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アメリカ軍がファンタジー世界に召喚されますたNo.15

1名無し三等陸士@F世界:2016/10/03(月) 01:41:59 ID:9R7ffzTs0
アメリカ軍のスレッドです。議論・SS投下・雑談 ご自由に。

アメリカンジャスティスVS剣と魔法

・sage推奨。 …必要ないけど。
・書きこむ前にリロードを。
・SS作者は投下前と投下後に開始・終了宣言を。
・SS投下中の発言は控えめ。
・支援は15レスに1回くらい。
・嵐は徹底放置。
・以上を守らないものは…テロリスト認定されます。 嘘です。

493名無し三等陸士@F世界:2019/02/23(土) 21:21:36 ID:ba2Z62z.0
投下乙です
短いけれど独特の言い回し、実にいい感じですね
これを英訳してつべにあるWWⅡの記録映像編集したものに字幕として載せたら本物と勘違いする人が出たりする、かも?

494ヨークタウン ◆qGl8aTYr6.:2019/02/26(火) 23:34:04 ID:6V4KV3Qk0
>>485氏 ありがとうございます。
ボング中佐はP-80のテスト中に亡くなられていますが、この世界ではそれを乗り越えてP-80の初陣を飾る事が出来ましたね。

>サリバン兄弟
彼らに関してですが、残念ながら……3人しか生き残っておりません
乗艦だったジュノーは第1次レビリンイクル沖海戦でシホールアンル軍のケルフェラクに撃沈され、三男と四男が戦死、
長男と五男も瀕死の重傷を負い、後に軍務続行不可と判断されて除隊となり、次男だけが海軍の水兵として軽巡洋艦クリーブランドに
乗艦しております。

>>487氏 今よりも更に早くなりそうです

>>フェデジオ氏 作品投稿お疲れ様であります!
これぞ宣伝!といった内容で良かったですなぁ
実際に見た宣伝動画を見ている良いうな気分でした
この世界では、各所の映画館でニュース映画の一つとして国民に公開されている事でしょうな

495名無し三等陸士@F世界:2019/07/23(火) 18:01:40 ID:WsPbLyg20
B-36で影が薄くなってるけど、B-47 ストラトジェットが今度は実験飛行場でエンジン温めていそうな…
F-86 セイバーを思い出すと、ここでのP-80はどんなデザインなんかな?とか
まぁ、この大戦中にMiG-15をシホットが出してこない限りセイバーは戦後かな。
仮に、MiG-15を飛ばせても、ドイツのMe262みたいにやられそうな…うーん末期

陸だとM46パットンへの更新もしくはM26E2の改造型や本土攻略用のT95もしくはT29見たいなヤベー奴歩兵もスーパー・バズーカ背負い始めたり
朝鮮戦争世代が混ざり始めるのにドイツの技術接収や東西対立がまだ起きてないのでブレイクスルーはどうなるのかな?
米軍の設計したT-44-100みたいなのが頭をよぎりつつ、そろそろ戦車砲弾もAPDS、HESH、HEAT-FSが出てくる頃合いですよね。
本当にキルラルブス可愛そう。
1話から追いついたので長くなりました。

496ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2019/10/01(火) 00:47:17 ID:Ju5lS.5c0
>>495

遅ればせながら、1話から読んで頂きありがとうございます。
大分長ったらしい誤字脱字だらけのSSを最後まで読まれるとは……根性が凄いです(やめい

P-80のデザインは史実通りのままですね。あと、ジェット戦闘機のような物は、理論はシホールアンルや、
その他列強国などでも確立されたり、実験がすすめられております

>ブレイクスルー
実を言いますと……(検閲

不定期投稿になってしまいましたが、最後までお付き合い頂けると幸いであります。

497外パラサイト:2019/11/02(土) 22:40:26 ID:LZmtvjdU0
最近まったくSSを書いていないのでお詫びのイラスト支援

ttps://www.pixiv.net/artworks/77617583

498名無し三等陸士@F世界:2019/11/04(月) 11:38:06 ID:5jIEUXDU0
したばらが不安定化してるけど、ヨークタウン様の作品が仮に
スレで掲載ができない環境になったらwikiに直接更新してくれるんだろうか?ブログに掲載するんだろうか?

499名無し三等陸士@F世界:2019/11/04(月) 22:44:37 ID:Dj8V2ZTo0
いいぞ外伝もっとやれ

500ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2019/11/05(火) 00:33:58 ID:Ju5lS.5c0
>>外伝氏 いつもありがとうございます。良い励みになりますね!

>>498氏 したらばが亡くなった場合、wikiに直接更新しようかと思っております

501名無し三等陸士@F世界:2019/11/09(土) 13:23:50 ID:0jp0/UI20
>>500
レスありがとうございます。
シホールアンルよりも早く敗北な予感がまさかあるとはと・・予想外です。
時代の流れですね

>>497
遅くなりましたが外伝乙です!

502ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2019/12/23(月) 23:48:36 ID:9E2YatiQ0
こんばんは。これよりSSを投稿いたします。

503ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2019/12/23(月) 23:49:37 ID:9E2YatiQ0
第289話 帝国領総戦線

1486年(1946年)2月3日 午後4時 シホールアンル帝国首都ウェルバンル

帝都ウェルバンルの空は曇りに覆われていた。
未だに冬のままのウェルバンルは、前日に降り積もった雪があちこちに残っており、晴れない空模様は人口の減少した
ウェルバンルをより一層、殺風景な物にしていた。

「冴えない光景に冴えない戦況、そして、冴えないあたしの心境……いいところが無いわね」

シホールアンル帝国海軍総司令官を務めるリリスティ・モルクンレル元帥は、1月下旬より設置された陸海軍合同司令部のベランダから
首都を一望しながらそう独語する。
彼女がいる陸海軍合同司令部は、陸軍総司令部と海軍総司令部の中間にある5階建ての古い施設を改修して設置されている。
これまで、陸軍総司令官と海軍総司令官が共に協議を行う場合は、いずれかの総司令部に出向いて話し合っていた。
ただ、会談を行う頻度はあまり多くなく、平時は年に3度ほど。戦況がひっ迫し始めた84年から85年でも5度しかなく、大体の作戦案は
陸軍、または海軍内でのみ作成され、組織のトップが頻繁に顔を合わせて作戦のすり合わせ等を行う事は少なかった。
だが、戦況が極度に悪化した現在においては、前線の状況は目まぐるしく変化するため、陸海軍の連絡も密にする必要がある。
そこで、陸軍総司令官のルィキム・エルグマド元帥はリリスティに陸海軍合同司令部設置を提案し、リリスティもこれに快諾した。
この陸海軍合同司令部には、陸軍、海軍双方の総司令部より連絡員のみならず、本総司令部の参謀達も多く配置されており、
来たるべき連合軍地上部隊の大攻勢や、米海軍の活動に即応できる態勢が整えられていた。
また、陸海軍首脳部で協議を行う際は、この合同司令部で話し合う事も決められ、今日は合同司令部設置後、初の陸海軍首脳の協議が
行われる予定であった。

本日の協議では、昨日までの戦況の確認と敵軍の最新情報の公開や、作戦のすり合わせ等が行われる。
だが、海軍側が用意した情報の内容は、非常に厳しい物ばかりである。

「提督。協議前なのに、そんな浮かぬ顔されるのはあまりよろしくない事かと」

背後から肩を落とすリリスティを気遣う部下が、心配そうな言葉を発するが、その口調はややおどけていた。

「この状況で晴れた顔つきで居ろというのかい?魔道参謀ー?」

リリスティは力のこもらぬ声で返しつつ、のっそりとした動きで後ろに振り返った。
総司令部魔道参謀を務めるヴィルリエ・フレギル少将は、地味にだらしない上司を見て苦笑してしまった。

「皇帝陛下がそのお姿を見たらなんと思われるでしょうか……恐らく、激怒して最前線に送られてしまうでしょうな」
「そん時ぁヤツも前線に道連れよ」

ひねくれ気味にそう発するリリスティを見かねたヴィルリエは、微笑みを浮かべて上司の両頬を両手でつまんだ。

「い、いた!何すんの!?」
「まーだ?まーだ目が覚めないの?んじゃこうして」
「ちょちょ、痛い!やめてったら!」

つまんだ皮膚を更に伸ばそうとするヴィルリエの手を、リリスティは強引に離した。

「こんのバカ!上官暴行罪で憲兵隊に突き出すわよ!」
「いやはや、これは失礼をば。それより……目は覚めたみたいね」

504ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2019/12/23(月) 23:50:17 ID:9E2YatiQ0
ヴィルリエはやれやれと言いたげな態度で、自らの目を指さしながら彼女に言う。

「まぁ……そうだ……ね」

リリスティは両頬をさすりながら、先程まで感じていた眠気が晴れた事に気付く。
彼女は多忙の為、一昨日からロクに睡眠が取れておらず、今や疲労困憊であった。

「眠気のせいでバカな事を口走ってたから、眠気覚ましのおまじないをかけてやったけど、効果はあったみたいね」

ヴィルリエはそう言ってから、気持ちよさげに笑い声をあげる。

「おまじないって……ただ頬をつねっただけじゃん」

リリスティはジト目を浮かべつつ、ぼそりと呟く。
彼女は軽く咳ばらいをしてから、改まった口調でヴィルリエに聞いた。

「さて。そろそろ来るんだね。ヴィル?」
「ええ。陸軍総司令部からエルグマド閣下がこちらに向かわれているとの知らせよ。リリィ、そろそろ会議室に戻らないと」
「言われなくてもそうするよ」

リリスティは凛とした顔つきでそう返し、ヴィルリエの肩を軽く叩きながら会議室に向かい始めた。

午後4時10分になると、合同司令部3階に設けられた会議室にエルグマド元帥とその一行が入室してきた。
席に座っていたリリスティは参謀達と共に立ち上がり、一行を出迎えた。

「お待ちしておりました、エルグマド閣下」
「すまぬの、諸君。ヒーレリ国境線と南部領戦線の対応で手を焼いておってな」

エルグマド元帥はにこやかに笑ってから、海軍側の向かい側に置かれた席まで歩み寄った。
彼はリリスティの真向かいまで歩いてから、軽くうなずく。

「それでは、早速始めるとしようか」

リリスティは無言で頷くと、陸海軍双方の参加者たちはひとまず、席に着いた。

「諸君らもご存知の事であろうが、前線の状況は……加速度的に悪化しておる。まずは、陸海軍双方の状況確認を行う事にする。
手始めに陸軍から最新情報の公開等を行いたいが、よろしいかな?」

エルグマドの問いに、リリスティは無言で頷いた。
彼は左隣に座る参謀長に目配せし、参謀長は小さく頷いてから作戦参謀と共に席を立った。

「総司令官閣下の申されました通り、陸軍部隊は各地で苦戦を余儀なくされております」

陸軍総司令部参謀長を務めるスタヴ・エフェヴィク中将は、壁の前に掛けられていた指示棒を手に取り、壁に貼り付けられた
地図を棒の先で指し始めた。
エフェヴィク中将は昨年8月まで第12飛空艇軍を率いていた歴戦の指揮官である。
元々は陸軍の歩兵畑の軍人であったが、30代中盤からワイバーン部隊の指揮を執り始め、着実に実績を重ねてきている。

505ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2019/12/23(月) 23:50:55 ID:9E2YatiQ0
昨年7月末のリーシウィルム沖航空戦では、アメリカ海軍の高速機動部隊に対して最後まで戦闘を完遂しなかった事を咎め
られ、8月初旬に第12飛空艇軍司令官を解任され、9月からは北方の第77予備軍の司令官という閑職に回されていた。

エルグマドが陸軍総司令官に任命されてからは、元々、エフェヴィク中将の経験と見識の広さに目を付けていた彼が直々に
任地である北東海岸の基地に赴き、しばしの間帝国の現状と、エルグマド自らが抱く心境を打ち明けた後、

「国家危急存亡の折、陸軍総司令部の参謀連中を束ねられるのは……エフェヴィク。君を置いて他には居ない。是が非でも、首都の
総司令部に赴き、その経験と、君の見識を生かして貰いたい」

と、真剣な眼差しを向けながらエフェヴィクに語り掛けた。

僻地に左遷され、内心腐っていたエフェヴィクは最初、やんわり断ろうとしていたが、陸軍総司令官であるエルグマドに直々に懇請されては
それが出来る筈もなく、1月初旬には後任の司令官と交代し、陸軍総司令部の参謀長として首都ウェルバンルに赴任する事となった。

「特に包囲された南部領付近の攻勢は激しく、包囲下の部隊は後退を続けております。また、帝国本土領においても、敵は適宜攻勢をかけて
おり、我が方は防戦一方です。既に……」

エフェヴィクは帝国のヒーレリ領北西部……いや、“旧帝国領ヒーレリ北西部”の辺りを指示棒の先で撫で回していく。

「ヒーレリ領は帝国領にあらず、帝国軍を撃退した連合軍は国境付近で進撃を止めつつも、戦力の補充と部隊の増援を計りながら、旧ヒーレリ
北西部国境付近からの帝国領侵攻を伺っているおります」

エフェヴィクは更に、指示棒の先で旧ヒーレリ領北西部、西武付近、帝国本土中部、重囲下にある南部領を順番に叩いた。

「陸軍は主に、この4方面において連合軍と交戦していることになります。今のところ、帝国北部に分散していた予備の師団や、急編成の部隊を
順次前線に投入し、または本土西部の部隊を幾つか移動させ、旧ヒーレリ領北西部や西武付近等の戦線に投入する事も計画しておりますが……
如何せん、兵力が足りません」

彼は指示棒の先で、帝国本土領……南部を除く範囲を大きく撫で回した。

「紙面上の兵力だけでも170万しかおりません。そして、実際の兵力は……大甘に見積もってもその8割。7割あれば御の字と言った所です」

エフェヴィクは、棒の先で南部領を叩く。

「この南部領に囚われた150万。そう……失われつつある150万が、本土領にいれば、幾らかは兵力の融通も利きましたが、現状は非常に
厳しく、本土領へ侵攻中、または、進行予定の敵軍兵力は、包囲網を攻撃中の部隊を除いても我が軍より多いと判断しております」

彼は手を休める事なく、指示棒の先を地図の右側……アリューシャン列島へと向けた。

「そして、敵軍はこのアリューシャ列島から、帝国本土東海岸にいつでも地上部隊を投入可能となっております。いわば……帝国軍は実に、
5つの戦線を抱えていると言ってもおかしくないのです」

エフェヴィクはアリューシャ列島のウラナスカ島を棒の先で叩く。

「東海岸戦線においては、特にこの地に展開する敵機動部隊が重要な役割を担っております。昨日も敵空母より発艦した艦載機によって
東海岸の海軍基地、物資集積所のある港が幾つか爆撃されており、この爆撃が集中的に続く場合、東海岸方面からの敵の上陸作戦が実行
される事は確実であると、我々は判断しております」

506ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2019/12/23(月) 23:51:41 ID:9E2YatiQ0
エフェヴィクはその後も、淡々とした口調で話を続けた。
やがて、エフェヴィクにかわり、作戦参謀のトルスタ・ウェブリク大佐が対応策の説明を始めた。
ウェブリク大佐は、エルグマドが首都に赴任するまでは総司令部作戦副参謀だったが先の空襲で作戦参謀が戦死したため、繰り上げで
作戦参謀を務める事になった。

「次に、これらの敵部隊に対する我が軍の迎撃ですが……参謀長も申しました通り、現状は敵との兵力差はもとより、装備や練度に対しても
敵に大きく劣ります。このため、迎撃作戦の主体は首都防衛を重点とせざるを得ず、首都より遠方の地方に関しては、遅滞戦闘を主体とした
作戦を行うのが現実的かと思われます」

ウェブリク大佐は一同に顔を向ける。
彼は平静さを装っていたが、その口調は重々しかった。

「ただし、その遅滞戦闘ですら、現状では困難と言えます。敵の航空戦力は日増しに増大するばかりか、その質においても、我が方のそれを
遥かに上回っている有様です」

彼はそう言いながら、懐から折り畳まれた紙を一枚取り出し、それを広げて壁に貼り付けた。

「ご存知とは思いますが、これは敵が新たに前線へ投入した新型機です。この新型機の名称は……シューティングスター」

ウェブリク大佐は、簡単ながらも、紙に描かれた新型機に指示棒をあて、そして一同に顔を向ける。

「我が軍が撃墜困難……いや、不可能となっている超高速新型戦闘機であります」

シューティングスターという名を耳にした一同は、ほぼ例外なく表情を曇らせるか、または眉を顰めていた。

昨日、突如として前線に現れたシューティングスターは、ワイバーン隊やケルフェラク隊相手に一方的な戦闘を展開し、
連合軍航空部隊の迎撃に従事していたシホールアンル側は、事前の予想を超える大損害を受けてしまった。
このため、シホールアンル軍は中部地区に展開していたワイバーン隊、飛空艇隊の航空作戦を全て中止。
帝国本土中部地区の制空権は、僅か1日ほどで連合軍に奪われてしまった。

前線部隊より入手した情報によると、シューティングスターはこれまでの常識では考えられぬほどの高速で飛行が可能であり、
推測ながら、その最大速度は400レリンク(800キロ)を軽く超えるとされている。


帝国軍に、400レリンクを出せるワイバーンやケルフェラクは無い。


空中戦で大事なのは、1にも2にも、速度だ。
どれだけ驚異的な機動力を有していようが、戦う相手より遅ければ、常に不利な体勢で戦う事を余儀なくされる。
放たれる弾をかわせば、相手の攻撃は無に帰すが、追いつけなければ、相手の弾切れを待つのみとなってしまう。

実際、シューティングスターに襲われたワイバーン隊やケルフェラク隊の生き残りは、敵があまりにも早すぎる為、
防御一辺倒の戦闘に終始し、背後に回って反撃しようとすれば、敵は高速で瞬時に離脱してしまい、光弾を放つ事すら
かなわなかったという証言が非常に多かった。

「今のところ、シューティングスターの目撃例はこの一件のみとなっており、他戦線では確認できておりません。ですが……」

ウェブリク大佐は若干顔を俯かせつつ、言葉を続ける。

507ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2019/12/23(月) 23:52:33 ID:9E2YatiQ0
「これまでの経験からして、アメリカ軍はこの新兵器を大量配備しつつある事は明らかと言えるでしょう。マスタング、サンダーボルト、スーパーフォートレス。
これらの兵器も、戦場に顔を見せ始めたと思いきや、半年足らずで大量に配備され、我が方を圧迫しております」
「要するに……帝国本土上空は、そのシューティングスターという超高速飛空艇で埋め尽くされるのも時間の問題、という事か。おぞましい物だ」

腕を組みながら聞いていたエルグマドが、不快気な口調で漏らした。

「シューティングスター……空の脅威も当然ではありますが、海からの脅威にも目を光らせなければいけません」

それまで黙って話を聞いていたリリスティが、重い口を開く。

「昨年の戦闘で、我が方は帝国本土東海岸と南海岸部の制海権を失っています。このため、敵は好き放題に活動しており、3日前にも東海岸に接近した
敵の機動部隊が東海岸の軍事施設を攻撃しています。これと同じことは、南海岸にも起こりえる事で、復旧作業中のリーシウィルムや、まだ無傷の
軍港が敵機動部隊に狙われる可能性があります」

リリスティは内心、決戦に惨敗した事を非常に悔しがっていたが、それを表には出さずに言葉を続けていく。

「今のところ、各軍港に分散配置した、残存の竜母や戦艦といった主力艦艇群はすべて、シュヴィウィルグ運河を通って北海岸に避退、または避退中では
ありますが」

ここで、唐突にドアがノックされる音が室内に響いた。

「失礼します!」
「何事か!?」

入室してきた陸軍の連絡官を見て、ウェブリク大佐が問いかける。

「リーシウィルムの西部軍集団司令部より緊急信であります!」

連絡官は早口でまくし立てるように答える。
それと同時に、海軍の制服を着た連絡官が現れ、足早にヴィルリエのもとに歩み寄った。

「総司令官。シュヴィウィルグから……いや、シュヴィウィルグとリーシウィルム、それから……」

ヴィルリエから小声で報告を聞いたリリスティは、無意識に眉を顰めてしまった。

「本当、敵機動部隊は我が物顔で暴れているわね」
「どうやら、海軍側でも敵機動部隊襲来の報告を受けたようだな?」

聞き耳を立てていたエルグマドが苦笑しながら、リリスティに聞く。

508ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2019/12/23(月) 23:53:07 ID:9E2YatiQ0
「はい。陸軍と海軍の連絡官は、ほぼ同時に似た報告を受けたようです」


今しがた伝えられた報告によると、現在、帝国領南海岸の4つの拠点……リーシウィルム、シュヴィウィルグ、トリヲストル、カレノスクナの地点に
敵機動部隊から発艦した艦載機が襲来し、攻撃中という物だった。
攻撃は現在も続いている為、被害状況の詳細は分からないが、シュヴィウィルグでは、運河を通って避退しつつあった竜母クリヴェライカと
戦艦ケルグラストが敵艦載機に攻撃され、防戦中という情報も入っている。

「モルクンレル提督は海からの脅威にも目を光らせるべきと言われたが、まさにその通りであるな」
「この一連の攻撃が敵の上陸作戦の前触れであるかは判断できませんが、もし上陸作戦が開始されれば、陸軍の計画も修正を余儀なくされるかと
思われます」

ウェブリクがそう言うと、エルグマドは無言のまま大きく頷いた。

陸軍は、旧ヒーレリ領境付近を除き、本土西部の沿岸部近くに12個師団を配備しており、その内陸部には6個師団。そして、編成を終えたばかりの
新師団が4個師団配備されている。
陸軍の計画では、このうち、半数近くに当たる10個師団を順次本土中部、並びに首都防衛線に近い東部付近に増援として送る手筈となっており、
既に第1陣である歩兵2個師団が鉄道を使って、大きく北から迂回する形で東部戦線に送られつつある。
第2陣である1個歩兵師団と2個石甲師団は3月始めに鉄道輸送される予定で、6月までに10個師団全てを各戦線の前線、またはやや後方に予備部隊
として配置する予定だ。

だが、その計画も、連合軍が帝国西部付近に上陸作戦を開始すれば、自然と狂ってしまう。
これまでの経験からして、連合軍は一度に1個軍(6〜8個師団相当)を上陸させて強引に戦線を形成し、帝国軍を単一の戦線に戦力を集中させずに
複数の正面で戦闘を強要させる傾向にある。

