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【大正冒険奇譚TRPGその6】
76
:
倉橋冬宇子 ◇FGI50rQnho
:2013/09/02(月) 22:39:45
>>71-73
水汲み場は湧き水を利用しているようで、
腰ほどの高さの石垣に埋め込まれた竹筒の先から、清水が流れ出していた。
流水には悪氣が溜まりにくい。未だ冷気の呪いに汚染されてはいない筈だ。
倉橋冬宇子は咽せ込みながら、掌に溜めた水で、生薬の粉末を飲み下した。
警備詰所で手渡された包み。その中には、咳止めと補陽の効能のある生薬が幾種類か詰められている。
しばし咳き込み、呼吸が落ち着くと、今しがた口にした薬剤を処方してくれた男の顔が、頭に浮かんだ。
「ちょっと前までは自分が死に掛けてたってのに……まったく、律儀な男だよ。」
彼が助けたという行きずりの男を救う為に、と、治癒符を求める男の顔を思い起こして、冬宇子は呟く。
王都警備詰所での戦い―――結果として、ツァイ・ジンは命を取り留めた。
王女に憑依されている間、霊体の感情に呑み込まれぬように防護を固めた意識の奥で、
冬宇子は、彼女とツァイの会話を聞いていた。
口寄せを通じて、亡き王女との逢瀬を果たしたツァイは、生きることを望んだ。
切り離されて主を失っていた吸精蔦が、生を希求するツァイの感情に反応し、体内に取り込まれていく。
呪力を帯びた蔦が彼の身体に寄生。新たな宿主の命を救うために傷を塞ぎ、樹液を分泌して失血を補う。
切り落とされた腕の傷は、樹皮のような罅割れた瘡蓋で塞がれ、
酷い火傷を負っていた胴体は、若木の幹の如き緑掛かった色の皮膚で修復されていた。
頼光が捕食のために放った蔦。死者の声を聞く冬宇子の霊媒の能力。
守護霊鑑として三十余年、ツァイに付き従っていた王女の想い。
頼光とツァイの氣の相性……
幾つもの偶然が齎した、一種の奇跡だった。
けれど、寄生蔦は、生長の為に宿主の精気を必要としただけで、その共生は仮初めのものでしかない。
そう遠くない未来に、ツァイは寄生蔦に体内を侵食され尽くし、食べ残された果物の皮のような無残な屍を晒すのだろう。
行き着く先、宿命づけられた、あさましい死に様。
高位の術士であるツァイは、それを直感的に理解している筈だった。
それなのに―――
黄泉へと旅立つ、かつての想い人を見送る男の顔は、穏やかで、満たされていた。
「初めて出会ったものが、『本物』だった―――か……」
男と別れた詰所の方向を振り返り、冬宇子は呟く。
ツァイの王女への想いは、紛れも無く『本物』だった。
本物であるがゆえに、捨て去ることも、弄ぶことも出来ずに、彼は、その檻の中に囚われてしまった。
結界師としての並外れた技量、大国におもねれば重用されたであろうに。
亡き王女への想いゆえに妻の一人も娶らず、滅びた故国への未練も捨てられず、
亡国志団などという捨て駒に等しい傭兵部隊に流れ着き、叶う見込みの無い志に向かって、戦う日々。
彼は半生を棒に振ったに等しい。
後悔を捨て、自由になって、生きて欲しい―――王女の願いを聞いたツァイは、
これからも王女を想い、王女のために生きていくと誓った。
亡きひとの、思い出と鎮魂のために生きていく。それが己の幸福なのだと。
理知的で老成した男が垣間見せた、若人を凌ぐほどの、愚かで、狂おしい、情熱を振り返るにつれて思う。
『想い』―――『いとしい者を想う気持ち』の、なんと不条理なものか。
本物の『想い』はおそろしい。
いつか必ず、どんな形にしろ、失うことが判っていながら、いや――失ってしまった後でさえ、
手にしてしまったら最後、心に楔を打ち込まれて、囚われる。
そこから逃げ出すことが出来なくなってしまう。
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