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灼眼のシャナ&A/B 創作小説用スレッド

1SS保管人:2003/11/24(月) 19:22
ライトノベル板でSSを書くのは躊躇われる、
かといってエロパロ板は年齢制限が…

そんな方のために、このスレをどうぞ。
萌え燃えなSSをどんどん書いて下さい。

158名無しさん:2005/11/30(水) 01:22:50
『あなたを見かけたこの町で〜』

徒の体を、激しい衝撃が走った。

『あなたが私に気づいて〜も〜』

徒の身体のあちこちから灰緑色の炎がのぞいく。

『気付かぬ振りで先回り〜』

徒は精神を集中して、崩れそうになる自分の体を繋ぎ止めた。

『そっと〜あなたを待って〜る〜の〜』

彼女は右手の人差し指と親指を伸ばし、
人差し指を徒に向けて、
いたずらっぽく笑い、

《Bang!》 撃った。

彼女の指先からレモンイエローの火花がはじけて広がり、徒の体に降り注ぐ。
徒はただ、声も無くのた打ち回る。

『世界〜のバランス守る為』

(なんだこの歌は)

『紅世の〜徒 討ち倒せ』

(なんだこの“声”は)

『ひとか〜どの戦士に成るために〜』

(これが、こんな奴がフレイムヘイズなのか)

『情け〜は無用の フレ・イム・ヘイ・ズ〜〜〜〜』

彼女は再び指鉄砲を作ると、笑みを浮かべ、
「ひとぉつ!」 男の声をトリガーに、
『人を食ったら 討滅よ〜』

「ひとぉつ!」 レモンイエローの火花を、
『紅世を抜けたら 討滅よ〜』

「ひとぉつ!」 身体を貫く鋭い矢に変えて、
『無断の顕現 討滅よ〜』

「ひとぉつ!」 崩れ行く徒に、
『騒ぎを起こすと 討滅よ〜』

「ひとぉつ!」 撃った。
『破壊行為も 討滅よ〜』

159名無しさん:2005/11/30(水) 01:24:59
歌い終わると、彼女のポータブルカラオケは“いつものように”レモンイエローの火花を散らして崩れ去る。
それには目もくれず、彼女は徒のいた場所を見つめた。
そこには、ただ灰緑色の炎の残滓がくすぶるだけ。

「いや、お見事でしたなぁ」
レモンイエローの火花と共に、瞬時に再構築されたポータブルカラオケから、軽薄な男の声が聞こえてくる。
「……」
「これなら、徒程度には十分なようですな」
彼女の戦果に男は満足げだった。
「……」
「? どうかしましたかな?」
沈黙を守る彼女に、男が問いかける。
「…………なんでこんな曲なのよ! しかも! 変な! 替え歌で!」
「趣味ですな」
「即答!?」

灰緑色の炎はすでに消えていた。

『紅世の王』 “不朽の騒翼” ポエニクス
『フレイムヘイズ』 “破砕の歌い手” クリス

160名無しさん:2005/11/30(水) 20:01:33
戦闘シーンと軽い掛け合いだけ、ですか……
これだけだと物足りないかな。戦闘に至る経緯とか、王の表出する神器とかもっともっと焦点をあてられるところが欲しい。
さらに欲を言えば、クリスの容姿や性格設定が覗ける表現とかももっと書けるはず。


文体とかは好きだからもっとガンガレ。

161名無しさん:2005/11/30(水) 20:08:14
乙( ´∀`)つ(#)
替え歌は面白いので、それ以外の描写(地の文?)があればもっといいかも。

162名無しさん:2005/12/01(木) 07:49:51
替え歌の元ネタはアレかw
まずはグッジョブ。つ(エ)
SSというより一発ネタって感じだね。

163157-:2005/12/02(金) 00:23:05
どうも感想ありがとうございます。
「フレイムヘイズ・クリス」は、話を考えているうちに収拾がつかなくなり、
一応、一番最初に書きたかったところを書いて見ました。
地の文が少ないのは、テンポ重視の為と、作者が気の効かない人間なのが原因です。

さて、とりあえずクリスの事を書こうとしたら、
クリスも出てこないプロローグが出来てしまいました。
とりあえず、うぷしておきます。でわでわ。

164フレイムヘイズ・クリス プロローグ「白い悪夢」:2005/12/02(金) 00:24:09
気がつくと、白い部屋にいた。白い部屋で、仰向けに寝ていた。
壁も、天井も白。ここからは見えないけど多分床も白いのだろう。
そして、天井には、六角形とその中心型に配置されたライト。
これは、テレビで見たことがある。これは、
「手術室!?」
何故こんなところに。何かの間違いだ。早く起き上が……

腕が、無かった。

「え?」
肩から先は何も無かった。今朝はあったはずなのに。
いや、さっき帰宅途中に寄ったコンビニを出た時にもあった。
片手にコンビニ袋、反対側はショルダーバックで……。
痛みは無い。血も出ていない。何故か切り口の端から、青緑色のもやがゆらめいているのが見える。
しかし、無い。動かそうとしても腕がつながっている感じがしない。
足。そうだ、足は……無い。
太股は、股下数センチの所で途切れていた。
やはり、端から青緑色のもやが揺らめいている。
まるで炎のように。でも、熱くは無い。熱さを感じないだけなのだろうか。
そういえば服も着ていない。裸で手術台に寝かされている。
何が、いったい何が。せめてものあがきにじたばたしてみるが、
背中はこの台に貼り付けられたように動かない。

165フレイムヘイズ・クリス プロローグ「白い悪夢」:2005/12/02(金) 00:24:35
カチャ。
ドアの開く音がした。
『女、覚醒せしや』
落ち着いた男の声が近づいてくる。
それは眠たげに目蓋を半分落とした貧相な小男だった。
大きすぎる白衣を着て、分厚い本を右腕に抱えている。
「だ、誰よいったい、何ここ、ねぇいったい何がどうなって……カヒュッ」
男の左手が一閃すると、声が出なくなり、
かわりに咽喉が呼吸に合わせてヒューヒューと鳴る。
『我は静寂を欲する』
男の左袖から、青緑色の炎に包まれた細い刃がのぞいている。
どうやら咽喉が切り裂かれたらしい。しかし、痛みは無かった。血も出ていない。
ようやく理解した。これはとびきりリアルな悪夢なのだ。
小男は手術台の傍らに置かれた書見台に本を開いて置くと、宣言した。
『我は、人体の精査を開始する』
あきらめて目を閉じる。
ああ、早く目が覚めないかな……。
お腹に当てられた刃の感触に気が遠くなり、

166フレイムヘイズ・クリス プロローグ「白い悪夢」:2005/12/02(金) 00:25:15
目が覚めると夜だった。草の匂い。虫の鳴き声。
あわてて起き上がる。腕がある。足も。
傍らにコンビニ袋とショルダーバックが落ちている。
「は、はははははっ」ほっとして笑うけど、まるで棒読み……ああ、ちゃんと声も出てる。
どうやら寝ていたようだ。近所の公園の植え込みの奥で。
「やだな、なんで寝ちゃったんだろ」
悪夢を思い出さないように、他愛ない事とを口に出す。
「ええっ、もうこんな時間? もう、アレ見逃しちゃうじゃない!」
毎週、惰性で眺めているだけだったバラエティ番組が、今は無性に見たくてたまらない。
「急ご、まだ間に合う間に合う」
あわてて家に帰る。悪夢から逃げ出すように。自分の世界へと。
-------------------
数日後、意識を失った女性が病院に運び込まれ、診断した医師を呆然とさせた。
傷ひとつ無い彼女の身体から、すい臓だけが失われていたのである。
その異様な事件の前では、彼女のカルテ紛失騒ぎといった小さな事件など、誰も長く気に止めはしなかった。
-----------------------

167名無しさん:2006/01/08(日) 00:18:27
見てる人がいるかどうか不安ですが、SS(かどうかよく分からないもの)を思いついたので投稿しますね。

168Cの日記:2006/01/08(日) 00:21:41



私はつい先日まで、神聖ローマ帝国にて『大戦』の戦後処理を行なっていた。
かつて我々を苦しめた『とむらいの鐘』の本拠地ブロッケン要塞も、その城壁は崩れ、無残な姿をさらしていた。
“徒”関係の資料集めを命じられ、城内で探査を行なっていた私はとある一室で、一冊の本を発見した。
それを手にとって見ると、日記帳であった。
表紙はところどころ焼け焦げていたが、よく見ると、かすかに花柄模様が残っていた。おそらく以前は色鮮やかな代物だったのであろう。
著者は誰だろうと、もう一度表紙を見たが、かろうじて「C」という頭文字は読み取れたものの、後は焼失しており判読不能であった。
ページをめくると、所々焼け落ちてしまったページはあるものの、読み取れるページもあった。
そこには、この「C」なる人物の内に秘められた葛藤、苦悩が、克明に描かれていた。

169Cの日記:2006/01/08(日) 00:27:50
某年某月某日

今日、生まれて初めて日記と言うものを書く。
全く、なぜ私がこんなことをしなければならぬのか。
こんなことになったのも、あいつのせいだ。
あいつが、私に「その日一日の自分の行動を振り返ることで、気持ちを落ち着け、冷静になることが出来ますよ」などと訳の分からん講釈を並べ立てて、こんなものをよこすから、いけないのだ。
確かに最近の私は、何かにつけて癪に障ることが多くて、少々冷静さを欠いていたかもしれん。
しかし、こんなことを言われて余計に頭にきたので、黙れ、痩せ牛、と怒鳴り散らしてやった。
すると「すみません、余計な真似を…」と、相変わらず弱弱しく呟いて立ち去ろうとする。
私には日記すら書けぬというのか!
私はそんなあいつの態度にますます腹が立った。
思わずあいつの手にあったこれをひったくって、馬鹿にするな、と叫んだ。
そして、そのまま部屋までこれを持って来てしまった。
本来ならば、あのとき放って置けばよかったはずなのだが、なぜだかこういう結果になってしまった。
全く、あいつが全部、悪いんだ。


某年某月某日

いきなり、書くことが思い当たらない。
仕方が無いから、この日記帳についてでも書こう。
この日記帳、大きさは私の右の手の平と同じくらいの大きさで、表紙が花柄模様になっている。
全く、私が色つきの花が好きなことへの当て付けか?
おまけに分厚い。いつまで書き続けろと言うのか。
ページをめくってたら、押し花のしおりまで挟んであった。
本当に…どこまでもお節介な奴だ。


某年某月某日

何を書いていいか、さっぱり分からない。
任務でもあれば、何か書けるかも知れないのだが、それもここ最近ない。
痩せ牛め、少し怠け気味ではないか?
早く、命令を下して欲しい。
それが私の、何よりの喜びなのだから。
…何を書いているんだ、私は。


某年某月某日

本当に何を書いていいのだか分からなくなったので、イルヤンカに相談をしてみた。
すると「一日で最も印象に残った出来事を書けば良い」と言う。
そんなもの見当たらん、と言い返すと、「じっくりと一日を思い返してみろ。そうすれば何かがきっと見つかる」と言った。
そういうものなのだろうか。
よく分からないが、こういうときのこの老人の一言はなかなか頼りになるので、とりあえず実践して見る事にする。
あと、くれぐれもこのことは内密に、と念を押しておいた。
たかが日記ごときで他人に相談していたなどと、あいつに知られたくない。

170恋人のトーチ:2006/01/08(日) 21:38:17
目を覚まして、最初に感じたのは物足りなさ。
何か、自分になくちゃいけないものがなくなってる気がした。気がしただけ…。
何もなくなってはいない。何時もの俺の部屋。何時もの朝。何時もの日常。
ふと、俺の枕もとに置いてあるペンダントが目に付いた。
手にとって銀のカバーを開いた。そこには一枚の小さな写真を入れてある。
…何で俺は、一人で映った自分の写真なんかを態々ペンダントに入れたんだろう…。
その写真は俺だけが映ってる。変な格好だ。まるで、隣に誰かがいて、一緒に撮ったかの様に
右隅に寄っている。自分でも思ってしまうまだガキの顔。
何でだよ…。何で、一人で撮ってるのに、変な格好までして…何でそんなに楽しそうなんだよ…。
一人でプリクラ撮って何が楽しかったんだよ。なんで…これを撮ったんだよ…。
俺は、何だかよくわからなくなってきた。自分でした事の意味がわからない。今、何で涙なんか流してんのかも
全然わからない。訳がわからないのに…わからないから、それが悔しくて、悲しくて、でも…わからなくて。
気付いた時には、俺はベットに顔を押し付けて泣いていた。そうすれば、楽になるような気がして…泣いた。
泣いて、泣いて、泣き喚いて、そのまま眠っていた。もう、考えないように…眠った。

世界は止まる事無く動き続ける。

日常を装い、変化を感じさせること無く動き続ける。

今も、そして、これからも。

171名無しさん:2006/01/08(日) 23:48:32
乙。
シャナSSはあんまり数無いようで色々参考になりますわ。
(クロスオーバー物は除く)

172名無しさん:2006/01/09(月) 17:41:32
GJです。
167、私は暇さえあれば、一日一回はここに来てますよ。

173167:2006/01/09(月) 18:02:45
そうですか。
12月はじめから全く書き込みがなかったんで心配だったんですが、安心しました。
「Cの日記」は、ちまちまな不定期連載で続けていきたいと思うので、よろしければ見守っていただけると幸いです。

174Cの日記:2006/01/09(月) 22:18:24
某年某月某日

早速、昨日言われたことを実践してみる。
今日の天気は、朝からずっと雨だった。
私は雨が嫌いだ。毛皮が湿っぽくなって気持ちが悪くなるからだ。
例によって何もすることがなかったので、部屋にこもってじっとしていた。
今日もまた、任務は無かった。
いい加減、右腕がうずいてきた。


某年某月某日

待ちわびた。
ようやく、私に指令が下された。
痩せ牛の命令は、討滅の道具どもの吹き溜まりの壊滅だった。
腕が鳴る。
すぐさま目的地へ向かおうとした私に、痩せ牛はいつものように「ご無事で」と言って来た。
全く…何度言わせれば分かるのだ。
フワワがあの赤毛の女丈夫に討滅されてから、こいつの臆病な性格はますますひどくなった気がする。
本当に、こいつを見ていると…苛立ってくる。
私はいつものように、黙れ痩せ牛、馬鹿にするな、と言って、さっさと城を出て行った。
私の腕を信用しているのなら…少しは安堵の表情でも見せろというんだ。

175Cの日記:2006/01/09(月) 22:27:34
某年某月某日

若干の抵抗はあったものの、昨夜のうちに、難なくフレイムヘイズ共の溜り場の壊滅に成功した。
毎晩鍛錬は繰り返しているが、実戦は久しぶりだったので爽快だった。
すぐさま状況報告をするため、さっさと引き上げ、城に戻った。
天秤に向かうと、痩せ牛が「よくぞご無事で」と泣きそうな声で私を迎えてきた。
当たり前だ、いい加減にしろ。
主は「見事であった」と誉めて下さった。
主のお言葉は勿論嬉しかった。
でも、私がこの言葉を一番最初に聞きたかったのは…あいつ、なのに。


某年某月某日

今日は何だか朝からだるい。
夜通し、隣の部屋のメリヒムが、騒がしかったせいだ。
どうやら、私が加わらなかった先日の戦いで、またあの女と遭遇したらしい。
メリヒムは、普段は冷静に物事を考える、我らにとって頼りになる奴だ。
しかし、あの赤毛の女丈夫のこととなると、とたんにおかしくなる。
特に、奴らと戦う前後が、一番ひどい。
何しろ、戦いが終わってから少なくとも2週間は、「マティルダ、マティルダ」と言い続けるのだ。
それだけでもかなりうっとうしいのだが、さらに迷惑なことがある。
それは、真夜中に突然「マティルダーッ!!!」等と素っ頓狂な声を上げることだ。
現にこうして日記を書いている今も「愛している」「俺の愛を受け取れ」等、暑苦しい言葉が耳をつんざいてくる。
人の迷惑と言うものを、少しは考えろ。

176名無しさん:2006/01/10(火) 13:17:09
乙です。チ…Cが日記書いたらそう書くんだろうな〜と思いました。

177Cの日記:2006/01/15(日) 23:45:27
某年某月某日

昨日に引き続いて身体がだるい。何だか少し頭痛もする。
また、隣の厄介者がやかましかったせいだ。
私は耳が大きいせいか、他の奴らより音に敏感なのだ。
これは任務には役立つのだが、こういうときには非常に困る。
もっとも、耳を閉じれば、何の問題もない。
…しかし、私は、耳に、あまり…触りたくない。

耳を指で触っていると、まず、なぜだか分からないが…徐々に身体がむずむずしてくる。
むずむずしてくるのだが…同時に、はっきりしないが…気持ちがいいような、そういう気がしてくる。
そんな時に、耳の内側を指でそっとなでると、ざわっとした感じが全身に広がる。
そして、何だか、身体が…ほてってくる。
そうやっているうちに頭の中が変な気持ちでいっぱいになった私は、次に、むn…
(筆者注:この間、数行の内容は、焼失していたので不明である。ご了承いただきたい)
…ん?
私は、一体、何を書いているのだ?
とにかく、あいつの騒音にはもう、そろそろ我慢の限界だ。
明日にでも、文句を言ってやる。

178Cの日記:2006/01/15(日) 23:47:04
某年某月某日

あまりのやかましさに怒りが頂点に達した私は、とうとうメリヒムの部屋に怒鳴り込んだ。
おい、いい加減にしろ、うるさいぞ、と言うと、メリヒムは「何が悪い?」と、全く悪びれない。
本当に、こいつのあの女に対する執着心には、ほとほと参る。
そこで私は、かねてから大きな疑問だったことを聞いてみた。
なぜ、お前はあの女にそこまで愛情を向ける?我々の同士を数多打ち滅ぼした宿敵だぞ?と。
するとメリヒムは、ふん、と鼻を鳴らして「お前は、愛というものを分かっていないな」と返してきた。
この一言に私は頭にきて、何を言うか、私だってそんなものくらい、分かっている!とまくし立てた。
するとあいつは「ふうん、ではなぜお前は、宰相殿に自分の思いを」
私は反射的に、右手をメリヒムのすぐ右脇の壁に突き立てて、言葉を強制的に切った。
…黙れ。
しかしメリヒムは澄ました顔で「あの方は他人の気持ちには極めて鈍感だからな。お前も苦労しているだろう?」と、こりもせずに続けた。
…ふざけるのも、いい加減にしろ!
そうやってしばらく言い争っていると、イルヤンカが部屋に来て「相棒、奴らだ、行くぞ」と言った。
奴らというのは、件のあいつら以外にいない。
案の定、メリヒムはとたんに眼の色を変え、部屋を飛び出していってしまった。
そうして一人残された私のところに、馬鹿者が入ってきた。
「あの、何か言い争う声が聞こえたので、どうかしたのかと思い、参上したのですが…」
…うるさいうるさい、帰れ!
あまりの間の悪さに、かっとなって怒鳴り散らすと、痩せ牛はおびえきった口調で「すみません」と言って去っていった。
何だかやるせない気分になって、私も自分の部屋に戻った。
今日は、私への指令はなかった。
私は一人、部屋の中でぼんやりとしていた。

メリヒム、正直に言うと、私はお前がうらやましい。
私もお前のように、積極的になれたら…。

179名無しさん:2006/01/31(火) 23:14:12
orz ルール違反はいけません(これは独り言)。
とりあえず、住人の皆さん、漏れの一作品に批評をお願いする。

↓以降、本文

180名無しさん:2006/01/31(火) 23:16:44
Flame eyes of SHANA
【零・プロローグ──炎と魔神と外界宿と】


  この世の誰一人として知らない世界で人が喰われ、この世が歪んでいく。
  この世に存在しない者は、この世に存在するために人を喰らう。
  異世界"紅世"の住人"紅世の徒"は、人の"存在の力"を得ることで、この世に自らを現す。
  喰われた人は、消える。死ぬのではなく、消える。そして、消えた人はもともといなかったことになる。存在そのものを奪われた者は、
単なるモノになってしまう。
  存在の欠けた場所には、周囲との不自然が生じる。それまで存在していたものが忽然と消えることによって、世界が歪む。
  その歪みは、世界に跋扈する"紅世の徒"と"時間"によって、規模を増していった・・・・・・。
  そのうち、数多の乱獲による歪みが、いずれこの世と"紅世"に取り返しのつかない災厄をもたらすのではないか、と考えた"紅世の徒"の"王"、
すなわち"紅世の王"が出てきた。そして、その考えはすぐに広まった。
  彼らはその災厄を未然に防ぐため、この世で好き勝手に喰い散らかし、"自在"に物事を・・・もとい、世界を歪曲させている同胞たちを討つという苦渋の選択をした。
  しかし、強大な彼らがこの世に現れ、戦うためには、沢山の"存在の力"を要した。そのために人を喰らうのでは、本末転倒であって、更なる策案が求められた。
  だが、策案は、思わぬ方向に存在した。そもそも、"存在の力"を喰われる立場にある人を使うのだった。この世の人の過去から現在、
そして未来に至るまでの全てを捧げさせることによって、空いた器に"王"そのものを容れるという、まったくもって奇策としか言いようのない案だ。
  そして、"王"に望まれた人は、自分の全てを失うことにも躊躇わず、易々と自らの存在を供物の如く捧げ、代わりに"王"の力を得た。
  "紅世の王"に自信の大切なものを捧げ、代わりに得た力で世界に跋扈する"紅世の徒"を討滅せんと、自身の"徒"への復讐を果たさんとする、
この世でも"紅世"の者でもない異能者達のことを、"フレイムヘイズ"と言う。

