理想への道を着実に切り拓いている。だから、敢えて何をするかは問わない。
それが、「理想の能力者社会」の実現に必要不可欠であることを、裕子は。ダークネスの『首領』は、知っている。

547名無しリゾナント:2016/06/09(木) 11:59:56


「…続いてのニュースです。原因不明の爆発事故を起こした東京ベイエリアのアミューズメント施設・リヒトラウムです
が、運営会社による会見が行われ、改めて施設閉園の方向で話を進めるという発表がありました。会見には運営会社『H
IGE』の取締役らが出席し…」

いかにも草臥れた中年たちが、涙ながらに詫び、そして土下座を繰り返す映像が流される。
死者こそ出なかったものの、大混乱を引き起こしたリヒトラウムでの一連の騒動。
被害者たちの「記憶」は消すことはできたが、各アトラクションの崩壊などはどうにも誤魔化せず。処理班お得意の「爆
発事故」となって世間を賑わすことになった。

喫茶リゾナント。
入院中のさゆみの代わりに、メンバーの亜佑美がキッチンを任されるも。
相も変わらずの閑古鳥。いや、店主さゆみ目当てで通っていた常連客の足も遠のいているのでそれ以下の有様だ。

よって、喫茶店は義務教育を終えたリゾナンターのメンバーたちによって占拠されていた。

「やっぱり、閉園されちゃうんですね。リヒトラウム」

カウンターに突っ伏しながら、恨めし気にテレビに視線をやる春菜。

「だよねえ。あれだけの騒動を起こしたわけだし。しかも地下にあんな物騒なモノまで隠しちゃっててさ」
「国の偉い人たちは対応に四苦八苦してるって。リヒトラウムを閉園するのも、騒動以上に、地下のあれを完全に隠ぺい
するためらしいし」

カウンターを挟み、亜佑美と聖が互いにため息をつき合う。

548名無しリゾナント:2016/06/09(木) 12:02:03
リヒトラウムから無事脱出した一行は、すぐさま愛佳と連絡を取り、後は偉い人たちに対応を一任することとなった。
どういうわけか、警察の能力者機構である「PECT」も人手が足りずに、やって来たのはかつて聖たちと一戦を交えた
カラフルTシャツの7人組のみだった。

何でも、これまでの活躍が認められ末席ながらもつんく率いる能力者部隊の一員に入れてもらうことができたとのこと。
昨日の敵は今日の友、を地で行く展開ではあるが。

「つんくさんたちとは、連絡が取れないみたいで…」

リーダーの仙石みなみは、ダークネスの幹部が跳梁跋扈したにも関わらず人手が割かれなかった理由についてそう説明
していた。何が起こったのかはわからないが、その情報は不穏な印象を聖たちに与えた。

ともかくその日を境に、聖たちリゾナンターに情報は一切入らなくなった。
あの時連絡を取りあった愛や里沙も、機会が来たら全て話す、とだけしか言わない。もともと多忙な彼女たちとは、連
絡すら取れていない。

「そう言えば、朱莉ちゃんが言ってた。つんくさんたち、大きな任務があってどこかに行っていたって」
「あかりちゃんって。ああ、あの顔の丸い人ですか」

スマイレージは。
今回の勝手な出動を咎められ、現在は行動を大幅に制限されている状態だと聞く。
その中でこっそり監視役の目を盗み、聖に会いに来た際にそんなことを話していたのだ。

つんくたちの消息はもちろん心配だ。
この喫茶リゾナントを初代リーダーである愛が立ち上げる際に、各方面に尽力したというつんく。
それから、リーダーが里沙へ、そしてさゆみへと代替わりした後も何かとリゾナンターの活動に協力してくれたなじみ
深い人物でもある。メンバーたちがその消息について気になってしまうのは当然のことと言えた。

「とにかく、今日みなさんが集まることで…色々わかってくる、わかる必要があるんだと思います」
「…そうだね」

549名無しリゾナント:2016/06/09(木) 12:03:20
聖は、春菜の言いたいことを即座に理解する。
自分たちはあの光と夢の国で起こった出来事の全てを把握するとともに、自分たちがあの日背負った罪の十字架を意味を
問わなければならない。あれから、リゾナンターのメンバーは何もなかったように、通常通りの振る舞いを見せている。
しかし、それが仮初のものであることは誰もが知っていた。
懺悔して何かが変わるのか。わからない。けれど、きっと先輩たちには話さなくてはならない。

みなさんが集まる。
それはあの日以来入院していたさゆみが喫茶リゾナントに帰ってくることを意味していた。
それだけではない。さゆみが帰ってくるということで、多忙にしている里沙や愛もリゾナントに顔を出すという。
そこには、聖たちリゾナンターが「金鴉」「煙鏡」と交戦しているその陰で、里沙や愛もまたつんくの作戦に絡む活動を
していた、そのことに対する説明があるらしい。

「いろんな意味で、動きがありそうですね」

亜佑美が大げさな顔をして、言う。
リゾナンターとしての立ち位置、ありようが変わってしまうのではないか。そんな予感が、亜佑美だけではなく聖や春菜
にもあった。

俄かに立ち込める重い空気、それを破ったのは。

「とーーーーうちゃーーーーーーーく、なうなうー!!!!!!!」

騒がしい声とともに、降ってくる。
比喩ではなく本当に、亜佑美の頭上から降って来たのだ。
優樹が。遥が。里保が。さくらが。そして、さゆみが。

550名無しリゾナント:2016/06/09(木) 12:04:12
「ぐえっ!」
「あ、石田さん」
「まーちゃん!テレポートする時はよく考えてって言っただろ!!」
「イヒヒ、ごめんちゃーい」
「み、みっしげさんすいません!!」
「あ〜ん、りほりほったらいきなり激しいの〜」

三人が折り重なるように。
下敷きになっている亜佑美が、人の山から這って出てくる。

「ちょ、ちょっとあんたねえ…」
「わーっみんなどいてどいてぇ!!!!!」

そこへ、メンバー最重量のぽっちゃり娘。が。

ずしぼきぐしゃっ。

身体中のあちこちから鈍い音が鳴り響くのを感じながら、亜佑美はきゅう、と漫画のような音を立てて気絶した。

「いやー遅れた遅れた、あっ道重さんもう来てる! …あれ、あゆみん何でそんなとこで寝てると。道重さんに失礼っち
ゃろうが」

遅れてやって来た衣梨奈が無残にも潰れている亜佑美を見て、一言。
その後亜佑美がさゆみと聖の治癒尽くしに遭ったのは、言うまでもない。

551名無しリゾナント:2016/06/09(木) 12:05:33
>>544-560
『リゾナンター爻(シャオ)』更新終了

552名無しリゾナント:2016/06/11(土) 22:43:21
>>544-560 の続きです



「みんな、心配かけてごめんね」

リゾナンターたちが揃う中、さゆみが最初に発した一言がそれであった。
当然、全員が首が千切れるほどに首を横に振る。

「そそそそんなことないです!みっしげさんがいなかったら今頃うちらは!」
「そうですよ!道重さんのおかげで、私たちはあの二人を倒せたようなものですから!!」

さゆみが目を覚ましてから幾度となく病院で繰り返されたやり取りでもある。
里保と春菜の言うとおり、さゆみが「金鴉」を追い込み弱体化させていなければ、後の勝利があったかどうかもわからな
かった。それだけは確実であった。

「あの…そのことなんですけど、道重さん」
「なに、フクちゃん」

メンバーを代表して、聖が口を開く。
このことだけは、決して避けて通ることはまかりならない。
さゆみが目覚めたばかりの時は、心配かけまいと敢えて触れなかったこと。
つまり、「金鴉」の死。それが、間接的にとは言え自分たちによって引き起こされたということ。

聖が、言葉を詰まらせながらも、そのことを話している間。
さゆみはずっと、静かに聖の言うことに耳を傾けていた。

愛が掲げた、不殺の心得。
自分たちは、決して人を殺めるために能力を身につけたわけではない。
若くしてリゾナンターとなった八人の少女たちは、そのことを不文律としてきた。
ダークネスが無から生み出した存在だったさくらもまた、リゾナンターたちと触れ合う中でそのことを学んできた。

553名無しリゾナント:2016/06/11(土) 22:44:26
しかし、経緯はどうあれ、破ってしまった。
「金鴉」は、どろどろの赤黒い液体となって死んでいったのだ。
例え、相手が。何人もの人間を欲望のままに殺めた救いようのない悪人だったとしても。
その事実だけは、決して曲げることはできない。

ひとしきり聖が話した後。
さゆみは、優しく諭すように話し始める。

「ねえ。もし『金鴉』が…自滅の道を選んでなかったら。どうなってたと思う?」

沈黙。その言葉の意味は、痛いほどにわかるから。
でも、それを答えていいのか。いや、答えるべきなのか。

「私たちは…確実に、死んでいたと思います」

毅然と答えたのは、「金鴉」と直接戦った里保だった。
直接一戦交えた里保が一番よく知っていた。相手の強さを、そして恐ろしさを。
自分たちが勝ちを拾ったのは、様々な要因が重なった上でのことだということを。

「さゆみも、そう思う。逆に。みんなは、『金鴉』のことを殺そうと思って戦ってたの?」
「まさ、あのチビのことすっごいむかつく奴だしぶっ飛ばしたいって思ってたけど、殺したいなんて全然思わなかった!」

今度は優樹が即答した。

「そうだよね。なのに、そんなつもりじゃなかったのに…彼女は死んでしまった。どうしてだと思う?」

誰も、答えられない。
すぐに答えが見つかるのなら、さゆみに話を持ち込んだりはしない。
それでも、さゆみは待った。

554名無しリゾナント:2016/06/11(土) 22:45:33
「…弱かったんだと、思います。うちら自身が」

どれほどの時が経ったかわからない。
ただ、里保が絞り出した答えは、限られた時間の中で自らを見つめ直した結果のものだった。

「愛ちゃんは、これからさゆみが言おうとしてること…絶対に言わなかった。あの人は、凄く優しい人だったから。ガキ
さんも、言わなかった。あの人は、手堅く考える人だったから。けど、さゆみは」

一同が、固唾を呑んでさゆみの言葉を待つ。

「『不殺』は…実力のあるものにしか、守れない」

皆、薄々は感じていたことだった。
ただ、それを認めるということは、自らの力不足を認めること。
さゆみや歴代リーダーたちの期待を裏切ることに他ならなかった。
それでもさゆみは、言葉を続ける。

「さゆみは愛ちゃんにもなれないし、ガキさんにもなれない。けど、みんなに期待してるから。壁を乗り越えてくれるっ
て信じてるから。敢えて言うね。『不殺』を守れるような、実力を持った人たちになってください」

それは、敵の死を仕方ないと片付けるのではなく、自らが未熟な証として、罪の十字架として背負い続けなければならな
いということを意味していた。

さゆみは、後輩たちの顔を見る。
もちろん、期待を込めて、期待に応えてくれると信じて発した言葉だ。
嘘偽りや後悔などあるはずない。
それでも、強い、強すぎる自分の言葉に誰かが挫けてしまうのではないか。
そのような不安がないわけではなかった。

555名無しリゾナント:2016/06/11(土) 22:46:40
だが、どうだろう。
聖。衣梨奈。里保。香音。春菜。亜佑美。遥。優樹。そして、さくら。

さゆみに導かれてきた若きリゾナンターたちは、挫けるどころか、燃えるような瞳を湛えさゆみのことを見ている。
覚悟と決意。誇り高き精神が、そこにはあった。
後輩たちの背中を見守ってきたさゆみだが、これほどまでに彼女たちの存在を頼もしいと思ったことは無かった。

愛から、そして里沙から受け継いだリゾナンター。
形が変わり、メンバーが変わっても。
こんなにも、力強く輝いている。そのことが、さゆみには誇らしかった。
これならば。

喫茶リゾナントの玄関前。
ドアのガラスから様子を窺っていた、二つの影があった。

「このことについてはうちらの出番、なさそうだね」

肩を竦めつつ、安心したように里沙が言う。

「当たり前やろ、あーしらの後輩なんやから」

言いつつ、愛は里沙の背中をバチーン。喜びは、そのまま力に。
いたっ、まーったく愛ちゃんはすぐ手が出るんだから。
そんな愚痴をこぼしつつも、里沙は。そして、愛も。かつての9人、つまり自分たちかつてのリゾナンターの姿を今に重
ねていた。

あの時とは違う、それでもそれとはまた別の強い輝き。
今のメンバーたちの織り成す、青き共鳴。
彼女たちもまた、受け継いでいるのだ。自分たちが抱いていた、いや、今も抱き続けている志を。

556名無しリゾナント:2016/06/11(土) 22:47:47


里沙と愛が、喫茶店に入って来たのは、それからすぐのこと。
彼女たちの口から告げられたのは、彼女たちが警察組織に属する能力者であるからこそ知ることのできた、裏事情の
数々だった。

「煙鏡」が精神エネルギーを利用した兵器と謳っていた「Alice」。
しかし、専門の研究者たちが調べたところ、あの鋼鉄のフレームで象られた物体は単なるロケット型の鉄の塊に過ぎ
ないことがわかった。蓄えられているはずの精神エネルギーも存在していなかったという。ただしこれは表向きの話。

「Alice」をロケット格納庫から発射するための基幹システムが、そっくりそのまま抜き取られていた。
誰かが、存在の証拠隠滅を図ったのか。

「それって、あの『煙鏡』がやったんじゃないですかね」

亜佑美の問いに、愛は首を振る。
『煙鏡』は、何者かの手によって惨殺されていた。
おそらくダークネスの手の者が彼女を始末しつつ、「Alice」の重要機構をそのままどこかへ運び去ったのではない
か。あくまでも推測に過ぎないが、ありえない話ではなかった。

あれほど自分たちを苦しめた「煙鏡」が、あっさり始末された。
そのことに衝撃を受けるメンバーたちだが、それを上回る情報が里沙からもたらされた。

「それと、行方不明のつんくさんのことだけど。残念ながら…」

つんくが「銀翼の天使」の討伐のため能力者たちを率いて進軍し、結果不慮の死を迎えたことが伝えられた。
そしてそれ以上に、驚愕の真実が告げられる。

557名無しリゾナント:2016/06/11(土) 22:49:33
つんくが、元々はダークネスに出自を発した人物であったこと。
そればかりか、ダークネスを抜けた後に「能力者プロデュース」と称して能力者の卵たちを全国から集めていたのは、実
はダークネスと警察機構の両者への人材供給行為の意味合いがあったということ。
その上で、自ら「対ダークネスの能力者部隊」を率いる本部長の座についていたということ。

