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【能力ものシェア】チェンジリング・デイ 避難所2【厨二】

179名無しさん@避難中:2017/01/02(月) 22:00:31 ID:PoStzy.Y0
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180星界の交錯点 ◆peHdGWZYE.:2018/09/08(土) 00:57:57 ID:bRBzvyKI0
01.ある日の鑑定所

 チェンジリング・デイ。十年ほど前、世界中に隕石が降り注いだ災厄の日はそう呼ばれている。
 その一日を境に、社会の在り方は一変していた。
 隕石被害はもちろん、人々の内側にバッフやエグザと呼称される未知の力が宿ったのだ。

 そして、現在。猛犬注意だの、能力者による騒ぎだの。
 小さな綻びも日常の一部に溶け込み、そして街にある能力鑑定所も普段と変わる事はなかった。
 ただ一点、たびたび不安げに訪れる人々の姿を除いて。

「ようこそ鑑定所へ、水野昌さん。記載では近頃はやりの"異変"であるとの事でしたが……」

 白を基調とした清潔な一室。そこで水野昌は、異様な風袋の二人組と対面していた。
 一人は男性、魔術師のようなローブ姿でどこか透徹した双眸をもつ青年。
 もう一人は女性だ。性別に見合ったスーツを隙なく着こなし、奇妙な仮面で顔を隠している。

(陽太がみたら、すごく騒ぎそうな格好だよね)

 この制服デザインを決めた偉い人は、何を考えているのだろう、と昌は思う。
 実際に騒ぎになった事もあるのだが、それは置いて。

 もちろん、この二人は昌の幼馴染のような厨二病患者ではない。
 チェンジリング・デイ以降、能力の把握と登録という重要なインフラを担う人材、能力鑑定士と守護の仮面だ。

「まず、あまり深刻に思わなくとも大丈夫ですよ、とお伝えしておきます。似たような変調をきたす方は、
 数多く居られますが、深刻な事態に移行したという例はない事を鑑定局は把握しています」

 女性が事務的に告げる、と昌と対面して座る鑑定士が叱るように(昌にはそう見えた)、素早く手振りした。

「っと……失礼。つまりは今のところは、あまり怖がらずに気楽に構えてください、という事です。
 万が一の事があっても、こうして鑑定所に申請された以上は素早く専門家が対処しますので!」

 私たちに任せてください! と胸でも叩きそうな勢いで、仮面の女性は断言していた。

(子供には難しい物言いだったから、叱られたのかな……?)

 なんとなく、昌はやりとりの中身を察していた。

181星界の交錯点 ◆peHdGWZYE.:2018/09/08(土) 00:58:58 ID:bRBzvyKI0
「えっと、症状について報告するんでしたよね」
「はい。水野昌さん一人に限っても必要ですが、多くの人達の症状に対処するためにも、鑑定局は多くの症例を求めています。
 利用者の秘密については、厳格に保護されるので、安心して話してくださいね」

 友好的に言われても、奇妙な仮面越しなので、かえって不気味な所がある。
 水野昌は中学生、まだまだ子供ではあるが、脅える程に幼くもない。

「なんといえば……たぶん、ですけど。夜にも昼の能力が働いてしまうんです。
 あの、夜に来た方が良かったでしょうか」

 鑑定士と守護の仮面は一瞬だけ、互いに目配せした。

「いいえ、大丈夫ですよ。つまり夜にも動物の心が分かってしまう、と。普段は思考を伝えるだけにも関わらず。
 そういう事ですよね?」
「は、はい。えっと夜の事なんですけど、分かるんでしょうか」
「すでに水野昌さんの能力は鑑定所に登録されているので」

 不意に能力を言い当てされて、昌はドキリとした。が、言われてみれば当たり前の事だった。
 鑑定所に来たのは初めての事ではなく、向こうも予め資料に目を通しているのだろう。

 昌の緊張を余所に、仮面の女性は話せない鑑定士に代わって、その言葉を代弁していく。

「となると、昼夜の能力の同時発現によるリバウンドが差し迫った問題ですね。目立つ反動はないとの事ですが、
 こういう能力は傾向的に精神的な負担という形で現れる事が多い、と鑑定士は申しています。
 そういった事に関して、なにか自覚症状などはありますか?」
「いえ。大丈夫です。その辺、僕はけっこう恵まれていると思ってるので」

 事実、水野昌は人間関係や日常生活に問題ある訳でもなく、親しい友人もいる。能力の性質上、人にも動物にも。
 一つだけ、心配事が存在していたが、それはここで話せるような事でもない。

「わかりました。でも、食事と睡眠は規則正しく取る事を心がけてください。それに実際に問題が出てこれば、
 我慢せず速やかに鑑定所に」
「はい」

 鑑定士からのアドバイスは、ありふれたものに留まった。
 原因不明の不調かつ、深刻な問題が出ていないのだから、そんなものなのかも知れない。

182 ◆peHdGWZYE.:2018/09/08(土) 00:59:56 ID:bRBzvyKI0
「では記載がありますので、こちらの書類をもって、受付の前でお待ちください」

 こうして、水野昌の変調鑑定は終わりを告げた。
 大した内容でもなかったが、それで却って安堵できたのかも知れない。一息つくと、昌は退室していった。

 何も一息ついたのは、鑑定される水野昌だけではない。
 鑑定士と守護の仮面もまた、滞りなく応対が終われば、ほっとして機械のような態度を崩すのだった。

「ここの近隣、申告者だけで十二人……増えてきたな。さっきの子の症例は珍しかったけど」
「代樹? 鑑定士は職務中に喋っちゃダメだよ?」
「部外者の前でなければ大丈夫だよ。先輩なんて、もっと軽い……」

 能力鑑定士、三島代樹とその護衛、吉津桜花。未だ資格を得てから日が浅い、新米の二人組だ。
 新米といえども、試験を通過した時点で即戦力。その実力は経験者と遜色がない。

 とはいえ、やはり現場経験の差は埋めがたく、特に最近の"異変"騒ぎで鑑定所を訪れる人々は増えている。
 単純に想定外の数をこなすという経験は、訓練時代では得られないものだった。

『三島鑑定士、ご指名で鑑定依頼の方がお越しになりました』

 来客の前では、まず使われない内線から連絡が入る。指名の鑑定依頼。
 鑑定士が知り合いであったり、すでに家族の鑑定を受け持っていたり。
 情報の拡散を防ぐ意味合いや、特定の鑑定士に特に信頼を寄せている場合に指名システムが利用される。

 とはいえ、無機的な対応の公共事業だ。そういった例はあまり多くはない。

「珍しいですね。指名した方の姓名は?」
『鑑定対象は真白(ましろ)ちゃんという女の子ですが。それが、その……同伴者が』
「同伴者がどうかしましたか?」

 子供の能力鑑定に、保護者が同伴する事は珍しい事ではない。
 だが、内線ごしに唾を呑む音が聞こえた気がした。相当に緊張しているらしい。

『はい。ええ、真白ちゃんの同伴者はあの有名な……比留間、慎也博士なんです』

 思わず、代樹と桜花は目を丸くしていた。

183 ◆peHdGWZYE.:2018/09/08(土) 01:04:07 ID:bRBzvyKI0
こっそりやるつもりで、うっかりageてしまった……
週一ペース予定(守れるかは不明)

補足

"異変"
未成人の少年少女、それも一部の感知系能力者に発症する、夜間能力の異常。
どのような異常が発生するか、今の所は一貫性らしきものは見て取れない。
日常生活に支障はなく、発症者も全体としては少数のため、深刻視はされなかったが……

水野昌
月下の魔剣から出演。ご存知、陽太の幼馴染で、伝心の能力を持つ。僕っ娘(重要)
"異変"発症者の一人で陽太に相談するかは、微妙に迷っている模様。

代樹&桜花
拙作、鑑定士試験より。それぞれ新人の鑑定士と守護の仮面として活動中。
書いている人は同じだが、鑑定士試験の続きではなく、このコンビも主役ではない。
描写はないが、代樹自身もこっそり"異変"発症者だったりする。

星界の交錯点
この作品の事。目標は全員出演だった(過去形)が、さすがに無理があった。
劇場版なだけあって、IF前提で書くスケール大きめのお話。

184名無しさん@避難中:2018/09/08(土) 11:15:41 ID:MibVRoi2O
うおー!! 乙です!!!!!!
楽しみっ!!!!

185名無しさん@避難中:2018/09/13(木) 16:22:20 ID:y3coe2o20
昔このスレでちょこちょこ投下してたけど、ふと思い出して見に来てみたら新しいのが投下されてて楽しみ
無粋なツッコミかもしれないけど、「水野【晶】」じゃなかったかな?
ともあれ続き楽しみにしてます

186 ◆peHdGWZYE.:2018/09/14(金) 01:23:03 ID:IEtuyBnk0
いえいえ、誤字報告ありがとうございます。無粋とかでもなく、わりと重要な所でミスしてました
次の投下から修正させてもらいます

自分もふと思い出した状態なだけに、反応があって驚いています
しばらくは読者ゼロだろう、と思ってただけに

187 ◆peHdGWZYE.:2018/09/16(日) 00:22:50 ID:3mMEdenE0
02.博士の訪問(前編)

 おおよそ役場と診療所の中間、といった雰囲気の能力鑑定所を眼にして、まず比留間博士の頭にあったのが、
やはりというべきか鑑定士が持つ、いわゆる鑑定技能についてだ。

 鑑定技能は大きく分けて三つ。
1-感性的に能力を察する
2-統計、検証、考察によって能力を把握する
3-能力を知る能力を用いる

 2はどこの研究所でも行っている事であり、常日頃から情報を追っている身なので今更、特別な関心を寄せたりはしない。
 3は個々の能力による。とはいえ、何をどこまで、どのようなプロセスで知るかは興味深く、何度か検証の機会を得ている。

 1は重大ながらも、直接的に能力研究の対象とはならないため、研究はやや遅れていると言わざるを得ない。
 ただし、あくまで研究分野の話で、現場――能力鑑定局は、かなり進んだ情報を有している可能性が高いのだが。

 鑑定局に相当するものが、米国には存在しない事からも分かる事だが、先進国でも専門機関が存在する例は少なく、
よって国際学会でも専門的に研究する人間の絶対数も少なくなっている。
 あるいは日本が能力鑑定における、最大の先進国なのかも知れない。

 1の具体例をあげるなら、相手が能力の発動もしていないのに、一目見て能力を言い当てる、これが感性的な鑑定にあたる。
 能力による戦闘では相当なアドバンテージであるらしく、犯罪組織での活用例も存在していた。

 これを説明付ける仮説としては、人間には無意識ながらも能力波の性質や指向性を正確に認識する感覚を有していて、
それを意識できる状態に落とし込み、正確に言語化する。それが感性的な鑑定技能なのだという。

 鑑定所も人材募集のためか、統計情報を公開しており、その資料によれば鑑定に用いる感性は一四才、
いわゆる厨二病の年代がピークにあたり、近づくにつれて能力は上がり、後は下降の一途を辿る。
 その年代の子供が勢いに任せて、初見で能力を言い当ててしまう、というのは稀に見られる現象だ。

 本職の鑑定士の場合、元から際立った才能があるか、思春期から維持の訓練をしている場合が大半らしい。
 また、この感性は訓練や経験によっても、小なりとも後天的にも獲得はできるもの、とされている。

(重大な個人情報を管理する影響か、鑑定局は下手な秘密結社よりも情報の囲い込みが激しい。
 この公開されている情報も、かなり限られたものか、最新のものでないと考えるべきだろう)

 と、比留間博士は脳裏で一つ、公にされている鑑定能力に一つ独自に付け加えた。

4-複合的な鑑定能力

188 ◆peHdGWZYE.:2018/09/16(日) 00:24:01 ID:3mMEdenE0

 手段はどうあれ、鑑定能力にも大小や有効範囲があるのは事実のようだ。
 実の所、比留間博士にしても能力研究に有益な資格の一つとして、鑑定士資格の類は有している。
 しかし、それでも本職がもつ甲種(通称だが)鑑定技能は、手が届かない領域だった。

 最低でも未発現の能力や、昼夜問わず双方の能力を正確に鑑定できる事はたしかであり、
それは既に公にされている鑑定能力の効用とは一線画している事は明らかだ。

(今回の"異変"騒ぎに関して、彼らの能力が取っ掛かりになるかも知れない)

 当然、最近になって発生した能力の異変に、比留間博士は並みならぬ関心を持っていた。
 ましてや、発症者の一人である真白は、自分の研究施設での重要な協力者なのだから、解決に動く理由は十分だ。
 そこで本来、鑑定局側の事情という社会的な壁が、研究の障害になるのだが。

 難色を示すかと思われた鑑定局は意外にも、あっさり折れてくれた。一人の鑑定士を指名して。

(鑑定局も異変に関する情報を求めている、という事だろうか)

 また、単に劣った鑑定士を紹介してあしらった、という事もあり得る。
 それは件の鑑定士の人柄や能力次第で、鑑定局側の意思を量る事ができるだろう。

『真白(ましろ)さん、比留間さん。準備が整いましたので第三鑑定室にお越しください』

 "さん"という敬称に新鮮さを覚えた自分に、比留間博士は苦笑した。
 どうも、研究所にこもり過ぎて世間離れしてしまったらしい。
 実社会でこそ、真に多様な状況下で能力を観測できる、と部下にも同僚にも述べた事があったはずだが。

 そういう意味では、これから会う鑑定士は研究者ではないものの、多様な能力を観てきた専門家である。
 できれば、時間を割いただけの成果を期待したい所だが。

「よし、行こうか。緊張しなくても大丈夫だよ。少なくとも、うちの研究所よりはね」

 宥めつつも、真白の手を引いて、比留間博士は鑑定室に赴いていた。
 ノックが不要である事は知っていたので、手早くドアを開けて、室内の椅子を真白に薦める。

 それと同時に、魔術師風のローブを纏った男性と、仮面を被った女性と対面する事になった。

(奇抜だが実務的だ。改めて、鑑定局の立場が察せられる)

 一方、研究所でもなければ、講演から抜け出した訳でもないため、自分は白衣姿ではない。
 だが、象徴的な構図とも思えた。

189 ◆peHdGWZYE.:2018/09/16(日) 00:24:57 ID:3mMEdenE0

 古来、神秘(オカルト)とは選ばれた者の手の内にあり、権威として存在し続けた。
 それを暴き立て、知識を万人のものとし、取って代わって権威の座についたのが科学である。
 ……もちろん、これは一面的すぎる物の見方なのだが。

 なんにせよ、鑑定局の立場は明快で、能力社会は一部の専門家によって運用されるべきであり、
社会を維持する手段として、科学よりも神秘を支持する、そういう見解だ。
 社会はまだ能力の"真実"を受け入れるのに時間が掛かる。ならば、秘匿を以て社会を保たなければならない、と。

 そういった神秘化による権威の維持、という方針が鑑定士の外観にも表れている。
 といっても、鑑定士一人一人がそういう思想、という訳でもないのだろうが。

「まず、こちらの紹介状を。能力鑑定局から、と言えば通じると思う」

 比留間博士は丁寧に封筒を机の上に置くと、鑑定士に向かって差し出した。
 受付の時にも見せたが、開封は当人のみが許されていた。
 まず女性の護衛が手に取ろうとし、鑑定士がそれを手振りで制する。

 鑑定士は手早く、封筒を開くと紹介状に目を通す。
 その瞬間、少し顔が引きつったのを比留間博士は見逃さなかった。

「……ようこそ鑑定所へ、真白さん、比留間博士。本日はいかなる用件でしょうか?」

 やがて耳に入ったのは本来、聞けるはずもない"鑑定士"本人の肉声だった。

190星界の交錯点 ◆peHdGWZYE.:2018/09/16(日) 00:29:15 ID:3mMEdenE0
タイトル忘れ。久しぶり過ぎて、色々と勝手を忘れてる
手元では長く思えて、前後に分けてしまったけど、その必要はなかったかも知れません

補足

比留間慎也
比留間慎也の〇〇シリーズから出演。このシェアードでも代表的な能力研究者。
世界線によって善悪の振れ幅が異なるが、この作中では親切だけど時に外道といった扱い。
仮に"能力鑑定士"についての講義が実現していれば、自作の内容も大きく変わってたかな、という個人的な感慨。

真白
臆病者は、静かに願うから出演。比留間博士の協力者で、普段は声一つ発しない少女。
サイコメトリー(物質を介した過去視)を有するが、今回は"異変"発症者となっている。

鑑定技能
能力を正しく知るための手段。だいたい作中で語られている通り。
父と娘での描写が多く、鑑定士試験や当作品でも参考にしている。
主に正規の鑑定士が持つ、強力な鑑定技能が甲種と通称されている事は、ここで新たに設定。

191名無しさん@避難中:2018/09/19(水) 13:16:56 ID:ILHWrBLE0
有言実行の週一投下乙です
『鑑定士試験』は短めながら読みごたえのある自分好みの作品だったので、今回も楽しみにしてます

192星界の交錯点 ◆peHdGWZYE.:2018/09/22(土) 02:05:05 ID:gPRitieY0
03.博士の訪問(後編)

 職務中の能力鑑定士と話す機会というのは、大変貴重に違いない。
 好奇心が疼いてしまうが、比留間博士はそれを抑えつけると、簡潔に述べた。

「もちろん、"異変"について鑑定士の見解を尋ねに。この件に関して、どこまで知っているかな」
「表向き鑑定局が把握している事なら全て」

 眉一つ動かさず、柔和な表情で鑑定士は手札を明らかにしていた。完全に訓練で得た類の鉄面皮だ。
 それだけでは、この鑑定士――紹介状によれば、三島代樹はどの程度の人物かは分からない。

「話の前に君の鑑定能力について、少し検証させてもらっても構わないだろうか」

 比留間博士はなるべく無礼にならないように、しかし遠慮する気もなく尋ねた。

 話は早かった。
 三島鑑定士は軽く瞬きすると、ほどよく緊張を保ちながら視線を集中させる。

「比留間博士、あなたは適量未満の鎮静剤を服用していますね? 『昼を夜に変える能力』の行使は可能ですが、
 若干発動が不安定になっていると見ました。平時よりも強い集中力が必要となるでしょう。
 効用が消えるのは今から、およそ50分後でしょうか」

 そして、鮮やかに鑑定士は全てを見透かしていた。
 専門家が専門家足るだけの自信を以って、正確に薬剤の影響が切れる時間までも指摘してのける。

 やや演技じみていたが、比留間博士はこういった態度を嫌ってはいなかった。
 間違いを恐れ、縮まって物を言うより、自信とそれに見合うだけの知識を身に着けた方が良い、とすら思う。

「能力の分析だけでなく、その鎮静状態まで正確に……なるほど、たしかに甲種の鑑定能力だ」
「甲種というのは俗称ですが」

 比留間博士の感心に、三島鑑定士は小さく訂正していた。
 公然の秘密とはいえ、鑑定能力にも区分があり、一種の上下がある事を鑑定局は公に認めていない。

 だが、把握していないという事もないだろう。
 十分に優れた鑑定士を紹介してきた、という事は鑑定局からの協力は見せかけではなく、十分に意味を持つものなのだ。

 深い事情に踏み込む気もなく、比留間博士はさっそく提案していた。

193 ◆peHdGWZYE.:2018/09/22(土) 02:06:23 ID:gPRitieY0

「まず、"異変"について互いの認識を突き合わせてみよう」

 最近、話題になっている"異変"とは夜間、一部の感知系能力者に発生する変調、怪現象のようなもの。
 能力が変質したり、存在しないものを認識してしまったり、珍しい事例では昼の能力が顕在化する事がある。
 職務などに能力を利用している場合、悪影響は出るが、基本的に日常生活に問題が起こるようなものではない。

 発症者がごく一部である事、実害はない事から各組織の警戒レベルは低いものの、関心の対象となっている。
 もっとも――鑑定局は部外者の要請に応じる程度には、問題だと見なしているらしいが。

「"異変"の発症者の増加は続いているが一応、増加率は減少傾向にある」
「おっと、そこは認識に齟齬がありますね」

 公表されているデータに間違いが? と視線で訴えれば、そこは普段は黙する鑑定士。
 あっさりと察して返答を返してきた。

「鑑定局のデータでは、発症件数は太平洋側からじわりと広がっている……
 首都圏を始め、そちらの沿岸部には人口が集中する傾向がありますから」
「人口比では増加率は、むしろ増加している?」
「おそらく。仮に、"異変"の範囲が日本に留まらず、中国沿岸部に到達すれば爆発的に発症者が増えると予測されます」

 意外な、そして深刻な情報に比留間博士は言葉を止めて、思索に入る。
 研究所のデータでは、個々の発症者とグラフ化された件数で物を見ていた。
 それを地図と同期させて分析するというのは、各地に施設を置く公機関が得意とする手法なのだろう。

 これだけでも情報交換は有意義だった。ただし、これは看過できない疑問を含んでいる。

「なるほど数字にバイアスがあったか。失礼を承知で尋ねさせてもらうけど、
 鑑定局は何故これほど重要な情報の秘匿を? これが公開されるだけで、各組織の動きは変わるはずだ」
「所詮は一介の鑑定士です。局の思惑までは断言できませんが……それでも行動基準は知っているつもりです。
 能力とは人生を左右するほど、重要な個人情報です。その事実だけでも、秘匿の理由には十分でしょう」

 能力情報は徹底して守られるべし、鑑定における原則を三島代樹は繰り返していた。

「それは実名もない、数百数千人の統計情報でも例外ではないと?」
「当然でしょう。感知系能力者が魔女狩りに遭うような可能性は、鑑定局としては許容できない事ですから」

 そこまで断言されると、比留間博士はこれ以上、指摘を続ける気にはなれなかった。
 機関やバフ課、それに鑑定局自体も、あくまで社会秩序を守るための組織であり、能力を持つ個人個人を守るという理念とは
一致する場合が多くとも、それは絶対ではない。

194 ◆peHdGWZYE.:2018/09/22(土) 02:07:23 ID:gPRitieY0

 最悪、そういった組織が危険な能力を持つというだけで人々を狩って回る、という事態もあり得る。
 歴史を顧みれば、人や社会が持つ理性は案外、脆いものなのだ。
 だからこそ、三島鑑定士や鑑定局も理性を支える建前を重視している。

――それに僕だって、倫理の欠けた人でなしに過ぎないのだから。

 いや、なるべく被験者、協力者との利害の一致というのは、考えているのだけど。

「分かった。でも、さすがに国際学会には報告させてもらう事になるよ」
「その点は問題ありません。必要でしたら、公的なルートで情報提供も行われるでしょう。
 ただし、それが世間に公表された場合、それ以後の協力はないという事になるかと」

 三島鑑定士は脅しじみた形で警告する。当然のことだ。利益を供給するという事は、影響力を持つという事でもある。
 対して、比留間博士はあっさりと棚上げしてしまった。

「それは僕の考える事ではない。学会の運営者に任せる事にするさ。
 あくまで関心があるのは"異変"本体だからね。そういう意味では、話が逸れた事だし元の位置に戻ろう。
 太平洋側から浸透しているという事は、"異変"には中心点が存在すると仮定すべきかな」

「……おそらく、としか言えませんね。米国側にも鑑定局があれば、正確な所が掴めるのですが」
「あちらは能力把握を自己申請に頼っている。"異変"のデータは表に出辛いか……」

 能力という、個人が抱える爆弾をどう扱うか。それには各国の特色が出ている。
 たとえば米国は州ごとでの方針違いが激しいものの、銃社会という事もあって自由と自己責任を表に出した方針だ。
 特に後者は、弱者に残酷なまでに圧し掛かってくる事がある。

 ふと比留間博士の脳裏に過ったのは以前、機内ですれ違った、ごく当たりの前の親子の姿だったが。

「ご存知だと思いますが、台湾も太平洋に隣接し、鑑定制度が発達する国だと聞いています」
「ああ、学会で耳に挟んだことがある。その時は戸籍制度と鑑定制度の相関性についての話だったけど……
 ただ台湾は国連加盟国じゃない。国際学会が協力を求めても、良い対応はしてくれないだろうね」

 鑑定局の方針以前に当たり前の話だ。世話になってもいない、国外の組織に国の情報を渡せと言われても、
聞いてくれるはずがない。相応の交渉と対価が必要になるだろう。
 となると、比留間慎也という個人に出来る事は何もない。今は別のルートから真相を探るだけだ。

「能力波の観測、というアプローチはどうだろう。僕の研究所の設備でも観測できない微小の、というレベルになるが」
「そういった能力波は生じていません。これは現代の科学では観測できない、といったものより
 遥かに厳密な話ですが」

 比留間博士は興味深げに、視線を鋭いものとした。
 鑑定局、あるいは三島個人は最新の科学よりも優れた観測器具を有しているらしい。
 それが能力か鑑定技能の一種かは測りかねたが。

195 ◆peHdGWZYE.:2018/09/22(土) 02:09:02 ID:gPRitieY0

 手段がどうあれ、能力波が生じず、しかし能力に影響が出ている事が把握できれば、結論に時間は要らなかった。

「一種のリンク能力……か」

 極めて稀ではあるが、能力同士を接続し機能する――そういった種類の能力が実在する。
 正式な名称は定まっていないが、裏社会を始め、各方面ではリンクという通称を使う向きがあった。
 これを比留間博士は知っていたし、能力把握の最前線である鑑定士も知っている。

 具体的な事例としては、比留間博士が知る一人の女性は他者の能力を利用できる、というタイプの能力だった。
 協力を依頼できる相手ではなかったので、検証には他のリンク能力者を探すことになったのだが。
 結果、分かった事は能力波による通信などは行われておらず、繋がりは観測はできないという事だ。

(いや、鞍屋君なら別の答えを出せるかな。仮に量子通信の一種なら、彼女の専門分野だ)

 たまに研究所を訪ねてくる女性を想起する。
 近いうちに再会はできる。その時にでも相談すれば、知恵を借りられるかも知れない。
 もっとも、形而上の要素が関わるなら検証は難航する事になりそうだが。

「能力波の観測もされず、他の能力に影響を与える、となるとそれが最有力ですね。
 ただ既存のリンク能力であれば、優れた鑑定士なら察する事はできるでしょうが……」

 そのリンクにすら鑑定士の能力は及ぶ。その事実により謎は増した。しかし、それすらも貴重な情報だった。
 特殊な事例は、逆に候補を絞る手段にもなる。

 例えば、個と個の線で結ばれたリンクではなく、蜘蛛の巣状に広がる群のリンク。
 例えば、未来に接触する相手が対象など、条件に予知能力を含んだリンク。
 リンク能力自体が希少であり、この場で仮定した能力も当然、実際に観測できた訳ではない。

 だが、仮にこういったリンク能力が存在すれば、あまりも複雑で、正常に因果性を把握する事は困難。
 これなら、さすがに鑑定士の手にも余るのではないか。この場で言及するには、まだ早いが。

「何か掴めたようですね」
「おかげ様で。ただ確信が持てない事なので、申し訳ないが今ここで話すことはできない」
「いえ、秘密主義はお互い様ですからね」

 三島鑑定士は苦笑気味に応じた。たしかに、比留間博士としても責められるような謂れはない。
 そもそも鑑定局は"異変"の解析、解明といった成果で返してくれれば、それで構わないのだろう。

 こうして、大人二人の交渉事は区切りを迎えていた。
 だが、今回の鑑定には、もう一人主役が存在している。

196 ◆peHdGWZYE.:2018/09/22(土) 02:10:24 ID:gPRitieY0

 真白、"異変"の発症者である鑑定対象の少女だ。

「では、待たせる事になりましたが、真白さんの鑑定に移りましょうか。
 ずいぶんと憔悴されているので、"異変"の症状については深刻なものと察せられますが」

 今更、守護の仮面に代弁する方式に戻す気もなく、三島代樹は直接訪ねていた。
 あまり主張が得意でない真白に代わって、比留間博士が事情を説明する。

「普段は鎮静薬を服用してもらっているんだけど、鑑定に備えて止めたのが悪かった……
 彼女の夜間能力は『過去視』。"異変"によってチェンジリング・デイ当日の光景を見せられている」

 あるいは、以前に行った過去視が関係するかも知れない、とその時は思っていた。
 その時の真白は精神的な負担を感じていたし、二度も同じ光景を見る事になってしまった。
 それが"異変"の影響を受けた結果、現れてしまったのではないかと。

 まるで想定していない方向性で、真白の症状が重要なヒントとなっている事を、まだ誰も知らない。

197 ◆peHdGWZYE.:2018/09/22(土) 02:12:19 ID:gPRitieY0
次回も一週間後に投下ですが、合間におまけ的な章も投下させてもらいます
『鑑定士試験』は自分にとっては懐かしい作品ですね。おそらく当時と今では異なる点も多いのですが、
星界の交錯点も期待に沿える作品として、仕上げていきたいと思います

補足

能力鑑定局
どこかの府省庁に属する部局の一つ。各地に設置された、鑑定所による能力登録制度の運営を行っている。
性質上、情報面での独立性が高く、機関との繋がりがある。
元からある設定かなーと思ってwikiを検索したら、(たぶん)自分が初めて名前を出していた。

リンク能力
能力同士を接続し機能する能力の通称。ここで初出だがリンクという用語は使われおり、
狭霧アヤメ、フェイヴ・オブ・グール、真白の能力描写に登場する。
真白だけ違う感じだが、アヤメとは逆に過去視の使用権を他者に与えているのかも知れない。

能力波
月下の魔剣に登場する用語。オーラの一種か、科学的な意味での波動なのかは不明。
ただし、科学的に観測する手段は存在している。
水野晶の能力は、未確認の能力波によって為されるものであるらしい。

198名無しさん@避難中:2018/09/22(土) 10:11:48 ID:BnT.VcHc0
投下乙です
『鑑定士試験』はもう7年ぐらい前ですもんね。自分がこのスレで投下してたのもそんな前のことかと懐かしさが湧いてくる
自作ではほんのちょっとの登場でしたが、生みの親として真白にスポットを当ててもらえて嬉しいです

199名無しさん@避難中:2018/09/22(土) 19:30:20 ID:34N/gw6k0
乙です!

200名無しさん@避難中:2018/09/23(日) 01:00:43 ID:p5Ga3NSs0
自作、という事は臆病者は〜の方!?
スレを遡ると2012年ぐらいから徐々に、過疎った感じでしょうか(自分はすでに居なかった)

真白ちゃんは元が全員参加予定(無理だった)というのと、
個人的に印象が残っていたという事もあって、登場と相成りました

201星界の交錯点 ◆peHdGWZYE.:2018/09/27(木) 01:51:37 ID:Kb/1rEw60
間章.鑑定士と守護の仮面

 臨時の休憩が入り、三島代樹はようやく落ち着くことができた。
 比留間博士の前でこそ如才なく振る舞えたが、中身は未熟な若者に過ぎない。それなりに消耗もする。

「…………」

 ため息の類はない。代樹の昼間能力は超集中力……なのだが、無目的の場合は極度に散漫になる。
 比留間博士の分類に則るなら、主作用的反動(スーサイド)という事になるか。
 こういう時は何もせず、ぼんやりとしているのが楽なのだ。

 その護衛者である、吉津桜花も勝手を知っているのか邪魔をする事はない。
 しかし、静寂は新たに休憩室に入った女性によって破られていた。

「やっほー、新人くん。お疲れかな?」
「あー……先輩。いや、ちょっと特別な対応があって」
「特別な対応って、それ守護の仮面の仕事でしょー?」

 あー……は結構、間が空いていたのだが、職場でも反動の事は知れ渡っているので気にもされない。

 彼女が纏う魔術師風のローブと手袋は鑑定士の正装であり、代樹にとっては先輩にあたる。
 鑑定士の中では最高峰の才、『相手の能力が分かる』能力の持ち主。
 一年と少しとはいえ、経験を有した鑑定士であり、個人的にも世話になる事が多い人物だった。

「いや、もう局からの指示で自分でやらなきゃいけなかったので……」
「うっわ、面倒くさそ。もしかして『世界を滅ぼす能力』とかに当たったとか」
「そういうのに当たったら今頃は、政府だの機関だのに引きずられて記憶処置コースです」

 尊敬はしているのだが、良くも悪くも先輩は軽いノリの女性である事を否定はできなかった。

「あたし、『世界中のふりかけを地味に辛くする能力』に当たった事ある」
「微妙に嫌な能力!? というか先輩、こういうのは漏らしたらダメですよ」
「鑑定士や守護の仮面なら、別にいいんだよ? 国が信頼できるって、認めた人たちだもん」
「法じゃなくて倫理と良心の問題です。個人情報を扱ってるんですから」

 新人くんは堅いなー、と先輩は笑う。やはり先達というべきか、いくら軽くとも失態がある訳でもない。

「でさ、桜花ちゃん。実際はどうだったの?」

 彼女はさっそく矛先を変えていた。
 守護の仮面(今は外していたが)の桜花だ。性別が同じなだけあって、むしろ代樹より親密かも知れない。

202 ◆peHdGWZYE.:2018/09/27(木) 01:52:36 ID:Kb/1rEw60

「えっとですね。あの比留間博士が"異変"の相談に来られたんですよ!」
「え、有名人じゃん。サインとかもらった!?」
「もらってません」

 横から代樹は即座に否定する。それなりに繊細かつ深刻な話だという事を、先輩は理解してくれるだろうか。

「あのさぁ、それって最近の"異変"がヤバいやつ、って事じゃね? なんたら学会が動くんだろ」
「あ、一貴先輩」

 桜花があらたに休憩室の戸を開いた男性に声をかける。こちらは先輩に割り当てられた守護の仮面、一貴先輩だ。
 軽薄な言動で損をしているが、十分に整った容姿の持ち主。なかなか喧嘩上手で、この鑑定所では上位の実力者。

 恋人である先輩いわく「上の中」。評価辛くない? と代樹は思う。

「確かに、その可能性もある。俺は鑑定局には荒事関連の窓口に使える、と認識されてるらしくて」
「ちょっと待て。なんであいつには丁寧語なのに、俺にはなんでタメよ?」

 代樹が少し相談しようと思えば、まるで学生が何かのような(一年前は学生だったが)疑問で遮られる。
 そう問われれば自然と、同じ鑑定士である代樹と先輩の視線が交差し……

 やがて同時に発言した。

「だって鑑定士だし」
「だって鑑定士だもーん」

 そして、守護の仮面とは下僕である。少なくとも二人の表情はそう語っていた。

「こいつらぁ……鑑定士って人種はぁ……」
「一貴先輩、抑えて抑えて」

 拳を握って震える、一貴先輩。怒るに怒れない状況が、立場(と給与額)の差を物語っていた。
 色々と苦労を知っている桜花も、彼に同情的だ。

 ここでようやく、先輩は真面目な表情になって、代樹に語り掛ける。

「そだね……でも、気を付けた方がいいかも。知らないうちに機密とかそういうのに触れてるかもだし、
 違うとしても外部の人はそう思ってくれないかもよ?」
「……それって、対処できるものでしょうか?」
「うーん、まあ言われてどうにか出来るものでもないけど。でも、機関とかそっち系の人に相談してみたらどうかな?」

 そっち系とはつまり、裏社会の治安を担っている各組織の事だ。
 常に拉致や襲撃、脅迫の恐れがある鑑定士にすら、周知されている訳ではないが、自然と耳には入るのだ。
 存外、鑑定士という職は、能力社会の闇とも近い所にあるらしい。

「機関は支部がどーたらで最近はトラブル気味らしいし、バフ課は貸しを作りたくない……
 他に相談しようと思っても能力"異変"なんて、むしろ俺たちが専門側だし」

 能力の影響で、自然と意識が集中し、その大半が自分の思索に持っていかれる。
 こうなると、外部の事など分からない。
 それでも『能力』だけは漠然と見えていた。端的に言えば、これが鑑定士の世界であり、
眼を逸らす事はできても、決して逃れようもない視点だ。

203 ◆peHdGWZYE.:2018/09/27(木) 01:53:47 ID:Kb/1rEw60

――鑑定士の眼を通した世界は、恐怖に満ちている。

 世界を変える規模の能力者は、およそ十万人に一人。
 では、国規模では? 都市規模ではどうだろう。周囲の何十人を殺すだけなら、もっと居る計算になる。
 自覚がある者は一割もいない。限定的に効用を知っているというレベルに過ぎないのだ。

 もし全員が能力の全てを知れば、何が起こるか分からない。自分は違っても、隣人が爆弾を抱えていない保証などない。
 だからこそ端的に、能力がある世界というものを恐怖を取り除いて伝えるのだ。
 少なくとも、未だ不安定な社会がそれを受け入れられる段階に至るまでは。

 ただ、たまに錯覚してしまう。自分だけが恐ろしい世界に閉じ込められたかのような。

「どうなっていくんだろう、この世界って」
「大丈夫、大丈夫だって。私が居て、一貴が居て、君には桜花ちゃんが居るんでしょ。
 悪い事になんてならないよ、きっと」

 先輩はその視点を知りながらも、能天気に笑っていた。
 他人の能力が分かる力。先輩は『この能力に目覚めて本当に良かった』と心の底から思うと、話していた時がある。

 単に収入であったり、仕事が楽だという話でしかなかったが。
 それは、もしかすれば鑑定士として得難い資質であるのかも知れない。

 黙して語らない鑑定士と、顔を伏せた守護の仮面。
 世間に知れ渡る彼らが、実際に何を黙して何を守護しているのか、正確な所を知る者は数少ない。

204 ◆peHdGWZYE.:2018/09/27(木) 01:55:03 ID:Kb/1rEw60
削ろうか迷った話なので間章。鑑定所のパートが長すぎ&本来は鑑定士試験の続きでやるべき話という理由。
でも、全員登場予定だった名残りで、顔出しできるキャラは出しておきたかった。次からは色んな所に視点が飛びます。

補足

鑑定士の女性(仮)
1スレ目131のSSから出演。名前がないので作中では彼女、"先輩"といった呼称で通している。
良くも悪くも普通の女性。それと同時に、特別な視点を持ちながら、当たり前の幸福に笑える人。
誰かにとっての普通は、他の誰かにとっては特別なのだ。

一貴
ハンバーグ丼に釣られる系男子。ちょろい。

205星界の交錯点 ◆peHdGWZYE.:2018/09/29(土) 01:51:22 ID:dDyFjv9.0
04.強さの意味

 岬陽太は完全無欠の厨二病患者だった。
 この時世、誰もが固有の能力を有している影響で、厨二病も馬鹿にできたものではない。
 能力の影響で尊大になったり、あるいは悪意ある他者に利用されると被害妄想を抱いたりする事は、
すでに珍しい光景ではなく、すぐに治って黒歴史になると楽観できるようなものでも無くなってしまった。

 困ったことに、厨二病的な妄想も何割かは事実なのだ。
 能力を利用した犯罪も多く、そういった事件の一つに巻き込まれて以来、陽太の特訓は日課となっていた。

 同時に、陽太の師を務める事になった加藤時雨にとっても、それは日常となっている。
 今日も弟子と立ち合い、今回フェイントを読み切り、強引に踏み込みつつ掌底を打ち込んでいた。

「うわっ……!?」
「はい、また一本ね」

 あくまで護身の訓練だ。強くは打っていないし、陽太の方も尻もちをついた程度で済んでいる。
 一勝し、明るい笑みを見せているのは、一見して中学生程度の少女。
 傍から見れば、ヒーロー番組の影響でも受けた、少年少女のように見えたかも知れない。

「それじゃ、さっきの反省点だけど……」

 しかし、外見では測り知れない所があるのが能力社会だ。
 中学生にみえる三つ編みの少女――加藤時雨は一種の、若返りの能力を持っていた。
 当人に選択の余地はなく、特定の年齢に固定されてしまうという、まるで呪いのような力。

 時雨の実年齢は、弟子の陽太の倍を超えている。
 その証拠というわけでもないが、訓練の際には学生時代の体操着を持ち出しており、
太ももが眩しいブルマは色々な意味で、今どきのデザインではなかった。

「なんというか、力押しに弱い所があるわね。ま、中学生だと色々と制約が多いんだけど」
「……強くなれない、って事か?」

 何度かの立ち合いで、疲労も溜まっているはずだが、陽太の食い付きは早かった。
 どうも彼にとって軽視できない問題であるらしい。

206 ◆peHdGWZYE.:2018/09/29(土) 01:52:31 ID:dDyFjv9.0

「うーん、強さって本質的になんだと思う?」

 少し、時雨は考えるそぶりを見せてから、陽太に尋ね返していた。
 この場合、誰もが納得する解答はない。適切に応じるには、陽太自身の考えを知る必要があるのだ。

 陽太はここぞとニヒルな笑みを浮かべると、即答していた。

「ま、重く圧し掛かる宿命に叛きし力って所だな」
「って、厨二で返す所じゃないからっ!」

 あまりに平常運転な陽太に思わず、突っ込みを入れる時雨だった。

(そういう意味じゃ、君はもう十分強かったりすると思うけどね)

 弟子に悟られないように、内心で苦笑する。
 以前の通り魔事件では、二人の共通の友人である少女、楓が死に瀕する事になった。
 相手は本物の人殺しだ。本来は手遅れで、立ち向かった陽太も彼女を救えたとは言えないのだろう。

 それでも、諦めずに抗い続けたという事実は、誰にも否定できるものではない。

(同時に危うくもある。この時代、誰もがそうなのかも知れないけど)

 陽太がもつ夜間能力は「食べた事がある食材を創造する」という、初見では平和にしか見えないもの。
 だが、あの事件で彼は、この能力で危うく人の道を踏み外す所まで行きかけたのだ。
 寸前に時雨は思い止まらせる事に成功したのだが……

 実際は止める資格も、道理もなかったのかも知れない。少なくとも、彼は楓を救うために選択しようとしたのだ。
 ただ自分が、普通の少年が壊れて、普通でない何かになってしまうのを見たくなかった。
 これは弱さ、なのかも知れない。

 人が持つ"力"に比べて、人が持つ"強さ"はあまりにもちっぽけだ。
 そのうえで、強さとは何か。迷ったものの、時雨は自分の見解を語る事に決めていた。

「強さの形は人それぞれで、決まった答えなんて無いのかも知れないけれど……
 私は生き方の強さだと思っている」
「……生き方って言われてもなぁ」

 陽太は首を傾げた。ピンと来なかったのも当然だと、時雨は思う。。
 これだけでは具体性が乏しいし、敵を倒せる力にも、誰かを守れる力にもならない。

207 ◆peHdGWZYE.:2018/09/29(土) 01:54:05 ID:dDyFjv9.0

 私自身、十分に強いとは言えないかも知れないけど、それでも。
 時に悩み過ぎて、子供に置いて行かれるのが大人なら、子供の前では格好つけるのも大人だ。

「例えば、中学生ってのは未成熟な年代でね。鍛えるにも限度がある。無理をすれば、後の成長に響いてくるかも知れない」
「肉体的には時雨師匠も似たようなもんだろ?」
「私は二十年の経験があって……無理をして体を壊しても、やり直しが利く能力だったからね。
 弟子に同じ事させる気はないわよ」

 ある意味で、陽太が時雨の強さに憧れて、師事している面はあるのだが。
 時雨としては、あまり真似をさせたいとは思えなかった。世の中、胸を張れない類の力もあるのだ。

「でも、例えば三年後ぐらいなら体格も完成して、下地を作った成果も出ている、と考えたら?
 今少しばかり背伸びをするよりも、ずっと強い事になる」
「三年後、かぁ。普通に考えたら高校生だけどよ。成長する前にやられたら、元も子もないだろ」

 ある程度は理解したのか、陽太は頷きつつも、疑問を呈していた。
 いくら正論でも、切羽詰まった問題には役に立たないのではないか、と。

「そうね。前にも似たような事を言ったと思うけど、強さなんて優れた能力の前には無力なもの。
 どれだけ鍛えて、能力の工夫を重ねても、短機関銃でも使われたら一瞬で死ぬ事だってある」

 あえて否定せず、時雨は真っ向から陽太の疑問に頷いていた。
 強さを求めるリスクは、まさにここにある。

――その強さにしても高が知れている。こんな珍しくもない武器に君は敵わない。

 一方、陽太の脳裏では、かつて比留間博士と対峙した一幕が浮き上がっていた。
 あれは銃を模した、ただのライターだった。でも、仮に本物だったらと、今でも思うのだ。

「……っ。それでも俺は」
「何もできない人間では居たくないのよね。それも分かってる。うん、分かってるつもりよ。
 でも、まずに最初に知っておいて欲しいの。刹那的な力というのは、誰かが築いた物を簡単に壊してしまうって」

 そして、と声を出さずに時雨は続ける。誰かではなく、自分が築いた物だって、壊れてしまう。
 あえて内心に留めたのは彼女自身、どこか虚しさを覚えている主張だったからだ。

 結局の所、以前の事件で楓を救ったのは、強大な能力ゆえに壊れた妹だった。
 壊れた妹に頼るという自分の選択は、刹那的な力と何が違う?
 殺害を介した完全治癒ともいえる、あの能力は紛れもなく妹をヒトとして壊した力なのだ。

「……じゃあ、強さってなんだろうな」

 目前の押し掛け弟子は真剣な様子で、ぽつりと呟いていた。

208 ◆peHdGWZYE.:2018/09/29(土) 01:55:22 ID:dDyFjv9.0

「そうね。ひとまずは楓や君が一緒にいる晶ちゃんや遥ちゃん、それに君自身も。
 どんな危険があっても高校生になって、三年後を無事に迎える事。それが強さなのは、間違いないわね」

 すでに述べた通り、本当は決まった答えなんてないのだけど。
 それでも、きっと、彼らに相応しいのは何かを失わないための強さなのだ。

――まあ、三年後って私じゃ永遠に届かない年齢だけど。

 陽太と時雨の修行はボランティアサークル、世界EIYU協会の一環という事になっており、
外向けには護身術の指導という事になっている。今の所、実態もその通りなのだが。

 場所については、実戦想定という事で転々とはしているのだが、やはり拠点は存在していて。
 普段はサークル所属の少女、楓の家の裏側に面した土地を使っている。

 家の一階は喫茶店となっているのだが、その裏口から少女が顔を出し、手を振って呼び掛けた。

「陽太くーん! あ、総帥! お邪魔でしたか!?」
「だから、俺は月下だって。そっちは世を忍ぶ仮の名だ!」
「総統はやめて……」

 陽太と時雨に呼称のダブルパンチを喰らわせたのは、樹下楓。
 中学二年、活発そうな顔立ちだが、今は能力の影響で視力が落ちているため眼鏡を掛けていた。

 陽太は普通に本名だが、総統の方はヒーローには司令が付き物という理由の呼称であるらしい。

「いまは一区切りついて、休憩中だから話をするなら構わないわよ」
「ありがとうございます!」

 許可されれば、さっと陽太の近くに駆け寄ると、楽しげに話しかけていた。
 夜は俊敏な狼のような印象を持つが、こういう所はどちらかといえば仔犬っぽい。

「ねえ、今度の班別社会見学の話、もう聞いた?」
「班別……?」

 とは時雨の疑問。陽太と楓はクラスメイトだが、時雨は保護者寄りの立場のため、知らない話題も多い。
 何気ない疑問だったが、陽太は厨二モードの深刻さで応じていた。

「ああ、普通は学年単位で同じとこに行くだろ? でも、今回は班を決めてバラバラに行く。
 意図が見えねぇし、きな臭いよな。陰謀の影が……」
「えー、影なんてないよ? 先生もみんなも良くしてくれるし、いいガッコーだもん」

 楓が無邪気に厨二妄想を否定する。彼女はこのあたり、たまに容赦ない。
 しかし、時雨は否定しきれない点も感じ取っていた。

209 ◆peHdGWZYE.:2018/09/29(土) 01:56:17 ID:dDyFjv9.0

「でも、この危険なご時世に生徒を分散させるなんて、ちょっと意図が気になるわね」
「だろ? やはり組織が裏で」
「はいはーい! 総統! その件に関しましては、ウチに情報があります!」

 勢いよく挙手して楓が主張する。

「今度の国際会議に合わせて、少人数だけ能力特区、アトロポリスの見学が許可されてるんですよ。
 全員が行けないから、学校から推薦できる一班だけって事で、こういう形式になったという噂です!」

 思わず、へえと声が出た。ここで能力特区アトロポリスの名前を聞くとは思わなかったのだ。
 アトロポリス国際会議は連日ニュースで流されてる程の、重大な時事といえる。

「形式は学会らしいけど、半分は式典みたいなものよね。チェンジリング・デイ以来、復興や能力研究の進捗を
 世界中に分かりやすく知らしめる、ニュースではこうだったわね」

 いわば、世界秩序回復の本格的な狼煙だ。
 表向き国際学会(ILS)の行事ではあるが、国際連合および加盟国の影響が色濃く出ており、そして隠す気配もない。
 学者だけでなく、各国の要人も顔を出し、政治的な意図が強いものとなっている。

 一般への周知の度合いも踏まえれば、ノーベル平和賞の授賞式にも近い印象があるかも知れない。

「……学会、って事はあの比留間博士も出るのか」
「その可能性は高いわ。彼は能力研究の権威だし、メディア受けも良いから、出席も熱望されるでしょうね」

 時雨は推測を述べつつも、あえて陽太と比留間博士の因縁については触れない。
 その辺りの事情は夜の能力、アカシックレコードで大まかに知っていたものの、よほど危険な事態に陥らない限り、
不干渉か間接的な助力で済ませるつもりだった。
 現状、あちらに殺傷の意志がない以上、事態の深刻化は避けたいところだ。

210 ◆peHdGWZYE.:2018/09/29(土) 01:57:29 ID:dDyFjv9.0

 理由はともかく、陽太は修行にやる気を出しているようだった。

「とにかく、世界が動きつつあるって事だ! ならば闇の組織も乗じて動き出すに違いない。
 今まで以上にレベルアップに励まないとな!」

(だいたい間違ってない辺り、嫌な世の中よねー。といっても、騒ぎ起こしそうな子は能力特区行きの班には
 含まれないだろうから、陽太くんは安全だろうけど)

 たとえ国際会議が襲撃されようが、"あの"国連軍が全力で迎え撃つ。
 それこそ一般人の出番など皆無といえるだろう。

(……むしろ、『こっち』の問題に巻き込まれないように、私が注意しないとね)

 最近になって、世間を徐々に浸食する夜間能力の"異変"。
 時雨自身も、その発症者の一人だった。
 条件の一つは未成年である事らしいが、これは実年齢ではなく、肉体年齢が反映されるらしい。

 時雨の夜間能力はアカシックレコード。本状の媒体を形成し、知り合った人物や"観測者"に関連した情報を検索する。
 いわば、広域の情報把握能力であり、各組織に知られれば危険視される類の力の一つだろう。

 "異変"は様々な症状として表れるが、時雨のアカシックレコードのそれはなんとも不気味なものだった。
 『■■■』『■■』『■■■■』
 時雨と同じく発症者に該当する何人もの名前や情報が、乱雑に黒く塗り潰されていた。

 まるで悪意ある何者かが、その存在を否定しているかのように。

211 ◆peHdGWZYE.:2018/09/29(土) 01:59:06 ID:dDyFjv9.0
まったり投下。序盤は各キャラ近況も兼ねる感じですね
運命の交差路〜遭遇〜の後日談、みたいな時系列で、今回この作品ありきの描写も多いです

補足

岬陽太
月下の魔剣から出演。ご存知、スレが誇る厨二少年。
昼は菓子や軽食、夜は食べた物の食材を創造する能力の持ち主。
今回、非日常系の話だけど主役。最終的には出番が増えるはず。

加藤時雨
運命の交差路〜遭遇〜などから出演。あまり少女感はない永遠の少女。
上記作品の事件が切っ掛けで、陽太に護身の手解きをする事に。
アカシックレコードという反則級の能力を持つが、今回は"異変"の被害者でもある。

樹下楓
運命の交差路〜遭遇〜から出演。ヒーロー志望女子。
今回も日常から足を踏み外すかは、まだ未定。

アトロポリス
太平洋の人工島に建設された都市にして、能力特区。
雑に説明すると、異能モノの舞台としてありがちなアレ。
劇場版なら劇場版っぽい舞台が要るよね、と軽いノリで設定された。

212名無しさん@避難中:2018/09/30(日) 15:35:36 ID:z1gtcG9o0
投下乙です
たくさんのキャラが見られるのは劇場版らしいお祭り感があっていいですね。書いてる方は大変だと思いますが
以前自分が劇場版らしきものを書いた時は何もかも勢いだけで乗り切りましたが、今作はすでにきちんと
練られているのが伝わってきて週末の楽しみがひとつ増えた感じです

213名無しさん@避難中:2018/09/30(日) 22:07:52 ID:QQQ3Lyj20
この安定感!
大根マジ厨二

214星界の交錯点 ◆peHdGWZYE.:2018/10/06(土) 01:40:04 ID:cgrSL/pA0
05.バフ課集結

 警視庁機密部署、バフ課。
 他部署の領域として厳重に偽装、秘匿されたエリア内に彼らの会議室は存在していた。

 その議題は他でもない、近日中に開催されるアトロポリス国際会議についてだった。
 チェンジリング・デイ以降、国連も学会も決して座していた訳ではないにせよ、国際情勢の激変もあって、
ここまで大々的な動きは前例のない事だ。

 この場で国際会議の詳細を告げられた、バフ課の主力を担う各班の隊長たち。
 彼らからの反応は、すこぶる悪いものだった。

「つまるところ、テロの標的にしてくださいという事かの」

 バフ課5班隊長、ラツィーム。独特の口調が特徴で、剛健な体躯と蓄えた白髭はその威厳を引き立てていた。
 辛辣な切り込みともいる主張だが、のんびりとした印象を抱かせてしまうのは、平時の人柄によるものだろう。

「まあ、なんだ。あえて平地に波瀾を起こすってか。そういう臭いがするのは確かだ」

 バフ課3班隊長、クエレブレ。無精髭に眼鏡の男性、普段は職務中でも構わず喫煙しているが流石に会議では控えていた。
 控えめに、ラツィームに追従。敏感に面倒ごとの気配を嗅ぎ取ったらしい。

「それ以前に国連軍の管轄なのでは? なぜバフ課に、という疑問もあります」

 バフ課4班隊長、ザイヤ。黒髪を短く切り揃えた若者で、新参の隊長なだけあって、やや場馴れしていない様子。
 彼はごく真っ当に、疑問を述べた。バフ課は国外での活動も皆無ではないものの、他所の領分を冒さない事が原則だ。

「ウチらは日陰モン。場違い、やちゅう気もします。華やかな場は似合いまへんわー」

 バフ課1班隊長、トト。会議室の紅一点、年齢を感じさせない和風美女で、どこかゆったりと構えていた。
 京都訛りで軽い物言い、だが示唆的でもあった。原則バフ課は影で動く組織であり、国際会議に関わるべきだろうか。

「場違いだろうが、仕事は仕事だ――と、いい加減、まとめ役をやって欲しいもんだがな、総隊長どの?」

 バフ課2班隊長、シルスク。世慣れた態度の青年だが、その鋭利な雰囲気を隠しきれてはいない。
 会議室に生じた波紋を切って捨てると唯一、起立している人物に水を向けた。

 この場には1班から5班までの隊長が勢揃いしており、それに6班と7班の隊長を加え、その合議によって
平時のバフ課は運営されている。
 つまり"平時"でなければ、その意志決定に異なる要素が加わる事もある、という事だ。

215 ◆peHdGWZYE.:2018/10/06(土) 01:41:08 ID:cgrSL/pA0

 総隊長、code:エニグマ。
 個性を削ぎ落したような風貌の壮年で、地位を思えば若々しいとも言えるのだが、外見年齢がどれほど当てになるか。
 現在はスクリーンに照射された映像を傍らに、厳かともいえる態度で口を開いていた。

「アトロポリス国際会議の目的の一つは、表勢力の威信を知らしめる事にある。
 分かるか? テロに脅えて要人会議の一つもまともに出来ない――その怯懦が続けば不信を呼び、世界に混乱を招く」

 一言一句に圧が、平時のバフ課にはない政治的な闇が、含まれていた。
 現行法や公的な警察の権限では対処できない能力犯罪を取り締まる、といったシンプルな理念だけで動ければ、
それが理想ではあるのだが、超法規的な権限とはつまり、法律を逸脱した権力に他ならない。

 逸脱した権力には毒蛇の巣のように、悪意や欲望が絡みつくのも必定といえた。
 政治的に、あるいは私利私欲のために、どう利用できるかという視点とは無縁ではいられないはずだが、
普段のバフ課は彼という闇を一手に担う人物もあって、少なくとも権力闘争などとは無縁だった。

 それだけに各班の隊長と言えども、総隊長を前にすれば沼の淵に立つような感覚は避けられない。
 自身の一言で生じた緊張を知ってか知らずか、エニグマはただ続けていた。

「標的にしてください、という程、生温くはない。標的にしてみろ、この機に叩き潰してやる。そういう事だ」
「ふぅむ、威信……ではもう一つ重大なニュースがありそうだの。直感だがの」

「その通りだ。これはザイヤの疑問にも繋がるが……近々、バフ課の存在が公のものにされる。
 これは内定段階ではあるが、決定事項とみていい。各省庁でもその方向で調整を始めている」

 ラツィームの指摘を受けて、衝撃の事実をエニグマは開示していた。
 機密部署が機密部署でなくなる。つまり、それはバフ課の在り方が根本的に変わりかねないという事。

 これは緊張どころではない。隊長たちは思わず絶句し息を呑むが、一人だけ緊張に無縁の者も居た。

「ウチらも、これで晴れて正式な公務員。福利厚生も改善されそうどすなぁ」
「存在を公に認めるだけの話だ。内実がすぐに変わるという事はない」

 トトの軽口をエニグマは冷たく切り捨てる。だが会議室の動揺は、これで薄れていた。
 総隊長を相手に軽口を叩けるのは、せいぜいバフ課の前身となる組織から付き合いがあった、
ラツィームとトト、それに今は亡き前4班隊長のラレンツアぐらいだろう。

216 ◆peHdGWZYE.:2018/10/06(土) 01:42:55 ID:cgrSL/pA0

 同じく前身の組織に所属していた、という流れでもないが、次の発言者はシルスクだった。

「そうだな。まともに人を人扱いしていたら、この課は回らねえだろ。その国際会議とバフ課の公表には繋がりが?」
「先に述べたように、これは混沌とした社会と裏の勢力への宣戦布告でもある。
 公表できるものは公表していくだろう。政府は抑止力として、バフ課の名が使えると判断した」

 エニグマの返答に隊長たちは静寂で応じたが、これは不満よりも納得の色が濃い。

 秘密裡に秩序を守る、という意味では、機関と呼ばれる組織も存在しており、こちらは公表するには問題が多すぎる。
 役割が被るだけにバフ課との競合(バッティング)も存在していたが、これを機にバフ課の役割を広げ、
相互の領分に明確な線を引くという事か。

「繰り返すが、直ちに大きな変化が起こる事はない。元より公然の秘密であったものを認めるだけだ。
 折衝用のチーム新設、各班への顔合わせはあるが、それもまだ先の事。
 むしろ、今は国際会議の方に重点を置いておけ」

 安心させるように、あるいは目前の事件に集中させるようにエニグマは念を押していた。

「公表とかマジかよ……ツキにバレたりするのか? いやいや」
「内実は変わらねえ、って言ってんだろうが。顔出しの拒否権ぐらいはある。少しは落ち着け」

 クエレブレなどは顔を蒼白にして頭を抱え、シルスクに宥められていたが。
 バフ課は性質上、一般社会とは関係を断ってる者も多いが、クエレブレはそうではない。
 この辺りの事情と苦労は、他の隊長たちの知る所でもあった。

「しかし、単にお披露目という事であれば、総隊長に見栄えが良い者を何名か付けるだけで事足りるはずですが……
 総隊長の口振りからは、大規模な衝突を予想しているような印象を受けます」

 会議室の中でも、ひときわ若いザイヤは先達が一通り発言し終えるのを待ってから、遠慮がちに尋ねた。
 新任の隊長だからといって、遠慮しなければならない慣習はバフ課にはないが、この辺りの堅さも彼の個性だろう。

217 ◆peHdGWZYE.:2018/10/06(土) 01:44:21 ID:cgrSL/pA0

 その疑問を受ける形で、ラツィームが推測を口にしつつ白髭を撫でた。

「無理もないの。ドグマ、魔窟や避地勢力、それに各国の犯罪組織も絡んでくるの」

「太平洋上にあるアトロポリスは天然の要害。気軽に侵入、離脱できる地域とは違う。
 そのうえ、"軍事力"に守られている。個の能力戦とは、また違った力にだ。
 裏の勢力図は把握しているが実際の所、手出しできる勢力は限られている」

「なおさら、バフ課の出番はないだろ。国連軍が敵を殲滅した後に、なにをやればいい? ゴミ拾いか?」

 エニグマの返答に、半ば呆れた様子でシルスクは皮肉っぽく問いかけた。
 敵の数は限られており、国連軍の武力は強大となれば、他の組織の出番はありそうにもない。

 それに対して、総隊長は端的に一言だけ発していた。

「――『クリフォト』が動き出している」

 クリフォトとは神秘思想の一種、カバラに関わる用語だ。
 高次元からの万物の流入を描いたとされる生命の樹(セフィロト)と相反する、邪悪の樹。

 半数以上の隊長は発言の意図を掴みかねたが、その不穏さは会議室に拡がりつつあった。

「くりふぉと、と言うと週刊誌とかに載っとる、悪の組織どすなぁ。
 なんでも、各組織に食い込んだ回帰思想の過激派とやらで」
「都市伝説じゃねーか。イルナミティだの、そっち系の」

 逆に困惑気味だが、まるで冗談でも聞いたかのように応じたのが、トトとクエレブレ。
 彼らは一般社会にも関わりがあり、俗なゴシップ、それこそ他の隊長が見向きもしない噂話にも通じていた。

 厨二病患者が妄想し、無責任な雑誌が存在と秘匿を放言する。クリフォトは、おおむねそういった用語だ。
 たしかに世界には異能が実在し、それに関わる陰謀も数多いのだろう。
 しかし、それらが全て、特定の思想を持ち、特定の組織に属しているというのは考慮にすら値しない話だ。

 たとえばバフ課自体も、記憶処理班によって秘匿を行っているが、これは別にクリフォトとやらの都合ではない。

218 ◆peHdGWZYE.:2018/10/06(土) 01:45:46 ID:cgrSL/pA0

「二名の言う通り、所詮は陰謀論。実際はムーブメントの類に近く、組織とすら言えん……そのはず『だった』。
 だが、近年になって急速に組織としての形を見せつつある。その実態は裏社会ですら、把握できていない」

 スクリーン映像をアトロポリスの資料から、クリフォトのそれに切り替え、会議室の面々に提示する。
 どういうルートで掴んだのか、各勢力の内紛や不可解な動き、それに関連人物の渡航歴や思想の偏向を提示したものだ。

 情報自体は貴重なものだが、それがクリフォト実在の根拠になるかといえば、せいぜい妄想から眉唾になった程度のもの。
 だが、確信もなく動く男でもあるまい、とラツィームの双眸には真剣な光が宿っていた。

「カリスマ的な指導者でも現れたか、それとも巧妙に隠れていたかの」
「さてな。本当に陰謀論のような事があり得るのかは分からんが。問題は各勢力に食い込んでいる、という点だ。
 ……国連軍は内部から崩される恐れがある」

 今度こそ不穏さは明確な形となり、会議室内が騒然した。

 国連軍にもクリフォトが食い込んでいる、という事は単に国連軍が機能しない、というだけの意味に留まらない。
 最悪、クリフォトに動かされた"国連軍の一部と交戦"しなければならなくなる、という可能性すらあるのだ。

 シルスクとクエレブレは互いに目配りすると、緊張を抑えてシニカルな笑みを浮かべた。

「バ課には崩される恐れはないと」
「あるのかよ? ご丁寧に予算と人員を割いて、バ課連中に紛れ込んで……」
「ないな。俺がクリフォトとやらでも、もっとマシな所にリソースを割く。連中も俺達よりはマシな知能はあるだろ」

 シルスクとクエレブレは経験ではラツィームなどに劣るが、最も勢い盛んなエース格でもある。
 彼らの復調は、会議室全体にも良い空気をもたらしていた。

 軽いやり取りだったが、それに苦笑するような形で、バフ課の本来の雰囲気が戻ろうとしていた。
 元より、自分たちは公言できない程にブラックな公務員であり、地獄手前で生きてるのが常態だ。
 だからこそ、これまで自分の流儀で切り抜けてきたし、その流儀によれば自分たちは優れたプロであると同時に、
筋金入りの「バ課」でもあるのだ。

 小さく――それこそ、ラツィームとトト以外は見落としたが、エニグマも彼としては珍しく苦笑していた。

219 ◆peHdGWZYE.:2018/10/06(土) 01:47:00 ID:cgrSL/pA0

「結構――相手がどうあれバフ課の存在意義は一つだ。それが能力犯罪ではあれば取り締まる。
 シルスク、クエレブレ、ザイヤ。以上、三名が率いる班にはアトロポリスに随行してもらう。
 各資料は当日までに、頭に叩き込んでおけ」
『了解!』

「ラツィーム、トト。二名の率いる班については、国内の対応と後詰めを兼ねてもらう。
 こちらは長期的な激務だ。おそらくは陽動でこちらも荒れるだろうが、我々は余裕を残しつつ捌かなければならない」
「了解したの」
「了解どす。ウチらに後を任せるなら、無事帰ってこんといけまへんよ」

 クリフォトの真偽はどうあれ、状況の把握と共有は終わった。ここからは実務の話となる。
 手早く人選を告げ、そこに異論の余地はなかった。
 フットワークが軽い面々をアトロポリスに向かわせ、古参がそれを固める。まず妥当な所だろう。

「6班、7班は国内に集中させる。が、まずはバフ課独自の情報収集を考えている。
 国際会議に先立って、クリフォトが動くと想定できる以上、その機に情報を入手しておきたい。
 問題は収集先だが――」

 迅速かつ正確に、バフ課はアトロポリスの保安、そして対クリフォトの体制を整えつつあった。
 しかし最善、最速の手を打ってなお、事態に二歩も三歩も遅れる事がある。

 これは常に後手に回る治安組織の性質上、避け得ない現実だった。

220 ◆peHdGWZYE.:2018/10/06(土) 01:50:20 ID:cgrSL/pA0
>劇場版
バフ課壊滅、ボス戦感があって楽しかったですね。自分も劇場版を……という意味では、きっかけになった作品です
ちょうど良く、今回も隊長勢が集合する話となりました
練った感覚は無かったりしますが、自分が「このスレで見たかった妄想」を遠慮なく詰め込む事に決めたので、
ある意味では相当なストックがあると言えるのかも

隊長勢は人数が多いので、今回は登場が少ないトト隊長を補足に

補足

バフ課
『バッフに関する犯罪を専門に扱う課』とも。長い正式名称が存在しているらしい。
作中舞台が都内某市、のような扱いが多いため、警視庁内部に部屋が用意されている扱いに。
前身となる組織はチェンジリング・デイ以前から存在していた。
一般の構成員は、だいたい頭が悪く、怖れ知らずであるのでバ課とも通称される。

エニグマ
話題に出た事はあったものの、ついぞ登場しなかったバフ課のトップ。この作品での初出キャラ。
平時は隊長たちにバフ課の運営を任せており、政府内で能力の扱いを巡った政争、工作に専念している。
だが、事件の規模や政治性の高さによっては、陣頭に立つことも。
詳しい人物紹介はいずれ。

トト
◆PLwTfHN2Ao氏の作品から出演。
バフ課でも珍しい、女性隊員が主となる1班の隊長を務めている。
下戸で不器用、だが誠実で面倒見が良い姐さん。京都訛り(?)で話すのが特徴。
外見描写は特になかったので、とりあえず自分のイメージで補完。

クリフォト
陰謀論などで名前が挙げられる謎の組織。生命の樹に相反した、邪悪の樹を名乗る。
実在を主張する媒体によって、細かな点は変わるものの、世界をチェンジリング・デイ以前の状態に戻そうという、
過激な回帰主義者による集団であるらしい。
元々は怪しい噂話でしかなかったのだが……

221名無しさん@避難中:2018/10/06(土) 19:05:31 ID:OLao8L7o0
投下乙です
この物語を読み始めて改めて思ったけど、チェンジリングスレは本当いろんな妄想が捗るんですよね
クリフォトとかそういう方向から来たか!っていう
私も久しぶりの妄想が俄かに湧いてきましたが、当分はこの物語を楽しみたいと思います
楽しんでるうちにきっと忘れるし

222星界の交錯点 ◆peHdGWZYE.:2018/10/13(土) 01:40:36 ID:G8r8bL5w0
06.彼方からの呼び声

――声が、聞こえた

 魂、霊、思念、いずれとも似ていて、しかし絶対的に異なる声。
 およそ三次元空間上では本来、成立しえない程の複雑な情報が絡み合い、婉曲的に声らしきものを形作っている。
 それは一種の神託であったのかも知れない。

 奇妙な声に魅入られたかのように、彼女は夜間の街を出歩いていた。
 川端輪、S大学生に通う学生で、パーマがかったセミロングが印象的な容貌だ。
 出歩く場所によっては、一度か二度のナンパはあったかも知れない。

 夜の能力は、霊視。現世に留まった死者の未練を幽霊と認識し、見聞きできる能力だ。
 彼女もまた"異変"発症者であり、その症状は徐々に重くなり、夜間は奇妙な声が耳を離れない程になっていた。

「東……の方ね、きっと。歩いていけない程、遠いのかな」

 声が聞こえる方向へと歩き続けたものの、そろそろ帰りが心配になる程度の距離に達しつつあった。
 加えてもう遅い時間帯、さすがに理性が勝り、足が止まる。

 よくよく考えれば、気軽に行けるような場所ではないかも知れない。
 先にネットで情報を集めたり、超能力学部の同級生や教師に相談した方がいいに決まってる。

 そう結論を出し、踵を返そうとした瞬間だった。

「失礼。あなたが川端輪さん、ですね?」

 一瞬、輪は心臓が跳ねるような思いをしていた。
 声に気を取られていた、というのもあるが、いきなり自分の名前を呼ばれたのだ。

 慌てて向き直れば、やや頬がこけた神経質そうな男が、挨拶代わりか軽く手を持ち上げていた。
 明るいグレーのスーツを着こなし、社交的な雰囲気を作ってたものの、当人の印象は覆せていない。

 輪はためらいながらも、彼の素性を尋ねていた。

「……あなたは?」
「警戒させて申し訳ありません。私は日本政府の依頼を受け、ILS(国際学会)より"異変"調査の為に遣わされた者です。
 派遣調査員……フォースリーと申します。
 本日は"異変"による症状について、お話を伺いたく、そのために参りました」

 謝罪から述べると、フォースリーは学会発行の身分証を差し出した。
 全ての項目が英語で記されていたものの、英語圏での活動が長いナオミ教授の影響もあって、
大半が輪の語彙に存在する単語だった。

223 ◆peHdGWZYE.:2018/10/13(土) 01:41:27 ID:G8r8bL5w0

「あまり時間は取らせませんので、よろしければご協力をお願いします」

 輪は身分証から学会での地位と、平時に所属している大学を読み取り、食い違いがない事を確認。
 調査員を派遣したというのは、初耳だったものの、"異変"調査の進捗がすべて輪の耳に入る訳ではない。
 身分からしても、"異変"発症者の情報を持っている事は、不自然ではないだろう。

「えっと、まず私の能力はいわゆる『霊視』で。この世に留まった、死者の霊と会話する事ができます。
 でも、その"異変"? というのが起きてから、ものすごく遠くから声が聞こえるというか……
 それは幽霊の声とはまた、別の感じで」

 一抹の不安を覚えながらも、輪は語り始めていた。

 常人とは異なる感覚を持つ、という類の能力は他者への説明が難しい。
 だが、それでもフォースリーは関心にその双眸を光らせ、重ねて質問を発していた。

「声、ですか。一体、それはどのような? 何を話しているのか分かりますか?」
「いえ、説明は難しいのですが……まるで澄んだ歌声のような。内容はよく分かりませんが」

 ごくありふれた、曖昧な回答だと思われたかもしれない。
 おおまかにこんな症状はある、でも具体的な所は言語化できない。情報を集めている調査員なら聞き飽きているだろう。

 しかし、フォースリーの反応は想定と違っていた。
 ますます熱意を滾らせて一歩、二歩と距離を詰めてきたのだ。思わず、後ずさる。

 こうなって、輪は初めて気が付いた。声を追って自分は、知らず知らずの内に人通りがない路地に入り込んでいた。

「そこまでの深度なら……いえ、そんな事はないはずですよ。よく集中して聞いてみてください。
 あなたなら聞くことができるはずだ。"彼女"の声を」

 ぞくり、とした。今度は驚いたのではなく、輪は恐怖を感じていた。
 いきなり無遠慮に肩を掴まれ、まるで瞳を覗き込むように、顔を近づけてきたのだ。

 フォースリーの両目は飛び出るかと思う程に見開いており、また興奮からか血走っている。
 明らかに尋常な様子ではない。まるでホラーの怪物のような狂気が覗いていた。

224 ◆peHdGWZYE.:2018/10/13(土) 01:42:55 ID:G8r8bL5w0

「お前、何をやっている!?」

 まるで計ったようなタイミングで、輪の聞きなれた声が響いていた。
 静岡幸広。茶髪のS大学生で、輪とは数年の付き合いになる。
 今日は友人との付き合いで、出歩いていたのだが、その帰りに能力の影響もあって、この場面に遭遇していた。

 その能力とは、無意識に恋愛の切っ掛けを作るというもの。
 もちろん恋愛の切っ掛けがある事と、実際に恋愛に発展する事とは、大きな隔たりはあるのだが。
 こうして、たまたま異性の友人のピンチに駆けつける事ができるという点では、ありがたい能力だった。

(まず、一発!)

 幸広がどうしたかといえば、行為を咎めたと見せかけて、すでに拳を作って殴りかかっていた。
 喧嘩は先手必勝、腕っぷしに自信がある訳でもないが、それだけに不意打ちで逃げる機会を作る事には慣れていた。
 昼夜ともに、不良の恐喝などには遭遇しやすい体質なのだ。

 しかし、今回ばかりは相手が悪すぎた。

「目撃者とは……これはこれは。さて、どうしたものか」

 フォースリーは相手など眼中にない様子で、つぶやいていた。
 完全に不意は打った、まちがいなく拳は真横から顔面を打ち抜く――と確信した直後に。
 一瞬で、幸広は腕を取られ、そのまま捻りあげられていた。

 幸広は痛みに思わず眉をしかめたが、悪くない展開だった。これで自分を拘束している限り、相手も動けない。

「輪、逃げろ! こいつ、普通じゃない!」

 幸い、輪がためらう事はなかった。小さく首肯すると、さっとこの場を走り去っていく。
 相手は不良の場合が大半だが、こういう状況は初めてではない。
 足手まとい無しの一人なら、幸広にも立ち回り様があるのだと、分かっているのだ。

225 ◆peHdGWZYE.:2018/10/13(土) 01:44:10 ID:G8r8bL5w0

「判断は悪くない……相手が有象無象だったら、の話だが」

 幸広の腕を捻ったまま、フォースリーは逃げ去ろうとする輪に手の平を向ける。
 能力、と幸広は察したが止める術はない。

 次の瞬間、まるでペンキのような原色の青が飛び散り、空中に弧を描いた。
 輪に直撃はしない。が、その頭上を越えて、逃げ道となる道路が瞬く間に、青一色へと塗り潰されていく。

 能力の正体が掴めず、輪の足が止まる。結果から言えば、その判断は正しかった。
 急激に冷気が噴き出し、周辺には霜が降り始めたのだ。

「え……そんな!?」

 喉奥から、悲鳴が漏れ出ていた。後ずさり、それを見上げる。
 青一色に染められた足場からは、一瞬で巨大な氷塊が形成されていた。
 路地を完全に封鎖する大質量、氷の障壁。

 まるで南極海に浮かぶ流氷のようだったが、ここは街中であり寒冷地ですらない。
 地形変動レベルの氷生成――まちがいなく、戦場やテロでも通じる、強力なエグザだった。

「がっ……!?」

 輪の動きが止まると同時に、幸広もいとも簡単に引き倒され、地面に叩きつけられていた。
 相手はプロ、であるらしい。腕力にしても技量にしても、差があり過ぎる。

 意識を奪うつもりか、それとも完全に止めを刺す気か。
 フォースリーは無感動にブーツを履いた足を持ち上げると、幸広の身体目掛けて鋭く踏み下ろそうとしていた。

「カード・リリース! 【poltergeist】!」

 再び、第三者の声が路地に響いていた。
 詳細は知れないが、明らかに何らかの能力発動を告げる声。

 咄嗟にフォースリーは飛び退き、自身の位置を変えると、声が聞こえた方角を注視する。
 一撃で戦闘を決する類の能力を警戒するなら、幸広の始末は優先順位は低かった。

 だが、目前で発動した能力は、必殺級のものではなかった。
 路地に転がる砂利や石ころ、そういったものが浮かび上がり、無秩序にフォースリー目掛けて飛来したのだ。

 舌打ちすると最低限、危険そうなサイズの石だけ打ち払うと後退、腕で庇いつつ顔を背ける。

226 ◆peHdGWZYE.:2018/10/13(土) 01:45:09 ID:G8r8bL5w0

「おいオッサン! 街中で派手に能力ぶっぱなしやがって……ここ大丈夫かよ!」

 挑発的な台詞と共に、自分の頭をつつて見せたのは、いかにも喧嘩慣れした風袋の少年だった。
 どうやら、派手に能力で氷の壁が作られた結果、この状況に気が付いて駆けつけたらしい。

 一瞬、幸広と輪は通りがかりの不良かと思い、直後に彼の制服に気が付いた。
 夜見坂高校、良くも悪くも噂の絶えない学校だが、はっきりと世間に認知されているのが、
日本全国でも有数、能力開発に相当な比重を置いている学校、という事だった。

 フォースリーは明らかに暴力の専門家だったが、あの学校の生徒なら、ひょっとすると対抗できるかも知れない。
 夜見坂高校1年、上守琢己(かみもり たくみ)はわずかな期待を背負って、フォースリーと対峙していた。

「これで邪魔者が二人か。殺さずに無力化するのも手間、となると。仕方ないな」

 業務上の手間が増えた、という程度の冷淡さでフォースリーは呟くと、
とくに躊躇う事もなく、衣服の下に隠れたベルトから軍用のコンバットナイフを抜き放っていた。

 素人目に見ても、チンピラが喧嘩に使うような物より肉厚な刃が鈍い輝きを放つ。
 そして、獲物と捉えた爬虫類のような目付きで、倒れた静岡幸広を見やった。

(げっ、まずは数を減らすってか)

 ぞっとしつつも、上守琢己の判断は素早かった。

「うおおおおおお! カード・リリース! 【knife】」

 雄たけびを挙げて突撃、これで相手の注意を引き付けつつも、素早くカードを発動させる。

 上守琢己の能力はコピー能力、《イミテーション》。
 一度、視認した、あるいは体験した能力をカードとして生成して、一度限り行使できる。
 使用済みの能力は使えなくなるが、再び視認か体験すれば、カード生成が可能となる。

 今回、上守琢己は使用したのは、夜見坂高校の不良が行使していた、ナイフを生成する能力だ。
 フォースリーが使うナイフと同じものを、両手に二本具現する。

227 ◆peHdGWZYE.:2018/10/13(土) 01:46:08 ID:G8r8bL5w0

「ちぃ……」

 装備面で互角になったと悟り、フォースリーは飛び道具での決着を図る。
 液状の青いオーラを放出、琢己自身を青く染めようと襲い掛かった。

 しかし、琢己も喧嘩慣れしているだけあって、これを読んでいた。そも挑発した時点で、これは彼が作った流れなのだ。
 咄嗟に横に飛び退いて、姿勢を崩したものの青いオーラを回避する。
 姿勢を崩した隙に、とフォースリーが肉食獣のように駆けだそうとした瞬間。

「これを使え!」

 崩れて膝を付いた状態を利用して、地面にナイフの片方を滑らせる。
 その先に居たのは、どうにか起き上がっていた静岡幸広だった。この為に二つ生成していたのだ。

「お……っと」

 ナイフを投げられては困るが、地面を滑らせたのなら、素人でも拾うのは簡単だ。
 喧嘩で刃物を使った経験などないが、素早くナイフを拾い上げると、幸広は構えていた。

「なるほど、手間取らせてくれる」

 足を止める。ここで容易に処理できない相手だと、フォースリーは悟っていた。
 刃物持ちが二人に増えてしまった。仮にもプロが遅れを取ることはないが、常に万が一を意識せざるを得ない。
 しかし、慎重になれば、相手に逃げられる可能性が高くなる。

 琢己は態度悪く笑うと、ジレンマを煽るように、刃物を持った二人が同時に視界に入らないように動いていた。
 彼は喧嘩を売るにも買うにも、天賦の才があるらしい。

「気を付けてくれ! あの青いペンキみたいなのから、氷の壁が出てきたんだ!」
「マジかよ。軽く人殺せる系の能力じゃねーか……あんた達も逃げる事を念頭においてくれ。
 ああまで、イカれた奴とやりあうなんて、何の得にもならねーからな!」

 ここでようやく状況が膠着し、大声で情報交換を行う。
 さらにフォースリーは冷静さを保ちにくくなるが、これが吉と出るか凶と出るか。

228 ◆peHdGWZYE.:2018/10/13(土) 01:47:15 ID:G8r8bL5w0

(これで残り三枚……行けるか!?)

 手元に残るカード枚数を意識する。
 カード生成はあくまで昼の能力、現在は日が沈んでいるため新たに生成する事は不可能。
 そして、琢己は夜の能力は未発現であるため、現在は無能力者だ。

 一度、生成したカードは昼夜問わず使えるのだが、喧嘩の絶えない生活をしている事もあって、
紛失や破損を避けるために、常備しているカードは限定されていた。

「かなり不完全だが、コピー系の能力者とみた。強力ではあるが……」

 フォースリーは冷静に見抜くと、獲物を慎重に値踏みしていた。
 そもそも、他人の能力を使う事は難しい。把握ですら、専門家の助けを必要とする。
 ストックにある能力で積極的に攻めてこない事を見ると、制限があるか、条件的に攻撃能力が少ないのか。

 上守琢己にとっては幸運な事に、昼にしかコピーは行えず、夜は消費のみ、という点は見抜けなかった。
 自分の能力を奪われる、という最悪の自体をフォースリーは警戒せざるを得ない。

 故に、フォースリーの攻め手は強大な能力による圧殺ではなく、近接戦。
 姿勢を低くし、剽悍に地を蹴り、コンバットナイフを片手に飛び掛かっていた。

(っ……速えぇ!?)

 刃物を相手に喧嘩した事もある琢己だったが、フォースリーは今までとは別格の敵だった。
 瞬く間に距離を詰め、踏み込みにフェイントを交えつつ、ナイフ一閃。金属光が迸っていた。

 それをリスク承知でスウェー、上体を逸らして回避。目前を刃が通り過ぎる。
 あるいは専門家でも、目を見張る攻防であったかも知れない。
 ほぼ体勢を変えず、相手を殴り飛ばせる姿勢のまま回避した。琢己の拳がより強く固められる。

「こっちだって、刃物相手ぐらいは……ぐあっ!?」

 半瞬だけ遅れて中段蹴りが、咄嗟のガードの上から琢己を打ち抜いていた。
 みしり、と身を庇う姿勢にフォースリーの足が食い込み、そのまま蹴り飛ばす。

 ナイフの一撃から蹴りによる追撃までが、一連の動作であったらしい。
 地を転がる事になった琢己は、感触から相手が衣服の下にプロテクターを着用する事を察していた。
 今ので骨を砕かれなかったのは、幸運だったからだろう。

 結局は、はったりにしか使えず、琢己の手からナイフが滑り落ちていた。

229 ◆peHdGWZYE.:2018/10/13(土) 01:48:31 ID:G8r8bL5w0

「ああ、子供の喧嘩なら勢いに任せて振り回す事もあるだろう。刃物は恐ろしい。
 だからこそ、素人は他を警戒できなくなる」

 元からフォースリーは、刃物に対応できる相手に即した訓練も受けている、という事だった。
 この差は喧嘩慣れという程度では埋められない。

「カード・リ……」
「遅い」

 では能力、という最後の頼みすらも容赦なく潰される。
 手の平が撃ち出された氷刃が、カードを真っ二つに切り裂いていた。
 これも《イミテーション》の弱点。一度、カード使用を知られたのなら、相手は簡単に見逃してはくれない。

 琢己はその瞬間、フォースリーの手の平が青く塗られている事に気が付いた。
 戦闘中、見られないように手を染めれば、そこから氷を撃ち出せるという一種の応用技らしい。

「そいつから、離れろ!」

 万事休す、諦めがよぎった所で助けの手が入っていた。
 静岡幸広が震えながらも、フォースリーにナイフを投げつけたのだ。

 所詮は素人、威力は大した事がなく、回転している以上は刃が当たる保証もない。
 フォースリーは冷静に、スーツの袖を利用して叩き落していた。

「逃げればよかったものを……」

 フォースリーは冷たく呟くが、わずかな、しかし決定的な時間を稼げたのも事実だった。

「カタギじゃねえなら、遠慮なく使わせてもらうぜ。カードリリース! 【arachne】!」

 上守琢己は流れるような動作で、ポケットからカードを抜き出していた。
 恐ろしい強敵に、決死の助け。ここでためらう理由はない。最大最強の切り札が、ここで選ばれていた。

230 ◆peHdGWZYE.:2018/10/13(土) 01:49:46 ID:G8r8bL5w0

 その瞬間、出現した大重量に路地が震撼した。軽度の地震と錯覚しかねない程に。
 路地を叩き割るような規模で、巨大な鋼鉄蜘蛛が出現していた。
 胴体から脚までもが鋼鉄製で、胴部半ばからは人型のユニットが接続されている。

 地獄の鋼鉄蜘蛛。現代科学ですら再現できない、未知の機動兵器。
 三上静、夜見坂最強の女とは逸話から誇張の混じる物言いだったが、その彼女を強者たらしめる能力だ。

 どこか友人が面倒みている少女の、夜の姿に似ている、というのが幸広と輪の感想だったが。
 あまりにも強大な生成能力に、フォースリーの攻勢も止まっていた。

「この規模の具現型能力を有しているとは……! こんなものが街中に転がっているのだから、この世界は度し難い」
「ごちゃごちゃ、うるせえぞ。どうした? やるか、それともやらないのか」

 自分の知る限り最強の能力ですら、フォースリーには届かないかも知れない。
 だが、ここでナメられれば本当にお終いだ。だからこそ、いかにも使い慣れた、無敵の能力を装う。
 不安を持ちながらも一切、弱みは見せずに、琢己は言い切っていた。

 膠着する。たがいに沈黙し、琢己や幸広は心臓が凍るような一瞬、一瞬を過ごしていた。

 しばらくして、といっても数秒後……その膠着を破ったのは、フォースリーのため息だった。

「ああ、退かせてもらおう。最低限、深度の確認が出来た。これ以上、能力を晒すほどの目的はない。
 それに、その蜘蛛と争えば、闖入者は一人や二人では済まなそうだ」

 聞いた瞬間に、琢己は判断を切り替えた。人払いが完璧でないなら、戦えばこちらが有利だ。

「そうかよ。アラクネー、行け! あいつをぶちのめせ!」

 せいぜい派手に暴れて、到着した警察でも味方に付けて、イカれた奴をひっ捕らえる。
 そこからは、もう警察の仕事だろう。完璧なプランだ。

「なんだ? 動かない?」

 しかし、直後には異変が起きていた。妙に鋼鉄蜘蛛の反応が鈍い、というよりも、これは……
 鋼鉄蜘蛛が凍り付いている。
 張り付くような氷に包まれ、蜘蛛は完全に拘束されていた。

231 ◆peHdGWZYE.:2018/10/13(土) 01:50:32 ID:G8r8bL5w0

「――命拾いしたな少年。その能力の持ち主に感謝するといい」

 一度、退くと決めたが故に、フォースリーは戦闘には応じなかった。踵を返して、歩み去っていく。
 やがて彼が、ぱちんと指を鳴らすと、同時に鋼鉄蜘蛛は氷もろとも木っ端微塵に砕け散った。

「いずれ、彼女の声は逃れようもなく、聴く者全てを捉えるだろう。全ては時間の問題でしかない」

 無数と氷片と、破損が飛び散る騒音の中に入り混じって。
 しかし、琢己と幸広、距離を置いて様子を窺っていた輪にも、はっきりと声は届いていた。

 一瞬でこちらを皆殺しにできるだけの能力。謎めいた言葉。
 あらためて実感し、幸広は思わず震え、そして輪はなんとも言えない不気味さを感じ取っていた。
 偶然にも巻き込まれる事になった琢己も、一つ残った治療用のカードを握ったまま佇んでいる。

 やがて、警察や人が集まってくる。
 結末から語れば、この事件は通り魔的な犯行として処理された。
 幸広や輪は"異変"との関連を証言したものの、それを警察側が真に受けたかは怪しい所だ。

 事件に関わった三人は、各自の生活に戻ったものの、決して不吉な予感が消える事はなかった。
 すでに、暗雲は漂っているのだ。自分たちの頭上に、あるいは想像もできない程に広い規模で。

232 ◆peHdGWZYE.:2018/10/13(土) 01:53:11 ID:G8r8bL5w0
日常を侵食する異変、そして軽い前哨戦……の予定が、あれ長い?
今回は東堂衛のキャンパスライフ勢とImitationの話となりました
主役の衛は、夜にかれんちゃんの面倒を見ないといけない、という所もあるので、今回は未出演

補足

川端輪
東堂衛のキャンパスライフから出演。パーマが特徴的な大学女子。
珍しい霊能系の能力を持っている。昼は能力により弟の魂を身体に宿しているが、今回は夜なので休眠中。
"異変"が進行しており、今回の事件へと至った。

静岡幸広
東堂衛のキャンパスライフから出演。親友枠、でも主人公補正的な能力の持ち主。
今回の話は、都合の良い乱入があるようで、わりと必然的だったりする。
好きな子のために根性を見せたものの、輪と一緒に被害者枠。

上守琢己
Imitationから出演。羽華高校(通称バカ校)から夜見坂へ転入した王道主人公。
能力は現状、昼のみ発現しており、今回は夜の話なので本領を発揮できていない。
2話だけの未完作品なので、上手くキャラを掴めたのか、ちょっと自信がなかったり。
カード化能力は、同じ高校のキャラから友情出演があります。

フォースリー
新キャラ、悪役。ILS(国際学会)の身分証は精巧な偽造なので、所属は不明。バレバレだけど。
"異変"発症者の調査、深度によっては拉致を行っている。
能力で巨大な氷を生成したが、その本質は不明。

233 ◆peHdGWZYE.:2018/10/13(土) 01:57:48 ID:G8r8bL5w0
>>221
クリフォトとかいう、ド直球な厨二ワード
こっそり既存設定のかなり意外な所に繋がりがある組織だったりします

能力研究者の科学的アプローチ、生活感のある能力社会、隕石被害の爪痕etc
このスレ、下地が凄いんですよね
妄想を形にするのは労力は要りますし、今どきはもっと人目に触れる場所も増えたので……
でも、たまたま忘れず、本当に気が向いたらぜひ、という感じですね。この星界の交錯点もそういうスタンスです

234名無しさん@避難中:2018/10/13(土) 23:11:54 ID:qMtiLlAU0
投下乙です
ほんとにいろんなキャラがどんどん出てきますね。全キャラ登場いけそうですよw
それですねー、妄想はふつふつと湧いてはくるけど形にするのは楽じゃないもんね。創作はそこが大変だ
書いてみたけど結局エタらせた、なんてことにならんよう、書くなら書くでちゃんと練ってからにすることにします
ところで少し質問なのですが、バフ課6、7班の詳細な構想ってあったりしますか?

