したらばTOP ■掲示板に戻る■ 全部 1-100 最新50 | |

アメリカ軍がファンタジー世界に召喚されますたNo.15

1名無し三等陸士@F世界:2016/10/03(月) 01:41:59 ID:9R7ffzTs0
アメリカ軍のスレッドです。議論・SS投下・雑談 ご自由に。

アメリカンジャスティスVS剣と魔法

・sage推奨。 …必要ないけど。
・書きこむ前にリロードを。
・SS作者は投下前と投下後に開始・終了宣言を。
・SS投下中の発言は控えめ。
・支援は15レスに1回くらい。
・嵐は徹底放置。
・以上を守らないものは…テロリスト認定されます。 嘘です。

520ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2019/12/24(火) 00:06:38 ID:9E2YatiQ0
大の字になりながら、迫り来る黒い物体がサルシ号に着弾するまで、キサスは目をつぶらないことにした。
イズィリホン武士の誇りが、彼にそうさせた。

しかし……

黒い物体は、丸い真円から若干細長い棒のように見えた。
その直後、物体はサルシ号の右舷側海面に落下していった。
右舷側から轟音と共に強い振動が伝わり、仰向けとなっていたキサスは、左舷側に転がされてしまった。
背中を左舷側の壁に打ち付けたキサスは、低いうめき声をあげたが、激痛を振り払うように勢いをつけて起き上がった。

「ええい!やりたい放題やりおって!!」

キサスは忌々し気に騒いだ。
更に3機目の爆音が鳴り響いたが、3機目は狙いを変えたのだろう、シホールアンル駆逐艦に向けて突入していった。

「もしや……あの船がわしらを手助けしてくれたのか。ありがたや……」

彼は、対空戦闘を繰り広げながら、回避運動を行う駆逐艦に向けて感謝の言葉を贈った。

「さりながら……状況は未だに良いとは言えぬ。アメリカとやらの軍勢はまたもや、こちらに手を掛けてくるであろう。それを防ぐためには……」

キサスはそう独語しながら、折れたメインマストに目を向ける。
サルシ号には、所属を示す記しが無い。
戦場と化したこの場で、それが致命的であるという事は、今しがた証明されたところだ。
国から掲げてきた記しは、今や海の底である。

(記しはもはや無き物になった。さりながら……あの姿までは、無き物となったわけではない……!)

彼はあることを思いつき、供廻りの衆に指示を下そうとした。
だが……

「おのれぇ!やりおったな!!」
「不埒な輩めら!成敗してくれるわ!!」

キサスが振り向くと、そこには、本格的に武装した部下達が口角泡を飛ばしながら迎撃の準備を整えていた。
船内に一時避難しながらも、爆撃を受けて怒りが爆発し、予め用意されていた弓矢を引っ提げて甲板に上がって来たのだろう。

521ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2019/12/24(火) 00:07:38 ID:9E2YatiQ0
(いかん!)

キサスは素早く動き、部下たちの前に躍り出た。

「ならん!ならんぞ!!」
「な…殿!?」
「如何なされた!?」

部下達は困惑の表情を浮かべる。

「イズリィホンは、アメリカという国とは戦をしておらん!」
「戦をしておらぬですと!?殿!あ奴らは我らに炸裂弾を投げつけ、一網打尽にしようとしたではありませんか!」
「返り討ちにしてやりましょうぞ!」
「如何にも!不遜な輩は討つべし!」

部下達は興奮のあまり、弓矢を掲げながら周囲を飛行する米軍機に反撃しようとしている。
だが、キサスは供廻り衆の感情に流されてはいなかった。

「この大たわけめが!今しがたの攻撃を見てもわからぬのか!?あんな速さで飛ぶあ奴らに、弓矢で射ても当たりはせぬわ!
それ以前に、わしらが攻撃されたのは、ただの事故じゃ!」

彼は大声で叱責しつつ、メインマストを指差した。

「記しが備わっておれば、あのような攻撃は受けなかったかもしれぬ!」
「あの記しはもはやありません!そのため、敵の攻撃を受けておるのですぞ!」
「だから敵ではないのだ!わしらは、それを示さなければならん!」
「示すですと?旗はとうの昔に失われてしまいましたぞ!」
「うむ。確かに失われておるの。じゃが……」

キサスはニタリと笑みを浮かべると、左手で自らの頭を叩いた。

「ここの中にある記しまでは、失っておらん。そち達もあの模様を覚えておるであろう?」
「た、確かに……」
「殿。もしや、殿は記しを作ると言われるのですか?」
「そうじゃ。作る!材料は船倉の中にあるだろう?とびきり質の良い奴がの」

彼がそう言うと、供廻り衆は仰天してしまった。

「殿!あれは幕府が用意したシホールアンルへの献上品でございますぞ!どれもこれも、イズィリホンでは最高級の品ばかり」
「さりながら、あれはここで使うしかあるまい。白い布に色とりどりの染料。記し作りには持って来いじゃ」
「な、なんと……」

522ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2019/12/24(火) 00:09:37 ID:9E2YatiQ0
部下達は絶句してしまった。
キサスらは、出港前に幕府よりシホールアンルへの献上品として幾つかの貢ぎ物を渡されていた。
なかでも白い布は、特殊な工程を経て作られた最高級の一品であり、シホールアンル側は数ある献上品の中でも、特にこの高級布を
好んでいた。
シホールアンル首都ウェルバンルにある帝国宮殿内で飾られている絵画の中では、3割ほどがこのイズィリホン製の白布を使用して制作されて
おり、市井においても高い値が付くほどだ。
イズィリホンの下級武士層ではまず手が届かず、有力大名でさえもおいそれと手出しできぬと言われるほど、白布の質は高かった。
キサスは、その献上品を使って記し……国旗を作ろうと言い出したのだ。
部下達が絶句するのも無理からぬことであった。

「なりませぬとは言わせん。さもなければ、ここで粉微塵に打ち砕かれるだけぞ!」

キサスは有無を言わせぬ口調で部下達に言う。
対空砲火の喧騒と、上空を乱舞する米軍機の爆音が常に鳴り響いているため、口から出る声も常に大きい。
心なしか、喉が痛んできたが、キサスはここが耐えどころと確信し、あえて痛みを無視した。

「心配無用!幕府のお歴々が咎めれば、嵐に遭うた時に波にさらわれたと言えば良いわ。さあ!急いでここに持って参れ!早急にじゃ!」
「ぎょ、御意!」

複数の部下が慌てて下に駆け下りていった。
その間、キサスは右舷方向に目を向ける。

シホールアンル駆逐艦は今しがた、米艦爆の急降下爆撃を間一髪のところで回避していた。
そのやや遠方を、複数の小さな点が、ゆっくりと海上に降下していくところに彼は気付く。
横一列に3つならんだ黒い点は、海面からやや離れた上空にまで降下した後、這い寄るかのように進みつつある。
その先には……

(一難去ってまた一難、であるか……!)

「殿!献上品をお持ち致しました!」
「染料は!?」
「こちらに!」

部下達が黒い艶のある箱を持って甲板に上がってきた。
キサスは、部下が持っていた細長い箱をひったくると、中にあった白い布を取り出し、それを甲板に広げた。

523ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2019/12/24(火) 00:10:22 ID:9E2YatiQ0
ヴァリー・フォージより発艦した12機のTBFアベンジャーのうち、3機は未だに手付かずで残されていた木造の輸送船を的に定め、
高度を下げながら的の右舷側より接近しつつあった。

「高度40メートルまで下げろ!前方の駆逐艦は無視だ。今の状態じゃ当てられん!」

アベンジャー隊第3小隊長のギりー・エメリッヒ中尉は2番機、3番機に指示を送りながら、目標を見据える。
現在、目標までの距離は約6000メートルほど。
輸送船の右舷側2000メートルに展開する駆逐艦は今しがた、ヘルダイバーの爆撃を回避し、対空戦闘を続けながら高速で直進に移っている。
本音を言うと、エメリッヒ中尉はあの駆逐艦を攻撃したかったが、彼が率いる小隊は、2番機、3番機のクルーが初陣であるため、高速で動き
回る駆逐艦に魚雷を当てるのは難しいだろうと考えた。
そこで、彼は当てるのが難しい駆逐艦よりも、停泊している輸送船を雷撃して、確実に戦果を挙げる事にした。
攻撃が命中すれば、初陣のクルーも自信を付けるであろう。

「敵の木造輸送艦まであと5000!各機、雷撃準備!」

エメリッヒ中尉は無線で指示を下しつつ、胴体の爆弾倉をあける。
胴体下面の外板が左右に別れ、その内部に格納されている航空魚雷が姿を現す。
母艦航空隊の必需品の一つであるMk13魚雷だ。

「駆逐艦が対空砲火を撃ち上げているが、気にするな!1隻のみの射撃では、アベンジャーは容易く落ちん!」

エメリッヒ中尉は無線機越しに2番機、3番機のクルーらを勇気づける。

「2番機が若干フラフラしています!」

エメリッヒ機の無線手が報告してきた。
現在は高度40メートルだが、新米パイロットにとってはきつい高度だ。
緊張で操縦桿を握る手に力が入り過ぎているのだろう。

「2番機!力み過ぎるな!機体がフラフラしていたら、当たるものも当たらん!落ち着いて操縦しろ!」
「了解!」

彼は喝を入れながら、目標を見据え続ける。

524ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2019/12/24(火) 00:11:15 ID:9E2YatiQ0
駆逐艦は高射砲弾を連射し、編隊の周囲で断続的に砲弾が炸裂する。
時折、近くで黒煙が沸いて破片が当たる音がするものの、グラマンワークス(実際はGM社製だが)の作った機体は打撃に耐え続けた。
編隊のスピードは、魚雷投下を考慮しているため、200マイル(320キロ)程しか出していないが、それでも目標との距離は急速に
縮まり、駆逐艦の上空を通り過ぎた後は、木造船まであと一息という所まで迫った。

「目標に接近!距離500で魚雷を投下する!」

エメリッヒは各機にそう伝えつつ、雷撃針路を維持する。
エメリッヒ機を先頭に右斜め単横陣の形で接近するアベンジャー3機は、敵船の右舷側に接近しつつある。
距離は尚も詰まり、今は1700メートルを切った。

(あの小型の木造船相手に、航空魚雷3本は過剰過ぎるだろうが……あの船の積み荷は敵の戦略物資だ。悪いが、俺達は仕事を果たさせて貰う)

彼は幾ばくかの同情の念を抱いたが、それに構わず沈める事にした。
それと同時に、認識票にも載っていない初見山の木造船に対して、遂にシホールアンルも使い古しの船を使わねばならなくなったのか、とも思った。

(俺達を恨むなよ。戦争を引き起こした上層部を恨んでくれ)

エメリッヒは心中でそう呟きつつ、魚雷投下レバーを握った。
距離は1000を切り、間もなく魚雷を投下する。
だが、ここで彼は、思わぬ光景を目の当たりにした。

距離が1000を切る頃には、うっすらとだが、甲板上の様子が見てわかる事がある。
パイロットは基本的に、視力が良くないとなれないが、エメリッヒは入隊前にアラスカで漁師として働いていた事もあり、視力は2.0はある。
その2つの目には、甲板上で盛んに旗を振り回す一団が映っていた。

(旗?)

彼は怪訝な表情を浮かべつつ、なぜ彼らが旗を振っているのかが気になった。
この時、距離は900メートル。
急に、彼の心中で疑問が沸き起こった。

目標は軍用船なのか?
いや、……あの船はシホールアンル船なのか?

それ以前に、あの船は攻撃してはいけないものではないか?

525ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2019/12/24(火) 00:12:15 ID:9E2YatiQ0
900メートルが過ぎ、700メートル台に接近した。
エメリッヒの双眸には、相変わらず旗を振り回す一団が見えていたが、距離が詰まることによって、得られる情報も多くなった。
独特な民族衣装を着た一団は、多くが手を振り回していたが、一部はしきりに、振り回す旗を見ろと言わんばかりに指を向けていた。
旗の模様はシホールアンル国籍の物ではなく、全く違う模様が見えていた。

(敵じゃないぞ!!)

この瞬間、エメリッヒは全身後が凍り付いたような感覚に見舞われた。
体の反応は、自分が思っていた以上に素早かった。

「各機へ!攻撃中止!攻撃中止だ!!あれはシホールアンル船ではない!!」

エメリッヒは無線機越しに叫ぶように命じた。
その直後に、胴体の爆弾層を閉じ、機体を左右にバンクさせた。
アベンジャー3機は魚雷を投下せぬまま、高度40メートルで国籍不明船の上空を通過していった。

青と赤が横半分に分けられ、中央に赤紫色の丸が手描きで描かれたシンプルな記し……イズィリホン将国の国旗を、部下と2名と共に
力強くはためかせていたキサスは、爆音を上げながらフライパスした米軍機を見送ったあと、急に体の力が抜けたように感じた。
彼は思わず、その場で屈んでしまった。

「お……おぉ。分かってくれたようじゃ……のぅ」
「殿!如何されました!?」
「殿!」

供廻り衆がキサスの周りに集まり、彼を気遣う。

「いや、大丈夫じゃ。ただ幾ばくか疲れただけじゃ」

キサスはそう言って、微笑みを浮かべる。
それからしばらくして、空襲警報が鳴りやんだ。

5分後、一旦落ち着きを取り戻したキサス号では、乗員が被害個所の確認を行う傍ら、破損したメインマストに急ごしらえの国旗を掲げていた。

「これがイズィリホンの国旗ですか」

ブレウィンドルは、文献以外でしか見た事が無かったイズィリホンの国旗をまじまじと見つめた。

526ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2019/12/24(火) 00:13:41 ID:9E2YatiQ0
「これこそ。我らが誇るイズィリホンの記しでございまする。さりながら……それがしには少々足りぬものがあると思いましてな」
「足りぬですと?何かの紋章を書き忘れたのでしょうか?」
「いや、荒々しいではありますが、記しはこの通りの様相で差し支えありませぬ」
「元の通りに描けた、という事ですな。なのに、なぜ足りぬと?」
「それはですの……まぁ、それがしの言葉のあやという物でござります」

キサスはそう言ってから、高笑いを上げる。
ふと、ブレウィンドルは、このキサスという男が野心家ではないかと思ってしまった。

(この方は、何か大きな事をやりそうな予感がするな。こう、歴史的な事を)

ブレウィンドルは心中でそう呟いた。

のんびりと物思いに耽る時間は、そう長くはなかった。
先の空襲から20分足らずで、再び空襲警報が鳴ったからである。

「ま、また空襲警報だ!」
「殿!」

シホールアンルの担当官と、供廻り衆から再び悲鳴のような声が上がった。
それを聞いたキサスは、どういう訳か苦笑いを浮かべた。

「偉大なる帝国は、土地という土地、島という島、隅々まで総戦場になりけり、という事かの」


午前8時 ルィキント列島南南西220マイル地点

人間の生活習慣という物は、ある程度の期間が過ぎると常態化していくものである。
それは、社会においても同じであり、朝の仕事準備、業務、休憩、業務、帰宅と言った流れでほぼ進んでいく。
軍隊においても、それは同じだ。

早朝の偵察機発艦からの周辺海域索敵は、最大のライバルでもあったシホールアンル機動部隊が壊滅した今でも続行されている。
それは、アメリカ機動部隊のルーチンワークの一つでもあった。
そんな何気ない動作と化した索敵行は、ある物を彼らに見せつける事となった。

空母ランドルフより発艦したS1Aハイライダーは、暇で単調な索敵行を半ば終えようとしたときに、それを見つけた。
いや、後世の歴史家の中では、見つけてしまった、という表現を時々用いられるほど、この索敵行は歴史上の大事件であった。

「機長!あれは間違いありません!誰が見ても竜母です!」
「ああ、確かにそうだ!だが、なぜこんな所に?」

527ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2019/12/24(火) 00:14:26 ID:9E2YatiQ0
機長は7、8隻の護衛艦に過去まれた中央の大型艦を見るなり、疑問に思うばかりであった。
海軍情報部では、シホールアンル海軍の大型艦は全て、本国沿岸の安全地帯に避退していると判断しているという。
先日のシュヴィウィルグ運河攻撃の際、同地で遭遇した敵竜母部隊は、攻撃を担当したTG58.3が攻撃を加えたが、ある程度の打撃を与えただけで
撃沈には至らなかったという。
そもそも、TG58.1はこの地に有力なシホールアンル海軍艦艇が存在しているとは考えてはおらず、この日の索敵行は、どちらかというと初見の
海域の調査を目的とした物であった。
このため、早朝に発艦したハイライダーは4機ほどで、通常よりも少なく、哨戒ラインの密度も薄い。
それに加えて、ハイライダー各機は海域の情報収集と、長距離飛行を念頭に置かれたため、ドロップタンクを装備している。
飛行距離は往復で1000(1600キロ)マイルもあり、通常の索敵行と比べても明らかに長い。
機長は、長い遊覧飛行だと心中で思っていたほどだ。

だが、のんびりと飛行を楽しむ時間は、唐突に打ち切られてしまった。

「ランドルフに報告だ!」
「了解!」

機長は後席の無線手に指示を伝えるが、そこで新たなものを見つけた。
ハイライダーより5000メートル離れた空域に、別の飛行物体を確認した。
その小さな物体は、大きく翻ってから頭をこちらに向けた。
その物体に、これまでに見慣れた、敵の“生き物らしい動作”は全く見受けられなかった。

(危険だ!)

言いようの無い恐怖感に襲われた機長は、咄嗟に機首を反転させ、この海域からの離脱を図った。

「未確認飛行物体を視認!離脱するぞ!」

反転したハイライダーは再び水平飛行に戻ると、離脱の為、エンジンを全開にした。
その頃には、向かっていた飛行物体は急速に距離を詰めつつあった。

「国籍不明機接近してきます!」
「わかってる!飛ばすぞ!」

ハイライダーは持ち前の加速性能を発揮し始めた。
不審機も加速したのか、しばしの間距離が離れなかったが、時速600キロメートル以上になると徐々に離れ始め、650キロを超える頃には
その姿は急速に小さくなり始め、700キロに達した時には、不審機の姿も、未知の母艦を伴った機動部隊も見えなくなっていた。

528ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2019/12/24(火) 00:14:58 ID:9E2YatiQ0
午前10時 ロアルカ島南東250マイル地点

第5艦隊司令長官を務めるフランク・フレッチャー大将は、旗艦である戦艦ミズーリのCICで戦果報告を聞いていた。

「先程、第2次攻撃隊の艦載機が母艦に帰投致しました。第2次の戦果報告は現在集計中ですが、第1次攻撃隊は艦船10隻撃沈、6隻撃破、
複数の地上施設並びに、魔法石鉱山の爆撃し、多大な損害を与えております。こちら側の損害は、4機が現地で撃墜されたほか、被弾12機、
着艦事故で3機が失われました」

通信参謀のアラン・レイバック中佐が淡々とした口調で報告していく。

「第2次攻撃隊の戦果に関しては、先にも申しました通り集計中ですが、暫定ながらも地上施設と港湾施設に甚大な被害を与えたとの報告が
入っております」
「事前の予想通り、攻撃は成功だという訳だな」

フレッチャーはそう言いつつも、表情は険しかった。

「だが、現地では予想していなかった事態も発生したと聞いている。諸君らも聞いておるだろうが」

彼は言葉を区切り、溜息を吐いてからゆっくりとした口調で続ける。

「第1次攻撃隊は、攻撃の途中でシホールアンル帝国とは別の国に所属していると思しき、国籍不明の木造船を発見したと伝えてきた。
そして……その木造船を誤爆したという報告も、入っている。一連の報告は、既に太平洋艦隊司令部に向けて送ってはいるが……」
「国籍不明船を誤爆したパイロットからの報告では、乗員が未知の国旗のような物を振っていたとあります。また、木造船自体もシホールアンル船
と比べて年代的に数世代あとの物である事が判明しております。木造船を狙った爆弾は外れており、雷撃を敢行したアベンジャー隊も
寸前で国籍不明船と気付いたため、同船舶が撃沈に至る程の損害は与えてはおりませぬが……」
「ヘルダイバーは爆弾投下後に機銃掃射を行い、ある程度の機銃弾が同船舶に命中したとの報告も入っている。不明船の所属国の調査は、
後に行われる事になるだろう」
「この後、第3次攻撃隊の準備が予定されておりますが。どうされますか?」

参謀長のアーチスト・デイビス少将の問いに、フレッチャーは即答した。

「第3次攻撃は、この際中止にする。元々、ノア・エルカ列島はシホールアンルの辺境地帯だ。同地を訪れている、非交戦国の独航船や
輸送船が停泊している可能性は1隻だけはないだろう。もし、別の国籍不明船を誤爆すれば、合衆国は世界中から非難される事になる。
参謀長!」

フレッチャーは改めて命令を下した。

529ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2019/12/24(火) 00:15:35 ID:9E2YatiQ0
「TG58.1司令部に伝えよ。第3次攻撃中止。TG58.1は偵察機を収容後、直ちに作戦海域から離れるべし、以上だ」
「はっ!」

参謀長はフレッチャーの命令を受け取ると、通信参謀にその命令をTG58.1司令部に伝達するよう、指示を下した。

(しかし、まさかの誤爆事件発生となってしまったが……この他にも、問題はある)

フレッチャーは、やや陰鬱そうな表情を浮かべつつ、紙束の中に挟まっていた、一枚の紙を手に取り、その内容を黙読した。



「ルィキント列島より南南西220マイルの沖合にて、未知の母艦らしき物を伴う艦隊を発見せり。艦隊には艦載機と思しき飛行物体
も帯同し、偵察機を追撃する動きを見せるものなり。同飛行物体はワイバーンにあらず」

530ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2019/12/24(火) 00:16:22 ID:9E2YatiQ0
SS投下終了です

531HF/DF ◆e1YVADEXuk:2019/12/24(火) 19:16:42 ID:rWhpEeEQ0
投下乙、粋なクリスマスプレゼントですな!
誤爆事件、最悪の展開こそ避けられたがこれからどうなることやら
あと最後に出てきた未知の艦隊、一体どこの勢力のものなのか…

532名無し三等陸士@F世界:2019/12/25(水) 11:06:32 ID:Meu0lnu.0
 状況や時期を考えればオールフェスと諸島返還を求めていた「あの国」なんだろうけど、
時期的にまだ返還期限じゃない筈なんだが偵察にでも来たのかな?

