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【シェアード】仁科学園校舎裏【スクールライフ】
528
:
記憶の中の茶道部(第二話)
◆n2NZhSPBXU
:2014/09/10(水) 22:44:18 ID:fHZ4Bbrc0
それから数時間後……授業やホームルームも終わり、部活動の時間となった仁科学園。
格闘茶道部の拠点である茶室ではイッサが抹茶を点て、それをルナが……そして、先程の生徒が受け取る光景が展開されていた。
「それにしても……ごめんね、怖い思いをさせたみたいで……正直、私も死ぬかと思ったけど。」
抹茶が入った茶碗を手で押さえながら、ルナが生徒に声をかける。
「まぁ……何とかダイジョーブですよ。それに、部長さんに私のお菓子も喜んでもらえたようですし。」
そう言って、イッサの方向を見る生徒。
その目線の先には、先程の事件後、家庭科室にあるあり合わせの材料で作ったわらび餅……の姿形は既に無く、
まぶされていたきな粉の一部が皿代わりに置かれた小さな和紙の上に存在する状態と化していた。
「一時はどうなるかと思いましたけど……あなたのおかげで、この格闘茶道部の部活動が無事に行えました。
それに、この美味なる手作りお茶菓子……部長として『ありがとう』と言わせていただきますわ。」
ニコリと笑うイッサ。
一方の生徒は、自身にとっては大き目の茶碗と格闘しつつ、その小さな口へ抹茶を運びながら答える。
「……格闘……茶道部……何だかよく分からないですけど、楽しそうな名前ですね。」
「……実態は全然楽しく無いんだけどね。」
「何か言いました?」
ルナの小声に瞬時に反応するイッサ。
対して、ルナは茶碗を口に運んで誤魔化す。
「……そうだ!私も入部して良いですか?!」
ザ・グレートカブキの如く、今度は茶室のフスマに向けて『緑のしぶき』を噴射するルナ。
しかし、生徒とイッサはそれを無視して会話を続ける。
「私、お菓子作りは得意中の得意なんです!きっと、部長さんや副部長さんのお役に立てますよ。」
「そうですか……入部はこちらとしても大歓迎です。あなたを格闘茶道部の部員第三号として……
あ、そう言えば……まだ名前を聞いていませんでしたね。あなたのお名前は?」
「私、中等部二年の粟手トリスって言います!」
「……粟手?」
ルナがトリスに問いかける。
「粟手って……私のクラスに粟手ヒビキってのが居るけど……?」
「ヒビキちゃんは私の妹ですよ……ってことは、あなたがヒビキちゃんの言ってた『ルナちゃん』なのね!」
「へぇ、ヒビキさんのおね……?!」
確かに、彼女は『中等部二年』と自己紹介した……また、兄弟・姉妹なのに弟・妹の方が高身長……という場合も時々ある……
しかし……目の前に居る粟手トリスは……何と言うか……ぷち過ぎる……『中等部一年』と言われても違和感が無いどころか、
おそらく小学二年生と名乗られても頷ける雰囲気……なのに……私の先輩……そして、ヒビキさんのお姉さん……。
「じゃあ……粟手トリスさん、今日からあなたを格闘茶道部の部員として認めます。今後とも、よろしくお願いします。」
「こ……こちらこそお願いします。」
そう言って、お互いに手をついて頭を下げるイッサとトリス。
「それと……ルナちゃん!格闘茶道部の仲間として、これからも……ルナちゃん?」
ルナの顔の前で小さな手を振るトリス。
しかし、『トリスがヒビキの姉であること』を理解出来ずにいたルナは、
まるで処理速度が遅くなったコンピューターのようにただただ上の空で居続けていた。
「あの……おーい?」
「……大丈夫よ、この子はいつもこういう感じだから。」
そう言って、イッサは抹茶を口へと運ぶのだった。
私の知る『格闘茶道部』は、こうして始動した……。
つづく
---------------------------------------------------------------------------------------------
以上です。
お目汚し、失礼しました。
529
:
記憶の中の茶道部(人物設定)
◆n2NZhSPBXU
:2014/09/10(水) 23:03:52 ID:fHZ4Bbrc0
wikiのほうに『投下時のルールとして、新キャラ・新設定に関する旨を書く』とあったのですが、
前回うっかり忘れてしまったので、人物設定について。
(天江ルナ)
『記憶の中の茶道部』における主人公であり、仁科学園中等部の一年生。
剣道部希望だったが、緒地憑イッサに負けて格闘茶道部副部長にさせられた女子高生。
過去に自身の母が失踪しており、そのため精神的に弱い一面を持つ。
(緒地憑イッサ)
仁科学園中等部の三年生で剣道部および格闘茶道部の部長。
見た目は清楚だが、甘味とエロスのことになると暴走する変態女・・・だが、剣道の腕は銀河系最強と言っても過言ではないほど。
ただし、謎の多い部分もあるようで・・・?
(粟手トリス)
仁科学園中等部の二年生で、格闘茶道部へはルナの後に入部。
ルナに「ミニウサギみたい」と評される程のぷちサイズだが、お菓子作りに関しては超天才である。
(粟手ヒビキ)
トリスの妹で仁科学園中等部の一年生(ルナとは同クラス)。
和太鼓とゴーヤーが好きな女の子で、仁科学園の部活には所属せずに近所の公民館で行われている和太鼓サークルに入った。
何故か、女好きのイッサからは嫌われている・・・?
(天江ライト)
ルナの父。
母親の居ない天江家を支える大黒柱。
・・・一応、今決めているのはこんな感じです。
今後、修正は入るかもしれませんが、このような形で仁科学園へ参加させていただきます。
よろしくお願いします。
530
:
記憶の中の茶道部(人物設定)
◆n2NZhSPBXU
:2014/09/10(水) 23:05:57 ID:fHZ4Bbrc0
間違えた!(汗)
× 女子高生
○ 女子中学生
531
:
名無しさん@避難中
:2014/09/12(金) 07:52:54 ID:VjDFyrl20
>>521
変態淑女はいいもんさ。
秋月りっちゃん……ならば、メガネっ娘、メガネっ娘なのか?ルナはー
キャラも揃ってきて、続きが楽しみじゃのう
532
:
わんこ
◆TC02kfS2Q2
:2014/09/12(金) 18:48:34 ID:Lj2meaqY0
新シリーズにわくわく。小動物系いいなぁ。どんどんルナが振り回されるのを楽しみにしてたりして。
ルナと荵、ルナと亜子……はっ?
>>496
スイカ割りも続行中ですよ。
http://download1.getuploader.com/g/sousaku_2/858/suika_01.jpg
http://download1.getuploader.com/g/sousaku_2/859/suika_02.jpg
懐くん、からすまりん、お借りします。
533
:
『信長とカラス』
◆TC02kfS2Q2
:2014/09/12(金) 18:49:09 ID:Lj2meaqY0
世の中の何もかもを手中に収め、抱えきれない権力が黒鉄懐に憑依する。
袖からは逞しい二の腕の筋肉が岩石にも匹敵する硬度を誇らしげに見せる。
天を突く追うな長身とともに、長く神々しい輝きに満ちた金髪が髷のように括られて、勇ましさを兼ね備えた雅さを演出していた。
「そこで頼み事じゃ」
ばっと片手で広げた扇子には金粉、細工、香が仕込まれ、うすぼけた教室を一瞬にして絢爛豪華なる二条城御殿黒書院へと
トリップさせる力があった。そんなウソさえ誠にしてしまう魔力に、半紙の前で筆を弄ぶ烏丸アリサが飲み込まれた。
アリサは習字を嗜んでいる。
黒髪をポニーテールに結んだ、碧色の瞳を持ったエキゾチックな雰囲気を持つハーフの女子高生だ。
アリサは一日一時間、いや五分でも寸暇をいとわず筆を手に取る。
彼女の周りは墨の芳しい香りが漂うという。
文字には不思議な力が宿るから、わずかでもいいから恩恵を受ける。
毎日筆を取って文字に魂を込めつづけるも、彼女の思いが日に当たることは少なかった。
「別に急ぐ返事ではないぞ」
「え〜。どうしようかな〜。烏丸、そんな頼み事されるのは初めてです〜」
「ははっ。お前さんの好きにすればいいのじゃ」
「……えーと〜」
語尾を延ばす癖を恥じているわけでもない。凪打つ漆黒の墨汁が湛える硯に筆を置いたアリサの心中は、
それとは反してさざ波立っていた。自分はなかなか思い切れず、決断の一歩が踏み出せない子だということは分かっているのに、
今一歩躊躇う自分がいる。
「今すぐでなくていいんだぞ?この信長が目を止めたんだ。誇りに思え」
「確かに信長さんの格好ですね〜?」
突き抜ける高笑いともやもやとしたアリサの疑問と迷いを残して、桔梗の紋が眩しい織田信長のコスプレに身を包んだ黒鉄懐は
アリサの部屋から姿を消した。懐が消えた部屋はビルを発破解体した後のような静けさと空虚感が残っていた。
信長……いや、懐からの要望に困り果てたアリサに残された手段はただ一つ。
誰かに聞くこと。
眉をしかめたアリサは幼なじみに電話をかける。彼ならきっとアリサに救いの手を差し延べてくれるはずだ。
いつも困ったときには彼が居てくれた。だから、アリサが迷ったときに、正しい選択を示してくれた。
だが、幼なじみとの電話は弛んだ糸が絡み付いたのか、一向に繋がらなかった。万事休す、刀折れ矢尽きる。
ふわりとアリサの頬を撫でる風さえも、今は煩わしく感じるぐらいにアリサは落ち着かなかった。
気分は晴々としないのに、お腹だけは空く。心と体は別物だ。お年頃の女子だから、すぐに何かを摘んじゃいたくなる。
甘い物がいいな。アイスクリームなどどうだろう。牛乳たっぷりの濃い味は疲れた体を癒すし。いや、甘さ控え目なあんこも捨て難い。
エキゾチックな容姿に心を抱くハーフのアリサはゆらゆらと和か洋かと迷う。
そうだ、食べに(学食)行こう。例えば、京都には日本中の海の幸山の幸が集まるが、学食だって負けてられない。
種類が豊富なことで名だたる学食へアリサが向かうと、そこはうつけ者の館だった。
信長が天下統一を成し遂げ、いち早く京に上ってきたのか。それとも、戦の勝どきで、はたまた敵の武将の勇猛果敢な戦いを讃え、
黄金の髑髏(どくろ)で美酒を味わっているのか。
534
:
『信長とカラス』
◆TC02kfS2Q2
:2014/09/12(金) 18:49:30 ID:Lj2meaqY0
「はははっ。今日の宴は最高じゃ」
信長……いや、懐の前にずらりと並んだカツ丼、カレー、肉うどん。そして、ピザトーストと、見ているだけで満腹中枢を
麻痺させる品々に腹を鳴らせていたのだ。椅子に胡座をかき、扇子を乱暴に扇いだ懐は遠慮することなくピザトーストを手にして、
がぶりと口に入れた。野生味溢れる食べっぷりに遠巻きに眺めていたアリサもつばきを飲み込む。
「桶狭間の戦いで、今川善元殿を討ち破ったとき以来の気分じゃな!あの時はどしゃぶりの中、攻め時を迷ったものじゃ」
続いて、カツ丼。肉厚なカツと程よいぐらいの衣の歯ごたえが、しゃくしゃくと小気味よい音と共に伝わってくる。
甘すぎず、辛すぎずのたれが白米との調和に見事に合致して、日本人の心意気を胃袋から褒め称えていた。
たれの香りに釣られたアリサは一歩一歩学食の中に吸い込まれる。そして、肉うどん。甘さと辛さの微妙な距離を保ちつつ、
腰のない麺が嫌でも出汁を吸い込み続ける。時間が経つとみるみる増える魔法のうどんは腹持ちが良いと男子生徒の間では評判だ。
ただ、空腹に耐え兼ねたアリサは例外だ。手を伸ばせば麺に届く距離まで近付いたアリサは懐の姿を見て我に帰った。
「どうだ。うつけ者の宴はどこの誰にも負けんぞ」
うどん越しに見える懐の表情は、天下を手中に収めた信長そのものだった。
安土城の天守閣からの眺めに現を抜かす、日本国王の威厳とも表現できるではないか。
はっ。
刹那に光り輝く閃光。
青白く稲光のように、そして静寂さが吹き荒れる。
アリサのポニーテールがゆらりと揺れる。
足元から風吹き上がる。
「来る……わたしに来ます……」
自分の体の中に空海・橘逸勢・嵯峨天皇、日本史が誇る書道の神『三筆』が宿った。アリサに潜み、燻っていた大和魂が今、
聖霊と共に開花していた。硯に降臨した書の神が、雷電と共にアリサの手元を通じて現代に蘇る。三筆と信長では時代は違いすぎるが
この国に宿り、文化を育んだ者たちと言えば、まさに『神』と言えるような者ばかりだ。
アリサの耳には遠い時空の雲から詔が聞こえてきたのだった。
もっと、美しく。
もっと、可憐に。
剣豪の鮮やかな殺陣廻りを目の当たりにした。
それ以上の衝撃が学食中に広がる。
一筆一筆に花びらが散って、桜の国の四季を一度に見るかのような。
呼吸をすることも忘れたアリサは夢中で書に魂をこめ続けた。
学食の机に半紙と筆、墨汁を湛えた硯を並べたアリサは、決して上手くはない筆使いで文(ふみ)を書き連ね始めた。
目の前で書道を始めたアリサに懐は声をかけようと箸を止めたが、聖霊に取り付かれたアリサに近寄ることも、話し掛けることも
恐れ多すぎて、禁じられてるように感じた。
535
:
『信長とカラス』
◆TC02kfS2Q2
:2014/09/12(金) 18:49:52 ID:Lj2meaqY0
「できました〜」
信長……いや、懐は言葉を失い、そして扇子で口元を隠した。
いつのもどおりのアリサに戻り、菜の花畑の風が流れる。
アリサが書き連ねたものは『カツ丼 カレー 肉うどん ピザトースト……』と、懐が並べていた物と同じ物だった。
筆を置いたアリサは疲れきった表情で額の汗を拭いていた。頬を掠める風が今は心地好い。
「おしながきです〜。和食は見て楽しむものです〜。今日の品々と合わせて楽しんでください〜」
「ピザトーストもか?」
「あ……書いちゃいました〜」
懐に指摘された後のアリサの汗は、今までのものとは違った。
懐のツッコミは続く。
「アイスクリーム……か?おれは頼んでないが」
しまった。
ついついアイスクリームを食べたいあまり、自然とおしながきに書いてしまったことに顔を赤らめたアリサは
ぶんぶんと両手を振っていた。
「あの、あの〜。迷ったんでます〜。アイスクリームか……」
「はははっ。よし。南蛮渡来のアイスクリン、ここに参れ!」
声高らかに、そして、柏手を打った懐はそのまま信長の姿のまま食券売場へと向かった。
アリサの携帯が鳴った。
幼なじみからのリダイアルだ。
幼なじみに頼ったことすら忘れ、あたふたと慌てて電話に出たアリサは、またも別の汗をかいた。
「だ、大丈夫です〜。迷ってないです〜」
かたんとアリサの前にアイスクリームが。
信長からの賜り物だ。
「はははっ。迷うことは誰にもあるよのう」
「あ……ありがたき、幸せ〜」
白い褒美を口から垂らしたアリサに懐は、名古屋城のしゃちほこさえも見上げる高笑いをしていた。
おしまい。
536
:
わんこ
◆TC02kfS2Q2
:2014/09/12(金) 18:54:41 ID:Lj2meaqY0
「タロットカード化企画まとめ」より。
http://www15.atwiki.jp/nisina/pages/299.html
8【剛毅】黒鉄亜子
http://download1.getuploader.com/g/sousaku_2/860/ako_STRENGTH.jpg
「ウチのバ……うつけもの兄貴がすいません!」
投下おわり。
537
:
◆n2NZhSPBXU
:2014/09/12(金) 22:18:38 ID:nX7m2adE0
>>531
『真面目さ』のイメージベースを律っちゃんにしているだけで、別にメガネの有無は設定していません。
(現状はノーメガネのイメージで執筆)
・・・でも、メガネキャラってどこかで登場させたいなぁ。
ただ登場した場合、そのキャラにウルトラセブン・ネタをさせることになるのは火を見るよりも明らかな訳で・・・。