235名無しさん@避難中:2018/10/14(日) 00:33:55 ID:rUGwnePQ0
亡くなってたり(パウロさんとか)、詳細不明な人も多いので、全キャラはとてもとても
じゃあ、なんで最初に予定していたのかといえば、本当に何も考えていなかったんですねw

自分で総隊長出しただけでも、大冒険なので……6、7班はノータッチです
既存だとあれこれ7班が役割持ってるみたいですが

236名無しさん@避難中:2018/10/14(日) 10:18:02 ID:xx0QcvtU0
迅速回答ありです
そういや記憶操作担当してるのが7班でしたっけね。書く時は6班使おうかな…

237星界の交錯点 ◆peHdGWZYE.:2018/10/20(土) 00:34:02 ID:zFmu73gQ0
07.世界の敵

 弾けるような発砲音が絶え間なく鳴り響いていた。
 集団の手に握られたサブマシンガンの銃口が、硝煙と共に死を叩き付けている。
 仮に、ここが街中なら大混乱だろう。たとえ能力社会であったとしても、これに勝てる能力者は多くない。

 銃器の集団運用という脅威。だが、まるで――標的たる二つの影には通用していなかった。

「また殺しは無しかよ、ホーロー」
「ファング、お前も大概だろうが」

 犯罪組織ドグマの戦闘員の中でも上位格、風魔=ホーローとファング。
 黒い戦闘服に藍色のマフラーを棚引かせた少年と、人狼と化した青年が襲い来る銃弾を掻い潜っている。

 彼らは、軍隊ともいえる武装集団を相手に一歩も引かず、それどころか果敢に攻め立てていた。

『くっ……こいつら化け物か!?』

 兵士は身を屈めたホーローに至近距離からフルオート射撃、投薬の効果もあってクリアに射線が標的に向かう所が見え――
 そして、全ての銃弾は命中せずに、虚空を撃ち抜いていた。
 ホーローはまるでコマ落としのように加速、白熱するプラズマナイフを一閃し、銃火器を両断した。

 ファングもそれに劣る事はない、正面から集中砲火を浴び、抉られ無数の銃創を作りながらも、正面から突破。
 怪力と爪を併せもった腕を振り下ろし、防弾武装の兵士を一撃で昏倒させる。
 この時点ですでに能力による再生が終わり、集中砲火によって受けた傷は跡形もなく消えていた。

「なんつーか俺、とにかく死ににくいから、万が一にも負けない相手を殺すのも不公平な気がしてな」
「それは俺も同じだ。こいつらに負ける気はしない」

 軽口を叩く間にも一人、また一人と『避地』勢力の軍勢は戦闘不能に追い込まれていく。
 もはや彼らにとって、今回の相手は命を奪いにも値しない敵だった。

『全武装の使用を許可する! 生死は問わん! こいつらを叩き潰せ!』

 指導者格らしき男の声が、拡声器に乗って周辺に木霊する。
 これで、さらに強力な火器が用いられる事になるだろうが、二人の勢いはとどまる事はない。

238 ◆peHdGWZYE.:2018/10/20(土) 00:35:09 ID:zFmu73gQ0

「はんっ……!」
「……温い」

 やがて――プラズマナイフと狼の剛腕が、最後の敵を打ち倒していた。
 おびただしい数の戦闘不能者と武装の全損を抱えて、彼らは総崩れし、自分たちのテリトリーへと撤退していく。
 今日は『避地』勢力にとって最悪の一日となっただろう。

 その後は手はず通りに、彼らの物資集積場を確認。『避地』勢力は最新技術を有している事もあったが、
まあ今回に限っては、大したものはない。容赦なく焼き払い、彼らの計画を崩壊させた。

 猛火を前に、皮肉にも風魔=ホーローは学生時代のキャンプファイヤーを思い起こしていた。
 珍しくもない路地で、一人の少女と遭遇し、そしてドグマのホーローとしての全てが始まったのだ。

 あるいは、これまでの風魔ヨシユキの終わりだったのかも知れないが、どちらでも構わない。
 何事にも終わりがあり、その大半は同時に何かの始まりでもある。珍しくもない事だ。

 もっとも誰もが同じような事情であるとも限らず、ホーローは今回の相方、ファングがどのような経緯で
ドグマに所属しているかは、聞いた事がなかった。
 その彼になんとなく、今回の任務について話を振る。

「これで避地の進出は頓挫、連中はまた隔離地域に引っ込むことになりそうだが……
 ファング、この一件についてお前はどう思う?」
「どう思うってお前、潰せたんだから万々歳だろうが。もし、もうちょっと賢い回答か何か聞きたかったんなら、
 相手を選んでくれ。はっきり言って、質問の意図すらわからねぇぞ」

 狼男は関心なさげに首を鳴らしながらも、率直に答えていた。
 そんなんだからフールにケダモノ呼ばわりされるんだ、とも思ったが、言及はしない。
 ホーローとしては、そういう分かり易い態度は嫌いではなかった。

「連中がなぜ今、動き出したか、という事だ。避地の内側でやってる分には独裁者も同然、最高権力者だ。
 外で暴れて事を荒立てる必要はないだろう」

 あえて踏み込んで、重ねて尋ねてみれば、ファングは意外に真面目に考える素振りを見せた。

「つっても、欲なんて際限がないモンだろ? チャンスがあれば、獲れるものは獲るんじゃねえか?」
「ああ、そうだ。じゃあ、何を以って連中は現在をチャンスと見たか」
「なんか情報が出たか、戦力が増えたか。ドグマもそういう時は急な任務が出るんじゃねえか?」

 例えば、ナタネの運命レポートが良い例だろう。予言の書から有益な情報が出れば、それを元に作戦が立案される。
 他の組織からみれば、それはあまりに急な動きにしか見えないだろう。
 能力であふれた現在、どこから情報や戦力が沸いてくるか、分かったものではない。

239 ◆peHdGWZYE.:2018/10/20(土) 00:35:40 ID:zFmu73gQ0

「……そんな所か」
「まあ、そういう事は幹部連中でも、頭脳派の奴らが考えるだろ。それよりもホーロー」

 不意にファングは話を切り替えていた。ホーローはただならぬ予感を覚えて、瞬きする。

「なんだ、改まって」
「まあ、他人の流儀に口挟むのも柄じゃないんだが、お前、なんだかんだでドグマに来てから、
 一度も人を殺してないそうじゃねえか」

「何だかんだで、その必要はなかったからな。殺さない限り排除できない敵、というのは稀だ。
 お前こそ……クロスだったか? 機関に因縁のある敵が居るようだが」

 ホーローは言い訳じみた物言いになった事を自覚しつつも、たずね返していた。
 実際、ドグマは殺戮集団では……いやまあ殺戮集団かも知れないが、手段であって、それ自体を目的とはしない。

「俺の方は、お前の事情とはまるで違げーよ。心臓や喉を突かれた事もある、普通なら終わってる関係だ。
 別に手段として、殺しが最上なんて思ってねぇけどよ
 ただ、俺は避けるつもりはねえし、避けられるもんでもないと思ってる――特に自分や仲間の害になる相手ならな」

 元より頭を使う事も、思想を語る事も、それほど得意でもないのだろう。
 時折、頭を振りながらも、ぽつぽつとファングは語り掛けた。

 だが、これは……この男の根幹にも近い信条ではないか。本来、他人には踏み込ませたりしないような。

「ファング、お前……」
「意外か? 別に、お手々繋いで仲良しごっこがしたい訳じゃねえぞ。この掃き溜めみたいな世界ってのはな。
 道から逸れた奴は殺されても文句は言えねえし、殺されない為には味方が要る。はぐれ者には、はぐれ者の味方がな」

 つまりは、生存戦略だ。はぐれ者一人では、この世界を生き抜いていくことは難しい。
 最初からドグマの一員として、こちらの領域に入ったホーローには実感の薄い事柄だった。

「その関係を成立させるのが、敵をエゴで殺すって事だと、俺はなんとなく思う」

 ファングは自信なさげに、明後日の方向を向いていたが、それでもはっきりと言語化していた。

 正義のためでも、秩序のためでも、組織のためですらなく。
 ただ自分と仲間のエゴのためにだけ殺す――こちら側はそうやって、自他を分ける世界なのだと。

240 ◆peHdGWZYE.:2018/10/20(土) 00:36:35 ID:zFmu73gQ0
「ホーロー、お前『こちら側』の人間か? 仮にそうだとして、誰の味方で、誰の為なら敵を殺せる?
 まあ、俺が気にする事じゃねえかも知れねえけどよ。ドグマには、こういう形で人を値踏みする奴も多くいる」
「俺は――」

 ホーローは言い掛けて、何を続けようとしたかは自分にすら分からず、そして結論が出る事はなかった。
 ここで今では上司である少女、リンドウからの連絡が入ったのだ。

『ホーロー、ファング。作戦行動時間は終了したけど、首尾の方は?』
「ああ、リンドウ。大した相手じゃなかった。これで当面は再起不能だろう。回収を頼む」

 結局、ホーローとファングの話題は終わり、どこか後を引きながらも掘り返される事はなかった。
 偶然でもあるが、元より互いに踏み込み過ぎていたのだろう。
 何がとは具体的には言えなかったが、ホーローはリンドウの連絡に救われたと自覚していた。

 もし仮にナタネのレポートに頼らず、自らの運命を語るとすれば――
 自分にとっての始まりの場には、いつも彼女が待ち受けているのかも知れない。

241 ◆peHdGWZYE.:2018/10/20(土) 00:37:07 ID:zFmu73gQ0
――――

 某都市地下――頓挫した地下鉄線とも、破棄された政府の極秘交通網とも言われた広大な空間は、
犯罪組織の温床となっていた。
 組織化した恫喝の専門家、違法な傭兵団。中には国外のスパイも居を構えている、という噂さえある。
 貧困や能力的な事情で追いやられただけの人々も確かに居たが、日常と隣り合わせに銃器や薬物の密造が行われ、
違法な賭博が公然と娯楽となっている光景は、外から来た者にとっては異様なものだった。

 その最奥、並み居る犯罪者さえも近寄ろうとしない領域に、複数の影が差していた。

「敵ながら挑発的で面白ィですネェ。こォノ時世に、最大規模の国際会議トハ……」

 日本語が不得手というだけに留まらない、不気味なイントネーションで怪しく笑う。
 どこか歪な死の気配を纏った怪人物は"フェイブ・オブ・グール"と呼称されていた。
 仲間内や、直接対峙した者からはフォグと省略される事も多い。

 国連、各政府からは犯罪組織ドグマの中心人物と目され、"世界の敵"として最大の抹殺対象となっている。

 黒い髪を伸ばし、愛らしい容姿を分厚い眼鏡で隠した少女、リンドウはフォグの影のように付き従っていた。
 彼女もまたドグマの幹部であり、つい先ほど任務の首尾をホーローたちに確認したばかりだ。

「介入しようにも、国連軍の精鋭が待ち構えています。格好の餌とはいえ、釣られれば代償も大きいのでは」

 嫌々、仕方なくといった様子でリンドウは忠告する。
 なにせ、忠告した所で引いてくれる訳がないのだから、ただの茶番だ。

 アトロポリス国際会議については、優秀な情報網を持つドグマもニュース以上の事は掴んでいる。
 仮に介入するならば、常識的に考えれば、国連軍と激突するリスクを懸念せざるを得ない。
 もっとも、フォグは常識という言葉からは、かけ離れた思考を有しているのだが。

「ノンノン、メンツや士気の問題以前に、放置するのはまずィですネ。コレは『ターニングポイント』――
 世界秩序再生に向けテの、攻勢ノ合図。潰すと行かなくトモ、我々の存在を示さネバ」

 フェイブ・オブ・グールはまた不気味に口元を歪めると、チッチッと指を振っていた。

242 ◆peHdGWZYE.:2018/10/20(土) 00:38:32 ID:zFmu73gQ0

 そう、これは厨二病でもなんでもなく、世界が変わる瞬間なのだ。
 チェンジリング・デイによって世界は混乱に陥ったといっても、国際連合を始め表社会の勢力は
十分な地力を有している。利害がまとまれば、世界は一気に秩序側に傾くだろう。

 彼らに切っ掛けを与えてはいけない。ドグマとしては少なくとも、それが完璧なものであってはならないのだ。

「そうだな。頭が痛い問題だが、指を加えて待つのは無しだ。表勢力を勢いづかせてしまう。
 なにより、上層部の不満を抑えきれなくなる」

 フォグの方針に賛成したのが、この場では最年長である初老の男だ。
 衰えぬ剣呑な気配も、それを引き立てる黒のスーツも自然体として己の物としている。そういった熟練者だろう。
 ファングやフールなどからは信頼されおり、特にファングからはオヤっさんと呼ばれていた。

 その初老の男が言及したのが、上層部。
 混沌とした印象のある犯罪組織ドグマだが、それなりに大所帯の組織であれば、資源管理や運営の実務も数多い。
 そういった面で権限を握った、"厄介な連中"の総称が上層部だ。
 彼らは、どうも日和見主義が過ぎる面がある……もっとも、向こうから見れば、逆のベクトルで
フォグや初老の男が厄介な上層部という事になるのだろうが。

 フェイブ・オブ・グールはククッと気味悪く、笑いを押し殺していた。

「上層部ねェ。オレが黙らせてヤろウカ?」
「やめてくれ。口を出せなくなるのはいいがな。あんたが黙らせたら、金も物も出せなくなるだろうが」

 ジョーク、ジョークなどとフォグは笑い飛ばすが、初老の男としてはまったく油断できなかった。
 冗談で人を殺しかねないというのが、フェイブ・オブ・グールであり、そういう人種はドグマ内にも複数いる。

 そもそも、今回ドグマ内部の方針は介入路線で固まっており、争いが発生する余地はないのだが。

「避地の連中が『動かされた』事で、裏が取れた。今回は『クリフォト』の連中が動きだしている。
 今度ばかりは、相互不干渉で茶を濁すのは不可能だろう」

 気を取り直すかのように、初老の男は他の犯罪組織に言及した。
 蛇の道は蛇というべきか、ドグマは表の組織とは異なり、クリフォトについては実態を伴った情報を得ていた。
 すでに離反工作を仕掛けられた疑いもあり、初老の男も自ら裏切り者を処分している。

243 ◆peHdGWZYE.:2018/10/20(土) 00:39:07 ID:zFmu73gQ0

 邪な遊び心を含めて、フェイブ・オブ・グールは口元を歪めていた。

「同じ世界の敵ではァリますガ、彼らトは相いれまセェン。我々が望むノは再起動――彼らトハ似て異なル。
 アー、リンドウチャン? ホーローの戦闘データにツいて当人へのヒアリングお願イしまス。
 次の戦いデ、彼の能力ハ重要になルかも知れませんカラ」

 クリフォトには戦略級の能力者も複数所属している事が分かっている。
 ならば『能力を否定する』能力を持ち、改造人間としての戦闘能力で敵対者を制圧するホーローは
ジョーカーとなり得るだろう。

「ちゃん付け気持ち悪いです……指示については承知です」

 いつも通り、気だるげな様子は隠さないが、リンドウはうなずいた。
 たとえ任務を通してでも、ホーロー……風魔ヨシユキに関われる事に悪い印象は抱いていないのだろう。
 指示通りにヒアリングを行うつもりか、足早にこの場を去っていく。

 だが、当人も薄々は察しているだろうが、これは人払いだ。初老の男は低く声を落とした。

「ホーロー、風魔ヨシユキか。奴の素養に疑問を呈す声もある……実力ではなく素養にな」
「彼は面白ィですカラね。出来れバ切り捨てたくはアリませンが。次の戦ィは、その素養ヲ量る良ィ機会なるでショう」

 ホーローはナタネの運命レポートで見出され、ルローやリンドウにスカウトされた構成員だが。
 その経緯は運命レポートの内容を越えて、二転三転しており、彼には幹部ですら測り知れない面がある。

 フェイブ・オブ・グールはそれを面白がっている節もあったのだが。

「素養がないと判断されれば?」

 初老の男は畳みかけるように、鋭く尋ねていた。

「計画がツギの段階にすすム際、先ダッて『エデン』にぶつけマス」
「えげつない、な。だが組織としては、どこかでケジメを付ける必要がある」

 エデンとは、機関に所属するドグマの重要な抹殺対象だが……
 直後、彼らの沈黙には、それだけに留まらない重みが存在していた。

 やがて、フェイブ・オブ・グールは地下内の天井を仰ぎ見た。その先には地上が、さらにその先には空が存在する。
 あるいは――本当に地下から、世界を仰ぎ見ているつもりなのかも知れない。
 まるで深遠より出でて世界を喰らい尽くすという、教典に記された怪物のように。

「マ、堅い話は置いとイテ。オレは楽しみダヨ。ツイに、ドグマと世界が衝突スル。
 ソノ前哨戦としテは、華々しィ舞台だからネ?」

244 ◆peHdGWZYE.:2018/10/20(土) 00:40:15 ID:zFmu73gQ0
今回はドグマ勢の話
一応、リリィ編の前日談も兼ねている形になっていますが、上手くやれてるかどうか
長い前振りでしたが、次回から徐々に話が動き始めます

補足

ドグマ
チェンジリング・デイ世界での最大クラスの犯罪組織。
平時は資金と生死問わず有用な能力者を集めている。その目的は、世界の再起動であるらしい。
各作品によって微妙に違う所があるので、組織構成には頭をひねった。
時系列はリリィ編の少し前ぐらい。

風魔=ホーロー
リンドウ編、リリィ編から出演。非日常バトルものだと、スレでも代表的な主人公。
徐々に人生の岐路が近づいてくるのだが……
昼は加速装置+改造人間だという、今になって気付いた王道ネタ。

ファング
◆/zsiCmwdl.氏の作品から出演。クロスのライバル? な狼男。
相性悪いクロスとばっかり戦っているが、実はこの人わりと強い能力なのでは。
既存作品にはなかったタッグで登場。

初老の男
◆/zsiCmwdl.氏の作品に登場した、ファングやフールの上司?
詳細が判明するまえに連載終了を迎えたが、フォグの会話相手にちょうど良かったので登場。
紅茶好きらしいが、今回は飲んでいない。

245星界の交錯点 ◆peHdGWZYE.:2018/10/27(土) 01:35:54 ID:wNOoWJfw0

 心のどこかで、予感だけはしていた。

 今までの自分は連れ去られて、これからの自分は過去に二度と戻れない。そんな瞬間が来るのだ、と。
 それは初めて動物園で昼の能力が発現した時かも知れないし、いつか猛犬に襲われた時かも知れない。
 比留間博士との衝突だって、重大な瞬間だったと思う。

 あの時は陽太が助けてくれたし、今は鎌田さんだって居る。
 問題だって多いけれど、そうそう酷い事にはならない。平和な日々はきっと続くだろう。

 でも、なぜだろう。予感の向こう側、遥か遠くから――声が、聞こえた。

246 ◆peHdGWZYE.:2018/10/27(土) 01:36:55 ID:wNOoWJfw0
08.変わらない日々に

 特殊能力研究開発機構――通称、『ERDO』は一種の秘密結社でありながら、
その研究部門の施設は開かれているものも多い。もちろん、そうと知っていれば、の話ではあるが。

 能力研究は一般人の協力が欠かせない分野であり、信用を得るためには身分や、それに伴う連絡先や接触手段などを
提示していかなければならない。
 研究施設はどこにあるのか? という情報は、その最たる例だろう。
 いちいち、知られたからには消えてもらう……などという対応を取るのは、逆に多くの問題を抱える事になるのだ。

 そういう事情もあってERDOの研究施設、表向き夜見坂高校の付属施設は、わりと気軽に訪問する事ができた。

「おーい、ドクトルJ! 情報収集に来たぜ」
「すみません。お邪魔します」

 以前の事件で関りを持った、岬陽太はノックもせずにドアを開け、水野晶は遠慮がちに頭を下げていた。
 彼らは研究対象であって、正式な協力者という訳ではないのだが、主任クラスの人物が身分を明かした事もあって、
似たような扱いとなっている……

 というより、ドクトルJの名前を出せば、エージェント・ジョッシュ(実名は知らない)と呼ばれている職員が、
あぁと何やら察した表情で、ここまで通してくれた。

「なにかね――このような忙しい時期に」

 部屋で待ち受けていたのは、眼鏡に白衣、机の上には山積みの資料と、いかにも博士といった中年男性。
 資料から目を離すと、やや過剰な威厳を保ちつつ、ゆっくりと椅子を回転させ、陽太たちを視野に収めた。
 火急の要件で時間を作った、と言わんばかり態度だ。

「ドクトルJ、客人を幼子のような戯れに付き合わせるのは不躾だわ。
 たとえ、それが招かれざる客人で、矮小な月の落とし子だとしてもね」

 部屋の片隅、休憩用と思しきソファーには、場違いな少女が一人、腰掛けていた。
 こちらは陽太達とは違って、ERDOの正式な協力者だ。
 ツンとした態度で博士に元も子もない指摘を入れる。

 朝宮遥。岬陽太や水野晶と同じ、いわゆる厨二病の年頃で、人形のような整った容姿に
黒いゴシック調のドレスは誂えたかのように、よく似合っていた。
 もっとも本名を名乗る事はあまり無く、白夜という呼称を好んでいたが。陽太にとっての月下と同じだ。

247 ◆peHdGWZYE.:2018/10/27(土) 01:37:46 ID:wNOoWJfw0

「いやね。実際、私も忙しいんだけど。こうして休憩時間にぶらつきもせず、資料整理するぐらいには……
 あと、はる……じゃない、白夜ちゃん、君もわりと招かざる客人だったり」

 博士の方もあっさりと化けの皮が剥がされ、押しが弱く、茶目っ気のある一面が露わとなる。

 彼はドクトルJ、もちろん実名ではなく、ましてや物語上のマッドサイエンティストでもない。
 ERDO、第一研究室の主任、という肩書は似たようなものかも知れないが。
 神宮寺秀祐(じんぐうじ しゅうすけ)という立派な名前があるのだが、白夜にそう呼ばれている内に、
ドクトルJという痛々しい呼称が定着してしまった。

 ひとまず、まともなドクトルJの発言が実情に近いと判断したらしく、晶は軽く陽太を小突いていた。

「ほら、陽太。邪魔しちゃったみたいだよ」
「ぐ、でもこっちも重要だぞ」

 幼馴染には押しが弱くなる陽太だが、今回は大真面目に反論する。
 微笑ましい光景に、ドクトルJはつい苦笑すると、助け舟をだす事にした。痛々しい厨二病患者であっても、
それゆえの真剣さは馬鹿にできたものではないと思うのだ。

「まあまあ、話せない程じゃないし。片手間で失礼しちゃうけど、用件を聞かせてもらおうじゃないか」
「えっと、まず今度の修学旅行の話なんですけど――」

 陽太では話が遠回しになると判断したのか、晶が大まかに事情を話し始める。
 班別社会見学の事、アトロポリスの事、そして開催される国際会議の事について。
 もちろん、アトロポリス国際会議は形式上、学会であるため一角の研究者であるドクトルJも注目していた。

「能力特区『アトロポリス』かぁ。うん、最近は話題だね」
「不吉な響きね。残虐の言霊か、運命の糸を断ち切る死の女神か――」

 どこか詩的に、あるいは厨二的に白夜が感想を添えた。
 残虐の言霊というのは、英単語の残虐「atrocty」を指している。死の女神というのは、ギリシャ神話に登場する
運命の女神の一柱であり、どちらも厨二病患者らしい教養だった。

248 ◆peHdGWZYE.:2018/10/27(土) 01:38:39 ID:wNOoWJfw0

 白夜に応じる形だからか、どこか講義口調でドクトルJは続けていた。

「語源としては、後者にあてた言葉遊びだ。アトロポスは未来の女神でもあるから先進都市のイメージに合うし、
 チェンジリング・デイ以降の悪い流れを断ち切る、という意味も含まれているらしいね。
 つまり、君たちの班がアトロポリス行きに選ばれたという事かな」

 と、ドクトルJの推測は当然といえば、当然の事だろう。
 班別社会見学の事があり、わざわざ研究者の元まで足を運んで、アトロポリスの話を聞きに来たという事は、
つまり陽太の班がアトロポリス行きなのだと。

 別にそんな事はなく、どの班が選ばれるかは、まだ未発表なのだが。
 だが、それでも陽太は胸を張って断言していた。

「いーや、だが過酷な運命が待ち受けているなら、その備えはしておくのが当然だろ?」
「あら貴方にしては正鵠を射ている言葉ね、月下? かの女神の地には蜘蛛の巣が如く、因果の鎖が絡み合っているわ。
 それに無知でいるというのは、自覚なく奈落の淵で踊るようなものよ」

 白夜はいつもの物言いで陽太に同意する。反目しあう事も多いが、こういう時は意見が合う二人だった。
 対して、晶は若干あきれ気味に肩をすくめていた。

「社会見学の話が出てから、ずっと陽太はこんな感じで。
 落ち着かせる意味でも、詳しい人の話を聞けたらな、って。迷惑かも知れないですけど」
「ああ、わかった。なんか、すっごく共感できる気がする」

 アトロポリス国際会議、各国要人の集合、歴史が変わる瞬間などと、マスコミは囃し立てており、
間違いではないのだが、なんというか厨二病患者にとっては、格好の妄想材料となっていた。
 連日、騒がれては、さすがにうんざりするかも知れない。

 当初、白夜からの反応も、それは凄いものだったが、それは置くとして。

「まず能力特区『アトロポリス』というのはね。国連主導で建設された、人工島に存在する先進都市だよ。
 能力という過去にない要素を、どう社会に迎えるか。様々な意味でのテストケースになる事が期待されている。
 まだ建設中だけど、完成した区画もあって、少数だけど人も住んでいる」

 いわば、複数国家に主導された大事業だ。
 例えば、一人で一国と同等の軍事力を持つ能力者が居たら? 無限に貴金属を生産できる能力者が居たら?

 人類、総能力者の時代。それに応じて、行政や経済も変わっていかなければ、近いうちに破綻してしまう。
 こういった、ごく真っ当な懸念を解決すべく、アトロポリスは建設された。
 ただし、理想や解決案は人ぞれぞれで、しかもそれが全て純粋とは限らないし、手を取りあえるとも限らない。

249 ◆peHdGWZYE.:2018/10/27(土) 01:39:39 ID:wNOoWJfw0

 彼なりに、能力社会に渦巻く事情を感じているのか、フンと陽太は鼻を鳴らしていた。

「どうせ組織も絡んでいるんだろうぜ」
「それはない……とは、言い切れないのが能力社会なんだよねー。あんまり危ない事には首を突っ込んで欲しくはないよ。
 以前の事件は収まったけど、ERDOも危ないときは危ないから」

 ゆるい口調だったが、それとは裏腹の真剣さでドクトルJは忠告していた。
 大事業ゆえに、当たり前に陰謀が絡んでるのだ。悪意によって、あるいは各々の正義によって。

 科学者としては、好奇心が人を不幸にするとは断定したくはないが、否定も出来ないのが現実だ。

「陳腐ながら分別ある警告だと思うけれど、ドクトルJ。話を終えるには、早すぎるのではなくて?
 この物質世界の見えざる縛鎖と、私たちの宿命に跨る因果について、あなたはまだ触れてないわ」

 少し話が逸れたからか、白夜が可愛らしく眉をひそめて、釘を刺してくる。
 独特の言葉遣いのため、あまり意図は伝わらなかったのだが。

「えっと……本格的に言ってる事が分からなくなってきたけど。とにかくアトロポリスの話だね。
 社会見学については簡単だよ。将来、社会を担う子供たちに未来の形を見せておきたい、という教育上の事情だ。
 まあ、能力社会で教育がどうあるべきかは、教育学でも議論が絶えない状況だけど」

 課題を抱えているのは、比留間博士が専門とする生物学のような自然科学だけではないのだ。
 チェンジリング・デイの隕石被害によって崩壊した国際情勢やインフラ、魔窟などの諸問題、
そして社会や経済を変え得るほどの能力。むしろ社会科学の方が、差し迫った課題を多く抱えているのかも知れない。

 陽太は頭の中で情報を整理しているのか、首を捻りつつも、ぶつぶつ呟いている。
 アトロポリスの性質は大まかに分かったが、問題はそこで行われる一大イベントだ。

「じゃあ、国際会議は……あ! たしか学会をやるって言ってたな。もしかして、ドクトルJも出席するのか!?」
「ふっふっふ……よくぞ聞いてくれました! その通り、私も第一研究室の主任として、出席するんだ。
 まあ、招待状はERDOあてで私はその代表の一人、みたいな扱いだけど」

 実は、ずっと自慢したかったらしく、満面の笑顔でドクトルJは資料の片隅から、招待状を取り出した。
 これ見よがしに、陽太と白夜に見せびらかす。

250 ◆peHdGWZYE.:2018/10/27(土) 01:40:35 ID:wNOoWJfw0

 効果はてき面、というべきか、あまりにも意外だったか。陽太と白夜はしばらく硬直していた。
 しばらく固まってから、顔色を変える。
 それは羨ましいとか、そういう事ではなく、厨二病の少年少女は深刻な表情で顔を見合わせ、次にドクトルJに迫った。

「行かないで、ドクトルJ! そこで待ち受けるは魔弾の射手――響く銃声、悲鳴の残響が今にも聴こえてきそうよ」
「ドクトルJ……そこが死地になると分かって、壇上に上がるなんてな。あんた学者の鑑だぜ」
「ちょっと待って。なんで私が狙撃されるストーリーなの」

 なぜか、国際会議の場で命を狙われる設定にされてしまい、思わずドクトルJはストップをかけた。
 まあ、つい最近まで実際に命を狙われて、入院する羽目にまでなったのだが。

「こほん。といっても、まず私は登壇する側ではないけどね。当たり前だけど、学会発表を行うのは
 参加者のごく一部に過ぎない。時間も限られているからね。
 私がこうして資料を纏めているのも、発表内容を理解するためと質疑応答に備えてだよ」

 若干、残念そうに肩落として、ドクトルJは種を明かした。
 自分は国際会議においては脇役なんだよ、と。能力がどうこうという次元ではなく、世界的な権威が集まる規模なのだ。
 様々な壁を越えて学者が招集されているとはいえ、主役の席は彼らが独占する事となる。

 ここで大人しく話を聞いていた、水野晶が小さく挙手して、質問した。

「僕も調べてるんですけど、学会についていまいち分からない所があって。
 学会にも分野や格、みたいなものがあるんですよね?」
「ああ、うん。その辺り能力研究は結構、特殊な所があるね」

 この辺りはまだ中学生の、この子たちには実感がないかも知れない、とドクトルJは頷いていた。

「もちろん、格式という意味ではアトロポリスのそれは最高府といっても過言じゃない。
 ただ能力研究はとにかく、無茶な分野横断が多い。チェンジリング・デイ以前の傾向よりも遥かにね。
 だから分野は大雑把に、理系部門と文系部門といった形に分かれているんだ」

「理系と文系、ですか?」
「物理とか生物とか、能力自体の実態を探っているのが理系部門。
 能力社会に対して、経済や法律はどうあるべきか、というのが文系部門だね。
 本当はもう少し入り組んでいるんだけど、これくらいの認識が分かりやすいと思う」

 ILS(国際学会)の分類に従って、大まかに説明する。
 文理の区分は研究対象に依るべきか、アプローチに依るべきか、そもそも区分自体が適切ではないか、
統一された意見など無いし、一方を取れば一方は取れない、というものでもない。
 むしろ貪欲に、広い視野を持たなければ成果は得られないのだが、子供向けの説明には、この辺りに留めるのが妥当だろう。

251 ◆peHdGWZYE.:2018/10/27(土) 01:41:23 ID:wNOoWJfw0

「科学は突き詰めれば、深く狭く専門化して枝分かれしていくものだけど、能力研究は広大な空白地だからね。
 誰がどこを、どのように走っているか。科学者は互いに興味があるんだよ」

 独特の感慨を交えつつも、ドクトルJは説明を纏めていた。
 科学者ならば、一度は実感しているかも知れない。近年になって現れた能力という、あまりにも広大すぎる裾野。
 きっと自分が生きている間には、輪郭すら掴めないだろうという感慨だ。

 何かを感じ取ったかは分からないが……いや、聡い少女なのだから、何かは感じたのだろう。
 水野晶は改まった様子で姿勢を正し、おそらく重要な質問を発していた。

「その、ドクトルJさんは"異変"について何かご存知でしょうか?」
「"異変"というと、夜間能力に関わる異変の事かな。知ってはいるけど、世間に公表されている以上の事になるとね。
 時期が時期だから、私も使える時間に限りがあるし」

 もちろん研究者として興味はあるが、リソースは有限だ。
 特にアトロポリス国際会議を控えた現在、誰もが"異変"の調査に乗り出せるわけではない。

「それでも、何か深刻な影響が出ているなら、無理にでも時間は作るから、遠慮なく頼って欲しい。
 こういう時、デキる大人は格好をつける機会を逃さないものだからね」

 軽い気持ちで質問した訳ではない事を察して、ドクトルJは協力を明言していた。
 時間を作るのは大変だが、こういう時こそ頼れる大人でありたい、と思う。

 似合わないウインクをしようとして、上手くいかずに変な細目を晒す事になったのだが。
 案の定、というべきか、陽太と白夜の反応は白けたものだった。

「ドクトルがデキる大人かぁ……」
「数ある言葉のなかで、おおよそ最もドクトルJと噛み合わない言葉ね。隔絶という単語を使ってもいいのだけど」
「って、酷いなーというか、今日は恐ろしく気が合ってるよね、君たち」

 笑いを抑えながら指摘すると、陽太と白夜はぎょっとした様子で、互いの顔を見合わせていた。
 少し間を置いて、「誰がこいつと」「侮辱よ」などと、やはり同時に反論する。
 やっぱり気が合ってるね、とドクトルJは思うのだが、ここで追撃しては制裁を喰らう羽目になるだろう。

「大丈夫です。僕の場合、ちょっと調子が良すぎる、みたいな形の影響なので。でも、何かあったら頼らせてもらいますね」

 陽太たちの様子に、くすりと笑って、水野晶は"異変"の話題を終わりにした。

252 ◆peHdGWZYE.:2018/10/27(土) 01:42:09 ID:wNOoWJfw0

 そこからは雑談が始まり、近況や能力の話題(大半は厨二妄想だった)が続いた。
 やがて陽太が聞きそびれた事に気が付いたか、一周して最初のアトロポリスの話題に戻ってきた。

「そういや、例の会議だけどよ。半分は式典のようなものだって師匠から聞いてるぜ。政治的な意図がどうとか」
「師匠? まあ、それは後で聞かせてもらうとして。そうだね、そういう一面もある。
 国際社会の秩序がどれだけ回復したか、能力に人類は向き合えているか、世界中の人々に知らしめる形だ」

 と、陽太が触れた見解にドクトルJはうなずいた。
 研究者としては、ついそちら方面も関心が薄くなってしまうが、むしろ政治的な効果を期待されて、
今回の国際会議は開催されるのだろう。

 当然、というべきか、陽太や白夜の思考は厨二病の方向に加速していた。
 ふっ、ついに『世界』が動き始めたか……という、いつもの発作である。

「それが気に食わない、って奴らも居るんだろうな」
「ええ、きっと闇に蠢動する者達は、快く思わないわね。
 影で血を啜る者は、日輪の下では露のように消えてしまう。それが彼らの宿業だもの」

 彼らなりの論理を以って、波乱を予感する。
 間違ってはいない。間違ってはいないのだが、厨二病の少年少女にとっては、遠い世界の話だ。

「ただでさえ、トラブルが多いんだから、その辺には関心を持たないでいて欲しいんだけどね。
 まあ、無関心なら安心って訳ではないんだろうけど……」

 苦笑しつつも、ドクトルJは重ねて忠告する。
 もちろん彼らは真剣だけに、時に大人を振り切って、突っ走ってしまう事もあるのだろうけど。

 どこか眩しいものを感じて、そっと陽太たちから視線を逸らして、上の空になる。
 そして、今は亡き家族の事を少しだけ思い出した。

 この子たちもいつか大人になり、いつか家庭を持つ事だってあるのだろう。
 それまでに、あるいはそれからも、楽しい事や辛い事が色々と待ち構えているに違いない。

「なんというか、チェンジリング・デイでは失ったものや、欠けたものが多いからこそ。
 大人は明るい未来の形を示したいし、確認したいんだよ。
 あの瓦礫の山から、俺たちはここまで歩いてきたんだぞ! ってね」

 未来というバトンを、自分たち大人は少しでもマシな形で、少年少女に渡せるだろうか。
 せめて自分はそうありたいなと、そっと静かに願った。

253 ◆peHdGWZYE.:2018/10/27(土) 01:49:30 ID:wNOoWJfw0
ERDO組と、本編というか陽太パートの開始です
白夜は可愛いんだけど、台詞はほんと厨二センスが要りますね……白夜に輝く〜の完全再現は無理でした

トト、フォグ、白夜が台詞が難しい三人衆だと想定してたので、全員どうにか書けてほっとしています

補足

ERDO
『EXA Research and Development Organization』(特殊能力研究開発機構)の略称。
結成当初は純粋な能力研究を行う組織だったらしいが、研究部門だけでなく、
他の組織との抗争や研究成果の強奪を前提とした、特務部門や諜報部門が存在しており、
一種の秘密結社として機能している。
夜見坂高校を始め、意外にクロスされる機会は多い。

ドクトルJ
臆病者は、静かに願う、などから出演。
ERDOでも代表的な研究者で、穏健な保護者枠的な人物。
厨二病に振り回される位置だが、その能力の厨二センスはこのシェアード随一かもしれない。

白夜
白夜に輝く堕天の月、などから出演。
コミュニケーションが難しいタイプのゴスロリ厨二少女。実はちゃんと学校に通ってる。
描写上では、雑にゴスロリ呼ばわりされているので、実はゴスロリ服ではない可能性。
なぜか着替えに和ゴスが用意されていたり、家庭環境が気になる。

254名無しさん@避難中:2018/10/27(土) 20:12:09 ID:ZKiAjMWU0
乙です!
陽太と白夜の会話でにやけてしまうw
ドクトルJさんイイ大人すぎるー!!!!
物語が加速して、交差する……シェアワールドの醍醐味!
こちらのスレにキャラを持たない自分には羨ましいかぎり……!
次回も楽しみです!

255名無しさん@避難中:2018/10/28(日) 16:01:30 ID:fioTjwak0
投下乙です
本スレの予告編の中の台詞、これ白夜のだろうなって思ってたやつやっぱりそうだったw
生みの親的には見事な再現だと思いました。ドクトルJの人物像も私のメモ帳にある通りという感じでとても嬉しいです
予告編にあった台詞はほぼ出切ったようですが、物語はまだまだこれからですね
次も楽しみにしています

256名無しさん@避難中:2018/10/29(月) 23:59:43 ID:XtiL2SFU0
感想どうもです
ある意味、内輪的な作品ではあるので、投下してない方も読んでいてくれているのは嬉しいです
まさしく醍醐味ですね。積み重ねた後の大規模な話は、シェアードでは盛り上がるなーと思いつつ、
結局は見れなかったので、数年ごしに「よし、自分で書くか」となりました

フォグと白夜はバレバレだっただろうなーと思いつつw
白夜語は繰り返し表現とか、難しい単語とか、もうちょっと頑張れば、らしさが出たかなと
ドクトルJは長編作品できちんと描かれただけあって、キャラが掴みやすかったですね
あれは第一部の予告編なので、区切りの所で第二部の予告編も予定しています

257星界の交錯点 ◆peHdGWZYE.:2018/11/03(土) 00:50:21 ID:R6qrEF5o0


 平和な日々はきっと続くだろう。でも、続いた先の「いつか」は必ず訪れる。

――まるで移り変わる、太陽と月のように

258 ◆peHdGWZYE.:2018/11/03(土) 00:51:26 ID:R6qrEF5o0
09.別れを

 夜見坂高校、その付属施設から水野晶と岬陽太が帰路に付いた頃には、すでに日が傾始めていた。
 夕暮れというには、少し早い。
 でも今日という日が終わりつつある事を、十分に実感できる太陽の位置だ。

 見慣れた路地を二人でのんびりと歩く。
 ちょっとだけ、今日は大人の考えに触れられた、というのが水野晶の感想だった。

 チェンジリング・デイ当日は、まだ物心つかない程に幼い頃で、それでも大変だったと両親からは、
何度も聞かされた記憶がある。
 そういった過去があって、そこで見た事、感じた事から未来が創られていくのだ。

「なんというか、大人の人達は色々と考えてるんだねー。陽太?」
「ま、有意義だったな。報道なんかより、当事者の話の方が信用できる」

 などと相変わらずの厨二発言をしつつ、陽太は早歩きで前を進んでいく。
 その背中はいつもと変わらない。なんとも微笑ましく、同時にどこか頼もしい。

 そして、仁王立ちといっても良いほど、自信ありげな態度で誰も居ない場所に向かって宣言していた。

「それよりも――出てこいよ。言っておくが、潜んでいるのがバレバレだぜ?」

 沈黙。
 まーた、いつもの奇行だ、水野晶はぼんやりと陽太の背中を眺めていた。
 三日に一度ぐらいは似たような事をやって、反応がないと顔を真っ赤にするのだ。やめればいいのに。

 と、晶が思い掛けたところで反応があった。

「――驚いた」

 たまには陽太の勘も当たってしまうのだ。晶とっては困った事に。
 すっと、まるで浮き出るかのように、陽太や晶と同じ年頃の少年が姿を現していた。
 いや、断っていた気配を露わにした事で、姿を認識できるようになった、というべきか。

 不思議な容姿の少年だった。顔立ちは日本人なのに、白髪で肌も不健康なほどに白みを帯びている。
 なにより妙な雰囲気を形作っているのは、瞳の色だった。
 右目はよく見かける茶色だが、左目は血に浸されたかのような赤い瞳だ。

 一目で分かるほどに鮮烈なオッドアイ。
 まるで、陽太が夢想するような――闘争の世界からやってきたとも思える、異様な人物だった。
 明確な悪意は見られないが、それでもどこか平穏の終わりを告げる気配を湛えている。

259 ◆peHdGWZYE.:2018/11/03(土) 00:52:13 ID:R6qrEF5o0

 白髪の少年は人懐っこく目を丸くすると、陽太に好奇の視線を送っていた。

「キミ、ただの中学生でしょ? 経歴は洗わせてもらったけど、少々顔が広いというだけでね。
 それがなぜ、僕の存在に感づけたのか」
「はっ! まず、人払いが露骨なんだよ。この辺りじゃ、帰宅と犬の散歩のラッシュの時間帯だ。
 しばらく歩いても誰一人と遭遇しないなんて、不自然すぎるだろ!」

 鼻で笑いながらも、陽太は手厳しく指摘していた。
 そういえば、と晶も思う。動物の声が聞こえる自分にとっては本来、賑やかな時間帯だった。
 カラスが飛び交い、たまに犬が通り過ぎる、そんな当たり前が存在しなかったのだ。

「それともう一つ。ただの中学生だと思っていたのなら、相手を見誤ったな!
 俺は岬月下、神に叛く能力者だぜ」

 威勢よく片手を突き出して、能力発動のポーズ(?)を取りつつも陽太は宣言する。
 ただ、相手からの反応は薄かった。

「あっそう。でもキミには、それほど興味がないんだよ。ご同行願いたいのは、そちらのお姫様でね」

 軽く流すと陽太から視線を外し、白髪の少年は晶の方へと目を向けていた。
 陽太は軽く肩を落として、またそっちか……などと呟く。晶も好きで狙われている訳ではないのだが。

 穏やかだが、どこか測り知れない目付きに気圧されながらも、晶は一歩踏み出して質問を発していた。

「あなたは……比留間博士の仲間ですか?」
「いや? 確かに、彼もただならぬ関心を抱いているみたいだけど、それとは別口だよ。
 僕たちは"彼女の呼び声"に従って、キミを招いているに過ぎない」

 白髪の少年は丁寧に答えたが、その意味はまったく分からなかった。
 妄言とも断定できず、ぽつりと疑問だけが晶の口から滑り落ちる。

「……彼女?」
「悪いがこっちは、電波を受信できるような脳の造りはしてないんでな。
 付き合いきれないし、さっさと突破させてもらうぜ」

 陽太が横から強引に話を打ち切ると、ずかずかと大胆に間合いを詰めていく。

 定期的に受信してるんじゃないかな、と晶は薄っすら思ったものの、口に出している余裕はない。
 慌てて陽太に駆け寄って、問い質そうとする。

260 ◆peHdGWZYE.:2018/11/03(土) 00:53:15 ID:R6qrEF5o0

「ちょ、陽太!?」
(たぶん、あいつはおとりと時間稼ぎだ。あっさり出てきたって事は、こっちの眼を引き付けてる。
 その間にでも包囲されたらピンチだろ?)

 陽太が小声で指摘した内容に、晶はぞくりとした。
 たしかに相手は周到に人払いをするような、後ろ暗い事情をもつ人物なのだ。その程度の事はしてくるかも知れない。
 同時に、そこまで頭を巡らせた陽太に思わず関心してしまう。

 この状況下で引き返せば、待ち伏せと遭遇する可能性が高い。
 あからさまに怪しい相手を正面突破するのが、もっとも相手の計算を狂わせる行動になるだろう。

 次の瞬間には決断して、陽太は路地を蹴って駆けだしていた。

「へえ、こっちに向かって来るんだ? 悪い判断ではないけど……」
「ジョー……ブレイカーッ!」

 素人と侮っているのか、白髪の少年は悠然と構えている。

 そこへ陽太が肉薄しつつも、固焼きせんべいを複数生成して、素早く投げつけていた。
 『軽食やジャンクフードを生成する』昼間能力だ。堅いものを投げつけるのは、意外に有効な攻撃になる。

 直後、風切り音。何かが鋭く空中を薙ぎ払い、固焼きは全て打ち落とされていた。
 むなしく固焼きが地面を叩き、軽い音を鳴らす。

「なぁっ!?」
「えっと…………ごぼう?」

 陽太がシリアスに驚愕する一方で、晶は別の意味で理解が追い付かなかった。

 白髪の少年がごぼうを握っている。何かの例えでもなく、細長い土色の根野菜を武器として利用していた。
 まったく状況に見合わない、悪ふざけのような光景。そんな事をするのは、陽太ぐらいだと思っていたのに。

「いや、驚くのはそこじゃねえだろ」

 晶以上に動揺しつつも、陽太は冷静に目前の事実を見抜いていた。

「あの能力は――俺の叛神罰当(ゴッド・リベリオン)だ」
「え、それって……」

 叛神罰当という御大層な名前を付けられたのは、陽太の夜間能力『食べた事がある食材の創造』だ。
 陽太いわく昼よりも強力な力らしいが、晶は食べ物で遊んじゃダメでしょ、という注意が先立つ。
 とにかく、今回の敵は同じ力を使ってきた、という事だ。

261 ◆peHdGWZYE.:2018/11/03(土) 00:54:06 ID:R6qrEF5o0

 白髪の少年にも若干、晶の困惑が伝播したのか微妙な表情で、自分の握るごぼうに目を向けていた。

「……え、そういう能力名なの? いやまあ、いいんだけど。
 僕には自身と呼べるものがなくてね。能力だって他人の借り物だ。
 だから、『クリフォト』ではお前は**(伏せ字)だと――アスタリスクと呼ばれてる」

 実名でないにせよ、ここで初めて白髪の少年、アスタリスクは名乗っていた。
 気まぐれか、何か意図でもあるのか、さらりと『クリフォト』という所属も明らかにする。

――万物創造vs叛神罰当

 想像だにしなかった対決に、晶はなんというか反応に困るしかなかったのだが。
 陽太の方は怯むことなく、戦意を滾らせていた。

「昼間は『相手の夜の能力をコピーする』能力って所か。だがな、真の使い手にとって、コピー対策なんて簡単だ。
 すなわち――速攻ォッッ!」

 叫びつつも、陽太は一瞬の躊躇もせず、アスタリスクに飛び掛かっていた。
 初めて使う能力など、ろくに使いこなせるものではない。慣れる前に叩き潰してしまうのが得策だ。

 誰もが思いつく上策であり、アスタリスクもそれを知悉している。迎撃の構えで待ち構え……
 そして、だからこそ、陽太はその戦術の先を行っていた。

 あと一歩で近接戦の間合い、という所で強引に足を止め、瞬時に生成能力。
 「白い何か」を創造して、そのまま前身の勢いを利用して投げつける。

「……!?」
「刈り取れ、白き死神……ホワイトサイズッ!」

 殴りかかると見せかけて投擲。単純なフェイントだが速攻が有効な状況で、あえて足を止める事は思い切りが要る。
 この戦法は完全にアスタリスクの意表を突いており――しかし、その程度では優位は得られない。

 驚きつつも、訓練を受けた身体は無意識に動き、正確に白い投擲物を受け止める。
 べちりと妙な感触がした。

「っ! これは餅か」

 ごぼうに絡みつく、白い粘着物にアスタリスクは気を取られる。
 この辺り、陽太の狡猾な立ち回りが功を成していた。

 速攻すると見せかけて投擲、とさらに見せかけて武器封じ。最初から、これが狙いだったのだ。
 餅が張り付いた、ごぼうは重心が変わり、同じようには扱えない。

 生じたわずかな隙に抉り込むかのように、陽太は叫んで今度こそ本当に飛び掛かっていた。

262 ◆peHdGWZYE.:2018/11/03(土) 00:55:18 ID:R6qrEF5o0

「魔杖――クラストォォォッ!」

 大上段から両手持ちで振り下ろされるのは、フランスパン(クルミ入り)。
 放置されれば相当に堅くなり、クルミをたっぷり含んでいれば、重量もそれなりの殴打武器。

 真正面から頭部を叩き割ろうとし、アスタリスクの獲物である、ごぼうも餅が絡み、防御が遅れていた。

「二度も驚かされるとはね……けど、甘い!」

 ごぼうを放り投げて、白刃が抜き放たれていた。
 居合のような抜き打ちで、ナイフをフランスパンに突き刺し、その動きを止める。

 能力があるからといって、何もそれを武器にする必要はないのだ。
 ましてやコピーという不安定な戦力、当然のようにアスタリスクは他の武器を用意していた。

「応用性がある能力みたいだけど……主兵装(メインウェポン)としては、あまりに不合理だ!」

 コンバットナイフが滑り、まるで食卓の一場面のようにフランスパンが切断される。
 しかし、それに遅れる事なく、陽太も武器であるフランスパンを手放していた。

「……っ!?」
「レイディッシュ・アウルム!」

 陽太は大サイズの沢庵漬けを新たに創造し、即座に水平に薙ぎ払う。
 過去の戦闘経験から使い方は改良済みだ。

 レイディッシュ(大根)のような扱い方はしない。柔らかさを利用して、鞭のようにしならせ顎を狙う。
 あわよくば脳震盪狙い、だがアスタリスクは寸前に見切り、一歩引いて回避していた。

「っと……」
「晶、今だ! 一気にここを離れるぞ!」

 この瞬間にも、陽太は戦闘の目的を見失ってはいなかった。
 相手は晶を狙っている以上、逃げてしまえば、この場は勝ちなのだ。

263 ◆peHdGWZYE.:2018/11/03(土) 00:56:21 ID:R6qrEF5o0

 一瞬とはいえ、アスタリスクに押し勝ち、流れを掴んだ今は好機といえた。

「う、うん」

 展開に頭が付いていかなかったが、それでも状況を理解して晶は二人の傍らを通り過ぎて、逃げようとする。
 だが、アスタリスクもそれを黙って見過ごさなかった。

「そっちは逃がさな……」
「おっと! よそ見している余裕はないぜ?」

 不敵に笑いながらも、陽太は沢庵漬けで牽制しつつ、特大の瓦せんべいを生成。
 下手すれば凶器として成立しそうな、それを投げ付ける。
 当然、回避されてしまうのだが、時間稼ぎとしては十分な攻防だった。

(凄い、本物の凶器を持った相手を押してる……!)

 水野晶は素直に、陽太の戦いぶりに感心が沸き上がっていた。
 猛犬や便利屋の男と戦った時も凄くはあったが、今回はさらに磨きが掛かっている。

 今までのように、幸運や相手の油断で成立したものではなく、陽太が主体的に流れを作っているのだ。
 誰かを救えなかった経験を経て、時雨の元で修業し、積み上げてきたそれらは何一つ無駄になっていなかった。

「たしかにやるね。大口を叩くだけの事はある」

 スライスされた高温の焼き芋で構成された散弾を、アスタリスクは刃物一つで巧みに捌いていく。
 多彩な軽食攻撃に対処を強いられているが、決定打はなし。こちらも只者ではなかった。

 赤と茶のオッドアイを鋭く細め、隙を伺うように旋回しながらも宣言する。

「でも――キミから怖さは感じない。消耗がある割に決定打に欠けているし……
 なにより、いくら機転が利くといっても、所詮は素人の範疇でしかない」
「へっ! 負け惜しみかよ!」

 静かに威を発するアスタリスクに、陽太は呑まれまいと軽口で返していた。
 仕上げと言わんばかりに、腐った温泉卵を素早いモーションで投げ放つ。

 避けられたが問題ない。晶を逃がすだけの時間は稼げた。
 あとは上手く立ち回って、自分が離脱するだけ。そのまま大通りにでも出れば、相手も退くだろう。

264 ◆peHdGWZYE.:2018/11/03(土) 00:57:17 ID:R6qrEF5o0

「致命的な見落としがある。たとえば今……僕が君からではなく、水野晶から能力を借りているとすれば?」

 別段、脅しめいてもいない指摘に陽太は息を呑んでいた。どこかで歯車が狂っていたのだ。
 最初は叛神罰当、食材の生成能力との闘いだと想定し、勢いで能力を使う余裕を与えずに事を運んでいたと、
そう思い込んでいた。

 しかし、コピー対象が陽太から、晶に切り替わっていたとすれば、状況は全て覆る。
 最初に指摘したにも関わらず、まんまと自分は時間稼ぎに乗せられていたのだ。

 晶の夜間能力は「動物伝心」。動物に一種のテレパシーで、意思を伝える能力だ。
 たとえば、忠実な猟犬などを待機させておけばいい。
 もし事前に晶の夜間能力を調べており、コピーする事を想定するなら、その程度の準備はしてもおかしくない。

「……嘘!? なにこれ」

 やはりと言うべきか、悲鳴じみた声に続き、困惑の呟き。
 クソ、と陽太は自分の迂闊さを罵り、慌ててアスタリスクを警戒しつつも、横目で晶の様子を確認する。

 その目に飛び込んだ光景は完全に、陽太の想定を超えていた。
 晶を捉えていたのは、猟犬などという生易しい存在では無かったのだ。

 まるでホラー映画の怪物にも似た……
 異様に頭部と胴体が膨れ上がり、おまけのように手足の付いた二足歩行の化け物。
 黒い毛むくじゃらで、その細部は知れないが、長く裂けた口には肉食獣のような鋭い歯が並んでいた。

 それが二体も現れ、水野晶を拘束していた。いつでも喰い殺せる体勢、とも言えるかもしれない。
 現実離れした怪物の登場に、思わず動きを止めた。

「クリッター。チェンジリング・デイ以降、人類種と袂を分かった超越種……
 このレベルで彼らとの意思疎通を可能とするなんて、キミの伝心の能力は凄いね。
 比留間博士が執着するだけの事はある」

 困惑と恐怖を隠せない陽太と晶に、アスタリスクはマイペースに解説するのだが……
 人類と袂を分かった? 超越種? そんな言葉を飲み込めるはずもない。

 晶は青ざめた顔で取り押さえられていたが、その要因は恐怖だけではなかった。

「陽太ぁ……こいつら、人間でも動物でもないかも」
「じゃあ本当に化け物になっちまった、元人間って事か……?」

 どこまでアスタリスクの言葉を信用していいかも分からない。だが、愕然としたのも事実だった。
 晶の能力は人間を除いた動物だけに通じる、というもの。それが異常な結果を示しているらしい。
 そこには、目を背けたくなるほどの現実感が存在していた。

265 ◆peHdGWZYE.:2018/11/03(土) 00:58:11 ID:R6qrEF5o0

――ひょっとすれば、この世界線の救世主はキミだったのかも知れないね。

「えっ……」

 肉声ではない。本来は聞こえるはずもない、アスタリスクの内心。
 もしかすれば以心と伝心の能力が奇跡的に噛み合ったのかも知れない。その意味までは分からなかったが。

 陽太は状況に激高していたし、冷静にそれを利用して自分を奮い立たせてもいた。

「てめぇ……あんな化け物まで手下にしてやがるのか」
「手下というと語弊があるけどね。彼らはあくまで協力者だ。それを忘れたら、がぶりと殺られてしまう」

 それを面白がるように、アスタリスクは語っていた。
 双方の態度に、両者の差が如実に表れている。有利と不利、余裕と切迫、強者と弱者……

 さらに悪い事に、路地には新たな影が差していた。
 人払いが済んでおり、常人が立ち入る余地がないのなら、それはさらに敵が増えたという事だ。

「……ずいぶんと遅れていると思ったら、無駄にじゃれ合っていたのか」

 浅黒い肌、顔立ちには中東系の特徴が見られる年配の男。
 一目で分かるほどに、質の良い生地で織られた礼服に身を包んでいる。だが、アスタリスクのような任務を帯びて
行動しているなら、場違いも良い所だ。
 神経質なまでに身なりに拘る人物か、そうでなければ病的なナルシストだろう。

 陽太、晶、それにアスタリスクの三名を、全てを見下すような高慢な視線でそっと撫でた。
 羽虫を見るような無関心、それに時間を割かなければならない億劫さ、そんなものが滲み出ている。
 自分自身を完璧に整えるだけあって、その印象は際立っているように見えた。

「やあ、バウエル。確実な手を選んだまでだよ。フォースリーと同じ轍を踏むのはちょっとね」
「表の人間の前で、軽々しく名を出すな」

 仲間の名前を出して、友好的に語り掛けるアスタリスクに、ただ一言、バウエルは釘を刺していた。

「チッ、増援まで来やがった……」

 アスタリスク、バウエル、そしてクリッター二体。状況の悪さに陽太は舌打ちする。
 ただ単に、全員の目を掻い潜って晶を逃がすのは不可能。別の手を探さなければならない。

266 ◆peHdGWZYE.:2018/11/03(土) 00:59:44 ID:R6qrEF5o0

 この後に及んで諦めず、打開策を模索している陽太に、アスタリスクは軽く眉を挙げていた。
 バウエルはそれを放置して、陽太に向かって進み出ると、見下ろしつつも尋ねかける。

「少年、3という数字をどう思う?」
「さ、さん?」

 あまりにも唐突で、無害にも思える質問に陽太は困惑して聞き返していた。
 もちろん、能力の発動条件か何かという事もあり得るが、あまりにも情報が無さすぎる。

 アスタリスクは苦笑して、流れを遮るように間に入っていた。

「やめなよ、バウエル。僕がきっちりと片を付ける、それでいいじゃないか。
 貴方は確保対象の保護を頼むよ。クリッターに任せるのは、微妙に不安だし」

 バウエルからも異論はなかった。早々に片が付くなら、それで構わないのだろう。

 そして、状況は変わらない。
 陽太の目前には、平穏の終わりを告げた白髪の少年がただ一人、立ち塞がっていた。

「クッソ、そこをどきやがれ!」
「救いたければ、押し通れ――その覚悟がなければ、この世界では永遠に奪われる側だ」

 言い放つとアスタリスクは、腕で進路を遮るようにナイフを構え、穏やかな態度をかなぐり捨てていた。
 陽太たちと同年代とは思えない程に、殺気が膨れ上がる。

 その威圧は、陽太を動揺させるには十分なものだった。

「……っ! うおおおおおっ!」

 呑まれて、一瞬だけ足を止める。だが、強引に振り切るように、陽太は吼えて自身を鼓舞した。

 すでに状況は最悪。このまま行かせれば、晶だってどうなるかは分からない。
 自分の力も足りないだろう。だがそれでも時間さえ稼げば、助けが入るなど一縷の望みは繋がるかも知れない。

267 ◆peHdGWZYE.:2018/11/03(土) 01:00:32 ID:R6qrEF5o0

 覚悟を決めて、陽太はアスタリスクに向かって駆け出していた。
 間合いに入り能力発動、と集中した瞬間。

(!? 消え、た……?)

 一瞬で、アスタリスクの姿は消えていた。いや、高速で横に飛んだため、目で追いそこなったのだ。
 本能に近い何かで、かろうじて視線を動かして、その姿を追う。

 陽太が敵を視野に収めた時には、すでにアスタリスクは戦闘用ナイフを振り下ろしていた。
 連続で白刃が閃き、傾いた日の光を反射する。

 一撃目、肩口を狙いナイフが襲い掛かる――振り向くと同時、咄嗟に身を引いて、衣服だけが切り裂かれた。
 二撃目、器用な軌道で、脇腹のあたりを抉る――姿勢が崩れるのも厭わず、逃げるように飛び退いた。

 三撃目、踏み込みからの諸手突き――これは今の姿勢では躱(かわ)せない。
 決まったとアスタリスクが確信した直後に、陽太の能力が遅延発動していた。

 能力発動から若干、遅れて事象が発生するという、陽太が度重なる努力で獲得した曲芸のようなものだ。
 完全に予想外のタイミングで創造された茹で蟹は、甲羅でナイフの軌道を逸らし、陽太を救っていた。

 直後、アスタリスクの片足が跳ね上がる。ナイフによる白兵戦から、蹴りによる追撃。
 修行相手の時雨も、たまに似たような手口は使う。
 その経験もあって、陽太は強引に姿勢を変えて、その威力を流していた。

 アスタリスクの攻勢が一瞬だけ止まり、陽太も痛みに耐えつつ、体勢を整える。

(凌いだ……凌いだが、こいつは……)

 十分な戦闘センスがあるだけに、陽太には分かってしまった。
 技術、戦闘経験、迷いない意思決定、多くの面でアスタリスクが圧倒していた。
 なにせ、こちらが一つ対処する間に、三度か四度の攻め手を打ってくるのだ。

「良い動きだけど、相手が悪かったね」

 陽太が呼吸を整える前に、さらにアスタリスクが今度は正面から襲い掛かっていた。

 とにかく相手は速い……攻撃の軌道を察知して、フランスパンを生成しガードする。
 しかし、アスタリスクは攻め込むと見せかけて、強引に足を止めていた。

 戦闘の序盤、餅を投げた流れをやり返された形。それを陽太が咄嗟に悟ったのは、やはり頭の回転が優れているからだが、
それは一足飛びに自分の敗北を思い知る結果となっていた。
 アスタリスクが陽太の夜間野力をコピーし、生成物を投げ付ける。それは餅ではなく、粉末――

268 ◆peHdGWZYE.:2018/11/03(土) 01:02:00 ID:R6qrEF5o0

「コショウだとっ!?」
「補助兵装(サブウェポン)としては有用だよね」

 刺激物を無防備に目に浴びて、呼吸器に吸い込んだ形だ。
 意志で耐える事など不可能、どれだけ隙を晒そうと、涙を流して咳き込むしかない。

 そして、隙はそのまま勝敗へと直結していた。アスタリスクが見逃すはずもなく、素早く肉薄すると
無呼吸運動で踏み込み、そのままナイフの柄で陽太のみぞおちに打ち込む。
 低い音を立てて、補強されたローズウッド製の柄が陽太の胴部に食い込んだ。

「く……は……」

 内臓が裏返るような衝撃。
 意識を欠きつつも、胃液を吐いた感覚だけが明確に残った。

 肋骨が折られなかったのは、激痛で意識を奪うという技術が余計な機能を持たなかった故だろう。
 呼吸すらままならない状態で、陽太は膝を折り、そのまま崩れ落ちていた。

 自分で撒いたコショウの影響を防ぎきれなかったのか。
 アスタリスクは小さく咳き込んで、陽太を見下ろしていた。

「けほっ……そこで、しばらく眠っているといいよ。さよならだ、えっと、岬月下だったかな?」

 陽太が敗北する光景を、クリッターとバウエルに抑えられつつも、水野晶は目撃していた。

(殺されたりは、しないんだ)

 その点については心底、安堵していた。。
 でも。同時にそれは、日常が完全に崩れ落ちたという象徴的な瞬間だった。

 思えば、いつだって起こり得た事なのだ。
 猛犬に追われた時から、比留間博士と対峙した時から、あるいは能力に目覚めたその瞬間からずっと――

 今までは奇跡のように欠けた歯車が噛み合って、日常が回っていた。
 そして、ついに終わりが訪れたのだ。
 自分は往くべき所に往き、決して戻る事はない。そうなれば、親しい誰かを巻き込むこともなくなる。

269 ◆peHdGWZYE.:2018/11/03(土) 01:03:24 ID:R6qrEF5o0

 なにより、"呼び声"が聞こえているのだ。これが在るべき行く末だと。定まった未来は振り払えない。
 諦観が、あるいはそれ以上の運命じみた何かが晶の心を占めようとした瞬間、

――声が、聞こえた

「晶ぁぁぁぁ! 待ってろよ! 必ず――」

 酷く辛いだろうに、普通は声なんて出せないだろうに、陽太が叫んでいた。

 いつも騒がしくて、ちょっと頼りがなくて、厨二病がどうなっていくか心配で。
 格好良くなんてないけど、それでも。

(陽太……!)

 誰に冗談と思われても大真面目で、一生懸命な陽太の声が聞こえた。
 運命のように圧し掛かる"呼び声"なんかよりも、ずっと鮮烈に響いていた。

 今度こそ完全に意識が混濁したか、陽太は顔をうつ伏せた。本当に気力だけで叫んだらしい。
 その様にアスタリスクは呆気に取られていたが。

「悪いけど、それは叶わない願いだ。彼女は忘れ去られてしまうからね。
 友人だって仲間だって、学校や警察に国家、そして自分自身でさえ、その願いには味方しない」

 淡々と事実を告げる。陽太の現状では、聞こえているかどうかは半々だろう。
 踵を返して、クリッターやバウエルと共に立ち去ろうとする。

 だが、最後にふと思いついたように、足を止めて付け加えていた。

「それこそ、神様に叛いて奇跡でも起こさない限りはね」

 意図までは知れないが、それは最初の陽太の台詞を引用したものだった。
 次こそ本当に足を止める事なく立ち去っていく。そして、指を鳴らして何事かを呟いた。

 その瞬間――合図によって文字通り、世界が変わっていた。
 十万に一人といわれる、世界規模の強大な能力が発動したのだ。

 第一に『機関』が察知し、国連やドグマ、各地の研究所がその影響を観測する。
 そして、一つの例外もなく、各組織は『何事もなかった』と全てを忘却し、その痕跡すらも失われた。

 能力発動の事実は消され、そしてもう一つ。
 日本で水野晶という少女が生活していた、という確かな事実もまた、一握りの例外を除いて消されていた。

270 ◆peHdGWZYE.:2018/11/03(土) 01:04:29 ID:R6qrEF5o0
いつか来る日常の終点、劇場版だからこその展開ですね……
タイトルは前回からのセットです

補足

アスタリスク
この作品で初出。『クリフォト』所属、白髪にオッドアイ、中学生程度の少年。
昼間能力は「対象の夜間能力をコピーする」というもの。鑑定に近い能力で、ある程度の把握も含まれるらしい。
コンセプトは同年代の強敵、メアリースーっぽいキャラ。能力も微妙に、主役にありそうなやつに。

クリッター
◆wHsYL8cZCc氏の作品(StarChild)から出演。外見描写がなかったので、元ネタ? の映画を参考に。
生き残った人類の5%が人類を超え、人類の天敵となった世界線。クリッターはその天敵の一種といえる。
他の作品とは明確に異なる世界線のはずだが……

バウエル
この作品で初出。『クリフォト』所属、中東系の特徴が見られる男性。いつも礼服を着ている。
現状では、不明。3という数字に何か拘りがあるようだ。

271名無しさん@避難中:2018/11/03(土) 20:09:20 ID:2McjDkgA0
た、大変なことになった……!
頑張れ陽太……!!

272星界の交錯点 ◆peHdGWZYE.:2018/11/10(土) 00:38:05 ID:ds4Iu7PM0
10.終わりの始まり

 あの出来事で昏倒させられた陽太は、その後の事をろくに覚えてはいなかった。
 倒れている所を警察に保護されて、いくつかの質問もされて答えた気もするが、質問も返答の内容も頭から抜け落ちていた。

 どこか汚れた姿で警察から解放された陽太が、まず初めにやった事が、晶の安否確認だった。
 運良く他の誰かに助けられたか、あれ自体が悪い夢か何かだったか、なんでもいい。無事という可能性もある。

 隣の家だ、大して手間はかからない。戻っているかと、インターホンを鳴らすだけだ。
 聞きなれた音が機械から奏でられ、そして虚しく響いただけに終わった。
 最近は陽太の両親と同じく、晶の両親も長めの旅行に出ている。家には誰も居ない。

 やや躊躇ってから、二度目、三度目と鳴らすが、やはりその音は誰にも届かなかった。
 諦めると肩を落として、隣の自宅へと帰宅する。

 向き合わずに済むという意味では幸運な事に、鎌田も留守だった。こちらは明日には帰ってくる。
 夕飯の話は、晶としていたのだが、こんな事があっては予定どころではない。

 能力の反動もあって空腹だったが、それに反して食欲は沸かなかった。吐き気のような感覚だけな残っている。
 だが、明日は動くことになる。それなら食べておいた方がいい。
 棚の奥から、カップラーメンを引っ張り出して、お湯を沸かし始める。

 思えば、一人の夕食はかなり久しぶりだった。自分の大事な何かが抜け落ちた気さえする。
 湯が沸くまで待っていると、ジリリリと電話が鳴り始めた。

 晶かも知れない、と慌てて受話器を手に取れば、そこから聞こえた声は最寄りの交番の名前を告げていた。
 保護してくれた警察だ。そういえば、電話番号も教えた気がする。

「本当に間違いはありませんか? 同じ中学の、ええ、三年生だそうですが、そういう名前の子は……」

 警察いわく、学校側や近隣の人々に確認を取った所、そんな少女は実在していない、との事だった。
 それこそ、あり得ない。

 学校には籍があるに決まっているし、近所付き合いもそこそこだ。
 陽太が目立つだけあって、それなりに晶も認知されている。

 警察の間違いで無ければ、『クリフォト』を自称する組織が何か手を回したのだろう。
 そういえば、クリフォトという名前自体は、雑誌や書籍で見た事がある。裏社会で蠢く、謎の組織の一つ。
 逆にうさん臭く、普段の厨二病に反して、陽太は実在を疑っていたのだが。

 会話もそこそこに、警察との会話を打ち切って、受話器を置く。
 その後は、どうにかお湯が沸いた事だけ確認して、やかんを取るとカップ麺に注いだ。

 現状の事も、自分の精神状態についても、なにかもが整理できていない。
 ただ、永い別れになるかも知れない、と。今更のように実感していた。

273 ◆peHdGWZYE.:2018/11/10(土) 00:39:30 ID:ds4Iu7PM0
――――

 あの遭遇の後、連れ去られた水野晶は意識を奪われ、次に目が覚めた時には見知らぬ場所だった。
 近未来的な設備の整った屋内だった。
 研究所というよりは開けた空間で、旅行に行った時の展望台に近いものがある。
 晶には、そこが何処だか分らなかったが……

 チェンジリング・デイ以降、その隕石被害および能力の発生について探っている学問は幾つかある。
 第一に物理学全般がそうであるし、人間が獲得した能力であるから、比留間博士で有名な生物学も
その一つではあるだろう。
 それらは無数の未解決問題を抱えており、その中には究極の問いと呼ばれるものも存在している。

――我々はどこから来たのか。我々は何者か。我々はどこへ行くのか。

 ゴーギャンの作品ではないが、能力研究にも似たような疑問は存在している。
 すなわち、チェンジリング・デイの隕石群はどこから来たのか?
 なぜ我々、人類にだけ能力が発生したのか。能力を得た我々はどこへ向かっているのか?

 その謎の根幹は隕石が来た場所、つまり宇宙にあるという見解を元に、研究を重ねている学問が存在する。
 すなわち、『天文学』だ。

 人工島アトロポリスの中枢に存在する施設は、島の名を取ってアトロポリス中央塔と呼称されているが、
その最上階には天文台が設置されている。
 そこは国連、および国際学会の内部機関の最重要機密とされており、両組織の幹部ですら内実を知らない。

 水野晶はその最重要施設に軟禁されていた。
 閉じ込められている以外は、拘束らしき拘束はない。手錠や足枷もなく、施設内はろくに施錠もされていなかった。
 ふと思い立ち、歩き回る。

 もちろん脅える気持ちも大きかったが、それ以上に塞ぎ込んでいると鬱屈しそうだったのだ。
 中央塔の最上階なだけあって、とても見晴らしが良い。一部、ガラス張りになっている個所からは、
人工島の全域が見渡せた。一方通行のマジックミラーではあるのだが、内部からは開けた空間に思えた。

「え……」

 何気なく外の風景を覗いて、晶は即座に違和感を覚えていた。

 空は青ではなく、どんよりと濁った色で太陽も見当たらない。かといって、曇ってもいないのだ。
 不思議な事に、まだ明るいにも関わらず星空が透けて見える。
 外の風景から、ここがアトロポリス人工島である事は晶も察する事は出来たが、それも不自然だ。

 現状、建造中で今も工事が続いているはずだが、それが見当たらない。
 島全土が完成されていて、近未来的な雰囲気もあるのだが、それらが全て荒れ果てていた。
 建物は残骸と化し、高層道路は崩れ落ち、不自然なクレーターが点々と見える。

274 ◆peHdGWZYE.:2018/11/10(土) 00:40:41 ID:ds4Iu7PM0

 自分が知る写真やテレビの映像とはあまりにも、かけ離れていた。
 まるで遥か未来、太陽も月も亡くした、終わりの空の下――

 どうしようもない嫌な予感に、動悸を抑えて風景から目を逸らす。
 晶は眩暈がしたので、施設の中枢付近にある、奇妙な装置の傍で少し身を休めていた。

 その時、声が聞こえた。
 "異変"によって幾度と聞こえた不思議な声が、今度は鮮明な形となって。

『チェンジリング・デイ。隕石衝突と"能力"の発生により、人類の混迷期は訪れた。
 人類は多くの不安を抱きながらも、復興を進め、希望を絶やさず未来へと向かっていく』

 語り部のように、謡うように、彼女は言葉を紡いでいた。

 不思議な少女だった。存在感が曖昧で、淡い光を放っているようにも見える。
 同時にどこかぼやけて見えるのに、あまりにも強い存在感を放っているのだ。

『しかし、そんな日々は致命的な破綻を迎える事となる。
 ある象徴的な事件により、国際連合を中心に人類を二分する合意が締結され……
 そして、全面的な衝突に至るまで、多くの時間は要らなかった』

 少女の姿がぶれて消え、今度は二十歳かその直前ぐらいの女性の姿となる。
 服装だけは同じで、一貫して清潔な白の貫頭衣を身に纏っている。まるで神官のようだ。

 その語り口には、あまりにも悲しげで。
 まるで墓碑銘を読んでいるようだと、晶は思った。

275 ◆peHdGWZYE.:2018/11/10(土) 00:42:06 ID:ds4Iu7PM0

(女の子、いや女の人……? それに、この装置って……)

 天文施設の中枢を占めるのは、望遠鏡ではなく。いや、その機能もあるかも知れないが、奇妙な装置だ。
 幾つも輪を重ねた小型の塔にも見える。電波塔にも似ているかも知れない。
 その根元から装置中枢にかけては、人の搭乗スペースのような空間が存在する。

 晶の疑問に応じるように不思議な女性の姿が、またぶれて消えた。
 次は近い、鏡合わせのような位置に少女の姿が現れ、晶は悲鳴を押し殺した。

『ある時間線では人類最期の戦争で用いられる事になる、戦略兵器『ソドムの火』。
 その時代には、EMP兵器の一種と解釈されたけど、その本質は――』

 語り、紡がれる言葉はまともに頭に入ってこなかった。
 貫頭衣の少女の顔を間近で目撃し、その瞳を覗き込む。そして、内心で驚愕した。

(僕と、似ている。服も雰囲気も、何もかも違うけど、なんで……)

 完全に同じ訳ではない。でも、鏡を覗き込んだような確かな面影が、彼女の姿には表れていた。
 ただ明確に、その瞳だけは異なっていた。
 まるで世界の終わりを見てきたかのように、その双眸は誰よりも暗く沈んでいたのだ。

 それは約束の履行か、それとも本当に世界の墓碑銘を詠んでいるのか。
 戦略兵器『ソドムの火』を背に、施設の外に拡がる終わりの風景に手を伸ばすように、彼女は宣言した。

『――いま、ここで全ての終わりが始まる。世界に流星の降り注いだ"あの日"のように』

 誰も知らない時、誰も知らない場所。それでも、表層現実よりも確かに。
 終焉を告げる星時計が時を刻み始めていた。


――『星界の交錯点』第一部・完 第二部へと続く

276 ◆peHdGWZYE.:2018/11/10(土) 00:45:30 ID:ds4Iu7PM0
過酷な展開ですが、舞台は整った的な
ストーリー的にも作者の労力的にも、ここからが本番です
書き溜めタイムに入るので、来週は休みで、予告編だけ落とす形となります

>>271
晶も大変だけど世界も大変……!
陽太が忘れずに済んだ理由は考えてあります

補足

ソドムの火
◆wHsYL8cZCc氏の作品で言及される、究極の電子兵器。
人類が生み出した『神に挑む武器』とも称される。
作中ではミハイルとイェンスが探し求めていたが、登場することなく連載停止中。
そのため、この作品では独自解釈も多く入れたうえで登場している。

謎の少女
この作品初出であり、設定上そうでないとも言える人物。
いくつもの姿を持つ謎めいた存在。"異変"の根源?

277星界の交錯点 ◆peHdGWZYE.:2018/11/20(火) 00:41:50 ID:0Vs8Wetg0
11.神は猫の前で賽を振るか

 十数年前の隕石被害は凄まじく、特に建造物やインフラが増えた被害は甚大だった。
 都市圏や各地の交通網を始め、復旧は進んでいるものの、未だに完全な回復とは程遠い。

 そうした事情で、すでに珍しいものでも無くなった廃屋の一つに、ある小男が無断で寝泊まりしていた。
 見るからに浮浪者風で、服装も徹底的にセンスがない。
 チンピラが着るような派手な柄のシャツを、さらに悪趣味にして、だぶだぶのズボンと合わせたような。

 深夜、男はベッドの残骸に身を預けながらも、頭痛に頭を押さえて呻いていた。
 散らばる酒瓶を思えば、その要因は明らかだった。

(ちぃ、飲み過ぎたか……?)

 小男の名は、神山益太郎。一匹狼といえば聞こえはいいが、完全無欠の社会不適合者だ。
 この男が不自由なく生きているのも、いわゆる反則級の能力を有しているからに他ならない。

 『触神』――触れた物体のメタな情報を改竄する能力。
 誰もが一度は夢想する、万能といってもよい力だった。

 この素晴らしい力を世のため人の為に振るおう、などという殊勝な心掛けは神山には存在しなかった。
 全能に近い力を持った人間に、社会や他人がそれ以上のメリットを供給できるのか? 出来ないだろう。
 それなら、こちらからも何もない。たったそれだけの、子供でも分かる理屈だ。

 今思うのは頭痛にせよ、酒にせよ、この力で書き換えても良かったという事だが、それはそれで酒の味を損なう。
 悪酔いも安酒の味なのだ。
 まあ、大した拘りがある訳でもなく、そういう気分というだけだが。

「ようやく見つけたぞ! 正義の冒涜者め」

 廃屋の入り口か、その手前の庭か、まあ区別するほど広い土地でもない。
 外から怒鳴り声が、キンキンと頭の中に響いていた。

(とうとう幻聴が……って違げえよなぁ。まったく)

 強大な力を持っても、とにかく他人という生き物はままならない。
 特に物を考えず、不必要に危険に触れたがる輩は。

 どうにか起き上がる。元より廃屋は、かろうじて雨は凌げるだけの残骸だ。
 崩れた壁を通して、神山は怒鳴り込んできた青年と対峙していた。

 まあ、なんというか。神山も自分の服装センスは高く評価していなかったが、向こうはもっと酷い。
 近世風の華美な衣装に、魔術師のような真紅の外套を纏った……まあ大真面目なら、頭がおかしい恰好だ。

278 ◆peHdGWZYE.:2018/11/20(火) 00:42:40 ID:0Vs8Wetg0

「あー……なんたら騎士団のリーダー様だったか。えらくダサいネーミングだった気がするが」
「安い挑発だな。空虚な誹謗など――」
「すまん、すまん。ダサいのは存在自体だな。ネーミングもダサいが」

 適当に会話を打ち切って、安い挑発を続ける。単に頭痛でやり取りするのが苦痛という事もあったが。
 目前の青年は、過去に潰した事があるクズの一人だ。性懲りもなく復讐戦に来たという訳だ。
 それだけで十分、覚えておく価値もない。

 騎士団リーダーは憤懣といった様子で「制裁」と小さく呟くと、一歩引いてから手元に火球を形成していた。
 分かりやすい攻撃的な能力。
 神谷がおっ、と眉を上げたのは能力自体ではなく、青年の冷静な立ち回りだった。

(ちょっとは頭が回るようになったか? それとも誰かの入れ知恵か)

 以前、なんたら騎士団(名前は思い出せない)を適当にぶちのめした際には、不用意に相手の領域に突っ込んだ挙句、
見事に一網打尽にされてしまったのだが。
 万能の能力にせよ、使う側の体力もあるので、何人か冷静なのが混じってたら、まだ勝負になったかも知れない。

 そんな事を神山が考えていると、騎士団リーダーはニヤリと口元を歪めて、片手を掲げた。
 付随するように、火球もパチパチと音を立てながら、頭上へと移動する。
 問題はその直後に起きた。

「見せてやろう。俺が授かった"力"というものをな!」

 元々、言動が大げさだっただけに、神山は軽く構えていたのだが、目を張る羽目になった。
 青年の頭上に浮かんでいた火球が十倍以上もの規模に膨れ上がったのだ。

 その光量に目が眩む。
 まるで太陽、廃屋など丸ごと消し飛ばしてしまうような絶大な威力を秘めていた。

「マジ、かよ……!」

 想定外だった。騎士団リーダーは慎重な立ち回りをしていた訳ではない。
 単に自分を巻き込まないように距離を取った結果、それが慎重であるかのように見えたのだ。

 今まで暗闇に隠れ、そして火球に照らし出された騎士団リーダーの顔は控えめにいっても、イッていた。
 まるで危険な薬物でも投与されたかのように、目を血走らせ、異様な笑みが張り付いている。

 それ以上は考察している時間もない。騎士団リーダーの手が振り下ろされ……
 巨大な火球は残像を残して落下、夜の闇を引き裂くような爆炎を巻き起こし、一瞬で廃屋の完全な灰に変えていた。

279 ◆peHdGWZYE.:2018/11/20(火) 00:43:17 ID:0Vs8Wetg0

 灰が混じり、焼き付いた臭いの漂う空気を心地よさそうに吸い込み、騎士団リーダーは笑う。

「アーハッハッハ! この程度で死んでないよな? 『神に愛されし男』なんだろ?
 生きて、生きながら焼かれて、命乞いしてみろよ! 神様が助けてくれるかも知れないぞ!」

 以前とは比較にならない深刻さで、騎士団リーダーは自分の力に酔い痴れ、理性を失っていた。
 それでも、何者かに誘導されたかのように、敵の生存を確信し、さらに同規模の火球を作り出し待機する。

 瞬時に改竄能力で、大気の熱伝導を無効化し、神山は衝撃から逃げるように生き延びていた。
 だが、それで何か状況が進展した訳でもなく、情報が増えた訳でもない。
 これほどの能力行使、反動も相当なはずだが、相手はまったくその気配も見せていなかった。

(ちっ、何が起きてやがる……? たしか昼の能力で"見た"時も、奴にこんな力はなかったはずだが)

 神山の昼間能力は『読神』。視認したもの全てのメタな情報を、強制的に閲覧させられる。
 視界の届く範囲なら、全知という訳だ。
 そして、以前リーダー各の男を見た際には、これほどの破壊規模は持たなかったはずだし、だからこそ自分も喧嘩を売った。

(不自然な点は多いが……一つ、薬か何か知らんが奴の頭はおかしくなってる。
 二つ、暗示か何かで行動が誘導されてるな。尊大になっただけなら、相手が死んだと思わないのは不自然だ)

 つまり気に食わない事に、何者かがこの状況を作り出し、神山の力を"テスト"している可能性が高い。
 自分は手を汚さず、他人を暴れさせて、目的を達しようとしているのだ。
 吐き気さえ催す所業だった。いやまあ、この吐き気は酒のせいかも知れないが。

(まあいい。お望みなら、見せてやろうじゃねえか)

 別に戦闘経験などはないし、センスもからっきしダメだ。体調ですら万全とは程遠い。
 だが、勝負とはそれは別の次元で決まるものだ。特に能力などというものが、あり触れている現代は。

 炎の紅蓮に呑まれつつある街外れを背景に、二人の男が対峙する。
 最初に動いたのは、やはりというべきか、投薬された騎士団リーダーの方だった。

「生きていたな、いいぞいいぞ! 俺にもっと無様な姿を見せろォ!」

 鬼気迫る表情と共に、巨大な火球が隕石のように墜落する。
 人体の規模を遥かに超えた大規模破壊能力は、裏社会の組織でもそうそうお目には掛かれない。
 単純に社会で暗躍するのに、不利という面もあるが……

 ある種の社会性を放棄して初めて揮える規模の暴力が、炎と化して周辺を紅く照らし出していた。

280 ◆peHdGWZYE.:2018/11/20(火) 00:43:57 ID:0Vs8Wetg0

「無様だからどうした。多かれ少なかれ、誰もが這いつくばって生きてる時代だろーが」

 当然、神山の言葉は届かないだろう。だが言わずにもいられなかった。
 一歩下がり、足元を改竄する。『触神』の効果範囲は手が届く距離、それに加えて日が沈んでから触れた事があるモノだ。
 ゆえに、地に足を付けているなら、"地中"も改竄対象に含まれる。

 物理作用を付加した結果、アスファルトで覆われた大地はくり抜かれて浮遊、そのまま加速し火球に向かって、
投げ付けられた。例の火球は着弾と共に炸裂する、つまり迎撃は可能だ。
 一つ二つ、と衝突、それに伴う爆発のタイミングを見計らって、神山益太郎は駆け出していた。

 直後、轟音と衝撃、それに熱が散乱し、神山の行動を覆い隠す。
 もちろん、あくまで爆心地は空中だ。防ぐには最低限の改竄で済んでいた。

 神山の狙いは近接戦。
 騎士団リーダーは自分を巻き込まないように、神山から距離を置いて攻撃していた。
 つまりは自身の能力に耐性を持っておらず、接近戦では大規模攻撃はできない。

 有効な一手かと思われた直後、神山を包み込むように炎が形成され、弧を描きながら球を形成し始めた。

「ははは! 人間に被せて、炎を創る事も出来るんだ!」

 能力自体の速射性、それに加えて、相手の位置を起点として回避の余地のない蹂躙を行う。
 確実に標的を焼き払い、死に至らしめる一撃として、それは完全に条件を満たしていた。

「……ねぇ」
「命乞いかぁ? 火達磨になっても、まだ口が利けたら……」
「くだらねぇ、と言ったんだよ。お前も、これを仕掛けてきた奴もな」

 吐き捨てると、神山は自身の能力を全力で行使していた。
 普段は物質に触れて能力を発動しているのだが、では周囲に物質が無ければ、無力になるのか。
 もちろん違う。地球上の環境では周囲に常に大気が存在し、そして多様な現象に満ちている。

 不可視の力が迸り、絶大な威力を誇る紅蓮の嵐は、瞬時に四散していた。
 後には点々と火の粉が舞うのみだ。
 "重力"、相関する空間の歪み。これも人間が常に触れている自然現象だ。
 その指向性を激変させ、燃焼という脆い現象を力尽くで崩壊させた。

281 ◆peHdGWZYE.:2018/11/20(火) 00:45:16 ID:0Vs8Wetg0

「ク……なんでだ、なんでだよ! 何故、正義の力が通用しない!?」

 哀れな青年の困惑に、神山も返す言葉はなかった。
 もはや自分すら巻き込む距離だというのに、馬鹿の一つ覚えで、大規模な火球を発生させようとする。
 これも打ち消して良かったのだが、すでに勝負は終わっていた。

「一つ、教えてやる。さっさと二日酔いを治したい時はな、俺は能力をこう使うんだ」

 頭痛に耐えながら、壮絶な笑みを浮かべて神山は二本の指でトンと、騎士団リーダーの額を突いていた。
 そして、ぐらりと騎士団リーダーの身体が傾き、直後には白目を向いて倒れ込んでいた。
 自爆もいとわず放った炎も霧散していく。

 代謝を加速させて、急速に消耗させると同時に、体内の薬の効果も失わせたのだ。
 『触神』はリスクはあるものの、生命への干渉も可能。
 そして、悪酔いを打ち消す程度の体質改変では、リスクも無視できる程度には微小だった。

 攻撃の余波か、残り火がちりちりと廃屋の残骸を焦がし、周囲には灰が舞っている。
 やがて、神山益太郎はその光景の一点をキッと睨みつけていた。

 灰が動きを変え、ドサリと降り注ぎ、そこで待機していた黒い影に圧し掛かっていた。

「そこに居るのは分かってんだよ。ずいぶんなご挨拶じゃねえか、黒幕さんよ?」

 改竄された灰は土砂のように重く、標的を圧し潰していたが、黒い影は一度四散して脱すると、
また集合して元の形を再現した。
 それはまるで、真っ黒な猫にも似ていた。

282 ◆peHdGWZYE.:2018/11/20(火) 00:45:53 ID:0Vs8Wetg0

「にゃーん」
「なんだ、猫か……」

 静寂の夜ならまだしも、爆撃跡のような光景にはあまりにも不似合いなやり取り。
 神山は不愉快な時に浮かべる類の笑みで、続けていた。

「――とでも言うと思ったか? UNSAID幹部コードネーム"アレフ"。いや鞍屋峰子とでも呼ぼうか」
「猫なのに……」

 UNSAIDとは、国連に付随する諜報機関の通称だ。
 無論、存在自体が極秘であるが、裏社会では通った名であり、神山な強大な能力から、
その幹部の呼称すらも把握していた。

 鞍屋はふざけているに違いないが、妙に本気でがっかりしているようにも見えた。
 気を取り直すと黒猫――鞍屋峰子は姿勢を(猫なりに)正すと、声色を真面目なものへと変えた。

「こんばんは、"イル・ディーヴォ"。いえ、神山益太郎さん。先ほどの戦いはお見事でした」
「イル・ディーヴォねぇ。そういう呼び名は史上の天才にでもくれてやれ」

 揶揄するようにコードネームと実名を告げる鞍屋に、神山は吐き捨てた。
 それがミケランジェロの尊称を英語読みしたものであるものを、知ってか知らずか。

「御大層なコードネームが付けられたという事は、俺も要警戒能力者とやらの仲間入りか」
「知ってはいると思いますが、優先順位は低いものの、当初からリストには記されていました」

 淡々と黒猫の形をした女は告げた。
 あらゆる情報の窃視ともいうべき、神山の昼間能力に隠し事を通すのは困難だ。
 だが、それでも国連は情報を更新させないように努めていたし、接触に選んだのも読神が機能しない夜だった。

 神山はすぐに国連から目前の事へと関心を移していた。
 足元に転がる、騎士団リーダーを軽く足でつついた。

「で、こいつに投与した薬はなんだ? 能力鎮静剤は聞いた事があるし、逆の暴走薬なんてものもあるだろうが、
 こうも化け物じみた効用が出るとなるとな」
「当局でも把握してない未知の物質ですが……出所は『クリフォト』とだけ」

 怪しげとしか言えない返答に、神山は眉をひそめる。
 夜間は万能とも言える能力を揮える代わり、昼間のようにこういった駆け引きに有用な能力は持たない。
 それなしでは、学のない小男という一面が前面に出るのだ。

283 ◆peHdGWZYE.:2018/11/20(火) 00:46:32 ID:0Vs8Wetg0

 クリフォトというは、まあ陰謀論に出てくるような怪しげな組織で、回帰主義者の集まりであるらしい。
 要するに、よく分からない怪しげな集団が、よく分からない怪しげな薬を有していたので、
UNSAIDは試しにそれを利用してみた、という所か。

(こいつ、いやUNSAIDは何が狙いだ? 戦闘実験、武力偵察……いや、読神を持つ俺から情報を引き出しに来た?)