旧ジャスオ領や旧レスタン領、旧ヒーレリ領の戦いはまさにその典型であり、帝国軍は唐突に2正面戦闘を強いられて敗走を続けた。
それと同じ事を実行する可能性は、極めて高いと言えた。

もし、連合軍が西部付近の着上陸作戦を実行すれば、10個師団の他戦線の移動は不可能となり、少なく見積もっても4個師団は残存して敵の上陸に
備えなければならないだろう。

「敵が上陸作戦を伴っているか否かは、ワイバーン隊の洋上偵察を実施すれば明らかになります。それよりも、今後の防戦計画について話を続けていく
べきかと思われますが……陸軍からは続きはありますでしょうか?」

ヴィルリエがそう言うと、エルグマドはそうであったな、と一言発してから、ウェブリク大佐に説明を続けさせた。

509ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2019/12/23(月) 23:55:46 ID:9E2YatiQ0
1486年(1946年)2月8日 午前7時 ロアルカ島

昨日深夜に護衛任務を終えて、ロアルカ島の軍港に入港した駆逐艦フロイクリは、古ぼけた桟橋の側に艦を係留させ、短い休息を満喫していた。
フロイクリ艦長ルシド・フェヴェンナ中佐は、艦橋に上がるなり、やや遠くに浮かぶ見慣れない船にしばし注目した。

「ほう……珍しい船がいるな」

彼は、航海士官とやり取りをかわしていた副長のロンド・ネルス少佐に声をかけた。

「おはようございます艦長。珍しい船とは、あの木造船の事ですな?」
「ああ。今時は珍しい赤と黒の大きい船体か。どこの国の船だ?」
「最初は自分らも分からんかったんですが、聞いた所によると……イズリィホン将国の船のようです」
「イズリィホンか………戦争ではやたらめったに強いという、あの噂の……」

フェヴェンナはそう言いながら、ふと、イズリィホン船に何らかの異常が起きている事に気が付いた。
綺麗に塗装されたと思しき船体は、あちこちが傷付いており、特に船体後部には何人もの船員が張り付いて修復作業にあたっている。
特に目を引くのが、3本あるマストのうち、真ん中のマストが中ほどから折れてしまい、その上部がそっくり無くなっている事だ。
前、後部のマストには白い帆が畳まれているが、よく見ると、その帆にも小さな穴が開いている事が確認される。

「やたらに傷付いているようだが……」
「ノア・エルカ列島の西方沖で嵐に巻き込まれたそうです。あのイズリィホン船は何とか耐え抜いたとの事ですが、船体の損傷は大きいようですな」
「しかし、メインのマストがあの様では全速力は出せんだろう。あの船の船長は、ここでメインマストの修理をするだろうな」
「魔法石機関の無いイズリィホン船では妥当な判断と言えますね」

2人がその調子で会話を交わしていると、気を利かせた従兵が香茶入りのカップを持ってきてくれた。

「艦長、副長。淹れたての香茶であります」
「おう。気が利くな」

フェヴェンナは従兵に礼の言葉を述べつつ、カップを取って茶を啜った。

「明日の出港は朝の4時だったな」
「はい。僚艦3隻と別の駆逐隊4隻合同で、12隻の輸送艦を本土に護送する予定です。」
「往路は珍しく、一隻の損失も無く辿り着けたが……帰りは何隻残るかな」

フェヴェンナは自嘲めいた口調で、ネルス副長に言うが、副長は無言のまま肩をすくめた。

午前7時 イズリィホン船サルシ号

サルシ号の船頭を務めるヲムホ・ダバウドは、自ら指揮する乗船の状況を眉を顰めながら見回していた。

「イズリィホン水軍随一の大型軍船も、大嵐の前では小舟も同然じゃのう……」

ダバウドはしわくちゃの小烏帽子(略帽のような物)に手を置きながらそう嘆いた。
サルシ号はイズリィホン将国水軍で最新鋭の大型軍船で、全長は30グレル(60メートル)、全幅22メートル(44メートル)で、
排水量は800ラッグ(1200トン)になる。

510ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2019/12/23(月) 23:56:52 ID:9E2YatiQ0
イズリィホンがこれまでに建造した軍船の中では最大の船だ。
サルシ号は従来の軍船と比べて格段に大型化したにもかかわらず、船の操作性はこれまでの船と比べて向上していると言われている。
この船を建造したのは、イズリィホン内でも有数の規模を誇るオルミ領の造船所で、長年イズリィホンの軍船を建造し続けてきた名門であった。
オルミ国の守護大名はこの船を見るなり、どんな海でも悠々と渡ることが出来ると太鼓判を押し、幕府の中枢もこの船に大きな期待を抱いた。

しかし、自然はこの優秀な軍船を容赦なく振り回し、しまいには無視できぬ損害を与えてしまった。
特に、真ん中の帆棒(マストを表す)を失った事は大きな痛手である。

「早く修復せんと、シホールアンルにいる特使殿を待たせてしまう……ひとまず、ここは……」

ダバウドは髭で覆われた顎を右手でさすりながら、仏頂面で考え事を続ける。
その背後に快活の良い声音がかけられた。

「やあやあ!良い天気だのう!」

声の主はそう言いながらダバウドの両肩を叩いてから、するりと彼の前に歩み出た。

「これは団長殿。相変わらず元気溌剌でございまするな……」
「当たり前だろう!見よ、この見事な晴れ。わしらの前途を示しているとは思わぬか?」

ダバウドが被る烏帽子とは違う、手入れの行き届いた張りのある烏帽子を被る男は、満面の笑みを浮かべながら聞いてきた。

「一昨日は酷い目に遭われたのに。団長殿は相変わらず豪胆なお方ですなぁ」
「これでもオルミ国の守護を任されておる身じゃ。領内の民や国人衆を率いるからには、どんな場に遭うても行く筋は明るい!と、言わねばならぬからの」

オルミ国守護を務める男……ルォードリア・キサスはダバウドにそう言ってから、豪快に笑い声をあげた。

彼は若干28歳にして、キサス家の当主を務めている。
キサス家は数あるイズリィホン武家の中でも強い勢力を誇り、元々は由緒ある家柄から派生した中規模の勢力程度の武家であるのだが、先々代、先代の
キサス家当主が手練手管を用いて中枢に取り入り、先代当主も従軍した乱鎮圧の功がきっかけでイズリィホン国内でも有力な大名として勢力を拡大。
ルォードリアが18歳でキサス家の家督を継ぎ、その4年後、倒幕運動鎮圧の功もあり、キサス家は名実ともに国内で10位内に入る程の領地を
手に入れ、押しも押されぬ有力大名として国中に知られる事となった。
ただ、キサス家の躍進は、長年分家筋として見ていた本家、ルィナクト家の勢力圏を半ば毟り取る格好で行われていたため、ルィナクト家の者達からは
目の敵にされているのが現状だ。

そんな彼の性格は豪放磊落で、新しい物好きという面も持ち合わせている。
また、自分の思うままに物事を進めようとする面もあり、自分勝手な守護様と、陰口をたたく者も少なくない。

その彼が、一国の守護を務めていながら、なぜサルシ号に乗っているのか?

出港前に突如乗船してきた彼に、ダバウドは問いかけたが、キサスは

511ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2019/12/23(月) 23:57:39 ID:9E2YatiQ0
「これは、わしの領地で作った船じゃ。幕府水軍の所属とは言う物の、造船所の船大工は長年、キサス家が育ててあげてきた。言うなれば、この軍船は
わしの赤子のような物じゃと思う。その赤子を送り出した主が、この旅路に同道するのは至極当然!と、思うのじゃが……違うかの?」

真剣な口調で逆に聞き返していた。
答えに窮したダバウドに、キサスは更に述べる。

「それに、この旅路で何か新しい物が見れると思うのだ。ソルスクェノ殿に再会したい気持ちも強いが……一番の目的は、イズリィホンには無い新しい物を、
この目で見る事じゃ。シホールアンルには、それがある」

それを聞いたダバウドは、なんと自由奔放なお方なのかと、心中で思った。
しかし、辺境といえるこのロアルカ島を見ても、イズリィホンには無い物が多く見受けられる。

特に、帆も貼らずに高速で進むシホールアンル海軍の高速艦艇には度肝を抜かされた。
小型に部類されているシホールアンル駆逐艦でさえ、イズリィホン“最大”の軍船であるダバウド号より大きいのだ。
造船技術だけを取ってみても、イズリィホンとシホールアンルの差は非常に大きいという事がよくわかる一例だ。

「あの戦船を見るだけでも、多くの事を感じることが出来るのう」

キサスは、眼前の駆逐艦に指を差しながらダバウトに言った。

「そう言えば、シホールアンルの代官殿がそろそろ来船される頃でございますな」
「ほう。もうそんな時間であるか」

ダバウドがそう言うと、キサスは昨日の夜半にダバウドを始めとする代表者数名を上陸させ、シホールアンル側に船の修理ができる
ドックと資材があるのか調べさせた事を思い出した。

ダバウドらの報告によると、唐突の来訪にであるにも関わらず、シホールアンル側の対応は紳士的であり、彼らの話を聞いてくれた。
相手側の話では、修理用船渠はちょうど空きがあるのでなんとか手配できるとの回答を得られている。
資材に関してだが、はっきりとした回答は得られなかったものの、夜が明けてから担当士官を船に向かわせ、被害状況を確認したいと言われた。

「噂をすればその姿あり、という奴じゃの」

キサスは、おもむろに左舷側を見た後、ダバウドの肩を叩きながらそう言う。
桟橋から小型艇が離れ、徐々にサルシ号に近付きつつある。

「シホールアンル籍の帆船もちらほら見るが、ああいう小型艇にも帆が付いておらぬとは……不思議な物でございますな」
「うむ。見る物全てがわしらを驚かせてくれる。退屈せんわい」

キサスはどこか満足気な口調でダバウドに返した。

程無くして、小型艇がサルシ号に接舷し、シホールアンル海軍の担当士官が部下2名を引き連れて船内に入ってきた。

キサスとダバウドは第3甲板の乗降口で担当士官らを出迎えた。

512ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2019/12/23(月) 23:58:47 ID:9E2YatiQ0
「日々ご多忙の中、軍船サルシへの視察にお越し頂き、誠に感謝いたしまする。改めまして、それがしはサルシの船頭を務めまするヲホム・ダバウドと
申します」

ダバウドは恐縮しつつ、恭しい仕草で頭を下げた。

「それがしは、ルォードリア・キサスと申しまする。特使殿の出迎えのため、遠くイズリィホンより馳せ参じました。見ての通り、貴国の船を比べる
べくも無い船ではございますが、不幸にも嵐に見舞われたため、かような事態に立ち至りました。我らは異国の地にて任を終えた同胞を出迎える事が
勤めでありますが、船は傷付き、先行きは怪しい……我が同胞のためにも、ここは友邦国のお歴々のお骨折りを頂きたく、伏して、お願いを申し上げる
所存でございます」

キサスは通りの良い、張りのある声音で担当士官らに願いを申し述べた。

「私はシホールアンル海軍西方辺境隊に所属するヴォリオ・ブレウィンドル少佐と申します。辺境隊司令官よりあなた方の話はお聞きしております。
遠い異国の地に赴任する同胞を想う思いは、私にもよく理解できます。私自身、兄がフリンデルド本土の公使館員として働いております。戦況悪化の折、
あなた方の望んだ通りの支援が出来るかは正直……確約できぬところがあります」

ブレウィンドル少佐は一旦言葉を止め、痩せた面長の顔を右や左に振り向ける。

「しかしながら、出来る限りの事はやらせて頂きます。そのために、まずはこの船の被害状況をこの目で確認させて頂きます」
「おお。心強い限りじゃ……」

キサスは、ブレウィンドル少佐の内に秘めた誠実さを感じた後、無意識のうちに感嘆の言葉を漏らしていた。

「頼みますぞ!ダバウド、お歴々を案内つかまつれ」
「は。これよりはそれがしがご案内仕ります。まずはこちらへ……」

ダバウドは担当士官ら案内すべく、先頭に立って甲板へ上がり始めた。
キサスは彼らの後ろ型を流し見しつつ、そのまま視線をシホールアンル駆逐艦を向けた。

「しかし……何度見ても凄い船じゃが……この国ではあれ程の大船でさえ、小さいというのだ。大きい奴はどれほどのものになる事か……
ここにいるだけでも、わしらの国の伝統や、常識が何であったのか……心の中で揺れ動いてしまうわ。誠に、バサラよのぅ」

彼はそうぼやいてから、高々と笑い声を上げた。

異変は、損傷個所の確認を行っている最中に起きた。

キサスの耳に、遠くからけたたましい警笛のような物が飛び込んできた。

「む……なんじゃこの音は?」

513ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2019/12/23(月) 23:59:28 ID:9E2YatiQ0
第58任務部隊第1任務群は、午前4時30分にはロアルカ島より南東250マイルの沖合に到達し、午前5時までには第1次攻撃隊130機が
発艦し、ロアルカ島攻撃に向かった。

第1次攻撃隊がロアルカ島に迫ったのは、午前7時を過ぎてからであった。

第1次攻撃隊指揮官兼空母リプライザル攻撃隊指揮官を務めるヨシュア・パターソン中佐は、眼前に広がるノア・エルカ列島の中心拠点である
ロアルカ島を見据えながら、指揮下の各母艦航空隊に向けて、マイク越しに指示を下し始めた。

「攻撃隊指揮官騎より、各隊へ。目標地点に到達、これより攻撃を開始する。リプライザル隊は港湾南側の停泊地、並びに地上施設。ランドルフ隊は島中央部
の停泊地、並びに付近を航行中の艦船。ヴァリー・フォージ隊は港湾北側の停泊地を攻撃せよ!」

パターソン中佐の指示を受けた各隊は、それぞれの目標に向けて行動を開始する。

第1次攻撃隊の内訳は、リプライザルからF8F12機、AD-1A36機。
ランドルフからF8F12機、AD-1A24機。
ヴァリー・フォージからF6F16機、SB2C18機、TBF12機となっている。

出撃前のブリーフィングによると、ロアルカ島の港湾施設は島の中央部に集中しており、大きく3つに分けられると言われている。
また、捕虜から得た情報では、ロアルカ島付近には航空部隊が配備されておらず、対空火器も比較的少ない事が判明している。
このため、同島に向かわせる攻撃隊は護衛機の比率を下げ、攻撃機を多く加える事で、ロアルカ島の敵艦船、並びに、敵施設への攻撃を重点的に
行う事となった。

空母ごとに別れた3つの梯団が別々の動きを見せ始め、更に高度を上げる機体があれば、逆に高度を下げて行く機体もある。
リプライザル隊は真っ先に戦場に到達したため、敵の対空砲火は自然とリプライザル隊に集中する事となった。
敵の迎撃が全くないため、護衛のF8Fが敵の対空砲火を制圧するため、まっしぐらに敵へ突っ込んで行く。
ロアルカ島の大きな入り江には、慌てて出港したと思しき艦艇が多数見受けられ、そのうちの半分から対空砲火が撃ち上げられた。
F8Fは、高射砲弾の炸裂をものともせず、光弾に絡め取られる事もないまま、敵陣に接近して両翼の20ミリ弾を叩き込んだ。
F8Fに狙われたのは、地上の軍事施設の周囲に配置された対空陣地であった。
長方形型の兵舎と思われる5つの施設の周囲には、8個程の対空陣地が置かれており、それらが対空射撃を行うのだが、猛速で飛行する
F8Fの動きに付いていけず、光弾はF8Fの残像を貫くばかりであった。
20ミリ機銃の集中射を受けたある対空陣地が瞬時に沈黙し、それを見たシホールアンル兵は驚愕の表情を見せたあと、半狂乱になりながら防空壕に
飛び込んでいく。
別の対空陣地は果敢に反撃しようと、銃座の指揮官が声を張り上げて指示を飛ばすが、魔道銃を構えた兵士は、F8Fの機首が自分たちに向けられるや、
すぐに魔道銃を放棄してしまった。
指揮官は激怒し、長剣を抜きながら兵士を追いかけようとするが、そこに20ミリ弾がしこたま撃ち込まれ、指揮官は銃座ごと体を粉砕された。
ロアルカ島守備隊の駐屯地上空には、F8Fの機首から発せられる大馬力エンジンが盛んに唸り声を響かせており、それは平和を維持する地に現れた
破壊者そのものの雄叫びと言っても過言ではなかった。

サルシ号の船上から見たそれは、イズリィホン人である彼らから見たら、まるで夢現の中の出来事のように思えていた。
だが……それは夢現の中の出来事ではなかった。

「敵機動部隊だ!」

514ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2019/12/24(火) 00:00:09 ID:9E2YatiQ0
キサスは、上甲板に上がった瞬間、ブレウィンドル少佐の発した金切り声を耳にしていた。

「敵機動部隊ですと?となると……あれが、シホールアンルが戦っている敵であると。そう申されるのですな?」
「その通りです!しかし、こんな辺境の島にまで奴らが襲撃してくるとは……!」

キサスは、それまで澄ました表情を見せていたブレウィンドル少佐が、明らかに狼狽している事に気付いた。

「これは、視察どころではない!一刻も早く陸地に戻らねば」

ブレウィンドル少佐は目を血走らせながら、慌てて小艇に移乗しようとするが、そこにキサスが待ったをかけた。

「お待ち下され!今陸地に戻るのは危ういのではありませぬか?」

彼は片手を周囲に巡らせた。
キサス号の付近に停泊していた駆逐艦や哨戒艇が大慌てで出港し、広い湾内に展開しようとしている。
今この状況で陸地に戻ろうとしたら、小艇はこれらの艦と衝突する可能性があった。

「た、確かに……」
「今は事が収まるまで、この船に留まられるのが宜しいかと思われますが」

キサスの提案を受けたブレウィンドル少佐は、半ば困惑しながらも、顔を頷かせた。

(この者、生の戦を経験しておらぬな?)

同時に、キサスはブレウィンドル少佐が、前線を経験していない事にも気付き始めた。

「しかし、なぜこの僻地にまで、敵の機動部隊が……」
「ブレウィンドル殿。それがしは疑問に思うたのですが、この地には精強無比と強いと謡われておられる筈のワイバーンが見えぬのですの。
ワイバーンはあれらを迎え撃たぬので?」
「ワイバーン隊は……おりません」

ブレウィンドルは、半ば絶望めいた口調でキサスに答える。

「敵が来ない僻地にワイバーン隊を置いて、ただ遊ばせる訳にはいかんと上層部が判断したのです」
「ううむ……となると、これはしてやられたという事になりますのぅ」

キサスは同情の言葉を述べるが、ブレウィンドルはそれに返答せず、無言のまま拳を握り締めていた。
この間にも、アメリカ軍機の空襲は続いていく。

陸の地上施設に第一弾を投下した米艦載機は、港湾施設や在泊艦船にも襲い掛かる。
キサスは、遠方ながらも、初めて目の当たりにする米軍機の攻撃を食い入るように見つめ続けた。

幾つもの小さな影は、ワイバーンと違って左右の翼を振らないのだが、それでいてワイバーンよりも動きが良いように思える。
特に直進時の速さはこれまでに見たワイバーンや、国の妖族、怪異共のそれと比べ物にならないぐらい早い。

515ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2019/12/24(火) 00:01:26 ID:9E2YatiQ0
それでいて、小さな影からは聞いた事もない轟音が響き渡り、音だけで敵を殺傷しようとしているのかと思わんばかりだ。

「なんとも耳障りの音じゃ。しかし、よくよく聞いて見ると、これはこれで力強いようにも思えてしまう……」

キサスは、上空に木霊するライトR-3350エンジンや、P&W製R2800エンジンの音に対し、素直な感想を述べた。

アメリカ軍艦載機は、高空から降下して目標を攻撃する機や、超低空から目標に忍び寄ろうとする機、そして、高速で先行して
目標に牽制攻撃を仕掛ける等、役割に応じて目標を襲撃している事が、おぼろげながらもわかり始めた。

これらの攻撃は凄まじく、停泊中の大船はもとより、抜錨して湾内で動き回っていた船ですら、アメリカ軍機の攻撃の前に次々と
討ち取られつつある。
しかし、対する友邦国の軍も決してめげることなく、地上からは絶えず導術兵器の反撃(イズリィホンではそう呼んでいる)を行い、
湾内の艦艇は、国旗と戦闘旗を雄々しくはためかせながら光弾を吐き続けている。
絶対的な劣勢下にありながらも、猛々しく戦う姿は、世界一の強国シホールアンルの意地を表しているかのようだ。

「アメリカ軍とやらの攻撃も恐ろしい物じゃが、それに立ち向かう貴国軍の戦船も負けず劣らず、天晴れなものですな」
「ええ。確かに果敢です。ですが……!」

ブレウィンドルは唐突に言葉を失ってしまった。
今しも、懸命の対空戦闘を続けていた一隻の駆逐艦が、スカイレイダーから放たれた爆弾を全弾回避し、生還の望みを掴んだ筈であったが、
低空から接近してきた別のスカイレイダーの雷撃を受けてしまった。
2機のスカイレイダーは、両翼から2本ずつの魚雷を投下し、計4本の魚雷が駆逐艦の艦体に迫った。
駆逐艦は急転舵で回避を試みたが、全て避ける事は叶わなかった。
駆逐艦の左舷側中央部に1本の巨大な水柱が立ち上がると、駆逐艦は急速に速度を落とし始めた。

「今のはなんじゃ!?あの喧しい飛び物が、海の中に細長い棒状の物体を捨てたはずじゃったが……」
「今のは魚雷という兵器によって行われた対艦攻撃です。私も実際に見るのは初めてではありますが、敵は艦船を撃沈する際に、
飛空艇の腹や、翼の下に魚雷を抱かせ、至近距離まで接近して目標に魚雷を当てに行くのです。その際、魚雷は海中に潜り込み、
目標は海の中にある下腹を、あの棒状の物体によって串刺しされてしまい、そして……中に仕込んだ火薬を爆発させて大打撃を
与えていくと、私はそう聞き及んでおります」
「なんと……となると、魚雷という名の得物は恐ろしい威力を持っておるのですな」

キサスは驚愕の表情を浮かべながら、傾斜を深めていく駆逐艦を見つめ続けた。

(あの戦船の中にもまた、シホールアンルの水士達が大勢乗っておる。船の傾きが異様に早いとなると……)

乗員の多くが死ぬ。それも、短時間の内で……100名単位で……

516ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2019/12/24(火) 00:02:13 ID:9E2YatiQ0
「次元が……わしらの知る戦とは、何もかもが違い過ぎる。人が討ち取られていく数と、それに立ち至る時の流れまでもが」
「キサス殿の船は、不用意に動かず、このままじっとしておかれた方がよろしいでしょう」
「無論、そのつもりでございまする。ましてや、イズリィホンはこの戦に関しておりますぬからな。戦ともなれば、大旗を掲げて」

その瞬間、キサスは体の動きを止めた。

(旗……わしらの旗は……!)

