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妖怪ショートショート劇場

37妖怪に化かされた名無しさん:2003/09/09(火) 23:41
「小江戸に降る雪」その2
比企妖怪連合壊滅。この知らせを受けて県全域の妖怪は一致団結して邪龍に対抗することにした。
東側の隣接する入間妖怪連合の古老、川越の袖引き小僧は一計を案じ、蘇った邪龍を川越市内におびき寄せようとする。
川越付近の妖怪は徳川家縁の寺、喜多院に終結する。
県各地の妖怪達も、川越市街に向かって移動を始めた。
同時に、飛行妖怪に邪竜を挑発させて川越市におびき寄せようとした。
飛行部隊の作戦は、予想以上にうまくにいき、作戦は順調かと思われた。
しかし、突如邪魔が入った。
東松山市にいたはずの妖怪傭兵団がいつの間にか川越に移動していたのだ。
妖怪傭兵団に包囲され、絶体絶命の危機を迎える川越妖怪。
そして、県各地の妖怪は傭兵団に阻まれ、足止めをくっていた。

38妖怪に化かされた名無しさん:2003/09/09(火) 23:41
「小江戸に降る雪」その3
かつてこの地では川越城築城の際に、この地の龍神に城主の娘を人身御供を捧げたと言う。
以来、龍神は川越城を守護しているという。
川越の袖引き小僧の計画は、その龍神を眠りから覚まして邪龍を討つつもりだった。
その鍵となるものがこの喜多院にあるのだ。
しかし、ライヒ博士側も邪龍を成長させる為のオルゴンエネルギーの源として、かつて喜多院にあったという星の落ちた井戸、明星の井戸に目をつけていた。
地下水脈と繋がったオルゴン供給装置により強化された邪龍は、川越全域の気温を急速に低下させる。
その頃、調査を行っていた妖怪達によって背後関係があきらかになる。
黒幕はザ・ビースト。邪龍の気象操作能力によって世界の食料生産を操ろうと企んでいたのだ。
DOR砲や妖怪傭兵団の猛攻にさらされ、危機に瀕した川越妖怪達。
その時、突如オルゴンエネルギーが枯渇し、DOR砲とオルゴン供給装置が停止する。
いぶかしがるライヒ博士の前に地面から飛び出したのは、傷の手当てを済ませた比企妖怪達だった。
かつて、比企の吉見百穴が天然の冷蔵庫であることに気付いた男が、保存庫用に岩窟を掘りだしたことがあった。
後に、それは岩屋を掘ること自体が目的となり、できた岩屋は男の言葉から「岩窟掘てる」と呼ばれた。
その想いから生まれた妖怪岩窟が、トンネルを掘りぬいて喜多院に到達し、地下水の流れを絶ったのだった。
同族ゆえに縄張り意識から仲たがいをしたいた二人の袖引き小僧は和解し、ともに傭兵団と戦う。
強力な兵器を封じ、助っ人が加わったため、一気に形成逆転する地元妖怪達。

39妖怪に化かされた名無しさん:2003/09/09(火) 23:41
「小江戸に降る雪」その4
県各地の妖怪達もようやく川越市内に到達し、このまま勝利かと思われたが、邪龍はすでに成長しきっていた。
周囲の気温を下げ、さらには小江戸川越の空に小雪までちらつきはじめる。
県各地から集まった龍神達も、所詮は蛇の化身。
寒さで弱体化したところを次々に撃破される。
喜多院では妖怪達が、ようやく隠されていた覚醒の鈴を鳴らす。
「境内禁鈴」かつて喜多院には女の大蛇がおり、それを鈴の音が鳴るまで出てこないように封じたと言う。
もし、境内で鈴や鐘をならせばその怒りを買い、嵐とともに女龍の姿で現れるといわれていた。
その覚醒の為の鈴を鳴らし、女龍を覚醒させ、事情を説明する。
川越を支配する龍神、すなわち川越城の堀の主ヤナを目覚めさせる事ができるのは龍神のみ。
だが、そのためには川越城の東北に位置した(現川越市立博物館敷地内)の霧で川越の城や町を守るといわれた霧吹きの井戸から隠れ里に入らねばならず、そこを開く為にはある儀式が必要だった。
川越市内にある、ある程度の広さを持つ水面で、ある種の紋様を描くのだった。
しかし、川越市内の条件に該当するような池やプールは総て妖怪傭兵団が配置されており、それを撃破し儀式をする間に、邪龍によって川越の町は凍結してしまう。

40妖怪に化かされた名無しさん:2003/09/09(火) 23:41
「小江戸に降る雪」その5
しかし、既に霧吹きの井戸は開いていた。
プロジェクトWB。それは有事を想定して、十数年前から密かに行われていた計画だった。
映画やドラマにもなった、男子シンクロナイズドスイミング、それは川越を守護する龍神の覚醒の為の儀式だったのだ。
女龍がそこへ飛びこむとほど無くして龍神ヤナが、川越高校のプールから現れ邪龍へと向かっていった。
強大な龍神の参戦でようやく邪龍は滅び、氷となって砕け、雹となって降り注ぎ、川越市内は平穏を取り戻し、ようやく夏が戻ってきた。
邪龍の崩壊と同時に、ライヒ博士と妖怪傭兵団の生き残りは、持参していたワープ装置を使って何処かにある彼等の基地へと逃れていった。