 例えば、異常な効用が想定できたなら、ぶつけても問題ない相手を用意するだろう。
 対象の実力や限界を測る機会にもなる、という意味では、まさしく神山は適任だったに違いない。
 また、それらはブラフで実際は……という可能性すらもあり得る。

 が、その辺りは気になるものの、どうでもいい。
 とにかく迷惑な事には違いなく、そして重要なのはその一点だけだった。

「まあいい。ちょっかいを掛けたという事は、報いを受ける覚悟は出来てるんだろうな」
「いいえ、人間は自分の力の範囲でしか、物事を成す事はできないもの」
「はん。"イル・ディーヴォ"(神に愛された男)と呼んだのは、そっちだ」

 神山は重力改竄を介して、空間を制御――次の瞬間には疑似的に転移していた。
 肉体が受ける影響も本来は深刻だが、そんなものは幾らでも改竄して打ち消す事ができる。

 同時に空間を自在に歪曲、変形させ、黒猫の姿を徹底的に引き裂くも、実体がないらしく致命傷には至らない。
 歪んだ空間の中でも、即座に元の形へと戻っていく。

 その背後に神山は転移していた。手が届く、つまりは改竄の範囲。
 物理攻撃で仕留める事が困難であれば、対象を直接改竄してしまえばいい。
 しかし、鞍屋峰子は完全にそれを予測していた。質量をやり繰りし、右前足の爪が異様に肥大化する。

 片や完全な空間制御者、片や変幻自在の黒い霊体。両者の一撃が、刹那の間に交差していた。

「ちっ……ずいぶんと重い"存在"じゃねえか」
「重い存在ではなく、不動の運命よ。あなたの能力の反動に、対象の運命が関わっている事は調査済み。
 だからこそ、私が使者として選ばれた」

 そして、攻防の終端にも、双方は地に足を付けて立っていた。
 舌打ちする神山に対して、鞍屋はすでに定まった事実を宣言する。

 とはいえ、互いに手詰まりにも見えた。
 空間を制御された以上、鞍屋からの攻撃は届かず、逆に神山からの改竄も大きな影響を与えていないようだ。

284 ◆peHdGWZYE.:2018/11/20(火) 00:47:05 ID:0Vs8Wetg0

「で、この後に続く展開はなんだ。『自分こそ真に特別な存在です』と叫び合う厨二合戦か?
 それこそ世の中だの運命だの、そういう単語が安くなるだけだ」

 心底、面倒そうに吐き捨てると、神山は肩の力を緩めていた。
 一方で鞍屋峰子も追撃しようとはしない。元より、目前の男を倒すには準備が足りていない。

 なにより重大なのは、要警戒能力者"イル・ディーヴォ"が国連に敵対する意思が乏しいという事。
 思想がアナーキスト寄りなのは確認できているが、属さない事と争う事は別なのだ。

「それはつまり――あなたはアトロポリス国際会議には関心がない、という訳ね」
「……それ絡みかよ。ああ、知った事じゃないな」

 あれで世界が良くなろうが、悪くなろうが。勝手にすればいい、と。
 そこには関わりたくないという、拒絶の意志が明確に存在していた。

 ぽつぽつと鞍屋に背を向けて歩き始める。寝床が吹き飛んだ以上、次を探さなければならない。
 そこで何かの気まぐれか、しばし足を止めて神山は確認していた。

「それと、たしか不動の運命だと言ったな?」
「ええ。それが何か?」
「別に。ただ御大層な能力で何か見知った気になっているのなら、あるいは本当に見知っていたとしても……」

 神山が有するのは、制限は皆無ではないものの、世界を思いのままに改竄する破格の能力。
 だが、一つの枠を超越すれば、より広い、または別の枠に捕らわれるだけだ。
 神の寵愛を受けた一方、悪酒に酔って適当に寝るという、ささやかな平穏さえ叶わない。

「結局、運命じみた何かに躓くんだろうよ」

 彼が吐き出した息からは、すでに酒気は失せていた。

285 ◆peHdGWZYE.:2018/11/20(火) 00:47:44 ID:0Vs8Wetg0
――――

 国連の諜報機関と言えども、常に大仰な秘密基地を利用している訳ではない。
 というよりも、暴かれて困るようなものを有している事自体、二流の証明だろう。

 その点では、UNSAIDは二流半だと言えた。
 国連という母体に寄生するように、その施設や身分を一時的に間借りしていく。
 必要であれば、正式に取得さえした。鞍屋峰子の国際科学会議(ICSU)における身分も正式なものだ。

 完璧ではあるが少々、見え透いている。そういう意味では一流には届かない。
 鞍屋峰子が帰還したのも、そういった国連所属の施設だった。

「っ! これは、やられたわね」

 実体のある霊体が猫の形を取っている訳ではなく、二十代の日本人女性の姿に戻っている。
 猫の姿は夜間能力に強要されたもので、昼間能力は全く別の力だった。

 今は施設の職員に相応しい白衣姿だったが、その白衣は鮮血で赤く染まっている。
 あの後、朝日と共に能力が切り替わり、人間の姿に戻った瞬間に傷が開いたのだ。

 人間の姿に戻るという事は、何らかのメカニズムで人間の姿が記録されているという事。
 神山はその記録に傷を入れていたらしい。そして、元の姿に戻った瞬間に、記録の傷は事実となった。
 彼には鞍屋を殺す手段が多数存在していたのか、それとも嫌がらせで精いっぱいだったのか、それは分からない。

 ただ、国連側が推測した、過度の反動(リバウンド)によって能力が機能しない、という推測は覆った。
 どうも鞍屋の昼間能力「テイルズ・オブ・マルチヴァース」 が定義する運命と、「触神」が定義する未来の可能性とでは
まったく別の解釈が為されているらしかった。

 機密で話せないが、仮にこれを比留間博士が知れば、人の傷も余所に目を輝かせていただろう。
 などと、勝手に空想した"どこかの並行世界"ではあり得る比留間博士の姿に、鞍屋は苦笑していた。

「あなたの能力なら、一瞬で治せるのでは」

 どうにか処置を終えて、寝台に横たわる鞍屋峰子の前には、いつの間にか女性が佇んでいた。
 現代的なファッションを着こなした、縁なし眼鏡が印象的な女性だ。

 サイファー、比留間博士の友人であり、彼の伝手から接触できた凄腕の情報屋でもある。
 ここに現れたのも、昼間能力『何処にでも存在し、かつ、何処にも存在しない能力』によるものだ。

286 ◆peHdGWZYE.:2018/11/20(火) 00:48:30 ID:0Vs8Wetg0

「治しているのではなく、究極のやり繰りよ。傷を負った私が消えるわけじゃないもの」
「リソースは無限だろうに」
「課題も無限なのよ」

 サイファーの指摘は正しかったが、返すように鞍屋も反論していた。
 テイルズ・オブ・マルチヴァースは、並行世界の自分を共有し合う能力。
 精神や情報だけでなく、肉体を入れ替える事すらも可能だった。

 並行世界、これはあくまで能力が定義するマクロな分岐範囲だが、それすら無限に等しい数が存在する。
 だが、無限集合は量的な無限は保証されても、質的には限度がある。
 無限に存在する偶数からは、1は抜き出せない。

 能力の窓口となる、鞍屋峰子が他の世界でも常に『鞍屋峰子』であるように、全ての世界で死に至る可能性もゼロではない。
 もちろん、そんな迂闊な立ち回りをする事はあり得ないし、自殺する事すら難儀な能力だ。

 だが、神山益太郎の能力はそれに近い事象を引き起こす事も、おそらくは可能なのだろう。
 "メタ情報の改竄"、およびそれを引き起こす能力は物理法則より遥かに厳密であり、偶然の余地がなかった。
 もっとも、それは昼と夜の能力が遭遇するという、普通はあり得ない事態が必要になるし、
何者かがそれを企めば無限のリソースを尽くして、それを防ぐ心算が鞍屋には存在していた。

 思案もそこそこに、鞍屋峰子はサイファーに向かって本題を切り出していた。

「で、依頼の件だけど……」
「その件についてだが、一つ提案がある」

 まるで契約を覆すような、らしからぬ態度に鞍屋は眉を上げていた。
 情報屋という人種は、よほどの事でなければ、こういった事は切り出そうとはしない。

「提案次第だけど、ここで報酬を釣り上げるなら相応の理由が欲しいわね」
「受けてくれるのなら、報酬は無しでいい。ただし代わりに、こちらも情報が欲しい」

 そういう事、と鞍屋は納得する。情報屋に対しては、情報そのものも報酬となる。
 どちらにせよ提案次第が、質問次第になっただけだ。すぐに続きを促す。

「近日中に、世界規模の改変が発生したか否か。事によっては通常の人間は違和感すら抱けなくなるが、
 あなたの能力なら並行世界と比較すれば、確実な事が分かるはずだ」

 唐突といえば唐突な内容に、鞍屋は一瞬だけ唖然としていた。
 だが、すぐに思い当たる。テイルズ・オブ・マルチヴァース、並行世界との共有に不調が発生しているのだ。
 詳細不明のリソース激減、情報の妙な空白……この辺りを全て話す義務はないが。

287 ◆peHdGWZYE.:2018/11/20(火) 00:49:04 ID:0Vs8Wetg0

「情報と呼ぶに値するかは分からないけれど――確かに、違和感があるわね。
 改変に"世界の外側"から情報の持ち込みを禁じる内容も含んでいるなら、私でさえ確実な事は分からなくなる。
 でも、仮にそういった改変があるとすれば、比留間博士の周辺情報かも知れない」

 あくまで気のせい程度ではあるが、能力の性質上、"気のせい"は発生しえない。
 並行世界には自分が無限に存在しているのだから、一人は明確に言語化できるか、完全に否定できるだろう。
 その違和感は、神山から受けた傷のように、妙な存在感を放っていた。

「比留間博士? 彼が関わっているのか?」
「逆に被害者か、単に縁があるというだけかも知れないわ。彼は様々な意味で顔が広いもの」

 なにせ、この場の鞍屋とサイファーも比留間博士が接点となったようなものだ。
 どこの並行世界でも、比留間博士が比留間博士である限り、人間関係は多彩であるらしい。

「これで情報は十分でしょう? 確実性の埋め合わせに、個人名まで出したのだから」
「違いない。では、依頼された調査結果について開示しよう」

 ここでサイファーは声を潜めた。昼の彼女は幻覚、幻聴であり、盗聴は困難なはずだが……
 しかし、これは国連の最重要機密にも匹敵する情報なのだ。

「たしかに貴女が殺したフォルトゥナ――箱田衛一はすでに、夜間能力を有していなかった。
 トラベラー型の能力によって『運命支配』は、他者の元へ渡っている。その行先は完全に途絶えていた。
 まるで、世界規模の改竄で握りつぶされたかのように」

 無数の事実と、無限の可能性。
 世界はそう出来ているはずだが、それが妙に積み重なり、全てが不吉な一点へと収束しようとしている。
 能力ゆえに、鞍屋峰子は誰よりも嫌な実感を覚えていた。

288 ◆peHdGWZYE.:2018/11/20(火) 00:50:30 ID:0Vs8Wetg0
すみません。ちょっと遅れて、予告編ではなく普通の続きです
色々と重なって、思った以上に時間が取れませんでした。「にゃーん」は予告編に使いたかった……
次回も予告編ではなく、間章になる可能性があります

補足

神山益太郎
神の寵愛を受けし者から出演。三十代無職の男性。
読神/触神という指折りのチート能力を有している。メタ情報の認識、改竄……
この作品では、国連から要警戒能力者"イル・ディーヴォ"として警戒されている。

鞍屋峰子
比留間慎也の日常、幻の能力者から出演。猫好きを通り越して、猫な女性。
『並行世界の自分と繋がる能力』を持つ。スケール系のチート能力だが、この作品では諸事情により不調。
UNSAIDの幹部ではあるが、個人としても動き回っている模様。

サイファー
魔王編より登場。本名は物集女 黎曖。
『何処にでも存在し、かつ、何処にも存在しない能力』を持ち、情報屋を営んでいるらしい。
作中では、鞍屋峰子の依頼を受けて、フォルトゥナについて調査していた。

箱田衛一
幻の能力者より言及。すでに故人、鞍屋峰子と交戦して死亡した世界線。
しかし、「事実上無敵」と称される運命支配能力はすでに流出していた。

289名無しさん@避難中:2018/11/20(火) 18:47:29 ID:0mAWfVOM0
乙です 鞍屋さんキターー。にゃーん!!!
フォルトゥナ……能力が相当ヤバかったからよく覚えてる!
それが流出したとか、嫌な予感しかしない……

290名無しさん@避難中:2018/11/23(金) 18:23:10 ID:bCUfYBjk0
第一部、なかなかヘビーな展開になりましたねえ
第二部の予告も楽しみにしてます。そこから勝手に妄想するの楽しいのでw


さて、一応自分の妄想も少し形になりましたので投下させてもらおうかと思います
計画性ないので定期的投下は無理ですが、完結させるよう努めます

291黒衣聖母の秘蹟:2018/11/23(金) 18:24:45 ID:bCUfYBjk0
【序章】

「皆さんは、『楢山節考』をご存じですか?」

 窓の外の、激しい雨が地面を叩く音だけが室内を支配する。男が発した短い問いかけに「皆さん」は誰もが凍り付いて、答えを返す者はいない。雨音をかき消すほどのすさまじい雷鳴が鳴り響いても、それが答えの代わりになどなるはずもなかった。

 まさかこの空間に『楢山節考』を知らない人間などいるわけはあるまい。この国きっての智慧と知性の塊であるエリート官僚たちが集まっている場なのだ。この沈黙はだから、意味が分からないという怪訝ではなく、意味を理解しているからこその絶句、ということになるだろう。
 とは言え単体で聞いてそこまで不穏な言葉ということもない。あくまでここまでの議論の流れがあってこその、隠喩に近い言葉選びだった。

 であれば。男はさらなる問いを発することにした。

「では、『姥捨て山』をご存じですか?」

 より直接的、無遠慮な単語をチョイスする。演出するようなタイミングで窓から目がくらむような閃光が幾度も弾け、

「なっ――」

 そして間髪入れずに先刻以上の耳をつんざくような雷鳴がとどろいて、何か言葉を返そうとしたらしい一人の官僚の動きを封じてしまった。その後、少しきまり悪そうにしながら、その若い官僚は言葉を繋いだ。

292黒衣聖母の秘蹟:2018/11/23(金) 18:25:42 ID:bCUfYBjk0
「なんてことをっ……こんな場で貴方は――」
「ちょっと待ってください」

 見るからに憤慨した様子で反論しようとした若者を、そのすぐ隣に座る官僚が制した。切れ長の目が印象的ないかにもやり手に見えるその男は、

「玄河先生、このような場であまり不穏当な発言はお控えいただきたい」

 と、国民の健やかな暮らしを所管する省内で臆面もなく「姥捨て山」などと口にできる非常識な中年男にチクリと釘をさしつつ、

「ですが……」

 視線をいったん低く落とし、考えをまとめているかのような姿勢を見せる。それを以って玄河仁(くろかわじん)は、自身の目論見は成ったと判断した。この官僚が以前から、やや危ういほど先進的急進的な思想を持って仕事をしていることを、玄河は知っていた。この男ならきっと乗ってくる。そう踏んでいた。

「その発言の真意を伺いたいですね。ただ無責任に放言したというのであれば、速やかにお引き取りいただきますが」

 視線が玄河へと戻ってくる。その瞳は言葉同様やや厳しい色を放っているが、同時に期待の色も宿っているように、玄河には見えた。

「明晰な官僚諸氏に説法を垂れるつもりなどはございませんので、端的に」

 自分より年下の相手もいる中、玄河はあくまでへりくだった。へりくだったようでいて、心の中では彼らをやや蔑んでもいた。

293黒衣聖母の秘蹟:2018/11/23(金) 18:26:45 ID:bCUfYBjk0
 この国はもはや老いぼれ同然だ。自分が若輩だった頃からすでにその兆候は見えていた。科学は日増しに発展し、医療は着実に進歩し、人間は死の病とされたものをいくつも克服してきた。長寿はこの国のひとつの誇りのようなものになり、その誇りのようなものを絶やさないための福祉充実は押せ押せで推進され続けた。そのシステムがいずれ立ち行かなくなるだろうことはたびたびメディアで取り上げられたりもしたものの、誰も真面目に危機感など持たなかった。だっていずれは自分もその恩恵に浴することになるはずだ。それなら今は目をつぶったほうがいい。抜き差しならない状態になるのなんてもっと先のこと。自分が死んだ後のことなんてどうだっていい。結局それぐらいにしか考えない人々ばかりだった。

 そんな矢先。全世界を阿鼻叫喚の渦に引きずり込んだ、あの隕石災害が起きた。それは自分から見れば止めの一撃だった。昨今はチェンジリング・デイと呼ばれているあの日。その言葉通り取り替え子として、奇跡でも置いて行ってくれればよかったのだが。あるいはその字面通り、未来を担う子どもたちをたくさん連れてきてくれればありがたかったのに。現実それがもたらしたものは、より鮮明になった破綻の足音だ。

 毎日のように国のために汗水流し、その不都合な情報も目にする彼ら国家公務員たちがそれに気づけないはずはない。気づいていて何もしないのであれば、それはあまりにも罪深い。だからせめて自分は……

「この国の未来のために、協力をさせていただきたい。ただそれだけです」
「ええ、そのお気持ちは大変ありがたい。ですが、具体的には?」
「それは先ほど申し上げました」
「……『楢山節考』、ですか」
「いえ、姥捨て山ですよ」

294黒衣聖母の秘蹟:2018/11/23(金) 18:27:24 ID:bCUfYBjk0
 やり手風の官僚はすでに、話の着地点に見当はつけているはずだと、玄河は値踏みしていた。これは取引なのだ。玄河は純粋にお国の役に立ちたいと思っている。その熱意に嘘はない。しかしその思いを満足いく形で成し遂げるためには、国家の法というものは邪魔でしかない。

「その片棒を、と言わず、その全てを、私の法人で担う。それについて国は一切関知しない。それでいかがか」
「ずいぶんと……都合のいい話ですね」
「ええまあ……少しだけ条件がありましてね」

 思えばこの時が、その組織にとっての最大の分岐点だったのかもしれない。
 玄河仁。表向きは社会福祉法人玄聖会代表理事。そして裏の顔は特殊能力研究開発機関・通称ERDO総帥。屈折した理想と使命感を以って、彼は自身の組織を一段高いステージへと押し上げた。

 例え、お前は狂っていると蔑まれようとも。例えそれが、多くの人々の人生を狂わせることに繋がるとしても。
 劇薬を投与しなければ救えないものがある。それは遅かれ早かれ、誰かが為さなければならないことなのだ。

295名無しさん@避難中:2018/11/23(金) 18:29:58 ID:bCUfYBjk0
終わり。すでに臭いを感じるかもしれませんが内容的には似非ミステリーで社会派(笑)っぽい作品になりそうです
後スレに投下するの久しぶりなので読みにくかったらごめんなさい

296名無しさん@避難中:2018/11/23(金) 20:53:30 ID:MsxG.4fA0
乙です!
新たな投下とは! 幸せこの上ない……!
そしていきなり不穏……これから物語がどう進んでいくのか気になります……!

297名無しさん@避難中:2018/11/27(火) 01:03:56 ID:jMkPiays0
新規投下だ、やった! しかもERDOトップ登場とは
最初から、きな臭い雰囲気ですね。こちらも負けずに、間章投下です

298星界の交錯点 ◆peHdGWZYE.:2018/11/27(火) 01:04:36 ID:jMkPiays0
間章.ある並行世界の片隅で

 ここではなく、今ですらない、どこかの世界。
 大半の人間にとっては、もしかすれば"あり得た世界"であり、自分にとっては確かに実在した世界。
 年月が経ち、膨大な情報の片隅に押し流されているが、それでも記憶の片隅に残り、輝きを残す出来事だ。

 西暦2004年、あのチェンジリング・デイから四年が過ぎ、隕石被害の爪痕も惨憺と刻まれている。
 隕石に起因する能力の研究も未だ黎明期で、その研究手法も方針も全てが手探りの域を出ない。

 いや、手探りならまだ良かったのかも知れない。
 多くの情報を得ただけに、その無軌道さに科学者は混乱していたし、ヒステリーさえ起こしていた。
 混乱を脱するのには、まだ相応の時間を有すると、誰もが確信していた時代――

 そういった混迷の中で、いち早く大衆に"成果"を届ける事を重視した者たちが居た。
 後の能力研究の権威である比留間慎也、そしてこちらは世間に知られていないが、
国際学会の役員である鳳凰堂空國の二名だ。

 一種の天才性とカリスマ性を併せもち、能力研究の顔役として機能したのが比留間博士なら、
研究の虫である彼を焚き付け、役員の立場から支援したのが鳳凰堂博士という事になるだろうか。

 実態はどうあれ彼らの試みは成功し、定義不能で混沌の象徴だった"能力"という概念は、
まだよく分からないが研究が進められているモノ、として社会に受け入れられていく事になる。

 ニュートンやアインシュタインのそれより派手ではないが、これも一種のパラダイムシフトだろう。
 だが、その社会の変動を快く思わない者たちも居た。

 国際連合や列強国家に支配された社会の崩壊を望む者たちだ。彼らにとって、チェンジリング・デイによる混沌は
惨劇ではなく、一種の天恵ですらあったのだ。

「……驚かれないのですね」
「いいや、驚いているとも」

 学会施設の重層化した防弾ガラスは容易く打ち破られ、場は銃弾と爆炎が飛び交う戦場と化した。
 しかし、互いに殺傷力を有した戦いであったため、戦闘は短時間で終わっていた。

 襲撃された当人、比留間博士は危険から距離を取りつつも、普段と変わらない様子に見えた。
 驚いているというのは、嘘ではないのだろうが、どこか冷静に事実を呑み込んでいる。

299 ◆peHdGWZYE.:2018/11/27(火) 01:05:26 ID:jMkPiays0

「改めて、こちらの身分で自己紹介を。
 国際連合特務諜報部局――通称"UNSAID"所属、鞍屋峰子。コードネームは"アレフ"。
 秘密裡に博士の護衛と、襲撃者の排除を担当していました。以後、お見知りおきを」

 もちろん初対面ではない。大学でも学会でも顔を合わせていたし、有望株として互いに注目もしていた。
 さらに言えば、私は能力の都合上、本当の初対面というのは、かなり珍しい。

 ただ風聞でもなく、顔を合わせただけでもなく、本当に個人として対面し互いを認識したという意味では、
この瞬間は重大なひと時だった。

 比留間博士からの反応は、こちらこそよろしく、という簡潔なものではなかった。

「それは僕に明かしてしまっても良い事なのかな」
「局は早かれ遅かれ、あなたは知っておくべきだと認識しています。
 今後もこのようなケースは増える事はあっても、減る事はありませんので」

 能力研究の権威とは、すでに研究成果を示す肩書ではない。
 能力社会の秩序を象徴する存在でもあったのだ。少なくとも、彼を殺せば社会は混乱すると、襲撃者は信じている。

 実際、万有引力の法則はニュートンの名と共に語られ、相対性理論はアインシュタインの名と共に語られる。
 本質的には理論が重要であったとしても、大衆は理論を象徴する人物と重視する面があるのだ。
 この辺り、完全に科学寄りである比留間博士にどの程度、政治的な理解を求める事ができるか未知数ではあった。

 だが、説明を受けて、比留間博士はひとまず頷いてくれた。他の懸念があったのだ。

「そうか。だが、今は鳳凰堂博士の方が心配だ。おそらく、あちらにも襲撃があっただろう」
「ご心配なく。そちらは私の同僚が対処していますので」

 もちろん、UNSAIDが鳳凰堂博士の護衛を怠るという片手落ちを冒すはずもなく、私もそれを告げる。
 ここでようやく、比留間博士は人心地がついたようだった。

 それで彼が何に関心を持つかといえば、やはり能力研究だった。
 すでに遺体となった襲撃者の顔を、しげしげと観察して確認するように呟いた。

「要警戒能力者の資料で見た顔だ。名称は『殺戮者』(スレイヤー)、昼間能力の通称から取られたんだったか。
 "標的と認識した者を一方的に殺戮できる"無意識性の能力。
 対面戦闘なら無敵だし、不意打ちを避けるために、あらゆる訓練とリソース投入を行っていた」

 この説明に付け加えるとすれば、殺戮者は銃器を始め、あらゆる武器術にも長けていた。
 戦闘は一瞬で終わったものの、国連にとっては恐ろしい難敵であり続けた。

 特に各国の国連脱退に先立つ衝突では、反国連側の立場で傭兵、暗殺者として世界中で暗躍し、
彼の存在は巨大なリスクとして認識されていたが、それも今日で終わりだろう。

300 ◆peHdGWZYE.:2018/11/27(火) 01:06:32 ID:jMkPiays0

「どのようなトリックで、この能力を掻い潜り、彼を正面から仕留めたのか……興味がある」
「残念ながら、博士の能力がそうであるように、UNSAID所属者の能力は機密事項です」

 比留間博士の科学的な好奇心を跳ね除ける。
 残念ながら、世間では研究者の都合は大して優先されない。しかし、彼は引き下がらなかった。

「それなら、一つ推測を語ろう。君の能力は、"複数の君自身と入れ替わる能力"だ。
 細部は異なるだろうが、そういう要素が含まれているのは間違いない」

 的を射た推測を強気に断言されて、ずいぶんと迂闊な話だが、つい口を滑らせてしまった。

「……根拠はおありですか?」
「機密事項だ。比留間研究所のね」

 茶目っ気を含んだ意趣返し。比留間博士は微笑していた。
 当時は虚を突かれて、内心ではいくらか動揺していたのだが、今振り返れば簡単な話だ。

 実は観察力があるというだけで、見抜けてしまう。
 服装程度なら合わせる事ができるが、髪や爪などの些細な生理的な変化までは、
能力を意識して管理している訳ではないし、完全を目指せば消費リソースに見合わない。

 ただ、この時はにわかに関心が湧きおこり、彼を試す気になっていた。
 自分のような超人的な頭脳を持たないにも関わらず、能力研究の権威となった、この若き天才を。

「能力について、ある突飛な噂があるのはご存知ですか?」
「突飛な噂は数多い。耳にしているものもあれば、そうでないものも多いだろう」

「単なる都市伝説ですが……世界には並行世界を作り出す者が居て、
 私たちの世界とほとんど同じ世界がいくつもできている、という話です」

 語り口は異なるが、以前誰かに聞いたような話をそのまま繰り返す。
 だが、何の事実も伴わず、こんな噂だけが広がる事があり得るだろうか。

「事実だとしても、現在の科学では手が届かない領域だろうね。観測も実証もできない……
 ただ、"例えば"並行世界の自分と入れ替わる能力を持っていた場合、『殺戮者』(スレイヤー)の標的から、
 瞬間的に外れる事も可能だろう。本来の標的は並行世界に逃れて、別の当人が現れるのだから」

 そう、もちろんあくまで"仮定の話"の話ではあるが。
 話が早くて助かるが、本題はここからだった。

301 ◆peHdGWZYE.:2018/11/27(火) 01:07:47 ID:jMkPiays0

「もし仮に並行世界に関わるような能力者が居たら、その人物に科学は何を提示できると思いますか?」
「難題だ。能力鎮静剤が完成すれば一つの解になるが……これは君の関心を引く解ではないだろう」

 比留間博士は率直に述べていた。そして、たしかに期待に沿うものではなかった。

 失望した、というのはフェアではないだろう。
 何かハードルを設定した訳でもなく、自分でも意図が曖昧なまま、ただこの若き天才なら
何か驚くような見解を提示してくれるのではないかと、勝手な期待を抱いていただけなのだ。

 しかし、ここで話は終わらなかった。

「仮に、無数の並行世界が実在するなら、ここで僕が殺されていた世界も存在する訳だ」
「ええ。そうなりますね」

 単なる好奇心としか思えない仮定を、比留間博士はどこか楽しげに提示していた。
 言われるがままに同意する。
 戦闘の相性上、あまり可能性は高くないが、そういう世界も確かに存在していた。

「敵が『殺戮者』ではなく、まったく別の能力者だった可能性も」
「どこかの世界では実現しているのでしょうね」

 また比留間博士が別の過程を提示し、私はそれを肯定する。
 そう、例えば襲撃を計画した人物が常に『殺戮者』を使うとは限らない。

 ここまでは前振りだった。

「それなら――君と敵の両方が、並行世界を俯瞰する能力を持っていた世界もあり得る訳だ。
 いや、そんなレアケースでなくとも、コピー能力なら実現するか」
「それは……」

 即答はできない。無限に等しいリソースに、何らかの楔が打たれ得る状況設定だったからだ。
 実際にそういう状況に陥れば、互いに本気で潰しあうメリットなど無いはずだが。

 否定もできない。本当に可能性で語るのなら、あり得ないとも言い切れないからだ。
 その躊躇を知ってか知らずか、比留間博士はさらに疑問に切り込んでいた。

「並行世界に関わる能力が実在するなら、敵が並行世界の同一人物を全て抹消できる能力だった、という事もあり得る。
 おっと――もし気に障ったなら、謝罪させてもらうよ。僕はたまに配慮に欠ける事があるから」
「いえ、これはただの思考実験ですから」

 やや遅れて、比留間博士はこちらの困惑に気が付いたらしい。それで、ようやくこちらも余裕ができた。

302 ◆peHdGWZYE.:2018/11/27(火) 01:09:57 ID:jMkPiays0

 しかし、彼が重要な矛盾を指摘しているのは事実だった。
 本当にあらゆる可能性に『鞍屋峰子』が存在し得るのなら、とっくに全てを消し得る能力者に遭遇し、
そして全てを消された可能性も含まれていなければ、おかしい事になる。

 この際、有利な条件付けは意味を持たない。
 あらゆる可能性には、あらゆる条件付けを無視する可能性も含まれているからだ。

「無限の可能性を全て肯定するなら――その無限性を否定する要素も無限に成立してしまう」

 学会発表やメディア進出によって磨かれた特技か、比留間博士は印象的に持論を纏めていた。

「観測手段がなくとも、こういう形で論理的に切り込む事はできる訳だ。
 科学が無力になる未知の領域、というものは常に存在してきた。今なら、能力分野の大半や宇宙の外側だってそうだ。
 それでも人類が無力を放置せず、未知の領域に切り込もうと日々進歩している事も、科学の力だと言えるだろう」

 現在の科学では手が届かない、並行世界について比留間博士はそう認めたにも関わらず、
それでも彼は科学というアプローチを高く評価し、科学者として誇りを持っていた。

「もし、全ての並行世界の自分と繋がる事ができるのなら無限の思考力、無限のキャパシティ……
 人類の夢そのものを体験できる。だが、それでも分からない事がたくさんあるから、
 君も科学者という肩書を持ってるんじゃないかな?」

 肯定できるはずもなかった。
 UNSAID所属者の能力は機密であり、今はただ仮定上の"夢の能力"について、話をしているだけなのだ。

 もちろん茶番であり、それは自分も彼も分かっている。
 だから、ただ互いに苦笑を交わしていた。

「もちろん、未来の事だって分からないが……君とは色々な意味で、長く広い付き合いになるかも知れないな。
 こちらこそ、よろしく頼むよ。鞍屋峰子君」

 少し先の未来、それでも並行世界では無数の出来事が起こり、この記憶も片隅に追いやられた未来。
 それでも、たしかに彼の言う通り、長く広い付き合いになったのだ。

303 ◆peHdGWZYE.:2018/11/27(火) 01:13:07 ID:jMkPiays0
幻の能力者を読む限り、鞍屋さんが運用できる並行世界って実際は無限に分岐していくだけで、
総数は有限っぽいんですよね
なので、ここの二人も会話も厳密な議論ではなく、便宜上の言葉を多く使ったものとなっています(逃げ道)

いやだって、鞍屋さんの能力って並行世界だから、という言い訳が通じない可能性があるので

補足

国際連合特務諜報部局(UNSAID)
UNSAIDはアンセッドと発音する。国連付属の諜報機関であり、その存在自体も秘密。
作中では主に狭霧アヤメや箱田衛一など、危険な能力者の対処を行っている様が見られる。
鞍屋峰子も比留間博士との情報交換のために送り込んでいる、という面があるらしい。

鳳凰堂空國
月下の魔剣シリーズで言及された人物。
生物工学で功績をあげ、後に国際学会の役員に収まったエリート中のエリート。
当初は比留間博士の研究に関わっていたが、2005年に学会と関係を断ってしまった。
……みんな分かってるだろうけど、まだ多くは語るまい。

『殺戮者』(スレイヤー)
この作品、死体として初登場したキャラ。チート系やられ役。
昼は"標的と認識した者を一方的に殺戮できる"無意識性の能力を持っており、正面戦闘では無敵。
それを差し引いても、あらゆる武器術に長け、弱点を補う周到さを有している。
だが、比留間博士や鞍屋峰子とは能力の相性が悪いので、襲撃した世界では、だいたい命を落としている。

304名無しさん@避難中:2018/11/27(火) 11:01:07 ID:MNM/gLPw0
ループものとか並行世界もの好きなんだけど、だいたい途中から理解できなくなっていく己の頭の悪さよ
鳳凰堂さん懐かしいなあ覚えてるわ。こういう時名前のインパクトって大事だなと再確認する
でももしかして黒幕……?

さて間隔短めですが投下します。この作品では既存のあるキャラに大幅に設定を盛らせてもらっています

305黒衣聖母の秘蹟:2018/11/27(火) 11:02:35 ID:MNM/gLPw0
 激務と言って差し支えないほどの慌ただしい職務の合間。半ば無理やりにねじこんだ自由時間を使い、宇津木太地(うつぎたいち)はお気に入りのバイクを飛ばして病院へ向かっていた。別に昼飯に食ったカキフライでどうしようもない食あたりを起こしたとか、パワハラ上司に熱湯を頭からぶっかけられたとか、何かしら自身の身に問題が起きたというわけではない。それでも、仕事の隙間にちょっとだけでも行っておきたい理由が、太地にはあった。

 宇津木太地はいわゆるおじいちゃん子というやつだった。幼い頃からじいちゃんによく遊んでもらっていた。自転車の練習やら虫取り、魚釣り、キャッチボールなどなど、父親よりもじいちゃんから教えてもらったことのほうがたくさん記憶にあるくらいだ。別に父親が嫌いだったわけでも、遊んでくれないことを恨めしく思ってもいなかった。ただ単純に、太地はじいちゃんのほうが好きだったというだけだ。

 チェンジリング・デイという悲劇は、太地から両親と兄弟をたちまちに奪い去ってしまった。まだ小学生だった太地には、それを理解し受け入れるのは難しかった。ただ一つ救いだったのは、じいちゃんも無事に生き延びていたことだ。太地とじいちゃんはあの隕石災害によって、お互いが唯一の肉親ということになってしまった。今日太地がじいちゃんを大事にしているのには、もともとのおじいちゃん子という性質にこの事実が加わったからだと言っておそらく間違いないだろう。

 そのじいちゃんは今入院している。原因は大腿骨骨折。老人にはよくあるもののひとつだが、そこから寝たきりになることも多いと聞いて、太地は焦りと不安を隠せなかった。それまで健康そのものだったじいちゃんが、ただ転んだだけで入院することになったというのも衝撃だった。と言ってもそれももう一ヶ月ほど前の話で、今は太地も落ち着いている。

 目的地に着いた。適当なところにバイクを置いて、その建物をそぞろに見上げる。奇跡的に隕石の被災を免れたというこの病院は、すでに築二、三十年は経過しているだろう趣で、外見的には少しくたびれが出始めている印象だ。太地はさほど、というかほとんどさっぱり病院の質についての知識と蓄積というやつがない。職務上外科にかかる機会は非常に多いのだが、その場合ごく限られた特殊な医者行きを強制されるせい、というのが大きな理由だ。まして太地はまだ若く、得てして老人たちが執心するよりよい病院選びみたいなものにはてんで興味もない段階だ。

 とは言えやはり唯一の肉親が世話になっている病院ともあればちゃんとしていてほしいという願望はある。幸い建物の年季の割に勤務する医師や看護師たちは若くはつらつとしていて、丁寧に診てくれている印象をこれまで何度かの見舞いの折に受けていた。そのおかげかはたまた隕石災害も生き延びた本人の生命力か、じいちゃんは順調に回復してきている。最近は順調に元気になり過ぎて、逆に面倒なことになってきているような気も薄々している。

306黒衣聖母の秘蹟:2018/11/27(火) 11:03:20 ID:MNM/gLPw0
「こんちわ。面会をお願いします」
「どうもこんにちは。宇津木さんですね」
「お、そろそろ顔パスっスか?」
「残念ながら、顔パスシステムはありません。用紙の記入はお願いします」
「あ、そっスよね。へへ」

 一階ロビーに顔を出すと、受付の看護師が手慣れた対応をしてくれる。入院は一ヶ月近くになり、ちょくちょく見舞いに来ている太地は一部の看護師には顔を覚えられている。太地は二十歳過ぎの男にしては童顔で、そこはかとなく醸し出している弟っぽい雰囲気は、日々の重労働に疲れ気味の女性看護師には癒し的なものに映ったりするのかもしれない。

「あ、そうだ。宇津木さん、今抑制かけさせてもらってるんです。びっくりしないでくださいね」
「抑制? っていうと、腕縛るあれっスか」
「ああ、そっちじゃなくて」
「……じじい、またやらかしたんスか」
「はい……」

 伏し目がちで相槌する看護師。もしかすると今回の被害者はこの女性だったのかもしれない。だとしたら本当に申し訳ない。太地はいたたまれない気持ちになった。

 一般的に病院で抑制という言葉が出れば太地が言ったように物理的に身体の自由を利かなくすることを指すのが通例だ。体に繋いだチューブを抜いてしまわないためにといったような理由があるが、患者を拘束しているという点でどうしても印象はよくない。

 一方今回太地の祖父に対して行われた抑制はこれと異なり、「薬物投与により能力の行使を制限、あるいは緩和する」という、ごく最近新たに発生したタイプの抑制である。太地の祖父は「マジックハンド」、即ち自分の生身の腕が届くはるか先の物を触ったり掴んだりできるという昼間能力を獲得しており、これを悪用して女性看護師の恥ずかしいところを触りまくるというセクハラ行為をたびたび行うため、この能力使用の抑制をかけられていることがたまにある。大変に不名誉なことだと、太地はかねがね恥ずかしく思っている。

「ほんとすいません……じじいのくせして若いねーちゃん大好きで」
「元気が有り余ってるみたいですね」
「そう言や聞こえはいいんスけどね」

 書き慣れた面会用紙を提出し、代わりに入館証を受け取る。見舞いって案外面倒くさいんだな。そんな風に感じたのももう昔、手慣れた手続きになっている。苦笑いの受付看護師に同じく苦笑いを返して、太地はじいちゃんの病室へ向かった。

307黒衣聖母の秘蹟:2018/11/27(火) 11:03:58 ID:MNM/gLPw0
 チェンジリング・デイはもちろん太地とじいちゃんの関係に大きな変化をもたらしたが、それよりも大きな転機となった出来事がある。今の仕事の上司との出会いだ。

 出会いの瞬間はひたすらに恐ろしかった。眼球がそのまま氷でできているかのような冷たい瞳は射すくめられているようで、全身の悪寒が止まらなかったことを、今でも鮮明に覚えている。自分は殺されるのかもしれない。そう覚悟した。だって僕は悪いことをしたから。じいちゃんが口を酸っぱくして言い続けていることと、まったく逆のことをしてしまったから。

『別にお前、悪いことしたなんて思う必要ねえよ』

 凍るような眼差しのまま、男はまずそう言った。まるで心中を完全に見抜かれているような言葉だった。

『ちょっとかわいいなって思ってた女の子を散々マワした挙句に殺した腐れ外道どもを、自分の手で裁いてやった。ただそれだけのことだろ』

 太地にはまだ、彼の言っていることが完全に理解できていなかった。

『タチが悪りいよな。能力で体の自由を奪って嬲りつくすってやり口は。現状能力ってのはおもちゃ感覚で使っていいレベルのもんだからな。そんなんじゃ当然罪悪感なんてもんも湧きにくい。そしてそれはたぶん、お前だって一緒なんじゃねえか?』

 何を言っているんだこの人は。人を殺してはいけないなんて当然のことだ。どんな理由があったって私刑は許されるもんじゃない。能力を暴発させてしまったせいだとしても、人を殺したことに違いはない。なのに。

『なあガキ。悲しいかな今の社会はその程度のもんなんだよ。不安定で、不確実で、もはや法が意味を成しているのかも危ういってな。能力を利用した犯罪ってのはまだ明確に規定すらされてねえ。ならお前の犯した殺人は法律上殺人罪には当たらないかもしれねえわけだ。ここで汚ねえ脳みそぶちまけて転がってる連中は、たまたまどこぞから飛んできたブロック塀に頭打ち付けただけ。それだけの話だよ』

 男は氷の眼のままで、ニヤッと笑った。彼が徹底的に自分の殺人を肯定していることを、この時太地はやっと気づいた。

『後はまあ、俺に言わせりゃクッソしょうもねえ道徳ってやつの問題だな。だが重ねて言うが、クッソしょうもねえ問題だぜ。どうせ畜生以下みたいな連中だ。なんたってこいつら初犯じゃねえからな。あの可哀そうな女の子みたいな被害者を何人と出してきた。女を平気で肉便器呼ばわりしてな。ガキ、お前が殺したのはそんな奴らだよ。人を人と思っちゃいない。そんなら当然そいつらも、人として扱ってやる義理なんてないだろ?』

 なんて論理だ。聞くに堪えないような俗悪な理屈だ。人殺しを是とするその主張は、自分とは絶対に住む世界が違う人間の詭弁だと思った。だけど、実際に自分は今のこの世界の不条理を目の当たりにしてしまった。その不条理があまりに惨くて、とんでもないことを……してしまったと思うのに、この男の理屈はきっと正しくはないとそう思うのに。

 ひどいことをされて、汚されきった女の子の体。尊厳を守るように丁寧に自身の上着をかけてくれている、冷たい目の男。反社会的言動に似つかわしくない温かみを感じさせるちぐはぐさが、その時は嬉しくて。

『お前のやったことは俺としては不問だ。お前はこの子の仇を取っただけ。ただ何匹かのブタを殺しただけ。それに何の問題がある?』

308黒衣聖母の秘蹟:2018/11/27(火) 11:04:32 ID:MNM/gLPw0
「ようじいちゃん。調子どう?」
「おっ、たー坊来たか! 聞いてくれよ、あのヤブ医者またワシに変な注射打ちよったのよ!」
「それはじいちゃんがしょうもないことするからでしょ。ほんとやめなって」
「暇なんだよう! おなごの尻触るくらいしかすることねえんだよう!」
「けが人なんだから大人しく寝てなよ……」
「右脚以外は元気なんだよう」

 病室に顔を出すと、さっそく元気な様子のじいちゃんがうだうだ駄々をこねてきた。わかってはいたがやっぱりおイタをやらかしたようだ。元気なのはとても結構だが、あまり人に迷惑をかけるのは感心しない。今の太地の立場上、能力を利用しているとなればいっそうデリケートな問題でもある。

「そろそろリハビリも始まってるんでしょ?」
「ああ、まあな。ぼちぼちやっとるよ」
「結構真面目に頑張ってるって聞いたけど」
「能力を使わずともおなごの体に触れるまたとない機会だからの」
「……じじい筋金入りだね」

 両手をわきわきさせながら生き生きした表情で語る祖父。昔から精力的な老人だったが、ここまでスケベだったとは今回の入院まで知らなかった。ただまあ、看護師さんたちの反応を見る限り本気で嫌悪されているわけではなさそうなので、一応セーフのラインなんだろうということにしておく。

 何気なく、太地は入院部屋を見渡した。ベッドは六床あり、全てが埋まっている。他人の事情に立ち入るつもりはないので他の患者の詳細は知らないが、皆太地の祖父以上の高齢者ばかりだ。太地の祖父は声がでかい人間で、周りの迷惑になりやしないかと始めは思ったが、最近はあまり気にしなくなった。他の患者たちは皆ほぼ寝たきりに見え、また太地のように見舞いに来る人間もあまりいないらしいと、これまでの訪問で知ったからだ。

 どういう張り合いで生き続けているんだろう。元気な自分の祖父を見て、おこがましくもそんなことをふと思った。よかったよ、じいちゃんは元気で。そのありがたみも同時に感じる。それをひとしきりかみしめて、太地は祖父に視線を戻した。

「じゃあじいちゃん、まだ仕事あるから戻るわ」
「なんだ来たばっかりだっつーのにもう帰るんか。たー坊も薄情になったもんだ」
「んなこと言わないでよ。何回も来てやってるでしょ」
「来てやってるって言い方が気に入らん」
「はいはい。じゃまたねじいちゃん。次来る時は抑制解けてるといいね」

 投げやり気味で言って踵を返す。去り際、

「仕事しっかりな、たー坊」

 昔からの優しい声がそう言った。

309黒衣聖母の秘蹟:2018/11/27(火) 11:05:20 ID:MNM/gLPw0
 あの凄惨な出会いからのち、太地はその冷たい目の男に師事するようになった。対人格闘のプロである彼から手ほどきを施され、一流の闘技を身に着けた。能力を精確にコントロールする訓練も受け、太地は瞬く間に一線級のハンターに変貌した。

 その稼業のことを、じいちゃんに話すことはできなかった。ただ「公務員になった」とだけ告げてある。じいちゃんは孫の突然の堅実な就職に驚きながらも、「将来安泰」と祝ってくれた。現実にはいつも危険と隣り合わせで、いつ死んでもおかしくない仕事なのだが。

 幼少の頃、平和な時代の中でじいちゃんが教えてくれたいくつかのことは、激変していく今の時世においてはもはや古い考えになってしまったのかもしれない。あの男と出会い今の仕事になじんでいく中で、太地はそんな風に考えるようにもなった。けれど同時に、今の世界が、そしてあの男の語る壊れた道徳観が正しいものだともやはり思わなかった。そう思えたのは、いつまでも変わらずに孫想いなじいちゃんがいたせいなのかもしれない。

 じいちゃんと過ごす時間の中では、太地は「宇津木太地」という童顔の若者の顔になれる。その憩いのひと時はそろそろいったんおしまいだ。時間が押している。この後すぐにひとつ上官命令の予定が入っている。一階受付で入館証を返却し、足早に出口へ向かう。業務用の端末を取り出し、普段あまり使わない番号を呼び出す。顔つきは完全に仕事の態勢、そして名前さえも。

「二班、code:ラヴィヨンっス。野暮用で外に出てたんで、ちょっとだけ遅れるかもしれません。すんません」

 じいちゃん思いのたー坊から、対能力犯罪専門集団バフ課、その二班副隊長code:ラヴィヨンへ。眼光を、精神を、そして名前を切り替えて、太地もといラヴィヨンは、職務をまっとうするべくバイクを走らせた。

310名無しさん@避難中:2018/11/27(火) 11:08:37 ID:MNM/gLPw0
終わり。ラヴィヨンがおじいちゃん子という設定は過去の自作「劇場版」で一言だけ
言及した台詞からこじつけたものです。彼の本名はたぶん設定されていなかったので
今回勝手に設定しています

311名無しさん@避難中:2018/11/28(水) 01:58:43 ID:tdPVm.ik0
まさか、ラヴィヨンが掘り下げられる時が来るとは……シルスク隊長は変わらず、シルスク隊長ですね
でも、じいちゃん無事に済むんだろうか。不穏な冒頭だったし

>鳳凰堂
たしかに印象的……黒幕ではないです。でも意外な展開はあるかも
月下の魔剣はたぶん完結の目途は立っていたらしく、結末までは分からないけど、設定の全貌は予想できるんですよね
自分の書いてる話は、数年越しの答え合わせになるかも知れません

312名無しさん@避難中:2018/12/02(日) 00:11:06 ID:4boJkVgg0
書いてて分かったのが、自分は即興で格好いいフレーズを作るのが苦手という事
下手したら1話書く以上に苦戦しましたが、投げます

313第二部 予告編 ◆peHdGWZYE.:2018/12/02(日) 00:13:04 ID:4boJkVgg0
――能力という巨大な変化を前に、人は無力だろうか

 崩れ落ちた日常。
 "異変"を通してその規模は広がり、それは不可避の変化を世界にもたらそうとしていた。

「いや、なに考えてるんだ、俺。まるで二度と会えねえみたいな事……」
「あなたは博士の裏の顔をご存知ですね?」

 太陽が照らし出す日常で、致命的な何かが欠けたにも関わらず、平穏は続いていた。
 ただ欠落は毒のように染み入り、当たり前のように"当たり前"を奪っていく。

「これでめでたく肩書が公務員から無職になった訳だ」
「にゃっ! とりあえず全員、殺すかにゃ?」
「タイムリミット――日没まで、少し遊んであげようか」

 そして、月が照らし出す闘争は新たな主賓を迎え、かつてない展開を見せつつあった。
 崩壊した秩序を背景に、巨悪たちが激突する。

「いやぁ……アヤメさんって上客だったんですね。どう考えてヤバい仕事だ、これ」
「互いに出席は意外だろうな。どうも我々、科学者というのは好奇心には逆らえない人種らしい」

 一方、国際会議に向けて諸勢力は動き始めていたが、それは徐々に歪められ……
 無情に終焉を告げる時計の針が進むが、それを知る者はまだ少ない。

「『一つは染まり、一つは乱し、一つは無慈悲に見殺した』
 セフィロト・ネットワーク接続――カオスエグザ起動ォ!」

 日常と闘争の狭間で、微かな光は線を結ぶが、それを呑み込む闇はあまりにも濃く深く……

「決まっている――ただカニが嫌いなだけの紳士だよ」
「知らねえし、分からねえよ。そんなに確信が欲しいのか!?
 俺にだって、そんなものは無いけどよ――」

 強大な世界の脈動を前に、人はその真価を示せるか――

『劇場版Changeling・DAY 〜 星界の交錯点』 第二部

 避難所にて来週から連載予定

314名無しさん@避難中:2018/12/03(月) 00:51:56 ID:BORft1gA0
なにやらヤバそうな雰囲気の中で最後のカニのインパクトが!www

315名無しさん@避難中:2018/12/06(木) 22:25:57 ID:yuqCGPRk0
第二部待ってました! 個人的に大好きなアヤメさん待ち遠しい
ところでこれって三部作なのかな?

さて私も投下します

316黒衣聖母の秘蹟:2018/12/06(木) 22:26:41 ID:yuqCGPRk0
 code:ラヴィヨンが所属する能力犯罪対策組織通称バフ課は現状公的には存在しない機密部署でありつつ、都内ど真ん中の警視庁内に籍を置いている。チェンジリング・デイによって著しく損壊した警視庁庁舎は現在新調された建物で再起しているが、バフ課は壊れかけの旧庁舎を再利用する形で秘密区画としての稼働態勢になっており、そのオフィスは路地裏のひなびた雑居ビルさながらの怪しさ小汚さいかがわしさに溢れた特殊空間になっている。

 名目上一般の警察公務員の肩書を持つラヴィヨンは堂々と警視庁正面から入館し、いくつもの認証ゲートをくぐったのちにその薄汚れたバフ課区画内へと帰り着いていた。バフ課という秘密組織をことさら特別で目に付くものにしないという目的でそうなっているが、警視庁建物への入館から自分たちの巣にたどり着くまでが長く煩雑になるためバフ課職員たちからの評判はあまりよくない。

 自身が副隊長を務める二班の執務室へ戻った時、上官である二班隊長code:シルスクは不在だった。ここのところ隊長格は会議が多く入っているらしく、自室を空けていることが多い。近々何か大きな動きでもあるのかもしれないが、基本的にバフ課のもろもろは隊長格以上の裁決によって確定したのち通達される運びになっているので、ラヴィヨンとしてはあれやこれや推測したり不安になっても仕方ないという気持ちでのんびりと考えている。自分たちに必要なのは、いざ命令が下りた時には的確に迅速にそれを遂行する心構えと準備だと、ラヴィヨンは思っている。

 その命令はすでに下されている。午前中は在室していたシルスクから言い渡されていた。それはそれなりに長くなったバフ課活動歴でも過去に記憶にない、非常に異例の指示だった。『バフ課六班からレンタル依頼を受けた。捜査協力に行ってこい』というものだ。

 構成員に武断的な人間が多いバフ課はまず各班のライバル意識が強く、班同士が協調して動く例は非常に少ない。上からの命令があれば渋々ながら協力はするが、互いに何かしら一言嫌味を言わないと気が済まないというような対抗意識が存在している。とは言えそれは全員が強烈な自意識と実力を持つ隊長同士で顕著になるだけで、ラヴィヨンをはじめとした副隊長から一般人員の間ではだいぶマイルドになる。隊長の手前他班とのなれ合いを自重しているというのが実情である。

 特に上司のシルスクは自身が未だに昼夜ともに能力発現がない完全無能力者であるという事情から、能力をフルに生かして任務にあたる他班全般を毛嫌いしている。最近は少しは丸くなり、年が近い三班隊長や新任で誠実な四班隊長などは評価している向きもあるが、あくまで少し丸くなっただけである。

(あのシルスク隊長が他班への出向協力を許すなんて……人間っていくつになっても成長するもんっスねぇ……)

 六班執務室へ向かうすがら、出会った頃に比べて眼光の冷たさも和らいできた感のある隊長をこっそり茶化してみるラヴィヨン。直接言えば問答無用でなます切りにされることはわかりきっている。

(けど、六班か……)

 もうひとつ意外だったのが、相手が六班だというところだ。

 バフ課六班は少々特異な立場にあり、バフ課の中でも浮いた班としてラヴィヨンは認識していた。その認識はラヴィヨンだけのものではなく、シルスクでさえもそう感じていたらしかった。六班の隊長はcode:ノーメンという人物らしいが、ラヴィヨンは直接顔を合わせたことはない。そして隊長会議で同席するシルスクの話では、「気味が悪い。それに尽きる」というような相手らしい。心臓がアダマンタイトでできているようなあの隊長を不気味がらせる存在って一体。そしてそんなのが率いる六班という存在も、ラヴィヨンには得体の知れない相手に思えていた。

 そんな六班とのファーストコンタクトである。少しばかりの緊張と怖さはあるが、基本的にフレンドリーで愛されるキャラのラヴィヨン。同じ部署の仲間なんだからあまりいがみ合ったりせず協力しようよというプチ持論もこっそり持っている。六班執務室前に着くなり躊躇いなくするりと入室し、無遠慮に室内をぐるりと見渡した。

317黒衣聖母の秘蹟:2018/12/06(木) 22:27:16 ID:yuqCGPRk0
 一見しただけで、ここが自分たちや三班など他の班の執務室とは大きく違う印象を感じ取った。まず臭くない。自分たちの執務室は汗やら火薬やら薬品やら血やらが混ざった複雑な臭いがこびりついており、三班にはこれに煙草が加わってさらに芳醇な香りがあるのだが、ここにはそういう独特の臭いがない。

 そして部屋にはパソコンのマウスのクリック音やキーボードをたたく音、書類をめくる音が小気味よく響いている。パソコンの前に座る班員たちはラヴィヨンとは違い、いたって一般的なスーツにネクタイという出で立ちだ。ごく平凡なサラリーマンのオフィスに迷い込んでしまったような錯覚に陥って、ラヴィヨンは思わず小首を傾げた。困惑した頭のままで視線を別の方向に向けると、ひと際立派なテーブルと椅子が目に留まる。それについては自分たち二班の部屋にあるものと同じで、隊長専用の椅子と執務机だ。自班のものはまったく使われずに物置と化しているが、今目にしているものはきちんと整頓されて現役で使われている雰囲気がある。

 残念ながらと言うべきか、その席には誰も座していない。六班隊長code:ノーメンは不在のようだ。やはり隊長格で会議でもしているのかもしれない。シルスクからは具体的な指示は何もされていないので、六班隊長に直接会って指示を仰ぐべきものなのか、それとも六班内部ですでに自分の扱いが決まっているのか、その辺がラヴィヨンにはさっぱりわからない。こういうの隊長権限絶対のヘイガイってやつだよね。いっぱしの社会人らしく、組織体制のまずさをこっそり指摘してみる。

 そうして手持無沙汰でしばらくきょろきょろしたのち、誰も気づいてくれないし埒が明かないなと観念して声を上げようしたところ。ラヴィヨンに背を向けて置かれている黒い革張りのソファから、見るからに寝起きっぽい顔の男がのそっと顔を出した。寝ぐせをごまかすように髪をくしゃくしゃと荒らしてから、彼は口を開いた。

「ラヴィヨンくん?」
「へ? あ、ああはい。二班、code:ラヴィヨンっス」
「そう。わざわざどうもォ」
「えっと、ノーメン隊長はいらっしゃらないんスか?」
「ん、見ての通り不在よ。でも、君の話は隊長から聞いてるからさァ」
「あ、そうなんスか?」

 ただ横になっていたのではなく本当にしばらく寝ていたのだろう。大きなあくびとともに伸びをして、男はソファから立ち上がった。若干着崩れているが彼もまたこの部屋の例にもれずいたって普通の白いワイシャツにスラックスという服装で、一見して自分たちと同じバフ課構成員という感じがしない。しかし自然に「隊長」という言葉を口にしており、バフ課六班の人間であることは間違いない。

「二班に協力を要請したとかって、うちの隊長からねェ」
「そうっスか。なら話は早いっスね。ただ僕、詳細全然知らないっスよ」
「ああ……」

 気だるそうな様子でそう相槌して、男は少し考えるような姿勢を作った。適当に荒らした髪の毛は寝ぐせも見事に取り入れた無造作スタイルに変貌して、彼の雰囲気をよりソフトなものにするのに一役買っている。ただそれは違う言い方をすると、非常に印象のぼやけた男に見えるということでもあった。

 見とれるような美男子でもなく、かといって二度見してしまうほどの醜男でもない。背丈はラヴィヨンのそれと比べて少し低い程度、おそらく一七〇センチほどと思われ、取り立てて高くも低くもない。不健康なほど痩せてもおらず、不健康なほど太ってもいない。どこを見ても当たり障りがなく、特徴として挙げられそうなものが見当たらない。特徴がないことが特徴、という誉めているのか貶しているのかわからない誉め言葉があるが、彼に対してはそれさえも当てはまらないのではないかと、ラヴィヨンは失礼ながら思った。市井のどこにでもいる平凡で人畜無害な一般人。そんな印象を受けた。人を簡単に見た目で判断してはいけないと、ラヴィヨンはすぐに思い知ることになるのだが。

318黒衣聖母の秘蹟:2018/12/06(木) 22:27:53 ID:yuqCGPRk0
「その『詳細』ってのにはァ、あれだろ? うちら六班って奴らは一体全体ナニモンなんだよってこともォ、含まれてんだろ? 違うかい? ラヴィヨンくん」
「え、えええ!? いやいや、そんな意味はないっスよ!」
「ほんとォ? だったら君、六班が普段どういうことしてるか知ってんの?」
「いや、そりゃ知らないけど……」
「知らない。知らないし知りたいとも思わない。そういうことかねェ?」
「えええ……」
「君んとこの隊長さんは言ってたらしいなァ。『雑魚は雑魚に追わせておけばいい』とかって。二班からすりゃ他の班は全部雑魚、だからどうでもいいってかい? 君もおんなじ考えなのかァ?」

 いきなりねちっこい追及が始まり、ラヴィヨンはたじたじになった。言葉尻を捉えた随分理不尽で強引な追及だが、一部に図星も混ざっているので怯んでしまう。さっきまでは間延びした印象を覚えたしゃべり方も、少し声色が変わっただけでなぜか湿っぽく粘着質なものに聞こえてくる。この男も他班の人員との協調をよしとしない手合いなのか。そんな邪推もしてしまうほどの豹変ぶりだった。

「……へへ、なあんつってね」
「え? えええ……?」
「へへ、へへへへ悪りいねェ。なんか思ってた以上に若くて真面目そうなやつが来たんで、ちょっといじくってやりたくなってさァ。へへへ、うへへへへへ」
「なんスかそれ……」

 意地の悪そうな声音と表情が再び一変し、心底愉快そうに「へへへへ」と笑いをかみ殺している、つかみどころのない男。三班副隊長のcode:シェイドも人を食ったような態度の扱いづらい男だが、目の前の男も間違いなく快適な付き合いが難しいタイプの人間だと、ラヴィヨンはため息を禁じえなかった。

「いやいや、悪かったって。ま、六班ならではの仲良くしてねの挨拶だと思ってくれやァ」
「別にいいっスけど」
「そう? じゃあ仲良くしてくれる?」
「……なんか気持ち悪いっス」
「いきなりひでえなァ。君仲良くする気あんの?」
「そうやってころころ態度が変わる人と仲良くできねえっスよ」

 そしてまたいきなり態度が硬化。押されっ放しは癪なので、ラヴィヨンのほうも怯まず押してみる。他班に対して弱腰でいるとシルスクにどやされるというのもある。先刻以上に険悪な空気でにらみ合うこと数秒だった。

319黒衣聖母の秘蹟:2018/12/06(木) 22:28:27 ID:yuqCGPRk0
「フン、いやあ怖ええ怖ええ。本気で荒事やってる人間の目はやっぱり違うなァ」

 また最初の気だるい穏やかな声音に戻って、男は今度こそ心底脱力しながらそう言った。まだ険を解かないラヴィヨンをよそに続ける。

「ま、これがほんとのご挨拶だ。俺が大体どんな奴かってこと、おおよそわかったろォ?」
「そうっスね。あんまり近くにいてほしくないタイプっス」
「はっきり言ってくれるねェ。ま、でも残念ながら、しばらく君は俺のパートナーだ。それが隊長命令だからなァ」
「パートナーっスか」
「そう。性的な意味でのなァ」
「はああぁぁぁ!?」

 衝撃の事実により、継続していたラヴィヨンの緊張は強制的に解除を余儀なくされた。いやもちろん事実のわけないだろうとすぐに思い直したのだが、いずれにせよラヴィヨンの緊張はもう完全に緩んでしまった。

「冗談に決まってんだろォ。何をそんな焦ってんだ」
「焦るに決まってるっス! 絶対イヤだ!」
「そんな嫌がるなよ。俺だってヤだよォ。何が悲しくて男の引き締まったケツを……」
「あんたなんなんスか……もう全然意味わかんねえっス……」
「ま、おいおい理解してくれりゃあいいさ」
「理解したくねえっス」
「ま、理解するしないはいいとしてよ。諦めなァ。性的なアレじゃねえが、しばらくパートナーやってもらうのは事実だからよォ」
「すでに疲れたっスよ……」

 心からの本音を吐露するラヴィヨンをよそに、面倒くさい性格の男はてきぱきと身なりを整えていく。ネクタイを締めて颯爽とジャケットを羽織る姿は極めて平凡なサラリーマンという風で、特別仕事ができそうでもなく、かと言ってうだつが上がらないという感じでもない。あっという間に雑踏に溶け込んで消えてしまいそうな雰囲気からは、さっきまでの起伏の激しい御しにくい男という匂いはまるでなくなっている。

「じゃあ、さっそく行こうかい相棒さん」
「行くって……どこ行くんスか」
「モチのロンドン。お仕事さァ」
「まだなんも説明してもらってないんスけど」
「それは道中話してやるって」

320黒衣聖母の秘蹟:2018/12/06(木) 22:28:59 ID:yuqCGPRk0
 言いながらすでにスタスタと出口へ歩を向けている、付き合いにくいタイプの男。次々に変わる男の態度と切り替えの早さについていくのがやっとのラヴィヨン。促されるがままに後ろにつこうとする。そこではたとひとつ、なかなかに重要なことを忘れていることに気が付いた。

「ところでそういやあんた、コードネームはなんていうんスか」
「あん?」
「コード。名前もわかんねえ相手と仲良くできねえっス」
「ああそうか。そういやそんなこっ恥ずかしいもんがあったなァここにはよォ。この現代日本で。いーい大人が。コードネームってよォ」
「バフ課全員を敵に回す発言っスよ。聞いたのが僕じゃなきゃたぶんあんた死んでるっス」
「だろうな。君だから言ったんだよォ」
「ナメてるんスか」
「いやいや。親しみを抱いてんだよ」
「親しくしたくないなあ。あんたと仲良くしてたらいろいろ問題ありそうっス」
「そんなつれないこと言うなよなァ」

 心がこもっていない声で言いながら男は振り返り、ラヴィヨンに向き直ってきた。

「コードネームはあるにはある。けどあんまり気に入ってなくてなァ。ま、どうしても呼びたきゃ、『ハラショー』って呼んでくれや」
「ハラショー?」
「そう。ラァにアクセントで『ハラショー』だ。よろしくねラヴィヨンくん」

 そう言って男はすっと手を差し出してくる。一瞬逡巡したラヴィヨンだったが、結局素直にそれに応じた。どうも「ハラショー」というのは正式なコードネームではないようだが、とりあえず何か呼び名があればそれでいいやという諦めみたいなものがあった。本人が気に入っていないと言っている手前、今後の付き合いの過程でようやく真
の名前を教えてくれる、みたいなイベントがあったりなかったりするのかもしれない。そんな風に思っておくことにした。

「ああ、ちなみに本当のコードネームはcode:ローグさァ」
「結局あっさり明かすんスか! もうほんと意味わかんねえっス……」
「ま、俺としてはハラショーでお願いしたいねェ」
「じゃあもうそっちでいいっス……よろしくっスよ、ハラショーさん」

 いったんは引っ込めた手を改めて差し出すラヴィヨン。かっちりと握手を交わす。二班副隊長code:ラヴィヨン。六班隊員自称:ハラショー。二人のバフ課隊員と「黒衣聖母」との、静かなる闘いの始まりであった。

321名無しさん@避難中:2018/12/06(木) 22:31:27 ID:yuqCGPRk0
終わり。六班隊長はとりあえずコードネームだけ決めてみましたが登場する予定は今のところありません

322名無しさん@避難中:2018/12/08(土) 00:21:39 ID:y0ZAB6KQ0
濃い人が来たー……ラヴィヨン、シルスク隊長にホモいって思われてるらしいから、色々と可哀そう
(フェイヴ・オブ・グール 〜バ課出動〜参照)
いや、冗談なのにわりと本気で受け取る所がアレなのか

個人的にはバフ課の内情描写が好きですね
自分は書くときに内情どうだったっけと、父と娘を読み返してました

323星界の交錯点 ◆peHdGWZYE.:2018/12/08(土) 00:24:12 ID:y0ZAB6KQ0
12.欠けた日の下で

 交通の要所である最寄りの駅を。
 おそらくは闇の者が蠢く、猛犬注意で封鎖された裏通りを。
 そして、日常の終端となった見慣れた路地を。

 走る、ひたすら走る。わずかにでも残った痕跡を求めて、彷徨い続ける。

 『クリフォト』の襲撃翌日――まるで何も変わっていないかのように、今日も太陽は日常を照らし出していた。
 すでに誰かが欠けた日常を、最初から誰も居なかったように。

 岬陽太は珍しく学校を休んでいた。
 今まで厨二だの奇行だの言っても、普段はそれを理由に日常生活を放り出したりはしなかったのだ。
 晶の事も含めて、連絡だけはしておこうと今朝、学校へ連絡は入れたのだが。

『水野……晶? 3年は一通り名前は憶えてるが、そんな子は居たかな。女子、だよな?』

 電話を取った教師は困惑しながらも、たずね返していた。
 この時点で、陽太は話を打ち切ると受話器を置いていた。
 まず陽太自身が目立つ方であったし、晶もセットで教師陣からは憶えられていたはずなのだ。

 確実に記憶が消されている。それも名簿や痕跡なども徹底的に。
 この出来事は現状の厳しさを、陽太に改めて突きつける形となっていた。

 心当たりのある場所、厨二的な直感で選んだ場所、たいだいは網羅した所で糸が切れたように、体が疲労を覚えていた。
 ふと、よろけてブロック塀による壁に手を突いて、息を吐く。

(連中が足が付くマネなんて、するはずねーよな……)

 行動している内はまだ良かった。頭を空っぽにしていられる。
 しかし動きを止めた瞬間、どっと疲労と同時に徒労感が押し寄せてきたのだ。

 頭のどこかでは分かっていた。手掛かりなど、あるはずがないと。
 それでも何もしない事に耐えられなくて、ただ成果もなく走り回っていた。

 本当に手掛かりがないとしたら――この胸に穴が空いた感覚を、ずっと抱えていかなければならないのか。

「いや、なに考えてるんだ、俺。まるで二度と会えねえみたいな事……」

 ぞっとして、つい口に出して思考を否定する。だが、それは根拠なき否定だった。
 まだ一日目だ。これが三日後、一週間、一月……
 それに自分や晶の両親が帰ってきて、みんな晶を覚えていなかったら、耐えられる気がしない。

324 ◆peHdGWZYE.:2018/12/08(土) 00:25:45 ID:y0ZAB6KQ0

――どんな危険があっても高校生になって、三年後を無事に迎える事。それが強さなのは、間違いないわね

 時雨師匠の言葉を思い起こす。
 そうだ。三年後、漠然と描いていた未来には常に晶の姿があった。
 当たり前に訪れるはずだった、平和な未来像に消えることない亀裂が入ってしまったのだ。

 陽太は歯を食いしばり、壁にドッと拳を打ち付けた。
 拳を壊すほどではないが、それでも手からは血が滲んでいた。

 その後も、晶の手掛かりを求めて探し回り、そして日が沈んだ後に成果もなく帰宅した。
 暗く、誰もない自宅。
 両親が留守にしている事もあって、晶が上がり込んでいる事も珍しくなかっただけに、嫌でも現実を突き付けられた。

 もし、このまま二度と晶に会えなかったら――
 いつか自分も忘れて、別の友人を作って、何事もなかったかのように……

 反吐が出そうだった。それで生きていける気がしない。

 誰かを欠いても、日常は何事もなく回っていく。
 負けた事より、晶が連れ去られた事より、変わらず進んでいく日々が致命的なまでに、陽太の心を折ろうとしていた。

 もう何もかもが整理できず、それでいて行き詰っていた。
 思考を放棄して、机にうつ伏せる。
 ただ刻々と時計の針が動く音だけが、無情に響き続けていた。晶もどこかで、こうして時計の音を聞いているのだろうか。

 心を削るような無為な時間に、変化が訪れたのはしばらく経った後の事だった。

325 ◆peHdGWZYE.:2018/12/08(土) 00:27:13 ID:y0ZAB6KQ0

「あれ、留守かな? ただいまー! あれ電気ついてる」

 インターホンを何度か聞き流してから、やがて鍵を開ける音が聞こえ、青年が家に上がろうとしてた。
 鎌田之博(かまた ゆきひろ)、異世界から飛ばされてきたという、特異な事情を持つ人物だ。
 今は無駄に広い陽太の家の世話になっている。

 比留間博士の陰謀に立ち向かう同志(陽太の認識)であり、頼れる年上の人物でもあった。
 そして、出会った際には、晶も一緒であり、こちらとも仲が良い。良かった。

 心臓が跳ね上がる。
 これが学校に行かなかった本当の理由だった。
 晶のいない日常、それを当然に振る舞う見知った人々と、どう顔を合わせていいか分からなかったのだ。

 自分は、晶を忘れた鎌田に顔を合わせて、耐えられるのか

「あ、いたいた……えっと、何かあったのかな。少し、やつれてるようにも見えるけど」

 戸を開けて顔を覗かせたのは、大きな丸眼鏡を掛けヒョロリとした長身を持つ好青年だった。
 前面から触角のような妙に長い髪が飛び出しているのが印象的だ。
 これが鎌田の夜の姿だ。異世界から来た彼は、いわゆるカマキリの昆虫人間であり、
夜は能力によって、人間の姿を取る事ができた。

 やがて、鎌田は決定的となる言葉を口にしていた。

「それに今日は"晶君"も居ないんだね。まあ、自宅の方かな。まさかとは思うけど、喧嘩でも……」

 不思議そうに、本来は居るはずの晶を認識して、リビングや台所に目を向けて、その姿を探していた。
 無気力に押しつぶされていた陽太が、顔を上げ、即座に立ち上がっていた。

「か……」
「か?」

 こみ上げるものがあって、うまく声が出なかった。
 唾を呑み込んで、呼吸を整えて。それから、思いの丈を全力で吐き出した。

「鎌田ぁぁぁぁッ!!! お前も、忘れずにいてくれたんだな!?」

 駆け寄るつもりが、足を滑らせて全力のタックル。
 流れるように陽太の頭部が、鎌田の腹部に突き刺さっていた。

326 ◆peHdGWZYE.:2018/12/08(土) 00:28:20 ID:y0ZAB6KQ0

「ごふっ!? え、えっと陽太君? いや、どうしたんだい。なんか泣いて……」
「泣いてねぇ!」
「え、でもさ……」

 頭を押し付けた姿勢のまま顔を隠して、陽太は鎌田の言葉を否定していた。
 感極まった様子で、すでに最初のやつれた雰囲気は無い。

「いいから。断じて泣いてねぇからな!? 何かあるとすれば、思考を冷ます魂の雫だ!
 鎌田、作戦会議するぞ。こっちは情報を整理するから、向こうで待機しててくれ。晶の事も、その時に話す!」

 さっと背を向けると、陽太はこんな事を宣言していた。
 事情はまったく分からないし、困惑するしかなかったが、鎌田は陽太が元気を取り戻した事を察していた。

 涙についても、男子として他人に見せたくない気持ちは鎌田にも分かる。
 ただそれらとは別に、巨大な変化を予感せざるを得なかった。

「どうも、ただ事じゃないみたいだぞ……」

 しばらくして……陽太から鎌田が聞く事になった話は荒唐無稽なものだった。
 ある意味では、普段の陽太が語っているような厨二妄想よりも遥かに現実離れしており、同時に妙な現実感があった。

 "異変"発症者。その要因となる何者かの呼び声。謎の組織『クリフォト』。
 かつてヒトであった、ヒトでない何か。
 そして、連れ去られた晶と世界改変。

「"異変"は聞いた事があるけど……残りは、どうも突拍子がないね」
「だが、実際に晶は連れ去られているし、その記憶や生活の痕跡は全て消されてるぜ」

 もし晶の存在を憶えている人間が居るなら、事件の証拠は山ほどある。
 消されているという事実そのものが、事件の実在を示しているのだ。
 一応、合鍵の場所は知っていたので、水野家にお邪魔して確認したが、私物についても消されていたし、
この分では戸籍なども完全に消されているだろう。

 途方もない大事件に、それでも気力を取り戻した陽太を見て、鎌田は覚悟を決めていた。
 力及ばずとも、自分は頼れる年上の友人として、しっかりした態度を取るのだ。

「よし、分かった。君のいう事を信じるよ。しかし、だとすれば……とんでもない悪の組織が出てきたね」
「ああ、常に備えてきたつもりだったが、敵はとんでもなく強大だった」

 真顔で陽太は厨二な事をのたまっていた。彼はいつだって本気だ。
 それでも、いやぁそれはどうだろう、と鎌田は思ってしまうのだが。

327 ◆peHdGWZYE.:2018/12/08(土) 00:29:42 ID:y0ZAB6KQ0

「それは置いといて。そいつらは国や警察も頼りにならないと言ったんだよね。
 なら一般人が普通に捜索した所で、尻尾すら掴めないと思う」
「けど、諦める訳にもいかねえだろ」
「その通り。だから、僕たちにもできる探し方を選ばなきゃいけない」

 年上なだけあって、それに警察官を目指しているだけあって、鎌田は現実的な手段を考えていた。
 一般人ができる捜索など、たかが知れている。相手は危険は組織なのだ。
 そして、晶が攫われた今、事態は予断を許さない。

 それなら、巨大なリスクがあったとしても、専門家に頼るのが一番だろう。

「一般人ではなく重要人物、晶君に興味を抱いていて、世界規模の改変にも備えている可能性がある人物……
 接触は危険だけど、ここまで言えば分かるよね?」
「そうか……比留間博士!」

 その発想に、陽太は目を見開いていた。
 常識はともかく、頭の回転は彼の方が早いのだが、精神的に参っていたという意味でも、
一番の敵を利用するという意味でも、それは陽太には出来ない発想だったのだ。

 『クリフォト』のメンバー、アスタリスクは比留間博士とは別口だと、はっきり発言していた。
 それなら、比留間博士は『クリフォト』に研究対象を奪われた形になる。
 敵の敵は何とやら、だ。

「ああ、そうだな。こんな時にこそ、攻勢に出ねえとな! よっし、明日は殴り込みだ!
 そういう事なら今日は食うだけ食って、英気を養うぞ! 夕飯は豪勢に行くぜ」

 気合を入れて宣言すると、陽太は両親が残した食費を手に、元気に駆け出して行った。
 鎌田はそれを苦笑しながらも、追いかけていく。
 あんまりにも高い物を食べようとしたなら、注意しないと、などと思いながら。

 大事なものが欠けた日常で、それでも確かに一つ、陽太は大切なものを取り戻していた。
 こうして今日の夜、二人で食べた夕食は――トッピング載せの牛丼だった。

328 ◆peHdGWZYE.:2018/12/08(土) 00:32:52 ID:y0ZAB6KQ0
という訳で、第二部スタート。陽太的にもリスタートな話となりました
今の所、予定通り収まって三部作予定ですが、上手くやりたい事を消化していかないと、
三部が地獄の長さになりそうなので、色々と模索しています
アヤメさんはもちろん出番は決めてあるのですが、三部がメインになりそうですヨー

補足

鎌田之博(かまた ゆきひろ)
月下の魔剣シリーズから出演。本来は獣人スレ出身という、珍しい経歴の人物。
高校生の蟷螂人で、昼はただのカマキリに、夜は人間の姿に変身する事ができる。
今作では比留間博士や鳳凰堂について情報収集のため、陽太家を離れていたが、今回で合流した。
特殊な設定の影響か、彼は晶の事を記憶している。

失踪
チェンジリング・デイの世界では、強力な能力を持った人間がふと日常から消えるのは珍しくはない。
Beyond the wallは魔窟に人が連れ去られた事件を解決する物語であり、
薙澤藍凛(アイリン)や風魔嘉幸、箱田衛一なども該当する。
表面上は日常が続いていても、能力者と戦いは紙一重の関係にあるのかも知れない。

329名無しさん@避難中:2018/12/12(水) 15:21:31 ID:XmDD/VIk0
投下乙です。三年後も当然のように一緒にいると思える異性、だけど恋人同士というわけでもなく…
辛い展開なんだけどなんか甘酸っぱい気持ちになった回でした
疲れた時には肉だからね。牛丼は最高のごちそうですよ

さて私も投下。バフ課については過去の諸作を踏まえつつ、自分的にはこうかなあと
妄想していたものを今回ほぼ全開放するつもりで書いています
今後書く人がいるかもちょっとわからないし、まあいいややってしまえという感じです

330黒衣聖母の秘蹟:2018/12/12(水) 15:22:38 ID:XmDD/VIk0
【優良大病院の黒い噂!! 密室で行われる禁断の医療!?】

 自称ハラショーとともに乗り込んだ車の中で、ラヴィヨンは一冊のいかがわしい週刊誌を手渡された。いかがわしいとしか言えないレベルの、三班隊長が袋とじのセクシーなグラビアだけを目当てに読んでそうなくらいの低俗な代物だったが、ハラショーに促されるままにその見出しの記事にざっと目を通した。いつもは本と言えばマンガくらいしか読まないラヴィヨンには少々面倒くさい内容で、大半大胆に読み飛ばしたが。

「ラヴィくん、だいぶ飛ばし読みしただろ。ダメだよォちゃんと読まなきゃァ」
「なんでバレてるんスか……」
「あ、やっぱりィ。ラヴィくん素直だねェ」
「こういうの読んでると頭痛くなるんスよね。バカっスから」
「そういう言い方よくないねェ。バカは例外なく活字が苦手だって言うつもりか?」
「そんなつもりはないけど」
「読書大好きなバカに謝らなきゃなァ」

「バカだから」という理屈が言い訳に過ぎないことは自覚しているが、なかなか細かい記事内容まで意識が入っていかない。いくつかの大見出し中見出しをつまみ食いして、ラヴィヨンは全体を理解できたことにしておいた。

「結局諦めやがってェ」
「いいんス。だいたい読んだんで」
「ふてぶてしいなァおい。これだからバカってやつはよォ」
「いいんス。バ課なんスから」

 軽快にハンドルを捌くハラショーに向けて皮肉めいた言い方で返す。今回目的地までの道を知っているハラショーが運転しているのは自然の流れだったが、普段車に乗る時は運転席がほぼ指定席化しているラヴィヨンには新鮮な体験である。ラヴィヨンの言葉は音だけだと伝わりにくい言い回しだったが、ハラショーは敏感にその含意を感じ取ったようで、露骨に「チッ」とひとつ舌打ちが鳴る。

「バフ課ってところはよォ。一枚岩なんてもんとは程遠いギスギスっぷりだっつーのに、なんでそういうおかしなところで意識が共有されてんのかねェ」
「どういう意味スか」
「少なくとも、うちら六班はバカばっかじゃないよ。バカと一緒にしないでもらいたいなァ」
「しょうもないとこにこだわるんスね」
「しょうもないとこに連帯感を見出すバカたちに異議を唱えたいだけさァ」

331黒衣聖母の秘蹟:2018/12/12(水) 15:23:19 ID:XmDD/VIk0
 ラヴィヨンはすでにこの扱いづらい男との付き合い方を学び始めていた。見た目はあまりにも平凡、アニメで言うところのモブキャラ、ゲームで言うところの村人Aというような人間。しかし内面はまず根本的に喧嘩腰というか、インパクトのない外見に対して不釣り合いなほど強い自我を感じさせるものを持っている。正直なところ出会いからここまでで好感が持てる相手ではまったくないものの、バカではないと主張しながらもやっぱりバフ課の人間らしいその個性を、少し面白く思った。

「だったら聞いてもいいスか? バカじゃないっていうあんたがた六班の仕事について」
「お、興味あるのかい?」
「そりゃあね。隊長の手前あんまり口にはしないけど、僕的にはバフ課はもう少し協力しあうべきだと思うんス。他班が今どんな任務に当たってるか知らないってのはなんか気持ちよくないっスよ」
「なるほどなるほどォ。『二班でクーデター。副隊長、隊長の陰口を叩く』、と。ノーメン隊長に電話だァ」
「ちょ!?」
「へへ冗談。俺の言うことは大体冗談だよ。そろそろ慣れなァ」
「あんたの冗談、大体かましちゃダメなとこでかまされるっス……」

 冷や汗をかくラヴィヨンをよそに、ハラショーは真面目な様子になって応じる。

「まず、うちら六班ってのはァ。他の班みたいに荒事を専門にする班じゃなくてな。腕力偏重のバフ課の中で、それがゆえに軽んじられている感は否めないとこだ」
「戦闘能力がないってこと?」
「左様ォ。他班が武断ならうちら六班は文治……ってバカにはわからないか。他班が脳筋ゴリマッチョなら俺たちはインテリ鬼畜眼鏡ってところだなァ」
「その辺の言い回しはどうでもいいけど。言っちゃ悪いんスが、戦闘ができないなら普段どういうことしてるんスか?」
「質問に質問で返して悪いが、君たち喧嘩担当班はなんで喧嘩担当なんだいィ?」
「え? そりゃ、力で制圧するしかないような能力犯罪者が掃いて捨てるほどいて、掃いて捨てても新たに湧き出てくるから……って隊長が」

 ラヴィヨンの答えに対しハラショーは一言「ふうん」と曖昧な相槌。返答に満足いったという感じでないことはラヴィヨンにもわかった。

「ちょっとしたたとえ話をしようかァ。ひと昔前、ヤクザって奴らは今よりもっと街中で白昼堂々動き回る連中だった。ショバ代やら借金の取り立てに恐喝、そして対立組織事務所の襲撃にもはや暗殺とも呼べないレベルで堅気の人間を巻き込んだ暗殺。まあ最近は隕石にやられて組織がズタズタになったヤクザも多いが」
「一応警察組織にいるんでヤクザの話は聞いてるっスよ。バラバラになって逆に大変だとか」
「バカなりに勉強してるねェ。結構結構ォ」

 バフ課は形式上、警視庁内の『組織犯罪対策部』に籍があることになっている。それにはズタズタになりより地下に潜ってしまった各暴力団への対策強化として、同じくズタズタになった警視庁立て直しの際の体制組替を隠れ蓑にして滑り込ませたという経緯があるそうだが、それは今は別の話だ。

「ヤクザがそういう表立った行動を取れなくなっていったのが、サツの取り締まりの成果なのは疑いようもないなァ。だがそれゆえヤクザの活動は目立ちにくい水面下で一見合法的に行われるようになった。経済ヤクザとか呼ばれたりする連中だな」
「難しい話になってきたっス」
「あァ? どこがだよ。たとえ話だって言ったろォ。ヤクザを能力犯罪者に置き換えてみりゃわかるはずだ。うちら六班の存在意義もそこにあるのさァ」

332黒衣聖母の秘蹟:2018/12/12(水) 15:23:47 ID:XmDD/VIk0
 ハラショーの示唆を受けてラヴィヨンはバカの頭をフルに働かせて考えてみる。

「つまり……僕たち武力班の取り締まりの成果で力で制圧するしかない能力犯罪は減って、ぱっと見能力が関わっているのかわからない能力犯罪が増えてくる、ってことスか」
「うん、いいセンいってるねェ。まあ隕石落下からたかだか十年ぽっち、まだまだ自分の能力をひけらかすようなあからさまな能力犯罪は減ることはないだろうよォ。けど隊長のさらに上、総隊長閣下はその先を考えてるってことだそうだ。実際少し前にうちらが検挙したので、『特定銘柄の株価を自在に操作する』って能力を悪用した事例があってなァ」
「資本主義のゴンゲって感じっスね!」
「適当に賢そうなこと言ってみただけだなラヴィくん。だがこいつはなかなか面白い事件だったんだよォ。この能力は派手に使えば一瞬で巨大な利益を得られる分、そこに何らかの不正な力が加えられたことも遠からず必ずバレる。そうなりゃその間の株取引を調べることで、妙なことをした下手人が誰かも結局バレちまう」
「確かにバカでもわかる話っス。徹底的に売り抜けてがっぽり稼いだ奴が怪しいってなりますもんね」
「左様ォ。だからこの能力者は、株価を数年の間ごく小幅に操作し続けたのさァ。決して自分が不利益を被らない程度に、なァ」

 そう言われてみれば面白い事例だというのは頷ける。だが常々血生臭い犯罪ばかりを目にするラヴィヨンとしては、どうにもパッとしない事件のようにも見えた。

「気の長い話っスね……でもこう言っちゃなんスけど、かなり地味な犯罪じゃないスか?」
「その通り確かに地味だなァ。でもなラヴィくんよォ。やってることが地味で陰険だったらスルーしていいってことにはならないんだよォ?」
「そりゃもちろん」
「モチのロンダートだろォ。何よりこいつには明確な悪意があった。ちょっと遊んでやろうって軽い気持ちじゃなく、バレないように注意を払いつつ利益を得てやろうって魂胆があったのさァ。それに冷静に考えりゃ恐ろしいだろ? たった一人のちっぽけな人間が、世界中に公表されてるある数値を意のままに操れるってんだよ? これを恐ろしいって思わないならそれはすでに脳がマヒしてるって思うぜェ」
「うわ……なるほどっスね」

 自分にはないものの見方を提示されて、ラヴィヨンは心底素直に感心した。地味な所業であるという感想は変わらないが、その影響の範囲といったら一体どれほどのものになるか。この世界にはまだまだわけのわからない能力を獲得した人間がわんさかいて、自分たちはそんなのに対処していかなければならないのだと考えると、途方もなく絶望的で出口の見えない迷路に迷い込んだような気分になった。

「ま、うちら六班はそういう見えにくいところで陰険に、かつ暴力を介さずに行われる能力犯罪の担当班って立ち位置なわけさァ」
「なるほど……なんとなくわかった気にはなったっス」
「で、ここからはあくまで俺個人の主張だァ。ラヴィくんの胸の中だけにしまっといてくれや」

 珍しく神妙に前置きしてからハラショーは続けた。

「バフ課は法を超える権限を与えられたトンデモな治安機関だ。だからこそその権限は濫用していいもんじゃない。罪の内容関係なしに能力犯罪者だから問答無用で殺っていいってことにはならないのよ。君らが追うような特級の危険人物どもなら話は別だけどよォ。けど、そういう目に見えてアブない奴ってのはまだいい。裏でコソコソやる連中のほうが真にタチが悪いってこと、フィクションなんかでもよくある話だろ」

333黒衣聖母の秘蹟:2018/12/12(水) 15:24:26 ID:XmDD/VIk0
 特級の危険人物。ラヴィヨンの頭にもすぐに何人かの顔と名前が浮かぶ。それは言語不明瞭のイカレたおっさんだったり人を殺すのも人に殺されるのも大好きな狂気の金髪美女だったりするのだが、一応彼らはすでにバフ課が存在を捕捉しており、明確に治安を乱す敵として認識が浸透している。