「つんくさんが…どうして…」
「そんなの…ひどすぎます!それじゃ、彩ちゃんが!スマイレージの人たちがあまりにも!!」

時折喫茶店を訪れ、リゾナンターたちの日々の悩みに耳を傾け時にはアドバイスまでしていたつんく。
そのリゾナンターのオブザーバー的な立場からは程遠い人物像に、聖は裏切られ打ちひしがれる。
そして春菜は、残酷な事実に憤りを覚え思わず声を荒げる。春菜が覗いた、和田彩花の過去。あの闇と血で塗り潰された苦
難の元凶が、つんくによって齎されたという事実に。

「でも、おかしくないっすか? つんくさんは、ダークネス討伐の先頭に立っていながら何でそんな面倒なことをしたんす
かねえ」
「そうですね…それに両陣営から得ていた利益を捨ててまで、なぜ『天使討伐』に向かったんでしょう」

遥とさくらの疑問も当然である。
つんくのしていたことはダークネスに敵対する存在でありながら、自らその敵に利を与える行為だ。
そしてさくらの言うように、両者から利益を得ることで私腹を肥やしていたなら、総力戦を仕掛けるというのはその利益を
自ら潰す行為でしかない。

「それについては。『PECT』の人たちがつんくさんの事務所や自宅を調べてるところ。ただ、私には…ううん、真実は
これから明らかにされるはず」

言いかけたところで、自らの思考に蓋をする里沙。
里沙には。ダークネスとリゾナンターを行き来していた彼女には、どうもつんくが単純な理由で動いていたとは思えなかっ
た。それに、今際の際のつんくは、何かを途中でやり残しながら死んでいったようにすら見えた。そこには「銀翼の天使」
を手中に収める作戦の失敗も含まれていたと思うが。
ただ今は、不要な情報を与えて若きリゾナンターたちを混乱させるべきではない

558名無しリゾナント:2016/06/11(土) 22:50:51
「とにかく。協力関係にあった警察機構の対能力者部隊の戦力も削られた。あんたたちにかかるプレッシャーは、これま
で以上になると思う」

愛の言葉に、身が引き締まる思いになる若きリゾナンターたち。
つんくという中継地点はあったものの、これまで彼女たちは国家権力とは無縁の場所で活動をしてきた。
だが、彼らが対ダークネスの切り札として保持していた能力者たちは「天使」との戦いで少なくない被害を受けた。多く
が負傷し、中には能力を失ってしまったものまでいるという。
となると、民間人でありながらも多くの功績を上げてきたリゾナンターに注目するのは自然な流れ。

「それでも、あーしは信じとるよ。新しい体制で、困難を乗り越えてくれるのを」

愛からの信頼、それはメンバーたちにとってまた格別な響きがあった。
リゾナンター発足時のリーダーであり、自分たちがまだ右も左もわからない時に導いてくれた存在。
そこで、ふと思考が止まる。彼女のある言葉に、引っかかったのだ。

「あの、今…“新しい体制”って」

聖の問いかけに、愛は答えない。
代わりに、さゆ…とだけ口にして、先を促した。

「今日、さゆみがここに来たのは。みんなに言わなくちゃならないことがあったからなの。本日をもってさゆみは…リゾ
ナンターから離脱します」

今日という日は、リゾナンターたちにとって受け入れがたい事実の連続だったのに。
中でも、さゆみが今言ったことは最たるものだった。
その証拠に、メンバーの誰もが口を開くことができない。反応できない。
晴天の霹靂どころの話ではない。空は晴れ渡っているのに、なぜか冷たい雨が土砂降りのように降っていた。
さゆみの表情が、やけに晴れやかであるということも、含めて。

559名無しリゾナント:2016/06/11(土) 22:52:08


「なんで!なんでみにしげさんがリゾナンターやめるの!」

今にも泣きそうな顔で、優樹がさゆみに詰め寄る。
それをきっかけに、リゾナンターたちがさゆみを一斉に取り囲んだ。

「実はね…おねえちゃんが、いなくなってしまったの」
「えっ」

「おねえちゃん」がいなくなる、そのことが何を意味しているのか。
何人かは、ある可能性を頭に過らせてしまう。つまり。

「それって、物質崩壊の力が使えないってことですか!!」

香音が、自らの考えを否定するような大声で叫ぶ。
リゾナンターの歴史において、過去にも能力を失ってしまったメンバーがいた。
「銀翼の天使」の襲撃によって能力を失くした久住小春、光井愛佳。
Dr.マルシェの実験によって力を奪われた、田中れいな。
能力を持たない存在になってしまった彼女たちが選んだ道は、一つだった。

「やけん!治癒の力は無事なんですよね!?」

縋るような衣梨奈の言葉に、さゆみはゆっくりと首を横に振る。
さゆみの力は、「さえみ」の消滅とともに完全に失われてしまった。
過剰な治癒はやがて物質の崩壊に至る、というのがさゆみの能力とさえみの能力の関係性のはずだったが、自らの力が消
えてしまった今なら理解できる。
物質崩壊の力が弱められたのが、治癒の力だったのだと。

560名無しリゾナント:2016/06/11(土) 22:53:17
さゆみの離脱は、避けられない。
我流ながらも威力の高い格闘術を持っていたれいなでさえ、いつ終わるとも知れない治療の道のりを選ばざるをえなかった
のだ。増してや能力抜きの戦闘能力の低いさゆみなら、なおさらだ。
暗い現実は、立ち込める暗雲が如く、若きリゾナンターたちの心を押しつぶしてゆく。

「やだ!まさ、みにしげさんいなくなるのやだ!!」
「お、落ち着けよまーちゃん!そ、そうだ!道重さん能力がなくなったとしても喫茶店のマスターとしてなら残れるんじゃ
ないっすか!?」

取り乱す優樹を宥めようとした遥の咄嗟の一言。
だがそれは沈みかけたメンバーたちの心にあっと言う間に広がっていった。

「それです!道重さん、それならリゾナントに残れますよ!!」
「うちらもまだまだ料理ができるとは言えないですし」
「そうですよ!レンジでチンだってコツがいるんですから!」

最後のは微妙にフォローになっていないが、ともかくさゆみを引き留めるために、あの手この手を後輩たちが尽くそうとす
る。それほどまでに、さゆみの離脱は想定外であり、できれば避けたいことだった。

そんな健気な姿に思わず涙ぐみそうになるさゆみだが。

「…みんな、さゆみの、周りのみんなの声を、聴いて。心を、重ねてみて」

さゆみの言葉の意図に、すぐに気付くメンバーたち。
これから行おうとしているのは、「共鳴」。

なぜ、この場でという疑問はあったものの、さゆみの意に従い、深く瞳を閉じた。
彼女の心模様を知るために、必要なことなのかもしれない。その時はそう、思っていた。

561名無しリゾナント:2016/06/11(土) 22:54:35
濃桃、黄緑、赤、緑、黄、青、橙、翠、藤色。
それぞれの光が溢れ、渦を巻き、一つの形を作り始める。
彼女たちが、共鳴者たちの異名を取る理由。つまり、響き合うものたち。

「おおっ」
「へえ。今は『こういうかたち』なんだ」

愛が目を丸くし、里沙が感心するように何度も頷く。

若きリゾナンターたちの作り出す、大きな奔流。
しかし。大きく膨らんでゆくはずの風船は、ある時を境に途端にバランスを崩し。
共鳴の力は弾けて消えてしまった。

「え!!」
「どうして!こんなこと今までなかったのに!!」
「あゆみが空回りし過ぎなんだよー」
「はぁ!?何であたしなのよ!!」

予想外の結果に、戸惑いを見せるリゾナンターたち。
いや違う。一人だけ、結末を予期していたものがいた。

「びっくりしたでしょ。でも、これは…さゆみのせいなの。さゆみの存在が、みんなの共鳴のかたちを…変えてしまう」

さゆみは自分が能力を失った以上は、こうなることを知っていた。
響き合うものたちが作り出す、蒼き共鳴。
だがその形は、メンバーが抜け、そしてまた新たにメンバーが加入することで生き物のように形を変えてゆく。
その中で、どうしても変化についていけないものが出てくる。
共鳴の乱れ、不調和となって顕在化する。そうなってしまうのを防ぐ方法は、リゾナンターの歴史が示していた。

562名無しリゾナント:2016/06/11(土) 22:56:02
芸能界の活動に専念することを決めた、久住小春。
故郷へ帰り「刃千吏」の活動に身を投じた、リンリン。ジュンジュン。
警察組織のスカウトに応じ、新組織に身を置くことになった高橋愛。新垣里沙。
何でも屋としてリゾナンターを陰から支えることにした、光井愛佳。
自らの能力を取り戻すべく、終わらない旅に出た田中れいな。
いつ目覚めるとも知れない眠りについている、亀井絵里。

彼女たちが、一人としてリゾナントに残らなかった理由が、そこにあった。
例え能力を失ったとしても、「今の」リゾナンターと行動を共にしてしまうと、今の彼女たちに大きな影響を及ぼしてしま
う。そうならないためには、自ら身を引く以外に方法は無い。

一様に、顔を青くさせるメンバーたち。
特に、聖の消耗はより激しかった。さゆみと、自分たちとで奏でられる共鳴。それが乱れ、弾けそうになってしまうのを最
後まで食い止めようとしたのは聖だった。

リヒトラウムで「金鴉」に致命傷に等しい攻撃を受けた時。
聖は、たださゆみの近くに駆け付けたい一心で走り出していた。その時のように、さゆみの元に届く。そう思っていた。し
かし、状況は聖が思っていたよりも悪い。最悪と言ってもよかった。
そうしてもがき、足掻き続けた結果の、劇的な体力・精神力の消耗だった。

563名無しリゾナント:2016/06/11(土) 22:57:01
「みんな。落ち込んでばかりはいられないの。だって、これから…さゆみはこれからこのリゾナントを取り仕切る後継者を
指名しなければいけないから」

聖の意識は、やがてゆっくりと遠のいてゆく。
他のリゾナンターたちは、さゆみの衝撃的な発言のせいか、そのことに気付かない。

― さゆみの…後継者は… ―

薄れゆく意識の中で、さゆみの声が遠くから聞こえてくる。
そうか…後継者か…リゾナンターになった歴で言えば聖だけど。本当に聖でいいのかな。
だって、頼りないし。いつもえりぽんやはるなんに頼りっきりだし。どうしよう。

視界が揺れる。
そして聖自身の感情もまた、大きく揺れていた。
やがてその震えも、形を失い消えてゆく。彼女の精神力は、限界を迎えていた。

― は…る…なん… ―

白い意識の彼方にあると言うのに、さゆみが春菜の名を呼ぶ声だけが聖の中に刻み込まれる。

そ…っか…そう…だ…よ…ね…やっ…ぱ…みず…き…じゃ…だ……め……

聖の意識が途絶えるのと、吸い込まれるように床に倒れたのは、ほぼ同時。
メンバーたちが聖の異変に気づき懸命に呼ぶ声は、聖には届かなかった。

564名無しリゾナント:2016/06/11(土) 22:59:49
>>552-562
『リゾナンター爻(シャオ)』更新終了

絶えて久しかったリゾスレの映像作品復活に感動しています
一枚絵だけでも自作でリクエストしたい気分でいっぱいですが負担になりそうなので我慢しておきますw

565名無しリゾナント:2016/06/13(月) 22:24:57


…ちゃん…フ…クちゃん…

深い意識の奥から、聖がゆっくりと浮上してゆく。
耳に入るは、自分を呼ぶ甲高い声。だが、違和感がある。
この声の主は、自分のことをそんな呼び方はしないはずだ。

瞑っていた目を見開くと、そこには見慣れたまんまる顔が心配そうに覗きこんでいた。

「あれ…あかり…ちゃん?」

しかし目の前の丸顔は怪訝な表情を浮かべて、

「フクちゃん、まだ寝ぼけてるの? うちはタケ。タケ・ガキダナーだよ!」

聖の頭は、混乱している。
何のことだ。朱莉ちゃんは朱莉ちゃんじゃないか。
しかも変な格好までしている。
黒を基調とした衣装は、まるで中世の騎士の正装のようだ。

思わず、寝ていた体を起こし上げる。
体が重い。見ると、なぜか全身が鎧に包まれている。
ここはどこだ。喫茶リゾナントではないのか。
視線を目まぐるしく「部屋」の隅々にまで行きわたらせる。
何だ。何なんだ、この部屋は。石を組んで作った壁、壁につけられた松明の明かり。

566名無しリゾナント:2016/06/13(月) 22:27:28
「聖…どうしてこんなとこに…」
「はぁ?まだ寝ぼけてんの。ミズキって誰だよ。フクちゃんの名前は、フク・アパトゥーマでしょ。もう、いくらハルナンに不意
打ちされて気絶してたからって記憶まで失くしたなんてことないよね?」

意識が混濁しているのと勘違いしたのか、朱莉にしか見えないタケ・ガキダナーはこれまでの状況を説明した。
聖は、モーニング帝国が誇る剣士集団・Q期団の団長であり、サユ王の退位に伴い次期国王候補になっていること。
Q期団のライバルである天気組団の団長ハルナン・シスター・ドラムホールドもまた候補に選ばれ、彼女と激しい後継者争
いをしていること。そして、ハルナンとの反目からアンジュ王国のマロ・テスクが聖の加勢をするよう、タケ含む四人の
「番長」を送り出したこと。

「ちょっと朱莉ちゃん何言ってるか全然わからないんだけど」
「わからなくてもいいの!うちらはフクちゃんを帝国の王にするため動いてるの!!フクちゃんの同期のエリポン・ノーリ
ーダーもサヤシ・カレサスもカノン・トイ・レマーネも天気組の奴らと今戦ってるんだっての!!」
「もうわけわからん!!」

朱莉、ではなくタケが必死になればなるほど頭が混乱する聖。
いや待て。今、里保ちゃんっぽい名前の子たちが天気組とやらと戦っているとか言ってなかったか。
天気組の顔ぶれは、団長がハルナンであることからすれば容易に想像できた。
途端に、聖の顔から血の気が引いてゆく。

「大変!みんなを止めなきゃ!リゾナンターが分裂しちゃう!!」
「チョトマテクダサイ!どこ行こうってのさ!!」
「こんなとこで寝てる場合じゃない!早く喫茶リゾナントに行かないと!!」
「キッサ?リゾナント?何だよまだ頭打った影響が出てるの!?」

よくわからないが、春菜がリゾナンターのリーダーに選ばれたことを不満に思った里保たちが反旗を翻したのかもしれない。
ってそんな馬鹿な。でも、朱莉の性格からしてとてもではないが嘘をついているようには見えない。ならば、直接この目で
確かめるしか方法はない。話の整合性や経緯などこの際どうでもいい。
聖はとにかく、焦っていた。