41悪魔の誕生:2004/01/16(金) 04:15
とある地方に異端の神を祭る村があった。
その神は古代の神にありがちな禍福両面をつかさどる神であった。
しかし村人は禍の面を鎮め、福の面を奉りその力によってもたらされる繁栄を享受していた。
ある時、唯一神を崇める司祭が大勢の兵士を引き連れて村へやってきた。
司祭は神の禍の面のみを声高に主張し、その神殿と偶像を壊し、神官達を処刑した。
司祭の兵とは言っても元々は食い詰めのゴロツキである。
彼らは異教徒征伐の名目で村人を殺戮し、金品を強奪し、畑に塩までまいた。
そのため村は滅び、改宗という名目の奴隷化を受け入れて生き残った人々も、かつての繁栄とは程遠い惨めな暮らしに陥った。
司祭はその異教徒討伐の功績により、聖人の列に名を連ねることとなった。
かつて異端の神であった存在は、長い年月のうちに神の座から悪魔へと引き落とされていった。
しかし人々は忘れない、それがかつては繁栄をもたらす偉大な神であった事を。
その証拠に禍の根源たるその存在は、同時に何かを代償に人々の願いを叶える存在でもあるのだ。

42真紅の軌跡:2005/03/15(火) 23:48:47
闇が全てを呑みこみ、街がうたた寝を始める頃、あたしは目覚める。
エンジンはあたしの心臓。これからの失踪を喜び、鼓動を早くする。
ヘッドライトはあたしの瞳。これからの躍動に期待し、まばゆく輝く。
1秒すらもどかしく、サイドブレーキをはずし、アクセルを下げる。
四つのタイヤがアスファルトを掴み、蹴る。
立ちふさがる夜闇をヘッドライトで切り裂き、突進する。
闇に眠る木々が鮮明に浮かび上がり、見る間に溶け流れて後ろに消えていく。
車体の上を通り過ぎて行く風が、心地よい。
あたしは今、一陣の風となってしている。
一日の内で、唯一あたしが生きているといえる時間。
せせこましい町から離れた、郊外の道を掛け抜ける。
さながらあたしは、一頭の優美な獣。

街灯は流星となり、消えて行く。
風を受け、風と化し、風を追い抜き、

不意にあたしに追いつかれた風が不愉快な音を伝えた。
過剰なクラクションと排気音。途端にあたしは、雌鹿から雌虎へと変わる。
明確な主張もできない主人に成り代わり吼える、クラクションとマフラー。
ちっぽけな自己を過大に顕示するためだけの派手な飾り。
道具の速さを自分の実力と勘違いしていきがる、青二才の一団だ。
今日の獲物はみつけた。さあ、狩りの時間だ。

43真紅の軌跡:2005/03/15(火) 23:49:39
遅い。風と化したあたしにはすぐに追いつける。
でも、すぐに追いつかないのがあたしの流儀。
じきに、追尾してくるあたしに、奴らが気づく。
何人かが振り返り、あたしの姿を確認する。
急にふらつき、足がのろくなる。
引きつった顔で、何度もあたしを確認する。
そして急に速くなる。怯えた兎の如く。
当たり前だ、追尾するのはスクラッブ寸前の赤い乗用車。
割れたフロントガラスの内側には無人の運転席。
それが今のあたしの身体だ。

馬鹿でも、獲物の自覚ができたのだろう。
組んでいた隊列をほぐし、我先にと逃げ出す。
さあ逃げろ逃げろ。逃げるがいい。無駄な足掻きをするがいい。

挨拶は終り。さあ、本番だ。
まず、隊列が崩れて殿を勤めるはめになったのろまの坊やから

鋼の体で後を軽くつついてやる。
バランスを失って倒れ、そのまま滑りつづける。
何事も敗者は、勝者に踏みつけられるものだ。
足の下から、柔らかいものがつぶれる感触がする。
いい気味だ。
今はあたしの体になっている、当時買ったばかりだった愛車と、肉の体をぼろぼろにして壊した罰だ。
今度はあたしが壊してやる。

二人目、全くのろいったらありゃしない。
一息に跳ね飛ばし、踏みにじって行く。
三人目、倒さないように何度課慎重につつく。
何とかなる、そう思わせてから押し倒し、乗越える。

赤く染まったタイヤ、これがあたしの勲章。
真紅の軌跡の長さが、あたしの戦績。
もっともっと伸ばしてやる。すべてのあいつらを狩り尽くすまで。
それかあたしの生きる意味。
さあ、狩りを続けよう。夜明けまではまだ長い。

44妖怪に化かされた名無しさん:2005/03/16(水) 14:30:49
>>43
クリス・ザ・カー思い出した

45屍鬼の奇怪な冒険:2005/03/22(火) 13:19:37
目が覚めた。
顔にかけられていた布きれを取り、上半身を起こして周りを見た。
私と似たような連中がたくさん寝ていた。

明かりがないのになぜか周りがよく見える。なんでだろ。
まあいいや。
とりあえず私はこの部屋から出ることにした。

ドアを開けて、階段を上っていく。
玄関にたどりつくまでに医師や看護士と何度もすれ違った。
でも誰も私のほうを見ようともしない。話しかけてもなぜかみんな無視する。なんでだろ。
まあいいや。

どうやらここは病院らしい。すると私がさっきまでいた部屋は霊安室かな。
そうすると、私は死人…いわゆるゾンビというやつなんだろうか。
なるほど。
どうりで誰もが私を気にしていなかったはずだ。
生者が死者を感知できるはずもない。その逆はあっても。

自動ドアが反応してくれないので、手動のドアから外に出る。
どうも、死者に冷たいのは生者だけでなく機械も同様らしい。
おや?

