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妖怪学園の非凡な非日常

1注意:2020/06/14(日) 11:11:16
・この作品には軽度の性的描写があります。
・この作品はNL・BL・GLが入り交じっています。
以上の点をご了承のうえご覧下さい。

2宮内清美の事情:2020/06/14(日) 11:13:21
それは青天の霹靂だった。
高校に入学して一年目の九月上旬のある朝、ゴツイ黒縁眼鏡で額が若干後退した父、宮内義泰が、家族そろっての朝食の場で突然こう言ったのだ。
「前々から母さんとも相談してたんだが、実は父さん転勤を打診されてな、受ける事にしたんだ」
曰く支社で人手不足、曰く昇進になる、曰く昇給にもなる。
「それでね、お父さん一人だけだと、帰りが遅かったりして家事とか全然できないでしょ? だから単身赴任は難しいとも思うのよ」
ふくよかで髪を後ろにまとめているエプロン姿の母、美由紀が続けた。
「えー、じゃあ引っ越し?」
生意気盛りの小学生の弟、義人が尋ねる。
「うん、そういう事になるな。急な転勤という事で、向こうではファミリー用の社宅も用意してくれるそうだ」
あたしはずり落ちそうな眼鏡を指で上げる。
「え、ちょっと待ってよ。じゃ高校で転校って事? あたしの学力だと、余所の高校に上手く編入できるかどうかわかんないよ?」
一学期の中間テストと期末テストは惨敗の結果となっている。あたしの疑問と不安に、父さんは答える。
「それも大丈夫だ。長くても1・2年で戻って来られる予定だから、そのまま同じ所に通えばいい。あと、この家を売る必要もないそうだ」
「え、じゃあ一人暮らしするの?」
「お前の高校には寮があるだろ? 先日尋ねてみたら、空き部屋があるそうだし、入寮するのもOKが出たぞ」
「あたしの都合は完全無視かい!」
こうして私、宮内清美は、約半月後に父の昇進・昇給のしわ寄せに、学校の寮に入ることになった。
憶えてろ、バカ親父。生活費+小遣い増額だけで誤魔化されるか!

3宮内清美の事情:2020/06/14(日) 11:13:56
ウチの学校、私立若葉ヶ丘高校には寮がある。
別に山奥にあるわけでもなくほとんど街中で、名門校でもなく中くらいのレベルの私立高校で、別に特殊な学科があるわけでもない普通科だけの、リベラルな校風くらいしか取り柄のない平凡な学校だ。
それでも、学校の敷地の端には男子寮と女子寮があって、我が校の七不思議の一つに挙げられている。
そして寮にはそれなりに人が入っている。
曰く、通学時間の減少だの親の転勤だので入寮する生徒がいる、と。これもまた、我が校七不思議の一つとなっている。

学校の寮の部屋は、原則二人一部屋である。
部屋の左右が均等になる位置に扉があり、扉を開ければ部屋内は間仕切りによって左右に分けられている。一応互いに見えないようになってはいるものの、音は完全に筒抜けだ。
部屋を二分したブースはカーペット敷きの六畳程の広さで、間仕切りを挟んで扉側から勉強机、本棚、箪笥兼私物入れや金庫代わりの鍵の掛かるロッカー。間仕切りと反対側の壁際にはベッド、そして奥は窓になっている。こういう作り付けの家具の他、窓際に私物のカラーボックスやTV等——リベラルな校風の結果らしい——を持ち込む生徒もいる。
あたしの部屋は201号室の入って左側で、右側には当然ながらルームメイトになる人が既に入っていた。

4宮内清美の事情:2020/06/14(日) 11:14:40
ルームメイトは蓮崎夢子さんというクラスメイトだった。
蓮崎さんを表すなら、まずはうちの1年6組で一番の美人である。
女子としては背は高い方で、肌は透けるように白い。睫の長い切れ長の目、見る人を引きつける黒い瞳、鼻筋がとおっていて、その下にある口にはやや厚めの柔らかそうで艶やかな唇、さらにその下には小さな顎。多分長いであろう髪は左右それぞれで結い上げてお団子状にしてある。
同性である自分から見ても、溜息が出るくらい美しい。
そして、何より特徴的なのがそのシルエット。骨格的には細身のはずなのだが、胸のボリュームが半端無い。スイカでもぶら下げているのじゃないかってくらいのサイズで、制服であるブレザーのブラウスを突き上げてボタンが弾け飛ぶんじゃないかってくらいに激しく存在を主張している。
続く腰は細い、彼女より小柄で胸のないあたしよりも、だ。そしてヒップもまた一般よりはボリュームがある。そう、完全にボン・キュッ・ボンを体験したようなダイナマイトボディだ。
本人曰く、この胸は重くて肩が凝るし、走ると揺れて痛いし、何より足下が見えないので困るそうだが、全く贅沢な悩みだ。

蓮崎さんはただの美人じゃない。優等生でもあるのだ。
成績は常に上位——なんと学年一桁だ——をキープ、体育も得意だし、料理・手芸・ちょっとした楽器の演奏・歌・生け花、いろいろな事を一通りこなす。おまけクール系でいつも笑顔で皆にも優しい。品行も概ね方正といえる。

5宮内清美の事情:2020/06/14(日) 11:15:08
だが、彼女は変人でもあるのだ、それもかなりアグレッシブな。
文芸部に所属しているのだが、彼女は小説の執筆はあまりしない。他人を引き連れて、執筆以外のあらゆる事をやろうとするのだ、小説を書く為の取材と称して。
例えば、調理実習室の使用許可を得てお菓子作りをする。曰く、これで作品のお菓子作りの描写がリアルになる。
例えば、裁縫室の使用許可を得てコスプレ衣装を作る。曰く、これでハロウィンのコスプレ作りの描写がリアルになる。
例えば、友達を引き連れて海や山や遊園地に行く。曰く、これで遠出して遊びに行く描写がリアルになる。
例えば、楽器のできる者が演奏し、そうでない者が歌唱する音楽会を開く。曰く、これで演奏やら合唱コンクールの描写がリアルになる。
このため我が校の文芸部は、「実践文芸部」などという妙なあだ名を付けられたりしている。
勿論、彼女は遊んでいるだけではない。勉強会を開いたり——彼女は大抵教える側だ——、体力向上の為と称して定期的にジョギングや筋トレをやったりもする。「実践文芸部」の珍妙な活動が学校側に許されるのも、多分この辺の行動が原因なのだろう。
この活動には文芸部以外からも結構人が集まる。なにせ美人で優等生で爆乳の彼女とお近づきになりたいって人は沢山いるのだ。こうして活動内容によってメンバーが変わったりするが、蓮崎さんの周りには常に沢山の人がいる。
正直、あたしにはこれはちょっと苦手だ。慣れない事はやりたくないし、人が大勢いるのは苦手だし、基本的にインドアでラノベや漫画を読んだりゲームをしたりするのが好きなのだ。

6宮内清美の事情:2020/06/14(日) 11:16:19
そんな蓮崎さんはもちろんモテモテで、何人も——男のみならず女まで——から告白されている。しかし、特定の彼氏彼女がいるという話は聞かない。
事情通の子から聞いた話だと、彼女は浮気性で特定の男性に縛り付けられるのは嫌なのだという。もし、大勢のボーイフレンド・ガールフレンドの一人という扱いなら「お付き合い」しても良いのだそうだ。だがそれは実質「実践文芸部」の活動仲間の一人に過ぎないという事だ。
結果として玉砕した形になった人達は、以降は実践文芸部の活動から離れ、それが活動が巨大化しない為の適度な間引きになっているとも言われている。

そんな学校の人気者の美人と同室になるのは、ちょっと、いやかなり緊張する。

7宮内清美の事情:2020/06/14(日) 11:16:56
とある日曜の午後、あたしはバッグや段ボール箱とともに父の車に送られ、あらたな住処である若葉寮へと到着した。
「えっと、お邪魔します」
身の回りの品の入った重いバッグ類をドサッと下ろし、ノックしてからドアを開けると、すぐそこに美人が待ち構えていた。すこし高い位置から優しげな笑顔を向けてくる。
「宮内さん。若葉寮へようこそ。一緒に楽しく寮生活を送りましょう」
クラスメイトで顔なじみだ。今更自己紹介だのなんだのは必要ない。
「えっと、ありがとう。蓮崎さん。これから宜しくお願いします」
彼女はおへその見えるタンクトップにショートパンツ姿でその特殊体型を余すところ無く表し……ん、何か変だぞ?
「あの、ひょっとしてそれノーブラ……じゃなくて、タンクトップじゃなくてスポーツブラじゃないですか?」
「はい、そうです」
彼女は事も無げにそう言う。
「こっちの方が落ち着くんで、自室限定でこういう格好をしてるんです」
彼女はその巨大な胸を張ってそう答える。さらに変人度合いが一つ増えた。妙な趣味だけど、女の子同士だしまあ良いか。
「荷物はそれで全部ですか?」
蓮崎さんは廊下に置いてあった荷物をヒョイっと半分持って運び入れてくれる。
「えっと、玄関にまだ段ボール箱が三つ残っているんだけど」
あたしが答えると、彼女はすぐに校章の入ったTシャツを着てジャージを履く。
「じゃあ、一緒に取りに行きましょう」
蓮崎さんは結構力持ちで、あたしが一つしか持てなかった段ボール箱を二つ抱えて運んでくれた。やっぱり、見た目通りの凄くて素敵な人だ。
「じゃあ、パンフレットは見たと思うけど、寮内を案内しますね」
そういって、蓮崎さんはパチッと片目をつぶってみせた。うわ、こんな美人だと、同性でもなんかドキドキする。

8宮内清美の事情:2020/06/14(日) 11:17:24
彼女の寮の案内はパンフレット以上だった。通常の施設——入浴室だの洗濯室だの談話室——だけではない。住人ならではの知識——時刻によっては管理人に見つからずにこの窓からこっそり出られるだの、談話室の自販機の人気商品だの——を教えてくれたりもする。
さらには寮で出会う人総ての簡単な紹介までしてくれた。
「お、そいつが蓮ッチのルームメイト?」
蓮崎さんと同じくTシャツ&ジャージの、細身で小柄な釣り目の少女が尋ねる。やや癖っ毛のショートヘアは上の方の左右で若干跳ねてて獣耳のようだ。
「はい。同じクラスの宮内清美さんです。こちらはお隣202号室の猫田尚美さんです」
「お隣さんですか。宜しくお願いします」
軽くお辞儀をする。
「宮内さんか、宜しく。アタシのクラスは5組で、蓮ッチと同じ文芸部員だから、一度部室に遊びに来なよ」
「あ、はい。機会があったら遊びに行きます」
生憎と人付き合いが苦手なので、元から知っているクラスメイト以外の人は殆ど憶えられず、後で蓮崎さんお手製の寮生リストを貰う事になった。
こうして蓮崎さんに案内されているうちに、彼女に対する緊張も次第に解けていく。
「ええっと、宮内さんの歓迎会をしたいと思うのですが、いかがでしょうか?」
部屋に戻ってから、蓮崎さんは尤もな提案をする。
「うーん、その、正直賑やかなのは苦手なので、できればご遠慮したいな……と」
彼女は少し考えると別の提案をする。
「そうですか。そうすると……お隣さんとだけの、ささやかな歓迎会なんていかがですか?」
「うーん、それだったら、いいかな」
お隣の猫田さんとそのルームメイトとは、これからもいろいろと関わる事になるだろう。だからやっぱり挨拶はしておかないと。
こうして、談話室の自販機で買ったペットボトルのジュースと、それぞれが持参した菓子でのささやかな歓迎会が開かれる事になった。