彼はハッとなり、心中で呟きながらマストに顔を振り向けた。
サルシ号は嵐に見舞われ、メインマストを損傷してしまっている。その際、イズリィホンの国章が描かれた旗も無くしてしまった。
その後、サルシ号はシホールアンル側の警戒艦に不審船として止められた後、臨検させてイズリィホン船籍の船である事を説明した
後に、ロアルカ島への停泊を許されている。
つまり、サルシ号は、一目にイズリィホン船籍の船と識別できない状態にあるのだ。

それは即ち……

「あ……殿ぉ!空から何かが向かって来ますぞ!」

サルシ号が米艦載機に、シホールアンル船籍……つまり、敵艦船として認識される事を意味していた。

空母ヴァリー・フォージから発艦したSB2Cヘルダイバー艦爆16機は、TBFアベンジャー艦攻12機と共に、目標と定めた
港湾地区上空に達していた。

「眼下には桟橋から出港したての大型の輸送艦2隻に……あれは木造の輸送船か。それが1隻。あとは出港して湾内に展開しつつある小型艦3隻。
ちょこまかと動き回る駆逐艦は無視して、輸送艦を狙うか」

ヴァリー・フォージ艦爆隊指揮官であるデニス・ホートン少佐は、自隊の主目標を輸送船3隻に絞る事に決めた。

「デニス!聞こえるか!?そっちは何を狙うんだ?」

唐突に、レシーバー越しに艦攻隊指揮官の声が響く。

「ジェイソンか。こっちは輸送艦を叩く予定だ。そちらの目標はどれだ?」
「こっちは駆逐艦を狙う。何機かはまだ雷撃に不慣れだから、輸送艦を狙わせたいと思っているが」
「ふむ。いいだろう。相手からの反撃は少ない。のんびりと行かせてもらうよ」
「位置的にそっちの方が先だな。いい戦果を期待しているぞ。グッドラック!」

ホートン少佐は同僚の声に苦笑しながら、レシーバーを切った。

(不慣れなクルーがいるのはこっちも同じだな。16機中、8機のクルーは初陣だ。緊張で上手くやれんかもしれんだろうが……
訓練通りにやってくれることを祈るばかりかな)

517ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2019/12/24(火) 00:02:54 ID:9E2YatiQ0
彼は部下の練度に不安を感じながらも、各機に指示を下し始めた。
第1、第2小隊は輸送艦1、2番艦。第3、第4小隊は木造の輸送艦を目標に定め、各々攻撃を開始した。


サルシ号の上空に、これまた聞いた事のない轟音が鳴り始めた。

「な、なんだこの金切り音は!?」
「あ奴はもののけか!?」

部下の護衛兵が耳を押さえたり、上空に指を向けながら、迫り来るある物を凝視する。
キサスは釣られるように空を見上げた。
サルシ号の右舷上方から、何かが急角度で降下を始めていた。
その姿は最初小さかったが、みるみるうちに大きくなっていく。

「と、殿!あ奴はこっちに落ちてきますぞ!」
「いや!落ちておるのではない!あれが、あの者達のやり方なのじゃ!」

キサスは、先程目撃したシホールアンル艦に対するスカイレイダーの急降下爆撃を思い出し、サルシ号も同じ方法で攻撃を受けているのだと
心中でそう確信していた。

「ヘルダイバーだ!もう助からないぞ!!」

唐突に、傍らのブレウィンドルが叫び声をあげた。

「ヘルダイバー?それがあ奴の名でございまするか!?」

キサスはブレウィンドルに聞き、彼も答えたが、この時には、ヘルダイバーから発する甲高い轟音が地上に鳴り響いていたため、その声を
聞き取ることが出来なかった。

(なんという音じゃ!これでは、何も聴き取れぬ!!)

彼は無意識のうちに両手で耳を塞いでしまった。
だが、ヘルダイバーの発する轟音は、耳を掌で覆っても消える事はなく、むしろ大きくなる始末であった。
キサスは、徐々に機体を大きくするヘルダイバーを睨み付ける。
栄えあるイズィリホン武士団の一棟梁としての矜持が、この未知なる物体から逃れようとする自分をこの場に押し留めていた。
その矜持がいつまで保たれるかを試すかのように、米艦爆はサルシ号に向けて急速に接近していく。
サルシ号には3機の艦爆が向かっており、先頭はサルシ号まで高度2000メートルを切っていた。
キサスは緊張しながらも、ヘルダイバーと呼ばれるもののけの特徴を頭の中にじっくりと刻みつつあった。

(これまでに、妖族や天狗族、鬼族と言った異形とも呼ばれる者どもをわしは目の当たりにしてきたが……これこそ、正真正銘の異形と
言うべきかもしれぬ)

518ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2019/12/24(火) 00:03:49 ID:9E2YatiQ0
彼は、翼の根元を膨らませながら、急降下して来るヘルダイバーに対してそのような印象を抱いた。
その時、ヘルダイバーの目前に複数の花のような物がが咲いた。


駆逐艦フロイクリは緊急出港を行った後、敵の空襲を受けたが、必死の対空戦闘を甲斐あって損傷は軽微で済んだ。
艦上で対空戦闘の指揮を執っていたフェヴェンナ艦長は、見張り員の報告を聞くなり、ぎょっとなった表情でキサス号の上空に
顔を振り向けた。

「まずいぞ!アメリカ人共はイズィリホン船を爆撃しようとしている!」

フロイクリは今しがた、急回頭で敵の航空雷撃を回避したところだ。
彼は、輸送艦を爆撃して避退しようとする敵機を目標に定めようとしていたが、急遽目標を変更する事にした。

「目標、イズィリホン船上空の敵機!急ぎ撃て!」

フロイクリの4ネルリ(10.28センチ)連装両用砲が右舷側に指向され、6門の主砲が急降下しつつある米艦爆に照準を合わせる。
命令から10秒経過したところで、仰角を上げた連装砲塔が火を噴いた。
高射砲弾はヘルダイバーのやや前方で炸裂し、6つの黒い花がイズィリホン船の上空に咲いた。
ヘルダイバーには砲弾の鋭い破片が突き刺さったはずだが、臆した様子を見せることばく、強引に黒煙を突っ切った。

「魔道銃発射!」

砲術長が号令し、直後にフロイクリの対空魔道銃が射撃を開始する。
右舷に指向できる8丁の魔道銃から放たれた光弾が、ヘルダイバーへの横槍となって注がれていくが、なかなか命中しない。
だが、それがきっかけとなったのか、ヘルダイバーは高度1000メートルを切らぬうちに胴体から爆弾を投下した。

「敵機爆弾投下!」

(くそ!落とせなかったか!)

フェヴェンナは敵を落とせなかった事を悔やんだが、すぐに別の指示を下した。

「2番機を狙え!まだ爆弾を持っているぞ!」

フロイクリの照準は、その後ろを降下する2番機に向けられる。
6門の砲と8丁の魔道銃が矢継ぎ早に射弾を繰り出す。
他の僚艦は対空戦闘を続けるか、被弾して大破状態にあるため、フロイクリ1隻のみの対空砲火では思うような弾幕がはれない。
それでも、フロイクリの対空射撃は一定の効果があった。
長い間戦場を渡り歩いた歴戦艦だけあって、乗員の腕は確かであり、射撃の精度は良好であった。
それに加えて、ヘルダイバーは乗員が未熟な事もあって、1番機と同様、高度1000を切った直後に爆弾投下という、及び腰の攻撃を行わせる
という効果もあった。

「1番機の爆弾が着弾!イズィリホン船の左舷側海面に外れました!」
「3番機、本艦右舷上空より接近!突っ込んできます!」

519ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2019/12/24(火) 00:04:25 ID:9E2YatiQ0
上空より響き渡るダイブブレーキの轟音に負けじとばかりに、大音声で報告が艦橋に飛び込んできた。

「こっちが狙われたか!」

フェヴェンナは表情を険しくするが、ヘルダイバーの矛先を引き付ける事も出来た。
彼はある種の達成感を感じながら、操艦に集中し続けた。



サルシ号に向かっていた米艦爆の腹から何かが放たれた。

「伏せて!爆弾です!!」

ブレウィンドル少佐が叫び、両手で頭を押さえながら甲板に突っ伏した。
直後に、キサスらもそれに倣って体を伏せた。

頭の上でまた変わった轟音が響き渡り、音だけでサルシ号を潰そうとしているように思えた。
直後、強烈な爆裂音と共に左舷側から猛烈な振動が伝わった。

「ぬ、ぬおぉ!」

キサスは船体に伝わる衝撃に体を転がされ、仰向けの形で体が止まった。
その眼前には、甲高い叫び声を上げながら真一文字に突っ込みつつある米軍機がいた。
先と同様、翼の根本を膨らませながら迫りつつある。
その周囲に黒い花が咲き、更には色鮮やかなつぶてが横合いから吹き荒んでいる。

(あ奴はシホールアンルの戦船から攻撃を受けておるな!)

キサスは、先程までシホールアンル艦の対空戦闘を見学していたため、この機がどこかにいるシホールアンル艦から
対空射撃を受けているのがわかった。
しかし、友邦国海軍の戦船はサルシ号を狙う機を落とすことが出来ぬまま、新たな攻撃を許してしまった。
胴体からまた黒い何かが吐き出された。
そして、両翼から閃光のような物が断続的に見えたと思いきや、礫のような物がサルシ号に降り注ぎ、船体の各所で雨垂れのような異音が鳴り響いた。

米艦爆は機銃を放った後、エンジン音をがなり立てながら、サルシ号の上空50メートルを飛行していった。

黒い物は丸い円となってサルシ号に落下しつつある。
それを見たキサスは、即座に死を覚悟した。

(わしは逝くのか……志半ばにして……)

ならば、その瞬間が来るまで決して目は閉じぬ。

520ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2019/12/24(火) 00:06:38 ID:9E2YatiQ0
大の字になりながら、迫り来る黒い物体がサルシ号に着弾するまで、キサスは目をつぶらないことにした。
イズィリホン武士の誇りが、彼にそうさせた。

しかし……

黒い物体は、丸い真円から若干細長い棒のように見えた。
その直後、物体はサルシ号の右舷側海面に落下していった。
右舷側から轟音と共に強い振動が伝わり、仰向けとなっていたキサスは、左舷側に転がされてしまった。
背中を左舷側の壁に打ち付けたキサスは、低いうめき声をあげたが、激痛を振り払うように勢いをつけて起き上がった。

「ええい!やりたい放題やりおって!!」

キサスは忌々し気に騒いだ。
更に3機目の爆音が鳴り響いたが、3機目は狙いを変えたのだろう、シホールアンル駆逐艦に向けて突入していった。

「もしや……あの船がわしらを手助けしてくれたのか。ありがたや……」

彼は、対空戦闘を繰り広げながら、回避運動を行う駆逐艦に向けて感謝の言葉を贈った。

「さりながら……状況は未だに良いとは言えぬ。アメリカとやらの軍勢はまたもや、こちらに手を掛けてくるであろう。それを防ぐためには……」

キサスはそう独語しながら、折れたメインマストに目を向ける。
サルシ号には、所属を示す記しが無い。
戦場と化したこの場で、それが致命的であるという事は、今しがた証明されたところだ。
国から掲げてきた記しは、今や海の底である。

(記しはもはや無き物になった。さりながら……あの姿までは、無き物となったわけではない……!)

彼はあることを思いつき、供廻りの衆に指示を下そうとした。
だが……

「おのれぇ!やりおったな!!」
「不埒な輩めら!成敗してくれるわ!!」

キサスが振り向くと、そこには、本格的に武装した部下達が口角泡を飛ばしながら迎撃の準備を整えていた。
船内に一時避難しながらも、爆撃を受けて怒りが爆発し、予め用意されていた弓矢を引っ提げて甲板に上がって来たのだろう。

521ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2019/12/24(火) 00:07:38 ID:9E2YatiQ0
(いかん!)

キサスは素早く動き、部下たちの前に躍り出た。

「ならん!ならんぞ!!」
「な…殿!?」
「如何なされた!?」

部下達は困惑の表情を浮かべる。

「イズリィホンは、アメリカという国とは戦をしておらん!」
「戦をしておらぬですと!?殿!あ奴らは我らに炸裂弾を投げつけ、一網打尽にしようとしたではありませんか!」
「返り討ちにしてやりましょうぞ!」
「如何にも!不遜な輩は討つべし!」

部下達は興奮のあまり、弓矢を掲げながら周囲を飛行する米軍機に反撃しようとしている。
だが、キサスは供廻り衆の感情に流されてはいなかった。

「この大たわけめが!今しがたの攻撃を見てもわからぬのか!?あんな速さで飛ぶあ奴らに、弓矢で射ても当たりはせぬわ!
それ以前に、わしらが攻撃されたのは、ただの事故じゃ!」

彼は大声で叱責しつつ、メインマストを指差した。

「記しが備わっておれば、あのような攻撃は受けなかったかもしれぬ!」
「あの記しはもはやありません!そのため、敵の攻撃を受けておるのですぞ!」
「だから敵ではないのだ!わしらは、それを示さなければならん!」
「示すですと?旗はとうの昔に失われてしまいましたぞ!」
「うむ。確かに失われておるの。じゃが……」

キサスはニタリと笑みを浮かべると、左手で自らの頭を叩いた。

「ここの中にある記しまでは、失っておらん。そち達もあの模様を覚えておるであろう?」
「た、確かに……」
「殿。もしや、殿は記しを作ると言われるのですか?」
「そうじゃ。作る!材料は船倉の中にあるだろう?とびきり質の良い奴がの」

彼がそう言うと、供廻り衆は仰天してしまった。

「殿!あれは幕府が用意したシホールアンルへの献上品でございますぞ!どれもこれも、イズィリホンでは最高級の品ばかり」
「さりながら、あれはここで使うしかあるまい。白い布に色とりどりの染料。記し作りには持って来いじゃ」
「な、なんと……」

522ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2019/12/24(火) 00:09:37 ID:9E2YatiQ0
部下達は絶句してしまった。
キサスらは、出港前に幕府よりシホールアンルへの献上品として幾つかの貢ぎ物を渡されていた。
なかでも白い布は、特殊な工程を経て作られた最高級の一品であり、シホールアンル側は数ある献上品の中でも、特にこの高級布を
好んでいた。
シホールアンル首都ウェルバンルにある帝国宮殿内で飾られている絵画の中では、3割ほどがこのイズィリホン製の白布を使用して制作されて
おり、市井においても高い値が付くほどだ。
イズィリホンの下級武士層ではまず手が届かず、有力大名でさえもおいそれと手出しできぬと言われるほど、白布の質は高かった。
キサスは、その献上品を使って記し……国旗を作ろうと言い出したのだ。
部下達が絶句するのも無理からぬことであった。

「なりませぬとは言わせん。さもなければ、ここで粉微塵に打ち砕かれるだけぞ!」

キサスは有無を言わせぬ口調で部下達に言う。
対空砲火の喧騒と、上空を乱舞する米軍機の爆音が常に鳴り響いているため、口から出る声も常に大きい。
心なしか、喉が痛んできたが、キサスはここが耐えどころと確信し、あえて痛みを無視した。

「心配無用!幕府のお歴々が咎めれば、嵐に遭うた時に波にさらわれたと言えば良いわ。さあ!急いでここに持って参れ!早急にじゃ!」
「ぎょ、御意!」

複数の部下が慌てて下に駆け下りていった。
その間、キサスは右舷方向に目を向ける。

シホールアンル駆逐艦は今しがた、米艦爆の急降下爆撃を間一髪のところで回避していた。
そのやや遠方を、複数の小さな点が、ゆっくりと海上に降下していくところに彼は気付く。
横一列に3つならんだ黒い点は、海面からやや離れた上空にまで降下した後、這い寄るかのように進みつつある。
その先には……

(一難去ってまた一難、であるか……!)

「殿!献上品をお持ち致しました!」
「染料は!?」
「こちらに!」

部下達が黒い艶のある箱を持って甲板に上がってきた。
キサスは、部下が持っていた細長い箱をひったくると、中にあった白い布を取り出し、それを甲板に広げた。

523ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2019/12/24(火) 00:10:22 ID:9E2YatiQ0
ヴァリー・フォージより発艦した12機のTBFアベンジャーのうち、3機は未だに手付かずで残されていた木造の輸送船を的に定め、
高度を下げながら的の右舷側より接近しつつあった。

「高度40メートルまで下げろ!前方の駆逐艦は無視だ。今の状態じゃ当てられん!」

アベンジャー隊第3小隊長のギりー・エメリッヒ中尉は2番機、3番機に指示を送りながら、目標を見据える。
現在、目標までの距離は約6000メートルほど。
輸送船の右舷側2000メートルに展開する駆逐艦は今しがた、ヘルダイバーの爆撃を回避し、対空戦闘を続けながら高速で直進に移っている。
本音を言うと、エメリッヒ中尉はあの駆逐艦を攻撃したかったが、彼が率いる小隊は、2番機、3番機のクルーが初陣であるため、高速で動き
回る駆逐艦に魚雷を当てるのは難しいだろうと考えた。
そこで、彼は当てるのが難しい駆逐艦よりも、停泊している輸送船を雷撃して、確実に戦果を挙げる事にした。
攻撃が命中すれば、初陣のクルーも自信を付けるであろう。

「敵の木造輸送艦まであと5000!各機、雷撃準備!」

エメリッヒ中尉は無線で指示を下しつつ、胴体の爆弾倉をあける。
胴体下面の外板が左右に別れ、その内部に格納されている航空魚雷が姿を現す。
母艦航空隊の必需品の一つであるMk13魚雷だ。

「駆逐艦が対空砲火を撃ち上げているが、気にするな!1隻のみの射撃では、アベンジャーは容易く落ちん!」

エメリッヒ中尉は無線機越しに2番機、3番機のクルーらを勇気づける。

「2番機が若干フラフラしています!」

エメリッヒ機の無線手が報告してきた。
現在は高度40メートルだが、新米パイロットにとってはきつい高度だ。
緊張で操縦桿を握る手に力が入り過ぎているのだろう。

「2番機!力み過ぎるな!機体がフラフラしていたら、当たるものも当たらん!落ち着いて操縦しろ!」
「了解!」

彼は喝を入れながら、目標を見据え続ける。

524ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2019/12/24(火) 00:11:15 ID:9E2YatiQ0
駆逐艦は高射砲弾を連射し、編隊の周囲で断続的に砲弾が炸裂する。
時折、近くで黒煙が沸いて破片が当たる音がするものの、グラマンワークス(実際はGM社製だが)の作った機体は打撃に耐え続けた。
編隊のスピードは、魚雷投下を考慮しているため、200マイル(320キロ)程しか出していないが、それでも目標との距離は急速に
縮まり、駆逐艦の上空を通り過ぎた後は、木造船まであと一息という所まで迫った。

「目標に接近!距離500で魚雷を投下する!」

エメリッヒは各機にそう伝えつつ、雷撃針路を維持する。
エメリッヒ機を先頭に右斜め単横陣の形で接近するアベンジャー3機は、敵船の右舷側に接近しつつある。
距離は尚も詰まり、今は1700メートルを切った。

(あの小型の木造船相手に、航空魚雷3本は過剰過ぎるだろうが……あの船の積み荷は敵の戦略物資だ。悪いが、俺達は仕事を果たさせて貰う)

彼は幾ばくかの同情の念を抱いたが、それに構わず沈める事にした。
それと同時に、認識票にも載っていない初見山の木造船に対して、遂にシホールアンルも使い古しの船を使わねばならなくなったのか、とも思った。

(俺達を恨むなよ。戦争を引き起こした上層部を恨んでくれ)

エメリッヒは心中でそう呟きつつ、魚雷投下レバーを握った。
距離は1000を切り、間もなく魚雷を投下する。
だが、ここで彼は、思わぬ光景を目の当たりにした。

距離が1000を切る頃には、うっすらとだが、甲板上の様子が見てわかる事がある。
パイロットは基本的に、視力が良くないとなれないが、エメリッヒは入隊前にアラスカで漁師として働いていた事もあり、視力は2.0はある。
その2つの目には、甲板上で盛んに旗を振り回す一団が映っていた。

(旗?)

彼は怪訝な表情を浮かべつつ、なぜ彼らが旗を振っているのかが気になった。
この時、距離は900メートル。
急に、彼の心中で疑問が沸き起こった。

目標は軍用船なのか?
いや、……あの船はシホールアンル船なのか?

それ以前に、あの船は攻撃してはいけないものではないか?

525ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2019/12/24(火) 00:12:15 ID:9E2YatiQ0
900メートルが過ぎ、700メートル台に接近した。
エメリッヒの双眸には、相変わらず旗を振り回す一団が見えていたが、距離が詰まることによって、得られる情報も多くなった。
独特な民族衣装を着た一団は、多くが手を振り回していたが、一部はしきりに、振り回す旗を見ろと言わんばかりに指を向けていた。
旗の模様はシホールアンル国籍の物ではなく、全く違う模様が見えていた。

(敵じゃないぞ!!)