右腕に包帯をした若い女性が私を見ている。恐怖にひきつった顔で。
どうもこの人間には私が見えているようだ。
横にいる彼氏らしき男は、不思議そうに女性の顔を見ている。こちらは見えていないようだな。
私がすれ違う瞬間、女性は変な声をあげてその場にへたりこんだ。
腰が抜けたのかな。
まあいいや。

太陽がとってもまぶしい。

46屍鬼の奇怪な冒険:2005/04/22(金) 11:47:31
街はどこを見ても人であふれていた。
そして誰もが、病院の連中と同じように私の存在に気づかなかった。
その事実があらためて私の現在の状況を自覚させる。
やることもないし、とりあえずしばらく歩いてみるか。

あてもなくさまよい続けるのにも飽きたし、ちょうど今いる場所は公園だったので
一息つくすることにした。別に疲れてはいないけど。
公園の中央にある、噴水の前の赤いベンチに座る。

ふー

これからどうしたらいいんだろう。
帰る所はあったのか。そもそも私は誰だったのか。
大事な家族はいたのか、愛する恋人はいたのか、親しい友人はいたのか。
どれも憶えてはいない。
本当なら、ショックで泣き叫ぶか、絶望して憤るかするのが正しい反応なのかもしれないけど
そういう気にもなれない。
まあいいや。

空をゆっくり流れていく雲をボンヤリ見ながら、そんなことを考えていると
私の隣に誰かが座った。
…くたびれた背広、髭もじゃの顔、ぼさぼさの頭…
浮浪者という単語が私の脳裏をよぎった。
生前の私なら、たぶんこの不潔そうな男から距離を置いていただのかもしれない。
けど今となってはどうでもいいことだ。
気にせず、また雲の観察に戻る。
はずだった。

「こんにちは」

この男に話しかけられるまでは。

47最後の勤めck:2005/04/26(火) 00:40:27
 こう見えても、俺は元々は撞木だったんだぜ。
 え、撞木を知らないって? これだから、今どきの奴は…。撞木ってのはな、寺にある金を叩く為の道具さ。大抵は丁字型をしているんだけど、俺は違うんだ。なんせ俺は撞木の中で喪一番立派な梵鐘の撞木だからな。
 え、梵鐘を知らないって? 釣鐘のことだよ。つまり俺は、その釣鐘を撞く鐘撞き棒だったわけさ。
 あれは、明治時代のことだった。
 俺はその時、ある寺の釣鐘の撞木をしていた。
 しってるだろう? 俺の仕事を。
 そう、毎日朝夕に時を知らせたり、大晦日に、百八の煩悩を追い払ったりするんだ。特に大晦日の晩は俺の晴れ舞台さ。夜、大勢の人が寺にやって来て、一人一回ずつ、全部で百八回、俺を使って鐘を撞いて行くんだ。自分達の心の中の煩悩を追い出して、きれいな心で新年を迎えようって想いを込めてな。俺はその仕事を誇りに思ってたもんだ。
 ところがさ、とんでもない事が起きちまった。え、何かって? 廃仏毀釈さ。
 あんたも知っているだろう? 明治時代に、国家宗教は神道だからって仏教が虐げられたことを。
 いくつも寺が壊されたり、地蔵さんが捨てられたりしたんだ。
 俺の住む寺もその中の一つだった。
 まずい、このままじゃ捨てられてしまう。俺は焦った。
 幸いな事にこれでも仏具のはしくれだ、多少の法力はある。何日かするうちになんとか夢枕に立つ事ができて、再利用してもらえるように働きかけた。
 おかげで捨てられるのは免れて、しばらくどっかの倉庫に木材として置かれて、やがて他所へ運び出された。