567名無しリゾナント:2016/06/13(月) 22:28:00
タケの制止を振り切って部屋から出て行こうとする聖。
その足が止まったのは、部屋の入り口から人のような何かが勢いよく投げ込まれたからだ。

「カナナン!メイ!リナプーまで!!」

タケが絶叫するのも無理はない。
彼女が叫んだその三人らしき少女は、ずたぼろの血まみれ状態で投げ込まれたからだ。
ぴくぴくと体を痙攣させているのみで、意識があるかどうかもわからない。
三人の顔を見ると、やはり見たことのある顔。
ここは、一体どこなんだという疑問が再び聖の中から湧き上がってゆく。

「アンジュ王国が誇る『番長』たちをここまで痛めつけられる人なんて…あの人しかいない…」

急に、タケががたがたとその身を震わせはじめた。
その理由は、三人を投げ込んだ張本人が現れることで明らかになる。

「…ハルナンを虐める子は、死刑だよ」

思わず、ひぃ! という言葉が出てしまうほどに。
長い髪を振り乱しつつ部屋の中に入ってきた女性の狂気は、二人を圧倒した。

「あ、あ、アヤチョ王!!」
「和田さん!?」

聖が現れた女性を和田彩花だと認識する前に。
隣にいたタケの体が、豪快に吹っ飛ぶ。
風神のようなスピードで、目にも止まらない攻撃を繰り出したのだ。

568名無しリゾナント:2016/06/13(月) 22:28:54
「タケェ!よくもハルナンを!こうしてやる!こうしてやる!」

彩花、いやアヤチョ王は雷の如き迫力で倒れているタケを踏みつける。何度も、何度も。
その表情は、まるで仁王。
何かが潰れ、折れる音が何度も響き渡る。
ついには、タケの口から大量の血が吐き出された。

「ゲホッ!……うぅああ……」
「悪いヤツめ!悪いヤツめ!こうしてやる!」
「朱莉ちゃん!!」

突然の惨劇に見舞われた朱莉を救うべく、彩花に体当たりを仕掛ける聖。
アヤチョ王の体を大きくよろけさせ、ひとまずの蹴りの嵐を止めることはできたものの。

「アヤ知ってるよ。フクちゃんは、ハルナンが国王になろうとするのを邪魔してるんでしょ?」

思い切り、標的が聖へと向いてしまった。
だが、彩花、ではなくアヤチョ王の言葉には聞き捨てならないものがある。
恐怖に潰されそうになる心を奮い立たせて、聖は叫んだ。

「違う!聖は、はるなんがリーダーになることに反対してないもん!!そりゃ聖のほうが先にリゾナンターになったのにって気持
ちがないわけじゃないけど…でも、はるなんは戦闘力こそ低いけど、作戦を考える力はすごいし!みんなをまとめる力もある!!」
「……」
「だから!聖は、聖ははるなんがリーダーになっても、はるなんのことを支え続ける!!」

569名無しリゾナント:2016/06/13(月) 22:29:54
聖の剣幕に、しばしきょとんとした顔をしていたアヤチョ王、しかしすぐに鬼の形相を取り戻す。

「そんなの、口だけならいくらでも言えるし。とにかく、フクちゃんはハルナンの王位継承には邪魔な存在なの。カクゴして?」

力強い構えとともに繰り出されるのは、風神と雷神の力を練り合わせたような必殺技。
疾風迅雷の手刀が、聖に襲い掛かる。ダメだ、避けられない。
絶望と、手刀の衝撃が聖の体を激しく駆け巡ってゆく。
あれ、変だ。手刀を受けた当たりの腕の部分が、妙に気持ちいい。

やがて、視界が暗転する。

570名無しリゾナント:2016/06/13(月) 22:30:29


…ちゃん…フ…クちゃん…

聖を呼ぶ、声がする。
また同じ光景? ただ自分を呼ぶ声は、朱莉のような甲高い声ではない。
むしろ、興奮を抑えられないと言った感じの、気持ち悪い低めの声だ。

瞑った目を開いてみると、そこにはなぜかうっとりとした顔で聖の二の腕を摩っている里保がいた。

「りっ里保ちゃんいったい何を!!」
「え、いや、フクちゃんを起こそうと思って体をゆすってたらつい」

何が「つい」なんだかよくわからないが。
聖はベッドの中で寝ている状態であった。ここは、見慣れた喫茶リゾナントの2階。
さゆみが自らの私室として使っている部屋だった。

そう言えば、道重さんの匂いがする…

思わず、布団に顔を埋める。
そして、さっきまで自分が見ていたものが夢だったのだと改めて実感した。

窓から差し込む日差しの加減から、先ほど気を失ってからそれほど時間が経ってないことを理解する。

571名無しリゾナント:2016/06/13(月) 22:31:37
それにしても。聖は改めて思い返す。
わけわからない夢だったな。
でも、微妙に今の状況と合ってる感じもするし。
そうだ。道重さんがリゾナントを抜けるって話になって、それで、次のリーダーがはるなんに。

「…みんなは?」
「夜から道重さんの送別会やるって言うから、買い出しに出かけた」
「そう…」

聖が考え事をしてる間にも、里保は聖の二の腕を撫で続けている。
いつからか何故か里保は聖の二の腕に異常に執着するようになったのだが、今はそんな場合ではない。
なおも触ろうとする手を布団から追い出し、再び自らの思考に没頭する。

例え、夢であっても。
聖がアヤチョ王に宣言したのは、心からの言葉。そこに嘘偽りはなかった。
自分がリゾナンターになったのは、闇に苦しむ人々を救いたかったから。それは、別にリゾナンターのリーダーじゃなくてもでき
ること。
だから、笑ってはるなんのことを迎え入れることができる。
でも。

「もう、しつこい」

変態中年のセクハラさながらの里保の手をぴしゃり。
ええじゃろ、減るもんでもなしに、とでも言いたげな里保を尻目に、聖は部屋を出て階下に向かう。
けじめを、つけるために。

572名無しリゾナント:2016/06/13(月) 22:33:09
>>565-571
『リゾナンター爻(シャオ)』更新終了

知ってる人は知っている「マーサー王」からのリゾナントでした
そしてガキさんおめでとう

573名無しリゾナント:2016/06/23(木) 00:25:03
>>565-571 の続きです



「…でね。こうやって、こうやって。はい。『リゾ・リゾ』の出来上がり」
「うわぁ!おいしそうですねえ…さすが道重さん、レンジでチンだけじゃなかったんですね!!」

階段を下りてゆく途中で、さゆみと春菜らしき二人の会話が聞こえてくる。
こちらまで漂ってくるいい匂いに、聖は憶えがあった。確かこれは。

まだ、リゾナンターが最初の9人だった頃。
ふとしたことがきっかけで喫茶リゾナントに顔を出すようになった聖、そんな彼女に当時のメンバーだった亀井絵里がよく振る舞
ってくれたのが、「リゾ・リゾ」。メインのリゾットもさることながら、デザートの豆腐ヨーグルトの優しい甘さは小学生の聖を
瞬く間に虜にした。
それ以来、「リゾ・リゾ」は聖にとって喫茶リゾナントを代表する味となっていた。

キッチン裏の階段を下りたところで、こっそりとさゆみと春菜の様子を窺う聖。
さゆみと春菜は、まるで姉妹のように仲睦まじく料理を作っている。
その姿を見て、聖はこれまでのさゆみと自分の関係を思い出していた。

新しいメンバーとして、リゾナンターに加入した聖たち四人。
しかしそれは想像以上の茨の道でもあった。
既に能力者としてキャリアを積んでいる先輩たちに比べ、あまりにも弱い自分たち。
水軍流という武術を修め、水限定念動力を少なくとも聖の目には自在に操る里保はともかく、他の三人はまるで戦力にならなかっ
た。特に聖は能力者の養成所に通ってまで自らのスキルアップを目指していたのに、それが実戦では役に立たない。そのことに気
付いた時から、聖にとって喫茶リゾナントは常に気の抜けない修羅場と化していた。

だが、自分たちの後に入ってきた春菜たちは、偉大なメンバーたちとの間に聖たちという年齢も実力も近い存在を挟むことで。
幾分かは和らいだ状況で先輩たちと接することができた。聖がさゆみに対して未だに遠慮がちなのに比べて春菜がさゆみと距離を
縮めているのも、そういう背景に原因があるのではないだろうか。

574名無しリゾナント:2016/06/23(木) 00:26:08
思いかけて、聖は首を思い切り横に振る。
そんなのは、ただの言い訳に過ぎない。春菜も、何の努力もなしにさゆみと仲が良くなったわけではないのは聖も重々知っている
ことだ。
春菜はさゆみの嗜好や考え方などを徹底的に研究した上で、さゆみと良好な関係を築いている。さらに、天性のコミュニケーショ
ン能力も互いの関係を円滑するのに役立てている。
それらのことは、聖には決して真似のできないことであり、自分自身に欠けている部分だと自覚していた。

聖は、はるなんに引け目を感じてるんだ…

改めて自分の劣等感が浮き彫りにされていることが、聖の心に暗い翳を差す。
どうした。きちんと「けじめ」をつけるんじゃなかったのか。必死に自らの心を奮い立たせる。ここで尻込みなんかしていては、
これから先リゾナンターの一人としてもやっていけない。
決意が、強い一歩を生み出した。

「道重さん!はるなん!!」

急に聖に大声で声を掛けられたせいか、飛び跳ねたように首を向ける二人。

「ふ、ふくちゃん!?」
「よかった…もう体の調子はいいんですか?」
「あの!みずき、二人にどうしても言わなくちゃいけないことがあって!!」

並々ならぬ決意を感じたのだろう、すぐにさゆみも春菜も畏まった顔になる。
聖がこんなことを言いだすのは、それだけ珍しい、かつ大きな何かがある時だけだということを二人とも知っていた。

キッチンの前に出ると、いよいよ二人と正対することとなる。
襲い掛かる緊張感と言ったら、眩暈がしそうなほど。それでも。

575名無しリゾナント:2016/06/23(木) 00:27:22
「はるなん!これから道重さんのすべてを受け継ぐのは大変かもしれないけど、迷った時困った時、いつでも聖ははるなんの力に
なるから!!道重さんも聖たちのこと、見守ってて下さい!!」

あの夢の中でアヤチョ王に宣言した言葉そのままに。
聖は、思い描いた言葉をはっきりと口にした。
だが、それを聞いた二人の反応は。

「いや…でも、こればっかりは譜久村さんはちょっと…」
「だよねえ。ちょっとフクちゃんじゃ頼りないよねえ」
「え?」

決意を持って話した割に、あんまりな反応。
さすがにこれには聖も反駁したくなってしまう。

「そんなことない!聖は、はるなんよりも少しだけどリゾナンターの経験も長いし、そりゃちょっと頼りないところはあるかもし
れないけど、でも聖だけじゃなくて里保ちゃんやえりぽん、香音ちゃんだって」
「ストップストップ!フクちゃん何言ってるの?」

聖の感情が高ぶりそうになるのを制止したのは、さゆみ。

「何の話って!はるなんがこれからリーダーになるから、聖はその時の」
「あれ…もしかして譜久村さん、何か勘違いされてません?」
「…え、え?」
「私が後継者に指名されたのは、この喫茶リゾナントの店主ですよ」

今度は聖がストップをかけたい気分だ。
だって道重さんはあの時後継者ははるなんだって…と口にしそうになったが、ふと思い返す。
そう言えば確かに、あの時さゆみは「リゾナント」の後継者と言っていたような気が。

576名無しリゾナント:2016/06/23(木) 00:28:40
「で、でも!歴代のリーダーは喫茶店のマスターも兼任してたし!!」
「だって、フクちゃん。あなた、料理できないでしょ?」
「それに譜久村さんにお店を任せると、採算の取れないような高級素材ばかり買ってきますし」

さゆみと春菜から交互に、言い返せない事実が。
確かに聖は料理などほとんどしたことない。卵焼きすらまともに作れない。しかも、さゆみが風邪をひいて寝込んでしまった時に
代わりに食材の買い出しをしたことがあり、良かれと思って自分の行きつけのスーパーで買い物をした結果さゆみに大目玉を食ら
ったこともあった。曰く、レシートの数字の桁が1つばかり多いとのこと。

先程までの勢いはどこへやら。
気持ちも体も小さくなる思いで恐縮する聖だが、あることに気付く。
歴代のリーダーの話をしていたのに、さゆみが聖のことに言及する理由とは。

「あの…道重さん、次のリーダーって」

さゆみは、呆れたような、それでいて優しげな眼差しを向ける。

「フクちゃん。リゾナンターのこと、よろしくお願いね」
「え…あ…」

緊張とそこからの緩和と、言葉の重み。
それらが一気に襲い掛かったのか、聖の目から、次から次へと涙が溢れる。

「譜久村さん。今度は私から言わせて下さい。私は譜久村さんよりほんの少しだけ人生経験が長いから、迷った時。困った時。い
つでも、譜久村さんの力になりますから。あゆみんやくどぅー、まーちゃん…はまあ。でもあれで意外とまともなこと言ったりす
る時もありますけど。とにかく、みんながいますから」
「うん…ありがと…ありがとね、はるなん…」

泣き崩れる聖を、そっと抱きしめる春菜。
その姿に、リゾナンターの未来を見たさゆみは。

577名無しリゾナント:2016/06/23(木) 00:29:42
フクちゃんとはるなんならきっと、新しいリゾナンターとして他のみんなを率いてくれるはず。あとは…

さゆみが、まだ誰にも話していない「腹案」について思いを巡らせようとした時。

「あーっ!!」

聖が、思い出したように大声を上げた。

「ど、どうしたのフクちゃん」
「何かあったんですか譜久村さん」
「あの、聖がリーダーになるって話。他のみんなも、知ってるんですよね?」
「うん。そうだけど…」

さゆみの言葉を聞くや否や、聖は先ほどまでの泣き顔などどこへやら。
信じられないと言いたげに顔を膨らせ、猛烈な勢いで階段を駆け上っていった。

「もう!里保ちゃん!!」

確かに聖は料理などほとんどしたことない。卵焼きすらまともに作れない。しかも、さゆみが風邪をひいて寝込んでしまった時に


そう。
聖がリーダーとなることを知っていた里保から、それらしき一言があれば、妙な勘違いをしないで済んだかもしれない。
それなのに、二の腕を触ることに夢中になって何も話さなかったという有様。怒りやら恥ずかしさやらなんやらのすべての感情が、
八つ当たり気味に里保へと向かっていくのも、無理もない。