この瞬間、エメリッヒは全身後が凍り付いたような感覚に見舞われた。
体の反応は、自分が思っていた以上に素早かった。

「各機へ!攻撃中止!攻撃中止だ!!あれはシホールアンル船ではない!!」

エメリッヒは無線機越しに叫ぶように命じた。
その直後に、胴体の爆弾層を閉じ、機体を左右にバンクさせた。
アベンジャー3機は魚雷を投下せぬまま、高度40メートルで国籍不明船の上空を通過していった。

青と赤が横半分に分けられ、中央に赤紫色の丸が手描きで描かれたシンプルな記し……イズィリホン将国の国旗を、部下と2名と共に
力強くはためかせていたキサスは、爆音を上げながらフライパスした米軍機を見送ったあと、急に体の力が抜けたように感じた。
彼は思わず、その場で屈んでしまった。

「お……おぉ。分かってくれたようじゃ……のぅ」
「殿!如何されました!?」
「殿!」

供廻り衆がキサスの周りに集まり、彼を気遣う。

「いや、大丈夫じゃ。ただ幾ばくか疲れただけじゃ」

キサスはそう言って、微笑みを浮かべる。
それからしばらくして、空襲警報が鳴りやんだ。

5分後、一旦落ち着きを取り戻したキサス号では、乗員が被害個所の確認を行う傍ら、破損したメインマストに急ごしらえの国旗を掲げていた。

「これがイズィリホンの国旗ですか」

ブレウィンドルは、文献以外でしか見た事が無かったイズィリホンの国旗をまじまじと見つめた。

526ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2019/12/24(火) 00:13:41 ID:9E2YatiQ0
「これこそ。我らが誇るイズィリホンの記しでございまする。さりながら……それがしには少々足りぬものがあると思いましてな」
「足りぬですと?何かの紋章を書き忘れたのでしょうか?」
「いや、荒々しいではありますが、記しはこの通りの様相で差し支えありませぬ」
「元の通りに描けた、という事ですな。なのに、なぜ足りぬと?」
「それはですの……まぁ、それがしの言葉のあやという物でござります」

キサスはそう言ってから、高笑いを上げる。
ふと、ブレウィンドルは、このキサスという男が野心家ではないかと思ってしまった。

(この方は、何か大きな事をやりそうな予感がするな。こう、歴史的な事を)

ブレウィンドルは心中でそう呟いた。

のんびりと物思いに耽る時間は、そう長くはなかった。
先の空襲から20分足らずで、再び空襲警報が鳴ったからである。

「ま、また空襲警報だ!」
「殿!」

シホールアンルの担当官と、供廻り衆から再び悲鳴のような声が上がった。
それを聞いたキサスは、どういう訳か苦笑いを浮かべた。

「偉大なる帝国は、土地という土地、島という島、隅々まで総戦場になりけり、という事かの」


午前8時 ルィキント列島南南西220マイル地点

人間の生活習慣という物は、ある程度の期間が過ぎると常態化していくものである。
それは、社会においても同じであり、朝の仕事準備、業務、休憩、業務、帰宅と言った流れでほぼ進んでいく。
軍隊においても、それは同じだ。

早朝の偵察機発艦からの周辺海域索敵は、最大のライバルでもあったシホールアンル機動部隊が壊滅した今でも続行されている。
それは、アメリカ機動部隊のルーチンワークの一つでもあった。
そんな何気ない動作と化した索敵行は、ある物を彼らに見せつける事となった。

空母ランドルフより発艦したS1Aハイライダーは、暇で単調な索敵行を半ば終えようとしたときに、それを見つけた。
いや、後世の歴史家の中では、見つけてしまった、という表現を時々用いられるほど、この索敵行は歴史上の大事件であった。

「機長!あれは間違いありません!誰が見ても竜母です!」
「ああ、確かにそうだ!だが、なぜこんな所に?」

527ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2019/12/24(火) 00:14:26 ID:9E2YatiQ0
機長は7、8隻の護衛艦に過去まれた中央の大型艦を見るなり、疑問に思うばかりであった。
海軍情報部では、シホールアンル海軍の大型艦は全て、本国沿岸の安全地帯に避退していると判断しているという。
先日のシュヴィウィルグ運河攻撃の際、同地で遭遇した敵竜母部隊は、攻撃を担当したTG58.3が攻撃を加えたが、ある程度の打撃を与えただけで
撃沈には至らなかったという。
そもそも、TG58.1はこの地に有力なシホールアンル海軍艦艇が存在しているとは考えてはおらず、この日の索敵行は、どちらかというと初見の
海域の調査を目的とした物であった。
このため、早朝に発艦したハイライダーは4機ほどで、通常よりも少なく、哨戒ラインの密度も薄い。
それに加えて、ハイライダー各機は海域の情報収集と、長距離飛行を念頭に置かれたため、ドロップタンクを装備している。
飛行距離は往復で1000(1600キロ)マイルもあり、通常の索敵行と比べても明らかに長い。
機長は、長い遊覧飛行だと心中で思っていたほどだ。

だが、のんびりと飛行を楽しむ時間は、唐突に打ち切られてしまった。

「ランドルフに報告だ!」
「了解!」

機長は後席の無線手に指示を伝えるが、そこで新たなものを見つけた。
ハイライダーより5000メートル離れた空域に、別の飛行物体を確認した。
その小さな物体は、大きく翻ってから頭をこちらに向けた。
その物体に、これまでに見慣れた、敵の“生き物らしい動作”は全く見受けられなかった。

(危険だ!)

言いようの無い恐怖感に襲われた機長は、咄嗟に機首を反転させ、この海域からの離脱を図った。

「未確認飛行物体を視認!離脱するぞ!」

反転したハイライダーは再び水平飛行に戻ると、離脱の為、エンジンを全開にした。
その頃には、向かっていた飛行物体は急速に距離を詰めつつあった。

「国籍不明機接近してきます!」
「わかってる!飛ばすぞ!」

ハイライダーは持ち前の加速性能を発揮し始めた。
不審機も加速したのか、しばしの間距離が離れなかったが、時速600キロメートル以上になると徐々に離れ始め、650キロを超える頃には
その姿は急速に小さくなり始め、700キロに達した時には、不審機の姿も、未知の母艦を伴った機動部隊も見えなくなっていた。

528ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2019/12/24(火) 00:14:58 ID:9E2YatiQ0
午前10時 ロアルカ島南東250マイル地点

第5艦隊司令長官を務めるフランク・フレッチャー大将は、旗艦である戦艦ミズーリのCICで戦果報告を聞いていた。

「先程、第2次攻撃隊の艦載機が母艦に帰投致しました。第2次の戦果報告は現在集計中ですが、第1次攻撃隊は艦船10隻撃沈、6隻撃破、
複数の地上施設並びに、魔法石鉱山の爆撃し、多大な損害を与えております。こちら側の損害は、4機が現地で撃墜されたほか、被弾12機、
着艦事故で3機が失われました」

通信参謀のアラン・レイバック中佐が淡々とした口調で報告していく。

「第2次攻撃隊の戦果に関しては、先にも申しました通り集計中ですが、暫定ながらも地上施設と港湾施設に甚大な被害を与えたとの報告が
入っております」
「事前の予想通り、攻撃は成功だという訳だな」

フレッチャーはそう言いつつも、表情は険しかった。

「だが、現地では予想していなかった事態も発生したと聞いている。諸君らも聞いておるだろうが」

彼は言葉を区切り、溜息を吐いてからゆっくりとした口調で続ける。

「第1次攻撃隊は、攻撃の途中でシホールアンル帝国とは別の国に所属していると思しき、国籍不明の木造船を発見したと伝えてきた。
そして……その木造船を誤爆したという報告も、入っている。一連の報告は、既に太平洋艦隊司令部に向けて送ってはいるが……」
「国籍不明船を誤爆したパイロットからの報告では、乗員が未知の国旗のような物を振っていたとあります。また、木造船自体もシホールアンル船
と比べて年代的に数世代あとの物である事が判明しております。木造船を狙った爆弾は外れており、雷撃を敢行したアベンジャー隊も
寸前で国籍不明船と気付いたため、同船舶が撃沈に至る程の損害は与えてはおりませぬが……」
「ヘルダイバーは爆弾投下後に機銃掃射を行い、ある程度の機銃弾が同船舶に命中したとの報告も入っている。不明船の所属国の調査は、
後に行われる事になるだろう」
「この後、第3次攻撃隊の準備が予定されておりますが。どうされますか?」

参謀長のアーチスト・デイビス少将の問いに、フレッチャーは即答した。

「第3次攻撃は、この際中止にする。元々、ノア・エルカ列島はシホールアンルの辺境地帯だ。同地を訪れている、非交戦国の独航船や
輸送船が停泊している可能性は1隻だけはないだろう。もし、別の国籍不明船を誤爆すれば、合衆国は世界中から非難される事になる。
参謀長!」

フレッチャーは改めて命令を下した。

529ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2019/12/24(火) 00:15:35 ID:9E2YatiQ0
「TG58.1司令部に伝えよ。第3次攻撃中止。TG58.1は偵察機を収容後、直ちに作戦海域から離れるべし、以上だ」
「はっ!」

参謀長はフレッチャーの命令を受け取ると、通信参謀にその命令をTG58.1司令部に伝達するよう、指示を下した。

(しかし、まさかの誤爆事件発生となってしまったが……この他にも、問題はある)

フレッチャーは、やや陰鬱そうな表情を浮かべつつ、紙束の中に挟まっていた、一枚の紙を手に取り、その内容を黙読した。



「ルィキント列島より南南西220マイルの沖合にて、未知の母艦らしき物を伴う艦隊を発見せり。艦隊には艦載機と思しき飛行物体
も帯同し、偵察機を追撃する動きを見せるものなり。同飛行物体はワイバーンにあらず」

530ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2019/12/24(火) 00:16:22 ID:9E2YatiQ0
SS投下終了です

531HF/DF ◆e1YVADEXuk:2019/12/24(火) 19:16:42 ID:rWhpEeEQ0
投下乙、粋なクリスマスプレゼントですな!
誤爆事件、最悪の展開こそ避けられたがこれからどうなることやら
あと最後に出てきた未知の艦隊、一体どこの勢力のものなのか…

532名無し三等陸士@F世界:2019/12/25(水) 11:06:32 ID:Meu0lnu.0
 状況や時期を考えればオールフェスと諸島返還を求めていた「あの国」なんだろうけど、
時期的にまだ返還期限じゃない筈なんだが偵察にでも来たのかな?

533名無し三等陸士@F世界:2019/12/26(木) 17:51:51 ID:/WZS.Q/E0
おおおお ここに来て新たな展開か!
作者やりおるなあ

534名無し三等陸士@F世界:2019/12/31(火) 11:21:50 ID:f7RAahgA0
 竜母艦載用飛空艇はシホールアンル帝国ではついぞ実用化されませんでしたから
未知の艦隊が所属する勢力も中々の技術力を持っているみたいですね。

535ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2019/12/31(火) 22:41:34 ID:EEBr8sA20
皆様レスありがとうございます。

>>531氏 偶然クリスマスと重なってしまいました。

>誤爆 やられた側の所属国が分からんので、まずは情報収集からですね
アメリカとしては、当該国は怒り狂っていると思っておりますので、謝罪はもちろんの事、賠償金を用意する事も考えております。

その国はどこなのか、まだ明かせませんが……なかなかのやり手ですね

>>532氏 ちなみに、発見された側は米艦載機の遭遇は予想外の事なので、非常に焦っておりますね。

>>533氏 未知の機動部隊発見は、アメリカにとっては青天の霹靂とも言えますね。
シホールアンル、マオンドを倒せば平和になると思っていた矢先に、最悪、シホールアンルと同等の国力を持つ国との対峙を
想定しなければいけないですから

>>534氏 米国側もかなりの危機感を持っています。史実同様、東西冷戦は確実に到来する事でしょう。

本年中は投稿数が少なく、寂しい物になりましたが、拙作をご愛顧いただき、誠にありがとうございました。
来年こそは完結を目指して邁進していきたいと思います。

それでは皆様、良いお年を。

536HF/DF ◆e1YVADEXuk:2020/10/26(月) 20:55:08 ID:xzg.VGas0
待機

537ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2020/10/26(月) 21:00:03 ID:XDQ6yAnU0
こんばんは〜。これよりSSを投下いたします

538ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2020/10/26(月) 21:00:52 ID:XDQ6yAnU0
第290話 異国の使者


2月10日 午前8時

レンベルリカ連邦共和国領 カイクネシナ

マオンド共和国が対米戦に敗退後、正式にレーフェイル大陸の一国家として建国されたレンベルリカ連邦共和国は、アメリカの支援のもとで
徐々に回復しつつあった。
アメリカは同国に民間レベルのみならず、軍事レベルにおいても支援を行うため、同地に陸軍部隊2個師団を含む7万を駐留させながら、
今後の展開に対応するため、レンベルリカ国内にいくつか基地を建設し、そこにも陸海軍部隊を配置していた。

レンベルリカ駐在アメリカ大使であるジョセフ・グルーがそのカイクネシナに到着したのは、その日の午前8時を過ぎてからであった。

「どうぞ、お通りください」

基地のゲート前で、警備兵がグルー大使に目配せしてから進入を促した。
運転手はゆっくりと車を前進させ、カイクネシナ基地に入っていく。

「……会うのは2回目になるが。今回はどのような会合になるだろうか」

グルー大使は、カイクネシナ基地にて待っているであろう、ある人物の顔を思い出しつつ、小声でつぶやいた。
今日、グルー大使は、フリンデルド帝国より派遣された使者と会談を行う予定となっている。
フリンデルド帝国は、昨年12月中旬にアメリカ行きの使者を派遣し、その途中にレーフェイル大陸にあるレンベルリカ連邦を訪れている。
フリンデルド側としては、アメリカに行く前にまずレンベルリカを訪問し、同国の誕生を祝すと共に今後の国家間の交流を前提とした会談を
行いつつ、航海に必要な各種消耗品の補給を行う事を考えた。
レンベルリカ政府側との最初の交流は上手くいき、食料等の消耗品の補給も無事に終えることが出来た。
だが、アメリカ行きだけは叶わなかった。

いや……叶わないようにさせられた。

使者のアメリカ行きストップを命じたのは紛れもなくアメリカ本国首脳部であり、それを使者に伝えたのが、このグルー大使であった。

それから幾日が過ぎ……
レンベルリカ側はアメリカと相談を行いつつ、フリンデルド側に嫌悪感を抱かれぬように、かの国からの幾つかの提案を受け入れた。
その一つが、レンベルリカ国内にフリンデルド側の公使館を置く事だった。
公使館の設置は1月までには完了し、その責任者は工事完了直後から公使館に着任し、レンベルリカ側やアメリカ側との国交樹立に向けた交渉を行っている。
事務レベルでの交渉が緩やかに進み、次はレーフェイル各国使者との顔合わせに移ろうとしたその矢先に、海軍がシホールアンル租借領でフリンデルド側
施設を誤爆したのみならず、他の友邦国船舶をも誤爆したという情報が伝えられた。

アメリカ国務省は即座に、グルー大使にフリンデルド側行使に向けて、ひとまずの謝罪を行う事を命じ、グルーは本国から追加の電文を受け取った後、
公使館から大使館の中間地点に位置するカイクネシナ海軍基地に会談の場所を設け、直ちに急行したのである。

目的の施設に辿り着くまでにしばしの間があった。
グルーは胸中でこれから言う言葉を反芻しつつ、車内から軍港内の艦艇を見つめていく。
軍港内には、海軍の哨戒用の小艦艇や護衛駆逐艦、護衛空母が複数係留されている。
グルーは1か月前にこの基地を訪れているが、その時も哨戒艇や護衛駆逐艦といった警戒用の艦艇ばかりが目に付いていた。

539ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2020/10/26(月) 21:01:35 ID:XDQ6yAnU0
大西洋方面では、大西洋艦隊所属の第7艦隊がレーフェイル大陸周辺の警備を請け負っており、大型艦は3隻のニューメキシコ級戦艦以外在籍しておらず、
その主力は10隻の護衛空母と多数の護衛駆逐艦、哨戒艇などで占められている。

それだけに、警備専門の護衛艦群の中に突然現れた巨大な浮きドッグと、その内部に鎮座するエセックス級正規空母の姿は、とてつもない存在感を醸し出していた。

「なに……?」

グルーはその大型空母を視認するなり、思考を瞬時に停止させてしまった。

車が目的の施設に到着すると、そこには意外な人物が待っていた。

カーキ色の軍服に略帽を付けた将校が車のドアを開けると、目の前の将官がグルーに向けて敬礼をしてきた。

「お待ちしておりました。グルー大使」
「これはキンケイド提督……どうしてこちらに?」

グルーはやや驚きながら、車から降りていく。
第7艦隊司令長官を務めるトーマス・キンケイド大将は、言葉を紡ぎながら右手を差し出した。

「先方は既に到着し、中で待たれています」
「なんと……予定の時間よりまだ10分ほどありますぞ」

グルーは当惑しつつも、キンケイド大将と握手を交わした。
下車したグルー大使は、左手に手提げカバンを持ちながら、キンケイド大将と共にコンクリート造りの施設の中に入って行った。

「大使。公使閣下はこちらの部屋で待たれております」
「は…ご案内ありがとうございます」

キンケイドがドアの前で立っていた兵士に目配せすると、兵士は無言の指示に従い、ドアを開けた。

「ロルカノイ公使閣下。お待たせいたしました」
「これはこれは大使閣下。お久しぶりでございます」

ソファーに座っていた銀髪で長身の紳士は、グルーが入室するなり慇懃な口調で挨拶した。

ピシウス・ロルカノイ公使は、フリンデルド帝国外交省より派遣された使節である。
年は若くないが、その面長の顔は幾つもの難事を乗り越えてきた、歴戦の戦士を思わせる凄みがあった。
事実、ロルカイノ公使は元軍人であり、大佐で軍を退役した後に外交官となっている。
体つきも程良くがっしりとしており、身長も190センチ以上と背丈も大きく、かなりの偉丈夫だ。

2人は挨拶と同時に握手を交わした後、そそくさと席に着いた。

「本来ならば、私が直接出向くべきでありましたが」
「何をおっしゃられますか。大使閣下」

ロルカイノ公使は張りのある声音でグルーに言う。

「私こそが大使閣下の官邸に向かうべきでした。ですが、貴方方からレンベルリカ国内の治安状況が些か不安定な事を考慮し、アメリカ大使館と
フリンデルド公使館のほぼ中間地点にあるここを会談場所としたいと申された時、私は即座に理解いたしましたぞ」

540ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2020/10/26(月) 21:02:15 ID:XDQ6yAnU0
ロルカイノは半ば微笑みながら、グルーに感謝の言葉を贈る。

「アメリカ側の手厚き配慮には心の底から感謝しております。ここなら、追剥ぎや旧マオンド脱走兵、それに危険な悪獣共の襲撃を受けずに
済みます」

彼はグルーに対してそう言ってから、声のトーンを一段と下げた。

「それでは、早速本題に入りましょう」

ロルカイノは携えていた鞄から一枚の紙を取り出し、それを机の上に置く。

「先日、ロアルカ島で貴国の艦隊より発進した艦載機が、同島のシホールアンル軍艦船や軍関連施設と攻撃しましたが、その一部は我が国の
連絡事務所や、我が国とも関係のある友好国船舶にもおよび、幾ばくかの損害を受けました」

グルーは内心で来たかと呟いた。

ロルカイノの言う通り、海軍がシホールアンル帝国の僻地であるノア・エルカ列島の敵施設を攻撃中に中立国の船舶や施設を誤爆したという
情報は国務省からも届けられていた。
その詳細はまだ不明ではあるが、中立国船舶や関連施設に銃爆撃を加えて損害を生じさせた事は確かであると伝えられており、フリンデルド側
からは、レンベルリカ政府を経由して抗議文も送られている。
この事件の詳細は、予定されていた今日の会談でフリンデルド側から話されると共に、使者はアメリカ側に対して、本国からの伝言として米側に
それ相応の対応を希望する事を伝える、とのみ告げられていた。

アメリカ側へのフリンデルドに対する希望……という、どこか曖昧な表現は、その中身が明らかにされていないだけに、どこか不気味な物を
グルーに強く感じさせていた。

「貴国の攻撃で生じた損害ですが、ロアルカ島の連絡事務所は爆弾と光弾らしき物を受けて半壊し、40名の人員のうち、29名が重軽傷を負って
人事不省に陥り、交代要員が来るまで連絡事務所の業務は停止を余儀なくされております。ただ、不幸中の幸いとして、死者は出ておりません」

ロルカイノは、フリンデルド語で書かれた文書の一文をなぞりながら説明する。

(死者はいないのか……)

グルーはロルカイノの口から人員が死亡していないと告げられた時、内心で胸を撫でおろした。
だが、表には出さずとも、幾らか安堵したグルーに向けて、ロルカイノはより重たい口調で言葉を続けた。

「正直に申しますが……これは明らかな戦争行為です」

ロルカイノは若干前のめりになった。

「アメリカ側は、我が帝国の臣民を爆撃で傷つけたのです。今、貴方は死者は出ていないではないかと思われておられるでしょうが、
死者が出たかどうかの問題ではないのです。我が国の臣民と、租借地内とはいえ、領土たる施設を傷つけられた事が問題なのです」
「ロルカイノ公使の言われる通りです。事の重大さは本国でも認識されており、今も国務省内では、賠償金の支払い等の対応策を
協議しております。我が国もフリンデルド側と問題を起こすつもりはありません……私個人としても、そう願っております」
「グルー閣下としては、確かにそう思われているのでしょう」

グルーの言葉を聞いたロルカイノは、その剣呑な表情をより露わにしながら自らの胸の内を明かしていく。

541ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2020/10/26(月) 21:02:57 ID:XDQ6yAnU0
「私自身、フリンデルドとアメリカが事を構えるのは是が非でも避けたいと感じています。ですが……先の屈辱的な襲撃を知った
本国はそう収まりそうにありません」
「と……言われますと……?」

グルーの質問に、ロルカイノは重い口調で返答する。

「軍の上層部からは開戦止む無し、という言葉も上がり始めているようです」
「開戦ですと?それは……穏やかではありませんな」
「確かに。しかしながら、フリンデルド帝国はリーダスク大陸一の強国として、そして、かつてはシホールアンル帝国とも
覇を競い合った事もある、知勇兼ね備えた由緒ある国家です。その強国に、事故とはいえ牙を剥かれ、噛みつれたとあっては……
穏やかに済まそうとは思いますまい?」
「なるほど。貴国の上層部は先の事件で我が国に手厳しい対応を検討しておられるのですな」

グルーはそう断言した。

「大使閣下の言われる通りです。また、先の事件では我が国の施設のみならず、我が国とも友好関係を結ぶイズリィホン将国の船が
攻撃を受け、被害を受けております。この事に関しても、わが国では貴国の常軌を逸した、見境の無い攻撃に強い非難の声が次々と
上がっております」
「かなり手厳しいお言葉ですが……貴国としましては、既に我が国に対する要求などはありますでしょうか?」
「本国より私宛に伝えられた案があります。この案はグルー閣下の言われる、ロアルカ島事件に対するフリンデルド帝国の要求であります
が……フリンデルド帝国はアメリカ合衆国に対して、賠償金を請求しません」

ロルカイノの口から、意外な答えが返ってきた。

(まさか……合衆国を怒らせまいと考えたか?)