9宮内清美の事情:2020/06/14(日) 11:18:05
「ちっす。宮ッチ。お呼ばれに来たよ」
呼びに行った蓮崎さんに続いて入ってきたのは先程の猫田さん。その後に入ってきたのは、ブレザー姿の背が高く髪の長い少女だった。まずは挨拶。
「初めまして、今度201号室に入った宮内清美です」
「ウィッス。202の森野桜ッス。尚美と同じ1の5で文芸部員ッス」
森野さんは眠た気な垂れ目で背中まで届く長い髪をしていて、背の高さは蓮崎さんと同じくらい。ただしメリハリのない体型だ。特徴的なのは左の前髪だけを伸ばしてそれが左目に掛かっている事だ。
蓮崎さんのブースで、卓袱台の上にスナック菓子の袋をパーティー開けにして置き、その周りに座ってペットボトルを開封する。
「では、宮内清美さんの入寮を記念して、カンパーイ」
蓮崎さんの音頭のもと、四つのペットボトルが掲げられ打ち合わされる。
まずは途中入寮の経緯から説明する。
「あー、なるほどー。転勤で残ったのか、アタシらも同じ」
「そーそー、親の都合でコロコロ転校するのも大変ッスからね、寮のあるここへ入ったんスよ」
猫田さんも森野さんも同様らしい。
「蓮崎さんもなの?」
当然の成り行きの質問に、二人があっと軽く口を開く。????
「えっと……」
何か言おうとする猫田さんを蓮崎さんが制した。
「大丈夫ですよ尚美さん」
そしてこっちを向いて優しく微笑む。蕩けるような素敵な笑顔だった。
「私の家族は姉が一人だけで、その姉も遠くで働いています」
「え、あ、ごめん」
何か複雑な事情があるらしい。
「いいえ、気にしないで下さい。父は私が物心つく前に離婚し、母は女手一つで私と歳の離れた姉を育てました。
 ただ、心労が祟ったのでしょう。母は私が中学の頃に亡くなり、それからは既に独立していた姉の所で二人で暮らしていました。
 幸い母の残してくれた遺産で私は高校に通う事ができたので、中学卒業を機に姉の所を離れてこの寮に入ったのです」
意外に苦労人のようだ。
「えっと……」
「で・す・か・ら、気にしないで下さい。もう慣れてますから」
微笑みのはずが、圧力を持って迫ってくるようだ。美人って凄いな。
「それで私は、学生生活を目一杯楽しむ事にしたのです」
「え? それって、まさか……」
「そーそー、作品の参考にするなんてのは建前ッスよね。単にみんなでワイワイガヤガヤするのが好きなんスよね?」
森野さんが悪戯っぽい笑顔でぶっちゃける。
「ですから、宮内さんも気が向いたら、『実践文芸部』の活動に参加してみて下さい」
そう蓮崎さんがしめくくる。

10宮内清美の事情:2020/06/14(日) 11:18:53
「ところで宮ッチ、蓮ッチ取ったらダメだかんね」
僅かに口を尖らせる猫田さんの言葉に、あたしは首を傾げる。
「え、取るって?」
「あ、えーと……」
視線を彷徨わせて口ごもる猫田さんに、森田さんが助け船を出した。
「蓮崎サンは、わたしらの学力の生命線ッス」
「……うん。取られたら、成績がやばいんだ」
蓮崎さんは勉強会を開いたりしてたから、多分お隣のこの二人は寮内でも頻繁に勉強を教えてもらってるんだろう。
「わっかりました。蓮崎さんを独占したりしません」
二人は顔を見合わせてニコッと微笑み、蓮崎さんはハァッと軽く溜息をついてから宣言する。
「わかりました。三人纏めて教えてあげましょう」
その後は雑談なんかに流れたのだが、お隣のこの二人、妙に蓮崎さんにべたべたする。猫田さんは膝枕してもらったり、森野さんは蓮崎さんの後ろから抱きついたりだ。
「なんか、お二人って蓮崎さんにずいぶんベッタリですね?」
疑問を口にしてみる。一瞬だけ、二人は顔を見合わせる。
「まあ、親しい仲ッスからね」
「そうそう、蓮ッチってスキンシップ大好きだよ」
「はい。幼い頃、母が仕事で出かけてて寂しかったせいか、私は親しい人とのスキンシップが大好きなのです」
蓮崎さんは天使のような笑顔で答える。
「蓮ッチ、特にハグが大好きだよね」
「ええ、大好きです。宮内さんもしてみますか?」
蓮崎さんはダイナマイトボディである。これが男子なら泣いて喜んで抱きつくところだろうが、今日親しくなったばかりの相手じゃやっぱり恥ずかしい。
一方の猫田さんと森野さんは、蓮崎さんとハグをしまくる。蓮崎さんが好きなのはハグされることらしく、二人は前や後ろから抱きつき、ときには二人一緒に蓮崎さんを挟むようにハグしたりする。
彼女は頬を赤らめて本当に嬉しそうに微笑む。頬を上気させて幸せそうに目を瞑るその顔は、つい見とれてしまう程魅力的だ。
ううっ、羨ましい。あの柔らかそうなダイナマイトボディと密着できるなんて、頬摺りするなんて……。女子校だとそんなノリだって聞いた事があるけど、女子寮でもそうだという事なんだろう。

11宮内清美の事情:2020/06/14(日) 11:19:33
やがて入浴時間になった。それなりの広さの浴場に数部屋毎にまとまって入る形式だ。つまり、あたしは蓮崎さんや猫田さんや森野さんと一緒に入る事になる。
「すごい!」
服を脱いだ蓮崎さんを見て、あたしは思わず呟く。一糸纏わぬ姿になったダイナマイトボディ。まさしく衝撃、圧巻、驚異の胸囲。白い肌も染み一つなく、本当に美しい。
思わずガン見していた事に気づいて目を逸らすと、あたしを見てニヤニヤしている二人がいた。こっちも一糸纏わぬ状態で、慣れているせいか前を隠す事もしてない。
猫田さんはスレンダーながら胸はちゃんとあるし、森野さんは胸はあたし並に貧相だけど腰はあたしより細いうえに脱いでみると実はヒップは大きかったりする。
一方のあたしといえば、胸は森野さんと同率ビリだし、決してデブってるわけじゃないけど腰は一番太いし、ヒップも小柄な猫田さんと同程度の最下位のプロポーションである。
つい、タオルでサッと胸から下まで隠そうとすると、森野さんが肩をポンと叩く。
「気にする事ないッスよ、宮内サン。蓮崎サンの凶悪なボディの前じゃ、わたしら全員ドングリの背比べッスから」
「そうだよ。あんなスゴイの前にしたら、もうそんな悩みなんてバカみたいだよ」
猫田さんも肩を竦めて首を振って応じる。
「あの、あまり言われると恥ずかしいのですが……」
蓮崎さんが頬を赤らめる。うーん、キレイな顔でそんな表情をされると本当に艶めかしい。
「ちなみにねえ、蓮ッチって頼めば胸揉ませてくれるよ」
猫田さんがニヤニヤと囁く。
「そうッス。あの暴力的までに巨大なバストを見ると、誰でも一度は触ってみたくなるッス。だから蓮崎サンはもう慣れっこになってて、頼めば触らせてくれるッスよ」
森野さんもニマッと嗤って囁く。蓮崎さんはそれを聞いて威力抜群のその胸をこちらに向ける。
「どうぞ、宮内さん。もう慣れっこですから、構いませんよ」
「え、いや、その、直ってのはちょっと」
あたしは遠慮する。いくらなんでも、直接そこの肌に触れるのは躊躇われたからだ。
なお、後日ブレザーの上から触らせてもらいました。とっても柔らかくて弾力的でとても重かったです。

12宮内清美の事情:2020/06/14(日) 11:20:07
食堂——唯一の男女寮の共通施設——で夕食を済ませ、歯を磨き、あとは就寝まで自習時間となった。
もっとも、原則各自の部屋で過ごすので半ば自由時間である。持ち込んだTVやゲームをやる人もいるが、あまりやりすぎて成績が下がったりすると、それらは没収をくらってしまう。
あたしたち四人は201号室の蓮崎さんのブースで宿題や予習をする事になった。
卓袱台にあたしたち3人が着き、蓮崎さんは机に座る。とはいっても、すぐに誰かが彼女を呼ぶので、蓮崎さんはほぼ卓袱台の傍らで立っている状態だ。
「蓮崎さん、ちょっとここ、教えて欲しいんだけど」
あたしが質問すると、彼女は顔を寄せる。間近でみると本当に美人で溜息が出そうだ。
さらに、教え方も本当に上手だ。相手の理解度を尋ね、そのうえでどうすれば良いかを教えてくれる。
こうして、四人での勉強会も終えてやがて就寝時間となる。
翌日の月曜日からも、帰宅部で先に帰ったあたしと、実践文芸部の活動で遅れて学校から帰ったきた三人の四人でワイワイガヤガヤと楽しく日々を過ごした。

「蓮崎さんって、マンガとかラノベ……ライトノベルとか読むの?」
ある日あたしが尋ねると、蓮崎さんは頭を振る。
「いえ、あまり読みません」
「蓮ッチって、一般常識レベルのマンガとかしか知らないよ」
「そーそー、国民的青狸とか、国民的世田谷一家とか、春日部の嵐を呼ぶ園児とか、古いと鉄腕原子力少年とか……」
付き合いの長い猫田さんと、森田さんが補足する。
「文芸部ですから、基本的に小説が中心なんです」
蓮崎さんはそう付け加える。
「じゃあ、ちょっと読んでみる?」
あたしはマイコレクションから厳選して寮に持ってきた、お気に入りの作品を取り出す。ちなみにBL小説だ。
「えっと、男性同士の恋愛ですか?」
蓮崎さんは後ろ表紙の作品説明を読む。
「初めてのジャンルですが、後で読んでみます」
なお、彼女はそれを気に入ったらしく、程なくして全巻を読破した。成績も優秀な文芸部員だけあって、速読に長けているんだろう。