>>532
投下乙です、そして感想ありがとうございます。
久遠荵、黒鉄 亜子についてはご指摘を受けて気付いた次第ですが、これに粟手トリスが加わっての
ピョンピョコ・トリオによるサイドストーリーを!!・・・誰かが書いてくれたらなぁと思う今日この頃です。
538
:
名無しさん@避難中
:2014/09/15(月) 00:33:12 ID:GT0MHDrU0
格闘茶道部の設立が思った以上にカオスだったw
あと懐wwww最近なにしてんwwwww
539
:
名無しさん@避難中
:2014/09/23(火) 11:49:15 ID:NsjdjTdw0
体育祭はやっぱり秋だよなー。
騎馬戦は重量挙げ部が強そうだし、何気に幸撲委活躍しそうだし。
540
:
名無しさん@避難中
:2014/09/23(火) 12:39:14 ID:Hr8P/uRc0
でも上に乗るほうも重量級だから混合チームをだな
541
:
名無しさん@避難中
:2014/09/23(火) 15:55:28 ID:5FerQ66U0
ああ。そっか。
ここで格闘茶道部の登場か。
542
:
名無しさん@避難中
:2014/09/24(水) 23:14:43 ID:Bxh0kY3Q0
創作部の水鉄砲も強いんです。
「葎っちゃん!一網打尽やち!」
543
:
わんこ
◆TC02kfS2Q2
:2014/10/05(日) 19:15:51 ID:pn5UZ3WM0
>>537
>ピョンピョコ・トリオによるサイドストーリーを!!・・・誰かが書い(ry
書きました。
544
:
わんこ
◆TC02kfS2Q2
:2014/10/05(日) 19:16:37 ID:pn5UZ3WM0
学校からの帰り道にゴーヤーと久遠荵に時間を奪われる予定などなかったと、制服姿で箱を抱える黒鉄亜子は目を背けた。
緑色の植物のために力を惜しむのならば、一秒でも早く空手の道着に袖を通して、時を操る神々に正拳突きを食らわせたい。
段ボール箱一杯に満たされたゴーヤーを二人力合わせて運ぶ。
一人で持てない訳でもないが、段ボール箱が歪んでバランスが保てないからだ。
亜子の金色の髪と対比して、緑色のゴーヤーが鮮やかに箱を埋める。
「亜子ちゃんが通りがかってくれて助かるなっ」
「わたしは迷惑です」
急いでいるにも関わらず、荵に手を貸す亜子はまだまだ子供どもだ。そりゃ、女子中学生なんて世間様じゃ『JC』だなんて付加価値を
付けてくれるものの、ほんのちょっと前までは、ランドセル背負ってた小学生だし、子どもから中学生にいきなり背伸びの成長痛だし。
いくら亜子が空手で心身を鍛えようとも、世の中は理不尽なもので、勝てないものは勝てないのだった。
「ふう……。ここで休憩しようよっ」
校舎入り口の土間でどっさと段ボールを下ろすと、箱が揺れて、中身のゴーヤーが荷崩れを起こした。
慌てた荵は、子犬がおもちゃに飛び付くように、ゴーヤーを両手で掴まえた。
さて、ジャージにブルマ姿でゴーヤー片手の荵に突っ込みを入れるとすれば……。
「なんでこんなにゴーヤーを?」
亜子の疑問は素直だ。正直過ぎて、突っ込みのお手本にはならない。
正拳付きの質問に、荵はそのコブシに絡み付くように答えた。
「ほらっ。『拾ってやって下さい』だって。校門に置かれてたんだからっ」
「なにそれ」
確かに段ボール箱には、そんな文句がマジックで書かれた貼り紙がされてある。
ただ、何故にゴーヤーを拾ってやって下さいなのかは、二人しても謎が解けぬ。
三人よればなんとやら、三人目に期待を寄せると手段を捨てて、荵は手にしていたゴーヤーを元の段ボール箱に戻した。
「わたし、早く……」
「あー。そっか」
「これからグローブ空手の組稽古があるんです!門下生の分際で時間に遅れるなんて言語道断です!」
「そうだねっ。亜子ちゃん、ありがとっ」
545
:
わんこ
◆TC02kfS2Q2
:2014/10/05(日) 19:17:24 ID:pn5UZ3WM0
急いで帰る理由がある。袈裟懸けにしたスクールバッグからぶら下げた、ボクシンググローブが道場の空気を吸いたがる。
腕が鳴る。
敵を拳で打つ快感が蘇ってくる。
伊達にグローブを携えているわけではない。
真紅の鉄拳が血を求める。
フルコントクトが認められたグローブ空手は亜子のポテンシャルを最大に引き出す舞台。だから、抑えきれない衝動を
胸のうちからはちきれさせようとすっくと気合を入れた。
亜子が踵を返してダッシュをかまそうとした瞬間、前方から接近した台車と正面衝突の人身事故に遭った。
「ぐぎゃあ」と、亜子の悲鳴があがる。
相手は前方不注意、スピード違反、示談にするには安すぎる。女子学生だからと言って、甘えちゃいけない。
事故の衝撃で台車の運転手はミニウサギのようにすっ飛んで、ゴーヤー満載の段ボール箱へと突っ込んだ。
突っ込みのお手本としてはアグレッシブが過ぎると、荵は尻尾を巻いて尻餅で激痛を体中に走らせた。
「いててて……。ぐぉ、ぐぉめんなはい!ふぇがあひまへんれしたらー?」
ゴーヤーを口にミニウサギのような女子学生が振り向いた先には、突っ伏して倒れた亜子の姿があった。
肝を潰したミニウサギは、ぽろんとゴーヤーを口から離す。
「ご、ごめんなさいー!怪我ありませんでしたかー?」
ぴょんと台車を飛び越して、女子学生は亜子の傍らに着地すると目を丸くしてうっすらと涙を浮かべていた。
女子学生は制服からして亜子と同じ中等部だ。ただ、制服がなければ小学生としても違和感は感じない。
むしろ、ランドセルかリコーダーが必要なぐらいだし、おまけに名札も付けようかと憂うぐらいだ。
「ごめんなさい!」
「わたしは……大丈夫です。足元のガードを油断していたわたしに過ちがあります」
むっくり立ち上がった亜子は、試合に負けたときの顔つきで手を払っていた。
「あの、あの、あの。お詫びにゴーヤー一つ持っていて下さい!」
「いや、いいから」
「でないと、あの、あの、あの、わたしの気持ちが納まりません!」
荵はゴーヤーを一本手に取って、亜子とミニウサギの側にぴょんと近付き、ミニウサギを目にも止まらぬ電光石火で羽交い締めした。
荵の鼻がミニウサギのつむじに当たり、ゴーヤーがミニウサギのありもしない胸に当たる。
546
:
わんこ
◆TC02kfS2Q2
:2014/10/05(日) 19:17:48 ID:pn5UZ3WM0
「や、やめてくださいー!」
「わおーっ。甘噛みすんぞっ」
「甘噛みって、イヌじゃないんですからー!」
「わたしはイヌだっ」
たらりと額に一筋の汗。
子犬がミニウサギにじゃれついている間に、亜子は風のように消え去った。
「ミニウサ子はお菓子の香りがするぞっ」
「誰ですか、ミニウサ子って」
「お菓子の香りがする子だよっ」
「ですから、誰ですか?」
答えに言葉はいらない。荵はもう一度『ミニウサ子』を羽交い締めして、くんかくんかと髪の匂いを肺一杯に吸い込んだ。
「ミニウサ子じゃありません!わ、わ、わたしは粟手トリスです!」
ウサ耳が似合いそうな小動物系少女はじたばたと足をばたつかせていたが、慌てれば慌てるほど、荵は顔をトリスの髪に埋める逆効果。
「ゴーヤーを返してください!」
「え?だって」
「わたしが仁科市場で買い込んだゴーヤーですよ?今から家庭科教室に運ぶんです」
トリスが指差す緑色の植物。ぐりぐりと表面がうねり、見てくれはお世辞にもイケメンとは言えないが、
苦味が美味だと名高い南の果ての野菜だ。
買い物帰り、買い込み過ぎた。学校近くの道だから、知った顔が通りすぎるだろうとたかをくくってたら、
それは甘い考えだった。放課後とは言え、誰もいない。仕方なく道端に放置されていた適当な箱に積めて、学校の台車を借りに
行っていた矢先のこと、ゴーヤーが姿をくらました。
「ってか、どーしてゴーヤーを箱ごと持っていこうとしたんですか?」
「うー、箱に『拾ってやって下さい』って」
「あ。マジだ……」
初めて貼り紙の存在に気付いた。きっと、この中にイヌネコの類いがいたんだろう。
誰かに拾われたか、どこぞへと消えたか、主を失った段ボール箱に、トリスが引きずっていたゴーヤー一杯のエコバックを
放り投げたのが原因だった。
547
:
わんこ
◆TC02kfS2Q2
:2014/10/05(日) 19:18:19 ID:pn5UZ3WM0
「ごめんなさい……。ゴーヤーどろぼうかと思っちゃって」
「こちらこそですっ。でも、こんなに沢山、ゴーヤーをどうするのっ?」
「妹が好きなんです。家庭科教室でゴーヤー三昧、グッド・ガストロノミーです」
小さな身体のトリスから妹というフレーズが飛び出す。
荵が尻尾を立てていると、もくもくと荵の目の前にトリスの妹の姿が妄想された。
きっと、もっと小さな子なんだろう。姉がミニウサ子ならば、妹はもしかしてプチウサ美かもなっ。
なのに、ゴーヤーなど苦味を楽しむ食材を好むなど、なんという大人びた子だっ。荵は口をあけた。
「いけないっ。早く体育館に戻らないと、迫先輩から『めっ』だっ」
「部活ですか?」
「演劇部だよっ」
「ちょ、ちょっと待ってください!ご迷惑かけたお詫びにゴーヤーを……」
きゅっと踵を返す。シューズの底が軋む。ジャージの裾がふわりと舞う。濃紺のブルマがサブリミナルでちらり。
これが先輩だっ。伊達に先に生を受けていない。粟手トリスちゃん、目に焼き付きやがれぃ。
あわてふためきながら廊下を全力疾走する荵を、トリスは珍しい生き物を初めて見る目で見送っていた。
#
ゴーヤーを積載量ぎりぎり台車に載せて、トリスは家庭科教室へ向かった。これだけゴーヤーがあるのだから、
気軽に作れる一品を。誰もいない放課後の家庭科教室と、たった一人の演奏会はよく似ている。
「あーあ。きょうも暑かったなー」
夏も過ぎて、秋の始まり。とは言え、汗ばむ日々はまだ続く。
ゴーヤーの苦味を生かしつつ、すっと心地好い清涼感を味わえるお菓子を。
ゴーヤーの皮をすりおろす。優しく、撫で回すように丁寧に緑色の野菜を回すも、頑張りすぎると苦味を許してしまう。
適度にすりおろされたゴーヤーからは濃厚な汁が滴る。それこそ秘宝の輝きだと、トリスはほくそ笑んだ。
「あのイヌみたいな人、演劇部って言ってたっけ」
久遠荵。まだ、トリスは名を知らない。
トリスの中での演劇部とは、マンガで見た世界のようなもの。
たった一人で舞台に立たされて、実家の食堂では母親が一人で病床の元で、陰ながらに応援しているのだろう。
中等部なんて、字に書いたような中坊の集まりだ。いずれ自分たちも華麗に女子高生に変身できると、
子供じみた妄想を膨らませつつ、擦ったゴーヤーの身をざるにかける。
「あの金髪の子は……」
黒鉄亜子。まだ、トリスは名を知らない。
トリスと同じ中等部だというのに、遠く年の離れた姉御のように感じるオーラだ。
トリスはゴーヤー汁を搾りきったことをついつい忘れてしまう。
「いけない!わたしのばかばか!」
スイッチの切り替えの早いトリスは、頭をコツンと自分の拳で叩くと、小さくベロを出し気持ちをリセットした。
摩り下ろしたゴーヤーを甘ったるいバニラアイスに混ぜて、きんきんに冷凍する。ただそれだけ、ゴーヤーのアイスクリーム、
出来上がりの時を座して待て。
548
:
わんこ
◆TC02kfS2Q2
:2014/10/05(日) 19:18:50 ID:pn5UZ3WM0
「ミニウサ子っ。返しに来たよっ」
まだまだ待て。
「演劇部の……」
じっと待て。
「いつの間にかにゴーヤーの尻尾が生えてたっ」
惑わされずにしばし待て。
「ふふっ。やっぱり来ましたね!」
頭の中がぐるぐると、振り回されずに待ちやがれ。
「ゴーヤーの尻尾がおブルマにはさまってたんだっ。迫先輩が指差すから、おかしいぞって思ったらいつの間にっ」
確かに荵がくるっと上半身を半回転させると、ジャージを押し退けてブルマに半分はさまった緑色の物体が尻尾のように飛び出している。
いぼが荵の小さな尻に突き刺さり、奇妙な快感とテンションを与えていた。
「作戦成功ですね!」
「なにーっ」
トリスは荵が踵を返すと同時に光の速さで荵のブルマにゴーヤーを挟んだのだった。
これならイヤでもゴーヤーを渡すことが出来ると、トリスが睨んだ結果だ。
「これ、なんなの?」
「ゴーヤーです。受け取ってください」
「やだいっ」
ゴーヤーの尻尾をブルマから引き抜く。
いくら愛しき尻尾でも、自分が引き起こした過ち故の償いのゴーヤーは受け取れない。
だって、ミニウサ子には迷惑なんかかけたくないし。
「あ……、先輩。なんですね」
「えっ?わたしのことかなっ。久遠荵ですっ。高等部ですっ。あっ、亜子ちゃんだっ」
話の急旋回にトリスは振り回されて、荵が指差す窓に目を向けた。
金髪の少女が顔を真っ赤にして駆けてくるのだ。グラウンドに咲いた菜の花のような光景は、失礼ながらも滑稽に映る。
何故ならば、手には緑色の野菜があったからだ。
「せっかくのゴーヤーを受け取ってくれないんです」
「亜子ちゃんもかぁー。どうやって渡した?」
「ちょうどうまい具合にゴーヤーがボクシンググローブに入ってですね」
背伸びで亜子の帰還を迎えるトリスは、ミニウサギっぽい笑みを浮かべてゴーヤーアイスクリームを一口含んだ。
高みの見物でゴーヤーアイスクリームに舌鼓を打つトリスと荵は、しばらく亜子が校庭を走り回る光景を肴にすることにした。
おしまい。
549
:
わんこ
◆TC02kfS2Q2
:2014/10/05(日) 19:21:46 ID:pn5UZ3WM0
トリスかわいいよトリス。
小動物系かわいいよ。
http://download1.getuploader.com/g/sousaku_2/866/torisu01.jpg
おわり。
550
:
◆n2NZhSPBXU
:2014/10/06(月) 00:08:55 ID:hjIcL8mM0
>>543-549
>> ピョンピョコ・トリオによるサイドストーリーを!!・・・誰かが書い(ry
> 書きました。
/ ̄ ̄ ̄ \
/ :::::\:::/\
/ 。<一>:::::<ー>。 ありがとうございます・・・
| .:::。゚~(__人__)~゚j そして、本当に申し訳ありません・・・
\、 ゜ ` ⌒´,;/゜
/ ⌒ヽ゚ '"'"´(;゚ 。
/ ,_ \ \/\ \
と___)_ヽ_つ_;_ヾ_つ.;._
他力本願丸出しな願いを、しかもイラスト付きで叶えていただき、ありがとうございます。
『ヒビキ』という名前だけで決めた「トリスには和太鼓とゴーヤーが好きな妹がいる」設定をここまで生かしていただき、申し訳ないです。
蛇足ですが、トリス&ヒビキ姉妹についての裏話。
雑談スレでも書きましたが、元々は『粟(あわ)トリス』という完全に下ネタな名前でした。
(部長を変態にするのが決まっていたので、当初は「(名前が性的に)興味深い」という理由で無理やり入部させる展開を考えていた)
しかし、流石に酷過ぎるので『慌て→あわて→粟手』とし、慌てん坊キャラに設定した経緯があったりです。
また、ヒビキに関しては設定にのみ留める予定だったのですが、自身の考える物語における今後の展開において、
4人目が必要となり、『トリス』の名前の元ネタでもあるウィスキーから名前に適した名前を拝借した次第です。
何にしても、私も『創作』で何かお礼をせねば・・・。
繰り返しになりますが、本当にありがとうございます。
551
:
名無しさん@避難中
:2014/10/08(水) 21:17:18 ID:KycGuB8M0
次は天江ルナの番、ですか。
真面目系暴走少女…誰と絡ませるかが問題だ。
552
:
名無しさん@避難中
:2014/10/09(木) 16:48:55 ID:hbiPnWIk0
敢えての水玉パンツさん
553
:
名無しさん@避難中
:2014/10/11(土) 15:33:26 ID:PZkELEBY0
水玉先輩って、仁科のなかでは唯一って言っていい常識人だよね。
ん?