181名無しさん:2006/01/31(火) 23:17:23
  紅に染められたどこぞの砂浜に、二人のフレイムヘイズがいた。
  一人は"紅世"の魔神"天壌の劫火(てんじょうのごうか)"アラストールとの契約者『炎髪灼眼の討ち手』。
腰までかかる紅蓮の長い髪と同色をした瞳のフレイムヘイズは、大太刀を振るう、名も無き少女だった。
  もう一人は"悉皆転破(しっかいてんぱ)"で知られるベリグリンとの契約者『変局の呼び手』メリード・セファン。
メリードは、その辺りにいる人と何ら変わらない普段着を着た、『若者の女性』といった姿だった。肩にかかる程度の海のように深い青の髪と、
どこか強気を感じさせる青緑の瞳が、活発的な様子を連想させる。
  今、その二人の間で大きな誤解が生じていた。
「だ、だからぁ、私はあんたを襲う気で仕掛けたんじゃないんだってば〜」
  誤解されているのはメリードだった。
「お前がいきなり爆弾なんか投げてくるからでしょ! 敵意ある行動として受け止めて何が悪いのよ!」
  『炎髪灼眼の討ち手』の少女に言われて、メリードが渋い顔をする。
「いや、でもさぁ・・・クラッカーだよ? そこんトコ、微妙に違うんだけどなぁ〜・・・?」
  メリードとしては、ぶらぶらとほっつき歩いていたところに同業者──"フレイムヘイズ"同士のことを、こう言う者もいる──がやって来たため、挨拶がてら、
自身の得意分野の自在法のひとつ『クラッカー爆弾』で驚かせただけのはず・・・なのだが。
「うるさいうるさいうるさい! お前のせいで、コレ落っことしたの!!」
  『炎髪灼眼の討ち手』の少女が手に持っているのは、埃まみれのメロンパンだった。
  彼女は、普段ならば見かけの11,2歳としては不釣合いなほどの凛とした雰囲気を持っており、小柄な容姿とは対照的な、大きな存在感があった。
  しかし、彼女はメロンパンのことになると、異常なほどの豹変を遂げる。食べる時は、彼女曰く『カリカリモフモフ』──外側のカリカリした部分と内側の
モフモフした部分を交互に食べることで、双方の感触を十分に満喫することが出来る(らしい)──で食べろだの、メロンパンを食べる時のみ見せる
見かけ相応の可愛らしさだの・・・。そんな少女の楽しみであるはずのメロンパンを頬張ろう──行儀がいいのか悪いのか、歩きながらではなく、
ベンチに腰を下ろして食べようとしていた──とした瞬間、突然の乾いた破裂音と煙に驚き、うっかりメロンパンを地面に落としてしまったのである。
「このメロンパンは、ヴィルヘルミナがくれた・・・最後の1個だったのに・・・」

182名無しさん:2006/01/31(火) 23:18:08
  さっき別れたばかりの教育係のことを思い出すと、胸に熱いものがこみ上げて来る。世界に数多とある宝具の中でも、最大級の大きさを誇った『天道宮』で、
メイド服を纏った無愛想な教育係との日々を、無残にも崩れ去った自身の居場所を、そして、少女がフレイムヘイズになるまでの間、
ずっと少女を鍛えてくれた骸骨──少女は詳細を知らないが、かつて多くのフレイムヘイズを苦しめた[とむらいの鐘(トーテン・グロッケ)]の両翼、"虹の翼"メリヒムが、
骸骨であり、シロなのであった──を。
  さきほどまでの勢いを無くし、俯いてしまった『炎髪灼眼の討ち手』の少女を見て、メリードは罪悪感を持った。そのヴィルヘルミナという人物が誰であるのか
いまいち分からなかったものの、少女の様子から、親しい仲であったと推測できた。その人物は・・・まさか、亡くなってしまったのだろうか、など、
メリードらしくもなく、妙に深く思考を巡らせた。
「あ・・・ご、ごめん、そんなに大事なモノ・・・だったんだ」
  考えたが、彼女にはこれだけしか言えなかった。
「そうよ」
  だが、聞こえてきた声は、さきほどの凛とした雰囲気を取り戻していた。
「分かった、ちゃんとお詫びするよ。私はメリード・セファン。えっと・・・あんた、名前は?」
  せめてものお詫びに、メロンパンを買ってあげよう、と考えたメリードは、一見軽々しそうではあるものの、
お詫びの気持ちのこもった言葉をかけようと思ったのだが・・・そういえば、『炎髪灼眼の討ち手』の少女の名前を聞いてもいないし、自分も名乗っていなかった。
『名前を尋ねるときは、まず、自分から』をモットーに、少女に問いかけた。思えば、今目の前にいる少女は、『炎髪灼眼の討ち手』。
この名を知らないフレイムヘイズなど、メリードの知る限り、"紅世の王"と契約したての新米フレイムヘイズ以外にいない。
「な、名前・・・? そ、そんな・・・そんなもの、ない。必要無い」
  『炎髪灼眼の討ち手』の少女の答えは意外だった。名前のないフレイムヘイズなど、メリードは今まで一度もあったこともなかった。
「無い!? じゃ、じゃあ・・・あんた、今まで何て呼ばれてきたわけ?」
  メリードとしては、当然の疑問であった。
「この子は、今まで我と『万条の仕手』が、『炎髪灼眼の討ち手』になるべくして育てた子だ。名など不要であった故、この子には名前が無い」
  その問いには、今まで全く喋らなかった"天壌の劫火"アラストールが、『炎髪灼眼の討ち手』の少女の胸元の神器──ペンダントだろう──と思わしきモノから、
遠雷のように重く深い声で答えた。
「えぁ・・・!? て、"天壌の劫火"!? 『万条の仕手』・・・!?」
  『炎髪灼眼の討ち手』なのだから、その契約者は当然"天壌の劫火"なのだろうが、名を轟かす彼が目の前で喋っていると思うと、メリードの性格上、
どうしても驚きの声を上げてしまうのだった。それに、『万条の仕手』とも繋がっている。
「なに驚いてんの、そんなに驚くほどでもないでしょ?」
「うむ」
  そういうことか、と妙に彼女は納得していた。先代の『炎髪灼眼の討ち手』は、[とむらいの鐘(トーテン・グロッケ)]との戦いで倒れ、
"天壌の劫火"は器を失くしていたので、その器を捜し、育てている、という噂は、以前メリードも耳にしたことがあった。
「つまり、あんたは名も無き『炎髪灼眼の討ち手』二代目ってこと? まだフレイムヘイズになってからあんまり時間が経ってないの?」
  あの『炎髪灼眼の討ち手』の新米・・・と言っても、なぜかしっくりこない。むしろ、違和感さえあった。
「うむ、この子はつい先ほど『天道宮』を出たばかりだ」
  遠雷のように重く深い声が答えるが、またしてもメリードを驚かせる単語を耳にした。
「『天道宮』・・・ですか。なるほどねぇ・・・そこで『炎髪灼眼の討ち手』の養成をしてたってわけか」

183名無しさん:2006/01/31(火) 23:19:04
  『天道宮』とは、大地を根こそぎもぎ取ったたような下半分の上に、青々と平らに茂る草原、そして清水を湛える噴水を有する異界
『秘匿の聖室(クリュプタ)』によって外の世界から隔離・隠蔽され、自在に動き回ることのできる・・・いわば『宮殿を模った移動要塞』という存在だった。
  構造から、そのような宝具を造った者がどれだけ偉大であり、また、どれほど威容な存在であるかが伺えてくる。
  が、その者が妙な趣味をしていたことも如実に伝わってくる構造でもあった。
  外界と通じる門は、中世ヨーロッパの跳ね橋と落とし橋のようなものであるが、その内に広がっているのは、様々な形に刈り込んだ低木を幾何学模様
に配置した整形庭園であった。また、門正面に近世型の城館が構えられているが、その奥にいきなりロマネスク様式の大伽藍がくっついていた。
最奥部には、大伽藍に隠れるように古式の聖堂らしきものまであった。
  そんな『天道宮』は、今は亡き、かつて造営の魅力に憑かれた"紅世の王"──世に知られる名を"髄の楼閣"ガヴィダという──によって、移動要塞として造られたその宮殿は、"天壌の劫火"によって、フレイムヘイズ養成所として利用されてきていたということだった。
「でもって、今ここにいるってことは・・・もう一人前のフレイムヘイズさんですかぁ」
  嫌味なのか歓迎なのか判断しにくい、妙にハイテンションな口調でメリードが話を続ける。
それを小馬鹿にされていると取った少女は、表情には出さないが、内心では少なからず憤っていた。
「・・・で、お前、さっきからしつこいけど、私にこれ以上の用でもあるの?」
  が、声だけは据わっていた。
「いんや、別に? ただ・・・お近付きの印ってことで、新米のフレイムヘイズさんにオススメの場所があるんだけど〜・・・どう?」
  フレイムヘイズの大体は共闘を好まない。そして、互いとの無駄な接触も好まない。それは『炎髪灼眼の討ち手』の少女にも同じ・・・というよりも、
彼女の場合はより濃く、その気持ちがあった。"天壌の劫火"アラストールが、復讐などの概念ではなく、純粋に"紅世の徒"の討滅を使命とした、
偉大なる者の育成に努めていたのだから、それも当然であった。
  少女は答えない。
「ま、あんたの契約者のナリ的に、そんな場所になんか、興味無いんだろうけど──さっ!」
「なっ・・・!」
  メリードは、『炎髪灼眼の討ち手』の少女の手を掴んで宙に跳んだかと思うと、彼女の背中にロケットエンジンのような何かが閃光と共に現れ、
瞬間、急激な力が背中の方にかかった。
「ちょっ・・・どこに連れて行く気!?」
「む・・・」

184名無しさん:2006/01/31(火) 23:19:29
  『炎髪灼眼の討ち手』の少女と"天壌の劫火"は、ほぼ同時にそれぞれの言葉を口にした。
「復讐とか、力が欲しいとか・・・そんなんじゃない意味でフレイムヘイズになるっていうのもいいとは思う。でも・・・ただ使命だけに駆られて戦っていって、
後のあんたに何が残るの? 幸福も喜びもないまま戦っていって・・・あんたは、本当にそれでいいの?」
  今までの楽天家な雰囲気ではなく、『炎髪灼眼の討ち手』の少女を真剣な面持ちで見つめるメリードが、そこにいた。
「私はただのフレイムヘイズ。幸福、喜び・・・別に、そんなものはどうでもいい。私はアラストールと一緒に戦って戦って・・・そう、それだけ。
それに、今更悔やんでも仕様の無いことでしょ」
  『炎髪灼眼の討ち手』の少女のその回答に相応しいとも言えない言葉に、メリードがさきほどから抱いていた意志が、より一層強くなる。
「今更、今更じゃないの問題じゃないのよ。──よし、決めた。私、あんたを外界宿に連れて行く」
「なに!?」
  メリードの決意に満ちたその言葉に、『炎髪灼眼の討ち手』の少女の胸元の神器コキュートスから聞こえてくる遠雷のように重く深い声が、驚きに溢れていた。
「かっ・・・勝手に決めないで! 私は、お前なんかのお遊びに付き合ってる暇なんか──」
  ない、と言いかけたその言葉は、メリードによって遮られた。
「お遊びなんかじゃない。私は、あんたにフレイムヘイズってものを見せてあげる」
  少女は、その言葉の意味を理解できなかった。

185名無しさん:2006/01/31(火) 23:22:02
◆あとがき◆
  初めての方、はじめまして。
  久しぶりの方(多分、まだいらっしゃらないでしょう)、お久しぶりです。
  名無しさん者です。
  皆様のお目にかかることができました。ありがたいことだと思っています。

  さて本駄文は、『灼眼のシャナ』原作者、高橋弥七郎さんの小説を参考にさせていただいて執筆している、勝手気ままな夢小説です。
よって、『あとがき』まで似通っています。
  テーマは、描写的には『ヴィルヘルミナとの別れの後』、内容的には『あんた』です。新米の討ち手はからかわれ、
浜辺で悠然としていた少女(?)は百面相な感じです。
  本駄文の作者は、意外にも忙しい人です。人生の分かれ道と言っても過言ではない状況でありながら、こんな駄文を書いています。
こんなことだと、早々と道を踏み外し(ry)。
  こちらにいらしている皆様は、きっと『灼眼のシャナ』(もしくはA/B)が大好きな方々です。
皆様の会話の様子を、勝手ながら拝見させていただいていると、それがよく分かります。
当然、本駄文の作者も『灼眼のシャナ』が大好きです。こんな駄文でありますが、話が完結していないため、
いつの日か続編を投下させて頂くだけに、目を通して頂いている方には、深く深く感謝致します。
  もしよろしければ、本駄文を読んでの感想を下さいませ。

  さて、今回は挨拶がてら、本駄文作者の近頃で文を補いましょう。近頃まで、「何が"萌え〜"だ、くだらない」と思っていたのですが、
どうやら思い過ごしでした。何せ、この有様です。むしろ、『この様』です。これは、由々しきこととして受け止めておきましょう。
もちろん、そのつもりはありません。


  まあこんな感じで、適度にご挨拶もできたことですし(自己満足かよ)、初回としてはのの辺で。
  この駄文を見つけて下さった読者様方に、揺るぎ無い感謝の意を。
  またいつの日か、皆様のお目にかかることがあることを願います。

                    2006年1月の終わり頃   名無しさん

186名無しさん:2006/02/03(金) 00:33:26
・積んでレらのシャナ・   第3話「白いシャナ  黒いシャナ」

御崎神社は、住宅地の中央にある、御崎山の中腹に有る。普段は閑散としているが、この時期、特に元旦には大勢の参拝
客が訪れる。本殿へと続く石畳は、露天を出すもの、それを眺める者、お祭りのような雰囲気を楽しむ者でごったがえして
いた。先のミサゴ祭りにも似た、熱狂の渦の中、一人の少年、一人の少女、一人の女性が両脇に居並ぶ露天を眺めなが
ら、本殿へと足を進めている。
少年の名は坂井悠二。いたって平凡な顔付きだが、その瞳には見る者を安心させる様な、不思議な輝きが燈っている。彼
はこの街に渡り来た、紅世の徒によって喰われた、本物の坂井悠二の残りカスに過ぎないが、身の内に宿す、
「零時迷子」という宝具により、辛うじて日々を過ごしている。
 「ねえ千草。あの雲みたいなお菓子は何?」
少女の名は平居ゆかり。その脇に立つ二人には「シャナ」と呼ばれている。凛々しさと華やかさを宿す相貌には、小柄な体
からは、想像出来ないほどの貫禄が溢れている。整った顔立ちは赤い着物に良く映え、衆目の関心を呼ぶには十分過ぎ
る程だ。彼女は、この世に渡り来る、紅世の徒を狩る異能の守護者「フレイムヘイズ」である。だが今日、
その瞳に宿るのは己が使命ではなく、嬉々とした光が燈っている。
 「あれはね、シャナちゃん。わたあめって言って、甘くてとってもおいしいのよ。」
彼女の名は坂井千草。少年の母である。彼の母親にしては少々若いが、彼女は少年と気質が似ていて(少年が似たと言
うべきか)、傍にいるだけで人を安心させる様な所がある。少女と御揃いの着物が似合う、壮麗の美女だ。
 「そうだ、シャナちゃん、悠ちゃん。買ってあげるから、ここで待ってて。」
 「え?いいよ母さん自分で---」
少年が言い終わるよりも早く、彼女は足早に雑踏へと消えていった。少年と少女に気を使い、二人っきりにさせたかったの
だろう。少年は溜息をつく。
 「まったく・・・母さんは、すぐ子ども扱いするんだから。」
 「ふん。奥方の態度は当然だ。貴様は未熟過ぎる。」
と、少女の胸元に輝くペンダントから、威厳高い男の声が聞えてくる。彼の名はアラストール。紅世に異名轟かす、「真性の
魔人・天壌の業火」である。普段は少女の身に潜み、神器「コキュートス」にその意思を表出させる。彼は坂井千草を高く評
価していた。そして、急場の際に、冴え渡る少年の頭脳にも。だが、彼の口から少年への賛辞が紡がれる事は無い。
 「分かってるよ、それぐらい。・・・しかし、この分だと長引きそうだな。」
彼がそう言うのも無理は無い。この人込みでは、行って帰って来るだけでも難しいだろう。
ふと、彼は傍らに居た少女が、消えていることに気付く。視線を巡らせると、少し離れた露天の前に、少女の小さな後ろ姿が
見て取れる。露天には古びた本や、ガラスの指輪、金メッキのネックレスなど、多種多様な、しかし怪しげでもある物が所狭
しと並んでいる。その後ろ姿を眺めながら、少年は、古い記憶に思いを馳せる。昔、父に連れられ、そして見たあの素晴

187名無しさん:2006/02/03(金) 00:35:02
らしい景色を。少年はふっと、微笑むと少女の傍へと歩を進める。
 「ねえ、シャナ。」
 「・・・何?」
少女は他愛も無いオモチャに見惚れていたのを、少年に見られるのが、恥ずかしかったのか、ややぶっきらぼうにそう答え
る。少年は構わず
 「母さんが戻って来るまでまだ懸かりそうだし、ちょっと付き合ってくれないか?見せたい物が有るんだ。」
と、言った。彼が自ら誘うことは珍しい。シャナはもう少しこの光景を眺めていたかったが、
 「別に構わない。」
と答える。単純に彼が言う『見せたい物」が気になったのだ。そして少年は事も無げに、
 「そっか。じゃあ早速行こう。ほら---」
と、言って少女に手を差し伸べる。着物では動き辛いだろう、という配慮だった。少女は一瞬気後れしたが、
 「うん・・・」
と、少し赤くなった頬を、隠すように俯きながら、素直に差し伸べられた手を握る。少年は
 「じゃあ行くよ。逸れない様に、しっかり掴まってて。」
そう言って雑踏へと、少女を守るように踏み込んでいく。少女は黙って付き従った。石畳を過ぎ、境内の脇を抜け、神社の
裏手に着く頃には、人波も歓声も、だいぶ少さくなっている。そして山の斜面の森を少し入った頃、歓声は聞えなくなって
いた。さらに数分歩いたその先に、唐突にそれは---
 「あ!・・・」
 「どう?シャナ。いい眺めでしょ?」
彼らの前に現れた。深く閑散とした山にある、それは湖。西天に輝く夕日を受け、水面は透き通ったガラスの様に、水底を映
し出している。
 「僕が七五三の時に、父さんに教えてもらったんだ。父さんも、お爺さんに連れて来て貰ったんだって。」
 「うん・・・凄く、綺麗」
シャナは率直な感想を漏らす。悠二はそんな少女の横顔を見て、内に秘めた、思いを紡ぐ。
 「・・・あのさ、シャナ。その・・・」
 「どうしたの?」
煮え切らない彼の口振りに、少女が振り返る。その挙措の一つ一つが彼には、堪らなく愛おしい。
 「その・・・さ。着物良く似合ってるよ。凄く可愛い。」
 「え?」
少女は一瞬、何を言っているか分からなかった。しかし直ぐにその意味を理解し、

188名無しさん:2006/02/03(金) 00:35:42
 「っっっ、あ、 う、うるさいうるさいうるさい!」
と、怒鳴り散らし、湖面に、耳まで赤く染めた顔を背ける。だがそれは不快な言葉では無く、彼女が望んでいた物でも
あった。少年は苦笑すると、彼女に習い湖面を眺める。が、そこには先ほどは感じなかった、僅かな違和感があった。
 (何だ?存在の力が近くにある。でも姿は見えない。)
シャナはまだ気付いて無い様だ。少年には時折、フレイムヘイズすら見えない「存在の力」の流れが見える事がある。そし
てその能力が、本能が告げる。危険であると。
 (どこだ?何故、姿を表さない!)
一瞬思考を巡らすその刹那、存在の力が瞬時に高まり、そして-----
 「危ない!シャナ!」
 「っっっ!!」
少女の居た虚空を桜色の閃光が貫いていた。ザブッ、と湖面に僅かな穴を開け、少女が落ちる。少年が、力の爆発する
その一瞬前に、少女の体を突き飛ばしていた。そして、
 「徒か!」
言うが早いか、身の内の存在の力を高める。強大な紅世の王「千変」の存在を一部取り込んでいる彼は、既に並みの徒を
はるかに上回る力を得ていた。爆発的な力を一気に練り上げる。しかし、
 「消えた?」
唐突に存在の気配が消えた。森は元の閑散とした空気を湛えている。そして、
 「どういうことなんだ?ねえ、シャ---」
言葉が詰まる。その傍らに居るはずの少女がいない。か弱い少女ならいざ知らず、彼女はフレイムヘイズ。屈強なる
戦士だ。まだ水面から上がってこないのは、奇妙だった。
 「まさか・・・陽動?僕がシャナを突き飛ばすのを見越していたのか!」
危難に置いて冴え渡る彼の頭脳は、危険を告げている。
 「シャナ!」
少年は叫び水面に飛び込もうとする。彼女がいなくなることへの恐怖心故に。彼女が傍を離れる事は到底考えられな
い。それほどまでに、彼にとって、少女の存在は大きくなっていた。しかし、
 「な!」
 「・・・・・・・・・・・」
それは唐突に、何事もなかったかの様に現れた。手に掻き抱く少女と共に。すらりと伸びた長身。整った眼、鼻立ち。
時代錯誤的なメイド服に身を包んではいるものの、輝く夕焼けの中にたち尽くすそれは、湖の精と見紛うばかりだった。
そして、呆然とする悠二にそれは問う。静に、滔滔と。
 「ミステス。あなたが落としたシャナは、この白いシャナでありますか?それともこの黒いシャナでありますか?」
 「要返答」

189名無しさん:2006/02/03(金) 00:36:10
・後書き・
ども、本スレで179を名乗ってた者です。いや、疲れました。小説は初めて書いたんですが想像以上に厳しい
ですね。876御大は凄いと思います。これだけで二時間近く懸かりました。まあそれは兎も角、この話の元ネタ
考えたのは久々にドラエモンを読んでいた時でした。ジョイアンが泉に落ちたら綺麗なジャイアンになった、と
言うお話です。有名なので知っている人も多いでしょう。
始めは、本スレに投下しようと思ってたんですがが、あまりにも長すぎたため、此方に貼らせてもらいもした。
タイトルでオチが解かった人もいるかもしれませんが、気にしないで下さい。皆さんの率直
な意見を聞かせてもらえれば幸いです。             179。

190名無しさん:2006/02/03(金) 07:54:53
前の人も投下してたのね。
>Flame eyes of SHANA
出会っただけという細切れの状態なので
物語に対する感想を述べようが無いです。
人物については、設定はよいと思います。
あと、おせっかいであるのなら、それを明記すべきだと思います。

>・積んでレらのシャナ・   第3話「白いシャナ  黒いシャナ」
いきなり3話とは?
そこまで書いたのなら、落ちまで一気にやらないと
せっかく書いた前振りに意味がなくなると思います。
描写は細かくて良いのではないでしょうか。

191本スレの179:2006/02/03(金) 12:46:40
>>190
すいません、この話は、後書きにも書いてありますが、本スレでやろうと思
ってたんですよ。一番最後の2行だけで。でもそれだと、ちょっとつまんないかなと
思って、SSにしたらどうだろうか?と考え直したため、こんな風に尻切れになって
しまいました。お眼汚ししてしまって、すいませんでした。
描写については、876御大と神坂一先生、あと陳舜臣先生を参考にしました。それから
人物描写はかなり省きました。ここを見ている人なら、大丈夫だろう、と思って。
最後のやつを最初に考えて、それに合わせる形で上の文を書いたので、かなり強引
な展開になっていますが、あんまり気にしないで下さい。今回、初めて書いたん
ですが、思いの他書いてて楽しかったので、また書こうと思います。次は祭礼の蛇
かⅩ巻のアシズ側なんかを書く予定です。シリアスっぽくなると思います。次は必ず
完結させるつもりです。それでは、ここも長文になってしまいましたが、
最後までお読みいただき、本当に有り難うございました。

192テスト:2006/02/03(金) 18:16:19

















































































193180〜185:2006/02/05(日) 22:10:02
>>190
お返事ありがとうございます。「あとがき」の部分に2箇所ほど誤字が
あるようですが、どうぞお気になさらず。

>出会っただけという細切れの状態なので
>物語に対する感想を述べようが無いです。
↑完結してもいない話に、コメントもクソもありませんよね(笑)。

>人物については、設定はよいと思います。
↑ありがとうございます。

>あと、おせっかいであるのなら、それを明記すべきだと思います。
↑なるほど、参考になります。

以上のように返答させていただきます。人口密度の少ないこの板で
コメントがこんなにも早く頂けるとは思っていなかったため、無常
の喜びに満ち溢れております。ありがとうございました!

