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お絵かき総合避難所

164シルバニア血族:2023/06/18(日) 16:13:49 ID:9nT1bsmU0
・その男セザンヌ

 さて、19世紀後半のフランスに40過ぎて夢追っちゃってる男がいた。名をポール・セザンヌといふ。
この男は絵を描くのが凄く遅かった。あるストロークから次のストロークに移るのに30分かかったとかあまりに遅いためモデルが寝たらリンゴを描くのが好きなこの男はリンゴが寝るかと怒ったとかいう話が伝わっている。
そんなだから絵を描くとき視点を固定できなかったのであろう、彼の絵に描かれたオブジェクトは色々な視点からみた状態がつなぎ合わされた状態となっており、複数のオブジェクトが前後に重なって見えている場合など後ろのオブジェクトが前のオブジェクトの左右でブッ違い状態になっていることさえあった。
まあ下手な……どころか酷い絵である。少なくとも描かれた時点までではそうだ。そんな絵を描いていたこの男はこう呼ばれている。
 近代絵画の父 と。
 何が「近代」だったのか。それはオブジェクトからオブジェクトとしての性質を切り離し、純粋な絵画平面上の構成要素として描く、という概念である。
例えばリンゴならば絵画の中のそれはただの赤い丸である。その赤い丸が平面上にある、その絵画としての意義だけが絵の中にある。
オブジェクトにその性質から離れた絵画平面上の意義を持たせるというのはそれ以前に無かったわけではない。レオナルド・ダ・ヴィンチの三角構図はよく知られたところであるし、葛飾北斎作品に見られる幾何学的な構図の面白さの追求は実に見事なものである。
しかし、それらの先人は絵が上手かった。「オブジェクト自体の性質を持たせる」・「オブジェクト自体の性質に関わらない絵画上の意義を持たせる」を高次でバランスさせられてしまうのである。
セザンヌのように純粋に絵画平面上の意義のみを追求した作品としてエポックとはならなかったのである
(これセザンヌは天然だったと思う。計算してキャンバス上で構成してたならわざわざモチーフのリンゴの下にコイン挟んで角度調整したりする必要ってなんだ?)。
 ここからある概念が生じる。「絵画というものってぶっちゃけ複数の色面で区切った平面でしかないんだからその色面の意義だけ考えればよくね? モチーフとか関係無いじゃん」である。
純粋絵画――いわゆる抽象画の誕生である。


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