その後、なぜかベッドの中ですやすやと寝ていた里保は聖にたたき起こされ、たっぷりとリーダー任命の件を話さなかったことに
対しての恨み節を聞かされることとなる。

578名無しリゾナント:2016/06/23(木) 00:30:32
>>573-577
『リゾナンター爻(シャオ)』更新終了

579名無しリゾナント:2016/06/24(金) 11:40:41
>>573-577 の続きです





対能力者部隊「エッグ」本部長・寺田光男に関するレポート(仮)

1.「天使の檻」襲撃及び「銀翼の天使」保護作戦失敗の経緯

○月×日 17:00 「エッグ」本部長・寺田光男は部隊内小隊「ベリーズ」「キュート」「ジュース」及び複数の能力者(構成員名
簿を別紙1に記載)を率い、反社会的組織「ダークネス」が一施設、通称「天使の檻」を襲撃。
空間転位能力者・R(正式な隊員でないため略称にて)の能力により防衛システムを掻い潜り敷地内に到達するも、組織の能
力者である「黒翼の悪魔」の迎撃を受ける。
交戦の結果、複数の死者・戦闘不能者を出し、最終的に寺田自身も接触した「銀翼の天使」の暴走に巻き込まれ、死亡。
「銀翼の天使」はさらに寺田の指令を受け現地へ出動した元リゾナンター高橋愛・新垣里沙の両名と交戦。「天使」の活動停止
に成功するも、結果的には組織の手により回収。

2.十人委員会の関わりについて

「天使の檻」襲撃及び「銀翼の天使」保護作戦については、ほぼ寺田の独断により立案・実行されたものと確認されている。「エ
ッグ」上部組織である警察庁内「十人委員会」の作戦実行許可書類も、寺田によって偽造されたものと確認。よって「十人委員
会」は、寺田の行動について関与しておらず、また一切の責任を負う義務は皆無である。

3.寺田光男の処分について

寺田については、項目2の他、後述の項目5の看過できない重大な背任行為の疑いが浮上している。
しかし、本人死亡のため、また、機構内の混乱を避けるため、対能力者部隊関係者にはあくまでも「作戦実行中の殉職」と発表
する。なお、寺田の遺体については司法解剖の後、速やかに焼却を遂行している。

580名無しリゾナント:2016/06/24(金) 11:42:01
4.今後の対能力者部隊について

寺田死亡のため、新たな本部長を寺田直属ではない能力者から選考中。理由は項目5にて記載。
「ベリーズ」は構成員の半数以上が再起不能状態なため、解体・別小隊への再編成を検討。「キュート」については更なる能力強化プ
ログラムを実施予定。なお、行方不明の「ジュース」については構成員全員がダークネスのスパイであったことが確認されている。そ
の他死亡者・再起不能者については別紙1にて記載。

5.寺田光男の背任行為について

今回の件を受け、寺田が都内(東京都○○区××町4丁目71番地4号)にて構えている事務所を捜索。
その中で事務所内PCのデータ(巧妙に断片化されていたが「PECT」情報システム部により一部復元済)から、寺田が「エッグ」
(部隊名ではなく、当機構における未開発能力者の総称)を若干名ダークネスに横流ししていた事実を確認。これは利敵行為に当た
り、当機構大憲章27条5項に違反する背任行為である。当人死亡のため立件はしないとの「十人委員会」の方針ではあるが、機構
内での協力者の存在の有無を含め、調査の必要がある。

6.その他(項目に追記するか未定)

・「天使」の生死について(ほぼ絶望、ダークネスの実験材料として回収された?)
・寺田PC内に残された謎のファイルフォルダ「ヤコブの梯子」について(解読についてはほぼ不可能)
・寺田の当機構加入前の過去について(現在調査中)
・本部長候補「城マニア」「木霊使い」について
・「キュート」強化プログラム、通称「キューティーサーキット」
・「ベリーズ」後継の新小隊について

581名無しリゾナント:2016/06/24(金) 11:43:23


福田花音は、目を通した紙の束を、無造作に部屋のゴミ箱に投げ捨てる。
そして、深い、深いため息をついた。

「十人委員会」に「機構」。どいつもこいつも、ボンクラばかりだわ。

今回の件に関する機密文書があっさりと一隊員である花音が手に入れられてしまうあたり、彼女の評もあながち間違いではないのかも
しれない。もちろん、「隷属革命」を有効に活用した結果の産物ではあるのだが。

だが、この書きかけの出来損ないのレポートによって花音が元から持っていた情報は補完された。
すなわち、自分たち「エッグ」が元々はダークネスの所有物、もしくはつんくとダークネスの共同財産だったということ。そうである
なら、自ずと理解できる。

この胸に燻る、正義の味方面した連中への憎悪の理由を。

とは言え、すでに花音はリゾナンターに何をすることもできない。
やれたとして、精々地味な嫌がらせを仕掛けるくらいのものだろう。そもそも、「スマイレージ」はリヒトラウムの一件で絶賛謹慎中
の身だ。あざらしのように寝転がりながらから揚げを食べるくらいしか、やることはない。

それにしても気になるのは、つんくの残したとされる解読不能のデータプログラム。
それに、「銀翼の天使」の消息についてだ。
執筆者が無能であることを差し引いても、今後の対ダークネスの戦略を構想するのにこれほど不確定な要素を放置するなど、花音には
信じられなかった。

582名無しリゾナント:2016/06/24(金) 11:44:35
「ヤコブの梯子」。
確か天から降り注ぐ光を、天国への階段へに見立てた言葉、そう花音は記憶していた。
つんくはいったい何を成そうとしていたのか。何らかの方法で「天国」へ行くことを模索していた? それとも自分たちの知らない
「第三者」の指示をただ忠実に履行しようとしていただけ? 当人が死んでしまった以上、答えを出すことはできなかった。

思えば思うほど、不可解なことだらけだ。
そもそも、あの「天使」がそう簡単に死んでしまうものだろうか。花音は心に強く、天使の姿を思い描く。

花音が「銀翼の天使」に相まみえることができたのは、ただの一度きり。
ダークネスの施設に収容されていた時に、その姿を見たたった一度きりだ。
それなのに。

柔らかな日差しのような、笑顔。
万人に注がれているかのような、優しげな眼差し。
ぱっと見少女のように幼いのに、その裡に秘める凄まじい能力。
どれもが一瞬にして花音を魅了し、そして生涯尊敬する人物として心に刻まれた。

今回の作戦は文字通りの「天使」の保護。彼女をこちらの味方に引き入れ対ダークネス戦の切り札として使うという、つんくの目論見
は花音にとって福音とも言うべきものだった。彼女とともに戦える日が来るかもしれない。この上ない、喜び。

それも、つんくの作戦の失敗及び「銀翼の天使」の限りなく死に近い凶報によってご破算になってしまったが。

583名無しリゾナント:2016/06/24(金) 11:45:44
「ちょ、それあかりの!」
「たけちゃんは靴下汚いからだめー」
「はぁ?別に汚くないし!!」
「いやいやこれはアウトでしょ。ゴリラも死ぬ臭さ」
「うほっ!う、うほぉ!!!!ばたっ」
「めいもやる!う、う、うほおおお!!!!」
「ざけんなっての!ゴリラがそんな簡単に死ぬかよ!!」
「いや死ぬね。タケは靴下汚いしハンカチも持ってない。和田さんにこの前注意されたのに」
「あかりはあのブォーッって吹くやつで乾かすからいいの!」
「馬鹿じゃん。てか竹内のばーか」
「竹内のばーか」
「竹内のばーか」

花音からすればどうでもいい、お菓子の取りあい。
相変わらず、「追加メンバー」の四人はかしましい。
そんな様子を見ていると彼女たちは本当に自分と同じ「エッグ」だったのか、甚だ疑問に思えてくる。外部からつんくがスカウトして
きたという芽実や香菜はともかく、朱莉や里奈は自分と同じような境遇だったはず。

「ただいまー」

そして、「スマイレージ」が現在本拠地としているこのマンションの一室に帰還するリーダー。
花音は彼女のことが一番、解せない。

「ちょっと和田さん、また美術展行って来たんですか?」
「だって謹慎って言ってもどこにも出かけるなって言われてないでしょ」
「そりゃそうですけど」
「そうだ、みんなあやが見た美術展の感想聞きたい?聞きたいでしょ?」

我らがリーダー和田彩花の壮大なる美術論が展開されるのを予想し、一様に憂鬱な表情になる四人。
相手のことなどお構いなしなのは、昔から変わらない彩花の悪い癖だ。

584名無しリゾナント:2016/06/24(金) 11:46:50
楽しそうに自分の好きな美術のことについて止まらない話を続ける彩花、そんな彼女のことを遠目で眺めつつ。
「スマイレージ」は。結成当初のあの四人は。闇の中で生を受け光の中で地獄の苦しみを味わわされた同じトラウマを持っているは
ずだ。なのに、なぜそうやって何もなかったかのように笑っていられるのだ。
花音は自らが歩んできた道を思い返す。先の見えない未来、次々と脱落してゆく「エッグ」の同士たち。そんな環境の中で生き残れ
たのは、ひとえに自分の能力に絶対の自信を持つこと。強烈なエリート意識があったからこそだった。

自分たちをあのような目に遭わせた張本人とも言うべきつんくは死んだ。
前々から信用できない面はあったものの、まさかここまでこちらの運命に絡んでいるとは思いもしなかった。とは言え、その怨嗟を
ぶつける対象はもういない。彼が「大事」にしていた、響き合うものたちを除いては。

花音がそんなことを考えている間にも、彩花の「ありがたいお話」は続いている。
さすがに10分を超えると、四人の精神力にも限界が訪れるのだろう。最初から聞く気のない里奈は既にスマホ弄りに没頭している。
芽実や香菜の顔からは愛想笑いが消え、朱莉に至っては顔に表情というもの自体が消えていた。

「もう。はるなんだったら楽しそうに聞いてくれるのに」

ようやく美術の楽しさ素晴らしさを後輩たちに伝道することを諦めた彩花、しかしその言葉を花音は聞き逃さなかった。

「ねえあやちょ…それ、気をつけな?」
「花音ちゃんなにそれ。どういう意味?」
「だってさ。おかしいじゃん。そんな会ったばっかの人と仲良くなるなんて」
「そう?はるなんいい子だよ」

もちろん、聞いてて気分のいい話ではない。
花音にとっては屈辱とも言うべき仕打ちを受けた人物だ。
あんな、偽善者の集まりのリゾナンターなど。そう言いたい気持ちを抑え、花音は努めて冷静に振る舞おうとする。

585名無しリゾナント:2016/06/24(金) 11:48:00
「大体あやちょ、世間知らずなんだから。しっぺ返し食らっても知らないからね」
「べーだ、はるなんはそんな子じゃないですよーだ」

実に子供じみた仕草で花音に返す、彩花。
あの屈辱の日々を忘れたの? またしても言葉は感情とともに自らの中に飲み込まれる。
結果、鬱屈した思いだけが溜まってゆく。

結局何もかも投げ出した花音はソファを占領していた朱莉たちを追い払い、おもむろに横になる。
どうして自分はここにいるんだろう。
きっと全てを割り切って、後輩たちの輪の中に入ってしまえば楽なのかもしれないし、容易にそれができることもわかっていた。が。

気分じゃない。
表向きはそんな理由を立ててみるものの。
リヒトラウムで自分に反旗を翻した時の、後輩たちの冷たい表情は決して記憶から消えることは無い。
こんな時、あの「天使」が自分に降りてきたらいいのにと思う。白き翼をはためかせ、自分をこの息の詰まる空間から連れ出して欲
しいと、願う。
でも花音は知っている。自分の願いなど、誰も叶えてくれないということを。

「ねえ、花音ちゃん」

彩花が話しかけてくる。
花音はわざと、背を向け瞳を閉じた。

「何? 美術や仏像の話なら、聞かないから」
「…シンデレラの話は知ってる?」
「誰に聞いてんのよ」

仮にもシンデレラの生まれ変わりと称していた人間にそんなことを聞くか。
憤慨しつつも、話の続きがあるようなので黙って耳を傾ける。

586名無しリゾナント:2016/06/24(金) 11:48:37
「意地悪な継母や義姉妹に虐げられたシンデレラ、けれど最後は王子様に見初められ幸せになる」
「…それで?」
「だから、シンデレラは。幸せにならなければならない」
「…っ!!」

何を、見透かしたようなことを。そんな心の反駁もまるで役に立つことはなく。
花音は、彩花に背を向けたままでよかったと心から思った。
今自分がしている表情、これだけは。彩花だけには。絶対に見られたくない。
そんな同情なんて、欲しかったわけじゃないのに。

「お生憎様。もう、シンデレラの生まれ変わりはやめたんだよね」
「そうなの?」

代わりに、背中で言葉を発する。
周りから同情される哀れなシンデレラなんかに、絶対になってたまるものか。
そうだ。私は、孤独だ。どんなに馴れ合っていようが、本質はたった一匹の呪われた狼だ。

「これからあたしのことは、まろって呼んで」
「まろ?」

魔狼と書いて、まろ。
魔に呪われし一匹狼に相応しい名前だ。
今自分にできる精一杯の強がりに過ぎないけれど、それでも。
強がりさえ無くしてしまったら、今の自分を構成しているものすべてが流れ出てしまうような気がしたから。

587名無しリゾナント:2016/06/24(金) 11:49:41
>>579-586
『リゾナンター爻(シャオ)』更新終了

588名無しリゾナント:2016/06/30(木) 11:13:57
>>579-586 の続きです



さゆみの送別会は、盛大に行われた。
現役のリゾナンターたちだけではなく、多忙なスケジュールを縫って愛と里沙、近日中に「何でも屋」の技術のさらなる発展のために
渡米すると言う愛佳も参加、それに療養中のれいなも少しの時間だけならということで特別に「下界」に降りて来ていた。

ここに、里保たち新たなリゾナンターたちが加わった当時の先輩五人の顔が揃う。
楽しい宴の、はじまりだ。

喫茶リゾナントの厨房を使った、焼きそばや焼き肉といった料理の数々。
衣梨奈が持ち込んだ総菜や遥の母が作ったという手作りローストビーフがテーブルを彩り。
さらに、さゆみが持ち込んだたこ焼き器による、一大たこ焼きパーティー。
香音が持ち込んだアイドルのDVDのせいもあり、皆が食べ、歌い、そして踊る。

そんな中、さゆみからのサプライズが。
新しく聖をリーダーとした新体制で再出発することになったリゾナンター。
春菜以外にもう一人、サブリーダーを任命すると言う。
その人物とは…