533名無し三等陸士@F世界:2019/12/26(木) 17:51:51 ID:/WZS.Q/E0
おおおお ここに来て新たな展開か!
作者やりおるなあ

534名無し三等陸士@F世界:2019/12/31(火) 11:21:50 ID:f7RAahgA0
 竜母艦載用飛空艇はシホールアンル帝国ではついぞ実用化されませんでしたから
未知の艦隊が所属する勢力も中々の技術力を持っているみたいですね。

535ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2019/12/31(火) 22:41:34 ID:EEBr8sA20
皆様レスありがとうございます。

>>531氏 偶然クリスマスと重なってしまいました。

>誤爆 やられた側の所属国が分からんので、まずは情報収集からですね
アメリカとしては、当該国は怒り狂っていると思っておりますので、謝罪はもちろんの事、賠償金を用意する事も考えております。

その国はどこなのか、まだ明かせませんが……なかなかのやり手ですね

>>532氏 ちなみに、発見された側は米艦載機の遭遇は予想外の事なので、非常に焦っておりますね。

>>533氏 未知の機動部隊発見は、アメリカにとっては青天の霹靂とも言えますね。
シホールアンル、マオンドを倒せば平和になると思っていた矢先に、最悪、シホールアンルと同等の国力を持つ国との対峙を
想定しなければいけないですから

>>534氏 米国側もかなりの危機感を持っています。史実同様、東西冷戦は確実に到来する事でしょう。

本年中は投稿数が少なく、寂しい物になりましたが、拙作をご愛顧いただき、誠にありがとうございました。
来年こそは完結を目指して邁進していきたいと思います。

それでは皆様、良いお年を。

536HF/DF ◆e1YVADEXuk:2020/10/26(月) 20:55:08 ID:xzg.VGas0
待機

537ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2020/10/26(月) 21:00:03 ID:XDQ6yAnU0
こんばんは〜。これよりSSを投下いたします

538ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2020/10/26(月) 21:00:52 ID:XDQ6yAnU0
第290話 異国の使者


2月10日 午前8時

レンベルリカ連邦共和国領 カイクネシナ

マオンド共和国が対米戦に敗退後、正式にレーフェイル大陸の一国家として建国されたレンベルリカ連邦共和国は、アメリカの支援のもとで
徐々に回復しつつあった。
アメリカは同国に民間レベルのみならず、軍事レベルにおいても支援を行うため、同地に陸軍部隊2個師団を含む7万を駐留させながら、
今後の展開に対応するため、レンベルリカ国内にいくつか基地を建設し、そこにも陸海軍部隊を配置していた。

レンベルリカ駐在アメリカ大使であるジョセフ・グルーがそのカイクネシナに到着したのは、その日の午前8時を過ぎてからであった。

「どうぞ、お通りください」

基地のゲート前で、警備兵がグルー大使に目配せしてから進入を促した。
運転手はゆっくりと車を前進させ、カイクネシナ基地に入っていく。

「……会うのは2回目になるが。今回はどのような会合になるだろうか」

グルー大使は、カイクネシナ基地にて待っているであろう、ある人物の顔を思い出しつつ、小声でつぶやいた。
今日、グルー大使は、フリンデルド帝国より派遣された使者と会談を行う予定となっている。
フリンデルド帝国は、昨年12月中旬にアメリカ行きの使者を派遣し、その途中にレーフェイル大陸にあるレンベルリカ連邦を訪れている。
フリンデルド側としては、アメリカに行く前にまずレンベルリカを訪問し、同国の誕生を祝すと共に今後の国家間の交流を前提とした会談を
行いつつ、航海に必要な各種消耗品の補給を行う事を考えた。
レンベルリカ政府側との最初の交流は上手くいき、食料等の消耗品の補給も無事に終えることが出来た。
だが、アメリカ行きだけは叶わなかった。

いや……叶わないようにさせられた。

使者のアメリカ行きストップを命じたのは紛れもなくアメリカ本国首脳部であり、それを使者に伝えたのが、このグルー大使であった。

それから幾日が過ぎ……
レンベルリカ側はアメリカと相談を行いつつ、フリンデルド側に嫌悪感を抱かれぬように、かの国からの幾つかの提案を受け入れた。
その一つが、レンベルリカ国内にフリンデルド側の公使館を置く事だった。
公使館の設置は1月までには完了し、その責任者は工事完了直後から公使館に着任し、レンベルリカ側やアメリカ側との国交樹立に向けた交渉を行っている。
事務レベルでの交渉が緩やかに進み、次はレーフェイル各国使者との顔合わせに移ろうとしたその矢先に、海軍がシホールアンル租借領でフリンデルド側
施設を誤爆したのみならず、他の友邦国船舶をも誤爆したという情報が伝えられた。

アメリカ国務省は即座に、グルー大使にフリンデルド側行使に向けて、ひとまずの謝罪を行う事を命じ、グルーは本国から追加の電文を受け取った後、
公使館から大使館の中間地点に位置するカイクネシナ海軍基地に会談の場所を設け、直ちに急行したのである。

目的の施設に辿り着くまでにしばしの間があった。
グルーは胸中でこれから言う言葉を反芻しつつ、車内から軍港内の艦艇を見つめていく。
軍港内には、海軍の哨戒用の小艦艇や護衛駆逐艦、護衛空母が複数係留されている。
グルーは1か月前にこの基地を訪れているが、その時も哨戒艇や護衛駆逐艦といった警戒用の艦艇ばかりが目に付いていた。

539ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2020/10/26(月) 21:01:35 ID:XDQ6yAnU0
大西洋方面では、大西洋艦隊所属の第7艦隊がレーフェイル大陸周辺の警備を請け負っており、大型艦は3隻のニューメキシコ級戦艦以外在籍しておらず、
その主力は10隻の護衛空母と多数の護衛駆逐艦、哨戒艇などで占められている。

それだけに、警備専門の護衛艦群の中に突然現れた巨大な浮きドッグと、その内部に鎮座するエセックス級正規空母の姿は、とてつもない存在感を醸し出していた。

「なに……?」

グルーはその大型空母を視認するなり、思考を瞬時に停止させてしまった。

車が目的の施設に到着すると、そこには意外な人物が待っていた。

カーキ色の軍服に略帽を付けた将校が車のドアを開けると、目の前の将官がグルーに向けて敬礼をしてきた。

「お待ちしておりました。グルー大使」
「これはキンケイド提督……どうしてこちらに?」

グルーはやや驚きながら、車から降りていく。
第7艦隊司令長官を務めるトーマス・キンケイド大将は、言葉を紡ぎながら右手を差し出した。

「先方は既に到着し、中で待たれています」
「なんと……予定の時間よりまだ10分ほどありますぞ」

グルーは当惑しつつも、キンケイド大将と握手を交わした。
下車したグルー大使は、左手に手提げカバンを持ちながら、キンケイド大将と共にコンクリート造りの施設の中に入って行った。

「大使。公使閣下はこちらの部屋で待たれております」
「は…ご案内ありがとうございます」

キンケイドがドアの前で立っていた兵士に目配せすると、兵士は無言の指示に従い、ドアを開けた。

「ロルカノイ公使閣下。お待たせいたしました」
「これはこれは大使閣下。お久しぶりでございます」

ソファーに座っていた銀髪で長身の紳士は、グルーが入室するなり慇懃な口調で挨拶した。

ピシウス・ロルカノイ公使は、フリンデルド帝国外交省より派遣された使節である。
年は若くないが、その面長の顔は幾つもの難事を乗り越えてきた、歴戦の戦士を思わせる凄みがあった。
事実、ロルカイノ公使は元軍人であり、大佐で軍を退役した後に外交官となっている。
体つきも程良くがっしりとしており、身長も190センチ以上と背丈も大きく、かなりの偉丈夫だ。

2人は挨拶と同時に握手を交わした後、そそくさと席に着いた。

「本来ならば、私が直接出向くべきでありましたが」
「何をおっしゃられますか。大使閣下」

ロルカイノ公使は張りのある声音でグルーに言う。

「私こそが大使閣下の官邸に向かうべきでした。ですが、貴方方からレンベルリカ国内の治安状況が些か不安定な事を考慮し、アメリカ大使館と
フリンデルド公使館のほぼ中間地点にあるここを会談場所としたいと申された時、私は即座に理解いたしましたぞ」

540ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2020/10/26(月) 21:02:15 ID:XDQ6yAnU0
ロルカイノは半ば微笑みながら、グルーに感謝の言葉を贈る。

「アメリカ側の手厚き配慮には心の底から感謝しております。ここなら、追剥ぎや旧マオンド脱走兵、それに危険な悪獣共の襲撃を受けずに
済みます」

彼はグルーに対してそう言ってから、声のトーンを一段と下げた。

「それでは、早速本題に入りましょう」

ロルカイノは携えていた鞄から一枚の紙を取り出し、それを机の上に置く。

「先日、ロアルカ島で貴国の艦隊より発進した艦載機が、同島のシホールアンル軍艦船や軍関連施設と攻撃しましたが、その一部は我が国の
連絡事務所や、我が国とも関係のある友好国船舶にもおよび、幾ばくかの損害を受けました」

グルーは内心で来たかと呟いた。

ロルカイノの言う通り、海軍がシホールアンル帝国の僻地であるノア・エルカ列島の敵施設を攻撃中に中立国の船舶や施設を誤爆したという
情報は国務省からも届けられていた。
その詳細はまだ不明ではあるが、中立国船舶や関連施設に銃爆撃を加えて損害を生じさせた事は確かであると伝えられており、フリンデルド側
からは、レンベルリカ政府を経由して抗議文も送られている。
この事件の詳細は、予定されていた今日の会談でフリンデルド側から話されると共に、使者はアメリカ側に対して、本国からの伝言として米側に
それ相応の対応を希望する事を伝える、とのみ告げられていた。

アメリカ側へのフリンデルドに対する希望……という、どこか曖昧な表現は、その中身が明らかにされていないだけに、どこか不気味な物を
グルーに強く感じさせていた。

「貴国の攻撃で生じた損害ですが、ロアルカ島の連絡事務所は爆弾と光弾らしき物を受けて半壊し、40名の人員のうち、29名が重軽傷を負って
人事不省に陥り、交代要員が来るまで連絡事務所の業務は停止を余儀なくされております。ただ、不幸中の幸いとして、死者は出ておりません」

ロルカイノは、フリンデルド語で書かれた文書の一文をなぞりながら説明する。

(死者はいないのか……)

グルーはロルカイノの口から人員が死亡していないと告げられた時、内心で胸を撫でおろした。
だが、表には出さずとも、幾らか安堵したグルーに向けて、ロルカイノはより重たい口調で言葉を続けた。

「正直に申しますが……これは明らかな戦争行為です」

ロルカイノは若干前のめりになった。

「アメリカ側は、我が帝国の臣民を爆撃で傷つけたのです。今、貴方は死者は出ていないではないかと思われておられるでしょうが、
死者が出たかどうかの問題ではないのです。我が国の臣民と、租借地内とはいえ、領土たる施設を傷つけられた事が問題なのです」
「ロルカイノ公使の言われる通りです。事の重大さは本国でも認識されており、今も国務省内では、賠償金の支払い等の対応策を
協議しております。我が国もフリンデルド側と問題を起こすつもりはありません……私個人としても、そう願っております」
「グルー閣下としては、確かにそう思われているのでしょう」

グルーの言葉を聞いたロルカイノは、その剣呑な表情をより露わにしながら自らの胸の内を明かしていく。

541ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2020/10/26(月) 21:02:57 ID:XDQ6yAnU0
「私自身、フリンデルドとアメリカが事を構えるのは是が非でも避けたいと感じています。ですが……先の屈辱的な襲撃を知った
本国はそう収まりそうにありません」
「と……言われますと……?」

グルーの質問に、ロルカイノは重い口調で返答する。

「軍の上層部からは開戦止む無し、という言葉も上がり始めているようです」
「開戦ですと?それは……穏やかではありませんな」
「確かに。しかしながら、フリンデルド帝国はリーダスク大陸一の強国として、そして、かつてはシホールアンル帝国とも
覇を競い合った事もある、知勇兼ね備えた由緒ある国家です。その強国に、事故とはいえ牙を剥かれ、噛みつれたとあっては……
穏やかに済まそうとは思いますまい?」
「なるほど。貴国の上層部は先の事件で我が国に手厳しい対応を検討しておられるのですな」

グルーはそう断言した。

「大使閣下の言われる通りです。また、先の事件では我が国の施設のみならず、我が国とも友好関係を結ぶイズリィホン将国の船が
攻撃を受け、被害を受けております。この事に関しても、わが国では貴国の常軌を逸した、見境の無い攻撃に強い非難の声が次々と
上がっております」
「かなり手厳しいお言葉ですが……貴国としましては、既に我が国に対する要求などはありますでしょうか?」
「本国より私宛に伝えられた案があります。この案はグルー閣下の言われる、ロアルカ島事件に対するフリンデルド帝国の要求であります
が……フリンデルド帝国はアメリカ合衆国に対して、賠償金を請求しません」

ロルカイノの口から、意外な答えが返ってきた。

(まさか……合衆国を怒らせまいと考えたか?)

グルーは内心そう呟いた。
フリンデルド帝国も、シホールアンル経由でアメリカ軍の実力は知っている筈だ。
事件を引き起こしたのは、フリンデルドと同等か、それ以上の力を有していたマオンドを屈服させ、シホールアンルさえも追い詰めつつある
アメリカだから、ここは表面的に怒っていると見せつつ、実際は穏便に済まそうと考えているのではないか。

と、心中で思ったが……ロルカイノの口からは言葉が続いていた。

「その代わり、対シホールアンル戦終結後、シホールアンル領より得られる各種資源の1年分、金銀、宝石類2年分を賠償金の代わりとして
請求する……と」
「各種資源と金銀宝石類ですと……」

ロルカイノの答えを聞いたグルーは、思わず目がくらみそうになった。

シホールアンル本土内の各種資源採掘場や鉱山は、B-29やB-36等の戦略爆撃機によって片っ端から猛爆を受けており、戦略航空軍の報告では、
既にシホールアンル帝国内の資源採掘場は、全体の4割、特に金銀類、宝石採掘場は重点的に狙われており、主だった鉱山は既に壊滅
状態にあると言われている。

フリンデルドはシホールアンルから各種情報の提供を定期的に受けているようだが、シホールアンルも超大国としての面子があるのか、
都合の悪い情報は隠している可能性が高かった。
そのため、フリンデルド側は未だに、シホールアンル国内の各種鉱山が健在だと思っているのであろう。

542ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2020/10/26(月) 21:03:56 ID:XDQ6yAnU0
(フリンデルド側が要求する資源の量は膨大な上に実現が難しい。それ以前に、今では北大陸に展開する戦略爆撃機の恰好の目標となって
次々と爆撃を受けている有様だ。ここで資源の譲渡は無理と返せば………)



この異世界に転移後、アメリカは同盟国の協力を得て、シホールアンル帝国に関する調査を進めてきたが、1946年現在では、
シホールアンル帝国本土内だけで出土する資源や、金銀類の採掘で得られる国家収入を簡易ながらも推定する事が出来ている。

その推定額は、実に15憶ドル以上にも上ると言われており、これは大国の国家予算に匹敵する。

フリンデルドが資源を譲渡できないと知れば、賠償金を要求するかもしれない。
それほどの膨大な量の賠償金を、アメリカは払おうとはしないだろう。

現実問題として、払えない金額ではない。
だが、実際に払うとなると、様々な問題が沸き起こってくる。
第一、互いの通貨の違いもある上に、その価値も違いがある。
貨幣が使えない場合は、合衆国が保有する金を、賠償金代わりに要求する可能性もある。

(いや、賠償金等よりも、場合によってはそれ以上に価値のある物を指定するかもしれぬ。そう……北大陸のシホールアンル領を)

グルーは、心中で更なる懸念を抱いた。

賠償金も駄目。資源と金銀宝石類も駄目となれば……それを生み出す領土を要求する。
過大な要求だが、この世界ではこれまでの常識が全く通用しない事は、嫌というほど思い知らされている。
当然にのように、領土を要求すると言い放ってもなんら不思議では無いと、グルーは心中でそう断言していた。

「貴国の要求ですが……誠に残念ではありますが、それに応えられるだけの各種資源は集まらぬかと思われます」
「と、申しますと?」

ロルカイノは怪訝な表情を浮かべながらグルーに質問する。

「貴国は、我が国の要求は受け入れられぬ、と申されますかな?」
「受け入れられるのなら、すぐにでも頭を縦に振りましょう。しかしながら、現状ではそれが出来ぬ状況にあるのです」
「シホールアンルは世界有数の資源産出国です。戦後、シホールアンルを下すであろうアメリカは、その膨大な資源を
独り占めにしたい、と申されるのですな」
「いえ、それ自体が出来ぬのです。主だった資源採掘場や精錬工場等は、我が空軍が手あたり次第に爆弾を叩き込んでおりますので」

グルーの答えを聞いたロルカイノは、瞬時に表情を凍り付かせた。
それを見たグルーは、

(なるほど。シホールアンルからは都合の良い情報しか与えられていないのか)

と、心中でそう確信した。

「私は外交官であり、爆撃作戦の詳細は知らされておりませんが、それでも、空軍からは主要な魔法石鉱山や金銀宝石採掘場は
最重要目標として爆撃を行い、目的は達成しつつあると聞かされております。どのような損害を与えたかはわかりません。
しかしながら、やる時は徹底して仕事を果たすのが空軍です。こうしてあなたとお話を交わしている間にも、戦略爆撃機は目標へ
向けて爆弾の雨を降らせている事でしょう」

543ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2020/10/26(月) 21:10:22 ID:XDQ6yAnU0
「シホールアンルからは、アメリカの大型飛空艇が頻々と来襲するも、その都度被害を与えて撃退に成功しているとしか話されて
おりませんでしたが……しかしながら、貴国はシホールアンルの有する莫大な資源を手中に収めようとせず、そればかりか山ごと
吹き飛ばそうとするとは、我々からしてみれば、貴国のやり方は常軌を逸しておりますぞ?」
「常軌を逸しておりますか……なるほど、貴国から見ればそうでしょうな。ですが……」

グルーは一呼吸置きつつ、ロルカイノの目をじっと見据えた。

「敵対国の継戦能力を割くには、これが有効なのです。これもまた……戦争に勝つためです」
「……」

グルーは、最初と変わらず、低めで単調な声音でロルカイノに言う。
その何気なく聞こえた一言が、ロルカイノの背筋を凍り付かせた。

「そういう状況でありますので、各種資源を賠償金代わりに帰国を譲渡するのは非常に困難。いや……」

グルーは咳払いしてから最後の言葉を放つ。

「無理と言えますな」
「無理という言葉は、こちらの要求を拒絶するという答であると……受け取ってよろしいのですな?」
「いえ、この方法でなら無理という話であり、賠償自体は無理であるとは申しておりません」
「その他に代替するものを希望すると?我が国としてはそれが最善であると考えております。いや」

ロルカイノは表面上は平静さを維持しながら交渉を続ける。

「我が国のみではありません。友好国イズリィホンへの賠償も行っていただきます。かの国の船も貴国の誤爆によって損害を受け、
寄港地から今なお動けぬ状態にあります。また、船員多数が負傷したとの知らせが入っており、一部の船員は今も生死の境を
彷徨うか、または死亡したらしいとの未確認情報も受けております」
「その話は本当でございますか?」

グルーはすかさず質問を飛ばすが、なぜか、ロルカイノは即答しなかった。

「友好国イズリィホンは、我が国のように長距離航海が可能な船舶を複数有しておりません。このため、イズリィホンを収める
幕府首脳部には、我が国がイズリィホンへの補償も同時に受け取り、後に幕府側へ引き渡す事が決定しております」
「友好国への賠償も貴国へ支払いせよと?」
「預かるだけです。無論、賠償をお受けした後は、可及的速やかにイズリィホン側へお渡しします」
「賠償の内訳ですが、先に提示した資源量は貴国と、貴国の友好国イズリィホンの分を足した物でございますか?」
「いえ、あれは我が国のみの量となっております」

それを聞いたグルーは、内心で何か怪しいと思った。

「イズリィホンはイズリィホンで決める量があります。まぁ、先程、貴国は提示した資源量は譲渡できぬときっぱりと言っておられましたから……
資源が無理であるのならば、本国は貴国の保有する純金を賠償金代わりとして要求するでしょう。貴国の通貨単位であるドル紙幣でしたかな?
そちらは要求致しませんが、純金の量は、貴国の金保有量や我がフリンデルドや、イズリィホンの要求する量を記した文書をお渡します。
そちらを拝見後に、別で協議を重ねる事になるでしょうな」

(金を要求してきたか……先程は賠償金を要求しないと言っていたのに、結局は要求しているではないか!)

544ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2020/10/26(月) 21:11:17 ID:XDQ6yAnU0
グルーは矛盾するロルカイノに内心で腹を立てたが、同時に予想通りの展開になったと呟いた。
現在、アメリカは23憶ドル相当の金塊を保有している。
先程も述べた通り、シホールアンル本土で採掘される各種資源量は膨大であり、その価格は15億ドル以上に上ると推測されている。

要するに、フリンデルド側は資源を貰えなければ、合衆国が保有する金塊のうち、15億ドル相当の金塊を要求しようとしているのだ。
実際にはフリンデルド側とイズリィホン側の実情を把握してから賠償請求を行うであろうから、要求する量は幾分下がるかもしれない。
とはいえ、相手はシホールアンルと同様の覇権国だ。
相当量の賠償を行う事は目に見えていた。

(したたかな国かもしれんな、フリンデルドは。物怖じせずに話を通そうとするその姿勢はなかなか見上げた物だ)

グルーは小さくため息を吐きつつ、顔を俯かせ、右手で両目の瞼を揉んだ。

「アメリカ側には、我が国と、友好国イズリィホンへの、確かな誠意を見せて頂けることを強く……希望しておりますぞ」

ロルカイノは、余裕すら感じさせる笑みを顔に張り付かせながら、グルーをじっと見据えた。
ふと、グルーには、一瞬だけロルカイノが見せた異変を見ることが出来た。

ロルカイノは一瞬だけ、顔を引きつらせていた。

(ふむ……フリンデルドはかつて、シホールアンルと覇を競い合い、争った事もあると言う紛れもない大国だ。国土も広いと聞くから、
懐の深い国でもあるのだろう。だが……そのシホールアンルを圧倒しつつあるのは、合衆国。そう……)

グルーは、俯かせていた顔をロルカイノに向け直した。

(私の祖国だ)

「貴国のお怒りはごもとっともです。そして、友邦国にも気を掛けるその気配りさ……感服いたしました」
「畏れ多いお言葉、感謝いたします」
「しかしながら」

グルーは唐突に、声を張り上げた。

「貴国の提示した条件は、恐らく受け入れられぬかと思われます。無論、可及的速やかに本国へ連絡し、確認をとりますが」
「……何故ですかな?」
「私なりの所見を幾つか申し述べますが、まずは、事の発端となった誤爆事件の事について」

彼はロルカイノに伝わりやすいように、若干ゆっくりとした口調で説明を始める。

「先の誤爆は誠に痛ましい事件でありました。ですが、後に海軍側から聞いた話によると……貴国の有していた施設は、誤爆を受けても致し方ない状況にあったと
言われています」
「なんですと!?」

グルーの口から飛び出した意外な言葉に、ロルカイノは目を丸くして叫んでしまった。
彼は色めき立つロルカイノを無視するかのように言葉を続ける。

「当時、爆撃を行ったパイロットの証言によりますと、貴国の施設の付近にはシホールアンル側の対空火器と軍事施設が隣接されており、対空部隊は付近に広く配備されていた
ようです。また、パイロットは誤爆した貴国の施設も、シホールアンル側の軍事施設と似たような作りになっており、誤爆に気付いたのは施設の屋上に掲げられていた、小さな旗を見た
後だったと」

545ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2020/10/26(月) 21:11:50 ID:XDQ6yAnU0
「それが誤爆を招いしてしまったと、言われるのですな……?」

ロルカイノの問いに、グルーは頷く。

「馬鹿な!操る飛空士は視力が良い筈ですぞ!」
「確かにその通りですが……先も申した通り、誤爆は戦闘中に起こった出来事です。つまり、これは非常時に起きてしまった不幸な出来事であると言えます」
「何を言われますか!?そもそも、ロアルカ島は辺境の後方地域であり、それまでの戦闘では無縁の島でした。そこを戦火の渦に巻き込んだのは貴国では
ありませんか。貴国の部隊が功を焦ったのかどうかは分かりませんが、とにかく……誤爆のきっかけを作ったのは貴国の艦隊にありますぞ」
「いえ、きっかけは我が艦隊ではありません。お言葉ですが……そもそもの原因は、ロアルカ島が重要な資源地帯であり、その資源や戦略物資はシホールアンル
の戦力増強、戦線維持に活用されているからであります」

感情的になりがちなロルカイノに対し、グルーは平静な声音で説明を続ける。

「魔法石や希少鉱物の産地だから、艦隊が狙ったと言われるのですか……」
「そうです。我々が狙うのは、敵の戦力だけではありません。その戦力の源となるものは全て叩く……これが、我がアメリカが行う戦争です」
「し、しかし……そのような戦争を行うにしても……いや、それ以前に!同地の資源地帯は、後にシホールアンルから我が帝国に返還される予定であり、
以前お話した時は、我が方からルィキント、ノア・エルカ地方への攻撃はなるべく避けて頂きたいと要請した筈ですぞ」
「私は無論、善処するように本国へお伝えしております。しかしながら、軍の作戦は機密事項であり、決定済みの作戦行動を制限することなどはとても」

グルーは眉を顰めながら、ロルカイノをじっと見据える。

「ましてや、未だに敵国、シホールアンルを支えている資源地帯を放置するのはあり得ない事です。貴国は同地方の資源地帯が自らの物であると思われて
いるようですが……我が方はそうは見ておりません」
「な……」
「彼の地の資源地帯は、未だに”シホールアンル帝国が所有”しておるのです。シホールアンル帝国の所有する軍部隊や戦略拠点であるのならば、全力を
尽くして叩く。そうしなければ……この戦争には勝てません」
「なんと……しかしながら、魔法石鉱山や精錬工場を主とした関連施設への攻撃は、是が非でも止めて頂きたい。そして、誤爆の犠牲となった者の賠償も
必ずや行う事を確約していただきたい」

ロルカイノは感情を押し殺しながらグルーにそう伝える。

「……先程も申しましたが、この一連の件については、本国へお伝えしてからになります。私は確かに全権を委任されておりますが、現時点では貴国への
要求を確認するだけしか、すべき事はありません」

グルーもまた、変わらぬ口調で返答していく。

「ぅ……無論、そうでありましょうな。ですが、我が帝国も貴国に、納得の行く判断を求めておるのです。また、本国は何も純金のみを要求しているのでは
ありません。対シホールアンル戦終結後に、貴国が得られるであろう同地の資源を、一定量お譲りして頂けるだけでも良いのです。シホールアンル本土は
資源量が豊富です」
「その資源についても、私から所見述べましょう」

グルーはロルカイノの言葉を遮るように口をはさむ。

「シホールアンル帝国はやはり、貴国に対して都合の良い情報ばかりをお送りしているようですな」
「なんですと?」
「シホールアンルの主だった魔法石鉱山や金銀鉱山を始めとする資源採掘量は、そう遠くない内に急速に低下し、各種資源の生産量も落ち込むする事でしょう」
「……まさか

546ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2020/10/26(月) 21:13:29 ID:XDQ6yAnU0
グルーの返答を聞いたロルカイノは、瞬時に先ほどの言葉を思い出した。

(シホールアンルの有する戦略拠点は、全力を尽くして叩く)

「貴国はシホールアンル本土の各種鉱山をも狙い撃ちにしておるのですか?」
「はい。主だった魔法石鉱山や各種鉱山は、隣接する精錬工場や関連施設も含めて、戦略爆撃の主目標となっており、現時点でかなりの数の目標が、
我が軍の戦略爆撃機によって猛爆を受けたとの事です。恐らく、シホールアンル経済は加速度的に悪化し、頼みの綱となる各種資源も、鉱山ごと
埋められるか、関連施設ごと灰燼に帰している事でしょう」
「そんな筈はない!そんな筈は……」

急にロルカイノは声を荒げたが、すぐに萎んだ口調になってしまった。
彼は内心、賠償を拒否したいアメリカ側が嘘をついているのではないかと疑った。
だが、グルーのこれまでの説明を加味して改めて考えてみると、とても嘘には思えなかった。

それ以前に、フリンデルド側がシホールアンル側から入手する正式な情報の他に、別ルートからの情報も入手し、国の上層部や
一部外交官にも秘密裏に伝えていた。
別ルートで入手する情報はどれも断片的であり、正確な物も少なかったが、それでもシホールアンルに派遣された特使からもたらされた
情報には、

「シホールアンルは連日の空襲を受けて損害が累積しつつある」
「アメリカ側がシホールアンル有数の大都市であるランフック市に大空襲を行い、何十万名という市民が一夜にして犠牲になった」

といった物も含まれていた。
本国上層部では、不明瞭ながらも事の重大さを認識しており、今回の一見、高圧的にも思える賠償案の提示も、実際は大国としての
意地を見せるだけに出した物であり、米側が払わぬと言うのであればそれで良いと判断し、米側の態度が硬化する場合は要求を即座に
取り下げる予定であった。

とはいえ、フリンデルド帝国も列強として名を馳せてきた。
可能か不可能かはともかく、まずは帝国首脳部の意志を伝えなければならなかった。

言葉を途切れさせたロルカイノに対して、グルーは片手を上げながら首を横に振った。

「大使閣下。まずは落ち着いてください。興奮されるお気持ちも十分にわかりますが……」
「は……これは失礼いたしました…」
「いえ……胸中お察しいたします。しかしながら、情報開示が満足に行われていない事は、戦局が思わしくない国にはありがちの事です。
貴国も列強ですが、シホールアンルも軍の質はともかくとして、規模に関してはまだまだ列強として恥じぬ物を有しております。
列強としてのプライドも……」

グルーは浅くため息を吐きながら言葉を続けていく。

「強いプライドを持つが故に、弱気は見せたくないと思う物です。窮地に陥った状況に置いても……」
「列強のプライド……か」

ロルカイノは小声で、その言葉を反芻した。

「閣下。私が申した所見は以上になります。私は今確認した貴国の要求をすぐさま、本国にお伝えしたいのですが、フリンデルド側の要求は、
先述した物以外に何かございますか?」

547ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2020/10/26(月) 21:14:03 ID:XDQ6yAnU0
「いえ。本国から伝えられた要求は以上になります。賠償を純金でお支払いされる場合に関しましては、先述した通り、こちらの文書を
お渡しいたしますので、ご参考までに」
「ありがとうございます。謹んでお受けいたします」

ロルカイノから差し出された封筒を、グルーは受け取った。

「それでは、私から最後に確認したいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」
「私が答えられる範囲であれば、なんなりと」

ロルカイノがそう答えると、グルーは軽く咳払いしてから質問を投げかけた。

「イズリィホン将国の位置を教えて頂きたい。賠償金の支払いの是非については本国が判断致しますが、イズリィホンには恐らく、合衆国から
直接使者が出向く可能性が高いと思われます。賠償金支払いが国別となった場合には、使者からイズリィホン政府首脳部にお渡しする事はほぼ確実と言えます。
その時に備えて、イズリィホンの位置を出来る限り早く、我が国に教えて頂きたいのですが、よろしいでしょうか?」
「何をいきなり……」

ロルカイノはあからさまに不快気な表情を浮かびかけた。
その直前に、脳裏にある光景が思い浮かぶ。
その光景は、この会合場所に向かう直前に見たある物であった。

見た事も無い巨大な箱。
それは、港の中にあり、海の上に浮いていた。
それは巨大な船だった。
そして、中には真っ平らな甲板を敷いた、幾分小さな船が鎮座している

一見不可思議な光景だったが、共について来た海軍士官が、その建造物を見つめながらくぐもった声で次の言葉を発した。

「あれがエセックス級空母と呼ばれる艦なのか……同盟国シホールアンルの大海軍を散々に痛めつけたという、あのエセックス級……」

「……お安い御用です。今ここでお教えいたしましょう」

ロルカイノは平静さを装いながら、グルーにそう答えた。

しばしの時間が過ぎ、グルーはイズリィホン将国の正確な位置をフリンデルド側から伝えられた。

「迅速なご対応に、心から感謝いたします。それでは、貴国からお伝え頂いた要望をすぐに本国へお伝えいたします」
「色よい返事がもらえる事を、心よりご期待いたしますぞ」

彼は笑みを浮かべながら、席から立ちあがり、右手を差し出した。
グルーも立ち上がって握手を交わした。

「今日はこれでお開きに致しましょう。ロルカイノ閣下、また近いうちにお会いいたしましょう」
「無論です。その時は……」

ロルカイノは、グルーの手を一際強く握りしめた。

「アメリカ、いや……東側諸国のご判断をお聞きする時になるでしょう。どのような回答が来ようとも、互いに良い関係を歩めることを
切に願っておりますぞ」

548ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2020/10/26(月) 21:14:51 ID:XDQ6yAnU0
ロルカイノ大使が退出した後、グルーは体にどっと疲れが押し寄せるような疲労感を感じた。
ゆっくりと席に腰おろしたところで、閉められていたドアが開かれる。

「グルー大使。具合がよろしくないのですか?」

キンケイド提督がグルーの随員と共に入室してきた。

「いや。別に何ともありません」

グルーは苦笑しながら右手を振ったが、額には冷や汗が滲んでいた。
彼はポケットのハンカチを取り出し、汗を拭う。

「先方はやや浮かぬ顔つきでここから立ち去って行きましたが、何かございましたか?」
「いや、特にはありません。ただ、フリンデルド側もプライドが強い事がわかりました。かの国も列強と呼ばれるだけあって、
相当の国力を有しているようですな」

グルーは深呼吸を数度繰り返してから、席を立ち上がった。
部屋から出た後、ふと、ある事を思い出した。

「そう言えば。外の港に停泊しているあれですが」
「浮きドッグですかな?」
「ええ……正確には、その中にある艦です」
「フランクリンの事ですな」

キンケイドは何気ない口調で答えていく。

「先日、本国より第7艦隊にも高速機動部隊を編成し、配備する旨が伝えられましてね。フランクリンは駆逐艦4隻と共にその第一陣として3日前に
入港しましたが、フランクリンは第2次レビリンイクル沖海戦で受けた損傷が完全ではないので、あの浮きドッグで修理の続きを行っておるのです。
また、近いうちに別の正規空母も第7艦隊に配備される予定で、3月以降はフランクリンと共に大西洋で任務にあたる予定ですな」
「そうでしたか」

グルーはそう相槌を打ったが、同時に疑問が沸き起こった。

(なぜ大西洋に正規空母を?フリンデルドは列強とはいえ、シホールアンルやマオンドのような現代海軍を有していないはずだ。
それ以前に、修理の成っていない正規空母をなぜこの地に派遣したのだろうか……)

彼は本国が起こした、不可解な行動に納得がいかなかった。
レーフェイル大陸周辺の制海権は既に合衆国海軍の物であり、現状の戦力だけでも十分に事足りている筈だ。
そこに正規空母2隻を追加するのは過剰ではないだろうか?

そのような疑問も胸中で沸き起こったが、グルーは建物を出ると、別の事に意識を切り替え、公用車に乗って海軍基地を去って行った。

549ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2020/10/26(月) 21:18:33 ID:XDQ6yAnU0
1946年2月11日 午前7時 アメリカ合衆国ワシントンDC

ホワイトハウスの大統領執務室内では、執務机に座る主の前に5人の軍幹部と政府閣僚が報告と説明を行っていた。

「ふむ。フリンデルド帝国は我が国に賠償金を支払えという事だな。しかも、友好国の分も含めて」

ホワイトハウスの主である、アメリカ合衆国大統領フランクリン・ルーズベルトは、コーデル・ハル国務長官から報告を聞かされた後、訝し気な表情を浮かべながら
そう言い放った。

「駐レンベルリカ大使の報告を読む限りは、そう取れます」
「フリンデルドは確かに、現金での賠償金は要求しなかった。ドル基準ではないから当然と言えば当然ではあるが、我が国が保有する純金を代わりに欲しいと言って
きている。相手方の要求内容が矛盾しているが、それはさておき。純金が用意できなければ、シホールアンル本土より産出される資源一年分を要求か」
「フリンデルド帝国が要求する資源量が、シホールアンルが産出していた最盛期の量を要求するのならば、それは無理な話です」

統合参謀本部議長のウィリアム・リーヒ元帥が、首を振りながらルーズベルトに進言する。

「陸軍航空隊は、シホールアンルの資源地帯に対しても積極的な戦略爆撃を行っております。既に多大な損害を与えたという報告を受けて
おりますから、例え資源を渡すとしても、フリンデルド帝国が希望する量よりも遥かに少ない物になるかと」
「純金を用意するにしても、我々が用意しようとしている量はアメリカ人成年男子が5年から10年稼げる金額分を負傷した人数分になります
から、金額分にすれば、100名分と仮定して大体200万から300万ドル相当です」

財務長官のヘンリー・モーゲンソーはルーズベルトを直視しながら説明していく。

「ですが、フリンデルド側から手渡された資料によれば、希望する純金の量は1億ドル相当。我々が想定している分よりも遥かに多額の純金を要求
しております。これはフリンデルド側のみの希望量であり、イズリィホン国の物も含めると、2億ドル近くに上ります。これはかなりの量です」
「いやはや……フリンデルド側は相当怒り狂っているようだ」

モーゲンソー財務長官の説明を聞いたルーズベルトは、困り顔で呟いた。

「フリンデルド側は純金での支払いが困難であれば、先にも申しました通り、資源の引き渡しで応ずる事も可能とありますが、資源の引き渡しで
応じた場合、ドルに換算すると10憶ドル以上の支出に相当します。これはこれでかなり法外な量と言えますな」
「相手がどのような国なのか、深く考えぬのはシホールアンルもフリンデルドも同じという事でしょうかな?」

リーヒ提督と共に同席していたアーネスト・キング海軍作戦部長が皮肉を込めた口調でモーゲンソーに言う。
それをジョージ・マーシャル陸軍参謀総長否定した。

「それはどうかと私は思う。シホールアンルは唐突に合衆国を併合するかのような文言を吐いたが、フリンデルド側は、あくまで“提案”に終始
しているように思える。そうですな、ハル長官?」
「はい。グルーの報告を見る限り、フリンデルド側は強硬姿勢を見せつつも、同時に、合衆国側にそれは可能なのかと提案し、お伺いを立てている事がよくわかり
ます。少なくとも、かの国は内心、合衆国と事を構えるのを避けているように思えます」
「つまり……フリンデルド側は駄目元でこの提案をしてきたという訳か」

ルーズベルトはそう確信した。

「シホールアンルとの戦争も満4年を過ぎております。合衆国や同盟国を除いた外国にも現在遂行中の大戦の情報は行き届いており、それはこれらの
国々の国民までもが、時には脚色を交えたりして伝えているらしいとの情報も入っており、人によっては、太平洋の戦いは古代の神話時代の戦争よりも
激しい戦争であると断言する者も、少なからず現れているようです」

550ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2020/10/26(月) 21:19:09 ID:XDQ6yAnU0
ハルがそう言うと、ルーズベルトは意外だと言わんばかりの表情を浮かべた。

「それはまた……特に最後の神話時代よりも激しいと言うのはかなり大袈裟な物だな。我々は怪物などではないぞ?」
「ですが、合衆国軍がこれまでに戦った戦闘での軍の規模や被害の規模等が、外国では前代未聞であると言われているようです。昨年のレーミア湾海戦や
第2次レビリンイクル沖海戦も、諸外国は世界史上空前の大海戦として広く知れ渡っており、陸軍が主導で行ったジャスオ領の大規模上陸作戦や
カイトロスク会戦も、前例の無い大規模戦闘として諸外国の注目を浴びていると聞きます」

リーヒ提督は単調な声音でルーズベルトに返答する。
それに対して、ルーズベルトは幾分不快気な表情を浮かべた。

「それでは、まるで合衆国が見世物小屋の野生動物みたいではないか。この戦争は一方的に仕掛けられた末に、嫌々行っている物だ。
必死に生存権を得ようとしている時に、外野はジュースと菓子を味わいながら観戦を楽しんでいるという事かね」
「それを否定しない国もいる事でしょう。ですが、諸外国はむしろ、羨ましがっているかもしれません。大国1つを叩き潰し、更にもう1つを追い詰め
ている合衆国の国力を」

キング提督がそう言うと、ルーズベルトもなるほどと呟いた。

「フリンデルドも同じでしょう。そして、恐れてもいる事は、先の“提案”を行う事からして明らかです」

ハルがフリンデルド側の真意を断言すると、ルーズベルトは即座に判断を下した。

「ふむ……提案であれば、その通りにする必要も無いという事だな」
「その通りです」
「ならば、この提案は受け入れられぬな」

ルーズベルトがそう言うと、ハルは僅かに頷いた。

「フリンデルド側には、賠償金の支払いの意志はあるが、貴国側の要求通りには受け入れられない旨を伝えるとしよう。
そして、合衆国側から先の事件に謝罪するとともに、被害者数に応じた量を合衆国で精査し、支払いを行う事も同時に伝える」

ルーズベルトはそこまで言ってから、更にもう1つ付け加えた。

「それから、フリンデルド側への賠償金支払いは、フリンデルド側のみの分を直接支払う。イズリィホン国への支払いは、後日イズリィホン本国に
合衆国が直接出向き、首脳部に誤爆の謝罪と被害者への賠償金を支払う、と付け加えよう」
「わかりました。良い判断であると思われます、大統領閣下」

