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【能力ものシェア】チェンジリング・デイ 避難所2【厨二】
179
:
名無しさん@避難中
:2017/01/02(月) 22:00:31 ID:PoStzy.Y0
∧
./::∧_____
_/::/  ̄`゙''、_ /:i!
<" /| ヽイ:::::::.|
/ /\/ .!∧ ,、  ̄ヽ
/ ./,,ィ示ミx \/ `´___ !
7 .!艾 婀 }ソ ,ィ´ rt、 ヽ ゝ. ねこです
! | ` ¨ ´ ヽ ニン | >
/∨ .| | !
| ∨ | ∧./|
|/,ヽ、 ! | |
| ア 、_ | | | | r 、
| | | \:::::|  ̄=―ァ― よ ろ し く お ね 。 }
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..// /.\:::::::::::∨:::::::::::::| が い し ま す / ,′
/:::::::::::::::::::::::::::::::::ヽ __ ____ / /
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ゝ' |____| .┃_:::::::::::::::::::::,.-‐一''"´
. | ノ.....┃''∧ ̄ ̄ ̄`∨
. L彡 ´ .┃/ ! l
レ....... | /
ゝ==イ
180
:
星界の交錯点
◆peHdGWZYE.
:2018/09/08(土) 00:57:57 ID:bRBzvyKI0
01.ある日の鑑定所
チェンジリング・デイ。十年ほど前、世界中に隕石が降り注いだ災厄の日はそう呼ばれている。
その一日を境に、社会の在り方は一変していた。
隕石被害はもちろん、人々の内側にバッフやエグザと呼称される未知の力が宿ったのだ。
そして、現在。猛犬注意だの、能力者による騒ぎだの。
小さな綻びも日常の一部に溶け込み、そして街にある能力鑑定所も普段と変わる事はなかった。
ただ一点、たびたび不安げに訪れる人々の姿を除いて。
「ようこそ鑑定所へ、水野昌さん。記載では近頃はやりの"異変"であるとの事でしたが……」
白を基調とした清潔な一室。そこで水野昌は、異様な風袋の二人組と対面していた。
一人は男性、魔術師のようなローブ姿でどこか透徹した双眸をもつ青年。
もう一人は女性だ。性別に見合ったスーツを隙なく着こなし、奇妙な仮面で顔を隠している。
(陽太がみたら、すごく騒ぎそうな格好だよね)
この制服デザインを決めた偉い人は、何を考えているのだろう、と昌は思う。
実際に騒ぎになった事もあるのだが、それは置いて。
もちろん、この二人は昌の幼馴染のような厨二病患者ではない。
チェンジリング・デイ以降、能力の把握と登録という重要なインフラを担う人材、能力鑑定士と守護の仮面だ。
「まず、あまり深刻に思わなくとも大丈夫ですよ、とお伝えしておきます。似たような変調をきたす方は、
数多く居られますが、深刻な事態に移行したという例はない事を鑑定局は把握しています」
女性が事務的に告げる、と昌と対面して座る鑑定士が叱るように(昌にはそう見えた)、素早く手振りした。
「っと……失礼。つまりは今のところは、あまり怖がらずに気楽に構えてください、という事です。
万が一の事があっても、こうして鑑定所に申請された以上は素早く専門家が対処しますので!」
私たちに任せてください! と胸でも叩きそうな勢いで、仮面の女性は断言していた。
(子供には難しい物言いだったから、叱られたのかな……?)
なんとなく、昌はやりとりの中身を察していた。
181
:
星界の交錯点
◆peHdGWZYE.
:2018/09/08(土) 00:58:58 ID:bRBzvyKI0
「えっと、症状について報告するんでしたよね」
「はい。水野昌さん一人に限っても必要ですが、多くの人達の症状に対処するためにも、鑑定局は多くの症例を求めています。
利用者の秘密については、厳格に保護されるので、安心して話してくださいね」
友好的に言われても、奇妙な仮面越しなので、かえって不気味な所がある。
水野昌は中学生、まだまだ子供ではあるが、脅える程に幼くもない。
「なんといえば……たぶん、ですけど。夜にも昼の能力が働いてしまうんです。
あの、夜に来た方が良かったでしょうか」
鑑定士と守護の仮面は一瞬だけ、互いに目配せした。
「いいえ、大丈夫ですよ。つまり夜にも動物の心が分かってしまう、と。普段は思考を伝えるだけにも関わらず。
そういう事ですよね?」
「は、はい。えっと夜の事なんですけど、分かるんでしょうか」
「すでに水野昌さんの能力は鑑定所に登録されているので」
不意に能力を言い当てされて、昌はドキリとした。が、言われてみれば当たり前の事だった。
鑑定所に来たのは初めての事ではなく、向こうも予め資料に目を通しているのだろう。
昌の緊張を余所に、仮面の女性は話せない鑑定士に代わって、その言葉を代弁していく。
「となると、昼夜の能力の同時発現によるリバウンドが差し迫った問題ですね。目立つ反動はないとの事ですが、
こういう能力は傾向的に精神的な負担という形で現れる事が多い、と鑑定士は申しています。
そういった事に関して、なにか自覚症状などはありますか?」
「いえ。大丈夫です。その辺、僕はけっこう恵まれていると思ってるので」
事実、水野昌は人間関係や日常生活に問題ある訳でもなく、親しい友人もいる。能力の性質上、人にも動物にも。
一つだけ、心配事が存在していたが、それはここで話せるような事でもない。
「わかりました。でも、食事と睡眠は規則正しく取る事を心がけてください。それに実際に問題が出てこれば、
我慢せず速やかに鑑定所に」
「はい」
鑑定士からのアドバイスは、ありふれたものに留まった。
原因不明の不調かつ、深刻な問題が出ていないのだから、そんなものなのかも知れない。
182
:
◆peHdGWZYE.
:2018/09/08(土) 00:59:56 ID:bRBzvyKI0
「では記載がありますので、こちらの書類をもって、受付の前でお待ちください」
こうして、水野昌の変調鑑定は終わりを告げた。
大した内容でもなかったが、それで却って安堵できたのかも知れない。一息つくと、昌は退室していった。
何も一息ついたのは、鑑定される水野昌だけではない。
鑑定士と守護の仮面もまた、滞りなく応対が終われば、ほっとして機械のような態度を崩すのだった。
「ここの近隣、申告者だけで十二人……増えてきたな。さっきの子の症例は珍しかったけど」
「代樹? 鑑定士は職務中に喋っちゃダメだよ?」
「部外者の前でなければ大丈夫だよ。先輩なんて、もっと軽い……」
能力鑑定士、三島代樹とその護衛、吉津桜花。未だ資格を得てから日が浅い、新米の二人組だ。
新米といえども、試験を通過した時点で即戦力。その実力は経験者と遜色がない。
とはいえ、やはり現場経験の差は埋めがたく、特に最近の"異変"騒ぎで鑑定所を訪れる人々は増えている。
単純に想定外の数をこなすという経験は、訓練時代では得られないものだった。
『三島鑑定士、ご指名で鑑定依頼の方がお越しになりました』
来客の前では、まず使われない内線から連絡が入る。指名の鑑定依頼。
鑑定士が知り合いであったり、すでに家族の鑑定を受け持っていたり。
情報の拡散を防ぐ意味合いや、特定の鑑定士に特に信頼を寄せている場合に指名システムが利用される。
とはいえ、無機的な対応の公共事業だ。そういった例はあまり多くはない。
「珍しいですね。指名した方の姓名は?」
『鑑定対象は真白(ましろ)ちゃんという女の子ですが。それが、その……同伴者が』
「同伴者がどうかしましたか?」
子供の能力鑑定に、保護者が同伴する事は珍しい事ではない。
だが、内線ごしに唾を呑む音が聞こえた気がした。相当に緊張しているらしい。
『はい。ええ、真白ちゃんの同伴者はあの有名な……比留間、慎也博士なんです』
思わず、代樹と桜花は目を丸くしていた。
183
:
◆peHdGWZYE.
:2018/09/08(土) 01:04:07 ID:bRBzvyKI0
こっそりやるつもりで、うっかりageてしまった……
週一ペース予定(守れるかは不明)
補足
"異変"
未成人の少年少女、それも一部の感知系能力者に発症する、夜間能力の異常。
どのような異常が発生するか、今の所は一貫性らしきものは見て取れない。
日常生活に支障はなく、発症者も全体としては少数のため、深刻視はされなかったが……
水野昌
月下の魔剣から出演。ご存知、陽太の幼馴染で、伝心の能力を持つ。僕っ娘(重要)
"異変"発症者の一人で陽太に相談するかは、微妙に迷っている模様。
代樹&桜花
拙作、鑑定士試験より。それぞれ新人の鑑定士と守護の仮面として活動中。
書いている人は同じだが、鑑定士試験の続きではなく、このコンビも主役ではない。
描写はないが、代樹自身もこっそり"異変"発症者だったりする。
星界の交錯点
この作品の事。目標は全員出演だった(過去形)が、さすがに無理があった。
劇場版なだけあって、IF前提で書くスケール大きめのお話。
184
:
名無しさん@避難中
:2018/09/08(土) 11:15:41 ID:MibVRoi2O
うおー!! 乙です!!!!!!
楽しみっ!!!!
185
:
名無しさん@避難中
:2018/09/13(木) 16:22:20 ID:y3coe2o20
昔このスレでちょこちょこ投下してたけど、ふと思い出して見に来てみたら新しいのが投下されてて楽しみ
無粋なツッコミかもしれないけど、「水野【晶】」じゃなかったかな?
ともあれ続き楽しみにしてます
186
:
◆peHdGWZYE.
:2018/09/14(金) 01:23:03 ID:IEtuyBnk0
いえいえ、誤字報告ありがとうございます。無粋とかでもなく、わりと重要な所でミスしてました
次の投下から修正させてもらいます
自分もふと思い出した状態なだけに、反応があって驚いています
しばらくは読者ゼロだろう、と思ってただけに
187
:
◆peHdGWZYE.
:2018/09/16(日) 00:22:50 ID:3mMEdenE0
02.博士の訪問(前編)
おおよそ役場と診療所の中間、といった雰囲気の能力鑑定所を眼にして、まず比留間博士の頭にあったのが、
やはりというべきか鑑定士が持つ、いわゆる鑑定技能についてだ。
鑑定技能は大きく分けて三つ。
1-感性的に能力を察する
2-統計、検証、考察によって能力を把握する
3-能力を知る能力を用いる
2はどこの研究所でも行っている事であり、常日頃から情報を追っている身なので今更、特別な関心を寄せたりはしない。
3は個々の能力による。とはいえ、何をどこまで、どのようなプロセスで知るかは興味深く、何度か検証の機会を得ている。
1は重大ながらも、直接的に能力研究の対象とはならないため、研究はやや遅れていると言わざるを得ない。
ただし、あくまで研究分野の話で、現場――能力鑑定局は、かなり進んだ情報を有している可能性が高いのだが。
鑑定局に相当するものが、米国には存在しない事からも分かる事だが、先進国でも専門機関が存在する例は少なく、
よって国際学会でも専門的に研究する人間の絶対数も少なくなっている。
あるいは日本が能力鑑定における、最大の先進国なのかも知れない。
1の具体例をあげるなら、相手が能力の発動もしていないのに、一目見て能力を言い当てる、これが感性的な鑑定にあたる。
能力による戦闘では相当なアドバンテージであるらしく、犯罪組織での活用例も存在していた。
これを説明付ける仮説としては、人間には無意識ながらも能力波の性質や指向性を正確に認識する感覚を有していて、
それを意識できる状態に落とし込み、正確に言語化する。それが感性的な鑑定技能なのだという。
鑑定所も人材募集のためか、統計情報を公開しており、その資料によれば鑑定に用いる感性は一四才、
いわゆる厨二病の年代がピークにあたり、近づくにつれて能力は上がり、後は下降の一途を辿る。
その年代の子供が勢いに任せて、初見で能力を言い当ててしまう、というのは稀に見られる現象だ。
本職の鑑定士の場合、元から際立った才能があるか、思春期から維持の訓練をしている場合が大半らしい。
また、この感性は訓練や経験によっても、小なりとも後天的にも獲得はできるもの、とされている。
(重大な個人情報を管理する影響か、鑑定局は下手な秘密結社よりも情報の囲い込みが激しい。
この公開されている情報も、かなり限られたものか、最新のものでないと考えるべきだろう)
と、比留間博士は脳裏で一つ、公にされている鑑定能力に一つ独自に付け加えた。
4-複合的な鑑定能力
188
:
◆peHdGWZYE.
:2018/09/16(日) 00:24:01 ID:3mMEdenE0
手段はどうあれ、鑑定能力にも大小や有効範囲があるのは事実のようだ。
実の所、比留間博士にしても能力研究に有益な資格の一つとして、鑑定士資格の類は有している。
しかし、それでも本職がもつ甲種(通称だが)鑑定技能は、手が届かない領域だった。
最低でも未発現の能力や、昼夜問わず双方の能力を正確に鑑定できる事はたしかであり、
それは既に公にされている鑑定能力の効用とは一線画している事は明らかだ。
(今回の"異変"騒ぎに関して、彼らの能力が取っ掛かりになるかも知れない)
当然、最近になって発生した能力の異変に、比留間博士は並みならぬ関心を持っていた。
ましてや、発症者の一人である真白は、自分の研究施設での重要な協力者なのだから、解決に動く理由は十分だ。
そこで本来、鑑定局側の事情という社会的な壁が、研究の障害になるのだが。
難色を示すかと思われた鑑定局は意外にも、あっさり折れてくれた。一人の鑑定士を指名して。
(鑑定局も異変に関する情報を求めている、という事だろうか)
また、単に劣った鑑定士を紹介してあしらった、という事もあり得る。
それは件の鑑定士の人柄や能力次第で、鑑定局側の意思を量る事ができるだろう。
『真白(ましろ)さん、比留間さん。準備が整いましたので第三鑑定室にお越しください』
"さん"という敬称に新鮮さを覚えた自分に、比留間博士は苦笑した。
どうも、研究所にこもり過ぎて世間離れしてしまったらしい。
実社会でこそ、真に多様な状況下で能力を観測できる、と部下にも同僚にも述べた事があったはずだが。
そういう意味では、これから会う鑑定士は研究者ではないものの、多様な能力を観てきた専門家である。
できれば、時間を割いただけの成果を期待したい所だが。
「よし、行こうか。緊張しなくても大丈夫だよ。少なくとも、うちの研究所よりはね」
宥めつつも、真白の手を引いて、比留間博士は鑑定室に赴いていた。
ノックが不要である事は知っていたので、手早くドアを開けて、室内の椅子を真白に薦める。
それと同時に、魔術師風のローブを纏った男性と、仮面を被った女性と対面する事になった。
(奇抜だが実務的だ。改めて、鑑定局の立場が察せられる)
一方、研究所でもなければ、講演から抜け出した訳でもないため、自分は白衣姿ではない。
だが、象徴的な構図とも思えた。
189
:
◆peHdGWZYE.
:2018/09/16(日) 00:24:57 ID:3mMEdenE0
古来、神秘(オカルト)とは選ばれた者の手の内にあり、権威として存在し続けた。
それを暴き立て、知識を万人のものとし、取って代わって権威の座についたのが科学である。
……もちろん、これは一面的すぎる物の見方なのだが。
なんにせよ、鑑定局の立場は明快で、能力社会は一部の専門家によって運用されるべきであり、
社会を維持する手段として、科学よりも神秘を支持する、そういう見解だ。
社会はまだ能力の"真実"を受け入れるのに時間が掛かる。ならば、秘匿を以て社会を保たなければならない、と。
そういった神秘化による権威の維持、という方針が鑑定士の外観にも表れている。
といっても、鑑定士一人一人がそういう思想、という訳でもないのだろうが。
「まず、こちらの紹介状を。能力鑑定局から、と言えば通じると思う」
比留間博士は丁寧に封筒を机の上に置くと、鑑定士に向かって差し出した。
受付の時にも見せたが、開封は当人のみが許されていた。
まず女性の護衛が手に取ろうとし、鑑定士がそれを手振りで制する。
鑑定士は手早く、封筒を開くと紹介状に目を通す。
その瞬間、少し顔が引きつったのを比留間博士は見逃さなかった。
「……ようこそ鑑定所へ、真白さん、比留間博士。本日はいかなる用件でしょうか?」
やがて耳に入ったのは本来、聞けるはずもない"鑑定士"本人の肉声だった。
190
:
星界の交錯点
◆peHdGWZYE.
:2018/09/16(日) 00:29:15 ID:3mMEdenE0
タイトル忘れ。久しぶり過ぎて、色々と勝手を忘れてる
手元では長く思えて、前後に分けてしまったけど、その必要はなかったかも知れません
補足
比留間慎也
比留間慎也の〇〇シリーズから出演。このシェアードでも代表的な能力研究者。
世界線によって善悪の振れ幅が異なるが、この作中では親切だけど時に外道といった扱い。
仮に"能力鑑定士"についての講義が実現していれば、自作の内容も大きく変わってたかな、という個人的な感慨。
真白
臆病者は、静かに願うから出演。比留間博士の協力者で、普段は声一つ発しない少女。
サイコメトリー(物質を介した過去視)を有するが、今回は"異変"発症者となっている。
鑑定技能
能力を正しく知るための手段。だいたい作中で語られている通り。
父と娘での描写が多く、鑑定士試験や当作品でも参考にしている。
主に正規の鑑定士が持つ、強力な鑑定技能が甲種と通称されている事は、ここで新たに設定。
191
:
名無しさん@避難中
:2018/09/19(水) 13:16:56 ID:ILHWrBLE0
有言実行の週一投下乙です
『鑑定士試験』は短めながら読みごたえのある自分好みの作品だったので、今回も楽しみにしてます
192
:
星界の交錯点
◆peHdGWZYE.
:2018/09/22(土) 02:05:05 ID:gPRitieY0
03.博士の訪問(後編)
職務中の能力鑑定士と話す機会というのは、大変貴重に違いない。
好奇心が疼いてしまうが、比留間博士はそれを抑えつけると、簡潔に述べた。
「もちろん、"異変"について鑑定士の見解を尋ねに。この件に関して、どこまで知っているかな」
「表向き鑑定局が把握している事なら全て」
眉一つ動かさず、柔和な表情で鑑定士は手札を明らかにしていた。完全に訓練で得た類の鉄面皮だ。
それだけでは、この鑑定士――紹介状によれば、三島代樹はどの程度の人物かは分からない。
「話の前に君の鑑定能力について、少し検証させてもらっても構わないだろうか」
比留間博士はなるべく無礼にならないように、しかし遠慮する気もなく尋ねた。
話は早かった。
三島鑑定士は軽く瞬きすると、ほどよく緊張を保ちながら視線を集中させる。
「比留間博士、あなたは適量未満の鎮静剤を服用していますね? 『昼を夜に変える能力』の行使は可能ですが、
若干発動が不安定になっていると見ました。平時よりも強い集中力が必要となるでしょう。
効用が消えるのは今から、およそ50分後でしょうか」
そして、鮮やかに鑑定士は全てを見透かしていた。
専門家が専門家足るだけの自信を以って、正確に薬剤の影響が切れる時間までも指摘してのける。
やや演技じみていたが、比留間博士はこういった態度を嫌ってはいなかった。
間違いを恐れ、縮まって物を言うより、自信とそれに見合うだけの知識を身に着けた方が良い、とすら思う。
「能力の分析だけでなく、その鎮静状態まで正確に……なるほど、たしかに甲種の鑑定能力だ」
「甲種というのは俗称ですが」
比留間博士の感心に、三島鑑定士は小さく訂正していた。
公然の秘密とはいえ、鑑定能力にも区分があり、一種の上下がある事を鑑定局は公に認めていない。
だが、把握していないという事もないだろう。
十分に優れた鑑定士を紹介してきた、という事は鑑定局からの協力は見せかけではなく、十分に意味を持つものなのだ。
深い事情に踏み込む気もなく、比留間博士はさっそく提案していた。
193
:
◆peHdGWZYE.
:2018/09/22(土) 02:06:23 ID:gPRitieY0
「まず、"異変"について互いの認識を突き合わせてみよう」
最近、話題になっている"異変"とは夜間、一部の感知系能力者に発生する変調、怪現象のようなもの。
能力が変質したり、存在しないものを認識してしまったり、珍しい事例では昼の能力が顕在化する事がある。
職務などに能力を利用している場合、悪影響は出るが、基本的に日常生活に問題が起こるようなものではない。
発症者がごく一部である事、実害はない事から各組織の警戒レベルは低いものの、関心の対象となっている。
もっとも――鑑定局は部外者の要請に応じる程度には、問題だと見なしているらしいが。
「"異変"の発症者の増加は続いているが一応、増加率は減少傾向にある」
「おっと、そこは認識に齟齬がありますね」
公表されているデータに間違いが? と視線で訴えれば、そこは普段は黙する鑑定士。
あっさりと察して返答を返してきた。
「鑑定局のデータでは、発症件数は太平洋側からじわりと広がっている……
首都圏を始め、そちらの沿岸部には人口が集中する傾向がありますから」
「人口比では増加率は、むしろ増加している?」
「おそらく。仮に、"異変"の範囲が日本に留まらず、中国沿岸部に到達すれば爆発的に発症者が増えると予測されます」
意外な、そして深刻な情報に比留間博士は言葉を止めて、思索に入る。
研究所のデータでは、個々の発症者とグラフ化された件数で物を見ていた。
それを地図と同期させて分析するというのは、各地に施設を置く公機関が得意とする手法なのだろう。
これだけでも情報交換は有意義だった。ただし、これは看過できない疑問を含んでいる。
「なるほど数字にバイアスがあったか。失礼を承知で尋ねさせてもらうけど、
鑑定局は何故これほど重要な情報の秘匿を? これが公開されるだけで、各組織の動きは変わるはずだ」
「所詮は一介の鑑定士です。局の思惑までは断言できませんが……それでも行動基準は知っているつもりです。
能力とは人生を左右するほど、重要な個人情報です。その事実だけでも、秘匿の理由には十分でしょう」
能力情報は徹底して守られるべし、鑑定における原則を三島代樹は繰り返していた。
「それは実名もない、数百数千人の統計情報でも例外ではないと?」
「当然でしょう。感知系能力者が魔女狩りに遭うような可能性は、鑑定局としては許容できない事ですから」
そこまで断言されると、比留間博士はこれ以上、指摘を続ける気にはなれなかった。
機関やバフ課、それに鑑定局自体も、あくまで社会秩序を守るための組織であり、能力を持つ個人個人を守るという理念とは
一致する場合が多くとも、それは絶対ではない。
194
:
◆peHdGWZYE.