13宮内清美の事情:2020/06/14(日) 11:21:10
入寮から一週間目、日曜の晩の事だった。
夕食も入浴もすみ、あとは就寝時間まで各自部屋での自習時間という実質自由時間。
今日は、猫田さんと森野さんの202号室コンビは所用があるからといって、勉強会にはこなかった。
あたしは自分の机に座り、傍らに立つ蓮崎さんにマンツーマンで教えてもらって宿題を済ませる。その後、蓮崎さんがかしこまった表情でこういった。
「実は、折り入って重大な話があります」
コホンと咳払いを一つ。
「宮内さん。この一週間一緒にいて、貴女は信用できて好感の持てる人だとわかりました。そこで、ルームメイトとして一緒に暮らすうえで必要なので、私の秘密を明かしたいと思います」
「なに? まさかレズだとか?」
冗談半分に尋ねる。
「違います」
蓮崎さんは真顔で答える。
「見て下さい」
おもむろにバッとスポーツブラを脱ぐ。ボロンと零れ落ちたダイナマイトバストがドンと目に飛び込む。大きい、本当に大きくて形が良くて柔らかそう……いや柔らかくて、お風呂で何度も見ているが間近だと迫力が半端ない。
「え、まさか露出狂とか?」
「それも違います。……お願いですから、絶対に声は出さないで下さい」
あたしが首肯すると、ポンと軽い音とともに蓮崎さんの身体が変化した。
目付きがどことなく険しくなったような気がする。そして耳が尖っている。だけど、もっと劇的な変化が二つ。
まずは頭。普段お団子に結い上げている髪の毛の位置に、別のものがついていた。金属光沢を放つ真っ黒い塊は、羊みたいな巻角だ。
次に背中というか背後。そこには肩を越えたマントのようなものが見えた。いや、それは翼だった。ビニールかなにかのような艶やかな光沢を放つそれは、蝙蝠のような皮の翼。
「へ? こすぷれ?」
間抜けな声を出す。
「いいえ、本物です。見て下さい」
グッと頭を近づけて角を見せる。あ、本当に頭から生えている。次いで回れ右して背中も見せてくれる。こんな時でも項が色っぽいと思える。やっぱり背中、というより肩胛骨の辺りから翼の骨格が生えていて、皮膜の付け根は腰の方まで伸びている。
「動かせますよ」
畳んだ翼を広げて、ほんのちょっと羽ばたいてみせる。
「触ってみてください。暖かいでしょう?」
本当だ。光沢通りつるつるしててビニールみたいで、でも暖かい。
「えっと、蓮崎さんて……」
向き直って正面から見る。再び暴力的なまでな迫力の胸が視界に入る。
「はい、私は人間ではありません」
背中には真っ黒な蝙蝠の翼、頭に角、これはどうみても……
「えっと、という事は……悪魔!」
息を呑む。え、ちょっと待って、悪魔って、それやばく……
「違います」
「あ、違うんだ、ゴメン」
「そう分類される事もありますが。正確に言うと夢魔、サキュバスです」
「あ、サキュバスなんだ……って、淫魔!」
確か淫魔って言い方もある。途端に脳裏に浮かぶピンクの想像。

14宮内清美の事情:2020/06/14(日) 11:22:18
蓮崎さんが今までのクールな表情をかなぐり捨て、淫らに意地悪な笑みを浮かべる。
「正体を知ったからには、宮内さんには私の餌食になってもらいます」
その目が妖しく光ってあたしは動けなくなる。そして、蓮崎さんはあたしをベッドに押し倒し……

<イメージ映像>
何故か映る、ピンクの薔薇を挿した一輪挿しの花瓶。そしてBGMのように響く少女の喘ぎ声。
CVあたし「や、な、何を……」
CV蓮崎さん「ふふふ、どう、気持ち良いでしょう」
CVあたし「あ……、やめ、お願い、もう許して」
CV蓮崎さん「あら、貴女の身体はそうは言ってないわ」
やがて一際大きな喘ぎ声とともに、薔薇の花がハラハラと散ってゆく。

ベッドに仰向けに倒れてて、着衣が乱れて顔を真っ赤にして目に涙を浮かべて喘ぐあたしを、蓮崎さんはベッドの脇に立って酷薄な笑みで見下ろす。
「ふふふ、あなたの生気はとても美味しかったです。これからも私の性奴隷として、死ぬまで私に生気を捧げてください」


「あの、多分変な想像をしているのでしょうが、私は貴女に危害を加えるつもりは一切ありません」
彼女は真剣な眼差しでじっと見つめる。こんなときでも本当に美人だ。
「えっと、でも、淫魔でしょ」
あたしは腰が引ける。
「ええ。ですが、宮内さん。私は貴女が入寮してから一度もそういう危害を加えてはいませんよね。それをもって、信用していただけないでしょうか」
その美しく寂しげな目の端に、ジワッと僅かな涙が見える。何かこう、こみ上げてくる感情がある。
「それはそうだけど……」
あたしは少し目を逸らし、口をとがらす。
「それに、私には人間に危害を加えるような能力はありません」
蓮崎さんはあくまでも真剣な眼差しだ。
「えっと、生気を吸い取ったりとか」
「そういう事はできません」
彼女は速攻で首を振る。
「魂とか寿命とか奪ったりとか」
あたしが問うと、すぐに否定する。
「それもできません。淫魔としては落ち零れなんです。ただ、淫魔なので週に一度は性交渉をしないと衰弱して死んでしまうんです」
「性交渉って……」
あたしは一瞬引くが思い直す。
「あ、レズじゃないんだよね」
「はい。ですが、私はバイセクシャルです。男でも女でもOKなのです」
その美麗な顔に無邪気な、しかしそこはかとなく悪意を感じさせる笑みが浮かぶ。あたしは緊張で、ビシッと身体が硬直する。

15宮内清美の事情:2020/06/14(日) 11:23:25
「あと、尻軽で浮気者で多情で、非常に惚れっぽいのです」
目がキラキラ輝いている。やばい、やばい、やばい、これ絶対やばいヤツだ。
「宮内さん、いえ清美さん。私は貴女を好きになってしまったのです。どうか私のセックスフレンドの一人になって下さいませんか?」
生まれて初めて受けた告白は、同性でクラス一の美人でルームメイトでサキュバスからのセックスフレンドのお誘いだった。
「え、ええええ、え!」
「ちょ、お願いです。声を上げないで下さい」
蓮崎さんは手を合わせて頭を下げる。
「無理無理無理無理無理!」
目を瞑り、首と突きだした手をブンブンと振って拒絶する。いくらなんでも、同性とそんな事なんてできないよう。
「わかりました。すみません。ではこの話は無しにしてください」
「え?」
「私は同意のない相手には手を出しません。それに、サキュバスのくせに変だと思ってるでしょうが、やっぱりセックスは愛し合っている者同士でするべきだと思うからです」
「あ、そうなんだ……」
ルームメイトが人間じゃなくて、バイで、あたしに惚れてて、でも同意がなければ手を出して来ない。もう頭の中はグチャグチャだ。
一つ引っかかる。
「あれ、恋人じゃなくってセフレって言ったよね」
「はい。さっきも言ったように、私はサキュバスなので多情な女です。一度に何人もを好きになってしまって、全員と関係を持ちたくなります。だから恋人ではなくセックスフレンドという言い方が適切かと思います。勿論、その分相手に対しても束縛しませんし」
ああ、うん。確かに告られた時もそんな事を言っていたような。そこはやっぱりサキュバスっぽいな。
「それでお願いなのですが、私の正体は他言無用に願います」
再び手を合わせて真剣な表情で頭を下げる。
「ああ、うん。やっぱそうだよね。秘密だよね」
あたしは何度も頷く。
「人間に危害を加えたりは絶対にしませんので、どうか黙っていて下さい。一生のお願いです」
「うん、わかった。……ねえ、もしあたしが蓮崎さんの正体を言いふらしたら、どうなるの?」
ふと、疑問が浮かんできたので口にする。
「そのときは」
蓮崎さんは一瞬、あたしを見据えた。
「失踪する事になります」
一瞬ギョッとする。その脅えが顔に出たのか、蓮崎さんは悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「勘違いしないで下さい。私が、ですよ。
 正体がばれたら、騒ぎになる前に私は姿を消します。そしてどこか遠く離れた土地で、別人として再スタートする事になります。今まで実際に、何度もそうしてきました」
それはちょっと、いや、大分可哀想かな。蓮崎さんは学校では優等生で人気者の生徒として、沢山の友達に文字通り囲まれて楽しそうな日々を送っている。それに家族とも別れる事になるだろうし。
そんな日常を失って、見知らぬ土地にいきなり行って一から生活を始めないといけないってのは、ものすごく苦労しそうだ。
あたしも、蓮崎さんがいなくなったらきっと寂しいだろうし。
「大丈夫、絶対喋らないから」
あたしはできるだけ真剣な眼差しを彼女に返す。
「ありがとうございます」
蓮崎さんはにっこりと笑う。花が咲くとか輝くとか、そんな表現の似合う満面の笑顔で、あたしはちょっとだけときめいてしまう。

16宮内清美の事情:2020/06/14(日) 11:24:29
「それにしても、サキュバスって実在したんだ」
尚も露出しているダイナマイトバストから目を逸らすように、蓮崎さんの角に目をやる。
「ええ。他にもいろいろな妖怪がいますよ」
これは大ニュース。
「マジで!?」
素っ頓狂な声を出すあたしに、蓮崎さんは事も無げに答える。
「はい。皆さん、騒ぎになるのを恐れて身を隠していますけど、世の中には結構いるんですよ」
なんというか、天地がひっくり返るような事だ。これはもう驚きすぎて付いていけない。
「ほえー、知らなかった。この学校にも他にいるの?」
彼女は平然と続ける。
「はい。私以外にもまだいます。全員顔見知りで正体を知っています。誰が妖怪かは、本人の許可がないと人間には教えられませんけど」
うーん。平和な日常だと思ってたら、実は平和な非日常だったなんて、まるで漫画だ。
「ふーん。……ねえ、ひょっとしてこの寮って実は妖怪だらけなんじゃない?」
あたしは、ふと思いつきを口にする。ここの学校に寮があるってのは前々から不思議に思っていたから。
「あ、気付いてしまいましたか。全員ではありませんが、寮生には何人も妖怪がいます。寮生以外にもいます」
彼女はごく普通に、結構重大な事を口にする。
「え、ちょっと、え、ひょっとして、ここって妖怪学園とかそんなんなの?」
蓮崎さんは笑顔で肯定する。
「はい。実はここの学校の運営陣には妖怪がいまして、妖怪に人間社会で生活できるようにトレーニングをしたり、正規の学校教育を施したり、偽造ではない経歴を作ったりするのに利用されています。
 勿論、皆さん私と同じように人間に危害を加えない妖怪ばかりですから、大丈夫ですよ」
もう衝撃が連続しすぎる。
「えええええっ! びっくり。あー、ひょっとして、蓮崎さんの取り巻きって……」
「全員ではありませんが、妖怪が何人もいますよ。あと、セフレもいます」
「ちょ、さらっと妙な情報混ぜないでよ」
あたしは僅かに顔をしかめる。
「それでですね、改めてもう一つお願いがあるのですが」
蓮崎さんは真剣な面持ちで近づいてくる。
「もう一つ?」
「はい。セフレの件は無しですが、是非私と友達になってください。毎回とは言いませんが、できれば一緒に文芸部の活動にも参加していただけませんか?」
「え、ええ。友達ならば、喜んで」
「ありがとうございます」
彼女は再び満面の笑みで両手でしっかりと握手してきた。正直眩しい、眩しすぎる。
「では、これからは清美さんと呼ばせて下さい」
「うん、いいよ。じゃあ、私も夢子さんで……」
「ごめんなさい。出来れば蓮崎のままでお願いします。あ、えっと、別に他人行儀っていう訳じゃ無いんですけど……。
 そうですね、昔から正体がばれて逃げ出したとき、ちょくちょく名前を変えたんです。それでも、蓮崎って名字だけはなるべく変えないようにしてました。それで、私は蓮崎と呼ばれる方が落ち着くんです。皆にもそう呼んでくれるようにお願いしてます」
「んー、そうい事なら蓮崎さんて呼ぶよ」
「ありがとうございます」