ハルがそう言うと、ルーズベルトは満足気に頷いた。

「フリンデルドはシホールアンルと違って賢いと私は思っている。かの国なら、必ず分かってくれるはずだ」
(現在、世界最強の軍事力を有している国は、少なくとも……フリンデルドではないからな)

最後の一言を、彼は誇らしげに胸中で呟いた。

「閣下。ハル長官も言われていましたが、相手が形ばかりの強がりを発しているのならば、今のところは脅威ではないでしょう。
しかしながら……それを行うという事は、それなりの軍事力を有している証拠でもあります」

リーヒ提督は、手提げ鞄から封筒を取り出し、それをルーズベルトに差し出した。

551ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2020/10/26(月) 21:19:58 ID:XDQ6yAnU0
無言で受け取ったルーズベルトは封筒を開け、中身を取り出した。
封筒の中から、数枚の写真が出され、その1枚1枚をルーズベルトはじっくり見つめていく。

「……なるほど」

写真を全て見終わったルーズベルトは、小声でつぶやきながら小さく頷く。

「写真2枚は、第5艦隊の偵察機が捉えた物です。1枚目に移っている写真では、目標物は偵察機から距離が離れており、不明瞭ではありますが」

キング提督はよどみない口調でルーズベルトに言った。

「これは明らかに空母です。そして、その空母は……シホールアンルの物ではありません」

更に、キングは執務机に置かれたもう1枚の写真を指差した。

「また、この飛行物体はワイバーンではなく、合衆国軍が保有する航空機の類と全く同じ物であると確信しております。ワイバーなら、
上下に翼を動かしますが、この飛行物体は、左右の翼が真っ直ぐに伸びております。また、速力も遅くはありません」

キングは身振り手振りを交えながら説明を続けていく。

「合衆国海軍の主力偵察機であるS1Aハイライダーは、改良も進んでいて時速700キロ以上のスピードを出せますが、この未確認機は
スピードを上げ始めたハイライダーとの距離を幾分縮めたほか、スピードが乗り始めた時もしばらくは追随しており、640キロに
達した頃から徐々に引き離すことが出来たと伝えられています」
「キング提督は、その報告を信じるのかね?」

ルーズベルトがすかさず聞いてきたが、キングは顔を頷かせた。

「無論であります。国家の規模としては最大ではないにしろ、フリンデルドの技術は侮れない物があります」
「キング作戦部長の言う通りです」

ジョージ・マーシャル陸軍参謀総長も同調した。

「情報部が入手したある情報によりますと、シホールアンルの主要技術の大元は、殆どが外国より取り入れた物であることが、捕虜となった
敵の技術将校やシホールアンル民間人の尋問の結果明らかになっています。シホールアンル自慢の高速飛空艇は、シホールアンル側が30年の
歳月をかけて作り上げた航空技術の結晶とも言えますが、そもそもはフリンデルドが研究していた、非生物型飛行体の基礎を参考にして
作り上げた物であると判明しました」
「なんだと。飛空艇はシホールアンルが独力で作り上げたものではないのかね?」
「いえ。シホールアンルが純粋に独学で研究開発した物ではなかったのです。シホールアンルは過去に、フリンデルドに戦勝した際に、
賠償として多くの技術供与を得ており、その中にワイバーンを用いぬ飛行隊の研究資料が含まれていたのです」

ルーズベルトは憂鬱そうな表情を浮かべた。
マーシャル元帥の言葉は、ひとつひとつが鋭いナイフとなってルーズベルトの内心に突き刺さっていく。

「フリンデルドの非生物型飛行体研究は、50年以上前には既に開始されたようであり、これは、我が国のライト兄弟が初めて飛行機を飛ばし、
合衆国の技術者や企業が血の滲む研究開発を経て、進化させていった月日よりも長い事になります」
「問題は他にもあります」

キングは別の2枚の写真を交互に指差した。

552ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2020/10/26(月) 21:20:38 ID:XDQ6yAnU0
「こちらは、去る2月2日。南大陸西岸部沖を定期哨戒していた、ミスリアル軍のPBMマリナーが捉えた物です。この2枚の写真に写っている物は、海中に
潜航中の潜水艦でありますが……当時、この海域には我が軍の潜水艦は1隻も存在せず、例え存在したとしても」

彼はルーズベルトの顔を注視しながら説明を続ける。

「このように、慌てて潜航するような事はありません」
「この未確認艦の所属はどこなのかね?」
「所属は判明しておりませんが……南大陸の南西3000マイル(4800キロ)には、幾つもの列島で構成された列強国、ヲリスラ深海同盟と呼ばれる
大国が存在します。同盟国からの情報によりますと、人口1億を越え、この他にも幾つかの属国を従える強力な国家であるとの事す。その詳細は
秘密のベールに包まれており、同盟国も分からないままとなっておりましたが」
「シホールアンルが開発した潜水艦ではないのかね?」
「それはあり得ません。シホールアンルも開発は進めていたようですが、頓挫したとの事です。ですが」

キングは更に、衝撃的な事実をルーズベルトに話していく。

「シホールアンルの潜水艦開発計画は、20年前にヲリスラから得た技術を基にして進められた、という情報を入手しております」
「なんと……方や空母を保有し、方や潜水艦を運用できる。いずれの艦も、開発には相当の技術力と、国力を必要とする。それを開発、運用できるだけの
国力があるのならば、当然ながら軍事力も相当な規模を誇るはずだ。なのに、なぜこの2国は……この大戦に参加しなかったのだ」
「詳細は無論、不明であります」

リーヒ提督はルーズベルトの問いに答えた。

「ですが、推測は出来ます。かの2国は、純粋に国力が足りなかったかもしれません」

リーヒに続いて、ハルもルーズベルトに言う。

「ヲリスラはシホールアンルとは同盟関係にないため、参戦義務は生じませんが、フリンデルドは同盟を結んでおり、その限りで張りません。
しかしながら、フリンデルドは長年の不況や内乱の鎮定に当たっていたため国力が無く、現在はようやく、国力の増強を成しつつある段階
です。要するに、この2国は参加したくても出来なかった……という事になるのでしょう」
「ヲリスラとフリンデルドは、過去にシホールアンルとの戦争で敗戦したという共通点もあります。戦後は同盟を結び、または国交を
結んで交流を進めていたりもしたようですが、裏では世界最強となったシホールアンルの消耗を狙った可能性もあります」

マーシャルも続けるように発言する。

「なるほど。フリンデルドの租借地返還要求は、まさに漁夫の利を狙った行動とも取れるな。しかし、国力が低いとはいえ、これら2国の
技術力は、シホールアンルにとっても脅威となり得ただろう。私が皇帝なら、大陸統一戦争開始時に、近代兵器を未だに持たぬ北大陸諸国や
南大陸を襲うより、フリンデルドかヲリスラに軍を進めようと思う物だが」

ルーズベルトは疑問に思った。
シホールアンルが北大陸統一を実行に移した当初、北大陸各国の軍事力はシホールアンルに比べて隔絶していた。
北大陸第2位のヒーレリですら、その装備では遅れを取っていたと言われている。

それに対して、フリンデルドやヲリスラは、空母と潜水艦を有する程の技術力を持った強国だ。
それは必然的に、保有する陸軍力もそれ相応に強力であると容易に推測できる。

だが、シホールアンルは、同盟国たるフリンデルドに助力を要請する事も無く、ヲリスラに軍を進める事も無く、ただ一国のみで真っ先に
大陸の統一事業に乗り出した。

553ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2020/10/26(月) 21:21:20 ID:XDQ6yAnU0
シホールアンルが当時、世界最強の軍事力を有していたから助力は必要なかった事もあり得るだろうが、とはいえ、かの2国の軍事力も並みの
規模ではなかったはずだ。
同盟国を一切頼らず、潜在的敵性国をほぼ無視するかのように、軍を自由に動かすと言うのは、常識的には幾分考えられない事でもあった。

会議室は、しばしの間沈黙に包まれた。

沈黙を破ったのは、ハルの一言であった。

「能ある鷹は、爪を隠す……という諺があります」

ハルの一言を聞いた一同は、ハッとなった。

「そうか……つまり、2国は自国の兵器を秘匿していた、という訳だな」
「大統領閣下のおっしゃる通りかと思われます」

ルーズベルトがそう言うと、ハルも頷きながら答えた。

「それどころか、軍の秘匿のみならず、国内の発展を意図的に遅らせていた可能性もあります。シホールアンル側はフリンデルドやヲリスラ軍の
装備はマオンド並みかそれ以下で、国の規模は大きい物の、国内はまだ発展していない、という見方が常にあったようです」
「国内の発展には資源が必要です。フリンデルドが膨大な資源量を要求したのも、急拡大しようとしている国内の需要を賄うためであると考えれば、
納得がいきますな」

それまで黙って話を聞いていたモーゲンソーも口を開く。

「とはいえ、2国の真の実情をシホールアンルは掴めなかったとなると、彼らは早々以上に厳重な秘匿行為を行っていたという訳か」
「ですが、宿敵と定めていたシホールアンルの弱体化は、その真の姿を我が合衆国が掴むきっかけにもなりました」

リーヒが、幾分安堵の表情を浮かべながら言う。

「もし2か国が尻尾を出していなければ、我々は無警戒のまま、この世界で過ごそうとしていましたな」
「フリンデルド、ヲリスラを警戒する場合、それはそれであまりよろしくない未来が待っています」

モーゲンソーが幾分沈んだ表情で発言する。

「財務長官の言う通りです。グルーの報告の中には、東側諸国という言葉が出てきています」
「東側諸国だと?それはどこを指しているのだね?」

ルーズベルトが思わず頓狂な声音を上げた。

「……合衆国です。正確には合衆国と、南大陸諸国を含む連合国を指しているかと思われます」

ハルの言葉を聞いた3人の軍首脳は、一様に表情を強張らせた。

「なぜ我が連合国を東側と呼ぶのかね」
「これは推測ですが……フリンデルドは常に、東のシホールアンルを注視してきたと思われます。そこを、合衆国は諸外国と連合を組んで
猛攻を加えています。フリンデルドから見れば、シホールアンルの立ち位置を連合国が取って代わろうとしているように思えるのでしょう
東の位置に居座る新たなる脅威と、フリンデルド側は捉えている節があります」
「であるが故に、我々を東側諸国と呼ぶか」

554ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2020/10/26(月) 21:22:09 ID:XDQ6yAnU0
ルーズベルトは、納得したようにそう言い放った。

「そして、我が方を注視するのは、専制主義を標榜する西側陣営……という構図が、戦後に出来上がるのかもしれません」

ハルの一言は、大統領執務室内に大きく響いたように思えた。

「諸君らの言う事はよくわかった。ひまずは、賠償金の支払い額のすり合わせをフリンデルド側と行い、その反応を見て決め得ると言う事で
良いだろう。軍部の報告に関しても、私は深く感謝している。情報の有無は今後の国政に大きく影響するという事を、改めて痛感したと私は
思うよ。ところで……」

ルーズベルトはハルに視線を向け直した。

「もうひとつの賠償先であるイズリィホン将国だが……正確な位置は分かっているのかね?」
「フリンデルド側から位置情報を入手しております。叩き台ではありますが、簡単な地図も作成しております」

ハルは地図を手渡す前に、一言付け加えた。

「イズリィホン国の形ですが、大統領閣下も最初は驚くかと思われます」
「ん?それはどういう事だね」

ルーズベルトはすかさず問い質したが、ハルはそれに答えず、紙を手渡した。
ルーズベルトは一瞬見ただけで、ハルの言わんとしている事が分かった。

「この形は……正確には違う部分も多く、向きも逆に思えるだが」

フリンデルドと書かれた大きな大陸の下に、ポツンとたたずむ様に、斜め横に細長い地形があった。

「外見的には前世界で我々とも関係が深かった、あのサムライの国を思い出すな」
「私もそう思いました。違いは大きいですが」

ルーズベルトは、日本を彷彿させる地形に驚いたが、その次には、イズリィホン国の位置に新たな驚きを感じていた。

「諸君。これがイズリィホン国だ。国の形を見れば驚くだろうが、真に驚くのは、その位置だ」

ルーズベルトは、彼らにそう言いながらイズリィホンとフリンデルドの間を交互になぞった。

「どうだ。絶妙の位置にあるとは思わんかね?距離的にも、悪く無い位置にあると、私は思うが」

555ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2020/10/26(月) 21:22:54 ID:XDQ6yAnU0
その後、しばらくの間話し合いが続いたが、ひとまずはフリンデルド側への回答と、次回以降の会談で賠償金の支払う金額をフリンデルド側と
協議しつつ、対シホールアンル戦後の軍縮計画の一部見直しをする事を決定し、緊急会議を終えた。

キングは、自然と一番最後に大統領執務室を退出する形となり、今しも室外に足を運ぼうとしていた。

「キング提督。最後に少しいいかね?」

ルーズベルトは微笑みながら、キングを執務机の前に手招きした。

「は。何でしょうか、大統領閣下」
「フリンデルドを始めとする諸外国は、我が国を注視している事は、君も知っているだろう?」
「無論、存じております」

キングは即答する。

「彼らは、合衆国の一挙手一投足を、今もじっくりと見据えている。対シホールアンル戦が片付けば、それはさらに強くなる。
連合国以外の各国は、鵜の目鷹の目で我が方を監視するに違いない」
「東西対立確定的になれば、避けられぬ事ですな」
「うむ。時には、嘘を掴ませることも重要になる」

ルーズベルトはそう言うと、体を前のめりにしてキングの目を見つめた。

「嘘を掴ませれば、ハメた方は多少なりとも楽になる。それを合衆国もやりたいと思うのだ」
「それは良い事です。戦後は化かし合いが主体になるでしょう。最も海軍は軍縮の煽りを受け、戦中と違って小さな規模になるでしょう
特に、戦艦部隊は旧式艦を始めとして、大多数が退役し、解体され、以降は空母機動部隊と潜水艦を中心とした艦隊編成になるかと
思われます」
「かつて、大海を制したアルマダが小さくなることは悲しくなることだが、致し方あるまいな。ところで……」

ルーズベルトは、一際声の調子を高めながら言った。

「建造計画中止が予定されている艦の名前は何と言ったかな……確か、ジョージアだったかね?」

556ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2020/10/26(月) 21:25:13 ID:XDQ6yAnU0
1486年(1946年)2月18日 午前8時

アメリカ合衆国 カリフォルニア州サンフランシスコ

「出港!両舷前進微速!」
「両舷前進微速!アイ・サー!」

戦艦イリノイの艦橋内で、イリノイ艦長を務めるフレデリック・モースブラッガー大佐は命令を下した。
航海科士官が命令を復唱し、すぐさま艦内の関連部署に伝達されていく。
カルフォルニア州サンフランシスコ海軍基地を出港した戦艦イリノイは、第2次レビリンイクル沖海戦で受けた損傷の修理を終えたあと、
上層部からの命令を受け、今日の出港を迎えた。
出港からしばらくの間は、タグボートのサポートを受けながらゆっくりと航行していたが、湾内の広い箇所に到達しあとは自力で航行を始めた。

イリノイの前方500メートル先には、ボルチモア級重巡洋艦のピッツバーグが陣取り、イリノイと同じように時速8ノットで航行している。
モースブラッガー艦長は艦橋からゆっくりと前方を見渡していく。

「前方にゴールデンゲートブリッジ」
「後方よりオリスカニーが続行します。続けてガルベストンが湾内に到達、オリスカニーに続きます」

見張り員からの報告が艦橋に伝えられて来る。
モースブラッガー艦長は小声で了解と返しつつ、前方を見渡し続ける。

フレデリック・モースブラッガー大佐は元々、駆逐艦部隊の指揮官として太平洋戦線に従軍していたが、昨年5月よりアイオワ級戦艦6番艦として竣工
したイリノイの初代艦長として任命され、第2次レビリンイクル沖海戦ではウィリス・リー提督指揮下の戦艦部隊の一艦艇として敵戦艦と殴り合った。
同海戦でイリノイは損傷を受け、海戦後にサンフランシスコ海軍工廠で修理を受けている。
イリノイの損傷は中破レベルと判断されていたが、ドッグに入渠後の調査では思った以上に損傷のレベルは軽く、2ヵ月近く集中して修理を行えば
前線復帰は可能と判断され、12月19日よりドッグ内で修理を施された。
修理自体は2月13日に完了し、2月15日にはドッグから出されて修理後の公試運転と訓練に励んでいた。
モースブラッガー艦長は、イリノイは近いうちに、第5艦隊の高速機動部隊に再び編入されるだろうと、心中で確信していたが……

「艦長。サンフランシスコとはこれでお別れになってしまいますな」

イリノイの副長を務めるケネス・フリンク中佐が名残惜しそうな口調でモースブラッガーに言う。

「仕方ないさ。命令とあらば任地に行く。それが仕事という物だ」

モースブラッガーはそう言ってから、フリンク副長に顔を向けた。

「そう言えば……副長はサンフランシスコの出身だったな」
「はい。いい町ですよ」
「となると、久しぶりに故郷で休暇を取れたという訳だな」

彼がそう言うと、フリンク副長は満足気な笑顔を見せた。
イリノイはゆっくりとした速度を維持したまま、ゴールデンゲートブリッジ(金門橋)の真下を通過していく。
モースブラッガーは艦橋からサンフランシスコ名物の橋をじっくりと見つめた。
その特徴的な朱色の橋は転移前の前世界で世界一を誇り、それはこの世界に来ても維持されている。
また、この橋はいつ見ても美しく、初めて目にするものは誰しもが心を奪われているという。

557ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2020/10/26(月) 21:25:44 ID:XDQ6yAnU0
金門橋の全景は異世界人たちにも人気があり、ある吟遊詩人はこの橋を題材にした歌で人気が高まり、とある絵師は
渡米後にこの橋をモデルに絵を描いた所、その絵が故郷の貴族に高値で売れて財を成せたという話もある。

だが、金門橋はその美しい全景とは裏腹に、自殺の名所という顔も持ち合わせており、37年に完成して以来、複数の人がここから
身を投げ出している。
つい先日の新聞でも、戦死者の遺族が金門橋から投身自殺を図ったという報道があったばかりだ。
ゴールデンゲートブリッジは、アメリカの光と影を顕在化している橋と言っても過言ではなかった。

「この美しい橋から身を投げるような事は、是が非でも避けたい物だ」

モースブラッガーは小声で独語しつつ、この橋で身を投げた者たちの冥福を祈った。

ゴールデンゲート海峡を抜けたイリノイは、外海に出た後に変針を命じた。

「艦長より操舵室。これより変針する。面舵一杯、針路350度」
「面舵一杯、針路350度、アイ・サー」

モースブラッガーが新たな命令を下し、イリノイの航海科員がそれに従って艦を操作する。
しばらくしてから、イリノイの巨体が若干左に傾き、舳先が右に回っていく。
基準排水量57000トン、満載時には70000トンに達する大型戦艦が回頭を行う様子はまさに圧巻である。
しかしながら、モースブラッガーの脳裏は、イリノイの雄姿を思い浮かべていなかった。

(なぜ、第5艦隊ではなく、第7艦隊の指揮下に入れと言われたのだろうか……)

彼は心中でそう呟く。
上層部からは何の説明も無く、ただ大西洋艦隊所属の第7艦隊編入を命ぜられたうえに、同艦隊の指揮下で作戦行動に当たれとしか伝えられていなかった。
イリノイと共にサンフランシスコを出港した艦は、正規空母オリスカニーと重巡洋艦ピッツバーグに、軽巡洋艦ガルベストン、そして8隻のギアリング級
駆逐艦である。
正規空母オリスカニーには、クリフトン・スプレイグ少将が座乗しており、現在はスプレイグ提督の指示に従って艦を動かしている状態だ。
スプレイグ提督は、後に第7艦隊所属の第77任務部隊第1任務群の指揮官に任ぜられることが内定しており、イリノイもその指揮下で行動する事になるだろう。
現在、第7艦隊は大西洋戦線で活躍したオーブリー・フィッチ大将にかわり、トーマス・キンケイド中将が司令長官に任命され、レーフェイル大陸沖合の
警備に当たっている。
同艦隊に配属された高速正規空母と高速戦艦は、マオンド共和国降伏後に全て太平洋艦隊に移動となり、現在はニューメキシコ級戦艦3隻の他に、
護衛空母、駆逐艦、護衛駆逐艦を主力として活動していた。
レーフェイル大陸方面では、主に陸地でのトラブル……危険動物の跳梁や、ゲリラ化した反政府勢力の対応がメインであるが、海軍の出番はあまり無い
のが現状であり、時折別大陸から来た海賊船の取り締まりや、有害な海洋生物の駆逐、交易船への臨検等を行うぐらいだ。
つい先日、そのレーフェイル方面には、正規空母フランクリンが駆逐艦4隻と共に配備されており、現在は同地に常駐浮きドッグで整備を受けているようだ。

太平洋方面と比べれば、レーフェイル方面は比較的平穏と言える。
そこに、正規空母を含んだ高速機動部隊を送り込もうというのだ。

「バーでのんびりとしている所に、剣呑な保安官が突如現れるようなものだな」

モースブラッガーは、オリスカニー、イリノイのレーフェイル大陸派遣に対して、そのような印象を抱いていた。

558ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2020/10/26(月) 21:26:35 ID:XDQ6yAnU0
SS投下終了であります。今回も色々とお見苦しい点がありますが、そこはご愛敬で(ヤメイ

559HF/DF ◆e1YVADEXuk:2020/10/26(月) 21:37:35 ID:xzg.VGas0
乙です
やはり一筋縄でいくような相手ではなかったフリンデルド&ヲリスラ
『絶妙な』位置にあるイズリィホンへの今後の対応
謎の第7艦隊増強

さて、これからどうなることやら

560名無し三等陸士@F世界:2020/10/26(月) 21:39:26 ID:cGUFp6uA0
乙です。
待ってました!