グルーは内心そう呟いた。
フリンデルド帝国も、シホールアンル経由でアメリカ軍の実力は知っている筈だ。
事件を引き起こしたのは、フリンデルドと同等か、それ以上の力を有していたマオンドを屈服させ、シホールアンルさえも追い詰めつつある
アメリカだから、ここは表面的に怒っていると見せつつ、実際は穏便に済まそうと考えているのではないか。

と、心中で思ったが……ロルカイノの口からは言葉が続いていた。

「その代わり、対シホールアンル戦終結後、シホールアンル領より得られる各種資源の1年分、金銀、宝石類2年分を賠償金の代わりとして
請求する……と」
「各種資源と金銀宝石類ですと……」

ロルカイノの答えを聞いたグルーは、思わず目がくらみそうになった。

シホールアンル本土内の各種資源採掘場や鉱山は、B-29やB-36等の戦略爆撃機によって片っ端から猛爆を受けており、戦略航空軍の報告では、
既にシホールアンル帝国内の資源採掘場は、全体の4割、特に金銀類、宝石採掘場は重点的に狙われており、主だった鉱山は既に壊滅
状態にあると言われている。

フリンデルドはシホールアンルから各種情報の提供を定期的に受けているようだが、シホールアンルも超大国としての面子があるのか、
都合の悪い情報は隠している可能性が高かった。
そのため、フリンデルド側は未だに、シホールアンル国内の各種鉱山が健在だと思っているのであろう。

542ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2020/10/26(月) 21:03:56 ID:XDQ6yAnU0
(フリンデルド側が要求する資源の量は膨大な上に実現が難しい。それ以前に、今では北大陸に展開する戦略爆撃機の恰好の目標となって
次々と爆撃を受けている有様だ。ここで資源の譲渡は無理と返せば………)



この異世界に転移後、アメリカは同盟国の協力を得て、シホールアンル帝国に関する調査を進めてきたが、1946年現在では、
シホールアンル帝国本土内だけで出土する資源や、金銀類の採掘で得られる国家収入を簡易ながらも推定する事が出来ている。

その推定額は、実に15憶ドル以上にも上ると言われており、これは大国の国家予算に匹敵する。

フリンデルドが資源を譲渡できないと知れば、賠償金を要求するかもしれない。
それほどの膨大な量の賠償金を、アメリカは払おうとはしないだろう。

現実問題として、払えない金額ではない。
だが、実際に払うとなると、様々な問題が沸き起こってくる。
第一、互いの通貨の違いもある上に、その価値も違いがある。
貨幣が使えない場合は、合衆国が保有する金を、賠償金代わりに要求する可能性もある。

(いや、賠償金等よりも、場合によってはそれ以上に価値のある物を指定するかもしれぬ。そう……北大陸のシホールアンル領を)

グルーは、心中で更なる懸念を抱いた。

賠償金も駄目。資源と金銀宝石類も駄目となれば……それを生み出す領土を要求する。
過大な要求だが、この世界ではこれまでの常識が全く通用しない事は、嫌というほど思い知らされている。
当然にのように、領土を要求すると言い放ってもなんら不思議では無いと、グルーは心中でそう断言していた。

「貴国の要求ですが……誠に残念ではありますが、それに応えられるだけの各種資源は集まらぬかと思われます」
「と、申しますと?」

ロルカイノは怪訝な表情を浮かべながらグルーに質問する。

「貴国は、我が国の要求は受け入れられぬ、と申されますかな?」
「受け入れられるのなら、すぐにでも頭を縦に振りましょう。しかしながら、現状ではそれが出来ぬ状況にあるのです」
「シホールアンルは世界有数の資源産出国です。戦後、シホールアンルを下すであろうアメリカは、その膨大な資源を
独り占めにしたい、と申されるのですな」
「いえ、それ自体が出来ぬのです。主だった資源採掘場や精錬工場等は、我が空軍が手あたり次第に爆弾を叩き込んでおりますので」

グルーの答えを聞いたロルカイノは、瞬時に表情を凍り付かせた。
それを見たグルーは、

(なるほど。シホールアンルからは都合の良い情報しか与えられていないのか)

と、心中でそう確信した。

「私は外交官であり、爆撃作戦の詳細は知らされておりませんが、それでも、空軍からは主要な魔法石鉱山や金銀宝石採掘場は
最重要目標として爆撃を行い、目的は達成しつつあると聞かされております。どのような損害を与えたかはわかりません。
しかしながら、やる時は徹底して仕事を果たすのが空軍です。こうしてあなたとお話を交わしている間にも、戦略爆撃機は目標へ
向けて爆弾の雨を降らせている事でしょう」

543ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2020/10/26(月) 21:10:22 ID:XDQ6yAnU0
「シホールアンルからは、アメリカの大型飛空艇が頻々と来襲するも、その都度被害を与えて撃退に成功しているとしか話されて
おりませんでしたが……しかしながら、貴国はシホールアンルの有する莫大な資源を手中に収めようとせず、そればかりか山ごと
吹き飛ばそうとするとは、我々からしてみれば、貴国のやり方は常軌を逸しておりますぞ?」
「常軌を逸しておりますか……なるほど、貴国から見ればそうでしょうな。ですが……」

グルーは一呼吸置きつつ、ロルカイノの目をじっと見据えた。

「敵対国の継戦能力を割くには、これが有効なのです。これもまた……戦争に勝つためです」
「……」

グルーは、最初と変わらず、低めで単調な声音でロルカイノに言う。
その何気なく聞こえた一言が、ロルカイノの背筋を凍り付かせた。

「そういう状況でありますので、各種資源を賠償金代わりに帰国を譲渡するのは非常に困難。いや……」

グルーは咳払いしてから最後の言葉を放つ。

「無理と言えますな」
「無理という言葉は、こちらの要求を拒絶するという答であると……受け取ってよろしいのですな?」
「いえ、この方法でなら無理という話であり、賠償自体は無理であるとは申しておりません」
「その他に代替するものを希望すると?我が国としてはそれが最善であると考えております。いや」

ロルカイノは表面上は平静さを維持しながら交渉を続ける。

「我が国のみではありません。友好国イズリィホンへの賠償も行っていただきます。かの国の船も貴国の誤爆によって損害を受け、
寄港地から今なお動けぬ状態にあります。また、船員多数が負傷したとの知らせが入っており、一部の船員は今も生死の境を
彷徨うか、または死亡したらしいとの未確認情報も受けております」
「その話は本当でございますか?」

グルーはすかさず質問を飛ばすが、なぜか、ロルカイノは即答しなかった。

「友好国イズリィホンは、我が国のように長距離航海が可能な船舶を複数有しておりません。このため、イズリィホンを収める
幕府首脳部には、我が国がイズリィホンへの補償も同時に受け取り、後に幕府側へ引き渡す事が決定しております」
「友好国への賠償も貴国へ支払いせよと?」
「預かるだけです。無論、賠償をお受けした後は、可及的速やかにイズリィホン側へお渡しします」
「賠償の内訳ですが、先に提示した資源量は貴国と、貴国の友好国イズリィホンの分を足した物でございますか?」
「いえ、あれは我が国のみの量となっております」

それを聞いたグルーは、内心で何か怪しいと思った。

「イズリィホンはイズリィホンで決める量があります。まぁ、先程、貴国は提示した資源量は譲渡できぬときっぱりと言っておられましたから……
資源が無理であるのならば、本国は貴国の保有する純金を賠償金代わりとして要求するでしょう。貴国の通貨単位であるドル紙幣でしたかな?
そちらは要求致しませんが、純金の量は、貴国の金保有量や我がフリンデルドや、イズリィホンの要求する量を記した文書をお渡します。
そちらを拝見後に、別で協議を重ねる事になるでしょうな」

(金を要求してきたか……先程は賠償金を要求しないと言っていたのに、結局は要求しているではないか!)

544ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2020/10/26(月) 21:11:17 ID:XDQ6yAnU0
グルーは矛盾するロルカイノに内心で腹を立てたが、同時に予想通りの展開になったと呟いた。
現在、アメリカは23憶ドル相当の金塊を保有している。
先程も述べた通り、シホールアンル本土で採掘される各種資源量は膨大であり、その価格は15億ドル以上に上ると推測されている。

要するに、フリンデルド側は資源を貰えなければ、合衆国が保有する金塊のうち、15億ドル相当の金塊を要求しようとしているのだ。
実際にはフリンデルド側とイズリィホン側の実情を把握してから賠償請求を行うであろうから、要求する量は幾分下がるかもしれない。
とはいえ、相手はシホールアンルと同様の覇権国だ。
相当量の賠償を行う事は目に見えていた。

(したたかな国かもしれんな、フリンデルドは。物怖じせずに話を通そうとするその姿勢はなかなか見上げた物だ)

グルーは小さくため息を吐きつつ、顔を俯かせ、右手で両目の瞼を揉んだ。

「アメリカ側には、我が国と、友好国イズリィホンへの、確かな誠意を見せて頂けることを強く……希望しておりますぞ」

ロルカイノは、余裕すら感じさせる笑みを顔に張り付かせながら、グルーをじっと見据えた。
ふと、グルーには、一瞬だけロルカイノが見せた異変を見ることが出来た。

ロルカイノは一瞬だけ、顔を引きつらせていた。

(ふむ……フリンデルドはかつて、シホールアンルと覇を競い合い、争った事もあると言う紛れもない大国だ。国土も広いと聞くから、
懐の深い国でもあるのだろう。だが……そのシホールアンルを圧倒しつつあるのは、合衆国。そう……)

グルーは、俯かせていた顔をロルカイノに向け直した。

(私の祖国だ)

「貴国のお怒りはごもとっともです。そして、友邦国にも気を掛けるその気配りさ……感服いたしました」
「畏れ多いお言葉、感謝いたします」
「しかしながら」

グルーは唐突に、声を張り上げた。

「貴国の提示した条件は、恐らく受け入れられぬかと思われます。無論、可及的速やかに本国へ連絡し、確認をとりますが」
「……何故ですかな?」
「私なりの所見を幾つか申し述べますが、まずは、事の発端となった誤爆事件の事について」

彼はロルカイノに伝わりやすいように、若干ゆっくりとした口調で説明を始める。

「先の誤爆は誠に痛ましい事件でありました。ですが、後に海軍側から聞いた話によると……貴国の有していた施設は、誤爆を受けても致し方ない状況にあったと
言われています」
「なんですと!?」

グルーの口から飛び出した意外な言葉に、ロルカイノは目を丸くして叫んでしまった。
彼は色めき立つロルカイノを無視するかのように言葉を続ける。

「当時、爆撃を行ったパイロットの証言によりますと、貴国の施設の付近にはシホールアンル側の対空火器と軍事施設が隣接されており、対空部隊は付近に広く配備されていた
ようです。また、パイロットは誤爆した貴国の施設も、シホールアンル側の軍事施設と似たような作りになっており、誤爆に気付いたのは施設の屋上に掲げられていた、小さな旗を見た
後だったと」

545ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2020/10/26(月) 21:11:50 ID:XDQ6yAnU0
「それが誤爆を招いしてしまったと、言われるのですな……?」

ロルカイノの問いに、グルーは頷く。

「馬鹿な!操る飛空士は視力が良い筈ですぞ!」
「確かにその通りですが……先も申した通り、誤爆は戦闘中に起こった出来事です。つまり、これは非常時に起きてしまった不幸な出来事であると言えます」
「何を言われますか!?そもそも、ロアルカ島は辺境の後方地域であり、それまでの戦闘では無縁の島でした。そこを戦火の渦に巻き込んだのは貴国では
ありませんか。貴国の部隊が功を焦ったのかどうかは分かりませんが、とにかく……誤爆のきっかけを作ったのは貴国の艦隊にありますぞ」
「いえ、きっかけは我が艦隊ではありません。お言葉ですが……そもそもの原因は、ロアルカ島が重要な資源地帯であり、その資源や戦略物資はシホールアンル
の戦力増強、戦線維持に活用されているからであります」

感情的になりがちなロルカイノに対し、グルーは平静な声音で説明を続ける。

「魔法石や希少鉱物の産地だから、艦隊が狙ったと言われるのですか……」
「そうです。我々が狙うのは、敵の戦力だけではありません。その戦力の源となるものは全て叩く……これが、我がアメリカが行う戦争です」
「し、しかし……そのような戦争を行うにしても……いや、それ以前に!同地の資源地帯は、後にシホールアンルから我が帝国に返還される予定であり、
以前お話した時は、我が方からルィキント、ノア・エルカ地方への攻撃はなるべく避けて頂きたいと要請した筈ですぞ」
「私は無論、善処するように本国へお伝えしております。しかしながら、軍の作戦は機密事項であり、決定済みの作戦行動を制限することなどはとても」

グルーは眉を顰めながら、ロルカイノをじっと見据える。

「ましてや、未だに敵国、シホールアンルを支えている資源地帯を放置するのはあり得ない事です。貴国は同地方の資源地帯が自らの物であると思われて
いるようですが……我が方はそうは見ておりません」
「な……」
「彼の地の資源地帯は、未だに”シホールアンル帝国が所有”しておるのです。シホールアンル帝国の所有する軍部隊や戦略拠点であるのならば、全力を
尽くして叩く。そうしなければ……この戦争には勝てません」
「なんと……しかしながら、魔法石鉱山や精錬工場を主とした関連施設への攻撃は、是が非でも止めて頂きたい。そして、誤爆の犠牲となった者の賠償も
必ずや行う事を確約していただきたい」

ロルカイノは感情を押し殺しながらグルーにそう伝える。

「……先程も申しましたが、この一連の件については、本国へお伝えしてからになります。私は確かに全権を委任されておりますが、現時点では貴国への
要求を確認するだけしか、すべき事はありません」

グルーもまた、変わらぬ口調で返答していく。

「ぅ……無論、そうでありましょうな。ですが、我が帝国も貴国に、納得の行く判断を求めておるのです。また、本国は何も純金のみを要求しているのでは
ありません。対シホールアンル戦終結後に、貴国が得られるであろう同地の資源を、一定量お譲りして頂けるだけでも良いのです。シホールアンル本土は
資源量が豊富です」
「その資源についても、私から所見述べましょう」

グルーはロルカイノの言葉を遮るように口をはさむ。

「シホールアンル帝国はやはり、貴国に対して都合の良い情報ばかりをお送りしているようですな」
「なんですと?」
「シホールアンルの主だった魔法石鉱山や金銀鉱山を始めとする資源採掘量は、そう遠くない内に急速に低下し、各種資源の生産量も落ち込むする事でしょう」
「……まさか

546ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2020/10/26(月) 21:13:29 ID:XDQ6yAnU0
グルーの返答を聞いたロルカイノは、瞬時に先ほどの言葉を思い出した。

(シホールアンルの有する戦略拠点は、全力を尽くして叩く)

「貴国はシホールアンル本土の各種鉱山をも狙い撃ちにしておるのですか?」
「はい。主だった魔法石鉱山や各種鉱山は、隣接する精錬工場や関連施設も含めて、戦略爆撃の主目標となっており、現時点でかなりの数の目標が、
我が軍の戦略爆撃機によって猛爆を受けたとの事です。恐らく、シホールアンル経済は加速度的に悪化し、頼みの綱となる各種資源も、鉱山ごと
埋められるか、関連施設ごと灰燼に帰している事でしょう」
「そんな筈はない!そんな筈は……」

急にロルカイノは声を荒げたが、すぐに萎んだ口調になってしまった。
彼は内心、賠償を拒否したいアメリカ側が嘘をついているのではないかと疑った。
だが、グルーのこれまでの説明を加味して改めて考えてみると、とても嘘には思えなかった。

それ以前に、フリンデルド側がシホールアンル側から入手する正式な情報の他に、別ルートからの情報も入手し、国の上層部や
一部外交官にも秘密裏に伝えていた。
別ルートで入手する情報はどれも断片的であり、正確な物も少なかったが、それでもシホールアンルに派遣された特使からもたらされた
情報には、

「シホールアンルは連日の空襲を受けて損害が累積しつつある」
「アメリカ側がシホールアンル有数の大都市であるランフック市に大空襲を行い、何十万名という市民が一夜にして犠牲になった」

といった物も含まれていた。
本国上層部では、不明瞭ながらも事の重大さを認識しており、今回の一見、高圧的にも思える賠償案の提示も、実際は大国としての
意地を見せるだけに出した物であり、米側が払わぬと言うのであればそれで良いと判断し、米側の態度が硬化する場合は要求を即座に
取り下げる予定であった。

とはいえ、フリンデルド帝国も列強として名を馳せてきた。
可能か不可能かはともかく、まずは帝国首脳部の意志を伝えなければならなかった。

言葉を途切れさせたロルカイノに対して、グルーは片手を上げながら首を横に振った。

「大使閣下。まずは落ち着いてください。興奮されるお気持ちも十分にわかりますが……」
「は……これは失礼いたしました…」
「いえ……胸中お察しいたします。しかしながら、情報開示が満足に行われていない事は、戦局が思わしくない国にはありがちの事です。
貴国も列強ですが、シホールアンルも軍の質はともかくとして、規模に関してはまだまだ列強として恥じぬ物を有しております。
列強としてのプライドも……」

グルーは浅くため息を吐きながら言葉を続けていく。

「強いプライドを持つが故に、弱気は見せたくないと思う物です。窮地に陥った状況に置いても……」
「列強のプライド……か」

ロルカイノは小声で、その言葉を反芻した。

「閣下。私が申した所見は以上になります。私は今確認した貴国の要求をすぐさま、本国にお伝えしたいのですが、フリンデルド側の要求は、
先述した物以外に何かございますか?」

547ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2020/10/26(月) 21:14:03 ID:XDQ6yAnU0
「いえ。本国から伝えられた要求は以上になります。賠償を純金でお支払いされる場合に関しましては、先述した通り、こちらの文書を
お渡しいたしますので、ご参考までに」
「ありがとうございます。謹んでお受けいたします」

ロルカイノから差し出された封筒を、グルーは受け取った。

「それでは、私から最後に確認したいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」
「私が答えられる範囲であれば、なんなりと」

ロルカイノがそう答えると、グルーは軽く咳払いしてから質問を投げかけた。

「イズリィホン将国の位置を教えて頂きたい。賠償金の支払いの是非については本国が判断致しますが、イズリィホンには恐らく、合衆国から
直接使者が出向く可能性が高いと思われます。賠償金支払いが国別となった場合には、使者からイズリィホン政府首脳部にお渡しする事はほぼ確実と言えます。
その時に備えて、イズリィホンの位置を出来る限り早く、我が国に教えて頂きたいのですが、よろしいでしょうか?」
「何をいきなり……」

ロルカイノはあからさまに不快気な表情を浮かびかけた。
その直前に、脳裏にある光景が思い浮かぶ。
その光景は、この会合場所に向かう直前に見たある物であった。

見た事も無い巨大な箱。
それは、港の中にあり、海の上に浮いていた。
それは巨大な船だった。
そして、中には真っ平らな甲板を敷いた、幾分小さな船が鎮座している

一見不可思議な光景だったが、共について来た海軍士官が、その建造物を見つめながらくぐもった声で次の言葉を発した。

「あれがエセックス級空母と呼ばれる艦なのか……同盟国シホールアンルの大海軍を散々に痛めつけたという、あのエセックス級……」

「……お安い御用です。今ここでお教えいたしましょう」

ロルカイノは平静さを装いながら、グルーにそう答えた。

しばしの時間が過ぎ、グルーはイズリィホン将国の正確な位置をフリンデルド側から伝えられた。

「迅速なご対応に、心から感謝いたします。それでは、貴国からお伝え頂いた要望をすぐに本国へお伝えいたします」
「色よい返事がもらえる事を、心よりご期待いたしますぞ」

彼は笑みを浮かべながら、席から立ちあがり、右手を差し出した。
グルーも立ち上がって握手を交わした。

「今日はこれでお開きに致しましょう。ロルカイノ閣下、また近いうちにお会いいたしましょう」
「無論です。その時は……」

ロルカイノは、グルーの手を一際強く握りしめた。

「アメリカ、いや……東側諸国のご判断をお聞きする時になるでしょう。どのような回答が来ようとも、互いに良い関係を歩めることを
切に願っておりますぞ」

548ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2020/10/26(月) 21:14:51 ID:XDQ6yAnU0
ロルカイノ大使が退出した後、グルーは体にどっと疲れが押し寄せるような疲労感を感じた。
ゆっくりと席に腰おろしたところで、閉められていたドアが開かれる。

「グルー大使。具合がよろしくないのですか?」

キンケイド提督がグルーの随員と共に入室してきた。

「いや。別に何ともありません」

グルーは苦笑しながら右手を振ったが、額には冷や汗が滲んでいた。
彼はポケットのハンカチを取り出し、汗を拭う。

「先方はやや浮かぬ顔つきでここから立ち去って行きましたが、何かございましたか?」
「いや、特にはありません。ただ、フリンデルド側もプライドが強い事がわかりました。かの国も列強と呼ばれるだけあって、
相当の国力を有しているようですな」

グルーは深呼吸を数度繰り返してから、席を立ち上がった。
部屋から出た後、ふと、ある事を思い出した。

「そう言えば。外の港に停泊しているあれですが」
「浮きドッグですかな?」
「ええ……正確には、その中にある艦です」
「フランクリンの事ですな」

キンケイドは何気ない口調で答えていく。

「先日、本国より第7艦隊にも高速機動部隊を編成し、配備する旨が伝えられましてね。フランクリンは駆逐艦4隻と共にその第一陣として3日前に
入港しましたが、フランクリンは第2次レビリンイクル沖海戦で受けた損傷が完全ではないので、あの浮きドッグで修理の続きを行っておるのです。
また、近いうちに別の正規空母も第7艦隊に配備される予定で、3月以降はフランクリンと共に大西洋で任務にあたる予定ですな」
「そうでしたか」

グルーはそう相槌を打ったが、同時に疑問が沸き起こった。

(なぜ大西洋に正規空母を?フリンデルドは列強とはいえ、シホールアンルやマオンドのような現代海軍を有していないはずだ。
それ以前に、修理の成っていない正規空母をなぜこの地に派遣したのだろうか……)

彼は本国が起こした、不可解な行動に納得がいかなかった。
レーフェイル大陸周辺の制海権は既に合衆国海軍の物であり、現状の戦力だけでも十分に事足りている筈だ。
そこに正規空母2隻を追加するのは過剰ではないだろうか?

