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天使のアトリビュート SideStory of Repoke
1
:
アティーク
◆jKbXWgsYi6
:2018/01/22(月) 12:07:12
※新ポケガイでも載せていますが諸事情の為こちらでも連載します。
あらすじ
ウェズリアン大学に在籍する「比較神話学」の教授ジョン・マクラレンは、独自性が強いながらも人当たりのいい性格によって生徒から好かれている男である。
ある日、そんな男の元に「ヴォイニッチ手稿が遂に解読された」という報せが届く。
懐疑的な考えを持つマクラレンは、近々隣町のニューヘイブンに位置するイェール大学にて開催されるホームカミングで同大学が所蔵しているヴォイニッチ手稿を一目見ようと決意する。
徐々に解明される謎、歴史の裏側、そして彼を蝕む世界の闇……。
男は遂に理解した。'別の世界'が存在する事を……。
2
:
アティーク
◆jKbXWgsYi6
:2018/01/22(月) 12:08:05
2017年9月8日。
アメリカ合衆国コネチカット州ミドルセックス郡ミドルタウン。
ここに、合衆国内でも名高いリベラル・アーツ・カレッジの一つ、ウェズリアン大学がある。
「世界の一体化とは」
そんな名門校にて、癖が強いながらも慎ましく生きる一人の男がいた。
「何も、皆さんが知る通りの大航海時代よりも前に、とっくに起きていたかもしれません」
広い講堂だ。
席はすべて埋まってはいないが、それでも'それなりの'受講生がいる。
彼らは見つめる。
自分を含めた、ここにいる生徒全員の視線を浴びた男を。そしてその後ろに控えたスクリーンを。
「例えば、これが分かる人」
男の名はジョン・ナサニエル・マクラレン。
同大学に在籍する、「比較神話学」の教授だ。
独自性の強さは性格だけでなく講義にも反映されている。
しかしそれは、似たような人々にとっては魅力に映り、好意を得る。
マクラレンという男は生徒から人気のある教授だった。
スクリーンには、恐らく誰もが知っているであろうとある物語が描かれた絵がアップされている。
すかさず一人の生徒が発言した。
「ノアの方舟に登場する方舟です」
「その通り」
スクリーンに描かれていたのは、預言者ノアが人々に方舟を作るよう命令しているまさにその瞬間のシーンだった。
信心深く、正しい人間ノアが自分たちの家族とすべての動物を世界を覆う大洪水から救うための方舟。所謂「ノアの方舟」だ。
「旧約聖書の『創世記』の記述の一つですね。あなた達にとっても身近な存在なのではないでしょうか?では、これはどうでしょうか?」
マクラレンは手に持つポインターのボタンを押す。
すると、スクリーンには今度は別の絵画だが、しかしノアの方舟とは少し似ていそうなものが映り出した。
3
:
アティーク
◆jKbXWgsYi6
:2018/01/22(月) 12:08:37
マクラレンの予想通りに、講堂は沈黙した。
映し出されたものが、何を表しているのかよく分かっていない。
そのためマクラレンは即答する。
「これは、バビロニア神話にて描かれたウトナピシュティムの絵です。その内容も、ノアの方舟と恐ろしい位の類似点が挙がります」
マクラレンの手は止まらない。
今度は別の絵が出てきた。
「これは、ヒンドゥー教の神ヴィシュヌの化身の一つマツヤについての記述です。こちらでも人と動物を救うための方舟が出てきます」
スクリーンはマツヤの絵が表示されたまま止まる。
その間にマクラレンは全方位を見渡して今度は手でなく口を動かした。
「このように、遠く離れたインドやギリシャにも大洪水についての記述が必ず出てきます。何も、聖書の記述がすべての始まりではないのです。余談ですが、先程挙げたウトナピシュティム。これは、バビロニアに限った話ではありますが、シュメールに行けばジウスドラが、メソポタミアに行けばアトラ・ハシースという英雄の名と共に、同様の記述が見られます」
広い空間ではあるが、マクラレンは生徒の動きをどことなく把握できる。
目をやれば、ノートを取る者もいれば録音機器を気にする者、居眠りしている者などそれぞれの姿が見えた。
そんな彼ら全員に伝えようとマクラレンは最後にこう告げる。
「以上の事から、ある種の文化・芸術は当時の地域・国を越えて世界中に伝わっています。これも、世界の一体化と言えるのではないでしょうか。……ではこれで講義を終わりにします。お疲れ様でした」