48最後の勤め:2005/04/26(火) 00:46:06
 俺が運ばれた先はマッチ工場だった。
 ひでえもんだろ? ありがたい仏具の一つである俺様を、あっさら燃しちまうマッチなんて使い捨ての道具にしちまうなんてさ。
 例えばさ、なんかもっと長持ちするような道具にしてくれたら、じきにもっと法力を強くして持ち主に繁栄を約束してやれるのによ。
 生憎と法力もきれ、丸太ン棒の身体じゃ今度こそ文字通り手も足も出ないんで、俺はマッチにされちまった。
 おまけに俺で作られたマッチは外国に輸出されちまったんだ。
 ただでさえ不本意な余生だってのに、見も知らぬ異国の地で消し炭になって終っちまうんだぜ。
 で、船に揺られて俺がようやく辿りついたのは、ヨーロッパのとおる街だった。
 俺はその一角で売れ残っちまった。季節は丁度冬で暖炉やストーブを使う季節だってのに、一向に売れない。まったくいやになっちまうよ。
 そうこうしてるうちに、大晦日を迎えちまった。まったく、大晦日を何の役にも立たないまま過ごしちまうなんて、撞木としてのプライドが許さない。
 おまけに、寺がないから除夜の鐘も聞こえやしない。これじゃあ浮かばれない。
 でもよ、俺なんかまだ良い方だ。
 なぜって? 俺を売っている人間の方がもっとひどい境遇だったんだ。
 その子は、十かそこらの年端もいかない少女で、当然ながら家はかなり貧しかった。で、その子の母親は病死しちまってて、残った父親はろくに稼ぎもせずに酒浸りで、何かというとその子を殴るんだ。おまけについ先日、その子の唯一人の味方だった祖母さんもしんじまった。
 その大晦日も、その子は売れ残った俺を売るためにこの寒空にほっぽり出されたんだ。
 おまけに、ただでさえみすぼらしい服は客の同情を引くために一層みすぼらしくさせられてて、その子は寒さに震えていたんだよ。
 その子の脚には父親に殴られて出来た青痣があって、おまけに手足の指は霜焼けで真赤に貼れあがってたんだ。しかも、靴を通りすがりの悪童に取上げられたんでその子は裸足だった。
 まったく泣きっ面に蜂だよ。本当に見てて痛々しかったんだよ。
 時々その子は咳き込んだんだ。ろくなもんが食えずに栄養失調になって、風の通り抜けるあばら家住まいのせいで、その子は風邪をひいてて、この寒空でそれをすっかり拗らせちまっていたんだ。
 俺はその子を助けたいと思った。だけど今の俺はただのマッチ棒にすぎない。今までと同じく文字通り手も足も出ない。俺はこの時ほど自分の無力さを呪った事はなかったね。

49最後の勤め:2005/04/26(火) 00:58:00
 やがて夜も吹けた頃、ほとんど凍死しかけたその子は、せめてもの暖を取ろうとして俺の1本を使おうとした。
 しめた。チャンスだ。俺はそう思ったね。
 手も足も出なくても、道具として使われればいくらかは法力が使える。でも俺には彼女を助ける能力は何もない。俺は火が点くまでの短い間、何かその子のためになる事が出来ないかと必死に考えた。
 そして壁に擦られて火が点くと動じに、ぱっと閃いた。
 俺には撞木としての除夜の鐘の力の一部がある。だから煩悩を追い出す応用で、その子の望んでいるものを心の中から取り出す事ができる。でも生憎とそっからは炎が燃えている間だけ、それを幻として出すくらいしかできないけどな。
 俺は彼女の望みを全部幻にして出した。
 凍えた身体を温めるストーブ。空腹を満たすご馳走。この前のクリスマスに見た、きれいなクリスマスツリー。
 そして最後にその子は俺の残りの束を全部、一度に擦った。
 俺はここぞとばかりに、ありったけの法力を使ってその子の望みを叶えようとしたんだ。
 最後の一番大きな炎の中に浮かんだのは、その子が一番会いたかった、死んだ祖母さんだった。
 今度は幻じゃないぜ。ちゃんとした実体をもった祖母さんだ。相変らず、炎が消えるまでの間だけど。
 それだけだった。たった四つしか、しかもほんの短い間だけしか望みが叶わなかったんだぜ。それなのにその子は、炎の中に浮かんだ祖母さんに抱かれて、満ち足りた幸せそうな表情で、安らかに眠るように逝っちまったんだよ。

50妖怪に化かされた名無しさん:2005/05/08(日) 16:21:00
 ニューエルサレム。そこは光輝あふるる神の楽園。そして絶対の支配者による狂えし理想郷。今そこは硝煙と血臭に満ちていた。
 世界の滅亡を防がんとする妖怪連合軍の進撃が行なわれているのだ。
 幾多の妖怪達が明日のために命を落とし、歪んだ絶対者の元に多くの使徒が散る、その戦の最前線に彼はいた。
 眼鏡に七三分けの髪のしょぼくれたサラリーマン、それが彼の姿だった。元々くたびれていたスーツは自らの血と焼け焦げでボロ屑の如き様相を呈していた。
 飛行妖怪の背にまたがり、ひたすら先陣を切って天使の編隊の只中へと突き進んでいくその行動はさながらカミカゼ。
 人間よりややマシな程度の防御力・耐久力しか持たぬ彼に、強大な妖怪が尋ねた事があった。なぜ戦いに赴き、その切り込み隊に参加するのか、と。
 復讐、彼はまずそう答えた。日本の東京出身の彼にとって神とその僕達は故郷を蹂躙しそこに平和に暮らす人々を虐殺した許し難き仇敵なのだと。
 そしてこうも答える、自分への刑罰だと。悪戯程度の能力しか持ぬ彼は、故郷の惨状に対して何も出来ず、助けを求める人々を苦しんでいる人々を救えなかった。
 だからせめてもの償いの為に、全ての元凶たる唯一神へ一矢報いるために来たのだと。