554
:
名無しさん@避難中
:2014/10/11(土) 17:43:49 ID:Tx0K9ot60
某先輩とかは常識の塊な気がする
555
:
名無しさん@避難中
:2014/10/11(土) 21:06:51 ID:E9kYQTj60
某先輩の相方がぶっ飛びすぎて。
天月さんも推します。
556
:
わんこ
◆TC02kfS2Q2
:2014/10/16(木) 18:45:21 ID:eHBBJu6I0
お借りします。格闘茶道部じゃなくって、ごめんよー。
557
:
『コスプレの家庭教師』
◆TC02kfS2Q2
:2014/10/16(木) 18:46:56 ID:eHBBJu6I0
「コスプレは数学」だと力説している秋月京(みやこ)に欠点を求めるならば、一つ下の牧村拓人に聞けば良いだろう。
きっと拓人は「メイド服着ながらやらなきゃいけませんか?」と恥ずかしげに呟くだろう。
その答えを期待していたのか京は、意気揚々とした顔で「だって、わたしの専属モデルだし」と言葉を返す。
年上の先輩から手取り足取り数学を教えてもらう。
拓人のお年頃ならば、誰もが夢見るエロゲ的イベント。
寿命を売り払ってでも手に入れたいシチュエーションだが、京の一言でそんな憧れは初夏の雲に散って消えた。
純潔の証、白いエプロン。
奉仕の誓い、フレアスカート。
無邪気の表れ、ニーソックス。
そして恥じらいの定め、絶対領域。
生物学上も戸籍上も社会的にも健全なる男子である牧村拓人がそんなメイド服を纏うと、筆で書き表すことさえも
恐れ多い輝きを増す不思議に、きめ細やかな汚れなき肌眩しくて、大人の捻くるまだ染まらぬ黒髪がメイド服に息吹を与える奇跡が起こる。
太ももを合わせる恥辱に耐える仕種に京の視線が釘付けになりつつも、しっかりと数学の手ほどきを伝授する。
京の一言さえなければ完璧なる先輩像なのに。『ザンネン』というフレーズが今日ほど消費したくなる日もそうそうない。
そして、この世に『ザンネン』という言葉があって、本当によかった。
「テストのポイント教えてあげるから、メイド服着てみてよ」
確かに拓人と京の数学担当教師は同じだったから。出題される傾向と対策は京からすれば、まるで砂の城を
攻め落とすようなものだった。だが、等価交換の原則を踏みにじる京からの提案に拓人は二の足踏んだ。
「音楽を聴きながら勉強すると頭に入るわよね?」
「確かにそんな話は聞きますけど」
「それじゃ、メイド服着ながら勉強すれば頭に入るんじゃないの?」
「あの、言っている意味がわかりません」
「メイド服着ながら勉強したら捗るって言ってるの」
拓人の額からたらりと流れる汗さえも、京の理屈に閉口していた。
そっと拓人の汗を京がハンカチで拭う仕種は先輩としては満点だ。それを赤点レベルに突き落とす京の趣味に振り回されながら、
拓人は『男の娘』へのチェンジを選んだ。
「そう。O(3、―4)を基点に動かす。イメージを忘れないで」
「xを―3、yを+4ですよね」
「視点を変えれば答えが見えてくるわ。コスプレと同じね」
558
:
『コスプレの家庭教師』
◆TC02kfS2Q2
:2014/10/16(木) 18:47:27 ID:eHBBJu6I0
シャーペンが止まる。
理由はだいたい分かるはず。
京が言うには「コスプレは数学」らしい。
「コスプレも数学も一つの解に向かって突き詰める。似てるわ」
「こじ付けじゃありませんか」
たった一つの解答を求めるためにあまたの数学者が格闘してきた。
たった一人のキャラクターに成り切るためにあまたのコスプレイヤーたちが競ってきた。
「正しい解法ならば、コスプレも数学も裏切らないし」
拓人の顔に頬を近付けた京は、くんくんと恥じらいの汗を嗅いだ。
「そうだ。良い点とれたら、牧村くんにご褒美あげるわ」
「気を使わなくてもいいですよ」
「良い点……っていうか、テストを頑張ったら」
「基準がわかりません」
京の思い付きは警戒した方がいいかもしれない。いつも、この甘い汁に騙された。カブトムシが群がる甘露も結局は、
子供たちの欲望のためなのだから。相手はコスプレ部の魔女だ。若い燕を射落とすならば、どんな呪いを唱えるのか予想はしがたい。
秋月京という魔女は、どんな裁きにかけられようともびくともしないだろうし。
「今度のテストの日ね。頑張ってね」
「京先輩もじゃないですか、テストは。先輩だって……」
拓人のささやかな反抗をもくぐり抜けた京は、エプロンの下に指を入れてつんつんと脇腹を突いた。
#
夏は、この戦いの後に待ちわびている。
ざわざわと波立つテスト当日は戦場に旅立つ若者たちの有様だ。
手にした兵器はペン一つ、真っ白な雪原を戦場に、和平への扉へと駆け抜ける。
「まきむー、ヤマカン教えろいっ」
切羽詰まった表情で飛び付いた同級生は兵隊を急襲する伏兵……ではなく、野犬だ。
わおん!と心配そうに尻尾を降り続け、ぱたぱたと犬耳を慌てさせている女子生徒は、買ったばかりのように
手垢がほとんど付いていない真っさらなノートを拓人に見せ付けた。
559
:
『コスプレの家庭教師』
◆TC02kfS2Q2
:2014/10/16(木) 18:47:47 ID:eHBBJu6I0
「久遠さんが悪いんじゃないの……。ちゃんと復習しないから」
「数学なんかわからんちんっ」
残念ながらこちらもテスト対策で余裕などないから、いち女子・久遠荵に構っている暇はない。
困り果てた顔で振り切ろうと席を立った拓人のその細く白い腕を荵はがぶりと噛み付いた。
「まきむーが勉強したこと、全部忘れろっ」
「むちゃくちゃな」
どうしてこうも自分の周りの女子は、こうも尋常でない者ばかりなのか。
ぼくはただ清く正しく大人しい学園生活を送りたいだけなのに。
とにかく教室から逃げ去ろう。貴重な休憩時間を荵のわんわんに費やすのは悲しいことだが、背に腹は返られない。
ぶんぶんと腕に絡まる荵を薙ぎ払おうと、拓人は慌てふためいていると、とみに腕の感覚が軽くなった。荵が尻尾を巻いて、
耳を抑え、きゅんと小さくなってしゃがんでいるのだ。
「み、京先輩っ。耳は弱いんだなっ」
荵の背後で魔法少女の決めポーズよろしく、出入口近くで教室の床を踏み締めていたのは、紛れもなく秋月京だった。
「さあ、いちゃいちゃはここまで。言うこと聞かないと、また耳に息吹き掛けちゃうわよ?」
荵の弱点を掴み、手の平で転がす京の魔術に拓人は感謝を込めて突っ込んだ。
京からは『つっこんで(はあと)オーラ』ぷんぷんなのだから、突っ込むのは礼儀以外の何者ではなかった。
このときばかりは。
「そのメイド服、この前ぼくが着ていたものですね」
「そうね」
拓人の奇妙なものを見る目に京は何故どうしてと目を白くして、一通の封書を拓人に渡した。確かにそうだ。
フリルあしらわれ、コケティッシュな香り漂うワンピースタイプのメイド服。おまけに猫耳尻尾のオプション付きだ。
小柄な拓人が着ていたときにはさほど感じなかったが、身長のある京が身につけると自然にスカート丈が短くなる。
560
:
『コスプレの家庭教師』
◆TC02kfS2Q2
:2014/10/16(木) 18:48:04 ID:eHBBJu6I0
「女の子がメイド服着てておかしい?」
「いや……おかしくはないんですが」
教室、もっと言えばテスト開始前の教室に猫耳メイドのコスプレだ。拓人やカタギの人間の目線からすれば奇妙な光景だが、
心底コスプレに陶酔している京からすれば、制服に毛が生えた程度のことなのでなんともないらしい。
京は手にしていた小さな淡い桃色の封筒を拓人に手渡した。
「じゃ、お手紙よんでね。テスト頑張って、待ってるわ」
「京先輩もテストですよね?」
猫尻尾を揺らしながら教室を去る京の姿を荵は遠い目で眺めていた。
間もなくテスト開始の鈴が鳴る。
#
テストはつつがなく終わった。
冷静さを取り戻しつつ、わんわんを忘れると案外自分でも覚えているんもんだと、
頭をすっと夏の風を吹かせていた拓人はテストの間すらすらとシャーペンを滑らせていた。
ただ、この効能を京のコスプレのお陰だとは思いたくはなかった。
「むずいっ、むずかったっ。まきむーのばかばかっ」
折角、勝利の余韻に浸っていたのに久遠荵が邪魔をする。
八つ当たりのように拓人の腕に噛み付く荵を引きずりながら、拓人は昼休みの廊下を急ぐ。
「どこに行くっ」
「中庭だよ」
「なぜにっ」
正解は『京が呼ぶから』。
理由を言う必要はないと判断した拓人が中庭に出ると、職員室の窓にメイド服姿の京が硬い表情で立たされているのを目撃した。
四角い窓の範囲からは、誰と向かって立っているのかは判断しかねる。おそらく、おそらくだが、教師の誰かに呼び出されたのだろう。
「そんな格好でテストを受けるつもりなのか」と一喝されているのだろう。拓人の勝手な想像だが、あながち間違っている自信はない。
憮然とした表情の京は反撃を食らわせることなどは控え、ぐっとその場を耐え忍んでいた。
「わおっ」
執拗に拓人の足を踏んでくる荵に気をとられて脇見をしていると、職員室の窓から京は姿をくらませていた。
561
:
『コスプレの家庭教師』
◆TC02kfS2Q2
:2014/10/16(木) 18:50:25 ID:eHBBJu6I0
#
拓人が京が指定した場所に着くと、小さなお茶会が設営されていた。
緑いっぱいの芝生に立てられた日傘、洋風のテーブルに品のよい腰掛。
据えられたケーキスタンドに並ぶ洋菓子からは、甘い香りと気品がふわりと蝶のように舞う。
白く光を反射して、花の絵柄に彩られたティーセット。カップとソーサーが触れ合う磁器の音色の調べはちょっとした音楽会だ。
「ようこそ。牧村くん……に?」
シフォンケーキを片手にメイド服姿の一人の娘が拓人と荵を招き入れた。
「わおっ」
「あの……久遠さんは、勝手に」
「香りがわたしを呼びつけるっ」
拓人の足をぎゅっと両腕で握り締めて、拓人に引きずられる荵に対しても娘はにっこりと微笑み返し。
さあ、牧村くん。
お茶会の始まりよ。
聞き分けの無い仔犬を連れて、わたし秋月京からのささやかな贈り物をどうぞ。
「テストを頑張ったごほうびよ」
「……どういう基準で」
「お姉さんの贈り物は、お姉さんがお姉さんのうちに頂いておくものよ」
ケーキを一口つまんだ京のの口が、たった一歳上だけなのに遥かにオトナに見えてくる。少女から魔女へ。
魔女の魔法は解け難く、気がつけば拓人と荵は京の宴に酔いしれる至福の時間を共有していた。
外で頂くケーキがこんなにも美味だとは。拓人は白い肌を季節外れの桜色に染めた。
「さ。次の召し物は神戸屋かなぁ。肌のきれいな牧村くんには空色のギンガムチェックが似合うわ」
「うらやましいぞっ」
「今度は牧村くんがわたしにごほうびをしてくれる番よ?」
拓人はケーキを口にしたことを後悔した。
おしまい。
牧村くんらんどだよ!わぁい!
http://download1.getuploader.com/g/sousaku_2/867/makimura_maid01.jpg
562
:
◆n2NZhSPBXU
:2014/10/18(土) 21:48:59 ID:.QHLjfZI0
, - 、
ヽ/ 'A` )ノ キョウノ トウカハ バンガイヘン・・・
{ / ヒビキニ セマル ジンブツノ ショウタイトハ・・・
ヽj
>>557-561
前回に引き続き、投下乙です。
何と言いますか、こういう『学生たちが自由に動いて学園生活を送っている風景』が思い浮かぶ描写、
流行りの言葉で言うなら『ありのままの姿見せ』てる雰囲気って好きです。
563
:
◆n2NZhSPBXU
:2014/10/18(土) 21:56:27 ID:.QHLjfZI0
その出来事のきっかけは、和太鼓サークル部長である達磨オルドの一言からであった。
ある土曜日の午後、粟手ヒビキは仁科学園中等部での午前授業を終え、制服姿のまま公民館へ参上、
ジャージに着替えて和太鼓の練習へと傾れ込む予定……のはずが、彼女を待っていたのは『別の用事』だった。
「柚鈴天神社……ですか?」
仁科学園のジャージを着たヒビキがオルドに問いかける。
「ああ……申し訳ないが、今日はそっちに行ってくれるか?」
「分かりましたけど……どーして私が?」
「神柚くんからの指名なんだ。和太鼓に慣れてて、かつ仁科学園の生徒で……ってね?」
「なるほど……で、要件は?」
「いや、その……僕もよく知らないんだ。まあ、彼女に詳しく聞いてみるのが一番かもね。」
「……うーむ、不安だぁ。」
『不安』と言いつつも、いつもの呑気な表情を浮かべるヒビキ。
しかし、その表情を延々と見せ続ける訳にもいかないため、彼女はジャージ姿のまま荷物を抱えて柚鈴天神社へと向かうのであった。
それから十数分後、ヒビキの姿は柚鈴天神社内にある建物の一室にあった。
用意された座布団の上にちょこんと座るヒビキ、その体は誰が見ても分かるくらい強い緊張感に包まれていた。
理由はいくつかある。
「何故、私は柚鈴天神社の人に呼ばれたのか?」「これから何が始まるのか?」「神聖な場所だから静かにしてなくては」……だが、
一番の理由は『目の前に居る先客の女性』の存在感であった。
ヒビキの目の前に居る女性……その姿から察するに仁科学園高等部の制服を着ているのは分かる。
しかし、問題はその『容貌』にあった。
片方の眼(まなこ)を隠すほどに伸びた髪……パンツがチラリと見えているにも関わらず、
まるで問題が無いかのようにあぐらをかくその姿……背中には、まるで妖刀破軍を背負うかのように背負われたクラシックギター……
そして、何人も近づけさせないかのような雰囲気を醸し出して黙り続ける姿勢……それはまるで、
絵に描いたような『不良少女と呼ばれて』であった。
「えぇっと……。」
緊張しっぱなしの雰囲気に耐えきれず、持ち前の明るさで何とか目の前の女性に話しかけようとするヒビキ。
しかし、彼女が動こうとする度に女性の眼は、まるで威嚇するかのようにギョロリと動くため、結局ヒビキは何も出来ないまま、
最終的には20分ほど目の前の女性と時間を共にするのであった。
564
:
◆n2NZhSPBXU
:2014/10/18(土) 22:02:10 ID:.QHLjfZI0
「いやはや……大変遅くなりました。」
突如部屋の扉が開き、二人のもとへと現われる『巫女服姿の女性』。
それに対しヒビキは姿勢を正し、もう一人の女性はヒビキの時と同様に眼を動かすのみであった。
「初めまして、私は仁科学園高等部3年の神柚鈴絵……この神柚神社では巫女として宮司である父のお手伝いをしたりしてますわ。」
自己紹介をする鈴絵。
その言葉を聞き、『ああ、この人が達磨さんの言ってた「神柚くん」さんかぁ……』と思いながら、ヒビキが問いかける。
「……あ、私は中等部1年の粟手ヒビキです!ところで、神柚さん……御用件は何なんでしょうか?
和太鼓サークルの達磨さんに何も教えてもらってないもので……。」
「そうね……結論から言うと、粟手さん……あと、天月さん……あなたたちに手伝って欲しいことがあるのよ。」
そう言って、先程から黙り続ける女性 = 天月音菜の方を見る鈴絵。
しかし、音菜は黙り続けていた。
……と言うより、何らかの事情で黙らざるを得ない雰囲気と化していた。
「……。」
「……?」
「……。」
沈黙が続く空間。
そんな時、鈴絵は何かに気付いたのか人差し指で『1』の形を作ると、
まるで気を注入するかのように露わとなっている音菜の足の裏へと突き刺すのであった。
ズブリとめり込む鈴絵の指。
その瞬間、音菜の体には決壊したダムから溢れた水の如く痛みと痺れが走り、
それに耐えられなくなった彼女は紙面で書き記せないほどの絶叫をあげながら、畳から50cmほど上空へと飛び上がるのだった。
「……くぅううう……神柚さん!何するんですかっ?!」
「やっぱり足が痺れてたのね。あぐらって意外と足に負荷掛かるのよ。」
「あ……それじゃあ、待ってる難しい顔してたのも……。」
「……そうだよ、足が痺れて動けなかったからだよ。粟手……だっけ?お前さんが来たからあぐら止めようと思ったけど、
足の痺れが極限まで達して……言っとくが、お前さんが私のパンツ見てたことにコッチは気付いてたからな。」
「……う。」
「でも、別に責めはしねぇよ……コッチが原因の事故なんだし。」
「本当にすみません。天月さんが虎さんマークのパンツはいてたことについては墓場まで持っていきます。」
「……前言撤回。粟手、絶対に許さねえっ!!」
「ぴぃいいいい?!」
565
:
◆n2NZhSPBXU
:2014/10/18(土) 22:08:13 ID:.QHLjfZI0
「パンツぐらいで喧嘩しないの。私のパンツ見せてあげるから機嫌直して……ほ〜ら、水玉模様。」
そう言って、長いスカートを捲し上げる鈴絵。
その光景に対し、対応は様々であった。
「うわぁ?!何やってるんですか、神柚さん?!?!」
ツッコミを入れる音菜。
「えぇっと……お二人のパンツ見せてもらったので、私もお見せした方が良いですよね。私はサメの……。」
そう言って、ジャージのズボンを下ろそうとするヒビキ。
その様子に、期待と鼻息を膨らませながら彼女の股に注目する鈴絵。
「てめぇら……いい加減にしろっ!!!」
再びツッコミを入れる音菜……であった。
「……ところで、神柚さん。今度こそ私たちを呼んだ理由を教えてください。
『パンツの見せ合いのため』とか言ったら、いくら先輩でも怒りますよ。」
「さすがに違うわよ。これよ……コレ。」
そう言って、どこからか古い巻物を取り出す鈴絵。
その巻物を広げると、そこには年月の経過により薄まったインクで記号やら直線やらが描かれた……
まるでスパイの暗号文のような物が記されていた。
「……なーんですか?」
頭に疑問符を浮かべるヒビキ。
一方の音菜は、何かに気付いたのか口を開く。
「これって……もしかして、和琴とかで使う楽譜か?」
彼女の言葉を聞き、うなずく鈴絵。
「そう……これは柚鈴天神社に伝わる『英雄の詩』という祭事に演奏される曲、
それを初代宮司……私の曾々お爺様が楽譜として書き起こした物です。」
「へー。」
理解したのかしていないのか分からない表情のまま、とりあえず返事をするヒビキ。
「そして、曾お爺様は楽譜完成後、自分の息子……つまり、お爺様にこう伝えたそうです。
『99年後の例大祭になったらこの曲を演奏しなさい。そうすれば、次の99年後まで仁科の地の静寂は守られるだろう』……と。」
「ふーん……99年目の『柚鈴天神社例大祭』、通称『竜神祭』でこれを演奏……うん?」
突然、何かに気付く音菜。
「もしかして、今回私と粟手を呼んだ理由って……?」
「ええ、この曲を99年目……つまり、今年の『龍神祭』で私と演奏して欲しいのです。」
「おおっ、すごい!」
「ちょっ……待てよ!私の専門はギターだし、いくら和楽器の楽譜は読めても和楽器の演奏は無理だぞ!!」
「……と言うと思いましたので、ハイ。」
そう言って、音菜とヒビキに数枚組の楽譜を渡す鈴絵。
そこにはギター用、そして和太鼓用にコンバートされた『英雄の詩』の楽譜が記載されていたのであった。
566
:
◆n2NZhSPBXU
:2014/10/18(土) 22:14:41 ID:.QHLjfZI0
「随分と用意周到だこと。でも、これは……クラシックよりもエレキの方がやりやすそうだなぁ……うん?どうした、粟手??」
何かに気付き、ヒビキに声をかける音菜。
その目線の先では、ヒビキが楽譜を手にしながら三度緊張の表情を見せる光景が展開されていた。
「うぅっ……和太鼓始めて数ヶ月……初めての人前での演奏……神事で用いられる神聖な曲……胃が痛い……。」
「……ったく、こんなんで大丈夫かよ。」
「まぁ、ゆっくり練習していきましょう。『龍神祭』まではまだ時間あるし。」
「でも……正直言って、不安しかないです。」
「落ち着いて、ヒビキちゃん。不安になることなんて無いわ……もし、不安になったらお姉さんたちが相談に乗ってあげるから。」
「……まあな。乗りかかった船だ、先輩としてサポートしてやるよ。」
「神柚さん……天月さん……。」
「まったく……世話の焼ける後輩だよ。」
「私……絶対に和太鼓パート成功させます!お二人の水玉パンツと虎さんパンツに誓って!!」
「……余計なひと言さえなければ良い娘なんだろうな、コイツ。」
「ところで……ヒビキちゃんのパンツってどうなの?さっき見れなかったし。」
「ええ、ですからサメの……。」
「だ・か・らっ!堂々とストリップを始めるんじゃねぇっ!!」
こうして、不思議な組み合わせの女性バンドは結成され、『龍神祭』へ向けてプロジェクトが進みだすのだった。
つづく……?