561名無し三等陸士@F世界:2020/10/27(火) 20:25:16 ID:ApBk/7xA0
待ってましたぁ!
あああああ良かったぁ諦めずに巡回してて!

562名無し三等陸士@F世界:2020/10/27(火) 21:37:58 ID:CHwVxgvg0
投下乙です
グルー大使は元の世界に置いてけぼりを食らってなかったんですね
そして空母+艦載機(しかも航空機開発の歴史はこっちの世界より長い)や潜水艦を保有するフリンデルド&ヲリスラ恐るべしですね
当然魔法関連の技術力も相当高いでしょうから、下手したら総合的な技術力はアメリカを凌駕してる可能性も…?
あとライト兄弟の話題がちらっと出てきましたけど、1946年の時点で弟のオーヴィル・ライトはまだ存命中なんですよね
こっちの世界で初めて飛行機で空を飛んだ男は、異世界の飛行機を見て何を思う…?
あとイズリィホンの存在を知った日系人や在米日本人の反応なんかも気になりますね

563名無し三等陸士@F世界:2020/10/27(火) 21:48:10 ID:ENrM7zA60
乙です
つまり、あの時代のアメリカに対応できるだけの大国が出てきたというわけですか
シューティングスターなど登場して

作中のアメリカでも
ノーチラス型原潜とか
世界の警察として進んでいく兵器がどんどん登場しそう

564ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2020/11/02(月) 22:11:48 ID:XDQ6yAnU0
皆様レスありがとうございます!

>>559

ひとまずは、シホールアンルを屈服させなければなりません
アメリカとしては出来る限り早い内に……せめて46年中までには屈服させたいところです

>>560-561
ありがとうございます!
長い間お待たせしてすいませんでした(土下座

>>562
グルーさんはちょうど本国へ帰られていたので難を逃れることが出来ました。

>フリンデルド&ヲリスラ
最初は大した事ない国かと思いきや、実際はシホールアンルに匹敵しかねない強国であると知ってアメリカも
頭を抱えていますね
ただ、現時点では大した国力を持っておらず、フリンデルド&ヲリスラ側も米側に手を出したら自殺行為と考えているので
まだまだ大人しいです

>オーヴィル・ライト
シホールアンルのケルフェラクには興味津々と言ったご様子で、いつかは生で見たいと公言しているとか

>イズリィホン
かなりおったまげると思いますね。あと、イズリィホンには人種以外の亜人族もいるようです

>>563氏 蓋を開けてみたら結構厄介な国々が出てきてしまいましたね……
この世界のアメリカも史実同様、色々と頑張らねばならないようです

565名無し三等陸士@F世界:2021/01/11(月) 05:20:53 ID:kyENLakI0
はぇ��すっごい重厚…書籍化書き起こしかと錯覚するクオリティですね
架空戦記モノは紺碧シリーズしか知りませんが、司令クラスのおっさんや首相大臣参謀クラスの爺さん方がメインで活躍するシナリオは熱い

566ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2021/01/14(木) 00:50:37 ID:YlxGjURY0
>>565氏 ありがとうございます!
前線で無双する若手の話もいいですが、将官や参謀達が悩み、議論を重ねて作戦を立てていく話も
書いてて楽しい物があります。

ここ数年は更新ペースがかなり遅くなってしまっていますが、今年こそは完結を目指して頑張りたいところです

567ヨークタウン ◆aYqkzralRA:2021/03/29(月) 20:40:36 ID:dsr7J.GU0
こんばんは
これよりSSを投下いたします

568ヨークタウン ◆aYqkzralRA:2021/03/29(月) 20:42:57 ID:dsr7J.GU0
第291話 探究者達

1486年(1946年)2月11日 午後3時 帝国本土西海岸沖100マイル地点

「ぎょ、魚雷だ!」

半ば憂鬱な気持ちで甲板上の寒風に当たってしばしの時間が経った後、それは唐突に起こった。

「え……魚雷?」

トミアヴォ家より派遣された魔道士のフリンス・ベールトィは、小声でそう呟きながら、声が聞こえた左舷側に顔を向ける。
彼は、ロアルカ島から採取された貴重資源を運び出す際に、魔法石の純度や魔力を確かめるために本国から派遣された。
魔法石の採取は現地の作業員を動員して行われており、魔法石を必要量採取した後は、2月7日までに手配した6隻の輸送艦に積込み、ベールトィはその中の一隻に乗り組んだが、彼の船は万が一の場合を考えて単独で出港している。
出港後は北に大きく回り込む航路を進み、帝国本土に向かっていたが、その道中で、ロアルカ島が、いつの間にか島の近海に進出したアメリカ機動部隊の攻撃を受け、後続する筈であった別の輸送艦が貴重な資源ごと撃沈されたとの凶報が入った。
これを聞いたベールトィは、同僚らの身を案じると同時に、難を逃れた事を心の底から喜んだ。
しかし、必要な貴重資源は、敵機動部隊の来襲という予想外の事態に到ったため、その大半が失われてしまった。
彼は、自らが携わっているとある計画にこの事が大きく影響するであろうと考え、ここ最近はずっと憂鬱な気持ちになっていた。
だが、彼の乗る船は、超人化計画の遅延云々などはつゆ知らずとばかりに、帝国本土へ向けて順調に航行していた。
そして、後2日ほどで、輸送艦は本土の港に到達する筈であった。

「駄目だ!避けられない!!」

569ヨークタウン ◆aYqkzralRA:2021/03/29(月) 20:45:22 ID:dsr7J.GU0
船員の発した絶望の叫びと、直後に襲った猛烈な衝撃は、順調に航行していた輸送艦を容赦なく揺さぶった。
輸送艦の左舷に高々と立ち上がった2本の水柱は、巡洋艦並みの大きさ程もある、さほど小さく無い船体をいとも簡単に海面から飛び上がらせたように思えた。
ベールトィの体は衝撃で浮き上がり、次の瞬間には、体は舷側を飛び越えて海の上に落ちようとしていた。

「か、体が」

彼は唖然とした表情を浮かべた後、足裏に感じていた甲板上の感覚が無くなり、異様な浮遊感を感じた事で表情が凍り付いた。
耳を覆いたくなるような轟音が響くと同時に、ベールトィは海面に落下した。
その瞬間、別の強い衝撃が体全体に伝わり、直後には強烈な冷気が鋭い刃物と化したかのように体中に突き刺さったかのような感覚に見舞われる。

(!?)

あまりの冷たさに、ベールトィは目を見開いた。
冬の冷たい海は、彼の体から容赦なく体温を奪い始めていた。

(何だこれは!?体中に針でも刺さっているのか!?)

ベールトィは心中で絶叫しながら、想像を絶する寒さで体中が固まったと思ってしまったが、それにめげる事なく、必死の思いで手足をばたつかせようとした。
幸運にも、彼の四肢は意思通りに動いてくれた。
手足をこれでもかとばかりに激しく動かし、すぐに海面へ上がろうとする。
体は海面に向かいつつあるが、極寒の海中にいるためか、手足の動きに勢いがなくなりつつあるように思えた。

570ヨークタウン ◆aYqkzralRA:2021/03/29(月) 20:46:47 ID:dsr7J.GU0
自分の体がこれほどまでに重かったのかと思うほど、その進みは重く感じられる。
僅か1秒が永遠に感じられるほど、体中の感覚が鈍くなるように思われたが、彼の体は着実に海面へと向かい、着水から30秒ほどで海面に到達した。

「ぶはぁ!」

彼は口から勢いよく海水を吐き出した。
しばしの間咳き込んだ後、彼は手足を動かしながら周囲を見回していく。
不意に、彼の右側で大きな水音が響いた。
振り向くと、そこには緊急用の簡易筏が浮かんでいた。
これは、輸送艦の左右舷側に多数括り付けられていたものだ。
ベールトィは、筏から伸びる紐を掴んで筏を自分の側に手繰り寄せると、冷たい水を吸って重たくなった体をなんとか海面から上げ、筏に乗り込んだ。
彼は筏に体を滑り込ませた後、出港前に輸送艦の乗員が話していた筏の説明を思い出していた。
筏には、万が一の場合に備えて内部に少ないながらも、保存食や火起こしの道具などが詰め込まれた箱が取り付けられており、この箱の中にある緊急用具を使えば、4人の人間が3日間は何とか耐えられ、救助に備える事ができると言われていた。
彼は震える体を無理矢理動かし、筏に括り付けられていた木箱を取り出そうとしたが、ふと、彼の目線は今まで乗り組んでいた輸送艦に注がれた。
輸送艦は既に左舷側にほぼ横倒しになっており、ベールトィに向けて船腹を晒していた。
彼はふと、自分以外にも海に投げ出された者がいるのでは無いかと思った。

「おーい!誰かいるかー!?」

寒さのあまり、声が震えてしまうが、それでも、あらん限りの力を振り絞って周囲に呼びかける。

571ヨークタウン ◆aYqkzralRA:2021/03/29(月) 20:47:46 ID:dsr7J.GU0
だが、沈みく輸送艦は、けたたましい音を響かせているため、ベールトィの声はほぼかき消されてしまった。
輸送艦は急速に海中へと沈んでいき、あっという間に浮かんでいた船腹までもが、海の中に消え去ってしまった。
彼は知らなかったが、輸送艦は被雷から僅か5分ほどで海の中に没していた。
文字通りの轟沈であった。

「くそ……船が……誰かいるかー!?ここに生存者がいるぞー!!」

ベールトィは、沸き起こる絶望感を払拭したいがために、めげずに生存者を探し続けた。
しかし、いくら呼べども、彼の声に応える者は現れなかった。
また、極寒の海中から上がったばかりの濡れ鼠と化した体で幾度も声を張り上げたため、ただでさえ消耗していた体力をさらに消耗してしまった。
このため、彼もまた疲労の極にあった。
体の震えはより一層酷くなり、ベールトィは体を丸めて体温の低下を防ごうとした。
このままでは、近いうちに凍死する事は明らかであった。

米潜水艦テンチの艦長を務める、メイヤー・バフェット中佐は、潜望鏡越しに沈みゆく輸送艦を眺めていた。

「今敵艦の船体が海面に消えた。撃沈確実だ」
「命中から5分ほどですから、ほぼ轟沈ですな」

副長を務めるマイク・トラウド少佐が無表情のまま相槌を打った。

572ヨークタウン ◆aYqkzralRA:2021/03/29(月) 20:49:20 ID:dsr7J.GU0
「これでまた、幾人かのシホット共が波間に消え去った事になります」
「奴さんは単独でのんびりと航行しとったが、俺達の前に現れたのが運の尽きとなった訳だ」

バフェット中佐はそう言ってから、潜望鏡のハンドルをパチンと折り畳んだ。
潜望鏡は駆動音と共に艦内に引き込まれていく。

「艦長、そろそろ浮上しなければ。バッテリーの充電と艦内空気の入れ替えを行いましょう」
「そういえば、そうだったな」

副長の進言を聞き入れたバフェット艦長は、軽く頷いてから次の指示を出した。

「浮上する!メインタンクブロー!」
「メインタンクブロー、アイアイサー!」

彼の指示が伝わると、部下の水兵達が慌ただしく動き、テンチの艦体を浮上させようとする。
大きな排水音と共にテンチの艦体は艦首から浮き上がり始めた。
程なくして、テンチは艦首から白波を蹴立てながら海面に浮上した。
テンチの艦体は海面上に浮き上がった後、12ノットの速力で航行し始めた。
艦橋上の対水上レーダーと対空レーダーが作動し、周囲を警戒する。
艦橋のハッチが開け放たれると、中から防寒着を着込んだバフェット艦長と6人の乗員が姿を現し、バフェットと、哨戒長以外はそれぞれが艦首や艦尾付近などに見張りとして配置についた。
テンチはちょうど、撃沈した敵艦の方へ向かいつつあった。

「前方に漂流物多数。敵艦の物と思われます」

見張りからの報告を聞きながら、バフェット艦長は双眼鏡越しに前方の海面を眺めた。
敵艦はテンチから発射した4本の魚雷のうち、2本を左舷に受けた後、艦体から大爆発を起こして轟沈している。
その際に多数の漂流物が流出し、広範囲にそれが散らばっていた。

573ヨークタウン ◆aYqkzralRA:2021/03/29(月) 20:51:05 ID:dsr7J.GU0
「艦長、あれを…」

バフェットは、隣に立っていた哨戒長からとある方向を見るように促された。
左舷艦首側の海面に漂う漂流物の中に、見慣れた形の物が複数混じっている。

「人……か…」

彼は、敵艦の乗員と思しき遺体を見るなり、思わず眉を顰めてしまった。

「俺達の手でやったとはいえ、あまりいい気はせんものだな」

彼は小声でそう呟きながら、内心では不運な敵兵の冥福を祈っていた。

漂流物は幾つもの種類があったが、その中でもとりわけ多く見受けられたものが、小型の救命筏と思しき物体だ。
テンチは漂流物の群れをかき分けながら進んでいるが、見張り員の中には、筏に生存者が取り付いて居ないか、殊更注目していたが、今のところは、中身が空の筏ばかりしか現れなかった。

「簡易用のゴムボートらしき物が多いですな」
「確かに。緊急時には、あの筏を使って救援を待つ予定だったのかもしれない。だが、それを使う事はついになかった、という訳だ」
「今は戦争をしとりますからな、致し方無い事です」

バフェットはその言葉に頷きつつも、艦の周囲を漂う漂流物の一つ一つに視線を送っていく。
ゴムボートに似た筏はまだ幾つかが見えており、幾分遠くに流された筏も複数散見される。
やや遠くにある筏は、輸送艦が被雷し、爆沈した際に爆発エネルギーによって遠くに吹き飛ばされた物であろう。

「遺体は幾つか浮いているが、生存者はいなさそうだな。このまま速度を上げてここから離れるか」

574ヨークタウン ◆aYqkzralRA:2021/03/29(月) 20:55:46 ID:dsr7J.GU0
バフェットはそう言って、艦の速度を上げるよう命令を下そうとした。
そこに意外な報告が飛び込んできた。

「艦長!右舷前方の筏に人が乗っています!あ、体を起こしました!」

艦首側に張り付いていた見張りが、生存者と思しき物を発見したのだ。
バフェットはすぐさま双眼鏡を向けて、その筏を探した。
筏はすぐに見つかった。
距離はさほど離れておらず、よく見ると、黒い人影が上半身を起こしてこちらを見ているようにも思われた。
その人影が、こちらに向けて片手を上げた。

「こんな寒い海でよく生き残れた物だな」
「艦長、どうされます?救助しますか?」

隣の見張り長が聞いてきた。
バフェットは即答する。

「無論だ。ここまで来て見殺しにするのは酷だろう。それに貴重な捕虜だ。何か情報が得られるかもしれんぞ」

朦朧とする意識の中、視界内に現れた船を見るや、ベールトィは無意識の内に蹲っていた体を起こし、弱々しくも手を振っていた。
手を振りながら声も出そうとしたが、冷水で濡れたままであるため、体中が震えてしまって空いた口から声が出なかった。
見慣れぬ船の上に、うっすらとだが人影らしきものが複数見えており、それらは次第に船首の辺りに集まっているように見えた。

575ヨークタウン ◆aYqkzralRA:2021/03/29(月) 20:57:21 ID:dsr7J.GU0
(どこの船だろうか……味方か?それとも、敵か?)

ベールトィはふとそう思った。
敵艦なら、そのまま見捨てられるか、あるいは殺されるかもしれない。
見捨てられて、寒さに震えながら死ぬよりは、いっそのこと一息に殺してくれた方が楽だと心中で思った。
彼は尚も手を降ろうとしたが、体力の低下は思ったよりも激しく、右手がほんの少し上がっただけで左右に振ることが出来ず、それどころか、上体を起こす事も叶わぬ状態だった。
仰向けに倒れたベールトィは、体の震えが余計に大きくなったように感じられた。
極寒の中で死ぬときは、眠るように死ねるからある意味は最も楽な死に方だと、出張前に上司が言っていたことを思い出した。
しかし、現実には楽に死ねるどころか、体中に刺すような冷たい痛みが伝わり、息は苦しく、体の動きが全く取れないという有り様だ。
上司の言葉は大嘘だと、ベールトィは確信していた。
初めて聞く異様な騒音が聞こえてきたが、既に体力の限界に達したベールトィは、その音の正体を確かめる気力すらなく、猛烈な眠気に身を任せつつあった。

(ああ……こんな所で死ぬのか…寒さに凍えながら、幻覚を見つつ惨めに俺は死んでいくんだ)

彼は絶望の思いでそう呟き、両目をゆっくりと閉じた。
程なくして、体が浮き上がるような感覚に見舞われたが、彼は自らの魂が体から離れた感覚なのだなと、どこか他人事のようにそう思っていた。

576ヨークタウン ◆aYqkzralRA:2021/03/29(月) 20:59:08 ID:dsr7J.GU0
テンチの乗員が筏にフックを引っ掛け、引き寄せると、中の生存者は仰向けに倒れていた。
テンチは既に速度を落とし、筏の側にたどり着いた時には、完全に停止していた。

「艦長!生存者が倒れています。意識を失った模様」
「それはここからでも見えている。とにかく引き上げさせろ。それから軍医を呼べ」
「アイ・サー」

バフェットの命令を受け、見張り長は艦内放送で軍医に甲板にあがるように知らせた。
水兵が4人がかりで、接舷した筏から生存者を引っ張り上げると、素早く甲板に寝かせた。

「艦長、お呼びですか!」

艦橋に上がってきた軍医は、吹き荒ぶ寒風に身を縮こませながらバフェットに声をかける。

「ドク、今しがた敵艦の生存者を救助した所だ。奴さんは意識を失ってあそこで倒れている。ちょいとばかし診てくれんか?」
「お、アレですな……」

軍医は甲板上に横たわる生存者を眺めると、そそくさと艦橋を降りていった。
バフェットもその後に続く。
軍医は生存者の周囲を取り囲む水兵を退かせて、膝をついてその状態を確かめた。
一通り脈や体温のなどを確かめている所に、バフェットも歩み寄ってきた。

「目立った外傷は見えませんが、体温の低下が著しい。典型的な低体温症です。すぐに処置を行わなければ確実に死亡します」
「それはまずいな。よし!すぐに中へ入れろ。せっかく助けたんだ。せめて何がしかの情報は手に入れたい」

バフェットはそう決めると、水兵に生存者を艦内に収容するように命じた。

577ヨークタウン ◆aYqkzralRA:2021/03/29(月) 21:02:21 ID:dsr7J.GU0
「魔法への探求は生涯続けていきたい」

首都ウェルバンルの魔法学校を卒業した時、ベールトィは自信に溢れながら友人や知人達にそう公言していた。
やがて軍に入隊し、3年ほど従軍した後、彼はウリスト家お抱えの魔道士であるオルヴォコ・ホーウィロ導師に気に入られ、彼の直属の魔導士集団に迎え入れられた。
2年ほどはホーウィロ魔導団の一員として経験を積んだ。
彼は様々な魔法と出会い、思う存分に研究に励んだ。
しかし、3年目で彼は、ウリスト家の所有する某所に連れてこられ、そこで秘密の研究に携わることとなった。
異動当初は、それまでと同様に仕事をしながら自身の追い求めていた、魔法への探究に没頭することができたが、それも徐々にできなくなり、いつしか強化兵士を作り上げる人体実験に関わることとなった。
実験はいずれもが想像を絶する物ばかりであり、時には薬を投与した人間を捕獲した猛獣相手に戦わせてどこまで生き延びれるか試したり、ある時は凶悪犯罪者を内部に作った闘技場に放り込み、そこで強化兵士に仕立てられた志願兵と戦わせたりなど…

しかし、中でもここ数ヶ月の実験は特に壮絶であり、大量の捕虜と強化兵士を戦わせて全滅させるまでの時間を競い合わせたり、過酷な実験に耐えきれなくなった被験者を仲間に腕試しがてらに戦わせて処分させるなど、明らかに常軌を逸するものばかりであった。

ある日、施設長のナリョキル・ロスヴナは浮かぬ顔つきを見せるベールトィに向けてこう言った。

「若い君には、ここでの仕事は辛かろう。だが、君は優秀な魔導士だ。ここはどうか耐えてもらいたい。こういった事を行うのも、魔法に対する探究の一つでもある。そう……これは君の好きな探求の一つなのだ。そう思って仕事に打ち込めば、心も幾分は晴れると思うぞ」

578ヨークタウン ◆aYqkzralRA:2021/03/29(月) 21:04:42 ID:dsr7J.GU0
ロスヴナはそう言って、ベールトィの肩を軽く叩き、高笑いを浮かべながら去っていった。

それから程なくして、彼は実験に使う魔法石の移送立ち合いのため、他の魔道士と共に辺境の島であるロアルカ島に趣き、そこで採取した魔法石の調査と各種調整を行いながら、一足先にロアルカ島を離れた。

自分が目指していた魔法への探求と、実際にやる探求……と称した残酷な何か
理想と現実の狭間に悩み、苦しんでいた時に、それはやってきた。

真っ白な世界が目の前に現れた。

「………ここ……は……?」

ベールトィは、その白い世界を見るなり、弱々しく言い放った。
自分の発する声音が、異常に小さく、遠くから聞こえたように感じる。
彼は即座に、ここが死後の世界であると確信した。