「…えりが、サブリーダー!?」
「そう。フクちゃんもはるなんも真面目すぎるところがあるから、生田の感じがちょうどいいかもしれないってね」

リゾナンターの第二サブリーダーとして指名されたのは、衣梨奈。
はじめは目を丸くしていた衣梨奈だったのか、里沙の「生田ぁ、しっかりやんなさいよ」というからかいとも激励とも取れる言葉に段
々と実感が湧いてくる様子。

589名無しリゾナント:2016/06/30(木) 11:14:53
反対に、なぜかざわざわしてるのは他の若きリゾナンターたちだ。
まさかの展開というのが半分で、生暖かい目で見守るかというのがもう半分。
特に里保などは、複雑な表情の半笑い状態であった。
だが、エーイングこそが、衣梨奈の力の源。

「みなさん!これが現実です!!えりがサブリーダーになったからには、想像以上のリゾナンターにしてくけんね!!」

実に衣梨奈らしい所信表明。
想像以上のリゾナンター、が何を意味するのかは彼女にしかわからないことではあるが。新しいリゾナンターを聖が、春菜が、そして
衣梨奈が率いてゆくことにメンバーの異論はなかった。

時は夕方を過ぎ、夜になろうとしていた。
宴もたけなわ、と言った感じのテーブルの上にはまだまだ御馳走が残っている。
たこ焼き用の溶いた小麦粉も全てを使い切ってはいなかった。

「どうしよう。このままじゃ勿体ないね」
「でもけっこう食べましたよ…」
「え? かの全然足りてないよ」
「そうだ、惣菜とか焼き肉とかまだ余ってるけど」
「たこ焼きの中に入れちゃえばいいんじゃね?」
「じゃあまさがやるー!!」

勢いよく飛び出てきたのは、優樹。
やっほーたーい!という掛け声とともに、能力が発動する。
瞬間移動能力でたこ焼きの中に具材を入れるという暴挙だった。

590名無しリゾナント:2016/06/30(木) 11:15:41
「こら佐藤!そんなんで能力使うのやめり!!」

れいなの叱責も何のその、たこ焼き器に降り注ぐありとあらゆる食材。
しかし、降り注いだのは食材だけでは無かった。

「あれ、これってまさか」
「お酒!?」
「え?ウイスキーですか?」

キッチンの奥にしまっていた、ウイスキーの瓶。
その中身が、あろうことかメンバーたちの頭上に転位し、降りかかってきたのだ。
これが、とんでもない事態を引き起こす。

「あれぇ?にーがきさんがいっぱいおる…えへへぇ…」
「はぁ?生田何酔っぱらってんのよ!」
「う…ううっ、み、みついさぁん〜かのを置いてくんですかぁ〜」
「いきなり泣き出しよった!鈴木あんた泣き上戸やったんか!!」
「みずき…そんなんじゃないもん」
「フクちゃんいきなり脱ぎだすのはやめり!!」

次々とアルコールの餌食に陥ってゆくメンバーたち。
さらに壊れたように笑い始める遥、寝てしまう春菜、なぜかフランスフランスと呟き続ける亜佑美。

「ひとまず酔っぱらった子は寝かせるやよ!」
「せや、さ、鞘師は?」

愛佳が辺りを見回すと、そこには仏頂面で必死に酔いと戦っている里保がいた。
不測の事態に備えるため、酒を飲んでも飲まれないようにするのも水軍流の神髄。だが、まだ子供の里保には早かったようで、意識を
保っているのが精いっぱいだ。

591名無しリゾナント:2016/06/30(木) 11:16:34
「ふう…佐藤がウイスキーを転送したのは未成年メンバーだけか…」
「い、いや…うちら何か大きなことを見落としてませんか」
「こんな時、確か一番酔わせちゃいけない存在がいたような」
「あ、ああっ!!」

れいなが、見てはいけないものを見てしまったような顔と表情。
忘れかけていたトラウマが、れいなだけではなくオリジナルリゾナンター全員に蘇る。
そう、あいつの名前は。

「フッフフフ…かわいい子猫ちゃんがいっぱいなの…」
「ぴ、ぴ、ピンクの悪魔!!!!!!!!!!!!!!!」

そう。
かつてこのリゾナントの地に降臨し、リゾナンターたちを次々とピンクの嵐に巻き込んだ破壊の女神。
その忌まわしき存在が、再びこの地上に降り立ったのだ。
リーダーだから、と今まで抑圧されてきた反動か、覚醒したさゆみは目にも止まらない動きで獲物たちに急接近した。

まず餌食になったのは旧リーダー高橋愛。
瞬間移動と精神感応の力を失ったとは言え、数々の修羅場を潜り抜けたはずの戦士の唇はあっと言う間に欲望の権化に奪われた。仮想
りほりほとして日々さくらんぼと格闘していたさゆみの舌技が今、爆発する。

「ああぁっふっふぅ!!!!」
「愛ちゃん!!!!」

全ての気を奪われ倒れた愛を目の前にして、恐れおののく後輩メンバーたち。
中には、酔いとさゆみの全身から発せられた瘴気に当てられ気絶するものまで出てくる始末だ。
舌なめずりしつつ次の標的をターゲッティングするピンクの悪魔、その視線が、すっかり怯えきった生き残りのメンバーたちに容赦な
く注がれる。

592名無しリゾナント:2016/06/30(木) 11:17:05
獲物を狙う肉食獣の目と不幸にも合ってしまった人物。
それはフレンチキスと聞くだけで何か高級なものを思い浮かべてしまう石田亜佑美だった。

「ひいっ!カムオンリオ…」

咄嗟に自らを守るべく幻想の獣を呼び出そうとする亜佑美だが、真の獣のスピードには間に合わず。
懐に潜り込まれ、抱き上げられ、その指がピアノの鍵盤の上を滑るように亜佑美の平坦な体を攻略する。

「ああぁっふっふぅ!!」

本日二回目のああぁっふっふぅが木霊する頃には、立っているメンバーはれいな・里沙・愛佳と里保のみ。

「これは大変なことになったのだ」
「ガキさん落ち着いてる場合じゃなかとよ!」
「そうです!このままやったらうちら全滅…」

メインディッシュの里保の前に、前菜として籐の立った三人を喰ってやろう。
とでも言いたげに、徐々ににじり寄ってゆくさゆみ。
しかし。奇跡はその時起こった。

「いひひひ、やっほーたい!!」

自らも酔ってしまった優樹が、あさっての方向に転移の能力を放つ。
そして、それまで鼻息荒く体を震わせていたピンクの悪魔の動きが止まる。

593名無しリゾナント:2016/06/30(木) 11:17:41
「え…あ…えええーっ!!!!!!」

何と、優樹は。
器用なことに里保の衣服だけを空の彼方へと転送させたのだった。
つまり、さゆみの目の前には強制「パァーッ!!」された里保のあられもない姿が。
それまで何とか気力で立っていた里保は突如の辱めに、ゆっくりと崩れ落ちた。

「あ、あ、ああああぁっふっふぅぅぅぅぅ!!!!!!!!!!!!!!」

店内に響き渡る、悪魔の雄叫び。
風が吹き荒れ、雲を突き抜けるが如く、ピンクの悪魔の纏っていた瘴気がリゾナントの屋根を貫く。
この日、喫茶店の周辺では、天まで届く勢いの桃色の光柱が目撃されることとなった。

「お…終わったと…?」
「ええ、そのようですわ…」

悪魔は滅びた。
床には、「さやしの…りほりほが…」と謎のうわ言を繰り返しながら恍惚の表情を浮かべたさゆみが転がっているだけであった。

「さて、後片付けをしないとね」

面倒そうに特製グローブを嵌め、ピアノ線をほどき出しはじめる里沙。
こうして、狂乱の宴は幕を閉じたのだった。

594名無しリゾナント:2016/06/30(木) 11:18:25


「はぁ。あいつら、食うだけ食って後片付けもせんと」
「しょうがないですよ田中さん。あんなことがあった後やったら」

店内の後片付けがひと段落。
れいなと愛佳は、先に窓側のテーブルに座り休憩中。
死屍累々だった後輩メンバーたちは、皆二階の部屋で寝かされていた。

「はい、みんなお疲れ様」

言いながら、里沙がキッチンからコーヒーカップを3つ、トレイに入れてやって来る。

「新垣さんの淹れたコーヒー、久しぶりやな」
「ふっふふ、元2代目マスターの腕は鈍ってないよ?」

そんなところへ、先ほどの惨劇から立ち直った愛が二階から降りてきた。

「おはよ、愛ちゃん」
「久しぶりにひどい目にあったやざ」

まるで夏の終わりの蚊のようにふらふらとこちらへ近づき、どっかと里沙の隣に座る。

「あ、里沙ちゃんコーヒー淹れたんや。あーしにもちょうだい」
「誰か」
「甘えないの。愛ちゃん自分で淹れれるでしょーが」
「ねえねえ誰か」
「二杯目はうちも高橋さんが淹れたやつがええです。リゾナントオリジナル」
「誰か、ねえねえだれか」
「懐かしいっちゃね。昔はれいなも愛ちゃんの淹れたコーヒーをテーブルに」

595名無しリゾナント:2016/06/30(木) 11:19:19
里沙のピアノ線によって厳重に縛られたその人物、ついに堪らず大声を上げる。

「そろそろさゆみを解放してなの!!もう十分反省したからぁ!!!!」

後ろ手に縛られた元ピンクの悪魔で今はか弱き子兎は、涙ながらにそう訴えた。

「だーめ。きちんとお酒が抜けてからでないと、また変態になるでしょ」
「そうそう。れいなたち油断させといて、二階の子たちの寝込み襲うけんね」
「うちも佐藤に『みにしげさんにぱんつ盗られたんです』って訴えられましたもん」
「そういうこと。もう少しそこで反省するやよ」
「ううう…」

が、返って来た言葉はけんもほろろ。
魔王に攫われた囚われの姫の如く、とは言っても先ほどまではさゆみが魔王だったのだが、おとなしくしているしかないさゆみであった。

「それにしても…」
「久しぶりの五人、か」

この場にいる五人。
それはつまり、聖夜に「銀翼の天使」の襲撃を受け、散り散りになってしまったリゾナンターの、辛うじて残った五人。

「あの時は、もうこの五人だけでダークネスとやり合わんといけん、と思ってた」
「まさかうちらに後輩たちが…リゾナントの意志を継ぐ子たちが現れるなんて。夢にも思わなかった」

596名無しリゾナント:2016/06/30(木) 11:21:25
打ちひしがれ、途絶えそうになった共鳴は。
新たにリゾナントのドアベルを鳴らした四人の少女たちによって繋ぎ止められる。
それぞれの事情によって一人、また一人とリゾナントを離れてゆく中で、繋がれた共鳴は少しずつ形を変え、新たなメンバーたちを加
え、やがて大きな流れを作ってゆく。

「あいつらも、立派になって…」
「あーしたちが作ったリゾナンター…かたちは違うのかもしれないけど、それでもあの時みたいな、ううん、あの時とはまた違った輝
きがある」

新生リゾナンターとして、先輩の後をついてゆくだけのか弱い存在だった彼女たちは。
今では立派に新たな後輩たちを引っ張っている。今回の敵だって、決して生易しい相手ではなかったはず。だけど、彼女たちは愛や里
沙に約束した通り、生きて還って来た。これほど頼もしい存在は、ない。

「…さゆみが抜けたら、あの時リゾナンターだった人間は誰ひとりいなくなってしまう」

愛。里沙。絵里。さゆみ。れいな。小春。愛佳。ジュンジュン。リンリン。
原点の9人、とも言うべき彼女たちは闇の組織、とりわけダークネスにとって忌々しい存在であった。
数々の激闘が繰り広げられ、困難が訪れる度に彼女たちは共に手を取り乗り越えて来た。
それが、さゆみを最後に当時のメンバーが誰もいなくなってしまう。
一つの時代の終わり。けど。

「でもね。さゆみは全然心配してない。だって、ずっと見てきたから。あの子たちが悩んで、苦しみながらもさゆみたちがしてきたよ
うに、あの子たちも共に手を取りあって困難を乗り越えてきたのを、見てたから」
「さゆ…」

愛たちは、さゆみの中に光を見た。
それは、消えゆく光ではあったが、同時に力強くもあった。
すなわち、後輩たちを見送り、自らは退くという決意。

597名無しリゾナント:2016/06/30(木) 11:22:07
「愛ちゃんが抜けて、ガキさんが抜けて。愛佳が、れいなが抜けた時も大丈夫だった。これからはフクちゃんが、はるなんが、生田が。
新しいリゾナンターをかたち作ってゆく」

後輩たちのことを思ってか、優しげな表情になるさゆみ。
そこへ、れいなが。

「さゆ」
「何?」
「さっきからカッコつけて言ってるっちゃけど、縛られながらの台詞やと、ぜんぜん締まらんとよ」
「なっ!だ、だったら早くこれ、解いてよぉ!!」
「それはだーめ」

久々に喫茶リゾナントに集った五人。
彼女たちは今まさに、肌で感じていた。
新しきリゾナンターの、新しき時代の到来を。

夜が、白む。
やがて朝の光が、世界を包んでゆく。

598名無しリゾナント:2016/06/30(木) 11:23:04
>>588-597
『リゾナンター爻(シャオ)』更新終了

599名無しリゾナント:2016/07/05(火) 12:54:50
>>588-597 の続きです



時は少し、遡る。
さゆみのための宴の最中。
小田さくらは、喫茶リゾナントから離れた空き地にいた。
正確に言えば、空き地に行ったのではない。無理やり、来させられたのだ。
目の前にいる、人物によって。

「…ひさしぶりね。『s0312』。いえ、今は『小田さくら』と名乗ってるのかしら」

闇色に染め上げられた、パンツスーツ。
白いブラウスは襟元できっちりと留められ、彼女の「生真面目さ」の象徴として存在感を放つ。
その性格同様に、正確に時を刻み、そして掌握する。永遠すら殺すことができると謳われた能力だ。

600名無しリゾナント:2016/07/05(火) 12:56:00
「わたしに…何の用ですか。『永遠殺し』さん」

「時間停止」能力によって拉致され、この場所に連れて来られたさくらは。
突如現れたダークネスの幹部の目的について、考えあぐねていた。

「どうして私を、って顔してるわね」
「……」
「答えはシンプルよ。私の『能力』が、あなたの今の『能力』に対抗できるかどうかの、実験」
「!!」

さくらと「永遠殺し」が比較的長い時間、行動を共にしたのはただの一度きりではあるが。
「永遠殺し」はさくらの前で能力を発動させた。しかし、時を統べる手はさくらのことを拘束することはできなかった。
何故なら時間停止が発動する前に、時はさくらの「時間編輯」によって支配されていたから。
さくらは、時間を切り取ることで「時間停止」によって停止した自分を「なかったことに」して、時間停止中にその場を離脱した「永遠
殺し」の繰る車の後部座席に移動していた。
さくらは、明らかに「永遠殺し」よりも上位の能力を保有していたのだ。