--------------------------------------------------------------------------------------------------------
以上です、お目汚し失礼しました。
あと、既存キャラを改変してしまった感があるのですが・・・大丈夫でしょうか?
567
:
◆n2NZhSPBXU
:2014/10/20(月) 22:02:41 ID:6upeOVjw0
今更ですが、
>>565
の訂正
× それを初代宮司……私の曾々お爺様が楽譜として書き起こした物です。
○ それを初代宮司……私の曾お爺様が楽譜として書き起こした物です。
568
:
名無しさん@避難中
:2014/10/21(火) 13:24:51 ID:4CCnOGyg0
天月さんは虎。
きっとホワイトタイガー
569
:
名無しさん@避難中
:2014/10/22(水) 01:30:27 ID:Hpi9Q2.g0
亜子「呼ばれた気がした」
570
:
名無しさん@避難中
:2014/10/22(水) 23:48:21 ID:CHlk60hs0
ならば、龍は…
571
:
名無しさん@避難中
:2014/10/25(土) 17:28:50 ID:0r7ExZss0
虎にライオン、鷲に烏に犬。
572
:
名無しさん@避難中
:2014/10/26(日) 07:12:17 ID:WXgKTkTY0
桃はどこじゃ
573
:
ハロウィンの三人[1]
:2014/10/31(金) 22:47:55 ID:qWKuS7Zs0
サイトウの場合;
オレンジ色のケープを翻して、ネコ耳をつけた小学生くらいの女の子が走って行く。
今日はハロウィンだ。いつの間にか、クリスマスやバレンタインと同じくらいメジャーなイベントになったと思う。
本来は仮装するものだけど、一般の人はとんがり帽子をかぶるくらいがせいぜいだろう。コスプレイヤーじゃあるまいし。
子供は無邪気でいいなと思う。Trick or Treatの、TreatばかりでTrickが無い気がするけど、はた迷惑なイタズラは
勘弁だから良しとする。
その一方で、誰かが派手なイタズラをかましてくれないかな、とも思う。ふだんエラそうにしている連中に
一泡吹かせるような、痛快なやつを。
それを自分がするわけじゃない。誰かが大きなことをするのを期待して、それを見ている側にいる。
大きなイタズラって、なんだろう。
学校のプールに金魚を大量に投入する? もうプールの授業はないから、これはダメだ。
校庭にナスカの地上絵ばりの落書きを……って、どこかで見たようなネタだな。
チョークを全部クレヨンに替えとくのは? 後始末が大変そうだ。見た目でバレそうだし。
いろいろネタを考えても、結局実行はしないだろうなと思う。
世の中がもっと面白くなればいいと思う。ライトノベルではある日突然主人公が超能力に目覚める、というのが
定番のひとつだけど、いっそのこと世界中の人間ぜんぶが超能力者になっちゃったら……。
超能力者どうしのバトルも、クラスメイトとのケンカ程度の当たり前具合なんだろうか。それはカオスなのか、
はたまたギャグなのか。
よく分からないけど、もしそうなったら僕はどんな能力を持つんだろう?
574
:
ハロウィンの三人[2]
:2014/10/31(金) 22:51:15 ID:qWKuS7Zs0
ナギサワの場合;
「トリック・オア・トリート!」
「あ、かわいい。それ、どうしたの?」
ニシトちゃんが右手にはめているカボチャ頭のパペットが、両手を上げたり下げたりしている。
「手芸部でもらったの」
「へぇ。こんなのくれるんだ」
カボチャ頭はユーモラスな顔で、パジャマのような服を着ている。
「ナギちゃんもお菓子くれなきゃイタズラするぞ〜」
声色を変えて、ニシトちゃんが小芝居を打つ。
「えー。なにか持ってたかな?」
大抵のコはアメかチョコかクッキーかをカバンに常備しているけれど、わたしは入れていないことが多い。
グループでいるとなにかと“おすそ分け”があるので、もらってばかりでは申しわけないから持っておくようにしようと
思うのだけど、習慣がないと忘れがちだ。ニシトちゃんはそういうのをまったく気にせず、逆にわたしが引け目に
思わないようフォローしてくれる。例えば、こんなふうに。
「ワシにシュークリームを食べさせたまえぇぇ。近くのあのお店でなければ呪いをかけるぅぅ」
ヘンな声色のまま、ニシトちゃん(のパペット)が言う。
「わかったよ。帰りに寄ってこ」
言いながら、カボチャ頭をぽんぽんと叩いた。
ニシトちゃんは、作戦どおり、という笑みを浮かべた。
575
:
ハロウィンの三人[3]
:2014/10/31(金) 22:55:03 ID:qWKuS7Zs0
タカハシの場合;
原付に跨って信号待ちをしていると、通りに面した不動産屋から、魔女の格好をしたガキどもが大勢出てきて
横断歩道を渡っていった。
――あれ、そういやここは……。
小学生の頃、塾に通わされていた。自分の意志で行っていたわけじゃない。
個人でやっている小さな塾で、私立のお受験とは無縁のところだ。1階が不動産屋になっている雑居ビルの2階にあって、
同じフロアに雀荘とスナックが入っていた。今にして思えば、とても子供の教育環境としてふさわしくない場所だったが、
当時はそこがどういうところかも分かっていなかったので、なんとも思わなかった。
ごくたまに大人たちとすれ違ったが、なんとなく近寄りがたい雰囲気があったのはそのせいだったと、気づいたのは
小学校卒業と同時に塾を辞めた後だった。
そのビルが、信号待ちをしているオレの左側にある。普段は原付で通り過ぎるだけなので、すっかりそのことを忘れていた。
1階の不動産屋は別の会社になっていた。テレビでCMもやっている小奇麗なやつだ。雑居ビルの上を見上げると、2階は
旅行会社になっていた。オレの通っていた塾も雀荘もスナックも、無くなってしまったらしい。
――諸行無常、ってやつか。
店も人も、いつまでも良い時が続くわけじゃない。落ちぶれて去っていくのは必ずいる。
今日だけは、どんなにヘンテコな格好をしてても怪しまれなさそうだ。コンビニ強盗をやるならハロウィンに限る。
ストッキングをかぶるよりもオオカミ男のフリのほうがバレないだろう。
576
:
名無しさん@避難中
:2014/10/31(金) 23:04:40 ID:qWKuS7Zs0
↑以上で
時事小ネタです。学園あんまし関係なくなってるけど・・・
>わんこ ◆TC02kfS2Q2 さま
遅ればせながら、コラボありがとうございます!
めっちゃニヤニヤしながら読みましたw 良いかたちでお返しできず、すみません。
◆46YdzwwxxU さま もありがとうございます!
卓上同好会は当初、サ(ry を所属させようかと思っていました。しかしキャラ濃いなあw
クロス不得意なので反応乏しいですが、使って頂けた作品はどれも嬉しく読ませて頂いています。
ありがとうございました
577
:
名無しさん@避難中
:2014/11/08(土) 22:58:58 ID:fKMkeNa.0
ワン・ダブル・サードのシリーズ大好きだ!
もっと、いじくりこんにゃくしていいですか?
578
:
名無しさん@避難中
:2014/11/14(金) 20:15:13 ID:MpXo4X9A0
>>551
>>552
天江ルナルナと水玉パンツ先輩です。
イキます。
579
:
わんこ
◆TC02kfS2Q2
:2014/11/14(金) 20:16:00 ID:MpXo4X9A0
油絵の筆を手に取ることと、王笏を掲げることはよく似ている。
覇権を収め領土を好みの色に塗りたくる。思うがままに、無垢なる大地を凌辱する。土とキャンバス、ただそれだけの違いだ。
そんな理屈を吹き飛ばす秋の嵐が五穀豊穣なる緑の波を立てて、白紙一杯に埋め尽くす快感を教えてくれる。
神柚鈴絵・美術部部長。天高く蒼い空のもと、校庭で入魂の一作を描いていた。
さっきまでの雨天も鳴りを潜めて灰色の空の存在さえも忘れてしまう。
油の匂いは贅沢に、一筆一筆絵の具を丁寧にキャンバスに乗せながら、校庭が見せる四季の片隅を切り取るだけ。
それだけで、誰もが目を引く一瞬をゼロから作り上げることが出来る。
本調子の波がやって来る。逃がしまいと尻尾を掴む。
四角四面のキャンバスに一つの世界が創成されるに瞬間に立ち会う。
禁断の麻薬にも似た快感が突き抜ける。
「九分九厘完成ね」
虹が架かる。
空の渚と渚を結ぶアーチ橋。
鈴絵は自慢気に七色の曲線を筆で描いた。
最後の一筆を突き立てた刹那、閃光が鈴絵の前に稲光り、世界が二つに引き裂かれた。モーゼが理性を失ったというのか。
轟音と共に怒り狂うガイア。咎を受ける筋合いはなく、呆然と筆を抱えたままの鈴絵が声を蘇らせるとき、
凛とした目付きの少女が竹刀を中段の構えで大地を踏み締めている光景があった。
「うぬぬぬ、おのれパンツ泥棒!」
目に炎浮かべ、剣先を鈴絵に突き付けてじりりと尻足で間合いを取る少女。着こなしている制服から、中等部と見える。
鈴絵は対話での解決は不可能、実力行使は不可避と見て、右手の筆を短剣に見立てて形だけ構えた。
「誰がパンツ泥棒ですって」
「足音を追い掛けてたんです。あなたのような大和撫子が悪事を働くとは、高等部である先輩とはいえ許しがたいです!」
少女の竹刀が降り上がる。
上段の構え。
そのまま正面、と見せかけて右小手……とはいかず、竹刀が地面に落ちる。
竹の乾いた音。
少女の慟哭、そして苦悶。
580
:
わんこ
◆TC02kfS2Q2
:2014/11/14(金) 20:16:30 ID:MpXo4X9A0
「筆に、筆に負けるなんて……」
一瞬の隙を突いて、筆を矢のごとく突き投げた鈴絵の完勝だった。
「一体なにがあったと言うんですか?」
「い、いや。パンツ泥棒が」
「わたしがパンツ泥棒とでも?」
#
「これより、格闘茶道部『奥叛通』練習試合を執り行います」
体育館の片隅に設けられた茶室。大海原に浮かぶ方舟のよう。
格闘茶道部部長・緒地憑(おちつき)イッサの宣言により、茶室がバトルフィールドへと変わり果てようとしていた。
雨上がりの風がひんやりと和室を駆け巡り、抹茶も深い味わいで愉しめるだろう。四季折々の景色と天気が変わるなら、
それに応じたたしなみ方があるのが茶道だ。
清楚を絵にして飛び出したような部長の緒地憑は、静かに茶釜を柄杓でかき回し、ほんのりと茶室に湯気を上げる。
一動作一動作隙のない振る舞いに、緊張感さえ漂い、お茶を楽しむ空気さえも感じることは出来なかった。
無論、ここは、ただの茶道部ではなく格闘茶道部だからだと返せば、誰だって理解するだろう。
緒地憑は湯を充分に温まった萩焼の茶碗に注ぎ、茶筅でリズムを取るように抹茶を立て始めた。
澄んでいた湯も抹茶は茶筅が踊るほどに泡立ち、舌触り上品な抹茶へと生まれ変わる。
「どうぞ」
立て終わった抹茶を勧めるため、茶碗を正面で、そして正座で待つ天江ルナに渡した。
耳元で悪魔が頬擦りしてくる。一頻り茶碗を回しているルナは暫く黙っていたが、作法では茶碗を褒めなければならない。
新入生のルナは緊張、動揺、そして理不尽ゆえに言葉を発することを遠退かせていた。
ルナは剣道の達人だった。
村の大会でも名を上げた実力者だ。
自らの腕を鍛え上げるため、この学園の門を潜り、剣道部の門を叩いた……はずだった。
581
:
わんこ
◆TC02kfS2Q2
:2014/11/14(金) 20:16:51 ID:MpXo4X9A0
「格闘茶道部に入ってもらいます」
井の中の蛙ゆえの誤算。自分よりも腕のたつ者がいた。しかし、理不尽だ。
剣道で慣れているはずの正座がやけに他人行儀に痺れる。
足の指先の感覚が消え失せ、作り物にすり替えられた気分だ。
スカートからちらりと見える健康的な太ももさえもほんのりと焦りの香りが漂い、涼しげな雨上がりの空気は、ルナの脚には厳しすぎる。
「見事な……色合いで……」
「青白縞模様!」
矢のような声で緒地憑が叫ぶ。
「ご、御名答」
ちーん。
脇の時計のスイッチを叩く。
「三分二十五秒六一。膝上三寸三厘において新記録ね。でも、天江さんならもっと上を目指せるわ。次は膝上四寸にチャレンジね」
自分の記録を示す時計を緒地憑は誇らしげに眺め、ルナはスカートの裾を両手で掴む。
ここに奥叛通の一戦を終えた二人は一息をついた。
足を痺れさせたルナの両足を擽る奥緒地は、バッグから取り出して得意気に茶室に並べられたパンツ……ショーツを披露した。
一見、容疑者から押収した物品のようにも見えるが、これはれっきとした試合道具だ。
「奥叛通(おぱんつ)の意味するところは、女性らしさの追及だわ。何事にも動じない古来からの大和魂の継承かしら」
「お茶を頂く間、正座した脚からパンツを覗く……ことがですか。理解できません」
「それは天江さんにまだまだ隙があるからだわ。剣道の読みと奥叛通は通じるものを感じない?」
「全く感じません」
「しかし、天江さんは才能あるわ。たどたどしく茶器を褒める演技で気を引かせて、太ももから視線を反らす。策士だわ。
ただ、薄暗い箇所でも可視性の高い明るめの縞パンを選択したのは、まだまだだったわね」
パンツの話に変わると饒舌さを極め、緒地憑はくまさんパンツを手に話を続けた。
「パンツ言葉をご存知かしら。縞パンは『恥じらい』、黒のレースは『高潔』。そして、水玉パンツは……あれ、ない!水玉パンツが!」
事件勃発。
水玉パンツ窃盗事件。
582
:
わんこ
◆TC02kfS2Q2
:2014/11/14(金) 20:17:08 ID:MpXo4X9A0
「どうしましょう」
「どうしましょうって」
「確か更衣室に居るときには見たはずなのよね。そしてバッグにパンツたちを取り込んで一旦出た後、
練習試合の準備で更衣室に戻ったの。それ以降目にしていないってことは」
不穏な空気が流れる。ふすまを開ければ虹が見えた。さわやか爽快の気分が吹っ飛んだ。
「わかるわね。パンツ泥棒が更衣室に忍び込んだってことね。キラッ」
チェキのポーズを構えた緒地憑にルナは赤面した後に憤怒の表情で立ち上がった。痺れた足はルナを豪快に転倒させた。
#
「それで、パンツ泥棒はどこに逃げたのかしら」
「う……。パ、パンツ泥棒!盗人猛々しいとは」
「残念ながらその時間、わたしはここにいたわ。物理的にパンツを奪い去ることは不可能ね」
地面に散らばったキャンバスの切れ端を拾い上げる屈辱は、ほんの十分前からすれば予想だにしなかったことで、
千年の恋が破れたぐらいに胸を引き裂かれる思いだった。それに加えてパンツ泥棒との濡れ衣だ。
無実を証明するために鈴絵は切れ端を天江に見せた。
「ご覧なさい。切れ端から虹が見えるでしょ。この雨上がりを切り取りたくて、キャンバスを掲げたのよ」
確かにこの時間は空に虹が出ていた。
タイムマシンが発明されたなら、もう一度その時間にまで遡り、同じ天体ショウを観賞したくなるほどの眺めるだったらしい。
「虹ぐらいいつでも描けるはずだ!」
「そうかしら。絵は気持ちで描くものよ。虹を見ずして虹なんて描けるかしらね?」
鈴絵の台詞が終わるか終わらないと同時に、ぱしんと竹刀を水平に振って、キャンバスの切れ端をはたき上げた天江ルナ。
剣の達人とは言え、不安定な年頃の娘の行動に鈴絵は軽く口角を震わせた。
「ええ。素晴らしい刀裁きですわね。戦国の世に生を受けなかったことが全ての不運ですのね」
「ルナ!それまで!パンツ泥棒はいなかった!」
「はっ」
583
:
わんこ
◆TC02kfS2Q2
:2014/11/14(金) 20:17:54 ID:MpXo4X9A0
竹刀を構えた少女がもう一人。
清楚を絵にしたような、季節外れの桜が咲いた。
竹刀の先には水玉パンツ、虹の欠片を引っ掻けて。
「部長……。あったんですか?」
「ごめんなさいね。準備していた水玉パンツがなくなった。何処にいったって必死に探した。
だけど、額の上のメガネを探すお父さんと同じわけだったのね」
「すなわち?」
「だから、『額の上のメガネを探すお父さん』」
緒地憑部長はスカートの裾を指先で摘んでルナに答えを促した。
「そうだ。パンツ言葉の続きです。これを心に止めておくだけで、『奥叛通』を深く味わうことができます。
縞パンは『恥じらい』、黒のレースは『高潔』。そして、水玉パンツは……」
鈴絵の眉がかすかに動く。剣士が風を読み取るように。
緒地憑は人差し指をくちびるに当てて、恋人を焦らす味付けでパンツ言葉を繋いだ。
「水玉パンツは『繊細』」