「そうか………死んだんだな」

彼は、自分があの極寒の海で力尽き、魂だけの存在になったような感触を覚えていた。
重く、筏の床に沈み込んだ体がフワリと浮かぶ感触は、初めて経験するものだったが、同時に異様に気持ち良いようにも思えた。
死を迎えるまでは異常に辛く、無意識のうちに激しく震える体は同時に、彼の呼吸も困難な物にしていた。
死を迎えるまでは、地獄のような苦しみを味わったが、その後は苦しみから解放されたのだ。あの感触はまさにそれであった。

だが、そう思った直後、眼前の世界は一変した。

579ヨークタウン ◆aYqkzralRA:2021/03/29(月) 21:06:23 ID:dsr7J.GU0
突然、目の前の白い世界が一瞬のうちに暗くなったのだ。

「よかった。意識を取り戻したぞ」

耳に響いたその声は、異常にはっきりしているように思え、ベールトィは思わず仰天して体を大きく跳ね上げてしまった。

「うわぁ!?」
「うぉ!?」

ベールトィが驚くと同時に、白い世界を黒く染めた物……眼前の軍医もまた、驚いて声を上げてしまった。

「ドク!大丈夫ですか!」

後方から鋭い声音が響いた。
眼鏡を掛けた人物は、ゆっくりと後ろを振り向き、次いで、慌てるように両手を交互に振った。

「大丈夫だ!心配しなくていい。捕虜が目を覚ましただけだ。だからその銃を下ろしてくれ」

眼鏡姿の男は、誰かと喋っていた。
ベールトィは顔を上げると、見慣れぬ部屋の出入り口に、殺気立った男がこちらに何かを向けていることに気づいた。
それと同時に、彼は手足の自由が利かない事もわかった。

「艦長をここに呼んでくれ」

ドクと呼ばれた男は、もう1人の男にそう指示を送った。
アイ・サーと返事した男が部屋から離れると、ドクと呼ばれた男はこちらに振り向いた。

「こ……ここは、どこだ?地獄か?」

580ヨークタウン ◆aYqkzralRA:2021/03/29(月) 21:07:30 ID:dsr7J.GU0
ベールトィは戸惑いながら、ドクと呼ばれた眼鏡姿の男に質問を飛ばした。

「ここは潜水艦テンチ。アメリカ合衆国海軍所属の軍艦の中だ。私はこのテンチで軍医として働く、アドニア・ベレンスキー大尉だ。以後、よろしく頼む」
「せ、潜水艦の中!?」

ベールトィは頓狂な声をあげてしまった。

「そうだ。潜水艦の中だ。君は運よく助かったのさ」

ベレンスキー大尉がそう答えた直後、医務室にバフェット艦長が現れた。

「ほう……ようやく起きたか」
「あ、あんたは?」
「私はバフェット中佐だ。この潜水艦テンチの艦長をしている」
「艦長殿でありますか……あなたの艦が、私の乗船を撃沈したのですね」
「そうだ。そして、生存者は君一人だった」

その言葉を聞いた瞬間、ベールトィは表情を凍り付かせた。
輸送艦には、ベールトィを含めて、182人の乗員と同乗者が乗り組んでいた。
その中で、生き残ったのは、ベールトィのみ。

「魚雷が命中した後、君の乗艦は中央部から大爆発を起こして転覆し、被雷から5分足らずで沈没した……轟沈だった」
「そんな………」

ベールトィは、その一言を発しただけで絶句してしまった。
182人のうち、181人の命が、たったの5分足らずで失われてしまったのである。
彼はショックのあまり、言葉が出なくなった。

581ヨークタウン ◆aYqkzralRA:2021/03/29(月) 21:08:59 ID:dsr7J.GU0
「これから君は、我が合衆国海軍の捕虜として遇する事になる。今はこの通り、手足を縛っているが、いずれは個室に移動し、その時に拘束を解く予定だ。何か気になる点や、欲しい物などがあれば言うように」
「………」

バフェットは、塞ぎ込むベールトィにそう言ってから、そそくさと医務室を退出していった。

「艦長」

医務室から出て、発令所でコーヒーを啜っていたバフェットは、ベレンスキー軍医に声をかけられた。

「おう、どうした?」
「尋問があると言う事は伝えないのですか?」
「ん?ああ、もちろん伝える。だが、それは今やらんでもいいだろう」

バフェットは、空になったコーヒーカップを従兵に渡し、ズレた制帽を整えてから続きを言う。

「奴さんは今、かなりのショック状態にある。まぁ無理もなかろう……いきなり乗艦を撃沈されて、極寒の海を死亡寸前になるまで泳がされた挙句、自分以外全員死亡したと伝えられたんだ。誰しもがああなる」

彼は軽くため息を吐いた。

「今はそっとしておくのがいいだろう。尋問がどうのこうのと言っても、頭に入らんだろうしな。それに、大した地位のある奴ではないだろうから、重要な情報を持っている可能性は低い。奴さんの体力回復を見込んで、明日か明後日あたりに尋問を始めても、別に遅くはないさ」

バフェットはそう苦笑しながら、ベレンスキー軍医にそう言った。

582ヨークタウン ◆aYqkzralRA:2021/03/29(月) 21:11:32 ID:dsr7J.GU0
人間の血よりも、とても鉄臭いように感じられる

それもそうか、何しろ、体だけが大きい獣なのだから……


ふふふ………動きは大した事がなかったけど、図体が大きくて人より頑丈だから、いたぶりながら殺す事が出来た

獣でも、私を充分に楽しめる事ができたんだぁ


あは

あははははは

でも












人を殺す方が、やっぱり楽しぃなぁ!!!!!!

583ヨークタウン ◆aYqkzralRA:2021/03/29(月) 21:12:53 ID:dsr7J.GU0
ふふふふ

ふふ


ふふふ













いいなぁ……
今日は、いつものように変な気分にならない

とっても

とっっっっっっっ




ても



気持ちいい……

584ヨークタウン ◆aYqkzralRA:2021/03/29(月) 21:15:28 ID:dsr7J.GU0
これなら、施設長さんの機嫌も悪くならないかな〜


あれっ


機嫌が、良くなさそう

なんで?

人を用意できなかったからなのかな?

それとも、調子が良くても、機嫌が悪くならないのかな?


あ……行っちゃった
なんですか?


どうして?叫んでるのかな〜?








「魔法石採取に向かわせた輸送隊と手配船が、敵機動部隊と潜水艦にやられて全滅だとぉ!?」

585ヨークタウン ◆aYqkzralRA:2021/03/29(月) 21:18:22 ID:dsr7J.GU0
施設長のナリョキル・ロスヴナは、部下から伝えられたその報告を聞くなり、金切声をあげてしまった。

「はい」
「はいじゃないが!と、というか……少なくない数の魔道士をここから出したのだぞ…しかも、戦闘地域ではないノア・エルカ列島へ。そこに敵機動部隊と潜水艦が来襲して……」

ロスヴナは思わず、その場にへたり込みそうになった。
彼は、現在推進中の超人化兵士計画を促進させるため、希少度の高い魔法石が採掘されているノア・エルカ列島のロアルカ島に魔道士と施設関係者など、60人を送り込んで、現地で使えそうな魔法石の選定と、採取に当たらせた。
2月初めの報告では、計画に最適と思われる魔法石が見つかり、この魔法石を使えば強化兵士は遅くても、今年の3月中には実用化できると現地から伝えられていた。
ロスヴナは計画の推進者であり、主導者でもあるウリスト侯爵に報告すると、即座に魔法石を持ち帰り、計画完遂へ向けて動くべしとの指示を受け、ロアルカ島の派遣隊に魔法石の輸送を命じた。
ウリスト侯爵の計らいもあって、海軍から複数の輸送艦を貸してもらったため、派遣隊は一度で大量の魔法石を輸送する事ができた。
輸送に成功すれば、計画に進捗度は大幅に上がることは確実であった。
それだけに、ウリスト侯爵はもとより、現場責任者であるロスヴナは、この魔法石の輸送に大きな期待をかけていた。
だが……

その期待していた魔法石は、唐突に現れたアメリカ高速空母部隊によって輸送艦ごと悉く撃ち沈められ、運良く難を逃れた輸送艦も、敵潜水艦の魚雷攻撃を受けるとの緊急信を発した後、所属不明となり、後に発進した基地航空隊の偵察ワイバーンが輸送艦の搭載していた漂流物を発見したことで、撃沈されたことが明らかになった。

586ヨークタウン ◆aYqkzralRA:2021/03/29(月) 21:20:46 ID:dsr7J.GU0
「ウリスト侯爵からは、計画の遅延はどれぐらいになるか調査し、報告せよと」
「無論、可及的速やかに調査する。関係各所と連絡を密にし、計画完遂までにかかる期間を再度計算せねば」

ロスヴナはそう言ってから、各部署の代表に送る命令書の作成に取り掛かろうとした。
それと同時に、彼は彼なりの探究心を傷つけた敵をひどく恨んでいた。

(おのれぇ!アメリカ人どもめ!!私の探究の結果がもう少しで観れると言う所でとんでもない事をしでかしてくれたな!見ておれ……強化兵士が完成した暁には、貴様らの軍にぶつけて血の雨を降らしてくれようぞ!!!)

ロスヴナは心中で叫ぶ。
実は、今日の実験も、本来ならば捕虜を用いて行う予定であったが、出発予定地で待機していた輸送列車や、線路を含むインフラが米軍の猛爆によって完膚なきまでに破壊されてしまったため、実験材料の搬入が困難になってしまった。
その代用として、付近で捕獲した害獣種を使って実験を行い、結果はほぼ満足できる内容であった物の、人間を使った実験と比べると幾分劣る物でしかなかった。
また、捕虜以外にも、実験に使う魔法石以外の材料も、徐々に入手が難しくなって来ており、例えば、今日搬入された実験器具の補充品などは、本来であれば2月初めに搬入が完了している筈であった。
だが、米軍の戦略爆撃の影響で補充品の搬入が遅れてしまい、幾つかの実験は開始日を後日に延期しなければならなかった。

587ヨークタウン ◆aYqkzralRA:2021/03/29(月) 21:21:28 ID:dsr7J.GU0
「ウリスト侯爵からは、計画の遅延はどれぐらいになるか調査し、報告せよと」
「無論、可及的速やかに調査する。関係各所と連絡を密にし、計画完遂までにかかる期間を再度計算せねば」

ロスヴナはそう言ってから、各部署の代表に送る命令書の作成に取り掛かろうとした。
それと同時に、彼は彼なりの探究心を傷つけた敵をひどく恨んでいた。

(おのれぇ!アメリカ人どもめ!!私の探究の結果がもう少しで観れると言う所でとんでもない事をしでかしてくれたな!見ておれ……強化兵士が完成した暁には、貴様らの軍にぶつけて血の雨を降らしてくれようぞ!!!)

ロスヴナは心中で叫ぶ。
実は、今日の実験も、本来ならば捕虜を用いて行う予定であったが、出発予定地で待機していた輸送列車や、線路を含むインフラが米軍の猛爆によって完膚なきまでに破壊されてしまったため、実験材料の搬入が困難になってしまった。
その代用として、付近で捕獲した害獣種を使って実験を行い、結果はほぼ満足できる内容であった物の、人間を使った実験と比べると幾分劣る物でしかなかった。
また、捕虜以外にも、実験に使う魔法石以外の材料も、徐々に入手が難しくなって来ており、例えば、今日搬入された実験器具の補充品などは、本来であれば2月初めに搬入が完了している筈であった。
だが、米軍の戦略爆撃の影響で補充品の搬入が遅れてしまい、幾つかの実験は開始日を後日に延期しなければならなかった。

588ヨークタウン ◆aYqkzralRA:2021/03/29(月) 21:22:47 ID:dsr7J.GU0
はーうんち!
やらかしたんじゃ……

まぁいいや。続き!

589ヨークタウン ◆aYqkzralRA:2021/03/29(月) 21:27:45 ID:dsr7J.GU0
ロスヴナは今でも帝国の勝利を信じて疑わないが、敵の戦略爆撃や、敵潜水艦の跳梁は予想以上に激しい上に、敵機動部隊までもが通商破壊で暴れ始めた影響は大きく、超人化兵士計画の進捗に支障をきたすに至った現状を鑑みるに、帝国の未来に不安を感じずには居られなかった。

(先行きに不安を感じない筈は無い。だが……私が見たいのは、帝国が勝利する未来。それも、私の探究心がもたらした物が導く勝利として、だ。人によっては、歪んだ道を歩く狂人と蔑む輩もいるようだが、そんなこと知った事ではないわ!)

ロスヴナは廊下を歩きながら、徐々に不気味な笑みを浮かび始めた。

(戦争をしているのだから、予想外の事が起きるのは致し方なし!ならば、乗り越えよう。そして、乗り越えた先の未来を見て、大いに喜ぼうではないか!)

彼はその表情を浮かべたまま、小さく笑い声を上げた。

「施設長。今日より魔法通信の文が変わります。通信隊の備えは既に整っております」

部下からそう告げられると、ロスヴナは黙ったまま、軽く頷いた。

590ヨークタウン ◆aYqkzralRA:2021/03/29(月) 21:28:25 ID:dsr7J.GU0
ロスヴナは今でも帝国の勝利を信じて疑わないが、敵の戦略爆撃や、敵潜水艦の跳梁は予想以上に激しい上に、敵機動部隊までもが通商破壊で暴れ始めた影響は大きく、超人化兵士計画の進捗に支障をきたすに至った現状を鑑みるに、帝国の未来に不安を感じずには居られなかった。

(先行きに不安を感じない筈は無い。だが……私が見たいのは、帝国が勝利する未来。それも、私の探究心がもたらした物が導く勝利として、だ。人によっては、歪んだ道を歩く狂人と蔑む輩もいるようだが、そんなこと知った事ではないわ!)

ロスヴナは廊下を歩きながら、徐々に不気味な笑みを浮かび始めた。

(戦争をしているのだから、予想外の事が起きるのは致し方なし!ならば、乗り越えよう。そして、乗り越えた先の未来を見て、大いに喜ぼうではないか!)

彼はその表情を浮かべたまま、小さく笑い声を上げた。

「施設長。今日より魔法通信の文が変わります。通信隊の備えは既に整っております」

部下からそう告げられると、ロスヴナは黙ったまま、軽く頷いた。

591ヨークタウン ◆aYqkzralRA:2021/03/29(月) 21:29:00 ID:dsr7J.GU0
1486年(1946年)2月13日 午後6時 カリフォルニア州サンディエゴ

アメリカ太平洋艦隊情報参謀を務めるエドウィン・レイトン少将は、暗号解読班の責任者であるジョセフ・ロシュフォート大佐に急ぎ解読室に来るように呼ばれ、慌ただしい足取りで暗号解読室にやって来た。

「お忙しい中、お呼び出しして申し訳ありません」

カーキ色の軍服の上からガウンを羽織ると言う、素っ頓狂な格好をしたロシュフォートを、レイトンは一瞬咎めようとしたが、それ以上に彼を呼び出した動機の方が気になって仕方がなかった。

「一体何事だ?敵の暗号を解読できたのかね?」

レイトンの質問に、ロシュフォートは無反応のまま右腕を前方に差し出し、そのまま早足で歩き始めた。
解読室では、職員や協力者達が忙しなく働いている。
ロシュフォートは、差し出したままの右腕を、黒板に向けた。

「あれが起きました」
「あれとは…?それに、あそこに張り出された文言は全て出し切り、似たような文言しか出ていないと」

レイトンはそこまで言ってから異変に気付いた。
黒板の大きさが以前よりも変わっていた。
そして、貼られている文言も以前より増えている。

592ヨークタウン ◆aYqkzralRA:2021/03/29(月) 21:30:07 ID:dsr7J.GU0
レイトンは、しばし長さが変わった黒板と、貼られている文言の数を見比べた後、愕然とした表情を浮かべた。

「お気づきになられましたな」
「ああ。たった今わかったぞ」

レイトンとロシュフォートは、互いに顔を見合わせた。

「敵は使える文言の数を増やした、と、最初は思いました。ですが、単純に文言の数が増えた訳ではありません」

ロシュフォートは、黒板に歩み寄り、新しく張り出した紙の群れを、掌で上から下になぞった。

「敵はこの辺りの文言しか使っておりません。つまりは……こう言う事です」

ロシュフォートは、決定的な事実を言い放った。

「敵は、暗号を変えたのです」

彼の言葉を聞くや、レイトンはめまいを起こしそうになった。
ロシュフォートの後ろを、早足で獣耳姿の協力者が過ぎて行き、手に持っていた紙の束を、空いているスペースに貼っていった。

「1時間で300枚増えました。文言の数はいまも尚、増え続けています」
「なんと言う事だ。第1次レビリンイクル海戦の敗報を聞いた時よりもショックだぞ」

レイトンは頭を抱えたくなった。
暗号の解読は、徐々にだが進んでいた。

593ヨークタウン ◆aYqkzralRA:2021/03/29(月) 21:32:39 ID:dsr7J.GU0
新しい文言が出なくなった後は、それぞれの文が何を指しているのかが判明し始めていた。
例えば、貴族の名前が出るときは、友軍航空部隊の空襲や、通過を表している事がほぼ判明していた。
また、女性名らしきものが出る時は敵部隊の移動を指している他、文のある動詞には部隊の交代を指している等、少しずつ分かり始めていた。

前世界の数字を用いた複雑な暗号と比べて、シホールアンル軍の暗号はただの当て字に過ぎないため、種明かしさえすれば、遅かれ早かれ敵の情報は筒抜けになる。
レイトンはここ最近、そう確信していたのだが……

ロシュフォートらの努力は、敵が暗号を変えた事で水泡に帰したのだ。

「非常に厄介な事態です」

ロシュフォートは眉に皺を寄せながら、レイトンに言う。

「敵もやはり馬鹿ではありませんな」
「これからどうするのだね?」

レイトンは険しい表情を浮かべながら、ロシュフォートに聞いた。

「どうするも何も……今まで通りの作業を行うだけです」
「なんだと、それだけかね?」
「それだけです」

レイトンは不快だと言わんばかりに口を開こうとしたが、ロシュフォートが右手を上げて制した。

「先に言いますが、現状ではこれが最適解です」

594ヨークタウン ◆aYqkzralRA:2021/03/29(月) 21:33:47 ID:dsr7J.GU0
「しかしだな、君」
「しかしも何もありませんよ。連中、暗号を変えたのは確かに素晴らしい判断です。ですが……」

ロシュフォートが苦笑しながら言葉を紡いでいく。

「それだけです。出てくる文言は、言葉こそ変わっておりますが、それだけです。簡単に言えば、ABCDEとしか言っていなかったのを、ZYXWVと言っている様なものです」
「だが、敵は暗号を変えたのだろう?ならば、そのやり方すら変える可能性もあるはずだ」
「ええ……問題はそこですな」

レイトンの指摘を受けたロシュフォートは、腕組みしながら喉を唸らせた。

「まぁ、それはともかく。君としてはこれからも情報の収集に専念すると言う訳だな」
「無論その通りであります」
「ならば話は早い。私は、今すぐにニミッツ長官に報告してくる」

レイトンはそう言って、解読室を後にしようとしたが

「お待ちください」
「ん?どうしたのかね」

唐突に、ロシュフォートに呼び止められ、レイトンは体を向け直した。

「お呼び出ししたのは、この報告だけではありません。他にお願いしたい事がありまして……」
「なんだ?人員を増やしたいのかね?」
「いえ、そうではありません」

ロシュフォートはそう否定してから、要望を伝えた。

「もう一度、帝国東海岸付近に偵察機を飛ばして欲しいのです。いや、それだけではありません。第3艦隊にも動いて頂きたい」
「ふむ…情報をより多く仕入れようとしているのだな。しかし、やるのはいいが、その後がまた大変だぞ。関係各所から大量の報告書や電文等を取り寄せねばならん。君らの作業も膨大な物になる」
「構いません。でなければ、この探求の果てを見る事ができませんからな」

ロシュフォートは事もなげにそう言ってのけた。

595ヨークタウン ◆aYqkzralRA:2021/03/29(月) 21:34:21 ID:dsr7J.GU0
SS投下終了です

596名無し三等陸士@F世界:2021/03/29(月) 21:43:12 ID:uGInP/zg0
投下乙です!
鉄の鯨が凍れる海で拾った捕虜は恐るべき計画を知っていた
だが拾い上げた者たちはそれをまだ知らない…さて、どうなる?