17宮内清美の事情:2020/06/14(日) 11:25:56
蓮崎さんは私物の電気ケトルでお茶を沸かして淹れくれる。ダージリンティーの良い香りが部屋に広がる。
「さてこの際、清美さんには妖怪についてまとめて説明しておきます。準備は宜しいですか?」
ちなみに人間の姿に戻り羽が無くなってスポーツブラが着られるようになったので、既に胸の凶器はしまわれている。
「あ、はい」
あたしは蓮崎さん側ブースの机の椅子に腰掛け、紅茶のカップを受け取りつつ答える。彼女は自分のベッドに腰掛ける。
「まず、妖怪というのは、人間の想いから生まれます。精神エネルギーと言い換えた方が分かりやすいでしょうか」
「えーと、マンガとかでよくあるような、人間の想像とかが実体化するとかっていうアレ?」
「はい、そうです。具体的な想像でなくても、もっと漠然とした気持ちなんかが集まっても生まれます。私なんかもその類で、多分、性欲とか金縛りとか夢とか、そういうものへの漠然とした思いが集まって生まれました」
ふと、昔を懐かしむように自分のカップを眺める。
「生まれたばかりの妖怪は、最低限の知識や言葉は分かりますが、大抵は本能とかに従って行動します。人間を脅かしたり、襲ったり、ただうろついたり、でもやがて自我を得て自由意志で行動するようにもなります。
 人間社会で妖怪の存在が公になると騒ぎになるので、近くにある妖怪達の相互扶助コミュニティー……俗に妖怪ネットワークと呼ばれています……が、なるべく早い段階でそういった新米妖怪を保護しようとします。そして、人間への化け方や社会的な知識とかを教えたり、身元を偽造してあげたりします」
「身元の偽造って、まさか!」
あたしは声を上げて蓮崎さんを見る。
「はい。この私、蓮崎夢子の戸籍は偽物です。あと、騙していてすみませんが、家族の事も作り話です」
蓮崎さんのその美しい顔に僅かに憂いが浮かぶ。
「え、じゃあ、なに、戸籍を偽造したって事?」
「ええ。大抵の妖怪は降って湧いたように生まれるから元々戸籍はありませんし、家族もいません。人間と違って歳をとりませんし寿命もありませんからずっと同じ戸籍で居ると怪しまれてしまいます。
 私はもう、何度も戸籍を変えていますし、年齢だってあなたと同じ16歳ではありません。もっとずっと年上です。
 驚きましたか? 清美さん」
悲しみを帯びた目で微笑みつつ、あたしを見る。
「う、うん。ちょっと驚いた。で、実際は何歳……あ、ごめん」
優しい微笑みで返してくれる。
「かまいませんよ。正確な日付けとかはわかりませんが、大体戦後すぐくらいの生まれです。もう50歳になります」
ふと引っかかる。
「戦争が終わったのって、たしか1945年だから……」
「ストップ、お願いだから数えないで下さい。鯖くらい読ませて下さい」
嗤いつつも、蓮崎さんはたしなめてきた。

18宮内清美の事情:2020/06/14(日) 11:27:44
「生まれたばかりの頃の私はまだ名前もなく、ただ人間への変身はできたので、記憶喪失の身元不明の女として花子なんて適当な名前を付けられて赤線……売春窟で働かされていました。
 私を軽蔑しますか?」
「いえ、まあ、その、サキュバスだから仕方ないかなって」
あたしは慌てて否定する。
「当時の社会情勢では、身寄りもなく手に職もない女性はそうでもしないと生きて行けませんでした。しかし、金の為……それもピンハネされて微々たる額の為に、毎日毎日好きでもない男に次々と抱かれる重労働の日々。私はいつしかそれに疑問を持ち、やがて脱出したいと思ったのです。
 でも、現実は無情です。空を飛んだりして逃げ出したとして、その先に何が待っているのでしょう? 私にできるのはまた同じ売春婦としての仕事だけです。
 そんなとき、客に妖怪がいたのか、噂を聞きつけて近くの妖怪ネットワークからある人……妖怪が来てくれたのです。その人は客を装ってやってきて、私の意志を問いました。ここから逃げたいか、と。そして逃げるのなら手を貸すし、その後の生活の世話もしてくれると言ってきました。
 私はその人の手を取り、逃げ出したのです。そしてその人は、私に社会の知識や生活の方法、偽造戸籍などを用意してくれました。『蓮崎』というのも、その人がつけてくれた名字だったのです」
蓮崎さんは目を瞑り、うっとりとした表情となる。ホント、サマになってる。
「へえ、そうなんだ。……ってサキュバスだから『蓮崎』か!」
「はい。本人は一時凌ぎのつもりで付けた名前だったのでしょう。でも、私を助けてくれた初恋の人が付けてくれた大切な名前です。今でも大事に使う事にしています」
クールな顔のまま、クスリと嗤う。
「そっかあ、だから『蓮崎さん』って呼んで欲しいんだ。ロマンチックな話だねえ。その後その人とは?」
「分かれました。元々恋人がいる人でしたので、私は身を引いたのです」
その美しい目をそっと伏せる。美人がやると本当に絵になる。
「うう、健気な話だ」
蓮崎さんはそこで顔を上げる。
「すみません、脱線しすぎましたね。
 妖怪は人間の想いが実体化したものなので、その想いに縛られます。
 例えば、姿形です。そのままの姿で歳をとらず、寿命もなく、病気にもならず、それどころか姿を維持するために四肢を失っても生えてきます。流石に負傷が激しければ死にはしますが、それでも普通の生き物よりタフです。さらには想いが残っているかぎり、死んでも何十年後かにまた復活する事すらあります」
「へえ、妖怪ってすごいね」
あたしは感心を表す。
「それから、伝承に即した能力とか弱点もあります」
「そっか、だから蓮崎さんはその、月に一回……」
ちょっと言えなくて、口ごもる。
「ええ。ただ、お恥ずかしいのですが、能力の方はあまり持っていないのです」
「翼があるって事は、空が飛べるんだよね?」
「はい、飛べます。女の子一人くらいなら、抱えて飛ぶ事もできますよ」
「え、じゃあ。今度一回飛ばせてよ」
蓮崎さんと空を飛ぶ。その魅力的な事に思いを馳せ、何気なくした要求を彼女は許諾する。
「いいですけど、あまり力はないので、安定しません。おそらくかなり揺れたりするでしょう」
「う、じゃあ、パスした方がいいのかな?」
鼻白むあたしに、蓮崎さんは優しく微笑む。
「体調の良いときに、低空飛行だったら大丈夫だと思います」
「ありがと」
「それから夜目が効きます」
「そっか、夜行性だもんね」
あたしは納得する。
「あと、人を寄せつけない『人払いの結界』というものが使えます。人間が外から中に入ったり、中を見ようとすると、意識を反らせる効果があります。これで正体がばれずに活動する事もできます」
「へえ、そんなのがあるんだ」
「あと、ちょっとした一発芸ができます」
蓮崎さんは立ち上がる。と、一瞬にして彼女は生まれたままの姿になる。角や翼が生えているだけではない、そのダイナマイトボディをまた間近で拝む事ができた、今度は下まで。
「正体を現すと、このように無生物なら透過する事ができます。本当は壁抜けの能力なんですが、こういう使い方もできます」
見ると、服はそのまま足下に落ちている。
「ほお」
あたしは話の内容より、再び拝めたその立派なボディの方に感心してしまう。
こうしてあたしは今まで知らなかった世界の真相を知り、なかなか寝付けない夜を過ごした。寝付けなかった理由は、間近で見た暴力的な威力を持つそのプロポーションが目に焼き付いたせいでもあるけど。

19宮内清美の事情:2020/06/14(日) 11:28:10
「清美さん、起きて下さい。もう朝ですよ、遅刻しますよ」
翌朝、あたしは蓮崎さんに揺り起こされた。昨夜はなかなか寝付けなかったせいで、目覚ましのアラームに気付かなかったようだ。覚ましたばかりのあたしの目の前に、例のダイナマイトバストが迫って来る。
「すみません。失礼ですが緊急事態ですので、勝手に入らせていただきました」
互いのブースに勝手に入らないのは、寮生活のマナーの第一歩だ。
彼女の頭には巻角、そして背中には蝙蝠の翼、つまりは昨夜と同じく上半身裸だった。
「……えっと、何で裸?」
目をこすり、上体を起こしつつあたしは尋ねた。
「あ、これですか。私はできるなら、毎朝文字通り羽を伸ばしたいのです。そして人間用の衣服は羽を出すのには向いていません」
あたしがベッドから降りると、二度寝をしないと確信したのだろう。蓮崎さんは自分の側へと戻って行く。時間的に、日課の早朝ジョギング——参加者=併走者がそこそこいる——を終了して汗を拭っていた途中なのだろう。
「……ねえ、ひょっとして」
あたしは頭の中に浮かんだ疑問を口にする。
「それがやりたいから、ルームメイトのあたしに正体を明かしたの?」
「はい、それもあります。でもそれだけではありませんよ。やっぱり親しくて信頼できる人には、全部を知ってほしいですから」
その声には、愉快そうな響きが混じっていた。