ルナは口をつぐんだまま鈴絵の描いていた絵の切れ端を拾った。
「はっ。繊細?なんですね」
「え?なんですって?」
緒地憑の言葉に動揺し、そして軽く笑みを見せていたのは鈴絵だった。
曲線が美しい七色の虹がルナの持つキャンバスの切れ端に光っていた。
おしまい。
「うぐぐぐ」
http://download1.getuploader.com/g/sousaku_2/877/amae01.jpg
584
:
◆n2NZhSPBXU
:2014/11/16(日) 09:05:03 ID:7JohDt460
>>578-583
投下乙です。
・・・今更ですが、『格闘茶道部』ってこういう部活だったんですね。
ライト「正座時のわずかな隙間からパンツの柄を当てる『奥叛通』……実に興味深い。」
ル ナ「……お父さん、そのセリフ回しだと『園崎家』の人みたいになってるけど……。」 サイクロン! >[]
ライト「俺には見えている……この『奥叛通』に勝つ姿が!!」
ル ナ「……もうツッコむの止めた方が良い?」 トッキューイチゴー>皿]
それと、以前のトリスに続いて、ルナのイラスト化もサンクスです。
585
:
名無しさん@避難中
:2014/11/24(月) 20:30:22 ID:cg/z.yDQ0
ちょっとずつ中等部が動き出した。
初等部って、誰か…
586
:
わんこ
◆TC02kfS2Q2
:2014/12/24(水) 19:30:26 ID:eSHkUWt20
「迫先輩から演劇を奪い去ったらどうなりますかっ」
どうする。迫文彦・演劇部部長をつとめる高等部三年生。
考えたこともないシチュエーションだ。だから咄嗟に答えは出ない。
目の前は真っ暗だ。
「黒咲、前が見えない」
演劇部の部長だからこそ、そんなイマジネーションを働かさせるスキルは必要じゃないかと後悔しても、
あまりにも迫にとってはありえない世界。マフラーを巻いて、学園前の停留所にてバスの到着を待ち続ける放課後。
黒咲あかねは迫の背後に廻って、両手で迫の視界を遮り続けていた。
ひんやりとするオンナノコの手のひらが、迫のまぶたを塞ぎ続け、ほのかにオトコノコの頬を赤くする。
メガネを愛用している迫が、ふとレンズを拭こうとメガネを外した瞬間にあかねに羽交い締めされた上、
あろうことにも視界を遮られた。小娘ごときに身柄をほしいままにされるとはこのことか。
メガネが役割を失って暇をもて余していた。
「どうなると思う?黒咲わかるか?」
「わかりませんっ」
真っ暗だからあかねの声がよく聞こえる。五感のうちの一つの自由が奪われただけで、鼓膜のスキルが加速する。
あかねの表情を伺えないのは悔しい。冷静さを保ちつつ、先輩の面目をも保つ。冬の夕暮れの無理ゲーだ。クリアしても得はない。
意図もせずに迫はあかねを十分にじらした上に端的に答えをまとめた。
「それでもおれは演劇を追い続けるな」
あかねの表情が変わった。勿論、迫は知る由もない。
「止められてもですか」
「ああ。知ってるだろ。おれの性格を」
「どんなに尊敬する人物から咎められてもですか?」
「ああ」
「わたしのような若輩者が拝み倒してもですか」
自他共に認める演劇バカ。
だからこそ、演劇部の部長をつとめているんだと、迫は自負していた。
そう言えば、演技指導に力を入れるあまりに声が大きくなっていた。
そう言えば、脚本にこだわるあまりに議論を重ねに重ね、先輩と対立してしまった。
それ故、公演を無事に終えた喜びは文字にすら書き表すことも困難なぐらい。贅沢過ぎる一瞬の為。
「一秒たりとも部のこと、演劇のこと、部のことを忘れたことないぞ」
「部のことが恋人みたいですねっ」
「……」
「わたしのこともですかっ」
587
:
わんこ
◆TC02kfS2Q2
:2014/12/24(水) 19:30:50 ID:eSHkUWt20
あかねの白い息が迫の後頭部に吹きかかった。迫よりも背が高いあかねだから。
先輩の襟首がマフラーで見えないことが、どうしようもできないもどかしさであかねは眉を吊り上げる。
迫の返事が続かないこともあかねの心中を濁す原因の一つでもあった。
「今、わたし。台本書いてるんですっ。まだ、部員の誰にも見せてない書き下ろしですっ」
「おれにも見せてくれ」
「まだですっ。だからこうして目隠ししてますっ」
「どんな話かぐらいは教えてくれ」
初めてあかねは笑みを見せた。ただ、迫には見えないが。
先輩の肌は優しい。無駄に潤いがある。いつまでも迫の顔を塞いでいたいとう邪心があかねを揺さぶる。
こんなにすべすべとした体で、どうしてあんなに厳しい鬼のような言葉を投げつけられるのか。
演劇に魂を売りつくしてしまった故か。
「笑わないで下さいっ」
くすりとも頬を緩ませることのない迫に、あかねがぽつんと呟いて中指に力を入れていた。
あかねの書いたストーリーは単純だった。
高校生同士のごく普通の恋愛。
ありふれて、風の流れに吹き飛ばされそうなぐらい。恥ずかしくも、初々しくもある、男女のすれ違い。
恋愛なんかあまたの数存在するだろうに、思春期のころの恋愛がまるで一生かけて稼ぐ金でも買うことが出来ない値が付くような。
だからこそ、誰もがよってたかって物語にしようとするのだろう。
「でも、途中で書けなくなりましたっ。どうしてでしょう」
迫を包んだ黒の世界が灰色に染まる。
ぱぁっと、あかねが手を離したからだ。途端に迫の顔が冷される。全ては冬の空気のせい。迫が振り返りメガネをかけると、
既にあかねの表情から笑みが消えていた。あかねの演技について迫が一言二言鞭打っているときに見せる顔だった。
「失恋がどういうものか分からないからですっ」
誰かを好きになっても、傷付くことに怯えていた。
遠くから花を眺めていることで、自分自身を守っていた。
誰かのコイバナを傍で聞いていて、「わー」「きゃー」騒ぐだけの存在でいることが楽しかった。
失うことの価値すら知らずに、桜の木々をやり過ごし、海の恩恵も得ず、一雨ごとに冷たくなる通学路を通り抜け、
そして雨後の夕焼けの美しい季節を無駄にしていた。
「主人公の男子が失恋することから物語は始まります。でも、書き出しが書けないんですっ」
「なにも書けてないんじゃないのか」
演劇部の端くれだと自負しているだけに、そこは強く否定した。
588
:
わんこ
◆TC02kfS2Q2
:2014/12/24(水) 19:31:09 ID:eSHkUWt20
「でも、大丈夫です。迫先輩の言葉で救われましたっ」
迫の乗るバスが停留所に到着した。ブザーの音で扉が開き家路へと誘う。
お乗り間違えがございませんように。
だが、迫には今やバスなど家路などどうでもよくなっていた。丁寧に、そしてそれを悟られないようにあかねの指先を観察する。
あれはあかねがホンキで話している匂いだ。
くんかくんかと嗅いでみてもいい。
きっと、ウソをつく香りはしないはず。
「恋人から振られても、振られても、その子のことはずっと忘れない。迫先輩って、男の子ですっ」
「待て。そんなこと言ってないし、未練がましいなどもってのほかだ」
「恋人にしたいぐらい演劇、演劇部のことが好きなんですよねっ。迫先輩のお陰で、いい台本が書けそうですっ」
紅潮したあかねはぐっと拳を作り、ぐるりと踵を返した。長い黒髪がふわりと木枯らしの歩道に舞った。
走り去るバスを追いかけるように、あかねは小走りする。
すたすたと黒タイツに包まれた脚を学園へと走らせているあかねを呼ぶ声が響いた。
迫だ。
演劇部部長・迫文彦。
人呼んで『演劇バカ』。
「今から書くつもりだろ」
その一言で救われる。
言葉と言う文字は、武器にもなり、薬草にもなる。おいそれ使うわけにはいかないし、軽んじてはいけない。
言葉の偉大な力を良く知るあかねは、頷くことによって返事に代えた。
「おれも力になる」
「わたしが書きたいんですっ」
「演劇部でやるんだろ。おれの目を信じろ。悪いようにはしない」
「そうするつもりですけど、お断りしますっ」
乗るはずだったバスをやり過ごし、迫はマフラーを巻き直し大きく息を吐いた。
恋人がどんどん遠ざかる。恋人が他人に戻るなんて、どんなにあがいても忘れられるわけないし。
「とことん見てやるから、黒咲は書け」
振られても、振られても、恋人のことを忘れられない迫のことだ。
頷くことによって返事に代えたあかねは、迫の恋人との間を取り持つことにした。
おしまい。
タロット企画。
【星】黒咲あかね
http://download4.getuploader.com/g/sousaku_2/889/akane_star.jpg
【法王】迫文彦
http://download1.getuploader.com/g/sousaku_2/890/sako_THE+HIEROPHANT.jpg
589
:
名無しさん@避難中
:2014/12/29(月) 22:28:29 ID:BumTIIZo0
先輩!来年も閑花ちゃんの独壇場ですよ!
って、せんぱーい
590
:
◆n2NZhSPBXU
:2015/01/03(土) 23:11:48 ID:HRkRpzMc0
, - 、
ヽ/ 'A` )ノ テンカイ テキ ニ
{ / ギロン ヲ ヨンダラ スミマセン゙・・・
ヽj
『記憶の中の茶道部』第三話、ここからは若干独立した展開を考えているのですが、
もし皆さんが考えている展開を邪魔するようなことになってしまったら大変申し訳ないです。
591
:
記憶の中の茶道部(第三話)
◆n2NZhSPBXU
:2015/01/03(土) 23:14:18 ID:HRkRpzMc0
その『物語』は、天江ルナの耳に突然飛び込んだ『強烈なバイクのエンジン音』を開始のファンファーレとして始まった。
「?!……何、今のお……?!」
驚き、音の方向へ振り向くルナ……であったが、彼女は今自分が置かれている状況に気付き、再び驚いた。
見知らぬ空……見知らぬ大地……そして、そこには自分ひとり……。
自分は今まで……何をしていた?
……どうしても思い出せない……でも……少なくとも『ここ』には居なかった……。
ルナの頭をグルグルと駆け廻る疑問符。
だが、そんな彼女を放置するかのように『物語』は進行を始めていた。
「仁科学園ん〜っ!格闘茶道部ぅ〜うっ!!」
またしても彼女の耳に割り込む音……その声はどこかで聞いた覚えのある声ではあったが、混乱状態の彼女には判別出来なかった。
「今度はな……何アレ……!危ないっ!!」
とっさに横へ跳ぶルナ。
その直後、『白い大きな塊』がまるで,意志を持って彼女を叩き潰そうとしている流星かのように何個も飛来するのであった。
「ほ……本当に……な……何なの……よ……うん?」
ギリギリで全てを避け、息も絶え絶えになりながら『白い大きな塊』を見るルナ。
彼女は気付いた。
その塊は『文字』であること……そして、その塊群はある『言葉』を示していたことを……。
/ ̄フ 久 「 ̄ゝ 「 | 「 ̄ゝ 「 ̄ゝノス 「 二 二 二 二 7
/ / [ ̄ ̄ ̄フ ム フ ヽ/ | | 「 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄フ | |. 「 | ||
ム く  ̄ ̄ ̄ 」 L 「 ̄ゝ| | ヽ_> ̄ ̄T / .| | |三 .三ヨ | |
/ / [ ] ヽ/ / | [二 ̄フ  ̄ | | .[ 口 ] | |
/ / [ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄フ . 7 / [二二二 フ ==' 丶== | | .ム| |ヽゝ.| |
. / /  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ../ / ム/ く_/ L二 二 二 二」
.  ̄  ̄
格 闘 茶 道 部 編
〜 記 憶 の 中 の 茶 道 部 〜
592
:
記憶の中の茶道部(第三話)
◆n2NZhSPBXU
:2015/01/03(土) 23:20:19 ID:HRkRpzMc0
「……これって……さっき聞こえた声と同じ……。」
呟くルナ。
その直後、彼女の耳に三度音が飛び込んできた……と言うよりは、彼女の脳内に直接アンプを取り付けられたかのように、
先程の声の主による,歌とも御経とも……言うなれば『音楽』と呼べるのかも不明なレベルの音が彼女を包み込んでいた。
「何……これ……。」
耳を押さえ、その場を逃げるように走り出すルナ。
その直後、彼女が駆け出したのが合図かのように爆炎が発生、その火柱は彼女を追いかけ回すかのようにジリジリと、
そして高熱と爆裂音を発しながら移動するのだった。
「何なのよ……何なのよ!」
声を荒らげる彼女。
だが、1〜2分すると彼女の脳内で強制再生されていた音は弱まり、爆炎もピタリと止まるのであった。
「……え?」
戸惑うルナ。
……だが、それは『終わり』ではなく『始まり』の合図であった。
『仁科学園中等部1年:天江ルナは格闘茶道部副部長である!』
突然聞こえてくる、聞き覚えがある声……しかし、ルナはその声の主の正体を思い出せずにいた。
『剣道部に入部しようとしたところを、格闘茶道部部長である御地憑イッサの魅力に取り憑かれ、
彼女の物として格闘茶道部に入部したのだ!!』
「……。」
ただただ聞くしかなかったルナであったが、このナレーション風の言葉を聞いて、彼女はようやく声の主の正体を思い出す。
「部長……いや、御地憑イッサ!アンタ、一体何のつもりなんだ?!」
今までの仕打ちに怒りを覚え、声を荒らげながら空へ吠えるルナ。
「それに……何が『魅力に取り憑かれ』だ!嘘ついて格闘茶道部に……てか、
茶道部というなの変態サークルに無理やり入れただけじゃないか!!」
『あら、そうでしたっけ?』
ナレーションのはずが、ルナの声に反応して答える天の声……いや、御地憑イッサ。
「この爆破と隕石攻撃は何なんだ!あと、不思議ソングまがいの騒音!!
そんな卑怯な攻撃するぐらいなら、正々堂々勝負しろっ!!」
「……じゃあ、その前に私が相手してあげる!」
突然参戦する謎の声。
驚いたルナが声の方向を見るとそこには誰も居ない……ではなく、
気付いてもらおうとピョンピョコ跳ねる格闘茶道部員:粟手トリスの姿があった。
「……え?粟手さん??」
「うん!確かに、私は粟手トリスだよ!!でもね……『御地憑イッサでもありますの。』」
突然声色の変わるトリス。
その瞬間、ルナの目に映っていたはずのトリスは、まるで混線したホログラフィのように瞬間的ながらイッサの姿を映し、
そしてその手にはいつの間にか竹刀が握られていたのだった。
「何……これ……。」
593
:
記憶の中の茶道部(第三話)
◆n2NZhSPBXU
:2015/01/03(土) 23:25:21 ID:HRkRpzMc0
「ルナちゃあん、お姉ちゃんだけじゃあなかとよ。」
事態を飲み込めない状態にいるルナの肩へ、軽く手を置く謎の声の主……それは、彼女の親友であり、
またトリスの妹でもある粟手ヒビキであった……いや、正確に言うならば、彼女の姿もイッサの姿が時々混在する形で存在していた。
「何……何……なに?!」
「ルナちゃん……『あなたも私の物になりなさい』……格闘茶道部の仲間なんだから……。」
「私もお姉ちゃんを手伝うとね……『そうすれば、もう何も悩む必要なんて無い』……。」
『さあ、素直になって……そして、私の物になりなさい。』
「いや……いや……。」
極限状態に陥り、尻もちをついてその場に倒れ込むルナ。
だが、そんな彼女に構うこと無く、ふたりの少女たちはルナの体を『かごめかごめ』の要領で取り囲む。
ふたりで展開される『かごめかごめ』。
だが、その人数はいつの間にかひとり増え、またひとり増え……気が付いた時には、
『御地憑イッサの物』となった仁科学園の生徒で溢れかえる恐怖の塊と化していた。
『さあ……私の物になるのよ!』
空間全体に響き渡るイッサの声。
その声が号令となり、ルナを拘束するかのように動きながら取り囲んでいた生徒たちは移動を停止……そして、
彼女から全てを奪い去ろうとするかのようにルナへと一斉に飛び掛かるのであった。
目の前の光景が一瞬にして暗黒と化するルナ。
私という存在が消えようとしている……。
そんな気持ちがルナの心に芽生えたその時だった。
『あきらめるなぁああああっ!』
暗黒空間のどこかから聞こえてくる声……この声……聞き覚えがある……。
最後の力を振り絞り、目を開くルナ。
その目線の先に居たのは……自分と同じ仁科学園の……男子生徒……?