壇上を降りたマクラレンは資料の整理と休憩の為、自分の研究室に着くまでの間構内を散策することにした。
気温は暖かく、風は心地よい。
外を歩くには悪くない1日だ。
「やぁ、ジョン・マクラレン」
青々とした木々を眺めていると、何処からか聞き慣れた声がする。
声の主は彼の友人だった。
「あぁ、君か。ウィルか」
ウィリアム・マカートニー。
彼とは同年代の教授であり、その分野の共通性から話し相手になる事が多い男だ。
「今日の調子はどうだい?ジョン」
「何も。変わらない毎日さ」
「そうなのかい?君にとっては何か変化があるのかとばかり思っていたが」
「なんの事を言っているんだい?」
マクラレンはマカートニーに対し、怪訝そうな顔をした。
4
:
アティーク
◆jKbXWgsYi6
:2018/01/22(月) 12:09:24
「何も知らないのかい?君ほどの人間ならば絶対知っているのかと思っていたのだが」
マカートニーは端末の画面をマクラレンに見せる。
どうやらニュース記事のようだ。
「ヴォイニッチ手稿、ついに解読……。その内容は長寿になる秘訣だった、ねぇ」
「君も一度は考えた事があるんじゃないかな?ヴォイニッチ手稿について」
「あぁ」
マクラレンは画面から目を離した。
マカートニーの言いたかったことは分かったのに、その顔から何故かしかめ面が取れないでいる。
「誰にも解読できない謎の写本。中の押絵も不可思議なものばかり。想像が膨らむ内容だね。……だが僕には信じられない」
「信じられない?この記事についてがかい?」
「あぁ。何故なら僕ならこう考える」
マカートニーはここになって、マクラレンが記事の内容を元から知っていた事を理解した。
そして、その事実に興味の無い事も。
「未解読な文字なんて現代の人々が解ける訳がないじゃないか」
「でも、この記事にはラテン語の略語で書かれたと言ってはいるけれど?」
マカートニーの言葉に、マクラレンはしばしば唸った後に黙り込む。
単にロマンが潰されたという思いだけではない。
それならば、単なる略語なら何故今までそれが分からなかったのかとか、本当に略語なのかなど、友人の反応と記事とでマクラレンの頭の中は途轍もない計算式で埋められていった。
「そんなに気になるのならば……見てみればいいんじゃないか?」
マカートニーはそんな彼を案じて自分の端末を見せびらかす。ヴォイニッチ手稿は今やネットで見る事が出来るからだ。
「いや、見るのならば実物の方がいい。その方が本の性格、性質がよく分かるからだ」
だが、友人の提案をマクラレンは否定する。
バーチャルな時代になっても、この男もまた、紙の本を愛する者なのだ。
「確か……今週末にイェール大学のホームカミングがあったね?」
「あぁ、そうだったはずだが……それがどうかしたのかい?」
「ヴォイニッチ手稿は確かイェール大学にあったはずだ。フットボールの観戦がてらそれも見に行こう」
5
:
アティーク
◆jKbXWgsYi6
:2018/01/22(月) 12:10:04
週末の昼時。
驚くぐらいに雲一つもなく、暖かな陽気に包まれている。
マクラレンが到着した時には既にアメリカンフットボールの試合が行われていたが彼はとくに気にする素振りを見せること無くコートを通り過ぎる。
一瞬スコアが見えた気がしたが、それでもイェール大学が圧勝している事だけは明らかだった。
「ジョン、試合観戦する気無かったよね?」
「あぁ。あくまでも本来の目的はヴォイニッチ手稿をこの目で見るため。後はおまけさ。……しかし、こうして改めて考えると初めてかもしれないね?」
何が初めての出来事なのかマカートニーには想像つかない。
すかさず、マクラレンは続けた。
「私用でイェール大学に来た事さ。今まで会議や特別講習などで来る機会は何度かあったが、一般人として来るのはこれが最初かもしれない」
「そうかい。それじゃあ君が夢中になっている間は何してようか?一緒に探していた方がいいかい?」
「いや、それは大丈夫だよ」
二人は自分達が所属する大学とは比較にならない程の広大な構内を歩き回り、遂に目的の巨大建造物の前で歩を止めた。
バイネキ稀覯本図書館。
大理石で出来た建物は、入口以外に窓が見当たらないようにも見える。
入口に入り、ゲートを潜ろうとしたその時。
「あら、ジョン?」