ところが、今はそうではない。
「叡智の集積」Dr.マルシェの実験によりさくらの能力は奪われ、わずか1秒ほどの時しか止められない「時間跳躍」の能力を残すの
みとなった。もちろん、通常であれば1秒のタイムラグとは言え戦闘では大きなアドバンテージを得られるほどの強力な能力ではあるの
だが。

「『時間跳躍』では、私の時の手からは逃れられないようね」
「くっ…!!」

さくらが1秒の時を止められるのに対し、「永遠殺し」はその8倍、8秒の時を自らの手中に収めることができる。
それがどのような状況を招くのか。さくらがこの場に誰にも気づかれずに拉致されたことから、火を見るより明らかだ。

601名無しリゾナント:2016/07/05(火) 12:57:16
「それがわかっただけでも、大きな収穫だわ。束の間の宴、楽しんできなさい」

険しい作りの顔を笑顔に象り、背を向けその場を去ろうとする「永遠殺し」。
その背中に、さくらが言葉を投げつけた。

「待ってください!まだ、わたしの質問に答えてもらってません!!」
「…ふうん?」

呼び止められたことを、まるで予想外の出来事のように。
「永遠殺し」は、再びさくらと正対する。

「あなたのその能力があれば、全滅とはいかなくとも、メンバーの多くのことを傷つけることができた。それをしなかったのはどうして
ですか!」
「ふ…ふ、ふふふっ」
「何がおかしいんですか!?」

先程の作り笑いとはうって変って、さも滑稽そうに笑い始める「永遠殺し」。
相手の意図がわからないさくらは、馬鹿にされたと感じて憤っていた。

「小田さくら。やはり以前の『お人形さん』とは別物のようね。あなたたちをいいように『使いたい』紺野があなたをリゾナンターに預
けたのは、どうやら正解だった、と見ていいのかしら」
「それはどういう」
「単刀直入に言うわ。もう紺野の思惑なんて関係ない。わたしは裕ちゃん…いや、『首領』の、組織のためにあなたたちを全滅させるこ
とに決めた。その上で、あなたの能力を確かめに来たのよ」

「永遠殺し」の猫科の猛獣のような瞳が、ぎらつく。

602名無しリゾナント:2016/07/05(火) 12:58:35
「今回はそのための、予行演習。そして、十分な結果が得られたわ。あなたたちは、わたしの襲撃を防ぐことはできない。
ただ、安心しなさい。すぐに行動に移すつもりはないわ。こちらは、紺野の動きに合わせて実行する。ただそれだけ」
「いつでも、私たちを殺せるとでも言いたげですね」
「その通りよ。あなたたちはもう、『時の処刑台』の階段を昇るしかない」

無慈悲な言葉に抗うが如く、さくらは「永遠殺し」を睨み付ける。
ただそれは、狩られる恐怖との、表裏一体でもあった。

「帰って、頼れる先輩たちに相談してみるといいわ。徒労に終わるでしょうけど、少なくともあなたの心に吊り下げられた重石を軽くす
ることはできるはずよ。でもさっきも言ったけど、あなたたちは既にギロチンに首を預けた身。『時間停止』を破る術なんて、ないんだもの」
「それは…」
「無駄に抗ってみなさい。足掻いてみせなさい。それこそが、あなたがあの喫茶店で得た人間らしい心の証左なのだから。『天使』も
『悪魔』も逆らえないわたしの規律の中で、『永遠』にね」

そう言い切った後に、「永遠殺し」は。
ただ、あすかなら、あるいは。そう呟いた。ようにさくらには聞こえた。
「あすか」が何を指しているのか。人名なのかそれとも違う何かなのか。わからなかった。
と言うよりも、今のさくらを支配しているのは圧倒的な絶望。このままだといずれ自分たちは始末されてしまうという、光なき未来だっ
た。その他のことに心を向ける余裕など、どこにもなかった。

「それでは、今度こそ本当にさよならね。次に会う時は…わたしがあなたたちに『永遠』を与える時」

その言葉だけを残して、「永遠殺し」は完全にさくらの目の前から消え去った。
「時間停止」の能力がまたしても発動したこと、それを防げなかったことが与えられた絶望にさらなる漆黒を塗り重ねてゆく。まるで、
どうにもならなかった。

すっかり暗くなった空き地に、さくらの悲痛な叫び声がこだまする。
今のさくらにできることは、ただそれだけ。崩壊してしまいそうな心を、必死に食い止めることしか、できなかった。

603名無しリゾナント:2016/07/05(火) 13:00:10


「あれ小田、どこ行ってたの?」

足取り重く喫茶リゾナントへ帰ると、さゆみがそう言いながら出迎えてくれた。
どうやらふらりと一人で店を抜け出したと思っていたようだった。

「だって道重さん、様子が怪しかったんですもん」
「う…あれはちょっとお酒がいたずらしただけなの」

さくらが攫われたのは、ちょうどさゆみが酒に酔って狼藉を働こうとしていた時。
咄嗟にさくらのついた嘘は、嗅ぎ取られることなくさゆみに納得されたようだった。

「あれ…道重さん、何してたんですか?」

自らの中の気まずさを隠そうと、さゆみの背後、つまりカウンターの上のものに目を向けるさくら。
そこには、色とりどりの洋封筒が置かれていた。そのうちの一枚からは、便箋らしきものが顔を覗かせている。どうやら手紙をしたた
める作業の途中だったようだ。

「うん。みんなにね、メッセージをと思って」
「ああ、なるほど」

言われてみれば、カウンターの封筒は9。つまり、さゆみを除いたリゾナンターの数と符号する。

「そんな。直接伝えてくれればいいのに」
「ふふ。そんなことしたら、さゆみ泣いちゃうから」

その時の表情で、さくらはさゆみの心情を読み取る。
本心ではきっと、この喫茶店を離れたくないのだ。と。

604名無しリゾナント:2016/07/05(火) 13:01:54
「やっぱり…無理なんです、よね?」
「うん。さゆみはきっと、みんなの足手まといになっちゃう。れいなですらそう思ったのに、運動音痴のさゆみだったら尚更でしょ?」
「そんな…」
「みんながそうだったように。さゆみも、誰かに守られるだけの存在にはなりたくない」

聞けば、さゆみは明日の早朝にもリゾナントを発ち、警察機構の中でも愛や里沙と懇意にしている信頼ある人間の手によって何重にも位
置情報を秘匿された場所に移り住むのだという。能力者の中でも治癒という敵の利になるような、しかもそれをさらに発展させた物質崩
壊という力を持っていたさゆみ。ダークネスではなくても、実験材料にと手を伸ばしてくる輩がいるかもしれない。その為の対策であった。

さゆみの存在が、手の届かないところに行ってしまう。
その事実は、ついさっきの敵との邂逅ですっかり心が弱っていたさくらの涙腺を緩ますには十分であった。

「み、道重さん…!!」

ひしとさゆみに抱きつくその姿は、通常よりもずっとずっと小さいものに映った。

「わたし、がんばりますから…道重さんがくれたこの場所で、ずっとがんばりますからぁ…」
「ありがとう、小田ちゃん」

さくらの言葉は、堅い決意。
「永遠殺し」からの宣戦布告は、もう自分たちの問題だ。
少なくとも、これから旅立つさゆみには余計な心配をかけるわけにはいかない。
強い心とか細い心は渾然一体となって、さくらに涙を流させ続けた。

605名無しリゾナント:2016/07/05(火) 13:03:06
少しして。
落ち着いたさくらが、ようやく自らの不作法に気づく。

「あ、ごめんなさい。きっとほかのみなさんもこうしたいだろうに」
「大丈夫だよ。実はみんなにはさっきお別れを済ませてきたから。特にりほりほには」
「うん?鞘師さんがどうかしました?」
「いやいや、こっちの話なの。フッフフフ」

途端にいかがわしい笑みを浮かべるさゆみ。
顔と耳を赤らめながら自らの唇に手を当て、身を捩らせている姿はどう見ても何かの事後のようにしか見えない。
が、さくらはそのことについてはあまり触れないでおくことにした。
これから旅立つ人をおまわりさんに突き出すのは、あまりにも忍びない。

「じゃあ小田ちゃんにはこうして会っちゃったから、はい」
「あ、ありがとうございます」
「今ここで開けたりしないでね。さゆみが下手な文章でがんばったのに、意味なくなっちゃうから」

改まってさゆみから渡される、ラベンダー色の洋封筒。
手渡されただけなのに、そしてさゆみは治癒の力を失っているはずなのに。さくらは、自らの心が癒しの手によって翳されたような温か
みを感じた。この温もりと、しばしのお別れをしなければならない。

「それじゃ、おやすみ小田ちゃん。さゆみも、すぐは無理かもしれないけどそのうち、会いに行くね」
「はい…それまでわたし、もっと、もっと強くなってますから…」
「今日はもう遅いから、リゾナントに泊りなよ」
「はい。お言葉に甘えて」

2階に上がってゆくさくらを見送りながら、さゆみもまた自らの胸に暖かいものが流れ込んでくる感覚を覚えた。
さくらだけではない。聖、衣梨奈、香音、春菜、亜佑美、優樹、遥。そして、里保。それぞれから、さゆみは貰ったのだ。これから強く
生きてゆくための、糧となる心を。思い出を。

今宵、一つの時代が終わりを告げる。
だが、新しい時代の幕開けでもある。さゆみも、そして後輩たちも。
未来という名の大海原へそれぞれ、旅立ってゆく

606名無しリゾナント:2016/07/05(火) 13:05:30
>>599-605
『リゾナンター爻(シャオ)』更新終了

話の都合上さゆとのお別れシーンは小田ちゃんだけになってしまいましたが
鞘師とのやりとりは非公開の予定でw

607名無しリゾナント:2016/07/08(金) 22:51:04
>>599-605 の続きです



「なるほど…これは…」

部屋の照明を一切つけぬまま、仄かに光を放つモニターを注視する、白衣の科学者。
そこに映し出されていたのは、「叡智の集積」が欲していた情報の全て。

「jacob's ladder ですか。天へと続く階段とは、よく言ったものです」

つんくが密かに作成し、自らのパソコンに厳重に保管していたデータファイルの名称「ヤコブの梯子」。
再構築不可能なレベルにまで細断化されたファイルの内容の復元は、既に終えていた。

しかしながら、能力者への対処を専門とする警察機構もこんなものである。
反逆者と言ってもいいつんくの保持していた最高機密の情報を、こうもあっさり闇組織に奪われるとは。
奪われたことにすら気づいていないとは言え、その守りの弱さは紺野にとって憐れむほどのレベルであった。
現場における最高指揮官を失った今、彼らの存在は今まで以上に希薄なものになるだろう。

608名無しリゾナント:2016/07/08(金) 22:51:36
データ上で復元されたファイルに、紺野は改めて目を通す。
つんくの目指していたもの。

― 「幸せは地獄の一歩手前」という言葉があります。
大好きなお菓子でも100個食べろと言われれば、誰もが嫌になります。
何個がちょうどいいのか。人の話をよく聞き、気づいたことをメモに残す地道な習慣こそがアイデアの源です。―

一見すると、単なる呟きにしか見えない文章。
彼らの持つ技術力ではこの文章すら復元させることは不可能だろうが、たとえ復元できたとしても意味の分からないポエムとして捨て置かれたに違いない。
しかし紺野には、この文章が何を意味しているのかが理解できた。
いや、紺野にしかわからない、と言い換えてもいいだろう。つまり。

逆に言えば、「地獄の一歩手前」こそが幸せ。
つんくは、紺野に「地獄」を再現させることで「幸せ」を顕在化させようとしている。
まるで世界を満たす闇が、一筋の光を際立たせるように。
そう、解釈した。

そしてその結論は紺野が目指していた目的と、寸分狂わず符合する。
改めて自らの推測が正しかったことが、確信を持って理解できた。

つんくさん。あなたの遺志は…私が受け継がせて貰いますよ。

今は亡き師に花束を捧げるかのように、思いを馳せたその時だった。

「随分、用心深いのね」
「おや、どこかに出かけられてたんですか? 『永遠殺し』さん」

609名無しリゾナント:2016/07/08(金) 22:53:00
苦虫を噛み潰したような顔をして扉を開けたのは、「永遠殺し」。
自らの能力が阻害されていることに気付き、不機嫌を顕にしていた。

「わたしに能力を使われて、不味いことでもあるのかしら」
「いえ。『計画』も最終段階に入っているので、用心深くさせていただいてるだけですよ。ちなみにこの部屋を覆っている『能力阻害』
の力ですが、本拠地のメイン電源と直結させていますので、どこかの輩が私の命を狙おうとすれば本拠地の電源を全て殺す必要が出て
くるわけです」
「本拠地を人質にしてるつもり?」
「いやいや。本拠地の主電源が落ちれば、非常防衛システムが作動して侵入者は絶対に外に逃げ出せませんからね。例え私が死んでも侵
入者は必ず捕まるということです」

「永遠殺し」はため息をつく。
この程度で尻尾を出すような人間ではないことは百も承知ではあるが。

「リゾナンター…小田さくらと会ってきた」
「ほう。『さくら』ですか。元気にしていましたか」
「あんたの目論見通り。きちんと『リゾナンター』らしく、成長してるわ」
「そうですか。別に彼女をリゾナンターにしたくて差し向けたわけではありませんが。まあ、私の自信作が今も健在であるならば、何よ
りです」
「ついでに、最後通牒を突きつけてきたわ」

そこで初めて、紺野は椅子をゆっくり回転させて「永遠殺し」と向き合った。

「それは…いけませんね」
「あら、どうして? あなたも彼女たちを殲滅させるつもりで『金鴉』『煙鏡』の二人を差し向けたんじゃなくて?」
「確かにそうですが、状況が変わりました」

1ミリたりとも表情を崩さない「叡智の集積」。
時の支配者は、思わず声を荒げそうになるのを抑える。状況? あんたはただ、自分の計画のためにリゾナンターを温存させたいだけで
しょう。冗談じゃない。何を企んでるか知らないし興味もないけど、その計画、ご破算にしてあげるわ。喉まで出かかった言葉は、彼女
が本来持つ冷静さによって胸の奥底へと押し戻された。

610名無しリゾナント:2016/07/08(金) 22:54:28
「状況ね。何が変わったと言うのかしらね」
「簡単ですよ。リゾナンター程度に関わってる時間は、なくなったと言うことです」