:2018/09/22(土) 02:07:23 ID:gPRitieY0
最悪、そういった組織が危険な能力を持つというだけで人々を狩って回る、という事態もあり得る。
歴史を顧みれば、人や社会が持つ理性は案外、脆いものなのだ。
だからこそ、三島鑑定士や鑑定局も理性を支える建前を重視している。
――それに僕だって、倫理の欠けた人でなしに過ぎないのだから。
いや、なるべく被験者、協力者との利害の一致というのは、考えているのだけど。
「分かった。でも、さすがに国際学会には報告させてもらう事になるよ」
「その点は問題ありません。必要でしたら、公的なルートで情報提供も行われるでしょう。
ただし、それが世間に公表された場合、それ以後の協力はないという事になるかと」
三島鑑定士は脅しじみた形で警告する。当然のことだ。利益を供給するという事は、影響力を持つという事でもある。
対して、比留間博士はあっさりと棚上げしてしまった。
「それは僕の考える事ではない。学会の運営者に任せる事にするさ。
あくまで関心があるのは"異変"本体だからね。そういう意味では、話が逸れた事だし元の位置に戻ろう。
太平洋側から浸透しているという事は、"異変"には中心点が存在すると仮定すべきかな」
「……おそらく、としか言えませんね。米国側にも鑑定局があれば、正確な所が掴めるのですが」
「あちらは能力把握を自己申請に頼っている。"異変"のデータは表に出辛いか……」
能力という、個人が抱える爆弾をどう扱うか。それには各国の特色が出ている。
たとえば米国は州ごとでの方針違いが激しいものの、銃社会という事もあって自由と自己責任を表に出した方針だ。
特に後者は、弱者に残酷なまでに圧し掛かってくる事がある。
ふと比留間博士の脳裏に過ったのは以前、機内ですれ違った、ごく当たりの前の親子の姿だったが。
「ご存知だと思いますが、台湾も太平洋に隣接し、鑑定制度が発達する国だと聞いています」
「ああ、学会で耳に挟んだことがある。その時は戸籍制度と鑑定制度の相関性についての話だったけど……
ただ台湾は国連加盟国じゃない。国際学会が協力を求めても、良い対応はしてくれないだろうね」
鑑定局の方針以前に当たり前の話だ。世話になってもいない、国外の組織に国の情報を渡せと言われても、
聞いてくれるはずがない。相応の交渉と対価が必要になるだろう。
となると、比留間慎也という個人に出来る事は何もない。今は別のルートから真相を探るだけだ。
「能力波の観測、というアプローチはどうだろう。僕の研究所の設備でも観測できない微小の、というレベルになるが」
「そういった能力波は生じていません。これは現代の科学では観測できない、といったものより
遥かに厳密な話ですが」
比留間博士は興味深げに、視線を鋭いものとした。
鑑定局、あるいは三島個人は最新の科学よりも優れた観測器具を有しているらしい。
それが能力か鑑定技能の一種かは測りかねたが。
195
:
◆peHdGWZYE.
:2018/09/22(土) 02:09:02 ID:gPRitieY0
手段がどうあれ、能力波が生じず、しかし能力に影響が出ている事が把握できれば、結論に時間は要らなかった。
「一種のリンク能力……か」
極めて稀ではあるが、能力同士を接続し機能する――そういった種類の能力が実在する。
正式な名称は定まっていないが、裏社会を始め、各方面ではリンクという通称を使う向きがあった。
これを比留間博士は知っていたし、能力把握の最前線である鑑定士も知っている。
具体的な事例としては、比留間博士が知る一人の女性は他者の能力を利用できる、というタイプの能力だった。
協力を依頼できる相手ではなかったので、検証には他のリンク能力者を探すことになったのだが。
結果、分かった事は能力波による通信などは行われておらず、繋がりは観測はできないという事だ。
(いや、鞍屋君なら別の答えを出せるかな。仮に量子通信の一種なら、彼女の専門分野だ)
たまに研究所を訪ねてくる女性を想起する。
近いうちに再会はできる。その時にでも相談すれば、知恵を借りられるかも知れない。
もっとも、形而上の要素が関わるなら検証は難航する事になりそうだが。
「能力波の観測もされず、他の能力に影響を与える、となるとそれが最有力ですね。
ただ既存のリンク能力であれば、優れた鑑定士なら察する事はできるでしょうが……」
そのリンクにすら鑑定士の能力は及ぶ。その事実により謎は増した。しかし、それすらも貴重な情報だった。
特殊な事例は、逆に候補を絞る手段にもなる。
例えば、個と個の線で結ばれたリンクではなく、蜘蛛の巣状に広がる群のリンク。
例えば、未来に接触する相手が対象など、条件に予知能力を含んだリンク。
リンク能力自体が希少であり、この場で仮定した能力も当然、実際に観測できた訳ではない。
だが、仮にこういったリンク能力が存在すれば、あまりも複雑で、正常に因果性を把握する事は困難。
これなら、さすがに鑑定士の手にも余るのではないか。この場で言及するには、まだ早いが。
「何か掴めたようですね」
「おかげ様で。ただ確信が持てない事なので、申し訳ないが今ここで話すことはできない」
「いえ、秘密主義はお互い様ですからね」
三島鑑定士は苦笑気味に応じた。たしかに、比留間博士としても責められるような謂れはない。
そもそも鑑定局は"異変"の解析、解明といった成果で返してくれれば、それで構わないのだろう。
こうして、大人二人の交渉事は区切りを迎えていた。
だが、今回の鑑定には、もう一人主役が存在している。
196
:
◆peHdGWZYE.
:2018/09/22(土) 02:10:24 ID:gPRitieY0
真白、"異変"の発症者である鑑定対象の少女だ。
「では、待たせる事になりましたが、真白さんの鑑定に移りましょうか。
ずいぶんと憔悴されているので、"異変"の症状については深刻なものと察せられますが」
今更、守護の仮面に代弁する方式に戻す気もなく、三島代樹は直接訪ねていた。
あまり主張が得意でない真白に代わって、比留間博士が事情を説明する。
「普段は鎮静薬を服用してもらっているんだけど、鑑定に備えて止めたのが悪かった……
彼女の夜間能力は『過去視』。"異変"によってチェンジリング・デイ当日の光景を見せられている」
あるいは、以前に行った過去視が関係するかも知れない、とその時は思っていた。
その時の真白は精神的な負担を感じていたし、二度も同じ光景を見る事になってしまった。
それが"異変"の影響を受けた結果、現れてしまったのではないかと。
まるで想定していない方向性で、真白の症状が重要なヒントとなっている事を、まだ誰も知らない。
197
:
◆peHdGWZYE.
:2018/09/22(土) 02:12:19 ID:gPRitieY0
次回も一週間後に投下ですが、合間におまけ的な章も投下させてもらいます
『鑑定士試験』は自分にとっては懐かしい作品ですね。おそらく当時と今では異なる点も多いのですが、
星界の交錯点も期待に沿える作品として、仕上げていきたいと思います
補足
能力鑑定局
どこかの府省庁に属する部局の一つ。各地に設置された、鑑定所による能力登録制度の運営を行っている。
性質上、情報面での独立性が高く、機関との繋がりがある。
元からある設定かなーと思ってwikiを検索したら、(たぶん)自分が初めて名前を出していた。
リンク能力
能力同士を接続し機能する能力の通称。ここで初出だがリンクという用語は使われおり、
狭霧アヤメ、フェイヴ・オブ・グール、真白の能力描写に登場する。
真白だけ違う感じだが、アヤメとは逆に過去視の使用権を他者に与えているのかも知れない。
能力波
月下の魔剣に登場する用語。オーラの一種か、科学的な意味での波動なのかは不明。
ただし、科学的に観測する手段は存在している。
水野晶の能力は、未確認の能力波によって為されるものであるらしい。
198
:
名無しさん@避難中
:2018/09/22(土) 10:11:48 ID:BnT.VcHc0
投下乙です
『鑑定士試験』はもう7年ぐらい前ですもんね。自分がこのスレで投下してたのもそんな前のことかと懐かしさが湧いてくる
自作ではほんのちょっとの登場でしたが、生みの親として真白にスポットを当ててもらえて嬉しいです
199
:
名無しさん@避難中
:2018/09/22(土) 19:30:20 ID:34N/gw6k0
乙です!
200
:
名無しさん@避難中
:2018/09/23(日) 01:00:43 ID:p5Ga3NSs0
自作、という事は臆病者は〜の方!?
スレを遡ると2012年ぐらいから徐々に、過疎った感じでしょうか(自分はすでに居なかった)
真白ちゃんは元が全員参加予定(無理だった)というのと、
個人的に印象が残っていたという事もあって、登場と相成りました
201
:
星界の交錯点
◆peHdGWZYE.
:2018/09/27(木) 01:51:37 ID:Kb/1rEw60
間章.鑑定士と守護の仮面
臨時の休憩が入り、三島代樹はようやく落ち着くことができた。
比留間博士の前でこそ如才なく振る舞えたが、中身は未熟な若者に過ぎない。それなりに消耗もする。
「…………」
ため息の類はない。代樹の昼間能力は超集中力……なのだが、無目的の場合は極度に散漫になる。
比留間博士の分類に則るなら、主作用的反動(スーサイド)という事になるか。
こういう時は何もせず、ぼんやりとしているのが楽なのだ。
その護衛者である、吉津桜花も勝手を知っているのか邪魔をする事はない。
しかし、静寂は新たに休憩室に入った女性によって破られていた。
「やっほー、新人くん。お疲れかな?」
「あー……先輩。いや、ちょっと特別な対応があって」
「特別な対応って、それ守護の仮面の仕事でしょー?」
あー……は結構、間が空いていたのだが、職場でも反動の事は知れ渡っているので気にもされない。
彼女が纏う魔術師風のローブと手袋は鑑定士の正装であり、代樹にとっては先輩にあたる。
鑑定士の中では最高峰の才、『相手の能力が分かる』能力の持ち主。
一年と少しとはいえ、経験を有した鑑定士であり、個人的にも世話になる事が多い人物だった。
「いや、もう局からの指示で自分でやらなきゃいけなかったので……」
「うっわ、面倒くさそ。もしかして『世界を滅ぼす能力』とかに当たったとか」
「そういうのに当たったら今頃は、政府だの機関だのに引きずられて記憶処置コースです」
尊敬はしているのだが、良くも悪くも先輩は軽いノリの女性である事を否定はできなかった。
「あたし、『世界中のふりかけを地味に辛くする能力』に当たった事ある」
「微妙に嫌な能力!? というか先輩、こういうのは漏らしたらダメですよ」
「鑑定士や守護の仮面なら、別にいいんだよ? 国が信頼できるって、認めた人たちだもん」
「法じゃなくて倫理と良心の問題です。個人情報を扱ってるんですから」
新人くんは堅いなー、と先輩は笑う。やはり先達というべきか、いくら軽くとも失態がある訳でもない。
「でさ、桜花ちゃん。実際はどうだったの?」
彼女はさっそく矛先を変えていた。
守護の仮面(今は外していたが)の桜花だ。性別が同じなだけあって、むしろ代樹より親密かも知れない。
202
:
◆peHdGWZYE.
:2018/09/27(木) 01:52:36 ID:Kb/1rEw60
「えっとですね。あの比留間博士が"異変"の相談に来られたんですよ!」
「え、有名人じゃん。サインとかもらった!?」
「もらってません」
横から代樹は即座に否定する。それなりに繊細かつ深刻な話だという事を、先輩は理解してくれるだろうか。
「あのさぁ、それって最近の"異変"がヤバいやつ、って事じゃね? なんたら学会が動くんだろ」
「あ、一貴先輩」
桜花があらたに休憩室の戸を開いた男性に声をかける。こちらは先輩に割り当てられた守護の仮面、一貴先輩だ。
軽薄な言動で損をしているが、十分に整った容姿の持ち主。なかなか喧嘩上手で、この鑑定所では上位の実力者。
恋人である先輩いわく「上の中」。評価辛くない? と代樹は思う。
「確かに、その可能性もある。俺は鑑定局には荒事関連の窓口に使える、と認識されてるらしくて」
「ちょっと待て。なんであいつには丁寧語なのに、俺にはなんでタメよ?」
代樹が少し相談しようと思えば、まるで学生が何かのような(一年前は学生だったが)疑問で遮られる。
そう問われれば自然と、同じ鑑定士である代樹と先輩の視線が交差し……
やがて同時に発言した。
「だって鑑定士だし」
「だって鑑定士だもーん」
そして、守護の仮面とは下僕である。少なくとも二人の表情はそう語っていた。
「こいつらぁ……鑑定士って人種はぁ……」
「一貴先輩、抑えて抑えて」
拳を握って震える、一貴先輩。怒るに怒れない状況が、立場(と給与額)の差を物語っていた。
色々と苦労を知っている桜花も、彼に同情的だ。
ここでようやく、先輩は真面目な表情になって、代樹に語り掛ける。
「そだね……でも、気を付けた方がいいかも。知らないうちに機密とかそういうのに触れてるかもだし、
違うとしても外部の人はそう思ってくれないかもよ?」
「……それって、対処できるものでしょうか?」
「うーん、まあ言われてどうにか出来るものでもないけど。でも、機関とかそっち系の人に相談してみたらどうかな?」
そっち系とはつまり、裏社会の治安を担っている各組織の事だ。
常に拉致や襲撃、脅迫の恐れがある鑑定士にすら、周知されている訳ではないが、自然と耳には入るのだ。
存外、鑑定士という職は、能力社会の闇とも近い所にあるらしい。
「機関は支部がどーたらで最近はトラブル気味らしいし、バフ課は貸しを作りたくない……
他に相談しようと思っても能力"異変"なんて、むしろ俺たちが専門側だし」
能力の影響で、自然と意識が集中し、その大半が自分の思索に持っていかれる。
こうなると、外部の事など分からない。
それでも『能力』だけは漠然と見えていた。端的に言えば、これが鑑定士の世界であり、
眼を逸らす事はできても、決して逃れようもない視点だ。
203
:
◆peHdGWZYE.
:2018/09/27(木) 01:53:47 ID:Kb/1rEw60
――鑑定士の眼を通した世界は、恐怖に満ちている。
世界を変える規模の能力者は、およそ十万人に一人。
では、国規模では? 都市規模ではどうだろう。周囲の何十人を殺すだけなら、もっと居る計算になる。
自覚がある者は一割もいない。限定的に効用を知っているというレベルに過ぎないのだ。
もし全員が能力の全てを知れば、何が起こるか分からない。自分は違っても、隣人が爆弾を抱えていない保証などない。
だからこそ端的に、能力がある世界というものを恐怖を取り除いて伝えるのだ。
少なくとも、未だ不安定な社会がそれを受け入れられる段階に至るまでは。
ただ、たまに錯覚してしまう。自分だけが恐ろしい世界に閉じ込められたかのような。
「どうなっていくんだろう、この世界って」
「大丈夫、大丈夫だって。私が居て、一貴が居て、君には桜花ちゃんが居るんでしょ。
悪い事になんてならないよ、きっと」
先輩はその視点を知りながらも、能天気に笑っていた。
他人の能力が分かる力。先輩は『この能力に目覚めて本当に良かった』と心の底から思うと、話していた時がある。
単に収入であったり、仕事が楽だという話でしかなかったが。
それは、もしかすれば鑑定士として得難い資質であるのかも知れない。
黙して語らない鑑定士と、顔を伏せた守護の仮面。
世間に知れ渡る彼らが、実際に何を黙して何を守護しているのか、正確な所を知る者は数少ない。
204
:
◆peHdGWZYE.
:2018/09/27(木) 01:55:03 ID:Kb/1rEw60
削ろうか迷った話なので間章。鑑定所のパートが長すぎ&本来は鑑定士試験の続きでやるべき話という理由。
でも、全員登場予定だった名残りで、顔出しできるキャラは出しておきたかった。次からは色んな所に視点が飛びます。
補足
鑑定士の女性(仮)
1スレ目131のSSから出演。名前がないので作中では彼女、"先輩"といった呼称で通している。
良くも悪くも普通の女性。それと同時に、特別な視点を持ちながら、当たり前の幸福に笑える人。
誰かにとっての普通は、他の誰かにとっては特別なのだ。
一貴
ハンバーグ丼に釣られる系男子。ちょろい。
205
:
星界の交錯点
◆peHdGWZYE.
:2018/09/29(土) 01:51:22 ID:dDyFjv9.0
04.強さの意味
岬陽太は完全無欠の厨二病患者だった。
この時世、誰もが固有の能力を有している影響で、厨二病も馬鹿にできたものではない。
能力の影響で尊大になったり、あるいは悪意ある他者に利用されると被害妄想を抱いたりする事は、
すでに珍しい光景ではなく、すぐに治って黒歴史になると楽観できるようなものでも無くなってしまった。
困ったことに、厨二病的な妄想も何割かは事実なのだ。
能力を利用した犯罪も多く、そういった事件の一つに巻き込まれて以来、陽太の特訓は日課となっていた。
同時に、陽太の師を務める事になった加藤時雨にとっても、それは日常となっている。
今日も弟子と立ち合い、今回フェイントを読み切り、強引に踏み込みつつ掌底を打ち込んでいた。
「うわっ……!?」
「はい、また一本ね」
あくまで護身の訓練だ。強くは打っていないし、陽太の方も尻もちをついた程度で済んでいる。
一勝し、明るい笑みを見せているのは、一見して中学生程度の少女。
傍から見れば、ヒーロー番組の影響でも受けた、少年少女のように見えたかも知れない。
「それじゃ、さっきの反省点だけど……」
しかし、外見では測り知れない所があるのが能力社会だ。
中学生にみえる三つ編みの少女――加藤時雨は一種の、若返りの能力を持っていた。
当人に選択の余地はなく、特定の年齢に固定されてしまうという、まるで呪いのような力。
時雨の実年齢は、弟子の陽太の倍を超えている。
その証拠というわけでもないが、訓練の際には学生時代の体操着を持ち出しており、
太ももが眩しいブルマは色々な意味で、今どきのデザインではなかった。
「なんというか、力押しに弱い所があるわね。ま、中学生だと色々と制約が多いんだけど」
「……強くなれない、って事か?」
何度かの立ち合いで、疲労も溜まっているはずだが、陽太の食い付きは早かった。
どうも彼にとって軽視できない問題であるらしい。
206
:
◆peHdGWZYE.
:2018/09/29(土) 01:52:31 ID:dDyFjv9.0
「うーん、強さって本質的になんだと思う?」
少し、時雨は考えるそぶりを見せてから、陽太に尋ね返していた。
この場合、誰もが納得する解答はない。適切に応じるには、陽太自身の考えを知る必要があるのだ。
陽太はここぞとニヒルな笑みを浮かべると、即答していた。
「ま、重く圧し掛かる宿命に叛きし力って所だな」
「って、厨二で返す所じゃないからっ!」
あまりに平常運転な陽太に思わず、突っ込みを入れる時雨だった。
(そういう意味じゃ、君はもう十分強かったりすると思うけどね)
弟子に悟られないように、内心で苦笑する。
以前の通り魔事件では、二人の共通の友人である少女、楓が死に瀕する事になった。
相手は本物の人殺しだ。本来は手遅れで、立ち向かった陽太も彼女を救えたとは言えないのだろう。
それでも、諦めずに抗い続けたという事実は、誰にも否定できるものではない。
(同時に危うくもある。この時代、誰もがそうなのかも知れないけど)
陽太がもつ夜間能力は「食べた事がある食材を創造する」という、初見では平和にしか見えないもの。
だが、あの事件で彼は、この能力で危うく人の道を踏み外す所まで行きかけたのだ。
寸前に時雨は思い止まらせる事に成功したのだが……
実際は止める資格も、道理もなかったのかも知れない。少なくとも、彼は楓を救うために選択しようとしたのだ。
ただ自分が、普通の少年が壊れて、普通でない何かになってしまうのを見たくなかった。
これは弱さ、なのかも知れない。
人が持つ"力"に比べて、人が持つ"強さ"はあまりにもちっぽけだ。
そのうえで、強さとは何か。迷ったものの、時雨は自分の見解を語る事に決めていた。
「強さの形は人それぞれで、決まった答えなんて無いのかも知れないけれど……
私は生き方の強さだと思っている」
「……生き方って言われてもなぁ」
陽太は首を傾げた。ピンと来なかったのも当然だと、時雨は思う。。
これだけでは具体性が乏しいし、敵を倒せる力にも、誰かを守れる力にもならない。
207
:
◆peHdGWZYE.
:2018/09/29(土) 01:54:05 ID:dDyFjv9.0
私自身、十分に強いとは言えないかも知れないけど、それでも。
時に悩み過ぎて、子供に置いて行かれるのが大人なら、子供の前では格好つけるのも大人だ。
「例えば、中学生ってのは未成熟な年代でね。鍛えるにも限度がある。無理をすれば、後の成長に響いてくるかも知れない」
「肉体的には時雨師匠も似たようなもんだろ?」
「私は二十年の経験があって……無理をして体を壊しても、やり直しが利く能力だったからね。
弟子に同じ事させる気はないわよ」
ある意味で、陽太が時雨の強さに憧れて、師事している面はあるのだが。
時雨としては、あまり真似をさせたいとは思えなかった。世の中、胸を張れない類の力もあるのだ。
「でも、例えば三年後ぐらいなら体格も完成して、下地を作った成果も出ている、と考えたら?
