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大喜利を評論する事を考える

1全世界クスクス化計画(全クス)名無し:2012/08/27(月) 22:36:34
どうすりゃいいの

2全世界クスクス化計画(全クス)名無し:2012/08/27(月) 22:42:44
やっぱり聞かれた時に感心されたいよね
ほほうそんな視点から見るか とか言われたいよね

3全世界クスクス化計画(全クス)名無し:2012/08/27(月) 23:09:35
評論された側の気持ちが問題だよね
「解説なんかしやがって丸潰れじゃねえか」と思う人は当然いるわけだし

そこらへんをどう探っていくかだね
壺あげにしても
ツッコミをしていくのと
「これはずらしの技法が効いていますね」と言うのでは
だいぶ印象が違うのだろうし

4全世界クスクス化計画(全クス)名無し:2012/08/27(月) 23:28:53
評論する側は結局なにを求めているのだろう
紹介した人からの感謝か
ボケにコメントを付け加えることによる面白さか
おもしろ基準の共有化か

それともなにも考えていないか

5全世界クスクス化計画(全クス)名無し:2012/08/27(月) 23:42:16
映画やアニメだと評論家っていうのは
製作者と視聴者を繋ぐ者なんだとおもうんですけど
大喜利の場合は全員が製作者なんで、世間が狭すぎるという事もあるかもしれ
ません。
製作者には評論なんて「そんなのわかりきってるだろ」と言われて終わりだし。
評論が必要なのはむしろ外部の人で、大喜利をこれからやろうと思ってるか、
大喜利の宣伝の時に必要なんだと思いますね。

あと強い人が何を考えてるかってのは聞きたい。 評論はえてしてだいたい
作者には向けられてないような感じがする。

6全世界クスクス化計画(全クス)名無し:2012/08/27(月) 23:44:53
評論家が求めてるのは、「俺わかるぜ?」みたいのも
「盛り上げちゃおうかな」のサービス精神も両方あるのかなあ
作者に感謝はされようと思ってるのかなあ
僕は癒着な感じがして嫌ですね

7全世界クスクス化計画(全クス)名無し:2012/08/28(火) 00:00:42
僕が評論家として面白いと思ってる岡田斗司夫のアニメ、ゲームの評論法

http://netcity.or.jp/OTAKU/okada/library/books/otakusemi/No1.html

これによると評論は
「粋の眼」「匠の眼」「通の眼」という三つの視点で見ると良いらしい。

「粋の眼」とは「作者の意図や作品の意味を見通す眼」のこと。

「匠の眼」とはハードウェア・ソフトウェアの双方からテクノロジーの批評

「通の眼」は物事を社会的に見るというか、ゲームの歴史や進化過程を、
それが社会に与えた影響と関連づけてとらえるという見方


大喜利で言うと「粋の眼」は作者の狙い作者の背景とかを論じて、「匠の眼」は技術的な面を論じて、
「通の眼」はそれが大会的に、歴史的にどういう意味、位置にあるかみたいのを論じる感じですかね。

ただ映画やアニメの場合、難解で意図が隠されてるから評論のしがいもあるでしょうが
大喜利の場合深い意味とかなくて、そのままの事も多く、必要ない事もありますね。

8全世界クスクス化計画(全クス)名無し:2012/08/28(火) 00:03:50
確かにラジオとかで実況で1位になってるボケを論じるのは
作者が実際いるわけで「うるせえよ」と思うのも無理ないですね。
もっとなんか別のところ、ブログとかで静かにやって欲しい感じはあると思います。

9全世界クスクス化計画(全クス)名無し:2012/08/28(火) 00:54:21
「評論は作者に向けられたものではない」というのは気になるポイント

これは「その作品の作者」と
「同じ物を作っている他の作者」の
どちらを差すのだろう?
文脈から考えると後者だけれど、それだと少し違和感がある

クリエイターの中にも他作品の表現技法や評価点を知りたい者はいるのだろうし、学ぶ必要もあるのだから

10全世界クスクス化計画(全クス)名無し:2012/08/28(火) 01:03:11
その作品の作者

11全世界クスクス化計画(全クス)名無し:2012/08/28(火) 01:07:03
映画やアニメだと評論家っていうのは
作者と視聴者を繋ぐ者なんだとおもうんですけど
大喜利の場合は全員が製作者側なんで、世間が狭すぎるという事もあるかもしれ
ません。
作者には評論なんて「そんなのわかりきってるだろ」と言われて終わりだし。
評論が必要なのはむしろ外部の人で、大喜利をこれからやろうと思ってるか、
大喜利の宣伝の時に必要なんだと思いますね。