51妖怪に化かされた名無しさん:2005/05/08(日) 16:21:44
<続き>
 特攻する彼が行なうのは、いつものふざけた動作。両手を頭頂に付け左右の腕で一つづつの輪を作りつつ行なう叫び、「なーんちゃって」。
 人々の意識を虚に突き落とすその能力は、神の使徒に対しても有効だ。自らの主の領域を侵す魔物の軍勢に対し殺気立つ者達は、一瞬にして現状を忘却し周囲を認識できない木偶の棒と化す。
 それは戦場においては極めて致命的な状況だ。分子の構造模型を思わせる整然とした並びの士気の高い軍勢が、瞬く間にただの的と化す。そして正気を取り戻した時には既に致命傷を負い、地へと落ちる時なのだ。
 その有効範囲は遠距離ではなく自分の周囲にしか効かぬために、彼は特攻とも言える無謀な行動をとらざるを得ず、その身体は次第に様々な傷に蝕まれていった。
 しかしその快進撃にも雷を司る天使の一体によって終止符が打たれた。能力も乗騎の翼も届かぬ遥か遠方より飛来した轟音を伴う閃光の一撃を受け、彼の肉体は限界に達した。
 勢いに乗る雷の使徒は自らを一つの雷光と化して妖魔達の軍勢へと突進した。雷そのままの目にも止まらぬ高速と不規則な軌道は、あらゆる攻撃から逃れ得た。
 火炎も冷気も電撃も矢も銃弾も爪も牙も剣も槍も、すべてそれの通過した空間をただ薙ぐばかり。
 ただ一体の翼持つものにより、一人また一人と異形の魔物達が雷に打たれ槍に貫かれ地へと落ちて行き、神へ挑む部隊は混乱を極めた。

52妖怪に化かされた名無しさん:2005/05/08(日) 16:22:21
<続き>
 地に臥した一人である最初に撃たれた彼が、顔を上げ閃光の如く飛びまわる敵をその目に捕らえた。 周囲で動ける者に声をかけその助力で何とか身を起こし、文字通り死力を振り絞り最後の力を開放した。「なーんちゃって」。
 見よ、具現化されたその偽りとおふざけを表す言葉を。揺るぎ無き現実にすら干渉し、厳然とした事実すら偽りと化すその能力を。
 雷光と化した天使はその周囲の空間ごと一瞬前からの事実を虚偽とされ、元の状態へと還っていった。その結果は移動、ほんの僅かな時間分の移動であった。
 しかしその速さによりてその身を護る存在にとっては致命的な一撃でもあった。何故ならば通過した空間を薙ぐはずであった様々な攻撃を全てその身に受ける事となるからである。
 瞬時にその身を粉微塵に砕かれ、今まで一つの軍勢を手玉にとっていた存在はいとも容易く消滅していった。
 その光景を目に焼き付けながら、その身に過ぎる強大な力を行使した彼は改心の笑みを浮かべつつ僅かな塵となって崩れ落ちていった。
 かくして山手線に生まれた1匹の妖怪、なんちゃって小父さんはその命の炎を潰えさせたのである。
<了>

53裸稲荷:2008/02/05(火) 23:55:17
え、名前? 中山 三角(みすみ)よ。
住所? 前はさいたま市浦和区本太の3丁目。ほら京浜東北線脇の27番地に住んでいたけど、今は引っ越しちゃった。
趣味? もちろん、男性ストリップの観賞よ。
と・く・に、だまくらかして、脱がせるのなんてサイコー。
昔の中山道じゃよくやったものよ。
あたしを燻そうなんて火をつけたお馬鹿な男を、逆にその火が燃え広がったって幻覚で熱がらせて、脱がせたりしてからかったものよ。
今の人って、背は高くて肌は綺麗なんだけど、なんかこう、ヒョロっとしててつまんないのよ。
やっぱ、昔の方が背が低くてもがっちりしてて良かったわ…
え、嫌いなもの? モチ、鉄道。
はっきり言って大々々々っ嫌いね。当然でしょ?
うるさいし、揺れるし、人の土地削るし……
それにね、見てよ。この脚。右足が膝からないでしょ?
轢かれちゃったのよ。汽車に。
まだ鉄道とか良くわかんなくって、うっかり線路で昼寝しちゃってさ、汽車が来てそのままチョン、よ。
酷い話よね。汽笛鳴らすなり、止まってくれるなりしてくれてもいいじゃない、ねえ。
だ・か・ら、あたしは復讐に生きることにしたのよ。
とにかく鉄道関係に、事故を起こす事にしたのよ。
例えば幻の陸橋を見せて、車を線路に落としたり、踏切を渡る人に幻を見せて事故らせたり……、そりゃもう、今じゃ信じられないくらい悪さをしたわよ。昭和の頃までね。
でもね、やっぱ結局懲らしめに来た奴がいてね、そいつに散々追っかけまわされたわ。
だって、相手は狸で、汽車に化けて追っかけてくるのよ? わかるでしょ。あたしにとって、どんなに怖いかって
それで、二度と悪さをしないって誓ったのよ。
しかも改心して、いろいろと鉄道関係で悪さしてる連中を懲らしめるのに、一役買ったりした事もあったっけ。二度とあたしみたいに、鉄道で被害にあうヒトが出ないように、ってね。
今? それか縁で、その狸と付き合う事になってね、今度一緒になることになったんだけど……
でもね、どーしても困った事が一つあるのよ。アイツはね、汽車狸なのよ。
ほら、昔話であるでしょ? 夜、汽車に化けて線路を走った狸の話。
つまり、筋金入りの鉄道マニアなのよ。仕事はJR社員で、趣味はNゲージと鉄道写真。そんな結婚生活はいやーーーーーっ。