今少しばかり背伸びをするよりも、ずっと強い事になる」
「三年後、かぁ。普通に考えたら高校生だけどよ。成長する前にやられたら、元も子もないだろ」
ある程度は理解したのか、陽太は頷きつつも、疑問を呈していた。
いくら正論でも、切羽詰まった問題には役に立たないのではないか、と。
「そうね。前にも似たような事を言ったと思うけど、強さなんて優れた能力の前には無力なもの。
どれだけ鍛えて、能力の工夫を重ねても、短機関銃でも使われたら一瞬で死ぬ事だってある」
あえて否定せず、時雨は真っ向から陽太の疑問に頷いていた。
強さを求めるリスクは、まさにここにある。
――その強さにしても高が知れている。こんな珍しくもない武器に君は敵わない。
一方、陽太の脳裏では、かつて比留間博士と対峙した一幕が浮き上がっていた。
あれは銃を模した、ただのライターだった。でも、仮に本物だったらと、今でも思うのだ。
「……っ。それでも俺は」
「何もできない人間では居たくないのよね。それも分かってる。うん、分かってるつもりよ。
でも、まずに最初に知っておいて欲しいの。刹那的な力というのは、誰かが築いた物を簡単に壊してしまうって」
そして、と声を出さずに時雨は続ける。誰かではなく、自分が築いた物だって、壊れてしまう。
あえて内心に留めたのは彼女自身、どこか虚しさを覚えている主張だったからだ。
結局の所、以前の事件で楓を救ったのは、強大な能力ゆえに壊れた妹だった。
壊れた妹に頼るという自分の選択は、刹那的な力と何が違う?
殺害を介した完全治癒ともいえる、あの能力は紛れもなく妹をヒトとして壊した力なのだ。
「……じゃあ、強さってなんだろうな」
目前の押し掛け弟子は真剣な様子で、ぽつりと呟いていた。
208
:
◆peHdGWZYE.
:2018/09/29(土) 01:55:22 ID:dDyFjv9.0
「そうね。ひとまずは楓や君が一緒にいる晶ちゃんや遥ちゃん、それに君自身も。
どんな危険があっても高校生になって、三年後を無事に迎える事。それが強さなのは、間違いないわね」
すでに述べた通り、本当は決まった答えなんてないのだけど。
それでも、きっと、彼らに相応しいのは何かを失わないための強さなのだ。
――まあ、三年後って私じゃ永遠に届かない年齢だけど。
陽太と時雨の修行はボランティアサークル、世界EIYU協会の一環という事になっており、
外向けには護身術の指導という事になっている。今の所、実態もその通りなのだが。
場所については、実戦想定という事で転々とはしているのだが、やはり拠点は存在していて。
普段はサークル所属の少女、楓の家の裏側に面した土地を使っている。
家の一階は喫茶店となっているのだが、その裏口から少女が顔を出し、手を振って呼び掛けた。
「陽太くーん! あ、総帥! お邪魔でしたか!?」
「だから、俺は月下だって。そっちは世を忍ぶ仮の名だ!」
「総統はやめて……」
陽太と時雨に呼称のダブルパンチを喰らわせたのは、樹下楓。
中学二年、活発そうな顔立ちだが、今は能力の影響で視力が落ちているため眼鏡を掛けていた。
陽太は普通に本名だが、総統の方はヒーローには司令が付き物という理由の呼称であるらしい。
「いまは一区切りついて、休憩中だから話をするなら構わないわよ」
「ありがとうございます!」
許可されれば、さっと陽太の近くに駆け寄ると、楽しげに話しかけていた。
夜は俊敏な狼のような印象を持つが、こういう所はどちらかといえば仔犬っぽい。
「ねえ、今度の班別社会見学の話、もう聞いた?」
「班別……?」
とは時雨の疑問。陽太と楓はクラスメイトだが、時雨は保護者寄りの立場のため、知らない話題も多い。
何気ない疑問だったが、陽太は厨二モードの深刻さで応じていた。
「ああ、普通は学年単位で同じとこに行くだろ? でも、今回は班を決めてバラバラに行く。
意図が見えねぇし、きな臭いよな。陰謀の影が……」
「えー、影なんてないよ? 先生もみんなも良くしてくれるし、いいガッコーだもん」
楓が無邪気に厨二妄想を否定する。彼女はこのあたり、たまに容赦ない。
しかし、時雨は否定しきれない点も感じ取っていた。
209
:
◆peHdGWZYE.
:2018/09/29(土) 01:56:17 ID:dDyFjv9.0
「でも、この危険なご時世に生徒を分散させるなんて、ちょっと意図が気になるわね」
「だろ? やはり組織が裏で」
「はいはーい! 総統! その件に関しましては、ウチに情報があります!」
勢いよく挙手して楓が主張する。
「今度の国際会議に合わせて、少人数だけ能力特区、アトロポリスの見学が許可されてるんですよ。
全員が行けないから、学校から推薦できる一班だけって事で、こういう形式になったという噂です!」
思わず、へえと声が出た。ここで能力特区アトロポリスの名前を聞くとは思わなかったのだ。
アトロポリス国際会議は連日ニュースで流されてる程の、重大な時事といえる。
「形式は学会らしいけど、半分は式典みたいなものよね。チェンジリング・デイ以来、復興や能力研究の進捗を
世界中に分かりやすく知らしめる、ニュースではこうだったわね」
いわば、世界秩序回復の本格的な狼煙だ。
表向き国際学会(ILS)の行事ではあるが、国際連合および加盟国の影響が色濃く出ており、そして隠す気配もない。
学者だけでなく、各国の要人も顔を出し、政治的な意図が強いものとなっている。
一般への周知の度合いも踏まえれば、ノーベル平和賞の授賞式にも近い印象があるかも知れない。
「……学会、って事はあの比留間博士も出るのか」
「その可能性は高いわ。彼は能力研究の権威だし、メディア受けも良いから、出席も熱望されるでしょうね」
時雨は推測を述べつつも、あえて陽太と比留間博士の因縁については触れない。
その辺りの事情は夜の能力、アカシックレコードで大まかに知っていたものの、よほど危険な事態に陥らない限り、
不干渉か間接的な助力で済ませるつもりだった。
現状、あちらに殺傷の意志がない以上、事態の深刻化は避けたいところだ。
210
:
◆peHdGWZYE.
:2018/09/29(土) 01:57:29 ID:dDyFjv9.0
理由はともかく、陽太は修行にやる気を出しているようだった。
「とにかく、世界が動きつつあるって事だ! ならば闇の組織も乗じて動き出すに違いない。
今まで以上にレベルアップに励まないとな!」
(だいたい間違ってない辺り、嫌な世の中よねー。といっても、騒ぎ起こしそうな子は能力特区行きの班には
含まれないだろうから、陽太くんは安全だろうけど)
たとえ国際会議が襲撃されようが、"あの"国連軍が全力で迎え撃つ。
それこそ一般人の出番など皆無といえるだろう。
(……むしろ、『こっち』の問題に巻き込まれないように、私が注意しないとね)
最近になって、世間を徐々に浸食する夜間能力の"異変"。
時雨自身も、その発症者の一人だった。
条件の一つは未成年である事らしいが、これは実年齢ではなく、肉体年齢が反映されるらしい。
時雨の夜間能力はアカシックレコード。本状の媒体を形成し、知り合った人物や"観測者"に関連した情報を検索する。
いわば、広域の情報把握能力であり、各組織に知られれば危険視される類の力の一つだろう。
"異変"は様々な症状として表れるが、時雨のアカシックレコードのそれはなんとも不気味なものだった。
『■■■』『■■』『■■■■』
時雨と同じく発症者に該当する何人もの名前や情報が、乱雑に黒く塗り潰されていた。
まるで悪意ある何者かが、その存在を否定しているかのように。
211
:
◆peHdGWZYE.
:2018/09/29(土) 01:59:06 ID:dDyFjv9.0
まったり投下。序盤は各キャラ近況も兼ねる感じですね
運命の交差路〜遭遇〜の後日談、みたいな時系列で、今回この作品ありきの描写も多いです
補足
岬陽太
月下の魔剣から出演。ご存知、スレが誇る厨二少年。
昼は菓子や軽食、夜は食べた物の食材を創造する能力の持ち主。
今回、非日常系の話だけど主役。最終的には出番が増えるはず。
加藤時雨
運命の交差路〜遭遇〜などから出演。あまり少女感はない永遠の少女。
上記作品の事件が切っ掛けで、陽太に護身の手解きをする事に。
アカシックレコードという反則級の能力を持つが、今回は"異変"の被害者でもある。
樹下楓
運命の交差路〜遭遇〜から出演。ヒーロー志望女子。
今回も日常から足を踏み外すかは、まだ未定。
アトロポリス
太平洋の人工島に建設された都市にして、能力特区。
雑に説明すると、異能モノの舞台としてありがちなアレ。
劇場版なら劇場版っぽい舞台が要るよね、と軽いノリで設定された。
212
:
名無しさん@避難中
:2018/09/30(日) 15:35:36 ID:z1gtcG9o0
投下乙です
たくさんのキャラが見られるのは劇場版らしいお祭り感があっていいですね。書いてる方は大変だと思いますが
以前自分が劇場版らしきものを書いた時は何もかも勢いだけで乗り切りましたが、今作はすでにきちんと
練られているのが伝わってきて週末の楽しみがひとつ増えた感じです
213
:
名無しさん@避難中
:2018/09/30(日) 22:07:52 ID:QQQ3Lyj20
この安定感!
大根マジ厨二
214
:
星界の交錯点
◆peHdGWZYE.
:2018/10/06(土) 01:40:04 ID:cgrSL/pA0
05.バフ課集結
警視庁機密部署、バフ課。
他部署の領域として厳重に偽装、秘匿されたエリア内に彼らの会議室は存在していた。
その議題は他でもない、近日中に開催されるアトロポリス国際会議についてだった。
チェンジリング・デイ以降、国連も学会も決して座していた訳ではないにせよ、国際情勢の激変もあって、
ここまで大々的な動きは前例のない事だ。
この場で国際会議の詳細を告げられた、バフ課の主力を担う各班の隊長たち。
彼らからの反応は、すこぶる悪いものだった。
「つまるところ、テロの標的にしてくださいという事かの」
バフ課5班隊長、ラツィーム。独特の口調が特徴で、剛健な体躯と蓄えた白髭はその威厳を引き立てていた。
辛辣な切り込みともいる主張だが、のんびりとした印象を抱かせてしまうのは、平時の人柄によるものだろう。
「まあ、なんだ。あえて平地に波瀾を起こすってか。そういう臭いがするのは確かだ」
バフ課3班隊長、クエレブレ。無精髭に眼鏡の男性、普段は職務中でも構わず喫煙しているが流石に会議では控えていた。
控えめに、ラツィームに追従。敏感に面倒ごとの気配を嗅ぎ取ったらしい。
「それ以前に国連軍の管轄なのでは? なぜバフ課に、という疑問もあります」
バフ課4班隊長、ザイヤ。黒髪を短く切り揃えた若者で、新参の隊長なだけあって、やや場馴れしていない様子。
彼はごく真っ当に、疑問を述べた。バフ課は国外での活動も皆無ではないものの、他所の領分を冒さない事が原則だ。
「ウチらは日陰モン。場違い、やちゅう気もします。華やかな場は似合いまへんわー」
バフ課1班隊長、トト。会議室の紅一点、年齢を感じさせない和風美女で、どこかゆったりと構えていた。
京都訛りで軽い物言い、だが示唆的でもあった。原則バフ課は影で動く組織であり、国際会議に関わるべきだろうか。
「場違いだろうが、仕事は仕事だ――と、いい加減、まとめ役をやって欲しいもんだがな、総隊長どの?」
バフ課2班隊長、シルスク。世慣れた態度の青年だが、その鋭利な雰囲気を隠しきれてはいない。
会議室に生じた波紋を切って捨てると唯一、起立している人物に水を向けた。
この場には1班から5班までの隊長が勢揃いしており、それに6班と7班の隊長を加え、その合議によって
平時のバフ課は運営されている。
つまり"平時"でなければ、その意志決定に異なる要素が加わる事もある、という事だ。
215
:
◆peHdGWZYE.
:2018/10/06(土) 01:41:08 ID:cgrSL/pA0
総隊長、code:エニグマ。
個性を削ぎ落したような風貌の壮年で、地位を思えば若々しいとも言えるのだが、外見年齢がどれほど当てになるか。
現在はスクリーンに照射された映像を傍らに、厳かともいえる態度で口を開いていた。
「アトロポリス国際会議の目的の一つは、表勢力の威信を知らしめる事にある。
分かるか? テロに脅えて要人会議の一つもまともに出来ない――その怯懦が続けば不信を呼び、世界に混乱を招く」
一言一句に圧が、平時のバフ課にはない政治的な闇が、含まれていた。
現行法や公的な警察の権限では対処できない能力犯罪を取り締まる、といったシンプルな理念だけで動ければ、
それが理想ではあるのだが、超法規的な権限とはつまり、法律を逸脱した権力に他ならない。
逸脱した権力には毒蛇の巣のように、悪意や欲望が絡みつくのも必定といえた。
政治的に、あるいは私利私欲のために、どう利用できるかという視点とは無縁ではいられないはずだが、
普段のバフ課は彼という闇を一手に担う人物もあって、少なくとも権力闘争などとは無縁だった。
それだけに各班の隊長と言えども、総隊長を前にすれば沼の淵に立つような感覚は避けられない。
自身の一言で生じた緊張を知ってか知らずか、エニグマはただ続けていた。
「標的にしてください、という程、生温くはない。標的にしてみろ、この機に叩き潰してやる。そういう事だ」
「ふぅむ、威信……ではもう一つ重大なニュースがありそうだの。直感だがの」
「その通りだ。これはザイヤの疑問にも繋がるが……近々、バフ課の存在が公のものにされる。
これは内定段階ではあるが、決定事項とみていい。各省庁でもその方向で調整を始めている」
ラツィームの指摘を受けて、衝撃の事実をエニグマは開示していた。
機密部署が機密部署でなくなる。つまり、それはバフ課の在り方が根本的に変わりかねないという事。
これは緊張どころではない。隊長たちは思わず絶句し息を呑むが、一人だけ緊張に無縁の者も居た。
「ウチらも、これで晴れて正式な公務員。福利厚生も改善されそうどすなぁ」
「存在を公に認めるだけの話だ。内実がすぐに変わるという事はない」
トトの軽口をエニグマは冷たく切り捨てる。だが会議室の動揺は、これで薄れていた。
総隊長を相手に軽口を叩けるのは、せいぜいバフ課の前身となる組織から付き合いがあった、
ラツィームとトト、それに今は亡き前4班隊長のラレンツアぐらいだろう。
216
:
◆peHdGWZYE.
:2018/10/06(土) 01:42:55 ID:cgrSL/pA0
同じく前身の組織に所属していた、という流れでもないが、次の発言者はシルスクだった。
「そうだな。まともに人を人扱いしていたら、この課は回らねえだろ。その国際会議とバフ課の公表には繋がりが?」
「先に述べたように、これは混沌とした社会と裏の勢力への宣戦布告でもある。
公表できるものは公表していくだろう。政府は抑止力として、バフ課の名が使えると判断した」
エニグマの返答に隊長たちは静寂で応じたが、これは不満よりも納得の色が濃い。
秘密裡に秩序を守る、という意味では、機関と呼ばれる組織も存在しており、こちらは公表するには問題が多すぎる。
役割が被るだけにバフ課との競合(バッティング)も存在していたが、これを機にバフ課の役割を広げ、
相互の領分に明確な線を引くという事か。
「繰り返すが、直ちに大きな変化が起こる事はない。元より公然の秘密であったものを認めるだけだ。
折衝用のチーム新設、各班への顔合わせはあるが、それもまだ先の事。
むしろ、今は国際会議の方に重点を置いておけ」
安心させるように、あるいは目前の事件に集中させるようにエニグマは念を押していた。
「公表とかマジかよ……ツキにバレたりするのか? いやいや」
「内実は変わらねえ、って言ってんだろうが。顔出しの拒否権ぐらいはある。少しは落ち着け」
クエレブレなどは顔を蒼白にして頭を抱え、シルスクに宥められていたが。
バフ課は性質上、一般社会とは関係を断ってる者も多いが、クエレブレはそうではない。
この辺りの事情と苦労は、他の隊長たちの知る所でもあった。
「しかし、単にお披露目という事であれば、総隊長に見栄えが良い者を何名か付けるだけで事足りるはずですが……
総隊長の口振りからは、大規模な衝突を予想しているような印象を受けます」
会議室の中でも、ひときわ若いザイヤは先達が一通り発言し終えるのを待ってから、遠慮がちに尋ねた。
新任の隊長だからといって、遠慮しなければならない慣習はバフ課にはないが、この辺りの堅さも彼の個性だろう。
217
:
◆peHdGWZYE.
:2018/10/06(土) 01:44:21 ID:cgrSL/pA0
その疑問を受ける形で、ラツィームが推測を口にしつつ白髭を撫でた。
「無理もないの。ドグマ、魔窟や避地勢力、それに各国の犯罪組織も絡んでくるの」
「太平洋上にあるアトロポリスは天然の要害。気軽に侵入、離脱できる地域とは違う。
そのうえ、"軍事力"に守られている。個の能力戦とは、また違った力にだ。
裏の勢力図は把握しているが実際の所、手出しできる勢力は限られている」
「なおさら、バフ課の出番はないだろ。国連軍が敵を殲滅した後に、なにをやればいい? ゴミ拾いか?」
エニグマの返答に、半ば呆れた様子でシルスクは皮肉っぽく問いかけた。
敵の数は限られており、国連軍の武力は強大となれば、他の組織の出番はありそうにもない。
それに対して、総隊長は端的に一言だけ発していた。
「――『クリフォト』が動き出している」
クリフォトとは神秘思想の一種、カバラに関わる用語だ。
高次元からの万物の流入を描いたとされる生命の樹(セフィロト)と相反する、邪悪の樹。
半数以上の隊長は発言の意図を掴みかねたが、その不穏さは会議室に拡がりつつあった。
「くりふぉと、と言うと週刊誌とかに載っとる、悪の組織どすなぁ。
なんでも、各組織に食い込んだ回帰思想の過激派とやらで」
「都市伝説じゃねーか。イルナミティだの、そっち系の」
逆に困惑気味だが、まるで冗談でも聞いたかのように応じたのが、トトとクエレブレ。
彼らは一般社会にも関わりがあり、俗なゴシップ、それこそ他の隊長が見向きもしない噂話にも通じていた。
厨二病患者が妄想し、無責任な雑誌が存在と秘匿を放言する。クリフォトは、おおむねそういった用語だ。
たしかに世界には異能が実在し、それに関わる陰謀も数多いのだろう。
しかし、それらが全て、特定の思想を持ち、特定の組織に属しているというのは考慮にすら値しない話だ。
たとえばバフ課自体も、記憶処理班によって秘匿を行っているが、これは別にクリフォトとやらの都合ではない。
218
:
◆peHdGWZYE.
:2018/10/06(土) 01:45:46 ID:cgrSL/pA0
「二名の言う通り、所詮は陰謀論。実際はムーブメントの類に近く、組織とすら言えん……そのはず『だった』。
だが、近年になって急速に組織としての形を見せつつある。その実態は裏社会ですら、把握できていない」
スクリーン映像をアトロポリスの資料から、クリフォトのそれに切り替え、会議室の面々に提示する。
どういうルートで掴んだのか、各勢力の内紛や不可解な動き、それに関連人物の渡航歴や思想の偏向を提示したものだ。
情報自体は貴重なものだが、それがクリフォト実在の根拠になるかといえば、せいぜい妄想から眉唾になった程度のもの。
だが、確信もなく動く男でもあるまい、とラツィームの双眸には真剣な光が宿っていた。
「カリスマ的な指導者でも現れたか、それとも巧妙に隠れていたかの」
「さてな。本当に陰謀論のような事があり得るのかは分からんが。問題は各勢力に食い込んでいる、という点だ。
……国連軍は内部から崩される恐れがある」
今度こそ不穏さは明確な形となり、会議室内が騒然した。
国連軍にもクリフォトが食い込んでいる、という事は単に国連軍が機能しない、というだけの意味に留まらない。
最悪、クリフォトに動かされた"国連軍の一部と交戦"しなければならなくなる、という可能性すらあるのだ。
シルスクとクエレブレは互いに目配りすると、緊張を抑えてシニカルな笑みを浮かべた。
「バ課には崩される恐れはないと」
「あるのかよ? ご丁寧に予算と人員を割いて、バ課連中に紛れ込んで……」
「ないな。俺がクリフォトとやらでも、もっとマシな所にリソースを割く。連中も俺達よりはマシな知能はあるだろ」
シルスクとクエレブレは経験ではラツィームなどに劣るが、最も勢い盛んなエース格でもある。
彼らの復調は、会議室全体にも良い空気をもたらしていた。
軽いやり取りだったが、それに苦笑するような形で、バフ課の本来の雰囲気が戻ろうとしていた。
元より、自分たちは公言できない程にブラックな公務員であり、地獄手前で生きてるのが常態だ。
だからこそ、これまで自分の流儀で切り抜けてきたし、その流儀によれば自分たちは優れたプロであると同時に、
筋金入りの「バ課」でもあるのだ。
小さく――それこそ、ラツィームとトト以外は見落としたが、エニグマも彼としては珍しく苦笑していた。
219
:
◆peHdGWZYE.