そのような疑問も胸中で沸き起こったが、グルーは建物を出ると、別の事に意識を切り替え、公用車に乗って海軍基地を去って行った。

549ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2020/10/26(月) 21:18:33 ID:XDQ6yAnU0
1946年2月11日 午前7時 アメリカ合衆国ワシントンDC

ホワイトハウスの大統領執務室内では、執務机に座る主の前に5人の軍幹部と政府閣僚が報告と説明を行っていた。

「ふむ。フリンデルド帝国は我が国に賠償金を支払えという事だな。しかも、友好国の分も含めて」

ホワイトハウスの主である、アメリカ合衆国大統領フランクリン・ルーズベルトは、コーデル・ハル国務長官から報告を聞かされた後、訝し気な表情を浮かべながら
そう言い放った。

「駐レンベルリカ大使の報告を読む限りは、そう取れます」
「フリンデルドは確かに、現金での賠償金は要求しなかった。ドル基準ではないから当然と言えば当然ではあるが、我が国が保有する純金を代わりに欲しいと言って
きている。相手方の要求内容が矛盾しているが、それはさておき。純金が用意できなければ、シホールアンル本土より産出される資源一年分を要求か」
「フリンデルド帝国が要求する資源量が、シホールアンルが産出していた最盛期の量を要求するのならば、それは無理な話です」

統合参謀本部議長のウィリアム・リーヒ元帥が、首を振りながらルーズベルトに進言する。

「陸軍航空隊は、シホールアンルの資源地帯に対しても積極的な戦略爆撃を行っております。既に多大な損害を与えたという報告を受けて
おりますから、例え資源を渡すとしても、フリンデルド帝国が希望する量よりも遥かに少ない物になるかと」
「純金を用意するにしても、我々が用意しようとしている量はアメリカ人成年男子が5年から10年稼げる金額分を負傷した人数分になります
から、金額分にすれば、100名分と仮定して大体200万から300万ドル相当です」

財務長官のヘンリー・モーゲンソーはルーズベルトを直視しながら説明していく。

「ですが、フリンデルド側から手渡された資料によれば、希望する純金の量は1億ドル相当。我々が想定している分よりも遥かに多額の純金を要求
しております。これはフリンデルド側のみの希望量であり、イズリィホン国の物も含めると、2億ドル近くに上ります。これはかなりの量です」
「いやはや……フリンデルド側は相当怒り狂っているようだ」

モーゲンソー財務長官の説明を聞いたルーズベルトは、困り顔で呟いた。

「フリンデルド側は純金での支払いが困難であれば、先にも申しました通り、資源の引き渡しで応ずる事も可能とありますが、資源の引き渡しで
応じた場合、ドルに換算すると10憶ドル以上の支出に相当します。これはこれでかなり法外な量と言えますな」
「相手がどのような国なのか、深く考えぬのはシホールアンルもフリンデルドも同じという事でしょうかな?」

リーヒ提督と共に同席していたアーネスト・キング海軍作戦部長が皮肉を込めた口調でモーゲンソーに言う。
それをジョージ・マーシャル陸軍参謀総長否定した。

「それはどうかと私は思う。シホールアンルは唐突に合衆国を併合するかのような文言を吐いたが、フリンデルド側は、あくまで“提案”に終始
しているように思える。そうですな、ハル長官?」
「はい。グルーの報告を見る限り、フリンデルド側は強硬姿勢を見せつつも、同時に、合衆国側にそれは可能なのかと提案し、お伺いを立てている事がよくわかり
ます。少なくとも、かの国は内心、合衆国と事を構えるのを避けているように思えます」
「つまり……フリンデルド側は駄目元でこの提案をしてきたという訳か」

ルーズベルトはそう確信した。

「シホールアンルとの戦争も満4年を過ぎております。合衆国や同盟国を除いた外国にも現在遂行中の大戦の情報は行き届いており、それはこれらの
国々の国民までもが、時には脚色を交えたりして伝えているらしいとの情報も入っており、人によっては、太平洋の戦いは古代の神話時代の戦争よりも
激しい戦争であると断言する者も、少なからず現れているようです」

550ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2020/10/26(月) 21:19:09 ID:XDQ6yAnU0
ハルがそう言うと、ルーズベルトは意外だと言わんばかりの表情を浮かべた。

「それはまた……特に最後の神話時代よりも激しいと言うのはかなり大袈裟な物だな。我々は怪物などではないぞ?」
「ですが、合衆国軍がこれまでに戦った戦闘での軍の規模や被害の規模等が、外国では前代未聞であると言われているようです。昨年のレーミア湾海戦や
第2次レビリンイクル沖海戦も、諸外国は世界史上空前の大海戦として広く知れ渡っており、陸軍が主導で行ったジャスオ領の大規模上陸作戦や
カイトロスク会戦も、前例の無い大規模戦闘として諸外国の注目を浴びていると聞きます」

リーヒ提督は単調な声音でルーズベルトに返答する。
それに対して、ルーズベルトは幾分不快気な表情を浮かべた。

「それでは、まるで合衆国が見世物小屋の野生動物みたいではないか。この戦争は一方的に仕掛けられた末に、嫌々行っている物だ。
必死に生存権を得ようとしている時に、外野はジュースと菓子を味わいながら観戦を楽しんでいるという事かね」
「それを否定しない国もいる事でしょう。ですが、諸外国はむしろ、羨ましがっているかもしれません。大国1つを叩き潰し、更にもう1つを追い詰め
ている合衆国の国力を」

キング提督がそう言うと、ルーズベルトもなるほどと呟いた。

「フリンデルドも同じでしょう。そして、恐れてもいる事は、先の“提案”を行う事からして明らかです」

ハルがフリンデルド側の真意を断言すると、ルーズベルトは即座に判断を下した。

「ふむ……提案であれば、その通りにする必要も無いという事だな」
「その通りです」
「ならば、この提案は受け入れられぬな」

ルーズベルトがそう言うと、ハルは僅かに頷いた。

「フリンデルド側には、賠償金の支払いの意志はあるが、貴国側の要求通りには受け入れられない旨を伝えるとしよう。
そして、合衆国側から先の事件に謝罪するとともに、被害者数に応じた量を合衆国で精査し、支払いを行う事も同時に伝える」

ルーズベルトはそこまで言ってから、更にもう1つ付け加えた。

「それから、フリンデルド側への賠償金支払いは、フリンデルド側のみの分を直接支払う。イズリィホン国への支払いは、後日イズリィホン本国に
合衆国が直接出向き、首脳部に誤爆の謝罪と被害者への賠償金を支払う、と付け加えよう」
「わかりました。良い判断であると思われます、大統領閣下」

ハルがそう言うと、ルーズベルトは満足気に頷いた。

「フリンデルドはシホールアンルと違って賢いと私は思っている。かの国なら、必ず分かってくれるはずだ」
(現在、世界最強の軍事力を有している国は、少なくとも……フリンデルドではないからな)

最後の一言を、彼は誇らしげに胸中で呟いた。

「閣下。ハル長官も言われていましたが、相手が形ばかりの強がりを発しているのならば、今のところは脅威ではないでしょう。
しかしながら……それを行うという事は、それなりの軍事力を有している証拠でもあります」

リーヒ提督は、手提げ鞄から封筒を取り出し、それをルーズベルトに差し出した。

551ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2020/10/26(月) 21:19:58 ID:XDQ6yAnU0
無言で受け取ったルーズベルトは封筒を開け、中身を取り出した。
封筒の中から、数枚の写真が出され、その1枚1枚をルーズベルトはじっくり見つめていく。

「……なるほど」

写真を全て見終わったルーズベルトは、小声でつぶやきながら小さく頷く。

「写真2枚は、第5艦隊の偵察機が捉えた物です。1枚目に移っている写真では、目標物は偵察機から距離が離れており、不明瞭ではありますが」

キング提督はよどみない口調でルーズベルトに言った。

「これは明らかに空母です。そして、その空母は……シホールアンルの物ではありません」

更に、キングは執務机に置かれたもう1枚の写真を指差した。

「また、この飛行物体はワイバーンではなく、合衆国軍が保有する航空機の類と全く同じ物であると確信しております。ワイバーなら、
上下に翼を動かしますが、この飛行物体は、左右の翼が真っ直ぐに伸びております。また、速力も遅くはありません」

キングは身振り手振りを交えながら説明を続けていく。

「合衆国海軍の主力偵察機であるS1Aハイライダーは、改良も進んでいて時速700キロ以上のスピードを出せますが、この未確認機は
スピードを上げ始めたハイライダーとの距離を幾分縮めたほか、スピードが乗り始めた時もしばらくは追随しており、640キロに
達した頃から徐々に引き離すことが出来たと伝えられています」
「キング提督は、その報告を信じるのかね?」

ルーズベルトがすかさず聞いてきたが、キングは顔を頷かせた。

「無論であります。国家の規模としては最大ではないにしろ、フリンデルドの技術は侮れない物があります」
「キング作戦部長の言う通りです」

ジョージ・マーシャル陸軍参謀総長も同調した。

「情報部が入手したある情報によりますと、シホールアンルの主要技術の大元は、殆どが外国より取り入れた物であることが、捕虜となった
敵の技術将校やシホールアンル民間人の尋問の結果明らかになっています。シホールアンル自慢の高速飛空艇は、シホールアンル側が30年の
歳月をかけて作り上げた航空技術の結晶とも言えますが、そもそもはフリンデルドが研究していた、非生物型飛行体の基礎を参考にして
作り上げた物であると判明しました」
「なんだと。飛空艇はシホールアンルが独力で作り上げたものではないのかね?」
「いえ。シホールアンルが純粋に独学で研究開発した物ではなかったのです。シホールアンルは過去に、フリンデルドに戦勝した際に、
賠償として多くの技術供与を得ており、その中にワイバーンを用いぬ飛行隊の研究資料が含まれていたのです」

ルーズベルトは憂鬱そうな表情を浮かべた。
マーシャル元帥の言葉は、ひとつひとつが鋭いナイフとなってルーズベルトの内心に突き刺さっていく。

「フリンデルドの非生物型飛行体研究は、50年以上前には既に開始されたようであり、これは、我が国のライト兄弟が初めて飛行機を飛ばし、
合衆国の技術者や企業が血の滲む研究開発を経て、進化させていった月日よりも長い事になります」
「問題は他にもあります」

キングは別の2枚の写真を交互に指差した。

552ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2020/10/26(月) 21:20:38 ID:XDQ6yAnU0
「こちらは、去る2月2日。南大陸西岸部沖を定期哨戒していた、ミスリアル軍のPBMマリナーが捉えた物です。この2枚の写真に写っている物は、海中に
潜航中の潜水艦でありますが……当時、この海域には我が軍の潜水艦は1隻も存在せず、例え存在したとしても」

彼はルーズベルトの顔を注視しながら説明を続ける。

「このように、慌てて潜航するような事はありません」
「この未確認艦の所属はどこなのかね?」
「所属は判明しておりませんが……南大陸の南西3000マイル(4800キロ)には、幾つもの列島で構成された列強国、ヲリスラ深海同盟と呼ばれる
大国が存在します。同盟国からの情報によりますと、人口1億を越え、この他にも幾つかの属国を従える強力な国家であるとの事す。その詳細は
秘密のベールに包まれており、同盟国も分からないままとなっておりましたが」
「シホールアンルが開発した潜水艦ではないのかね?」
「それはあり得ません。シホールアンルも開発は進めていたようですが、頓挫したとの事です。ですが」

キングは更に、衝撃的な事実をルーズベルトに話していく。

「シホールアンルの潜水艦開発計画は、20年前にヲリスラから得た技術を基にして進められた、という情報を入手しております」
「なんと……方や空母を保有し、方や潜水艦を運用できる。いずれの艦も、開発には相当の技術力と、国力を必要とする。それを開発、運用できるだけの
国力があるのならば、当然ながら軍事力も相当な規模を誇るはずだ。なのに、なぜこの2国は……この大戦に参加しなかったのだ」
「詳細は無論、不明であります」

リーヒ提督はルーズベルトの問いに答えた。

「ですが、推測は出来ます。かの2国は、純粋に国力が足りなかったかもしれません」

リーヒに続いて、ハルもルーズベルトに言う。

「ヲリスラはシホールアンルとは同盟関係にないため、参戦義務は生じませんが、フリンデルドは同盟を結んでおり、その限りで張りません。
しかしながら、フリンデルドは長年の不況や内乱の鎮定に当たっていたため国力が無く、現在はようやく、国力の増強を成しつつある段階
です。要するに、この2国は参加したくても出来なかった……という事になるのでしょう」
「ヲリスラとフリンデルドは、過去にシホールアンルとの戦争で敗戦したという共通点もあります。戦後は同盟を結び、または国交を
結んで交流を進めていたりもしたようですが、裏では世界最強となったシホールアンルの消耗を狙った可能性もあります」

マーシャルも続けるように発言する。

「なるほど。フリンデルドの租借地返還要求は、まさに漁夫の利を狙った行動とも取れるな。しかし、国力が低いとはいえ、これら2国の
技術力は、シホールアンルにとっても脅威となり得ただろう。私が皇帝なら、大陸統一戦争開始時に、近代兵器を未だに持たぬ北大陸諸国や
南大陸を襲うより、フリンデルドかヲリスラに軍を進めようと思う物だが」

ルーズベルトは疑問に思った。
シホールアンルが北大陸統一を実行に移した当初、北大陸各国の軍事力はシホールアンルに比べて隔絶していた。
北大陸第2位のヒーレリですら、その装備では遅れを取っていたと言われている。

それに対して、フリンデルドやヲリスラは、空母と潜水艦を有する程の技術力を持った強国だ。
それは必然的に、保有する陸軍力もそれ相応に強力であると容易に推測できる。

だが、シホールアンルは、同盟国たるフリンデルドに助力を要請する事も無く、ヲリスラに軍を進める事も無く、ただ一国のみで真っ先に
大陸の統一事業に乗り出した。

553ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2020/10/26(月) 21:21:20 ID:XDQ6yAnU0
シホールアンルが当時、世界最強の軍事力を有していたから助力は必要なかった事もあり得るだろうが、とはいえ、かの2国の軍事力も並みの
規模ではなかったはずだ。
同盟国を一切頼らず、潜在的敵性国をほぼ無視するかのように、軍を自由に動かすと言うのは、常識的には幾分考えられない事でもあった。

会議室は、しばしの間沈黙に包まれた。

沈黙を破ったのは、ハルの一言であった。

「能ある鷹は、爪を隠す……という諺があります」

ハルの一言を聞いた一同は、ハッとなった。

「そうか……つまり、2国は自国の兵器を秘匿していた、という訳だな」
「大統領閣下のおっしゃる通りかと思われます」

ルーズベルトがそう言うと、ハルも頷きながら答えた。

「それどころか、軍の秘匿のみならず、国内の発展を意図的に遅らせていた可能性もあります。シホールアンル側はフリンデルドやヲリスラ軍の
装備はマオンド並みかそれ以下で、国の規模は大きい物の、国内はまだ発展していない、という見方が常にあったようです」
「国内の発展には資源が必要です。フリンデルドが膨大な資源量を要求したのも、急拡大しようとしている国内の需要を賄うためであると考えれば、
納得がいきますな」

それまで黙って話を聞いていたモーゲンソーも口を開く。

「とはいえ、2国の真の実情をシホールアンルは掴めなかったとなると、彼らは早々以上に厳重な秘匿行為を行っていたという訳か」
「ですが、宿敵と定めていたシホールアンルの弱体化は、その真の姿を我が合衆国が掴むきっかけにもなりました」

リーヒが、幾分安堵の表情を浮かべながら言う。

「もし2か国が尻尾を出していなければ、我々は無警戒のまま、この世界で過ごそうとしていましたな」
「フリンデルド、ヲリスラを警戒する場合、それはそれであまりよろしくない未来が待っています」

モーゲンソーが幾分沈んだ表情で発言する。

「財務長官の言う通りです。グルーの報告の中には、東側諸国という言葉が出てきています」
「東側諸国だと?それはどこを指しているのだね?」

ルーズベルトが思わず頓狂な声音を上げた。

「……合衆国です。正確には合衆国と、南大陸諸国を含む連合国を指しているかと思われます」

ハルの言葉を聞いた3人の軍首脳は、一様に表情を強張らせた。

「なぜ我が連合国を東側と呼ぶのかね」
「これは推測ですが……フリンデルドは常に、東のシホールアンルを注視してきたと思われます。そこを、合衆国は諸外国と連合を組んで
猛攻を加えています。フリンデルドから見れば、シホールアンルの立ち位置を連合国が取って代わろうとしているように思えるのでしょう
東の位置に居座る新たなる脅威と、フリンデルド側は捉えている節があります」
「であるが故に、我々を東側諸国と呼ぶか」

554ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2020/10/26(月) 21:22:09 ID:XDQ6yAnU0
ルーズベルトは、納得したようにそう言い放った。

「そして、我が方を注視するのは、専制主義を標榜する西側陣営……という構図が、戦後に出来上がるのかもしれません」

ハルの一言は、大統領執務室内に大きく響いたように思えた。

「諸君らの言う事はよくわかった。ひまずは、賠償金の支払い額のすり合わせをフリンデルド側と行い、その反応を見て決め得ると言う事で
良いだろう。軍部の報告に関しても、私は深く感謝している。情報の有無は今後の国政に大きく影響するという事を、改めて痛感したと私は
思うよ。ところで……」

ルーズベルトはハルに視線を向け直した。

「もうひとつの賠償先であるイズリィホン将国だが……正確な位置は分かっているのかね?」
「フリンデルド側から位置情報を入手しております。叩き台ではありますが、簡単な地図も作成しております」

ハルは地図を手渡す前に、一言付け加えた。

「イズリィホン国の形ですが、大統領閣下も最初は驚くかと思われます」
「ん?それはどういう事だね」

ルーズベルトはすかさず問い質したが、ハルはそれに答えず、紙を手渡した。
ルーズベルトは一瞬見ただけで、ハルの言わんとしている事が分かった。

「この形は……正確には違う部分も多く、向きも逆に思えるだが」

フリンデルドと書かれた大きな大陸の下に、ポツンとたたずむ様に、斜め横に細長い地形があった。

「外見的には前世界で我々とも関係が深かった、あのサムライの国を思い出すな」
「私もそう思いました。違いは大きいですが」

ルーズベルトは、日本を彷彿させる地形に驚いたが、その次には、イズリィホン国の位置に新たな驚きを感じていた。

「諸君。これがイズリィホン国だ。国の形を見れば驚くだろうが、真に驚くのは、その位置だ」

ルーズベルトは、彼らにそう言いながらイズリィホンとフリンデルドの間を交互になぞった。

「どうだ。絶妙の位置にあるとは思わんかね?距離的にも、悪く無い位置にあると、私は思うが」

555ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2020/10/26(月) 21:22:54 ID:XDQ6yAnU0
その後、しばらくの間話し合いが続いたが、ひとまずはフリンデルド側への回答と、次回以降の会談で賠償金の支払う金額をフリンデルド側と
協議しつつ、対シホールアンル戦後の軍縮計画の一部見直しをする事を決定し、緊急会議を終えた。

キングは、自然と一番最後に大統領執務室を退出する形となり、今しも室外に足を運ぼうとしていた。

「キング提督。最後に少しいいかね?」

ルーズベルトは微笑みながら、キングを執務机の前に手招きした。

「は。何でしょうか、大統領閣下」
「フリンデルドを始めとする諸外国は、我が国を注視している事は、君も知っているだろう?」
「無論、存じております」

キングは即答する。

「彼らは、合衆国の一挙手一投足を、今もじっくりと見据えている。対シホールアンル戦が片付けば、それはさらに強くなる。
連合国以外の各国は、鵜の目鷹の目で我が方を監視するに違いない」
「東西対立確定的になれば、避けられぬ事ですな」
「うむ。時には、嘘を掴ませることも重要になる」

ルーズベルトはそう言うと、体を前のめりにしてキングの目を見つめた。

「嘘を掴ませれば、ハメた方は多少なりとも楽になる。それを合衆国もやりたいと思うのだ」
「それは良い事です。戦後は化かし合いが主体になるでしょう。最も海軍は軍縮の煽りを受け、戦中と違って小さな規模になるでしょう
特に、戦艦部隊は旧式艦を始めとして、大多数が退役し、解体され、以降は空母機動部隊と潜水艦を中心とした艦隊編成になるかと
思われます」
「かつて、大海を制したアルマダが小さくなることは悲しくなることだが、致し方あるまいな。ところで……」

ルーズベルトは、一際声の調子を高めながら言った。

「建造計画中止が予定されている艦の名前は何と言ったかな……確か、ジョージアだったかね?」

556ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2020/10/26(月) 21:25:13 ID:XDQ6yAnU0
1486年(1946年)2月18日 午前8時

アメリカ合衆国 カリフォルニア州サンフランシスコ

「出港!両舷前進微速!」
「両舷前進微速!アイ・サー!」

戦艦イリノイの艦橋内で、イリノイ艦長を務めるフレデリック・モースブラッガー大佐は命令を下した。
航海科士官が命令を復唱し、すぐさま艦内の関連部署に伝達されていく。
カルフォルニア州サンフランシスコ海軍基地を出港した戦艦イリノイは、第2次レビリンイクル沖海戦で受けた損傷の修理を終えたあと、
上層部からの命令を受け、今日の出港を迎えた。
出港からしばらくの間は、タグボートのサポートを受けながらゆっくりと航行していたが、湾内の広い箇所に到達しあとは自力で航行を始めた。

イリノイの前方500メートル先には、ボルチモア級重巡洋艦のピッツバーグが陣取り、イリノイと同じように時速8ノットで航行している。
モースブラッガー艦長は艦橋からゆっくりと前方を見渡していく。