こうして、平凡なオタク女子であるあたしと、美人で変人でバイセクシャルで真面目なサキュバスの蓮崎さんの、不思議な同居生活が始まった。

20妖怪に化かされた名無しさん:2020/06/17(水) 00:00:08
訂正です。
>>18
× 「そっか、だから蓮崎さんはその、月に一回……」
○ 「そっか、だから蓮崎さんはその、週に一回……」

21ようこそ妖怪学園へ:2020/06/21(日) 15:51:08
高校生、宮内清美が父の転勤のせいで校内にある若葉寮の201号室に入寮した翌日、昼休みの食事時の事である。
「ねえねえ、清美。寮での生活ってどうだった?」
ポニーテールにフレーム無し眼鏡の少女水上秀子が、紙パックのジュースをストローでチューっと一口飲んだ後尋ねる。
「どうって?」
裾を切りそろえたボブカットに、オーバーリムの眼鏡の少女をかけたソバカスの少女宮内清美が、購買のパンをモグモグと咀嚼しながら答える。
「いや、ほら、蓮崎さんと同室でしょ?」
秀子はクラス一の美人の名を上げる。
結い上げて左右でお団子状にした髪の下には非常に魅力的な顔。高い背丈に暴力的までに巨大なバストと細いウエストに大きめのヒップというダイナマイトボディの持ち主である。それは、男子生徒のみならず女子生徒の視線までも釘付けにする。
成績は優秀で温厚で誰にも優しい優等生ではあるものの、「執筆のネタ」と称して文芸部員達を引き連れていろいろな活動をしている変人。それが蓮崎夢子である。
ちなみに現在、彼女は部室に行ったらしく教室にはいない。
「うん。蓮崎さんってすっごく親切で良い人でさ。あと、隣の部屋の人ともすぐに仲良くなったよ」
ニッコリと笑って、清美はそう答える。
「いや、だからさ、その、ドキドキしちゃわない? 恋愛的に」
秀子が声を潜めてボソボソと尋ねる。
「そりゃないでしょ? いくらなんでも」
二本の三つ編みお下げにアンダーリムの眼鏡を掛けた少女、椎名佳恵がビシっと突っ込む。
「だって、あんな美人と同室だよ? ついついドキドキしてそっち趣味とかに目覚めないかなーって」
秀子の言葉を佳恵が即座にピシャリと否定する。
「あんたねー、妄想と現実は区別しなさいよ。清美にそういう趣味はないでしょ」
ガールズラブ系作品を読むのは、この三人の中では秀子だけだ。
「まあ、確かにね。あんな美人だもん、間近で見ればちょっとドキッというか、びっくりというか、そういう感じはするよ」
清美が紙パックの牛乳からストローで一口飲んでから答える。
「ええっ、じゃあ段々と仲を深めて、やがては……」
佳恵が秀子の頭をペシリと叩く。
「だ・か・ら、二次元と三次元を区別しろってんだ、オイ」

22ようこそ妖怪学園へ:2020/06/21(日) 15:52:45
アイタタと大げさに痛がる秀子が、口を尖らせて言う。
「でもさ、蓮崎さんの悪い噂って聞いたことあるよ」
「あれでしょ? 男女問わずとっかえひっかえ付き合ってるって」
佳恵がそう続けると、清美が答える。
「あー、聞いた事ある。でも、アレでしょ? 浮気性だから、大勢のボーイフレンド・ガールフレンドがいるっての。ぶっちゃけ取り巻き全員がそうだって話じゃない?」
「いやいや、デートとかじゃなくて、実際にヤッちゃってるって話」
秀子がそう口にすると、不意に横から声がする。
「ああ、それ。実は訳があるってさ」
声の主たる傍らに居た女子が続ける。
「蓮崎さんの取り巻きの中の一人が、『オレだけの彼女になってくれ』って言って玉砕して、腹いせにそういう噂を吹聴してるんだってさ」
「なーんだぁ」×3
秀子、清美、佳恵の三人が気の抜けた声を出す。
「そりゃそうよね。フツー、彼氏……独占するような関係になりたいもんね」
清美の言葉に残りの二人もウンウンと同意する。
こうしてその話題は終わったのだが、後々三人は思い起こす。あのとき横から口を挟んだ女子は一体誰だったのだろうか、と。

23ようこそ妖怪学園へ:2020/06/21(日) 15:55:01
昨夜、清美はルームメイトの蓮崎から正体と妖怪の存在を教えられた。
曰く、彼女はサキュバスであること。曰く、世の中には妖怪が多数居ること。曰く、この私立若葉ヶ丘高校は極秘裏に妖怪を生徒として受け入れていること。曰く、彼女はバイで清美が好きでセフレの一人として付き合いたいということ。曰く、本人の許可がなければ同室でも決して手出しはしないこと。
いろいろ混乱はしてはいるものの、清美はなんとかそれを呑み込んでなかなか寝付けない夜と寝坊気味の翌朝を迎えた。
そして今朝、蓮崎はこう言った。
「あの、もし宜しければ、『お仲間』を何人か紹介させていただけないでしょうか?」
「お仲間って……、つまり妖怪って事?」
清美がそう返すと、蓮崎は微笑んで是を返す。
「はい。私と一緒にいれば、いろいろと妖怪に関わる事もあります。ですので、正体を明かしても良いという人達を紹介したいと思うのですが、宜しいでしょうか? 勿論、他言無用に願いますが」
「うーん。どうしようかな……」
暫く考えた挙げ句、清美はその提案を受ける事にした。
「わかりました。では、放課後に紹介します」

24ようこそ妖怪学園へ:2020/06/21(日) 15:56:23
清美が入寮してからの毎朝、朝食のため食堂に向かう際は、蓮崎と一緒にお隣202号室の猫田尚美&森野桜のコンビと誘い合って行く事にしていた。どちらか先に部屋を出た方がもう片方の部屋をノックして誘う。しかし今朝は違った。
「お二人なら、もう食堂へ向かっていますよ」
202号室のドアをノックしようとすると、そう蓮崎が告げた。どうも大分寝坊したらしい。
寮の一階、男女寮を繋ぐ部分にある食堂で二人と合流する。
蓮崎と清美は窓口で朝食を受け取り、二人のいるテーブルに着く。
「おっはよー」
癖っ毛のショートヘアで若干釣り目の小柄な少女猫田尚美が挨拶する。頭頂の両側にある跳ねもいつも通りだ。
「遅ようッス」
左だけを前髪で隠した眠たげな垂れ目で長身長髪の少女、森野桜がふざけた挨拶をかます。
「ごめん。ちょっと寝坊した」
そう清美は返す。理由は言えない。
当たり前だ、同級生のルームメイトが齢50歳の妖怪……それも淫魔で、そんな彼女から愛の告白をされて、なんて口にしたら正気を疑われるレベルだ。
「そッスか」
桜は流す。尚美もも特に理由には触れず、何気ない普段の雑談に移る。
「おはよう、蓮崎」「おはようござます。蓮崎さん」
四人での会話をしつつの朝食の間、蓮崎は男女問わず幾人もから声を掛けられる。毎朝の事だ。蓮崎はそれらに笑顔で対応する。
——やっぱり、蓮崎さんって美人で活動的で人気者だよね——
——セフレの一人としてだけど、そんな人気者から告白されたってのは、凄い事なんだよね——
——あたしの人生で初めてで、下手したら最初で最後かもしれない——
寮生の美人の先輩に笑顔で挨拶を返している彼女を見て、清美はぼんやりとそう考える。
——正直、そっちの趣味はないけど、惜しいというかもったいないというか何というか……——
不意に頭の中で蓮崎さん——角・羽付きの淫魔モード——と互いに全裸で抱き合っている自分を思い浮かべてしまう。あわててブンブンと首を振り変な想像を追い払った。
その後、四人一緒に登校してから清美は三人とは別れる。隣室コンビは隣のクラスだし、蓮崎といえばクラスでもいろんな人が話しかけてくる。余所のクラスからも、例の実践文芸部の人達が来て何やら話をしている。
彼女とルームメイトになって距離が近くなったとはいえ、学校内では相変わらず皆に囲まれる美人の人気者と目立たないオタクだ。一度は蓮崎が清美を近くに誘うものの、彼女が他の人との話とかに加われるわけもなく、結局は秀子や佳恵といったオタク仲間と連むことになる。
「うーん。やっぱり別世界の人だなあ……」
離れたところから蓮崎を眺めながら、清美はぽつりと呟く。
「蓮崎さんか」
佳恵もそちらを向く。
「やっぱり気になっちゃう?」
秀子が意味深に尋ねる。
「クラスの人気者で、でも決して威張ってるわけでも高圧的でもない優しい人。冴えないオタクの自分とは月とすっぽん、釣り鐘と風鈴、身分違いで、まるで別世界のお姫様のような人。
 しかし一旦寮に帰れば、そんな素敵な女性と同じ部屋で暮らす。ああ、この時間だけは、そんな身分なんて関係なく、皆の人気者の彼女を独り占めできる。まさに夢のような……」
「妙な妄想は止めなさい。清美にも蓮崎さんにも失礼でしょ」
佳恵が手にした文庫本でポンと彼女の頭をたたく。
「あいたたた」
大げさに痛がってみせる。
あながち間違いとは言えない。昨夜、彼女の側からお誘いがあったのだ。
——もしあのとき受け入れてたら、多分そんな関係になってる——
——もちろん、あたしにそっちの趣味はないけれど——
——いや、今も猫田さんや森野さんとも一緒だけど、蓮崎さんを独占できている——
「ん、どったの清美、黙っちゃって」
良恵が怪訝そうに尋ねる。
「え、いや。二人きりとか夢のような状況とかじゃないけど、確かに蓮崎さんとお近づきになって話す事も増えたなあって」
実際はお近づきどころじゃなくて告白もされてるんだけど。
「で、親しくなって、ぐっときたりとか……」
「ええかげんにしなさい!」
佳恵は再び秀子に、今度は裏拳でドンとツッコミを入れる。