あと強い人が何を考えてるかってのは聞きたい。 評論はえてしてだいたい
作者には向けられてないような感じがする。

製作者に向けては外部の人よりは相対的には必要ないかな?という予想です

12全世界クスクス化計画(全クス)名無し:2012/08/28(火) 01:09:25
製作者側か

13全世界クスクス化計画(全クス)名無し:2012/08/28(火) 01:11:11
映画やアニメだと評論家っていうのは
作者と視聴者を繋ぐ者なんだとおもうんですけど
大喜利の場合は全員が同じような作品をつくってる送り手側なんで、世間が狭すぎるという事もあるかもしれ
ません。
作者には評論なんて「そんなのわかりきってるだろ」と言われて終わりだし。
評論が必要なのはむしろ外部の人で、大喜利をこれからやろうと思ってるか、
大喜利の宣伝の時に必要なんだと思いますね。

あと強い人が何を考えてるかってのは聞きたい。 評論はえてしてだいたい
作者には向けられてないような感じがする。

同じような作品作ってる送り手側に向けては外部の人よりは相対的には必要ないかな?という予想です

14全世界クスクス化計画(全クス)名無し:2012/08/28(火) 01:37:55
そもそも最近ボケ評論してる人いるか?

15全世界クスクス化計画(全クス)名無し:2012/08/28(火) 01:49:10
ハサミ氏がいるんだけど
ボコボコに叩かれる

16全世界クスクス化計画(全クス)名無し:2012/08/28(火) 01:50:15
あとはプリン氏かな

17全世界クスクス化計画(全クス)名無し:2012/08/28(火) 01:50:53
新しい人は遠慮してやらないね

18全世界クスクス化計画(全クス)名無し:2012/08/28(火) 18:53:56
名前を出しての評論は未だにハードルが高いままだね
やっぱりある程度批判も交えないと面白くならないからかな

19全世界クスクス化計画(全クス)名無し:2012/08/28(火) 21:11:08
確かに、人が人の事を「つまらない」と断言するのは、
見ててスカっとするようなところはあります。

20全世界クスクス化計画(全クス)名無し:2012/08/28(火) 21:20:13
あと評論するための道具がまだ足りてないのだと思います。
たとえば野球の解説で、解説者が「ああーすごい球ですね。」
「あっ曲がる球ですね。」とずっと言ってるような状況で、
まだカーブとかストレートとかシュート、ナックル、チェンジアップ、
フォーク、シンカー、カットボールのようなボケの種類の区別が出来てない。
区別が作られてないんで、語れないような状況があると思います。

21全世界クスクス化計画(全クス)名無し:2012/08/28(火) 22:34:46
ボケの種類が区別できた場合、例えば実況ラジオはどうなるのでしょう
「おお!ここで王道どストレートボケ!」とか
「ここは緩急をつけてひねりボケを入れてきましたね」とか言うんだろうか

なんだか決まった数だけ渡されている技カードを駆使していくゲームみたいだ

22全世界クスクス化計画(全クス)名無し:2012/08/28(火) 23:29:00
良い話題になりました。
大喜利はあっと驚くような要素が欲しいので、
機械的に解説されてしまうのは、なんか引っかかるんですよね。

それに関係するビートたけし氏の言葉があります

〜引用〜

たけし分析「芸人の実力が人気に追いつくとブームは終わる」

正直、今の若手のほうがオイラたちの時と比べて技術的にはだいぶ上だと思うんだけど、
それが人気や視聴率に比例するかっていうと、そういうワケでもないんだよな。

 それが“ブーム”ってヤツの怖いところでね。技術的にはデタラメでも、芸の衝撃度とか物珍しさがあればブームになって、
視聴率も上がるんだよ。だけど、芸人の実力が人気に追いついてきて「いい芸してるね」
「技術があるね」なんて批評されはじめた頃には、もうブームは終わりに向かってるってことなんだよな。

 これがエンターテインメントってものの難しいところなんだけど、
実は技術的にうまいか下手かというのは人気商売ではあまり問題じゃなくてさ。要は、衝撃的で、新鮮で、
もう1回見たいと思えるかどうかってポイントに尽きるんだよ。「うまい漫才」を見たいってんなら、
オイラより年上の大御所の漫才師たちが視聴率20%以上バンバン取れなきゃおかしいわけだけど、そうはいかないだろ。

 今のプロレスを見たってそうだよ。力道山が空手チョップで敵役のレスラーを張り倒していた頃には、
プロレスの技術は低くても、今とは比べものにならないくらいの国民的な人気があったワケだよ
。だけど、最近じゃいろんなプロレス団体が、アクロバットみたいなことをやったり、
WWEみたいなドラマ仕立てのショーをやったり工夫してるけど
戦後の頃の客入りにはゼンゼンかなわない。まさに「成熟はブームの終わり」で
すべてのエンターテインメントってのは、技術が上がれば上がるほど食えなくなるという矛盾と戦っていくしかないんだよな。

ビートたけし

〜引用終わり〜


長いですけど、エンターテイメントには何らかのわけわからなさが必要なのだと思います。
ネクストというボケがPHPで旋風を起こした事がありますが、それもわけがわからない
部分があったというのが非常に大きかったと思います。

23全世界クスクス化計画(全クス)名無し:2012/08/28(火) 23:38:40
ネット大喜利は競技性と芸術性とエンターテイメント性が
混ざって存在しており、そのバランスを考えた評論が必要になるのだと
思います。


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