「前方にゴールデンゲートブリッジ」
「後方よりオリスカニーが続行します。続けてガルベストンが湾内に到達、オリスカニーに続きます」

見張り員からの報告が艦橋に伝えられて来る。
モースブラッガー艦長は小声で了解と返しつつ、前方を見渡し続ける。

フレデリック・モースブラッガー大佐は元々、駆逐艦部隊の指揮官として太平洋戦線に従軍していたが、昨年5月よりアイオワ級戦艦6番艦として竣工
したイリノイの初代艦長として任命され、第2次レビリンイクル沖海戦ではウィリス・リー提督指揮下の戦艦部隊の一艦艇として敵戦艦と殴り合った。
同海戦でイリノイは損傷を受け、海戦後にサンフランシスコ海軍工廠で修理を受けている。
イリノイの損傷は中破レベルと判断されていたが、ドッグに入渠後の調査では思った以上に損傷のレベルは軽く、2ヵ月近く集中して修理を行えば
前線復帰は可能と判断され、12月19日よりドッグ内で修理を施された。
修理自体は2月13日に完了し、2月15日にはドッグから出されて修理後の公試運転と訓練に励んでいた。
モースブラッガー艦長は、イリノイは近いうちに、第5艦隊の高速機動部隊に再び編入されるだろうと、心中で確信していたが……

「艦長。サンフランシスコとはこれでお別れになってしまいますな」

イリノイの副長を務めるケネス・フリンク中佐が名残惜しそうな口調でモースブラッガーに言う。

「仕方ないさ。命令とあらば任地に行く。それが仕事という物だ」

モースブラッガーはそう言ってから、フリンク副長に顔を向けた。

「そう言えば……副長はサンフランシスコの出身だったな」
「はい。いい町ですよ」
「となると、久しぶりに故郷で休暇を取れたという訳だな」

彼がそう言うと、フリンク副長は満足気な笑顔を見せた。
イリノイはゆっくりとした速度を維持したまま、ゴールデンゲートブリッジ(金門橋)の真下を通過していく。
モースブラッガーは艦橋からサンフランシスコ名物の橋をじっくりと見つめた。
その特徴的な朱色の橋は転移前の前世界で世界一を誇り、それはこの世界に来ても維持されている。
また、この橋はいつ見ても美しく、初めて目にするものは誰しもが心を奪われているという。

557ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2020/10/26(月) 21:25:44 ID:XDQ6yAnU0
金門橋の全景は異世界人たちにも人気があり、ある吟遊詩人はこの橋を題材にした歌で人気が高まり、とある絵師は
渡米後にこの橋をモデルに絵を描いた所、その絵が故郷の貴族に高値で売れて財を成せたという話もある。

だが、金門橋はその美しい全景とは裏腹に、自殺の名所という顔も持ち合わせており、37年に完成して以来、複数の人がここから
身を投げ出している。
つい先日の新聞でも、戦死者の遺族が金門橋から投身自殺を図ったという報道があったばかりだ。
ゴールデンゲートブリッジは、アメリカの光と影を顕在化している橋と言っても過言ではなかった。

「この美しい橋から身を投げるような事は、是が非でも避けたい物だ」

モースブラッガーは小声で独語しつつ、この橋で身を投げた者たちの冥福を祈った。

ゴールデンゲート海峡を抜けたイリノイは、外海に出た後に変針を命じた。

「艦長より操舵室。これより変針する。面舵一杯、針路350度」
「面舵一杯、針路350度、アイ・サー」

モースブラッガーが新たな命令を下し、イリノイの航海科員がそれに従って艦を操作する。
しばらくしてから、イリノイの巨体が若干左に傾き、舳先が右に回っていく。
基準排水量57000トン、満載時には70000トンに達する大型戦艦が回頭を行う様子はまさに圧巻である。
しかしながら、モースブラッガーの脳裏は、イリノイの雄姿を思い浮かべていなかった。

(なぜ、第5艦隊ではなく、第7艦隊の指揮下に入れと言われたのだろうか……)

彼は心中でそう呟く。
上層部からは何の説明も無く、ただ大西洋艦隊所属の第7艦隊編入を命ぜられたうえに、同艦隊の指揮下で作戦行動に当たれとしか伝えられていなかった。
イリノイと共にサンフランシスコを出港した艦は、正規空母オリスカニーと重巡洋艦ピッツバーグに、軽巡洋艦ガルベストン、そして8隻のギアリング級
駆逐艦である。
正規空母オリスカニーには、クリフトン・スプレイグ少将が座乗しており、現在はスプレイグ提督の指示に従って艦を動かしている状態だ。
スプレイグ提督は、後に第7艦隊所属の第77任務部隊第1任務群の指揮官に任ぜられることが内定しており、イリノイもその指揮下で行動する事になるだろう。
現在、第7艦隊は大西洋戦線で活躍したオーブリー・フィッチ大将にかわり、トーマス・キンケイド中将が司令長官に任命され、レーフェイル大陸沖合の
警備に当たっている。
同艦隊に配属された高速正規空母と高速戦艦は、マオンド共和国降伏後に全て太平洋艦隊に移動となり、現在はニューメキシコ級戦艦3隻の他に、
護衛空母、駆逐艦、護衛駆逐艦を主力として活動していた。
レーフェイル大陸方面では、主に陸地でのトラブル……危険動物の跳梁や、ゲリラ化した反政府勢力の対応がメインであるが、海軍の出番はあまり無い
のが現状であり、時折別大陸から来た海賊船の取り締まりや、有害な海洋生物の駆逐、交易船への臨検等を行うぐらいだ。
つい先日、そのレーフェイル方面には、正規空母フランクリンが駆逐艦4隻と共に配備されており、現在は同地に常駐浮きドッグで整備を受けているようだ。

太平洋方面と比べれば、レーフェイル方面は比較的平穏と言える。
そこに、正規空母を含んだ高速機動部隊を送り込もうというのだ。

「バーでのんびりとしている所に、剣呑な保安官が突如現れるようなものだな」

モースブラッガーは、オリスカニー、イリノイのレーフェイル大陸派遣に対して、そのような印象を抱いていた。

558ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2020/10/26(月) 21:26:35 ID:XDQ6yAnU0
SS投下終了であります。今回も色々とお見苦しい点がありますが、そこはご愛敬で(ヤメイ

559HF/DF ◆e1YVADEXuk:2020/10/26(月) 21:37:35 ID:xzg.VGas0
乙です
やはり一筋縄でいくような相手ではなかったフリンデルド&ヲリスラ
『絶妙な』位置にあるイズリィホンへの今後の対応
謎の第7艦隊増強

さて、これからどうなることやら

560名無し三等陸士@F世界:2020/10/26(月) 21:39:26 ID:cGUFp6uA0
乙です。
待ってました!

561名無し三等陸士@F世界:2020/10/27(火) 20:25:16 ID:ApBk/7xA0
待ってましたぁ!
あああああ良かったぁ諦めずに巡回してて!

562名無し三等陸士@F世界:2020/10/27(火) 21:37:58 ID:CHwVxgvg0
投下乙です
グルー大使は元の世界に置いてけぼりを食らってなかったんですね
そして空母+艦載機(しかも航空機開発の歴史はこっちの世界より長い)や潜水艦を保有するフリンデルド&ヲリスラ恐るべしですね
当然魔法関連の技術力も相当高いでしょうから、下手したら総合的な技術力はアメリカを凌駕してる可能性も…?
あとライト兄弟の話題がちらっと出てきましたけど、1946年の時点で弟のオーヴィル・ライトはまだ存命中なんですよね
こっちの世界で初めて飛行機で空を飛んだ男は、異世界の飛行機を見て何を思う…?
あとイズリィホンの存在を知った日系人や在米日本人の反応なんかも気になりますね

563名無し三等陸士@F世界:2020/10/27(火) 21:48:10 ID:ENrM7zA60
乙です
つまり、あの時代のアメリカに対応できるだけの大国が出てきたというわけですか
シューティングスターなど登場して

作中のアメリカでも
ノーチラス型原潜とか
世界の警察として進んでいく兵器がどんどん登場しそう

564ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2020/11/02(月) 22:11:48 ID:XDQ6yAnU0
皆様レスありがとうございます!

>>559

ひとまずは、シホールアンルを屈服させなければなりません
アメリカとしては出来る限り早い内に……せめて46年中までには屈服させたいところです

>>560-561
ありがとうございます!
長い間お待たせしてすいませんでした(土下座

>>562
グルーさんはちょうど本国へ帰られていたので難を逃れることが出来ました。

>フリンデルド&ヲリスラ
最初は大した事ない国かと思いきや、実際はシホールアンルに匹敵しかねない強国であると知ってアメリカも
頭を抱えていますね
ただ、現時点では大した国力を持っておらず、フリンデルド&ヲリスラ側も米側に手を出したら自殺行為と考えているので
まだまだ大人しいです

>オーヴィル・ライト
シホールアンルのケルフェラクには興味津々と言ったご様子で、いつかは生で見たいと公言しているとか

>イズリィホン
かなりおったまげると思いますね。あと、イズリィホンには人種以外の亜人族もいるようです

>>563氏 蓋を開けてみたら結構厄介な国々が出てきてしまいましたね……
この世界のアメリカも史実同様、色々と頑張らねばならないようです

565名無し三等陸士@F世界:2021/01/11(月) 05:20:53 ID:kyENLakI0
はぇ��すっごい重厚…書籍化書き起こしかと錯覚するクオリティですね
架空戦記モノは紺碧シリーズしか知りませんが、司令クラスのおっさんや首相大臣参謀クラスの爺さん方がメインで活躍するシナリオは熱い

566ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2021/01/14(木) 00:50:37 ID:YlxGjURY0
>>565氏 ありがとうございます!
前線で無双する若手の話もいいですが、将官や参謀達が悩み、議論を重ねて作戦を立てていく話も
書いてて楽しい物があります。

ここ数年は更新ペースがかなり遅くなってしまっていますが、今年こそは完結を目指して頑張りたいところです

567ヨークタウン ◆aYqkzralRA:2021/03/29(月) 20:40:36 ID:dsr7J.GU0
こんばんは
これよりSSを投下いたします

568ヨークタウン ◆aYqkzralRA:2021/03/29(月) 20:42:57 ID:dsr7J.GU0
第291話 探究者達

1486年(1946年)2月11日 午後3時 帝国本土西海岸沖100マイル地点

「ぎょ、魚雷だ!」

半ば憂鬱な気持ちで甲板上の寒風に当たってしばしの時間が経った後、それは唐突に起こった。

「え……魚雷?」

トミアヴォ家より派遣された魔道士のフリンス・ベールトィは、小声でそう呟きながら、声が聞こえた左舷側に顔を向ける。
彼は、ロアルカ島から採取された貴重資源を運び出す際に、魔法石の純度や魔力を確かめるために本国から派遣された。
魔法石の採取は現地の作業員を動員して行われており、魔法石を必要量採取した後は、2月7日までに手配した6隻の輸送艦に積込み、ベールトィはその中の一隻に乗り組んだが、彼の船は万が一の場合を考えて単独で出港している。
出港後は北に大きく回り込む航路を進み、帝国本土に向かっていたが、その道中で、ロアルカ島が、いつの間にか島の近海に進出したアメリカ機動部隊の攻撃を受け、後続する筈であった別の輸送艦が貴重な資源ごと撃沈されたとの凶報が入った。
これを聞いたベールトィは、同僚らの身を案じると同時に、難を逃れた事を心の底から喜んだ。
しかし、必要な貴重資源は、敵機動部隊の来襲という予想外の事態に到ったため、その大半が失われてしまった。
彼は、自らが携わっているとある計画にこの事が大きく影響するであろうと考え、ここ最近はずっと憂鬱な気持ちになっていた。
だが、彼の乗る船は、超人化計画の遅延云々などはつゆ知らずとばかりに、帝国本土へ向けて順調に航行していた。
そして、後2日ほどで、輸送艦は本土の港に到達する筈であった。

「駄目だ!避けられない!!」

569ヨークタウン ◆aYqkzralRA:2021/03/29(月) 20:45:22 ID:dsr7J.GU0
船員の発した絶望の叫びと、直後に襲った猛烈な衝撃は、順調に航行していた輸送艦を容赦なく揺さぶった。
輸送艦の左舷に高々と立ち上がった2本の水柱は、巡洋艦並みの大きさ程もある、さほど小さく無い船体をいとも簡単に海面から飛び上がらせたように思えた。
ベールトィの体は衝撃で浮き上がり、次の瞬間には、体は舷側を飛び越えて海の上に落ちようとしていた。

「か、体が」

彼は唖然とした表情を浮かべた後、足裏に感じていた甲板上の感覚が無くなり、異様な浮遊感を感じた事で表情が凍り付いた。
耳を覆いたくなるような轟音が響くと同時に、ベールトィは海面に落下した。
その瞬間、別の強い衝撃が体全体に伝わり、直後には強烈な冷気が鋭い刃物と化したかのように体中に突き刺さったかのような感覚に見舞われる。

(!?)

あまりの冷たさに、ベールトィは目を見開いた。
冬の冷たい海は、彼の体から容赦なく体温を奪い始めていた。

(何だこれは!?体中に針でも刺さっているのか!?)

ベールトィは心中で絶叫しながら、想像を絶する寒さで体中が固まったと思ってしまったが、それにめげる事なく、必死の思いで手足をばたつかせようとした。
幸運にも、彼の四肢は意思通りに動いてくれた。
手足をこれでもかとばかりに激しく動かし、すぐに海面へ上がろうとする。
体は海面に向かいつつあるが、極寒の海中にいるためか、手足の動きに勢いがなくなりつつあるように思えた。

570ヨークタウン ◆aYqkzralRA:2021/03/29(月) 20:46:47 ID:dsr7J.GU0
自分の体がこれほどまでに重かったのかと思うほど、その進みは重く感じられる。
僅か1秒が永遠に感じられるほど、体中の感覚が鈍くなるように思われたが、彼の体は着実に海面へと向かい、着水から30秒ほどで海面に到達した。

「ぶはぁ!」

彼は口から勢いよく海水を吐き出した。
しばしの間咳き込んだ後、彼は手足を動かしながら周囲を見回していく。
不意に、彼の右側で大きな水音が響いた。
振り向くと、そこには緊急用の簡易筏が浮かんでいた。
これは、輸送艦の左右舷側に多数括り付けられていたものだ。
ベールトィは、筏から伸びる紐を掴んで筏を自分の側に手繰り寄せると、冷たい水を吸って重たくなった体をなんとか海面から上げ、筏に乗り込んだ。
彼は筏に体を滑り込ませた後、出港前に輸送艦の乗員が話していた筏の説明を思い出していた。
筏には、万が一の場合に備えて内部に少ないながらも、保存食や火起こしの道具などが詰め込まれた箱が取り付けられており、この箱の中にある緊急用具を使えば、4人の人間が3日間は何とか耐えられ、救助に備える事ができると言われていた。
彼は震える体を無理矢理動かし、筏に括り付けられていた木箱を取り出そうとしたが、ふと、彼の目線は今まで乗り組んでいた輸送艦に注がれた。
輸送艦は既に左舷側にほぼ横倒しになっており、ベールトィに向けて船腹を晒していた。
彼はふと、自分以外にも海に投げ出された者がいるのでは無いかと思った。

「おーい!誰かいるかー!?」

寒さのあまり、声が震えてしまうが、それでも、あらん限りの力を振り絞って周囲に呼びかける。

571ヨークタウン ◆aYqkzralRA:2021/03/29(月) 20:47:46 ID:dsr7J.GU0
だが、沈みく輸送艦は、けたたましい音を響かせているため、ベールトィの声はほぼかき消されてしまった。
輸送艦は急速に海中へと沈んでいき、あっという間に浮かんでいた船腹までもが、海の中に消え去ってしまった。
彼は知らなかったが、輸送艦は被雷から僅か5分ほどで海の中に没していた。
文字通りの轟沈であった。

「くそ……船が……誰かいるかー!?ここに生存者がいるぞー!!」

ベールトィは、沸き起こる絶望感を払拭したいがために、めげずに生存者を探し続けた。
しかし、いくら呼べども、彼の声に応える者は現れなかった。
また、極寒の海中から上がったばかりの濡れ鼠と化した体で幾度も声を張り上げたため、ただでさえ消耗していた体力をさらに消耗してしまった。
このため、彼もまた疲労の極にあった。
体の震えはより一層酷くなり、ベールトィは体を丸めて体温の低下を防ごうとした。
このままでは、近いうちに凍死する事は明らかであった。

米潜水艦テンチの艦長を務める、メイヤー・バフェット中佐は、潜望鏡越しに沈みゆく輸送艦を眺めていた。

「今敵艦の船体が海面に消えた。撃沈確実だ」
「命中から5分ほどですから、ほぼ轟沈ですな」

副長を務めるマイク・トラウド少佐が無表情のまま相槌を打った。

572ヨークタウン ◆aYqkzralRA:2021/03/29(月) 20:49:20 ID:dsr7J.GU0
「これでまた、幾人かのシホット共が波間に消え去った事になります」
「奴さんは単独でのんびりと航行しとったが、俺達の前に現れたのが運の尽きとなった訳だ」

バフェット中佐はそう言ってから、潜望鏡のハンドルをパチンと折り畳んだ。
潜望鏡は駆動音と共に艦内に引き込まれていく。

「艦長、そろそろ浮上しなければ。バッテリーの充電と艦内空気の入れ替えを行いましょう」
「そういえば、そうだったな」

副長の進言を聞き入れたバフェット艦長は、軽く頷いてから次の指示を出した。

「浮上する!メインタンクブロー!」
「メインタンクブロー、アイアイサー!」

彼の指示が伝わると、部下の水兵達が慌ただしく動き、テンチの艦体を浮上させようとする。
大きな排水音と共にテンチの艦体は艦首から浮き上がり始めた。
程なくして、テンチは艦首から白波を蹴立てながら海面に浮上した。
テンチの艦体は海面上に浮き上がった後、12ノットの速力で航行し始めた。
艦橋上の対水上レーダーと対空レーダーが作動し、周囲を警戒する。
艦橋のハッチが開け放たれると、中から防寒着を着込んだバフェット艦長と6人の乗員が姿を現し、バフェットと、哨戒長以外はそれぞれが艦首や艦尾付近などに見張りとして配置についた。
テンチはちょうど、撃沈した敵艦の方へ向かいつつあった。

「前方に漂流物多数。敵艦の物と思われます」

見張りからの報告を聞きながら、バフェット艦長は双眼鏡越しに前方の海面を眺めた。
敵艦はテンチから発射した4本の魚雷のうち、2本を左舷に受けた後、艦体から大爆発を起こして轟沈している。
その際に多数の漂流物が流出し、広範囲にそれが散らばっていた。

573ヨークタウン ◆aYqkzralRA:2021/03/29(月) 20:51:05 ID:dsr7J.GU0
「艦長、あれを…」

バフェットは、隣に立っていた哨戒長からとある方向を見るように促された。
左舷艦首側の海面に漂う漂流物の中に、見慣れた形の物が複数混じっている。

「人……か…」

彼は、敵艦の乗員と思しき遺体を見るなり、思わず眉を顰めてしまった。

「俺達の手でやったとはいえ、あまりいい気はせんものだな」

彼は小声でそう呟きながら、内心では不運な敵兵の冥福を祈っていた。

漂流物は幾つもの種類があったが、その中でもとりわけ多く見受けられたものが、小型の救命筏と思しき物体だ。
テンチは漂流物の群れをかき分けながら進んでいるが、見張り員の中には、筏に生存者が取り付いて居ないか、殊更注目していたが、今のところは、中身が空の筏ばかりしか現れなかった。

「簡易用のゴムボートらしき物が多いですな」
「確かに。緊急時には、あの筏を使って救援を待つ予定だったのかもしれない。だが、それを使う事はついになかった、という訳だ」
「今は戦争をしとりますからな、致し方無い事です」

バフェットはその言葉に頷きつつも、艦の周囲を漂う漂流物の一つ一つに視線を送っていく。
ゴムボートに似た筏はまだ幾つかが見えており、幾分遠くに流された筏も複数散見される。
やや遠くにある筏は、輸送艦が被雷し、爆沈した際に爆発エネルギーによって遠くに吹き飛ばされた物であろう。

「遺体は幾つか浮いているが、生存者はいなさそうだな。このまま速度を上げてここから離れるか」

574ヨークタウン ◆aYqkzralRA:2021/03/29(月) 20:55:46 ID:dsr7J.GU0
バフェットはそう言って、艦の速度を上げるよう命令を下そうとした。
そこに意外な報告が飛び込んできた。

「艦長!右舷前方の筏に人が乗っています!あ、体を起こしました!」

艦首側に張り付いていた見張りが、生存者と思しき物を発見したのだ。
バフェットはすぐさま双眼鏡を向けて、その筏を探した。
筏はすぐに見つかった。
距離はさほど離れておらず、よく見ると、黒い人影が上半身を起こしてこちらを見ているようにも思われた。
その人影が、こちらに向けて片手を上げた。

「こんな寒い海でよく生き残れた物だな」
「艦長、どうされます?救助しますか?」

隣の見張り長が聞いてきた。
バフェットは即答する。

「無論だ。ここまで来て見殺しにするのは酷だろう。それに貴重な捕虜だ。何か情報が得られるかもしれんぞ」

朦朧とする意識の中、視界内に現れた船を見るや、ベールトィは無意識の内に蹲っていた体を起こし、弱々しくも手を振っていた。
手を振りながら声も出そうとしたが、冷水で濡れたままであるため、体中が震えてしまって空いた口から声が出なかった。
見慣れぬ船の上に、うっすらとだが人影らしきものが複数見えており、それらは次第に船首の辺りに集まっているように見えた。

575ヨークタウン ◆aYqkzralRA:2021/03/29(月) 20:57:21 ID:dsr7J.GU0
(どこの船だろうか……味方か?それとも、敵か?)