194名無しさん:2006/02/08(水) 21:49:30
大蛇の街


中世ヨーロッパに置いても有数と言うべき都市、ニュルンベルク。この街は周囲を鬱蒼とした森林と小高い丘に囲まれた、堅牢な城塞都市だ。森に挟まれた広い街道を抜けると、街の正門「ケーニヒス門」に辿り着く。ちょうど、ヨーロッパの中央に位置するこの町は、多くの商人や旅人で華やかな賑わいを見せている。門の左手には、多くの職人が集う通称「職人通り」がある。鍛冶師や、板金師、はたまた怪しげな指輪を売りつける男や大衆食堂など、多種多様な人々で賑わう地区だ。門の正面には、「ケーニッヒ通り」が伸びている。その通りを真っ直ぐ、少し進むと大勢の人々で賑わう広場へと行き着く。広い円形状の広場には大勢の露天が軒を連ね、歓談を交じわす者や、露天を眺める人で、ごった返していた。その中央に佇む噴水の縁に一人の女性が、いかにも不機嫌といった面持ちで座っている。
 「まったく。随分とやっかいな事になってるじゃないの、この街。」
 「ヒーヒッヒ、良いじゃねえか、我が気高き弓、マージョリー・ドー?その方がブチ殺しがいが有るってもんだろ?」
と、響いた男の声は、その女性が脇に抱える異様に大きく、分厚い本から流れ出た。一瞬、周囲の人々が訝しむが、
見るからに、険悪その物といった女性に関わりたくないのか、誰もそれを問う者はいなかった。女性は、『弔詞の詠み手』マージョリー・ドー。すらりと伸びた長身に、滑らかな白い肌、ポニーテールにした栗色の艶やかな髪は、抜群のスタイルを包む丈の短いスーツドレスに映え、絶世といってもいい程の美貌を湛えている。彼女は、この世に渡り来る『紅世の徒』を狩る異能の駆り手、『蹂躙の爪牙』マルコシアスのフレイムヘイズだ。
 「しっかしよぉ、『祭礼の蛇』の奴、何考えてんだ?人間の街なんか支配して、楽しいって言うんだからよお。」
 「ふん。あいつは相当の変わり者って話しじゃない。何考えたっておかしくないわよ。」
 「ヒャッヒャッヒャ、変わり者同士気が合いそうだな、我が偏屈なブッ!」
 「お黙り、バカマルコ。」
マージョリーは本型の神器『グリモア』を叩き、黙らせる。本の隙間から、群青色の炎が漏れ出し、空へと掻き消える。
彼女が訪れたこの街は今、とある紅世の王の本拠地となっている。王の名は『祭礼の蛇』ナフシュ。紅世に異名轟き、天裂き、地呑む化け物と恐れられる強大な古き王だ。彼はこの街を己が者にし、支配するべく、街全体に『大縛鎖』と
言う自在法を張り巡らせた。この自在法は、町に存在する人間の『存在の力』を自動的に、人が消えない程度に吸い上げるという、非常に高度な自在法だ。この自在法の一番の特徴は、存在の力の損失による、世界の揺らぎがほとんど無い事だった。人の存在の力が減れば、回復するまで待ち、そしてまた吸い上げる。この繰り返しにより、この街そのものが、王へと力を供給する、巨大な動力室の様になっている。その特性故に、この街の状態は長らく、フレイムヘイズに知られる事は無かった。この街の傍を通ったとしても、並みのフレイムヘイズでは気づかない程である。恐るべくは、王がこの自在法を、たった一人で築き上げたという事だ。さすがに世の評判は間違っていない。恐るべき実力を持つ自在師と言うべきだった。彼女、マージョリーがこの街の異変に気が付いたのも、全くの偶然だった。ある徒を追っていた最中に近くを通り、そして僅かな違和感を覚えた。その微細な違和感を確かめるべく、街へと歩を進めると、そこはすでに、王の支配する空間へと変貌していた。マージョリーは、この事態に危機を覚え、隣の町へと急ぎ、ドレル・クーベリックが主催する『外界宿(アウトロー)』を通して救援を要請。自らは再び町へと舞い戻り、現地の調査を続けている。彼女がこの事態に気付けたのは、彼女自身もまた高名かつ、熟達した自在師である所以だ。マージョリーは ハァッ、と溜息をつき、

1952:2006/02/08(水) 21:50:26
 「しっかし・・・この三日間、分かった事はと言えば、この自在法の中心地と」
 「いくら自在法の末端をぶっ壊しても、すぐに直っちまうことだけだな。」
マルコシアスが言葉を繋げる。この自在法はよほど複雑な式で出来ているらしく、末端を破壊しても、すぐに大本から
力が流れ込み、復元する。幾たび破壊しても、すぐに元に戻るこの自在法に、ふたりは辟易していた。この行動は既に王へと知れ渡っているはずだが、嗾けて来る様子は無い。鼠一匹が入り込もうと問題無い、とでも言うように。あるいは、別の理由で動けないだけなのか。その所為は静かなだけに、不気味ですらある。
 (ともかく。今日、応援の部隊が到着するはず。これで、事態が進展すればいいけど。)
 (ああ。さすがにフレイムヘイズが集まれば、奴さんも動くはずだ。その時が勝負だな。)
と、二人の間にしか聞えない自在法で、呟く。マージョリーは視線を上げて、広々とした空を眺め、言葉を紡ぐ。
 「まったく・・・ただでさえ『とむらいの鐘』が動き出したっていうのに、次から次へと。」
 「ヒッヒッヒッ、邪魔する奴はぶち殺す。それで良いじゃねえか、我が美しき剣、マージョリー・ドー?」
 「・・・そうね、マルコシアス。」
そして視線を巡らし、ケーニッヒ通りのさらに奥、切り立った岩山の中腹に聳える城を眺める。王の本拠地にして、自在法の中心、カイザーブルク城を。


同日の深夜、夜も更け、月が己が身を西の山麓へと隠す頃。ベルニゲローデとゴスラーの間、 北ドイツ平原から望む、ハルツ山地の主峰『ブロッケン山脈』に、一つの要塞が闇の内に聳え立っている。装飾は一切無く、白い花崗岩で出来た城壁は、いかにも戦のために建てられた城、といった苛烈な印象を与えている。ここは、欧州に覇を唱える『とむらいの鐘』の本拠地『ブロッケン要塞』である。その鉄壁の要塞の奥、一際大きな主塔に、九人の世に聞えし強大なる紅世の王が、集っていた。ここ、『とむらいの鐘』の総本山にて、埒外の力を振るう『九垓天秤』とその主、『棺の織手』アシズである。
「――始まるか。」
中央に立つ異形の者が、重い口を開く。獅子の顔立ちに、鳥を模したくちばし、髪は羽のように広がり、背に
典雅な翼を生やすその姿は、細く引き締まった体躯も相まって、近づく事を躊躇わせる様な雰囲気を漂わせている。
その脇に立ち派手な礼服に身を包む、宰相と呼ばれる牛骨がその主へと問う。
 「して、主よ。編成はいかが致しますか?」
 「うむ・・・・。宰相、モレクよ。そなたに任せよう。」
モレクは一瞬言葉を失った。今回の作戦は計画の中枢を担うだけに、思わず気後れしてしまう。
 「め、滅相もありません。私如きが――」
 「無礼だぞ、痩せ牛!主はお前を信頼して、この責務を与えられた。その信頼を裏切るつもりか!」
―と。モレクの声を遮り、若い女の声が、塔に鋭く響く。黒衣に身を包み鋭く尖った視線を送るその顔には、有り有りと、憤りの表情が張り付いている。牛骨は刹那、身を震わせ押し黙ったが、すぐに、
 「主よ。取り乱してしまい、申し訳有りませんでした。この『大擁炉』モレク、任を請け賜わったからには、身命を賭して作戦を遂行させて御覧に入れます。」
と言った。アシズは鷹揚に頷き、そして、

1963:2006/02/08(水) 21:51:08
 「うむ。我が宰相よ。頼りにしている。・・・皆、良く聞け。今や、壮挙に必要な力は手に入った。残るはその器の
み。心して事に当たれ。」
 「はっっ!」
己が手足となる者達に、檄を飛ばす。八人の異形の者達が、主へと頭を垂れた。 
かつてはオストローデを襲い、そして今。ニュルンベルクを中心に、再び闘争の渦が巻き起ころうとしている。


同日の夜更け。ニュルンブルクを一望できる、小高い岩山に聳え立つ城『カイザーブルク城』は不気味な程に静まり返っていた。簡素で、無骨な造りのこの城は、戦時の際に真価を発揮する強固な山城だ。焦茶色の石を積み上げた城壁は、高い強度を誇り、その内に聳える城は風格を漂わせている。その城の中心『皇帝の間』に、二人の男の姿があった。
 「大丈夫なのか?蛇の王よ。連中は相当な戦力を揃えて来ているぞ。」
男の名は『千変』シュドナイ。黒き鎧に身を固める大柄の男は、己が雇い主へと問う。人を護衛する事に喜びを見出すという、特異な性格の持ち主だ。そして強大なる『紅世の王』でもある。
 「ふん。だからこそ、お前を雇ったのではないか。何、あの数なら問題ないだろう。この城は崩せん。」
答える男の姿はしかし、異形の形相を呈している。人の掌程もある、漆黒の鱗に身を包むその姿は、巨大な蛇の姿を取っていた。シュドナイは微笑し、
 「ふっ、そうだったな。」
そう言って、手近にあった豪奢な椅子に腰掛ける。――と、その時、大きな扉をノックする音が空間に響き、
 「宜しいですか?ナフシュ様。」
 「構わぬ。入れ。」
 「―はい。」
主の言葉を待った後、小さな少女が礼をして、入ってきた。金色の長い髪が、大きな眼と筋の通った鼻に似合う、愛くるしい顔立ちの美少女だ。しかし、その身を包むのは鎖帷子に白いマント、腰に箙を着け、その小さな背に大弓を持つ、という、およそ少女には不釣合いな格好だ。
その少女を眺めシュドナイは、ふと思い出したように呟く。
 「君は・・・たしか彼の燐子」
「シェテトです。我が主の、大切な客人よ。」
シュドナイの言葉を遮り、少女が静に答える。そして少女は己が主に、
 「戦の準備が整いました。城門前に7000、城内に残りの2000体を配置しています。」
と、簡潔に報告する。その言葉を聞き王は、
 「それでは、防ぎきれないだろう。奴等の中に、強大な力を持つ者を多数感じられる。城内には500を残し、城門前に、全兵力を投入せよ。指揮はシェテト。お前が執れ。」
己が燐子に答える。その言葉を聞き、少女は言葉が詰まった。そして目にも明らかに動揺し、
 「―っっ!な、為りませぬ、主よ!私は御身のお傍にて、護衛を―」
 「ならぬ。我が人形達は、直接命を下さねば、動く事すら不可能だ。我は今、この『宝具』に、全ての力を注いでいる故に動きが取れない。なれば、シェテト、お前が指揮を執るしか無かろう?」

1974:2006/02/08(水) 21:52:10
 「しかし―」
 「何、心配要らぬ。我の護衛は、彼の者に任せてある。『千変』よ。存分に働いてもらうぞ。」
答えるシュドナイはニッ、と悪辣な笑みを浮かべ、
 「腕を振るうに値する者がいればな。」
そう言い放つ。少女はまだ当惑していた。しかし己が主の命令に逆らう事は、彼女には出来ない。一瞬の静寂が空間を支配する。やがて、静かな決意を内に秘めた彼女は、唇を震わせて、
 「客人よ。どうか、我が主を、ナフシュ様を御守りください。」
泣きそうな顔を隠すように俯きながら、シュドナイへと懇願する。彼は黙って頷き、そして再び大蛇が口を開く。
 「さあ、行くが良いシェテトよ。戦は今、始まろうとしている。」
 「・・・はい。主よ、どうか、どうかご無事で。」
少女は二人に一礼し、毅然とした態度で部屋を後にする。そして、大蛇がその視線を再び己が宝具へと巡らせた。
 「あと僅か、か。さあ、奇跡を起こし得る者よ。我が意に従い、その力を示せ。」
彼が静かに語り掛けるその先に。一人の少女が眠っていた。



太陽が東の空から顔を出そうとする頃。まだ薄暗い街の中、城門へと続く石畳の坂の上に、異様な集団が結集している。
強大な古き王を討滅すべく集った、フレイムヘイズ達だ。その数は4000を越し―― 一人の王を討つには、多過ぎる程の ―― 二つの軍勢に分かれている。先手―『儀装の駆り手』カムシン・ネブハーウを主将とする、2000人の屈強なる戦士達。その副官に、『弔詞の詠み手』マージョリー・ドー、『極光の射手』カール・ベルワルドが、それぞれ任命されている。カムシンは薄霧の向こうに、僅かに顔を覗かせる城塞を眺め、そして
 「ああ、そろそろ頃合いですね。敵が動き始めた様です。」
呟きを漏らす。灰色のローブを褐色の肌の上に纏い、フードで隠すその顔には、無数の傷跡が残されている。
 「ふむ、先手を打たれたか。『祭礼の蛇』もなかなかに戦い慣れしている様じゃな。」
その声は、少年の小さな手に掛かる、ガラス玉を繋げた様な、飾り紐から聞えた。彼の名は『不抜の尖嶺』ベヘモット。
少年に力を与える、古き紅世の王の一人だ。彼らの言う通り、城門から無数の燐子が湧き出し、隊伍を整えている。中には、剣や弓、斧に矛槍など、宝具と思われる物を持つ者さえいた。その数は今、目に見えるだけでも優に、フレイムヘイズ兵団の倍はあるだろう。まだ城内に潜むものを考えれば、一人の王が持つには、圧倒的な量の軍勢だった。その陣容を睨み、気の強そうな顎鬚の青年が、吐き捨てる。
 「はっ、カムシンの爺さんよ。あんなの頭数揃えの、雑魚ばっかじゃねえか。俺達の敵じゃねえだろ。」
鈍く銀色に輝く鎧に身を包み、面覆いの無い兜を着ける彼は、一見二十代の青年にしか見えないが、数百年もこの世を駆け回り徒や王を狩って来た、歴戦のフレイムヘイズだ。『極光の射手』カール・ベルワルドの強気な言葉に、
 「はぁ・・・まったく。カール、あんた全ッ然、、変わってないわね。あの燐子には並みの徒をはるかに上回る、存在の力が込められているわ。おまけにあの数。油断すれば、負けるのはこっち。それぐらいあんたなら分かるでしょ?」
マージョリー・ドーが、彼を嗜める。彼女が言うように、『祭礼の蛇』ナフシュの燐子達は、通常の燐子では考えられない程の力を、身の内に潜めている。『支配』という力を司る、彼の特性故だろうか。この異様の集団は、ここに集った歴

1985:2006/02/08(水) 21:52:54
戦の勇士達にとっても、苦戦を強いられる相手だ。
カールはほんの一瞬、唇を噛み締め、
 「分かってらぁ、そんな事!―だが、この兵団には新兵も混じってやがる。奴等がやられなきゃいいが・・・」
この兵団はマージョリーの連絡を受け、即座に結成されたものだ。『とむらいの鐘』を警戒して、強者達が欧州に集まっていたものの、その陣営には『とむらいの鐘』首領、アシズが十八年前に起こした、『都喰らい』によって危機を感じ、紅世の王が契約した、新兵も混じっている。彼の呟きに首に掲げた、鏃の形をした神器「ゾリャー」から
 「あれ?カール、あんた心配してるの?」
まず、艶を含む女の声が、
 「ふ〜ん。カールってば、優しいとこあるじゃない。いつも怒ってばっかなのに。」
続いて軽い、からかう様な声が聞えてくる。『極光の射手』カール・ベルワルドに力を貸す、『破暁の先駆』ウートレンニャヤと、『夕暮の後塵』ヴェチェールニャヤである。カールは軽く笑い、城を眺めながら
 「へっ、隊長として、戦力の損失を危惧するのは、当然だろーが。」
そう答えた。カムシンも僅かに頷き、口を開く。
 「ああ、そろそろ聞かせてもらいましょうか。『鬼功の繰り手』」
 「ふむ。おまえさんが戦ったとき、『祭礼の蛇』はどんな戦法を取ったんじゃ?」
二人は今まで一言も発していない、一人の小柄な少女に問う。彼女の名はサーレ・ハビヒツブルグ。 まだほんの子供に見える少女は、滑らかな白い肌に、金色の短い髪が映える可愛らしい女の子だ。だが、その整った風貌には常に、冷ややかな視線が張り付いている。
 「私が戦ったとき、あいつは、直接指揮を執らなかった。」
少女は淡々と答える。続いて、少女の持つ無数の紐を垂らした、大きな糸巻きから、氷を思わせる冷たい男の声が響く。
 「我々が交戦した際、彼奴は配下の燐子に、指揮を委任した。ここから見えるであろう。後列に控え、強大な力を持つ燐子だ。」
カイザーブルク城正門前に、馬型の燐子に乗った見目麗しき少女が、指揮を執っている。他の燐子と比べてもさらに強力な力を宿しているのが、遠めにも見て取れた。再び、少女と契約する紅世の王『虚構の鎚』タルウィスが言葉を紡ぐ。
 「あの燐子は自らをシェテト、と名乗った。あやつの操る軍勢は、無秩序に敵を攻めるのではなく、陣形を用いた戦術で、我等に襲い掛かった。」
マージョリーは思わず、怪訝そうに呟く。
 「燐子が?そんな複雑な動きが出来る燐子なんて、聞いた事が無いわね。」
少女が顔を険しく歪め、詰問する。
 「私たちの言う事が、信じられないと?」
一瞬、場に張りつめた空気が漂うが、即座にマルコシアスが
 「ヒッヒッ、そうじゃねえさお嬢ちゃん。そんな事が出来る蛇野郎に、感心したってだけさ。」
と、静かに言った。少女は胡散臭げに、グリモアを見つめるが、その言葉に満足したのか、言葉を続ける。
 「私達も燐子で応戦し、戦局はしばらく、一進一退となった。」
 「うむ。我等の燐子が、彼奴等と戦っている隙に、あの姑息な蛇めは逃げおったわ。」
少女が更に言葉を続ける。

1996:2006/02/08(水) 21:53:22
 「そう。戦局はどちらが有利とも言えない内に。」
 「何故だ?その状況なら己が傷つく訳でもねえし、逃げる必要が無いじゃねえか。」
カールが問い詰める。だが、
 「分からない。あいつは数百体の燐子を捨て駒にして、撤退した。」
その問いの答えを、少女は持っていなかった。
ともかく、とベヘモットが言い、カムシンが言葉を紡ぐ。
 「ああ、今回も配下の燐子に指揮を任せている様ですし、自ら戦うのを嫌っているのかも知れませんね。」
 「ふむ。だが、どちらにしろ油断ならぬ相手と言うわけじゃな。皆、用心せよ。」
ベヘモットが注意を促す。後数分もすれば、戦が始まるだろう。しかし、彼らはまだ気付いていなかった。彼らの背後に、最も警戒すべき敵が近づいて来ている事に。


カイザーブルク城の北に広がる、昼なお暗い森林に、二人のフレイムヘイズが、静に時を待っている。彼女達が眺める城からは、何かが爆発する音や、鯨波の声がかすかに聞え、時折思い出したかのように、様々な色の炎が立ち上っている。フレイムヘイズの一人は、当代最強と詠われる『炎髪灼眼の討ち手』マティルダ=サントメール。輝く炎髪に、赤く燃える瞳を持つ彼女は黒いマントに灰色の貫頭衣、腰には帯剣せず鎧は胴回りのみ、という出で立ちに身を包んでいる。
彼女と契約する紅世の王、『天壌の劫火』アラストールが、重く響く声で静かに己が契約者に語りかける。
 「―始まったか。」
 「ええ。そうみたいね、アラストール。やっと出番が来たみたい。」
透き通るような白い肌に、燃える様な意思を乗せた瞳を持つマティルダが、嬉々として喋る。それを咎めるかのように、もう一人の女性が重い口を開く。
 「戦は起きないのなら、その方が良いのであります。」
彼女は戦技無双の誉れも高い『万条の仕手』ヴィルヘルミナ・カルメル。無表情ではあるが、整った顔立ちに細身の体を持つ、欧州系の美人だ。戦場に似合わぬ、気品高き豪奢なドレスに身を包む女性の言葉に、マティルダはふっと笑い、
 「分かってる。でもこれは避けては通れない戦い」
 「うむ。あやつを放って置けば、その得た力で、何をしでかすか分からぬからな。」
アラストールが頷く。彼女が指摘するように、『祭礼の蛇』の力は、膨大な量になっていた。『都喰らい』で、莫大な存在の力を得たアシズに次ぐ程に。ただでさえ、変わり者として有名な彼が、この都で得た力を何に使うかは、誰にも想像が付かなかった。彼が行動を起こす前に、討滅すべき相手である。
 「それでは、行くのであります。」
戦場には場違いとも言える、華麗なドレスに身を包むヴィルヘルミナが、マティルダを促す。
 「ええ。――はっ!」
身の内、存在の力を高めたその刹那、マティルダの前に、輝く灼熱の悍馬が瞬時に湧き出る。彼女は嘶く大馬に駆け跨り、
 「行くわ!しっかり掴まってて!」
戦友に喚起を促す。ヴィルヘルミナは、彼女の細く、だが力強くもある腕に一条のリボンを巻きつけ、

2007:2006/02/08(水) 21:54:00
 「了解であります。」
と言い、続いて
 「要警戒」
彼女の頭に頂くティアラから無愛想な女の声が、森林に低く響く。ヴィルヘルミナに力を与える紅世の王『夢幻の冠帯』ティアマトーだ。マティルダは頷きそして―
 「はあっ!」
気合一閃、悍馬を空へと駆けさせる。聞えるはずの無い、空を蹴る馬蹄の音が高らかに、蒼天に響いていた。