突然の呼び声に、二人はそちらへと意識が削がれた。
女性の声が聴こえたのだ。
「君は……シェリーか!?久しぶりじゃないか」
シェリー・ワズワース。
マクラレンより三、四歳年下の彼女は彼の若い頃の友人であった。
「確か最後に会ったのは……」
「七年前に友人の結婚式の会場で偶然会って以来よね」
あまりの偶然。
そして楽しかった思い出話に花を咲かせながら、何故彼女が此処に居るのか尋ねてみる。
「今は普段の職場と此処を行ったり来たりしているのよ」
「と、言うことは非常勤かい?」
「まぁ似たようなもの」
二人はワズワースに連れられ中へと入ってゆく。
建物内部は幻想的だった。
ガラス張りの書庫、その中に整然と並べられた古めかしい本の数々。
書物が好きなマクラレンには心が踊る光景だった。
「そう言えば、まだ聞いてなかったわね。今日はどうして此処へ?」
「おっと。言い忘れていた」
マクラレンはその場で、確認できる限りだが古書の確認を目で追っていく。
その上で答えた。
6
:
アティーク
◆jKbXWgsYi6
:2018/01/22(月) 12:10:57
隣を歩くマカートニーは不自然に目を逸らす。
「お前に任せるよ」とでも言いたげに。
マクラレンは答えた。
「ヴォイニッチ手稿を見に来たんだ」
と。
だが、予想に反してワズワースの反応はいまいちなものだった。
「あら……それは残念だわ」
マクラレンは、何が残念なのか分からなかった。
ここだけの話、ジョン・マクラレンは比較神話学では名のある教授である。
学術関係ならばそれなりに顔は利いている。
なので見ようと思えばヴォイニッチ手稿だろうが貴重な書物だろうが大体の場合は許可を貰える。
しかし、今回はそうもいかなかった。
「残念?一体何が残念なんだ?」
マクラレンはすぐに今この場でヴォイニッチ手稿が見られない事を悟る。
だからこそ、理由が気になって仕方が無いのだ。
「あのね、ジョン。少し言い難い事なんだけれど……」
周りには三人以外誰も居ないにも関わらず、ワズワースが身を寄せて小声で囁いた。
「今ヴォイニッチ手稿は此処には無いの……。フィレンツェに行ってしまったわ」
「何だって?」
滅多な事で表情を変えることのないマクラレンだが、驚かずにはいられなかった。
「フィレンツェにかい!?よりにもよって寄贈された本が……海外の、しかもイタリアにかい?」
「えぇ……。ごめんなさい、ジョン。理由は詳しくは分からないけれど。とにかく今此処には無いから見せられないの」
「あぁ、なんという事だ」
マクラレンは深い溜息をついた。
書物の真相をこの目で確かめたい。自分が手で触って見てみれば何か分かるかもしれない。
そんな淡い期待が儚くも崩れ去った瞬間だった。
「どうする?此処に来て諦めるかい?ジョン」
励ましでも労いでもない友人の言葉。どこか重く突き刺さるかのようだった。
「無いものは仕方ないじゃないか。気は進まないがネットで見るしかない」
「そうか」
結局マクラレンとマカートニーは、如何なる本に触ることもなく、イェール大学を去ることにした。
7
:
アティーク
◆jKbXWgsYi6
:2018/01/22(月) 12:11:47
アメフトの試合はまだ続行していたようで、何処からか盛り上がっているような歓声が聞こえる。
「さて、どうしようか?君は試合を見たいようならば見に行けばいいけど」
「今から見ても楽しめるかどうかだがね」
マクラレンとマカートニーが面白味のない話をしながらイェール大学から段々と離れていく中、明らかに向こうからこちらを眺めながら茶色のコートを羽織った中年の男性が近付いてくる。
自分達に用があるのがマクラレンから見ても分かるぐらいに。
「失礼、」
そして、その直感は当たった。
「イタリア国家警察の者です。あなたが、ジョン・マクラレンで宜しいでしょうか」
見慣れない警察手帳を見せ付けられるも、何の心当たりもないマクラレンは焦るばかりだった。
「ジョルジョ・ベルニーニ……?」
マクラレンは手帳に書いてあった人名、即ち今目の前に立つ警官の名を読んでみせた。
「イタリアの警察の者が……何故私に?」
「参考人として今からフィレンツェに来て頂きたいのです」
「何だって!?」
その突飛な彼の言動にただただ驚くのみだった。
身に覚えがない。にも関わらず自分が参考人扱いされ、更に奇妙な偶然か'フィレンツェ'という単語……。