25ようこそ妖怪学園へ:2020/06/21(日) 15:58:22
やがて放課後になった。
「蓮崎、部室に行こうぜ」「蓮崎さん、一緒に行きましょう」
文芸部仲間の誘いに、彼女は頭を振る。
「すみません。今日は用事があるので、少し遅れていきます」
そうして清美のところへとやってくる。
「さあ、行きましょう。清美さん」
にっこりと笑って素早く囁く。
「四階の空き教室で落ち合う約束です」
「あれ? 清美、蓮崎さんと……」
「は、まさか、二人で逢い引き?」
そう言った秀子の脳天に、佳恵の手刀がペシッと決まる。
「本人が目の前にいるんだから止めなさい!」
「えっと、清美さんも文芸部の活動に興味があるそうなので、活動内容を少々教えたいと思いまして」
思わず見とれてしまうようなクールな笑顔で蓮崎は応じる。
「う、うん。秀子、佳恵、悪いけど今日はつきあえないんだ」
清美も追従する。
「う、あの変じ……賑やかな集団か」
「朱に交わって赤くなったか……。悪いけど、あたしらは付き合えないんで」
そそくさと二人が退散すると、入れ替わりに隣室コンビ——尚美&桜——がやってきた。
「やあ、宮ッチ」
「宮内サン、一緒に行きましょう」
——ああ、やっぱりそういう事なんだ——
蓮崎さんの隣室で互いに部屋を行き来してるし、しょっちゅう連んでる二人だ。多分そうじゃないかと思ってたのだが、やっぱり『お仲間』らしい。
四人は無言のまま4階に上がる。
「念の為、人払いの結界を張っておきました。私から離れないで下さい。はぐれますよ」
そう言って、蓮崎は清美のすぐ隣にぴったりと寄り添う。外部の人間の意識を結界内から反らせる術だそうだ。
「あの、大丈夫ですか? 緊張しませんか?」
「大丈夫。さすがに一人だったら怖いけど、蓮崎さんもいるし猫田さんや森野さんもいるから安心するよ」
ぎこちなく笑顔を作る清美に、三人がほっとした表情を浮かべる。
「大丈夫、今逢う奴らって、安全だから」
「そうッス、人間に危害加えるような奴らは、そもそも入学させてもらえないッス。だから大丈夫ッス」

26ようこそ妖怪学園へ:2020/06/21(日) 16:01:16
空き教室には、三人の生徒がいた。一人は大柄な男子生徒で、目立つので蓮崎の取り巻きの一人として見覚えがある。あとは見覚えのない中肉中背の男子生徒に、小柄な女子生徒。
「おい。本当にそいつに見せて大丈夫なのか?」
大柄で筋肉質の男子が言う。角刈りに太い眉で目付きの鋭い精悍な顔立ちだ。それがジロッと清美を見る。
「こら、シロッチ! 宮ッチを睨み付けるな! アタシや蓮ッチや桜ッチが大丈夫って言ってるんだから、大丈夫に決まっているでしょ? 信用できないの!?」
尚美が釣り目をさらに釣り上げて睨む。
「う、いや、だってよ。お前らには元々友達だろうけど、オレらからしたら、見も知らぬ相手だぜ。警戒もするだろ? 普通」
「まあまあ志郎、蓮崎さんや桜、尚美ちゃんが太鼓判押してるんだ。ここは信用しようよ」
おかっぱみたいな髪型で逆ヘの字の大きめの口をした少年が取りなす。
「まあ、お前らがそういうんだったら……」
精悍な少年は、やや不承不承といった風にブツブツと呟いてから口を閉じる。
「じゃあ、アタシからいきます」
尚美がそう言うと、髪の色がサッとライトブラウンに変わる。同時に、頭頂左右の髪の跳ねから同じくライトブラウンの獣耳が飛び出して人耳が消える。次いで両目の瞳孔が縦長になり、鼻の先端が獣のそれに代わり、顔を耳や髪と同じライトブラウンの短い獣毛が覆い、頬から左右に何本かの長毛が飛び出す。袖から伸びる腕も、スカートの裾から伸びる脚も同じ色の獣毛に覆われ、さらに脚は膝の位置が上がって四足獣のそれの形へと変わる。また、スカートの裾からは長い二本の尻尾が伸びている。
「猫又だよ。猫の経立……歳経て妖怪になったのだけど、どう? 宮ッチ」
人間のときの面影を残す可愛らしいその姿で、そう自己紹介をする。
「えっと、目の前でリアルに変化するのを見たらちょっと驚いたけど、こう、何と言うか、意外性が何もないんだけど……」
清美が少し考えながら述べる感想に、桜も同調する。
「まあそうッスよね。アイデンティティ維持のために『猫田』なんてつけちゃ、モロバレッスよ」
「うっさいわね。で、アタシ、怖かったりする?」
彼女の小柄な体格はそのままで、少し上目遣いに清美を見る。なんというか、モロ小動物感が半端ない。
「え、いや。なんていうか、元が猫田さんってのもあるけど、怖いというより可愛い感じがする。モフモフしたいとか、膝の上でなでなでしたいというか……」
感じたまま素直に飾らずに言葉にする清美。
「うん、ありがと。名字は猫又だからそうつけたんだけど、ナオミってのは婆ちゃん……死んだ飼い主が付けてくれた名前だよ。
 ねえ、正体も明かしたことだし、これからは名前の方で呼んで欲しいんだけどさ、出来れば呼び捨てで」
「わかった。じゃあたしの事も名前で清美でお願い」
「これからも宜しく」
尚美は笑顔を浮かべ、スッと手を伸ばして獣毛の生えた両手で清美の手をとる。
「こちらこそ宜しくね」
清美も微笑んで両手でキュッと握り返す。肉球がプニッと柔らかい。
「では、次は……」
蓮崎が桜を見る。
「じゃ、次はわたしッスね。安直ッスけど、わたしも文字通り、桜の樹の精ッス」
桜がのほほんとした笑顔で自己紹介する。
「悪いんスけど、ちょっと正体は見せたくないんで、これで勘弁して欲しいッス」
彼女が人差し指で天井をヒョイと指さすと、天井近くの空間でヒュオッと桜吹雪が舞う。
「『桜吹雪』、煙幕みたいな目くらましの妖術ッス」
桜吹雪の向こう側は見えない、多分中からも同様だろう。
「わあ、すっごくキレイ」
桜の花びらの無数に舞うその幻想的な光景に、清美は素直に呟く。
「ありがとうッス」
彼女が人差し指を下ろすと、桜吹雪は一瞬にして花びら一つ残さずパッと消える。
「てなわけで、今後も宜しくッス、清美サン」
「こちらこそ」
二人もまた、両手をキュッと握り逢う。
「そういやお前、そう言って、俺達全員に一度も正体見せたことないよな」
精悍な少年が彼女を見る。目付きが鋭いせいで、睨んでるようにも見える。
「お前ならどうなんだよ? 公平」
傍らに居る口の大きめの少年に尋ねる。
「ああ、僕も無いや」
しかしそののんびりとした口調には、そんな事はどうでも良さげな雰囲気が漂っている。
「だって、自信がないんス。蓮崎サンみたく美人じゃないし、尚美みたいに可愛くないし、公平みたいに愛嬌もないし、志郎クンみたいにカッコよくもないッスよ。あんまり見せたくないッス」
グッと拳を握って力説する。

27ようこそ妖怪学園へ:2020/06/21(日) 16:06:07
「そうだ。見せたくないってんだから、無理に見る必要ないじゃない。デリカシーがないぞ、シロッチ」
人間の姿に戻った尚美が、志郎と呼ばれた大柄の少年を平手でペシペシと殴る。
「それにわたし、樹ッスよ、樹木ッスよ。こんなところで正体出したら服が破れるッス」
「ああ、まあ、そりゃ仕方ないか」
納得して首肯する志郎に対し、尚美はさらにペシペシと殴り続ける。
「あ、いま、桜ッチの裸思い浮かべたでしょ。スケベ、変態」
「考えてねえって、桜の樹が制服着たのを思い浮かべただけだって」
彼女の攻撃を腕でガードしつつ志郎が叫ぶ。
「まったく、このケダモノめ」
尚美はフンとそっぽを向く。
「ケダモノはお互い様だろが、ったく」
顔をしかめていた志郎は、清美の方を向く。
「次はオレだな」
制服のネクタイの結び目に指をかけ、首回りをグッと広げ、ワイシャツのボタンをプチプチと二つほど外す。
「ちょっと怖いかもしれないけど、声は上げるなよ」
大柄な少年の身体が、さらに一回りブワッと膨れ上がったように見えた。
そこにいたのは、白銀の狼だった。人間時の精悍な顔のイメージそのままに、制服を着て二足歩行をする、光沢のある灰色の毛皮の狼がそこにいた。きっと満月の光を浴びるとその姿は美しく輝くだろう。
「大神志郎、見ての通り狼男だ。あ、狼男って言っても西洋のじゃなくてだな。オレの爺さんはニホンオオカミの経立で、その一族の産まれだ」
「志郎くんは他の妖怪と違って、普通にご両親がいますし、成人するまでは普通に歳も取ります」
蓮崎が解説を加える。
「まあ、宜しくな」
そう言って、スッと手を差し出す。ギラリと光る鉤爪の生えた、力強そうな手はちょっと怖い。
その脅えで、つい手を出すのを躊躇った。すると二人の間に尚美がサッと割って入って彼をジロッと睨む。
「やめな、シロッチ。清ッチが怖がっているだろ」
「ああ、悪い。確かに、いきなりコレは怖いよな」
自分の鉤爪をしげしげと見てから、彼は人間の姿に戻る。
「あ、いえ、こっちこそごめんなさい」
清美はペコッと頭を下げつつ考える。
——尚美がさっきから大神君にやけにからむのは、こういう事だったんだ——
すると、桜が清美の背後からススッと近づいて囁く。
「ひょっとして、猫と狼だから仲が悪いとか思ってるんじゃないッスか?」
「え、違うの?」
不意に声を荒げる桜。
「甘いッス。蜂蜜に砂糖とチクロとサッカリンをブチ込んだくらい甘いッス。あれは『犬も食わない』って奴ッスよ」
「犬も食わないって……、え、え、えええええっ! だって、だって、ネコとオオカミだよ?」
素っ頓狂な声を上げる清美に、志郎は言い放つ。
「ん? いいじゃねえか。だって、こいつ以上に可愛くて素敵な女の子なんて、そうそういないぜ?」
言ってから頬をポッと赤らめ、気恥ずかしそうにそっぽを向く。
「にゃああああっ! 何小っ恥ずかしいコト言ってんのさ!」
尚美は一瞬で顔を耳まで真っ赤にして、再び志郎を平手でペシペシと叩く。
——あ、叫び声はネコなんだ——
妙なところに感心する清美であった。
「な、なんだよ。褒めてるんじゃないか」
「うっさい。恥ずかしいコト禁止!」
しばらく続いた痴話喧嘩に、もう一人の少年が割り込む。
「あのー、僕、良いかな?」
笑っているかのような逆ヘの字型の大きめの口から出るのは、決して苛ついてはいないのんびりとした口調。
「ああ、悪い悪い」
「ごめん、河ッチ」
慌てて黙る二人。だが尚美は手の動きだけでペシペシと志郎を叩き続けている。
「えーと、僕は河野公平。河童だよ」
言うが早いか、彼の肌が緑に染まる。さらに頭頂部には広い皿、人間時の面影を残す口には平たい黄色い嘴、ブレザーの背中が膨れてないところを見ると甲羅はないらしく、そして手には水掻きがあった。
伝承などでお馴染みの、確かに愛嬌のある姿だった。