 (来る――)
フレイムヘイズ達が、大音声の鯨波の声を上げながら、坂道を一気に駆け上がる。数の利点を生かすために、鶴翼の陣形を取った本陣へと。シェテトは、燐子達に命令を下す。
 「弓を取れ!」
人の形をした、漆黒の人形達は、己が腕を瞬時に弓の形に変形し、矢を番え存在の力を込めた。敵の姿がすぐ真近に迫り、いくつかの炎弾が飛来する。
 (まだだ。まだ早い―)
シェテトは冷静に判断を下す。敵の炎弾も、まだ距離が開いているためか、命中したものは少ない。僅かに時を待ち、そして敵がその弓の、射程範囲へと迫ったその刹那―
 「放てぇ―っ!」
叫ぶと同時に自らも、背負った弓の宝具『雷上動』で射掛ける。彼女の矢は空中で一瞬の内に、数百の数に分裂した。そして、万にも迫る漆黒の矢の群れが、天を埋め尽くす。矢は豪雨のように降り注ぎ、敵を穿つ。数百人近くのフレイムヘイズが地に倒れ伏すが、その勢いは止まらない。彼女は、晴天に白く輝く白銀の兜を身に付け、そして
 (主よ・・・ご無事を祈っております。)
己が主へと心中で語りかけ、決意を固める。争いを嫌う心優しい主を守るために、幾たびも繰り返してきた戦いを、生き抜く覚悟を。一瞬の間の後、漆黒の大馬に鞭をやり、一気に前線へと駆けさせ――
 「全軍、突撃――っ!」
再び叫び、矢を番える。漆黒の軍勢が呼応し、逆落としを仕掛けんと、動き出した。異形の者達は一声も上げず、ただ目前の敵を殲滅せんと、フレイムヘイズ兵団へと迫る。


フレイムヘイズと燐子の軍勢が激突するその空中に、場違いの様な、輝く群青色の獣が空を舞っている。耳をピンと立てた熊の様な獣『トーガ』が眼下に迫る軍勢を、その鞭のような、ずんぐりむっくりした腕で薙いだ。
 「殺す殺す殺す殺す殺す!徒は、全て、ブチ殺してやる!」
 「ヒャーハッハー!殺すぜ、壊すぜ、この―― 徒共がーー!」
大地を抉る鋭利な鎌が、異形の者達を粉々に吹き飛ばし、宙へと、その欠片を舞い上がらせる。
それに気付いた燐子達は再び腕を弓へと変質させ、天空に浮かぶ獣へと、一斉に射掛ける体勢を整える。

2018:2006/02/08(水) 21:54:53
だが、それよりも僅かに早く、青き獣が声高らかに歌いだす。
 「深い青い海の底、っは!」
 「潜って、奪えば、大漁だ、っと!」
刹那、獣の口から百をも越える炎弾が、吐き出される。燐子達が放つ矢は、獣に届く寸前に、炎弾に吹き散らされた。凄まじい熱量の炎弾が、地表に着弾。爆音を撒き散らし、数多の燐子を屠る。これこそが彼女、マージョリー・ドーが得意とする自在法、『屠殺の即興詩』だ。彼女は地表に降り立ち、そして、
 「ったく、何なのよこの数。いくら殺しても、次から次へと沸いてくる!」
小声でぼやく。彼女は既に、二百を越える燐子を打ち倒したが、まるで堪えた様子は無い。それどころか、圧倒的多数の軍勢の利点を生かし、兵団を囲みながら四方八方を攻め立てている。
 「ヒーヒッヒ、良いじゃねえか、我が残酷なる歌姫、マージョリー・ドー?俺達の役目は陽動だ。今頃、『天壌の劫火』の野郎が、蛇退治に躍起になってるはずだぜ?」
 「そうね。少しでも長く時間を稼がないと。そのためには・・・」
 「ヒーー、ハーーー!殺して、殺して、殺してっ、ブチ殺すんだぁーーーーっ!」
マルコシアスが、歓喜の雄叫びを上げる。そしてすぅ、とトーガが息を吸い込み、炎の波を燐子へと浴びせ掛けた。戦局は今、どちらに転ぶか分からない、混戦へと縺れ込んでいる。


敵味方が入り混じり、どちらが優勢とも言えない戦場に、およそ似つかわしくない、可愛らしい少女が立っていた。少女は、迫り来た燐子をあっさりと蹴り飛ばし、フンッと、鼻を鳴らすと
 「『祭礼の蛇』の奴、ちっとも変わってないわね。」
と、吐き捨てるように言った。彼女と契約する紅世の王『虚構の鎚』タルウィスは、
 「まったくだ。己はのうのうと、高みの見物とは・・・。」
静かに、怒りを滲ませた声で呟く。そして
「我が高き器、サーレよ。この城を、愚劣極まる彼奴の墓場としてやろうぞ!」
やや昂ぶったた面持ちの声で、信頼する少女へと語りかける。少女は、
 「ふん、当然でしょ?これ以上あんなゴミ野郎に、付き合ってらんないわよ。」
そう言い捨てる。
 「タルウィス、行くわよ!この忌々しい燐子共を、皆殺しにしてやる!」
少女が激昂した声で言い放ち、己が神器『ディープパープル』を天へと掲げる。糸巻きに結び付けられた、無数の紐が一瞬金色に輝き、次の瞬間には、少女を中心とした円を描いて、地表に突き刺さっていた。土を抉り、それは見る間に、無数の土の人形を作り出す。
 「我が力に従いし者達よ。」
タルウィスが、土の人形に、滔滔と語り掛ける。
 「天下に、その名を知らしめる、屈強なる者達よ。」
サーレが言葉を紡ぐ。土の人形が、弱い金色の光を漏らしている。
 「我が力と為りて」

2029:2006/02/08(水) 21:55:31
 「敵穿つ剣と為れ!」
一瞬。人形が、眼も眩む程強く輝く。光が徐徐に晴れ、過ぎ去った後には、鈍く輝く金色の軍団が、主を守るように傍に控えている。中には黄金の馬に騎乗し、強固な鎧に身を包む者もいる。右手には、6m以上の長さをもつ槍を、左手には楕円形の、巨大な盾を備える畏怖の軍団はしかし、優雅ですらあった。サーレは、己が呼び出した軍勢を、満足そうに見回し、
 「ファランクス」
そう、言い放つ。500を優に超す、黄金の戦士達が、彼女を中心とした、四角形に近い陣形を取る。
そして、
 「突撃せよ!」
タルウィスの掛け声と共に、煌く金色の力の奔流が、漆黒の地表を掻き分ける。軍勢を金の糸で操るその様は、『戦女神』と恐れられ、幾多の『王』を屠ってきた。その少女の瞳には今、狂喜の光が燈っている。



 「はっ、連中も派手に暴れているな。あんたご自慢の燐子達が、次々に打ち倒されているぞ。」
『千変』シュドナイは呟く。城の窓から見下ろす地平には、無数の燐子たちが展開しているが、ある者は爆破に巻き込まれ、またある者は剣により打ち伏され、数を減らしていっている。壮絶な力の余波がガラスを揺らし、戦場の苛烈さを伝えていた。その言葉に大蛇は、
 「心配要らぬ。シェテトが指揮を執っている故に、我が燐子達が負ける事は無い。」
そう答えた。その言葉にシュドナイは、からかいを含む声で、
 「ほう。あの子を随分と信頼しているんだな。」
言葉を口にした。大蛇は、一瞬考えるかのように沈黙し、
 「あやつが戦陣に立ち、負けた戦は一度とて無い。ただ、其れだけの事だ。」
静かに答えた。シュドナイは何も言わず、再び地上を眺める。無数の燐子の軍勢が、四方から一斉にフレイムヘイズ兵団へと襲い掛かっている。その燐子達を吹き飛ばす様に、突如、群青色の炎が地表に突き刺さり、大爆発を起こした。
 (ッッ――!あの炎は!)
シュドナイは、身の内で驚愕の声を上げ、歓喜に打ち震える。
 (ふふ、そうか。彼女がこの戦場に―)
シュドナイは記憶に思いを馳せる。数多の同胞を喰らう群青色の獣を、美しき殺戮者の姿を、その脳裏に思い浮かべた。
そして己が雇い主へと、轟然と言い放つ。
 「悪いな、蛇王よっ!大命の一つを見過ごしたとあったら、ババアに何を言われるか判らんからな!」
言うが早いか、窓を一気に突き破り、空中へと身を躍らせる。割れた窓から、敵の上げる雄叫びが聞え、室内に響く。
大蛇はただ押し黙り、そして一人、呟いた。
 「ふん。流れ者風情はやはり、当てにならぬな。」
彼は一人の少女を思い浮かべる。自らが造り出した、およそ戦場に似つかわしくない、愛くるしい少女を。
 (シェテトよ・・・。)

20310:2006/02/08(水) 21:56:02
大蛇は呟き、外を眺める。其処には、黒馬に跨る小さな少女が、弓を引き絞り敵を幾多も屠る姿があった。


趣向を凝らした様々な調度品を、廊下の脇に廻らせる回廊で、漆黒の群れと、紅蓮の輝きを放つ騎士団の激戦が繰り広げられている。騎士団の先頭に立ち、悍馬に跨る女性が手に掻き抱く焔の槍で燐子を打ち砕く。
 「警戒が厳しくなってきたわね。」
 「『祭礼の蛇』が待つ、王の間が近いのでありましょう。」
マティルダの呟きに、ヴィルヘルミナが言葉を乗せる。その顔は、狐を思わせる白面の仮面に覆われ、何条もの鬣を生やしている。
 「そうね。・・・それにしても、凄い数。」
マティルダは話しながらも、横手から斧を突き出してきた燐子を、槍を扱いて一直線に貫く。
 「この街で長き時を掛け、力を蓄えていたのだろう。」
彼女の身の内に眠る魔神が、言葉を繋げる。そして、マティルダが前方を見定めた先に、突如、廊下の曲がり角に潜んだ燐子の集団が踊り出し、弓を射掛ける。矢は二人の目前まで迫るが――
瞬時に二人の前に展開した、幾重にも折り重なるリボンの壁に阻まれ届かない。
そのリボンの障壁の中、
 「騎乗せよ!」
マティルダが声を張り上げる。紅蓮の軍団が、即座に湧き上がった炎の大馬に跨った。ヴィルヘルミナがリボンを解き、マティルダが自らも悍馬に鞭を走らせる。そして、
 「敵をっ!」
紅蓮の大馬が疾駆し
 「踏み潰せぇ!!」
一拍の間の後、騎士団の、怒涛の突撃が始まる。燐子を踏み砕き、回廊を走るその軍勢は、一直線に『皇帝の間』
へと進んでいく。
今や戦いは酣となり、戦局は混沌とした様相を呈している。


それは唐突に。燐子を蹴散らす青き獣へと、紫色の濁流が空から押し寄せる。
 「っっ―!危ねえ!」
マルコシアスは、叫ぶと同時に炎の波を、眼前に迫る濁った紫炎へと吐き掛けた。炎はその矛先を逸らせ、あさっての方向へと飛び行き、着弾する。そして爆音とともに地面を抉り、地表を揺らした。
 「久方ぶりだな、美しき修羅、弔詞の詠み手。こんな所で会えるとは思わなかったぞ。」
青き獣の前に、大柄な男が立っている。
 「お久しぶり、『千変』。また護衛遊びに勤しんでるの?」
皮肉を込めてトーガの内の女性が答えた。そして
 「『千変』よお。てめえ一体、何考えてんだ?他人の護衛なんぞして、何が楽しいっつーんだ。」

20411:2006/02/08(水) 21:56:30
マルコシアスが吠える。それにシュドナイは答えず
 「ふっ、君達に分かってもらおうとは、思ってないさ。・・・さて、早速で悪いが、そろそろ始め様じゃないか。」
言う内にも、シュドナイの肉体が見る間に変貌していく。虎の体に、鋭く尖った鷲の足。背には蝙蝠の羽が生え、その尾は蛇を生やしている。トーガよりさらに一回り大きいその姿は、古の野獣ヌエともキマイラとも取れる。まさしく『千変』の真名に羞じないその様に、マルコシアスが、毒付く。
 「ハッ!相変わらず、胸くそ悪い姿じゃねーか千変。ブチ殺しがいがあるってもんだ。」
 「ふん。君達には多くの同胞を葬られた。その仇を取らせてもらおうか。」
『弔詞の詠み手』マージョリー・ドーはここ数百年間の内に、彼、シュドナイの所属する徒の大集団、『仮面舞踏会』の組員を、二百近く討滅している。彼が戴く盟主より下された大命は八つあり、その内の一つに『弔詞の詠み手』の殺害が含まれていた。シュドナイは言葉を続ける。
 「さあ、彼方の叫喚を肴に宴を始めよう、麗美なる惨殺者。」
巨大な獣が疾駆し、高く地を蹴る。
 「君と我らの因縁も―」
遥か高みより飛来するそれは
 「―今日、此処で潰える!」
超速の弾丸となって、トーガに激突した。


カイザーブルク城へと続く坂道の下方に、木材を組み合わせただけの簡素な、フレイムヘイズ兵団の本陣が控えている。
その陣の先端に、黒い修道服に白いベールを纏った、四十過ぎ程の丸顔の女性が城を眺め、顔を顰めている。
 「あらあら。随分と厳しい事になっていますね。うちの先手が回りを囲まれちゃってるわ。」
彼女の名は『震威の結い手』ゾフィー・サバリッシュ。このフレイムヘイズ兵団の総大将だ。彼女の漏らした言葉に、
 「呑気な事を言っている場合では無いですぞ、ゾフィー・サバリッシュ君。戦況は我が方が不利なのですからな。」
澄んだ男の声が、ベールの額に刺繍された星から響き、咎める。彼女と契約する紅世の王『タケミカズチ』だ。ゾフィーはその叱責に、
 「百も承知ですよ、タケミカズチ氏。この戦はあまり時間を掛けられる物では無い。一気に決めなくては。」
どこか、戦を楽しむような声で答える。タケミカズチは、うむっと頷き、
 「時を掛ければ、いつ『とむらいの鐘』が動き出すか、分かった物ではありませんからな。」
彼女達の言うようにこの戦は、速攻を前提とした作戦だ。戦闘に時間が掛かれば、『都喰らい』に成功したアシズ率いる『とむらいの鐘』が隙を突き、動き出す恐れがある。だからこそ彼女は、一人の王に対しては異例とも言える数のフレイムヘイズを率いて、戦闘を仕掛けた。だが、
 (まさか彼の王が、これ程までの軍勢を備えていたとは。)
彼女は『祭礼の蛇』が、数多の燐子を操る王だと知ってはいたが、その力量までは聞き及んでいなかった。漆黒の燐子達は、その数を減らしながらも、着実に敵を打ち伏せている。
 (しかし――)
ゾフィーは胸中で呟く。

20512:2006/02/08(水) 21:57:17
 (作戦はとりあえず、成功していると言っていい。後はどれほどの時を稼ぐべきか・・・)
やや沈痛な面持ちで、一人ごちる。彼女、ゾフィー・サバリッシュの立てた作戦はこうだ。まず、城門前へと兵団を展開し敵軍と一戦交え、敵衆の耳目を集める。そしてその間隙を縫い、単独でも十分な戦力を保持する二人のフレイムヘイズを、手薄になった城内へ突入させる。その後『祭礼の蛇』を捕捉し、討滅せしめる。この作戦が成功すれば、
あの強力無比なる軍勢を正攻法で攻め、壊滅させた後に『祭礼の蛇』と相対すよりも、人員の損失を減らすことが出来た。だがこの作戦は同時に、城へと潜り込むフレイムヘイズの、身の危険性が飛躍的に高まるものでもあった。それ故に彼女は、当代に並ぶ者無き使い手と謳われる女性と、それに勝るとも劣らないフレイムヘイズをその任に抜擢した。たった二人であの化け物に打ち勝つ事が出来るか否か。それがこの戦の分かれ道である。
彼女は溜息をつき、
 「ドゥニ、先手の陣へ赴き、カムシンに負傷兵を本陣へと戻す様に伝えなさい。その後、本陣に500の守備兵を残し、後詰の部隊を率いて先手の軍を援護します。部隊長はアレックスが務めること。」
傍に控える二人の男へ命令を下す。そして
 「これで、戦局が少しは良くなるかしら?」
 「あの二人の女丈夫しだいですな。」
高みに聳える城を眺める。その内で、獅子奮迅の活躍をしているであろうフレイムヘイズを思い浮かべながら。


阿鼻叫喚渦巻く地表とは異なり、カイザーブルク城は静まり返っていた。その城の中央一階『皇帝の間』に、二人のフレイムヘイズがいる。
 「あなたが『祭礼の蛇』ナフシュね。」
マティルダは目の前に佇む、巨大な漆黒の大蛇に問う。
 「・・・ふん。炎髪灼眼、『天壌の劫火』のフレイムヘイズか。」
大蛇は苦々しく、重い口を開く。そして
 「久しいな、魔神よ。出来れば二度と会いとう無かったが。」
マティルダの指に輝く宝石型の神器『コキュートス』を睨みつける。
 「『祭礼の蛇』ナフシュよ。貴様は一体、何を企んでいる?何故、膨大な存在の力を蓄えるのだ。」
雷鳴が如き声が空間に響き渡る。ナフシュは猛禽を思わせる鋭い目を見開き
 「・・・ふ、ふふ、ふはーっはっはっはっはっは!!―――――同胞を打ち殺さんと蠢く愚かな王に、我が志を計る事など叶わぬわ。」
己を討たんと攻め上がって来た魔神を、嘲笑する。愛する王を侮辱されたマティルダは、
 「・・・アラストール」
手に炎の矛を生み出し、戦いの初動を計る。そして、
 「もとより、話し合いの通じる相手では無かったな。」
魔神が己が契約者に喚起を促す。
 「難敵」
ティアマトーが静かに呟き、

20613:2006/02/08(水) 21:57:51
 「来るがいい!討滅のっ、道具共が――っ!」
漆黒の大蛇が吠えかかった。
 

敵味方入り乱れ、地獄さながらの凄惨な戦いの場に、二体の一際大きな獣が互いを死滅せんと相争っている。
 「ゴアアアアアァッ!!」
叫ぶ大虎の口から、不気味な紫色の炎の波がトーガへと押し寄せる。それをマージョリーは、
 「マルコシアス!」
 「応よ!ヒャーッハッハー!」
真っ向から受けてたった。トーガの口から壮絶な炎の奔流が噴出し、長く撓る両腕から無数の炎弾を解き放った。
眼にも鮮やかな群青色の炎が、濁った紫色の炎に真正面からぶつかった。空中で大爆発が巻き起こり、周りにいた無数の燐子を吹き飛ばす。青と紫の炎が溶け合い、未だ余燼燻る空に、トーガが舞い上がる。そして
 「金曜日にくしゃみをしたらっ!」
獣の口が即興詩を紡ぎだす。
 「日曜日にはお陀仏さ、っと!」
刹那、トーガの口から、大渦が如き炎の大波が押し寄せる。シュドナイは、
 「――っ、ぬぅ!」
短く呻き、その巨体を宙へと浮かせ、難を逃れた。だが、
 「天国地獄どちらかな、っは!」
トーガは軽やかに詠う。
 「地獄に落ちたら火炙りだ、っと!」
歌が流れ出すと同時に、突如、炎の波が急転しシュドナイの頭上から被せかかった。炎の渦は、虎の獣を中心とした大きなドーム状の円を描く。
 (抜かったっ!罠か!)
球体の内でシュドナイは舌打ちし、『強化』の自在法を瞬時に構築する。その一瞬の攻防を経て――
 「男は一人、身を焦がす!!」
獣の歌が途切れたその刹那、群青の珠が破裂し、先の爆発もかくやという程の大炎上を起こす。想像を絶する炎の熱が弾け、地表を大きく揺るがした。


カイザーブルク城の最奥、王者が佇む『皇帝の間』で、静かに戦いの火蓋が切って落とされる。まず先手を取ったのは
 「――ぬうわぁっっ!」
『祭礼の蛇』ナフシュだった。一声呻き、即席の燐子を作り出す。城外に展開する物よりも、更に強力な、漆黒の人形が、音も無く二人へと襲い掛かる。その異形の群れを、
 「矛槍!」
灼熱の炎を宿す騎士団が迎え撃つ。だがそれは、狡猾な大蛇の仕掛けた罠だった。

20714:2006/02/08(水) 21:58:36
 「ガァアアアアアアッ―!」
世にも悍ましき声を張り上げ、燐子に組み込まれた自在式を発動させる。刹那、燐子の体が膨れ上がり、
爆音と共に四散し黒色の炎を撒き散らす。マティルダが、迫り来る黒炎に飲み込まれる寸前――
その体は幾条もの、桜色に輝くリボンによって包み込まれていた。淡く光るリボンには『反射』の自在法が組まれている。闇を思わせる漆黒の炎は、その矛先を横へと逸らされ、強固な壁に、大穴を穿つ。
 「ぬぅっ!」
大蛇が再び唸り声を上げ、燐子を作り出すが、
 「弓!」
それよりも一瞬早く、マティルダが騎士団に弓を射掛けさせた。赤く灼熱色に煌く矢が一直線に空間を突き抜ける。一瞬、赤く燃える炎が室内に満ちるが、
 「ハァァァァッ――ッ!」
大蛇の低い呻きと共に、吹き散らされる。炎は、その鉱石よりも硬い鱗を僅かに焦がしただけだ。そこへ
 「ッ!」
ヴィルヘルミナが鋭い呼気を発し、『強化』の自在法を乗せたリボンを、何条も解き放つ。リボンは大蛇の傍らに佇む燐子を打ち砕き、その主を貫かんと迫るが、
 「無駄だ!」
大蛇の怒号が、彼女と同じ『強化』の自在法を奏でた。その一瞬、ナフシュの体表が鈍く黒い輝きを放つ。そして鉄をも穿つ桜色のリボンは、大蛇の鱗に弾かれあらぬ方向へと散らされていた。
 (ふむっ。流石に世に名高き自在師でありますな。)
 (そうね。あれだけの自在法を一瞬で組み上げるなんて。)
二人は小さく囁く。マティルダの『騎士団』も、ヴィルヘルミナのリボンも、蛇王の体に傷を付ける事が出来ない。マティルダは内心舌打ちした。
 (この状況はまずい。なにか――)
 (策を立てねばならないのであります。)
ヴィルヘルミナが言葉を繋ぐ。大蛇が再び、二人へ吼えかかる。
 「どうした!魔神よ、貴様の道具はその程度かっ!」
言葉と共に三度、燐子の群れを瞬時に作り出す。その漆黒の軍勢を迎え撃ちつつ、二人は部屋を見渡す。
 (何か戦局を変えられ――)
 「マティルダ!!」
彼女の言葉を遮り魔神が叫んだ。そして、
 「っっ――!」
大蛇の巨大な尾が、己が生み出した燐子ごと、マティルダを横薙ぎに吹き飛ばした。次の瞬間には、
 「―――――っ、う、あっ!」
横手の壁へと叩き付けられていた。壁にヒビが入り、崩れる寸前の状態の中、マティルダは翻筋斗打って床に転がった。その口からは鮮血が滴り落ちている。ヴィルヘルミナは大蛇を一睨みし、桜色の炎弾を解き放つ。その炎が爆発し、熱冷めやらぬ内にマティルダの傍へと跳躍する。