 ラヴィヨンは正直に自分の浅学を認めた。ハラショーが言うような、それこそ『株価を自在に操作する』犯罪などを考えてみたこともなかったのだ。自分は常に物理的に人を傷つける犯罪者の対処を担当していたから、それはある程度仕方のないことでもあったのだが。

「あ、別に場合によっちゃ平気で人を殺す君らを非難してるわけじゃ全っ然ないぜェ。気を悪くしないでくれよな」
「その一言が気ィ悪いっス!」
「ったくワガママだねェ」
「で、だったらこの病院の件は一体どういうもんなんスか?」

 六班の総論から今回の共同任務の詳細へと強引に切り替えるラヴィヨン。六班の在り方を聞いてからであればこの記事内容にも少し興味を持って読めそうな気もしたが、もうこの男の口から説明させるほうが早そうだと思った。

「まさかと思うけど、この『禁断の医療!?』だかに能力が関わってるとか」
「うーん……」

 口ごもるということがこれまでまずなかったハラショーが初めて口ごもった。確信がないということなのだろうか。ハラショーは少し違う答えをよこした。

「六班の任務として、『能力犯罪組織、もしくはそうなる可能性が少しでもある組織・団体』をあぶりだすっていうのがある。ドグマなんてのはもはやセリエAレベルの超一流犯罪組織だが、あのクラスは別格も別格ゥ。この国だけで有象無象の犯罪集団が日々組織されては互いにつぶし合ったり糾合されてなくなったりしていってらァ」
「それは僕にも実感としてわかる話だなあ」
「ま、イキったクソガキどもがノリで結成した厨二高二集団ならかわいいもんだがよォ。そういうまだバフ課が捕捉できてない組織が水面下で大規模な犯罪を展開してる可能性はあるはず、というより間違いなくある……って、どうしたァラヴィくん」

 ラヴィヨンの顔は強張っていた。イキったクソガキどもがノリで結成した集団の蛮行によって、ラヴィヨンの人生は大きく変わったのだ。間を取り繕うように笑顔を作る。

「なんでもないっス。えっとじゃあ、今回のこの病院も?」
「ああ……全部説明してやりたいところだが、そろそろ到着だァ」
「あ、マジスか」
「続きはひとまずお預けだな。ラヴィくん、お仕事だぜェ」
「僕はどうすりゃいいんスか?」
「とりあえずいてくれりゃそれでいいよォ」

 変わらず間延びした感じで話しつつ、ハラショーは車を止めた。話に集中していたせいか、ラヴィヨンは周囲の景色の変化をあまり認識していなかった。車はすでに地下駐車場らしきところに入っている。手元にある週刊誌に書かれている『優良大病院』とやらの地下駐車場なんだろうと、ラヴィヨンは推測した。

 まだいまいち全体を把握できていないが、バフ課の取り締まり対象となるのかもしれないこの病院。じいちゃんが入院してる病院じゃなくてよかったなどと、ふと表の顔で考えてしまう。その緩みはただ一瞬。仕事となれば全力であたるのみだ。

334名無しさん@避難中:2018/12/12(水) 15:26:19 ID:XmDD/VIk0
投下終わり。

335名無しさん@避難中:2018/12/17(月) 02:23:32 ID:RcOujdM60
派手な交戦だけでなく、こういう切り口の能力犯罪も興味深いですね
ある意味、例外級の犯罪者よりも、社会の破綻が近い事を実感させられるというか
実際に株価操作する能力は、やろうと思えば世界経済を破壊できるという……
あと、三班隊長とか端々の描写にニヤリ

今後書く人がいるかもちょっとわからない、というのは自分も凄く大きい動機です
現状の展開とかも、月下の魔剣が続きそうだったら、確実にそちら任せだったので
ちょっと遅れて、こちらも投下

336星界の交錯点 ◆peHdGWZYE.:2018/12/17(月) 02:24:26 ID:RcOujdM60
13.邂逅、再び

 比留間研究所、所長の名を冠したその施設は表面上は決して大規模ではなかったが、その内部や地下には
錚々(そうそう)たる設備が備えられていた。
 能力波を始めとする、各事象の観測装置や調剤器具、数十パターンの【変身型】に対応した人体の検査手段も一通り。
 仕上げには個人が運営する研究所としては、かなり割高な模擬環境なども配備されている。

 スポンサーや支援金には困っていないという事もあるのだが、その事実は能力研究という分野自体が
人類が持てる手札を全て利用して、ようやく挑める分野である事を物語っていた。

 その比留間研究所でも珍しい修羅場に、その所長は遭遇していた。

「これは異常事態だな……」

 比留間博士は深刻そうに呟いたが、その声色から好奇心が隠せていない。
 つい、不敵な笑みが零れてしまう。

 先刻、とは発見された瞬間だが、おそらくは昨日の夕刻ほどに研究所の最重要情報から一項目が丸ごと消失していた。
 本来は何重にも保護され、保険が掛けられており、あり得ない事だった。

「申し訳ありません。情報管理は我々所員の――」
「いや、あるかも分からない罪を告白する事こそ、不届きな行為だよ。少なくとも僕の研究所ではね。
 ましてや、最重要項目が丸ごと抜け落ちた挙句、"誰も記憶していない"となると……」

 そういう能力によって、研究所が攻撃を受けたのだ。
 被害を慮るよりも、どうしても好奇心が先立ってしまうが、それが比留間慎也という人間なのだ。

 奪われた情報はその能力者を見つければ、おそらくは戻ってくるだろう。
 となれば、最優先の課題は能力を特定し、その能力者を拘束してしまう事だ。
 相手が非合法であれば、こちらも非合法な手段に打って出ることができる……

 そこまで思考した時、所員の一人、特に来客の応対も兼ねた男性が歩み寄ってきた。

「博士、研究所に奇妙な来客が……状況が状況なので、一応は報告させてもらいます」
「おや、要領を得ない報告とは珍しい。いや、責めてる訳じゃない。
 具体的には、どのように奇妙なのかな?」

 まず、お時間よろしいですか、とは聞かれなかった。
 そんなものは常に用件によるので、手短に話すようには言い含めてあるのだ。

 所内の発言しやすい環境には気を使っているだけに、どこか躊躇いの含んだ報告に軽く瞬きする。

337 ◆peHdGWZYE.:2018/12/17(月) 02:25:45 ID:RcOujdM60

「その……博士も対面した事があるのですが、調査ナンバー51、岬陽太――
 彼は世界規模能力についての情報を有しているから、比留間博士に会わせろと……」

 世界は予想不能な出来事に満ちている。
 妙な感心を抱きながらも、比留間博士は報告に頷いていた。

「なるほど、それは確かに奇妙だ。事実なら深刻であり、興味深くもある」
「ですが、彼は厨二病患者でもあります」
「だからこそ、真剣に物を言っているだろうね。気を引くための嘘、という線は除外できる。
 それで……陽太君は世界規模能力で、何が引き起こされたと主張している?」

 突拍子は無いが、別にあり得ない事ではない。むしろ、現実的でさえあるかも知れない。
 世界を揺るがす程の強大な能力者は、およそ十万人に一人。
 たまたま遭遇するという可能性は常にあるし、比留間博士自身もそれに近い経験があった。

「個人の情報抹消です。記憶だけでなく、因果性などもごっそりだとか……」

 その説明に、軽く最重要項目の消滅で騒ぎになっている一角に視線を向けた。
 一人が二つの能力を持つこの時代、能力を研究するという事は、個人の性質を研究するという事でもある。

 能力研究所の成果が消されたという事は、つまり人間の情報が消された、という事でもあるのだ。

「こちらも早急に話がしたいと伝えてくれ。所内の事案も併せて、興味深い話が聞けるかも知れない」

 鶴の一声とも言うべきか、その比留間博士の一言によって、岬陽太の立場は奇妙な来客から、
正規に訪問を認められた客人へと、転身していた。

 受付の門前払いも同然の態度が急に代わり、恭しく奥へ通された時、
当然ながら陽太は何らかの陰謀を疑っていた。

「……比留間博士は何を企んでるんだ?」
(チョっと陽太クん、穏便に話が進みソうだから、そうイう発言は控エた方ガ……)

 鎌田の昼間能力は「ただのカマキリの姿に変身できる」というもの。それを利用して、こっそり同行している。
 発音はどうしても怪しくなるのだが、意思疎通に不便はなかった。

 陽太に先行して誘導しているのは、女性の所員だ。どこか秘書的な、柔らかな事務感を有している。

「博士は……だいたい常に能力研究について企んでいます」
「って、答えるのかよ!?」

 冗談が通じないタイプなのか、わりと真顔で女性所員は応対してくる。
 思わず突っ込みを入れてしまう陽太だったが、話はそれだけに留まらなかった。

338 ◆peHdGWZYE.:2018/12/17(月) 02:26:36 ID:RcOujdM60

「あなたは博士の裏の顔をご存知ですね?」
「……まあな」

 さりげない、しかし中核に踏み込む問いに、陽太はやや迷いながらも肯定する。
 キメラ実験、それに陽太との交戦、これまでに関わったどちらの行動を取っても
世間で知られている比留間博士とは、まったく別の顔だった。

「おそらく博士があなたに、ことさら"悪人"としての顔を見せたのは、研究上の必要性からでしょう」
「研究って何の意味があるんだ? それに、あれはどう見ても……」

 いまいち意図が掴めず、陽太は首を捻る。
 それなりに頭は回るものの、彼は中学生であり、まだまだその気質は子供のそれだ。
 水野晶の能力をより引き出すために危機感を煽る、といった発想までには至らなかった。

 それになにより、比留間慎也が垣間見せた闇と狂気は、決して演技だけに留まらないものだった。
 皮膚と心が粟立つ感覚は、実際に対峙した者にしか分からない。

「我々、所員にさえ研究の全貌は明かされていませんが、一つだけ確実な事があります。
 理由は分かりませんが、あまり時間が残されていないのです」

 陽太側の事情は知る由もなく、淡々と女性所員は自分たちの事情と推測を告げていた。

「だからこそ、博士はリスクの高い実験やフィールドワークを繰り返しています。
 表面的には自制しておられますが、精神的な均衡も欠いているのでしょう。
 ですから短慮な行動は控えられるよう、お願いします。博士の為にも、あなた自身の為にも……」

 所員の言葉に、素早く陽太は思考を巡らせていた。これは本音か、だとしても、どういう意図か。

 情報が足りない以上、どこまで行っても直感だが、少なくとも本気で博士を心配していて、
陽太が刺激した結果、致命的に道を踏み外してしまう事を恐れているように見える。
 すでに片足を踏み外してはいるのだが、このまま行けば博士自身も破滅する可能性があるのだ。

339 ◆peHdGWZYE.:2018/12/17(月) 02:27:28 ID:RcOujdM60

「忠告は聞いた。けどな、こっちだって大事なものを背負って来てるんだ。
 悪いが、そういう事は実際に会ってから決めさせてもらう」

 陽太も覚悟が定まりつつあった。だから自分の意志だけは、はっきりと告げる。
 後は口から自然と滑り落ちた、お節介だった。

「あんたも本当に博士を心配してるなら……自分で止めてやらないとダメだろ。
 手遅れになってから後悔しても、遅いんだからな」

 本当に、手遅れになってからでは、遅いのだ。
 その言葉がどれだけ女性所員に響いたかは分からなかったが、小さく頷いたようにも見えた。

「……そうですね。では、こちらの部屋で博士がお待ちです」

 研究所、地下一階。来客用に開放されている場所も多い地上と違って、一室一室のセキュリティが完備され、
大半の扉がロックされていた。
 女性所員が扉の横に備えられた端末にカードをかざすと、ピッと軽快な音がなり、自動的に扉が開く。

 彼女はここで立ち止まると、どうぞと陽太に道を譲っていた。
 この先には、あの比留間慎也がいる。

 宿敵であり、今は協力者の候補。複雑な感情が過るのだが、悪役がようこそ、と出迎える場面だなと
内心では厨二じみた事も考えていた。

「ようこそ、比留間研究所へ。岬陽太くん。さっそくだけど、用件を伺っても良いかな」

 白衣姿に黒髪に金のメッシュを入れた独特の容姿。どこか年齢を感じさせない雰囲気は、
陽太の知る比留間博士と変わらないものだった。
 だいぶ以前に、テレビで見た時とも、それに実際に対決した時とも。

 まずは座るといい、と席を進められ、大人しく従う。

「あんた、晶の事は覚えているな?」

 さっと陽太はブラフから会話に入った。
 自分も覚えているのだから、比留間博士も何らかの対策の結果、記憶を残している可能性がある。

「晶……? いや、話さなくていい。まずはこちらで推測してみよう。
 君とはかなり親密な関係で、その子を狙っていた事が原因で、君と僕は対立関係になった……
 そして、彼女の記憶や痕跡は能力によって、抹消されてしまった。どこか間違っているかな?」

 怪訝そうに、しかし淀みなく比留間博士は応じていた。
 すぐに違和感に気付き、陽太はハンッと鼻を鳴らす。

340 ◆peHdGWZYE.:2018/12/17(月) 02:28:32 ID:RcOujdM60

「覚えてるだろ。晶という名前からは性別までは分からない」
「すまない。その点はブラフでね。彼女と断言しておけば、君の表情から事実が分かると考えたんだ」

 謝りつつも、不敵な表情は「これでお互い様だろう?」と告げていた。
 ブラフで情報を探ろうとしたら、そのまま返された形となり、陽太は苦虫を噛み潰したような表情になる。

 彼は優れた研究者であると同時に、メディアを通して研究を紹介する優れた言論人でもあるのだ。

「逆にいえば、僕が推測できるのは、この程度で限界だ。だから聞かせて欲しい。
 晶くんの存在を抹消した能力者について」

「そういう能力者と直接接触したかは分からない。俺たちが接触したのは組織だった。
 『クリフォト』、都市伝説じゃお馴染みの組織名だから、あんたも知ってるだろ」

 正面から問われて、陽太もぽつぽつと情報を話し始めた。
 信用してもらえるか、かなり怪しいとは思っていたが、比留間博士の反応は意外なものだった。
 どこか腑に落ちた様子で、首肯したのだ。

「なるほど、怪しげな筋の情報だが、これで裏が取れた訳だ。
 情報元は開示できないが陽太君、『クリフォト』という組織は確かに実在し、活動しているよ。
 少なくとも、君をからかう為に適当に名乗った訳じゃない」

 と、博士は同程度に情報を提供していく姿勢を見せる。
 まずは情報交換、という事なのだろう。

 続けて陽太は国ですら頼りにならないと告げられた事、そして自分が殺されたなかった事を根拠に、
世界の改変が確かなものだと判断した事を述べていた。

「つまり『クリフォト』に、そういう能力者が在籍している訳だ。
 そして、『クリフォト』は晶くんの能力を狙っていた……」
「それは違うぜ。晶は――"異変"発症者だった」

 ぴしゃりと、陽太は推測を否定する。
 比留間博士は話を遮られる事を、それほど好む訳ではないが、この際は爽快にすら思えた。
 この指摘は実用的であり、刺激的でもあったのだ。

「はは……まさか、そう繋がるとはね。それなら、こちらの情報も開示しないといけないな。
 "異変"は現状、特殊なリンク能力者によって引き起こされている可能性が高い」

 比留間博士は以前、鑑定所に訪れた際に得た見地を語っていた。
 しかし、陽太は用語が理解できず、怪訝そうに眉をひそめる。

341 ◆peHdGWZYE.:2018/12/17(月) 02:29:51 ID:RcOujdM60

「リンク、能力者?」
「そう、リンク能力者。公的な用語は定まってないが、他の能力に接続する性質を持つ能力を
 各組織ではリンク能力と通称している。例えば自分の能力を人にも行使させる力、などが好例だ」

 穏やかな口調で、実例を交えて、専門性の高い事柄を落とし込み、社会に伝える。
 それは、まさにテレビや講演などで見せた比留間慎也の論法そのものだった。

 その実例は、まさに"異変"発症者でもある少女、真白のそれだったが。

「あまりに巨大な規模で、膨大な数の能力者に接続――その副作用が"異変"の正体だろう。
 そのリンクを利用して彼ら、『クリフォト』が何を成そうとしているかまでは、
 僕の研究所でも明らかにはできていない」

 能力同士の接続、という概念は物理的な現象ではなく、いまいち実感が沸きづらいが。
 それでも陽太にとっては『クリフォト』の人間、アスタリスクの言動から符合する点があった。

「じゃあ、『彼女』ってのが、そのリンク能力者で"呼び声"ってのがリンクだった訳だ……」
「可能性が高いというだけで断定はできないが、『クリフォト』の構成員が実際にそういう
 用語を使用していたなら、ますます可能性は高くなったと言えるだろう」

 あえて断定は避けつつも、比留間博士は陽太の推測に賛同していた。

「さて、君は自分が思っている以上に情報の宝庫だ。他に『クリフォト』と接触した際に、気になった点は?」
「化け物を連れていた、って言ったら信じるか?」
「君を襲ったようなキメラかな? それとも、能力によって実体化したものか……」

 能力研究者というだけあって、化け物という単語では奇妙にすら思わない。
 そういったものを生み出す、あるいは自分が変身するといった能力はいくらでも観測してきたのだ。

 だが、やはりというべきか、陽太からの情報は突拍子がないものだった。

「チェンジリング・デイの影響で、人間から化け物になった奴らだ。たしか、クリッターだったか」
「そういう噂も存在している。なんと言っても、能力の発現という途方もない事象を起こした隕石だ。
 他にまったく人体に影響を与えなかった、というのも奇妙な話でね」

 ある意味、当然の違和感から発生した都市伝説だ。
 巨大すぎる超常的な変化に対して、あまりに乏しい物質的な変化。もちろん、能力によって生成される新物質なども
実在しているのだが、あくまで変化は能力を通して行われる。

 実は、ひた隠しにされているが、他に変化があったのではないか? という噂が出るのも必然だ。
 能力が発現した時点で、すでに人類はかつての人類とは別種の存在であるという、学説すら実在するのだ。

 だからこそ、陽太の言葉は意外ではあったが、目新しいものではない。

342 ◆peHdGWZYE.:2018/12/17(月) 02:30:58 ID:RcOujdM60

「だが、彼らの言葉が真実だと、君はどういう根拠で判断したんだ?」
「晶の能力だ。晶は動物だけに作用して、人間には作用しない……そういう能力を持っていたんだが、
 それが異常な反応をしていたみたいだった」

 陽太が晶の能力に絡めて、説明した次の瞬間。
 比留間博士からは柔和な表情が消え、代わりに険しさと焦燥、いつか見た狂気が綯い交ぜになった、
かつて見た事がない顔を見せていた。

「……!」
「お、おい。大丈夫かよ」
「ああ、すまない。あまりにも興味深くてね。少し考え込んでしまった」

 すぐに博士は取り繕ったものの、陽太には嘘だと分かった。分かってしまった。
 女性所員が心配していたように、この人物が内に抱えている闇は決して、見せかけだけではない。

「能力発現の代わりに、人体の変異……事実なら、鳳凰堂博士の仮説とも……
 いや、だがそれは現社会とはあまりにも……なら、国連自体が……?」

 やがて一人孤独に、疑っていてもキリがないか、と寂しげに結論を棚上げにする。
 気を取り直すと、改めて比留間博士は陽太に向き直っていた。

「とにかく、これで話は聞かせてもらった。君はこの辺りで手を引くべきだろう。
 家に帰って、晶くんの帰りを待つといい。後は専門家に任せてね」

 打って変わって、子供に対する大人の態度。危ない事はやめろ、という常識的な判断だ。
 当然ながら、それは陽太にとって許容できる事ではなかった。

「はあっ!? いや待てよ。そんな事を信用できる訳が……」
「仮に僕が彼女を見つけたなら、必ず日常に送り返すさ。その方が研究に都合がよい。
 『実社会でこそ、真に多様な状況下で能力を観測できる』のだからね」

 いっそ冷酷なまでに、危険な魅力を湛えた笑みを比留間博士は浮かべていた。
 そう、裏社会の人間を使う事もキメラ実験も、博士にとっては"実社会"の観測なのだ。

 まったく変わらない価値観の上で、水野晶を日常に返すと彼は断言する。

「もちろん、いずれは研究所に招待させてもらうが……その時は改めて"議論"するとしよう」
「てめえ……」

 確かに協力者になり得る二人だが、同時に明確な敵対者でもある。
 あえて、それを持ち出して、自分たちの間に義理などないのだと、博士は言外に告げていた。

343 ◆peHdGWZYE.:2018/12/17(月) 02:31:42 ID:RcOujdM60

「残念ながら、君から提示できたは情報だけだ。対等な立場で交渉できるのは、あくまで情報交換のみ。
 さらに言えば、晶くんが実在していて、それが消された、という仮定を全面的に信じなければ、
 その情報の価値すら保証されない」

 一つ一つ、突きつけるように比留間博士は指摘していく。
 元より情報だけならまだしも、陽太は行動面でのパートナーにはなり得ないのだ。

「情報提供ありがとう、とは言っておくよ。だが君では僕と対等の同盟者にはなり得ない。
 だから、君は晶くんの帰還が報酬だと思って、日常に戻るといい。
 それとも何か――まだ、僕を説得できるだけの切り札でもあるのかな」

 比留間博士は冷たく言い放つも、どうも辛辣になってしまった、と内心で苦笑する。
 これでも、子供や一般人を相手には手加減を覚えたはずだが。

 自分に本気で物を言わせてしまうぐらいには、目の前の少年が将来有望という事なのかも知れない。

「……くっ」
「無いのなら、この辺りで帰るといい。護衛ぐらいは付けさせてもらおうかな。
 今さらかも知れないが、僕に提供した情報も知らない体で、日常に戻った方がいいだろう」

 忠告だけは残すが、これで話は終わりだ。

――さようなら、岬陽太君。君は必要ない

 上手くいけば、比留間研究所は最重要項目を取り戻し、岬陽太は日常に水野晶を取り戻す。
 相互の利益を最大にするなら、これが落としどころだろう。
 そして、そこに陽太の、素人の行動は一切不要なのだ。

 以前ならここで終わっていた。陽太だけなら、今もここで限界だっただろう。
 しかし、陽太はすでに一人では無かった。

「切り札なら、ここにあります――僕からも証言しましょう。晶くんは確かに実在していたと」

 その変化には、光も音も伴わない。
 ただ、陽太の衣服に隠れた小さな影が輪郭を歪ませ、その姿を作っていた。

「なっ――!?」

 今度ばかりは、比留間博士も本気で驚愕した。
 目前には蟷螂を元に、人型を作った異形の存在が佇んでいたのだ。
 そして、それは能力の産物ではない。

344 ◆peHdGWZYE.:2018/12/17(月) 02:32:33 ID:RcOujdM60

「まず自己紹介させてもらいます。鎌田之博、あなたの実験によって、この世界に引き込まれた
 異世界のカマキリ人間です。よろしく」
「あ、ああ……」

 目前の異形に対して、彼としては、かなり珍しい事に若干の困惑を見せていたのだが、
さすがというべきか思考を整理するのも早かった。

「そうか、あの時の……陽太くん達に協力者が合流しているとは、情報が入っていたが、
 それがこちらの捜索対象だったとは」
「申し訳ないですが現状、あなたの実験にも、質疑応答にも付き合う気はありません。
 あくまで水野晶くんの安全確保を第一に考えています」

 友人の身が第一とはつまり、元の世界に帰る手段すら二の次という事だ。
 はっきりとした態度に、譲れないものを感じて。比留間博士は深々とため息を吐いていた。

「……仕方ない。一応、弁解させてもらうと、あれはある条件を満たした異世界の観測実験だった。
 君の現状は意図したものではないが、逆にいえば事故が起きても構わない程度には考えていた。
 未必の故意、とは厳密には少し違うものだけど、十分に責任がある事は理解している」

 淡々と伝えても構わない事実だけを先に述べると、続いて鋭い視線を鎌田に向けた。

「それで、君の証言はどんな意味を持つと?」
「博士なら分かっているはずです。もう一度、世界の改変が行われたなら?
 事態を把握できるとしたら、それは僕たちだけです。僕に限れば、明確に根拠がある」

 互いに触れる事は無かったが、なぜ岬陽太の記憶は消されなかったのか。あるいは消せなかったのか。
 重大な事柄ではあるが、まったくの謎であり、これに関しては検証すら出来ない。

 しかし、鎌田に関しては一つの推測が成り立っていた。

「異世界の人間は、世界改変の対象には含まない、か。確かに興味深い仮説だ」

 研究者らしい興味を抱きながらも、自制してそれ以上は触れない。
 現状、最も優先すべき事は、あくまで対『クリフォト』における価値なのだ。

「いいだろう。たしかに二度目、三度目がないとは言い切れない。君たちとの協力関係に価値がある事は認めよう。
 だからこそ……安全は確保しておきたかったが」

 取引に持ち出されては仕方ないと、やや肩を落として、比留間博士は内心を吐露していた。
 だが一度、そうと決まれば切り替えも早い。
 さっと陽太と鎌田に値踏みする視線を向けると、『クリフォト』に立ち向かう一手を述べていた。

345 ◆peHdGWZYE.:2018/12/17(月) 02:33:20 ID:RcOujdM60

「君たちに、やってもらいたい事がある。研究機関の他にも、世界改変に備えている可能性が高い組織があってね。
 そして僕はそちらとも協力関係にあるから、手を出す事はできない」
「情報を奪ってこいって事か。ま、やるかは場所を聞いてからだけどよ」

 陽太はうさん臭げな反応ではあったが、覚悟は定まっているらしい。
 比留間博士としても別段、勿体ぶるつもりは無かった。

「能力鑑定所だよ。膨大な能力情報が集積され、希少な不透能力素材を扱う、あの場所であれば、
 何かが残されているかも知れない」

 科学者が最も深く能力を検証している人種だとすれば、鑑定士は最も深く"視て"いる人種だろう。
 彼らが所属する鑑定局は最も能力情報が集積され、そして死蔵している組織でもあった。

 昆虫人間の表情は読めないが、鎌田の声色はどこか呆れているようにも聞こえた。

「完全に非合法じゃないか……」
「『クリフォト』は一歩も二歩も先を行っているうえ、捕らえられた人が居る以上、事態は予断を許さない。
 人を害する事でなければ、この際は目的が手段を正当化するだろう」

 筋道を立てて、しかしマッドサイエンティストらしい見解を口にする。
 彼にとって全ては検証、懐疑すべき事柄なのだ。法律や倫理すら例外ではない。
 もちろん無理にとは言わないが、と一応は付け加えたが、自分たちに選択肢がない事は分かっていた。

 だが、二人の返答を待つことなく、研究所の一室には入電を知らせるアナウンス音が響いていた。
 重要なものであったらしく、やがて部屋のロックが解除され、外から男性所員が早足で博士に歩み寄る。

346 ◆peHdGWZYE.:2018/12/17(月) 02:33:47 ID:RcOujdM60

「比留間博士、分類Aの報告が入りましたが……」
「分類A? この時期なら国際会議がらみか、それとも……」

 比留間博士は少々、躊躇った様子を見せたものの、軽く陽太と鎌田に目配りをすると、所員に頷いてみせた。
 分類Aの報告は政治、国際情勢が該当する。
 例えば、能力研究に関わる法整備であったり、能力者を排斥、管理する法案提出などだ。

「大丈夫だ、彼らに聞かせても構わない。報告を続けてくれ」

「不法な能力行使、および団体の殺人活動の疑いで――"バフ課に公安調査"が入りました。
 長年の警察権力への寄生、恫喝から破防法の適用もあり得ると、今日の夕刻にはニュースが流れるはずです。
 処分請求がどう転ぶかは予測不能ですが、課の長期的な機能停止は確実でしょう」

 陽太と鎌田はバフ課という用語を知らない。だが、場の雰囲気から、事の深刻さを察していた。
 バフ課という組織を知る、比留間博士は眉をひそめると、声を低くした。

「……一種の政変があったみたいだね。おそらくは表に出てこないような、何かが。
 これまで秩序を支えてきた組織の一角が崩れるとなれば、能力社会の夜は相当に荒れる事になるだろう」

 アトロポリス国際会議に絡んだ事か、『クリフォト』か、その双方か。彼らはまだ知らない。
 ただ日常とその裏側で、見えない所から巨大な亀裂が広がりつつある事を、誰もが予感していた。

347 ◆peHdGWZYE.:2018/12/17(月) 02:41:12 ID:RcOujdM60
今回、ある意味では、陽太と比留間博士の再会にして対決
むしろ並行世界設定を採用しているシェアードは、ちょっと無遠慮なぐらいが盛り上がるのかも知れませんが、
『星界の交錯点』はさすがに、当時書くのは無理な内容だったなぁと

補足

比留間研究所
 比留間博士が率いるチームに運用される研究施設。
 比留間の日常や臆病者は、静かに願うに出てくる施設と同一。幻の能力者でも言及されている。
 多忙だからか、きちんと食堂があるのに、博士はパンと牛乳生活。
 真白のような協力者が滞在していたり、おそらく鎮静剤の定期的な投与が必要な患者も預かっている。
 世界線によっては、もっと地下に怪しい施設があるかと思われる。
 ちなみに、作中の女性所員は月下の魔剣〜邂逅〜ラストの人と同一人物。

348星界の交錯点 ◆peHdGWZYE.:2018/12/24(月) 15:02:10 ID:4nfr85Dw0
14.日常を守るものたち

 秋山幸助は二十代後半の平凡な男だった。
 チェンジリング・デイという災害に遭って以降は、災害孤児として妹分の小春を庇護していたし、
自分の能力でネコミミが生えたり、友人の公務員は挙動が怪しいなどと、ちょっとした騒動はあるものの、
今時は大して珍しい事でもなく、少し変わった日常を楽しんでいた。

 その事件は唐突に起きた。
 警察だの公安だのいう連中が家に押しかけてきて、何時にない強引さで協力願います、と言いつつも、
あっと言う間に取調室へ連行されてしまったのだ。

『なるほどなるほど。公務員とだけ名乗り、勤め先は不明ですか。
 ……まあ、なんと言いますか、違和感はあったでしょ?』

『まあ、不安を煽る形になってしまうんですが、この時世、実は隣人が……
 という事は珍しくないですから、危険から距離を置く程度の自衛はしないとねぇ』

『なんにせよ、貴方の知る男は殺人集団に属した危険人物です。
 関わるべきではありませんし、何かあれば、こちらに連絡を……』

 公務員を自称する友人……川芝鉄哉の勤め先は? 人間関係について、どの程度、知っているのか?
 同じような質問を、手を変え品を変えて繰り返し、数時間は拘束されて絞られた。

 もちろんこちらも知らない、と繰り返すしかない。
 それ以外は不信感を煽る事を言われ続けただけだった。

 ようやく解放された後も、しばらく動く気力も失せていたのだが、それが回復してからは、
意を決して電話を手に取っていた。
 もしもの時にと知らされた、緊急用の連絡先だ。
 具体的にどういう時だよ、と尋ねても、笑って誤魔化されたのを覚えている。

 無機的な呼び出し音が耳に響くなか、幸助は怒りと困惑がない交ぜになった感情に支配されていた。
 やがて、不在扱いではなかったらしく、音声が切り替わる。

349 ◆peHdGWZYE.:2018/12/24(月) 15:04:07 ID:4nfr85Dw0

「おい、テツ……!」

 感情的に呼び掛けると、受話器の向こう側から聞こえたのは、むにゃむにゃと若干、寝ぼけたような声だった。

「んー……あー、なんだ? いま、仕事中ー」
「寝てただろ」
「仮眠も仕事の内なんだよなぁ。まあ、その口振りだと何か迷惑を掛けたか」

 珍しく、茶化している風でもない、かといって何かを抱えている訳でもない、どこか観念した物言い。
 で、何が聞きたい、と言わんばかりに、穏やかな沈黙が続いた。

「お前、本当に何者なんだ」
「あー……守秘義務があるんだが、今はどうなんだろうな。公務員ってのも実は嘘じゃない。
 まあ、クビになったようなもんだが」

 鉄哉は言葉に迷っている様子で、ぽつぽつと話し始めた。

 言葉を区切った所で、ライターの音。川芝鉄哉は自他ともに認めるヘビースモーカーだ。
 タバコ無しには生きていけないし、思考もまとまらない。

「バレてたろうが白状すると、ちょっとした荒事に関わってる。法律的にどうかというと、難しいな。
 お国の為なんだろうが、そんなもの状況が変われば、切り捨てられるだろうし」

 曖昧に濁していたものの、それを言うのにどれだけ勇気を要したか。
 何を背負って、下手な隠し事を続けていたのか、それが終わって何が変わってしまうのか。
 付き合いの長い幸助ですら、その全てを察せる訳ではない。

 最後に、どこか自嘲したように、諦観で壁を作るかのように尋ねかけていた。

「……やっぱ信用なんて出来ないよな」
「見くびるなよ」

 今までは静かな圧で、時には乾いた笑いの前に、追及を止めるしかなかった。
 しかし、ここで幸助は踏みとどまる事に決めていた。踏み込みはしないが、引きもしない。

 個々が抱えた能力とは、物によっては凶器であったり、社会を揺るがす爆弾であったりもする。
 能力社会と呼ばれる現在、ふと隣人が危険な領域に入り込む事はあるのだろう。
 そして、社会が抱えたリスクに対して、それはどうしようもなく必要な事なのだ。

 幸助もとっくに子供ではなく、道理は理解できている。
 一般人にとっての最善はそっと見なかった事にして、そのまま忘れる事だ。
 だからこそ、彼らも他人が踏み込まないように振舞う。

350 ◆peHdGWZYE.:2018/12/24(月) 15:05:04 ID:4nfr85Dw0

 たしかに怒りもした、困惑もした。だが、それがどうした、とも思うのだ。

「一人で背負ったつもりになってるんじゃねーぞ。
 アイリンは……親の事はまだ時間が要るだろうが、元気にやってるよ。
 ツキの方も上手く誤魔化しといてやる」

 お前が凡人には手の届かない領域に居ても、どれだけの物を背負っていたとしても――
 帰る場所を守っているのは、俺たちなんだからな?

 隕石被害、能力による社会の混乱。
 それらに懸命に抗い、尊厳を保っているのはバフ課のような特別な組織だけではない。
 災害孤児を守る事も、誰かの居場所を保つ事も、他人には任せられない大事な戦いなのだ。

 当然の権利として、幸助は鉄哉は要求していた。

「だから、絶対に生きて帰ってきて……その後は全部話せ。いいな?」
「おいおい、上司と部下の目がキツいんだぞ、マジで」
「帰ってこなかったら、泣く奴だって居るんだぞ」

 しばしの沈黙を挟んで、鉄哉は応じていた。

「……泣かせるのも悪くはないかもな」

 タバコを指で挟み、煙を吐き出した。
 マンションに下宿している少女、八地月野の事を思い出す。少々、いや、かなりやんちゃだが、
それでも自分と違って裏表のない真っすぐな子だった。

 チェンジリング・デイという大災害によって、自分は多くを失ったし、頭も大概おかしくなった。
 流された先にバフ課という組織があったが、それでも日常で多くの物を受け取ったし、救われもした。
 しかし、本来、自分などは傍には居ていけない人間なのだ。

 いつか、当たり前にその時が来れば、泣いて拒絶されるぐらいが――

「泣くのは俺だぞ?」
「ぶっ……お前かよ、気色悪いわっ!?」
「いや、お前、女が泣くと逆に喜びそうだし」

 つい叫んでしまい、タバコが床に落ちる。勿体無さそうに、それを見やってから。
 鉄哉は深々とため息を吐いていた。

「分かった。約束するから、その代わり……帰ったらネコミミ触らせろよ!
 あと、今の臭い会話、たぶん盗聴されてるし、この連絡先も破棄するから、じゃあな!」
「盗聴!? おいこら、ちょっと待……」

 ブツッと端末の電源を落としてから、非常用の回路を作動。
 内部でショートを起こし端末が破損、そのまま破損し、復元不能になる。

351 ◆peHdGWZYE.:2018/12/24(月) 15:05:43 ID:4nfr85Dw0

 どこからかは分からないが、この会話を立ち聞きする影が存在していた。
 峰村瑞貴――code:シェイド。バンダナを眼帯のように使い、片目を隠した銀髪の青年。

 三班の副隊長、鉄哉にとっては腹心の部下でもあるのだが、同時に一般人に不要な詮索をさせていないか、
気に病んでいる節も存在していた。

「そんな約束して、良いんでしょうかね? 課の規律にも……」
「勝手にすりゃいいだろ。総隊長とやりあって要求を通せるなら、それはそれで見物だしな」

 仮眠が終わったのを察したらしく、ぞろぞろと第二、第三の人影が部屋へと侵入してくる。
 シェイドに続いて入室したシルスクは、投げやりに鉄哉の約束を認めていた。
 自分には理解できないが、覚悟を決めた奴につける薬はないし、ここからは覚悟が必要となる領域だ。

「だが、それにしても、お前ら――」

 続いて、にんまりと似合わない笑みを浮かべて、鉄哉と副隊長のラヴィヨンに視線を送った。

「これでめでたく肩書が公務員から無職になった訳だ」
「嬉しそうッスね、隊長」

 胃の辺りを抑えながら童顔気味の青年、ラヴィヨンは呻いていた。
 二班副隊長ラヴィヨンと、三班隊長クエレブレ――川芝鉄哉は、家族にただの公務員だと偽って、
バフ課に所属して日々を活動を続けていた。
 部下と他の隊長を同時に煽れるのだから、それなりに気難しいシルスクも機嫌が良くなる。

 裏を返せば、バフ課の現状は相当に悪い。
 公安調査に伴う、超法規的な活動の暴露。実質的な組織の解体と、指名手配。
 隊長陣もそうそうに逃げ出して、バフ課が独自のルートで確保したセーフハウスに潜むしかなかった。

 四班、新参の隊長であるザイヤは現状を振り返って、一言漏らしていた。

「しかし、総隊長はこの事態を予見していたのでしょうか」
「予見どころか、ありゃ完全に動きを掴んでただろ。あのむっつり外道」

 鉄哉は三班隊長クエレブレの顔に戻り、はっきりと断言する。
 補足するように、一転して機嫌を悪くしシルスクが続けていた。

「今思えば、『クリフォト』にしても近年のデータ程度じゃ、根拠が薄弱すぎた。
 あれが会議で受け入れられたのは、ラツィーム辺りと結託して流れを作ってたからだろうな。
 実際はこの動きがあったから、『クリフォト』の実在を確信した」

 軽く流してしまった、自分の甘さに苛立つのだが、追及する時間を作ろうにもアトロポリス行きの資料を
大量に押し付けられていた為、どちらにせよ限界があっただろう。
 逆にいえば、今回の動きで明確にバフ課には敵が居る、『クリフォト』の実在が確定した。

352 ◆peHdGWZYE.:2018/12/24(月) 15:06:42 ID:4nfr85Dw0

 会議中にも述べた事だが、『クリフォト』はバフ課にリソースを割くことはないだろう。
 だが、日本という国家自体にはリソースを割く価値はあるのだ。
 その影響力を行使すれば、政府の下位あるバフ課を潰す、あるいは機能を停止させる事は難しくない。

「ですがバフ課の存在自体は揺るがないでしょう。むしろ、『クリフォト』一派の独断といってもいい動き。
 各所との利害調整も効かず、結局は潰すとまでは行かない。
 むしろ組織自体に洗浄が入り、『クリフォト』は影響力を失う事になるでしょうな」

 ザイヤの部下である古株の男、エンツァが現状を分析する。
 結局の所、バフ課という超法規組織は政府という巨大なシステムの黙認の下に成り立っている。
 そのうち一つの、公安調査庁を動かせた所で、少々の折り合いは必要になるが致命傷にはならない。

「じゃあ、なぜ『クリフォト』はそんな呆けた真似をしたか。
 それは今……国際会議までの時間を稼げれば、後がどうなってもいいからじゃないか?」

 ある種の楽観に対して、シルスクは鋭く示唆した。
 つまりはアトロポリス国際会議で行動を起こすために、敵対組織の動きを潰す、その動きの一環ではないか、
という事だ。そして、影響力を削ってまで、それを行う価値はある。

「ま、事の成り行きでは、世界情勢自体が変わりますしね」
「それで無理を通す鉄砲玉に、俺たちが選ばれた……いつのも事だろが」

 三班のシェイドとクエレブレが、その見解に同意を示した。
 犯罪組織のレッテルを張られ、状況は激変してしまったが一方で、会議から方針は変わっていない。

 現状、連絡網が生きている二班、三班、四班はアトロポリス行きを言い渡された面々だった。
 『クリフォト』の本命が国際会議にあるのなら、それを潰さなくてはならない。

 残りの班は国内問題に対処する。一班や五班の古参や、小賢しい六班に一般人へのアフターケアを担当する七班。
 これだけの面子で失敗はまずないだろう。

 問題があるとすれば、こちら側だ。
 『クリフォト』との対決はもちろん、公的なサポートが潰えては、アトロポリスに向かう事すら困難だろう。
 だが、難題を前にして、なおバフ課の隊長、副隊長に士気の衰えは見られなかった。

 現状の整理と、情報の共有が終わった頃合。
 セーフハウス――本来は、能力鑑定局に属した施設を予定され、廃棄されたものだが、その建造物が激震した。

 地震ではない。外部から何かが衝突し、コンクリートを抉り、全体を揺るがしたのだ。
 書類が飛び散り、飲料が入ったコップが床に落ちるのを見て、舌打ちしつつシルクスは状況を悟った。

353 ◆peHdGWZYE.:2018/12/24(月) 15:07:31 ID:4nfr85Dw0

「ちっ、襲撃か。まずは状況把握……! ラヴィヨン、見張りのオートマタは!?」
「すみません、補足してたんですが、アレは早すぎるっスよ」

 アレとは何だ、猿にも分かるように言えボンクラ、と罵りそうになり、その音を聞いてシルスクも察した。
 大気を打つような単調なリズム、回転翼で飛翔するローター機の特徴だ。

「軍用ヘリにロケット弾か……金持ってんなー。うちのは民間の改造なんだが」

 クエレブレは改めてタバコを加えて火を灯すと、自身を落ち着かせるようにボヤいていた。
 さらにラヴィヨンは正体不明の車両が接近している事も報告してきた。かなりの規模の襲撃であるらしい。

 『クリフォト』所属らしき軍用ヘリは、機銃と砲撃で屋上や一つ下の階に備えられた中庭を一掃すると、
そこから小数の人影が躍り出て、バフ課のセーフハウスに突入していく。
 落下傘(パラシュート)ではなく、滑空機(グライダー)に近く、撃墜の隙はほとんど無い。

 まずは空中から奇襲、次は地上から制圧。
 容赦のない展開ではあったが、バフ課の対応も早かった。
 地上は足止めの部隊を展開し、まずは上空の敵を狙って各個撃破を目指す。

 事前に決めた割り当て通りに班員は動き出し、特に最大戦力である隊長たちは空中から侵入した敵と対峙する。
 『クリフォト』の部隊の前面に立つ人物の姿を見て、隊長たちは思わず目を張っていた。

 まだ、中学生程度の子供だ。
 不健康的なまでに全身の色素が薄く、黒と赤のオッドアイの色合いを引き立てている。

「こんにちは、バフ課の皆さん――今日はぶっ潰しに来ました」

 『クリフォト』主要構成員の一人、アスタリスクは人懐っこい笑みで一礼し、バフ課に宣戦布告していた。

354 ◆peHdGWZYE.:2018/12/24(月) 15:09:44 ID:4nfr85Dw0
ちょっと遅れて公開。いよいよ本格的に時間が取れなくなってきました……
別に狙ってないのですが、クリスマスってバフ課が酷い目にあう時期なんだなって

鉄っちゃんは本当に美味しい立ち位置ですね
アイリンは引き摺ってる所もあるけど、キャンパスライフのラストもあって、大丈夫と思いたいですね
この話では名前のみの登場になると思いますが

補足

秋山幸助
1スレ目137などから登場。日常担当の男性で、シェアード的には一般人感を担当してくれている人でもある。
頑張って発動させた能力は、昼は花束の生成で、夜はネコミミが生える、というものだった。
夜の能力は、登場するたびに強化されているので、実は意外に強いのかも知れない。

355名無しさん@避難中:2018/12/30(日) 21:06:22 ID:8zakWLwc0
なるべく週一で続けたかったのですが、星界の交錯点は今週はお休みします
書き溜めたり、wikiに乗っけたりする予定

356星界の交錯点 ◆peHdGWZYE.:2019/01/10(木) 01:18:39 ID:ILOc6HQQ0
15.対『クリフォト』開戦

 予想外の容姿――せいぜい中学生程度にしか見えない、『クリフォト』の能力者を見て、
まず最初に三班隊長、クエレブレが困惑と疑惑を綯交ぜにしたような表情を浮かべていた。

「子供、か……?」
「狼狽えるな。子供でも危険は危険、そもそも外見通りの年齢かも分からねえだろ」

 シルスクは即座に切って捨てると、覚悟を促した。
 そう、能力というものは、まったくを以って油断ならない概念なのだ。

 年齢だの非武装だのといった要素を無視して、人間を危険たらしめる強大な力。
 事は『クリフォト』としてバフ課を襲撃してきた、という事実を以って全てを判断されるべきだろう。

「歳は外見通りだけどね――でも、僕よりも上空を警戒すべきじゃないかな」

 視線を誘導するかのように、わざとらしく白髪の少年、アスタリスクは上空を見上げた。

 セーフハウス内への突入にも使われた、軍用ヘリが降下し、バフ課の面々を射程内に収める。
 直後には機銃が立て続けに火を吹き、この建物を激震させたロケット弾が発射され、煙が尾を引いた。

 超音速で飛来し、集団を挽き肉に変える暴威が容赦なく叩きつけられる。
 だが、熟練した能力はこれの対処さえ可能とした。

「この能力の前には、多くの近代兵器が無力化する」

 隊長陣でも新参、しかし力量では後れを取らない。
 四班隊長、ザイヤの能力は前隊長である父親、ラレンツアのそれとよく似ていた。

 電子の操作を行う、汎用性が高く強大な力。
 最大出力では親の半分にも満たないが、より繊細な操作が可能であり、引き起こされる事象は"誇張的"でもあった。

 ローレンツ力による、銃弾の軌道歪曲。さすがにアニメーションのような、攻撃をはじき返すといった芸当は不可能ごとだが、
攻撃の軌道を変化させ、照準を無意味にしてしまえば、十分に役割は果たせるのだ。
 ロケット弾さえも不発に終わり、戦場の片隅へと追いやられた。

357 ◆peHdGWZYE.:2019/01/10(木) 01:19:16 ID:ILOc6HQQ0

「襲撃の返礼だ! 四班――歓迎の花火をくれてやれ!」

 さらに言えば、四班の専門は危険な能力者の抹殺。
 遊撃的な役割を担う、二班と三班に比べて、極めて殺傷性が高い兵器が配備されているのだ。

 平時は許可の降りない武装も、今回ばかりは大判振る舞いだ。
 数名の班員が、携帯式の対空ミサイルを肩に乗せて構え、その二つが時間差で発射された。

 どこか慌てた動きで、戦闘ヘリは急上昇。距離が近すぎるため、ミサイルは誘導性を完全には発揮できない。
 だが、牽制としては十分。バフ課の面々は一斉に動き出していた。

「ま、殺しはしないが情報はたっぷり吐いてもらうぜ」

 最初の激突、その決着は一瞬だった。クエレブレが弛緩性の毒を吐き出したのだ。
 『クリフォト』の戦闘員たちは対処を誤り、正面からそれを受けてしまった。
 結果、生きたまま床に転がり、三班の各員が手際よく拘束していく。

 一方、リーダー各と思しきアスタリスク周辺には、シルスク率いる二班が相対していた。
 駆け引きなどは他の班に任せて、こちらは正面戦闘だ。
 他の班によって戦力が削がれた今であれば、正面からぶつかっても負けはしない。

 次々に二班と『クリフォト』が戦闘状態に突入するなか、シルスクはアスタリスクとの一騎打ちに
持ち込むことに成功していた。
 互いに得物は小振りの刀剣、白刃と白刃が閃き、技巧による二通りの軌道を描き、それを衝突させる。
 幾度か繰り返すうちに、シルスクは相手の力量を把握していた。

「ガキの割には、やるじゃないか」
「……!」

 よほどの天才か、それとも『クリフォト』の訓練が優れていたのか。
 アスタリスクの技巧は、バフ課の前身となった組織に捕縛された頃の、かつてのシルスクを上回る。

 だが、現状ではせいぜい7:3、遊んでいる時の狭霧アヤメと同程度か。
 はっきり言えば負ける相手ではない。後はどれだけ手札を隠し持っているか次第だが……

 アスタリスクの方も、力量の差には早々に感づいたらしく、素早く手札を切っていた。
 いかなる歩法か、シルスクの視界から瞬時に姿を消したのだ。

358 ◆peHdGWZYE.:2019/01/10(木) 01:19:59 ID:ILOc6HQQ0

「そこ――!」
「だが、所詮はガキだ」

 真横――対処困難な側面から、アスタリスクは刃を振りかざし、全身のバネを使い飛び掛かっていた。
 対して、シルスクは大人の特権で迎え撃った。

 特別なものではない。咄嗟に刃を合わせて、膂力と体重で強引に押し切ったのだ。
 体格に、そして身体能力に差がある以上、あまりに有効な手段だった。

 結果、姿勢を崩したまま地に足を付けたアスタリスクを、シルスクは容赦なく刃を振るい、追い詰めた。
 どこか"好青年"的な気質が抜けない副隊長が見れば、「大人げないッス」「隊長、外道ッス」などと口走ったのだろうが、
そういった妄言に耳を傾けた事は一度もない。

 白髪の少年が隙を見せた所、シルスクは容赦なく膝を見舞っていた。

「っ!」
「表に出てきたばかりだが、幸先が悪いじゃないか、なあ『クリフォト』?
 バフ課も他所の事は言えねえが、そっちの方が先にぶっ潰れるんじゃないか」

 腹を膝で打ち抜かれ、激痛の吐き気に呻きながらも、流石と言うべきかアスタリスクは膝を付いたのみ。
 いつでも立て直せる姿勢だ。

 どうにか余裕を作り、上階の中庭から地上へと視線を向ける。

「うん、地上の方も始まったみたいだね」
「……放水車? 軍用ヘリに比べれば、ずいぶんと落ちたもんだが」

 アスタリスクから見えるものは、シルスクからも見える。
 『クリフォト』が持ち出してきたのは意外な車両だった。てっきり装甲車でも持ち出してくるかと思ったが。

 放水車は暴徒鎮圧に使われるし、実際に能力犯罪者の捕縛などにも有効なのだろう。
 だが、最初の戦闘ヘリによる爆撃に比べれば、興ざめも良い所だが……

 そこでアスタリスクの視線に気づいた。シルスクの背後、セーフハウスの屋内を見つめている。
 爆撃や『クリフォト』側の能力による攻撃もあって、火の手が上がりもしたのだが、スプリンクラーが起動し、
水が散布されてそれも消し止められている。
 残っているのが、水溜まりぐらいだが……

359 ◆peHdGWZYE.:2019/01/10(木) 01:20:27 ID:ILOc6HQQ0

――水と水

 妙な共通点から、そして多くの戦闘経験から、鑑定士のそれに近い眼力を以って直感する。

「『二つの水面を繋げる能力』――それを利用した、内外からの殲滅作戦。
 見誤ったまま、初手を打った時点で貴方たちの敗北は決まっている」

 建物内の水溜まりが跳ねた、いや中から容積を無視して、次々に"怪物"たちが飛び出してきたのだ。
 黒い毛むくじゃらで、丸っこい体格を持つそれらは、即座にバフ課の班員に襲い掛かり、戦場を混乱させる。

 シルスクも、他の隊長も知らない事だが、それは陽太の前に姿を現したクリッターと呼ばれる怪物だった。

「それでも降りる気が無いなら、それも構わないよ。
 タイムリミット――日没まで、少し遊んであげようか」

 形成は逆転し、痛みをこらえながらもアスタリスクは立ち上がり宣言する。
 戦闘技術を競う争いは終わり、そしてここから『クリフォト』の本領、能力戦の幕が上がっていた。

360 ◆peHdGWZYE.:2019/01/10(木) 01:21:02 ID:ILOc6HQQ0
――――

 地上に回された人員は、屋内のそれよりも少ない。
 各個撃破において、少数精鋭による時間稼ぎが彼らに与えられた役割だ。

 結果、悪辣な初見殺しによって、バフ課は『クリフォト』の主要構成員を止める事に成功していた。

「ま、さっそく捕まっちゃった事ですし、二人で影踏みして遊びましょうか」

 どこか胡散臭げな、いつもの笑顔を浮かべて、三班副隊長シェイドは告げていた。
 『相手の影を踏み、動きを乗っ取る能力』。事前情報がなければ、大概は一発で終わる。

 さらに同じく副隊長のラヴィヨンがオートマタで数の暴力を発揮し、エンツァが百丁の銃で面の制圧を行えば、
まず陣形は盤石といえた。

 それに相対して、動きを封じられた『クリフォト』の女性、ウンディーネは艶やかに微笑んでいた。

「ええ、もし踏み続けられるなら、いくらでも」

 今なお、バフ課の班員に水を浴びせている放水車だが、水圧は厄介ではあっても単体では決定打になり得ない。
 しかし、水が絡む能力があれば前提がまるで違ってくる。

 放水によって溜まった水面が膨れ上がり、やがてそれは人の形を作り上げた。一つ、二つと増えていく。
 『水で人型を作り、操る能力』。
 サイズは成人男性程度だが、流体としての性質とそれに伴う機動性を併せもつ。

 水人形が腕を振り上げ、そして振り回せば、腕は形を変えて撓(しな)り、鞭のような軌道を描いた。
 高速で水と激突すれば、コンクリート並の堅さとなる、というのは単なる例えだが、
相応に堅い物質になる事は間違いない。

「っ!」

 音速に迫る水の鞭、それをシェイドが咄嗟に避けられたのは戦闘経験の賜物だった。
 わずかに遅れて、背後の地面が砕かれる。

 しかし、影踏みまでは維持する事は叶わない。これでウンディーネは自由の身となった。

「ラヴィヨン、オートマタによる乗っ取りは?」
「妨害がせいぜいッスね。水しか動かせない分、向こうの方が強度高いみたいで」

 エンツァの提案に、ラヴィヨンは苦しげに眉をひそめた。

361 ◆peHdGWZYE.:2019/01/10(木) 01:21:38 ID:ILOc6HQQ0

 ラヴィヨンの能力『オートマタ』は人型の物質を自由に動かすというものだった。
 生物は適用外で、普段は手の込んだ人形などを使う。
 ウンディーネの水人形さえも対象であるのだが、完全に動きを乗っ取るという訳にはいかないらしい。

 複数の水人形が動き出し、一斉にバフ課に襲い掛かる。
 物理攻撃が効かない厄介な相手だったが、バフ課の班員たちも大したもので、手際よく足を攻撃し、
水を飛散させる事で動きを止め、各自有効と思われる能力で応戦していく。

(現状、有利なのはこちら。だが、最終的に勝ちは見えないか……)

 古株であるエンツァは現状をそう分析する。
 ウンディーネの能力は脅威だが、ラヴィヨンとエンツァも集団戦では強力な能力だ。
 さらに言えば、バフ課の練度自体、『クリフォト』のそれよりも高い。

 この場限りで言えば時間稼ぎも、このまま押し切るのも難しくはないだろう。
 しかし、バフ課の本分である治安維持は本来、常に後手に回る動きだ。何か事件が起きてから急行し、場を制圧する。
 堂々とした襲撃への対処は本分ではないのだ。

 ごく当たり前の事実であるが、主導権は攻める側にある。
 そして攻めた以上、『クリフォト』は万全の準備をしていると、考えるのが妥当だろう。
 このままバフ課の優勢で終わるとは思えない。

 放水車から高出力で水を浴びせられ、バフ課側の一角が崩れる。
 『クリフォト』が勢いづくが、特に指示しなくとも他の班員がフォローし、体勢を立て直す時間を作った。

362 ◆peHdGWZYE.:2019/01/10(木) 01:22:22 ID:ILOc6HQQ0

「放水車を潰したりはしないんですね?」
「いざという時、足は多い方がいい」

 シェイドの疑問に、エンツァは簡潔に答えた。
 やがて『クリフォト』は異形の怪物、クリッターを投入し、戦況は徐々にそちら側に傾いていく。

(新型のキメラか? いや……)

 怪物たちへの妙な違和感が解消されないまま、クリッターは放水車が作った水溜まりに飛び込むという奇怪な動きを見せた。
 転移能力による、内部への侵攻が報告されたのは、それから数十秒経った後の事だった。

 恐れていた事態ではあったが、予測の範囲内でもある。
 元より、ここで粘った所で撤退路線は覆せなかっただろう。

「が――戦果はあった方が良いか。ラヴィヨン! 妨害だけで構わない。少数だけ回せ!」

 なにも無く撤退というのも士気が落ち、今後に響きかねない。
 エンツァは戦意を漲らせると、ウンディーネを標的として狙い定めた。

363 ◆peHdGWZYE.:2019/01/10(木) 01:27:15 ID:ILOc6HQQ0
年末年始のあれこれは落ち着きましたが、ペース取り戻さないといけないですね……
ザイヤの昼の能力は必要だったので、独自に設定。劇場版なので、公式になるかは様子見みたいな位置です

補足

シルスク
フェイヴ・オブ・グール 〜バ課出動〜で初出。バフ課、二班隊長。みんなのたいちょ。
スレの設定上、潜在的な能力者ではあるのだが、昼夜共に未発現。
登場作品は多岐に渡るが、若手の仕事人間、独特な生死感、案外ノリがいい、みたいなのが筆者の印象。
技巧一つで能力に立ち向かうシチュはやっぱりいいものです。

エンツァ
禁じられたアソビ、壊れたヒトガタから登場。バフ課、四班副隊長。
空中に百丁の銃を出現させる、という凶悪な能力を持つ。ただし、反動は肉体に直接来るので一斉に撃ったら死ぬ。
古株の所属者だが、一歩引いて隊長の添え物に徹している所がある。
そのため、上司との会話パターンは豊富だが、同僚と部下との会話例がなかったりする。
この作品では、この条件での口調は書き手が決めてます。大半の同僚より年長なので、相応な感じに。

364名無しさん@避難中:2019/01/10(木) 09:51:49 ID:r4uf9DVY0
乙です!

365名無しさん@避難中:2019/01/11(金) 17:46:24 ID:sCK6t.Lk0
乙ですー
機転でなんとかする陽太の戦いも面白いけど、専門家集団であるバフ課の戦闘はまた別の熱さがありますね
ところで自分もいずれ書く機会がありそうなので気になるんですが、ラヴィくんの昼の能力ってどういうもんなんでしょうね?
シルスク隊長の人形?を操ったっぽい描写もあったり、その場の死体を操ったぽいのもあったりでちょっと
掴みあぐねてるんですが…

366星界の交錯点 ◆peHdGWZYE.:2019/01/14(月) 00:47:05 ID:0QovUzVc0
16.混沌戦線

 それは"勘で分かる"としか言いようがない。
 能力戦という何が起こるか分からない戦場を、何度も掻い潜ってきた果てに得た経験則のようなものだ。

 鑑定士に比べれば、かなり朧気なのだろうが、それでも分かるのだ。
 相手の能力がどれほど致命的で、どのように標的を補足し、どういう形で発動するのか。

 せいぜい輪郭程度であれ、シルスクは肌で感じていた。
 『二つの水面を繋げる能力』は一端に過ぎないと。

「はっ! やらせるかよ」

 水溜まりから"怪物"が出現したが、シルスクはこれで右往左往するような素人ではない。
 やる事は何も変わらない。
 一秒でも早く標的を仕留めれば増援は止まる、次点で能力を使う余裕を奪う。単純な話だ。

 すでにアスタリスクの力量は見切っている。
 シルスクが繰り出す斬撃は、より大胆で攻撃的となり勢いを増していく。

「……! 正面からは分が悪いか……それなら――」

 刃を弾き、時には受け流すが、アスタリスクの身体能力は年相応、中学生程度の未成熟なものだった。
 いかに技が優れていようと、攻めに徹したシルスクと対峙すれば肉体が悲鳴をあげる。

 わずかな間隙に、アスタリスクは背後に飛び退くと、ナイフを投擲。合わせて一動作で、予備のナイフも抜き放つ。
 シルスクの脚を狙ったものだが、フットワークで回避。一瞬だけ時間を稼げただけだ。

(狙い通り……!)

 ナイフはスプリンクラーが作った水面に着弾し――"隣の水面から飛び出して"、今度は背後からシルスクを襲った。
 『二つの水面を繋げる能力』。これを利用した背面奇襲。

 しかし、それすらもシルスクは体を逸らして避けていた。さも自然に。
 続けて素早く踏み込み、刃をアスタリスク目掛けて叩き込む。

「言っておくが、こちとら身体一つで化け物と渡り合ってるんでな。
 その程度の奇襲で死んでたら、いくら命があっても足りないだろ?」

 かろうじてアスタリスクは刃を合わせていたが、シルスクはこのまま押し切れると確信した。
 その時の事だった。

367 ◆peHdGWZYE.:2019/01/14(月) 00:48:00 ID:0QovUzVc0

 クエレブレの発した毒煙が、二人を巻き込む形で流れてきたのだ。
 舌打ちしつつも、シルスクは飛び退き、アスタリスクもそれに倣う。

「クエレブレ、こっちに流れてきてるぞ!」
「!? 悪いっ! 邪魔したか!」

 叫び合うも、互いの声色に含まれていた困惑に気が付いていた。

「いや違うな、これも能力か……」

 クエレブレが今更、初歩的なミスを犯すとは思えない。毒煙の動きが奇妙だ。
 風とは関係なしに、シルスクを追うように漂っている。

 毒煙から逃れつつもシルスクは、それを逆用した。
 煙が視界を遮った瞬間、アスタリスクにナイフを投じたのだ。

 回避動作の大半は、相手の予備動作を見て行われる。煙を通して飛来する刃を躱す事は困難だが……

「まったく、油断も隙もないね」

 アスタリスクは"あらかじめ読んでいたかのように"ナイフを打ち落としていた。

 その様を見て、シルスクの直感は確信へと変わっていた。
 クエレブレの『煙を操る能力』、それにザイヤの『電子の捜者』……後者は未来予知じみた使い方もあったはずだ。

「なるほどな。『夜の能力をコピーする能力』か……一番、厄介な類だな」
「ご名答。煙の操作と、電子的エネルギーの認識、状況的にどちらも強敵じゃないかな?」

 アスタリスクが笑うと、毒煙がとぐろを巻いた。
 ザイヤの能力でこちらの動きを予見しつつ、クエレブレの能力で毒煙を操り、退路を潰して締め上げる。

 まるで二人の隊長を同時に相手にしているような状況。
 相手にとっては初めて扱う能力、どこまで使いこなせるかは未知数だったが、危険な相手には違いない。

 その一方で、『二つの水面を繋げる能力』を封じる目論見は成功していた。
 複数同時にコピーする事はできないらしい。

 未だに状況は悪いが、すでに増援は断った。ここから巻き返す事も不可能ではないだろう。
 だが、それはシルスク個人に負担が集中するという事。
 クリッターの数を集中砲火で減らしつつも、ザイヤがそれを察して叫んでいた。

368 ◆peHdGWZYE.:2019/01/14(月) 00:48:40 ID:0QovUzVc0

「シルスク隊長!」
「ああ、邪魔は結構だ。バフ課の隊長陣で誰が一番か、証明するにはいい機会だろ?」

 常日頃から、シルスクは能力によって安易に強大な力を得た者に対して、ボヤいていた。
 能力犯罪者はもちろんの事、バフ課の同僚に対しても、能力を持たない者なりの競争心を隠さない。

 いつもと変わらない、人の悪い笑みを見せるとシルスクはアスタリスクと改めて対峙していた。

「これはワンサイドゲームで終わるかな?」

 だが、相手を予知したうえで毒を撒いてくる相手に出来る事は少ない。
 毒煙が蛇のように蠢き、さらにシルスクを追い詰めていく。
 クエレブレは昼間能力で毒を発生させたが、ここまで器用な操作はできない。

 シルスクは極限まで自身を追い詰めると、タイミングを見計らってナイフを投じていた。

(3……2――)
「往生際が悪い」

 またもナイフを完全に叩き落される。『電子の捜者』で完全に行動が監視されているのだ。
 そして、今度こそ逃げきれずに毒煙がシルスクを包んでいた。

 呼吸を止める。これで時間が稼げることは確信していた。
 これはクエレブレが発生させた毒を奪ったもの。毒は多様だが、扱いや後の除去の観点から、
クエレブレは吸引型で弛緩効果がある煙を使う場合が大半だ。

 皮膚から染み込み、即死するガスなども能力で出せるのだろうが、そんなものは危険すぎて仕事には使えない。

369 ◆peHdGWZYE.:2019/01/14(月) 00:49:14 ID:0QovUzVc0

(……1……0!)

 シルスクの狙いは、この瞬間にあった。まず『電子の捜者』を使わせ、『煙を操る能力』を止める事。
 そして――残りも少なくなった予備のナイフを、シルスクは投げ付けていた。

 アスタリスクに、ではない。『クリフォト』襲撃時に不発に終わったロケット弾の信管を、正確に狙い打った。
 その様を認識した者は全て、息を呑んでいた。

 次の瞬間には、炎が膨れ上がり、爆風がその場で荒れ狂っていた。
 大半の人間は備えていたのだが、知性の乏しいクリッターが何匹か犠牲になる。

 爆発の被害は極めて軽微。しかし、アスタリスクはそれが致命打である事を悟っていた。

「煙を……!」
「爆発までは読めなかったろ?」

 毒煙が吹き飛ばされ、霧散してしまった。
 あるいはクエレブレ本人であったなら、かき集める事すら可能だったかも知れないが、
不慣れなアスタリスクにはそこまで精密は操作はできない。

 敵が最大の武器を失った瞬間、シルスクは地を蹴っていた。若干は弛緩毒を吸い込み、身体の感触が曖昧だが、
それでも動ければ十分だ。
 完全に戦闘の流れを掴み取り、今度こそアスタリスクを仕留めるべく、刃を振るっていた。

370 ◆peHdGWZYE.:2019/01/14(月) 00:50:57 ID:0QovUzVc0
――――

「――ハンドレッドガンズ」

 バフ課でも古株の男が自らの能力の名を呟けば、文字通り百丁の銃が空中に出現し、標的を狙い定めた。
 エンツァは躊躇いなく発砲する。

 『クリフォト』構成員の女性、ウンディーネは素早く身を躱し、さらには水人形による迎撃を駆使して逃れ続けたが、
いつまでも続くものではない。
 さらには系統が被るラヴィヨンの能力による妨害、シェイドによる影踏み――
 本来、ウンディーネの能力は、物理を無効化する兵団を作り出す、恐るべきものだったが、的確に対処されていた。

「厄介だが相性が悪かったようだな。完封と言わないまでも、封殺できる」

 そうエンツァは状況を冷静に分析していた。
 たしかに『クリフォト』の能力者は脅威である。副隊長三名で仕掛ける必要がある程に。
 だが、逆にいえば、それだけの戦力を揃えれば問題なく勝てる相手でもあった。

 集団戦においては、『クリフォト』はバフ課――合流できている班以上の人数を揃えては来たが、
所詮は新興組織、練度の低さは否めない。
 どこぞの養成キャンプで鍛えたのだろうが、実戦を勝ち抜いてきたバフ課には及ばないのだ。

 エンツァは空中に銃を配置できるが、反動は本人の肉体に直接かかる。
 よって限度を知った上で、銃を連射しているのだが、それがついにウンディーネを捉えていた。

 銃弾が足を貫通し、その動きを止める。

「取った……!」
「元から私とアスタリスクじゃ、分が悪かったのだけど……」

 負傷した身で、エンツァの攻撃を避け続ける事は不可能。
 百丁もの銃口を向けられ、ウンディーネは自嘲気味に微笑んでいた。

371 ◆peHdGWZYE.:2019/01/14(月) 00:52:04 ID:0QovUzVc0

「そろそろ手札を見せる頃合かしらね」

 この瞬間、エンツァの足元のアスファルトにヒビが入り、直後には"何か"が地面から這い出ていた。
 地中からの攻撃に対して、咄嗟にエンツァが飛び退けたのは、警戒心の為せる業だろう。

 それは巨大な、砂色の芋虫にも似ていた。ただし、手足は左右に延び、ムササビのような皮膜を有している。
 サンドクロウラー、チェンジリング・デイの後、ある経緯によって出現した怪物の一種。

 地中から飛び出し、そのままサンドクロウラーは皮膜を広げて滑空し、次の獲物を狙い定めていた。

「……また新型のキメラか? いや――」

 キメラは既存の生命に、宝石状の機器を取り付け、意識を操作する。時に生体改造が伴う場合もある。
 しかし、クリッターもそうだが、地球上にはこのような生命体は存在しない。

 最も近いと思われる芋虫としても、構造が非合理だ。
 頭部も手足も、本来は別の生命体が強引に変異したような。その元は……

――人間!?

 もちろん、人間を素体にしたキメラも実在し、戦った事もある。それを扱う組織の非道さが伺えるが。
 だが、目前の怪物には、もっとおぞましい事実が隠されている事をエンツァは敏感に感じ取っていた。

 幸い、自分のハンドレッドガンズは空中の相手にも対処しやすい能力だ。
 新たに現れたタイプの異なる敵は、データの収集と撃退を早急に行わなければならない。

 迅速にエンツァが切り替えたが、状況はさらなる変化を見せていた。

「――"固有磁場"発動」

 黒い人影が、まるで早送りのような不自然な加速を見せ、空中を舞っていた。
 瞬く間に、弾けるような電光を纏うナイフをサンドクロウラーに突き立て、そのまま絶命させる。

 標的を始末しようと、そこは空中。
 落下は避けらず、そして何らかの力で軽減したようだが、明らかに無傷では済まない速度で地面と激突し――

 アスファルトに足をめり込ませ、スライドしつつも少年は無傷でいた。
 驚異の身体能力に、独自の機能と武装――バフ課の面々は、それがルジ博士による改造人間である事を察していた。
 それに続くように武装した一団が、戦場に介入していく。

「この潰し合いの結末、我らドグマが貰い受けた」

 季節外れのマフラーをたなびかせ、黒衣の少年――風魔=ホーローは戦域全ての人間に宣言していた。

372 ◆peHdGWZYE.:2019/01/14(月) 00:55:32 ID:0QovUzVc0
集団戦は本当に難しいので、中心となる戦闘の背景に、大まかな状況を記す形になってしまいますね……

>>365
明確にまとめられてはいない、と思うのですが、各描写を突き合わせて
『人間の形をした物(人形)を操作する。ただし生物は対象外』みたいな解釈をしています
死体はすでに生物でなく、人間の形をした物質、という扱い
人形はバフ課が予算を割いて用意しているか、夜の能力とかで補充できるんじゃないかなーと

補足

ウンディーネ
新規キャラクター。『クリフォト』の主要構成員の一人。無国籍風、髪の長い美女。
昼の能力は、『水で人型を作り操る能力』。夜は『二つの水面を繋げる能力』でアスタリスクがコピーしていた。
水人形は複数出す事ができ、かなり強いのだが、作中で言われる通り相性が悪すぎた。

サンドクロウラー
◆wHsYL8cZCc氏の作品より登場。チェンジリング・デイ後に人類から分かたれた怪物の一種。
クロウラー(芋虫)なのに皮膜で空を飛ぶ謎の生命体。
登場回では、わりと無残な最期を遂げている。

373名無しさん@避難中:2019/01/14(月) 20:18:54 ID:DOzIaD3g0
>>372
乙です! 劇場版、熱すぎです!!!!!!
能力バトルっぽい!! 激アツ!!!!

今更ながら投下確認しますた
まさか、6〜8年前の興奮がまた味わえるとは!!!
たいちょ始め、往年のキャラがそこかしこに登場するのもホントに熱いですw

374名無しさん@避難中:2019/01/15(火) 00:46:51 ID:dw.fYwoM0
乙です
足を負傷した美女…これはくっころ展開っぽいですねえ
シルスク隊長のナイフの達人ぶりもかっこいい限り

ラヴィくんの能力ヒントどうもです。なるほど人型をしたものなら動かせるって考えると幅が広がりそうですね
なお今書いてる作品でラヴィの夜間能力を設定しようかと思ってます
ということで約一ヶ月ぶりに>>333の続きいきます

375黒衣聖母の秘蹟:2019/01/15(火) 00:47:57 ID:dw.fYwoM0
 玄聖会中央病院は今から約十年ほど前、チェンジリング・デイの直前に稼働し始めた大病院である。竣工したばかりの真新しい建物が隕石によって著しいダメージを受ける中、それでもできうる限りの医療提供を続け多くの被災者を救った医療機関として話題になったこともあり、現在一般には優良病院として名が通っている。そういうところに粗探しの目が向くのもまた世の常で、ラヴィヨンが目にしたゴシップ誌のような「黒い噂」が囁かれたりするわけだ。

 地下駐車場から建物内に入ると、洗練された内装のしつらえにラヴィヨンは思わず口があんぐりとなった。全体的に木目調のシックながら温かみを感じさせる造りになっていて、じいちゃんが入院しているようなごく一般的な病院とは空気感が大きく違っている印象だ。

「ふええ……なんかお高そうな病院っスねえ……」
「新しい大規模病院ってのは最近割とこんな感じだねェ。今や病院ですらオシャレ感をアピっていかなきゃ選ばれねえ時代なんだろうなァ」
「え、そういう理由なんスか」
「さあ? 適当適当。だいたい患者のジジババ見てみなよ。あれがそうそう金持ってるように見えるかい?」
「ん? うーん……」

 不躾な言葉選びで促してくるハラショーに言われるまま、待合のふかふかのソファでゆったりしているお年寄りに目を向ける。みんな普通のおじいちゃんおばあちゃんという感じだ。よその病院のベッドで今頃暇を持て余しているだろう自身の祖父とさして変わらない。

「なァ? 普通の大病院なんだよここは。チェンジリング・デイでちょいと名が知れたが、別に金持ちしか相手にしないなんて高慢ちきな思想は持っちゃいないっぽいなァ」
「なるほどね。でもそんなところにあんたと僕は来たんスね。『普通の大病院』に。わざわざね」
「運営母体が潤沢な資金を持ってるのは事実だァ。でも今回重要なのはそういうとこじゃない」
「と言うと?」
「ラヴィくんはァ、『E・R・D・O』って文字列をどっかで見たことあるかい?」
「イーアールディーオー?」

 いきなりの核心っぽい質問に虚を突かれ、返答の声が裏返った。すぐに持ち直し記憶を探る。見たことがあるような気も、聞いたことがあるような気もするが、仕事柄そういった怪しげな文字列を目にする機会は多い。あるともないともまったく確信は持てなかった。そのまま時間切れになる。ハラショーがすすすと隣から消え、病院の受付らしきところに何かしら話に行ってしまったからだ。すぐに後に続く。

「警察の者です。院長さんにちょっとお話を伺いたい事案がありまして。お取次ぎ願えますかね。早急に」

 そう言ってハラショーはスーツの内ポケットから勿論本物の警察手帳を取り出し、受付の女性にやや高圧的に見せつけている。バフ課は名目上警察組織の一員であり、ラヴィヨンも一応警察手帳を配布されている。普段見せる機会などないので邪魔でしかないのだが、警視庁正面から入館する際に必要なので常に携帯はしている。記載されている所属部署や肩書は表向きには実在のものだが、名前を対象に発動される能力への警戒のために名前は偽名になっている。手帳の上ではラヴィヨンは「宇佐木太也(うさぎたいや)」という、ほとんど実名みたいな中途半端な偽名である。

 初っ端から高圧的に出たのが吉と出たのかはわからないが、受付の女性はかなり動揺した様子で奥の事務室へ引っ込んでいった。ハラショーはこういうやり方に慣れているのかもしれないが、ラヴィヨンはひとつ素朴な疑問を持った。

376黒衣聖母の秘蹟:2019/01/15(火) 00:48:27 ID:dw.fYwoM0
「なんか、思ってたより普通に動くんスね。正攻法というか」
「あァ? ラヴィくんどういう想像してたの? おじさん笑わないから言ってみよ?」
「いや、なんか掃除のおっちゃんとかコンビニ店員とかになりきって潜り込んだりすんのかと」
「あーあどうせそん程度のこと言うんだろうって思ったんだよなァ。もうちょっと面白いこと言って笑わせてくんなきゃラヴィくんよォ」
「知らねえっスよそんなの。いちいち面倒くせえ人だなあ……」
「そういう潜入的活動はノーメン隊長のオハコ。あの人は何でもありだからなァ。ま、できるもんなら俺だってそういう感じでやりたいけどよォ。ノーメン隊長のそれと比べりゃ所詮中途半端なことしかできないわけ。結局今やどんだけ上手いこと潜り込んだってどんな危険があるかわからないだろォ?」
「能力っスか」
「左様ォ。今うちの副隊長職が空位になってるのもそれさァ。潜入がバレておっ死んだんだよ。あらゆる危険を掻い潜れる隊長みたいな能力があればまた別だがねェ。なんだかんだで警察って権力に市民が弱いのはいつの時代も変わらない。それならその全うな権力最大限かさに着て動けるように動くってのが俺のスタンス、これでそれなりに隊長には認められてんだぜェ」
「あんたを否定する気はないけど違和感が拭えないっス。僕、自分が警察組織の一員だなんて意識したことほぼないっスよ」
「あくまで表向きの話さァ。けどうちらが持ってる警察手帳はママゴトのおもちゃでなければそういうプレイ用の大人の玩具でもない。正真正銘の本物なんだぜラヴィくん。真実を言っちまえば立場を保証するための形骸にしか過ぎないんだが、それでもこいつは本物なんだ。だったら大いに利用すりゃいいんだよォ」

 ずっと昔のことをふと思い出した。バフ課に入ったばかりの頃、その本当の姿をじいちゃんに見せられるわけもなかった。それでも「公務員になった」ということの証明として、支給された警察手帳をじいちゃんに見せてやったことがあった。図らずもラヴィヨンはハラショーが言うように、ただ形式だけでありながら本物でもある警察手帳を利用したことがあったのだった。

 懐かしい気持ちと同時に、この一時的な相棒への何とも言えない感情が湧いてくる。好感が持てる相手でないのは変わらないが、話していると新しいことに気づかされたり想起させられたりして、不思議と悪い気がしないのだ。そもそもバフ課の中でこれだけ明け透けに自身の意見を語る人間がまず珍しい。六班自体がこういう雰囲気なのだとすれば、バカではないと主張したがる気持ちも少しだけわかるかもと思った。

 そこまでで、ラヴィヨンの思索も二人の談義もお開きになる。奥からさっきの女性とは別の、おそらく上長らしき人物が現れたためだ。こちらはさほど動揺している様子はないものの、緊張感はありありと見える。ハラショーの言う通り、真面目で善良な一般市民ほど警察という言葉に委縮しやすいのは事実なのだろう。

「院長、お通ししなさいとのことでした。ご案内いたします」

 期待通りの答えが返ってくる。「どうも」と短いながらも感じ悪く答えたハラショーに、ラヴィヨンは黙って続いた。

 こんな病院の院長さんはどんな人なんだろう。このたぶん善良な事務員たちのように、いきなりの警察の来訪に大いに焦ったりしてしまっているんだろうか。もしそうだったら、ハラショーの正攻法は大成功ということになるんだろうか。どこか傍観者の気持ちで考えながら、案内されるままに院内を歩いた。

377黒衣聖母の秘蹟:2019/01/15(火) 00:48:55 ID:dw.fYwoM0
「院長。警察の方々をお連れしました」
「どうぞ。お入りください」

 そう言って通された院長室で、ラヴィヨンは驚きの光景を目の当たりにした。ハラショーによる詮索の必要もなく、この病院は悪の巣窟であると確信するに足る爛れた物証の数々。あの怪しい週刊誌にぶち上げられた「禁断の医療」の正体をありありと物語るおぞましい極秘文書の山……などあるわけもないのだが、仮にそういうものがあったとしても、ラヴィヨンの両目は違うところに向けられていただろう。

「こんにちは警察のお二方。こんな何もないところにわざわざ来られるなど、よほどのご用事でしょうか」
「こーれはこれは。院長女史、ホームページの写真で見るよりさらに若くてお美しい。あらゆる目の病気が一瞬で治りそうだ」
「フフ。私は素直に喜ぶほうですが、そういった言葉はあまり気軽に口にしないほうが御身のためですよ」
「おっと、ハラスメントってやつですか。世知辛いですねえ。きれいなものにきれいと言って何が悪いってんだか。納得いきませんねえ」

 ハラショーが慣れた態度で出会いの挨拶を交わすのを、ラヴィヨンはまだ半分くらいしか聞いていなかった。ラヴィヨンの中で病院の院長という立場は、概ね初老ちょい前くらいの脂っこいオジさん専用のものだという、大いに偏った思い込みがあった。その思い込みからして今目の前にいる院長を名乗る人物は属性が地球と月ほどかけ離れている。

「さてと。一応まずはきちんと警察手帳を拝見しても?」
「おっとこりゃ失礼。ほらラヴィ、お前も見せろ」
「ふえ? あ、ああ」

 見とれて呆けているとハラショーに小突かれ、慌てて手帳を取り出す。院長女史は隙のない眼差しで両方を、ただ特にラヴィヨンの手帳を長めに見つめたのち、くすりと笑って「なるほどね」と小声で呟いた。

「失礼しました。こんなこと初めてで、どう対応するのが最善なのかわかっていないもので」
「あーそりゃそうでしょうそうでしょう。我々警察なんぞのお世話になるような方でないことは重々承知です」
「フフ。ああ、改めて私のほうも自己紹介を。玄聖会中央病院院長、玄河冴(くろかわさえ)と申します。お見知りおきを」

 黒い革張りのいかにもな椅子から立ち上がりながら、綺麗な会釈をよこしてくる院長女史、玄河冴。出会い頭の衝撃からようやく脱しつつあったラヴィヨンは、改めて冷静に彼女を観察する。

 麗人。ラヴィヨンの語彙からこの女性を端的に表せるのはこの言葉だ。立ち上がった姿を見てわかったが背が高く、目線はラヴィヨンとあまり変わらない。顔だちは女性ながら精悍で、中性的な男性にも見える。かと言って男らし過ぎるわけではなく、自然な程度に施したメイクとほんのり浮かべた微笑みに女性らしい艶も感じさせる。脂っこいオジさんとは程遠い麗しさが目を引くが、それよりも驚かされるのはその若さだ。

「どうぞ。おかけください」
「失礼して。ほらラヴィお前も座れ。ボサッとすんな」

378黒衣聖母の秘蹟:2019/01/15(火) 00:49:21 ID:dw.fYwoM0
 一応すでに衝撃からは脱しているラヴィヨン。ハラショーの口調とキャラクターの変化を察し、彼がすでに彼のペースで仕事の態勢に移行していることは感じている。年齢からして先輩後輩という設定でいくのも自然の流れだ。二人の間にそれ以上の取り決めはない。自分をこの場に呼び出したのは六班の方だ。だったら自分もその役割の中で好きなように動く。バフ課らしい横柄さをもってラヴィヨンは、ありのまま思ったことを口にしてみた。

「あ、すんません。ちょっと、自分の中の院長像とこの人があまりにかけ離れてたもんで混乱しちゃって」
「何を寝ぼけたこと言ってんだお前。あ、すいませんね院長女史。こいつまだまだ新米でねえ」
「フフ。気にしませんよ。よく言われますからね。医師免許持ってるのかなんて疑われたこともあります」
「さすがに無礼だとは思いますが、まあ気持ちはわかりますな。実際年はおいくつで?」
「女性に年聞くとかありえねえっス」
「やかましいんだよお前は」
「フフ。今年二十八になりました」
「実際お持ちなんスか? 医師免許」
「ラヴィこら!?」

 ハラショーとしてはすこぶる予定外なのだろうラヴィヨンの口出し。珍しく本気でうろたえた声が飛んできたが、冴院長のほうは冷静だった。

「もちろんですよ。まあ正直に言えば、あまり胸を張って『取った』と言えるものではないのですけどね」
「って言うと?」
「隕石災害後に特例措置というものがありましてね。それを利用して取得したんです。まあ医師に限らずあらゆる専門職が人手不足に陥った時期があったわけですが、医師不足は特に深刻な問題でした。それを一時的にでも解消するための苦肉の策としてごく短期間に取られた抜け穴のような対応です。なので私は本来なら取れるはずはない年齢で医師免許を取得しています。ああ、一応きちんと公表されてることですし、違法なことをしたわけではないんですよ」
「なんだ。何か悪いことして取ったものなのかと思いましたよ。そうじゃないなら胸張っていいじゃないスか。ねえセンパイ」
「ラヴィッ……」

 ハラショーの顔が露骨に引きつる。それは一瞬で、話に割り込んでくる。

「まあそりゃ言えてるけどな。それに聞いた話、あなたの医師免許は結局お飾りだとか?」
「フフ、はっきり言いますね。いっそ気分がいい」
「事実ですか?」
「まあ、私はもっぱら病院の経営に関する業務しかしていませんからね。そういうことですよ」
「はあなるほどねえ。ま、そりゃ別にいいんだ。我々警察はそんなことで動かないのでね」

 ここまでは世間話とばかりにハラショーは声色を変えた。ただラヴィヨンには、冴院長は簡単な相手ではないように思えた。受付の事務員のような緊張や焦りらしきものが、彼女からは今までのところほぼ感じられないのだ。もっと血生臭いものではあるが、ラヴィヨンは戦闘のプロである。その中では敵の表情や仕草から心の動きを読み取り立ち回る技術が要求される。今冴院長の瞳には、警戒の色はあっても怯えや焦燥といったものを見出すことはできなかった。

379黒衣聖母の秘蹟:2019/01/15(火) 00:49:58 ID:dw.fYwoM0
「ここからが本題ということでしょうか。お二人の所属に『組織犯罪対策部』とありましたね。私たちは反社会的勢力とのつながりを疑われているのですか?」
「ほー。やっぱり学のある方は話が早くて助かる。だが、ちょっと違う」
「あら、違う?」
「そう単純な話ではないってことです。ただこの本題に入る前にもうひとつ与太話を」
「与太話ですか……こう見えて私も暇ではないのですけど」
「ラヴィ。さっきのあれ出せ」
「ういっス」

 言われてラヴィヨンは、持っていたリュックからさっきのいかがわしい週刊誌を取り出した。すでに付箋でマークされたページを開き、冴院長に見えるようにテーブルに置く。冴院長の反応が気になるところだったが、予想通りというのか、期待外れというべきか、リアクションは薄いものだった。

「少々古いネタですね。まさしく与太話という感じですけど」
「この記事自体はご存知で?」
「自分の病院が取り扱われたとあれば、どんなものでもチェックはしますよ。真に聞くべきは悪評という言葉もありますもの」
「なるほどねえ。で、この記事読まれてどう思われました?」
「特に何も。何も思いませんでしたよ」

 終始穏やかな語り口の冴院長だが、ここは少し感情が出たようにラヴィヨンには聞こえた。少なくともこれは明らかに嘘のはずだ。根も葉もないことを書かれたなら怒りを覚えるだろう。そして何か後ろ暗いことがある場合、それを暴き立てようとする相手に対しては自己防衛のためにやはり怒りで応えるのが人間という生き物だ。発露させないほうが賢明と彼女は判断したのかもしれないが、かえって不自然なものに映った。だがラヴィヨンの見立てに反し、ハラショーの言葉は意外なものだった。

「そうですか。ま、いちいち真面目に対応するだけ馬鹿らしいですからねえこんな便所の落書き。じゃ与太話はこれぐらいにして」
「あ、ええ……ようやく本題というわけですね」
「そうなります。昨今、組織犯罪対策部は少々手広くやっておりましてねえ」
「手広く、ですか?」
「院長女史もご存じでしょうが、ほら、今は特殊能力ってやつがありますでしょ? バフだったりエグザだったりいろんな呼び方されてますが」
「ええ。不思議な事象ですね」
「不思議なだけならまあいいんだが、それをもって悪さをする輩がいたりする。さらにはそれに関連して徒党を組んだりする連中もまたいたりする」
「そして、徒党を組んでよからぬ企みを企てたりする者たちもまたいたりする……ということですか」
「ご明察!」

 ご明察と相手に気をよくさせつつも、この話は半分以上嘘であるとラヴィヨンは冷静にツッコミを入れていた。バフ課が組織犯罪対策部に正式に存在しているのであればまごうことなき真実だが、現状は形式上そういうことになっているというだけのものであり実態はまったく別部署である。その辺も含めてラヴィヨンは、ここからは変に茶々を入れない方がいいんだろうと空気を読んだ。

「なるほど。あなた方の対象が反社会的勢力だけに限らないということについては理解できました。ですがまだよくわかりませんね。それでなぜここに?」
「わかりませんか?」
「わかりませんね。疑いを持たれるようなことをしてしまった覚えはありませんので」
「そうですか……」

380黒衣聖母の秘蹟:2019/01/15(火) 00:50:21 ID:dw.fYwoM0
 毅然と対応してくる冴院長に分が悪いという雰囲気のハラショー。さっきまでの彼であれば嫌味な言い回しで言い返したりしそうなものだが、不気味なほど大人しい。ラヴィヨン的にはややフラストレーションの溜まる展開だが、口は挟まないことにした。そうして次にハラショーが発した言葉は、ラヴィヨンが予測していた通りのものだった。

「では院長女史は『E・R・D・O』という文字列をご覧になったことはありませんか?」
「え? すみません、もう一度おっしゃっていただいても?」
「イーアールディーオーです」
「イー・アール・ディー・オー……」

 直前にハラショーから聞かされた文字列だった。相当に重要なキーワードなのだろうと思ってはいた。この場でそれが出るのはやはり自然なことなのだろう。タイミングから察するにそれは「能力に関連して徒党を組みよからぬ企みを企てる連中」の団体名称か何かなのかもしれない。それにこの美人の院長女史が、ひいてはこの大病院そのものが関わっている、そういうことなんだろうか……そんな想像をめぐらしたラヴィヨンだったが、

「ふ、ふふ……」
「あァ?」
「ふふふ、ははは、はは、はははは……」
「院長センセ……?」
「あはっあはははは! ははっはははっあはははあははははあああははははははははは! はああお腹痛い! あはははははははは!」

 当の院長女史は美貌を台無しにして笑い転げている。悪事を見抜かれて高笑い、という雰囲気ではまるでなく、ただただ無邪気にお腹を抱えて笑い転げている。あまりの崩れっぷりにラヴィヨンは勿論、ハラショーもただただ困惑するだけという感じだった。ひとしきり腹の底から笑い飛ばしたのち、荒い息を整えながら冴院長は居住まいを正した。

「はあ、はあ……す、すみません。お見苦しい姿をお見せしてしまって」
「あ、いやァ……」
「笑いのツボに入るとどうしても抑えが利かなくて……お恥ずかしい」

 恥ずかしそうにまだ荒い呼吸をどうにか抑えようとしている姿は妙に色っぽい。さっきとのギャップにラヴィヨンは不覚にもどきりとした。しかし彼女の笑いのツボとはいったいなんなのだろうか。場合によっては悪い意味でクリティカルヒットになるだろうあの単語に見せる反応とは到底思えない。少し雲行きが怪しいかもしれない。ラヴィヨンは警戒した。

「ええ、その文字列ですが。見たことがあります」
「おや……あっさり認めるんですね」
「ええだって何も隠すようなことはありませんものフフ。なんなら正しい読み方を教えてさしあげます」
「正しい読み方?」
「それは『エルド』と発音するんです」
「エルド……」

 呟いたハラショーはラヴィヨンに目配せしてきた。「聞いたことあるか」という問いと受け取り、目線で「いいえ」と返す。しかしやはり妙だ。立ち直った冴院長はずいぶんと余裕に見える。ハラショーからの事前の問いかけ、さらには車の中での彼の話にまで遡り、「ERDO」というのはバフ課が捕捉できていない新手の能力犯罪組織の名称か何かなのかもしれないと思った。だがそうであるならば彼女のこの朗らかな対応は一体なんなのか。本題に入った今口を挟むまいと思っていたラヴィヨンだったが、好奇心に勝てなかった。

「あの、院長センセ? そのERDOってのは、別に怪しい組織とかじゃないんスか?」
「フフ、全然違いますよ。だってERDOは私の妹が中二病をこじらせていた頃に作り上げた、いたって善良な一組織の名称ですもの」

381名無しさん@避難中:2019/01/15(火) 00:50:55 ID:dw.fYwoM0
投下終わり。

382名無しさん@避難中:2019/01/17(木) 02:31:27 ID:pGvjfhqc0
乙です。お、冒頭で出てきた玄河仁の身内ですね?
ERDOは設立当初とは変質している、とは何処かで出てきた気がしますが……発端が厨二病とはw
しかし、相変わらずハラショーの軽快な語り口が良いですね

>>373
どうもです。6〜8年前に楽しませてもらったからこそ、この作品にも繋がってる感じですね
最後の作品である可能性も、という事もあって、いっそ派手にと劇場版、スーパーチェリデ大戦と相成りました
数年ぶりに、ふと覗いた人へのサプライズぐらいに考えていたのですが、即行で見つかった思い出

383星界の交錯点 ◆peHdGWZYE.:2019/01/20(日) 23:23:38 ID:RIMcj3Mg0
17.『クリフォト』の力

 バフ課を犯罪組織と見立てた、公安調査庁の介入。
 想像だにしなかった、しかし確実に機能を停止させるだろう一手は、裏社会でも短時間で知れ渡った。

 当然ながら、各組織は色めき立っていた。
 もちろん能力社会の秩序を担う組織はバフ課だけではないし、表の組織もある。
 しかし、今まで拮抗していたバランスが、明確に崩れた瞬間である事も確かだった。

 今まで難航していた抗争や有益な能力者の拉致に、無法者たちは一斉に乗り出す事となる……

『オぉーう。こレは"両方"、叩キ潰す良ィ機会ですネェー』

 しかしその最先鋒とも言える組織、ドグマはそのような凡庸な発想はしなかった。
 ドグマ幹部、フェイブ・オブ・グールの一声によって、バフ課と『クリフォト』の闘争への介入が決定したのだ。
 自分たちに対抗できる組織さえ潰しておけば、収穫など後からいくらでも出来る。

「相変わらず、フォグはやたら攻めた立案をするな」
「ドグマはどいつもこいつもイカれてるにゃ」

 介入の先鋒として選ばれたのが、風魔=ホーロー。
 および、それを監督する形で随行しているのが、ドグマ幹部の霧裂=ルローだった。
 こちらは猫耳付きのパーカーを目深にかぶった少女で、そうは見えないが、かなりの危険人物だ。

 ドグマの戦闘員が無差別にバフ課、『クリフォト』を問わず、攻撃を仕掛けている。
 混沌とした三つ巴の戦い。ある意味、最も避けたい状況に陥り、両陣営は思わず顔をしかめていた。

「どうも収拾できそうにない展開に入りましたけど、ドグマの方々……
 戦闘の落しどころとか考えてるのかしら」
「にゃっ! とりあえず全員、殺すかにゃ?」

 ウンディーネの皮肉気な問いに対して、ルローの返答は実にシンプルなものだった。
 別勢力が全滅すれば、戦闘は終わる。
 最小の手間で最大の成果を、という戦術の原則を無視した殲滅宣言。

 放水車の影響で、周辺に点在する水溜まりから、ウンディーネの能力によって水人形が次々と立ち上がる。
 標的はバフ課から替わり、ルローに狙いを定めていた。

 水人形がその腕を鞭に見立てて振り回す。その先端は音速に近く、岩石すらも砕く威力だが……
 ルローの籠手からは三本の刀身が飛び出し、鋭い軌跡を描いて、水の鞭を薙ぎ払った。

384 ◆peHdGWZYE.:2019/01/20(日) 23:24:43 ID:RIMcj3Mg0

「特に、お前を殺すのは大した手間でもないにゃ」
「今日は厄日ね。相性の悪い相手ばかり」

 ウンディーネの水人形は通常、切られても突かれても影響はない。流体ゆえに、ただ通過してしまうのだ。
 だが、ルローの『切り裂く』能力 の前には無力となる。

 黒い霞、一種のオーラを通して、境界の意義を崩す事で物質を切断する。
 つまり――原理上、物質が流動的だろうが、能力で形状が保たれていようが切断は可能。
 水人形たちの形が崩れ、元の水へと還っていく。

 一方で、ホーローはバフ課の面々に目星を付けていた。
 実の所、ホーロー……風魔嘉幸はシルスクやラヴィヨン、バフ課の二班とは縁がある。
 自分がドグマに加わった事件の際、傭兵組織イモータルに殺害されるはずだった両親を救ったのが彼らだった。

 だが、すでに道は分かたれた。感傷の余地はない。

「まず一人、脱落だ」
「ちょ……」

 第三勢力の介入によって、一気に危険地帯が変化していた。位置取りは生死に直結する。
 ここで退きそびれた青年はラヴィヨン、二班の副隊長だった。

 ホーローの昼間能力は『時間操作』、自分の周囲に限り時間の流れを変える事ができる。
 改造人間の身体能力に加えて、能力による加速。いかに、修羅場を潜ったバフ課の人間でも、初見での対処は困難。
 味方が援護する間もなく肉薄し、白兵戦に持ち込んだ。

 躊躇なく、プラズマナイフを逆手から振り下ろし、肩口から突き立てる。
 治療すれば死にはしないが、戦闘不能――確信した直後に、ホーローは異常な感触で、自身の失敗を悟った。

「っ! ダミーだと……」

 ラヴィヨンの能力、『オートマタ』によって操作される、精巧なダミー人形。
 戦況の混乱に紛れて、入れ替わっていたのだろう。
 フォグも遭遇した事があるらしく、ドグマでも幾らか情報は共有されているのだが、まんまと嵌められた。

「はい、ストップ。非行少年なので補導、なんかじゃ済まない程度には、おいたが過ぎますね」

 さらに影が差すように、唐突に死角から気配が露わとなる。
 戦場には似合わない、軽い雰囲気で声を掛けたのは、三班副隊長、code:シェイド。

385 ◆peHdGWZYE.:2019/01/20(日) 23:26:29 ID:RIMcj3Mg0

「影踏みによる拘束能力か……!」

 体が思い通りに動かせない事に、否応なく気付かされる。
 踏んだ影を介して、相手の動きを乗っ取る能力。シェイドが戯れるように手をパーにすれば、
ホーローの手もそれに従い、プラズマナイフが零れ落ちた。

 カタンと刃が地を叩き、それがそのまま武装解除の証となった。
 この能力の前には改造人間の身体能力も、時間操作による加速も無力だった。

「『ハンドレッドガンズ』発動」

 続けて、三人目の副隊長、エンツァがホーローの視野の外から宣言していた。
 ホーローを包囲するように、空中に百丁の銃が現れ、ただ一人に集中して銃口が向けられていた。

 流れるような連携による完全包囲。いかに頑丈な改造人間とはいえ、全方位から射撃されれば、長くは持たない。

「くっ、"逆磁場"発動ォ!」

 ホーローはやむを得ず、切り札を出した。追い込まれ、使わされたと言うべきか。

 改造人間の機能として搭載された磁気操作でも、最大の切り札。
 自身を中心に、周辺の磁性を持つ物質すべてを吹き飛ばす。もちろん、対策されていなければ銃器も該当する。

 嵐のように、百丁の銃が弾き飛ばされ、影を踏んでいたシェイドも磁性を持つ武装を有していたのか、
体勢を崩したまま、弾かれた銃を叩きつけられ、そのまま転倒する。
 追撃できそうな状況だが、それは断念する。まずはエンツァの制圧範囲から、逃れなければならない。

 常人と比較すれば、かなり身軽に飛び退いて、ドグマ側の領域へと後退していく。
 結果として得る物なく下がり、そのうえ"逆磁場"の反動よって二十四時間は磁気操作機能が停止してしまった。

「ヨシユキ、あまり突出するにゃ。こういう死地では出過ぎた奴から死ぬにゃ」
「ああ、そのようだ」

 ナタネの運命レポートにより、『クリフォト』に対しては有利な戦力を用意できたが、
やはりバフ課でも隊長、副隊長格は難敵であり、同時に複数を相手にすれば、一方的に潰される可能性すらある。
 より慎重を心がけて、ホーローは戦いに臨んでいた。

386 ◆peHdGWZYE.:2019/01/20(日) 23:27:39 ID:RIMcj3Mg0
――――

 バフ課のセーフハウス、上階の中庭にて。
 一騎打ちに決着が訪れようとした瞬間、今度は爆発が両者を間で起こり、それを先延ばしにしていた。

「ちっ、しぶといガキだ。たしかドグマ幹部の能力だったか……」

 流石というべきか、半ば反射で飛び退き、シルスクは無傷のまま舌打ちしていた。
 一方で、爆発を起こした当人、アスタリスクの方は無傷では済まなかった。

「ハァハァ……!」

 戦闘で消耗した結果、肺が痛む程に呼吸は荒れ、その利き腕は焼き爛れている。
 咄嗟にコピーした能力で、自分の使っていた刃物を爆破したのだ。

 現在、上階での戦場は建物から突き出た中庭、つまりは大型のバルコニーで外への視界は開けている。
 ちょうど接近してくる、ドグマの軍勢と猫耳フードの少女、霧裂=ルローの姿が目に入ったので、
アスタリスクは彼女から夜の能力、『爆発させる』能力を拝借した、という次第だった。

 ドグマの介入は予想外。『クリフォト』にも運命や因果の観測手段は存在しているのだが、
相手も同等の能力を利用しているなら、結果はジャンケンのようなものだ。
 互いに手を出してみなければ、結果は分からない。

「……フォグもやってくれるね。これじゃ投入戦力とリターンが無茶苦茶だよ。
 狂人というやつは手が負えない」
「世の中、思い通りに事が運ぶ方が稀だろうが」

 アスタリスクがぼやけば、シルスクもわざわざ反論する気になれず、ただ当然の事実を述べた。

 ドグマの介入を以って、バフ課と『クリフォト』の闘争は無様な消耗戦に突入した。
 三つ巴になってしまえば、当初のプランは白紙になり、舵を取ろうにも状況が複雑すぎる。

 ここからは、互いに犠牲を増やすだけの、勝算もリターンもないチキンレースだ。
 唯一、ドグマはそれを辞さないつもりで、つまりは最悪、幹部すら捨て駒にする心算で介入したのだろう。
 真っ当な組織では到底、付き合いきれない。それがドグマの恐ろしさでもある。

387 ◆peHdGWZYE.:2019/01/20(日) 23:29:24 ID:RIMcj3Mg0

 アスタリスクは一瞬だけ、太陽の位置を確認した。
 もう大概、傾いてきてはいるが、まだまだ日没までには時間が掛かる。能力の昼夜変化は起きない。

「決着はお流れになりそうだけど、個人戦ぐらいは終わらせようか」
「死にたいなら、いちいち止めないがな」

 嫌味でも挑発でもなく、そう言ってのける。
 すでに片手を負傷し、体力も残り少ない。そんな相手を仕留め損ねるほど、シルスクは甘くなかった。

 大方、部下の逃亡までの時間を稼ぐつもりだろう。
 目前のアスタリスクを無視して敵の数を減らすべきか、それとも主要構成員を確実に仕留めるべきか。
 シルスクが手短に思案したところで、それは起きた。

 再度の爆発、今度はアスタリスクによるものではなく、そして大規模なものだった。
 四班の武装を恐れて、上空で待機していた『クリフォト』の戦闘ヘリが爆破されたのだ。
 破片が飛散するが、幸いというべきか、中庭に被害はなく、周辺にも一般人は居ない区画だ。

 撃墜された訳ではない。何かが着弾するなどの前振りもなかった。むしろ内部から……

「あー、バカ高いヘリが……どいつもこいつも」
「不要だ。文明の利器など、圧倒的な力の前には無意味だろう」

 会話内容から察するに、その男が内部から戦闘ヘリを破壊し、上空から落下してきたらしい。

 浅黒い肌の中東系の男。礼服に身を包み、自身を完璧に整えた姿は、社交界に臨む富豪のようにも見えた。
 戦場においては、あまりにも場違い。闘争ではなく、言論や経済での強者の出で立ちだった。

 『クリフォト』幹部、バウエル。
 未だバフ課が把握していない事柄ではあったが、水野晶の拉致でも姿を現した人物だった。

(無傷……なんだ、こいつの能力は?)