物は言いよう、と噛みつきたくもなるが。
しかし「永遠殺し」はその時間がなくなった理由のほうに意識が向く。

「算段がついたんですよ。『能力者の理想社会』の実現のね」
「何ですって?」
「私はこれまで、いくつかの下準備を仕掛けてきました。『電波を利用した物質の拡散効果の実験』『共鳴能力の入手』、それに今回
のこともそうです。それらが、いよいよ実を結ぶんですよ」

紺野は、口角を上げずにレンズ越しの目だけで笑って見せる。

「幹部のみなさんにも、色々動いてもらう必要が出てきます。有体に言えば、我々がこの国の頂点に立つための準備、と言ったところ
でしょうか。片手間にリゾナンターを相手にしている暇など、なくなるはずです」
「『首領』はこのことを?」
「もちろん。能力者の理想社会の実現は彼女の悲願ですから」

紺野の言うことには、何の矛盾も無い。
実際に幹部たちがそのような特命を与えられるとしたら、道重さゆみを失いオリジナルリゾナンターを全て失った連中にちょっかいを
掛けている場合ではなくなる。
だが、何かが引っかかる。「永遠殺し」は眉間に皺を刻み、紺野のことを見る。

「ただ。彼女たちが我々の計画の成就に立ち向かって来るなら、話は別です。その時は、好きにしたらいいでしょう。まあ、自らの手
で彼女たちを始末しようとしているライバルは多いと思いますが。『氷の魔女』さんなんかは、特にね」

611名無しリゾナント:2016/07/08(金) 22:55:32
『氷の魔女』。
盟友とも言うべき『赤の粛清』を高橋愛に殺されてから、魂が抜けたようになっていた彼女は。
「金鴉」「煙鏡」がリゾナンターに戦闘を仕掛けた後も不気味な沈黙を保ったままである。その静けさが逆に、彼女の心の中の嵐を表
現しているような気さえ「永遠殺し」には感じられていた。

「次の幹部会議で、話は大きく動くことでしょう。『黒翼の悪魔』さんも戻って来られますしね」
「やっぱり…戻って来るのね」

「鋼脚」から事前に聞かされてはいたものの、改めて紺野の口から聞かされるとその衝撃は決して小さくない。
彼女は何のために姿を消し、そして何のために戻って来るのか。仔細については「鋼脚」からは聞かされてはいなかったが、紺野がら
みの案件だったことは容易に想像できる。おそらくこのことすら「首領」は了承済みであろう。
組織の右腕だったはずの自分が、計画の中心部からはるか遠方へと遠ざけられている。憎しみは全て、目の前の科学者へと注がれた。

「いずれにせよ我々の見る夢は、同じはず。違いますか?」
「…楽しみにしているわ。幹部会議」

それだけ言い残して、「永遠殺し」は紺野の私室を出てゆく。
紺野が見かけ上にしろまっとうな動きをしている限り、自分のほうから行動に移すわけにはいかない。それを紺野はよく知っていた。

「ふう。相変わらずおっかねえなあ、保田さんは」

入れ替わるように、おどけたような声がする。

「ただ、あの凄まじい気の中で平然としてられるお前もお前だけどさ」
「…いらっしゃったなら話に加わってくださいよ、『鋼脚』さん」
「よせよ、疑われるのはお前の日頃の行いが故ってやつだ。それにそんな義理もねえしな」

闇をかき分けるように紺野に近づく、金髪のライダースーツ。
「鋼脚」は、紺野の座る回転椅子に肘をかけ、既にブラックアウトされたモニターに顔を近づける。

612名無しリゾナント:2016/07/08(金) 22:57:14
「…情報部にも教えられない計画、ってか」
「申し訳ありません。ただ、先程も『永遠殺し』さんに話した通り。能力者の理想社会実現のためにはこの計画は必ず実行しなければ
ならない。計画が組織にとって有用であることは…きっと『不戦の守護者』さんが生きていたら、証明してくれたでしょうね」
「お前、相変わらずいい趣味してんな。自分で殺っといてさ」
「彼女を殺したのは里田さんです。私ではありませんよ」

取りつく島もない、とはこのこと。
これ以上紺野から情報を引き出せないと見るや、「鋼脚」は屈めていた体をすっと伸ばす。
まるで、獲物を狩る野獣のように。
空気が、一瞬にして張りつめた。

「能力阻害システム…あたしの体術は、阻害できないだろ?」
「吉澤さんは、そんなことはしませんよ」

お前そういう時だけ名前で呼ぶのな、呆れるような調子で呟いた後。
背を向ける紺野の肩に、そっと手を置いた。

「どうかな。あたしも組織に忠誠を誓った身だ。お前が組織に仇成す存在なら…迷わず蹴り潰すさ」
「なら尚更です。私は決して組織に後ろめたいことをしているわけではありませんからね」
「どうだか」
「ああ、そう言えば」

諦めを帯びた言葉を残し、その場を立ち去ろうとする「鋼脚」に、今度は紺野が声を掛けた。

「今更ですが。『金鴉』さんと『煙鏡』さんのことは、残念でした」
「…同期も、あたし一人になっちまったな」

そこには、悲しみも、怒りすらもなく。
ただただ。喪ったものの姿があった。

それきり、一言も話すことなく。
「鋼脚」は、入って来た時とは打って変って、力なく部屋を出て行った。

あと1年。
紺野が自らに課した計画遂行のタイムリミットだった。
それ以上かかってしまうと、これまで保ってきた組織の危ういバランスが崩れてしまう。
「永遠殺し」「氷の魔女」「鋼脚」そして「首領」。彼女たちの思惑は複雑に絡み、ともすればのっぴきならない状況にもなりかねな
かった。
その上姿を「消させていた」組織最強の能力者が、帰ってくるのだ。彼女のことをどう説得しても、やはり1年が限界だろうと踏んで
いた。

役者が揃うには、もう少し、か。

紺野の描く絵図、それが日の目を見るには、今しばしの時間が必要だった。

613名無しリゾナント:2016/07/08(金) 22:58:18


愛佳の走らせる車は、ひたすら深い森を突き進んでゆく。
この現代社会に、ここまで俗世と隔離されたような場所があったのか。ハンドルを執りながらも、つくづく愛佳は能力者社会の懐の深
さを思い知る。

「能力者たちの隠れ里、ですか」
「うん。姿を隠すには、うってつけの場所なの」

よんどころのない事情で闇組織の手から逃れなければならない能力者たちが、一時的に身を寄せる場所。
文字通り隠された場所であることから、「能力者たちの隠れ里」と呼ばれていた。
さゆみはそこに身を寄せると言う。

「そこでね、お店をやってみようかと思うの。簡単な料理を作ったり、ケーキを焼いたり。もともとは絵里と一緒にそういうお店をや
りたいって思ってたんだよね」
「ああ、そう言えばそんなこと言うてはりましたなあ」

いかにも懐かしい、といった表情をする愛佳。

「りほりほや、他のみんなとは一緒にはいられないけど。そうやってお店をやることで、あの子たちとは繋がってるような気がするの」
「…あいつらに、道重さんの居場所を教えてあげなくてもよかったんですか?」

愛佳の何気ない質問。
さゆみは、瞳を伏せて俯きつつも、

「それは、あの子たちを危険な目に遭わせてしまうから」

ときっぱり言い切った。

614名無しリゾナント:2016/07/08(金) 23:00:07
治癒と崩壊の力を併せ持っていたさゆみの存在はそれほどの、闇社会の人間からは垂涎の的であった。
ならば、余計な情報はできるだけ与えない方がいい。
さゆみが最後の別離を手紙で済ませたのも、その理由が大きかった。

「でも、愛佳だって」
「ええ。今回のことで、思い知らされました。うちが『予知』の力を持っていた過去ですら、敵にとっては利用すべき手段なんやって」

愛佳もまた、さゆみを送ったその足で空港まで向かう予定であった。
彼女が渡米を決意したのは、もちろん必要最低限の戦闘能力や諜報能力を身に着けるためでもあるが。
敵に付け入る隙を与えてしまった、いざという時の精神の脆さを鍛え直すためでもあった。

「ちょうどええ具合に、ロス市警のハイラム警部がええとこ紹介してくれるらしくて」
「ああ、あの…」

さゆみは、異国で出会った人のよさそうな中年の顔を思い出していた。
とある依頼で当時のリゾナンター全員がロサンゼルスに渡った時のこと。
彼女たちの行動をサポートしてくれたのが、ロサンゼルス市警のハイラム・ブロック警部だった。その後も、愛佳は語学留学も兼ねた
米国の渡航時に、しばしば連絡を取っていたのだった。

「まあ見といてください。必ず今のリゾナンターの力になれるようになって、帰ってきますから。何なら新たなリゾナンター候補でも
送り込みますか?」
「いいね。でも、それに関してはさゆみの方が先かもね。だって、『隠れ里』には元気な子がいっぱいいるから」

「能力者の隠れ里」には、さゆみたちリゾナンターがダークネスやその他の非合法組織から保護することになった、未成年の少女たち
も多く暮らしていた。もし彼女たちの中にリゾナンターとしての素質を持つものがいれば、今のメンバーたちの戦力増強にはうってつ
けとも言えた。

615名無しリゾナント:2016/07/08(金) 23:00:54
「しかし、警備のほうは大丈夫なんですか? いくら厳重に結界によって守られてるとは言え」
「それは大丈夫。隠れ里と言っても、防衛に特化した能力者の人たちが何人もいるし、いざとなったら『空間転位』で隠れ里ごと移動
することもできるらしいから」
「里ごと…」
「それと能力を失ったとは言え、かわいい子はさゆみが身を挺して守ってあげるの。フッフフフ」

もしかして隠れ里にとって、さゆみが一番の脅威なのでは。
そんな疑念が愛佳の脳裏に過ったのは秘密の話。

一本道の道路はやがてゆるいカーブを描きながら、森を抜ける。
両脇に草原が広がる拓けた場所で、さゆみは愛佳にここでいいから、と声をかけた。

「え、ここなんですか?」
「うん。あとはさゆみ一人で大丈夫。それに危険な目に遭わせられないのは、愛佳もだから」

ほんの一握りの人間以外は、里がどこにあるのかさえもわからない。
「隠れ里」の安全性を、愛佳は改めて思い知らされる。

「落ち着いたら…またみんなでパーティーしましょうよ。その時は、ジュンジュンやリンリン、久住さんも呼んで」
「そうだね。愛ちゃんやガキさんに…絵里も」

別れが辛くなるといけない、とさゆみは足早に車を降り、愛佳が再びエンジンをかけるのを見送る。
遠ざかる車体はしばらく視界の奥に佇んでいたが、やがてそれも見えなくなっていった。

616名無しリゾナント:2016/07/08(金) 23:01:40
柔らかな風が、草原を揺らす。
さゆみの頬を撫でるその優しさは、必然的に亀井絵里のことを思い出させた。

このような形でリゾナンターを離脱することを、絵里はどう思うだろうか。
さゆみは、自らに問いかける。
リーダーという重責を拝命した時から。ダークネスの、闇の脅威のない景色を後輩たちに見せたい。その思いだけで、ひたすら走って
きた。けれどその夢は、思いがけない形で後輩たちに託すこととなった。

― それもまた、さゆらしいんじゃないかな ―

もちろん、絵里がさゆみの問いにそう答えた訳では無い。
けれど、さゆみには彼女ならそう言うだろうと、思っていた。
それもまた絵里らしい。そんな言葉を添えつつ。

若葉薫る草原へと、足を踏み入れるさゆみ。
どこからともなく空間転位の力が具現化された光が差し込み、その姿を包み込むと。
後には誰の姿もなく、そよそよと風が草葉を揺らしている光景だけが、残されていた。

617名無しリゾナント:2016/07/08(金) 23:03:11
>>607-616
『リゾナンター爻(シャオ)』 了

完結させるのに2年もかかってしまいました…
次回作はまたのきかいに

618名無しリゾナント:2016/07/22(金) 12:26:05


夜。
都心の一等地に立てられた真新しい高層ビルの前に、一組の男女がいた。
男は、撚れた黒のジャケットを羽織った、白のTシャツとジーンズという簡素な身なり。一方、女は所々にリボンがあしらわれつつも
その全てが漆黒に染められたゴシックロリータ調のドレスを着ていた。
明らかに、不釣り合いな組み合わせ。

「…いいんですか?」

男が、にやつきながらそんなことを言う。
疎らな無精髭の、錆びついた中年の貌だ。

「問題ない。てか、前金払ったろ。文句言うなっての」

これだけの規模の高層ビルでありながら、行き交う人間はまるで見当たらない。
男は、女が「これから行う儀式」のために、ビルのオーナーに毎月のように高額の謝礼を渡しているという話を思い出した。だからこ
の時間はビジネスマンはおろか、ガードマンすらいない。

高層ビル群の中に出現した、静寂の空間。
それは、建物の中に入ってからもまるで変わらなかった。
受付にも、エントランスの一角にあるカフェにも、人影はまるでない。
硬いハイヒールと、そのあとをおずおずとついてくる草臥れたスニーカーの音だけが、空しく鳴り響いていた。

619名無しリゾナント:2016/07/22(金) 12:27:11
ここはまるで誰かの為に立てられた巨大な墓碑のようだ。
男は何とはなしに、そう思った。この静謐さは、雨の降り止まない墓地のそれによく似ている。
男が生業とする仕事で、よく訪れる場所だ。
そう考えると、目の前を歩く女の、黒いドレスが喪服のそれに見えてくるから不思議なものだ。

そう言えば、と最初に女と会った時のことを思い出す。
女は妙に覇気に欠ける、シンプルに言えば生気のない表情をしていた。それは仕事を執り行う今日になっても変わらない。まるで葬式
で棺に入る死体のよう、とは言い過ぎだが葬式に出席する参列者の持つような陰鬱さは十分に感じられていた。

男は。
「記憶屋」と呼ばれる能力者の集団の一人だった。
人間誰しもいつかは死が訪れるものだが、そう簡単に割り切れるものはあまりいない。その死者と生者の橋渡しをするのが彼らの能力
であり、仕事であった。

女が、何もない壁に手をやる。
すると、重厚な作りの石扉が壁の表面に現れ、重苦しい音を立てながら左右に開き始めた。
職業柄、大抵のことには驚かないつもりではいたが、それでも男の目を丸くさせるには十分の仕掛であった。

「…オーナーに作ってもらった、んですか」
「余計な詮索は前金の中に入ってない。とっとと行くよ」

だが、そんな男の様子など気にも留めずに、女は扉の先の階段を下りてゆく。
秘密主義。どうにもいけすかねえや。
思いつつも、それを口走ったとたんに己の身が危うくなることも男は知っている。