20815:2006/02/08(水) 21:59:07
 「傷は?」
仮面の上からでも、彼女が狼狽えているのが見て取れる。その問いにマティルダは、
 「っ、大丈夫。動けない程じゃ無いわ。それよりも」
マティルダの声が中途で止まる。その視線は正面の壁に架けられた、一振りの黄金の大剣へと注がれていた。陽光に煌く刀身を持ち、その柄には大小様々な宝石が散りばめられている。歴代の皇帝に受け継がれてきた王者の証である。彼女は瞬時に思考を巡らせ、
 「ヴィルヘルミナ。」
心配そうに覗き込む仮面の女性へと、策を打ち明けた。ヴィルヘルミナは、背後から攻め寄せる燐子をリボンで貫きつつ、
 「・・・了解であります。」
静かにそう答えた。
 「あの大蛇相手に、如何程時を稼げそうでありますか?」
マティルダは、にっと、不敵な笑みを浮かべ、
 「友人のためなら、幾らでも稼いで上げるわ。」
そう答えつつ、目の前に迫る燐子を、手に持つ槍で打ち砕いた。そして
 「ナイツ!」
再び彼女の力の顕現たる、赤く燃える軍勢を生み出す。マティルダは紅蓮の悍馬に跨り、
 「はぁぁぁぁぁっ!」
黒き鱗を湛える蛇王へと、攻め掛かった。


大蛇の目前に、灼熱の炎の群れが迫る。それを、
 「ズアアアアアァ―!」
叫ぶと同時に、その大口を開け、粉塵が如き黒炎を撒き散らす。赤い軍勢は吹き散らされ、その視線の先に炎髪灼眼のフレイムヘイズを見据える。
 (むぅ、このまま消耗戦を続けられては・・・)
漆黒の燐子を生み出しつつ、胸中で呻く。彼の力の大半は既に、宝具へと注ぎ込まれ、残された力は僅かに半分も残されていない。
 (何か決定的な戦機を掴まねば。)
大蛇は一人呟いた。その眼前に、燐子を踏み砕いた輝く悍馬が踊り出る。
 「――はぁっ!」
フレイムヘイズが鋭い声を上げ、大蛇の横腹に風穴を開けるべく、上段に構えた炎の矛を振り下ろす。だが――
 「無駄だと言ったはずだ!」
漆黒の鱗に傷を付ける事は出来ない。蛇王は鎌首を擡げ、フレイムヘイズを噛み砕かんと、背後より迫る。
その牙がフレイムヘイズに届く寸前
 「ハッ!」

20916:2006/02/08(水) 22:00:14
宙に浮かぶ女性が放ったリボンが、マティルダを引き寄せた。
再び、大蛇と二人のフレイムヘイズが対峙し、睨み合う。そこで、ふと。大蛇は気が付いた。
 (寡言の大河が、攻撃を仕掛けて来ぬ?)
先程から、攻め掛かって来ているのは『天壌の劫火』の道具だけだ。
 (何か、狙っておるな。)
ナフシュは一瞬警戒するが、
 (ふん。どちらにせよ、奴の炎も、寡言の大河の白帯も、我に傷を付ける事は出来ぬわ。)
そう思い直した後、燐子の群れを造り出し、嗾ける。その軍勢をマティルダは、
 「だあああああ――っ!」
掌から膨大な量の、灼熱の炎を生み出し迎撃する。炎の波が燐子を飲み込み、蛇王をも飲み尽くす勢いで迫る。大蛇は心中でせせら笑い、
 「はっ!とんだ虚仮威しだなっ!」
迫り来る炎を突っ切って、再びフレイムヘイズに牙を立てんと蠢く。だが炎の晴れたその先に、
 「ぬぅっ!」
有るべき姿が無かった。マティルダは白きリボンに引っ張られ、横手の壁へと移動している。ナフシュが首を擡げ、眺め見たその先には、
 「――っ!」
輝く桜色の光が有った。
 (これを―)
マティルダが先端を輝かせる黄金の大剣を握りしめ、
 (狙っていたのかっ!)
足裏から火の粉を吹き散らし壁を蹴った。『形質の強化』の自在法を燈すそれは、見る間に加速して――
 「グガアアアアアアアアァーッ!!」
蛇王の脇腹を引き千切る。ナフシュは断末魔の雄叫びを上げ、地に塗れた。


王者が佇む場『皇帝の間』に、一匹の大蛇が地に伏せている。その千切れた腹の断面からは、濃霧の様な黒炎が噴出し、直ぐに空へと掻き消えていった。
 「終わった・・・」
マティルダが呟く。
 「うむ。戦いは終焉を迎えた。」
魔神が淡々と言葉を重ねる。その言葉を聞き、大蛇が口を開く。
 「・・・ふん。討滅の、道具共め。」
その声は弱弱しく、すぐに空へと掻き消える。
 「『祭礼の蛇』よ。死ぬ前に答えるがいい。貴様は何を企んでいた。」
更に魔神が口を開き、王に問う。

21017:2006/02/08(水) 22:00:40
 「・・我はこの世を広く旅した。そして数多くの人間を喰らい、その様を眺める内に、人間を支配する事に興味を抱いた――」
大蛇は更に続けた。
 「愚直で、同じ種同士殺しあう愚かな者達はしかし、生の輝きに溢れていた。」
マティルダはただ押し黙っている。
 「・・・我は幾多の街を支配し人間を見定めた。だが、そのたびに討滅の道具共が嗅ぎ付け、戦いを挑んできた。
我は討滅者達に打ち勝つ為に、数多くの燐子を造り出し、そして道具共を屠った。」
大蛇の体の半分は、既に消えかかっている。
 「――っ、その内に、我はこの街へと辿り着き、自在法『大縛鎖』を張り巡らした。そしてこの地で蓄えた力を使い、古き王より奪った。宝具、『小夜啼鳥(ナハティガル)』を。」
 「ナハティガルだと・・?まさか、貴様!」
魔神が声を荒げる。大蛇は神器『コキュートス』を一睨みし、
 「我は鳥篭に眠る少女に願った。この街を、外界から完全に孤立させる事を。」
二人は言葉に詰る。
 「――ぐぅっ、わ、我はそのための自在式を、千年の月日を掛け、編み出していた。」
透ける大蛇の半身の向こうに、大きな鳥篭が見えた。
 「貴様等さえ、いなければ・・・自在法はっ、完成していたものを」
大蛇は首だけになっていた。
 「すまない、シェテトよ・・・お前に・・ばかり、辛い目に  ――」
王が喋り終わらぬ内に、残された巨大な頭は最後の黒炎を上げ、空気に混じり、そして
 「――さようなら。狂った王よ。この城で――安らかな眠りに付きなさい」
強大なる力を誇った王は、消えていった。


戦場にて、縦横に采配を振るう少女がいる
 「はあっ!」
手に弓を持ち、数多の敵を屠る少女がいる
 「たあああぁっ!」
その大馬で敵を踏みにじる少女は
 「――――――――!」
唐突に。己が愛する王の叫びを聞いた。
 「あ、あぁ・・・」
少女は呆然とし、身を震わせている。
 (ナフシュ様・・・)
心中で呟いた。
 (ナフシュ様が!)

21118:2006/02/08(水) 22:01:06
一瞬想像した惨状を振り払うように、
 「ナフシュ様!」
即座に馬首を反転させ、城門へと駆けさせた。
 (まさか・・・まさか!)
城内を一直線に『皇帝の間』へと突き進む。だが、
 「――っっ!がぁ、はっ!」
馬が地に倒れ伏し、少女の小さな体が床に叩き付けられる。馬はもう、ピクリとも動かず、その体は徐々に空気に薄らいでいた。少女はその光景を眺め、
 (ナフシュ・・様、が――)
呟く少女の体も、足先から少しづつ無くなっている。少女は腕を使って、回廊を這って行くが、
  「我が・・主、ナフシュ様――、」
そう言い終わる頃にはもう、少女には這い回る腕すら残されていなかった。
 「愛・・・して、お、 ま・・・す、ナ ―――― 」
言葉が途切れ、少女の体が宙へと溶けて消えていく。小さな背に身に付けた弓が、カランと、乾いた音を立てて床に転がった。


戦場を、神速で飛翔するオーロラがその動きを止めた。
 「――、何だ?燐子共の動きが・・・」
『極光の射手』カール・ベルワルドは、己を載せる巨大な鏃『ゾリャー』を停止させ、地面に降り立った。彼の目の前に
は先ほどまで、存分に同胞を屠っていた燐子がある。だが、
 「止まっちゃったわねー。」
ヴェチェールニャヤが呟く。彼女の言う様に、漆黒の人形の軍勢は、その場に頽れ地に頭を臥せていた。そして――
 「・・・消えた。」
カールの言葉と共にその身を空へと溶かして行く。黒き炎が一斉に立ち上り、黒雲が如き渦を巻くが、すぐに薄れ、消えていった。
 「あの二人が『祭礼の蛇』を討滅したのよ。」
彼の傍へと、一人の小柄な少女が近づいてくる。
 「サーレ。無事だったか。」
カールがやや弾んだ声で言った。少女は軽く頷き、
 「ええ。作戦は完遂した。私たちの勝利よ。」
そう言い放つ。彼はにっ、と頷き
 「はっはっは!そうだ。俺達の勝ちだ!」
豪快に笑い飛ばす。だが、
 (何だ・・・?)
カールはふと、気が付いた。戦いの際中には感じられなかった、その感覚を。

21219:2006/02/08(水) 22:01:57
 「カール」
サーレが静かに言葉を漏らした。彼女の周りにはすでに、黄金の軍団が控えている。そして、彼方に横たわる丘の向こうから、微かな、獣のような唸り声が聞えてくる。
 「ちぃっ!まさか、この時を狙って来やがるとは!!」
カールが再びゾリャーに騎乗する。やや遅れて地鳴りと共に無数の軍勢が、丘から顔を覗かせ城へと迫っていた。


青き獣と一進一退の攻防を繰り広げる大虎が、一番にその異形の軍勢の正体を掴んだ。
   (っ――!とむらいの鐘か!)
言うと同時に、トーガと距離を取る。
 (ついに動き出したか。これはまた、やっかいな事になってきたな。)
彼は己が所属する仮面舞踏会の軍師、『ベルペオル』より、『とむらいの鐘』の動向を探る任を受けている。それは『弔詞の詠み手』の殺害よりも、優先すべき事項の一つだ。
 (依頼主も死んだ様だし――)
シュドナイが地を蹴り、空へと飛翔する。そしてその身を反らせ大きく息を吸い、
 (さっさと退散させてもらうとするかっ!)
 「ゴアアアアアアアァッ!」
最大級の炎の大渦を吹き散らした。壮絶な熱波と共に降り注ぐ熱塊を、マージョリーは冷静に、
「ハァッ!」
『反射』の自在法を乗せた炎弾を打ち出した。青き炎は空中で薄く広がり、紫色の炎を受け止める。紫炎は硬い物にぶつかった様に跳ね返り、青炎の外で爆発した。轟音轟く空にシュドナイの声が響き渡る。
 「弔詞の詠み手よっ!因果の交差路でまた会おう!」
紫雲が晴れたその空には、
 「ヒーッヒッヒ!『千変』の奴、尻尾を巻いて逃げ出しやがった!」
奇異な大虎の姿が消えていた。
 「何?アイツ、本当に逃げちゃうなんて。どうかしちゃったのかしら?」
マージョリーはやや不満の面持ちでぼやく。
 「さあな。そんなのは知った事じゃねえさ。それよりも・・・」
トーガが体を反転させ、城へと攻め上がらんと直走る、軍勢を見据えた。
 「ええ。あの徒共を――」
 「ヒャーッハッハー!全て皆々、皆殺しにしてやるんだーーーー!」
トーガが屈み、勢いをつけて空へと飛び上がった。


「六千、八千、九千・・・あらあら、随分と連れて来たわね。」
坂の頂上で、『震威の結い手』ゾフィー・サバリッシュが呟く。

21320:2006/02/08(水) 22:02:36
 「ふむ。して、いかかするのですぞ、ゾフィー・サバリッシュ君?我らは負傷兵を入れても2500余り。とても勝てる戦にはなりそうにないですぞ。」
タケミカズチが静かに問う。その問いに、
 「そうですね・・・うん。逆落としを仕掛け、出来うる限り抗戦し突破口を開きましょう。そののちに全軍で退却します。」
やや険しい面持ちで答えた。本陣は既に坂上へと移動させている。
 「ああ、この戦力差ではそれしか無さそうですね。『震威の結い手』。」
 「ふむ。まともな戦にはなりそうに無いからの。」
『儀装の駆り手』カムシンが同意の言葉を漏らした。ゾフィーは目を伏せ、
 「――ええ。・・・何人にも哀れまれず、罪を犯して省みず、存在もならぬ無に墜ちる我らに、せめて勝利よ輝け、
アーメン・ハレルヤ・この私」
 両手を組み、そして祈る。怨敵『とむらいの鐘』と干戈を交えるために。


 「むうっ!ナハティガルを狙いに来たか!」
地表で一戦交える両軍を眺め、アラストールが吐き捨てる。
 「そうね。どうやら私達が、『祭礼の蛇』を討滅するのを待ってたみたい。」
まさしく彼女の言う通りだった。『大擁炉』モレクが立てた策は、漁夫の利を得る物だった。もしも、『とむらいの鐘』が大軍をもって攻め込めば、『祭礼の蛇』は街の人間の存在の力を限界まで吸い上げ、同等の兵力を造り出し、抗戦を挑む可能性が会った。宝具『小夜啼鳥』を奪うとともに、来るべき戦に備え兵団を撃滅する。まさしく一挙両得の作戦だ。
マティルダは一瞬、唇を噛み締める。そこへ、空中から声高らかに、
 「出て来い!わが愛しき女、マティルダ・サントメールよ!」
銀髪の男が大声で叫んだ。その傍らには、重厚な甲羅に身を包み、鈍く輝く翼をはためかせる四本足の翼竜がいる。
 「さもなくば、この兵団を一人残らず、俺の『虹天剣』で屠ってくれよう!」
銀髪の男『虹の翼』メリヒムが、背後の虹色の光背を、己が持つサーベルの剣尖へと収束させる。そして、一瞬の間の後、光輝の塊が一直線に大地を貫いた。虹色の爆発が煌き、地表に広がるフレイムヘイズを吹き飛ばす。衝撃にカイザーブルク城が、縦に揺れた。その震動冷めやらぬ中、
 「両翼が出て来た以上、私たちが出るしか無さそうね。」
マティルダが憎憎しげに口を開く。ヴィルヘルミナが頷き、視線を鳥篭に巡らせ、短く問う。
 「あの宝具は如何するのでありますか?」
マティルダは口角を上げ、
 「あの両翼相手に、背負って戦うって言うの?」
微かに笑いながら皮肉る。そして
 「うむ。仕方が無かろう。今は捨て置くしかない」
アラストールがやや渋った声で、言葉を吐く。その言葉を聞きマティルダは再び、炎の軍勢を生み出し、
 「はぁっ!」

21421:2006/02/08(水) 22:02:56
悍馬に跨り、ヴィルヘルミナと共に、宿敵が待つ空へと踊り出た。


太陽は南天を過ぎ、日差しが強く地表へと注がれているが、町に人の気配は無い。戦の気配を感じた町人は、略奪や虐殺を恐れ、己が家より一歩も這い出る事は無かった。その人無き坂を、こげ茶色の天鵞絨の如き毛皮を持つ野獣が、群がるフレイムヘイズを蹴散らし進んでいく。
 「どけぇ!このっっ、雑魚共がーーーーー!」
『とむらいの鐘』遊軍首将、『戎君』フワワである。鋭く尖る、長い牙を戴く風貌と、しなやかな肢体を持つ姿は、まるで巨大な狼そのものだ。彼の役目は『とむらいの鐘』精兵3000を率い、敵本陣をつき抜け本隊と挟撃し、退路を断つことにある。目指す城まではもう1キロも無いだろう。軍勢の先頭に立ち直走る暴風が如き狼に、一人の小柄な少女が、黄金の戦士達を侍らせ立ち塞がった。野獣は構う事無く突っ切ろうとするが、
 「っ、――!」
長槍による槍衾が眼前に飛び出し、巨狼を串刺しにせんとする。フワワは大地を進んでいた方向とは逆に蹴り、軍勢と距離を取った。
 (ふん。強敵、か。)
目の前に現れたフレイムヘイズに率直な感想を漏らす。そして、
 (くくっ、これだ。戦はやはり――)
その瞳に狂気の色が燈り、総身に熱く血潮が滾る。
 「こうでなくっちゃなぁっ!」
吠えると同時に、大地を強く蹴り、金色の軍勢へと突進した。


ニュルンベルクの西、青々とした木々が繁る森林に、地を揺るがす二体の巨体が走っている。そして、
 「グガアアアアアアアアア!!」
膨大な質量の塊が、ぶつかり合う。地表に地震を思わせる強い揺れが襲い、鉄の巨人と、岩の巨人が蹈鞴を踏んだ。
 「おのれえええ、、何百年ぶりだろうかあああ、『儀装の駆り手』よおおお」
鉄の巨人『巌凱』ウルリクムミが、岩の巨人へと、語り掛ける。その体は分厚い鉄板を、頭の無い人の形へと組み上げた、異形の形相を呈していた。鈍く銀色に輝く胴体には、双頭の怪鳥が白く描かれている。
 「ああ、久しぶりですね、『巌凱』。再び合間見えるとは、思ってもいませんでしたが。」
岩の巨人の核『カデシュの心室』から声が響いた。そう言う内にも二人の巨人の下で、徒の群れと青色の獣『トーガ』
率いるフレイムヘイズ達が、激戦を繰り広げている。紅世の王『不抜の尖嶺』ベヘモットが言葉を紡ぐ。
 「ふむ。お前さんも、変わりは無さそうでなによりじゃ。」
石の巨人は呟き、木々をなぎ倒しつつ距離を取る。ウルリクムミは空をも震わす程の笑い声を上げ、
 「だがあああ、我々はあああ、主の壮挙にためにいいい、仇なすものをおおお、打ち伏さねばならないいい」
鉄の巨人の手に、濃紺色の風が吹き起こる。それは見る間に、戦場に落ちた剣、槍、兜、はたまた街にある、鍛冶屋の鎧を手繰り寄せ、巨大な鉄塊を作り上げた。風は荒れ狂い、濃紺の炎を所々に吹き上げている。

21522:2006/02/08(水) 22:03:20
 「我が『ネサの鉄槌』でえええ、塵も残さずううう、砕けて灰となれえええ、討滅の道具よおおおっ!!」
怒号と共に、大上段に構えた濃紺の渦が振り下ろされる。だが、
 「カムシン」
それよりも一瞬早く、岩の巨人が動いていた。右手に掲げる鞭『メケスト』から、岩石の塊を巨人へと放り投げる。岩石は飛翔する間に褐色の炎に身を包み――
濃紺の激流に正面からぶつかった。爆発と燃焼を巻き起こし、炎が砂塵を天空へと巻き上げる。大気を大きく揺るがす爆砕音が鳴り響き、褐色の炎と濃紺の炎が、空中に大輪の華を咲かした。


石畳の坂の頂上で、巨大な鏃が馬をも凌ぐ高速で、縦横に空を舞っていた。
 「ヒャッハーー!」
まるで、人無き荒野を行くか如く、鏃が徒を吹き飛ばしている。たとえその切っ先を逃れたとしても、鏃の背後に輝くオーロラによって身を引き裂かれていた。
 「ちょっと、カール!あんた、はしゃぎすぎじゃない?」
 「そーよ。油断大敵って言うじゃないの?」
カールは己が契約を交じわす『紅世の王』に、歓喜の声を上げる。
 「はっ!こんなゴミ虫共に、俺様の『ゾリャー』が止められるかよ!」
言い放つと同時に、後背の極光を側面へと広げた。孔雀の羽を思わせる翼に触れた異形の徒達が、ズタズタに身を切り裂かれていく。
 「良しっ!」
周辺の敵を一掃したカールは、次の獲物を求めるべく戦場に視線を巡らせる。そして
 「ん?サーレの奴、苦戦しているな。」
その視界に小さな少女の姿が映った。茶色の巨狼に軍勢を蹴散らされ、その可愛らしい顔には、遠めにも険しい表情が見て取れる。
 「あら、ホント。おチビちゃん随分と苦しそーね。」
ウートレンニャヤが、すこし上ずった声で囁いた。
カールはほんの数秒思考を巡らせ、
 「あいつが討たれれば、兵団の士気が落ちるな。加勢するぞっ!」 
鏃の進み行く方向を修正し坂の中途へと、一直線に突っ切っていく。
 「へー。やっぱりカール優しいのね。」
 「それとも、あのおチビちゃんに惚れてるのー?」
ウートレンニャヤとヴェチェールニャヤが、契約者を茶化す。
 「はっっ!あいつが苦戦する程の敵なら、こんな雑魚共を相手にするより、楽しめそうだろーが!」
 「キャハハ!それもそーね。」
 「あんな薄汚い狼なんか、ふっ飛ばしちゃいなよ!」
鏃は傍らに迫る幾多の徒を、いとも簡単に葬りながら、坂道を駆け下っていった。