 その異様さに、シルスクは戦慄を覚えていた。
 搭乗していたヘリの爆発に、上空からの落下。それで傷どころか、礼服に埃一つ付いていない。

 いや、とシルスクは冷静に訂正していた。
 観察眼と鑑定士にも近い直感を有していれば、だいたいは推測できることだ。

 すなわち、"無敵"と呼ばれる類の能力を有しているに違いなかった。
 シルスクな能力者に対抗意識があるが、その一方で常人では勝てない能力も存在する、という事実を
嫌という程に悟っている。

388 ◆peHdGWZYE.:2019/01/20(日) 23:30:39 ID:RIMcj3Mg0

「クエレブレッ!」
「おうよ」

 選手交代、シルスクが即断すれば慣れた様子で、三班隊長クエレブレが前に出ていた。
 シルスクにとっては忌々しい事に、クエレブレの『猛毒ガス』を吐く能力は無敵系の能力者相手への
切り札ともなり得る力だった。

 いかに無敵といえども、空気を遮断してしまえば、窒息死してしまう。
 そして――空気は酸素分圧が高すぎても低すぎても、人体にとっての"毒性"を有するのだ。
 早い話、いかに無敵だの絶対防御だのを並べ立てた所で、呼吸に依存している限り、クエレブレはそれを突破する。

 低分圧、短時間で酸欠に陥るように調整された空気が吐き掛けられた。
 不可視にして不可避の猛毒――だが、バウエルはわずらわしそうに手を振っただけだった。

「バフ課の諸君――3という数字をどう思う?」

 ただ無防備にバウエルが前に出る。
 すかさず、ザイヤは四班に発砲を命じた。自動小銃から、無数の弾丸が放たれたが、それは礼服に触れた瞬間に止まり、
無害なまま中庭の床へと落ちていった。

 アスタリスクはどこか白けた様子で、一方的な展開を見守っていた。

「あー、無駄無駄。『クリフォト』はね、集団としてはバフ課よりも弱いし、ドグマのような独立性もない。
 表の組織に上手く寄生しないと立ちいかないんだ。でもね、表裏どの組織よりも強大な力を持っている」

 なぜなら、狭霧アヤメのような、フェイブ・オブ・グールのような、あのフォルトゥナのような――
 一人で世界を敵に回しうる能力者が複数在籍しているからだ。

 もちろん、そういった能力は人格形成にも大きな影響を与える。通常、彼らが群れる事はあり得ない。
 だが――"彼女"を通じて、『クリフォト』は能力がもたらす破滅を知っているのだ。

「バウエル――彼は僕やウンディーネのような、単なる便利能力とは違うよ?」

 もはや集団戦の体を成してはいなかった。
 礼服の男、バウエルが現れた直後から『クリフォト』側の戦闘員は、バフ課から距離を置き、一人に任せている。
 結果的にバフ課は、バウエル一人に戦力を集中させる事ができたが。

 だが、それが意味する事とは、つまり……

389 ◆peHdGWZYE.:2019/01/20(日) 23:32:39 ID:RIMcj3Mg0

「私はね、3とは最も神に、あるいは自然に愛された数字でないかと考えているんだ。
 例えば、立体は三次元によって成立し、面は三つの点から成立する。
 時間さえ、過去と現在と未来の三つに分割される」

 シルスクが駆け出した。無敵系の能力者を相手取る時は、とにかく何らかの穴を探すべきだ。
 いくら無敵といっても、それが完全であるとは限らない。
 むしろ、突破口を隠して、完全であると装っている場合も多いのだ。

 まだ、非能力の近接攻撃は試されていない。全力で刃をバウエルの首筋に叩きつける。

「クッソ、化け物が……!」

 十二分に手応えがあったにも関わらず、ナイフの刃は皮膚に触れただけで通らなかった。
 傷一つ付けられないまま、刀身がバウエルの浅黒い皮膚を滑った。

 ならば、全ての凶器を無効化する、という仮説ならどうか。毒ガスも銃も刃物も効きはしないだろうが――
 シルスクは素手、貫手でバウエルの片目を打ち抜いていた。
 一片の躊躇なく、確実に失明させる威力で突こうとし……そして、やはり通らない。

 バウエルは目が抉られようとする瞬間も、瞬き一つせずにシルスクと向き合っていた。
 当然、何をされようと自分は無事であると確信している様子だ。

「そろそろ、大まかに私の能力が見えたのではないかな?
 地上、水中、空中――この三つに属する全要素から無敵となり、それらの再現すら可能となる能力!」

 傲然とした態度で、本来は秘するべき己の能力を暴露。しかし、失笑できる者は一人も居なかった。
 つまりは事実上、地球上では無敵かつ万能の能力であるという事。

「シルスクッ! そいつから離れろ!」

 クエレブレが叫ぶが、手遅れだった。
 バウエルとシルスクを中心に、大気が速く激しく渦巻いていく。局所的、極めて強い上昇気流。
 つまり"空中"に該当する事象、竜巻をバウエルは再現して見せたのだ。

「すなわち『三界制覇』」

 それは能力名の宣言か。なんにせよ、能力の直撃を受けたシルスクが辿った運命は悲惨だった。
 気流によって全身が吹き飛ばされ、中庭の床に二度も強打した後に、最後には空中に巻き上げられたのだ。

 衝撃で意識が朦朧したまま上空に放り出され、本来なら死は確実な所だが、
悪運というべきか、たまたま居合わせたバフ課の人員が能力も駆使して保護していく。

390 ◆peHdGWZYE.:2019/01/20(日) 23:35:49 ID:RIMcj3Mg0

 同僚の無事を確認してから、四班隊長ザイヤは部下に続けて、指示を飛ばそうとしていた。

「鎮静剤は――」
「無敵なうえ、なんでも有りの化け物にどう投与するんだ? いや、そもそも『人間の攻撃』自体が効くのか?
 俺たちは地上に生きる生命体だろ」

 対して、クエレブレが絶望的な現実を提示する。そう、もはやこのバウエルを倒す術はない。
 まともにぶつかっても、いや策を巡らした所で、待ち受けるのは全滅でしかない。

 ここで部下の命を預かる隊長がすべき決断は――撤退しかなかった。

「バフ課の諸君、恐れないで欲しい。君たちは痛めつけられる事もないし、絶望を味わう事もない。
 ただ――自然の摂理として、一瞬でこの世から消え去るだけだ」

 勝手な事をバウエルはしゃあしゃあと述べていたが、尊大な態度からして本気なのだろう。
 「うへぇ」と思わず、クエレブレは呻いていた。なんでも出来て、無敵の能力というのは、一度は憧れるものだが、
これほどまでに人の精神を歪めてしまうなら、はっきり言って願い下げだった。

「はぁ……こんな派手な事したら、各組織にバレる……というか、確実にドグマは見てるだろうし、
 それにUNSAIDにもドグマにも一応、君を殺す手段がある事、分かってる?」
「お前の夜の能力を晒すよりはマシだと判断した」

 何気ないやりとりを、ザイヤは脳裏に深く刻み込んでいた。
 バウエルを倒す手段は実在し、そしてアスタリスクにも何らかの機密情報があるらしい。

 改めて、バウエルはバフ課の面々に向き直ると宣言していた。

「さて、こちらは何でも有りだが、どのような体験をしたいかな? もっとも昼は現象に限られるがね。
 例えば――直下型地震というのはどうだろう。この建物が耐えられるか、見物だと思わないか?」
「バウエル、僕はいいけどウンディーネは巻き込まないようにね?」

 やはり本気なのだろう。そして、平気で味方を巻き込み得る。意志を持った災害のようなものだ。
 『クリフォト』の戦闘員は、アスタリスクとバウエルだけを残して、次々と滑空機(グライダー)を回収し、
バフ課のセーフハウスから退避していく。

「クッ……code:クエレブレから全班員に通達! 施設の倒壊に備えろ! 戦略級能力者の攻撃が来るぞ!」

 数秒と経たずして、施設を最大級の震動が襲っていた。
 チェンジリング・デイ後に建造された事もあって、十分な強度を有していたのだが、それでも震源が真下という
例外的な状況では限界がある。
 まるで巨人にも揺さぶられたかのように建物は振り回され、強靭な壁には容易く亀裂が入り、砕け散っていく。

 ただ一人の能力者によって、バフ課のセーフハウスは瓦礫の山だけを残して崩壊していた。

391 ◆peHdGWZYE.:2019/01/20(日) 23:39:29 ID:RIMcj3Mg0
集団としてはバフ課に押されつつも、『クリフォト』の脅威と性質は描けたでしょうか
劇場版ボスのスペックは伊達じゃない
ここから、ちょっと小話を挟んで、陽太編に戻る感じです

ウンディーネさんは相性が悪いとは書いたけど、副隊長三人はだいたい誰がぶつかっても厳しい気がする

補足

霧裂=ルロー
リンドウ編より登場。寝巻のような猫耳フード付きの服を着ている、と見せかけて、本物の猫耳少女。
ホーローと同じくルジ博士の改造人間であり、瞳も耳も本物の猫と同様のものらしい。
昼は『切り裂く』能力、夜は『爆発』させる能力と、どちらも戦闘向け。
脱獄囚かつドグマの幹部なだけあって、かなり物騒な性格だが、意外に常識的な面も。

バウエル
能力が判明したので、改めて紹介。『クリフォト』の幹部、中東系の特徴が見られる男性。いつも礼服を着ている。
中東から欧州にかけて、生ける災害として闊歩している怪物。国連からも注視されていたが、ふと消息を絶ち……
『三界制覇』という地上、水中、空中の三つに属する要素から無敵、再現も可能というインド神話みたいな能力を持つ。
デメリットは未確認だが、一種の人間性を喪失する事が反動ではないかと推測される。
かなりチートなだけあって『クリフォト』でも三番目か、四番目ぐらいの強さ。

392名無しさん@避難中:2019/01/24(木) 17:37:58 ID:WhfXx28o0
バウエルつっよ……対抗策はなんだろうか
『3』に対するこだわりは面白いですね。実際『三大〜』がいろいろあったりなぜか三位までメダルもらえたりするもんなあ
本人的にもバウエルは三番目の強さでいいんじゃないでしょうかwこれで三番目ってのも恐ろしいけど

で私も投下。能力対能力の熱いせめぎ合いは他の方にお任せして、私の話は常に淡々と進行します

393黒衣聖母の秘蹟:2019/01/24(木) 17:39:19 ID:WhfXx28o0
「ねえハラショーさん。結局今日一日ってなんだったんスかね」
「あァ?」
「あァ? じゃねえっスよ。『ERDO』って結局怪しい組織でもなんでもなかったじゃないっスか」
「あァ……」
「院長センセあんなに笑い転げちゃってさ。あれあれっスよ。妹さんの中二病時代を思い出したってのもあるんだろうけど、それに踊らされた僕らのアホっぷりがツボってたんスよ。絶対そうっス」
「はあァ……」

「ERDO」なる正体不明の文字列に対する笑撃的事実を突き付けられたのち、ラヴィヨンとハラショーの二人は特にこれといった手応えもないままにバフ課六班執務スペースへと帰還していた。今は出動前にハラショーが寝ていたソファに腰かけて議論とも言えないような議論を戦わせているところだ。根が素直なラヴィヨンは冴院長の言葉をそのまま受け取り、情けないようなこっ恥ずかしいような気持ちになっている。あれだけ爽快に笑い飛ばされたのだから、そこに何か別の意図なんてあろうはずもない。そう考えるのは自然なことだろう。もちろん全ての人間がそうかと言えばそんなことはあるわけもなく。

「バカって生き物はこれだから困るゥ。なんでそんなバカ正直なわけ? バカだから? にしても正直すぎやしないかいラヴィくんは」
「この期に及んでまだそういう言い草っスか。中二妄想の産物をバカ正直に本物と思い込んだバカはどこの誰なんスかね」
「あのねラヴィくん。なんで君は素直に中二妄想って話を信じちゃってるんだい? 今の時点じゃこれはまだあの院長女史が言ったってだけのことなんだぜ? 院長女史が嘘ついてるかもしれないだろうがよォ。それとも何か? ラヴィくんは美人は嘘なんてつかないとか思ってる夢見がちな男のコなんかい?」
「ナメないでほしいっスね。ハラショーさんはあれが嘘言ってる態度に見えたんスか? 院長センセ、心の底から気持ちよさそうに笑ってたっスよ」

 ラヴィヨンとしてはこれが現在の正直な感想だった。あの時の冴院長の破顔っぷりは間違いなく本物に見えたし、何より彼女は結局終始落ち着いていた。「ERDO」というのが何か不都合な真実をはらんだものなのであれば、あんなに堂々としてはいられないだろうと、ラヴィヨンは思うのだ。そんなラヴィヨンの考えをすべて見抜いているかどうかは定かでないが、ハラショーは面倒くさそうな顔のまま、二人の前に置かれた業務用PCに手を伸ばした。

「出る前にきちんと説明しなかった俺にも悪いとこはある。そりゃわかってるさァ。今更になるが、ちょっと聞いてくれやラヴィくん」
「え? あ、はあ」
「まず、ネットの検索エンジンに『ERDO』って言葉を入れてみる。したらどうなると思う?」
「え? あ、ん? うーん……」

 また予想していない展開になって、ラヴィヨンは挙動不審になった。それをよそにハラショーがたんたんとキーボードを操作する。

「答えはこう」
「あれ? なんかたくさんヒットしてる?」
「なんでこういうことになるかわかるかい?」
「そりゃあ……ネットの世界で『ERDO』って言葉がしょっちゅう使われてるから……っスかね!?」

 さっぱり見当もつかないので半ばやけくそ気味に答えるラヴィヨン。だがハラショーの反応は意外なものだった。

394黒衣聖母の秘蹟:2019/01/24(木) 17:40:09 ID:WhfXx28o0
「だいたい正解」
「え、当たりっスか」
「ERDOって文字列はなァラヴィくん。『Exa Research and Development Organization』、の頭文字を取ったものらしいんだなァ」
「え? ハラショーさん、正式名称知ってたんスか?」
「知ってたわけじゃないよォ。ただそれが一般的ってだけさ」
「一般的? ハラショーさん何言ってんスか?」
「さてラヴィくん。この正式名称についてどう思うかい?」

 話をぐいぐい進めるハラショーはまたも一方的に問いかけ。ただ今回は難しくはない。別に正解があるわけではないタイプの問いだ。ラヴィヨンは思ったままの印象を口にする。

「んー……正直、ガキっぽい感じがするっスね。『オーガニゼーション』って『機構』って意味なんだーとか知りだしたくらいの知識でつけた感じっていうか」
「おほォいいねェ。ラヴィくんも感性がまだガキなのかもなァ」

 余計な一言を付け足しつつも、ハラショーも我が意を得たりという顔でうなずいた。

「中二病がネタで済んだのはもう昔の話。いまや中世ヨーロッパを席捲したペストに匹敵するレベルの厄介な病気って扱いになってるよなァ」
「よくわかんないけど絶対そこまで大ごとじゃないっス。無意味に尾ひれつけなくていいっス」
「あ、そう? ま何が言いたいかってーとォ。この『ERDO』に限らず、適当にそれっぽい単語やら文字列やらネット検索にかけてみりゃこうやってポコポコとクッサそうなURLが引っかかってくる、今はそういうのが珍しくない状況になってるってこったよ。例えば……」

 そう言ってハラショーはまたたんたんと軽快にキーボードを叩いた。入力した文字列はラヴィヨンもよく知っている組織の名前だ。

「ほーら。『DOGMA』でもこんだけわんさか頭悪そうなホームページが出てくる始末だァ」
「これは……どういうことなんスか」
「簡単な話だよォ。『ドグマ』って名乗ってる正体不明の組織は、”あの”ドグマだけとは限らないってことさァ。少なくともネット上においてはな」  
「んんん……?」
「まより正確に言うならネット上ってよりは『全人類の個々人の頭の中』においてはってところかァ。他にも例えば『スティグマ』『ユーアンゲリオン』『アポカリプス』に『ラグナロク』やら……特殊な能力が現実のものになっちまったこのご時世、こういう中二病罹患者が好きそうな単語を検索してみるとなかなか笑える結果が返ってきたりするんさ。ま大半は一時の気の迷い若気の至り、けど、そういう中に……」

 またひとつ面白い発見があった。中二病という病気が抱える複雑で面倒な一面を垣間見た気がする。ハラショーの示唆はつまりこういうことだ。ネット検索でいくつもひっかかる、正体不明の組織を思わせる怪しげなサイト群。それは特殊能力の発生によってより普遍的かつ顕在的に拡大している中二病妄想の、その発露の一形態である。

『朱き蒼空(そら)より賦(おと)されしこの異能(つるぎ)……これこそ新秩序を意思する新たなる教義【ドグマ】ッッ!!』
『眸(まぶた)に焼き付けるがいい……天の代行者たる証……我が身に刻印(しるされ)し堕星(ほし)の聖痕【スティグマ】をォォォッッ!!』
『斯くして福音【ユーアンゲリオン】は来訪せり……其がもたらすは安寧(みらい)か、混沌(しゅうまつ)か……ククク……』

 そんな熱い血潮を抑えきれず、彼らはネットにその妄想をさらしたりもするのかもしれない。排他的なくせして自己顕示の塊でもある彼らだから、それぐらいの行動に出ることはさほど不思議ではない。かくしてこういった彼らが好みそうなワードを含む組織は日々この国のどこかでぽこっと湧き出、バフ課に捕捉されることなく細々と活動し、小慣れてない感の否めないホームページを開設し、大半は中二病の自然治癒とともに黒歴史として忘れ去られ、あか抜けないウェブだけがネット上にいつまでも残されるという図式が、ラヴィヨンの中でいたって整然と思い描かれた。

395黒衣聖母の秘蹟:2019/01/24(木) 17:40:35 ID:WhfXx28o0
「そうか……妄想レベルでしかない『ドグマ』って名前の組織がいくつもある中で、あの”本物の”ドグマも間違いなく存在してる……」
「そう、それよラヴィくん。もう笑い話にもならないが、俺がさっき上げたような単語を冠するサイトも実際複数引っかかる。ほとんどは一見してただのガキのお遊びってわかる程度のもんだァ。だが全てがそう、百パーセント無害と断定しきれないもんもある」
「じゃあハラショーさん的には、『ERDO』も同じようなもんだと?」
「ラヴィくんの言う通り、院長女史の反応は爽快だったさァ。ただ俺的には、院長女史は『ERDO』って単語についてのネットの状況を知っていたのかもしれない。『ドグマ』とかほど直接的じゃない分数はがくんと減るが、それでも意外に多くのサイトが引っかかるからなァ」

 目の前の端末にもう一度『ERDO』を入力する。隕石災害以前から存在するらしい海外の機関のページを除くと、『秘密結社:特殊能力研究開発機関』やらと銘打たれたアレな臭いのするページがいくつか返ってくる。ネットに堂々とページ持ってる時点で秘密でも何でもないじゃんと、ラヴィヨンは突いてはいけない中二妄想の矛盾点を心の中で指摘した。ついでにハラショーが『ERDO』の正式名称の知識を持っていた理由もわかった。単語がそのまんまだ。

「『ERDO』が妹君の中二時代の黒歴史だってのはおそらく真実なんだろうなァ。だからこそあんな反応だったしそれなら院長女史は確かに嘘はついちゃいないことになる。だがそれで納得して引いてちゃ六班の人員は務まらないよォ」
「まあ僕六班の人間じゃないんスけど。でもちょっとわかったっス。院長センセ、目先をずらして上手いことかわしたのかもしんないってことなんスね」
「その可能性はあるねェ。ま、今日のことで向こうは俺ら二人を取るに足らないボンクラコンビって認識したはずさ。警戒は多少緩むだろうよォ」
「それなんか複雑っスけど……あ、せっかくなんで他にも聞いていいっス?」
「お、好きな女のタイプとか聞く時間かい?」
「一切興味ねえっス」
「体がエロければ他はあんまり気にしないかな。ヤれればそれでいいし」
「だから聞いてないってば! つかクズ男っぽいっス!」
「マジメな話しすぎて疲れたよォ」

 ぐったりした雰囲気でのたまうハラショー。ただのフリであることを見抜き、ラヴィヨンは強引に話を続ける。実際まだ引っかかる点は残っているのだ。それはこの機会にクリアしておきたい。

「あの玄聖会って病院と『ERDO』との繋がりを疑う理由はなんなんスか?」
「あァ……いい質問ですね」
「小ネタはいいっスから」
「あ、そう? ま、それに関しちゃ現状は具体的なものがあるわけじゃない。ただあの病院の運営母体である社会福祉法人玄聖会に不審な点がちらほらあるってところだァ」
「不審な点」
「これは法人の登記とかの話になるからバカには難しいんだが……ラヴィくん、『夜見坂』って学校聞いたことあるだろ?」
「あ、はあ。能力開発をがんばってるとこっスね」
「ざっくりだなァ……その夜見坂なんだが、運営母体はあの病院と同じ、社会福祉法人玄聖会だってことは知ってるかァ?」
「そこまで知るわけねえっスよ。まあ意外な繋がりっスね」
「ここで大事なのは、もともと社会福祉法人は中学高校の運営はできないってことだァ。だから別法人をたてて別々に運営してたりする例はもちろんある。でも玄聖会と夜見坂についてはそうじゃない。完全に同一法人だ」
「全然ピンとこないんスけど……なんか悪いことしてるってことっスね!?」
「と思わせといて実はそういうわけじゃないんだが……」
「ないんスか!?」

396黒衣聖母の秘蹟:2019/01/24(木) 17:41:16 ID:WhfXx28o0
 いきなり話が難しくなってきたのでラヴィヨンはやけくそ気味になっている。法人登記とか言われてもなんのこっちゃだし、社会福祉法人と学校法人の違いなんてわかるはずもない。ハラショーもそれはわかっていたらしく、すぐに別の論点を出してくる。

「それと、あの病院にはどうにもムダに見える妙にでかい土地がある。一応全体が病棟ってことにはなってるらしいが」
「確かにあんなでかい病院見たことなかったっス。建物がいくつも並んでて」

 院長に笑い飛ばされて二人肩を落として帰る時の話だ。一度外へ出て病院の外見を確認した。白い巨塔という言葉があるが、玄聖会病院の外観は白一色ではなく黒を多用したシックな見た目をしていた。そしてラヴィヨンの言葉通りそれがいくつも並んでおり、どこまでが病院の敷地なのかは上空から見ないとわからないくらいだ。

「うちらのこれまでの調査から、あれ全体が病院として機能してるわけじゃないだろうってのが確度の高い推測だァ」
「なるほどね……研究・開発っスか」
「直接結びつけるにはあまりに根拠が薄いがねェ。だが玄聖会はどうにも怪しい。たぶんラヴィくんもう一個聞きたいことあるんだろうが、それ絡みでやっぱりあそこは怪しいのよォ」
「あの週刊誌。それっス」

 まさにラヴィヨンが聞きたかったものを、ハラショーは暗に催促した。リュックにしまっておいたあれをごそごそと取り出し、目当てのページをスムーズに開く。

「この記事は実は結構前、四ヶ月くらい前に出たもんなんだ」
「へえ」
「こういうのは当然ちゃんとした裏取りとかして出すもんなんだが、こんな低俗週刊誌にそんな常識は通用しない。記事に出てくる関係者ってのが本当に病院関係者なのかはよくわからない」
「え、じゃ全然アテにならないじゃないっスか」
「ただ、一応ちゃんと記事書いた責任者の名前は明記されてんだァ。そして過去の別の記事見る限り、こいつは自分が書いたネタについてきちんと続報を書き続ける程度の責任意識は持ってたらしい」

 なんとなく次の言葉が読める気がする。そう思いながらも、ラヴィヨンは黙してハラショーの発言を待った。

「このネタについてはなぜか続きが一切ない。この一回きりだァ」
「ちょっと寒気したっス」
「三班隊長の毒の兄さんいるだろォ。あの人、表の知り合いに週刊誌に携わってる人間がいるらしくてなァ。この辺何か知ってることないか聞いてみたんだわ」
「あの人自身こういう雑誌好きっスからね。でも週刊誌なんて山ほどあるのにそんな」
「それが本は違うんだが会社は同じだったらしくてよォ。その記事が出たのとだいたい同じ頃、異動になったライターがいたらしい。直接関わりなかったから名前は知らないと言ってたそうだが、時期的に見てこの記事のライターの可能性はありそうだろォ」
「異動っスか。消されたとかかと思ったっス」

 若干拍子抜けするが、いやいやそのほうがいいんだとすぐに思い直す。同時にハラショーと三班隊長code:クエレブレが仲良さげに話している姿を想像して少し和んだ。

「ま、結局今は死んでるけどねェ」
「うええ!?」
「最近のことらしい。これも毒兄さんから教えてもらったんだがね」
「やっぱり消されたんスか!?」
「残念ながらと言っていいのか、不審な点は一切ない死だったらしいわ。すでに事故死で処理されて決着してるし、そこは追いかけようがないねェ。そもそもすでに手引いてる人間をわざわざ消すことに何かメリットがあるかねェ」
「もう一度記事を書こうとしたとかあるんじゃないスか?」

397黒衣聖母の秘蹟:2019/01/24(木) 17:41:45 ID:WhfXx28o0
 即座に反論したラヴィヨン。返されたハラショーは一瞬驚いたような顔の後、珍しく純粋に嬉しそうな表情になった。

「そのセンは大いにありだなァ。ま本人が死んじまってる手前、その辺確認するのは難しい。でもどうだい? 少しはラヴィくんも、あの美人の院長女史を疑う気にはなったろォ?」
「そうっスね。ちゃんと先に説明しといてほしかったっスけど」
「そんな時間なかったんだよォ。日の出てるうちに院長に接触する必要があったからなァ」

 この言葉の含意をラヴィヨンは的確に読み取った。能力絡みの時間制限があったということのようだ。

「せっかくだラヴィくん。俺の能力片方見せてやるよォ」
「え、今っスか。でももう能力切り替わってるし」
「そう。だから夜間能力をさァ。そのために日中に接触したんだよォ」
「どういうこと?」
「まあまあ。楽しいぜェ俺の能力は。美人院長のプライベートが丸裸さァ」
「えええ!? そんなこ――っていやいやいやハラショーさん!? 何をしてるんですか!?」

 驚きのあまり普通の丁寧語になってしまった。それをよそにハラショーはおもむろにシャツを脱ぎ、肌着のランニングも脱ぎ捨てて上半身裸の姿になっている。その体はまったく引き締まってなどはおらず、ひょろひょろと頼りないシルエットだ。彼がいかに暴力と縁のない仕事をしているかがうかがえる。

「あ、そういえばラヴィくんホモの気があるって聞いたなァ。もう、欲情しないでくれよォ」
「断じてしねえっス! だいたいあれデマっス!」
「あ、そう? そういうことにしとこうかァ。さてとUSBUSB」
「なんで脱いだんスか……」
「仕方ないだろ俺だってヤだよォ寒いしよォ。でもほら、ここにコネクターがあんだからしょうがないだろうが」
「何アホなこと言ってんスかただの乳首じゃないっスか! ……って、あれ?」

 ハラショーが指さすは彼の左乳首。嫌々ながらもまじまじ見てみると、そこは不自然に、無機的にへこんでいる。その部分だけ小さなPCパーツを埋め込んだようになっていて、いたって健全な右乳首との差異は明らかだ。

「ここ、USBがささるんスか……?」
「そう。TypeC規格限定でねェ。まったく驚いたよォ。男はぶっ挿すのが仕事だと思ってたのによ」
「で、USBぶっさすとどうなるんス?」

 下ネタをスルーしつつ、純粋な好奇心から問う。多くの能力に遭遇してきたラヴィヨンだが、こんな風に体の一部を機械化してPCなどとの接続を可能にする能力なんてものは目にしたことがなかった。そんなラヴィヨンをよそにハラショーは「ふうう」と息を整えつつ、ぶっさす態勢に入っている。

「あふんっ」
「変な声出さないでほしいっスキモチワルイ」
「仕方ないだろ結構痛いんだよこれェ」
「え、そうなんスか。不憫っスね」
「心こもってないなァ……」
「で、こっからどうなるんス?」

 おそらくPCのほうに何か変化があるのだろうと、画面をのぞき込むラヴィヨン。ハラショーがマウスを操作し、PCのドライブ一覧を開く。するとそこには見たことのないドライブが出現していた。

398黒衣聖母の秘蹟:2019/01/24(木) 17:42:15 ID:WhfXx28o0
「『デキる男ハラショー』。なんスかこれ?」
「これが俺のドライブだよォ」
「ひでえ名前っス。で中には何が入ってるんスか?」
「はいはいそう慌てなさんなァ」

 ドライブを開く。すると直下にはいくつものフォルダが並んでいる。それらにはすでに『院長女史』『受付の姉ちゃん』『患者のババア』と言ったいかにもハラショーっぽい名前が当てられている。ここまで見てもラヴィヨンには、ハラショーの能力の全体像が掴めなかった。「お試しだァ」などと言いながらハラショーは『ラヴィくん』という名前のフォルダを開く。中にはひとつの動画ファイルがあった。

「ラヴィくんにとっちゃ見覚えのある映像だろうがなァ」
「これ……じいちゃん!?」
「なるほどなるほどォ。ラヴィくんのじいさんはご健在かァ。でも入院してんだねェ」
「じいちゃんが飯食ってる! んん? これって確か昨日の……ちょ、ねえ! これなんなんスか!?」
「まじいさん見ててもしょうがないや。さてさて次はお楽しみかなァ」

 ニヤニヤと気持ちよくない笑みを浮かべながらハラショーは、『受付の姉ちゃん』のフォルダを開き、動画ファイルをクリックする。途端彼のテンションはうなぎ上った。

「おおっとラヴィくん! 風呂だよ風呂ォ! いきなりクライマックスだねェ!」
「ちょっ!? なななな何してんスかこれ!?」
「だから風呂だって! おおおあの姉ちゃんやっぱ思った通りいい体してんじゃないのキヒヒ」
「いやいやいやいや! ストップ! ストップっス!」

 マウスを奪い取り映像を停止する。ハラショーの凄まじい抵抗にあい軽い格闘戦になるも、腕力ではラヴィヨンの圧勝だ。すぐに決着がついてほどなく再生は止まった。無駄に疲れてがっくりのラヴィヨン。乳首にケーブルをさしたまま、生きる希望を失った顔でがっくりのハラショー。六班の他の人員たちはそんな二人を多少気にしながらも、それぞれの仕事を黙々と続けている。

「ハラショーさん……すんなり教えてくださいよ。なんなんスかあんたのこの能力」
「クッ、やめておけ……知らない方が身のためさ。知ればお前も俺と同じ――」
「そういうのいいっスから」
「ノリ悪いねェ。説明するの難しいんだよこれ。君んとこの隊長さんとか、能力に対する洞察力凄まじいって聞いたぜェ。ラヴィくんはそうじゃないのかい?」
「隊長のあれは特異体質っスよ。比べないでほしいんス。まあ、たぶん『前日の行動を盗み見る』みたいな能力なんだと思うんスけど」
「ほとんど正解だねェ。ちゃんとわかってんじゃないの」

 と言いつつもハラショーは多少訂正の説明を続けた。

「正確には『盗み見る』んじゃなく視界そのものをジャックしてるっていうのが正しいなァ」
「プライバシー侵害はなはだしいっスね」
「その分便利だろォ? 時間差がある分間接的にはなるが、監視カメラを直接相手の目ん玉に埋め込んだみたいなもんだしなァ」
「映像の鮮明さにブレがあるのはどうしてなんスか?」
「……ラヴィくんなかなかよく見てるじゃないの」

 ひとつ前に見たラヴィヨンの視界映像と受付の姉ちゃんのとでは、ラヴィヨンのもののほうが映像が鮮明だった。少なくともラヴィヨンにはそう見えたのだが、一般人が見てもすぐには感じないレベルの差異でもあった。この辺り、ラヴィヨンもただの童顔青年ではない。

「ま、その辺はおいおい説明してやろう。概要がわかってりゃ、今やることはひとつだろォ?」
「もちろんっス。院長センセの視界映像を確認するんスね」
「その通り。じゃあ早速」
「ってそれはさっきの受付のお姉さんの映像っス! あっうわわ!!」

399名無しさん@避難中:2019/01/24(木) 17:45:16 ID:WhfXx28o0
投下終わり。そしてこの人のキャラ紹介

code:ローグ(自称:ハラショー)

本名は原田昇市。バフ課六班一般隊員で、年齢は三十代半ば。外見的特徴が非常に乏しく、三日会わなければ忘れてしまうような当たり障りのない容姿。それゆえどういう場所場面にいてもすんなり溶け込んでしまえるカメレオン的な人間。「ごろつき」の意味のあるコードネームを気に入っておらず、「ハラショー」を自称する。特にロシアとの繋がりはない。

《昼の能力》
近日公開


《夜の能力》
視界追従レコーダー
【意識性】【具現型】

ハラショーが昼間能力発揮中に接触したすべての人間の、その前日の「視界」を盗み取って読み出す能力。「接触」の定義はハラショーが日の入りまでその相手をきちんと記憶しているか否かで、必ずしも言葉を交わしたりする必要はない。ただ記憶が強固なほうが映像は鮮明になる。また夜間能力ながら夜に接触した人間にはまったく効力がないため、おそらくこの能力は昼間能力ありきのものと思われる。読み出しはハラショーの体に直接USBケーブルを接続して行われ、そのために夜の間ハラショーの左乳首がUSBコネクターに変異する。リバウンドらしきリバウンドはほぼないが、乳首がUSBコネクターになってしまうこと、挿し込む際痛いこと、そして絵面がかっこ悪いことが挙げられる。

400名無しさん@避難中:2019/01/28(月) 00:21:55 ID:ywdWxABo0
この世界、『クリフォト』も恥ずかしいサイトがたくさん引っ掛かりそう(黒歴史生産中)
能力社会の事情を、あれこれ考えるのは、やっぱり楽しいですよね

というか、ドクトルJもそうだけど能力のセンスが凄い
視界ジャックは思い付いても、そこから身体を電子機器と接続して出力するのは思い付かないですね
でも、絵面がかっこ悪い……

401星界の交錯点 ◆peHdGWZYE.:2019/01/28(月) 00:23:34 ID:ywdWxABo0
18.世界の流れ(前編)

 そこから先は戦闘どころでは無かった。
 ドグマは混戦の中、予期していた分は優勢に進めていたものの、さらなる混沌に上書きされた形だ。

 戦略級能力による施設の倒壊。および、それに伴う周辺への被害。
 想定以上の被害者を出しながらも、ドグマの部隊は撤退していた。

 チェンジリング・デイによる人口減、その影響を被って徐々にゴーストタウン化した地区なだけあって、
地震攻撃による民間人への被害は出ていないが、建造物崩壊によるインフラへの影響は甚だしい。
 瓦礫に埋もれた道路を時には乗り越え、時には迂回し、ドグマの面々は順調に離脱していく。

「アレはナタネの運命レポートにも無かったぞ」
「建物ごと、ぶっ飛ばされるのは想定外にゃ……でもみゃあ、能力戦では甘えた事も言ってられないにゃ」

 『クリフォト』に所属するバウエルについて、ホーローとルローは語り合っていた。
 もっとも運命レポートが完璧でないのは、いつもの事であり、ドグマは強力な能力の保有者を狙っているため、
その類の能力で損害を受ける事も、十分にあり得る事だ。

 周囲に部下たちの姿はない。いくら、バフ課が公権力の繋がりを剥奪され、追われている状況とはいえ、
表社会やたの治安組織の眼もある。
 集団は目立つため、偽装したうえで、分散して帰還するのがセオリーだった。

 そこで、一陣の風が吹いていた。単なる突風ではない。
 最悪レベルのハリケーンが再現され、周辺の瓦礫を軒並み吹き飛ばし、呑み込んでしまったのだ。
 地形に対して、この影響力。もちろん巻き込まれた個人など、ひとたまりもない。

「っ!」

 改造人間である二名は、かろうじて着地すると八方に飛散する瓦礫を回避していく。
 絶え間なく大質量のコンクリート塊が飛んでくる状況など、戦車を要した軍の的にされているのと変わらないが、
ルローが『切り裂く能力』によって、地面を切り開き、即席の塹壕(ざんごう)を作った。

 必死の思いで、大地の亀裂に身を隠せば、残りの瓦礫の砲弾は頭上を通過していく。

(次元が違う……! 並の組織なら、あれ一つで壊滅しているぞ!)

 ルローの機転にも舌を巻いたが、やはりバウエルが持つ規格外の能力が目立った。
 大規模な自然災害を立て続けに引き起こしているのだ。

402 ◆peHdGWZYE.:2019/01/28(月) 00:24:12 ID:ywdWxABo0

「やはり風はいい。地上なら最速で秒速百メートル前後、自動車のような金属の塊より余程優れている」

 嵐が止んで、ホーローとルローが塹壕から顔を出せば、そこには礼服に身を包んだ、中東風の男が立っていた。
 まるで、豪華な別荘で何気なく立ち上がったような、戦闘中とは思えない物腰だった。
 それでも、あの風を利用して、飛行してきたらしい。

 その姿には傷どころか、汚れ一つ付いていない。自身の能力はもちろん、バフ課と交戦してさえ、この状態。
 バウエルに"無敵"に近い能力が備わってる事を察するのは、難しい事ではなかった。

「ルロー、俺に合わせてくれ。日没まで時間を稼げれば勝機はある!」

 ホーローが地表に立てば、藍色のマフラーが嵐の残滓を受けて、揺らめいた。
 日が落ちれば、ホーローの夜間能力『能力を否定する能力』が発動する。
 いかに強大、無敵といえども、それが能力に依存した力であれば、勝機はある。

 にゃ、とだけ呟くとルローも隣に立って、バウエルと対峙した。
 そこへバウエルは無慈悲に片手を向けると、手の内側から稲光を輝かせる。

 雷速、一瞬での死――しかし、ホーローの『時間操作』はその一瞬をも引き延ばす。
 自らの時間の流れを加速し、雷が着弾した瞬間には、すでにホーローはバウエルの視界から消えていた。

 逃げ遅れたルローは正面から雷を受けたようで、違う。
 黒い霞を纏った右手を前面に出し、『切り裂く』能力によって"大気"を切り裂いていた。
 電荷自体を断ち切るのは困難だが、雷は大気中に起きる現象だ。結果として、稲妻は方向を変えていた。

 からくも雷から逃れると、ルローもまたホーローに合わせるようにバウエルの視界から逃れようと旋回する。
 このまま防御と、かく乱を続けて時間を稼ぐつもりらしい。

 ほう、とバウエルも感心したように呟いたが、余裕が崩れる程ではなかった。

「まだ無駄な足掻きを続けるのか。当たり前の結末を受け入れればいいものを」

 今度は本来、砂漠で吹き荒れる灼熱の熱風が、バウエルを中心に渦巻き始める。
 ドグマと『クリフォト』、巨悪と巨悪の争いの火蓋が切って落とされようとしていた。

403 ◆peHdGWZYE.:2019/01/28(月) 00:24:56 ID:ywdWxABo0
――――

――声が、聞こえた

 道行く人々に何故かと尋ねれば、虚ろな目でそう答えただろう
 バフ課に対する公安調査、および広域指名手配。『クリフォト』が明確なアクションを起こした翌日、
まるで連動するかのように、夜間能力の"異変"は加速的に悪化していた。

 感知系の夜間能力を有する、十代の少年少女。今までは異常を訴える程度だったのだが、
それは徐々に何らかの"声が聞こえる"形へと変容していた。
 やがて、"異変"発症者は声の主を求めて、ふらふらと夜の野外へ出歩くようになっていた。

 大概は途中で我に返って、自分に驚きつつも帰宅する。
 だが、その一方でそのまま行方不明になる者も少なからず居た。

 原因不明の能力"異変"は、規模をそのままに明確な被害者も出し、静かに未曽有の災害となりつつあった。
 急展開に、各組織の反応は鈍く、慌てて鑑定局が公表の準備をしているようだが、まだ時間が掛かるだろう。
 その間にも事態は進行していく。

「夜間能力の"異変"――単純に国際会議だけの問題では収まらんよの」

 街の一角、高所からすでに珍しくもなくなった、"異変"発症者の集団を見守りつつ、ラツィームは呟いた。
 バフ課五班隊長、現状ではこの肩書に、どの程度の意味があるかは分からないが。
 だが元より、法の外にある集団。特に古株のラツィームには、任務に準じる覚悟が備わっていた。

 現状は厳しい、と認識するしかない。バフ課の現状もそうだが、『クリフォト』も実態を掴ませないうえ、
二手も三手も陰謀を先に進めているような印象がある。
 "異変"もそれに関わっているのではないか、"異変"発症者が向かう方角は東、その先には国際会議が行われる
人工島アトロポリスが存在し、何らかの繋がりがあるのではないか。

 長年、鍛え抜かれたラツィームの直感が最大限の警鐘を鳴らしていた。

「ラツィーム隊長」

 背後から、金髪碧眼の美女が控えめに声を掛けていた。
 バフ課としては、異端のライダースーツ姿。体の線が浮き出ている上、ファスナーはヘソ辺りと相当にきわどい。

 五班副隊長、マドンナ。いちいちラツィームはその容姿に関心を持たない。
 慣れているというのもあったし、そもそも娘のようなものだ。マドンナ側がどう思っているかは、微妙な所だが。

404 ◆peHdGWZYE.:2019/01/28(月) 00:25:22 ID:ywdWxABo0

「動き出した犯罪組織に対しては、六班が各所にリークする形で対応しています。
 実働が必要となる場合、こちらの五班とトト隊長率いる一班との合同で」

 記憶処理、各種治療などのアフターケアは慣例通り七班が――と報告は続く。
 驚くべき事に、この事態にあってさえ、バフ課はある程度は機能していた。

 総隊長に、各班の古株、それに六班の一部の人員を通して、打っていた無数の布石に、各組織へのパイプ。
 普段は乱用しない切り札を、ここぞとフル活用している形だ。
 戦力が半減したに等しい状況で、犯罪組織が油断して動いた分、むしろ平時以上の成果を上げてさえいた。

 だが、これも『クリフォト』の術中の内。
 そういった零細から中小の組織を捨て駒にして、バフ課のリソースを徹底的に削る事も、視野に入れているのだろう。
 これはバフ課が治安組織である以上は避けられない。役割分担した、二班から四班の活躍に期待するしかないが……

「ただ、少なくない公的機関にバフ課は追われています。意見は割れているようですが、味方はかなり少数かと。
 それに総隊長は――」

 続けて現状を報告するマドンナの声色は、憂いを帯びていた。
 妖艶な雰囲気でそうとは見えないが、彼女は年頃の女性らしい面も大いにある事をラツィームは知っていた。

「政府の要請で出頭したの。間違いなく『クリフォト』の息が掛かっている所への。
 だが、アレに心配はいらん」

 それこそバフ課の成立以前、その前身となる組織から彼を知るラツィームは断言していた。
 総隊長、code:エニグマをラツィームは信用ではなく、その危険性を以って高く評価している。

 能力社会という破滅的な状況の中で、社会秩序を守り、陰ながら人々に当たり前の生活を保障する――
 綺麗事だが、実践するとなれば綺麗事では済まない。血に塗れた理想といっても、過言ではない。
 法の外にあって、公益を守る冷酷な怪物。それがエニグマであり、バフ課そのものでもある。

 まだ若いシルスクやクエレブレ、それにザイヤなどは、そのうち別の答えを見出す事はあるかも知れないが、
自分のような老兵は覚悟には覚悟で報いるだけの事だ。

「ここはマークさせておけ。我々は次の網に取り掛かるの」
「承知しました」

 動き出した犯罪組織にも、バフ課を追う公的機関にも、そして『クリフォト』にも全て対処する。
 困難はラツィームも承知の上だが、任務である以上は時間も手数を捻り出すだけの事。

 当面は網を張って、"異変"発症者を拉致する存在を突き止めなければならない。
 それが『クリフォト』や国際会議にも繋がるのなら、なおさら必要な事だった。

405 ◆peHdGWZYE.:2019/01/28(月) 00:27:17 ID:ywdWxABo0
事態の後処理と、五班のお話
バウエル攻略は後の楽しみとして、ホーローの夜間能力が一番手っ取り早いですね。ただし……

バフ課はキャラが立ってるのに、メインの話に恵まれない事も多いですね
鑑定士試験の話が続いていれば、色々と予定はしていたのですが。今回はそんな五班のちょっとしたやり取りでした

補足

ラツィーム
リンドウ編より登場。五十代の男性で、近世ヨーロッパの軍服を着用。
任務中は苛烈な軍人そのものであるが、平時は温和な人柄。
昼間能力は対象の傷に干渉する『傷嬲り』、夜間能力は受けた同等の攻撃を返す『痛み分け』。
戦闘描写は無かったりするが、エグく実戦的な能力を有している。
〜だの、みたいな独特な口調をしているので、わりと作者に優しいキャラだったりする。

マドンナ
リンドウ編より登場。描写の通り、きわどい恰好の金髪美女。
夜間は未発現、昼は体の一部を自在に変異させる『メタモルフォーゼ』。
拙作、鑑定士試験では戦闘描写があり、その脅威と応用性の片鱗を見せた。
実際の描写は乏しいが、ギャップ萌え属性を持っているらしい。

406星界の交錯点 ◆peHdGWZYE.:2019/02/01(金) 23:46:01 ID:k22TJyHU0
19.世界の流れ(後編)

 アメリカ合衆国、某都市上空。所属の秘匿されたローター機が、高級ホテルの屋上に降り立っていた。
 そこは国事の際や忍んで訪れる際にも要人に活用される、いわばそちら側で"ご用達"の施設でもあった。

 アトロポリス国際会議までは多少の日数があるが、ここまで大規模な会議となれば、動乱して進展なしは許されない。
 実際は派閥単位であっても、会議の時点で九割方は意見を整えておくものだ。
 近日、この類の往来は増えている。

「つまり、国際会議に向けての根回しだ。実にくだらないな」

 ローター機から降り立った長い白髪の女性を見れば、社会の裏を知る者なら驚嘆しただろう。
 ルジ博士――チェンジリング・デイ以降、国連とは異なった形と思想で世界を動かし続けている、
裏の超国統治機構、通称"政府"の重職がそこには居た。

 アトロポリス国際会議は国連側の催しであり、必ずしも"政府"の思惑とは合致しない。
 無関係ではないものの、加盟国の重職を通しての話。"政府"自体に属するルジ博士は本来、外様なのだ。

 さらに自らの予定を潰す事にもなり、ルジ博士は不機嫌なまま、ホテルの屋上に到着していた。

「やあ、ルジ博士。壮健のようでなによりだ」

 空気を読んでか読まずか、親し気に彼女を迎えたのは、燕尾服を着た丸々とした男性だった。
 鼻の下のチョビ髭が、温厚だが小心者的な雰囲気を引き立てている。

 だが、ルジ博士は彼の容姿が、見せかけに過ぎない事を知っていた。

「これはこれはポールマン大佐。いや失礼、とっくに昇進して少将だったかな。
 アメリカ南部、M州の独立を阻止した英雄様に会えるとは光栄だ。感涙が溢れてきそうだよ。
 貴重な時間を潰して、幾つもの実験を後日に伸ばして、わざわざ足を延ばした甲斐があったというものだ」

 国連軍(PKF)所属、北米大陸方面、第一機動旅団。そのトップがポールマン少将だ。
 そして、チェンジリング・デイから十年以上経った今でも、戦争と呼べる規模の能力戦を指揮、管理できる
怪物は決して多くはない。

 ただし、ルジ博士はまったく敬意を払う気はなかったが。
 ポールマン少将は困り気味に、眉をひそめて見せた。

407 ◆peHdGWZYE.:2019/02/01(金) 23:47:12 ID:k22TJyHU0

「人を出汁に嫌味を言うのはやめてくれんかね」
「未だにドグマ一つ潰せない、世界の警察気取りに他の使い道があれば、是非そちらを選びたいねぇ」
「まったく、貴女という人はいつもこれだ」

 やれやれ、と大げさにポールマンは首を振った。
 妙に芝居がかった仕草が似あう男ではあるが、それは士官の資質の一つでもある。

 心温まるやりとりを続けながらも、ルジ博士は少将に連れられ、厳重に盗聴対策の取られたスイートの一角へと
足を進めていた。
 そこで客席と思しき位置に腰掛けていたのはカンドゥーラ姿、中東圏の白い長衣に身を包んだ初老過ぎの男だ。
 顔の堀が深く、表情と雰囲気を険しいものとしていた。

「……ほう、今度はいくらか関心に値するのが来たな。天文学者が大気圏内に興味があるとは意外だが」

 ルジ博士は若干、関心を抱いた様子で眉を上げた。見飽きた国連軍の人間とは、明確に異なる反応だ。
 白い長衣の天文学者は、どこか疲れたように小さく頷いていた。

「ユラウ・オズイル、知っての通り天文学者だ。厳密には天体物理学、あるいは――」
「宇宙生物学だったか? 公表できない成果がある事も、風の噂で聞いているとも。
 寄生体説に関わるものか、本当に宇宙生物でも見つけてしまったのかは、知らないがね」

 寄生体説とは、能力の本質に関わる仮説の一つだ。
 それは能力を得た人類と寄生された生命体に、共通点を見出すというもの。

 能力における反動、例えば体力の消耗などは栄養素の摂取であり、躁状態や厨二病などは寄生された宿主が
寄生体の都合で動かされる現象に、よく似ている。
 Exミトコンドリア、いわゆるウイルス進化説との共通点も指摘されるが――
 仮にそれらが事実であると仮定するなら、それは隕石と共に"宇宙から来た"という事だ。

「ルジ博士、か。もはや裏で生体工学の成果を求められるのみだが、"以前"は外科学でも尊敬を集めていたな。
 なにせ専門化が著しい形成、脳神経においても、明確に人々を救い得る功績があったのだから。
 もっとも――娘は内科学の道を歩んだようだが」

 どこか、遠くを眺めるような目付きで、ユラウは口を開いた。
 "以前"とは、彼らの年代でいえばチェンジリング・デイ以前を指す。

 娘に触れられた、ルジ博士の反応は過敏だった。
 どこか享楽的な笑みが、一瞬にして冷酷なものへと変化したのだ。

408 ◆peHdGWZYE.:2019/02/01(金) 23:47:48 ID:k22TJyHU0

「おやおや、使えない道具(むすめ)に触れるとは――つまり、死にたいのかな?」
「ルジ博士……」

 ポールマンは片眉を潜めて、警戒した。
 仮にも"政府"の要人であり、無数の改造人間を配下に持つ怪物だ。たとえ、ここが国連寄りの場所であっても、
彼女が指一つ鳴らすだけで、どれほどの惨事が引き起こされるか。

 撃発の一歩手前、といった状況で新たな人物が客室を訪れていた。
 洗練された容姿の若者は、ごく自然な態度で危険な状況に割って入っていた。

「ご歓談で盛り上がっている所、申し訳ありません。ですが主催として一言、挨拶の時間を頂ければ、と」

 黒髪、俳優のように整った容姿と堂々とした態度、それらを併せもった青年が、うやうやしく一礼した。
 権力に慣れ切った、しかし溺れてはいない、そういう人種であるらしい。

 青年は有数の権力者ではあったが、世間一般ではそれほどメジャーな位置ではない。
 だが、予め知っていたポールマン少将でさえ目を張っていた。

「アメリカ合衆国"首席補佐官"……! 影のナンバー2か」
「異例の若さだな。その歳で最高権力の手前に立った訳だ。ゆくゆくは世界征服でも予定しているのかな」
「いえいえ、単なる使い走りですよ。ただ、権力に近い場所で働いているというだけの事です」

 ルジ博士の若者をからかうような口ぶりに、"首席補佐官"は如才なく応対していた。
 同時に使い走りとは、つまり合衆国大統領の意志を代弁しているという事でもある。

 首席補佐官とは、トップである大統領を補佐する職員を統括し、スケジュール調整なども担う役職だ。
 公的にはどうあれ大統領と個人的に親しく、アドバイザーも兼ねる場合があり、
副大統領を差し置いて、影のナンバー2とも揶揄される。

 アメリカの権力層とは縁遠いユラウは、うさん臭げに半眼を向けていた。

「そのナンバー2とやらが、何の用件だ」
「件の国際会議が、学術の皮を被った政治である事は方々も承知だと思われますが……
 実はある国際法案が提示され、可決される事が内定しています」

 あらかじめ用意していたらしく、読み上げるように"首席補佐官"はすらすらと述べた。

「現時点で多くは話せませんが、既存の物とは一線を画する"能力管理法"の一種ですよ。
 国際連合および付属機関の主導を以って、全世界で施行される予定です」

 "首席補佐官"の主張は堂々としたものだった。能力によって世界の混沌は加速しており、
それを適切に把握、管理する事は政治上、重大なテーマである。
 しかし、同時に管理法は人権や能力差別を始め、様々な問題が指摘されている手段でもあった。

409 ◆peHdGWZYE.:2019/02/01(金) 23:50:32 ID:k22TJyHU0

 手放しに肯定できるものではないが、ルジ博士はそういった関心はない。

「なるほど、ろくでも無さそうな話だ。私にどうしろと?」
「不当に管理法の成立を阻止しようとする勢力が存在します」
「それで私を呼びつけた理由はそういう事か。その管理法とやらは、"ドグマと全面対決"が発生し得る代物か。
 ああ、なるほど。それなら確かに呼びつける理由にはなる。協力は確約しよう」

 ドグマ、今では数多い能力を専門的に扱う犯罪組織でも、最有力の一つ。
 その目的は謎に包まれているが、大筋では能力によって激変した社会を思いのままに動かす、
そういった指針だと推察される。

 ルジ博士とは浅からぬ因縁があり、衝突するとなれば、彼女と協力関係を構築するのは妥当だろう。
 問題は、それ以外の人物だ。

「私まで呼ばれている、というのは解せんね。アトロポリス防衛は、元より我々、国連軍の任務だ」
「少将とは敵対勢力について、あらかじめ情報を共有しておこうと思い立ちまして。
 バフ課という日本の組織とUNSAIDの一部が離反し、国際会議の妨害を目論んでいるという件については、ご存知で?」
「おいおい、それは……」

 ポールマン少将は笑おうとして凍り付く。
 そういう"噂"はあるものの、国連軍としては慎重寄り、未だ事実確認の段階だ。
 彼も将官として、相当な機密情報に触れてはいるが、こうも具体的な要求を突き付けられるとは思わなかった。

 直感で言えば、嫌な予感がするのだ。
 事を起こすのであれば、国際会議の最中が有効であり、現段階で離反する合理的な理由はないはずなのだ。
 ならば、何か深遠な理由か、見えない流れが存在しているのではないか?
 だが一方で、非公式とはいえ、"首席補佐官"からの要請をないがしろにする訳にもいかない。

 最後に、天文学者であるユラウは不機嫌そうに鼻を鳴らした。

「どうやら、私は何かの間違いで呼ばれたようだな。他の二名はともかく、私は一介の学者に過ぎない」
「いえいえ、その学者の中にも敵対勢力の息が掛かってる方がいましてね。
 政治面に影響が出ては困ります。オズイル博士なら説得するなり、抑える事が出来るのでは?」

 学術会議は建前に過ぎない……とはいえ、法案の提示は学会発表を受けて、という形が取られる。
 つまり、国連側で用意した学者が失態を犯せば、可決にも影響が出てくるだろう。
 それは反対派にとっても、狙い目のはずだった。

「繰り返すが、それは学者の仕事ではないな。その手の雑務はUNSAID――いや頼れんのか。
 では、鳳凰堂博士か、比留間博士にでも任せておけばいい」
「その比留間博士が反対路線なんですよねぇ……少し前まで出席しない方針だったようですが」

 どの程度、演技かは傍目に判断できないが、"首席補佐官"は頭を掻いて朗らかに笑う。
 態度を保留していた比留間博士が、急に国際会議への出席に踏み切ったのは、国際学会でも話題となっている。
 問題はその目的だが、国連は"管理法"への反対を警戒しているらしい。

410 ◆peHdGWZYE.:2019/02/01(金) 23:51:48 ID:k22TJyHU0

 鳳凰堂博士の方には、あえて触れなかった。すでに脅威ではない。
 かつては学会の役員であり、コネクションは今でもあるだろうが、すでに世捨て人も同然だ。

 クク、と押し隠せない狂気の混じる笑い声を、ルジ博士は漏らしていた。
 ルジ博士と比留間博士、裏社会を騒がせる二人の狂科学者は実の所、チェンジリング・デイ以降に
直接の面識はない。
 個人研究者としての闇を抱えていようと、"政府"の暗部に接触する機会はそれほど無いからだ。

 揃って国際会議には非積極的だったはずだが、ここで対面する事になるとは。

「互いに出席は意外だろうな。どうも我々、科学者というのは好奇心には逆らえない人種らしい」
「なんともまあ、学会としても有意義な事になりそうで、なによりですよ」

 "首席補佐官"はいかにも無難そうに述べたが、彼らの接触でどのような化学反応が起きるかは、
常人には予測しえない事柄だった。
 ひとまず、話の大筋は終わったらしい。"首席補佐官"は軽く手を打って、話に区切りを付けていた。

「という訳で、お三方には協力を願います。具体的な要項を詰めますと――」

 かくして、国際会議に向けて、着々と一手また一手と布石が打たれていく。
 壮大な陰謀でも何でもない、一つ一つは無難な打ち合わせの積み重ねに過ぎない。
 各々の立場から、意見を突き合わせて、それぞれの所属の判断に活かすのだ。

 だが、それは本当に正しい方向を向いているのか、闇に向かって誘導されているのではないか。
 現時点で、それを知る者はいない。

――正常なる世界の為に

 スイートと一室に小さく響いた、何者かの言葉は誰の耳にも届くことなく、かき消えていた。

411 ◆peHdGWZYE.:2019/02/01(金) 23:52:35 ID:k22TJyHU0
怪しい人が密室でクックックとか言ってる場面、これ書くのが結構好きなんですよね
国連軍とかは、実は手元に昔ボツにした話が残っていたりします

補足

政府
リンドウ編などで言及される、統治側の組織。一応はバフ課の上位ではあるらしい。
規模は不明だが、国外で活動している描写もあるため、
この作品では、国連とはまた異なる国を跨った統治機構として解釈している。

国連軍(PKF)
比留間慎也の日常 その2で言及された組織。
極秘ではないが、国際連合特務諜報部局(UNSAID)などと同じく国連の下位組織。
一般の迷惑能力者を遥かに超えた力を持つエリートが所属しているという。
略称からして、現実でいう国際連合平和維持活動と同一のものとかと思われるが、
危険な能力者に対抗できる人材を常置し、対処なども行っているらしい。

412星界の交錯点 ◆peHdGWZYE.:2019/02/13(水) 00:03:05 ID:8SVB039M0
19.資料奪取作戦

 市内でも有数の鑑定所。すでに日は落ち、受付時間も終わっているが、まだ一部の窓から微かに明かりが漏れている。
 職員用、休憩室。食堂も兼ねたものだが、そこで待機している面々は重苦しい空気の中で、
顔を突き合わせていた。

 中でも特に沈痛な面持ちなのは、黒いスーツ姿の若い女性だった。

「まさか、理恵子先輩が機関になんて……」
『能力社会は理不尽な所があるからね。誰しもが力に縛られている』

 すでに仮面は外し、公務中の姿ではないが桜花が内心を零せば、鑑定士の代樹は手話で応じていた。
 まだこちらは不透能力素材のローブ姿で、魔術師めいている。

 この二人と対面してるのは、やや年上の女性だ。社会に出てから、それほど経ってはいない。
 冷たい雰囲気で装っているものの、年代独特の未熟な雰囲気は隠しきれていなかった。
 桜花と同じくスーツ姿ではあったが、ベルトなどで見慣れない小道具を各所に固定しているのが特徴的だ。

『それで理恵子さん、機関の配慮には感謝しますが……』
「実名ではなくコードネーム、ミルストとお呼びください」

 代樹が筆談で話しかければ理恵子、いや機関のエージェント・ミルストは冷たく訂正を要求していた。
 事務的な拒絶、しかし事情さえ知っていれば、むしろ痛ましく思えた。

 理恵子は以前は小学校の教師だった。
 かなり早い段階で決めていた進路らしく、順調に教育大に進学して、無事に夢を叶えた形だ。
 天職ではあったのだろう。学生時代から面倒見が良かったらしく、桜花も高校時代は後輩として世話になったらしい。

 だが、当たり前の幸福は"能力"という、あまりにも影響が大きい資質によって奪われた。
 ごく普通の、生徒からも慕われる新人教師に、強力で広汎な夜間能力が発現してしまったのだ。

 機関から打診を受け、半ば強制のような形で転職が決定するまで、あまり時間は掛からなかった。
 理不尽だが、チェンジリング・デイ以降、こういった事例は珍しくもない。

「……では、ミルストさん、機関の配慮に感謝します。
 しかし、この時期にこうも曖昧な案件に人材を割いてしまって、問題はないのですか?」
「機関には機関の判断がありますので」

 代樹の手話を受けて、桜花が代弁するが、やはり切り捨てられる。

413 ◆peHdGWZYE.:2019/02/13(水) 00:03:44 ID:8SVB039M0

 だが、甘さが残っているのか、あるいは協力関係になる以上、義理はあると感じたか。
 ミルストは咳払いすると、言い直してきた。

「あなた方は既に比留間博士と接触し、"異変"の調査にも乗り出しているのです。
 もはや曖昧な案件で収まる状況ではない、と考えていただければ」
『要するに、危機感を持てと。しかし、これで機関が介入する線引きがちょっと読めてきたな……
 あ、これは翻訳しないように』

 さらっと鑑定時の要領で、代樹がミルストの発言を分析していく。
 その特異的な鑑定能力だけが取り沙汰されるが、そもそも対人分析のエキスパートでもあるのだ。

 つまり機関は明確な危険性を認識しているから、介入を開始している。
 その危険性が具体的に何かという所までは確証はなかったが、それなりの実態があるのだろう。

『さらに言えば彼女、戦闘向けなのは夜の能力だけだね。つまり本来は夜間の異常、"異変"の調査に割り当てられても、
 おかしくない人材だ。それを、こちらに回してきたという事は……』
『あの、あんまり手話での会話が長いと、勘繰られるんだけど』
『おっと……!』

 取り繕うように、手話で桜花に指示を出して会話を誘導する。この手の誤魔化しも慣れたものだ。
 いかにも相談を終えたように、視線を交わしてから、一瞬で決めた結論を桜花が代弁した。

「我々は本格的に、夜間能力の"異変"調査に乗り出したい、と考えていますが、協力していただいても?」
「私の任務は護衛ですが、行動を縛る意図はありません」

 協力的ではあるが、あくまで一線を引いた言動。しかし、その意図は明白だった。

『即答したな。分かりやすい』
『代樹、性格悪い』

 護衛と言いつつ、対象の安全を守る事は第一でない。元より"異変"の情報目当てなのだろう。
 代樹は表面上は素知らぬ顔で通しているが、相当に意地の悪い事を考えていると桜花は察していた。

『途中で機密と言いつつ遠ざけて、情報を流す時はたっぷりと恩に着せないとね』

 この程度は当然の対応だろう。一方的に情報を抜かれては堪らない。
 最低限、取引が可能な程度に恩を売って、こちらの有能さを見せておかなければ。

 とはいえ、今すぐに動けるという訳でもない。
 "異変"の調査は元より考えていたものの、強大な能力による事故のような形を想定していた。
 機関が動く程に、人為的な何かが動き出しているのなら、まだ準備が足りないのだ。

414 ◆peHdGWZYE.:2019/02/13(水) 00:04:23 ID:8SVB039M0

「なんにせよ、そろそろ鑑定所も戸締りする時間帯なので……」
「いえ、来客のようですね。しかも招かれざる類の」

 そろそろ話を打ち切り、席を立とうとした所でミルストは不穏な事を口走っていた。

 想定外の事ではない。
 むしろ、重要な情報と人材を扱うだけあって、鑑定所は常に能力犯罪のリスクに晒されている。

『代樹?』
『俺の能力の範囲には、不審人物は居ないね』

 桜花が確認すれば、代樹は左右に首を振った。
 代樹の夜間能力は、10メートル以内のあらゆる物理情報を把握する能力。通称、知覚領域。

 普段は能力鑑定に役立ててるが様々な面、たとえば自衛などにも役立つ力だ。
 周囲の事が分かるのだから、直後、窓を割って侵入者が遅いかかる、といった展開は起きようがない。

「排除しましょう」
「一応、忘れ物などの理由で再訪した鑑定対象かも知れないので、我々も同行します」
「我々? 鑑定士を危険に晒しても良いのですか」

 席を立つと、どこか迷惑そうに眉を潜めて、ミルストは問いかけた。
 だが、鑑定所でのトラブルに立ち会わない訳にもいかない。

「最大の危険は、守護の仮面から遠ざける事ですから。
 我々が傍に居る限り、鑑定士に危険は及びません」
『鑑定士って、ちょくちょくお留守番もできない幼児みたいな扱いを受けるな』

 軽口は無視して、桜花は真っ向からミルストを見返した。
 正直な所、詭弁ではあった。
 桜花は夜間の能力を発現していない。十分に守護の仮面として、働けるとは言えないのだ。

 時間が惜しいのか、拒否する事もせずにミルストは席から離れて、退室し始めていた。
 代樹と桜花も遠慮なく、それを追う。

415 ◆peHdGWZYE.:2019/02/13(水) 00:04:57 ID:8SVB039M0

 それよりも少し以前、侵入者たちが裏口を到達した頃合。
 成人には満たない小柄な影がそっと、付近の端末に向けてカードを差し出していた。

 ピッと軽い機械音が響き、扉のロックが外れる。

「本当に開いちまった……」

 岬陽太はあくまで小声で呻いていた。
 分かってはいたが、比留間博士が悪の勢力である事を改めて実感する。
 だが、状況が状況だ。今はたとえ悪の力であっても、利用しなければならない。

 博士が制作した、偽造IDカードを懐にしまい込むと、陽太は扉に手を掛けていた。
 開いて中を確認すれば、同行者である鎌田が、困った様子で頭を掻いた。

「まいったな。もう業務は終わってる時間のはずだけど、人が残ってるみたいだ。今日の所は……」
「けど、偽造IDなんてログに残るし、明日には対処されてるかも知れないだろ?
 スニーキングミッションといこうぜ」

 鎌田の慎重論に、陽太は焦りを隠さずに決行を提案した。
 正論ではあるのだろう。元より危うい橋渡り、陽太たちに残されたチャンスはそう多くない。

 なるべく足音を立てずに、鑑定所内へと乗り込んだ。

『おそらく"異変"発症者絡みのデータは、三島鑑定士が扱っている可能性が高い。
 僕が引き合わされたのも、彼だったしね』
『!? 聞いた名前だな。やはり、宿命と宿命は共鳴(よびあ)うみたいだな……』
(いや、おそらく年代で担当を決めているから、必然なんだと思うが……
 まあ実害はないし、黙っておこう)

 例の鑑定士と陽太とは面識があるらしいが……ちゃっかり空気は読む、比留間博士だった。
 特に厨二病の影響で、年代ごとに鑑定は専門化していると言える。
 例えば、十代半ばを担当しているなら、陽太と"異変"発症者の担当が重なるという訳だ。

 つまるところ、宿命と科学的な必然は大して変わらない。
 現実に事が起こっているのなら、何かしら科学的な分析が可能になるというのが、比留間博士の信条だった。

「非常時とはいえ、未成年にこんな事やらせるなんて……とにかく裏口はそのまま開けておいて、
 いざという時は、忘れ物目当てについ入ってしまった、とでも言い訳しよう」
「ま、リスクヘッジはそんな所だな。えっと構造は単純だったから、裏口から廊下に出て……」

 警察志望として、鎌田は憤慨していたが、陽太はすでに覚悟している。
 闇に生きる能力者として――というのは厨二病だったが、現状から晶を救出するには、
いくつもの線を越えなければならない、という事をしっかり理解しているのだ。

416 ◆peHdGWZYE.:2019/02/13(水) 00:05:54 ID:8SVB039M0

「ちっ、途中で明かりが付いてる部屋があるな」

 業務が終わった後の、暗い廊下を進んでいる内に、そこそこ開けた通路に出た。
 その先にある広い一室からは、まだ明かりが漏れている。

 陽太は知らない事だが、そこは休憩室を兼ねた食堂だった。ミルスト達が待機している。
 特に機関の人間であるミルストは、侵入者の気配を鋭敏に察していたらしい。

 近づいた瞬間、食堂から物音が聞こえて、陽太たちは思わず動きを止めていた。

「わりと忍び足だったのに、気付かれたか?」
「逃げた方がいいかな」
「いや、地の利は向こうにあるし、下手に逃げても袋のネズミだろ。ここは――」

 素人の潜入など限界がある。それを覆すものがあるとすれば、能力だ。
 陽太はさっと片腕をかざすと、創造すべき兵器の名を唱えようとした。

「キングニーd……」
「それは待った。屋内が被害が大きすぎるし、除染だって大変だ」

 慌てて、鎌田がストップをかける。
 キングニードル、すなわち果物の王様であるドリアン。陽太は完熟したものを創造し、凄まじい臭気を拡散する。

 そんなものを明日の業務も控える鑑定所で、使用させる訳にはいかない。
 実行したら緊急避難や情状酌量もない、立派なテロ行為のようなものである。

 忠告を受けれて、陽太は次の武器、というより食材の名を唱えていた。

「ならば、いでよ聖草マナシード!」
「これも臭い!? これは……パクチーか」

 一見して雑草、植物について知見があるなら、ユリ科のそれと分かるが。
 鎌田はタイ料理や台湾料理で使われている事から、それを知っていた。

 パクチー、またはコリアンダー。日本では別名カメムシソウとも称され、独特の臭気を放つ事で知られている。
 香辛料としても使われるが、何の調整もない現物となれば、相当に鼻につく臭いがした。

 食堂から退室した人々から離れつつ、そこらの部屋に放り込んで逃げ回る。

「異臭の元はチェックせざるを得ないから、これで時間は稼げるだろ。
 後は連中を迂回して、目当ての物を入手すればいい」

 何ですか、この臭い! うわ、臭い。え、デカナール? なにそれ!?
 その他、わーぎゃーと阿鼻叫喚状態。というか、臭い成分を解説したの誰だ。

417 ◆peHdGWZYE.:2019/02/13(水) 00:06:28 ID:8SVB039M0

 陽太は合唱してから、尊い犠牲である彼らを迂回して、目的地へと急いだ。
 やがて、ドアの上に備えられた掛札を見て、鎌田が足を止めていた。

「よし、ここだ。第三鑑定室」
「まずは晶の資料だな。その後は"異変"絡みを片っ端から」

 逸る気持ちを抑えながらも、二人は鑑定室へと踏み込んでいた。

 能力の情報管理は徹底的だった。
 書類の大半は当日中にシュレッダーに掛けられ、電子化されているし、
 残骸も能力による復元を恐れて、特殊な処理で廃棄され、電子情報も隔離、暗号化が行われた。

 残された書類も、ダミーを混ぜた上に完全に個人を特定できる情報とは、切り離されている。
 陽太たちは、元から晶の能力を知っているので、どうにか書類の特定はできそうだが。

「……晶君の資料はないみたいだね。単にこの部屋には無いだけなのか、それとも世界改変で消されたのか」
「だな。悔しいが時間もねえし、"異変"発症者の資料だけでも回収しとくか」

 年長である鎌田がどうにか、ダミーごと資料を纏めて、持ち帰り分を決定していた。
 これでも有益だろうし、ダミーか否かは比留間博士なら判別できるだろう。

 撤退すると決めたら、行動は早かった。この潜入は効率と速度が命だ。
 足早に鑑定室から立ち去り、元の裏口へと向かう。

 しかし、陽太と鎌田は徐々に違和感を感じ始めていた。
 相手はこちらを探し回っているはずだが、あまりにも静かすぎる。

「なんか相手の動きが見えねえな。単に悪戯と思われて、引き上げたならいいが」
「残念ながら、公共機関がそこまで甘い対応を取るとは思えないけどね」

 薄々と予感を覚えながらも、脱出すべく裏口の扉を通過すれば、そこには……

「お待ちしていましたよ。侵入者さん?」

 単純な話だ。目的が何であろうと、侵入した以上は脱出しなければならない。
 ならば、下手に追うよりも、侵入経路を抑えるのが効率的だ。

 裏口の扉を開いた先には、機関のエージェント・ミルスト、そして鑑定所の代樹と桜花が待ち受けていた。

418 ◆peHdGWZYE.:2019/02/13(水) 00:07:48 ID:8SVB039M0
わりと遅れました
職場で完熟ドリアンぶち撒けるのは、比喩でもなく普通にテロですよねー

補足

理恵子(ミルスト)
短編せんせい、より登場。新人教師の女性だが、機関へと転職する事になる。
初出作品では昼の能力によって、生徒に向けて窓に春の情景を映し出した。
転職後の姿は描かれていないので、諸設定はこの作品のオリジナル。
取り繕ってはいるが、新人なので甘い所が多い。

コリアンダー
パクチーとも呼ばれる、香辛料や薬味として使われる植物。
完熟ドリアンよりは強烈ではないだろうが、結構な臭気を撒き散らす。中には、そこが良いという愛好家も。
ちなみに旧約聖書では、マナと呼ばれる未知の食物の例えとして、コリアンダーの実が言及されている。

419星界の交錯点 ◆peHdGWZYE.:2019/02/16(土) 01:01:03 ID:UGNREm.M0
20.縛られし者

 とっくに日は沈み、能力鑑定所の業務時間が終わってから、時が経っている。
 施設の裏側、薄暗い駐車場で侵入者たちは追い込まれていた。

 怪しげなデザインの仮面を被った女性、守護の仮面である桜花が一歩前に出る。
 侵入者のうち、片方には受け持った鑑定対象として見覚えがあったのだ。

「えっと、たしか岬陽太さん、でしたよね? 厨二病とはいえ、夜半に侵入はちょっとやり過ぎでは?」
「厨二病関係ねぇ!?」
「厨二の人はみんな、そう言いますので」

 しれっと必死の否定を受け流す。こういう対応は慣れたものだ。
 代わりに、二人目の侵入者の方に視線を向けた。

 こちらは穏やかそうな青年、触覚のような妙な前髪が二本伸びている事が特徴的か。
 年齢が高いだけに、傍からみれば、こちらが主犯のようにも見える。
 桜花たちは名前を知らなかったが陽太の友人、鎌田だ。

「すみません。無断で侵入して資料を持ち出した事の重さは、多少なりとも分かっているつもりです。
 しかし事情は話せませんが、女の子の命が懸かってるかも知れない。
 資料は必ず返すので、ここは見逃してもらえませんか?」

 鎌田は率直に頭を下げて、事情を説明していた。
 説明される側としては突拍子がないし、侵入者を信用するような根拠もない。
 一方で一般人の行動としては深刻すぎる。問題を抱えているのも確かなのだろうが……

 判断を求めて、桜花は鑑定士である代樹の方に目を向けた。
 鑑定士は能力以外にも、対象の虚偽申告を見抜く訓練は受けている。

『嘘は言っていないが、譲る理由にはならない。能力は人生を左右しかねない、重大な個人情報だ』

 代樹は首を左右に振った。当然の判断だろう。
 この時世、事情があろうと不法行為で情報を流出させていては、キリがないのだ。

 見逃すという判断はあり得ない。
 鑑定士を意向を受けて、桜花は傍らにいる女性、ミルストに目配せした。

「ミルストさん、協力をお願いしても? 傷つける事なく拘束する形で」
「いいでしょう。機関の人間としても、彼らの事情は気になりますから」

 互いに足並みを合わせる形で、徐々に二人の侵入者に詰め寄っていく。
 陽太と鎌田はそれに応じるように身構えていた。

420 ◆peHdGWZYE.:2019/02/16(土) 01:01:36 ID:UGNREm.M0

「二対二……! しかも、片方は裏社会のプロか」
『機関の人間って口を滑らせるなんて、クールなふりして、わりと迂闊というか』

 呆れるように代樹は手話で言葉を綴ったが、それを見た者は誰も居なかった。
 本来、機関のエージェントは結果的にバレるという事はあっても、もう少し慎重に振る舞うものだ。
 根は新人教師、という事なのだろう。

 対峙の緊張に堪えきれず、先に行動を起こしたのは侵入者の方だった。

「陽太くん、とにかく一戦して、離脱のチャンスを窺おう! ……変身!」

 どこか蟷螂(カマキリ)めいたポーズを取った瞬間、鎌田は昆虫人間へと姿を変えていた。
 妙に人間味がある複眼に、緑の外骨格。指先は蟷螂の鎌のような構造をしていた。

 昆虫の身体能力を思えば、人間よりも高い身体能力を有しているのは間違いない。
 対して、ミルストは流れるような手つきで、拳銃のマガジンを変更していた。

「非殺傷弾に変更。しかし、昆虫人間化する能力となると、対処に時間が掛かりますね」
「それなら、私が引き付けます!」

 桜花がスタンロッドを引き抜き、昆虫人間と対峙する。
 武器があるとはいえ、夜の能力は未発現。少々、分が悪いかも知れないが、これは力量で補うしかない。

(いや、彼の能力は……まあ余計な情報か。そちらより、岬くんを傷つけずに無力化できるか)

 代樹は鎌田の能力を"鑑定"して、その本質に驚きながらも、今は現状に注目する。

 心配なのは岬陽太とミルストの方だ。殺傷と拘束とでは勝手が違う。
 いざという時は止めなければならない

 拳銃を向けられ、陽太が緊張を漲らせた所で、ミルストは警告をしていた。

「装填したのは鎮圧用のゴム弾ですが……中学生が当たれば、怪我をする可能性は高いでしょう。
 ここで大人しく投降する気はありませんか?」
「ねぇよ。そんな脅しで引いてられるか」

 陽太の即答と、ミルストの発砲はほぼ同時だった。
 ゴム弾とはいえ、仕組みは実包と変わらない。独特の破裂音と火薬臭が五感を刺激する。

 陽太は空中を舞うように、身体を回転させて避けていた。
 漫画か映画の影響か、隙だらけの動き。しかし手足を狙っているなら、そこそこ有効な動きではあり、
見越してやっているなら、大した度胸と言えるだろう。

 結果として、二発のゴム弾は路上を殴りつけただけに終わった。

421 ◆peHdGWZYE.:2019/02/16(土) 01:02:07 ID:UGNREm.M0

「禁断の赤(タブー・オブ・ファイア)!」

 さらにリンゴを生成。陽太は体の回転を利用して、素早く投擲していた。
 十分に勢いの乗った、そこそこに硬い果実が飛来する。

 対して、ミルストは"すでに"避けていた。
 相手が行動に移る前に予測し、射線を外す。能力戦では基本的な技術だ。

 遭遇した敵の能力に防御が通用するとは限らない。しかし、回避すれば概ね無効化できる。
 視線や予備動作から能力を推測して外すか、そもそも狙わせない。
 機関で訓練を受けた成果なのだろう。

 しかし、不意にミルストの目前には、二つ目の赤黒い果実が出現していた。

「……!」
「――禁断の黒(タブー・オブ・ダーク)」

 ゴツンと見事に直撃していた。しかも顔面に入った。
 リンゴを当てられただけとは言っても、直撃すれば、それなりに痛い。

 思わず、よろめくミルストに陽太は追撃すべく駆け出していた。

(なるほど、体を回転させたのは避けるためじゃなくて、体の影にリンゴを隠すためか……)

 岡目八目、さらに鑑定士としての洞察力もあって、代樹は陽太のトリックを看破していた。
 派手に回避した瞬間、隠れて夜に紛れる色、赤黒いリンゴを生成していたのだ。

 後ろ手で放物線上に投じてから、今度は派手に宣言しながら、真っ赤なリンゴを出して相手の目を惹く。
 こうして、見えないリンゴの攻撃は完成していた。
 赤いリンゴに対処できたと思った瞬間、頭上から黒ずんだリンゴに襲われる事になる。

「来い、魔剣レイディッシュ!」

 十分に助走をつけながら、陽太は大根を生成していた。
 鈍器としては、そこそこだろう。

 技量なら、機関の人間であるミルストの方が圧倒的に上だ。それと比較して、陽太は護身術の域を出ない。
 しかし、いかに優れた技術であっても、それ単体では子供のABC、単なる手習いでしかないのだ。

 闘う者としての心構え、判断力、応用性。そういった点では、陽太は決して劣ってはいない。

422 ◆peHdGWZYE.:2019/02/16(土) 01:02:51 ID:UGNREm.M0

「……!」

 二度目の銃声が響いていた。顔面にリンゴをぶつけられても、咄嗟にミルストは発砲していた。
 体に染みつくほどに訓練していたのか、想定外の状況でも動作は正確だった。

「っ! あっぶね……」

 陽太は陽太で警戒していたらしく魔剣レイディッシュ、大根を盾にゴム弾を防いでいた。
 それでも、威力はボクサーのパンチに匹敵する。大根は派手に粉砕され、白い破片を撒き散らしていた。

 陽太は絶好の機会を奪われ、また戦況は五分へと戻る。

「驚かされましたが……二度目はありませんから」
「ハッ、そいつはどうかな? 叛神罰当(ゴッド・リベリオン)の応用性は無限だぜ」

 ミルストの宣言に、陽太は不敵に笑い返してみせた。

 それに応じる事なく、ミルストは陽太の足元に拳銃で連射していた。
 銃声が立て続けに響き、その都度にゴム弾が路上で跳ねる。

「おわっと……!」

 陽太は慌てて飛び退いた。ゴム弾は殺傷力こそ低いが、跳弾しやすい。
 外れたとしても油断できないのだ。

 しかし、それはミルストが意図的に誘導した結果だった。まだ彼女には"能力"という武器がある。
 夜の大気を引き裂くように、独特の回転音が鳴り響いていた。

(ドローン?)