:2018/10/06(土) 01:47:00 ID:cgrSL/pA0
「結構――相手がどうあれバフ課の存在意義は一つだ。それが能力犯罪ではあれば取り締まる。
シルスク、クエレブレ、ザイヤ。以上、三名が率いる班にはアトロポリスに随行してもらう。
各資料は当日までに、頭に叩き込んでおけ」
『了解!』
「ラツィーム、トト。二名の率いる班については、国内の対応と後詰めを兼ねてもらう。
こちらは長期的な激務だ。おそらくは陽動でこちらも荒れるだろうが、我々は余裕を残しつつ捌かなければならない」
「了解したの」
「了解どす。ウチらに後を任せるなら、無事帰ってこんといけまへんよ」
クリフォトの真偽はどうあれ、状況の把握と共有は終わった。ここからは実務の話となる。
手早く人選を告げ、そこに異論の余地はなかった。
フットワークが軽い面々をアトロポリスに向かわせ、古参がそれを固める。まず妥当な所だろう。
「6班、7班は国内に集中させる。が、まずはバフ課独自の情報収集を考えている。
国際会議に先立って、クリフォトが動くと想定できる以上、その機に情報を入手しておきたい。
問題は収集先だが――」
迅速かつ正確に、バフ課はアトロポリスの保安、そして対クリフォトの体制を整えつつあった。
しかし最善、最速の手を打ってなお、事態に二歩も三歩も遅れる事がある。
これは常に後手に回る治安組織の性質上、避け得ない現実だった。
220
:
◆peHdGWZYE.
:2018/10/06(土) 01:50:20 ID:cgrSL/pA0
>劇場版
バフ課壊滅、ボス戦感があって楽しかったですね。自分も劇場版を……という意味では、きっかけになった作品です
ちょうど良く、今回も隊長勢が集合する話となりました
練った感覚は無かったりしますが、自分が「このスレで見たかった妄想」を遠慮なく詰め込む事に決めたので、
ある意味では相当なストックがあると言えるのかも
隊長勢は人数が多いので、今回は登場が少ないトト隊長を補足に
補足
バフ課
『バッフに関する犯罪を専門に扱う課』とも。長い正式名称が存在しているらしい。
作中舞台が都内某市、のような扱いが多いため、警視庁内部に部屋が用意されている扱いに。
前身となる組織はチェンジリング・デイ以前から存在していた。
一般の構成員は、だいたい頭が悪く、怖れ知らずであるのでバ課とも通称される。
エニグマ
話題に出た事はあったものの、ついぞ登場しなかったバフ課のトップ。この作品での初出キャラ。
平時は隊長たちにバフ課の運営を任せており、政府内で能力の扱いを巡った政争、工作に専念している。
だが、事件の規模や政治性の高さによっては、陣頭に立つことも。
詳しい人物紹介はいずれ。
トト
◆PLwTfHN2Ao氏の作品から出演。
バフ課でも珍しい、女性隊員が主となる1班の隊長を務めている。
下戸で不器用、だが誠実で面倒見が良い姐さん。京都訛り(?)で話すのが特徴。
外見描写は特になかったので、とりあえず自分のイメージで補完。
クリフォト
陰謀論などで名前が挙げられる謎の組織。生命の樹に相反した、邪悪の樹を名乗る。
実在を主張する媒体によって、細かな点は変わるものの、世界をチェンジリング・デイ以前の状態に戻そうという、
過激な回帰主義者による集団であるらしい。
元々は怪しい噂話でしかなかったのだが……
221
:
名無しさん@避難中
:2018/10/06(土) 19:05:31 ID:OLao8L7o0
投下乙です
この物語を読み始めて改めて思ったけど、チェンジリングスレは本当いろんな妄想が捗るんですよね
クリフォトとかそういう方向から来たか!っていう
私も久しぶりの妄想が俄かに湧いてきましたが、当分はこの物語を楽しみたいと思います
楽しんでるうちにきっと忘れるし
222
:
星界の交錯点
◆peHdGWZYE.
:2018/10/13(土) 01:40:36 ID:G8r8bL5w0
06.彼方からの呼び声
――声が、聞こえた
魂、霊、思念、いずれとも似ていて、しかし絶対的に異なる声。
およそ三次元空間上では本来、成立しえない程の複雑な情報が絡み合い、婉曲的に声らしきものを形作っている。
それは一種の神託であったのかも知れない。
奇妙な声に魅入られたかのように、彼女は夜間の街を出歩いていた。
川端輪、S大学生に通う学生で、パーマがかったセミロングが印象的な容貌だ。
出歩く場所によっては、一度か二度のナンパはあったかも知れない。
夜の能力は、霊視。現世に留まった死者の未練を幽霊と認識し、見聞きできる能力だ。
彼女もまた"異変"発症者であり、その症状は徐々に重くなり、夜間は奇妙な声が耳を離れない程になっていた。
「東……の方ね、きっと。歩いていけない程、遠いのかな」
声が聞こえる方向へと歩き続けたものの、そろそろ帰りが心配になる程度の距離に達しつつあった。
加えてもう遅い時間帯、さすがに理性が勝り、足が止まる。
よくよく考えれば、気軽に行けるような場所ではないかも知れない。
先にネットで情報を集めたり、超能力学部の同級生や教師に相談した方がいいに決まってる。
そう結論を出し、踵を返そうとした瞬間だった。
「失礼。あなたが川端輪さん、ですね?」
一瞬、輪は心臓が跳ねるような思いをしていた。
声に気を取られていた、というのもあるが、いきなり自分の名前を呼ばれたのだ。
慌てて向き直れば、やや頬がこけた神経質そうな男が、挨拶代わりか軽く手を持ち上げていた。
明るいグレーのスーツを着こなし、社交的な雰囲気を作ってたものの、当人の印象は覆せていない。
輪はためらいながらも、彼の素性を尋ねていた。
「……あなたは?」
「警戒させて申し訳ありません。私は日本政府の依頼を受け、ILS(国際学会)より"異変"調査の為に遣わされた者です。
派遣調査員……フォースリーと申します。
本日は"異変"による症状について、お話を伺いたく、そのために参りました」
謝罪から述べると、フォースリーは学会発行の身分証を差し出した。
全ての項目が英語で記されていたものの、英語圏での活動が長いナオミ教授の影響もあって、
大半が輪の語彙に存在する単語だった。
223
:
◆peHdGWZYE.
:2018/10/13(土) 01:41:27 ID:G8r8bL5w0
「あまり時間は取らせませんので、よろしければご協力をお願いします」
輪は身分証から学会での地位と、平時に所属している大学を読み取り、食い違いがない事を確認。
調査員を派遣したというのは、初耳だったものの、"異変"調査の進捗がすべて輪の耳に入る訳ではない。
身分からしても、"異変"発症者の情報を持っている事は、不自然ではないだろう。
「えっと、まず私の能力はいわゆる『霊視』で。この世に留まった、死者の霊と会話する事ができます。
でも、その"異変"? というのが起きてから、ものすごく遠くから声が聞こえるというか……
それは幽霊の声とはまた、別の感じで」
一抹の不安を覚えながらも、輪は語り始めていた。
常人とは異なる感覚を持つ、という類の能力は他者への説明が難しい。
だが、それでもフォースリーは関心にその双眸を光らせ、重ねて質問を発していた。
「声、ですか。一体、それはどのような? 何を話しているのか分かりますか?」
「いえ、説明は難しいのですが……まるで澄んだ歌声のような。内容はよく分かりませんが」
ごくありふれた、曖昧な回答だと思われたかもしれない。
おおまかにこんな症状はある、でも具体的な所は言語化できない。情報を集めている調査員なら聞き飽きているだろう。
しかし、フォースリーの反応は想定と違っていた。
ますます熱意を滾らせて一歩、二歩と距離を詰めてきたのだ。思わず、後ずさる。
こうなって、輪は初めて気が付いた。声を追って自分は、知らず知らずの内に人通りがない路地に入り込んでいた。
「そこまでの深度なら……いえ、そんな事はないはずですよ。よく集中して聞いてみてください。
あなたなら聞くことができるはずだ。"彼女"の声を」
ぞくり、とした。今度は驚いたのではなく、輪は恐怖を感じていた。
いきなり無遠慮に肩を掴まれ、まるで瞳を覗き込むように、顔を近づけてきたのだ。
フォースリーの両目は飛び出るかと思う程に見開いており、また興奮からか血走っている。
明らかに尋常な様子ではない。まるでホラーの怪物のような狂気が覗いていた。
224
:
◆peHdGWZYE.
:2018/10/13(土) 01:42:55 ID:G8r8bL5w0
「お前、何をやっている!?」
まるで計ったようなタイミングで、輪の聞きなれた声が響いていた。
静岡幸広。茶髪のS大学生で、輪とは数年の付き合いになる。
今日は友人との付き合いで、出歩いていたのだが、その帰りに能力の影響もあって、この場面に遭遇していた。
その能力とは、無意識に恋愛の切っ掛けを作るというもの。
もちろん恋愛の切っ掛けがある事と、実際に恋愛に発展する事とは、大きな隔たりはあるのだが。
こうして、たまたま異性の友人のピンチに駆けつける事ができるという点では、ありがたい能力だった。
(まず、一発!)
幸広がどうしたかといえば、行為を咎めたと見せかけて、すでに拳を作って殴りかかっていた。
喧嘩は先手必勝、腕っぷしに自信がある訳でもないが、それだけに不意打ちで逃げる機会を作る事には慣れていた。
昼夜ともに、不良の恐喝などには遭遇しやすい体質なのだ。
しかし、今回ばかりは相手が悪すぎた。
「目撃者とは……これはこれは。さて、どうしたものか」
フォースリーは相手など眼中にない様子で、つぶやいていた。
完全に不意は打った、まちがいなく拳は真横から顔面を打ち抜く――と確信した直後に。
一瞬で、幸広は腕を取られ、そのまま捻りあげられていた。
幸広は痛みに思わず眉をしかめたが、悪くない展開だった。これで自分を拘束している限り、相手も動けない。
「輪、逃げろ! こいつ、普通じゃない!」
幸い、輪がためらう事はなかった。小さく首肯すると、さっとこの場を走り去っていく。
相手は不良の場合が大半だが、こういう状況は初めてではない。
足手まとい無しの一人なら、幸広にも立ち回り様があるのだと、分かっているのだ。
225
:
◆peHdGWZYE.
:2018/10/13(土) 01:44:10 ID:G8r8bL5w0
「判断は悪くない……相手が有象無象だったら、の話だが」
幸広の腕を捻ったまま、フォースリーは逃げ去ろうとする輪に手の平を向ける。
能力、と幸広は察したが止める術はない。
次の瞬間、まるでペンキのような原色の青が飛び散り、空中に弧を描いた。
輪に直撃はしない。が、その頭上を越えて、逃げ道となる道路が瞬く間に、青一色へと塗り潰されていく。
能力の正体が掴めず、輪の足が止まる。結果から言えば、その判断は正しかった。
急激に冷気が噴き出し、周辺には霜が降り始めたのだ。
「え……そんな!?」
喉奥から、悲鳴が漏れ出ていた。後ずさり、それを見上げる。
青一色に染められた足場からは、一瞬で巨大な氷塊が形成されていた。
路地を完全に封鎖する大質量、氷の障壁。
まるで南極海に浮かぶ流氷のようだったが、ここは街中であり寒冷地ですらない。
地形変動レベルの氷生成――まちがいなく、戦場やテロでも通じる、強力なエグザだった。
「がっ……!?」
輪の動きが止まると同時に、幸広もいとも簡単に引き倒され、地面に叩きつけられていた。
相手はプロ、であるらしい。腕力にしても技量にしても、差があり過ぎる。
意識を奪うつもりか、それとも完全に止めを刺す気か。
フォースリーは無感動にブーツを履いた足を持ち上げると、幸広の身体目掛けて鋭く踏み下ろそうとしていた。
「カード・リリース! 【poltergeist】!」
再び、第三者の声が路地に響いていた。
詳細は知れないが、明らかに何らかの能力発動を告げる声。
咄嗟にフォースリーは飛び退き、自身の位置を変えると、声が聞こえた方角を注視する。
一撃で戦闘を決する類の能力を警戒するなら、幸広の始末は優先順位は低かった。
だが、目前で発動した能力は、必殺級のものではなかった。
路地に転がる砂利や石ころ、そういったものが浮かび上がり、無秩序にフォースリー目掛けて飛来したのだ。
舌打ちすると最低限、危険そうなサイズの石だけ打ち払うと後退、腕で庇いつつ顔を背ける。
226
:
◆peHdGWZYE.
:2018/10/13(土) 01:45:09 ID:G8r8bL5w0
「おいオッサン! 街中で派手に能力ぶっぱなしやがって……ここ大丈夫かよ!」
挑発的な台詞と共に、自分の頭をつつて見せたのは、いかにも喧嘩慣れした風袋の少年だった。
どうやら、派手に能力で氷の壁が作られた結果、この状況に気が付いて駆けつけたらしい。
一瞬、幸広と輪は通りがかりの不良かと思い、直後に彼の制服に気が付いた。
夜見坂高校、良くも悪くも噂の絶えない学校だが、はっきりと世間に認知されているのが、
日本全国でも有数、能力開発に相当な比重を置いている学校、という事だった。
フォースリーは明らかに暴力の専門家だったが、あの学校の生徒なら、ひょっとすると対抗できるかも知れない。
夜見坂高校1年、上守琢己(かみもり たくみ)はわずかな期待を背負って、フォースリーと対峙していた。
「これで邪魔者が二人か。殺さずに無力化するのも手間、となると。仕方ないな」
業務上の手間が増えた、という程度の冷淡さでフォースリーは呟くと、
とくに躊躇う事もなく、衣服の下に隠れたベルトから軍用のコンバットナイフを抜き放っていた。
素人目に見ても、チンピラが喧嘩に使うような物より肉厚な刃が鈍い輝きを放つ。
そして、獲物と捉えた爬虫類のような目付きで、倒れた静岡幸広を見やった。
(げっ、まずは数を減らすってか)
ぞっとしつつも、上守琢己の判断は素早かった。
「うおおおおおお! カード・リリース! 【knife】」
雄たけびを挙げて突撃、これで相手の注意を引き付けつつも、素早くカードを発動させる。
上守琢己の能力はコピー能力、《イミテーション》。
一度、視認した、あるいは体験した能力をカードとして生成して、一度限り行使できる。
使用済みの能力は使えなくなるが、再び視認か体験すれば、カード生成が可能となる。
今回、上守琢己は使用したのは、夜見坂高校の不良が行使していた、ナイフを生成する能力だ。
フォースリーが使うナイフと同じものを、両手に二本具現する。
227
:
◆peHdGWZYE.
:2018/10/13(土) 01:46:08 ID:G8r8bL5w0
「ちぃ……」
装備面で互角になったと悟り、フォースリーは飛び道具での決着を図る。
液状の青いオーラを放出、琢己自身を青く染めようと襲い掛かった。
しかし、琢己も喧嘩慣れしているだけあって、これを読んでいた。そも挑発した時点で、これは彼が作った流れなのだ。
咄嗟に横に飛び退いて、姿勢を崩したものの青いオーラを回避する。
姿勢を崩した隙に、とフォースリーが肉食獣のように駆けだそうとした瞬間。
「これを使え!」
崩れて膝を付いた状態を利用して、地面にナイフの片方を滑らせる。
その先に居たのは、どうにか起き上がっていた静岡幸広だった。この為に二つ生成していたのだ。
「お……っと」
ナイフを投げられては困るが、地面を滑らせたのなら、素人でも拾うのは簡単だ。
喧嘩で刃物を使った経験などないが、素早くナイフを拾い上げると、幸広は構えていた。
「なるほど、手間取らせてくれる」
足を止める。ここで容易に処理できない相手だと、フォースリーは悟っていた。
刃物持ちが二人に増えてしまった。仮にもプロが遅れを取ることはないが、常に万が一を意識せざるを得ない。
しかし、慎重になれば、相手に逃げられる可能性が高くなる。
琢己は態度悪く笑うと、ジレンマを煽るように、刃物を持った二人が同時に視界に入らないように動いていた。
彼は喧嘩を売るにも買うにも、天賦の才があるらしい。
「気を付けてくれ! あの青いペンキみたいなのから、氷の壁が出てきたんだ!」
「マジかよ。軽く人殺せる系の能力じゃねーか……あんた達も逃げる事を念頭においてくれ。
ああまで、イカれた奴とやりあうなんて、何の得にもならねーからな!」
ここでようやく状況が膠着し、大声で情報交換を行う。
さらにフォースリーは冷静さを保ちにくくなるが、これが吉と出るか凶と出るか。
228
:
◆peHdGWZYE.
:2018/10/13(土) 01:47:15 ID:G8r8bL5w0
(これで残り三枚……行けるか!?)
手元に残るカード枚数を意識する。
カード生成はあくまで昼の能力、現在は日が沈んでいるため新たに生成する事は不可能。
そして、琢己は夜の能力は未発現であるため、現在は無能力者だ。
一度、生成したカードは昼夜問わず使えるのだが、喧嘩の絶えない生活をしている事もあって、
紛失や破損を避けるために、常備しているカードは限定されていた。
「かなり不完全だが、コピー系の能力者とみた。強力ではあるが……」
フォースリーは冷静に見抜くと、獲物を慎重に値踏みしていた。
そもそも、他人の能力を使う事は難しい。把握ですら、専門家の助けを必要とする。
ストックにある能力で積極的に攻めてこない事を見ると、制限があるか、条件的に攻撃能力が少ないのか。
上守琢己にとっては幸運な事に、昼にしかコピーは行えず、夜は消費のみ、という点は見抜けなかった。
自分の能力を奪われる、という最悪の自体をフォースリーは警戒せざるを得ない。
故に、フォースリーの攻め手は強大な能力による圧殺ではなく、近接戦。
姿勢を低くし、剽悍に地を蹴り、コンバットナイフを片手に飛び掛かっていた。
(っ……速えぇ!?)
刃物を相手に喧嘩した事もある琢己だったが、フォースリーは今までとは別格の敵だった。
瞬く間に距離を詰め、踏み込みにフェイントを交えつつ、ナイフ一閃。金属光が迸っていた。
それをリスク承知でスウェー、上体を逸らして回避。目前を刃が通り過ぎる。
あるいは専門家でも、目を見張る攻防であったかも知れない。
ほぼ体勢を変えず、相手を殴り飛ばせる姿勢のまま回避した。琢己の拳がより強く固められる。
「こっちだって、刃物相手ぐらいは……ぐあっ!?」
半瞬だけ遅れて中段蹴りが、咄嗟のガードの上から琢己を打ち抜いていた。
みしり、と身を庇う姿勢にフォースリーの足が食い込み、そのまま蹴り飛ばす。
ナイフの一撃から蹴りによる追撃までが、一連の動作であったらしい。
地を転がる事になった琢己は、感触から相手が衣服の下にプロテクターを着用する事を察していた。
今ので骨を砕かれなかったのは、幸運だったからだろう。
結局は、はったりにしか使えず、琢己の手からナイフが滑り落ちていた。
229
:
◆peHdGWZYE.
:2018/10/13(土) 01:48:31 ID:G8r8bL5w0
「ああ、子供の喧嘩なら勢いに任せて振り回す事もあるだろう。刃物は恐ろしい。
だからこそ、素人は他を警戒できなくなる」
元からフォースリーは、刃物に対応できる相手に即した訓練も受けている、という事だった。
この差は喧嘩慣れという程度では埋められない。
「カード・リ……」
「遅い」
では能力、という最後の頼みすらも容赦なく潰される。
手の平が撃ち出された氷刃が、カードを真っ二つに切り裂いていた。
これも《イミテーション》の弱点。一度、カード使用を知られたのなら、相手は簡単に見逃してはくれない。
琢己はその瞬間、フォースリーの手の平が青く塗られている事に気が付いた。
戦闘中、見られないように手を染めれば、そこから氷を撃ち出せるという一種の応用技らしい。
「そいつから、離れろ!」
万事休す、諦めがよぎった所で助けの手が入っていた。
静岡幸広が震えながらも、フォースリーにナイフを投げつけたのだ。
所詮は素人、威力は大した事がなく、回転している以上は刃が当たる保証もない。
フォースリーは冷静に、スーツの袖を利用して叩き落していた。
「逃げればよかったものを……」
フォースリーは冷たく呟くが、わずかな、しかし決定的な時間を稼げたのも事実だった。
「カタギじゃねえなら、遠慮なく使わせてもらうぜ。カードリリース! 【arachne】!」
上守琢己は流れるような動作で、ポケットからカードを抜き出していた。
恐ろしい強敵に、決死の助け。ここでためらう理由はない。最大最強の切り札が、ここで選ばれていた。
230
:
◆peHdGWZYE.
:2018/10/13(土) 01:49:46 ID:G8r8bL5w0
その瞬間、出現した大重量に路地が震撼した。軽度の地震と錯覚しかねない程に。
路地を叩き割るような規模で、巨大な鋼鉄蜘蛛が出現していた。
胴体から脚までもが鋼鉄製で、胴部半ばからは人型のユニットが接続されている。
地獄の鋼鉄蜘蛛。現代科学ですら再現できない、未知の機動兵器。
三上静、夜見坂最強の女とは逸話から誇張の混じる物言いだったが、その彼女を強者たらしめる能力だ。
どこか友人が面倒みている少女の、夜の姿に似ている、というのが幸広と輪の感想だったが。
あまりにも強大な生成能力に、フォースリーの攻勢も止まっていた。
「この規模の具現型能力を有しているとは……! こんなものが街中に転がっているのだから、この世界は度し難い」
「ごちゃごちゃ、うるせえぞ。どうした? やるか、それともやらないのか」
自分の知る限り最強の能力ですら、フォースリーには届かないかも知れない。
だが、ここでナメられれば本当にお終いだ。だからこそ、いかにも使い慣れた、無敵の能力を装う。
不安を持ちながらも一切、弱みは見せずに、琢己は言い切っていた。
膠着する。たがいに沈黙し、琢己や幸広は心臓が凍るような一瞬、一瞬を過ごしていた。
しばらくして、といっても数秒後……その膠着を破ったのは、フォースリーのため息だった。
「ああ、退かせてもらおう。最低限、深度の確認が出来た。これ以上、能力を晒すほどの目的はない。
それに、その蜘蛛と争えば、闖入者は一人や二人では済まなそうだ」
聞いた瞬間に、琢己は判断を切り替えた。人払いが完璧でないなら、戦えばこちらが有利だ。
「そうかよ。アラクネー、行け! あいつをぶちのめせ!」
せいぜい派手に暴れて、到着した警察でも味方に付けて、イカれた奴をひっ捕らえる。
そこからは、もう警察の仕事だろう。完璧なプランだ。
「なんだ? 動かない?」
しかし、直後には異変が起きていた。妙に鋼鉄蜘蛛の反応が鈍い、というよりも、これは……
鋼鉄蜘蛛が凍り付いている。
張り付くような氷に包まれ、蜘蛛は完全に拘束されていた。
231
:
◆peHdGWZYE.