21623:2006/02/08(水) 22:04:00


黄金の軍勢が、槍衾と共に巨狼へと迫る。だが、
 「はっっはあ!」
狼の鋭い唸りが響き、その丸太のような尾を振り回して、槍を打ち砕いた。そして、
 「どうした、嬢ちゃん!もっと力を上げろっ!」
狼の強靭な後ろ足が石畳に穴を穿ち、跳躍する。
 「この俺を――!」
軍勢は左手に構えた盾を振り翳した。
 「――楽しませてくれぇっ!!」
巨大な狼の体が黄金の軍勢に激突する。鈍い音と共に盾がひしゃげ、何体かの燐子が吹き飛ばされた。サーレは騒がず、
背後に控えた騎馬兵を、巨狼の横手から突撃させる。しかし、
 「がああああっっ!」
巨狼が吠えその口から、焦茶の炎の莫流が流れ出す。一瞬炎が眼を焼き、その力の奔流が晴れた先には、溶けた土が石畳の上に広がっていた。その光景を眺めサーレの眉根が寄る。
 (ちっっ!こいつ!)
内心舌打ちしつつ、新たな燐子を生み出す。彼女が得意とする戦法は、その圧倒的な軍勢による集団攻撃だった。この多勢に無勢の状況で、彼女に打ち勝った者はいまだ誰一人としていない。しかし、燐子そのものの強度は鉄壁と言う程ではない。『戎君』フワワの様に、膨大な存在の力を肉体の強化にのみ使い、小細工抜きで戦う相手には分が悪い物だ。
 (サーレよ。一旦引くべきではないのか?)
『虚構の鎚』タルウィスが契約者に問う。
 (だめ。此処で引いては、一気に兵団を食い破られる!)
ここで彼女が撤退すれば、勢いづく敵遊撃部隊を止められる者はいないだろう。そうなれば退路を絶たれた兵団は逃走すら危うくなる。
 「行くぞ――!」
三度獣が空へと跳ね上がる。サーレは槍を立てさせ狼を串刺しにせんとするが、
 「そんな物が効くものかっ!」
巨狼は構わず、流星雨の様に加速し、兵団の上から被せかかる。槍は『強化』の自在法に覆われた体表を、削る事は出来ても、刺し貫く事は叶わなかった。
 (まずいっ!)
少女の眼前に巨狼の額があった。少女に、一瞬にして死の影が忍び寄る。
 「じゃあな、嬢ちゃん。ちょっとは、遊ばせてもらったぜ。」
狼が高く笑い、大口を開けて少女を一飲みに飲み込む寸前。
 「――――っ、がぁ!!」
その体は、坂上より飛来した何かに吹き飛ばされ、空中へとその身を投げ出された。
 「よお、サーレ!珍しく大苦戦してるじゃないか。」

21724:2006/02/08(水) 22:04:25
 「カール!」
輝く極光の翼を生やしたそれは、巨大な鏃だった。
 「くそがぁっ!『極光の射手』か!」 
フワワが屋根を減り込ませ着地した。その脇腹には穴が開き、焦茶の炎を滲ませている。
 「そうだ、『戎君』!!この俺様は――」
鏃が宙を滑り、獣へと突進する。
 「『極光の射手』カール・ベルワルドだ!」
フワワは迫り行く鏃の切っ先を辛うじて躱すが、
 「――――!」
声にならない悲鳴を上げ、極光の光に体を引き裂かれた。巨狼の体が崩れ、錐揉みしながら地面へと落下する中、
 「骨も残さず――」
『グリペンの咆』が伸び、
 「――燃え尽きろぉっ!」
『ドラケンの哮』が発現した。圧縮された極光の翼が次々に打ち出され、超高速の、華麗な輝きを放つ瀑布となって、フワワの体を貫いた。地鳴りと共に極光の炎が狼を飲み込み、そして大爆発に弾けた。


鉄の巨人が、大木をも更に上回る太い足を振り上げ、岩の巨人へと突進する。それを眺めつつ、ベヘモットが呟く。
 「カムシンよ。『アテンの拳』を」
巨人の鞭を持たない左腕が肩の先から分離し、核ミサイルの如き轟音を上げ、褐色の炎を吹きながら宙を進む。それを真正面に睨み、
 「グアアアアアアアァッ!」
ウルリクムミは、鉄の塊を振り上げた。再び濃紺の炎を上げながら『ネサの鉄槌』が炸裂する。だが、
 「グガ、ゴッ!?」
岩塊は鉄の群れをあっさりと突き破り、その鉄壁の体に大穴を穿った。金属の砕ける音が鋭く響き、鉄の塊が地表に雪崩落ちる。しかし、
 「まだだあああああああっ!」
それに構わず鉄の巨人は、地響きを鳴らしつつ岩石の巨兵に体当たりした。
 「むう!」
再び巨人が交差し、その巨体が宙に舞った。岩の巨人は吹き飛ばされ、周囲のフレイムヘイズを巻き込み、地に倒れる。
 「ちょっと、爺い! 何やってんのよ!」
 「危うく俺たちまで成仏しちまう所だったぜぇ、ヒヒ」
トーガの内からマージョリー・ドーが、苛苛した口調で捲し立てる。続いて、やや緊張感に欠けた『蹂躙の爪牙』マルコシアスの声が響いた。
 「ああ、すみません。何人か討ち手を巻き込んでしまった様ですね。」
 「ふむ。しかし、我等の戦い方では、それも仕方が無かろうて。」

21825:2006/02/08(水) 22:04:46
岩の巨人が答える。そして、吹き飛ばした体の一部を補う為に、近くの丘にあった岩石を掴み肩にくっ付けた。
 「『カデシュの血脈』、配置」
カムシンが静かに囁く。肩と岩の間に褐色の火線が走り、岩の表面に自在式を刻む。
 「『カデシュの血脈』を形成」
ベヘモットが言葉を繋げ、ボッと、火が岩を包み込む。ややの後火が晴れ、岩の巨体は元通りの腕を取り戻していた。
その光景を眺めつつ、マージョリーが、呆れ顔で言う。
 「ふん。相変わらず、無茶苦茶ね。」
 「ヒーッヒッヒッ、俺達も派手に暴れよーぜ、我が厳粛なる物取り、マージョリー・ドー?」
マージョリーが獰猛な笑みを浮かべつつ、力に溢れた声を放つ。
 「わざわざ、言われなくても――」
トーガが岩の巨人の腕を駆け上がり
 「――そのつもりよ!」
次の瞬間には、巨人の肩を蹴り、天高く飛び上がった。そして眼下に広がる軍勢を睨み、炎の爆弾を放つべく、トーガが胸を反らし存在の力を高める。そして今まさに、炎がその口から流れ出んとしたその時だった。
 「マージョリーッ!!」
遥か彼方の丘の空、その上空から車軸を流す様に、鮮やかな青き炎の雨が怒涛の如く降り注ぐ。その隕石の塊の如き炎を眺め、マージョリーは
 「はっ!」
咄嗟に反射の自在法を眼前に巡らす。だが、
 「っっっ、がっ、あ!!」
光線はあっさりと自在式を吹き散らし、トーガの左手を貫く。そして
 「――――!!」
岩の巨人の肌を容易く食い破り、無数の穴を穿った。


戦場に、紫電の尾を引く女性が地を滑り、立ち塞がる徒を炭へと変える。
 「だぁらっしゃあ――っ!!」
裂帛の気合と共にその身を輝く雷と化し、眼前の『紅世の王』へと体ごとぶち当たった。
 「がぁっ!」
石の巨木が吠え、蜘蛛の様な根を女性へと差し向けた。黄土色の根が鈍く発光し、女性を迎え撃つ。雷光が、張り巡らされた根に激突し、根が轟音と共に砕け散る。雷が空中に四散し、女性が巨木と距離を取った。
 「ふん。総大将が、のこのこと戦前に赴くとはな。よほど戦を知らぬと見える。」
『とむらいの鐘』先手大将、『焚塵の関』ソカルが目の前の女性、ゾフィー・サバリッシュを呵する。その体は、黄土色の大石をそのまま、木の形に彫刻した様な異形の怪物だ。
 「確かにその通りね、『焚塵の関』ソカル。しかし兵団の士気を上げるには、これもまた仕方の無い事よ。」
物騒な紫電を身に纏うゾフィーは、のんびりとした口調で言葉を返す。

21926:2006/02/08(水) 22:05:12
 「挑発に乗ってはなりませんぞ、ゾフィー・サバリッシュ君。君が総大将なのですからな」
『払の雷剣』タケミカヅチが、己が契約者に喚起を促す。ゾフィーは答えず、再び
 「ぜいあああああぁ――っ!」
地を強く蹴り、雷光の身を宙に浮かせる。が、その刹那――
視界の端に青い閃光が走った。
 「――!」
ゾフィーは屋根の上に速度を落として着地し、光の渡り来た方向を眺める。街の西、深緑の森を火山弾の様な火弾が叩いていた。やや遅れて、震動と共に爆砕音が轟く。そして、きのこ雲が薄れた空の先に、
 「『棺の織手』!!」
『とむらいの鐘』首領『棺の織手』アシズの姿があった。巨大な体は小高い山の頂上に立ち、街を見下ろしている。その足元には、地を震わす鯨波の声を上げる軍勢が、ニュルンベルクへと走り来ていた。アシズ率いる、本軍一万の軍勢だ。その姿を見て取りゾフィーは即座に決断する。
 (もはや軍を率いての退却は不可能ね。落ち延びるしかない)
珍しく切羽詰った声で心中ぼやく。そこへ、
 「どうした、『震威の結い手』!戦の最中に余所見など、暗愚のする事ぞ!!」
ソカルが身を大きく揺らし、頭上に戴く枝葉を散らした。黄土色の葉が風に舞い、鋭利な刃となり彼女を四方から狙う。
ゾフィーは身の内の『存在の力』を爆発的に練り、
 「ハッッ!」
短く言葉を発し、屋根を踏み砕いて宙へと踊り出る。総身を紫電に覆ったゾフィーは、ソカルの放つ刃を焦がし、悠然と、坂上へと飛翔していく。そして本陣へと降り立ち、
 「ドゥニ!どこにいるんだいっ!」
信頼する腹心を呼びつける。
 「総大将殿!・・・厄介な事になりましたね。棺の織手自らの出陣とは。」
切迫した声を響かせ長身の男が現れる。
 「これより手薄な北へ向け落ち延びます!退却の合図を出しなさい!」
ゾフィーが駆けつつ指示を出す。
 「わかりました。太鼓を打ち鳴らせ!」
傍に控えていた若いフレイムヘイズに、本陣に備えさせた太鼓を打つべく命令する。そして、
 「退却だーー!皆のものっ、北の森林へと落ち延びよ!」
大声を張り上げ、自身も城の裏手へと走り行く。やや遅れて、腹に響く太鼓の低い音色が、戦場に鳴り響いた。


城を眼下に臨む遥か高みの空に紅蓮が舞い、虹色の炎が踊り、鈍色の霧が吹き荒れ、桜色の閃光が、空を焦がしていた。
 「ッバハアアアアアアア――――――!!」
『甲鉄竜』イルヤンカが、その巨竜を思わせる大口から『幕瘴壁』を吹き散らし無敵の弾丸を作り出す。それを、
 「いよっと!」

22027:2006/02/08(水) 22:05:40
紅蓮の大馬に跨る女性が、悍馬を垂直に、上へと走らせ難を逃れる。そこへ
 「はっ!」
巨竜の額に立つメリヒムが真上に浮かぶマティルダへと『虹天剣』を放つ。
 「っ!?」
マティルダは僅かに悍馬の身を反らせ、虹の軌道から身を外すが――
メリヒムが張り巡らした硝子状の燐子、『空軍(アエリア)』がその軌道を捻じ曲げる。上空より恐るべき力を秘めた虹の輝きが再び、マティルダに襲い掛かる。
 (しまったっ!!)
マティルダは動けない。その視界一杯に虹が迫り、一瞬、目を瞑るが
 「むぅっ!」
イルヤンカが目を見開く。彼女の胴に一条のリボンが巻きつき、マティルダの体を横へと滑らせた。メリヒムは、自分達に迫り来る虹の光を、再び燐子であらぬ方向へと飛ばす。
 「ヴィルヘルミナ!」
マティルダが、長き時を共に過ごして来た戦友に、歓喜の声を上げる。
 「大丈夫でありますか?」
ヴィルヘルミナが、心配そうな面持ちを声に乗せ、短く問う。
 (心配ないわ。・・・ただ) 
 (まずい状況でありますな。)
彼女達はこの『とむらいの鐘』両翼にして最強の将『メリヒム』、そして『イルヤンカ』と交戦する前に、『祭礼の蛇』との死闘を繰り広げている。満身創痍とはいかないまでも、その疲れは確実に、体の奥に澱の様に溜まっていた。この状態で己が宿敵を迎え撃つには、いかにも状況が悪すぎる。
 (持久戦になれば戦局は悪くなる一方であります。)
 (何か切っ掛けを作らなくちゃね。)
両翼を睨みつつ、距離を取る。実は彼女達には一つの秘策があった。だがその作戦は、両翼に仕掛けるには危険すぎる物でもある。その作戦を使うか否か迷うその一瞬に、
 「どうした!フレイムヘイズよっ!」
メリヒムが、吠えると共に三度、虹色の莫大な熱量の塊、『虹天剣』を打ち出す。虹が空に一線を描き、その軌道に立つ者を飲み込まんと驀進する。それを、
 「――ヒュッ!」
鋭く息を尖らせ、上手に飛び交い回避した。だがその光はやはり――
 「甘い!」
『空軍』に反射し再び襲い掛かる。今度はヴィルヘルミナへと、輝く虹が押し寄せるが、
 「ヴィルヘルミナ!」
マティルダが、胴に巻き付いていたリボンを力強く手繰り寄せ、彼女を素早く引き寄せた。
 (やはり、やるしかない様でありますな)
ヴィルヘルミナが、言う内にも一つの自在式を、一条のリボンに組み始める。

22128:2006/02/08(水) 22:06:29
 (あの二人にうまく通用すると良いんだけど)
マティルダが彼女を守るように前へと、悍馬に跨り立ち塞がる。と、その時だった。
 「――っ!退却の合図・・・」
太鼓の音色が三度鳴り、兵団が背後を追われつつも、北へと散り散りに逃げ惑う様が、地上にあった。
 (もう、これ以上時間は掛けられないわね。この攻撃で――)
マティルダが炎の騎士団を生み出す。そして、
 「――終わらせるっ!」
灼熱の軍勢を率いて、突撃を開始した。


 (俺はお前を必ず手に入れる。マティルダ=サントメールよ。)
竜の額に乗るメリヒムが、呟く。
 (共に轡を並べ、永遠の時を生きよう。)
マティルダが、再び大馬に跨った。
 (お前さえ頷けば、主もきっと許してくださる)
メリヒムは、後背に光り輝く翼をサーベルへと収縮させる。彼は彼女、マティルダと一つの約束を交わしていた。『勝ち得た者が、相手を好きにする』――と。
 (愛しき女。お前は何と美しく、)
彼の目前にマティルダとその取り巻き、騎士団が走り来た。
 (何と強き力を持っている!)
灼熱の軍勢が巨竜の鼻先へ踊り出す寸前、
 「イルヤンカ!」
 「応さ、――バ―」
幕瘴壁を吐かんと、鋭く尖る牙を剥き出しにしたその口に、
 (これはっ!)
桜色に輝く純白のリボンが一筋伸び、牙に絡みついた。ヴィルヘルミナが炎の群れに紛れ、放った物だ。そしてその先端を握るのは――
 「マティルダ=サントメール!」
マティルダが『転移』の自在式を載せたリボンを手に取り、存在の力を一気に練り上げた。そして、
 「ガハアアアアアアアァッ!!」
巨竜の口中に炎が湧き出し、大爆発を巻き起こす。
 (抜かったっ、か)
 「イルヤ――」
メリヒムの声が止まる。一瞬見失ったその眼前には
 「でやあああああああっ!!」
千にも昇る火矢が、宙に展開されていた。

22229:2006/02/08(水) 22:07:44
 (しまった!空軍を戻す事が――)
出来ない。彼には、自分に迫り来る炎の群れを、叩き落すのが精一杯だった。
 「おのれえええええ!!」
メリヒムが、徐々に地上へと落下する巨竜の上で怨嗟の声を上げ、虹天剣を放つ。赤き炎は、空中にばら撒かれた硝子の破片『空軍』にぶち当たり、それを爆砕する。轟音と共に、空に濛々と粉塵が立ち込めた。そして、その煙を切り裂き光跡が一直線に伸びるが、その光の先に目指す標的はいなかった。反射をさせようにもその道具は、無い。二人のフレイムヘイズは、いつのまにか地に降り立ち、森を北へ北へと駆け進んでいる。
 (追うか?いや、だが、イルヤンカの手当てを――)
一瞬迷い惑う内に。二人の姿は森に溶け込み、気配が薄らいでいった。



 (――遂に。ここまで来た。)
主を無くした城の回廊を、背に翼を生やした男が、ゆっくりとした足取りで歩みを進めている。
 (お前を守り。ここまで来た。)
城の外では、己が率いた軍勢が大歓声をあげ、怒号の様な勝どきを上げている。
 (お前の夢を果たす為に。ここまで歩んできた。)
足元に転がる大きな日本弓を踏み付け、壊していた。
 (ティス。我はお前のために・・・)
その大鷲の様な足が、門を潜る。
 「――、ナハティガル、だな?」
その鋭すぎる視線を、鳥篭に眠る少女へと注ぐ。少女は何も答えず。ただ眠っていた。


太陽が沈み、空に煌く半月が懸かる頃。虫達の鳴く音が森林に反響し、静かな夜を彩る。
 「ふう。結局生き残ったのは、」
 「これだけの様ですな、ゾフィー・サバリッシュ君。」
ゾフィーが冷えた口調で言葉を漏らした。彼女の周りに佇む人員は僅かに400。開戦時に比べ、十分の一にまでその数を減らしている。彼女がそうぼやくのも無理からぬ事であった。
 「『九垓天秤』の一角を討滅したものの、これでは大敗北と言うしかありませんね」
 「そうだな。怪我人も相当数出しちまった。」
横に立つカールが歯がゆそうな顔で、残存兵を眺める。その視線の先には、片腕を捥がれた『弔詞の詠み手』と、脇腹に穴を穿ち、意識を失う『儀装の駆り手』の姿があった。カールは舌打ちし、
 「あれでは当分戦は無理だな。」
そう呟いた。世界に散らばるフレイムヘイズの中でも、とびきりの実力者の負傷は、来るべき戦に備える兵団としては
手痛い戦力の喪失だ。その言葉を聞いたマージョリーは、額に脂汗を浮かべつつ、カールを睨む。

22330:2006/02/08(水) 22:08:25
 「誰が――っ、ここまでされて、黙っているもんかっぁ、」
 「ヒッヒッヒ、あんまり喋るんじゃねえよ、我が薄っぺらな盾、マージョリー・ドー?傷に触っちまうぜ?」
マルコシアスがやや力の抜けた声で、神器『グリモア』から、麗美な顔を苦痛にゆがめる己が契約者を諭す。
 「・・・お黙り、バカマルコ・・」
ぷいっと。マージョリーがそっぽを向いた。そして、二人の会話が終わるのを待っていたかの様に
 「しかし、我々は、それでも進まねばならないのであります。」
 「必定」
闇の奥から無愛想な声が聞えた。
 「ヴィルヘルミナ!それにマティルダ!生きていたか!」
カールが喜色を示し、二人を出迎えた。
 「『棺の織手』が狙っていた物は『ナハティガル』の宝具よ。」
ボロボロのマントに身を包んだマティルダが、心底悔しそうに言った。その言葉を聞き、兵団に緊張が走る。
 「なるほどね。それを使って、あの狂った『壮挙』とやらを実現しようとするわけかい。」
ゾフィーが呑気そうな声で囁く。すかざずタケミカズチが、
 「呑気な事を言って――――」
 「はいはい、分かってますよ、タケミカズチ氏。」
ゾフィーがやや強めの口調で遮った。一瞬沈黙が兵団を支配し、森に虫の音が響き渡る。その静寂を破ったのは――
 「話しはそれだけ?」
小柄な少女だった。
 「もう終わったのなら、私達は帰らせてもらうわよ。」
 「っ、サーレ!どういうつもりだ!」
カールが憤り、少女に問い詰める。少女はその態度を鼻にもかけず、
 「どういうつもりもあったもんじゃないわ。カール、何で私がこの戦いに参加したか分かる?」
逆にカールを問い詰めた。
 「それは、っ、あの糞野郎の馬鹿げた壮挙――」
 「私は『祭礼の蛇』との決着を付けに来ただけ。あいつが討滅された以上、あんた達と徒党を組むのも終り。ただそれだけの事よ」
カールの言葉を遮り、少女が捲くし立てる。更に、
 「私は自分の復讐が楽しめればそれでいいの。『冥奥の環』がする事なんて、知った事じゃないわ。」
『棺の織手』の古い真名を出して、言葉を続けた。一同に更なる静寂が訪れる。
 「行こう。タルウィス。」
 「ああ。そうするとしよう。」
契約する王に優しい声を掛け、中心に備えられた焚き火を背後に歩き出した。
 「おいっ、セーレ!」
カールが立ち上がり、少女を引きとめようとするが、
 「・・・行っちゃったわねー、おチビちゃん。」

22431:2006/02/08(水) 22:09:46
ヴェチェールニャヤが言葉を漏らす。少女はその身を闇へと溶かして行き、すぐにその姿は見えなくなった。
 「まったく。しょうがない子だね、あの子も。」
ゾフィーが溜息を付いた。そこへ、ともかく、とマティルダが切り出し、
 「あの宝具を奪われた以上、すぐにでも壮挙の準備を始めるはず。急いで兵団を再編し、戦の仕度ををしなきゃ。」
強い決意を内に秘め、そう話した。
 「そうでありますな。」
襤褸切れの様なドレスに身を包んだ、ヴィルヘルミナが短く同意する。
 「再び。数多の命を奪う戦が、始まるな。」
アラストールが、神妙な面持ちで呟いた。
そして、東の空を眺め見る。『とむらいの鐘』の本拠地『ブロッケン要塞』を、その先に見据えながら。



人外の思惑が渦を為し、日々が崩れていく。
人は気付く事も無く、毎日をただ生きて行く。
世界は歪みを掻き抱き、ただ明日へと向かって、動き続ける。



後書き
如何だったでしょうか。今回は全編、どシリアスのSSを書いてみました。楽しんでもらえたでしょうか?
前回、この文体でギャグをやらかし、失敗した経験を踏まえて、こんな風になってしまいました。いやしかし、何とか書き上げる事が出来ましたが、12巻発売前に漕ぎ付ける事ができて良かったです。戒禁の時間になれば、誰も見てくれそうにないですし。まあそれはともかく、このSSにはオリキャラが出てきますが、その中でもサーレには苦労しました。変人で燐子を操るってどんな感じなんだろう?と感じまして、その内、燐子→マリアンヌ→人形→お人形遊び→少女、そう思い至り、少女としてみました。変人って言うより、性格の悪い女の子って感じになってしまったのは残念ですが・・・。文中で一番気を付けたのは、マー姐とマルコシアスの掛け合いです。あの漫才の様な空気がちゃんと出せていると良いんですが。最後に、宝具争奪戦のこの戦い、気に入ってもらえたでしょうか?読んで下さった方々の(いるんだろうか?)感想、批評を聞かせてもらえれば幸いです。最後までお付き合い頂き、本当にありがとうございました。

225名無しさん:2006/03/18(土) 01:15:46
>93-119
教授とドミノが可愛すぎる
これ書いた人 まだいたりする?

