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仏教大学講座講義集に学ぶ       【 日蓮大聖人の生涯 】

72 美髯公 ◆zkpDymnu/M :2015/11/14(土) 20:51:09

      【「撰時抄」述作の意義】

  こうした不安定な社会状況、騒然とした時代背景のもとに「撰時抄」は著わされたのである。時に建治元年(一二七五年)、聖寿五十四歳の時である。
 「日蓮大聖人の御一代の化導は、『立正安国論』に始まり『立正安国論』に終わる」と言われているように、大聖人の実践の基本原理は「立正安国論」で
 あった。さらに「開目抄」に於いて、大聖人自身が末法永遠の救世主たる事を明らかにし、「観心本尊抄」に於いて、末法に弘まるべき法体「一閻浮提
 第一の本尊」を示した。これらに対して、「撰時抄」は一閻浮提第一の本尊の広宣流布を、未来の弟子に託した未来記と言える。いわば末法の時に、
 地涌の菩薩としての使命を担って出現し、広宣流布を目指す信仰人の、実践の在り方を明確にした実践の書と言える。

 大聖人は「撰時抄」に於いて、当時の日本に充満している災に三ありとして念仏、禅、真言の三宗を指摘し破している。だが、その内でも別しては、
 真言宗の破折にその鉾先が向けられていると言える。つまり「立正安国論」では念仏を一凶と断じたが、「撰時抄」では真言宗を他の念仏、禅とは
 似るべくもない大僻見であるとしているのである。佐渡流罪以前、大聖人の破折の鉾先は専ら念仏、禅等に向けられ、以後は主として真言へと変化して
 きている。つまり鎌倉布教時代に於ける「守護国家論」(述作三十八歳、P.36)及び「唱法華題目抄」(同三十九歳、P.1)では、真言宗を天台宗と同等に
 扱っているような趣がある。この事から佐渡流罪以後に於ける真言破折の姿勢を、単に大聖人の内的発展の為であると捉える向きもあるが、建長五年
 (一二五三年)の立宗宣言の時に於ける、四箇の格言の中で真言亡国と、はっきり打ち出している事から考えても、それはまさに大聖人の「時を選取
 しての所破の次第」であったと解すべきである。


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