 代樹は乱入してきた機体に目を細めた。
 サイズは概ね、人間の頭よりも一回り大きい。それ自体は能力の産物ではなく、機関の備品だろう。
 プロペラで飛行する機体の中央には、レンズが備えられていた。もちろんカメラとしても機能するのだろうが。

 指輪型の操作機か、ミルストは手を前面に突き出し、楽器でも奏でるように指先を動かしていた。

「サンプルからモデリングを選択、映像を調整――照射。panorama発動!」

 ミルストが宣言した瞬間、ドローンから光が陽太に向かって照射され、
ほぼ同時に鑑定士独特の感性で、代樹は何かが"共振"した事を察していた。

「なっ……鎖だと!?」

 前触れもなく、というよりも通常の過程を省いて、『すでに拘束した』形で陽太の周囲に鎖が出現していた。
 唐突に体が鎖で拘束されたのだ。困惑しつつも、激しくもがくが合金製の鎖はビクともしない。

423 ◆peHdGWZYE.:2019/02/16(土) 01:03:16 ID:UGNREm.M0

 無事に能力通った事を確認すると、ミルストは安堵のため息を吐いてから、一発だけ陽太の足元に発砲した。
 陽太は反射的に飛び退いて、しかし全身を縛られてはバランスを維持できない。
 そのまま、転がされて終わりだ。

 桜花と鎌田の格闘戦も一区切り、というより陽太が敗れて、向こうの勝ち目が無くなったのだろう。
 ほぼ戦闘は中断され、余裕ができた桜花は不思議そうに代樹に向かって尋ねていた。

「拘束能力……?」
『いや、"幻像を実体化する能力"。ドローンが照射した、鎖の映像を実体化させたんだ』

 つまりは架空の物を現実に引っ張ってくると言い換えてもいい。
 今回は陽太に被せるように、鎖の映像を照射して実体化させたが、かなり婉曲的で加減した使い方だ。

 時折、実在するのではないかと囁かれる"何でもできる"能力に等しい力だった。
 機関が躍起になって、引き込んだのも頷ける。

『規模には上限があるし、一定のリアリティは要求されるだろうけど、ちょっとした条件で万能にもなる。
 便利な、いや便利"過ぎる"能力だよ……それこそ、自分の人生を縛ってしまう程にね』

 第三者には鑑定士の手話は読み取れない。それでも、ミルストは大まかに察したのか。
 己の能力によって縛られた陽太を見る目は、遠い世界を羨望するような、どこか寂しげなものだった。

424 ◆peHdGWZYE.:2019/02/16(土) 01:03:52 ID:UGNREm.M0
続き。微スランプにより執筆速度の波が激しいです
二部は20話程度の予定だったのですが、やっと終盤に入る……
理恵子=ミルストの夜間能力は、この作品オリジナルとなります

補足

リンゴ
言わずと知れた、代表的な果物の一つ。チェンジリング・デイにおいては陽太の投擲武器。
異形【せいぎ】の来訪者においては器用にジャグリングを披露した。
そこそこの硬さを持ち、赤緑黒と色によるバリエーションが存在する。
禁断の〜という厨二名は、おそらく創世記における禁断の果実がリンゴであるという説に由来する。
黒はこの作品で初登場。

425星界の交錯点 ◆peHdGWZYE.:2019/02/23(土) 02:05:47 ID:Smp1zGL.0
21.そして交点へ

 遭遇戦を通して拘束された陽太と鎌田は、鑑定所の面々に拘束され、ひとまずは休憩室へと連行された。
 おそらくは一般人という事もあって、対応は甘い。
 能力で作った鎖で捕縛して、そのまま歩かせただけだ。

 代樹の指示で、桜花が洗いざらい話さなければ、相応の場所に突き出させてもらう、と脅しかければ、
仕方なくといった様子で、鎌田は白状していた。

「信じてはもらえないかも知れませんが、これが僕たちが置かれている状況です」

 すでに鎌田は昆虫人間の姿ではなく、好青年そのものといった様だった。
 しかし、打ち明けた内容はとても平凡とは言い難い。

 "異変"、『クリフォト』による拉致、それに比留間博士からの依頼。
 荒唐無稽なようで、一つ一つが状況に合致し過ぎている。

 やや動転して、桜花は鑑定士の支持を待たずにミルストに尋ねかけていた。

「えっと……機関はおおまかに把握していた、という事でいいのでしょうか?」
「さて、私は護衛の命を受けただけですので」

 あしらうミルストの表情から答えは読み取れなかった。
 とぼけているようで、そうとも限らない。
 組織が末端に指示は伝えても、その意図を伏せる事は珍しくないからだ。

『鑑定局に探りを入れる程度には、手を焼いていたという事だろう。これは世界改変の状況証拠でもある。
 神や悪魔の仕業、と同じく便利過ぎる説明だけどね』

 代樹が手早く手話で解説した。
 おそらくは"異変"と『クリフォト』の輪郭程度は掴んでいたのだろう。

 だが、それ以上の情報が出てこない。機関やバフ課、それに国連関連組織などの錚々たる顔触れを相手取っても、
尻尾を掴ませない。それはいくらなんでも不自然だった。
 そして幾つもの推測を立て、その一つが世界規模の事象改変、なのだろう。

 不透能力素材を扱う、鑑定局が情報を握っている可能性はあるが、その鑑定局は秘密主義。
 世界改変を受けたという状況下では、秘密を開示させるだけの論拠を用意する事はできなかった。

 だからこそ、機関は人員を派遣し、比留間博士はある種の強行手段に出たという事か。

426 ◆peHdGWZYE.:2019/02/23(土) 02:06:22 ID:Smp1zGL.0

『これ、協力はできないよね?』
『職務上、知り得た秘密を流用しないのは公務員として守らなきゃいけない一線だよ。
 他に証拠があれば、法益を理由にできるけど……いや、待てよ』

 鑑定局側の人間である、代樹と桜花も例に漏れないはずだが……
 若干、考え込んでから、普段よりは慎重な手振りで代樹は桜花に指示を送っていた。

「岬陽太さん、誘拐された女の子の名前を、もう一度だけ教えてくれませんか」

 改めて、陽太たちが握っている肝心、要の情報について確認する。

 今まで当たり前に日常を送っていた、幼馴染が攫われた事に、相応の理不尽を感じているのだろう。
 吐き捨てるように、陽太は答えていた。

「水野晶だ。なんだって、あいつがこんな目に……」
「『そういう能力を持っていたから』。この社会では理由はそれだけで十分ですから」

 相手を、そして自分までも突き放すように、ミルストは呟いていた。

『水野、晶ね。それなら、だいぶ曖昧になってるけど、記憶に引っ掛かるものがあるな』
『ええ!?』

 器用に桜花は手話で驚いてみせた。
 一応、普段の怪しげなローブ姿は業務中の制服ではあるのだが、能力で頭の中を覗かれないとは限らないので、
不透能力素材自体は四六時中、身に付けてはいる。
 そして、それは世界改変の瞬間であっても、例外ではない。

 考慮しつつも、代樹は素早く桜花に結論を代弁させていた。

「皆さん、鑑定士は水野晶に関してのみは情報開示をしてもいいし、証言にも応じると申しています」
「本当か!?」
「はい。もちろん他言不要で、対象も絞らせてもらいますが」

 縛られたまま立ち上がり、喜色を浮かべる陽太に、桜花は釘を刺していた。
 だが、十分だ。自分達以外の証言が増えるだけでも、信憑性が大幅に変わる。

 もちろん異例の判断ではあるが、代樹には目算があった。

427 ◆peHdGWZYE.:2019/02/23(土) 02:06:59 ID:Smp1zGL.0

『水野晶に関する記録まで消された以上、彼女の情報を開示しても、俺を咎めるための証拠が出せない。
 証拠が出てきたなら、不法に個人を抹消した事件に対して、法益に適う行動だと主張できる』

 保身ではあったが、それが不当とは思わない。
 業務で得る数多くの情報に、能力社会に適した法、そして鑑定対象からの信頼。全て守るに値するものだ。
 鑑定士ほどの国家公務員が肩入れするには、相応の正当性が必要なのだ。

「ミッションクリアか!?」
「博士にも、どうにか良い返事ができそう。首の皮一枚で繋がったというか」

 捕縛されている陽太と鎌田の間では、どこか安堵した空気が漂っていた。
 完全に道が立たれるかも知れない、という不安と戦っていたのだ。

 だが、ここで桜花は縛られた二名を見下ろす形で、腰に手を当てていた。

「ただし! 今夜の侵入については、忘れていませんので!
 そうですね、二人とも学生さんみたいですから、反省文をたっぷり書いてもらいましょうか」

 反省文。この非日常の中で、これである。
 極めて学生らしい処罰の宣告に、思わず二人は「うげぇ」と呻き声をあげていた。

『甘い処置だね。ま、ここで咎めておけば、重い処罰を受ける事はなくなるだろう』

 しれっと桜花の主張を事後承諾すると、代樹は自分の事情を手話で伝えた。
 少なくとも、今この場で全ての情報を並べるという訳にはいかないのだ。

「ただ鑑定士は、だいぶ記憶が曖昧になっているようで……。
 こちらも整理が必要になるので、また後日に集まるというのは、どうでしょうか。
 その時に比留間博士にも、ご足労願うという事で」

 比留間博士の返答がどうなるか、という疑問はあったものの異論は出なかった。
 事が事なだけに、最低でも代理は出すだろう。

428 ◆peHdGWZYE.:2019/02/23(土) 02:07:43 ID:Smp1zGL.0

 そして、仮面越しでも分かるぐらいにニッコリと、桜花は付け加えた。

「反省文の提出期限も当日なので」
「お、お手柔らかにお願いします」
「じゃあ、二十枚くらいでいいでしょうか?」
「この仮面女、外道か!?」

 思わず口走った陽太に、桜花は声色を変えずに応えた。

「二十五枚」
「ヤッパ、二十枚デ、オ願イシマス」

 若干、自分たちの学生時代を思い出して、代樹は苦笑した。苦労していたのは桜花だったが。
 そして、それとなくミルストの方を気に掛けた。

 彼女は小学校の教師だった……この状況はそれを想起させ得るものでもある。
 ミルストは動揺したように硬直していたが、それ以上の感情を表には出さなかった。

「じゃあ集合地は、比留間研究所ならどうだ? あそこなら防備は整っているだろうし」
「……鑑定士は信用できないと言っていますね。なにせ、個人施設ですから」

 こうして、再集合を前提に話は進められていく。
 積極的に陽太が提案するが、鑑定士側はそれを否定する。本来は非公開の個人情報なだけに、
万全の状態で盗聴できるような場所は避けておきたい。

 話の腰を折る言動に、やや苛立った様子でミルストは水を向けた。

「気持ちは分かりますが、では何か対案でも?」
「S大学の研究棟――人払いは比留間博士にお願いするとして、あそこなら中立的で、
 能力関係の防備も整っていますよね?」

 S大学は能力を専門とする学部を置いた大学の一つだ。
 近場で能力関連の各種対策を取っている事もあるが、現在、当事者である比留間博士が
客員教授を務めている、という点が大きい。
 正当な手続きで集まり、場所を借りる事ができるのだ。

 連絡はこの中で最も強固なセキュリティを強いた、ミルストが持つ機関の端末に託された。
 陽太と鎌田も拘束から解放されて、今日の所は帰宅する事となる。

 ここから事態の進展は、後の集合を待つという事になるのだが……

「どうやら、後日集合といった所か。都合がいい。イレギュラーを一層するには、いい機会だろう」

 市内、鑑定所からは離れた場所で、頬がこけた神経質そうな男がモニターを覗いて呟いた。
 さすがに音声は拾えず、不完全な読唇が限界だったが。
 鳥型キメラに搭載されたカメラを通して、要警戒対象である鑑定所を観測していたのだ。

 『クリフォト』主要構成員の一人、フォースリー。
 かつて、"異変"発症者、川端輪の拉致を試みた男は底冷えするような殺意を秘めて、
続けて表示された岬陽太と鎌田之博の顔写真に視線を送っていた。

429 ◆peHdGWZYE.:2019/02/23(土) 02:08:34 ID:Smp1zGL.0
投下終わり。そろそろ補足に書くことが無くなってきた感じですね
意外に手間なので、それはそれでありがたいのですが

補足

S大学
東堂衛のキャンパスライフにおける主な舞台。また、幻の能力者などにも登場。
超能力学部が存在しており、昼夜能力に配慮した教育課程が組まれている。
作品によっては客員とはいえ、比留間博士が属している辺り、わりと凄い大学なのかも知れない。

430 ◆peHdGWZYE.:2019/03/11(月) 01:11:50 ID:klUSzyvc0
一応、生存報告をば。体調崩して夜更かし控えてました

431名無しさん@避難中:2019/03/11(月) 21:57:55 ID:4m4Gifv60
おおう……!ご無理はなさらず……!

432名無しさん@避難中:2019/03/13(水) 14:47:20 ID:j7/siFYg0
しばらくぶりに見に来たら長編が始まっている!? 

トリップも思い出せなくなった鞍屋峰子とかの作者です。
彼女やUNSAIDや比留間慎也博士回りの設定で質問があれば数日以内にお答えできます。
闘技場篇とそれに続く予定の魔王篇も、どうしても面白い形にできないので断筆しています(ごめんなさい!)がいずれ再開したいです。

433名無しさん@避難中:2019/03/13(水) 18:34:51 ID:j7/siFYg0
まだ全部読みきれてないけどオールスターめいて熱い展開の連続!
鞍屋にゃんvs神山は自分の手に負えなすぎて書くのを断念した対戦カードだったので、実現された並行世界があって満足!
「猫なのに……」←ここ好き。

>>303
《テイルズオブマルチヴァース》の並行世界は、スレのイントロダクションで語られているパラレルワールドの設定に関連していて、メタ的に言うと、全ての作者が描く全てのストーリーの時間軸を指します。(作劇上の意義としては、今描いているシーンとは何かが矛盾してしまっていてパラレルとして解釈するしかないような別のシーンから情報や技術の持ち込みが可能)
なので、無限に分岐していくけど有限、という考察はあっています。
あと当然、この能力が正常に機能していない並行世界とは接続できません。
鞍屋峰子の能力が失われたり、他の並行世界群と完全に切り離された並行世界が出てきたり、一人の作者が描くストーリー上における彼女の全ての可能性が潰される事態はあり得ます。
ただ“その長編における設定”を変えてもその影響が“根幹設定(違う作者も作品にも適用されるような設定、メタく言うとまとめwikiのキャラクターのページに乗るような基本設定)”にまで際限なく波及して他の物語を制限する事はないと考えられます。
なので、今作のような展開も設定上充分に起こり得る事態だと思います。

434432 ◆VECeno..Ww:2019/03/17(日) 00:16:20 ID:kPTQKxPU0
トリップ思い出した。
三界制覇、一見チートくさいようでちゃんと抜け道がありそうな設定なのが面白いですね。
どういう作戦で倒す事になるのか今から楽しみです。

435432 ◆VECeno..Ww:2019/03/17(日) 00:16:37 ID:kPTQKxPU0
トリップ思い出した。
三界制覇、一見チートくさいようでちゃんと抜け道がありそうな設定なのが面白いですね。
どういう作戦で倒す事になるのか今から楽しみです。

436 ◆peHdGWZYE.:2019/03/20(水) 01:31:31 ID:ISVH0Zes0
思い出したように見に来た方を驚かせる、という目標が達成できて、ちょっと喜んでます
感想や申し出、ありがとうございます。見たかった物、もう全部自分で書いちまえ! という無謀なコンセプトですが、
気の向く範囲でお付き合い頂けたら幸いです。闘技場篇〜魔王編、無理なく再開できる時を楽しみにしていますね

>鞍屋にゃんvs神山
互いに警告止まりの戦いとなりましたが、全力だと普通に手が負えないですね……
実際は事前準備にどれだけリソースを割いたかで決まるか、モチベや戦う意義を削って退場させる戦いになるのかな、と

なるほど。鞍屋さんは、一作者の責任の範疇で扱っても大丈夫、みたいな感じですね。ちょっと安心しました
お言葉に甘えて、回答をもらえたら参考になりそうな質問を三つほど
・能力鎮静剤のメカニズムとか、想定している設定があれば
・《テイルズオブマルチヴァース》の知識共有は何処まで任意的、あるいは強制的か。取捨選択は何らかの形で可能なのか
・UNSAIDと国連軍との連携、情報共有はどの程度か。主要な派遣国の将官ならどの程度、UNSAID側の内実を把握していそうか

437星界の交錯点 ◆peHdGWZYE.:2019/03/20(水) 01:39:43 ID:ISVH0Zes0
22.審判者の戦い

 ある意味では、そこは法廷にも似ていた。
 薄暗い一室の中央付近に被告は拘束されていたが、裁く者と裁かれる者が居る事には違いない。

 一方でそれが司法に基づくか、公正かと言えば違う。
 全権を持った上位者による弾劾と要求だけが、そこにはあった。

『先日、君には手を焼かされたよ。なにせ情報を探る能力が通じなかったのだからね。
 君はなんらかの耐性を持っている、そうだね?』
「…………」

 備え付けれたスピーカーから、加工済みの音声が尋ねかけた。
 返答はない。被告は寝台にも似た拘束台に囚われ、四肢どころか、あらゆる動きを奪われていたが、
口元の拘束だけは外されている。

 加工音声による質問は続いた。腐った果実のような甘さを伴う猫撫で声だ。

『バフ課の残党はS市に目星を付けている、そうだな?』
「さあな」

 囚われた被告はつまらなそうに応じていた。
 もっとも、彼が楽し気にしている所を見た者は居ないが。

『バフ課の二班から四班は、交戦の末に全滅した。残りもマーク済みだ。
 code:エニグマ君、君の置かれた状況は絶望的だ。分かるな?』
「……ふう」

 焦りの混じり始めた音声に、エニグマはため息を返していた。
 本来はあり得ない事だ。人道には背いていようと、科学的には万全の処置を取っていた。

 すでに意識が破壊され、質問されれば盲目的に情報を吐き出すしかない状態のはずだ。

『最新の自白剤を投与しているはずだぞ!?』
「ああ、ドグマが開発した物よりは出来が悪いようだ。非人道的処置を取って、この程度とは。
 日本政府も先が思いやられる。いや、それともお前個人が無能なだけか?」
『貴様――』

 もはや尋問者としての仮面も捨て去り、激怒のままに加工音声が吐き捨てようとする。

 さらに続けようとした直後、エニグマの顔面が銃器で殴打されていた。
 殺さない、という意味では手加減されていた。一方で、頬骨程度は砕く勢いだ。

 エニグマの口内に、血の味が広がっていた。

438 ◆peHdGWZYE.:2019/03/20(水) 01:40:24 ID:ISVH0Zes0

「……――」
「へえ、声一つ漏らさないなんて、本当に機械みたいじゃん?
 ま、お上が現場に疎いのは許してやってよ。俺もプロだし、もっと率直な手で済ませるからさ」

 上位者は完全な安全圏から、音声だけを送っている。しかし、脱走などのリスクを考えれば、
無人という事はありえない。
 エニグマの傍らには、拷問官が居た。声の調子からして、まだ若い。

 調子づいたような口調だったが、他人の生殺与奪を握りながら明るく振る舞えるのは、十分に冷酷だろう。
 エニグマの身体に冷たい銃口が当てられる。

「先に言っとくと、出血死まで三分。嘘偽りなく情報を吐けば、こちらにも治療の用意がある。
 死ぬか吐くか、決めるには十分な時間だろう?」

 必要な前置きを述べれば、躊躇なく発砲した。
 鎮静剤を投与され能力は封じられた。そして、全身は完全に拘束されている。
 たとえ、かのバフ課のトップであろうと、この状況は覆せない。

 そう思われた、直後。

「……!? 消えやがった!」

 青年の悪態どおり、エニグマは忽然と消滅していた。
 彼を捕えていた拘束台も視野から消え、銃弾はこの部屋の壁を貫いていた。

――能力!?

 直感と経験則を総動員し、青年は回避行動に移っていた。
 切り替えなければならない。有利な位置は瓦解した。次の瞬間に、自分は殺されかねない。

 ひゅんっと空を切る音が伝わり、かろうじて青年は打撃を回避していた。
 完全に拘束から脱したエニグマが、特殊な打法で打ち込んだのだ。ジャブのような軽い一撃に見えるが、
実際に当たっていれば、どうなっていたかは分からない。

 早鐘のように響く動悸を抑えながら、青年は距離を取って、機関銃を見せつけ牽制した。

「っ! やるねぇ。さすがバフ課のトップを張ってるだけの事はある」
「生憎と不調だが」

 エニグマ、能面のような男は完全に拘束から脱していた。
 台への固定とは別に、まともには動けない拘束衣を着せらえていたはずだが、すでに破られ加工されている。
 現在、外したアイマスクを片手に、構えもせずに佇んでいた。

439 ◆peHdGWZYE.:2019/03/20(水) 01:41:38 ID:ISVH0Zes0

 実の所、まるで想定してなかった訳ではない。
 これが在り得るからこそ、バフ課を任されていたのであり、そして監視役として手練れが配置されたのだ。

「"任意の傷を付ける"能力か。道理で、機関銃を使う拷問官という色物が成立する訳だ」

 対峙者に透徹するような眼差しを向けて、エニグマは宣言した。
 的中しているのだろう。青年は軽く目を見開くと、感嘆したかのように口笛を吹いた。

「鑑定技能かい? だが拷問官じゃない。code:バブルスだ。政府のエージェントとして"手広く"やってる。
 こっちも状況から推測できるぜ。世界を隔離か、亜空間に引きずり込む系だろ? オッサンの声が途絶えてるし。
 だが、なんで発動できたんだ? 鎮静剤も服用させたはずだが」

 フッと息を吐いたが、エニグマからの返答は無かった。
 応対すると見せかけて、鋭い手捌きから目隠しが投じられていた。

 およそ投擲武器としては扱えない代物だったが、かなりの速度で飛来し、狙いすましたようなタイミングで
角度を落とし、バブルスの視界を覆い隠していた。

「教える義理はないな」
「ごもっとも!」

 青年――バブルスの獲物は軽機関銃。一瞬だけ視界を隠された所で、彼も愚鈍ではない。
 即応して、乱射。嵐の如き弾幕がエニグマの居た地点を薙ぎ払っていた。

 一時のかく乱に使われたアイマスクが床に落ちた。
 撃ち抜いた地点にエニグマは居ない。だが、バブルスに焦りはなかった。

(大した立ち回りだが、ここらで詰みだ。もう能力は完結していて、武装も無いんだろ?
 こちらは軽機関銃に、戦闘用の能力だ。いくら腕が立っても、覆せる差じゃないぜ)

 一時、機関銃から逃れようが、結局はエニグマが接近するよりも、捕捉の方が早い。
 再び無数の銃弾がエニグマに浴びせられようとしていた。

 乱射によって人体が引き裂かれようとした瞬間、エニグマは跳躍していた。
 バブルスは銃弾を撒き散らしながら、銃口で空中のエニグマを追う。

 空中に逃げ場なし。捉えた――と思われた所で、今度は天井を蹴り、追撃を逃れていた。
 最初は壁、次に天井を蜂の巣にしようと、標的にはかすりもしなかった。

「射線を外したか!?」

 緊張を露わに、バブルスは舌打ちする。乱射の反動に加えて、天井に銃を向けた姿勢。
 嫌でも自身の隙を自覚せざるを得ない。

 影が床に降り立つと、低姿勢から跳ねるようにバブルスに襲い掛かる。

440 ◆peHdGWZYE.:2019/03/20(水) 01:42:17 ID:ISVH0Zes0

「――……っ」
「おっ……と!」

 所詮は素手、とはいえバブルスは油断しなかった。
 エニグマの掌底打ちに、即座に短機関銃を盾にする。瞬間、衝撃が弾けていた。

「っ!? バケモノ、かよ……」

 まるで鋼鉄のハンマーで殴り付けられたかのような威力に驚愕しながらも、
かろうじて衝撃は受け流していた。まともに受ければ、武器の方が破損しかねない。

 接近戦は続く。初撃で主導権を握ったエニグマは、追撃を始めていた。
 鞭撃のようなローキック、かろうじて回避。さらに開いた間合いを利用して、付き込むこむような肘撃ち。
 これはバブルスも格闘技術を用いてパリィ、打ち落とした。

 攻防の中でバブルスは悟っていた。エニグマは恐ろしい使い手だったが、今一歩の所で攻め切れていない。
 技術的な問題ではない。これは根幹的な"差"に起因するものだ。

「認めてやるよ。ちょいと自信はあったが、アンタの方が腕は上だ。銃器の差を埋めるなんて、バケモンだな。
 だが、それだけに今のいい加減、分かったんじゃないか。いいや――もうこの世界の常識だろう?」

 わずかな隙を付いて、バブルスは機関銃で掃射。強引にエニグマを退避させた。

 彼が主張している通り、少々足掻いた所で勝敗は決していた。
 バブルスの能力は「任意の傷を付ける」というもの。わずかな傷が行動不能に、致命傷にすり替わる。
 故に、エニグマは攻めに専念できない。素手で戦う以上、本気で攻撃すれば自身も傷付くからだ。

「『能力』という巨大な差は覆せない――誰も彼も分を弁えて生きていくしかないのさ」

 戦意喪失を期待していた訳でもないが。それでも、現実は重く圧し掛かる。
 そのはずだった。

「……シルスクという、未だに能力を発現させてない部下が居てな」
「あん?」

 ぼそりとした独白、それを聞き咎めてバブルスは眉をひそめた。

「奴なら、そうだな。『能力者も所詮は人だ、殴れば悶えるし、刺せば死ぬ』とでも言うか」
「夢見がちじゃないの。"不死身"だの"無敵"だの、いーや"全能"だって居るのかもしれない。
 何処まで行っても、ただの人間には限界が付きまとう」

 バブルスは笑った。別段、挑発のつもりもない。
 珍しい主張ではない。努力すれば能力の差を覆せるというのは、普遍的に見られる話だ。
 人類が持つ最大の力は、人間そのものの力に他ならないと。

 だが、極まった世界ではどうだろうか?
 高い戦闘能力、適切な武装、そのうえで能力の運用を最適化した相手に、能力というアドバンテージを欠いて、
勝つことができるのか。残念ながら不可能だろう。

441 ◆peHdGWZYE.:2019/03/20(水) 01:43:14 ID:ISVH0Zes0

「そうだな、馬鹿げている。だが――バフ課の総隊長として、当たり前の諦観よりも、
 その馬鹿を取らせてもらう。頭の痛い話だが、選択の余地などない」

 泰然としていたエニグマが、ここで初めて構えた。武術的な型を取ったと言い換えてもよい。

「ある者は不死身となり、ある者は無敵となった能力社会――
 "人以上に成り下がった化け物"を必罰を以って、"人"に還す。それがバフ課の理念だ」

 短機関銃に加えて、能力――
 相当な差があるにも関わらず、バブルスは威圧に気圧されて、わずかに足が退いていた。

「……! 大した気迫じゃないの。いいぜ、それならこっちも全力で叩き潰してやるよ!」

 己を奮い立たせるように宣言すると、瞬時に弾倉(マガジン)入れ替え、発砲した。
 所詮、気迫は気迫。能力でも絡まなければ、物理的な作用など存在しない。
 音速をも超える弾幕とそれによる面の制圧に、何ら対処できるものではないのだ。

 ただ、現実としては、まるでエニグマに命中する気配は無かった。
 恐ろしい事に、銃身を動かす速度に対抗できるほどに敵の移動が速い。
 しかも、こちらが焦れば、その隙に弾幕の間を掻い潜るような芸道さえ平然と実行してのけた。

(さすが、達人って奴か? だが、それじゃ着地が半秒遅いぜ!)

 エニグマは歩法と姿勢制御だけで、信じがたい程の移動速度と跳躍力を発揮していたが、
それだけでは限界が存在する。
 何度目かのオート射撃を回避した際、その跳躍は行き過ぎていた。
 いかに超人的な技能を持とうと、地を蹴れなければ移動はできない。

 ついに無数の弾丸が、エニグマを捉えようとした瞬間――

「今だ……ゴースト!」

 叫んだ瞬間、戦闘開始以前にエニグマを捉えていた拘束台が、突如として室内に出現していた。
 それも本来、空中で動きを奪われたエニグマの足場となる形で。

 踏み台にして有り得ないタイミングでの跳躍、それは完全に敵の算段を崩していた。
 際どい角度で弾幕を上から掻い潜り、そのまま空中で身体を反転、勢いの乗った左脚がバブルスの頭部を蹴り抜いた。

 技量を思えば、蹴り殺すのは容易だったはずだが、手加減されていた。
 顔が完全に潰れかねない程の威力だが、治療すれば死には至らない。
 皮肉にも、バブルスの脅迫が彼我を変えて実現した形だ。

442 ◆peHdGWZYE.:2019/03/20(水) 01:44:18 ID:ISVH0Zes0

「くっそ……最初から……二対一かよ。道理で……」
「理念を語るなら、実現する手段を用意しておくのが当然だ」

 意識が途絶える瞬間に、バブルスは全てを悟って、言葉を残していた。
 気絶した相手には届かないにせよ、軽やかに着地したエニグマも簡潔に応じる。

 ゴーストというのは、ある運び屋の名前だ。
 ドグマにも協力していた経歴から、その名は前線に立つ者なら耳に入れていた。
 彼の能力は現実を模した"亜空間を作り出す"能力。その亜空間には任意で、物を取り込む事ができる。

 大したトリックではない。外部協力者が能力で支援してたのだから、エニグマに鎮静剤を投与しようと、
能力の影響を断つことはできない。
 何がどこまで能力で、誰の能力によるものか、という点を伏せ続けた。能力戦の基本を忠実に守っただけの事。

 あらゆる想定が通じないノールールの戦場故に、情報と周到さで上を行った者が勝利する。
 その原則は、標的を拘束し、銃を突き付けた程度では覆らない。

『なんだ、何が起こっている!?』

 ゴーストの能力が解除され、亜空間から通常空間に戻れば、一転して敗者となった男の声が響いていた。
 無論、解説してやる義理もない。エニグマはただ冷酷に現状を突き付けていた。

「さて、こういう形で組織に影響力を残しているのは、かなりの越権行為でしょう。
 それとも良からぬ組織と組んだ結果ですか。公安調査庁"前長官"どの?」
『なんの話か分からんな。異常者の妄言だ』

 堂々と指摘を跳ね除ける態度は、剛毅といっても良い。さすが責任ある役職を務めていただけはある。
 しかし、今回はあまりにも相手が悪く、状況を見誤っていた。

「取引する気がないというなら話は早い。ならば、こちらも超法規的に対応するというだけの事だ」
『なっ!? いや待っ……』

 二の句も継がせずに、バブルスから拝借した機関銃でスピーカーを破壊する。
 これで終わりだ。何らかの反発はあるだろうが、国際会議まで官僚組織がバフ課に手を出す事は無い。

 一方、打ち切られた警察組織由来の権限も回復はしないだろうが、無いなりにやっていくしかない。
 無理を通すのは、いつもの事だった。

 ここで唐突に拍手の音が響いた。
 おそらくは亜空間での交戦中、室内に侵入していた男がエニグマを称賛するように拍手を送っていた。

 軽い若者らしい雰囲気ではあるのだが、目だし帽――特に強盗が用いるイメージが強いマスクが、
かなり怪しい雰囲気を醸し出している。
 彼がゴースト、エニグマに雇われ、仕掛け人の役割をこなしたフリーの運び屋だった。

443 ◆peHdGWZYE.:2019/03/20(水) 01:45:16 ID:ISVH0Zes0

「いやいや、結構なお手際で。これからターゲットの始末にでも?」
「手を出さずとも、向こうが勝手に始末するだろう。生きた人間ほど厄介な証拠もないからな」

 能力で脳を探られ、自白剤を投与されても、情報一つ漏らさなかった男は平然と嘯いた。

 自白剤は事前に中和剤を注射しており、能力の方は特殊な対策を実行する事ができた。
 そのため、エニグマを一般例とする事はできないのだが。

「それで、各種装備は?」
「ひとまず、端末と拳銃だけ。残りは裏手の偽装して置いた車両に置いてあるので」

 顧客の質問にゴーストは速やかに答えた。バフ課の通信端末と、拳銃を投げ与える。

 フリーの運び屋とはつまり、非合法な依頼にも応じるという事であり、本来は犯罪を取り締まる立場にある
バフ課とは敵対関係とも言える。。
 だが、同時に報酬と契約に足る信用があれば、敵からの依頼も例外なく引き受けるのが彼らのやり方だ。

 望ましい事でなくとも、利用できる者を利用する事に、エニグマは躊躇を覚えていなかった。
 法の外から法益を守る超法規組織、故にルール違反は当然の事だ。

 『クリフォト』も次の手を打つのが早い。
 短時間の内に、端末から情報を収集すると、感心したようにエニグマは頷いていた。

「ほう。今度は、偽の情報に基づいて非常事態宣言が出たようだな」

 そこから先は地獄だった。特に、同行者であるゴーストにとっては。

 車両内で、武装を整えたまでは良かったのだが、現在は聞きなれない走行音に追われながらも、
法定速度を遥かに超過した速度で、一般道を逃げ回っていた。

「いやぁ……アヤメさんって上客だったんですね。どう考えてヤバい仕事だ、これ」
「適正な報酬は支払ったはずだが」
「適正じゃ、到底足らないのでっ! なんで戦車とカーチェイスやらされてるんですか!?」

 ゴーストが鋭くハンドルを切れば、偽装車両がドリフトしながらT字路に突っ込めば、
それを追うように爆音が響き、砲撃が建造物を貫通し崩壊させていた。
 観察する余裕などなかったが、一撃で瓦礫の山と化した事は想像に難くない。

「街中で撃ちましたよ、連中!」
「広域汚染能力を持つ犯罪者への対処としては当然だな。自衛隊の法整備は進んでいるようだ」
「標的、僕らなんですけどー!?」

 もちろん、チェンジリング・デイの影響で各地のゴーストタウン化が進んでいるから、出来た事ではあるが、
インフラへの影響を抑えるためにゴム皮膜を装着して、各駐屯所から戦車が持ち出されている点は壮観だった。

 『クリフォト』が用意した誤情報に基づくものではあったが、着々と避難は進み、戦闘被害を抑えるための
誘導も的確に熟している。
 時間が経てば、航空機により上空から封鎖、監視が開始されるだろう。

444 ◆peHdGWZYE.:2019/03/20(水) 01:45:38 ID:ISVH0Zes0

「報酬の上積みをお願いしますよ!」
「覚えておこう」

 さすがは裏の運び屋というべきか、公的な地図が反映されていない点を把握しており、
ゴーストは的確に封鎖を突破しつつあった。

 車を変えて、高速に乗るか。いっそ裏ルートから貨物車両を用いるか。
 首都脱出ルートを思案しつつも、次のオーダーを要求する。

「……で、行き先はどちらにします?」
「空港が封鎖されているとなれば……遠いが大阪に向かう。あちらからのルートなら盲点だろう」

 最終地点はアトロポリス島となれば……想定ルートを把握し、ゴーストもなるほどと頷いた。
 だが、西日本まで突破するだけでも現状は厳しい。
 エニグマが隠し持つ手札の他には、ゴーストの運び屋としての実力が問われる事になるだろう。

「しかし、駒が足らないうえ、介入にも限度がある。
 前哨戦としては、やはりS市のそれが最大の分岐点になるか……」

 対『クリフォト』の盤面が進む中で。ただ一言だけ未練ありげにエニグマは呟いたが、
それ以降は沈黙し、ただ自分達に待ち受ける未来だけに視線を向けていた。

445 ◆peHdGWZYE.:2019/03/20(水) 01:47:16 ID:ISVH0Zes0
一月開きそうな所で、ようやく続きです
あんまりペース落とすと終わらないので、回復していきたい所

>三界制覇
わりとチート気味ですが、弱点から逆算して作った能力でもあります
後から、素で突破できるキャラが居る事に気付いたり、この辺はシェアード独自の面白さですね

補足

ゴースト
主にW20/vpg05I氏の作品で登場。顔を隠すのがポリシーの運び屋さん。
昼は半径100m以内を模した亜空間を作り出す能力、夜は任意の物や人を見つかりにくくする能力。
主役として活動するタイプではないが、地味に八面六臂の活躍をしている。

バブルス
この作品で初出。日本政府のエージェント、穢れ仕事も含めて手広くやっている若者。
昼は「任意の傷を付ける」能力。具体的には与えた傷を、任意の傷に変更するというもの。
能力が凶悪な事を除けば、作者的には便利なやられ役として登場した人。

446 ◆VECeno..Ww:2019/03/20(水) 22:37:57 ID:w2VI8a8k0
>>436
・能力鎮静剤のメカニズム
これは能力そのもののメカニズムが決まらないと決められないやつなので特に設定はありません。
各々の話を書く作者さんの自由です。
実験により再現性は確認されているけれども詳しい作用機序は分からない(中和剤が開発されているなら不向きな設定)、でもいいですし、
もしかしたら、何処かの時間軸においてリンドウの作り出したオリジナル薬が分析されて技術的再現に成功して、その技術を鞍屋峰子が盗み出したのかもしれません。

・《テイルズオブマルチヴァース》
精神共有はどちらかと言えば強制的です。なので知識も自然に自動的に伝播します。
ただ原理的には、近似した並行世界の精神的同一者(鞍屋峰子)をリレーしていって交信しているので、情報の伝播速度や距離(?)には限界があります。
明確な設定としては、泥酔したり洗脳を受けたりして精神状態が普通ではない鞍屋峰子とは交信が不安定になったり、程度によっては接続を確立できません。
また、あまりにも歴史や常識が違い過ぎる並行世界の情報は仕入れてもあまり役に立たなかったりします。

ぶっちゃけて言うと、彼女の考えている事は、自分も大まかな行動原理(他者に重大な選択を突き付けて歴史を分岐させたがる事。究極的には所属組織よりも自分優先)しか分かりません。
実際、今後書かれるかもしれない別の物語の展開を(時系列が被っていれば)彼女は既に知っているかもしれないのですが、
それを今まさに紡がれている物語の中で明かしてくれるとは限りませんし、作者である我々にさえも(彼女の知っているはずのその展開は)今は分かりません。
こういう、作者にも考えの読めないブラックボックスさとミステリアスなキャラ立てが鞍屋峰子の魅力だと自分は思っています。
彼女は隠し事の究極のエキスパートなのです。
逆に言うと、(スパイっぽく動いていれば)適当に動かしても割とそれらしくなるし、動機も案外後付けで考察できちゃったりする、というコンセプトのキャラになっております。

ちなみに読心能力を彼女に使っても、重なり合う並行思考がノイズになるため、彼女の考えを正確に掴む事は不可能です。

447 ◆VECeno..Ww:2019/03/20(水) 23:38:03 ID:w2VI8a8k0
・国連軍とUNSAID
平和維持活動(PKO)を担う国連軍(PKF)は実は常備軍ではなく、作戦(Operation)ごとにその都度結成され、世界各地で別々の組織として活動をしています。
チェンジリングデイ世界では能力者1人で1地域が脅かされたりするので、そうした危険な能力者事件に対して、現実世界でよくある有志連合の武力行使めいた強行的な制圧活動を行う事もあります。
ただし、その場合でもやはり、武器や違法薬物や人身の売買や非人道的行為からの住民の救出など、公言しても恥ずかしくないような大義名分が必要になってきます。
ただ優れた指揮能力を持っていて、なおかつ国際活動を円滑に進められる人望のある人材はおのずと限られるものですので、常連メンバーはそれなりに存在し、そうした人物とその直属部隊を便宜上、国連軍(PKF)と呼ぶ人もいます。

一方でUNSAIDは常設の組織です。認知度で言えば、そもそもUNSAIDの全容を知る者は誰もいません。
スパイ活動による国連の補佐という共通理念はあるものの、かなり分権的な体制で動いている(非ピラミッド型組織)ため、
メンバーでさえも活動の全容を知っている者はいません。

国家機密に触れられるような地位の将官なら、UNSAIDが国連の機関である事を知っていて、
UNSAIDに国連軍への協力や情報提供を要請することが出来てもおかしくないです。

逆に、UNSAID側が国連の他の組織(安保理とか)に働きかけて作戦を立ち上げさせ、
一つの国連軍がまるごとUNSAIDの傀儡になっている、というケースもあるかもしれません。
また、そもそも表向きの顔が軍人であるようなUNSAIDメンバーもいます。

以下、設定メモより。

【コードネーム:ミカエル (ミハイル・ポリンスキー/Mikhail Polynski)】
UNSAIDの“四天王(アルマンデル)”と呼ばれる幹部の一人。オーラの色は黄色。
表向きの顔はロシアの軍人で、普段は国連治安維持活動(PKO)の様々な作戦に従事している。
軍人の立場から得られた機密情報をUNSAIDに提供する。

昼の能力…《万軍(ツェバオト)/Tsvaot》 【意識性】【操作型】
『仲間を召喚する能力』
対象と同意の元での契約を行う事で効果を発揮できるようになる契約系の能力。
空間を超えて契約者を自分の近くにテレポートさせてくる事ができる。
本気を出せば一日にして兵站の構築も可能な事から、文句なしに“戦略級”の能力と位置づけられている。

夜の能力…《デミゴッド/Demigod》 【意識性】【操作型】
『万能念動力』。いわゆるサイコキネシスだが、出力が半端ではない。
重戦車を放り投げ、ミサイルを力づくで押し戻し、空母のスクリューをねじ切るほどの出力を誇り、
対人戦闘ならたとえ能力者相手でも即座に脳髄をすり潰し心臓を引き裂いて瞬殺してしまう。
軍事基地一つを単身で壊滅させた武勇伝もあるとか。
代償として、夜の間は視覚以外の全ての感覚を失う。
このため不意討ちへの対応力が弱くなるが、通常この弱点は部下や側近による索敵や、
「ソテイラ」と呼ばれるUNSAIDの別メンバーの『不意討ちを自動的に防ぐ盾を与える能力』《イージス》によってカバーされている。

448 ◆peHdGWZYE.:2019/03/22(金) 02:11:23 ID:3IKPx1Iw0
丁寧な回答ありがとうございます
能力鎮静剤は独自に細々とした部分を書かせてもらって大丈夫そうですね

《テイルズオブマルチヴァース》は干渉起こしそうな能力もそうですが、
一人称的に書くタイミングで、ちょっと筆が混乱を起こしまして
自動なら彼女のメンタリティは我々、普通の人間が想像するのも限界がありそうなので、
書ける範囲で書いて、残りは隠し事で扱いで行けると信じて、頑張ってみます

国連軍は色々事情か変わっているけど、現実のPKFに近い形と
UNSAIDは予想以上に複雑……! 聞いておいて良かったです。誰も全貌を知らない状態とは
そして、まさかの"四天王"。もしかして、残りの三名も四大天使だったり?

449 ◆VECeno..Ww:2019/03/22(金) 20:39:18 ID:mduEd5ac0
鞍屋峰子は一人称視点には物凄く向かないキャラですね。フォグ以上に向かないかも。

UNSAIDの組織形態。他の組織とは異なる形態の組織も欲しかったのと、異能力バトルによる暗殺や傀儡化が日常茶飯事っぽい世界で、
トップが落ちたらアウトな構成はリスクが高いので、そういう事態を原理的に回避しようとする組織があってもおかしくない、
と考えてこういう設定にしました。

>残りの三人
海外にはまれによく天使の名前がついた人いますよねー。
ここだけの話、名前がちょうど揃ってるから四天王と呼ばれるだけで、別になんか組織内での特権があるとかではないです。でもクソ強い事だけは確かです。
偶然それっぽい名前の人が集まったから能力を天使にこじつけてるのか、逆にそれっぽい能力が発現した時点でその名前に改名したのかは御想像にお任せするとして、
どっちにしろこいつらも厨二病です。チェンジリングデイ世界は厨二病が当たり前の世界なので心強い。

他のメンバーは魔王篇を踏まえて物語構成に必要な能力を考慮しているのと、
チート級異能力者集団がコンセプトなので物語抜きに設定だけ出すのは憚られていたんですが、
要望があれば現時点での人物設定を晒せます。

450 ◆VECeno..Ww:2019/03/24(日) 12:56:17 ID:l6AnGHeU0
プロットを漁っていたら、
フェイブオブグールの能力考察が出てきたw

もともと(能力が分からないと話に絡めるのが難しかったので)、
魔王篇で登場するまでに能力が公開されなかった場合の代替プランだったのですが、
これも要望があれば比留間博士の“仮説”という形で投下できます。

451星界の交錯点 ◆peHdGWZYE.:2019/03/27(水) 00:59:57 ID:5byXXDtk0
23.魔性の時間

 S大学、超能力学部棟――超能力学部とは能力について、専門的に扱う学部だが、
能力は時に身体に強く影響を与える。
 場合によっては、まったくの別物へと作り変えてしまう。

 こうなってしまば、既存の医学などでの対応は困難であり、それを管轄とする超能力学部も
時には臨床的な雰囲気を帯びる事がある。
 中でも特に有名なのが能力を抑えるとされる、能力鎮静剤だろう。

「もう首を突っ込まない、と言った手前、少々格好悪くはあるな」

 患者の付添い人に睨まれて、比留間博士は持てましたように注射器の先端を消毒し続けていた。
 緊張感の類はまったくない。能力研究の都合上、こういった経験は少なくないのだ。

 見当はずれのコメントに、付添い人は若干あきれた様子で、比留間博士を睨んでいた。

「本当に、人体実験ではないんですよね?」
「怖い顔をしないでくれ。彼女の能力上、危害を加える事はできないはずだよ。
 それに手を加えてはあるが臨床上、副作用も危険とは言えないものだと確認されている」

 人体実験でない、とは断言しなかったものの、安全性は保証する。

 付添い人、彼の名は東堂衛(とうどう まもる)。整ったベリーショートだが特徴といえる程でもなく。
 人並みに善良そうな風貌の、絵に描いたような平凡な大学生だ。

 ただし、同居者が同居者なのでロリコン疑惑がある。

「だ、大丈夫です。衛さん……その、お注射だって怖くありません!」

 いや、危ないかもしれないのは、針じゃなくて薬物の方なんだけど、と衛は思う。

 食いかかるように、注射器の針を見つめるのは今回の患者、鬼塚かれんだ。
 黒髪を伸ばした中学生の少女、なのだが年齢よりも一回りは小柄だ。首から下げた花のペンダントが愛らしい。

 今は微妙に注射器に怯んでいるが、夜は怪物化するという、本人にすらコントロールできない危険な能力を持つ。
 これまでは鎮静剤すら効果がなく、"無敵"という強力な夜間能力を持つ衛が身柄を預かる形を取っている。
 男が女の子を……という話も出てくるのだが、チェンジリング・デイ以降、身寄りのない子供を
周囲が養う様子は自然に各地に見られるものとなっていた。

 もし、かれんが危険な能力から解放されるというのなら……
 衛も意を決して、おねがいしますと投薬を促していた。

 博士は注射器で鎮静剤を吸い上げると、確認するように押子を動かし、針の先端から雫が滴るのを見つめる。
 やがて、すでに準備を終えている、かれんの腕の血管へと針を向けた。

452 ◆peHdGWZYE.:2019/03/27(水) 01:00:51 ID:5byXXDtk0

「……っ!」

 目をつむるかれんだったが、それ以上に比留間博士も緊張で、額が汗で濡れている事を自覚した。
 かれんの昼間能力は、周囲の環境に身を守らせる事、身を守るとはつまり、能力を失う状況にも何らかの妨害が
入ってしまうという事。これまで、昼間に鎮静剤を投与できた例はない。

 やがて、緊張のピークとなる"一瞬"は過ぎ去っていた。

「よし、投薬には成功した。後は日が落ちた後に、効力が出るかだ」

 袖で汗を拭いつつも、会心の結果に比留間博士は自信家らしい笑みを浮かべた。

 運命操作の網を掻い潜り、投薬に成功した例は今回は初めてであるはずだった。
 ある程度の確信の元に行った投薬ではあるが、やはり実証には感慨がある。

「本当にかれんに、この鎮静剤は効くんでしょうか」
「それは現状、誰にも断言できない事だ」

 ここでまだ不安げな衛に、比留間博士は科学者として誠実に応じた。
 前例がなく、理論もまだ仮説段階。安全だけは証明されているが、結果など分かるはずもない。

「ただ、そうだね。能力の強度、という概念について君は知識があるかな?」
「大学で受講した程度なら」

 一見、関係のない質問に衛は身を正した。
 客員教授としての比留間博士が行う授業は、少人数のそれではなく生徒の指名などあり得ない。
 だが、それに近い雰囲気を感じ取ったのだ。

「能力が引き起こす現象とは別に、相互に矛盾する能力が干渉しあった際の優先順位、それを決める要素が強度です。
 例えば、物質を固定する能力と、物質を転移する能力、みたいに。
 ただ、統計的には現象のエネルギー量と、強度は比例する事が多くて。例外も珍しくないそうですが」

 確認するように、衛は比留間博士の顔色を窺ったが、深い返答が求められている訳でもない。

「そう。超能力学部で真面目に授業を受けているみたいだね。
 ただ現在、強度は能力間の干渉において語られるが、実はもう一つ無視できない要素がある」

 ここで披露された話は初耳だった。衛も様々な経験から、能力には関心を持っている。
 しかし、これは未だ世間には認知されていない学説だ。

「それは一体?」
「現実そのものが持つ強度だよ」

 現実の、強度。理解が追い付かず、衛は相槌すら打てなかった。
 能力だけではなく、今目の前にあるような、当たり前の光景にすら能力と同じ強度がある?

453 ◆peHdGWZYE.:2019/03/27(水) 01:02:09 ID:5byXXDtk0

 困惑を察したか、噛み砕くように比留間博士は続けていた。

「現実の方が強度が弱いからこそ、能力が優先されて超常現象が機能する。
 逆に注意散漫などで能力が弱まった場合、発動したにも関わらず現実に強度で負けて、
 能力が機能しない、という事も起こり得る訳だ」

 つまりは能力と能力の競合を、既知の物理法則と能力の関係にも適用、拡張した理論だ。
 これが正しければ、強度が関わるのはレアケースなどでなく、日頃から当たり前に現実と競合し、
それらを書き換えている事になる。

「もしかして、能力鎮静剤というのは……?」
「鑑定士などが用いる不透能力素材もそうだが、強度が関わっている、という仮説が存在している。
 つまり鎮静剤とは、人体の強度を上げて、能力が機能する起点だけ抑えているのではないか、とね」

 反論はあるものの、抑えられるのは、あくまで起点だけ。
 すでに発動した能力を弾く程の強度は無い、とすれば当面の矛盾はなくなる。

 所詮は仮説ではあるが、未だ解明されていない鎮静剤や不透能力素材を説明付けられる理論でもある。
 鎮静剤も複数のアプローチから開発が進んでいるのだが、今回使用したものなら効用は確認されたものの未解明、
能力の不調が起きたデータを集めて、前後の環境や摂取した物質から、調薬されていた。

「それじゃあ、かれんに鎮静剤が効かないのは、能力の強度が高すぎるため?」
「可能性はあるだろう。だが、この仮説が正しければ、無意識性の能力に鎮静剤が効かない場合、
 発動の瞬間を確実に抑えれば――つまり、昼夜の切り替わり前に投与すれは、結果が変わる可能性がある」

 そもそも、能力次第では物理的に投与できない、または人体が別物になっている、という場合もある。
 怪物化するかれんが、その実例ではあるし、比留間博士の身近には霊体化する能力者が存在していた。

454 ◆peHdGWZYE.:2019/03/27(水) 01:03:16 ID:5byXXDtk0

「これまでは、彼女の能力によって、昼の間に投与する事は阻まれてきた。
 だからこそ、精度を高めた遅効性の鎮静剤の出番だ」

 昼の間に投与し、夜の能力"だけ"を消してしまう新型の鎮静剤。逆も可能だ。
 成分調整と体内時計による反応によって、確実に片方だけ鎮静する。
 一方の能力を消せない、あるいは消せば命に関わる類の能力者にとっては、天恵とも言える薬剤だ。

 もちろん、全ては被験者である鬼塚かれんの結果を待ってからだが。

「是非とも、結果をこの目で……と言いたい所だけど、安全上は君たちからの連絡を待った方がいいかな」
「ええ、そうしてください。翌日には結果を伝えるので」

 直接見たいとか、正気じゃないだろ、と内心で呆れながら衛は比留間博士の理性を支持した。
 夜間のかれんは好奇心で立ち会うには、危険すぎる存在なのだ。

 話もそこそこに、退室していく衛とかれんを見送り、比留間博士は現状を再確認していた。
 新型の鎮静剤――しかも、実用化段階となれば、様々な意味で国際会議では武器となるだろう。

 『クリフォト』(実在すればだが)や諸勢力にとっても、想定外の要素となるかもしれない。
 だが、それ以上に陽太の報告から、比留間博士はある種の予感を得ていた。

 チェンジリング・デイの際に生じた、人類種とは分かたれた怪物たち。
 もちろん、自分の目で見た訳でもないが、それだけは厨二妄想とは一線を画していた。
 強大な能力、それを狙う組織……だけなら、珍しくもない。しかし、怪物の存在が異質な影を落としている。

 彼らは何者で、何処から来たのか。夜は怪物化する、鬼塚かれんにも通じるものがあるが……

「事態がどう転ぶかは分からないが……あまり楽観するべきじゃないか」

 衛とかれんが退室していくのを見送ると、比留間博士も席を立った。
 研究棟の利用許可は得ている。後は関係者の集合を待つだけだった。

455 ◆peHdGWZYE.:2019/03/27(水) 01:04:26 ID:5byXXDtk0
――――

 昼頃、岬陽太たちもS大学に向けて出発していた。
 鎌田は昼はカマキリの姿をしている。この状態でレストランに入るのも憚られたので、
S市の駅で降りてから、駅付近のコンビニで腹ごしらえをする事にする。

 おにぎりを綺麗に平らげてから、あらためて陽太は拳を握りしめていた。
 かなりの無茶を続けたが、それでも道は開けつつあった。

「今日が正念場だ」
「そうダね。少なくトも、世界改変ノ証拠ガ比留間博士の手に渡ル事にナる。
 カレの事を100%信用でキる訳ではナいケど」

 カマキリの姿で、陽太の服にしがみついた鎌田が、発音し辛そうだが賛同していた。

 世界改変が起きる前だが、比留間博士は水野晶に並々ならぬ関心を持っていた。
 それが拉致されたのなら、利害の一致はあるだろう。

 鑑定局の二人も個人の抹消は看過できない事だろうし、一緒に居た裏社会の女性も同じ事だ。
 この集まりは『クリフォト』の尻尾を掴む、重大な一歩になるだろう

「けど夕方っては不吉な時間帯だよな」
「あア……そウか、タしか晶くンも……」

 親の部屋から持ち出した腕時計を確認して、陽太がぼやけば、鎌田が気づかわし気に頷いた。
 『クリフォト』と遭遇した時の事を思いやっての事だ。
 陽太は立ち直っているようで、まだ本調子でもない。

「どこまで話したっけな。あいつが拉致されたのも、そうだけど思い返せば、
 最初に猛犬に追われたのも、比留間慎也と対決したのも、夕方ごろだったんだよ」

 現状、辛くもある思い出だが忘れてしまうよりは、ずっといい。
 予感を得て、訓練はしていたものの、戦いが始まったといえるのは、やはり猛犬に追われた夕方ごろだろう。

 陽太の実感は、彼個人だけのものではなく、想像以上に広い範囲で共有されていた。
 能力が切り替わる時間帯は、能力に依存して活動する組織であれば不確定要素が増大する。

456 ◆peHdGWZYE.:2019/03/27(水) 01:06:35 ID:5byXXDtk0

「直感だが、今度の集会は会って話して、というだけじゃ済まねえだろうな」
「陽太クんは何カとトラぶルに巻き込マれるカらね」
「力ある者の宿命ってやつだな」

 深刻になっても、あくまで厨二は抜けないらしかった。

「とにかく、"保険"は用意しておいたから、周辺地形を把握してから目的地に向かうぞ」

 地図と睨めっこする陽太と鎌田、それを街中を飛び回るカラスが見下ろしていた。

 やがて、高々とカラスは上空に飛びあがると、暗い炎に呑まれるように消滅していく。
 能力の産物だ。何者かが、カラスを模倣して、彼らの姿を監視していた。

「不愉快――子供に尻ぬぐいさせる大人って、ほんと嫌」

 S市、市街地のくたびれた貸しビルの屋上で。
 まだ中学生にもなっていない年頃の少女が、風に流される赤髪を帽子の上から抑えつけていた。
 やがて、手を伸ばして指を立てれば、暗い炎のようなオーラが沸き上がり、カラスの形を構成していく。

 それは能力によって、作られたカラスが鳴いたのと同時の事だった。
 S市を歩き回る、陽太たちの付近でまず破裂音、続いてガコンと金属が変形する音が響いていた。

「今の音ハ……」
「どっかの馬鹿が能力で暴れたか」

 君も公園で修業と称して、無茶やってるでしょ、と思ったものの、鎌田はあえて触れなかった。

 どうあれ、事件となれば見過ごす訳にはいかない。音からして距離は近いはずだった。
 周囲を見回し、異変を確認した所で、陽太の視線は硬直していた。

 まず、付近の自動車の背部、トランクカバーが内部からの圧力で弾け飛んだらしい。
 蓋が湾曲して、そこらに転がっている。

 そこから這い出ていたのは、陽太によって見覚えがある怪物だった。
 ずんぐりとした体形、黒い毛むくじゃらで、異様に大きな口に無数の牙が生え揃っていた。

「クリッター……!」

 それは『クリフォト』が戦闘に投入した、人類種の天敵となる怪物。
 チェンジリング・デイ以降、人類が辿った末路の一つだった。

457 ◆peHdGWZYE.:2019/03/27(水) 01:08:58 ID:5byXXDtk0
メタ的にも、この世界の夕方、夜明けは危険な時間帯ですね

>>449-450
四天王の皆さんは物語に登場できる機会を待とうかな、と
ミハイルさんは作中のどこかで、言及させてもらう機会があるかも知れません
フォグの能力については是非とも。あれこれ書く予定があったので、凄い楽になりますw

反動で不死になってるとか、死者とのリンクとか、漠然と妄想していたのですが纏まってない状態

補足

能力鎮静剤
主に比留間博士が運用している薬品。各描写からして、内服薬と注射薬の両方が存在している。
文字通り、投与する事で対象の能力を抑える事ができる。

東堂衛
Beyond the wall、東堂衛のキャンパスライフの主人公を務める人物。
昼は不干渉、夜は無敵。防御面では無敵といって良いほどの能力を持つ。
親友の幸広が主役属性の能力を持っている事があって、かなり平凡さが強調されている。
ロリコン疑惑ネタが多い。

鬼塚かれん
東堂衛のキャンパスライフのヒロイン。深く描写されないものの、屈指のハードな経歴を持つ。
昼は周りの環境に自分を守らせる能力、夜は怪物化する能力を持つ。
東堂衛のキャンパスライフ以降は前向きに生活しているらしい。

458 ◆VECeno..Ww:2019/03/29(金) 01:22:05 ID:EeZPaNno0
【フォグの能力についての仮説】

「博士、フェイヴオブグールの能力は何だと思う?」
「“サイファー”か。いきなりどうしたんだ」
「いや、少々気になったのだ」

比留間博士の書斎に突然現れたサイファー。この光景はもはや日常茶飯事だった。
そのため博士もあまり驚いていない。

ちなみに、質問の内容自体はよくあるものだ。
バフ課や政府筋や国連などなど各方面から問い合わせがたびたびある。

フェイヴオブグールの能力が今までに引き起こしてきた現象は非常に多岐にわたる。
一回一回の観測ごとに全く違う結果が出てしまうと充分な再現性、つまり科学的な信頼性を得られない。解析は困難を極めるのだ。
その上、当人の地位が地位だけに、能力鑑定士を派遣する、というのも無理だ。鑑定士が死体になって戻ってくればまだマシな方の結末と言えるだろう。
必然的に、能力研究の専門家である比留間博士の元に、解析の依頼が断片的なデータと共に寄せられる事になる。


「そうだな……結論から言えば、その質問はあまり意味がない」


「意味がない?」
意味深な回答にサイファーは思わず鸚鵡返ししてしまった。
「君からの情報によれば、犯罪組織“ドグマ”は能力を移植する手段を持っているんだろう?」
「さすが博士。記憶力がいいな」
「記憶力は博士号の必要条件ではないよ。
さて、話を戻すと、ドグマの首領であるフェイヴオブグールは、
今の能力よりももっといい能力を見つけ次第、自分にそれを移植して、能力を更新していくだろう。
せっかく答えを求めても、その答えはすぐに変わってしまう。
正直な話をすれば、当研究所に寄せられているデータも、どこまでが今も有効な情報なのかが分からないため、解析のしようがないんだ」

459 ◆VECeno..Ww:2019/03/29(金) 01:27:47 ID:EeZPaNno0
「やはり博士。堅実な御回答だ。だが私はもっと大胆に踏み込んで推測する」

サイファーが比留間博士に対して自分の見解を述べてくる事は珍しい事ではない。
なにしろ彼女は《ユビキタス》という神出鬼没の能力の持ち主。世界中の出来事を生で見てくる事が出来るのだ。
そうした現場の情報は、比留間博士は持ち合わせていない。つまりそれは博士にとっても貴重なデータとなる。

「ふむ。取り合えず聞かせてくれ」

「もしその『もっといい能力を見つけ次第、自分の能力を更新してしまう』を突き詰めたら、どうなると思う?」

「全能……というのは、君の好む答えではないと思う。
もしそうなら、とっくに世界は滅亡している、と君なら考えるだろう。
加えて、君は、世界はとっくに滅亡しているかもしれない、とここで言いだすような性格ではない。違うかい?」


「ご明察。では、その線はないとして……
もし、ドグマが、フェイヴオブグールが、能力を更新していく何処かの段階で、
その『もっといい能力を見つけ次第、自分の能力を更新してしまう』事自体を体現する能力に
辿り着いたとしたら?」

「『自己進化する能力』か。それは大いにありうる」

博士の記憶の範疇でも、一回の戦闘の中で、全く別種の能力を使い分けたと思しき複数の事例が報告されていた。
これを説明するには、戦いの途中で移植したというより、戦いの最中で能力が進化した、と考えた方がスマートだろう。

ともあれ、サイファーから仮説が提唱された事で、検証は楽になった。
この図式が、集まっているデータにどこまで適用できるのか。
博士はパソコンのキーを叩き、フェイヴオブグールに関する戦闘の記録を表示した。
(そのうちの少なくない量が、サイファー由来の情報だった)

「……だとすれば、その『もっといい』というのはどのような基準で、どういった手段で見つけているのだろうか」
博士は頭をひねった。
記録を見る限り、少なくとも昼の方は単純に『コピーする能力』というわけではなさそうだ。

460 ◆VECeno..Ww:2019/03/29(金) 01:30:22 ID:EeZPaNno0
「博士、こんな格言を知っているか? 
『強い者が生き残るのでも、賢い者が生き残るのでもない。環境に適応した者が生き残る』」

「ダーウィンの進化論、だね」

進化論。
19世紀後半にチャールズ・ダーウィンが発表した有名な学説だ。
地球上のあらゆる生物は、世代を経るにつれ、その形態や習性が変化していく。これを進化という。
そしてダーウィンによれば、それは周囲の環境に適した形態や習性を持つほど子孫を残しやすいために起きる現象なのだという。
どんな状況でも最強、という生物はいない。機能をどんどん盛ればいい、というものでもない。
最適解は周囲の環境に依存し、よって変化の鍵は周囲の環境にある。

「もっとも、さっきの格言は、」
「『ダーウィン当人の発言記録には存在しない俗説なのだけれど』と言いたいのだろう?」
「ちっ……引っかからなかったか」

サイファーのこういうフェイントにも、もはや比留間博士は慣れっ子だった。やすやすと引っかかる博士ではない。

「それはさておき、
確かにフェイヴオブグールはその時その場の状況に応じて有利な能力を使っているように見える」


『水の能力』に対しては『凍結の能力』
『光の能力』に対しては『鏡の能力』
『地震の能力』に対しては『飛行の能力』
『火の能力』と『音の能力』の同時攻撃に対しては『真空の能力』
『見敵必殺の能力』に対しては『透明化の能力』
『感情操作の能力』に対しては『機械化の能力』

461 ◆VECeno..Ww:2019/03/29(金) 01:33:23 ID:EeZPaNno0
     ・
     ・
     ・

「特筆すべきは、このケースだ。
敵対勢力からの奇襲に対して、『警報の能力』が発動している。」
と、後ろからサイファーが覗き込んで言った。

『警報の能力』のケースは2つの事実を示唆している。
1つ目は、この能力が無意識性だという事。意識性の能力では意識外からの攻撃に反応して使用されえないからだ。
2つ目は、この能力は他の能力に対してだけでなく、自分にとっての今現在脅威となる全てに対処できる、という事だ。

「奇襲の予測は『運命レポート』の可能性はないだろうか」
運命レポートとは、ドグマの別の構成員が持つ、簡単に言えば予知能力の産物だ。
「その線は無い。ドグマ側がその奇襲を前もって知っていたようにはとても見えなかった。あくまでも奇襲の直前になって発現した、と考えられる」
「まるで見てきたかのような事を言うね。……ああ、見てきたのか」
「言うまでもない」
わざとらしいやり取りに博士もサイファーも少し笑った。

「情報提供をありがとう。すると、フェイヴオブグールの能力は、こう推測できる……」

462 ◆VECeno..Ww:2019/03/29(金) 01:38:11 ID:EeZPaNno0
※これらの能力はあくまでも“この時間軸”において比留間博士らが立てた「仮説」です。
本編中でも述べられている通り、これがフォグの本来の能力ではない可能性もあります。
各作者は自分の物語において必ずしもこの設定を採用する必要はありません。
また能力の昼夜配置を逆にして登場させても(その物語内で整合性が取れていれば)OK。


昼の能力…《芸夢仕様(メタゲーム)》
【無意識性】【変身型】
『有利な能力に変化する能力』
状況に応じて、現在自分が直面している脅威に対して有利な能力に変化する。
この変化により一時的に得た部分を便宜上「サブ能力」と呼ぶ。
サブ能力は脅威が無くなって役目を終えれば自然消滅する。直面している脅威の性質が変わればサブ能力も変わっていく。
脅威が複数あるなら、その全てに対応できるようなサブ能力になる。

夜の能力…《食尽屍体(アルグール)》
【無意識性】【変身型】
『食べた相手の能力を得る能力』
死んでいる能力者の肉を食べる事でその能力を得る。
能力を得るのは強制で、反動までそっくり得てしまうが、事実上複数の能力を同時に持てる珍しい能力。
また、この能力自体と矛盾するような能力は得られない。
これで得た能力同士で矛盾が生じた場合、矛盾している能力同士は相殺されて両方とも失う(能力の強度の設定がある場合は強度の引き算となる)。

463 ◆VECeno..Ww:2019/03/29(金) 01:43:29 ID:EeZPaNno0
       ・
       ・
       ・
  魔王篇のネタバレにつき中略
       ・
       ・
       ・

「概ね。正解のようだ」

「概ね、とは?」

「今、見てきた。
フェイヴオブグールが、攻略されようとしている」

464 ◆VECeno..Ww:2019/03/29(金) 01:56:23 ID:EeZPaNno0
(終わり)
というわけであとがき的補足。

昼の能力の方は、「敵の攻略法を考える」という我々作者が物語を作る時にやってる事そのものをやってしまう能力という、割とメタい発想の能力です。
バランス的には、国連ですら中々手を出せない事に説得力が出るよう、世界最大の犯罪組織のボスに相応しいチート級能力、
かつ最強の手が固定されず多彩な能力変化で書き甲斐と読み応えを出せるように考えてみました。
ちなみにこれでも原理的な攻略法が、あります。

本編内では直接言及されていない夜の能力の方はイメージ重視で。
フェイブオブグールという通称や、リンドウの能力成分抽出技術を連想させるようなものを考えました。
こちらも、変化していくので、やはり迂闊に手を出せないし容易に見抜かれない、という方向性で考えていきました。
バランス的には昼の能力と比べればまだこっちのが隙があるかもしれない。
組み合わせ次第でダイナミックな作劇が出来るように設計。

勿論、不採用でも構わないように、両方とも比留間博士の仮説という形にしてあります。

465星界の交錯点 ◆peHdGWZYE.:2019/04/03(水) 02:54:21 ID:Dg8QfVAc0
24.戦う力、持つべき力

 毛むくじゃらの黒い怪物はサイズこそ成人男性と比べて、大したものではない。
 しかし、丸っこい体躯はずしりと重く、鋭い多数の牙は恐怖を呼び起こすには十分なものだった。
 少なくとも、素手でやり合える相手ではないだろう。

「コれが陽太くんガ言ってイた怪物……!」
「単なる猛獣じゃねえからな。たぶん頭も悪くないはずだ」

 この世界では、あまり他の事を言える訳ではないのだが。今は単なるカマキリの姿をしている鎌田にとっても、
クリッターの姿は不気味なものだった。
 かつて『クリフォト』と対決した時の事を思い起こし、陽太はクリッターの知性を推測する。
 少なくとも、アスタリスクの命令を聞いて、晶を拘束していたのは確かだ。

 ちらりと空を見上げる。現在、太陽は照っており日没までは結構な時間がある。

「昼ハ不利ダけど」
「ああ、だが意図が見えねぇ……下手に逃げても、敵の思う壺かもな」

 周囲の状況を確認。今度は前回と違って街中、それも一般人の目の前で派手に出現した。
 クリッターが隠されていた自動車は、どうせ行方不明の盗難車だろうが、一応は特徴とナンバーを控えておく。

 実の所、こういう事件は今時は珍しいものではない。能力者が暴れたか、いつもの猛犬か。
 周囲を見渡せば、暢気に動画を撮影している者も居れば、警察に連絡しているらしき男もいた。
 こうも派手なら事態収拾のために、公権力が動くことは間違いないだろう。

「人払い系の能力が動いているようにも見えねえし、状況が変わるまでここで止めるぞ」

 覚悟を決めるように宣言すると、陽太はクリッターに向かい合う。
 逃げてもいいが、当事者の責任というやつだ。この化け物は無関係な人間も襲うかも知れない。

――■■■■■■■ッ!

 クリッターが人語では表せない叫びと共に、丸い体格が"変形"していた。
 まるでカートゥーンのように軽々と輪郭を変えて、顎が広がり捕食を開始する。

 陽太は半ば反射的に、横へと飛んでいた。
 一瞬だけ遅れて、アスファルトに覆われた地面がくり貫かれ、砕かれながらもクリッターの口の中に納まっていた。

(喰らったら良くて大怪我かよ……)

 恐るべき威力に、冷たい汗が滴る。
 だが、こういう時こそ冷静にならなければ。危険な時ほど冷静に、時雨からの教訓だ。

 クリッターの身体能力は猛獣そのもの、中学生程度で太刀打ちできる道理はない。
 だが――

466 ◆peHdGWZYE.:2019/04/03(水) 02:55:04 ID:Dg8QfVAc0

「時雨師匠に比べたら……単調なんだよ!」

 通常の生命ではあり得ない動きをするクリッターの牙が空を切り、捕食も地面に留まるのみ。
 偶然ではない。一度ならず、二度も三度も陽太の捕食に失敗した時、クリッターも戸惑いを見せていた。

(妙な動きだが、予備動作はデカいし、口がある正面しか攻撃できねえ!)

 液状のように蠢くクリッターの身体だが、上顎を飛ばして標的を捉える形を取っている。
 飛ばすには勢いが必要。つまり、捕食を仕掛けるには、振り子のように頭を振らなければならない。

 元より、この手の観察は得意分野。さらに邪道とも言える時雨の体術を相手に、それは磨かれている。
 陽太は予備動作から、完全にクリッターの攻撃を見切っていた。

 クリッターの直線的な攻撃を難なく躱(かわ)すと、陽太は攻撃に切り替えた。
 袖を引っ張り、手の平を覆ってから、万物創造(リ・イマジネーション)を発動する。

「撃ち抜け、紅蓮の棘(ファイアニードル)!」

 一瞬で飛来するのは、高温状態の焼き栗だった。かなり冷ます必要があるものの、立派なお菓子だ。
 予期せぬ反撃に火傷を負い、クリッターが苦悶に呻いていた。

「マジか……」
「なんか知らんがすげぇ、アレ猛犬の仲間だろ?」

 気が付けば、避難しつつも目撃者は驚きに目を見開いていた。
 能力者の戦闘、中学生程度の少年が怪物と互角に渡り合っている。
 キメラという言葉は浸透していないが、そういった危険生物が野に放たれている事は公然の秘密だった。

「魔杖クラストォォ!」

 ずしりと重量のあるフランスパンを創造し、殴り付ける。
 十分な手応えがあったはずだが、クリッターは若干よろめいたように見えただけだった。

 クリッターは旋回し、頭を逸らしてから反動による捕食攻撃。
 陽太は大慌てで射線から退避していた。

「陽太クん、大丈夫かイ?」
「傷一つねーよ。だが、そろそろ拙いかもな」

 今のところは優勢。だが、じわじわと追い詰められている事を悟り、息が乱れていく。
 猛犬相手なら問題ない、人間を昏倒させる事も出来るだろう。
 だが、陽太の昼間能力、万物創造は猛獣レベル相手には威力が足りないのだ

 対して、クリッターの捕食は一撃必殺。徐々に体力面、そして空腹感に追い詰められていく。
 鎌田が案じるのも当然だった。
 人前で正体を晒すのは、若干の不安があったが、自分も負担を分担する必要があると、鎌田が変身を解こうとした時――

467 ◆peHdGWZYE.:2019/04/03(水) 02:55:36 ID:Dg8QfVAc0

「……!?」

 ばしゃりと、クリッターに飲料がぶっかけられていた。
 唐突な乱入者に驚愕して、次に陽太と鎌田は乱入してきたメンバーに驚愕していた。

「くっくっく……俺ら抜きでお楽しみとは、いい度胸じゃねーの?」
「ブラッディベル参上ってな。ヘヘッ!」

 かつてカツアゲをして、鎌田と一悶着起こしていたカラーギャングだ。
 空になった缶を放り捨てるモヒカン、チンピラ特有の好戦的な笑みを浮かべる赤髪。

 驚きのあまり、思わず素に戻って陽太は指差していた。

「あ、いつかのチンピラ集団!」
「ブラッディベルだって名乗ってんだろうが!?」

 おまけのように後ろに下がってた、スキンヘッドが怒鳴りつける。
 チーム名には拘りがあるらしい。

(ちっ! 三つ巴か? さすがにこれ以上は処理できねーぞ)

 陽太は内心で焦りつつも、たしか鎌田一人で勝てるんだったか、と計算を巡らせる。
 しかし、チンピラ集団が標的に選んだのは、クリッターの方だった。

「あのバッタ野郎は居ねーみたいだし、そこのチビにはたっぷりお礼させてもらうとして……」
「誰がチビだ、こら」「カマきリ!」
「へっへっへ……そこの猛獣から先に退場願おうか? 行けぇ! 地獄の番犬!」

 何処から拾ったのか、赤髪が犬のキメラをリードで引き、骨ガムを使って誘導している。
 彼の夜間能力は"犬を手懐ける"といったものだが、どう見ても能力を使うより、
上手く手懐けているのが突っ込み所だ。

 犬キメラとクリッターが対面し、互いに敵と認識したらしく獰猛な唸り声をあげた。
 やがて、クリッターの顎が伸び――がぶりと犬キメラの首が喰い千切られていた。

「…………」
「…………」

 あまりにグロテスクな光景に、チンピラ集団は顔を蒼白して沈黙していた。

 クリッターはボリボリと歯で何かを砕いてから、ごくりと飲み込む。
 もはや死骸となった犬キメラの肉体は、ようやく死を認識したかのように倒れ込んでいた。

468 ◆peHdGWZYE.:2019/04/03(水) 02:56:10 ID:Dg8QfVAc0

「これ、やべー奴じゃん」
「そ、ソラの姉御ー!」

 慌てふためき、助けを求めるように背後の人影に声を掛けていたが、
その人物は器用に立ったまま、うつらうつらと眠りかけていた。

「……眠いよぅ」
「まったく、売り買いした喧嘩は自分で処理しろよ」

 目を擦る少女に肩を貸しながら、中性的な、むしろ女性的とも言える顔立ちの少年は呆れた様子で頭を掻いていた。
 『姫さん!』などと、妙な呼び方をするチンピラたちに、姫はやめろと釘を刺す。

 妙に顔が広い陽太は、彼の事を知っていた。
 初対面は良い思い出ではない、というか、一歩大人になるレベルの黒歴史だったが。

「桂木さん!? そいつらの知り合いだったのか」
「やあ、月下くん。まあ腐れ縁って所。夜の能力の都合上、こういう知り合いは多くてね」

 年上らしい余裕のある態度で応じると、ソラにも声を掛けるが、起きる素振りを見せない。
 続いて、唸り続けるクリッターに警戒した視線を向けていた。

「っと、世間話している場合じゃないな。お前ら、ソラは頼んだ。赤髪はナイフ出せ」

 チンピラ達にソラを預けると、彼らを守るように少年は前に出る。
 赤髪はおずおずとナイフを差し出し、彼はそれに目を落としたが受け取りはしなかった。

「陽太くン、あの人ハ? チンぴラのりーダーっぽいよウな、そうでナいよウな」
「ああ、桂木忍さん。すげー能力を持ってる」

 女顔の少年、桂木忍と会ったのは過去に二度。一度目は彼の夜間能力(別の意味で凄い)の影響もあって
トラブルになったが、二度目は襲い掛かってきた猛犬を相手に、二人で大立ち回りを演じたのだ。

 それ以来、陽太は忍の能力に一種の憧れを抱いていた。

「自分の手を……!?」

 赤髪からのナイフは受け取らず、代わりに忍は手の平をスッと走らせ、切り込みを入れていた。
 じわりと傷口から血が滲んでいく。

「【騎士の血盟/Lv1】!」

 宣言した瞬間、桂木忍の流血は刀剣の形へと変わっていた。
 小振りの刃だったが、チンピラが喧嘩に使うようなペンナイフではなく、本格的な刀身を備えた逸品だ。

469 ◆peHdGWZYE.:2019/04/03(水) 02:56:44 ID:Dg8QfVAc0

――■■■■■■■ッ!

 敵意を感じ取ったか、それとも血の臭いに興奮したか、クリーチャーが吼える。
 身体を伸縮させ、顎を伸ばして、忍を捕食しようとするが――彼はキメラが殺害される瞬間を見ていた。

 素早く身を躱し、ほぼ同時にクリッターの眼球を狙って、血色の刀剣を突き立てていた。
 陽太との違いは明白。武器を生成する、明確に殺傷性を持つ能力なのだ。

 初めて命の危機を感じる程の傷を受けて、悲痛な咆哮をあえてクリッターは飛び退った。
 反撃がくるか、と忍は構えるが、クリッターはそのまま踵を返して、手近な裏通りへと逃げ込んでいた。

 さすがに人外なだけあって速い。一般人の足では、到底追い付けないだろう。
 一撃でクリッターを撃退した忍を見て、陽太は興奮気味に両手を握りしめていた。

「やっぱ【騎士の血盟】はすげぇ! 格好いいよな!」
「アア、なるホど、そうイう……」

 なんというか、察して鎌田は呟いた。

 自らの血液を武装に変えるという、厨二病のロマンを結集したような能力。
 実の所、単に武器を生成するといった能力の下位互換にも成りかねないのだが、
陽太が興奮するのも、無理はないと言えるのだろう。

 若干、興奮が冷めてから、陽太はクリッターが逃げ込んだ裏通りの方をちらりと見て。

「けど、逃がしちまったか」
「まあな。だが、あれで俺の血液が大量に付着したから、警察犬でも使えば行き先は一発だろ。
 その辺は適当に連絡しておくよ」
「おお!」

 血液を利用するというデメリットを逆用。
 いかにも能力者バトルといった言動に、陽太は目を輝かせた。

 もっとも、桂木忍当人は厨二の年代は卒業していたので、なんか居た堪れないものがあるのだが。

「しかし、今のは見た事がないな。猛犬どころじゃなかったが」

 どこか誤魔化すように、しかし当然といえば当然の疑問を桂木忍は口にした。

 陽太は少なからず知っている事はあったが、忍を巻き込む訳にはいかない。
 あのクリッターは謎の怪生物、という事にしておくのが一番だろう。

470 ◆peHdGWZYE.:2019/04/03(水) 02:57:24 ID:Dg8QfVAc0

 その代わり、陽太は忍に向かって躊躇いがちに話しかけた。

「あー、えっと桂木さん」
「どうした、いやあいつらの事か? 俺も口だせる程の義理はないんだけど……」
「いや、そうじゃなくて」

 どうも、ブラッディベルのメンバーが迷惑を掛けている事を気にしているらしいが
今、陽太はそれ所ではなかった。
 先ほどの戦闘、上手く立ち回れたものの、クリッターを撃退するには到底、至らなかったのだ。

 今回だけでない。楓を攫った連続通り魔、晶を狙った比留間博士、そして『クリフォト』のアスタリスク――
 自分では敵わなかった相手は決して、少なくはなかった。
 時雨には焦るな、とは言われているものの、敵は時間を与えてはくれないのだ。

「本気で今のみたいな化け物や、もっと強い能力者と戦うなら――
 【騎士の血盟】みたいに『敵を殺傷できるぐらい強い能力』が必要なんでしょうか」

 唐突で、しかし深刻な質問に桂木忍は困惑した。
 いかにも厨二病な、だが誰よりも真剣な色を目に浮かべて、尋ねかけている。

 それを受けて、迷ったものの忍も同じく真剣に応じる事に決めていた。

「俺もまあ、似たような事は悩んだよ。夜の能力がアレだし、自分の身は自分で守りたいってな。
 君だって事情は知ってるだろ?」

 昼間には厨二病的な力を振るえる忍だったが、夜間は無力、それどころか有害ですらあった。
 彼の夜間能力は『お姫様』。女体化し、自分を襲うように仕向けるフェロモンを出してしまう。

 なんともまあ、冗談のようで悲しい能力だ。
 自嘲するように忍は眠りこけているソラ――鈴本青空に笑いかけた。
 昼間こそ保護者のような立場だが、夜間はそれが逆転し彼女に守ってもらっているのだ。

「ま、綺麗事を押し付ける気はないよ。俺だって今時珍しくもない、廃墟暮らしの人間だ。
 身を守るためには、こういう力だって必要になるのが現実なんだろ」
「ですよね……」

 やはり、戦いを続ける以上、それが能力にせよ凶器にせよ、そういった力は必須なのだ。
 どこか似合わない諦観で、しかし腑に落ちたように陽太は頷こうとする。

 だがそこで、さらに忍は清々しい様子で口を開いていた。

「で、ここからが俺の持論。俺は夜、ソラに守ってもらう事が多いけど、逆に昼は面倒を見ている。
 誰にだって一人じゃ補えない物があって、同時に自分にしかない強さの形があるんだと思う」

 デメリット付きとはいえ、陽太以上の戦闘能力を見せた彼も、夜は護られる存在に過ぎない。
 いや――決して、彼だけの事情だけでは無かったはずだ。

471 ◆peHdGWZYE.:2019/04/03(水) 02:58:23 ID:Dg8QfVAc0

 チェンジリング・デイの隕石被害によって、社会は一度は崩壊した。
 陽太や晶のように、両親が健在で真っ当に愛情を注がれて育ったというのは、幸福な例なのだ。
 強い能力、弱い能力以前に、誰もが欠けた何かを抱えて、それでも支え合って生きている。

 誰もが背負う当たり前の悩みと、それらを補ってきた力。
 強大な組織と能力者、それらとの戦いを前に、陽太は当たり前の視点を見失っていた、のかも知れない。

「しのちゃん……くう……」
「ソラなら、自分の喧嘩は自分の流儀でやれ、って事になるか。知った口を利くことになるけど、
 たぶん自信を無くしてるんだろ? 分かるよ」

 チンピラから眠りこけた少女、ソラを受け取ると、桂木忍は不器用に微笑みかけた。

 そして、そっと陽太に向かって拳を突き出した。
 躊躇いつつも、陽太も拳を差し出して、それに突き合わせた。

「えっと、前置きが長くなったな。強い力が戦いに有用かっていえば、その通りだろう。
 それでも――君は自分だけの戦いに、自分だけが持っている力で挑むべきだと思う。
 きっと、そうする事で何かを欠いた人に届くものがあるんじゃないか」

 そして、少し照れたように曖昧すぎたか、と忍は苦笑した。
 互いに突き合わせた拳を軽く押してから、腕を下した。

 それから、忍は軽くチンピラの面々の頭を軽くはたくと、陽太には身内に代わって謝罪した。
 空腹のデメリットを知ってか知らずか、チンピラ達から金を出させて、
これで何か美味い物でも食ってくれと押し付けてきた。どう見ても逆カツアゲだ。

 一方、赤髪を始めたチンピラ三名は、あまり反省した様子はなく、去り際には覚えてろよー等と吐き捨てていた。
 大きな傷を残した社会で、そういう生き方を必要とする人々も居る。

472 ◆peHdGWZYE.:2019/04/03(水) 02:59:11 ID:Dg8QfVAc0

「なんダか、すゴい人だっタね。僕はこノ世界の事情に詳しクないカら、
 陽太くンの支えにはナれない所があるカモ知れないケど」
「そんな事ねぇよ。お前が居てくれなかったら、晶が攫われた後にずっと凹んでいたかも知れない」

 年長者として、自分は役目を果たせているだろうか。
 そういった鎌田の不安を陽太はきっぱり否定して、そこから小さな声で、こう続けていた。

「……………………ありがとな」

 別に彼が素直でない、という事でもないのだが。
 それでも厨二病なだけに、弱みを認めた上で相手に感謝するのは、それはもう珍しい事だった。

「エエぇ!? よク聞こえなカった! モウ一回!」
「うるせえな。一回言ったんだからいいだろ!」

 すっかり、いつもの調子に戻って、二人はわーぎゃーと喚いていた。
 陽太は一種の確信を取り戻していた。たとえ、それが根拠を伴わないものだったとしても。

 自分たちは七転八倒するだろうが、たぶん最後には負けない。
 仮に敗れる運命だとするのなら――徹底的に背いてやるだけだ。自分なりのやり方で。

――――

 彼らを頭上から、睥睨する不吉な影が存在していた。少女が能力によって作り出したカラスだ。
 ある目的で彼女は一部始終を観察していた。
 予定外の乱入はあったものの、想定外の事は何も起こらなかった。

 ならば――彼らはこの先の戦いには、不要な駒だ。水野晶との関係を思えば、邪魔ですらある。
 少女は無線端末を取り出し、報告を始めた。

「彼らにセフィロト・ネットワークを脅かす物は"何もない"。
 記憶の件は水野晶側の因果に反応したエラーに過ぎないと推測される。
 よって――私も複雑系(カオス)エグザによる抹殺に賛成。やっちゃって、フォースリー」

 アトロポリス国際会議を前にした前哨戦――その中でも、最大の分岐点に時の針は至ろうとしていた。

473 ◆peHdGWZYE.:2019/04/03(水) 03:02:45 ID:Dg8QfVAc0
陽太は既存の作品とは状況が違い過ぎて、心情の処理とか、あらゆる面で苦戦していたりします
苦戦した分は、ちょっと違った雰囲気のものを書けたかなと
本編で力尽きているので、補足は後に回す感じで

>>458-464
まさかのメタ能力!? しかも作品の形で!? でも、確かに辻褄が合う感じですね
こちらでは少し変更して、使わせてもらう事になるかと思います
しかし、魔王編でフォグの戦闘があるとは驚き
なんとなく穴は分かるのですが、むしろリリィ編のシルバーレインみたいな能力と後出しジャンケン合戦をしたら、
どうなるのか気になりますね

474 ◆VECeno..Ww:2019/04/09(火) 22:30:14 ID:9amqHj.c0
実はここ最近ものすごく筆が乗っているのですが、何故かプロット後半の方から具体化が進んでいるので開始にはもう少しお待ちください……
でも取り合えず来週くらいには長らく放置してた試合の後半回を投稿したい(目標)。
陽太が中学二年生の時って時系列的に西暦何年くらいの時点でしたっけ?