226名無しさん:2006/03/30(木) 21:34:50
ここの小説って著作権あるのですか?

227名無しさん:2006/04/03(月) 03:03:59
皆さん、ものすごく文才溢れてます
もしかしてプロの方ですか?素人にしとくのは勿体無い
31氏とても面白く読ませてもらいました。感動しました。

228名無しさん:2006/04/03(月) 15:22:23
大蛇の街、とても面白かったです すげー

229名無しさん:2006/04/22(土) 22:11:03
誰か、シャナのバットエンドもの書いて

230名無しさん:2006/04/29(土) 18:25:26
吉田一美のハッピー話書いてエ。

231ヴィルヘルミナのユウウツ 1/2:2006/05/11(木) 16:27:02
 悠二はヴィルヘルミナと睨み合いを続けていた。彼は今更ながらシャナに付いて行け
ば良かったと後悔していた。
 床からベッドに座る彼女を見上げた。
「決着つけるであります。ティアマトー、だまって見てるであります。」
「御意」
 ゴクリ。
 喉が渇いたので、そっと麦茶のカップを手に取る。
 ビシッ。
「!?」
「なにするであります」
 リボンで伸ばした手を叩かれた。
「逃がさないであります」
「ご、ごめん。間違えただけ」
 ヴィルヘルミナはリボンを緩めない。
「あとで言いつけるであります」
「か、かんべんして」
「沈着冷静。悠二黙礼」
 ヴィルヘルミナはギロリと睨む。
「シャ、シャナはいまなにしてるのかなあ」
「う。うるさいであります」
 彼女は怒りに任せて引っ張った。そして慌ててリボンを緩めるが、間に合わない。
「う、うわああ」
 ドシッ。勢いで彼女のおなかに当たった。
「か、硬い」
 悠二は背筋に殺気が走ったのを感じた。
「ご、ごめん」
「さ、どくであります」

232ヴィルヘルミナのユウウツ 2/2:2006/05/11(木) 16:27:57
「あははは。うん」
 苦笑いをかみ殺し、手をさすりつつ悠二は聞いた。
「ヴィルヘルミナさんは、なにが好きなの?」
「……メロンパンであります」
「へ〜、シャナと同じなんだね」
「レトルト食品も、癖になります」
「レ、レトルト?」
「なかなか美味しいであります」
「ふ〜ん」
「りょ、料理だって出来るであります」
 悠二はふと考え、言った。
「じゃあ今度シャナと出かける時、メロンパン買ってきてあげる」
「ま、待つであります」
 悠二は立ち上がろうとしたところで呼び止められ、振り向いた。
「く、訓練であります。二人で一緒に行くであります。街はどこでも危険であります」
「そ、そんな」
「不測の事態に対応するためであります」
 悠二は落胆で勢いがなくなった。
 ヴィルヘルミナはそれを見て複雑な表情をみせたが、すぐに気持ちを切り替えて言
った。
「シャナがそろそろ来るであります。元気出すであります」
「そうだね」
 ヴィルヘルミナはため息をつくと言った。
「走る用意をするであります」

 また今日も、日常が繰り返される。少しの変化を加えて。

233名無しさん:2006/05/11(木) 23:46:13
ヴィルヘルミナはシャナの事を、シャナと呼ばないはずでは?

234名無しさん:2006/05/15(月) 01:03:49
実は、書きかけのSSがあるんですが、続きを書いて載せても良いでしょうか?
主旨は「死んだ某フレイムヘイズが、一時的に復活してシャナや悠二達と出会う」です。
一番の問題は「フレイムヘイズにも死後の世界は存在した」という部分が出てきてしまうことなんですが…。

235名無しさん:2006/05/16(火) 09:57:58
ぜひ!!

236234:2006/05/17(水) 23:52:21
ではこの一言を励みにして、以下に投下してみます。
まだ未完成なので、投下が遅れたらすいません。

一応時間軸は「9巻と11巻の間」です。設定は特に何も変えてません。
あと、肝心の某フレイムヘイズが出てくるまでに少々時間を有しますが、ご了承願います(ヲイ)。

237Bake to the other world:2006/05/17(水) 23:55:03
〜序〜

よぉ、元気してたか?
あ、ここに来ちまったってことは、元気とは言えねえか。
そっか、お前さんも来ちまったか…まぁ正直、あの状況じゃ来るのは時間の問題と思ってたけどな。
もう一人の、あの鉄面皮のお姫様は来てねぇ…ってことは、生き残ったか。ありゃ、そういえば虹の野郎もいねぇ、ってことは…おいおいお前さん、やることが憎いねぇ〜。
とりあえず俺が知ってるのは、奴の企みが失敗に終わったってことだけなんだが、あれはお前さんのお手柄なのかい?

…なんだ、どうした?ハトが豆鉄砲食らったみてぇな顔しちまってよ。お前さんらしくもねえな。
まあ、無理もねぇか。俺だって最初は信じられなかったからな。
冗談で言ったつもりがよ、まさか本当に「ここ」があるなんてなぁ。
ま、とにかくまずはお疲れさん。そこに座りな。そしてエールで一杯やろう。
今すぐにとは言わねぇが、まあゆっくりとお互いの顛末、語り明かしていこうじゃねえか。


その世界は、ひっそりと浮かんでいる。
二つの世界の、そのまた向こうに。
去りし者達はそこから、残りし者達を、見守り続けている。
会うことを熱望しながら、かつ、こちらに来ないことを、切に願って。

238Bake to the other world:2006/05/17(水) 23:59:09
〜1〜

9月上旬の、とある日の真夜中。
坂井悠二は、ふらふらとおぼつかない足取りで寝床に向かった。
とろんとした目つきでポケットに入れておいた目覚まし時計を見ると、時刻は既に午前1時になろうとしていた。
“紅世の従”に存在を喰われた残り滓の“トーチ”である彼は、本来ならばとうの昔にこの世から消えてなくなっているはずだったのだが、トーチになった瞬間に自身の体内に転移してきた宝具『零時迷子』の能力のおかげで、毎日午前0時になると存在の力を完全回復して、その存在を今日まで保つことができている。
そしていつもなら、存在の力の回復と同時に、自身の体内に蓄積していた疲労も解消される。
はずなのだが、
(おかしいな…なんか、体が…だるい…)
彼はこの日に限って、午前0時以降も重度の疲労感を感じていたのであった。
(存在の力は、ちゃんと回復しているのにな…)
悠二は目を閉じて、自身の存在の力の量を計ってみた。すると確かに、いつも0時を回った時と同じ量の存在の力が、身体に満ちているのが分かった。
(なんでだろう…っ、もしかして…?)
だるさの原因について一つ思い当たる節があった悠二は、布団に入ると、昨日あった出来事を思い返してみた。

(いつもの通り、下校途中シャナと合流して、道々話をしながら帰ったんだ。それで…確か女の子のスタイルの話を僕が始めたんだったかな?その時僕が何か失言して、しまったと思った時にはもう遅くて、すぐ横でシャナが『贄殿遮那』を構えてて、「峰だぞ」ってアラストールの声が聞こえた後、大太刀が振り下ろされて…)
「…ッ!!」
その瞬間の恐怖を思い出し、悠二は布団の中で身体をビクッと震わせた。といっても、彼が恐れおののいたのは、峰打ちを食らったことについてではなかった。
 
悠二がフレイムヘイズの少女『炎髪灼眼の討ち手』――シャナと出会ってから、もう数ヶ月になるが、彼はこの手の峰打ちは幾度となく食らってきた。
その原因はほとんどが、悠二による、彼女の機嫌を損ねるような発言である。
女の子の気持ちに非常に鈍感な朴念仁である悠二は、シャナとの会話の折、たびたび無神経な失言を彼女に放っていた。
そのため、ただ峰打ちを食らうだけなら、この数ヶ月の間に悠二にとっては既に日常茶飯事と化していたのである。
今さら、彼にとってさほどの脅威では(といっても、その瞬間は怖くて、猛烈に痛いことには変わりはないが)なくなっていた。

しかし今回は、峰打ちの他に、あるとんでもないおまけがついてきたのである。

239Back to the other world:2006/05/18(木) 00:04:36
〜2〜

昨日の夕方は、夕日の見えない曇り空だった。
「覚悟しなさいっ、悠二!!」
「ま、待ってくれ誤解だ、言葉のあやだよぉ〜っ!」
「うるさいうるさいうるさぁーいっ!!」
「峰だぞ」
そして、例によって大太刀は悠二に向けて振り下ろされた。

と、ほぼ同時に、それは起こった。



ピカッ!



ガラガラ、ドォーン!!!

「わぁっ!?」
シャナは突然自分の目の前に現れた強烈な閃光と轟音に驚いて、思わず叫んだ。
一筋の稲妻が、シャナが持っていた大太刀に落ちたのである。
この日の御崎市は、朝から空一面厚い雲に覆われており、落雷の発生しやすい天気であった。
しかもこの時悠二とシャナが歩いていたのは、近くに建物のない、真名川の土手道だった。
こんな天気の日に屋外の、しかもさえぎるもののない場所で、大太刀を――よりにもよって完璧な研ぎ味の、サビ一つない名刀を――振りかざしていたのだから、このときのシャナの行動はまさに自殺行為だったといえる。
「び、びっくりした…」
しかし、落雷の直撃を受けたに等しいはずのシャナは、目の前で起こった出来事に驚きはしたものの、火傷一つなくその場に立っていた。
手にはしっかりと、刀身からプスプスと煙を上げる大太刀を(もちろん刃こぼれ一つしていない)握ったままであった。
大太刀の握りの部分が強力な絶縁体であったことと、何より彼女がフレイムヘイズという、普通の人間の何倍もの力を有する存在であったことが理由であろう。
「シャナ、無闇やたらと『贄殿遮那』を振り回すのは、少し考え物かもしれぬぞ」
シャナの胸元にあるペンダント型の神器『コキュートス』から、彼女と契約している“紅世の王”である“天壌の劫火”アラストールが、遠雷の轟くような声でシャナに言った。
「うん、そうだね。これからは気をつける」
シャナは少し反省した表情で返事をした。
そして大太刀を『夜笠』の中にしまおうとした、その時、


「悠二っ!?」
大太刀から飛び火した雷を食らって、あお向けに突っ伏している悠二を見つけるやいなや、シャナはあわてて駆け寄った。

240Back to the other world:2006/05/18(木) 00:09:13
〜3〜

(瞬間、頭の中が真っ白になって…あぁ、恐ろしい)
悠二は寝返りを打ちながら、その瞬間の恐怖をあらためて思い返した。

「…ん、んっ」
悠二は目を開けると、シャナが顔を自分の方に向けて座っていることと、自分がなぜか布団を着せられて、あお向けになっていることに気がついた。
「悠二」
「…シャナ?」
「気がついたみたいね」
シャナは、悠二の意識が戻ったことに安堵の表情を見せた。
「あれ、僕、どうなって…?」
「悠二、雷に打たれて、気絶してたのよ」
「…っ、そっか」
シャナの言葉で自分の意識が吹き飛ぶ瞬間の様子を思い出して、悠二は青ざめながらも納得した。
「…あれ?」
少し気持ちが落ち着いてきたところで、悠二はある事に気がついた。
首をゆっくり動かして辺りを見回しながら、悠二はつぶやいた。
「僕の部屋じゃ、ない?」

その部屋は、自宅にある自室より二周りは大きいであろう大部屋で、悠二はその角にしかれた布団に寝かされていた。
反対側の角にはベッドが置いてあり、その前には、ちょうど職員室で教師が使うタイプの事務机があった。
壁際にはズラリと角ばった書類棚が並び、寝ている悠二の視点からはまるで高層ビル群を地上から見上げるかのような圧迫感があった。
明らかに自分の家ではない光景に、悠二は当然のように疑問を口にした。
「シャナ、ここは一体」
「我々の住居であります」
「っえ!?」
会話に突然介入してきた声に、悠二は思わず首を上げて、声のする方を向いた。
すると部屋の入り口から、メイド服を着た色白の女性が入ってきた。
「カ、カルメルさん!?」
「ヴィルヘルミナ、悠二の意識が戻ったよ!」
「…それは、よかったでありますな」
「結構」
嬉しそうな少女の声に、フレイムヘイズ『万条の仕手』ヴィルヘルミナ・カルメルは、契約している“紅世の王”である“夢幻の冠帯”ティアマトー共々、不機嫌さを明らかに混ぜた声で答えた。

241Back to the other world:2006/05/18(木) 00:12:59
〜4〜

(いきなりカルメルさんがいて…びっくりしたよな)
悠二は布団のなかで、まだ今日のことを回想していた。

「ど、どうして僕はここに?」
「実はね…」
戸惑う悠二に、シャナが説明を加えた。以下は、その内容である。

失神した悠二はシャナに背負われて、最初は坂井家まで運ばれた。が、
「あれ…?」
シャナが取っ手をガチャガチャと回してもドアは開かない。家の鍵が閉まっていたのだ。
いつも家にいるはずの悠二の母・坂井千草は、今日に限って家を留守にしていた。
「おかしいな、千草、なんでいないんだろ…」
千草は悠二とシャナが帰宅してくる時間には、いつも坂井家で夕食の準備をしていた。
ごくまれに留守にするときはあったが、その際には必ず何か書置きを残して外出するようにしていた。
それが今日に限ってどういうわけか、壁にもポストにも玄関の扉にも、何もなかった。
「どうしよう…」
頼みにしていた人物の不在に、シャナが路頭に迷っていると、
「これは一体、何事でありますか?」
「状況説明」
背後から突然聞こえてきた声に、シャナは驚きと歓喜を半分混ぜた声で言った。
「ヴィルヘルミナ?!」
「何はともあれとりあえず、我が家に向かうのであります」

「…というわけなの」
「なるほどね。母さん、留守にしてたんだ。でも、何で今日に限って連絡もよこさず…」
「奥様の事情に関しては、私が説明するであります」
と、以下に示すのはヴィルヘルミナが語った内容である。ちなみに、本来悠二に語った内容はもっと至極簡潔なものであることを断っておきたい。

242Back to the other world:2006/05/18(木) 00:15:21
〜5〜

悠二が平井家に運び込まれていた頃、坂井千草は御崎市内中心部にある御崎市民病院にいた。
彼女は昼過ぎ、友人が交通事故にあったという連絡を受け、家を空けていたのである。
あわてて病院へ駆けつけたところ、幸いにも命に別状はなかったので、千草はホッとした。そこでお見舞いに集まった友人達と世間話に興じていたところ、
「あら、いけない」
千草は一つ、大事なことを忘れていたことに気がついた。
緊急の用事であったため、うっかり息子とそのガールフレンドに、書置きを残すのを忘れてきてしまったのだった。
「しまったわ、どうしようかしら…そうだ」
千草はポンと手を叩くと、病室をいったん出て、病院の公衆電話から電話をかけた。
「もしもし、平井さんのお宅でいらっしゃいますか?」
「…これは奥様、ご無沙汰であります」
「あら、カルメルさん。こちらこそ」
「今日は一体、いかようなご用件でありますか?」
「はい、本当に不躾なお願いではあるのですけれど…」
千草は、今自分が友人の見舞いで病院にいること、友人との久しぶりの再会で、帰宅が少し遅くなりそうなこと、自分が帰るまでの間、悠二とシャナの面倒を見て欲しいことを、ヴィルヘルミナに伝えた。
「…そういう訳で、カルメルさんには本当にご迷惑をお掛けするのですが、お願いできませんか?」
千草はつとめてすまなそうに言った。
「そう、で、ありますか…」
そんな千草の言葉に、ヴィルヘルミナは複雑な気持ちでそう答えた。
『炎髪灼眼の討ち手』の少女の養育係でもあったヴィルヘルミナは、御崎市に現れた当初、自分の育てた少女に害なす存在として、悠二の抹殺を試みた。その一件に関しては紆余曲折を経てどうにか一応の和解には至ったが、彼女はいまだ、悠二に対する警戒を(特に少女との接触に関して)解いていない。
(あの“ミステス”を、ここへ引き入れるのでありますか、あの方と、共に…)
(危険)
お互いの間でのみ会話できる自在法で、ヴィルヘルミナとティアマトーは相談した。
受話器の向こう側が急に静かになったことに、千草はヴィルヘルミナが拒絶の意思表示をしたものと判断して、
「いえ、だめでしたら結構です。今すぐ家に戻りますから…」
「うっ…」
千草の、残念さをわずかに奥底に秘めた声を聞いて、ヴィルヘルミナはいよいよ悩んだ。
彼女は、千草のことは、一人の人間として大変尊敬しており、初対面以来、気配りを欠いたことは一度もない。
「…いえ、そのようなことは全く」
「本当によろしいのですか?」
「どうぞお気遣いなく、奥様」
「そうですか。ではお言葉に甘えて、ご面倒をお掛けしますわ」
千草はそこにいない電話の相手に小さくお辞儀をすると、受話器を置き、再び友人の待つ病室へと戻っていった。

243Back to the other world:2006/05/18(木) 00:17:31
〜6〜
(あの後の一言には、参ったよな)
悠二は布団の中でため息をついた。

さっさと説明を終えたヴィルヘルミナは、一言、きっぱりとこう言った。
「では早速、鍛錬を始めるであります」
「迅速行動」
「えぇっ?!」
不機嫌な調子のまま放たれたヴィルヘルミナとティアマトーの言葉に、悠二は信じられないといった様子で声を上げた。
「何か?坂井悠二」
そんな悠二に、ヴィルヘルミナは冷たい調子で問うた。
「だ、だって、今日は雷に当たって死にかけて」
「お笑い種でありますな、とうの昔に死んでいるというのに」
「笑止」
悠二の言い訳に、ヴィルヘルミナとティアマトーは語調を変えず、しかしわずかに嘲りを込めて言い放った。
「で、でも、まだ夕方じゃ」
「現在時刻午後10時30分であります」
「時間適当」
「えっ、もうそんな時間…?」
悠二は驚いて自分の斜め前にある窓を見た。すると、外は既に深い闇に包まれていることが分かった。
(ま、参ったな。こんな時間まで気を失ってたなんて)
悠二は、自分が想像以上に長い間倒れていたことを知って、困惑した。
ヴィルヘルミナの機嫌が明らかに良くないこと、そしてその理由は、一連のやり取りで簡単に察しがついた。
悠二がここに寝ている、それが理由である。もっとも実際は寝ていたわけではなく失神していたのだが、ヴィルヘルミナにとってその光景は「厄介者が人の家にズカズカ土足で上がりこんで、5時間以上もグースカ眠っている」程度にしか移らなかった。
(何か、いい言い訳はないかな…)
悠二はこの状況をを切り抜けるための言い訳を考え始めた。
ヴィルヘルミナの言葉は取り付く島もないものではあったが、同時に全くの正論でもあった。
そして正論であるだけに、悠二には彼女が満足するような説得ができなかったのである。
(…あっ、そうだ、一つあった!)
ふと、悠二はこの状況を逃れられる唯一ともいえる方法を思いついた。
それはヴィルヘルミナが、おそらくこの街で――いや、もしかすると今では世界でただ一人、畏れる人物を利用する方法。
(さすがのカルメルさんも、これなら…)
悠二は半ば確信に近い自信を抱いて、その言葉を放った。
「…あっ、母さんが心配してるから…」
しかし、悠二にとっては対ヴィルヘルミナ最終兵器ともいえたこの言葉も、
「本日は私の監視の元、この家に宿泊するという旨、既に奥様も了承済みであります」
「えぇっ!?」
一刀両断、あっさり切り捨てられ、悠二はとうとう何も言えなくなった。

244Back to the other world:2006/05/18(木) 00:21:19
〜7〜

(昨日は珍しく母さんが家にいなくて…)
悠二の回想はつづく。
(でも、ここにいられるのって、ある意味母さんのおかげなんだよな)
ちなみに彼が今寝ているところは、坂井家の自分の部屋ではなく、平井家である。

千草は午後7時ごろ帰宅し、夕食の準備を急いで済ませ、息子を迎えに行くために平井家に電話をかけた。
が、
「ご子息は、ただいま病気で寝ているのであります」
「まあ」
電話に出たヴィルヘルミナの言葉を聞くやいなや驚いて、頬に手を添えて声を漏らした。
「全く大事はないのであります。心配は御無用であります」
「本当に、申し訳ありませんでした。カルメルさんには大きなご迷惑をおかけしてしまったようで」
「いえ、奥様が謝る必要は全くないのであります」
(そう、悪いのはすべて…あの、)
(親不孝者)
「では、それほど容態が悪くないのでしたら、今から息子を迎えにうかがいます」
「!?…そ、それは」
「えっ、何か不都合なことでも?」
「その」
ここでヴィルヘルミナは言葉に窮した。

シャナが平井ゆかりに存在を割り込ませて以来、平井家を用いるのはシャナとヴィルヘルミナの二人のみである。
来客も時折ガス・水道の集金の人間が訪れるのみで、外部の人間を玄関から先に引き入れたことは一度もない。それには理由があった。
ヴィルヘルミナは最初この家を訪れた時シャナに、この家を自分達のフレイムヘイズとしての活動拠点とする、と宣言した。
そしてその言葉通り、数日後にはこの家は十畳の大部屋を中心に、外界宿を中心に集めた“紅世”関係の資料でいっぱいになっていた。
そんな家の中に、外部の人間を入れるのはもっての他であった。
たとえそれが、自分が心から尊敬している人物であっても。

(うむ…一体、どうしたものでありましょう)
(回答迅速)
(わかっているであります!)
頭をゴン、と殴った後、ヴィルヘルミナはようやく返事をした。
「…ご子息の具合も、まだ万全には至らぬ様子。本日は、こちらで預からせていただくのであります」
「えっ、いえ…それはさすがにご迷惑では」
千草は自分を平井家に入れない理由を問いただしたりはせず、ただヴィルヘルミナのいきなりの提案に対して素直にそう言った。
「問題ないであります」
「でも」
「全く、問題ないであります」
千草の言葉をさえぎるように、ヴィルヘルミナは言った。
「…そうですか。では、失礼ながら再びお言葉に甘えさせていただきます」
その言葉の熱心さに千草はとうとう折れ、再びペコリと小さく頭を下げてそう言った。
「かしこまりました、奥様」
ちなみに千草は、ヴィルヘルミナの保護者としての能力には大いに信頼を置いているので、自分の息子とシャナが間違いを犯すのではないかという事に関しては、全く心配していない。