54冷蔵庫:2011/09/29(木) 23:55:08
あたしは冷蔵庫が嫌いだ。もっとはっきり言えば恐れている。
ドアを開けた途端に、粘液の用のどろりと流れ出して床を這って行く冷気。あたしはそれに足元を撫でられただけで、まるでそれが全身の毛穴から入り込んでくるかのように身も心も凍えそうな程ぞっとして、思わず後退ってしまう。
開かれた冷蔵庫の灯は暖かみを感じさせるはずの黄色なのに、妙に冷たく空々しい。きっと、冷蔵庫の忌まわしい本質を誤魔化しているからに違いない。
忌まわしい本質とは何か?
一旦閉じた冷蔵庫の中は、暗黒に支配された凍てついた場所。そしてそこには墓場のように、無数の生き物の骸が眠っている。
そう、冷蔵庫の中は暗く冷たく屍に満ちた正しく死の世界。
死の雰囲気に包まれたその冥界にも似た場所で、時々思い出したように動き出す冷却器は、まるでたまに目を醒まして辺りを睥睨する冥府の監視者のよう。
あたしは台所にある冷蔵庫にはまだ耐えられる。何故ならそれは有限の長さのコードによってコンセントに繋がれて自由を奪われ、さらには冷却器が何らやましいところがないかのように堂々と音を立てているからだ。
しかし粗大ゴミ置き場にある物は違う、もはやそれは別の存在だ。
何故ならコンセントから外されたと言うことは、もはや有限の長さのコードという戒めから解放され、自由を手にしたと言うことだ。
おまけに冷却器が音を立てないのは、まるで何か重大な秘密を守るために沈黙しているようにさえ思える。
どんな秘密を?
もちろん、自分がもはやだだの物体ではなく意志を持ってかつて自分を酷使した人間に対して復讐を企む存在だと言うことをである。
高校生にもなってこんな妄想に囚われているのは、馬鹿馬鹿しいことだとあたしも思う。冷蔵庫などという物は人間の作り出した便利な家電の一つで、あたしの想像するような代物ではない。
理性ではそう十分判ってはいる。しかし感情は別なのだ。あたしの心の中の冷蔵庫への恐怖は、決して理性では納得せずにこんな妄想を囁き続けている。
何故あたしは冷蔵庫に対してこんなに恐れ、妄想めいた考えを持つのだろう。きっとそれは、小さい頃の忌まわしい思い出のせいだ。
それはあたしがまだ七つか八つの小さかった頃のことだ。
その日あたし達は隠れんぼをしていた。日暮れ近くにあたしが最後に鬼になった時、どうしても見つからない子がいた。それは親友のさっちゃんだった。結局さっちゃんは見つからないまま日が暮れたので、あたしや他の子はそのまま家に帰ってしまった。
次の日さっちゃんは見つかった。遊び場だった空き地の隣のゴミ捨て場にあった、大きな冷蔵庫の中で。
死因は窒息死だった。