>>473
戦闘描写を読む限りシルバーレインの“対抗者”は使い手の意志に応じて起動・変形してるっぽかったので、
その部分をオートでやるような能力とは意識性vs無意識性の勝負になるかなぁと思います。
人間vsAIみたいな。

475 ◆peHdGWZYE.:2019/04/12(金) 02:07:41 ID:Dq8k9fi60
筆が乗って順当に執筆が進むとは、なんとも羨ましい
自分は筆が乗ると、話が進まずに戦闘描写だけが増えていきます(自爆) 続きは、ちょっとお待ちを
陽太というか、チェンジリング・デイにおける"現在"は一応、初代スレが建った2010年ですね
2019年だと陽太、もう成人しているんですよね

>シルバーレイン
なるほど、なるほど。無意識性でも能力自体に補足・反応の速度があるなら、
投薬でもなんでもすれば、理論上は突破できる可能性も? こういう特殊な能力は、あれこれ考えるのが楽しいですね

476星界の交錯点 ◆peHdGWZYE.:2019/04/14(日) 02:43:34 ID:Vb4fsQ.20
25.狂った世界の片隅で

 地球全体に降り注いだ、かつてない隕石群。その日、チェンジリング・デイを機に社会は激変した。
 一つは災害による既存の社会基盤の崩壊、そしてもう一つは"能力"の登場があげられる。

 それに伴い、かつての秩序は破壊された。
 国家やそれらが組する枠組みは存続していたものの、変質した事は否めない。

 社会秩序に対して、もう一つ。チェンジリング・デイによって変質した代表例は科学技術だろう。
 隕石被害によって膨大な根幹技術が失われ、基礎研究は破綻した。

 某国首都、国立大学――最低限の損害で済んだ、この都市も被災後の混乱から免れる事はできなかった。
 "ある研究者"は愕然としながら、上司に聞き返していた。

『おしまい……とは?』
『意味が知りたければ辞書を引くといい。そのままの意味だ』

 冷酷に上司である女性が告げた。
 元より、冷静な人物ではあったが、チェンジリング・デイを境にどこか非人間的な雰囲気を
帯びるようになった。身内を失い、娘が一人残されただけ。多少は人格が変わるのも無理はないだろう。

 上司は追い打ちをかけるように続けていた。

『前提になる技術は失われた。最高傑作――"プロトモデル:弐"も再現は不可能だろう』
『そ、そんな……』

 さっと顔から血の気が引いたのを自覚する。
 シミュレーションなどによく見られる表現だが、技術にはツリーというものがあって、
前提となる技術が失われれば、後続の技術も機能しなくなる。

 珍しい事ではあるが、人類の何パーセントが死滅という破滅的な状況下では、
十二分にあり得る事だった。
 技術の復元にリソースを当てるのが本来は懸命なのだろう。しかし……

『既存の研究の多くは、能力研究に取って変わる事になるだろうな。
 特に基礎研究を投げ捨てて、即物な実用学だけに莫大なリソースが割かれる事になる』

 単純な未来予想だ。チェンジリング・デイ以降、社会の状態が悪すぎる。
 悠長な研究などは打ち切られ、とにかく実社会への貢献が求められる事になるだろう。

 そして、あまりにも便利で多くの可能性を秘めた力が、登場してしまったのだ。

477 ◆peHdGWZYE.:2019/04/14(日) 02:44:08 ID:Vb4fsQ.20

『実用……? あの不安定で、未知数の超能力を、ですか!?
 人類は基礎的な知識にすら辿り着いてない。そんな代物の実用研究を推し進めるというのなら、
 膨大な数の人体実験でもしなければ……』

『生憎と、人道や倫理と手を繋いで踊っていられるような時勢じゃない。
 あれは文明の破綻との競争中に現れた、魔法そのものだ。それに気づいているか?
 これは科学者として最も、真理に近づき得る分野だぞ』

 彼女の眼は、深遠を覗き込むような暗さに染まっていた。
 倫理を含む全てを捨ててでも――いや、あの日に全てを失い、ただ目的に向かって邁進する狂気の眼だ。

『こちらに来たらどうだ? 感傷さえ捨てれば、お前はそこそこ使える道具だ』

 返答は、できなかった。当時の感情は、今でも整理する事ができない。
 上司の様子で怖気ついてもいたし、倫理を捨てた研究方針に付いていけそうにも無かった。

 だが、それらが第一の理由かと言えば違う。何かが置き去りにされたような、そんな感触があったのだ。
 この時、上司は自分以上に、こちらの心理を察していたのかも知れない。

『あーそうか。やれやれ、なんで好き好んで時代遅れになりたがる奴が多いのかねぇ』

 砕けた調子で肩をすくめると、踵を返して、元研究室から去っていく。
 嫌味を言う時の、彼女の癖だった。

 その日を境に、上司は政府機関に所属し、かなりの重鎮になったという噂を悪評と共に聞いた。
 "ある研究者"は大学に残り、チェンジリング・デイ時に失われた技術の復元をテーマに、
逆風に煽られながらも、向き合う事となる。

 広範すぎる目的に、なんとか関係者に渡りを付けて、一つ一つ目途を立てていく。
 だが、打ち切られる予算、能力による大小の発見、そして超人的な頭脳の登場……
 どうしようもなく――差は開いていく。

 結局の所、ささやかな結果だけを残して、研究は破綻した。
 努力が足りなかった訳ではない。その成果も決して、無意味ではない。
 ただ世界が変わった結果、価値が見出されなくなったというだけだ。

 世界は変わった、それは受け入れよう。
 だが、"あの日"失われた、あるべき未来は何処へ消えたのだ?

 …………ここで『クリフォト』の主要構成員の一人、フォースリーは仮眠から目を覚ました。
 やや頬がこけた神経質そうな男だ。
 調査員を装ったスーツは脱ぎ捨て、白衣を身に纏っている。

 大学付近では、研究者を装えるというのもあるが、やはり慣れか。これがしっくり来るのだ。

「正常なる世界のために、か……」

 意味もなく呟くと起き上がる。
 窓から入る日差しは落ちかけており、刻限が迫っていた。

478 ◆peHdGWZYE.:2019/04/14(日) 02:44:54 ID:Vb4fsQ.20
――――

 S大学の敷地は平時から開放されている訳ではない。
 定時内であれば正門は開かれているものの、最低限の警備が敷かれている。

 実の所、膨大な人の出入りを正確に管理するのは難しく、あからさまに不審でも無ければ、
呼び止められる事もないのだが。

「そこの少年――可及的速やかに止まれ。能力の発動の素振りを見せれば、分かるな?」

 あからさまに場違いな中学生、岬陽太は警備に見咎められていた。
 ペットか捕まえたばかりか、肩の辺りには、どこか仕草が人間臭いカマキリを乗っけている。

 警備といえば、厳ついか規律正しいかの印象だが、陽太を呼び止めた人物は少し異なり、
眼鏡の美青年だった。
 颯爽としたミドルヘアがいかにも、イケメンという印象を形作っている。

 陽太は警告を無視して飛び退き、身構えていた。

「くっ……組織の手の者か!?」
「なるほど、厨二病患者か。呼ばれたのは超能力学部か、それとも精神医学の方か?」

 失態だったか、と内心だけで零して、それを隠すように警備の男性は冷たく言い放った。
 この年代に、いかにも厨二病を刺激しそうな言動は禁物だ。
 なんというか、こう。とにかく面倒くさい。

 青年の対応が功を成して、陽太は気圧された様子で、大学への用事を述べていた。

「あ、ああ。比留間博士に――」
「それなら、超能力学部の研究棟だな。裏口からの方が近いが、案内板に沿って進むといい」

 あっさりと納得して、青年は態度を翻した。
 実の所、比留間博士の研究協力者や能力に関わる患者は多い。ああ、またかと思うだけだ。
 ある種の暗さや、怪しさを持たない少年を疑う理由はなかった。

 次に、疑問を深めたのは陽太の方だった。胡散臭げに、青年の表情を様子をうかがう。
 青年が持つ、ある種の剣呑さが厨二心を刺激してしまったのだ。

「というか、あんた何者だ? 明らかに警備員なんてオーラじゃねえが」
「教員だ。今日は当直でな。警備の真似事をやらされている」
「いや、教員でもおかしいだろ」

 警備の青年――佐々木笹也(ささき ささや)はS大学の教員だった。
 その身分に偽りはないのだが、実の所は研究成果を狙うERDOの諜報員という裏の顔が存在していた。
 穏やかでない一面を、厨二病患者は独特の嗅覚で、嗅ぎつけているのかも知れない。

479 ◆peHdGWZYE.:2019/04/14(日) 02:45:19 ID:Vb4fsQ.20

 容赦なく突っ込む陽太に、佐々木は素早く厨二妄想の矛先を逸らしていた。

「比留間博士もここの客員教授だが……」
「ハッ、そういう事か。だよな、能力大学なんてマッドな職場の人間ならヤバげなオーラ出してるよな。
 ドクトルJみたいなのが例外なだけで。
 さすが超能力学部、とんでもない物が蠢いてそうじゃねーか」

 いわゆる『隕石に起因する超能力』を専門とする学科は、日本全国に増えているのだが、
佐々木はあえて指摘するような事はしなかった。
 厨二少年の記憶に残ってしまったが最期。
 ドクトルJなる人物と同様に、厨二病ストーリーの登場人物にされてしまう。

 どこの研究者だが医師だかは知らないが、ERDOの人員であれば、そんな迂闊な振る舞いはしないだろう。
 顔すら知らないドクトルJに、若干の同情を向けながらも――

 ここで、ふと佐々木の脳裏でドクトルJという単語に何かが引っ掛かっていた。

「ん? どうかしたか」
「いいや、厨二の妄言に付き合う気はない。他の学生、教員には迷惑を掛けないように」
「一言も妄言なんて吐いてねーし、迷惑なんて掛けねえよ!」

 などと供述しながら、厨二少年は大学の敷地内に入っていった。
 佐々木は何かを思い出しかけていたが、まあ思い出さなくても良い事なのだろう。

――とんでもない物が蠢いてそうじゃねーか

「……まったくだ」

 何気ない厨二発言を思い起こして、佐々木は小さく呟き同意した。
 比留間慎也に、最近は顔を見せないが鞍屋峰子。どうにもこの大学はキナ臭い。
 自分も他人の事は言えないが……

「さっきの鑑定士だよな? 本物の」
「守護の仮面も居たし、マジっぽかったな。鑑定所の外で初めて見たよ」

 受講に影響する能力にも配慮し、昼夜で授業が分けられている事もあって、
夕方に差し掛かったこの時間にも、学生の出入りは多い。

 そういった学生たちの噂話が、佐々木の耳に入ってくる。
 鑑定士まで引っ張り出して、比留間慎也は一体、何をしようとしているのだ?

480 ◆peHdGWZYE.:2019/04/14(日) 02:45:52 ID:Vb4fsQ.20

「――失礼」

 ここで見慣れない白衣姿の男が、正門を横切ろうとしていた。
 いかにも神経質そうな挙動で、頬がこけている。

 無論、S大学は広い。まともに顔を合わせない研究生も居るだろうが、
彼の剣呑さを見逃すほど、佐々木は間が抜けてはいなかった。

「そこのお前――可及的速やかに止まれ。能力の発動の素振りを見せれば……」
「やれやれ、当直は佐々木教員でしたか。これはついてない。
 場所を移しましょうか……互いの秘密の為にもね」

 首を振り、困った様子を演じる白衣の男だが、その言及は鋭かった。
 この男は佐々木がERDOの諜報員である事を知っている。

 それ自体は別段、驚くべき事ではない。
 さきほど内心で名前を挙げた比留間慎也も鞍屋峰子も知ってはいるし、
裏社会の人間なら確証と行かないまでも、推測レベルで突き止めるのは容易なはずだ。

 ただし、こういった"プロ"は必要がない限り、互いに干渉しないものだ。佐々木はそう認識している。
 リスクを抱えてまで、干渉するとなれば、ろくな理由ではないだろう。

 要求に応じる形で、この時間帯、人気が少ない一棟の裏側に場所を移せば、
佐々木は即座に懐から電極(テーザー)銃を抜き放っていた。

「不審者は拘束するだけだ」

 会話、交渉の余地などない。あるとしても、拘束してからの方が有利に事が運ぶ。
 佐々木の昼間能力――速度強化による早撃ち。
 常人には反応しえない速度、それこそ稲妻のように有線の電極が襲い掛かる。

 加えて不意打ち、避ける余地もなく、火花の散る電極は男を捉えて……

「……拘束?甘い事だ」

 まるで、モニターの電源を落としたかのように、ブツリと白衣の男の姿がかき消えていた。
 完全に不意を突き、テーザー銃も命中したはず。
 それが無為に終わったという事は、予め何か備えがあったとしか思えない。

 となれば、該当する能力は明確だった。

「ちっ、幻像を発生させる能力か? 面倒だな」

 佐々木は知り得ない事だが、目前の相手は『クリフォト』の主要構成員の一人、フォースリー。
 容易に下せる相手であるはずもない。

481 ◆peHdGWZYE.:2019/04/14(日) 02:46:33 ID:Vb4fsQ.20

 能力が露見した直後には、ぽつりぽつりとフォースリーを模した幻像が周囲に配置されていく。
 敵をかく乱して、あわよくば仕留める意図だろう。
 厄介な事に佐々木の超スピードですら、徒労に終わる可能性が高い。

「ならば、一つ一つ潰していくまでだ……!」

 佐々木はナイフを抜き放つと速度強化を発動、圧倒的な速度は距離も頭数も無意味とし、
一瞬で三つの幻像が仕留められ、消滅していた。
 だが、そうする間にも、フォースリーが配置する幻像は増えていく。

「速度だけで押せるとでも?」
(いや、ここは速度で主導権を握るのが最上だ……!)

 嘲笑うフォースリーに対して、あくまで佐々木は冷静だった。
 ここで警戒すべきなのは、幻像に隠れて接近される事。敵が配置できる幻像が、自分の姿だけとは限らない。

 そして高速移動している限り、敵が佐々木に攻撃を命中させる事は困難なのだ。
 半端に慎重に振る舞う事は、死を意味する。

 人外の速度で佐々木の刃が閃けば、そのたびに幻像が抹殺されていく。
 だが、それに劣らぬペースで周辺にはフォースリーの幻像が灯され続けていた。

 硬直状態、一応は攻め手である佐々木が有利だが、一方で体力が尽きれば状況は逆転する。
 日没まで粘る事もできる時間帯だが、敵の夜間能力が分からない以上、それは賭けだ。
 ならば――と、佐々木は次の攻め手を打ち出していた。

「貴様の正体は、予想が付いている。どこぞの安っぽい研究機関からの刺客だろう?
 国際会議を前に、とち狂って成果の収奪か、ライバルの妨害に走った訳だ!」

 佐々木は声を大にして、相手を挑発していた。
 本性を表してからの発言は一度や二度、しかしある種の傲慢さがある事を佐々木は見抜いている。

 どういう形であれ、この敵は挑発には必ず乗ってくるはずだ。

「はは……所詮はERDOもその程度の認識か。研究だの諜報だの、ご苦労な事だ。
 近いうちに全ては水泡に還すというのにな」

 乾いた声、そして諦観に満ちた嘲笑。だが、佐々木が神経を集中させたのは、他の一点。
 それは声が聞こえてくる位置だ。視覚が幻像で乱されるのなら、聴覚も動員して位置を判断する。

 かくして獲物は掛かった――佐々木から見て、左背後。それほど遠くはない。
 おそらくは幻像を処理させて、高速移動のパターンを分析。接近を試みていたのだろうが、
逆にそれが仇となっていた。

482 ◆peHdGWZYE.:2019/04/14(日) 02:47:35 ID:Vb4fsQ.20

 最大速度で、佐々木はナイフを構えて踊りかかった。テーザー銃による電極よりも――速い。

「誇大妄想に付き合う気はない!」
「この狂った世界で現実と誇大妄想の間に、どれほどの差があるというのだ!?」

 だが、フォースリーも待ち構えていた。ほぼ正面、高速移動にすれ違うように踏み出す。
 いわば、相対速度を利用した回避行動だ。

 速度強化の能力では、視野も動体視力も変わらない。
 ならば理屈のうえでは、相手の速度を逆用して、相手の視界外へと逃れる事も可能という事。
 『クリフォト』で学ぶ戦闘技術は、視点を外す技術を得意としている。

 まんまと佐々木の真横に潜り込んだフォースリーは、ここぞと戦闘用ナイフを突き出していた。
 相手の動きと噛み合わなければ、高速移動の利点は半減する。

「くっ……!」

 だが、速度強化はいわゆる高速移動と異なり、体勢の変化にも有効。
 移動による反動を受けながらも、佐々木は素早く刃を刃で跳ね上げていた。

 いかに『クリフォト』の人間と言えども、接近戦において、佐々木の速度強化を攻略する事は
簡単ではない。だが、強引な姿勢によって、不利な状況へと陥りつつある。

 仕切り直しを求めて、佐々木が後退した所で、フォースリーは懐から何かを取り出し、投じていた。

(手榴弾……! いや――)

 速度強化の弱点の一つは、範囲攻撃による面の制圧。広域に破片を撒き散らす手榴弾は、
佐々木の天敵といっても良い。だからこそ、体が勝手に対処を取ろうとしていた。
 だが同時に、理性がそれを拒んでいる。

 こんな距離で使用した所で、互いに死ぬだけだ。だから、アレは"幻像"なのだ。
 ほんの一瞬だけ、訓練で培われた反射と、理性が拮抗し、佐々木には致命的な隙が生じていた。

 正しかったのは理性の方だった。ブツリと手榴弾を模した幻像が消滅し……

「チェックメイト……!」

 そしてナイフが飛来し、硬直した佐々木の胴部に吸い込まれるように突き刺さっていた。

「くっ……ぁ……」

 喉奥から込み上げてくる熱を抑えて、佐々木は崩れ落ちる。
 フォースリーの放ったナイフは重要な臓器を傷つけて、胴部に深く食い込んでいた。

 佐々木のそれは、あくまで強化能力。瀕死になりながらも必殺の威力を持つ力ではない。
 これで決着だ。フォースリーは負傷した佐々木を蹴り飛ばすと、端末で地図を確認する。

483 ◆peHdGWZYE.:2019/04/14(日) 02:47:59 ID:Vb4fsQ.20

「邪魔者は排除した。領域の封鎖と標的の抹殺を開始する」

 目標は、超能力学部の研究棟。フォースリーは昼間こそ、殺傷性の乏しい幻像を発生させる能力だが、
夜間は圧倒的な威力を誇る。研究棟は地獄と化すだろう。
 封鎖も独力で可能。段取りを整えるべく、重症を負った佐々木を放置して、
フォースリーは歩みを進めていた。

(そちらこそ……甘い、な。日さえ落ちれば、能力で治療室に直行できる……)

 体力の消耗を抑えながらも、佐々木は生還を確信していた。日没が、つまり能力の切り替わりは近い。
 そうなれば夜間能力、テレポートが使用できる。いかに重症といえども、ERDOの医務室に直行できれば、
助かる公算が高い。

 しかし、ERDOにはどう報告する? いや、そもそも何が起きようとしているのだ?
 もし比留間慎也を狙っての事であれば、尋常な事件のはずもなく――

――近いうちに全ては水泡に還すというのにな

 男の言い放った言葉が、妄想に留まる保証もどこにも無いのだ。

484 ◆peHdGWZYE.:2019/04/14(日) 02:50:50 ID:Vb4fsQ.20
読み返して思ったのですが、これ佐々木先生とばっちりですよね

補足

佐々木笹也
 東堂衛のキャンパスライフから出演。
 口癖が「可及的速やかに」のイケメン教師。その正体は、ERDOの諜報員。
 昼間能力は速度強化、夜間能力はテレポートと使い勝手が良い手練れ。
 言動は物騒だが、衛に忠告して後処理しただけなので、普通に良い人疑惑。

ブラッディ・ベル
 普通に悪事もするカラーギャング。ただし頭が悪い。
 喧嘩で鈴本青空に倒された集団が、彼女を崇める形でグループ化した。
 主なメンバー(モブ)はモヒカン、スキンヘッド、赤髪。
 実は、赤髪だけ月下の魔剣で初登場だったりする。

鈴本青空&桂木忍
 名無し氏の作品から出演。昼はねぼすけ&騎士、夜は活発な喧嘩師&お姫様。
 昼夜でヒーローヒロインが逆転する凹凸コンビ。
 初期のキャラだけあって、どこか世界観の象徴的なデザインになっているのかも知れない。

485 ◆VECeno..Ww:2019/04/20(土) 22:44:15 ID:pRLWbq1o0

連載再開します。
前回までの話は >>119-152 くらい。

486 ◆VECeno..Ww:2019/04/20(土) 22:47:21 ID:pRLWbq1o0
「障害物なんざ全部吹き飛ばしてやるよ。お前ごとな!」
ヘルカイトは足で地面を震脚のような動作で踏みつけた。
ヘルカイトを中心に地面から蒸発してプラズマ化した石畳の噴流が昇り、大気ごと吹き飛ばす強烈な衝撃波を形成し、強烈な波紋のように全方位へと広がってゆく。

だが、

「“Zwangsevakuierungsgeraet”」

シュヴァルツシルトの身体が地面からのプラズマ噴流を避けるように高く宙を舞った。

「出ましたッ! 重力操作による空中飛行! 最早お馴染み!」
フェニックスの言う通りの原理なのでパイモンは特に解説を入れない。次の動きの方が興味深かった。

「……“Nachtmahrluftspiegelung”」
ヘルカイトの攻撃を避けたシュヴァルツシルトの姿が陽炎のように揺らぎ、幾つにも分裂した。

「大気による光の屈折。重力を使って大気の密度を操れるなら当然、こうした芸当も可能なのです。蜃気楼や陽炎と呼ばれる現象が知られていますね。」

重力使い系の能力者はそれなりに確認されているが、幻影を作れるほど巧みに重力場を配置できる者は、シュヴァルツシルトの他にいない。

「やはり遠隔操作で好きな場所に重力を直接作れるのがシュヴァルツシルトの強みと言えるでしょう。どうするヘルカイト!?」

「馬鹿め。屈折してようがなんだろうが見えてりゃ俺の射線は通るんだよ!」

ヘルカイトは両手を広げた。それぞれの指先に光子が具現化した。
《ドラゴンプラズマ》は電磁気力の直接具現化能力。
そして電磁気力の本体は光子である。
すなわちこの能力は光そのものを生み出す能力とも言えるのだ。

視界内にある全てのシュヴァルツシルトの像に向かって光線が放たれた。
通常の攻撃なら、攻撃された瞬間に重力場の変更などで逸らす事は可能だろう。だが光のスピードは、人間の反射神経ではおよそ対応不能。
十条の光がシュヴァルツシルトの身体に穴を穿つ。

その時、ヘルカイトの首元を何かがよぎった。

「“Unsichtbarer Klavierdraht”」

ヘルカイトの首は突如として異常重力に引き裂かれた。
ほぼ同時に、シュヴァルツシルトも光線を受けて倒れていた。

487 ◆VECeno..Ww:2019/04/20(土) 22:53:02 ID:pRLWbq1o0

「何という事だ! これは相討ちかッ!?」

観衆、運営局……ほとんどの者が、何が起こっていたのか理解できていなかった。
使い手のシュヴァルツシルトを除いて、『悪魔の頭脳を持つ』パイモンのみがその現象の正体を見抜いていた。

「重力子ビーム……ですね」
パイモンの『悪魔の頭脳』は超感覚による探知ではなく頭脳強化の系統。
リングと席を隔てるバリア越しでも得られた僅かな情報から出来事を洞察する事が出来る。

「重力子ビーム?」
「重力は光速で進みます。ヘルカイトも光のビームを使えますが、
シュヴァルツシルトも光速の攻撃手段を持っていたんです」

「それでは……勝負の判定は? やはり相討ちに?」
「一見同時に見えまずが……ハイスピードカメラで確認してみましょう」

会場のオーロラビジョンに試合のスローモーション映像がパイモンの解説の字幕と共に写し出された。

「まず、ヘルカイトは蜃気楼に映ったシュヴァルツシルトを、光のビームで攻撃しました。
シュヴァルツシルトの姿が蜃気楼という形でヘルカイトに見えているという事は、星や照明の光が彼に当たった反射光、それが紆余曲折を経ながらもヘルカイトに届いて映像を成しているという事に他なりません。ここでヘルカイトが光を蜃気楼に向かって撃つと、光は同じ経路を逆向きに辿って、映像の出所であるシュヴァルツシルトの元に自然に辿りつきます。当然、光の速度で」

オーロラビジョンのスクリーンに現れた白いウィンドウにパイモンがパソコンを通して簡単な図を描きながら説明していく。

「一方で、シュヴァルツシルトは重力子ビームを使いました。

ビームとは、複数の微粒子が足並みを揃えて同じ方向に進むもの全般を指します。
それの重力版が重力ビームです。
といってもSFでよく見るトラクタービームみたいなやつではありません。
今回のものは幅が極端に狭いため、照射された部分のみを引きちぎって破壊作用をもたらします」

今日の物理学では、重力もまた重力子という粒子の一種による現象という仮説が存在する。
もっとも、重力子が実際に自然界に存在するという証拠は、まだ見つかっていない。
しかし、これは“異能力バトル”である。シュヴァルツシルトの能力の原理は、重力子の具現化により発揮されるものであると『鑑定の能力』によって鑑定されていた。

「重力も真空中の光と同じ速度で進みます。その上、重力は空中や水中でも減速せず直線的に進みます。
一方で光は何かに当たって遮られたり屈折して遠回りしやすい。このことから、大気中では重力は光よりも速いと言えます」

パイモンの解説に会場は息を呑んだ。
一般的には光はこの世で最速の存在と認識されている。
しかし条件次第では、光より速い現象も存在しうる。

488 ◆VECeno..Ww:2019/04/20(土) 22:56:20 ID:pRLWbq1o0

「すると、速度差でシュヴァルツシルトの勝ち、という事でしょうか?」

「粒子の速度だけで言えば重力の方に分がありますが、これは人間同士の戦いですから、反射神経や発射までの溜めなどのタイムラグの方が影響は大きいです。
この闘技場のルールでは“無抵抗の戦闘不能状態”になった時点が重要です。首を切断された時点で通常は戦闘不能と言えますが、
ヘルカイトの場合は電磁気力の操作による再起の可能性を考えると、意識を失って初めて完全に戦闘不能になったと見なした方が良いでしょう。
首を切断されてから意識を失うまでにはおおよそ数秒のタイムラグがあります」
電磁気力の操作による再起は試合の前半で見せたヘルカイトの対重力の戦法からの推測である。意識を失えば意識性の能力の制御はできないので、抵抗の術はなくなる。

「シュヴァルツシルトの方も映像で確認してみましょう。光線が命中した部位によって致命傷になるかどうかが分かります」
様々な角度からカメラで撮られた映像が写し出される。

「ああ、頭部に直撃している! これは流石に即死でしょう!」
「いいえ、脳を損傷しても即死とは限りません。ピンポイントでの損傷の場合、後遺症は残るものの死なない事があります。
脳でも部位によって担当している機能が違っています。意思決定を司る部位、記憶を保存する部位、身体の各所を動かす部位などなど……」

「ん、映像が切り替わりましたね。あ、これは……指が動いている! シュヴァルツシルト、指が動いている!」
映像担当がいち早くステージの異変に気付き、映像を生中継に切り替えていた。
フェニックスはそれを見て大きな声を上げた。劇的な生還。観客からも驚きの声が上がった。

「これは意識的な動作と思われます。自分はまだ戦闘不能になっていない、というアピールでしょう」
「これで勝負ありました!シュヴァルツシルトの勝ちです!」

オーロラビジョンに勝利者の名前と映像が派手に映し出され、観客が拍手したり悪態をつく中(賭け事をしていたのだろう)、
フェニックスを先頭とする医療チームが試合のステージに歩み寄った。

「初めて試合をご覧になられた方の為にご説明します。
当闘技場は死んでしまった選手、再起不能になってしまった選手を蘇生させる事が出来ます。
ヘルカイトもシュヴァルツシルトも、試合前の健康な状態まで復活出来ますのでご安心ください」

と、アナウンスが流れる。
蘇生や治療は主にフェニックスの『巻き戻す能力』で行われている。
参加者や観客の安全は絶対に保証されているというパンデモニウム闘技場の謳い文句のカラクリである。
ただし、この治療を受けると記憶まで巻き戻るというデメリットもあるため、ここで経験を積みたければビデオなどの外部記録を用意するか、致命傷を受けずに勝つしかない。

489 ◆VECeno..Ww:2019/04/20(土) 22:58:12 ID:pRLWbq1o0

「よーた!」
アナウンスの中、陽太達は聞き覚えのある声に気づいて振り向いた。
声を発したのは大人に連れられた幼い少女だった。
陽太よりもだいぶ小さい。義務教育を受けていない年齢だと思われる。
しかしこの少女もれっきとした闘技場の職員である。

「あ、あの子は……」
「登録所にいた子だったな」

名前は確か……

490 ◆VECeno..Ww:2019/04/20(土) 23:06:55 ID:pRLWbq1o0

「くりしゅ……」
「クリス、です」
横の職員が訂正した。選手登録所での事だ。
岬陽太と朝宮遥はパンデモニウムの試合に出場する為の登録をしていた。
その時、職員側の椅子に座っていた小さな女の子と目が合い、名前を聞いたのだった。

「こんなに小さい子も働いているのね」
「ええ……どうやら捨て子みたいで、運営チームのみんなで世話をしているんです」

と答えた女性職員がパンデモニウム闘技場、運営チームの一人“カイム”である。
彼女は『人工言語の能力』によって、多国籍の人々が集まる闘技場でのコミュニケーションの円滑化に貢献している。

「それに、たまたま役に立つ能力を持っていたので運営を手伝って貰っている。そうでなけりゃとっくに“サブナック”の生け贄だったかもな」
さらに別の職員が話を続けた。彼は“ガープ”。『結界の能力』による闘技場の防護を担当している。
彼の話に出てきたサブナックは『地獄の門の能力』と『建築の能力』を持つ、この闘技場の設計士である。

「どういう能力ですか?」
「どっちのだ?」
「クリスちゃんの方」
「ああ、それなら『歴史を読む』能力だ。クリス、ちょっと見せてくれ」
自分の蒼い髪を玩んでいたクリスは、ガープに言われると立ち上がって陽太の前に立った。
ちなみに髪の色が変になるのは能力の“代償”として良く見られる症例なので、誰も気にする者はいない。

「ミサキ・ヨウタ。1996年生まれ。
中学一年生で能力に目覚め、中学生二年生頃からゲッカ(月下)と名乗り始める。
能力によって昼には軽食、夜には食材を具現化する。
格闘技経験および市街地での実戦経験は数年ほどあり。
今年の春に奇妙な夢を見たことで強くなる必要を感じ、自分を鍛える為にこの闘技場への登録を決意…」
クリスはまるで別人のような口調で饒舌に陽太の来歴を読み上げ始めた。

491 ◆VECeno..Ww:2019/04/20(土) 23:10:31 ID:pRLWbq1o0
「食い物でどうやって戦うんだ?」
ガープが至極真っ当な疑問をぶつける。
「…今までの戦いでは高温の食品や香辛料を相手に投げつける、焼き串で刺す、等の手段で戦っています…」
クリスの能力が役に立つ事は間違い無かった。
この能力により初見の相手の能力・経歴・戦い方が手に取るように分かる。
運営チームはそれらの情報を元に最も盛り上がりの期待できる試合を組む事ができる。

「クリス、ねぇ。コードネームはないのかしら? この子だけ悪魔の名前ではないけれど」
クリスが読み上げている間に遥は疑問を口にした。
「ええ、ある事にはあります。が、本人が幼すぎて混乱するといけないので、使ってないんです」
とカイムが答えたその時、
「…サイファーと名乗る人物に闘技場の人物の調査を依頼されています」
陽太はぎくりとした。運営チーム達の空気が凍ったのが分かった。

「サイファー……多分あのネットギークのお姉さんですね。情報屋の」
少し離れた机で女子力の高いケーキを食べていた“パイモン”が口を挟んだ。

「情報屋ねぇ。それは困るな。
いいかお前ら。俺達の能力を詮索する輩にはデタラメを教えとけ。
それが登録の条件だ。呑めなければ試合はさせん。破ったら即刻ここから叩き出すぞ」
ガープが真剣な顔で陽太達に警告した。
「ペナルティがそれでは甘いです。“ベリアル”の地獄部屋行きで良いでしょう」
と、カイムがさらにハードルを上げた。

「どうする……?」
「し、宿題が……」

陽太達が困っていると、パイモンが助け船を出した。

「宿題なら僕がやってあげますよ。あとサイファーにはアッカンベーの顔文字つきのDM(ダイレクトメッセージ)を送っときます。それで解決です」
「ちょっと待てパイモン。知り合いなのか?」
「知り合いでもありライバルでもあります。うち闘技場のパソコンにも時々ハッキングを仕掛けてくるので、僕も毎回対処に苦労してますよ」
パイモンはどこか自慢気に語った。
陽太達は知る由もなかったが、サイファーの夜の能力は『電脳空間への侵入』であった。しかし外部から闘技場への干渉はガープの結界でシャットアウトされてしまう。
仮に能力に頼らず普通に闘技場内のサーバにアクセスしても、今度はパイモンの『悪魔の頭脳』が構築したセキュリティを能力抜きの人間の頭脳で突破しなければならない。
それを以てしても苦戦するというのだから、サイファーも相当の手練れには違いない。

「仕方ない。能力は秘密にしとくから登録はさせてくれ」
「策、破れたりね。情報屋には可哀想だけれど、利用されてもらうしかないわ。そう、私達が強くなる為に」
こうして岬陽太と朝宮遥はなんとか登録に成功したのだった。

492 ◆VECeno..Ww:2019/04/20(土) 23:11:27 ID:pRLWbq1o0

Fortsetzung Folgt(続く)...

493 ◆VECeno..Ww:2019/04/20(土) 23:14:05 ID:pRLWbq1o0

お待たせしました。魔王編、再開です。
時系列は2012年で、陽太達は高校1年生です。

経験上、自分は人間ドラマが苦手だという事が分かったので、
異能力考察バトルに舵を振り切る事にしました。
社会ドラマとかも上手く書ける書き手さんが羨ましいです。

魔王編は全体としては長くなりそうなので、とりあえず大まかには
陽太たちが魔王侵攻に備えて武者修行をする異空間の闘技場を舞台とした「闘技場篇」、
そして魔王が実際に侵攻して来る地球を舞台とした「修羅篇」
に大きく区切られるシリーズ構成になると思います。

494 ◆VECeno..Ww:2019/04/20(土) 23:20:05 ID:pRLWbq1o0
登場人物紹介。

●サブナック(レオナール・シャルパンティエ/Leonard Charpentier)
国籍:フランス
性別:男性
パンデモニウム闘技場の運営局「ゴエティア」のメンバー。
闘技場の建物を作った設計士であり、地球と闘技場のある亜空間を繋ぐ『地獄の門の能力』を持つ。

*昼の能力
《ポルテデインフェール/Porte de l'enfer》 【意識性】【具現型】
『地獄の門の能力』
地球と特定の亜空間とを繋ぐゲートを設置する。
ゲートは日の出や日の入りを経ても消滅しない。。設置者が門に触れる事で消せる。
サブナック以外にも同様の能力者が何人かおり、現在の地球上には合計13個の門が設置されている。

『地獄の門の能力』で繋がる空間は常に同一であり、“ピット”と呼ばれている。
ピットの特徴は……
・どの門からも同じ空間に繋がる。
・東西南北の広さは有限だが果ては無くループ構造である。上下は不明。
・1日は地球上とは違い、昼13時間夜13時間の26時間で構成される。昼には太陽、夜には地球の者とは異なる星空が出る。季節は無い。
・初期状態では天地のみが広がっているが、外からの物質を自由に持ち込む事も可能で、現在は中央にパンデモニウム闘技場が存在している。
・ピット内では『地獄の門の能力』は使えない。

*夜の能力
《パンデモニア/Pandemonia》【意識性】【具現型】
『建物を創る能力』
建物を具現化させる能力。デザインは物理法則を無視しない中でなら自由。
ただし発動の際には生け贄(直前の夜明けより後に誰かを殺している事)が必要で、生け贄の質量に応じてサイズや材質やデザインに限界が生じる。
だいたい1人殺す毎に5立方メートルくらいらしい。
設置した建造物は日の出や日の入りを経ても消滅しない。

495 ◆VECeno..Ww:2019/04/20(土) 23:22:19 ID:pRLWbq1o0
●ガープ(リチャード・タッピング/Richard Tapping)
国籍:イギリス
性別:男性
パンデモニウム闘技場の運営局「ゴエティア」の1人。
結界の能力を持ち、能力戦の流れ弾や余波から観客や闘技場を守る。

*昼の能力
未設定

*夜の能力
《シーリングウォーラー/Ceiling Wallah》
【意識性】【具現型】
『結界の能力』
異能力やそれにより作られたエネルギーを通さない不可視不可触のバリアを張る。
このバリアで閉じた空間を作れば、無効化系の能力すらもその中で発動される限り影響区域を制限できる。


●カイム(上尾 継実/Kamio Tsugumi)
国籍:日本
性別:女性
パンデモニウム闘技場の運営局「ゴエティア」の1人。
広報担当で、また彼女の能力の産物である「バベル語」により闘技場には言語の壁は存在しない。

*昼の能力
未設定

*夜の能力
《デバベライズ/Debabelize》
【無意識性】【具現型】
『共通言語の能力』
誰でも直感的に意味を理解できる言語(通称:バベル語)で話す能力。
その言語は見聞きした者が容易に習得可能な特性を持っている。
ただし、バベル語は何故か地球上では通用しない。

496 ◆VECeno..Ww:2019/04/20(土) 23:26:18 ID:pRLWbq1o0
●クリス(クリス・アンリオ/Klise Enrio)
国籍:無国籍
性別:女性
パンデモニウム闘技場の運営局「ゴエティア」のメンバー。
闘技場に迷い込んでいた所を保護された幼い女の子。
闘技場に来る前の記憶は全く無く、両親も見つからなかったが、能力が優秀だったためそのまま運営局に収まる。
コードネームは一応決まっているが、まだ幼いので普通にクリスと呼ばれている。
能力の影響か、髪の色は薄い青色になっている。

*昼の能力
《イストワブル/Istoireble》
『歴史を読む能力』
【意識性】【操作型】
物事の辿ってきた歴史を探知する事が出来る。
教科書に載るような世界の歴史だけでなく個別の人物や物事の歴史も分かる。
劇中では陽太の来歴、能力やその活用法などをすらすらと読み上げた。
歴史の読み上げ中は普段はたどたどしい口調とは異なる大人びた口調で話す。
自分の過去だけは知る事ができない模様。

*夜の能力
《テュテレイア/Tutelaire》
『朝夕に復活する能力』
【無意識性】【変身型】
どんな状態にあっても日没直後と夜明けの直前に健康体で復活する。死亡していてもこの能力は機能する。

497 ◆VECeno..Ww:2019/04/20(土) 23:29:35 ID:pRLWbq1o0
以上です。
パンデモニウム闘技場は多国籍な舞台なので、登場人物の国籍も併せて表記していくことにしました。
(国籍の設定は、元々キャラクターの名前を決めた際の副産物です。)

ちなみに既に紹介済のフェニックスはアメリカ人、パイモンはオランダ人、
ヘルカイトは日本人、シュヴァルツシルトはドイツ人です。

498 ◆VECeno..Ww:2019/04/20(土) 23:47:49 ID:pRLWbq1o0
そして衝撃のお知らせなのですが、
実はパンデモニウム闘技場の運営に必要な能力として前から裏設定があった能力の1つ(今回は未登場)が、
◆peHdGWZYE.氏の星界の交錯点に出てくるアスタリスクさんと思いっきり被っていました。

《イクリプス/Eclipse》
【意識性】【変身型】
『夜の能力を借りる能力』

闘技場を昼でも夜でも運営するために不可欠、というかなり重要なポジションの能力である上、
魔王侵攻の際にも同能力を使ったギミックを出す予定だったのでますます変更が利かない。
どうしようw

とりあえず『星界の交錯点』のこれからの展開を見つついろいろ扱いを考えてみたいと思います。
全くの別人の能力なのか、あるいはこの時間軸ではアスタリスクさんがパンデモニウム運営に潜伏しているのかもしれないし、
もしかしたらクリフォトが活性化しなかった時間軸なのかもしれない……

499名無しさん@避難中:2019/04/21(日) 00:17:43 ID:UiSuhAFU0
乙乙乙乙!!!!

500 ◆peHdGWZYE.:2019/04/21(日) 01:40:12 ID:uzan79G.0
再開おめでとうございます。そして作品をありがとう

普通は相打ち、となる所で判定の厳密さが恐怖ですね
重力子ビーム!? と思った所で、きっちり補足が入っている辺り、さすが
パイモンさんは格闘漫画でよくある、秒単位の長文解説とかもやってのけそうです
しかし、追い返して宿題やらせない辺り、(サイファー含めて)ダメな人たちだった……

予期せぬバッティングも、シェアード独特の現象ですね
アスタリスクはまあ被りそうというかw 今まで居なかったのが不思議なくらいの能力ですから、
逆に腑に落ちた印象です。昼夜制限の穴になる能力は、あらゆる組織で引く手数多でしょうしね

『クリフォト』は大半の時間線では陰謀論、局所的なムーブメント止まりみたいな設定となっています
そういう世界では運営に協力していたり、トラベラー(交換能力)で特殊な能力を手放している可能性もありますし、
この能力は複数人居た方がメタ的に便利だから別人もありですね
二人居たら、夜に『夜の能力を借りる能力』を借りて、夜の能力を借りるとか変な事ができそう
この辺りの判断も含めて、続きを楽しみにさせてもらいます

501星界の交錯点 ◆peHdGWZYE.:2019/04/27(土) 02:08:00 ID:/y0w6.Es0
26.VSフォースリー 赤の宣戦

 S大学、超能力学部に属する研究棟。外観は他の建物と差がある訳でもないが、どこか敷地内の隅、
裏口の付近に、ひっそりと佇んでいる印象があった。
 広く研究するには数多くの協力者が必要、だが能力自体がプライバシー情報にあたる、となれば、
この配置にもそれなりに利点はある。

 本日、夕刻前後から、異例な事にまるごと一棟が個人によって貸し切られていた。
 あらゆる経路は施錠され、入り口には本日立ち入り禁止の看板が掛けられている。

 S大学の客員教授でもある、比留間博士の希望によるものだった。
 また、天才様の奇行か、などと呆れられるなら、むしろ信用されているようなもので、
大半の大学職員は顔色を変えて、各所に警告を回していた。

 比留間博士は極めて強力な、あるいは危険な能力を持つ協力者を招いた可能性がある。
 少数の助手と専門家を伴い立ち会うので、決して近づいてはいけない、と。

 鑑定士まで来ているのだから、傍からはそう見えるか、などと
比留間博士の感想は若干、他人事めいていた。
 それに、強力で危険な能力者が訪れるのは、おそらくは間違っていない事実なのだ。

 研究棟、最上階にある一室で集まった面々を見回して、比留間博士は注目を集めるべく手を叩いた。

「さて、面識のない人も居るだろうから、まずは軽く紹介を済ませてしまおう。
 僕の名は比留間慎也、普段はとある組織で“隕石に起因する超能力”の研究分析を行っている」

 講演やテレビ番組でおなじみの口上を述べれば、何人かは『いや、お前の事は知ってるよ』などと
視線で訴えかけてくるのだが、一人だけ自己紹介を省くのも妙だろう。

 集まった面々は派手では無かったが、壮観とも言えるのかもしれない。
 一般人から、裏の筋の専門家まで『クリフォト』の事件に関わった面々が集まっていた。

 まずは岬陽太と鎌田之博(かまた ゆきひろ)、中学生と昆虫人間のコンビだ。
 特に陽太の方は『クリフォト』に接触した経験があり、鎌田はその協力者といえる立ち位置だ。
 鎌田の昆虫人間としての姿は、能力の影響だろうとスルーされているが唯一、鑑定士は奇妙なものを見る目で、
ちらちらと視線を向けている。

 S大学に通う女子大生、川端輪。彼女は"異変"発症者にして、同じく『クリフォト』に襲われた経験がある。
 昼間能力による、霊媒体質で事故で喪った弟、川端廻を憑依させている。
 比留間博士を警戒して一悶着起こしたのだが、どうにか説得に成功した。

 地域の鑑定局からは、鑑定士の三島代樹、そして守護の仮面、吉津桜花が来ていた。
 彼らも"異変"調査に乗り出しており、今回は情報提供者の役回りだ。

 そして、"機関"からは理恵子、識別名:ミルストが派遣されている。
 おそらくは"異変"と『クリフォト』に関連した情報収集を任務としているが、本人も詳細を明かしていない。

502 ◆peHdGWZYE.:2019/04/27(土) 02:10:07 ID:/y0w6.Es0

 最後に比留間博士は何食わぬ顔で続けていた。

「それに彼らの紹介もしておいた方がいいな。あそこに隠れているのが、東堂衛くんに鬼塚かれんくん。
 二人とも川端輪さんの友人だね」

 比留間博士が手を差し伸べれば、そちらの方向からガタリと音がして、人影が歩み出てきた。
 彼が述べた通り、東堂衛に鬼塚かれん。新型鎮静薬の被験者と、その付添い人だ。

「気づいてたんですか……?」
「なんとなくね。だが、踏み込むなら相当なリスクを抱える事は承知しておいてくれよ。
 何も悪だくみの為に隠れている訳じゃない。危険を伴う情報を共有するから、人目から忍んでいるんだ」

 言外に引き下がるのなら今だぞ、と。比留間博士は物言いこそ穏やかだが、警告を与えていた。
 しかし、衛は、年下のかれんですら、それに怯むことはなかった。

「あの、静岡さんが言っていました。川端さんが襲われたって」
「それなら僕たちも無関係ではありません」

 目を逸らす事なく、それどころか強い意志を以って、訴えかけてくる二人を見て。
 比留間博士は苦笑を漏らしていた。

 静岡さん、というのは同じく友人の静岡幸広の事だろう。
 彼は他人の秘密に遭遇してしまう、という特異な能力を持っている。

「なるほど、今回の集まりが漏れたのは彼の能力からか……まったく」
「……比留間博士!」

 比留間、というよりも場の空気が許容に流れたのを察して、ミルストが声を荒げた。
 これ以上、巻き込まれる一般人が増えるのは彼女としては容認できない事だった。

「ミルストくん、だったかな。残念ながら、彼らは関わる事を決めてしまっている。
 能力がある現在、本気でそのつもりがあるなら、手段はいくらでもあるだろう。
 だから僕たちに選択できる事は、関わらせるか遠ざけるか、じゃない」

 一人一人、改めて関係者の顔触れを確認する。むしろ、本来は"異変"のような大事件に
関わるような人間でないのが大半だ。
 相応しい役者はせいぜい比留間博士自身か、機関所属のミルストのみ。

「ここで情報を与えるか、与えないかだ。
 付け加えるなら、僕は無知なまま関わろうとする方が、よりリスクが高いと認識している」

 だが、彼らは選択したのだ。いかに常人離れした知恵や力を有していても、
それだけで他者の選択を覆す権利がある事には、ならないだろう。
 どこまで理解が及んだかは分からないが、ミルストは口を閉ざして、引き下がった。
 かろうじて、黙認といった所か。

503 ◆peHdGWZYE.:2019/04/27(土) 02:11:41 ID:/y0w6.Es0

 衛とかれんの件について、話が一区切りした所で、状況を見守っていた陽太が挙手した。

「というか、なんであんたが仕切ってるんだ?」
「おっと、すまない。説明が遅れたね。この人数で口々に物を言っても、話が進まないだろう?
 だから、リーダー気取りではなく、その為の調整役だと思って欲しい」

 疑問自体はもっともであったので、軽く謝罪して説明する。
 そして、学生以外の面々にも視線を配った。

「もちろん、そちらの"ある組織"の人間や鑑定士が話を主導してくれるなら、
 僕も解説や疑問提起に集中できるから、喜んで譲るが……」

「いえ、結構。博士にお任せします」
『話せないのにどう仕切れと?』

 ミルストは即座に拒否し、鑑定士の代樹の方はなんと持参したホワイトボードに文字を書いて返答していた。
 守護の仮面には無断であったらしく、桜花に頭をはたかれて、ホワイトボードを取り上げられていたが。

 あんまりといえば、あんまりの光景に川端輪は困ったように呟いていた。

「か、鑑定士ってこんな感じでしたっけ……?」
「普段は護衛による通訳がフィルターになる形で、威厳を保っているシステムなんだろう。
 一皮むけば普通の人間と変わらない。さて、話が逸れたから本筋に戻ろう」

 回り道だったが、これも自己紹介の内だと思う事にして、比留間博士は本題に入った。

「第一の発端は、君たちも知っていると思うが夜間能力の"異変"だ。
 一定の条件を乱した人間の夜間能力に、何らかの異常が生じるという怪現象。
 ここにいる川端さんも、"異変"の発症者だ」
「それに晶もだな」

 陽太が付け加える。
 夜間能力の"異変"、あまり大々的に報道されている訳ではないが、太平洋に隣接した各国に
じわりと広がり続ける怪現象だ。
 十代の感知系能力者が発症し、症状は様々。だが一定以上、深度が進めば"何か"の声が聞こえるという。

「そして第二に"異変"発症者を拉致する集団が現れた。
 『クリフォト』と彼らは名乗っている。陰謀論なんかで語られる、回帰主義組織と同名だ」

 チェンジリング・デイから時は進み、社会は新たな世界像を受け入れつつある。
 しかし、万人がそうである訳ではない。こんな世界は間違いだ、能力などあってはならない、
そういった思想もまた脈々と続いているのだ。

 今回の『クリフォト』の思想が回帰主義とは限らないが……

504 ◆peHdGWZYE.:2019/04/27(土) 02:13:18 ID:/y0w6.Es0

「そこに居る陽太くんと鎌田くんの証言によれば、『クリフォト』は世界規模での改竄能力を有し、
 内密に事を進めようとしている。証拠も何もないが、事実として僕の研究所からデータが消滅……
 それに、鑑定士なら消された晶くんの情報を提示できるし、それは証拠としても有効だ」

 ここで、ようやく今回の集まりの主旨にまで話は及んだ。
 通常、能力の情報は自己申請、そうでなくとも本人による協力が必須となりがちだ。

 能力が犯罪に用いられた場合、立証する立場の人間にとっては、それが巨大な壁となる。
 例外となるのが、鑑定士だ。特に国家資格を有する正規の鑑定士の証言は、それ自体が有力な証拠となる。
 それを踏まえたうえでバフ課からの協力要請が存在していたし、今回も……

『最初から鑑定士を引っ張り出す気で、陽太くんをけしかけましたね?』

 代樹は手話で、比留間博士の意図を指摘していた。
 最初から、情報の奪取など方便だった。まさか、素人二人で鑑定所から有益な資料を持ち出せるとは、
比留間博士も考えては居なかっただろう。

 だが、話の腰を折ったからか、桜花は翻訳してはくれなかった。
 こちらは分かってるぞ、と視線だけで訴えると、代樹は本題に入り、桜花はそれを代弁する。

「水野晶、中学三年生。"異変"発症者として、鑑定所を訪れたのは比留間博士、
 あなたの訪問と同日になります。当日の鑑定資料を復元しました。
 不当に個人が抹消されたのは明確であり、本人には無断ですが対抗措置としてこれを提示します」

 提示された、規格サイズの封書を比留間博士は頷くと受け取った。
 興味深げに手に取り観察するが、まだ封を開ける事はしない。

「紙面検索タイプの能力対策が施されているね。警察、鑑定局へは?」
「『クリフォト』の目がある可能性があるので、まだ。
 情報が共有されるのは、機……いえミルストさんを通しての事になるかと」

 鑑定局のルートも万全ではない。世界規模能力のデータがドグマに漏れた実例もあり、
組織を相手取っている以上、代樹たちの警戒は当然の事だった。
 逆に機関本部を挟むのであれば、万全に近い形で情報の共有が行われるだろう。

「なるほど懸命だが……この状況は少し拙いかも知れない」
「拙い? この情報共有が、ですか」

 思わず、代弁を忘れて桜花が素の状態で尋ね返していた。

 その瞬間、計ったようなタイミングで警報が鳴り響いていた。
 これ見よがしに赤いライトが点滅する、といった事はないが、焦燥感を掻き立てるのに十分だ。

「ああ、情報の拡散をしないなら、『クリフォト』に見つかるリスクは低くなるが……
 逆に見つかっているから、彼らはこう考えるだろう。
 関係者を全て抹殺して、世界改変で全ての痕跡を消してしまえばいい、とね」

505 ◆peHdGWZYE.:2019/04/27(土) 02:13:54 ID:/y0w6.Es0

 この状況でまさか、ただの来客という事はないだろう。
 室内では、ガタリと席を立つ音が続いた。

「ライダー! ここを出るぞ!」
「ああ、ちょっと待った、陽太くん! まだ状況が……」

 その急先鋒が陽太だった。果敢にも迎え撃とうとする陽太を、慌てて鎌田が追いかける。

「偵察なら任せてください。僕の能力なら……」

 次に主張したのが衛だった。彼の能力は条件付きだが"無敵"、防御面では最強格の力を持つ。
 過去に魔窟から生還した彼なら、たとえ『クリフォト』が相手であっても、安全に立ち回れるだろう。

 退却にせよ、撃退にせよ、次々と行動の準備に移る面々に比留間博士は声を張った。

「待ちたまえ。急だったとはいえ、ここは僕のテリトリーでもある。歓迎の準備はしているさ。
 まずは、この比留間慎也の防護設備をお目に掛けようか」

 能力発動時と同じ要領で、パチンと指を鳴らせば、スクリーンとプロジェクターが機能する。
 仕草か音に反応して稼働する仕組みであるらしい。

『なんだ、この設備!?』

 思わず、陽太と衛が動きを止めて、突っ込みを入れる。
 過剰なパフォーマンスではあったが、場の面々は完全に比留間博士へと眼が向いていた。
 講演には演出も重要なのだ。

 監視カメラの映像か、スクリーンには研究棟外部での戦闘が映し出されている。

「比留間慎也という男、相当な食わせ物らしいな」

 映像の中で頬のこけた男は、そう呟いていた。
 研究棟の外部は、戦場となっている。一方はおそらくは『クリフォト』、少し前にも陽太を襲った
クリッターを引き連れて襲撃してきたらしい。

 クリッターと対峙するは、猛犬――巷の犬型キメラだ。
 野犬にカメラ機能も内蔵した、宝石状の機器を頭部にセットし、自在に操るという生物兵器。
 裏社会では広く流通しているが、大概は各自の目的の為に一般人を襲う設定が為されている。

 性能面では、クリッターと比べようもない。時雨の下で修業した陽太なら撃退できる程度だ。
 しかし今回、比留間慎也が放ったキメラたちは様子が違っていた。
 劣勢ではあるものの、果敢に食い付き、クリッターの脚を喰い千切ろうとしている。

 そして、さらにキメラのリーダー格として、暗い毛並みの巨人のような怪物が歩みを進めていた。
 3メートル近くにもなる体躯で、接近してきたクリッターにブンと腕を振り下ろせば、一撃で絶命させる。

 その様を見て、頬のこけた男は舌打ちしていた。

506 ◆peHdGWZYE.:2019/04/27(土) 02:14:52 ID:/y0w6.Es0

「一応、あのキメラが何なのか説明しておこう。陽太くんは"牧島"という男を覚えているかい?」
「いや、危険人物なら、だいたい頭に叩き込んでるが、聞いた事ねえな」
「なるほど。となると、神宮寺さんは君たちを危険から遠ざけていた訳だ」

 神宮寺秀祐と牧島勇希の因縁、関係者なだけあって事の顛末はおおむね推測できたものの、
比留間博士は事の詳細までは知らないし、詮索も避けていた。
 よって、結果的に陽太たちが巻き込まれていなかった事も、ここで知る事になる。

 一方で、陽太も牧島という名前については、初耳だった。

「神宮……あ、ドクトルJか? それなら、まさか白夜の奴と一緒に居た時に襲ってきた奴か。
 三頭犬(ケルベロス)なんかを使ってたな」
「そう、彼は独自のキメラを運用していた。それは牧島の昼間能力『血中ウィルス』によって、
 製造されたものでね。そのウィルスは故あって、彼の死後にも僕の研究所で保管されているんだ」

 少なくとも、野生動物の意識を奪っただけの代物よりは一回りも二回りも性能は上だ。
 悪趣味か憎悪の発露か、牧島は素材に人間を利用していたのだが、比留間博士は合理的な選択をした。

 日本に生息する野生動物でも最強格の樋熊(ヒグマ)、それを『血中ウィルス』で強化し、キメラ化した。
 それが巨人のようなキメラの正体だった。
 能力がある現在なら、確保も容易で、個体としても極めて強力。

 しかし、陽太が関心を向けたのは別の事だった。

「あいつ、死んだのか……」
「自殺だったらしい。詳しくは神宮寺さんが知っているだろうけど、他人が踏み込むべき事だとは思わないな」

 最低限の事実だけを伝えて、後は陽太自身に任せる事にする。
 比留間博士はスクリーン上の映像に関心を戻した。

「それより――あまり強力な火器も持ち込んでないようだし、このまま押し切れるかも知れない。
 手持ちの情報で判明した『クリフォト』メンバーはアスタリスク、バウエル、フォースリーの三名。
 映像の彼は、この三名に該当するか……」

 確認するように、陽太と川端輪に視線を向ける。
 陽太は眉をひそめただけだが、川端輪の方は明らかに顔色を変えていた。

「フォースリー……私を襲ったのが、この人です」
「学会を騙り、巨大な氷塊を発生させた人物か。だとすると、この時間帯は拙いな」

 気付けば、クリッターの大半が潰されるか、逃げ出した辺りで樋熊キメラはフォースリーと対峙していた。
 キメラは巨大な爪を振り下ろしたが、ブゥンと電灯が消えるようにフォースリーの姿が消滅する。

 幻像を発生させる能力。
 キメラの弱点の一つとして、単純な行動パターンというものが挙げられる。
 理性を奪って、機械的に操作しているのだから、自ずとそうならざるを得ないのだが、フォースリーの能力とは
あまりに相性が悪かった。

507 ◆peHdGWZYE.:2019/04/27(土) 02:15:35 ID:/y0w6.Es0

 順番に、幻像を破壊していくだけで、樋熊キメラの攻撃がフォースリーに届く気配がない。
 思惑通りに、時間稼ぎに使われている。

 その様子に、陽太は拳を握りしめていた。表情は闘志と、それに焦りの色が濃い。
 なにより彼は比留間博士の能力をまだ知らない。

「ここで待ってていいのかよ? 昼の方が弱い相手なら、日が沈む前に叩くのが戦術ってもんだろ!?」
「いや、向こうもそれを承知している。焦っても危険だから、まずはキメラを当てて様子を見た。
 それに叩こうにも、もう――遅い」

 元より集まった時点で夕刻、日は沈みつつあった。
 フォースリーによる時間稼ぎを経て、空に赤い残照を残しながらも、太陽は地平線へと沈む。
 能力戦における最も重要な瞬間が訪れていた。

 タイミングを見計らっていたのだろう。
 切り替え直後、瞬時にフォースリーの右腕から"赤い"オーラが、塗料の性質を帯びて放出された。
 "赤"は巨人のような樋熊キメラの半ばを染め上げ――

 爆轟、閃光と共にオーラとはまた異なる色彩の紅蓮が膨れ上がり、キメラの巨体を破壊した。
 その残骸は無残なものだった。原型すら留めない黒い何かが、均衡を崩して転倒していた。

 同時に衝撃と熱により、異常が生じたのかスクリーン映像がノイズに呑まれる。
 だが、強大なキメラがたった一撃で消し飛ばされたのは確かな事実だった。

「これで、全ての可能性は潰えた。お前たちが生き残る目は存在しない」

 フォースリーの言葉が研究棟の内部に届く事は無かったが、彼にとっては同じ事だった。
 すぐに思い知る事になる。
 強大な能力――それが象徴する狂った世界の前に人は、ただ呑まれるだけの存在でしかない。

 次にフォースリーが意識を集中し、能力を行使すれば彼の周辺から"青い"オーラが噴出する。
 それは天上へと立ち昇り、やがて雨のように研究棟の周辺へと降り注いでいた。

 やがて、青く染められた地面からは、氷の壁が構築され、研究棟を隔離していく。
 こうして逃れようもなく、陽太たちにとって最初の決戦が始まろうとしていた。

508 ◆peHdGWZYE.:2019/04/27(土) 02:19:04 ID:/y0w6.Es0
やっと二部終盤、最初のボス戦だけに派手に行きたい所です
週一ペースまで、執筆速度を回復したいのですが、一度乱れるとなかなか難しい……

補足

牧島
 臆病者は、静かに願う、からの言及。故人のため、登場ならず。
 昼は怪物化の効果がある『血中ウィルス』。夜はワームホールを作り出す能力を持つ。
 危険な人物だが、彼もチェンジリング・デイの被害者と言えるのかも知れない。

509 ◆VECeno..Ww:2019/04/27(土) 21:25:56 ID:uAQsZEBo0
いよいよ敵の打倒に向けて組織の壁を超えた共闘が本格的に……!
そして地味にこの長編はwikiに纏まってない能力までちょくちょく紹介してくれるのが助かります。

当方は連休中に陽太の最初の試合+αくらいまで行く事を目標にします。

>ダメな人たち
パンデモニウムの人たちは自ら悪魔を名乗るくらいの連中ですからねぇw 
社会秩序とか嫌いなのでしょう。
逆にサイファーはなんなんだよ……(筆が勝手に進んだため筆者も良く分かっていない)

510 ◆VECeno..Ww:2019/04/27(土) 21:43:38 ID:uAQsZEBo0
ちなみに、私の作品では比留間慎也博士は
昼間は比留間博士、夜間は慎也博士と地の文レベルで呼称が切り換わるという小ネタが…

511 ◆VECeno..Ww:2019/04/29(月) 20:01:16 ID:8yoiaWLg0
>格闘漫画でよくある、秒単位の長文解説
あの手のシーン、いつもツッコミたくなってしまうw
こいつら一秒間に何文字喋ってるんだ?周囲の人たちも聞き取れるのか?
というわけで、この個人的疑問を反映して、自作では解説系キャラの解説シーンでもリアルタイムでやり取りが行われる事を想像して台詞量を絞っています。
その結果、溢れた解説が地の文に載ったり後からビデオ映像を流しつつ解説するシーンにしたり、といった文章構成になりました。

でもよく考えたらバベル語なら直感的に意味が分かるから早口解説でも聞き手は困らないのか……
とはいえやはり登場人物が舌を噛む恐れを危惧して台詞量は適宜調整していきます。

512 ◆VECeno..Ww:2019/04/29(月) 20:03:49 ID:8yoiaWLg0
闘技場篇第五話

「そうそう、クリスちゃんだったな。何かあげようか?」
陽太はやや大人ぶって返事しながら、クリスにあげる食べ物を考えた。
陽太の夜の能力は『食材を創る能力』だ。新鮮な果物などが……

「ちきん……ふらいどちきん!」
とクリスが叫んだ。可愛い声に似合わず彼女は肉食系らしい。
「ああ、ゴメンな。それは昼の能力なんだ」
生憎とジャンクフードの生成は昼の能力だ。今は食材の生成に限られる。
「ちきんさらだ?」
クリスは注文を変えた。
「だから完成品じゃなくて食材……あ、待てよ、」
陽太は閃いた。

フライドチキンが完成品だとは限らないよな? 

陽太はフライドチキンが入ったサラダを食べた記憶があった。
「ちょっとやってみるぞ……こうだ!」

フライドチキンサラダをイメージしてその中からフライドチキンをサラダの食材として取り出す……
お見事! 陽太の手の上にフライドチキンが生成されていた。
「やったー!」
それを見たクリスは歓声を上げた。

513 ◆VECeno..Ww:2019/04/29(月) 20:06:22 ID:8yoiaWLg0
「それで、何のご用かしら? 豹の毛皮被りし地獄の案内人さん」
陽太がクリスにフライドチキンをあげている間に、遥はクリスと一緒に来ていた別の職員に尋ねた。
「そうネ。キミ達の最初の試合が決まったヨ」
ジャガー模様のバンダナを頭に巻き、サングラスで目元を隠した男、“オセ”。闘技場運営局の一人である。
「お?」
キミたち、という事は陽太も遥の二人の試合が決まったという事だろう。
「時刻は明日の夜間帯ネ。こっちの兄貴はDh2:00、こっちの姉貴はDh4:00ヨ」

読者の為に説明しておくと、パンデモニウムでは地球との時差が独特なため、独自の時間基準を使っている。
DhはDark Hourの略で、その後の数字は夜になってからの経過時間を表す。例えばDh2:00なら日没から2時間後という意味である。
ちなみに日中はLight Hourの略でLhと呼び、その後の数字が表すものは夜が明けてからの経過時間だ。
パンデモニウムの1日は昼が13時間、夜が13時間の合計26時間で構成される。季節による昼夜の時間変化は存在しない。
といっても地球と時間の流れが違うわけではなく、あくまでも昼と夜が切り替わる(使用可能な能力が切り替わる)タイミングがズレていくだけである。
人体の概日リズムにも影響するため、闘技場から地球に戻れば時間帯が合わない場合、時差ボケも生じる。

「対戦相手は誰かしら?」
「今回は相手の能力は秘密ヨ。でもリングネームは教えられるネ。
兄貴の相手は“サドーヴニク”。姉貴の相手は“マルディニ”。
試合前の敵情視察はしてもいいけど、危害を加えて出場不能にするのは観客が面白くないから御法度ネ」

514 ◆VECeno..Ww:2019/04/29(月) 20:14:49 ID:8yoiaWLg0

「サドーヴニク……?」
「ロシア語で『庭師』、という意味ヨ」
「なんか植物とか操りそう」
「フフ……それは試合の時のお楽しみね」

そう、能力者全員が通称どおりの能力を持っているとは限らない。もっと言えば通称それ自体がひっかけというパターンもありうる。
先の試合の例でも、シュヴァルツシルト(ブラックホールの理論を打ち立てた博士の名前と同じ)はともかく、ヘルカイトの方の能力は名前からは想像しづらいだろう。

「マルディニは?」
「インドの言葉で『殺害者』ネ」
「危なそう……本当に大丈夫?」
「相手が誰でも、こちらは堂々と戦うだけよ。こんな所で手こずっていては“魔王”に敵うはずがない。そう、私達は、魔王を倒すのだから」
心配する晶を余所に遥は平然と答える。

殺害者と呼ばれるからにはプロの殺し屋か? それとも直球に即死系の能力者か?
だが、いずれにせよそうした危険な相手に対しての実戦を、闘技場では安全に行える。今が絶好の機会には間違いない。

「フムフム……お二人とも闘志は充分のようネ。ところでキミたちはクスリ吸う?」
「ファッ!?」「クスリ?」「吸わないです」
唐突な質問に陽太たちは思わず聞き返してしまった。パンデモニウムの共通言語「バベル語」による会話なので意味は分かるのだが、陽太達にはあまりにも唐突な概念だった。

「あーそうネ。キミ達の国では違法だったネ。
でもココでは覚醒剤も合法ネ。試合前の景気付けに吸う人もいるヨ」

オセはさも日常風景のような手つきでポケットから怪しげな切手を取り出して、指でくるくると弄びながら答えた。切手の中に薬物を染み込ませているタイプの商品だ。
いわゆるカルチャーギャップというやつだろう。

少し補足しておくと、麻薬類の扱いは国によって異なる。
たとえば南アフリカにはコカの葉を使ったハーブティーが合法的に飲まれている国もある。もちろん日本に持ち帰れば即逮捕である。
パンデモニウムの場合はもっとアグレッシブだった。自己責任で済むならどんな愚行もここでは許される。流石はパンデモニウム(悪魔の巣窟)といった所か。

515 ◆VECeno..Ww:2019/04/29(月) 20:17:47 ID:8yoiaWLg0
ちなみに、オセは相手を選んでいるつもりだった。あくまでもオセの主観ではあるが、遥のゴスロリの服装からは反社会的な雰囲気が感じられた。このため脈ありと判断して話を持ちかけたのだった。
しかし、
「要らないわ。物を売るには相手を選びなさい。オセロトルの戦士さん。薬の力に頼るのは自分の力を信じられない弱者よ。それとも私達がそう見えるのかしら?」
しかし遥は自信たっぷりげに断った。ダークなファッションを好む彼女だが意外とこういう所は陽太から見てもまともな判断はする。
「そうネ。弱者はクスリに溺れて自分を見失う。でも強者ならクスリをやってても己をコントロールできる。クスリを使いこなせるのもまた強さ。そうじゃない?」
「うーむ……一理あるかもしれないけどやっぱりリスクが高いな……」
と陽太。
「ココにいれば最悪、中毒してもフェニックスが巻き戻してくれるネ。後悔無用ヨ」
オセの理屈は、道徳的観点を無視すれば理に適っており、魅力的な誘いだった。もっとも売るための詭弁と言われればそれまでであるが、
闘士の安全が絶対的に保証される闘技場にいる今が、何事もノーリスクで試せる滅多にないチャンスとはいえた。
それでも、
「やめとこう。使い慣れてない物を使ったせいで初戦から負けるのは嫌だからな」
と陽太はなんとか誘惑を振り切った。
「それもまた1つの選択ネ。気が向いたらいつでもワタシに声かけてヨ」
オセはあっさり退いた。今売れなくともいつか売れればいい、という考えのようだった。

516 ◆VECeno..Ww:2019/04/29(月) 20:19:10 ID:8yoiaWLg0
※誤植訂正 >>514 南アフリカ→南アメリカ

517 ◆VECeno..Ww:2019/04/29(月) 20:21:03 ID:8yoiaWLg0

「おかわり!」
突然クリスが大声を出した。フライドチキンを食べ終わったのだ。
「こらこら、あまりワガママは駄目ネ。タダで飯を喰えるのが当たり前と思ったら大きな間違いヨ」
オセが嗜める。
「もう一個くらいなら構わないぞ」
と陽太はフォローする。
「ごはん食べられなくなるヨ。じゃ、ワタシ達はこれで失礼するネ。試合頑張ってネ」
「よ〜たがんばれ〜!」

「ああ、頑張るぜ。
それと、陽太じゃない。闘士として俺を呼ぶならこう呼んでくれ。
“月下の騎士(ムーンリッター)”と。」


……陽太の中二病は2年の時を経て悪化していた。

518 ◆VECeno..Ww:2019/04/29(月) 20:24:17 ID:8yoiaWLg0

「それで、なぜ貴方が此処にいるのかしら? “エージェント・ジョッシュ”。貴方は悪魔達の宴に似合わないというのに」
陽太達が宿泊施設のあるフロアに戻ると、そこで待っていたのはERDO(異能力研究開発団体)の研究員だった。
ERDOは、その名の通り異能力の研究を目的とする団体である。経緯は割愛するが昨年に比留間慎也博士をメンバーに迎えたばかりだった。

「何故って業務命令だから仕方ないでしょ。こんな無法地帯に子供だけで1ヶ月も過ごさせるわけにはいかないって」
エージェント・ジョッシュと呼ばれた男、片桐慎悟は不満そうに言った。
「帰りなさい。エージェント・ジョッシュ。この任務には別の者が相応しいわ。そう、貴方の能力は……」
「それがね。能力の方も押し付けられたんだよ。《旅行者(トラベラー)》でね」
遥の台詞を遮って片桐は説明した。
「トラベラー?」
今度は陽太が訊ねた。トラベラーの話は陽太には初耳だった。
「それは企業秘密だ。ここではあまり話せない。誰が聞いてるか分からないからな。とにかく僕は新しい能力を手に入れたって事だ」
片桐の返事は素っ気なかった。
読者の為に補足しておくと《旅行者(トラベラー)》とは『合意の元に他者の能力と交換できる能力』の名称である。能力の性質上、元の持ち主は既に分からなくなっていたが、
ERDOのメンバーの1人が昨年にこの能力を手に入れ、以後ERDOの能力研究に文字通り使い回されて活用されていた。
「護衛は任せろって事か。まあ俺一人でも夜討ちに遅れを取るつもりはないけどな」
陽太の頭に先のオセの言葉がよぎった。試合前に危害を加えるのは御法度、という事だったが、わざわざ釘を刺すからには、そういう事を考える輩がよくいるって事だ。
しかも異能力の蔓延するこの御時世。『犯罪の証拠を遺さない能力』のような運営側の目を掻い潜る能力が存在していても不思議ではない。
陽太はそう考えた。

「私達の身の安全を考えて下さっているんですね。ありがとうございます」
三人の中で最も常識を弁えた性格の晶は片桐にお礼を言った。同時に、業務命令でここまでやらせられるなんて大人の社会って大変だな、と思った。
「どういたしまして。仕事である事を差し置いても僕も君達の事が気がかりなんだ。そういう事で明日もよろしく。
さあ今日はもう遅い。君達もそろそろ寝た方がいいだろう」
と片桐が話を畳みに入る。
「ああ、明日の夜には試合も控えてるからな」
「お休みなさい。エージェント・ジョッシュ。地獄の底で心地良い夢を」



かくして陽太達はそれぞれ自分の部屋へと解散した。
ちなみに陽太は1人部屋、晶と遥は相部屋、片桐は同じフロアの別の部屋に宿を取っていた。
闘技場での成績が良ければ専用部屋を貸与されるらしいが、まだ陽太達は最初の試合すらしていないため、一般人と同じフロアの部屋である。
明日からはいよいよ陽太達の試合が始まる。果たして彼らにどんな相手が待ち受けているのか……乞うご期待。

519 ◆VECeno..Ww:2019/04/29(月) 20:33:21 ID:8yoiaWLg0
Fortsetzung Folgt...

↓人物紹介

●オセ(エステファン・シンコ・レオン・パルド/Estephan Cinco Leon Pardo)
国籍:メキシコ
性別:男性
パンデモニウム運営局「ゴエティア」の1人。
ジャガー柄のバンダナがトレードマークのジャンキーな男性。
通常の業務をこなす傍ら、副業として麻薬の類を販売している(パンデモニウムは何処の国にも属さないため“違法ではない”らしい)。

*昼の能力
未登場

*夜の能力
《ペヨトリポカ/Peyotlipoca》
【意識性】【具現型】
『麻薬を作る能力』
幻覚剤の類を生成する能力。


●ジョッシュ(片桐 慎悟/Katagiri Shingo)
国籍:日本
性別:男性
能力研究団体「ERDO」の第一研究所職員。
白夜(朝宮遥)の扱いが上手いためよく面倒を見ている。
たしか原作者のシリーズでは能力が出ていなかったと思うので今作で新たに設定される予定。

*昼の能力
未設定

*夜の能力
未設定


↓補足説明

・《旅行者(トラベラー)》
「東堂衛のキャンパスライフ」シリーズで登場した能力。
他者の能力とこの能力を双方合意の上で恒久的に交換できる能力。
この能力自体が特定の人物に縛られず人の間を渡っていくため「旅行者(トラベラー)」と名付けられた。
今更だけどこういう風に対象の合意で成立する能力を契約型の能力と呼びたい。

520 ◆VECeno..Ww:2019/04/29(月) 20:40:00 ID:8yoiaWLg0
あとがき:自分で書いてて途中でクリスとクスリとリスクがゲシュタルト崩壊を起こした。
今回(と次回)は異文化との接触が裏テーマなので、日本から見て非常識な事があってもドン引きせずに大目に見てね!
“月下の騎士(ムーンリッター)”は陽太の厨二病が悪化した事で登場した確か今回が初出の呼称。闘技場における陽太のリングネームはこれで登録されている。

今回、勢力図をシンプルにする意味合いもあって比留間慎也博士はERDOに在籍中という設定にしました。
実際ERDOに居てもあまり違和感はないと個人的には思います。

521 ◆peHdGWZYE.:2019/05/02(木) 00:25:43 ID:tylimT1s0
さっそく餌付けしてるー、そして情報量が多い!
おクスリ……陽太はそういう発想はしなさそうですが、ケシの実(菓子原料)は余裕で生成できてしまいますね
相手は盛り上がるようにマッチングされる以上、そこまで凶悪ではないはずですが、さて……
トラベラーにERDOと一気にシェアード要素も出てきました。割愛された比留間博士在籍の経緯が気になりますw

あと陽太、ムーンは英語でリッターはドイツ語! バーンシュタインみたいな事に。バベル語だと違和感ないのかな

522 ◆VECeno..Ww:2019/05/03(金) 14:19:50 ID:lZ7Ns4MI0
ケシの実や麻の実は七味唐辛子の材料なので日本人の多くは口にした事のある食材ですね。
焼いてあるのでアレをそのまま撒いても育たないらしいんですが、陽太の能力で焼く前の状態で生成すれば理論上は育てられますね。両親が泣くぞw

・リングネームに使われている場合は固有名詞扱いなので“ムーンリッター”も「そういう名前」としか思われてないでしょう。良かったな陽太!
・闘技場は舞台の関係上なかなか今までのキャラをシェアードしづらい部分もありますが、チャンスがあれば然り気無く出していきたいと思います。あと片桐慎悟ではなく片桐真悟でした。作者の方ごめんなさい! wiki掲載版では修正済みです。
・比留間博士がERDOに入るまでの話はそれだけで長編一本書けそうなw ここをやり出すと話が思いっきり脱線して戻ってこれなくなりそうですし今回は“そういう時間軸”だと思って戴ければ。

523 ◆VECeno..Ww:2019/05/03(金) 14:43:09 ID:lZ7Ns4MI0

「ん〜今日もお日様が気持ちいいわ〜♪」
日の光を全身に浴びながら、ディアナ・ランズベルギーテはプールサイドのサマーベッドの上で背伸びをした。
蔦草を編んだような露出度の高い水着に、色とりどりの花で飾られた新緑の髪、日焼けのない白い肌、暢気な瞼の奥に居座る月色の瞳。

彼女はパンデモニウム闘技場の付属施設「クロケル温泉プール」に来ていたのだが、プールで泳ぎに来たのでも温泉に浸かりに来たのでもなかった。
むしろ彼女は泳ぐのは苦手だった。ここでの彼女の目的は日光浴にあった。

闘技場のあるこの異空間にも、地球の太陽に相当する天体がある。
異界の太陽ヘイレルは地平線に沈むのではなく一定周期でその明るさを変化させることで地上に昼と夜の区別をもたらす。
今はLh6:00。明るくなってから6時間が経過した頃。地球上で言えばもうすぐ正午といった感覚の時間帯だ。

「……あら?」
ディアナは執事が誰かと言い争っている声に気付いた。
声の方向を聞くと、数人の東洋人がディアナの執事とメイド達に阻まれていた。
「駄目ですな。お嬢様を見知らぬ人間に事前連絡も無しに会わせるわけにはいきませぬ」

「どうしたの〜?」
ディアナはベッドから立ち上がると執事に声をかけた。
お付きの兎耳や狼耳のメイド達が上着代わりのラッシュガードをディアナに着せた。
「おお、お嬢様。今夜の対戦相手と申す者たちがお見えに……」
声をかけられた執事が少し驚いたように振り向いて事情を説明した。

「今夜の対戦相手……えーと。“ムーンリッター”だったかしら?」
ディアナは来訪者達を眺めた。自分と同じくらいの年齢の男女3人に大人1人。
半ズボンに半袖シャツの短髪青年、ゴス風の袖なしドレスを着こなす長い髪の少女。
ジーンズとデニムジャンパー姿のボーイッシュな長身の女性。
そして三人を見守るのはジャパニメーションのキャラクターがプリントされたTシャツを着る若い男性。

「そうだ。俺が“月下の騎士(ムーンリッター)”だ。お前が“庭師(サドーヴニク)”か?」
短髪青年、岬陽太がディアナの問いに答えた。

「そうよ〜。ロシア語圏では“サドーヴニク”って呼ばれてるわ。英語圏では“ガーデナー”ってとこかしら。
ムーンリッターとそのお仲間さんたち、わざわざ挨拶に来てくださったのね。お会いできて嬉しいわ〜」

お嬢様が望んでいるのなら、話させても良いだろう、と執事の“ソダス”は一歩後ろに下がった。
万が一に備えて仕込み杖はいつでも引き抜けるように然り気無く構えている。

ディアナは昼の間、能力の反動で頭がお花畑(二重の意味で)になってしまう。
彼女の身の安全を守るため御目付け役は欠かせない。このパンデモニウムという無法地帯においては特にそうだ。

メイド兼護衛係の“野兎(キシュキス)”“狼娘(ヴィルクメルゲー)”
“紅娘(ボルジェー)”“栗鼠(ヴォヴェレー)”の四名も執事に倣った。

524 ◆VECeno..Ww:2019/05/03(金) 14:44:28 ID:lZ7Ns4MI0

「彼との試合を楽しみにしているわ、庭師さん。貴方は如何なる異形の力を携えてこの絢爛なる悪魔たちの闘技に参列するのかしら?」
言い回しが異様な質問をしたのは、ゴス風のドレスの少女、朝宮遥。
「そうね〜。メ……」
「おっとそれは今夜のお楽しみにしておきましょう。お嬢様」
流石にソダスが口を出して会話を阻んだ。このようにお嬢様はやや無警戒すぎる。
「それもそうね〜。試合をお楽しみに〜」
「昼の方の能力なら教えてやっても良いでしょう」
「それなら教えてあげるわ〜」
執事が彼女を扱うのが上手いのかそもそも彼女が誰にでもそうなのか。
ディアナは言われるままに執事の会話誘導にどんどん流されてゆく。
「私の昼間の能力は光合成の能力よ〜。お天道様の光を浴びるほど元気が出るのよ〜。
だから本当はこの上着も脱いだ方がいいの〜」
と言いながらメイド達がせっかく着せたラッシュガードをぽいっと脱ぎ捨てるディアナ。

それを見て、そうか、それでそんな露出度の高い水着を……と水野晶は納得した。
日焼けしていないのも能力が太陽光を吸収するためだろう。
一見趣味に見えても案外と合理的な理由があったりするものだ。(仮に完全な趣味だとしてもそれについて他人が文句を言う権利はないのだが)。

ふと片桐さんの方を見ると彼は目の遣りどころに困ったのか視線を微妙に逸らしている。
何しろさっきから出会うのは頭がお花畑な水着美少女に獣耳メイドたちにクールダンディーな執事である。
おおかた自分はいつの間に深夜アニメ時空に迷い込んだのだろうと訝っているに違いない。

それにしてもサドーヴニクは陽光を燦々と浴びていても常人程度の元気さのように見えた。
むしろ平気よりちょっとのんびり屋なくらいか。曇りの日とか大丈夫なのだろうかと晶は少し心配になった。
「もしかして今の時期は故郷にいた方が元気が出るとか?」
「リトアニアの夏は日は長いけど、日差しは弱いのよ〜。ここの日当たりは気に入ってるわ」
初めて聞いた情報だが彼女はリトアニア人らしい。ここは浴場だが、さしずめ彼女にとっては日光浴場といった所か。

「ところで〜貴方の能力はな〜に、かしら?」
サドーヴニクはにこにこと陽太の方を向いた。悪意とか駆け引きとは無縁な顔。
「俺か? 昼の能力でいいか?」
こちらから訊いた(正確には訊いたのは遥だったが)からには、こちらも明かさないわけにはいくまい。
なまじ悪意が無さそうなだけに余計に断りづらい。
という事で、御披露目である。

「《万物創造(リイマジネーション)》!」

たちまちのうちに陽太の手の上に点心の盛りつけられた蒸籠が出現していた。

525 ◆VECeno..Ww:2019/05/03(金) 14:46:51 ID:lZ7Ns4MI0

「これはこれは、中国の御仁でしたか」
とソダスは感心したように目を細めた。ソダスの知識の範囲内ではこれは中国の料理で間違いない。
「いえ……私達は日本人で、でも中華料理も外食で好まれますよ」「ふむふむ。中国と日本とは隣国同士でしたな」
陽太達の付き添いで来ていた片桐が誤解をとこうとしていた。

「凄いわぁ〜!『食べ物を作る能力』なのね! まるで全てに恵みを与えてくれるお天道様みたい!」
ディアナもあまり目を見ない屋台食に目を輝かせている。
そんなディアナの反応を見て晶はひとつ気になった事があった。

「リトアニアにもお天道様っているんですか?」
闘技場共通言語であるバベル語は、話者の思想信条まで変えてしまうわけではない。
ディアナがお天道様(に相当するバベル語)と口にしたからには、そういう言い回しに相当する概念が彼女の念頭にある、という事だ。
「然様。キリスト教が入って来る前からの古い信仰でしてな。太陽の神様は儂らの国では“サウレ”と呼ばれておる。
日本では何と呼ばれておりますかな?」
感激して何も聞いていないディアナの代わりにソダスが会話を続ける。
「えーと、“アマテラス”です。日本語でアマは天、テラスは照らす、という意味です」
晶はどこかで聞き覚えのある日本神話の記憶を総動員して答えた。


「太陽じゃない、月下だ。全ての魔力の源、それが月だ!」
「でも月だって太陽の光を受けて輝くのよ〜。太陽は全ての恵みの元なの〜♪」
そうこうしているうちに横ではムーンリッター(陽太)とサドーヴニク(ディアナ)がよく分からない言い争いを始めていた。
本名を踏まえると非常に面白い会話だが、残念ながらこの場でそれを指摘する者はいない。

「あ、皆様ご自由にどうぞ。料理が冷めないうちに」
と片桐がプールサイドのテーブルに並べられた陽太の点心を見ながら促した。
狼耳のメイドが気になる様子で匂いを嗅いでいたのを見ていたたまれなくなったのだ。
「では、有り難く戴くとしましょう」
とソダスも護衛メイド達を気遣った。ヴィルクメルゲーが嗅ぎ分けた以上は毒物の心配は排除されている。
元よりソダスは相手からそのような敵対的な雰囲気は感じ取っていなかったが。

他方で遥はいつの間にかプールサイドの売店に並んで、
「悪魔の瞳のように黒き球体が夥しく沈む地獄の沼が糖蜜の甘美とほろ苦き薫香と白き慈愛を纏い呪われし天使を祝福しているかのような飲物」
と彼女が評するところのもの、すなわちブラックタピオカミルクティーを買ってきて黙々と飲んでいた。

526 ◆VECeno..Ww:2019/05/03(金) 14:57:20 ID:lZ7Ns4MI0
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陽太たちが和気藹々と会合を楽しんでいるのと同じ頃……


「探したぜ」
ロビーの噴水前で胡座をかき目を瞑る女性に、その男は声をかけた。
その筋骨隆々の体躯は格闘技に習熟している事を匂わせる。
一方で声をかけられた女性は静かに目を開いた。こちらも相当の武術の手練れに見えた。彼女は服とは別に、頭から全身を覆うように大きな薄絹をすっぽり被っていた。

「誰かと思えば昨晩の負け犬ではないか」
「テメェ……昨晩はよくも恥をかかせてくれたな」
男は前回の試合で彼女に屈辱的な敗北を喫していたようだ。
「不思議であるな。負ければ恥? そうだとしても何故負ければ恥になると覚悟した上で闘わなかったのか?」
女性の漆黒の眼差しが男を見つめる。
「つくづくムカつく奴め。というわけで昨晩の仕返しだ。お前こそ覚悟しな」

次の対戦相手への試合前の攻撃は禁止されている。しかし試合後の仕返しについては、特にそのようなルールは決められていない。
尤も、傷つけようが殺そうが次の試合前には運営が復活させるに決まっているのだが、雪辱という今回の目的には関係ない事だ。

「不思議であるな。そのような瞋りに何の意味があるというのか?」
「つべこべ言うなッ!」
男がついにぶち切れた。一瞬にして彼の姿が女性の視界から消えた。物理的な動きではありえない。

男のリングネームは“フェイタリティ”。
チェンジリング・デイの世界では人は昼と夜とで別々の異能力を持つ。しかし両方の能力が戦闘向けのものであるケースは少ない。
しかし彼はその例外。この闘技場においても昼の部と夜の部の両方に出場登録をしている。いわゆる“昼夜兼業”の闘士である。
その昼間の能力は《クロスアップ》─

527 ◆VECeno..Ww:2019/05/03(金) 15:01:16 ID:lZ7Ns4MI0
─『相手の死角を見抜き、そこに瞬間移動する能力』。

女性の背後、空中に現れたフェイタリティは、そのまま相手の首に回し蹴りを浴びせた。
が、攻撃は通らなかった。女性の全身を覆う薄絹は、その形を先刻から寸分違わず保ったまま、金剛の像のように揺らぎもしなかった。

「不思議であるな。何故昼ならば勝てると思ったのか?」

フェイタリティが次の行動を起こす前に、そして自身が喋り終わる前に、
女性は既に相手の首を何処からか取り出したスカーフできつく締め上げていた。そのスカーフも金剛の強度と化した。

もうお分かりであろう。彼女も昼夜兼業の闘士である。
リングネーム“マルディニ”。
その昼の能力《マハードゥルグ》は、触れた物体の硬度、剛性、靭性を同時に強化する
『金剛不壊の能力』。
布の切れ端ですらも、彼女の手にかかれば鋭利な武器や強固な防具と化す。

死角からの攻撃を防ぐには、全身を守ればよい。捉え難き敵を捉えるには、敵の行動の瞬間を狙えばよい。

呼吸を封じられたフェイタリティは首のスカーフを取ろうともがいたが、摩訶不思議な剛体と化したそれはもはや人の力でどうにもなるものではなかった。

周囲をたまたま通りがかっていた人々は驚いたり、こうした物騒な事に慣れている者達は笑ったり写真を撮ったりしていた。

フェイタリティの息の根が止まると。マルディニは能力を解除してスカーフを回収し、歩き出した。

彼女が罪を問われる事はない。少なくともこの闘技場のルールでは。
それにどうせこの男も次の試合までに運営局が生き返らせるだろう事もわかっていた。
この闘技場では命など安いものだ。この万魔殿はそういう場所だ。
フェイタリティは彼の言う所の恥を重ねて生きる事になるだろうが、それはマルディニの問題ではない。

しかし……マルディニは歩きながら思案した。
瞑想を邪魔されるのは困る。
そろそろ稼いだ賞金で護衛を雇うべきかな、と。

528 ◆VECeno..Ww:2019/05/03(金) 15:04:36 ID:lZ7Ns4MI0
Fortsetzung Folgt...