あとロシュフォート大佐、一体何を考えているのか…

597ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2021/04/06(火) 20:04:43 ID:dsr7J.GU0
>>596氏 ありがとうございます。

捕虜は遅かれ早かれ、知っている情報を喋ってしまうでしょうが、それがいつになるかは
まだ不明です。

ロシュフォート大佐としては、とにもかくも情報を集めたいと思っているだけですね

598名無し三等陸士@F世界:2021/04/08(木) 23:39:16 ID:Zcyd7hwI0
投下乙です
末期戦にありがちな超兵器製造での逆転を企む一方
米本土で進む暗号解読
ドンパチもいいものですが裏方の仕事も熱いものです

暗号といえばエニグマですが
米軍のSIGABAは一応解読されたことがないという代物だったりする

599ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2021/04/13(火) 20:03:03 ID:dsr7J.GU0
>>598氏 ありがとうございます。
劣勢下にあるシホールアンルは勿論ですが、アメリカ側も不安要素を排除すべく、全力を尽くしております。
今のところ、シホールアンルの奇策で暗号解読がやり辛くなっていますが、米側も何とか解読しようと
あの手この手で尻尾をつかもうとしていますが、結果は如何に。

>SIGABA
この世界の米軍も使っていますね。
軍中枢のある方は、暗号なぞ無い世界で我が軍が暗号を使い続けるのは如何な物かと言っていましたが、
結局は継続して使い続けております。

600名無し三等陸士@F世界:2021/05/20(木) 18:45:03 ID:Yrrl6rek0
作者乙
がんばれー
楽しみにしてるからゆっくりでもいいので頼むぜ

601ヨークタウン ◆jFpk2yHa0E:2021/06/06(日) 23:45:44 ID:ChKdS7Ww0
>>600氏 遅ればせながらありがとうございます!
その声援に是が非でも応えられるよう努力いたします。

602名無し三等陸士@F世界:2022/10/02(日) 14:23:35 ID:oJs/mvhM0
ここも、もう一年か

603ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2022/11/18(金) 20:54:07 ID:rwYjnxGc0
こんばんは。9時よりSSを投下いたします

604ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2022/11/18(金) 21:00:18 ID:rwYjnxGc0
第292話 蛙飛び作戦

1486年(1946年)2月某日 午後1時 レスタン・ヒーレリ北部国境

この日の天候は、1月末より続く天候不順の影響もあって空は雪雲に覆われており、大地は降りしきる雪のため、真っ白に染まっていた。
木材の卸売りを生業としているドヴィクロ・ミハルクは、馬車の御者台に座り、隣の少年と雑談を交わしながら雪中の平原を走っていた。

「シホールアンルの連中が北に逃げて、ようやく本業に復帰できた訳だが……こうも天気が悪いとやり難くていかんな」
「ですが親方、雪の量はまだ多くないですよ」

ミハルクは確かにそうだなと返しつつ、腕時計に目を向けた。

「……本当、羨ましいですよ」
「まーた同じ事をいいやがる。そんなに時計が欲しいか?」
「だってカッコイイじゃないですか。それに、時間を管理できるとなんか、偉くなったみたいでいいじゃないですか!」

少年は目を輝かせながらミハルクに言う。
それを彼はまあまあと小声で呟きながら、両手を上げて制した。

「まぁしかし、知り合いになったアメリカ兵から酔った勢いで貰ったコイツだが、確かに便利だな。時間が管理できるようになったおかげで、仕事もより計画的にできるようになったし。しかも名前まで付いているとはね」
「ロレックスと言ってましたっけ?」
「ああ、確かそんな名前だったな。アメリカ兵からは、前にいた世界では結構高価な代物だったと聞いている。そんな物をポンとくれるとはね、相当に気前が良かったな」

ミハルクは数ヵ月前の酒席での出来事を思い出していたが、それは少年が彼の肩を叩いた所で唐突に中断された。

「親方、例の場所です」
「おっと。あと少しで踏切か」

ミハルクは、真っ白に彩られた地面の中で、若干高めに吹き上がった白線のような物を見つめた。
その線の上には、鉄の棒が置かれており、それは左右に広がっている。

「あっ、丁度向かって来ましたよ」

少年はある方向……南側を指差した。
それに触発されたかのように、指を指した方角からけたたましい音が響き渡ってきた。

「チッ、しばらくは踏切の前で待たんといかんな」

605ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2022/11/18(金) 21:01:01 ID:rwYjnxGc0
ミハルクはタイミング的に踏切を渡れないと思い、雪で見え辛くなった境界線の前まで、そのままの歩調でゆっくりと馬車を進ませていく。
境界線に着くまでに、アメリカ製の列車は警笛を鳴らしながら踏切を通過し始めた。
先頭を機関車と呼ばれた動力車が、白煙を吐きながら独特の轟音と共に走り去り、窓の付いた有蓋列車が機関車に引っ張られていく。
有蓋列車は6両ほど続いた後、無蓋貨車に変わっていく。

「戦車が1、2、3、4……毎度毎度、とんでもない数だな」

ミハルクは、貨車の上に搭載された戦車の数を10まで数えたが、その後も続いたため、数えるのをやめた。

「アメリカさんの軍用列車……最近やたらに多いと思いませんか?」
「ああ。妙に多いな」

ミハルクは少年にそう答えつつ、目の前を通り過ぎる列車を見つめ続ける。
レスタン民主共和国には、シホールアンルが敷設した鉄道が残っており、昨年初春にレスタンが連合国に占領されてからは、戦闘で破壊された鉄道をアメリカ軍が修理して復旧させ、夏の終わり頃から物資の輸送に使っている。

鉄道の使用量は普段から多いが、ここ1週間程前からは、軍用列車の通過本数がかなり増えていた。
特に南から北へ向かう列車が多く、その多くは戦車や軍用車両を搭載していた。
今回は戦車の他に、布で覆われている物の、細長い棒状のような物。
明らかに野砲と思しきものが多数積載されていた。

「戦車に大砲に、トラックと……北でまた何かやるのかな」
「親方、俺はあの貨車に乗っているトラックが欲しいですね」

少年の声を聴いたミハルクは、思わず眉を顰めた。

「また言うか……俺達がトラックを持てる訳ないだろう。あれはアメリカ軍しか使えんぞ」
「でも、あれが使えれば俺たちの仕事は結構楽になると思いませんか?」
「そりゃ楽になるさ。でも、今は使えんよ」

ミハルクは物憂げな口調で少年に言ったが、少年は物欲しそうな表情で軍用列車を見つめ続ける。

「……いつか、トラックやジープを買えるようになりたいなぁ」
(いや、買えるだけじゃなくて、俺達が車が作れるようになれば、レスタンはもっと楽になるかな)

少年は心の中でふとそう思った。
軍用列車の列は思いのほか長く、永遠に続いているようにも思えた。

606ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2022/11/18(金) 21:01:45 ID:rwYjnxGc0
2月16日 午前10時

ヒーレリ共和国 リーシウィルム沖 第5艦隊旗艦 戦艦ミズーリ

「第5艦隊の指揮を、お渡しいたします」

フランク・フレッチャー海軍大将は、テーブルを挟んで立つ将官に向けて、事務的な口調でそう告げる。

「第5艦隊の指揮を継承いたします」

第5艦隊司令長官に任命されたレイモンド・スプルーアンス大将は、幾分小さな声音でそう返した後、互いに席に座った。

「さて、これで私の役目は終わったな」

ホッとしたような表情を浮かべながら、フレッチャー提督はそう言い放つ。

「昨年9月から半年間か。長い間ご苦労だった」

スプルーアンス提督はやや微笑みながら、ねぎらいの言葉をかけた。

「いやはや……長いようで短い。それでいて、短いようで長い半年だった気がする。それに酷く疲れてしまった」
「敵の主力艦隊を、犠牲を払いながらも完膚なきまでに壊滅させた上に、更に何ヶ月もの間、作戦行動を行って来たのだ。疲れない方がおかしい」
「うむ、それもそうだ」

フレッチャーは苦笑しながらそう返しつつ、顔を顰めながら自らの肩を揉んだ。

「敵の機動部隊や水上部隊を叩きのめした後はやや気が楽になったが、人間、少しだけの休みを取っただけでは疲れを取り切れん物だな」
「しかし、シホールアンル海軍はこれで主力の海上打撃部隊の大半を一挙に失った。太平洋戦線でも第3艦隊が敵水上部隊を軍港ごと壊滅させている。海上作戦に関してはこれまで以上に良い環境になったと言えるだろう。その一端を担った貴官は、堂々たる凱旋になる訳だ」
「なに、私は大した事はしておらんさ」

フレッチャーは頭を振りながらそう言い放つ。

「第5艦隊の司令部スタッフや、各母艦航空隊や艦の将兵達が優秀だっただけだ。あの大勝利は彼等の努力のお陰さ」
「なるほど……しかし、それは貴官の指揮無くして果たせなかった事でもある。だから、あの大勝利は貴官の功績でもある。あまり過度な謙遜はやらぬ方が良いだろうな」
「確かに。肝に銘じておこう」

フレッチャーは苦笑を浮かべながら、スプルーアンスの指摘を受け入れた。

607ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2022/11/18(金) 21:02:20 ID:rwYjnxGc0
「ところで、ニミッツ長官がレスタン共和国の首都で主立った連合軍将官と合同会議をやっているそうだな」
「うむ。今後の合衆国陸海軍、連合国軍の作戦行動の確認といった所だ」

フレッチャーの問いに、スプルーアンスは答えながらも、数日前に見たニミッツの顰めっ面を思い出していた。

「今頃はファルヴエイノの一室で陸軍の将星達と話し合っておるんだろうが……ニミッツ長官は今どんな気持ちで会議に参加しているんだろうな…」
「ん?ニミッツ長官に何かあったのかね?」

スプルーアンスが眉を顰めるのを見たフレッチャーは、すかさず問いかけて来る。

「いや、特に何も無い……という事は無いな。貴官は聞いているかね?本国で新しい艦の建造が決まった事を」
「ジャクソンヴィル級軽巡の事か?あの艦の建造なら既に決まっていた事だ。それで別にニミッツ長官が気に止むことでは無いと思うが」
「ジャクソンヴィル級だけならそうであったさ。だが、本国ではもっと大きい艦の建造が決まって、近日中に報道される手筈になっている」
「もっと大きい艦だと?リプライザル級を量産するのかね?」

大型空母なぞこれ以上必要ないだろうが、と、フレッチャーは心中で付け加えた。
しかし、スプルーアンスは即座に否定した。

「いや、空母ではない。戦艦だ」
「戦艦だと!?なぜ今更……!」

フレッチャーは困惑した。

「本国にいた時、名前の決まっていない設計中の大型戦艦が一応計画されていると聞いておったが、まさか、建造が決まった戦艦というのはそれかね?」
「そうだ。1番艦東海岸のドックで近々起工式が始まる予定だ。名前も既に決まっていて、1番艦ジョージアと付けられるそうだ。建造数はあくまで予定だが、最低でも4隻は作るらしい」

それを聞いたフレッチャーは、ますます困惑した顔を浮かべる。

「今は空母の時代だ。確かに、アイオワ級を始めとする新鋭戦艦群はよく任務をこなし、強大な敵水上部隊を破り、地上部隊の支援に大きく活用されてきたが、空母機動部隊が全盛となったこの時期に、新たに4隻の新鋭戦艦を作るとは……非効率極まりない事かと思うが」

フレッチャーは静かながらも、ハッキリとした口調で指摘する。

608ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2022/11/18(金) 21:03:01 ID:rwYjnxGc0
新造戦艦……もとい、ジョージア級と呼ばれたこの戦艦は、まさに合衆国海軍最大最強の戦艦と言えた。

全長は285メートル、全幅は37.2メートルとなっており、武装は48口径17インチ3連装砲4基12門に5インチ連装両用砲10基20門を有し、この他に3インチ連装両用砲や40ミリ4連装機銃、20ミリ機銃といった多数の対空火器も搭載する予定である。
装甲部は舷側で450ミリ、甲板で190ミリ、主砲防盾は520ミリで、司令塔は550ミリを予定している。
基準排水量は空荷状態でも63000トンで、通常時70000トン、満載時には80000トンを超える想定である。

大きさ、武装、重量共に、前級のアイオワ級を凌いでおり、対空火力もかなりの物だ。

ただ、これだけの巨大戦艦となると、大幅な速力減となる事が想定されるが、ジョージア級戦艦に搭載される機関もまた進化している。
艦の深部には、バブコック&ウィルコックス式重油専焼ボイラー8基、GE式蒸気ギヤードタービンが4基4軸搭載される。
エンジン部分の表面だけを見ればアイオワ級と大差ないように思えるが、中身は1945年以降に作られる最新の機関部であり、予定では240000馬力の出力を発揮し、満載ともなれば80000トンの大台に達するジョージアを時速28ノットから30ノットのスピードで航行させる事が可能と言われている。
これには、艦首下部に装着されるバルバスバウの効果も見込まれており、実現すれば、アイオワ級を凌ぎながらも、ほぼ同等の快速を得る大型戦艦が登場するという事になる。

だが、フレッチャーから見れば、ジョージア級のような大型戦艦は、時代遅れの産物にしか見えなかった。

「仮に、今在籍している旧式戦艦群を全艦退役させるにしても、アイオワ級も含めて11隻の大型戦艦を有し、サウスダコタ級やアラスカ級といった戦艦、巡戦も加えると、計17隻もの戦艦を抱える事になる。ただでさえ、多数の正規空母を始めとする膨大な数の艦艇が海軍籍に編入されているのだ。戦後は、この大海軍が財政を大きく圧迫する事は火を見るよりも明らか。それなのに、使い勝手の良い空母ではなく、戦艦を4隻も新造するのは……ニミッツ長官はもとより、キング提督も重々承知し取ったはずだ。それなのに何故?」
「どうやら、大統領閣下が関わっているらしい」
「大統領閣下が………ううむ、訳が分からんぞこれは。まだジャクソンヴィル級やデモイン級を幾らか増産した方が現実的だと言うのに」

フレッチャーは半ば頭を抱えたい気分に陥っていた。

ちなみに、先に出てきたジャクソンヴィル級軽巡洋艦は、老朽化したオマハ級軽巡の代替艦として計画された物である。
武装は6インチ連装両用砲6基12門を艦の前甲板、並びに、後部甲板に3基ずつ配置する予定で、対空火器として3インチ連装砲を8基16門、近接火器に20ミリ機銃を配置した設計となっている。

ジャクソンヴィル級軽巡洋艦は、形状的には準ウースター級として見られているが、5インチ砲24門搭載という常識外れの装備を誇るウースター級に比べ、対空火力に関して大きく見劣りするように感じられる。

609ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2022/11/18(金) 21:03:32 ID:rwYjnxGc0
だが、新設計の6インチ連装両用砲は5インチ砲よりも対空戦闘時の危害半径が大きく広がっているほか、3インチ両用砲を前級の4基8門から、8基16門に増やしている。
また、6インチ連装砲を採用した事により、水上打撃部隊への編入もし易いと言う利点も出てきている。
前級のウースターは、5インチ砲を採用した事で、艦隊の防空戦闘で神懸かり的とも言える奮闘を見せた物の、水上部隊への戦闘では、逆に、その“豆鉄砲”がネックとなって巡洋艦以上の敵艦には有効打を与え難い事が容易に想像されたため、対空戦にしか使えぬ単能艦という声も方々から上がっていた。
しかし、ウースター級以上の強力な防空艦のみならず、6インチ砲を搭載した事により、水上砲戦にもある程度対応できるジャクソン・ヴィル級は空母機動部隊の護衛艦は当然ながら、水上打撃部隊の一翼を担う万能艦として期待できた。
今後の予定では10隻が建造されるようだ。

「決まってしまった物は致し方がない。私としても戦艦4隻新造は非常に不満に思う所ではあるが、事は動いてしまっている以上、後は任せるしかあるまい」

スプルーアンスは半ば諦めた口調でフレッチャーに言った。

「それに、状況次第では建造自体も取りやめる事もあるだろう。場合によっては、レキシントンやサラトガのように途中で大型正規空母に変更される可能性も無きにしも非ずだ」
「……戦後の事も考えるのならば、膨大な金のかかる戦艦の建造は控えるべきであろうが、この際はもう仕方あるまいな」

スプルーアンスの言葉を聞いたフレッチャーは、そう言いながらこの話題を終える事にした。

「さて!私はもうこの艦隊を指揮する立場では無くなった。ここで長居しては君らに迷惑をかける事になるから、おいとまする事にしよう」

フレッチャーは最後に右手を差し出した。
それを、スプルーアンスは力強く握った。

「スプルーアンス、第5艦隊をよろしく頼むぞ」
「無論だ。このまま、最後の総仕上げに入らせて貰おう」

610ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2022/11/18(金) 21:04:05 ID:rwYjnxGc0
2月17日 午前8時 リーシウィルム沖 第5艦隊旗艦 重巡洋艦インディアナポリス

第5艦隊司令長官レイモンド・スプルーアンス大将は久方ぶりに艦上でのウォーキングを終えた後、汗で濡れた服を着替えて艦橋に上がった。
それから2時間後の午前10時には、スプルーアンスは艦隊参謀長のカール・ムーア少将をはじめとする主要な司令部スタッフと共にリーシウィルム市内にある施設に向かっていた。
内火艇を降りたスプルーアンスは、ムーアと共に会議が開かれる施設に向かう車に乗り込む。
車の後部座席に乗り込み、車が発進した所でムーアが口を開いた。

「それにしても、急な会議となりましたな」
「うむ。全くだ」

スプルーアンスは頷きながら言葉を返す。

「とはいえ、合同会議を終えたミニッツ長官がすぐに私と会議を行いたいと言うからには、何かしらの作戦を伝えようとしているのかもしれん」
「何かしらの作戦……でありますか」
「どのような作戦かはまだ何も分からんが……リーシウィルム港には港内と港外、それに近隣の大小の港に各種の輸送船や輸送艦が待機している。また、ここは一大補給地点でもある。君も知っているだろうが、この港には、今後予想される各種作戦に備えて大量の物資が集積されている。1個軍ほどの部隊が行う大規模な上陸作戦はすぐにでも行えるほどだ」
「確かに……」
「ただ、先ほども言った通り、ニミッツ長官が何を話されるのかはまだ分からん。機動部隊で従来通り沿岸部分を荒らし回りつつ、シュヴィウィルグ運河の完全破壊命令を伝えに来たか……はたまた、上陸作戦絡みの作戦行動を取るように命じるか……いずれにせよ、あと10分少々でわかる事だ」
「そう言えば、ニミッツ長官は陸軍からも何人かが同行するとおっしゃられておりましたな。まだ名前はわかっておりませんが」
「陸軍の将校か……その将校の所属部隊次第といった所だな」

スプルーアンスは意味深な言葉を吐いた。


15分ほど走った後、車はリーシウィルム港から5キロほど離れた飛行場横の建物の側に到着した。
スプルーアンスら一行は、陸軍の兵士に案内され、コンクリート造りの2階建て倉庫のような施設に入った後、1階の広い室内に入室した。
そこには、既に長テーブルが2列、向き合う形で、その2列の右側の間に別の長テーブルが配置されている。
直角で隙間のあるCの字型のような物だ。
Cの字型に配置されたテーブルの向こう側には、黒板が設置されていた。

611ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2022/11/18(金) 21:04:37 ID:rwYjnxGc0
(あそこに何か書くか、紙を貼り付けて説明するつもりだな)

スプルーアンスは心中でそう呟いた。
彼は、真ん中の縦に配置されたテーブルから最も近い席に座った。
程なくして、ニミッツ長官と同行の陸軍軍人一行が到着したと聞き、スプルーアンスらは席を立って彼らの入室を待った。
1分ほど立って待っていると、ドアが開かれた。
案内役の兵に促されて、太平洋艦隊司令長官を務めるチェスター・ニミッツ元帥が入室してきた。

「やあレイ。久しぶりだな」
「ニミッツ長官。こちらこそ、お久しぶりです」

ニミッツは悠々とした足取りでスプルーアンスに近づき、にこやかな表情でスプルーアンスと握手を交わした。
一足遅れて入室した太平洋艦隊参謀長のフォレスト・シャーマン中将も軽く挨拶をしてからスプルーアンスと握手をする。
スプルーアンスは、その直後に入室してきた陸軍軍人に視線を向けた。

「レイ、紹介しよう。こちらは第2軍集団司令官のマーク・クラーク大将だ」
「初めまして。クラークです」

クラーク大将は、硬さの残る笑顔でスプルーアンスに微笑みかけながら、握手を求めた。
それに応えつつ、スプルーアンスは心中で何か大掛かりな作戦があるのではないかと思い始めた。
マーク・クラーク大将は、以前は第5軍司令官として第2軍集団隷下にあり、1月末まで同部隊の指揮していたが、第2軍集団の前司令官であるドワイト・ブローニング大将が航空機事故で重傷を負ったため、急遽本国に後送されてしまった。
ワシントンのジョージ・マーシャル参謀総長は、唐突な第2軍集団司令官負傷という異常事態に幾分戸惑ったものの、以前より第2軍集団内では堅実な指揮で知られる第5軍の存在を知っていた事もあり、クラーク大将ならば後任として最適と判断した。
事故から翌日の2月1日には、早速クラーク大将が軍集団司令官へ任命され、2日からは早くも旧ヒーレリ領北西部の攻略作戦を指揮している。
2月の中旬からは自由ヒーレリ軍団も戦闘に参加しており、旧ヒーレリ領の完全制圧は間近に迫っていると言われている。
スプルーアンスは、クラーク大将と軽く握手を交わしつつ、更に入室してきた2人の陸軍将官に目を向けた。

「それからは、こちらは第2軍集団参謀長のコンスタンティン・ロコソフスキー中将と、第15軍司令官のヴァルター・モーデル中将だ」
「初めまして」

ロコソフスキー参謀長はほぼ無表情のままスプルーアンスと挨拶する。

612ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2022/11/18(金) 21:05:17 ID:rwYjnxGc0
それに対して、モーデル第15軍司令官はロコソフスキーとは対象的であった。