55冷蔵庫:2011/09/29(木) 23:56:02
学校の帰り道の事だった。
コーラス部の練習が長引いて既に日は暮れかけていた。
夕暮れの西の空は山の向こうの釣瓶落としの太陽の光で、血を思わせる不吉な深紅に染め上げられていた。おまけにそこに逆光で毒々しいまでに赤く色づいた雲が、得体の知れない魔物のような禍々しい姿をさらしていた。
いつも登下校途中に通る新興の住宅街の真ん中にぽつんと陥穽のようにある、ちっぽけな空き地の前をあたしは通りかかった。
その空き地は木の杭とそれらを繋ぐ三本の針金で作られた柵で、道からは区切られていた。
その柵にはマジックで文字の書かれたベニヤ板が張り付けられていた。もう暗くて読めないが、いつも登下校の途中に見ているので内容は知っている。『立入禁止』と『ゴミを捨てるな』だ。
けれどもそれは、どちらも無視されていた。
何故なら粗大ゴミや不燃物がそこの一角に居座って自己の存在を無言のまま主張し、残りの場所では子供達が歓声によって自分達の縄張りを主張していたからだ。
だけど今は子供達の姿はない。代わりに弱々しい赤い陽光の中には、肌寒い晩秋の風に吹かれて微かに揺れることで自己の存在を主張する枯れたススキがあるだけだった。
空き地を吹き抜けた寒風があたしの足を撫でていくと、頭から冷水を浴びせられたようにぞっとした。
冷気が背筋を駆け抜けたのは、スカートの裾から冷たい空気が入ってきた空じゃない。そこに冷蔵庫があるからだ。
海底のような薄闇に沈んだ空き地のゴミの山のこっち側、丁度柵のすぐ傍であたしの背丈程もある三つの扉の付いた巨体が白く浮かび上がっていた。
一瞬恐怖で身体が凍り付くが、すぐに理性がそれを解凍した。
——しっかりしろ香奈江、来年は高三なんだぞ——
そう自分に言い聞かせて、あたしはその前を通り過ぎようとした。怖いから道の反対側を通って。
その時微かに子供の泣き声が聞こえた気がした。あたしははっとして身を固くした。
——まさか幻聴よ。怖い怖いと思うから有りもしない泣き声が聞こえるんだわ——
しかし泣きじゃくる子供の声は、次第にはっきりしてきた。それと共に何かを叩くような鈍い音が断続的に聞こえてきた。それは確かに空き地にある冷蔵庫の方から聞こえてくる。
「さっちゃん」
思わずそう呟いてから理性が訂正する。さっちゃんのはずはない。
「あけてよー。助けて—」
泣き声は次第に明瞭になり、助けを求める叫びになった。誰かが中に閉じ込められている。多分ここで遊んでいた子供の一人が、誤って中に入ってしまって出られなくなったのだろう。
あたしは恐る恐る冷蔵庫に近づいた。一歩ごとに不安と恐怖が強まるのを感じる。
ようやく柵の前に付くと、そこに鞄を置いて柵の針金の間をくぐり抜けて空き地に入った。そして勇気を奮い起こして冷蔵庫の前に立った。
あたしと同じくらいの背丈の冷蔵庫は、風に揺れる枯れ草の中でまるで墓標のように立っていた。
墓標?
そう思った途端、あたしの感情と想像力は理性を屈服させようとタッグを組んで猛攻を始めた。
この中にいるのはさっちゃんじゃないのか。置いてきぼりにされて窒息死したことを恨んで化けてきたのではないか。ドアを開けると恨めしそうな顔のさっちゃんがいて無言でこっちを睨んでるんじゃないか。それとも土気色のさっちゃんの死体があたしにしなだれかかってくるのではないか。そしてあたしがよく探さなかったことを恨めしげな口調で責め立てるのではないか。
そうか、あたしが冷蔵庫を恐れるのは罪の意識なんだ。
もっと良く探していればさっちゃんは死なずに済んだのに。そういう後悔と自責の念があたしに冷蔵庫を避けさせているんだ。
その時再び聞こえた子供の叫び声が、あたしを現実に引き戻した。
「助けてよー、ママー」
そうだこんな事をしている場合じゃない、早くこの子を助けなきゃ。それがあたしにできる精一杯の償い。
あたしはぶるんと頭を振って恐怖を振り払うと、意を決して冷蔵庫の真ん中の段の一番大きなドア、子供が入れそうなそこの取っ手に手を掛けて一気に引いた。
錆の浮いたドアは軋みつつ、一瞬とも永遠とも思える時間を掛けて開いた。
あたしはその音がさっちゃんの悲鳴のように聞こえて思わず身震いした。
そしてあたしは条件反射でいつものように後ろに飛び退き、中を見ないようにしっかりと目を瞑った。

56冷蔵庫:2011/09/29(木) 23:56:35
学校の帰り道の事だった。
コーラス部の練習が長引いて既に日は暮れかけていた。
夕暮れの西の空は山の向こうの釣瓶落としの太陽の光で、血を思わせる不吉な深紅に染め上げられていた。おまけにそこに逆光で毒々しいまでに赤く色づいた雲が、得体の知れない魔物のような禍々しい姿をさらしていた。
いつも登下校途中に通る新興の住宅街の真ん中にぽつんと陥穽のようにある、ちっぽけな空き地の前をあたしは通りかかった。
その空き地は木の杭とそれらを繋ぐ三本の針金で作られた柵で、道からは区切られていた。
その柵にはマジックで文字の書かれたベニヤ板が張り付けられていた。もう暗くて読めないが、いつも登下校の途中に見ているので内容は知っている。『立入禁止』と『ゴミを捨てるな』だ。
けれどもそれは、どちらも無視されていた。
何故なら粗大ゴミや不燃物がそこの一角に居座って自己の存在を無言のまま主張し、残りの場所では子供達が歓声によって自分達の縄張りを主張していたからだ。
だけど今は子供達の姿はない。代わりに弱々しい赤い陽光の中には、肌寒い晩秋の風に吹かれて微かに揺れることで自己の存在を主張する枯れたススキがあるだけだった。
空き地を吹き抜けた寒風があたしの足を撫でていくと、頭から冷水を浴びせられたようにぞっとした。
冷気が背筋を駆け抜けたのは、スカートの裾から冷たい空気が入ってきた空じゃない。そこに冷蔵庫があるからだ。
海底のような薄闇に沈んだ空き地のゴミの山のこっち側、丁度柵のすぐ傍であたしの背丈程もある三つの扉の付いた巨体が白く浮かび上がっていた。
一瞬恐怖で身体が凍り付くが、すぐに理性がそれを解凍した。
——しっかりしろ香奈江、来年は高三なんだぞ——
そう自分に言い聞かせて、あたしはその前を通り過ぎようとした。怖いから道の反対側を通って。
その時微かに子供の泣き声が聞こえた気がした。あたしははっとして身を固くした。
——まさか幻聴よ。怖い怖いと思うから有りもしない泣き声が聞こえるんだわ——
しかし泣きじゃくる子供の声は、次第にはっきりしてきた。それと共に何かを叩くような鈍い音が断続的に聞こえてきた。それは確かに空き地にある冷蔵庫の方から聞こえてくる。
「さっちゃん」
思わずそう呟いてから理性が訂正する。さっちゃんのはずはない。
「あけてよー。助けて—」
泣き声は次第に明瞭になり、助けを求める叫びになった。誰かが中に閉じ込められている。多分ここで遊んでいた子供の一人が、誤って中に入ってしまって出られなくなったのだろう。
あたしは恐る恐る冷蔵庫に近づいた。一歩ごとに不安と恐怖が強まるのを感じる。
ようやく柵の前に付くと、そこに鞄を置いて柵の針金の間をくぐり抜けて空き地に入った。そして勇気を奮い起こして冷蔵庫の前に立った。
あたしと同じくらいの背丈の冷蔵庫は、風に揺れる枯れ草の中でまるで墓標のように立っていた。
墓標?
そう思った途端、あたしの感情と想像力は理性を屈服させようとタッグを組んで猛攻を始めた。
この中にいるのはさっちゃんじゃないのか。置いてきぼりにされて窒息死したことを恨んで化けてきたのではないか。ドアを開けると恨めしそうな顔のさっちゃんがいて無言でこっちを睨んでるんじゃないか。それとも土気色のさっちゃんの死体があたしにしなだれかかってくるのではないか。そしてあたしがよく探さなかったことを恨めしげな口調で責め立てるのではないか。
そうか、あたしが冷蔵庫を恐れるのは罪の意識なんだ。
もっと良く探していればさっちゃんは死なずに済んだのに。そういう後悔と自責の念があたしに冷蔵庫を避けさせているんだ。
その時再び聞こえた子供の叫び声が、あたしを現実に引き戻した。
「助けてよー、ママー」
そうだこんな事をしている場合じゃない、早くこの子を助けなきゃ。それがあたしにできる精一杯の償い。
あたしはぶるんと頭を振って恐怖を振り払うと、意を決して冷蔵庫の真ん中の段の一番大きなドア、子供が入れそうなそこの取っ手に手を掛けて一気に引いた。
錆の浮いたドアは軋みつつ、一瞬とも永遠とも思える時間を掛けて開いた。
あたしはその音がさっちゃんの悲鳴のように聞こえて思わず身震いした。
そしてあたしは条件反射でいつものように後ろに飛び退き、中を見ないようにしっかりと目を瞑った。