↓人物紹介
●サドーヴニク(ディアナ・ランズベルギーテ/Diana Landsbergyte)
国籍:リトアニア
性別:女性
パンデモニウムの闘士の一人。
リトアニアの良家ランズベルグ家のお嬢様。(※リトアニアでは、男性かその家に嫁いできた妻かその家で生まれた娘かによって苗字に異なる語尾が付く)
陽太と同じくらいの年齢で、髪の色は綺麗な緑。頭を花で飾っている。性格はかなりマイペース。
「サドーヴニク」はロシア語で庭師の意。英語で言う「ガーデナー」。本人としては意味があってればどっちで呼んでもいいらしい。

《フォトシンテーゼー/Fotosinteze》
【無意識性】【具現型】
『光合成の能力』。
光を吸収して各種栄養素の生成を行う。
普通の光合成とは異なり様々な栄養を作る事が出来る。このため日向にいれば食事を取る必要は一切無い。あと日焼けもしない。
余剰の養分は髪に蓄えられる。晶が心配していたように晴れていてもあの程度、というわけではない。
もちろん普通の食べ物を食べる事も可能。
反動として頭が物理的にも精神的にもお花畑になってしまう。

*夜の能力
未登場


●ランズベルグ家の使用人たち
本名や能力などの設定は、書いてない範囲のものは現状特に決めてないです。

・ソダス/Sodas ランズベルグ家の執事。ソダスはリトアニア語で「庭園」の意。
・キシュキス/Kishkis(野兎)…兎耳の護衛兼メイド。音を分析できる。
・ヴィルクメルゲー/Vilkmerge(狼娘)…。狼耳の護衛兼メイド。匂いを分析できる。
・ボルヂェー/Boruzhe(紅娘)…護衛兼メイド。天道虫の背を持つ。
・ヴォヴェレー/Vovere(栗鼠)…護衛兼メイド。栗鼠の尾を持つ。
(キシュキスとボルヂェーの名前中のhは本来直前の文字の上に^型の符号を付けて表される。これが付くことでその文字はアルファベットで言うところのhを加える感じの発音になる。)

529 ◆VECeno..Ww:2019/05/03(金) 15:09:28 ID:lZ7Ns4MI0
●マルディニ(カジャル・ヴァルマ/Kajal Varma)
国籍:インド
性別:女性
パンデモニウム闘士の一人。
昼でも夜でも戦闘に有用な能力を持つ昼夜両闘の闘士。
人の心理の理解に難があるのか、よく他人の行動を不思議がっている。
昼の間はほぼ全身を薄絹で覆っている。
「マルディニ」はサンスクリット語で殺害者の意。

*昼の能力
《マハードゥルグ/Mahadurg》
『金剛不壊の能力』
【意識性】【操作型】
触れている無生物の物体を一定時間非常に硬く強靱にする。
硬度だけでなく剛性や靱性も増すため、この手の話によくある「硬いが脆い」という弱点は無い。
この能力にかかればただの服も防弾服となり、布切れすらも凶器となる。
金剛不壊は和訳時の言葉の綾なのでヴァジュラとはあまり関係ない。

*夜の能力
未登場

●フェイタリティ(クローヴィス・プライス/Clovis Price)
国籍:アメリカ
性別:男性
昼でも夜でも闘える“昼夜兼業”のパンデモニウム闘士。
格闘家にして格闘ゲームマニア。
「フェイタリティ」はアメリカの格闘ゲーム用語で、敗者の命を奪う特殊演出やトドメ専用の必殺技を意味する。

*昼の能力
《クロスアップ/Cross Up》
【意識性】【力場型】
『死角に移動する能力』
一定範囲内の他者に意識されていない場所が分かり、かつそこに瞬間移動できる。他の能力による探知を短時間だけ欺く性能もある。
※闘士場での試合では、リング端の結界によって範囲が制限されているため、観衆の視線が集まる中でも対戦相手のみの死角に移動する事ができる。

夜の能力《ファイティングオペラ/Fighting Opera》
【意識性】【変身型】
『必殺技の能力』
自身の肉体による格闘技に格闘ゲームじみた様々な特性を持たせられる能力。
「防御不能(アンブロッカブル)」「迎撃無効(アーマー)」「中断可能(キャンセル)」「気絶付与(スタン)」「空中殺法(エリアル)」「衝撃波(プロジェクタル)」等。
無制限に使えるわけではなく、“必殺技メーター”と本人が自称する独特の法則によって性能が管理されているらしい。

530 ◆VECeno..Ww:2019/05/03(金) 15:12:35 ID:lZ7Ns4MI0

補足:
・クロケル温泉プール
パンデモニウム闘技場に付属している施設。温泉とそれを利用した温水プールがある。
どうやら運営局に『温泉の能力』者がいるようだ。
ちなみに海外勢が多いので温泉も水着で入る習慣の人が多い。
闘技場側としては別に全裸入場も禁止していないのだが、ディアナの場合は流石に執事に止められたようだ。

・異界の太陽ヘイレル
パンデモニウム闘技場の存在する異空間にも地球でいう太陽に相当する天体が存在する。
26時間周期(昼夜13時間ずつ)で点滅を繰り返す変光星の一種と考えられている。
「ヘイレル/Haylel」はヘブライ語で光輝(=ルシファー)の意。


以上です。
フェイタリティは本編中では負け越したものの決して雑魚キャラではない。
というかやられ役にするのが勿体無いくらい設定を凝り過ぎた。

531 ◆VECeno..Ww:2019/05/07(火) 01:36:25 ID:BvUK/ceo0
あ゛あ゛〜
連休中に試合シーンが仕上がらなかった……
あと自分が出したキャラクターが自分でかわいすぎて悶える現象。

お詫び代わりにキャラクター設定をもう1人分晒して場を繋いでおきます……

●クロケル (カトラ・ヨークトルドッテル/Katla Joekulldottir)
国籍:アイスランド
性別:女性
ゴエティアのメンバーの1人。クロケル温泉プールを取り仕切る女将。
銀髪で瞳は虎眼石色。

《ゲイシール/Geysir》
【意識性】【操作型】
『泉をわかす能力』。
地形に干渉して温泉を作る。これで作った温泉は昼夜の切り替わり時に枯れるが、残り湯を使う事は可能。
 ……という触れ込みだが実態は死体に触れる事でその死体を泉に変える能力。湯量は死体の質量による。
 (フェニックスの協力によりパンデモニウムでは生け贄の死体は簡単に用意及び回収できる。)
水温は氷点下の氷火山から灼熱の蒸気孔までかなりの調整が効くので、温泉を沸かすだけでなくいろいろ応用できる。
昼の能力か夜の能力かは未定。

532 ◆peHdGWZYE.:2019/05/07(火) 01:50:29 ID:ay5xstto0
おや、感想書いて、投下しようと思ったらジャストなタイミング

一気に濃い人たちが……ディアナの由来は月の女神なので、本当にカオスですね
サドーヴニクさん周辺のキャラが濃すぎて、混乱しながら二度読みしてしまいました
これは夜には一気に性格が変わったりするのでしょうか

しかし、フェイタリティさん本当に面白い能力ですが、もしかして、これで出番終わり?
マルディニさんによる「トレーニングモード」〜
そういえば、国籍と対応させてキャラを並べていく方針も、どこか格ゲー的ですね
しかし、ソロモンの温泉悪魔、妙に穏便な能力してるよね、みたいな事を書こうとしたら、
わりとブラックな能力だった

という訳で、投下していきます

533星界の交錯点 ◆peHdGWZYE.:2019/05/07(火) 01:52:14 ID:ay5xstto0
27.青の慟哭

 夕刻、日が沈み、いわゆる昼夜能力の切り替わりが起こった直後の事だった。
 関係者以外、立ち入り禁止に指定されていた超能力学部の研究棟は、まるで南極からの流氷のような、
見上げる程に巨大な氷の壁で封鎖されていた。

 圧倒的な質量感、周辺に靄となって漏れ出す冷気に、幾人もの人々が悲鳴を漏らし、
中には興味本位で携帯に付いたカメラに収めようとする者も現れたが、教師に警告されていた。

 喧騒の中、目立たぬように気配を殺して、人影の間を縫って近づく三つ編みの少女の姿があった。

「思っていたより深刻……ってレベルじゃないわね。ここまでやったら戦争でしょ」

 加藤時雨。中学生程度に見える少女だが、実年齢は三十を超える若返りの能力者だ。
 並外れた戦闘技術を持ち、陽太に乞われて彼の師を務めている。
 といっても、殺人技能というよりは、あくまで護身術の範疇の指導ではあったが。

 歩きながら氷の壁を観察し、比較的、透き通っている所から、内部の様子を窺う。

「比留間博士のキメラね。それに……っ!? なんで、クリッターがこの世界に?」

 大質量の氷が放つ冷気とは別に、悪寒を覚えながらも、時雨は思わず声をあげていた。
 時雨は特異な夜間能力によって、クリッターの存在は知っている。しかし……
 この世界では観測されていない、本来はもっと遠い時間軸に存在する怪物のはずだ。

 時雨の小さな悲鳴を、耳聡く聞きつけている者がいた。
 どこか堂々とした足取りで、時雨の付近に寄ってくる。

「発言の意図は推測できるが、まあ聞かなかった事にしよう。
 それよりも、この氷塊の発生プロセスは見ていたかね? それとも能力で詳細が?」
「生憎と"異変"で不調なのよ。あなたが陽太が言っていた、もう一人の助っ人ね」

 実の所、時雨の夜間能力――アカシックレコードで、いくらかは知っている人物だった。
 交友範囲の人間が知り得る情報を、本状の媒体を具現して、閲覧する事ができる。

 例外的な閲覧情報はあるが、彼は陽太の知識の範疇に存在していた。

「君の方こそ興味深いな。深度は低く留まっているらしいが、『見せかけ』の年齢でも
 "異変"は発症する。しかし、未だに深度が低いままという事は、通常の発症者とも言えない」
「ちょっと待った。なんで私の年齢が分かるのよ。見た目じゃ、完全に中学生程度でしょ?」
「それとない仕草や趣味、それに臭いなどからだ」

 胸を張って主張する姿は、白スーツに身を包んだ年齢不詳の男性だ。まあ若くはないが。
 その返答に、思わず時雨はサッと身を引いていた。

534 ◆peHdGWZYE.:2019/05/07(火) 01:52:46 ID:ay5xstto0

「へ、変態!?」
「違う。変態ではない。仮に変態だとしても、変態という名の紳士(ジェントル)だよ」
「なんか懐かしい言い回し!?」

 時雨が自分でもよく分からない突っ込みをすると、とりあえず紳士と名乗って満足したのか、
白スーツの男は自己紹介を始めていた。

「私の名はドウラク。察しの通り、少年の助けに応じ参上した。気軽にジェントルと呼びたまえ!」
「ドウラクさんね。私は加藤時雨よ。で、氷の発生プロセスに何かあったのかしら?」

 戦闘技術の師である時雨、それに普段は魔窟に居を構える謎の紳士ドウラク。
 これが陽太が仕掛けた"保険"だった。厨二なりに事態の深刻さを知った彼は、奇妙な縁で繋がった
人脈を総動員していた。

 時雨は自分や周囲の人間に火の粉が降りかかる事から、ドウラクはよく分からない事情で、
『クリフォト』や"異変"の事件に関わる事を決めたのだ。

「なんか、そっけないがまあいい。私の講義を清聴したまえ」

 適当にあしらわれたものの、ドウラクは細かい事を気にしない性格だった。
 どこか学者が講義するかのように、氷の壁の付近に立つと語り始める。

「遠方からでも、"青い"雨が降り注いだのは見えただろう。あれは一種のオーラ、まあ未解明の放射体だ。
 注視すべきは青いオーラから、氷が"発生した訳ではない"という事だ」
「青い……オーラから発生してない? どういう事?」

 未知の敵、陽太いわく『クリフォト』の能力者が、オーラを介して
氷を発生させたものと思っていたが……
 それは厳密ではないと、ドウラクは首を左右に振っていた。

「そもそもオーラを発生させ、さらにそのオーラが氷を発生させる――不自然ではないか?
 もちろん不可解な能力は数多いが、それを前提にするべきではない。
 然るべき機能があって、そういう形に見えている、と考えるべきだ」

「ずいぶんと勿体ぶるわね。じゃあ、氷塊を作った能力は一体?」
「鍵は塗料のような性質を持ったオーラだ。然るべき機能があるなら、この性質にも必然性がある。
 あれは発生ではなく変成、すなわち――」

 厳かに、ドウラクは『クリフォト』主要構成員、フォースリーの能力を指摘していた。

535 ◆peHdGWZYE.:2019/05/07(火) 01:53:27 ID:ay5xstto0
――――

「"現実を塗り潰す"能力だと鑑定士は断定しました」

 氷の壁の先、さらに研究棟の内側にも正解に辿り着いている者が居た。
 何も論理的な思考だけが、正解に辿り着く道ではない。

 探偵が推理しなくとも目撃者が真実を知るように、時に事実の観測は理屈の先を行く。
 夜間能力『知覚領域』を通して能力鑑定士、三島代樹はフォースリーの能力を鑑定していた。

 守護の仮面の桜花の代弁によって、その事実は場の面々の知る所となった。

「なるほど、それなら合点がいく。引き起こした事象も、規模に反して反動が見受けられない事も」
「ちっ、そんな能力者を投入してきたって事は、『クリフォト』の奴ら本気だな」

 訳知り顔で頷いたのは、比留間博士と岬陽太の二名だった。
 大半は困惑しており、それを代表して鎌田が声をあげていた。

「いや、待ってください! 今の一言だけじゃ、誰も分かりません。
 陽太くんだって、たぶん分かってないですから!」
「ライダー、俺は分かってるぞ。闇に生きる者には、そういう"眼"があるからな」

 厨二交じりに真顔で反論する陽太だったが、あまり真面目には受け取っては貰えなかった。

「あー……」
『ちょっと待て。こっち見て納得しないで!?』

 守護の仮面、桜花になにやら諦観が混じったような視線を向けられ、慌てる代樹。
 最も的確に言語化してくれそうな鑑定士が、お取込み中になってしまったので、
代わりにというべきか、比留間博士が口を開いていた。

 だが、一口に説明するのも簡単ではない。通常の物理法則に則った事象ではないのだ。

「なんと説明したものかな。まずはオーラの性質か……」
「フォースリーの能力は、世界を絵に見立てて、絵の具をぶち撒けてるような能力だろ。
 撒いた絵の具は後から、どう解釈したっていい。青なら、氷でもソーダでも何でもありだ」

 直感に従って、自信満々に述べる陽太だった。
 かなり大雑把ではあったが、だからこそ的確にフォースリーの能力を言い表していたのかも知れない。

536 ◆peHdGWZYE.:2019/05/07(火) 01:54:18 ID:ay5xstto0

「ああ、取っ掛かりとしては悪くない表現だ」
『鑑定士を目指せるかもね。黙っていられる性格なら、だけど』

 などと、年長者たちも評価する。

 現実そのものを塗り潰し、別の現実へと描き替えてしまう恐るべき能力。
 絵画に対する画家の暴挙こそ、その評に相応しい。

「本当に、絵画を塗り潰すように自由自在、という訳ではないのでしょう?」

 若干、不安げにミルストが首を傾げて質問していた。
 仮に相手がそんな絶対者であれば、勝ち目など無いのではないか、と。

「はい。厳密に言えば、あのオーラに塗り潰された物は物的性質を失い、色が象徴する何かに置換されます。
 例えば"赤"なら炎や爆発、"青"なら陽太さんが説明した通りですね。
 ただ人間が絵画を塗り潰すほどに、一方的ではありません」

 桜花は鑑定士の解説を代弁しつつも、その当人から奪ったホワイトボードを掲示して、
下記の制約を素早く書き込んでいた。

・当然ながら、塗り潰す地点にオーラを撒く必要があり、変化先の事象はオーラ量に比例する
・人間を直接、塗り潰すには本人の同意が必要となる
・変成できるものは物質、現象のみ。観念的なものや生物へ変化させる事ができない

 早い話、凶悪な能力ではあるが、実際に塗り潰すのは絵ではなく現実だ。
 まず、標的に命中させなければならないし、曖昧な概念を具象する事もできない。
 自分と同列の……能力を以って、世界を改変する人間も、同意なしでは塗り潰せないのだ。

 説明を目にすれば、ミルストの決断は早かった。

「それだけ分かれば結構、打って出ます」
「あ、あの……! お一人で向かうつもりですか?」

 席を立ち、部屋を出ようとするミルストに、恐る恐る声を掛けたのは川端輪だった。
 この中では唯一、フォースリーと対面した事がある彼女だ。
 彼の恐ろしさは身に染みている。

537 ◆peHdGWZYE.:2019/05/07(火) 01:54:54 ID:ay5xstto0

「ええ、川端輪さん。敵がこの建物ごと、私たちを蒸し焼きにしていない理由が分かりますか?
 能力の規模からして、決して不可能ではないはずですが」
「え、なんでって……」
「あなたが居るからですよ。彼はできる限り、拉致対象を殺したくはないと考えている」

 一定の深度に達した"異変"発症者を拉致する。
 知られている限りでは、これが『クリフォト』の方針のはずだ。

 言い方は悪いが川端輪の存在は、これ以上にない盾になるのだ。

「そういう意味では、あなたの付近、安全圏から離れる事は死を意味する。
 それこそ、フォースリーに対抗できる能力を持っていない限り。
 だから、私は一人で行きますし、一人で行かなければならないんです」

 強大な能力には、強大な能力で対抗する。チェンジリング・デイ以降、能力が現れてしまった現在、
それが当然の理というものだ。
 だからこそ、各組織は血眼になって、有益な能力者を探し求めている。

 だが、彼女以外にも、あるいは彼女以上にフォースリー相手に安全を確保できる能力者も居た。
 東堂衛だ。彼は無法地帯となった魔窟からも生還している。

「それなら、僕の能力だって、おとりぐらいには……!」
「たしか、『無敵』でしたね。ですが、それは皆さんが逃げる時にでも、お願いします。
 今回の相手に通用するのは、一度きりでしょうから」

 衛がミルストの後を追おうとするが、それを彼女は穏やかに諭していた。

「心配はいりません。私には、それだけの力がありますから。
 力を持たない誰かの日常を守っていくために、私は日常を手放したんです」

 どこか寂しげに、機関の人間ではなく一人の女性の素顔で微笑むと、
ミルストは機関支給のコートを翻して、この部屋を去っていった。

「理恵子先輩……」

 学生時代、それに小学校教師に就任した彼女を知っていた桜花は、その背中に何も言えず、
ただ彼女の実名を呟いていた。

538 ◆peHdGWZYE.:2019/05/07(火) 01:56:13 ID:ay5xstto0

 桜花も鑑定所に勤めて、それそろ一年近くになる。
 きっと長い目でみれば、当たり前の日々を過ごしていくのは難しいだろう、と。
 そういった能力の持ち主を少なからず見てきた。

 大人も居れば、自覚のない小さな子供も居た。
 強力かつ有益な能力者が、世界を回していくのは、もはや仕方ない事なのかも知れない。
 だが、それによって狂わされる人生まで、"仕方ない事"で済ませてしまって本当に良いのだろうか。

「行かせていいのかよ? 素人目に見ても、死ぬ覚悟をしている眼だったぞ」

 率直に、疑問を呈したのが陽太だった。
 厨二病とは言われるが、物心付いた時点で、すでに能力が当たり前だった。そういう世代でもある。

 そんな彼が当たり前を、当たり前として受け入れていない。
 能力社会の現実に触れてきた、代樹や桜花にとって、それはどこか感慨深い。

「彼女だって裏社会の人間だ。相応の勝算があって、一人で戦う事に決めたんだろう。
 それに事実、もっとも勝算が高いのは彼女がフォースリーに打ち勝つケースだ」

 陽太に応じて、今度はあえて比留間博士が現実を指摘していた。
 法的、あるいは倫理的に問題があろうと、バフ課や機関のような裏の組織が存在している理由。
 それは、やはり必要だからだ。

 大半の人間がそうであるように、この場に居る面々はどこまで行っても、能力戦の素人だった。
 比留間博士は護身術を身に付けているし、桜花も護衛においてはエリートではある。
 陽太や衛も、それなりの修羅場は潜ってきたはずだ。

 それでも、機関やドグマ、そして今回の『クリフォト』。
 能力社会の趨勢を決めるような、それほどの戦いに直接参加するには、あまりにも不足なのだ。
 理屈でいえば、比留間博士の指摘に間違いはない。

(だけど……)

 能力鑑定士、三島代樹は内心で言葉を区切っていた。
 正しい事実を認識する事は必要だが、それだけでは、ではどうする? という問いの解にはならない。

 実の所、比留間博士が興味深げに、こちらに視線を向けた事には気付いていた。
 理論的に最も能力に向き合ってきたのが科学者なら、直接的に最も能力に向き合ってきたのが鑑定士だ。

 もう一方の専門家は、この状況をどう見る? そんな好奇心だろう。
 実際、どう見ているのだろう。鑑定士として、一年を過ごしてきた自分なら……

『誰かが特別な力を持っているというのなら――誰もが特別な力を持っている、とも言えるのが今の世界です。
 その全貌なんて、誰も分かってはいません。
 だから、何かを決めてかかるには、まだ早すぎるとは思いませんか?』

539 ◆peHdGWZYE.:2019/05/07(火) 01:57:49 ID:ay5xstto0

 ミルストが退室するのと同時に、フォースリーもまた研究棟周辺の分析を終えていた。
 顎に手を当てて思考する姿は、白衣姿もあって学者然としていたが、
その内面はすでに冷酷な殺人者だった。

「あのキメラが切り札とは拍子抜けだったな。いや、時間を稼いだか……」

 能力者同士の戦闘は危ういものだ。慎重さを欠いた方が負ける、だが先手の方が圧倒的に優位だ。
 よって、フォースリーは手短に罠を警戒していたのだが、結果は呆気ないものだった。

 いきなりキメラを繰り出してきたのだから、次は何かと見紛えたのだが、意外にも研究棟や
その周辺にも何も仕掛けていない。
 ならば、後の問題は稼いだ時間を使い、何を仕掛けてくるか……

 その時、不意に何かが落下してきた。
 いくつかの小振りな物体は軽快な音を立てて地面に転がると、直後に一斉に煙を噴き出してきた。

「っ! ちっ……」

 軍用の発煙筒。民間の物より強力なそれは、凄まじい勢いの煙で周辺の光景を覆い隠していた。
 戦闘に秀でた能力者でも、対象を補足し、そこに意識を向けるというプロセスは変えられない。

 ならば、そもそも補足させずに能力を空振りさせ、煙の外側から一方的に攻撃する。
 能力戦における解の一つだった。

(情報によれば、一人いた機関の刺客か? 面白い……!)

 フォースリーは迷わず、定石となっている対処を取った。つまり、塗料状のオーラを撒きつつ、
全力でその場から駆け出したのだ。
 煙幕を使う相手なら赤外線などで、一方的にこちらの位置は捕捉している可能性が高い。
 それなら、布石を撒きつつ、狙いにくくなるように行動を取るしかない。

 一方で、二階から発煙筒を投じたミルストも、定石だけに正確にフォースリーの行動を予期していた。
 能力戦は一に情報、二に索敵だ。こちらが、先に捕捉した時点で、戦闘はほぼ終わっている。

 そもそも、ミルストはまともに勝負してやる気など無かった。

540 ◆peHdGWZYE.:2019/05/07(火) 01:59:21 ID:ay5xstto0

(煙は巨大なスクリーン代わりにもなる。これで終わり……!)

 これがミルストが発煙筒を用いた、もう一つの理由。
 彼女が前方に手を伸ばして、操作機の付いた指先を動かせば、空中を哨戒させていたドローンが下降、
備え付けられたレンズを、フォースリーを覆う煙幕へと向けていた。

「――映像照射。panorama発動!」

 躊躇なく、チェンジリング・デイ以前でも最大級の兵器、BLU-82――
 かつて米軍が保有していた、『デイジーカッター』と通称される航空爆弾の起爆映像を再生、実体化させた。

 当時としては、核に誤認されかねない規模、爆破半径はおよそ1.5km程度といわれる。
 もちろん、自身を範囲から外す事を考えれば、相応に縮小して再生する必要があったが。

 音声のない映像データを使用したため、爆炎は無音で研究棟の外側を薙ぎ払っていた。
 吹き飛ばされる土砂の音が響き、衝撃で研究棟の窓ガラスの大半が粉砕される。

「い、一撃……!」

 能力によって"無敵"となっている衛が、割れた窓からその光景を眺めていた。
 赤い爆炎が膨れ上がったのは一瞬だけ、後は炎を呑み込むように煙が広がっていた。

「あれは、生きてねぇだろうな……」

 若干、窓から離れた位置で、陽太が呟いていた。
 直接的に爆破の瞬間を見た訳ではないが、建物自体が衝撃で揺れていた。
 到底、人間が生還できるような威力ではない。

 やがて、煙が徐々に晴れていき、焦土と残り火が露わとなっていく。
 そこには、おびただしい量の赤黒い血痕が一部は干乾び、一部はグツグツと煮え滾っていた。

「……っ!」

 視界が開け始めた所で――残された煙の中から、"赤い"オーラが放射された。
 上空から、地上を見上げていたドローンを絡めとり、爆発させる。

「いけない、下がって……!」

 警告とほぼ同時に、赤いオーラが研究棟の一部を染め上げ、爆発へと変化させる。
 ミルストが居た周辺で閃光と炎が吹き荒れ、彼女の姿を飲み込んでいた。

541 ◆peHdGWZYE.:2019/05/07(火) 02:00:38 ID:ay5xstto0

「やってくれる……! だが、駆け引きは私の勝ちのようだ」

 外側の煙が晴れれば、フォースリーは未だ健在だった。
 白衣は破損し、無残な姿となっている。もちろん直撃を受けて無事、という訳ではない。

 危険な能力発動を察知し、"青い"オーラを介して、周囲の地面を鉱物や冷気に変成。
 完全にとまでは行かないが、熱と衝撃の双方を遮断したのだ。

 少々過剰だった血痕も"赤い"オーラの産物であるし、都合よくフォースリー周囲の煙が
晴れるのが遅れたのも、残り火を装ってオーラで火を焚いた為だった。
 結果として、完全にミルストを欺く事に成功した。

 これで敵の最大戦力は潰えた。余裕の表情で、フォースリーが歩みを進めようとした時。
 ミルストが居た周辺、能力による爆破地点に、見慣れない銀光が輝いている事に気が付いた。

「盾……守護の仮面か!?」

 守護の仮面、吉津桜花の昼間能力『身代わりの盾』。
 耐衝撃、抗能力の性質を持った盾の具現と同時に、庇護対象と認識した相手と自身の位置を入れ替える。
 本来、昼の能力は使えない時間帯。無理を認めるように、盾は消失していた。

 フォースリーは危機感を覚えていた。
 攻撃が弾かれたのは良い。守護の仮面といえば、護衛能力で選抜されたエリートのはずだ。
 いかに強力な能力を用いても、一撃で突破という訳にはいかない。

 だが――入れ替わった、機関の刺客はどこ消えた?

「はっ――!」

 研究棟一階、割れた窓から飛び出すように、ミルストが果敢に距離を詰めていた。
 鋭く息を吐きながら、機関性のブレードを抜き放ち、フォースリーに襲い掛かる。

 あらかじめ、桜花は一階に先回りして、棟内の監視カメラか何かで状況を把握して入れ替わった。
 そこから繋がったのが、この奇襲だ。

 フォースリーもまた、軍用ナイフを抜き放ち、抵抗するが特性の刀剣はそれを両断していた。
 切り裂かれた刀身が回転しながら宙を舞い、焦土へと突き刺さる。

542 ◆peHdGWZYE.:2019/05/07(火) 02:01:36 ID:ay5xstto0

「くっ……! だが、ドローンは破壊した! この能力には対抗できまい!」

 不利を認めながらも、フォースリーは飛び退きながら、横線を描くように青いオーラを撒く。
 ミルストはそれを寸前に回避。オーラを浴びた地面に触れる事はない。

「――貫け」

 だが、回避も織り込み済みだった。地面が変成され、氷の槍となりミルストを貫く形で伸びていた。
 こうなれば、さらに飛び退いて回避するしかない。

「やはり、厄介……!」

 氷の槍から逃れるも、次々と氷の量が増え、今度は壁を形成していた。
 拳銃を抜き放ち発砲するが、それを見越して形成された、高密度の氷は撃ち抜けない。

 ミルストは歯噛みしていた。
 ここで押し切れなければ、強力な能力の行使を許してしまう。

「てぇぇぇい!」

 そこで、さらに第二の刺客がフォースリーを襲っていた。
 咄嗟に二階から飛び降りて、戦闘に桜花が参戦したのだ。

「ち、次から次へと……」

 突き出されたスタンロッドを今度は腕を打ち払う形で対処し、能力で反撃しようとするが、
今度は位置を変えたミルストによる発砲に反応せざるを得なかった。
 一瞬で射線から外れ、銃弾は宙を貫いた。フォースリーは桜花からも離れ、状況を仕切り直す。

「吉津さん! なぜ、ここに……! それに先ほどの昼間能力は……」
「話は後です。今はあいつを、やっちゃいましょう!」

 ミルストの疑問を、桜花は意気込んで後回しにしていた。

 結論から言えば、ミルストが部屋を離れた後、代樹は保険を掛ける事を提案していた。
 先回りする桜花が大変だったのだが、人使いが荒いのは、いつもの事。
 だが、それがミルストの命を救い、今この状況へと繋がっている。

543 ◆peHdGWZYE.:2019/05/07(火) 02:03:55 ID:ay5xstto0

「代樹が考えたプランB――あいつ、フォースリーの能力は白兵戦での扱いが難しいんです。
 直接、生成物を操れる訳じゃないから、大規模破壊だと自分を巻き込んでしまう。
 だから――二対一で押し切りましょう!」

 的確な分析に、妥当な作戦。だが、それでも簡単な事ではない。
 だが、困難を知りつつも桜花は希望を見出していた。

「くくっ……本気で、この能力に抗えるとでも思っているのか。
 少々、頭を捻った程度で? もし、そうであるなら、この世界は今のような形ではない」

 桜花とミルストを、自分自身を、そして世界そのものを嘲笑するかのように。
 フォースリーはかすれた低い声を漏らしていた。

「強大な者は奇跡を独占し、世界を蹂躙する。
 一方で、たまたま奇跡に選ばれた人間は、ただの人間では居られない。
 それを知恵や技術が覆したとでも?」

 かつて、川端輪にも見せた狂的な一面をフォースリーは露わにしていた。
 興奮に眼球を血走らせて、天を仰ぎ見ていた。まるで、神でも弾劾しているかのように。

「あなたの思想がどうあれ、この状況は……」
「いえ――」

 覆せない、とう桜花が主張しようとした所で、ミルストが遮っていた。
 フォースリーの周辺には、"赤い"オーラが展開されていた。今度は炎でも、爆発でもない。
 地面でも所持品でもなく、オーラは当人を塗り潰していた。

――自分自身の変成

 "赤"は熱量だけの色ではない。血液がそうであるし、毛細血管の影響から筋肉繊維を始め、
人体そのものを象徴する色でもある。
 さすがに骨格の変更は効かないが――この能力は人体改造すらも可能とする。
 あくまで外付けなのだろうが、フォースリーの肉体が膨れ上がり、怪物的な真紅の姿へと変貌していた。

 さらに怪物の手先から、"青い"オーラが雫となり零れ落ちた。
 それは地面を塗り替え、グレイブ。西洋における一種の薙刀を形成していた。
 青銅や青金という言葉があるように、"青"は武器の製造すらも可能とする。

「その細腕と貧相な武器で、抗えるものなら抗ってみるがいい!」

 焦土の光景や、焦げ臭い空気を引き裂くように。
 能力がある世界によって生み出された、真紅の怪物は蒼のグレイブを構え、咆哮していた。

544 ◆peHdGWZYE.:2019/05/07(火) 02:07:22 ID:ay5xstto0
自分はちょっとしか居なかったのですが、ここ元から少数で間を保たせている所がありますよね
比留間慎也博士の名前遊びは気付かなかった……今さら対応させるのも変なので、
この作品では比留間博士で統一してしまおうかな、と思います

フォースリー戦は(色)の○○でサブタイトルは考えているのですが、
彼が扱う色は三色+αなので、リミッター掛けずに書いていると色が足りるか若干、不安に

以下はそろそろ全貌が見えてきたので、キャラ設定です

545 ◆peHdGWZYE.:2019/05/07(火) 02:08:17 ID:ay5xstto0
名前
通称:フォースリー
本名:???(未設定)

解説
 『クリフォト』主要構成員の一人。冷酷な人物。
 頬がこけた神経質そうな男、服装は白衣やスーツを好んでいる。
 チェンジリング・デイ以前はルジ博士の部下であり、改造人間技術の前身となる研究に携わっていた。
 裏社会に転落した経緯から、"能力が存在する世界"そのものに不信と憎悪を抱いている。

 『クリフォト』が存在しない時間軸では――
 やはり同じ経緯で堕落しており、ルジ博士のそれには及ばないものの、
 旧式の改造人間技術を売りに、裏社会でフリーの技術者として転々としている。
 『クリフォト』所属時ほどでないにせよ、強大な能力から彼の技術を独占する試みには成功例がない。

昼の能力
名称…『幻像を発生させる』能力
 ある種の立体映像、幻像を配置する。幻像は物理的な衝撃を与える事で消滅する。
 いわゆる幻覚とは別物で、光学的に実在する偽物でありカメラなどにも映る。
 静止画のみだが、相手の目を欺くように連続で配置すれば、動いているように錯覚させる事が可能。
 とはいえ、高度な応用のため、予め練習したパターンでしか動かす事ができない。

夜の能力
名称…『現実を塗り潰す』能力
 『赤』『青』『緑』、三種の塗料のような性質を持ったオーラを放射し、現実を塗り潰す。
 このオーラで塗り潰した物質は、物的な性質を失い、対応した色が象徴する現象や物質に、
置換する事ができる。『赤』なら爆発、『青』なら氷など。
 目安としては、軽い放射で一軒家程度の質量に変化させる事が可能。

 また、鑑定士によって幾つかの制限が指摘されている。
・発生させる事象はオーラ量に比例する
・人間を直接、塗り潰すには本人の同意が必要となる
・観念的なものや生物は発生させる事ができない

 狙いを付けるのに便利なため、フォースリーは手先からオーラを放射する事を好むが、
オーラの発生点は自分周囲の空間なら自由であり、必ずしも手は必要としてない。

投下は以上です

546 ◆VECeno..Ww:2019/05/10(金) 01:53:05 ID:AS66dlMA0
温度操作とかかと思っていたら色の能力! 汎用性が適度に高くて使いやすそうです。
しかし赤青はイメージしやすいですが緑が象徴する生命でも観念でもないものって意外と思いつくの難しい。
いったい何を繰り出してくるのか……

>名前遊び
自分の投下したキャラって名前が伏線と評されるほど割と直球なネーミングばっかりなんですよね。
(自分はこじつけでもいいので何かしらの意味を仕込んどかないと自キャラの名前すら自分ですぐに忘れちゃう性格なので……)
ディアナお嬢様もやはりこのタイプのネーミングと言えます。
夜の性格は……まあ能力が昼の性格に影響してるって書いてますからね。必然的に違う面を見せてくれるでしょう。

>フェイタリティさん
出番これで終わりなのは本当に勿体ないのでまた出したいw

547 ◆VECeno..Ww:2019/05/21(火) 00:21:13 ID:56cCFvhQ0
続き(たしか7話)は何とかお見せできる体裁にはなりましたが、もう何日か使って推敲したい。
陽太vsサドーヴニクの闘技場バトル回の予定です。

548【闘技場篇】 ◆VECeno..Ww:2019/05/21(火) 21:25:30 ID:56cCFvhQ0

「選手入場!」

ステージへと続く二本の花道に、二人の選手が足を踏み入れた。

「東サイドからは華やかな闘いで人気を博す、バルト三国一の御嬢様、“サドーヴニク”! 
能力を既に知ってる方はネタバレしないでくださいねー!」

観客に手を振りながら現れたサドーヴニクの装いは昼間とは随分と変わっていた。
リトアニア特有の民族衣装風モダンベストに、如何にも動き易そうなズボンと登山靴。
頭を覆う兜と各所のポイントアーマーには草花の意匠を取り入れつつも彼女が闘士である事を対戦相手に思い出させた。
昼間と同じ格好で出場していても彼女はかなりの人気者になれるだろうが、それは流石に執事が止めるだろう。


「西サイドからは今回初出場! 『神の理に叛く能力』の正体とは!? 期待の新人“ムーンリッター”!」

満を持して会場に岬陽太が現れた。
両手にはERDO特製の断熱手袋を嵌めている。手袋越しに彼の能力を使える薄さの上、熱い物を持っても簡単には火傷しない。炎に晒されても十秒程度なら耐えるであろう高性能の代物だ。
腰から下げたパチンコは、武器としてはスリングショットと呼ばれる。原始的なぶん壊れにくく扱い易い射撃武器だ。
ムーンリッターは手に持っていたコーラの瓶を一気飲みした後、ポケットから取り出した半透明の飴玉を宙に投げ上げて頬張った。
挑発じみた品の悪いパフォーマンスだろうか? 否、これは彼の能力を鑑みるに合理的な行動である。

「塩飴……」
観客席で様子を眺めていた水野晶はすぐに思い当たった。
“月下の騎士(ムーンリッター)”こと陽太の能力は、使えば体内の栄養素を消費する。そこで長期戦にもつれ込んだ場合に備えて追加の栄養源を持ち込んだのである。
ブドウ糖、ナトリウム、カリウムなどを主成分としたスポーツ用の飴。これらを水に溶かした液体は迅速に体内へと吸収される。

コーラの方はよく分からないが、水分と糖分が豊富な事は確かだ。


「実況と解説はいつも通りフェニックスとパイモンがお送りして参ります!
今回のフィールドは……ご覧の通り、岩場です!」

野外の岩場が再現されたステージ。幾つもの岩が視界を遮り、高低差が大きく、最も低い位置の床にも砂利が敷き詰められており、足場は大変悪い。
幾つかの場所には人工的な泉があり、給水ポイントに出来そうだった。

このフィールド設定は事前に知らされていたため、両選手は登山に向いた靴を用意する事が出来た。

「今回はムーンリッターが初登場という事もあって、異能力はお互いに非公開のルールです! 
異能力を推理するのもまた異能力バトルの醍醐味でしょう! 
……両者、位置についたようですね。それでは試合をお楽しみ下さい! レディー・ファイト!」

549【闘技場篇】 ◆VECeno..Ww:2019/05/21(火) 21:29:21 ID:56cCFvhQ0
陽太……否、もはや陽太と呼ぶのは適切ではあるまい。
ムーンリッターとサドーヴニクは、互いに相手が見えない位置から試合を開始した。

「相手が何処にいるか分からないのかそれなら……」
ムーンリッターは近くの一番上の岩をよじ登った。高所の確保は兵法の基本である。
視界を確保して状況を把握できるようになれば戦闘は格段に有利になるし、
相手に見つかっても足場そのものを遮蔽物にして防御・退避できる。

「お互いに見えない状況、両者どう動くのか?」

一方のサドーヴニクは、砂利の上に何かを撒きながら低所を移動して、泉の方へと向かっていた。
給水地点を抑える計画のようだ。

余談だが、「泣いて馬謖を斬る」という故事成語の語源になった戦いでは、
馬謖は高所に陣取ったものの水源への道を断たれて敗北したと言われている。
定石通りに動いても勝つとは限らないのが戦いの難しい所である。

会場のオーロラビジョンはフィールドからは見えない位置にあり、試合参加者はお互いの様子を知る事はできない。
実況役も出場者に情報を伝えないように細心の注意を払っている。

試合開始から約5分後、ムーンリッターは2個目の塩飴を舐めながら、岩場の下にサドーヴニクを発見した。

(見つけた……!まずは小手調べだ!)
ムーンリッターが右手の指を揃え、右腕を上段に構えて独特な投擲の姿勢を取る。

『食材を生成する能力』、《ゴッドリベリオン》!

ムーンリッターが右腕を振り抜く最中、手の中に棒状の木片が出現し、慣性を以て指から離れ、サドーヴニクへと飛んでゆく。

だがこの攻撃は読まれていた。

(ふふ……物音で丸分かりよ)

サドーヴニクは腕の小盾を構えて投擲物を弾いた。
昼間のような呑気さは感じられない鋭い動き。パンデモニウム闘士としての彼女の顔だ。
だが身のこなし程度ではムーンリッターの戦術的優位は変わらない。ムーンリッターは相手の防御動作に構わず何本もの追撃を放つ。

「先制攻撃をかけたのはムーンリッター! サドーヴニクは防戦一方だ!」

550【闘技場篇】 ◆VECeno..Ww:2019/05/21(火) 21:35:26 ID:56cCFvhQ0

「この投げ方は直打法と呼ばれる日本の武術特有の投擲技術です。
普通の投げナイフは縱回転を繰り返しながら飛びますが、日本の手裏剣術では回転を抑えて軌道の安定するこの打ち方が好まれます」

戦局が動かない内にパイモンが手早く解説を加える。

ダーツのように矢羽根がついていない限り、物体をそのように投げるのはかなり難しく、習練とセンスが必要だ。
しかし逆に、この技法をマスターすれば、箸や棒などのありふれた物体にも殺傷力を持たせて投げる事が出来る。
そして今回武器としてムーンリッターが選んだのは……

「シナモンスティック!」
サドーヴニクが誰よりも早くその正体に気づいていた。
「そうですね。香辛料の一種、シナモンの乾燥樹皮です」
ステージに器用に隠された小型マイクから音声を拾ったパイモンが応答する。

クスノキ科ニッケイ属、シナニッケイ。
香辛料の王様と呼ばれるシナモンはニッケイ属の樹の皮を乾燥させた香辛料である。
中でも硬い樹皮を持つシナニッケイは加工する器具を逆に傷つける事もあるという。

「これが神矢シナモルガス・フェザーだ! たっぷり味わえ!」

ムーンリッターは両手で続けざまにシナモンスティックを生成し、投擲する。
パイモンは数ある固い食材の中からシナモンスティックが選ばれた理由を既に推測していた。

ムーンリッターの能力は代償として相応の栄養を消費する。
生成した物を自分で食べても腹の足しにならない程度には。
しかしシナモンスティックは香りづけに使われるだけで、スティック自体は食べられない。
その成分の大半は人体には消化不可能な食物繊維。そのため栄養消費を抑えて戦えるのだ。

栄養以外にも何らかの制限がある可能性も否めないが、さしあたっては前哨戦で使い捨てできるほどローコストで生成できる事は間違いない。
しかしこれを解説してしまうとムーンリッターの能力の秘密をばらしてしまう事になるため、パイモンは敢えて黙していた。
能力は皆に、特に対戦相手に頑張って推測してもらった方が、概して試合は白熱するものだからだ。

551【闘技場篇】 ◆VECeno..Ww:2019/05/21(火) 21:40:12 ID:56cCFvhQ0

「反射系能力は無し、と。このまま押しきれるか……?」
ムーンリッターは本命の弾を撃つべく腰のパチンコに手をかける。
と、そこに予想だにしなかった奇妙な感触がした。

目をやると、パチンコの木製の柄から蔦が芽吹き、脚に根が絡み付いていた。

「……!」

こんな不可解な現象が起きるのは、相手の能力、それ以外にあり得ない。

「ふふ。ムーンリッター。やはりあなたは“食べ物の神様”の力を借りているようね」
サドーヴニクはムーンリッターに向かって微笑んだ。
「いやそんな設定はないけど!」
厨二病同士の会話によくある設定の衝突である。

「でも私の授かった力は“森の神様”の力。──目覚めよ!」
ムーンリッターの抗議を無視してサドーヴニクは能力を行使する。


『草木を生やす能力』、《メデイナ》。


「ぐぉっ!」

長い蔓がムーンリッターの手足を絡め取った。
蔓から生える無数の棘が身体に食い込み、ムーンリッターは呻きを上げる。

バラ科バラ属、ギガンティア。

ロサ・ギガンティアと呼ばれる世界最大の薔薇。
野生環境下では強靱な鉤状の棘で高さ20m以上の木にもしがみ付く蔓植物である。

バラ属の植物が持つ棘は、植物本体の形状も相まって、生物の行動を制限するには効果的であり、
園芸の分野では害獣避けに薔薇が植えられている例もある。

「さあ、神々の戦いを始めましょう」

サドーヴニクの月色の瞳が魔力を帯びたかのように輝いた。

552【闘技場篇】 ◆VECeno..Ww:2019/05/21(火) 21:47:41 ID:56cCFvhQ0

だが、ムーンリッターも負けていなかった。

「ああ、残念だけど、俺は神様なんかじゃねえ。俺は神に背く者だ!
 打ち砕け! ──ゴモラの雹雨!」

決め台詞と共にムーンリッターの手から白い物体が大量に零れ落ちた。
地を這う白煙を纏ったそれは、薔薇の蔓をたちまち凍らせてその細胞壁をぼろぼろに粉砕した。

その正体はドライアイス。二酸化炭素を凍らせた物質。
昇華点は約-80℃。普通の生物が触れれば数秒で凍傷に至る。
大気中に存在すれば周囲の水分が凍りつき、氷の靄を発生させる。これが白煙の正体である。

そしてドライアイスはただの二酸化炭素の塊であるため、栄養価は当然ゼロ。

「あっつー。足にちょっとかかった」
凍り付いた蔓と根を引きちぎったムーンリッターは続いて岩の淵に立ち、目一杯に両手を伸ばすとドライアイスの雪崩を崖下に放った。
乾いた氷と白い煙が人工の谷を埋め尽くす。
南極に匹敵する極寒世界、かつ寒さを凌いでも高濃度の炭酸ガスが中毒を誘う死の谷が完成した

……かに見えた。

白い煙の向こうから次々と木々が生え伸び、煙の代わりに谷を埋めていった。

「植物は二酸化炭素を吸って栄養にできるって知ってたかしら?」

岩や砂利の地形から芽吹いた木々がドライアイスを堰止め、木の梢にサドーヴニクを乗せて成長し、高所に避難させていた。
サドーヴニクが試合の最初に撒いていたのは、言わずもがな植物の種と肥料だった。

マメ科コームパシア属、メンガリス。
クワ科イチジク属、オオイタビ。
ウツボカズラ科ウツボカズラ属、キエリウツボ。
      ・
      ・
      ・

熱帯多雨林の植物の多くは、土壌の乏しい岩場でも生育するよう進化している。
激しい雨により土壌が流出しがちで、残った土壌の養分も生態系全体の活発な生命活動に対して不足するためである。

先程まで極寒の世界だった谷はいつの間にか花咲く森林と化していた。

553【闘技場篇】 ◆VECeno..Ww:2019/05/21(火) 21:51:13 ID:56cCFvhQ0

「これはサドーヴニク選手、ムーンリッター選手のドライアイスを上手く利用しましたね。
「素朴な疑問なんですが、ドライアイスって食べ物なんでしょーか?」
「ええ、理論上はありえます。炭酸の元ですから」

これこそ、いつぞやの能力研究所でムーンリッターに振る舞われた謎の飲み物、その微炭酸の正体だった。
ドライアイスを溶かして炭酸飲料にする事で、ドライアイスが食材扱いとなったのだ。

しかしその成分である二酸化炭素が今回は仇となった。
植物が普遍的に持つ生体能力、 光合成。二酸化炭素と水を吸収して酸素と糖分に変換する。
光合成で出来た糖分に、地中や大気中の窒素を組み合せて植物性タンパク質を形成する事で、植物の体は成長する。
その生理作用がサドーヴニクの能力により促進された結果、谷を埋め尽くしていたドライアイスはほとんど吸収されてしまったのだった。

しかし、ムーンリッターはまるで計算通りとでも言うかのようにニヤリと笑った。
よく見ると彼の足元近くから谷底へ向かって、岩の上に黄色く輝く一筋の線が延びていた。

「あれは……ムーンリッターの足元から何かが出ています!」
「ドライアイスに紛れこませて既に撒いていたようですね。次の布石を」

「光合成くらい知ってるぜ。二酸化炭素を吸って酸素を吐く。
でもそれって物が燃えやすくなるって事だよな!」

ムーンリッターは黄色い線の端に手を当て、勢いよく指を鳴らした。指先から青い炎が上がった。

「その布石とは……燃える石、硫黄です」

青い炎は岩肌についた硫黄の筋を導火線として谷底まで伝わっていき…

「焼き尽くせ! ──ソドムの硫火!」

…充満していた酸素と植物群を燃料として爆発的に燃え広がった。

554【闘技場篇】 ◆VECeno..Ww:2019/05/21(火) 21:56:20 ID:56cCFvhQ0

「硫黄の結晶は黄色ですが、発火すると青い炎を上げます。ちょうど今皆さんがご覧になった通りです」
「サドーヴニクは相手の能力を『食べ物の神様の力』と推定していましたね。硫黄って食べられるんですか?」
「ええ、普通は食べられません。では何故ムーンリッターは硫黄を生み出せるのか。この謎がこの試合のキーポイントの1つになるかもしれません」

パイモン達は慎重に言葉を選びながら実況と解説を進める。
能力についてはその対戦相手も推測できる範囲で話すのが一つの目安である。

「……温泉卵では」
試合を見ていた晶は思い出した。
ムーンリッターは昼間、クロケル温泉プールで点心をサドーヴニク達に振舞っていたが、相応に空腹になるため、彼自身の腹はそれでは満たされない。
別途、何かを食べる必要がある。
そしてその日の昼食に彼が食べた料理の中には……確かに温泉で茹でた卵があった。

硫黄は火山地帯や温泉地帯でよく結晶している鉱物だ。
それが温泉の湯を使った料理に紛れ込んで、隠し味として機能してもおかしくない。

厳密には、元素としての硫黄なら、人体にもアミノ酸に組み込まれる形で合計100gほど存在している。
しかし温泉に析出した硫黄結晶のうち、温泉卵に染み込んで人の口に入り、人体に吸収される比率となるとまた別の問題だ。
すなわちこの場合もシナモンスティックと同様、栄養素はごく僅かしか消費しないと言える。


強烈な臭いが周囲に充満していた。
しばしば腐った卵と形容される硫化水素の臭気。
そして鼻を刺す二酸化硫黄の臭気。

「まるで“あの日”の再来ね……」

足場の木を揺るがされたサドーヴニクは、意味をどうとでも取れる言葉を意味深に呟きながら、火と煙がまだ及んでいない岩の上へと飛び移った。

ムーンリッターのいる岩の上へと。

接近戦と言って差し支えない距離で、両者は対峙した。

火を放ったムーンリッター自身も、火災に巻き込まれれば当然命が危ない。(なお、ドライアイス地獄にしてもそうであった)
試合フィールドのうち、両者が行動可能な場所は限られている。

決着の時は近い。

Fortsetzung Folgt...

555 ◆VECeno..Ww:2019/05/21(火) 22:00:17 ID:56cCFvhQ0
あとがき。
書き終えた後に思ったのですが、飲物の材料も食材って言いましたっけ……?
まあデジタルリマスター版(?)では議論の余地を無くすためフルーツポンチとかに差し換えられると思います。

これが二年の時を経て中二病も悪知恵もパワーアップした陽太の戦いだ! 
というコンセプトで書いています。そして試合は後半へと続く……

以下、補足など。

556 ◆VECeno..Ww:2019/05/21(火) 22:01:22 ID:56cCFvhQ0
《メデイナ/Medeina》
【意識性】【具現型】
『草木を生やす能力』
サドーヴニクの夜間能力。
植物を任意の方向へ成長させたり、植物質の物体に生命を吹き込み植物を生やす。
副次効果として自身が知覚した植物質の物体の素材を鑑定も可能。
また、接ぎ木のようにして元の材質とは異なる植物も生やせる。
実は昼間の能力と地味にリンクしており、昼間にたくさん日光を浴びているほど髪に能力エネルギーが蓄えられて強力になる。
近くに水や土壌など、生やす植物の生育環境に適した地形があればエネルギー消費を抑えられる。

反動として自分が神様に選ばれていると思い込むタイプの厨二病になる。

557 ◆VECeno..Ww:2019/05/21(火) 22:03:33 ID:56cCFvhQ0

・神矢シナモルガスフェザー
シナモルガスは中世ヨーロッパの伝承に登場する、シナモンの枝で巣を作る東洋の怪鳥。
中世ヨーロッパの人々にとってトルコ以東は魔域も同然だった事が伺える。

・ソドムの硫火とゴモラの雹雨
最初に断っておくとチェンジリングデイの別の長編に登場する超兵器とは無関係。
旧約聖書には神罰としてよく硫黄の雨と雹の雨が登場する。
なお、ソドムとゴモラは硫黄の雨で滅ぼされた都市だが、
ゴモラを雹に対応させる着想が手塚治虫の漫画『三つ目がとおる』に見られる。

558 ◆VECeno..Ww:2019/05/21(火) 22:06:45 ID:56cCFvhQ0
今回の投下は以上です!

559 ◆peHdGWZYE.:2019/05/24(金) 03:09:30 ID:/tqmUfJk0
>厨二病同士の会話によくある設定の衝突である。
これは笑う

かなり応用性が高い能力同士の対決。きちんと陽太、武装しているみたいですね
やっぱり装備+能力で戦った方が、応用の幅も広がりそうです
ドライアイスは想定の範囲内ですが、まさかの硫黄!
グレーな気がしますが、温泉卵の風味は確かに硫黄成分でしたね

サドーヴニクも探せば、一撃で戦闘不能にできる応用がありそうですが、はたして……
しかし、昼夜共に人格に影響を与える反動って、かなり大変そう

こちらは過程で消化したい事が多くあって、頭を抱えている状態……
とはいえ、書けば進むので、たぶん大丈夫でしょう

560 ◆VECeno..Ww:2019/05/27(月) 00:19:37 ID:J/3fMu0E0
ロサ・ギガンティアのところはイラクサなどの有毒・有棘の植物を生やして毒攻撃というプランもありましたが、
生半可な棘ではムーンリッターの手袋を貫通できないかもしれないので(サドーヴニク主観)、劇中ではロサ・ギガンティアが選ばれました。

有毒植物もいろいろと調べてみたのですが、
食べて始めて害があるものだったり、棘が手袋を通りそうに無かったり、相手の所有物から生やすには不向きな形状・大きさだったり、
紫外線を浴びないと毒性を発揮しなかったり(メデイナは夜間能力な事に注意)と、即死級の攻撃手段を探すのは中々大変です。

相手の消化管内にある(食べた)植物質を対象に出来れば凶悪なのですが、一応設定としてはメデイナではそれは出来ないという事で。
敵の体内への直接干渉は多くの能力で暗黙のタブーになってる気がします。


硫黄がグレーっぽいというのは実は鋭い感想で、
温泉卵のくだりだけ晶さん視点っぽく書かれてるのには理由があったのです。
実は温泉卵由来は劇中の真実ではなく、硫黄結晶は後述する別ルートからの生成物です。

というわけで試合後半をお楽しみ下さい!

561【闘技場篇】 ◆VECeno..Ww:2019/05/27(月) 00:28:29 ID:J/3fMu0E0

サドーヴニクはムーンリッターから2メートルほどの距離にいた。
見た所、武器のようなものは持ち合わせていない。しかし格闘技の構えにも見えない。

ムーンリッターは警戒した。最も考えられるのは何らかの植物を具現化し即席の武器にする事。
つまり自分と同系統の戦闘スタイル。

この距離では攻撃の規模よりも素早さと精確さが重要になる。また、飛び道具の優位はない。
足元は岩場。新たに何らかの種が撒かれた様子もない。薔薇の生えたパチンコは谷底へ処分した……。
ムーンリッターが束の間思案している間に、先手を打ったのはサドーヴニクだった。

「芽生えよ!」

サドーヴニクは踏み込みながら素早く右手を振るう。
ファンタジー作品でよく見る魔法の杖のような先端が巻いて瘤状になった形状の木の杖が、
彼女の掌の内から伸びるように出現し、振り抜いた慣性でムーンリッターを打つ。

ヒユ科アカザ属、アカザ。
1mほどの長さに成長するその茎は秋になると固い幹に変じ、古来より杖の素材として使われてきた一年草。


「くっ、聖盾アッシュ・マナ!」

ムーンリッターの手に現れた、弾力のある灰色で作られた盾状の物体が、打撃を受け止め、衝撃を吸収する。

その正体は、日本人なら一目で分かるだろう。

(コンニャク……?)

植物の鑑識眼を持つサドーヴニクも気づいたようだ。

サトイモ科コンニャク属、コンニャク。
その地下茎に実る芋を、擂り潰し灰汁で似る等の多数の行程を経て得られるグミ状の物体が、食品としてのコンニャクである。

コンニャクの芋を飢饉の際の栄養源とする試みは文明の早期に頓挫したと考えられる。
日本には漢方薬として伝わってきたものが、口に馴染みやすいよう加工成形の工夫が重ねられ、江戸時代頃から健康食品として庶民に広まっていった歴史を持つ。
その主成分は人体では消化不能な食物繊維であり、そのため栄養価は極めて低い。
即ち、これもローコストで大量に具現化できる食材である。
それが瞬時に2kgほど生成されたのだった。

攻撃が防がれ、反撃を警戒し退いたサドーヴニクに対してムーンリッターはすかさず追撃をかける。

「魔槍シュガーケーン!」

竹槍のような物がムーンリッターの手に召喚され、サドーヴニクの杖を打ち払った。

562【闘技場篇】 ◆VECeno..Ww:2019/05/27(月) 00:32:54 ID:J/3fMu0E0

イネ科サトウキビ属、サトウキビ。
砂糖の原料として有名な栽培植物。内部に砂糖を貯め込むその茎は竹に似て固く、数メートルの長さにまで成長する。
この茎を適度に切り詰めたものをムーンリッターは具現化し、両手で振るっていた。

戦闘は一般的にリーチの長い攻撃手段を持っている方が有利である。
射程で劣る方は相手の攻撃を掻い潜る一手を踏んでからでないと攻撃に移れないからだ。

しかし異能力の効果範囲が絡めば話はそう簡単ではない。

「目覚めよ!」

サドーヴニクの合図でサトウキビの茎のあちこちからイレギュラーな根や葉が生じた。
異能力による遠隔武器破壊。
再び手足を絡め取られそうになりバランスを崩したムーンリッターは魔槍を放棄する。

「森の女神を相手に木属性の攻撃は利敵行為よ。ムーンリッター」
試合を見ていた遥がコメントした。どうやらムーンリッターという呼称の響きを気に入っているようだ。

サドーヴニクはその気になれば足元に散らばるコンニャクにも生命を与える事が出来た。
しかし戦局がそれを許すとは限らない。
能力に集中していると相手の攻撃に対して無警戒になる危険性がある。


「今だッ!」
「きゃっ!」

ムーンリッターは不意に黒い粉末を投げつけた。
攻撃の動作途中での具現化は、必要な物を隠し場所から取り出す時間を食わないため、隙を衝きやすい。
黒い粉末の一部がサドーヴニクの目に入り涙を誘う。

(この攻撃は……!?)

黒胡椒ではない。
サドーヴニクにはその成分のうち1つしか分からなかった。木炭、すなわち炭化した植物。
残り2つの成分は……少なくとも植物質ではない。

そしてサドーヴニクの分析能力がここに来て仇となった。
分析に気を取られた事が、さらなる隙を生み出す事に繋がった。

隙が出来たサドーヴニクの胸部にムーンリッターは追加の黒い粉末を押し付ける。

必殺技の準備は整った。


「爆ぜろ! 『午後の死』!」


掛け声と共に、黒い粉末はムーンリッターの指先近くから発火した。
爆音と硝煙が周囲の大気を満たし、サドーヴニクの心臓は鼓動を止めた。

「決着です!」

試合終了が告げられ、同時にフェニックスがジェットパック(一人用の飛行装置)で決着の場に急行した。

563【闘技場篇】 ◆VECeno..Ww:2019/05/27(月) 00:36:36 ID:J/3fMu0E0


一体どんな食材を使ったらこんな芸当が? 

ムーンリッターの能力を『食材を具現化する能力』と推測していた観衆たちは騒然としていた。

粉塵爆発説、能力とは無関係な持ち込み武器説、実はチート能力説などが囁かれる中、パイモンによる能力解説が行われた。



「20世紀の文豪アーネスト・ヘミングウェイが考案したカクテルの1つ、

『Death of the Afternoon』には、非常に奇抜な材料が使われていました。

──木炭、硫黄、硝石を混ぜ合わせて作られる、人類史上最初の爆薬、黒色火薬です」


日本では火薬に分類されているものの、科学的には音速以上で燃焼するよう調合された物は爆薬に分類される。
ガンパウダーとも呼ばれ、かつては銃砲に使用されていたが、爆発力が高すぎて銃身を破損するリスク、そして爆発時に発生する大量の硝煙の煩わしさから、近代には他の火薬類に取って代わられた。
その点を踏まえると、敵に投げつけて爆発させるのはある意味賢い使用法と言える。

「着火に使われた食材は、液体の食塩です。
食塩の主成分、塩化ナトリウムの融点は約800℃。
大抵の可燃物なら発火する温度です。先程の硫黄への着火も実は液体食塩の仕業でした」


「ソドムに塩とは因果な事を考えたものね。ムーンリッター」
と遥がコメントした。


黒色火薬と液体の食塩、これが研究所でムーンリッター達に振る舞われた謎の飲み物に入っていた隠し味の正体だった。
もっとも、液体の食塩は冷やされれば普通の食塩と変わらないが。
硫黄結晶も、温泉卵という不確実な由来ではなく、これの原料として生成したと思われた。


メインウェポンにするには厳しいと評されてきたムーンリッターの能力は、遂にその雪辱を果たした。

564【闘技場篇】 ◆VECeno..Ww:2019/05/27(月) 00:41:56 ID:J/3fMu0E0

サドーヴニクの蘇生処置が終わった後、
ムーンリッターもフェニックスによる回復措置を受けるかどうかを訊かれていた。

「その能力、腕だけ回復ってのもできるんだったよな?」

ムーンリッターの右手は爆発で吹き飛んでいた。
至近距離での爆発攻撃。その着火に使った右手を防護する手段は残念ながら無かった。

「勿論。試合前に触れてましたので」
「だと思った。じゃあ頼む」
この説明は試合前にも受けたものだった。どうやら幾つかの部位ごとに分けたリセットも可能らしい。
脳を対象に含めなければ記憶はリセットされないで済む。


フェニックスの夜間能力、《リカバーバック》。
その効果は、触れた対象を以前に触れた任意の時の状態まで巻き戻す。
パンデモニウム闘技場の運営を支える要とも言える能力だ。


「今日は良い試合だったわ」
サドーヴニクがムーンリッターに手を振りながら言った。
早急に蘇生された為、脳機能は無事だったようだ。
後遺症があれば脳もリセットする必要があるが、この調子ではどうやら大丈夫そうだ。

「こっちも結構危なかったぜ」
「服の材質によっては、ね?」
「やっぱり弄れるのかよ! 怖っ」

仮に相手の着ている服に植物繊維、例えば綿やリネン等の植物質のものがあれば、サドーヴニクはその服に植物を芽生えさせて攻撃する事が出来た。
服から毒草を生やされていたら勝負にすらならないほど悶絶していたかもしれない。
しかし残念ながら今夜のムーンリッターの服は100%合成繊維だったため、干渉できなかったのだ。

「でもそれを回避できた貴方は優秀な闘士に間違いないわ。
きっと直感で着てくるのを避けたのね。
これからの試合にも期待しているわ」
「ああ、よろしくな」
べた褒めされたムーンリッターは悪い気はしなかった。

お礼と格好付けを兼ね、ムーンリッターは治ったばかりの右手からドライフラワーを出して放り投げた。

バラ科バラ属、ダマスクローズ。
その香りから化粧品はもちろん、中東の料理や菓子の材料にも使われる名高い薔薇の品種である。

サドーヴニクは笑顔で薔薇を受け取り、生命を吹き込んでその花を再び瑞々しく咲かせた。

会場は拍手に包まれた。

565【闘技場篇】 ◆VECeno..Ww:2019/05/27(月) 00:43:33 ID:J/3fMu0E0

その夜から、黒色火薬を使ったオリジナルのヘミングウェイ・カクテルが、闘技場の名物の1つに加わった。
そのカクテルには、しばしば闘技場独自のアレンジとして、一輪の香り高い薔薇が添えられて提供されたという。

Fortsetzung Folgt...

566 ◆VECeno..Ww:2019/05/27(月) 00:49:39 ID:J/3fMu0E0
以下、補足

・聖盾アッシュマナ
コンニャクの食物繊維には何故か旧約聖書に登場する奇跡の食物マナにちなんだ名前がつけられている。消化できないのに!
本編中では生のコンニャクがぷよんぷよんと衝撃を吸収していたが、
脱水が不安なら高野豆腐のように冷凍乾燥して水分を抜きスポンジ状にした「こごみコンニャク」という食材もある。

・魔槍シュガーケーン
熱帯地域ではサトウキビの絞り汁がシュガーケーン・ジュースと呼ばれて売られている事がある。
屋台で頼めば人間が巻き込まれたら手足を失いそうな機械を使ってサトウキビの茎をバリバリ砕いて汁を絞る豪快な製法を見られるかもしれない。
なお、絞り汁は竹色をしていて甘くて美味しい。

・粉塵爆発
粉塵爆発をよく起こす砂糖や小麦粉やコーンスターチも食材ではある……が、普通の可燃物ではよほど大量に用意しない限り致命傷には中々ならない。
ましてや今回発動したのは爆発のエネルギーが逃げやすい開けた空間だった。
第一、これらの主成分は人体を動かす主要なエネルギー源、糖質である。無理に狙ったら陽太が餓死してしまいかねない。

・『午後の死/Death of the Afternoon』
別名ヘミングウェイ・カクテル。現在のレシピでは黒色火薬の代わりにアブサンを使うらしい。
なので陽太達が口にしたのはあくまでも博士の創作料理であり、アルコールも当然入っていない。
文系・歴史系の雑学は博士よりもサイファーの方が得意という裏設定があるので、そのあたりはサイファーの入れ知恵があったのかもしれない。

・液体の食塩
本編で解説されていたように大抵の可燃物が燃える上、アルミニウムなどの一部の金属も溶けてしまう温度なので、単純に相手に浴びせても強い。
とはいえ使い過ぎると低ナトリウム血症になってしまうと思われる。ムーンリッターが試合の最初に塩飴を舐めていたのはこれのため。

・ソドムに塩
旧約聖書ネタ。
壊滅するソドムから逃げる途中に後ろを振り返ってしまうと神罰が下って塩の柱にされる。
この話に限らず昔話で何かを見てはならない系の忠告を破るとだいたい碌でもない事になるようだ。この法則は『見るなのタブー』と呼ばれている。

・コーラ
試合前に陽太が一気飲みしたコーラをみなさんは覚えておられるだろうか。
コーラの糖分はサトウキビに、水分はコンニャクに、香料はシナモンの生成に消費されてその役割を果たした。
見事な陽太の戦略眼である。


今回の投下は以上です!

567名無しさん@避難中:2019/05/27(月) 00:53:49 ID:f79wrHZs0
乙です
ムーンリッターやるなー!

568 ◆peHdGWZYE.:2019/05/30(木) 02:51:51 ID:ptklyjNQ0
着火も手袋に何か仕込んであると思ったら塩。博士がいうフリーズドライ食材の応用ですね
何を飲ませたのか気になってはいましたが、黒色火薬!
カクテルはどこかで見た事がある雑学ですが、陽太の能力とは結び付かなかった……
人間って何でも食べる生き物だなぁと

死んでリセットって、試合後の会話が大変では? と、ちょっと思っていたのですが、
処置が早ければ、わりと大丈夫なのですね

569星界の交錯点 ◆peHdGWZYE.:2019/06/17(月) 18:11:59 ID:5j2hSxGs0
28.緑の鮮烈

 パチンと指を鳴らす音が巨大な氷の壁に当たり、阻まれた。
 比留間博士が能力を発動する際の意図的な癖だった。普段から発動条件を誤認させておけば、
いつか役に立つ、という考えだが、今の所はそうなった試しがない。
 効率的な能力運用と、厨二病との境目は曖昧だ。

 光が差し、周囲の光景が昼間のものに近くなる。博士の能力に付随する錯覚だった。
 現状、妄想でもなく学校にテロリストが襲撃している訳だが、
少なくとも傍目に見ればマイペースに、彼は氷の壁を強めにノックしていた。

「やはり塗り潰した現実は、元に戻らないらしい。
 オーラ自体は能力の産物だが、塗り替えた現実は能力の影響からは独立している。
 これも今では珍しくもないパターンだ」

 比留間博士の夜間能力は、周囲を「昼」にする、というもの。
 もちろん時間帯だけでなく、能力の切り替わりにも影響がある。
 昼になればフォースリーの能力が露のように消失する可能性もあったのだが、期待通りにはいかなかった。

 博士に同行していた三島鑑定士は若干、離れた位置で(昼の反動を嫌ったのだ)手の甲を顎に当てていた。

『となると予定通り、彼に頼るしか無さそうですね。壁を破るのは車両をぶつけても難しいうえ、
 あまり派手な事をすれば、フォースリーに悟られてしまう』
「それが妥当だろう。だが、それなら急いだ方がいい」

 ホワイトボードに文字を綴る鑑定士に、比留間博士は率直に見解を述べていた。

「おそらく、彼女たちは五分も持たないはずだ」

570 ◆peHdGWZYE.:2019/06/17(月) 18:12:26 ID:5j2hSxGs0
――――

 それは質量を有した暴風の如く荒れ狂った。
 現実を塗り替える能力と、改造人間技術が合わさった悪夢の体現。

 人体と同じ素材で作られ、生体的に接続された、いわば能力によるパワードスーツ。
 その姿は真紅の甲冑にも、脈打つ肉の怪物にも見えた。

 怪物――フォースリーは青の薙刀(グレイヴ)を軽々と振り回していた。

「うっ……!」
「気を付けて、離れれば能力が来ます!」

 無論、怪物と化して理性を失った、という訳ではない。
 フォースリーは変わらず知性を有し、能力を行使する。

 "赤い"オーラが放出され、それは大地を塗り替え、小規模な爆発を断続的に引き起こしていた。
 対峙する者は逃げ惑うしかない。

「は、話が違うでしょ、これ……」
「鑑定士もこれは想定外でしたか。無理もないですが」

 もはや、打つ手なしという様子で、桜花とミルストは呼吸を乱していた。
 桜花は夜間能力は使用できない。ミルストは映像を必要とし――照射機器は破壊された。

 手元には、目前の怪物に対しては、あまりに貧弱な武器しか握られていないのだ。

「威勢の良さは何処に消えた? まあいい。白兵戦で抑えられるとでも思っていたのなら、
 まずは"現実"を知ってもらおうか」

 フォースリーが見せつけるかのように、大げさな動作で膝を折り、そして跳躍。
 紅い怪物の巨体が宙をを舞い、女性二人の付近へと着地していた。

「……!」

 ブンとグレイブを一閃――切り伏せるという程ではない。それこそ、ろくに狙いを定めずに振っただけだ。
 それだけで十分だった。

 瞬時に防御したものの、大重量の武器はミルストが持つブレードを正面から打ち払い、
桜花のスタンロッドを一瞬で破壊した。
 辛うじて、武器で受けた所で大した効果がある訳でもない。
 女性二人の、男性と比べれば華奢な肉体は、何かの冗談のように吹き飛ばされていた。

571 ◆peHdGWZYE.:2019/06/17(月) 18:12:55 ID:5j2hSxGs0

「この通り――この能力の真価すら見せていないというのに、この様だ。
 少しは思い知ってもらえた所で、そろそろ退場願おうか」

 衝撃で転倒を強いられた二人の標的の状況を、フォースリーは分析する。
 体勢はもちろんのこと、攻撃を受けた際にも腕のしびれが残っているだろう。
 咄嗟に起き上がり即応した所で、儚い抵抗にすらならない。

 手早く、"赤い"オーラで消し飛ばそうと、掌を向けて狙いを付けた瞬間――

「む……」

 飛来してくる"何か"を咄嗟にグレイブで打ち落とし――フォースリーは失策を悟った。
 研究棟の備品らしき瓶だ。回避せずに砕けば、中身を浴びせられる事になる。

 内部の液体を浴びて、すぐにそれが何かは知れた。

(油か、こちらの自滅。いや、爆発や炎を封じる算段か……!)

 危険物とは言えない、せいぜい調理用の油程度。だが扱う熱量が熱量だ。
 咄嗟にオーラを握りつぶし、能力を中断する。しかし、その隙を付くように何者かが接近していた。

「せやぁぁぁっ!」

 掛け声と共に振り下ろされた警杖に対して、軽くグレイヴを叩きつけ――
 思わぬ力の拮抗に、改めてフォースリーは乱入者の姿を確認した。

 鎌田だ。元の昆虫人間として、全身が外皮に覆われ、人外の身体能力を発揮している。
 この姿は、不良が扱う得物程度なら無傷で制圧する事ができるが、今回は分が悪いと大学の備品である警杖を
持ち出していた。

「これはこれは……昆虫の身体能力なら勝てるとでも思ったか?」
「さあね。ライダーなんて呼ばれてるけど、本当に怪人と戦う事になるなんて、思いもしなかったよ」

 人外の力で振るわれる、竿状の刃と硬質の警杖が空間上で激しく行き交い、時に衝突した。
 やはり膂力と武器の重量で勝るのはフォースリー。
 一撃一撃の重さに圧され、鎌田はたちまち劣勢に立たされていた。

「そこだ、隙あり!」
「ちっ……」

 全力、加えてカウンターの要領で肩の付け根を突かれ、フォースリーは初めてダメージを受けた。
 苦戦する一方で、鎌田が劣勢の中、間を縫うようにフォースリーを翻弄しているのも事実だった。

572 ◆peHdGWZYE.:2019/06/17(月) 18:13:23 ID:5j2hSxGs0

 フォースリーの身体能力は、能力による後付け。しかも滅多に使わない切り札。
 一方で、鎌田は人間の姿こそが能力であり、昆虫人間は生来の特徴だ。
 身体能力の習熟、という意味ではフォースリーを上回る。

 今度は警杖で足元をひっかけ、勢いを利用し転倒させようとした所で、フォースリーが退いた。
 苦境の中、一時の判断に過ぎないが、あのフォースリーを退かせたのだ。

 ミルストは体勢を整えつつも、状況に呆然としていた。
 目の前の状況を呑み込むのに時間が掛かった。民間人がとんでもない無茶をしている……?

「あなた達……! これがどれだけ危険なのか――」
「アンタら二人で勝てる相手じゃねーだろ。少しは戦力の足しになってやるよ」

 それ以上は言わせず、陽太が宣言していた。最初に油入りの瓶を投げ付けたのも彼だった。
 危険は承知、だがそれは待っていても同じ事だと陽太たちは判断していた。
 それなら、せめてと援護の機会をずっと窺っていたのだ。

 今度はグレイヴによる衝撃で、フォースリーが鎌田を退かせた。
 嘲笑ではなく、得体の知れない怒りを込めて、フォースリーは陽太に視線を向ける。

「愚かで幼く――なにより、あまりに無謀だ。いくら厨二病と言えども、
 ここは自分が立ち入れない領域だと、理解できなかったのか?」
「……理解してたぜ。だから、それに叛きに来たんだ」

 危険信号、返答を誤れば攻撃を受ける……が、陽太は真っ向から答えていた。
 生憎と打ちのめされる段階は終わっている。

 賢くはない選択なのだろうが、晶を見送って、ずっとそれを引き摺るか、忘れるか。
 そういう形で生きていく事など、想像できなかったのだ。

「ならば、その報いを受けるといい」

 愚者の選択、その代償として。
 フォースリーは巨体を直進させていた。彼と陽太の力量差は、巨人と小人に等しい。

 咄嗟に庇おうとするミルストに逆らって、陽太は前に出ていた。

「喰らえ! ショットガン……ナッツ!」

 握り占めていたクルミを投げ付ける。陽太は野球部に狙われる程度には、投擲のセンスがある。
 だが、命中した命中した所で、肉の鎧に包まれたフォースリーに通じるはずもない。

 しかも……今回ばかりは珍しい事に外していた。命中することなく、地面にクルミが転がる。

573 ◆peHdGWZYE.:2019/06/17(月) 18:13:46 ID:5j2hSxGs0

「所詮は素人、そんなもの当たった所で……!?」

 クルミを踏み砕き前進――したのだが、フォースリーの意図とは異なっていた。
 大地を踏みしめることなく、地上を滑り、その巨躯で態勢を崩していた。

――秘儀、"ロキの懲罰"

 とは陽太の命名だったが。
 無論、怪物化したフォースリー程の体重であれば、クルミ程度で転倒する事はない。
 しかし最初に浴びせた油、加えてクルミ自体もこの場で生成したものではなく、瓶の油に付け込んだものだ。

 燃焼性を隠れ蓑に、油で滑らせるという当たり前の戦術を隠蔽していた。
 能力戦では、一つの行動に複数の意図を潜ませるのは、(陽太的には)常識だった。

「所詮、アンタも訓練した程度で、それほど修羅場は潜ってねえだろ?
 使い慣れない身体能力なんて、いくらでも嵌める手段はあるぜ」

 一見、脅威ではない能力を軽く見た。そのありきたりなミスが致命的だった。
 体重が体重だ。一度、体勢が崩れれば挽回のしようがない。

 フォースリーはそのまま派手に転倒し、内部の本体も衝撃を受けて、苦痛に呻いていた。
 それだけではない。一度は退いた鎌田が、この機会に警杖を手に躍りかかったのだ。

「貴様……」
「悪いが容赦なく、殴らせてもらう!」

 脳震盪狙い。後先を構わず、全力で頭部を何度も殴り付ける。普通の人間なら死んでいる。
 この好機に攻撃を仕掛けたのは、鎌田だけではなかった。

「子供は本当に――何を仕出かすか分かりませんね」

 この状態では回避はできない。強引に距離を詰められる事もない。
 ミルストは躊躇なく、拳銃を連射していた。

 どうにかフォースリーは"青い"オーラによって、氷の壁を形成するも、それは何度も被弾した後だった。
 常識外の密度と頑丈さではあったが、素材自体は人体と同じ。ダメージを遮断するにも限度がある。
 さらに鎌田を振り払うが、すでに先程までの勢いは残っていなかった。

「お礼は言いますが、陽太さんは下がってください。危ないですからね?」
「そんな事、言ってる場合かよ……」

 一方で、桜花は攻撃には参加せずに、走りだそうとする陽太を止めて、護衛していた。
 まだ安全になった訳ではない。

574 ◆peHdGWZYE.:2019/06/17(月) 18:14:45 ID:5j2hSxGs0

 とはいえ、頭部を殴られ続けたダメージ、銃弾による怪物体へのダメージ、内部への衝撃……
 これだけのものを受けて、フォースリーを優位にしていた身体能力は半減していた。

 ぐらりと、よろめきかけながらも、フォースリーは右手を掲げた。
 そこから、これまでには見せなかった緑色の輝きが漏れ出していた。

「"緑"のオーラ!? いや、これは……!」

 ミルストが警告しようとした時には、すでに手遅れだった。
 DPSSレーザーによる視界妨害(ダズラー)。レーザー兵器を再現したものだ。

 赤や不可視光も使われるが、"緑色"光は特に人間にとって視認性が高い事で知られている。
 完全に視覚を破壊する事は条約で規制されているが、『クリフォト』が条約に加盟しているはずもない。

(失明……! 現在は能力で治療可能ですが……)

 焼き付くような激痛に、双眸を抑えながらも、どうにか距離を取ろうとする。
 このままでは、視界だけでなく平衡感覚まで失うのは時間の問題だった。

 唯一、この状況からフォースリーに立ち向かう者が一人いた。

「くっ、まだまだ……!」
「昆虫人間ゆえに、効果が限定的だったか。だが終わりだ」

 種族が異なる、という特性は鎌田の味方をしていた。
 昆虫人間と真紅の怪物が、それぞれの獲物を衝突させる。

 フォースリーは弱り、身体機能は並びつつあったが、一方で鎌田も視界妨害の影響は小さくない。
 そして、いくらフォースリーが弱体化しようと、体格と能力は健在だ。

 "青い"オーラで塗られた、フォースリーの手の平から突風が放たれた。
 単なる風ではない。氷点下、凍える程の吹雪だ。

「しまっ!?」

 たちまち鎌田、昆虫人間の肉体が霜に覆われていく。
 フォースリーの能力は自身を巻き込む危険性を常に孕むが、これは鎌田のみに有効だ。
 哺乳類のような恒温動物とは異なり、彼のような変温動物は急激は気温の変化に耐えられない。

 行動不能に陥った鎌田を尻目に、フォースリーは残りの獲物に向かっていく。

575 ◆peHdGWZYE.:2019/06/17(月) 18:15:23 ID:5j2hSxGs0

「……ミルストさん!」
「映像を用意しました!」

 絶望的な状況下で、上方から声が響いていた。研究棟の内部に留まっていた、かれんと川端輪だった。
 ごとりと何かが落下し、地面に落ちる音が続く。
 たしかに集合した部屋には、プロジェクターが存在していた。

 ミルストの映像を実体化させる能力、panorama。万能に近い力だが決して無制限ではない。
 映像の規模以上の事象を実体化させる事はできない。
 また、ある程度の写実性と十分な解像度も必要だ。

 おそらく二階から落とされたプロジェクターで照射した映像が、条件を満たす可能性はゼロに近い。

「――panorama発動!」

 しかし、それでもミルストは能力発動を試みていた。
 自分の能力なら鑑定士が知っている。それならば、何らかの手札が用意されている事もあり得る。

 程なくして、ミルストの能力は効果を表した。

――暴風

 おそらくは台風の被害映像などだろう。周辺一帯に、立っては居られない程の風が吹き荒れていた。

(元から視認できない大気の動きなら、写実性などの制約は無い、という事ですか……)

 荒れ狂う暴風はフォースリーの動きを確かに止めていた。
 だからといって、彼を倒せるわけではない。暴風の影響でプロジェクター自体も破損し、
次の発動はないだろう。

「……時間稼ぎか。何を狙っている?」

 狙いなど無い。未来に確信など持てない。ただ、今を繋いでいくのみだ。
 そして、追い詰められて、ようやくミルストは意識した。

 本来、当たり前の事だが、自分一人で全てを背負い込むので無ければ――
 他の誰かが希望をつないでくれる事もあるのだ。

576 ◆peHdGWZYE.:2019/06/17(月) 18:15:55 ID:5j2hSxGs0

「化け物、こっちだ!」

 何度目かの乱入者、今度は整ったベリーショートの少年。
 防御面ではフォースリーに対抗できる能力を持ちながら、戦場に姿を見せなかった東堂衛。

 驚くべき事に、周囲を封鎖する氷の壁を向こう側から現れ、腕を振り上げて
フォースリーに向かって突撃する。

「っ!?」

 素手では無謀なのだが、防御面では最強の一角である"無敵"能力は存分に効果を発揮していた。
 咄嗟に放たれた、フォースリーの一撃は、衛の体を傷つける事なく通過する。

 そして、衛はフォースリーに肉薄し……振り上げた腕をそのままに、通り過ぎていった。
 彼の無敵能力は、他人に危害を加えた時点で解除されてしまう。
 故に当然の判断だが、フォースリーは虚を突かれていた。

「伝言だ! 生贄を用意しろ、だって!」

 ただ一人を除いて、叫びの意図を誰もが掴み損ねていた。
 それも織り込み済みだ。だからこそ、フォースリーによる妨害を遅らせる事ができる。

 斯くして、伝言は確かに必要な一人、陽太だけに伝わっていた。

「よし、来い……っ! 最強の僕(しもべ)!」

 陽太が必死の努力で獲得した複数生成――普段は固焼きなどを作って投げているが。
 今回、食用としてはかなり巨大なタカアシガニを五匹も同時に生成していた。

 ここでカニを生成する理由は当然、フォースリーには理解できなかったが、
何かが起こる事は漠然と察してた。狙いをカニに定めて、"青い"オーラを放出するが……

 五匹のタカアシガニが光の粒子となり拡散。そのまま、地面に吸い込まれた。
 そして、大地に亀裂が入った。それは徐々に広がり、周辺を封鎖していた氷の壁の下を通過していく。

「シザァァァァァ……ゴォォォォレムッ!!!」

 無駄に暑苦しい雄叫びと共に、氷の壁を打ち砕き、地割れからは岩石の巨人が出現していた。
 丸い大振りの岩石を積み上げたような外見で、手先はカニのようなハサミとなっている。

 全長5mも超えるほどの巨体、これほどの手駒を召喚できる能力はそう多くはない。

577 ◆peHdGWZYE.:2019/06/17(月) 18:16:25 ID:5j2hSxGs0

「くっ、大規模能力の援軍だと!?」

 カニからゴーレムが召喚されるという、予想外の事態にフォースリーは大いに焦り、
"青い"オーラを放出――力比べでは敵わないであろう、ゴーレムを即座に凍結させる。

 しかし――

「もらった……!」

 小柄な影が懐に飛び込んできた事に対して、反応が遅れた。
 陽太の師を務めている、時雨という名の少女だ。
 どこにでも居そうな普段着姿だが、その身のこなしは尋常ではない。

 体格ゆえにフォースリーは、動きが大振りなものになってしまう。
 その遅れを的確に突いて、時雨は膝関節にナイフを突き立てていた。

 フォースリーは咄嗟にグレイヴを振り抜くが、時雨は軌道の下に潜り込むように回避――
 同時に二本目のナイフを脇腹に突き立てる。
 中学生の体格に熟練の技量、双方があるからこその立ち回りだった。

 ナイフを回収することなく、時雨は距離を置くと、今度は三本目のナイフを取り出していた。
 狡猾な立ち回りだ。ナイフを刺されたまま動けば、フォースリーの傷が拡がる事になる。

「機関の者でも……国連の者でもないな? 何者だ!?」
「慎ましく暮らしてる一般人よ。火の粉さえ、降りかからなければ、ね」

 短いやりとりの間にも、次はシザーゴーレムが強引に氷を割って拘束から脱出した。
 二転三転した戦況だが今度こそ、完全に状況は逆転していた。

 単純な身体能力なら、せいぜい強力な改造人間程度のフォースリーでは、シザーゴーレムには敵わない。
 一方で、能力でシザーゴーレムに対処すれば、時雨に隙を見せる事になる。

 脱出を模索していた比留間博士たちだが、陽太が"保険"として呼んでいた二名と接触して、
方針を切り替えた。脱出から反撃へと。
 外部との接触手段として、東堂衛の昼間能力"不干渉"が有力候補として挙がったが、
内外の把握と連絡に形を変えて、この状況へと繋がった……という訳だった。

 いつの間にか――というよりも、安全圏だけに戦闘に参加した人間には
気付きようが無かったのだが、仕掛け人である比留間博士は壁の付近で、不敵に微笑んでいる。

578 ◆peHdGWZYE.:2019/06/17(月) 18:18:31 ID:5j2hSxGs0

「『クリフォト』がどんな大層な組織で、あんたがどんな力を持っていようと、
 世の中なんて、そうそう思い通りにはならねぇよ。今は能力者の世界だぜ?」

 視力を奪われ、反動による空腹も限界に近い陽太だが、堂々と宣言していた。
 ささやかだが、鮮烈な宣戦布告だった。

 チェンジリング・デイ以降、能力によって人間は最も貴重な資源となってしまった。
 それは人を時に奴隷に、時に暴君へと変えてしまう。
 だが、それを『仕方ない』と決め付けるような事は、そろそろ終わりにすべきだ。

 単身で魔窟へと乗り込んだ経歴を持つ、東堂衛は共感の頷きを返した。
 能力のままならない面に触れてきた鑑定局の二名は、苦笑しつつも否定はしなかった。
 ミルストは唖然と、状況を受け止めている。
 相応に現実を知る比留間博士は、ただ興味深げに眉を上げていた。

 フォースリーが時雨に気を取られているうちに、シザーゴーレムの攻撃が直撃していた。
 いかに人体改造していようと、根本的な体格差は覆せない。

 軽々と吹き飛ばされ、研究棟の壁へとフォースリーは叩きつけられていた。
 ぐしゃり、と異音と共に、真紅の怪物にも似た肉の鎧が剥がれ落ちていく。

 後に残ったのは、血に塗れた神経質そうな一人の男だった。

「やはり、この世界は度し難い……こんな強大な力が溢れかえっている。
 永遠にこの混乱は収まらないだろう。ただ、壊れていく社会を眺めているしかない。
 仮にそれを覆す物があるとすれば……」

 それはうわ言にも聞こえた。頭部を強打していたのなら、無理もないが。

 勝った、というよりも、フォースリーの勝ち目は消えた。
 歓喜より安堵の心持ちで、彼と対決した面々はその様子を眺めていた。
 だが、次の言葉に比留間博士、それに意外にもドウラクは驚愕していた。

579 ◆peHdGWZYE.:2019/06/17(月) 18:19:09 ID:5j2hSxGs0

「『一つは染まり、一つは乱し、一つは無慈悲に見殺した』
 セフィロト・ネットワーク接続――カオスエグザ起動ォ!」

 狂気に血走った双眸で、フォースリーは宣言する。

――カオスエグザ

 能力の運用技術に纏わる仮説の一つだった。能力には、事象の起因となる情報が存在しており、
それに一種の暗号化、変形を施す事で爆発的に強度を高める事ができるとされる。

 もちろん仮説に留まっている事には理由がある。現状では、実現性が乏しいのだ。
 これを実行するには、人間離れした能力制御技術が必要となる。
 人体改造で脳の外部に制御装置を増設するしかない、というレベルでだ。

 そうでなければ、超人的な頭脳か、気の遠くなる程の経験を以って可能とするか。
 しかし、絵空事は目前で実現しており――

・発生させる事象は色に対応している
・発生させる事象はオーラ量に比例する
・人間を直接、塗り潰すには本人の同意が必要となる
・観念的なものや生物は発生させる事ができない

 強化された影響により、フォースリーの能力から、あらゆる制限が取り払われていた。
 『現実を塗り潰す』能力の真価がここに現れる。

 ただ強大かつ無制限な"黒"が陽太たち、その周辺に存在する現実全てを飲み込んでいった。

580 ◆peHdGWZYE.:2019/06/17(月) 18:20:16 ID:5j2hSxGs0
空白期間が長くなってしまったのですが、続きです。このペースだと完結は難しい
2部は苦労しそうな所はだいたい終わったので後は大丈夫、大丈夫のはず

捕捉

カオスエグザ
複雑系エグザとも。
大元は、自作品の裏話を語るスレより。作中での初登場はリリィ編。
能力の出力を最大まで引き上げる技術であり、相互に干渉した際に優先される。
リリィ編に登場する改造人間などは、スフィアネットと呼ばれる装置と接続し、これを行使する。
実は、ある弱点が存在しており、暗号化という表現はそれに起因している。


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