「待って!」
大声をあげるルナ。
その瞬間、彼女の体は暗黒空間と化していた夢の世界から解き放たれ、現実世界に存在する自室のベッドの上へと転移していた。
「……あれは……夢?」
今いる現状を頭の中で確認しつつ、叫びながら起きてしまったために鼓動が早まった心臓を落ち着かせようと深呼吸をするルナ。
そして、数往復ほど肺内の空気を交換させると、彼女は少し離れた場所に置いた目覚ましを手に取る。
「……6時45分……まあ、いいか。」
そう言って、彼女はベッドから降りると、居間へと向かうのであった。
594
:
記憶の中の茶道部(第三話)
◆n2NZhSPBXU
:2015/01/03(土) 23:30:19 ID:HRkRpzMc0
あの変な夢から数時間後……天江ルナは仁科学園中等部の校舎屋上にて、冬の透き通った空を見ていた。
ちょうど昼休みに入ったので、彼女は太陽に近い屋上で昼食を済ませると同時に『あの夢』について整理してみようと考えていた。
「あれは……夢……なのかな?」
自問自答する。
確かに、あんなカオスな世界観は夢以外に何物でも無い。
だが……『カオスな世界観』とは評したものの、妙なリアル感も存在していたのは確かであった。
そして、暗闇の中で聞こえた声……さらには薄らと見えた『男子学生』の存在……。
「自分という存在が消える……自分が自分で無くなる……。」
ポツリと呟くルナ。
そして、そのまま彼女は黙ってしまった……のだが、数秒して彼女の心の中にとある欲求が生まれる。
「……音楽聞こう。」
そう言って、弁当箱を入れていた手さげ袋の内ポケットをガサゴソと探すルナ。
そして、何かを掴んで持ち上げると、彼女の手には密閉型ビニール袋に入ったMP3プレイヤーが握られていた。
本来なら校則違反の代物であるが、ルナは妙な寂しさに襲われると、
父から誕生日プレゼントにもらったMP3プレイヤーで時々心を癒していたのだった。
「今日は……これだな。」
そう言って、MP3プレイヤーに登録した曲のうちのひとつを再生するルナ。
その直後、彼女の耳には軽快なエレキギターによるイントロが再生され、曲が彼女の体を包み込む。
「……良い……いつ聞いても良い……。」
しみじみするルナ。
「ギターも良い……歌詞も良い……サックスの音色も……サックス?」
突然、顔色が変わるルナ。
顔色が変わるのも無理は無かった。
何故なら、この曲は彼女が100回近く再生しているお気に入り曲……だからこそ、どんな曲であるかも、何で演奏されているかも知っている。
しかし、今自分の耳には今まで聞いたことの無いサックスの音色……まさか、101回目以降はボーナスで……何て聞いたことが無い。
「え?え?え?」
慌ててMP3プレイヤーのイヤフォンを外すルナ。
本来なら、もう彼女の耳に音楽は入ってこないはずである。
……だが、彼女の耳には『サックスの音のみ』が再生され続けていた。
「何……また夢なの……いや……いや……いやぁああああっ!!!」
595
:
記憶の中の茶道部(第三話)
◆n2NZhSPBXU
:2015/01/03(土) 23:35:04 ID:HRkRpzMc0
「?!」
学園内に響き渡るルナの悲鳴。
その直後、サックスの音は止み、ひとりの女性が彼女のもとへと駆けつける。
「どうした?」
女性の声にハッとし、女性を見るルナ。
……その女性の手には、一台のサックスが握られていた。
「……。」
「……?」
「……すみません、急に取り乱して……って、あれ?高等部の……神柚さん!」
「え……あ〜前にあなた、私をパンツ泥棒と勘違いした人ね。名前は……あ……あ……アルテミスちゃん?」
「ルナです、天江ルナです。」
「あら、ごめんなさい。」
「ところで……神柚さんって、確か美術部ですよね?……なのに、何故にサックスの練習を?」
そう言って、神柚鈴絵の手に握られたサックスを指差すルナ。
「これ?ちょっとね……今年の柚鈴天神社例大祭で神事の曲を演奏することになってね……その練習。」
「例大祭……あ〜確か、ヒビキさんも言ってたなぁ。『今度、「龍神祭」で和太鼓を高等部の先輩方と演奏するんだぁ』って。」
「あら、天江さんは粟手さんと知り合いなのね……ところで……さっき、どうしたの?急に大声あげて……。」
「あ……いえ……その……何と言いますか……『夢の続き』……みたいだったんで……。」
「……夢?」
鈴絵が問いかけたその時であった。
「ルナちゃ〜ん!」
彼女らの後ろから聞こえてくる、何者かの声。
その声に気付き、ふたり同時に声の方向を見ると、
その目線の先では先程彼女らの話題に少しだけ登場した粟手ヒビキ本人が手を振っていた。
「どうしたの、ヒビキさ〜ぁん?」
ルナが大声で問いかける。
「先生がルナちゃんを探してたよぉ〜!この前に提出してもらったプリントに不備があったんだってぇ〜!!」
ヒビキも同様に大声で答える。
「ありゃ……神柚さん、私はこれで失礼します。ウチのヒビキさんをよろしくお願いします。」
そう言って頭を下げると、ルナは荷物を手に急いでヒビキの所へと急ぐのだった。
596
:
記憶の中の茶道部(第三話)
◆n2NZhSPBXU
:2015/01/03(土) 23:40:20 ID:HRkRpzMc0
「……どうしたの?」
周りからは誰も居なくなったはずの中等部校舎で声をあげる鈴絵。
その直後、今まで無かったはずの『もうひとりの気配』が現われ、彼女の前に影のような姿を見せる。
「あの子か……。」
ポツリとつぶやく『影』。
「……ええ、そしてもうひとり……。」
「『御地憑イッサ』……奴はどうする?」
「どうするもこうするも……天江さんの言葉から察するに、危機が迫っているのは確かね。」
そう言うと、鈴絵は『影』に問いかけた。
「ところで、あなたの方はどうなの?」
「予想通りだった……最悪の方のな。」
「そう……。」
「今は『用務員の姿を借りている』から何とかなっているが……それも時間の問題だ。」
「……Xデーは?」
「分からん。」
「……そんな即答するレベルなの?」
「ああ……確かに、危機は迫っている……だが、今出来るのは『タイミング』まで待つ……それのみだ。」
「そう……。」
「とりあえず……Xデーが来るまで、そのサックスは練習しとけ……また会おう。」
そう言うと『影』は一瞬にして屋上から姿を消すのだった。
天江ルナの夢に現われた、男子生徒の正体とは?
そして、神柚鈴絵と『影』の言う「危機」とは何なのか?!
大きな謎を残したまま、仁科学園中等部で展開される格闘茶道部の物語は、新たな局面を迎えようとしていた……。
つづく
---------------------------------------------------------------------------------------------
以上です。
お目汚し、失礼しました。
597
:
名無しさん@避難中
:2015/01/06(火) 13:11:44 ID:R37CzbeE0
仁科では貴重な熱血漢(?)だな、ルナルナは。
剣道少女とエレキのサウンドは、これまた意外というか新たな魅力ぼ取り合わせ。
つ、続きを…
598
:
◆n2NZhSPBXU
:2015/01/06(火) 21:42:50 ID:xsRLiLR60
>>597
ワタクシの駄文を読んでいただき、ありがとうございます。
続きに関しましては、少々お待ち下さい(多分、残り3〜4話を予定しています)。
ここで小ネタ解説と裏話。
前半の『ルナの悪夢』は、仮面ライダーV3のオープニングにマクー空間や幻夢界の風味を足したイメージで書いてます。
あと、当初は「他の方が提案されたキャラのイメージを壊したくない」という考えから自発キャラで主要ストーリーを展開していく予定でしたが、
番外編や奥叛通(おぱんつ)の話を組み込むにあたり、神柚鈴絵の出番が増える・・・といった状況になっています。
・・・一応、イメージを壊さないよう気をつけて入る・・・つもりです(汗)
次回は、ルナと『用務員の姿に似たあの人』との対話を予定してます。
599
:
名無しさん@避難中
:2015/01/10(土) 07:54:07 ID:pqXvoZMA0
仁科学園高等部入試模擬
激闘!天江ルナVS〇〇
〇〇を埋めよ。配点10
600
:
◆n2NZhSPBXU
:2015/01/12(月) 21:05:11 ID:.fU/j/aQ0
創作にあたって、ちょっとお聞きしたいこと。
女性用務員のよーちゃんに関して、本名の設定ってあります?(wikiを見る限りは見当たらなかったので)
もし無い場合、『横嶋菜(ヨコシマナ)キモチ』って名前を登場させたいのですが、大丈夫でしょうか?
601
:
名無しさん@避難中
:2015/01/13(火) 00:23:15 ID:RiMw6zdc0
記憶にある限りは無い気がする。とうとうよーちゃんの本名が明かされるのか!
602
:
名無しさん@避難中
:2015/01/13(火) 13:34:37 ID:tRtXEDcg0
用務員のよーちゃん、かわいいな。
603
:
名無しさん@避難中
:2015/01/16(金) 22:19:50 ID:WKOEamB20
>>600
お待ちしてますwww
登場させるときは、ぜびビジュアル面の描写を。
いいってことよ。
604
:
◆n2NZhSPBXU
:2015/01/18(日) 22:48:22 ID:ou9wL54c0
, - 、
ヽ/ 'A` )ノ トウカペース オソクテ
{ / ホントウ ニ スミマセン・・・
ヽj
15日ぶりの投下です。
お待ちしている方がいらっしゃるかどうか分かりませんが、もしいましたら・・・遅くなってすみませんでした。
あと、よーちゃんの名前ですが『横嶋菜ココロ』にしましたことを報告します。
605
:
記憶の中の茶道部(第4話)
◆n2NZhSPBXU
:2015/01/18(日) 22:52:37 ID:ou9wL54c0
その日の放課後、天江ルナはふたつの気持ちを胸に抱きながら、格闘茶道部の拠点となっている体育館内の茶室へと向かっていた。
彼女が抱く気持ち……ひとつは「また、面倒な部長の気まぐれを相手しなくちゃならないのか……」という『憂鬱』、
もうひとつは「そういえば、今日は粟手さんが新作茶菓子を持ってくるって言ってたっけ……それは楽しみかも」という『僅かな希望』。
そんなアンバランスな気持ちを抱いていたからか、彼女の表情は曇りつつも、口角のみは小刻みな嬉しさを表現するのであった。
「……むふ……ハッ、いかんいかん。」
無意識の笑みに気づき、自身の額を軽く叩くルナ。
そして気合いを入れ直し、あえて真面目な表情で茶室へと向かおうとした……その時、彼女の目線の先に見覚えのある学生が二人、
さらにルナの知らない女子学生が一人いることに彼女は気づくのであった。
「あれは……ヒビキさん?……それに、粟手さん!」
知った顔と気づき、声をかけようとするルナ。
だが、彼女の声が粟手トリス・ヒビキ姉妹の耳に届く前に、声を荒らげる存在がいた。
「てめぇ!どういうつもりなんだっ?!」
廊下にいる学生全員が振り返る程の音量で叫ぶ、ルナの知らない女子学生。
一方の粟手姉妹は、声の暴力に震えつつも、自分なりの意見を言うのだった。
「……だって……どうしても出来ないんです!何度練習しても……いつも、同じ場所で失敗して……もう……私なんて……才能無いんです!!」
「失敗するだぁ?そんなことで、簡単に何でも辞めちまうのか?!そんなことで、私や神柚さんを簡単に見捨てるつもりなのかよっ?!?!」
「だって……だって……。」
「止めてください、天月先輩!いくら高等部の方とはいえ、妹を泣かして何が楽しいんですか?!」
「何だと?!」
口喧嘩にまで発展する、粟手姉妹ともう一人の女子学生=天月音菜。
そんな光景を見て、ルナはすぐさま仲裁に入ろうとその場へ駆けつける。
「ちょっ……ちょっ……タンマ!ヒビキさんが何を……って、その制服は……。」
「……ぁん?誰だ、お前は??いきなり現われてファッションチェックったぁ……随分とふてぇい野郎だなぁ?!」
「ファッションチェックって……私は『神柚さん』と同じ高等部の制服だなぁって思っただけなのに……。」
ポツリと呟くルナ。
そんな時、一方の音菜はルナの発言の中にあったあるワードに態度を一変させるのだった。
606
:
記憶の中の茶道部(第4話)
◆n2NZhSPBXU
:2015/01/18(日) 22:57:53 ID:ou9wL54c0
「……お前、『神柚さん』の知り合いなのか?」
「……え……あ……まあ……簡単にはですが。」
「なら、話が早い。」
「……はい?」
突然の展開に、話の流れを掴み切れていないルナ。
一方の音菜は、彼女の思いに気付くこと無く、淡々と『自分が何故、粟手兄弟に迫っていたか?』を語りだす。
「俺は天月音菜、高等部の2年生だ……多分、神柚さんから聞いてるかもしれないが、
俺と神袖さん、そして目の前の粟手ヒビキの三人で、再来週に行われる『龍神祭』で神事の曲を演奏する予定だったんだ。」
「ええ……ヒビキさんからではありますが、断片的に聞いてます。サックスとエレキと和太鼓と……って。」
「ところがなぁ……最近、ヒビキが練習に来なくなってな……んで、聞いたら『和太鼓はもう辞める』とか言い出したんだよ。」
「……え?」
音菜の言葉を聞き、驚きの表情を見せるルナ。
それもそのはず……彼女の知る粟手ヒビキにとって、和太鼓とゴーヤは『自身のフェイバリット(好物)』と称する程の存在であり、
特に前者に関しては仁科学園内に和太鼓に関連した部活動が無かったため、地元の公民館で行われている和太鼓サークルへ
わざわざ入部して練習する程の熱の入れようであった。
そんなヒビキが和太鼓を『辞める』……ルナには到底信じられない言葉であったのだ。
「ヒビキさん、本当なの?あんなに和太鼓好きだったのに……。」
「……うん……私さ、才能が無いんだ……何度練習しても、いつも同じ場所でつまづく……そんな状況で本番なんさ迎えたら……
笑い者になるだけだ……。」
「ヒビキさん……。」
ヒビキの言葉に同情心が芽生えるルナ。
だが、音菜の表情は険しいままであった。
「……それだけじゃねぇだろ、ヒビキ……お前、俺にさっき何て言った?」
「……。」
口をつぐむヒビキ。
その返答に、音菜は再度怒りを露わにするのだった。
「てめぇが言わねぇなら、俺が言ってやる!『嫌な思いをして和太鼓を続けるぐらいなら、
格闘茶道部でお茶菓子を食べながらお姉ちゃんとのほほんとした方が良い』ってな!!」
「……え?」
607
:
記憶の中の茶道部(第4話)
◆n2NZhSPBXU
:2015/01/18(日) 23:04:54 ID:ou9wL54c0
「演奏出来なくてつらいのは分かる……何度もつまずいて苦しいのは分かる……だがな、それを理由にして全てを投げだすのは無責任過ぎるだろ!
俺や神袖さんへの気持ちが、ヒビキ……おめぇには無ぇのか?!第一、『格闘茶道部』とか訳の分からぇね部活動に変な思いを抱くんじゃねぇ!!!」
「……何と言うか、一応『副部長』という立場なものの……現に変な部活動だしなぁ……まあ……ヒビキさん、あの……天月さん……でしたっけ?」
「おう。」
「天月さんの言う通りだよ。どこぞの歌じゃないけどさ、『諦めたらココが終点』……今はつまずき続けていてもさ、
どこかをきっかけに脱却して次のステップへ行けるよ。それにさぁ……格闘茶道部に変な理想を求め過ぎよ。」
「いいえ……格闘茶道部こそ、粟手ヒビキさんの求める理想郷ですわ。」
ヒビキを説得するルナの耳へ届く、最も聞きたくない人物の声。
その声の主は、寸分違わず『格闘茶道部 部長』の緒地憑イッサであった。
「うわぁ……面倒な時に……。」
おもわず呟くルナ。
一方のイッサは、何人も近づけさせないようなオーラを放ちながらヒビキの前に立ち、そして彼女の震えた手を握りながら語りだすのだった。
「それで良いのよ、トリスちゃんの妹さん。あなたは自身の欲望に従ったまでのこと……欲望という物は抑えれば抑えるほど、
どこかで反発を起こして大爆発を起こす危険な存在……そんな危険物を心から取り除くのが、我らが『格闘茶道部』なのですから。」
「……初めて聞いたんですけど。」
ツッコミを入れるルナ。
しかし、イッサはそれを完全無視して語り続ける。
「トリスちゃんの妹さん、今日はあなたのお姉さんプロデュースによる新作茶菓子発表の日……せっかくなので、あなたもいらっしゃい。
そして、欲望を解放させなさい。」
「はい、ぜ……」
「……っって、ちょっと待てぇ!」
『是非に』と言おうとしたヒビキの声を遮る音菜。
そんな様子を見て、イッサは呆れた表情を浮かべながら答える。
「……何ですか、先輩である高等部の方が可愛い後輩の邪魔をするとは……。」
「いや、ツッコまざるを得ないだろ!俺たちはヒビキの欲望からの弊害を……しかも有無を言わさず受け入れろって言うのか?!