57冷蔵庫:2011/09/29(木) 23:57:09
しかし忌まわしい箱の中からは泣きじゃくる子供は出てこなかった。それどころか泣き叫ぶ声も途絶えて、しんと静まりかえっている。
あたしは恐る恐る目を開いて中を見た。夕暮れの弱々しい光の中でも冷蔵庫の中は十分に見える。しかしそこには何も無かった。あたしの目に映ったのはただ空っぽの冷蔵庫の内壁だけ。
上の冷凍庫や下の野菜貯蔵室には子供の入れるスペースはない。では子供はどこに?
理解不可能の出来事で呆然としているあたしの心の中に、じわりと恐怖がわき上がった。それは白い布に倒した瓶から流れ出すインクのように、私の心を恐怖で染め上げていく。
その途端あたしの眼前で、冷蔵庫のドアがあたしを掠めるように音を立てて勢いよく閉まった。まるで肉食獣の顎のように。
もし、いつもの癖で後ろに下がっていなかったら……
そして風に乗って舌打ちの声が聞こえてきた。まるで何かを悔しがるような。
一体、何を?
理性の問いかけに感情が答えた。
あたしを閉じ込め損なったことに違いない。
一体、どこから聞こえたのだろう?
目の前の白い箱からだ。
あたしは土と枯れ草で服が汚れるのも構わずに、転がるようにして空き地を出ると鞄を引っ掴んで後も見ずに逃げ出した。


あたしは冷蔵庫の前では、二度と心安らぐことはないだろう。なぜならあたしは知ってしまったからだ。
あたしの抱いていた妄想じみた考えは、決して空想の中だけの物ではないということを。あれは自らの内にある冥界に人間を加える機会を虎視眈々と狙っている、邪悪で恐るべき存在だという事を。

58ナイト オブ バンパイア:2024/03/20(水) 02:11:48
>>11の続き。元々は四半世紀くらい前からラストを考えてて、今回「白クロ」のドラマ化で思い出したんで書く。

数十年後、老齢の修道院長となっていたシスター。体が衰えて殆どを寝て過ごす状態。
バンパイアの青年は、その修道院で雑務役として働いていた。他のシスター達と顔を合わせる事がないように、顔などを隠して夜間に働く(参照「ああ無情」)彼は老人と思われていた。
修道院長の容体が悪化したある晩、バンパイアが修道院長の部屋にやって来て、死ぬ前に吸血鬼にならないかと誘う。
「いいのかい? こんなしわくちゃなお婆さんでも」
「キミはずっと魅力的だよ」
「嬉しいわね。でも、あたしからも一つお願いがあるんだけど」
「なんだい?」
「あたしと一緒に、天国の門をくぐってくれないかしら?」

翌朝、修道院長はこと切れていた。しかしその顔はとても安らかで笑顔すら浮かべていた。そしてベッドの傍らには、修道院長のロザリオともに人型をした塵の山があった。


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