一体自分の身の回りで何が起きているのか訳が分からなくなりそうだ。
「参考人?彼が何かしたのかい?」
すかさずマカートニーは友を守る為彼を庇う。
「いや、参考人という言い方に少し語弊があった」
ベルニーニは訂正をしつつ、続ける。
「今フィレンツェである人物が拘束、拉致された。その人物を追っていく中で'ある物品'が関わっている事が判明し、更にその捜査をしていく中で……専門家であるあなたの手をお借りしたい、という事で今ここにやってきたのだ」
「なるほどな……。もしかしてその物品とはヴォイニッチ手稿の事かな?」
自分が事件の犯人でもなければ参考人でも無い事が分かったマクラレンは安堵した。
それから、一か八かマクラレンは'ある物品'と思しき物の名を言ってみせる。
正解ならばラッキー。間違いならば間違い程度の感覚でしかなかった。
「……流石は教授だ。ならば話は早い。'トーマス・ギブス'。この名に心当たりは?」
偶然にも当たってしまった。
ここまで'たまたま'が重なってしまうと最早必然にも思えてしまい、不気味を覚えるのみだ。
8
:
アティーク
◆jKbXWgsYi6
:2018/01/22(月) 12:12:40
「トーマス・ギブス……?どこかで聞いたような……」
マクラレンはつい最近どこかで聞いたからか、頭の片隅に置いてある記憶を無理矢理引っ張り出すも、やはりすべてを思い出す事は出来ない。
「トーマス・ギブスって、ヴォイニッチ手稿を解読したっていうあの人の事か?」
マカートニーが助太刀に入る。
それを聞いてマクラレンもすべて思い出した。
その名を、ネットニュースで見た事を。
興味が無かったからすぐに忘れてしまった事を。
「ヴォイニッチ手稿は婦人の健康管理についてラテン語の崩し文字で書かれた書物である!」
9月5日に、古文資料の専門家トーマス・ギブスがこのような発表を行った。
彼は、ヴォイニッチ手稿に書かれた言語は決して暗号ではなく、ラテン語の略語で書かれたものだと主張。世間ではヴォイニッチ手稿の正体が判明したと騒ぎになった。
「そうか……解読者のトーマス・ギブスだ……そして、その彼が今どうして話題に……まさか!?」
マクラレンは察した。
イタリア警察が自分を尋ねて来たこと。
ヴォイニッチ手稿が今は何故かイタリアのフィレンツェにあること。
その書物に関わったある人物がイタリアで拘束されたこと。
ヴォイニッチ手稿を解読したと発表した人物の名はトーマス・ギブスだということ。
つまり、
「まさか……トーマス・ギブスが今フィレンツェで……?」
「その通り。トーマス・ギブスがフィレンツェで拉致された。我々は今それを追っている所だ。……その過程であなたを見つけたのだがね」
「分からない……」
マクラレンは頭を悩ませる。
どうしても一つだけ気にかかる事があるからだ。
「どうかしました?マクラレン先生」
「分からないんだ。私がヴォイニッチ手稿に興味を持っていざ見ようとしたのが今日。此処イェール大学での事だ。だが書物は此処には無い。にも関わらずイタリア国家警察の人間が……専門外の私をよりによって今日訪ねてくる事がよく分からない……」
「マクラレン先生」
ベルニーニは気付かれない程の軽い溜息をつく。
まるで、機密事項が絡んでいるから言い難い。なのに言わなければならない事態に陥ってしまったかのように。
9
:
アティーク
◆jKbXWgsYi6
:2018/01/22(月) 12:13:21
「先生、あなたは比較神話学の教授だ。あなたの専門は世界中の神話、歴史、文学、そして文化。……ここだけの話、ヴォイニッチ手稿にそれらが、'ある歴史'が関わっていると分かった時、我々が専門家に協力を仰いでも何も不思議ではないでしょう?」
「何だって?」
マクラレンはベルニーニの言いたいことがよく分からなかった。
と、言うより理解し難いものだった。
「ヴォイニッチ手稿にある歴史が関わっている?だってあの本は……」
言っている途中で。
自分がヴォイニッチ手稿の解読の報せについて懐疑的だった事を思い出した。
そして突然黙り込む。
「あの……マクラレン先生?」
ベルニーニが顔を覗き込んでくるがそちらに意識は向かない。
ただ、これからどうすべきかのみを考えていたのだ。
そして、一つの答えを導く。
「分かった」
マクラレンは顔を上げた。
心配そうにこちらを見るベルニーニを見つめて。
「フィレンツェに行こう。そこで、私の出来る事をやってみせるよ」