確かに可愛い後輩だが……限度ってもんがあるだろっ!!第一……。」
「……あんなお祭りのどこが良いのですか?」
「……何だと?!」
「99年目の龍神祭だか何だか知りませんが……そんなどうでも良いイベントの、どうでも良い演奏に付き合わされるぐらいなら……
抹茶をすすって心を落ち着かせた方が何十倍・何百倍……いや、何万倍と有意義なことか……。」
冷たい言葉を吐き捨てるイッサ。
その言葉に、音菜の怒りは頂点へと達するのだった。
608
:
記憶の中の茶道部(第4話)
◆n2NZhSPBXU
:2015/01/18(日) 23:10:22 ID:ou9wL54c0
「ふざけるなっ!俺だけじゃない……神袖さんまで侮辱するようなその言動、俺がこの拳で砕いてやるっ!!」
そう言って、強く握った拳をイッサの頬目がけて振り落とそうとする音菜……であったが、次の瞬間、
彼女の体はイッサの目の前から姿を消していた……正確に言うならば、まるで『殴られて吹き飛ばされた』かのように
音菜の体は彼女らのいる場所から離れた場所に現われ、また吹き飛ばされたショックなのか、彼女の意識は気絶によって完全消失していた。
……いや……違う。
天月さんは意味も無く吹き飛んだんじゃない……吹き飛ばされたんだ……。
ルナを包む、疑惑の思い。
何故なら彼女は見てしまったのだ……音菜がイッサへと殴りかかった瞬間、イッサの体から『影のような存在』が飛び出し、
それが音菜へ逆襲していた様子を……。
突然の事態に黙り込む、ルナを含めた女性三人。
その一方で、イッサは涼しい顔のまま吹き飛ばされた音菜の方へと向かっていく。
「どうやら、あなたにも必要なようね……さあ、『私の物になりなさい』……粟手姉妹のように……。」
気絶して廊下の壁に横たわる音菜の頭へ、自身の手をかざそうとするイッサ。
……だが次の瞬間、彼女の手首を掴む存在が出現した……それは、天江ルナであった。
「副部長……?」
突然の事態に、初めて困惑の表情を浮かべるイッサ。
一方のルナは必死の表情を浮かべていた。
『私の物になりなさい』……その言葉が聞き違いでなければ……あの夢と関係があるかどうかは分からないが……でも、言えることはひとつ……。
この手を……離してはいけない!
その瞬間、彼女は意識を失った。
609
:
記憶の中の茶道部(第4話)
◆n2NZhSPBXU
:2015/01/18(日) 23:15:33 ID:ou9wL54c0
ルナには分からなかった。
ここがどこなのか……今が何時(いつ)なのか……。
そして……私が……誰なのか……。
暗闇を、まるで水面に浮かぶかのように無力のまま漂うルナ……その様相は、
まるで彼女の現状の気持ちを体現したかのようであった。
「私は……何?」
孤独な闇の中でポツリと呟くルナ。
しかし、その言葉に対して返答してくれる存在など居なかった。
「……お前は天江ルナ……唯一無二の存在だ。」
突然、耳に聞こえてくる謎の声。
その声にハッとしたルナが体を起き上がらせると……彼女を包んでいた漆黒の闇は消え去り、
その存在は仁科学園の保健室へと転移していた。
「……また……夢?」
「いや、一応は現実だ。」
ルナの言葉に答える謎の声。
冷や汗をかいたまま声の方向へ体を向けると、そこには用務員服を着た女性が立っていた。
一瞬、眼の位置まで伸びた黒髪を見て『天月さん?』と思うものの、
髪の隙間から見えていた物が眼ではなく牛乳瓶底のようなメガネだったことから、
その女性が自身の知らない人物であることにルナは気付くのだった。
「あなたは……?」
「私は横嶋菜ココロ……仁科唯一の女性用務員で、みんなからは『よーちゃん』って呼ばれてるわ。」
「はぁ……でも、どうして用務員さんが保健室に……ってか、私も何故に保健室に?」
「一応、医師免許持ってるからね、時々保健室の非常勤やってるのよ。
あと、あなたは当然気絶して……確か、高等部の……私みたいな髪型の子が運んできてくれたわ。」
「多分、天月さんかな……ふぅ。」
なんとなく溜め息を出すルナ。
「ところで……あなたが天江ルナさん?」
突然、よーちゃんが話を切り出す。
「え……はい……って、あれ?名乗りましたっけ??」
「ううん、あなたのことを鈴絵ちゃんから聞いたのよ。」
「……鈴絵ちゃん?」
「そうそう、神袖鈴絵ちゃん。」
「神袖さんから……ですか?」
「それでね、ちょっと真面目なお話しをしたいんだけど……あ、ちょっと私の手を見て?」
「???」
言われるがままに、よーちゃんの手のひらを見るルナ。
その瞬間、彼女の手からは閃光のような物が発せられ、次の瞬間には……彼女は先程まで居た夢の世界へと逆戻りしていた。
610
:
記憶の中の茶道部(第4話)
◆n2NZhSPBXU
:2015/01/18(日) 23:20:39 ID:ou9wL54c0
「……え?」
先程とは違い、漆黒の水面の上で体を起き上がらせるルナ。
しかし、彼女の存在は夢の世界に留まり続けていた。
「ごめんね、天江さん。どうしても、マンツーマンで……かつ、邪魔が入らない場所で話したくて。」
突然聞こえてくる声。
水のように絡む闇を体から払いつつ声の方向へ体を方向転換させると、
その目線の先には……この雰囲気には全く似合わないアヒルをかたどったボート、
そしてそれを運転するよーちゃんというシュール極まりない光景が展開されていたのであった。
「……横嶋菜さん?」
「ハイ!さあ、乗って!!」
ルナのもとへボートを横付けし、彼女を引き挙げるよーちゃん。
一方のルナはボートに乗船したものの、全くの理解不能と化していた。
「あのぉ……横嶋菜さん?」
「天江さん……いや、ルナちゃん!何か堅苦しいから『よーちゃん』で良いよ。」
「え……あ……よーちゃん……さん、ここはどこなんです?」
「あなたの夢……と言うよりかは、あなたの心の世界ね。」
「私の……心?この闇の世界が?!」
「……ただ、これに関しては致し方ない『事情』があるのよ。」
「事情?」
「何から話したら良いか……まあ、とりあえず空を見てみて。」
そう言われ、スワンボートから首を出すルナ。
すると、先程まで何も無かった闇夜には無数の光が存在していた……そして、
その光はどれも地球のような形状および色彩を放つのであった。
「いいえ、あれは地球そのもの。」
突然答えるよーちゃん。
「地球……そのもの?」
「ルナちゃんは多次元宇宙論って分かる?」
「……ええ、SF世界で言うパラレルワールドってやつですよね?」
「御名答!この世界は小さな物事から大きな物事まで……とにかく多種多様なきっかけで細分化していき、
異なる世界を無限に形成していってる……その結果が、この泡ブクみたいな多次元宇宙って訳。んで……あれを見て。」
そう言って、ある方向を指差すよーちゃん。
その方向には、空間に存在する地球の中で最も大きな形状を呈していた。
611
:
記憶の中の茶道部(第4話)
◆n2NZhSPBXU
:2015/01/18(日) 23:27:49 ID:ou9wL54c0
「大きい……けど……。」
「どうしたの?」
「何か……違和感を感じる。」
「そこまで分かれば、キミモPerfect Body!」
「……はい?」
「あの地球は他と違うの……まず、動きを見て。」
「動き……!」
ルナはハッとする。
他の地球は、かつて授業で習ったように、自転しながらその存在をアピールしつつ分裂を繰り返している。
しかし、あの大きな地球だけは自転どころか微動だにしない。
また、死細胞のように分裂もしない……それはまるで……。
「時が止まっている……100点よ。」
「!!!」
「……って、ごめんなさいね。先行して答えちゃって。」
頭を掻きながら、反省してい無さそうな言動で反省の弁を述べるよーちゃん。
「一体……あなたは?」
「……そういえば、名乗るの忘れてたわね。」
そう言うと、よーちゃんは牛乳瓶底メガネを外して外へと放り投げ、そして髪を両手で掻き上げながらこう答えるのだった。
「時空間を司る魔王の一人……まあ、本名はмуйынравоКって言うんだけど、人間界じゃ発音し難いせいか、
『魔王』って呼ばれてるわ……まあ、今は諸事情で『よーちゃん』の姿を借りるから、呼ばれ方はもっぱら『よーちゃん』だけど……。」
ゴムを取り出し、髪をポニーテールへと束ねるよーちゃん。
次の瞬間、彼女らが乗っていたスワンボートは姿を消し、二人の体も数多くの地球が姿を見せる夜空の中で位置を固定したまま漂っていた。
「よーちゃんが……魔王……?」
理解が追い付かず、混乱し始めるルナ。
一方のよーちゃんは服装を用務員服から、まるでファンタジー小説に登場するかのような白銀の頑丈な鎧へと姿を変え、
この世界の真相を語り始めるのであった。
「前提条件の説明は終わったから、次はこの世界の時間が止まった理由なんだけど……何から説明したら良いやら……
まあ、まずは根底部分について説明しておいた方が良いか。」
「……根底?」
「ええ、止まった世界を作り出した張本人である緒地憑イッサ……いや、『天江夕子』のことについて。」
「!!!」
『天江夕子』……その言葉を聞いて、険しくなるルナの表情。
それもそのはず……何故なら『天江夕子』とは、行方不明になっているルナの母親の名前であったのだから……。
つづく
---------------------------------------------------------------------------------------------
以上です。
お目汚し失礼しました。
それと、天月音菜に関して一人称を『俺』にしましたが、このスレ的に大丈夫だったのでしょうか・・・?
(先週の新ウルトラマン列伝からインスパイアされて、俺っ娘にしたのは内緒です)
612
:
名無しさん@避難中
:2015/01/25(日) 14:08:00 ID:.ECF9eds0
すごいのきた!
613
:
◆n2NZhSPBXU
:2015/01/26(月) 21:42:41 ID:OuhiKqLw0
>>612
読んでいただき、ありがとうございます。
ただ、今さらではありますが今回アップした物はチェックが不十分だったか、誤字や入れとくべきだった文言の脱字が多いので、
もしよろしかったら最終回アップ後にまとめwikiのほうへ修正版をアップしたいのですが、よろしいでしょうか?
それと、現状報告。
第5話を書いている最中ですが、7割近くが説明台詞という現状に自分でゲンナリしています・・・。
そして、最終話に向けていかに物語の伏線を全て回収するかもキチンとまとまっておらず、そっちに関してもゲンナリしています・・・。
614
:
◆n2NZhSPBXU
:2015/02/04(水) 21:21:23 ID:Rm4pITlY0
, - 、 バ ノ
ヽ/ 'A` )ノ ゴ ク ウエニ A
{ / アリエナ ギル・ Aズレ・・・
ヽj サス ・・
カエルのおもちゃのAAを貼ろうとして、盛大に失敗したのは私です。
・・・そんなことはさておき、今日も人様への迷惑を省みずに投下です。
よろしかったら、お付き合いください。
615
:
記憶の中の茶道部(第5話)
◆n2NZhSPBXU
:2015/02/04(水) 21:25:44 ID:Rm4pITlY0
その夜、天江ライトは娘である天江ルナに何らかの『異変』が起きていることに気付いた。
いつもなら、ニコニコと笑いながら夕飯に手を伸ばし、そして今日学校で何があったかを楽しそうに語るはず……だが、
今日のルナの表情は暗く、また、ただひたすらに無言を貫き通しながら夕飯をゆっくりと食べるのみであった。
「ルナ……何か、学校であったのか?」
声をかけるライト。
しかし、ルナの口から言葉が返ってくることは無かった。
「……。」
「……。」
お互いに黙ることで、虚無な空間が展開される天江家の食卓。
だが、それを打開する策を思いつかないライトは、結局黙ったまま、娘が食事し終わるのを見つめるしかなかったのだった。
一方のルナも黙るしか出来ないでいた。
それもそのはず……彼女が魔王=横嶋菜ココロから聞いた『この世界の真実』は、簡単には受け入れがたい内容であったからだ。
「止まった世界を作り出した張本人である緒地憑イッサ……いや、『天江夕子』のことについて。」
「!!!」
数多くの地球が闇夜にきらめく、天江ルナの深層心理世界……その中を漂うルナとココロ。
そんな二人の間を通り抜けていった『天江夕子』の名前……それは、ルナが物心つく前に失踪したと父から聞いている母の名前であった。
「よーちゃんさん!どうして母の名前を?!それに……母が部長ってどういうことなんです?!?!」
大声をあげるルナ。
一方のココロは、今だに何から説明したら良いか戸惑っているものの、話の方向性について自分の中でようやく決着が着いたのか再び口を開き始めた。
「まず……何故、あなたの母親である天江夕子が緒地憑イッサとしてこの世界に存在しているのか?
緒地憑イッサ……あれは天江夕子の肉体を借りているから人間の体(てい)を成してるけど、本当は私と同じ……いや、
私なんかよりもずぅううう……っと階級の低いランクの、時空間に住む魔族の一人だったの。」
「魔族……?」
「ええ……んで、その魔族ってのはね、仕事として……今ルナちゃんの空間を描いてる無数のパラレルワールドに関して、
時には災いを起こして種の進化を促したり、時には幸いを与えて一時の平和を与えたり……あと、
何らかのミスで時空間へと飛ばされてしまった種族を元の世界へ導いたり……んで、私はワタシで、
上司の立場から指示や決定したり……ってな感じのを全体でやるんだけど……まあ、働きアリよろしく、
中にはこの仕事に嫌気がさす魔族も少なからずいる訳でね……。」
「それが……部長……いや、緒地憑イッサ……。」
「Исса-обладал земли Вместе……あ、ルナちゃんに分かるように言うなら『緒地憑イッサ』ね。
奴は『自分だけの世界』を得ようとして、我々魔族から離脱……あるパラレルワールドに侵入して世界を作り替えようとしたけど……奴はある失敗をした。」
「失敗……?」
616
:
記憶の中の茶道部(第5話)
◆n2NZhSPBXU
:2015/02/04(水) 21:31:03 ID:Rm4pITlY0
「『世・界・を・作・り・替・え・る』……と漢字・ひらがな合わせて8文字程度で簡単に片づけてるけど……元となった世界を作るだけでも、
その行為には莫大な生命エネルギー……そして、何億・何十億もの年月が必要となる。それを、さらに自分の都合の良いように替えるってなると
作った時の何倍もの年月かかるし……しかも、それをたった一人でやろうもんなら、私クラスのタフネスでも2万年経過したくらいで……ばたんきゅ〜だわさ。」
「……?待って下さい!でも……。」
「そう、だから緒地憑イッサ程度の低ランクな魔族には自分の世界を作り出すことなど無理なはず……だったの。
でも、奴は我々の盲点を突いてきた……天江夕子の肉体を乗っ取るという方法でね。」
「母の肉体を……?」
「奴は、あるパラレルワールドに存在していたあなたの母……天江夕子の肉体を奪い、緒地憑イッサと名乗ることで自らを『その世界の意志のひとつ』となった
……さらに、奴は世界に自身の存在を認めさせただけでなく、その世界の意志そのものを完全に乗っ取るため、魔族としての力を解放し、
その世界に住む存在へ『自分がこの世界の支配者である』という潜在意識を植え付けようとした……けど、これまた失敗。」
「……え?失敗??」
「うん、失敗……でも、この失敗が『最悪の事態』を引き起こしたのよ。緒地憑イッサの能力解放によって、
その世界に住む人々には緒地憑イッサが世界の支配者であるという潜在意識が生まれ、奴自身が世界の意志となった……しかし、
奴の不完全な能力解放によって、それは『世界を書き換えた』のではなく『新たなパラレルワールドを形成した』という形で成されたの。
それが……『1年』という世界で時間が固定化された不完全な世界。」
「1年で……固定?」
「言うなれば……学園漫画でとかで見る、3月から4月に移行しても進級も進学もしない世界……かなぁ?