:2018/10/13(土) 01:50:32 ID:G8r8bL5w0
「――命拾いしたな少年。その能力の持ち主に感謝するといい」
一度、退くと決めたが故に、フォースリーは戦闘には応じなかった。踵を返して、歩み去っていく。
やがて彼が、ぱちんと指を鳴らすと、同時に鋼鉄蜘蛛は氷もろとも木っ端微塵に砕け散った。
「いずれ、彼女の声は逃れようもなく、聴く者全てを捉えるだろう。全ては時間の問題でしかない」
無数と氷片と、破損が飛び散る騒音の中に入り混じって。
しかし、琢己と幸広、距離を置いて様子を窺っていた輪にも、はっきりと声は届いていた。
一瞬でこちらを皆殺しにできるだけの能力。謎めいた言葉。
あらためて実感し、幸広は思わず震え、そして輪はなんとも言えない不気味さを感じ取っていた。
偶然にも巻き込まれる事になった琢己も、一つ残った治療用のカードを握ったまま佇んでいる。
やがて、警察や人が集まってくる。
結末から語れば、この事件は通り魔的な犯行として処理された。
幸広や輪は"異変"との関連を証言したものの、それを警察側が真に受けたかは怪しい所だ。
事件に関わった三人は、各自の生活に戻ったものの、決して不吉な予感が消える事はなかった。
すでに、暗雲は漂っているのだ。自分たちの頭上に、あるいは想像もできない程に広い規模で。
232
:
◆peHdGWZYE.
:2018/10/13(土) 01:53:11 ID:G8r8bL5w0
日常を侵食する異変、そして軽い前哨戦……の予定が、あれ長い?
今回は東堂衛のキャンパスライフ勢とImitationの話となりました
主役の衛は、夜にかれんちゃんの面倒を見ないといけない、という所もあるので、今回は未出演
補足
川端輪
東堂衛のキャンパスライフから出演。パーマが特徴的な大学女子。
珍しい霊能系の能力を持っている。昼は能力により弟の魂を身体に宿しているが、今回は夜なので休眠中。
"異変"が進行しており、今回の事件へと至った。
静岡幸広
東堂衛のキャンパスライフから出演。親友枠、でも主人公補正的な能力の持ち主。
今回の話は、都合の良い乱入があるようで、わりと必然的だったりする。
好きな子のために根性を見せたものの、輪と一緒に被害者枠。
上守琢己
Imitationから出演。羽華高校(通称バカ校)から夜見坂へ転入した王道主人公。
能力は現状、昼のみ発現しており、今回は夜の話なので本領を発揮できていない。
2話だけの未完作品なので、上手くキャラを掴めたのか、ちょっと自信がなかったり。
カード化能力は、同じ高校のキャラから友情出演があります。
フォースリー
新キャラ、悪役。ILS(国際学会)の身分証は精巧な偽造なので、所属は不明。バレバレだけど。
"異変"発症者の調査、深度によっては拉致を行っている。
能力で巨大な氷を生成したが、その本質は不明。
233
:
◆peHdGWZYE.
:2018/10/13(土) 01:57:48 ID:G8r8bL5w0
>>221
クリフォトとかいう、ド直球な厨二ワード
こっそり既存設定のかなり意外な所に繋がりがある組織だったりします
能力研究者の科学的アプローチ、生活感のある能力社会、隕石被害の爪痕etc
このスレ、下地が凄いんですよね
妄想を形にするのは労力は要りますし、今どきはもっと人目に触れる場所も増えたので……
でも、たまたま忘れず、本当に気が向いたらぜひ、という感じですね。この星界の交錯点もそういうスタンスです
234
:
名無しさん@避難中
:2018/10/13(土) 23:11:54 ID:qMtiLlAU0
投下乙です
ほんとにいろんなキャラがどんどん出てきますね。全キャラ登場いけそうですよw
それですねー、妄想はふつふつと湧いてはくるけど形にするのは楽じゃないもんね。創作はそこが大変だ
書いてみたけど結局エタらせた、なんてことにならんよう、書くなら書くでちゃんと練ってからにすることにします
ところで少し質問なのですが、バフ課6、7班の詳細な構想ってあったりしますか?
235
:
名無しさん@避難中
:2018/10/14(日) 00:33:55 ID:rUGwnePQ0
亡くなってたり(パウロさんとか)、詳細不明な人も多いので、全キャラはとてもとても
じゃあ、なんで最初に予定していたのかといえば、本当に何も考えていなかったんですねw
自分で総隊長出しただけでも、大冒険なので……6、7班はノータッチです
既存だとあれこれ7班が役割持ってるみたいですが
236
:
名無しさん@避難中
:2018/10/14(日) 10:18:02 ID:xx0QcvtU0
迅速回答ありです
そういや記憶操作担当してるのが7班でしたっけね。書く時は6班使おうかな…
237
:
星界の交錯点
◆peHdGWZYE.
:2018/10/20(土) 00:34:02 ID:zFmu73gQ0
07.世界の敵
弾けるような発砲音が絶え間なく鳴り響いていた。
集団の手に握られたサブマシンガンの銃口が、硝煙と共に死を叩き付けている。
仮に、ここが街中なら大混乱だろう。たとえ能力社会であったとしても、これに勝てる能力者は多くない。
銃器の集団運用という脅威。だが、まるで――標的たる二つの影には通用していなかった。
「また殺しは無しかよ、ホーロー」
「ファング、お前も大概だろうが」
犯罪組織ドグマの戦闘員の中でも上位格、風魔=ホーローとファング。
黒い戦闘服に藍色のマフラーを棚引かせた少年と、人狼と化した青年が襲い来る銃弾を掻い潜っている。
彼らは、軍隊ともいえる武装集団を相手に一歩も引かず、それどころか果敢に攻め立てていた。
『くっ……こいつら化け物か!?』
兵士は身を屈めたホーローに至近距離からフルオート射撃、投薬の効果もあってクリアに射線が標的に向かう所が見え――
そして、全ての銃弾は命中せずに、虚空を撃ち抜いていた。
ホーローはまるでコマ落としのように加速、白熱するプラズマナイフを一閃し、銃火器を両断した。
ファングもそれに劣る事はない、正面から集中砲火を浴び、抉られ無数の銃創を作りながらも、正面から突破。
怪力と爪を併せもった腕を振り下ろし、防弾武装の兵士を一撃で昏倒させる。
この時点ですでに能力による再生が終わり、集中砲火によって受けた傷は跡形もなく消えていた。
「なんつーか俺、とにかく死ににくいから、万が一にも負けない相手を殺すのも不公平な気がしてな」
「それは俺も同じだ。こいつらに負ける気はしない」
軽口を叩く間にも一人、また一人と『避地』勢力の軍勢は戦闘不能に追い込まれていく。
もはや彼らにとって、今回の相手は命を奪いにも値しない敵だった。
『全武装の使用を許可する! 生死は問わん! こいつらを叩き潰せ!』
指導者格らしき男の声が、拡声器に乗って周辺に木霊する。
これで、さらに強力な火器が用いられる事になるだろうが、二人の勢いはとどまる事はない。
238
:
◆peHdGWZYE.
:2018/10/20(土) 00:35:09 ID:zFmu73gQ0
「はんっ……!」
「……温い」
やがて――プラズマナイフと狼の剛腕が、最後の敵を打ち倒していた。
おびただしい数の戦闘不能者と武装の全損を抱えて、彼らは総崩れし、自分たちのテリトリーへと撤退していく。
今日は『避地』勢力にとって最悪の一日となっただろう。
その後は手はず通りに、彼らの物資集積場を確認。『避地』勢力は最新技術を有している事もあったが、
まあ今回に限っては、大したものはない。容赦なく焼き払い、彼らの計画を崩壊させた。
猛火を前に、皮肉にも風魔=ホーローは学生時代のキャンプファイヤーを思い起こしていた。
珍しくもない路地で、一人の少女と遭遇し、そしてドグマのホーローとしての全てが始まったのだ。
あるいは、これまでの風魔ヨシユキの終わりだったのかも知れないが、どちらでも構わない。
何事にも終わりがあり、その大半は同時に何かの始まりでもある。珍しくもない事だ。
もっとも誰もが同じような事情であるとも限らず、ホーローは今回の相方、ファングがどのような経緯で
ドグマに所属しているかは、聞いた事がなかった。
その彼になんとなく、今回の任務について話を振る。
「これで避地の進出は頓挫、連中はまた隔離地域に引っ込むことになりそうだが……
ファング、この一件についてお前はどう思う?」
「どう思うってお前、潰せたんだから万々歳だろうが。もし、もうちょっと賢い回答か何か聞きたかったんなら、
相手を選んでくれ。はっきり言って、質問の意図すらわからねぇぞ」
狼男は関心なさげに首を鳴らしながらも、率直に答えていた。
そんなんだからフールにケダモノ呼ばわりされるんだ、とも思ったが、言及はしない。
ホーローとしては、そういう分かり易い態度は嫌いではなかった。
「連中がなぜ今、動き出したか、という事だ。避地の内側でやってる分には独裁者も同然、最高権力者だ。
外で暴れて事を荒立てる必要はないだろう」
あえて踏み込んで、重ねて尋ねてみれば、ファングは意外に真面目に考える素振りを見せた。
「つっても、欲なんて際限がないモンだろ? チャンスがあれば、獲れるものは獲るんじゃねえか?」
「ああ、そうだ。じゃあ、何を以って連中は現在をチャンスと見たか」
「なんか情報が出たか、戦力が増えたか。ドグマもそういう時は急な任務が出るんじゃねえか?」
例えば、ナタネの運命レポートが良い例だろう。予言の書から有益な情報が出れば、それを元に作戦が立案される。
他の組織からみれば、それはあまりに急な動きにしか見えないだろう。
能力であふれた現在、どこから情報や戦力が沸いてくるか、分かったものではない。
239
:
◆peHdGWZYE.
:2018/10/20(土) 00:35:40 ID:zFmu73gQ0
「……そんな所か」
「まあ、そういう事は幹部連中でも、頭脳派の奴らが考えるだろ。それよりもホーロー」
不意にファングは話を切り替えていた。ホーローはただならぬ予感を覚えて、瞬きする。
「なんだ、改まって」
「まあ、他人の流儀に口挟むのも柄じゃないんだが、お前、なんだかんだでドグマに来てから、
一度も人を殺してないそうじゃねえか」
「何だかんだで、その必要はなかったからな。殺さない限り排除できない敵、というのは稀だ。
お前こそ……クロスだったか? 機関に因縁のある敵が居るようだが」
ホーローは言い訳じみた物言いになった事を自覚しつつも、たずね返していた。
実際、ドグマは殺戮集団では……いやまあ殺戮集団かも知れないが、手段であって、それ自体を目的とはしない。
「俺の方は、お前の事情とはまるで違げーよ。心臓や喉を突かれた事もある、普通なら終わってる関係だ。
別に手段として、殺しが最上なんて思ってねぇけどよ
ただ、俺は避けるつもりはねえし、避けられるもんでもないと思ってる――特に自分や仲間の害になる相手ならな」
元より頭を使う事も、思想を語る事も、それほど得意でもないのだろう。
時折、頭を振りながらも、ぽつぽつとファングは語り掛けた。
だが、これは……この男の根幹にも近い信条ではないか。本来、他人には踏み込ませたりしないような。
「ファング、お前……」
「意外か? 別に、お手々繋いで仲良しごっこがしたい訳じゃねえぞ。この掃き溜めみたいな世界ってのはな。
道から逸れた奴は殺されても文句は言えねえし、殺されない為には味方が要る。はぐれ者には、はぐれ者の味方がな」
つまりは、生存戦略だ。はぐれ者一人では、この世界を生き抜いていくことは難しい。
最初からドグマの一員として、こちらの領域に入ったホーローには実感の薄い事柄だった。
「その関係を成立させるのが、敵をエゴで殺すって事だと、俺はなんとなく思う」
ファングは自信なさげに、明後日の方向を向いていたが、それでもはっきりと言語化していた。
正義のためでも、秩序のためでも、組織のためですらなく。
ただ自分と仲間のエゴのためにだけ殺す――こちら側はそうやって、自他を分ける世界なのだと。
240
:
◆peHdGWZYE.
:2018/10/20(土) 00:36:35 ID:zFmu73gQ0
「ホーロー、お前『こちら側』の人間か? 仮にそうだとして、誰の味方で、誰の為なら敵を殺せる?
まあ、俺が気にする事じゃねえかも知れねえけどよ。ドグマには、こういう形で人を値踏みする奴も多くいる」
「俺は――」
ホーローは言い掛けて、何を続けようとしたかは自分にすら分からず、そして結論が出る事はなかった。
ここで今では上司である少女、リンドウからの連絡が入ったのだ。
『ホーロー、ファング。作戦行動時間は終了したけど、首尾の方は?』
「ああ、リンドウ。大した相手じゃなかった。これで当面は再起不能だろう。回収を頼む」
結局、ホーローとファングの話題は終わり、どこか後を引きながらも掘り返される事はなかった。
偶然でもあるが、元より互いに踏み込み過ぎていたのだろう。
何がとは具体的には言えなかったが、ホーローはリンドウの連絡に救われたと自覚していた。
もし仮にナタネのレポートに頼らず、自らの運命を語るとすれば――
自分にとっての始まりの場には、いつも彼女が待ち受けているのかも知れない。
241
:
◆peHdGWZYE.
:2018/10/20(土) 00:37:07 ID:zFmu73gQ0
――――
某都市地下――頓挫した地下鉄線とも、破棄された政府の極秘交通網とも言われた広大な空間は、
犯罪組織の温床となっていた。
組織化した恫喝の専門家、違法な傭兵団。中には国外のスパイも居を構えている、という噂さえある。
貧困や能力的な事情で追いやられただけの人々も確かに居たが、日常と隣り合わせに銃器や薬物の密造が行われ、
違法な賭博が公然と娯楽となっている光景は、外から来た者にとっては異様なものだった。
その最奥、並み居る犯罪者さえも近寄ろうとしない領域に、複数の影が差していた。
「敵ながら挑発的で面白ィですネェ。こォノ時世に、最大規模の国際会議トハ……」
日本語が不得手というだけに留まらない、不気味なイントネーションで怪しく笑う。
どこか歪な死の気配を纏った怪人物は"フェイブ・オブ・グール"と呼称されていた。
仲間内や、直接対峙した者からはフォグと省略される事も多い。
国連、各政府からは犯罪組織ドグマの中心人物と目され、"世界の敵"として最大の抹殺対象となっている。
黒い髪を伸ばし、愛らしい容姿を分厚い眼鏡で隠した少女、リンドウはフォグの影のように付き従っていた。
彼女もまたドグマの幹部であり、つい先ほど任務の首尾をホーローたちに確認したばかりだ。
「介入しようにも、国連軍の精鋭が待ち構えています。格好の餌とはいえ、釣られれば代償も大きいのでは」
嫌々、仕方なくといった様子でリンドウは忠告する。
なにせ、忠告した所で引いてくれる訳がないのだから、ただの茶番だ。
アトロポリス国際会議については、優秀な情報網を持つドグマもニュース以上の事は掴んでいる。
仮に介入するならば、常識的に考えれば、国連軍と激突するリスクを懸念せざるを得ない。
もっとも、フォグは常識という言葉からは、かけ離れた思考を有しているのだが。
「ノンノン、メンツや士気の問題以前に、放置するのはまずィですネ。コレは『ターニングポイント』――
世界秩序再生に向けテの、攻勢ノ合図。潰すと行かなくトモ、我々の存在を示さネバ」
フェイブ・オブ・グールはまた不気味に口元を歪めると、チッチッと指を振っていた。
242
:
◆peHdGWZYE.
:2018/10/20(土) 00:38:32 ID:zFmu73gQ0
そう、これは厨二病でもなんでもなく、世界が変わる瞬間なのだ。
チェンジリング・デイによって世界は混乱に陥ったといっても、国際連合を始め表社会の勢力は
十分な地力を有している。利害がまとまれば、世界は一気に秩序側に傾くだろう。
彼らに切っ掛けを与えてはいけない。ドグマとしては少なくとも、それが完璧なものであってはならないのだ。
「そうだな。頭が痛い問題だが、指を加えて待つのは無しだ。表勢力を勢いづかせてしまう。
なにより、上層部の不満を抑えきれなくなる」
フォグの方針に賛成したのが、この場では最年長である初老の男だ。
衰えぬ剣呑な気配も、それを引き立てる黒のスーツも自然体として己の物としている。そういった熟練者だろう。
ファングやフールなどからは信頼されおり、特にファングからはオヤっさんと呼ばれていた。
その初老の男が言及したのが、上層部。
混沌とした印象のある犯罪組織ドグマだが、それなりに大所帯の組織であれば、資源管理や運営の実務も数多い。
そういった面で権限を握った、"厄介な連中"の総称が上層部だ。
彼らは、どうも日和見主義が過ぎる面がある……もっとも、向こうから見れば、逆のベクトルで
フォグや初老の男が厄介な上層部という事になるのだろうが。
フェイブ・オブ・グールはククッと気味悪く、笑いを押し殺していた。
「上層部ねェ。オレが黙らせてヤろウカ?」
「やめてくれ。口を出せなくなるのはいいがな。あんたが黙らせたら、金も物も出せなくなるだろうが」
ジョーク、ジョークなどとフォグは笑い飛ばすが、初老の男としてはまったく油断できなかった。
冗談で人を殺しかねないというのが、フェイブ・オブ・グールであり、そういう人種はドグマ内にも複数いる。
そもそも、今回ドグマ内部の方針は介入路線で固まっており、争いが発生する余地はないのだが。
「避地の連中が『動かされた』事で、裏が取れた。今回は『クリフォト』の連中が動きだしている。
今度ばかりは、相互不干渉で茶を濁すのは不可能だろう」
気を取り直すかのように、初老の男は他の犯罪組織に言及した。
蛇の道は蛇というべきか、ドグマは表の組織とは異なり、クリフォトについては実態を伴った情報を得ていた。
すでに離反工作を仕掛けられた疑いもあり、初老の男も自ら裏切り者を処分している。
243
:
◆peHdGWZYE.
:2018/10/20(土) 00:39:07 ID:zFmu73gQ0
邪な遊び心を含めて、フェイブ・オブ・グールは口元を歪めていた。
「同じ世界の敵ではァリますガ、彼らトは相いれまセェン。我々が望むノは再起動――彼らトハ似て異なル。
アー、リンドウチャン? ホーローの戦闘データにツいて当人へのヒアリングお願イしまス。
次の戦いデ、彼の能力ハ重要になルかも知れませんカラ」
クリフォトには戦略級の能力者も複数所属している事が分かっている。
ならば『能力を否定する』能力を持ち、改造人間としての戦闘能力で敵対者を制圧するホーローは
ジョーカーとなり得るだろう。
「ちゃん付け気持ち悪いです……指示については承知です」
いつも通り、気だるげな様子は隠さないが、リンドウはうなずいた。
たとえ任務を通してでも、ホーロー……風魔ヨシユキに関われる事に悪い印象は抱いていないのだろう。
指示通りにヒアリングを行うつもりか、足早にこの場を去っていく。
だが、当人も薄々は察しているだろうが、これは人払いだ。初老の男は低く声を落とした。
「ホーロー、風魔ヨシユキか。奴の素養に疑問を呈す声もある……実力ではなく素養にな」
「彼は面白ィですカラね。出来れバ切り捨てたくはアリませンが。次の戦ィは、その素養ヲ量る良ィ機会なるでショう」
ホーローはナタネの運命レポートで見出され、ルローやリンドウにスカウトされた構成員だが。
その経緯は運命レポートの内容を越えて、二転三転しており、彼には幹部ですら測り知れない面がある。
フェイブ・オブ・グールはそれを面白がっている節もあったのだが。
「素養がないと判断されれば?」
初老の男は畳みかけるように、鋭く尋ねていた。
「計画がツギの段階にすすム際、先ダッて『エデン』にぶつけマス」
「えげつない、な。だが組織としては、どこかでケジメを付ける必要がある」
エデンとは、機関に所属するドグマの重要な抹殺対象だが……
直後、彼らの沈黙には、それだけに留まらない重みが存在していた。
やがて、フェイブ・オブ・グールは地下内の天井を仰ぎ見た。その先には地上が、さらにその先には空が存在する。
あるいは――本当に地下から、世界を仰ぎ見ているつもりなのかも知れない。
まるで深遠より出でて世界を喰らい尽くすという、教典に記された怪物のように。
「マ、堅い話は置いとイテ。オレは楽しみダヨ。ツイに、ドグマと世界が衝突スル。
ソノ前哨戦としテは、華々しィ舞台だからネ?」
244
:
◆peHdGWZYE.