「これはスプルーアンス提督ではありませんか!初めてお目にかかります。私が来たからにはこの度の作戦は成功間違いなしですぞ」

モーデル中将は自信に満ちた口調でスプルーアンスと熱く握手を交わした。

「頼もしい限りだ。と言われても、私はまだ何も聞かされておりませんが」

スプルーアンスは平静な声音で言い返すと、ニミッツが苦笑しながら謝った。

「それに関しては申し訳ないことをした。君にはまだ何も伝えておらんかったからな」

ニミッツはそう言ってから、陸軍側の将官達をスプルーアンスらの反対側に面したテーブルに座らせた。
ニミッツは第5艦隊側と陸軍側の真ん中左側に設置されたテーブルに座った。
ニミッツの左隣にはシャーマン太平洋艦隊参謀長、そして、そのまた左隣にクラーク第2軍集団長が座った。
ニミッツら一同の真ん前(第5艦隊側からは右前、陸軍側からは左前)に設置された黒板には、随行してきた陸軍兵らが何枚もの地図を貼り付けている。
程なくして、地図の貼り付けが終わると、ニミッツは徐に立ち上がった。

「それでは、これより新作戦について会議を行いたいと思う。本題に入る前にまず、先日の合同会議で決まった陸軍主体の冬季攻勢についての説明をお願いしたい」

ニミッツはそう言ってから、クラークに顔を向けた。
クラークは顔を頷かせてから口を開いた。

「先日、レスタン共和国首都ファルブエイノで合同会議が開かれました。合同会議には各国派遣軍の首脳部と主立った軍司令官、アメリカ海軍からはニミッツ提督とシャーマン参謀長も参加されました。その会議では、近日中に始まる冬季攻勢においての各軍の進行目標の確認や、航空隊の担当割り当て、配置などの確認等が行われました。この冬季攻勢において主力となるのは、パットン大将の第1軍集団であり、我が第2軍集団は助攻として行動する事になりました」

(第1軍集団が主体で動くとなると……狙いは敵の首都か)

613ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2022/11/18(金) 21:05:56 ID:rwYjnxGc0
スプルーアンスはクラークの説明を聞いた後、黒板に貼られた大きな地図を見ながらそう確信した。
地図には、東から連合軍の各部隊が青い凸印の形で順繰りに配置されており、東の一際大きな凸印は第1軍集団を記している。
この第1軍集団は、猛将と知られるジョージ・パットン大将が指揮する部隊であり、昨年12月より始まったカイトロスク会戦では、第2軍集団と共同でシホールアンル南部に布陣する敵主力150万の包囲を成功させている。
その後、敵軍包囲部隊は解囲攻勢に失敗して戦力を消耗し、防御に転換した。
敵包囲部隊には、敵本土南部の南に布陣した第3軍集団と同盟国軍、更に、アメリカ本国より新たに送られてきた2個軍で対応可能となったため、第1軍集団は包囲作戦に参加していた隷下部隊を再び北に前進させ、シホールアンル領の更に北に全部隊が食い込んだところで、一旦は前進をストップさせている状況だ。
第1軍集団は現在、第1軍、第3軍、第4軍、第28軍の4個軍を有しており、戦闘で消耗してはいるが、いまだに50万以上の将兵を有している。
その消耗も補充兵の到着で回復しつつあるため、攻勢開始時には56万の将兵が敵陣に向かっていく事になる。
第1軍集団の現在地からシホールアンル北東部にある首都ウェルバンルまでは、直線距離にして800キロ程になるが、ウェルバンル近辺までの地形は平野部が続くらしいと言われているため、防御に当たるシホールアンル軍はかなり厳しい状況にあるようだ。

「この冬季攻勢の目標としては、第1軍集団は夏頃に開始する首都攻勢の準備をしつつ、泥濘期までに敵本土中東部の要であるロイストヴァルノまで進軍。第2軍集団はポルストヴィンまで進出。第3軍集団は引き続き敵包囲部隊の対処に当たる予定です」

クラークの説明を聞きながら、スプルーアンスは地図上に書かれた、各軍集団の凸印より伸びる青い矢印を見つめる。
第2軍集団から伸びる矢印はさほど大きく無い事に対して、第1軍集団が伸ばす矢印はかなり大きい。

「第1軍集団の航空支援は、第15、第8航空軍が担当します」

クラークは一瞬険しい表情になりつつも、平静な言葉のまま説明を続ける。

「第1軍集団の正面には、敵3個軍、推定で20〜30万前後の兵力が配置されているようです。我が第2軍集団はシホールアンル軍2ないし3個軍、20万前後の兵力が配置され、防御を固めているとの事です」

クラークは言葉を終えると、ニミッツに目配せした。

「陸軍部隊は3月末から4月初めにかけて一気に前線を押し上げる予定だ。この間、我が太平洋艦隊だが……」

ニミッツは一際声を張り上げながら言った。

「第5艦隊を中心に、敵国本土西部沿岸を引き続き叩き、沿岸部に配置されている敵地上部隊を牽制する予定となっている」

614ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2022/11/18(金) 21:06:26 ID:rwYjnxGc0
スプルーアンスの隣に座るムーア参謀長は幾分不満気に思ったが、スプルーアンスは心中で妥当な案ではあるなと思っていた。
今度の作戦では、主役は間違いなく陸軍部隊だ。
陸軍部隊の役目は、他の連合軍地上部隊と共同で支配地域を広げ、将来的には敵国首都ウェルバンルを制圧する事を目的としている。
それに対して、海軍の役目は、主立った敵艦隊が壊滅した今となっては、敵本土沿岸部を艦載機などで攻撃するしかやる事がない。
つまり、ただの脇役にしかすぎないという訳だ。
しかしながら、宿敵と言えたシホールアンル帝国海軍がほぼ壊滅状態となった今では、致し方ないと言える。
その点、スプルーアンスは重々承知していた。

「牽制とはいえ、敵を動けなくさせるという点については重要な作戦と言えるだろう。第5艦隊には、思う存分敵の沿岸部を荒らし回って貰おうと思っている」

その言葉を聞いたスプルーアンスは、無表情のまま軽く頷いた。

「ただ、それだけでは色々と足りぬかもしれん。特に、クラーク将軍はそう考えておられる」

そこで出てきたニミッツの言葉に、スプルーアンスは一瞬真顔になった。
「足りぬ……と?」

(どの辺りが足りぬというのだろうか)

スプルーアンスは、先ほどの説明を心中で反芻しながら疑問に思った。
第1軍集団は練度も申し分なく、補充も順調に受けており、戦闘力は抜群と言っていい。
それに加えて、2個航空軍の航空支援も受けられ、後方の補給体制も盤石な物にしている。
シホールアンル軍の前線を突破し、目標地点へ到達することは十分に可能な筈だ。
また、第1軍集団の司令官は勇将と知られるジョージ・パットン大将であり、麾下の軍部隊も優秀である。
不安な点は無い筈であった。

「それについては、私が現状の説明をしたいと思います。よろしいでしょうか?」
「参謀長、よろしく頼む」

ロコソフスキー参謀長が手を上げて状況説明を提言すると、クラークは頷きながら許可した。

「それでは……不躾ながら、私めが現状説明を始めたいと思います」

ロコソフスキーは立ち上がると、指示棒を片手に持ちながら複数の地図を貼り付けた黒板の前まで歩み寄った。

615ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2022/11/18(金) 21:07:03 ID:rwYjnxGc0
「まず、クラーク司令官もお話しされた通り、第1軍集団はロイストヴァルノ、第2軍集団はポルストヴィンまで前進して前線を200〜400キロ以上押し上げる事を目標にしております。特に第1軍集団の目的地ロイストヴァルノは、攻撃発起地点から実に420キロも離れております。距離としてはかなりの物がありますが、1週間前まではロイストヴァルノまでの土地はほぼ平原で、途中幾つかある複数の地方都市を除けば妨げる物は無いと判断されていました」

ロコソフスキーは待機していた兵に例の物を、と一言告げると、兵士は複数の大判の写真を取り出し、それを黒板の空いているスペースに貼っていった。

「こちらの写真は、5日前に第1軍集団より譲って頂いたロイストヴァルノに至る複数の地点の航空写真です。こちらは攻勢発起地点より60キロ離れたテペンスタビ地区の写真ですが、見ての通り平原です。しかしながら、その平原の中に明らかに塹壕と思しき物が存在しております。また、こちらの写真は…」

ロコソフスキーは次の写真に指示棒を向ける。

「テペンスタビ北方30キロ離れたウィンテオと呼ばれる地区ですが、こちらは以前の情報では無かった……いや、未だ把握できていなかった広大な森林地帯が広がっております」

ロコソフスキーは更に別の写真に指示棒を当てる。

「そして、ウィンテオ北方50キロには、広大な森林地帯に加え、丘陵地帯と思しき地形が広がっている事も確認されており、この地に陣地構築と思しき作業を行う一団の存在も確認されています」

ロコソフスキーは体を一同に向け直してから説明を続ける。

「このような地形は、この3地区のみならず、ロイストヴァルノに至る道中で頻繁に見られています。今はこの場にありませんが、更に険しい地形の地区や、明らかに広い湿地帯と思しき地形もありました」

彼は一呼吸置いてから、冷徹な言葉を言い放った。

「これらの地形で電撃戦を行う事は無理だと、小官は判断しております」

一瞬、室内の空気が凍り付いたように思えた。

「しかしながら、戦争とは相手がある事ですが、同時にそれまでの流れに沿って動く物でもあります。どのような有利な地形に籠っていようが、事前の戦闘や決戦で敗北し、負け癖がついた軍隊は、侵攻する敵対軍の進撃を阻む事は難しい。特に支援態勢に差のある我が軍と敵とでは、それが顕著に出ると思われるでしょう」

ロコソフスキーはここで、声の調子をより重い物に変えた。

「ですが、敵に何らかの変化……徹底した意識改革や、こちらの予想だにしていなかった兵力展開などが生じた場合、戦局に影響を与える可能性も出てくるでしょう」

616ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2022/11/18(金) 21:07:36 ID:rwYjnxGc0
ロコソフスキーは再び黒板の地図に指示棒の先を当てた。
指示棒は敵国の首都、ウェルバンルを指していた。

「私は既に、何らかの変化が起きていると確信しております。その一つが、ここです」
「敵国の首都?」

スプルーアンスは小声で呟く。

「現在、ウェルバンルの敵陸軍の総司令官は昨年末に交代しており、現在の陸軍総司令官は、ルィキム・エルグマド元帥が就任したとの情報が入っております。エルグマド元帥は、スプルーアンス提督も参加された、マーケット・ガーデン作戦でレスタン領侵攻作戦の際、同地の陸軍部隊を指揮しておりますが、甚大な損害を受けながらも我が軍の攻勢に耐え、戦線を崩壊させぬまま後退を成し遂げております」

(あの時の陸軍部隊司令官か……)

スプルーアンスは心中でそう呟きながら、今から一年前に行われた激戦に思いを馳せる。

マーケット・ガーデン作戦は、主戦線の連合軍主力部隊の攻勢と、主戦線を迂回して側面に別動隊を上陸させ、新たな戦線を形成する事でシホールアンル軍に勝利した戦いだったが、敵に大損害を与えてレスタン解放を成し遂げた代償は余りにも大きかった。
迂回部隊を指揮したスプルーアンスの第5艦隊だけを見ても、レーミア湾を巡る戦いで主力の第58任務部隊が9隻の空母を撃沈破された上、敵水上部隊との砲戦で更に戦艦2隻を始めとする多数の艦艇を失い、後の上陸部隊の援護にも支障を来たしかねない状況に陥った。
スプルーアンスは、同海戦を辛勝という形で乗り切った後、敵機動部隊の追撃を放棄して上陸部隊の援護に集中する形で作戦の完遂に努めたが、これが本国で敵主力艦隊の逃亡を招き、決定的な勝利を逃したという意見を出す事にもなり、スプルーアンスにとっては事後も後味の悪い戦いとなった。
海軍部隊が青息吐息で任務をこなしたと同時に、主戦線の陸軍部隊や迂回部隊の海兵隊、同盟軍部隊も地上戦で優位に立ちながら少なからぬ損害を受けており、レスタン戦終結時には、地上部隊の損害は死傷20万名にも上る膨大なものとなっていた。
陸軍としても、レスタン領攻防戦は苦味の含んだ勝利と言っても過言ではなかった。

その時対峙した敵の指揮官が、今では帝国陸軍全軍を自由に動かせる立場にいるのである。
当然、戦い方もこれまでの物と比べて変わっていた。

「これまで、敵軍は好機あれば攻勢を仕掛けて来ました。先のカイトロスク会戦の折、包囲下に陥った敵部隊が盛んに解囲攻勢を挑んだり、北上中の軍部隊の頭を押さえんばかりに機を制して攻勢を行った事もありました。この結果、前線の敵軍は急速に戦力を消耗し、帝国本土領や旧ヒーレリ領の敵部隊は後退を重ねざるを得ませんでした。しかし、エルグマド元帥が陸軍総司令官に就任すると、敵の反撃はパタリと鳴りを顰め、今では各地で防戦のみに努めている状態です」

ロコソフスキーは指示棒で第1軍集団の作戦予定区域をなぞった。

617ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2022/11/18(金) 21:08:10 ID:rwYjnxGc0
「偵察機の報告では、既に敵は幾重もの防御陣地を構築中であり、中には市街地を中心とした防御陣地も着々と構築しつつあることが確認されています」

彼は攻勢発起地点から到達目標地点までの間を、指示棒の先で何度も円を描く。
その動きは、まるで、パットン軍の目標到達は不可能であると言い放っているかのようであった。

「そして、ここからが、新たな変化の一つになります」

ロコソフスキーは指示棒の先を、帝国首都付近に近い帝国本土東部から、西部付近までなぞった。

「1月中旬頃まで、我が軍が攻勢に当たるにつれて、シホールアンル軍は西部付近に点在する予備の師団を東部への増援として送るであろうと推測しておりました。これを妨害するため、前線に近い我が陸軍航空隊を始めとする連合軍航空部隊は、東部から西部にかけて点在する鉄道施設や道路、橋などの通行インフラを徹底的に叩き、相当数の戦果を挙げました。これによって、敵増援部隊の東部戦線の派遣は困難になり、我が軍の攻勢開始時には、敵はせいぜい1、2個師団程度しか前線に送れぬであろうと思われておりました」

彼は無言で指示棒の先を、第1軍集団の攻勢発起地点であるマルツスティに向けた。

「話は過去に戻ります。去る2月7日、第1軍集団指揮下にある第4軍が総力を上げて攻撃していたマルツスティを占領しました。同地は1月末に攻撃が始まり、1週間に渡る激戦の結果、我が軍が手に入れましたが……当初の予定では、ここは2月2日までに占領が完了する予定でした」

それを聞いたスプルーアンスは、ロコソフスキーが言わんとしている事に気が付いた。

「しかし、予定は遅れ、2月7日に占領しております。この原因は、敵部隊の戦力が予想以上に多かった事あります。攻撃前の偵察では、マルツスティには消耗した敵3個師団、戦力では2万から3万弱の敵部隊が薄く配置に付いていると想定されており、対して、我が方は第4軍の6個師団が総力を上げて攻撃に当たり、機甲師団が側面に回って包囲を行う事も計画されておりました。しかしながら、蓋を開けてみれば、敵部隊は4ないし5個師団が配置についており、機甲師団の包囲機動は対応してきた敵の石甲部隊に阻まれ、丸1週間激戦を繰り広げた末、敵は整然と後退していきました」

ロコソフスキーは顔を一同に向ける。

「第4軍はこの一連の攻防戦で死傷1万2千名にも上る大損害を受けました。同時に、敵も相当数の損害を受け、捕虜も少なくありません。その捕虜ですが……複数の兵士が」
ロコソフスキーはすぐに顔を地図に向け直し、帝国本土西部に指示棒を向けた。
「この西部地域から鉄道輸送されて来たと、尋問官に証言していたと、私は第1軍集団の情報参謀から聞きました。しかも、ここには石甲部隊を含む2個師団が西部から急送された…と」

彼がそう言うと、会議室はにわかにザワついた。

618ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2022/11/18(金) 21:08:41 ID:rwYjnxGc0
すかさず、スプルーアンスが質問を投げかけた。

「ロコソフスキー将軍。陸軍航空隊や連合軍航空部隊は、盛んに敵のインフラを叩き、部隊移動を困難にさせたと先ほど言われていたが、今の話を聞く限りでは、敵の部隊移動は完全には阻めていないように思えるが、その点については何か思い当たる節はおありか?」
「はい」

彼は即答し、シホールアンル本土の地図を大きく撫で回した。

「原因は明らかにここ……東部戦線から西部付近に延々と伸びる、広大な森林地帯です。昨今の偵察で判明した事ですが、シホールアンルは、国土のかなりの部分を森林地帯で覆われております。特に大陸北部から、この南に位置する西部から東部……シュヴィウルグ運河の西方から起点とするこの地域からは森林地帯の密度が濃く、途中の開けた土地や都市部を除けば、ほぼ緑のカーペットが敷かれているといっても過言ではありません」
「捕虜はどのようなルートを通って来たのかね?ルートさえ掴めれば、いかな森林に隠れた道であろうが、特定して爆撃できるはずだが」
「私もすかさず問いただしましたが、敵兵は窓を木の板で覆われて外が見えぬ状態で移送されたと証言しているため、ルートの特定はできませんでした」
「徹底しているな……」

スプルーアンスは、敵側の徹底した秘匿に感心の念を抱いた。

「このように、東部戦線は既に、予想外の敵部隊増援が確認されております。無論、我が軍が負ける事はあり得ぬかと思われますが、敵の防衛体制が急速に整いつつある現状では、以前のように機甲部隊で敵前線の奥深くへ電撃的に突破する事は難しくなりつつあると言えるでしょう」
「制空権はこちら側にあります。航空支援の手厚い我が部隊なら、敵の増援がいくら現れようと、思う存分に叩いて敵戦線の崩壊を狙えるかと思われますが」

カール・ムーア少将が指摘した。

「確かにその通り……しかしながら、ここ最近は再び天候不良の日が続くと見込まれており、攻勢開始日までに天候が回復する事はほぼ無く、第1軍集団はしばらくの間、薄い航空支援を受けるだけになると予測されている」
「航空支援が薄ければ、敵はさほど戦力を削がれぬまま、ほぼ健在な状態で我が軍を迎え撃つことができる。第1軍集団は合衆国陸軍の最精鋭で士気も高い、が……」

スプルーアンスはそう言いつつ、目を細めながらロコソフスキーの背後にある地図。
シホールアンル帝国本土の全体図を眺めながら言葉を続ける。

「士気が高いのは敵も同じ。敵にとっては、祖国防衛の本土決戦でもある。それに加え、地の利は敵にある」
「スプルーアンス提督のおっしゃる通りです」

ロコソフスキーはそう言いながら頷いた。

619ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2022/11/18(金) 21:09:24 ID:rwYjnxGc0
「また、これは情報部の推測ですが、敵の予備役動員、錬成スピードは当初の予定よりも早くなっており、敵軍の勢力は今年の中旬までには約100万近く増勢される可能性があるとも言われております」
「100万!?それはたまた多いですな」

ムーアは驚きの声を上げる。それにスプルーアンスが答えた。

「彼が先程言っただろう。これは、敵にとっての本土決戦だ。危ないと分かれば取れる選択肢は全部使う。戦争とはそういう物でしょう?」

スプルーアンスはニミッツに問いを投げかける。

「その通りだ。国家の存亡がかかっている時に、わざわざ縛りを付けながら戦う国は無い。それをやったら愚かだ」
「問題は、この100万でも、シホールアンルの人口的には、現在前線で戦闘中の全軍を合わせても未だに部分動員レベルに留まるという点です。敵がもし、総動員令をかければ……人口1億の規模を誇るシホールアンルの事です。500万……いや、1000万……女性兵も積極的に採用するシホールアンル軍の事です。2000万以上の軍を編成する事も可能になります」
「シホールアンルは、それをやりかねない国です。そうなれば、更なる長期化は必至」

ロコソフスキーの発言に、クラークも付け加える。

「1年、2年どころか、10年単位で続く事もあり得ますな」
「いくら合衆国とはいえ、そこまでやるには経済が持たん」

ニミッツは憂鬱めいた口調でそう呟いた。

「話を元に戻します。先程申しました、2つの変化点ですが、更なる変化が2月より見られています。その変化が、航空戦力の運用です」

ロコソフスキーが片手で指を三本立てながら説明を続ける。

「敵部隊は先月、大規模な航空反撃を実行しましたが、我が軍の最新鋭戦闘機、P-80シューティングスターに敵航空部隊が粉砕されて以降、敵側の地上部隊に対する航空攻撃や、我が航空部隊に対する迎撃戦闘は、前線付近では非常にまばらになりました。しかし……全くの不活発に陥った訳ではありません」

彼は前線一体を大きく指示棒の先で撫で回した。

「敵航空部隊は明らかに出撃回数を減らしましたが、これは、我が軍の戦闘機……特にP-80を警戒しての行動である事が判明しています。敵はこちらの戦闘機との接触は可能な限り避け、逆に、戦闘機の護衛が薄い場合や我が方の地上部隊の航空援護が薄い場合はすかさず地上攻撃に入り、少なからぬ打撃を与えております」
「要するに……前線の敵航空戦力がほぼゲリラ戦に近い動きを示している、という事か」

スプルーアンスがそう言うと、ロコソフスキーも深く頷いた。


新着レスの表示


名前: E-mail(省略可)

※書き込む際の注意事項はこちら

※画像アップローダーはこちら

(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)

掲示板管理者へ連絡 無料レンタル掲示板