でも……奴は、1年間限定とは言え『世界の支配者』になった。それと同時に時空間では大きな問題も発生した。」
「大きな問題って……まさか、あの地球の異様な肥大化ですか?」
「イエス……当たり前だけど、どの世界にも『時間』という概念は存在する。
でも、緒地憑イッサの行為によって1年という概念しか存在しなくなった不完全な世界は、
自身の世界を維持するために他のパラレルワールドも取り込むようになり……現状として、
この時空間の中で最も大きな醜態を晒している訳。
それだけじゃない……鈴絵ちゃんも……私が肉体を借りている横嶋菜という存在も……そして、
あなたが知っている何人かの学生も、本来ならこの世界には存在していなかった。
でも、世界間での吸収でこの世界の存在とされ……緒地憑イッサの物となった証として『名前』を奪われた。」
「名前を……?」
「横嶋菜心は横嶋菜ココロに……粟手響は粟手ヒビキに……天月音菜は天月オトナに……。」
「……!天月さんまでも?!」
「鈴絵ちゃんに関しては大丈夫だと思うけど……油断は出来ない。それに、今は数人のみの洗脳に済んでるけど、
これを無限に続く1年の中で繰り返されたら……。」
「全ての世界が緒地憑イッサの物に……何か打開策は無いんですか?!」
声を荒らげるルナ。
それに対し、ココロは複雑な表情を浮かべた。
「……よーちゃんさん?」
「……あるにはあるの……ただ……分からないことが多いのよ。」
617
:
記憶の中の茶道部(第5話)
◆n2NZhSPBXU
:2015/02/04(水) 21:35:27 ID:Rm4pITlY0
「分からないこと……?」
「まず……!危ない!!」
突然、ルナを突き飛ばすココロ。
結果、突き飛ばされたことで体勢を崩したルナはそのまま落下し、再び漆黒の水辺へと着水するのだった。
「……ゲホッ……い……いきなり、何……?!」
声をかけようとしたその瞬間、彼女は自らの視界に入った光景を見てただただ呆然とするのみであった。
闇夜に浮かぶ、時間の止まった大きな地球……だが、それは周囲の地球を無尽蔵に吸収しながら肥大化、
唯一無二の存在と化しようとしていた。
それだけではない……肥大化する地球を背景にして、居るはずの無い緒地憑イッサがまるで人形を持ち上げるかのように
ココロの首を片手で空高く掴む光景もそこにはあった。
「Исса……どうしてここに……?」
「あら、あなたが言ったんでしょう?『この世界に取りこまれて、私の物になった』って。
あなたの物は私の物、あなたの聞こえる音は私の聞こえる音……ってね?」
「わざと……泳がしてたのね……うっ……かっ……。」
強まるイッサの手の力、そして締まるココロの首。
その様子を見て、ルナは声を荒らげる。
「止めて!部長……いや、お母さん!!」
「ふふっ……この世界の支配者たる存在に、軽々しく『お母さん』と言えるなんて……
さすが私が見込んだことだけはあるわね、副部長……いえ、天江ルナ。」
「肉体の無いアンタは母でも何でも無い!私が母として呼びかけてるのは、
その手の意志の持ち主である天江夕子……それだけだ!!」
「肉体が無い……ですって?」
「……ふっ……ルナちゃん……グッジョブよ……ぐはっ?!」
下にいるルナに向けて親指を立てるココロ。
そんな光景に、イッサは怒りを覚えて手の力をさらに強める。
「ならば……天江ルナ、あなたに教えてあげましょう。あなたがこの世界にいる意味の『真実』を。」
「私がいる意味の……真実……?」
「あなたは、本来ならこの世界には存在しない……いえ、正しく言うならば『私の世界の時間』には存在しない。」
「……は?訳の分からないことを……。」
「ならば、噛み砕いて教えてあげる。本来、この時間軸には天江夕子や粟手姉妹……そして、
パラレルワールドからの存在として神袖鈴絵や天月音菜、あとこの女もいた……皆、仁科学園の学生やら用務員やらとしてね。
でも……あなたは違う。確かに、仁科学園中等部の生徒としてあなたは存在する……ただし、
天江夕子とあなたの父である雑津来人が結婚した『未来』での存在としてね。」
「私が……未来からの存在?!」
「そう……私は天江夕子の肉体を手に入れ、緒地憑イッサとしてこの世界を影で支配してきた。
でもね、いくら支配者になったとは言え、1年後には経験したことある世界に何度も戻る……そんな経験を753回も繰り返すとね、
『最高です』なんて言えない訳。だからね、完全なる世界の支配を目論んだのよ。」
「完全なる……支配?」
「今、私の世界は365日が経過すると最初の1日目に戻ってしまう……でも、
もし……366日目以降を知る人物がこの世界に現われたらどうなると思う?」
「……?」
618
:
記憶の中の茶道部(第5話)
◆n2NZhSPBXU
:2015/02/04(水) 21:40:21 ID:Rm4pITlY0
「その記憶は世界の意志のひとつとなる。そして、世界はその意志が正しいことであるとするため、世界にその人物が知る366日目以降の記憶を形成しようとする。
すると……?」
「……!その世界は1年で固定されなくなる!!」
「そう、あなたの本当の世界である『未来』を手に入れることでね。だから、私は魔族としての能力を再び使って未来の記憶を手に入れ、
それを与えることで『この世界の未来』の形成を現在の時間軸で促した……この肉体の女と将来結ばれることになっていた雑津来人へ
『自分は天江夕子の婿養子で、中学生の娘がいる』という記憶をね……その結果、雑津……いや、天江ライトとなった男の記憶からは
未来の断片が生まれ、そしてその未来はこの世界の意志として現在の時間に形成された……それが、天江ルナ……あなたなのよ!」
「!!!」
自身が本来なら未来に生まれる存在だったことを知り、衝撃を覚えるルナ。
一方のイッサは、今まで秘密にしていたことをようやく言えた解放感からか笑みを浮かべ、
それと同時にココロの首を掴む力をさらに強めるのだった。
「ぐっ……あ……がっ……。」
血の気が失せた苦悶の表情を浮かべるココロ。
だが、イッサはさらに笑みを強めて言葉を続ける。
「そして、これが最終段階!私があなた……つまり、天江ルナの肉体を乗っ取る……そうすれば、
この世界の意志は未来を持つ!!私の世界は千年王国となるの!!!」
興奮のあまり、笑いだすイッサ。
だが、ルナにとってその様子は狂気以外の何物でもなかった。
「まず!千年王国設立への前夜祭として花火をお目にかけよう!!
目の前の勘違い女が汚ぇ花火と化す姿をその目に焼き付けるがよい!!!」
高らかな声とともにエネルギーが集まるイッサの手。
そんな状況に自らの最期を悟ったのか、ココロがルナへ最後の力を振り絞って話しかける。
「ルナ……ちゃん……。」
「よーちゃんさん!」
「最期に……なる前に……これ……だけは……忘れないで……。」
目を閉じ、最後の力を振り絞って手から紅い光球を放つココロ。
その光はルナを包み込み、そして上空へと舞い上がるのであった。
「よーちゃんさん……よーちゃんさんっ!!」
叫ぶルナ。
その瞬間、ルナの耳にある言葉が響いた。
『未来は他人から奪い取る物じゃない……未来は自らの手で築き上げる物……。』
『どんな暗闇な未来が待ち構えていようとも……それを受け入れて……そして……それを希望へと導いて……。』
二つの言葉を聞き、再び叫ぼうとするルナ。
だが次の瞬間、ココロがいたと思わしき場所では強烈な光を有する大爆発が発生、一瞬にしてルナも……そしてこの世界も閃光に包まれ、
それと同時にルナは意識を失うのだった。
619
:
記憶の中の茶道部(第5話)
◆n2NZhSPBXU
:2015/02/04(水) 21:45:28 ID:Rm4pITlY0
次にルナが意識を取り戻したのは、自室のベッドの上であった。
「……!ここは……家?」
汗だくになりながら起き上がるルナ。
すると、タイミング良く父のライトがドアの向こうから現われて問いかける。
「おおっ!ルナ、大丈夫か?」
「あ……お父さん。あれ?私……学校で気を失って……。」
現状を理解出来ないルナに、ライトがこれまでの経緯を説明し始めた。
曰く、学校で気を失ったルナを『天月オトナ』という高等部の学生が付き添いつつ『横嶋菜ココロ』という用務員さんが車で運んでくれたとのこと。
その際、お礼も兼ねて「コーヒーでもお入れしますか?」とライトが聞いたところ、
二人は口を揃えて「格闘茶道部での新作茶菓子発表会に参加したいので」と言い、足早に去っていったのだと言う。
「『格闘茶道部』ってルナの部活だよな……名前は変だけど、用務員さんにも一目置かれるほどとはねぇ……どうした、ルナ?」
黙り込むルナを見て、声をかけるライト。
だが、ルナは現状を理解、そのまま黙り続け、最終的には冒頭の夕飯までベッドに潜りこむのだった。
今も沈黙の続く、天江家の食卓。
そんな状況下、ルナは半分以上ご飯の残ったお茶碗を目の前にして沈黙を貫き続け、一方のライトも娘に対する最善策が分からず、
同様に黙ってしまっていた。
しかし、ルナが「……ごちそうさま」と力無く言って立ち去ろうとした瞬間、
ほんの少しだけ沈黙が破られたことをきっかけに何かが芽生えたのか、彼は娘へと話しかける。
「え……あ……ルナ!今日は妙に元気が無いじゃないか……
いつもだったら『おかわりっ!』って元気に言ってるじゃないか!!……ねぇ?」
妙に大声をあげて話すライト。
しかし、ルナはやはり沈黙を続ける。
「……ルナ、ひとつだけ良いか?」
恥ずかしそうに頭を掻きながら、ライトはある言葉をかけた。
「『諦めるな』……そして『どんな暗闇な未来が待ち構えていようとも受け入れ、それを希望へと導け』。」
ライトの言葉を聞き、ハッとするルナ。
『諦めるな』……それはルナが夢の中で聞いた、あの男子学生の言葉……
『どんな暗闇な未来が待ち構えていようとも受け入れ、それを希望へと導け』……
それは、自身の深層心理世界が消滅する瞬間に聞いた言葉……。
620
:
記憶の中の茶道部(第5話)
◆n2NZhSPBXU
:2015/02/04(水) 21:50:37 ID:Rm4pITlY0
「……お父さんが学生時代、いつも心に抱いてた言葉……それが『諦めないこと』だった。
どんな壁も諦めずに……しつこいぐらいに挑み続ければ越えられる……それが信念だった。
でも、ある人と出会ってその考えも少し変った……それがお前の母さん……天江ユウコの
『どんな暗闇な未来が待ち構えていようとも受け入れ、それを希望へと導け』だった。」
そう言って、ライトは昔話をし始めた。
それは、天江ライト……いや、雑津来人がまだ仁科学園中等部に属していた頃だった。
かつての彼は、今のルナ同様に剣道をやっており、仁科学園の剣道部に所属することでその地位と名声をさらに高めようと画策していた。
だが、その計画はある存在をきっかけに白紙と化した……それは天江夕子であった。
練習や外部との試合を重ね、『斬撃の強者』へと成長した来人。
だが、一方の夕子も剣道の腕を上げ、3年次にはまさに『強き竜の者』と評される存在と化しており、
また来人にとっては『唯一勝てない相手』となっていた。
『自らの越えるべき壁』……そんな思いを抱き、機会があれば夕子へ一対一の勝負を挑んでいた来人。
しかし、何度挑戦しようとも……いや、何十・何百と挑戦しようとも、彼は夕子に勝つことが出来なかった。
「……ま……まだだっ!もう一本勝負を!!」
夕刻の体育館……息も絶え絶えになりながら、再び竹刀を構えようとする来人。
一方、試合相手の夕子も疲労困憊の表情を見せながら、迷惑過ぎる彼からのエンドレス・チャレンジに呆れ果てていた。
「雑津くん……いい加減にしてよ、私だって……そんなタフネスじゃないんだから……。」
「……駄目なんだ……天江さんは俺の……越えるべき最後の壁!あなたを超えて……俺は本当の最強に……なる!!」
「最強を目指すのは結構だけど……いい加減諦めてよ……私だって、見たいテレビがあるのに……だったら、
これでほんっとぉおおおお……に!最後にしてねっ!!ラスト・ワンよ!!!」
「……分かった……勝負!」
お互いに竹刀を構え、短時間で決着をつけようと全速力でぶつかろうとする二人。
だが、その試合は意外な展開を迎えた。
夕子の面へと叩きこまれる来人の竹刀。
一方の夕子は、胴を狙ったと思われる水平打ちが来人の体を捕えることなく、まるでタイミングを外したかのように空を切っていた。
「……。」
「……あなたの勝ちね、雑津くん。」
そう言って、その場を去ろうとする夕子。
だが、来人は気付いていた。
「天江さん……どうしてワザと負けたんです?!」
「何言ってるのよ、どう見てもあなたの勝ちじゃない。」
「じゃあ……これは何だ?!」
そう言って、床から何かを拾い上げる来人。
それは、縦に真っ二つとなったスズメバチの死骸であった。
621
:
記憶の中の茶道部(第5話)
◆n2NZhSPBXU
:2015/02/04(水) 21:55:33 ID:Rm4pITlY0
「あなたは、僕らに間に割って入ったスズメバチ退治を優先した!いくらスズメバチが危険だからって……僕との勝負を捨ててまでなのか?!」
詰め寄る来人。
そんな彼を見て、夕子が優しく答える。
「いいえ……私は勝負を捨ててはいないわ。」
「止めてくれ!そんなウソは……。」
「確かに、私は割って入ってきたスズメバチに気付き、スズメバチを斬った。でもね……水平切りの動作からすぐに突きの構えへと入ろうとしたけど、
今までの疲れで動きが遅れて……結果はご覧の通りよ。」
「……でも!そんな偶然に左右された試合結果なんて……天江さんは何で納得してるんですか?!」
「雑津くん……未来ってのはね、何が来るか分からない暗闇の存在なの。確かに、あなたのような『諦めない精神』でそんな未来を光に
無理やり変えることも必要だけど……私の場合は、あえてその暗闇を受け入れることが必要だと考えてるのよ。」
「暗闇を……受け入れる?」
「ええ、今の場合ならスズメバチの乱入……それに自分の肉体疲労……これらの要素が加わったことであなたとの試合に負けた。
でも、そこでブーブー文句言っても仕方が無い……必要なのは、負けた要因に対して対策を検討し、
それを次に生かす……悪運的なことに関してはちょっと考えつかないけど、まずは体を鍛える必要があることが分かったし……ね?
それでまた、次の機会に雑津くんと勝負して、勝てれば万々歳……ってとこ。」
「……でも!もし、僕が天江さんとの勝負をもし拒否したら……?」
問いかける来人。
それに対し、夕子は額の汗をぬぐいながら嬉しそうに答えるのだった。
「そうしたら……剣道に関してはそれまでだけど、諦める気は毛頭無いわよ……あなた同様にね。
全校テストなり、体育祭なりで無理やりにでも勝負を挑むから問題無いわよ。」
諦めないだけじゃない……。
負けたとしても、それを糧に新たな未来を切り開く……。
「……それが、彼女の強さの秘密であり、彼女の魅力だった。だから俺は……彼女を……ユウコを好きになったのかもな。」
黙り続けるルナへ、話しかけるライト。
一方のルナは……目から溢れんばかりの涙を流していた。
諦めない気持ちを抱き続けた父……。
同様に諦めない気持ちを持つだけでなく、柔軟な発想を持つことで精進していった母……。
そんな二人の時間が、自分勝手な怪物によってめちゃくちゃにされ、さらにはこの世界全ての時間をも狂わせようとしている……。
今、この事実を知っているのは私だけ……そして、この事態を打破できる可能性を持っているのは……。
「……お父さん。」
涙を拭いながら、ルナが言う。
「……私、お父さんとお母さんのこと……知れて良かった。」
「……そうか。」
「……お風呂……入ってくるね。」
そう言って、ルナはその場を後にした。
622
:
記憶の中の茶道部(第5話)
◆n2NZhSPBXU
:2015/02/04(水) 22:01:23 ID:Rm4pITlY0
次の日の朝……。
朝食を作るため、完全に起きていない頭で台所へと向かうライト。
いつもなら、まず朝の寒さで冷えた台所の空気が彼の顔を刺してくる……のだが、今日に限って彼の顔を包んだのは、温かい味噌汁の香りであった。
「……ん?これは……ん?」
少し前に作られたと思われる味噌汁の鍋の近くに置かれた、一枚の手紙とMP3プレイヤーに気付くライト。
その紙には、娘であるルナの文字でこう書かれていた。
『自分の未来を確かめに行ってきます。』
つづく
-------------------------------------------------------------
以上です、お目汚し失礼しました(文章の切り方が変で、また説明台詞も長々としててすみません)。
ちなみにですが、次回が最終回です。
623
:
名無しさん@避難中
:2015/02/12(木) 00:59:49 ID:aAI90HgI0
そろそろバレンタインですね。
女子生徒のみなさんは準備できましたか?
624
:
馬楝多飲[1/3]
:2015/02/13(金) 23:47:20 ID:J79ElRUY0
「ナギちゃんさぁ」
ニシトちゃんが、何の気なしに聞いてくる。
「『義務チョコ』って、知ってる?」
1月の終わり、放課後の教室。
今日は部活がないらしい。
ニシトちゃんが放課後にどこへも行かずグダグダと教室に残っているなんて、珍しい。
「麦チョコなら知ってるけどねー」
わたしは極めて真面目に答えたつもりだった。
ニシトちゃんは一瞬止まって、その後笑いを堪えるのに必死な様子だった。
「いやー、ナギちゃんやっぱ面白いわ」
ようやく落ち着いてから、わたしの肩をバンバン叩いてニシトちゃんが言う。
――今のやりとりに面白い要素があったかな?
少し悩んでからすぐ諦める。どうせ、考えたって答えは出ないし意味が無い。
625
:
馬楝多飲[2/3]
:2015/02/13(金) 23:52:52 ID:J79ElRUY0
「もうすぐバレンタインじゃん。なーんか、面倒くさくってさー」
ニシトちゃんがぼやく。
バレンタインデー。わたしは誰にもチョコをあげる予定がない。
いや、訂正。わたしはニシトちゃんと一緒にデパートに行って、お互い一番と思うのを買って食べ比べしようかと
密かに妄想していたのだ。
けれど約束したわけじゃない。ニシトちゃんは部活もあるし、彼氏候補がいるとしたらそっちが優先だから。
ニシトちゃんの言う「面倒くさい」というのはわたしも同じだ。
わたしはクラスの男子に義理チョコを配るなんて発想も無いけれど、
否が応でも気にしなきゃいけない、この空気がどうにもイヤだと思う。
目当ての男子がいれば良い。
でも、そうでないなら苦痛でしか無い。
せめて「チョコレートのお菓子の新製品がたくさん出るから食べ比べてみる時期」くらいに思っていないと
やってらんない。
626
:
馬楝多飲[3/3]
:2015/02/14(土) 00:01:41 ID:HMLGjrrI0
「ナギちゃん、あげる人いる?」
訊かれて我に返る。
また頭の中の世界に迷い込んでしまっていたらしい。
「……あっ、うん、えっと。いないいない全然。まったく。これっぽっちも」
いないことを力説するわたしは相当寂しい奴だと思う。
ニシトちゃんは意に介さず、
「あげたい人がいるとさぁ、何ていうか張り合い? みたいのがあるんだけどさー」
――サキザキくん……っと、思いかけて取り消す。いけないいけない、そうだった。
「どしたの? ナギちゃん」
ニシトちゃんがわたしの顔を覗き込む。
黙ってるとクールな感じなのに、仲良くなると人懐っこくて、世話やきなニシトちゃん。
部活をやっているときは猫みたいにすばしっこくて、弾ける笑顔が眩しい。
わたしは息を吸い込んで、言った。
「あのさ、ニシトちゃん。わたし、ニシトちゃんにあげていいかな? チョコ」
ニシトちゃんはきょとんとして、吹き出した。
そして泣き出しそうな笑顔でわたしに抱きついて、
「ありがとね」
耳元で囁いた。
627
:
名無しさん@避難中
:2015/02/14(土) 00:03:01 ID:HMLGjrrI0
↑以上で
やっつけです。
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