:2018/10/20(土) 00:40:15 ID:zFmu73gQ0
今回はドグマ勢の話
一応、リリィ編の前日談も兼ねている形になっていますが、上手くやれてるかどうか
長い前振りでしたが、次回から徐々に話が動き始めます
補足
ドグマ
チェンジリング・デイ世界での最大クラスの犯罪組織。
平時は資金と生死問わず有用な能力者を集めている。その目的は、世界の再起動であるらしい。
各作品によって微妙に違う所があるので、組織構成には頭をひねった。
時系列はリリィ編の少し前ぐらい。
風魔=ホーロー
リンドウ編、リリィ編から出演。非日常バトルものだと、スレでも代表的な主人公。
徐々に人生の岐路が近づいてくるのだが……
昼は加速装置+改造人間だという、今になって気付いた王道ネタ。
ファング
◆/zsiCmwdl.氏の作品から出演。クロスのライバル? な狼男。
相性悪いクロスとばっかり戦っているが、実はこの人わりと強い能力なのでは。
既存作品にはなかったタッグで登場。
初老の男
◆/zsiCmwdl.氏の作品に登場した、ファングやフールの上司?
詳細が判明するまえに連載終了を迎えたが、フォグの会話相手にちょうど良かったので登場。
紅茶好きらしいが、今回は飲んでいない。
245
:
星界の交錯点
◆peHdGWZYE.
:2018/10/27(土) 01:35:54 ID:wNOoWJfw0
心のどこかで、予感だけはしていた。
今までの自分は連れ去られて、これからの自分は過去に二度と戻れない。そんな瞬間が来るのだ、と。
それは初めて動物園で昼の能力が発現した時かも知れないし、いつか猛犬に襲われた時かも知れない。
比留間博士との衝突だって、重大な瞬間だったと思う。
あの時は陽太が助けてくれたし、今は鎌田さんだって居る。
問題だって多いけれど、そうそう酷い事にはならない。平和な日々はきっと続くだろう。
でも、なぜだろう。予感の向こう側、遥か遠くから――声が、聞こえた。
246
:
◆peHdGWZYE.
:2018/10/27(土) 01:36:55 ID:wNOoWJfw0
08.変わらない日々に
特殊能力研究開発機構――通称、『ERDO』は一種の秘密結社でありながら、
その研究部門の施設は開かれているものも多い。もちろん、そうと知っていれば、の話ではあるが。
能力研究は一般人の協力が欠かせない分野であり、信用を得るためには身分や、それに伴う連絡先や接触手段などを
提示していかなければならない。
研究施設はどこにあるのか? という情報は、その最たる例だろう。
いちいち、知られたからには消えてもらう……などという対応を取るのは、逆に多くの問題を抱える事になるのだ。
そういう事情もあってERDOの研究施設、表向き夜見坂高校の付属施設は、わりと気軽に訪問する事ができた。
「おーい、ドクトルJ! 情報収集に来たぜ」
「すみません。お邪魔します」
以前の事件で関りを持った、岬陽太はノックもせずにドアを開け、水野晶は遠慮がちに頭を下げていた。
彼らは研究対象であって、正式な協力者という訳ではないのだが、主任クラスの人物が身分を明かした事もあって、
似たような扱いとなっている……
というより、ドクトルJの名前を出せば、エージェント・ジョッシュ(実名は知らない)と呼ばれている職員が、
あぁと何やら察した表情で、ここまで通してくれた。
「なにかね――このような忙しい時期に」
部屋で待ち受けていたのは、眼鏡に白衣、机の上には山積みの資料と、いかにも博士といった中年男性。
資料から目を離すと、やや過剰な威厳を保ちつつ、ゆっくりと椅子を回転させ、陽太たちを視野に収めた。
火急の要件で時間を作った、と言わんばかり態度だ。
「ドクトルJ、客人を幼子のような戯れに付き合わせるのは不躾だわ。
たとえ、それが招かれざる客人で、矮小な月の落とし子だとしてもね」
部屋の片隅、休憩用と思しきソファーには、場違いな少女が一人、腰掛けていた。
こちらは陽太達とは違って、ERDOの正式な協力者だ。
ツンとした態度で博士に元も子もない指摘を入れる。
朝宮遥。岬陽太や水野晶と同じ、いわゆる厨二病の年頃で、人形のような整った容姿に
黒いゴシック調のドレスは誂えたかのように、よく似合っていた。
もっとも本名を名乗る事はあまり無く、白夜という呼称を好んでいたが。陽太にとっての月下と同じだ。
247
:
◆peHdGWZYE.
:2018/10/27(土) 01:37:46 ID:wNOoWJfw0
「いやね。実際、私も忙しいんだけど。こうして休憩時間にぶらつきもせず、資料整理するぐらいには……
あと、はる……じゃない、白夜ちゃん、君もわりと招かざる客人だったり」
博士の方もあっさりと化けの皮が剥がされ、押しが弱く、茶目っ気のある一面が露わとなる。
彼はドクトルJ、もちろん実名ではなく、ましてや物語上のマッドサイエンティストでもない。
ERDO、第一研究室の主任、という肩書は似たようなものかも知れないが。
神宮寺秀祐(じんぐうじ しゅうすけ)という立派な名前があるのだが、白夜にそう呼ばれている内に、
ドクトルJという痛々しい呼称が定着してしまった。
ひとまず、まともなドクトルJの発言が実情に近いと判断したらしく、晶は軽く陽太を小突いていた。
「ほら、陽太。邪魔しちゃったみたいだよ」
「ぐ、でもこっちも重要だぞ」
幼馴染には押しが弱くなる陽太だが、今回は大真面目に反論する。
微笑ましい光景に、ドクトルJはつい苦笑すると、助け舟をだす事にした。痛々しい厨二病患者であっても、
それゆえの真剣さは馬鹿にできたものではないと思うのだ。
「まあまあ、話せない程じゃないし。片手間で失礼しちゃうけど、用件を聞かせてもらおうじゃないか」
「えっと、まず今度の修学旅行の話なんですけど――」
陽太では話が遠回しになると判断したのか、晶が大まかに事情を話し始める。
班別社会見学の事、アトロポリスの事、そして開催される国際会議の事について。
もちろん、アトロポリス国際会議は形式上、学会であるため一角の研究者であるドクトルJも注目していた。
「能力特区『アトロポリス』かぁ。うん、最近は話題だね」
「不吉な響きね。残虐の言霊か、運命の糸を断ち切る死の女神か――」
どこか詩的に、あるいは厨二的に白夜が感想を添えた。
残虐の言霊というのは、英単語の残虐「atrocty」を指している。死の女神というのは、ギリシャ神話に登場する
運命の女神の一柱であり、どちらも厨二病患者らしい教養だった。
248
:
◆peHdGWZYE.
:2018/10/27(土) 01:38:39 ID:wNOoWJfw0
白夜に応じる形だからか、どこか講義口調でドクトルJは続けていた。
「語源としては、後者にあてた言葉遊びだ。アトロポスは未来の女神でもあるから先進都市のイメージに合うし、
チェンジリング・デイ以降の悪い流れを断ち切る、という意味も含まれているらしいね。
つまり、君たちの班がアトロポリス行きに選ばれたという事かな」
と、ドクトルJの推測は当然といえば、当然の事だろう。
班別社会見学の事があり、わざわざ研究者の元まで足を運んで、アトロポリスの話を聞きに来たという事は、
つまり陽太の班がアトロポリス行きなのだと。
別にそんな事はなく、どの班が選ばれるかは、まだ未発表なのだが。
だが、それでも陽太は胸を張って断言していた。
「いーや、だが過酷な運命が待ち受けているなら、その備えはしておくのが当然だろ?」
「あら貴方にしては正鵠を射ている言葉ね、月下? かの女神の地には蜘蛛の巣が如く、因果の鎖が絡み合っているわ。
それに無知でいるというのは、自覚なく奈落の淵で踊るようなものよ」
白夜はいつもの物言いで陽太に同意する。反目しあう事も多いが、こういう時は意見が合う二人だった。
対して、晶は若干あきれ気味に肩をすくめていた。
「社会見学の話が出てから、ずっと陽太はこんな感じで。
落ち着かせる意味でも、詳しい人の話を聞けたらな、って。迷惑かも知れないですけど」
「ああ、わかった。なんか、すっごく共感できる気がする」
アトロポリス国際会議、各国要人の集合、歴史が変わる瞬間などと、マスコミは囃し立てており、
間違いではないのだが、なんというか厨二病患者にとっては、格好の妄想材料となっていた。
連日、騒がれては、さすがにうんざりするかも知れない。
当初、白夜からの反応も、それは凄いものだったが、それは置くとして。
「まず能力特区『アトロポリス』というのはね。国連主導で建設された、人工島に存在する先進都市だよ。
能力という過去にない要素を、どう社会に迎えるか。様々な意味でのテストケースになる事が期待されている。
まだ建設中だけど、完成した区画もあって、少数だけど人も住んでいる」
いわば、複数国家に主導された大事業だ。
例えば、一人で一国と同等の軍事力を持つ能力者が居たら? 無限に貴金属を生産できる能力者が居たら?
人類、総能力者の時代。それに応じて、行政や経済も変わっていかなければ、近いうちに破綻してしまう。
こういった、ごく真っ当な懸念を解決すべく、アトロポリスは建設された。
ただし、理想や解決案は人ぞれぞれで、しかもそれが全て純粋とは限らないし、手を取りあえるとも限らない。
249
:
◆peHdGWZYE.
:2018/10/27(土) 01:39:39 ID:wNOoWJfw0
彼なりに、能力社会に渦巻く事情を感じているのか、フンと陽太は鼻を鳴らしていた。
「どうせ組織も絡んでいるんだろうぜ」
「それはない……とは、言い切れないのが能力社会なんだよねー。あんまり危ない事には首を突っ込んで欲しくはないよ。
以前の事件は収まったけど、ERDOも危ないときは危ないから」
ゆるい口調だったが、それとは裏腹の真剣さでドクトルJは忠告していた。
大事業ゆえに、当たり前に陰謀が絡んでるのだ。悪意によって、あるいは各々の正義によって。
科学者としては、好奇心が人を不幸にするとは断定したくはないが、否定も出来ないのが現実だ。
「陳腐ながら分別ある警告だと思うけれど、ドクトルJ。話を終えるには、早すぎるのではなくて?
この物質世界の見えざる縛鎖と、私たちの宿命に跨る因果について、あなたはまだ触れてないわ」
少し話が逸れたからか、白夜が可愛らしく眉をひそめて、釘を刺してくる。
独特の言葉遣いのため、あまり意図は伝わらなかったのだが。
「えっと……本格的に言ってる事が分からなくなってきたけど。とにかくアトロポリスの話だね。
社会見学については簡単だよ。将来、社会を担う子供たちに未来の形を見せておきたい、という教育上の事情だ。
まあ、能力社会で教育がどうあるべきかは、教育学でも議論が絶えない状況だけど」
課題を抱えているのは、比留間博士が専門とする生物学のような自然科学だけではないのだ。
チェンジリング・デイの隕石被害によって崩壊した国際情勢やインフラ、魔窟などの諸問題、
そして社会や経済を変え得るほどの能力。むしろ社会科学の方が、差し迫った課題を多く抱えているのかも知れない。
陽太は頭の中で情報を整理しているのか、首を捻りつつも、ぶつぶつ呟いている。
アトロポリスの性質は大まかに分かったが、問題はそこで行われる一大イベントだ。
「じゃあ、国際会議は……あ! たしか学会をやるって言ってたな。もしかして、ドクトルJも出席するのか!?」
「ふっふっふ……よくぞ聞いてくれました! その通り、私も第一研究室の主任として、出席するんだ。
まあ、招待状はERDOあてで私はその代表の一人、みたいな扱いだけど」
実は、ずっと自慢したかったらしく、満面の笑顔でドクトルJは資料の片隅から、招待状を取り出した。
これ見よがしに、陽太と白夜に見せびらかす。
250
:
◆peHdGWZYE.
:2018/10/27(土) 01:40:35 ID:wNOoWJfw0
効果はてき面、というべきか、あまりにも意外だったか。陽太と白夜はしばらく硬直していた。
しばらく固まってから、顔色を変える。
それは羨ましいとか、そういう事ではなく、厨二病の少年少女は深刻な表情で顔を見合わせ、次にドクトルJに迫った。
「行かないで、ドクトルJ! そこで待ち受けるは魔弾の射手――響く銃声、悲鳴の残響が今にも聴こえてきそうよ」
「ドクトルJ……そこが死地になると分かって、壇上に上がるなんてな。あんた学者の鑑だぜ」
「ちょっと待って。なんで私が狙撃されるストーリーなの」
なぜか、国際会議の場で命を狙われる設定にされてしまい、思わずドクトルJはストップをかけた。
まあ、つい最近まで実際に命を狙われて、入院する羽目にまでなったのだが。
「こほん。といっても、まず私は登壇する側ではないけどね。当たり前だけど、学会発表を行うのは
参加者のごく一部に過ぎない。時間も限られているからね。
私がこうして資料を纏めているのも、発表内容を理解するためと質疑応答に備えてだよ」
若干、残念そうに肩落として、ドクトルJは種を明かした。
自分は国際会議においては脇役なんだよ、と。能力がどうこうという次元ではなく、世界的な権威が集まる規模なのだ。
様々な壁を越えて学者が招集されているとはいえ、主役の席は彼らが独占する事となる。
ここで大人しく話を聞いていた、水野晶が小さく挙手して、質問した。
「僕も調べてるんですけど、学会についていまいち分からない所があって。
学会にも分野や格、みたいなものがあるんですよね?」
「ああ、うん。その辺り能力研究は結構、特殊な所があるね」
この辺りはまだ中学生の、この子たちには実感がないかも知れない、とドクトルJは頷いていた。
「もちろん、格式という意味ではアトロポリスのそれは最高府といっても過言じゃない。
ただ能力研究はとにかく、無茶な分野横断が多い。チェンジリング・デイ以前の傾向よりも遥かにね。
だから分野は大雑把に、理系部門と文系部門といった形に分かれているんだ」
「理系と文系、ですか?」
「物理とか生物とか、能力自体の実態を探っているのが理系部門。
能力社会に対して、経済や法律はどうあるべきか、というのが文系部門だね。
本当はもう少し入り組んでいるんだけど、これくらいの認識が分かりやすいと思う」
ILS(国際学会)の分類に従って、大まかに説明する。
文理の区分は研究対象に依るべきか、アプローチに依るべきか、そもそも区分自体が適切ではないか、
統一された意見など無いし、一方を取れば一方は取れない、というものでもない。
むしろ貪欲に、広い視野を持たなければ成果は得られないのだが、子供向けの説明には、この辺りに留めるのが妥当だろう。
251
:
◆peHdGWZYE.
:2018/10/27(土) 01:41:23 ID:wNOoWJfw0
「科学は突き詰めれば、深く狭く専門化して枝分かれしていくものだけど、能力研究は広大な空白地だからね。
誰がどこを、どのように走っているか。科学者は互いに興味があるんだよ」
独特の感慨を交えつつも、ドクトルJは説明を纏めていた。
科学者ならば、一度は実感しているかも知れない。近年になって現れた能力という、あまりにも広大すぎる裾野。
きっと自分が生きている間には、輪郭すら掴めないだろうという感慨だ。
何かを感じ取ったかは分からないが……いや、聡い少女なのだから、何かは感じたのだろう。
水野晶は改まった様子で姿勢を正し、おそらく重要な質問を発していた。
「その、ドクトルJさんは"異変"について何かご存知でしょうか?」
「"異変"というと、夜間能力に関わる異変の事かな。知ってはいるけど、世間に公表されている以上の事になるとね。
時期が時期だから、私も使える時間に限りがあるし」
もちろん研究者として興味はあるが、リソースは有限だ。
特にアトロポリス国際会議を控えた現在、誰もが"異変"の調査に乗り出せるわけではない。
「それでも、何か深刻な影響が出ているなら、無理にでも時間は作るから、遠慮なく頼って欲しい。
こういう時、デキる大人は格好をつける機会を逃さないものだからね」
軽い気持ちで質問した訳ではない事を察して、ドクトルJは協力を明言していた。
時間を作るのは大変だが、こういう時こそ頼れる大人でありたい、と思う。
似合わないウインクをしようとして、上手くいかずに変な細目を晒す事になったのだが。
案の定、というべきか、陽太と白夜の反応は白けたものだった。
「ドクトルがデキる大人かぁ……」
「数ある言葉のなかで、おおよそ最もドクトルJと噛み合わない言葉ね。隔絶という単語を使ってもいいのだけど」
「って、酷いなーというか、今日は恐ろしく気が合ってるよね、君たち」
笑いを抑えながら指摘すると、陽太と白夜はぎょっとした様子で、互いの顔を見合わせていた。
少し間を置いて、「誰がこいつと」「侮辱よ」などと、やはり同時に反論する。
やっぱり気が合ってるね、とドクトルJは思うのだが、ここで追撃しては制裁を喰らう羽目になるだろう。
「大丈夫です。僕の場合、ちょっと調子が良すぎる、みたいな形の影響なので。でも、何かあったら頼らせてもらいますね」
陽太たちの様子に、くすりと笑って、水野晶は"異変"の話題を終わりにした。
252
:
◆peHdGWZYE.
:2018/10/27(土) 01:42:09 ID:wNOoWJfw0
そこからは雑談が始まり、近況や能力の話題(大半は厨二妄想だった)が続いた。
やがて陽太が聞きそびれた事に気が付いたか、一周して最初のアトロポリスの話題に戻ってきた。
「そういや、例の会議だけどよ。半分は式典のようなものだって師匠から聞いてるぜ。政治的な意図がどうとか」
「師匠? まあ、それは後で聞かせてもらうとして。そうだね、そういう一面もある。
国際社会の秩序がどれだけ回復したか、能力に人類は向き合えているか、世界中の人々に知らしめる形だ」
と、陽太が触れた見解にドクトルJはうなずいた。
研究者としては、ついそちら方面も関心が薄くなってしまうが、むしろ政治的な効果を期待されて、
今回の国際会議は開催されるのだろう。
当然、というべきか、陽太や白夜の思考は厨二病の方向に加速していた。
ふっ、ついに『世界』が動き始めたか……という、いつもの発作である。
「それが気に食わない、って奴らも居るんだろうな」
「ええ、きっと闇に蠢動する者達は、快く思わないわね。
影で血を啜る者は、日輪の下では露のように消えてしまう。それが彼らの宿業だもの」
彼らなりの論理を以って、波乱を予感する。
間違ってはいない。間違ってはいないのだが、厨二病の少年少女にとっては、遠い世界の話だ。
「ただでさえ、トラブルが多いんだから、その辺には関心を持たないでいて欲しいんだけどね。
まあ、無関心なら安心って訳ではないんだろうけど……」
苦笑しつつも、ドクトルJは重ねて忠告する。
もちろん彼らは真剣だけに、時に大人を振り切って、突っ走ってしまう事もあるのだろうけど。
どこか眩しいものを感じて、そっと陽太たちから視線を逸らして、上の空になる。
そして、今は亡き家族の事を少しだけ思い出した。
この子たちもいつか大人になり、いつか家庭を持つ事だってあるのだろう。
それまでに、あるいはそれからも、楽しい事や辛い事が色々と待ち構えているに違いない。
「なんというか、チェンジリング・デイでは失ったものや、欠けたものが多いからこそ。
大人は明るい未来の形を示したいし、確認したいんだよ。
あの瓦礫の山から、俺たちはここまで歩いてきたんだぞ! ってね」
未来というバトンを、自分たち大人は少しでもマシな形で、少年少女に渡せるだろうか。
せめて自分はそうありたいなと、そっと静かに願った。
253
:
◆peHdGWZYE.
:2018/10/27(土) 01:49:30 ID:wNOoWJfw0
ERDO組と、本編というか陽太パートの開始です
白夜は可愛いんだけど、台詞はほんと厨二センスが要りますね……白夜に輝く〜の完全再現は無理でした
トト、フォグ、白夜が台詞が難しい三人衆だと想定してたので、全員どうにか書けてほっとしています
補足
ERDO
『EXA Research and Development Organization』(特殊能力研究開発機構)の略称。
結成当初は純粋な能力研究を行う組織だったらしいが、研究部門だけでなく、
他の組織との抗争や研究成果の強奪を前提とした、特務部門や諜報部門が存在しており、
一種の秘密結社として機能している。
夜見坂高校を始め、意外にクロスされる機会は多い。
ドクトルJ
臆病者は、静かに願う、などから出演。
ERDOでも代表的な研究者で、穏健な保護者枠的な人物。
厨二病に振り回される位置だが、その能力の厨二センスはこのシェアード随一かもしれない。
白夜
白夜に輝く堕天の月、などから出演。
コミュニケーションが難しいタイプのゴスロリ厨二少女。実はちゃんと学校に通ってる。
描写上では、雑にゴスロリ呼ばわりされているので、実はゴスロリ服ではない可能性。
なぜか着替えに和ゴスが用意されていたり、家庭環境が気になる。
254
:
名無しさん@避難中
:2018/10/27(土) 20:12:09 ID:ZKiAjMWU0
乙です!
陽太と白夜の会話でにやけてしまうw
ドクトルJさんイイ大人すぎるー!!!!
物語が加速して、交差する……シェアワールドの醍醐味!
こちらのスレにキャラを持たない自分には羨ましいかぎり……!
次回も楽しみです!
255
:
名無しさん@避難中
:2018/10/28(日) 16:01:30 ID:fioTjwak0
投下乙です
本スレの予告編の中の台詞、これ白夜のだろうなって思ってたやつやっぱりそうだったw
生みの親的には見事な再現だと思いました。ドクトルJの人物像も私のメモ帳にある通りという感じでとても嬉しいです
予告編にあった台詞はほぼ出切ったようですが、物語はまだまだこれからですね
次も楽しみにしています
256
:
名無しさん@避難中
:2018/10/29(月) 23:59:43 ID:XtiL2SFU0
感想どうもです
ある意味、内輪的な作品ではあるので、投下してない方も読んでいてくれているのは嬉しいです
まさしく醍醐味ですね。積み重ねた後の大規模な話は、シェアードでは盛り上がるなーと思いつつ、
結局は見れなかったので、数年ごしに「よし、自分で書くか」となりました
フォグと白夜はバレバレだっただろうなーと思いつつw
白夜語は繰り返し表現とか、難しい単語とか、もうちょっと頑張れば、らしさが出たかなと
ドクトルJは長編作品できちんと描かれただけあって、キャラが掴みやすかったですね
あれは第一部の予告編なので、区切りの所で第二部の予告編も予定しています
257
:
星界の交錯点
◆peHdGWZYE.