620名無しリゾナント:2016/07/22(金) 12:28:33
ダークネス。
闇社会の末端にいる男ですら、その名前は良く知っていた。
規模だけで言うなら例の「国民的犯罪組織」には劣るものの、それでもその名を聞けば大抵の能力者たちは尻込みしてしまうほどの存
在であった。特に「幹部」と呼ばれる能力者たちはこの国でも有数の実力者たちだという。そんな連中が、悪事に手を染めているのだ。
肝を冷やさずにはいられないだろう。

そして、その「幹部」の一人と目される女が、男の先を歩いているゴスロリだということも。
男は、十分に知っていた。知っていながら、依頼を受けたのだ。
リスクをはるかに上回る前金が振り込まれたのももちろん理由の一つではあるが、それよりもそこまでの地位に上り詰めた人間ですら、
自分たちの力を必要としている。そのことをこの目で確かめたくなったのだ。

男の力は、ありていに言えば「接触感応」に分類される。
モノや場所に残された残留思念を読み取る能力。そして彼ら「記憶屋」は、特に人間が死ぬ際にその場所に刻まれた残留思念を読み取
ることを得意とする。死者の最後の声を聞く、というのが彼らの商売における宣伝文句だった。

薄暗い階段を、ゆっくりと降りてゆく。
沈黙。そして静寂。まるで死者の世界に乗り込むかのような陰鬱さに、男がたまらず口を開く。

「ここは、どういう場所なんで?」

お前には関係ない。そう言われるのを覚悟で聞いてみた。
口を噤んで沈黙に押し潰されるよりはいくらかはましだ。そう思ったのだが案外女は答えてくれた。

621名無しリゾナント:2016/07/22(金) 12:29:51
「…このビルの前に建ってたビルが『謎の爆発事故』で木端微塵に吹っ飛んだ事件は知ってるだろ」
「ああ。テレビを賑わせてましたね。何せあれだけの質量の建物が一気に崩壊して瓦礫になるんだ。マスコミは色々騒ぎ立ててました
ね。やれ地下に戦時中の不発弾が埋まってただの、関東広域に分布するガス田からガスが漏れただの、ね」

男は暗に原因がそれらのことではないだろうということを匂わす。
「謎の爆発事故」はお偉いさんが能力者絡みの事件をもみ消す時の常套手段。半年ほど前の巨大アトラクション施設の事故もそうだ
ったのではないかと、業界の中では噂されているほどだ。

「その事故で…仲間が死んだ」
「へえ」

その氷を思わせる冷ややかな表情に、似つかわしくない台詞。
だが、そんな事情でもない限り自分のような「記憶屋」には依頼しないだろうとも思った。

「で、そのお仲間は。どんな人だったんで?」
「…お前には関係ねえだろ」

少し踏み込み過ぎたようで、男は明らかな拒絶を食らわされる。
まあいい。その死んだ仲間とやらのことは、あとでたっぷりと知ることになる。
男は自分の残留思念感知能力に、絶対の自信を持っていた。

階段が終点を迎える。ほんの僅かのスペースの先にある、頑健そうな鉄扉。
大の大人でも手こずりそうなデカブツを、女は表情ひとつ変えずに開けて見せた。

622名無しリゾナント:2016/07/22(金) 12:31:03
「…入んな」
「あ、ああ」

扉の先には。
打ちっぱなしのコンクリートの広がる広間、その中心には瓦礫のようなものが積み上げられていた。
いや。瓦礫だらけの場所を後からコンクリートで囲い固めた、そんな印象さえ受ける。

「この場所は、あの日あの時のままだ。やりやすいだろう?」

瓦礫のモニュメントの前に立ち、女が言う。
男はそれには答えず、瓦礫の前まで歩み寄ると、そのまま跪いた。
そして掌をそっと、瓦礫に添えた。

流れ込んで来る、残留思念。
女が二人、そこにはいた。一人は黒衣の、赤のスカーフが特徴的な女。
そしてもう一人は、編上ブーツに黒と白の戦闘服らしき服に身を包む女。
赤いスカーフの女が手を翳した瞬間、空気が、そして瓦礫が激しく爆ぜる。かなりの能力者。記憶の残像だけで身震いがする。だが、
対抗する女も負けてはいない。俊敏な動きで敵を翻弄し、手からは溢れる…これは、光? 聞いたことがある、全てを光に還す至高の
能力者の存在を。
光と、爆風。二つの激しい争い。永遠に続くかと思われた戦いは、光の女が放った光線が相手の心臓を貫くことで決着を見る。溢れる
鮮血と、染め上げられた赤い夕陽がシンクロし、倒れる女。女は満足そうに微笑み、そして…

そこで、思念は途絶える。
額には汗が玉のようにこびり付き、拭うと不快な湿り気となって手の甲に纏わりついた。
「記憶屋」となってから幾多の経験を経てきた男だったが、これほど濃密で強烈な残留思念に触れるのは、ほぼはじめてのことだった。

「あんた、大したもんだね」
「何が、だ」
「今まで連れてきた『記憶屋』はほとんど、この時点で半分気絶しかけてた。あたしが喝入れるまで、呆けてるやつがほとんどだった
からさ」
「へっ。何年この仕事やってると思ってんだよ」

強気な口を利く男だが、正直体力の消耗の激しさを実感していた。
それほどまでにあの記憶は、凄まじい力を持っていたのだ。

623名無しリゾナント:2016/07/22(金) 12:32:08
だが、ここでへばっている暇はない。男の仕事はまだ、終わっていないからだ。

「それじゃ、この記憶を。あんたに移すぜ? いいな」
「…さっさとやんな」

男は立ち上がり、女の前に立つ。
女は自らの身を委ねるように、瞳を閉じ、そして自らの額を差し出した。
「記憶屋」の本領は、ここから発揮される。
残留思念を読み取り、相手にその情報を寸分違わず受け渡す。それが男の能力であり、そして女の依頼でもあった。

瓦礫から記憶を吸い取った掌が、女の額に当てられる。
すると、それまで表情のなかった女に変化が現れた。
男がそうであったように、女もまた尋常でない量の脂汗を流し始める。そして、眉は引き攣り、皺が深く刻まれ、口元が大きく歪ん
だ。これはまさしく。激しい憤怒によるもの。

「う…お、お、うああああああああああっ!!!!!!!!!!!!!!!」

女のものとはとても思えない、叫び。むしろ、獣の咆哮に近い。それほどの殺気、そして重圧。
空間がびりびりと震えるような、衝撃。記憶を流し続けている張本人の男ですら、立っているのがやっとの状態だった。
記憶の凶悪さに加え、女自身の凶暴性、地獄のマグマのような煮え滾る怒りがこの状況を生み出している。女と、記憶の中の二人が
正確にはどのような関係かは男は知らない。だが、これだけは言える。
女の怒りと悲しみは、永遠に癒されることは無い。と。

「がっ…はっ…はぁ…はぁ…」

記憶が全て渡されると、女は崩れ落ちるように両膝を落とした。
息は乱れ、体で大きく息をしている状態。
男は女の前で屈み、声をかける。

624名無しリゾナント:2016/07/22(金) 12:33:12
「どうだい。これで満足かよ」
「ああ。あんた、相当の腕利きだね…おかげで…」

女は、伏せていた顔をゆっくりと上げ。

「これで『最後』で済みそうだ」

急激に冷却されてゆく空気。
氷の槍が交差するように、男を刺し貫く。

「さっきも言ったよな。『何年この仕事やってると思ってるんだよ』ってな」

だが、女の作った磔の交差点に、男はいない。
それどころか、女の体から急速に力が抜け始めた。

「能力阻害」。いつの間にか、仕掛けられていたらしい。

「…ちっ。初めから知ってたのかよ」
「ああ。あんたの仕事を受けた『記憶屋』が何人も行方不明になってる。記憶を移し終わったところで、用済みになった『記憶屋』を
憤怒のままにぶち殺したってとこか。だが派手にやり過ぎたな、氷の魔女ミティさんよ」

男が、再び女の前に現れる。
手には、凶悪な光を湛えた銀の刃が握られていた。

625名無しリゾナント:2016/07/22(金) 12:34:22
「ここであんたに無残に殺された『記憶屋』たちの残留思念も流れ込んできたぜ。それを読み取った俺が、そいつらの無念を晴らす
ためにお前をここで殺す。何もおかしくはねえだろ」
「…ダークネスに喧嘩売るとは、いい度胸してるよな」
「はっ。噂じゃ奇行が過ぎて組織でも鼻つまみになってるらしいじゃねえか。却って厄介払いができていいだろうよ」

再び、男が身を屈める。
今度は女の髪を掴み、そして引っ張り上げる。その首を、掻き切るために。

「ちなみにあんたの力を奪ってるのは、闇市場で手に入れた能力阻害装置の賜物さ。おかげで俺の貯めてきた蓄えが半分ほど吹き飛
んだがな。性能には半信半疑だったが、弱ったあんたには十分すぎる効き目だったようだ」

女は。
相も変わらず、色のない目で男を見ている。
死の間際ですら、枯れた感情は戻らないようだ。

「じゃあな。ミティさんよ」
「なあ。なんであたしが『魔女』って呼ばれてるか、知ってるか?」
「さあ? 知らないね」

大方、力に酔った連中による僭称だろう。
だが男はそんなことは言わなかった。女の命乞いにも似た時間稼ぎに乗る必要など、まるでないからだ。
すぐにでも、その口を命とともに閉じてやる。

いや違う。
一刻も早く、この女を殺さなければならない。
でないと。でないと俺は。

「あたしの中に…『魔女』がいるからさ」

声にならない叫びを上げながら、男がナイフを走らせる。
白い喉元を引き裂いたはずの銀の刃。しかしそれはすでにこの世界には存在していなかった。

そして、男自身も。

626名無しリゾナント:2016/07/22(金) 12:35:45


「…“極上の記憶”をいただいたお礼、とは言えサービスし過ぎたか」

まるで、何事もなかったかのように立ち上がる女。
墓所に似たその部屋には、相変わらず瓦礫が積まれているだけだった。

女  ― 氷の魔女 ― の、真の能力。
能力阻害状況においては使うしかなかった、がその効果は絶大だ。
魔女を亡き者にしようとした男は、肉片ひとつ残さずこの世から消え失せた。

ヘケート…。

力を解放した「氷の魔女」が、呟く。
今となっては人の名前なのか、それとも戒めの楔なのかすらも判然としない。
だが互いに自らの能力を隠しあうダークネスの幹部たち、そのうちの「氷の魔女」の能力の中枢であることには間違いなかった。そ
れはあの日あの時。その「力」を受け継いだ時から、ずっと。

黒のドレスを翻し、その場を立ち去ろうとする女。
しかし、その身は再び崩れ落ちる。頭の中を、漆黒の渦が逆巻きはじめた。

くそ…記憶の揺り戻し…か?

右手で顔を覆い、襲い掛かる悪意から逃れようとする魔女だが、一度流れ込んだ記憶を追い出すことなどできない。
最初は自らの復讐心を絶やさぬよう、黒き炎を猛らせようと「記憶屋」と呼ばれる輩に依頼したのが事の端緒であった。刻まれた記
憶は魔女の求めるままに、鮮やかな色をもって凶暴化してゆく。戯れに仕事を終えた「記憶屋」たちの命を奪うのも、裡に育つ記憶
の魔物の成長具合を確かめるためだった。

627名無しリゾナント:2016/07/22(金) 12:36:46
だが今度のそれは、それまでのものとはまるで比較にならない。
舞い上がる土埃。滴る赤い血。血液の赤よりなお赤い、沈みゆく夕陽。全てが、まるで「氷の魔女」自身が体験したかのように彼女
の脳に刻まれ、焼き付けられていた。

顔を覆う右手の指の力が、抑えられない。
爪はやがて皮膚に食い込み、魔女の顔から血を滴らせる。
先程と同じだ。膨れ上がる、激しい怒り。憎い。憎い憎い憎いにくいにくいにくいにくいにくいにくいいいいいいいいいいいいいい
いいいいいいいいいいい!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

一番許せないのは。
高橋愛にとどめを刺され、安らかに死んでゆく「赤の粛清」。
「記憶屋」の写し取った記憶は。彼女の残した思念すら魔女に伝えていた。
そこで垣間見た、残酷なる真実。

「赤の粛清」が「氷の魔女」に遺したものは。なにも、なかった。

ふざげんな。
ふざけんなふざけんなふざけんなふざけんな。
怒りを通り越し悲しみの感情すら飛び越えて、最早涙すら出ない。
爪が抉る傷口から溢れる血も、表面に出た途端に凍り付いてゆく。
これは十分だ。十分すぎる理由づけだ。

高橋愛の守ってきたものを、悉く壊してやる。

628名無しリゾナント:2016/07/22(金) 12:38:02
まずはあの幼さを残した次世代の少女たちだ。
一人残らず、縊り殺してやる。そして、彼女たちの全身を凍らせ氷の墓標とするのだ。
魔女の背後に聳える、響き合うものたちの生きた証。それを、愛の目の前で粉々にしてやろう。

凍りついたままの表情で、原型を留めぬほどに破壊される、共鳴の少女たち。
愛から受け継がれたであろう意志は、そこで終わる。もう、心が鳴り響くことはない。

愛の悲鳴が、怒りが、嘆きが零れ落ちやがて大河になり。
魔女の心の砂漠を流れるだろう。それでもなお、渇きは。いや、永遠に潤されはしないのだ。

― そう遠くないうちに、ご用意しますよ。とってきの、舞台をね ―

組織の頭脳である「叡智の集積」は、魔女にそう約束した。
「氷の魔女」は組織に傅いているわけではない。それは彼女の「nonconformity(不服従)」の別名からも明らかだ。
彼女が組織に属し、今までやってきたのは偏に成り行きに過ぎない。「永遠殺し」や「鋼脚」らの他の幹部が組織に忠実に動いてい
るのとは、明らかに一線を画してきた。

しかし。かのDr.マルシェがそう言うのなら。
舞台が整うまで待ってやろう。約束が果たされなければその時はその時。膨れた面を白衣ごと引き裂いてやればいいだけの話だ。最
早彼女に失うものなど、何もないのだから。

再び魔女が、立ち上がる。
頭の中で渦巻いていた黒い記憶の波は、あらかた引いてしまっていた。


新着レスの表示


名前: E-mail(省略可)

※書き込む際の注意事項はこちら

※画像アップローダーはこちら

(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)

掲示板管理者へ連絡 無料レンタル掲示板