28ようこそ妖怪学園へ:2020/06/21(日) 16:12:03
「ちなみに、公平はわたしの彼氏ッス」
ごく普通の表情で、桜がそう言って彼の手を握る。
「え、桜の樹と河童?」
ちょっと驚く清美に、彼女が続ける。
「昔話に異類婚姻譚なんて、掃いて捨てる程あるッス。妖怪同士でも、種を越えてくっついたっておかしくはないッス」
グッと拳を握ってから、そう、キッパリ堂々と力強く宣言する。
「そんなわけで宜しく」
水掻きのある手をヒラヒラと動かしてから人間の姿に戻る。正体を知った後なら、確かに髪型や口は河童っぽい。
「こっちこそ宜しく」
清美はペコリと頭を下げる。
「じゃ、真打ち登場と行きますか」
最後に歩み出たのは、小柄でショートカットの髪に丸顔、ノンフレームの横長レンズの眼鏡をかけた少女だ。
「神宮寺魅子、漫画なんかにあるエスパーのイメージが実体化した妖怪だよ。だから正体は人間のままの姿で、バリヤーが張れます」
言うが早いか、一瞬、ぼんやりとした光の幕に包まれる。
「ちなみに、私だけ2年生です」
「え、2年生……」
清美は、尚美よりもさらに小さいその姿をマジマジと見る。よく見れば学校指定の上履きに入ったラインの色はオレンジ、現在の二年生の色だ。なお、一年が青で、三年が緑、進級とともに色もそのまま持ち上がる。
「妖怪だから、成長しないのよ」
ブスっとした顔で、魅子は呟く。
「すいません。先輩」
清美は今までとは別の意味でペコリと頭を下げた。
「いいわよ、別に。もう慣れたから。これから宜しくね」
ニコッと笑って握手をする。
「では、今度は清美さんの番です」
「は、はい」
蓮崎に促され、スーハーと深呼吸をしてから、清美は自己紹介をする。
「蓮崎さんのルームメイト、宮内清美です。普通の人間です。宜しくお願いします」
そしてペコリと一礼すると、パチパチと拍手が起こった。
「まあ、わたしら、正体が妖怪ってだけで、普通に高校生ッスからね」
「そうそう。アタシたちの事は、ちょっとした特技持ちくらいに考えて」
「オレら、本性表さないと使えない能力も多いから、普段は殆ど普通の人間と変わらないぜ」
「それに、大体僕らの能力って、日常生活で発揮するようなもんじゃないし」
「ま、なんかこの子達関係で困った事があったら、私に相談して。2の2だから」
そう、妖怪達が語りかけると、蓮崎がコホンと咳払いをする。
「なお、皆さん、私と同じく文芸部員です」
清美はつい志郎をチラッと見る。
「わかるッスよ」
「だよねー」
隣室コンビが同意すると、彼は無言のまま肩を竦める。

29ようこそ妖怪学園へ:2020/06/21(日) 16:13:30
「そして、魅子さん以外の四人は、私のセフレです」
続く蓮崎の言葉に、男子二人が目を剥く。
「お、おい、蓮崎、待てよ!」
「ちょ、ちょっとばらさないでよ!」
「ああー、言っちゃったッスか」
「しょーがないよ。すぐにバレちゃうし」
一方の女子二人は平常運転だ。
「ん? え? だって付き合ってるって……」
清美は思わず、寄り添っている尚美と志郎、桜と公平をパパッと指さす。
「ええ。四人とも私のセフレグループで知り合いました。だからそれぞれ彼カノの関係になって付き合ってても、私とは未だに関係を持ち続けています。
 セフレをやめたくなったら、いつでもOKなのですが」
ニッコリ微笑んだまま、さらっと爛れきった関係を暴露する蓮崎。さすがサキュバスである。
「うーん。そうなんだ……って! 二人が寮で蓮崎さんにベタベタしてたのとか、尚美が『蓮崎さんを取らないで』と言ったのって……」
「そういうこと」
「そうッス」
是が却ってきたので、清美の頭はちょっとクラクラとした。額に右手を当てて少し項垂れる。
「えーと、アタシは別に蓮ッチ以外の女の子とどうこうしたいとは思わないから、だから安心してね」
「わたしもッス。蓮崎サンを除けば、今は公平一筋ッス。だから清美サンに手を出したりはしないッス」
清美の一応の身の安全は保証された。
尤もそんな事よりも、先程の各自の正体と蓮崎の正体との絡みが清美の頭の中で巡っているのだが。
寮の浴場で見た蓮崎の豊満な身体、それに目の前の四人が絡んでる姿が次々と思い浮かぶ。特に尚美と桜なんて、同じく浴場で全裸を見たわけだから、よりリアルに想像できてしまう。
さらに、今見た本性の方の姿もそれに加わる。狼男と交わる蓮崎、河童と交わる蓮崎、猫又と交わる蓮崎……。ちなみに蓮崎の方も本性をさらけ出して角・翼付だ。
「ストップ、ストップッス、清美サン」
顔を真っ赤にしてグルグルと視線を彷徨わせる清美に、桜が突っ込む。
「これ以上、変な妄想をしないで欲しいッス」
その声で、清美はハッと我に返る。
「あ、ゴ、ゴメン」
「仕方ねーよ」
「うん、仕方ないよね」
「蓮ッチの事知ってたら、そうなっちゃうよね」
と、皆さんの発言が終わったあと、清美はポツリと呟く。
「それにしても、まさか妖怪だらけの学校だったとは……。なんかまるで漫画みたい」
するとすぐさま言葉が帰ってくる。今まで黙っていた魅子先輩からだ。
「言っとくけど、漫画みたいな展開を期待しないでよね」
じっと清美をみる。
「え、と言うと?」
尋ね返すと、魅子はさらに続ける。
「要するに、世界を陰から支配しようとか、人間を餌食にしようとかいう妖怪や、逆にそういう妖怪達と戦う正義の妖怪とかってのは、この学校には居ないってこと。
 確かに、世の中にはそういう妖怪達もいるけど、それって結局、人間のマフィアやら警察官やらと同じようなもので、大抵の妖怪はごく普通の一般人だからね。妖怪としての能力はあるけど」
一瞬、ほんの一瞬だった。清美に気付かれることなく、他の五人が魅子にジロッと険しい視線を送る。
「あ、そういやそうよね。そんな妖怪ばっかりだったら、もっと大事件とか起きてるもんね」
清美の脳裏に、何度かリメイクされている有名妖怪アニメが思い浮かぶ。あれだとしょっちゅう大事件が起きてたわけだが、現実はそうではない。
「だから、あくまでもちょっと変わった特技を持ったお友達として、宜しくね。あと、勿論、正体は内緒にしてね」
立てた人差し指をサッと口に当てて、魅子はそう締めくくった。
「は、はい。もちろんです」

30ようこそ妖怪学園へ:2020/06/21(日) 16:14:51
文芸部の部室に向かう為に空き部屋を出ると、清美と蓮崎の担任のイケメン教師中沢がいた。
180cmを越える上背に、線の細い感じの整った顔立ち、そして白いワイシャツに暗色系で地味なネクタイとスラックス姿でサンダル履きだ。
「どうだった? 蓮崎」
彼はいつものような、女性だけでなく男性にも好印象を与える優しげな微笑みを浮かべて尋ねてくる。
「はい。大丈夫でした」
蓮崎は清美の背後からその両肩にポンと手を置いて、パァッと輝くような喜色満面の笑みを浮かべる。
「正体を知っても、友達でいてくれます」
彼はニコッと笑い返すと、清美を見る。間近で見ると、眩しい笑顔だ。
「こいつは正体はちょっとアレだけど、真面目で友達思いで優しい良い奴だ。どうか、これからも仲良くしてやってくれ」
そう言って軽くペコッと頭を下げる。
「あ、は、はい」
清美は緊張のあまり、ペコリと大きくお辞儀を返す。
「先生。清美さんに、先生の正体も明かして良いですか?」
「おーい、蓮崎。それって半分以上、正体明かしてるじゃないか」
満面の笑みの蓮崎に、半笑いで顔をしかめる中沢。
「どうせ私達の事を知ったんですから、先生も一蓮托生、という事で」
「そうね。私達関連で何かあった時、相談窓口は多い方が良いわ。ただの生徒よりも、先生の方が安心できると思うよ」
蓮崎の言葉に魅子も追従する。
「えっと、つまり、先生も妖怪なんですよね?」
念の為、清美は問う。
「おう、そうだ」
「先生はですね。悪魔なんです」
事も無げに、蓮崎は言った。

31ようこそ妖怪学園へ:2020/06/21(日) 16:16:30
中沢貴之は国語教師である。
去年、大卒後すぐに赴任して一年間副担任を経たあと、今年から1年6組の担任としてクラスを任された新米教師である。
身長は180cmをやや越えた線の細い感じの美青年で、普段から他人を安心させるようなにこやかな微笑みを浮かべている。細く見える身体は実は筋肉質であり足も長い。
彼の教え方は主に物事を丁寧に噛み砕いて説明するもので、さらには同じ内容を様々な表現で言い換えたり例えを使って解説する事もできて、他人の理解を促す事ができる。そして、教員免許こそ高校の国語教師であるが、実は小・中の範囲も含めて殆どの教科を教える事ができる。
曰く、中学の頃から同級生やその弟妹達に勉強を教えていたし、大学時代はアルバイトで塾の講師もしていたので、一通りの事は教えられる、と。その為、新米教師という弱い立場も相まって、テスト後に全教科の補習授業を纏めて引き受けさせられる事もよくある。
外見も年齢も近いせいか生徒達にフレンドリーに接し、物わかりもよく少々の事は見逃してくれる。生徒達を名前で呼んで声を掛けるところから、どうも全校生徒の顔と名前を覚えているとも言われている。
昼休みや放課後にはしょっちゅう校内を歩いて周り、イジメ・喫煙・カツアゲなど非行を発見し次第止めたりもする。運動部の猛者同士の喧嘩に仲裁に入って取り押さえた事もあり、腕っ節も強いらしい。
そんなこんなで、女生徒の中には彼に恋慕の情を抱く生徒も少なくはない。
しかし去年、勇気を振り絞って告白した3年の女生徒は瞬殺された。
「私、先生の事が好きです。卒業したら付き合って下さい」
「ごめんな。先生、彼氏がいるんだ」
玉砕した彼女は、二・三日寝込んだという。
この噂は瞬く間に全校に広まり、様々な憶測を生んだ。
曰く、ガチのゲイだと。これには校内にいた決して少なくない数の腐女子達が食いつき、黄色い声を上げて妄想し、一部は作品にまで昇華させた。これは今でも、一部の女生徒達の間で読み継がれていると言われている。
曰く、女生徒を寄せ付けない為の方便だと。これを信じた少女達は、告白しては次々と玉砕していった。なお、卒業式後であってもそれは全く同じであった。
なお、彼氏についての質問に対して彼は総て「プライベートだからノーコメント」といった答えしか返さず、それが却ってミステリアスだと数々の憶測や妄想や噂を産んでいった。