---
イタリア国家警察の人間と別れた後、マクラレンとマカートニーは帰路に着いていた。
そこで、マカートニーは突然話題を振ってきた。
「いいのかい?いきなりフィレンツェなんかに行くと約束しちゃって」
「いいんだ。ここ最近研究に没頭しすぎてね。家にも帰らない日が続いていた。……お陰で妻とは別居中さ。気分転換にと休暇でフィレンツェに行くと大学には伝えておくよ」
マカートニーは思い出す。
彼の研究室だけ毎晩灯りが点いていた事を。
どうやら本当に家に帰らず大学内で寝泊まりをしていたようだ。と、言うことは今こうして各々大学から離れて我が家に帰ろうとしているのはある意味珍しい光景かもしれない。
「いつ出発するんだい?」
「すぐに行くさ。向こうの方々が私の為にジェット機を用意してくれているらしいし。大学にも連絡を入れて置いたから後は'旅行の為の'準備をするだけさ」
10
:
アティーク
◆jKbXWgsYi6
:2018/02/19(月) 17:41:05 ID:6Pf9fgvM
陽が傾く時間帯にも関わらず、人の気配が無く、室内は仄暗い。
マクラレンが自分の家に着いてまず思った事がそれだった。
と、言うのも家には誰も居ない。
自分は研究室で寝泊まりする事が多く、妻には愛想を尽かされた。
無駄に響く足音を聴きつつ微かに感じ取った新築の香りを嗅ぎながらマクラレンは部屋へと向かう。
「狭い家だ、本当に」
二人は愚か一人でも十分であると多くの人間が思うであろうアメリカでは一般よりもやや大きい一軒家の家の中で寂しそうに一人呟く。
PCの小さなランプが部屋を灯していた。
電源ボタンに軽く触れて起動させる。
その間にマクラレンはどこからかスーツケースを取り出すと、まだ日程が定まっていない旅行の準備を始める。
幾らか衣類を纏めてしまった時だった。
キリのいいところだと軽く何か食べてこようと顔を上げた時だった。
デスクトップにメールの知らせがある事に気が付いた。
「うん?」
どうやら差出人は生徒のようだった。
生徒との交流の多い彼の元には講義や試験に関するメールが届く事がよくある。
今回もそれの一つかと思っていた。
「今日は何処か外出なさっていたのですか。……か。休日なのにこの子は大学に居たと言うことかな?」
マクラレンは呟きながらすぐに返信した。
内容は当然イェール大学に行っていた事、それからすぐにもフィレンツェに出掛ける事をだ。
メールはすぐにやって来た。もしかしたら最初のメールもリアルタイムだったかもしれない。
「通りで研究室でお姿が見られなかったのですね。フィレンツェにはいつまで?」
簡素な文章だった。
マクラレンは軽食の事をすっかり忘れてメールに意識が既に向いていた。
「一週間を予定しているよ。それまで待っていてほしいな」
このように送ると今度は簡単なお礼が返ってきた。メールはもう来ない。
「終わり……か。この子は一体何を言いたかったのだろう?」
メールの送り主である生徒の本心を汲み取ろうとするもよく分からなかったマクラレンは今度こそキッチンへと向かった。
11
:
アティーク
◆jKbXWgsYi6
:2018/02/19(月) 17:41:53 ID:6Pf9fgvM
ジョン・マクラレンは思い立ったらすぐに行動するタイプの人間だ。
休み明け、彼が居たのはブラッドレー国際空港だ。
そこで彼は思わず目を疑った。
「なっ……、何故君たちが!?」
「おいおい、まずはおはようだろジョン」
「おはようジョン。私もこの旅行にお邪魔してもいいかしら?」
マクラレンの前に居たのはマカートニーとワズワースだった。
ご丁寧に荷物持参である。
「どうして此処に?僕は君たちには今日出発するとしか言っていなかったはずだが?」
「飛行機はイタリアの警察の人間が用意してくれるんだろう?だったら心配無いじゃないか。友人の突然の一人旅だ。心配で心配で駆け付けたっていいじゃないか」
「フィレンツェなんていい所に行くなんて聞いたら私だって行きたくなるもの!」
妙だ、とこの時マクラレンは思った。
海外旅行とは言えマクラレンは立派な大人でありこれまでに何度も研究の為に渡航した事がある。
今回は個人的な研究とは別にトーマス・ギブスがどうなっているのかも追わなくてはならない。更には国家規模の警察も関わっている。
果てしなく面倒な事態に「心配だから」と随行するものなのだろうか?