245Back to the other world:2006/05/18(木) 00:24:13
〜8〜

(それで…さすがに今夜はやらないと思ったんだけどな)
悠二は、はぁ、と再び布団の中でため息をついた。

必死の言い訳も空しく、この夜悠二はいつもの通り鍛錬を行なう羽目になった。
悠二が雷に打たれた直後のひどい様子を直接見ていたシャナは、少し気の毒に思いながらも、
「一日でもさぼったら、きっと怠け癖がつくから、やっぱりやらなきゃ駄目」
と、その気持ちを隠してあえて厳しく言い、悠二に対して優しくないアラストールは、当然の様に
「うむ。少しでも体が動くのならば、鍛錬を行なった方が貴様にとっては薬だろう」
と、きっぱりと言ったので、悠二ももはや拒否することができなくなったのだった。

しかし悠二は、ひょんなことから平井家に泊まれるようになったことに、実は内心喜びを感じていた。
シャナと出会って以来、彼はこの家に来たことは一度もなかったのだ。
もっとも、シャナはこの家を倉庫か寝床程度にしか認識しておらず、少し前まではむしろ坂井家にいる時間の方が圧倒的に長かったので、彼がここに来る必要は全くなかったのだから、彼にとってさほどの興味はなかった。
しかしヴィルヘルミナが現れて、シャナの坂井家で過ごす時間を限定するようになると、悠二はこの家に行ってみたいと思うようになった。
そんなわけで、この日の夜は、
(今日は、今まで知らなかったシャナのことが、分かるかもしれない)
などという、(不純な妄想も若干含んだ)期待を、悠二は持っていた。
ところが、少年の淡い期待は、厳しい保護者達によってものの見事に打ち砕かれた。

「入浴は当然、最後に。また貴方が寝る場所は、あちらであります」
と、鍛錬終了後、ヴィルヘルミナが指し示した場所は、ダイニングキッチンであった。
「えっ、こんなところで寝るんですか?」
「他にどこがあるのでありますか?」
「悠二なら、私の部屋で」
とシャナが言いかけるやいなや
「断固拒否」
ティアマトーがすかさず釘を刺した。
「坂井悠二よ、言うとおりにせぬか」
アラストールも勢いに乗って悠二を攻める。
こうして、3人の監督にコテンパンに打ちのめされた悠二は
「…わかったよ」
と言って、布団を持って、ふらふらとおぼつかない足取りで寝床まで向かったのだった。

246Back to the other world:2006/05/18(木) 00:27:24
〜9〜

(やっぱり、あの時の雷が…)
悠二は改めて、今自分を襲うだるさの原因について思った。
最初は、鍛錬の時の疲れがまだ何となく残っているものと考えていた。
しかし、鍛錬を終えても時がたつにつれてどんどんたまっていく疲労に、悠二は何かがおかしいと感じ始めた。
現に今こうして横になっている間も、疲れは増し、身体は重くなっていくばかりである。
まるで疲労が鉛の塊になって、全身にのしかかって来るように感じられた。
(存在の力は回復している、でも疲れは増すばかり…雷が原因だとして、一体何が…)
疲労に押しつぶされそうになりながら、悠二は考えをめぐらせた。

(…!)
と、悠二の脳裏に、一つの恐ろしい可能性が浮かんだ。
(まさか…雷があれに、何らかの影響を?)
実は悠二の体の中の宝具『零時迷子』――正しくは、その中に封印されている『約束の二人』の片割れ、ヨーハン――は、悠二に転移してくる直前、“壊刃”サブラクによって謎の自在式を打ち込まれ、変異を起こしたのであった。
今のところ悠二には目立って大きな異変は起きていないので、シャナ、アラストール、ヴィルヘルミナらは、ひとまず御崎市にとどまって様子見をするという結論に落ち着いた。
しかし、自分の中に、そんな得体の知れないものが入っていると思うと、悠二にはやはり大きな不安があった。
(変異が…あの雷で、早まったとしたら…!)
悠二は冷や汗が湧き出るのを感じた。
雷が自在式に影響を及ぼすなどという根拠は何一つない。
しかし悠二はここ最近アラストールから受けている“紅世”に関する講義の中で、「“紅世”とは、力そのものが混ざり合う世界」であるようなことを聞いた。
そして雷は巨大な電気エネルギー…一種の「力」の塊である。宝具や自在式に何らかの影響を与えている可能性は捨て切れなかった。
(いや、でも)
しかし、否定したかった。
確かに、いつかは何とかしなければならない日が来るのは分かっていた。
でも、
(まさか…こんなに、早く?)
いきなり、その覚悟をせまられるようになるとは、思っても見なかった。

と、
(ぐぁっ!?)
ズシ、と音でも鳴るように、悠二の身体に最大級の疲労が襲い掛かってきた。
いや、それはもはや疲労などではなく、言葉では言い表せない程の「苦痛」だった
(う、くっ…シャ、ナ…!)
助けを呼ぼうとしても、既に声すら出なかった。
(こんな、終わりは、嫌、だ)
苦しみもがく悠二に、容赦なく苦痛は襲い掛かる。
(みん、な…)
薄れ行く意識の中で、彼の脳裏に、今までの色々な思い出が、走馬灯のように映し出された。
(今度こそ、本当に、ダメ、かも…ご、めん…)
最後に誰に対してか謝って、悠二は海の底へ沈むように意識を失っていった。

247Back to the other world:2006/05/18(木) 00:29:55
〜10〜

…ここは、どこだ?
真っ、暗、だ。
僕は、どうなって、しまったんだ?
死んだ、のか?
それとも、変異を、起こして…何か、化け物、に?

ああ…。
何て、こった。
あっけない、終わりだったな。
こんなに、早く来るなんて…分かってたら、もっと、いろいろ、やりたいことが、あったのに。
せめて、別れの、あいさつくらい…。

…あれ?
なんだ?
はるか遠くに、何かが、見える。
とても明るい、あれは…炎?
炎…紅蓮の、炎!?
僕は無我夢中で駆け出した。
…シャナ!!

近づくごとに、紅蓮の炎は大きくなってくる。
何で彼女がこんな所にいるかなんて、どうでも良かった。
とにかく、彼女に会いたかった。
そして、姿が見えた。
見まがうはずもない、炎髪。
凛々しい後ろ姿。
僕は何も考えられず、そのまま彼女に、後ろから抱きついた。
後で峰打ちを何発食らおうが、かまわなかった。
ただひたすら、彼女の感触を感じたかった。
シャナ…!


…あれ?
僕は抱きついてからしばらくして、何か違和感を感じた。
…何かが、違う?
僕はもう一度、抱きついた後ろ姿を見た。
髪の毛…は、やはり間違いなく、炎髪だ。
感触…も、いつもと同じ…!?


違う。
僕の両腕に伝わる感触は、いつもと違う…
いつもと違う?
そうじゃない。
いつもは…そう、ないんだ、こんな感触。
感触に、なぜだか心地よい違和感を感じていると、僕はもう一つ、重大すぎる違いに、今さらのように気がついた。


背が…高くなって―――!?

248234:2006/05/18(木) 00:43:05
ここでいったん切ります。続きはあと1時間以内には投下します。
最初の2話、タイトルが間違ってます。スイマセン。

249Back to the other world:2006/05/18(木) 06:15:06
〜11〜
(時間は少しさかのぼる)


ふう、着いた着いた。
この街、この間来たときは、あの変人のせいでとんでもない事になってたけど…今はどうかしら?

うんうん、順調に復興してるみたいね。
さて、まずはあの子のところへ行ってみるか。

到着。
じゃ、早速入りますか。
扉は…っと、ああ、その必要はなかったわね。

ほほう、綺麗に整理整頓されてるわね。
この前見たときは、悲惨な事になってたからなぁ。
やっぱり、彼女が来たおかげかしら。
私も整理整頓が苦手で、随分お説教されたからな。
さて、あの子の部屋は…と、確かここだったわね。

いたいた。
ぐっすりと眠ってる。かわいい寝顔ね。
それにしても、何度見ても、私の子供時代にそっくりね。
いやいや、本当によく見つけられたもんだ。

さて、あの男は…あそこか。
何か最近、間抜けっぷりが増してないかしら?
昔からどっか抜けてるところはあったけど、このごろひどくなってる気がするわね…。
2、3回くらい喝を入れてやりたいところだけど…出来ないのが残念ね。

奥の部屋には…この前合流した彼女たちか。
こんな遅くまで書類とにらめっこなんかしちゃって。
相変わらずの頑張り屋さんだなぁ。全然変わってない。
んっ、今日はもう一人、お客さんが来てるみたいね。
ちょっとのぞいて見よっ、と。

あらら、誰かと思えば…彼、か。
こんなところで寝かされちゃって、かわいそうに。
まあ、あの子の保護者があの三人じゃ、無理もないか。
何か、もがき苦しんでるけど…悪い夢でも見てるのかしら?
助けてあげたいけれど、私にはどうすることもできないのよね。お生憎さま。
さて、一通り確認もしたし、次はどこに行こうかしら?


…えっ、ちょ、何?
何か、身体に巻きついてるような…?
…腕?えぇっ!?
そ、そんなはずないじゃない!?
何で、どうして、私に…私に触れることができるのよ!?

250Back to the other world:2006/05/18(木) 06:20:52
〜12〜

「ふむ…」
街の明かりもまばらになった頃、ヴィルヘルミナはスタンドの明かりのみの薄暗い十畳間で、事務机の上に乗った書類の山と格闘していた。
彼女は、外界宿から毎日のように送付されてくる大量の書類を、ほとんど一人で全部目を通し、分類して書類棚に保管している。
ドレル・パーティ崩壊後、それまで完璧に整備されていたフレイムヘイズへの情報網は大混乱し、フレイムヘイズ達には多分に余計な情報も送られてくるようになった。
平井家に送られてくる書類も、実は半分以上が大して重要なものではないのであった。
しかし元来几帳面な性格の彼女は、たとえどんなに不必要そうな情報にも一度は目を通し、保管しておかないと気が済まないのである。
そのため、デスクワークは毎日のように夜更けまで続き、徹夜になることもしばしばであった。
(我ながらこの性格には、少々困ったものであります)
(非効率)
(うるさいであります)
ヘッドドレスにゴン、とげんこつを一発かまし、ヴィルヘルミナは再び書類へと目を向ける。
(そういえば)
ふと、ヴィルヘルミナは、とある人物のことを思い出した。
(彼女にも、随分言われたものでありましたな)
何かにつけて几帳面な自分をからかっていた、ズボラな性格の女。
(戦いの時以外の彼女は、全くもって大雑把で…)
ずっと孤独で戦っていた自分に初めてできた、唯一無二の親友。
(しかし、私は変わっていないのでありますな)
戦いのときは最強のパートナー、またある時は…最強のライバル。
(…集中)
仕事を忘れ、昔の思い出にふけっている相棒を、ティアマトーが戒めた。
(要集中)
(っ分かっているであります!)
ヴィルヘルミナはヘッドドレスをもう一度殴りつけると、肩をトントンと叩き、ふう、と重く息をはいた。
壁にかかっている時計を見ると、既に3時になろうとしていた。
「ふむ、どうやら少々休養が必要なようでありますな」
(怠慢)
ヴィルヘルミナは右手、左手で一回づつ、ゴン、ゴンとヘッドドレスを殴りつけ、イスから腰を上げた。
「眠気覚ましには、カフェイン摂取がもっとも効果的であります」
そうつぶやくと、彼女はキッチンへと向かっていった。
あの“ミステス”が寝ていることはもちろん知っていたが、そんなことは別にどうでも良かった。

251ささやかな一時 1|2:2006/05/18(木) 15:12:23
>>233
そうだった。orz 脳内で書き換えてしまったのかもしれない。
それでも読んでくれてありがとう。
>>234氏。ちょっと割り込み? になるかもしれませんが、入れさせてもらいます。

 約束を取り付けた吉田一美は彼を正面に、見つめなおした。赤く火照った顔の坂井悠二
にドキドキして眼を下ろす。
 悠二は悲しそうな声で静かに呟いた。
「いつ終わるか分からない永遠か……」
 一美はその意味を考え、体が震えた。
 勇気を出して、大きな声で答える。
「私はここに居ますから」
「え!?」
「悠二くんはここに居ますか?」
 忘れことのない現実、からシャナとの今後へと思いをはせていた彼は、慌ててすぐに答え
られなかった。一美の胸のうちにあるだろう炎を感じて、どうしようもなさへ思考がゆく。
「僕は……ここに居る」
 それでも彼はかすれた声で答えていた。
 悠二は座りなおし改めて彼女を見る。
「どうにもならないんだ」
「はい」
「あの大きな戦いで、僕たちに出来たのは小さなことで。でも――」
 一美は息を飲み込む。
「僕たちのは存在感はあった。吉田さんとはこんなかたちで時間を共有出来るなんて思わ
なかったよ」
 彼女は次が分かった。

252ささやかな一時 2|2:2006/05/18(木) 15:13:45
「私は――」
「僕は――」
 二人は笑っていた。
 たぶん同じことを言いたかったに違いない。
「楽しかった」
 花火の光に、凛々しい彼を思い出す。
 瞳を真っ直ぐ向け離さない、美しい彼女を思い出す。
 二人は真っ赤になりながらも見詰め合った。
「悠二くん」
「吉田さん」
 この先の言葉を言ってはいけない気がした。
 二度と戻ることのない日常を踏み越えてなお、二人にはまだ踏み越えることの出来ない
『日常』がある。
 でも、二人は笑っていた。
 今日の一時は誰でもない。
 誰の物でもない。
 可能性。一美は神様に感謝していた。

 割り込みすいません。>>234氏。

253Back to the other world:2006/05/18(木) 17:58:40
〜13〜

(…あれ?)
気がつくと、悠二は自分が立ち上がっていることに気がついた。
(ここは…)
悠二は辺りを見渡した。が、暗くてはっきりと分からない。
(苦しく…ない?)
全身を襲っていた苦痛も、すっかり消えていた。
(何も、なかったのか…)
悠二は腕を動かそうとして、
「んっ?」
自分の腕が、何かやわらかいもの触れていることに気がついた。
「何、だ?」
それが何であるか確認しようと顔を近づけたその時、

カチャリ、カチッ

と音がして、急に辺りは明るくなった。

254Back to the other world:2006/05/18(木) 18:02:50
〜14〜

(仕事中に昔の思い出にふけってしまうとは…)
(不覚)
(うるさいであります)
ヴィルヘルミナはヘッドドレスに向けてげんこつを振り下ろしかけて、やめた。
(…安眠の妨げであります)
そして再び、シャナを起こさないようにそっと廊下を歩きだす。
(しかし、あの頃のことは)
歩きながら、思う。
(何百年を経ても…いくら忘れようとしても…忘れられぬものでありますな)
かつての日々を。
(良かったことも、悪かったことも…映像が、今なお脳裏に焼きついて…)
そんなことを考えながら、キッチンの扉を開き、電気をつけた。

「…む?」
ふと、ヴィルヘルミナはわずかに眉根を寄せた。
彼女の視界に、妙な映像が飛び込んできたからである。
目の前に立っているのは、寝ているはずの“ミステス”の少年。
それだけならば、寝ぼけていることをたしなめて終わりなのだが、
「…む、む?」
そのおかしな光景に、ヴィルヘルミナはさらに眉根を寄せ、まばたきをした。
少年はただ立っているだけでなく、腕を何かに回していたのだ。
目をこすって、その、何かを確
「!!!!!!」
瞬間、物凄い勢いでキッチンの扉は閉められた。


(@△※●&%$#)
(心頭滅却心頭滅却風林火山酒池肉林四面楚歌…)
ヴィルヘルミナは扉の向こうで、この数百年で最大級の驚愕をあらわにした。
彼女の、普段は非常に冷静沈着な思考回路は完全にショートし、混乱を極めた。
ティアマトーは落ち着くように促したが、彼女もまた同様に驚愕・混乱していた。
彼女達が見た光景は、いろんな意味で、あまりにもありえなさ過ぎた。

「…んっ?」
突然灯された明かりと、それから数秒後の大きな物音に少し驚いた後、ようやく悠二は自分がどこにいるのかを確認した。
周りに置かれている物は、テーブルにイス、冷蔵庫に電子レンジ…。
彼が現在立っている場所は、紛れもなくさっきまで寝ていた平井家のダイニングキッチンであった。
「夢、だったのか?」
自分がさっきまで見ていた光景のことを思う。
「それにしちゃ、何だかリアルだったような…」
あの感触。あの姿。
悠二が一人でいぶかっていると、


「えっと…とりあえず、その失礼な腕を放してくれないかしら?」
「…!?」
いきなり飛び込んできた聞き覚えのない声。
あわてて悠二は声のした方を見た。
そして、ようやく自分が今置かれている状況を、把握した。


一人の女性が、
悠二の目の前に後ろ向きで立っていて、
悠二は、自分の両腕を、
その女性の胸にまわしていた。

255Back to the other world:2006/05/18(木) 18:07:12
〜15〜

「…ヴィルヘルミナ!?」
「っは!?」
「っむ!?」
シャナの声に、ヴィルヘルミナはようやく自分を取り戻した。
「凄い物音がして目が覚めたんだけど…どうしたの、顔色が真っ青だよ?」
「表情、挙動、共に心乱を極めていたな。お前達らしくもない。一体何があったのだ?」
「・・・・・・」
いまだ頭の中が混乱して発声もままならない相棒に代わって、ティアマトーがヘッドドレスから答えた。
「奇妙奇天烈摩訶不思議」
しかし、彼女もやはり動揺は隠せない。
「えっ、それだけじゃちょっと良く分からないんだけど…」
シャナが首をかしげる。
「お前達がそれほどまでに動揺するのだ。よほどのことなのだろうな」
アラストールはティアマトーの言葉から、彼女らの動揺が“紅世”関係のことではない、何か個人的な事情によるものと判断していたので、呆れながらそう返事をした。
「ねえヴィルヘルミナ、何があったの?教えて、お願い」
シャナは壁にへたり込んでいるヴィルヘルミナに顔を寄せて言った。
「・・・・・」
ヴィルヘルミナはやはり下を向いて黙ったままだったが、右腕をスローモーションのようにゆっくりと持ち上げると、人差し指でキッチンの入り口を差した。
「キッチン…!?まさか、悠二に何かあったの?」
「・・・・」
「…っ、悠二!」
「杞憂だとは思うが」
シャナはキッチンの扉を勢いよく開いた。

キッチンでは、悠二が布団の上に、腰を抜かしたようにへたり込んでいた。
「悠二っ、何があったの!?」
「一体何事だ、坂井悠二」
「シャ、シャナ、アラストールっ!!」
「…見たところ、別に何もおきてないみたいだけど」
「うむ。あ奴の身体にも、特に異常は見られぬ」
「…っえぇ!?」
「何よ、悠二?」
「何だ、騒々しい」
「み、見えないの?」
「何が?」
「っここに立ってる人だよ!?」
悠二は右手の人差し指で、自分の前方を差す。
「はあ?」
「何を言っているのだ?」
「だから、ここに人が、女の人が立ってるんだよ!?」
悠二はわめきながら、右手をぶんぶん振り回して、その場所を強調した。
「誰が立ってるって言うのよ?“従”の気配だって、かけらも感じられないわよ」
「自在法を使用した気配も皆無だな」
「いや、そういうのとかじゃなくって」
「…寝ぼけて悪い夢でも見たんじゃないの?」
「…まあ、確かに変な光景は見たけど」
「やっぱり。もう、夜中に騒いで、ヴィルヘルミナまで怖がらせて、人騒がせもいいところよ」
「全くだ。こんなことでは先が思いやられるわ」
「いや、僕は本当に…」
「…まだ、言うつもり?」
「これ以上の戯言は慎むべきだぞ」
「だから…」
「…いいから、さっさと寝なさいっ!!!」
バカッ、と脳天を峰打ちされ、悠二はその場に倒れこんだ。

「ヴィルヘルミナ、別に何でもなかったよ」
「・・・?」
「うむ。何も変わりは無かったな」
「・・・?」
「悠二が夜中に寝ぼけて、一人で騒いでただけみたい」
「・・・?」
「でももう大丈夫よ。ヴィルヘルミナの分まで、私がお仕置きしておいたし」
「そう、で、あり、ます、か・・・?」
「全く、あ奴もあ奴だが、お前達もお前達だ。たかがあれしきのことで自身を取り落とすとは」
「ちょっと根を詰め過ぎなんだよ、こんな夜遅くまで仕事なんて。少し寝た方がいいよ」
「・・・その、よう、で、あります、な」
「就寝必要」
「うん。じゃ、おやすみ!」
元気よくあいさつをして、シャナは自分の寝室に帰っていった。
バタン、と扉の閉まる音が聞こえた後、残されたヴィルヘルミナは、
「ふ・・・む・・・?」
いまだ一人首を傾げていたが、
「就寝」
「わかって、いるであります」
ティアマトーに諭されて、足取りも重く自室へ戻っていった。

256Back to the other world:2006/05/18(木) 18:10:20
〜16〜

平井家に再び静寂が戻った。
(やっぱり、夢、だったのかな?)
脳天を殴られてうずくまりながら、悠二は先程までの出来事を思う。
(…そ、そうだよな)
さっきまでそこにいた、何かのことを。
(だって、ありえないじゃないか、あんなこと)
夢だ、と一人で確信する。
「うん、きっと」
「ちょっと」
「っ!?」
いきなり飛び込んできた声に、悠二は舌を噛みそうになった。
そして、恐る恐る振り向くと…。
「…夢じゃ、ない?」
一瞬で、さっきまでの確信は粉々に打ち砕かれた。


悠二が振り向いた先に、いた者。
それは、一人の女性。
背丈はヴィルヘルミナと同じくらいの、欧州系の若い美女だった。
服装は、黒いマント(悠二には、それだけはなぜか見覚えがあった気がした)に裾長の胴衣、中世風の鎧帷子と金色に輝く拍車を身につけ、両足には黒い長靴、という、昨今日本の街中ではそうそう見られない、まるでRPGゲームのキャラクターのような出で立ちだった。
しかし、そんなことが全く目に入らない程、悠二を驚かせたのは、
「…!!!!!?」
女性が持つ、長い頭髪と、瞳の、色。
「え、え、え、炎、髪、しゃ、しゃ、灼、眼・・・・!!?」
悠二は、まるであごが外れたかのように口をあんぐりと空けっぱなしにして、呆然となった。
一方の女性はというと、かなりの驚きの表情はしているものの、それは悠二のように間抜けなものではなく、凛々しさは保ったままだった。
女性は、悠二に視点を合わせるために、しゃがむと、
「うひゃっ!?」
悠二の両肩に強く両手を乗せて、自分が納得するようにつぶやいた。
「…やっぱり、触れられるわね」
「あ、あ、あ」
そのまま女性は鋭いまなざしで、頭の中がごちゃ混ぜになっている悠二に目線をぴったりと合わせ、ゆっくりと、しかし貫禄のある澄んだ声で尋ねた。
「もう聞くまでもないかも知れないけど…私の声が、聞こえるのね?」

257名無しさん:2006/05/20(土) 14:39:46
イイ!!激しく支援。


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