32ようこそ妖怪学園へ:2020/06/21(日) 16:19:56
「え、ええっ。あ、悪魔って、その」
衝撃の事実に清美は素っ頓狂な声を出す。
——この人気者の素敵な先生が、実は悪魔?——
——って事は、優しげな仮面の下では悪事を企んでいるとか——
「先生は悪魔っていっても、生まれがそうってだけで、悪い事なんてしませんよ」
蓮崎が蕩けるような素敵な笑顔を、困惑している清美の顔にスッと寄せる。少しドキッとする。
「ああ、俺は生まれてすぐに行き倒れてな、そこを親切な人間に拾われて暫く世話してもらったんだ。そこで人間を好きになって、それからは悪さをしない事にしたんだ」
少しはにかむようにして、中沢が答える。
「え、ほ、本当なんですか。その悪魔ってのは……」
「ああ、本当さ。とは言っても、人間の持つ悪意の漠然とした象徴で、きちんとした伝承とかに則したものじゃない。あと、見た目の変化は蝙蝠の翼が生えてるくらいだ。今は服を着てるから出せないけど」
その辺の話は蓮崎から聞いている。
「悪魔なのに、先生をしてるんですか?」
ついつい疑問が口を吐いて出る。
「そうさ。俺は悪魔として生まれたけど、人間に親切にされたから人間を好きになって改心した。だから、例え生まれが人間を襲うような妖怪だって、教育次第では人間と共存できるようになると信じている」
そうして彼は、生徒の一人に目を向けてから一同に視線をグルリと巡らす。
「だから俺は教師を選んだ」
そう、ニコッと自信を持った笑みを浮かべる。
「先生。とても素敵です」
蓮崎が太陽のようにパァッと輝く笑顔を浮かべる。
「あ、あの、先生。もう一つ質問があるんですが」
なおも清美は問う。やばいかな、と思ってちょっとドキドキする。
「あ、あの、先生。彼氏がいるってのは、本当ですか」
清美以外の一同が、プッと吹き出す。
「ああ、それッスか。実は訳があるんスよね、先生」
桜がポンと清美の肩を叩き、次いで中沢の方を見る。
「まあ……、妖怪の正体を明かしちゃったんだから、教えてもいいだろう」
ほんの一瞬だけ僅かに顔をしかめると元の微笑みに戻し、尻ポケットに入れていた財布からパラリと一葉の写真を取り出す。
「今、子供の妖怪を引き取って育てているんだ。世間には、例の震災で他に身よりのなくなった親戚の子だといってな」

※筆者註:この作品世界では2000年に第二次関東大震災が起きています。

33ようこそ妖怪学園へ:2020/06/21(日) 16:21:19
写真には、髪の長いちょっと生意気そうな笑顔の少年が写っていた。年の頃は中高生くらいだろう。
「もうこれが、可愛くって可愛くって、まさに俺の王子様」
彼はデヘヘと相好を崩す。
「悟っていってさ、今はこいつの事に夢中で、正直、恋愛なんて考えられないんだ」
「ストップ! これ以上聞いちゃいけないッス。親バカトーク炸裂で日が暮れるッス!」
慌てて桜がバッと割り込む。
「ああ、そうだな。すまん、これから部室に向かうんだろ?」
「はい、そうです」
そう答える蓮崎の顔と声は、先程とは打って変わって硬く余所余所しい。
「じゃ、俺は仕事に戻るわ。蓮崎、『活動』にはできるだけ協力はするが、あんまり羽目を外すなよ」
「はい。先生」
クルリと踵を返して立ち去る彼の後ろ姿を、僅かに伏せた目で追い続ける。
——ん、まさかコレって……?——
清美はそっと桜に耳打ちする。
「あの、ひょっとして蓮崎さんって、先生の事」
「そうッス。初恋の人だそうッス」
にやけつつ答えてくれる。
「ええっ? 初恋の人って……」
目を白黒させて発する、今日幾度目かの素っ頓狂な声に、本人が応えてくれた。
「ええ。私に蓮崎と名字をつけてくれたのは先生です」
「あ、そっか、妖怪だから歳をとらないんで……。そっか、じゃ、運命の再会……、なわけないよね……」
「はい。私は先生に逢いたくて、この学校に入学しました」
「蓮ッチ、乙女ーー」
尚美がヒューッと口笛を吹く。
「ですが、今の先生は、悟君の子育てに夢中なんです」
蓮崎サンは、その美しい目を伏せる。本当に悲しげだ。
「あいつさ、生まれた妖怪にいろいろ教えるのが、趣味というかライフワークというか生き甲斐みたいなんだよね」
魅子がポツリと補足する。
「さすがに直接育てるのは珍しいけど、うちの妹達……あ、私の妖怪としての後輩達の事なんだけども、その中にも生まれたばかりの頃に教わった子がいるし」
恐らくはフリーになったので折角半世紀ぶりに追っかけてきたのに、もう別の人に夢中ということか。一同はなんとなくやるせない気持ちになる。
「でもよう。そいつが育って独り立ちすれば、もう親バカも終わりだろ? だったらまだチャンスはあるぜ、蓮崎」
今まで静観していた志郎が不意に口を開く。一同「あっそうか」の声。
「そうですね。それまで待つ事にしましょう」
蓮崎はそう微笑んで答えるものの、目は伏せたままだった。

34ようこそ妖怪学園へ:2020/06/21(日) 16:23:48
校舎裏にある部室棟、そこの一室である文芸部の部室前に一同は到着した。
「文芸部員といっても、妖怪だったり、妖怪の存在を知ってたりする人ばかりではありません」
蓮崎は改めて清美に釘を刺す。
「あ、そうなんだ」
「ですので、基本的に妖怪の事は秘密ということでお願いします」
「わかったよ。ところで、誰が妖怪で、誰が妖怪を知ってる人とかってのは教えてくれるの?」
「それがですね、誰が妖怪かは本人から許可を得ないと教えられない事になってるんです。
 それから、妖怪を知ってる人間については、ちょっと困った事になってるんですよ」
清美の問に、蓮崎はその美しい顔を困惑で曇らせる。
「正直、ウチの学校の妖怪関係者の取り扱いって、ちょっとイイカゲンなんスよね」
桜がハァッと溜息を吐くと、公平が後を続ける。
「そうそう。妖怪同士は教師も生徒も一度全員集めて面通しするんだけど、妖怪を知ってる人間ってのはねえ……」
公平が歯切れ悪そうに言うと、尚美が眉根を寄せる。
「清ッチのときみたいに、改めてバラすときは一応学校側……妖怪の先生とかに相談したりするから、学校の方は分かってんだけどさ、アタシらにはそういうのあんまり回ってこないんだよね」
「おまけによお、どの人間が誰が妖怪かを知ってるか、てのも殆どわからないんだぜ」
志郎も困り顔だ。
一同の最後尾でついてきた魅子が説明する。
「この学校では、秘密保持の観点から、人間には本人の許可がないと妖怪である事や正体を教えちゃいけないのよ。ほら、秘密を知る人は少ないほうがいいでしょ?
 でもそのせいで、妖怪を知ってる人間が、妖怪相手に妖怪の存在を隠そうとしたり、なんて変な事も起きたりしちゃうんだよね。
 先生なんかとも相談してるんだけど、やっぱり秘密保持優先で、身近な人間以外には正体を明かさないって方針でやるしかないって言われたよ」
そう締め括ってヒョコッと肩を竦めた。

35ようこそ妖怪学園へ:2020/06/21(日) 16:24:21
部室には数名の部員がおり、蓮崎は清美を見学者と紹介する。彼らは部の本来の活動の説明をし、今ここに居ない部員は蓮崎の方の活動をしてるといった。
「ハロウィンでコスプレパレードをするので、今は空き教室を借りてその衣装作りとかやってます」
そう言って今度はそっちに移動し、また清美を紹介した。
本日の蓮崎達は『実践文芸部』の活動には参加せず、そのまま清美と尚美と桜を引き連れて若葉寮へと向かう。
「さて、最後にこの学校のラスボスを紹介するッス」
「え、ラスボス?」
桜に問い返す清美に、蓮崎がニコッと微笑む。
「射干玉八美代さんの事ですよ」
寮生が毎日の点呼だので顔を合わせる、若い美人の管理人のことだ。
「あの人さ、ウチの学校最強の妖怪」
尚美がバラす。
「妖怪の事を知ってる寮生には、必ず正体を明かす事になってます」
「ま、神宮寺センパイとか中沢先生と同じ、妖怪関係の相談窓口ッス。最強なんで、寮生で逆らえる人はいないッスよ」
蓮崎と桜の説明に、清美は納得する。
寮の玄関脇にある窓口に声をかけ、回り込んでその向こうの執務室に入る。管理人は水色の作業着姿で事務机の脇に立って待っていた。
彼女はウェーブのかかったセミロングの髪に、頬のふっくらとした微笑んでいるような優しげな顔で、体つきもややふっくらとした若い女性である。
「宮内さん、改めて自己紹介します。私は射干玉八美代、闇への恐怖が実体化した闇の精です。なお、恐怖が具現化したものですので、すみませんが正体はお見せできません」
そう言ってペコッと一礼する。
清美もつられて「あ、どうも」と一礼する。
「端的に表すと、無数の魔物の蠢く闇の塊といったところでしょうか」
「正体見たら発狂するッスよ」
「面通しのときに見せてもらったけど、妖怪のアタシらから見ても、トラウマモノだよ」
蓮崎の説明では清美には上手く想像できない。桜と尚美の言うことを信じれば、多分考えてはいけない類なのだろう。
「妖怪関連で何かお困りの事があれば、遠慮なく言って下さいね。例えば、蓮崎さんに猥褻な事をされたとか」
射干玉の言葉に、間髪入れず蓮崎が返す。
「酷いです、八美代お姉さま。私はそんなに信用ありませんか?」
悲しみにやや顔を陰らせ、体をギクッと強張らせた射干玉をじっとみつめる。
「ちょ、ちょっとその呼び方は、今ここでは止めてくれないかしら」
「私が同意を得ない相手とは決して性交渉しないのは、お姉さまもよくご存知のはずです」
「えっと……、まさか」
清美が隣室コンビの方を向く。
「そうッス」
「アタシらのお仲間だよ」
桜と尚美の答えに、一瞬こちらを見た射干玉はサッと視線を反らす。その頬は赤い。
「いや、あの、その、例えばの話であって、ほら、万一とか……」
詰め寄る蓮崎に必死に弁解する射干玉の慌てっぷりを見て、清美の中にとある考えが浮かんだ。
――この学校のラスボスって、実は蓮崎さんなんじゃないの――


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