:2018/11/03(土) 00:50:21 ID:R6qrEF5o0
平和な日々はきっと続くだろう。でも、続いた先の「いつか」は必ず訪れる。
――まるで移り変わる、太陽と月のように
258
:
◆peHdGWZYE.
:2018/11/03(土) 00:51:26 ID:R6qrEF5o0
09.別れを
夜見坂高校、その付属施設から水野晶と岬陽太が帰路に付いた頃には、すでに日が傾始めていた。
夕暮れというには、少し早い。
でも今日という日が終わりつつある事を、十分に実感できる太陽の位置だ。
見慣れた路地を二人でのんびりと歩く。
ちょっとだけ、今日は大人の考えに触れられた、というのが水野晶の感想だった。
チェンジリング・デイ当日は、まだ物心つかない程に幼い頃で、それでも大変だったと両親からは、
何度も聞かされた記憶がある。
そういった過去があって、そこで見た事、感じた事から未来が創られていくのだ。
「なんというか、大人の人達は色々と考えてるんだねー。陽太?」
「ま、有意義だったな。報道なんかより、当事者の話の方が信用できる」
などと相変わらずの厨二発言をしつつ、陽太は早歩きで前を進んでいく。
その背中はいつもと変わらない。なんとも微笑ましく、同時にどこか頼もしい。
そして、仁王立ちといっても良いほど、自信ありげな態度で誰も居ない場所に向かって宣言していた。
「それよりも――出てこいよ。言っておくが、潜んでいるのがバレバレだぜ?」
沈黙。
まーた、いつもの奇行だ、水野晶はぼんやりと陽太の背中を眺めていた。
三日に一度ぐらいは似たような事をやって、反応がないと顔を真っ赤にするのだ。やめればいいのに。
と、晶が思い掛けたところで反応があった。
「――驚いた」
たまには陽太の勘も当たってしまうのだ。晶とっては困った事に。
すっと、まるで浮き出るかのように、陽太や晶と同じ年頃の少年が姿を現していた。
いや、断っていた気配を露わにした事で、姿を認識できるようになった、というべきか。
不思議な容姿の少年だった。顔立ちは日本人なのに、白髪で肌も不健康なほどに白みを帯びている。
なにより妙な雰囲気を形作っているのは、瞳の色だった。
右目はよく見かける茶色だが、左目は血に浸されたかのような赤い瞳だ。
一目で分かるほどに鮮烈なオッドアイ。
まるで、陽太が夢想するような――闘争の世界からやってきたとも思える、異様な人物だった。
明確な悪意は見られないが、それでもどこか平穏の終わりを告げる気配を湛えている。
259
:
◆peHdGWZYE.
:2018/11/03(土) 00:52:13 ID:R6qrEF5o0
白髪の少年は人懐っこく目を丸くすると、陽太に好奇の視線を送っていた。
「キミ、ただの中学生でしょ? 経歴は洗わせてもらったけど、少々顔が広いというだけでね。
それがなぜ、僕の存在に感づけたのか」
「はっ! まず、人払いが露骨なんだよ。この辺りじゃ、帰宅と犬の散歩のラッシュの時間帯だ。
しばらく歩いても誰一人と遭遇しないなんて、不自然すぎるだろ!」
鼻で笑いながらも、陽太は手厳しく指摘していた。
そういえば、と晶も思う。動物の声が聞こえる自分にとっては本来、賑やかな時間帯だった。
カラスが飛び交い、たまに犬が通り過ぎる、そんな当たり前が存在しなかったのだ。
「それともう一つ。ただの中学生だと思っていたのなら、相手を見誤ったな!
俺は岬月下、神に叛く能力者だぜ」
威勢よく片手を突き出して、能力発動のポーズ(?)を取りつつも陽太は宣言する。
ただ、相手からの反応は薄かった。
「あっそう。でもキミには、それほど興味がないんだよ。ご同行願いたいのは、そちらのお姫様でね」
軽く流すと陽太から視線を外し、白髪の少年は晶の方へと目を向けていた。
陽太は軽く肩を落として、またそっちか……などと呟く。晶も好きで狙われている訳ではないのだが。
穏やかだが、どこか測り知れない目付きに気圧されながらも、晶は一歩踏み出して質問を発していた。
「あなたは……比留間博士の仲間ですか?」
「いや? 確かに、彼もただならぬ関心を抱いているみたいだけど、それとは別口だよ。
僕たちは"彼女の呼び声"に従って、キミを招いているに過ぎない」
白髪の少年は丁寧に答えたが、その意味はまったく分からなかった。
妄言とも断定できず、ぽつりと疑問だけが晶の口から滑り落ちる。
「……彼女?」
「悪いがこっちは、電波を受信できるような脳の造りはしてないんでな。
付き合いきれないし、さっさと突破させてもらうぜ」
陽太が横から強引に話を打ち切ると、ずかずかと大胆に間合いを詰めていく。
定期的に受信してるんじゃないかな、と晶は薄っすら思ったものの、口に出している余裕はない。
慌てて陽太に駆け寄って、問い質そうとする。
260
:
◆peHdGWZYE.
:2018/11/03(土) 00:53:15 ID:R6qrEF5o0
「ちょ、陽太!?」
(たぶん、あいつはおとりと時間稼ぎだ。あっさり出てきたって事は、こっちの眼を引き付けてる。
その間にでも包囲されたらピンチだろ?)
陽太が小声で指摘した内容に、晶はぞくりとした。
たしかに相手は周到に人払いをするような、後ろ暗い事情をもつ人物なのだ。その程度の事はしてくるかも知れない。
同時に、そこまで頭を巡らせた陽太に思わず関心してしまう。
この状況下で引き返せば、待ち伏せと遭遇する可能性が高い。
あからさまに怪しい相手を正面突破するのが、もっとも相手の計算を狂わせる行動になるだろう。
次の瞬間には決断して、陽太は路地を蹴って駆けだしていた。
「へえ、こっちに向かって来るんだ? 悪い判断ではないけど……」
「ジョー……ブレイカーッ!」
素人と侮っているのか、白髪の少年は悠然と構えている。
そこへ陽太が肉薄しつつも、固焼きせんべいを複数生成して、素早く投げつけていた。
『軽食やジャンクフードを生成する』昼間能力だ。堅いものを投げつけるのは、意外に有効な攻撃になる。
直後、風切り音。何かが鋭く空中を薙ぎ払い、固焼きは全て打ち落とされていた。
むなしく固焼きが地面を叩き、軽い音を鳴らす。
「なぁっ!?」
「えっと…………ごぼう?」
陽太がシリアスに驚愕する一方で、晶は別の意味で理解が追い付かなかった。
白髪の少年がごぼうを握っている。何かの例えでもなく、細長い土色の根野菜を武器として利用していた。
まったく状況に見合わない、悪ふざけのような光景。そんな事をするのは、陽太ぐらいだと思っていたのに。
「いや、驚くのはそこじゃねえだろ」
晶以上に動揺しつつも、陽太は冷静に目前の事実を見抜いていた。
「あの能力は――俺の叛神罰当(ゴッド・リベリオン)だ」
「え、それって……」
叛神罰当という御大層な名前を付けられたのは、陽太の夜間能力『食べた事がある食材の創造』だ。
陽太いわく昼よりも強力な力らしいが、晶は食べ物で遊んじゃダメでしょ、という注意が先立つ。
とにかく、今回の敵は同じ力を使ってきた、という事だ。
261
:
◆peHdGWZYE.
:2018/11/03(土) 00:54:06 ID:R6qrEF5o0
白髪の少年にも若干、晶の困惑が伝播したのか微妙な表情で、自分の握るごぼうに目を向けていた。
「……え、そういう能力名なの? いやまあ、いいんだけど。
僕には自身と呼べるものがなくてね。能力だって他人の借り物だ。
だから、『クリフォト』ではお前は**(伏せ字)だと――アスタリスクと呼ばれてる」
実名でないにせよ、ここで初めて白髪の少年、アスタリスクは名乗っていた。
気まぐれか、何か意図でもあるのか、さらりと『クリフォト』という所属も明らかにする。
――万物創造vs叛神罰当
想像だにしなかった対決に、晶はなんというか反応に困るしかなかったのだが。
陽太の方は怯むことなく、戦意を滾らせていた。
「昼間は『相手の夜の能力をコピーする』能力って所か。だがな、真の使い手にとって、コピー対策なんて簡単だ。
すなわち――速攻ォッッ!」
叫びつつも、陽太は一瞬の躊躇もせず、アスタリスクに飛び掛かっていた。
初めて使う能力など、ろくに使いこなせるものではない。慣れる前に叩き潰してしまうのが得策だ。
誰もが思いつく上策であり、アスタリスクもそれを知悉している。迎撃の構えで待ち構え……
そして、だからこそ、陽太はその戦術の先を行っていた。
あと一歩で近接戦の間合い、という所で強引に足を止め、瞬時に生成能力。
「白い何か」を創造して、そのまま前身の勢いを利用して投げつける。
「……!?」
「刈り取れ、白き死神……ホワイトサイズッ!」
殴りかかると見せかけて投擲。単純なフェイントだが速攻が有効な状況で、あえて足を止める事は思い切りが要る。
この戦法は完全にアスタリスクの意表を突いており――しかし、その程度では優位は得られない。
驚きつつも、訓練を受けた身体は無意識に動き、正確に白い投擲物を受け止める。
べちりと妙な感触がした。
「っ! これは餅か」
ごぼうに絡みつく、白い粘着物にアスタリスクは気を取られる。
この辺り、陽太の狡猾な立ち回りが功を成していた。
速攻すると見せかけて投擲、とさらに見せかけて武器封じ。最初から、これが狙いだったのだ。
餅が張り付いた、ごぼうは重心が変わり、同じようには扱えない。
生じたわずかな隙に抉り込むかのように、陽太は叫んで今度こそ本当に飛び掛かっていた。
262
:
◆peHdGWZYE.
:2018/11/03(土) 00:55:18 ID:R6qrEF5o0
「魔杖――クラストォォォッ!」
大上段から両手持ちで振り下ろされるのは、フランスパン(クルミ入り)。
放置されれば相当に堅くなり、クルミをたっぷり含んでいれば、重量もそれなりの殴打武器。
真正面から頭部を叩き割ろうとし、アスタリスクの獲物である、ごぼうも餅が絡み、防御が遅れていた。
「二度も驚かされるとはね……けど、甘い!」
ごぼうを放り投げて、白刃が抜き放たれていた。
居合のような抜き打ちで、ナイフをフランスパンに突き刺し、その動きを止める。
能力があるからといって、何もそれを武器にする必要はないのだ。
ましてやコピーという不安定な戦力、当然のようにアスタリスクは他の武器を用意していた。
「応用性がある能力みたいだけど……主兵装(メインウェポン)としては、あまりに不合理だ!」
コンバットナイフが滑り、まるで食卓の一場面のようにフランスパンが切断される。
しかし、それに遅れる事なく、陽太も武器であるフランスパンを手放していた。
「……っ!?」
「レイディッシュ・アウルム!」
陽太は大サイズの沢庵漬けを新たに創造し、即座に水平に薙ぎ払う。
過去の戦闘経験から使い方は改良済みだ。
レイディッシュ(大根)のような扱い方はしない。柔らかさを利用して、鞭のようにしならせ顎を狙う。
あわよくば脳震盪狙い、だがアスタリスクは寸前に見切り、一歩引いて回避していた。
「っと……」
「晶、今だ! 一気にここを離れるぞ!」
この瞬間にも、陽太は戦闘の目的を見失ってはいなかった。
相手は晶を狙っている以上、逃げてしまえば、この場は勝ちなのだ。
263
:
◆peHdGWZYE.
:2018/11/03(土) 00:56:21 ID:R6qrEF5o0
一瞬とはいえ、アスタリスクに押し勝ち、流れを掴んだ今は好機といえた。
「う、うん」
展開に頭が付いていかなかったが、それでも状況を理解して晶は二人の傍らを通り過ぎて、逃げようとする。
だが、アスタリスクもそれを黙って見過ごさなかった。
「そっちは逃がさな……」
「おっと! よそ見している余裕はないぜ?」
不敵に笑いながらも、陽太は沢庵漬けで牽制しつつ、特大の瓦せんべいを生成。
下手すれば凶器として成立しそうな、それを投げ付ける。
当然、回避されてしまうのだが、時間稼ぎとしては十分な攻防だった。
(凄い、本物の凶器を持った相手を押してる……!)
水野晶は素直に、陽太の戦いぶりに感心が沸き上がっていた。
猛犬や便利屋の男と戦った時も凄くはあったが、今回はさらに磨きが掛かっている。
今までのように、幸運や相手の油断で成立したものではなく、陽太が主体的に流れを作っているのだ。
誰かを救えなかった経験を経て、時雨の元で修業し、積み上げてきたそれらは何一つ無駄になっていなかった。
「たしかにやるね。大口を叩くだけの事はある」
スライスされた高温の焼き芋で構成された散弾を、アスタリスクは刃物一つで巧みに捌いていく。
多彩な軽食攻撃に対処を強いられているが、決定打はなし。こちらも只者ではなかった。
赤と茶のオッドアイを鋭く細め、隙を伺うように旋回しながらも宣言する。
「でも――キミから怖さは感じない。消耗がある割に決定打に欠けているし……
なにより、いくら機転が利くといっても、所詮は素人の範疇でしかない」
「へっ! 負け惜しみかよ!」
静かに威を発するアスタリスクに、陽太は呑まれまいと軽口で返していた。
仕上げと言わんばかりに、腐った温泉卵を素早いモーションで投げ放つ。
避けられたが問題ない。晶を逃がすだけの時間は稼げた。
あとは上手く立ち回って、自分が離脱するだけ。そのまま大通りにでも出れば、相手も退くだろう。
264
:
◆peHdGWZYE.
:2018/11/03(土) 00:57:17 ID:R6qrEF5o0
「致命的な見落としがある。たとえば今……僕が君からではなく、水野晶から能力を借りているとすれば?」
別段、脅しめいてもいない指摘に陽太は息を呑んでいた。どこかで歯車が狂っていたのだ。
最初は叛神罰当、食材の生成能力との闘いだと想定し、勢いで能力を使う余裕を与えずに事を運んでいたと、
そう思い込んでいた。
しかし、コピー対象が陽太から、晶に切り替わっていたとすれば、状況は全て覆る。
最初に指摘したにも関わらず、まんまと自分は時間稼ぎに乗せられていたのだ。
晶の夜間能力は「動物伝心」。動物に一種のテレパシーで、意思を伝える能力だ。
たとえば、忠実な猟犬などを待機させておけばいい。
もし事前に晶の夜間能力を調べており、コピーする事を想定するなら、その程度の準備はしてもおかしくない。
「……嘘!? なにこれ」
やはりと言うべきか、悲鳴じみた声に続き、困惑の呟き。
クソ、と陽太は自分の迂闊さを罵り、慌ててアスタリスクを警戒しつつも、横目で晶の様子を確認する。
その目に飛び込んだ光景は完全に、陽太の想定を超えていた。
晶を捉えていたのは、猟犬などという生易しい存在では無かったのだ。
まるでホラー映画の怪物にも似た……
異様に頭部と胴体が膨れ上がり、おまけのように手足の付いた二足歩行の化け物。
黒い毛むくじゃらで、その細部は知れないが、長く裂けた口には肉食獣のような鋭い歯が並んでいた。
それが二体も現れ、水野晶を拘束していた。いつでも喰い殺せる体勢、とも言えるかもしれない。
現実離れした怪物の登場に、思わず動きを止めた。
「クリッター。チェンジリング・デイ以降、人類種と袂を分かった超越種……
このレベルで彼らとの意思疎通を可能とするなんて、キミの伝心の能力は凄いね。
比留間博士が執着するだけの事はある」
困惑と恐怖を隠せない陽太と晶に、アスタリスクはマイペースに解説するのだが……
人類と袂を分かった? 超越種? そんな言葉を飲み込めるはずもない。
晶は青ざめた顔で取り押さえられていたが、その要因は恐怖だけではなかった。
「陽太ぁ……こいつら、人間でも動物でもないかも」
「じゃあ本当に化け物になっちまった、元人間って事か……?」
どこまでアスタリスクの言葉を信用していいかも分からない。だが、愕然としたのも事実だった。
晶の能力は人間を除いた動物だけに通じる、というもの。それが異常な結果を示しているらしい。
そこには、目を背けたくなるほどの現実感が存在していた。
265
:
◆peHdGWZYE.
:2018/11/03(土) 00:58:11 ID:R6qrEF5o0
――ひょっとすれば、この世界線の救世主はキミだったのかも知れないね。
「えっ……」
肉声ではない。本来は聞こえるはずもない、アスタリスクの内心。
もしかすれば以心と伝心の能力が奇跡的に噛み合ったのかも知れない。その意味までは分からなかったが。
陽太は状況に激高していたし、冷静にそれを利用して自分を奮い立たせてもいた。
「てめぇ……あんな化け物まで手下にしてやがるのか」
「手下というと語弊があるけどね。彼らはあくまで協力者だ。それを忘れたら、がぶりと殺られてしまう」
それを面白がるように、アスタリスクは語っていた。
双方の態度に、両者の差が如実に表れている。有利と不利、余裕と切迫、強者と弱者……
さらに悪い事に、路地には新たな影が差していた。
人払いが済んでおり、常人が立ち入る余地がないのなら、それはさらに敵が増えたという事だ。
「……ずいぶんと遅れていると思ったら、無駄にじゃれ合っていたのか」
浅黒い肌、顔立ちには中東系の特徴が見られる年配の男。
一目で分かるほどに、質の良い生地で織られた礼服に身を包んでいる。だが、アスタリスクのような任務を帯びて
行動しているなら、場違いも良い所だ。
神経質なまでに身なりに拘る人物か、そうでなければ病的なナルシストだろう。
陽太、晶、それにアスタリスクの三名を、全てを見下すような高慢な視線でそっと撫でた。
羽虫を見るような無関心、それに時間を割かなければならない億劫さ、そんなものが滲み出ている。
自分自身を完璧に整えるだけあって、その印象は際立っているように見えた。
「やあ、バウエル。確実な手を選んだまでだよ。フォースリーと同じ轍を踏むのはちょっとね」
「表の人間の前で、軽々しく名を出すな」
仲間の名前を出して、友好的に語り掛けるアスタリスクに、ただ一言、バウエルは釘を刺していた。
「チッ、増援まで来やがった……」
アスタリスク、バウエル、そしてクリッター二体。状況の悪さに陽太は舌打ちする。
ただ単に、全員の目を掻い潜って晶を逃がすのは不可能。別の手を探さなければならない。
266
:
◆peHdGWZYE.
:2018/11/03(土) 00:59:44 ID:R6qrEF5o0
この後に及んで諦めず、打開策を模索している陽太に、アスタリスクは軽く眉を挙げていた。
バウエルはそれを放置して、陽太に向かって進み出ると、見下ろしつつも尋ねかける。
「少年、3という数字をどう思う?」
「さ、さん?」
あまりにも唐突で、無害にも思える質問に陽太は困惑して聞き返していた。
もちろん、能力の発動条件か何かという事もあり得るが、あまりにも情報が無さすぎる。
アスタリスクは苦笑して、流れを遮るように間に入っていた。
「やめなよ、バウエル。僕がきっちりと片を付ける、それでいいじゃないか。
貴方は確保対象の保護を頼むよ。クリッターに任せるのは、微妙に不安だし」
バウエルからも異論はなかった。早々に片が付くなら、それで構わないのだろう。
そして、状況は変わらない。
陽太の目前には、平穏の終わりを告げた白髪の少年がただ一人、立ち塞がっていた。
「クッソ、そこをどきやがれ!」
「救いたければ、押し通れ――その覚悟がなければ、この世界では永遠に奪われる側だ」
言い放つとアスタリスクは、腕で進路を遮るようにナイフを構え、穏やかな態度をかなぐり捨てていた。
陽太たちと同年代とは思えない程に、殺気が膨れ上がる。
その威圧は、陽太を動揺させるには十分なものだった。
「……っ! うおおおおおっ!」
呑まれて、一瞬だけ足を止める。だが、強引に振り切るように、陽太は吼えて自身を鼓舞した。
すでに状況は最悪。このまま行かせれば、晶だってどうなるかは分からない。
自分の力も足りないだろう。だがそれでも時間さえ稼げば、助けが入るなど一縷の望みは繋がるかも知れない。
267
:
◆peHdGWZYE.
:2018/11/03(土) 01:00:32 ID:R6qrEF5o0
覚悟を決めて、陽太はアスタリスクに向かって駆け出していた。
間合いに入り能力発動、と集中した瞬間。
(!? 消え、た……?)