「分からないな……」
小さく呟きながら三人で固まっていると、そこへベルニーニがやって来た。
「ご協力感謝しますマクラレン先生。飛行機を手配していますので今から向かいましょう。準備は宜しいですか?」
「や、やぁベルニーニさん。こちらこそ手配ありがとう。僕なら大丈夫だ。ただ……」
言いながら視線をやや後ろに向ける。
にこやかなワズワースとマカートニーがそこにいるのだ。
「彼らも一緒に行きたいと言っていて……」
やけに小さい声だった。
聞かれたくないと思っていたのだろうか。
だが、ベルニーニは特に表情を変えずに、
「問題はありません。お二人もご一緒させましょう」
「大丈夫なのかい?」
「はい。協力者は少なすぎても問題ですからね。では、そろそろ行くとしましょうか?」
マカートニーとワズワースの二人も準備万端との事だった。
三人はベルニーニに連れられて空港内を歩く。
イタリア国家警察が彼の為に用意した飛行機がある為だ。
およそ15時間に及ぶ空の旅が、始まろうとしていた。
12
:
アティーク
◆jKbXWgsYi6
:2018/04/01(日) 11:35:54 ID:SF/BU/sE
搭乗早々無言となった環境は、常に話し諭す事が職業の'先生たち'には退屈に思えたのか、全くもって唐突にそれは始まった。
「歴史上最も天才だった人物とは、誰だと思う?」
飛行機の中で交わされる会話とは様々なものがあるが、ここまで異質且つ彼らしい話は中々ないだろう。
マクラレンの嬉しそうな声だった。
「最も天才、ねぇ」
うっすらと生えた顎髭を触りながらマカートニーがぼーっとしながら呟く。
真剣に考えていないようで、「アインシュタインとか?」という適当さがまるで分かる反応しかない。
ワズワースは少々考えて、「レオナルド・ダ・ヴィンチとか、ニコラ・テスラ辺りかしら」と言ってみる。
マクラレンはそれらを聞いたうえで肯定も否定もせずに、
「答える人によって答えは変わるだろうね。偉大な科学者だったり発明家だったり……。またある人は最も偉大な人はハンニバルやチャールズ・ザ・グレート、ナポレオンを指す者もいる。そう、考えや人によって違うんだ」
と、普段の講義のように解説するかのように語りだした。
「私は、そんな意味で一番偉大な人物はと言うとロジャー・ベーコンだと思うんだ」
「ロジャー・ベーコン?」
「誰だい?初めて聞いたな」
二人の反応は分かりやすいものだった。
誰なのか全く分からない。故に最も天才な人物というイメージが沸かなくなってくる。
「ロジャー・ベーコンは13世紀の哲学者さ。当時世界最先端だったイスラム科学を取り入れてヨーロッパに新たな学問、思想を広めたんだ。彼は間違いなく近代科学を発展させた功労者だろう」
「人物は分かったけど……何をした人なの?」
当然に沸き起こる疑問を、ワズワースが代弁した。
初めて聞いた者については特に知りたい話である。
「それは、今回これから起こることにも繋がっているんだ」
と言って少し間を空けた。その時にマクラレンは窓を眺めてみるが青空しか見えない。
「彼は、ヴォイニッチ手稿を書いた人物だと言われている。と、言うか私は作者だと思うがね」
「それだけで天才認定か……」
まさかの答えにマカートニーはため息をついた。
あまりにも説得力が欠けるものだけでなく、彼の好みが表れている不十分なものだったからだ。
「それはオマケさ。彼が居なかったらまずこの時代に聖書は存在しなかっただろう」
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