ベールトィはふとそう思った。
敵艦なら、そのまま見捨てられるか、あるいは殺されるかもしれない。
見捨てられて、寒さに震えながら死ぬよりは、いっそのこと一息に殺してくれた方が楽だと心中で思った。
彼は尚も手を降ろうとしたが、体力の低下は思ったよりも激しく、右手がほんの少し上がっただけで左右に振ることが出来ず、それどころか、上体を起こす事も叶わぬ状態だった。
仰向けに倒れたベールトィは、体の震えが余計に大きくなったように感じられた。
極寒の中で死ぬときは、眠るように死ねるからある意味は最も楽な死に方だと、出張前に上司が言っていたことを思い出した。
しかし、現実には楽に死ねるどころか、体中に刺すような冷たい痛みが伝わり、息は苦しく、体の動きが全く取れないという有り様だ。
上司の言葉は大嘘だと、ベールトィは確信していた。
初めて聞く異様な騒音が聞こえてきたが、既に体力の限界に達したベールトィは、その音の正体を確かめる気力すらなく、猛烈な眠気に身を任せつつあった。

(ああ……こんな所で死ぬのか…寒さに凍えながら、幻覚を見つつ惨めに俺は死んでいくんだ)

彼は絶望の思いでそう呟き、両目をゆっくりと閉じた。
程なくして、体が浮き上がるような感覚に見舞われたが、彼は自らの魂が体から離れた感覚なのだなと、どこか他人事のようにそう思っていた。

576ヨークタウン ◆aYqkzralRA:2021/03/29(月) 20:59:08 ID:dsr7J.GU0
テンチの乗員が筏にフックを引っ掛け、引き寄せると、中の生存者は仰向けに倒れていた。
テンチは既に速度を落とし、筏の側にたどり着いた時には、完全に停止していた。

「艦長!生存者が倒れています。意識を失った模様」
「それはここからでも見えている。とにかく引き上げさせろ。それから軍医を呼べ」
「アイ・サー」

バフェットの命令を受け、見張り長は艦内放送で軍医に甲板にあがるように知らせた。
水兵が4人がかりで、接舷した筏から生存者を引っ張り上げると、素早く甲板に寝かせた。

「艦長、お呼びですか!」

艦橋に上がってきた軍医は、吹き荒ぶ寒風に身を縮こませながらバフェットに声をかける。

「ドク、今しがた敵艦の生存者を救助した所だ。奴さんは意識を失ってあそこで倒れている。ちょいとばかし診てくれんか?」
「お、アレですな……」

軍医は甲板上に横たわる生存者を眺めると、そそくさと艦橋を降りていった。
バフェットもその後に続く。
軍医は生存者の周囲を取り囲む水兵を退かせて、膝をついてその状態を確かめた。
一通り脈や体温のなどを確かめている所に、バフェットも歩み寄ってきた。

「目立った外傷は見えませんが、体温の低下が著しい。典型的な低体温症です。すぐに処置を行わなければ確実に死亡します」
「それはまずいな。よし!すぐに中へ入れろ。せっかく助けたんだ。せめて何がしかの情報は手に入れたい」

バフェットはそう決めると、水兵に生存者を艦内に収容するように命じた。

577ヨークタウン ◆aYqkzralRA:2021/03/29(月) 21:02:21 ID:dsr7J.GU0
「魔法への探求は生涯続けていきたい」

首都ウェルバンルの魔法学校を卒業した時、ベールトィは自信に溢れながら友人や知人達にそう公言していた。
やがて軍に入隊し、3年ほど従軍した後、彼はウリスト家お抱えの魔道士であるオルヴォコ・ホーウィロ導師に気に入られ、彼の直属の魔導士集団に迎え入れられた。
2年ほどはホーウィロ魔導団の一員として経験を積んだ。
彼は様々な魔法と出会い、思う存分に研究に励んだ。
しかし、3年目で彼は、ウリスト家の所有する某所に連れてこられ、そこで秘密の研究に携わることとなった。
異動当初は、それまでと同様に仕事をしながら自身の追い求めていた、魔法への探究に没頭することができたが、それも徐々にできなくなり、いつしか強化兵士を作り上げる人体実験に関わることとなった。
実験はいずれもが想像を絶する物ばかりであり、時には薬を投与した人間を捕獲した猛獣相手に戦わせてどこまで生き延びれるか試したり、ある時は凶悪犯罪者を内部に作った闘技場に放り込み、そこで強化兵士に仕立てられた志願兵と戦わせたりなど…

しかし、中でもここ数ヶ月の実験は特に壮絶であり、大量の捕虜と強化兵士を戦わせて全滅させるまでの時間を競い合わせたり、過酷な実験に耐えきれなくなった被験者を仲間に腕試しがてらに戦わせて処分させるなど、明らかに常軌を逸するものばかりであった。

ある日、施設長のナリョキル・ロスヴナは浮かぬ顔つきを見せるベールトィに向けてこう言った。

「若い君には、ここでの仕事は辛かろう。だが、君は優秀な魔導士だ。ここはどうか耐えてもらいたい。こういった事を行うのも、魔法に対する探究の一つでもある。そう……これは君の好きな探求の一つなのだ。そう思って仕事に打ち込めば、心も幾分は晴れると思うぞ」

578ヨークタウン ◆aYqkzralRA:2021/03/29(月) 21:04:42 ID:dsr7J.GU0
ロスヴナはそう言って、ベールトィの肩を軽く叩き、高笑いを浮かべながら去っていった。

それから程なくして、彼は実験に使う魔法石の移送立ち合いのため、他の魔道士と共に辺境の島であるロアルカ島に趣き、そこで採取した魔法石の調査と各種調整を行いながら、一足先にロアルカ島を離れた。

自分が目指していた魔法への探求と、実際にやる探求……と称した残酷な何か
理想と現実の狭間に悩み、苦しんでいた時に、それはやってきた。

真っ白な世界が目の前に現れた。

「………ここ……は……?」

ベールトィは、その白い世界を見るなり、弱々しく言い放った。
自分の発する声音が、異常に小さく、遠くから聞こえたように感じる。
彼は即座に、ここが死後の世界であると確信した。

「そうか………死んだんだな」

彼は、自分があの極寒の海で力尽き、魂だけの存在になったような感触を覚えていた。
重く、筏の床に沈み込んだ体がフワリと浮かぶ感触は、初めて経験するものだったが、同時に異様に気持ち良いようにも思えた。
死を迎えるまでは異常に辛く、無意識のうちに激しく震える体は同時に、彼の呼吸も困難な物にしていた。
死を迎えるまでは、地獄のような苦しみを味わったが、その後は苦しみから解放されたのだ。あの感触はまさにそれであった。

だが、そう思った直後、眼前の世界は一変した。

579ヨークタウン ◆aYqkzralRA:2021/03/29(月) 21:06:23 ID:dsr7J.GU0
突然、目の前の白い世界が一瞬のうちに暗くなったのだ。

「よかった。意識を取り戻したぞ」

耳に響いたその声は、異常にはっきりしているように思え、ベールトィは思わず仰天して体を大きく跳ね上げてしまった。

「うわぁ!?」
「うぉ!?」

ベールトィが驚くと同時に、白い世界を黒く染めた物……眼前の軍医もまた、驚いて声を上げてしまった。

「ドク!大丈夫ですか!」

後方から鋭い声音が響いた。
眼鏡を掛けた人物は、ゆっくりと後ろを振り向き、次いで、慌てるように両手を交互に振った。

「大丈夫だ!心配しなくていい。捕虜が目を覚ましただけだ。だからその銃を下ろしてくれ」

眼鏡姿の男は、誰かと喋っていた。
ベールトィは顔を上げると、見慣れぬ部屋の出入り口に、殺気立った男がこちらに何かを向けていることに気づいた。
それと同時に、彼は手足の自由が利かない事もわかった。

「艦長をここに呼んでくれ」

ドクと呼ばれた男は、もう1人の男にそう指示を送った。
アイ・サーと返事した男が部屋から離れると、ドクと呼ばれた男はこちらに振り向いた。

「こ……ここは、どこだ?地獄か?」

580ヨークタウン ◆aYqkzralRA:2021/03/29(月) 21:07:30 ID:dsr7J.GU0
ベールトィは戸惑いながら、ドクと呼ばれた眼鏡姿の男に質問を飛ばした。

「ここは潜水艦テンチ。アメリカ合衆国海軍所属の軍艦の中だ。私はこのテンチで軍医として働く、アドニア・ベレンスキー大尉だ。以後、よろしく頼む」
「せ、潜水艦の中!?」

ベールトィは頓狂な声をあげてしまった。

「そうだ。潜水艦の中だ。君は運よく助かったのさ」

ベレンスキー大尉がそう答えた直後、医務室にバフェット艦長が現れた。

「ほう……ようやく起きたか」
「あ、あんたは?」
「私はバフェット中佐だ。この潜水艦テンチの艦長をしている」
「艦長殿でありますか……あなたの艦が、私の乗船を撃沈したのですね」
「そうだ。そして、生存者は君一人だった」

その言葉を聞いた瞬間、ベールトィは表情を凍り付かせた。
輸送艦には、ベールトィを含めて、182人の乗員と同乗者が乗り組んでいた。
その中で、生き残ったのは、ベールトィのみ。

「魚雷が命中した後、君の乗艦は中央部から大爆発を起こして転覆し、被雷から5分足らずで沈没した……轟沈だった」
「そんな………」

ベールトィは、その一言を発しただけで絶句してしまった。
182人のうち、181人の命が、たったの5分足らずで失われてしまったのである。
彼はショックのあまり、言葉が出なくなった。

581ヨークタウン ◆aYqkzralRA:2021/03/29(月) 21:08:59 ID:dsr7J.GU0
「これから君は、我が合衆国海軍の捕虜として遇する事になる。今はこの通り、手足を縛っているが、いずれは個室に移動し、その時に拘束を解く予定だ。何か気になる点や、欲しい物などがあれば言うように」
「………」

バフェットは、塞ぎ込むベールトィにそう言ってから、そそくさと医務室を退出していった。

「艦長」

医務室から出て、発令所でコーヒーを啜っていたバフェットは、ベレンスキー軍医に声をかけられた。

「おう、どうした?」
「尋問があると言う事は伝えないのですか?」
「ん?ああ、もちろん伝える。だが、それは今やらんでもいいだろう」

バフェットは、空になったコーヒーカップを従兵に渡し、ズレた制帽を整えてから続きを言う。

「奴さんは今、かなりのショック状態にある。まぁ無理もなかろう……いきなり乗艦を撃沈されて、極寒の海を死亡寸前になるまで泳がされた挙句、自分以外全員死亡したと伝えられたんだ。誰しもがああなる」

彼は軽くため息を吐いた。

「今はそっとしておくのがいいだろう。尋問がどうのこうのと言っても、頭に入らんだろうしな。それに、大した地位のある奴ではないだろうから、重要な情報を持っている可能性は低い。奴さんの体力回復を見込んで、明日か明後日あたりに尋問を始めても、別に遅くはないさ」

バフェットはそう苦笑しながら、ベレンスキー軍医にそう言った。

582ヨークタウン ◆aYqkzralRA:2021/03/29(月) 21:11:32 ID:dsr7J.GU0
人間の血よりも、とても鉄臭いように感じられる

それもそうか、何しろ、体だけが大きい獣なのだから……


ふふふ………動きは大した事がなかったけど、図体が大きくて人より頑丈だから、いたぶりながら殺す事が出来た

獣でも、私を充分に楽しめる事ができたんだぁ


あは

あははははは

でも












人を殺す方が、やっぱり楽しぃなぁ!!!!!!

583ヨークタウン ◆aYqkzralRA:2021/03/29(月) 21:12:53 ID:dsr7J.GU0
ふふふふ

ふふ


ふふふ













いいなぁ……
今日は、いつものように変な気分にならない

とっても

とっっっっっっっ




ても



気持ちいい……

584ヨークタウン ◆aYqkzralRA:2021/03/29(月) 21:15:28 ID:dsr7J.GU0
これなら、施設長さんの機嫌も悪くならないかな〜


あれっ


機嫌が、良くなさそう

なんで?

人を用意できなかったからなのかな?

それとも、調子が良くても、機嫌が悪くならないのかな?


あ……行っちゃった
なんですか?


どうして?叫んでるのかな〜?








「魔法石採取に向かわせた輸送隊と手配船が、敵機動部隊と潜水艦にやられて全滅だとぉ!?」

585ヨークタウン ◆aYqkzralRA:2021/03/29(月) 21:18:22 ID:dsr7J.GU0
施設長のナリョキル・ロスヴナは、部下から伝えられたその報告を聞くなり、金切声をあげてしまった。

「はい」
「はいじゃないが!と、というか……少なくない数の魔道士をここから出したのだぞ…しかも、戦闘地域ではないノア・エルカ列島へ。そこに敵機動部隊と潜水艦が来襲して……」

ロスヴナは思わず、その場にへたり込みそうになった。
彼は、現在推進中の超人化兵士計画を促進させるため、希少度の高い魔法石が採掘されているノア・エルカ列島のロアルカ島に魔道士と施設関係者など、60人を送り込んで、現地で使えそうな魔法石の選定と、採取に当たらせた。
2月初めの報告では、計画に最適と思われる魔法石が見つかり、この魔法石を使えば強化兵士は遅くても、今年の3月中には実用化できると現地から伝えられていた。
ロスヴナは計画の推進者であり、主導者でもあるウリスト侯爵に報告すると、即座に魔法石を持ち帰り、計画完遂へ向けて動くべしとの指示を受け、ロアルカ島の派遣隊に魔法石の輸送を命じた。
ウリスト侯爵の計らいもあって、海軍から複数の輸送艦を貸してもらったため、派遣隊は一度で大量の魔法石を輸送する事ができた。
輸送に成功すれば、計画に進捗度は大幅に上がることは確実であった。
それだけに、ウリスト侯爵はもとより、現場責任者であるロスヴナは、この魔法石の輸送に大きな期待をかけていた。
だが……

その期待していた魔法石は、唐突に現れたアメリカ高速空母部隊によって輸送艦ごと悉く撃ち沈められ、運良く難を逃れた輸送艦も、敵潜水艦の魚雷攻撃を受けるとの緊急信を発した後、所属不明となり、後に発進した基地航空隊の偵察ワイバーンが輸送艦の搭載していた漂流物を発見したことで、撃沈されたことが明らかになった。

586ヨークタウン ◆aYqkzralRA:2021/03/29(月) 21:20:46 ID:dsr7J.GU0
「ウリスト侯爵からは、計画の遅延はどれぐらいになるか調査し、報告せよと」
「無論、可及的速やかに調査する。関係各所と連絡を密にし、計画完遂までにかかる期間を再度計算せねば」

ロスヴナはそう言ってから、各部署の代表に送る命令書の作成に取り掛かろうとした。
それと同時に、彼は彼なりの探究心を傷つけた敵をひどく恨んでいた。

(おのれぇ!アメリカ人どもめ!!私の探究の結果がもう少しで観れると言う所でとんでもない事をしでかしてくれたな!見ておれ……強化兵士が完成した暁には、貴様らの軍にぶつけて血の雨を降らしてくれようぞ!!!)

ロスヴナは心中で叫ぶ。
実は、今日の実験も、本来ならば捕虜を用いて行う予定であったが、出発予定地で待機していた輸送列車や、線路を含むインフラが米軍の猛爆によって完膚なきまでに破壊されてしまったため、実験材料の搬入が困難になってしまった。
その代用として、付近で捕獲した害獣種を使って実験を行い、結果はほぼ満足できる内容であった物の、人間を使った実験と比べると幾分劣る物でしかなかった。
また、捕虜以外にも、実験に使う魔法石以外の材料も、徐々に入手が難しくなって来ており、例えば、今日搬入された実験器具の補充品などは、本来であれば2月初めに搬入が完了している筈であった。
だが、米軍の戦略爆撃の影響で補充品の搬入が遅れてしまい、幾つかの実験は開始日を後日に延期しなければならなかった。

587ヨークタウン ◆aYqkzralRA:2021/03/29(月) 21:21:28 ID:dsr7J.GU0
「ウリスト侯爵からは、計画の遅延はどれぐらいになるか調査し、報告せよと」
「無論、可及的速やかに調査する。関係各所と連絡を密にし、計画完遂までにかかる期間を再度計算せねば」

ロスヴナはそう言ってから、各部署の代表に送る命令書の作成に取り掛かろうとした。
それと同時に、彼は彼なりの探究心を傷つけた敵をひどく恨んでいた。

(おのれぇ!アメリカ人どもめ!!私の探究の結果がもう少しで観れると言う所でとんでもない事をしでかしてくれたな!見ておれ……強化兵士が完成した暁には、貴様らの軍にぶつけて血の雨を降らしてくれようぞ!!!)

ロスヴナは心中で叫ぶ。
実は、今日の実験も、本来ならば捕虜を用いて行う予定であったが、出発予定地で待機していた輸送列車や、線路を含むインフラが米軍の猛爆によって完膚なきまでに破壊されてしまったため、実験材料の搬入が困難になってしまった。
その代用として、付近で捕獲した害獣種を使って実験を行い、結果はほぼ満足できる内容であった物の、人間を使った実験と比べると幾分劣る物でしかなかった。
また、捕虜以外にも、実験に使う魔法石以外の材料も、徐々に入手が難しくなって来ており、例えば、今日搬入された実験器具の補充品などは、本来であれば2月初めに搬入が完了している筈であった。
だが、米軍の戦略爆撃の影響で補充品の搬入が遅れてしまい、幾つかの実験は開始日を後日に延期しなければならなかった。

588ヨークタウン ◆aYqkzralRA:2021/03/29(月) 21:22:47 ID:dsr7J.GU0
はーうんち!
やらかしたんじゃ……

まぁいいや。続き!

589ヨークタウン ◆aYqkzralRA:2021/03/29(月) 21:27:45 ID:dsr7J.GU0
ロスヴナは今でも帝国の勝利を信じて疑わないが、敵の戦略爆撃や、敵潜水艦の跳梁は予想以上に激しい上に、敵機動部隊までもが通商破壊で暴れ始めた影響は大きく、超人化兵士計画の進捗に支障をきたすに至った現状を鑑みるに、帝国の未来に不安を感じずには居られなかった。

(先行きに不安を感じない筈は無い。だが……私が見たいのは、帝国が勝利する未来。それも、私の探究心がもたらした物が導く勝利として、だ。人によっては、歪んだ道を歩く狂人と蔑む輩もいるようだが、そんなこと知った事ではないわ!)

ロスヴナは廊下を歩きながら、徐々に不気味な笑みを浮かび始めた。

(戦争をしているのだから、予想外の事が起きるのは致し方なし!ならば、乗り越えよう。そして、乗り越えた先の未来を見て、大いに喜ぼうではないか!)

彼はその表情を浮かべたまま、小さく笑い声を上げた。

「施設長。今日より魔法通信の文が変わります。通信隊の備えは既に整っております」

部下からそう告げられると、ロスヴナは黙ったまま、軽く頷いた。

590ヨークタウン ◆aYqkzralRA:2021/03/29(月) 21:28:25 ID:dsr7J.GU0
ロスヴナは今でも帝国の勝利を信じて疑わないが、敵の戦略爆撃や、敵潜水艦の跳梁は予想以上に激しい上に、敵機動部隊までもが通商破壊で暴れ始めた影響は大きく、超人化兵士計画の進捗に支障をきたすに至った現状を鑑みるに、帝国の未来に不安を感じずには居られなかった。

(先行きに不安を感じない筈は無い。だが……私が見たいのは、帝国が勝利する未来。それも、私の探究心がもたらした物が導く勝利として、だ。人によっては、歪んだ道を歩く狂人と蔑む輩もいるようだが、そんなこと知った事ではないわ!)

ロスヴナは廊下を歩きながら、徐々に不気味な笑みを浮かび始めた。

(戦争をしているのだから、予想外の事が起きるのは致し方なし!ならば、乗り越えよう。そして、乗り越えた先の未来を見て、大いに喜ぼうではないか!)

彼はその表情を浮かべたまま、小さく笑い声を上げた。

「施設長。今日より魔法通信の文が変わります。通信隊の備えは既に整っております」

部下からそう告げられると、ロスヴナは黙ったまま、軽く頷いた。

591ヨークタウン ◆aYqkzralRA:2021/03/29(月) 21:29:00 ID:dsr7J.GU0
1486年(1946年)2月13日 午後6時 カリフォルニア州サンディエゴ

アメリカ太平洋艦隊情報参謀を務めるエドウィン・レイトン少将は、暗号解読班の責任者であるジョセフ・ロシュフォート大佐に急ぎ解読室に来るように呼ばれ、慌ただしい足取りで暗号解読室にやって来た。

「お忙しい中、お呼び出しして申し訳ありません」

カーキ色の軍服の上からガウンを羽織ると言う、素っ頓狂な格好をしたロシュフォートを、レイトンは一瞬咎めようとしたが、それ以上に彼を呼び出した動機の方が気になって仕方がなかった。

「一体何事だ?敵の暗号を解読できたのかね?」

レイトンの質問に、ロシュフォートは無反応のまま右腕を前方に差し出し、そのまま早足で歩き始めた。
解読室では、職員や協力者達が忙しなく働いている。
ロシュフォートは、差し出したままの右腕を、黒板に向けた。

「あれが起きました」
「あれとは…?それに、あそこに張り出された文言は全て出し切り、似たような文言しか出ていないと」

レイトンはそこまで言ってから異変に気付いた。
黒板の大きさが以前よりも変わっていた。
そして、貼られている文言も以前より増えている。

592ヨークタウン ◆aYqkzralRA:2021/03/29(月) 21:30:07 ID:dsr7J.GU0
レイトンは、しばし長さが変わった黒板と、貼られている文言の数を見比べた後、愕然とした表情を浮かべた。

「お気づきになられましたな」
「ああ。たった今わかったぞ」

レイトンとロシュフォートは、互いに顔を見合わせた。

「敵は使える文言の数を増やした、と、最初は思いました。ですが、単純に文言の数が増えた訳ではありません」

ロシュフォートは、黒板に歩み寄り、新しく張り出した紙の群れを、掌で上から下になぞった。

「敵はこの辺りの文言しか使っておりません。つまりは……こう言う事です」

ロシュフォートは、決定的な事実を言い放った。

「敵は、暗号を変えたのです」

彼の言葉を聞くや、レイトンはめまいを起こしそうになった。
ロシュフォートの後ろを、早足で獣耳姿の協力者が過ぎて行き、手に持っていた紙の束を、空いているスペースに貼っていった。

「1時間で300枚増えました。文言の数はいまも尚、増え続けています」
「なんと言う事だ。第1次レビリンイクル海戦の敗報を聞いた時よりもショックだぞ」

レイトンは頭を抱えたくなった。
暗号の解読は、徐々にだが進んでいた。


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