一瞬で、アスタリスクの姿は消えていた。いや、高速で横に飛んだため、目で追いそこなったのだ。
本能に近い何かで、かろうじて視線を動かして、その姿を追う。
陽太が敵を視野に収めた時には、すでにアスタリスクは戦闘用ナイフを振り下ろしていた。
連続で白刃が閃き、傾いた日の光を反射する。
一撃目、肩口を狙いナイフが襲い掛かる――振り向くと同時、咄嗟に身を引いて、衣服だけが切り裂かれた。
二撃目、器用な軌道で、脇腹のあたりを抉る――姿勢が崩れるのも厭わず、逃げるように飛び退いた。
三撃目、踏み込みからの諸手突き――これは今の姿勢では躱(かわ)せない。
決まったとアスタリスクが確信した直後に、陽太の能力が遅延発動していた。
能力発動から若干、遅れて事象が発生するという、陽太が度重なる努力で獲得した曲芸のようなものだ。
完全に予想外のタイミングで創造された茹で蟹は、甲羅でナイフの軌道を逸らし、陽太を救っていた。
直後、アスタリスクの片足が跳ね上がる。ナイフによる白兵戦から、蹴りによる追撃。
修行相手の時雨も、たまに似たような手口は使う。
その経験もあって、陽太は強引に姿勢を変えて、その威力を流していた。
アスタリスクの攻勢が一瞬だけ止まり、陽太も痛みに耐えつつ、体勢を整える。
(凌いだ……凌いだが、こいつは……)
十分な戦闘センスがあるだけに、陽太には分かってしまった。
技術、戦闘経験、迷いない意思決定、多くの面でアスタリスクが圧倒していた。
なにせ、こちらが一つ対処する間に、三度か四度の攻め手を打ってくるのだ。
「良い動きだけど、相手が悪かったね」
陽太が呼吸を整える前に、さらにアスタリスクが今度は正面から襲い掛かっていた。
とにかく相手は速い……攻撃の軌道を察知して、フランスパンを生成しガードする。
しかし、アスタリスクは攻め込むと見せかけて、強引に足を止めていた。
戦闘の序盤、餅を投げた流れをやり返された形。それを陽太が咄嗟に悟ったのは、やはり頭の回転が優れているからだが、
それは一足飛びに自分の敗北を思い知る結果となっていた。
アスタリスクが陽太の夜間野力をコピーし、生成物を投げ付ける。それは餅ではなく、粉末――
268
:
◆peHdGWZYE.
:2018/11/03(土) 01:02:00 ID:R6qrEF5o0
「コショウだとっ!?」
「補助兵装(サブウェポン)としては有用だよね」
刺激物を無防備に目に浴びて、呼吸器に吸い込んだ形だ。
意志で耐える事など不可能、どれだけ隙を晒そうと、涙を流して咳き込むしかない。
そして、隙はそのまま勝敗へと直結していた。アスタリスクが見逃すはずもなく、素早く肉薄すると
無呼吸運動で踏み込み、そのままナイフの柄で陽太のみぞおちに打ち込む。
低い音を立てて、補強されたローズウッド製の柄が陽太の胴部に食い込んだ。
「く……は……」
内臓が裏返るような衝撃。
意識を欠きつつも、胃液を吐いた感覚だけが明確に残った。
肋骨が折られなかったのは、激痛で意識を奪うという技術が余計な機能を持たなかった故だろう。
呼吸すらままならない状態で、陽太は膝を折り、そのまま崩れ落ちていた。
自分で撒いたコショウの影響を防ぎきれなかったのか。
アスタリスクは小さく咳き込んで、陽太を見下ろしていた。
「けほっ……そこで、しばらく眠っているといいよ。さよならだ、えっと、岬月下だったかな?」
陽太が敗北する光景を、クリッターとバウエルに抑えられつつも、水野晶は目撃していた。
(殺されたりは、しないんだ)
その点については心底、安堵していた。。
でも。同時にそれは、日常が完全に崩れ落ちたという象徴的な瞬間だった。
思えば、いつだって起こり得た事なのだ。
猛犬に追われた時から、比留間博士と対峙した時から、あるいは能力に目覚めたその瞬間からずっと――
今までは奇跡のように欠けた歯車が噛み合って、日常が回っていた。
そして、ついに終わりが訪れたのだ。
自分は往くべき所に往き、決して戻る事はない。そうなれば、親しい誰かを巻き込むこともなくなる。
269
:
◆peHdGWZYE.
:2018/11/03(土) 01:03:24 ID:R6qrEF5o0
なにより、"呼び声"が聞こえているのだ。これが在るべき行く末だと。定まった未来は振り払えない。
諦観が、あるいはそれ以上の運命じみた何かが晶の心を占めようとした瞬間、
――声が、聞こえた
「晶ぁぁぁぁ! 待ってろよ! 必ず――」
酷く辛いだろうに、普通は声なんて出せないだろうに、陽太が叫んでいた。
いつも騒がしくて、ちょっと頼りがなくて、厨二病がどうなっていくか心配で。
格好良くなんてないけど、それでも。
(陽太……!)
誰に冗談と思われても大真面目で、一生懸命な陽太の声が聞こえた。
運命のように圧し掛かる"呼び声"なんかよりも、ずっと鮮烈に響いていた。
今度こそ完全に意識が混濁したか、陽太は顔をうつ伏せた。本当に気力だけで叫んだらしい。
その様にアスタリスクは呆気に取られていたが。
「悪いけど、それは叶わない願いだ。彼女は忘れ去られてしまうからね。
友人だって仲間だって、学校や警察に国家、そして自分自身でさえ、その願いには味方しない」
淡々と事実を告げる。陽太の現状では、聞こえているかどうかは半々だろう。
踵を返して、クリッターやバウエルと共に立ち去ろうとする。
だが、最後にふと思いついたように、足を止めて付け加えていた。
「それこそ、神様に叛いて奇跡でも起こさない限りはね」
意図までは知れないが、それは最初の陽太の台詞を引用したものだった。
次こそ本当に足を止める事なく立ち去っていく。そして、指を鳴らして何事かを呟いた。
その瞬間――合図によって文字通り、世界が変わっていた。
十万に一人といわれる、世界規模の強大な能力が発動したのだ。
第一に『機関』が察知し、国連やドグマ、各地の研究所がその影響を観測する。
そして、一つの例外もなく、各組織は『何事もなかった』と全てを忘却し、その痕跡すらも失われた。
能力発動の事実は消され、そしてもう一つ。
日本で水野晶という少女が生活していた、という確かな事実もまた、一握りの例外を除いて消されていた。
270
:
◆peHdGWZYE.
:2018/11/03(土) 01:04:29 ID:R6qrEF5o0
いつか来る日常の終点、劇場版だからこその展開ですね……
タイトルは前回からのセットです
補足
アスタリスク
この作品で初出。『クリフォト』所属、白髪にオッドアイ、中学生程度の少年。
昼間能力は「対象の夜間能力をコピーする」というもの。鑑定に近い能力で、ある程度の把握も含まれるらしい。
コンセプトは同年代の強敵、メアリースーっぽいキャラ。能力も微妙に、主役にありそうなやつに。
クリッター
◆wHsYL8cZCc氏の作品(StarChild)から出演。外見描写がなかったので、元ネタ? の映画を参考に。
生き残った人類の5%が人類を超え、人類の天敵となった世界線。クリッターはその天敵の一種といえる。
他の作品とは明確に異なる世界線のはずだが……
バウエル
この作品で初出。『クリフォト』所属、中東系の特徴が見られる男性。いつも礼服を着ている。
現状では、不明。3という数字に何か拘りがあるようだ。
271
:
名無しさん@避難中
:2018/11/03(土) 20:09:20 ID:2McjDkgA0
た、大変なことになった……!
頑張れ陽太……!!
272
:
星界の交錯点
◆peHdGWZYE.
:2018/11/10(土) 00:38:05 ID:ds4Iu7PM0
10.終わりの始まり
あの出来事で昏倒させられた陽太は、その後の事をろくに覚えてはいなかった。
倒れている所を警察に保護されて、いくつかの質問もされて答えた気もするが、質問も返答の内容も頭から抜け落ちていた。
どこか汚れた姿で警察から解放された陽太が、まず初めにやった事が、晶の安否確認だった。
運良く他の誰かに助けられたか、あれ自体が悪い夢か何かだったか、なんでもいい。無事という可能性もある。
隣の家だ、大して手間はかからない。戻っているかと、インターホンを鳴らすだけだ。
聞きなれた音が機械から奏でられ、そして虚しく響いただけに終わった。
最近は陽太の両親と同じく、晶の両親も長めの旅行に出ている。家には誰も居ない。
やや躊躇ってから、二度目、三度目と鳴らすが、やはりその音は誰にも届かなかった。
諦めると肩を落として、隣の自宅へと帰宅する。
向き合わずに済むという意味では幸運な事に、鎌田も留守だった。こちらは明日には帰ってくる。
夕飯の話は、晶としていたのだが、こんな事があっては予定どころではない。
能力の反動もあって空腹だったが、それに反して食欲は沸かなかった。吐き気のような感覚だけな残っている。
だが、明日は動くことになる。それなら食べておいた方がいい。
棚の奥から、カップラーメンを引っ張り出して、お湯を沸かし始める。
思えば、一人の夕食はかなり久しぶりだった。自分の大事な何かが抜け落ちた気さえする。
湯が沸くまで待っていると、ジリリリと電話が鳴り始めた。
晶かも知れない、と慌てて受話器を手に取れば、そこから聞こえた声は最寄りの交番の名前を告げていた。
保護してくれた警察だ。そういえば、電話番号も教えた気がする。
「本当に間違いはありませんか? 同じ中学の、ええ、三年生だそうですが、そういう名前の子は……」
警察いわく、学校側や近隣の人々に確認を取った所、そんな少女は実在していない、との事だった。
それこそ、あり得ない。
学校には籍があるに決まっているし、近所付き合いもそこそこだ。
陽太が目立つだけあって、それなりに晶も認知されている。
警察の間違いで無ければ、『クリフォト』を自称する組織が何か手を回したのだろう。
そういえば、クリフォトという名前自体は、雑誌や書籍で見た事がある。裏社会で蠢く、謎の組織の一つ。
逆にうさん臭く、普段の厨二病に反して、陽太は実在を疑っていたのだが。
会話もそこそこに、警察との会話を打ち切って、受話器を置く。
その後は、どうにかお湯が沸いた事だけ確認して、やかんを取るとカップ麺に注いだ。
現状の事も、自分の精神状態についても、なにかもが整理できていない。
ただ、永い別れになるかも知れない、と。今更のように実感していた。
273
:
◆peHdGWZYE.
:2018/11/10(土) 00:39:30 ID:ds4Iu7PM0
――――
あの遭遇の後、連れ去られた水野晶は意識を奪われ、次に目が覚めた時には見知らぬ場所だった。
近未来的な設備の整った屋内だった。
研究所というよりは開けた空間で、旅行に行った時の展望台に近いものがある。
晶には、そこが何処だか分らなかったが……
チェンジリング・デイ以降、その隕石被害および能力の発生について探っている学問は幾つかある。
第一に物理学全般がそうであるし、人間が獲得した能力であるから、比留間博士で有名な生物学も
その一つではあるだろう。
それらは無数の未解決問題を抱えており、その中には究極の問いと呼ばれるものも存在している。
――我々はどこから来たのか。我々は何者か。我々はどこへ行くのか。
ゴーギャンの作品ではないが、能力研究にも似たような疑問は存在している。
すなわち、チェンジリング・デイの隕石群はどこから来たのか?
なぜ我々、人類にだけ能力が発生したのか。能力を得た我々はどこへ向かっているのか?
その謎の根幹は隕石が来た場所、つまり宇宙にあるという見解を元に、研究を重ねている学問が存在する。
すなわち、『天文学』だ。
人工島アトロポリスの中枢に存在する施設は、島の名を取ってアトロポリス中央塔と呼称されているが、
その最上階には天文台が設置されている。
そこは国連、および国際学会の内部機関の最重要機密とされており、両組織の幹部ですら内実を知らない。
水野晶はその最重要施設に軟禁されていた。
閉じ込められている以外は、拘束らしき拘束はない。手錠や足枷もなく、施設内はろくに施錠もされていなかった。
ふと思い立ち、歩き回る。
もちろん脅える気持ちも大きかったが、それ以上に塞ぎ込んでいると鬱屈しそうだったのだ。
中央塔の最上階なだけあって、とても見晴らしが良い。一部、ガラス張りになっている個所からは、
人工島の全域が見渡せた。一方通行のマジックミラーではあるのだが、内部からは開けた空間に思えた。
「え……」
何気なく外の風景を覗いて、晶は即座に違和感を覚えていた。
空は青ではなく、どんよりと濁った色で太陽も見当たらない。かといって、曇ってもいないのだ。
不思議な事に、まだ明るいにも関わらず星空が透けて見える。
外の風景から、ここがアトロポリス人工島である事は晶も察する事は出来たが、それも不自然だ。
現状、建造中で今も工事が続いているはずだが、それが見当たらない。
島全土が完成されていて、近未来的な雰囲気もあるのだが、それらが全て荒れ果てていた。
建物は残骸と化し、高層道路は崩れ落ち、不自然なクレーターが点々と見える。
274
:
◆peHdGWZYE.
:2018/11/10(土) 00:40:41 ID:ds4Iu7PM0
自分が知る写真やテレビの映像とはあまりにも、かけ離れていた。
まるで遥か未来、太陽も月も亡くした、終わりの空の下――
どうしようもない嫌な予感に、動悸を抑えて風景から目を逸らす。
晶は眩暈がしたので、施設の中枢付近にある、奇妙な装置の傍で少し身を休めていた。
その時、声が聞こえた。
"異変"によって幾度と聞こえた不思議な声が、今度は鮮明な形となって。
『チェンジリング・デイ。隕石衝突と"能力"の発生により、人類の混迷期は訪れた。
人類は多くの不安を抱きながらも、復興を進め、希望を絶やさず未来へと向かっていく』
語り部のように、謡うように、彼女は言葉を紡いでいた。
不思議な少女だった。存在感が曖昧で、淡い光を放っているようにも見える。
同時にどこかぼやけて見えるのに、あまりにも強い存在感を放っているのだ。
『しかし、そんな日々は致命的な破綻を迎える事となる。
ある象徴的な事件により、国際連合を中心に人類を二分する合意が締結され……
そして、全面的な衝突に至るまで、多くの時間は要らなかった』
少女の姿がぶれて消え、今度は二十歳かその直前ぐらいの女性の姿となる。
服装だけは同じで、一貫して清潔な白の貫頭衣を身に纏っている。まるで神官のようだ。
その語り口には、あまりにも悲しげで。
まるで墓碑銘を読んでいるようだと、晶は思った。
275
:
◆peHdGWZYE.
:2018/11/10(土) 00:42:06 ID:ds4Iu7PM0
(女の子、いや女の人……? それに、この装置って……)
天文施設の中枢を占めるのは、望遠鏡ではなく。いや、その機能もあるかも知れないが、奇妙な装置だ。
幾つも輪を重ねた小型の塔にも見える。電波塔にも似ているかも知れない。
その根元から装置中枢にかけては、人の搭乗スペースのような空間が存在する。
晶の疑問に応じるように不思議な女性の姿が、またぶれて消えた。
次は近い、鏡合わせのような位置に少女の姿が現れ、晶は悲鳴を押し殺した。
『ある時間線では人類最期の戦争で用いられる事になる、戦略兵器『ソドムの火』。
その時代には、EMP兵器の一種と解釈されたけど、その本質は――』
語り、紡がれる言葉はまともに頭に入ってこなかった。
貫頭衣の少女の顔を間近で目撃し、その瞳を覗き込む。そして、内心で驚愕した。
(僕と、似ている。服も雰囲気も、何もかも違うけど、なんで……)
完全に同じ訳ではない。でも、鏡を覗き込んだような確かな面影が、彼女の姿には表れていた。
ただ明確に、その瞳だけは異なっていた。
まるで世界の終わりを見てきたかのように、その双眸は誰よりも暗く沈んでいたのだ。
それは約束の履行か、それとも本当に世界の墓碑銘を詠んでいるのか。
戦略兵器『ソドムの火』を背に、施設の外に拡がる終わりの風景に手を伸ばすように、彼女は宣言した。
『――いま、ここで全ての終わりが始まる。世界に流星の降り注いだ"あの日"のように』
誰も知らない時、誰も知らない場所。それでも、表層現実よりも確かに。
終焉を告げる星時計が時を刻み始めていた。
――『星界の交錯点』第一部・完 第二部へと続く
276
:
◆peHdGWZYE.
:2018/11/10(土) 00:45:30 ID:ds4Iu7PM0
過酷な展開ですが、舞台は整った的な
ストーリー的にも作者の労力的にも、ここからが本番です
書き溜めタイムに入るので、来週は休みで、予告編だけ落とす形となります
>>271
晶も大変だけど世界も大変……!
陽太が忘れずに済んだ理由は考えてあります
補足
ソドムの火
◆wHsYL8cZCc氏の作品で言及される、究極の電子兵器。
人類が生み出した『神に挑む武器』とも称される。
作中ではミハイルとイェンスが探し求めていたが、登場することなく連載停止中。
そのため、この作品では独自解釈も多く入れたうえで登場している。
謎の少女
この作品初出であり、設定上そうでないとも言える人物。
いくつもの姿を持つ謎めいた存在。"異変"の根源?
277
:
星界の交錯点
◆peHdGWZYE.
:2018/11/20(火) 00:41:50 ID:0Vs8Wetg0
11.神は猫の前で賽を振るか
十数年前の隕石被害は凄まじく、特に建造物やインフラが増えた被害は甚大だった。
都市圏や各地の交通網を始め、復旧は進んでいるものの、未だに完全な回復とは程遠い。
そうした事情で、すでに珍しいものでも無くなった廃屋の一つに、ある小男が無断で寝泊まりしていた。
見るからに浮浪者風で、服装も徹底的にセンスがない。
チンピラが着るような派手な柄のシャツを、さらに悪趣味にして、だぶだぶのズボンと合わせたような。
深夜、男はベッドの残骸に身を預けながらも、頭痛に頭を押さえて呻いていた。
散らばる酒瓶を思えば、その要因は明らかだった。
(ちぃ、飲み過ぎたか……?)
小男の名は、神山益太郎。一匹狼といえば聞こえはいいが、完全無欠の社会不適合者だ。
この男が不自由なく生きているのも、いわゆる反則級の能力を有しているからに他ならない。
『触神』――触れた物体のメタな情報を改竄する能力。
誰もが一度は夢想する、万能といってもよい力だった。
この素晴らしい力を世のため人の為に振るおう、などという殊勝な心掛けは神山には存在しなかった。
全能に近い力を持った人間に、社会や他人がそれ以上のメリットを供給できるのか? 出来ないだろう。
それなら、こちらからも何もない。たったそれだけの、子供でも分かる理屈だ。
今思うのは頭痛にせよ、酒にせよ、この力で書き換えても良かったという事だが、それはそれで酒の味を損なう。
悪酔いも安酒の味なのだ。
まあ、大した拘りがある訳でもなく、そういう気分というだけだが。
「ようやく見つけたぞ! 正義の冒涜者め」
廃屋の入り口か、その手前の庭か、まあ区別するほど広い土地でもない。
外から怒鳴り声が、キンキンと頭の中に響いていた。
(とうとう幻聴が……って違げえよなぁ。まったく)
強大な力を持っても、とにかく他人という生き物はままならない。
特に物を考えず、不必要に危険に触れたがる輩は。
どうにか起き上がる。元より廃屋は、かろうじて雨は凌げるだけの残骸だ。
崩れた壁を通して、神山は怒鳴り込んできた青年と対峙していた。
まあ、なんというか。神山も自分の服装センスは高く評価していなかったが、向こうはもっと酷い。
近世風の華美な衣装に、魔術師のような真紅の外套を纏った……まあ大真面目なら、頭がおかしい恰好だ。
278
:
◆peHdGWZYE.
:2018/11/20(火) 00:42:40 ID:0Vs8Wetg0
「あー……なんたら騎士団のリーダー様だったか。えらくダサいネーミングだった気がするが」
「安い挑発だな。空虚な誹謗など――」
「すまん、すまん。ダサいのは存在自体だな。ネーミングもダサいが」
適当に会話を打ち切って、安い挑発を続ける。単に頭痛でやり取りするのが苦痛という事もあったが。
目前の青年は、過去に潰した事があるクズの一人だ。性懲りもなく復讐戦に来たという訳だ。
それだけで十分、覚えておく価値もない。
騎士団リーダーは憤懣といった様子で「制裁」と小さく呟くと、一歩引いてから手元に火球を形成していた。
分かりやすい攻撃的な能力。
神谷がおっ、と眉を上げたのは能力自体ではなく、青年の冷静な立ち回りだった。
(ちょっとは頭が回るようになったか? それとも誰かの入れ知恵か)
以前、なんたら騎士団(名前は思い出せない)を適当にぶちのめした際には、不用意に相手の領域に突っ込んだ挙句、
見事に一網打尽にされてしまったのだが。
万能の能力にせよ、使う側の体力もあるので、何人か冷静なのが混じってたら、まだ勝負になったかも知れない。
そんな事を神山が考えていると、騎士団リーダーはニヤリと口元を歪めて、片手を掲げた。
付随するように、火球もパチパチと音を立てながら、頭上へと移動する。
問題はその直後に起きた。
「見せてやろう。俺が授かった"力"というものをな!」
元々、言動が大げさだっただけに、神山は軽く構えていたのだが、目を張る羽目になった。
青年の頭上に浮かんでいた火球が十倍以上もの規模に膨れ上がったのだ。
その光量に目が眩む。
まるで太陽、廃屋など丸ごと消し飛ばしてしまうような絶大な威力を秘めていた。
「マジ、かよ……!」
想定外だった。騎士団リーダーは慎重な立ち回りをしていた訳ではない。
単に自分を巻き込まないように距離を取った結果、それが慎重であるかのように見えたのだ。
今まで暗闇に隠れ、そして火球に照らし出された騎士団リーダーの顔は控えめにいっても、イッていた。
まるで危険な薬物でも投与されたかのように、目を血走らせ、異様な笑みが張り付いている。
それ以上は考察している時間もない。騎士団リーダーの手が振り下ろされ……
巨大な火球は残像を残して落下、夜の闇を引き裂くような爆炎を巻き起こし、一瞬で廃屋の完全な灰に変えていた。
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